バスタード・ソードマン (ジェームズ・リッチマン)
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中途半端な剣

 

 ショートソードと比べると幾分長く、細かい取り回しに苦労する。

 

 ロングソードと比較すればそのリーチはやや物足りず、打ち合いで不利になりがちだ。

 

 バスタードソードは中途半端な長さの剣だ。

 

 前世では“帯に短し襷に長し”という言葉があったが、まさにそれがぴったりの武器だろう。

 とはいえ剣は剣なので世間で全く使われてないわけでもないのだが、なんらかの剣術の流派で使われているという話は聞かない。少なくとも、軍では全く採用されていないはずだ。

 

 それでも俺は、このなんとも中途半端な長さの剣が気に入っている。

 

 取り回しの不便さもリーチの短さも、妥協しようと思えば可能だ。器用貧乏の貧乏な面に目を瞑る事ができれば、中で大小を兼ねる使い方もできなくはないからな。

 

 

 

 俺の愛用しているバスタードソードと出会ったのは、しけた武器屋だった。

 店の入り口あたりで籠の中で乱暴に突っ込まれていたのを、まぁ値段の安さもあって買ったわけ。

 

 買った時は専用の鞘もなく、色々と自分で用立てることになったせいで安売りと呼ぶには大して安くもない武器だったが、今にしてみれば良い思い出だ。

 

 

 

「ほーらよっと」

「グゲッ」

 

 バスタードソードが翻り、ゴブリンの胸を深く斬りつける。

 これで三匹目。残り一匹は脚を斬ったので、遠からず失血死するだろう。

 

「グィイ……」

「悪いな、特に恨みとかはないんだが。俺の給料のために死んでくれ」

 

 依頼は郊外に出現したはぐれゴブリンの徒党の討伐。

 はぐれのリーダーらしい少し大柄なゴブリンもそこらへんに転がっている。他にも別働隊がいるかもしれないが、リーダーさえ殺してしまえば依頼は達成したようなものだろう。

 この世界の逞しい連中なら、たとえ農作業をやってるような普通の村人でもゴブリンくらいなら自分で殺してしまうからな。

 

「南無阿弥陀仏」

 

 最後の一匹にバスタードソードを突き立て、息の根を止める。

 

 その後ゴブリンたちのくっせえ鼻を削ぎ落とし、袋に詰めておく。これが討伐証明だ。毎回思うけど何故耳じゃないんだろう。ゴブリンの鼻は臭くてたまらんのだが……。

 

「うーえ、鼻水ついてら」

 

 切先の汚れたバスタードソードを再びゴブリンの心臓あたり目掛けて突き刺し、血で洗う。鼻水と血なら血を選ぶくらい、俺はこいつらの鼻水が嫌いだ。

 どうせ後で川辺で洗うことになるんだが、愛剣だしね。

 

「……ふう。これでとりあえず、今月分の貢献度は稼げたろ。あとは適当に採集して帰ろ」

 

 それから俺は高く売れそうな野草や薬草を採取し、川辺で装備を洗ってから帰路についた。

 歩いて二時間ほどの決して楽とは言えない道のりだが、この世界ではまだまだご近所である。

 俺もそんな感覚に慣れたあたり、そこそこ適応しているのかもしれない。

 

 

 

「郊外のはぐれゴブリンの討伐ですね? 討伐部位交換票は……はい、確かに。リーダーを含む4匹であればA評価で問題ないでしょう。お疲れ様でした、モングレルさん」

「どうも」

 

 ギルドに戻り、討伐部位を処理場で交換票にして、受付に提出する。

 貰えるのは僅かな報酬と、貢献度。今回の任務はこの貢献度が俺の目的だった。

 

 ギルドの任務にも金になるやつとならないやつがあって、ゴブリン討伐なんかは儲からない仕事の最たるものと言えるだろう。しかし儲からないだけだと誰も仕事をやらないので、かわりにギルドの貢献度が上がりやすいように設定されている。

 俺のようなギルドマンはこの貢献度を稼ぐことによって様々な特典を受けられたり、優遇されたりする。何より普段から貢献度を積んでおけば時々発生する危険度の高い大規模作戦に駆り出されることもなくなるので、長生きしたいなら決して見過ごしてはいけないポイントだ。

 

「それにしてもソロで4匹同時討伐だなんて……モングレルさん、そろそろ昇級試験を受けたらどうなんです?」

「嫌だよ。怖い任務増えるじゃん」

 

 受付の子も含め、ギルドの連中は毎度毎度俺に昇級を仄めかしてくる。

 今の俺はブロンズ。シルバーに上がればもっと割のいい仕事がもらえるっていうメリットもあるにはある。

 だが、それはそれで面倒なんだよな。任務に危険が増えるし、面倒な義務も生まれる。

 ダラダラと生きていく分にはブロンズをキープするのが一番だ。

 

「……まあ無理強いはしませんけどね。この後はまた酒場に?」

「そりゃそうよ。ミレーヌさんも飲みに行かない? 一杯おごるよ?」

「私はまだ仕事が残っていますので」

「ちぇ、連れないね」

 

 顔も普通、仕事は適当で出世欲なし。

 そんな男に靡く女などそうそう居ない。

 街でエリート職扱いされているギルド受付嬢であればなおさらだろう。

 しかしこうやって毎度振られるのもそれはそれで安心できるやりとりなんだよな。

 

「さーて飲むぞ飲むぞー」

「おうモングレル、仕事終わりか?」

「おー、バルガー。貢献度稼ぎでな。軽ーくゴブリンを一撫でよ」

「お疲れさん。店はいつものとこだろ? 一緒に飲もうぜ」

「奢らねえぞ?」

「そんな持ってねえだろ。自分で払うわ」

 

 この冴えない髭面のおっさんはバルガー。

 小盾と短槍という、これまた冴えない武器構成をしたギルドマンである。

 

 しかし冴えないビジュアルにも関わらず腕前は一級品で、地味……堅実な闘い方によってシルバーの中堅として長年活躍している、いわばベテランだ。

 俺も最初の頃はよくバルガーから基本的なことを教えてもらい、世話になった。俺にとってこの世界での兄貴分に近いだろうか。

 今じゃ時々顔を合わせて飲みに行く、未婚のダメなおっさん同士なわけだが。

 

「なんだモングレル、お前まだそのバスタードソード使ってんの」

「悪いかよ? 壊れるまでは使い続けてやるわ」

「悪くはないけどな。片手では重いし両手では軽い。使い辛いだろ、それ」

「慣れれば気にならないさ。結構気に入ってるんだぜ、中途半端なところとかな」

「なんだよそれ」

 

 さて、今日はビールと串焼きで優勝してきますか。

 明日の仕事はどうすっかなぁ。

 

 

 



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時々清掃人

 

 この世界に転生したきっかけは覚えていない。

 何かしらのきっかけがあったんだろうけど、生まれた直後は赤ん坊だったせいか記憶があやふやなんだよな。

 物心つく年齢よりも先にどうにか前世の自我を取り戻せた感はあるが、そのせいで生前の最後らへんに関しては未だ謎が多い。まあ謎だからって何に困るわけでもないから、気にしてないんだけど。

 

 俺はハルペリア王国とサングレール聖王国の間にある小さな村で生まれた。一応村はハルペリア王国に属していたらしい。

 ハルペリア王国とサングレール聖王国は無茶苦茶仲が悪く、国境付近の土地を巡って戦争と和睦を繰り返している。

 俺が生まれた時は戦争もない平和な時だったんだが、国が平和に飽きたのか、俺が九歳になる頃に戦争が再開。両親はその時に死んでしまった。

 

 で、面倒なのがこの俺の両親でな。

 父がハルペリア人で母がサングレール人だったんだ。

 両親を失った俺はとりあえず親類を頼って、遠い町にいる父方のじーさんを訪ねてみたんだが、まあ敵国サングレール人のハーフである俺にいい顔をするわけもなく。

 黒髪に白のメッシュが入ったいかにも雑種って感じのガキを引き取る気にはなれなかったんだろう。

 暴力こそ振るわれなかったが、手切金のようなものだけ渡されて追い出されたわけだ。

 

 普通のガキならここらへんで詰むような人生なんだが、あいにく俺は普通じゃない。

 

 俺は五歳くらいの頃には転生特典なのか何なのか知らないが、奇妙な力に目覚めていた。

 それを使えば、ひ弱なガキでもどうにか食っていけるだけの仕事にありつくことはできる。

 個人的には鑑定とか無限収納とか欲しかったんだけどな。まあ、そんなものがなくてもどうにかなるくらい、俺の持つギフトは有能さんだったわけ。

 

 

 

 ここまで語ると、なんか成り上がっていきそうな主人公感あるよな。

 戦争で両親を失った孤児の転生者。しかもギフト待ち。何も起こらないはずがない。

 

 いや、俺も貧乏には懲りたし、身寄りのない暮らしは嫌だったから立身出世を目指さなかったわけじゃないんだ。

 けどその足掛かりとして入ったギルドでその日暮らしを続けていくうちにこう……な? 

 別に今のままでも良いんじゃね? って気持ちになっちゃったわけよ。

 

 いや、まぁ俺だって多分強敵を倒しまくればどんどん強くなるだろうし、ハーレム生活だって夢に見ないわけでもないよ? 

 でもそのために一つしかない命を危険に晒せるかって話ですわ。

 むしろ危険に晒さないどころか、ちょっとした切り傷や打撲を負うのですら嫌だしね俺は。安全な仕事以外何もしたくねえ。

 

 同じ理由で知識チートもやってない。

 村にいた時一度だけリバーシ的なものを作って一儲けを企てたこともあったけど、村で広まってすぐに何故か村長の息子のクソガキが開発した遊びってことになってたし。

 それだけならまだしも、一月後くらいにクソガキが行方不明になるし。

 

 ……今ではリバーシは、貴族のどこかのお偉いさんが生み出した新しいゲームという触れ込みで王国に広まっているという。

 熱狂してプレイする人が多いってわけでもないんだが、少しお高めのカフェなんかに行くと普通に置いてあるくらいは好調な売れ行きだそうだ。

 

 ……いや、権力って怖いね。

 それを聞いてお前、知識チートしたいかっていうとね。

 ちょっと命がいくつあっても足りないかなってなるよね。

 

 

 

「モングレルさん、また清掃ですか?」

「おうよ」

 

 俺は受付に依頼票を差し出した。

 任務は最低ランクのギルドマンでも受けられるような雑用。都市清掃だ。

 ほとんど金にはならないし人気はないのだが、その割に貢献度の上がりがやや高め。

 何より綺麗好きな俺にとって掃除はさほど苦ではない仕事だった。

 

 つーか汚いんだよこの都市。全体的に。

 俺がよく利用する道くらいは綺麗であってほしいんだわホント。

 

「変わってますよねえ……清掃用具はいつもの倉庫にありますので、そちらをどうぞ」

「はいよー」

 

 

 

 都市清掃はゴミ拾いを中心に、必要とあれば汚物の回収も行う。

 現代人の感覚で言うと地面に落ちてる紙屑と馬糞のどっちが汚いかというと、まぁ大抵の人が馬糞を選ぶと思う。でもこの都市では雨で流れないものの方がゴミとして厄介者扱いされているので、優先度的には固形物の回収がメインなわけ。多分、下水の詰まりに直で影響するからじゃないかと思う。

 都市清掃とは別に下水道掃除なんてのもあるが、俺はそっちは絶対にやらない。臭いので。

 

「あらモングレルさん、また清掃? 怪我してるわけでもないのに」

「あ、どもっす」

 

 ゴミ拾いをしてると知り合いから声をかけられる。

 パン屋のおばさんは暇なのか、喋り好きなのか、特に絡んでくる人だ。

 厄介なことにパンを買ってない日が続くほど絡みやすくなってくる。

 言外の「買え」っていう圧力がつえーんだ。正直やめてほしい。

 

「ところで聞いた? 最近王都からやってきたっていう騎士様の話」

「あー、来るらしいっすね? ナントカっていう。宿屋とか大変そうですねぇ」

「そうなのよぉ。宿屋の旦那さんが愚痴をこぼしてたわ。騎士様って育ちはいいのに部屋の使い方がなってないらしいし」

「パン屋はどうなんすか。なんか、注文とか」

「それが全く! みんな食堂ばかりで誰も買わないんだもの。嫌になっちゃうわ」

「ははは」

「なに笑ってんの」

「すんません。今度買いにきますよ」

「あらっ、嬉しい! 楽しみに待ってるからね〜」

 

 街の人たちと話しながら、街を綺麗にする。

 すると自分が社会の一員になれた気分になるし、実際に街も綺麗になる。

 いいこと尽くめだ。

 

 何より、この貧乏そうな仕事してるアピール。これが大事なんだよな。

 羽振りがいい奴はすぐ犯罪者に狙われるけど、俺みたいな貧乏臭いことしてる奴を狙う馬鹿はそうはいない。

 

 街にとっては無害でちんけな存在。

 そう思われておくことが処世術としては大事なのだと、なんとなく俺は思っている。

 

 

 



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異世界の食事情

 

 メシが不味い。

 それがこの世界のメシ事情の全てだ。俺から言わせてもらえば、全く過言でもない。

 

 この国における穀物の主食は粥かパンのどちらかになる。

 だがどっちも不味い。パンは黒パンというか、雑穀混じりというか、まあふわふわとした上品なパンじゃないし。粥の方も白米で作ったようなものではなく、オーツ麦のようなものを原料とした粥だ。燕麦といえば良いかな。とにかく食べたときの違和感が凄いんだわ。

 

 スープ類も大して美味くない。なんというか、ダシが薄い。旨味成分が少ないんだよな。

 この世界じゃ肉片と豆類で旨味を出しているつもりなんだろうけど、地味だ。コンソメキューブが欲しい。塩味の濃さでなんとかなってる感が強い。

 

 サラダは論外だ。物によってはかなり美味いんだが、積極的に品種改良されてるわけじゃないからこう……俺の中では“雑草かな?”って味がするんよな。

 

 舌が肥えすぎだろって言われると、仰るとおりですと返すしかない。

 現代人の舌だぞ。そりゃ舌だってブクブクだわ。多少はここの味にも慣れたが、昔の味を忘れられたわけではない。

 

 しかし、そんなこの世界でも美味い料理が存在する。

 

 肉だ。

 

 

 

「肉おいてけオラァ!」

「ブギィィッ」

 

 クレイジーボアの突進をひらりと躱し、横から喉元を一閃。深く切り込んだ傷口からはドクドクと血が溢れ出す。

 ボア系の中でもトチ狂った突進で被害の多いクレイジーボアの討伐依頼。

 ただのイノシシと舐めてかかる新人ギルドマンを何人もブチ殺してきたこいつの依頼が来ると、俺は密かに心の中でガッツポーズを決めてしまう。

 それはこのクレイジーボアの肉が、なかなか美味いからだ。

 

「っしゃ血抜きだ! モツ抜きだ!」

 

 近郊の森は所々に川が流れている。クレイジーボアの巨体は100キロ近いが、それを軽々運んで川の中へとドボン。

 同時にバスタードソードで腹を縦に掻っ捌いて、内臓を掻き出す。内臓で食うのは肝臓(レバー)心臓(ハツ)だ。他にも色々食える内臓はあるけど、処理がめんどいのと味が好みじゃないのとで捨てることにしている。

 

 現代人では少々気後れするこの作業ももう慣れてしまった。

 飢えは時に人に強い行動力を与えてくれる。美味いもののためならいくらでも肉くらい掻っ捌くさ。

 

「よーし良いじゃん良いじゃん……」

 

 内臓の他には枝肉と、(タン)も食う。このでっぷりとしたタンが堪らないんだなこれが。

 豚といえば豚足とかもあるらしいけど、処理がわからないのでチャレンジしたこともない。脳みそも怖いから嫌だ。

 

 俺の基準としては、塩ふって焼いて美味いところが正義。

 塩振って焼くだけで滅茶苦茶美味しいのだからお手軽なものだ。下手な農耕作物や加工品を食うよりずっと良い。

 だから俺は、こういう食肉にできる魔物の依頼は積極的に受けることにしている。戦闘自体は楽だしね。ごちそうの居場所をざっと教えてもらえる神クエストや。

 

「うっめ」

 

 肉はその場で焼いて食うのと、燻製にするのと、持って帰るのに分けている。

 内臓系は猟師の特権ってやつでさっさといただく。特にレバーはあまり野菜を食わない俺の必要そうなものを満たしてくれる味がするので大切だ。

 タンも人にくれてやるよりは自前で食いたいので優先かな。背中の方の肉も美味いのでささっともらっている。

 脚肉は運びやすいし売り捌くのにも丁度いいので、持って帰るようにしている。ちょっとした金になる外、俺の趣味的なものとしてもなかなか役立ってくれるのだ。

 

 恥ずかしながら、手際は大してよろしくないと思う。

 だからこの作業も森に野営しながら行っている。夜の森は普通に魔物も出てくるが、肉のためなら俺は全力を出すので問題ない。

 

 ……タレ作りたい。タレ欲しいんだ、タレが。

 しかし醤油の作り方すら知らない俺にタレが作れるわけもなく。せいぜい香草入りの塩を作って振りかけるのが限界だ。

 畜生タレが恋しい。別に米とかはいらないがタレが欲しいぜタレ。

 

 

 

「おう? なんだモングレル、また随分とでかいもん仕留めてきたじゃないか」

 

 狩りを終えて街に戻ると、いつもの門番が暇そうに声をかけてきた。

 俺は肩に天秤棒と肉塊をぶら下げている。いい仕事をした後の勇ましい姿というやつだ。

 

「ちーっす、肉いかぁっすかー」

「肉屋かよ! ガッハッハ」

「うちこういう店のモンですわ。通してくれますぅ?」

「はいよー。肉屋さんのモングレル、近郊任務ね。札よこしな」

「……左のポケットにあるから取ってくれない? 見ての通り動けねえんだわ」

「野郎のポケットに手を入れさせんなよ……ほい、これだな。よし。けどお前、次から通用門から回ってこいよ」

「嫌だよ。解体屋に頼まなくても自分でできるんだからな」

 

 街への入り口には大抵、物資を運び入れるための通用門が置かれている。

 こっちは近郊の討伐任務で発生した魔物の死体とかを運び入れられるようになっていて、入ってすぐの所に解体所もあって便利ではあるんだが。

 そこの解体所に任せると手間はない代わりに金を差っ引かれるんだよな。

 しかも毎回“毛皮は?”って訊かれるし、“邪魔だから捨ててきました”って答えると嫌そうな顔されるし。正直あんま好きじゃないんだ向こうの門は。よほど大量の死体が出て解体が追いつかないくらいじゃないと使わない場所だ。

 俺は肉を自分で食いたいので解体は自分でやる。異論は認めない。

 

「変わり者だねぇ。肉屋に転職するつもりか?」

「考えないことはないけどな」

「お? ホントかよ」

「まあ俺は、腕っぷしの仕事のほうが向いてるよ」

「だろうな。クレイジーボアを一人で転がせるんならお前にとっちゃギルドマンが一番だろうよ」

 

 そう、別に肉屋もできないことはないんだろうけどな。

 でもせっかくのギフト持ちなんだ。これを程々に活用して楽しない手はない。

 

「あ、森の中で燻製作ったんだ。これお土産な」

「おっ! マジかよー! 貰っとくわ! 悪いないつも!」

「全員で食えよー。また揉めるだろうからなー」

 

 そして門番とは仲良くする。

 別に何か後ろ暗いことをしている賄賂というわけでもない。こういう職業の連中とは常日頃から仲良くしておいて損がないんだ。

 

 顔を通してあるとなにかの時、特に混雑時はさっさと出入りができるし、夜の閉門ギリギリになってもワンチャン入れてもらえるかもしれないしな。

 

 それに、俺が平凡な腕っぷしだけのギルドマンだと世間に思われていたほうが、色々とやりやすくもある。

 

「また飲み屋でな」

「おー! また今度な!」

 

 さて、討伐報告したらさっさと肉パにしよう。

 不味いパンやスープも、肉がたくさんあるだけでごちそうになるからな。

 



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謎の発明家ケイオス卿

 

 

「へぇ〜、これが新商品? 新しいペン? ただの陶器の棒に見えるけどな」

「ケイオス卿が考案した最新のペンだそうだ。先端の捻れた溝にインクを溜めて書くんだと。まぁここにあるのでも書き味は悪くないが、良くもないってとこだな。高級品にもなると引っ掛かりもなくて随分重宝されてるみたいだぞ?」

「安物しか扱ってないユースタスの店じゃあこれが限界ってことか?」

「失礼な奴だなモングレル! 庶民の味方と言ってもらおう! それに、この廉価版のガラスペンだって捨てたもんじゃないんだぞ? 今じゃギルドに何十本も卸してて、日に日に数が増えてるんだ。値段との兼ね合いで言えば世間に広まるのは間違いなくこっちになるだろうよ」

「ガラスじゃないのにガラスペンか」

 

 今俺は街の雑貨屋に立ち寄っている。装備メンテナンス用の油を買いに立ち寄ったのだ。

 そこでは店長のユースタス本人が珍しく店番をしていたので、買い物ついでに色々と新商品を冷やかしていたわけ。

 

 そんな時に目を引いたのが、このガラス……ガラス? 陶器ペンだった。

 形状はガラスペンそっくりだが、素材が陶器のようなものでできている。

 ガラスペン特有の捻れた溝が沢山ある筆先はそのままなので、多分似たような感じで書けるのだろう。見たところ焼成した後に上手く削って溝を作っているようだ。よく考えるわ。ここまでくると製造過程からして全く別物じゃないか。

 ガラスペンじゃなくて陶器ペンに変えた方がいいだろ。

 

「色ガラスなんて使ってるのはお貴族様向けの最高級だけだが、名付けたのは発明者のケイオス卿だからな。文句ならケイオス卿を探し出して言ってくれ」

「謎の発明家ケイオス卿ねぇ」

 

 ケイオス卿とは、何年も前から活動している匿名の発明家である。

 これまでに幾つもの便利な道具を生み出しており、その種類は多岐にわたる。効率の良い農具、工具、事務用品に生活用品。家具など調度品のデザインまで手掛ける幅広い発明家だ。

 生活に密接したアイデア商品をいくつも世に解き放っており、その庶民的な親しみやすさから人気が高いらしい。

 

 ケイオス卿は発明家のくせに特許のようなものは一切取らず、発明品を工房や商会に丸投げすることで有名だ。

 普通なら莫大な富を築くであろう発明のアイデアを無欲にもタダで、匿名で各地にばら撒く変人発明家。それがケイオス卿なのだ。

 

 ていうか俺です。ケイオス卿。

 

「前触れもなく新商品のアイデアを手紙で送りつける発明家。ケイオス卿のおかげで成り上がった商会も一つや二つじゃない。俺の店だってそうだしな。昔はもっと小さい店だったのが、今じゃ何人もの人を雇えるまでになった。ケイオス卿様々だよ」

「今は自分で店番してんのにな」

「今は使いにいかせてるとこだ、ほっとけ。……五年も前はこの街の商会といえば、ハギアリ商会の一強だったんだがね。まさかあの商会が落ちぶれるだなんて、当時は誰も想像してなかっただろう」

 

 ハギアリ商会は数年前までこの街の流通に深く食い込んでいた大きな組織だった。

 が、一強だったせいもありなかなかエグい独占が多く、アホみたいに吊り上がった値段の商品も少なくなかった。

 

 そんな時にケイオス卿が現れ、ほかの店に新商品の種をばら撒いたものだからさあ大変。

 ハギアリ商会の主力商品にバッティングするようなものが次々に生み出され、連中は瞬く間に凋落していきましたとさ。

 

 ……と、かるーく御伽噺のように語ってはいるが、当時を知る者としてはかなり血生臭い事件も絶えなかったのが真相である。

 

 儲かる者と落ちぶれる者。大金が絡むとなれば、この世界ではものすごく簡単に人が血を流すし、ポンポン死んでいく。

 ハギアリ商会が凋落するまではヤクザの抗争じみた血で血を洗う殺し合いも珍しくなかったくらいだ。

 

 今こうして俺とのほほんと話してるユースタスも、そんな血生臭い抗争を生き抜いてきた逞しい商人の一人である。

 商売の世界ってのはこえーな。

 

 

 

 ……まぁ、俺は便利な道具が世に出回れば良いと思ってるだけだから争いに巻き込まれなくて楽なんですけどね! 

 匿名で手紙を送りつけて後は放置。ロイヤリティはないけど、リスクなしで便利な道具が勝手に開発されて出回ればあとは買うだけだ。

 

 異世界ものの小説で主人公が開発から量産まで頑張ってる奴は多いけど、個人的にはそういう面倒な立場とかごめんだね。

 商人と駆け引きとか、職人と擦り合わせしたりだとか、儲かったら儲かったでトラブルに対処したりだとか……ああ、考えるだけで嫌になる。

 

 だから最初から丸投げ。これが正義だ。

 俺が儲けを手放す分開発も早いしね。世に出回ればこっちは買うだけで良い。

 唯一の難点は経済が回り過ぎて街に人が増え過ぎてるってことくらいだな。路上のゴミが増えて不衛生だ。俺の仕事が増えちまう。やれやれ。

 

「ま、記念に一本買っておくかな。ユースタス、これひとつくれ」

「あいよ。なんだかんだ最後には買うからお前は良い客だよモングレル」

「ちょうど金も入ったとこだったしな。あ、そうだ。あとは刀剣用の整備油もつけてくれよ。俺はそっちを買いに来たんだ」

「あー良いけど、油が少し値上がりしたぞ」

「はぁ? なんで」

「ガラスペンのおかげでインクの需要が増したからだな。ま、恨むならケイオス卿でも恨んでくれ」

「……やり場のない恨みだ。いいよ、割高でも買う」

「ははは、まいど」

 

 発明家ケイオス卿。

 その正体は誰もが追い求めているが、未だ謎に包まれている。

 

 多くの人は彼を道楽好きな貴族かなんかだと考えているらしい。

 こんな平凡なギルドマンだとは思ってもいないだろうな。

 

 

 

 



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売られた喧嘩

 

 

 さて。前にも言ったかもしれないが、俺はハーフだ。

 ハルペリア王国とサングレール聖王国。二つの国の男と女が夜に励み、で、俺が生まれたってわけ。

 

 ハルペリア人とサングレール人は、現代でいう白人と黒人ほどではないにせよ、そこそこわかりやすい人種としての違いがある。

 顔立ちはそこまで変わらないんだが、顕著に出る違いと言えば髪だろう。

 

 ハルペリア人の一部は夜のような黒髪を持ち、一方のサングレール人の一部は光に満ちたような白髪を持つ。全員が全員そうでないにせよ、黒髪と白髪は両民族をわかりやすく差別する上では非常に挙げやすい要素だと言える。

 黒髪に白のメッシュがいくつか走ってる俺の姿はまさに、ハルペリアとサングレールの合いの子であることを全力で主張してるわけだ。

 

 そうなるとどんなことが起こると思う? 

 

 ヒントは「ハルペリアとサングレールの仲が滅茶苦茶悪い」だ。

 

 良い子のみんなはわかったかな? 

 

 そうだね、人種差別だね。

 

 

 

「なんでギルドにサングレール人がいんだよ」

 

 真っ昼間のギルドにて、聞きなれない男の声がよく響いた。

 モノローグ内で無音で済ませておけるその内心を声に出したのは、わざと俺に聞かせるためだろう。

 

「サングレール人の奴隷にでも産ませたんだろ」

「ジジイみたいな髪しやがって」

「ハハハッ」

 

 四人組の新顔だが、装備や立ち居振る舞いは素人ってわけでもない。護衛か何かでこの都市にやってきたのだろう。

 だがこの都市で、しかもギルド内でわざわざこの俺を名指しで侮辱するとはな。

 

 確かに俺はサングレール人のハーフではある。

 数年スパンで戦争してる敵国だしな。恨みを持つ奴が多いのもわかる。実際こうしていびられることも珍しくはない。

 

 だが、長く国境を接しているからにはそれなりに交流の歴史もあるわけで、俺のような混ざりものもてんで皆無ってわけでもないんだ。

 俺はモロに混血が髪に出ちまってるが、上手いこと生まれを隠して世間に溶け込んでいるハーフはそこそこいる。

 だからこうして公然と人種差別をするのは、この異世界の都市をもってしてもそこそこ軽率な行いと言える。あー、だからつまり。

 

「なんだ、活きの良い新入りが来たな。けどギルドマン初期講習会は今日じゃないぞ? 日を改めて、入会費を持ってきてから来てくれや」

「……」

 

 買って良い喧嘩もあるってことだ。

 何にしても、言われっぱなしのままヘラヘラしても良いことはない。

 世間に愛想を振りまくのは大事だが、こういう馬鹿に媚び諂っていると逆に人望を失うまである。

 こっちは腕っ節の仕事をやってんだ。舐められたら殺す気持ちでいるのは決して間違いではないだろう。

 

 朝の道路清掃を終えて清々しい気分でゲロマズオートミールを啜ってたっていうのに、台無しだぜ。

 

 席を立ってカウンターに目配せすると、ちょっとうんざりしてそうな顔はしているものの、止めようとはしていない。

 まぁ自己責任で勝手にどうぞってことだろう。あとギルド内ではやめろっていう圧もちょっと感じる。言われなくてもここじゃやらんわ。

 

「サングレール人の混ざりもんが、調子に乗るなよ。安っぽい剣しか持ってねえ素人が」

「俺はトワイス平野でテメェのようなサングレール人を56人はぶっ殺してやったぜ?」

「その気色悪い白髪を引きちぎってやろうか、おう」

 

 いやさすがに56人殺しは盛りすぎだろ。どこの部隊長様だよ。そんな力あるなら首から下げた銅のアクセサリはなんなんだよお前。

 

「ここじゃ飯食ってる連中に迷惑だ。やるなら外でやろう」

「上等だ」

 

 こうして俺は四人のチンピラと一緒にギルドの外へと出てきたのだが。

 

「くたばれ」

 

 建物を外に出た瞬間、すぐ横で待ち構えていた男が拳を振りかぶってきた。

 いやおま、卑怯だろそれ。集団でリンチどころか不意打ちって逆に気合い入ってんな。

 

「へっ、そうくると思ってたぜ」

 

 鈍い打撃音と共に、俺の体が路肩に転がる。

 男の放ったパンチは完全に油断してた俺の頬に見事に突き刺さり、吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

 やだ、口の中ちょっと切ったかも……。

 

「……なんだこいつ?」

「いっ……たくねぇー、効かねえー……見た目ほど痛くねえわコレ……いやマジで……」

「ハハッ、馬鹿が。お前ら、やっちまえ」

「おうっ」

 

 弱いと見るや、男たちが一斉に襲いかかってくる。

 完全に決着を確信した勢いだけの突撃。変に警戒しながら囲まれるよりは随分とやりやすい。

 

「よくもやってくれたな雑魚共! オラァ!」

「ぐえっ」

 

 カウンターで一発腹にぶち込み、一人を沈める。

 その間にも三人が殴ってくるが、それを華麗に……避けれたら苦労はしないので、殴られながら反撃する。

 

「いでっ!?」

「なんだこいつ、強……!?」

「このモングレル様に喧嘩を売るってのがどういう意味かわかってんだろうなぁ!?」

「ぐべぇ」

 

 スタイリッシュにかわしながら一方的に相手を沈める戦闘テクニックなんてものは俺にはない。

 なので多少殴られるのを許容して、魔力をガンガン込めた身体能力ブッパで反撃する。

 

 こっちも痛いがそっちはもっと痛いだろオラッ! 

 

「や、やめてくれ、もうやめ……悪かった、謝る……」

「うるせえ馬鹿! 俺の髪を千切るっつってたよなお前! 許さんぞ!」

「ぎぃっ!?」

 

 前髪をほんの少しぶちぶちっと引き抜いて、頭突きで沈める。まずは一人。

 

「す、すまねえ、俺は何も……」

「なにが56人だ! ホラを吹くならもう少しキルスコア減らせ馬鹿!」

「うぎゃぁ!」

 

 できるだけ情けない青あざが顔に浮き出るように殴り飛ばして二人目。

 

「お、お助けぇ」

「不意打ちしたくせに許されると思うなよ! 情けねえ奴め!」

「いっだぁ!?」

 

 こいつはシンプルにムカつくし性根が腐ってそうだったので、手を殴りつけて指を折っておいた。痛みに悶えてうずくまり、三人目。

 

「わ、悪かったよ。俺らが悪かった。もうあんたに喧嘩は売らねえ……」

「お前、馬鹿にしたな」

「悪かった! 悪かったです! もうサングレール人なんて言いません!」

「お前は俺の、バスタードソードを馬鹿にしたよなぁ!?」

「えっ!? あっ!? いやしてはなぁ……い、です……!」

「喰らえバスタードソードキック!」

「ぐぼぇえっ!?」

 

 最後のリーダー格の一人の腹に蹴りをぶち込み、始末完了。

 ケッ、綺麗に清掃した道路が汚れちまったぜ。

 

「二度と俺とバスタードソードをコケにするなよ」

 

 倒れ伏す男たちに吐き捨てて、俺は静かにギルド内へと戻っていった。

 

 

 

「やるねぇ、モングレル。外から見てたよ。四人相手に怯まんとはな」

「いてぇ……超いてぇよ……ふざけやがってあいつらマジで……不意打ちはダメだろうがよ……」

「お疲れ様です、モングレルさん。任務の評価もあまり宜しくない、素行の悪さの目立つパーティでしたからね。今回のことも踏まえて、より彼らの査定を落としておきますか」

「ガンガン落としてやれエレナ……あと治療室使っていいかい?」

「いいですけど、お金払ってもらいますよ。後でで良いですけど」

「払うから頼むわ……いててて……」

 

 周りに自分の力をある程度見せつける意味も込めての今回の立ち回りだったが、痛いのは割に合わないなやっぱ。

 次があればスタイリッシュに避けながら戦う方法を考えておこう……。

 

 

 

「……モングレル、あれで昇級しないのか」

「らしいですよ。振られる仕事が好みじゃないそうで」

「はぁ。強いのにもったいないねぇ」

 

 

 



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後輩と半額の日

 

 

 俺には贔屓にしている酒場がある。

 

 ギルド内の酒場も顔馴染みが多いので利用することは多いのだが、いかんせん値が高くて品揃えが悪い。あそこはあくまで待ち合わせだとか、ギルドマン同士で交流するための場所だからな。値段設定も居着かれたら混雑して困るからってのもあるんだろう。

 

 だから俺が普段から利用するのは、別の店。ギルドにほど近く、宿も併設されてない料理一本でやってる店だ。

 その名も「森の恵み亭」。

 

 普段から安くて美味い人気店だが、今日この店は、いつも以上の賑わいを見せている。

 

 

 

「はいよボア串おまちどさん」

「ハムッ、ハフハフッ」

 

 10本一気にきた串焼き肉にすかさず食らいつく。

 塩味の効いた脂たっぷりのボア肉の串焼き。それが今日はいつもの半値で食べられるんだとよ。やべえだろこれ。

 まだ外もギリギリ暗くなる前だってのに、店の表に出てた看板見てすかさず滑り込んじまったわ。

 

 なんでも討伐に出てたギルドマンパーティーの連中が沢山のボアを仕留めてきたらしく、肉が大量にあるおかげで大盤振る舞いしてるんだと。

 店主がどんぶり勘定なものだから値段はそのままで串焼き肉が2本出てくる。だから実質半値なわけ。たまんねえぜ。ここに住んで良いか? 

 

「モングレル先輩じゃないスか。うわっ、めっちゃ食ってる」

「モガ?」

「いや口の中のもん飲み込んでからでいいスよ。相変わらず串焼き好きっスね」

「……ふぅ。ライナか、お疲れさん。見ろよこの串焼き、今日これ半額だぞ? 時代きたなこれ」

「いや知ってるスけど」

 

 俺の隣のカウンター席に座ってきたのは同じギルドマンの後輩女、弓使いのライナだ。

 弓と魔法使いで組んだパーティー「アルテミス」に所属している。遠距離攻撃の若き名手として、最近は名前も良く聞くようになった。

 ショートカットで起伏のない身体は色気も何もないが、こんな俺相手でも一応は先輩として立ててくれる。なかなか可愛い奴だ。

 

「そのボア、ウチらの“アルテミス”が卸したやつっスよ。麓でヤバいくらいのボアがいて、もう射抜くよりも解体のがしんどかったっス。身体ヘトヘトになったっス」

「え、この肉ライナ達が獲ってきたの?」

「そっス。ふふん、この店以外にも卸せるくらい大量っスよ。だから今日と明日は飲みっぱなしにするつもりで」

「ライナお前……なかなか腕上げたじゃねえか……俺は嬉しいぞ」

「……モングレル先輩、前にオーガを討伐した時よりベタ褒めでそれ全然嬉しくないんスけど」

「なんだよ心から誉めてんだよ。まんざらでもない顔しろ」

「無理っス。あ、すんませーん! エールひとっつくださーい!」

「ん。俺にもおかわりー!」

「はいよー」

 

 大量の塩串焼きにがっつきながら飲むうっすいエール。これが良いんだこれが。

 

「……そいや先輩、最近ギルドで喧嘩したんですってね」

「あ? あーそうだな、四人組の流れのチンピラでな。素人丸出しで襲いかかってきやがったから、俺の華麗な武術でヒラリヒラリと避けながら一方的にボコしてやったわ」

「聞いた話と滅茶苦茶違うんスけど。めっちゃ泥試合って聞いたスよ」

「なんだよ知ってんのか。ちぇ」

「でも四人相手に勝つってのは普通にすげースね」

「だろ? まぁけど向こうも半端者の集まりだったしな。相手が良かったよ」

 

 昨日のギルド外の乱闘騒ぎ。ああいうのはさほど珍しいことではない。

 軍役を経験した奴だとか他所の地方から流れてきた奴だとかは、新しい土地では自分の力を手っ取り早く誇示するために乱暴な真似をすることも多いんだ。

 連中も一人で粥啜ってる俺を見てカモになると思ってたんだろうが、アテが外れちまったな。悪いなこっちは転生チート冒険者なんだ。

 

 勝ち方は地味だったけど、それでいい。シルバー昇級を拒否してる腕の立つブロンズならあのくらいだろうからな。

 やろうと思えばもっと圧倒的な力でねじ伏せることもできたが、そんな力を公然と見せても良い事は少ない。

 

 ……いやほんとだよ。俺にはまだ見せてない力があるんだよ。マジだって。

 

「モングレル先輩もさっさとソロやめてパーティー組んだ方がいいスよ。バルガー先輩もよく誘ってるじゃないスか」

「いや俺はそういうの向いてないから……人のいびきとか歯軋りとか寝相とかダメなタイプだから」

「お貴族様じゃないんスから……」

 

 そうでなくてもいざという時に本気を出せないのは嫌だしな。

 万が一にも予期せぬ強敵が現れた時なんかは味方が足手纏いになりかねん。だから俺は今後もソロを辞めるつもりはない。

 

「ライナはどうなんだ。アルテミスでは上手くやってるか? いじめられたりとか」

「いやいや、みんな良い人っスよ。弓の詳しいこと色々教えてくれるし、お金もきっちり分けるし」

「お、そっか。良かったなぁ良いとこ見つかって」

「っス」

 

 ライナが村から出てきた時はまだ、同じ村の同世代の連中と一緒に組んでいた。

 しかしその仲良しパーティーも数ヶ月で雰囲気が悪くなり、解散。その後はライナも二つくらいのパーティーに入ったりしたものの、馴染めなかったり色々あったりで辞めている。

 

 今こうしてアルテミスで居場所を見つけられたのは、本当に良かったと思う。

 職場環境は人間関係が全てなとこあるからな……。

 

「はぁい、おまちどさん」

「わぁ、めっちゃ美味そっス!」

「ん? なんだそれ」

「知らないんスか先輩。ソテーに柑橘の皮のジェルを乗っけてる料理スよ。貴族街ではよく食べられてるみたいスよ。ウチのシーナさんも言ってたっス」

 

 あー、そういうね。なるほどそういうやつね。

 

「……なんスかその顔」

「わかってねぇなライナ。通は塩だぞ。素材本来の味を楽しめるんだ。最終的にたどり着くのは塩なんだぞライナ」

「私さっきモングレル先輩のことお貴族様とか言っちゃったスけど、やっぱ先輩貧乏舌っすよね」

「馬鹿やろおま、俺はハルペリアで最も繊細な味覚を持つ男だぜ?」

「っスっス」

 

 年々ちょっとずつ可愛げが無くなっていく後輩の成長を喜びつつ、今日は腹一杯に串焼きとエールを楽しんだのだった。

 

 

 



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収穫時期の街道警備

 

 ハルペリア王国の国土は広い。そして、そのほとんどが農業や酪農に秀でた平地だ。多少ある起伏もほとんどは緩やかな丘陵で、山地は所々にある程度。

 そのくせ国の真ん中あたりには大きめの河も流れているという神立地だ。

 

 弱点らしい弱点は鉱物資源が少々寂しいのと、石材が少ないくらいだろうか。だがそれも安定供給され続ける小麦の山を思えば些細な問題だ。

 

 ハルペリアはその名前と国旗に入っている図案が示すように、大鎌。いわゆる農夫が使うサイズの力を中心として発展した国だ。

 国民の多くは何らかの形で農業に関わっているし、その農業人口の多さから何も農民を蔑んだりすることはない。

 色々と国から手厚い補助を受けられるし、上手いことやってる農園なんかには意外と金持ちも多いのだ。

 

 が、国土が広いっていうのはそれだけで維持管理が大変である。

 

 収穫前の忙しないシーズンになるとどうしても、その浮かれた空気や羽振りの良さそうな荷馬車を狙ってか、小狡いことを考える輩が街道沿いに増えてくるわけでして。

 

「ミレーヌさん。この街道警備、俺一人じゃダメなのかい?」

「ダメです。……前の年も言いましたよねこれ」

「マジかー、8人以上で組むのかー。人多いと落ち着かないんだよなぁ」

「この時期の街道警備はならず者達への示威も兼ねてますから、数が揃ってないと意味が薄れるんですよ。単純に危ないですしね。諦めて受注してください。面倒でしたらモングレルさんはこちらで適当に割り振りますから」

 

 俺はソロ専だ。

 が、しかし完全になんでもかんでもソロで好き勝手できるわけではない。

 なぜならギルドは偉いから。偉い組織の決定には残念ながら従う他にないんだこれが。

 

 しかし収穫シーズンに入ると毎年こんな感じだ。

 軍属の連中もギルドマン達も、街道や人の少ない農村なんかに駆り出され、警備や手伝いにあたる。

 収穫は大人から子供までみんな総出でやるものとはよく言うが、このハルペリア王国では国民全員が働き手になるわけ。

 

 いや、まあ良いんだけどな。街道警備も農村付近の見回りも大してキツい仕事ではないから。

 ただこれなー、村の好意という名の強制で収穫祭に参加させられるのがわりとだるいんだよな。

 よくわからんヘンテコな踊りを踊らされるし。

 酒飲むとほぼ間違いなく力自慢バトルが始まるし。

 大して好みの味付けでもないご馳走を腹一杯食わされるし。

 なんで田舎の爺さん婆さんは異世界でもあんなに飯食わせようとするんだろうな……俺はそろそろ胃袋がつらい年だよ……。

 

「そういえば、アルテミスがあと2人分空いてますけど。モングレルさんの知り合いもいますしそっちに入れときましょうか?」

「やだよ、あそこ女しかいないもん。女だらけの集団に男少数とか罰ゲームみたいなもんだよミレーヌさん」

「酷い言い草ですねぇ……あ、じゃあこっちのレゴール警備部隊の方々のはどうでしょう。三班のカスパルさんとお知り合いでしたよね?」

「おお、カスパルさんのパーティーに空きがあるのか。ちょうど良いや、じゃあそこにお願いできるかな」

「派遣先はレゴールから結構ありますけど?」

「どうせやらなきゃいけない仕事だしなぁ。せっかくだから遠出して、見慣れない景色でも楽しんでくるよ。ミレーヌさんお土産何が良いとかあるかい?」

「ギルドマンの無事の帰還こそ、私たちにとって最良のお土産ですよ」

 

 おそらく今までに何度も男どもに言ってきたであろう“お前の土産はいらね”の上品な言い換えに、俺はちょっとだけ傷ついたのだった。

 

 

 

「やぁモングレルさん。久しぶりだねえ……元気そうで何よりだよ……」

「おおカスパルさん、お久しぶりです……けどまたなんかやつれてませんか。大丈夫なんですかそれ」

 

 早朝。ギルドの資料室前のベンチにひっそりと固まっている爺さん達の中に、カスパルさんはいた。

 彼はこの街レゴールの警備部隊に所属する腕の立つヒーラーである。

 

 が、カスパルさんの身体は小刻みにプルプル震え、何故か既に眠そうな半目の下にははっきりとしたクマが出ている。

 正直何徹したらこんなビジュアルになるのかは俺にはわからない。もしも俺がヒーラーだったらこの場でベンチに寝かせて休ませてやるところなんだが、残念なことにカスパルさん自身がヒーラーだ。

 医者の不養生とはまさにこのことだろう。

 

「いやぁ、昨晩貴族街から急患が来てねぇ……本当は私も明日に備えて休みたかったんだが、顔馴染みだし、私の腕を見込んでわざわざ来たんだと言われたら断れなくてねぇ……」

「……お疲れ様です。てか無理はしないでくださいよほんと。今日大丈夫なんですか、その調子で」

「ああ、私らは馬車に乗ることになってるからね……そこで休ませて貰うつもりだよ。平気平気……」

 

 どう見てもカスパルさんが一番急患っぽいオーラ出してるんだけどな……。

 

「やぁどうも、モングレル君だったかな? 話はカスパルさんから聞いとるよ。私は三班班長のトマソンだ。歳食った男ばかりのパーティーになるが、まぁよろしく頼むよ」

「どもども、トマソンさん。モングレルです。カスパルさんにはいつもお世話になってます。今回はよろしくです」

 

 俺の暮らす街レゴールの警備隊はなんというか、雰囲気的には町内会のおっさんの集まりみたいなんだよな。

 気心知れた男達が集まって見回りしてるというか。

 

 もちろん彼らは歴とした警備隊のメンバーなので、実力は確かだ。……少なくとも若い頃は。

 だから腕前に関しては、新米ギルドマンを寄せ集めたパーティーという名の烏合の衆よりも遥かに信頼できるだろう。

 

 出発前から既に死にかけてるカスパルさんも、かつては王都の教会に勤めていたエリートなヒーラーだ。

 お偉いさんの不正や横領について問いただしたら色々あってレゴールに左遷されたという経歴を持つ、温厚そうな顔に似合わずなかなかロックな爺さんである。当の本人にその時のことを聞いてみても穏やかに微笑むだけなので、多分ガチのやつだ。

 俺はそんな彼らの腕前を全面的に信頼している。

 

 

 

 馬車は遠い農村に送り届ける必需品と死にかけのカスパルさんを詰め込み、予定通りに出発した。

 

 荷馬車の早さは人の歩く速度とあまり変わらない。警備部隊の爺さん達を含めた俺たちは馬車の前後に分かれ、囲むような陣形で歩いている。

 

 まあ、歩く早さって言っても装備を着込んだ爺さんたちの歩きだからな。普通よりものんびりしたスピードだ。

 歩いている間にも何度も使い古したであろう内輪ネタでガハハと陽気に笑い合っている。こういう空気の中には無理に入ろうとせず、遠巻きに楽しそうにしているのが一番だと俺は知っている。

 

「良い陽気だ。雨じゃなくて助かった」

「ほんとほんと。今年も豊作だわ」

 

 道すがら、遠くの農地で麦を刈り取る農夫の姿が見える。

 麦わら帽子を被った屈強な男が、槍のように長い柄の大鎌を振るい、立ち並ぶ麦の壁を少しずつ切り崩しているらしい。

 

 石突を腰に当て、身体ごとぐいっとスイングして鎌を薙ぐ独特の動き。ああいうのを見ると、非効率だなぁとは思いつつも、こういう景色もまたひとつの文化でもあるんだなって気分にもさせられる。

 

 柄の中ほどにハンドルを取り付けた大鎌、グレートハルペ。

 嘘か真か、王都の馬上騎士の装備の一つにあの大鎌を採用することもあるのだそうだ。ほんとかよって感じだが、この世界ならあり得ないでもないのが怖いところ。ま、ロマン武器なんだろうな。悪くないとは思う。鎌かっこいいし。俺の趣味ではないけども。

 

「やー腰が痛い。すまんね、俺もちょっと荷台で休ませてくれ」

「ガハハ、歳だねぇ」

 

 道中、何度か爺さんたちが荷物になったりで遅れは出たが、どうにか薄暗くなる前に最初の中継地点には到着できたのだった。

 これをあと二日か三日は続けるわけよ。

 異世界の移動は大変だ。まぁ、色々見てて楽しくはあるんだけどな。

 

 



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畑の害獣駆除

 

 

 道中は盗賊もゴブリンも湧かず、雨も降らないので終始穏やかなものだ。

 カスパルさんの体調も日に日に改善し、警備目的の村に到着する頃にはすっかり元気になっていた。

 

 しかしカスパルさん、薄めたポリッジを震える手でちびちび啜りながら時々無言でアルカイックスマイルを浮かべるという、なんかもう終末医療受けてるお爺さんみたいな飯の食い方をするもんだから、見ている側としては結構気が気でない。まぁ実際は元気なんだろうけどさ。なんか怖いのよ。

 

「収穫期は賑やかで良いですねえ……」

 

 俺たちの派遣先であるトルマン村は、どこの都市からも離れたところにある田舎の村だ。

 俺が拠点にしている都市、レゴールから近いというわけでもないんだが、他にトルマン村から近い街もなく、まあ不便な土地なんだ。

 

 こういう収穫期の街道警備や村の警備には大抵、近隣の街にいる村出身の奴らが里帰りも兼ねて行くことが多いんだが、トルマン村は田舎過ぎてそんな出稼ぎギルドマンもいない。

 だから今回やってきた縁の無い俺たちは完全なお客さまみたいなもので、普通なら警戒される対象だ。田舎はよそ者に厳しいからな。

 しかしトルマン村はその辺り大らかな気風らしく、俺自身もサングレールのなんちゃらなんて言われることもなく良くしてもらえている。

 

 今こうして農作業を眺めながらカスパルさんと穏やかに白湯を啜っていられるのも、結構ありがたいことだった。

 例年だと風当たりが強かったりするんだが。

 

「カスパルさんはここでもヒーラーとしてなんかやるんですか?」

「ええ、午後の休憩時間に広場で、軽く治療を……収穫は怪我する人も多いですからねえ」

「手とか切ったりしますもんねぇ。俺も村じゃよく血ぃ流してました」

「傷に土や泥が入ると良くないですからねぇ。モングレルさんも気を付けてくださいよ……」

 

 トラブルとしては草や刃物で手を切ることがほとんどだが、麦畑の中に潜んでいる野生生物が襲いかかってくることもあるのだからこの世界はなかなか気を抜けない。

 好戦的なニシキヘビみたいな奴が畑から現れるなんてこともしょっちゅうだ。だからこそ不意の遭遇を防げる、柄の長い大鎌が好まれているのかもしれないな。

 

 俺のいた村ではカランビット的な……猫の爪をデカくしたようなナイフを使ったちまちました収穫方法がメインだったな。

 あのナイフ、見た目からして暗殺者しか使わなそうなビジュアルのくせになかなか便利なんだ。Amazonの段ボールとか滅茶苦茶開けやすそう。まぁ、今は愛用のナイフを持ってるからいらないんだが。

 

「おーい、そこの若いギルドマンさんよーう」

「モングレルさんですね。あちらの方がお呼びみたいですが」

「なんですかね。はーい、なんすかー」

「畑にゴブリン居やがってよー、畑の外で殺しといてくれねえかー」

 

 おっと、仕事の時間か。

 三班の爺さん達は警備で村を回ってるし、体力的にも俺が一番だ。

 もう少しサボっていたかったが仕方ない。働こう。

 

「私もあとで広場に行かなければ。モングレルさん、お気をつけて……」

「うぃーっす。カスパルさんも無理しないでくださいよ」

 

 

 

 ゴブリンはどこにでもいる。

 多産だし、妊娠期間も短いし、猪とヤっても孕ませるし、悪食だし、何より小柄だ。

 思いもよらない狭い穴の中に隠れ家を持っていることは多いし、大胆にもこんな村のど真ん中、麦畑の只中で暮らしていることもあるほどだ。

 

 背の高く育った麦畑はそれだけで森をも上回るほどの遮蔽になる。

 正条植えをしてれば多少は視界も通るのだろうが、この世界の畑のほとんどは適当なバラマキに近い。麦畑の奥は人の手の届かない場所となっている。

 

 余程なことが無い限りは収穫までは手入れもされず、麦畑のど真ん中に人が来るとすれば田舎の若い男と女がコソコソ忍び込んで野外でチョメチョメするくらいのもんだろうか。

 だからこそ小柄なゴブリンにとっては、麦畑はなかなか優れた隠れ家になってしまうのである。

 

「ほらあそこよ。やろう、うちの麦を踏みつけやがって」

「あーいるなぁ。畑に血を撒くわけにゃいかないか」

「んだ。あっちの方で仕留めてもらえりゃ一番だ」

「はいよ。じゃあさっさとやっちゃうから、念のため別の作業やってて」

「んだな」

 

 案内された収穫中の麦畑の奥には、確かにゴブリンたちらしき影が見える。

 近くから悪臭が漂っているので間違いない。数は2匹ほどか。

 

 地元の農家連中でも殺せる相手だが、せっかく俺らがいるんだしな。

 本職の鮮やかな仕事を見せてやろう。

 

「さて、まずはこれかな」

 

 ゴブリンは好戦的だが、まるきり馬鹿ではない。相手が強いと思ったら普通に逃げ出すくらいのことはする。

 しかし、ムカつく奴がいたら怒りに任せて釣られる程度には馬鹿だ。

 

「ほぉーらゴブリン君、わかるかなぁこの美味しそうな干し肉。んー、実に美味い」

 

 取り出したのは干し肉だ。

 作るのに少し失敗して、変な香りが強く残った微妙なやつ。

 

 しかし臭いがある方がこういう場面ではなかなか使えるもので。

 

「グガ」

「ギャッギャッ!」

 

 ゴブリン達は“それは俺たちのだぞ!”と抗議でもするかのような鳴き声で俺を威嚇し始めた。まだ麦の中から現れない。けどもう少しだ。

 

「ん〜そんなに欲しいかぁ〜? じゃー皆さんにもひとくちだけ〜……」

「ギャッ! グキャッギャッ!」

「やっぱやーめたぁああああ! うんめぇええええ!」

「グギャァアアアッ!」

 

 はい釣れたぁ! うっは超怒ってる! 

 さて次は畑の外まで引っ張るか。

 

「ほら見てくださいこのジューシーなお肉……まるでA5ランクステーキのような上品な……!」

「グゲッ!」

「ギャァギャァ!」

「今ならこちらのお肉を視聴者プレゼントぉ〜……しませぇええん! おいしぃいい!」

 

 身体能力でも人間の方が遥かに優れている。

 畑の土の柔らかさに足を取られないように気を付ければ、ゴブリンたちに追いつかれることもなく悠々と道の方にまで吊り出すことができた。

 

 ゴブリンは殺意満点だ。俺が一体何をしたっていうんだ? このまま一匹仕留めても戦意が衰えなさそうでありがたいけどさ。

 武器は2匹とも棍棒のみ。そのリーチもショートソード以下だ。

 

「さて、それじゃあ三秒クッキングを始めるか」

「グギャ……!」

 

 バスタードソードを革鞘から引き抜き、猛る一匹の頭頂部へと振り下ろす。

 刃は頬まで食い込んで、速やかに絶命した。

 

「まずはゴブリンの叩き」

「ギッ……!?」

「お前は開きだな!」

 

 驚きに身を固めた残る一匹も、胴体を深く袈裟斬りにして終了。

 まぁゴブリン相手なんてそんなもんである。

 

「おーい、ゴブリン終わったよー」

「ありがとなー」

 

 その後収穫作業は再開され、俺はゴブリンの死体の後片付けというあまりやりたくない作業を任されたのだった。

 

 こんなことなら血塗れにせず殴り殺した方が良かったかもしれん。

 

 

 



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ライナとミレーヌのお茶の時間

ライナ視点


 

「え? モングレル先輩、ウチらのパーティーと一緒にやるの断ってたんスか?」

「んー、一度それとなくおすすめはしてみたんですけどね。アルテミスと一緒は気が向かなかったみたいで」

「えぇー……なんスかそれ……」

 

 収穫期。それはギルドマン達にとって仕事の季節。

 故郷に戻って収穫を手伝いにいく者もいれば、この時期特有の貢献度稼ぎのために仕事に奔走する人も数多くいる。

 

 私のいるパーティ、アルテミスはほとんどが女性なもんで、貴族街の御婦人の護衛とかで仕事が結構ある。

 

 けど、今回の派遣警備はそういうのとは関係なかったんだけど……モングレル先輩のことだから、女だらけなのは嫌だとか言ってたんスかね。言ってそうスね……。

 

 受付のミレーヌさんに頼んでみたけど、駄目だったかぁ。うーん。

 

「ライナさん、モングレルさんと一緒の方が良かったですか?」

「えーまぁはい。モングレル先輩とこの前会った時、ウチらがオーガの討伐を達成した任務あったじゃないスか」

「はいあれですね。ルス養蜂場に出たはぐれオーガ。アルテミスの大金星でした」

「うっス。……あの討伐よりも、クレイジーボアを大量に仕留めた時の方が偉いとか言って褒めてきたんスよ。ヤバくないスか」

「あ、あはは……」

 

 オーガの強さくらい、モングレル先輩も知ってるでしょうに。

 クレイジーボアを何頭仕留めたってあの激戦とは比べ物にならない。私だってめっちゃ頑張って戦ったし、そのことについて少しくらい褒めてくれたっていいのに……。

 その後のボア退治の方がウケ良いってどーなってんスかねあの先輩は。

 肉なんスかね。肉のことしか考えてなさそうスもんね先輩は……。

 

「だからまぁ……先輩と一緒に仕事して、私も成長したんだってところ、見せたかったなー……と」

「ふふ」

 

 ミレーヌさんは私の話を聞きながら、薄く笑った。そしてペン立てに、最近流行っているらしいガラスペンとかいう筆を置いた。

 どうやら仕事に一区切りがついたらしい。

 周りを見回せば、昼過ぎの中途半端な時間なせいか、すっかり人もはけている。

 

「ライナさん。そこ、座ったらどうですか。私も少し休憩するので、ちょっとお話でもしましょう。お茶でも飲みながら」

「っス。あ、お金は払います。もちろん」

「あら、偉い。奢ろうと思ってたのに」

「大丈夫っス」

 

 ギルドの中で飲むお茶は決して安いわけじゃないけど、結構落ち着く。

 何より自分で稼いだお金でつく一息は、なんていうか地に足がついてるからか、満足感がある。

 

 ……村にいた頃は、こんな気分で休憩できなかったな。

 

「ライナさんも最近は落ち着きましたね。最初のパーティーから……本当に良かったです。都市外からやってきた若い人のパーティーは、すぐにリタイアするか、野盗に堕ちてしまうので」

「やぁ……でもキツかったスよ。何やっても稼げないし、うまくいかないし、怪我したら儲けどころじゃないスもん……正直、最初の頃は何度も思ったっス。村に戻って頭下げて、猟師に戻してもらおうかなって」

「一緒に村からこられたお二人はそうしましたよね? ええと、名前はなんでしたっけ。男の子と、女の子と……」

 

 そう、私は三人で村を飛び出して、レゴールへとやってきた。

 田舎者からしてみたら憧れの都会。ここでなら、村でやってきた狩りの腕前で大金を稼げるはずだって。

 

 ……まー、厳しい現実にぶち当たっただけだったスね。

 色々あって馴染みの二人はさっさと村に戻っちゃったし。

 

「あの二人は良いんスよ。村でよろしくやってるっス」

「仲が良かったですものね」

 

 別れて、私一人になってからはさらに辛かった。

 一人だと効率が悪いし、色々とお金がかかるし、何よりも寂しかったし。

 

 他のパーティーに入れてもらったりもしたけど、全然溶け込めなくて、失敗もするし、お金をだまし取られたりなんてことも……。

 

「……モングレル先輩に出会わなかったら、私も村に帰ってたかもしれないス」

 

 

 

 一年とちょっと前くらい。

 パーティーを転々としていた私は、レゴール近郊の森で野鳥狩りをしていた。

 

 そこで出会った。

 黒髪に、サングレール人のような白髪の混じった、一人ぼっちの男性を。

 

『ふっざけんなよなんで最大まで引き絞って撃った矢が弾かれるんだよ! この弓矢壊れてるんじゃねえの!?』

 

 一人ぼっちのあの人は、市場で安売りされていたおもちゃのような弓矢でマルッコ鳩を撃ち落とそうとしていた。

 

 やべー奴いるな、って思った。

 

 どうみても片腕より短い弓だったし、矢だって矢じりがついてるけど短いし。矢羽が何故か一枚無かったし。

 

 “そんな弓で狩りなんてできるわけないっスよ”って。

 相手は知らない人だっていうのに、思わず口に出ちゃったくらい。

 

 言った直後はしまったって思った。また変なこと言っちゃったせいで、怒鳴り返されるって怯えそうになった。

 

『マジで? じゃあどうしたら良い?』

 

 けどモングレル先輩は、まだちっさい子供で、女の私に対しても、たぶん……対等に接してくれた。

 侮りも騙しもしない。乱暴な真似も、馬鹿にするようなことも、絶対にしなかった。

 

『これ子供用の練習道具なの? 嘘でしょ? 600ジェリーしたんだけど?』

『逆にそういう弓の方が作るの大変そうだし、高いかどうかは私にはわかんないスね。ちなみに普通の弓だったらこんくらいの威力は出るっスよ、っと』

『うおお!? すげぇ! 速い! 武器じゃん!』

『いや武器スけど』

 

 私が鳥を撃ち落とすと大げさなくらい驚いて。褒めてくれて。

 

『なぁ、この鳥さ。たくさん狩れるんだったらできるだけ狩ってくれないか? 内臓取って羽根毟ってくれるなら相場の四割増しで買い取るぞ。依頼はちゃんとギルドで出して良い』

 

 私がお金に困ってることを知ると、自分じゃあまり得にならないような取引を持ちかけてきて。

 

『狩りだけして帰ってくるのもったいなくない? こういう山菜とか木の実とか取ってくりゃいいのに。門のとこで常時買い取りしてるぞ、コレとか』

『え、こんなの売れるんスか』

『煮詰めてジャムとかにするんじゃねえの。あ、でもこっちは揚げると美味い』

 

 私に色々と、お金の稼ぎ方だとか、ギルドでの身の振り方とかも教えてくれた。

 

 ……地道な働きをアルテミスの人らに認められて、パーティーに入れるようになったのは、全部モングレル先輩のおかげだ。

 

 あの人とパーティーになって何かをしたって経験はないけれど、ずっとずっと裏から支えてもらえてたのはわかっている。

 

 だから、まあ。

 

 一度くらい一緒にパーティーに入って、仕事とかしてくれても良いんじゃないかって、思うんスけどね。

 

 

 

「ふふっ。モングレルさんね。結構好き勝手やってるように見えて……実際に好き勝手やっているけれど、面倒見は良い人ですから」

「スよね。私もそう思うっス。変な買い物するだけの人じゃないっス」

 

 ギルドでのモングレルさんの立ち位置は、変人だ。

 迷惑なことをするわけじゃないし、明るくて友達とかも多いけど、まぁでも遊び人で、変人だ。

 

「……モングレル先輩も、一人じゃ絶対寂しいっすよ。私は先輩に寂しい思いしてほしくないんス」

 

 そのせいか、モングレルさんはずっと一人だ。

 この前も流れのやつらに喧嘩を売られたっていうし、絶対に危ないと思う。

 

 だから、どこかのパーティーに入ってて欲しい。

 

 ……ウチらのとこでもいいから。

 

「まあ、そうですね。心配なのは私も同じです。けれど、あの人もきっと、色々と考えがあって一人でいるのでしょうから。私達が強制できるものではないですよ」

「……んーまぁそれはそうスね」

「大丈夫です。モングレルさんはブロンズとは思えないくらい強いですし、精神的にも……まぁ時々変なことはしているようですが、誠実なのだけは確かですから。少なくともあの方は、悪事を働いたりすることはないでしょう」

「まぁ、そスね。悪いことするっていうのは、想像できないっス」

「きっと今も派遣先で、模範的な正義のギルドマンとして働かれていますよ」

 

 正義、かぁ。

 模範的な正義の……モングレルさんが。

 

「フフッ」

「うふふっ」

「や、何笑ってるんスかミレーヌさん」

「いえいえ、ふふっ。ライナさんも笑いましたよ」

 

 悪じゃあないけど、正義っていうのもどうなんスかねーあの人。

 いやすげー良い人なんスけどね。

 

 



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落穂拾い

「ウハハハハハ! 我こそは混沌の帝王テラ・カオスなり! トルマン村の勇者達よ! 我が邪悪なる力にひれ伏すが良い!」

「きゃー!」

「うわーっ!」

 

 ダートハイドスネークの大きな頭を帽子の上にくっつけた不審者が、村の子供達を恐怖のどん底に陥れている。

 そう、何を隠そうこの俺モングレル……いや! 我こそは混沌の帝王テラ・カオスなり! 

 

「キシャァアアア!」

「きゃー! こえーっ!」

「こ、このぉー!」

「ウハハハハ! 混沌の帝王にその程度の武器など効かぬ!」

「このっ、このっ! こいつめぇ!」

「ウハハハ痛っ、肌出てるところを叩くとはなかなか素質が痛っ! ……ぬぅん! 害悪ボスの特権、武器破壊!」

 

 はい木の枝ボキーッ! 

 

「あーっ! 壊したーっ!」

「ウハハハハ! テラ・カオスに効くのは小麦に詰まった大地のエネルギーのみよ……! 貴様らが協力して落穂を拾い集めなければ、決してこの武器の封印は解かれぬのだぁ!」

 

 そんなことを嘯きながら、俺は懐に入れておいた小さな弓矢を取り出してみせた。

 

「弓だ!」

「それなに!?」

「ウハハハハ、落穂がこの袋いっぱいに貯まったならこいつをくれてやろう! それでこのテラ・カオスを倒せればの話だがなぁ!」

「……集めてくる!」

「俺も!」

「私向こうの畑行ってくる!」

 

 子供用の弓に釣られ、幼い子供達はそれぞれの畑へと散っていった。

 さんざん木の枝を振り回した後でこの元気。やっぱ子供ってモンスターだわ。

 

「お疲れ様です、モングレルさん……お上手ですねぇ、子供達の扱い」

「あ、カスパルさん。午前の診療は終わりですか」

 

 帝王変装キットを脱ぎ捨てると、村の広場で診療にあたっていたカスパルさんが戻っていた。

 また何度も治癒魔法を使ったのだろう。朝見た時よりも不養生ゲージが溜まっているようだった。

 

「収穫もほぼ予定通り終わり、あとは今夜収穫祭やって、明日帰りってとこですかね」

「そうなるかと。大きな怪我もなく無事に終わって良かったです。モングレルさんも、色々とお疲れ様でした……」

「いやいや、カスパルさんほどじゃないですって。マジでお疲れ様です。てかちゃんと寝てます?」

「いやぁ、虫と蛙の声が……慣れないですねぇ、こればかりは……」

「あー、王都も街も夜は静かなもんですからね。ま、休み休みやっていきましょ」

 

 警備らしい警備は今日でおしまいだ。

 数日の任務だったが、盗賊が来るなんてこともなく無事に終わって何より。

 畑近くに出てきた虫とか蛇とかゴブリンを仕留めるだけで平和なもんだ。

 炙り出されて街道や別地域に逃げていった奴らがいたとしても、今の時期なら誰かしらの巡回に引っ掛かって処理されるだろう。そこらへんになるともう俺たちの仕事ではない。

 

「村の人らはどうですか。なんか重い病気とか、怪我とか」

「いましたね。ほとんど足腰でした。お辛かったでしょうに……」

「あー、まあ、この辺だと治療院もないでしょうしね。農作業なのに腰はキツい」

 

 だからこそ腰の負担が少ない大鎌ってことでもあるのかもしれない。

 しかし歳を食えば積み重なる負担を誤魔化すのも難しくなっていくだろう。

 

「……距離の問題もあります。お金の問題もあります。しかし何より、そんな現状でも構わないと諦め……適応できてしまう。そんな彼らを見るのは、正直なところ辛いです」

 

 落穂を集めて次々にずた袋に放り込む子供達を遠い目で眺めながら、カスパルは呟いた。

 

「都会の人間が70年生きるところを、こうした村の方だと50年ほどしか生きられないと言われています。治癒を受けず、悪い病状が溜まり、やがて耐えかねて亡くなってゆく……しかし、村にとってはそんな生き方こそが常識で、疑問に思うものでもない」

「……教育の問題ですか?」

「はい。つまりはそういうことなのだと、私は考えてます。……なんて。他所で迂闊に喋ってはいけませんよ、モングレルさん。あまり農民への教育に気が進まない人々も、多いですから」

「うへ〜」

 

 知らんかった。そんなこともあるんだな。

 予想してなかったわけじゃないけど、はっきりとは見えてない地雷だったわ。

 

「……ヒーラーの数は常に逼迫しています。王都も街も、それは変わりません。……王都は少々、治療の順番を“横入り”する方も多いですが、それを踏まえても圧倒的に数が少ないのが事実です」

「緊急じゃないと下手したら何日も待たされますもんね」

「ええ。……私はそれをどうにかしたい。しかし、自分の体力と精神力を注ぎ込んでいるだけでは、救える命には限界があります。だからこそ、後進の育成をしなければなりません。ですが……」

 

 落穂を拾い上げる子供達の姿を見て、カスパルさんはため息をついた。

 

 ヒーラーは専門職だ。その治療魔法の難易度は攻撃魔法よりもずっと高いと言われている。

 だからヒーラー人口を増やすためには、子供達への手厚い教育が必要なのだが……。

 

 農民に生まれ、農民として土地を継ぐことを望まれている子供達には、なかなかその機会が与えられていない。

 税を搾取されまくっていないだけマシなのかもしれないが、どん詰まり感はまぁ、ある。

 

「私のようなヒーラーの手が届かないのであれば、せめて……今より少しでも怪我がなく、病気がなく、健やかに暮らしてほしい。……この老体では、そう祈ることしかできません」

 

 

 

 収穫祭は慎ましくも田舎っぽい飯のスケール感で盛り上がり、夜は更けていった。

 俺としてはこういう民族的なお祭りは眺めてる側にいたいんだが、若い奴はじいさんばあさんのもてなしに引き摺り込まれなければならない義務がある。

 一緒によくわからんダンスを踊り、よくわからん歌を歌い、イマイチなごちそうを食い、おかわりが運ばれ、さらにおかわりが運ばれ、そんなことしているうちに祭りは終わった。

 

 腹一杯でなんも食えねえ。

 ご機嫌で振る舞われた料理もごめんなさい絶妙に美味しくない。本当に申し訳ないとは思ってるけど苦手なもんは苦手だ。

 

「おじさんありがとー!」

「弓矢ありがとー! おじさん! またきてね!」

「お兄さんと呼んで良いんだぞ? またな! 弓で人を狙うんじゃないぞ!」

 

 償いというわけでもないが、長年荷物の邪魔になっていた子供用の練習弓矢をくれてやり、俺たちは帰路についた。

 

 帰り道は班長のトマソンさんが収穫の手伝いで腰を悪くして馬車のお荷物になっていたというトラブルこそあったが、それ以外は平穏なもの。

 結局行きも帰りも大きな問題の無い、実に平和な任務に終始してくれたのである。

 

 収穫期は毎年気乗りしないけど、大鎌の扱いを少し体験させてもらったし、レゴール警備隊三班の爺さんたちと仲良くなれたのは良かったな。

 また今度何かで一緒になることがあれば、お世話になるとしよう。

 

 ……年齢的にその“また今度”で何人か死んでてもおかしくはないが。

 

 

 

「人間、誰しも生きてるうちが華だわな」

 

 レゴールに戻ってきた俺は、拠点にしている宿の部屋で久々の工作作業を進めていた。

 水を入れた平皿の上に数種類の顔料と油を慎重に垂らし、水面に浮かび上がった色とりどりの油膜を、針を使って混ぜ、模様を作っていく。

 ラテアートのようなサイケデリックアートのような、ちょっと変わった色合いのマーブル模様。

 その油膜に、ついさっき書き上げた小さな手紙を慎重に潜らせてゆく。

 

「よし」

 

 すると、手紙が油膜を被ってマーブル模様がつく。

 模様は薄い色をしているので描いた文字は難なく見える。

 あとはこの上からスタンプを押して……手紙を畳んで、俺オリジナルの刻印で封をする。

 

「……ま、死ぬ前に恩返しくらいしておきたいからな」

 

 それはモングレルではなく、ケイオス卿としての手紙。

 最近は出してなかったから、ちょうど良いタイミングだ。

 

 俺は普段は身につけないローブを手に取って、夜の街へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

「大変です、カスパル先生! これ、これ見てください!」

「ん? どうしたんですか。何か失敗でもしましたか」

 

 翌朝。カスパルの務める警備隊診療所内は、騒然とした雰囲気であった。

 

「これですよ! 投函箱にケイオス卿からの手紙が届けられていたんです! それも警備隊だけでなく、同じ内容のものが別の場所にも何通もあるらしくて……!」

「ふむ? ケイオス卿といえば発明家だったと記憶していますが」

「ええ、なぜうちに来たのかはわからないんですが! ですが噂に聞く手紙の紋様、間違いありません! きっと本物です! とにかく急いで作りましょう! 他の治療院に真似される前に、儲けないと!」

 

 カスパルはマーブル模様の手紙を広げ、中を改めた。

 

「……経口補水液? のレシピですか」

 

 そこに書かれていたのは、水と塩と砂糖、あるいは蜂蜜などで作る飲料水のレシピであった。

 材料そのものも甘味さえあればどうということはない平凡なものだ。

 だというのに、手紙に書かれている効能は下痢、嘔吐、脱水などへの特効薬であるという。俄には信じ難いことだったが、巷に聞くケイオス卿の発明の数々を聞けば捨ておくには惜しい。

 

 何より。

 これが真実だとすれば、信じられないほど多くの命を救える。

 

「……ユークス君。レシピは実践して効能と安全性を確かめる必要はありますが……もし真実なのであるとすれば、このレシピは他の医療機関にも広めるべきです」

「えっ!? わざわざ儲けを手放すんですか!」

「手紙にもありますよ。“我はこの智慧が広く普及することを望む”と」

「あっ……そういう……」

「既に複数の機関に送られているようですし、材料自体も平凡です。独占しようと思ってできるものではないでしょう」

「……うーん、大金持ちになれるかとおもったのに」

 

 新米ヒーラーのユークスは、まだまだ俗っぽい青年であった。

 カスパルはそんな彼に微笑み、調合棚に手を伸ばした。さて、まずは何にせよ、試して見るところから始めなければ。

 

「このレシピが本物だとすれば、今まで手こずっていた患者の治療が楽になるでしょう。我々の仕事が、段違いに捗ります。……ユークス君は、それが不本意なのですか?」

「……! いえ!」

「ならば良いではありませんか。さあ、仕事の支度を……」

「はいっ!」

 

 こうしてまた今日も、慌しい仕事が始まる。

 

 しかし今日からは、救える患者の命がいくつか増えるかもしれない。

 カスパルは仕事への活力が強く湧いてくるのを感じていた。

 

 

 



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携帯食料と無駄遣い

 

 

 収穫期を終えると穀物類の物価が一気にドカンと下がる。

 すると何が起こるかっていうと、粥とかパンがちょっとだけ安くなるわけなんだが。

 

 嬉しくねえ。これっぽっちも嬉しくねえんだこれが。

 美味しくないんやこの世界の炭水化物は。いや別に元日本人だから白米を食いたいってわけではない。あるならフランスパンでもナンでも良い。

 ただでさえ娯楽に乏しい世界なんだ。せめて美味しいもんくらいは食わせてくれよ。

 

「で、これがモングレルの作った携帯食料か」

「ああ。モングレスティック3号と呼んでくれ」

「普通に気持ち悪い名前だな……」

「もうちょっと食欲出る名前にしませんか……?」

「口付ける前からズタボロすぎないか?」

「てめえの顔思い浮かべながらこれを食う側の人間の気持ちを考えろよ」

 

 今、ギルドの酒場スペースでは俺主催の品評会が開かれている。

 参加者は短槍使いのバルガーと、剣士のアレックスの二人だ。

 アレックスは元ハルペリア軍の軍人で、退役してからは軍仕込みのロングソードさばきで数多くの任務をこなしているシルバーランクの若者である。ゴールドランクも決して夢じゃないところまできているらしい。ホープってやつだな。

 

 あとは受付のエレナちゃんも誘ったけど普通に断られた。俺は悲しいよ。

 

 机の上にあるものは前世でよく……いやたまに口にしていたエナジーバーのようなものだ。それを参考に作った携帯食料である。

 小麦粉と複数のナッツをメインの材料に、そこに油、蜂蜜、スパイス各種や塩を盛り込んで四角いスティックに焼き固めたものだ。グラノーラバーみたいなもんかな。

 

 ギルドのバーにちょうど暇してるバルガーとアレックスがいて助かった。とりあえず味とかのレビューをやってもらおうと思っているんだが。

 

「なぁモングレル。これそんな腹膨れないんじゃないか? 小さいし」

「ナッツが多いのであれば多少は腹持ちも期待できるかもしれませんが、この大きさだと一食分としては不安ですね……」

「あ、やっぱりか。多分4本食えば一食くらいはなると思ってるんだが。まぁとりあえず食ってみろって」

「……いやさ。既に持ってみた感じからして、明らかに硬いんだが。本当に大丈夫なのかこれ」

 

 バルガーが皿の上のモングレスティックを二つ手に取って、カチカチと打ち鳴らす。陶器のような澄み切った音が実に美しい。耳にも良い携帯食料だよな。

 

「モングレルさん、これ自分で食べましたか?」

「なんだアレックス。俺を疑ってるのか?」

「前に生臭い自家製干し肉を食べさせられた時から結構強めの疑いをもってますけど……?」

「過去に囚われないで前を向いて生きていこうぜ?」

 

 未だに躊躇してる二人に、俺はエールを一杯ずつ奢ってやった。

 

「……なんですこれ」

「無言で酒を奢るなよ……怖いだろ」

「深い意味は無いって。まぁそれ使いながら食ってくれ。味は悪く無いからほんと」

「……まぁタダなんで、一応少しは食べておきますけど」

 

 嫌そうな顔をするバルガーをよそに、アレックスがモングレスティックに齧り付き……動きを止めた。

 

「はが……はがが……歯がはひらない……」

「今アレックスが噛んだ瞬間硬い音がしたんだが?」

「だからエールに浸しながら食えば大丈夫だって。柔らかくなるから。少しは」

 

 二人が無言でスティックをエールに浸し、待つこと十数秒。

 もう大丈夫だろうと一足先に引き揚げたアレックスが再び齧り付くと、今度は硬い音はしなかった。

 ……齧り切れはしなかったが。

 

「んぐぐぐ……一応外側の少しだけはふやけて食べられますね……本当に一応」

「味はどうよ」

「エールのお粥って感じの味付けがしますけど……」

 

 今はそのエール成分は良いんだ。エール成分を差し引いたイメージでレビューが欲しい。

 

「しっかしモングレルもまた変なことを始めたな。ケイオス卿の後追いか? 今は色々なとこで似たような真似をしてる連中がいるからやめといた方が良いぞ。誰も大して儲かってないからな」

「発明ブームですね。まあ、色々な店が成り上がっているので真似したい気持ちはわからないでもないですけど」

「俺はこのモングレスティックをゆくゆくはハルペリア軍の公式携帯食として認めさせてぇんだ。そしてその金でカウンターでグラスを磨いてるだけのカフェのマスターになるんだ」

「なんで金持ちになって行き着く先がカフェの店主なんだよ」

「こんな携帯食料を採用したら軍人が敵と戦う前に歯を折りそうですね……」

 

 大丈夫だってギリギリいけるだろ。

 どうせ軍人のほとんどは魔力で強化できるんだから。前歯くらい強化すればいけるって。

 

「しかし得体の知れないもんをまた数作ったなぁ……」

「全部で40本くらいありますよね……材料費だけでも結構したんじゃないんですか?」

「言えない。お前たちがこのモングレスティックを誉めてくれなきゃ値段は言わない」

「いくら散財したんだ……今は多少安いとはいえ良くやるわ」

「焼き過ぎだったんじゃないですか? エールの底に沈んでますけど全然形が崩れる気配ないですよこれ」

 

 いやー。大量に作っておけば安く済むし、俺も自分好みの炭水化物を普段から食えるだろうと思ってたんだけどな。

 まさかここまで硬くなるとは俺も予想してなかったよね。多分下手な木材よりもしっかりしてるよ。

 

「発明ごっこもいいがモングレル、金は大丈夫なのか? 最近あまり討伐にも出てないんだろ」

「ごっこ言うな。んーまあ都市清掃ばっかりだな」

「モングレルさんまだ清掃してるんですか」

「この街を 綺麗に使おう いつまでも」

「何かの詠唱か……?」

「ただでさえモングレルさんは無駄遣いが多いんですから、そろそろ大きめの依頼を受注した方が良くないですか?」

「俺はそんなに無駄遣いしないぞ? 賭場には行かないし」

「でもお前定期的に変な武器買うじゃん」

 

 あっこいつ。俺の武器を変なもん呼ばわりしやがったな。

 

「変なもんとはなんだ。こいつを見てもそう言えるかな? 二ヶ月前市場で見つけた俺の新しい相棒ナイフだ!」

「やっぱり散財してるじゃないですか!」

 

 バン、と机の上に置いたのは一本のナイフ。

 長さは解体用とほぼ同じだが、鞘の上からでもわかる肉厚な刀身が特徴だ。

 

「……え、なんだこれ。櫛か?」

「知らんのかバルガー。そいつはソードブレイカーと呼ばれる戦闘用のナイフだ」

 

 バルガーが鞘から抜き放ったそれは、刀身に櫛のような長い切れ込みがいくつも入った肉厚のナイフである。

 

「この櫛の部分で相手の剣を受けてだな……思いっきりグッ! って捻るとあら不思議。敵の剣をポキッと折ってしまえる対剣士用の究極兵器だ」

「ええー……そんな上手くいきますかね……?」

「肉厚すぎて刃物の方はめちゃくちゃ切れないから、ナイフとしては突くことしかできないけどな」

「弱点でかすぎないか? そもそもモングレルお前、対人の依頼なんか受けないだろうが」

「人の血とか浴びるのなんか汚いじゃん」

「だったらなんでこんなナイフ買ったんですか……っていうかモングレルさん、この櫛の部分」

 

 アレックスは何かに気付いたのか、壁に立てかけていた自前のロングソードを抜き放ってみせた。

 

 ハルペリア軍で採用されているロングソードは長い。

 身体を強化できる軍人にとって長剣の採用基準は重さより、遠間の相手を斬りつけることのできる可能な限り長いリーチにあるためだ。だから身につけて運べるのに苦労しない最大の長さを持つ刀剣がロングソードと呼ばれ、各地で使われている。

 

 で、その長さの分厚みもそれなりにあるわけで……。

 

「あーほらぁ! やっぱり! このソードブレイカーとかいうの、そもそも櫛のとこにロングソードが入りませんよ!」

「う、嘘だろ!?」

「いや見りゃわかるだろ……いいとこサブのショートソードでギリギリって感じじゃないか?」

「俺のソードブレイカーは雑魚専だったのか……」

「……ちなみにモングレルさん、このソードブレイカーとかいうの、いくらで買ったんです?」

「言えるか……! この流れで……!」

 

 畜生。じゃあもうこのソードブレイカー、クレイジーボアの肋骨と頸椎を櫛の部分でゴリゴリ削るしか能がないじゃないか。

 

「……あっ。エールの底のやつ結構柔らかくなってますよ」

「お、そうか。しょうがねぇな、崩して粥みたいにして飲むか」

「今日の俺、ちょっと散々すぎやしないか……?」

「……何か良い任務があれば、誘ってやるよ」

「僕も機会があれば……」

 

 ちなみにエールに溶かしたモングレスティックの味は、別に悪くは無いけどエールを使うのであれば酒はそのまま飲んだ方がいい。という見解で一致した。

 マジで何も良いことがないぞ今日。厄日か? 

 

 

 

 



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雛の行列

 

 ギルドにはパーティーというものがある。

 

 ……いや今更その説明いる? って思っちゃうけど、“ギルドのパーティー……? お祭りか……? ”とか連想しちゃってる絶滅危惧種みたいな人がいるかもしれないから一応解説はしておこう。細かい違いもあるからな。

 

 パーティーとは複数のギルドマン同士で組む、チームみたいなものだ。

 2人以上からなる集団でパーティーとして登録することができ、依頼を受注する時や発注する時などにパーティー名義で扱うことができる。

 

 ドラクエとかで勇者、魔法使い、戦士、僧侶とかで組むやつだ。ああいうのを想像してもらえればわかりやすいだろう。

 とはいえこの世界におけるパーティー構成は、そんなバランスの良いジョブ構成でない場合がほとんどだ。

 

 剣士だったら基本は剣士オンリー。弓使いなら弓オンリーとかザラにある。討伐依頼を受けるときに連携しやすいしな。

 魔法使いやヒーラーは近距離役の援護がないと厳しいから、そこらへんは単独パーティーとかはあまりない感じかも。俺が知らないだけで無くはないとは思うが。

 

 ああ、この職業的なもの、別にジョブみたいなシステムがこの世界にあるわけじゃないからな。

 戦闘スタイルは自前の武器や自己申告によるものだ。当然“盗賊”なんて戦闘スタイルは無い。犯罪者カミングアウトする奴がいたら怖すぎるわ。

 

 

 

 んで、この街レゴールには目立った活躍をしているパーティーがいくつかある。

 

 一つは剣士を中心に組んだむさくるしいパーティー「大地の盾」。

 人数は今何人くらいいるんだろうな……俺が最後に聞いた時は20人くらいだったが、今はもっと増えてるかも。

 槍と剣、そして盾と鎧といった王道の装備でガッシリ足元を固め、レゴール中心に討伐依頼をサクサクこなしている。盗賊征伐なんかも積極的にこなしてるガチ戦闘パーティーだ。

 ここの強みは何頭も自前の馬を持ってることだな。依頼の受注から現地への到達がアホみたいに早い。おかげで安定して仕事をこなしているが、諸々の維持費でちょくちょく苦労してる姿もよく見ているから、羨ましがるにはちょっと残念なとこはあるな。

 アレックスのような元ハルペリア軍人はだいたいここにいる印象だ。つまり体育会系。絶対入りたくない。

 

 大地の盾の次点扱いを受けているのが、「収穫の剣」。

 こっちは大地の盾のガッチリした体育会系についていけないタイプの奴らが好むパーティーで、人数はもっと多く30人以上いる。

 しかしここは集団行動が苦手なのか、全員で集まって何かをするって感じの場所ではなく、あくまでも所属する奴の互助会みたいな組織になっているらしい。バルガーもここ所属だな。

 使う武器は色々だ。オーソドックスに剣を持つ奴もいるし、槍を使う奴もいる。魔法使いも数人抱えてるし、弓使いだっている。装備に統一感が無いので、辛うじてパーティーのエンブレムの入ったワッペンを装備に付けることで連帯感を出している感じ。

 けどここも大人数の中で仲の深まった奴らがちょくちょく小勢力として離脱すること多いし、上手くやれてるのかはわかんね。なんとなく昔やってたネトゲの無意味にでかくて交流の薄いチームを思い出すパーティーだ。特別入りたいとかは思わない。

 

 レゴールで活動させておくには無駄に華やかな女性パーティーが「アルテミス」だ。

 メンバーの殆どが弓使いと魔法使いで、近距離担当が二、三人くらいしかいないという滅茶苦茶尖ったパーティーである。人数は12人かそこらだったかな。ライナとか女性ギルドマンはほぼここって感じ。

 遠距離からの堅実な討伐の他、時々貴族街のお偉いさんからも仕事の依頼があるそうだ。女性だけってとこに便利な要素があるんだろう。

 一見華やかなアイドルパーティーだが、所属してる何人かが鬼強いので下手に手出ししたらぶっ殺される。あと一人だけ男メンバーがいるらしいけど俺はいまだに見かけたことがない。“この人かな?”と思って声かけてみたら実は女で、それ以来俺はアルテミスから目の敵にされている。

 当然俺は入れないし、入りたいとも思わない。

 

 警備専門にやってる最大手は「レゴール警備部隊」だ。

 ここは討伐はほとんどやらず、建物や人物、馬車などの護衛を中心とした任務をよく受けている。人数はわからん。めっちゃいるのは確かだ。

 多分所属してる人はそこまで戦闘に秀でて無くて、けど安定した仕事はしたいってのが多いんだろう。中年とか年寄りとかもいる。

 まぁ日本でも「お前が何を守れるんだ」みたいな爺さんが警備員やってたしな。質はともかく護衛は欲しいって人もいる。そういうポジションで飯食ってるのがここになる。カスパルさんもヒーラーとして所属してるくらいだしな。

 まあ……楽なパーティーではあるとは思うんだが、俺はちょくちょく討伐してジビエ食いたいタイプのギルドマンだから。老後はともかく、体の動く若いうちは入ろうとは思わないね。

 

 目立つのはそんなとこかな。

 あとは仲間内で固まってる少人数パーティーがたくさんってとこだ。

 

 田舎村から出てきた若者は結構香ばしいパーティー名つけてて楽しいよ。「死神の鎌」とか「覇王の月」とか。名前だけならゴールドランクの連中がゴロゴロいるからな。

 

 そう。

 

 収穫期を終えた今。

 夢見る(畑継げない)若者がギルドマンとしての名声(食い扶持)を求め、田舎から続々とやってくる季節が到来していた……。

 

 

 

「何みてるんだよ」

「あ? そっちが見てるんだろうが」

 

 続々と来ます、将来有望な若者たちが。

 収穫の手伝いだけやらされて、あとは他所で稼いでこいと家を追われた勇者の卵がダース単位でわらわらと……。

 

 ギルドは会員登録作業で連日大忙し。ただでさえ業務が圧迫されているというのに施設内でひっきりなしに起こるフレッシュな喧嘩。

 

 額に青筋を浮かべて激務に励むエレナちゃんを眺めながら飲むミルクの美味いこと美味いこと……。

 

「なんだとっ!?」

「やるのかぁ!?」

「こら! ギルド内で暴れるなら即時除名だぞ!」

 

 礼儀も学も無いが威勢だけは良いガキばかりだ。この時期ばかりはギルドも大変である。

 まあ、ここで全員を突っぱねても後々ギルドの首を絞めるだけだから、頑張るしかないんだがね。

 

「見ろよあのおっさん」

「白髪だ」

「まさかサングレール人じゃないだろうな」

 

 お。隅っこでほのぼのしてたらなんか三人組に絡まれたわ。

 ふらふらこっちに歩いてくるのは別にいいんだが順番待ちは大丈夫かお前ら。列から出たせいで普通に詰められてるぞ。

 

「何の用だ、ルーキー共」

「……へー、ブロンズか」

「俺たちはルーキーだけどな、サングレール人のおっさん。そんな銅色のランクなんかすぐに追い越してやるぜ」

「追い越す分には歓迎だ。最初は厳しいけどまぁ頑張れよ。あと俺はハルペリア人だ」

「サングレール人の混ざりもんだろ」

「まぁそうだけどな。……列閉じてるけど、良いのか?」

「……あっ!?」

「おい、そこは俺たちが並んでたんだぞ!」

「ぁあ!?」

 

 馬鹿だなぁこいつら。まぁ村からやってきた奴らは似たり寄ったりなんだが。

 田舎はゆったりしてるからなぁ。行列に並ぶ経験もないだろうし、色々慣れないことだらけで大変そうだ。

 

 だからまあ、相手は子供だし。最初のうちはかなり大目に見るようにしてる。

 何度も突っかかられるのは面倒だし、あまり調子に乗られたらそれなりにお灸を据えてやるつもりではあるが。

 

「……けっ。おっさんのくせに酒場でミルクなんか飲みやがって」

「ギルドマンなら酒飲めよ。だっせえ」

「お前ら知らんのか。こいつはモーリナ牧場の新鮮なミルクだぞ。搾りたてのミルクは下手なエールより美味いだろうが」

 

 そう、俺だっていつもエールとか酒ばかり飲んでるわけじゃない。

 普段はこうして新鮮なミルクをキメてるのだ。現代人にとってこの贅沢が手頃な値段で味わえるのだから、なかなかやめられん。

 

「モーリナ村……は、俺の故郷だ……」

「あ、そうなの。美味いよお前んとこのミルク。ひょっとしたらお前の家が育てたやつも飲んでるかもな」

「……そうかよ」

 

 地味に繋がりを感じるとそれまでのように粋がれなくなったのか、彼らはどこか気まずそうに列の後ろに戻り始めた。

 

 いやぁ、本当に初々しい奴らだ。かわいいね。

 

 ここから二年後三年後、何人がギルドマンとして残るのか……。

 そう思うと少し気持ちも重くなってしまうが、今この時だけは。

 彼らの青っぽい横顔を、眺めていたく思う。

 

 

 

「よっし……今日が俺たち“勇者の軌跡”の第一歩だ!」

「へへ、やってやるか!」

「おうっ!」

 

 あと俺は彼らが結成した厨二なパーティー名をメモって数年後に弄り倒すのが趣味なんでそこらへんもわりと楽しみです。

 

 



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エビ釣りと外道

 

 ギルドマンなりたての新入りは、はっきり言ってどんな任務でも戦力にならない。

 

 まず警備系の任務ができない。田舎から出てきた誰の後ろ盾もない奴らだからだ。

 村長の親類とかだったら紹介状があればギルドから任務の融通はしてもらえるかもしれないが、基本的に誰もそんな奴に重要な仕事を任せようとは思わない。

 

 採取系も厳しい。伊達に国民のほとんどが農民経験者じゃない。金目になるような目ぼしい野草類はだいたいが誰かに根こそぎ取られているし、集めるには森の奥深くに行くか、それなりに遠出しなければならないだろう。

 

 普段は人気のない都市清掃任務もこの時期だけは新入りたちが日銭を稼ぐ仕事として群がってくるが、これも有限だ。

 

 あと他にあるとすれば下水道などクソ汚い仕事か、建設に関わるような滅茶苦茶キツい肉体労働系か、慣れない討伐クエストに漕ぎ出してゆくかの三種類になる。

 いつの世も3Kの仕事は大変だ。マジで。

 

 ……まぁキツいんだけどさ。何故か討伐系はいつも人気なんだよな。

 村から出てきた若いやつは、腕っぷしに謎の自信があるせいなのか。ギルドマンに夢を見すぎているのか。身の丈に合わない討伐任務を受注する奴が後を絶たない。

 

 で、こういう討伐任務で毎年うんざりするほどの若者が死んでいくわけだよな。

 安全マージンが取れないっていうか、ノウハウが無いっていうか……。

 

 そこらへんギルドの初期講習でもしっかり習うはずなのに、講習が終わった後は“よし、じゃあ一狩りいこうぜ!”ってクエスト開始する奴らばかりなんよな。

 既に言って聞かせた直後にこれだから救いようがねえ。

 

 なんでみんなモンハンやってないくせに「2乙までなら平気やろw」みたいなノリで森に入っていくのかね。

 ゴブリンに餌やってるようなもんだからマジで勘弁してほしい。スケルトンが後から湧いてくるのも勘弁。

 

 

 

「賑やかすぎて仕事ないっス」

 

 ギルドの掲示板前で、後輩のライナが項垂れている。

 アルテミスは討伐任務を中心に動くパーティーだが、こうも一気にルーキーたちが森に入るとやり辛いことこの上ないのだろう。

 狩人にとっては素人に不用意にうろつかれるだけで森の様相が変わるっていうしな。今は魔物の棲息圏もかなり流動的に変わってそうだ。

 

「俺も仕事がないわ。レゴールの都市清掃全滅してやがる」

「いやそこらへんは初心者に譲らないと駄目スよ……」

「冗談だ。さすがにガキを餓死させる趣味はねーしな。……本当なら森の奥の方で何日かキャンプしたかったんだが、今年は人多すぎてそれも厳しそうなんだよな」

「あー。レゴールはずっと景気良いスからね。今年は近隣だけじゃなくて、結構遠くからもここを拠点に活動しようって人らが来てるんスよ。賑わってる原因はそれスね」

 

 レゴールの好景気。

 それはつまり、ケイオス卿によってばらまかれた発明品の生産が好調なために起こり続けている怪奇現象だ。

 

 要するに、俺のせいだ。

 やっちまったぜ。

 

「一応、色々な工房から期間工の募集も出てるスよ。ギルドの仕事じゃないスけどそこらへんでもお金は稼げるんで、厳しくなったらそういうのやっても良いと思うっス」

「あー工房か……どこも拡張工事しまくってるもんな」

「どこもずっと工事工事、そして人手不足っス。ま、賑やかなのは良いことスけどね」

 

 レゴールは今をときめく交易都市……に、なりつつあるらしい。

 前まではどの場所からも中途半端な位置にあるせいでわりとどうでもいい中継都市みたいな扱いを受けていたのだが、一気に特産品が複数ニョキニョキと生えてきたものだからさあ大変。急に色々な都市と交易をするようになった賑やかタウンになってしまった。

 この都市を管理しているレゴール伯爵は、全く計画に無かったであろう多忙さにてんてこ舞いだそうだ。ウケる。

 

「……よし。じゃあライナ。暇ならどうだ、一緒に川にでも行かないか」

「川っスか。この時期何かいるんスか」

「素人が狙わない穴場ってやつだよ。これは一人より複数人で行ったほうが良いからな……ま、装備を整えて東門まで来てくれればわかるさ」

「ん……まあ、行きますけど」

 

 

 

 こうして俺はちょっとした準備を終え、ライナと一緒に都市近郊の川へと足を運んだのだった。

 石がごろごろとする自然の只中。聞こえる音は木の葉の擦れる音と、川のせせらぎ。

 

「よし、一緒にエビ釣るぞ!」

「ええ!?」

 

 俺が荷物から自作の釣り竿セットを取り出してみせると、ライナは右手に持っていた弓を二度見した。

 

「……何か狩ると思ってたのに!?」

「この時期ここらへんめっちゃエビいるんだ」

「え、これ私じゃなくても良くないスか!?」

「暇だったんだろ? 釣りって一人だと暇っていうか、虚しいんだよ」

 

 この世界はスマホもないしな。楽しめる人は一人で何時間も楽しめるのかもしれないが、俺は駄目なタイプだ。誰かが近くに居て話し相手になってくれないと結構キツい。

 

「ええー……あ、これ私の分もあるんスか」

「もちろん。俺特製の超高性能釣り竿だぞ。近々交易品になる予定だ」

「いや普通に棒に糸つけてるだけのやつじゃないスか……ありがたく使わせてもらうスけど」

 

 レゴールだと魚介類は滅多に食べられない。あっても干物とか、燻製とかがほとんどだ。たまに物好きが川魚を釣って、酒場の料理として出してくることもなくはないが、基本的にはほぼ無い。

 その点、自給自足すればいつでも食える。この辺の川は魚もエビも豊富で俺の中ではかなり熱いスポットだ。

 

「エサってここらへんの虫で良いんスかね?」

「そうそう。流れの急すぎない岩の近くに落としてやると結構かかるぞ」

「へー」

 

 餌釣りの基本は待ちだ。

 ルアーなら慌ただしく竿を動かしたりしなきゃならないんだろうが、あいにくこの竿にはリールなんて便利オプションは備わっていない。いつかはやってみたいが、今日のとこはじっくり待つ釣りをしていこう。

 

 

 

 二人並んで釣り糸を垂らし、ぼさーっと待つ。かかるまではひたすらに待ち。

 しかもかかった直後には釣れなかったりする相手なので、多少対処に遅れても問題ない。それ故にいまいち緊張感のない時間が流れる。

 

「ライナは故郷で釣りはしなかったのか?」

「ないスねー。専ら罠か弓かで。やってるおじさんは居たんスけど、興味もなくて」

「エビ食ったことは?」

「無いっス」

「え、無いの?」

「無いスよ。食ってる人は居たらしいスけど、私の分まで回すほど数はなかったんスかね。あ、カニはあるっス。カニは好きっス」

「人生の半分を損してるな……」

「先輩は人生の半分がエビなんスか……」

「正確にはエビチリだな」

「いや意味わかんないス」

「その意味を今日知ることになるだろう」

「知りたくないなぁ……お?」

 

 そうこう言っている間に竿に反応が来た。俺じゃなくてライナの方に。

 

「まだ待て。十数秒くらいそのままだぞ」

「いやこれ引いてるっスよ!?」

「落ち着けそのままで良い。まだ完全にはかかってないからな」

 

 おかしいな、これがビギナーズラックってやつか。まさか手本を見せる前にライナの方にかかるとは。

 

「……十五秒っス、もう良いスか?」

「よし、じゃあそれをゆっくりスーッと持ち上げてみ」

「スー」

 

 ライナが何気なーくふわりと竿を持ち上げると、糸の先には小さな影がぶら下がっていた。

 川エビである。まぁなんてことない、ザリガニより少し小さいサイズの普通のエビだ。

 

「おーっ」

「よしよし、じゃあこっちの鍋に入れて急いで蓋しとけ」

「っけっス。結構簡単スね」

「だろ? ていうかライナお前上手いよ。初めてで上手くいくとは思ってなかったわ」

「ふうん」

 

 なにその“ふうん”は。

 見てろよテナガエビ釣りで培った俺の力を見せてやるからな。

 

 

 

「あ、またかかった」

 

 二度目か。まぁ良いポイントを見つけたらそういうこともあるか。

 

「おっ、引いてるっス」

 

 まー二度あることは三度あるしな。

 

「っと入れた瞬間来たぁ! っとダメダメ、落ち着くっス……慎重に待ってから……」

 

 ……おいちょっと待てやコラ!

 

「ライナ!」

「え? なんスか?」

「今何匹目!?」

「10てとこスかね」

「場所ごと竿交換して!」

「……まぁいいスけど」

 

 おかしい。絶対おかしい。餌すら居食いされてないのは意味わからん。距離的に何メートルも離れてないんだぞ。

 つまり場所の問題だ。ライナの場所で糸垂らしてればきっと不思議な力で……。

 

「モングレル先輩モングレル先輩」

「ええ!? そっちで来た!?」

「違うっス。あそこ、川向う」

「……ああ」

 

 ライナがどこかピリっとした顔つきで見つめていた先に目線をやると……川の向こう側には、一体の魔物が立ちすくみ、こちらを睨んでいた。

 

 立ち姿は一見すると人間のように見える。

 しかしごわごわした長い体毛が。猿のような極端な猫背が。そして何より、頭部に存在する一つ目が。そこにいる存在が人ではない何かだと主張していた。

 

 川の向こう側にいるので距離感は掴みにくいが、肉眼で血走った目玉がはっきりと分かる程度にはそのサイズはでかい。

 仮に近づいてみれば、その一つ目野郎が3メートル近い巨人であることがわかるだろう。

 

 サイクロプス。言うまでもなく、非常に危険な魔物である。

 

「あれ、どうします」

 

 ライナは竿を下に置いて、弓を手に取った。さすがの俺も釣りは中断だ。

 腰に備えたバスタードソードを抜き放ち、考える。

 

 サイクロプスは危険度の高い魔族だ。馬鹿だが腕っぷしが化け物じみている。

 ゴブリンは人を恐れることも多いが、サイクロプスは強いので絶対に恐れない。人間を見かけたらとりあえず敵として見なすし、捕食対象だ。川向うのやつの口から滴るよだれを見ればそれはよくわかる。

 

「始末する。このくらいの浅い川じゃサイクロプスは余裕で渡ってくるからな」

「まじスか」

「まじっす。言っておくが足は人間より速いし、力は五倍くらいあるからな」

「ヤバ」

「でも頭は悪い。ライナが今弓を持っててもボサっと突っ立ってるくらいにはな。弱点は言うまでもないな?」

「あの気持ち悪い目玉、っスね」

 

 ライナが弓を構え、ギリギリと音を立てて巨人を狙う。

 

「狙えるか」

「……川の風が怪しいとこっスかね。頑丈そうな体してるンで、ちょっと外してもキツいスよね」

「目玉以外は耐えるだろうなぁ」

 

 これがライナではなくもっと剛弓を扱う奴であれば、サイクロプスの分厚い体でも急所を撃ち抜けるかもしれない。

 だがライナは狙いは良いが力はまだまだ子供に毛が生えたようなものだ。目玉以外で仕留めるのは難しいと思ったほうが良いだろう。

 そして俺は力はあるけど、弓の練習に途中で飽きたから遠距離攻撃はできない。

 

「まあ、とりあえず撃ってみろよ」

「……外せない場面でそんな軽く言われても」

「外しても大丈夫。俺がどうにかする。練習だと思えばいいだろ」

 

 俺がバスタードソードを見せると、ライナは苦笑した。

 

「……次はもっと長い剣持ってきてくンないスか」

「次がくるなら、“これ”で良いってことじゃないか?」

 

 サイクロプスが川の向こう側で吠えた。

 血走った単眼と、人間には真似できない大口。ぐちゃぐちゃに乱れた歯列。

 ああヤダヤダ。不潔な魔物はそれだけで嫌になる。

 

「“照星(ロックオン)”」

 

 ライナがスキルを発動し、目の奥が仄かに光りだす。

 神により与えられる(とサングレールで言われている)絶技、スキル。

 

 その効果によってライナの引き絞る弓の震えは完全に止まり、矢じりの先は寸分の狂いもなくサイクロプスに向けられた。

 

「穿て」

 

 矢が放たれる。

 川の上を流れる風を切り裂き、瞬く間にサイクロプスの元へと到達する。

 

 が。

 

「グオッ」

 

 矢はサイクロプスの頬骨あたりに命中し、弾かれた。風のせいでちと逸れたか。こればかりはしょうがない。

 

「ォオオオオッ」

 

 刺さらなかったからといってサイクロプスが許してくれるというわけはなく、奴はより強い怒りを露わに吠える。

 じゃぶじゃぶと浅い川を踏み進み、どんどんこちらへ迫っている。

 

「ど……どうします。任せて良いんスか先輩」

「任せろ。まぁ一応、念のために離れててな」

「……一応、遠くから弓で援護……」

「いや待て!」

「なんスか!?」

「奴にそこの(エビ)を蹴っ飛ばされたら敵わん。そいつを持って離れてるんだ」

「今これスか!?」

「俺たちが今日何のためにここに来たのか考えろ!」

「わりと今は命のためなんスけど……!? ああもう、信じるスよ!?」

 

 そう言って後退していくライナを尻目に、俺は剣を構える。

 

「さて……とんだ外道が釣れちまったわけだが」

「グオッ、グオッ!」

「リリースするようなサイズでもないからな。悪いがここでくたばってくれ」

 

 迫る巨体。三メートルともなればまさに圧巻の巨人だ。

 だが相手に武器はなく、こちらには武器がある。

 中途半端な長さのバスタードソードでも、十分な先制圏内だ。

 

「先輩っ!」

 

 せめて棍棒でも持ってりゃ多少は勝負になったろうに。

 無手で川越えとか戦国時代でもやらない負けパターンだぞ。

 

「ガ――」

 

 川を渡り切る直前で、相手の伸ばした腕に剣を翻す。

 腱斬り。これで掴めない。そのまま斜めに振り下ろし、脚を裂く。

 

「グァアッ」

 

 傷は巨体からすれば浅いが、思わず膝をついた。ついてしまった。

 

「ァアッ!?」

 

 いくら巨体だからって、片足に怪我を負い、川にしゃがみ込んで流れの当たる面積が増えれば踏ん張りはきくはずもない。

 サイクロプスは間抜けにすっ転び、わずかに流された。

 

「えいえい」

「グボボッ、グァアッ!」

「怒った?」

 

 あとは無防備なところをザクザク刺して出血を強いるだけ。

 反撃に気をつけつつ、弱点である血管や相手が力を入れるのに使う腱や筋を狙ってトドメを刺していこうな。

 

「……すごい」

 

 サイクロプスが弱りきってほとんど動かなくなる頃には、ライナも近くまで戻ってきていた。

 

「エビは逃げてないか?」

「逃げてないスけど……今それどころじゃなくないスか」

「こいつはもう死ぬよ。別に食うわけでもないのに血抜きしてるみたいになっちゃったな」

 

 腿、腋、脇腹、首。川にうつ伏せになったままほとんど動かないサイクロプスの体の急所らしい急所を刺していく。

 こういうデカいのは見た目なりに生命力も馬鹿デカい。油断せずオーバーキルするくらいの気持ちで痛めつけるのが一番だ。情はいらない。どんな馬鹿な生き物でも死んだふりはするからな。

 

「こんなもんだろ。……ぁあヤダヤダ、これだから人型の魔物の解体は……」

 

 サイクロプスの討伐証明は、一つ目の……虹彩? 瞳? とにかくその部分だ。目玉らしいところを半分以上そぎ取っておけばそれが証明になる。

 基本的に討伐証明は“そこを取ってしまえば部位的にダブることはないし、なおかつ死んでいるに違いない”という場所をこそぎ取るので、こいつの場合は目玉ってわけだな。まぁわかりやすいけどさ……うえーグロい。

 

「……先輩、やっぱ剣の扱い上手いスね」

「おう、だろ?」

「釣りは下手なのに」

「おい待て、それは今日の調子が悪いだけだぞ」

「ほんとっスかぁー?」

 

 おのれビギナーズラックが調子に乗りやがって……。

 

「いい度胸だお前……わかった、また今度釣りやるぞ。そん時に俺の本気を見せてやる」

「……ふふ、楽しみにしてるっス。あ、てかエビってどう食うんスか? 焼くんスか? 茹でるんスか?」

「いや、こいつは苔石を中に入れたら一日水に晒しておく。食うのは明日以降だな」

「えー、めんどくさっ」

「まあそう言うな、明日になったら取っておきのを食わせてやるからな」

 

 まあその前に、この突然降って湧いたサイクロプスの報告で忙しくなりそうだけどな。

 

 厄介な時期にとんでもなく危ない魔物が湧いてきやがった。

 こいつがもしはぐれじゃなく群生しているんだとすれば、今年のルーキーが大量死するかもしれんぞ。

 ギルドの対応次第だが……さて。どうなるかな。

 

 



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ライフ・イズ・シュリンプ

 

 今日の釣果は川エビ10匹とサイクロプスの目玉だった。しかしエビを釣ったのは全部ライナだ。これじゃあ先輩風を吹かすこともできない。次からはもうちょっと釣り方を研究する必要がありそうだな。

 

「サイクロプスなんて物騒だな。常駐依頼なんて出してなかっただろ?」

「なんかシルサリス橋近くの川向こうにいましたよ。丸腰で一体だけ」

「そりゃ参ったな。調査に向かわせにゃならん」

 

 処理場でサイクロプスの部位を確認してもらい、ギルドに明け渡すための交換票を書いてもらう。

 それに加えて今回は不意の遭遇、しかもサイクロプスなので、それについても書き添えてもらう必要がある。そこらへんは解体のプロの役目だ。

 

「モングレル、死体の胃袋は掻っ捌いたか?」

「あ、忘れた」

「そうか。次あったら内容物の確認を忘れんようにな。胃袋に人や家畜がいれば扱いの重さも変わる」

 

 とはいえ正直、人型魔物の内臓なんて好き好んで見たくない。

 覚えていたらにしておこう。

 

「ウチらのパーティーも、オーガの時は胃袋と腸を確認したっス」

「うげー、気持ち悪い」

「ほんとっス。ああいうタイプの魔物は解体してても違うスよね」

 

 やや待ってから交換票が書き上がり、俺たちはレゴールへ戻ることができたのだった。

 

 

 

 エビがゴンゴンと鍋の内側で暴れる感触を楽しみつつ、ひとまずこいつらは俺の宿の中に放置。一日うんこしてもらって綺麗になるのを待つ。

 

 で、面倒なのがサイクロプスの報告だ。

 遭遇したのが俺一人だったのなら適当に黙ってても良かったんだが、ライナもいるしな。模範的なところを取り繕わなきゃいけないのが先輩のつらいところだ。

 

「シルサリス橋の向こうでサイクロプスか……参ったね。ここ最近ルーキーが好き勝手採取に駆け回るものだから、どこか辺鄙なところを刺激しちゃったか」

 

 交換票を受付に見せた後、俺たちはすぐギルドの副長室に通された。

 ギルドの副長はだいたいいつも不在のギルド長の代わりに面倒くさそうな仕事の一切を受け取っている苦労人の男だ。

 彼の頭の中では今、シルサリスの川の地理が克明に映し出されているのだろう。ギルド支部の人間は大抵、周辺地理に滅茶苦茶強いので。

 

「この討伐は、二人が?」

「ええまあ。ライナが川の向こうにいるサイクロプスの頭を弓で撃って、あとはよろよろと川を渡ってきたとこを俺が適当に」

「いや、まあそうなんスけど。私の弓は別にそんなでもなかったっス」

「ふむ……川辺に依頼なんて出していたかな。すまないね、ちょっと覚えがなくて」

「エビ釣りしてたんですよ。この時期あそこらへんにウジャウジャいるんで」

「ああ……そういうことか。なるほどね」

 

 副長は少し悩んでいるようだった。

 

「うーん、気は進まないが再調査が必要だね。シルバー以上の人員を向かわせて、ざっと敵を探ってみるとしよう。二、三回空振りしたらそれで良しってところかな」

「え、ギルドでやるんですか。衛兵さんは動かないんで?」

「時期が悪くてねぇ……レゴールの中の警備や諍いの対処でいっぱいいっぱいみたいなんだよ。近頃は外部は全部こちらに委託さ」

 

 あー街に人が大勢増えたせいで大変なのか。ご愁傷さまだわ。俺のせいだけど。

 

「あれ、そういえばモングレルもライナもまだブロンズだったか。モングレルはともかく、ライナはそろそろ昇格できる頃じゃないのかな」

「俺はともかくて」

「昇格する気ないくせに良く言うよ」

「ないけど」

「ええ……私っスか。昇格……うーん……まだ最近ブロンズ3になっただけなんで、早いと思うっス。まだまだっス」

 

 ライナの首に提げた銅のプレートには、3つの星型の飾りが嵌められている。

 この星の数によって、そのランク帯での細かな良し悪しがわかるわけだ。

 ブロンズの3はシルバーの一歩手前。俺と一緒だ。

 そしてこのプレートの素材が変わるランクの動きこそが、最も審査の厳しくなる場所でもある。俺の場合は逆にさっさと昇格するようにせっつかれてるけど。

 

「そうか。まあ地道に力を伸ばしていくと良い。優秀な弓使いは貴重だからね」

「うっス」

「モングレルは……まぁ貢献値稼いでるからとやかくはいわないが」

「へへへサーセン」

「ただギルドの沽券もあるからね。自ら昇格を拒む以上は、周囲にその旨をしっかり言い伝えるように振る舞うように。ギルドが人種によって昇格を渋っているなどと噂されては困るからね」

「ええまあそこらへんはもちろん。これまで通りアピールさせてもらいますよ」

 

 本当はギルドとしてもこういう時のためにシルバー以上の使える人材を一定数確保しておきたいんだろうが、貢献値を稼いで模範的に活動してる相手を強引に取り立てることはできない。

 まぁ勘弁してくれよ。ルーキーは大勢いるんだからそこから育ててやれば大丈夫さ。

 

 

 

「ふう、やっぱ偉い人相手だと息が詰まるな」

 

 副長の部屋を出ると、重圧から開放された気分になる。やれやれだ。

 

「わかるっス。これが貴族相手だとなおさらっスよ」

「ああ、アルテミスは結構話す機会もあるのか」

「詳しくはちょっと言えないスけどね……まあ、私みたいな田舎者はボロ出さないようにみんなの後ろに隠れてるスけど」

「それが一番良い」

 

 この世界の、というかハルペリア王国の貴族は普通に怖いからな。

 マジで目をつけられないように生きるのが最良の選択だ。

 特にスキル持ちは狙われやすい。いい意味でも悪い意味でも。俺みたいに“強化しかできませぇん”みたいなフリしてればその他大勢に埋没できるんだが。

 

 

 

「で、これがもう食えるエビっスか!」

「おうよ。油で揚げると殻も脚もパリパリしてて美味いんだこれが」

 

 翌日の昼。

 俺たちは「森の恵み亭」でエビの素揚げを食うことにした。

 調理の油や調理器具の支度が面倒なので、店に金を払って作ってもらう。本来ならここらも自分でこなすのが一番なんだが、面倒だしね。なによりエールもじゃぶじゃぶ飲みたいじゃん。

 

「うわー色鮮やかで綺麗……いい匂い」

「食ってみ食ってみ」

「んむっ……んー! 美味しい! うっま!」

 

 あら美味しそうな笑顔。じゃあ俺も……。

 

「ライナさん。エビ、食わしていただきます!」

「調理費出してもらったんで遠慮なく良いスよ」

「あざーす、へへへぇ」

「笑い方キショいっス」

 

 釣ったのは全部ライナだからな。俺は美味いもののためならいくらでも謙るぜ。

 

 どれどれ……ああ揚げたてのいい匂い。

 殻も……うんうん、サイズ大きめだから心配してたけど、まぁ普通に食えるレベルだな。

 

「エールが進むぜ……」

「すんませんエールおかわりー!」

 

 しかしライナはよく酒を飲むな。強いタイプなのは知ってたけどグデングデンになってるところは見たこと無い気がするわ。

 この世界の酒がそもそもあまり濃くないっていうのもあるんだろうけど、体質なんかね。

 

「そうだライナ。ついでに(ビネガー)かけてみ」

「えーこれスか……酸っぱくして大丈夫なんスかね」

「まあ柑橘系を絞るのが一番だけどな。これかけないと人生の半分損してるぞ」

「先輩の人生観がエビとビネガーで出来てるんスけど……まぁいいや、どれどれ……んー! 美味しい!」

「だろ?」

 

 まぁフィッシュアンドチップスにも酢かけるしな。揚げ物には合うんだよ。

 個人的には肉系の揚げ物にかけるよりも好きだね。

 

「はー……エビ釣り良いスね……」

「だろ?」

 

 昼から飲む酒。そして美味いツマミ。なんて文化的な日だ。

 

「まあ別に人生全てを賭けるほどじゃないスけど……」

「また今度釣り行くか」

「うっス! あ、でも次はモングレル先輩もちゃんと釣ってもらわないと困るっス」

「はい」

 

 次はちゃんと俺もリベンジしますとも。

 こういうのは自分で釣り上げるからこそ美味いんだしな。

 



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寂しげな異郷人

 

 新人が増えてしばらくすると、ギルド内も落ち着いてくる。

 明らかに向いてなかった奴は大人しく故郷に帰り、考えなしのバカは早々に衛兵の厄介となって牢屋にぶち込まれるからだ。

 新パーティー「神殺しの稲妻」はリーダーが犯罪奴隷堕ちして電撃解散になったりもしたな。神殺しどころかゴブリンすら殺してねーぞ。ある意味伝説的な早さではあったが……。

 

 あとはコンスタントに金稼ぎできないところも速やかに空中分解している。

 無駄に人員が多くて頭割りが不味いのが一番のあるあるだ。出来高報酬が発生するような依頼ならともかく、固定報酬の任務をちびちびこなしたって破綻は目に見えるだろうに。こういう計算できないところもまあ、農村出身って感じだ。

 

 かといって、大人数を食い支えるためにより高難度の任務に飛び込むような連中はもっと悲惨な目を見ている。

 具体的にどんなトラブルがあったのかまではあえて言わないが……運が良いやつでも、治療費を払うための借金奴隷に落ちてしまう……そんなところだ。悲しいね。

 

 

 

 で、残った連中は比較的まともな奴らと言えるわけだが。

 現状でもまだ、厳しいことを言うようだが“何故かまだ爆発してないだけの不発弾”みたいな奴も大勢残ってる。

 それでも将来有望なルーキーは貴重なので、既存の弱小パーティーなどは新入りという名のパシリを求めてヘッドハンティングをやり始めていた。

 使える奴を自分のパーティーで抱え込めれば仕事もやりやすくなるからな。

 あと残酷な話だが、だいたいのパーティーでは新入りだからって理由で分け前を低く設定しているらしい。搾取はどこにでもあるわけだ。世知辛い。

 

 とはいえここまで無事に生き残ってきた新入りだって、全員が全員馬鹿ってわけでもない。

 鼻のきく奴は悪い先輩を嗅ぎ分けて上手く避けるし、自分から積極的に情報を集めたりもする。

 そうやって無事に大手のパーティーに滑り込めた奴こそが、長生きするギルドマン……の、候補になれるわけだ。

 

 ちなみに俺は聞かれれば喜んで情報を渡している。

 とりあえず酒でもミルクでも一杯おごってもらえりゃそらもうペラペラよ。

 俺は話を聞かない馬鹿はあまり好きじゃないが、自分から訊ねてくる相手にはそれなりに目をかけるタイプだからな。

 “お前真面目そうだからここ向いてるよ”とか、“安くて壊れにくい武器ならあの店が良い”とか、“今ならあいつら一人欠けてるから頼めば入れてもらえるかもよ”とか。そんな感じでゆるーく紹介してやっている。

 

 そうして情報屋というか事情通じみたことをしてると、何を思ったのか「モングレルさんのパーティーに入れてください!」とかいう謎の気合いが入った奴が現れたりもして面白い。

 ソロでやってるから普通に断っているけどな。

 

 まあ俺を慕ってくれる奴が現れても、しばらくするうちに周りの連中と見比べて「あれ? よく見てみるとあのモングレルさんって変人だな?」となるので、一過性のもんではある。

 ソロだと報酬の総取りができるからって、一人じゃ危ない依頼を軽率に受けたりするんじゃないぞ。真似すんなよ俺のこういうとこは。

 

 

 

「モングレルさん、俺たちのパーティーに入りませんか?」

 

 しかしこういうパターンは初めて遭遇する。

 あまりにびっくりして噛んでる途中の干し肉を飲み込んじまったよ。

 

「モングレルさんはこのレゴールでずっとソロでやってるって聞きました。けど俺たちはモングレルさんの髪の事とか気にしません!」

 

 なにこの少年こっわ。後ろにいる少年少女たちも目がキラキラしてて怖いよ。

 何の勧誘? 宗教じゃないよね? 

 てかサラッと俺の髪disるな。

 

「あー、悪いが俺は好きでソロをやってるんだ。誘ってもらえたのは嬉しいが、人を入れるなら他を当たってくれ」

「えっ……」

 

 逆に何でそんな断られてショック受けてるんだよ。

 お前たち周りが見えてないみたいだけど、ギルド内の注目結構集まってるぞ。良い視線じゃないぞーこれは。

 

「……ああ! まずは自己紹介から始めましょうか! 俺の名前はフランクです! “最果ての日差し”のリーダーやってます! こっちはうちの魔法使いで妹のチェル。こっちは槍使いのギド」

 

 いやいや折れねえなこいつ。断ったじゃん。俺普通に断ったじゃん。

 そういう粘りは任務で使ってもろて……。

 

「……大きな声じゃ言えないんですが、俺とチェルはサングレール人の血が入ってるんです」

 

 別に聞く体勢にも入ってないのに、フランク君はこっそりとカミングアウトしてきた。

 距離感がマジでわからんこの子。同じサングレール人の血が入ってるから差別はしませんってことか? そんなこと言われても困るわ。

 

「あのな。別にサングレール人の血が混じってるかどうかは、俺がソロで活動してることと何も関係ねえよ。俺は気楽だし好きだからソロでやってるんだ」

「……好き好んでソロを……? 誰かと一緒の方がいいのに、わざわざ一人で……?」

「新種の魔物を見るような目をやめなさい。いるんだそういう人たちは。実在するんだ」

 

 まあ実際ソロで上手くやってる奴なんてレゴールじゃ数えるほどしかいないのは事実だけどな。

 でもな、岩の下でしか生きていけないナメクジもこの世界にはいるんだよ。そういう人たちはそっとしておかなきゃいかんのよ。

 

「……では気が向いたらいつでも声をかけてくださいね?」

 

 そう言って、「最果ての日差し」の面々はギルドを去っていった。

 

 ……まぁ根は悪くないんだろうけどさ。

 ああいうタイプは人の地雷を知らないうちに踏み抜きそうだからなんか怖いわ。世渡りが上手そうなタイプには全然見えない。

 若干ナチュラルに上から目線で勧誘してきたし、何か遠からず揉め事を起こしそうな気がする。

 物騒な事件だけは起こらないでくれよなー。

 

「良いのか、モングレル。お前をパーティーに入れてくれる優しいパーティーだぞ? この機会を逃すのか?」

「あちゃー、やっちまったなモングレル……まさかあの伝説のパーティー、最果てのなんちゃらの誘いを断るとは……あー、もったいねえ!」

「うるせー」

 

 遠くでニヤニヤしながら見てた酔っぱらいどもが本当にうるせえ。

 あと他所様のパーティー名を公然と馬鹿にするのはよくないぞ。俺の中では全然マシだよ、最果ての日差し。

 ハルペリアの軍やギルドの奴らにとっては、太陽モチーフはあまり好まれてないからな。だから傾いてるように感じるのかねぇ。どうでもいいけど。

 

 

 

「モングレル、うちの可愛いライナを危ない目に遭わせたんだってね」

 

 ある日、俺がギルドのテーブルで自家製携帯ポリッジの素を頑張ってミルクでほぐしていた時のこと。

 テーブルの向かい側に、一人の美女が座ってきた。相席をするにはまだ周りの席に空きは多いんだが。

 

「アルテミスのリーダー、継矢のシーナさんじゃないですか。お疲れ様です」

「ライナを連れ出した挙句、サイクロプスと戦ったそうじゃない」

「まぁそれは事実だが、不意の遭遇だったんだから勘弁してくれ。極力俺も安全には配慮してたよ」

「どうだか」

 

 この長い黒三つ編みの女は、シーナ。アルテミスのリーダーだ。

 “継矢”の異名の通り天才的な弓の名手であり、弓だけならこの街レゴールで最も優秀だ。

 王都出身という色々と過去に謎の多い女だが、詳しくは知らない。まぁ貧乏貴族だか没落貴族だかの子孫じゃないのかなって気はしてる。そんな気品のある奴だ。

 パーティーリーダーとしての手腕も本物で、ほぼ女だけのパーティーでありながらお手本のような組織運営を何年も続けている。

 

 ……だからこそ、不意とはいえサイクロプスと遭遇した俺に対しては風当たりが強いんだろう。外側から見りゃ、まあ危なっかしい真似をしてるようには見えるだろうからな。俺も普段からソロだし。

 あと前にパーティーメンバーの一人に失礼な事言っちゃったし。……主にそこらへんが原因な気もしてきた。

 

「サイクロプスと一対一で戦うなど、正気じゃないわ。強化ができるからって、サイクロプスは皮膚も体毛も頑強で、そう簡単に倒せる相手じゃない」

「俺も一人ならどうだったかな。けど今回のはライナが弓で顔に傷を負わせてくれたから助かったよ」

「聞いた。けどそれも、傷は浅かったんでしょう」

 

 何だバレたか。まあライナから聞いたらそうなるか。口止めしてたわけでもないし。

 

「敵は川を歩いて渡ってきたからな」

「私は貴方の実力を疑問に思っているの、モングレル。運良く倒してしまったのか、それとも別なのか」

「……結局俺に何が言いたいんだよ?」

「今度、私たちと合同任務を受けなさい。貴方がライナを守れるだけの力があるかどうかを試させてもらう」

「いやなんで俺が」

「嫌ならライナを外に連れ回すような真似はしないで頂戴。あの子は私たちの大事な仲間だから」

 

 ……なるほどね。

 少人数でライナを外に連れ出すなら、それなりの力を示して見せろと。そういうこと。でなけりゃ関わるなと。まあ仲間の命を預かるパーティーリーダーとしては尤もな話だ。

 

「俺はライナと約束してるんだ。また、一緒に行くってな。良いだろう」

「……! 受けるのね」

「ああ。あいつが10匹(ツ抜け)で俺がボウズ……そんなんで、このまま終わらせるわけにはいかねえよ」

「……ああ、自慢してたなあの子。釣りで勝ったって……」

「あれは何かの間違いだったってことを証明してやる」

「……念のために言っておくけど、魚釣りの腕前を試したいわけじゃないわよ? 討伐任務を受けて、剣でも何でも良いから腕前を示してもらえればそれで良いから」

「わかってるさ。ちゃちゃっと見せてやるよ」

 

 とは言ったものの、さて。

 人前でスキルを使うわけにもいかんしな。

 

 どうにか工夫して、そこそこ戦えるんだぜってとこを示していかないと駄目か。

 まーやってみればどうにかなるだろ。

 

「シーナ。この携帯ポリッジの素、買うつもりはないか? ミルクやエールに漬けるだけでポリッジになる便利な携行食だ。今なら12個セットで格安で売ってやっても良いが」

「いらない」

「そうか……」

 

 

 



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はず槍のような何か

 

 俺はアルテミスと合同任務に臨むことになった。

 ライナを連れ回すつもりなら彼女を守れる腕っ節を証明してみんかい、という流れだ。過保護とは言うまい。年頃の女一人を得体の知れない男に預けたい奴はいないだろう。

 何より俺自身得体の知れない変なおじさんという自覚はあるからな。わざとそう振る舞ってるのだから、こういうしっぺ返しがどこかで来るのはわかりきっている。力試しだって今回が初めてというわけでもないしな。

 

 俺の実力を試すための任務は、二日仕事の森林探索となった。

 森の中で消息を絶った不運な新入りどもの探索と、馬鹿な新入りが森の中に無許可で仕掛けた罠を見つけ次第解除するという、この時期特有の甲斐甲斐しいケツ拭き任務である。

 森に行ったまま帰ってこない奴らは大抵が死んでるか、野盗になってるか、もしくは無言でサラッと故郷に帰ってるかのどれかだ。いずれにしても手がかかる連中だ。

 

 とはいえ闇雲に森を歩き回るわけではなく、森の奥にある規定の作業小屋まで行って帰ってくるという明確なルートは設定されている。

 寝泊まりは先客がいなければ作業小屋でできるし、周辺はそこそこ安全だ。完全に暗くなる前に作業小屋を目指すのが重要になってくる。

 

 道中で魔物に出くわすか、罠に襲われるかは運任せ。

 だが俺の経験上、この道中で完全に何もないという経験は無い。

 

 ギルドマンとしての俺の総合力を見るクエストってこったよ。

 

 

 

「待たせたな」

 

 まだ仄暗い明け方。

 東門に行くと、既にそこにはアルテミスの面々が揃っていた。

 

「あれ、さすがにアルテミス全員集合ってわけでもないのか」

「もちろん。大人数でこなす任務でも無いし、他に色々とやることもあるから。うちも分担してるわ」

「俺で最後かな? 馴染みのない奴もいそうだから一応挨拶しておくか。俺はモングレル、剣士だ。ランクはブロンズの3」

 

 集まっていたアルテミスのメンバーは五人。

 リーダーのシーナ、後輩のライナ、あと前に男と見間違えたゴリリアーナさんは知っているが、他二人は顔は知ってるけど話したことのない奴らだった。

 

「やぁどーも、モングレルさん。私はウルリカ。見ての通り弓使いだよ。ランクはシルバーの2。酒場で顔合わせたことはあったけど、こうして話す機会は無かったね?」

 

 ウルリカと名乗った薄紅色の髪の女は気さくそうな、明るいタイプの子だった。

 ライナの姉貴分と言えばしっくり来そうな感じがする。

 

「ナスターシャだ。水魔法使いのゴールド1。今回はお前の実力を見極めるために来た。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 おう、こっちの女はだいぶキツそうだな。

 青い長髪に人を寄せ付けない鋭い眼差し。冷たい印象の女だ。

 シーナとよく一緒にいるけどほとんど喋っている姿は見たことがなかった。そんな声してたのな。

 

「……」

 

 こっちの……アルテミスというよりどちらかといえばFateのヘラクレスっぽい感じのお方は……ゴリラ、違う、ゴリリアーナさん。

 俺ですら見上げるほどの上背。屈強な肉体。どう見ても……女性です。本当にありがとうございました。

 

「ほらゴリリアーナさん、一応挨拶はしておかないと。最初なんですから」

「そっスよ。モングレル先輩も反省してますし、そう悪い人じゃないスから。怖がらなくて大丈夫っス」

 

 シーナとライナに押され、ゴリリアーナがうっそりと俺に歩み寄る。

 彼女が背負う半月刀の間合いだ。何故かそんなことを考えてしまう。

 

「あの……ゴリリアーナ、です……シルバー2の剣士です……今日は……よろしくお願いします……」

「あ、はい……どうぞよろしくお願いします」

 

 見た目の割にオドオド喋るのがなんか怖いんだよなこの人。

 いや、オドオドさせたのは俺の第一印象が最悪だったからかも知れないんだが。でもこのナリで女だとは思わんじゃん。声も俺よりダンディじゃん。初見殺しじゃんそんなん。

 

 まあ、まあまあ、今回を機にわだかまりを取り払っていきたいとこですね。はい。

 あまり敵に回したいビジュアルしてないし……。

 

「……私とシーナさんは紹介はいらないスよね」

「いらんいらん。作業小屋着くまでに日が暮れるといけないし、さっさと出発しようぜ」

「ちょっと、貴方が仕切るわけ? 今回はアルテミスの人数が多いのだから、私たちの指針に従ってもらえると楽なんだけど」

「おう、そこに異存は無い。指示待ちのが楽だしな。でも今回は俺の力を見るんだろ? 俺の舵取りも少しは見ておいても良いんじゃないか」

「あ、私さんせーい! いつもアルテミスの動きしか見てないし、たまには他人のやり方も見てみたいなー」

「なかなか話がわかるじゃないか。ウルリカだっけ。よろしくな」

「はーい!」

 

 シーナが少しだけ渋い顔していたが、俺の実力を見ると言った以上異論は無いらしい。

 俺に舵取り含め先行させる形で、とりあえず今日は様子を見ることになった。

 

 

 

 森に入ると、通い慣れた獣道を進んでゆく。

 入口からしばらくは馴染みのある森だ。ここらで獣が飛び出すことはほとんどない。

 だからまだまだこの辺りでは遠足気分である。

 

 それでも不意の遭遇に備え、陣形は整えてある。

 前後からの襲撃を警戒し、先頭から見て剣士・弓使い・魔法使い・剣士という陣形だ。

 

 この並びになると自然と、弓使いの連中と会話も弾むわけで。

 

「へー、だからモングレルさんってソロでもお金持ってるんだぁー」

「数人でやる任務を一人でやるわけだしな。人の三倍は休みがあるってわけよ」

 

 ウルリカは話好きなのか、後ろからしょっちゅう話しかけてくる。

 賑やかで良いけど、一応そろそろ周りに警戒してくれるとありがたいんだが。

 

「でもモングレル先輩がお金持ちってイメージは全然無いっスね。いつも変な買い物してる気がするっス」

「失礼な奴だなお前。俺は必要と思ったものだけ買ってるぞ」

「っスっス」

「今回もアルテミスと合同ってことで、とっておきの弓を持ってきたしな?」

「えっ! モングレルさんって弓使えるんですかー!?」

「マジっスか。言われてみれば確かに背負って……え、なんかそれ形変じゃないスか」

「お、見るか? 前に黒靄市場で安売りしてるのを買い取ったんだ」

 

 新武器のお披露目ということで行軍停止。致し方ない足踏みだ。

 怖い顔しないでくれシーナ、ナスターシャ。お前たちもこれを見ればわかってくれる。

 

「じゃじゃーん! 弓剣!」

 

 布を取っ払ったそこには、弓の端に小さな刃物を取り付けたカッチョイイ武器があった。

 そう。この弓剣、普段は弓で遠距離攻撃しつつ、相手に近づかれた時はこの弓に備わった刃物で槍のように闘うことができるのだ! 

 

「うっわ……まじスか。またそんなのにお金使ってるんスか……」

「ハハッ……」

 

 あれ、反応鈍いな。今回の弓は長さもあるしちゃんと矢も飛ぶんだが。

 ただ剣の部分が滅茶苦茶邪魔だけど。

 

「一応聞いておきたいんだけど。モングレル、貴方それまともに使えるの?」

「ああ、使えるぜ。矢も一本持ってきたしな」

「一本」

「矢って高いのな。まとめ買いは勇気無かったわ。まあここからあの木までの距離なら当たらなくもないってとこかな」

「射程短っ! ほぼ投げナイフの距離じゃないスか!」

「良いんだよ、外したら接近戦すれば良いだけだし。俺はそっちのがメインだしな」

 

 ……新武装のお披露目で逆に心配そうな顔されてるんだけど。

 いや別に弓が追加されたからって俺が弱体化するわけではないんだが? 

 

 それに俺だって今回は矢は当たればラッキーくらいのもんだと思ってるわ。流石にその辺り自惚れてはいない。

 

 まぁ暇な時に矢を貸してもらって練習したいなとは思ってるけどな。

 

「さあ、そろそろ森も深くなってくる。警戒して進んでいこう」

「うっス……」

「……ねぇライナ。あの人いつもあんな感じ?」

「あーはい、大体あんな感じスね……」

「聞こえてるんだが?」

 

 陰口は本人のいない所でやりなさい。

 

 



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一矢の報い

 

「待て。くくり罠がある」

 

 俺は後続のアルテミスたちを止め、茂みのそばにしゃがみ込んだ。

 枝葉で隠されているが、間違いない。人為的に仕掛けられた罠だろう。

 

 ただロープを手足に引っ掛けて拘束するだけの罠だが、森を歩く人を引っ掛けては大変だ。

 こういうものは近くに罠の設置を主張する色紐を巻き付けることが必要だし、罠本体にギルドから売り出してる番号入りの金具を用いる必要があるのだが、この罠にはそれもない。

 そして罠の近くの藪の根本には暴れ回った獲物を弱らせるためであろう鉄片が埋め込まれていた。よくもまあここまで悪どい違反の数々をコンプリートできるわ。

 農村出身の奴は本当にこういうのが多くて困る。

 

「違法罠っスね」

「回収しておく。今年は結構あるな」

「最近の新人はなーんも考えてないみたいねー。自分たちのいた土地では好き勝手できたんでしょーけどさ」

「ギルドの初期講習をもっと手厚くやってほしいもんだね。なんなら筆記試験でもやったほうがいい」

「そんなことしたらギルドマンいなくなっちゃうよ」

 

 ウルリカの懸念も尤もだが、こうもならず者が多いとな。

 まともなギルドマンと犯罪者で半々くらいじゃないか? どうせ無理ならさっさと細かめの篩にかけてやったほうがマシだと俺は思うね。

 中途半端に味を占めて居着かれるよりは金もかからねえよ多分。

 

「……ふん。なるほどね。罠を見極める目は持っているんだ」

「まぁそれなりにはってとこだな。シーナ達みたいな生粋の狩人でもないから、多少の見落としは勘弁してくれよ」

「いえ、思ってたよりも十分よく見えてる」

「……本当に褒めてる?」

「褒めてるでしょう」

「なんか目が怖いんだよな」

「うるさいわね」

「あははははっ」

「ウルリカ、黙りなさい」

「はぁい」

 

 森を歩いてちょっとした異変を探す。そんな技術もこの世界に来てから磨かれたものだ。

 だから正直、あまり自信がない。人並みに培った技術と言えば普通なんだろうけど、転生チート主人公補正が掛からないものになると滅茶苦茶不安になるんだよな。そのおかげで勉強に身が入るのが皮肉ではあるんだが。

 

「足跡っス」

「え、どこだ? ライナ」

「これスね」

 

 それからさらに歩いていると、真っ先にライナが痕跡を見つけだした。

 この足跡を見つける作業もマジで苦手だわ。そこらへんの土も似たように見える。今でも獣道ですら怪しいのに。

 

「本当ね。よく見つけたわ、ライナ」

「よくやったぞーライナ」

「えへへ」

 

 褒められてるライナを見ていると、普段のアルテミスでの扱いがわかるな。

 仲良くやってるとは聞いていたが、本当に末っ子みたいな可愛がられ方してやがる。良かった良かった。

 

「……なんスか」

「いやなんにも言ってないが」

 

 そういう姿を見られたくないお年頃ではあるんだろう。

 まぁもうこいつだって16歳だからな。小さく見えるけど、既にライナも立派な大人だ。

 

「……足跡は、大きめのチャージディアか」

 

 今までほとんど会話に加わることもなかった魔法使いのナスターシャが、足跡に指を突っ込んで深さを測っている。

 土の沈み具合で獲物の重さをイメージしているのだろう。多分。

 

 ちなみにチャージディアとは、すげー殺意高い角の形をした鹿型の魔物である。

 払うよりも突き刺すことに特化した形状の二本角を持ち、敵に突進して刺し殺すというシンプル故に強力な攻撃方法を好む。

 明らかに肉食しそうな角を持ってるくせに草食なので、突き殺すのは単なる趣味か本能的なものらしい。害獣に新たな害獣要素が加わったガチの嫌われ者だ。

 角のリーチがある分クレイジーボアよりも厄介に感じる奴は多いそうで、狩りに慣れたギルドマンでも毎年何人も殺されている。

 

 だが討伐した時の儲けは、皮が金にならないクレイジーボアよりも良い。

 角も皮も肉も余すとこなく金になる。俺は大抵角とかは折っちゃうけど。

 

「縄張りではないわね。単にここを通りかかっただけみたい」

「水場に向かってるわけでもないみたいっスけど、なんなんスかねこれ」

「色々と新人に引っ掻き回されてるからそのせいじゃなーい? 最近の森の分布は当てになんないよ」

「そうね。まだ深く考えるだけ無駄かも。……モングレル? 貴方は何か無い?」

 

 いやそんなの俺に振られてもな。

 

「俺は見つけた獲物を殺してるだけだから、猟のノウハウはなんもわからんぞ。普段からギルドの出した依頼の場所まで行って適当に探してるだけだしな。素人目線じゃ的外れなことしか言えん」

「……そう、まあそういうものか。わかったわ。じゃあ移動を再開しましょう」

「おう」

 

 力を見せるだけなら手っ取り早くチャージディアやクレイジーボアが現れてくれれば助かるんだけどな。

 程よい強さの魔物をぶち転がせば俺の強さに納得はしてくれるだろ。

 それに一発目は弓剣使ってみたいし。

 

「お?」

「グア?」

 

 なんて事考えながら歩いていると、獣道の先からゴブリンたちが歩いてきた。数は二体かな。

 登山道で向かい側から来たようなシチュエーションである。

 もちろん相手は“こんにちはー”と挨拶しても友好的にはならないが。

 

「ゴブリンっスね」

「最近増えたねー、畑に隠れてた奴らが森に逃げ込んできたのかな?」

「ゴブリンの行動を予測しようとするだけ無駄よ。モングレル、ここは一体任せて良いわね? 先に弓で数を減らすから」

「二体とも任せてくれて良いよ。チビのゴブリンになんか手こずるかっての」

 

 向こうでギャーギャー喚いて威嚇するゴブリンたち。普通なら俺たちの大勢を相手にすると逃げ出すんだが、アルテミスの面々が綺麗なメスであることに気付くや否や、逆に戦意高揚している。それでこそゴブリンだ。

 

「矢は一本あればいい。何故かって? 一本あれば一体を殺せるからだ」

「なんか始まったっス」

 

 俺は弓剣に矢をつがえ、引き絞った。

 ギリギリと軋む弦。棍棒を構えてソロソロと近づくゴブリンたち。

 

「なんか構え方おかしー」

「笑っちゃ駄目スよウルリカ先輩」

「体から離れすぎよ。もっと顔に寄せて」

 

 極限まで研ぎ澄まされた集中は外界のやかましい女達のクソリプを遮断し、やがて最高潮に達する。

 

(シッ)!」

「ゴァッ!?」

 

 そうして放たれた流星は、目にも止まらぬ速さでゴブリンの横の木の幹を深く穿った。

 

「シッ! だって」

「いやー今のはさすがにダサいっス」

「わ、笑ったらだめよ。さ、最初はみんな初心者なんだから」

「オラァ! 弓剣の本領見せたらぁ!」

「ギェッ!?」

 

 外れた弓矢に気を取られた隙に、俺はゴブリンたちの懐へ素早く潜り込んだ。

 そこそこのリーチをもつ弓剣の刃はゴブリンの喉と心臓を素早く切り裂き、少なくとも俺の失態の目撃者二体はこの世界から姿を消したので良しとしよう。

 

「弓術はちょっと目も当てられないけど、接近戦の思い切りは良かったわね」

「あれ、モングレル先輩それもうしまっちゃうんスか」

「どうせ俺なんて弓とか向いてねえし」

「あらー拗ねちゃったよモングレルさん。ごめんなさいってー」

 

 やっぱ使い慣れたバスタードソードが一番だわ。これさえあればほぼ全てに対応できるからな。

 弓はもう今日はいいよ。また宿屋の壁に掛けてインテリアになってもらうから。

 

「……相変わらず、短めの剣を使い続けているのね」

「ん?」

 

 シーナが俺のバスタードソードを見て、思うところがありそうな顔をしている。

 まあ、軍で採用しているロングソードとは刃渡りで20cm近く違うから言いたいこともわかるが。

 

「柄の端を握っておけばそれなりにリーチも伸びるし、問題ないぞ。こっちは長めだからな」

「だったらロングソードを使えばいいのに」

「ハッ」

「何よその笑いは」

「お前達はまだバスタードソードの強さを知らない」

 

 みんな“本当か?”みたいな呆れた顔をしてるけど、まぁ後で何か魔物が出たら見せてやるよ。

 

「モングレル先輩。私はその剣の強さわかってるつもりっスよ」

「おお、ライナはわかってくれるか。見てたもんな」

「っス。直に見せられて助けてもらったら、文句言うなんて無理っスもん」

「ふーん……まーその話はライナから聞いてたけど、ほんとかなー? とは思っちゃうよねぇ。後でゴリリアーナさんと模擬戦でもしてもらおうかなぁ?」

「いや……俺的にそういうのはちょっと……」

 

 それなりに良いとこは見せたいんですけどね。

 ゴリリアーナさんと戦うのはちょっとやだな俺。

 

 いや負ける気はしないけど、怖いじゃん。なんか。

 

「お前達。そろそろ休憩するぞ。昼食の時間だ」

 

 俺たちはその後も歩き続け、途中のひらけた場所で何度か休憩をとった。

 罠もいくつか解除して、よわっちい魔物を適当に追い払って、それでも大きなトラブルもなく、夕方近くには目的の作業小屋まで到着した。

 

「先客がいるな」

 

 どうやら作業小屋には先客がいるらしい。

 林業を営む人だとか、遠征目的の連中なんかがここを利用している場合もあるので仕方ない。

 

 の、ではあるが。

 

「問題は、あれがまともな利用者かどうかってことだよな」

「……っスね」

 

 面々の顔色に、これまでとは違う真剣な色が宿る。

 

 そう。この作業小屋、実は絶好の盗賊宿泊スポットでもあるのだ。

 

 

 



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優位な交渉

 

 レゴール北東に位置するバロアの森は、レゴールにおける重要な木材採取地だ。

 資源に乏しいレゴールでは、特に建材としての木材の需要が高い。冬には薪としても大量に必要になる。

 魔物の住処にもなるというわかりやすいデメリットも無視できないが、人はなんだかんだで森の恵み無しには生きていけないのだ。

 

 そんなバロアの森にはいくつか作業用の小屋があり、そこでは簡易的な宿泊であったり、道具の整備、修理ができる簡単な作業台などが置かれている。

 猟師や林業関係者など、さまざまな人が使うこの作業小屋だが、かといって誰でも使っていいわけではない。

 ちゃんと利用者には制限がかかっており、ギルドから許可を得た者だとか、街から認められた者だけが使えるようになっているんだ。

 

 しかし、鍵が掛ってない。

 そうなったらもう、あれだ。誰が何を言っても無駄なんだろうな。勝手に利用する奴らは大勢出てきちゃうんだわ。

 豊かな森の中で寝起きができる屋根と壁付きの、鍵の無い建物。当然、森の無法者はこういう場所が大好きなものでして。

 まぁだからこそ今日の俺たちみたいなギルドマンが定期的な見回りをやってるんだが、もう少しなんとかしたほうが良いとは思うんだわ。

 特に小屋の利用に関しては前もって予約できるようにしてほしい。許可を持っている者同士で利用日が被ってるなんて事がざらにあるんだよ。

 大人数で被ったりしたら山小屋かよってくらい、足の踏み場もないほどの人数が雑魚寝することも珍しくない。誰かの脚を枕に寝る感じだ。俺はそう言うのマジで耐えられんタイプ。

 

「人の気配はする。外のは……解体の跡だな」

 

 作業小屋の近くには東屋があり、そこには作りかけの木材の何かや、粘土から作った煉瓦が無造作に置かれている。

 そしてその側の木からは、野生生物の解体をしたのであろう、ぶら下がった足先がぷらぷらと揺れている。あれはクレイジーボアの足かな。

 

「作業小屋に人がいるわね」

「人数はー……何人かなぁ。話し声はするけど」

「猟師っスかね」

「……さてな」

 

 俺はひとまず、木にぶら下がっているクレイジーボアの足を検分した。

 どうやらくくり罠に引っ掛けたものらしい。締め付けの際に棘付の金具で出血を強いるもので、これは引っ掛けた際にクレイジーボアが暴れまくったせいか、足に深く食い込んで抜けなくなってしまったようだ。頑強な紐が深く埋まり込み、ほとんど一体化している。

 

 そして、俺はこの棘付の金具と紐に見覚えがある。

 

「あーあ」

 

 荷物からつい先程回収した違法罠を取り出して見比べてみると、一致した。

 使っている紐、金具、両方非正規のもので、手作り。だというのに一致している。

 間違いなくこの解体跡は、違法罠を使っていたならず者と同じ奴によるものだ。

 

「面倒なものを見つけたわね」

「全くだ。見つけなきゃ見ない振りもできたんだが……」

 

 思わずシーナと顔を合わせる。

 彼女もまた、俺と同じで少し億劫そうな顔をしていた。

 

 正直、違法行為も少しくらいなら良いんだ。見つからないように、他のやつに危害を加えなければまぁ、破ってる奴なんて結構いるしな。

 ただ調査任務中に見つけたらね。それも、俺たち合同でやってるから見て見ぬふりするのもちょっとしにくいのもあってね……。

 

 だが現実問題として、この作業小屋には既にそいつらがいる。

 しかもそろそろ日が沈む。俺たちはどうあっても、この作業小屋かその近くで夜を明かさなければならない。軽犯罪者たちと一緒にな。

 考えるだけで面倒になるだろ? 

 

「……とにかく、真っ暗になる前に動くか。なぁ、作業小屋の奴らとの話し合いはアルテミスに任せていいか?」

「そうね。私たちの方がランクも……いえ。できればで良いんだけど、交渉も貴方に任せて良い? モングレル」

「え、なんで。俺よりそっちの方が箔ついてるだろ」

「貴方が人を、ならず者を相手にどう対処するかを見ておきたいの。私たちはいざとなれば全員、全力で貴方を守るわ。それでも自信が無いなら、まぁ別に良いけれど」

 

 おいおい、嫌な仕事を任せてくれたな。

 まぁ良いけどさ。援護も誤射さえしなければありがたいし。

 

「わかった。……できるだけ穏便に済ませるつもりだ。聞いておくが、何も知らないふりをして一晩小屋で同居するのは?」

「無理。無法者相手に隙は晒せない。最低限拘束しないと駄目。相手は何をするかわからない犯罪者なのだから」

 

 この辺り、シーナはとても高潔な人間だ。

 まぁアルテミスも女だけのパーティーだし、警戒するに足る経験も色々あったのだろうとは思うが。

 

「モングレル先輩、気をつけて」

「おう」

 

 弓を準備するライナに応え、俺は作業小屋の扉をノックした。

 それまで談笑していた気配が途絶え、沈黙。ややあって、人の気配が近づいてきた。

 

「誰だ?」

「ギルドの者だよ。泊まりにきたんだ。開けるぞ?」

「まあ、構わないが」

 

 小屋の扉を開けると、中には三人の若い男達がいた。装いからして猟師。今は解体したボアの肉の脂身を選り分けているところだったらしい。

 こいつらとはギルドでも顔を合わせたかどうかはわからない。新入りではあるんだろうけど。

 だが、少なくとも明らかに「盗賊!」って感じの奴らではないようで安心した。

 まあほぼ間違いなく違法罠を仕掛けたならず者ではあるんだが。

 

「三人か。表の木に吊り下がってたのは、その肉の奴か?」

「ああ。小さいボアだったよ。パワーのある奴だった」

 

 自慢げに自供されちゃったよ。隠す気もないのか? 

 

「おい、こら」

「あっ、いけね……」

 

 いやいや、今更口滑らせた感じになってもね。

 あーでもこれで決定か。参ったな。こいつらどうしようか。

 街に戻ったらひとまず証拠品と一緒に衛兵に突き出せば終わりなんだが、それまでの間が問題なんだよな。

 

「……違法罠を仕掛けてたの、お前らだろ。回収しといたぞ、これ」

「!」

「聞いてなかったは通らないからな。お前たちの首にぶら下がってるその鉄飾り、新人ギルドマンのものだ。最低限の講習を受けている以上、言い訳はできねえ」

 

 三人の若い青年は、互いに目配せしながら狼狽えている。

 得物は解体用のナイフ。そしてマチェット。ショートソードと同じリーチで威力は高いが、魔力による肉体の強化が使えなければ振りは遅い。

 

「……なぁおじさん」

「まだギリギリおじさんじゃない。モングレルと呼んでくれ」

「……モングレルさん。俺たち金がなくて困ってるんだ。だからこうして頑張って狩りをしてる。確かに罠は……良くなかったと思う。けどそこまで悪いことじゃ無いだろ。もうやらないからさ、今回だけは見逃してくれないか?」

 

 まぁ君たちからしてみればそのくらいの事は言うよね。

 

「すまんな。俺たちも調査の名目でこの森に入ってるんだ。その仕事を放棄して見なかったことにするのは、ギルドマンとしての信用に関わる」

「そこをなんとか」

「それとお前達は違法罠をなんて事のないものだと思っているのかもしれないけどな。このバロアの森はレゴール伯爵の土地で、その一部管理を任されているのがギルドなんだ。貴族からの真っ当な信用と、何者でもないアイアンクラスのお前達のお願い……そんなもんを天秤にかけられるわけがないだろ」

 

 簡単な規則を守る気も無い奴と共犯者なんてごめんだ。無駄に危険なだけでなんの旨味もない。

 それにもうやめるだなんて約束、軽すぎて鼻息だけで飛ばせるわ。今日は一つの違法罠しか見つからなかったが、どうせ探したら他に幾つもあるんだろうしな。

 

「……ノッチ。ジェスト」

「ああ」

「仕方ねえよな……」

 

 明確な言葉は使っていない。だが三人はそれぞれ武器の柄に手を置いて、そろそろと俺に近づき始めた。

 勘弁してくれ。人間の血は苦手なんだ。

 

「あー……外に出てやろうぜ。ここじゃ狭いだろ」

「……モングレルさん。あんたは一人か?」

「いや、一人じゃない。外に五人いる」

「えっ」

「シルバーランクとゴールドランクもいるぞ。弓の名手が三人、ボアを素手で殺せそうな剣士が一人、超凄腕の魔法使いが一人だ。まあ、だからほら。……諦めた方がいい。お前達は運が悪かったよ」

 

 さすがに伏兵の豪華さにビビったか、彼らは小屋を出る事なく立ち止まっている。まぁ怖いよね。

 

「……嘘だ。ハッタリだ」

「嘘か!? ならロディ、やっちまうか……!?」

「まぁ待て。あー、なんなら少し外見てみるか? 見てもらえれば無理だってのはわかってもらえると思う。ここで俺を攻撃したら、こっちも流石に反撃しなきゃならん」

「……外に伏兵はいる。でもその人数とかゴールドってのはハッタリだ。このおっさんはブロンズだぞ。そんな奴が一緒に組めるわけがない」

 

 うーん! 間違ってるんだが妥当な推理だ! 俺のランクが悪いなこれは! 確かにその通りだ! 

 

「おっさんを先に殺して、外のやつも仕留めるぞ!」

「ああ!」

 

 交渉決裂かよ。こりゃ最初からシーナに出てもらったほうが良かったな……! 

 

「悪いみんな、ダメだった!」

 

 言いながら、俺は小屋の外へと飛び出してゆく。

 そして後から三人のならず者が殺到し、マチェットを片手に迫ってくる。

 

「撃つなよ!? 俺一人でやる!」

「!」

 

 三人が飛び出した瞬間、シーナ達は既に発射の態勢を整えていた。

 だがどうにか寸前で踏みとどまってくれた。ありがたい。

 

 逆にならず者達はいざ外に出てみれば言われた通りの布陣が待ち構えていたことに驚き、固まっている。

 

「犯罪奴隷に堕ちても死ぬわけじゃない」

「ぐっ!?」

 

 バスタードソードを振り払い、呆然と構えられたマチェットを弾き飛ばす。

 強化を込めた剣にかかれば、重い大鉈を飛ばすくらいわけはない。

 

 そのまま武器を失ったリーダーらしい男の腹を蹴り上げ、強制的に蹲らせる。

 そこで無防備な首元に切っ先を当ててやれば、終わりだ。

 

「武器を捨てて降伏しろ。一応、悪いようにはしないからよ」

「……! ろ、ロディを殺さないでくれ」

「殺さないから武器を捨ててくれ。二人ともだ。……アルテミス、何かしたら撃って良い」

「当然ね」

 

 警戒はしたが、結局三人はそれ以上の抵抗を見せなかった。

 戦力がどうしようもないことを見た時にはほとんど諦めていたのだろう。大人しく武器を捨て、俺たちの拘束にも粛々と従っていた。

 

 皮肉なことに、連中の拘束には頑丈な罠用の紐が役に立った。

 クレイジーボアの大暴れを縛り止めるだけの強靭な道具だ。これまで散々使ってきたそれで縛られてしまえば、彼らも下手な考えはしないだろう。

 

 

 

「……たった一発だけの剣だったけど、見事だったわ」

 

 両手を縛られた若者達は沈痛な面持ちで小屋のそばに座っている。

 時折ぼそぼそと話しているが、多分脱走の算段ではないだろう。盗み聞きしたい話ではなさそうだ。

 そんな彼らを遠目に眺めながら、俺とシーナは話していた。

 

「ただ相手の得物を弾いただけだよ」

「そうね。けど殺しにくる相手に、少し甘いとも思ったわ」

「寝覚めが悪いからな」

「一歩間違えば誰かが怪我をしたかも知れない」

「それはまさにその通りだ。言い訳のしようもねえわ」

 

 本当なら、決裂の時点で殺すべきだった。

 外に出て、アルテミスの斉射で速やかに殺す。それが安全策で、王道だったのだろう。実際、情けをかけるほどの相手ではないからな。……この世界の基準では。

 

「でも、貴方が躊躇なく人間を殺せるような人じゃなくて良かったとも思っているわ」

「……俺の強さとは関係ない部分だが?」

「そうね。けど、私たちが見たかったのは何も、それだけってわけでも無かったから」

「過保護だねえ」

「ライナはうちの家族みたいなものだから、当然でしょ。……優しい相手と一緒なら、多少のケチは見過ごせる」

「ケチっておま」

 

 ライナとウルリカが小屋周りの朽木を集め、それをゴリリアーナが手頃な大きさに薪割りしている。

 焚き火の支度をしているのだ。今日の飯は……あの三人が捌いてたボア肉ってことになりそうだな。

 

「モングレル、貴方のことを認めるわ」

「へいへい。嬉しいね」

「なによ、もっと喜んでも良いのに。……良ければアルテミスに入れてあげてもいいのよ。任務の性格によっては、一緒に動けないことも多いでしょうけど」

「それは嫌だよ。女ばっかだもん」

「ふふふ、ライナの言った通りの断り方してる」

 

 その時のシーナの笑い方は、アルテミスの仲間内に見せる時と同じような、とても柔らかなものだった。

 

「けど残念ね。貴方がいればウルリカに次ぐ二人目の男メンバーだったのに」

「!?」

 

 男ってあいつかよ! わからんわ! 

 

 



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隠していない力の一端

シーナ視点


 

 ライナが懐いている男の実力と人柄を見る。

 ブロンズ3の平凡なギルドマン、モングレル。

 今回の調査任務は、彼を試す。ただそれだけのものだった。

 

 普段であれば作業小屋までの往復で、道中に現れる低級な魔物を相手にするだけの簡単な仕事。

 しかし時期が悪かったのか、作業小屋には密猟者たちが屯していた。そのせいで少し面倒なことになってしまったけれど……結果としてみれば、モングレルの対人戦闘力を見ることができたし、良かったのかもしれないわね。

 

「お前らはこれから犯罪奴隷だからな。まぁ、抜け出すまでは時間がかかるだろうが。けどお前らもまるきり馬鹿ってわけじゃないんだ。真面目に頑張れば使い潰される前にどうにか、這い上がれはするだろ」

 

 夜。

 焚き火を囲んで食事を摂った後、モングレルは拘束した三人に話しかけていた。

 聞く側からしてみれば自分たちを捕らえた張本人からの説教だ。鬱陶しくもあるだろう。けど、モングレルという男はきっと、他ならぬ彼らのためを思ってそんなことをしているのだ。

 

 

 

 ライナの話でよくモングレルの名は聞いていたし、ギルドによく顔を出していたので話すこともあった。

 ライナがアルテミスに加入する前に彼女を指導していたのがモングレルだ。

 しかし同じパーティーに入れて任務をこなしていたというわけではないらしく、長く付き合いのあるライナから見ても実力などは“よくわかんないっス”ということらしい。

 そんなモングレルが、この前ライナと一緒に街の外に出て、サイクロプスと遭遇したのだという。

 

 別に、付き合うなとは言わない。世話になったのはきっと本当だろうし、ブロンズ3とはいえギルドマンとして長いのだから、そこそこ誠実に仕事はこなせるのだと思う。

 けど、迂闊なことをしていざという時にライナを守ってやれないのでは、こちらとしては困る。

 私はシーナ。アルテミスを預かるリーダーだ。新入りとはいえ、その仲間たるライナをつまらないことで怪我をさせたり、まして殺されたりしてほしくはない。

 

 だから、モングレルを試そうと思ったのだ。

 強ければ良し。けど、それだけではダメ。ライナと一緒にいるのであれば、人柄だって無視はできない。

 ギルドマンに所属するのは粗野な貧民ばかりだ。もしモングレルがライナに悪い影響を与えるような男であれば、今後は一切近づかせないし、ライナからも関わらせないつもりだった。

 

 ……一日彼を見ていて、だいたいはわかった。

 実力は、良し。というより、ブロンズ3とは思えない力と技量がある。

 

 罠を見分ける眼は、さすがに経験があるのか悪くない。道選びも歩き方も合格。

 ……ゴブリンと遭遇した時に撃った矢は、素人丸出しではあったけれど。その後の弓剣による接近戦は素早く、確実にゴブリンを仕留めていた。マヌケな一幕だったけれど、その道化じみた行為をカバーできる実力があってこその振る舞いだったのだろうと、私は思っている。

 

 作業小屋で遭遇したならず者への対処も良かった。

 彼の使うバスタードソードは中途半端な武装だけど、素早い攻撃は上手く相手の虚を突き、瞬時に無力化に成功している。

 よほど身体強化が優れているのだろう。剣で大鉈を弾いた瞬間は、まるで枝でも飛ばすような軽やかさだった。

 いたずらに命を奪わないのも、悪くない。捕縛を試みるのは後衛に危険を及ぼしかねない行為ではあるけれど、いざという時はそれを巻き返せるだけの実力がある故の試みだったはず。多分、ただ甘いだけの男ではないのだ。

 

 力はある。異常者ではない。……うん、ライナと付き合わせても問題ない男ね。安心したわ。

 まあ……もし今日の野営で誰かに手出しするようなら、問答無用で殺すけど。

 

 

 

「変なとこはあるけど、いい人そーじゃん。良かったね? シーナ団長」

「ええ。けど、一番安心してるのは貴方じゃない? ウルリカ」

「……えへへ。まぁ、ライナに何かあったらって思ったらねぇ? そりゃ心配しちゃうじゃない?」

「随分とモングレルにベタベタするから、何かと思ったわよ。ちょっと探り方がわざとらしいんじゃなくて?」

「そ、そうかな? さりげなーくやったつもりなんだけどなー……」

 

 ウルリカは歳の近い後輩ということもあって、特にライナを大事に思っている。

 あとはまあ、そんなライナの元お師匠様ってこともあって、モングレルに対抗意識でも燃やしているのかもしれないわね。

 でもウルリカも、今日でモングレルに対する蟠りなんかは解けたんじゃないかしら。元々、人を嫌いになったり警戒できるタイプじゃないものね。まして、それが人柄の良い相手なら……。

 

「モングレル先輩、新しい肉焼けたっス」

「おお、わざわざ持ってきてくれたのか。悪いなライナ」

「そ……それは俺たちの捌いた肉……!」

「ん? 食うか? まあ今日が最後のまともなジビエ料理になるかもしれないからな。肉も悪くしちゃあれだし、食わせてやってもいいぞ。……ちゃんと今日のことを言葉に出して反省するならなぁ!?」

「く、くそぉ……! 食わせてくれ! 反省するから!」

「あれぇそんなに反省してない感じかなぁ……?」

「反省してますぅ!」

 

 ……いや、どうなのかしらアレ。人柄、良いのかな……。

 

 ……酒場で話すことも多かったけど、いまいち掴みどころのない男なのよね、モングレル。

 

「部屋に水桶を用意した。寝る前に清めておくといい」

「あら、気が利くわねナスターシャ」

「今日は一切戦闘に参加していなかったからな。水魔法の有効活用くらいはさせてもらおう」

 

 彼女はナスターシャ。

 アルテミス加入の頃から一緒にいる、凄腕の水魔法使い。

 王都から飛び出した私に、今日まで長く付き合ってくれている頼れる相棒。彼女もまた、ライナのために今回の任務についてきた一人だ。

 

「シーナ。お前の眼には適ったか」

「ん、まあね。変人なのは変わらないけど、良いんじゃない。悪人じゃなくてほっとしたわ。ナスターシャはどう?」

「面白い男だな」

「……面白い?」

 

 意外だ。冷淡な彼女にしては随分と買っているようだけど。何故? どこが?

 

「さっきあの男、モングレルといったか。奴がバスタードソードを使って、ゴリリアーナの薪割りを手伝っていた」

「ああそうね。働いてくれるのはありがたいと思うけど……」

「奴の剣を観察してみると、面白いことがわかった。何だと思う」

 

 ナスターシャは鋭い目を細めて、楽しそうに笑っている。

 学術的興味ばかり追い求める彼女の笑みだ。……剣に何かある? それがナスターシャの気を惹いたとなると。

 

「まさかあのバスタードソード、魔剣の類だったり」

「いいや。あの剣そのものはただの数打ち品だろう。おそらくロングソードの作り損ないといったところか。面白いところは他にある」

 

 予想以上に酷い得物だった。それだけでも十分に面白くはあるんだけど……?

 

「モングレルは一撃で大鉈を弾いてみせたな」

「ええ、そうね」

「あの時の大鉈を検分してみた。すると、刃の部分に深い切れ込みが刻まれていた。指一本分ほどの深い跡がな」

「……それは」

 

 凄まじい切れ味。そして威力だ。一発で軽々と吹き飛ばしたのにも頷ける。

 

「対してどうだ。モングレルのバスタードソードには、大鉈と打ち合ったはずの刃に少しの傷もできていなかった」

「!」

「面白いだろう。魔剣でもなんでもないただの鋼の数打ちに、大鉈に少しも負けないだけの強化を施せる……。奴の身体強化にも目を瞠るものがあるが、武具への伝達も凄まじい。シーナ、奴のランクはいくつだ?」

「ブロンズ、3……とは思えないわね」

「審査の厳しい王都のギルドであっても、その域の者にはゴールドが与えられるものだ」

 

 強いとは思っていた。ソロで難しい任務もこなすし、日頃から余裕があるとも感じていたが……。

 余裕の理由はそれか。

 

「おそらく、身体能力系“ギフト”の持ち主なのかもしれんな。種類は違えど……私やお前と同じように」

「……!」

 

 ギフト。スキルと同じく、あるいはそれ以上の奇跡として得られる超常の力。

 

 強化系のギフト持ちはそのほとんどが国から召し上げられるか、在野においてもギルドマンのトップクラスとして君臨できるような、戦闘系において最上の素質だ。

 

 ……力を隠しているのは、そういうこと?

 目立って、ギフト持ちであることを知られたくない……なるほど、そう考えればブロンズに固執する理由としては妥当か。

 力ある者が上にいけばいくほど、危険な任務は増えるものだから。

 

「私は面白いものを見れて満足した。モングレルをどう扱うかは、シーナ。お前の好きにすると良い」

「……悩むところね。一度断られてはいるけれど、そうなるともう少ししつこく勧誘する価値もあるか……?」

「個人的な意見を言わせてもらうなら、まあ、悪くはないな。うちには既に(ウルリカ)もいるし、ライナが懐く相手ならば問題もなかろう。シーナの方針に従うさ」

 

 そう言って、ナスターシャはゴリリアーナの元へと歩いていった。

 彼女の桶にも水を補充しに行くのだろう。

 

 ……モングレル。モングレル、か。

 強化系ギフト持ち……よそに取られるくらいなら、うちで抱え込むのも有りかしら……?

 

「おい見てみライナ、ウルリカ。こうしてクレイジーボアの脂身から獣脂を取り出して食い物に流し込んで固めるとな、滅茶苦茶不味くてくっせぇ保存食ができるんだ」

「うわ、くっさ! あはは、まずそー!」

「うへぇ。わざわざ保存食にしなくたって、普通に新鮮なお肉獲って食べれば良いじゃないスか……」

「肉を簡単に獲れる狩人の意見だな……」

「てかボアの脂は蝋燭にしたほうが良っスよ。自分たちで使えるし、数作ればいい値段で売れるっス」

「……確かに……」

「変なのー! 保存食だったら干し肉で良いのにー!」

 

 ……まぁ、入ったら入ったで楽しそうだし、前向きに考えて見ても良いかもしれないわね。

 断られそうな気もするけれど、気長に誘っていけば心変わりすることもあるかもしれないし。

 

 



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安い酒場のお疲れ様会

 

 ちょっとした捕物はあったが、なんとか無事に任務は終わった。

 作業小屋で一晩寝たら、翌日明るくなってすぐにレゴールへ。

 帰りの道中は捕まえた三人組を歩かせる手間も生まれたものの、五体満足の健脚な男たちは渋ることなく帰り道に同道してくれた。心も折れているのだろう。あるいは後ろを歩くゴリリアーナさんが怖かったのかもしれない。俺も怖い。

 

 また、帰り道では木の上にとまっていたマルッコ鳩を、シーナが素晴らしい弓の腕前で仕留めていた。

 喉から脳天を貫くように命中した弓矢の一撃は、まさに継矢の二つ名に相応しい絶技。俺も何十年か練習すればあのくらいになるんだろうか。無理だな。何十年もやりたくない。自動車学校の合宿くらいの長さでもめんどくさい。

 

「モングレル、この鳥肉をあげるわ。お礼というわけじゃないけれど、試したお詫びとでも思って受け取って頂戴」

 

 そんで俺はマルッコ鳩の鳥肉をゲットしたわけだ。

 ギルドの報酬の他に臨時収入である。俺はこういうものを必ず受け取るようにしている。食えるものは正義だからだ。

 

「シーナ、また何かあれば俺を呼んでくれよな」

「……調子が良いと言ってやりたいとこだけど、逆に安いわよ貴方」

 

 綺麗に獲物を取れる狩人と水魔法で清潔さを保てる魔法使いがいるんだぜ。正直一緒に過ごしてて快適だなって思いました。

 特にナスターシャの水魔法は正義だ。衛生用水最高。

 

「んー、だったらモングレル先輩。ウチらのパーティー入ったらどうスか。アルテミス、良いとこスよ」

「あ、それは遠慮しとくわ」

「なんでっスか!?」

「ひどーい」

「そりゃもう一人の気楽さに勝るものはないからな」

「もー、なんなんスかそれー……」

 

 だってほらお前。

 ケイオス卿用の素材アイテム集めとか、誰も見てないところでチート使って楽する任務とか、色々あるじゃん。

 それを考えたら無理よ無理。

 

 これで釣りに連れて行って良くなったんだし、それで勘弁してくれよな。ライナ。

 

 

 

 ならず者三人組の引き渡しはすぐに済んだ。

 証拠も本人の自供もあればそう長引くものではない。懸念として土壇場で「いや俺たち密猟なんかやってないです」とかゴネられたら無駄に時間を使うところだったが、それも無く済んだらしい。

 三人組は本当に反省しているのかどうかはわからないが、ひとまずまだ誠意を見せることで心証を良くしておくつもりのようだ。犯罪奴隷になってもそのまま真面目にやっていてくれ。別に娑婆に出たお前らと再会したいわけではないけどな。

 

 レゴールに戻ってきた時には夜だったので、報告の後はアルテミス達ともすぐに解散した。

 二日にわたって森を歩き通したので、体力も限界でクタクタ……。

 

 なんてことはなく、俺は任務の達成を一人で労うために「森の恵み亭」へと足を運んでいた。

 

「あー、やっぱエールよ。魔法の水も悪くないけど水分補給はエールに限るわ」

 

 金を稼いで時間が夜。そうなったらもう飲むしかないじゃろがい! 

 いや猟師飯も山菜もいいよ? 新鮮な素材で作る手作り料理も悪くねえよ? 

 

 でもやっぱ自分で一切調理せずに他人が作って出してくれるメシに勝るものはないんだわ。

 食いたいもの宣言してボーッと待ってればお望みのものが届く。これは豊かな人生に欠かせないシステムの一つだ。

 自分好みの味付けの料理を否定するわけじゃないけどね。たまには……それなりの頻度で楽して飯を食いたいって気持ちもデカめに存在するわけよ、人間にはな。

 

「あっれー? あはは、さっき別れた人がいるー」

「ん、おお。ウルリカ」

 

 なんて飯を楽しんでいたら、隣の席にウルリカが座ってきた。

 アルテミスの弓使いで、気安く話せる若い女……かと思いきや男。正直びっくりしたわ。こうして見ててもよくわからんものな。

 まぁこの世界の人間、ハルペリア人もサングレール人も美形多いから余計にってとこもあるんだが。

 

「もー、せっかくならアルテミスの打ち上げに来れば良かったのに」

「女だらけのとこって疲れない?」

「疲れないよ! みんな凄く良い人だもん。店員さーん! エールとウサギ肉のスープ、あと塩炒り豆くださーい!」

「はいよー」

「そうかぁ。まぁ仲間意識は強そうだよな。ライナも大事にされてるみたいで、俺は安心したよ」

「……優しい人なんだね、モングレルさんは」

 

 何その目。その慈愛のこもった目。

 言っておくけどその流し目が許されるのは女の子だけだから。

 

「ウルリカも、ライナのことよろしく頼むな。まぁ今更だろうが、今後ともってやつだ。あいつもまだまだ都会には慣れてないだろうし」

「うん、機会があれば王都行きの任務にも連れて行くつもりー。アルテミス期待の新人だもん、大事に大事にしてあげるよ」

「そりゃ良かった。……あ、塩炒り豆ちょっともらって良い?」

「えー? しょうがないなぁ……良いよ」

「ありがてえ。このウサギ串肉わけてやるよ」

「本当? ありがと」

 

 今日の森の恵み亭はウサギ肉の日って感じだったんだが、やっぱウサギはイマイチだな。

 肉っぽさにおいてはなかなかそれらしい満足感はあるんだが、どうも酒が進むタイプの肉じゃなくて困る。

 

「んー……お高いお店もいいけど、やっぱりこういうとこも良いなぁー……安いし、結構美味しいし」

「そういやここアルテミスはそんな来ないよな。他の連中は結構来るんだが」

「うん。シーナさんとナスターシャさんが他の違う店を贔屓にしててねー。ここはテーブル席が小さいし、狭いし」

「あの二人の贔屓か……高そうな店なんだろうなぁ」

「あはは、まあ少しはね。私も好きなお店なんだけど……ここはここで好き」

「男の味覚ってのはそんなものだからな」

「えー? 関係あるかなぁー」

 

 ありますよ多少は。この店の味付けはシンプルでガッってくるやつばかりだしな。

 そういう意味じゃウルリカ、やっぱお前も男なわけだよ。

 

「……モングレルさんは私のこと、あまり聞かないよね」

「ん?」

「ほら、こういう格好とか、話し方とかさ」

 

 ああそれね。まあね。

 

「そっちが話す分にはそれを聞くようにしてやるよ。俺からは無理に聞かない。別に不便もないからな。ウルリカの気が向いた時にでも、そういう話をすりゃいいさ」

 

 いや俺も偏見があるかないかでいうと、完璧に無いってことはないよ。

 でもほら、俺の前世。転生する前はあれよ、LGBTだっけ。そこらへんで面倒くさ……色々な問題とかあったわけでな。

 無関心でも適当に調べているうちにその辺りの意識というか気遣いみたいなのが、一応育まれていたのかもしれんね。

 

 そりゃそんな世間で生きてたらね、「オカマだぁー! うぇー!」とかんな0点のリアクションは取りませんよ。

 偏見を出さないようにしてるってだけで、違和感はあるけどな。

 

「そっか、嬉しいな」

「なぁウルリカ」

「ん、なんです?」

 

 俺は酒で少しだけ微睡んだウルリカの目を見た。

 

「もうちょい塩炒り豆もらってもいいすかね」

「……さすがにもう自分で頼みなよぉー!」

「いや新しい一皿って感じの……欲しさじゃねえんだよな今これ。確実に食いたくはあるんだけど、フルではちょっとみたいな?」

「すいませぇーん! 塩炒り豆とエールふたっつくださーい! ……ほら、新しいの注文したからっ。それ一緒に食べよ?」

「ありがてえ」

「まったくもうー」

 

 注文すら人にやってもらうこの怠惰よ……たまんねえな。

 

 

 

 その日、俺はウルリカと一緒に男好きする味付けのつまみを味わいながら、遅くになるまで飲み続けた。

 

 そして話していくうちになんとなくではあるが、こいつが俺のケツを狙っているわけではないことにちょっとだけ安堵した。

 ただの飲み友達って感じだ。本当によかった……。実はそれだけはずっと危惧してたんだ……。

 

 

 



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ギルドマンの潮時

 

 ある日、俺がいつものようにきまぐれに都市清掃任務をやっている時のことだった。

 

「ようモングレル。今日も掃除してるのかー」

「ん、ああバルガー久しぶり……ってなんだその格好、すげえな」

 

 バルガーに声をかけられたのでそっちに目をやってみると、そこには歴戦の勇者もかくやというレベルに傷だらけの鎧を着たバルガーが立っていた。

 どうやら任務帰りのようで、背中には大きな荷物を背負っている。そして手に持った短い槍は無惨なまでに折れていた。

 

「どうしたんだよ。アンデッドになって蘇った?」

「生きてるから。いや正直なんで生きてるのか不思議なくらいだったんだけどな」

「ひぇー」

 

 何故か自慢げに見せてもらった鉄製の小盾にも、一体何でついたのやら、細かな凹みや傷でいっぱいだった。中には貫通寸前まで抉れた穴もある。人の体で受けていたら間違いなく重傷を負うか死ぬタイプの傷跡だ。

 

「“収穫の剣”での護衛任務ついでに、遠征先で二次調査の依頼をこなしてた時にな。国境付近の森まで行って違法伐採の調査ってやつ受けたんだが、これがまぁとんだハズレでよ」

「違法伐採、盗伐ってやつか」

「そうだ。国境ギリギリで儲けようとしてるアホな山賊でもいるのかと思ったんだが、居たのがハーベストマンティスでよ」

「うわぁ」

 

 ハーベストマンティス。

 それは全長四メートル近くあるカマキリ型の魔物であり、ハルペリア王国とサングレール聖王国の国境付近の森に生息するクソ強害虫である。

 

 そこらの業物よりも切れ味の良い大鎌は草木をサクサクと、それこそ収穫でもするかのように両断するし、顎は軟弱な鉄鎧くらいならバリバリと砕いてしまうとかなんとか。

 背中に備わった翅では空を飛べないらしいが、その鋭い翅による素早い羽ばたきはそれだけで周囲のものを切り刻む。

 なるほど、盾や鎧にある無数の傷はそれか。

 

「どうにか十人で囲んで、倒しはしたが……仲間の二人が死んだよ」

「二人!?」

 

 俺は心底驚いた。

 

「よく二人だけで済んだな!?」

「だろう? 長期戦にもつれ込まずに済んで助かった。命懸けで腹に飛び込んで斬りかかったあいつがいなきゃ、半壊はしてたかもなぁ。あ、死んだのはモングレルもあまり知らない奴だぞ」

「そうだったか……」

 

 ハーベストマンティスは凶悪な魔物だ。避けづらい大鎌攻撃や厄介な翅の羽ばたき。ぐるんぐるん向きが変わるせいで隙を見せない頭部。

 ゴールドが複数人で挑むような相手だ。はっきり言って、いるとわかっていれば近づかず、放置するような危険物である。

 それを犠牲二人だけで……あの“収穫の剣”がねぇ……。

 

「向こうのギルド支部からは違約金をたんまり貰ったよ。死亡補償も一番手厚いのがついたしな」

「そりゃそうだ。山賊とハーベストマンティスじゃとんでも違いだ。存分にふんだくってやれば良い」

「一次調査を請け負ったパーティにもでかいペナルティが下るそうだ。そんなことで死んだ二人が浮かばれるとも思えんがね」

 

 バルガーもギルドマンとして長くやっている。今回のような不幸な事故も決して一度や二度ではないだろう。

 それでも長く付き合ってきた仲間が死ぬのは堪えるらしい。当然だけどな。

 

「……この短槍も最後の買い替えになるかもなぁ」

 

 折れた柄の荒々しい断面を眺め見ながら、バルガーは物思いに耽るように呟いた。

 

「なんだ、ギルドマンやめるのか」

「そりゃ俺も良い歳だからな、不思議でもないだろ。今回のでわかったよ。いざという時、若い頃のようには動けないってな。まぁさすがにいきなりやめるってことはないし、もうちょい続けはするが」

「……引退ねぇ」

「大怪我してから引退しても、職探しが面倒だろ」

「それはそうだな。……レゴール警備部隊に移籍するって手もあるぜ、バルガー。あそこの警備の仕事なら無理も少ないだろ」

「んーそれも考えないではないんだけどなぁ。いや、良い所だぜ? そりゃわかるんだけどな。やっぱり俺も“収穫の剣”への愛着ってもんがあるからよ」

「そっか」

 

 愛着か。それはまぁ、大事だよな。

 

「ま、今日だけで考えることでもねえわ。またなモングレル。俺はしばらく忙しいから、多分何日かは酒場に寄れん」

「そいつは残念だ。まあ、またいつでも声かけてくれ」

 

 そうしてバルガーは去っていった。

 ボロボロの小盾を荷物の上で揺らす彼の後ろ姿は、かつて俺が兄貴分として仰いでいた頃よりも、やっぱりこう、歳はとるんだなと感じさせるものだった。

 

 

 

 栄枯盛衰。盛者必衰。

 地味にほそぼそとやっていたバルガーだったが、それでも老いには勝てない。

 顔は結構若々しいタイプだと思うんだが、あいつも四十過ぎだ。若いメンバーについていくのも、そろそろしんどくなってもおかしくないだろう。

 

 うーん、知ってる顔が引退をほのめかしてくるのはなんとなく心にくるな……。

 俺自身、無関係とはいえないし。バルガーの姿はある意味、俺の将来にそっくりなわけで。

 

 引退後は何すんべか。

 やっぱ喫茶店のマスターが良いな。グラスとかカップとかを乾拭きしてるだけのマスターだ。

 料理とか配膳とか会計とか、そういう面倒な仕事は誰かを雇ってやらせよう。

 そのためにはまずコーヒー豆をどこからか発見して入手しなければならないという、高すぎてむしろ不可能に近い壁もあったりするが、それも数十年くらい探してればなんとかなるだろ多分。

 

 ……想像してたらやりたくなってきたな喫茶店のマスター。

 引退後とは言わず今すぐ店を開きてえ。昼に喫茶で夜にバーやってる店のマスターやりてえよ俺。

 

 ああでもダメだ。やっぱりまだ今はメシを楽しむ年齢だな。

 ドロップアウトするのは最低でも脂っこいメシを体が受け付けなくなってからにしよう。それまでは今の生活を続けていたほうが得に違いない。俺は人生に詳しいんだ。

 

「さて、明日も頑張るか」

 

 俺は自分の宿の通りだけは数倍丁寧に掃除して、今回の都市清掃任務を終えた。

 

 

 

「おい見ろよモングレル。これこれ、俺の新装備。アストワ鉄鋼の穂先なんだぜ」

 

 翌朝。ギルドに行ってみると、やけにテンションの高いバルガーと遭遇した。

 

「……もっとお通夜みたいな顔しててもいいだろ。なんであんなにウキウキしてるんだ、あいつ」

「バルガーさん、昨日武器屋に入荷したばかりの高級な短槍と小盾を買ったみたいですよ。それで浮かれてるらしいんですが……」

 

 近くにいたアレックスが言うには、でかい買い物だったらしい。

 アストワ鉄鋼といえばサングレールの鋼よりもずっと良いって評判だもんな。

 

「それにこっちの小盾もどうだ。なかなか良い紋様してるだろ。こいつは真ん中で受ければサングレールのモーニングスターですら弾けるんだってよ!」

 

 笑顔の煌めきがもう小学生のそれなんだよな。

 ていうかサングレールのモーニングスターはさすがに無理だろ。

 

「バルガーお前楽しそうだけど、そんな装備良いのか? 次に買う装備で最後にするって言ってただろ。アストワ鉄鋼ってすげえ頑丈って聞くけど」

「らしいな! 俺も初めて使うから楽しみだ! いや違約金で懐が温まってるところにこいつらを見つけちゃったもんだからよ。つい手が伸びちゃって。な?」

「な? っておま、当分引退できないぞそれ……」

「だなぁ? はははは」

「ははははっておま」

「まぁこの質の良い装備があればあと十年くらいは現役やれんだろ! まだまだ若い奴らには負けてられねえからな!」

 

 いやこのおっさん本当に適当だ! 俺が言うのもなんだけど!

 昨日ちょっとしんみりしてた俺のレアなシリアス成分を返してくれねえか?

 

「……まだまだ若い奴らには負けないって、典型的なおじいさんのセリフですよね……」

「ハッ!?」

「アレックス、やめてやれ。真実は時に人を傷つける」

 

 色々あったけど、バルガーは現役を続行するそうだ。

 なんなら装備が良くなった分、前よりも活躍するかもしれない。良かった良かった。

 

 ……でも年寄りってそうやってずっと現役気分でいる時に調子に乗って大怪我するイメージあるからやっぱり頃合いを見て引退してほしいわ……。

 



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予期せぬ超大物

 

 今日。俺の新兵器が誕生する。

 

 話を聞いたのは昨日の昼間だ。

 俺はギルドから請け負った新しい鏃の鋳型の配達途中だった。

 そうして鋳型を鍛冶屋に届けた時、オヤジさんから聞いたんだ。

 

「モングレル。お前さんの注文、今日にでも仕上がる予定だ。明日なら受け渡しができるはずだぜ」

 

 鍛冶屋の親父がただの酒飲みじゃなかったことを知った日だった。

 結構前の注文だったから、完全に忘れられているかと思ったのに。まさかちゃんと作っていたとはな。

 

 その日の俺はまっすぐ家に帰って全力で寝た。酒も飲まずに寝たのは何日ぶりだったろう。そんな事を考えないほどに次の日が待ち遠しかったのだ。

 

「ふぁあ……うおっ、モングレル!? 今店開くとこだぞ……はいはい、注文のやつな。わかってる。用意だけはしてあるからな」

 

 そして今日。鍛冶屋に着いた俺は、例のブツを受け取った。

 

「全く……こんな部品、一体何に使うんだか」

「おお……流石だ。磨いてあって滑りも良い……これならいける……!」

 

 俺が鍛冶屋に注文した品。それは、鉄製のロッドガイドだった。

 ロッドガイドというのはあれだ。釣り竿についてる糸通す輪っかの部分。あの金具オンリーのやつな。

 

「釣りで使うんだったか、それ」

「ああ。俺の開発した最新式の釣り竿に必要なんだ。ありがとなオヤジさん」

「構わねえよ。どうせそいつは俺ぁほとんど手をつけてねえ。鋳物から出した後は、ほとんどうちの娘が暇な時にやってたやつだからよ」

「なんだオヤジさんが作ったわけじゃないのか?」

「バカ言え。俺は装備しか打たねえんだ。そんなもんやってる暇あるかっ。そもそも細工師に頼めっ」

 

 はーーーこれだからロングソードしか作らない頑固オヤジは困る。

 

「いつかこのロッドガイドが釣り界隈で旋風を巻き起こすんだぜ。後で悔しがっても知らないぞ!」

「そういうことは巻き起こしてから言ってくれ。大口の注文がくりゃ、俺だって少しは考えてやる。まぁ、モングレルからそんな発明品は生まれるとは思えんがな。がっはっは」

「今に見てろよぉ」

 

 軽口叩きながらも俺を外まで見送ってくれたオヤジさんは、ちょっと前に売り出され始めた安全靴を履いている。

 つま先を補強しただけの簡単な安全靴だが、ケイオス卿が開発し広めて以来、様々な現場で使われ始めているらしい。

 作業中の不幸な事故が減ったのであれば、きっと発明した奴も喜んでいるだろうよ。

 

 ……防具にもなる作業用靴っていう世間の評価は、正直どうなんかなぁって気分だが。

 

 

 

「んで、それから二日かけて作った釣り竿がそれっスか」

「おうよ。本当はロッドを折りたたみにしたかったんだけどな、強度的にそれは無理だった」

「折り畳んでどうするんスか……」

「邪魔にならないと思ってな。まぁそうまでするほどのもんじゃないと気づいて、諦めたんだが」

 

 俺は今、ライナと一緒に川辺に向かって歩いている。

 目指すはシルサリス橋の近く。前回と同じ、川エビが釣れたスポットだ。

 

 今回の俺はロッドガイド付きの竿を持ってきた。

 この金属製の輪っかがスルスルとスムーズに糸を導いてくれるわけよ。

 

 糸はスカイフォレストスパイダーの縦糸。なんか滅茶苦茶遠い国だか地域の……多分俺の見たこともない森に住んでる蜘蛛から採取できる長い糸らしい。

 これがまた細い割になかなか頑丈なので、釣りにはもってこいだと思ったんだ。

 ギルドで取り寄せしてもらったら結構なお値段したが背に腹は代えられん。化学繊維が作れないならファンタジー素材に頼る他ないからな。

 

 糸を巻いてあるリール、あのハンドルをジャカジャカ巻いて釣り上げるやつは、大径で一回転の距離が長いやつ。木材を削って作った俺のオリジナルだ。ベアリングもクソもない世界なのでしゃーない。俺のパワーで頑張って巻く。

 ドラグ? なにそれ知らない。ドラゴンの亜種かな?

 

「エビなんてそんな複雑そうなのなくても釣れるっスよ」

「ま、まぁな。いや俺も今回は釣るつもりで来てるぞ。……ただちょっとエビの時期が過ぎたかもしれないからな。そうなるとひょっとすると、今の場所にはもう居ないかもしれないんだ」

「はー、時期的なもんスか?」

「だな。まぁダメで元々でやってみようぜ。もしエビがかかりそうになかったら、こっちの俺の新しい竿で魚でも釣ろう」

「魚は何が釣れるんスかねぇ」

「それもわからん」

「わかんないことだらけじゃないっスか」

 

 まぁ人生だいたいそんなもんよってな感じで、川辺に到着した。

 適当に岩を転がして底についた虫を拝借し、針につけてエビのいそうなところにポチャン。

 

「モングレル先輩、その先についてるのなんスか」

「これか? これはルアーっていうか、まあ疑似餌だな。こっちの竿で使うんだ。こうやって……よっ」

 

 竿を振り、鉛入りルアーを遠くへ飛ばす。

 鉛製の重りはこの釣り竿で唯一の純粋に釣り竿らしい完成度をしたアイテムだ。ここらへんで飛距離が出てくれないと困る。

 

「おー……」

 

 ライナはするすると伸びる糸を見て感心していたが、俺からしてみると糸の出はいまいちだ。やっぱりリールが悪いなこれは。ある程度糸を出してから投げないとまともに機能しなさそうだ。

 

 ルアーは川の向こう岸近くに落ちた。ここからがルアー釣りの見どころよ。

 エビ釣りはひたすらに待ちが多いが、こっちの釣りは動き続けるからな。

 

「こうして糸を巻き取りながら、疑似餌を手前に戻していくんだ」

「へー。せっかく向こう側にやったのに、引いてきちゃうんスか」

「すると疑似餌がちゃんと泳いでいるように見えるだろ? こうして不規則に巻いたり、竿を動かしたりすれば……結構小魚っぽい動きになるからな」

「おーなるほど」

 

 一通り巻き取ると、ルアーは手元に戻ってきた。疑似餌を使った釣りでは餌の匂いなんかで獲物がつられないので、動きで食いつかせる必要があるわけだな。だから釣り竿を垂らしてぼやーっとする釣り方はできない。

 

「ま、これを繰り返していく感じだ」

「疑似餌が小魚の形してるってことは、狙ってるのはそれよりもデカい魚ってことスか」

「そういうこと。針もそれ用のちょっと大きくて頑丈のにしてあるぞ」

「……」

「ライナもちょっとやってみるか」

「やるっス!」

 

 俺の説明を聞いて面白そうに見えたらしい。何よりだ。

 

「これを、ここをこう糸を抑えてだな。竿をこうやって、こう」

「こ、こうスか。……ええと、こう持てば良いんスか。ちょっとわかんなかったっス」

「いや、握りはこうだな」

「っス」

 

 リールが俺自身から見てもちょっとアレな代物なので、まぁ難しいわな。

 一通り手でガイドして教えてやると、ライナもある程度わかったのかルアーを飛ばし始めた。

 

「おー、飛んだっス」

 

 ナイスキャスト。と言っても通じないから黙っておく。

 

「で、巻くわけスか。あ、エビの方も見といて欲しいっス」

「おうもちろん。ってうわ、こっち引いてる引いてる!」

「まじスか! 取って取って!」

 

 普通ののべ竿をしばらく待ってから慎重に引き上げてみると……。

 

「あれ、カニだわ」

「えー」

 

 釣れたのは沢蟹をちょっとデカくしたようなカニだった。

 10cmちょいあるかな。結構なサイズしてるわ。引きが強かったわけだわ。

 

「もうエビの季節は終わっちゃったんスかねぇ……」

「かもしれないな。カニは嫌いか?」

「いや好きっスよ。焼いて食べるのわりと好きなんで。けど今回もエビ食べたかったっス……」

 

 言いながら、リールをガラガラ巻くライナ。

 ジャカジャカじゃなくてガラガラって音が出る辺りで竿のクオリティは察していただきたい。

 

「前にアルテミスのみんなにエビ食べた時の話をしたんスよー」

「ほうほう、それでそれで」

「そしたら意外と食べたこと無い人もいて。シーナ先輩とかナスターシャ先輩はなんかでっかいの食べたことあるらしいんスけどね。で、食べたこと無い人らが食べてみたいーって。だから今回釣ったやつとか、できればみんなに食べさせてあげようかなーって思ってたんスけど」

 

 いい子じゃん。そのまま真っすぐに育ってほしいわ。

 

「ま、こればかりは釣ってみないとわからないからな」

「っスねぇー……お?」

「ん? どうした?」

「なんか重いような……あ、竿が先から曲がってる……!?」

「お、おお!? きたか、ヒットしたのか!?」

「まじスか!」

 

 俺の新兵器の竿が、ぐいぐいと引かれて曲がっている。

 

「うわぁ先輩! これめっちゃ重いっス!」

「竿は立てたままにしろ!ゆっくりゆっくり、糸を巻くようにして……!」

「あ、ちょ、先輩……!」

 

 大物だとしたらライナの力では不安がある。

 だから後ろからライナの手ごと、竿を持ってみたのだが……。

 

 ……んー、このドッシリとした安定感。とくに動くことのない、振動皆無の糸。

 

 くぉれは……あれっすね……。

 

「根掛かりだな……」

「……あれ、もしかして私なんかやっちゃったっスか?」

 

 やっちゃったと言えばやっちゃった。でも初心者にやるなっていう方が難しいことでもある。

 まぁ、こういう時の言い換えでポジティブなものがあるとすれば……“地球を釣り上げた”ってことですな。

 

 どう足掻いても無理そうだったのと、この川の中をざぶざぶ横切っていくのは無理がある。

 ということで、はい。

 

「こういう時のためのバスタードソード!」

 

 スパーンと糸を切って、リタイアです。ルアーの回収は川の水が減った時にどうにか形を残して見つかれば……つまり無理だな!

 

「うう、モングレル先輩……申し訳ないっス……」

「いやいや気にするな。疑似餌の釣りなんてこんなもんだからな。……いや、それにしてもそうか、根掛かりか。難しいよなこれ」

 

 ルアーも糸も安くない。それがガンガン根掛かりするようだと……ちょっとゆるい趣味の一環としてやるには厳しいかもしれんなこれは。

 

 ……あれ? だとするとこの新しい釣り竿は無駄か?

 いやいや、まだ諦めるには早すぎる……。

 

「おっ! ライナ竿、エビのやつ引いてるぞ!」

「! うっス!」

 

 そうしてライナが竿を引き上げてみると……かかっていたのは先程と同じようなサイズのカニであった。

 

「……川エビ、もう引っ越しちゃったんスかねぇ」

「かもしれないなぁ」

 

 ルアー釣りは地球を引っ掛けて早々に終わり、それからエビ釣りはエビが全くかかることなくカニだけがバンバン釣れるという結果になってしまった。

 釣果はカニが23パイ。俺もライナも滅茶苦茶釣れたものの、ライナはあまりカニがお好きでなかったようだ。この釣果を見てもあまりテンションが上がっていない。

 

 ……よし。せっかくだし、俺が最高のカニ料理を作って元気づけてやるとしよう!

 

 ライナ、任せておけ! お前の笑顔は俺が守るぜ!

 まぁ泥抜きあるから明日か明後日になるんだけどな!

 

「じゃ、今日はこんな感じってことで」

「うぃーっス……」

「元気出せライナ。釣りなんてこんなもんだからな」

「申し訳ないっス……」

「気にすんなよ」

「いやーキツいっス……」

 

 真面目で責任感がある分、こういう時の落ち込みっぷりがでかいんだろうな。

 まぁあまり気にしすぎるなよ。おっさんは若いやつのこういう失敗に驚くほど寛容なもんだからな。

 

 



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美味しそうなドブ

 

 大きな甕、桶、深皿、鍋、使えるものはなんでも使い、数日かけてカニの泥抜きを行った。

 その間の水の入れ替えが面倒なこと面倒なこと。魔力で強化できなきゃあまりやりたい作業ではない。近くに上水道が欲しい。

 

 宿の廊下にも入れ物に入れたまま泥抜きしていたので、宿のまだ小さな末っ子の男の子はすっかりカニを気に入ったようだ。デカいけど愛嬌はあるからな。

 んで今朝それを持って行こうとしたら「まさかそれを食べるつもり…?」みたいな目で見てきたので、やむなく一杯分は置いてくことになった。しょうがねえ。ハサミに気を付けてじゃれててくれ。触ったら手を洗うんだぞ。

 

「それで、このカニで料理を作るわけっスか」

「おう。待たせたなライナ」

「待ちすぎて任務一つ終わらせちゃったっス」

 

 ライナを元気付けるためのカニ料理だったが、数日も空けばメンタルもすっかり普通に回復しているらしかった。じゃあ俺は一体何のために……?

 まあまあ、それはいい。ずっと落ち込みっぱなしよりは遥かにマシだしな。

 

 今日俺たちが来たのは市場に近い屋台通り……から少し離れた屋外炊事場。

 このだだっ広い場所には等間隔で屋外用のかまどが配置されており、薪さえ持ってくれば少ない利用料で使えるという便利な施設だ。

 雨の日や風の強い日なんかは不便だが、市場に屋台を出してる人らはここで調理してから持っていく事が多い。共用の大きな水場もあるので、洗い物もできて楽だ。

 よそのかまどにも既に何組か利用者がいて、屋台で売り出す大きなスープなんかを作っている。今日はあのスープの香りにも負けないくらいの料理を作ってやるぜ。

 

「あーそれと、モングレル先輩、これどうぞ」

「ん? おおこれは……卵か! へーどうしたんだこれ」

 

 ライナから差し出されたのは、この世界ではなかなかお高い値段の卵だった。それも3個。

 

「昨日の任務の帰りに村の養鶏場でもらったやつっス。この前の釣りの時のお詫びということで……」

「なんだなんだ、気にしなくてもいいって言ったじゃねえか」

「でもほら……やっぱあれっスから……」

「もー。素直に受け取ってあげれば良いじゃない、モングレルさん」

「お、ウルリカも来たのか」

 

 水場の方から鍋を持ってウルリカがやってきた。

 

「あー、そうなんスよ。ウルリカ先輩もカニ料理を食べてみたいってことで」

「私はエビもカニも食べた事ないんだよね。料理作るの手伝うからさ、ご相伴にあずかってもいいんでしょ?」

「まぁ構わねえよ。元々ライナに誰か暇で来たい奴がいれば連れて来ても良いとは言ってたしな」

 

 サイズの中途半端なカニたちだが、それでも数が数だ。

 こいつらを調理するとライナと二人で食べるにはちょっと多い。

 

「それにしても大荷物だねぇー。鍋とか色々……モングレルさんそんなに道具もってたんだ」

「モングレル先輩はなんでも持ってるっスからね。物を持ちすぎて宿の一室から抜け出せないでいるんスよ」

「あはは、引っ越し大変そう」

 

 何でもは持ってないぞ。衝動買いしたものだけ。

 

「さて、まずはこのカニたちを絞めていく。んでその後よーくカニを洗って蓋を外す。三人いるし全員でやろう」

「っス」

「あのごめんねライナ、これどう持ったらいいの?」

「殻の横っちょを掴むと良いっスよ。こんな感じっス」

「へー。ありがと」

 

 さすがは狩猟メインのパーティー、こうしてカニの解体作業も手慣れたものだ。

 気持ち悪がるような事もなくトドメを刺し、綺麗に洗い、殻を外している。

 

「エラと殻はこっちに入れてくれ。あとカニミソはこっちのボウルで選り分けてな」

「わざわざそんなことするんスか」

「あーこのビラビラしたやつ? 魚と似てるんだね」

「そうそう。まぁそれを取って、ああメスは卵持ってる事あるからそれも分ける感じで」

 

 教えればすぐにやり方をマスターし、サクサク解体していく。なんなら作業は俺より早いかもしれん。

 いや俺もあんまり経験ないから仕方ないんだけどさ。負けてはいられねえ。

 

「てかモングレル先輩、今日これ何作るんスか」

「まぁまぁ。見てればわかる……ことはないだろうが、完成すればわかるさ……」

「見てわからない料理って不安だなぁー」

「っスねぇ」

 

 いやこれマジで工程見てても不安にしかならないだろうからな。

 今回は逆にそのリアクションを見て楽しみたいわけよ。俺が。

 

「さて、本日最大にしてほぼ工程の全てがこちら……どん」

「気にはなってたスけど、それ使うんスね」

「鋳鉄の大鍋……うわぁ、重そう」

 

 本当は石臼とかが良かったんだが、無いからな。代用です。

 

「まずはこの鍋にカニをいれます」

「え? まだちょっと蓋とか外しただけのそのまんまのやつっスけど」

「んでこれをすりこぎでドーン! もういっちょドーン! さらにドーン!」

「うわぁ!?」

「これほんとに料理スか!?」

「料理なんです。俺の元いた場所でも……やってる人はほとんどいなかったけど」

「だからなんでそんなあやふやなんスか!」

「森の恵み亭に渡して料理してもらった方が良かったんじゃない……?」

 

 しかし構う事なくすりこぎでメキメキとカニを潰していく。普通のすりこぎよりも太くてご立派な特製だ。

 そこに俺の力が合わされば殻も脚も鋏も全部纏めてミンチよ。

 

「嵩が減ってきたらさらに入れて砕く!」

「うへぇー……力技っスね。てか汚……」

「茶色い水たまりになってくねぇ……」

「ほれ、ライナとウルリカもやってみろよ。目一杯細かくするんだぞ」

「はぁい……まぁやるスけど……なんなんスかねこれ」

 

 途中でミンチ役を交代しつつ、ガンガンとカニを撞き砕いていく。

 とはいえライナもウルリカも非力なようで、撞いてもあまり変わらない。なのでほとんど俺が砕くことになった。

 殻も身も体液も全て混じったカニのペースト。こうする事で最終的に出来上がるのが……。

 

「ドブっスね……」

「紛れもない完全なドブだね……」

 

 ドブである。灰色と茶色が混じり合い、殻の破片が無数に浮いた生臭い液体。これはもうドブでしかない。いやドブではないんだがね?

 

「え、これ何かの闇魔法で使う奴だっけ?」

「なんか料理とか言ってるスよ、モングレル先輩は」

「失礼な事ばかり仰るねお前らは。まだまだこれで終わりじゃないぞ」

 

 次にこのドブを木製のザルで濾して、別の大鍋に移す。

 すると出来上がるものが、

 

「ゴミの少ないドブっスね……」

「まだまだドブだねぇー……」

 

 うんそうだなまだお世辞にも料理とは言えんな、ドブだな。

 いやドブじゃねえよ。だがまだまだこれからよ。ここからさらに荒布を使って濾していけば……。

 

「ゴミのないサラサラしたドブっスね」

「あはは、私そろそろ帰ろうかな?」

「待て待て待て、そろそろ! そろそろだから!」

 

 肝心なのはここからだ。

 このドブ……じゃない、入念にペーストして異物を排除したカニスープを、今度は火にかけてゆく。

 量が結構多いから薪の火力じゃ少し時間がかかるな。

 それでも熱し続けていけば……。

 

「あ、なんか表面に浮いてきたよ?」

「ほんとっスね。ゴミっスか」

「ゴミじゃないっす。これをまだまだ煮込みます」

「……これアクっスかね」

「すっごい浮いてきたよ!? 取ったりしないやつなの?」

「良いんですこれで正しいんです」

「このままじゃめちゃくちゃ泡の出てるドブっスよ」

「ドブじゃないんですはい、ここで塩! こいつを適量ドーン!」

 

 鍋に塩を振り撒いてやると、するとどうだ。

 

「お、おお? おーっ! なにこれなにこれ、固まってきた!」

「ドブもなんかちょっと透明になってきたっス! モングレル先輩、これは一体……!?」

「俺にもよくわからん」

「わからないんスか!? 自分でやってて!?」

「世の中そういうこともあるんだ」

 

 多分あれだろ、タンパク質がほら、塩でなんかして……そういうのだろ。

 仮に理屈を俺が知ってても説明は難しそうだぞ。スルー安定だ。

 

「で、あとはカニミソと卵を混ぜたやつもよく加熱しつつ入れて……塩でいい感じに整えたら完成だな!」

「おおー……」

「ドブがなんか最終的に料理みたいになったっス!」

 

 地方によって名前は変わるが、俺の知ってるこの料理の名前はかにこ汁だ。

 カニをぐしゃぐしゃにして作るカニそのまんまの汁物。

 本当は醤油とか味噌とかあるといいんだが、無いものはしょうがねえ。カニミソでそれらしく整えればまぁ大丈夫だろ。

 

「はえー、スープなんスねえ……なんだか良い匂い!」

「こ、これは……なんだかお腹が減ってくる匂いだね!」

「さあ存分に啜るが良い。本当のカニ料理ってやつを教えてあげますよ」

 

 三人分の深皿にスープとフワフワに固まったカニの塊的な何かをよそい、いざ実食。

 

 むしゃぁ……。

 

 ……あーうめえ! 100%カニ!

 最高だわ! 醤油ほしい! 味噌欲しい!

 いやでも塩だからこそ素材がそのまま上品に味わえて逆に良いな!

 

「あー……良いっスねぇ……」

 

 ライナはなんかおばあさんみたいにしみじみと悦に浸っている。

 

「美味しい! なんだろ、旨味……? とにかくとっても美味しい!」

 

 対するウルリカは味の良さにはしゃいでいる。

 

 そうじゃろそうじゃろ。うまいじゃろ。まだまだあるからたくさんお食べ……。

 でもこれ冷めると不味いから暖かいうちにな……。

 

「あっ!? モングレル先輩いつのまにエールなんて飲んでるんスか!」

「えー! ひどい! そんなの持ってきてたなんて!」

「酒が欲しくなるだろう……だがこの酒は後片付けと洗い物を手伝う良い子ちゃんにしか分けてやれねぇなぁ……」

「いや最初からやるつもりだったっスよそんくらい!」

「子供扱いしないでよね!」

 

 俺、無言でエールを献上。

 

「あーお酒に合うなぁ……」

「っスねぇ……カニを持ち込んだらお店でも……や、無理か」

「結構疲れる作業だしな。やってくれても金はかかるだろ。……ほれ、熱湯にしばらく浸けておいたからそろそろだ。温泉卵ができたぞ。これもスープの中に入れて食ってみ」

「え? 鶏の卵茹でてたんスか」

 

 ちょっと浅めにスープの入ったお椀にちょいっと塩を足してから……卵をパカリ。

 よし、丁度いい固さの温泉卵になってるな!

 

「おおっ、なにこれーすごい中途半端に固まってる卵だぁー……えこれ食べて大丈夫? お腹壊さない?」

「平気平気。飲んでみ」

「……美味しいっ!」

 

 そうだろウルリカ。もらった卵が一瞬で全部消えちゃったけどまぁ良しだ。

 

「ほぉ……」

 

 ……なんかライナはさっきから食のリアクションは年取った人みたいだけど。

 いやまぁ美味しそうに食べてるから良いけどね。俺は満足よ。

 

 ……こうやって若い連中にどんどんメシを提供してると、自分がすげえ歳を取ってるような気分になるのは気のせいか?

 

 

 

「いやー満腹っス……超美味かったっス」

「私も美味しかった! モングレルさんこんなに料理得意だなんて知らなかったなぁ。シーナさんは……あ、なんでもないけどっ」

 

 シーナがなんだよ。俺はまぁ食材さえあれば料理は……まぁできるっちゃできるぞ。

 ホント食材とな……調味料がな……それだけなんとかしてほしい……それが全てではあるんだが……。

 

「これならエビじゃなくてカニ釣って食べるのもありっスね」

「あ、釣りで獲ったんだっけ。良いなぁー楽しそう。私もやってみたいなぁ」

 

 旨いものに釣られてウルリカが掛かったわ。

 

「おう、釣り竿は人数分あるしできるだろうな。また今度、時期を見て釣りにでも行くか。今度は針の引っかからない場所でルアー釣りをしたいもんだが……ああ、もちろん釣りに行く時はアルテミスの予定をちゃんと合わせてだけどな」

「楽しみー! ライナも次行くときはもう少しおめかしして行こうね!」

「えぇ……やー……まぁ、うっス」

 

 そんなこんな、賑やかに全員で洗い物をしながら今日の料理は終わった。

 

 かにこ汁。必要なものは塩程度なのでカニさえいればだいたいどこの国や文化でも作れそうな気もするが、どうなんだろうな。この異世界でも探せば似たような料理はある気がする。そう思うと、別に今回の料理は革新的でもなんでもないだろう。むしろ原始的だし。

 

 いやーしかし、久々の温泉卵は美味かったな。

 鶏も地鶏だからなんとなく前世より美味かったきがするわ。気のせいかもしれんけど。

 

 

 

「うわぁあああ! 母ちゃんが僕のカニさん殺したぁあああ!」

 

 ちなみに宿に帰ってみると、プレゼントしてやったカニはその日のうちに女将さんの手で茹で殺されたらしい。かわいそう。

 でも子供はそうやって少しずつ強くなっていくんだぜ……。

 

 



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伐採作業の警備

 

 寒い季節が近づくにつれ、街は冬支度を始めるようになる。

 現代のように外気をキッチリ遮断した家屋でもなければ、機能の良い暖房器具が設置されているわけでもない。

 ハルペリア王国の冬は、大量の薪と炭によって凌ぐものだった。

 

 それはここレゴールもまた同じ。

 しかし近年の謎の好景気に湧くレゴールは移住者が殺到し、人口は急増。それによって材木や薪の需要は右肩上がりに増している。

 伐採関連の仕事がひっきりなしに続くのも、まぁ当然の事であった。

 食料生産国で良かったわマジで。それだけは救いだ。

 

 

 

「チャージディア一体か。本当に伐採の音が嫌いなんだなお前ら」

 

 バロアの森の外周部では林業関係者が総出で働いている。

 材木、間伐材、今のレゴールではなんだって欲しいところだ。

 これまで森林の縮小に及び腰だったレゴール伯爵も、今年はついにゴーサインを出したらしい。

 森の木はアホみたいに急成長しまくる種であるとはいえ、無計画に伐採してたら資源が尽きるからな。今までは森に一本道を拓いて奥の方から間伐するなりして騙し騙しやっていたが、いよいよ運搬コストが響いてきたものと見える。

 まぁ俺たち現場の人間からすれば、こうして外側からヒャッハーする方が楽でありがたいんだがね。

 

 しかし、どんな場所で作業をしていようが魔物は現れる。

 今俺の前、木立の向こう側で静かにこちらを見ているチャージディアが代表的なそれだ。

 突進からの刺突に秀でた物騒な角を持つこのチャージディアは、縄張りの主張をするのに樹木の表面を突いたり引っ掻いたりして音を出すらしい。

 人間の伐採は、チャージディアにとってまさに正面から喧嘩を売るようなもの。なのだそうだ。わからんけど。

 

 でも木材を伐採する程度でキレられても困るわ。シビアなファンタジー世界のエルフみたいな価値観してんなお前ら。

 この世界のエルフはそんなことで怒らんぞ。

 

「おーら、この森を潰してゴルフ場にしてやろうかー?」

 

 バスタードソードで近くの木の幹をバシバシ叩き、チャージディアを煽る。

 勢子ってやつに近い。普通ならこういうので逃げるのが野生動物ってものなんだが……。

 

「キュッ」

 

 チャージディアは音を耳にするや、甲高い鳴き声をあげてこちらに駆け寄ってきた。

 煽り耐性が低すぎる。

 

「顔真っ赤だぞ」

「!?」

 

 俺の下っ腹目掛けて突っ込んできた角先を、バスタードソードで強引に弾く。

 いやすげえ衝撃だ。結構力込めても軌道を少しずらすのがせいぜいだわこんなん。

 

 だが、お陰でチャージディアの鋭利な角は俺の隣にある樹木に深々と突き刺さった。ディアブロスかな?

 こうなるとチャージディアは無力だ。力があるので抜け出すことはできるが、それも一瞬ではない。

 

「ディアブロスの弱点を持った逃げないケルビって聞くと、すげえ弱そうに聞こえるんだけどな」

 

 かなりどうでもいいことを呟きながら、チャージディアの喉を切り裂く。

 

 一際甲高い悲鳴が森の中に響き渡った。

 

 

 

「おー、あんたチャージディアを仕留めたのか。ありがたい」

「お? 本当か兄ちゃん。助かるぜ。奴らを見ていちいち逃げるのも面倒だしな」

「気にするな、俺の仕事だからよ」

 

 俺はチャージディアを担いで作業現場まで戻ってきた。

 ここではレゴールで使われる木材のために早朝から多くの男たちで賑わっている。

 チャージディアの解体は血抜きといらない内臓を抜くだけに留めておいた。細かな解体は人が多くて物も揃ってるこの場でやってしまおうと思う。

 

「ああ、兄ちゃん。解体なら向こうのギルドマンの人達がまとめてやってるよ。そこに持っていくと良い」

「お、てことは大地の盾がやってるのか。そりゃよかった。ありがとう、おっさん」

「また何か来そうだったら呼ぶからなー」

 

 伐採音を聞きつけてチャージディアが積極的に襲いかかってくることもあり、この世界の林業は非常に危険を伴う。

 なので伐採する時はこうして一度に大量に、そして護衛役も大勢引き連れてやるのが通例だ。

 そして今回、ギルドから派遣されてきた護衛役の中心となっているのが「大地の盾」。

 近接戦に優れた王道パーティーだ。ベテランも多いので心強い。

 

 

 

 大地の盾が集まる場所へ歩いていくと、そこには見知った顔があった。

 アレックスだ。

 

「ああモングレルさん。姿が見えないので何があったのかと心配しましたよ。……って、チャージディアを仕留めたんですか。一人で?」

「ようアレックス。まぁ俺みたいなソロは好きに動けるからな。奥の方からやって来る連中を狩ってたんだよ」

 

 酒場でよく話すアレックスもまた「大地の盾」の一人だ。

 俺が仕留めたチャージディアを切り株に下ろすと、アレックスは死体を検分し始めた。

 

「若い雄ですね」

「剣を恐れてなかった。経験不足の個体だな」

「傷は喉だけ、と。毛皮も売れそうで何よりです」

「軽くて運ぶのも楽だよな。そっちで解体やってるんだって? 肉わけてやるから頼んでもいいか? やってくれたら前脚2本くれてやる」

「いいんですか? それはとても助かりますが……解体だけでそこまで貰うのはちょっと」

「良いんだよ面倒だから。俺はレバーとハツと舌が食えれば満足だしな」

「肉食べないんですね……」

「食うぜ? でも飽きるから売っちゃう」

 

 ジビエは好きなんだけどな、やっぱ連続で食うと飽きるのよ。

 味付けも限られているし……その点内臓とか舌は飽きないな。無限に食える。

 

「それにまだしばらくはチャージディアが来るだろ。どうせ満腹になるなら、美味いとこだけ食いたいからな」

「背中の肉とかも悪くないと思いますよ?」

「あー、まーなー」

「気のない返事ですねぇ……」

 

 鹿は鹿でいいんだけどな。牛と比べちゃうのよどうしても。

 

「おーい、ゴブリンでたぞー、ホブもいるぞー」

 

 なんてことを話していると、遠くの林から声が聞こえてきた。

 仕事の合図だ。ホブってことはちょっとした数いるな。討ち漏らすわけにはいかん。誰かが怪我するってほどではないだろうが、加勢にいかないとまずいな。

 

「行きましょう」

「やれやれ、ゴブリン斬ったら剣を洗わなくちゃいけねえ」

「モングレルさんは結構気にしますよね、そういう所」

「俺はハルペリア一清潔感を気にする男だからな」

「変人だなぁ……」

「端的すぎて悪口でしかないぞそれは」

 

 おっとりした足並みで現場へ駆け付けると、既に大地の盾の先鋒はゴブリンの小集団と戦っていた。

 

「ぜぇいッ!」

 

 団員の一人が振るうロングソードが、棍棒を振り回すゴブリンをリーチの外から一方的に叩き切った。

 体格差、武器のリーチ差。ここまでサイズ感が露骨に出る戦いもそうはない。

 

 ハルペリア王国におけるロングソードは、“個人が無理なく携行できる可能な限り長い剣”、くらいの意味合いを持っている。

 剣士と呼べる人間の最低限の素質は、多少であれ魔力による身体強化ができること。それによってロングソードを扱えることだ。ファンタジーパワーで底上げした肉体で振るうのだから、主兵装たる剣も当然、大型化する。

 逆に、国中に跋扈する大きな魔物を斬り伏せるためには、この長く頑丈なロングソードがなければ無理ゲーってところもあるのだが。

 

「一方的だなぁ。さすが大地の盾」

「そりゃあゴブリン相手に苦戦なんてしませんよ」

 

 アレックスは苦笑いして言っているが、新入りギルドマンはこう順調にはいかない。盾で防いだり、どうにか頑張って避けてから隙を突いたり。戦闘中に何度も策を弄するもんだ。

 長いリーチで外から一方的に殺す彼らの常識の方が、何歩も前に進んでいるのは間違いない。

 

「それじゃ、僕も仕事しないと」

「ああ」

 

 アレックスもまた、ゴブリンの集団目掛けて走ってゆく。

 普段の丁寧そうな物腰とは裏腹に、戦いになると急にキリッとして剣を振るうのだから面白いやつだ。

 こういう場面こそ女に見てもらったほうが良いんだが、大地の盾は男ばかりだからなぁ……。

 

「モングレルさん、そっち足止めだけお願いします!」

 

 なんてことを悠長に考えていると、討ち漏らしというか“前に逃げてきた”個体がこちらに迫っていた。

 ゴブリンが何故徒党を組んでやってきたのか。何故逃げるのにこっちに来るのか。それは考えてもわからないし、考えるだけ無駄だ。

 こいつらの行動に関してはマジであまり考えない方がいい。深読みするだけ無駄だからな。

 

「ウハハハハハーッ!」

「!?」

 

 俺は大声を上げ、バスタードソードをそこらの木の幹にガンガン当てながら威嚇した。気分は猿である。

 人間が突然猿に豹変するとさすがのゴブリンもドン引きするのか、動きが一瞬止まる。こいつらは難しい作戦とかは考えられないが、変な勢いには気圧されるからな。足止めにはわかりやすいハッタリが一番だ。

 

「なんですか今の声……」

 

 呆れながら、アレックスは立ち止まったゴブリン二体の首を背後から刎ねた。

 

「でかい猿のモノマネ」

「普通に剣で戦って足止めすればいいのに……」

「嫌だよ、剣が汚れるじゃん」

「どれだけ潔癖なんですか貴方は」

 

 俺は足止めだけ命じられた。だから足止めだけはした。

 倒してしまっても構わんのだろう? でも倒さなくていいなら倒さないんだ俺は。

 

「しかし毎年忙しい任務だな、これは」

「仕方ありませんよ。特に今年は木が足りないってどこも慌てていますから」

「薪が足りなくて凍死するなんて家も出るかねぇ」

「どうでしょうね……出てほしくはないですが、貧民区からは出るでしょうね……毎年のことですから」

 

 ゴブリンの汚え鼻を削ぎながら、アレックスが言う。

 いやー本当に汚いな。鼻水が糸引いてるじゃん。戦わなくてよかったわ。

 

「……」

「……アレックス、落ち着け」

 

 鼻水が滴るゴブリンの鼻を持ち、アレックスが一歩俺に近づいてくる。

 

「足止めしてくださったのでゴブリンの部位一ついかがです? ほらこれ」

「いいから。本当にいいから」

「まあまあ遠慮せずどうぞ、ほらほら」

「やめろ近づくな! やめろーっ!」

 

 良い歳したおっさんたちの馬鹿みたいな鬼ごっこは、近くにいた大地の盾の副団長の叱責によって終わることになった。

 ありがとう副団長さん。

 



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黙々と薪割り

 

 寒い季節がやってくると、街ゆく舐めた格好した連中もいよいよもって「あ、そういや冬って寒かったな」と思い出してくる。

 人の装いはラフなものからようやく厚着に変わり、街のそこらじゅうで薪割りの音さえ聞こえてくるほどだ。

 しかしレゴールもまぁ一応都会っちゃ都会なので、田舎のように各家庭のどこにでもある切り株で薪割りなんてことはしない。

 専門の薪を扱う業者から冬の分、必要量を仕入れる形を取っている。今年はちょっと薪の値段上がってるのかな?

 

 で、その専門の業者っていうとこではこの時期になると、それはもうひたすら薪を量産する作業に追われるわけで。

 大のこぎりで丸太を玉切りし、玉切りしたものに楔をガッってやって大きなハンマーでガッってやって……。

 

 そんな力仕事の連続だから、当然人手が足りなくなるというか体力が足りなくなる。

 求められるのはパワー。つまり、身体強化が扱える荒くれ者達の腕っぷしということだ。

 

 つまり、ギルドマンの出番である。

 

 

 

「いやぁー薪割りの季節が来たなぁ!」

「お前だけだよモングレル、薪割りでそこまで楽しそうにする奴は」

「男の子はみんな薪割りが大好きなんだよ」

「王都育ちならあるかもしれんがなぁ……モングレルお前さんはそんな柄でもないだろ」

「クソ田舎だよ」

「だろうとは思ってたよ」

 

 今、俺は東門近くの製材所にいる。ここでは丸太の玉切りから角材におろすまで様々な加工を請け負っている広い工場だ。レゴールの木材のほとんどはまずここで作られていると言っても過言ではない。

 そしてこの時期になると冬ごもりに備えた薪の大量生産でてんてこ舞いになる。

 それを縁の下で支えるのが、今回の俺の仕事だった。

 

「しかし物好きだね。こんな仕事、ギルドじゃ儲けにもならんだろ。普通はガキばっか来るもんだが」

「あー、まぁその日暮らしがせいぜいだろうな」

「重ね重ね、物好きなやつだ。まぁやるってんなら、こっちは金出してるんだ。しっかり働いてもらうがね。ま、終わったらいくつか薪の束くれてやるから、頑張りな」

「ありがてえ」

 

 俺と話しているこの壮年の男は、トーマスという。

 タバコを銜えながら淡々と仕事をこなす、なかなか渋い人だ。もうこの道何十年やってるのだろう。そういうこともあまり自分から話すタイプではない。

 

「ここにあるのは去年の玉だ。本当はもうちょっと水気を抜きたかったが、お上が切羽詰まってるようなんでな。今年は切っちまうことにした」

「木材不足らしいからな。しゃーない」

「道具はそこにあるものを使ってくれ。最初に割る時は楔とハンマーで……いや、お前には必要なかったか、モングレル」

「ああ。去年の見てるだろ? こっち使わせてもらうぜ」

 

 俺はボロい倉庫の壁に立て掛けてあった大斧を掴み、肩に担いだ。

 グレートアックスっていうんかね。刃も分厚く、何より重い。使う人を滅茶苦茶選ぶサイズの道具だが、俺はこういうちょっと頭悪い感じのアイテムが大好きだ。

 

「毎度、よく持てるもんだねぇ……俺じゃ腰やっちまうよ」

「現役ギルドマンを舐めるなよ、トーマスさん」

「現役で脂の乗ったギルドマンは、こんな仕事やらないんだがね。……まぁいい。俺は玉をそこの切り株に置いていくから、モングレルはかち割ることに集中してくれるか」

 

 トーマスさんはログピックを玉切された木口に突き立て、切り株の上にドンと置いた。

 こいつをほどよい太さに割っていけばオーケーだ。

 バロア材は成長が早いくせに中身が詰まってて硬めだが、その分長く燃える良い薪になってくれる。

 

「トーマスさん、俺もヘマはしないがそっちも手ぇ気をつけなよ」

「わかってるさ」

 

 魔力を込めて、斧を振り下ろす。

 それだけでパッカーンと真っ二つに割れ、切り株から左右に落ちる。

 

「重ね直して今度は縦にいってみよう。お前なら一発でできるだろ」

「任せろ」

 

 もう一度パッカーン。この大斧で一気に割る時の軽妙な音が良いんだよな。

 前世では身体強化なんてできなかったから、こう楽々と木材相手に俺TUEEEできるのって楽しいわ本当。ゴブリン相手にするよりよっぽど良い。

 

「よし次どんどん置いてくれ」

「早いぞ、腰を労れんのか」

「トーマスさんも引退かー?」

「バカ言え、やったるわい。ちょっと待っとれ」

「お?」

 

 トーマスさんは腰をトントン叩きながら倉庫の中に入り、すぐに出てきた。

 

 その手には……マジックアームの先にUFOキャッチャーのクレーンを取り付けたような機構の、一見すると玩具みたいな道具が握られている。

 そして俺はその鉄製器具の名前を知っていた。

 

「なんだいトーマスさん、その……なに?」

「ふふ。見てもわからんだろ。俺もわからなかったしな。これはな、こうして、ほれ」

 

 トーマスさんがクレーンの先を地面で横倒しになっている丸太に押し付けると、ハサミが開く。

 そしてそれを持ち上げようとするだけで、丸太の重さによってクレーンの先が食い込み、スッと持ち上がった。

 

「おー」

 

 やっているのはくいっと押し付けてそのまま持ち上げるだけ。それを立ったままできるという道具だった。

 しかし、驚きだ。設計図は送ったが、まさかこのレベルの鉄製器具も作れるとは。

 

「リフティングトングというらしい。最近流行りのケイオス卿とやらがうちの森林組合に設計図を送ってきたそうだ」

「発明品ってことか。へー、それで一玉持てるのは便利そうだな」

「ああ。何より腰を曲げないで済む。こっちのログピックを使えば普段持てんようなものも運べるようになった。まぁ、これを作るのもなかなかバカにならん金がかかるそうだが、試しに一個作ってみたら、結局全員分作ることになったもんだ」

「使い心地はそんなに良いのかい」

「現役が伸びるぞ」

 

 トーマスさんはトングとピックを自在に操り、玉をドンと切り株に置いてみせた。

 

「冗談で言ってるわけじゃない。こいつがあれば腰を理由に職を失わずに済む」

「そんなにかよ」

「ああ。こいつのおかげで昔馴染みの仲間が二人、ここに復職した。……ケイオス卿とやらに礼の手紙のひとつでも寄越してやりたいんだがね。誰に聞いても宛先がわからん」

「へぇー……復職か。それはすごいな……トーマスさん、俺がケイオス卿としてその思いの丈を聞いててやろうか?」

「ほざけ」

 

 まぁ作業が楽になると思って送りつけた設計図ではあったんだが、そんなに覿面だったか。

 確かにこれがあればしゃがまなくても重い木材を運べる……なるほど。腰痛で引退ってのも多いのか。過酷な仕事だねぇ。

 

「モングレル。俺はこのトングの使い方がここで一番上手いんだ。モタモタしてると、次々持ってきて溢れさせちまうぞ?」

「おお? 言ったなトーマスさん。俺の真の斧さばきを見せてやるよ」

「そんな素人丸出しの脚の構え方で斧さばきもクソもあるか。脚は縦に広げず横に構えるもんだ」

「……こうか。よし、俺の真の斧さばきを見せてやるよ」

「めげねえなお前」

 

 パカーン、パカーンと薪が気持ちよく割れる。

 寡黙なトーマスさんが手早く木を置いて、俺がそれをパカーンと両断する。

 

 熱中すれば二人の作業は次第に口数も減り、木の割れる音だけが響いていく。

 

 少し遠くから風に乗り、膠を作るくっせぇ匂いが漂ってきた。

 そういえば俺の預けてた毛皮のなめし作業もそろそろ終わる頃だったか。

 

 この仕事が終わったら、毛皮が出来てるか顔を出してみようか。

 

 暖炉に薪を焚べて、火の前に敷いたチャージディアのラグマットでゴロンと寝そべれば、今年の冬の寒さも好きになれそうだ。

 

 



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最強の種族

 

 この世界には、心底恐れられている魔物がいる。

 

 モンハンで例えるならそうだなぁ。イビルジョーとかそういう感じの化け物のことだ。

 いるだけでやべーし害になるバケモノ。そんな奴らが、まぁこの世界にもいる。

 

 以前“収穫の剣”のメンバー二人を殺したハーベストマンティスなんかがそうだ。

 ハルペリア王国とサングレール聖王国の国境にある森林地帯に生息し、空を飛べない代わりに陸上での覇者となっている虫型の魔物だ。

 どうにかして“収穫の剣”がこいつを討伐した時はそれはもう驚いたな。

 あのパーティーもハーベストマンティスの大鎌をトロフィーにしてクランハウスのロビーに飾っているそうだし、大金星だ。

 というか剣で討伐した事例って何年ぶりになるんだろうな? 下手すると十年くらい遡るかもしれんぞ。そのレベルの金星だし、そのレベルの強敵なんだ。

 正攻法は、ハーベストマンティスの堅牢な外殻を破壊できるモーニングスターなどの武器だろう。これもサングレール特有の武器が発達した経緯と無縁じゃないだろうな。

 

 他に国境にいるのは、平野部のリュムケル湖に生息するアステロイドフォートレス。

 名前がなんかすげーSFっぽいが、これは大型のヒトデの魔物だ。

 その分厚く巨大な体の上に水棲魔族のマーマンを乗せており、湖から陸上に進出しては地上の獲物を襲撃するという、いわば水中生物の地上拠点となる魔物だ。

 体の底にびっしり生える触手がうねうねと蠢いて体を前進させ、上にいるマーマン達が槍や魔法で攻撃を仕掛けてくる。マーマンも体そのものは人間より小さいが、その統率は見事なものだ。

 なにより厄介なのはアステロイドフォートレスの扱う水魔法。奴は自分の使った魔法を体内で発現させ、その体を何倍にも膨らませ、文字通り巨大な“砦”と成してしまう。

 急成長した砦の上から攻撃をしかけるマーマンは更に厄介さを増し、アステロイドフォートレス自身も水魔法で遠距離攻撃を仕掛けてくるという無理ゲーを仕掛けてくる。

 だがこいつの弱点は斬撃、ハルペリアお得意のロングソードやハルバードによる深い切り傷だ。それこそがアステロイドフォートレスの膨張した体を攻略する最短ルートだと言えよう。

 まぁ湖の底にこいつが無数にいるらしいので、根絶は無理なんだそうだが。

 

 身近な場所だけでもそんな魔物がこの世界にはいる。あとは縁の遠いところで、ドラゴンとかジャイアントゴーレムとかそういうやつらだな。

 ただそこらへんになるとわざわざレゴールの支部から狩りに出ることはないだろう。遠征に遠征を重ねない限り遭うことはないはずだ。

 

 それでも、恐ろしい敵は身近にいる。

 レゴールにおける最も身近で恐ろしいやつといえば、皆口を揃えて一つの種族名を指すだろう。

 

 それが、貴族だ。

 

 

 

「ここがギルド、レゴール支部であるな?」

 

 一人の女がギルドに入ってきた。

 冷え込みも強まり、仕事に出かけるギルドマンも減ってきた頃のことだ。

 この頃になると冬ごもり直前に家を追われる可愛そうな田舎者もいないことはないが、今ここにいる女はそれにしたって身なりが良かった。いや、良すぎた。

 濡れたような癖のない長い黒髪。青い目。傷一つ無い、あったとしてもそれがわからないほど磨き上げられた高そうな鎧。そして鍛冶屋の非売品としても置いてなさそうな、高級感ありまくりのロングソード。

 

「私の名は……ブリジットである。旅の最中に立ち寄った剣士である。ギルドマンの登録とやらは、ここで良いのだな? 登録を頼む」

 

 完全に貴族です。本当にありがとうございました。

 

 

 

「えー……ブリジットさんですね? ……姓はありますか?」

「庶民は姓を持たぬ。常識であろう」

「……はい、それではブリジットさんで……専門は剣士でよろしいですか?」

「いかにも。流派は言えぬが」

「流派、あっ、はい」

 

 珍しく動揺を言葉の節々に出しているミレーヌさんを眺めつつ、俺は席を立った。

 テーブルの上にはリバーシ。向かい側の席にはジト目でこっちを見るライナが座っている。

 

「テーブルこっち寄せようか」

「……まぁ良いっスけど。中断は無しっスよ」

 

 俺とライナはこの暇なひと時を、ギルドの酒場で潰している最中だった。

 そんな中きまぐれに始めたリバーシだったが、意外というか想定外というか。ライナがやべーくらい強くて正直心が折れそうになっていたところだった。

 おかしいな。リバーシは角を取れば勝てるゲームじゃなかったのかよ。

 

「……モングレル先輩、露骨に離れたスけど。あの人なんなんスか」

「あー……貴族だ。まず間違いなくな」

 

 俺は小声で返した。

 

「貴族……」

「時々いるんだ。野に降りて己の腕前一つで成り上がってやろうっていう頭のおかしい連中がな」

「なんでわざわざギルドマンに……ちょっと先輩、それ裏返すのやめてもらっていいスか」

「おっとすまん。……装備も立ち居振る舞いも庶民のそれじゃねーよ。ああいうのは本当に厄介だから関わらないようにしとけよ」

「貴族相手ならコネ? とか作っといたほうがいいんじゃないスか」

「同じ貴族や商人だったらな。庶民は止めた方がいい。厄介なだけだ」

 

 この時期に来るってことは、冬の社交界くらいしかやることのない生活に飽きた連中だろう。

 あるいはよほど腕前に自信があるのか……まぁ間違いなくあるんだろうな。無かったら一人で来ることはない。

 護衛の姿も見えないあたり、よほどの腕前があるか、護衛らしい連中を全て撒いてきたかになるが……こいつの場合は両方な気がするぜ。

 

 酒場にいる連中もなんとなくあのブリジットとかいう女の正体に勘付いているのか、話しかけようとする奴は居ない。笑おうともしていない。この時期は外から入ってきて表の冷気を入れただけで喚き散らす奴もいるのにな。そんな奴らですら何も言わず無関心を貫こうとする辺りガチの厄ネタ扱いだ。

 

「討伐任務を受けたく思う」

 

 ねーよ馬鹿この時期に討伐なんか。一ヶ月前にこい。

 俺たちの姿見えねーのか。どう見ても暇してるだろ。こんなもんだぞ冬近くなんかはよ。

 

「申し訳ございません。現在緊急の討伐任務はありませんので……」

「ふむ、無いのか。良いことではあるが……ゴブリンが絶滅したわけでもあるまい?」

「……バロアの森の奥深くであれば、寝床に籠もっているゴブリンもいるでしょうけれど……それを探し当てることは困難ですし、労力に合いません。こちらとしても報酬を出すわけにもいきません」

「むう」

 

 よほど討伐にご執心だったのだろう。ブリジットは他の任務について尋ねることもせず、悩ましそうに唸っていた。

 ……アイアンランクなんだからもっと下積みらしい仕事をやればいいのに。そんなもんをやるためにここへ来たわけじゃないんだろうけどさ。

 

「……そう、か。ならば仕方あるまい。今日のところはひとまず登録だけとしておこう。また後日こちらに伺わせてもらうぞ」

「は、はい。また……」

 

 ……そう言って、自称庶民で旅する女剣士のブリジットはギルドから去っていった。

 

 扉が閉まる音がして、ギルド内のあちこちで深々としたため息が吐き出された。

 あのミレーヌさんですらしんどそうにしている辺り、相当なもんである。

 

「いやー大変だったなミレーヌさん」

「……仕事ですから」

 

 苦笑いを浮かべるしかないよな。気持ちはわかるぜ。

 

「近頃多いなァ、こういう……お遊びで来る連中がよォ」

「ワシらが三日前ここで飲んでた時にも、似たようなのが来ておったな」

「戯れが過ぎるというか……」

 

 この手のネタで談笑する時、彼らは堂々と“貴族”というワードは使わない。

 もしも聞かれていたら、それだけで事だからだ。実際にはそこまで厳罰が下ることはないだろうが、性格の悪い貴族に聞かれると大変なことにはなる。言わぬが仏というやつだ。

 

「なんていうか、空気が違ったっスね」

「ああ。いるだけで下手なことは言えねーからな。向こうからしてみりゃ後出しで印籠見せれば気持ち良いんだろうが、出されかねないこっち側からしたら脅威でしかねえ」

「インロー? ……ちょっとモングレル先輩、また裏返すのやめてくれないスか」

「おっとすまん」

「わざとスよね。てかもう負け認めましょうよ」

「このゲームやめるか」

「……必勝法があるからって自慢げに言うから何かと思ったら……もう……」

 

 いや俺も勝てると思ったんだよ。

 けどまさか幼少からリバーシ育ちしたやつがここまで強いとは思わなくてな。あと角取ったら勝てるが幻想すぎて驚きだわ。完全にこっちが初心者ムーブをしでかしてたのかもしれん。

 

「あー、まぁなんだ。ライナはアルテミスの……シーナとかナスターシャがいるせいでいまいちピンとこないかも知れないが、王都出身とか貴族とかの奴には気をつけろよ。本当に連中のきまぐれで何されるかなんてわかったもんじゃないからな」

 

 仮にさっきの女が俺を見て「おのれサングレール人」とか言いながら剣を抜いたら、こっちはマジで詰みかねないからな。

 後ろ盾のない俺たちはちょっとした貴族の言いがかりだけで簡単に破滅する。

 

「やっぱり怖いスね貴族は」

「その恐れる気持ちを持っている間は、まぁ最低限なんとかなるさ。忘れないようにするんだぞ」

「っス。あ、私が勝ったんでおごりお願いするっス」

「チッ、覚えてたか」

 

 



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狩人の酒場で過去の話

 

 昨日ブリジットと名乗っていた自称旅する女剣士について話そうか。

 

 前提として、あの女剣士はまず間違いなく貴族だ。

 理由を挙げればキリがないが、ぱっと思い浮かぶものだけでも……装備の質が良すぎる、喋り方に品が有りすぎる、世間知らず過ぎる、剣術が何らかの流派に属している、って感じだな。

 

 特に剣術の流派。中身については零さなかったが、剣術ってのはだいたいの場合、対人剣術のことを言う。魔物に対する剣術はほとんどない。

 で、人とやり合うのがどんなやつかって言うと、そいつは軍人か、あるいは自分の身を守るために貴族が身につけるかってなるわけだな。

 そして軍人の流派は隠し立てするようなものではない。「大地の盾」の連中も普通に使ってるものだしな。

 消去法で貴族になるわけだ。流派を隠したのは、まぁそれだけで出身や家が割れるってのはよくあることだから不思議でもない。

 

 あの女が身分を隠してギルドマンの申請にきた理由は定かじゃないが、だいたいの見当はつく。っていうか大体パターンが決まってる。

 

 どこぞの嫁ぎ遅れたおてんばが政略結婚を嫌がって飛び出してきたか、おてんば過ぎて政略結婚が無くても戦闘狂の血が騒いだか。

 

 いずれにせよ、怖いのはあいつの親だ。

 勘当されて“お前はもう二度とうちの名を名乗るな”って放逐のされ方をしたなら問題はねえよ? けどそうじゃなかった場合の地雷度合いが洒落にならない。

 

 たとえばあのおてんば娘がこっそり家を抜け出してギルドにやってきていた場合。

 親は普通に心配するし、下々の卑しい連中に粉かけられてないかを警戒するだろう。

 もし嫁入り前の娘に男の影があったりしたら? そりゃもう当然荒っぽい消し方をしますわな。噂にされても困るし、間違いの元は断たなければならない。「そうかそうか、うちの娘と仲がいいのか君は。ならば死ね!」そんくらいはする。

 少しでも親の情が入ってるとこなら、貴族らしい考え方を持った親ならば。たとえおてんば娘であろうとも、どこの馬の骨とも知れない奴との関わりは入念にもみ消すはずだ。この世界、この時代、それだけのことは普通にやってのける。何故ならそれが貴族だから。

 

 ……ああ、おてんばなのは間違いないぜ?

 ブリジットの装備していた得物はロングソードだった。あのサイズの剣を扱えるのは強化が使える証だ。そして女が一人で堂々と道を歩けるのも、裏打ちされた実力があってこそだろう。

 

 貴族は強い。どうしてか連中は、スキルやギフトを入手しやすい血筋なのか、あるいはそんな教育を受けているらしい。詳細は俺が貴族じゃないからわからんけど。

 そんな連中が潤沢な予算で英才教育を受け、体系化された戦闘術を叩き込まれている。そんな小娘を普通の小娘と思ってはいけない。はっきり言って、あんな小娘でもそこらへんの軍人より遥かに戦えるはずだ。

 

 親も厄介なら子そのものも厄介。

 偉い人とお近づきになりたい? コネを作りたい?

 それは自殺行為だ。俺個人としてはおすすめしない。

 特に、見た目からしてサングレール人のハーフだとわかる風貌を持っているなら尚更だ。

 

 

 

「こういう時は酒場に入り浸るに限るな……うー、さぶさぶ」

 

 寒空の下、俺はギルドに立ち寄らず「森の恵み亭」に直行していた。

 俺は賢いギルドマンだからな。昨日のブリジットが言っていた「また後日」という言葉を文字通りそのまま警戒しているわけだ。

 貴族はゴブリン並みに行動パターンの読めない連中だ。後日っつったらマジで後日来ることもある。少なくとも1%でも可能性があるなら俺はそんな場所は避けて通るね。

 ブリジットが良い貴族だろうと悪い貴族だろうと関係ない。初見殺しを防ぐにはこれしかないんだ。

 

「ちーす、明るいけどもう店やって……」

 

 ドアを開いたその先には。

 

 店内にみっちりと、見知ったギルドマンの客が詰まっていた。

 

「お、モングレルも来たぞ」

「そりゃ来るよな」

「席はないぞ。ガハハハ」

「エールまだかー? 来てないぞー?」

 

 ドアを開けた瞬間に感じる異様な熱気。そして喧騒。

 今日は花金かな? 午後七時くらいかな? あれ違う? 冬の朝? 何事だよこの盛況ぶりは……いや、わかるけどさ。

 

「お前ら……揃いも揃ってなんでこんな所にいるんだよ……」

「そんなもん、お前と同じ理由だぜモングレル。昨日のことは聞いてんだ。ギルドにいられるかよ」

 

 ぎゅうぎゅう詰めの店内のどこからかバルガーの声が聞こえたが、どこだかわからん。

 

「モングレルさん、今ならギルドの酒場の良い席が空いてると思いますよ」

「どこだよアレックス。……馬鹿野郎今日は絶対にギルドなんかいかねえからな。なあ一応念押しで聞いとくけど、席空いてる?」

「空いてるように見えます? 木箱を椅子代わりにしてる人もいるんですよ」

「間違いなくレゴール一の酒場だな……」

 

 まぁこれだけ客が入っても単価が驚くほど安いから大して儲けは出ないんだろうが……。

 賑やかなのが好きなご主人だからな。こんな風景でも、店の奥から楽しそうに眺めているんだろう。

 

「あーちょっと、私外出るから道空けてー……こらそこ! お尻触らないでくれる!?」

「はっはっは!」

「次やったら片方の玉を射抜いてやるからね」

「おお怖い、悪い悪い」

 

 さすがにここに居ても仕方ないなと踵を返そうとしたところで、男だらけのむさい人壁の向こうから見知った顔がやってきた。

 アルテミスの弓使い、ライナの姉貴分……兄貴分? のウルリカだ。

 

「はー、すっごい人……モングレルさん、外に出るなら私も一緒するよ。どうせどこかお店入るんでしょ?」

「ん? まぁー……そうだな。ギルドは行かないが、今日は適当に時間潰す日だ」

「じゃあ私も連れてってよ。ここは人多すぎてさ」

 

 まぁ大変だろうな。そんな状態じゃドリンクオーダーでさえいつ来るかわかったもんじゃない。

 ウルリカを男と知ってのことかは知らないが、変な絡まれ方もするだろうしな。

 

「あっ! モングレルがアルテミスの子と仲良さそうにしてるぞ!」

「んだとぉ!? ギルドの規約違反じゃねえのか!?」

「なんのための規約だよ……しょうがねえな、お前らも一緒についてくるか? ギルドのカウンターに近い席で一杯どうよ」

 

 俺がそう言うと、さっきまで吠えていた奴らがスッとテーブルに向き直った。

 これが貴族パワーである。

 

「じゃ行こっかー」

「そうすっかー。畜生ー、どっか安い店ねーかなぁ」

 

 そういうわけで、俺はウルリカと一緒にどこかの酒場に行くことになったのだった。

 

 

 

 しばらく寒々しい街をぶらぶらと歩き、結局長くうろつくには寒風が厳しいなってことで、適当な店に入ることになった。

 店の名前は「狩人酒場」。

 場所はギルドや「森の恵み亭」からさほど離れていない、ここらへんでは似たような系統のジビエを取り扱う店だ。こんな時期だが、店内にはちらほら客の姿もある。

 「森の恵み亭」よりもちょっと値段が張るせいで人気はやや低めだが、それなりにゆとりのある内装は客をすし詰めにしようとはしないし、エールもあんまり薄めてないのが売りだ。まぁ結局高くは感じるんだけど。

 

「ここはたまに来るんだー。アルテミスで獲物が多くなった時とか、“森の恵み亭”と一緒にお肉を卸しにくるんだよねー」

「へえ、そうだったのか。じゃあ今度アルテミスが何か大物ひっかけた時には寄ってみようかな」

「あ、でも多分そこまで値引きはしないんじゃないかな?」

「マジか」

 

 ここで“ケチな店だな”って言っちゃうと店の奥でエールを薄められる可能性があるので口に出してはいけない。

 

「あれ? というかウルリカ、今日お前アルテミスはどうしたんだ。一緒じゃないのか」

「あー、うん。アルテミスはちょっと、今ギルドじゃないかなぁ」

「……なんでよりによって今ギルドに……いや」

「あ、気づいた。そうそう、うちの団長がね、例の女剣士さん絡みの仕事があれば受けたいんだって。それで今日はギルドにいるみたい」

 

 まさか自分からあの厄ネタに飛び込んでいくとは……アルテミスも上昇志向が強いとは思っていたが、そこまでとは思わなかったな。

 ……シーナは何考えてるんだか。いや、貴族の扱いに慣れてたら平気なのかね。

 あー……それに女だけのパーティーなら間違いも起こらないし、リスクも低いと……なるほどね。

 

「ウルリカは仲間はずれにされちまったかー」

「まーねぇー……でもこういう時だけだし気にしてないよ。それに、外してもらったのは何より私のためでもあるからさ」

「そりゃそうだな。あまり偉い人とは関わらない方がいい」

「やっぱりモングレルさんもお貴族様が苦手な感じ?」

「苦手も苦手、天敵に近いね。ほらこの髪、こういう所で難癖付けられたらたまったもんじゃないからよ」

「あー……」

 

 俺の前髪には白いメッシュがある。サングレール人の血が流れている証だ。

 別に街のチンピラがこの白いメッシュに因縁付けてくるのはかまわないんだ。面倒だけどやり返してやればいいだけだしな。

 でも貴族相手だとそういうわけにもいかない。そりゃ殴り勝てるよ? でも勝ってどうすんだって話だ。その後の俺を守ってくれるものは何もない。

 

 だから、最善はそんな状況を作らないこと。

 因縁をつけてくる貴族の視界に入らないようにするのが最も安全なわけだ。

 

 もし仮にそんな状況に陥ってしまったら?

 全力で卑下しながら情けなく許しを請うぜ俺は。そして走って逃げる。

 さすがに貴族の戯れでも無罪の市民を追いかけ回して殺すのは面倒だし、評判に響くからな。一応そこまでいくと特定貴族に阿ることのないギルドも後ろ盾にはなってくれるだろうし、そういう解決を待つだけだ。

 ……仮にそれでもしつこく嫌がらせをしてくるようなら、仕方ない。ケイオス卿の力で相手貴族の産業を没落させるしかない。やりたくはないけど。

 

「ウルリカの赤っぽい髪は連合国の血が入ってそうだな」

「ああ、そうそう。といっても私の祖母まで遡るらしいけどねー。私は連合国に行ったこともないし。生まれも育ちもハルペリアだよ。故郷はドライデンの所だね」

「ま、そんなもんだよな」

 

 ウルリカは淡紅色の髪を後ろで結い上げている。こういう色は、お隣のわちゃわちゃした連合国のどこかが由来らしい。

 とはいえ長年交易を活発に行っている友好国だから、ハルペリア王国内ではさほど珍しくもない髪色だ。

 

「モングレルさんは……ええと、聞いちゃっていいのかなぁこれ」

「俺か? 俺の故郷はまんま国境のすぐそばだったからな。純ハルペリアと純サングレールの間の子だよ」

「わぁ……なんかドラマティック」

「いやーそうでもねえよ。小さい村だったしなぁ。結局くっつく事になってたんじゃねーのかな」

 

 田舎の結婚なんてのはそんなものだ。

 まぁ、その頃のことはあまりよく覚えてないんだけどな。

 というか幼少期は家族や村人の会話から言語を習得するのでいっぱいいっぱいだったよ俺。

 家族とか故郷とか、そういう暖かいものに包まれて癒される余裕なんて微塵も無かったわ。

 

「故郷はなんていう名前なの?」

「あー聞いてもわかんねえよ。戦争で滅んだしなぁ」

「えっ」

「いや本当に国境ギリギリのとこにある場所だったから、開戦とほぼ同時に滅んだんだ。まずハルペリアの軍隊から根こそぎ徴発されて干上がってな。その後すぐにサングレールの軍隊が押し寄せてきて皆殺しにあったわけ。あれは死ぬかと思ったね」

 

 俺の人生でもベスト5に入るレベルの超危険イベントだったなあれは。

 ギフトに目覚めてなかったらまず間違いなく詰んでたわ。

 

「……あの、ごめんなさい。モングレルさん。私、軽率なこと……」

 

 懐かしさに耽っていると、目の前のウルリカのテンションは地の底まで落ちていた。

 いかんいかん、空気が死んでる。重いわこの話題。

 

「いやいやいや、気にするなよ。昔の話だし、全然気にしてないから。十歳にもなってない頃だぜ?」

「そんな……そうだったんだ……」

「あーウルリカはどうなんだ? いやまず飲もうか。なんか温かい飯でも注文するか。すいませーん!」

 

 それから色々頑張って、どうにかウルリカの明るさを取り戻すことには成功した。

 美味しい酒と料理で、ほのぼのとした時間も過ごせた。

 

 けどこいつの中で俺がすげえ悲しい過去を背負った人みたいに見られたかもしれん。

 

 別に気にしなくて良いんだマジで。

 

 人生二度目で語学習得に必死になってた頃の故郷なんて、思い入れもほとんどなかったからな。

 ……これはこれで人前で言えないことではあるんだが。

 

 

 



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退屈そうな任務のお誘い

ウルリカ視点


 

「はぁああ……」

 

 失敗したなぁ。

 まさか、モングレルさんの過去があれほど大変なものだったなんて……。

 私のことは“自分からあまり話さなくてもいい”って言われて、それに甘えてたのに。こっちがモングレルさんの事情に土足で踏み込んでどうするのよ。

 気にするなとは言われてたし……あの後の反応からして、きっと本当に気にしてないんだろうけど。やっちゃったなぁー……って気持ちは拭えないよ。はぁ。

 

 今は帰り道。モングレルさんと一緒に飲んで、食べて。……あの人の昔話の他にも色々と面白い話も聞いたりして過ごして、別れた。

 お昼前なのにちょっと飲みすぎちゃった。まぁ、でも今は仕事らしい仕事もないから別にいっか……アルテミスのみんなには悪いけど。

 

「ただいまー」

 

 私の住居はアルテミスのクランハウスにある。

 アルテミスが保有する結構大きなお屋敷で、独身のメンバーのほとんどはみんなここに住み込んでいる形だ。

 そこに一人だけ男の私が泊まってても良いの? とはもちろん最初に聞いたけど、シーナさんは許してくれた。ありがたいことだ。

 

「あら。ウルリカ、おかえりなさい」

「んえっ? シーナさんたちもう帰ってきたんだ?」

 

 クランハウスのロビーに行くと、暖炉の前の談話テーブルには数人のメンバーがいた。

 そこには今朝方ギルドに赴いたはずのシーナさんたちの姿もある。

 

「そうね、せっかくだしウルリカも聞いていきなさい」

「えーでもそれ私も聞いてて良いの? 今回のって結構機密なんじゃ?」

「良いのよ。知ってても問題ない話だから」

 

 昨日ギルドに現れた謎の女剣士、ブリジット。

 おそらく貴族であり……今のレゴール支部にとって頭痛の種であろう人物だ。

 

「昨日のうちにギルドが貴族街に飛ばしていた調査員が、あっさりと情報を拾ってきたわ。ブリジットさんの正体が判明してね」

「誰?」

「ブリジット・ラ・サムセリア。サムセリア男爵家の……妾の子みたいね。貴族街から抜け出して来ていたみたい」

「あれ? 偽名じゃなくて本名?」

「名前だけ名乗れば身分を偽れるつもりだったのだろう」

「ええ……杜撰過ぎる……」

「ほとんど表に出て来ない女性だから調査員も社交関係は詳しくは調べきれなかったらしいけど、騎士訓練場でよく稽古しているから、その筋では有名人ではあるみたいね。女性騎士としては十二分、男性に混じっても大半に打ち勝てるほどの練度だそうよ」

「わぁー……」

 

 なんてパワフルな貴族なんだ。

 男なら武に心血を注ぐって人も多いけど、女の人では珍しいかも。

 

「サムセリア家としては、お家の争いに全く興味のない彼女をそこそこ厚遇しているみたいね。本人は剣術のことしか考えてないから、扱いやすいんでしょう」

「本来であればそのまま女性騎士となり、どこぞの女貴族に仕える一人となったのだろう。だが最近になって、本人がその将来を疑問視したらしくてな」

「疑問視?」

 

 ナスターシャさんは珍しく苦笑している。

 

「なんでも、“ただ女性を護衛するだけの仕事に就きたくはない。私はこの剣技を活かせる場所で生きていく”……そう言って、家を飛び出したのだそうだ」

 

 うわぁ。出世コースをフイにして家出って……。

 よくそんな真似ができるよなぁ。やっぱ変な貴族だった。

 

「サムセリア男爵も説得はしたそうなのよ。人を斬る剣術と魔物を斬る剣術は違う、とか。よそでなんて上手くいくはずがない、とか。それでも、ブリジットさんは“斬ってみなければわかるまい”って……」

「それで、ギルドに来たわけかぁー……」

「ヤバいっすよね」

「危険人物だなぁー……」

「それが調査でわかったこと。……貴族街ではちょっと話題になっていたみたいね。だからすぐにわかったわけ。名前が同じっていうヒントもあったし。……男爵家からギルドへ、依頼も来ていたわ」

 

 うーん、この流れでサムセリア男爵家からの依頼かぁ……。

 貴族からの依頼は度々あるとはいえ……今回のは綺麗な毛皮を一枚ってわけにはいかなそうだ。

 

「ブリジットさんを退屈な討伐任務に同行させ、ギルドマンの職務への失望感を植えつけろ。……だそうよ。失礼な話よね」

「あはは……」

「つまり、わざと効率の悪い仕事しろって話なんスよね。一日森に潜って何も手に入らないような……そんなのこっちだってごめんスよ。……アルテミスの仕事じゃなきゃ、嫌な仕事っス」

 

 ギルドマンになろうとするブリジットさんを引き止めるため、つまらない任務に同行させる、と……なるほど。

 まーわかりますけどー? わかりますけどねー、私らの仕事を直でつまらないって思われちゃうのはなんかなー。

 

「だが報酬はかなり弾むそうだ。同行者に男女の指定もない。サムセリア男爵、妾の子を取り戻すために随分と手を尽くすじゃないか」

「親子愛……ってことなのかなー」

「まさか。男爵家から宮廷勤めの騎士を輩出したい一心だろう。それほど、ブリジットとやらは腕が立ち、将来を見込まれているのだ」

 

 親の都合、か。貴族なんだから仕方ないんだろうけど……ちょっとブリジットさんに同情しちゃうな。

 まあ、それとこれとは別。私達としては、美味しい仕事は逃さないけどね。

 

「だいたいわかったよ。うちは仕事を受けるつもりなんだね? シーナさん」

「ええ、もう受注の確約はしているわ。ウルリカも参加したければ来て頂戴。払いの良い依頼主だから、参加した分だけ成功報酬も弾むそうよ」

「日程は?」

「明後日。バロアの森を散策して、この寒い中で外を出歩いているはぐれゴブリンを見つけられたら討伐する。……そんな任務になるでしょうね」

「また急だなぁ……暇だし行けるけど。あ、ゴリリアーナさんは? 明後日大丈夫?」

「……私は、平気。予定ないから、参加します……」

 

 良かった。前衛のゴリリアーナさんが居てくれたら安心だ。

 この時期に外を出歩く魔物は空腹で気性が荒いから、万が一ってこともあるしね。

 

「ふん。しかし、そうだな。バロアの森か……」

「? ナスターシャさん、どうかしたんスか」

 

 ナスターシャさんは深く考え込んでいるようだった。

 

「……シーナ。今回の任務、外部から腕の立つ近接役を一人雇い入れようと思う」

 

 外部? 雇い入れ? どちらも耳慣れない言葉だ。

 

「ナスターシャの言う事だから、深い理由はあるのでしょうけど」

「理由はまだ言えない。そうだな、以前任務に同行したモングレルを引き入れたいところだが」

「えっ」

「どうした、ウルリカ。モングレルがどうかしたか」

 

 今その名前が出たことに少し驚いた。

 

「いやー、私、さっきまでモングレルさんと一緒に狩人酒場で飲んでたから……」

「えっ、そうなんスか」

「まぁ軽ーくね、近況とか任務の事とか色々話しただけだよ。今日と明日の予定とかね」

 

 うそ。本当はもっと重い話を聞かされたりもしたし、モングレルさんの好みの料理とかについても色々聞いたりしてきたよ。……絶妙に参考にならない情報が多かったけど、後でライナに教えてあげるからね。

 

「それは都合が良い。モングレルの予定が把握できているのであれば、ウルリカ。明日モングレルに接触することは可能か」

「ええ……まぁ、一応明日立ち寄る場所の話とかも聞いたからわかるけどー……」

「ではその時、勧誘させてもらうとしよう。なに、一日だけの任務で報酬も弾むとなれば、断る相手でもないだろう」

 

 確かにモングレルさんはお金そこまでもっていなさそうだけど……あの人、そういう任務についてきてくれるかなぁ。

 結構本気で貴族のこと避けてるみたいだったから、望み薄だと思うんだけど。

 

「説得には私も出る」

「あっ、そのじゃあ私も一緒に行くっス。良いスかね」

「まー、うん。大人数で押し掛けちゃあれだし、二人くらいなら大丈夫だと思うけど……色好い返事返ってくるかなぁーあの人……」

 

 なんとなーく、最初から全力で拒否されそうな未来が見えた私だった。

 



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非常に政治的でハイレベルな交渉

「絶ッッッッッッッッッッ対に嫌だ」

「おや」

「ほらやっぱり言った通りっス」

「だよねー、断るって思ったー……」

 

 その日の朝。閑散とした市場で中古の布地を見繕ってきた俺は、アルテミスの三人に出会った。

 ナスターシャ、ライナ、ウルリカ。正直ライナとウルリカだけなら全然構わなかったんだが、ナスターシャが真っ先に声をかけて来た時の嫌な予感は正しかったようだ。

 

「随分と嫌がるな」

「今の話聞いて笑顔で頷く奴がいるかよ。何するかわからん貴族の苦行に付き合えるか」

 

 家出した貴族? 謀略じみた依頼? 

 地雷要素の塊じゃねーか。人工火薬の発明は俺が死んだ後にしてもらえねえか? 

 

「私もモングレル先輩の気持ちはすげー良くわかるっス。あんま気が進まないスもん」

「まー、私はちょっとブリジットさんに同情する気持ちもあるけどね」

「いや俺も個人的にはわからなくはないぜ? 女性貴族の警護なんて剣を振るでもないお飾りみたいなもんだろうしな、そら退屈だろうよ。でも間違いなく恵まれた職ではあるんだ。俺も親の立場ならさっさと栄転してくれと思っちゃうね。だが俺はその騒動に巻き込まれたくないわけよ」

 

 何のために俺がブロンズに留まってると思ってんだ。こういう面倒な依頼が来て欲しくないからだぞ。巻き込むなや。

 

「ふむ。任務そのものは一日で、報酬は弾むが? アルテミス側でも色を付けても構わない」

「金はまぁ魅力的だけどな。だからって貴族の御令嬢と一日一緒なんてやってられるかよ。何かあれば責任を取らされるんだろうが」

 

 そもそも金自体必要無いんだけどな俺は。必要になれば稼ぐ手段はある。やらないのは金を持っているイメージがつくと犯罪に巻き込まれるからだ。

 この任務は俺にとってデメリットばかりでメリットが皆無なんだよ。

 まぁ、あからさまに金なんていらないアピールをするのも不自然だから、守銭奴っぽい振る舞いをすることはあるけどな。こういう場面じゃ完全拒否しかねえ。

 

「ちなみに、具体的な報酬金額はこれだな」

「……」

 

 何かが書かれた小さな端切れを見せられたので、とりあえず見るだけは見ておく。

 ……ふ、ふふふーん。ま、まぁ結構もらえるやん……。

 

「モングレルよ。お前は何を畏れている?」

「そりゃあ貴族だろ。何されるかわかったもんじゃないんだ。怖いに決まってる。お前たちアルテミスみたいに、貴族とかお偉いさんとの付き合いに慣れてるわけじゃねーんだよ、こっちは」

「過剰な畏れだな。サムセリア男爵家は小さな家だ。世の中を動かせるほど大した権力もない。ギルドに多少色を付けて依頼を出すのがせいぜいの、貧乏な家だ」

 

 閑散とした市場の中央に建つ大きな石像。その土台に背を預け、ナスターシャは豊満な胸を反らせた。でかい。

 

「……モングレル先輩、どこ見てんスか」

「胸」

「視線も意思も隠す気がないんだ……」

「最低っス」

 

 そりゃまあお前たちは虚無だからな。男はこういうのに目が行っちゃうんだよ、しょうがないだろ。

 見られるのが嫌ならローブだけじゃなくて厚着してくれ。こんな季節なんだから。

 

「私の胸が気になるならば、触っても構わんぞ? 護衛依頼を受けてもらうがな」

「ナスターシャさん!? ちょ、ちょっとそれはさすがに」

「……」

「モングレル先輩なにめっちゃ考え込んでんスか!」

「痛っ、蹴るな蹴るな」

 

 仕方ないだろ男なんだから。ウルリカもわかってくれるだろ? 

 いやダメだな、わかってくれなさそうな目で俺のこと見てるわ。

 

「サムセリア男爵家はただひとえに、娘の出奔を阻止したいだけだ。そのために今回、何の獲物もいない冬の森を延々と歩き回るだけで良い。ブリジットを退屈させればいいのだから、無理に楽しませる必要はない。仮にその必要が生まれたとしても、ブリジットの相手は私達が行う。モングレル、お前はただ前衛役として居ればそれで構わん」

「……なんでわざわざ俺を雇う? そっちにも近接役はいるだろ」

「ゴリリアーナは優秀だが、彼女一人だけだ。一年前にはもう少しいたのだが……今回は警護対象が増えるという意味でも、前衛は厚くしておきたい。お前の懸念の通り、失敗はできないのだからな」

 

 冬の森は魔物が少ない。だが、時折現れる魔物は酷く気性が荒く、手強かったりする。

 近接役に負担が掛かることもありえるだろう。そういう意味でも、ナスターシャの判断は間違っていない、か。

 

 ……でもこの女、他にも何か思惑があるような気がしてならない。

 そこらの貴族のように欲に目が眩んでいる雰囲気はないが、それとは別に厄介そうなオーラを感じるんだ。

 主に目つきが怖いし。

 

 んー……さすがに俺も貴族のことはアルテミスほど詳しくないからな。

 サムセリア男爵家。力が無いって言うなら、そうなんだろうが。

 本当かぁ? 裏取りもできないから全くわからん。

 

 ……例えば前衛をゴリリアーナ一人で受け持つ場合、貴族を守りながらアルテミスの後衛を守らなければならないわけだが、するとどうしてもアルテミスの後衛が危なくなりがちだよな……ライナとウルリカもそうだ。いや、こんな仕事をしてる以上、危ないのはみんな同じだから考える必要はないんだけどさ。うーむ。

 

「……そもそも、俺の人種を明かしたく無い相手だ。サングレール人の血が入ってるのが丸わかりだろ。バレたらまずい」

「隠せば良い。その程度の白髪ならば、頭に包帯を巻いて兜でも被れば隠し通せるだろう。なんならお前はギルドからの依頼を受けず、正体を隠して合流してもいい。金はこちらで払おう」

「グレーなことはしたくねーな……他にもいるぜ? 俺以外にも腕の立つ近接役はよ」

「モングレル先輩、ほんとに来たくないんスね……」

 

 やりたくないですよ、ええ。心の底からな。

 だからそんな目で見るのはやめなさい。

 

「私が見るに、モングレル。お前の剣技はギルドでも有数の技量であると思っている」

「どうもありがとう、とは言っておくけどな……」

「それに知らぬ仲でもない。ライナとも付き合いが長いのだろう。我々を助けると思って、どうだ。一日仕事くらい、やってみせないか」

 

 うーん、悩ましい。

 サムセリア男爵家ってのがしょぼいとこなら正直大丈夫かなって思いも芽生えてきた。

 それに俺が貴族を嫌いすぎても、金払いの良い仕事を頑として拒否し続けるのも不自然ではあるしな……。

 

 ……逆にこんなタイミングだからこそ、堂々と臨時収入を抱え込むチャンスか? 

 これまで踏み切れなかった便利アイテムの製作に着手できるなら……いやいや、落ち着け。前向きになってるぞ俺。

 

 冷静に判断しろ。メリットとデメリットを比べるんじゃない。デメリットの総量を注視するんだ。俺は今までそうやって生きてきたじゃないか。

 

「ふむ……思っていた以上に頑なだな。あと私の権限で行える譲歩と言えば、せいぜい任務終了後にアルテミスのクランハウスに招待して、暖かい風呂を用意してやる程度のものだが……」

「えっ、風呂?」

「? そうだが」

「目つき変わったっス」

「反応すごかったね」

「まさか俺が一回の風呂で頷くと思っちゃいないよな?」

「……私は火魔法が苦手だ。沸かすのに苦労する。二回がせいぜいといったところか」

「二回だぁ……? それでお願いします。是非とも任務にお供させてください」

 

 俺はビシッと頭を下げて、今回の件を快諾した。

 

「いや、確かにお風呂は良いもんスけど……そんなにガラッと態度変えちゃうほどスか……」

「冬の風呂のためなら仕方ねえんだ……」

 

 大衆風呂はアホみたいに高いくせにくっそ汚いんだ。まるで別物なんだ……。

 さらに高い金出して入れる綺麗な風呂屋は女の子が一緒に入ってくるせいで落ち着かねえんだ……。

 

「……釈然としないが、受け入れてくれたことには感謝しよう。よろしく頼むぞ」

「任せてくれナスターシャ。あ、でも貴族の相手は全面的に頼んだわ」

「……よくわかんない人だなぁ、モングレルさん」

「そういう人なんスよ、ウルリカ先輩」

 

 こうして俺は明日、風呂に入る権利を得た。やったぜ。

 

 ……冷静な判断? デメリット? なんだっけそれ。頭の痒みの話? 

 

 

 



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何も発生しないチュートリアル

 

 お前そんなに嫌がってたくせに風呂に何回か入るだけでリスクだらけの任務に臨むんか? と言われるかもしれない。

 全くもってその通りだと言わざるをえない。リスクとメリットが釣り合ってないよな。俺もそう思う。愚かな冒険者と笑いなさい……。

 

 けどな、風呂はな……個人で再現するのは無理なんだ……。

 もし俺が、自由に伐採しても良い木々に囲まれた自然あふれる水の綺麗な川辺(何故か魔物が湧かない)に一家屋を持ってて、木こりとして生活していたのなら可能だったかもしれない。けどこの世界の一般論で言えば、それは無理な話なわけで。

 この世界には水が無限に出る魔道具もないし、常に熱を発する不思議な石があるわけでもない。仮にあったとしても多分俺がどうこうできる価格や価値はしてないだろう。

 

 庶民はせいぜい水で洗うだけ。これでも綺麗好きな方だ。洗わない奴はマジで洗わない。汗とエールが混ざったようなやばい匂いがする奴も実際のとこ珍しくはない。

 ちょっとした金持ちでも桶一杯分の水をどうにか沸かしてちびちび洗う程度だ。今の俺はこれだ。毎日宿屋でお湯を買ってるボロい客をやっている。そこまでいくと潔癖症扱いされるのがこの世界なんだ。

 

 肝心の風呂屋は……シャワーがなくて、お湯がフィルターで循環されてなくて、基本的に入る時はみんな滅茶苦茶小汚い……そう言えば使いたくない気持ちはわかって貰えるだろう。一番風呂に入れなかったら諦めるレベルだが、そうやって気軽にチャレンジ出来ない程度にはマジで汚い。

 貴族が使うような風俗店に行けば個人でも綺麗な風呂に入れるけど……うん……それはね……うん……そんなに金払いが良いと無駄にトラブルに巻き込まれるからさ……。

 

 ……どうして俺はこの世界に転生した時、まともな魔法を使えるようにならなかったんだろうなぁ。

 そうすれば水魔法と火魔法で……あらゆる様々なことがどうとでもなったのに……畜生……。

 

 ハルペリア王国は石材も金属も豊富じゃない。パイプラインで都市ガスが通ってるわけでもない。かといって薪を無限に使えるわけでもない……。

 仮に俺がケイオス卿として熱効率の良い薪ボイラーのようなものを設計したとしても、風呂屋の値段が大きく下がることはないだろう。あと多分清潔感も変わらん。ここらへんは衛生観念の問題になるしな。

 

 風呂を作るのは本当に難しい。

 だからある意味、この世界で個人で気軽に風呂に入るためには……腕の良い魔法使いであることが必須なのかもしれない。

 

 

 

「いやー、今日はよろしく頼むなー」

「……まだ夜明け前なんだけど」

 

 任務当日、俺はアルテミスのクランハウス前にやって来ていた。

 出迎えてくれたのはシーナだった。しかし寝ぼけ眼というわけでもなく、既に支度は整っているようだ。

 

「風呂のことを考えてたら早起きしちゃってな」

「子供じゃないんだから……ナスターシャ達から聞いていたけど、本当にそんなことで説得されてたのね」

「俺にとっては大事なことなんだよ。一生に三、四回くらいは暖かい風呂に入ってみたいだろ」

「回数を水増ししないでくれる? その話も聞いてるから」

「チッ」

 

 前を通りかかった時に「やっぱ金持ってんな」と思うことは多々あったが、まさかこの建物を訪れる日がやってくるとは夢にも思わなんだ。ましてアルテミスの団長とちょくちょく話すようになるなんてな。

 

「……兜じゃなくて帽子なのね」

「ああこれか。髪の一部さえ隠せりゃそれでいいからな、猟師さんのよく使ってるやつにした。こんな時期に金属兜なんて被ってられんからな」

 

 冬は冷える。何が冷えるって色々冷えるんだが、その中でも特に金属はよーく冷える。

 侮られがちだが、この金属の冷え方というものは尋常ではない。近頃安全靴を使って仕事している労働者達がつま先の冷えが堪らないと嘆いている話を聞くほどだ。

 金属装備なんてその比じゃない。俺は常に軽装だが、冬場はレザーしか着込まない。代わりに小盾は持つけどな。

 

「例のお貴族様は、全身鎧でやってくるのかしらね」

「ははは、まさかな。そんな馬鹿な奴がいるかよ……いないよな?」

「だといいんだけど。……もしそんな格好でやってきて体調を崩しそうになったら、早めに切り上げるだけよ。かえって仕事が楽だわ」

「……貴族のお嬢さんをそんな扱いして大丈夫なのか? 後で男爵家から文句を言われないか?」

「本当に心配性ね。もう少しギルドの後ろ盾を信頼すればいいのに。私達アルテミスは危ない橋を渡っているわけじゃないのよ」

 

 シーナは扉を開けて、俺を手招きした。

 

「ブリジットさんとはギルドで合流して、それから出発するわ。その前に中で打ち合わせをしておきましょう。まぁ、大した事はないけどね」

 

 俺は誘われるまま、アルテミスのクランハウスへとお邪魔したのだった。

 

 

 

 暖炉前のロビーには既に数人のメンバーが集まり、旅支度を整えていた。

 アルテミスからの参加者はシーナ、ナスターシャ、ゴリリアーナ、ウルリカ、ライナ、ジョナの六人である。そこに雇われの俺を追加して七人だ。

 ジョナというのは三十代後半の既婚者の女で、子をもうけてからは夫の住まいで暮らし、クランハウスには通う形で在籍している弓使いなのだそうだ。仕事もクランハウスの清掃が主らしく、狩猟任務に行くことは少ないのだとか。聞いてみれば、アルテミスにはそんなメンバーがわりといるらしい。女性パーティーらしく、時々託児所代わりにもなっているとかなんとか。

 なるほど、人数はそこそこいるのに同じメンバーばかり見るのはそんな理由だったか。

 

「今回の任務は一日で終わるからね。あたしみたいな半分引退したようなギルドマンにはありがたい仕事だよ」

 

 ジョナはそう言ってからからと笑っていた。

 ……やっぱり俺は今回の任務を過剰に警戒しすぎなのか? 

 

「前衛はゴリリアーナと、その補佐にブリジットさん。中衛に私とジョナで、前方を警戒しつつブリジットさんの対応をしましょう。後衛はライナとウルリカとナスターシャ、背面の守りはモングレルに任せるわ」

 

 気を利かせてくれたのか、俺はほぼブリジットと反対側で殿を守ることになった。

 前方で何かあれば崩して前に出ることもあるだろうが……まぁ、冬だしなぁ。ほぼ無いだろう。

 

「モングレルさん、私たちの守りは任せますからねー?」

「守るようなことが起きなきゃ良いんだけどな」

「てかモングレル先輩、盾持ってるの珍しいスね」

「ああこれ? 俺もほとんど使ったことねーけど一応な。うちに盾がもう一つあるんだけどな、そっちの方はデカいし重いから小盾にしたんだ」

「初めて知ったっス……」

「良い盾だぞ? 今度ライナに見せてやるからな」

「なんで嬉しそうなんスか」

 

 そういうわけで、布陣は決定した。

 あとは例のおてんばお貴族様と合流するだけである。

 

 

 

「アイアンクラスのブリジットである。腕に覚えはあるが、魔物と剣を交わした事はない故、その修練のため今回の任務に就くこととなった。そちらのアルテミスの邪魔にならぬよう努力する。よろしく頼む」

 

 ギルド内には、金属鎧で完全武装したブリジットがいた。

 

 ……いや、貴族のわりにそこまで高圧的な態度じゃないのは嬉しいんだがね、大丈夫なのかお前その鎧。今日結構寒いし、わりと長い間森を歩くことになるんだが……。

 

「よろしくね、ブリジット。私はアルテミスの団長シーナ、ゴールドクラスのギルドマンよ。貴女は何も知らない初心者だろうから、基本的に任務中は私達の指示に従ってもらうわ」

 

 逆にシーナは偉そうに言い切ったけど、そうか。相手を貴族扱いせず平民のギルドマンとして対応してるわけか。心臓に悪いけど当然ではある。

 まぁ、後で文句言われるのは嫌だから俺は極力喋らんけどな。

 

「ああ。不勉強故、何かあればその都度指南してもらえるとありがたい」

「良いでしょう。ただし、途中で問題が発生すれば私達はすぐに任務を中断して帰還するわ。それだけは覚えておくように」

「それは、魔物が出て負傷者が出た時などか」

「もちろんそれもあるけれど、ね。さあ、とにかく移動を始めましょう。東門からバロアの森近くまで遠いからね」

 

 こうして俺たちはバロアの冬の森に向けて出発することになった。

 

 参加メンバーで挨拶とか自己紹介とかは、歩きながら名前だけ名乗る程度で済ませた。

 ブリジットは俺たち一人一人にはほとんど関心がないようで、名乗りに対してまとめて「よろしく頼む」と返すだけだった。多分、無口というか寡黙なタイプなんだろう。こっちとしては気軽で良い手合いだ。

 

 

 

 歩いている最中、ブリジットは時々ゴリリアーナさんやジョナと何か言葉を交わしているようだった。

 少し離れているせいで内容はあまりよくわからないが、ちらっと聞こえる限りでは任務とか魔物の話をしているのだと思う。

 飛び込みでやって来た割には、それなりに真面目な性格をしているらしい。

 

「モングレル先輩、私あんま冬のバロアの森に入ったこと無いんスけど、この時期だとどういう魔物がいるんスかね」

「……いない」

 

 俺はブリジットに聞こえないよう、小声で返した。

 

「冬は本当に何も出ないぞ。発見報告はあるが、過去こういうことがあるにはあった程度のもんだからな。獣は冬眠するか、森の奥の奥まで引っ込んでる」

「マジっスか……じゃあ冬籠りし損ねた魔物とかは……?」

「出ない。いや、五日くらい森に通ってればいるかもしれないけどな。基本なにも出ないぞ」

「そうだねー、何も出ないねー冬場は」

「やっぱそうなんスか……」

 

 三日に一回くらい通って獲物が獲れるなら、ギルドマンも冬場の仕事をすることもあるかもしれない。

 だがみんな森の仕事をぱったりしなくなるということは……そういうことだ。

 

 別に不穏の前触れとかでもないしフラグでもフリでもない。

 冬のバロアの森はガチで何もないのだ。

 

 そんな虚無みたいな任務だから正直嫌だったってのもあるんだが……今日の風呂のためなら仕方ねえ。

 ブリジット、俺と一緒に苦行しようぜ……! 

 

 



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羅針盤を握る者

 

 バロアの森はまだ雪に降られていない。

 だが既に底冷えする寒さは土の中に影響を及ぼしているようで、森の地面を踏みしめると砂利を踏んづけたような音がする。霜だ。

 

 大きい声じゃ言えないけども、俺の靴は特製だ。

 ガワだけならそこらで売っているものと大差ないように偽装しているが、中身は現代でも通用するブーツに近い。霜を踏んでも冷たくないし、染みることもない。快適快適。

 

 しかしこの森に踏み込んだ俺達の中には、そんな快適さからはかけ離れた装備の奴が一人いるわけで……。

 

「周囲を警戒し、魔物がいないかどうか探りながら歩きなさい」

「うむ」

 

 結局ブリジットは、森に入ってからもずっと鎧姿のままだった。

 グリーブも歩きやすいわけではなかろうに、そんなことを感じさせない足さばきでゴリリアーナと一緒に前を進んでいる。

 そのすぐ後ろについているのはシーナたち中衛組だ。シーナは一本の矢を手に持ち、辺りを警戒するように歩いている。……気配を探ってみた限り、別に何がいるわけでもなさそうだが。

 

「あーこれあれっスね……」

「んー……だね」

 

 ライナとウルリカは何かわかったような様子で頷き合っている。

 俺はいつものように“なになに~?”って絡みにいきたかったが、今日ばかりはひたすら影に徹していよう。目立たないのが一番だ。

 

 黙々と歩く。ひたすらに歩く。

 八人が霜を踏みしめる音と、時折装備が枝をひっかける音だけが、静かな森に虚しく響くばかり。

 それを二時間ほど。歩みは遅く、休憩も無い。明らかに非効率な行軍だった。

 

 ……退屈だ。つまらない任務は色々あったが、その中でも特に味のしないガムみたいな任務だ。

 

 だが俺以上に辛い思いをしているのはブリジットだろう。

 全身鎧に身を包んだ彼女は早くも寒さに参ってきたのか、震えが目立ってきた。

 しかも常にシーナが周囲を警戒させながら歩くものだから、気が休まる暇もない。

 

 ……早く誰か“その鎧脱げよ”って言ってあげてほしい。

 俺は貴族は苦手だしあまり関わりたくはないが、さすがに寒そうだし見てられんぞ……。

 

「この道を通りましょう」

 

 矢で方向を指示しながら、シーナが行き先を変更する。

 冬の森は未だ、小さなフラッグバード(食用不可)やマッドラット(食用不可)しか見られない。

 

「……モングレル先輩、これ。ここ、足跡っス」

「え?」

 

 ライナが小声で俺に伝えてきたのは、地面にうっすらと見える……見える? 見えているらしい足跡だった。

 なるほど霜のおかげである程度わかりやすい……? かもしれないが、正直よくわかんね。

 

「大きなチャージディアっスね。多分、さっきの進路を変える前の方向に向かっていった感じっス」

「……シーナがこれを見て獲物を回避したのか?」

「はい、足跡の古さまではわからないスけど、多分。シーナさん、索敵はすごい上手いっスから」

 

 ……すげーな。足跡を見てわざと魔物が居なさそうな方向に舵切ってるのか。

 

 いや、というかあの弓矢か……?

 弓矢を指に挟んで、鏃の向く先を探っているようにも見えるな。

 

 ……もしかして何かのスキルか、ギフトか。

 どちらにせよ探知系ではあるみたいだが……。

 

 いや、徹底してやがるな。ただでさえ魔物と遭遇しない森の中でこんなことされたら、ほぼ確実にボウズで終わりそうだ。ブリジットは必死にやってるのに……。

 

「どうしたの、ブリジット。調子が悪そうね」

「……い、いや。私は、まだ」

 

 あ、ついにシーナが切り出した。

 調子が悪そうなのは最初からわかりきってはいたんだが……今のブリジットはもう、一歩一歩踏み出すのも億劫そうに見える。

 

「正直に言いなさい。ここで倒れられては皆の迷惑になるの」

「……とても、辛い」

 

 シーナは行軍を停止し、深く息を吐いた。空気が重ぇよ。

 

「その鎧を脱ぎなさい」

「なっ……それは」

「私が予備の着替えを持って来ているから。鎧を脱いで上から着るように。全身鎧のせいで体が冷え切っているのでしょう」

「……すまない」

 

 ブリジットは居た堪れない様子で、不慣れな手付きで鎧を外し始めた。

 着脱をジョナが手伝いつつ、シーナの着替えを上から着込んでゆく。……で、脱いだ鎧はどうするかというと。

 

「ねえ。この鎧、貴方の荷物にロープで縛って固定してもらえる? 重いから安定しないだろうけど、落とさないように気をつけて」

 

 どうやら俺が持つことになったらしい。

 ……いや全身鎧だぜ。結構重いだろこれ。しかもこれ着込んでたらそこまででもないだろうけど、かさばるものを重くないように持つのって結構だるいんだぞ……。

 

 とは思ったが、なんとなくこの流れも仕組まれたもののように思ったので、俺は素直に従った。

 ブリジットの全身鎧は高級なものなのか、重さが見た目よりも軽いように思える。素材が違うのか、なんなのか。多分だけど、元いた世界に存在する金属ではないように思える。

 

「すまない……私のせいで、手間を……」

「……良いんだよ」

 

 ブリジットは恥じ入るように謝るが、あまり会話のラリーを続けたくないあまり俺の返し方がぶっきらぼうになってしまったかもしれない。

 どうしよう。俺ちょっとこの子かわいそうすぎて見てらんねえよ。

 

「近接役が一人荷物を抱えてしまったから、これまでより一層集中して進んでいきましょう」

 

 ……退屈な任務。自爆とはいえ、ひたすらに辛い行軍。自分のせいで他人が被る負担……。

 これが最初の任務ってお前……地獄か? 俺だったら普通にトラウマもんだわ。

 アルテミスのメンバーもあえて過剰に元気づけるような言葉を使わない辺り、ブリジットのモチベを本気で殺しにかかってやがる……。

 

「もう少し歩いたら休憩して、折り返しましょう。それで今日の調査は終わりよ」

「……わかった」

 

 歩き始めた時こそロングソードの柄に手を置いて魔物を警戒していたブリジットだったが、今や歩くので精一杯な様子だ。周囲に魔物がいるとも思えなくなっているのだろう。

 彼女の口から漏れ出る白い吐息は、ここにいる誰よりも大きかった。

 

 

 

 森の中で適当に薪を拾い集め、火を灯して囲む。

 シーナはこの日のためにわざわざあまり美味しくない干し肉を持ってきたのか、食事中も盛り上がるようなことはなく、しんみりした空気が漂っている。

 

 居心地? 最悪だよ。だがこれが俺たちの任務だ。

 “ブリジットをギルドマンの道に進ませないようにする”には、完璧と言っても良い状態ではあった。

 

「……私は、春に……」

 

 焚き火を見つめながら、ブリジットが虚ろな目で語り始めた。

 

「王都へ渡り……仕事に就くことになっている。だが私はその仕事が嫌で、剣士となるべくギルドマンを志してみたのだが……」

 

 蓋を開けたらこんな惨状、と。

 

「わからぬな。私は……何をすれば良いのだろう……っ」

 

 あっ、泣きそう。やめてやめて。俺そういうの弱い。すげえ困る。

 

「仕事なんて誰にでも向き不向きがあるものよ」

「……向き、不向きか」

「自分のやりたいことが、自分に向いている仕事とは限らないのよ。今日の任務を経験してみて辛いと思ったなら、ブリジット。貴方はギルドマンをよく考え直した方が良いわ」

「……痛み入る」

 

 お祈りメール思い出しちゃったよ俺。心がつれぇよ。

 別にこの……ブリジット、まだギルドマンに向いてるとか向いてないとかわからないじゃん。ていうかその芽を摘んでるの俺らじゃん。

 なんかそれ考えるとマジで……罪悪感でもう……心が死にそう……。

 

「さあ、休憩は終わりよ。レゴールに戻りましょう」

 

 

 

 帰り道は間延びした陣形になった。

 前の方ではシーナとブリジットが何か話をしており、聞かせたくないのか皆と間を空けている。

 まあこっちもこっちでブリジットに聞かせたくない話はいくらでもあったので、後ろの方でボソボソやれているわけだが。

 

「ひでえ任務だなぁ」

「……趣味は悪いっスよね」

「ねー……まあ、男爵家からの依頼だから割り切るしかないんだろうけどさー」

 

 ギルドマンになるという夢を初手で叩き潰す手腕。

 アルテミスはこういった絶妙な物事においても器用に結果を出すパーティーらしかった。

 正直……すげーなと思う。いや皮肉とかは抜きで。

 

 今もシーナは弓矢を片手に安全な方位を巧みに手繰り寄せ、何も起こらない平穏な任務を演出し続けている。

 寒さと疲労で考えのまとまらないブリジットは、ただただ俺たちの言葉を飲み込んで頷くしか無い。

 

「軽量化された魔合金とはいえ、よくそれだけの荷物を背負えるな。見込み通りだ、モングレル」

「……ナスターシャ、お前最初からこのために俺を呼んだのかよ」

 

 振り向くと、そこにはニヤリと悪どく笑うナスターシャが居た。

 

「さて。だが、ブリジットという護衛対象がいたのではゴリリアーナだけではいざという時の前衛に不安があるのも事実だったのでな」

「シーナのあの索敵能力は完璧じゃないってことか」

「ほう……よく気付いた。理知的な男は嫌いではない」

「正直確信ってほどでもないけどな。けど絶対に何かはやってるだろ」

 

 矢が敵の方向を指す、という力があるのだとしたら……シーナの持つ“継矢”の異名にも説明がつくかもしれない。仮説だけどな。

 

 ナスターシャはさらに笑みを深める。

 

「……シーナは危機を回避することにかけては、非常に優秀な力を持った弓使いだ。それと同等の力を、この私も保有している」

「それは……」

「“ギフト”だ。……隠さなくてもいい。持っているのだろう? モングレル、お前も」

 

 ……!

 

 俺のギフトがバレた……?

 どこだ? どこで見られた? いやハッタリか。見せた覚えはないし見られるような場所で使ってもいねぇ。

 顔には出すな俺。悟られたら絶対に面倒なことになる。

 

「私は知っているぞ、モングレル」

 

 何をだよ。やめてくれ。え、マジで見られてないよな? てかアレを見られてたらこんな反応にはならないよな?

 

「お前のその強化魔力……それこそがギフトなのだろう」

「……」

 

 あっ……ぶねー! 良かった勘違いされてた!

 はー……なるほどね、そっちね! 身体強化の方ね!

 あ、あ、なんだ。それならヨシ!

 

 ゴホン。……いやいや、ヨシじゃないな。俺はあくまでそれを隠してたんだって体でいないとダメなわけだ。

 ……よしオーケー、だったらこのまましらばっくれていよう。それが一番演技っぽくないはずだ。

 

「……何のことだか」

「モングレル。私達アルテミスはお前のその力を最大限発揮させることができる。扱いの難しい貴族の依頼主も、危険な魔物の回避も我々ならば可能だ。シーナはお前の加入を求めている。待遇は決して悪くはないぞ」

 

 勧誘ね。……まぁ、風呂はありがたいけどな。すげえ惹かれるけどな。

 その風呂の元栓を握ってるナスターシャ、お前に俺の手綱を握らせたくはないのよ。

 

「私達の仲間になれば、お前の持つギフトの秘密を守ってやることができるし……」

「ナスターシャさん。それは駄目っス」

「……ライナ?」

 

 その時、勧誘に待ったをかけたのはライナだった。

 

「そういう誘い方は、なんか卑怯っス。弱みを握ってるみたいで……なんか私そういうのは……ちょっと嫌いス」

「……そ、そうだろうか。私のこのやり方は……間違っていただろうか」

「はい。駄目っス」

「……そうか」

 

 ライナに言われると、ナスターシャは見せたこともないような狼狽え方をして、黙り込んでしまった。

 パーティー内でライナの発言権が強い……ってわけではないだろう。

 ただ子供に真っ当な叱られ方をしてバツの悪い大人……俺にはナスターシャがそう見えた。

 

「ちゃんと普通に誘ったほうが良いっスよ。それに……こういうのは急がないほうが、モングレル先輩も良いっスよね」

「ん。ま、そうだな」

 

 パーティー加入ね。

 まぁそりゃ、クランハウスが風呂つきとあれば気にならないわけでもないが。

 風呂に入る自由よりも、俺が一人で色々と動ける自由の方がずっと大事だ。

 

 なに、桶にためた湯でちびちび洗うだけでも長年我慢できたんだ。我慢……。

 

「それはそれとして、今日風呂には入らせてもらうけどな」

「あははは、この流れでうちのお風呂には入りにくるんだねー」

「当たり前だ。正当な報酬だからな」

「……ふむ。わかった……まあ、いつでもいい。考えておいてくれ」

「ああ。前向きに検討させてもらうぜ」

「……なんか気のない返事っぽいスねそれ」

「おっ、ライナも俺のことよくわかってきたな」

「いや、別にそういうの嬉しくないっス」

 

 日が沈みはじめ、次第に空が薄暗くなり、そうしてようやくレゴールの街が見えてくる。

 

 結局何とも戦うことのない、荷物を運んで往復しただけのつまらない任務だったが……そんな仕事にも思いの外、プロの技術は活かされるんだなと、妙に感心した日ではあった。

 

 



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失われた日常

 

「皆には迷惑をかけた。私の……未熟と、不勉強故だった。すまない」

 

 ギルドに到着し報告を済ませた後、ブリジットは小さく頭を下げた。

 森の中でキンキンに冷えていた鎧もなんとか常温に戻して着込み、彼女は既にいつでも帰れる姿になっている。

 

 ……報酬を渡された時の呆気に取られていた顔はあれだな。すごかったな。

 ブリジットの中では「もらっても良いのか?」という思いと「しっかり満額もらえてこれ?」という思いがあったことだろう。実際、今回の任務はショボ過ぎて誰もやらないレベルだからな。

 もちろんブリジットのために用意された虚無なお仕事ではあるが、報酬額そのものは正規に算出されたものなのだから世知辛い。

 やっすい宿に泊まって不味いポリッジを飲めるかどうかってとこかね。

 

「私は……家に戻り、もう一度家族と話すことにする。仕事についても、よく考えるつもりだ」

「そうしなさい。……貴女に合った道を、選べると良いわね」

「うむ。シーナ、貴女には助けられたな」

 

 シーナは薄く微笑んでいた。

 ほとんど故意で挫折させた相手にこのスマイル……すげー役者だよ。俺なら自責の念に負けて泣きながら「ごめんなぁ……!」とか言っちゃいそうだもん。

 

「もしも……あらゆることが駄目になって、何もかも失って路頭に迷うようなことがあったなら……ブリジット、その時はアルテミスを訪ねてきなさい」

「……ありがとう、シーナ」

 

 そうして、別れを告げたブリジットは貴族街の方へと帰っていった。

 彼女の後ろ姿が見えなくなると、俺たちは示し合わせたわけでもないのに揃ってため息を出した。

 

 いや、疲れるよこれ。ブリジットも大変だったろうけど、心労が……。

 

「本当に……気の進まない仕事だったわね」

「ほんとっスよ……」

「可哀想だよねぇー……仕方ないんだろうけどさぁ」

 

 面々の中で平気そうな顔をしているのはナスターシャだけだ。さっきから興味なさそうに爪をいじっている。

 人の心とかないんか……? 

 

「けどね、ギルドマンなんてあのくらいの歳でなるもんじゃないよ。せっかく良い仕事があるんだから、まずはそっちで頑張るのが普通だよ。私の子だったら引っ叩いてるね」

 

 まぁ、確かに。家庭を持つ母であるジョナにそう言われると、正論だなーと思う。親心としてはそうだよな。

 ……続けられるかどうかは本人の心持ちによるところがデカい。

 貴族の護衛騎士なんて大変そうな仕事だけど、やれるとこまで頑張ってみてほしいもんだな。無責任な考え方だけども。

 

「やれやれ。アルテミスの仕事は大変そうだな」

 

 帽子を脱いで、包帯をスルスルと解く。

 頭を覆い尽くす格好も冬場は悪くないけど、いつもと違うのは落ち着かねえや。

 

「モングレル先輩、この後うちらのクランハウスでお風呂入るんスよね?」

「ああ。けどその前に宿に戻らせてくれ。一度お湯をもらって来て身体拭いてくるわ」

「……? え、お風呂入るんだよね? なんでその前に身体を洗うの?」

「知らんのかウルリカ、よそ様の風呂に入る前には身体を綺麗にしておかなきゃいけないんだ」

「……???」

「聞いていた以上に変人なのね」

 

 こらシーナ、そういう言い方は良くないぞ。

 それに、準備する物だって色々あるからな。

 

「では、ここで解散だな。私は先にクランハウスに戻っていよう。湯の準備はしておくぞ」

「ありがてぇ。んじゃまた後で」

 

 さあ、退屈で辛い時間はここまでだ。

 久々のお湯を張った風呂、全力でエンジョイさせてもらうぜ! 

 

 

 

「というわけではい、お風呂借りに来ました」

「早っ! 走って来たんスか!?」

「楽しみすぎて走ってきたわ」

「宿屋で身体流したのになんで走って汗かくんスか……いや別に答えなくて良いスけど……」

 

 アルテミスのクランハウス前ではライナが矢羽を割いていた。もう薄暗いんだから中に入ってればいいのに。

 

「ナスターシャさーん、モングレル先輩来たっスー」

「早いな。こっちに案内してくれないか」

「うっスー」

 

 廊下を歩き突き当たりの方へ行くと、そこに「風呂」の看板が掛かった部屋があった。

 中からは炎がボボボと揺れる音が聞こえている。どうやらナスターシャがここにいるらしい。

 

「中入ると脱衣所で、その奥がお風呂っス。モングレル先輩は綺麗好きなんでそんな心配してないスけど、くれぐれも汚さないように使って欲しいっス」

「わかってるさ。アメニティは一通り持ってきたし抜かりはねえ」

「アメ? まぁそんな感じスかね。じゃあ、あとはナスターシャさんにお任せするっス」

 

 忙しそうに廊下を走っていくライナを眺めてると、なんか和むな。

 前世であんな女子にマネージャーやってもらいたかったわ。運動部入ってなかったけど。

 

「お邪魔しまー……おおー、すげえ湯気」

「ようこそ、モングレル。既に湯を沸かしたから、あとは入るだけだ。……パーティーメンバー以外を入れるつもりはなかったのだがな」

 

 風呂は、俺の予想を良い方に裏切ってくれる出来栄えだった。

 

 まず、ドラム缶風呂のような小さな物ではない。現代の家庭用のバスタブと同じ、足を辛うじて伸ばせる横長の造りだったことに驚かされた。

 そして金属製ではなく、石造り。やべえ。露天風呂みたいでテンション上がる。

 

「……この、湯船の壁に埋め込まれている金属製っぽいこれは……」

「これか。これは私が開発した、魔法使い用の湯沸かし機構……とでも言おうか」

「開発!?」

 

 俺が驚くと、ナスターシャは得意げに口元を歪ませた。

 

「この中に生み出した火魔法の熱を、湯船の水に効率よく伝えるためのものだ。……私の腕前では、これを沸かすだけで魔力は尽きるがね。余裕のない時は焼き石を湯船に放り込んで足してゆく」

「いや……これは凄いな。凄い発明じゃないか」

「……ふ。ケイオス卿でもあるまい。火魔法使いがいなければ扱えない器具など、売り物にはならんさ」

 

 得意げなナスターシャの袖はずぶ濡れだ。沸かす作業中はどうしても濡れてしまうらしい。多分湯船の壁面についた器具でどうにかするせいだろう。

 だが人一人で風呂を沸かせる。それだけですげえ発明だと思う。

 もうお前がケイオス卿やったら良いんじゃないか? 

 

「さて、私の仕事はひとまず終わりだ。あとはゆっくりと楽しむがいい。……モングレル、今日は助かった。礼を言う」

「気にするな、こっちこそ礼を言わせてくれ。ありがとうナスターシャ」

 

 俺は荷物をまさぐり、そこから一本の陶器瓶を取り出した。

 

「……モングレル、それは?」

「これは中で飲むための冷やしたエール」

「……」

「そしてこっちの瓶が、風呂上がりに飲む冷やしたミルクだ」

 

 ナスターシャは笑いを堪えるように静かに口元を抑え、しばらくしてから誤魔化すように苦笑してみせた。

 

「喜んでもらえて何よりだ。風呂の中で溺死するのだけはやめてくれよ」

「もちろん」

 

 そう言って彼女は脱衣所から出て行った。

 残されたのは俺一人。

 

 ……久しぶりの、温かな風呂だ。

 

「……ッ!」

 

 ガッツポーズ。そして超速脱衣。

 そして何度か湯船のお湯で体と頭を流した後……中にドボン。

 

「……ぁあ〜〜〜」

 

 全身が熱に包まれ、これまで深く意識することもなかった肌の細かな傷がヒリヒリする。

 痛いといえば痛い。だがこれこそが、気持ちの良い痛みというやつなのだ。

 

 桶に張ったお湯だけでは拭えなかった何かが湯船に溶けていくこの感覚。

 その反面、顔に感じる冬の寒さ。

 

 全身に感じる何もかもが懐かしく、涙が出そうになる。

 俺は誤魔化すように陶器瓶を煽り、またじじくさい息を吐いた。

 

「あ〜……エールがうっすいなぁ……」

 

 この国に温泉はないらしい。少なくとも、俺の調べた限りでは。

 あるとしたら連合国か、聖王国か……俺のスケールじゃ、遠い果ての果ての話だ。そもそもあるかもわからない。

 

 食は工夫できる。衣類も自分用だけならどうにか誤魔化せる。

 住環境も寝泊まりだけなら苦労することはない。

 

 だが、風呂は。前世で当たり前のように入っていたこれだけは、あまりにも価値や重みが違いすぎた。

 水と燃料の壁のなんと高いことよ。

 

 だが俺は今、どうにかここで湯船に浸かれている。

 

「帰りてえよ……」

 

 普段は絶対に出さないようにしている弱音が漏れるくらい、この時の俺は脆く、熱い湯に溶かされていた。

 

 間違いなく幸せな一時ではあるはずなのにな。

 

 



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乙女たちの夕食

ウルリカ視点


 

「帰りてえよ……」

 

 扉の向こう側から聞こえてきたモングレルさんの呟きに、私は固まってしまった。

 私はただ、体を拭く布を置きにきただけなのに……彼の想いを、聞き取ってしまったのだ。

 

「……」

 

 すぐに脱衣所から出て、扉を閉める。

 罪悪感が湧き上がってくる。

 

 ……モングレルさん、前に狩人酒場で話してくれた時は過去の出来事を気にしてないって、言ってたのに……。

 あれは強がってたんだ。弱ってる姿を私に見せたくなくて、嘘をついて……本当は故郷に帰りたいって思ってるんだ。

 

 それは、そうだよね。誰だってそうだよ。でもモングレルさんの故郷は、もう……。

 

「はぁ……私、またあの人の事情に踏み込んじゃったな」

 

 盗み聞きするつもりなんてなかったのに、知ってしまった。……誰かに言いふらしたりなんてもちろんしないけど、でも私自身は……見て見ぬフリなんてできないよ。

 

「私がモングレルさんのこと、元気付けてあげないと……」

 

 モングレルさんにとっては私なんてまだまだ他人だろうけど……この街にも親しくできる相手がいるんだって、彼に思ってもらえるようになりたいな。

 もっと仲良くなって、色々話したり遊んだりしよう。

 少しでもモングレルさんの寂しさを取り除けるように……。

 

 

 

「遅かったわねウルリカ。……モングレルに変なことされたりしてない? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ。ていうか変なことって……もう、団長ったら」

 

 暖炉の前に戻ると、シーナさんはランプの前でアルテミスの帳簿と睨めっこしていた。真面目だなぁ。

 既にみんなローテーブルについて談笑している。

 フリーダさんが作ってくれた晩御飯、私も食べなくちゃ。

 

「ブリジットさん、どうなるんスかね」

「ん、ライナはやっぱり気になるんだ?」

「そりゃ、なるっス。あの人、王都での仕事大丈夫なんスかねぇ……」

「女性騎士としては花形の仕事よ。それを早々に蹴るようなら、同情する余地は無いと思うけどね」

「まーそうなんスけど。……実際に会って少し話してみると、貴族なのになんか、普通に良い人だったじゃないスか。だから私、ちょっと今回の任務は気が重かったっスよ……」

「わかる。私も途中何度も声かけちゃいそうになったもん。……たまに依頼で来る貴族とは雲泥の差だよねぇー」

 

 実のところ、ブリジットさんのようにギルドマンを志す貴族は他にいないこともない。

 ただほとんどの場合、ブリジットさんとは比べ物にならないほど横柄で、問題のある人が多いのだ。

 

「あれだけ実直な性格なら、王都でも充分やっていけるわよ」

「ほんとっスか、シーナ先輩」

「私がライナに嘘をついたことある?」

「……えー、なんかたまにある気がするんスけど」

「あははは」

 

 しばらくそんな話をしていると、脱衣所の方の扉が開く音がした。

 モングレルさんが出てきたんだ。

 

「あがったみたいね」

「なんか、うちらのクランハウスに他の男の人がいるのって不思議な感じスね」

「わかるわぁ。私の旦那を上げることだってほとんどないのにねぇ」

「……でもシーナ団長は、これから……男の人も、入れていくつもりなんですよね」

「ええ、まあ。少しずつね」

 

 私以外の男の人か。……結構心配になるけど、これからもアルテミスが活躍していくためにはそういう改革も避けては通れないよね。

 男の人、話す分には良いけど同じ屋根の下っていうのは……うーん、怖いなぁ。みんなもそう思ってるだろうけど。

 

 でもそういう時、モングレルさんほど優しくて面白い人だったら全然いいかな……なーんて。

 

「よーっす。湯加減良かったぜ。ありがとうな」

 

 廊下からモングレルさんが顔を出した。

 普段から汚い印象なんて無い人だったけど、お風呂に入ってさらに清潔そうな姿になった……ように思う。たぶん。

 

「楽しんでもらえたならば何よりだ。約束は後一回だが、いつ入るかは……まだ決めなくても良いか」

「ああ、ここぞという時のために取っておいてくれ。そっちの都合の悪い日は避けるようにはするからな」

「律儀だな。ああ、わかった」

「モングレル先輩、良かったらご飯どうっスか。フリーダさんの作ってくれたパンがあるんスけど」

「いや、そこまで貰っちゃうのは悪いよ。そんなに腹減ってないしな」

「そっスか……」

 

 ライナがご飯のお誘いをしたけど、すげなく断られてしまった。

 うーん。やっぱりまだ壁を感じる。警戒……してるんだろうな、私達のこと。ナスターシャさんの勧誘の時もそうだったし。

 

「じゃあまたな」

「ええ、次もまた何かあれば誘わせてちょうだい」

「面倒な任務以外で頼むぞ。お前たちの受ける仕事は心臓に悪い」

 

 そう言ってクランハウスを出て行ってしまった。

 

「……心臓に悪いって何よ」

「あはは。モングレルさんは本当に貴族が苦手なんだね」

「怯えすぎだと思うがね」

「そういう人スから」

 

 貴族が苦手、かぁ。……過去に色々あったせいで、大変なんだろうな。

 

 ハルペリア軍に徴発されて、サングレール人に村を滅ぼされて……苦手にもなるよ、そんなの。

 でも、だとしたらシーナさんやナスターシャさんのことも苦手なのかな。……二人の事を知ったら、アルテミスとも距離を取っちゃうのかな。

 そうなったら嫌だな。私だってちょっと寂しいし、何よりライナが可哀想だ。

 どうにかもう少し、親密な関係を築けたら良いんだけど。

 

「そういえばシーナ先輩、冬の昇格試験で新人の人を拾うかもって言ってたやつ、あれどうするんスか」

「ああ、昇格試験ね。一応見るだけ見るわよ。今年はアイアンクラスが多かったから、把握できてない子もいるだろうしね」

 

 あ、そうだ。昇格試験か、それもあったね。

 ここしばらくはライナの訓練とかで忙しかったけど、もうそろそろライナにも後輩と呼べる相手がいてもいいかもしれない。

 アルテミスは近接役が少ないから、できればその方面の新人を雇えたら良いんだけど。こればかりは実際に見てみないとわからないんだよね。

 

「ライナは後輩ができるの楽しみなんだー?」

「いやー、私なんてまだまだっス……弓のスキルだって一つしかないし。ウルリカ先輩みたいな強いスキルを身につけたいっス」

「ふふ。ウルリカのは難しいかもしれないけど、強射(ヘビーショット)くらいならそのうち習得できるわよ。練習と実戦あるのみね」

「っス」

「ライナよりスキル持ってる子が来たりしてねー?」

「いやー……それは厳しいっスね、面目無いっス……」

「あはは」

 

 冬。肌寒く、やり過ごすばかりの季節だけど。

 新しい出会いがあるかもって思うと、結構楽しみだよね。

 

 



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試験官と忌むべき太陽

 

 重ね重ね、冬場は仕事がない。

 ないってのはまぁあくまでギルドマンの話で、普通に屋内作業やってるとこは変わらず忙しいんだけどな。ギルドマンに関しては本当に暇だ。

 

 冬は雪が降ってくると馬車の行き来がほぼ無くなる。すると物流を守る護衛としての仕事がなくなる。そしてバロアの森でもそうだったが、魔物がいない。討伐任務も自然と消滅するわけだ。

 となるとギルドマンに残された仕事は、街中での荷運びやら警備やらになる。その警備もほとんど「レゴール警備部隊」が請け負ってるから、蓄えのないやつは大変だろうな。

 

 とはいえ景気の良い今は期間工の仕事はいくらでもあるから、職にありつけないってことはない。スラムに乱立してたあばら屋が解体されて通りが綺麗になって家が立つレベルだからな。レゴールの人も増えたが、同じくらい人手を求めてもいる。

 

 だからまぁ、やれることは色々あるんだ。

 しかし冬場は仕事をしないっていう怠け者なギルドマンが多いのも、一つの事実である。

 

 何故か? 

 寒くてめんどいからだ。わかりやすいだろ。

 俺もその一人だ。

 

 

 

「モングレルさん。今日アイアンクラスの新人さん達の昇級試験があるのですが」

 

 その日、ギルドの酒場の暖炉前でぬるいミルクを作っていた俺に、ミレーヌさんが声をかけてきた。

 

「ああ、もうそんな時期か。今日の昼?」

「はい。その試験の試験官をやっていただこうかと」

 

 冬場は仕事が無いせいでギルドも暇だ。

 かといって暇なまま俺のように何もしないでいるのはもったいないので、この暇な時期だからこそできる昇級試験なるものを行っている。

 

 さすがに数ヶ月もすれば尻に殻のついたヒヨコから殻も取れる。

 農民上がりのぼさっとした性格も多少は引き締まり、傭兵らしい風格が身につくものだ。ギルドとしてはそんな新人たちをそれぞれ再評価するため、冬季の昇級試験の参加を推奨しているのだ。

 そもそもアイアンクラスなんて受けられない仕事が多過ぎて話にならんからな。新人達からしてみれば待ちに待った時でもあるのだろう。

 

「おお、良いよ。暇だしな。手当はいつも通りかい?」

「ありがとうございます。今回は人数が多いので、100ジェリーほど上乗せさせていただきますよ」

「刻むねぇ。まぁいいけどな。新人の面倒を見るのは先達としての義務だ」

 

 この昇級試験、実は俺も何度か試験官役として関わらせて貰っている。

 腐っても俺もブロンズ3だからな。アイアンのひよっこのオスやメスを判別するくらいのことはできるのだ。

 何より若い連中に顔を売っておく良い機会になる。

 

「おうモングレル、新人いびりでもするのか?」

「生意気な奴らは全員ボコボコにしてやっていいぞー、ガハハ」

「馬鹿野郎、俺はハルペリアで最も優しいギルドマンだぞ。偉そうにふんぞり返ってやるだけだよ」

「謙虚だねぇー」

 

 さて、今年の新入りはどんな感じに育ったかな。

 日頃の話は聞いてるし知ってるが、直に試してみないとわからない部分もある。さてさて。

 

 

 

「ようこそアイアンクラスのひよっ子ども。俺が今回の昇級試験の試験官役のモングレルだ。ブロンズ3の大先輩だぞ。生意気な口きいた奴は俺の一存で減点にしてやるから敬意を払っておけー」

 

 ギルドに併設された、土の敷かれた修練場。

 そこに今年の新入り達がずらりと並び、……並んではいないか。適当にバラバラながら一箇所に固まっていた。

 

 人数は20人。もちろんここにいるだけが全てではない。今回は近接役のための能力試験だし、今日は予定が合わないって奴もいるからな。そんな奴は別の日に試験を受けることになるだろう。

 

 やってきた当初はさんざん騒いでうるさかった新人達も、さすがにこんな日には分をわきまえる程度には育ってきた。

 あとは培ってきた実力を確認するばかりだ。

 

「ここに集まったお前達は近接役としてギルドマンを志望した脳筋どもだ。弓もできねぇ魔法も使えねぇ、けど近づいてぶん殴ることだけはできる力自慢だ。逆に言えばそれだけのことができない奴には厳しいのが近接役だ。今回は俺がお前たちの自慢する力ってやつを評価してやる」

 

 近接役は、剣や槍、盾や鎧、とにかくファンタジーらしい装備を身につけて戦う脳筋だ。

 地味で普通な役割だが、これがいないと後衛の弓使いや魔法使いが危険に晒されてパーティーが崩壊する。何よりなんだかんだ言って、最も魔物の首級を上げやすいのがこの近接役でもある。

 今回の試験では最低限、魔物と戦えるところを示さなければならない。

 ギルドマンになるだけなら自己申告だけでもどうにでもなるが、武器を持ってるだけじゃないってところを今日は見せてもらわないとな。

 

「ほーらゴブリンだと思って打ち込めー」

「やぁあッ!」

 

 試験内容は簡単。

 各々が得意とする得物を装備し、得意な方法で攻めかかるというもの。

 それを俺が受けて、評価する。実にシンプルだ。

 お互いに木剣だし危険はない。俺は練習用の鎧も着込むし、カイトシールドで守ってるからな。ただ攻めかかる時にあまりにも隙だらけだと、こっちから剣で反撃したりはする。当然反撃に当たれば減点だ。すぐ死ぬ近接役はいただけない。

 

「はい次、槍か。いいぞ、かかってこい」

「おう!」

 

 とはいえ、冬まで真面目にやってきた連中はほとんど最低限のラインはクリアしている。

 もともと農家で力仕事をしてきただけに、普通に重い一撃を繰り出せるんだよな。

 ゴブリン駆除くらいならギルドマンになる前から経験者も多い。

 今回昇級できないのはよほどセンスの無い奴くらいだ。まあ、それも毎年必ず一定数はいるんだが……。

 

「くっ、守りが堅い……!」

「良い筋してるじゃねえか。なんか剣術やってたのか?」

「やってた、けど……!」

「ベテランブロンズを舐めるなよ、ほれ」

「うわっ!?」

 

 活きの良い奴はシールドバッシュでコカしてやる。

 これも反撃ではあるが減点対象にはしない。むしろよくやったと褒めたいくらいだ。

 

 ふう。まぁ今回は九割方合格ってとこかな。

 ほとんどがこっちのゴブリンっぽい乱打にも冷静に受けられていたし、攻め手もなかなか良いのを持ってる。

 落ちた奴は多分向いてない。根本的なセンスとか……そういうのが足りてないんじゃねえかなぁ。

 もっと練習に励むか期間工から就職目指した方が良いだろう。残酷な話ではあるが死んでからじゃ遅いし、自分の命だけじゃ済まない仕事も多いしな。

 

「よし、合格者にはもう一段上の対人試験を受けさせてやっても良いぞ。そいつをクリアすればさらに加点しといてやる」

「もう一段上?」

「やるぜ俺は!」

「やるのか!? じゃあ俺も!」

「やるならやらなきゃな」

 

 んでここからは合格者向けの追加試験。

 ギルドが国から委託されている適正試験みたいなやつだ。これに合格した奴は国から技能の加点が認められている。

 

「モーニングスター。……材質は木製だし棘も丸いが、サングレール軍で採用されている長柄の最強武器だ」

 

 俺がその長槍にも似た長大な武器を見せてやると、若いギルドマンたちは思わず息を呑んだ。

 モーニングスター。それはサングレール聖王国軍の主兵装であり、何万人ものハルペリア人を虐殺してきた……この国における恐怖の象徴だ。

 

 前世ではモーニングスターといえばメイスのような棍棒サイズの、丸い鉄球に棘がたくさんついた世紀末な武器だった。

 だがこの世界におけるモーニングスターはとにかく長く、棘の長さも不揃いだ。この武器を掲げた軍人達が迫ってくる様子は、控えめに言って滅茶苦茶怖い。

 身体強化した男がモーニングスターを振るえば、どんな鎧を着込んでいようと無駄というものだ。

 

 鉄球に当たればおしまい。ならばどうするか。

 

「お前達はこのモーニングスターを掻い潜って懐に入り込んで一撃を決めるか、鉄球部分に当たらずモーニングスターの柄を木剣で切るか。どっちかができれば合格ってことにしといてやる」

 

 あまり慣れない武器だが、力任せに振り回す。

 端を握って大きく振り切ったり。時に中央を握って振りを早く、接近戦にも対応するように。

 ぶんぶんと風を切る俺の素振りを見て、若者達が少し怖気付いた。

 

「ただし今回はさっきの打ち合いみたいにわざとノロノロとは動いてやらんぞ。あれはゴブリンとかホブゴブリン程度のスピードだからな。今回はサングレールの軍人を意識した、普通の速さでやってやる。それでも怖くない奴だけ参加するんだな」

「……やる!」

 

 シールドバッシュでコカされた若者が、一番に声を上げた。

 良いガッツだ。本音を言えばそれだけで加点してやりたいんだが、国からの指示なんでな。ご褒美はクリアできたらだ。

 

「私もやるわ! そんな武器怖くないし!」

「さっきの試験はぬるいと思ってたんだ。面白いじゃんかよ」

「俺も俺も!」

 

 まぁしかし、好き好んで近接役をやるだけあって、流石にみんな戦意は充分だな。誰も萎縮しないとは。

 ……国としてはこうやって早くからサングレール軍との戦いに慣れさせたいんだろうなぁ。そう思うと世知辛いシステムだが。

 

「んじゃ、追加試験開始だ! 怪我には気を付けろよ!」

 

 こうして始まったモーニングスターの試験では、およそ一割の奴が合格した。

 クリアした奴は喜んで良いぞ。できなかった奴も悔しさをバネに頑張ってくれ。

 

 あと負けたからって俺をサングレール人のように恨むのはやめてくれ。俺はハルペリア人だから。役に入り込みすぎるなよ。

 一応、終わった後でそれだけはしっかり釘刺しておいた。

 変なことで差別意識出されても困るからな。

 

 



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ギルドで作るハニータフィー

 

 アイアンクラスの連中が昇級すると、いわゆるそれが“最低ライン”として考えられているせいなのか知らんが、勧誘のようなものが活発になる。

 というよりは引き抜きと言ったほうが良いのかな。今いるパーティーをやめてうちに来ないか? みたいなやつだ。

 

 ある程度長く勤めて、実力もまあ自分の身を守れる程度にはある。そう判断されたひよっこたちは、ここで再びそれぞれの道を歩み始める。そんなパターンも結構多いのだ。

 

 なにせギルドマンになり始めた頃は、故郷を出た自分たちだけでパーティーを組むしか無い。

 何の後ろ盾もない何をするかわからない学のないガキを丁重に守ってくれる親切な大人などここにはいないのだ。親切にしてくれる大人がいるとすれば、そいつはただの人攫いだろう。

 

「よし、ロラン。今日からお前も俺ら“収穫の剣”の一員だ。他と比べたら少々ゆるいとこだが、こんなんでも実力は本物って謳い文句でやってるんだ。パーティー名の恥にならないよう、最初は厳しく指導していくからな。覚悟しろよ!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 この時期、若者に人気のパーティーといえば間違いなく「収穫の剣」だ。

 以前不慮の遭遇とはいえ討伐したハーベストマンティスの噂は英雄譚として語られているし、時々酒場で吟遊詩人が歌ってもいるのだという。地元民の武勇伝は人気出るからな。まだしばらく「大蟷螂討伐英雄譚」は語り継がれることだろう。

 そんな話題性もあって、収穫の剣への参入を希望する新入りは多かった。元々人数が多くてもやっていけるノリで運営してるとこだからこういう時もなかなか強い。

 レゴールでは複数の大手パーティーが良い感じに拮抗していたと思ってたんだが、ここに来て突出してきた感があるよな。

 

「……俺たちどうしようか」

「大丈夫。俺たちだって昇級はしたんだ。きっと煙たがられてるわけじゃない。……同じようにはぐれたやつを見つけて組んでみたら良いんじゃないか。そうすれば人数は足りるだろうし……」

「だな……まだ冬だし、ゆっくり相手を選んでも大丈夫だろうけど……」

 

 で、ちょっとかわいそうなのはメンバーを引き抜かれた残りのパーティーだ。

 故郷を飛び出してから少人数でやってきたは良いものの、仲間の中で一番優秀な奴を引っこ抜かれたのでは大変だ。今まで当たり前に出来ていたことができなくなる。

 そんな奴らは似た者同士を見つけて新たな共同体を作るのが通例だ。

 ちなみにこの段階でおおよその厨二ネームのパーティーが消滅し、高校生に上がったくらいのノリで落ち着いた名前に変わったりする。人の成長ってのは早いもんだぜ……。

 

「……あの、モングレル先輩」

「ん? どうしたライナ」

 

 俺がギルドの暖炉側の壁に寄りかかって温まっていると、ライナが声をかけてきた。

 アルテミスは今日弓使いの新入りたちを見てやってたんだったかな。

 

「なにやってるんスか」

「なにって、ギルドで生まれる出会いと別れをじっと見守ってんだよ」

「……すげー怪しいっスね……」

「俺にとっちゃ生の映画を見ているようなもんだよ……」

「エイガってなんスか……別に知りたくはないスけど……いやそうじゃなくて」

 

 ライナは暖炉を指さした。

 正確には、その直ぐ側でぐつぐつ煮立っている小鍋をだが。

 

「アレ、モングレル先輩のスよね。なんなんスかアレ」

「ああ……あれは俺特製の蜂蜜だよ」

「え、蜂蜜を火にかけてるんスか? ギルドで?」

「エレナに聞いてみたら“常識的な範囲でなら別に良いですよ”って許可出してくれてな」

「……エレナさん受付からすっごい訝しんでそうな目でモングレル先輩のこと見てるんスけど」

「ハーブと何種類かの香辛料、あとは柑橘類の汁を絞った特製の蜂蜜でな。……そろそろ良い頃だろう」

 

 ギルドの壁の花になるのもいいが、料理を焦がすわけにはいかない。

 俺は大きめのボウルを手に取って、ギルドの入り口へと歩いてゆく。

 

「ちょ、ちょっとモングレル先輩。火! 小鍋どうするんスか!」

「大丈夫、必要な材料をちょっと取ってくるだけだから」

「いやでもこれ既にグツグツいってるし……!」

 

 ライナの慌てる声を聞きつつ、外へ。おお寒い寒い。

 

 そしてすぐに再び中へ戻ってきた。

 

「持ってきたわ」

「えっ早……ってなんスかそれ、雪スか」

「ぎゅうぎゅうに固めた雪だぜ」

 

 ボウルにはすりきり一杯に押し込んだ新雪が詰まっている。

 まだ誰も踏んでない雪から拝借した、まぁ何か混じってても雪の結晶を作る時のチリくらいの、この世界でいえば相当に清潔な水分である。

 

「この雪のボウルの上にだな、こうして沸騰してドロドロになった蜂蜜を……こう、短い線を描くように垂らす」

「おー……え、これなんか作ってるんスか」

「まあ見とけ。こうやって何本も線を描くように蜂蜜を垂らして……こんなもんか。そうしたら蜂蜜の端っこにこの適当な棒を当てて……」

 

 雪の上に垂れた蜂蜜の端から、蜂蜜を巻き取るようにくるくると棒を回転させる。

 すると……雪が若干サンドされた、蜂蜜味の飴ができるってわけだ。

 

 名付けてハニータフィーってとこかな。本当はメープルシロップで作るカナダのお菓子なんだが、サトウカエデがどこにあるかわからんので蜂蜜で代用ってことで。

 

「おーっ」

「ほれ、蜂蜜飴だぞ。舐めてみ」

「え、いいんスか!」

「大丈夫大丈夫。数はあるからな」

「やったぁ」

 

 養蜂場も新しく取り入れた養蜂箱で産出量増えたらしいからヘーキヘーキ。

 まぁどこぞの誰かさんが開発した経口補水液の効力が高いことがわかったせいで甘味が色々と値上がりはしているが、せっかくの貴重な食の娯楽なんだ。金をかけるだけの価値はある。

 

「えっと、じゃあ、いただいて……はむっ。……んーっ!」

 

 蜂蜜飴を口にしたライナが幸せそうに唸っている。そうじゃろ、美味しいじゃろ。喉に良いんじゃよこの飴は。

 さて、俺も一口……んー、まぁ蜂蜜飴だな。もっと蜂蜜感は薄い方が好みではあるが……まぁスパイスも効いてるし良いか。

 

「なんだなんだ、またモングレルがへんなもん作ってるのか」

「バルガー、変なもんは食わなくていいんだぞ」

「悪かったよ。……なぁ、俺にも一つくれないか?」

「……しょうがねーな、そっちの新入り君の入団を記念して、ほれ。一本くれてやる」

「おう、すまねえな。……んー、甘い! 俺にはちょっと甘すぎるかな」

「やっぱそうか」

「モングレル先輩、このくるくる巻き取るの私やってみて良いスか」

「おう、良いぞ良いぞ。端から押し付けるようにな」

「っス」

 

 口の中で雪がしゃりっとするのも結構悪くないんだよなこれ。

 寒い日に暖房かけながらアイスを食う悦びにも似た何かがあるっていうか。

 

「ちょっと皆さん! 暖炉の前で何をやってるんですか!」

「おう、エレナ」

「おうじゃないですよ。さっきから蜂蜜の匂いぷんぷんさせて!」

 

 みんなでわいわいやってると、むすっと膨れた顔のエレナがこちらまでやってきていた。

 

「常識の範囲内って言ったのにもう……!」

「はい、どうぞ」

 

 建前と本音がどっちも完全に見え透いていたので、やり取りがめんどくさくなった俺は棒にまとめたハニータフィーを三本差し出してやった。

 コレが欲しかったんだろう?

 

「……わかればいいんです!」

 

 別に何を説得したわけでもなかったが、エレナは三本のおやつを手に取るとずかずかと受付へ戻っていった。

 これもうほとんど賄賂なんじゃねえの? って思わないでもないが、こうした狭い社会で物事を円滑に進めるのは大事だからな……。

 

「あ、受付の皆さん喜んでるっスね」

 

 蜂蜜飴は受付嬢の皆さんにも好評のようだ。やっぱ女はコレ(甘味)で一発よ。

 

「ああそうだ。すいませーん、ミルクくださーい」

「ミルク……なるほど! そういうことっスか先輩! すんません私も!」

「わかるかライナ。この味にはミルクだよな」

「犯罪的っスね」

 

 それから俺たちは何度かボウルの雪を補充したり、蜂蜜飴をくるくる巻いて量産したりしつつ、ミルクと一緒に冬の甘味を味わうのだった。

 途中で他のパーティーの男連中にも集られたけど、まぁ大した量じゃないので勘弁しておいてやろう。

 今日は移籍記念日ってことで。

 



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最強の矛もついてる盾

 

 冬場に任務はない。

 だが、完全にないというわけでもない。

 

 というのも、やっぱり事件っていうのは起こるので、季節外れのクッソ寒い外になんでか知らんけど賊が湧いたりとかするんだこれが。

 普通この気温だと長く居たら死ぬべ。耐寒装備なんてマトモなもの無いのにな。けどほんと、無いことは無い。

 

 そんな時々あるような極小数の任務に対応するため、ギルドマンたちは冬の雪深い日にもギルドに足を運んでいる。

 

 というか、暇なんだよな単純に。

 クランハウスや宿でじっとしているのもありだけど、話し相手が代わり映えしないと退屈なんだ。

 それに何より自前の薪代がかかる。そういう出費を払うくらいならギルドに詰めといて他所様の薪で温まった方がお得というのも、まあ共感できる考え方だろう。

 

 実際、ギルドは石造りの部分が多い割に造りは重厚で保温性が高いしな。

 

「虫型は厳しいよなぁ……斬ったと思っても弾かれてたり、ズラされてたりする」

「突きですらたまに流されるしな」

「ああ、毛皮持ち相手の方が断然マシだ」

 

 で、ギルドマンが集まって何を話すかというと……意外と、真面目に仕事の話をしたりもする。

 そりゃ酒が入れば調子に乗ってクソみたいな猥談をすることも多い連中だが、暇に飽かしてギルドのテーブルに自分の装備を並べ、油を塗り込むなり整備していれば……自然とそんな話の流れになるものなのだ。

 

「まー俺らも虫系専門じゃねえしよ。虫系魔物の狩り方なんざ覚えても大して役には立たないんだろうが……」

「覚えておいて損はねえからな」

 

 そんな話をしているのは、今最も人気のパーティー「収穫の剣」の面々だ。

 ハーベストマンティスによる被害を出してからも、彼らは虫系魔物に対する警戒心が一段と増しているらしい。

 実際、刀剣類で虫系に挑むのは結構リスキーだ。相手の甲殻は変にブヨブヨと動く鎧みたいなもんだから、うまく斬れないのだという。その点、サングレール軍のモーニングスターは効果覿面ではあるのだが。

 

「なあ、そっちの大地の盾の人らはよー。虫系に遭遇したらどう戦ってるんだ?」

「ん? 僕たちですか。それはまぁ、虫相手なら突くなり叩くなりが一番ですが……柔らかい部位があれば斬るのも悪くないと思いますよ」

「あーやっぱそうなるのかー」

「バイザーフジェールなんかは柔らかい部位が多いので戦いやすいですけどね」

「見たこともねーや」

 

 こういう話になると頼れるのは実戦経験豊富な「大地の盾」だ。

 元軍人ともなれば虫型と戦った経験も多いのだろう。アレックスも結構的確なアドバイスを返している。

 

「国境近くまで行かないとなかなか虫系とは遭遇しないですからねぇ……」

「そうなんだよ。たまーに不意打ちで遭遇するんだけどな、戦闘経験が無いから全く動きが読めねえの」

「俺のとこのパーティーもそうだぜ。たった1匹のゴブリンみてえな虫系魔物相手に五人で囲んで二分もかけちまった」

「感情が読めないんですよね、虫は」

 

 ハルペリア王国は虫系魔物が少ない。虫が多いのはほとんどサングレール聖王国になるだろう。

 代わりに獣や人型の魔物が多くて大変ではあるのだが……そいつらは刀剣類が通用するので相性は良かったりする。

 

「よく見かけるようなパイクホッパーでも、盾も上手いこと構えてやらんと大怪我するしな……」

「春にまた出てくるな。雪解けが待ち遠しいような、うんざりするような」

「金になんねぇんだよな……」

 

 パイクホッパーは犬サイズのバッタだ。

 尖った頭を使った突進攻撃が厄介な魔物で、不意打ちを喰らうと大怪我をする。

 しかし来るとわかっていればどうにか盾で防げるし、正面方向への飛び跳ね以外は鈍い動きしかできない相手だ。瞬発力こそ危なっかしいものがあるが、初心者向きの魔物と言えるだろう。こいつだけはハルペリアでも結構現れる。

 

「なぁ、そっちのアルテミスはどうなんだよ。虫相手に弓は通用すんのか?」

 

 収穫の剣の問いかけに、一つの丸テーブルでひっそりと矢の点検をしていたアルテミスの面々が顔を上げた。

 彼女達がこうしてギルドに長々と居るのも、この季節ならではかもしれない。

 

「普通の射撃では難しいわ。スキルを使えば甲殻を無視して効くけれど、当たりどころがよほど良くないと怯まないから厄介な相手ね。だから私達は虫系相手には毒矢を使う」

「毒かー、まあそうなるよなー」

「その毒もすぐには効かないわ。基本は相手にせず逃げるか、魔法と近接役に任せてる。近接役は盾必須ね」

「なるほど……」

「いいなぁ、うちにも魔法使いが欲しいぜ」

「ナスターシャさんが欲しいぜ」

「アルテミスの子なら誰でも歓迎だぜ」

「引き抜きはお断りよ」

「私達は誰も移籍なんて考えてないっス」

 

 ギルドにアルテミスがいると、猥談も……まぁ、ほとんどの場合そこまで盛り上がらない。

 アルテミス相手に下品な振る舞いをして調子に乗りすぎると痛い目にあうことが知れ渡っているからだ。まぁそれでもちょっかいかける奴が居なくなることはないんだけどな。

 

「やっぱ剣持ちは盾しかないかー」

「カイトシールドになるよなぁ。バルガーさんはよくあんな小盾で戦えるよ。手首やっちまわないんかね」

「頑丈な盾になると重さもバカにできねえんだよな。持ち歩きたくねーが……いざという時を考えるとちょっとな」

「剣一本だけ持って森に潜るわけにもいかねえしなぁ。……まぁ、あそこに盾も仲間も持たずに森に潜る変人がいるんだが」

 

 おい、こっち指さすんじゃない。それ失礼だぞ。

 

「なんだよお前ら。俺に何か文句でもあるのか」

「……おい新入り、よく見ておけ。ああいう奴のスタイルを真似たら駄目だからな。ああいうタイプは簡単にコロッと死んじまうんだ。覚えとけ」

「はい!」

「俺をダシにして新人教育するんじゃないよ。いや俺のスタイルを真似ない方が良いのは極めて正論ではあるが」

 

 俺の真似して新人に命を落とされたらショックで一日くらい寝込むかもしれん。

 

「というかお前らな、勘違いしてるかもしれないがこの俺だってちゃんと盾くらい持ってるんだぜ?」

「嘘だろ? モングレルの盾なんて見たことねーぞ」

「その前にマシな防具つけろ」

「いい加減に剣買い換えろよ」

「好き勝手言いやがって……」

「そもそもお前の持ってる盾なんてどうせ変な奴だろ」

「相手にぶん投げて当てたら飛んで戻ってくるとかそんなんだろどうせ」

「ガハハハハ」

「こ、こいつら……」

 

 俺の装備を馬鹿にしやがって……! 

 

「ああいいぜ、わかった。じゃあ今から宿屋に行って盾を持ってきてやるよ。見せてやるよ、俺の秘蔵の盾をな……!」

「秘蔵せずに普段から使えば良いじゃないですか……」

「そういえば私、前にモングレル先輩に盾を見せてやるって言われてたっスね」

「はは、今のうちに喚いてやがれ。見てから欲しくなっても絶対に売ってやらねえからな」

 

 ギルドの重い扉を開け、外に出る。

 うえー、寒い寒い! 

 

「おいさっさと閉めろ! 冷気が入ってくるだろ!」

「うっせー馬鹿! ちょっと待ってろよ!」

「本当に取りに行ったよあいつ」

 

 寒い中、宿屋までひとっ走り。

 途中、なんでこんな寒い思いをしてまで……と考えない事もなかったが、これは意地だ。ギルドマンとしての面子に関わる問題だ。

 見てろよ野蛮な異世界人共め。実用性を重視した現代人のチョイスを見せてやるからな。

 

 

 

「はぁ、はぁ……くっそ寒い……」

「あ、モングレル先輩戻ってきたっス……って、なんスかそのデカい荷物……」

 

 雪に積もられながらギルドの扉を開けると、テーブルのいくつかが何故かエールを準備して待っていた。

 こいつら完全に俺の装備を肴に飲む気でいやがる。許せん。

 

「……なんだそれ……盾……?」

「布で包まれてはいるが、明らかに盾のシルエットではないだろ……」

「あー暖かい……ふふ、見て驚け。こいつはな……ちょっと組み立てるから待ってろよ」

「組み立てってなんだよ」

 

 でかい包みを解き、盾を露出させる。

 

「……え、なんスかこれ」

「こいつはな、ランタンシールドっていうんだ」

 

 ランタンシールド。

 それは腕を覆う籠手にデカい丸盾が付属した、非常に画期的な防具である。

 

 籠手からはショートソードくらいの剣をニュッと出す事もできるし、複数箇所に攻撃用の刃を装着可能。攻防一体というやつだ。

 盾の中心にも棘を備え付けることができるので、シールドバッシュがそのまま致命的な攻撃にもなってくれる。

 

「そしてこの盾の真ん中の部分が蓋になっていて……ここに火種を入れておける! 中で光る!」

 

 蓋をキィキィ開けてみるが、みんなの反応は薄い。

 あれ、おかしいな。

 

「……この内側が鏡面になってて、光を相手の顔に当てて目潰しにも……」

「ならんだろ……この程度」

「いや、夜ならどうにか……」

「夜にこんな明るくなる装備つけてたら良い的ですね……」

 

 いや、でもそこはほら……ランタンシールドだし……。

 

「盾にしては重すぎるだろう。このたくさんある棘にしても、刺さった後抜けないと困るだろうな……」

「森の中じゃあらゆる場所にひっかけちまいそうだ」

「籠手と盾の接合部にも不安が……」

「整備が面倒臭すぎるだろ。盾の中を毎回ピカピカに磨かなきゃならんのか?」

「ランタンと盾と剣を別々に装備すればいいだけなのでは……?」

 

 おま、おまそれは禁句だろ! 言っちゃ駄目なこと言ったろそれは! 

 

「全てがこう……一つの装備に調和してるのが良いんだろが!」

「っスっス」

「調和というよりゴテゴテしてる感じですけど……」

「やっぱり変人ね」

「ガハハ、また変な買い物したなぁ!」

「モングレル、他に何か面白いもん持ってきてくれよ。酒が進むわ」

 

 な、なんだこの不評は。どいつもこいつも俺のランタンシールドをdisりやがって……! 

 こいつが黒靄市場でいくらしたと思ってやがる……! 

 

「……ミレーヌさん! みんなが俺をいじめる!」

「……」

 

 ミレーヌさんはただ静かに営業スマイルを浮かべていた……。

 

 



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幻のフランスパン

 

「どっせい」

 

 雪を角型スコップでガッと掬い上げ、邪魔にならない路肩に投げ落とす。

 今はちょっとした雪かき中だ。

 

 ここレゴールでは日本の雪国ほど積もるわけではないし、正直そこまで神経質にならずとも良いのだが、俺の暮らす宿屋の周囲くらいはやっておきたい。

 宿屋に男手が足りてないから大変そうだしな。まあ単純に好感度を稼いでると言っても良いんだが。

 

「ああ、いつも悪いねえモングレルさん。そんなもんで大丈夫だよぉ」

「いやいや気にしないでくださいよ。俺はギルドマンだし、力は有り余ってますから。じゃあひとまず、こんくらいにしときましょうかね。また降ったらキリがない」

 

 俺の宿泊する宿屋を切り盛りしている女将さんは、6年前に病気で旦那さんを亡くして以来、ほとんど全ての仕事を一人でこなしている。

 子供は15歳くらいの娘さんと、10歳くらいの次女、そしてこの前カニを茹でられてギャン泣きしてた6歳の息子がいる。長女の方はなかなか真面目に母の手伝いをやっているが、ほとんどの時間を妹や弟の世話に取られている感じだ。

 

 旦那さんが亡くなってからは、仕事の幅も狭くなったらしい。

 オールマイティーに働いていた旦那さんがいなくなって、料理のレシピの幾つかが失伝し、力仕事も難しくなったので宿本来のサービスも落ちてしまった。

 そのせいで評判もちょっと落ちていたのだが、その閑散とした雰囲気が当時レゴールで宿を探していた俺にとっては都合が良かった。

 一室を6年借り続けて今に至る。……この宿に来る前にも宿暮らしをしてたんだが、それまでは長期間借りられなくて大変だったんだよな。

 

 長期間宿で暮らしたい俺と、サービスはあまりできないけどとにかく客が欲しい女将さん。双方の利害が一致して今の関係に至っている。

 

 ……つーか俺もレゴールに来て結構経つな。

 この「スコルの宿」で6年だろ、その前にレゴールの宿を二、三転々としてたのが2年くらい……レゴールに来てもう8年かよ。はえーなオイ。

 半分くらい忘れかけてたけど21歳の時にここを拠点に決めたわけだ。……俺も29歳か。やべーな、そろそろ胃袋が脂物を受け付けなくなってくるかもしれん。赤身肉と魚料理が好きになる化け物に変身しちまうよ……。

 

「モングレルさんも早いとこ良い女を見つけなさいよぉ。あなた歳の割に若々しいんだから」

「ははは……」

 

 おばさんはどんな世界でも未婚に厳しい。

 

「うちのジュリアなんかどう? ちょっとうるさいとこあるけど……」

「おかーさん! そういう勝手な話やめてくれる!?」

 

 おばさんパワーを際限なく上昇させようとしてたところ、宿の中から長女のジュリアの声が響き渡った。

 そう。こういう話はほとんどの場合当人たちにとってはありがた迷惑なのだ。

 

 ちなみにこのジュリアの反応、ツンデレでもなんでもない。

 彼女は近頃同じくらいの歳の男の子と仲良くしているので、普通に迷惑だから怒鳴っただけである。

 おじさんは決して勘違いしてはいけない。特に若い子相手には。

 

「じゃあ俺は部屋に戻るんで……」

「ああそうだ、モングレルさんあれ持っていって! どこだったかしら……ええとね」

 

 女将さんはドタドタと宿の厨房に入っていった。

 長女とギャーギャーなにか言ってる声がする。仲が悪いわけではないんだが、騒がしい。まぁいつものことだ。

 しばらくすると、女将さんが一つの陶器の壺を持ってきてくれた。

 

「はい、前に言ってたでしょ? 白い小麦粉! この前親戚から特別にってもらっちゃったのよー。でもうちそんなパン作ったりなんてしないから持て余しちゃってー」

「え、まじっすか」

 

 白い小麦だと。それはシンプルに滅茶苦茶嬉しいぞ。

 なんかどうでもいい野菜の塩漬けだったら心を無にしてお礼を言ってたところだったぜ。

 

「少しだけど使ってちょうだい! モングレルさんまた変な発明? とかやってるんでしょ! そういうのに使っていいからね!」

「ははは……あ、ありがとうございます」

「前みたいな固いやつじゃなくて、もうちょっと美味しいのお願いね!」

 

 女将さんは俺の背中をバンバン叩き、宿の奥へと戻っていった。

 

 ……よし。まあいいや。

 何はともあれ、真っ白な小麦粉ゲットだぜ。

 

 

 

「さて。ついにこの時が来てしまったか」

 

 宿の自室にて材料を並べ、腕を組む。

 

 パン。それはこの国でもメジャーな食品だ。

 しかしこの国のパンというのは真っ白な小麦は使わないし、どことなく変な臭いがするし、固いし、喉が渇くし……と現代人からすると色々と合わない部分の多いパンなのだ。

 まあ正直、個人的には良いんだ。味が合わなくても栄養価は良いしな。真っ白なやつよりも体に良い成分も多い。健康食と思いながら食えば、普通に……。

 

 というやせ我慢を見て見ぬふりし続けるのが辛いので、今日は俺がパンを作ることにしました。

 

 今日作るものはフランスパン。

 小麦粉、水、塩、イースト菌で作れる超お手軽(お手軽とは言ってない)パンだ。

 何が良いって、卵や砂糖を使わないのがとにかく良い。この世界でのお高い素材がなくても作れるのは結構なプラスポイントだ。

 

 暖炉の側で加熱する都合上、フランスパンらしい細長さを持つバゲットは難しい。なので今回は長さ40~50cmのバタールでいってみようと思う。

 

 材料こそシンプルな今回のフランスパンではあるが、その製造過程は結構待ちが多い。

 粉をよく水に馴染ませたりだとか、発酵させたりの手間が長いのだ。しかしそうした手間をかけた分、仕上がるフランスパンはかなり美味しくなってくれる。まぁほとんど趣味のパンだな。個人でやるもんじゃない。

 

 今の時期、発酵は暖炉のある室内で。生地を保管するときも雪で冷蔵できるので色々と融通がきくのがありがたい。料理でチャレンジ精神を発揮するならベストな時期と言えるだろう。

 だがパン作りには色々と難点もあり、異世界では立ちはだかる壁が幾つかある。

 

 それが密封。パンを発酵させる時に生地をボウルに入れてラップをかけるのだが、当然ながらこの世界にラップはない。皮を被せて板を乗せて重石追加してってやっても良いのだが、今回はもっとスマートなやり方がある。

 

「ふふふ……この蜜蝋ラップがあれば完璧よ……」

 

 蜜蝋ラップ。それは簡単に言えば、布切れに蜂の巣から採れる蜜蝋を染み込ませた代物だ。

 通常時だと固まっているが、手の温度で蜜蝋が柔らかくなりじんわり曲がってくれるようになる。

 こうして柔らかい状態の蜜蝋ラップをボウルに被せ、端を容器に沿って折り曲げていけばあら不思議。容器を綺麗にラッピングできるわけですよ。

 ケイオス卿として発明品にしても良いのだが、蜂蜜の産出量が上がっても蜜蝋の値段があまり落ちてくれないので現状は出し渋っている状態のアイデア商品だ。

 蜜蝋はまだまだ色々使うからもっと出回ってくれ……金持ちはすぐロウソクにしたがるから困る。夜はさっさと寝てくれよ。

 

「あとは、ようやくこいつの出番か」

 

 で、蜜蝋ラップの仕事は他にもある。

 それがこのラップされた陶器の容れ物だ。

 

 果物を砂糖や小麦粉などと一緒につけ込んで作る、パンを膨らませるために必須のアイテムの一つ……酵母だ。

 当たり前の話だがこの世界にドライイーストなんてものはない。果物を使って一から天然酵母を作るのが普通だ。

 そして天然酵母は他人に売り渡すような代物じゃないのでどこにいっても売っていない。だから、自分で作る必要があったんですね。

 いやー定期的に小麦を追加して振ったりしなきゃいけないから結構面倒なんだけどな。蜜蝋ラップのおかげでわりと楽に作業できた気がするわ。容器がガラスじゃないせいで混ぜた後にちょくちょく開けて中の様子を見なきゃいけないからね。そういう時にラップあると便利。

 

 うむ。用意するものはそんな感じだ。

 後はじっくりパンを作っていくばかり。

 

 ……フランスパンにバターを乗せて食うのも良し。アヒージョに浸して食うも良し。

 夢が広がるぜ……。

 

「さて、天然酵母の発酵具合は……」

 

 俺はウキウキで天然酵母の入った容器のラップを剥がした。

 

「……うん」

 

 そこにはカビだらけの天然酵母だったものがあった。

 

 天然酵母作り、大失敗である。

 

「……よーし、フランスパンは中止! フォカッチャ作るぞフォカッチャ! 切り替えてこう!」

 

 その日、俺は特に好きなわけでもない無発酵パンのフォカッチャを作り、もさもさと食べて不貞寝した。

 

 翌日女将さんにフォカッチャをおすそ分けしたら、“ふーん、まあ美味しいわね”くらいの反応を頂いた。

 気持ちは、わからないでもない。俺も別にフォカッチャ嫌いではないんだけどね……。

 



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猥談と漢の中の漢

 

 つい先日、空き巣が出た。と言っても、現場は俺の宿ではないが。

 人通りの少ない雪の夜に穀物店の倉庫を狙った、まぁありがちな犯行だ。

 

 しかし犯人も手が悴んでいたのか盗みに不慣れだったのか、物音をさせてしまったせいで犯行が発覚。すぐさま逃げようにも夜とはいえ人影を浮かび上がらせる明るい雪の上で、くっきりと足跡を残しながらの逃亡だ。

 

 結局犯人は明け方まで逃げ切ることもできず袋小路で御用となり、朝から俺達ギルドマンの話題になってくれたのだった。

 

 

 

「ったくよ~、それでソイツの動機がアレだぜ~? 色街で女買いすぎたせいだっつゥんだぜ~? 金がねぇくせに通うなんて相当な馬鹿だよなぁ~」

 

 今日、ギルド内の酒場では少々パーティーの比率が偏っていた。

 大手パーティーの「大地の盾」と「アルテミス」のメンバーがほぼごっそり抜けて、「収穫の剣」の面々が15人近く集まっていたのだ。

 ここまでの大所帯となると酒場の中央スペースは彼らに独占され、自然とグダグダとした話題の中心もこいつらに引っ張られることになる。

 普段は統率も薄く団体行動というほどのことをしないパーティーだが、集まる時に集まるとなかなか圧巻だ。

 

「あれ、けどチャックさんも団長と結構そういう店いきますよね?」

「あ~俺は良いんだよ、稼いでるから! 稼いでないくせにそういう店に行く野郎の気が知れねえってことだ!」

「そういうことですか、確かに……」

「金さえ稼げば安いババアしかいないような店でも、高い綺麗なねーちゃんがいるような店でも好きに行きゃいいんだ。無いやつがどうしてそこまで使い込んじまうかね~」

 

 話題の中心はあの赤い短髪の若者、チャックの軽口だ。

 あいつはギルドマンの荒くれ者らしく色々と毒づくし、喧嘩っ早いところがある。世の中の人間のギルドマンに対するイメージを平均化するとなるのがあいつと言ってもいいだろう。そのくらいある意味で模範的なギルドマンだ。

 黒髪黒服の転生主人公が冒険者ギルドに入っていったら真っ先に絡むようなタイプである。

 しかし剣の腕前はシルバー1と普通に強いし、荒っぽい口調で惑わされがちだがよく聞くと普通に正論を言ってる、そういう意味でも模範的なギルドマンだったりする。

 

「そうだ。お前も結構慣れてきた頃だしな。今度俺が良い店紹介してやるよ~。程よい値段で結構良いとこあんだぜ~!」

「ははは……」

 

 しかしそういうギャップ効果もありそうなものだが、何故かモテない。それはやっぱり、普段の軽さ故なんだろうな。

 

「まーたあの人達色街の話してるっス」

「男の人は皆そうなんだよライナ」

「ぁあん!?」

 

 こっちのテーブルにはライナとウルリカがいる。向こうとはたいして距離も離れてない。こういう距離で猥談とか始めちゃうから駄目なんだぜチャック……。

 少なくともギルドの受付嬢を狙っているのであればギルドの酒場でしちゃいけない話なんだ……。

 

「あ、モングレルさんそこチェック。いや、チェックメイトかな? 私の勝ちー、えへへ」

「……お前たちボードゲーム強くない?」

「いや多分モングレル先輩が弱いんだと思うんスけど」

 

 この世界で独自に生まれ発展したボードゲーム、ムーンボート。

 黒っぽい木の駒と白っぽい木の駒に別れて戦う盤面を見た感じでは、前世でいうところのバックギャモンに近いかもしれない。だが俺はバックギャモンのルールを知らないし、このゲームが似てるのかどうかも全くわからない。

 ただひとつわかるのは、俺が今のと合わせて3連続でウルリカに負けたということだ。

 

 ライナが強いのはもう仕方ないとして、ウルリカまで強いってのはどういうことだよ。ルール覚えたのついさっきで俺と一緒だっただろ?

 

「畜生~……モングレルめ~……」

 

 いやなんでこのタイミングで俺に恨めしい目を向けるんだ。

 

「なんだよチャック。こっちボロ負け中だぞ」

「なーにが負けだよ! こっち見ろよ男ばっかだぞ! なんだよそっちのテーブルは! 勝ちだろうが!」

 

 いや別にこっちはこっちでお前たちが真ん中居座ってるから身を寄せてるだけであってな……。

 と言い訳したかったが、チャックだけでなく他の男からも似たような恨めしそうな視線を感じたので黙っておいた。

 

 まあわからんでもないよ?

 こっちはライナとウルリカだからな。綺麗っちゃ綺麗だからな。

 けどライナは俺から見たらまだまだ子供だし、一人はそもそも男だし……。

 ……っていうのも口に出しちゃいけないのは俺はわかってる。男の嫉妬は醜ければ醜いほどすぐに爆発するからな……。

 

「畜生~……良いよなぁモングレルは~……ソロだからいざとなれば他のパーティーの助っ人になりやすくてよ~身軽でよ~……こっちは女なんて皆無だぜ~……? なのに半端に人数揃ってるせいで他との交流も気楽にはできねえしよォ~」

「あの、チャックさん。うちの副団長……」

「あれは女って言わねえだろ~! 女ってのはもっとこう、お淑やかでよ~、そんでひたすら男に対して献身的っていうかよぉ~、奉仕とかしてくれるもんだろ~?」

 

 ほーらまたそうやって無駄に女を敵に回すようなことを言うー! 本当にそういうとこだぞお前!

 

「――いや、違う。それは違うぞ……チャック」

 

 その時、野太く低い男の声が響き、ギルドがわずかに静まり返った。

 

 声の主は今まで岩のように沈黙を守ってきた大男……「収穫の剣」団長、ゴールド2のディックバルトだ。

 

「――女は決して、献身や奉仕するだけの存在ではない――」

「……まあ、団長の言い分もそりゃ……わかるけどなァ~……」

 

 黒い短髪。切れ長の目。身の丈は2メートル10を越え、背負ったグレートシミターは小さく見えるほど。

 そして全身から醸し出される圧倒的強者の気配は、普段からお調子者なチャックを萎縮させるほどだ。

 

「……モングレル先輩、モングレル先輩。あの人って……」

「ああ、収穫の剣の団長さんだ。ディックバルトっていう……デタラメみたいに強い人だよ」

「へー……あの人が……」

 

 ディックバルトは団長だが、普段ほとんどギルドに顔を出さない。

 彼は自分の実力に並ぶメンバーを引き連れて、次々に高難易度の討伐任務を受けるせいだ。結構ゆるくやってる「収穫の剣」で最も精力的なグループと言って良いだろう。比較的新入りのライナが顔を合わせる機会が無かったのも無理はない。これもまた冬ならではだな。

 

「がっしりしてて、すっごい真面目な人っスねー……」

「いや……それは……」

「どうかなぁ……」

「え?」

 

 詳しい事情を知ってる俺とウルリカは口ごもる。

 いや、真面目な人なのは確かではあるんだが……。

 

「――むしろ、時に我々男が女に奉仕することもある……時に跪き、時に鳴き、時に舐める……いや、舐めさせていただく、と言うべきか――」

「……あれなんの話っスか」

「ライナ、良いんだ。お前はまだ気にしなくて良いんだ。いい子だからな」

「いやまぁなんとなくわかってはいるんスけど……」

「だが――」

 

 ディックバルトはそれはもう真面目な顔で、腕を組んで、その上で極めて厳格そうな声色で語り続ける。

 

「――俺達男による奉仕や献身は、それなりの格の店にゆかねば実践(プレイ)できないものだ……昨夜捕まった男も、あるいは――……そんな情熱を間違った形で暴走させてしまった、一人の哀れな奉仕者だったのかもしれんな……」

 

 このクソ真面目に下ネタを語る大男、ディックバルト。

 彼がギルドに顔を出さない理由は、日々の時間のほとんどを娼館の利用に費やしているせいもある。

 長期の遠征や討伐任務を受注し、遠征中は宿場町の娼館に泊まる。娼館のハシゴをし続ける。街に戻ったとしてもそのほとんどを娼館で過ごすという、とんでもないエロモンスターなのだ。

 それだけの稼ぎがあるということではあるのだが、そんな莫大な稼ぎが全て色街に溶けていると考えると凄まじい。

 正直、俺の前世でも会ったことのないタイプだ。ここまで突き抜けてると同じ男としては尊敬する。

 

「まあ……わかるような~……?」

「わからないような……?」

「うん、さすが……ディックバルトさんだ……?」

 

 同じような畏敬の念を抱いているからか、「収穫の剣」の面々も頑張ってフォローしてくれる。

 慕われてはいるんだ。ただ、思考回路が常にエロ方面に結びつくから独特すぎるだけで。

 

「なんか……ちょっと気持ち悪い人っスね……」

「ちょ、ちょっとライナ!」

 

 いかんぞライナ。

 いくらディックバルトがレゴールの全娼婦から“要求してくるプレイから滲み出る性癖がキショい”と言われるような男だからって、相手に聞こえる距離で悪口を言ったら失礼だ。

 

「――アルテミスのライナ……と言ったか。その発言はいただけんな――」

「え、あ……すいませ……」

「――君の罵倒は決して無料(タダ)で受け取って良いものではない――……あまりご褒美(プレイ)を安売りしてはいかんぞ?」

「……モングレル先輩、やっぱこの人なんか気持ち悪いっス! 鳥肌が! 鳥肌がぁー!」

「おーよしよし、怖いかライナ、まぁ怖いよな。でもなんかちょっと気持ち悪いだけでいい人だからな、少しずつ慣れていこうな」

「なんか……ごめんなァ~……うちの団長が怖がらせてよ~……」

 

 ディックバルト。彼は決して悪い男ではない。

 ハーベストマンティスとの戦いでも何度も味方を庇いつつ攻撃を凌いだというし、任務に臨む態度もピカイチだ。

 ただちょっと下半身に正直で、発言がキショいだけのかっこいいおじさんなんだ。

 

「……やっぱりキモ」

 

 ウルリカもそういう顔しながらそういうこと言っちゃ駄目なんだぞ。

 でも罵倒を浴びるディックバルトは喜んでるから良いのだろうか……? 俺にもわからない精神性をしているのでなんもわからん。

 

「――それもまた良い……」

 

 いや、大丈夫そうだな。良かった。

 

 ……冬場はまぁ、そういう自分と合わない人と一緒になる時間の多い季節だから……こればかりは慣れていけ、ライナ……。

 



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氷室作りのお手伝い

 

 雪が溶ける前に、ある程度積もったものを集める習慣がレゴールにはある。

 氷室というやつだ。

 

 万年雪が残っているような地方ならともかく、レゴールはそうではない。なので冬場に積もった雪はさっさと集め、地下にある空間に詰め込めるだけ詰め込んでおくのだ。

 

 こうしておくことで暑い季節でも貯蔵したものが溶けず、雪や氷による冷蔵保存が可能となり、さまざまな活用がなされるわけ。

 氷は雪を突き固めたり水を掛けながら固めたりって感じだな。デカい湖でもあれば氷も簡単に採れたんだろうが、少々手間がかかる。

 

 問題は、この氷室に使う雪の収集作業だ。

 雪を集めるといっても、レゴールに積もる雪なんて大したもんじゃない。人通りがあればどうにか道ができて、あとは自然と消える程度のものだ。

 街中の雪は小汚いので、集めるなら休耕中の田畑だとか、放牧地になる。その上澄みを掬って地道に集めるわけだが……当然寒い中でやるので、とんでもなくキツい作業である。重機もないしな。

 

 しかし深く悩む必要はない。そんな時に格安で動員される都合のいい奴らがレゴールにはいる。大抵の厄介な問題は、そいつらが解決してくれるのだ。

 

 それこそが犯罪奴隷。ようは服役中の犯罪者達である。

 

 

 

「今年は良い道具を貸し出されているからなー、その分仕事も楽なはずだー頑張れよー」

 

 休耕地に並ぶ犯罪奴隷達が、せっせと新雪を拾い集めている。掬って集めて、集めたら下がって一箇所に溜めて。新雪を踏まないよう端から慎重に、少しずつ。なんとも大変な重労働だ。気の遣いようは雪かきよりはるかに大きいだろう。

 

「動いとけー、サボると逆に冷えるからなー」

 

 雪集めの現場監督をこなしているのはレゴールの衛兵さんだ。

 やる事は結構退屈なものだが、犯罪奴隷が関わると下手に民間に関わらせるわけにはいかないので仕方ない。

 それでも、人手は常に不足している。

 この作業は犯罪奴隷に限らず、ギルドマンでも請け負うことができるのだ。

 

「ああ、お前はギルドの……おお……それ一気に持っていくのか」

「なーに軽い軽い」

 

 俺は今、犯罪奴隷達からは少し離れた場所で雪の運び出し作業を行なっている。

 雪を遠くから集めるのは言うは易しというやつで、馬車を何往復もさせる超重労働だ。主に馬車に積み込んだり積み下ろしたりするのが特にとんでもなく大変なのだという。

 まぁ俺の場合は馬鹿力があるから、この程度楽勝なんだけどな。

 

「いやー、しかしこの突き固める作業ってのは大変だなぁ。まさか氷にするのがここまで大変だったとは」

「まあ、だからこそ犯罪奴隷達に回される仕事なんだがなぁ。お前さんは自分から依頼を受けてきたんだろう。変わってるね」

「去年もやったんだけどな。まぁ珍しい経験もできるし、一日だけならってとこだ」

 

 氷室を作る仕事っていうのはやろうと思ってもなかなかできないしな。新鮮なうちはまだ楽しいもんだ。

 

「ふーん……なぁ、これってギルドで受けると儲かるのか? そうじゃないんだろう?」

「あー儲からないよ。そもそも冬場に食い扶持に困ったアイアンクラスが受けるような仕事だからさ」

「やっぱそうなのかぁ。あんたは何故?」

「さっきも言っただろ? 珍しい仕事だからやってみたかっただけだよ」

「変わり者だねぇ。けど仕事が進むのは正直助かるよ。俺らも寒い中じっとしてるのはしんどいからな」

 

 突き固めた雪は少々白く濁ってはいるものの、運びやすくなってくれる。

 それを馬車の荷台に待機してる衛兵さんにパスしたり、大きい塊なんかは製材所でも使ったログピックに似た道具を使って持ち上げる。

 俺の力をもってすれば集められる雪山よりも早いペースでの積み込みが可能だ。途中で休耕地で雪集めに加勢できる程度には余裕があるぜ。

 

「……あんた、ギルドマンなんだってな」

「ああ、そうだが?」

 

 雪に土が混じらないよう慎重に掬い上げていると、隣にいた犯罪奴隷の男が声をかけてきた。

 首には犯罪奴隷を示す頑丈そうなレザーの帯が巻かれている。

 

「誰かの脱走でも手助けしにきたのか? そのためにこんな場所に潜ってるんだろう? ブロンズ3のやる仕事じゃない」

 

 そしてなんか俺に妙な設定を付け加えようとしてきやがった。

 確かに割に合うかで言えば全く合わないけど、別に裏とかはないんで……。

 

「俺はただ氷室作りを体験したくてこの仕事をやってるだけだぞ」

「……なるほど、あんたからはそう言うしかないってことか」

 

 いやいや設定勝手に盛らんでくれ。

 

「勘違いだって。俺去年もやってたしな。馬車にいる衛兵さんは去年の俺のことも知ってたから聞いてみな」

「……本気で仕事を受けているだけ?」

「そうだよ」

「……何故?」

「だから氷室作りやってみたいから」

「……」

 

 嘘だろこいつはクレイジーな野郎だぜ、みたいな顔をして犯罪奴隷の男は仕事に戻ってしまった。

 

 俺の心は深く傷ついたのだった。

 

 

 

「そんなことがあったんだよバルガー」

「そりゃ誰がどう見ても変人の所業だろ」

 

 ギルドの酒場で氷室作りの話をすると、バルガーは何の容赦もなく言い捨てやがった。

 

「確かに冬場は仕事も減りますが、かといって犯罪奴隷と同じ仕事をするのはキツいですね……」

「なんだよアレックス、お前は軍にいたならああいう氷室作りに携わったことはあるんじゃないか」

「まぁそれはありましたけど……それも衛兵と同じで監督役としてですよ。実際に働くのは寒いし大変なのでちょっと気は進まないです」

 

 まぁ監督役は見てるだけではあったな……実作業だけ犯罪奴隷たちにやらせて、そいつらを取りまとめるだけ。確かに全然違うわ。

 

「ちょっと前に外壁際まではぐれ魔物がやってきたことあったよな。あの時どうしてたんだよモングレル」

「あー、ギルドから慌ただしく出ていったやつもいたけどな。結局ギルドマンが駆けつける前に衛兵が仕留めたってさ。俺はそれを見越してギルドから出なかった!」

「何もしなかったことを随分偉そうに語りますね……」

「つっても俺は飛び道具持ってないしなぁ。外壁の上から石でも投げるか?」

 

 わざわざ外壁の向こうの魔物を片付けるために門を開けるほどここの衛兵も暇じゃ無いし、平和ボケしてないしな。

 

「そういやモングレルよ、お前あれじゃなかったか? 弓の練習してなかったか?」

「そうなんですか? 初耳ですけど」

「いや、弓は全然だよ俺。持ってはいるけど当たる気がしねえ」

「それでも持ってるくらいですから多少は扱えるんでしょう? 意外ですね……飛び道具のイメージは無かったので驚きました」

「いや、5m先の木にも当たらんぞ」

「想像以上に素人だった……!」

 

 素人上等。俺の場合は矢をそのままダーツみたいに投げた方が強いよ多分。

 

「一時期練習してたのに勿体無いなぁ。弓が扱えるだけで狩れる獲物が倍にはなるってのに……お前最近アルテミスの子達とよく話してるんだから、教わればいいじゃないか」

「そうですよ。近頃はライナさんだけでなくウルリカさんでしたっけ。彼女とも仲良くされてますよね。せっかくだから習いましょうよ」

「……」

「ものすごい嫌そうな顔をしてらっしゃる……」

「そんなに弓が嫌いかモングレル」

 

 正直、だるいです。撃つたびにちまちまと矢の回収をするのが特に……。

 投石じゃダメか? 

 

「春になったらまた忙しくなるんですから、練習するなら暇な今時がちょうど良いと思いますけどねえ……」

「うーん、そう言われると確かにな……酒場でダラダラするのも飽きたし……最近は結構ディックバルトが居ることも多くて雰囲気が妙な感じだし……」

「ああ……うちの団長な……まぁ、良い人だから勘違いはしないでくれよ……」

「そりゃわかってるさ」

「わかってはいますがなんかこう……妙な雰囲気になるのが……」

 

 バルガーはのんびりやるグループに属するので、団長のディックバルトとはあまり組まないらしい。

 同じパーティーにいても慣れない相手がいるというのは、なかなか変わってるなと思う。バルガーも尊敬はしてるんだろうけどな。

 

 ……ディックバルトのいるセクハラ空間と化した酒場にいるよりは、修練場で俺に弓を教えてた方がライナたちにしてみたら楽かもしれない。

 弓の練習、面倒ではあるが少し考えてみるか。暇だし。

 

 



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エイムに神々が宿っている

 

 この世界でも神様ってのは信仰されている。

 されてはいるのだが、ここハルペリア王国ではここ数百年ほどで宗教が廃れ気味になっているらしい。

 

 農耕国家であるハルペリアでは昔から太陽神が信仰されていたのだが、お隣のサングレール聖王国が侵略を続けるうちに向こうさんの主祭神である太陽神が恨まれていったわけだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎くなるだろうし、極まれば仏様が憎くなる気持ちもわからなくはない。

 

 で、それまでの太陽神信仰を捨てたハルペリア王国は、宗教国家サングレールと決別する意味も込めて月神を主祭神とした。

 いや農耕国家が逆張りして月の神様信仰してどうすんだよって感じだが、まぁ多分よっぽどサングレールと相容れなかったのだろう。

 実際宗旨替えした当初は国民も色々と混乱したり、不安に苛まれていたらしい。特に農家は太陽神の天罰なんかを恐れ、一部では暴動もあったそうな。

 しかし国民の不安とは真逆に農作物は例年通り豊作続き。不安視されていた旱魃も冷害も特になく、なんだったら折良くお隣のサングレールが飢饉に見舞われたせいもあり、人々の信仰への不安は早々に払拭されたそうだ。

 

 サングレールと決別し宗教勢力が大幅に減ったこと、お隣さんの影響で宗教信仰に冷ややかな国民が増えたこと。

 そんないろいろな理由があって、今日では「まぁ伝統だし行事はやるよ」程度の宗教観で安定しているのがこの国だ。宗教にわりと適当な元日本人としてはなかなか親近感の湧く国家で助かる。それでも日本人よりは流石に迷信深いとこあるけどな。

 

 で、今このハルペリア王国で信仰されている月神。

 これは狩猟や魔法を司る神様らしく、杖や弓などがよくシンボルとして図案化されている。

 弓を扱うにあたっては、なかなか縁起のいい神様だってことなわけだ。

 

 つまり、弓を撃つときは月神様にお祈りするっきゃないわけよ。

 

「我が国の月神ヒドロアよ。願わくば、あの藁山の真ん中を射させたまえ。これを射損じるものならば、弓を壁掛けに戻しふて寝し、バスタードソード使いに戻らん。弓使い人口を一人増やさんとおぼしめさば、この矢外させ給うな……」

「モングレル先輩て形から入るタイプっスよね」

()ッ!」

 

 俺がよっぴいてひょうど放った矢は、20メートル先の的よりも10メートル手前の土に深々と突き刺さった。

 

「まぁこんなとこだな」

「何がっスか?」

「モングレルさん前より下手になってない……?」

「冬だから手がかじかんでるのかもしれんな……」

「さっきホットミルクで手を温めてたっスよね」

 

 今、俺はギルドの修練場でライナとウルリカから弓の指導を受けている。

 思い切って「ちょっと弓の練習してみたいんだけど教えて」と言ってみたら思いの外乗り気でオーケーをくれたのだが、なんらかのアドバイスをもらうよりも先に俺のモチベーションの方が先に死ぬ可能性がちょっと出てきた。

 弓むっず。

 

「構えがっスね、フラフラしてるんスよね。弓を支える左手が動いてるのが一番致命的だと思うっス」

「ていうか、つがえ方が逆だよモングレルさん。外側になってたよさっきのー。内側にしないと」

「引く力もキープする力もあるんスけど、なーんか姿勢が浮ついてる感じするんスよ」

「おお……今日は二人ともグイグイくるな……」

「忌憚のない意見ってやつっス」

「弓に関しては私もライナもずっと先輩なんだからねー。教えて欲しいって言ってきた以上、使い物になるようにビシビシ指導してくよー」

 

 それから何度か先生方の指導により矢を何発か撃っていくうちに、どうにか矢が狙っている方向に……なんとなく飛ぶようにはなった。

 矢の先端に鏃じゃなくてレーザーポイントつけてくれないかな……いや、あってもまだ真っ直ぐ狙ったとこに飛んでくれる気がしねえ。

 

「この距離初心者向けじゃないんじゃないか?」

「これでも随分短い方スよ。外が寒くなかったら森の近くでやりたいくらいっス」

「まあ森の中で狩りをするならこのくらいが丁度良くはあるんだけどねー。それでもギリギリなとこだよ?」

 

 まぁ20m先にクレイジーボアやチャージディアがいたら一発撃てるかどうかだしな。普通に敵に気付かれててもおかしくない。

 そう考えると本来はもっと遠くから当てられるようにならなきゃいけないわけか。

 

「二人はどのくらいの距離の的に当てられるんだ?」

「私は無風ならとりあえず60mってとこスね。飛ばすだけなら全然もっといけるんスけど」

「すげーな」

「スキル込みっスから」

 

 ライナのスキルは照星(ロックオン)

 手ブレを完全に抑制し、狙った構えができるというものだ。ただこの名前のわりに自動追尾してくれる類のものではなく、上手く相手に当たる調整そのものは自分でやらなくちゃいけない。

 それって強いのか? って俺は素人ながらに思うんだが、手ブレがない状態で長く構えられるのがとても便利なんだとか。魔力消費も少なめらしい。

 

「私もライナと同じくらいかなー。照準系のスキル無いから大変で……」

「ウルリカもライナと同じくらいか……アルテミスは天才が多いな」

「私は生き物の弱いとこを暴くスキルとか、弓の威力を上げるスキルがあるからそっち担当だねー」

「ウルリカ先輩はすごいっスよ。突進してきた獣相手でも撃って弾き返すくらいのパワーがあるんス」

「ふふーん……ライナはかわいいなぁーもぉー」

「ちょ、撫でるのやめてもらっていいスか。子供じゃないんスよ」

 

 男と女による百合のような何かを見てほっこりしつつ、矢の回収に勤しむ。

 的に刺さってない分手前で大半が集まり終えてしまうのがなんか悲しいぜ。

 

「なぁ、試しに二人とも撃ってくれないか? この弓で」

「使ったことない弓なんで二発撃っていいなら良いスけど」

「あ、私もやるー。しょうがないかー、出来の悪いモングレルさんにお手本を見せてあげるかー」

「不甲斐ない弟子ですまねぇな」

「……ふふ、この時ばかりは私の方がモングレル先輩よりも先輩スからね。撃つところよく見てて欲しいっス」

 

 その後、スキルを使わずにライナが二発。ウルリカが二発撃ってみせた。

 一発目は的から離れた場所に落ちたが(それでも俺よりずっと的に近い)、二発目は綺麗に藁山に突き刺さっていた。

 一発目が観測射撃みたいなもので、二発目で修正して撃っているんだろう。今の俺からしてみたら異次元の技術だわ。

 

「春になると獣も増えてくるっスから、それまでに形だけでもモノにできたら良いスね」

「んー、どうだろうねー……真面目にやっていれば間に合うかもしれないけど……モングレルさんはどうせあまり練習しないんでしょ?」

「するぞ? たまには」

「遊び半分は良くないっスよぉ」

 

 とは言っても俺自身そこまで弓に必要性は感じてないからな。

 あくまで趣味の一環なんだよな。使えたら便利なのは間違いないんだが。

 

「……ま、別に今回のこともお金とかは取らないからさ。今後も暇な時とかは私とかライナから気軽に教わってよ。あ、でも終わった後にエールの一杯くらいは奢ってほしいなー?」

「あ、それ良いっスね」

「プロの二人に教わってそれならお安い御用だわ」

「やったータダ酒だー」

「……逆に私たちが剣術を習うとかって、できるんスかね」

「ライナが? まぁ最低限の護身術は身につけてても損はないだろうが、俺は完全に我流だしな。教わるならアレックスが一番だぞ」

「あ、じゃあいいっス」

「……アレックス嫌いなのか?」

「そんなことないスけど」

 

 俺の場合は強化のゴリ押しばっかだから、下手に真似されると危険だ。

 習うなら体系化されてる軍の技術を身につけた連中のが良い。

 

「春かぁ……春になったら忙しくなるねぇー」

「っスねぇ……」

「人も金も魔物も動く、ギルドマンの稼ぎ時だからな。こんな季節も嫌いじゃあないが、そろそろ退屈でしょうがないぜ」

 

 おっ、ようやく藁山に当たった。

 

「先輩ナイッスー」

「おめでとー、モングレルさん」

「月神様は俺のことを見放してなかったみたいだな」

「慈悲深い神様で良かったっス」

「俺の粘り勝ちってことかい?」

「あははは」

 

 そろそろ雪解けの季節がくる。

 ぐしゃぐしゃの雪が水溜りになれば、今年もまた忙しくなるぞ。

 

 



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第一回熟成生ハム猥談バトル

 

 弓の練習を続けていくと、それなりに真っ直ぐ矢が飛ぶようになってきた。

 真っ直ぐというのは的の方向に向かって飛んでいくという意味であって、的に当たるような軌道で飛ぶわけではないことには留意していただきたい。

 

 けどまぁ俺が300人くらい弓を持って隊列を組めば、数打ちゃ当たる方式で弓兵部隊の物真似くらいにはなるのかもしれん。300人の俺がバスタードソードを抜き放って突撃すれば全てが解決するとかそういう事を言ってはいけない。

 

 弓について教えてくれたライナとウルリカには感謝だな。これがギルド付属の偏屈な教導官だったら普通に三日くらいでやめてたと思う。

 ライナは正確な射撃について詳しかったし、ウルリカは動く相手や近づいてくる獲物に対する実践的な射撃に精通していた。そういう専門的な知識を優しく教えてもらえる環境ってのは本当に得難い物だ。

 時々俺への指導をほっぽり出してウルリカがライナの指導をしてたりなんかもしてたけど、そういうの含めて居心地の良い練習時間だった。

 

 毎回終わった後にはギルドの酒場で一杯引っかけるわけだが、こちらの奢りとはいえ、相手は若い子たちだ。

 世が世なら俺が奢った上で数千円プレゼントしなきゃいけないような境遇なんだよな。

 そういう意味じゃこの世界はリーズナブルだと思う。……何が? 自分で言っててよくわからん。

 

 

 

「おーい見ろよ野郎ども〜! チャック様がマーゴット婆さん特製の生ハムを持ってきてやったぜぇ〜!」

「おー!」

 

 いつものように三人で飲んでいると、豚の脚を担いだチャックが入ってきた。

 黄ばんだ脂。萎びて濃くなった赤身。いわゆる、生ハムの原木ってやつである。

 

 ギルド内はにわかに活気付いた。

 普段から干し肉なんて食い飽きている連中だが、今回のこれに限っては理由がある。

 というのも、マーゴットという偏屈な婆さんが作るこの生ハムはとんでもない絶品であることで有名だからだ。

 

 この世界の生ハムは大抵、塩漬けにする際にアホみたいにしょっぱくするもんだから食う時には結構なエグみがあったり、塩抜きしないとまともに食えないことが多い。ほとんど保存用の塩漬け肉のような扱いをされている。薄くスライスして美味い肉かというと全然美味しくないんだ。

 

 しかしマーゴット婆さんの作る生ハムは全く別物で、腐るか腐らないかのギリギリまで塩分量を減らしている。そのせいでマーゴット婆さんは毎回半分近くの豚肉を腐らせているそうだが、そんな厳しい製造過程を生き抜いた選りすぐりの生ハムは、俺が前世で食ってきた生ハムにも比肩する旨さがあるのだ。

 

 前置きが長くなったがつまり、俺はこの生ハムが大好きだ。

 そしてマーゴット婆さんは気に入った若い男にしか売らない。俺は気に入られていない。ふざけた婆さんである。

 まぁかと言ってチャックも婆さんから好かれて嬉しくはないんだろうが。

 

「マーゴット婆さんが持ってけって言うから貰ったからよ〜、今日いる連中で食べようぜ〜! あ、エレナ達受付にもちゃんと切り分けるからな〜」

「まぁ、ありがとうございますチャックさん」

 

 この生ハムの美味さは有名だ。貰って悪い気がする奴なんて一人もいないだろう。

 酒場にいるギルドマン達の視線は、自然とチャックたち「収穫の剣」のいる中央テーブルに注がれていた。

 

「……私あれ食べたことないっス」

「俺も一年以上食べてないな。くそ、強い酒が飲みたくなってきた」

 

 蒸留酒のふんわりとした作り方はお貴族様に教えたはずなんだが、まだ開発されないのか。

 さっさとウイスキーを発明して俺のとこまで売りに来てくれ。

 

「マーゴットお婆さんって、氷室持ってるとこの人だよねー? あの人のお肉美味しいんだよねぇー。私もまだ食べたことないや」

「生ハムは格別だぞ。うすーくスライスしたやつがまた絶品なんだ。かくいう俺も人からのおこぼれに何切れかもらったくらいなんだが」

 

 ああ想像したら唾液が湧いてきた。今日はチャックの肩揉みでもしてやるか。

 

「けどよォ〜……タダでこいつを分けてやるわけにはいかねえなぁ!」

「なんだとてめえ!」

「殺されてえか!」

「自慢しにきただけか!」

「うっせぇ! やらねぇなんて言ってね〜だろがよ! ゲームしようぜゲーム! 美味い肉があってもお行儀よく食ってるだけじゃ盛り上がりに欠けるからなァ〜!」

 

 テーブルの上に立てかけた生ハムの原木から脂身を削ぎ落としつつ、チャックがニヤニヤと笑っている。

 気の早い奴が削ぎ落とされた脂身を拾い上げてつまみ食いしてたが、すぐに吐き出した。そこは不味いからやめておけ。

 

「ゲームってなんですかチャックさん」

「よ〜く聞いてくれた! これから始めるのは……スケベ雑学バトル! 向き合った二人が互いにスケベな雑学を披露し合い、審判に判定してもらう! 勝った奴に4切れプレゼント! 負けた奴にも1切れプレゼントだァ〜!」

「うおー!」

「猥談なら任せろー!」

「バリバリ!」

「酒を追加で頼む! なんせ今日俺は生ハム食べ放題になるんだからなぁ!」

 

 いや中学生の修学旅行かよ。

 気付けチャック、お前の気になってるエレナちゃんは物凄い冷めた目でお前の背中を見ているぞ。

 

「やっぱ男って変態っスね」

「収穫祭並みに盛り上がるねー……毎回……」

「まぁ男ってそういう生き物だからな……」

 

 正直俺も気持ちがわからんでもない。ライナとウルリカがいなかったら立ち上がってプロレスラーみたいな入場の仕方で中央テーブルに向かっていったと思う。だって生ハム食いたいもん。

 

「しかし曖昧な勝負になりませんか……? 猥談の審判って……」

「安心しろアレックス! そこは我らが団長、ディックバルトさんにお任せするぜ〜!」

「──公正な審判を皆に約束しよう。心ゆくまで、闘りあうと善い」

「それなら安心だぜ!」

「ディックバルトさんならスケベ度を数値化できるからな!」

 

 慕われてるなぁディックバルト……。

 最近は仕事が無くて金欠状態だからか、良いグレードの娼館に通えなくて哀愁ある姿をよく見せていたが……チャックのおかげで少しは元気が出たようだ。

 

「さぁ肉削いでくぞ〜!」

「最初は俺だぁ!」

「なんだと!? なら俺が相手になってやろう!」

 

 こうして中央テーブルでは聞くに耐えないスケベ雑学バトルが開始された。

 バトルを見守る男達も周囲で熱狂する、とんでもない低IQの頭脳バトルの幕開けである。

 

「いいか? これはとっておきのネタだが……庇通りに居るねーちゃんに直接話を持っていけば、相場より安く抱ける……!」

「マジかよ……!」

「さすがは値切りのネイトだ! あの格安娼婦を更に安くだなんて!」

「ケチだ!」

「うるせえ!」

「くっ……こっちも負けねえ! いいかよく聞け! “女神の納屋”にいる娘たちは……“飲んでくれる”!」

「なッ……!?」

「──勝者、ルランゾ!」

「っしゃオラァ!」

「な、ま、俺が、負けた……!?」

「──値段交渉も醍醐味だ……が、質の良いサービス情報は金を支払わなければ手に入らない……基本を疎かにしたな、ネイトよ」

「はーいルランゾに4切れな〜、ネイトも1切れやるよ〜」

 

 いやーマジで聞くに堪えんな。

 話題は大体が色町とか娼館ってとこだが、一部体験談混じりの生々しい雑学があるのが地獄みを深めている。向こうが放つ熱気から確かな温度差を感じるぜ……。

 

 しかし……生ハム良いなぁ。畜生、なんでこんなに匂ってくるもんなんだろうな。熟成されすぎだぜマーゴット婆さん……金出すから売ってくれよマジで……。

 

「お〜いそこで一人お上品に飲んでるモングレルさんよォ〜……お前は勝負しねぇのかよォ〜? え〜? それとも可愛い子たちに囲まれてたら娼館の話もできねぇか〜?」

「参加する」

「オイオイ随分と弱腰……ってエェー!? 参加するのかよ!?」

「するよ。生ハム食いたいから」

「マジっスかモングレル先輩……」

「えぇー……」

 

 お前達は勘違いしているな。

 俺は別に女の前だからってそういう話をしないわけじゃない。

 

 まして生ハム! それも前世のパルマっぽい生ハムが食えるなら、いくらでもスケベ星人になってやる! 

 

 ごめんな、ライナ。ウルリカ。できれば今は……俺の姿を、見ないでいてほしい。

 

「──覚悟を決めたか、モングレル」

「ああ、できてるぜ」

 

 俺とディックバルトは頷き合った。なにこれ。

 

「……だったら対戦相手は俺だなァ〜!?」

「いやチャックお前生ハムの胴元だろ」

「てめぇふざけんなよ〜生ハム4枚もらってあのテーブルに戻って女の子達と一緒にワイワイ楽しむ腹積りだろうがよォ〜! 俺がそんなこと許すと思ってんのかえぇ〜!?」

「お前は本当に寂しい人間だな……」

「うるせぇ〜!」

 

 まぁ別に誰が対戦相手でも良いんだけどさ。

 

「あれ? そもそもモングレルさんって娼館に通ったりしてましたっけ?」

 

 アレックスの疑問に、俺は首を横に振った。

 

「一番高そうなとこには二回くらい行った。風呂付きのな」

「え……マジっスか……」

「──“金杯の蜂蜜酒”、か」

「即特定してくるの怖いからやめないか?」

「金持ちかよ〜! ますます許せねぇなぁ〜! え、ちなみに女の子はどんな感じだった?」

「いや、風呂入って身体洗ってもらって終わったから女の子に関しては良くわからん」

「なんだよそれ〜!?」

「やっぱり変人じゃないですか!」

「……お風呂目当てだったんスね」

 

 いや本当は一発気持ちよくしてもらうかーって思ったんだけど、女の子がなんか体毛濃くて萎えたんだわ。

 なんでだろうな……俺の個人的な性癖みたいなもんだけど……なんかダメだった……。

 

「モングレルよォ……そんなんで俺に勝とうだなんて随分舐めてくれるじゃあねえかよォ〜……」

「安心しろよチャック。俺はな……スケベ知識だけはいくらでもある!」

「娼館の風呂入っただけですげぇ自信だなオイ! 素人童貞以下の野郎にこの俺が負けるかよ! 先手はもらったぜェ!」

「チャックさんの先制攻撃だ!」

「これは決まったな……」

 

 なにこれ先攻ゲーなの? 

 

「とっておきを使ってやるぜ……いいか、よく聞け。“極楽の相部屋”にはなァ……スゲェ手技を持った女が割安で相手してくれる!」

「──ミリアちゃん、か」

「知ってるんですかディックバルトさん!」

「ああ……──これは、モングレルにとって厳しい展開になってきたな?」

 

 いやわかんねーよ! スケベ雑学なのに娼館のローカルお得情報ばっかじゃねーかよ! 

 誰だよミリアちゃんって! ちなみにその子可愛い? 

 

「さぁどう来る? モングレルさんよォ……!」

 

 ミリアちゃんを攻撃表示にしてターンエンドしただけでなんだその余裕は。ミリアちゃんそんなグッドスタッフなのか。ちょっと気になってきた……。

 

 いや。しかし。

 

 ……甘いな。

 

 こいつらは所詮、伝聞とわずかな体験でしかスケベ雑学を溜めてこなかったいわば素人……。

 そんな奴らがお前……なぁ? 

 

 情報社会日本のスケベ文化に揉まれてきたこの俺に勝てるとでも思ってんのか? 

 

「俺のターン。よく聞け……“男でも”……“乳首でイける”!」

「はっ、一体何を……」

 

 その時、ディックバルトがカッと目を見開いた! 

 

「──勝者、モングレル!」

「なッ……!? なんだってぇ!?」

「嘘だろディックバルトさん!?」

「どうして……!?」

「モングレルの言葉に偽りは無い──……男の乳首は乳を出せず、いわば快楽を得るためだけに存在する最もいやらしい部位……それはこの俺が保証する!」

「マジかよすげえ!」

「聞きたくない体験談まで聞けちまった……!」

「そ、そうなんだぁー……へー……」

「まさかモングレルも……?」

「いや俺は人から聞いただけ。通りすがりのスケベ伝道師から聞いた」

「とんでもないスケベ伝道師がいたもんだぜ……」

「──モングレル……どうやらお前のことは、戦友と認めなければならんようだな……?」

「ごめん、それはお断りさせてもらっても良いか?」

「──フッ……」

 

 というわけで、俺は無事に4枚の生ハムをゲットしたのだった。

 気前良くながーく切ってくれたもんだから、薄いエールのアテとするならこれだけでも十分いけるだろう。何より食い過ぎは体に悪い。

 

「よう、勝ってきたぞ二人とも」

「……モングレル先輩、スケベっスね」

「へー……そういうこと、詳しいんだー……」

 

 勝って美味い肉を勝ち取った。

 しかしテーブルに戻ると、どことなく冷めた目で俺を見るライナと、顔を赤くするウルリカが待っていた。

 

 ……俺は……生ハムを得る代わりに、何か大切なものを失ってしまったのだろうか? 

 

「……一緒に食う?」

「それは欲しいっス」

「あ、私も……」

 

 だが今日食べた生ハムは間違いなく絶品で、二人もその味に満足してくれた。

 俺は、それだけで充分よ……。

 

 

 



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出会いと別れの春

 

 待ちに待った春がやってきた。

 多くの人にとって活動再開の季節でもあり、また新生活の季節でもある。

 

 まず雪が溶けて街道の往来が活発化すると、馬車の行き来によって交易が再開され始める。

 新商品発祥の地であるレゴールにとってはまさに待ちに待った春だろう。冬の間ちまちま作り続けていた商品がガンガン荷積みされ、王都やさまざまな街へとドナドナされてゆく。

 

 あとは人の動きだな。就職やらギルドマンの拠点変更やらは今がハイシーズンだ。これから続々とよそからのギルドマン達がレゴールを訪れるだろうし、レゴールからも多くのパーティーが遠征に向かうことだろう。

 冬はレゴールの馴染みと語らって親交を深める機会も多かったが、これからは活動の季節だ。新たな出会いも増えるだろうし、別れもあるだろう。

 

 その別れの一つが今、レゴール西門でも行われようとしていた。

 

 

 

「……まさか、ブリジットが。いえ、ブリジット様が男爵家に連なる方だったとは。知らずの事とはいえ、これまでの非礼の数々、お許しください」

「気にしないでくれ、シーナ。それにナスターシャ。身分を偽ったのも任務をこなせなかったのも全て私の不徳。……平民の職務を経験できたことは、私の糧になったのだと思う。感謝しているぞ」

 

 一際華美な装飾が施された馬車が三台、西門近くの馬車駅に停まっている。

 貴族用の馬車だ。そこには当然貴族がいる。それこそが、冬のバロアの森で苦行をした新米女剣士、ブリジットだ。

 しかし彼女は今、騎士装束ではなく何かこう儀礼用の服を身に纏っていた。そうなると完全に良いところのお嬢様にしか見えないな。まぁ以前もお嬢様オーラは全く隠せていなかったが。

 

 向き合っているのはシーナとナスターシャの二人。

 どうやら二人はブリジットの見送りに来たようだ。

 

 春に女性騎士として王都に向かうブリジット。その正体を堂々と知らされたわけだな。……まぁみんな最初からわかってはいたんだけども。

 

「しばらく王都で暮らし、礼を伝える機会も限られると思ったのだ。だからこうして、二人に正体を明かした。これも私のわがままに過ぎん。……出立前に会えて良かった」

「ブリジット様……」

「様など良い。私は貴方がたの前では、ブリジット・ラ・サムセリアである前に、単なる一人のブリジットで居たいのだ。……いずれ、貴方がたと共にまた、任務に望みたいな」

「……ふふ、そうね。その時は行軍にも慣れていてもらえると助かるわ」

「これは……手厳しい」

 

 苦笑するブリジットはお付きの人の手を取らずひらりと馬車に乗り込んだ。

 

「さらばである。またいずれ、どこかでお会いしよう」

「ええ、いつかきっと。ブリジット」

 

 そうしてブリジットを乗せた馬車たちは、王都方面へ向かって出発した。

 感動のお別れ……っちゃそうなのかな。俺からすると顔を見られた事のあるお貴族様がレゴールから居なくなって安心材料が一つ増えてやったぜってところなんだが。

 

「……モングレル。声くらいかければよかったじゃない」

「嫌だよ。俺は仕事中なんでな」

「本当に貴族が苦手なのね」

「良い貴族は好きだよ。ただ、良い貴族は下々を変に振り回したりはしない」

 

 俺は今、馬車駅で交易品の積み込みや積み下ろし作業に従事している。

 ブロンズランクの力仕事だ。これが結構良い金になるんだよな。

 

 さっきまでのブリジットのお別れシーンも積荷に隠れてこっそり見ていた。

 アニメだったら背景のモブとして映ってるかもしれないな。

 

「そんなことよりアルテミスの団長さんよ」

「何?」

「前に仕入れた新型の鏃、返品したそうじゃないか。一体どうしたっていうんだよ」

「耳ざといのね。……付け根部分に弱い箇所が多くてね。鏃単体が脆いだけならまだしも、柄も一緒に駄目にしてしまいそうだから止む無く返品するしかなかったのよ。うちでは採用できないわ」

「ああ、そういうことか。弓は専門じゃないが、プロがそう言うならそうなんだろうなぁ」

 

 弓の練習は何度もしたが、道具の良し悪しなんかはまださっぱりだ。

 鏃なんかも新型なんてあるのかよって驚いたが、やはり新しいものには悪いレビューもついてまわるらしい。けどこうして実地で使ってもらえるからこそ製造にフィードバックができるわけだしな。作る側の独りよがりであっちゃいけないもんだ。

 

「春は小粒の獲物が多いから、耐久力のある道具が使いやすいの。性能が高くてもすぐに壊れるようではね」

「わかる。武器の信頼性ってのは大事だよな」

「……貴方の武器、言うほど造りの良い物ではないんでしょう」

「俺のバスタードソードに何か文句でもあるのかよ」

「無いわよ、別に」

 

 シンプルな機構ほど壊れにくい。そういう意味では変な装飾のない実用性重視の俺のバスタードソードは優秀な相棒だ。

 まぁ壊れないのは俺が強化でガチガチに固めてるからってのもあるけど。

 

「……モングレル。今年中にライナはシルバーに上がるわ」

「お、ようやくか。早いな」

 

 今のライナはブロンズ3。昇級速度はアルテミスの中にいるってこともあるんだろうが、それでもかなり早い方だろう。

 だが札色が変わる昇級……つまり昇格には、なかなか厳格な審査を通らなければならない。ライナほど真面目にやるギルドマンでも、シルバーに上がるのはまだもうちょいかかる。

 

 しかし言ってみれば、ギルドマンになってから二年ちょっとでシルバーに上がれるって話でもあるんだけども。

 

「後輩に追い抜かされるのよ。悔しくないの?」

「若者の成長を喜ぶのが年寄りの役目さ」

「30歳でしょう、貴方」

「まだ29歳ですぅー」

「同じよ」

 

 同じじゃねーよ29と30は。エベレストとマリアナ海溝くらい差があるわ。

 お前次から俺が年齢尋ねる時結構上め狙って聞いてやるから覚悟しろよ。

 

「ライナも……最近ではウルリカもだけど、貴方のランクがブロンズ止まりなことを気にしてるわ。あの子たちの頼れる先輩で居たいのなら、いい加減そろそろ覚悟を決めたらどうなの」

「こればっかりは譲れんね」

「徴兵が嫌なの?」

 

 やっぱそういうところは鋭いな。

 まぁ、俺にとっては徴兵だけが理由ってわけでもないんだが。

 

「ハーフは最前線で使い潰されるからな」

「……指揮官によるわよ。今どき、サングレール人のハーフも珍しくはないわ。貴方は貴族を恐れすぎている」

「恐れすぎるに越したことはないだろ。誰だって命は一つ。魂だって大体のやつが一つ限りだ。死んでからじゃ遅いんだよ」

 

 まぁ最前線にぶち込まれても死ぬ気はしないけどな。

 けどそこでサングレール軍相手に無双ゲーして何になるよ。

 

 戦場の英雄として祭り上げられて百人隊長にでも昇進するか? そっから軍団長にでも成れるかもな。平民の身には余りまくる出世コースだ。

 そして俺はそんな出世を1ミリも望んでいない。

 国に縛られるなんてゴメンだね。

 

「シーナ、お前もパーティーの団長を名乗るんだったら後輩を死なせないように立ち回れよ。これからの季節、アルテミスの威光なんざ少しも知らない移籍組が増えてくるんだからな。女だけのパーティーなんて騒動の的みたいなもんだろ」

「貴方に言われなくても解ってるわよ。しばらくは集団での行動を徹底させてる」

 

 移籍組。好景気に沸くレゴールをホームにするよその街のギルドマンパーティーのことを、俺達はそう呼んでいる。

 大抵はその街の仕事のパイなんてものは上限一杯の分けられ方をするもんだから、他所からの移籍なんてのは上手くいかない。だが仕事の多い春から夏にかけては入り込む余地はいくらでもある。その間に既存のパーティーを追い落とせれば……っていうのが、まぁよくあるパターンの諍いだな。

 

「ふむ。しかしモングレルよ。お前こそソロでハーフと、他所のギルドマンから付け込まれる格好の的だ。我々アルテミスの心配をするより先に、自身の心配をするべきだろうな」

「それはまあ、正論ってやつだな」

 

 ちなみにナスターシャはさっきのブリジットとのお別れシーンで小さく手を振る程度しかしていなかった。無愛想なやつである。

 

「けど俺に関しては心配はいらねぇ。外で絡んでくる奴は、穏当にボコボコにしてやるだけだからな」

「なによその奇妙な表現は」

 

 要するにステゴロってことよ。

 この世界におけるステゴロ暴力は不思議なくらい罪が軽いのだ。

 なんでだろね。普通に怪我するのに。

 

「おーい力持ちの兄ちゃん! そろそろこっち戻ってくれぇ! 重いやつばっか溜まっちまった!」

「あいよー! さて、仕事に戻るか。じゃあまたな」

「ええ、邪魔して悪いわね」

 

 何はともあれ、今は積荷作業だ。

 作業しつつ、目ぼしい宛先にケイオス卿のお手紙を混ぜ混ぜしましょうね~。

 



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春の風物詩

 

 レゴールを拠点とするパーティーは、春を境に活動を活発化させた。

 

 弓使いパーティー「アルテミス」はバロアの森で狩猟だ。

 冬眠から目覚めた動きの鈍い魔物をターゲットに、通常よりも深い場所へ潜っているらしい。早めの間引きのようなもんだな。

 

 統率のとれた「大地の盾」は何班かに別れ、よそから来たギルドマンをレゴール近郊の狩場候補地に案内したりだとか、馬を使って少し離れた地点のクエストをこなしている。

 

 マイペースがモットーの「収穫の剣」は人それぞれだ。団長らの班は早速どこか離れた場所に遠征に出かけたし、近場で任務を受けてる奴も結構多い。

 

 その他少人数のパーティーたちも、自分らに合った依頼を受け始めている。

 

 意外なところでは以前ギルドで俺をパーティーに誘ってきたルーキー、「最果ての日差し」なんかも意外としぶとく生き残っているな。

 リーダーのフランクが独特な性格してるせいかちょくちょく対人関係で危ない目に遭っていたらしいが、持ち前の空気の読めなさというか図太さでここまでやってこれている。驚くべきことに最果ての日差しのメンバー数は他の弱小パーティーを吸収合併し、今では6人になっているそうだ。

 冬の間は食いつなぐだけでいっぱいいっぱいだったそうだが、これから任務も増えるし、チョイスを間違えなければ今年も乗り越えられるだろう。

 

 俺? 俺は適当にやるよ。

 まぁ基本的には春の美味しい野草を摘むために森や川辺の任務をこなすのが一番かな。

 ちょっと癖のある野草ほど天ぷらにすると美味い。

 

 そんな感じでいつものように賑わうギルドで目ぼしい依頼を受け、バロアの森へとフィールドワークに出てきたのだが……。

 

 

 

「そこのブロンズのおっさん、ちょっといいか?」

「おー?」

 

 森に入って少ししたところで、二人組のギルドマンに声をかけられた。

 見ない顔だ。多分よその街からやってきた連中なんだろう。

 だったらまだ歩き慣れない森の案内をお願いします~っていう流れは自然ではあるのだが、二人の人相を見るに用件は違うらしかった。

 

 “人は見た目が9割”という残酷な格言が前世ではあったが、似たような法則はこの世界でも適用されるようで、オブラートに包まず表現すると二人組の男はいかにも“俺たち犯罪者やってます”といった人相だった。

 そんな凶悪な顔した人たちが剣の柄に手をかけて“これから犯罪やります”みたいな笑みを浮かべていたらさすがの俺でも警戒はする。

 

 年齢は二十かそこらだが人相の悪さで老けて見える。

 得物はどっちもショートソード。あと投げナイフかな。

 首元の認識票はブロンズだが、本物かどうかは怪しい。

 

 ……ギルドから尾けてきたらさすがにわかる。

 まさかこいつら、森の近くで待ち伏せでもしてたのか? 結構慎重な盗賊だな。

 

「穏やかじゃねえな。俺に何の用だよ。金ならつい最近稼いだ分が結構あるぞ」

「おっ、話が早いなおっさん。剣を捨てて金を寄越しな。そうすりゃ命だけは助けてやるぞ。おっと、逃げられると思うなよ? 俺は“抹殺のロキール”で通ってんだ。背中を見せたら生かしちゃおけねえ」

「俺は“瞬殺のカルロ”……てめぇが怪しい動きをしたその瞬間、俺の投げナイフが脳天に突き刺さるぜぇ……」

 

 いやまぁ怖いよ顔は。

 でも武装がショートソードで盾無しってことはそこまで強くないんだよなこいつら。

 これまでも武装のショボいソロのギルドマンを相手に金をふんだくってきたのだろう。

 

 つまり、この俺のバスタードソードを見て侮ったってことである。

 許せねえよなあ?

 

「良い度胸だ……俺の名前はモングレル。お前たちをレゴール衛兵に突き出す者の名だ」

「ハハッ、こいつやる気だぜロキール。……剣を抜いたな? もう引き返せねえぞ」

「仕方ねーな、やっちまおうか。行って来いカルロ」

 

 街中で素手で喧嘩をふっかけてくるゴロツキ相手だったら俺も素手でなんとかする。

 だが街の外で、それも武器持ちで殺し有りきで襲いかかってくるような盗賊相手ではバスタードソードを使わざるを得ない。

 

 けどまぁ俺の装備だけ見て襲撃を仕掛けてくるような連中なんて大したことはない。

 春は変な奴らが湧く季節だ。臨時収入とでも思って相手してやろう。

 

「死ねいっ!」

 

 弱そうな雑魚敵が好んで使いそうな掛け声と共に、投げナイフがこちらに放たれた。

 

「投擲物に強化無し」

 

 それをバスタードソードの剣先でぺいっと弾く。

 まぁ軽い刃物はこの程度ですわ。

 

「あっ……」

 

 軽々と飛び道具をいなした俺を見て、ロキールとやらは何かを察したらしい。

 いや運が悪かったなお前たち。許すつもりはないけど同情はするぞ。

 

「ショートソードってことは簡単な自分への強化も使えないんだろ。春先の素人ギルドマンをターゲットにするならアイアンを狙っておくべきだったな。俺が普通のブロンズでも怪しかったと思うぜ」

「く、来るな……」

「ああ勘違いするなよ。次に活かせって意味じゃないから。お前たちは豚箱行きだ」

「うわぁあああっ!」

 

 反転しようとしたカルロの脳天を、バスタードソードの刀身の腹でぶっ叩く。

 べいーんと鋼の良い音がして、一人の悪党は土の上に転がって気絶した。さてあともう一人。

 

「……な、なあ。俺はまだ誰も殺しちゃいないんだ……見逃してくれ……」

「お前さっき“抹殺の”とか名乗ってたろうがよ。……ていうか、あれか。そのマジっぽい反応からして殺しもやってたのか……ハッタリだけだったら良かったんだがな」

 

 こんなしょうもない悪党どもに殺された人がいる。

 まあ命の軽い世界だから悪党といえばそんなことも珍しくはないにしても、胸糞悪くなる話だ。

 

「み、見逃してくれぇーっ!」

 

 男は気絶した味方を置いて逃げ出していった。

 人殺しかつ薄情。まぁその方がこっちとしても気兼ねせずに済むんだけどさ。

 

「天誅!」

「ぐえっ!」

 

 逃げて距離を置かれた相手をどう仕留めるか。

 答えは簡単だ。相手より速く走ってぶん殴れば良い。

 

 相棒と同じ方法で頭を強打され、二人目も土の上に転がって気を失う。

 

 さて、あとはこいつらをレゴールにお届けするだけだ。

 

「縛ったら天秤棒の前後に一人ずつ吊るして、ってとこだな……重くなりそうだ」

 

 こういう時、仕留めた魔物だったら内臓を抜いて軽くするんだが、人間相手はそうもいかない。

 面倒だが子豚の丸焼きを2つ吊るす感じで、街まで連行していくことにしよう。

 

 

 

 いつもは軽口を叩き合うフランクな門番だが、さすがに人間二人を棒に吊るしてやってくる姿を見せれば対応も真剣なものになる。

 

「森で待ち伏せか……卑劣な連中だ。認識票も自分たちの物ではないんだろう。誰かを殺して成りすまし、レゴールに入ろうとしたのか……」

「すまんなモングレル。こいつらはこちらで尋問にかける。追ってお前には報奨金を出そう。額は余罪次第だな」

 

 いつもは門の休憩室でダラダラしている連中も姿を見せ、縛られた二人組に厳しい視線を送っている。

 これから異世界クオリティの尋問という名のほぼ拷問にかけられ、二人のならず者は余罪を追及されることになるだろう。犯罪奴隷として使えるギリギリのラインで振るわれる暴力だ。ここからは正直関わりたくもない。

 

「じゃあ俺はまた森に潜らせてもらうよ」

「大丈夫か? 怪我はなかったのか」

「無傷で制圧できたしな。浅いところで春の野草だけ採取したら戻ってくるさ」

「そうか……気をつけろよモングレル。街の外ともなると俺達衛兵では守ってやれんからな」

「心配してくれるのか、嬉しいね。でも野草の分け前をプレゼントできるほどの時間はなさそうだ」

「なに、今度また肉を持ってきてくれればそれで良いさ」

「それ結構図太い要求してるぞお前ー」

「ガッハッハ」

 

 春は人も物も金も動く季節。それに合わせて悪い連中もカサカサ動き回るのは仕方ないことだ。

 こればかりは風物詩ってことで納得するしかない。悲しいことに、珍しいもんでもないのだから。

 

 



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ハルペリアの注目株

 

 ギルド内は見知らぬ顔が増え、賑やかであると同時にちょっとピリピリするようにもなった。

 仲間内のメンバーばかりだとどこか弛緩した空気になるが、何を考えているのかわからない相手がいるとなると無意識にでも警戒はするものだ。

 それにギルドマンは舐められたらおしまいな部分もある。良い依頼を受けるためには名声が必要なことも多いのだ。誰それに喧嘩で負けたなんて噂が流れるだけでも商売に差し支えることさえあるのが普通だしな。

 

「レゴールの討伐任務は実入りが悪いな……」

「小物がたくさんって感じね。田舎みたい」

「一山当てるには向かんな。腕が鈍りそうだわい」

 

 首からシルバーの認識票を引っ提げたよそ者パーティーが話し合っている。

 内容は“レゴール周辺の魔物は雑魚ばっかで運動にもならねえなあ”って感じだろう。いや、本人たちにはそこまで悪意はないんだろうが、周囲で聞いているレゴールをホームにしたギルドマンにとってはどこか侮られたように聞こえたのだろう。

 こういうヒリついた空気がたまんねえのよな今の時期は。

 もういつ誰かが“じゃあそのレゴールのギルドマンとどっちが強いか試してみるか?”とか凄み始めてもおかしくはない。

 一触即発よりやや手前くらいの殺伐とした牛丼屋めいた雰囲気……こんな空間でひっそりと飲むミルクは格別だぜ……。

 

「やあモングレル。まだ昼間なのに飲んでいるのかい」

 

 西部劇さながらのギルドの雰囲気を味わっていると、珍しい相手に声をかけられた。

 

「おー、久しぶりだなサリー。三年ぶりくらいになるか。王都にホームを移したんじゃなかったのか? それとも護衛でレゴールに立ち寄ったのか?」

「本当に久しぶりだね。一応護衛しながら来たのは確かだけど、またホームをここに戻そうと思ってね。隣の席いいかな」

「おう。あ、ちなみにこれミルクだから」

「あ、本当だ」

 

 黒いボブカットに無害そうな糸目。そしてレゴールのギルドではあまり見ない魔法使いのローブ。歳は俺と同じくらい。

 彼女は数年前にレゴールを拠点に活動していた実力派パーティー「若木の杖」の団長、サリーだ。白い首元には3つの星が嵌め込まれた金の認識票が輝いている。

 

 王都でも十分にやっていける力はあるパーティーだったが、今更レゴールに来てどうするんだろうな。

 さっき依頼を選んでいた連中もぼやいていたが、討伐関連は本当に湿気てる街なんだが。

 

「王都もやりがいのある仕事は多かったんだけどね。活気づいているといえば最近はレゴールの方が上じゃないか。ほら、ケイオス卿ってここの人間なんだろう? そのおこぼれに与ろうと思ってね。一度こっちに戻ってきたんだ」

「はーなるほど。お前もケイオス卿のなんかで来たクチか」

 

 新商品発祥の地レゴール。それに伴う仕事は多く、好景気はレゴールのさらなる発展をたやすく予測させてくれる。

 貴族街ではバロアの森までの道路整備の話も持ち上がっているし、それにともなってギルドマンの仕事もまぁ増えなくはないだろうが……。

 

「王都から見るとやっぱりレゴールの勢いはよく見えるよ。人や物の流出もね。貴族の方々は嫉妬に狂ってて、それを眺めているのは面白くもあるんだけど……僕らは流れに乗り遅れまいと、ちょっとした博打に出ることにした。そんなに心配はしてないけど、駄目そうならまた王都に戻るだけだしね。けどレゴールはもっともっと伸びていくんじゃないかな」

「ほうほう、王都からはそう見えてるのか」

 

 ハルペリア王国としては王都がなんでも最先端でいたいところだろうが、俺のせいで大分計算が狂っているらしいな。こういうその街の空気感は実際に行ってみないとわからないもんだから、人伝でも聞けるのはありがたい。

 

「ここだけの話、アマルテア連合国の交易団もレゴールに足を伸ばすそうだよ」

「マジ?」

「大マジさ。僕たちはその交易団の護衛でやってきた。大きな商会もいくつかレゴールに支店を構えるそうだよ」

「それは……これまで以上に景気が上向きそうだな」

 

 そうか、連合国も動き出したか。

 ……友好国だしな。距離は離れているがありえない話でもないか。

 それだけレゴールから生まれる新商品たちに利を見出したってことなんだろう。

 ゴールドランクの「若木の杖」を護衛に雇うのだから本気と見て良いはずだ。

 

 ……やべーな、レゴールの外壁拡張工事が始まってもおかしくねーぞこれ。

 バロアの森の開拓範囲拡大も急ピッチで進められるかもしれん。わりとマジでギルドマンの仕事も増えそうだ。

 

 さてどうすっか。

 この機に乗じて世の中に流すべき発明品について考える必要が出てきた。何を優先するべきか……悩むな。

 

「モングレルは未だにソロでやっているのかい? ……ああ、まだブロンズなんだ。逆に感心するな」

「気楽なギルドマンを極限まで追求するとこういう人間が生まれるんだぜ、サリー」

「なるほどね。それじゃあ僕らのパーティーにお誘いするわけにはいかないな」

「新入りを探してるのか?」

「一応ね。今のレゴールに詳しいギルドマンを何人かって考えてはいるけど。まあ、ゆっくり探すよ」

 

 サリーとは三年前からずっとこんな調子だった。

 話の波長はなんとなく合う相手だ。

 しかしサリーは鋭い部分もあるのであまり懐を開きすぎないようにしている。妙なことから俺のケイオス卿としての側面がバレかねないからな。そういう意味では一番警戒している相手ではある。

 

「若いやつを取り入れるのもいいが、その前に昔馴染みの連中には顔出しておけよ。お前が戻ってきたって言ったらみんな驚くと思うぜ」

「おっとそうだね、忘れるところだったよ。モングレルは驚いてくれたかな」

「そこそこ」

「そこそこ、か」

 

 サリーはそのまま手を振るでも別れの挨拶をするでもなく、席を立ってギルドを出ていった。

 これがあいつの基本的なムーブである。話の入り方とか切り上げ方が独特すぎるんだよな。

 

「ああ、そうだモングレル。これは王都で聞いた話なんだけど」

 

 と思ったらまた入り口からサリーが戻ってきた。

 自由だなほんとお前な。

 

「近々このレゴールに王都から魔法用品店が支店を出してくるそうだよ」

「なんだって? それ本当かよ」

「直接聞いたし間違いないよ。弟子の一人が暖簾分けを許されたんだってさ。モングレルは魔法に興味があっただろう? 市場でなんか変な魔法の入門書を買ってたくらいだし」

「ああ例のクソみてえな本な。あれは騙されたわ」

 

 数年前に黒靄市場で魔法の初級指南書を買って試してみたことがあったが、一週間無駄な瞑想をするだけに終わったからな。サリーから“それデタラメだよ”と指摘されてなかったらもう一週間は瞑想を続けていたかもしれない。

 瞑想のお陰でちょっと集中力高まってきた(プラシーボ)気になったので完全に無駄ではなかったかもしれないが、騙されたと分かった後は本はバラバラにして革屋に売りつけてやった。懐かしい事件だ。

 

「初心者用の道具も売られると思うから、もしまだ興味があるなら行ってみると良いよ。値段はするけど品質は良い店だからおすすめだね」

「有益な情報だぜ、助かるわ。また水魔法に再チャレンジしてみるかー」

「魔法の習得、楽しみにしているよ。モングレル」

 

 それを最後にサリーは再びギルドを出ていった。やはり挨拶とかはしない。おもしれー女。

 

「……連合国の交易に、魔法商店か。激動って感じだな」

 

 ぬるいミルクを飲み干しながら、物思いに耽る。

 レゴールを裏からどう伸ばしていくか。どう変わるように誘導していくか。

 

 ……街の規模や注目度がでかくなると、そう思い通りにコントロールできなくなりそうで怖いな。

 これからはより慎重に進めていくべきなのかもしれん。やることはやっていくにしてもな。

 

 ま、活気があるのは良いことだ。特に交易が活発になるのは良い。

 連合国産のかっこいい武器とか流れてこねーかなぁ。

 



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タレはタレの味しかしない

 

 俺は塩派だ。

 何故なら、通は塩だからだ。素材の味を楽しめるからだ。最終的にたどり着く境地は塩だからだ。

 

 しかし時折、屋台なんかで鶏肉の塩串焼きを食べていると思うのだ。

 

 ……ごめん、やっぱタレないとつれぇわ。

 

 

 

 まず、タレとは何か。

 まぁ日本で使うタレはメインとなる材料は決まっているんだが、焼鳥のタレを例に挙げてみよう。

 焼鳥のタレに必要な材料は醤油、みりん、酒、砂糖の4つってところだ。みりん、砂糖、酒の配合は結構変わるもんだが、この中で最も欠かせない要素と言えば醤油だろう。醤油がなければタレの味は出せないと断言しても良い。

 

 うん。醤油な。うん。

 

 次に醤油のレシピだ。

 主原料は大豆、小麦、塩。

 お? なんか行けそうじゃんって思うじゃん。俺も思う。大豆まんまな奴は無いけど、似たような味の豆はこの世界にもあるからな。

 でも隠し味的な原料として足りないものがある。

 

 それが麹菌だ。

 

 ……こうじ……?

 

 まあ、つまり天然酵母とかと同じ……発酵に必要な微生物たちのことなんだが……。

 こいつは日本とか湿度の高い東アジアとか東南アジアにしか存在しない。

 

 ……はい終了!

 醤油作れません! 自動的にタレも作れません! この話はやめよう! ハイハイやめやめ!

 

 いやマジなんなんだろうな醤油って。日本食っぽいもの作ろうと思ったら兎にも角にも醤油が立ちはだかってくるんだよなこれ。

 別に俺も日本食至上主義者じゃねえけどさ。この世界に来て熱狂的に米とか味噌とか探そうともしない程度には適応できる人間だけどさ。

 シンプルに前世が日本人だったせいで作りたい料理のレパートリーが日本食に偏ってるんよ。醤油と味噌ないと汁物さえまともに作れねーのよ。わかるかこのもどかしさ。塩を崇める宗教に熱狂するしかなかったんだよ俺は。

 ちなみに味噌も麹菌ないと作れないから俺は味噌汁も飲めません。クソである。いや味噌の話しながらクソの話するのはよくないな。お排泄物ですわマジで。

 

 なんで麹とか醤油とかがもっと普遍的に存在してないんだ。

 岩掘って岩塩が出るくらいなら砂漠を掘ったら醤油が湧き出して来ても良くねえか? パイクホッパーの腹を思い切り殴ったら口から吐き出すあのくっせぇゲロみたいなやつが実は醤油でしたってことになんねえか?

 

 ああタレを舐めたい。醤油が欲しい。

 釣りの準備は着実に整っているのに釣った後のレシピが貧弱過ぎる。刺し身食いたい刺し身。

 

 だが無いものねだりしていても醤油の雨は降ってこない。

 無いなら無いなり頑張るのが工夫できる優秀なギルドマンだ。

 

 というわけで、俺は市場で調味料を探すことにした。

 

 

 

「珍料理……大発見!」

「なんスかそれ」

「これから俺達は市場に流れてきた各地の交易品を探して回り……美味そうな調味料を見つけ出す!」

 

 俺とライナとウルリカは市場にやってきた。

 バッタモンに溢れた黒靄市場ではない。ちゃんとした賑わっている方の市場である。

 

「……釣りに必要な物買いに行くぞって言うから来てみたら、調味料スか」

「私は結構楽しみだなー。最近よその商品が沢山出てきてるんでしょー?」

「既にあるやつで良いと思うんスけどねぇ……」

「良くない! それは良くない考え方だぞライナ! 食の豊かさは挑戦から! お前はまだ若いんだからもっと自分から色々なものを食っていかなきゃいけないんだぞ!」

「私もう大人スけど……」

 

 だまらっしゃい、ライナが大人なんざ百年早いわ。いや百年は言いすぎたな、2、3年は早い。

 

「とにかく調味料らしいものを片っ端から試していく! そして良い感じの奴は買う!」

「……モングレル先輩、どうしてそんな調味料を? まぁ魚とかに使うってのはわかるんスけど」

「魚料理に使うものがほしいってのもある。が……まぁ単純に俺の故郷の味をできる限り再現したいってのがメインだな」

「あ……モングレルさんの故郷……」

 

 醤油や味噌がなくても代用品はいくらでもある。

 日本で生み出された代用醤油だとか、魚醤だとか、ガルムだとかな。異世界各地から集まったそういう調味料からそれっぽいのを集めておけばいざという時に使えるだろ。

 何より調味料は保存が効く。買っておいて損になることはあるめぇよ。

 

「……わかった! 私、頑張ってモングレルさんが必要とする調味料を見つけ出すから!」

「おお気合入ってるなウルリカ。頼むぞ。お前たちの味の好みも参考にしたいからな」

「……まぁそういうことなら、私も頑張るっス」

 

 

 

 そういうことで俺達は市場の散策を開始した。

 見慣れない果物や乾き物など目移りする商品が増えたが、それらをひとつまみしたい欲求をグッと堪えて目当てのものを探していく。

 

 しかし多いのは粉系だ。

 ハーブやスパイス、香辛料の類が目立つ感じ。液体系の調味料は輸送に難があるせいか滅多に見かけない。

 

 たまに見かける液体調味料は一滴味見させてもらうと、大体がしょっつるというか……魚醤というか……旨味はあるけど生臭い感じのものばかり。

 正直俺はあまりこういう魚醤とかナンプラーみたいなものに詳しくない。

 火にかけて酒とか砂糖とか色々混ぜてどういう味になっていくのかは見当もつかねーわ。

 ライナやウルリカも味見してみたが、絶賛するほどではないようだった。特にキツめの匂いが慣れないらしい。

 

「モングレル先輩、スパイスばっか買ってるっスね」

「でもそれ、モングレルさんの目的のものでは無いんでしょ……?」

「まぁなぁ。けど使えそうだと思って買っちまった」

 

 荷物に追加されていくのは粉や乾燥スパイスばかりだ。

 香りの強いものなのでカレーとはいかないまでも、肉にかけたら良い感じになってくれるだろう。

 

 ……探し回っているうちに、もうこれで妥協して良いんじゃないかという思いが頭をよぎる。

 

 もう俺の求める調味料にはたどり着けないのではないか……?

 

 スタッフの誰もが諦めかけていた……その時!

 

「おお、こ、これは……!」

「! 見つけたの? モングレルさん!」

「干した海藻だ!」

 

 それは昆布……とは違った形をしていたが、大きなヤツデの葉みたいな形をした海藻に違いなかった。

 表面は塩を吹いたようにうっすらと白く染まっている。爪の裏で叩いてみると、肉厚で硬そうな感触が返ってきた。

 

「連合国から来た海藻の保存食だよ。水で戻して焼いて食うんだとよ。俺は食ったことはないがねえ」

「水で戻して、焼く?」

「肉と似たような味がするらしい。本当かどうかは知らんがね」

 

 肉と似た味? 全く想像できねえけどつまり十分な旨味は出るってことか。

 いやとにかく、海藻なら問題ねえ。昆布出汁として使えるはずだ! ……多分!

 

「面白そうだ、これ売ってくれ」

「あいよ、結んでまとめてあるから十枚ずつで買ってもらうが良いかい」

「じゃあ三十枚くれ」

「お、そいつは助かる。値段は一枚分おまけしてやるよ」

「助かるぜー」

 

 こうして俺は故郷の味に少し近づけるであろう食材を手に入れたのだった。

 

「モングレル先輩の目当てのものっスか」

「ああ。故郷でも似たようなものを食ってたから、まぁ食えるだろう」

「良かったねぇ、モングレルさん」

「二人共ありがとうな。ああ、お前たちも何か買うものあるか? 大きな買い物するなら荷物持ちくらいにはなってやれるぞ」

「マジっスか。じゃあちょっとクランハウスで使う物をお願いしたいっス」

「あ、私もー!」

 

 こうして俺はいくつかのスパイスと昆布っぽい何かを手に入れた。

 醤油の代用品は見つからなかったが……まぁこの世界の何か適当なソースでも我慢できなくはない。

 しばらくは新素材を使った創作料理に没頭できるだろう。

 



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先を見据えた金稼ぎ

 

 春は仕事の季節。ギルドマンにとっても嬉しい時期だ。

 バロアの森の奥深くに籠もっていた連中が活動範囲を外側まで広げ、狩猟ができるようになる。

 チャージディアの毛皮が生え変わりの影響で価値が落ち気味になるといったちょっとしたマイナス要素もあるが、討伐せずとも生え変わりの角を拾えたり、野草や薬草が多かったりと歩いてて楽しい季節である。

 

 とはいえ、春はそうバロアの森に関わっていられない季節でもある。

 

 啓蟄。春は虫の湧く季節。

 パイクホッパーが各地でブイブイ言わせる時期でもあるからだ。

 

 ハルペリアでは比較的珍しい虫型魔物、パイクホッパーは犬サイズのバッタだ。

 尖った頭部が頑丈で、強いジャンプから繰り出される頭突きは子供相手であれば突き殺せるレベルである。

 しかしでかい図体のせいか小回りはきかず、正面に立たなければ避けることはそう難しくはない。アイアンクラスのギルドマンでも十分に討伐できる魔物だ。

 だがパイクホッパーの問題は戦闘力ではない。こいつの主食が小麦って所にでかい問題がある。

 ただでさえバカでかい図体に草食。しかも人の主食たる麦をメインターゲットにする悪辣さ。この国においてはそこらの不快害虫なんて目じゃないくらい嫌われている存在だ。

 

 幸い、パイクホッパーは麦に狙いをすまして集団移動するタイプの魔物ではない。空も飛べないので簡単な柵があればある程度動きを封じることもできる。

 それでも農業国家としては存在を許せる魔物ではない。

 そのため、ギルドによる春のバッタ討伐は大々的に行われているのだった。

 

 

 

「来たな、飛び跳ねる貢献値」

 

 農場に近い林に入ってすぐ、向こうの茂みから無機質に藪を踏みしめる音が聞こえた。

 パイクホッパーだ。バッタのくせに卵から成体になるまでの間は土の中で育つとかいうセミみたいな生態をしているが、こうして地上に這い出てくると完全にバッタである。

 

 こいつの討伐は安いが貢献値は悪くない。

 しかし素材が売りにくいのは残念だ。一応解体すれば鶏肉みたいな可食部も得られるんだが、ハルペリアでは虫食文化に否定的というか、サングレールの逆張りをしてるせいであまり一般的ではない。俺もわざわざ解体してまで食いたいかっていうと微妙なところだ。

 

 それでも、俺にとってこの手の魔物は都合が良い。

 

「中途半端な攻撃力。逃げない知能。少ない返り血。俺は結構好きだぜ、お前のこと」

 

 茂みから勢いよく、パイクホッパーが向かってきた。

 それをひらりと横に動いて回避すると、パイクホッパーはある程度突進を続けた後、のろのろと方向転換を始める。動きとしては戦車っぽい感じがする。

 

「この横っ腹を向けてくれるのがやりやすくて良い」

 

 突進後の方向転換が最大の隙だ。

 パイクホッパーの横面をバスタードソードで思い切り切り落としてやれば、それだけで終わる。まあ普通は斬撃が通るほど柔らかくもないんだが、俺にとってはこれができるから楽だ。

 それにいざ突進を受けても俺はほとんどダメージを受けない。こいつ程度の突進じゃ俺の強化された軽装備を抜けないんだよな。そういう意味でもストレスなく戦える相手だ。

 

「さー来い、どんどん来い。金欠でちょっと危ねーんだ。まとめて百匹くらい来てくれ」

 

 その日、俺は日暮れ近くまでパイクホッパーを斬り続けたが、討伐数は20弱が限界だった。

 何日かに分けて狩るような数ではあるが、元々ソロでもやれる討伐だから俺にとっては大した儲けにはならん。

 後ろ足を加工して短めの武器の柄にしたりってこともあるらしいが、それも人気無いしなぁ。

 

「ギルドでなんかいい仕事紹介してもらうかー」

 

 俺はパイクホッパーの尖った額の甲殻をズダ袋いっぱいに詰め込んで、帰ることにした。

 

 

 

 しかしこの時期はギルドも忙しい。

 受付もエレナやミレーヌさんだけでなく、普段は裏方仕事をやってるフロレンスさんまでもが駆り出され、対応に追われている。

 特に依頼主との個室対応がひっきりなしなため、建物内を行ったり来たりする職員も多い。

 ここで行列に並んで“なんかいい仕事ない?”とふわっとした事を聞くのはめんどくさい奴である。ある程度列が掃けるまで待ってから並ぶことにしよう。

 

「お疲れ、エレナ。すげー客だな」

「はぁ……大変ですよ、本当に。それでモングレルさん、今日は?」

「忙しいとこで悪いんだが、ブロンズ3でも受けられて金になる仕事があれば欲しくてな。キツい力仕事で何か良いの無いもんかね」

「また金欠ですか?」

「近頃面白い品が多くてな」

「無駄遣いが多いんじゃないですか? まあ、市場も賑わってますから気持ちはわかりますけど。……んー、そうですね……あ、確か良い仕事がありました。路地の奥まった場所にある共同倉庫が一つ、商社に売り払われることになったんですよ。その中に入ってる重い道具類の運搬作業がありまして」

 

 おお、わかりやすい力仕事だな。

 

「共同倉庫なので各持ち主の場所まで届けなくてはならないのですが、狭い場所なものですから運び出しに道具が使えず、作業が難航しているそうなんです。木製の台座に据え付けた鉄床だとか、本当に重い物が多いとか……本当は三人ほどの働き手を求められていたんですけど」

「俺にピッタリだな。三人も必要ないよ、俺一人でやる」

「そう仰ると思いました。……依頼の調整があるので、二日ほどお時間いただけますか?」

「おう、ゆっくりでいいよ。キツい仕事で数人分の働き。良い金になりそうだ」

「……本当はシルバーの仕事を受けたほうがお金になるんですけどねえ」

「それはまた今度ってことで」

 

 良い仕事っていうのも、あるところにはあるもんだ。

 

 

 

 二日後、案外早く仕事にありつけた。

 どうやらさっさと倉庫を片付けて商社に引き渡さなければならないらしく、持ち主もそこそこ焦っていたらしい。

 

「うちの若い連中は力が無くてなぁ。俺ももうちょっと若けりゃ運べたんだが」

 

 倉庫の入り口近くに置かれた重そうな道具類の数々。こいつを狭い路地を通って運ぶのは確かにしんどいだろう。

 人数が多くてどうにかなるような場所でもない。

 倉庫の前に建った新しい家屋が邪魔なんだろうなぁ。こればかりは仕方ないんだが……。

 

「俺が一つずつちゃっちゃと運ぶからさ。おやじさんたちは道具の持ち主だけ何か札みたいなの貼ってわかるようにしてくれよ。俺は札の通りに運び込んどいてやる」

「ありがてえ。……あー、できれば地下倉庫まで入れてもらえると助かるんだが」

「ああ構わねえよ。ただいちいち降りて登ってするのも面倒だから、一旦その手前に集めておくのでもいいかい」

「助かるよ。それでよろしく頼む」

 

 そうと決まれば話は早い。さっさと倉庫を綺麗にしてやるかー。

 

「うおっ!? 力持ちだねえー……さすがギルドマンだ。依頼に出すには高いと思ったが、頼んで良かったよ」

「なぁに軽い軽い。給料分は働いてやるぜぇー」

 

 共同倉庫の利用者は四人。大荷物を四箇所にそれぞれ運んでいくのだが、倉庫が地下にあったり狭い路地の奥にあったりと、確かにこれは面倒な作業だ。身体強化できなきゃ倉庫整理を考えたくない気持ちはよくわかる。

 だが俺の力にかかれば大したもんではない。移動の手間があるくらいで着々と荷運びを済ませ、午前中には倉庫を空にできた。

 昼食代もおやじさんの厚意で奢ってもらい、午後は各店舗にまとめておいた荷物をそれぞれの倉庫に下ろす作業もやったが、それも一時間ほどで片付いた。

 重い荷物はあるが個数は少ない。危なげなく運べば、まあそんなもんである。

 

「いやー、一日で終わって良かった。ほんとありがとうな、モングレルさん」

「これが俺の仕事だからな。気にしないでくれ。また何かあればギルドか俺に頼んでくれよ」

「ギルド通さず、モングレルさんに直接通したら安くしてもらえるかい?」

「あーギルドに睨まれない程度の仕事だったらな。“友達の手伝い”って奴だ」

「そうか……まぁ俺達もギルドと喧嘩したいわけじゃないが、そうだなぁ……機会があればモングレルさんに直接頼ませてもらうよ」

 

 ぬふふ、話の分かる人で助かるぜ。

 ギルドを通すと金がかかるのは小さい店ほど実感が大きいからな。

 そういう場合は俺が直接働きに出るのも悪くない。パーティー単位で動くとアレだが、個人で手伝う分には文句付けられる筋合いもほとんどないしな。

 問題は報酬でモメても仲介してくれないことだが、レゴール内でやる分には大丈夫だろう。払い渋るならこちらとしても出るとこ出るしな。陰湿な意味で。

 

 

 

「さて……これでまた買い物資金が溜まってきた」

 

 この前のスパイスや昆布的な何かのせいで金がカツカツだったが、どうにかここで持ち直してきた。

 まだ俺には魔法の教科書やら新しい装備やら、買うものがあるんだ。

 もうしばらく金稼ぎに奔走するのも悪くはないだろう。

 




当作品の評価数が1000件を越えました。

書き始めから一ヶ月と少しでこの勢いは私もびっくりです。

皆様の応援、本当にありがとうございます。

評価1000件突破を記念しまして、お礼ににくまんのダンスを披露させていただきます。

ヾ( *・∀・)シ フニニニ…


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ヤツデコンブを最も肉っぽくする方法

 

 ヤツデという植物の葉は、文字通り八手、八本の指が伸びた手のような形をしている。

 あれだ。鼻高天狗とかそういうのが持ってる葉っぱの団扇。まんまアレだな。天狗の羽団扇なんて別名もある。

 

 俺が前に買った昆布っぽい海藻は、そのヤツデにそっくりだった。

 ヤツデの葉っぱなんて食えるようなもんじゃないから食品とイメージが結びつかないのだが、色合いや固さは昆布そっくりだ。

 

「……んー……まぁ旨味もあるよな、これ」

 

 昆布に含まれる旨味成分……グルタミン酸だっけな。塩吹いてる表面を舐めてみるとわずかにそんな感じの旨味を感じる。

 旨味は日本食の基本だ。もしかするとこれでレパートリーを開拓できるかもしれない。

 しかし不安要素もある。

 

「水に戻してから焼くと肉の味がするってなんだよ……売り込み文句が逆に怖いわ」

 

 昆布が肉ってのが本当にわからんな。大豆で作るステーキ的なやつ?

 いやいやどんな成分してたら肉みたいな味がするんだよ。そう考えると煮出しても思っていたような出汁が出ないんじゃないかと不安になってくる。

 

 だがせっかく買ったんだ。とにかくまずは味見して見る他あるまい。

 

「水で戻すのも多少加熱して出汁を取るのも変わらんだろ。出汁取りと昆布ステーキ、両方やってみるか」

 

 小鍋に水を張り、ヤツデコンブ(仮)を投入。

 そのまま水から加熱を始めてゆく。

 

 ここは以前かにこ汁を作った屋外炊事場。今日は俺一人だが、まぁのびのびと創作料理を試させてもらうとしよう。

 故郷の味の再現は一人で静かに豊かにやっていたいからな。

 

「……沸騰前に取り除く、と。まぁ柔らかくはなってるが……肉ではないな」

 

 前世の昆布の出汁取りと同様に、沸騰前に取り出してみる。

 ヤツデコンブは柔らかくなったが、肉ではない。ただ、どこか懐かしい匂いはする。海藻特有の磯っぽさと、旨味がありそうな匂いだ。

 

 昆布ステーキはまぁ個人的にはどうでもいい。大事なのはこの汁の方だ。

 というわけでさっそく一口味見をば。

 

「んー、まぁ昆布……だよな? ちょっと違うか……? 風味は違うがまぁ旨味はある気がする……」

 

 一口飲んでみると、昆布とは少し違っていたが旨味は出ているように思う。

 だが断じて肉ではない気がする。これを煮詰めてもステーキ味になるとは思えんね。

 

「……出汁を煮詰めて、塩を足してみてってとこだな……」

 

 大体のイメージは掴めた。昆布出汁とそっくりなものが作れる……そう考えて間違いはないだろう。良いものを手に入れたぜ。

 あとはまぁ、おまけとして昆布ステーキも試してみるか。

 

 お湯から引き上げたヤツデコンブを油を引いたフライパンに投入し、焼いてみる。

 小盾から作ったフライパンだから底が丸いけど、まぁまぁ使えれば良し。

 

 油が汁気の多い昆布の下でパチパチと音を立てる。

 じわじわと昆布が動き、縮んでいるような反り返っているような。

 肉と比べると薄いので、早めにひっくり返す。案の定片面は既にいい感じに焼けていた。……いや本当に肉の味になんのこれ? 市場のおっさん適当な情報掴まされてない?

 

 半信半疑になりながら調理を進めていく。

 油を足しつつ、こまめにひっくり返しつつ……。

 

 もっと加熱すれば肉の匂いが出てくるんじゃないかという淡い希望を懐いていたが、これ以上はさすがに焦げそうだってところで火から救出した。

 出来上がったのは焼け目がついたヤツデコンブ。調理そのものは間違っていないはずなのにどうにも前提から失敗している感が否めない。

 

「まぁとりあえず……食ってはみるけど……」

 

 自分で料理しておきながらなんだけど気が進まねー……。

 でも食べちゃう。もぐもぐ。

 

 ……んー……?

 

「肉……かなぁ……? いや海藻だけど……?」

 

 食べてみた感じ、確かに昆布とは違うけども……けども……。

 でもやっぱ断じて肉ではねーよという……想像通りの味がした。期待してなかった通りの味だ。

 

「いやまてよ、出汁取っちゃったのがマズかったのかもしれん。水に戻すだけで調理してみよう」

 

 俺は出汁を取るために加熱したが、それが旨味を逃がす原因だとすればこの結果も仕方ないのではないか。

 そう仮定して、新たなヤツデコンブを水に戻していく。今度は加熱せず、ふやかすだけに留めておく。

 

 水が浸透して柔らかくなったら再び油で炒めてみる。

 ジュウジュウパチパチ。……今度はさっきよりも、いい感じの匂いがしているような、してないような……。

 

「おーモングレル、なんだそれは、料理やってるのか」

「ん? ああバルガーか。前に市場で見つけた謎の食材をちょっとな。そっちは燻製か」

「ああ。今日はのんびりな」

 

 油炒めをやってると、通りがかったバルガーが声をかけてきた。

 どうやらこいつは向こうの竈門で燻製を作っていたらしい。パーティー用なのか自分用なのか。結構纏まった量を作っているようだ。

 良いよな燻製。俺もこの世界の燻製チーズは大好物だ。

 

「……え、なんだそれ。葉っぱ?」

「海藻だよ。名前はしらんけど」

「名前も知らない食材を調理してんのかお前」

「聞くの忘れちまってなー。今度連合出身の奴に聞いてみようと思ってはいるんだが」

 

 ここでひっくり返す!

 ……うーん、煮出してないからさっきのヤツデコンブより色が濃い目で火加減が良いのか自信ねえな……。

 

「海藻ってのはそんな調理をするもんなのか?」

「俺も初めてなんだよな。売ってたおっさんが言う話じゃ肉みたいな味がするらしいぞ」

「ほー、面白そうだな。燻製少しやるから一口わけてくれよ」

「逆に燻製もらっちゃっていいのかよ。美味いかどうかわからんぞこれ」

「ギルドマンは冒険心が大事だからな!」

「俺は慎重な心を大事にしたいが……そろそろ良いかな。バルガー、この鉄板に乗った状態のままでこいつ切り分けてもらえるか」

「あいよ。……ってなんだこれ、バックラーじゃねえかよ」

「取っ手付けただけの調理器具だよ。良いだろ」

「なんだかなぁ……同じ小盾使いとして複雑なんだが……」

 

 盾の窪地の上で、バルガーがヤツデコンブを切り分けていく。

 ナイフでちゃちゃっとなぞるようにヤツデの指を解体していくと、どことなくベーコンっぽい形のものが八枚生まれた。

 まぁベーコンではないんだが。

 

「じゃあ一枚もらうぜ」

「おう。俺も一口……」

 

 いざ実食。むしゃぁ……。

 

 ……お?

 

「肉……ではないけど……」

「肉……っぽい感じはある……かもしれない……?」

 

 食べて見ると、油で炒めたせいなのか、焦げ目があるせいなのか。そこに旨味が加わったおかげなのか。

 ベーコンっぽい見た目に近い、肉的な食べごたえを感じた。

 

 ただ肉ではない。代用肉というか……肉モドキというか……それに近いものって感じだ。食感なんかは特に全然違うしな。

 でも意外なほど、肉っぽさは感じる。不思議な味だ。

 

 まぁ不思議ではあるんだけども。

 

「んー、これ食うなら肉食ったほうが良くないか?」

「バルガーもそう思うよな。俺もそう思う」

 

 ただ普段から肉を食える立場からすると、わざわざこれ食う必要ある? って感じなのは間違いない。

 あくまで面白食材というか、肉食できないタイプの人向けというか……。

 

「何が足りねえんだろうな。あ、モングレル。これ炒める時に獣脂使ってみたら良いんじゃねえか?」

「それ使ったらもう肉になるっていうか、ちょっとずるくない?」

「ちょっと試してみようぜ。獣脂持ってきてるからよ」

「まぁやってみるか。食感は変わらなそうだけどなぁー」

 

 フライパンに獣脂をぺいっと投入して、残ったヤツデを再加熱。

 うん、こうしてジュウジュウ炒めてると匂いは完全に肉だ。獣脂使ってるから当たり前ではある。

 

 そうして出来上がったものを食べてみると……なるほど、確かにこれはベーコンのようだ!

 

「いやこれやっぱずるいってバルガー。獣脂使ったらそりゃ肉っぽくなるって」

「ハハハ、完全にクレイジーボアの味がする。でもこっちのが良いだろ?」

「まぁ良いけど。……あ、こいつと一緒に買ってきたスパイスも入れてみっか。もっと肉っぽくなるかも」

「おー! なんだよモングレル、そんなもんまで買って金大丈夫なのかよ」

「いや最近結構やばかった」

「本当に買い物になると馬鹿だなお前ー」

「ちゃんと賢い買い物してますぅー」

 

 その後、肉用のスパイスをいくつかパラつかせてヤツデコンブステーキの完成度をより高めてみたり、色々と悪ふざけじみた調理法をテストしたりなどで楽しんだ。

 創作料理はこういうところが楽しいんだよな。

 このヤツデコンブを美味しく調理するノウハウに関しては連合国を越えてるかもしれん。

 

 結局俺達の出した結論としては、バルガーの持ってきた燻製肉にスパイスかけて食うのが一番美味いということになった。

 

 アホかよ。

 



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世直しモングレルさん

 

 王都からやってきた熟練パーティー、「若木の杖」はレゴールのギルドで注目を浴びた。

 魔法使いを何人も擁しているというだけでも話題性に事は欠かないのに、それが“王都”だとか“出戻り”だとかが尾ひれに付くだけでも話題は盛り上がる。

 

 それはだいたい、悪い意味ではない。

 三年前にはレゴールを拠点としていただけあって顔なじみも多く、“よく戻ってきたな”という反応が大多数だったおかげだ。逆に“誰だコイツら”扱いするようなのはモグリ扱いを受けている。

 

 だからこそギルドの酒場では「若木の杖」たちが屯するスペースも自然と生まれるし……それによって居場所を追われる連中も、また生まれるのだった。

 

「いまさら王都の連中がなんだってんだ」

「都合の良い時だけレゴールに戻ってくるのかよ……」

 

 時々、酒場ではそんな話を聞く。まぁ陰口というか、やっかみだな。

 自分たちがレゴールで地道にやってきたところを、戻ってきた連中が我が物顔でギルドに居座る……それが気に入らないのだろう。

 正直なんのこっちゃと思うのだが、ギルドマンはそういうところが結構ある。ホームとしている街がシマというか縄張りというか……実際ヤクザじゃねえんだから勝手なこと言ってるだけなんだけども、気持ちとしてそういったものを抱く奴は少なくない。

 

 特に「若木の杖」は構成員のほとんどが魔法使いらしい。

 弓使いはおらず、近接役が数人いるだけ。最初から最後まで完全に魔法で圧倒するという、“理想を突き詰めればそうなるんだろうけどそんな魔法使いいねーよ”って現実をせせら笑うような厨パだ。

 地元の武器屋でユニクロ装備揃えてちまちま成り上がってこうぜってやってる最中に廃課金装備の連中が乗り込んできたような状況に近い。

 話しかけるのも結構躊躇するだろうし、向こうも王都生活が長かったせいか垢抜けた雰囲気もあって……どうにも親睦を深めづらいようだ。

 嘆きたくなる気持ちはまぁ、わからないでもない。

 そんな雰囲気が蔓延しているせいか、「若木の杖」はレゴールのギルドで孤立気味だ。

 

 ……けどなー。だからといって、それで嫌がらせの標的にするっていうのはどうかと思うぜ。

 

 

 

「なぁ、あんたってさ。あの“若木の杖”の魔法使いなんだろ?」

「俺達と遊んでくれよ」

「どこ住んでんの?」

「え……あの……」

 

 ギルドの外で、どこか不穏な会話が聞こえてきた。

 どうやら三人組の男たちが、一人の女の子相手に絡んでいるらしい。

 

 ギルドの近くもそこそこ治安が良いはずなんだが、建物を出て人通りの少ない通りに入ったところに狙いを付けたのだろう。

 男たちが現れたのは絶妙に衛兵のいないような、いわばちょっとした悪いことをするのに丁度良い場所だった。

 

「可愛い子じゃん」

「もしかして前言ってた子か?」

「そうそう」

「え、えっ……」

 

 ……俺も最近はギルドに顔を出す時間が少なかったが、男連中はあまり見ない顔だな。

 というか多分、あれだ。たぶんこいつらも他所の街から来た連中だわ。

 奴らの履いてる靴と手袋の質感に見覚えがある。隣街のベイスンから来た奴らだな? 良いよなその装備、安いし質が良いもんな。

 

 でも寄ってたかって一人の女に絡むのはどうなんだ。

 

「ゴールドランクの人のパーティならお金持ってんでしょ」

「王都出身だとレゴールの街とか詳しくないでしょ。俺達が街中のガイドしてあげるよ。大丈夫、安くしとくから」

「……おいおい、逃げるなって。ははは、何嫌そうな顔してるんだよ」

 

 “若木の杖”相手なら多少の狼藉は許される。

 ちょっかいを掛けて文句は言われないだろう。多分、そんな軽い気持ちでやってんだろうな。

 

 ……でもな。

 俺はそういう、変に理屈こねて弱い者いじめをする連中が一番見ててイライラするんだわ。

 

「やめなよ」

「ああ?」

「なんだあいつ」

「うるせーな」

 

 俺はバスタードソードを肩に預け、路地裏に躍り出た。

 ……おかしいな。俺の姿を見たら普通“あっ、やべっ”とかなるもんだけど。こいつら少しも怯まないな。

 

 ひょっとして君たち、春からこっち移籍してきた感じの人かい?

 

「なぁ遊ぼうよ。いいだろ?」

「……やめてください……」

「良いじゃん遊ぼうぜ」

「怯えた顔も可愛いじゃん」

 

 あれ? 俺無視されてる?

 そういうの良くないよ? かっこよく登場した相手に完全無視はいかんよ?

 

「あーそこの“若木の杖”の君。ここは俺に任せて、さっさと帰りなさい。こっち通って帰ればいいから」

「おい、何勝手に……あっ、こらっ」

 

 俺がすぐ脇の場所を指差すと、絡まれていた子は幸いとばかりに駆け出して抜け出していった。

 ……こういう咄嗟の隙を突いてポジション移動できる感じを見ると、ああやっぱ魔法使いでもしっかり動けるんだなって思えるね。

 さすがはサリーのパーティーだ。

 

「おい待てや!」

「待つのはお前らだぞ」

「誰だよてめぇは!」

「俺の名はモングレル。このレゴールで一番強いギルドマンだ」

「知らねえよ白髪交じりのブロンズ野郎が」

「死ねよモングレル」

「女が逃げたじゃねえか。どうしてくれるんだ、あ?」

 

 男たちは……ブロンズを馬鹿にしたわりに二人がブロンズ3、もう一人だけシルバー1か。

 だが三人ともロングソードを持っている。腕に自信はあるんだろう。俺に対して怯む様子は全く無い。

 

「女を口説くなら囲まず一対一でやったらどうなんだ? 男が三人……」

「うるせえ」

 

 ぐへっ。ちょっと格好良いこと言おうとしたのに顔殴られた。

 

「ってぇ……なあ、これ鼻血出てる……?」

「弱いぞこいつ。痛めつけてやれ」

「任せろ」

「俺達に歯向かえないようにしてやるからな」

「いやちょ、グヘッ」

 

 言葉の応酬をもっと楽しもうとしたところで、襟を掴まれて殴られた。

 しかも三人で囲んでだ。膝で腹突き上げたり脇腹抉ったり、容赦の欠片も感じられねえ……。

 

「こいつ、固くねえか……?」

「もっとボコボコにしてやるよ、へへ……おい、顔上げろ」

 

 あ、前髪掴まれた。

 

「髪には触るんじゃねえよ」

「グエッ」

 

 髪を掴んで顔を上げようとしてきた男に、思わず容赦を忘れたボディーブローを決めてしまった。

 一発で胃液を吐いてダウンしたが、まぁ仕方ないだろこれは。三十近い男の髪を粗雑に扱うんじゃねえ。

 

「お、おい……」

「やりやがったな!」

「あまりレゴールのギルドマンを舐めるなよベイスンの新米共。レゴールのブロンズがどれだけ強いか教えてやろう。しかも無料でな」

 

 向こうはまだ剣を抜く雰囲気ではない。なら良し。このまま穏やかな喧嘩で決着をつけようじゃねえか。

 でもここからエスカレートすると向こうが躍起になって抜剣してくる可能性も無くはないから容赦なく速攻で決めさせてもらう。

 

「くたばれおっさん!」

 

 まず素人丸出しのテレフォンパンチを額で受けて相手の拳を痛めつける――つもりだったが普通に頬を殴られて超仰け反ったわ。いてぇなオイ。

 

「はは、そのまま倒れ……」

「ターン制だオラ」

「ぐぼッ」

 

 殴って決まったと油断した相手の腹にトーキックを刺す。うずくまる男が一人追加だ。

 いや、しかしやっぱり格好良く闘うのって難しいな。

 俺に格闘技のセンスはないらしい。わかってはいたが……。

 

「な、お前……!」

 

 あ、剣に手をかけた。いかんいかん。

 

「抜剣キャンセル!」

「ぶべッ」

 

 刃傷沙汰は駄目だ。それをやったらマジで犯罪だからな。

 この蹴りは俺の情けとして受け取ってくれ。

 

「もう二度とこの街で姑息な真似はしませんって誓え。誓えないなら立ち上がってもう一度俺に立ち向かってこい。何度でも相手してやるぞ」

「……」

「は、はぁ……はぁ……!」

「……ぐ……!」

「休憩時間じゃねえぞこれは」

「ぐえッ」

 

 眼光鋭くこっちの隙を窺っていたシルバークラスの奴を蹴っ飛ばす。

 ……堅い手応えだったな。強化してたとこをこっちのパワーで抜いた感じだ。

 

 だがその重い蹴りで俺の力量はわかったらしい。

 

「わ、悪かった……! もう卑怯な真似はしない……あんたにも喧嘩を売らないよ……」

「もう勘弁してくれ……」

「なんでこんな奴がいるんだ……」

「俺が気に入らないならもう一度三人で殴りかかってきて良いぞ。さっき俺が殴られた分はまだ返せてないからな。正直もうちょっとだけお前らをボコボコにしたい気分だし」

「! も、もう何もしないって! 行くぞお前ら!」

「ほんと、すんませんした……!」

「ま、待ってくれっ! 置いてくなよっ!?」

 

 ちょっと凄んでやると、男たちは慌てて路地から逃げ去っていった。

 ……やれやれ。なんか俺今すげえ主人公みたいな人助けしちまったな?

 

 ……ここで助けてあげた子が戻ってきてお礼を言ってくれるシーンがくる……と思ったら帰ってこない。

 どうやら完全に徹底して逃げに入ったようである。堅実な子だ……。でも悪い男がいる路地に戻ってくるのは危ないから正解だぜ。

 ヒロインがわざわざ危ない場所に立ち入って無駄にピンチになる展開ほど無駄なものはないからな……。

 助けに来たヒーローに全面的に任せるのが一番だ。

 

「……鼻血は……出てないか、良かった」

 

 俺はバスタードソードの鈍い刃に自分の顔を映し出し、そこにいつもの顔がニヤついているのを確認すると、路地裏から出ていったのだった。

 

「あっ」

「あれ? なんだよ結局戻ってきたのかお前」

 

 と思ったら、路地裏を出て表通りに入ったところでさっきの子がスタンバイしてるところだった。

 賢いヒロインかと思ったらピンチに飛び込む系ヒロインだったか……まぁ情があって良いとは思うけどさ。

 

「あ、あの……どうも、ありがとうございました。困っていたので……助かりました」

「気にするな。団長のサリーに“モングレルが助けたから貸し一つ”とでも伝えておいてくれ」

「サリーさんに貸し……は、はいっ」

「しばらくは横着せず大通りを歩くようにな」

 

 なんか最後に説教臭くしちゃったが、まぁこれでいいか。

 

「……本当に、ありがとうございました」

「おー」

 

 “若木の杖”はこんなつまらないことで足踏みして良いパーティーじゃない。地盤固めくらいさっさと済ませてもらうのが一番だ。

 そうすればレゴールもギルドも、これからの開拓事業や大規模工事に集中できるはず。

 

 まずはそこからだ。そこからガンガン街を発展させていって……更に人を増やし、生産能力を高める。

 そうすりゃ、ケイオス卿の商品開発を請け負えるだけの店が更に増えるはずだ。

 

 もっともっと住みやすい街になってくれよ、レゴール。

 あとできれば衛兵の巡回も増やしてくれ……。

 



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装備は見た目も大事

 

 小粒とはいえ、たくさんの魔物を相手に戦っていれば装備を消耗する。

 パイクホッパーの突進を受け続ければ鉄製の盾だって歪んでくるし、剣だって突きをミスって抉るような真似をすれば折れたり曲がったりもする。

 誰だって愛用の装備を簡単に失いたくはない。板金、研ぎ、色々な技術者を頼って修復を試みはするが、中には買い替えないことにはどうしようもない装備品だって出てくる。そうなればもう買い替えする他にやりようはない。

 それまで愛用していた武器に泣く泣く別れを告げ……それはそれとして、装備を新調するという楽しい買い物が始まるのだ。

 

 

 

「珍装備……大発見!」

「またっスかモングレル先輩」

「この前も似たようなの聞いたよー」

 

 俺はライナやウルリカと共に再び市場を訪れていた。

 お互い別々の場所で任務をこなしているが、一日が終われば酒場やギルドで顔を合わせることも多い。

 ライナとは前々からだったが、そうなると自然と一緒のテーブルで話したりする程度には、ウルリカとの付き合いも深まっていた。

 こうして休みの日に一緒に市場行こうぜって話にもなるのである。

 

「働いて浮いた金も出てきたからな。今日は何かしら買って、飢えきった物欲を満たそうと思う」

「モングレル先輩いつも物欲あるじゃないスか。……まぁ私も、そろそろ今使ってるグローブの指先が擦れてきたんで、予備のグローブとか欲しいスけど」

「私も……ちょっと、裏地があまり擦れない胸当てが欲しいかなーなんて、あはは」

 

 何より、ここ最近は連合国から流れてくる装備品が増えている。それに対抗するように国内の質の良い装備まで揃い始め、街に急に武器屋が何件も出来たかのような盛り上がりを見せていた。

 良い装備は他の誰かに買われる前に、目ぼしいものがあれば手元にキープしておきたいところだ。

 ちなみに地元の装備屋では手に入らないデザインはおしゃれ扱いされるし、女性ギルドマンはこういうのを見て回るのが好きである。前世でいうファッション的なものなのかもしれない。

 

 三人で市場を見て回ると、街の人だけでなくギルドマンらしき屈強な連中の姿もちらほら見える。

 盾のベルトだけを売ってる店や鎧の下に着込むインナーなんかも人気のようで、店によっては人だかりができていた。

 

「先輩先輩、モングレル先輩」

「ん?」

「また他のギルドマンと喧嘩したって本当スか」

「あ、それ私も聞いたー。ベイスンのパーティーと喧嘩して勝ったんだって? “若木の杖”の子が話しててびっくりしたよー」

 

 おお、噂にはなってるか。

 アルテミスも“若木の杖”と交流するようになったのは嬉しいね。

 

「なんだ、俺の武勇伝が広まってんのか」

「モングレル先輩も何発も殴られたって聞いたっス」

「チッ、そういうのも聞かれてるのか。三人相手に無傷で勝ったくらい話を盛ってくれねえかな」

「無傷で三人に勝てるわけないっスよ」

 

 ちなみに俺自身も喧嘩のことについては触れ回っている。

 それとなーく殴られて痛かったとか、そういう感じにな。さすがに三人相手に無傷勝利なんて噂が間違ってでも流れたら後々が怖いし。

 それはそれとして、虫よけに俺自身の強さは匂わせてはおきたいんだがな。塩梅が難しい。

 

「あ、見て見てライナ! あのグローブ結構良いんじゃない?」

「え、え、どれスか。見えないっス」

「これだよー。ほら、細身で見栄えも悪くないよ。指も動かしやすそうだし、補強もしっかりしてる」

 

 二人は弓系の装備品を熱心に見て回っている。

 弦を引くのに指先が結構消耗するらしく、意外なほど装備としての寿命は短いのだとか。

 それはそれとして装備品の見た目にはこだわりたいのか、実用性も重視しつつ見た目にもこだわっている。

 

 俺も男だし実用性は大事だと思うが、ギルドマンとしては見た目の良さについてはかなり理解がある方だと思う。

 性能が良くても見た目が悪い武器なんて装備したくはないからな。

 特にヘルム系。頭の守りは大事だがシルエットがダサい奴はなんか嫌だ。昔やってた色々なゲームもだいたい頭装備の表示を消すタイプだったしな……そこらへんの嗜好が転生して他人事じゃなくなっても続くあたり、筋金入りだとは思っているが。

 

「ほら、見てもらおうよ」

「えー、いやー……」

「ねえねえモングレルさん、ライナのこれどう? 可愛いよねっ!」

「お? おー、良いんじゃないか」

 

 ライナは両手に新しいグローブと、腰に小さなポケットがたくさんついた革のベルトをつけていた。

 動きやすそうなショートパンツに袖なしのシャツ。冬場は装備もモコモコしていたライナも、春になってからは体型がわかりやすい格好になった。そしてほっそりとした体にぴったりと纏った革装備。スマートでなかなか有りだと思う。まぁ、後衛だからこそ許される軽装だよな。

 

「……腰細いなぁライナ。もっと飯食ったほうが良いぞ」

「いやほらー……モングレル先輩そう言うタイプなんスもん……」

「……なんかごめんねライナ……」

 

 この流れはよくわからないけど、俺が悪いのはなんとなくわかったぜ……。

 でも何が悪いのかわかってないのに謝ると地雷を踏みかねないから俺は何も言わないでおくぜ……!

 

「ちなみにモングレル先輩、ウルリカ先輩の装備はどうスか」

「えー私はいいよー」

「ウルリカ先輩も同じ感じのこと言われて欲しいっス」

「ライナちょっと陰湿だよぉ」

 

 俺を使ったイジメの方法が確立されてる感じかい? これ。

 

「ウルリカのは胸当てか」

 

 腰を絞った女物のレンジャー服。柔らかな革を使った、多分お高いやつだろう。下はスカートに野外用のブーツ。

 服の上から表面の滑らかなハードレザーの胸当てが装着されている。よく見るとハードレザーは表面だけで、そのすぐ下には金属が入っているようだ。見た目だけわざわざ革にしてるんだな。

 

「……弓使いってだいたい皆そういうの装備してるよな」

「あーうん、弦が当たると痛いっていうのもあるんだけどねー。慣れてくれば滅多に引っ掛けることなんてないんだけど、それでも当てちゃうことはあるからさぁ。そういう時に表面がツルツルした胸当てを付けてれば、弦も傷めにくいし勢いも弱まりにくいから、一応ね。つけてるんだ」

「へー」

「もちろん防具としての意味合いもあるスけどね」

 

 でかいおっぱいに当たると痛そうだなとは思ってたがそういうことだったのか。

 ライナとウルリカは心配する必要ないだろとか思ってたけど、さすがの俺にも見えてる特大地雷はわかるから口には出さないぜ……。

 

「この胸当ては今までのより少し膨らんでるけど、その分……擦れないし。肌の当たりが優しくて良いかなー……と」

「良いんじゃないか? こういうものって着け心地が大事だもんな」

「そうそう。硬い装備だと結構外れが多いからねー」

 

 二人はもう自分の買うものを買って、ほくほく顔だ。

 新しい装備を揃えるとそうなるよな。気持ちはすげーよくわかる。

 

「モングレル先輩は今日なんか変な装備買わないんスか」

「変な装備っていう言い方はよくないぞ」

「あはは。向こうで色々売ってるね、見てみようよ」

 

 俺は格好いい装備を探しに来たんだ。変な装備に興味は無い。

 

「いらっしゃい、珍しいもの色々置いてるよー」

 

 ……しかしこうして並んでいるのを見てると、あまり尖ったものは少ないな。

 売り物だから当然ではあるんだが……おや?

 

「これは……鎖鎌か?」

「おっ! お客さんなかなかお目が高いねえ。そいつはまぁそのあれだ、試験的に売ってみないかと言われた新しい武器でな」

「知ってるぜ、左手にこっちの鎌を持って、右手でこっちの分銅を振り回すんだろ?」

「詳しいね! ……これ有名なのかい?」

「いやどうだろうな、俺もそこまでは」

「なんでモングレル先輩そういうの知ってるんスか……」

 

 俺の目の前にあるこの……鎌の柄に鎖がついて、その先に鉄製の錘がついた変わった武器。

 これは前世でも存在した武器だ。しかも発祥の地は日本。時代劇なんかでたまに忍者が使ってたやつである。

 

「モングレル先輩好きそうっスね」

「えーこれ買うの? 買っちゃうの?」

 

 しかし……俺のセンサーにはピクリとも来ないんだな、これが。

 

「やれやれ……俺から言わせてもらうとこの鎖鎌は駄目だね。まるでなっちゃいない」

「なっ……お客さん、しかしこれは……いや聞いた話だけどなかなか……」

「大体はわかってるぜ? この武器は鎌じゃなくて、こっちの錘を振り回して武器にするんだろ?」

「……ほう。やるねぇお客さん。しかし、この錘による攻撃はなかなかの威力だそうだよ。それでも駄目だというのかい?」

「それだ。錘を振り回す……それが駄目なんだよ」

 

 確かに錘は強い。鈍器を長いリーチでぶん回して叩きつける。弱いはずもない。

 だがな……。

 

「なんで鎌の方を振り回しちゃいけねえんだよ……!」

「……まぁそれは多分、あれですよ。そう都合よく鎌の刃先が向かないのと、自分も危ないからっていう……」

「鎖の付いた鎌のくせにこっちの方は“鎖で絡め取った相手をザックリ”とかいう地味な使い方だぜぇ? 最悪だよ最悪! モングレルポイント最低だよその使い方は!」

「なんスかそれ」

「俺も実用性も大事なのはわかるけどねぇー……装備品ならこう、もっと戦闘面でのビジュアルにもこだわって欲しいとこなんすよねー……」

「……お客さん、冷やかしはほどほどに頼むよ」

「あ、ごめん」

 

 俺の前世、日本発祥の武器であっても贔屓はしない。ダサいものはダサいのだ!

 

「……なんか意外だなー。モングレルさんってこういうゴテゴテしたやつなら何でも良いと思ってたよー」

「ほんとっスね。てっきり“言い値で買う”とか叫び出すもんかと思ってたっス」

「あのなぁ……俺はしっかり装備の良し悪しを見て決めてるんだ。ただ複雑に盛り付けたような武器が好きとか、んな安易な考えは一切ないぞ?」

「っスっス」

 

 ライナお前適当な返事する時毎回そんな風に言うよな? 俺の気のせいじゃないよな?

 

「えー……じゃあモングレルさん、あれはどう?」

「あれって?」

「ほらあれー。あの壁に立て掛けられてるやつ。騎士団でも採用されてる奴じゃなかったっけ? 鎌のついたハルバード」

 

 ウルリカが指さした先には、斧、槍、そして鎌が長柄の先で一体となった美しい武器が光り輝いていた。

 

 あれは……間違いない……。

 ハルペリアの馬上騎士が採用しているという幻のハルバード、グレートハルペだ!

 

「そ……それを売ってくれッ! 言い値で買うッ!」

「やっぱりゴテゴテしたのが好きなんじゃないスか!」

「うわぁ……値段すごいよこれぇー……?」

 

 その日、俺の武器コレクションがまたひとつ増え、再びの金欠生活が始まったのだった。

 

 



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黒靄市場で小遣い稼ぎ

 

 金が無い。

 最近稼いだはずなのにどういうわけか俺の所持金がわりと人様にお見せできない額になっている。

 全くどんなマジックだ。ひょっとすると俺の住んでる部屋の壁にかけられたグレート・ハルペに関係があるのかもしれないが、さすがに考えすぎだろうな。よし、原因については考えないようにしよう。

 

 だが金が無いのは正直困った。

 これからレゴールには魔法商店が来るらしいし、そのための金も用立てなきゃならん。服の生地も買いたいし個人的な制作物の材料費だっている。

 一応、裏金みたいなものはそこそこあるがこれに手を付けるわけにはいかん。とっておきの金に手を付けたら人間おしまいだ。レッドラインの手前、安全圏に引いたセーフラインを意識して動かなきゃ人は簡単に破滅するからな……。

 

 だからまぁ、春だし良い感じの討伐依頼を受けようと思ったのだが。

 

「あー……クレータートードの討伐は既に全地区埋まってますねぇ」

「マジかよー。多少遠くてもいいから無いかな、ミレーヌさん」

「モングレルさんであればご紹介したかったのですが……張り出してから各パーティがこぞって受注したものですから、すぐに無くなってしまったんですよ」

 

 クレータートードは、春になると水辺近くに現れる蛙の魔物だ。“グレーター”ではなく“クレーター”トードである。

 人と同じくらいの体高があり、その巨体で突進や蹴り、踏みつけなどを仕掛けてくる。パワーはある魔物だが、パイクホッパーと同じで正面からの戦いを避ければ比較的楽に討伐できる相手だ。

 

 体表にはそれこそクレーターじみた岩のようにゴツゴツしたイボがあって硬そうだが、普通に剣も通るし柔らかい。

 脚肉があっさりした味でなかなか美味く、季節の食材として親しまれている。

 時々家畜が襲われて丸呑みにされたりもするそうだが、大抵は何か悪さをする前に人間に狩られるのでほとんど食材扱いだ。そのせいかギルドマンにも人気がある。

 

 ……うーむ。稼ぎになる魔物だし、クレータートードの分泌液は良質な油だから少し補充しておきたかったんだが……。出遅れた。ギルドマン増えすぎ。いや良いことだけどさ。

 

「しょうがねえ、手っ取り早く物売って稼ぐかー」

「良い任務が入ったらお伝えしますね」

「おーありがとうミレーヌさん、今日のメイクも綺麗だね」

「ふふふ、いつもと同じですよ」

 

 よし、退散しよう。

 

 

 

 金稼ぎといっても、それはギルドでの活動だけに限られない。

 数人でやる仕事をソロでできるとはいっても、元々ブロンズ以下の仕事そのものがしょっぱいものばっかだしな。

 遊ぶ金もほどほどに集めようとなるとなかなか厳しいものがある。そういう意味でもギルドマンはさっさとシルバーまで登っていった方がいいのだが、シルバーに上がりたくないワガママな俺みたいな奴は個別に金を稼ぐ方法を確立しなければならない。

 

 俺の場合、その手段のひとつが委託販売である。

 

「ようメルクリオ、商売は繁盛してるかー」

「……んお? おお。なんだい、モングレルの旦那じゃないか。商売はほどほどだよ。良くもなく、悪くもない」

 

 俺は黒靄市場に足を運び、とある露天商のもとを訪れた。

 レゴールでは珍しいくすんだ金髪に無精髭。俺より10歳ほど上の渋いおっさんだ。

 

 彼はメルクリオ。レゴールの黒靄市場で商売している、どこに出しても胡散臭い商人だ。

 

「ああだが、モングレルの旦那が預けてくれた道具はそこそこ良く売れたな」

「お、本当かい」

「発火器は全部売れたよ。元々の値が安かったってのもあるが、便利なのが広まったのだろうよ。似たような男が何日か続けて店まで来てね」

「マジか、そりゃ助かる。ちょうど金が必要だったからな」

「また無駄遣いしてるのかい、旦那」

「俺は無駄なことに金は使わないぞ。全て必要経費だ」

「そうかい」

 

 含み笑いを零しながら、メルクリオが懐から硬貨を取り出す。

 

「はいよ、1660ジェリーだ。次また発火器を売るならもっと値を吊り上げるべきだな」

「おう、ありがとう」

「気にしないでいいさ。手数料はもらってる」

 

 差し出されたのは俺が委託した販売の売上げだ。

 発火器。木材と角を削り出して作った原始的なファイアピストンだが、多少は人の興味を引いたらしい。

 棒と筒によって火種を燃やす、シンプルだけど不思議なアイテムだ。特に軍事転用できる類のものではないし発展する技術でもないから早々に形にして売ってしまったが、そうか。これでもまだ安いのか……作るのがちょっと面倒だし次は少しだけ値上げしとくかねえ。

 

「で? モングレルの旦那が来たってことは、金の受け取りだけじゃないんだろ。また何か変な物発明したんだろ? 見せてくれよ」

 

 どこか楽しそうな目でメルクリオが俺を見上げている。

 この男は金も好きだが、何より面白い商売そのものを楽しむためにここで露天商をやっているという変わったやつだ。

 誰も扱っていない商品だったり、価値のなさそうなものだったり、そういった商品を道行く客に売りつけるのが楽しくて仕方ないのだそうだ。つまり変人である。

 

 まぁこの変人のために今日は新商品を仕入れてきてやったわけなんだが。

 

「いいぜメルクリオ。今回ご紹介する商品はこちら……はいドン」

「……なんだい旦那、このギザギザした板は」

「俺が開発した洗濯板だ」

「洗濯板ねぇ……なるほど、この凹凸で衣類を洗えるってわけか」

 

 俺が差し出したのは八枚ほどの板だ。正直でかいし重いしかさばるので量産には向かなかった。

 洗濯板というのは文字通り洗濯するための板で、板の表面に山型の溝がいくつも並んでいる。

 タライに水を張り、その中で洗濯板を使ってゴシゴシ洗うという、まぁだいぶシンプルな道具である。だがシンプルなわりに発明されたのがだいたい1800年ほどだというのだから歴史ってのはわからんもんだよな。

 だがこの溝を彫るのが専用の鉋を用意しないとスムーズにはいかないので、発想としてあったとしてもなかなか一般庶民に流通できるほどのお値段にならなかったんじゃないかなーと思ってる。

 最初の一本の溝を適当にまっすぐ彫ってしまえば、後はそれをレールにして専用の鉋で一段ずつずらしながら削っていける。やり方さえわかってればまぁ簡単だ。この時代の適当な店でも簡単に模造品を作れてしまうだろう。

 

「俺に委託するってことは一度ちゃんと使ったんだろう、モングレルの旦那。実際の所、使い心地はどうだいこれは」

「あー悪くねえよ。手足や棒で踏んだりこねたりするよりは三倍は楽だな」

「三倍、良いね。ありえそうな数字だ」

「ちなみに洗う時はこうして、こう……揉むというかこすりつけるような感じで……」

「あーはいはい、なるほどねぇ。そうすんのねぇ」

 

 メルクリオにエア洗濯板で実演する。こういうやってるとこのポーズを知ってもらわないと売り込む時に困るからな。

 

「んー……宿屋とか、あとは鞣し屋なんかには売れるかもな」

「鞣し、あーなるほど……?」

「ただそこらの店にもこれと全く同じってことはないだろうが、似たような道具はあるはずだ。こいつが売れるかどうかはわからんぞ?」

「メルクリオならいくらで売る?」

 

 俺が訊ねてみると、メルクリオは無精髭を撫でた。

 

「さーてね……作るのは……やろうと思えばできそうだからな。この滑らかさを出すのが面倒ではありそうだが……数売れるもんでもないからなぁ。一枚500ジェリーでふっかけてみるかい」

「500かー……ちょっと高くないか? 所詮は板だぜ」

「じゃあ450でいってみるか。なぁに俺が上手いこと乗せてやれば良いだけさ。……軌道に乗ったら、更に客がくるかもしれん。その時は追加で売りたいんだが」

「その時は余裕があれば追加で持ってくるよ。ただ俺もギルドの仕事があるしなぁ。それに板の用意が難しいんだ」

「売れ行きが良ければ板くらいこっちで用立てるさ。……しかし、今回の発明品はモングレルの旦那にしては随分まともだったな。もっと最初の頃みたいな頭のおかしいやつを持ってきてほしいもんだ」

 

 頭のおかしいやつってのはあれかい?

 俺が大金をはたいて鍛冶屋と彫金屋に作ってもらった十徳ナイフのことかい?

 脳死で注文出したせいでマイナスドライバーとプラスドライバーと缶切りが完全にオーパーツになっちまったあのクソみたいな十徳ナイフのことを言ってるのか?

 

「いやー笑ったねあれは……八個もあったのに未だに一個しか売れてねえよ、どうすんだよ旦那」

「そりゃお前……あれだよ……生まれてくる時代が100年早かったんだよ。いつか人はあのナイフの素晴らしさに気づくはずなんだ……」

「モングレルの旦那、あのナイフ持ち歩いてるのかい」

「いや全然」

「時代は来そうにないねぇ」

 

 やっぱ無いか、メルクリオ。お前の目にもそう映るか。俺もそう思う。

 なんであの時の俺は何も考えず量産しちまったんだろうな……。

 

「ああそうだモングレルの旦那。貴族街で発明家のための品評会ってのが毎月開かれてるらしんだが、旦那は出ないのかい」

「貴族街だぁ? 俺は嫌だよそんなの。お貴族様の道楽か何かだろ」

「まぁ実際の所そうらしいんだがね。多分あれは例のケイオス卿をあぶり出そうってやつなんだろう。だがもしお貴族様の目にとまれば、お抱え発明家としてなり上がれるかもしれないぜ?」

 

 人気だなぁケイオス卿。貴族にモテすぎて困るわ。

 でもうちの事務所顔出しNGなんで悪いな……。

 

「金だけいっぱいもらえりゃ俺はそれでいいよ。貴族だのなんだのの付き合いは面倒くさそうでやってられないぜ」

「ははは、モングレルの旦那は参加する前からお引き立てさせる気でいるのかい」

「そりゃそうよ。品評会なんて俺が出場したら周りの人がみんなかわいそうになっちまう」

「確かにそうだ。くくく、発明王モングレルの旦那が出たら大変だ」

 

 貴族街も色々手を尽くしているが、大々的な身バレはちょっとな。

 レゴール伯爵そのものは多分……まぁそこそこ好感の持てるお人ではあるはずなんだが……。

 

「じゃ、また今度何か作ったら持ってきてくれよ、モングレルの旦那」

「ああ。そっちも商売頑張れよ。頼んだぜ、ナイフの販売もな」

「ははっ、無茶言わんでくれるかな」

 

 ちょっとした臨時収入と次の収入への布石は打っておいた。

 ……ファイアピストンと洗濯板か。まぁ作れば俺の金にはなるけど……こうして手にした金を眺めてると結構めんどくせーな。

 それより誰でもいいからさっさとパクって広めてほしいぜ、この程度のものは。

 意外とこういう商品ってブームとして広がらないもんなんだよなぁ……。

 

 



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空を泳ぐクラゲたち

 

 レゴールでは春にも大きな祭がある。

 精霊祭という、月だか自然の精霊を祝うお祭りだ。

 毎年春になるとどこからか湧いて出る空飛ぶクラゲ型の魔物が街中にまで入ってくるようになるので、ちょうどその頃がシーズンだ。

 

 空飛ぶクラゲというとなかなかファンタジーな生き物だが、実態はクラゲではなくスライムらしい。

 名前はジェリースライム。空をふわふわと漂いながら、半透明な体に突っ込んできた虫なんかを捕まえて消化するという、食虫植物みたいな生態をした魔物だ。

 消化能力が中途半端で人体にもほぼ害は無く、街中に現れても小鳥とかそこらへんの動物と同じ扱いを受けている。

 

 傘をゆったりと広げて空中を泳ぐさまは神秘的で、月の精霊と同一視されているというのもなんとなく納得できる奴だ。

 しかし街の人は祭になるとこの月の精霊モドキに対してゴテゴテと飾り付けしたり、子供がふざけ半分で捕まえてぶつけ合いごっこをしたりだとかで、畏敬の念が足りてなさそうな光景がよく見られる。ジェリースライムかわいそう。ハルペリアの銀貨の図案にもなってるのに扱われ方が雑すぎる。

 

「こういうのはな、ちゃんと壊さず捕まえなきゃ駄目なんだぜ」

「モングレル先輩、なんスかその袋」

「これはな、俺が開発したジェリースライム捕獲ネットだ」

 

 長い棒の先に穴の空いた袋をつけただけの虫取り網みたいなもんだが、これがなかなか空飛ぶジェリースライムに対して滅法強い。

 ほとんど逃げることもないジェリースライムをバンバン捕まえて大袋の中にぶち込めている。

 今日のノルマは30匹だから、もう少しだな。月の精霊の化身様だ。丁重にお捕まえしてあげよう。

 

「ライナはアイアンクラスの頃にやってなかったか? ジェリースライムの捕獲任務」

「いやー、私この時期は狩猟がいくらでもあるんで、全然やったことないっス。任務であったんスね。知らなかったっス」

「あるぞー。捕まえたやつをまとめて下水道に解き放って、空気と水質を改善するんだ。時間はかかるが掃除しなくても結構綺麗になっていくらしい」

「へー……」

 

 まぁ俺は下水道の任務やらんからビフォーアフターわからんけど。

 

「あとはまあ、祭の演出に使う分もあるからな。ほら、色水を注入したカラフルなジェリースライムが一斉に空に放されるやつ、見たことあるだろ?」

「ああ、あれっスか! あるっス! あれ綺麗っスよね……ああいう色したジェリースライムがいるわけじゃないんスか」

「人間が手作業で色入れてるんだぜ。まぁ一日くらいすると色も浄化されて消えちゃうんだけどな」

 

 大した金額にはならない仕事だが、街中でもやれるなんか楽しい作業だ。

 ゲーム感覚でできるメルヘンなクラゲ集め。結構癒される。

 

「ライナは祭はアルテミスと回るのか?」

「えっ、あー……どうなんスかね。いやまだ全然予定とかは決まってないっスね。モングレル先輩はどうなんスか」

「俺も決まってないな。無料で振る舞われる酒と、クラゲの塩漬け。あれが出てきてからが本番だしな。それまでは適当に見て回るよ」

 

 精霊祭ではレゴール伯爵が酒や料理を景気良く振舞ってくれる。

 酒はいつものうっすいエールではなく、ビールのようなやつだったり、ワインだったりする。結構お金かかってそうな酒なのに気前のいいことだ。

 それと海沿いの地方で獲れたクラゲを塩漬けした美味しいつまみまでサービスしてくれる。ソルトビネガーの風味のコリコリとした食感がなかなか美味い。ちなみにこっちの食べられるクラゲは普通のクラゲな。ジェリースライムは食べられない。

 

「じゃあ私も祭、一緒に回っていースか? 先輩」

「おう、良いぞ。でもそっちは忙しい時期だろ。アルテミスの任務が入ったら遊ぶわけにもいかないんじゃないか」

「任務なら大丈夫っス。うちらは祭に出すお肉を獲って寄付するだけスからね。その後はお休みっス」

 

 なるほど寄付か。毎度毎度アルテミスは気を利かせているな。

 貴族相手の任務をこなしたり、祭にも積極的に寄付したり……シーナはどこまで出世しようとしてるんだか。王都に移るのか? にしてはあまり王都を意識してるようにも思えないんだよな。なんとなく。

 

「そういえばモングレル先輩、まだアルテミスのお風呂は使わないんスか」

「あー、二回目の約束が残ってるやつな。あれは夏場に行かせてもらおうと思ってたんだが。ひょっとしてさっさと入れと思われてる?」

「いやそんなことはないんスけど。夏っスか……遠くないスか」

「夏場に入る風呂は気持ち良いぞー。本当なら毎日でも入りたいところだぜ」

「……だったらアルテミス入ればいいのに」

「それは嫌だ」

「なんなんスかもう……」

「面白そうな任務の手伝いならしてやるけどな」

 

 春は色々な魔物が現れるおかげで退屈しない。

 生活を脅かす連中も多いし凶暴な獣も増える季節だが、ファンタジー世界で生きてるって実感が強くて飽きないんだよな。この歳でも。

 ただ俺は魔物を見つけるのが下手くそだから、そういう時斥候役をやってくれる奴が一緒にいると心強い。スマートに討伐をこなせば日帰り報告も夢じゃないしな。

 

「……じゃあ今度、弓で鳥系の魔物とか狩りにいくのどうスか」

「弓かー、練習にはちょうど良いかもな」

「私教えるんで、今度やりましょうよ。モングレル先輩は弓の練習兼近接の護衛ってことで」

「良いな。久々に鳥捕まえてみっか」

「ちょっとした狩りスから、アルテミスと一緒じゃなくても良いスよ」

「おお、それは助かる。人が多いと集中できないしな」

 

 そんな感じで次の狩りの予定なんかを立てて、ライナと別れた。

 

 鶏肉か……鶏ガラスープでも作ってみようかね。

 コンソメ作るほど時間かけたくはないが、多少のスープを楽しむくらいはできるだろう。そうなると麺が欲しくなるな……中華麺でも作るか? 

 鶏ガラ塩ラーメンに昆布出汁きかせて……ああクソ、醤油が欲しい。

 ポーションの失敗作を作ると醤油になったりしねーかな。

 

 

 

「ジェリースライム30体、うむ確かに。綺麗に捕獲できてるな。こいつらは飾りつけするのに良さそうだ」

「本当かい? それは嬉しいね。モングレルの名前入りで街を飛ばしてくれよ」

「ガキどもの良い標的にされそうだな。ガッハッハ」

 

 解体場でジェリースライムも引き渡し、札をもらう。後ろから続々と討伐完了組が戻ってきてるから、さっさと手続きを済ませないとギルドで渋滞になりそうだ。

 

「おおそうだモングレル、ジェリースライム10体ごとにこれを1本やらなきゃいけないんだ。ほれ、3本分もらってくれ」

「お? あー飾り花か」

 

 解体のおっさんから受け取ったのは、3本の花だ。

 森のちょっと辺鄙なとこに行くとこの時期生えている、茎の長い薄黄色の花である。ギフト用とか花束作る時に向いているので、街中でもよく売られている。

 この祭の準備期間中は精霊祭に関係する任務をこなすことで花をもらえるわけだ。別にこれがあったからってどうなるわけではない。めでたい行事だから部屋でもなんでも彩ってくれってことだろう。

 前世は墓参りくらいでしか花を買うことなんてなかったが……こういう文化は嫌いじゃない。

 

「ありがとな。目立つとこに飾らせてもらうぜ」

「もっとジェリースライムをつかまえて、良い女に花束でも作ってやったらどうだ」

「街からジェリースライムが消えちまうよ」

「ガッハッハ」

 

 しかし3本だけの花をもらっても、細身の花瓶に立てて終わりな数なんだよな。

 そもそもよく考えたら俺の部屋には花瓶がない。そういやいつも宿屋の受付けにある花瓶に差しまくってたな。去年は花瓶が開店記念の花みたいになってたのを思い出したわ。最終的に花瓶のくびれたとこが割れておかみさんに怒られたっけ……。

 

「そっち逃げたぞー!」

「捕まえろー!」

 

 通りを歩いていると、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。

 どうやら呑気に道の低いところを漂っていたジェリースライムを追いかけ回しているらしい。

 

「ちょうどいいな。ようよう、そこのお嬢ちゃん」

「えー? なにおじさん」

「この花お嬢ちゃんにくれてやる」

「え! いいの!?」

 

 俺は3本の花を手ごろなサイズに切り詰めて、女の子の黒髪にぷすりと挿してやった。

 

「ほーら綺麗になった。似合ってる似合ってる」

「本当!? へへーありがとう!」

「おいルミア、こっちから追い詰めるぞ!」

「あ、行かなきゃ! ばいばい!」

「おー、気をつけろよー」

 

 元気な子供たちがばたばたとジェリースライムを追い回す。

 狙い通り、俺が頭に挿してやった黄色い花はここらで一番目立っていた。

 

 祭は近い。クラゲ料理が楽しみだぜ。

 

 



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精霊祭の食い気デート

「ライナ! ほらこっちの服のが良いって!」

「えーでも……」

「でもじゃないよー絶対にこっちのが可愛いもん! ジョナさんもそう思いますよね!?」

「あたしはウルリカみたいに最近の流行はわからないけど、ライナはそういう格好も似合うと思うよ? 若々しくてねぇ」

「ええ……でも私こういうのなんか、変じゃないっスか……?」

「絶対変じゃない! もぉー、せっかくのお祭りなんだからおしゃれしないと駄目でしょ!? ほーらっ、自信持って行ってこいっ!」

「ウルリカ先輩、ひどいっス……行ってきまぁス」

「頑張れー!」

 

 

 

 

 今年の精霊祭はやべーなと、朝の通りを見ただけで確信できた。

 年々盛り上がりは高まっているが、今年のそれは一味違う。明らかに地元の人間だけでなく、観光でやってきた連中が多いのだ。

 

「これタダ酒、俺の分も回ってくるのか……?」

 

 人でごった返す中、いつも以上にスリを警戒しながら歩いていく。

 普段店をやってないような家も今日は外で適当な物を売っている。布の端を内側に入れ込み続けて作ったショボいクラゲのぬいぐるみなんかもありがちなお土産品だが、ショボいはずなのに何故か売れる。俺は絶対にいらん。

 

「も、モングレル先輩、こっちっス……」

「おーライナ……」

 

 待ち合わせ場所の「森の恵み亭」前に着くと、見慣れない子が俺に手を振っていた。

 よく見たらライナだった。

 いつも短めのズボンばかり履いてるのに、今日は薄黄色の涼しげなワンピースを着ている。ライナとスカートが頭の中で結びつかなくてバグりかけた。

 

「あの……なんスか。何か変スか」

「いや、珍しい格好してるなと思ってよ。いつも仕事用の服ばっか見てたから、なんか新鮮でな」

「珍しいって」

「なかなか可愛いじゃないか。そういう可憐な服も似合ってるぞ」

「……まぁ、はい」

 

 ライナは褒めて欲しそうだったし、実際可愛らしいのは本音だったので褒めてやったんだが、反応がすげー渋いな。年相応にもっと喜べよ。

 まぁいいや。今日はせっかくの祭なんだし、目一杯楽しまないとな。

 

「よし、じゃあ端から順番に見て回るかー」

「うっス」

「てか今日何食う?」

「なんでも大丈夫っスよ。あ、できれば甘いやつ食べたいっス」

「甘いやつかー、美味いもんあるといいなー」

 

 色々と頑張って金は工面したからな。一日豪遊するだけの余裕はある。

 まぁ今日豪遊したらまた金稼ぎしなきゃいけないんだが。祭なんだから後先考えなくても大丈夫だろ。その場の勢いで決めてやろう。

 

 

 

 飾り付けられたジェリースライムがしゃらしゃらと重そうに宙を漂い、街ゆく人はそんな月の精霊モドキを見上げながら歩いている。

 だからなのか自然と人の流れは遅く、いつもは早足で通り抜けるような場所でもダラダラとなかなか進まずにいた。

 まぁ、そうしてノロノロ歩いていると近くの露天や屋台に目が行って、俺たちも結局呑気な足取りになってしまうんだが。

 

「見ろよライナこれ、ローリエのお茶だってよ」

「えーそれ美味しいんスか」

「一杯もらってきた。すげー苦いぞ、飲んでみ」

「え、だったら嫌なんスけど……でもまあ一口だけ……にっが!?」

「こんな苦かったっけなローリエ」

「いくらしたんスかぁこれ」

「50ジェリー」

「うーん」

 

 美味いものもあれば不味いものもある。

 適当に作ったぬいぐるみ、クラゲを模した革飾り、木彫りの小さな像など、色々どうでもいいお土産グッズも沢山だ。

 俺もこういうお土産で金稼ぎすればよかったなーという思いもあるが、実用品じゃないと作るモチベが上がらなそうだ。

 こういうのは提供する側よりも参加して見て回る側にいた方が楽しいだろうしな。

 

「先輩、この辺に美味しい飴屋の屋台来てるらしいっスよ」

「あ、そうなの」

「行かないスか」

「行きてえな」

「行きましょうよ」

 

 でもやっぱ、俺は食い物を買い漁るのが一番楽しいな。

 前世でも祭といえば食って回るばっかだった。

 

「ドライフルーツを中心に入れた飴か……まぁリンゴぶちこむよりは遥かに常識的だよな」

「んー! 美味しいっス!」

 

 ネチャネチャしたデーツを中心に、これまたネチャネチャした水飴のような柔らかい飴が絡まっている。

 舐めてみると……まったりした食感と共に、思っていたよりは控えめな甘さが味わえる。案外悪くない。マンゴー味とかで食いたいかもしれん。

 しかし一応ざっと探してはみたのだが、マンゴー味はないらしい。あるのはデーツ、レーズン、あとは何種類かのベリー味のみだった。

 小さな飴だったのでライナと一緒に気前よく全種類制覇したが、一番美味いのは酸っぱいベリーのやつだった。

 

「先輩先輩、向こうでなんか音楽鳴ってるっス」

「大道芸か吟遊詩人か……見てみるか。10点中何点くらいか評価してやろうぜ」

「性格悪いっスねー……一番下は0点でいいんスよね」

「やる気だねぇ」

 

 酒場でも時折吟遊詩人が訪れて歌うことがあるが、祭りの日こそが彼らにとって一番の稼ぎ時だろう。

 レゴールやその偉人を誉めそやす詩、流行り歌、そういうのをリュートとか小さなバイオリンみたいなものの演奏と一緒にノリノリで歌い上げ、おひねりを要求する。

 こういう演奏を聴いていると、前世でよく見かけた路上の弾き語りは随分クオリティが高かったんだなと思わされる程度には適当な演奏をしてる連中が多いんだが、さすがは祭の日というべきか、滅茶苦茶酷いような奴はあまりいない。

 

「その時! “収穫の剣”は突き立てられ、大カマキリは悲鳴を上げた! 巨体は土を巻き上げ地に臥して、男たちの勝鬨が森に響き渡る……レゴールの勇士たちは大鎌を掲げ、晴れ晴れと凱旋してゆくのだった……」

 

 既に酒を飲みながら上機嫌になってる客たちが、皮袋の中に硬貨を放り込む。

 俺とライナは顔を見合わせて“うーん3点”とか“2点スね”とか言いながら、一応1ジェリーずつ放り投げてやった。

 基本無料の見せ物なんてこんなもんである。

 

「俺も昔楽器をやっててな」

「え、マジっスか。モングレル先輩そんなことできるんスか」

「リュートみたいなやつをちょっとな。昔すぎて今はできるかわからんけど」

 

 俺も学生の頃は軽音楽部だったからな。

 漫画しか読んでない漫画研究部に遊びにいって漫画を読んでたら、そこに置いてあったけいおん! を読んでギターを始めたクチだ。

 

 けど俺がネットで注文したギターが何故かアコースティックギターでな……クレーム入れようにも向こうが中国語混じりの怪しい日本語でしか返してこないからどうにもならんかった……。

 やむなく俺はアコースティックギターをひっさげて軽音楽部に入部し、そこで燻っていた連中と一緒に何故かフォークバンドを組むことになったんだ。

 文化祭のライブは凄かったぜ……お年を召した先生方はなんかすげー盛り上がってたけど、肝心の生徒たちの反応がお通夜だったからな……。楽しかったけどね。

 ま、結局そのギター趣味も飽きて高校で終わったんだが。

 

「一応何年か前にふざけ半分でさ、ギルドで弾き語りしたことあるんだよ」

「えーっ! 知らないっス! なんスかそれ!」

「知らねぇかライナぁー……俺がおひねりぶつけられまくったあの生演奏知らねぇかぁー……」

「いやおひねりぶつけられるって一体なに演奏してたんスか」

「赤のラグナルっていう……創作英雄譚みたいな? 今度聞かせてやるよ、まだなんとか覚えてるからなーあれ」

「……なんかすごい聞きたい気持ちと聞きたくない気持ち半々ってとこスね……」

 

 当時ギルドにいた連中も「えっ? えっ?」みたいな反応だったからな。

 俺はその反応がなんか面白くて爆笑してたが。

 

「ようモングレル。おっ!? もしかしてそっちはライナか! おーおーめかしこんでまぁ。雰囲気変わるなぁ」

「おうバルガー、もう今から飲んでるのかよ」

「うっス、バルガー先輩」

「そりゃ飲むさ。祭だもんよ。お前たちは若者らしくていいなぁ」

 

 そうして二人で歩いていると、上機嫌なバルガーと遭遇した。

 串焼き肉と酒を持ち、既に祭気分に浸っているようだ。

 

「ところで聞いたかモングレル。今年はギルドの酒場でもタダ酒配ってるんだってよ。しかもギルドマン限定!」

「なんだって? 本当かよ、そりゃいいな」

「マジっスか! やったぁ」

「今年は混んでるからなー、配布場所を散らさないとやってられねえんだろう。一通り外で楽しんだら、お前たちもギルド来いよ! 今日は飲むぞぉー」

「既にかなり飲んでそうだけどなぁ」

 

 バルガーはお得情報をくれた後、ふらふらと通りへと消えていった。

 喧嘩に巻き込まれないようにしてくれよなー。あいつなら大丈夫だろうけども……。

 

「広場の舞とか見終わったら、ギルド行きましょっか。モングレル先輩」

「おー、そうするか。ギルドで美味い酒をタダで飲めるのってなんか良いよな」

「っスね」

 

 ついでに屋台で美味そうなつまみでも買い揃えるか。

 割高でも良いんだ。今日は祭だからな! 

 

 



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琥珀色の感謝

 

「おっ、モングレルも来たぞー」

「なんだぁあいつ! 女の子連れて……ああ、ライナか!」

「ライナちゃん可愛いわね! 似合ってるわよ!」

「う、うっス」

 

 ギルドに入ると、既に酒場は多くの人でごった返していた。

 他所を拠点にしているギルドマンも入れはするのだろうが、地元民の勢いに呑まれるのを嫌ったのだろう。今日は見慣れない顔は少なかった。

 

 それにしても、いつも以上に空気が違う。

 普段は鎧を着込んでいるような男連中はラフな装いでいるし、女は女で祭だからかめいっぱいおしゃれしている。

 そんな非日常感に包まれているせいか、今日ばかりは多くの奴らがパーティーの垣根を越えてテーブルにつき、酒を酌み交わしていた。

 

「あれっ!? ライナにモングレルさん、今日は二人で見て回ってたんじゃないの?」

「あ、ウルリカ先輩。いやその、途中までは回ってたんスけどね、ギルドでお酒飲めるって聞いたんで、一緒に行こうってなったんスよ」

「えぇー……せっかくだし遅くまで二人でいればよかったのにー……まぁいいや、二人ともこっち座りなよっ。空いてるからさぁ」

 

 一角にはウルリカの姿もある。今日はこいつも着飾っているのか、肩が出ている。肩幅とかが一応男に見えなくもない……? いやわからん。この世界は女でもゴツい奴多いからなぁ。

 

「おう、悪いなウルリカ。お前も今日はめかし込んでるのか。服似合ってるじゃん」

「いや、いやいやいや、私はいいんだってばぁ」

 

 席に着くと、いつもと違う給仕の子からビールとクラゲ料理のセットが運ばれてきた。

 注文しなくても今日は無料だからということらしい。ありがてえ。

 

「いい? ライナ。今日はとことん飲んで、飲ませるんだよ」

「えー、いやー、けどこういうのはその、自分のペースで飲んだほうが良いと思うっス」

「んもぉー……良い子だなぁーこいつぅー」

「ちょ、ちょっと撫でるのやめてもらっていっスか」

 

 よく見たらギルドの中にもふわふわとジェリースライムが浮いているのが見える。

 黄色に染色された色付きクラゲだ。高い天井のところを所在なさげにふわふわと漂っている。その辺りに虫でもいるのかもしれない。

 

「なあ、ウルリカは舞とか見たのか?」

「ううん、見てない。ちょっと外を見て回って、それくらいかなぁ。その後はシーナ団長たちと一緒にずっとここにいたよ。ほらあれ」

 

 ウルリカが指差す先にはシーナとナスターシャ、そして「若木の杖」団長のサリーに「収穫の剣」副団長のアレクトラまでいる。

 ゴールドクラスの連中が酒場の隅に集まって何をしているのかと思えば、テーブルを囲んでひたすらボソボソと詩を詠い合っているようだ。一人が詠うたびにテーブルの上に並べた銅貨を与えたり取ったりしている。

 ……あれは多分この世界におけるなんかこう、品位の高いゲームなんだろう。つまらなそうだからやりたくないし興味も出てこないが。

 

「私とモングレル先輩は舞いをちょっと見てきたっス。色付きのジェリースライムが放たれるとこ、すごい良かったっスよ」

「へーいいなぁ。でもあそこ混んでたでしょー?」

「ヤバかったっス。モングレル先輩がグイグイ押し退けてなかったら通れなかったっス」

「わぁー力あるなぁ」

 

 そういう時フィジカルお化けだと助かるよな。日本人は列の割り込みじゃなければ連続チョップでどこまでも突き進んでいけるんだぜ。

 

「おっ、やっぱクラゲうめーな」

「あ、でしょでしょー。まだまだたくさんあるらしいから好きなだけ食べなよ。ビールもねっ」

「祭最高だわ」

 

 このクラゲの酢の物みたいなつまみはなかなか良い。

 前世でもクラゲは良いおつまみだったが、この世界だとさらに美味い気がする。

 ビールは……まぁ普通。正直ぬるいビールってこう……ちょっと悲しくなるよね。

 けど体温より低い液体だしまぁある意味冷たいと言えるだろ……そう自分を誤魔化しながら飲む感じだ。慣れればこれも美味いけどね。

 

「モングレル先輩、さっき買ったお菓子も食べないスか」

「良いねぇ。あ、スパイス持ってきたからちょっとかけてみるか」

「すいませーん、ビールみっつー」

 

 ギルドの酒場の壁際には普段はあまりいない吟遊詩人が演奏を披露しており、近くにいる「レゴール警備部隊」の人達が和やかに聞いている。

 普段ギルドであまり見かけない彼らがいるのも、この祭の日ならではだよな。

 いつもは装備品や荷物のおかげで席数のわりに手狭に感じる場所だが、今日はそういうものがないせいか広く感じる。その分人が押しかけて騒がしいんだが、賑やかな分には決して悪いものではない。

 

「失礼する」

 

 居心地の良い空気に浸りながら宙に浮かぶ黄色クラゲを眺めていたら、入口から鎧姿の男が入ってきた。

 衛兵より数段上の騎士。その従士にあたる男だろう。

 

 いるだけで雰囲気が引き締まるタイプの人種だ。自然と酒場の空気は張り詰めた。

 

「私はレゴール伯爵よりこのギルドへ遣わされた伝令である。その場にいる者達に向けたメッセージを伝えるので、静かに聞くように」

 

 吟遊詩人の演奏が止まり、従士の男が軽く咳払いする。

 彼は大きな質の良い羊皮紙を広げ、胸を反らせた。

 

「レゴールの市民よ、このよき日を共に祝えることを私は嬉しく思う。今年も月神への祈りは届き、実りの豊かさを約束してくださった。今日は共に酒を酌み交わし、美食に舌鼓を打とうではないか。ビールといくつかの食事は私からの贈り物である。存分に楽しんでもらいたい」

 

 誰かが拍手した。出来上がってる連中だな。

 

「また、ここからの伝令はレゴールのいずこかに居るであろう、発明家たるケイオス卿に向けた感謝状である。所在がわからぬため各場所で同時に読み上げるものであるため、ご容赦いただきたい」

 

 ……えっ。

 いやまあいつもこんな伝令見てなかったからなんだとは思ってたけど、そうか。ケイオス卿宛のメッセージだったのか。

 

「ケイオス卿殿。あなたより齎された叡智により、前年の収穫はより素晴らしい結果として実ったことをご報告させていただきたい。まずはあなたの“塩水選”と“種子消毒”に対し、多大な感謝を」

 

 ああ……ダメ元で伝えておいたが、実施したんだな。

 そうか、レゴール伯爵はやってくれたか。スゲーな。とくに種子消毒なんて大々的にやるのは簡単ではなかったろうに。

 

 ……まあ、褒められて悪い気はしない。

 

「……伯爵様から褒められるなんて、やっぱすごいっスね」

「ねー……本当にレゴールにいるのかなぁ」

 

 いやー、もしかしたら意外と近くにいるかもしれないぞ? 

 

「そしてケイオス卿殿にもうひとつ」

 

 なんだまだあるのか。

 

「以前より開発を進めてきた“蒸留酒”の完成をお伝えさせていただきたい」

「ゲホッ、ゴホゴホッ」

「だ、大丈夫スかモングレル先輩!」

 

 ま、マジかよ! できたのか、蒸留酒! 

 

「ケイオス卿より齎された知識によって作られたこの新たな酒、ウイスキーを今日この日、レゴールの民に振る舞おうと思う。未だ量産の難しいものではあるので今回の量はわずかばかりであるが、段階的に生産量を増やす予定であることをお伝えさせていただきたい」

 

 そう言って男は、ガラス製の大瓶を荷物から取り出してみせた。

 その琥珀色の液体は……まさに、俺が前世でよく味わっていたウイスキーそのものであるように見える。

 

 新しい酒という言葉に、酒場のギルドマン達が感嘆の声を上げる。誰もが興味深そうに瓶を見ているが……それは俺のだ……全部俺に飲ませてくれないか……? ダメか……。

 

「……以上。酒の配分はこのギルドの自由とするが、レゴール伯爵は全ての者に均等に与える形を望んでいる。くれぐれも伯爵を失望させることのないように。また、強い酒であるため飲酒量には気をつけること、飲んだ後には水分を補給すること。そう伝えられてもいる。良いな?」

「は、はいっ!」

 

 最後に大きな酒瓶を預けると、従士は羊皮紙を掲示板に鋲で貼り付けて去っていった。

 しばらくの沈黙の後、吟遊詩人が明るい曲を再開させ、活気が戻る。

 ある者は感謝状の前にきてそれを読み、それ以外の者は大体が新たな酒に興味津々だった。

 

「私たちも飲んでみないっスか」

「うん! 楽しそう! 強いお酒かぁー……モングレルさんも飲むよねっ?」

「当然だ! 俺は強い酒が大好きだからな!」

「わぁすごい勢い」

 

 受付に殺到する飲兵衛達に混じり、俺たち三人も並ぶ。

 

 列の前の方から落胆の声が聞こえるからなにかと思ったが、どうやらコップに入れられた酒の量に不満があるらしい。

 俺の番が来て注がれてみれば、しかし指2本分はある。ストレートでこの量なら充分すぎると思うけどな。

 

 ……ああ、この鼻を突く匂い。樽はなんだろな。わからんけどこれは間違いなくウイスキーだ。

 

「少ないっスね……」

「ねー……樽で持ってきてくれればよかったのに」

「まぁまぁ、二人ともひとまず飲んでみようぜ。最初だしちびっと、舐める程度にな」

「まぁはい、飲むっスけど……」

 

 一口サイズの酒に落胆する二人をよそに、ウイスキーに口をつける。

 

 唇に染みるような酒精。どこかチョコにも似た木の香り。

 喉の粘膜に悪そうな熱い感覚……ああ、懐かしいな。まさにこれはウイスキーだ。

 

「うめえ……」

「からぁ!? すっごい辛いっス!?」

「うえぇーなにこれつっよい! 薬みたいじゃん!」

「あ、でもなんかこれ……美味いっスね……!」

「わかるかライナ……いいよなこれ……」

「えーそうー……? 二人ともお酒強すぎないー……?」

「ウルリカ先輩……いらないなら私達が飲むっスよ……!」

「ちょ、目が据わってるよライナ! 怖いってば!」

 

 呆れるウルリカをよそに、俺とライナはクラゲをつまみながらウイスキーをちびちびと飲んだ。

 これは良い。ありがとうレゴール伯爵。ありがとうケイオス卿。いやケイオス卿は俺か。

 

「ケイオス卿にーッ!」

「乾杯!」

「これはいいものだー!」

「ウイスキー最高!」

 

 人によっては飲めたものじゃない酒だが、飲める人にとっては非常に魅力的な酒だ。

 早速この強い酒にハマった連中は、小さなコップを掲げて発明家を讃えている。

 

 量が量だから潰れるまでは酔えないだろうが、楽しむ分には充分だろう。

 

「……乾杯」

 

 俺はケイオス卿を讃えるテーブルに向かって小さく杯を掲げ、彼らの感謝に応えるのだった。

 

 

 



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第二回熟成ウイスキー猥談バトル

 

 ウイスキーは一人一杯まで。これに嘆いたのは酒好きなのんべえ連中だ。ビールでは味わえないカッとするアルコールが恋しい気持ちはわからんでもない。

 だが、朗報は外より運ばれてきた。

 新たに酒場にやってきたギルドマンの一人が「広場の方でも配布してたぞ」と言ったのである。

 

「その手があった!」

「行くしかねえぞこれは」

「並んででも奪い取る!」

 

 これによってギルド内の何割かがゾロゾロと祭に戻っていった。

 なるほど、伝令の人も酒の配布は「各場所で」とか言ってたから、ギルドの他にも色々な場所で酒を配っているのだろう。

 つまり酒好き連中はお一人様一つのみを各店舗で実践しようというわけだ。外はすっげー混んでそうなのによくやるぜ。気持ちはわからんでもないが。

 

「おや、モングレルさん。どうも、お久しぶりです」

「ああカスパルさん! お久しぶりです。ギルドで会うのも珍しいですねー」

 

 人の出入りが激しい中で「レゴール警備部隊」のヒーラー、カスパルさんの姿もあった。

 お祭りということもあって普段はあまり顔を見せないおじさん連中も一緒にいる。それと、見慣れない若者の姿もあった。

 

「うちのユークス君とたまにはこちらで飲もうかと思いまして……」

「あ、どうも。ユークスです」

「おー、カスパルさんの部下だっけ、名前は聞いてるよ。俺はモングレルな。まぁあまり顔を合わせることもないだろうが、よろしくな。こっちはアルテミスのライナとウルリカ」

「どもっス。弓使いのライナっス」

「同じく弓使いのウルリカでーす。よろしくー」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 若いなぁ。しかしこんだけ若い奴がヒーラーとして働いているっていうのは心強い。

 この世界、ヒーラーは何人いても困らないからな。適正が魔法使い以上に厳しいってのが悔やまれる。人数さえいれば医薬品の発明なんて必要ないんじゃねーかってほど便利な能力なんだが。

 

「今年は飲みすぎて具合を悪くする人が多いらしいですからねぇ……モングレルさんたちも、あまり飲みすぎないようにしてくださいね」

「ええもちろんです。節度は守りますよ。……あれ、ひょっとしてカスパルさんたちは今日仕事ある感じで?」

 

 よく見たら彼らは「レゴール警備部隊」の制服を着込んでいる。いかにも“仕事中”って感じの装いだ。

 

「今は休憩をいただいているようなものです。夜にはまた持ち場で、急患に備えなければ……こういう時こそ、我々は忙しくなりますからねぇ……」

「……お疲れ様です」

 

 俺達三人が頭を下げると、カスパルさんは悟ったような薄い笑みを浮かべ、ビールを一口飲んだ。

 ……仕事はあるけどそれはそれとして少しは酒を飲むというのが、なんともこの異世界らしい。前世じゃありえねーよな。

 

「うおー飲んだ飲んだ! レゴール伯爵万歳! ケイオス卿万歳!」

「現伯爵様が後を継いだ時はどうなるかと思ったが……最高の領主様だな!」

「販売いつになるんだろうなぁ、あの酒……」

「でも多分貴族向けになるだろ? 値段によるなぁー」

 

 そうこうしていると、さっきまで外に出ていたのんべえ達が戻ってきた。

 どうやら無事に外で配布されていたウイスキーにありつけたらしく、上機嫌そうだ。ちょっと羨ましい。

 

「……ふむ。あのガラス瓶に入っていたいくつかの棒。あれがウイスキーとやらの風味を出しているのだと私は推測している」

「ナスターシャもそう思うかい。僕もその意見には賛成だ。表現は適切ではないのだろうが、あの煮詰めたような酒精の中に感じる焦げた香り。あれは火で炙った木材より析出した風味に違いない。あるいは同じような材質の樽に保管していたのかもしれないが……」

「サリーは似たようなものを飲んだことあるのかしら」

「さあ、僕は無いね。蜂蜜、乳、様々な酒があるけれど、あんな強い酒は初めてだ。高級品に関してはシーナの方が詳しいんじゃないかな」

「見たことも聞いたこともないわ。伯爵の言う通り、確実に新開発されたものなのでしょうね」

「ケイオス卿が伯爵に肩入れするのも初めてではないが……ふむ。興味深い……」

 

 ゴールドランクの連中はなかなか鋭いな。

 本来ウイスキーは炙った樽によって風味を出すものだが、今回は更に樽の中に焦がした棒材を突っ込む手法も伝達してある。焦がした表面積を増やすことで風味付けがより促進されるわけだ。前世も酒飲みグッズとして酒瓶に突っ込む木材が売られてたりなんかしたしな。自宅で熟成ってやつだ。

 もちろん、それだけでこのベースアルコールの荒っぽさが改善される訳では無いが……俺としてはひとまず、この強い酒を口にできたことが嬉しいね。

 

「……私も、あのお酒が売られたら買おうかなぁ……いくらくらいになるんスかね……」

「ライナは酒強いなぁ。俺より強くないか」

「うち結構みんな強いんスよね」

「私もライナが酔っ払ってるところは見たことないなぁ」

「ウイスキーが高かったらどうするよ? 一杯1000ジェリーしたりしてな」

「……」

「おーいライナ? 真剣な顔してるけど大丈夫か? ……買うのか? 買うつもりなのかお前……?」

 

まだ十代だってのに既に酒豪の素質が垣間見えるな……。

……もうちょっと色々と酒を開発しても良いのかもしれん。農業国の輸出品としては滅茶苦茶強いからな、蒸留酒。消毒用にもできるかもしれないし。健康被害だけは気がかりだが……。

 

 

 

「おーいてめぇら~! 腕相撲大会で我らがディックバルトさんがレゴール一の勇者になったぞぉ~!」

 

 陽も沈みはじめ、警備部隊の人が仕事に出かけ、それと入れ替わるようにしてギルドの客が増えはじめた頃。

 それまで姿を見ていなかったチャックたち「収穫の剣」の面々がゾロゾロとご来店なさった。

 

「おお、すげぇな! さすがはディックバルトさんだ!」

「やっぱ一番の腕っぷしはギルドマンじゃなきゃいけねえよな!」

「ご立派ァ!」

 

 そこには糸目の大男、ディックバルトの姿もある。

 どうやら祭りの催しの一つ、街一番を競い合う腕相撲大会で優勝をもぎ取ったようだ。

 パーティーメンバーに囲まれ称賛を受けるその姿は、まさに今レゴールで最も脚光を浴びているパーティーの長に相応しい。

 ……よく見たら集団の一番うしろにバルガーもくっついている。酔い過ぎてフラッフラじゃねえか……今の今までずっと飲んでたのかあいつは。

 

「……負けて……しまいました……」

 

 そしてバルガーの更に後ろから、どことなく気落ちした様子のゴリラ、じゃなくてゴリリアーナさんも入ってきた。

 

「ゴリリアーナ先輩、どうしたんスか?」

「大丈夫? なにかあったの?」

「いえ……ただ、決勝でディックバルトさんと戦って……負けてしまったのです。全く敵いませんでした……力不足です……」

 

 決勝戦はディックバルトとゴリリアーナかよ。逆にゴールドの超強いディックバルトと戦えるほどの力があるのか……。

 これからもゴリリアーナさんに失礼なことをしないように気をつけよう……。

 

「あら、おかえりなさいゴリリアーナ。惜しかったのね、よく頑張ったわ」

「シーナさん……すみません、全力を尽くしたのですが……」

「気にしないで。むしろよく二位まで上り詰めたわね。同じパーティーの一員として誇らしいわ」

「……ありがとうございます」

 

 そうか、腕相撲大会かー。毎年やってるけどいつもそんな遅い時間まで見て回ってないからなぁ。

 一応精霊祭は夜になって月が出てからが本番ではあるんだけどな。ここらへんで見て回るの面倒になって酒場に籠もっちゃうんだよなぁ。

 

「そこでよぉ~今年は腕相撲の優勝者に豪華な賞品があるってことでよ~……なんとディックバルトさんがなぁ~……この酒を一本、勝ち取ってきたんだぜぇ!? まさか未だにこの酒を知らない奴はいねぇよなぁ~!?」

「なっ……!」

「それは!?」

 

 チャックが掲げたのは、一本の酒瓶。

 色ガラスによって中身はわかりにくいが、間違いない……!

 

「レゴール伯爵様が作った新しい酒、ウイスキーだぜぇ~!」

「うおおおおお! ディックバルトさん最強っ!」

「強い漢だ……!」

「――うむ。この街における最も強き雄として認められたことを嬉しく思う。ありがとう、皆。だが――この気持ちは、俺一人で独占するべきものではあるまい。今宵は精霊祭――この美酒は、ギルドにいる皆と共に味わおうと思う」

「イヤッホォオオオオウ!」

 

 す、すげえ! 優勝商品ってウイスキーだったのかよ!

 瓶はギルドに配布されたものより少し小さめだが……それでも未だ売られていない酒だ。そんなものを振る舞うというディックバルトの男気に、ギルドの飲兵衛たちが沸き立った。

 

「流石だぜディックバルト!」

「すごいっス! あざっス! ごちっス!」

 

 なんだったら俺とライナも立ち上がって拍手している。

 しょうがないじゃんだってウイスキーもっと飲みたかったんだもん。

 

「だけどよ~……とはいえこのうめぇ酒を全員に配るにはちと足りねえんだよなァ~……てことはよぉ~……? 何かしらのゲームで“勝者”を決めるしかねぇよなぁ~!?」

「これは、来るのか!」

「やるのかチャック! 始めちまうのかぁ~!?」

「当たり前だぜ! ディックバルトさん直々のご提案だぁッ! “第二回熟成ウイスキー猥談バトル”の開幕だぁあああッ!」

「ヒャッホォオオオオオ!」

 

 ギルドが異様な熱気に包まれ、男たちの野太い声が響き渡る。

 吟遊詩人が悪乗りして激しい曲を掻き鳴らし、バルガーが謎に飛び跳ねて壁にぶつかり、チャックが靴を脱いでテーブルの上に立ち上がる。土足じゃないだけまぁ偉い。お行儀悪いけど。

 ……あ、ギルド内の女が冷たい目線を送ってる……。

 

「さぁ~冬以来の開催だぜぇ! 美味い酒を飲みたかったら参加しろぉ! 我こそはって野郎はその場で立ちなァ! 己のスケベ知識の強さに自信がある奴は大歓迎だぜぇ~!」

「猥談なら任せろー!」

「バリバリバリッシュ!」

「誰だ今の!」

「今回だけは負けられねえぜぇ!」

 

 次々に立ち上がる猥談に自信ニキらが拳を鳴らす。反してそっと離席し中央から離れる女性陣たち。

 今宵、ギルドは漢の世界と化していた。

 

「……モングレル先輩……まさか……」

「ああ……その“まさか”だよ、ライナ」

 

 俺はビールのジョッキを机にドンと置き、立ち上がった。

 

「――来るか、モングレル」

「俺の参加にだけ反応するのやめてくれない……? いや、まぁ参加はするんだけどさ」

「え、わ、猥談ってことはあれだよねモングレルさん……この前みたいな……」

「ああ。まぁ、でもさ……世の中、綺麗事だけじゃ済まねえもんってのもあるっていうかさ……ギルドマンってそういうもんだよな……」

「モングレル先輩……」

 

 ライナがジト目で俺を見つめている。

 ……すまないライナ。それでも俺は……。

 

「……応援してるんで……ちょっとだけ分けてもらえると嬉しいっス……」

「ラ、ライナ……!?」

「……ああ、任せろ……!」

 

 こうして俺は二度目の猥談バトルに参加することになった。

 前回以上に女の多いギルドだ。色々と衆目もあるが……ウイスキーのためならやむを得まい。

 

 プライドと酒をかけた、つまり色々きったねぇ男たちのバトルが幕を開ける……!

 

 

 

「今回ばかりは出し惜しみはしねぇ……よく聞け! “ダートハイドスネークの乾燥粉末は”……“一匙で一晩勃つ”……!」

「なんだってぇ!?」

「一匙で……!?」

「老いてもまだまだいけるのか……!?」

「くっ……やるじゃねぇか……だがな、伊達に俺だって報酬の二割を使い込んじゃいねぇんだ……! 喰らいやがれ……! “スワンプタートルの鍋は朝まで戦える”……!」

「ぐッ……!?」

「――むぅッ、勝者バウル!」

「ッシャオラッ」

「ぐあああ!? 俺が負けたぁ……!?」

「――確かにスワンプタートルの鍋は“効く”……だがその価格、入手性……諸々を考慮した場合、俺はダートハイドスネークに軍配があがるものと判断した……――僅差ではあったがな」

 

 また始まってしまったよ、聞くに堪えない猥談バトルが。

 細かいルールというか判定はディックバルトに一任されているらしく、参加者も全面的にディックバルトの審判を信頼している。かなり曖昧なバトルのはずなのにここまで信頼されてるのって普通にすげーよな。

 

「さあ次は“大地の盾”のアレックスだぜ~! お行儀の良い従士あがりは一体どんなネタを持っているんだぁ~!?」

「期待のされ方がなんかエグい……! え、えーと……そうですねぇ……“キスする時に相手の耳を塞いでやると音がよく聞こえて雰囲気が上がる”……とかですか」

「うおおおお! わかる気がする!」

「アレックスお前なかなかのスケベ使いだな!」

「スケベ使いって!?」

「く……“大地の盾”にまさかこんなやつがいたとはな……! お、俺は……“店に飴を持ち込むと普段キスを拒否する子でもオーケー出してくれることが多い”で……!」

「――勝者、アレックス!」

「グワーッ!」

「あ、勝った」

「――アレックスの言……多くは語るまい。あれは良いものだ……」

 

 今回は釣り餌の豪華さも相まって、普段参加しないような男たちまで参加している。

 俺の順番が回ってくるのもまだまだ時間がかかりそうだな。

 

「……モングレルさんはさー、今回も勝つ自信とかあったりするの?」

「ん? まぁな。俺は知識だけならある。ここにいる連中に負けるなんてありえねえさ」

「へ、へー……すごい自信……」

「私のコップこれっスから」

「準備も気も早いなライナ」

「お~いこらそこのモングレルッ!」

「あ、来たぞ」

「来たぞじゃねぇ~!」

 

 なにやらチャックがお怒りのようだ。こいつはホント俺に突っかかって来るやつだな。

 

「いつもいつもアルテミスの子と楽しそうに話しやがってよぉ~……! かと思ったらこの前は若木の杖の子とも仲良さそうにしやがってぇ~……なんか秘訣とかあるのかよテメェ~!」

「……なんか俺に言いたい事と自分の求めてることがごっちゃになってない?」

「うるせ~! 知らね~! モングレル、お前だけはこの俺が直々に倒してやらなきゃ気が済まねえぜぇ~!」

「ほーう……前回は俺に負けたくせになかなかデカい口を叩くじゃねえかチャックさんよぉー」

「……モングレル先輩ひょっとして結構酔ってるっスか?」

「俺はレゴールで一番酔ってない男だぞコラァ」

「あ、これ結構酔ってるっス」

 

 酒場の中央に歩み寄り、ついでにそこらへんに置いてあったジョッキをグッと飲み干す。

 気合充填。どうせ今日は無料なんだ、許してくれ。

 

「――では見せてもらおう。二人の可能性を……な」

「ああ良いぜぇディックバルトさん! まずは俺からいくぜぇ!」

「やべぇ! また先攻取られた!」

「うおー! チャックさん一気に決めるつもりだぁ!」

「モングレル先輩っ! よくわかんないスけど負けないでっ!」

「男は酒を飲むと馬鹿になるのか?」

「ナスターシャ。ほぼ全ての男は生まれながらに馬鹿な生き物よ」

 

 勢いでビールを飲み干したチャックがテーブルにドンとあぐらをかき、鋭い目で俺を睨みつける……!

 ……お前、本気だな……!

 

「“男でも先の方を集中攻撃されると”……“潮を噴く”……!」

「……」

「へへ、へへへ……前回は男のネタでやられたからよぉ……これは意趣返しってやつだぜぇ~……? モングレルさんよぉ……!」

「マジかよ……男でも……!?」

「そもそも俺は女のさえ見たこと……」

「ディックバルトさんは審議を出してない……この攻撃……“有効”ってことか……!」

 

 次第に強まるざわめき。目を瞑るディックバルト。白い目を向けてくる女の子たち……はいいとして。

 チャックのそのネタは、この酒場においてかなり異質というか、革新的なものではあったらしく……聴いたものは多くが驚いていた。

 

 ……だが……俺は……。

 

「……がっかりだよ、チャック」

「なッ……!?」

 

 情報社会日本。検索欄にちょっとキーワードをはめ込んで調べてやれば……そこには数千年間積み重ねられてきた人類の叡智が広がっている。

 そのネットの集積知を前にすれば……チャックの見つけ出したそのトリビアの、なんとちっぽけなことか。

 

 今時その程度の知識、マセた小学生でも知ってるぜ……?

 

「俺はさ……なんだかんだ、楽しみにしてたんだぜ? ひょっとしたらお前が俺のライバルになってくれるんじゃないかって……心の奥底では、期待してたんだがなぁ……」

「な、おま……ハッタリだ……!」

「……それで終わりか?」

「……ッ!」

 

 チャックが戦慄し、唾を飲む。

 次弾は……無し、か。

 

「だったらもう良い。失せろ――“男は尻の中にある前立腺を適度に刺激されると”……“何度でも絶頂できる”」

「ぐぁあああああああああ!?」

 

 チャックはテーブルから吹っ飛んで床の上に叩きつけられた。

 雑魚め。身の程を知るが良い。

 

「チャックぅうううう!」

「そんな……まさか、そんなことが……!?」

「――勝者、モングレル!」

「うおおおおおおッ!? 瞬殺だぁああああ!」

「ディックバルトさん!? そんなものが……実在するのですか!?」

「――まさか、モングレルがこれを知っていようとはな……直腸に入ってすぐ、膀胱の真下に存在する木の実のような器官……これは男にしか無いと言われる、ある意味最も男らしい臓器のひとつ……――だが、ここを刺激された時……――男はたちまち、メスになる。それはこの俺が保証しよう……」

「なんだってぇええ!?」

「ディックバルトさんの保証……聞きたくなかったぜ……!」

「これからどこに目をやってディックバルトさんの後ろを歩いたら良いんだ……!?」

 

 ディックバルト……お前……すげぇな……。

 こんな情報のない世界でよくぞそこまで練り上げたもんだ……。

 

「――無論、慣れぬ者には解らぬ感覚……メスとなるには研鑽を積まねばならんが……まさかモングレル、お前もまた俺と同じ――?」

「いや、俺は通りすがりのスケベ伝道師から聞いた」

「またスケベ伝道師かよ!」

「一体誰なんだスケベ伝道師!」

「さぞ名のあるスケベ伝道師とお見受けするぜ……」

「ふ、ふーん……直腸の、膀胱の下……」

「駄目だ、チャック完全にノビてやがる……! ダメージが強すぎたんだ!」

「ていうか酒飲みすぎてるだけじゃねえの?」

 

 こうして第二回の猥談バトルも俺の勝利で終わった。

 健闘を称えるディックバルトは、なんとなく俺のコップに普通よりも多めのウイスキーを注いでくれたように思う。

 でもその同志を見るような目はやめてほしい。

 

「……不潔ね」

「紳士的な趣味をしてるんだねぇ、彼」

「医学の領分だな」

 

 ゴールドクラスの女性陣からの冷めた視線を浴びたが……これもまた、強すぎるチートを持った主人公の宿命……ってやつなのかもな。ハハ……。

 

「ライナ……ウルリカ……持ってきたぞ」

「……あ、その、私の分は平気だから……ライナにあげちゃって……うん」

 

 ウルリカはどこかよそよそしくウイスキーを固辞し、結局これはライナとはんぶんこすることになった。

 

「んく、んく……ぷぁ。……くぅー、美味しいっス!」

「フフ……良かったなライナ……俺はそれだけで幸せだぜ……ほら、俺の分も飲んで良いんだぞ……」

 

 良い飲みっぷりをみせるライナに、俺は自分のウイスキーも分けてやった。

 

「えっ!? でもこれは、モングレル先輩の分じゃ……」

「いや……向こうで変に動き回ったせいでなんかもう……酔いが回ってしんどいわ……もう飲めねえ……へへへ……」

「……モングレル先輩……あざっス!」

 

 こうして俺の勝ち取ったウイスキーは、全てライナの腹に収まることになったのだった。

 

 強い酒だからちゃんと水も飲んでおくんだぞ、ライナ……。

 




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いつも当作品をお読みいただきありがとうございます。

お礼ににくまんが転がります。

ゴロン(・∀・* )彡ミ( *・A・)ゴロン


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三英傑の負傷と対策装備

 

 あの後、良い感じにできあがった俺はそのまま宿に帰っていった。

 ライナが俺の帰り道を心配していたが、別に道端にゲロを撒き散らすほど酔ってはいないし、俺を送った後でライナが一人で夜道を歩く方が心配だ。気遣いだけ受け取って部屋に戻り、ウイスキーの味を思い起こしながら眠りについたのだった。

 

 翌日の予定は決めていた。祭で汚れた街中を掃除するため、清掃任務を受けようと思っていたんだ。

 外での飲食マナーなんて渋谷のハロウィンの比じゃない。どこを見ても無法地帯ここに極まれりといった惨状で、とてもじゃないがこんな街で暮らしたい気分にはなれない。俺がよく使う道だけでも綺麗にしとかなきゃ我慢できん。

 

 だがギルドについてみると、そこでは珍しくディックバルトたちが居たのだった。

 副団長のアレクトラも二日酔いでしんどそうな顔をしているが、しっかり装備を着込んで先に着いている。

 収穫の剣の偉い奴らが揃って一体何をしているのやら。

 

 そう思って軽く尋ねてみたら、俺の想像以上に深刻な事態に苛まれているようだった。

 

 

 

「ギルドマンの3人が負傷……って、おま……」

「──ヒーラーによって手当ては受けたため、後遺症の心配はない。──迂闊だった……俺が、もっと指導しておくべきだったのだ……」

 

 昨日、ギルドマンの三人の男が負傷した。彼らはそれぞれ所属するパーティーもバラバラで、接点はない。あるとしても昨日ギルドで飲んでいたくらいのものだろう。

 一体何があったのか? それはわからない。

 

 ただ、三人の男は共通して、自分のケツ穴に剣の柄を突っ込み、それが取れなくなっていたのである。

 

「──幸い、ショートソードだった。ロングソードであったならば、また違った悲劇を起こしていたやもしれぬ……」

「……団長、あんまり汚ねぇ話をしてくれんなよ。アタシはただでさえ頭が痛いんだ。これ以上はよしてくれ……」

 

 持って回ったが、つまり。

 あれっす。

 

 男達は未知の快楽を追い求めた末に、己のケツにショートソードを突っ込んだわけなのだ。

 

 もちろん本人達はそんなことは認めていない。

 “え? いやー酔っ払ってて悪ふざけしてたんだよね。気付いたら抜けなくなっててー”。

 そんな風に供述しているという。

 

 だが同じ日に三人もの男がケツにショートソードを生やして診療所に駆け込んだのだ。同時多発的にそんな地獄みてえな悪ふざけが被ってたまるもんか。

 当日彼らを担当したヒーラーが本気でかわいそうになる。その時の担当者がカスパルさんでないことを願いたい。

 

 それにこの世界にヒーラーとポーションがあって本当に良かったと思う。もしそれらがなかったら、彼らはケツにショートソードを突っ込んだもののそれが抜けないまま死んでいたかもしれないのだ。三国志の世界なら何らかの感染症になる前に余裕で憤死するレベルの生き恥である。

 俺としても酒のテンションとはいえ持ち出したこのネタで人死にが出なくて本当に助かった。俺のせいで死んだんじゃ胸糞悪いじゃ済まされない。ケツだけに。ガハハ。……笑えねえ。

 

 ちなみに、今回診療所のお世話になった男三人はこれを機に「レゴール三英傑」と呼ばれている。心の底からどうでもいい。

 

「──第二、第三の“三英傑”の出現は止めねばならん。人は快楽を追い求めるもの……だが、正しき知識がなければ、転じて激痛や、災いにもなりかねん。──再び悲劇を繰り返さないためにも、俺はしばらく異物挿入の警告に努めるつもりだ」

「そう……まぁ、そうだよな……怪我なんかされたら俺としても後味が最悪すぎるわ……」

「──モングレルは悪くはない。人は快楽を追い求めるものなのだ。……ただ、道の先を行く俺たちには、後続を正しく導いてやる義務がある。それだけに過ぎん」

「ごめん、俺を先に進んでる扱いするのはやめてくれないか」

「──なので、掲示板にこのようなものを貼り出すことにした。異物を挿入する際の注意喚起をまとめたものだ。アレクトラにも手伝ってもらい、今しがた完成したものになる」

「聞いてくれよモングレル……団長はすぐにどうでもいいアドバイスとかを書き足そうとしてくるんだ……」

「……おつかれ」

 

 小さな羊皮紙のポスターには、ケツでお遊びする際の注意点が簡潔にまとめられていた。

 ちゃんと抜き出せる形のものを入れる。滑らかなもの以外は避ける。またその際にはジェリースライムのペーストを水で二倍に希釈した浄化潤滑液を併用すること……なにそれ、そんな使い方もするのジェリースライム。でもこれ精霊祭翌日にやっていい所業じゃねぇよ。月の化身をペーストにしてケツに突っ込むって魔女の邪悪な儀式レベルじゃねえかよ。

 

「──未知の探究は悪いことではない。だが、我々ギルドマンは蛮勇をもって臨むものではないはずだ。常に万全を期して、進んでゆきたいものだな……──その歩みが、遅いものだとしても……」

 

 良いこと言ってるけどこれケツに異物突っ込む話してるんだよな……。

 

「あーあー、男はなんでこんなバカばっかなんだかねぇ。まさか浮いた話のねぇモングレルまでバカだったとは」

「俺は別にケツに変なもんは突っ込まねえよ……」

「──そういうことにしておこう」

「いやそういうことなんだよ。やめろその目を」

 

 しかし俺が発端でケツをボロボロにするギルドマンが増えるのは嫌だ。忍びないとか申し訳ないとかじゃなくてシンプルに嫌だ。

 将来的に「レゴールのギルドマンの尻を破壊し尽くした男」とか呼ばれないためにも、早いうちにこのきったねぇ啓蒙活動には乗っておくべきか……。

 

「これつまり、形の変なものを入れるから抜けなくなるんだろ。何か専用の、安全なものを使えば大丈夫ってことだよな」

「こらモングレル、止めるんじゃないのかよ!」

「いや俺もバカだとは思うけど、男ってやる奴はやるからさ……」

 

 前世でも普通にいたからね、変なものをケツにいれちゃってお医者さんの世話になる奴。

 ペンとかはまだ普通で、電池とかひどいのだとイクラだとか……。

 男の快感への飽くなき渇望は、IQを100くらい下げるからな。止めようと思って止められるものではない。だったら安全なやり方を啓蒙して被害を食い止める他にないだろう。

 

 ……俺は祭の翌日に何をやってるんだ……? 

 ふと冷静になりそうになったが、自分のケツくらいは拭かねばなるまい。ケツだけに。ガハハ。

 

「──俺が使うものであれば、形はこうなっているな」

「ほー」

 

 掲示板の黒板部分に、ディックバルトがチョークで図案を書いてゆく。

 ぐねっとした形の道具で、あー……なんだっけ。エマネ? エネマ? とかいう名前のジョークグッズだった気がする。

 ケツに突っ込むおもちゃだ。

 

「ちょっとそこの方たち! ギルドの掲示板に変なもの描かないでください! 後でちゃんと消してもらいますからね!?」

 

 受付からエレナが怒ってる。正論100%だ。何も反論できねえ。

 

「これが滑らかな材質でできてれば、まあ安全なわけか。こっちの部分は入りようがないからな」

「──うむ。もちろん浄化潤滑液に頼らず、これ自体もよく研磨する必要はある」

「きったねぇ話しやがって……あー頭いてぇ」

「なるほど……」

 

 正直図案を見る限り「こんなもん人体に入るのか?」って気持ちになるが、まぁ多分入るのだろう。

 それはそれとして、俺はこの道具に少し思うところがあった。

 

「ディックバルト、こういう道具を作ったら売れると思うか?」

「──売れる。店が取り扱っているものではないし、既存の類似品から俺が最終的に行き着いたのがこれというだけだが……これならば、高額で販売できるだけの力がある」

「ほーう……なるほど、こういう方面で金を稼ぐのもアリか……」

 

 アダルトグッズは人の欲望そのものだ。金に糸目をつけない者も多いだろう。

 なにより、見本として現物が存在することによって、「ケツに入れて良いのはこういう形なんだ」というイメージが一般に広まるかもしれない。

 いや、別にこういうのを入れて良いってわけでもないんだが。

 

「──そういえば、モングレルは市場に己で作った商品を出しているのだったな」

「ああ、発明品をな。あんまり売れねーけど」

 

 それでも昨日の祭りで何かしら動きはあったはず。

 その確認もしておかなきゃな。

 

「──良いものができたら、俺を呼んでくれ。感想と評価ならばいつでもしてやろう」

 

 そう言ってディックバルトはニヤリと微笑んだ。

 ……感想、聞きたくないです。はい。

 

 

 

 それから俺は都市清掃もせず、川辺に行って材料の加工を始めた。

 ホーンウルフの大きく太い角は磨くと滑らかで、適度な硬さとしなりがあるのでそれを加工してアダルトグッズを作ることにしたのだ。うまくできれば安全の啓蒙と同時に良い収入になるかもしれん。

 祭の翌日に俺は川で何作ってんだって虚無になる気持ちがちょくちょく湧き出たが、なるべく考えないように角を削ってゆく。俺の馬鹿力を発揮する場面だ。

 

「ふう……こんなもん……かなぁ?」

 

 ディックバルトの図案を見てだいたいの形はわかった。しかしサイズ感は微妙なところだったので、汚ねぇ話ながら俺の息子さんに形の比較を手伝ってもらいつつ、アダルトグッズは一応の完成を見た。

 まさか作ったからと言って自分のケツにぶち込みたくはなかったので、「使用感が悪いです」というレビューが来たらどうしようかと思ったが、まぁそこまではしらんってことで。

 それをいくつか作っておき、入念に研磨して……まぁ良しとした。

 

 川の水に濡れ艶かしく乳白色に輝くアダルトグッズ。

 ……これ以上眺めているとなんか死にたくなりそうだな? さっさと黒靄市場で売り出してもらうとしよう。

 

 

 

「へえ、こんな道具があるんだな。良い材料使ってんのにもったいない……」

「俺もそう思ってるんだよ、メルクリオ。まぁ材料費込みで高く売りつけてやってくれよ。多分物好きが買うだろうからさ」

「まぁ構わないがね。ああ、洗濯板は全部売れきったよ。ありゃ流行るかもしれんな」

「ああ本当か。そいつは嬉しい報告だ」

 

 黒靄市場も祭のせいでより一層小汚くなっているが、なんでも売りつけるこの一帯にかかれば落ちてるゴミも商品になり得る。

 そのせいか現状では表の大通りよりも幾分か綺麗にまとまっているようにも見えた。

 

「あとこの道具を買う奴がいたら、ついでにこの注意喚起の羊皮紙を見せてやってくれ。使い方と注意が書かれてるからな」

「へぇ。これもモングレルの旦那が?」

「馬鹿言うなって、ギルドの詳しい知り合いだよ」

「ハハハ。わかったわかった、そうするよ。まぁ売れるかどうかはわからんから、気長に待ってもらえると嬉しいね。それよりは洗濯板だよモングレルの旦那。周りが真似する前に、あれをもうちょい値上げして出そうじゃないか。もうしばらくあれで稼げるから、増産してくれないか?」

 

 どうやらメルクリオは洗濯板の売れ行きに興味があるらしい。よほど売れた感触が良かったのだろう。こういう時の商人の勘は頼りになる。

 ……俺も祭で金を使ったし、確実な方法で金を稼いでおくか。まだ魔法商店での散財も予定してるしな。

 

「じゃあすぐに作って持ってくるよ。鉋はできてるから一日待ってくれれば問題ない」

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 

 

 

 そうして俺は洗濯板の製作に取り掛かった。角の加工の次は板材だ。都市清掃にかかりたいが忙しいのだから仕方がない。

 力一杯鉋をゴリゴリ使って、俺は半日で20枚の洗濯板を仕上げてみせた。鼻の穴が木屑臭いぜ。

 

 で、翌日にはその板をまとめて担ぎ、再び黒靄市場へと向かったのだが。

 

 

 

「モングレルの旦那。旦那が作ったあのいかがわしい道具、昨日のうちに全部売れちまったよ」

「Oh...」

「足元見てジェリーもふっかけたんだがねぇ……」

 

 メルクリオから告げられたのは、まさかの完売である。

 別に広告の掲載もしてないのになんでそうなるんだよお前。

 

 ギルドマンか? ……ギルドマンっぽいよな。話聞いてた奴らが道具を探してたのかもしれない。やはり男のロマンは止められないのか。

 

「なぁメルクリオ、参考までにどんな奴らが買ってったかわかるか? ひょっとするとそいつらは三英傑かもしれん」

「誰だよ三英傑ってのは……商品が商品だからなぁ。モングレルの旦那とはいえ、客の詳しいことは言いたかねえよ」

「ああそりゃそうか。すまん」

「まぁ男二人と女一人とだけ言っておくよ」

「女が買ったのかよ!? 水商売で使うのか……?」

「さぁねぇ。若くて綺麗な子だったが……もしかしたら仲のいい男相手にでも使ってやるんじゃないかね? 人の趣味はわからんもんだね。クックック」

 

 好調すぎる売れ行きに思わずアダルトグッズの増産が頭をよぎったが、そんなものを作るよりは洗濯板の方がずっと儲かるし楽だし人の生活に役立つので、これ以降は作るのは取りやめにした。

 

 万が一、いや、億が一にでも俺の正体がケイオス卿とバレた時、アダルトグッズも作ってましたなんて言われるの嫌だし……。

 ケイオス卿のブランドに傷が付くからな……。

 

 

 



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魔法のお勉強

 

 祭の非日常感も落ち着き、レゴールに日常が戻ってきた。

 清掃活動により街並みは綺麗になり、空を飛ぶクラゲたちの色素も完全に抜け落ちている。というか半日くらいで完全に色落ちするらしい。昨日まで飛んでいた色つきクラゲは多分、子供の悪戯やお遊びだったのだろう。

 

 観光客も宿を引き払い、ギルドマンは馬車の護衛としてレゴールを離れていった。

 街の外にはまだまだ魔物がいるし、どんどん間引いていかなければ収穫期に地獄を見るので、討伐任務も多く出されている。

 

 忙しい季節の再開だ。

 

 ……とはいえ、俺は山菜を集めて灰汁抜きして食べるくらいのことしかやらない。暑い中動き回るのがしんどいからだ。もちろん討伐もやるんだが、気が向いた時にちょくちょくってところだな。小物は金にならないし……。

 

 直近で汚ねぇけどまとまった金も手に入ったことだし、しばらくは自己研鑽に注ぎ込もうと思っている。

 

「あ、あ、どうも。この前はどうも、ありがとうございました。助かりました……」

「別に良いんだよ。気に入らない奴を見つけてぶっ飛ばしただけだからな」

 

 俺は今、「若木の杖」の子と一緒に魔法商店の前にいる。

 春に王都から暖簾分けした魔法商店が来るとはサリーから聞いていたが、ようやく数日前にオープンしたのだ。

 立地は衛兵の屯所も近く、防犯にはもってこいの通りにある。人通りが多いわけではないが、高額商品を扱う専門店なら文句無しの場所だ。

 

 ここへの案内をしてくれたのはミセリナという少女。前に俺が路地裏でナンパ野郎から助けた魔法使いだ。あれ以降はギルドとかで顔を合わせるたびに挨拶をする程度の仲だ。

 物静かでどもりがちだが、サリー曰く腕の立つ風魔法使いらしい。以前の借りを返すために、今回は案内役を買って出てくれたのだ。

 

「ここがギルバート魔法用品店です。魔法使い向けの消耗品や触媒を売っている店ですが……王都と同じで一応、初心者向けの教材や道具も売っています。……高めですけど、品質は良いですよ」

「おー、助かるぜ。市場でそれっぽいものを買おうとするとパチもん掴まされるからな」

 

 店の装いも、店内も、レゴールにはあまり見られない清潔さだ。まぁ新装開店だし当然ではあるんだが、武器屋とか雑貨屋とはまた別格の敷居の高さを感じる。デパートの居心地が悪くなる売り場みたいな雰囲気だ。

 

「いらっしゃい。……ああ、“若木の杖”の」

「こんにちは、ギルバートさん。ミセリナです」

「そう、ミセリナだった。まさかレゴールでも縁が続くとはな。……隣の人は?」

 

 カウンターに座る中年の男が俺を見る。

 グレーの混じった黒髪を後ろに撫で付けた、デキる雰囲気の人だ。

 

「こちらはギルドマンのモングレルさん。い、以前お世話になって。あ、サリーさんともお知り合いだったそうで……」

「どうも、モングレルです」

「ほう。ギルドマンか……しかしそれ、剣だろう。魔剣士ってわけでもあるまい?」

「全くの初心者なんですけど、魔法を一から勉強してみようかなーと思いまして。ここにくれば初心者向けの質の良い教材が手に入ると聞いて……」

「ああ、ギルドマンの剣士にかしこまられるとむず痒くなる。楽に喋ってくれ」

「……なんか良い感じの教材って無いかな? ギルバートさん」

「ふむ」

 

 ギルバートさんは顎を掻いた。

 

「まずは目標とする魔法使いとしての姿を聞きたいな。最初にはっきり言っておくが、魔法使いは生まれ持っての適性がモノを言う。その上長い研鑽が必要な精神的学問でもある。見たところ25か30かだが……その歳で大成することはまず無いし、職業として扱えるものにはならないぞ」

「ああ、そこらへんは別に。俺は水魔法で少しでも水を出せるようになれれば良いんで」

 

 俺の目標はいつでも手や顔を洗えるようになることだ。

 あるいは飲み水を出せるようになること。それだけでかなり生活が便利になる。

 

「なるほど、まあ便利だからな……しかしその程度の魔法であっても、習得できるかはわからんぞ。さっきも言ったが適性が大きい分野だからな。数年試して徒労に終わることだってある。そんな世界だ」

「うえー」

「教材は売ってやれるが、金持ち向けだし安くはない。身につく保証も無いから、ダメだった時は丸損だ。……その時はこっちで教材を買い取ってやっていいが……」

「……教師とかって必要なのかね、こういうの」

「普通は家庭教師から教わるもんだな。しかしこの教材は平民の金持ち向けだから、一通りの知識は全て文章になっている。意欲さえあれば、一人でも学べるものではあるぞ」

 

 うーん、だったら買ってみるか。水魔法使ってみたいし。

 外での清潔さがダンチになる。ダメだとしてもやってから諦めよう。

 

「“若木の杖”の紹介なら値段は少しまけてやろう。見習い用の杖と魔石、触媒10セット、教本をつけてそうだな、このくらいの値段になるか」

「高いなぁ……買うわ」

「え、え、あの、モングレルさん、値引きとか……」

「いや紹介してもらっといてお店に迷惑かけるのもちょっとあれだし」

「……ははっ。そう言われると悪い気分はしない。善意で300ジェリー引いといてやる。今回だけだぞ。……練習は感覚を掴むことが大切だ。毎日寝る前にでも続けるといい。もし習得できたら、その時はうちの店を利用してくれ。良い杖もあるからな」

「ああ、よろしく。頑張ってここで買い物できるようにするさ」

 

 ギルバートさんと握手をして、俺は魔法用品店を出た。

 

 

 

 さて、初めての趣味で道具を買うと、一番楽しいのは開封の瞬間だ。

 俺はミセリナと別れるとそのまま宿に戻り、魔法用品店で買った教材をテーブルの上に並べてみる。

 

「これが見習いの杖か……ハリポタ的な奴なんだな」

 

 杖は指揮棒のような短いやつだ。こんなサイズだが腕の立つ魔法使いでも案外こういうものを使ってる奴はいる。

 まぁでもこれは結構ショボいやつなんだろうな。

 

 あとは小分けされた謎の触媒があるが全くわからん。

 それはさておき、重要なのは指導書の方だ。

 

 この教材は薄い羊皮紙20枚程で書かれた魔法の入門書のようなもので、小さな字でびっしりとアドバイスだか豆知識だかが書かれている。

 前世の指南者や入門書と比べると書式がとっ散らかっていて目が滑るが、まずはこいつを読み解き熟読するところから始めていこうと思う。

 

 しかし、転生してチートもらった現代人ならなんといっても魔法だよな。

 なにせ科学的な知識がある分イメージの明確さにおいては現地人を超えるからな……案外ちょっと瞑想して杖を振るだけで水のない場所でこれほどの大魔法を? みたいなことになるかもしれん……。

 

 どうしよう、宿を水浸しにしたら大変だよな……。

 俺の鮮やかすぎるイメージで周りに迷惑かけたくはねえからなぁ〜……うーん、しょうがねえ! 練習する時は街の外でやるかぁ! 俺の力はあまり他人にバレない方が良いしな〜。

 

 

 

 魔法の修練を初めてから三日後。

 

「あれ、モングレル先輩。最近見かけなかったスけど、ギルドにいるなんて珍しいスね」

「ああ。三日前からかな、最近まで魔法の練習に熱中しててな」

「魔法っスか!? やるとは言ってたスけど本当に始めたんスね」

 

 俺はギルドでエールを飲んでいた。

 

「ああ。でもやめた」

「……は?」

「俺には魔法の才能がないかもしれん」

「……それ、ただ飽きただけなんじゃないスか」

「そうとも言う」

 

 だって瞑想ばっかで何にもならないんだもの……。

 なんだよ心臓の下に渦を巻くイメージって。ないよそんな臓器……。

 

「……私の教えてる弓はそうやって投げ出さないでほしいっス」

「……それはまぁ、ちょっと頑張るぜ」

「不安だなぁ」

 

 その日、俺はライナに聞き齧っただけの魔法習得テクニックをレクチャーして酒を飲み交わした。

 ひょっとするとライナの方が魔法使いの才能はあるかもしれない。集中力あるし……。

 

 

 



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平凡なるウィレム・ブラン・レゴール

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

 精霊祭が終わった。

 今年も大事なく催しが消化され、肩の荷がおりる。

 しかし私は広大なレゴールを治める伯爵だ。一つの祭典が終わったからといって、そう長く休めるわけでもない。

 ああ、執務室に向かってくる足音が聞こえてきた。几帳面な早歩き。アーマルコよ、もう少し主人を労ってはくれないものか。

 

「ウィレム様。精霊祭における報告がいくつか衛兵よりあがっております」

 

 やれやれ。うるさい執事がやってきた。

 伯爵を継いでからというもの、アーマルコは満足に私を休ませてくれない。

 

「なんだね、報告とは」

「レゴール市街にて、特定の商店や家屋への侵入を試みた犯罪者が確認されております」

「祭りに乗じての犯罪は珍しくもないだろう。共通点は?」

「は。いずれもケイオス卿の手紙を受け取った者たちと関わりのある場所でした」

「……またケイオス卿の残り香を狙ってきたのか。彼は滅多に同じ場所に手紙を送らないというのに」

「犯罪者たちは全て捕縛されましたが、背後関係は洗い出せませんでした。適当に雇った連中かと」

「犯罪者奴隷の仲間入りだな。匿名の贈り物と思っておこう」

「左様でございますか」

「これから公共事業も忙しくなるからなぁ」

 

 ケイオス卿。彼がこの街に来てから、8年前後になる。

 それからの私の人生には、激動という言葉が相応しいだろう。

 

 

 

 私、ウィレム・ブラン・レゴールは厳しい父の三男として生まれた。

 平凡な……いや、容姿は醜く、性格も内向的で、決して伯爵家に相応しい男ではなかったと断言できる。それは幼少より二人の兄からの虐めのせいもあったのだろうが、生来からの性質であるように、私自身も思っている。

 歴史に埋没するだけの男になるはずだったのだが……人生とはわからないものだ。

 

 強く猛々しい長男は戦争の折、落馬によって死に。

 それによって継承権一位となった陰謀好きの次男は急な病によって倒れて死んだ。

 

 結局、レゴール伯を継ぐことになったのはデブでチビでハゲな三男の私であった。父も苦笑いすらできなかったな。

 当時22歳。民からの人気などかけらもない私を担ごうという者は誰もいなかったので、急に態度を変えた周囲が白々しかったのを良く覚えている。

 

 私は二人の兄とは違い、ギフトも強い体も人と巧みに話す度胸もなかったので、専ら本を読んで過ごしてきた。

 誰とも話さず図書庫に籠り知識を蓄える日々。

 だがその生活を愛していた。将来は学者になるのが夢だったのだ。

 

 それが伯爵を継ぐことになって、全てが狂ってしまった。

 やりたくもない無駄な戦争、おべっかばかりの貴族との会話、文句しか言われることのない政治。嫌なことばかりだ。心の底から、伯爵になどなりたくなかったのだ、私は。

 まあ、駄々をこねる歳でも地位でも無いことは重々承知していたので、逃げることもできなかったのだが……。

 

 実際、私の政治に至らぬところは多かった。

 何をやっても思うようにいかない。

 何をすれば良いかはわかるのに、周囲を取り巻く悪意の力が、私の活動を押し留めようとする。

 それが兄嫁達の勢力によるものだとは分かっていても、どうにかするだけの力が私には無かったのだ。

 

 ……ケイオス卿と名乗る人物から、手紙が届くその時までは。

 

 

 

 その手紙は複数の鮮やかな色から成る異様な模様が描かれ、見たこともない封蝋が捺されていた。製法は当時も、今でさえも判然としない。

 当時のアーマルコは異質な手紙を警戒し焼き捨てるように進言していたが、そうしなかったのはただ私の興味からだった。

 

 手紙には、知識が記されていた。

 特に難しいこともない、農作業の方法である。まるで農家の親が子に教えるかのような、詳細な手法がそこにはあった。

 私たちは専門家ではないのでそれを見ただけでは何もわからなかったが、最後に記された一文を見て戦慄した。

 

 この方法を採用することで、麦の収量を二割増にする。そう書かれていたのだ。

 

 信じられるだろうか? 私は当然、それを信じなかった。手紙には信じるに値するものが何も無かったからだ。

 だから私はその手紙を棚に放り入れ、保留と言う名の死蔵を決めた。その後に送られてきた蒸留機の設計図もまた、同様に。

 

 ……巷でケイオス卿なる人物の手紙による発明品が大流行を巻き起こしていると耳にした時、私は慌ててこの棚をひっくり返すことになったがね。

 捨てなかったのは本当に、英断だったと思う。

 

 

 

 レゴールは平凡な街だったが、ケイオス卿の出現によって瞬く間に活気付いていった。

 なにせ彼が手紙を出すたびに経済活動が活発化する。様々なものが飛ぶように売れ、交易が盛んになる。そこには私の手が加わっていないのだから、奇妙な夢でも見ている気分だった。

 

 だが何より奇妙だったのは、このケイオス卿の影響によって、街に蔓延る不正や独占を行っていた商社が潰れていったことだろう。

 気付かない者も多いが、ケイオス卿は間違いなく悪しき既得権益を狙って潰しているようだった。そうなるように手紙をばら撒き、勢力をコントロールしていたのだ。

 

 一体何のために。何者がこんなことをしているのか。

 疑問は尽きないが、なんとなく彼が悪でないことだけはわかる。

 そして彼の目的が善によるものであるならば、私はそれに乗ろうと考えたのだ。

 

 裏では謎のケイオス卿が悪徳商社を駆逐し。

 表では私が、ケイオス卿が動きやすいように場を整える。

 

 私もケイオス卿も面識はなかったが、そうしている時は不思議と彼と心が繋がっていたように思う。

 実際、そうしてレゴールを掃除しているうちに、兄嫁たちの家による悪しき影響力は瞬く間に消え去っていった。

 私やレゴールを取り巻く鬱陶しい靄は晴れ、そこでようやく私は自分の政治をまともに行えるようになったのだった。

 私が名君などと呼ばれ始めたのも、その頃になってのことである。

 

 

 

「ケイオス卿を名乗る発明家達による詐欺被害が増えています。ケイオス卿を装い、開発資金を得ようとする者が後を絶ちません」

「間の抜けた奴らだなぁ。ケイオス卿が自ら名乗るわけがないというのに」

「抱え込む側も、ある程度承知の上かと。真贋はどうあれ、ケイオス卿のパトロンであることは一種の主張になりますので」

「本物のケイオス卿に対する、か? 彼は個人の旗色を気にするタイプではないよ。多分だがね」

 

 ケイオス卿の出現により、レゴールの経済は発展した。

 出現以来定期的に有用な商品案をばら撒き続ける彼は、一切の権利料を取ることがない。無償で金のなる木を庭に植えてくれる妖精のようなものだろう。

 商人にとっては喉から手が出るほど欲しい存在だが、その人物像は全く明らかになっていない。

 男か女か。若者か老人か。貴族か平民かすら謎のままだ。

 

 しかし、世間は自分に都合のいいように彼の姿をイメージする。

 

「それと、ウィレム様。議会より苦情が」

「……なんだよ、もう。私が何か失敗したか?」

「いえ。貴族街だけでなく、レゴール都市全域にウイスキーを配布したことについて、無駄な費用をかけていると。一部からではありますが、批判の声が上がっています」

「ああそれか。結局私が押し通したからなぁ……」

 

 私は今回の精霊祭にて、レゴールの街全域に新開発のウイスキーを振舞った。

 新開発故に量はない。価値としても非常に高い酒だ。それを平民たちに無償で大盤振る舞いしたことに対して、議会は怒っているのだろう。まぁ、それも極々一部なのだろうが。

 

 貴族たちは何故か、ケイオス卿が貴族であるとして疑っていない。

 あれほどの知識を持つ者は教育を受けた人物だから、ということだ。

 そういうこともあって、平民の区画に酒をばら撒くことを渋っている部分もあるのだろう。

 ……私としては、貴族ではないと思うのだがなぁ。

 

「あれは精霊祭を利用した蒸留酒の宣伝であり、対外的なアピールだ。あの強い酒精と味が広く知れ渡れば、それだけで一気に販路が広がる。話題作りが一度に済ませられるのであれば、その方が楽だろうに。頭の硬い連中はこれだから……」

「自分達で飲む分を多く確保したかったのでしょうな」

「売り込む側が酒に溺れてどうするんだ……ああいう商品は、他所に売ってこそだろうに」

 

 種子の選別と消毒、それによる麦の増産。からの、余剰作物を利用した蒸留酒作り。

 時間はかかったが、なんとか金銭を整える算段がついた。今までもレゴールは好景気に湧いていたが、これからは更に外貨の獲得に邁進してゆけるぞ。バロアの森の開拓と石材の確保が捗るというものだ。ああでも護岸工事と架橋工事もあったな。やっぱり金はいくらあっても足りる気がしない。

 

「ああ、ケイオス卿に伯爵を代わってもらいたいものだ」

「お戯れが過ぎますぞ」

「わかっている。ケイオス卿はそのようなことはしない」

「……いえ、そういうことではなく……」

「だがわかるだろう、アーマルコ。彼がより入念に手を加えれば街はより発展するのだ。それがわかっていて間接的にしか影響力を発揮できない彼のことが、私には歯痒くてならん」

「……発明と政治はまた別かと。ウィレム様の各方面に対する利害調整の手腕は、誰にでもできることではありません」

「他人の顔色を窺ってその時その時で場当たり的に立ち回っているだけだ。こんなこと、誰にでもできるだろう」

「ふむ……ウィレム様にとってはそうなのかもしれませんが。稀有な才能かと」

「下手な褒め方だな。私は凡人以下だよ。はぁ……嫌だなあ、もう……」

 

 甘い焼き菓子を頬張り、熱いハーブティーを飲む。

 ああ美味い。仕事中の甘いものは最高だ。

 

「むぐむぐ……で、アーマルコ。他には何か報告はないか? どうせなら一度に全部聞くぞ」

「はぁ、そうですな。優先度の低いものとして、レゴール市街で特定の人物を探すような動きが見られるとのことです」

「ほう?」

「捜索者はいずれもギルドマンたちで、特にそれを隠しているわけでもないようなのですが」

「探しているものとは? まあケイオス卿かね」

「いえ、スケベ伝道師です」

「なにて?」

「スケベ伝道師です」

「ええ……どこの誰ぇ……? 怖いよ……そんな報告上げてこなくていいから……」

「何か凄まじい夜技の類を知る賢者だとかで、近頃話題となっているそうですな。私からの報告は以上です」

「……レゴールが平和で何よりだよ」

「左様でございますな」

 

 まあ、レゴールが平和だろうとそうでなかろうと、私の仕事量は大して変わらないのだが。

 

 やれやれ。作物の増産方法の提供で王都も少しは大人しくなってくれるだろうが……向こうも一枚岩ではないからなぁ。

 協力的になってくれるのはいいが、どうせならレゴールを目の敵にする連中も抑え込んでてくれないものだろうか……。

 

 無理かなぁ。期待するだけ無駄なんだろうなぁ。はぁ……嫌だなぁ……。

 

 ああ、お菓子美味いなぁ……。

 

 

 

 




「バスタード・ソードマン」の評価数が1400件を越えました。

皆様の応援、本当にありがとうございます。

これからも当作品をよろしくお願い致します。

( *=∀=)zZZ


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野鳥狩りの拠点

 

 以前ライナと約束した鳥狩りにやってきた。

 場所はバロアの森の北寄り。東からガーッと道沿いに行くよりもまぁまぁ人の少ない、穴場みたいなものかな。

 

 どうやってライナがあのアルテミスの保護者達を説得してきたのかは謎だが、一日夜営しての本格的な狩りを行う予定だ。俺は予定なんてあって無いようなもんだから平気だけど、ライナは問題無いのだろうか。

 

「むしろアルテミスに入る前のが夜営したり危ないこと散々やってたっスから。今更っスよ」

「まぁ確かにな」

 

 金のないギルドマンは宿に泊まるのも一苦労だ。

 隙間風の吹く安宿の相部屋と夜営のどちらが良いかと聞かれたら、即答できない奴も多いだろう。不衛生な宿で寝るくらいなら俺は絶対に夜営の方が良い。

 チクチクするシーツ、小さな生き物が這い回っている天井、他人のいびき……無理無理、耐えられん。

 

「今日は森で一泊して、まぁ明日適当に帰る感じになるか」

「帰るまでにたくさん獲りたいっスね」

「だな」

 

 春は非常に多くの種類の魔物や動物に対して狩猟許可が降りる。

 獲ったら獲っただけ金になるのだから、森も賑わうというものだ。外気温も上がって無理なく夜営できるしな。

 

「……モングレル先輩は随分大荷物っスね」

「そうか? 俺は夜営する時は大体このセットを持ち歩いてるぞ」

「マジっスか。そういえばモングレル先輩と一緒に夜営したことはなかったっスね?」

「あー確かに。言われてみれば初めてか。じゃあ今日は俺が美味い飯作ってやるから、期待しとけよ」

「やったぁ」

 

 一晩森に寝泊まりするので、俺は普段は持ち出さない大きめの背嚢を持ってきている。お泊まりセット一式だ。それに加えて少し大きめの鍋もあるから余計に嵩張っていた。

 逆にライナの方は普段の装備とあまり変わらない。荷物がやや大きくなって、マントを上から羽織っているくらいだろう。

 長いマントは夜間に土の上で寝そべったり座ったりする時に便利なんだよな。俺はあまり使わないけど。

 

「ひとまず森を歩いてベース決めたいっスね。ほどほどに川が近い方が楽っスよ」

「おう。それまでに獲物見つけたら撃ち落として良いんだな?」

 

 俺は弓剣の弦をみょんみょん鳴らした。楽しい。

 

「そっスねぇ。良い獲物が見つかると良いんスけど」

「この時期は何がいるんだろうな。普段鳥狙わないから全然詳しくないんだよな。マルッコ鳩とかか?」

「あーこの時期はまだマルッコ鳩が肥えてないんで微妙なんスよね。それよりも求愛の綿毛が大きくなってるパフ鳥が狙い目っス」

「へー」

 

 パフ鳥といえば、求愛の時期になると全身の綿毛をこんもりと隆起させ、毛玉のような見た目になる鳥だ。結構目立つ見た目してるから見たことはある。

 死体で落ちてる奴も見たことあるけど、タンポポの綿毛をぎっしり詰めたような丸い玉のような胸毛が特徴的だった。あの綿毛、火口にしたけど結構火の着きがよかったな……。

 

「あ、噂をすれば……あそこにいるっス」

「お!」

 

 ライナに指差す方を見上げてみると、そこには分かりやすーい鳥がいた。

 薄茶色の羽根をこんもりさせた、マリモのような蜂の巣のような見た目の不細工な鳥だ。

 

「モングレル先輩、狙ってみないスか」

「えー俺はまだいいよ。ライナ狙ってくれ」

「何事も練習スよ?」

「……獲物が逃げたらごめんな」

「大丈夫っス。動く獲物を狙う訓練は大事っスよ」

 

 ライナに諭され、恐々と弓を構える。木は12mほど先にあり、決して遠くはない。随分近いくらいだ。

 

「先に謝っとくわ。外した」

「外すつもりで撃ってたら当たる矢も当たらないスよ。冬の練習思い出して……そう、目の位置で……」

 

 木の枝の上。樹上を狙うのが初めてなので少し戸惑ったが、ライナのアドバイスを聞きながら構えを修正しつつ、狙いを定める。

 

 ……よし、いける。

 その綺麗な羽根を吹っ飛ばしてやるぜ! 

 

「ポポポッ」

「あー外れた」

 

 俺が放った矢は普通に外れた。掠りもせず1m近く外の枝葉を貫いていったようだ。

 パフ鳥は間抜けそうな面のわりに流石に野生としては危機感は持っていたのか、すぐさま飛び去ってゆく。……モコモコした身体のわりに、飛び立つのは結構素早いな。

 

「良いじゃないスか。狙った場所の近くに矢が飛んでくなら上手くなった方スよ」

「当てたかったぜー畜生」

「練習あるのみっスね」

 

 そして外した時は明後日の方に行った矢を回収するという面倒な作業も待っている。俺はどちらかといえばこの作業が面倒で嫌なタチだ。

 ライナが羽根に目立つ色をつけておけといった理由が少しわかる。森の中だと本当に探すのめんどくせーなこれ。

 

 

 

「ここが水場も近くていいかもしれないっスね」

「焚き火の跡もあるしな。きょうはここを拠点にして動くとするか」

 

 しばらく歩き通し、昼頃。俺たちは古い石造りのかまど跡が残る場所を拠点と定めた。ベースキャンプってやつだ。

 重い荷物をこの場に残し、罠や魔物避けを張っておけばだいたいの場合は問題ない。

 

 同じギルドマンに拠点を荒らされるリスクはあるが、そこは祈るしかないな。俺たちのいる場所ならそうそう人も来ないだろうが……。

 

「明るいうちにもっと鳥を仕留めたいとこっスねぇ」

「……まさか通り道だけで3羽も仕留めるとはな。さすがアルテミスの若き精鋭だ」

「春はパフ鳥多いっスから」

 

 ベースキャンプを作る前なのに、ライナは既に3羽も獲っている。

 撃って一発で当たるのもそうだが、獲物を見つける嗅覚みたいなのも凄まじい。しっかりと辺りに気を配ってるっていうかな……俺はなんかその辺りダメだ。木の上よりも春の野草の方が気になってくる。

 

「……あれ、モングレル先輩なんスか、その筒……鎧……?」

「ん? ああこれ? これは煙突だよ」

「煙突!?」

 

 なるほど、確かにこの筒状の金属を見たら板金鎧の一部だと勘違いしてもおかしくはない。

 けどこれは俺が大枚を叩いて作らせた良い感じのキャンプ道具なのだ。

 

「この筒の中にそれよりも小さな筒が収まっててな」

「おー……」

「これを、まぁ上下逆にしながら決まった方向に組んでいくと……一本の長い筒になる。まぁ長いって言っても2mくらいしかないんだが」

「ほんとだ、繋がってる。へー……でも煙突って家にあるやつっスよね。どうするんスかこれ」

 

 キャンプなどでは薪ストーブなんかを使う人がいる。

 俺の持ってるこの長い筒に、箱型の燃焼室をくっつけたような奴だな。その箱の中に薪を入れて燃やすと、煙が煙突を通って上に逃げていく。煙が上に逃げるから煙くないし、煙突効果で効率よく薪が燃えてあったけえってわけよ。

 

 ただ、俺が持ってきたのはただの煙突だけ。肝心の薪を燃やす箱部分がない。

 何故持ってこなかったのか。答えは簡単。箱の持ち運びにくさが洒落にならないからだ。筒だけならマトリョーシカ風に纏められるから我慢できるが、ストーブ本体を持ち運ぼうとするとさすがに重いし嵩張り過ぎる。少なくともデカい鍋と一緒に持ち運べるものではない。

 

「ストーブ部分はこれを使う」

「……あ、石の焚き火跡から」

「そう。この石組みを工夫して、長方形にしてから……煙突を立てて固定する。で、かまどの上に蓋をするようにしてこの鉄板だけ乗せてやれば、まぁ大体完成だな」

「おー」

 

 俺が持ってきたのは煙突とストーブの天板のみ。後は石とか土で毎回なんとかしている。どうせ何日も粘って寝泊まりするわけでもないからな。持ち込む道具も適当に絞ってるわけだ。

 

「今日はライナが獲ってくれたパフ鳥で美味いスープを作るからな。俺も弓の練習はするが、メインは任せたぜ」

「! もちろんっス! 私が獲る役やるんで、モングレル先輩は捌く役っスからね! ちょっとこの近くで狩ってくるっス!」

「おうおう、任せろよ。あ、厄介そうな魔物出たらすぐに呼べよな。弓使い単独は危ないから」

「はーい!」

 

 わかってるのかわかってないのか、ライナは楽しそうに駆け出していった。

 ……まぁこの辺りは鳥ばかりだし、いたとしてもゴブリンかそこらだろう。遠くにいかなければそこまで危険はないか。少しくらいは分担作業するのも悪くはない。

 

「しっかし本当にふわふわした鳥だな……毟ったそばからふわふわと……へっくし!」

 

 パフ鳥の羽毛は綿のように軽くて柔らかい。毟ると埃が立つようにブワッと舞ってくしゃみが出る。

 しかしこのフワフワしたものを大量に集め、薄手の革に突っ込んでやると最高級のクッションになるのだとか。ダウンとか羽毛布団とかと同じだな。ライナが言うには、相当な量を集めればなかなか良い値段で売れるらしい。だから捨てられない。本当は焼いて消し炭にしてやった方が楽そうなんだけどねこの羽根……。

 

「あー血が酷い。あーグロいグロい」

 

 解体作業は川だ。

 首を落とし、腹を裂き、内臓を取り出して選り分け、重石で沈めて冷やしてやる。

 特に面倒なのは羽根だな。こいつを徹底的に毟る作業がまぁしんどい。

 ライナが言うには生きてる時にやった方がいいとの事だが、俺には無理だよ。絵面的にもメンタル的にも厳しいっす。

 

「あ、クレータートード」

「ゲコ」

 

 血を綺麗にしていたら、小川の向こう側から小柄なクレータートードがこちらにやってきた。

 人間を恐れることなく真っ直ぐパフ鳥を狙っている。こいつめーそれは俺とライナのパフ鳥だぞー。いい度胸してんじゃねぇかよーぁあー? 

 

「汚れたついでになんならてめぇも一緒に解体してやるぜ……鳥よりもカエルの方が罪悪感は無いからな」

「ゲコッ」

 

 バスタードソードを構えた俺から殺気を感じ取ったか、クレータートードがジリッと姿勢を変える。

 カエルが跳躍する時の前動作だ。

 

 クレータートードの得意技はその重量による踏みつけとキック。俺からすると全く敵ではない。逃げない分むしろ楽なくらいだ。

 さあこい。さっさと来い。お前も一緒にスープの出汁にしてやるよ。

 

「お、来た……て、うわ」

 

 クレータートードが飛んだ。それはわかった。

 しかし予想外なのは、奴の着地地点が俺と言うよりその少し手前で。

 

「ぶわっ!?」

 

 踏みつけには当たらなかったが、川に腹這いダイブを決めた衝撃で水が弾ける。大きな水柱に飛沫。予想外の嫌がらせ攻撃だ。ムカつくことにそれは効いたぞ。

 

「服これしか持ってきてないんだが!?」

「グゲッ」

 

 サクッと間抜けなクレータートードの首を跳ね飛ばしてやったはいいが、ずぶ濡れだ。畜生やってくれたわこいつ。

 俺が一番嫌がる攻撃を的確にやってきやがった。

 

「くっそー……レゴールの美味しいご飯のくせによくもやりやがってぇー……」

「先輩先輩、モングレル先輩ー、早速もう1羽仕留めて……うわっ、なんでそんな濡れてんスか!」

「聞いてくれよライナぁ、こいつがさぁ」

「……あはははっ!」

「笑うな馬鹿! 鳥よこせ! 解体するから!」

「はぁい! また近くにいた奴仕留めてくるっス!」

 

 ライナは俺に4羽目のパフ鳥を預けると、足早に去っていった。

 ……うーん、まだ鳥が生暖かい。本当にいい腕してるなあいつ。

 

「あー解体終わんねぇー。これライナのペースに負けたりしないよな……?」

 

 別にライナと何かを競っていたわけではなかったが、獲物を仕留めるペースより料理のペースが負けるのはなんか悔しい気がしたので、俺は大人気なく解体を急ぎ始めた。

 

 うーん、クレータートードを仕留めたのは気が早かったかもしれない。

 

 




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( *・∀・)且


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狩人の豪華な晩餐

 

 ずぶ濡れになった服を乾かしつつ、もう火を焚いて調理することにした。まだ昼過ぎだが鍋の方は時間も掛かるし、他の料理も漬け置きしなきゃならん。弓の練習はまぁ、火にかけてからだ。

 

 今日は胸肉はなんちゃって唐揚げに、脚肉はシンプルな塩串焼きに、そして残った骨を使って鳥ガラスープを作ってみる。他の身はほぐして棒々鶏モドキかな。

 なにぶんタレらしいタレがないものだから思っていた味になってくれん。けどまぁ味付けがハルペリア風になるだけで、素材そのものは美味いからマシだ。少なくとも宿屋で出される飯よりはずっと美味い。

 

 パフ鳥を切り分け、必要部位ごとに皿に入れる。

 胸肉は繊維を断つように削ぎ切りにして調味液にドボン。ああ、醤油が欲しい。

 脚肉は適当に切りつつ、骨は鍋へ放り込む。皮がグニグニしてて切りづらい。いや、皮は別に串焼きにすればいいか。一気に剥いだれ。

 あとは市場で買った香味野菜と、行きで摘んできたくっせぇ野草を鍋にぶち込んでひとまずこれでよし。

 

「……自分でファイアピストン作っといてなんだけど、こっちのが早いんだよな」

 

 この世界の着火は火打ち石のようなものの他、マッチに似た使い捨ての着火具もある。

 俺が作ったファイアピストンはそれらと同じくらい便利な代物だったが、肝心の俺はあまり使ってない。

 何故か。俺の馬鹿力できりもみ式火おこしをやった方が早いからだ。

 

 きりもみ式ってのはあれな、木の棒を窪みに押しつけてスリスリ回転させまくる奴。

 俺がやるとあまり疲れないし手も痛まない。強引に摩擦熱で発火するとこまで持っていけるから楽なんだ。文明もクソもないがパワーが全てを解決してくれるのだから仕方がない。

 

「あとはまぁ適当に燃やし続けるだけだな」

 

 薪は近くで立ち枯れていた細い木を丸々切り倒して使わせてもらっている。

 バスタードソードと俺のパワーによる蛮族薪割りだ。マジで文明を感じない。けどこの世界で夜営するギルドマンはわりと似たようなことしてるんだよな……。

 

「鳥ガラスープなんて作ったことないけど、上手くいくんかなこれ」

 

 前に一度マルッコ鳩でやった時は骨が少なくて断念した。

 しかし今回なら上手くいくはずだ。クレータートードの大きな骨も一緒にぐつぐつ煮てるからな。

 

「晩飯までに間に合えば良いんだが、さて」

 

 煙突付きかまどの入り口に魔物避けの香木を置き、魔除けの煙を辺りに充満させる。

 この香木から発せられる煙は魔物が嫌がる効果を持ち、なんとなく近づきたくないなーくらいの……まぁお守りくらいの影響力を発揮してくれる。俺が今まで使ってきた体感では安物の蚊取り線香くらいかな。微妙なとこだ。

 

「俺も弓の練習でもやってみるか」

 

 しばらくはゴツい骨を煮続けるだけの待ちの時間だ。

 それまでは俺もライナと同じように、弓で狩りごっこでも楽しむとしよう。

 

 

 

 ライナは比較的近くにいて、水場に近いところで新たに2羽のパフ鳥を仕留めていた。

 

「……モングレル先輩、なんで上インナーしか着てないんスか」

「さっき濡れたから火の近くで乾かしてるんだよ」

「ああ……こっちはもう潮時っスかね。拠点の周りからは鳥も消えたっぽいっス」

「いやーもう充分だろ。よくそんなたくさん仕留められたもんだ」

「えへへ」

 

 俺もしばらく鳥を狙っていたのだが、惜しいところまではいっても命中までいかない。躍起になって近くから狙おうとしたら逃げられるし、散々だった。ほとんど撃った矢を拾いにいく罰ゲームを続けていたようなものだ。

 

「弓使いって大変だな」

「弓使いの苦労、わかってもらったっスか」

「すげーよくわかった。日頃の練習大事だな」

「そうなんスよー。いきなり実践だと本当に大変っス。こういうのも大事なんスけどね」

 

 森の日暮れは早い。俺たちは川辺で鳥を捌いたり、水を補給したりして、今日はもうベースキャンプに戻ることにした。

 

 

 

「うわ、なんか色々作ってるんスね」

「おう、そうだぞー。まぁ既にある程度進めてるから、座ってゆっくりしててくれ」

「……なんか拠点が豪華になってるっス!」

 

 ライナは主に、俺の三角テントを見て言っているようだった。

 

「……この内側で寝るんスね」

「ああ。普通の雨くらいなら凌げるぞ。ちょっと風があると厳しいけどな。上から虫が落ちてくることもないし、安心安全だ」

 

 ピラミッドの四面ある三角形のやつ。あれを隣り合う二枚分だけ用意すれば、ちょうど俺が今使ってるテントの形になるだろう。

 頂点の部分を長めの木の枝で支え、布の隅を小さめの枝で地面に固定している。半分オープンしてる状態のテントだな。

 マントを背にゴロンと夜営するのもこの世界では珍しくないが、寝返り打てないのが地味に辛いしたまに雨に降られた時がしんどかったので、夜営覚悟の任務の時は少し嵩張るが簡易テントを持ち歩くようにしている。

 

「チャージディアのラグマット敷いてるから寝心地良いぞー」

「おお……おおおー……」

 

 ライナがテントの底に敷かれた鹿皮に吸い寄せられ、ゴロンと転がった。

 気持ちはわかる。滑らかで気持ち良いよなそれ。

 

「そうやって布で壁を作っておくと焚き火の熱を受け止めてくれるから、結構暖かいんだよな」

「あー確かに、そうっスね。……モングレル先輩って色々と便利なものも持ってるっスよね」

「“も”ってなんだよ“も”って。俺は便利なものしか持ってないぞ」

「っスっス」

「ライナもたまには市場を見て回って、これだと思ったものを買ってみると良い。レゴールには発明家が大勢いるからな、掘り出し物も多いぞー」

「掘り出し物っスかぁ」

「駄目だぜライナぁ。若者なんだから俺より新しいものに飛びついていかなきゃよー。レゴールのギルドマンはそういうところで他所と差を付けていかなきゃな」

「うーん、新しいもの……新しいもの……」

 

 ライナは素直で真面目だから、人の言うことやアドバイスを良く聞くし、実践する。

 けどその反面で、革新的な何かに触れるという経験は薄いようだった。それはちょっと損な性格だと思う。

 まぁ、偏見があるわけでもないし少しずつ変わっていけば良いだろうけどな。

 

「ほーれライナ、昼飯に鳥の塩串焼きあるぞ。食え食え」

「わぁい」

「レバーとハツも美味いぞー」

「あー、良いっスねぇ」

「これで酒が飲めりゃなぁ……」

「少人数の夜営っスから……今日はやめときましょ」

「だな……」

 

 

 

 段々と薄暗くなる森の中、二人で串焼きを楽しんだ。

 ライナは弓の扱い方や手入れの仕方を俺に教えてくれたが、俺の持ってる弓剣の剣の部分が着脱不可能で普通の手入れが難しいことが発覚する。

 ライナとしてはもっと普通の弓の方が良いと言ってきたがそれは断っておいた。俺はこいつと一緒にハルペリアいちのハンターになるからな。

 

「いやまずは一匹仕留めてからっスよ」

「確かに」

「……そういえば魔法はどうなったんスか。あれから練習続けてるんスか」

「あー、まぁやってはいるよ。寝る前にちょっとだけな」

「あ、そうなんスか。てっきりやめちゃったのかと」

「でもなー……どうもあの練習方法だと、途中で眠っちゃってさ。最近は睡眠導入として重宝してる」

「ええ……」

「ベッドに寝っ転がりながらやってるのが悪いのかもしれん」

「いや間違いなくそのせいっスよ……」

 

 指導書が言う魔力がなんなのかを掴むって段階からもうよくわからんからな……。

 身体強化に慣れきった奴は魔法の適性が落ちるとはよく言うけど、多分俺なんかはバリバリそのクチだと思ってる。

 

「まぁそれより、串焼き食ってから結構経ったしそろそろ今日のメインを作るとするか」

「マジっスか。なんスか」

「そうだなぁ。名前をつけるならパフ鳥の衣揚げと、パフ鳥とクレータートードのガラスープってとこか」

「おー……?」

「まぁ見てな」

 

 俺は調味液に漬け込んでいたパフ鳥に小麦粉をまぶし、煮立たせたラードの中にぶち込んでやった。

 喫水はちょっと浅めだがギリギリ入る。パチパチと爆ぜる油の音がなかなか良い。

 

「焚き火で直に鍋やると火の加減が難しいんだけどな、この薪ストーブを使ってやると結構楽になるんだ」

「はえー……」

 

 獣脂の唐揚げ。胸肉に染み込んだ調味液とラードの風味で悪くはないはず。この調味液が醤油だったら言うことなしだったんだが、まぁ仕方あるまい。

 

「ほれライナ、食ってみ」

「わぁ……え、これいいんスか」

「遠慮するな。どんどん食え……」

「……ざっス。んむんむ……んーっ!」

 

 美味いかライナ……美味いだろライナ……お前が獲ってきた鳥だからな。どんどん食え……。

 

「ザクッとしてて超美味しいっス! いつもはこのお肉、パサパサしてるのに……中はふっくらしてるんスね! 最高っス!」

「だろー? どれ、俺もこのデカいのいただいて……はほひひひ」

「めっちゃ熱そうス」

「はひ……はひ……」

「……一口でいったけど熱すぎて噛めない奴っスね」

 

 パフ鳥も小さくはないが、ニワトリほど歩留まりがいいわけでもない。

 二人で食っていれば案外すぐに唐揚げも無くなってしまった。

 まぁ物足りないって量ではないし、丁度いい塩梅だったかもな。

 

「こっちも酸っぱい液があっさりしたお肉に合ってて良いスねぇ」

「だろー。あ、野草も茹でといたから食べなさい」

「はぁい」

 

 棒々鶏モドキはこれはこれとして悪くない。おつまみに丁度良いかな。

 あー酒飲みたい。ウイスキーの販売まだっすかレゴール伯爵。王都と外国に売りつけるのも良いけどレゴール内の需要も満たしてくれよな……。

 

「あとはこっちのガラスープだが……」

「……さっきから気になってはいたっス。匂いが……」

「良い匂いだろ。骨を煮詰めると髄液が出て、旨味になるんだ」

「髄液……クレータートードもそのために入れたんスね」

「まぁうん多分。あれ入れてどうなるかよくわからなくなったけど」

「ええ……」

 

 鍋の中を見ると……正直、お世辞にも綺麗とは言えない。

 ぶっちゃけ生ゴミだ。煮立った生ゴミ。しかしここから漂う濃厚な香りは、確かにこれが食事であるのだと主張している。

 

「ひとまずここから骨を取り出しましてー」

「うわっ、モングレル先輩その棒? 二つ持つの上手っスね!」

「あー? まぁなー、最近黒靄市場で見つけたんだ。慣れたら食い物とか掴むのに便利だぞー」

「はえー……」

「で、あとはこのスープを煮詰めたり塩を足して味を整えて……」

 

 手の甲に汁を垂らし、味見。……うん、塩入れないとな塩。

 

「どうスか先輩。どうなんスか味の方は」

「まぁお待ちよ。……うん、この塩味だ。あとはスープに野菜入れて少し煮込んだら……」

 

 ほどほどに切った蕪と貧相な人参と余ったパフ鳥の肉をぶちこみ、ついでにコショウっぽい辛味スパイスを加え、煮込んで完成だ。

 

「さあ飲んでみろライナ。モングレル特製ガラスープだ」

「さっき別の料理名だったような……いただきまっス」

 

 すっかり辺りは暗くなり、夜になった。

 薪ストーブの他にも新しく増設した焚き火の灯りは心もとないが、それでも互いの顔を見るくらいは問題ない。

 

「んく、んく……んっ! 美味しい!」

「だろう? さて俺も……うん、美味え」

 

 鶏ガラの味はやっぱ正義だな。今回のはポトフっぽい感じだが、中に麺を入れて食いたい気分だ。

 鶏の殻とか使って中華麺作ってみるか……? また専用の金具を発注するか……いや包丁で切ればいいかな。でも丸い麺食いたいしな……。

 

「はふはふ……鳥の美味しさが詰まってるっていうか……良いっスね、これ……お店とかで食べるものより、ずっと美味しいっス!」

「だろう? 俺は美味いものに関しては妥協しないからな」

「……いや本当に。お店開いたら儲かると思うんスよね」

「飲食店は大変そうだからなぁ。俺はこういうところで料理するのが好きなんだよ」

 

 自分で魔物を狩って、人目憚ることなく料理して、食って寝て……。

 本来なら他人に見せるようなものでもない。ここから何がバレるかわかったもんじゃないしな。

 けどライナ相手だとどうしてもな……食わせてやりたくなってしまった。

 姪っ子オーラに負けたよ。前からだけど。

 

「これはアルテミスの連中には秘密な。バレたら俺がアルテミス専属料理人にされちまうから」

「……それ、良いっスね」

「おいおい」

「冗談っスよ」

 

 ライナは笑い、おかわりのスープをよそいはじめた。

 そこそこ量があるから、明日の朝も楽しめるだろう。

 

 問題は面倒臭いこの後片付けだが、それは明日の俺が苦労してなんとかしてくれる筈だ。頼むぜモングレル。揚げ物の始末はお前に任せた。

 

 ……いや待てよ。

 

「せっかくだしスープにラード入れてみるか」

「えー……まぁ少しなら」

「脂っこさが足りないからな。これで結構……うん、悪くない」

「……おー、ほんとっスね。あっさりしたスープも悪くないっスけど、これも良い味してるっス」

 

 まぁこれでも全部の油を処理できるわけじゃないが、結果として美味くなったからいいか。

 

 

 

 飯も食い終わり、夜もふけた。とはいえ時計があるなら多分、9時かそこらだろう。森の夜はとりわけ長く感じるものだ。

 それでも明日朝早くの狩りもあるので、夜ふかしはできない。異世界の夜はさっさと寝てやり過ごすに限る。

 

「なんか、悪いっスね。モングレル先輩のとこにお邪魔しちゃって……」

「ああ良いよ。二人くらいならギリ寝られるしな。それに寝る時は暖かい方が良いだろ」

「……はい」

 

 俺とライナは三角テントの中で寝ることにした。

 さすがに手狭だが、ライナは小柄だし布の張り方を工夫すれば入れないことはない。

 恒温動物が二人近くにいれば、その分暖かくなるしな。

 

 薪ストーブの中で静かに燃える薪と、天板の上で炙られ煙を発する魔除けの香木。腹一杯で眠くなってきた。

 

「……私、あんま料理できないんスよね。モングレル先輩って、料理苦手な女ってどう思うっスか」

「んー? なんだ、結婚とかの話か」

「あ、まぁ、はい。……レゴールの街の人って、女の人は家事やるじゃないスか。でも私は狩りばっかりで……そういうの、変なのかなぁ……と」

「あー、町住まいの連中からしてみると少し変わってはいるかもな」

「うちのパーティーはほとんど、そういう家事とか……得意なんスよね……でも私、弓の練習とか手入ればっかりで。女らしくないのかなぁって」

 

 なるほどそういう悩みか。

 

「ウルリカ先輩も最近は進んでお風呂掃除とかやってるし、ポプリを作ったりして……私は女なのに、なんかウルリカ先輩のが女の人らしくて自信なくしそうっス……色々やろうとはしてるんスけど、気が回り切らないっていうか……」

「……そういうことを意識できるだけ、ライナは偉いと思うけどな」

 

 ガサツな奴は自分の行動を全く気にしないからな。

 改善の意識があるなら充分だろう。

 

「それに、俺は別に良いと思うぞ。弓に熱中する女っていうのもな」

「……そう、スかね」

「俺の故郷では、あー……男も女も仕事してたからな。あまり男だからこう、女だからこうっていうのは無くて……いや、あったんだろうけど、なるべく男女同じにしようって気持ちが強かったんだ」

「……それはそれで、大変そうっスね」

「まぁな。正直それが結果として村として良い影響を与えていたのかどうかはわかんねぇけど……でも俺は、男も女も好きな仕事して好きな夢を持てるっていう……村の気風? みたいなのは、そうだな。気に入ってたよ」

 

 男女平等。前の世界でも色々と公には言えない不都合があったし、綺麗事と言われればその通りだったかもしれない。

 でも男女が一人の人間として生き方を選べて、それをあまりとやかく言われなかったのは、良い時代だったなと思っている。

 

「……モングレル先輩にそう言ってもらえると、私は嬉しいっスよ」

「そうか」

「ありがとうございます」

「つーか眠いわ。もう寝ようぜ」

「……はぁい」

 

 真面目な考え事をしてると眠気がやばいわ。ライナほど若くもないしな……悲しいけど。

 俺はもう寝るぜ……スヤァ。

 

「……暖かい」

 

 俺の背中側にライナが身を寄せる感触を最後に、俺は眠りに落ちた。

 

 日課の魔法の瞑想をすっぽかすのは、これで連続二日目になる。明日から頑張ろう。

 

 




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彡唐揚げ*・∀・ミ -3


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ライナの帰宅と欲しいスキル

ライナ視点


 

「ええー!? 一緒に寝たの!?」

「っス」

「なのに何もしなかったの!?」

「……っス……いや、普通に寝るだけっスよ。当然じゃないスか、ウルリカ先輩」

「いや当然って……ことはないよぉーその流れはー……」

 

 モングレル先輩との狩りを終えて、私はレゴールに戻ってきた。

 成果はお肉と羽毛。一泊して次の日の帰り道でも何匹か仕留められたので、成果としてはまずまずだった。

 

 まぁ、モングレル先輩は結局一匹も仕留められなかったんスけどね。要練習っス。

 

「私とモングレル先輩とは、そういうんじゃないっスから……」

「……男の人なんて普通そういうものなんだけどなぁ」

「でもウルリカ先輩はそうじゃないっスよ?」

「私はぁー……まぁちょっと違うからー。でもライナ、全ての男の人がモングレルさんと一緒だと思っちゃ駄目だからね? 他の男の人と二人きりで狩りに行くなんて駄目だよ?」

「まぁ、はい。そんな予定は無いっスけど……」

 

 アルテミスのクランハウスに戻ると、ジョナさんがお肉の調理をしてくれた。どこかのお店に売るほどの量もなかったから、みんなで食べようってことになったんスね。

 モングレル先輩は自分で仕留めたクレータートードの方をたくさん持って帰ったみたい。一緒に狩りに行ったけど、それぞれが仕留めた獲物を持って帰る。なんだか変な感じっス。

 

「ナスターシャさんがお風呂用意してくれてるから、先に入っちゃいなよー」

「はぁい。あ、パフ鳥の羽毛、ウルリカ先輩使うっスか? 集めてるんスよね、こういうの」

「えっ、いいの? うん欲しいっ! ありがとーライナ! 馬車乗る時用のクッション作ってるからねー、これだけあれば八割方終わりそうだよー、助かるー! 後でお金払うから!」

「えへへ」

 

 クランハウスは清潔で、いい香りがして、みんな優しくて……とっても居心地が良い。

 だけど私はこの中で足手まといのギルドマンにはなりたくない。

 一人の弓使いとしてもっともっと腕を上げて、みんなを支えていけるようになりたい。……なんて、分不相応なこと思っちゃったり。

 でもモングレル先輩なら、こんな私でも応援してくれそうな気がする。

 

 いつかきっと、立派なギルドマンになれるように。

 弓の腕を磨いて、強くなって……あともうちょっと身長も伸びて、ミレーヌさんみたいに胸も大きくなりたいっスね……。

 

 

 

「あの洗濯板っていうの、良いわねぇ。簡単だけど使いやすいわ。土汚れもよく洗い落とせるし」

「ジョナさんもそう思う? 良い買い物だったのよね。ウルリカがどこかで買ってきたみたいなのよ」

「あ、ギザギザのやつっスか。なんか近頃、いろんな宿屋が外で使ってるの見るっスね」

「うん、市場で見かけてねー、買ってきちゃった。雑貨屋さんも真似し始めてるからこれから安くなりそうだけど、早めに買えて良かったかな?」

「便利な道具は多少割高でも構わないわ。ありがとうね、ウルリカ」

「あはは、褒められた」

 

 夕食はみんなでご飯。

 ポリッジには私の獲ったパフ鳥のお肉も入っていて、とっても美味しい。

 お肉ばかりのご飯も豪華スけど、やっぱりポリッジがないとご飯って感じがしないっスよね。

 

「ライナ。夜営はどうだった? 魔物は居なかったか」

「安全っスよ、ナスターシャさん。お香も炊いてたし、モングレル先輩が拠点周りはしっかり固めてたっスから」

 

 小さな天幕の周りには長めの枝で杭を打っていたし、薪ストーブ? の火は思っていたよりずっと長く灯っていて、おかげでわずかな明かりが常に拠点周りを照らしてくれていた。

 というより、多分夜の間にモングレル先輩がちょくちょく起きて、薪を補充していたんだと思うスけど……。

 

「でも二人だと何かあったらいざという時が怖いスね……」

「そうね。人でも魔物でも、夜襲に対応するには四人は欲しいところだわ。拠点作りの準備にも人手は必要だもの」

「二人は大変よねぇ。私も若い頃は何度かやったけど、夜なんて怖くて寝れたもんじゃなかったわ!」

 

 やっぱりそうなんだ。……それでも夜寝れたのは、モングレル先輩がいてくれたおかげなのかも。

 他の人だったら、そこまで安心感はなかったと思うし……。

 

「ライナも少人数の夜営ができるようになったかぁ………大人になってきたねぇー……私は嬉しいよぉ」

「私は大人っスよ」

「わかってるわかってる。……ねえねえ、ライナがもう一つスキルを習得してからと思ってたけどさっ。もうシルバーランク受ける頃じゃない? シーナ団長」

「……ライナの昇格ね」

「え、もうスか」

「ライナはもう実力はあるよ。考え方や知識だってそこらのシルバー1よりあるし、足踏みする理由もないんじゃないかなぁ」

 

 シルバー1……モングレル先輩より上のランク……。

 ……いや、あれはあの人がおかしいだけなんスけどね。

 

 なんだかなぁ。モングレル先輩も一緒にあげて欲しいのに……。

 

 でもシルバーランクになれば報酬が上がるし、仕事の幅も増える。何より討伐できる魔物の種類も増える! 

 ギルドマンとしてこの昇格を拒む理由はないっス! 

 

「私、頑張るっス!」

「いえ、まだ受けなくていいわ」

「だはぁ、なんでっスかぁ!?」

「そーだよ団長ー、ライナは私より狙いは良いよー?」

「スキルをもう一つ。それが絶対条件よ。いくら腕が良くても『照星(ロックオン)』だけでは弓使いは厳しいもの。もっと弾道系や強撃系のスキルがないと連携が厳しいわ」

「むむむ……シーナ先輩の言う通りっす……」

 

 確かに今の私のスキルじゃ大きな獲物は倒せない。みんなと連携してようやくといったところだ。

 前のオーガを仕留めた時だって、みんながいたから目を狙えたようなものだし。

 

「……私も次はウルリカ先輩みたいな弱点看破(ウィークサーチ)とか強射(ハードショット)とか欲しいっス」

「便利よねぇ、ウルリカちゃんのスキル。私もその二つが良かったわ」

「あはは。まぁ使い勝手は良いけどねー……矢の消耗がちょっと」

 

 ウルリカ先輩は生き物の弱点を可視化するスキルと、矢の威力を上げるスキルの両方を持っている。そのおかげでどんな状態の魔物が来ても狙うべき場所に迷うことはないし、近付かれても強引にはね飛ばすだけのパワーもある。

 私のはちょっと地味すぎて……。

 

「でもライナは丁寧に撃つタイプだからなぁー……なんとなく私と同じスキルはもらえなさそうだよねぇ」

「わぁん」

「ふふ。スキルは本人の性格やそれまでの積み重ねによって得られるというものね。ライナは弾道系になるのかしら」

「……できれば早くスキルを手に入れて、シルバーランクに昇格したいスけど。できれば使い勝手のいいスキルがいいなぁ……」

 

 弾道系……軌道を安定させたり、飛距離を長くしたりする弓使いのスキル。

 悪くは無いっスけどねー……どうせなら私も大物仕留めたいなぁ……。

 

 二つ目だとそろそろ新しいスキルが手に入っても良い頃らしいスけど……夏か秋か、そのくらいなんスかねえ。

 楽しみなような、怖いような……。

 

 




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この世界が仮に何らかの作り物だとして

 

 この世界にはスキルと呼ばれる異能が存在する。

 

 これはギフトとは別。魔法と同じように魔力を消費して発動するもので、それよりはもうちっとだけ習得しやすい異能ってとこだろうか。

 

 サングレール聖王国では神から下賜される力であると云われているし、ハルペリア王国ではそこまで厳格ではないが、神の世界の技術を人が修めた……とかなんとか、そういう納得のされ方をしている。神様にそこまで思い入れを持っていないハルペリアでも“神”と結び付けられるあたり、どこでもスキルはそこそこ特別視されているってことだな。

 

 特徴は、発動に際して目が光る。光り方は人やスキルによって様々かな。赤とか青とか、黄色とかピンクとか。魔光と呼ばれるこの世界特有の発光現象で、昼だとあんま目立たないくらいの光量だ。

 対して魔法の発動時は目は光らず、魔法を扱う杖とか手とかが発光する。そういう部分でもスキルと区別されている。些細な事だけどな。

 些細なことなんだけども、いざスキル持ちの犯罪者とかち合ったりするとかなり重要な部分でもある。相手が物騒なスキルを使おうとするとわかるので、強烈な不意打ちを打たれないためにも相手の目を見ておくのは重要だ。戦闘が長引けば光り方で次の動きも読める。人の目を見れない陰キャは悪い人に狙われたらすぐに死んじゃうぞ! 気をつけような!

 

 スキルの習得頻度は、よくわからん。

 巷ではスキルはひとつの習得に10年かかると言われているが、早い奴は5年でひとつ習得するって話も聞くし、逆に15年でようやくって奴も珍しい訳では無い。

 個人差が大きいからはっきりとした事は言えないが、まぁ大雑把な目安で言えば俺の場合は3つ持っていてもおかしくないってことだな。まともなスキルじゃないから参考にならんけど。

 

 で、ここまで言っといてなんだが、これらは全てギルドマンや軍人に限った話になる。

 一般人はスキルを持たない奴も多い。何故か。それは多分、スキルのほとんどが戦闘系に偏っているせいだろう。

 

 俺の知る限り、スキルは戦わない限り身につくものではない。それも動物ではなく、魔物と呼ばれる相手との戦いでなければ……俗っぽい言い方になるが、“経験値”とか“熟練値”みたいなものが溜まらないんだと思う。

 だから屠殺を生業にしている畜産農家だからって、すぐにスキルが生えてくるわけではない。人間には制御できない魔物と戦ってようやく、スキル習得の一助となる……んじゃないかな。多分。

 

 そのせいか生活魔法じみたスキルは全然ない。

 鍛冶スキルだとか木工スキルだとかも当然無い。個人的にはあってくれたほうが世の中もっと平和だった気がするぜ……。

 いや、一部の暴力的な人間に支配される世界になるのかな……わからんな。

 

 スキルは戦闘系のみ。だが、その種類は色々ある。

 刀剣、短剣、棒、槍、弓、鈍器、盾、あるいは格闘術だったり、補助技だったり……ギルドの資料室にこういうスキルの名前と効果の一覧がまとめられているから、暇な時に読むと結構面白い。いずれどこかでスキル持ちの人間と戦うかもしれない……というか戦うことになるから、是非ともさっさと覚えておくべきだ。俺はやってないゲームでも攻略本だけを読むのが好きなタイプだったので、ギルドマンになってからすぐに頭に叩き込んだ。

 けど本にまとめられていないスキルもたくさんあるらしいから、覚えても覚えてもキリがなかったりする。相手がどんなスキルを使っても良いように身構えておくのが大切ってこったよ。

 

 これらのスキルはそれに対応する武器を装備し、戦闘に使うことで“熟練度”みたいなものが上がっていく仕様……と言われている。

 一定の熟練に達すると、頭の中にスキルの名前と発動方法が閃くのだそうだ。

 ソード系を長く使っていれば『強斬撃(ハードスラッシュ)』を覚えたり、盾を使っていれば『盾撃(バッシュ)』を覚えたりとか、そんな感じ。

 だから変に武器をコロコロ変えてバラバラにスキルを覚えるとすげー苦労することになる。弓も覚えて剣も覚えて槍も覚えて……そういう奴は器用かもしれないけど、結果的に戦いの幅が狭くなるから要注意だ。

 この世界にはスキルでもギフトでもインベントリだとか無限収納なんてヤベー代物は存在しないからな。あらゆる武器を持ち運ぶ奴なんていないのだ。

 

 スキルは武器種を絞って戦い、習得。

 ……この熟練度を上げるような成長方法。まるでゲームのようだ。

 正直何度もここがなにかのゲームの世界なんじゃないかと疑ってきたが、それにしてはこう……華が無いんだよなぁ。

 

 作り物のファンタジー特有の華やかさというか、ストーリー性というか……魔物はいるし定番のドラゴンだっているけど、あいつら最強種族ってわけじゃないし。ハルペリア国内に出現する最強モンスターはライオンです。いや強いけどさ……。ちなみにサングレールの最強モンスターはデカいクラゲです。もはやお前は強いのか……? 原作がゲームだとしたら全く盛り上がる気がしない。

 

 別大陸には人間とそっくりの魔人とかいう知的種族もいて、昔は人間と争おうとしたこともあったらしいんだが……お互いに食性が別物すぎるせいか相手の土地の作物を一切食えず、自分たちの大陸の作物を向こうで育てることもできないことが判明してからは細々と交易するだけの関係に落ち着いている。そもそも人間は同種族同士での争いが絶えないし、魔大陸は魔大陸でクソ強モンスターがいるらしく、遠方の人間に関わっていられるほど穏やかではない。壮大そうな世界設定してるくせに何も起こらん。てか魔大陸が遠すぎて船がアホみたいに沈むらしい。新天地のくせに旨味が無さすぎる。

 

 耳の長いファンタジー定番のエルフもいるっちゃいるけど、別に寿命長くないし……人間より20年? くらい長いそうだけど……なんか食生活とかそこらへんで生まれてる誤差って感じがするんだよな……。

 森に住んでないし野菜しか食べないわけでもないし特別弓が得意なわけでも魔力量が多いわけでもない。なんなん君たち。たまに行商人でエルフが居たりするけど種族的な注目を浴びることはなく、ほぼ空気である。なんなら耳が長いのがちょっと変な扱いされてるせいか普通の人間よりも見た目の人気は低く、娼婦も安めらしい。そんな残念な扱いをされてるエルフを見たの、俺ははじめてだよ。

 

 

 

 ゲームっぽいような、そうでもないような。

 この世界は何をもとにして作られたのか。また、神はいるのか。……それに俺の転生は関わっているのか。

 

 転生者は複数なのか? 過去にも似たような人間はいたのか?

 神はいるのか? 神がいるとして、その目的は何なのか?

 この世界は純粋に異世界なのか? 別の銀河の異なる惑星なのか? ゲームなのか? ラノベなのか? アニメなのか? 漫画なのか? あるいはWEB小説なのか?

 もし何らかの作品だとして俺は主人公なのか? モブなのか? 人気が出ないと打ち切られるのだとして、その場合この世界は唐突に終焉を迎えてしまうのか……?

 

「……雨、やまねえなあ」

 

 外は雨。

 宿屋でのんびりしていると、色々なことを考えてしまう。

 他人には絶対に相談できない、俺の頭の中だけに閉じ込めておくべき考え事だ。

 

 窓の外ではマントを羽織った衛兵が、小走りで屯所のある方へと向かっている。

 

 どこにでもいる通行人。街の衛兵さん。

 だが彼には名前があって、二十何年くらいかのしっかり本人が語れるだけの厚みの人生があって、それがあと数十年あとも続いていくのだ。

 

 それは決して作り物ではないし、アニメや漫画では語り尽くせないほど膨大で、モブと一言で片付けられるほど陳腐な代物ではない。

 仮にこの世界が何らかの土台の上にある存在だったとしても、他人事ではいられないリアリティがあるんだよ。

 少なくとも、通りすがりに絡んできたチンピラを迷いなく半殺しにはできない程度にはな。

 

「……アニメ、かぁ」

 

 もしこの世界がアニメだったら。で、仮に俺が登場人物だとしたらよ。

 

「俺の声優、誰にやってもらおうかな……」

 

 そん時は俺の声優を大御所にやってもらいたいね。声だけで人気が付くくらいの、そうだな、落ち着いててちょっと渋い感じの声なら言うこと無しだ。

 デザインも美形にしといてくれ。バスタードソードももうちょっとピカピカにしといてくれると嬉しいな。

 

 任せたぜ、制作スタジオ。まだ見ぬ大御所声優……。

 

 そんで俺にキャラ人気が出てな。人気投票で上位になったりしてな。色々と出番が増えたり、優遇されたりするわけよ。少なくとも途中で雑に殺されたりしないポジションを獲得するわけよ。

 

 で、現パロかなんかで学園に通ったり、いや俺の場合先生ポジションになったりしてな。

 

 そうしたら……そうしたら俺を、その現パロ世界で暮らさせてくれ。

 そんなに人気の出ないスピンオフでも構わないから……頼むわ。

 



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雨上がりのロードサービス

 

 低気圧と言ってもこの世界じゃ伝わらないだろう。

 だから俺の気分が落ち込み気味だったのは雨のせいだ。そういう事にしようと思う。

 部屋に一人でいると余計なことばかり考えるからな。

 

 こういう時は酒……を飲むとすげー気分良くなるか逆にアカンほど落ち込むかで二極化するので博打になってしまう。酒はいい気分の時に飲んだほうが良い。

 なので熱中できる事に専心し、気を紛らわせるのが一番だ。忙しければ落ち込む暇も無いって奴だな。あえて自分を仕事に追い込むことで気晴らしとしよう。

 俺は別にワーカーホリックってほどでもないけどよ。

 

 

 

「ああ、モングレルさん。良いところに」

 

 ギルドに入ると、人は少なかった。既に多くのギルドマンが任務を受け、どこか別の場所に向かっているのだろう。

 困ったような表情のミレーヌさんからは、人手不足で困っている気配が感じられた。

 

「どうしたんだいミレーヌさん。緊急の任務でも入った?」

「はい。実は今朝、南門側のネクタール街道でひどい泥濘が発生したみたいで……」

「あー、最近ずっと雨だったもんなぁ。それで? 馬車が立ち往生してるとか?」

「いえ、まあ立ち往生はあったんです。ただ、それ自体は無事に解消されたのですが……立ち往生した行商の馬車を強引に路肩に避ける作業をした際、さらに酷い泥濘に捕まってしまったみたいでして……そちらが復帰できず困っているそうなんです。行商の遣いの方が緊急の依頼を出してきました」

「わーお」

 

 この世界は当然レッカーなんてものはないからなぁ。

 一度変な道に嵌ったりすると大変そうだ。まして素直な動力を積んでいない馬車。場所によっては沼みたいになってるところに落ちたら……いやぁ考えたくもない。

 

「取り急ぎ、先程アイアンクラスのパーティーを向かわせたのですが、彼らで力が足りるかどうか……」

「念のため、俺に行ってきてほしいわけだ。構わないぜ。近所の力仕事は大歓迎だ」

「ありがとうございます。手続きはこちらで行いますので、この仮証書だけ持って現地へ向かっていただけますか? ネクタール街道を進めば目立つ場所で困っているそうなので、すぐにわかるかと思います」

「よーし、任せてくれ。さっさと行ってくるぜ」

 

 嵌った行商人には悪いが、ギルドに来て早速こんな仕事があるとはついてるぜ。

 さっさと馬車をレスキューして小銭ゲットといくかー。

 

 

 

「おお、例の馬車はモングレルが助けにいくのか」

「まあな。場所はこっから遠いのか?」

「いーや、通りがかった奴の話によればそうでもないらしい。だが助けに行ったアイアンクラスの奴らが未だに戻らないから心配でな」

 

 南門を出る際、顔見知りの衛兵は俺を見て少しだけ安堵したようだった。

 どうやら朝から路肩に嵌ってトラブっていたのはわかっていたが、未だ解消されないことにやきもきしていたらしい。レゴールの外のことまで考えてくれるなんて心優しい奴だ。失礼かもしれないがこの街の衛兵向きの性格ではない。

 

「通りかかった馬車の奴らも助けようとは思ったそうだが、明らかに素人じゃ無理そうな嵌まり方してるそうでな。モングレルの馬鹿力で助けてやってくれ」

「ウハハハ……オデ、ニンゲン、タスケル……!」

「ガハハ、俺の前で不審者の真似はやめとけよ」

「ひい怖い。いってきまー」

「おー、気をつけてなー」

 

 びちゃびちゃに濡れてるネクタール街道の水たまりのない部分を踏むように丁寧に小走りし、事故現場へ向かう。

 まだ明るい時間帯なのでレゴールを目指す馬車の何台かとすれ違うが、向こうが俺を警戒する様子もない。普通は俺みたいに武器持った身軽そうな奴を見ると犯罪者と警戒するもんなんだけどな。

 通りかかった場所で馬車が事故ってるのを見ているから、なんとなく俺の目的も察しているのだろう。

 

「うわー、これはまた……派手にやらかしたな」

 

 そうして小走りし続けたところで、“アレに違いないな”って感じの可哀そうな馬車を見つけた。

 確かにそれは街道からは外れて渋滞を起こしてはいなかったが、畦道から外れて柔らかそうな休耕地に右側の車輪二枚分をズッポリ沈めており、とてもではないが自力では脱出できない有様であった。

 

「おーい、レゴールのギルドから加勢しに来てやったぞー」

「! ああ、どうも……って、モングレルさんじゃないですか!」

「よう、ブロンズ3のモングレル様だぞ。そっちは、あー……“最果ての日差し”のフランクじゃないか」

「お久しぶりです!」

 

 どうやら先に馬車の救出を手伝っていたのは新米パーティー“最果ての日差し”の連中だったらしい。

 独特な雰囲気のリーダーであるフランクとその妹のチェルを中心とする、若手オンリーの中ではそこそこまとまっている徒党と言えるだろう。

 

 ここにいる彼らは五人ほど。どうやら今は馬車の積荷を頑張って降ろしているらしい。積荷を軽くすれば引き上げられるということだろう。確かにそうするしか解決法は無さそうだ。

 

「ああ、レゴールから来たギルドマンの方かい。依頼を受けてもらって助かるよ。どうにか邪魔にならないよう道を外れたと思ったら……この有様でね」

「貴方が依頼人ですね。俺はモングレル、ブロンズ3のギルドマンです。こいつらよりは力があるんで、準備が整えばすぐ引き上げちゃいますよ。あ、これギルドからの証明書なんで。追加人員を受諾するならこれを」

「……うむ、確かに。いや、彼らも真面目によくやってくれるのだが、車輪が見事に嵌ってしまってね。坂を滑った時に馬も興奮してしまったせいか、深くに引きずり込まれて難儀している。通りがかりの馬車も助けてくれそうではあったが、結局諦められてしまってねぇ……」

 

 商人のおっさんは疲れ果てた表情で離れた草地を見つめている。

 何があるのかと思いきや、路肩では馬車を牽引していたであろう馬たちが呑気に雑草をむしゃむしゃいただいていた。全身泥まみれ土まみれだが、降って湧いた休憩とフリーダムな放牧タイムを満喫しているようだ。かわいい奴らめ。

 

「これで割れそうな物や重い荷物は出し切れたと思います。モングレルさん、これからどうしましょう? 全員でひとまず持ち上げてみますか……?」

「いや、まずは俺だけでやってみるよ」

「一人でですか? みんなでやりましょうよ」

「いやいや良いから。それより俺この土に入るからさ、足流せる水とかあると嬉しいんだが」

「はあ、まあ……準備はできますけど」

「頼んだぜ」

 

 靴と靴下(この世界の人はあまり履いてない)を脱ぎ、ねちゃねちゃする土に踏み入る。

 おお、足が沈む沈む。ひんやりしてて気持ちいいような土だから気持ち悪いような。

 それでも底なし沼というわけではないので、踏ん張りがきかないということはない。

 

「っし……ッ!」

「おおっ」

「持ち上がった……!?」

 

 荷物をどけてスッキリしたとは言え、馬車は重い。

 それでも俺の身体強化にかかれば底からグッと持ち上げることは不可能ではない。楽勝楽勝。

 

「よーし……ひとまず水平にはできたから……あとは男ども、横と後ろ側から持って、どうにか方向転換してくれ。坂に対して直角にバックしながら道のとこまで上げてくぞ」

「はい!」

「すごいな、本当に一人で車輪を出す所までやるなんて」

「俺達だけだと大変だったろうなぁ、これ」

 

 その後、“最果ての日差し”の若者たちの協力もあって、どうにか馬車を元の街道に戻すことができた。

 それまでプチ放牧されていた馬たちも繋ぎ直されて“は? また運べってのか?”みたいな顔をしていたが、まぁ頑張れ。どうせレゴールはすぐ近くなんだ。最後までやりきってくれよな。

 

「いやー爪の中も土まみれだ。後で宿屋でお湯借りないと駄目だな」

 

 レゴールへの帰り道は、商人さんの厚意で馬車に乗せてもらえることになった。

 水でざっと足の汚れも落とせたし、いやぁ無事に終わって何より。

 

「……前から不思議だったんですけど、モングレルさんの力ってブロンズランクよりも上じゃないですか?」

 

 優雅に馬車の荷台に乗る俺に、後ろから歩いてついてきているフランクが声をかける。

 相変わらずズバッと聞いてくる奴だな。別にいいけど。

 

「俺は実力だけならシルバー以上は間違いなくあるぜ」

「ですよね? もしかして……」

「ランクを上げてないのは俺が面倒くさいからだよ。これといって深い理由はねーぞ」

「……そうですか。なら良いのですが」

「ブロンズは良いぞ。面倒事は少ないし、変な指名依頼もほとんどこないしな。お前たちも真面目に仕事して、ブロンズになるといい」

「もちろんです! いずれ必ず“最果ての日差し”の名をレゴールに、いえ、ハルペリア中に広めてみせますから!」

「ははは。でかい夢だな。ま、ひとまずブロンズの昇格を目指すこった」

 

 その後俺達は無事に馬車をレゴールへと送り届け、依頼達成となった。

 短時間でちょっとした臨時収入を得た後は都市清掃任務でざっと通りを綺麗にし、今日の仕事を終えた。

 

 やっぱり仕事に熱中してると気が紛れて良い。

 これからは雨が降ってる日でも、適当に羊皮紙ゴリゴリの仕事をして過ごしても悪くないかもしれないな。俺の精神衛生上は。

 



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暇な酒場のボーイズトーク

 

「これもう俺勝っただろミルコ」

「いや、まだ逆転の目は残されている。わからないか? モングレル……このか細くも煌めく希望への道筋が……」

「え? それマジで言ってる? ごめん俺このゲーム強くないからよくわからない」

「……なるほど、お前の目からも勝敗はまだわからないと。クククッ、油断したな。これで勝負は五分に戻ったぜ。さぁ、ここを打たれたら……どう出る!?」

「あー! そこかぁー……そこ……打たれると厳しいのかな……わからん……」

「クククッ……この手は俺ですら読めない一手……存分に悩むがいい……」

 

 ちょうど良い任務が無いので、今日の俺は昼からギルドの酒場でだらだらしている。

 緊急で楽でうめぇ仕事入らないかなーという後ろ向きな待ちを決めているギルドマンは常に一定数いるものだ。春は任務が多く忙しいとはいえ、休みがないとしんどいので怠惰と言ってはいけない。

 

 今は俺の他にも「大地の盾」や「収穫の剣」の男連中もいて、酒場は珍しく賑やかだった。

 おかげで俺のこのボードゲームも対戦相手に困っていない。

 

「モングレル……この戦況をどう思う? クククッ……」

「正直に言っていい? よくわかんない」

「奇遇だな、俺もだぜ……!」

 

 対戦相手は「大地の盾」の剣士、ミルコ。

 クールそうな顔立ちと思わせぶりな口調は女受けするが、若干頭の緩い男である。

 初心者の俺とルールの曖昧なボードゲームで熱戦を繰り広げているあたりお察しである。ちなみに俺はミルコ以外とは互角の勝負ができない。

 俺より弱い奴に会いにいきてぇなぁ。

 

「ったくよォ〜ベイスンの連中ももっと討伐してくれよなァ〜……なんだって俺たちがわざわざ向こう寄りの畑まで行って雑魚の討伐しなきゃいけねぇんだよ〜たるんでんじゃねぇのか〜?」

「仕方ありませんよチャックさん……最近は各地のギルド支部からレゴールに拠点を移すギルドマンも増えていて、人手不足なんですから……」

「配置換えするならバサッと決めちまえばいいのによォ〜! 金を出し渋って俺らに遠征させるんじゃねぇよなぁ〜! おかげでパーティー全体で開拓任務に参加できねぇんだよ〜!」

「……そちらの収穫の剣も大変そうですねえ」

「アレックスはどうなんだよ最近〜」

「いやぁこちらも見ての通りですよ。何かしら動きたくはあるんですが、小粒の討伐では旨味もないので……一度遠征組の帰りを待ってからにしようかと」

「お前達も暇か〜……暇だよな〜……」

 

 春は小物の季節だ。しかし小物は一発でデカく儲かる感じの仕事は少ない。小粒を数相手にする任務ばかりだ。

 働いても働いても儲からない。それにうんざりするギルドマンが出てくるのもまぁ、仕方ないことだろう。

 今は街の拡張工事も盛んで、そこで労働した方が儲かるくらいだ。そんな地元での仕事を横目に遠征して乏しい出稼ぎに出るのも、馬鹿らしくなる気持ちはわからんでもない。

 

 その点アルテミスと若木の杖は上手くやっている。だいたい常に全体で行動するから足並みが揃ってるし、無駄がない。

 ここにいる大地の盾や収穫の剣もフットワークは軽いんだが、美味い任務に対する嗅覚って意味では一歩も二歩も譲ってるイメージだ。

 

「……なぁ〜……若木の杖の子で誰が一番好み?」

「またそういう話ですかチャックさん……ディックバルトさんは居ませんよ?」

「別にあの人がいなくたってこういう話はしていいだろ〜!? 面白いんだから〜!」

 

 どうやら酒場に女ギルドマンが居ないのを良いことにボーイズトークを始めようという魂胆らしい。

 マジで頭の中身が男子中学生だなこいつ。

 

「この一手はどうだっ!」

「……おっふ」

 

 あ、やべぇ。負けそう。嘘だろ? ミルコには負けたくねぇよ俺。

 

「チャック! 俺もその話にいれて!」

「あっ! モングレルお前ずるいぞ!」

「いいぜ〜どんどん話そうぜ〜! ああ今朝ダリア婆さんからもらったピクルスがあるからよ〜それ食いながら話そうぜ〜!」

 

 えーマジかよーピクルスあるのー? 良いなーちょうだーい。

 この世界に来てから酢の物大好きになったんだよな俺。健康的だし美味いし、酒が進むし完璧な食い物だ。

 

「モングレルは若木の杖の団長と仲良いんだろ〜? サリーって人とよぉ〜」

「あー、サリーね。まぁレゴールが古巣だったし、昔から付き合いあったからな。仲良いかっていうとわからんけど」

「あの人も何考えてるかわかんねぇけどスタイルは悪くねぇよな〜不気味だけどよ〜」

「顔立ちは綺麗な人なんですけどね……注文したエールに手で蓋をしてジャカジャカ振って炭酸抜いてから飲み始めた時は我が目を疑いましたよ……」

「あれな〜怖いよな〜」

「サリーは変人だからな」

「モングレルさんに言われたらお終いですよね……」

「アレックス、なんだ? 俺にボードゲームで喧嘩売ってんのか?」

「逆にそっちで勝てそうだと思ってるんですか……?」

「おーい三人ともー……俺も仲間に入れてくれよー……」

 

 あ、ミルコも来た。男連中が四人揃っちまったな。寂しいテーブルだぜ。

 とはいえミルコは嫁さんいるからこいつだけ既に勝ち組なんだけど。

 

「ミルコはよ〜、ギルドの子で誰が気になってるんだよ〜」

「いやチャックさん……彼結婚してますけど……」

「クククッ……そうだな……まぁ俺はアルテミスのナスターシャさんが好みかな……あの胸がたまらんな……」

「あれっ!? 離婚してましたっけ!?」

「してないが?」

「ですよね!? ええ……普通に答えるんだ……ある意味そういう軽口も結婚しているからこその余裕なんでしょうか……」

「いいや? 嫁さんには内緒にしといてくれ」

「リスクを承知で本音をぶちまけてたんですか……」

「胸はでかい方がいいだろ」

「まぁ……わからないでもないですが……」

 

 この世界の……というかハルペリアの男の性的嗜好は、どちらかといえば下半身寄りだ。胸よりも尻の方がえっちとか思う奴が多い。

 あと普通に十代半ば過ぎくらいの、前世では少女と呼ばれるほどの子を相手にしても普通に好意を露わにするし、ナンパでもなんでもする。

 少女趣味とかいう趣向は歓迎こそされているわけじゃないが、ロリコンとかそういう白い目を向けられているわけでもない。

 

 男は皆、生涯に渡って女子高生を求めるもの……これは誰の言葉だったかな。ニーチェかな。忘れた。俺の言葉だったかもしれない。

 とにかく男は若い子が好きなことに対し、あまり厳しい目を向けられることがない。成人も早けりゃ結婚も早いしな。そういう意味じゃ前世の現代が持つ道徳観が不自然だったのかもしれん。

 

「俺はな〜……若木の杖のモモって子! あの眠そうな目の小さい子な! あの子はまだ小さいけど、将来美人になるぜぇ〜」

「あっ……」

「あれ? チャックお前知らなかったのか? モモはサリーの娘さんだぞ」

「……えっ? えっ!? サリーさん人妻かよぉ〜!?」

「子供作ってすぐに旦那さん死んじまったけどな。未亡人だよ」

 

 今サリーは31かな。俺より二つ上だ。娘のモモはサリーが16の頃に産まれたから……今15歳か。時間の流れは早いな……。

 

「え、えっ……サリーさんいくつ?」

「あの人見た目の割に結構年上でしたよね」

「クククッ……30くらいじゃなかったか?」

「31歳だぜ確か」

「え〜!? 見えね〜! 25くらいだと思ってた〜! っつーか子供いたのかぁ……!」

 

 あまり子供に構わないし愛着もあるのかわからない。

 数年前にレゴールで活動していた頃も、親子というよりは少しドライな関係だったというか……パーティーという集団で子育てをしている感じがあった気がする。最近見るようになったサリーとモモも、その関係性はあまり変わってないような気がする。

 でも同じ若木の杖の子から聞いた話では、魔法の勉強はサリーがよく指導してやっているらしい。

 

 正直他人の親子関係にはあまり踏み込みたくないから詳しくは知らん。

 子供が不幸せじゃなさそうなら良いんじゃないか。

 

「僕は特にギルドマンの人に対してそういう感情は抱かないですね……抱かないようにしているというか……」

「……ああ、前にあったもんな……伝説のパーティークラッシャー……」

「あ、ミルコさん、その話すると僕動悸が止まらなくなるのでちょっと……」

「ごめん、やめておこう」

 

 懐かしいな、サークルクラッシャーならぬパーティークラッシャー……さんざん「大地の盾」の男を食い散らかして弄んだ挙句、最終的に王都の裕福な商人の嫁として玉の輿して去っていった伝説の女が……。

 あのせいでしばらく「大地の盾」が女性不信みたいになってて可哀想だった。

 

「モングレルはアルテミスの子と仲良いよなぁ〜……ライナは別に良いけどよォ〜……ウルリカちゃんにまで手を出すとはなぁ〜」

「いやウルリカって……っつーかライナは別に良いってちょっとライナに対して酷くないか?」

「ライナはな〜……女って感じじゃないからなぁ〜」

「わかります。素直でかわいいですよね」

「クク……真面目な良い奴だよ。色気はないが……」

 

 ライナ……まぁ、起伏も乏しいし、ちみっこいしな……。

 でもウルリカはもっと違うだろ……男だし……。

 でも男って俺から言うのもひょっとするとダメかもしらんから言わんでおく。

 

「ウルリカちゃんもな〜胸は薄っぺらいけどよぉ〜……尻が良いよなぁ〜」

「クククッ……わかる……良い尻してる……」

「ミルコさん、嫁さんに殺されますよ! ……まぁ、アルテミスの隙の無い独身組の中では唯一気安く接してくれるので、わからないでもないですけど」

「なんでモングレルは仲良くなってんだよ〜え〜? ウルリカちゃんに紹介しろよ〜このチャック様をよ〜」

「いや向こうもチャックのことは知ってるだろ」

「え……俺のことなんか言ってたりした……?」

「なんも言ってねぇよ」

「あ〜! モテてぇ〜!」

「僕がいうのもなんですけど……そんな態度だからモテないんですよ……」

「というかチャックお前、受付嬢のエレナに気が有ったんだろ。エレナはどうしたんだよ」

「本命はエレナちゃんだぜ〜? でも副菜があっても良いだろぉ!?」

「クククッ……気持ちはわからんでもないがな……」

「ミルコさん結婚生活に不満があったりします……?」

「無いが?」

「ええ……」

「……いやチャックお前な。今エレナがいないからこういう話しても大丈夫だと思ってるのかもしれないけどな。ミレーヌさんには普通に俺たちの話聞こえてると思うぞ」

 

 ちらりと受付の方に視線を向けると、にこやかに微笑むミレーヌさんと目があった。

 軽く手を振ってみると微笑んだままガン無視された。

 

「……ミレーヌさんからエレナちゃんにこの話が伝わるかも知れねぇってわけか〜」

「結構なリスクですよそれ」

「……ってことはよ〜……俺がエレナちゃんに気があるってことを遠回しに伝えられるってことだよなぁ〜!? これが恋の駆け引きってやつかもなぁ〜!?」

 

 何故か自信満々にそう宣うチャックに対し、俺たち三人は黙って酒を飲んだ。

 

 モテる男に何故モテたのかという不思議はあるが、モテない男にはなんとなーく察せられる理由があるものだ……。

 チャックを見ていると、そんなことを考えてしまう。

 

 ミレーヌさんは誰も並んでいない受付で、微笑みを浮かべながら何らかのメモをとっていた……。

 

 



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ケンさんのお店をなんとかしろ

 

 大麦の作付けが本格化を迎える。

 実は大麦の作付け面積は近年ジワジワと増えていたのだが、今年はさらにそれを拡大したらしい。一体何スキーの影響なんだ……。

 

 しかしウイスキーもなかなか出回ってこなくてモヤモヤするな。

 既に一般に販売はされているようなのだが、高級品なため仕方ないとはいえほぼ貴族街に出回っているらしい。あとは王都向けだったり、輸出向けだったり……そろそろレゴールの下町にも回せや。物売るってレベルじゃねえぞ。

 まぁ最初から全ての需要を満たせるわけじゃないから仕方ねえけども……一度味わってしまうともっと欲しくなっちまうんだよなこれが。

 

「うーん、麦芽水飴はすこーしだけ安くなったが……ウイスキーは相変わらずだな……」

 

 大麦から作る麦芽水飴は収量が増えた影響かちょっと値下がりした。それでも十分高いけど。

 飴色の語源にもなったという、琥珀色の美しい麦芽水飴。……くそー……ウイスキーみたいな色しやがって……。

 

 

 

「モングレルさーん」

「お、ケンさん。どうもどうも」

「どうもこんにちは。お久しぶりですね」

「久しぶりっす。……お店再開したの久々に見ましたよ。もうお菓子屋やめちゃったのかと」

「ぬふふ……まだやめませんよぉ。最近厳しくてやめようかギリギリなとこではありましたが」

 

 市場を歩いて少ししたところで、馴染みのお菓子屋さんが珍しく顔を出していた。

 ロマンスグレーの髪の壮年男性。彼はケンさんという。かつて王都のお菓子屋で働いていたお菓子職人だったが、店のボスの横柄な性格が嫌になりレゴールにやってきたという、苦労してそうな人である。

 まぁ苦労してるのは今も変わらないのだろうが……。

 

「お店がやってるなら、久々に入らせてもらおうかな」

「本当ですか! どうぞどうぞ、お入りください。あ、お金は取りますよー?」

「いやいや払います払います。俺は稼ぎの良い独身ギルドマンなのでね」

「ぬふふ、独身は良いですよね。お金がかからない。自分の好きにお金を使えるのは良いことです」

 

 ケンさんのお店は古い酒場を改装したものなので、店内のレイアウトはほぼ酒場である。

 カウンター席は無く、その分広めに取ったキッチンでお菓子類を作っている。

 

 クッキーやビスケットなどのお菓子が主な商品で、色々なお店に卸しているものでもある人気商品ではあるのだが、お客さんがそれを店内で食べてくれなくて困っているらしい。

 稼ぎ頭の焼き菓子はもっぱら配達品だ。よそに届けてそれで終わり。

 もちろん貴重な売上なのでやめるわけにはいかないのだが、ケンさんとしては店が賑わうことがないので複雑なところだろう。

 

「新作の豊穣クッキーです。さあどうぞ」

「おー」

 

 お出しされたのは皿の上に三枚ほど並べられた正方形のフロランタンのような糖菓子だ。

 下のクッキー生地に……柑橘とひまわりの種などを乗せ、麦芽糖の水飴で固めたようなやつ。表面は飴がテラテラ輝いてて綺麗だし、普通に美味そうだ。

 

 んむんむ……ああ、良いねこれ。ひまわりの種の風味が香り高くて実に美味い。生地がしっとりしていて、それでいてベタつかない……。

 

「こちらタンポポのお茶になります。苦い風味がよく合いますよ」

「おお、どうも。……うーん、この苦さが良い」

「ぬふふ」

 

 このお店ではタンポポの根から作った黒いお茶……というよりコーヒーみたいな飲み物を提供してくれる。

 前世でも代用コーヒーとして、タンポポの根を炒った飲み物は細々と普及していた。カフェインは無いけど逆に健康的で良いかもな。味としては、コーヒー欲を抑えてくれるだけの近さはある。お茶と言われればお茶な感じの飲み物ではあるんだが。

 

「ふう……こんな美味いのにどうして客が来ないんですかね」

「ありがとうございます。……ううん、私も悩みなのですがね……やはり場所が、高級菓子に向いていないのでしょうなぁ」

 

 そう。ここは庶民がよく使う市場に近い通りにある。金持ちがあまり通らない場所なのだ。

 

「近頃は水飴も蜂蜜も安くなって、より手頃な価格でお菓子を提供できるようになったのですが……やはりこの立地では難しいのかもしれませんねぇ」

 

 ケンさんはお菓子の味に対しては酷く真面目で、妥協というものが下手な人だった。

 今やっている数売りのクッキーも本来なら不本意なのだろう。今俺が食べたフロランタンのように、高級路線でやっていきたいはずなんだ。

 

「うーん……けど今は景気も上がってきているし、時間が過ぎればチャンスも生まれてきそうなもんですよね」

「はい、そう思っているのですが……それまで果たして、この店が持つかどうか」

「厳しいっすか」

「厳しいですねぇー……」

 

 タンポポの根もひまわりの種もサングレール原産の作物だ。それをわざわざ連合国経由で輸入したやつをこの店では使っているわけで、そりゃあコストも馬鹿みたいに上がる。

 しかしケンさんは妥協できない。不器用すぎる男だ。

 

 ……このタンポポコーヒー、個人じゃなかなか仕入れられないんだよな。この店が無くなったら好きな時に飲めなくなる。それはちょっと、いや結構惜しい。

 

 ……テコ入れするか。

 

「……ケンさん。俺に良い考えがある」

「ええーモングレルさんにですか」

「露骨に期待してなさそうだ……いやいや良い考えなんですよ。俺がこの店を繁盛させる……そうだな、相談役になりますよ」

「相談役を雇うお金の余裕もないんですよ……」

「いやいや儲かったらで構いません。それにお金もいらないです。ただ、儲かったらその時は……今後俺がこのタンポポ茶を飲む時、半額にしてもらえれば」

「……この店が盛り上がるのであれば、安すぎるというものですねぇ。しかし本当にお客さんが来るのでしょうか」

「なぁに簡単ですよ。ケンさんのお菓子は完璧なんですから、後は客をここにぶち込みゃいいだけです。そのために頭を捻るだけですよ」

 

 俺はお土産にフロランタンをいくつか買い、お会計を済ませ、席を立った。

 

「また明日も来るんで、店を開けといてください。その時に良いものをお見せしますよ」

「……年甲斐もなく、期待して良いですかね?」

 

 少し不安そうに微笑むケンさんに、俺は力強く頷いておいた。

 

 まぁ実際のとこわからんけど。俺経営者よくわからんし。

 でも、半額のタンポポコーヒーが飲めるってんなら……普段の仕事よりも一層、本気出していかなきゃなぁ! 

 

 

 

「ようエレナ。お疲れー」

「ああ、モングレルさんこんばんは。仕事……ではないですよね、こんな時間に」

 

 俺は昼の明るい間にちょっとした工作を済ませてから、ギルドへとやってきた。

 酒場は任務を終えた連中で賑わっているが、受付は空いている。この時間帯を待っていたんだ。

 

「ちょっと掲示板の近くにこいつを張り出してもいいか聞いておきたくてよ。今は特に掲示物も無いし構わんだろ?」

「なんですかそれ……ケンの菓子工場……お菓子屋さんの宣伝ですか?」

 

 俺が持ってきたのは羊皮紙にインクで描いたケンさんのお店の宣伝ポスターだ。

 簡単な店の場所、新作の菓子情報をわかりやすく図にしたもの。印刷技術なんてないから大量にばらまくことはできないが、人目につく場所に貼っておけば問題はないだろう。

 

「へえ、こんな通りにお菓子屋なんてあったんですね。知らなかった」

「貼り出して良いかい?」

「うーん……副ギルド長に確認を取ってみて……になりますかねぇ」

「今貼らせてくれるならこれ食べて良いよ」

「……」

 

 スッと机に差し出したフロランタンを見て、エレナは周囲の様子を窺った。

 そして険しい顔つきでフロランタンを手に取り……食べた。

 

「……」

「エレナ、顔、顔。緩んでる。ばれるぞ」

 

 どうやらお気に召したらしい。良かった良かった。

 

「……まぁ、しばらくの間でしたら。数日でしたら許可します」

「ありがとう、話がわかる相手でよかったぜ」

「モングレルさん、もう一枚ありますよね?」

「ダメ」

「むむむ……」

 

 いやしんぼめ。高いお菓子なんだからそんなたくさんはあげません。

 何よりこのフロランタンは大事なミッションのために使わなきゃいけないんだ。

 

「ようアルテミス諸君」

「……なによ、モングレル」

「なんスかなんスか」

 

 俺はエールを片手にアルテミスのいるテーブルへとやってきた。

 普段俺の方からはアルテミスに絡みに行かないことを知っているせいか、シーナはどこか怪訝そうな顔でこっちを見ている。

 

「まぁそんな邪険にするなよ。今日の俺はお菓子屋の宣伝に来ただけなんだからな」

「宣伝? お菓子?」

「えーなになにー、さっきエレナさんと話してたのってそれのことー?」

「ほれ。どうよ俺の手描きポスターは」

 

 羊皮紙のポスターをテーブルに広げてみせると、アルテミスの面々は興味深そうに覗き込んだ。

 

「……大きな字はともかく、細かい文字が下手ね」

「うっせ、下手なのは元々なんだよ」

 

 というよりわざとだけどな。ケイオス卿の手紙の文字と似ないように普段はちょっと崩して書いてるんだ。

 

「へー……行ったことないっスね」

「私も……ありません。知らなかった……」

「豊穣クッキーか。ふむ……どんな味なのやら」

「あ、こちらサンプルになります」

「現物あるんスか!」

「わぁー綺麗! え、モングレルさんこれ貰っちゃっていいの!?」

「良いぞー、みんなで分けて食べるといい。お前らアルテミスが興味を持ってくれれば、ケンさんのお店に客が増えそうだからな」

 

 ギルドには女も多い。特にギルド内部で働く女は高給取りだ。人通りが多いギルドにポスターを掲示するのは悪くない。

 そしてアルテミスはほぼ女で構成されたパーティー。しかも内部には家庭持ちも多く、主婦のネットワークと繋がってもいる。

 女といえば甘いもの。その繋がりを狙えば、きっと悪い結果にはならないだろう。

 

「んっ! 美味しいっ……! ザクザクしてる!」

「あら、本当ね。こういうナッツも悪くないわ。……お茶が欲しくなるわね」

「モングレル先輩、お菓子取って良いっスか」

「好きにしろ」

「わぁい……んー! 甘いっ! 美味しい!」

 

 よしよし、なかなか好感触のようだ。あとはポスターを掲示板近くに出せば終わりだな。

 で、明日の朝になったら店の前に三角の立て看板でも出して店がここにありますアピールしときゃ完璧よ。

 

「……それにしても、これは任務ではないでしょう。どういう風の吹き回しでお菓子屋の広告なんてやってるのよ」

「別にやましいところがあるわけじゃねぇよ……これで店が繁盛した時、俺が店で頼むタンポポ茶が半額になるってだけだ」

「やっぱそういうことっスか」

「ぬふふ」

「変な笑い方っスね……」

「これね、ケンさんの笑い方」

「マジっスか」

 

 まあさすがの俺もタダじゃ動かんよ。

 基本的には俺の生活が豊かになることしかしてやらん。

 そういう意味じゃ今回の個人商店を儲けさせる動きは珍しいかもしれないな。

 

 さてさて。明日、ケンさんのお店がどう賑わうのか。ちょっとだけ楽しみだぜ。

 

 




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皆様の応援、ありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。

( *・∀・)?  )))


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最も重要な一・二番テーブル

 

 翌朝。

 俺はケンさんの店にやってきて、仕上がったものを見せた。

 

「これは……看板ですか」

「ええ、ケンの菓子工場……このお店を示す簡単な立て看板です。これをこうして広げて、この棒を2つの出っ張りに引っ掛ければ、ほら」

「おおー」

 

 前世ではよく見かけるA字型の立て看板だ。展開と固定のやり方は脚立に近いかな。

 看板には“ケンの菓子工場”というデカデカした文字と、焼き菓子……に見えなくもない俺のイラストに、簡単なお品書きも書いてある。それと一部のおすすめメニューの値段もな。この板は俺が洗濯板を作る時に失敗したやつを流用した。良い使い道ができて良かったぜ。

 

「しかし私の店にも看板はありますよ? お客さんは確かに来てませんが、存在が知られていないというわけでもないのですがねえ……」

「甘い……甘いぜケンさん。ミカベリーのジャムより甘いぜそれは」

「ミカベリーのジャムより!?」

「見てみなよケンさん。確かにケンさんのお店はちゃんと看板も出している……ドアに吊るす感じでね」

「ええ」

「……ちょっと小さくないっすか?」

「小さいですかねぇ……」

 

 いや小さいよ。見てみあれを。

 多分これ説明しなきゃ理解されないと思うけど、看板つってもドアの上にでっかいのがあるわけじゃねえんだ。

 窓のない酒場のドアに、ネームプレートみたいにして店名の書かれた札がくっついてるだけなんだ。

 わかんねーってこんなん。

 お役所の事務所じゃないんだからさ……。

 

「俺の作ったこの看板も大きいわけじゃないですけどね、あのネームプレートよりデカいですよ。そこからしてまずおかしいんです」

「ですが……私のお菓子の味は確かですよ?」

「お菓子が誰かの舌の上に到達する前の段階ですからね……」

「なるほど……そういう考えもありますか……」

 

 そういう考えもなにもこのレベルで躓かれるとな……コンサルとしては結果が滅茶苦茶出しやすくて上客も上客ではあるが……。

 

「これを店の前に出しておけば、通りかかった人が店の存在に気付くでしょう。で、まんまと吸い込まれ二度と戻ってこれなくなる、と」

「ちゃんと帰しますよ?」

「いやいや一度入った客をずっと中に閉じ込めるくらいの気持ちで良いんですよ。なんならタンポポ茶の値段を二杯目以降は半額にして、長時間居座らせても良いな。苦いお茶で我慢できなくなった客が二皿目のお菓子を買うって寸法ですよ」

「モングレルさん……もしや本当に私の店のことを考えて……?」

「ふふふ、まるで俺が酒の席で安請け合いしたかのような言い方をされててショックですが……俺ぁ本気ですよ。昨日もギルドで宣伝しておいたし、お土産に持っていったお菓子も好評でした。自信持ってくれ、ケンさん!」

「……ありがとう、ありがとうモングレルさん。ええ、必ずお客さんを我が店に幽閉してみせます!」

 

 その意気だぜケンさん。

 さあ、それじゃあ早速開店といこうじゃねえか!

 

「ところでモングレルさん、その掃除道具は?」

「あ、俺午前中はここらの都市清掃やってるんで」

「……お疲れ様です」

「いえいえ。あ、ケンさんのお店の近く重点的にやっときますね」

「ぬふふ、嬉しいなぁ。ありがとうございます」

 

 そういうわけで、今日もケンさんのお店が始まった。

 

 

 

 が、そう都合良く朝からジャカジャカお客さんが来るはずもない。

 みんな仕事があるんでね。ケンさんもそれがわかっているからか、朝の早いうちはまとめて作ったクッキーを他の店に配達しに出かけていた。

 その際にドアに吊るされた看板をひっくり返し、“ただいま配達中”と主張してはいるのだが……その時になんと店名が表に出て来ない。これでは完全にケンさんの店の気配がしない。そりゃ存在感も薄いわけだわ。オープン&クローズくらい別の看板作ろうぜケンさん……。

 

「お客さん来ないですねぇ……」

「まだ昼だよケンさん。安心してくださいよ、この時間から客はやってくるもんなんすから」

「お昼時……ここで来なければ、難しいところですね」

 

 この世界におけるお菓子は、主食と大差ない認識だ。飯のかわりに食べるもの。カロリー的に考えればまぁ当然だろう。食後のデザートという文化は極々一部だけだ。

 そういう意味じゃこのケンさんのお店は特殊なんだが、それでも美味いのは本当だ。物好きな人は来てくれるはず……。

 

「本当にここなんスか……って、あれ? モングレル先輩」

「よう、アルテミス諸君」

「……あの立て看板が無ければ見過ごすところだったわ」

「ねー、小さいねー。あ、モングレルさんこんちはー」

 

 店にやってきたのはアルテミスだった。

 ライナ、ウルリカ、シーナの三人である。いつもよりちょっと連れが少ないか。

 

「今日は貴族街で弓の指導をやってきたんスよ。その帰りに寄ろうってことで……あ、モングレル先輩の席そこ大丈夫スか」

「良いぜ。いやぁ紹介した手前来なかったらどうしようかと不安だったところだ。来てくれて助かったぜ」

「あ、なんか真っ黒いの飲んでるー」

「タンポポ茶だ。風味は炒り麦茶みたいなもんかな。胃腸にも良いぞ」

「へー美味しそうー」

 

 客が来ると一気に店内が華やぐな。それもアルテミスの面々だ。お菓子屋といったらこういう空気感じゃなきゃいけねえ。

 

「いらっしゃいませ。モングレルさんのお知り合いでしょうか?」

「ええ、まぁ同じギルドマンの誼でね。昨日ここの豊穣クッキーだったかしら、いただいたわ。美味しかったから今日も注文させていただこうかと」

「ぬふふ、それは嬉しいですね」

「ンッフ……」

「ライナ、笑っちゃ失礼でしょっ」

「? ああ、お菓子と一緒にタンポポ茶もおすすめですよ。いかがでしょうか?」

「じゃあお菓子とお茶をそれぞれ一つずつお願い」

「ええ、かしこまりました」

 

 ケンさんは上機嫌でキッチンへ戻っていった。嬉しそうだな。久々のお客なんだろうか。

 ……それにしてもライナ。ケンさんの笑いがツボったか? 変なところでツボるな。

 

「へー、お菓子屋さんかぁー……なんていうか、あれだね……想像していたのより、こう……」

「ええ、そうね……」

 

 しばらくしてお菓子とタンポポコーヒーがやってきた。

 艶めかしく輝くフロランタンと芳醇なタンポポコーヒー。悪くねえよな。決して安くはないが、この価格で飲み食いできるクオリティではないと思うんだよな。

 

「おまたせしました。……モングレルさんのご友人でしたら、隠しても無駄でしょうな。当店はどうも、なかなかお客様が店に来ないようでして……何かお気づきになられましたら是非とも遠慮なく、私に仰ってください」

「まぁまぁ、そういうのは食べてからだぜケンさん」

「おっとそうでした。ではごゆっくり……」

 

 三人は皿に盛られたフロランタンをつまみ、ザクザクと食べる。

 

「んまー!」

「美味しいねっ!」

「……うん」

 

 すると普段仏頂面を浮かべているシーナですら口元が緩むのだから、お菓子ってのは凄い。

 個人的にヒマワリの種じゃなくてアーモンドスライスでも……っていうのはワガママなんだろうな。

 まぁこれはこれで美味しいよ。サングレールの味ってのはこんな感じなのかもしれねえな……。

 

「……遠慮なく、と言ってたけれど。ケンさんだったかしら。気になっていたことを訊ねても良いかしら?」

「おお、是非お願いします」

「ご意見はありがたく受け取るぜ。俺はケンさんと一緒にこの店をレゴールで一番の菓子屋にするって決めたんだ」

「マジっスか先輩」

「いつもの冗談に決まってるでしょー……多分」

 

 シーナはタンポポコーヒーを飲み、やや言いづらそうにしてから再び口を開いた。

 

「……この店、何故店内の調度品が素っ気ない丸テーブルと椅子だけなの?」

 

 ふむ。言われてみるとたしかに店内はテーブルと椅子だけだな。カウンターの席はないし、カウンターだったものはナッツや材料を置いておく棚にされている。

 それ以外は置物も壁掛けもラグマットもなにもない、完全に無味無臭の簡素な部屋だった。

 気にし始めると確かに気になるかもしれん。

 

「調度品を置くお金を使うよりも、材料や調理器具を優先してまして……」

「限度があるでしょう……出す物が美味しくてもこれじゃ客は長居したくならないわよ……」

「しかし、私の作るお菓子はレゴール最高のものですよ……?」

「当然のような顔で凄まじい自信を放ってくるわね……味だけでなく店内の過ごしやすさにも目を向けて欲しいわ」

「あ、わかるっス。殺風景っスよね」

「そこらへんの安い酒場よりも何もないよねぇー……」

 

 なるほど……シーナのいうことにも一理あるな。

 俺は美味いものさえ提供してくれるなら一人用のカウンター席で味に集中する形式でも構わないし、なんならそれでコストカットになるっていうのなら歓迎するタイプだから考えが及ばなかったぜ……。

 完全に客を中にぶちこんでおけばそれで良いと思ってたわ。

 

「ふむ、内装ですか……埃の舞いにくいものを選んで上手くやるとしましょう……他には?」

「看板がわかりにくすぎるわ。もっと大きいものを建物に付けたほうが良いんじゃないの」

「言われてますよモングレルさん……!」

「いやケンさんの看板だぜそれは。ドアのやつのことですよ」

「駄目なんですか!?」

「うん、多分駄目ですよあれ」

 

 思い返してみれば俺もケンさんが出前に出てる時とかに偶然会ったときしか店に入ってなかった気がする。それ以外は存在が消滅してるような店だったしな……。

 まぁ店名が消えてるんじゃ気配を消してるって言い方も間違いじゃないんだが。

 

「とにかくそれに気をつければ、少しは良くなると思う。……次も、今日来れなかった子を連れてまた来るから。今度はもっと居心地の良い店になるよう、頑張ってちょうだい」

「美味しかったねー! また来るよー!」

「っスね。お酒も合いそうっスけど」

 

 そうこうして三人は帰っていった。帰り際にお土産用のフロランタンも買っていったので、売上としてはまずまずだろう。

 もちろんたった一組の客が来ただけで満足しちゃいけない。

 今日の課題をしっかりフィードバックさせて、明日の結果に繋げていくんだ!

 

「お邪魔しまーす……あ、モングレルさん?」

「お、エレナだ。ケンさん、またお客さんですよ!」

「なんとなんと! ぬふふ、早速忙しくなりましたなぁ……ありがとうモングレルさん!」

「良いってことですよ。俺は俺で安くお茶が飲めるし。明日から店内の彩りも頑張りましょう、ケンさん」

「ええもちろん!」

 

 アルテミスが帰ったと思ったら次はギルド嬢組だ。ランチ休憩に早速ここを試そうってことだろう。昨日のフロランタンが良く効いたようでなによりである。

 ……客が食ってる時や帰る時の感触も悪くない。

 今まで認知されてなかっただけで、店をやっていくポテンシャルそのものはあるみたいだ。良かった良かった。

 

 慣れないコンサルごっこで変な引っ掻き回し方をせずに済んでなによりだ。

 これからはちょくちょく、この店に寄らせてもらうことにしよう。

 そしていつかウイスキーを入荷させて、甘いものと一緒にいただくんだ……入荷してくれるかな? 酒はさすがに駄目かねぇ……まぁ今度ダメ元で頼んでみるとしよう。

 

 

 

 それから10日ほどもすれば、ケンさんのお菓子屋は繁盛しはじめた。

 その日の売上をそのまま調度品に全ツッパする男気ある設備投資により店内のレイアウトは瞬く間に豪華になり、それまでの無課金アバターみたいな内装は見る影もなくなった。

 今では荷物置きにしていたカウンター席部分も開放しなきゃいけないほどの盛況ぶりで、配達や配膳で手が足りないから若い人も一人雇っているのだという。

 まるで新装開店したかのような勢いだが存在が知られてなさすぎただけだというのだから、広告や宣伝ってのは本当に馬鹿にできないよな。

 

「よーっす、ケンさん」

「ああモングレルさん、どうも。カウンター席しかないのですがよろしいですか?」

「賑わってますねぇ……大丈夫ですよ。ミカベリージャムのタルト一切れとタンポポ茶を貰えるかな?」

「はいはい、了解です。あ、そちらの端は予約席なのでその隣で」

 

 店内はやはり、女性客が増えている。暇してる御婦人とか、高給取りなお嬢様とか。中にはそんな女性の気を引くためにこの店をチョイスした男の姿もある。

 そういう客層を見ると、やっぱり店内の内装ってのは大事なんだなと改めて思わされる。

 

 うーん、俺も老後はこういうお菓子屋というか喫茶店を経営してみたいぜ……。

 ただ忙しくて大変なのは嫌だから、スタッフを五人くらい雇っておきたいな。

 俺はカウンターでコーヒー飲みながらグラス磨いてるぜグラス。

 

「いらっしゃいませ……ああ、もしや予約の」

「失礼するよ。へえ、こういう店だったのかぁ……」

「席はこちらです、どうぞ」

「うむ。……はぁ、椅子高いなぁ、嫌だなぁ……んしょ、よっこいせ……ふぅ」

 

 新しく来たお客さんは、ちょっと小綺麗な格好をしたおじさんだ。

 背が低く小太りで頭も禿げているが、どこぞの商会長でもやってそうな気品を感じる。

 

「話題になってるあれ、なんだっけ……豊穣クッキー。それと焙煎麦のクリーム乗せをいただこうかな」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 これで全席満員御礼だ。すげー人気店になったもんだよ本当に。

 クリームなんて扱っちゃってまぁ……予算が増えて色々作れるようになって楽しいだろうなぁ。

 

 いつかこの店でプリンとか作ってもらうことにしよう。

 農家には鶏卵の増産をやってもらわなくちゃな。夢が広がるぜ……。

 

「ケンさん、俺にナッツの飴包みもらえるかな」

「む、美味しそうな……私にも同じ奴を」

「はい! しばしお待ちを!」

 

 人気店になると客の回転数上げたくなるだろ、ケンさん。

 だけどそれは許さねえぜ。俺が来たからには半額のタンポポコーヒーを三杯以上は飲ませてもらうからなぁ……!

 安い豆菓子で粘れるだけ粘らせてもらうぜ……!

 



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ストロングなモングレル

 

「金がねぇなぁ」

 

 ギルドのテーブルに座る俺が、天井を仰ぎながらそう零す。

 別に珍しくもない、よくある光景だ。

 

「そりゃお前、そんなもん買ったら金も無くなるだろ」

 

 向かいの席に座るバルガーが呆れたようにそう返事をくれる。

 確かに正論かもしれない。机の上にデンと置かれたそれを見れば、金が掛かってそうだなってのはわかるしな。値段は誰にも伝えてないはずだが。

 

「そんなもんて……なぁバルガー……ギルドマンってのは、体が資本だろ。体がイカれちゃ稼げる仕事を受けることもできねえ。だから些細な事でも注意を払って、自分の身体を守っていかなきゃいけないわけだ。金は大事だが、そこに糸目は付けられねえよ」

「モングレル、今日そのビール何杯目だ?」

「4杯目」

「そんな顔してるなぁ」

「バルガー、お前も他人事じゃないんだぜ。ギルドマンは歳をとりゃ動きは悪くなるし勘も鈍る。それに、独り身なら余計に死にたがりにもなるってもんだ」

「今日のお前はうるせえなぁ。ビールの入荷なんて教えなけりゃよかったよ」

「ギルドマンが最前線で働ける年齢なんてお前だいたいわかってるだろ」

「……そりゃあな」

 

 バルガーは今日、怪我をした。大した怪我ではない。ちょっと小盾で受け流した攻撃が身体に掠って、少し血を流しただけ。

 だが相手はとんでもない化け物というわけではない。少なくとも五年前くらいのバルガーだったらそんな間抜けな怪我を負うことはなかっただろう。衰えた証拠だ。

 そう、衰えるんだよ。身体の衰えは頭がボケるよりもずっと早い。

 オリンピックで活躍する選手の年齢層を見ればわかるだろう。そういうことだ。ここにいる皆には誰にも伝わらないことだろうが。

 

「生涯現役ってのはかっこいいよな。でも、引退後の生活を少しでも考えておくべきだと、俺は思うぜ」

「ほんとジジ臭い上に説教臭い奴だなお前は。昔から変わらねえけど」

「バルガーなら街でもやってけるさ。後輩に指導して、ギルドの……こう、重役かなんかになってな……」

「はいはい。ほら、これ食えこれ。薬草のサラダだ」

「薬草だぁー?」

 

 どう見ても解毒草に似てる草だ。それを……茎を潰して……なんだっけな。この製法。薬効の抽出……ギルドの資料室で見たが……結局市販品の方が手間もなくて安いってなったやつ……。

 

「さっさと食えよ。食えなきゃ今度の試験でお前は強制的にシルバーに昇格することになってんだ」

「なんだとぉ馬鹿野郎お前俺は食うぞお前」

 

 昇格なんて冗談じゃねえ。こんなサラダ一口で全部平らげてやるわ。

 ほーれムシャシャシャシャ……ってクッソ苦ぇ……。

 

「……あー」

「目が醒めたか」

 

 噛み締めた苦い汁を一口飲んで、すぐに効果が現れた。

 毒消しに使われる薬草、ダンパス。それの茎を潰して葉と一緒に飲むと食中毒とかを和らげてくれるんだ。

 本当は生で使うと薬効が強すぎて胃が荒れるらしいんだが、今はこの生の強さが効いた。

 

 ……さっきまで頭に回っていたアルコールがすっかり消え去っている。

 

「……なあバルガー、このビール強くねえ……?」

「いやだから俺言ったじゃねえかよ。いつもより強いんだからガバガバ飲むなって……」

「はーなんでこんな……んー、匂い嗅いだらこれ、あれだな。蒸留酒が混ざってるのか……?」

「ウイスキーの製造で失敗したなんかを、ビールに少し混ぜて卸しているらしい。酒精は倍ほど違う上に悪酔いするって話だ。……っていう話もお前にしたよなぁ?」

「いやー、まさかこれほどとは……」

 

 普段出る酒は度数も低く飲みやすい。ビールであってもアルコールは低い、実に優しい酒だ。ほろよいレベルである。

 しかしこれは……ほろよいなんてレベルじゃない。まして倍どころじゃない。いわばストロングビールだ。

 ストロング……親しみ深い言葉だ。今生でそのレベルのアルコールを飲んだ記憶はほとんどなかったが、魂が覚えていたのだろう。そのせいで違和感なくグイグイいっちまったようだ……。

 

 いや酒は怖い。別にこの身体も特別酒に強いってわけでもないし、肝臓をやったら病院なんてものはないし……。

 気をつけよう。バルガーに説教しかけたけど人のこと言ってる場合じゃなかったわ……。

 

 

 

「あ、モングレル先輩……うわっ酒臭っ」

「おお、ライナ。それとウルリカも」

「こんばんはー……って臭いなぁ……どんだけ飲んだのー、モングレルさん……あ、バルガーさんもこんばんは」

「おう」

「この酒はちょっと浅い訳があってな。任務帰りか? お疲れさん」

 

 見たところギルドに戻ってきたのはライナとウルリカの二人だけ。アルテミスとしての活動というよりは、二人でペア組んでの軽い狩猟でもしてたってところか。

 二人はそのまま受付で手続きをしている。……うーん、弓。弓か。最近弓の練習してないな。いや、それより魔法の練習もやってない。そろそろやらなきゃ本がインテリアになりそうだ。

 

「それよりもモングレル、これだよこれ」

「これ? ああ……この装備?」

 

 バルガーが俺の新装備を遠慮なく指さしている。

 

「こいつを引き合いに出して俺に説教してただろ」

「あー……ごめん。いやちゃんと理由があってな。ほら、これ防具だろ? 良い防具揃えて安全にお仕事しましょうって話よ」

「そんなふっつーな話しようと思ってたのか……てかこれ防具なのか? 剥製とかじゃなく?」

「どっからどう見ても防具だろ、ほら」

 

 俺は机に置かれた装備を被ってみせた。

 ちょっと重いけどほら、頭装備だろ?

 

「モングレル先輩ー、一緒にそっちの席で飲んでいっスか……ってうわぁ! なんかいる!?」

「ぶっ……あははは! モングレルさんなにそれー!」

「って感じだぞお前」

「弓使いにはわからんのです」

「俺にも解らねえよ」

「槍使いにもわからんのです」

 

 今俺が装着してるヘルムは、つい最近市場で買った新装備。

 もちろんただのヘルムではない。頑強なプレートヘルムの頂点にトサカのように大きな斧をはやし、左右からはこう……見たことないけど多分ヤギとか羊が持ってる感じの大きな角を生やした、超攻撃型のヘルムなのだ。後ろの方はなんか毛皮みたいなのがついててふさふさしてる。暖かいし耐衝撃にも優れてるよな。多分。

 鼻から顎にかけて守ってくれるフェイスガードもしっかりついている。顔面への攻撃にも対応した頭の最強防具だ。

 攻撃力が上がるし攻撃された時に何割か反射する効果も持ってそうな気がする。

 普通の頑強なヘルムの三倍くらい重いのはまあ愛嬌だよな。

 

「またモングレル先輩無駄遣いしてるっス……」

「いや、俺も今まで普通のヘルムしか持ってなかったじゃん? 高かったけど本気装備として買おうと思ってな」

「普通のままでいいんだよお前」

「なんでそう変な所で思い切りが良いのー……?」

「この角かっこよくない?」

「角はかっこいい」

「だろぉ?」

「バルガー先輩、モングレル先輩に甘いっスよ!」

 

 このデザインが良くてなぁー……。

 斧を取っ払って角折ったら多分この兜ゴブリン特効付くよ。取らんけど。

 

「モングレルお前俺の心配するけどなー……お前の方こそ金は大丈夫なのかよ。今はそりゃお前もバリバリ稼いでるだろうが、金欠で動けなくなった時がやべえだろ」

「ねー……モングレルさんっていつもお金が無いーって喚いてる気がするよ。そのくせ色々買い物してるし……普段そんなに大きな任務受けてないのに、どうやって稼いでるのー?」

「私も知りたいっス。なんか悪いことやってたりしないスよね」

「しねーよ悪いことなんか」

 

 バレない範囲で非合法なことはちょっとやったりしてるかもしれんけども……。

 

「最近はあれだな。黒靄市場で俺のオリジナル発明品を露店に預けて売ってもらってるな」

「お前も懲りねえなぁ。ケイオス卿の後追いかい」

「いやいやこれが売れるんだよ。今発明ブームだろ? 何かネタがある時はサッと作って売りに出すんだよ。何年も売れ残ってるやつもあるけどな、意外と買うやつがいるから馬鹿にできたもんじゃねえんだ」

「はえー……そうなんスか」

「えーどんなの売ってるのー?」

 

 ファイアピストンは……言うのやめとこう。あれを例に出すとアイデアの源泉を聞かれた時にすげえ困る。

 そもそも前世でだってはっきりとはよくわかってない代物だ。人に説明しても怪しくないものといえば……。

 

「洗濯板だな。こんくらいの板にこう、直角くらいかな。ギザギザの溝があってな、そこに水で濡らした服をこう擦ると、よく汚れが取れるんだ。便利だぞ、まぁちょっと他人のを真似したところはあるんだが」

「えっ! それ多分うちらのクランハウスにあるやつっスよ! 誰が買ったのかは……忘れちゃったスけど」

「マジで? おいおいアルテミスさん……お買い上げありがとうございます」

「えっ? えー? あれっ……? あ、あーあったね、あれ便利だよねっ」

「ほー、やるじゃねえかモングレル」

 

 マジか、こんな身近な相手にも洗濯板が出回ってたか。

 まぁ実績のある生活用品だから流行るのも不思議ではないが……あまり有能な発明家と思われたくないなぁ。

 

「あとは……あれ。前にギルドでディックバルトが話してた尻に突っ込む道具」

「はへっ……?」

「ぶっ。……モングレル先輩、今私飲んでるんスけどっ」

「いや逆にこんなのシラフで話せねえよ。酒のんでなんぼの話だろ」

「アッハッハ! あーなんかあったな! 掲示板に描かれてたやつな! 覚えてるわ! そんなもんまで作ってたのかお前!」

「も、モングレルさん、そういう道具も売ってたの? 作ったの……?」

 

 顔の赤いウルリカが遠慮がちに聞いてくる。

 まぁ……現物がこの場にあるわけでもないし、酒の席だし良いか。

 

「汚い話だが、身体の中に突っ込む道具だろ? だから怪我したら悪いからよ、特別滑らかなホーンウルフの角を川でよーく削ってな……少しのバリも段差も出さずに仕上げないと怪我するだろうから相手を思いやって優しく念入りに、こう」

「作ったのか! 男のケツに突っ込む道具を! アッハッハ!」

「そ、そうなんだ……優しいね……」

 

 バルガーめっちゃ笑ってるわ。まぁ笑うよな。笑い話にでもしてくれなきゃこっちも虚しい話題だし助かるわ。

 

「どんな形なんだよオイ、何個作ったんだ?」

「形は……まぁもう売れたからいいけど、いや俺もどんな形にすりゃいいかわからないからさ、俺の股間のバスタードソードを参考に仕上げたんだ」

「えっ、あっ、そう、なの……?」

「お、お前のかよっ……ひー苦しい……え、いくつ? いくつ作ったんだ?」

「3つ。人に任せて売り出したけど、しっかり全部売れたぜ。高くしたのに驚きだわ」

「あっはっは! マジかー! 売れたのかモングレルのモングレルが!」

「そうだよモングレルのモングレルだよ。今もこの街のどこかで誰かが俺のモングレルを使ってるかもしれねえんだ。それ想像するとな、売れたけど正直後悔することも多いわ……」

「わ、笑い死にする……! やめてくれっ……!」

 

 やべえバルガー死ぬほど笑ってるわ。

 面白いか? 面白いよな。俺も第三者目線なら笑ってるもん。

 好きなだけ笑ってくれ……その方が毎夜感じる俺の虚しさも和らぐしな……。

 

「……モングレル先輩、汚い商売してたんスね」

「いや汚いって……汚いなうん。汚いわ」

 

 ライナのジト目は100%正しい。俺は薄汚え商人になっちまったよ。

 

「で、でも……あれだよね。そういうのでも相手の体のことを思いやって作るのって……すごく優しいよね、モングレルさん……」

 

 ウルリカ無理してコメントしてない? 無理にこういうきったねえ話題に入らなくて良いんだよ……?

 

「まぁそういうフォローは嬉しいな……元々、あの時の話題で危ない一人遊びをしないようにって作ったものだから。すぐに売り切れたのは予想外だったが」

「ホーンウルフの角なんてもったいないっスね……」

「それな」

「……そっか……じゃあ、モングレルさんが……モングレルさんのが……私を……」

「わ、笑いすぎて腹が……攣った……!」

「おーい大丈夫か引退間際のおっさん」

「て、てめぇモングレル……畜生そんな話題卑怯すぎる……ひぃー、ひぃー……!」

「なんで男の人ってこういう話題が好きなんスかねぇ……」

 

 その日、バルガーのたるみかけの腹筋はちょっとだけ鍛えられたのだった。

 俺のモングレルのおかげでバルガーの現役がまた一日伸びたわけだ……いやマジできったねえ話だなこれ……。

 



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悪意の蝶

 

 レゴールの周辺に存在する魔物紹介のコーナー。

 

 まず殿堂入り級のレギュラー、クレイジーボア。

 つまりイノシシだ。家畜化するとブタになるあいつらである。

 普段は畜産業やってる人らが管理しているのだが、たまーに凶暴なやつが想定以上の力で檻やら柵やらを飛び出し、野生に帰ってしまう事がある。こいつらがクレイジーボアと呼ばれていて、まぁ前世で言うところのイノシシに近いやつらかな。

 俺は前世のイノシシと戦ったこと無いからわからんけど、だいたい同じくらいの戦闘能力は持っていると思う。ただこっちのクレイジーボアの方が明らかに人間を憎んでいるような殺意高い動きをするもんで、そういう意味じゃ多分もっと厄介かな。

 

 次点が森の殺し屋、チャージディア。

 つまり鹿。ただの鹿と違うのは角が真っ直ぐ頭突きする方向に伸びていて、チャージディア自体もそれを武器に突っ込んでくるってところだ。前世の日本にいた鹿のように人を怖がって逃げたりはしない。草食のくせにな。

 とにかく殺傷力ある角が厄介で、年に何人も殺されている。ギルドマンですらそうだ。攻撃方法と体重を考えれば騎兵突撃とほとんど変わらないからな。大規模な群れで行動してないのが唯一の救いといったところだろう。

 

 そしてクソ厄介なのが……イビルフライ。

 こいつは上の二体ほど遭遇する確率は高くないんだが、遭遇した時が最悪の相手だ。

 イビルフライは大きな蝶の魔物で、その翼長は1mにも達する。翅は銀色だが、光の当たる角度によって黒くなったり紫になったりするらしい。

 バロアの森に咲く大輪の花の蜜を吸うため、春から夏にかけて遭遇することがある。

 イビルフライは別に、風魔法でかまいたちを生み出して切り刻むとか、エアスラッシュで素早く攻撃したりするわけではない。

 ただこいつがばらまく鱗粉には特殊な毒が込められていて、そいつを吸った時が厄介だ。

 

 その効果は……鱗粉を吸った者の、時間差での記憶喪失。

 吸った量にもよるが、鱗粉攻撃を受けた者はその何秒か何十秒後かに、一定時間の記憶を失ってしまう。数分だったり、数時間だったり……。

 大したことのない効果に思えるが……案外これが、人間には致命的だったりする。

 

 

 

「同士討ちだってよ」

「イビルフライの鱗粉が服についてたって話だ。新人パーティーだからな……ついてない奴らだ」

 

 その日、俺は小物の討伐を終えた後、解体所で証書を受け取るまでの間ずっと解体のおっさんと駄弁っていた。

 そんな時にやってきたのが、大怪我した若い男女と、動揺する男。そしてその付添いでやってきた熟練パーティーだった。

 

「……イビルフライが出たか。春の小物狩りもそろそろおしまいだな」

 

 蝶の魔物はこれといって解体すべき部位もない。討伐証明は柔らかな複眼だけだ。

 解体屋としてみれば特徴的な複眼を鑑定するだけの魔物でしかないが、イビルフライの悪名は街にも広く知れ渡っている。

 

「しっかり抑えておけ。血が溢れる。気をしっかり持つんだ」

「死にはしないから安心しろ。運がいいな……腕は……動くようになるかわからんが……」

 

 イビルフライの鱗粉は人の記憶を時間差で消す。

 例えば、吸ってから……一分後に、“それまでの一時間の記憶を消す”といった具合に。

 

 それだけ聞くと怖くないように感じるかもしれない。

 ただちょっとした記憶の欠落が起きるだけ。それだけだとな。

 イビルフライ自体には戦闘力はないし、記憶の欠乏を起こすのもただ奴が逃げるための時間稼ぎみたいなものだ。それ自体は殺傷力はない。

 

 だから鱗粉を受けた者を殺すのは、魔物ではない。

 その近くにいる、人が秘める悪意だ。

 

「ち、違う。俺はやってない。そんな恐ろしいこと……!」

「……駄目だ。当事者なんだろうが。一応お前も拘束する。……運が良かったのかわからんがな」

「信じてくれよ! 俺は何も覚えてないし……! 近くにいた魔物がやったんだ!」

「……それは、調べを受けてからだな」

 

 犠牲になったパーティーは男二人と女一人。パーティー名はなんだったかな……“友情の”……駄目だ、思い出せねえや。

 

「病人はこっち、お前は……詰め所で待ってろ」

「頼むよ、俺じゃないって……!」

 

 新人たちはそれぞれ別の場所へ送られた。

 ……イビルフライで何かあった時の、よくある光景だ。それでもまだあいつらは死人が出てない分運が良い。

 

「悪意の蝶、イビルフライ。……仲間割れする連中を見ると毎度醜いもんだと思うが……哀れだな」

 

 ギルドマンでない解体人にとっては、そうだろう。実感も薄いだろうな。そういうもんだ。なにせ巻き込まれた当人たちだって記憶は定かでないんだから。

 

 イビルフライは人の悪意を暴き出す蝶だ。

 悪名高いもんだから、ギルドマンなら誰でも知ってる蝶でもある。

 だからこそこの蝶と出会った時、人は心の底に眠らせていた悪意を呼び覚ましてしまう。

 

 パーティー内で邪魔だった奴を消したい。

 こいつから恋人を奪いたい。

 パーティー内の女を犯したい。

 あいつの武器が欲しい。

 金が欲しい。

 理由は色々あると思う。イビルフライは、そんな悪意を赦す魔物だ。

 

 一定時間後に記憶は消える。つまり怪我も殺人も全て忘れ去ってしまう。それを利用し、どうにかして“気に入らなかった”仲間の一人を殺そうとする奴が現れる。

 

 俺はソロだからピンとこない。こないが……こういう事件は、悲しいくらい多い。

 だから多くのパーティーにとっては、そういうものなんだろう。

 

 潜在的な悪人にとっては、邪魔者を消す絶好のチャンスの到来。それがイビルフライという魔物が空を舞う季節なんだ。

 

「さて、と」

「何だモングレル、行くのか」

「いや、バロアの森に戻る」

「……イビルフライか?」

「ああ。討伐してくる。この時間に出立したっていう証人になってくれるかい? どうせギルドで討伐が組まれるんだ。一足先に向かって生き残りの蝶がいれば始末してくる。俺なら一人だから万が一もないしな」

「そりゃあ、問題ないが……」

「ギルドへの報告は頼んだぜ。あっちのパーティーに言伝を頼んどいてくれ」

 

 俺は解体所を後にし、すぐに門を出た。

 イビルフライは最悪の魔物だ。奴らは誰の心にもある些細な悪意を増幅し凶行へと走らせるだけの魔力を持っている。

 その魔力の強さに、ギルドマンとしての年季は関係ない。熟練のパーティーですら多少の不和が火種で崩壊することがあるからな。

 試されるのはパーティー内の真なる絆だけ。そしてその絆とやらはなかなか証明できるものではない。

 

 解決法は単純だ。そもそもの元凶であるイビルフライを根こそぎ殺してやる。それに尽きる。

 

「ただの虫が調子に乗りやがって。去年も念入りに駆除したつもりだったが、絶滅はしなかったか」

 

 懐に忍ばせた薄い羊皮紙に、インクで文字を書き記す。

 “俺は5の鐘に東門を出てクソッタレなイビルフライをぶっ殺しにきた”。

 運悪く鱗粉を吸えば記憶が飛ぶ、その対策として有効なのはメモを取ることだ。行動を細かくメモして記録。万が一の記憶喪失に備えておく。そうすれば混乱することも少ないからな。

 

「蝶殺しは俺が適任だ」

 

 俺は身体強化で言えばこの街の誰よりも強い。

 そしていざ鱗粉を受けたとしても誰も殺さない自信があるし、誰にも殺されない自信がある。

 

 さあ、人目につかない限り全力で討伐してやるぞ。

 イビルフライちゃんをザクザクしてあげましょうねぇー。

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 気付いたら俺は森の出口に立っていた。空は夕暮れ。身体は……葉っぱや種がついてたり、袖には銀色の鱗粉もついている。

 

 気がついたら全て終わってたでござる。

 まぁイビルフライって毎回こうなんだよな……こればっかりは仕方ない。鱗粉を浴びたら記憶を失う。俺も例外じゃねえんだ。布マスクも効かないからどうしたもんか……。

 とはいえ、達成感は全く無いけど徒労感も少ないからイーブンってことで……。

 

「多分そこそこ殺したんだと思うけど、どうなんだろな。リザルト見ておくか……」

 

 俺は懐から羊皮紙のメモを取り出し、記憶を失う前の成果を確認してみることにした。

 

 

 “イビルフライ討伐数 正正正T”

 “ギフト使用1 効率が良かった、ごめんちゃい”

 

 

「……お、お前なぁー……いや俺だけど、こんなあっさい場所でギフト使うなよぉー……スコアすげぇけどもー……」

 

 討伐数17ってすげえな。そんなにいたのかよ。

 しかも効率が良かったっておま……これ相当一箇所に固まってたやつじゃねえのか。想像するだけで気色悪い光景だな……。

 あーでもそうか。そういう場面だと一気に殲滅しないと無限に鱗粉浴び続けて詰むこともあるのか。それを避けるためにギフトとスキルで一気に決めにいったってところか……。

 

 ……大丈夫? コンフリクトやりっぱなしとかない? 装備全部ある?

 ……ふむ、装備ロストは問題無いと。ならヨシ!

 

「ご安全に!」

 

 俺はポケットの中に入っていた一匹分の蝶の複眼を握りしめ、レゴールへと帰ってゆくのだった。

 時間が飛んだせいか腹減ったわ。

 




「バスタード・ソードマン」が累計ランキング20位台に上がっていました。

皆様の暖かい応援、いつもありがとうございます。

お礼ににくまんが踊ります。

( *-∀-)zZZ


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爆ぜていない種子

 

 屋外炊事場で小鍋と向き合っている。

 弱目の火と浅く敷いた油。そこに目当てのものを散らし、長くじっくりと調理してはいるのだが……そこはかとなく駄目そうな気配が既に漂ってるのは多分俺の気のせいではないだろうな。

 それでも都合良く奇跡が起こらねーかなと、かまどにぶち込んだ薪一回分の火が消えるまでの間は馬鹿みたいにじっと待ってしまう。無駄な時間だぜ……。

 

「おい、かあちゃん、そんなゆっくり回してたら焦げちまうよ」

「うるさいねえ、だったらあんたがやんなさいよ。うちはずっとこれでやってきたんだから」

「そんなに酷い言い方しなくたっていいじゃないかよ」

 

 少し離れたかまどを見ると、どこぞの家族がかまどで仔羊の丸焼きを作っていた。

 豪快な料理だ。作るの面倒臭そうだし自分ではやりたくないが、ちょっと羨ましい。

 ああ、でもタレがない。やっぱりタレがねえんだこの世界には。

 

 ……けど大丈夫。こいつは塩さえあれば美味くいただける料理なんだ。タレなんて必要ない。バターと塩さえあればそれだけで充分に完成形と言える……はずなんだが、一向に出来上がる気がしない……。

 

「モングレル先輩、何作ってるんスか?」

「お? ライナと……ゴリリアーナさんか、久しぶり」

「……どうも、こんにちは。モングレルさん」

 

 通りかかったのはライナと、相変わらず女には見えない巨躯と顔をした剣士、ゴリリアーナさんだった。

 珍しい組み合わせだなーと思ってよく見ると、ライナの手には羽根を毟り終えた鳥が握られている。どうやらさっきまで小規模な狩りに出ていたようだ。

 

「これな、まぁ新しい料理を作ろうとしてたんだが……上手くいかなくてな。このままやってても無駄だろうから、かまど使いたかったらここ使って良いぞ」

「……なんなんスかねこれ。コーン……に見えるんスけど」

「コーンだよ。乾燥させたやつ。それを油で炒めてる」

「ええ……粉にしてないやつをっスか」

「俺の完璧な計画ではこいつが十数倍に膨れて美味しくいただけるはずだったんだがな」

「モングレルさんの中でコーンはどんな穀物なんスか……」

 

 俺が目指していたのはポップコーンだ。

 作り方はよくわからないけど、乾燥したコーンを油で熱してやればまぁいけるだろと思ったのだが……なんか普通に焦げるだけ。誰がどう見ても失敗である。

 香りはそれっぽいんだけどなぁ……香りだけじゃなぁ……食感が9割9分9厘の食い物だからなぁ……。

 

「では……あの、かまど……お借りしますね……」

「ああ、好きに使ってくれ。なんならこの油も有効活用してくれていいぞ」

「あざっス! 助かるっス! モングレル先輩にもお肉お裾分けするっス」

「おっしゃ。損失を取り戻した気分だぜ」

 

 ポップコーンは作れなかったが、鳥のソテーをいただくことはできた。

 変わり映えしない食べ慣れた料理ではあるが、まぁ肉は肉だ。美味いもんだよ。

 

 

 

「アイアンとブロンズの昇級試験か」

「そうっス。ゴリリアーナさんはこれからブロンズクラスの昇級を見ることになってるんスよ。私はアイアンの弓使いの審査のお手伝いっス」

「ライナもついに試験官をやるようになったかぁ……感慨深いね」

「補佐するだけらしいっスけどね。緊張するっス」

 

 軽く肉を食った後、俺たちはギルドに向かっている。

 ライナとゴリリアーナが試験官をやるってのも面白そうなので、ついでに見ていくつもりだ。

 

「……上手くできるでしょうか……不安です……」

 

 ライナも緊張してるようだが、ゴリリアーナさんのほうがもっと酷い。

 相変わらず見た目と性格が合致してない人だわ。

 

「ついでにモングレル先輩も試験受けて良いんスよ」

「嫌だ。俺は観客になる」

「昇格すればいいのに……」

「まぁ俺は良いんだよ。それより新人たちを上手く導けるようにならなきゃな。試験官のせいで合わない奴が上に登るってのも不幸な話なんだぞ? 誰にとってもな」

「……そう言われると、また緊張してきたっス!」

 

 ギルドマンはブロンズからシルバーに上がってすぐに大怪我したり死んだりなんてことも珍しくないからな。

 状況や相手が変わって戸惑っているうちにやられるパターンだ。試験を全力で受けて合格しても、その気力やコンディションを毎回の任務で発揮できるかは別問題だ。そういう部分も試験官は見なくちゃいけない。

 

 ま、ある程度の試験のマニュアルみたいなもんはあるから、それに従って篩にかければ良いだけなんだけどな。

 

 

 

「うぉおおおおッ!」

「……単調、次」

「はい! いきます……はぁあああっ!」

「……まぁ、よし……次」

 

 ギルドの修練場で、ブロンズのひよっこ剣士達がゴリリアーナさんと打ち合っている。

 互いに練習用の木製剣を使っての闘いである。ゴリリアーナさんだけ部分的に軽鎧を身に纏っているが、まぁひよっこの数も数なんでね。実力差があるとはいえ防具なしでやってるとバシバシ打たれてしんどいから仕方ない。

 

「じゃ、投げるっスよー」

「はい!」

 

 ライナの方は近距離で動体を撃つ試験をやっている。横から投げられる円盤を狙い撃ち、なるべく中央を射抜くと良い成績になるらしい。ゲームみたいでちょっとやってみたい。距離も近いし当てようと思えばワンチャン当たるかもしれんな。

 

 待てよ。俺も弓使いになればブロンズ3くらいの今の状況でピッタリになれるんじゃねえか? 

 そうすればガミガミ言われることもなくなるはず……いや待て、無理だな。そもそもブロンズ級の弓の実力が備わってるかというと全く自信無いわ。

 剣士しかねぇかやっぱ。

 

「■■■■■■■■ーッ!!」

「うおっ、びっくりした」

 

 突然猛獣のような咆哮が上がったかと思えば、どうやらゴリリアーナの上げた声だったらしい。

 昇級試験自体はもう終わったようで、今は木製のモーニングスターを両手に握ったゴリリアーナが新人達の群れの中で大暴れしているところだった。

 

 ビジュアルは完璧に討伐しなきゃヤバい蛮族そのものである。

 なんかこう……正気を失っているようでいて戦闘技術は損なわれてない的な……。

 

「くっ……近づけねえよ……!」

「柄を斬れ! それで終わりだろ!?」

「無茶言わないでよ!」

 

 連携は取れてない。ゴリリアーナの振るうモーニングスターの柄さえ斬ればそれで終わりだが、彼女もシルバーに見合わない膂力の持ち主だ。モーニングスターを二刀流してあの動き。アイアン2だか3だか知らないが、そこらへんのガキじゃ近付くことも難しいだろうな。

 

「ゴリリアーナ先輩、容赦ないっスねぇ……」

「お、ライナの方は終わったか」

「はい、まぁ手伝いだけだったんで。……近接役の人の試験っていっつもあんな感じスよね」

「あんな感じって?」

「めっちゃ厳しくないスか」

「いや、あんなもんでいいんだよ。ゴリリアーナさんはちょうどよくやってるさ」

「あれでっスか?」

 

 あれとは今まさにゴリリアーナさんの横薙ぎしたモーニングスターが一人を吹っ飛ばした感じのことかい? 

 あんなの普通だぜ。俺は技量重視で戦ってやるけどな。

 

「実際のサングレールの星球兵はみんなあんな感じで戦ってくるぞ。なんだったらもっと野蛮に振り回すし、なんか聖句叫びながら捨て身で特攻してくる奴もいる」

「めっちゃ怖い奴じゃないっスか!」

「怖いぞー、信仰に篤い奴は特にな」

 

 そういう奴ほど重要な戦線にぶち込まれるから尚のこと厄介だ。

 別に必死に戦って死んだら来世で楽しくやれるなんて教義でもなかったはずなんだがなぁ……。

 

「ふぅーッ……終了、です。……今の模擬戦で柄を攻撃できた二名には加点しておきます……」

 

 おっと、バーサーカーモードは終了か。

 死屍累々って感じだな。模擬戦で良かったよほんと。戦場なら倒れてる奴は全員ミンチなんだからな。

 

「……モングレル先輩は戦争に巻き込まれたこと、あるんスよね。多分」

「おー、そりゃあるよ。シュトルーベの方でな。ギルドの徴兵で戦場に行ったりもしたしな」

「マジっスか」

「ライナは北のドライデンの方だから大人から話を聞くことも少ないのかもな。ほとんどの戦場は睨み合いで終わるんだけどよ。本格的にぶつかる場所に割り振られると地獄を見るぜ。特にシルバーで弓使いなら重用されるしな。これからランク上げる時は気を付けろよーライナ」

「……やっぱり怖いっスね、戦争は」

「ああ。人同士の殺し合いだからな。怖いよ」

 

 何が怖いって、俺たちみたいな下々にとってはなんで攻められてるのかもわからないし、徴兵された時になんで攻めるのかもわからないってところが怖いんだよな。

 士気を上げるために指揮官は有る事無い事言って檄を飛ばすが、どこまで本当なんだかわかったもんじゃない。

 んで、そんなふわふわした理由に命をかけなきゃいけないわけだ。やってらんねえよ。

 

「よし! 俺は当てたぞ! 昇級と加点だ!」

「へへへ、俺たちは一足先に兵士になれるかもな!」

 

 ……まぁ。特に理由なんてものは必要とせず、ただ相手が敵だから殺すって考えで戦う奴がほとんどなんだけども。

 なんなら兵士として見込まれたい、軍に入りたいって奴も多い。

 ……そういう部分が温度差を感じるんだよなぁ、この世界というか、国は。

 

「……モングレル先輩は、サングレールと戦うの、嫌だったりするんスか」

「え?」

 

 なんか遠慮がちに訊かれたな。ああ、俺の人種がこんなだからか。

 

「嫌じゃないっていうと嘘になるけど、別にサングレール人だからってわけじゃないぞ? 俺は人との殺し合い自体が嫌なんだ。ほら、俺って人相手の任務は受けないだろ。そういう感じでな」

「あ、確かに。そうっスよね」

「ライナも嫌だろ?」

「嫌っスねぇ……あんま大きい声じゃ言えないスけど」

「そんなもんだよ、皆」

 

 戦争は忌むべきもの。という意識は前世なら日本に蔓延しているが、この国はそうでもない。

 非戦派はむしろ風当たりが強いくらいだ。なかなかこういう話をする相手も少なくて困る。

 

「戦争、起きなきゃいいんスけどね……」

「だな」

 

 ハルペリアとサングレールの戦争は散発的に繰り返されている。

 今は平和だが、これからどうなるかはわからない。種植えしたばかりの今頃に戦争を仕掛けるってことはないと思いたいが……それも俺の希望でしかないしな。

 

 ほんと戦争ってのは、下々の都合なんて何も考えちゃくれないものだ。

 

 




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「バスタード・ソードマン」を読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。

ヾ( *・∀・)シ フニッフニッ


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やりがいのある悪い仕事

 

 噂をすればなんとやらと言うし、フラグになるような事を言えばだいたい起こっちゃったりするものではあるんだが、幸いまだ戦争が起こる気配はない。セフセフ。

 いやそうカジュアルにアホみたいな時期の戦争起こされても困るしな。

 作付けしてから大侵攻とか収穫の男手どうするんだよって話だ。いくら国のやることとはいえ、そんなことをすれば士気もガタ落ちするからほぼやることはない。絶対にやらないかというとその限りではないんだが。

 

 そういう意味じゃ春は平和なもんである。

 人が増えて街中の事件の話も聞くし、小さな諍いなんてしょっちゅうではあるが、そこらへんは衛兵さんがなんとかしてくれる。

 街の外に関しては近頃はもうほとんど俺達ギルドマンの役目になりつつあるが、それでも移籍組や大勢の新人のおかげでどうにか仕事は回っている。

 

 バロアの森の林道拡張整備事業に、レゴール外縁部拡張事業。

 両方とも人手の掛かる大事業だが、豊富な働き手がいる今ならまぁどうにかなるだろう。

 失業者はぶらぶらしてる暇もないぜ。何かと理由を付けて働きたくない人にとっちゃ厳しい街になってきたな!

 

 

 

「モングレル、任務のことで話があるからちょっと個室に来てもらえるかな」

 

 ギルドの資料室で絵のヘタクソな魚図鑑を眺めていると、ギルド副長が声をかけてきた。

 レゴール支部の副長ジェルトナさん。ほとんど貴族街で活動しているギルド長にかわり、ここレゴール支部のギルドで働いている男だ。

 大体いつも疲れたような顔してるけど、最近は仕事が増えたせいで更にしんどそうにしている。

 

「任務ですか。……てかジェルトナさん大丈夫ですか。顔色あんま良くないですよ」

「案じてくれるのならシルバーに上がってもらえると助かるよ……今回はそれに関係する話だよ。ここで話すことでもないから、移動しよう」

「……なんだか嫌な話になりそうだ」

「んー、こちらとしては配慮した話になる。ま、聞いてからということで」

 

 副長が俺を名指しするのは珍しいな。

 ……面倒な話じゃなければいいんだが。これはもう祈るしかねえな。

 

 

 

「話というのは簡単だ。モングレル。まずは君のこれまでの功績とその実力を鑑みて、ぜひともシルバーに昇格してもらいたい。試験は無くても良い」

「……この顔で俺の返事当ててみてください」

「受けてくれるのか、ありがとうモングレル」

「いやいやいや違う違う。嫌ですはい」

 

 畜生すげー嫌そうな変顔したのによ。

 

「そう、君は昇格を拒む。それは構わないんだ。こちらとしては思うところもあるが、ギルドの制度上違反でもなんでもないからね。変わり者だとは思うけど。……ただ、外圧というかね。君を評価する周りの目があることも理解してもらいたい」

「あー……一応何かにつけて昇格イヤイヤ言ってますけど、足りないですか」

「一部のギルドマンからはやっぱりねぇ。あの人が上にいけないのはおかしいって言うわけだよ。私もそう思うしね」

「……俺の隠された力を見抜く連中がいたってことか。なかなかやるじゃねえの」

「いやモングレル、君別に隠してるわけでもないでしょうよ。時々ギルド前でも暴れてるんだから」

 

 長年やってる奴なら俺が昇格しないのは今更だしな……新入りだろうな、違和感を持ってるのは。

 ひょっとするとあいつらかもしれないな、“最果ての日差し”のフランクとか。考えてみるとマジで言いそうな感じだ。

 

 参ったなぁ~俺は力を隠して平穏に暮らしたいだけなんだけどなぁ~周りが放っておかねえな~????

 ……いやマジで隠さなきゃいけない力は隠してるんだがこれでもまだ駄目なのか。

 良いじゃん身体強化ぐらい……。

 

「そこでだ。そんな昇格イヤイヤ期のモングレル君にちょっと悪い話をもってきた」

「悪い話って……良い話じゃねえのかよ……」

「任務のことで話があると言っただろう。悪い任務を君に斡旋したくてね。渋くて報酬も僅かで依頼人の質も最悪な奴だよ」

「ええ……」

 

 なぁにその何の魅力もない求人募集……。

 

「まだ張り出していないというか、内々で握りつぶす予定だった依頼でね。実際、依頼人の態度も予算も最悪だし、仕事の内容も無茶でね。毎回断っているのだがしつこくてうるさい相手なんだ」

「出禁にしろよそんなの」

「相手がとある没落貴族でね。爵位は剥奪されて人望も皆無、そしてまともに仕事を依頼する金もないという相手ではあるんだが、こちらもちょっとした事情があってそのバカ、もとい没落貴族を完全に無視することもできない」

 

 没落貴族……権力も人望も金もない、か。ただの傍迷惑な一般人みたいなもんだな。

 それでも没落貴族とはいえ元貴族。無碍にできない事情もあるんだろう。……ちょっと調べたら特定できそうだな。調べたくないけど。

 

「依頼内容はシルバーウルフの美しい毛皮一枚の入手。これは依頼人の要望で傷一つ無い美しいものでなければならず、またシルバーウルフ特有の背中の黒い縦線がない個体を探せとのお達しだ。あ、ちなみに依頼主が提示した報酬額はこれね」

「……これ笑うところ?」

 

 ツッコミどころが多すぎて俺をして何と言ったら良いのか困るレベルなんだが。

 何より副長さんの差し出した紙に書かれた額が一番のギャグポイントかもしれない。

 

「そもそもモングレル、君はシルバーウルフを単独で倒せるかい。君がランク関係なく強いことはこちらもわかっているが……」

「……まぁ、倒せるは倒せるけど。傷一つ無いは無理でしょ。どう頑張ってもズタズタになりますよ」

 

 シルバーウルフ。小さめの熊くらいあるかなーっていうサイズの狼で、白銀に輝く毛皮が特徴的な魔物だ。

 群れることはなく単独行動を好む魔物で、その美麗な毛並みや凛々しい顔立ちに反してあんまり頭がよろしくなく、メチャクチャ泥臭い狩りや戦いをするアホ犬だ。

 特筆すべきはその生命力と凶暴性で、ちょっとやそっと斬りつけたり殴り飛ばしただけでは怯まないし逃げもしない。最終的に殺し切ってみれば美しい毛皮は見る影もなくなっていることが多い。というか、美しい毛皮なんてかぐや姫の無茶振りレベルの珍品である。そもそもエンカウントした時点でそいつの毛皮がわりとダメージ受けてることも多い。

 

「……倒せるのか。すごいな」

「いや倒せますよ? 倒せますけども俺にだって無理だよそんな、シルバーウルフの毛皮の美品なんて」

「そうか……」

 

 副長はお茶を啜り、一息ついた。

 ……え? このクソみたいな仕事を受けないからってクビとかそういう流れは流石にないよね?

 

「この仕事を見事に達成すれば……達成感が得られるんだがねぇ」

「……いや達成感って……」

「なにせ、失敗すれば多くの貢献度を失う危ない仕事だ。仮に使い物にならないようなボロボロの毛皮を持って帰ってきたとすれば……我々としてもその仕事に報いねばならないので最終的には司法の手も借りて依頼主には強引に売りつけることになるだろうが、依頼主の癇癪を鎮めるためにも君の評価を大きく落とさねばならなくなる。きっとシルバーへの昇格も遠のいてしまうだろう」

 

 ……ほぉ。

 

「ま、そうなればこちらも無理難題を吹っかけたお詫びとして“苦労しただけの正当な報酬を金銭で”支払うことにはなるだろうが……重ねて言うけど、シルバーへの昇格は遠のいてしまう。それは確かだ。とても危ない仕事だが……どうだい、モングレル。それでもこの仕事にはやりがいがあり、相応の達成感もあると思うが……?」

 

 ギルドに粘着して無茶振りするケチでやかましい没落貴族。

 没落貴族を理由つけてさっさと追い払いたいギルド。

 昇格したくない俺。

 

 ……この依頼、三方ヨシ!

 

「達成感……良いですねぇ。欲しいですよ、達成感」

「だろう? どうだい、受けてみてくれるかい」

「ええ。毛皮を持ってくれば良いんですね? 状態はズタズタになってもいいから……」

「ははは、何を言ってるんだいモングレル。美品じゃないといけないと言ったばかりだろう?」

「はっはっは!」

 

 なるほど確かにこれは悪い仕事だ。だが嫌いな仕事じゃない。

 ちまちまと小物を退治するよりも面白そうだしな。個人的には没落貴族を黙らせることができるってのが嬉しいね。

 

「実はシルバーウルフの目撃情報が入っていてね。それもあって君に声をかけたんだ。場所はモーリナ村近くの小山だ。家畜の被害は出ていないが、急がないとドライデン支部の方に討伐依頼が飛ぶかもしれない。動くなら急いだほうが良い」

「善は急げってやつですね。ちょっと距離はあるけど喜んで行かせてもらいましょう」

「ついでに馬車の相乗り証をつけてあげよう。なるべく早く向こうで仕事をしたいだろう?」

「あざーっす」

 

 シルバーウルフか。良いねぇ。肉も毛皮もクソな魔物って印象しかなかったけど、まさかそのクソみたいな毛皮を有効活用できるとはな。

 ちょこまかと逃げない魔物だし、戦うの自体は楽で好きなんだよな。

 

「では、武運を祈っているよ。モングレル」

「任せてくれ、副長。必ずや美しい毛皮を手に入れてみせましょう」

「ははは」

 

 こうして俺の、ちょっとした大きめの任務が決定した。

 目指すはモーリナ村付近の小山。あとは適当に騒ぎ散らしてりゃ向こうから勝手に襲いかかってくるだろ。そういう魔物だ。

 

 久々に俺のバスタードソードが火を吹くぜ……!

 

 




当作品の評価者数が2000を越えました。すごい。

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これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。

彡毛皮ミ*・∀)))


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壮絶なダメージラグマット

 

 標的はシルバーウルフ一匹。

 場所はモーリナ村付近の小山。

 

 それだけなら普通のシルバー向け任務ってところだが、ここに勘違いした貴族へのおちょくりが加わっていると考えると実質報酬十倍増しってところだな。

 しかもこの任務を雑にクリアするだけで俺の昇格を抑制できるってんだから嬉しいね。副長もよくこんな仕事を見つけてくれたもんだ。

 もっと貧乏くじみたいな仕事あるならくれるよう言ってみようかな。当然、俺が保身できる範囲でだが。

 

 

 

「ああ、シルバーウルフね。遠吠えが聞こえるもんだからこっちはヒヤヒヤしっぱなしだよ。まだ家畜も襲われちゃいないが、何考えてるかわからん魔物だしな。いつこっちに来てもおかしくはない……不安な日が続いてたところだよ」

 

 馬車でモーリナ村にやってきた俺は、顔役のおっさんに聞き込みした。

 ギルドの証書があるので話の通りは早い。向こうもシルバーウルフの気配にはやきもきしていたようで、俺の到着を歓迎してくれる様子だった。

 

「そりゃ辛ぇでしょ。任せといてくれ、俺がサッと行ってサクッと討伐してきてやる」

「ありがたい。……あんた、一人かい?」

「なに、問題ねえさ。シルバーウルフを駆除するのは今回が初めてでもないからな」

「経験者か……だったら信じよう」

「終わったら証人になってもらって良いかい? 毛皮をまるごともってくるから、そいつを証としてサインがほしいんだが」

「あの忌々しい狼を殺してもらえるならいくらでも書いてやる。頼んだぞ」

「おうおう、行ってくるわ」

 

 モーリナ村は酪農が盛んだ。家畜を狙いかねないシルバーウルフの存在は目の上のデカいタンコブだったことだろう。俺としても乳製品が品薄になられると困るからな。是非とも被害ゼロで解決したいところだ。

 ああ、そうだ。任務が片付いたら帰り際にスモークチーズでも買って帰るかねぇ。土産用に少し多めに買い込んでおくか。

 

 既に帰る時の算段を思い浮かべながら、俺は小山目指して歩いていった。

 

 

 

 モーリナ村付近のなだらかな小山にはススキが群生している。

 山というよりはちょっと急な丘といったところだろう。木々も多いが、同じくらいたくさんのススキが伸び、そよ風の中で揺れていた。

 このススキは一年中生い茂っている上、高さは四メートル近くもある。穂がある時は確かにススキっぽい見た目をしているのだが、いかんせん馬鹿デカいもんだからちょっと風情が無い。

 前に聞いた話ではこのススキが草食家畜の良い飼料になるのだという。

 なるほどこれだけたくさんそこらに生えていれば畜産には困らないだろうな。

 

「ここをキャンプ地とする」

 

 小川近くの平坦な地面に荷物を降ろし、俺は早速野営の支度をした。

 迎え撃つのはここだ。ここでシルバーウルフをぶっ殺し、ついでに解体も一緒に済ませる。どうせ皮を剥がなきゃいけないんだし、その作業で最低でも一泊は腰を据えることになるからな。

 

 相手はわざわざこっちから探すような魔物ではない。せいぜい奴の縄張りで挑発しまくり、さっさとお迎えに来てもらうつもりだ。

 

 川辺の丸い大きな石を組んでかまどにし、火を炊く。盛大にはやらない。ちょっと炎が出る程度のものだ。そこに持ってきた干し肉を幾つか放り込んで燃やす。

 

「ほーれ焼肉の匂いだ。生肉のほうが良かったかな? まぁ鼻はきくし気付きはするだろ」

 

 そうしている間にも少し離れた場所に一人用のテントを組み、ロープを枝で打ち付けて固定する。このロープももっと軽くて頑丈な素材で作りたいな。……いや、高級素材を使うと留守中に誰かに盗まれやすくなるか? 別に重さで不便は感じてないからそのままでもいいか……。

 

 まぁそんなことはいい。それより今日の任務だ。

 

「シルバーウルフの毛皮、無傷! 無茶言いやがって……いかにも高慢な貴族って感じの依頼だな」

 

 断言するが、俺は今回シルバーウルフの毛皮を美品で納入するつもりは一切ない。

 やろうと思えばできるかもしれんけど絶対にやらん。

 “なんかやっちゃいました?”なんて絶対にやらん。仮にやったとしてもその後わざとメチャクチャに傷つけて納品してやるからな覚悟しろよ。

 ギリギリ毛皮として扱われるかもしれないけど他の店は絶対に買い取らないようなギリギリのラインを攻めてズタボロに仕上げてやるつもりだ。

 

 そのために今回の装備を確認する。

 まずバスタードソード。これは鉄板だな。こいつがあればだいたいなんとかなる。

 図体のでかいシルバーウルフの大まかな解体作業もこいつに任せるぜ。細かいとこはソードブレイカーにやってもらうけど。

 

「あとはこいつだな」

 

 今回特別に持ってきたのは、以前貴族のブリジットと一緒に冬の森を探索した時にも使った小盾だ。

 普段そこまで盾は好きじゃないんだが、今回は馬鹿みたいにじゃれついてくるシルバーウルフが相手なので持ってきた。これで殴りつけると結構効くしね。

 

「あとは弓剣も持ってきてはいるが……矢が当たるかなー……でも矢傷ってことにしてメタメタに傷つけてえからなぁ……まぁこれは討伐終わってからわざと打ち込むようにするのでもいいか……」

 

 装備品をまとめていると、テントの外で音がした。

 ガラガラと川石が崩れる音。……なんかでかいのが来た音だな。

 

「おいおい、まさかシルバーウルフいますかっていねーか、はは」

「ハッハッハッ」

「いたわ」

 

 さすがに設営中にはこねーだろと高を括っていたが、来たわ。

 灰色に近い銀の毛並み。背中に走る一本の淡い黒線。

 なによりちょっとしたクマほどはあろう巨体。

 

 そんな恐ろしい風貌の狼が……俺の設営した石製かまどに頭を突っ込んで、時々キャンキャン言いながら肉を食おうと必死になっている。

 

「……おい! なに俺がボロボロにする前から顔面焦がしまくってんだよ! 俺の楽しみを奪ってるんじゃねえ!」

「ハッハッハッ?」

 

 薪ストーブを持ってこなくて正解だったわ。持ってきてたら速攻でこいつにぶっ壊されてただろうな。

 

 馬鹿すぎて狼として群れる社会性を失った残念狼。当然暴れまくるもんだから家畜化なんてできず、無傷な毛皮を養殖する方法も存在しない。

 その反面身体は頑丈なもんだから厄介なことこの上ない魔物だ。

 

 バカ正直に真正面からやり合う場合の推奨討伐人数は近接シルバー五人以上と言われているが……。

 

「今回は俺が一人で相手してやる。来いよ駄犬。お前に躾が通じるかどうか、再検証してやる」

「ゥルルルッ」

 

 俺はバスタードソードを右手で構えながら、左手に持った干し肉を勢いよくかじってみせた。

 

「ガウッ!」

 

 するとシルバーウルフは“それは俺のだぞ!”とでも言いたげに咆哮し、俺の真正面に飛びかかってきた。お前のじゃねえし。

 

「オラァ! 力尽くパリィ!」

「キャンッ」

 

 力尽くパリィ。それは相手の攻撃に合わせてそれを上回る力で強引に盾で殴りつけることによって吹っ飛ばすパリィである。弾くのではなく押し返す。単純にパワーで上回っていれば体勢を崩せるから便利だぞ。

 

「毛皮は一塊にしなきゃだから両断はしねぇ……だから突く!」

「ガァッ」

 

 川に転がったシルバーウルフに追い打ちをかけるようにして飛び込み、肩を突く。浅いな。

 

「ガァアッ」

「おっと!? あぶねえな!」

 

 前足の攻撃を避け、バスタードソードを振り上げて斬る。

 刃に割かれた銀の毛がはらはらと舞い、川に浮かぶ。良いダメージだ。どんどんお前の毛皮から商品価値が落ちてるぞ!

 

「相手をいたぶる趣味はないんだが、万一誰かに見られてるってこともあるからな! まぁ許せ!」

「ガアアアッ!」

 

 シルバーウルフの攻撃を回り込むようにして避けつつ、脚に切り傷を加えていく。

 まずやるべきは相手の旋回性能を奪うこと。こちらの小回りの良さを引き上げ、相手の方向転換に出血を強いる。

 本当は背中に切り込んで目立つ部分の毛をバッサリやりたいんだが、そこはまだ隙が少ない。しばらくは正攻法でやらなきゃ俺でもしんどいな。噛まれたりのしかかられたりすると面倒だ。コイツの唾液で装備を汚されたくない。

 

「死にたくなきゃ逃げてくれよ! そうしたら一息でトドメを刺してやる!」

「ガウッ! グァアアアッ!」

「いやお前……ほんと逃げねえよなっ!」

 

 避けては斬りつけ。避けては突いて。何度も何度も傷つけては小川にぶっ飛ばして出血を強いているはずなのに、システムで動くモンスターかのようにこっちのヘイトをむき出しにしたまま襲いかかってくる。

 爪も幾つか折ったし、シールドバッシュで牙も砕いてるんだが……マジなんなんだこいつ。本当に死ぬまで殺意全開できやがるのな。

 正直ここまで愚直にモンスターしてくる相手って他にスケルトンとか謎系統の魔物くらいしか思い浮かばねえぞ。獣カテゴリのお前が採用して良い戦闘スタイルじゃねえだろ。

 

「それでも、血を失えば動きは鈍るか」

「ゥルルルル……!」

 

 殺意は変わらずとも、動きの精彩さは欠いている。もはやトドメを刺すだけの状態だ。

 

 ……これ以上生きながら傷つけるのは酷ってもんだろう。魔物とはいえ、そろそろ決着をつけてやるか。

 

「明るいうちに皮剥ぎを終わらせたいんだ。俺のエゴのために死んでくれ」

「ッ!」

 

 一気に地を蹴り、シルバーウルフの頭上を取る。

 当然、シルバーウルフは上体を起こして対処を試みる。あわよくば爪で、牙で対抗するために。

 

 だがそれが上手くいくのは、もっとお前が万全の状態だった場合の話だ。

 

「南無阿弥陀仏」

「ギッ……!」

 

 緩慢に上げられた頭部を空中から剣で叩き割り、その中身を深くまで傷つける。

 嫌な感触だ。

 

「っと」

 

 俺はそのままシルバーウルフの背中に着地して……そこは既に、命ある者としてのある種の“固さ”を失っていた。

 重々しい音と共に巨体が沈む。白銀の毛皮から感じる体温は激しい戦闘で上昇し、火傷しそうなほどだ。……この熱も次第に失われることだろう。

 

「……討伐完了。次はもうちょっと、賢い奴に生まれ変われると……いや、エゴか。これも」

 

 空がぼんやりと暗くなってきた。……解体して皮を剥いだら、真っ暗だな。とんでもなくスムーズな遭遇だったが、どの道ここで泊まることにはなっちまったか。

 

 まぁいい。……ここからはシルバーウルフとしてではなく、一枚の毛皮だと思って仕事をしていこう。

 殺した生き物を死体蹴りするようで気は進まないが、仕事なんだから仕方ない。ダメージラグマットを作っちゃうぞぉ。

 

「オラッ! 貴族! 転売禁止! でもお前は買え! 買った上で後悔しろ!」

 

 その日、俺は横たわるシルバーウルフの毛皮を芸術的に傷つけ、時に刺し、時に斬り、時に弓の的にしてエンジョイした。

 

 翌日ちゃんと解体し、脂を削ぎ落としたシルバーウルフの毛皮は……外側は死闘の痕跡が見える悲惨な状態で、内側も内側でシールドバッシュによる内出血が色移りする残念な仕上がりになってくれた。

 サイズも平凡だし黒線も入ってるし、メチャクチャ穴空いてるし傷入ってるし血が滲みてるし……俺なら絶対に買わねえなこんな毛皮。でも普通に闘ってるとこんなもんである。ましてあのケチな報酬額なら妥当どころか贅沢なまであるぜ。

 

「よし、じゃあさっさと帰って報酬もらうか。あ、忘れずにスモークチーズ買っていかないとな」

 

 結果的にはほとんど待つことなく戦えたし、最善の結果だったと言ってもいいだろう。

 色々と剣を使った動きの確認もできたし、練習相手としては申し分無かった。

 

 しかし激闘の跡が残るズタボロの毛皮をモーリナ村の顔役に見せた時、あまりに壮絶そうな戦いっぷりに俺の身体を心配されてしまった。

 申し訳ない。俺は強いので大丈夫です。

 

 



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包帯男の帰還

 

 任務は達成した。

 人に話すような内容の任務でもないので、帰り道は極々あっさりとしたものだ。

 適当にソロで任務に出て、適当に終わらせてきた。そんだけ。

 

 とはいえシルバーウルフをソロで討伐がちょっとやりすぎだってことはさすがの俺もわかっている。

 推奨討伐人数はシルバー5人。つまり標準的なシルバー5人で囲んでリンチにして安全に倒せるってことだが、それは一人の死闘でどうにかなるものではないはずだ。

 だからまぁ色々と罠を仕掛けて手こずりながらも……どうにか倒した。そんなオーラを出して帰還しなきゃいけないわけで。

 

 というわけでやることは簡単だ。

 ひとまず腕とか脚とか……額とか……なんかそんな所に包帯を巻いておけば良いってことよ。

 

 

 

「モングレル? どうしたんだその怪我」

「あー、これ? ちょっと任務でな」

 

 が、考えが甘かったかもしれない。

 

「モングレルどうしたそれ! 怪我なんて珍しいな!」

「まぁうん。普通に討伐でこうなったわ」

「はー……お前がか……まぁソロじゃあな……」

 

 さっさとレゴールのギルドで報告しようってのに、道行く知り合いが声をかけてくる。

 いや考えてみれば俺ってほとんど怪我をしてなかったし当然の反応かもしれん。

 それまでほぼほぼ無傷で任務を達成してた男が何故か包帯まみれで帰ってきたらこうもなるか。いかんな。ちょっとダメージ主張しすぎたかもしれん。

 

 てかこれ説明どうすりゃいいんだ。なんて言おう。実は伊達包帯ですとは言えねえしな……。

 ファッションで怪我人アピールとかめっちゃ白い目で見られるだろ。厨二病を名乗るには倍近く歳とってるぞ俺。

 

 ……さっさと副長のいるとこまで行って報告しよう。

 あの人はいつもギルドにいるから昼間でも会えるはず……。

 

「ういーっす」

「あ、モングレル先輩……って、どうしたんスか、それ」

「……えっ? モングレルさん? うわっ……すごい怪我……」

 

 あっ。ライナとウルリカだ。うわー知り合いに見られた。

 やっべ、恥ずかしいなこれ。

 

「おー、二人とも今日は仕事じゃないのか」

「そりゃ……まぁ……そうスけど……それよりその怪我、なんなんスか」

「あーこれ? これはまぁ任務で少しな」

「少しって……全然そんな怪我には見えないスけど……」

 

 右腕と左足と額に巻いてるけど、この中で唯一怪我してるのがススキの葉っぱで切り傷を負った右腕だけなんだよな。帰り際にススキで遊ぼうとしたら普通にスパッと切れて痛かった。皮の表面切れた感じ。

 

「あの、モングレルさん……その怪我大丈夫? 任務って何を……?」

「いやーまぁ、討伐をな。今は報告だから、じゃあな」

 

 二人を振り切って、いつもより少しだけ心配そうな顔をしたミレーヌさんに証書を渡した。

 一応話の一部分は伝わっていたのか、副長の部屋へそのまま行っても良いと言うことなのでさっさと退散させてもらうわ。

 俺こういう嘘が下手だわ多分。ボロ出さないうちに逃げちまおう。

 

「モングレル先輩っ!」

 

 あーあー聞こえない。ごめんライナ。思わせぶりなアレでもなんでもなくマジのガチでなんでもないからこれ……。

 もう二度とやらないから、うん……。

 

 

 

「……なるほど、確かにシルバーウルフの皮だね」

「悪いね、鞣す前で」

「いや、生皮をくれといったのはこちらの方だ。……うん、状態も……“どうにか売れる”レベルだろう。よくやってくれた、モングレル。しかし……その怪我は」

「あー、まぁちょっとね。いや、副長に隠しても意味は無いか」

 

 俺は足と額の包帯を取り外し、無傷な生身を見せた。

 

「腕のは?」

「ああ、こっちは少し……シルバーウルフと戦って切っちゃったからな。これは本物ってことで」

「……まさか本当に、単独かつほぼ無傷で討伐するとは。無駄な問いかけだと思うがモングレル、シルバーに上がってみないかな?」

「お断りです」

「まぁそうだろうな。……よくやってくれた。おかげで先方の依頼を達成することができるよ」

 

 皮を手にし、副長はご満悦そうだった。

 ズタボロ具合も良かったらしい。次似たような仕事があれば言ってくれよな。毛皮をボロボロにするテクニックならこの街で一番かもしれねえから俺。

 

「例の没落貴族にはこの毛皮を売りつける。……向こうは度々舐めた依頼を出してきていたんだがね、今回の依頼は代理人に頼んだせいか、文言に甘い部分があってね。こういった通常なら捨てるような毛皮でも買い取りしなければならないような内容だったんだ。これは攻め時だと思ったよ」

「あー……それ俺が聞いても良い話?」

「なに、今や潰れた商会が残した少ない資産をやりくりするだけの……没落貴族の話さ。未だに昔の贅沢を忘れられない、時代の流れに取り残された哀れな連中だよ。連中には君の名前も出さないから安心すると良い。ただ評価を下げたことを伝えておくばかりさ」

 

 商会、没落貴族、って聞くとまぁ俺の頭の中でヒットする連中は少ないな。

 先代の伯爵の息子……その妻や近い連中ってところか。……ハギアリ商会、まだこの街にいたんだなぁ。そっちのが驚きかもしれん。

 

「これの納品は確かに確認した……が、モングレル。君の評価は少し落とさなければならない。それはわかるね? こんな酷い状態の毛皮ではギルドマンの沽券に関わってしまうよ。解体作業の心得を一度最初から学び直すべきだ」

「ウィーッス」

「態度が悪いなぁー君ぃー、それじゃもっと厳しく減点しないといけなくなるよぉー。これはもうシルバーは夢のまた夢だなぁー」

「サッセッシタァーッ」

「とはいえ、今回の任務内容はこちらとしても同情できる部分がある。傷の治療費分のポーション、討伐任務相応の現金報酬を付けさせてもらおう。これは今回が特別だからね? モングレル」

「アザーッス」

「ははは」

 

 いやー助かる助かる。シルバーも遠のいて金も貰える。これほど良い任務はなかなかないぜ。

 

「副長、次も似たような任務があれば紹介してくださいよ。俺が保身できる範囲でなら、変な任務でも受けますんで」

「……こちらとしては昇格してもらいたいんだがねぇ。ま、わかったよ。また君に向いてそうな任務があれば呼び出させてもらう。その時は頼むね」

 

 そういう流れで、俺の悪い仕事は無事に終わったのだった。

 怪我も実質切り傷だけだしポーションもいらないんだけど、まぁ貰っておくとしよう。

 何かと便利だし、いざとなれば売れるしなコレ。

 

 

 

「あ、モングレル先輩」

「……あっ、包帯取れてるー」

「よお二人共。ポーション貰ったおかげでな」

 

 全く使ってないしでまかせでしかなかったが、ライナとウルリカにはそう言っておく他ない。

 あまり怪我のフリが長引いても演技するこっちの方が辛くなるしな。

 

「大丈夫なんスか? モングレル先輩が怪我だなんて初めてっスけど」

「俺だってそりゃ怪我する時はするさ。シルバーウルフ相手だしな」

「うわっ……えー、モングレルさんシルバーウルフを一人で……? そりゃ危ないって……」

「やれないことはないぜ? 予め石を固めて罠を作ったり、火も利用したし肉を撒いて囮にもしたしな。頭の悪い魔物だからちょっと工夫するだけで簡単さ」

「はー……シルバーウルフを一人でって……すごいっスね……私には絶対無理っス」

「真似すんなよ?」

「絶対やらないっス。……モングレル先輩も一人はよくないっスよ……本当に……」

 

 真似したらすぐ死ぬからなこれは。俺だって身体強化がこうじゃなかったらシルバーウルフなんて絶対に敵に回したくねえもん。

 矢なんて目玉か口の中に撃って当たりどころが良くなきゃ仕留めきれないんじゃないか。

 

「そうだ、二人にお土産渡しておこうかな。ほれ、モーリナ村のスモークチーズだ」

「おーっ……先輩あざっス。モーリナのチーズは味が良いんスよねぇ」

「えっ、私にもくれるのー?」

「沢山買ってきたからな。配り終わったらプレゼント終了だ。食っとけ食っとけ」

「……えへへ、ありがとうねーモングレルさん。やっぱりモングレルさんは優しいなー」

「俺はハルペリア一優しい男だからな。……ところで二人は今日何を?」

「あ、私たちは他のブロンズ以下の弓使いへの指導協力っス。私はウルリカ先輩のお手伝いスけどね」

 

 指導か。そんなのもあったな。ギルドでやってる初心者向けの実技教習みたいなの。

 わずかな金で受けられる戦術訓練というか稽古というか。

 

「弓使いの育成はアルテミスの生命線でもあるからさー。お金はあまりもらえないけど、無視はできない仕事なんだよねー、これも。……ま、シーナさんが言ってたことだけどさ」

「なるほどねえ、後進の育成も大事ってわけだ」

「うちらはもっと人が増えても大丈夫スからね」

 

 スモークチーズを食べながらライナがどこか得意げにしている。

 まぁあの大きなクランハウスならもうちょっと入居者増やせそうだもんな。

 新入りの弓使いがもっと増えるといいな、アルテミスも。

 

「しかしウルリカが指導してんのか……そういや俺はウルリカが弓で獲物撃ってるの見たことないかもしれないな」

「あれっ? そうだったかな……? あー、ないかもね」

「ウルリカ先輩の弓は凄いっスよ! 強烈っス!」

「へー、ちょっと見てみたいな」

 

 他のパーティーの弓使いの技は何度か見ているけど、ライナが事あるごとに持ち上げるウルリカの弓術だ。そこらの奴らとは一線を画す腕前なんだろうとは思うが。

 

「あー、えっと……じゃあモングレルさん、今度一緒に森行ってさ。見てみる……? 私の……」

「お、良いな。合同任務ってわけじゃないかもしれないが、見せてもらえるなら見せてほしいな」

「一見の価値有りっスよ。モングレル先輩の弓の扱いもちょっとは良くなるかもしれないっスね」

 

 いや俺のモチベーションにどう影響するかはしらんけどね。

 今回の任務で俺、矢を一本壊しちゃったし。

 また買わなきゃ駄目だわ。

 

「そっか、私の弓見せちゃうかぁー……よし、任せて! 私の弓を見せて……あとは、ほら……モングレルさんの弓もちょっとだけ、色々と……指導してあげるから」

 

 弓の練習自体はそこまで気が進まねー……とは言い出しづらい空気になっちまったぜ。

 でも教えてもらうのに金が必要なレベルの相手ではある……ありがたくこの機会を活用させてもらうことにしよう。

 

 



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弱点看破と強射

 

 ウルリカの弓の腕前を見ることになった。

 ついでに俺の弓についても色々教えてもらえるそうなのでありがたい。

 

 既にライナからも沢山教えてもらってはいるから基礎知識は既に十分にあると思うんだけどな。セカンドオピニオンってわけじゃないが、別の人から教わるのも刺激になるかもしれん。それにウルリカはまたライナとは別のスキルを持ってるようだし、それを見てみるのも悪くない。

 他人のスキルをまじまじと見れる機会なんてソロだと無いからなぁ。しかも弓なんてほぼ知らんし。せっかくだし見せてもらうことにしよう。

 

 

 

「いやー、合同任務ありがとねっ、モングレルさん」

「構わねえよ。遠距離役がいるとこっちとしては楽だしな。ま、ちょくちょく弓の練習しつつ任務もこなしていこうか」

「はーい。じゃ、行こっかー」

 

 俺は今日、ウルリカと一緒にバロアの森の北部にやって来ている。

 近頃はイビルフライの出没報告もあってギルドマンの入りも悪い。それを狙ったわけではないんだろうが、森北部からの魔物の影が濃くなっているそうなのだ。

 なので今回は自由狩猟が許可されている魔物を適当に間引く討伐任務を受けることにした。本来であれば弓使いってのは小物系を対象に討伐するもんなんだが……。

 

「私は大物でも狙える弓使いだからねー。ボアでもディアでも、とにかく色々狙っていこうよ。前衛はモングレルさんに任せるからさっ」

「おー。盾役は任せてくれ。俺が居る限りウルリカの方には一匹も寄越さねえからな」

「あはは、頼りになるぅー」

 

 ウルリカは弓使いスキルの強撃系を持っている。強撃系があればバロアの森にいる魔物の大半は一発で仕留められるだろう。そういうものだ。

 ライナとの狩猟では鳥獣をメインに狩ったが、ウルリカと一緒の時は大物を狙うことにしよう。

 

「ね、ね。ライナと一緒の時は一緒の天幕で寝たんでしょ?」

「まぁな。あいつマントで寝ようとしたんだぜ。寒いだろーこの時期でも」

「あはは。でもそんなもんじゃない? いざという時サッと起き上がれるしさー……モングレルさん、今日もそのテントってやつ持ってきたり?」

「まあな。ライナの時と同じ奴を持ってきたよ。快適だぞー、俺と一緒の野営は」

「へぇー……ちょっと楽しみだなー」

 

 ウルリカはシルバー2。ここまで高ランクになるとライナのように過保護にされることもない。

 俺と一緒に討伐に行くという話があってもスムーズにいったようだ。

 まぁこいつ見た目はともかく男だしな。アルテミスだって箱入り娘みたいな扱いをしないのは当然ではあるが。

 

「こっちの足跡は古いねー。もっと奥のほうが良さそうかなー」

「ウルリカも足跡とかわかるのか。すげぇな」

「そりゃわかるよー、慣れだけど。土を見ればモングレルさんでもわかりやすいんじゃない?」

 

 いや土見たって俺ほとんどわかんねえよ。

 霜の降りた土を踏んだ痕跡ならわかるけど、この時期の足跡なんてさっぱりだわ。

 チャージディアの糞の古さもわからんしな。

 

「あとはそうだなー、葉っぱの形とか見ると良いかも。不自然に折れたり割れてる葉っぱとか、そういうのもヒントになるね」

「ほうほう」

 

 しばらくウルリカの後ろを歩き、斥候的な技能の指導を受ける。

 ……動きはしっかり狩人してるのに、こいつは任務の時でもスカート履いてるのな。まぁこの世界の連中はファッションを優先する意識が高めだから浮いてるってほどではないけども。

 

「な、なに? どうしたの、モングレルさん……」

「ああ、考え事してたわ」

 

 男のケツ見ながらぼーっと考え事をしてたとは口が裂けても言えない。

 

「……ほら、早くこっち行こーよ。そろそろ水場だしさ。その辺りを拠点にして動こう」

「よし、ベース設営か。さっさと終わらせて狩りにいくぜ」

「弓の練習もねー?」

「はい」

「あははは」

 

 

 

 拠点に定めた場所は川沿いの砂地だ。

 砂浜のような細かな砂のある川辺で、丸っこい石もそこらにゴロゴロと転がっている。

 酷く増水すればここも危ないのかもしれないが、今の時期なら問題はないだろう。何より、砂地にマントを敷くだけで寝心地は素晴らしいものになってくれる。低反発マット……とまではいかないが、なんとなーく全身にフィットする寝心地になってくれるのだ。そこに焚き火が近くに灯っていれば、粗末な宿のベッドよりも何倍も寝心地が良い。

 

「おっ、出たー。ライナが話してたよー。その煙突」

「良いだろ? 野営の時はいつもこれ組んでるんだ」

「あはは、外で煙突なんておかしー」

「悪いもんじゃないぞ? 煙くならないし、火の粉も飛んでこないしな。まぁ設営も撤収も面倒くさいけど」

 

 石を組んでかまどを作り、鉄板を乗せ、そこにある円形の穴に煙突を差し込む。これだけでOKだ。まぁ細かい部分を土とか泥で塞ぐ必要はあるんだが、荷物の嵩と引き換えにってとこだしな。難しいとこだ。

 煙突の上部についているリングに紐を結び、地面に打ち付けて倒れないようにすれば完成だ。

 

 あとは簡易テントをざっと設営して、罠張って、魔物除けの香を焚いて終わり。

 ね? 簡単でしょう?

 

「わー……随分と大荷物を持ってきてたんだねぇ……モングレルさん……」

「衣食住の食住に集中してるからな。快適な野営じゃないと我慢できねえんだ」

「……モングレルさんって結構潔癖なとこあるよねー?」

「まー、それは否めないな。綺麗好きと言って欲しいところだけどよ」

「あはは、ごめんなさーい」

 

 多分俺はこの世界で一番の綺麗好きだ。

 それを共感してもらおうとは思っていないが、こういう場所では好きにさせて欲しいというのが本音だ。

 

「私も綺麗好きだから嬉しいよー。たまに合同で他のパーティーと組むと不潔な人らも多いからさー……」

「ああ、それはキツいな」

「その点モングレルさんは全然臭くないよね」

「まぁ世界一の綺麗好きだからよ俺は。そうでなくとも、衛生感の合わない奴と一緒に寝泊まりするのは厳しいからな……俺もきったねえ奴とは無理だわ」

「アルテミス向きだね」

「おいおい勧誘するには早いぞ」

「えー、そうー?」

 

 ウルリカが立ち上がり、矢筒から矢を一本取り出した。

 

「それじゃ、話してばかりもなんだしさ。そろそろ行きましょっか」

「だな。ウルリカの華麗な弓さばきを見させてもらうとしようかね」

「えー……まーいいけどねっ。ライナほど正確には撃てないけど、シルバーランクの弓を見せてあげる。ついてきて?」

 

 俺も自前の弓剣を背中に預け、揺れる淡紅色のショートポニーを追いかけた。

 

 

 

「ここまで深部だとさすがにいるねぇー」

「クレイジーボアだな」

 

 しばらく黙々と歩いていると、湿っぽい泥が広がる森の中に一匹の魔物を発見できた。

 中型のクレイジーボアだ。泥に身体を擦りつけている。泥浴びというのかなんなのか知らんが、リラックスしている時の仕草なのは間違いないだろう。

 

 ただ問題は、あの泥まみれになった姿だとちょっと頑丈になるんだよな。

 重いし解体作業で服は汚れるし、正直あまり手出ししたくない状態だ。

 

「絶好の距離だ。狙うよ」

「おいおい、あの泥の鎧は結構厄介じゃないのか?」

「平気平気。私にはこういう時のためのスキルがあるからさ」

 

 ウルリカは小声でそう囁くと、矢を弓に番えた。

 

 よく見るとライナの扱っていた物よりも随分と大きな弓。こうして比較するとウルリカの体格はやっぱり男なんだなと思う。

 

「“弱点看破(ウィークサーチ)”」

 

 ウルリカの青い目に桃色の淡い光が灯り、スキルが発動する。

 

「このスキルを使った状態で生き物を見た時、相手の弱点がわかるようになるの。条件が色々絞れるから便利なんだよねー。足を止めたいとか、とにかく息の根を止めたいとか……最初に手に入れたスキルがこれで本当に良かったよ」

 

 さすがに話しすぎたか、クレイジーボアがこちらの気配に気付いた。

 興奮した鼻息を噴き出し、沼田場を何度か前足でひっかくと、すぐさまこちらへ突進を始める。

 

 このままだと危ないな。バスタードソードを構えておこう。まぁ、その必要はないかもしれんけど。

 

「……このスキルを先に習得してたら、弓の扱いが下手っぴになってたかもね。――“強射(ハードショット)”」

 

 ウルリカが矢を放ち、風が吹き抜けた。

 矢を放ったとは思えないような硬質な弦の音。そして周囲の風を巻き込むような、明らかに速度のおかしい矢の疾走。

 

 スキルによる遠距離攻撃だ。

 

「ブモッ……」

 

 それはスピードの乗ったクレイジーボアの左肩を穿ち、あろうことか勢いづいた獣の身体をも後方へとふっ飛ばしてしまった。

 薪割りのような音と共に奇妙な回転をしながら吹き飛んだクレイジーボアは、そのまま沼地を転がった。しばらく身を捩るように暴れていたが、立ち上がる気配はない。これでも生きている辺り相変わらず生命力の強い魔物だが、逆に言えば身を捩るくらいしかできない程のダメージを負っているということだ。

 放っておいても立ち上がることはないし、数分もせずに死に至るだろう。

 

「ね? 適当に当ててもなんとかなっちゃうの。これに慣れたら駄目だよねぇ」

「……いや。つっえーな、弓の強撃系スキル。クレイジーボアの突進を跳ね返すとかマジでやべえな」

「えへへ、でしょでしょ? まぁ威力高いのはいいけど、矢の方が駄目になっちゃうんだけどね。ちょっともったいないんだー、これ」

「でもこれライナのスキルみたいに照準を調整したりはできないんだろ? 当てたのはあくまで自分の実力だってんなら、俺からしてみれば相当凄いけどな」

「……んー、そう? そう思っちゃう?」

「思っちゃうけど」

「へへ、まだまだですねぇーモングレルさん」

「そらまだまだよ。初心者だもの」

 

 俺も魔力を限界まで込めればウルリカみたいな攻撃……いや絶対できないな。やめた方がいい。

 一度似たような事して弦で指先怪我したからな……。

 

「じゃ、解体したら更に獲物を探してみよっか。今度はモングレルさんの指導もやってくからねー」

「おう……いや、一撃で仕留められる気がしねえよ俺」

「あはは、慣れだよ慣れ。相手の弱点は教えてあげるから、そこ狙ってやってみよー。運が良ければ仕留められるよ!」

「マジかぁー?」

「いけるってー、ひとまずやってみよう!」

 

 それから俺はウルリカ指導の下、弓で挑むべきではない相手に矢を放つという、そこそこ珍しい経験をさせてもらえたのだった。

 

 まぁ、俺が仕留められた獲物は一匹もいねえけど。全部最終的にはウルリカが仕留めきったけど。

 




当作品の評価者数が2100人を越えました。

また、連載開始から早くも二ヶ月になるようです。

皆様の応援や感想に励まされています。ありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。

( *-∀-)且


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男だらけの野営大会

 

「いやーモングレルさんいて助かったよー。普段ゴリリアーナさんが居ない時は内臓もほとんどその場で捨てちゃうことも多いからさぁー」

「それはもったいねえな。クレイジーボアはうめーのに」

「スキルの威力があっても荷物運びの力があるわけじゃないからねぇー……」

 

 ウルリカが仕留めたクレイジーボアは二匹。

 一発は最初に見つけた泥遊び中の奴で、もう一匹はその後弓の練習中に見つけた小ぶりな個体だった。

 こっちの小ぶりな奴はウルリカも強撃系スキルを使わずに仕留めていたな。なんでも“強射(ハードショット)”は魔力の減りが大きすぎるし、慣れると良くないのだそうな。確かに弱点を狙う必要もないくらいの大威力だったし、スキルに甘え過ぎると後々痛い目を見そうだもんな。次に生えるスキルにも良くない影響が出そうだし。

 

「おー、解体も手際良いもんだな」

「慣れてるからねー。ほら、うちって畜産やってたから。小さい頃から解体作業だけは結構やらされてたんだー」

 

 小川の流れにクレイジーボアの一部を晒しつつ、脂肪の分厚い皮に手際よく刃を入れていく。

 俺は吊るさないとまともに解体作業できないから手際良い人のこういうのは曲芸に見えてくるな。

 

「あ、肝臓はこうして切り込み入れて水に晒すと良いよー。血を抜いておくと美味しいんだー」

「ほほー。知らなかった」

「うちのやり方だから好みだとは思うけどねー。モングレルさん、残滓捨てるのやってもらって良い?」

「もちろんそのくらいのことはやるさ。じゃあ解体は任せちゃって良いかね」

「じゃ、分担しよっ」

 

 クレイジーボアの使わない内臓類は全て地中深くに埋めて捨てる。

 これは掘り返されて食われないようにするのが主な理由だ。深い土の中で腐らせておけば諸々の面倒事も起こらないからな。

 しかしこの深く掘るって作業がこの世界においてはかなりの大仕事だ。小型のスコップを持ち歩いてる人なんてほとんどいねーからな。残滓を適当に捨てている人は慣れている狩人でも多い。そうせざるを得ない状況ではあるんだけども。

 

 

 

「いやー……二人なのに獲りすぎちゃったなぁ。一日で二匹も仕留められるとは思わなかったよ。モングレルさんいなかったら往復で運ぶことになってたかもね。えへへ」

「食肉を運ぶだけならまだいけるぜ。明日も含めもっと仕留めても良いんだぜ?」

「いやー卸す先に困っちゃうからねぇ。ほどほどが良いよぉ」

 

 クレイジーボアの肉はチャージディアよりも高く売れる。

 毛皮の価値はブラシとかそこらへんの利用ばかりで重さほど価値も無いのだが、上質な脂の乗った肉は街でも結構な人気だ。そのまま焼いて食うだけでも美味い肉は原始的な世界ではより好まれるらしい。

 今回ウルリカが仕留めた二匹の脚肉や肋肉などが主な換金アイテムとなるだろう。とても今夜だけじゃ食いきれるはずもない。帰りは天秤棒に吊るしてプラプラさせることになりそうだ。

 

「でもやっぱりあれだねっ。モングレルさんみたいな近接役が居てくれると安心するよ。二匹目の小型のボアも、モングレルさんが抑えてくれてたから落ち着いて撃てたしさー」

「普段俺が一人でやってることだしな。時間稼ぐだけならいつもより楽でいいや」

「えへへ。私達……わりと相性良いのかもねー」

 

 タンク役に徹するだけっていうのは返り血のことを気にしなくて良いから素晴らしいね。

 ウルリカなら誤射する心配もないだろうし。

 

「じゃ、今回はウルリカ先生への感謝も込めて。俺が肉を調理させていただきますんで……」

「やった。えへへ、お願いしまーす」

 

 今回のクレイジーボアははっきり言って策を弄する必要はない。

 焼くだけで美味い肉は焼いて食うのが一番だからだ。こういう時、俺は塩派の皮を被ってタレ派に石を投げ始める。

 

 クレイジーボアを仕留めた時に何よりも美味いのは、なんといっても(タン)だろう。顎を外してジョキジョキ切り出すと、デロンと想定以上に大きな肉塊が出てくる。こいつを程よい厚みに切って焼くと美味いんだよな。

 あとは欠かせないのがレバーとハツ。レバーはタレがないことが悔やまれる……まぁ焼いて塩をかけるだけでも美味いんだけどさ。今回はレバーを脂で揚げてしまおうと思う。こうするとタレがなくても比較的美味しくいただけるんだ。

 ハツに関しては多くを語ることもないだろう。焼いて塩かければ優勝だ。

 あと肉らしい肉を食いたいなーとなったら、背ロースから優先して食う感じかな。美味いのもそうではあるけど、解体した後に独立する肉は持ち運びもめんどいしさっさと片付けたいという気持ちもある。

 

「あー、いい香り。……アルテミスでもたまに野営はするけど、なんだかこういう豪快に焼いていくのって新鮮かも」

「そうか? 普通に焼いてるだけだけどな」

「うーん、なんかねー、一つ一つ大きい?」

「あ、ちとサイズでかかったか。もっと細かくするか?」

「ううん平気平気。こうやってガブッて齧りつくの、私結構好きだから」

 

 まだ空は明るい。解体作業も全ては終わってなかったが、少し遅めの昼食ってことで先にモツ系をいただくことにした。

 今日はもう拠点を動かない感じだな。こういうキャンプ的なまったりした過ごし方も嫌いじゃないぜ。

 酒がないことだけが悔やまれるが……。

 

「まぁこの鉄板の上に乗せておけばな、脂も良い感じにグツグツなるし。隣で肉も焼けるし良いもんだぞ」

「おーっ……良いねぇーこれ! 使いやすそー」

「ただの鉄板だからな。洗う時は川辺でガシガシやれば良いから適当に使える」

 

 解体中に削ぎ落とした脂を小鍋に入れつつ、切ったレバーに小麦をまぶして入れていく。

 パチパチと音を立てて揚がっていくレバー。実に罪な香りだ。

 

「んーっ! 美味しいっ! なんかこう、濃厚で……」

「だろー? 良いよな肝臓は。栄養もあるし身体に良いから……」

 

 そんな話をしていると、少し離れた茂みで音が聞こえた。

 

「……」

 

 俺も反応したが、ウルリカの方が早かった。

 さっきまでレバーにご満悦だった表情をすっと研ぎ澄ませ、背中の弓を取り出し構える。それまでのタイムラグがほとんどない。やっぱ慣れてるわ。

 

「……あ、ダートハイドスネークだ……」

「なんだヘビだったか……ああ、あの茂みの。こっちを狙ってるわけじゃないし無視しても良いんじゃないか?」

「……ううん、私狙う。仕留めるよ。見てて……」

 

 蛇肉も悪くはないが、それを上回るボア肉が今大量にあるからなぁ……という俺の贅沢な悩みをさておいて、ウルリカはほとんど迷うこと無く矢を放った。

 スキルもなく放たれた矢は太身のダートハイドスネークの中程に突き刺さり、その痛みによってか矢に絡みつくように暴れまわる。捕まったアナゴを思わせる暴れっぷりだ。

 

「トドメは任せておけ。ほいっと」

「ありがとーモングレルさん」

 

 あとは首を落として終了だ。……それでもまだ身体部分がビチビチと暴れ回るんだからすげー生命力だよ。なんとなく生きてる時よりも気色悪い。こいつはこのまま尻尾から吊るして放血だな。

 

「……ねね、モングレルさん。せっかくだし、蛇も食べちゃおーよ」

「おー、まぁこういうあっさりした肉も食っておくか……しかし短い間にすげー量が獲れたもんだな。脚なんか一口も食ってる暇なさそうだぞ」

「私が食べきれなかったらモングレルさん食べてね?」

「おいおい、そこは言い出しっぺが責任持って食うもんだろ」

「あははは。良いじゃんお願いー」

 

 とにかく今日は肉天国だ。ひたすら焼いて食いまくるぞ。

 

 

 

 タンを食って、レバー揚げを食って、ハツを食って。それに飽きてきたら蛇肉を齧って。

 申し訳程度に野草を素揚げしてつまんだりするも、ほとんど肉食の晩飯となっている。俺達のこの食事風景を菜食主義者が見たら全身から血を吹き出して死ぬかもしれんな。

 

「私の出身はドライデンの奥の方の村でさー、うちは屠殺業もやってたんだよねー。私の最初のスキルが手に入ったのも、多分その頃の経験があったんじゃないかなーって思ってるんだ。ほら、屠畜する時ってやっぱり苦しくないように早く仕留めなきゃいけないからさ。……このスキルのおかげで猟に出られるようになったし、人生ってわかんないもんだよねー」

 

 日も落ちて暗くなった頃、ウルリカが手の中の矢を揺らしながら語っている。

 

「……その頃村にいた代官の人が変態でさー。村にいる小さな男の子を強引に……なんていうか、自分のものにしちゃうような人でさー。今は捕まったって聞いたけど……うちの親はその代官に目をつけられたくなくて、私を女として育ててたんだよねー」

「へえ、そうだったのか。……しかしひでえ役人もいたもんだな」

「ねー。聞いた話だと私以外にも同じような育てられ方してた子はいたみたい。その頃はまだ私も小さかったけど、なんだか気持ち悪い人だったなぁー……」

 

 少年趣味っていうのかね。まぁどの時代にもいるというか……むしろ昔の方がやたら目につくんだよな、こういうのって……。

 

「まぁでも私はこういう格好するの好きだし、お姉ちゃんも可愛がってくれたからさっ。昔からちっとも嫌ではなかったんだよね。お店とか行っても男の子よりも金額まけてもらえるしねー。あはは」

「悪いやつだなぁ」

「にひひ。……そういうこともあって、今じゃこういう振る舞いも板についちゃったってわけ」

「なるほどな。ウルリカも苦労してそうな人生歩んできたんだなぁ」

「そりゃしてますよー。18歳ですからー」

「若い若い」

「モングレルさんっていくつだっけ?」

「俺は29。だけど夏に30になるな……」

「あはは、モングレルおじさんだ」

「だな、30はもう言い訳のできないおじさんだわ……」

 

 最近こう、脂のとろけるようなボアの肉よりもあっさりした蛇肉とかのほうが美味しく感じる瞬間も増えてきたしな……歳ってのはつれえわ。

 ダートハイドスネークおいちい……ウルリカはボア肉ばっかり食ってやがる。胃袋が若々しすぎる。

 

「でもモングレルさんも全然若く見えるよ」

「あー、老け顔じゃないのは両親に感謝だな。これがいつまで保つか……」

「……ご両親のこと、覚えてる?」

「そりゃもちろん覚えてるさ。……ああ、死んでるけど遠慮はしなくていいぞ。両親とはいえ、悠久の時を生きるおじさんにとってはもう遠い思い出話だからな」

 

 細かい骨だらけになったダートハイドスネークの残滓を焚き火に放り込む。

 

「ウルリカには以前も話したか。俺のいた開拓村じゃとにかく金が無くてな……とにかく子供でもなんでも、働けるようなら働かせる。そんな村だったんだ。……まぁ五歳にできる仕事なんて畑の雑草を抜いたり、小石を一箇所にまとめておいたりとかそんなんばっかりだったが」

「忙しかったんだね、開拓村って……」

「俺はその時から働き者だったけどな。家のちょっとした修理もやったり、小道具の直しもやった。今から思い返しても手のかからないガキだっただろうな」

 

 そりゃ生まれて少ししたら現代人の自我が芽生えてきたんだ。手なんてほとんどかからないガキだったことだろう。

 まぁ俺としたら未知の言語習得で必死だったけども。忙しそうな両親の手をわずらわせることのない良い子だったのは間違いない。

 

「それまではろくに誕生日……というか誕生祭か。そういうのを祝われることもなかったんだけどな。六歳になって一番近くの町に連れて行って貰った時に、武器屋の表に出てた籠に入った安売りの剣に一目惚れしてよ。それをプレゼントしてもらったのが初めてかな。あれは嬉しかったな」

「あはは、モングレルさんは六歳からもう剣士だったんだね」

「そうだぜ? まぁその中で一番短い剣を選んだんだけどな。結局その時はまだまだ長すぎるもんだから、背が伸びてからのお楽しみってことになったわけだ」

 

 俺は自家製の革鞘からバスタードソードを取り出し、焚き火の火に刀身を照らした。

 

「……もしかして、それが?」

「ああ。安売りの剣だけどな、俺の中ではなんていうか……このくらいの長さが“剣”って感じがして好きだったんだよ。それは今でも変わらない」

 

 前世の記憶がある俺にとって、この世界のロングソードはちっとばかし長すぎる。

 その点バスタードソードは丁度いい。小さい頃でも身体強化してれば難なく使えたしな。今でも変わらず俺の相棒だ。

 

「……思い出の武器だったんだね。モングレルさんの」

「まぁな。……っと、そろそろ寝る支度しようぜ。腹もいっぱいだし、眠くなってきたわ」

「うん……そうしよっか」

 

 寝る前に肉を取られないよう保護し、肉の匂いに釣られてこないよう魔物除けを気持ち多めに焚いておく。

 あとは三角テントでぐっすり……と思ったんだが。

 

「……なんか言いたそうな顔してるなウルリカ」

「あれー、わかる……?」

「……ライナに聞いただろ。いやわかったよ、良いよ別にお前も中で寝ても。奥の方な? ギリギリ二人ならいけるし」

「やった! ありがとモングレルさん!」

 

 ライナもそうだけどテント好きすぎだろ……。

 いや、この中は雨風防げるし結構暖かいから気持ちはすげえわかるけどさ……。

 

「男二人で並んで寝て何が楽しいんだか……」

「んー……私は結構こういうの……好きだよ?」

「ウルリカお前いびきうるさかったら叩き出すからな」

「あはは、怖ーい。……寝相はちょっと良くないかもしれないけど、それは少しくらいは許してね……?」

「殴ったり蹴ったりしなきゃな」

 

 こうして俺は薪ストーブから漏れる火を眺めつつ、男と横並びで寝ることになった。

 ……まぁむさ苦しい奴じゃないだけ良いな。ウルリカじゃなかったら外で寝かしてるところだ。

 

「……モングレルさん、大丈夫? 身体とか暑くない……?」

「別に暑くはねえよ。さっさと寝よう」

「はーい……」

 

 その夜はお香も働いたのか、近くを魔物が通ることもなく済んだ。

 ウルリカの寝相は前フリがあったわりに大したことはなかったが、起きたらウルリカが腕にしがみつきかけていたので引っ剥がしておいた。

 男のくせにちょっと良い匂いさせるんじゃない。

 



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罠の狩人

 

 翌朝は明るくなってからすぐに撤収作業を始めた。

 荷造りして肉を運んで、帰り際に獲物がいればそれも仕留めてってところだな。

 

「モングレルさん、それは何してるの?」

「天秤棒だよ。適当な細木を切って、両端に溝を作る。んで中央には肩当て用の窪みも作っておく。するとこの棒で、荷物を吊るせるわけだ。溝の位置を調整すれば重さの違う荷物でも運べるから便利だぞ」

「あー、そうなってるんだこれ」

「見たことないか?」

「街でたまーに? 深く考えたことはなかったよー」

 

 天秤棒というと江戸の時代劇とかで野菜とか売ってる人を思い浮かべる人が多いかもな。

 でも世界的に色々な国で発明された道具で、別にアジア限定ってわけでもないんだぜ。

 こいつの長所は血の滴る獲物を吊るしてても服に触らないから汚れずに済むってところだ。適当に獲物を吊るして血抜きしながら歩けるのはなかなか便利だ。

 俺は討伐とかで帰り際に荷物が増えた時なんかはよくこういう天秤棒を作っている。

 手軽に現地で作れるからな。要らなくなったら適当に売っぱらうなり燃やすなりすればいいからお手軽な道具だ。

 

「ごめんねー、結局全部持たせちゃって……帰りも弓の練習したかったのに……」

「良いのさ、俺の本分は剣士だしな。荷物持ちといざという時の接近戦に備えとかなきゃシーナに怒られちまう」

「あはは、シーナ団長怒ると怖いからねー」

「普通にしてる時ですらなんか目が怒ってるもんな」

「それ言ったらもっと怒るからやめなよー?」

「言わない言わない、酒の席以外では」

 

 帰りは場所の模索もないので真っ直ぐ帰り道を歩ける。

 道中ではウルリカが樹上の鳥をバスッと撃ち落とし、その度に俺の天秤棒に追加することになった。重くはないけど滴る血が足元に垂れないかどうかだけがやきもきする。

 

「あ、モングレルさんここちょっと良い? 結構いー感じの通り道だから、これ埋めさせてほしいんだ」

「これって? なんだそりゃ、石? いや鉄鉱石か?」

「ううん、スラグ。鍛冶屋で時々欠片をもらうんだー」

「そんなのどうするんだよ」

 

 スラグというと、製鉄で出る不純物の塊だ。石と金属が混じったような質感をしている。俺の知る限り、使い道はほとんどないんだが……。

 

「こうやって土に埋めておくとね、魔物が金属の匂いを警戒するんだよ。特に鼻の効くクレイジーボアなんかは鋭くてねー」

「まぁ長く生きてる奴なんかは剣も鏃も危ないもんだって理解してるかもしれないが。その匂いのするスラグを埋めると何かいい事あるのか?」

「罠に掛かりやすくなるんだよー。ほら、正式くくり罠って金属の部品があるでしょ? あの匂いって結構わかるみたいでさー。普通に仕掛けるとクレイジーボアなんか器用に避けちゃうんだよねー」

「金属の匂いなんてわかるもんなのか」

「みたいだよー? だからって金具がないと強度に不安があるしねー。こうやって匂いに慣れさせて……別の日に罠にかける! って感じかなー」

「はー……気長なもんだなぁ罠ってのは」

「罠なんてひたすら準備、準備だよー。でもおかげで少ない労力で大物を仕留められるからねー。これも準備の一環、ってね」

 

 最後にスラグを埋めた土をブーツで踏みしめて、ウルリカは笑った。

 

「ちょっとずつ匂いを覚えさせて、慣れさせて……気の緩んだところでガシッて捕まえるの。……こういうのも狩人の知恵だよ? モングレルさん」

「すげぇなぁ、狩人は」

 

 ライナも相当に博識だったけど、ウルリカはさすがその先輩と言うべきか、色々と濃密な知識を持っているのだった。

 

 ……けど弓の教え方についてはライナのが上手かったな!

 ウルリカの弓はなんか感覚的なアドバイスが多くてわからん部分が多いわ。感覚派っていうのかね、こういうのを。

 

 

 

 肉はウルリカと分け合い、とはいえ仕留めたのは全てウルリカだったので向こうが多めの配分でまとまった。

 今回の俺は設営と解体の手伝い、あとは荷物持ちって感じだったな。近接なんてそんな役割ではあるけども、なんとなく一匹も仕留められなかったのは消化不良なところがあるな。せめて弓で一匹でも仕留められていればな……。

 

「ウルリカ先輩、おかえりなさい。あ、モングレル先輩も。……大猟っスね!」

「おう、ウルリカ送るついでに肉も運んで来たぜ。すごかったよ、ウルリカの弓」

「っスよね。尊敬するっス」

「えー? もうやめてよー、二人してさー」

 

 クランハウスで肉を渡し、ここでウルリカとはお別れだ。

 実りの多い野営で良かったわ。こういうことがあると毎度毎度、現代知識無双なんてそう簡単にできるもんじゃねーなと思わされるわ。

 

「じゃあまた機会があったら弓のこと教えてくれよ。酒奢るからよ」

「うっス! だったらこっちもちゃんと工夫して教えなきゃだめっスね!」

「じゃあねー、モングレルさん。また一緒にやろうねー」

 

 こうして俺の野営は終わったのだった。

 ……あとは肉を適当なとこに売っぱらわないとな。冷蔵庫がないとこういうところが辛いぜ。

 

 

 

 

 

「……あー、やっぱりお風呂は良いなぁー……」

 

 夜になると、ナスターシャさんの沸かしてくれたお風呂で一日の汚れを落とすのが日課になってしまった。

 ああ、私は昨日モングレルさんと野営したから2日分の汚れになっちゃうのか。

 ……モングレルさんが入れないのに、私だけ入れちゃうのは少し罪悪感。かといって入浴をやめたくはないけどね。

 今日はもう誰も入らない最後のお湯だ。おかげでゆっくりと浸かれちゃう。サイコーだねー……。

 

「……身体、ゴツゴツしてたなぁ……」

 

 思い返すのは、天幕で一緒に寝た時の……モングレルさんのがっしりとした身体。

 私も女の格好をして今までやってきたし、アルテミスに所属してからも男の人の身体なんてほとんど触ってこなかった。

 そういう意味ではモングレルさんは一番身近な男の人かもしれない。

 

 ライナにとってもそれは同じで……うん。私も出会った時はライナに近づく悪いやつだと思ってたけど、話してみればすぐに優しい人だってことはわかったし、今ではすっかりあの人の事を気に入っている。

 弓の腕前はへっぽこだけど、料理は上手だし、色々と……私の知らなかったことも、詳しいし。

 手も私と違って骨ばってたな……。

 

「ん……」

 

 モングレルさん……もうすぐ30歳って言ってたけど、全然そんな風には見えないな……。

 他のギルドマンの人と比べたら清潔だし、親切だし……やらしい感じも全然ないし。

 

 ライナ、大変だよ。あの人ちゃんと見てないと、誰かに取られちゃうよ。

 急がないとほんと、誰かに……。

 

「っ……」

 

 う、あ……駄目だ。これ以上湯船の中では……のぼせちゃう。

 

 慌てて湯船から身体を起こすと、身体を伝ってお湯が流れ落ちてゆく。

 服で着飾っていないと平坦な身体を、前までは女の子っぽくなくてあまり好きになれなかったけど……。

 最近はそれも良いかなって、思っている。

 

「……やっぱりこれ……モングレルさん、思い浮かべちゃうなぁー……」

 

 今回の野営は良い成果だったから。

 また次も一緒に、行けたら良いなぁ……。

 

 あ、だめだ。また、立ち眩みしそう……。



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鯨の髭と道具の改良

 

「お、なんか面白いもん売ってるな」

 

 ある日、市場を歩いていると珍しい素材を発見した。

 この世界にもあって利用されているとは聞いていたんだが、この内地のレゴールでお目にかかれるとは思っていなかったからなぁ……喜びより先に驚きが来るわ。

 

「なあおじさん、そいつはクジラの髭かい?」

「ああ、よくわかるな? そうだよ。珍しいだろう」

 

 今日は釣りに使う蜘蛛の糸を補充するためにやって来ただけだったが、魔物素材を売っている店の目立つ場所にそれはあった。

 茶色というか飴色に艶のある素材で、木製のブーメランを中程で切ったような見た目をしている。サイズは1m近くあるんじゃないかな。この髭の持ち主がどれほどのサイズだったのか想像もつかない。

 

「ハルペリア最大の軍艦、大帆船スノウコーンによって仕留められた鯨さ。俺は詳しくないんでね、種類まではわからんが……このでっかい髭が口の中に入ってるってんだから不思議な生き物だよなぁ」

「大帆船で仕留めたのか。すげーな……キリタティス海にはこんな奴がいるんだなぁ」

 

 海は見たことがある。ハルペリアを南下していくとそこに大港があり、そこでは連合国や……たまーに魔大陸と交易しているのだ。

 何度か護衛任務で遠征に行ったことがある。食い物はともかく、治安が悪いからあまり楽しい街ではなかったが……。

 

「とんでもない大きさの魔物だが、一匹から採れる量はなんでも膨大なんだ。だからその髭ってやつも大して値の張るもんじゃない。近頃はレゴールにも流れてるんじゃないかね?」

「ほー。売れるかい?」

「いや、これが全くでね。頭骨や角なら見栄えも良いんだろうが、この髭ってやつじゃ魔物の剥製としても見応えがないらしい。嵩張るし重いしで、正直さっさと手放したかったんだ。買うなら安くしとくよ」

 

 まぁ、確かに。知らないとぱっと見ただけじゃどんな素材なのかわからねえしな。ハンティングトロフィーとしてはいまいち人気が出ないのもわかる。

 だが俺はこの素材の良い使い道を知ってるんだ。

 

「じゃあ、こいつを一枚買わせてもらおうかな。面白い話も聞けたしな。せっかくだ」

「……物好きだねえ。いやこちらとしては助かるんだが」

 

 そういう流れで、俺は鯨の髭を手に入れたのだった。

 

「あ、そっちの牙も珍しいな。小物作るのに使えそうだからそれも幾つか買っていいかい?」

「毎度あり! だが兄ちゃん、こいつは結構硬いよ? そこらの職人じゃなかなか難しいって話だが……」

「大丈夫大丈夫、なんとかなるさ」

 

 確かに普通の職人じゃ手の出ない素材かもしれないが、俺には馬鹿力があるからな。

 よし、宿に戻って日曜大工といくかー。この世界に日曜日はないけども。

 

 

 

「さぁてぇ……今日はこの髭を使って優勝していくわぬぇ……」

 

 ヌメッとした声で一人宣言し、俺は買い取った鯨の髭を宿の作業台に乗せた。

 ただでさえごちゃごちゃしている俺の宿泊部屋だが、室内自体は複数人が泊まることを想定した大部屋なので結構広い。

 そこは俺の装備コレクション置き場でもあるが、同じくらいの広さの作業部屋にもなっている。

 一見するとわからないように分解して置いてあるが、組み立てればちょっとした万力なんかもあるような立派な作業台だ。

 

「……鯨の髭はプラスチックみたいだって聞いてたけど、想像してたよりそうでもないな。どっちかっていうと材質は牛の角とか鼈甲に近いか……?」

 

 言うまでもなく、この世界にプラスチックはない。それらしいものと言えばイカの中に入ってる透明なあのびらびらした奴くらいだが、アレだって当然プラスチックなはずもない。似てるけど。

 ともかく重要なのは、プラスチックに似た弾力性、しなりだ。

 

「お、切れる切れる。良いなこれ、素直な素材だ」

 

 鯨の髭には木と同じで繊維方向があり、それに沿って刃物を突き立てれば割れるようだ。しかしノコギリを使えば割れずに滑らかに切断できるので、思っていたよりも自由度の高い加工ができそうである。

 

 繊維に逆らわず切って、ひとまず板を作る。で、その板をさらに細く切り出して……鯨の髭の棒材が完成だ。あとはこれを円柱状に削って整えてやれば良い。

 

「……うん、このしなりだ。悪くねえな」

 

 完成したのは釣り竿に使う先端部分。指でぐっと先端に負荷をかけてやると、バネのような抵抗を感じつつも90度ほど無理なく曲がってくれる。

 大物を釣る際はよく撓る竿でなければ糸に負担がかかるので、こういった素材が重要になるのだ。前世でも竿の先端部だけ鯨の髭を使用したものがあったはずである。

 そう。これは俺の釣り竿をよりレベルアップさせるために必要な素材だったのだ。

 

「これ竿以外にも色々使えそうだな……結構いい買い物だったかもしれん」

 

 木はささくれ立つとそこから割れたりするが、鯨の髭はそこそこ融通がきく。削った場所を自由にできるというべきか、細工物に良さそうな材質だ。まさにプラスチックっぽい感じ。

 加工はあっという間だった。まぁ元々そこまで難しい加工ではなかったしな。

 

 あとはこれを、元々作ってあった木製竿のところに噛み合うようグッと潜影蛇手して完成だ。

 

「……ふむ」

 

 完成したニュー釣り竿。

 先端部分を鯨の髭で作った、この世界のマスト釣りアイテムだ。

 

「ちょっと試しに釣ってくるかぁ!」

 

 新しい道具(ギア)を手に入れたら使わずにはいられない。それが男の子ってものだ。

 

「ちょっとモングレルさん! さっきからゴリゴリ音させてうるさいよぉ!」

「はーいごめんなさい! いってきまーす!」

 

 

 

 呆れる門番から証書を受け取り、さっさと街の外に出る。

 任務でもなんでもない、明らかに“釣りいってくるぜ”って格好だもんな。気持ちはわかる。

 でも作ったからには試してみたいじゃないですか。

 

 いつものシルサリス川へ行き、橋の近くで竿を構える。

 今回は釣り針の先にそこらへんで取った川虫をつけた、餌釣りだ。ルアーはもうちょっと水深あるところでやらなきゃ駄目だな、うん。

 

「……うーん、しなりは……どうなんだろうな」

 

 糸を垂らしていると、川の流れによって仕掛けが流され段々と下流側へと逸れていく。初心者だと何か掛かったと勘違いしてしまうかもしれない抵抗感だ。

 

「おー、まぁまぁ……」

 

 試しにそのまま流されてみると、結構離れたところで竿先の鯨の髭にテンションが掛かるのがわかった。

 グンとひっぱられるけど、竿を立てていれば先だけが柔軟に曲がってくれるというか……よしよし、良い感じ。これだよこれ。

 

「あとはリールがなぁ……もっとジャカジャカ巻けるやつだと良いんだが……」

 

 スルスルと糸が出るリールなんて加工は俺には無理だ。ドラグも再現できる気がしない。いや、ドラグだけなら自転車のブレーキみたいなもんをリールにつければそれだけで再現はできるか……? 釣り竿のリールにブレーキってなんだって話だが。

 

「お、おお……? これは……」

 

 竿を握ったまま暫し改良案で頭を悩ませていると、竿先がクンクンと撓った。

 木製じゃ感じ辛かったかもしれない僅かなアタリだ。……焦らず、そのまま。辛抱していると……。

 

「いや来てるなこれ、来たわ、来たッ!」

 

 ヒットだ! よしよし来た! 釣れた釣れた! 甲殻類じゃないやつ来たぞコレ!

 

「うおおお……っていうほど引きは強くないなー……」

 

 最初こそ竿先の鋭敏さもあって錯覚したが、多分小物だな。

 そのままリールをぐいぐい回し、ファイトと呼ぶにはこっちの一方的なゴリ押しで手繰り寄せていく。

 するとやがて水面にバシャバシャと小さな飛沫が上がり、それは難なく地上へと揚げられた。

 

「おー……ラストフィッシュか……」

 

 釣り上げられたのは15センチほどのラストフィッシュ。この国の川に広く分布する淡水魚だ。

 浅黒い皮に赤錆色の鱗が特徴で、この姿が麦を冒す病気に似てることから結構不吉な奴扱いされているかわいそうな魚だ。

 しかしそんな見栄えの悪さと反して、問題なく食用にできる魚らしい。ギルドの資料室にも書いてあったし間違いはないだろう。

 

「せっかくだし食うかな。そういや昼まだだったし」

 

 ひとまずシメた後、ソードブレイカーの刃を折るべき部分でゴリゴリと鱗をこそぎ落としてから、腹を割いて内臓を取り出す。

 川の水で腹の中を一通り洗ったら、まぁ……あとは適当にそこらに落ちてる小枝に刺して丸焼きで良いか。

 

「塩持ってきて良かったわ」

 

 皮や割いた腹の中に塩をよくすり込み、ついでにヒレの部分にもちょっと過剰なくらい塩をつける。……で、あとは枝に刺したこいつを火でじっくり炙れば完成だ。

 川沿いには真っ白になった流木が流れ落ちているので燃料には困らない。

 小魚一本を焼くくらいなら何度か継ぎ足してやれば大丈夫だろう。

 

「……よし、あとはのんびり糸を垂らして待つだけだな」

 

 石を組んで使った小さなかまどで燃える火と、一本だけの小魚の串焼き。

 その横で俺は糸を垂らし、調理の間にさらにもう一匹が掛からないかを期待している。

 なんとも暇で、無駄な時間だ。でも釣りはこういう時間こそが好きなんだ。何より既に一匹釣れているという心の余裕があるってのが良い。川に何かしらいるってわかってるのは大事なんだ。

 

「こねーなぁ」

 

 まぁ、だからといって続けざまに釣れるとは限らないんですけどね!

 

「ほふほふ……おお、身がふっくらしてる。やっぱりうめぇな、新鮮な焼き魚」

 

 結局この日はラストフィッシュを一匹だけ釣って終わりだった。

 釣果としては渋すぎるが、竿の試運転で何かしら釣れたってだけでも上々だろう。次やる時はもっとしっかり魚のいる、ルアーも使えそうな水場でやりたいもんだね。

 

 




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いつも当作品を応援してくださりありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。

(石)*・∀・)石) -3


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伐採準備作業の護衛

 

「モングレル、伐採の護衛任務手伝わねえか?」

 

 ある日ギルドを訪れて早々、受付前にいたバルガーにそう誘われた。

 

「おー、行くわ」

 

 二つ返事でオーケーを出した。ちょうどなんか適当な任務やりたかったし都合が良いぜ。

 

「……モングレルさん、一応任務を受ける前に詳しい条件を確認してもらえます? こういうのも規則ですから」

「エレナは真面目だなぁ」

「そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞー? はっはっは」

「うるさいですね貴方達!」

「いや別に俺はそんな風に思ってないから……巻き込まんといて……」

 

 もーんーぐーれーる、っと。サインよし。久々の合同任務だなー。

 

「モングレルさんはもうちょっと綺麗に書いてくれます!?」

「怒ったテンションのまま普段は言わないようなことにまで突っかかってくるなよ……仕方ないだろこういう字なんだから」

「はははは。こいつ内容はちゃんと書ける癖に文字がひでーからな」

 

 こっちも努力してわざと汚く書いてるんだぜ? 少しはその辺りの苦労を汲んで欲しいもんだね。

 

 

 

「おー、随分と道が伸びたなぁ」

「モングレルは最近この道通ってなかったのか? 雪解けから工事の勢いすごいぜ」

「最近じゃ北寄りが多かったんだよなー。目を離した隙にこんなになってるとは思わなかったわ」

 

 幌無し馬車にギルドマンたちと乗り込んで、シャルル街道からバロアの東に入っていく。

 かつては森の近くで停まっていた轍も、森に入ってちょっとした辺りにまで延伸されている。伐採作業も急ピッチで進められているとは聞いていたが、いやこれはなかなか驚くべきペースだわ。抜根作業も大変だろうに。

 

「建材不足、燃料不足、しかし国に金はある。とくればまぁ、こうなるんだろうなぁ。レゴール伯爵領がもっと金持ちだったら、森がまるごと潰れたりしてな!」

「ははは、それはそれで木材がなくて不便そうだ」

 

 正直この街が製鉄に手を出せば全くありえないって話じゃないんだけどな。

 木炭で何かの工場を動かそうってなった瞬間に森林資源は一瞬でハゲ上がる。バロア材は生育速度も速いし熱量もある最高の素材ではあるが……それでも人の需要の前では森林資源なんてか弱い獲物でしかない。魔物が多かろうとなんだろうと間違いなくハゲる。……そうなってほしくはないもんだな。

 

 あとはあれだな。鉄道輸送が発明されてもハゲるだろうな。

 それはそれで物資の輸送が捗るからハルペリア中が潤うんだろうが……仮に俺が鉄道輸送を国に広めたとして、それがサングレールに漏れた後が問題だ。

 鉄資源が豊富で採掘業全振りみたいなあの国に鉄道輸送なんてものが伝わってみろ。多分ハルペリアは負けることになるだろうぜ。だから俺は鉄道に関しては一切漏らさないようにしている。たとえ一部であってもだ。

 

 

 

「おお、シルバーにブロンズの。こりゃ心強いね。俺らもなるべく一塊になって動くつもりではあるんだが、分担作業も多いから離れることも多い。その時に狙われると危ないから……くれぐれも、見捨てないよう頼んだぞ」

「おう、任せてくれ。俺は“収穫の剣”だし、こっちのモングレルもまぁ装備は貧弱そうだが腕は確かだ。安心してくれ」

「俺のバスタードソードを馬鹿にしたか?」

「それよりはお前の軽装が心配だよ俺は。形だけでも小盾持ってこいや、依頼人が不安がるだろうが」

「うるせえ、俺の本気はこいつがあれば良いんだよ」

「ははは……まぁ、守ってくれるならそれで良いんだ。任せたぞ」

 

 今日の任務は伐採作業に従事する作業員の護衛だ。

 冬前に行った伐採は森の外側からガンガン木を切っていく質より量の作業だったが、今回のは質。それも切るべき樹木を選定して樹木に色紐を巻きつける作業の護衛である。

 十分に育ったバロアの木を選定し色紐をつけ、後に伐採作業員がそれを切っていくって流れだな。

 

 紐をくくりつけるだけの作業と聞くと簡単そうに感じるかもしれないが、この調査で踏み込む場所は逆に言えばそんな風に人の手が入っていないポイントばかりなので、フィールドの環境は最悪と言って良いだろう。

 俺達はあくまで護衛でしかないが、しょっちゅう剣を振るって藪を漕いだり枝を払ったりすることになる。

 まぁ将来的にこうして枝打ちしたものが乾燥して薪になるのだから悪いことではないんだが……やってる方は結構しんどいわな。

 

「! すまない、ゴブリンだ。頼めるか」

「ああ了解、任せてください。ゆっくり下がれます?」

「わかった」

 

 視界の悪い森の中では、かち合う寸前まで魔物の存在に気付かないことがある。

 特に背の低いゴブリンなんかはちょっとした茂みの陰にいたりするから油断できない。何考えてるかわからん連中だからマジでびっくりする場所にいることもある。

 

「作業の邪魔になるのでお静かに願います、っと」

「ゲギャッゲギャッ……ギッ」

 

 バスタードソードをレイピアのように突き出し、素早く目を一突き。

 脳を貫かれたゴブリンは即死した。……うへぇ、脳漿が……いいや、どうせきったねぇ鼻も切るしついでだ……。

 

「こっちでもゴブリンが出たぞー!」

 

 鼻を削いでいるとバルガーの声が聞こえた。

 

「強敵だなー、加勢いるかー?」

「いらーん」

 

 横目に見ると、バルガーは小盾を使うこともなく短槍でさっくりとゴブリンの心臓を貫いていた。リーチの強い槍さえあればまぁゴブリンなんか敵じゃないわな。

 

「助かるよ。こっちも荷物が多いし考えるべきこともあるしで、ゴブリンを相手にするのは億劫でね……」

「あー、だったら色紐いくつか預かってましょうか? 重くて大変だろうし」

「良いのかい? それならこっちも大助かりだが……」

「俺は力だけはありますんで。任務中は遠慮なく使ってくれれば」

「じゃあ……言葉に甘えて、いくらか頼むよ。いやぁ助かる。俺も最近膝が辛くてね……」

 

 この人も森を歩くことに関しては俺以上に慣れたプロなんだろうが、それでも歳による節々の痛みには勝てないらしい。

 いつの世も人類共通の悩みだよな。腰や膝っていうのは……。

 

 その後も何匹かのゴブリンと遭遇し、バルガーと一緒に軽く駆除した。

 ついでに森の中に咲いていた待宵草の花弁をぴろぴろして遊んだり、使えそうな薬草を摘んでおく。なかなか人の手の入っていない場所に踏み入ることはないから、手のついてない野草が結構あるのが嬉しいね。

 

「うっ……」

「ん? どうしました?」

「……イビルフライだ」

「マジっすか。うわ、ほんとだ」

 

 木々の先には銀色に妖しく煌めくイビルフライがいた。

 ……風向きはひとまず大丈夫だが、こっちが見つかると向こうも羽ばたくかもしれん。そうなると作業員のおっさんを鱗粉に巻き込むことになるな。

 こんな深部で記憶が欠落したら帰り道にも困っちまう。何より俺はこれまで歩いてきたところを覚えてない。どうにか作業員を鱗粉に巻き込まずイビルフライを仕留め、鱗粉の忘却効果を失活させたいところだ。

 

「バルガー」

「ああ。……そうだな、俺が仕留めることにしよう」

「良いのか? というかヘマしないよな? 自信がないなら俺がやるぜ?」

 

 バルガーと一緒に作戦会議。こういう時に信頼できる相手が一緒だと揉めることがなくて良いな。

 変なパーティーが一緒だとイビルフライってだけで何かと問題になるかもしれないから。

 

「いいや、俺がやるさ。今から鱗粉を浴びると……任務開始頃に記憶が遡る感じかね。まあ仕事内容は忘れてないし、大丈夫だろう。モングレルは二人の護衛を頼むぞ。あと俺の記憶が消えた後の事情説明頑張ってくれ」

「……それが面倒だから俺に任せてほしかったんだが」

「馬鹿野郎。こんな大事な仕事をお前に任せられるかよ」

 

 バルガーはにやりと笑って俺の肩を小突くと、そのまま短槍を担いでイビルフライのもとへと近づいていった。

 

「さあ、その複眼を分けてもらうぞぉー」

 

 イビルフライが外敵の接近に気づき、羽ばたいて鱗粉をばら撒く。

 吸っても浴びても効果のある魔法の鱗粉を防ぐ術はない。この時点でバルガーの記憶が欠落することは確定した。

 

「そおれぃッ」

 

 だがそんなものは本人も承知の上だ。さっさとイビルフライへと肉薄したバルガーは、鋭い槍先で柔らかな腹を切り裂いてみせた。

 そのまま墜落した蝶にトドメをさし、手早く複眼を切り抜いて終了。体についた鱗粉を払うと、しばらくしてこっちへ戻ってくる。

 

「終わったぞー」

「お疲れ。逃さずに済んで良かったわ」

「そんなヘマしねえよ」

 

 バルガーが笑いながら複眼を荷物へしまい込む。

 ……ここから少し時間が経てば、自分の記憶は失われる。それはつまり、その時の自分の想いが失われるということだ。連続性の喪失とでも言うべきか。ある意味、死の体験に近いのかもしれない。

 

 こういう時、未熟なパーティーだと言っちゃいけないことを言い合ったり、胸に秘めた思いを打ち明けたりしてしまうことがある。

 イビルフライによって仲間割れを起こすパターンは多分、そんな自棄っぱちな心理状況が暴発してのものなんだろう。俺はそう考えている。

 

「よし、じゃあトレーニングするか! フンッフンッ!」

「おいおいバルガー任務中だぞー」

「普段やりたくないキツいトレーニングをやるなら今しかないだろ! そんでもって忘れたらトレーニング効果だけを受け取れるってわけだ!」

 

 しかし慣れた連中はこうやって、普段やりたくないことをガーッとやってしまって時間を有効に活用しようとする。

 ただ任務中に筋トレはどうかと思うんだわ。バテバテの状態で魔物と戦うつもりかよ。護衛やるんだぞ護衛。

 

「……ハッ!?」

「あ、記憶飛んだ」

「気がついたらすげぇ疲れてる……これはつまり、イビルフライだな!?」

「……バルガーお前、その習慣あまり良くないと思うぜ……」

 

 しかし運が良いのかなんなのか、今日はこの後魔物に出会うこともなく任務が終了した。

 ディアとかボアに出くわしてたらちゃんと動けたんだろうなコイツって思いもしたが……そこらへんの悪運も含めてベテランの力なのかねぇ。いや違うか。

 



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魔法の適性

 

 日に日に気温が上がり、昼間は動くと汗をかくようになる。夏の到来を予感させる気候になってきた。

 

 冬は着込めばいいし、いざとなれば暖房もある。だが夏の暑さを防ぐにはエアコンくらいしか方法はない。それが現代の感覚だ。

 この世界でもそれは当てはまるだろうが、幸い俺の暮らすレゴールでは大した暑さにはならない。熱中症になるのは熱い窯を相手にする仕事くらいのものだろう。

 まぁ、それでも涼を取る方法は少ないからキツいっちゃキツいんだが。風呂も入れねぇしな。

 

 そろそろアルテミスの風呂に入る権利を行使する日も近いかもしれないのだが……うーん、もったいなくて使いたくないぜ。

 わかっていたことではあるんだが、暑い季節に一回だけ入って満足とはいかないべ?

 “今日入らないとマジで発狂する”ってコンディションの時に入りたいもんだが……うーむ……それに準ずる日が多すぎてな……。

 

 

 

「クランハウスに風呂か、実に良いね。ナスターシャが生み出した物の中で最も有益かもしれない」

「そう言われるのは複雑だが……まぁいい。サリーが装置を買うのであれば喜んで売ってやる。アルテミスよりもそちらの若木の方が上手く使えるだろう。昔のよしみだ、安くしておいてやる」

「それは助かるよ。僕らも越したばかりで色々と入り用でね。王都で引き払い作業をしている副団長が戻って来れば少しは余裕もできるのだけど」

「風呂場は時間が掛かるぞ。着工は早い方がいい」

「だよね」

 

 ギルドを訪れると、“アルテミス”の魔法使いナスターシャと“若木の杖”の団長サリーが仲良く会話していた。いや、商談と呼ぶべきか。

それよりも内容がちょっと気になるな。

 

「二人とも楽しそうじゃねえか。風呂の話か? 俺も混ぜてよ」

「……モングレルか。別に楽しい話というわけではないが」

「やあモングレル。実は今、ナスターシャが開発したという湯沸かし器を買い取ろうという話をしていてね」

「買い取り……アルテミスのクランハウスから取り外すのか? いや無理だろ」

「もちろん取り外しはしない。図面は私が持っているから、その通りに作らせて売るだけだ」

 

 ああ良かった。夏前にアルテミスから風呂が消えたらどうしようかと。

 

「レゴールの共同浴場、何年も見ないうちに随分と汚くなったね。あれでは蒸し風呂の方がずっとマシだよ」

「ああ……共同浴場に行く人も増えただろうからな。泥みたいな湯になってるだろ。身体を洗った気がしねーんだよな」

「そこで僕はナスターシャからクランハウスの風呂の話を聞いてね。拠点を整えるついでにせっかくだし環境を整備しようと思ったのさ」

 

 となると、サリーは本格的に“若木の杖”の拠点をここレゴールに決めたというわけか。

 仕事仲間が増えるよ。やったね!

 

「いいなー風呂……なぁ二人とも。お前たちの風呂に入る権利を一回何百ジェリーかで売るつもりはないか? 良い商売になるぞ?」

「シーナに聞け。と言いたいが、断る。我々のクランハウスにはなるべく部外者に入ってほしくないのでな。何より汚いやつに来られたくない」

「僕のところもパーティーの構成上貴重品が多いからねぇ。あまり他人には入ってきて欲しくないかな。あと、清潔さを求めて風呂場を構えるわけだからね。汚されたくないというのは僕もナスターシャに同意だよ」

 

 ぐぬぬ……プチ銭湯を運営してくれたっていいだろうが……。

 

「そんなに入りたければ私たちのパーティーのどちらかに所属すれば良いだろうに。モングレルよ、お前はこの前ソロで魔物に挑んで怪我をしたと聞いたぞ」

「モングレルが? へえ、僕が見ない間に衰えたのかな」

「ばーかかすり傷だよ。俺はソロでやっていく。……それより二人とも、やけに親しそうじゃないか。知り合いだったのか?」

 

 俺が訊ねると、ナスターシャとサリーは顔を見合わせた。別に口裏合わせて秘密にしようって雰囲気ではなさそうだ。

 

「……同じ魔法学園に通っていたが、私はその頃学徒の一人だった。サリーは先輩というべきか」

「僕は子育てがあったから現場仕事はせず、研究塔で働いていた時期だったかな。ナスターシャは僕の務めていた研究塔で教えられていた優秀な魔法使いの一人でね。それだけならば接点も無かったのだが」

「私もサリーも、同じ導師から嫌われていた仲間でな。よく似たような雑用を回され、一緒になることが多かったのだ」

「へー、昔からの知り合いだったのかよ」

 

 ていうか導師から嫌われてたって……何してたんだ二人とも。

 あれか、セクハラを許さなかったからか? まぁそれがこの世界ではありがちではあるが。二人とも性格はともかく綺麗どころではあるからな。

 

「まぁ、かといって当時はそこまで話す程の仲でもなかったのだがね。僕とナスターシャがギルドに所属して、そこで再会してからかな。話すようになったのは」

「……昔の話をされるのは苦手だな。話を変えよう」

「すげえ正直な話題転換だな。いや別に良いけどよ。わざわざ聞かれたくないことは聞かねえよ。……すんませーん、エール3つー」

 

 割高ではあるが人数分のエールを注文した。どうせもうこの様子だと任務に行くってわけでもないんだろう。せっかくだし俺と話そうや。

 

「おや、僕を口説こうというのかな、モングレル」

「炭酸抜きエールを飲む女を口説く趣味はねえ」

「酷いな」

「ふむ、ここの酒は不味いのだが」

「ナスターシャ、舌が肥えてるのはわかったからそれを聞こえる声で言うのはやめておけ。まぁ口に合わなかったら残せばいいさ。どうせ俺が飲むからな」

 

 炭酸抜いたエールを飲むかは微妙なところだが……。

 

「それより、魔法に詳しい二人に聞きたかったんだよこれ。ほら」

「……懐かしいな。魔法の入門書じゃないか」

「ふむ。モングレル、それを誰に贈るんだい?」

「ちげーよ。俺が読んでるんだよ俺が。ちょっとでいいから魔法を使ってみたくてな」

「ああ……そういえばうちのミセリナが言ってたっけ。本気だったんだ、魔法を勉強しているというのは」

 

 テーブルに届いたエールをひとまずガブッと飲み、人心地つく。こんくらいの時期になると常温の水分でも悪くないな。冷たく感じる。

 

「一応これ読むだけは読んだんだよ。けどなー、いまいちこの著者の言ってる意味が理解できないっつーかなー」

「……ナスターシャ、僕は率直な意見を言いたいのだが」

「構わないのではないか。我々の意見が求められているのであれば」

「おいおい、前フリがなんか怖いんだけど」

 

 俺は体験したこと無いけど“素人質問で恐縮ですが”くらいの不穏さを感じる。

 

「そもそも魔法の基礎教育とは、平民が経験的に身につけるような一般常識が身につくよりも早く頭に叩き込むべきものだ。この世界における偏見、あるいは常識が育まれるよりも先に身に着ける技術と言える。稀に、在野に生きる者の中にそういった“世界の感じ方”をする者もいるし、そういった才能が世間に眠っていることはあるが……モングレルの場合はちょっと厳しいかもしれないね」

「……偏見、常識。ねぇー」

 

 そういうワードを言われると思わずベロを出したくなるぜ。

 心当たりが多すぎる。……けどそう言われちゃそもそも俺が転生した時点で詰んでるんだが?

 

「そうだな。サリーの言う通り、モングレルに今更魔法使いとしての適性が芽生えてくるとは思えん。中途半端にこの世を解釈し理解したつもりでいる者ほど向いていないのがこの技術だ」

「くっそー……俺はこの世界の誰よりもこの世界をよく理解してるんだがなー」

「そういう姿勢を言っているのだ」

「いやぁ良かった。地植えだとこういった人間に育つわけだね。モモにちゃんと教育を施した甲斐があるというものだよ」

 

 ひでえ言い草しやがって。

 おいサリー、エールをジャカジャカシェイクすんな。せめてマドラーか何かでステアするだけにしろ。悪目立ちするんだその動きは。

 

「まあ、色々言ったが。適性が芽生えないと言っても万に一つもというほどではない。中には奇跡的に、成人後に適性を獲得する者もいないではない。……三十以後で目醒める者はさすがにあまり聞かないが……」

「気休めみてぇなフォローだなぁ」

「神話にもそういった人物はいるね。ナスターシャらの所属するパーティー名のモデルにもなった“アルテミス”だって、元は弓術使いだったが二十歳頃から突然魔法を獲得したからね。まあ、神話の世界の人物にはそういった逸話が多すぎるが」

「神話を使って俺を励ますなよ……」

 

 アルテミス。前世では同じ名前の女神がいた。しかしこの世界におけるアルテミスは神話とは結構違う。

 しかし多分、偶然ではない。同じ神話にアポロだのなんだの、聞いたことのある名前が結構あるからな。

 

 ……元々エルフだのゴブリンだの、どこかで聞いたことのある存在が跋扈する世界だ。こうした引用じみた世界の作りについては、あまり考えないようにしている。

 少なくとも前世の神話の神様が実在しこの世界にいる、とかそういうことは考えていない。仮に居たとしても、そいつはおそらく俺の知るものとは異なる神だ。

 

「ふ。そもそも、魔法よりも先に弓の練習をすべきなのではないか。ライナとウルリカから教わっているのだろう? そちらのほうがまだ可能性はあると、私は思うがね」

「へえ、モングレルが弓……それも僕には想像できないな。石でも投げてそうなイメージが強いから」

「なあナスターシャ、サリーって学園にいた頃からこんな性格だったのか?」

「ああ。おおよそ変わってはいない。導師から嫌われていたのも似たような理由だ。私は慣れているがね」

「ひでー奴だぜ」

「本人の前で言うことではないなぁ」

 

 全くやれやれな連中だ。

 

 ……しかし俺には魔法の適性は絶望的ってことか。

 今後一生、俺が魔法を操ってファンタジックな戦い方をすることはないのだろう……そうか……。

 

 ……じゃあもう魔法の練習しててもしょうがねえってことだな!

 じゃあしょうがねえよな! ゴールドクラスの魔法使いが言うんだもんな!

 よし、もうやめっか!

 



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ウォーレンの理想的ギルドマン

ウォーレン視点


 

 俺の名はウォーレン。16歳。

 ネクタールの農家の四男として生まれた普通の男だ。

 

 色々と親父や兄貴にゴネてはみたものの、結局農地を継ぐことはできず、去年からギルドマンとして働くことになってしまった。もうちょっと真面目に農作業の手伝いをやっていれば良かったと思っているが、もはや遅い。生活の不安定なギルドマンで働くことを余儀なくされてしまった。まぁ自業自得なのはわかってる……。

 

 レゴールにやってきてギルドマンになって、最初のうちは慣れない作業ばかりで大変だったけれど、なんとか最初の冬を乗り切ることができた。

 宿はボロいしイビキのうるさい相部屋だけど、自分用のショートソード(中古)も買えたし防具も……こっちも古いやつだけどいくつか揃えられた。ギルドマンとしての生活は安定してきたと思う。

 俺と似たような境遇の仲間とパーティーも組めたし、任務の安定感も高まった。

 

 このままどんどん良い装備を買って、ランクを上げて、金払いの良い依頼を受けられるようになるのが当面の目標かな。

 余裕が出てきたらもうちょっと良い宿を拠点にしたい。あとは……俺もそろそろ、夜の町に行って可愛い女の子と……ぐへへ。

 いやいや、そんなことでお金を使うより……あわよくば女の子をパーティーに誘って、仲良くなって、恋に発展して……ぐへへ。

 

 いかんいかん。最近ちょっと余裕が出てきたせいで、ついつい誘惑に負けそうになってしまう。女の子は後だ後! ……もしくは記念日とかそういう時だけ! 

 “収穫の剣”の先輩も言ってたじゃないか。アイアンの時に贅沢するやつはマトモなブロンズにはなれないって。

 

 しっかり体を鍛えて、訓練して、任務をこなして……いつか働きを認められたら、もっとデカいパーティーに入れてもらえるようになるんだ。

 今俺が組んでるパーティーも居心地は良くて悪くはないけど、アイアンで適当にやってればいいって奴も二人くらい居て怪しいんだよな。こんなぬるま湯みたいな環境からさっさと抜け出して、“収穫の剣”か“大地の盾”に移籍してやるぞ! 

 で、ゆくゆくは街の衛兵になったり、軍に入って軍団長になったり……へへ……。

 

 おっといかんいかん! また妄想が捗ってしまった! 

 これから俺はアイアン3に上がるための昇級試験なんだ。気を緩めず、ビシッと決めていくぜ! 

 

 

 

「よし、ウォーレン。相変わらず素直で変な癖の付いてない剣だ。悪くない。アイアン3への昇級を認めてやろう」

「よっしゃー!」

 

 って、色々身構えてたけどあっさりクリアしたぜ! これで次はブロンズへの昇格だ! 鉄プレートとはおさらばするのも時間の問題だな! 

 

「へへー、なんか冬にやった昇級試験よりも簡単だったなー! ランディさん相手だと戦いやすくて良いや!」

「あのなウォーレン……あまり調子に乗るんじゃない。こっちだってわざと手加減してやってるんだ」

「あでっ!?」

 

 な、殴らなくたって良いじゃねえかよぉ。

 

「しかし俺も大概厳しくやっているつもりだが、前は俺以上に厳しい人だったか。ウォーレンの冬の試験官役は誰だったんだ?」

「あれだよ、あれ。サングレール人のハーフで、ソロでブロンズの」

「ああ……モングレルか」

「そうその人! あの人すっげー強いの! ブロンズってすげぇよなぁ。俺ちょっと舐めてたよ」

「いやあいつはなぁ……ランク以上に強い奴だから、あまりモングレルを基準にブロンズをイメージしない方が良いぞ?」

「そうなの?」

 

 ランディさんは修練用の木剣を布で拭き取り、片付け始めた。ああ、こういうのも手伝わなくちゃだな。

 

「おお悪いなウォーレン。……そうだな、モングレルは多分、シルバー2か3くらいの実力はあると思って良いだろう。うちの“大地の盾”の連中でも、一対一であいつとどこまでやりあえるかな……」

「シルバー!? すげえじゃん! そりゃつえーよ! でもなんでそんなのに昇格してないの? ハーフだから?」

「いや、本人が嫌がってるんだ。徴兵とか、緊急依頼とか、そこらへんを嫌ってるんだとさ。だからあいつは万年ブロンズ3でやってる。変人だよ」

「そりゃ変人だ」

 

 徴兵も緊急依頼も名誉なことじゃん。まあ少しは危ないかもしれないけどさ。ギルドマンって普通そんなもんじゃないか? 

 よくみんな変な人だとは言ってるけど、本当に変な人なんだなー。

 

「なあなあ、ランディさんとモングレルさんならどっちが強い?」

「あー……ウォーレン、お前このこと誰にも言うなよ?」

「え、うん。何?」

 

 ランディさんは辺りを見回してから、俺に向き直った。

 

「強いのは間違いなくモングレルだ。あいつは喧嘩だとやけに強い。負けたところを見たことがないくらいだ。四人に囲まれても普通に勝っちまうような男だぞ。俺でも無理だ」

「ま、マジかよ。すげえ!」

「そもそもソロでクレイジーボアを剣で殺せる時点で俺より強いよ。一度や二度くらいなら俺でもできるがな。それを何年も続けてるってことは、軽々とやっちまうってことだろ。俺にはとても真似できん」

「うおおお……え、別に普通に褒めてるだけじゃん。なんでこれ誰にも言っちゃいけないんだ?」

「そりゃ、お前……」

 

 ランディさんは嫌そうな顔をした。

 

「こんなこと俺が言ってるなんてモングレルに知られてみろ。あいつのことだ、絶対に調子に乗ってくるだろ。悪い奴じゃないけどな、調子に乗らせるとなんかムカつくんだよあいつ」

「ははは……」

「ウォーレン。お前は真面目な後輩だから教えてやったんだ。……誰かに言ったら、殺す」

「……ハイ」

 

 他人を褒めるくらい普段からやってればそんな恥ずかしがることないと思うんだけどなぁ。ランディさんもなんか素直じゃねぇ人だな! 

 

 

 

「え? モングレルさんの強さですか?」

「そうそう! アレックスさんってよくギルドとかであの人と話してるじゃん? モングレルさんって強いって聞くけどさ、どんくらい強いのかなーって気になって」

 

 別の日、俺は“森の恵み亭”で相席になったアレックスさんに気になってたことを尋ねてみた。

 アレックスさんは“大地の盾”のシルバークラスの剣士で、ランディさんよりも腕の立つ人だ。

 キリッとした真面目そうな顔を裏切らず、俺みたいな新入り相手にも丁寧な口調で接してくれるすげぇ優しい人だ。

 

「まぁ僕も彼とはたまに合同任務で一緒になりますけど……かなり強いんじゃないですか? 本人の前で言うと調子に乗りそうだから言いたくないですけど……」

「アレックスさんとモングレルさんが戦ったらどっちが勝つかな?」

「どっちでしょうねぇ……モングレルさんの剣捌きを見るに軍で習った剣では無いので、普通は対人戦だったら僕の方に分があるんですが……」

「そりゃモングレル先輩っスよ」

 

 悩むアレックスさんの後ろから、ちんちくりんな女の子がやってきて口を挟んできた。

 そればかりかこっちのテーブルに座ってきた。……見たことあるぞ。確か“アルテミス”の弓使いの子だ。

 うわー、憧れの“アルテミス”の子と同じテーブル……って思ったけど、こいつ薄っぺらい身体してるからピクリとも来ねーな。

 

「相席いースか」

「ええ構いませんよライナさん」

「別に良いけどさぁ。……あ、俺の名前はウォーレンな。ついこの間アイアン3になったんだぜ」

「私はライナっス。よろしくっス。私はブロンズ3っス」

 

 やべ、同い年か歳下くらいかと思ってたのに全然俺より強いし先輩じゃん。

 

「そ、そういえばブロンズ3っていうとモングレルさんと同じだよな」

「いやー、私はまだまだっス。モングレル先輩と違って昇格の道のりは遠いっスから」

「あれ、そうですか? ライナさんの話を聞く限りではシルバー入りも時間の問題だと思っていましたけど……」

「シーナ先輩の方針でもうちょっと鍛錬っス。まだまだっス」

「厳しくやってますねぇアルテミス……いやそれより、僕よりもモングレルさんが強いというのは聞き逃せないですよ。いくらライナさんでもそれは……強さなんて時と場合によりますし」

「モングレル先輩はめっちゃ強いっスよ。サイクロプスもほとんど一人で討伐できるくらいっスから」

 

 さ、サイクロプスを一人で? 

 サイクロプスってあの巨人だろ? そんなのと剣で戦うなんて……。

 

「あー……そう言われるとまぁ確かに……? 軍の剣術も集団戦込みなところがあるから一人でサイクロプスに向き合えと言われると僕もちょっと困りますけど……でも無理ではないですよ」

「えっ、アレックスさん一人でもサイクロプスに勝てるの!?」

「はい、まぁ多分……? でもそういう状況を作らないように動くのがギルドマンとしての腕の見せ所なので、僕としては多対一に持ち込めなかった時点で負けかなーと」

「そんなこと今はどうでも良いんスよ! 今大事なのはタイマンでどっちが強いかっス!」

「そうだぜアレックスさん! 実際のとこどうなんだよ!」

「出た最強議論……若さから来るこのエネルギーがそろそろ辛い……うーん、どちらが強いと言われても……」

 

 アレックスさんが悩んでいる間にライナがぐびぐびと酒を飲んでいる。ペース早くねえか? ……俺も負けてられねえ! 

 

「……んー、一通り考えてはみましたけど、モングレルさんの方が強いんじゃないですか?」

「ええっ! マジかよ!? ……でも素直に負けを認められるアレックスさん、俺はかっこいいと思うぜ!」

「いや別に傷ついてるわけじゃないんでそういう擁護はいらないんですが……」

「なんでアレックス先輩はそういう結論に至ったんスか」

「そうですねぇ……なんというか……」

 

 アレックスさんはクラゲの酢漬けを齧りながら、言葉を選んだ。

 

「モングレルさんって多分切り札を隠し持っていると思うんですよねぇ……切り札とか、隠し球とか、奥の手とか」

「あー」

「僕は特に隠すものも無いので普通に実力や戦い方も開けっ広げにしてますけど、モングレルさんはそういうのあまり見せないタイプですから。いざ戦うとなると、そういう部分で足を取られて僕が負けることになりそうだなー……と」

「……モングレル先輩の見えてる部分だけならどうなんスか」

「僕も彼の戦いをしょっちゅう見てるわけでもないですが……見えてるままの実力で推し測れば僕の楽勝ですね。我流ですしリーチも短いですし。負ける気はしません。ただ絶対にそんなことはない気がするので……」

 

 実力を隠す凄腕の剣士か……。

 なんかそういうのも……かっけぇな! 

 

 モングレルさんかぁ……俺はソロでやるのは嫌だけど、周りから認められるのってすげーよなぁ……。

 

「俺も本気出したら敵わないって言われるようになりてぇー……」

「ウォーレンさんはまだ隠すほどの力もないでしょうに……日々怠らず鍛錬してください。ブロンズに上がってからが本番ですよ」

「ぐぇー、厳しいぜ」

「口だけモングレル先輩の真似しても滅茶苦茶格好悪いだけっス」

「それもそうだな……」

 

 実力も無いのに気分だけ強くなってても虚しいよな……。

 ちゃんと鍛えておかなくちゃ……脱いだ時に夜の町のえっちなお姉さんに褒めてもらえるくらい……。

 

 



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第三回熟成カビ入りスモークチーズ猥談バトル

 

 今日は夏を先取りしたかのような高気温に恵まれた。

 いや、恵まれたというのは語弊があるだろう。長袖を着ている時期に突然夏が来ても、喜ぶ者は少ない。通りを見ても季節外れの暑さにうんざりしている人が多かった。

 

 何が嫌って、食べ物が悪くなるのが嫌なんだよな。

 肉も魚も腐りやすい。パンだってそうだ。普段もうちょっと日持ちするものが少しだけ腐りやすくなる。なんてことない変化に思えるかもしれないが、家庭ごとの冷蔵庫がないこの世界では結構シャレにならなかったりする。

 

 商人達もいつもなら隣町まで輸送できる食材を泣く泣く諦め、レゴールで投げ売りする他なかったらしい。屋外炊事場では傷みそうな食材や安売りされた食材でまとめて料理を作ったり、燻製を作っている人が多かった。

 このクソ暑い時期に長々と炊事はしたく無いが……やっておかないと厳しいとこもあるんだろうなぁ。

 

 ともかくそんな暑さのせいか、今日はギルドに詰める奴が多かった。

 ギルドは夏は涼しく冬は暖かい、安定した造りの建物だからな。今日みたいな日は結構涼しいんだ。飯と酒の値段は高いけど、涼にはかえられん。

 

「だから構える時はもっと弓を寄せなきゃダメでー」

「モングレル先輩のは顔を寄せてるだけっスよ。身体側に弓を寄せなきゃ意味無いんス。腕は体に対してまっすぐっスよ」

「身体のどこに対するまっすぐだよ……」

「おっさんになると覚えが悪くなっちゃうのかなー……」

「おいコラ、その言葉は鋭すぎて人が死ぬぞ」

 

 俺はちょっとだけ冷たいエールを飲みながら、ライナとウルリカから弓を教わっていた。

 今日はギルドが氷室からデカめの氷塊を買い上げたらしく、どうやらそれで涼を取りつつ、希望者には料金割り増しで申し訳程度に氷の入った酒を提供しているらしい。

 氷を入れたエールなんて薄くなるだけの代物でしかないが、冷えたビールの美味さが魂に染み付いている俺としては買わずにはいられなかった。

 

「しかし矢筒ってのは高いんだなぁ。ただの筒だしもっと安いもんだと思ってたぜ。まだ手が出ねーや」

「矢を素早く取り出すための重要な装備だからねー。こだわればもっと高いよー?」

「でもピンキリっスよね」

「レザーで自作するかなぁ俺はなー」

 

 レザークラフトに関してはそれなり以上の腕があるしな。大まかな造りがわかれば自作するのも悪くない。その方が安いし。

 なんてことを考えていると、ギルドの入り口が開いて大人数がやってきた。

 

 ちらりと見ただけでわかる大柄な団長の姿。

 ディックバルト率いる“収穫の剣”のメンバーだ。

 

 しかしどうも様子がおかしい。

 いつも無口で無表情なディックバルトが、随分と憔悴しているようなのだ。

 俺の感じ取った違和感はギルド内の他のメンバーにも伝わっていたらしく、どこか騒然としている。

 

「おいおい、どうしたんだい。ディックバルトさん随分としんどそうにしてるじゃねえか」

「何があったんだ?」

「……ディックバルトさんがよぉ〜……娼婦にゴールドプレートを盗まれて、衛兵の厄介になっちまったんだ」

「はぁ? 娼婦が寝てる間に客のもん盗んだってのか?」

「マジかよ……」

 

 詳しい話を聞いてみると、どうやらディックバルトが今朝まで泊まっていた娼館で窃盗にあったらしい。

 盗まれたものはディックバルトの持つゴールドランクのプレート。犯人は同じ部屋で寝ていた、ディックバルトの相手をしていた娼婦だ。ディックバルトが起きると姿が消えていたが、そう時間も経たずに捕まっていたらしい。

 

 動機はゴールドプレートを売っ払おうとした、ってところだろう。捕まった娼婦のいる娼館は安い店で、あまり稼げない女の集まる場所だったらしい。

 その金でさっさとどこかへ逃げようとでもしていたんだろうな。それにしても杜撰な犯行だと思うが。

 そもそもこの犯行には、大きな落とし穴がある。

 

「……モングレル先輩、ゴールドプレートって別に金じゃないっスよね」

「ああ。真鍮だな」

「昔は本物の金だったらしいけどねー……」

 

 娼婦の盗んだゴールドランクのプレート。確かに見た目は金ピカだが、これは金ではなく真鍮で出来ているのだ。

 理由は頑丈さとかコスト面とかもあるが、何より金の塊を身につけていてはいらぬ犯罪を呼び込むからだろう。ギルドマンのランクプレートで最も製造コストが高いのが銀プレートというのは有名な話だ。

 

 ギルドマンにとっては常識も常識。一般人にとってもそこまで伝わってない話じゃない。

 それでも、そんな当たり前を知らずに生きてきた不運な女がいたということなのだろう。

 

「馬鹿な娼婦も居たもんだぜ」

「あのディックバルトさんから盗むとは……許せねえな。どこの店だ? 潰してやる」

「犯罪奴隷の慰み者になっちまえばいい」

 

 正直、俺もギルドマンだし殺気立つ連中の気持ちはわかる。客の物を盗む奴は許せない。

 だが……やっぱりな。犯行に及んだ娼婦の背景を想像しちまうと、やるせない思いの方が先に来ちまうんだわ。

 仮に目の前にその娼婦がいたとして、石を投げつける気にはなれない。

 

「元気出してくれよぉ〜団長〜……」

「──俺が……俺が、私物の管理を怠ったせいだ……」

「そりゃちげぇって〜……」

「俺がしっかりしていれば……──こんな悲しい事件そのものが、起きないはずだったのだ……」

 

 ディックバルトは娼婦を犯行に及ばせたことを自分のせいだと思い込んでいるらしい。

 もちろん、やった奴が悪いのは当然だしディックバルトもわかってはいると思うのだが……娼婦を責められない性格なんだろう。あいつは優しい男だからな。

 

「なんか……かわいそうっスね」

「落ち込んでるねー……」

「なに、酒でも飲んで騒げば元気になるさ」

 

 こういう時こそ強い酒の出番のはずだが、まだまだウイスキーは流通しない。流石におせーぞレゴール伯爵さんよぉ……。今年植える種籾を全部使ってウイスキーを量産してくれや。

 

「くそっ、このまま団長が復活しねェのは不味い……かくなる上は、いやらしい話題を作って無理矢理盛り上げるしかねェ……!」

「やるのかチャック……!? だが、それでディックバルトさんの調子が戻るとは……!」

「──いやらしい……話……か……──?」

「! 反応した……これならいけるかもしれねぇ!」

「任せてくれディックバルトさん! 今新鮮な下ネタを仕入れてやるからな……!」

「あァ、もとよりその治療のためにギルドまで足を運んだんだ……! 野郎ども、準備は良いかァ〜!?」

 

 おいおい、なんか始まりそうな雰囲気じゃねえか。

 確かに覚えのある、修学旅行の夜のようなこの熱狂のうねり……間違いない……! 

 

「第三回……熟成カビ入りスモークチーズ猥談バトルの始まりだぜぇええええッ!」

「イヤッホォオオオオオゥ!」

「猥談なら任せろー!」

「モエルーワ!」

「なんだ今の!」

 

 出たぁー猥談バトルー! おま、お前らマジで……ディックバルトがいるからってもうちょっと周り見ろよ! 

 今日とか普通に若木の杖の連中もいるんだぞ! 

 

「まーたはじまったっスね……」

「……もしかして今回もさー、モングレルさんは参加とか……するのかなー」

「マジっスかモングレル先輩」

「……冷えたエール。そう、冷えたエールだぜ、今日のは。そこに足りないものが一つだけあるとしたらよ……それはもう熟成カビ入りスモークチーズしか無いんじゃねぇのか?」

「いやピンポイントすぎてわかんないっス」

 

 そもそもカビ入りチーズ自体が稀だ。匂いのあるチーズだが、これがまた酒に合う。それだけでも美味いってのに、それを燻製とか……強いやつに強いやつを組み合わせるようなもんだろ。

 だけどカビ入りチーズなら俺はスモークせずに単体で食いたいなーなんて思っちゃう。

 

「この熟成カビ入りスモークチーズはなァ〜……バロメ婆さんから貰った特製のチーズなんだぜぇ〜? 果樹の細枝で燻した香り高い無敵のチーズだぜぇ〜? そんな高級なチーズをよ〜……なんと、参加者には一欠片、勝った奴には三欠片もプレゼントだァ〜!」

「ヒューッ!」

「やりますねぇ!」

「さすがチャックだ! 婆さんにモテるぜ!」

「うるせ〜!」

 

 マジかよなんかスモークでも美味そうじゃん……こ、こうしちゃいられねえ。男の尊厳を踏み躙ってでも俺は勝ち取るぞ、そのチーズ……! 

 

「またっスかモングレル先輩……そういうスケベなのはあんまり……ウルリカ先輩? どうしたんスか?」

「えっ? え、いやなんでもないよー? どしたの?」

「なんか上の空っぽかったっスけど……」

「そんなことないそんなことない。それよりさっ、モングレルさん応援しようよ! 勝てば私たちにもチーズ分けてくれるかもだよ?」

「うーん、チーズは食べ飽きてるっスから……」

「贅沢だなぁー……」

 

 我こそはというスケベ男たちが中央に集い、それを白い目で見る女ギルドマンたちは譲るように端のテーブルへと移動してゆく。

 そうだ、それでいい。ここは今から戦場になるんだぜ。女子供はうちに帰んな。

 

「──審判はこの俺、ディックバルトが務めさせてもらう……──皆の溜め込んだ知恵と精力、存分に吐き出してくれ」

「ウォオオオオッ!」

「なんか既にディックバルトさんが元気になってるけどやってやるぜぇええええ!」

「チーズは俺のものだーッ!」

 

 こうして再びきったねぇ男たちによるバトルが幕を開けた……! 

 

 

 

「先攻はもらった! “連合国出身の子は耳が弱い”!」

「ぐっ……!?」

「マジかよ!? これは早くも決まったかぁ〜!? ブライアンには厳しい展開だ〜!」

「──いや、真偽不明ッ! 少なくとも俺の経験上は……誤差の範囲! 有効打無し!」

「なッ……!? じゃああれは、俺への演技だとでも……!?」

「チャンスだ! いくぞ! “女の子って実は胸を思い切り揉んでもそんな気持ちよくないらしいぜ”!」

「──勝者、ブライアン!」

「ぐわぁああああっ!? 俺のテクニックが、全て虚像だっただとぉおおおッ!」

「──男を気持ち良く騙してくれる女……それもまた、一夜の甘い夢……女の技巧よ……」

「はいよ〜、勝者のブライアンには3個な〜」

「しゃあっ!」

 

 戦いの場は白熱している。

 勝者は美酒に酔い、敗者は項垂れ寂しくチーズを齧る……いや量が違うだけで食ってるものは美味いはずなんだけどな。

 負けただけで随分と落ち込むなこいつらは……。

 

「今回もアレックス参加するのかよ」

「うちの副団長にチーズを勝ち取ってこいと言われてしまいまして……モングレルさんもですか?」

「美味そうなチーズだからなー、せっかくだし今回もサクッと勝って多めに貰っとくぜ」

「自信ありますねー……」

「そりゃ負ける気はしねぇよ。俺には賢者より受け継がれた知識があるからな」

「胡散臭いなぁ……」

「おいモングレルさんよォ〜……そいつは聞き捨てならねえぜ〜……? サクッと勝ってだァ……? そいつは俺との勝負が楽勝だっつー侮辱だぜぇ!?」

 

 なんかまたチャックが突っかかってきたよ。

 

「いや別にお前と対戦するとは決まってないじゃん」

「俺が決めた! 主催者権限だァ!」

「チャックのリベンジマッチだぁ!」

「三度目の勝負だ! 今回はチャックの勝利となるのか!? それともモングレルの連覇で終わってしまうのか……!?」

 

 おいおい俺ヒール扱いかよ? どう見てもチャックのがヒールって顔だろが。

 

「──モングレルよ……勝ち上がってこい。俺の居る高みまで──」

「嫌です……」

「問答無用だァ! いくぜ俺の先攻ッ!」

「出たー! チャックさんの主催者権限イニシアチブだー!」

 

 やっべまた先攻取られた。

 まぁ取られても勝ってきたから別にいいんだけどよ。

 

「ククク……前回、前々回と男ネタでやられちまったからには、同じ戦場で汚名をそそぐしかねェ……! くらいやがれ! 男は……“玉”でも感じる……ッ!」

「おおっ! マジかよ!」

「痛いだけじゃないのか!?」

「まだまだァ……追加攻撃だぜェ〜ッ!」

 

 追加攻撃!? そんなんあるの!? 

 

「他にもなァ……“男は太ももでも感じる”んだぜェ!」

「太ももで!? ただの脚なのに……!?」

「チャックさん適当に言ってるだけじゃ……判定は……一体……!?」

「──有効! 二連撃!」

「うおおお決まったぁああああ!」

 

 二連撃!? なんかコンボとかそういう概念あったりするのこれ!? 

 くそ、未だに戦いのルールの全容が見えてこねえ……! 

 

「さすがのモングレルでもこれは厳しいだろうがよォ〜……へへへ……凄腕の娼婦の姉さんに聞いた情報だぜェ……!」

「……これは、決まったな」

「ここから逆転するのは、ディックバルトさんくらいでないと……」

 

 ギャラリーは既に勝負が決まったかのような雰囲気を放っている。

 おいおい……確かにコンボシステムには驚いたがよー……。

 

「……なぁ、誰がいつ白旗をあげた?」

「ッ!? こいつ、まだ戦意を……!」

「チャック……お前は俺に二度、敗北を喫している。そのくせ三度目も俺に楯突いた……以前と同じ、弱いままでな」

「なっ!? 何を……!」

「うんざりだよ、お前……二連撃? たったそれだけのクソ雑魚パンチでこの俺に勝つだって? 笑わせてくれる……」

「は、ハッタリだ! 今回のは、俺の勝ちで……!」

「なら、倍プッシュだ」

「……!?」

 

 ざわりと、空気が変わる。

 

「俺に勝てるって吠えるならよ……賭けてみせろよ……チーズを、“6欠片”……!」

「なんッ……!」

「まさかこいつ、本気でチャックさんに勝つつもりか……!?」

「わからねぇ……このスケベバトル、もう俺たちの目で追えるスピードじゃない……!」

「なに、俺だってタダでチーズを増やせってわけじゃない。俺が負けたらチーズは一欠片もいらねぇよ。なんなら銀貨を賭けてやってもいい……」

「モングレルさーん? ギルド内で公然と現金賭博をされるのは困りますねー?」

「あ、ミレーヌさんごめんなさい……じゃあチーズだけという方向で……」

「それなら構わないですよー」

 

 あっぶねえミレーヌさんにガチギレされるところだった。

 

「くッ……ああ良いぜッ! チーズ6欠片! 言われてみればそんなに大したことねえ賭け金だ! 乗ってやる、その勝負ッ!」

「うおおおお! チャックさんが倍付けに乗ったぞぉおお!」

「でも現金じゃないからイマイチ盛り上がらねぇなぁあああ!」

「ノリで盛り上げろぉおおお!」

「さあ……来いよモングレル! てめぇなんざ怖くねぇ!」

 

 ふう、どうやら覚悟を決めたらしいなチャック。

 良く吠える奴だ。その勇敢さに免じて……一切の慈悲なく、幕を下ろしてやる。

 

「“口、耳、首筋”……」

「……!?」

「“腋、乳首、背中”……」

「な、なんだてめェッ! 一体何を……!?」

「──ぬぅッ! これは……ッ!」

 

 気付いたか、ディックバルト。だがもう遅い。

 

「“へそ、鼠蹊部、会陰部、肛門、内腿、膝、足指”……ふぅ、やれやれ。まあひとまずこんなところだな」

「な、なんだこいつ! さっきからベラベラと! ただ身体の部位を連ねやがって〜……!」

「……まだ喋るのか、チャック」

「何を……! いや、まさか、そんなッ」

「俺が今挙げたのは……“全て男の性感帯だぜ”?」

「あべしッ!」

 

 その瞬間、チャックは3メートル近く吹き飛ばされて床に倒れ込んだ。

 哀れな奴め。自分が死んでいたことにも気づかなかったか……。

 

「──勝者、モングレルッ!」

「チャ、チャックぅーッ!」

「マジかよ! 男もそんなに感じるのか!」

「知らなかった……自分の身体なのに……!」

「──うむ。だが、これらも意識して触れることで感度を高める他に“覚醒”の手段は無い……だが、確かに存在するのだ……天晴れだ、モングレルよ……」

「へ、へぇー……まだそんなに色々、あるんだー……」

「誰か、誰かチャックに気付け薬を!」

「酒で良いか!?」

「ああそれで頼むッ! チャック、目を覚ましてくれ……!」

「ゴボボボ……」

 

 馬鹿め。俺に歯向かうからこうなるんだよ。

 チーズは貰っていくぜ、ありがとよチャック。はっはっはっ。

 

「──さすがだな、モングレル。よもやそれほどまでに男の身体に精通しているとは……──もしやお前も俺と同じく、そういった店にも……?」

「いや、俺のは通りすがりのスケベ伝道師から聞いた」

「またしてもスケベ伝道師かよ!」

「探してもいなかったぞスケベ伝道師!」

「在野にこれほどのスケベ伝道師がいたとはな……」

「ていうか今ディックバルトさんヤバそうな事言ってなかったか……?」

「聞かなかったことにしろ……任務に差し支える……!」

 

 こうして俺は6欠片の高級チーズをふんだくり、テーブルへと舞い戻った。

 

「……モングレル先輩、相変わらずスケベ話好きなんスね」

「いや、好きというか……知ってるだけだから。ほら二人とも、そんなことよりチーズおあがり」

「わーい」

「ウルリカも食えよほら。あ、俺のエール温くなってやがる……!」

「あ、うん……いただきまーす……」

「畜生、温いエールじゃせっかくの美味いチーズも……いや、全然イケるなこれ……」

 

 その日、俺はアルテミスの後輩らと若木の杖の女の子たちに白い目で見られながらも、普段はなかなか味わえないカビチーズの旨味を堪能したのだった。

 

 

 



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シュトルーベの亡霊

 

 夏が来た。

 街を歩く人々は本格的に薄着になり、恥ずかしげもなく街を歩いている。

 ファンタジー世界の人間がやけに露出度が高いのは理に適っていた……? まぁただのそういう文化ってだけなんだろうけども。

 

 男ならまだしも、女まで特に羞恥心もなくそんな調子だ。生足ヘソ出し肩出しを平気でやりおる。眼福といえば眼福だ。

 しかしムダ毛が見えてると有り難みが薄いな。ちゃんと処理してほしいもんだぜ。俺は生まれる世界を間違えたのかもしれんな……。

 

 俺もこの季節ばかりは装備を変えて、薄手の服を着るようにしている。

 通気性の良いレザーとかいうミラクルな素材もあるんだが、普通に布の服一枚だ。パッと見た感じ半袖のシャツ。ゴワゴワな材質も相まってアロハシャツっぽいかもな。

 そんな地味な男が安売り品のバスタードソードを一本持って任務に臨むわけだ。初期アバ冒険者の爆誕である。剣が無かったらマジでただの一般人にしか見えないだろう。

 

 しかし、ここまでやっても背嚢を背負った時とかはどうしようもなく蒸れる。蒸れ防止にメッシュ状の背中パッドでも作ろうかと思ったが、毎回そこまでいかずに断念している。俺一人にできる工作なんてたかが知れてるからな……。

 

 

 

「大麦の収穫手伝い、今年は随分とまた多いなぁ」

「はい。ビールやウイスキーの増産により作付けも増えましたからね。年々少しずつ増えていましたが、来年はさらに忙しくなると思いますよ」

「小麦収穫の時みたいに、ギルドマンを護衛にかりだしたりとかするのかね? ミレーヌさんは何か聞いてる?」

「うーん、我々の方でも先々のことはまだ……それでもさすがに護衛依頼の数が多くなってきたので、来年以降はあり得る話かもしれませんね」

「そっかぁー」

 

 大麦の収穫も今がシーズンだ。収穫の手伝いやその護衛の依頼も結構多い。ブロンズにとっては稼ぎ時かもしれんが、タラタラした遠征がめんどい俺としてはちょっと微妙なところだな。

 他の依頼も特に目ぼしいものはない。今の季節はクレイジーボアも不味いし……となると、しばらくギルドマンをお休みってことにしても良さそうだな。

 

「よし決めた。ミレーヌさん、俺何日か野営に出るから。自由討伐はまぁ、気が向いたらやる感じで」

「野営ですか。目安はどれほどでしょう?」

「七日ほど見てくれ」

「随分と長いですね? ああ、そういえばモングレルさんはこの時期はいつもそうでしたっけ」

「夏は夜営しても凍え死ぬことはないからな。のんびり外で過ごすには丁度いい季節なんだよ。外で燻製を作るのも良いもんだよ、ミレーヌさん」

「ふふふ、そうですか」

 

 そんな男のロマンにはあまり興味が無いのか、ミレーヌさんは適当な愛想笑いで流した。悲しいぜ。

 しかし問題なく自由討伐の許可は出た。この期間中は街の外にいても不審者扱いはされないし、そう思われないだけの信用も俺にはある。

 

 七日間の野営。まぁそういうのも悪くはない。俺の好みだ。

 けど今回俺がやるのはそういう遊びではなく……ちょっとした里帰りだった。

 

 

 

 東門から出てシャルル街道を通り、バロアの森に入っていく。世間的にはここで一週間過ごす事になっているが、俺はそれを無視してさらに東へと進んでゆく。

 

 身体強化を込めた走り全振りの体勢で、木々の合間を縫うように走る。

 今日は背中に色々と荷物を背負っているので重かったが、それでも俺の体力を圧迫するほどではない。誰も見ていないのをいいことに、悪路をガンガン突き進む。寄り道したとしても、道中で月見草をいくつかプチプチと採取するくらいだな。

 

 やがてエルミート男爵領の端っこに入る。ここらへんになるともう俺はお客様というか誰だこいつって扱いになり得るので、なるべく見つからないように森深いルートを通る。

 こんな森だが迷うことはない。お手製の方位磁石を持ってきてるからな。ただこいつ、この世界の磁力の特性なのかなんなのか、北を示す訳ではないので少し厄介なんだよな。多分だけど魔大陸側を示している。原理は謎だ。

 そのせいでちょっと見辛いんだが、東を示した時の針の形さえ覚えておけばあまり問題はない。

 

「あ、こんちはー」

「グゲッ」

 

 登山中はすれ違うゴブリンにちゃんと挨拶がわりのバスタードソードを叩き込んでおくことも忘れてはいけない。

 エルミート男爵は別に好きじゃないが……まぁギルドマンの嗜みってことで。この駆除はサービスだぜ。

 

 ここまでガンガン走っても目的地には着かない。

 暗い中を走っても危ないし怖いだけなので、その日はさっさとテントを設営して眠った。魔物除けのお香を焚きつつ虫除けの煙も出してたのだが、この季節は虫が多くて大変だ。寝苦しいわ鬱陶しいわ……。

 さらに夜中、一度ゴブリンが鳴子に引っかかってうるせぇ声を上げて俺を叩き起こしてきやがったので、静かにさせてやった。鼻は削がない。汚いので。

 結局寝心地はあまりよくなかった。秋とか冬の方が野営はやりやすいな……個人的に……。

 

 早朝、うっすらと明るくなってからすぐに出発。川で水筒を補充して、再び森をズンズン突き進む。

 そうして進んでいくと道なき道は更に険しくなり、高低差の激しい地形になってきた。ここまでくるとラトレイユ連峰の端っこに入った所だろう。

 山登りしながら走るのは流石にしんどいので、街道に出ないよう注意しつつ林などで身を隠しながら東へ。

 

 その日も適当な水辺の近くで野営だ。

 飯は持ってこなかったので、設営中に襲いかかってきたハルパーフェレットを三匹ほど叩き殺し、焼いて食うことにした。

 しかしこのハルパーフェレット、肉食の魔物なせいかクソ不味い。

 

 ハルパーフェレットはイタチに似た魔物で、尻尾が太く長く、尻尾側面に鱗のようなギザギザした硬い角質を持ち、それを振り回したり叩きつけたりして獲物を斬りつけるという独特な攻撃手段を持つ。

 体は猫サイズだが大きな人間や魔物相手にも怯むことがなく、果敢に襲い掛かる凶暴な連中だ。

 毛皮はそこそこ高く売れるんだが……肉が壊滅的に不味すぎる。他の獲物を探して狩っておくべきだったかもしれん。

 

 結局この日は腹八分目すら届かない程度の食事で済ませ、さっさと就寝した。肉はほぼ食い切れず、大分残してしまった。許せイタチ……。

 

 

 

「腹減ったなぁ」

 

 翌日は再びトレイルランニングだ。

 とはいえここまで東進すると辺境も辺境、サングレール聖王国との国境に近くなるので、主要な集落は減って軍事拠点が多くなってくる。

 その軍事拠点も街道の見張りをやってる小さな砦くらいなもので、森を通れば大した問題にはならない。

 

 そして俺の目的地が近くなると、そんな砦さえも少なくなってくる。

 

 

 

「あー、やっと着いた……はぁ、はぁ……疲れた……」

 

 俺はシュトルーベ開拓村に到着した。

 いや、今はもう村じゃないか。ここはシュトルーベ開拓村があった場所。その廃墟に過ぎない。

 

 ここが俺の生まれた土地。国に見捨てられ、敵に滅ぼされた故郷だ。

 

「年々自然に飲まれていくなぁ……あと二、三年もせずに森に飲まれるんじゃねーの、これ」

 

 廃村というとカラッカラに乾いた荒野に煉瓦が散らばっている風景を想像する人が多いかもしれないが、ここシュトルーベは自然を切り拓いて作った場所なので、荒野みたいにカラカラになることはない。

 踏み固められた土の道も、砂利道も、全て雑草に覆われるだけだ。これを更に放置するとやがて小さな木も生えてくるんだろうが、それにはまだもうちょっとかかるだろうな。

 今はまだ草ぼーぼーの空き地ってところである。

 

「えーと、見張り台はあれで……風車君mk.2が向こうで……俺んちはあそこか。……うわ、魔物の寝床にでもされたかな。去年より酷えや」

 

 廃村の資材は、大体が攻め滅ぼされた時に奪われている。

 家を作る板材や柱、金物、そういったものは大体根こそぎだな。残っているのは建物の基礎部分と、略奪するのが面倒で手をつけられることのなかった部分くらいだ。

 その中でも俺の暮らしていた家は基礎をしっかり作っていたので、まだ村全体を見ても形を残している方だろう。……石造りの基礎に倒壊した屋根だけの構造物ではあるが。

 

 まぁ、小さな獣や魔物は住み着く余地はあるが、野盗が拠点とするにはちとワイルド過ぎる状態。ある意味こうして人が来ない環境の方が、俺にとってはありがたい。

 こうして毎年、気兼ねなく両親の墓参りに来れるわけだしな。

 

「おーい、来てやったぞ。父さん、母さん」

 

 家の裏側に置かれた大きな墓石。

 ただの高い石を二つ並べただけのそれが、俺の両親の墓標だ。

 この下に二人が眠っている。仲良くかどうかはわからん。ラブラブな時も多かったが、結構喧嘩もしてた二人だからな。俺がいないと仲が拗れる事が多かったから、今はどうしているんだか。子はカスガイって言うが、前世補正がなかったら普通にギスギスしてた家庭になってたと思う。良くも悪くも若いカップルだったんだ。

 

「花を持ってきてやったぞ。月見草を枯らさなかったんだ、感謝してくれよな」

 

 俺は父さんの墓標に月見草を、母さんの墓標にそこらへんで摘んだタンポポの花を供えてやった。

 線香の文化はない世界だが、なんとなく魔物除けのお香を焚いてそれっぽくしてみた。雰囲気出るやん……ちょっともったいないけど。

 

「二人の年齢を越して、もう俺が歳上だからな。変な感じだよなぁ、俺まだ30だぜ? ……っつっても30なんだよな……やべぇよな。こんなクッソ暇な世界なのに年月が流れるの早すぎだよ」

 

 前世では、ほぼまったく霊とかそういうのは信じてなかった。

 今でも俺は科学の方を信用してる。……が、何より俺自身が転生するとかいうミラクルを起こしちまったからなぁ。

 アンデッドもいる世界だ。正直こうして墓の前で話す時も、なんとなーく墓石の裏側に二人が居そうな気がしてならない。そう思いたいだけなのかもしれないが。

 

「本当は墓石にウイスキーでもぶっかけて二人に自慢してやろうと思ったんだがな。売ってねえんだよどこにも。また貴族に奪われてるのかね。ムカつくよなぁ本当に。まぁ、だからそれは来年の楽しみにとっておいて貰えるか? 来年になれば多分一本くらいは手に入ると思うからな」

 

 バスタードソードを抜き放ち、墓石周りの草を刈る。夏だからボーボーだわ。昔は草刈りもやり甲斐のある仕事だったんだが、もうこの草を小さな手作りコンポスト君にぶち込むことはない。そこらに放置だ。

 

「去年話した後輩と釣りに行ったよ。魚があまりいないからエビとかカニだけどさ。やっぱり水辺は良いよな。ここの貯水池も……今は土砂で埋まってるんだったか。まあ、あれだ。こっちは近くに大きな川もあるし、多分やってれば何か釣れると思う。それが今のところ、俺の楽しみにしてることかな」

 

 一通り草刈りしたら、廃墟と化したマイホームに絡まるツタを引き剥がす作業だ。

 

「知り合いも後輩も増えたよ。レゴール伯爵領は良い所だぜ。人がどんどん増える割に治安が良いからな。貴族は全員死ねって前言ったけどあれは本格的に取り消さなきゃいけないかもしれん。中にはまぁ、そこそこ良い奴もいる。当たり前なんだけどな。一例を実感するってのはでけーよ、やっぱ」

 

 ふう、野良仕事終わり。

 

「後は何か話すことあったっけ……」

 

 会話のキャッチボール無しだと、結構きついな。

 葬儀場の棺で眠る前世の親父を思い出すな。あの時もどう声を掛ければ良いのか迷ったもんだ。こっちが勝手に喋ってればいいだけなのにな。

 

「……まぁなんだ。孫の顔は見せてやれるかアレだが、長生きはするぜ、俺はよ」

 

 大荷物から装備品を取り出し、身体に身に付けてゆく。

 ああ、夏だとあっちぃなこれ……直射日光に当ててないのに……。

 

「だから心配せずに死んでてくれ。別世界に転生するのもいいぞ、この世界でゴーストとして彷徨われると俺が間違ってぶっ殺しちまうかもしれないからな。できれば他所に行っててくれ。ああ、神様からもらうチートスキルは鑑定かアイテムボックスがおすすめだぜ。どっちかがあれば生きていけるからな。選ぶ機会があれば覚えといてくれ」

 

 ぐるぐる巻きにした布を剥がし、兜を露わにする。それも装着。うーん、こっちはひんやり気味。野外で活動していたらどうせ蒸し暑くなるんだろうけど、今は天国だ。

 

「……じゃ、村の周りを少し掃除したら帰るから。またな」

 

 完全装備を身に纏い、俺は村の中央へと歩を進めた。

 

 ここシュトルーベは既にサングレール領。だが、連中は占領し終えた後もこの村まで居を構えることはない。

 

 何故か。

 俺が毎年、この村や、村の周りにいるサングレールの軍事施設を襲っているからだ。

 

 ハルペリアは知る由もないことだが、サングレールの奴らはもう二十年近くずっと恐れ続けている。

 この地に現れる、人か魔物かもわからない、“シュトルーベの亡霊”を。

 

「“(イクリプス)”」

 

 俺はギフトを発動し、毎年恒例の哨戒活動を始めた。

 

 

 

 結果から言えば、今年は作りかけの無人の砦を一つぶっ壊すだけで終わった。

 平和で大変よろしい。来年は建築もやめてくれると助かるね。

 

 



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帰宅と次の遠征計画

 

 レゴールに戻ってくると、空に向かって大あくびしていた門番が“おう”とやる気なさげに出迎えてくれた。

 

「ん? モングレル七日も外に居たのか?」

「ああ。奥の方で色々取って食ってを繰り返してたよ。見ての通り、獲物はほとんど毛皮ばっかりだ。食えるもんは全部食っちまったよ」

「おー、肉かと思ったぜ。その膨らんでるの全部毛皮かぁ」

「食えるもんじゃなくて悪いね。ハルパーフェレットのジャーキーなら作ったけどいる?」

「不味いやつだろそれは。いらねえよ、さっさと通れ!」

「へーい」

 

 処理場で毛皮を預け、なめし料を支払う。何の処理もしてない毛皮を持って帰ってきただけでは金にならないのだ。皮なめしの代金を払って出来上がった物をどうにかして、そこでようやく俺の収入になってくれる。

 今回はハルパーフェレットの皮がまとまった数取れたから良い金になるぜ。金持ち向けの高級毛皮として需要が高いんだ。冬物の襟元とかによく使われるらしい。確かに良いかもな。

 

 

 

「あれ、モングレル先輩。なんか久しぶりっスね」

「ようライナ。ちょうどさっき野営から戻ってきたところだ」

 

 宿に荷物を預けてからギルドに顔を出してみると、何やらライナが年下の男女に弓の引き方を教えているところだったらしい。

 いっちょ前に先輩してるなこいつも。しかし背丈が低いせいでライナの方が年下に見えてしまう。

 

「ええと、じゃあこれから先は、ギルドの修練場でやった方が良いスから……」

「ありがとう、ライナさん!」

「教えてくれてありがとうございました!」

「っス」

 

 礼儀正しいガキ共だ。ああいう子たちは犯罪奴隷にならずに済みそうだな。俺の偏見だけど。

 

「……野営って、バロアの森に行ってたんスか?」

「おお。ゴブリンはっ倒したり、イタチを仕留めたりな。あとはだいぶ前に作りかけになってた迷惑なかまどがあったからぶっ壊して遊んだりしてたぞ」

「なんか楽しそうなことしてたんスね……」

「破壊は良いぞライナ……破壊は己の心を癒やしてくれる……」

「貰えるもんなら私も破壊力のあるスキルが欲しいっスよー……」

 

 どうやらライナは自分のスキルのことでお悩みらしい。

 そういや団長のシーナから二個目のスキルが生えてくるまで昇格は禁止って言われてたらしいしな。本人としちゃ焦る所もあるんだろうか。

 

「おーいすいませーん、エールふたつー」

「はい。ですけどそれよりモングレルさん? 先に帰還の報告が先なのでは?」

「おっとそうだった。忘れてたわ。すんませんすんません」

 

 今回の自由討伐の成果、つまり処理場で認められた討伐記録を提出し、任務は終了。

 張り出されている依頼ではないこういったフリーでやる討伐は、ほとんどの対象について報酬が低く設定されている。

 それでもまぁ無いよりはマシなので貰うんだけどな。この金でエールと何か適当に買ってっつーところだよ。

 

 お金とエールを貰ってテーブルに戻ると、ライナは小さく頭を下げた。

 

「ほらよ。まぁ飲め」

「あざっス」

「すげー不味いジャーキーもいいぞ」

「ええなんスかそれ……」

「ハルパーフェレットのジャーキーだ。あいつらそのまま焼いて食っても不味いしジャーキーにしても不味いんだ」

「マジっスか……どれどれ……いや普通の肉……うぇえ……」

「ほらな不味いだろ?」

「ハッキリ言ってこれは毒っスよ……」

「マジでハッキリ言うねえ」

 

 まぁまぁ、食い物なんてどれも経験だから。味の良いものを食いたいだけなら牛と豚と鶏で終わっちまうんだから、こういうのを味わっておくのも人生は大事だぞ。

 

「で、スキルがなかなか習得できずに焦れてるって感じだな」

「……まぁ、はい。一応ちょくちょく外に出て鳥相手に射ってはいるんスけどね……大型の魔物とか仕留めないと駄目なんスかねぇ……」

「どうだろうな。けど時期的にはそろそろなんだろ?」

「一個目は早かったんで、そろそろのはずなんスけど」

 

 スキルは自身の経験によって習得できるものが決まる。

 剣を振るう者には剣のスキルを、弓を扱うものには弓のスキルって具合だ。

 ライナは俺みたいに装備で変な浮気はしないし、サブウェポンだってほとんど使っていないはずだ。意識的に弓をバンバン使って狩りもしているし、次こそは補助以外のスキルが来て欲しいところなんだろう。

 思春期らしく頭を抱えうーうー唸っている。真面目な悩みだなぁ。

 

「あんまり思い悩むなよ。スキルなんて数年に一度の気が長いものなんだから。アレが欲しいコレが欲しいなんて思ってたって、何年も嫌な気分で仕事するハメになっちまうぞ?」

「うう……わかってるんスけどねぇー……」

「たまには別の場所で狩りをしてみるとか、気分転換になって良いんじゃないか」

「気分転換……あ」

 

 ライナが顔を上げた。

 

「そういえば今度アルテミスで遠征に行くことになったんスよ。ドライデンの方に」

「ドライデンか。護衛任務だな」

「っス。で、そのついでに向こうのザヒア湖近辺で狩りをしようかと思ってるんス」

「湖か。涼しげで良いじゃないか」

「まぁそんな大きい湖じゃないらしいんスけどね。外から来る人が言うには」

 

 ザヒア湖といえばドライデンのもうちょっと奥に行った所にある湖だな。ドライデンはここから流れ出る水を生活用水として活用している。

 俺はそこまで行ったことはないな。

 

「……モングレル先輩も一緒に行かないスか。ザヒア湖」

「んードライデンかー遠いからなー」

 

 それにアルテミスと一緒ってのがなー。

 

「でも湖だし釣りとかできるっスよ」

「お」

 

 そっか湖で釣りか。こりゃ良い。

 

「じゃあ行くわ」

「早っ! 釣れるの早すぎじゃないスか!」

「釣りと聞いたらすかさず食らいつく。レゴール支部のブルーギル・モングレルといや俺のことよ」

「なんすかブルーギルって」

「わからん。結構前に見た怪しい魚図鑑に乗ってた気がする。針だけで釣れるぞ」

「簡単な魚もいるもんスね……」

 

 湖なら水深もあるしそこそこの魚もいるだろう。水鳥がいるなら尚更だ。

 よしよし、良いぞ良いぞ、面白くなってきた。楽しみじゃないか、ザヒア湖。

 

「ライナも一緒に魚釣りしてみないか? いくつか竿持ってくから」

「えー……またこの前みたいに疑似餌失くしちゃうと申し訳ないんスけど……」

「大丈夫大丈夫、失敗なんていくらでもするもんだ。それに今回はいくら失くしても大丈夫なくらい予備を持っていくからな。一緒に湖の主を釣り上げようぜ。そんで美味い魚料理食わせてやるよ」

「魚料理っスかー」

 

 なんだその態度は。腕組んで悩んでるけど。

 

「ライナは魚はお好きではないと?」

「んーそんなことはないスけどねぇ……美味しいんスよ? けど食べるのが面倒なわりに食べる場所が少ないというか……」

「そりゃ干物のせいだ。任せておけ、俺が本当に美味い魚料理を作ってやるからな」

「モングレル先輩の魚に対する情熱はどっから来るんスか……」

「ここだ」

「心臓スか」

「だいたいそんなとこだ」

 

 まー本当は川魚じゃなくて海の魚のが良いんだけどな。刺し身にできるし。川魚の刺し身は寄生虫が怖すぎるというかアウトだ。

 それでも癖のない淡白な川魚の味わいは魚初心者にはうってつけだろう。自分で釣った魚となれば美味さも格別のはずだ。

 

 竿は新しい試作も合わせて三本あるから……もう一本はウルリカにやらせてみよう。

 

 考えてるとなんか楽しくなってきたな。こうしちゃいられねえ。帰ったら早速釣り道具のメンテとルアーの増産をやっておかねえと……。

 

「……メインは私の水鳥狩りっスからねー?」

「わかってるわかってる」

「本当にわかってるんスかねぇ……」

 




当作品の評価者数が2300を突破しました。すごい。

皆様のバッソマンの応援、いつも励まされています。ありがとうございます。

陽性が出たのでもしかするとお休みいただく日が出てくるかも知れませんが、特に問題無いようなら普通に更新を続けていきます。

これからも応援よろしくおねがいいたします。

(廃棄*・∀・)ァアアアア


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君だけの飛び道具を選ぼう

 

 釣り旅行への出発まではまだ数日ある。

 この間に俺は釣り道具の備品を加工したり、市場でスカイフォレストスパイダーのたっけぇ糸を購入したりと、着々と準備を整えていた。旅行前の支度をしてる気分だな。俺はこういうのが結構好きなタイプだ。

 

 あとは向こうで使う金を稼ぐために、少し心許なくなった財布を厚くしてやろう。

 そんなノリで何か適当な任務でもするかーとギルドに顔を出してみると、テーブルを囲んでいた連中が一斉に俺の方を見た。

 

「モングレルさんだ」

「聞いてみる?」

「けどモングレルさんだぜ? 聞いてもなぁ……」

「一応聞くだけ聞いてみようよ」

「そ、そういう言い方は失礼になってしまうのでは……」

 

 入り口から入ってすぐのテーブルに陣取っていたのは、成人になってるのかなってないのか程度のガキの集まりだった。

 見た感じ所属するパーティーもバラバラで、中には「若木の杖」のミセリナの姿もある。ジョブもバラバラな連中が集まってるってのは結構珍しいな。

 

「なんだなんだ。このベテランギルドマンのモングレル様に何か聞きたいことでもあるのか」

「……どうする? この人に訊くのか?」

「後でお金を請求されたりするんじゃないかしら……」

「しねーよ! 俺のことを何だと思ってるんだテメェらは」

「……」

「……」

「……」

「いや、言っちゃいけないことを自分の喉元で留めておくのは良いぜ? でもその沈黙がもう……いややっぱり良い。ここはお前たちの大人な振る舞いを褒めるだけにしておくぜ……」

 

 見てみると、テーブルの上には幾つもの装備品が転がっていた。

 まるでギルドでたまにやってる中古市みたいだな。……しかしどれも同じジャンルの武器ばかりだ。

 

「投擲武器か」

 

 テーブルに広げられたのはどれも飛び道具ばかり。

 投げるのにちょうどいい金属製の礫だったり、小さなナイフだったり、ダートだったり。よくもまあこんな色々と揃えたもんだな。

 

「そうなんだよモングレルさん。俺達みんな剣士か魔法使いなんだけど、それでも幾つか飛び道具は持ってたほうが良いなって話になってさ。ほら、俺も剣士だけどその時によっては相手に近づけなかったりするし。そういう場面だと何か投げられるもんあったほうが良いかなって」

「ふーん、まぁ殊勝な心がけじゃないか。ウォーレンだったっけ。お前は何使ってるんだよ」

「俺はこれ! 投げナイフ!」

「まぁ普通だな」

 

 投げナイフは普通のナイフよりも取っ手が簡素で、少々コンパクトになった飛び道具だ。いざという時普通のナイフとしても使えるから結構便利である。飛び道具以外の使い道があるっていうだけでもありがたいよな。

 

「あの……私のはこれです。あまり多くは持てないので、一本だけしか持ってないですけど……」

「ダートか。軽いからミセリナみたいな魔法使いにとっては悪くないんじゃないか」

「は、はい」

 

 気弱そうな魔法使いのミセリナはダートを使っているらしい。

 ダートは名前のまま、現代のダーツを大きめにしたような投擲武器だ。使い方も概ね同じ。投げることで標的に突き刺す。手槍の軽量版って感じだな。

 金属資源に乏しいハルペリアではこういう大部分が木材で必要な箇所だけ小さく金属を用いている武器は安くて使いやすい。失くしてもあまり懐が傷まないからな。

 

「俺はこれを使ってます。手斧です! 重いしかさばるので一個しか持てないですけど、一撃は重いし便利なので愛用してるんですよ!」

「フランクは手斧かー、似合ってるな。名前とか」

「名前?」

「いやなんとなくな」

 

 前世ではフランキスカという手投げ斧があった。フランクと名前が似てるし運命的な何かを感じるな。

 史実でも結構強かったはずだ。斧が飛んでくるんだぜ? そりゃまぁつえーよな。

 

「私はこのダガーを使ってるわ!」

「ミセリナさんの使ってるダートとは違う、もうちょっと長いやつを僕は使ってます。針が長いので獣相手にも十分刺さってくれる……はずです、多分」

 

 それからは続々と自前の飛び道具自慢が始まる。どうやらテーブルの上の武器たちはこいつらの持ち寄った自慢のアイテムだったらしい。

 

「……もしかしてお前らのしてる話って、どの飛び道具が一番良いかって奴かい?」

「よくわかりましたね、モングレルさん」

「そうなんだよ! 俺は投げナイフが良いと思うんだけどなぁー。一番普通だしさ。上手く刺さるとかっけーし……」

 

 かっこいいのはわかる。だいぶ前にバタフライナイフっぽいナイフアクションやろうとして手を怪我してからやってないけど。

 

「でも魔物に投げて刺さった後、半矢で逃げられちゃうこともあるでしょ? そういう時に高価な武器だと損するじゃない!」

「そりゃぁ……一撃で仕留めるさ!」

「やっぱり手斧ですよ! 一撃で相手を殺せば問題ありません!」

「こ、怖いですけど、それも真理ですよね……しかし、やはり重すぎる装備は負担になりますし……」

 

 そうだな。殺傷力、利便性、携行性、経済性。いろいろな兼ね合いがあって難しいよな、こういうサブウェポン選びは。

 けどそれだけに自分に合った装備を選べるっていうのは面白いもんだ。それにほら、サブだと若干自分のロマンに寄っても良いしな。うん。

 

「なあモングレルさんはこの中ならどれが良いんだよ! 教えてくれ!」

「……まぁ持ち運びできる体力とかそういう問題もあるし、目的に合わせて個人の好きにした方が良いってのはあるんだが……そういう回答は望んでない感じ?」

「えー? 一番強いやつを決めてくれよぉ」

 

 最強厨かよお前ぇー。しょうがねえな選んでやるよ。

 

「えーロマンのない結論を言わせてもらうぞ。こん中で一番強いのは手斧ですわ」

「ほらきました! やはりモングレルさんはわかってますねぇ」

「マジかよぉ」

「強いのはわかりますけど……」

「単純に威力が強いからな。ゴブリンを一撃で殺せるのは当然として、上手く刺さればクレイジーボアやチャージディアも仕留められるかもしれないってのがデケェよ。他の武器だとそうはいかないしな」

 

 テーブルの手斧を持って軽く上に投げ、キャッチする。この普通の斧とは少し違う絶妙な重心。良いよね。

 

「ただ重いから持ち運びは面倒なのは事実だ。野営の時に薪割りしたり解体する時には便利かもしれないが、それは全員が持ってても仕方のない性能ではあるしな。あと木の上にいる鳥を狙ったりできないのも辛い。射程が無いから気軽に使えないのは残念なポイントだな」

「ぐ……まぁ、そうですが……」

「でもまぁ一番強いよ。パーティーメンバーで一人くらいは持ってたほうが良いんじゃねーの」

 

 次に手に取るのはダート。手投げデカダーツだ。

 

「鳥も狙えるって意味ではダートが使いやすいな。本当にいざって時は魔法使いが接近戦にも使えるし、軽いし安い。こっちを選ぶのも間違ってはいないぜ」

「よ、良かった……自信が無くなってました……」

「まぁできれば毒を仕込めるタイプが良いかな。針は長くてもこれだけじゃ殺せないことも多いし」

「毒、ですか……はい……」

 

 次に手に取ったのはウォーレンの投げナイフ。まぁまぁ、これはこれでいいよ。

 

「投げナイフは場所取らないしダメージもそこそこあるし、使い道は色々あるし良いよな」

「だろー?」

「でも普通にナイフとしての役目のほうが多くて投げる機会あんま無いんだよな……」

「……」

 

 沈黙は肯定。そう、投げナイフの使い所ってあまりないんだよな。

 刺さってもクレイジーボアとか相手だとダメージあまりないし。むしろ刺さったまま逃げられる場合のロストが怖いからあまり投げたくないし。滅多に逃げない相手ではあるが……。

 でもまぁ、結局剣士にとっては飛び道具は全部牽制みたいなもんだしな。何使ってもいいんじゃねーの。

 

「……そういうモングレルさんは結局何を使ってるんだよー?」

「俺も気になります」

「盾も持たないのに飛び道具は持ってるのかしら」

「弓が下手っぴだって聞いたよ」

「普段弓を持ち歩いてるわけじゃないのにね」

「見せて見せて」

 

 うるせー奴らだ。飛び道具か。俺はあんまり普通の狩りでは使わないんだが……。

 

「んー、俺はいつでもどこでもバスタードソードだけでなんとかするギルドマンだからな……何かあったかな……」

「……荷物の奥の方を探すような飛び道具ってなんだよ」

「全然使ってないじゃん!」

「うるせー! あ、そうだこっちに入れてたな」

 

 荷物の前ポケット。そこを補強も兼ねてスッと差し込んでおいた薄型の武器。これこそが……今俺が持ってる唯一の飛び道具だ。

 

「じゃーん、旧ハルペリア軍で制式採用されてたチャクラム!」

 

 俺が取り出したのは薄いリング型のカミソリ。前世ではチャクラムと呼ばれていた飛び道具だ。三枚だけ入ってる。

 穴が偏っていて真円ではないが、おかげで投げた時に不規則な回転を見せるため、ちょっとだけ刺さりやすくなっている。……らしい。

 

「あーこれ聞いたことある! 昔使われてた飛び道具だ!」

「絵本の挿絵とかでもあるやつだ。古いなぁ……ちょっと煤けてる。使い込まれてるのかな……」

「……モングレルさん、これって使えるんですか?」

「……」

「なぜ沈黙してるんですか……」

 

 そりゃまぁ、うん。

 

「いや……俺もこれをな、骨董屋で買ったは良いんだが……ちゃんと研いだぜ? 研いだけどこれあんまり刺さってくれなくてな……」

「……使えないんだ」

「なんで荷物に入ってるんだよそんなの」

「そんなに邪魔にはならないからな……」

 

 普通に投げてもあまり刺さらない。形が丸すぎるせいだろうか。少なくともスパッと木の枝を切ってくれるようなものではない。あと持ちづらい。……そう考えると正直褒めるところがあんまりない武器だな? なんで昔の軍はこんなもん採用してたんだと真剣に悩むレベルである。

 

「あ、でもこいつ野外で燻製する時に燻製器の枝を結束させるのに使うと良い感じになるぞ。紐を使わなくていいから楽なんだ。こう、ねじるようにな」

「投げナイフ以下じゃねーか!」

「煤けてるのってそんな理由だったのね……」

「チャクラム以外ならどれも便利そうに見えてきた……」

 

 まぁコレに関して言えばそうだな。俺のチャクラムが悪いな。断じてこいつらにオススメできる武器ではないわ。

 いやでもほんと隙間にスッと入れておけるから……いつのまにか入ってる飛び道具って意味では優秀なとこもなくはないから……うん……。

 

 それに俺だったらチャクラムを上手く扱えるし……一応……。

 

 



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モモとモングレルと大荷物

 

「モングレル、まだ都市清掃なんて続けていたんですか」

「お? あぁ、なんだモモか」

 

 いつものように通りのゴミを拾い集めていると、眠そうな目をした女の子に名前を呼ばれた。

 “若木の杖”団長サリーの娘、モモである。

 

 母譲りの黒髪を左右に垂らして纏めているのは前からだったが、言葉遣いが記憶よりもツンケンしている気がする。

 昔は礼儀正しい良い子だったのにな……ついにモモにも来ちまったか、思春期が。

 

「都市清掃は大事だぜ? こうして日頃から綺麗にしておくことで、暮らしている人たちの中にも綺麗にしようって気持ちが根付いていくんだ。知ってるか? 壁の崩れた家はそれだけで犯罪者から狙われやすく……」

「そうでなく! どうして三年も経っているのに未だブロンズ3のままなのかと言っているのです! モングレルはそんなに弱いギルドマンではないでしょう!」

 

 そう怒るなよ。真面目属性にすぐカッカする属性を付与すると周りがしんどいだけだぞ。

 

「俺がブロンズから昇格しないなんて話は三年前からあっただろうよ。今更だぜ今更」

「……事情があるのですか。それにしても、ブロンズのままだなんて……」

「それより、こんな往来でする話でもないだろ。俺は仕事中だぜ? 安い仕事でも人の仕事の邪魔をするのは感心できねーな」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 

 まぁ別に俺もよく清掃中にぼけーっとしたり人と話すことはあるんだけどな。

 

「で? 俺に何か用でもあるのか? 掃除しながらで良ければ聞くぞ」

「……ええ。母から聞いたのですが、モングレルはドライデンへ護衛任務に行かれるのですよね?」

「おいおい、噂が回るの早いな」

「母がナスターシャさんから聞いたのですよ。“アルテミス”にくっついて行くのでしょう?」

 

 ああ、サリーがナスターシャと仲良いからそれで伝わったのか……。

 あいつらそんな話もするんだな。

 

「まぁ護衛がついでみたいなもんだけどな。俺は向こうにある湖が目当てなんだ。そこでちょっとばかし魚釣りでもしようと思ってな」

「そう、湖! ザヒア湖! 水質も綺麗で危険生物の少ない湖! 素晴らしいですよね!」

「お、おう」

 

 なんだこいつ。俺の知らない間に湖フェチにでもなったのか?

 

「実は私、最近こういった靴を開発してまして!」

「……あー」

 

 モモが鞄から取り出してみせた靴で全てを察した。

 なんとなくモモが俺に頼みたいことも。

 

「マーマンの足ヒレを参考に作った、水中移動用の装備品です! マーマンたちはこういったヒレのある手足で水中を自在に泳ぎますよね? 人間もそれと同等のものを装備すれば素早く移動ができるのではないかと思いまして……うちのヴァンダールさんには内緒で、私が開発したものなのです!」

 

 モモが見せてくれたのはなるほど、確かに足ひれである。

 つま先から扇状に延びた薄っぺらい板。材質はわからんが多少は撓るようだ。

 ……が、脚に固定するメカニズムがサンダルっぽいのが不安だな。もうちょっと靴っぽくしてもらいたかった。外れそうで怖い。

 あと言っちゃなんだがヒレ自体もちょっと短いな。十センチくらいしか無い気がするぞ。こんな長さで勢いの足しになってくれるんだろうか。

 

 しかしこれをモモが作ったっていうのは素直にすげーなと思う。

 まだ15歳だろ? 俺が15歳の頃にやった自由研究なんて4種類くらいしかいない虫の標本だぜ。うち二匹がバッタでもう二匹がセミのやつ。それと比べたらノーベル賞もんの発明だろこれ。

 

「モモが作ったのか……良く出来てるじゃないか。これ自分で考えたのかよ」

「はい! 靴部分の加工は手伝ってもらいましたが、設計は私がやったんですよ! 母の手も借りていませんから!」

「やべーな天才じゃん」

「そ、そうですか? いえ、私などまだまだです。モングレルの頭が悪いからそう感じるだけですよ」

「あれ? 俺今ちゃんと褒めたよね?」

「そんなことよりです! モングレルにはその足ヒレ靴を使って、湖を泳いでみて欲しいのです! そして使ってみた感想を私に教えてください! はいこれ! テスト項目を書き出したものなので、一通り実践してみてください!」

「……これまたマメだな。何々、横泳ぎ、前泳ぎ、潜り……はーなるほどね、泳ぎ方による違いをデータに残せと……」

 

 羊皮紙には俺がやるべき足ヒレのテスト項目がメモされていた。

 しかし泳ぎ方が前とか横とかで、泳法が書かれているわけではない。水泳なんて技術として教わるのは軍かそこらくらいだし、そんなもんか。

 

「別に面白そうだからやってもいいけどな……モモ、俺が泳げなかったらどうするんだよ」

「モングレルは泳げないのですか? いえ、泳げなくともその足ヒレ靴があるので泳げるようになりますよ」

 

 君ひょっとして足ヒレのことを装着した人が無条件に泳ぎが得意になるような装備アイテムだと思ってない?

 ……まぁここらへんは試してからまとめて言えば良いか。

 

「それに私もタダでやってもらおうとは思っていません。働きには正当な報酬を渡すのがギルドマンというものですからね」

「お、金くれるのか? だったらしょうがねえなー真面目にやってやるよ」

「はいこれあげます。私が練習用で使っていた魔法の指輪です」

「金じゃないのか……」

 

 しかし銀製で高級そうなものに見える。売ったらそこそこの金になりそうだな。

 

「モングレルが魔法の練習を始めたってミセリナさんから聞きましたよ? この指輪買うと結構高いですからね。練習に役立ててください。はい、前払いしときます」

「荷物が増えるぜぇー……ありがたく貰っておくけど」

 

 どうしよう、魔法の練習もうやめちゃったって言ったほうが良いんだろうか。

 でもバレたら中途半端な野郎だなって笑われそうだ。練習はやりたくないけど、そう思われたくはない……!

 

 よし、あと一ヶ月くらいしたら“今までずっと練習してたけど駄目だった”ってことにしよう。努力はしたってストーリーを作るんだ。これでいこう。

 

「受け取ったからには是非とも試してみてくださいよ、モングレル。それと足ヒレ靴は試作品とはいえあげるわけではないので、壊さないように持ち帰ってくださいね」

「注文の多い依頼だぜ……そんなにこの足ヒレの発明が大事なのか」

「もちろんです。ここは発明の街レゴール。私もここで魔法使い兼発明家として名を上げるつもりですからね。その足ヒレ靴は私の第一歩目となるでしょう!」

「レゴールは発明の街になっちまったのか……」

「少なくとも王都ではそう言われていますよ? やっかみも多いですが」

 

 そうか、モモはこういう方面に興味を抱くようになったのか。発明少女、良いじゃないか。そういう属性は将来身を助けてくれるぞ。思春期特有の変な病気よりずっと健全だ。

 

「では、頼みましたよモングレル。お土産になにか珍しい素材があったら持ってきてくれていいですからね。沈香苔石とか」

「良いけどそれなりの金は取るぞ」

「……あんまりお金ないので安くしてもらえれば」

「そういうのは自分で稼げるようになってから頼むんだな。モモだって一端のギルドマンなんだろ? 成人目前なんだから、そろそろ大人に甘えずにやってかなきゃな」

「む……むむ……はい……」

 

 俺の説教臭い言葉に、モモは素直に頷いた。

 しかしまぁよく出来た娘さんだよ。あのヘンテコ電波お母さんからよくぞこんな普通に出来た娘が生まれたよな。それだけ「若木の杖」がしっかり子育てをサポートしてるってことなんだろうか。

 

 

 

 そのあと俺はギルドで報告を済ませ、家に戻り荷造りを始めた。

 ドライデンへの護衛任務は明日だからな。今日はしっかりと持っていくものを吟味して、向こうでの生活を豊かにするんだ。

 

 まず任務に必要なもの。

 

「バスタードソード、ヨシ! 以上!」

 

 次に湖でのカルチャーで使うもの。

 さっき貰った足ヒレだろ? で釣り竿三本……かさばるけどまぁこれ持っていくだろ? 釣具をまとめた道具箱だろ?

 あとはいつもの野営セットとその拡張セット。忘れちゃいけないのが調理道具。小鍋とか諸々。そして大正義調味料セット。今回のは少し嵩張るけどコラテラルダメージだろう。これがないと悲しいことになっちまうからな。ヤツデコンブも忘れずに持っていこう。

 

 よしよし、良い感じだ……けどさすがに大荷物になってきたな。釣り竿はもうどうしようもないとして、野営セットが随分膨らんでしまった。

 あわよくば俺も水鳥を撃って遊ぼうかと思ったけど無理そうだな。弓は諦めよう。せっかく矢筒作ったのに無駄になったわ。

 あ、チャクラムもいらねえや。なんでお前入ってんだよ、どけ! そこは足ヒレスペースになってもらう!

 

「ふむ……」

 

 完成した荷物は、俺特製のバックパックがパッツンパッツンに膨らむような量になってしまった。

 この中身がほぼ任務に関係ない遊び道具ってところがすげえよな。まともに護衛で使えるのがバスタードソードだけだもん。まぁどうせいつもこれしか使ってないから問題はない。

 

「明日が楽しみだな、おい」

 

 バックパックの上の方をつついてやると、そのままゴローンと向こうに倒れ込んでしまった。

 危ない危ない、デリケートなもの多いから横倒しはいかん。

 

 



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太陽から逃げる者たち*

 

 早朝。夏とはいえ朝は涼しく過ごしやすい。

 日本と違って湿度がないおかげもあるだろう。ここではアブラゼミが鳴かないから静かなもんだ。それ以外の虫は結構喧しいけども。

 

 そんな事を考えながら北門の馬車駅で待っていると、アルテミスの面々がこちらに歩いてくるのが見えてきた。

 ライナ、ウルリカ、シーナ、ナスターシャ、ゴリリアーナ……いつものメンバーだな。

 

「よう、待ってたぜ」

「モングレル先輩、いつも早いっスね」

「うわー、すっごい背負ってる……」

「……随分と……大げさな荷物ね」

 

 シーナは俺の持つ釣り竿の先端を見上げながら呟いた。せめてリュックを見て言え。

 

「久々の遠出だしな。ドライデンまで護衛した後、向こうで何日か遊ぶんだろ?」

「遊びとは心外な……湖周辺で狩りをするのよ」

「えー? 団長は今回の遠征は骨休めも兼ねてるって言ったじゃーん……って、いたたた、ごめんなさいごめんなさい」

 

 余計なことを言ったのか、ウルリカは頬を抓られていた。

 相変わらず仲の良さそうなパーティーで何よりだ。

 

「依頼人の馬車はもう来てるぜ。あれだろ?」

「そうみたいっスね。ドライデンまで物資を輸送してるいつもの隊商っス」

 

 今回俺達が護衛するのは十台の荷馬車だ。

 ドライデンはラトレイユ連峰のすぐ側という僻地にある町なので、物資の輸送はここレゴールを必ず経由する必要がある。おかげで定期的な馬車の往来が多く、俺達ギルドマンにとっては地理的にはそこそこ距離があっても身近な町だ。レゴールに届く畜産系商品はだいたいがこっち側から流れてくるので切っても切れない関係にある。

 

 尚、向こうにもギルドの支部がある関係上、互いのギルドマンの仲はあまりよろしくない。主にドライデン所属のギルドマンたちの対抗意識ではあるんだが。

 ドライデンは近くに未開拓の山がある立地上、常に野生の魔物との戦いに明け暮れている。そのせいか向こうのギルド支部は狩猟に長けた連中が多く、平均的な粒の質の良さで言えばレゴールよりも上と言っても良いだろう。

 しかしギルドマンとして稼げるのはレゴールだからな……どうしても人材がこっち側に流出しがちである。実際ウルリカやライナだってそんな感じだし。だからまぁ、向こうの支部がレゴールの奴らへの当たりが強いのはなんとなくわかる。地方の悲哀って奴だな……。

 

「てかモングレル先輩。そんな釣り竿持って護衛なんて大丈夫なんスか……」

「ああこれ? 大丈夫大丈夫、荷物と一緒に乗せても構わないって言われてるからな」

「怒られなかったっスか……?」

「全然。こういうのはな、事前に相手と仲良くしておけば大体なんとかなるんだよ。良く覚えておけよ、ライナ」

「な、なるほどぉー……?」

「相変わらず調子の良い男ね……」

 

 失礼だな。人間関係をちゃんとしなさいって話をしてるんだぜ俺は。

 まぁライナはそこらへんあまり心配してないけどな。体育会系マネージャー女子って感じだしどこに出しても好かれるタイプだろう。

 

 

 

 馬車の列が動き出し、俺達の護衛任務が始まった。

 馬が牽引する車っていうと速度が出そうなものだが、当然ながら大した速度は出さずゆっくりと進んでいく。徒歩の俺達を伴っていても問題ない程度のペースである。

 急ぎすぎても馬がバテるしな。そもそも急いで中途半端に距離を稼いだところで、日が暮れる頃に都合よく宿場町や村がそこにあるわけでもないしな。一定のペースで無理なく進んでいくわけだ。

 この国は飼料も食料も潤沢なのでタラタラした行軍でも全く苦にはならないってのもあるかもしれん。全ての荷物を完璧な状態で送り届けることが優先されている。おかげで割れ物のような繊細な商品でも輸送しやすいから、結構金になるんだろう。

 

 俺はともかく、アルテミスはこの隊商のメイン火力として期待され雇われている。

 隊商付きの護衛もいるにはいるが、そっちは各々の馬車が雇っている警備員のようなもので、戦力としてはあまり期待できない。魔物や盗賊の襲撃があった場合に活躍するのはあくまでもアルテミスとなるだろう。警備が時間を稼いでその間にアルテミスが叩くって感じだな。

 馬車十台の伸び切った隊列でも、弓使いと魔法使いのアルテミスにかかればいくらでもカバーできる。まさに少数精鋭ってやつだ。

 

 そんな中で俺がどこにいるかっていうと、隊商の一番後ろです。

 近接役なんでね。ゴリリアーナは前で俺が後ろになっている。そりゃ前の防御を厚くしたいならゴリリアーナを前にするわな。後ろを襲われることもあるにはあるが滅多にはないので当然の配置である。

 

 近くにはアルテミスの他のメンバーもいないし、話相手は最後尾の馬車の御者さんだけだ。

 

「荷物たくさん積んでるんでなぁ。悪いが乗せてやる空きが無いんじゃ」

「なーに平気ですよこんくらい。積荷いっぱいってことは、商売は上手くいってるんですかね」

「この頃は良いねぇ。レゴールで積んだ物は良く捌けるよ。そのせいかドライデンからがちと渋く感じるねぇ」

「あーやっぱりそうなんだ」

「けどなー、王都とレゴールばっか往復してても飽き飽きするからねぇ。門の前じゃ待たされるし、金は取られるし、似たような商売してる奴が多いから宿場町で泊まれんこともある。その点こっちは良いね。道も空いてて旅程が崩れにくい」

「はーなるほど。手堅いわけっすか」

「そうそう。わかるか兄ちゃん。結局ね、こういう仕事が一番良いわけよ」

 

 御者のおっちゃんの言う通り、確かにこの旅程は安定している。特にトラブルもなく、代わり映えのない田舎道の連続だ。

 その点、王都行きの街道は激混みしてて落ち着かないからな。渋滞が起きたらとんでもないロスになるし、宿場町で野営とかいう悲しい思いをすることだってある。宿場町ブレイリーとかな。あそこは本当になんていうか心が狭いってーか……まぁ別にいいけども。

 

 

 

 平穏な馬車の旅が続き、三日目。トラブルらしいトラブルはこの日にようやく起こった。

 

「魔物発見! 右前方からバイザーフジェール、数は3!」

 

 隊商の中段からシーナの凛々しい声が響き渡る。幌の上で悠々と索敵をしていたんだろう。例のギフトの力でも使っているんだろうか。

 右前方……。まぁ俺の出番は無さそうだけど見ておこう。早足で前側へ移動し、念のためにバスタードソードも抜いておく。

 

「あ、モングレルさん。あっちあっち!」

「見えてるぜウルリカ。……相変わらず気色悪い魔物だなぁ」

「ねー……私あれ苦手……」

 

 バイザーフジェール。それは猪サイズのヒヨケムシと表現するのが一番しっくりくくるだろう。

 ヒヨケムシでピンとこない人は、毛の乏しいツルツルしたキッショいタランチュラを想像してもらえればだいたいそんな見た目である。

 普段は土の中や洞窟で暮らしているが、夏場は時々こうして外に出てくることがあるらしい。そこそこレアな魔物だが、別にこれといった素材を剥ぎ取れるわけでもないのであまり美味しい奴ではない。

 

 白く目立つ身体はピクミン的に毒持ちを連想させるが、意外と毒はないそうだ。

 ただ脚がそこそこ速く、顎の力が強力なのが連中の恐ろしいところ。

 

「……来ますね。手前の、迎え撃ちます……!」

 

 ゴリリアーナが背中のグレートシミターを取り出し、構える。

 やっちゃえゴリリアーナ!

 

「■■■■■ーッ!」

 

 咆哮とともに、一閃。

 湾曲した巨大な刃は硬質なバイザーフジェールの顎もろとも頭を両断し、何の抵抗も許さず沈黙させた。

 リーチが違うよリーチが。やっぱりバスター最強だわ。

 

「ッ、一匹抜けました!」

 

 更にもう一体をグレートシミターで相手取るが、そうしている間にやや離れた場所にいた三体目の個体がゴリリアーナの横をすり抜ける。

 

 狙いは馬車、そこにいる馬だろう。

 虫は考えていることがよくわからんけど、バイザーフジェールは土の振動に敏感らしいから蹄鉄の音に反応したのだと思われる。だから最初の標的である馬を狙ったんだろうが……シーナの射程圏内だ。

 

「“光条射(レイショット)”」

 

 彼女の目が青白く光り、細身の矢を三本纏めて引き、一気に解き放つ。

 弓使いのスキルは知識として色々知っているが、俺はシーナの他にこれを使える奴を見たことも聞いたこともない。

 

「ギィッ」

 

 三本の矢は素早くバイザーフジェールに殺到し、それぞれ右側の脚、左側の脚、そして頭を吹っ飛ばしてみせた。

 移動のための脚と考えるための頭を同時に失った哀れなバイザーフジェールは勢いのまま土の上を滑り、すぐに停止した。二度と動くこともないだろう。

 

 ……シーナのスキルには、ウルリカのスキルのような一発の重さは無い。けど三本がそれぞれしっかり狙った場所に突き刺さってそこそこの威力を出すってのはやべーと思う。

 頭と心臓とあとどこか狙うとかそういうこともできるわけだろ? 仮に矢を剣で弾けたとして三本もどうやって打ち落とせば良いんだこれ。敵に居てほしくねえなぁ。

 

「ゴリリアーナの方も……終わりみたいね。ライナ、ゴリリアーナの剥ぎ取りを手伝ってくれる?」

「はーい。……ゴリリアーナ先輩、それって証明部位どこっスかー」

「バイザーフジェールは、目玉……」

「っスー」

「剥ぎ取りが終わったら言って頂戴。少ししたら出発するわ」

 

 出番が無いとは思っていたが、マジでなんもなかったな。これならずっと最後尾を警戒してたほうが良いかもしれん。

 

「ふふふ、どうモングレルさん。うちの団長はやるでしょー?」

「いや、さすがゴールドだな。怒らせちゃいけない理由がまた一つ増えたわ」

「ねー、本当に怒ると怖いんだー。仲間思いの良い人だけどねっ」

 

 まぁそこんとこはライナを見てればよく分かるよ。

 良いパーティーに入れてもらえて本当に良かったなライナ。思う存分寄生すると良いぜ。もうちょっとブロンズ3でいるのも楽しいぞ?

 

 

 

 結局、襲撃らしい襲撃は三日目のこの時だけだった。あとはドライデンに到着するまで何もなし。野盗も賞金首もポップしなかった。

 やっぱり馬車の中に貴族のお嬢様でも乗せていないと盗賊とかゴブリンの群れやらは襲ってこないんだろうか。襲撃をぶち転がすと追加報酬が出るからもうちょっとおかわりが欲しかったぜ……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)朽木様よりモモのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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狩人の町ドライデン

 

 ドライデンは畜産と狩猟の町だ。

 周囲に幾つかの酪農村を抱えており、ドライデンはそれらを繋ぐ小さな都会として賑わっている。村じゃ手に入らない都会からの下り物をここで買っていくわけだな。他所から来た人にとっては革製品だとかチーズなどの乳製品が主な商品になるだろう。あとは馬。馬はさすがに高いけどな。

 

「護衛ありがとう。助かったよ。また君たちの予定が空いてる時には声をかけさせておくれ」

「ええ。次の機会がありましたら是非、私達の力を使ってください」

 

 アルテミスは少数精鋭で腕がいい。……っていうのもあるけど、それとは別にやっぱ見た目が良いってのもデカいと思う。

 今挨拶した隊商のリーダーも鼻の下伸ばしてたもんな。

 どうせ金を払うならむさ苦しい男と一緒に旅をするより綺麗な女の子たちと旅をしたい。男にとっちゃ極々当然の欲求だろう。気持ちはわかる。

 ただそのために高い金出してゴールドクラスを雇いたいかっていうと微妙だわ。金持ってる奴はそのへんの感覚緩いんだろうなぁ……。

 

 

 

 依頼人と別れた後はギルドに報告する。

 ドライデン支部のギルドはそういった村々を襲う魔物であったり、ラトレイユ連峰からふらっとお邪魔してくる連中を討伐するために日々大忙しだ。

 

 正直、転生した現代人からするとこのドライデンの方がレゴールより冒険者ギルド感は強いと思う。レゴールは栄え過ぎててエキサイティングな任務が少ねえんだよな。いや、俺は別にエキサイティングさは求めてないから別に良いんだけども。常に命の危険がある仕事なんてやりたくないわ。

 そんな血気盛んなギルド支部なものだから、別の支部の見慣れないギルドマンが入ってくると空気が少しピリッとする。

 

「……レゴールの“アルテミス”だ」

「あれが……」

 

 だが、“アルテミス”の武名はここドライデンにも広まっているらしく、変に絡まれるようなことはない。

 というかギルドの建物内でわざわざゴールドクラスに絡む奴は居ない。

 女中心のパーティーだからといって舐めてかかれる世界観ではないんでね。スキルや強化はいとも容易く見た目を裏切ってくるからな。

 

「アルテミスの後ろにひっついて歩くとなんか気分良いな」

「モングレル先輩、入団希望っスか」

「嫌だ」

「なんなんスかもう……まぁ、やっぱりシーナ先輩とナスターシャ先輩のおかげっスね。二人がいると空気が引き締まるんで、変なのがあまり寄ってこないんスよ」

「なるほどなぁ……いやでも、シーナとナスターシャっていうよりむしろ……」

 

 ちらりとゴリリアーナさんの方に目をやると、相変わらず彼女は彫りの深い顔に陰を作っていた。表情が読めない。どちらかと言えば怒ってそうな気がする。

 

 ……多分あのゴリリアーナさんにみんな恐れをなしてるんじゃねーかなと……思うんだけどな……うん……言わないけど。

 

「おいおい、なんでここにサングレール人がいやがるんだ」

「最悪だぜ」

「クックック……」

 

 って、どっちかと言えば俺が絡まれる方かよぉ!

 

 これはあれか、可愛いどころのアルテミスがいるから俺を標的にして男気を見せようってやつか?

 ふざけやがって……アルテミスに泣きついてお前たちの心象を最悪に落としてやろうか? それともゴリリアーナさんに頭下げてボコボコにしてもらおうか……。

 

「なんスか。自分らになんか用っスか」

 

 そんな風に悩んでいたら、前に出てきたのはライナだった。

 ちょ、ちょっと待とうライナ。お前が出るのは良くない。そういうキャラじゃないだろお前は。

 

「……なんだよこいつ」

「この人は私らと合同任務を受けてるちゃんとしたハルペリアのギルドマンっスよ。サングレール人なんかじゃないっス。そういう言い方、良くないと思うっス」

「……白髪交じりが」

「フンッ」

 

 ライナの真っ直ぐな言葉に、ギルドの片隅にいた男たちは閉口した。

 後ろで騒ぎを感じ取ったシーナたちが睨みをきかせていたこともあるんだろう。

 それ以上はヤジを飛ばすこともなかった。

 

「報告と自由狩猟の手続きは終わったわ。報酬はあとで分けるから、ひとまず外に出ましょうか」

「っス」

「はーい」

 

 雰囲気の悪くなったギルドを去る。男たちは俺にだけ厳しい目を向けていたが……ここで俺が挑発しても良いことにはならないだろう。主にアルテミスが。

 俺一人だけだったらべろべろばーしてやっても良かったんだが、ライナ達の顔を潰すわけにもいかんしな。

 

「あーあ、感じ悪い連中だったーっ!」

 

 建物から出てすぐにウルリカが騒いだ。

 いやまぁ感じ悪いのはしょうがないとは思うんだけどな。ギルドマンなんてそんなもんだし。他所のギルドなんてだいたいこうだろ。ホームのレゴールと同じ環境を求めてもしょうがねえべ。

 

「モングレル先輩も言い返せばよかったじゃないスか。いつもなら挑発してここらへんで乱闘してるのに……」

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ……だいたいそんな感じだけど」

「言われっぱなしは良くないっスよ……」

「……まぁなぁ。それも正しいんだけどな」

 

 ライナの頭に手をやって、そっと撫でてやる。

 

「ちょ、なんスか……撫でるのやめてもらって良いスか……」

「ライナはもうちょっと大人の対応を身に着けような」

「……なんか間違ったスかね」

「そうでもない。かばってくれたのは嬉しかったぜ」

 

 俺としては、そうだな。

 ハルペリア国籍だから良いとか悪いとかじゃなくて……サングレール人にだって良いやつはいるし、普通の人間なんだってことをライナには知ってもらいたいところだな。

 こんな世界じゃそんなことを言っても無駄かもしれないし、実感する機会なんて無いのかもしれない。ライナに無駄な道徳を背負わせるだけなのかもしれないが……そんなことを思ってしまうのだった。

 

「長旅で疲れた。さっさと宿に入って食事でも摂らないか」

 

 で、この雰囲気を全く読まないナスターシャの発言よ。

 いやちょっと暗い雰囲気だったから切り替えてくれるのはありがたいし別に良いんだけどさ。

 こいつ絶対そんなこと考えて喋ってないよな。間違いなく疲れたし腹減ったから提案しただけだわ。

 

「ふふ……ええ、そうね。今日は一旦ドライデンの宿に泊まって、明日朝から湖に向かいましょう」

「やったー。ねーねー団長、何食べる? どこ食べに行く?」

「私はなんでも良いっスよ」

「あの、私も……はい……」

「俺は美味い肉を食いたいな。アルテミスの経費ってことでいいか?」

「あら。モングレルはアルテミスに入団するのかしら」

「嘘ですどこでもいいですお金ちゃんと払います」

「あははは」

 

 結局この日はギルドから少し離れた料理屋で豚のソテーをいただき、宿で一泊して終わった。

 てっきり俺とウルリカが男で同室にでもなるかと思ったが、普通に別室だった。

 そのウルリカはライナと同室である。

 

 ……今更すぎるけど、年頃の男女が同じ部屋ってのはどうなんだ? 俺は訝しんだ。

 

 

 

 翌日。ほとんど暗いうちに俺らは宿を出て、ザヒア湖方面に向かう馬車に乗って出発した。

 といってもザヒア湖行きのシャトル馬車なんてそんな気の利いた交通機関が通っているわけではなく、偶然そっち方面の農場に用のある馬車に金を払って相乗りさせてもらった形だ。

 俺もよく同じように馬車を捕まえて相乗りさせてもらうことは多いんだが、女だらけのパーティーだとこんなに早く捕まるもんなんだな。嫉妬通り越して感心するわ。別に女に生まれたら得だとかそんな拗らせたことを言うつもりはないが……また一つ女の偉さが見えてきた……。

 

「ザヒア湖には美味しい水鳥が多いんスよ。でも通うには少し道が険しいところもあるんで、地元の漁師はあまり足を運ばないんスよね」

「ほーう。穴場ってやつじゃん。そういう場所なんて地元民ならすぐにわかるもんだろうに」

「いや、ドライデン近くだとそれよりもお金になる猟場が多いんスよ。水鳥も確かに美味しいんスけど、もっと稼ぎになる場所が多いから人が来ないんス」

「やべぇな。ドライデン支部ちゃんと回ってるのか……?」

 

 俺の中でのドライデン方面はしょっちゅう魔物とガチバトルしてる印象しかない。

 常にキツいクエストをこなして金を稼ぐカニ漁じみた場所ってイメージだな。……そうか、場所によっては人がいないのか……そりゃレゴールに引き抜かれたらぶち切れるわ。

 ごめんなドライデン支部……でもレゴールはもっと発展していくからよ……本当にごめんな……。

 

「揺れが強くなってきたわね。舌を噛まないように気をつけて」

 

 農場が近づくにつれ、道も悪くなり馬車の揺れが強くなる。

 乗せてもらっといてなんだが、この馬車も農作業用であまり質は良くないんだろう。すげーガタガタ揺れる。宇宙人ごっこできそう。

 

「んッ」

「ウルリカ先輩大丈夫っスか?」

「あ、あはは。ちょっと舌噛んじゃった……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「へーきへーき……」

 

 いや、宇宙人ごっこはやめておこう。誰にもネタは通じないし舌噛むのは嫌だわ。

 

 それに今日の料理はどっちかといえば傷口にしみるだろうからな……。

 うーん、まだ何も捕まえてないのに腹減ってきたぜ……。

 




当作品の評価者数が2400人をこえました。

バスタード・ソードマンを応援していただきありがとうございます。

お礼ににくまんが歌います。

(毛布)*・∀・)バッソバッソ♪バッソマァーン♪


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ザヒア湖の手漕ぎボート

 

 馬車を降りた後はしばらく歩くことになる。

 ハルペリアは基本的になだらかな地形だが、ここらへんだと結構傾斜があるな。俺の自作ブーツはこういう道でも難なく進めるが、安い靴でこういう道を歩くのは現代のちょっとした登山よりも辛そうだ。

 

「モングレルさんそれ重くないのー?」

「全然余裕だよ。なんならお前らの荷物を追加で持ってやってもいいぜ。金取るけど。一つ50ジェリーな」

「うわっ、ケチだなぁー」

「自分の荷物くらい自分で背負えるっス」

 

 ここからもうちょい坂道を登っていけば湖に着くらしい。楽しみだ。

 

「ん。50ジェリーだ」

「マジかよ」

 

 楽しみにしてたらナスターシャが小銭と荷物を差し出してきた。

 俺からすればどうってことのない軽そうな荷物である。こんなんでも抱えて歩くのは嫌なのかお前。

 

「喜んで荷物持ちさせていただきます。へへへ……」

「うむ。軽くて良いな」

「ナスターシャ先輩……」

 

 でも金が貰えるなら喜んでやるよ。プロとして……。

 

 

 

 坂を登りきった時、ようやくザヒア湖の一部を望むことができた。

 周囲を高い木々に囲まれた、うねうねした湖である。思っていたより結構デカい。少なくとも池って規模じゃないな。

 ここなら良い感じに魚を釣れそうだ……!

 

「ここから見下ろすだけで結構水鳥がいるわね。リードダックかしら」

「良いね良いねー。リードダック狙うの久しぶり……あ、フレッチダックもいる!」

「マジっスか。良い矢羽が採れるんスよね。是非狙いたいところっス」

 

 俺はこの眺望に結構感動していたんだが、アルテミスの弓使い達は早速獲物を見つけてテンションを上げている。狩人だなぁ。基本的に俺は鳥を狩れないから見てもあまりテンション上がらないんだよな……。

 じゃあナスターシャとゴリリアーナはどうなんだって思ったら、二人は既に坂を下り始めているところだった。

 

「舟を借りよう。無ければ水鳥など狩猟できまい」

「狩人の人気はなさそうなので、借りられないということはなさそうですね……」

 

 どうやらこの先に湖の管理棟みたいなものがあるらしい。

 舟かー。舟釣りも悪くねえよな。この世界のあまり信頼できない舟でやりたくはないけども。偏見だけど一時間も乗ってたらズブズブ沈んでいきそうな気がする。

 

 

 

「あー、ええよええよ。近頃連中がガァガァ喧しくてな。一発ええの叩き込んでやってくれ。それと、もしリードダックが獲れたらこっちにも分けてくれんかね? 何日かここらに逗留するなら鳥だけじゃ味気なかろ? 色々食材あるんでね、かわりに持ってってくれ」

 

 管理棟には六十代くらいの爺さんがいて、暇そうにコーンパイプを銜えていた。

 この湖の入口には幾つか民家があり、彼はここで暮らす一人らしい。小さな畑と舟貸しで生活してるのだとか。表には作ってる途中の舟らしき木材もあったので、ちょっとした船大工でもあるのだろう。

 

「まぁ、ありがとうございます。リードダックを仕留めたら必ずお持ちしますね」

「悪いねぇ。ああ、舟は裏にあるんでね、好きなの選びなよ。あ、一番左のはボロいから乗っちゃいけんよ。沈んじまうからね。ヘッヘッヘ」

 

 ヘッヘッヘじゃないよ爺さん。そんな恐ろしいのさっさと解体しといてくれ。

 

 

 

「どっせい」

 

 ゴリリアーナと一緒に舟を桟橋に運び込み、それぞれを進水させた。

 舟は二人乗りで、オールが二つついている。まぁよくある普通の手漕ぎボートだな。

 管理棟の爺さんは左のがボロくて使えないって言ってたけど、他のボートも結構古い。俺の目からすると正直どれも怖いよ。二時間くらい乗ってたらズブズブ沈んでいきそうな貫禄というか年季を感じる。

 

「いくつか浜とか桟橋があるんスよね。そこまで行ってポイントを見つけたいところっス。こっちの民家のある岸はさすがに獲物も少ないっスから……」

「なぁ、舟浮かせといて今更だけど、歩いてそういうポイントまではいけないのか?」

「道があまり整備されてないからねー……それに、モングレルさんの釣り竿なんか枝にひっかかって大変になっちゃうよ?」

「ああそうか」

 

 湖の周囲は自然が深い。とてもじゃないが快適に歩けないだろうな。

 釣り竿の事を考えると歩くのは面倒か。

 

「ひとまず舟に乗って考えましょう。どうせ奥の岸までは行かなければならないのだし」

「っス。えっと、どういう乗り方が良いんスかね」

「はーい。私ゴリリアーナさんの舟に乗る! 漕ぐの楽そうだし!」

「私はシーナと舟に乗ろう。ライナはモングレルと乗れ」

「あ、うっス」

「手漕ぎボートか。ボロいからぶつけないようにしないとな」

「弁償したくはないわね。各自気をつけて乗るように」

 

 そんなわけで俺はライナと一緒の舟に乗ることになった。

 荷物を真ん中に置いて、二人で向き合うような体勢だ。まるでカップルみたいなシチュエーションだな。まぁここが井の頭公園のアヒルボートならともかく、弓を持った女とキャンプする気満々の男の舟に色気もクソも無いんだが。

 

 

 

「なんでモングレル先輩弓持ってこなかったんスかぁ……」

「いやー、持ってこようかなーとは思ってたんだけどなぁ。どうしても荷物が嵩張っててよ」

「練習は大事っスよー」

 

 漕ぎ役は俺。方向指示はライナに任せといた。隙あらば舟から水鳥を狙おうという魂胆もライナにはあるようだが、そんなマヌケな水鳥は近くにはいないらしい。弓を持ってはいるが矢筒から矢を取り出そうともしていなかった。

 

「ていうかここ湖だろ? 矢を外して湖に落ちたらどうすんだよ。俺みたいなヘタクソがやったら十分もせずに矢筒が空っぽになりそうなんだが」

「矢は落ちても水に浮くっスよ。今回は鏃も軽いやつっスから」

「ああ木だからそうか」

「でも広い湖で一本の矢を探すのは結構しんどいスから、基本は当てたいっスねぇ。何本も失くしたらそれだけで大赤字っス」

「矢も安くねぇからなぁ。そう考えると水鳥って割に合わないかもな」

 

 湖の上に浮かぶちっこい矢を手漕ぎボートで探す……あまり考えたくない作業だな。今生では俺も力があるからこういう漕ぐのも苦じゃないが、前世だったらしんどい作業になっていただろう。

 

「ライナ、お先に」

「わぁ」

「あ、なんかズルいぞお前らそれ」

「力の有効活用よ」

 

 俺がギィギィ漕いでいると、その横からシーナとナスターシャが颯爽と抜き去っていった。

 どうやらナスターシャが杖を水中に突っ込んで、何らかの水魔法を使っているらしい。自分たちだけファンタジー動力活用しやがって……。

 

 

 

 うねうねした湖を進んで奥まで見て回った結果、三箇所ほどのめぼしいポイントが見つかった。らしい。俺にはよくわからんけど。

 

 1つ目は湖の真ん中に浮いている離れ小島のような場所。こういう場所良いよな。ボロいけど桟橋もあって気軽に舟を留められるようだ。湖の多くを見渡すことができるので単純に狙いやすい。

 

 2つ目は一番奥にいったところの岸辺。杭とロープがあって舟を留められるようになっている。ある程度切り開かれているので過ごしやすそうだ。

 

 3つ目は管理棟からは死角になっている砂浜。ボートをそのまま砂地に上げれば問題ないだろう。周囲に木々が少ないのでキャンプには丁度いい。人目につかないからか水鳥の影も濃いようだ。

 

「シーナ先輩は小島のとこ取ったみたいっスね。先輩なら色々狙えそうで良い感じのポジションっス」

「ライナはどこにするよ? そっちまで漕いでいくぜ」

「んー、モングレル先輩は今回も天幕張るんスよね。だったら拠点にしたい所をベースに狩りをやってきたいところっスね」

「おお、それは助かるな。じゃあ岸辺の所にするか」

「了解っス。……一応、天幕はできるだけ岸の奥の方にしてもらえないスか。鳥に気配を悟られないようにしたいスから」

「なるほど、そういうことも気にしなきゃいけないわけか。魔物みたいに向かってくるなら楽なんだけどなぁ」

 

 しかし昔の「鳥」って映画みたいに集団で襲われるのは怖いな。

 剣があれば手こずるわけでもない相手だとしても、ホラーはホラーだよ。

 

 

 

 舟を岸辺につけて、荷物を地面に降ろした。ここをキャンプ地とする。

 言われていた通り湖の水質はすげー良さそうだから、水は普通にここのを使うことにしよう。煮沸すればどうとでもなりそうな綺麗さだ。透き通っていて良い感じ。

 

「モングレル先輩は釣りやってくんスよね?」

「おうそうだぞ。ライナもやるか?」

「やりたいっスけど……また釣りの道具失くしちゃったらちょっと……」

「あー前のことまだ気にしてたのか? 良いんだよあれくらい。あの時は浅かったししょうがないさ。今回はまぁ多分大丈夫だから、やりたかったらどんどんやろうぜ。予備もあるしな」

 

 今回はケースに一通りのルアーや針、錘やウキ、糸の予備を用意して持ってきている。何度かロストしても大丈夫だ。今回の俺は釣って釣って釣りまくってやる。ヒットしたら脚でジェノサイドカッターみたいなポーズ決めて飛び跳ねてやってもいい。そのくらいの意気込みで来てるんだぜ。

 

「……じゃあ、えと。獲物が近くに寄って無い時とか、やらせて欲しいっス」

「おうおう、良いぞ良いぞ。一緒にでかい奴釣り上げような。湖のヌシみたいなやつ」

「ヌシっスかぁ……こんくらいのサイズになるんスかね」

 

 ライナは40センチくらいのジェスチャーをしてみせた。かーっ、最近の子供は夢がねえな!

 

「ヌシっつったらもうこうよ、こう!」

「そんなでっかい魚いるんスか!?」

「いるだろー多分、湖だし。大抵こういう水場にはしぶとく生き続けてる長老みてーな奴がいるもんなんだよ。そいつをガッと釣り上げてね、焼いたり蒸したり揚げたりってな具合にね、いきたいっすね」

「良っスねぇ……」

 

 まぁ俺としてはまずライナに魚がヒットした時のビビビって感じを楽しんでくれりゃ良いんだけどな。

 エビとかカニも良いけどやっぱ魚も体験すべきだろう。

 

「鳥に魚……今日の晩飯は豪華になりそうじゃねーか」

「まだ一匹も捕まえてないっスけどね……むふふ……」

 

 わかるけどな、こういう皮算用してる時が一番楽しいもんなんだぜ。

 



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湖上の狩り、水面下の入魂

 

 ひとまず水辺のデカい石を集めるついでに、川虫使って餌釣りを試すことにした。

 岸の手前に糸を垂らし、そのまま放置って感じだな。変に遠くに投げ込むよりは手前の方が釣れるものだ。

 そうして待つ間にかまどを作り、鉄板を上に乗せて煙突を組み上げる。いつもの野営セットだ。正直この季節には煙突なんざいらないのだが、主に煙や火の粉を浴びるのを防げるという理由で持ってきている。あとは安定した火力。これも大事。

 

「まぁこんなもんだろ」

 

 いつもの三角テントを立て、ついでに頂点としたポールから更にもう一枚分の拡張天幕を伸ばして設営した。前室タープって感じだな。

 アルテミスはこの湖に最低でも二日ほど泊まるそうだから、今回はいつもより豪華にしてみた感じだ。

 こういうキャンプをやってると次第に食えるものが肉だけになってきて飽きるんだよなぁ……美味くても同じ肉をずっと食ってるのは普通にしんどい。クーラーボックスでもあれば生鮮食材を持ち込んで彩りも豊かになるんだが。それはもう完全に普通のキャンプだな。

 

「しかし水鳥か。雉撃ちなら知ってるけどなぁ。弓ってのはどんなもんなんだか」

 

 俺の中では鳥の猟ってのは散弾銃を使ったものだ。なんか色々やって鳥を驚かして空へ飛ばし、そこに向かって散弾銃をぶっ放す。脆い鳥は細かい粒のような弾のどれかに当たって墜落ってやり方だ。

 水鳥といえば鴨だが、あれも似たような感じで仕留めるんだろうか。

 前世では知り合いの爺さんがたまに自分で獲った鴨肉をおすそ分けしてくれたものだが、肉の中に混じってた弾の粒を噛んで嫌な思いをした記憶が強く残っている。その時に出来上がった肉も固かったな……いや、固くしたのは俺の調理の拙さのせいだったんだが。

 

 そんなことを考えながら近くの木をバスタードソードで枝打ちしていると、どこか遠くでドンという衝撃音が聞こえてきた。

 

「おー……?」

 

 湖の方からだ。……ああ、多分スキルだな。ウルリカの強射(ハードショット)か、それとも他の誰かのスキルか。

 まだ来て早々だってのに、もう仕留めてたりして。……あり得ない話じゃないな。全員腕は良い連中揃いだから。

 

 ちなみにライナは今、隣の茂みに踏み入って射撃ポイントを探しているところだ。

 結局こういう狩りは、人間は姿を入念に隠しながら獲物を狙う他無いらしい。

 つまりまぁ、俺と一緒にいると上手く狩れないんだろう。申し訳ない。けど逆に俺がそっちに追い立ててやれば少しは役立てる……のか? 知らんけども。

 

 

 

「ギェー」

「おっ、良い悲鳴だ」

 

 設営を終えて暇した俺は、餌釣りと並行しつつ無目的にルアー投げに挑戦しているところだった。

 すると5投目くらいのタイミングで、やや近い場所から鳥の悲鳴が聞こえた。

 おそらく近くでつるんでいたのだろう水鳥がバサバサと飛び立ち、遠くの水面に向かって逃げてゆく。逃げ立った水鳥たちの居た場所に目を向けると、そこには一羽のリードダックが腹から矢を生やして浮かんでいた。……どうやらライナがきっちり仕留めたようだ。

 岸からは少し離れている。こりゃ舟で回収するしかないな。準備しておくか。

 

 俺が竿を地面に置くと、茂みからほくほく顔のライナが戻ってきた。

 

「モングレル先輩、当てたっス」

「おお、見たよ。やったじゃないか。どこから撃ったんだ?」

「あっちの葦のところの奥っスね。やっぱ水鳥は矢の落下を予測しやすくて楽っス」

「そういうもんか。じゃあどうする? 俺が舟で回収しに行ってやろうか」

「そっスねぇ。近くにいたダックも逃げていなくなっちゃったんで、回収した方が良いっスかね。お願いできるスか」

「おう、任せとけ。その間そっちのルアー投げてていいぞ」

「わぁい」

 

 ライナに釣り竿を任せ、俺はボートを漕いで哀れなリードダックを回収しに行く。

 リードダックはプカプカと水に浮かび、既に息絶えていた。矢は背中側から胸の上辺りを豪快に貫き、矢羽の部分で引っかかって止まっている。

 後ろから当てたのか。当たる面積少ないけど難しくないのかねこれ。

 

「先輩先輩、モングレル先輩。これ前みたいに引っかからないっス」

「そうか、やりやすいか?」

「はい! 結構楽しいっス!」

 

 岸に戻ると、ライナは上機嫌に竿を振っているところだった。

 ひゅーんと遠くに飛ばして巻き取る作業がお気に召したようだ。だがまぁ、その果てしない繰り返しを楽しめるかどうかにこの釣りってやつの素質はかかっているがな……新鮮に感じる今を楽しみたまえよ……。

 

 さて、俺は羽根でも毟ってるか。この作業も死んですぐにやらないと面倒くさくなるからな。死後硬直かなんか知らんけど、羽根が抜けにくくなるんだ。

 

「そういやさっき派手な音がしたけど、あれは誰のスキルだろうな」

「あー、多分ウルリカ先輩っスね。割れ矢に強射(ハードショット)使ったんじゃないスか?」

「割れ矢?」

「脆く出来てる専用の鏃を使った矢のことっス。ウルリカ先輩のあれは鏃に負担がかかるらしいんスよね。それでわざとバラバラになりやすい鏃を使って、いくつも破片を飛ばして狩るんスよ。威力はあまりないんスけど、鳥くらいなら仕留められるんスよ。密集してる群れとかなら一度に何羽か穫れるんじゃないスか?」

 

 おいおい、散弾じゃねーかよ。

 やべぇな強射(ハードショット)、そんな使い方もできたのか。

 専用の道具が必要とはいえ、使い分けできるのは便利そうだ。

 

「私もあと何回か投げたら弓に戻るっス。向こうで先輩たちが追い立ててくれたのがこっちに来そうスから」

「おう。ライナはメインがそっちだし弓に集中したほうが……は、はひ……へっくし!」

「あ、羽根が鼻に入ったんスか」

 

 畜生、ふわふわと憎たらしい羽毛だぜ。

 

 

 

 それから俺は主に釣りを、ライナは狩りをして時間を過ごした。

 ライナ曰く今の湖にいる水鳥は警戒心が薄いらしく、想像以上に簡単に仕留められるとのこと。俺が一匹も釣れないでいる間に早くも更に二羽を仕留めてきやがった。畜生、俺はまた釣果でライナに負けるのか。いい加減こっちも何か当てたいぜ。

 

「モングレル先輩、これリードダックとか餌にしても魚って釣れたりするんスかね」

「鳥を餌かー……いや、案外いけるかもな」

「マジっスか」

 

 ライナは今ルアー釣りを再開している。もう三羽も獲ってるもんな。余裕有りげだ。羨ましい。

 

「普通の肉とかだと正直わかんねーけど、肝臓辺りだったら食いつくんじゃないか? 魚って結構匂いのあるものを好むからな」

「はえー」

「水鳥の穫れた量に余裕があったら試してみるのも悪くないかもな。湖の主だったら普段からそんくらいのものを食ってるかもしれん」

「……今のところ主どころか平民すらいなさそうなんスけど」

「言うな。連中はシャイなだけなんだ」

 

 時間が半端だからかねぇ。活性の上がる夕時まで粘ってみるべきだろうが……この世界にライトとかねーからな。(ゆう)マズメから即真っ暗になるからそれはそれで調理するにも何するにも面倒くさいぞ。

 

 

 

 それから少しして、日も頂点に登った頃。

 小舟をアルゴノーツが如く雄々しく漕ぎ進めるゴリリアーナと、それに乗ったウルリカがこっちの岸へとやってきた。

 

「やっほー、見てみてこれー、じゃーん」

「あ、ウルリカ先輩……わ、めっちゃ仕留めてるじゃないスか」

「へへ。まぁねー。もっと割れ矢持ってくればよかったよ。鏃が無くなっちゃったから今日はもうおしまいー」

 

 ウルリカは長い針金に五羽の水鳥を数珠つなぎのように吊るしたものを嬉々として掲げている。おいおい、もうこの時点で八羽かよ。肉全部食いきれないぞ。どうするんだ。

 

「あ、モングレルさんそれって釣り? 釣りでしょ?」

「……ああ、これが……ライナさんの言ってた……」

「今のところちっとも釣れてないけどな……やってみるか?」

「やるやる! ゴリリアーナさんもやってみる?」

「は、はい。やってみたいです」

 

 二人に竿を貸し出して、初心者釣りレクチャーが始まった。

 とはいえ、この世界にも一応釣りはある。二人もある程度どういうものかは知っていたので、そう難しいもんでもない。リールの扱いはちっと独特ではあるけどな。

 

「あー……やっぱりモングレルさんの竿、私が今まで見たやつとぜんぜん違う……長さも、硬さとかも……」

「普通のやつのだとあんまり先の方は撓らないからな。でもこの竿が弱いってわけじゃないんだぞ。撓りを生かして魚を釣る竿だからな」

「その肝心の魚が引っかからないんスけどね……」

「いやいやこれからだから。まだ始まったばかりだから」

 

 ウルリカはルアーを思いっきり遠くに投げては楽しそうに巻き取っている。

 対するゴリリアーナさんはと言うと、見た目に反してひどく穏やかに餌釣りを楽しんでいる。物腰も穏やかだし、ゆったり楽しむのが好きなタイプなのだろうか。銛でカジキとか突いてそうな見た目ではあるんだが……。

 

「シーナは何をやってるんだろうな。まだ狩りか?」

「あー、団長は小島だからなぁ、どうだろ。まだ獲物狙えるんじゃないかなー」

「シーナさんは……ほとんど矢を外さない人ですから」

「二人は野営どこにするつもりだ? こっち側は地面もなだらかだし広いからまだいけるぞ」

 

 テントも奥の方に張ってあるし、夜は狩りをしないから手前側に余裕が出る。

 俺の近くで過ごすのが嫌だって言われたらしょうがないが、便利だとは思う。魔物が出たとしても集団なら対処しやすいしな。

 

「えーと……狭くならない? 平気かな?」

「大丈夫っスよ。今回の天幕はなんか豪華になってるっス。ほらあれ」

「えー? ……うわっ本当だ。すごーい、なんか前より広がってる!」

「……天幕。あれがそうですか……なるほど……」

 

 釣りに興味持ったりテントの方に吸い寄せられたり忙しい連中だな……。

 

「お、おおっ? ちょ、これ……いや、間違いないっス! なんか掛かったっス!」

 

 俺が呆れていると、ライナが声を上げた。

 竿先を見れば……グングンと水中に向かって引いているのがわかる。こりゃ間違いない。ヒットだ!

 

「よしきたライナ! そのまま竿を立てろ!」

「こ、こうスか!? 糸が千切れたりしないんスか!?水面に向かってまっすぐにしたほうが良いんじゃ……!」

「いやそれだと逆だ、立てて竿先を撓らせた方が良い。そのままゆっくり巻き取っていけ!」

「なになにっ!? ライナ何か釣れたの!?」

「……本当だ、引いてる……!」

「ふぬぬ……!」

 

 ベアリングの入っていない大径のリールをギシギシと不格好に回し、時折横に逃げようとする魚に逆らうように竿をさばき……ライナは初めてにしては非常に上手く、獲物との距離を近づけてゆく。

 

「こ、これ重いっスよ!? 絶対に大物っス……! 主っス! 国民じゃないやつっス!」

「おー主が来ちまったかぁ! 川虫で主が来ちまったかぁ!」

 

 ……が、ライナの腕力で、しかもこのお手製リールの固さで着々と糸を巻けている辺り、俺はなんとなく掛かったサイズを予感しつつある。

 わかる、わかるぜライナ。なんかすげーでかそうなの掛かったなーって思うよな。

 

「そろそろ……水面に、出るっス! ……って、あれ!?」

 

 ざぱっとルアーを引き上げた時、そこでビチビチと跳ねていた魚は……20cm弱程度の普通のラストフィッシュであった。

 主……ってサイズではもちろんない。まぁ小さすぎるってサイズでもないけどな。立派なもんだよ。

 

「ええ!? 引きはめっちゃ重く感じたのに!」

「あははは、でも釣れたじゃん! すごいすごい!」

「おめでとうございます、ライナさん……!」

「そうだぞライナ、良くやったぞ。この湖に魚がいるってことは証明されたんだしな。……ああ、スレ掛かりしてたか。いや、針を銜え込んではいるな……ルアーを啄もうとはしてたわけか……意外と獰猛なのかなこいつ」

「むう……こんな小さいくせに力持ちっスね……」

 

 ライナは釣れた魚のサイズにちょっとがっかりしたようだが、紛れもなくこれはライナの釣果第一号だ。

 見てくれは悪いラストフィッシュだが、ちゃんと食える魚ってのも良い。初めてがブルーギルとかフグだと盛り上がらねえからな。小さくても自分で釣った魚の第一号を食えるってのは良いことだ。

 

「でも、楽しかっただろ?」

「……はい!」

 

 ライナは興奮に頬を染め、いい笑顔で答えてくれた。

 

 ……まぁ、俺が釣ってないんじゃここでいい話で終わるわけにはいかねえけどな!

 このままじゃ、まだまだ満足できないぜ……!

 



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淡水魚の塩焼きとムニエル

 

 ルアー釣りは海に出てやるべきだったかもしれん。ちょっとここらへんの魚を相手にするにはデカすぎたかな。

 ライナの釣り上げたラストフィッシュも丁度針だけに食いついていたから上手くいったようなもんだし……。

 

 そういうわけで疑似餌のサイズを落とし、針も小さめのに付け替えてみたら……まぁ掛かる掛かる。さっきと同じくらいの小魚が。

 

「来たっス! また釣れたっス!」

 

 ライナは続けざまに二匹を釣り上げてみせるし。

 

「わっ、ぶるぶる震えてる……! へー、この感触、結構楽しいかも……! わっ!?」

 

 ウルリカもなんか中型の奴を釣り上げた。

 名前はなんだったかな……ええと、ギルドの魚図鑑でヘタクソな絵で見た記憶がある。

 乳白色の大きく固い背びれ、黄色と白のグラデーション……。

 

「……ああ思い出した、アベイトって魚だ。鳥に食われそうになると固い背びれで自分を守ろうとするってやつだな。良かったな、食える魚だぞ」

「アベイト……へー……うわわ、すごい暴れてる」

「さっさと締めて内臓抜かないとっスね」

 

 釣り初体験なのにきちんと締めと内臓取りに頭が回る系女子の集いである。

 生ぐさーいとか、気持ちわるーいとか、全くそんな事を言う気配もない。釣った奴は全て獲物。全くワイルドな連中だぜ……俺はちょっと生臭いの嫌なのに……フローラルな石鹸が欲しい。

 

「……あっ。釣れた……釣れましたッ!」

「わぁ! ゴリリアーナさんやったっスね!」

「すごいすごい! あ、これもアベイトって魚だねー!」

「マジかよおめでとう。え、釣れてないの俺だけかよ」

「ぷぷぷ、モングレルさん釣り竿持ってるのにまだ釣れてないんだー」

 

 このガキ……煽りやがって……。

 

「……よーし、今日はウルリカの南蛮漬けじゃぁああ!」

「きゃー! 襲われるーっ!」

「ナンバンヅケってなんなんスかねそれ……」

「料理だと思いますけど……」

 

 

 

 枝を持ってちょっとウルリカを追いかけ回して遊んだ後、無駄に疲れた俺は釣れた魚を調理することにした。

 今は昼過ぎ。朝は宿で軽食を摂ったが、腹の空く頃合いだ。

 

 石を組んだかまどに火を付け、羽根を毟った水鳥の産毛をパチパチと焼きつつ、とりあえずラストフィッシュを串刺しにして遠火で焼いていく。普通の塩焼きだな。内臓を取って鱗とヌメリを落とし、塩をゾリゾリなすり付けてじわーっと焼くだけの簡単料理だ。川魚は背から焼くんだっけ? うろ覚えすぎる……。

 レゴールでは生魚なんてほとんど流通が無いし、あっても金持ち向けの高級料理店くらいだろう。それも多分わざわざ氷を使って鮮度を保った海の魚とかになるはずだ。こういう新鮮な川魚っていうのは珍しいんじゃねーかな。

 

「あ、シーナ先輩達こっちに来てるっス」

「ほんとだー……って、うわぁ。すごい量の水鳥……」

 

 小島の方からシーナとナスターシャの舟までこっちにやってきた。

 またファンタジーな魔法動力で動かしてんのか。羨ましい……と思ったのも束の間、船が遠目にも鳥を満載しているのが見えてきた。やべえな。十羽くらい仕留めてやがるあいつら。

 

「皆して魚釣りなんてやって……鳥はどうしたのよ」

「仕留めたっス! 三羽スけどね。水鳥が近づいたらちょくちょく撃ちに行ってるっス」

「私は五羽仕留めたよー、割れ矢が切れてやめちゃった」

「あら、そっちも大猟ね……ちょっと私達の獲物の羽根毟り手伝ってもらえるかしら。あまりにも数が多すぎてね……」

 

 なるほど、血抜きはしているが羽根毟りにまで手が回らなかったらしい。

 こんだけ撃ち落とせば当然ではある。撃って回収してをやっているうちに手一杯だろう。

 

「シーナさん、わ、私が毟ります……」

「おー、じゃあ俺も毟るわ。今日はもう鳥の羽根毟りのプロになりそうだぜ」

「あ、じゃあ私も手伝うっス」

「ならその空いた釣り竿は私が使わせてもらおう。気になってはいた」

 

 結局全員がこっちの岸にやってきてしまった。

 あるところでは羽根を毟り、あるところでは釣り竿を振り……うん、実にレジャーを堪能している。だがやることが多くてなんだこれ、すげー忙しいぞ。

 

「やっぱりシーナ先輩は良い当て方っスね。首から頭をちゃんと射抜いてるっス」

「そ、そうですね。処理がとても楽になります……すごいです……」

「これってなんでわざわざ前とか後ろから撃つんだよ。投射面積狭くて当たりづらいだろ。横向きの時に撃てば良いんじゃねえの?」

「モングレル先輩知らないんスか。水鳥は動くから横向きだと難しいんスよ。縦方向に向いてる方が予測もしやすくて楽なんス」

「あー、そういう」

 

 なんかこう落下予測とかゼロインとかどーたら……なるほどな、そういうあれね。

 ミリタリーっぽい知識だ。いや、弓もまんまミリタリーだったか。

 

「見ろシーナ。この小魚の模型は水中で糸に引っ張られることで、実際の魚のような揺れ方をしている。獲物はこの動きに釣られてくるのだろう」

「へえ、面白い。餌じゃなくて飾りの動きで引っ掛けるのね」

「だが常に巻き取る必要があるな。能率の良い漁業とは言えん」

「モングレルの作った道具なんでしょう。そんなものよ」

「お客さーん、聞こえてますよー」

 

 毟り終えた辺りで程よく魚が焼き上がった。

 ぶくぶくと身から泡が出ず、ちょっとカラッとした感じになれば頃合いだ。

 なんなら安全のために焦げてるくらいでも全然良い。

 

「ほれほれ、三人とも食ってみろ」

 

 三人とはもちろん釣り上げたライナとウルリカとゴリリアーナさんの分である。

 俺の釣り竿を馬鹿にしたお偉いさんにはあげません。

 

「んむんむ……んー、ほくほくしてて美味しいっス」

「んっ……良いねー。皮のところしょっぱくて美味しー」

「……」

 

 ゴリリアーナさんは黙々と食べている。食うのすげー早い。

 まぁ川魚の串焼きなんてそんなもんだ。一食分にも足らないおやつみたいなもんだな。

 

「アベイト解体してみるわ。見てみるか?」

「モングレル先輩、魚の解体のやり方知ってるんスか? 本当に料理人みたいっスねぇ」

「おお、まぁなー。故郷の父親がそういうの得意でな。教わったこともあるんだよ」

「……そうなんだ……あの、モングレルさんっ、私もやり方見させてもらって良いかな?」

「おー見とけ見とけ。つっても初めて捌く魚だから間違ってるかもしれないけどな。やりながら教えてやるよ」

「おっス、お願いしまっス」

 

 まずはなるべくまな板っぽい木材を自然の中から探して用意します。

 今回はそんな都合のいいアイテムが落ちてなかったのでバスタードソードの力で無理やり作り出しました。

 

 で、魚を置きましてー、からの……。

 

「まぁ既に鱗は落としてあるから、次は頭を落とす。エラのところから中骨に向かってこう、で反対からもこう。これで落とす」

「ほー、頭は食えないんスね」

「どうだろなー、頬の所とか額に近い部分は結構美味い肉もあるけど、少ないからな。で、まぁこいつの場合ちょっと背びれが鋭いし固くて邪魔だから切り落とします」

 

 てかナイフで魚おろすの難しいな……包丁が欲しくなる。

 

「あとは内臓を……魚の肛門のところからザクッと開いて取り出す。ついでにこの色の濃いエラも取り除く。中はできれば指で洗っといた方が良いな」

「おー、結構あれっスね。獣と同じ感じなんスね」

「ほんとだー。でも骨が全然違うからなぁー」

「骨はこう、魚の中心を通っている中骨に沿うようにナイフを動かして、まずは腹から尻尾に向かって刃を入れていく……」

 

 あー蛤刃なのにどうしてナイフってこんな使い辛く感じるんだろう……どこを刃先が通ってるのかわかりにくいなこれ。

 

「あとはこっちの背側からもザクッと入れて、中骨に沿うように尻尾に……でいいかなこれ」

「なんか皮を剥いでるみたーい」

「あー感触は似たような感じだよ。こんくらいの小さいサイズだと特にな。ほら、片面はこうなる」

「おー」

 

 ひとまずこれで一枚目。

 

「そしたら反対側の方も同じように中骨に沿って刃をいれていけば……ほれ、三枚になった」

「お、おおおーっ」

「真ん中の邪魔な骨を残すやり方なんだね。へー、なるほどなー」

 

 現代知識チートみたいな啓蒙してるけど、まぁ多分海沿いの現地人だったらだいたいこのくらい知ってるしできそうな気はするけどな。レゴール近辺出身だと料理人くらいじゃないとわからないかもしれん。

 

「あ、最後にこの腹骨をすき取っておいた方がいい。こいつは縦に生えてる骨とは違って、内臓を覆うようにある肋骨みたいな形してるからな。今の切り方だと身に残ったままなんだ。これを削るようにして取ればまぁ終わり。こうして俺達のもとに届けられる……」

「はぇー」

 

 血合い骨とかは知らん。てか俺も魚捌くの得意じゃないし詳しくない。だいたいこんなもんなんじゃねえのかな。

 

「……ねえねえライナ、今の私達で一回やってみよっか。もう一匹アベイト残ってるしさ」

「良っスね!」

「おう頑張れよー」

 

 さて、二人がチャレンジしてる間にこっちは料理を作っていよう。

 魚料理……色々と考えた末に俺が出した結論は……まぁ刺し身は無理ってことだ。川魚じゃしょうがない。ムリムリ。

 

 なので今日はムニエルを作ります。

 

「つっても味がわからんなこいつ。まず皮に切れ込み入れるか……」

 

 丁寧に三枚おろしにはしてあるので、このまま調理していけば問題はないはず。

 切れ込みを入れたら塩と胡椒っぽい謎スパイス(名前わからない)を身に擦り込んで小麦粉をまぶす。

 で、次にどこかバックラーに似た顔をしてる自作フライパンの上に、今朝方ドライデンで買っておいたバターを投下。ついでにローリエも。

 小麦粉をまぶした切り身をべちっと置いて、皮の付いてる片面をまずはざっと焼く。からの、ひっくり返してから今度はじっくり焼いていく。小鍋で軽く蓋をしておこう。隙間多いけどまぁないよりはマシだ。

 

「バターの良い匂いがするな」

 

 働かないくせに飯だけねだりに来たかナスターシャ。後でお前にはこのバターで汚れた食器を洗ってもらうぞ。

 

「そして蒸し焼きにしたものがこちらになります」

「わぁー、良い感じにできてるっス!」

 

 あ、そっちの三枚おろしも終わったのね。……うん。まぁ最初にしては上手いよ二人とも。そうだよな。身がなんかギザギザになっちまうよなこれ。ナイフが悪いんだナイフが。

 

「あとはこっちの焼き上がった魚を木皿に移してーの」

「……モングレル貴方、本当に一式持ってきたのね……」

「そりゃそうよ。で、あとはこっちのフライパンに残ったバターで適当に何か炒め物をする」

「あ、キノコあるっス」

「ダックも入れちゃおうよー!」

 

 いや水鳥の肉いれたらムニエル負けそうな気がする。それは勘弁してくれねえか。俺的には肉相手だと勝てないよムニエル。

 

 というわけでざっとキノコだけ炒めてから、ムニエル二枚をそれぞれナイフで三等分に切り分ける。試食の始まりだ。味は俺も知らん。食える魚ではあるが……。

 

「どれ、いただこうか」

「私も一口もらいましょう」

 

 団長と副団長がパクリ。毒見役になってくれてありがてえ。どう? 生臭くない? チキってローリエ入れちゃったけど。

 

「うん……うん、美味しい。良い味ね。食感も良い」

「悪くない」

「私も食べたいっス!」

「いいぞ、ほれお食べ。そっちの切り身もムニムニしちゃおうねぇ……」

「んーっ、モングレルさんこれ美味しいよー!」

「……! これは、良いですね……! 普通に塩焼きにしたのとはまた違います……!」

 

 そうじゃろうそうじゃろう。美味しかろう美味しかろう。

 まぁムニエルとはいえこの国のありふれた素材で作る料理だ。別にオーパーツってもんでもない。似たような魚のバターソテーはどこにでもあるしな。新鮮な淡水魚で作るってのが珍しいだけだ。

 

「んー……このバターと魚の美味しさの染み込んだキノコ、良いっスねぇ……」

「良いよな、バターが染み込んだキノコ……」

 

 バターもドライデンならそこそこお求めやすいしな。この地方の名物にしても良いかもしれん。いや、別にドライデンの町おこしには興味ないけども。

 



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地上の泳がせ釣り

 

 俺はシーナと二人で管理棟までやってきている。

 舟は一人一隻。積み込んだ鳥肉や、帰りにもらうであろう荷物を考えると一人で漕ぐ他なかったのだ。

 

 もう夕暮れになる。暗くなる前にさっさと舟を漕がないと湖で海難事故に遭いそうだ。

 

「へえ、一日でこんなに! はー、若いギルドマンだってのにやるもんだねぇ!」

「ふふ。お約束したリードダックです。我々だけでは食べきれないので、どうぞ貰ってください」

「おーおー、嬉しいねぇ! ヘッヘッヘ、代わりに野菜あるからよ、持っていきなぁ」

「あら、どうもありがとうございます」

 

 穫れすぎた水鳥肉もおすそ分けして余りあるほどだ。

 幾つかは管理棟の爺さんに譲り、こちらはその代わりとして沢山の野菜を頂いた。

 玉ねぎのようなもの、ししとうのようなもの、カブ、そして芋。ただでさえ食いきれないのに色々もらってしまった。鳥はそもそも食いきれないほど大量だったがこっちもこっちで処理に困るぞ。

 

「はい、これそっちで食べてなさい。肉ばかり食べてると粗野なギルドマンになるからね」

「どこ情報だよ。まぁもらっておくわ」

 

 野菜ありがてえ。特に玉ねぎ最高。

 

「今日は私とナスターシャは小島にいるわ。そっちは……まぁ、今日は好きになさい。ただし、もし手を出すならしっかりと責任を取ること。逃げたら撃ち殺す」

「出さねえよ……小島はどうだ、魔物はいないか?」

「安全よ。離れ小島くらいだったら何かが泳ぎ着いててもおかしくはないけれど……あの小さな場所で生きるには窮屈でしょうね」

「そりゃ良かった。いい場所取ったな」

「ええ。水鳥も狙いやすくて良い所よ」

「よくもまぁあんな大量に仕留めたもんだ」

「ズルしてるから」

 

 シーナはニヤリと笑っていた。

 ……ズルねぇ。ズル……。

 

「前にナスターシャが零してたぜ。俺は聞きたくなかったんだけどな」

「ギフトのことでしょう。別に良いわ。知ってる人は知ってるから」

 

 二人で並んで舟を漕ぐ。シーナは案外こういうことに慣れているようだった。

 

「私は別に、モングレル。貴方の持っている力を知ろうとは思わないわ。それがギフトであれ、スキルであれ……」

「奥ゆかしいね」

「力を隠すことは間違っていないから。人に知られたら良くない力も、この世にはある」

 

 ……これは俺に対して、聞こえの良い言葉を選んでいる……というわけではなさそうだ。

 シーナの横顔はどこか憂いを帯びている。

 

「でも、覚えておいて。私達アルテミスは、そんな力の持ち主であっても受け入れる。はぐれ者同士で身を寄せ合えば、少しは安全でしょう」

「はぐれ者ね。なるほどな……」

「一匹狼より、集団の狼になった方が狩りは上手くいく。きっと、人生もね」

「はは、俺は狼ってガラじゃない」

「じゃあ犬?」

「ただの雑種犬だよ」

 

 変な病気を持ってるかもしれないから近づかないことをおすすめするぜ。

 まぁ、雑種犬は病気に強いけどな。長生きしてやるぜ。

 

「お前たちのパーティーには入らないけどな。困った時は俺を呼べ。報酬さえ用意してもらえれば、俺は尻尾振って駆けつけてやるからよ」

「……だったら報酬は生肉が良いかしら」

「高い店の厚切りステーキなら間違いはないな」

「高くつく犬ねぇ……」

 

 陽が傾き、湖面が眩しく反射する。

 そろそろ寝支度もしなきゃならない時間だな。

 

 

 

 舟を岸につけた後、シーナはナスターシャと一緒に小島に戻っていった。どうやら既にそっちで仮拠点を作っていたらしい。

 予めじっくり時間かけて焼いていたリードダックの丸焼きを持っていったので、十分腹は膨れることだろう。野菜だってあるしな。

 

 こっちの岸で一晩明かすのはライナ、ウルリカ、ゴリリアーナたちだ。

 既に各々が毛皮のロールを広げてマットにしたり、マントを羽織って防寒対策を整えている。

 夏とはいえ、夜はちょっと冷え込むのだ。野営となれば普通に寒くて風邪引きそうになる。

 

「いやー、釣りも結構良いもんスね」

「ねー。お腹にはあまりたまらないけど、楽しかったなー」

「……餌を付けた後は待っているだけで良い、というのも悪くないですね……」

 

 多分穏やかに微笑んでいるのだろうゴリリアーナさんの顔は、薄暗い中で焚き火の光に照らされ怖い影を作っていた。良い人なのにな……。

 

「釣り竿三本も持ってきたのによー。結局俺が釣る時間ほとんどなかったなー」

「あはは、ずっと羽根毟りと料理だったねー。ごめんってばー」

「明日は私、ちゃんと弓で狩りしてるんで……モングレル先輩、釣り頑張ってくださいっス」

「おう。まぁ今日のでなんとなく針の適正サイズはわかったからな。明日は普通にやってりゃ入れ食いだろ」

「自信たっぷりだなー」

 

 そりゃ自信あるわ。この湖の魚全然スレてなさそうだもんよ。

 針が合うなら問題なくいけるやろ多分。

 

 

 

 晩飯はダックの丸焼き。ハーブと塩を効かせたシンプルな猟師飯だ。

 ナイフで適当に切り分けてひたすら食う。うまいうまい。肉の色がレバーみたいに濃かったけどエグい味はなかったし、思っていたより柔らかくて良かった。

 

 付け合せは薪ストーブの上で鍋被せて蒸し焼きにした芋。シンプルで普通に美味い。少なくともレゴールの安い店で出てくるボロボロの芋スープよりは上手な芋の食い方だと思う。好みはあるかもしれないが……。

 

「割れ矢は砕いたスラグと粘土で作るんスよ。型の上に散らしたスラグの上から粘土を押し付けて焼き上げてー、って感じっス」

「へー、そうなんだー。すごいなー」

「……知り合いの煉瓦屋さんが、作っているのを見たことがあります。型が多くないので、普通の焼き物と一緒に少しだけ焼くといった感じ……でした」

「もっと量産してほしいなぁ……狩人向けの高級品で割に合わないんだよぉー」

 

 焚き火を囲んでの狩人トークを聞きながら、テントの中であくびをする。

 もう外は暗い。暗いとなんもやる気が出ない。どっかに魔道具か何かでランタンの代わりになるアイテムとか売ってないもんだろうか。高級品だろうなぁ……金持ちすらロウソクを使う世界だ。

 

「モングレル先輩、おねむっスか」

「俺は寝る」

「えーもっと話そうよー」

「俺はお前たちみたいに若くねえんだ。そっちもさっさと寝とけー。釣り人の朝は早いんだぞ」

「猟師の朝も早いっスよ」

「……確かに……」

 

 そんなバカバカしいやり取りを最後に、俺の意識は薄っすらと闇に沈んでいった。

 結局最後の最後まで、若者たちは楽しそうにお喋りを続けていた……気がする。

 

 

 

 朝、目が覚めると隣でライナが寝転がっていた。

 

「……あ、おはようございます」

「……いや、暑いな!」

 

 野営とはいえ夏場に人と並んで寝てられるかよ! 近くで薪ストーブもついてるんだぞ!

 

「わぁあああ!?」

「ふう、目が醒めた」

 

 チャージディアのラグマットでライナを簀巻きにして、立ち上がって伸びをする。

 外はまだかなり薄暗い。丁度そろそろ日が昇るって頃合いだ。しかしじんわりと輪郭が見える程度であれば十分に活動できる。ここはそういう世界だ。

 

「あー……でもこの格好なんだか落ち着くっス……」

 

 簀巻きにされたライナがなんか穏やかな顔になっている。

 いたよ、小学校の頃そんな感じでカーテンにくるまるのが好きな奴。気持ちはちょっとわかるけど。

 

「ふぁああ……あ、モングレルさん起きてたの……って、ライナどうしたのそれ……」

「このまま寝れそうっスね……」

「……はい、毛皮の枕追加ねー」

「おー……」

「あははは、本当に気持ちよさそう……あー、顔洗ってこなくちゃ」

 

 ゴリリアーナさんはまだ毛皮の上で寝息を立てている。

 起こしたら寝相で殺される可能性もなくはないので静かにしておこう。

 

 火を焚いて、適当に玉ねぎを切って、余ったバターを使ってリードダックの肉やキノコと一緒に炒める。これが朝飯だ。

 ししとうみたいなやつも入れようかと思ったけど想像以上に辛くて諦めた。どう使えっていうんだこいつを。野菜ってかスパイスじゃねーか。

 

「じゃ、私も狩りに行ってくるっス。フレッチダック狙ってくるんで、楽しみにしてて欲しいっス」

「おー、デカいの仕留めてきてくれ。多分食ったことないから一度食ってみたいわ」

 

 狩人組は飯を食った後すぐに狩りに行った。

 ウルリカとゴリリアーナは舟に乗って少し遠くへ。今日は散弾は使えなくても単射でなんとかするらしい。

 

「さて、ようやく集中できそうだな」

 

 残されたのは俺一人。そして手元には釣り竿が三本。

 二本を餌釣りに使って、もう一本でルアー釣りを楽しむとしよう。

 

 餌釣りで普通に釣れるのはわかった。

 でもせっかくルアーを使うのであれば、どうせなら大物を狙いたい。ということでこっちの投げる方はデカ目の針でやる。

 

 日の出すぐだ。今なら魚の活性も高いはず……。

 

「うーん」

 

 と思ったが釣れない。30分くらいやってるがうまくいかんな。

 竿先の感触的に小さいのがつついては来てる……ことも少しありそうだが、どうにもまるごと食らいつくって感じがない。

 置いといた餌釣り用の竿は一匹だけラストフィッシュを釣り上げたが、小魚を釣り上げてもな。今は鍋に苔石と一緒に水入れて生かしてある。あとで食うつもりではいるが……。

 

 昼前には一度、モモから預かった試作品の足ヒレを試してみたいんだよな。

 温かい時間帯にやるのが一番だ。夏とはいえ日本みたいにめっちゃ暑いってわけじゃないから、多分結構寒い思いをする気がするぜ。上がったら焚き火必須だろうな。

 

「お」

 

 そんな事を考えてると、近くの葦がガサリと音を立てた。

 ライナが来たかな、と思ったが声掛けがない。

 

「ギィ?」

「……ライナ……随分雰囲気変わっちまったな……」

「ギッギッ」

 

 茂みからゴブリンが現れた。現れたけどちょっと待て、今投げたばっかなんだ。これ巻き取らせてくれ。

 

「ギィイイ……? グギッグギッ!」

「おい? おいなんだ? あっ、お前それ俺の釣ったラストフィッシュだぞ。やめろよ?」

 

 ゴブリンが“しめしめ”って顔をして魚の入った鍋を見つめている。

 馬鹿マジでやめろ。やめてください。もうちょっとで巻き終わるんでマジで少し待って。このまま竿離すと根掛かりしそうなんです。お願いします。

 

「ギャッギャッギャッ!」

「あーっ!? お前! あーっ! お客様! いけません!」

 

 手づかみで取られたぁあああ!

 

「ギッギッ!」

「お客様困ります! お客様ぁー!」

 

 食われたぁああああ! てめ、おま、おまマジでおま……!

 

「今まで遭ったゴブリンの中でトップ3に入るレベルで許さん!」

「グギャァ!?」

 

 ようやくリールを巻き終えた俺は、素早くバスタードソードを引き抜いてゴブリンの上半身をぶった斬った。

 

 ……だが遅い。もう何もかも遅いんだ……。

 俺が釣ったラストフィッシュは咀嚼され、ゴブリンの胃の中に……クソックソッ……。

 

「……しょうがねえ。俺はもう怒ったぞ。ゴブリンを餌にして釣ってやるわ……」

 

 鳥のレバーでも釣れるのであれば、ひょっとするとゴブリンの肝臓でも餌になってくれるかもしれない。

 これは実験的な検証でもあるが、大部分は俺の復讐でもある。

 ちょうど良くさっきの斬撃で肝臓がポロリして土の上にイヤンしてるから、これを使わせていただくとしよう。

 俺のために死んでも囮になってもらうからなぁ……。

 

 ああ、後で死体を遠くに捨てないと……金にならないくせに仕事の増える魔物だぜ……。

 





当作品の評価者数が2500人を越えました。

いつも「バスタード・ソードマン」を応援していただきありがとうございます。

お礼ににくまんが踊ります。

( *-∀-)zZZ


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水底より昇った月を撃て

 

 ゴブリンは肝臓が大きい。

 

 ……って知ったかぶったように言ってるけど、それは今知った。そこをまじまじと見たこと無いもん。

 はえー大きい……あれか、雑食故の毒素をなんとかするためのあれかな……? 知らんけど。

 食おうとも思わない魔物の内臓なんてそうまじまじと見ねえよ。よし、まぁわかった。雑食性だから発達したんだな。そういうことにしておこう。

 

 で、まぁこのでかい肝臓を取りまして……。

 

「……餌にするわけだが」

 

 でかいよ。これどうする? どう餌にする?

 ……ひとまずカットして釣り針から落ちない程度にしておくか。

 肝臓を何度もループするように針を縫い付けて……なんか裁縫みたいだな。けどまぁこれで良い。良いんだが……。

 

「くっせぇ……やっぱ雑食は駄目だな……」

 

 信じられるのは草食動物だけだ。クレイジーボアは赦す。他は駄目だ。くっせぇ。内臓が臭すぎる。なんだこれ。

 なんで肉食動物ってあんな臭いんだか……いやこれは俺の偏見か?

 これで本当に魚が寄ってくるんだろうか。すげー食いついてくるか逃げ出すかの二極化になりそうだが……。

 

 しかしとにかくトライだ。このゴブリンの肝臓で何かを釣って見せる……!

 

「ふんぬぁっ!」

 

 勇猛な掛け声と共に、餌を遠くに投げ放つ。

 こんな重い餌は湖のど真ん中だ! どうせなら超大物狙って深い所狙いじゃい!

 

「へへへ……ギャング針の餌釣りなんて初めてだぜ……日本だったら叩かれ放題かもな……」

 

 針は特大。ネタで作った極太ギャング針だ。グイグイ巻いてその途中で魚を引っ掛けることを目的とした暴力的な針である。

 だがここに俺を止める者はいない。やるぞ俺は。やるならやらねば。

 

「あー弓使いは良いな、今日も景気よくやってんのか」

 

 ぼちゃーんと落として、定期的に巻き取って再度投げる。そんなことをしている内に、湖のどこかで弓スキルであろうズキューンだがバキューンだかっていう音が轟いている。

 水面を叩いた音だろうか。火薬で放つ銃とかそういうあれじゃない。もっと軽い……けどこの世界においては、十分に恐ろしい射撃音だ。

 

 ……この世界に銃はない。

 火薬もない。ないというか、まだ発明されていない。材料はある。それを組み合わせれば普通に火薬は作れる。硝石と硫黄の産地は離れてるけど普通に両方ともあってビビったわ。

 けど、この世界は黒色火薬を使ったシンプルな火縄銃で何かをどうにかできるほどシンプルではないし、なけなしのそれを使って狙えるほど要人は軟弱ではない。多分もっと良い方法を使っても火力不足な気がする。頑丈なやつはマジで頑丈だしな。

 

 やるとしたらそうだな。スキルで狙撃が一番だろうな。

 科学の狙撃は本当に大変だと思う。その技術をどこでどう磨くんだって話で……。

 

「ん?」

 

 釣り竿に反応。鯨の髭の竿先がクイッと撓み、沈む。……根掛かりしたか。

 

「お、おおお……おおマジかマジか」

 

 と思ったけどこの根っこ動くな。ドチャクソ引っ張ってくるわ。……これがトレントの類じゃなければ多分これは魚かもしれん。

 ちなみにこの世界にトレントはいない。つまり魚か?

 

「ぐっ……いや待て待て……落ち着け……ラストフィッシュではないな……アベイトでもねえよなこの引きは……!?」

 

 異世界の魚の引きがどれほどのもんかはわからない。前世では小柄でも良い引きをするやつも珍しくはなかった。が、今日のこれは違う。明らかに大物のそれだ。

 バスきたか? 異世界にいるのかスズキさん? もしくは黒い方のスズキさんか?

 

「ぐっ……おいおい、素人の作った竿だぞこれ……! もっと丁重に扱ってくれよ……!」

 

 重さを感じたと思ったら、横に引っ張られる。まだ深くて遠い。だというのにこの運動量。なんだこいつは。海のデカい青物じゃあるまいし……。

 落ち着いて竿を立て、動きに合わせる。……針は、多分既に掛かっている。信じられねえ。お前、この針どんだけデカいと思ってるんだ。洗濯バサミふたつ分はあるぞこのギャング針。ネタで投げたってのにこいつ……。

 

「く、ドラグってどう作りゃいいんだよ異世界でよ……!」

 

 糸の耐久度も竿の耐久度もわからん。けど相手に譲り続けても良いことはない。

 竿の耐久度の許す限り撓ませ、タイコリールをゆっくりと引く。

 時折相手の動きに合わせつつ糸を譲りながらも、隙があればそれを倍する程度にリールを巻いてこっちに引き寄せていく。

 

 釣りは体力勝負だ。それは俺だけじゃない。人間と魚との戦いだ。

 水中での魚はそりゃもうホームだし力強くこっちを引っ張るが、そのスタミナも無限ではない。必ず疲れてバテる時は来る。

 

 俺の体力は、無限だ。いや過言かもしれないけど無限ってことにしておく。

 ていうかスカイフォレストスパイダーの糸の耐久度をここに来て信じられなくなってきた。可能な限り俺の体力任せのファイトに持っていくぜ……!

 

「ゴブリンいる? いない? 大丈夫か?」

 

 直近の恐怖に周囲を見回すが、憎たらしい影は見えない。俺とこの謎の魚との真剣勝負のようだ。

 

「こいつはあれだな、ヌシだよな……50cmは間違いなく超えてるだろ……」

 

 口のデカいナマズとかコイとかならわからん。デカい針を丸ごと飲み込むってこともあるかもしれん。

 だがゴブリンの肝臓を楽々かぶりつくサイズだとすれば……一体どれほどになるんだ。メーター超えか? 淡水で釣って良いやつじゃないぞそれは……。

 

「うお、やべえやべえ……! 馬鹿野郎潜らせねえぞ絶対に!」

 

 グンと降下する気配を感じて素早くリールを巻く。

 湖底の根っこや倒木などに潜られたら糸が絡まってそれだけで詰みだ。そうなる前に糸を引いて湖面側へ引き上げる。

 やっぱ譲ったら駄目だ。体力勝負が基本だが潜られたら詰む。ここは石や岩だらけの海じゃない。水底のコンディション最悪のフィールドだ。糸の耐久も気になるが巻き続ける他ねえ……!

 

「おおお……! 嘘だろ、重いだと……!」

 

 身体に強化を行き渡らせてはいる。だが、薄く伸ばしたそれだけでは効き目が微妙だ。加減できる相手じゃない。なんだこいつは。

 俺が重いって感じるなんて相当なもんだぞ。いくら竿とゴミみたいなリールで闘ってるからって……!

 

 ああやばい! 鯨の髭の竿先が限界か!?

 継ぎ目に負荷が掛かってるのか……!? なんか不穏な撓り方をしている……。

 

「く、おま、絶対壊させないぞこいつは……!」

 

 咄嗟に強化の魔力を竿に行き渡らせる。普段はバスタードソードにやるものだが仕方ない。こいつは加減してできる相手じゃない。

 

「さあ五分に戻ったぜ!」

 

 俺の強化によって、釣り竿の強度は増した。

 撓んでいた釣り竿は固さを増したようにまっすぐ戻ろうとし、その力で水中の大物を引き寄せる。

 こうすりゃ話は単純だ。竿は俺の魔力で強化されて壊れなくなった。

 ……糸にこの強化を行き渡らせると強度差で千切れるだろうが、今はこれでいい。これで戦う。

 

「さあ近づいたぞ……! その姿を見せてもらおうか、ヌシさんよ……!」

 

 ぐいぐい引き寄せ、引っ張り上げる。抵抗は強いが少しずつ、にじり寄るような速度で巻いていく。

 そうしていくうちに、やがて宿敵の影が水中に浮かび上がってきた。

 

「で、でけぇ」

 

 黒っぽい影だった。

 ちょっと離れた水中で、ぬらりとした黒い影が翻り、糸を引っ張って左に向かっていった。

 ……1mどころじゃないぞ。絶対にその倍はあった。なんだあいつ。ピラルクーか? オオナマズか?

 いや、でかいナマズは知らないけどこれ絶対にナマズ系の引きじゃない。なんとなくわかる。

 

 誰だコイツは。図鑑を思い出せ。なんかいたっけ……魔物か? いや絶対魔物だろこれ。俺の力と拮抗するってなんだよ。魔物に違いない。名前なんだこれ。

 

「うおっ」

 

 魚影が水面から跳ねる。チャンスだったが巻くのを忘れるほどの衝撃だった。

 

 爆発するような飛沫と、黒々とした鱗。髭は無く、デカい尾びれと胸鰭が、まるでトビウオを思わせるシルエット。そして極めつけは、エラにくっきりと色づいた三日月型の黄色い模様……!

 

「おいおい! 思い出したぞその姿! お前あれだな!? ハイテイルって魚だな!?」

 

 ハイテイル。長く強靭な胸鰭と尾びれが特徴の魚類の魔物。そして背びれには尾翼のようなものがもう一枚上側に突き出ており、一見するとその姿はジェット機のように見える。

 遊泳能力が高すぎる故に川でも滝でもなんでも遡上するせいか、海水、汽水域、淡水どこにでも現れる超活動的な化け物魚だ。

 

 なるほどこの重さにも納得だぜ。つーかどうやって湖に来たんだよ。遡るってレベルじゃねえぞ……!

 

「けどお前、美味いらしいなぁ……!?」

 

 ハイテイルの好物は海藻や藻だ。そう言われている。主に水底で暮らし、石にこびりついた植物を食んで生きているらしい。草食の魚は良い。だいたい味が良いからな……!

 

「先輩先輩モングレル先輩……――!?」

「おおライナ! なんか用か!? 見ての通りちょっと取り込み中だが……!」

「二羽仕留めて……どころじゃないっスよね!? て、手伝ったほうが……!?」

 

 ライナは俺と一緒に竿を持とうとするがそれは無茶ってもんだ。

 

「いやこれは大丈夫だ! 少しずつ引っ張ってる! だからライナはタモを……!」

「タモ?」

「タモ……」

 

 (タモ)……持ってきてねえ! どうしよう! た、助けてタモさん!

 

「うおおおなんだこいつ!? 魚のくせに水上の方が抵抗強いッ!」

「うわぁ! デカいっス!?」

「ハイテイルって知ってるかライナ!」

「知らないっス!?」

「こいつそういう名前なんだって!」

「今それどころじゃないっスよ!?」

 

 いやほんとそれな!

 つーかこれあれだ! 厳しいわ! 大分引き寄せて水面に上がってるのに逆に抵抗が強くなってやがる!

 

 どうする……どうやって……いやそうだ! 悩むことなかったわ!

 

「ライナ! ハイテイルを弓で撃て!」

「えっ!? あれをっスか!?」

「お前ならいける! 奴の顔かエラに向かって矢を撃って仕留めてくれ!」

「で、でもこれ、めっちゃ動いて……! 魚なんて私、撃ったこと……! 間違って糸に当たったりしたら……!」

「ライナならできる!」

 

 ハイテイルの抵抗は凄まじく、スタミナが切れる気配がない。魔物はこれだから困る。

 スカイフォレストスパイダーの糸は称賛すべきほど頑丈だが、強化なしではそれにも限界がきそうな気配がする。これ以上強引に引き寄せたら間違いなく切れるだろう。そんな確信がある……!

 

「……“照星(ロックオン)”!」

「任せた!」

「! はいっ!」

 

 ライナが弓を構え、矢をつがえ、スキルによって狙いを定める。

 矢尻は左右に動き回るハイテイルの魚影を追い、ブレることなくその集中を増してゆく。

 

「……穿てッ!」

 

 風を切って細い影が奔る。

 飛行機を模したような魚でも追いつけない速度のそれは、ハイテイルが知覚する間もなく殺到し……急所の黄色いエラへと突き刺さった。

 

 途端、今まで以上に暴れ出すハイテイル。だが……。

 

「よし! よしきた! 苦しんでる!決まったぜライナ!」

「! あ、これ……やったぁ!」

 

 ハイテイルの暴れ具合は急所を穿った傷に対する悶えるようなそれ。引き上げる俺に対する抵抗ではない。

 ただ水中で藻掻くだけの動きに負ける俺ではない。こうなればリールを巻き取り、陸上へと御用するのもあっという間のことだった。

 

「よっし来たぁ!」

 

 デカい魚が地上に上がり、その姿を見せる。

 サイズは……170cmくらいか。でけえ! おいおいマジかよ釣れたよこんな怪物が!

 横を見れば、額に汗をかいたライナが珍しく目を見開いて喜色を浮かべている。

 

「やったぜライナ! お前のおかげで……!」

「先輩! モングレル先輩! 私……私今ので、新しいスキルを覚えたっス!」

「大物が釣れ……えっ!? なんだって!?」

 

 スキル!? 新しい!? え、てことはそれ、ライナの2つ目のスキルってことかよ!

 

「良かったじゃねえかライナ! 念願のスキル……あっ!?」

 

 なんて油断したのが悪かったか、ハイテイルが高く飛び跳ねる。

 その高さは見上げるほど。地上に打ち上げられた魚とは思えないしぶとさで跳ねたそいつは、身を捩って再び湖に戻ろうとして……。

 

「――“貫通射(ペネトレイト)”!」

 

 その寸前で、ライナの弓の一撃により目を貫かれた。

 

 寸分の違いもなく目を射抜き、その奥の湖に着弾し、大きな飛沫が打ち上がる。

 逃げ出そうとしたハイテイルは即死し、湖間際の岸辺にぐったりと横たわった。

 もはや動く気配もない。

 

「……はぁ、はぁ……!やった……! 弾道系だけど……貫通力重視の遠距離スキルっス!」

「おお……おお、やったな! 良かったなライナ!」

「はいっ! えへへ……!やった、やったぁ……! あざっス! モングレル先輩のおかげで弾道系の攻撃スキル持ちになったっス!」

「何言ってんだ、ライナが今までしっかり積み重ねてきたからだろ! こうしちゃいられねえ、みんな呼んで盛大に……いや、そうするまでもないな、こっち来てるな……!」

 

 仕留めたハイテイルの処理も気になったが、今はライナがスキルを覚えたことが我が事のように嬉しい。

 2つ目のスキル。しかもライナの待ち望んでいた高威力のスキルだ。

 

「ねえねえ今のなにー!?」

 

 遠くから俺達の騒ぎを聞きつけたウルリカ達が舟に乗って近づいて来ている。

 ……聞いて驚け。シーナの大猟やハイテイルの釣り上げなんか目じゃないビッグニュースが待ってるぞ。

 

 



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解体ショーのはじまり

 

「ライナおめでとー! 良かったぁー!」

「ちょ、だ、抱き付くのやめてもらっていいスか。暑いっス、ウルリカ先輩……」

「二つ目の弓スキル……本当におめでとう、ライナ。よく頑張ったわ。これまでのライナの努力が実を結んだのよ。……ああ、久々にヒドロアに祈りでも捧げようかしら。とにかく、ええと。本当におめでとう」

「シ、シーナ先輩も。狭いっス。きついっス」

「……貫通射(ペネトレイト)か。良い攻撃スキルだ。正確な射撃をするライナにぴったりだろう」

「あ、あざっス……ナスターシャ先輩もそれ押し付けられると苦しいっス。あと悲しくなるっス」

 

 

 騒ぎを聞きつけたアルテミスの面々がこっちの岸辺にやってきて、ライナは揉みくちゃにされていた。

 愛されてるな、ライナ。こっちのパーティーで良くされてるのがわかる揉みくちゃっぷりだ。でもそのナスターシャにされてる奴ちょっと羨ましいな。俺も間に挟まりたいっピねぇ……。

 

「あの……皆さん。苦しそうですよ。そろそろ……あと、できれば私も……」

「わわ、あざっス。ゴリリアーナ先輩」

「おめでとうございます……ライナさん」

「……えへへ」

 

 しかしまぁ、本当に良かったよ。

 ライナもずっと前から攻撃系のスキルが無いことを気にしてたもんな。決定力に欠けるっていうか、大型の魔物とマトモに戦えないっていうか。これからはライナも積極的にアタッカーとして活躍することになるのだろうか。

 だとしたら無茶せず今まで通り慎重にやってもらいたいもんだぜ。強スキルが生えたからって、油断してたら普通に殺されるしな。火力が上がっても体力と防御力が伸びたわけじゃないんだからな。

 

「久々にスキルを覚えたっスけど、やっぱりこれ“女神の声”って感じじゃないっスねぇ」

「サングレール聖王国が言うには、そうして頭に直接浮かぶ言葉それこそが神の声って話だけどね。……さて、色々とスキルの使い勝手を見たいところではあるけれど……」

 

 そこまで言ってようやく、シーナたちが俺の方に向き直った。

 

「……随分、大きな獲物を仕留めたものね」

「私も初めて見る魚だ」

「図鑑で見て名前は知ってるぜ。こいつはハイテイルって魚だ。魔物の一種ではあると思う。いやー、ライナが撃ってくれなきゃ怪しかったかもな」

 

 終わった後釣り糸を確認してみたら、なんかただでさえ細かった糸が半分くらいの太さになっていた。しかもその分長さが伸びている。ひぇーって感じだ。あの引きをしっかり受け止めたってのも驚きだけど、後少しで下手したら切られてたっていうのも恐ろしい。……スカイフォレストスパイダーの糸、過信はできないな。

 

「さて……」

 

 ひとまず、薪を地面に並べてその上にハイテイルを横たえさせている。

 ツキジめいた光景だ。サイズもまさに立派なマグロっぽいしな。

 問題はこいつがツキジっぽく冷凍されていないという点だ。

 

「腐らない内に捌きたいんだけどよ。捌いたところで俺達だけじゃコイツを消費しきれるわけもなくだ」

「でしょうね……可食部がどれほどあるかは知らないけど……」

「あ、これ頭に穴開いてるから放血はできてるんだー」

「っス。いいところ当てられたっス」

 

 川魚なら知らんけど、コイツは原産が海っぽいんだよな。結構色々な部分食えそうな気がする。二割か三割は廃棄になるのか……それでも身は余る。

 

「とりあえず管理棟の爺さんのところ持ってって自慢しようぜ。ついでにおすそ分けしよう。野菜はいらんけど、魚を無駄にするよりは良いだろう」

「……そうね。アルテミスの名を売る良い機会にもなるし」

「内臓だけはここで抜かせてもらうぞ?」

「そうね。ナスターシャ、この魚を冷やせる?」

 

 あ、そっか。ナスターシャ水魔法使いか。だったら魚も冷やせるだろう。いいねいいね。冷凍してくれ。凍ってもなんとか解体できるしな。

 

「……冷やせるが、魔力を使う。舟の動力役は休ませてもらうが構わないな?」

「ええ。私が漕手になるわ。お願い」

「わかった。モングレル、先に内臓を処理してもらえるか。冷やすならその方がいい」

「だな」

 

 さて、サイズがサイズだからな。ソードブレイカーで解体するとしよう。

 でかい尻尾を掴んで持ち上げ、ハイテイルの肛門からザックリ刃を入れ、そのまま降ろしていく。

 するとハイテイルの内臓がぼろんぼろんとこぼれ落ちる。ゴリリアーナさんは遠くに離れ、内臓を埋める穴を掘ると言ってくれた。ありがたい。

 

「……これが胃だが、ライナ。興味あるなら胃の内容物見てもらえるか」

「っス。何か気になるんスか」

「こいつの食性がちょっと気になってな。図鑑には草食って書いてあったが、ゴブリンの肝臓に食いついたんだ。普段はどんなもん食ってるか見てみよう」

「モングレル貴方、そんな餌で釣りしてたの?」

「うぇー、ゴブリンの肝臓かぁー……ゲテモノ食いだねぇ」

 

 一通り内臓を掻き出して、すっきりした腹の中を湖で洗う。

 そうしている間にライナは胃袋を解体し、その内容物を調べてくれたようだ。

 

「うぇ、藻の匂いがするっス。あとは、カニとかエビみたいなのもいるっスね。それと貝みたいなのとか……草食ってだけじゃないと思うっス」

「だねー……魚はいないかな? いやぁ魚ってこんな感じなんだ……牛とか豚とはちょっと違うなー……」

 

 どうやらここまで図体が大きくなると、慎ましく植物だけ食って身体を支えることはできないらしい。

 魚は食っていないということは、湖底の生き物を狙っているのだろうか。……湖も結構広いからな。閉鎖された場所ではあるが、こいつ一匹が食っていくには困らなかったのかもしれない。

 こいつが集団で遡上し湖に大量発生してたら、餌となる生き物が枯渇して絶滅してたかもしれないな。

 

「“凍てつけ(クオラル)”」

 

 解体と掃除が終わり、ひとまず鮮度を保つためにナスターシャがざっとハイテイルを凍らせる。表面が白くピキピキと固まり、ひんやりとした魚の像が出来上がった。

 やっぱり水魔法は便利だ。水生成と氷結魔法さえあれば一生安泰だろこんなん。

 

「……かなり魔力を使った。私はここで少し休むぞ。管理棟へ届けるのは任せる」

「ああ、助かったぜ。そんじゃ届けに行ってくるか。ライナも、仕留めた主役として一緒に行くんだぞ」

「っス」

 

 

 

 舟に乗って再び管理棟へ。

 舟貸しの爺さんは表で近所の年寄り仲間たちとムーンボードで遊んでいるようだった。優雅な老後暮らしだな。

 

 しかしそんなのんびりとした談笑の空気も、俺達の出現で一気にどよめきへと変わる。舟に乗った連中が何故か湖にいないようなサイズの巨大魚を抱えてやってきたのだから驚くのは当然である。

 凱旋じゃ凱旋じゃ。大物獲ったどー。

 

「はぁーこんな怪物が湖にいたんか! へぇー! いや見たこと無いよこんなの!」

「なんちゅう魚じゃ。魔物かい?」

「ハイテイルって奴らしいですよ。俺が釣り上げようと手こずってたところ、こっちのライナが弓で仕留めてくれたんですよ」

「い、いやぁ。私よりもモングレル先輩のが大変だったっス」

「そりゃあすごい! 今どきのギルドマンさんは魚も獲るんだねぇ」

 

 いやまぁ魚を狙ってるのは俺くらいだとは思うけどな。釣りだって趣味の世界だし。本場はどう足掻いても網だよやっぱ。

 

「焼いても煮ても食えるらしいっすよ。俺達だけじゃ食いきれないんで、皆さんどうぞ貰ってってください」

「良いのかい? 悪いねぇ」

「美味いらしいんで腐らない内にどうぞ」

 

 作業台の上に冷凍ハイテイルを置き、バスタードソードで思い切りドスンと頭を落とす。予想外の切れ味にか、爺さんたちはギョッと驚いていた。

 鱗は既に落としてあるから、次は大胆に大名おろしだ。中骨に沿うようにザックリと剣を這わせ、力任せにぶった切る。何度か打ち付ける必要はあったが半解凍状態だったのでやりやすい。

 骨にかなり身が残ってしまったが、量はいくらでもある。この程度些細なもんだろう。それよりは切り分けたこっちの身の使い勝手を優先したい。

 

「うちはこんだけもらおうかね」

「食いきれるかな。これだけもらうよ、ありがとな!」

「干物じゃない魚なんて何年ぶりだろうなぁ。これ、少ないけど貰ってくれ」

「おっ、ありがとうございます! ほんとこれ腐らない内に食べちゃってくださいよ。新鮮なうちにね」

「おうおう。良い話題ができたよ。ありがとう、ギルドマンさん」

 

 大雑把に切り分けた身は、その場にいた老人四人に分配された。

 それでも個別のサイズはなかなかのものだが、各々の家庭で消費されるのだろう。一人で食うわけではあるまい。

 

「……またお野菜もらっちゃったスね」

「食い物が無限に増えていくな。家でも建てたらここに住めそうだぜ」

「先に水鳥が絶滅しちゃいそうっス」

 

 確かに。今まさに、おそらく湖からハイテイルが絶滅したのかもしれないからな。

 ここの資源だけに頼っても限度はあるか。

 

 

 

 舟に乗ってまた岸辺に戻る。さすがに今日はもうアルテミスの面々も狩りをするテンションではなくなったらしい。ライナのお祝いをどうするかで浮かれたりそわそわしているようだ。

 まぁそうだろう。今日くらいライナを祝ってやってくれ。スキルの取得なんて人生にそう何度もないからな。誕生日以上のレアイベントだ。

 

「ねーねーモングレルさん。それで今度は何を作るの?」

 

 で、そのお祝いとしてアルテミスたちも何か水鳥を使った豪華そうな肉料理を作っているようなのだが……ウルリカはこっちのハイテイルの末路が気になって仕方ないらしい。

 だが正直俺もこれには頭を悩ませているところだ。

 

「あー……ひとまず雑な捌き方をしたから、それをカバーするように身を削いで、もう半身もサクにしてってところからだな」

「サク?」

「料理で使いやすいように切るってことかな。削いだ身を焼いて味見してみるか? 俺も正直食ってみないとわからないところが大きいからな」

「マジっスか。食いたいっス!」

「私も私も!」

 

 向こうでゴリリアーナさんとシーナが料理を作っているというのに、ウルリカお前は手伝わんのかい。まぁいいけどな。この世界の人の味覚で感想を言ってもらいたいところもある。

 

 まずハイテイルの身を焼いて味見。その後……余裕があれば、ちょっと攻めた料理に手を出してみるか。

 図鑑に載っていた通りの魚であれば。いや、この薄い赤っぽい身からして多分、きっとこいつは。

 俺の魚料理に対する幾つかの欲求を満たしてくれる奴かもしれん。

 

 



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足ヒレのテスト

 

 下ごしらえの準備だけ終わらせた。

 まぁ一番は燻製だな。なんか適当な広葉樹を使って燻し、魚の切り身をモワモワさせる。本当は冷燻のが良いんだろうが、ナスターシャに頼まないと氷はないし、そもそも寄生虫が怖いから冷燻より温燻のが良いかなってなった。

 毎度おなじみ枝葉を使った手作り燻製器を薪ストーブの上に設置して、ジワジワとハイテイルの切り身を燻す。

 

 色々あって、結構大量にスモークすることにした。というのも……。

 

「結構脂の乗った魚ね。珍しい味わいだったわ」

「餌が多かったのだろうか。ふむ……謎が多いな」

 

 一通りアルテミスにこそぎ落とした切り身を焼いて提供したのだが、これがなかなか好評だったのだ。

 味の特徴としては、脂が乗ってて香り高い。

 

 ……香り高いってのはちょっと俺も未知の部分だったけど、全体的な味はサーモンに似ていた。

 

 サーモンだぜサーモン。鮭だ。切り身の色からちょっと予想っていうか“こうであってくれ”って気持ちは湧いていたが、まさかサーモンみたいな味だとは思わなかった。

 鮭と同じで川を遡上する生態だからだろうか? 謎である。つーか魚体自体はどっちかっていうとトビウオに近い。考察するだけ無駄だな。

 

 で、サーモンといえばスモークサーモンだろうってことで、こうして燻しているわけだ。

 ……他にナスターシャの手を借りてカチコチに凍らせてやれば寄生虫のリスクを下げることもできるだろうが、ナスターシャの魔法の温度がわからん。あとそれを何時間保持できるんだってことを考えると、冷凍からの生食に踏み切るのは難しいかなという結論に至った。

 

 その点燻製ならほどほどに熱せられるし、燻煙が大体の物を殺してくれる。何より大量に余った切り身を生で処理するのは無理だ。だったら纏めて燻しちまおうってことだな。

 

「“貫通射(ペネトレイト)”!」

 

 切り身を燻して、玉ねぎをカットにして水に晒して、ヤツデコンブを準備して、切り落とした頭部を切り開いてアラを纏めて煮込んで……。

 俺がそんな支度をしている間に、ライナは新しく習得したスキルの研究に没頭していた。

 

 攻撃系は補助よりもずっと多く魔力を消費するっていうからな。

 自分が何発使えるのかをあらかじめ知っておくのは大切だ。魔力切れでぶっ倒れてでも検証してみる価値はあるだろう。

 

「……うわー、山なりじゃなくてもあんなとこまで届くんスね……」

「そうですね……これからは、ライナさんも専用の矢を用意すべきでしょうか」

「マジっスか……いや、確かにそうかもっス……」

 

 まぁ焦らず取り組めライナ。スキルばっかに頼ってると変な癖つくからな。

 

「さて、と」

「あれ? モングレルさんどこ行くの? 料理は良いんだ?」

「いや、もう昼だしな。温かいうちに頼まれてたことをやらなきゃいけないんだわ」

 

 そう言って、俺はウルリカに足ヒレを見せてやった。

 

「……荷物からはみ出てたから気になってはいたんだけど……これ何?」

「足につけると泳ぎが良くなる……らしい。“若木の杖”のモモが俺に貸したんだよ」

「えー、そんな上手くいくのかなぁ……」

「どうだろうなー。理屈の上では間違ってないと思うけどな。それを込みで試してみるって感じだ。もちろん、アルテミスの前で半裸になるわけにもいかんから離れた向こう側でやるんだが」

 

 シーナとナスターシャは水鳥料理を作っている。

 湖の周辺で取ってきた大量のハーブで……さて、何を作るのか。

 燻製の煙の世話は任せてあるけど、さすがに何時間も水遊びしてたら怒られそうだな。ちゃっちゃと要望のあったテストを済ませようか。

 

「……ねぇねぇモングレルさん。その泳ぐ所、私も見てて良いかなー?」

「え? いや泳ぐ所っつってもな」

 

 半裸の男が泳ぐだけだぜって言おうとして、まぁ良いかと思い直した。

 

「私も男なんだから大丈夫でしょ? ね? 足ヒレっていうのがどんなのか見てみたいしさー。一緒に手伝うよー?」

 

 この世界の男なんて上裸は珍しくもないし、そもそもウルリカは男だし。俺だけが恥ずかしがってても虚しいだけだろう。

 

「良いけど、多分潜ってばっかだから喋ってもわからないぞ」

「平気平気。じゃ、行こう行こう」

 

 

 

 そういうことでウルリカと一緒の舟に乗り、岸から死角になる少し離れた別の岸へと移動した。

 舟を係留させておくには少し不安のある自然の岸辺だが、それを取っ掛かりにすれば舟に乗り込むのも楽。そんな場所だ。

 

「よーし、泳ぐか……泳ぐのなんか久々過ぎるな。何年ぶりだ……?」

「モングレルさんって泳げるの?」

「あー多少? 上手くはない程度だな。溺れずに体力の続く限り移動できるってくらいで……ウルリカはどうなんだ」

「私? 私はどうだろ……よく泉のあるところで浮かんだりはしたけどなぁ……」

「浮かべるなら泳げるんじゃないか?」

「そうかなぁ」

 

 まずは上を脱ぐ。夏仕様だから脱ぐのも楽でいいや。

 

「わ……」

「狭いけど悪いな。服は汚したくないから舟の中に置かせてくれ。身体は岸の所に上がって拭くからよ」

「う、ううん大丈夫。結構鍛えてるんだね、モングレルさん」

「そりゃ毎日自然の中を動き回ってればなぁ。肉も赤身ばっかりだし……」

 

 あとはズボン脱いで、それで終わり。

 

「……それは、履いたままで泳ぐんだ?」

「おう。肌着はすぐ乾く素材だしな。この日のためにキャビネットから引っ張り出してきた」

 

 つっても前世の水着と比べたら性能は雲泥の差だけどな。

 それでも洗濯が楽なのは便利だ。腰もヒモで縛るタイプだし、使い心地は海パンと変わらないはず。

 

 あとは足ヒレを両足に装着して、準備は完了。

 ……畜生、シュノーケルかゴーグルが欲しいな。今更そんなの求められんけど。

 

「じゃあウルリカ、荷物の番は任せた」

「……うん、大丈夫。ちゃんと見てるね」

 

 そういう感じで、モモの足ヒレの性能テストが始まった。

 

 

 

「へぐぉ」

 

 なんかテレビで見たことのある、舟から後ろ向きにゴロンとダイブするやり方を真似してみたら普通に背中打って入水した。

 わからん。わからんけど多分これ、やり方間違ってたと思う。そもそもあの体勢で水中にインする理由もよくわかってねえし。

 

 そう。何を隠そう俺はマリンスポーツ初心者だ。

 授業で泳げるだけで後はもうよくわからん。足ヒレだって使ったことはないしな!

 だから正直モモの作ったこいつがどれだけの性能なのかも、前世知識で比較することができないんだが……。

 

「あー……ちとつま先にフィットして欲しいな」

 

 とりあえず脱げはしない。が、水中で足を動かす度につま先にパカパカと違和感がある。サイズの合ってない靴を使っている時のような違和感っていうのかな。こういうもんなのかどうなのか。

 

「ぐ、ぐ、これは……少しコツがいるか……」

 

 直立状態だと、なんというか浮いているだけで少ししんどい。

 何も履いてない状態だったら浮くだけのこと難しくもなんともないんだが、ヒレがあるせいで上手くいつものように蹴れないのだ。こりゃ直立するだけの姿勢でも普段と違う動きが必要だな。

 

「……まぁこうか」

 

 イメージとしては優雅なバタ足というか。

 足先を撓らせるようなイメージでゆっくりとバータバータと動かしてやると楽になった。……気がする。

 まぁひとまず、これで何もできず溺れるってことはなくなった。

 

「手は使わなくて良いんだよな……」

 

 これは足だけ使って泳げる……はずだよな?

 試してみるか。

 

「んー……」

 

 難しい。ゆっくりバタバタ……バータバータ。しなりっ……しなりっ……。

 

 ……撓ってるかぁコレ? 硬すぎるんじゃねえのぉ?

 

 ……いやいやいきなり道具のせいにするのは悪い。まずは俺が工夫してからだ。

 

「ぷはっ」

 

 水中ゴーグルが欲しい。ぼんやり見えてるけど結構良い水中映像見えてるはずなんだけどなこれ。

 

「ん?」

 

 顔を拭って泳いできた道を振り返ってみると、思っていたより舟の位置が遠かった。

 ……ひょっとすると無意識で進んでいた分、速いことに気付かなかったか?

 手を使わず泳いでいるにしては、そうだな。そう考えると確かに速くなってるのかもしれん。

 

「……もういっちょやるか」

 

 結局、俺はこの後ちょっとした距離を三往復ほど試し、あとは素潜りの具合や浮上など色々試したのだった。

 おかげで足ヒレの使い方をそこそこマスターできた気がする。……できればもうちょい柔らかくて長くしてもらえると嬉しいってところかな。

 しかし道具としては思っていた以上に使えるものになっていて驚いた。足ヒレってこのくらいのクオリティからでも効果あるんだな。

 

 ……でも海とか行ったら似たようなもんはありそうな気はするぜ……。

 漁師たちが昔から土着的に使ってたりとかな……。

 

 

 

「よおウルリカ、お待たせ」

「……あっ、モングレルさん。もう良いんだ?」

「結構泳いだからな。ああ、今持ってるそれ貸してくれ。身体拭くから」

「う、うん」

 

 この世界にタオルは……探せばあるんだろうが、一般的にはない。毛羽立ったようなやつな。手ぬぐいのようなシンプルな布地で拭うだけだ。

 俺はこういうのを着替えとかで済ませている。ちょっと着たシャツでざっと身体の濡れたとこを拭いたりとかだな。世間的に見てもあまり珍しくはないと思う。食事で汚れた口元を袖で拭くような奴もいる国だしな……。

 

「あー懐かしい。この泳いだ後のちょっとだるい感じ」

 

 一般人の感覚を再現するために強化を切って泳いだもんだから、久々にまともな疲労感を味わっている。

 泳ぎの授業……大変だったな。次に授業ある時なんか着替えに追われて忙しいのなんの……。

 

 ……つーかさっきまでウルリカが着替え持ってたからかウルリカっぽい匂いがするなこれ。まぁいいけどさ。

 

「よし。戻るかー。料理の続きやんないとな」

「……メインディッシュはシーナ団長が作ってくれるけどさっ。モングレルさんの料理も楽しみにしてるからねー?」

「あー、まぁ前菜くらいに思っといてくれ。前菜……まぁサラダとかそういうやつだよ」

「えー? 魚だよ?」

「魚のサラダってのもあるんだよ、一応な。まぁ俺としても初めての食材だから、口に合わなきゃ残せば良い。俺は多分全部食えるしな」

 

 魚料理。というとこれはもう、肉とは違って慣れって部分もデカいんだよな。

 文化というか、そういうやつだ。俺は刺し身を生で食うのは好きだが、それが世界的に見て万人受けする食い方だとは思っていない。当然、醤油とか味噌とか……そういう日本の調味料も含めてな。

 ちょっとはそんな味覚を誰かと共有したいって願望もあるにはあるが、強制できるもんではない。ここはハルペリアだし。文化の隔たり具合なんて地球以上のものがあるだろう。

 

 ……それでもサーモンなら……サーモンならきっとなんとかしてくれる……!

 



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ささやかな夜の宴

 

 こちらとしては是非とも色々な料理を味わっていただきたいところなのだが、準備された食器の数にも限りがある。

 アルテミスも個人汁物(スープ)をよそうだけの器は携帯していたが、逆にそれだけだ。他に器らしいものは飲水用のカップくらい。なんとも慎ましいもんである。俺なんて一人でも金属皿を三枚ほど持ち歩いてるのにな……。

 

 まぁ今回は俺の持ってきた皿を大皿として使うことにしようと思う。

 食器の使い回しが嫌だとは言うまいな。

 

 

 

「あー、良い匂いだ」

 

 太陽が傾きつつある頃、ようやく燻製が仕上がった。

 スモークサーモンならぬスモークハイテイルである。切っている時もざっと見た感じでは寄生虫はいなかったが、ここまで熱せられていれば大体の虫は死ぬだろう。塩も振ったし、念のため細かく切っておいたし……予防線は引けるだけ引いた。これでも無理なら図鑑のせいだ。安全性を再検証した方がいい。

 

「おー……よく見る魚の燻製とは仕上がりが大分違うっスね」

「だな。こいつはしっかり可食部だけ切り分けてるし、カラカラになるまでやってるわけでもない。……一枚食ってみるか?」

「……」

 

 ライナは周囲を見回してから無言で何度かチョイチョイ頭を下げて、スモークハイテイルの切り身を受け取った。よしよし、悪いことしよう。バレなきゃ犯罪じゃない。見られない内に食っちまえ……。

 

「……! おお……これは……独特な風味っスねぇ」

「だろ。珍しい感じだよな」

「香り高い……? うーん……とにかく今まで食べたものと違って味があるっていうか……」

 

 ああ、そうか。これまで食ってきたものが淡白な白身魚ばかりだから新鮮なんだな。

 そりゃ赤身っぽいやつを初めて食えばそんな反応にもなるか。

 

 人間、初めての味覚には戸惑うものである。ましてそれが魚系ともなれば尚更だ。美味いかどうかを判断するのにはちと時間がかかる。

 実際の所、ライナの反応は劇的なものではなかった。まぁわかる。昼頃もちょっとした焼き身を味見してたしな。反応の薄さは予想できてた。

 

「このハイテイルの燻製を薄くスライスして……水に晒してた玉葱と一緒に酢と油で和える。ちょい柑橘も絞っておこう。あとは塩を整えてスパイスをかければ……魚介サラダの出来上がりだ。とりあえずみんなでつまみながら作業しててくれ」

「おー、あざっス!」

 

 出来上がったのはスモークハイテイルのカルパッチョだ。マリネとどう違うのかは知らん。

 魚の身は燻製しただけで食感は生に近い。俺としてはそこそこ刺し身感を味わえるメニューのひとつだ。

 こいつの良いところは醤油を使わないこと。酢と塩を調味料として扱っているから、この世界でも簡単に再現ができる。しかも美味い。

 正直、醤油に近い調味料を探すよりもこういう方向で折り合いをつけた方が良いんじゃないかと早々に妥協していたんだ。レモン汁と塩でも刺し身は食えるしな。醤油は別にあってもなくても良い。今の俺は完全にそう納得している。

 

「先輩先輩、これモングレル先輩の作った魚料理……とかサラダっス。皆で食べないっスか」

「わー、本格的。食べる食べるー」

「……美味しそうな香り、ですね……」

「いただこうか」

「ありがとう、いただくわ。こっちの料理もそろそろ仕上がるから、モングレルも楽しみにしていなさい」

「おー」

 

 さっきから香草の香りが漂って来て腹が減るんだよな。

 鳥肉の香ばしく焼ける匂いも……やっぱ魚より肉だわ。

 

 ……いやいやめげるんじゃない。ここで俺が美味い魚料理を作ってやらなければ誰が魚の美味さを広められるっていうんだ。

 

「さて、スープも……うん、そろそろ良いか」

 

 鍋の方では細かく切ったハイテイルのアラを煮込んでいた。

 最初はハイテイルの額を細かく切って軟骨を使った氷頭なますでも作ってやろうかと思ったんだが、切っていく内に「あれ? こいつ氷頭の部分無くね?」となって無念のアラ汁となってしまった悲しい料理である。

 ……身はあれだけ鮭っぽくても、やっぱ完全に鮭ではないんだな。当たり前だけど。ちょっと残念である。氷頭なます、どうにかして食いたかったんだが……。まぁ寄生虫が怖いし無理だったかなぁ……。

 

「塩は……こんなもんだな、うん」

 

 完成だ。ハイテイルのアラ汁と言うべきか、それとも潮汁と呼ぶべきか。

 調味料は塩だけ。しかし旨味で言えば結構良いもんがある料理だと思うぞ。

 

「ほれ暇そうなガキども、こっちのスープ配膳しなさい」

「ガキじゃないですけどー?」

「大人っスけど……」

 

 とは言いつつしっかりスープを受け取って運んでいる良い子たちである。

 おかわりもちょっとあるから好きに食いたまえ。

 

「では、私も……ん、これは……!」

「おー! 魚のスープってこんな感じっスか! 良いっスね!」

「これ美味しいねー! なんだろ、キノコ? やっぱり魚? 不思議だけどなんだか、いい味が出てる気がする!」

 

 三人にはスモークよりもこっちが評判のようだった。

 だがそれも当然だろう。このアラ汁にはヤツデコンブの出汁も入っているのだ。

 昆布出汁と魚の出汁だぜ? しかもそこにライナの持ってきたキノコも加われば最強よ。旨味の塊のようなもんだ。

 

「三人がそれほど言うなら気になるわね……私もいただくわ」

「私も味見といこう。……ん、これは……おお、悪くない」

「……見た目は悪いけど、味は最高ね」

 

 よし。シーナが最高と言うからには貴族っぽい連中の中でも評価の高い料理ってわけだな。

 いやー、やっぱ旨味だな。旨味を意識した調理こそ最強ですわ。

 

「……なんか遠くでニヤつかれるのが癪ね」

「フヒヒ」

「モングレル先輩、その笑い方キショいっス」

 

 サーセン。

 ……よし、じゃあ俺もアラ汁をいただいて……。

 

 ……。

 

 ……だめだ、やっぱ塩だけじゃなくて味噌と醤油欲しいわ……。

 

 馬鹿野郎こんなんで完成していいわけあるか! なにが酢と塩じゃ! いやお前たちも優秀だけどやっぱ別カテゴリなんだよ!

 

 醤油……味噌……米麹……お前たちはどこにいるんだ……。

 レゴールに来てくれ……まとめ買いするから……なんならちょっと悪目立ちしてでも交易させるから……。

 

「いかんいかん」

 

 変に懐かしい味のせいで意識がホームシックになりかけた。危ない危ない。

 

 ……よし、こういう時は現地の味で心と胃袋を満たすことにしよう。

 

「そっちの料理も完成か?」

「ええ、仕上がったわ。……貴方も食事くらいこちらで一緒に摂りなさいよ」

「そうするか」

 

 別に仲睦まじいアルテミスに遠慮していたわけじゃない。鍋奉行と燻製奉行やってたら自然とポジションが離れるんだよな。

 

「香草焼きって奴だな」

「ええ。いただいた蕪の葉も使わせてもらったわ」

 

 ペーストに近い感じで細かくされた香草が鳥肉の表面や中にたっぷりと塗られており、独特の香りがする。

 詳しいペーストの配合は知らないが、何度も料理屋で似たようなものを食ったことがある。不味いってことはないだろう。

 

「んむんむ……お、美味いな。蕪の葉の爽やかな香りもする。辛味もあるし良いな、これは。食欲が湧いてくる」

「水辺に食べられる物が多く生えてて助かったわ」

「こいつは酒が欲しくなるぜ」

「この人数なら多少は用意しても良かったかもしれないわね……」

 

 味わいとしてはバジルとクレソンをあわせた感じだろうか。そこに蕪の葉が乱入して無差別級バトルが始まってる感はあるが、コレはコレでいい。雑多な緑の味わいが鳥肉の旨味を引き立ててくれる。

 

「美味しいっス!」

「普通に焼くよりもやっぱ良いねー!」

「ふふ、ありがとう。まだあるからおかわりしなさいね」

 

 全員で中央の焚き火を囲みつつ、ナイフでカットされたリードダックの香草焼きを食べていく。

 いやほんと酒欲しいな。ドライデンで買うべきだったかなぁ……野営中にはあまり酒盛りしない主義ではあるが……あればライナのお祝いにもなったんだが。

 

「ライナも2つ目のスキルを手に入れたし、次のシルバー昇格試験を受けられるわね」

「っス。難しいかもしんないスけど、頑張るっス」

「そう気構えることはないよー、ライナだったら簡単な試験だと思うからさ。弓使いは体力試験は結構緩めだしねー」

「私も己で受けたわけではないので弓使いの試験には詳しくはない。だが、魔法使いの試験と似ているとは聞くな」

「……緊張してきたっス」

「なに、心配するなよライナ。お前なら必ず突破できるさ。登ってこいよ、俺のいるところまで……」

「貴方偉そうにしてるけどライナに抜かされるんだからね」

 

 そうか、ついにライナもシルバーに上がっちまうんだな。

 遠からずとは思っていたし全く驚きではないが、感慨深いもんだ。子供の成長は早いねぇ……。

 

「モングレル先輩もさっさとシルバーに上がればいいのに……」

「ブロンズは良いぞ」

「モングレルさーん? 今ライナのシルバー昇格を応援してるんですけどー?」

 

 いや俺に言われたらもう俺はブロンズは良いぞおじさんになるしかないから。

 この姿勢だけは崩さんから。

 

「酷いよねぇライナ、あのおじさん」

「酷いっス」

「おいおい」

「そういえばそろそろ誕生月だったかしら? 30歳おめでとう、モングレルおじさん」

「やめろ。おじさんにそれは効く」

「私たちは全員24歳以下だからまだまだその気分はわからんな」

「あれ? シーナ達はそんなもんか」

「そうよ。私とナスターシャは同じだから」

 

 大人びているからもうひとつかふたつは上かなと思ってたわ。

 ……ん?

 

「なあ、ゴリリアーナさんは御年幾つでいらっしゃるので?」

「あ、あの、普通の喋り方で大丈夫ですから……私はその、22歳です……」

 

 わっっっか。いや喋り方とか振る舞い方で見た目よりはずっと若いのかなとは思ってたけど想定以上だったわ。

 

「そうか……俺だけ30か……」

「……大丈夫っスよモングレル先輩。そのくらいの歳でもまだギルドマンはやってけるし、結婚だってできるっスから」

「まぁそりゃそうだろうけどなぁ……」

 

 30歳……医療機関のショボい世界の30歳……。

 俺はあとどれくらい生きられるんだろうなぁ。

 

「お前ら、肉を味わえる今を大切にしておくんだぞ」

「……昔の親の言葉を思い出すわね、それ」

「あははは」

「シーナ先輩の料理はいつまでも美味しいっスよ」

 

 そうして賑やかに夜は更けていった。

 女所帯(ウルリカ含む)にぽつんと部外者が一人っていうのは色々肩身の狭いところはあったが、向こうはそれを気遣っていたのか知らないが、そこそこ和やかに過ごせたように思う。

 お硬いと思っていたシーナやナスターシャも案外話せるし、やっぱわからんもんだな。

 

 

 

「さて」

 

 夜。皆がそれぞれの寝床を作って眠ろうというタイミングで、俺は燻製器からあるものを取り出していた。

 こいつは昼頃からやっていた燻製とはまた別口のやつで、その前にざっと仕込みをしていたせいで燻すのが遅れた切り身である。

 

「……うん、美味そうだ」

 

 暗くてよくわからないが、仕上がりは良い。

 普通の燻製ハイテイルよりも汁気が無く、乾いている印象が強い。

 こいつだけは燻す前に、よーく汁気を取っているからな。

 

「スモークハイテイルのヤツデコンブ締め、ってやつだな」

 

 昆布締め。それは魚の切り身を酢で拭いた乾燥昆布でサンドすることによって汁気を昆布に吸わせ、かわりに昆布の旨味を魚肉に染み込ませながら乾燥させる調理法だ。

 海外とかだと昆布の香りが苦手って人がいるかもしれないが、俺には関係がない。昆布出汁好きだしな。

 

 本当は刺身用のハイテイルを昆布締めして食いたかったんだが……生食は怖いしな。仕方ない。だがスモークでも十分に美味くなっているはずだ。

 

 柑橘の残りを皿の上に絞り、酢もちょっと足して、塩を混ぜる。

 そこに昆布締めしたハイテイルの燻製をちょいちょいとつけ、一口。

 

「……ん」

 

 醤油は無い。味噌も無い。

 でも昆布はあった。鮭も釣り上げた。

 懐かしい味わいが一部分だけでも残っている。その面影を残し、確かに俺の古い味覚を満足させてくれている。

 

 妥協もあって百点満点とはいかない料理だし、この世界の人にとってはそこまで好かれない調理法かもしれないが。

 少なくとも俺にとってこれは、最高の飯の一つだった。

 



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月下の死神

 

「……あ、おはよ……モングレルさ……」

「暑いっつってんだろぉおお!」

「え、え、きゃーーーっ!」

 

 翌朝、目が覚めた時隣にいたウルリカをラグマットで簀巻きにして、一日が始まった。

 

「あー……でもわかる、これ結構落ち着くー……」

「ウルリカ先輩、はいこれ。枕っス」

「わぁー……あ、良いねぇこれー」

 

 今日は撤収の日だ。拠点を全て引き払い、レゴールへと帰還する。

 もちろん帰りはドライデンで護衛任務を受けなきゃならんから、多少時間が前後することはあるだろう。上手くいけば今日中にドライデンを発てるだろうか。

 

「二人とも、さっさと支度なさい!」

「っス!」

「はぁーい」

「全く……ゴリリアーナはナスターシャが洗った食器の片付けをお願いね」

「は、はい」

 

 結局終わってみれば、この湖での収穫は水鳥肉と鮭っぽい肉ってところだ。

 二日野営してこの成果は非常にしょっぱい。肉も魚もある程度管理棟に渡しちゃったしな。現金収入が無いってのが特にアレなところだ。

 まぁその辺りはドライデンとレゴール間の護衛報酬で帳尻を合わせるんだろうが……俺としちゃそれでも大丈夫なんだが、アルテミスはクランハウスの維持もあるからなぁ。今日みたいな成果のショボい遠征はあまりしたくないんじゃないだろうか。

 

 

 

 管理棟に挨拶し、ドライデンへ戻る。

 管理棟の爺さん達はまた来て水鳥を取ってくれよなとヘッヘッヘと笑っていた。

 水鳥に関してはアルテミス任せだから俺からはなんとも言えんね。シーナのやる気があればまたきっとここに来ることもあるだろう。

 俺も結構釣りを楽しめたしな。気が向いたら一人で来ても良いかもしれん。少なくとも海よりは近いしな。

 

「魚釣りって面白いんスねぇ。あんな小さいのに、引く力は結構あってびっくりしたっス」

「ねー。大物かと思ったら拍子抜けするくらい小さくて驚いちゃった。もっと大きかったらどうなるんだろうね……」

「俺が釣り上げたハイテイルは特殊だけど、海に行けばそれなりのサイズの魚はいるんじゃねえかな。竿が軋んで折れるか折れないかのファイトを満喫できるぞー」

「そういう楽しみ方するもんなんスか……」

「そういうもんだぜ、釣りってのは」

 

 引く力が強ければ強いほど良い。そういうもんだ。エイ以外ならな。

 

「また今度、モングレル先輩についてっていースか?」

「おお良いぞ。アルテミスの許可を取ってだけどな」

「えー良いなぁー、私もいきたーい」

「ウルリカもかよ。言っとくけどシーナに頼み込むのは俺じゃないからな」

 

 やがて、ドライデンの馬車駅に酪農品を積み込んだ馬車がやってきた。

 そろそろレゴールに向けて出発だ。久々の遠征だったが、わりと楽しかったな。やっぱり気の合う奴がいると心の安らぎ方も違うのかもしれん。

 

 

 

 帰りの道は行きをより平穏にしたようなものだった。

 盗賊は出ないし、ゴブリンの集団は襲いかかってこないし、この辺にいないはずの強大な魔物が襲ってくることもない。

 強いて言えば夏の日差しが少々厄介なくらいだ。

 

 途中に立ち寄った村で都度補給して、出発する。それだけの旅程だ。

 時々ライナが樹上の鳥を撃って落とすなどはあったが、馬車の歩みが止まることもない。

 

 至って順風満帆な調子で、俺達は懐かしのレゴールへと戻ってきたのだった。

 ここまでは良い。レゴールに戻るまでは完璧だった。

 

 それが通りがかったのは、俺達がまさにレゴールの北門前に到着した瞬間のことである。

 

「お先、失礼させていただきます」

 

 俺達の真横を黒い風が吹き抜けた。

 

「うわっ」

「っ!」

 

 それは巨大な馬だった。

 さんざん聞いてきた馬の足音を強く上塗りするように響く音を響かせ、俺達を颯爽と抜き去ってゆく。

 

 前世でいうところのフリージアンに似た種類の馬に乗るそいつは、魔法使いのような紺色のローブを羽織り、しかし肩には巨大な鎌を乗せていた。

 俺はその鎌の名を知っている。斧と、槍と、そして巨大な鎌がついた長柄武器……グレートハルペ。

 そいつがハルペリアの黒い軍馬に乗っている。その姿だけで、どんなに学のない奴でも何者かがわかってしまう。

 

「申し訳ない。急ぎなもので……」

 

 黄色い仮面を被った男が小さく頭を下げた。

 

 ハルペリアの精鋭馬上騎士部隊「月下の死神」。

 その部隊名を聞いてクソほど厨二すぎるっていう感想が出る奴はニワカもいいところだ。

 ハルペリアで十年ほどROMってる奴ならその名が決して飾りではないことをよく言い聞かされているし、中には見てきた者も少なくはない。

 

「……いいえ。任務、お疲れ様です」

 

 あのシーナですら強張り気味に返答をする相手だ。

 地位も実力も高いこの国の精鋭を前にしては、震え気味な反応をするのも仕方ない。

 

 黒い馬に乗った男は、騎乗したまま門を通過して街の中へと入っていった。

 

「……すごい威圧感だったっス」

「怖いねー……死神さんは……」

 

 死神。彼らの部隊の名は人々にそう呼ばれている。

 

 馬上騎士に許されたグレートハルペを自在に振るえるのは当然として、馬上で魔法の扱いもできなければ「月下の死神」には所属できない。

 だから今横切った奴は、そうだな。この街にいる近距離戦の一番強いやつと魔法の一番強いのを合体させたような性能を持っている男ってことだな。近距離戦に関してはもっと強いかもしれん。

 

「……二人とも見たかよ、あの鎌」

「見たっス。あんなの振り回せるなんてヤバいっスね……」

「私なんて持ち上げるだけで精一杯だよー……」

「あの鎌さ……俺の買ったグレートハルペとちょっと形が違かったんだけど。気のせいか?」

「え?」

 

 死神。その突然の訪問に少し驚いたのは事実だ。

 しかし俺はそれ以上に、あの男の持っていたグレートハルペの形状に目を奪われていた。

 

 ……なんか……ちょっと鎌の付け方っていうか、角度っていうか……違くない?

 

「ま、まさか俺の買ったグレートハルペ……偽物なんじゃねえか……!?」

「……知らないっスよ」

「やべえ……後でアレックスに聞いて確認してみねえと……!」

「あれ、死神さんには聞かないんだ?」

「そんな怖いことできるか!」

「えぇ……」

 

 馬上騎士なんてほとんど貴族みたいなもんだろ。嫌だよ俺そんな連中を相手にコンタクト取るの。

 

 

 

 俺達はギルドで任務達成の報告をした。護衛任務だな。

 俺は正直さっさと宿に戻ってお湯でも貰いたかったのだが、さっきのグレートハルペが気になってしょうがなかった。

 宿に大荷物を戻してから、俺は再びギルドへ戻ってきた。

 

「アレックス! おいアレックス!」

「うわっ、また来たんですか……なんですかモングレルさん。久しぶりに顔を合わせる気がしますけど……いや本当になんですかその包まれた武器は」

「見りゃわかるだろ、グレートハルペだよ」

「ええ……なんでそんなの貴方が持ってるんですか……」

「市場で買ったからに決まってんだろ!」

「普通買いませんって……」

「良いからこれ見ろよ、これ! お前従士だったならグレートハルペとか取り扱ったことあるんだろ!」

「ありますけど……」

 

 アレックスにグレートハルペを渡し、鑑定させる。

 買った時は間違いなくピンと来てたんだが……北門前で通り過ぎたあの死神さんを見てから俺の中でコレクター魂が悲鳴をあげている。

 

 まるっきり偽物なのは良い。それは許す。諦めもつくというか、そういうものでも味はあるからな……。

 でも中途半端に似せようとしてのクオリティの低いB品は勘弁だ。それはなんつーか……恥ずかしいんだ……!

 

「んー……同じような気がしますけど……あ」

「何か気付いたか?」

「このグレートハルペ、鎌の部分がちょっと急すぎませんかね……? これは柄と直角に生えてますけど、実物はもっとこう、槍側に上がっているというか、振った時に斬りつけやすい角度になってるはずなんですよね……」

「偽物ってことかい……?」

「んーどうですかね、物自体は見慣れてる気がするので本物だとは思うのですが……鎌の部分だけが気になりますねえ。ここが駄目で安く売られていたのかもしれませんよ」

 

 マジか……知らなかった……そんなの……。

 

「なんだなんだ、アルテミスと合同任務してた裏切りモングレルがいやがるぞ」

「お前モングレルよぉー、アルテミスの子たちと何してるんだよぉー」

「あのな……今はアルテミスどころじゃないだろ? 見ろよこの俺のグレートハルペを……!」

「うわっ、お前そんなのまで買ってたのか……」

 

 外野も寄ってきやがった。畜生、また俺のコレクションを肴に酒を飲むつもりかこいつら……。

 

「あ、肴といえばこれはい。遠征先で作ってきたハイテイルのジャーキーな。みんなにもやるよ」

「遠慮しとく」

「やめとくわ」

「気持ちだけもらっておくぜ」

 

 警戒しすぎだろ……。

 

「しかしモングレルさん、遠征先から帰ってきて早々になんでグレートハルペなんですか? ……あ、このジャーキーは珍しく美味しいですね。スモークが強くてイケます」

「アレックスが大丈夫なら俺も食うか」

「俺も俺も」

「こいつら……いや、別に大したことじゃないんだけどな。さっき北門に入ってくる時に横から俺達を追い越していったんだよ。“月下の死神”が」

「えっ、“月下の死神”ですか!?」

「そいつが持ってるグレートハルペと形が違くてなぁ……そうか、売ってたのはそういう訳だったか……」

 

 アレックスはまだ“月下の死神”が来たという驚きから立ち直れていないようだ。

 

「なあ、“月下の死神”が来たのは何か理由でもあるのかな。俺は最近までレゴールにいなかったからわからねえんだけど、心当たりとかないか?」

「いえ……無いですねぇ。“月下の死神”といったら国難の対処に当たる国の特殊組織ですよ。僕が聞いたって教えてくれるものではないでしょうね……」

 

 そうか……俺もレゴールで見るのは二度目くらいだから驚きだった。

 ああいう奴らってほとんど街中には居ないイメージがあるんだが。

 

「“月下の死神”がレゴールに来たなんて、不穏だなぁ……おめぇはなんか心当たりはあるか?」

「いやねェな。物騒な話もここんとこは聞いてない。貴族街は知らんけどよ」

「戦争ってわけでもないか……?」

「北門を通るってことはないだろう。来るなら東か南だ。あるいはラトレイユでよほどヤバい魔物が出たか……」

「……念のために今日は待機していますか。ひょっとすると緊急の任務が入るかも知れません」

 

 戦争か。それは嫌だな……でも北、つまり俺達と同じ方角から来たってんなら……。

 いや、あの軍馬は山越えもできるんだったか。そう考えると斥候として山を通り抜け……なんてのもできるのか……? できそうではあるがそこまでするかな……。

 

「まぁ待機は良いがモングレルよ……結局お前はアルテミスの誰を狙ってるんだよ! ぇえ!?」

「いや別に狙ってるとかじゃなくて……俺はただ釣りとかそういうだな」

「遠征先で誰と何をしたっていうんだ貴様ぁ……」

「きっちり白状してもらおうか……!」

「まあまあ、魚ジャーキー食えよ。ほれ」

「美味い」

「しょっぱ美味しい」

「噛めば噛むほど味が出る」

「……あの、皆さん僕のテーブルの周りでやるのやめてもらえませんか……?」

 

 レゴールへの帰還。それと同時にやってきた「月下の死神」。

 何かが起こりそうな予感……がしたのだが、結局この日は夜まで待機してても何も起こることはなかった。

 

 



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休息日の爺さんたち

 

 レゴールに帰還して早々にバタバタしたが、その後は宿に戻って熟睡した。長旅は精神的に疲れるんだよな。

 しかし良い遊びにはなった。リフレッシュできたというか、楽しむだけ楽しんだというか。護衛はたらたらしてて億劫だが、釣りついでに遠出するのも悪くないもんだ。

 

 

 

「おーいモモ、頼まれてた例のデータ取り、やってきたぞー。あとこれ足ヒレ返すな」

「モングレル! 仕事してきましたか! やりましたね!」

「やりますよプロですから。ほれ、一応井戸の水で洗っておいたぞ」

「あら、これはご丁寧に」

 

 ギルドで「若木の杖」のメンバーに聞いてみたところ、モモはクランハウスにいるということだったので出向いてやった。

 さすが王都でブイブイ言わせてたパーティーだけあって、新築のクランハウスはなかなか様になっている。まだ一部は工事中だが、既に暮らすだけなら問題無さそうに見えるな。

 

 俺のような客を迎える部屋も準備されていて、何故かモモはそこでミセリナと一緒にお茶を飲んでいた。勉強の合間に休憩でもしていたのかもしれない。

 

「ふむふむ……ミセリナさん、どう思いますか。モングレルの報告はこう書いてありますけど……」

「……字が汚いですね……あ、ご、ごめんなさい」

「いや事実だから良いよ。すまんね下手な字で」

「重要なのは内容です。……もっと撓った方がいいというのは?」

「材質、もしくは厚みだな。今回のはちょっと厚みがあった気がするぜ。でもそこは長さである程度カバーできると思うんだよな」

「……うーん、長さですか」

 

 まぁ俺も何十分か泳いだだけだし素人意見で恐縮なんだけどな。

 けど俺の記憶じゃやっぱりもっと足ヒレに長さがあったと思うし、せめてそういう記憶に似せていったほうが結果は伴ってくるとは思うんだわ。

 

「材質はこういうのもあるぞ。クジラの髭なんだが」

「……ほほー、これは……!」

「は、初めて見ます。キリタティス海のものでしょうか」

「らしいぜ。どんなクジラなのかまでは知らないけどな。大帆船で仕留めたって話だ」

「……おお、弾力があるのですねこれは。削って整えればあるいは……!」

「まぁ一例だよ。それよりは虫系の魔物から適当に甲殻をもいできた方が安いし確実かもしれんね」

「虫……うーん」

 

 この世界の虫の魔物はやけにデカいからな。探せば似たような弾力を持った素材は見つかるかもしれない。

 

「……ミセリナさん、どう思います? 魔法を使った試験では確かにこの試作品で丁度良い固さだと思われてましたけど……」

「ん、んん……水流と固定器具で実験したけど……やっぱり足に装着した時と使用感は違うという事なのだと思います……多分……」

「弱りましたね。弾力……それを求めるとなるとなかなか……」

「まぁ、なんとなく泳ぎが補助されたような気はするよ。素潜りと浮上はちと大変だったが。これは慣れかもな」

「……」

 

 モモはしばらく考え込んだ後、はっとした顔になって俺に頭を下げた。

 

「助かりました、モングレル。改良の方向性が見えてきました」

「おう、役に立てたなら良かったぜ」

「次こそはヴァンダールさんをあっと驚かせる道具に仕上げてみせますよ。モングレルも次の機会があればまた手伝ってくれますか?」

「ま、暇な時なら構わないけどな。金じゃなくても良いから報酬は用意しとけよ。タダ働きはごめんだぞ」

「わかってます」

「あ、これお土産の鮭とば……じゃない、ハイテイルのジャーキーな。パーティーの皆で食べてくれ。評判は良かったぞ」

「え、くれるんですか? ありがとうございます!」

「わぁ……あ、ありがとうございます。いただきます……」

 

 これでひとまず足ヒレのおつかいクエストは終了だな。

 第二弾があれば今度はもっと良いやつをくれ。その時は海を泳いでみるのも悪くねえなぁー。海の魔物は怖いから迂闊な泳ぎはできないけども。

 

 

 

「いやー腹減った腹減った……お? なんだトーマスさん。それにジョスランさんもいるじゃないか」

「おう」

「なんだぁモングレル。仕事はどうした仕事は!」

「そりゃこっちのセリフだっての……」

 

 注文すれば勝手に飯と酒がスッと出てくる居酒屋が恋しくなったので“森の恵み亭”に足を運んでみると、そこには見知った二人がいた。

 製材所で働いているトーマス爺さんと、鍛冶屋のジョスランさんだ。

 トーマスさんは冬に薪割りで何度か一緒に仕事したし、ジョスランさんからもまぁ……砥石とか買った気がする。それだけだな。滅多に研ぎにも出さないからあまり出向かないんだよな。むしろ鋳造やってる娘のジョゼットの方が絡みあるくらいだ。

 

「席そこ座って良いかい」

「勝手に座りゃ良い。俺の席じゃねぇ」

 

 カウンター席が空いているので、トーマスさんの隣に座ることにした。

 トーマスさんは今日もコーンパイプでタバコをふかしている。まぁ、この世界の人が癌で死ぬのはどうしようもないし言ってもしょうがない部分もあるから良いんだが。腰をいたわるのもいいけど、内臓もちゃんと気遣ってやってほしいね。

 

「すんませーん、マレットラビットの塩焼き3つとエールひとっつー」

「ハハハ、ケチケチせず一気に頼みゃ良いだろうモングレル」

「あのねジョスランさん。俺は焼きたての美味い串焼きを食うのが好きなんだ。一気に頼んじゃ途中で冷めて台無しになっちまうだろ?」

「一気に食えばいいんだそんくらい! お前もギルドマンならもっと食って身体デカくしとけよなぁ」

「うるさい爺さんだぜ。なぁトーマスさん」

「ふ、知るかよ。両方うるせえ」

 

 おお、きたきたウサギ肉。こいつは後ろ足だけじゃなく前足の肉もボリュームがあって美味いんだ。食ってるものが良いからかウサギにしては脂も乗ってるしな。

 それにエール。冷えて無くても夏場は常温で十分うまいぜ。

 

「……ぷはー」

「相変わらずジジくせえなぁお前は」

「モングレルは会った時からジジくせえ奴だしな」

「今月30歳だよ俺は。ジジイ言うな。オッサン言われることすら心にくるってのに」

「30だぁ? もう40になるかと思ってたぜ!」

「ジョスランの親父はまた随分騒がしいな。飲みすぎるとまた娘さんにどやされるぞ」

「良いんだよ今日は! 俺だっていくらか飲む量減らしてんだ。俺なりの計算でな!」

 

 職人のどんぶり勘定はそういうところがアテにならねーんだよなぁ。

 

「それよりあれだ。前にトーマスさんから貰った竿材。あとジョスランさんの娘さんに作ってもらった釣り竿の部品。あれで仕上げた釣り竿でよ、湖まで行って魚釣りしてきたんだよ」

「なにぃ? 湖ってどこだ。ドライデンの方か?」

「ザヒア湖か」

「よく分かるなぁ」

 

 二人共知ってるのか。さすが爺さんと爺さんなりかけの二人だ。詳しいな。

 

「釣り竿なんてろくなもんがとれんだろ。あんなもんお遊びだぞぉ?」

「なんか居たのか。あの湖は鳥ばっかだろ」

「それがな、こーんなでかい魚釣れたんだよ」

「もっとマシな嘘つけバカ野郎」

「本当だって! 嘘じゃないもん! ハイテイルいたもん!」

「ハイテイルっつーのか、そいつは」

 

 追加で塩豆と肉を注文しつつ、胸元の羊皮紙に簡単なスケッチを描いていく。

 

「ほれ、こんな魚だ。見たことあるか?」

「無い」

「ほぉーう、干物かなにかになってるわけでもなさそうだなこいつは……随分派手なヒレしてんな。それこそこいつが鳥みてぇだ」

「すげー引きだったぜ。竿も壊れるギリギリだった。糸が保ったのは奇跡だな……最後に一緒に来てた弓使いが仕留めなかったら逃してたかもしれん」

 

 ジョスランさんは俺のスケッチを見て絵を近づけたり遠ざけたりしてる。別にそんな見方するほど緻密な絵ではないつもりなんだが。

 

「仕留めて、食ってみたのか?」

「もちろん。酢で和えたり、塩焼きにしたり、燻製にしたり色々だな。ほら、ちょうど持ってきたのがあるんだ。ジョスランさんもトーマスさんも一本ずつ食ってみてくれよ」

「おっ! おいおいモングレルー、そうこなくっちゃなぁオメェー」

「ほう、良い色してんな。もらっとこう。どれどれ……」

 

 二人は鮭とばじみたハイテイルジャーキーをパクリとくわえ、しばらくそれを味わうように咀嚼した。

 

「……おーい、エールおかわり」

「……こっちにも頼む」

「な? 良いだろこれ?」

「こいつは酒が進むじゃねえか、良いぞ良いぞぉモングレル。もっとあれば買ってもいい。いくらだ?」

「売るほどはねえって。街の知り合いに細々と配ったら終わりだよこんなもん」

「俺の気に入らねえ奴には渡さんでいいぞ!」

「……ジョスランさんってこういう所ほんと良くねえよな」

「ああ、本当にな。みみっちいぞジョスラン」

「おいぃ! ったく冗談だよ、冗談!」

 

 全然冗談に聞こえなかったがな。酒好きはこれだから困るぜ。

 

「だったらせめてうちの娘にも持っていってやれよモングレル。部品を作ったのはそもそも俺じゃなくてジョゼットだ。土産ってんならあいつに渡してやれ」

「おー、それもそうか」

「ついでに俺の分も少し、な?」

「な? じゃねえよ。結局それじゃねえか」

「グヘヘヘ。……しかしこういう魚も悪くないもんだな。俺はあまり干物が好きなタチでもなかったが、こいつは良い」

「モングレル、この魚は市場に出回るもんなのか?」

「いやー全く見たこと無いな。俺も図鑑で見たから知ってたってだけだしさ。一応海にもいるらしいぞ」

「そりゃ魚なんだから海にもいるだろうよ」

「違うぜジョスランさん。普通は魚ってのは川みたいな真水としょっぱい海水とじゃ住む所が違うもんなんだよ」

「なにぃ?」

「ほう、勉強になるな。クックック、まるで爺さんのようじゃねえかよ」

「ガッハッハ! 確かになぁ! 俺の爺さんも物知りでそんな感じだった!」

 

 こ、この年上二人組は……。そりゃ前世もカウントすりゃ二人より年上ではあるがよ。

 

「俺はもう怒った。二人の前でジャーキーを美味そうに食いながらエール飲んでやる。すいませーんエールおかわりー!」

「あっこいつ! 酷いことしやがる! 大人気ねえぞモングレル!」

「ジジイだからな俺は! ジジイは恥を忘れていく生き物だ!」

「フッフッフッ」

 

 その日、俺は久々にエールをたくさん飲んで、爺さん連中と一緒にダラダラと雑談を楽しんだのだった。

 




当作品の評価者数が2600件を超えました。

なろう掲載版の方でも良い感じで良い感じになってるそうで大変嬉しいです。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

お礼ににくまんが歌います。


( *・∀・)プゥープリンー♪


( *-∀-)スヤ…


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不審な陽光

“死神”ギュスターヴ視点


 

「モナルク、ここで良い」

 

 レゴールの貴族街に入り、伯爵邸前で停まる。

 私の愛馬モナルクは大きな鼻息を噴き出し、億劫そうに首を下げた。

 

 選りすぐりの軍馬とはいえ少し酷使しすぎたか。

 必要だったとはいえ、完全装備の私を乗せての長駆けは少々無茶だったかもしれない。

 

「今回は随分働かせたな。伯爵様のところの厩舎でゆっくり休んでいなさい」

「ブルルッ」

「痩せ我慢をするなよ……休んでおけ。いいな?」

 

 モナルクの顔を撫でてやり、伯爵邸へと入ってゆく。

 既にレゴール伯爵は私を出迎える準備を整えているらしい。

 ……うん、なんともしっかりした家来に守られている屋敷だ。ただの召使いに見える者も精力的で、そこらの平城に詰める兵士よりも統率が取れている。

 

 今のレゴール伯爵……ウィレム・ブラン・レゴールは善政を敷いていることで有名だ。領地の発展ぶりはハルペリア国内でも随一だろう。

 私の訪問も無下に返されるとは思えないが……さて、しかし話し合う場ができたとして、こちらの話を聞いてもらえるだろうか。あまり気は進まないが……

 

 

 

「やあ、どうも。申し訳ないね、こちらも仕事中で。書類仕事をやりながらで構わないかな? 話はちゃんと聞くから」

「いえ……」

 

 レゴール伯爵との面会は即座に通った。何分も待たされることもなかったのにはさすがに驚いた。普通貴族という生き物は手隙でもある程度は勿体ぶるものだが。率直な話ができるのはありがたい。

 

「まぁ、そちらに掛けて。ああそうだ、うちのアーマルコにお茶を用意させよう。お茶菓子も」

「いえ……私は人より飲食物を受け取ってはならない身なので」

「おっとそうだった。すまないね」

 

 私が想像していたよりもずっと背の低い伯爵は、執務机で仕事しながら私と面会してくれた。その態度は忙しそうではあっても、こちらをぞんざいに扱おうという気配はない。

 

「“月下の死神”直々の訪問を突き返すわけにはいかないからねぇ……何か余程の話があるんだろう? 嫌だなぁ……絶対にいい話じゃないでしょそれ」

「……ウィレム・ブラン・レゴール伯爵。まさに悪い知らせです。良い知らせと悪い知らせをお届けにあがりました」

「良い知らせもあるんだ。ああ良かった。じゃあそっちから聞こうかな」

「今年も“シュトルーベの亡霊”が出ました」

「……」

 

伯爵のペンの動きが止まる。

 

「いつもの場所かな」

「はい。例年同様、旧シュトルーベ近郊です。サングレール聖王国軍が建設していたと思われる砦が破壊されたようです。向こうが出していた斥候を捕らえ、聞き出しました」

「破壊された砦の規模は? 具体的な場所は?」

「シュトルーベ近郊、プラージュ川の向こう側です。完全にサングレール領ですね」

「……確かそこは渓流だったね。向こう側の砦が壊された……ふむ。すごいな」

 

 さすが伯爵。あんな辺鄙な場所をよくご存知だ。

 

「破壊された砦は……私が直に確認してきました。作りかけなので正確な規模は不明ですが、基底部のサイズや散乱した石材の量から推測するに、高さ6mほどにはなっていたかと」

「それなりのものを作ろうとはしてたわけだ……」

「石材の過半数は砕かれ、残されていた戦略物資も全て焼かれていました。現場には近づけなかったので、夜間に山間部から“梟の目”で確認した情報になります」

「それは、ご苦労だったね。そうか、シュトルーベの亡霊が今年も……」

 

 シュトルーベの亡霊。

 それはかつて開拓地であった国境の廃村、シュトルーベに現れる正体不明の何かだ。

 

 人か魔物かはわからない。

 ただ、十年以上前から毎年夏になると決まってシュトルーベ付近に現れ、サングレールの軍事施設を攻撃する化け物なのだと、捕虜になった敵兵は語っている。

 

 姿形も不鮮明だ。

 人型だったとか、棘だらけだったとか、鋭い鎖を尻尾のように波打たせていたとか……人によって異なる異形を証言する。

 

 攻撃方法もよくわからない。

 何せ証言者の生き残りが少ない。シュトルーベの亡霊は執拗に軍事施設や軍人を襲い、長年に渡りサングレールを苦しめてきたのは確かなのだが。それが徹底しているせいか、攻撃方法を知る生き残りは少ないようだった。

 

 我々“月下の死神”の先代ですらその情報をはっきりとは掴めずにいる。

 噂によれば、邪悪な炎を吹くだとか、死者の魂を使うだとか、あらゆるものが穢されるだとか……要領を得ない。

 

 シュトルーベで命を落とした誰かの無念が突き動かすアンデッド……などと仮定されてはいるが。そのような種のアンデッドは聞いたこともない。今のところ、考えても無駄な謎多き存在だ。

 

「しかし良かった。シュトルーベの亡霊が出たのなら、今年も東側の圧力は弱そうだね」

「はい。向こうの軍も相当に萎縮しているようです。……建設途中の砦も無人だったあたり、東部侵攻には及び腰でしょう。問題は……」

「南か」

「まさに。それが悪い知らせになります」

 

 サングレールの食糧事情は逼迫している。

 教義によって清貧を掲げていなければ向こうの人々はどれほどが飢えるだろう。

 山地、丘陵地ばかりのサングレールではろくに穀物が育たない。彼らの食事はもっぱら救荒作物だ。

 だから、彼らは奪いにくる。豊かな鉄を武器に変え、ハルペリアの肥沃な土地を切り取ろうと常に目論んでいるのだ。

 

 数十年前までは東、エルミート男爵領側からの侵攻が多かったが、ここ最近ではシュトルーベを迂回し南側から攻め込むことが多くなっている。おかげでベイスンは近年、砦が増えてすっかり物々しくなってしまった。……まぁ、元々あの土地にも軍事拠点が必要だという話は盛んに叫ばれていたのだが。

 

「スレイブバットの知らせがあり、南の国境付近で軍需物資の動きありとのことです」

「今秋かな」

「規模は不明ですが、おそらく。収穫前か、収穫後か……向こうのヒマワリが収穫され次第、攻めて来るものかと。もちろん、こちらの杞憂であればそれで良いのですが。念のためにベイスン方面に兵を配置させていただきたく」

「……嫌だなぁ……うう……」

 

 伯爵はテーブルの上の焼き菓子を齧り、情けない声で唸った。

 

「……うん。せっかく我が国が掴んだ情報なのだから、こちらの動きで迎撃規模を悟らせるわけにはいかないね。軍やギルドへの通達はギリギリまで控えておこう。その上で、準備は整えておくよ」

「それがよろしいかと。それと、レゴールからの動員ですが」

「レゴール軍を出そう。ギルドにも掛け合うよ。規定通り、シルバー以上のギルドマンを動かす事になると思う。ブロンズは兵站や諸々だね」

「ありがとうございます。早速書面にて確約をいただけますか」

「ああ、わかったよ。……ベイスン側のどこにいくつの部隊を送るかはまだ未定だけど」

「追って国軍より使者が来ます。それに従ってもらえれば。つまり、いつも通りです」

「私のやることは兵糧や軍需物資の確保だけか。楽でいいや。兵を戦地に送らなければならないのは複雑だけど」

 

 ……レゴール伯爵の手腕は凄まじい。以前も国境で小さな小競り合いがあった時は迅速に派兵していただけた。

 当時はまだレゴールの収穫量は突出していなかったが、それでも他の領地と比べて補給の管理が上手かった。

 伯爵として素晴らしい才をお持ちだ。軍にも彼のような方がいればよかったのだが。

 

「はぁ……今年も街の開発に全力を投入したかったのだが……嫌だなぁ……」

「申し訳ございません。レゴールは今が大切な時期であることは、我々も存じております」

「仕方ないよ、君たちは悪くない。“月下の死神”は常によく働いてくれているよ」

「……伯爵にそう言っていただければ、我々の仲間も浮かばれるでしょう」

 

 なるほど。レゴール伯爵が立場の低い召使いたちにも慕われる理由がわかった気がする。

 穏やかで、優しい方なのだな。……やはり王都に流れている噂などはアテにならない。一体どこの誰が悪評を流しているのだか……。

 

「ああ、そうだ。君の名前を聞き忘れていたね。えーと、なんといったかな」

「申し遅れました。私の名はギュスターヴと申します」

「ギュスターヴ。これは貴方が受けた命令に反していなければ聞いてほしいのだが」

「はい」

「できればこの街で“ケイオス卿”を探るのは控えてもらえるかな?」

 

 む。

 

「それは、どういった理由からで?」

「なんとなくだね」

「……なんとなく」

 

 伯爵は探るような目で私を見つめている。こちらとしては、逆に彼の顔色から考えを読み取りたいのだが……どうにも探らせないだけの“壁”を作っているようだった。

 

 ……仕方ない。どうせそちらは“ついで”の仕事だ。成果を持ち帰らなくとも構わない雑用に近い。

 個人的にもレゴール伯爵の機嫌は損ねたくないしな。

 

「わかりました。私はこのレゴールにてケイオス卿を探ることは致しません。鎌に誓いましょう」

「そうか、ありがとう。そうしてもらえると嬉しいよ」

 

 ふむ。気になる部分は色々とあるが……今はこれでいい。

 秋に出兵の予約を取り付ける事ができただけでも十分だ。

 

 緊急時にレゴールの兵やギルドマンを動員できれば、ベイスン方面もエルミート方面も柔軟に防御できる。物資の集積地としても理想的だ。

 

 ……最善を言えば、それはサングレール側が攻めてこないことではあるのだが……。相手の大人しさを祈るだけでは奪われるばかりだ。我々にそのような愚は許されない。

 備えるだけは備えねばならん。多少過剰であろうとも。

 

 



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力任せの模擬戦

 

「戦争だろうがァ~!」

 

 ギルドに来てみると、チャックがなんか鳴いていた。

 夏に限らず彼は時折このような鳴き声をあげます。無視しましょう。

 

「モングレルゥ! お前のことだぜお前ェ~!」

「あ、俺なの。なんだよいきなり。俺今から都市清掃の報告するんだけど」

「おうおう良い子ちゃんぶりやがってよぉ~! だったらテメェがちゃっちゃと報告済ませてからにするぜ~……!」

「あ、待ってくれるの。悪いね、用件は知らんけど」

 

 いやどうせしょーもない話だってのはわかってるんだけどよ。

 

 都市清掃のみみっちい報酬金を受け取り、ついでにギルドの酒場カウンターでエールを一杯貰ってからチャックのいるテーブルに座った。

 同じテーブルでは“収穫の剣”の精鋭メンバーが酒盛りしている。チャックと同じ、腕は立つけどお調子者カテゴリの若者連中である。

 

「モングレルよぉ~……聞いたぜぇ~……」

「何をだよ。俺が30になったことか?」

「マジかよテメェ~おめでとう。いやそれはそれだぞオイ! 聞いたってのはよぉ、お前がジョゼットちゃんに贈り物して気を引いたって話のことに決まってるだろうがよぉ~!」

 

 いや知らんて……釣り竿のロッドガイドとリールの鋳造やってもらったお礼ってだけだぞ。

 別に浮いた話もなかったし……次もまた何か面白い注文があるならくれって感じのこと言われただけだ。

 

「ていうかチャックはそれ誰から聞いたんだよ」

「向かいの店のオリエッタ婆さんが見てたって証言は取れてんだよォ~!」

「またよくわからん婆さんの人脈かよ……」

「モングレルよりチャックのそういう所のほうが女たらしだよな」

「それな。こいつ婆ちゃんに好かれるんだよな」

「うるせぇ~! 俺は若い子にモテてぇんだよ~!」

 

 チャックの叫びがなんか切実で可哀そうだわ。まぁこいつがモテないのはこいつの性格がアレな所あるからなんとも言えないけど……。

 

「なぁモングレル。チャックのことはどうでもいいんだがよ」

「オイッ!」

「なんだよ?」

「ちょっと前に“死神”がレゴールに来てただろ。どうもまだ貴族街の方じゃあの真っ黒な軍馬がいるんだってよ」

「あーあの格好いい軍馬か。もう来てから3日だろ? まだレゴールに逗留してるんだな」

 

 “月下の死神”は国直属の特殊部隊みたいなものだ。だいたい常に慌ただしく国内を駆け回り、それ以外では王都にいるような連中のはずなんだけどな。

 

「聞いた話じゃ、レゴールの衛兵や兵士に訓練をつけてやってるらしい。その光景を見たわけでもないからこっちはあくまで噂だけどな。実際はどうかは知らん」

「ほー、“死神”が直々に戦闘訓練をつけてやってるのか。良いねぇ、厳しそうだが身につくものもありそうだ」

「ケッ、兵士のお上品な剣術なんざやってられねェぜ俺は」

「ケケケッ……チャック、お前は対人戦弱いからなぁ。“大地の盾”の奴らと模擬戦するといっつも負けてるもんなぁ」

「うるせっ! 俺は魔物に強いから良いんだよォ!」

 

 兵士、そして衛兵というのはどうしても対人戦闘を重視するからな。

 街中の犯罪者だとか、あるいは戦争で敵兵士との闘いを想定しているのだから当然ではある。チンピラに対して強くなきゃ衛兵なんてやってられん。

 “大地の盾”のメンバーはその辺りの剣術を齧ってる奴らが多いからそりゃ強い。チャックも結構っていうか大分強いのは間違いないんだが、魔物向けの闘い方とはかなり違うからどうしてもな。

 

「しっかしよ。実際の所“死神”ってのはどんくらい強いんだ? あいつらは騎兵だろ? 軍馬から降りたらあのデカいグレートハルペって武器も使えないんじゃないか?」

「モングレルもあの武器持ってるんだろ? そこのところどうなんだよ」

「いや、俺はあの武器実戦で使ったこと無いからわからん」

「え!? なんで買った!?」

「観賞用に決まってるだろうが!」

「バカがよぉ~!」

 

 バカにバカって言われたわ。バカって言う方がバカなんだぞバカ。

 

「いやでも“死神”はその辺り関係ないと思うけどな。だってあいつらグレートハルペを片手で横に構えたままピクリとも揺らさないんだぜ。強化は一級品だしスキルの数も6個以上はあるって話だ」

「マジかよぉ!? 衛兵の強い奴らだってスキル4個くらいなもんだぜぇ~……!?」

「そんなにスキルあって魔力が持つのか……あ、魔法使いならそれなりに魔力もあるのか……?」

「化け物だな……」

 

 実際の所化け物だと思う。グレートハルペの槍スキル、斧スキル、そして鎌スキルもあるはずだ。それらを素早く切り替え、適した場面で適したものを使ってくるわけだ。大型武器を支える身体強化も備わっているし遠距離用の魔法も持っている。はっきり言ってチートか何か貰ってるような連中だと俺は思ってるよ。あいつら転生者かもしれんな。俺は自分の事を転生者だと思い込んでいる一般ギルドマンなのかもしれん。

 

「チクショ~……でも一度は模擬戦って~の? やってはみてぇよなぁ~……今の俺の実力がどんなもんかってのを知りたいしよぉ~」

「お、チャックもなかなか殊勝なこと言うじゃないか」

「あったりめぇだろぉ! 俺はゴールドいくからよゴールド!」

「チャックがいくなら俺もいってやるぜ! まぁ先にシルバー3だけどな!」

「3ですら遠いよなー」

 

 こういう案外まっすぐな向上心がある所は良いんだけどな、こいつら。

 なんだって“大地の盾”みたいな爽やかさが備わっていないのか……。

 

「模擬戦で“死神”に片膝でも突かせてやれたらよォ~! ひょっとしたら次の昇級審査で加点材料にしてもらえるかもしれねぇよなぁ~!」

「いけるかぁ片膝?」

「チャックじゃ無理だろぉ俺ならできるけど」

「なんだとぉ!?」

「チャックは夢見る前にまずモングレルに勝てるようになってからだな! ガハハハ」

「モングレルてめぇ!」

「いやいや俺今の一連の話に一切口挟んでなかったぞ」

「俺と勝負しろ!」

 

 いやマジで何の流れでそうなるんだよ。

 

「別に良いけど……暇だし……」

「よっしゃ! 修練場行くぞぉ~!」

「酔ってるんだからコケるんじゃねえぞー!」

「観戦するぞ観戦!」

 

 よくわからない流れだったが、こうして俺はチャックと模擬戦をすることになったのだった。

 

 

 

「一発良いのを当てたら勝ちだぜぇ! 寸止めも有りだけどなぁ!」

「まぁいつものルールだな。うへぇ……貸出用防具くっせ……俺外してやるわ」

「オイオイ! 防具はつけろよモングレル! 怪我するだろうが!」

「良いよどうせチャックの攻撃は当たらねーし、当たってもこの剣痛くねーから」

 

 修練場の地面はよく踏み固められた土だ。転ぶとちょっと痛いが街中のレンガやタイルのような場所ほど悲惨なことにはならない。素直にステップが出来て、怪我もしにくいいい塩梅のフィールドってわけだ。訓練には都合がいい。

 

「モングレル……テメェ、あまり俺を舐めないほうが良いぜ」

「お、少しは酔いも醒めたか」

「おいおい、モングレルの野郎チャック挑発しすぎだろ」

「二人ともマジでやるのは駄目だからな?」

「わかってるって」

「……モングレル! 木剣はそいつで良いのかァ!? 盾も持てるしロングソード握れんだろうが!」

「普段と違う得物を持って訓練になるかよ。それに、俺はバスタードソードさえあれば世界最強の男だぜ?」

 

 木製の細身の剣にある程度布を巻いた修練用の木剣。しかし布とはいえ分厚くなるほど巻かれてはいないし、ちょっと強めに当てれば普通に痛い。本気で殴れば人が死ぬような、立派な武器だ。少なくともゴブリンが時々握っている粗末な棍棒よりは上等な武器だろう。

 

「……前々からその舐めた武装は気に入らなかったんだ……モングレル今日はロングソードの強さを教えてやるぜェ……!」

 

 俺が1m程度のバスタードソードサイズの木剣なのに対し、チャックの方はロングソードの木剣。俺の武器よりも30cmは長いだろう。

 向こうも盾はないが、篭手をつけて両手で操るロングソードは攻守共に優れている。この世界の剣士らしい、オーソドックスな武装だ。

 

「なぁ見ろよ、あっちでチャックさんが模擬戦してる!」

「相手モングレルかよ、面白そうだな!」

「やっちまえチャック! シルバーの実力を見せてやれ!」

「モングレル防具つけろよ!」

「臭いから嫌だ! お前らも使ったあとちゃんと洗って干しておけよな!」

「何言ってんだこいつ!」

 

 正面に立つチャックは既に精神を研ぎ澄ませている。

 チンピラじみた鋭い眼つきだが、チャックの実力は本物だ。対人戦が苦手とはいえ、伊達にシルバーの認識票をひっさげてはいない。試合が始まれば猛然と襲いかかってくるだろう。

 

 ……久しぶりだな。昇級の試験官としてじゃない、普通の模擬戦の場に立つのは。

 

「よぉーし、くれぐれも怪我だけは気をつけて……はじめッ!」

 

 審判役の声がかかり、チャックの目が見開かれた。

 

「ぅおおらァッ!」

「っしゃぁ掛かってこいッ!」

 

 上段からの振り下ろしに対し、俺も上段で応えた。力任せの鍔迫り合い。向こうは剣がデカいし長い。振り下ろしの一撃の威力で言えば、普通は勝てるものではない。普通なら。

 

「お、おおおッ……!?」

「どうしたチャック! 酔ってんのか!?」

「馬鹿野郎この程度……!?」

 

 だが俺は強いぜ。チャックも全力で来たんだろうが、俺と力勝負して勝てるわけもない。剣を打ち合わせたら俺は負けねえぞ! ロングソード使ってるんだからリーチで戦えリーチで! 俺の土俵で戦うな!

 

「お上品な試合にするつもりはねえ、ぞッ!」

「ぐっ!」

 

 俺は前蹴りを入れたが、すんでのところでチャックは膝でガードした。

 お互いの距離が離れ、勝負は振り出しに戻る。……周りの歓声がうるせー。見世物じゃね……いや見世物みたいなもんかこれは。

 

「この野郎ォ~……ふざけた力しやがって~……!」

 

 カッカしてそうなセリフの割に状況は見えているのか、剣を構え直してリーチで勝負する体勢に入った。今度は勢いではなく、間合いを気にしながらゆっくりと近づいてくる。

 

「おいおい、ブロンズ3の俺に膝を突かせられないようじゃ“死神”相手なんて夢のまた夢だぞ?」

「……!」

 

 挑発の口車には乗らず、チャックは遠間から剣を素早く横薙ぎした。

 ロングソードのリーチを生かした闘い方だ。この距離感を保っていれば一方的に勝てる。普通であれば。でも俺は普通じゃない。

 

「いや本当にチャックお前、対人戦は苦手なのな!」

「ぐっ!?」

 

 相手の剣の攻撃に対し、こっちは向こうの剣に当てるように振るう。

 遠くから安全に攻撃できる腹積もりだったんだろうが、そんな気持ちでぬるく振るのは許さない。剣をブチ当てて、向こうの体勢を崩していく。

 

「オラァ打ち合いだ! 俺も技術は無いからなぁ! 力勝負といこうぜチャック!」

「ぐ、おお……! ふざけッ……!」

 

 そのまま距離を詰め、向こうの攻撃を強引に弾き続ける。

 この動きに剣術とかそういう繊細なものは一切ない。ただ距離を詰めながら、相手の剣をこっちの剣でぶん殴っているだけ。

 俺の力に物を言わせた、ただただ強引な戦術だ。

 

 ……いやまぁやろうと思えば剣術っぽい闘いはできるけど、みんな見てるしな。やらんて。

 

「どっせいッ!」

「あっ!?」

 

 チャックも辛抱強く堪えたが、二十合ほど打ち合ったところで俺の横薙ぎがチャックの木剣を気前よくすっ飛ばしてみせた。とても拾える距離ではない。これでチャックの武器は無しだ。

 

「勝負あり! 勝者モングレル!」

「はっはっは! どうだぁ参ったか! 酔っ払った若者にやられるほど俺は弱くねーぞぉ!」

「くっそーッ! なんだこの力任せな闘い方は! マジで技術もクソもねー!」

「勝てば良いんだよ勝てばな! はっはっはっ!」

 

 チャックは痺れた手をプルプルさせながら吠えているが、まぁ一方的な試合だ。内容は超シンプルな塩味って感じだが、だからこそ勝敗は周りから見てもわかりやすい。

 

「モングレルの力つえー」

「お前普段の任務もそうやってるんだろ!」

「あったりめーだ。力こそパワーだよこの世界は」

「うおお……まだ手が痺れてやがる……! なんだあいつの剣戟……! ちっとも弾ける気がしねえ……!」

「お疲れチャック。お前が負けるとはなぁ……でも仕方ねぇ」

「相変わらずモングレルは馬鹿力だな……」

 

 いやまぁ俺もそういうキャラでやってるから良いんだけどさ。

 本当は結構インテリなところもあるからな。脳筋ではないからな。そこらへん勘違いするなよ!

 

「チャック、俺に勝ちたかったらもっと対人用の剣術を勉強しておくんだな」

「くっそ~……妥当な説教しやがってよォ~……剣術修めてないやつに言われたくねェ~……!」

「はっはっは! あ、俺勝ったからエール一杯奢れよな」

「ぁあ!? そんな約束してねぇだろがよぉ~!?」

「勉強代だ勉強代!」

「後出しするなよ~!」

 

 



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卑しい者の食肉

「ライナ……俺は任務に出る。過酷な……とても過酷な、任務だ」

「っス」

「だから今夜……もし俺が戻ってこれたら……ライナの所に行っても良いか?」

「っスっス」

「ありがとう、ライナ……これでもう思い残すことは、無い」

 

 ライナがジト目で俺を見つめている。

 

「なんでモングレル先輩はお風呂入るだけでそんな感じの喋り方になってるんスか」

 

 そう、俺は今日の任務が終わった後、アルテミスのお風呂使用権の二回目を使う予定だった。

 聞くところによれば今日は終日クランハウスにナスターシャがいるという。だったら風呂の用意をしてもらうチャンスだろう。

 

「こういうのをフラグっていうんだよ」

「ふらぐ……」

「ま、験担ぎってやつだな」

「なんなんスかねそれ……まぁ良いスけど……ナスターシャ先輩たちにも伝えておくっス」

 

 というわけで、俺の今日のプランが決定した。

 仕事を頑張った後に風呂。最高だね。仕事にも気合が入るってもんだよ。

 

 

 

「よーし、じゃあ頑張って作業やってくかぁ!」

「うるっせぇ……」

「なんだこいつ……」

「ギルドマンかよ……しかもブロンズ3? なんでこんな所にいるんだ……」

 

 俺は今、レゴール東門外の工事現場にいる。

 レゴール外壁拡張に伴い、ここ東側の広い範囲を整備することになったのだ。

 

 街を広げるというからにはそれはもう大規模な工事になる。

 鉄筋コンクリートを岩盤にゴリゴリするようなことまではしないが、基礎工事はやる。重機無しでな。そういう意味では前世の工事よりも重労働かもしれん。

 

 そして今日行われているのは下水道の整備だ。

 既にある程度の切削作業は行われており、石材やレンガによって下水道の大まかな造りが顕になっている。とはいえまだまだ終わってない部分も多い。かといって雨が降るたびに泥が流入するのでは困るので、人海戦術で急ピッチの作業が行われているわけだ。

 

 しかし夏場の重労働は非常にしんどい。人件費に金をかけたくもない。

 そういう時に誰を動員するのかというと、そうです。犯罪奴隷です。

 

「下水道は街の命だ。誰もうんこ臭い街で暮らしたくないからな。常にうんこ臭い街で暮らしてたら悪い病気にも引っかかりやすくなっちまう。だから俺達のやる仕事は非常に重要なわけだ。わかるな?」

「……兵士でもないのにお前、随分やる気だな」

「街のためだかなんだか知らねーよ」

 

 まぁ現場の士気は低い。こいつらにとっては懲罰の一環みたいなもんだしな。

 それでも万が一やる気があるやつがいればって思って発破をかけてはみたが、難しいか。

 

 しょーがねえ。俺は俺で力仕事しておくか。

 これはアイアン相当のしょぼい仕事ではあるが、さっさと完成してくれたほうが俺としてはありがたい設備だしな。俺のマンパワーで竣工を早めてやろう。

 

「な、なぁあんた。モングレルさんか? そうだよな?」

「お? ……おー、なんだ、覚えてはいるぞお前。でも悪いな、名前がちょっと思い出せないわ」

「ロディだよ。あんたに捕まって犯罪奴隷にぶち込まれた間抜けさ」

 

 知らないやつから声を掛けられたと思ったら、そいつは知り合いだった。

 以前秋ごろにアルテミスのメンバーと一緒にバロアの森を調査した際、違法罠を仕掛けていたアイアンクラスのギルドマンだ。

 その時しょっぴいて衛兵に突き出したきりだったが……見ない間に、ちょっと痩せたかもな。

 

「捕まえた俺が言うのもなんだけど、どうだよ。犯罪奴隷の暮らしは」

「そりゃもう最悪さ。ベッドは粗末だし飯は不味い。肉が恋しくなる」

 

 俺が掘り出された土を運ぼうとすると、ロディは仕事を奪うように猫車のハンドルを握った。

 

「なんだ、手伝ってくれるのか?」

「これも仕事だしな。もちろん手伝うよ。……真面目にやってれば待遇も良くなる。モングレルさん、あんたの言ってた通りだ。あの助言のお陰で俺は、少しだけだが悪くない仕事をやれているよ」

「おう、そうか」

「仕事しながらでもいいから、話さないか? 知り合いとの会話に飢えてるんだ」

「もちろん構わねえよ。じゃ、一緒に作業していくか」

「へへっ。ギルドマンが俺らに混じって労働してるなんて、変な気分だ。自由の身になったような錯覚を覚えるよ」

 

 ロディは二十歳前くらいの青年だ。

 元々違法罠を仕掛けていた辺り器用で、狩人としての実力もあったのだろう。

 だがそれも犯罪奴隷堕ちしたことで潰えてしまった。もったいないことだ。真面目にやってりゃ、今頃アイアン3にはなってただろうに。

 

「ここじゃ自分のやりたい仕事もできなくて参っちゃうよ。仲間達とも離されるし、同室の奴らは嫌な性格だし……正直、違法罠のことは何度も後悔してる。今でも寝る前は毎日な」

「しんどいか」

「まぁね。けど、さっきも言ったけど看守に気に入られたおかげで酷い扱いはされなくなってるよ。虐められたりは、まだ無いな」

「そうか。幸運だったな」

「あとちょっとで出られるらしい。……今度は違法じゃない普通の罠で猟をするよ。それで、好きなだけ肉を食べるんだ」

「肉は、ほとんど出ないのか」

「出ない。オートミールばっかりさ。たまーに、スープの中に屑肉みたいなものが沈んでるだけ。……ふう、今日は暑いな……」

「……だな」

 

 真面目に取り組めば犯罪奴隷とはいえ、模範囚的な扱いを受ける。

 少なくともぶーたれて反抗的な態度を取るよりは、解放されるのも早くなるだろう。

 こいつの犯罪も軽いものだったし、さほど時間がかからないだろうな。

 

「おいロディ、こっちこっち」

「え? なんだよモングレルさん……」

「他の奴に見られないようにこれ、食っとけ」

「……」

 

 俺がロディに差し出したのは、一枚のジャーキーだ。

 クレイジーボアから作った極々普通のジャーキーである。しかし俺なりにベストなスパイスを利かせた、良い感じの味付けの逸品だ。

 

 ロディは少しだけ悩むような素振りを見せてから、黙ってジャーキーを口に運んだ。

 そして今の一瞬の後ろめたさを隠すように、そのまま土を運ぶ作業へと戻る。

 

「どうよ、味は」

 

 所詮は保存食だ。生のものを焼いたようなジューシーさは少しもない。

 それでも、ジャーキーを何度も噛みしめるロディの横顔には一筋の涙が伝っていた。

 

「……美味いよ。すげぇ美味い……またボアを獲りてーなぁ……」

「仕事、真面目にやってこうぜ。すぐにそんな生活に戻れるさ」

「うん……」

 

 この日の作業は捗った。全体で言えばまだまだだろうが、少なくとも俺達のいた区画の進捗は悪くなかったことだろう。

 半分以上監督をサボってた兵士にはちょっとした嫌味を言ってやりつつ、ロディの働きが良かったという話はしておいた。

 それが作用するのかしないのかはわからんが、できればいい方向に転がってくれると良いなと思う。

 

 

 

「そして風呂ですわ」

 

 犯罪奴隷はあの後せいぜい水を浴びたりなんだろうけど、俺は綺麗なお風呂をいただこうと思います。

 悪いなロディ君。俺は土にまみれた後は風呂に入りたいタイプなんでな……一人だけ身奇麗にさせてもらうぜ……。

 

「おじゃまするぞー」

「あ、モングレル先輩。お疲れ様っス。お風呂入るんスね……って、結構汚れてるじゃないスか」

「仕事でちょっとな。まぁ、風呂に甘えるつもりで来た。廊下は汚さないから勘弁してくれ」

「いや別に構わないっスけど。汚れてるのがなんか珍しかっただけっスよ。ナスターシャさんはもう準備してるんで、お湯ができるまでロビーで待ってて欲しいっス」

「いや、さすがにこの格好で汚すわけにもいかねえよ」

 

 玄関でライナと話していると、奥から袖を濡らしたナスターシャが歩いてきた。

 

「風呂なら準備できたぞ。ゆっくり入ると良い、モングレル」

「お、悪いなナスターシャ。ありがたく堪能させてもらうぜ」

「今日は前のようなビールは準備していないのか?」

「あー、持ってきたかったんだけどな、忘れたわ。まぁ別になくても良いんだよ。大事なのは風呂本体だ」

「何かあれば呼んでほしいっス」

「おー」

 

 クランハウスに入り、脱衣所へ。

 いやー、本当に綺麗な建物だ。“収穫の剣”も普段からこのくらい綺麗にすりゃいいのにな……。

 

 とりあえずパパッと脱いで、さっと浴室へ。

 手桶で身体の汚れを流し、流し……それはもう入念に流し……。

 最低限、現代人らしい禊を果たしたなってタイミングでお湯に浸かる。

 

 ざぶん。……ぉぁああぁ……。

 

「湖とは違うな……やっぱ……」

 

 前に泳いだ湖もそれなりに汚れ落としにはなったが、やっぱりお湯なんだよな。

 水じゃ絶対に落ちない、それこそ灰を使っても拭えない見えざる汚れっていうのかな……そういうのが、お湯に浸かることで初めて溶け出すっていうか……。

 遠回りな言い方になっちまったがつまり、風呂最高だわ……。

 

「……モングレルさーん、入ってる?」

「お? ウルリカか。なんだー」

「……お邪魔しまーす」

「っておいおい」

 

 俺が止める前に、ウルリカが浴室へと入ってきた。

 

「えへへ、誰かと一緒に入るなんて初めて……なんか変な感じ……」

 

 しかも脱いでるし。

 下は布を巻いて隠してるけど、上は裸だ。そしてそんな姿を見てようやく、ああ、やっぱりこいつ本当に男だったんだなって実感が湧いてきた。

 けど男同士とはいえ、ここはあくまで個人用の風呂だ。一人の風呂タイムを邪魔されるのはちょっとな……。

 

「ウルリカお前、俺は孤独で静かで豊かな風呂をだな……」

「はいこれっ、モングレルさんのために持ってきたエールでーす」

「……マジかい?」

「しかもナスターシャさんが冷やしてくれました。どうー? 私偉い?」

 

 とりあえずエールを貰って一口。……あーうめぇ……熱い風呂に浸かりながら飲む冷えたエール最高だわ……。

 

「あと……これはまぁ、モングレルさんが嫌だったら良いんだけどさー……背中とか流してあげよっか? ほら、洗いにくいでしょ? 日頃から私もお世話になってるしさ……本当に嫌じゃなければ良いんだけど……」

「……そんな恩返しをされるほどウルリカ達に何かした覚えはないんだけどな」

 

 けどこうして浴室に入ってくる辺り、ウルリカもこういう女所帯での暮らしで寂しさを感じてもいたんだろうか。

 共同浴場に入ると面倒くさい男に狙われそうな顔してるもんな……。

 

「しょうがない。じゃあ背中洗うの任せていいか?」

「えっ、良いの? 本当?」

「男同士裸の付き合いだ。もちろん、ウルリカも身体を良ーくお湯で流して洗っておくんだぞ。風呂の前に身体を流さないやつは男女問わずゴブリンと同じだ。良いな?」

「う、うん。そうする……ゴブリン扱いは嫌だし……」

 

 

 

 風呂でしばらく温まった後、ウルリカに背中を流してもらう。

 自分でも長い布を使えば洗えないことはないが、どこにでもありそうな手ぬぐいで、しかも洗浄力の弱い洗剤で洗っているようなものだ。そんな生活を長年やってきたせいもあって、ひょっとすると俺の背中は酷い汚さかもしれない。

 

「どうだウルリカ、俺の背中汚くない? 背中の中心の、首の下辺りとかどう? なんか変色してたりとかない?」

「べ、別に普通だよ……? なんだかモングレルさん変な所気にするんだねー……女の子みたい……」

「自分じゃ見えないんだからしょうがないだろ。……あー、汚れが落ちてそうな感じがする……」

 

 以前は超高級娼婦に文字通り洗ってもらっただけの風呂を堪能したけど、あの時の娼婦は俺のことすげー不本意そうに睨んでて落ち着かなかったな……。

 あの子は今何をしてるんだろうか……。

 

「……はい、おーわり。次は前ね?」

「前は自分でやるっての」

「あはは、そりゃそっか……」

「ウルリカの背中も洗ってやろうか?」

「え、え? い、いや……うん、モングレルさんが良いなら、お願いできる……?」

「気にすんなよ。ほれ、後ろ向け」

「……うん」

 

 ウルリカの背中を洗いながら思い出すのは、前世の記憶だ。

 こんなにつるつるした肌じゃなかったが、介護施設に入る前の祖父にもよくこうして洗ってやったっけ……。

 

「んっ、あ……」

「お、悪い。痛かったか」

「大丈夫、へーきへーき……も、もう終わりでいいよ。流しちゃお」

「そうか? まぁそうだな」

 

 

 

 再び湯船に浸かりながらエールを楽しむ。贅沢なひとときだ。

 足を伸ばして一人で湯船に浸かるのも良いが、今はウルリカと横並びになって風呂に入っている。

 身体を洗うのにさんざん浴槽のお湯を使ったせいで嵩が減ってたから、ある意味二人いて良かったのかもな。

 この狭苦しさもどこか懐かしくなるぜ。

 

「モングレルさんはさ……こういうお風呂入ったことあるんだ?」

「あー、まぁ、ちょっと似たようなのにはな。ここほど立派な風呂ではなかったが」

 

 本当は継ぎ目のない浴槽でボタンひとつで楽しめる風呂だったが、そんなことを正直に話しても混乱させるだけだしやめておく。

 

「余裕がある時は……そうだな、水をためて沸かして、それで入ってたぜ。……開拓村で、ある程度自由だからできた贅沢ってやつだな」

「そうなんだ……」

「ウルリカはどうだったんだ、こういう風呂とか入ったことないのか」

「え、私の家は別にそういうのなかったし……近くの泉で水浴びするだけだったよ。けど、それでも気持ちよかったなぁ。だからそういうの元々好きだったし……アルテミスに入れて本当に良かったよ」

 

 泉か、前もそんな話してたな。

 良いなぁ泉。そんな便利なもんがあるならシュトルーベの開拓ももうちょっと楽だったんだが。

 

「ねえ、しつこいかもだけどさ。モングレルさんもアルテミス来ない? お風呂もあるんだよ?」

「心がすげー揺れるけど、嫌だね」

「……ライナも昇格して、シルバーになるし。モングレルさんも一緒にシルバーに上がってさ」

「俺は何度でも断るぞ? 女ばっかの所じゃ息が詰まるし……」

「私もさ。他の男の人ならともかく……モングレルさんなら、良いよ?」

 

 なんか……その言い方ちょっとエッチやん……。

 

 いや錯覚だ。落ち着け落ち着け。

 

「別に、アルテミスが嫌いなわけじゃねーよ。俺は俺なりに、ソロかつブロンズだからこそできることをやりたいんだ。……まぁ徴兵が嫌ってのも半分以上は理由としてあるけどさ」

 

 ブロンズでも徴兵はパーティー単位で持っていかれることもある。

 それを防ぎたいって気持ちもひとつ。なにより、まぁ行動の自由度がな。

 

「むー……何度誘っても靡かないなぁ、モングレルさん……」

「話だけなら“収穫の剣”とか“大地の盾”からも来ることあるけどな、全部断ってるんだ。アルテミスも同じだぜ」

「えー、そうだったんだ……他のパーティーも……」

 

 まぁ他は大して熱心な勧誘でもないけどな。丁重にお断りさせてもらったよ。

 

「……じゃ、じゃあもう私がモングレルさんに色仕掛けしちゃおっかなー、なんて、あはは……」

「……」

「……何か言ってください……」

 

 いやお前、そんな茹で上がったタコみたいな顔色して言われてもね。

 

「自分で恥ずかしいと思ってる事なら口に出すなよ……」

「……もう上がるもん!」

「あ、怒った」

「怒ってないよ! ふーん!」

 

 ばしゃばしゃと浴槽から出て、ウルリカは脱衣所に逃げてしまった。

 ……一人分減ると、喫水浅くなるなぁ……。

 

 再び一人になった浴槽で足を伸ばし、残ったエールを流し込む。

 

 ……うん。全身浴にエール。身体に悪いけど最高の組み合わせだ。

 またいつか別の機会に、こうして風呂と酒を一緒に味わえないものだろうか。

 



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祝福の犬笛*

 

 その日はギルドに珍しい人がいた。

 何度か顔を合わせたことはあるし、仕事の話もまぁないことはない。そんな人だ。

 滅多に顔を出さないものだからどうしても影は薄い。とはいえ、彼は間違いなくこのギルドで最も地位の高い人物だ。

 

 筋肉質で大柄な身体はギルド内でも最も上等な服に彩られ。

 眉間の皺は深く、常に何かに怒っていそうな顔をしている。

 気難しそうな偉い人をまんま体現したかのようなその男こそ、ラムレイさんだ。

 ここレゴール支部のギルド長を務める人物である。

 

「ここに居る者も知っての通り、とにかく人手が足らん!」

 

 ギルドに訓示なんてものはないし朝礼なんてものも無いのだが、彼が喋っていると静聴したくなる。そんな不思議な声を持っている。

 酒場でワイワイ騒いでいた男たちも、掲示板の前で悩んでいた連中も、装備品を磨いていた初心者たちも、手と口を止めてギルド長に注目していた。

 

「去年は特に木材不足に悩まされていた。理由はお前たちもわかっているだろう。レゴールの人口が急増したからだ! そして今年は更に悪くなるだろう。伐採作業の護衛、運び出し、開拓……とにかく人手が足らんのだ!」

 

 俺とライナは“なんのこっちゃ”と顔を見合わせた。

 普段はギルドを副長のジェルトナさんに任せているのに、一体どうしてギルド長がやってきたのだろう。

 いつも貴族街の方に出て色々やってるラムレイさんだ。わざわざ俺達に校長先生みたいな話を聞かせに来たってわけでもあるまい。

 

「そして秋になれば再び! 小麦の収穫時期がやってくる! その際にここレゴールからも多くのギルドマンが護衛に出ることになるが、収穫時期にも多くの仕事に対応するためには動けるギルドマンの数を増やしておかねばならん!」

 

 ラムレイさんはそこまで言って、掲示板に一枚の羊皮紙を貼り付けた。

 なんだなんだ。

 

「これより秋の収穫期前までの間、昇級試験の実施日を増やし、またその参加費用を割引する! またブロンズ以下については昇級制限を一部緩和することとした! とにかく今は人手が足らんのだ! 意欲ある者はこれを機に試験合格のために励むようにな!」

 

 それだけ言い切ると、ラムレイさんは慌ただしくギルドを出ていってしまった。

 相変わらず嵐のような人である。俺も長くここにいるが未だにあの人はよくわからん。

 

「……昇級試験安くなるんだってよ」

「ブロンズの昇級も楽になるならやってみたいな。護衛依頼の報酬も上がるんだろ?」

「今日からってことか? じゃあ今日やる試験も?」

「すげー、ギルド長最高」

 

 条件緩和は試験としてどうなんだいって思わないでもないが、受ける側のギルドマンからすればありがたい話だろう。

 若い新人ギルドマン達は降って湧いた幸運にテンションが上がっている。アイアンからブロンズへの昇格も楽になるだろうし、そうなれば選べる仕事も増えて稼ぎも安定するからなぁ。

 

「今日の私の昇格試験も安くなるみたいっスね」

「お、儲けもんだな。ブロンズからシルバーに上がる試験は緩和されちゃいないが、ライナなら大丈夫だろ」

「っス……シーナ先輩やウルリカ先輩からはそう言われてるんスけど、どうなんスかね……でも、やるからには全力でやるっス!」

 

 そう。今日はライナの昇格試験だ。

 ブロンズ3からシルバー1へ。念願のシルバー到達が掛かっている、ライナにとって大事な日なのだ。

 

「なに、ライナだったら楽勝さ。それはこの俺が保証してやる」

「……ブロンズ3がなんか言ってるっス。モングレル先輩も今日一緒に受けた方が良いスよ」

「全力を出してこい、ライナ! 俺はエール飲みながら応援してるからよ!」

「人の昇格試験を肴に酒盛りするのやめてくんないスか!?」

 

 そういうわけで、俺は今日観客として楽しむ事にしたのだった。

 

 

 

「なんだ、全員で見守りにくるのかと思ったらシーナだけか」

「他の皆は任務中よ。気にはなっていたけど、心配して見守るほどの試験でもないもの。だから一応私だけ」

 

 保護者枠としてアルテミス総出でライナの応援でもするのかと思ったが、外野にいたのはシーナだけだった。どうも俺が思っている以上にシルバーへの昇格試験はぬるいらしい。というより、ライナの実力だったら心配いらないのか。

 

「そっちのアレクトラは“収穫の剣”のルーキーの見守りか?」

「ああ、まぁね。うちの何人かも丁度いい時期だったからさ。シーナも居たから話してたとこよ」

 

 シーナの隣には“収穫の剣”副団長のアレクトラもいた。

 世話好きな姉御肌な奴だからな。こうして試験を観戦している姿もわりとよく見かける。

 

「しっかし、モングレルも情けないねえ。二年前には後輩だったライナにもう抜かされてんじゃないのさ。いつまでブロンズで遊んでるつもりなんだい」

「はーい情けないですぅー」

「相変わらずムカつく男だねこいつは!」

「……まともに煽ろうとしても無駄よ、この男は」

 

 そうこうやっているうちに、ライナの試験が始まった。

 

 内容は的当てだ。

 遠くに置かれた複数のターゲットには数字が書かれており、それを読み上げられた順番に撃っていくというものらしい。

 これは視力試験のようなものも兼ねているらしく、遠くの数字をはっきり認識できないと厳しいようだ。まぁ弓の腕前が良くてもターゲットを誤認するようじゃ話にならんからな。魔物と間違って人間を撃ちましたじゃ洒落にならん。

 

「次、“7”!」

「っス」

 

 俺にとっちゃ滅茶苦茶難しい試験にしか見えないんだが、ライナにとっては朝飯前なようである。どうも“照星(ロックオン)”を使っている素振りもない。

 読み上げられたターゲットをパカパカと快調に撃ち抜いていた。

 

「距離も大したことないし、的自体も大きいもの」

「距離、大したことないかぁ?」

「弓使いってのはすごいねぇ。ライナちゃんもあの歳でよくやるよ本当」

「うちの自慢の新人だもの。いえ、もう新人扱いはできないわね……ふふ」

 

 やがて魔物の絵? っぽいものが描かれた板が土の上にドンと置かれ、別の試験が始まる。

 今度は板に描かれた魔物に対し、弱点となる部位を狙って撃ち込む試験内容だ。

 絵を見るに仮想敵はチャージディアらしく、目や首、心臓などを狙うと高得点になる仕組みらしい。

 射撃位置も少し離されたので、そうなるとさすがにライナも精密射撃を意識するのか、“照星(ロックオン)”を使って手ブレを抑制していた。

 

「あらぁ、上手だねぇ」

「動いてない的とはいえよくやるよなー」

「やろうと思えば一年前でも合格できたもの」

 

 マジかよー。アルテミスがその気だったら去年にはもうシルバーだったかもしれないわけか。

 

「けど、動いていない的に当てられるだけで魔物と戦えるようになるわけじゃない。それに実際に獲物と向き合った時の緊張や空気に慣れないと、いざという時に動けなくなるしね」

「あー、わかるねぇそれ私も。打ち合い稽古が強くても実戦とは違ってくるもんだ」

「……だな。新入りはもっと身の丈に合った場数を踏んで慣れておいた方が良い。さっきはギルド長がブロンズ以下の昇級緩和だって言ってたが、俺はそれもどうかと思ってるぜ」

「あれねぇ……確かに去年の収穫期は大忙しだったけど……」

「動かせる人手を早急に欲しがっていたわね」

 

 ……ブロンズやシルバーを多めに確保したい、か。

 なんていうかそれだけ聞くと……しかも収穫期だもんな。徴兵に向けた準備なんじゃねーかって気配が大分強い。

 けど、まだ夏だ。この時期に戦争の気配をキャッチできるもんなのか? まさかハルペリアの方から攻め込むわけじゃあるまい。だとしたらサングレールの侵攻準備を察知したってのがあり得る線だが、この時期から始まる準備ってなんだよっつー話だよな。

 間違いなく小競り合いの規模の戦争準備じゃない。

 

「シーナ。もしもライナが徴兵されるようになったらの話だけどよ。お前が守ってやれよな」

「貴方に言われるまでもないんだけど?」

 

 シーナは鼻を鳴らして笑っていた。

 

「仮に無能な指揮官の下についたとしても、私たちは使い潰されはしない」

「……豪語するねぇ」

「モングレルも一緒に守ってあげてもいいけれど?」

「俺は一人で守れるわ」

「なんだいなんだい。アルテミスもモングレルを引っ張ろうとしてるのか」

「アレクトラの方では勧誘してないの?」

「してるやつもいるけどねぇ、私は反対だよ。うちのパーティーにこれ以上団長みたいな変態が増えても困るもの」

「ふふっ」

「おいおい、俺を変態扱いするのはやめてくれよ」

「うるっさいね。うちの団長と意気投合してるくせに」

 

 いやそれは俺もちょっと遠慮したいから……アレクトラの方からディックバルトに言っといてくれ……。

 

 

 

「ぬるっと昇格したっス!」

「おめでとう、ライナ! 良くやったわね……!」

「はい! いやー、思ってたより簡単で拍子抜けしたっス!」

 

 ライナは無事試験に合格し、シルバー1へと昇格した。

 これからは真新しい銀色のプレートを引っ提げて任務に臨むわけだ。子供の成長は早いねぇ……。

 

「これからはモングレル先輩のこと、先輩って呼ばない方が良いんスかね。……呼び方も、モングレルさんとか。……逆にモングレル先輩の方が私を先輩って呼んだり」

「あら、それ面白そうね。ふふ」

「ライナ先輩! ヨロシャス! オナシャス!」

「……やっぱ今まで通りで良いっス」

 

 肝心のシルバープレートはまだもらえない。個人の番号や名前の刻印もあるからな。早くても受け渡しは明日以降になるだろう。

 

「ああそうだ、実は俺もうライナの合格祝いを用意してるんだよ」

「えっ?」

「どうせ遠からず合格すんだろうなと思ってな。ほら、これやるよ」

 

 俺はポケットから薄桃色のアクセサリーを取り出し、ライナの手の上に乗せてやった。

 

「シャチの牙から削り出したペンダントだ。紐を取って別の付け方しても良いぞ」

「わぁ……こ、これどうしたんスか……すごい。あ、犬なんスね……!」

「市場でクジラの髭買った時に一緒にその牙を買っておいたんだよ。それをヤスリで超頑張って削って作ったんだ」

 

 デザインは俺が考えたもんであれだけど、デフォルメされた雑種犬の顔だ。

 色々と便利そうな部分に穴を開けてあるので、紐でも鎖でも革紐でも通しやすいようになっている。認識票と一緒に括ってもいいな。

 

「ちなみにそいつな。中に丸い玉が入っててな、紐を外してからそこの穴に思い切り息を吹き込むと笛みたいな音が鳴るようになってるんだ」

「笛っスか?」

「いざという時、どっかで一人で迷ったり動けなくなったりしたら思い切り鳴らせば良い。近くに人がいれば助けてくれるだろ。運が良ければな?」

 

 つまりこれはアクセサリー型のホイッスルだ。正直ちょっと過保護かなと思ったが、まぁお守りみたいなものだ。実用品でもあるから、持っててくれるとこっちとしても安心できる。

 

「器用に作るわね……細工師になればいいのに」

「いやー、こんな小さいもんでも何日もかかったんだぞ。無理だよそんなの」

「へぇー、モングレルこんなもん作れるんだねぇ。なかなか可愛いじゃないか」

 

 ライナはふてぶてしい犬顔アクセサリーをじっと見つめている。

 デザイン微妙だったか?

 

「……すごく。すっごく嬉しいっス。モングレル先輩、ありがとう!」

「お、おう。そこまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいな。……おめでとう、ライナ。シルバーになっても安全第一で頑張るんだぞ」

「はいっ!」

 

 どうやら俺の手作りアクセサリーはなんとか使ってもらえそうだ。良かった良かった。机の引き出しとかに死蔵されるってことは無さそうで何よりだぜ。

 

「あ、ちなみにライナそれな、そこの穴に矢の柄をはめ込んでから撃つとな、笛の音が響く鏑矢にもなるんだぞ。俺は試してないけど暇だったらやってみな」

「いやそんな使い方はしたくないっスよ!? 失くしちゃうっス!」

「……他人への贈り物にまで変な機能を付けるのね、貴方」

 






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(ヽ◇皿◇)朽木様よりライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)kanatsu様よりウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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保存食用の常設依頼*

 

 夏も終わりの時期になってきた。

 秋が来れば毎年お馴染み忙しい収穫期だ。そして……今年は多分、あれだな。戦争が起きそうな気配がムンムンするぜ。

 

 戦争のシーズンはだいたい決まっていて、秋の収穫後っていうのがメジャーだ。

 ハルペリアでは小麦の。サングレールではヒマワリの収穫を終えてからドンパチを始めるわけだ。両方とも国では盛んに食べられている穀物だな。

 

 いやお前ヒマワリを収穫ってなんじゃらほいって思われるかもしれない。俺も最初はあまりイメージができなかったんだが、サングレール聖王国では非常に大真面目にこのヒマワリを育てているのだ。

 前世のヒマワリも食用の種のためにある程度品種改良が行われてきたのかもしれないが、サングレール聖王国で栽培されているヒマワリはとてつもなく大きく、しかも斜面でもよく育つという。実際、サングレール聖王国に踏み入ってちょっとした所に生えているヒマワリを見てみるとかなりデカいのがわかる。だから種も相当な量が採れるんじゃなかろうか。

 食用でもあるし油を抽出することもできるので、向こうではとても重要な作物なのだとか。

 

 ハルペリアの重要な作物が小麦なら、サングレールのヒマワリも同じ立ち位置にある決して無視できない作物だ。

 その収穫時期を前に戦争を始めることはできない。男手は貴重だ。なので、これらの収穫を待ってからお互いにドンパチするわけね。

 

 まぁほとんど攻め込む側であるサングレール聖王国の都合なんだけどなこれ。

 ヒマワリの収穫時期がもっと前にズレ込んでいたら、両国の関係はもっとヒエッヒエになってたかもしれん。

 

 

 

「まだ夏なのにディアの肉も買い取りやってるんだなー」

「はい。チャージディアもクレイジーボアも買い取り可能ですよ」

 

 ギルドでめぼしい依頼を探していると、あからさまに軍需物資となり得る物の価値が高まっているのがわかる。

 この世界に火薬は普及していないが、すげー硝煙の香りが漂ってきそうだぜ……特にチャージディアなんて大して美味くもない時期だってのに、それでも食肉を求めている辺りすげーよな。

 

「近頃は昇格した連中も多くてミレーヌさんも忙しいでしょ」

「そうですねぇ……諸手続きが立て込んでいる印象はありますね。受け渡しを控えた認識票も、ほら」

 

 そう言ってミレーヌさんはカウンターの下に置いてある認識票を見せてくれた。

 わぁお。真新しいブロンズプレートがいっぱい。

 

「それだけ新入りがいりゃ収穫期の護衛は安泰だな。ミレーヌさんが忙しいのは変わりないだろうが……」

「ふふふ。モングレルさんは今年はどちらに行かれますか? またどこか他のパーティーと一緒に行く予定がお有りでしたら、今から決めておくことをおすすめしますよ」

「それはまだ決めないでおくよ。ギリギリになって一緒に行きたい所と行くからさ」

 

 その頃にはもう戦争の気配を人々も感じ取っていると思う。

 どこでやり合うことになるのかもはっきりとするはずだ。

 

 ……まぁ、今年も多分トワイス平野だとは思うけどな。

 

「じゃ、任務行ってくるよ」

「はい、お気をつけて」

 

 さて。保存食の原料をコロコロしてくるか。

 今から魔物らを間引いておけば、戦争中の忙しい時に通行人が襲われることも少なくなるはずだ。

 戦争の支度は既に始まっている。

 

 

 

 俺がシュトルーベ方面のサングレール軍に嫌がらせというかゲリラ戦を始めたのは二十年ほど前になる。

 最初期は俺も若かったこともあって普通にドチャクソにブチギレてたから夏だけとは言わず4シーズン全部使って盛大に暴れまくっていたのだが、その後の増援や再侵攻などを経て軍が撤退を決めてからは東からの侵攻はかなり落ち着いたと思う。俺の故郷への愛着というか執着も今ではさすがにむき出しにできるほどじゃなくなったし、今では墓参りついでに敵軍についで参りする形に落ち着いてるしな。怒りも愛も悲しみも、何十年もキープするのは難しい。まぁ年一で思い出すくらいのことはするけども。

 

 だがシュトルーベはサングレールにとって最も侵攻しやすい場所だった。

 山間の起伏の多い地形は、ハルペリアお得意の騎馬にとって非常に厄介で、逆にサングレールの駆るサンセットゴートにとっては動きやすいという圧倒的な地の利がある。そんなこともあって未だにサングレールはあの方面からの攻め手を諦めきれていないのだが……本格的な進軍は俺がいるせいで及び腰っぽいからな。

 東からの侵攻は諦めて、今年もトワイス平野で戦争することになるんじゃないだろうか。直近の戦争、つまり七年前の時も戦場はそこだったしな。

 

 だから今年もベイスン男爵領やブラッドリー男爵領辺りで人と物資を集めてドンパチやるんじゃないかねぇ。

 ベイスンの方は魔物たちで大賑わいしているリュムケル湖が近くにあるおかげでサングレールの侵攻も鈍いだろうが、ブラッドリーの方はまんまトワイス平野に接している。来るならそっからだな。

 サングレール聖王国としたらハルペリアお得意の平野での戦争なんてやりたくもないだろうが、まぁだからこそハルペリアはサングレールと袂を分かつことができたわけだし。今年もまた被害少なめに相手を弾けたら良いもんだね。

 

 

 

「おーい、モングレルー」

「お? なんだー?」

 

 バロアの森でクレイジーボアを吊るして血抜きしていると、遠くから声をかけられた。

 見慣れた顔だ。あれは“大地の盾”のフリードかな。みんな似たような兜つけてるから顔が見えててもわかりにくいんだ。

 

「いや、争っている音が聞こえたから様子を見に来たんだ。ボアが鳴いている割に人間側が連携を取っているような声がしないもんだから、不味いことになってるんじゃないかと思ってな。モングレルで良かったぞ」

「ああ、なるほど。紛らわしくて悪いね。俺は一人でも強いからよ」

「はっはっは。平和で良いことさ。……昨日は無茶な討伐でブロンズ上がりたてのルーキーが一人、ボアに突き殺されたからな」

「うわぁ……そっちのパーティーの?」

「まさか、うちならそんな無茶はさせん。仲間内で組んでいた連中だよ。惜しいことをしたもんだ」

 

 俺は普段おやつ感覚でクレイジーボアを討伐しているが、本来こいつはそんなにヤワな相手ではない。進軍中のサングレール軍に放り込めば普通に2、3人はぶっ殺せるレベルの危険な魔物だ。

 スキルを持たない新人がショボい装備で戦うにはちと……いや、大分危険な相手だろうな。

 槍か、振るえなくともロングソードを突き出して対応しなきゃやってられないんじゃねーかな。

 

「“大地の盾”も討伐かい?」

「ああ。……街中じゃ大きい声では言えんが、戦争準備だろう? 食料品の値段が上がっているからな。今のうちに少しでも狩っておきたい」

「豚や牛も限られてるしなぁ……俺達が森でかき集めないことには、兵たちの食事が貧相になっちまう」

「粥で戦うこともできなくはないが、士気に関わるからな……やはり前線では肉も重要だよ」

 

 フリードは吊るされたボア肉の毛皮を撫でた。

 

「モングレルはブロンズ3のままか?」

「ああ。兵站で参戦するよ。参戦って言っていいのか怪しいところだが」

「いいや、兵站も立派な兵科さ。荒くれ者たちに言わせれば臆病者だなんて言われるかもしれんが……モングレルが後ろにいてくれるなら、こちらも心置きなく前で戦えるというもんだ」

「よせよ、気色悪い」

「ひどいな!」

「まぁ後ろは任せておけ。何がどうあっても物資は届けるし、途中で何が立ちふさがってもぶっ倒しておくからよ」

 

 “大地の盾”は戦争経験者も多いし、兵站の重要性を理解している。

 同じギルドマンでも他の連中じゃなかなかこうはいかないから難しいところだ。認識に温度差があるっていうか。まぁ俺が前線に立ちたくないのは事実だから良いんだけどさ。

 

「まーその前に収穫だよな。俺あれ好きじゃないんだよ……」

「何故だ? 良いじゃないか、収穫祭。賑やかで」

「その収穫祭がどうもなぁ……村で振る舞われる料理があまり好きじゃなくて……」

「変わったやつだなぁモングレルお前」

 

 護衛もたらたら歩かなきゃいけないし、食事の量は多いし、宴はいまいちノリが合わないし……あまり会いたくない田舎の親戚の家に挨拶しに行く時の億劫さがなんとも……。

 そうだなぁ、収穫期の護衛場所も選ばなきゃいけないんだよなぁ。どこにしようなぁ今年……。

 





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(ヽ◇皿◇)kanatsu様よりお風呂にエールを持ってきたウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。
※若干肌色多め注意?


当作品の評価者数が2700人を超えました。

そしてこの作品も早くも100話になりました。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いしたします。

(毛布)*-∀-)zZZ


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圧撃の名残

 

 夏が終わり、肌寒い時期がやってくる。九月だ。

 小麦の収穫と作付けで慌ただしいこの時期は、同時に獣狩りが本格的になるシーズンでもある。匂い立つなぁ……。

 今年はそれより前からサクサクと森のお肉を狩っているが、まだまだこれでも足りない。戦場に送る肉はいくらあっても困らんからな。生産せずにドンパチやる連中だらけになるってのはマジで浪費が激しいぜ。

 化学肥料さえあれば食糧問題は完全に解決しそうな気はするけど俺にはそこらへんがよくわからない。“ハーバーボッシュ!”って唱えて解決してくれるなら話は早いんだが、現実はそうでもないからな。

 “休耕地に豆とか植えたらどっすか、知らんけど”レベルの知識しかねーよ俺は。それすら多分この国の肥沃さを考えるとあまりいらない知識な気もするし。実際に農業やってる人らを舐めてはいけない。知らんことだらけだ。

 

 

 

「やあモングレル。僕たちと一緒に収穫の護衛に出てもらえないかな?」

「……」

 

 ギルドの作業場でチャクラムを研いでいると、胡散臭い笑顔を浮かべたサリーから声をかけられた。

 相手が相手だからな。二つ返事は出てこないわ。

 

「“若木の杖”も再びこの辺りの地域に根付けてはきたけど、それでもまだ顔を出せてない村もあってね。モングレルならそういう場所にも顔がきくだろう?」

「あー、そういうこと。まぁそういう理由なら」

「随分と古いチャクラムを研いでいるね。古いハルペリア軍の装備品だったかな。市場でも安売りしてるらしいね、この手のものは」

「話が散らかるからチャクラムは後にしよう」

「なるほど? 確かにその通りだ。じゃあ、遠征先はどこにしようか。僕としては三つほど都合のいい候補地があったね」

 

 マジでこいつとの会話のペースがわからんな。まぁ不快ではないんだが。

 

「ベイスン方面、というか南側で良いか? 最近向こう側に行ってないから気晴らしにそっちで任務を受けるつもりなんだが」

「南ね。じゃあルス村はどうかな」

「おお、いいな。去年よりも近くなったぜ。じゃあそこで“若木の杖”名義で依頼を予約しといてくれ。俺もついでにな」

「そうしておこう」

「いやー良かったぜ。そろそろ蜂蜜を……って」

 

 振り返ると、既にサリーはいなかった。

 どうやら“そうしておこう”と言った直後に去っていったらしい。話の切り方下手くそかよ。

 

「本当によくモモがあんなまともに育ったよな……」

 

 鐙を踏んでグーンと軸を回し、固定されたチャクラムを回転させる。

 そのまま砥石を近づけて、鉄の輪っかを真円に研いでゆく。

 昔は楕円型のチャクラムも多かったらしいが、こういった方法による整備ができないせいで後期のチャクラムは真円型が主流になったようだ。まぁ楕円型なんて研ぎにくいったらねぇからな……。

 

「任務を予約してきたよ、モングレル。明後日から出発しよう」

「おう受付行ってたのか……って明後日かよ。急だなオイ」

「どうせ予定もないだろうと思ったんだが」

「無いけど」

「それは良かった」

 

 サリーは磨き上げられたチャクラムを一枚手に取って、指で挟んでプラプラさせている。

 

「これ、市場で買ったのかい?」

「黒靄市場で10枚組みで売ってたぞ。今はこんなだが、ほとんどは錆びが浮いて酷いものばかりだったな」

「面白い買い物をするねえ。今度僕にも何か面白いものを買ってきてほしいな。お金は出すから」

「おいおい。そんな事言われるとマジで面白いもん買っちゃうぞ」

「出来るだけ嵩張らない物の方が嬉しいけどね」

 

 それだけ言って、サリーは作業場から出て行ってしまった。

 話の流れが滅茶苦茶だったが、つまり俺は明後日から遠征になるらしい。

 

 しかし行き先はルス村だ。養蜂場があって蜂蜜が美味しい。

 あわよくば何か甘い物でも食えるかもしれん。そう思うと、退屈な遠征でも少しは楽しめそうだった。

 

 

 

「あ、どうもはじめまして、モングレルさん。“若木の杖”副団長のヴァンダールと申します」

 

 南門側の馬車駅でぼーっとしながら待っていると、なにやらデカい男に声をかけられた。

 身長は2mほどはあろうか。だというのに体格は極めて細く、顔立ちも点滴を三本くらい打っといた方が良いんじゃねーのってくらい痩せている。身長だけはやたらと高いけど運動が苦手そうなタイプの男だ。朝礼で貧血になって倒れてそう。

 

「ヴァンダール……ヴァンダール……あー、なんかモモから名前だけは聞いてたな。俺はモングレル。よく初対面なのに名前わかったな?」

「髪色が珍しいですからね。一目で貴方だと。まあ、そう言う私も目立ちはしますが」

 

 ヴァンダールの髪は真っ白だった。俺と同い年くらいだろうから、若白髪ではない。サングレール人特有の銀髪である。それが無造作に長く伸ばされており、パッと見ると幽霊に見える。

 夜に初対面で遭遇してたらバスタードソードの柄に手を掛けてたかもしれんね。

 

「うちの団長がいつもご迷惑をおかけしております……」

「ああ、いやいや。変な奴だけどそこまで害は無いから。大変そうだなそっちは。なんとなくあんたは常識人そうだから心配だよ」

「ははは……最近まで王都に残されて雑務を片付けていましたが、そちらの方が気は休まりますね……それでも、好きで居させてもらっているパーティーなので、ええ」

 

 真っ黒なマントで身体を覆い隠した銀髪ロングの痩せた男。

 これで牙でも長ければ完全にデカい吸血鬼なのだが、口の中にそういった牙は見えない。多分人間だろう。

 

「前に若木がレゴールで活動していた頃は居なかったよな?」

「二年ほど前に王都でスカウトされました。わりと新参者なんですけどねぇ……いつの間にやらどういうことか、副団長になってまして」

「ふーん……サリーから虐められてたら俺に言えよ。叱っておくからな」

「ありがとうございます。そう言っていただけるとこちらも励みになりますよ」

「君たち、僕が来たのをわかっていてその話をしているね?」

「なんだサリー来てたのか」

「おや団長、気づきませんで」

「報酬の分配は万全に計算されているはずなのだが」

 

 サリーはクソ真面目に悩んでいるようだった。落ち着け、ただの冗談だから気にするなよ。

 

「サリー団長、その話はもう良いんです! モングレル、それにヴァンダールさんも! 馬車が来たので出発しますよ!」

 

 なんてやり取りをしているうちに、他の“若木の杖”のメンバー達も集まってきた。

 こうして俺たちは、何故かモモを先頭にして護衛としてレゴールを出発したのだった。

 

 

 

 魔法使い中心のパーティーとはいえ、この世界の現役はみんな健脚だ。任務は全て歩かないことには始まらないものばかりだから当然ではある。

 だからインテリな魔法使いでも、昼間歩き続けて「もう動けなーい」なんて言う軟弱者はあまりいない。

 最年少のモモですらしっかりと俺たちについてきているのだから、これが普通の感覚だ。まぁモモは若さのおかげもあるにせよ。

 

「えー! 結局魔法の練習やめちゃったんですか!? 指輪渡したのに!」

「いやー、俺もすげー頑張ったんだけどなー、だいたい一月くらいなー。でも進展はないし時間も食うからな、ここらでやめにしようって思ったんだ」

「本当ですかぁ?」

「マジだよマジ、マジ寄りのマジ」

 

 本当はもっと早めに見切りをつけたけどな。魔法の修行だるいわ。普通に折れたわ。

 

「これだから学のない大人は……」

「もう少し励ましたりとかしない?」

「も、モモさん……失礼ですよ、そういう言い方は……人は生きる環境を選べないのですから……」

「ミセリナ、そういうフォローではなくね、もうちょっとソフトな感じのね」

 

 指輪はなんかあった時に売ったり渡したりしようかと思っている。今は部屋の装備品置き場の仲間入りだ。

 マジックアイテム系はほとんどないからこのままコレクション枠でもいいかもしれない。

 

「ああ、そういえば聞きましたよモングレルさん。モモさんが作った足ヒレ、貴方がテストしてくれたのでしょう? ありがとうございます」

「ああ、湖で釣りのついでにな。難点もあったけど使えなくはないんじゃないか」

「モングレル! こちらのヴァンダールさんは魔法器具製作のベテランなのです! いわば魔法発明家です! もっと丁寧な口調を心がけても良いんですよ!」

「うるせえ黙れバカ」

「品のない言葉!」

「ははは……いえ、モモはこう言ってますが、私は王都の店に勤めていたというだけの者です。ギルドマンになってからは専ら杖の修理しかしてませんからね」

 

 へー、杖の修理か。まぁそりゃ杖だって使ってれば壊れることもあるか。あんまイメージは湧かないけど。

 なるほどな、魔法使いばかりのギルドだとそういう要員も必要なのか。

 

「! みんな止まって、前にチャージディア!」

 

 おっと、のんびり歩いてたらお客さんが来たか。

 

「俺が前衛に出る。“若木”の魔法使いは後ろから援護してくれ。あーでもあれか、轍が崩れるからやっぱいいや。俺だけでやる」

「そんな失敗しませんけど!」

「まあまあモモ、ここは前衛に任せよう。僕達は周囲の警戒をしなければね」

 

 チャージディアは近くの林から抜け出して、街道のど真ん中に突っ立っていた。

 顔だけをこちらに向け、逃げるでもなくじっと見つめている。こういう生態は前世の鹿と真逆なのが少し面白いな。

 

「では、私も前衛として前に出ましょうか」

「は? ヴァンダールさん前衛かよ? 魔法使いじゃないのか?」

「ああ、ええ、はい。よく間違われますが近接役です、私……」

 

 枯れた木立のようなヴァンダールが黒いマントをはだけさせ、その中よりうっそりと……無骨な籠手を伸ばして見せた。

 しかもただの籠手ではない。五指全てに大きな鎌のような刃が付けられた、凶悪極まりない巨大な籠手だ。

 暗殺ギルドの方ですか? 入るパーティー間違えてない?

 

「!」

 

 チャージディアがヴァンダールの方に駆け出し、鋭利な角を向けて襲ってきた。

 

「えー、じゃああれなんとかなるの?」

「そうですね、ええ。お任せください……“鉄壁(フォートレス)”」

 

 ヴァンダールの目が赤色に光る。近接役がよく最初に習得するという、自身の体幹と強靭さを一時的に上昇させるスキルだ。

 暗殺系のスキルばかり持ってそうな見た目してタンクかい。

 

「キッ……!」

「いけませんねぇ、人の前に出てきては……圧撃(スマイト)

 

 鋭い爪の伸びた腕で角を掴み取ったヴァンダールは、そのまま角を圧し折りながら頭部を握り潰した。

 クッソ力技だなオイ。俺が言うのもなんだけど。

 

「ああ、角が壊れてしまった……まぁ、皆無傷だったので良しとしましょうか」

 

 驚くべきはこのヴァンダールの体幹の強さだろう。チャージディアの突進を真正面から受け止め、しかも角を片手で圧し折り、頭部を破壊してみせた。一朝一夕で出来ることではない。何より……。

 

「スキルの傾向がサングレールの軍人っぽいな」

「!」

 

 ヴァンダールが俺に驚いた顔を向けるが、そこまで意外な反応をされるようなことでもない。

 ちょっとサングレールの軍隊とやりあえばわかることだ。

 

 “圧撃(スマイト)”は向こうの兵士の得意技と言って良い。

 ハルペリアじゃメイス、モーニングスター、ウォーピック、ハンマーなんてそうそうお目にかからんしな。

 

「ああ、別に探りを入れてるわけじゃねえよ。サリーが認めてるなら出自も今は綺麗なんだろ? 説明はいらねえよ」

「……ええ、説明が難しく。できれば、夜に酒を嗜みながらお話できれば」

「そうか。……よし、じゃあひとまずこいつを解体しようか。皆は先に行っててくれ」

「よろしいので?」

「すぐ追いつくさ。いらない内臓を纏めて林に捨てるだけだしな。……ひょっとして“若木”じゃやらないのか?」

「……ええ、まあ。あまり稼ぎにもなりませんので……」

「かーっ、一流パーティーは違うねぇ」

 

 全く、普段どれだけ稼いでいるんだか。

 

「ほれ、さっさと先に行ってくれ。こいつの処理はやっておく。すぐに追いつくから」

「ああ。それでは任せたよ」

「おう」

 

 馬車の一団を見送り、俺はその場で解体を始めた。

 ……角はへし折れ、頭部は完全に拉げている。すげー力技だな。

 ヴァンダール、元々はサングレールの兵士だったんだろうな。騎兵じゃなく歩兵か。モーニングスターを使わないのは今の環境に適応するためってのもあるだろうが、さて。

 

「まぁ肉は回収しておくか。……うぇ、せっかくの舌が千切れてら」

 

 俺は不要な部分をその場に捨て置き、林の細木から天秤棒を作り、護衛対象の元へと駆け出した。

 追いつくのも難しくはない。馬車の動きに合わせて歩くほうがむしろストレスだしな。

 数分走ってれば、すぐに最後尾へと追いついた。

 

 

 

「……モングレルさんもサングレールの血があるのでしょう」

「ああ、あるぜ。ヴァンダールさんほどわかりやすくはないが」

「ええ、私は純血ですから。……街の雰囲気が悪くなると、我々の立場は実に危うくなりますね」

 

 お互いに白髪持ちなこともあり、会話には仲間意識がある。

 少なくとも向こうからは感じられるな。俺の方からはどうだろう。そう繕えていれば良いんだが。

 

「ヴァンダールさんも戦争の雰囲気を感じ取っているのかい」

「私だけではないですよ。他の皆もです」

「聞きましたよ。戦争が起こるそうですね」

「僕の予想ではトワイス平野だね。箔を付けるには良い機会なのだが」

「……戦争。お、恐ろしいですね……」

 

 この時期になるとさすがに誰もが勘付くか。

 ……やっぱ起こるか、戦争。面倒くさいな。トワイス平野だぞ? 勝てる戦じゃないんだから諦めればいいのにな、サングレールも……。

 

「サングレールは圧撃(スマイト)を使いこなしています。私もかつてはその一員でした。……今の私は、篭手による使用ですがね」

「モングレル、ヴァンダールさんはですね、」

「打撃武器使うと悪目立ちするからだろ? わかるよそんくらい。ハルペリアじゃ珍しいからな」

「……わかってるのですね」

「モングレルさんも、かつては打撃武器を?」

「いや? 俺は最初からこのバスタードソードだよ。こう見えて生まれも育ちもハルペリアだしな」

「そうでしたか……では、馴染みやすかったのかもしれませんね」

 

 まぁ実際は国境間際で怪しいところではあるんだけどさ。

 馴染んでいたかで言えば全然馴染めていなかったし。

 

「近いうちに、サングレールと戦争が起きるでしょう。きっと収穫後、すぐに」

「だろうなぁ。ギルドでもそういう話は出てるしな」

「モングレルは兵站かい?」

「そうだな。場所はまだ決まってないが、積み下ろしを中心にやろうと思ってる」

「おお、それは心強いね」

 

 積み下ろしを高速でやれる人員は希少だしな。そうやっておだててくれるとこっちもありがてぇよ。

 

「……気をつけてくださいね、モングレルさん。サングレールの血が混じっている人は……」

「わかってるって、ヴァンダールさん。むしろ後方の俺よりも、前線に行くヴァンダールさんの方が心配するべきことだぜ、それは」

「……そうですか」

「経験したことないだろ。気をつけろよマジで。前線のサングレール人はひでぇ差別に晒されるからな。自陣を歩く時も、トイレに行くときもパーティーの仲間と一緒に動いておけ。そうじゃないと事故に巻き込まれる」

「……肝に銘じておきましょう」

 

 これは大げさな脅しではない。真っ当なアドバイスだ。

 戦争中の人の心に理を求めちゃいけない。それが普段は通るようなことであっても、戦時中は通らないことが沢山ある。

 

「なんだったらヴァンダールさんも俺と一緒に兵站に回るか? 多分向いてると思うぞ」

「いやぁ、その……」

「モングレル、僕らの希少な近接役を勝手に配置換えしないでもらえるかな」

「駄目か」

「もちろん駄目だとも」

 

 残念だ。力仕事をこなす人員が一人増えると思ったんだが。

 



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ルス村の貴重な蛋白質

 

 ルス村に到着すると、村人達が素気なく歓迎してくれた。

 “あ、来たんだ。じゃあよろしく。”

 そんな感じだ。ビジネスライクというか、やってもらって当然というか。

 

 まぁしかしだいたいこんなもんである。ギルドマンなんて大抵は荒くれ者だし、来られたら来られたでトラブルになるケースも多いからな。村人達にとっては正規兵の巡回の方がずっと安心できるに違いない。

 それでも魔法使いばかりのパーティーが来たのは意外だったのか、代表として迎え入れてくれた村長さんは少し驚いていた。

 

「こっちの“若木の杖”は数年前はレゴールで活躍してましたし、最近は王都でも活動してたんすよ。団長のサリーはゴールド3なんで、実力は間違いなく最高峰ですよ」

「おお……モングレルさんがそう言うなら確かなんだろうね。そりゃあ心強いことだ。粗暴そうな人もいないようだし、安心だよ」

 

 村長さんがヴァンダールの方を見て少し眉を顰めたが、特に何か言う事はなかった。

 ちなみに俺は何度かこの村に来ているので顔は覚えられている。蜂蜜も良く買って帰ることが多いしな。

 

「……とはいえ、今のルス村にはこれといって厄介な魔物も居ないからなぁ。収穫の護衛とはいえ、仕事は少ないと思うよ。ゴールドクラスの方々を遊ばせとくのは、ちと勿体無いねぇ」

「だったら収穫の手伝いでもさせときゃ良いですよ。やりたそうにしてる奴も多いですからね、こいつらみんな農作業の経験少ないんで」

「そうかい?」

 

 “若木の杖”は都会出身者が多い。農村出の奴なんて何人もいないだろう。だからかみんな農作業体験と聞いてちょっと目をキラキラさせていた。ボンボンどもめ。農作業なんて一時間もやれば飽きるし音を上げることになるぞ。主に腰がな。

 

「……ふむ、じゃあ畑仕事の護衛をしつつ、簡単な作業を手伝ってもらおうかね。もちろん、そちらが構わないのであればだが……」

「農作業! お任せください! やった事はありませんがやり方は学んだことがありますので!」

「はっはっは、そうかいそうかい。まぁ、身体を壊さんよう休みながらやるといい。いざという時にバテたんじゃ、我々を守れなくなるからね」

 

 そんなゆるーい感じで俺たちの仕事が始まった。

 

 

 

「長めのサイスを振って刈り取るやり方もあるが、初心者が使うと危ないからなアレ。だから初めてやる奴はこのナイフを使う」

「普通の収穫用ナイフですねぇ。よく見ますけど、使うのは初めてです」

「僕は使ったことがあるよ。木に突き立てるとなかなか抜けないんだ」

「なるほど、ここの穴に指を入れて握り込むと……」

「うーん、こういったシンプルな作りのものは改善のしようがないですね。ですがそれ故の機能美を感じます!」

 

 うるせー、大勢でカランビットを取り囲んで話を広げるな。

 

「やる事は単純だ。小麦の下の方を狙ってガッと切る。左手で茎を掴んで、まとめた分だけを刈り取るイメージかな。欲張ってたくさん掴んでもなかなか切れないから気をつけろよ。力があればできるけどな。けど無理するとすぐに根っこが抜けるから、それだけ気をつけな」

「ヴァンダールさんなら一気にたくさん刈り取れそうですね!」

「どうですかねぇ……長時間屈むのが少々億劫そうです」

「これやってると腰か膝がダメになるから気をつけろよー。背筋はできるだけ伸ばすか反らしてやるといいぞ」

 

 農業初心者の魔法使いは興味津々で仕事を始めた。

 カランビットナイフを使ってモタモタした手つきで、それでも楽しそうに刈り取っている。マジで農業体験コーナーみたいだな。

 

「おーい、モングレルさーん! こっちでダートハイドスネークが出たからなんとかしてくれんかー」

「はいよー」

 

 あとはたまに畑の中から現れるデカめの生き物を駆除するだけだ。

 これを数日やる。乾燥や脱穀まではやらんけど。

 

「やあモングレル。僕は護衛の仕事をしているよ」

「お? サリーは収穫体験コーナーはいいのか」

「飽きた」

「そうか……早いな……」

 

 お前の娘はヴァンダールと一緒に真面目にバサバサ刈り取ってるのにな。

 まぁ本命の仕事は討伐だから良いんだけどさ。

 

「こっちだこっち。この蛇め、夏の間に居着きやがったか。春は見かけなかったのに」

 

 呼ばれた畑の方へ顔を出してみると、なるほど。大きな蛇が畑の土の中に潜り込んでいるのが見えた。

 地味な皮色のせいで見落としがちなやつではあるが、サイズは小さめのニシキヘビみたいなもんだ。色が地味でもさすがに目立つ。

 

 わりと大人しい蛇だし魔物に分類もされていないが、刺激すると噛みついてくるし、巻きつかれると普通に危ない。

 農夫たちでも対処できない事はないだろうが、せっかく俺らがいるんだ。仕事しよう仕事。

 

「小麦畑の中にいてモングレルでは手出ししにくいだろう。僕がやるよ」

「お、じゃあ任せたサリー」

「魔法使いさんかい? 収穫中の畑を水浸しにされたり燃やされたりは困るよ」

「問題ないさ。僕の魔法はほぼ無害だから」

 

 サリーが白い杖を差し向け、魔力を込める。

 

「ああ言い忘れてた。眩しくなるから二人とも、直視はしないように」

「は?」

「ああ、言う通りにしよう。手で覆って、薄目で見といた方がいい」

「“灼光(グローリー)”」

 

 杖の先から光弾が飛び出し、畑の中に着弾する。

 

「うおっ!?」

「うわー、ひっでえなこれ」

 

 それは土に着弾したと同時に強烈な輝きを放った。

 昼間なのに直視できん。マグネシウムが反応してる時もこれほどは光らないんじゃないかってほどだ。

 

「も、燃えてないんだろうね!?」

「大丈夫、眩しいだけだよ」

 

 やがて数秒後には光は収まり、普通の畑の光景が戻ってきた。

 まだ昼間だけど、今の輝きの後だと妙に空が暗くなったように感じるから不思議だ。

 

「中で気絶してるね。モングレル、中に入って回収してくれ」

「そういうのだけ俺の役目か。はいはい」

 

 しかし蛇と畑の中で追いかけっこせずに済んだのは楽でいい。

 畑の中の蛇は遮りようのない光によって目を回し、弱っていた。ただの強い光でもここまで無力化できるんだからすげーよな。

 

 俺は尻尾を掴んで振り回しながら畑を出ると、そこらへんの石段に蛇の頭をバチーンと叩きつけ、討伐は完了した。

 

「いやぁ、凄い魔法だった。二人ともありがとう。ダートハイドスネークは好きにしてくれていいよ。なんだったらこちらで買い取るが」

「お、まじっすか。サリーはどうする? お前が仕留めたようなもんだし、欲しいなら売らずに捌くけど」

「僕は蛇嫌いだからいらない」

「マジかよ……じゃあ売っちゃいます。忙しそうなんでお金は後で」

「おお、そうしよう。今は作業に戻らなければな」

「うぃーす」

 

 蛇は放血だけして、俺たちは再び畑の警備に戻った。

 

 

 

 収穫が終わるまで作業して、現れた魔物は十かそこらといったところだろうか。

 ほとんど小物で、一番大きいのでも小さい病気がちなゴブリンだけだった。こいつらは本当にどこにでもいやがるな。

 

 盗賊に出くわすこともなく、厄介な魔物も現れない。実にのどかで平和な収穫期だ。

 これが終わったらまず間違いなく戦争が始まるってのが最悪だわ。いまいちテンション上がらん。

 

「モングレル、収穫祭のメインは鳥肉の蜂蜜焼きらしいですよ!」

「おいおいマジかよ、ごちそうじゃん」

 

 テンション上がってなかったけど嘘だわ。テンション上がったわ。

 この国の蜂蜜焼きは照り焼きみたいな旨味とパリパリした食感が美味いんだ。選んでよかったルス村。やっぱり観光するなら飯の美味い所だよな。

 

「それと蜂蜜酒もあるそうです!」

「ああ、それは別に……」

「なんで喜ばないんですか! 美味しいでしょう!」

「俺ミードはそこまで好きじゃないから……っつーかモモ、お前成人前だろ。酒飲むなよ」

「今月16歳になったので大人ですけど!?」

「あ、そうなの。知らなかったわ、おめでとう」

 

 子供の成長はえー。あんな子供がもう大人か。いや、成人年齢自体が低いから前世と同じ条件ではないんだけどさ。

 

「まぁ私はお祝い事の時は前々からお酒もらってましたけどね」

「やっぱ飲んでるんじゃねーか。不良娘め」

 

 

 

 収穫祭は大きな集会場で行われた。

 簡単に言えば巨大な東屋だ。柱と屋根だけがある、雨を凌げる場所って感じ。

 

 壁は無いから風が吹くと寒い空気が入ってくるものの、料理の熱と大勢の人の熱気でわりと温かい。天井がいい感じに熱気をキープしてくれてるおかげもあるのかもしれないな。

 

「いやー、“若木の杖”の皆さんには助けられました! 溜池も補充していたただいて、水の支度もしてもらって!」

「魔法は便利ねぇ本当。うちの村にも魔法屋さんが欲しいわ」

「ヴァンダールさんも背が高いおかげで助かったよ。ちょうど高い場所の修理ができてないもんだから……サングレール人にも良い人はいるもんだね」

「はははは」

 

 村のあちこちにパーティーが分散していたから各々の働きは見えなかったが、どうやらそれぞれの魔法や力を生かしてお手伝いができたらしい。

 ヴァンダールも受け入れられているのは良かったな。排他的な村だとどうしようもなく冷たくされるだけで終わるからしんどいんだ。ルス村は温かみがあるぜ。

 

「いやぁ、この蜂蜜酒は良いですなぁ……芳しく、とろけるような……」

「おうおう、ヴァンダールさんもっと飲んで良いんだぞ」

「私もおかわりをいただきたく!」

「あ、私も……」

 

 鳥の皮が蜂蜜焼きでパリパリしててめっちゃうめぇ。

 肉はいいから皮だけ無限に食いてえなこれ……。

 

「モングレル、聞いてもいいかな?」

「ん? なんだよサリー」

「さっきヴァンダールから蜂の幼体は食べられるという話を聞いてね。モングレルなら知ってそうだからどんな味なのか教えてもらおうと思ったのさ」

「いやなんでそんなこと俺に聞くんだよ……」

「ヴァンダールが酔い潰れて聞けない状態なんだ」

「早っ」

 

 蜂の幼体ってつまりハチノコか? まぁ味は知ってるが前世知識だぞそれ。

 

「サングレールに関わりのある人なら皆知っているのかなと思って聞いたのだが。サングレールでは積極的に虫を食べるんだろう?」

「別に俺の生まれはサングレールじゃねーから……でも蜂の子の味なら知ってるぜ。ミルクっぽくてまろやかな味わいだ。見た目以外は完璧だぞ」

 

 ちなみに俺は見た目で嫌になったタイプです。川虫とかゴカイとかも触る分にはいいけど食うのはハードルたけぇ。

 

「そうか……」

 

 よく見たらサリーの手には小皿が握られている。

 その中には……蜂の子を揚げたやつかな? マジか、現物あるんだな。

 

「モングレル、これを食べてくれたら銀貨5枚をあげよう。そしてこれを君ではなく僕が食べたことにして欲しい」

「お前は何を言っているんだ」

「モモに食べられると見栄を張ってしまってね」

「しょーもねぇ見栄だなおい……そんくらい自分で貫け」

「いや僕虫とか嫌いだから」

「なら正直に食べられませんって言えよ……銀貨10枚」

「はい、10枚」

「交渉すらしないほど嫌だったか……いいよ7枚で」

 

 なんだかんだ銀貨七枚をせしめて、俺は特に好きでもない蜂の子を食べることになった。

 ……うーん、やっぱビジュアルがな……ええい、ままよ。

 

 むしゃぁ……。

 

 ……うん、食ったら美味いんだよな、食ったら……。

 ある意味こういう原始的な世界でも美味しく食える食材ではあるけどな……うん……。

 

 くそ、なんで幼虫のくせにエールが合うんだろうな……うめぇわ……。

 

「まろやかな味かい?」

「まろやかだねぇ……食感とかはあまり意識はしたくないけど……」

「よし、その感想を使わせてもらうよ。ありがとう」

「……」

 

 ちなみにこの一連のやり取りは全て後ろのモモに白けた目でガン見されている。

 頑張れお母さん。子供は親をよく見ているぞ。

 



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兵站部隊の前哨戦

 

 護衛任務はつつがなく終わり、俺たちはレゴールへと帰還した。

 魔法使いパーティーは水も火も灯りもすぐに用意できるからありがたい。不便のない良い遠征だった。こういう経験するとまた魔法覚えてーなーってなる。けど練習はめんどい。やっぱりやめておくか。

 

 道中はヴァンダールともよく話し、なんとなく彼の人となりも理解できた。

 ヴァンダールは若い頃はサングレールの工兵というか、杖系武装の整備兵として従軍していたらしい。それからハルペリアに捕らえられて捕虜にされ、特に捕虜交換の材料にされることもなく奴隷堕ちしたという。かわいそう。

 しかし手先の器用さと杖の加工という技術を買われ、ハルペリアの工房に拾われてからはトントンと出世し、自分を解放するだけの金も蓄え、そのままハルペリアに帰化したのだという。

 

 昔から教義にうるさいサングレール聖王国を窮屈に思っていたらしく、軍属だった頃から既に連合国へ移住するつもりでいたらしい。それがハルペリアの捕虜となって人生設計がガラリと変わってしまったそうだが、ヴァンダールは気楽そうに笑っていた。

 

「魔法技術に関してはハルペリアも秀でていますからねぇ。人種の問題で軋轢はありますが、まぁ研究と製造を続けられるならここでも良いかなと。ははは」

 

 わりと心臓の強い男だった。

 朝礼で貧血になりそうなタイプだと思ってたけど、この強心臓っぷりを見るに貧血とは無縁そうだな。

 

 

 

 収穫の護衛に出ていたギルドマンたちが続々とレゴールに戻り、街にも活気が戻ってきた。

 秋本番。そろそろ薪割りでもして冬に備えたい季節である。

 

 だがそんな悠長な仕事に身をやつすことを、今年は許してくれなかった。

 

 

 

「サングレールが我々の領土を侵略しようとしている!」

 

 広場で一人の従士が声を上げている。

 開戦を告げる、不吉な使いだった。

 人々は険しい顔で彼の読み上げる文言に聞き入り、中には怒りに震える者も少なくない。

 

「サングレールはあろうことか、先祖代々より受け継がれてきた我々の土地を“取り戻す”などと一方的に騙り、宣戦布告したのだ! 場所はブラッドリー男爵領! 当然、諸君らも知る通りブラッドリー男爵領はハルペリア王国固有の領土である! 過去も、そして未来もだ!」

 

 やっぱり戦場はトワイス平野か。また南側に蜻蛉返りだな。

 あー生産力が落ちる。人が死ぬ。嫌だ嫌だ。嫌だけどブロンズ3なりの仕事はしなきゃならん。ポーズでも。

 

「志願兵は一の鐘の頃、最寄りの練兵場前に集われたし! トワイス平野を奴らの血肉で肥やしてやるぞ!」

 

 広場が熱狂に包まれ、男たちが雄叫びを上げる。

 故郷を守るため。怨敵を討つため。高額の報償のため。あるいは己の名を国に売り込むために。

 ハルペリア人は七年ぶりに、戦場へと赴いてゆくのだった。

 

 

 

 そしてギルドマンもまた例外ではない。

 人生の落伍者。ならず者。ろくでなし。そう蔑まれてはいても、力強い腕っ節はこういう時には頼りになる。

 シルバー以上の者は優秀な戦闘技術を持つ者としてまとめて徴兵され、ブロンズは兵站の警護として使われるのだ。

 

 ギルドは戦争の話で持ちきりだ。いつもよりずっと多くの人で埋め尽くされ、空気は浮ついていながらもピリピリしている。

 普段はなかなか見られない完全装備を着込んでいる者も多い。故郷の土地を守るため、人々の戦意は驚くほど旺盛だった。まぁ、戦争でビビるような奴はそもそもギルドマンにはならないのだが。

 

「モングレル先輩、戦争が終わったら“森の恵み亭”で祝勝会やりたいっスね」

「おいこら」

「痛っ!? ええ、なんスかなんスか!?」

 

 初手から不吉なフラグを立てようとしたライナにひとまずデコピンを飛ばした。

 

「いいかライナ。よく聞けよ。身に付けた服の全てのポケットに銅貨を一枚ずつ入れるんだ」

「マジでなんなんスか……」

「向こうから矢が飛んできてもコインが守ってくれるんだよ、こういうのは」

「まぁ防御を厚くするのには賛成スけど……」

「えー? モングレルさんそれ効果薄くないー?」

「あのねぇ……部外者がうちのライナに変なことを吹き込まないように」

 

 シーナの強すぎる一言で俺はもう何も言えなくなる。その通りすぎるわな。

 

「モングレル先輩は配属先どこなんスか?」

「俺はブラッドリーの積荷を各所の砦と城に運ぶ感じだな。ライナは?」

「私は前線近くの砦っス。平野部にいくつかある防衛拠点らしいっスね」

 

 砦っていまいち頑丈なイメージ無いんだよなこの世界だと。ハルペリアのは総石造ではなく、土塁込みの煉瓦造りだし。

 とは言っても雨風凌いで物資も保管できるのだから要所には違いない。俺的には少し不安もあるが、拠点に配属されただけマシなんだろう。少なくとも雑に配属される歩兵よりは。

 

「ライナ、とにかく籠城戦では食糧を溜め込んでおけよ。ナスターシャがいればその辺は問題ないだろうが、とにかく飯は大切だからな。念のために干し肉を背嚢の隅々にまで突っ込んどけ」

「いやー籠城みたいなダメな時ってさすがに何やってもダメじゃないスかね……」

「お前そういう時は最後まで諦めず抵抗しなきゃダメだぞー。最後の最後に諦めていたタイミングで笛を吹いたらよ、この俺が助けに来るかもしれないんだからな?」

 

 俺はキメ顔で言ったが、ライナには効果が無いみたいだ……。

 

「助けてくれる人は駆け寄ってくる前にまず私たちのパーティーに加入してくれてると思うんスよね」

 

 それな。

 

「あのね……籠城する前に後方の拠点に撤退指示が出るわよ、さすがに」

「うんうん、私もそう聞いてるー。遠距離スキル持ちは結構大事にされるんでしょー? 何度も手厚く後ろに下げて、攻撃の機会を作ってもらえるんだってさ?」

「そういうもんなのか?」

「モングレル先輩、戦争に参加したことあるんスよね? そういう経験無いんスか」

「いや、遠距離職の扱いは知らなくてな。そうか……厚遇されてるなら安心だな」

 

 確かに、考えてみれば貴重な高火力弓使いは長く運用したいところか。

 ……だったらライナも危険に晒されることは少ないかねぇ。

 

「ふふん? モングレルさんは私達のこと心配してくれるんだ? まー悪くない気分だけどさー……それはそれで、私達の実力を疑われてるみたいでなんだか癪だよねー?」

「っス。ブロンズ3のくせに偉そっス」

「グギギギ」

「全く、過保護が抜けないんだから……ゴリリアーナもモングレルに何か言ってやりなさい。貴女の頼もしい言葉でも聞かせてやれば、少しはこの男も落ち着くでしょ」

「え、あ、はい……その……確かにサングレール軍は怖いですけど……ですが、私達が倒してしまっても良いのでしょう……?」

「カッコいいっス!」

 

 いやお前そのセリフをゴリリアーナさんが言うと脳がバグるわ。

 頼もしいけど。

 

「モングレル先輩も、ご無事で!」

「おう、そっちもな!」

 

 ライナ達とはそんな風に別れた。

 この別れ方が何かのフラグになっていたのかどうかは、戦争が終わるまではわからんな。

 ……お互い無事であってほしいもんだ。

 

 

 

 というわけで、俺は特に深い関わりのある連中とは関係のない補給部隊に配属されることとなった。

 食料や消耗品を担いでブラッドリーから各砦に向かう悪路を行き、送り届ける仕事だ。

 悪路とはいうが決して未舗装ということはなく、あくまで人通りが少ないゆえに自然に侵食され気味というだけ。まぁ人通りが少なめっつーだけの普通の道だな。街道よりは不便ってだけ。

 

「モングレルさん、よろしくな!」

 

 チームメイトはつい最近のギルドの昇格キャンペーンを利用してブロンズ1に上がったウォーレンと、

 

「サングレール人のハーフを戦争に参加させてるのか……?」

 

 今まさに俺を見て訝しそうにしているベイスン出身のブロンズ2と1の若手ギルドマン達だ。

 合計6人。既に俺たちはベイスンにて集結し、ブラッドリーに向けて出発する直前だ。俺はそんな班を取りまとめるリーダーに抜擢されている。

 だがサングレール人に対して忌避感を抱いている若者からすれば、これはなんなんだっつー人選なんだろうな。

 ハルペリアとサングレールのハーフが班のリーダーともなれば、相手を知らなきゃいまいち信じきれないのはよくわかる。

 

「俺の名前はモングレル。レゴールで最も有名なブロンズ3のギルドマンだ」

「ブロンズ3に有名も無名もあるかよ」

「知らねえ」

「サングレールの工作員じゃないのかよ?」

 

 おいおいこんな見るからに無害そうな男を捕まえてスパイ扱いグレかぁ? 

 人を見た目で疑うのは良くないグレよ? 

 

「俺はお前たちを生き残らせるためなら全力を尽くす、この国で最も紳士的で優しいギルドマンだぞ? ハーフや異国人くらい割り切ってみせろよ」

「ハーフなのか……いや、でもハーフは……」

「相手はサングレールだし……」

「しょうがねぇな。じゃあ行きの道中でサングレールの讃美歌の歌詞を半分くらい下ネタに置き換えた替え歌を教えてやるから、それを聴いて俺が味方だってことを信じさせてやる」

「えっ!? それ大丈夫なのかよ!?」

「やべーな!」

「最強の替え歌だぜ。サングレールの軍人に聴かれたら絶対に殺されるから気をつけろよ。いいな?」

「やべえ……」

「聴いてやろうぜ」

「サングレールの奴らの前で歌ってやりてえな!」

「お前らなぁ、モングレルさんは昔からレゴールで活動してるすげーギルドマンなんだぞ? スパイだとか敵だとか言ってるのはレゴールを知らなさすぎるぜ?」

「えぇー、そうなのかよ」

「知らなきゃモグリ扱いさ!」

 

 そんな感じで、俺の兵站任務はそこそこ緩めに始まった。

 常人並みに偏見のある十代後半の若者ばかりだが、班内に知り合いであるウォーレンがいるおかげで大した軋轢もなくやっていけそうだ。

 しばらく話していれば最低限仲も打ち解けるだろう。多分。

 

 さて。まずはここベイスンを経由して、それからブラッドリーだ。荷物を可能な限り寄せ集めて、前線で戦う仲間を助けなければいけない。

 

 普段は牧歌的な雰囲気のベイスンも、今は各地の兵士やギルドマンが集まりピリピリしている。

 戦争が始まる。嫌でもそう思わされる光景だ。人も多すぎて知り合いの顔もなかなか見つけられん。

 出立前にレゴールの知り合いに一通り挨拶したかったが、そう上手くはいかないか……。

 

「兵站部隊12班まではブラッドリー行きの馬車駅に向かえ! 積み込み作業を行なってもらう! 班長は責任を持って取りまとめるように!」

 

 おっと、道中で仲を深める前にどうやらキツそうなお仕事が入ったな。

 

「よーしみんなよく聞け。これから俺たちは前線で働く兵士達のための軍需品を積み込む作業に取り掛かる。戦場近くに行くのはまだもうちょい後になりそうだぞ」

「えー、戦えないのか」

「こんな戦争に巻き込まれない街で仕事かよ」

 

 おいおい、少年たちよ。何か勘違いしてないかね。

 

「お前らなぁ……多分やってみりゃわかると思うけど、この仕事は下手すりゃ前線よりも大変だぞ?」

「え?」

「大量の兵士を支える消耗品の運搬準備だ。俺たちが休めばそれだけ前線に響くし、ダラダラと休むことはできない……腰を痛めないように気を付けろよ」

 

 さあ、戦争の始まりだ。

 まずはエンドレス荷運びの前哨戦、負傷者なく潜り抜けてみようじゃないか。

 作業しながら俺のサングレール冒涜替え歌を聴かせてやるから、是非とも頑張ってくれ。

 

 

 

 



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兵站部隊の単純重労働*

 

 どういうトリックを使ったのか、ハルペリア王国はサングレール聖王国の侵攻をかなり早い段階から察知していたように思う。それこそスパイでも潜り込ませていた可能性は高い。

 そのおかげもあって、既に中継地のベイスンでは結構な量の軍需品が集積されていた。

 

 弓矢、投げ槍、刀剣類、鎧……。造られた年代のバラツキはあろうが、しっかりと規格ごとに纏められ、整理されている。

 サングレールに気取られないよう、少しずつ秘密裏に溜め込んでいったに違いない。

 

 俺たちの仕事はこの大荷物を大急ぎで馬車に積み込んで戦地へ送る準備を整えることだ。

 あらゆる物資を兵士に持たせて行かせたんじゃ戦う前に疲れ果てるからな。戦う前の疲労は可能な限り俺たち後方部隊が肩代わりしてやらなきゃならん。

 何より長引きそうな戦いを下支えするのも大事だけどな。

 

「うぐぐぐ……! お、重い……!」

「これあと何個運ぶんだよ……!?」

「おう頑張れ、あと30ってところだ」

「30! それならいける……!」

「馬車30台って意味だぞ」

「ぐぁあああああ」

「クリント! が、頑張れ! 俺も頑張るから!」

 

 ただでさえクソ重い荷物が無駄に重い木箱に突っ込まれているせいでやたらと重くなっている。箱の規格が同じなので積み込みにストレスはないが、まだまだ身体強化の甘っちょろい若者には重労働のようだ。

 

「猫背で運ぶなよー、背筋は伸ばしておけ。それと荷物は身体にしっかりとくっ付けるんだ」

「も、モングレル……さん、よくそんなの軽々と運んで疲れないな……!」

「おっさんなのに……!」

「人生経験豊かなおっさんは重い荷物を運び慣れてるんだよ。ほれ、重い所を上にして運ぶと軽く感じるぞ」

「え? あ、本当だ。少しだけ楽……本当に少しだけど……!」

 

 ベイスンは農村を取り纏めている盆地の街だ。周辺の村で作られた農作物をハルペリア中に出荷するために大きな倉庫も沢山あるのが特徴だ。

 街の人々は久々の戦争ということもあって、老若男女問わず積み込み作業を手伝っている。ギルドマンの新米くらいじゃまだまだ労働に慣れた街の人々には勝てんね。

 

「飯作ったぞ! 兵士さん、ギルドマンも! 腹が減ったらここで食っていけ!」

「食器はこっちに戻してくれよ!」

 

 作業場のすぐ近くでは働く者たちを労うために大鍋でスープと粥が作られている。

 無料の炊き出しみたいなもんだな。戦時中だから街の人々も大盤振る舞いだ。

 

「よーし、モングレル班は飯食ったら作業を再開、夜までやるぞー」

「嘘だろぉ!」

「まだやるのか……」

「安心しろ、それが終わったら睡眠だぞ。ちょっと寝たら明日の朝には荷物を詰め込んだ背嚢を背負ってブラッドリーまで馬車の護衛、そこでも作業をやるって流れだな」

「ちくしょー! なんだこの役割は!」

「ブロンズになったのにこんな仕事かよ! 俺は剣士なのに!」

 

 世の中はブロンズ程度のひよっこを一端の剣士とは認めてくれねぇんだ。悲しいね。

 でも本当にハルペリアが厳しくなったら俺たちみたいなブロンズも、下手すればアイアンすら戦場に駆り出されるんだ。ま、ちょっと覚悟はしておけ。

 

 

 

 兵站部隊は部隊というわりに地味な作業の連続だ。

 ドンパチの音も聞こえないからいまいち緊張感もない。

 それでも積み込み作業を急かすように怒鳴る監督役の兵士のお陰で、新米達もダラダラした仕事をせずに済んでいた。

 俺はこういう怒鳴ったりするのは自分でできないタイプだから少し助かる。怒鳴るのも怒鳴られるのもあんまり良くはないけどな。戦争中はストレスを感じていないと動きを鈍らせて、後で後悔することもあるから……。

 

 日が変わり翌日、俺達の班は筋肉痛に悩まされるメンバーこそあれど、誰一人脱走することなく全員揃っていた。良かった良かった。ギルドマンはたまに後先考えずに変なタイミングでブッチするからな。俺の班はみんな真面目で助かるよ。

 

「よし、ブラッドリーに向けて出発だ。荷物は持ったな?」

「こ、こんなに背負って歩くのか」

「これじゃ剣も振れないぞ!」

「そうだな、さすがにこのままだと重いからな。万が一道中で魔物が出たら背嚢を下ろして戦闘を行う。で、俺達はそんな時には一番に守るべきものがあるんだが……クリント、それはなんだかわかるか?」

「え、そりゃ俺達は補給なんだから……積荷だ!」

「ブッブー、正解は馬です〜。馬車が道中で動けなくなるとそれだけで後続の補給の邪魔になるので馬と車輪を守るように」

「ああ、そうか……」

「ブッブーってなんだよ、豚みてえ」

 

 ベイスン出身の五人の新米ブロンズ達は、全員が剣士だ。

 盾とショートソードを装備してるのが三人、他の二人は多少の強化を扱えるからかロングソードだ。魔物が現れた場合は盾持ちを前に出して、ロングソード持ちが外から攻撃するような方向でやっていきたいな。

 

 真っ当に上手く戦える奴は軒並み前線に引っこ抜かれ、後方支援はスカスカかつヘトヘトの状態で護衛任務に当たる。

 ただ物資を運ぶだけ……とは簡単に言えるものの、それを十全に滞りなく済ませるのは大変なんだよ。本当に。

 

 

 

 大荷物を背負い、馬車を守るように陣形を組んで歩いてゆく。

 肩に食い込む荷物の帯、一歩踏み込むごとに疲労を実感せざるを得ない脚。

 単調かつ重労働な積み込みから解放され、いざ任務らしい任務が始まってみれば、新たに始まるのは更なるしんどい労働だ。

 

「重い……しんどい……」

「この仕事舐めてた……」

「モングレルさん、何か今使えるような……疲れを抑えるコツってないのか?」

「んー、無い!」

「ぐえー」

「気合いだなぁこれはもう」

 

 この仕事を嫌ってシルバーに上がりたくなる奴の気持ちも、まぁ、わからんでもないな。前線で戦って成果を出せばヒーローだし、戦うまでは比較的楽だから。問題はそっちは普通に死ぬ危険性があるっつーことだが……。

 

 でも今はまだ楽なんだぜ。ベイスンからブラッドリーは田舎道とはいえちゃんと街道がある。

 ブラッドリーから各拠点、砦までの道はもっと荒れてるからこれよりも間違いなくしんどくなるんだ。

 今の苦しみをピークだと思ってると後で泣きを見るぜへへへ。

 

「うわー! 馬車の中で何か割れた音が!」

「どうしようもねえ、そのまま行こう……」

「兵士さんに怒られそうだなぁ」

 

 後続の馬車からは度々悲鳴が上がる。

 無理矢理な積載と不慣れな積み込み作業によって、物によっては運搬中に破損が生まれることも多い。

 前世のトラック輸送ですらちょくちょく破損トラブルが起こるほどなんだ。クソみたいな悪路、クソみたいな板バネサスペンション、クソみたいな枯れ草緩衝材。これで全て完璧に輸送できたら逆にこえーよ。

 

 とはいえ軍もそういったロスはある程度織り込み済みでやってはいる。

 俺たちにできるのは、なるべくその損害を抑えることだけだ。

 減点方式の仕事がいまいちやる気にならないのは、まぁわからんでもないけどな。

 

 

 

「ご苦労だった、ギルドマン諸君! 積み下ろし作業はこちらの兵が行うので、諸君らは休んでおくように!」

 

 ブラッドリー男爵領はトワイス平野に接する辺境の土地。

 今回の戦争においては、ハルペリア王国軍が拠点を構える最終防衛線だな。

 サングレールはこの土地を欲しがっているが、ハルペリアは絶対にここを取られるわけにはいかない。

 ブラッドリーで暮らす町の人々にとっては文字通り他人事ではないので、緊迫した空気感はベイスンよりもずっと強かった。

 

 ブラッドリーに到着した俺達は兵士に迎え入れられ、とりあえず今日はこれで休めるようだ。ルーキーの体力も限界だったし仕方ない。

 

「む? そこのお前は……白髪混じりだな。名前は?」

「モングレルです。貴方は、ええと……なんとお呼びすれば良いか」

「私は騎士リベルト様の従士、クロードだ。お前はハルペリア人か?」

「はじめまして、クロードさん。生まれも育ちもハルペリアです。母がサングレール人でした」

「そうか。くれぐれもブラッドリーで騒ぎを起こすなよ」

「はい!」

 

 流石の俺でも兵士の前でふざけたりはできない。基本的に徴兵された下位ギルドマンなんて下っ端も下っ端だしな。

 性格悪い奴相手だったらもっといびられてたが、この人はまともそうで良かった。

 

「……モングレルさん。さっきの兵士ちょっと感じ悪くなかったか?」

「ウォーレン、あの人は俺を心配してくれてたんだよ。他の奴に絡まれるかもしれないから気を付けろってな」

「そんな事言ってたかぁ……?」

「言ってたさ。ほれ、モングレル班、所定の宿泊場所に行くぞ。飯食ったら今日もさっさと就寝だ」

「ういーっす」

「やっと休憩だぁ」

「飯食おうぜ飯! 腹減って死にそうだよ俺ぇ」

 

 野営場所に荷物を置いた後、彼らは各々の目的の場所に向かって散らばっていった。

 疲れて一歩も動けねーって最後の方ぼやきまくってたのにいきなり元気になりよったわ。

 ま、あの元気があれば明日からも大丈夫だろう。脱落者無しで任務をこなせるかもしれん。

 

 ……前線はそろそろぶつかった頃なんだろうか? 

 どこかでは既に戦いになってそうだが……神の視点からならともかく、俺からは何もわからんからなぁ。

 仮に後方に情報が伝わったとしても下っ端の俺まで正しい近況が伝えられるとも思えん。

 

 ……自軍がどうなってるかわからないまま働くのって落ち着かねー。

 まぁ、仮に前線に居たとしても偉い将校さんの近くにでもいないと全体の戦況なんてわからないんだろうけどさ。

 

「白髪混じりのやつが居るぞ」

「サングレール人が俺たちの飯を食おうとしてるのか」

「ヘッヘッヘッ」

 

 粥だけ貰おうと列に並んでいたら、柄の悪そうなギルドマンの声が聞こえた。

 二十代くらいの三人組だ。認識票はブロンズ3。

 こういう連中は平時からどこにでも現れるが、戦争中の今は特に湧いてくるな。絶対に何かしらのイチャモンはつけられるだろうと思っていたから驚きはない。なんなら昨日何もなかったことに驚いていたほどだ。

 

 普段なら適当にターン制パンチでボコボコにしてやるが、今は時期が悪い。サングレールのハーフが暴行してたら周りが本気で止めにくるかもしれん。

 だから俺の好みとは違うが、別のあしらい方をする。

 

「俺は騎士リベルト様の従士クロードさんに任務を言い渡された、れっきとした本物のハルペリア人だぞ。そんな俺に文句があるってことはお前ら、俺に命令を言い渡したクロードさんに……ひいてはリベルト様に対する叛意があるってことになるが?」

 

 必殺、権力。

 

「え、いや……」

「別にそうは言ってないから……」

「な、なぁお前ら、向こう行こう。炊き出しやってるぜ……」

 

 三人組はいそいそと離れていった。へっ、雑魚が。

 

 騎士と従士。その言葉の重みは伊達じゃない。特に騎士はギルドマンにとっては雲の上の人だ。

 たとえ半端者でもこのくらいのわかりやすい権力構造は覚えている。ちょっと関係を匂わせてやればイチコロよ。

 トラブルを避けるためなら俺は全力で虎の皮を被って獅子舞を踊ってやるよ。

 

「おーいモングレルさーん、モングレルさんの分のパンも持ってきたぜー!」

「俺も肉野菜炒めもらってきた! 少しだけど……」

 

 お邪魔虫を追い払ってしばらくすると、ルーキー達が戻ってきた。

 それぞれ炊き出しの飯を自前の小鍋に入れてきたらしい。

 

「おお、マジかよ。良くやった。チームモングレル……最高だぜ!」

「その名前嫌だなぁ」

「もっと格好良い名前にしてよ」

「敵の軍隊に襲われたらすぐにやられそうだよな」

「かっこいいだろが……!」

「ダセェ!」

「チームモングレルにするなら番号呼びのままでいいよ!」

 

 くそっ、チームメンバーが野心を出し始めやがった。

 チーム解散の日は近いな……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)朽木様より、ウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。


「バスタード・ソードマン」ハーメルンの累計ランキングにて10位に入りました。スゲー
応援ありがとうございます。これからもバッソマンをよろしくお願い致します。



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対オールト砦の斉射*

ライナ視点


 

 私たち“アルテミス”はレゴール伯爵軍に合流し、オールト方面砦という場所に配属されることになった。

 オールトというのはトワイス平野を挟んだ向こう側にあるサングレールの山岳要塞らしい。サングレールの要塞は向こう側の各所にあるから、私たちハルペリアはそれぞれの要塞からの出兵に対抗する砦を建設し、そこを守る必要がある……と、シーナ先輩が言っていた。

 

 トワイス平野は魔物が現れる上に作物の育ちにくい不毛の土地。

 ここを挟んで砦を構え睨み合い、戦争が始まれば平野に出て殺し合う。

 

 ……血生臭い土地っスね、マジで。

 

「申し訳ないっス。私が馬に乗れてれば前線に出てみんな戦えたのに……」

「気に病むことはないわ、ライナ。馬上の弓は普段とかなり感覚が変わってくるから、一朝一夕に身につくものではないもの。そういう真似は正規軍に任せておくものよ」

 

 ここに来て私がちょっと足を引っ張ってしまった。

 私が馬に乗れないせいで、アルテミスが前線で迎え撃つことが出来なくなってしまったのだ。

 トワイス平野は広い。向かい側のサングレール軍を攻撃するには、距離を詰めて撃つ必要がある。

 馬の乏しいサングレールに対しては騎乗しながらの引き撃ちが一番強いというのは有名……らしい。

 

 だから私もそれができたら良かったんだけど……乗馬なんてやったことないっス……。

 

「私は乗馬はできても馬上で撃つのなんてやったことないから似たようなもんだよー」

「うむ。防衛戦において、弓使いは砦からの射撃に徹することが最も有効だと昔読んだ書物にあった。私達は割り振られた砦に詰め、遠くからサングレール兵を狙うべきだろう」

「……けどもう、平野では……戦闘が起きそうっス」

 

 私たちが今いるのは、対オールト砦。その頂上だ。

 頑丈そうな石の胸壁からは、遠くで蠢く兵士たちの影がよく見えた。

 

 そしてそのさらに向こう側に控えている群衆の影も……。

 

「砦の防衛は守る側に有利よ。けれどここで敵を迎え撃とうとすれば、敵軍に囲まれて逆に袋叩きにされる。だから砦を起点に兵を出して、相手を削ってゆくの」

「わざわざ平野に出てサングレール軍と戦うのって、危なくないスか……?」

「もちろん危険はあるわ。それでも相手の攻め手は乱れるし、向こうの行軍も遅くなるでしょうね。長引けばそれだけ向こうは疲れ、兵糧を消耗する。食料の豊富なハルペリアと、乏しいサングレール。時が経てば不利なのはどちらか解るわね?」

 

 ……長期戦に持ち込む。そのために前に出て戦う、ってことスか。

 

「私たちが砦の上で戦うのもそのためよ。とにかく粘って、粘って、時間を味方につけて勝つ。当てられそうな距離に敵が来たら、練習だと思って撃ってやりなさい。……ライナのスキルは弾道系なんだから、不可能ではないはずよ」

「ま、マジっスかぁ……」

貫通射(ペネトレイト)は遠くまで飛ぶもんねー。私の強射(ハードショット)は短いから、戦場だと全然だよ」

「こっちの砦は高さもあるからねぇ。ライナちゃん、敵の反撃は気にせず撃っちゃいなさいよ! サングレール軍の一番キラキラしてる鎧の奴を狙うんだからね? ハッハッハッ!」

「ふふ……ライナが敵の将校を撃ち斃したら、戦功を認められて昇格できるかもしれないわね?」

「な、なんか緊張してくるっス!」

 

 結局、超遠距離からの狙撃はスキルを使用するわりに当たるかどうかもわからないので、魔力の無駄遣いを控える意味でも実施を見送った。

 三回くらい撃てば良い感じの所は飛ばせそうな気もするんスけどねぇ……スキルを使うなら有効な場面の方がいいから、まだ我慢っス。

 

 

 

 対オールト砦の中は兵士の休憩場所でもあり、物資の集積場所でもある。

 特に重要なのがこの砦の中に貯蔵される水で、これは水魔法使いによって貯蔵される。ナスターシャさんの他にも何人かが加わり、大きな溜池のような場所に毎日定期的に水を注ぎ込んでいる。魔法使いの大事な仕事だ。

 とにかく近くに目ぼしい川もないのに人や馬だけはたくさんいるから、常に驚くほどの水分を消費する。溜池を一杯にしたと思ったら、数時間後には驚くほど減っているからいつも驚いてしまう。

 

「魔法の塔を維持するようなものだ。魔法使いにとって何ら特別な作業ではない」

 

 ナスターシャさんが言うには、こういうことは水魔法使いにとってよくあることらしい。

 使った後は他の魔法使いの人らは疲れ切っているのに、ナスターシャさんは涼しい顔でいる。やっぱりかっこいい。

 

「前線がぶつかったわ」

「え?」

 

 戦端は、私がそんな長閑な水汲み作業に気を取られている間に開かれた。

 

「ハルペリアの騎馬部隊が突出した相手の部隊を……横から削り取ってる。やるわね」

 

 ……本当だ。遠くを良く見れば、何十頭もの騎馬がすごい速さで敵軍の端を掠めるように走り抜けている。

 

 あの人たちが手にしているのは、以前モングレル先輩が市場で買っていたグレートハルペ……っスかねぇ。

 遠くで良くわからないけど、相手は混乱しているように見える……?

 

「騎馬部隊を纏めている先鋒は“月下の死神”の誰かみたい。馬が黒いわ」

「マジっスか」

「あの人強い? 遠すぎてわかんないなぁ……シーナさんが見てどう?」

「……ええ、強い。話には聞いていたけれど……サングレールのモーニングスターを次々に刈り取ってる。勝負になってないわね……」

 

 うわぁ。……騎馬部隊。凄いとは聞いていたけど……戦場で目にする機会があるなんて。運がいいのかな、悪いのかな……。

 

「相手の陣形もこちらの陣形も崩れてる。ひょっとしたら敵がこちらに近づくかもしれないから、準備だけはしておきなさい」

「うっス!」

「何かが飛来したら、わ、私が盾で防ぎますから……怖がらずに、自分のスキルに集中してね……?」

「はい!」

 

 ゴリリアーナさんにそう言われると、なんだか勇気が湧いてきたっス!

 

 

 

「レゴール伯爵軍が後退しているな。敵を上手く釣り出したようだ」

 

 騎馬部隊で混乱した敵軍に、他の部隊も攻め込んで大きな打撃を与えた……らしい。シーナさんが言うには。

 そしてレゴール伯爵軍は上手く相手を誘導して、こちらの砦まで引き寄せたらしいんだけど……私には良くわからないっスねこれ。後退してるというか逃げてるようにしか見えないっていうか……。

 戦争はもう何から何までわけわかんないっス。

 

「弓兵諸君、そして優秀な弓使いのギルドマン諸君。これより我々は釣り出されたサングレール兵たちを斉射で攻撃する。合図が来るまでは胸壁に身を潜め、スキルの使用も控えるように。光る目は目立つぞ」

 

 やがて砦を任されている何か偉い人が私たちに声を張り、作戦を伝えた。

 どうやら私達は一斉に攻撃するようだ。……なるほど、それまで隠れているのは敵を釣り出している最中だからってことっスか。

 興奮してレゴール伯爵軍を追いかけているつもりのサングレール軍を、ギリギリまで“こちらが攻めている側にいる”と思わせて……叩くと。こういう動きはわかるんスけどねぇ。

 

「ライナの狙いは将校よ。一番偉そうな鎧のやつを狙いなさい」

「っス」

「ウルリカは飛距離の問題もあるから前側の重装備を。先頭が倒れれば行軍は止まって混乱が狙えるわ」

「ん、良いねぇー。わかったよ団長、任せといて!」

「私は後方の魔法使いや遠距離役を狙う」

 

 そう言ってシーナ先輩は三本の細い矢を手に取り、笑ってみせた。

 ……シーナ先輩だったらその三本で三人に当てられそうっスね。

 

「弓を持て、隠れろ」

 

 レゴール伯爵軍が砦に近付いてくる。どういうわけか聞き慣れない歌のようなものまで聞こえてきた。

 ……賛美歌? ってやつスかね。サングレールの歌はなんか聞いててムズムズするっス。

 

 レゴール伯爵軍を追い立てているのは戦意に溢れたサングレール軍のどこかの部隊。

 ナスターシャさんが言うには“この部隊だけ突出していて練度が低い”とのことだったけど、なるほど。本当はこういう場面で敵は退かなきゃいけないんスね。

 

 手が汗ばむ。普段ならここで既にスキルで手ブレを抑えようとしてる頃だけど、まだ抑え込む。引きつけて、引きつけて……。

 

「――斉射ッ!」

 

 号令とともに私達は一気に胸壁から姿を現し、弓矢を構えた。

 

 人の怒声、足音、鎧の擦れる音。

 戦場らしい音を出すサングレール兵たちが、私達の弓の射程距離を……驚くほど呑気に歩いていた。

 クレイジーボアでも、もうちょっと警戒はするのに。

 

強射(ハードショット)!」

光条射(レイショット)

連射(ラピッド)!」

 

 ! 味方が撃ってる! 私も狙わなきゃ!

 豪華な鎧、目立つ鎧……あれかな!?

 

貫通射(ペネトレイト)!」

 

 私は砦の上からスキルを発動し……真っ直ぐに飛んでいった弓矢は、拍子抜けするほど簡単に狙った人物の元へと殺到し、その胸辺りに……。

 

「ッ、はあッ! 不信心者の矢など当たらぬわァッ!」

「うえっ!?」

 

 着弾、と思ったらグネグネと蛇のように曲がった短剣を振られて弾き落とされた!?

 飛んできた矢を斬り払うなんてそんなのアリっスか!?

 

「ライナ、続けて」

「! はい!」

 

 そうだ、できるだけ何度も撃たなきゃいけないんだ。それが私の仕事……もう一度、あのヘンテコな模様の描かれた鎧の男に向けて……!

 

照星(ロックオン)

 

 手ブレを抑える。狙いが定まる。男はグネグネした短剣を掲げて指揮を執っているみたい。他の武装は腰に下げたメイス程度。

 矢を打ち払うのはさっき見た。だから今回は……。

 

貫通射(ペネトレイト)!」

「!?」

 

 足を狙う!

 膝から下、そこなら短剣じゃ思うように防げない!

 

「ぐッ!?」

 

 命中、脛!

 ……人間って縦に長いからすごく当てやすい……怖いな……。

 

「あ、撤退してくよー! 」

「逃すな! 一人でも多く撃ち殺せ!」

「レゴール伯爵軍、逆撃開始! 絶対に味方に誤射するなよッ!」

「弾道系スキル持ちは敵先頭方向を狙え! 行手を阻んで押しとどめろ!」

 

 私が当てたのが偉い人だったのかはわからない。けど、相手の部隊はこれまでの突出を後悔するかのように慌てて退却して行った。

 

 それに追い縋るのはハルペリアの騎馬部隊。そして私たちの弓矢。……魔法を使うまでもなく、敵軍は大きな損害を出していた。

 

 うーん……完璧な殲滅というわけにはいかなかったスけど、相手の部隊は半分くらい削れたんじゃないスかね。

 

 ……退却できなかった兵たちが、平野の上で何人も倒れている。

 中にはまだ体が動いている人もいるけれど、そういう人たちに向かってハルペリアの地上部隊の人達が近付いて……。

 

 ……これ以上見るのはやめよう。

 

「ふー……人を撃つの、慣れないなぁ……」

「っスね、ウルリカ先輩……盗賊を相手にすることも多いんスけどね……四六時中人ばかりっていうのは、結構しんどいっス」

 

 今更、人を撃つことに変な躊躇をすることはない。そういうのは任務をやっていくうちにどうにかなるものだ。

 けど、初めての戦争。それに敵兵への射撃。それは結構……思いの外、自分の心をざわつかせていた。ウルリカ先輩も少し震える自分の手を見て、困惑しているみたい。

 サングレール軍相手に、情けなんて持ってないはずなんスけどねぇ……。

 

「大丈夫。きっと慣れるわよ。私も、あなたたちも……」

「シーナ先輩……も、なんスか……?」

 

 よく見ると、シーナ先輩の手もわずかに震えている。いつも冷静沈着なシーナ先輩が、私達と同じように。

 

「……初陣ではないけれど。戦場で弓を引いたのは、私も今回が初めてなのよ。……意外だったかしら?」

「い、いえ! いや、普通に考えたらそうっスよね。シーナ先輩もナスターシャ先輩も若いんスもん……」

「ええ。賊の大規模討伐なら何度もあるけれど……戦争はまた、違うものなのね。……二人とも大丈夫?」

「っス!」

「うん、私も平気。……ちょーっと、慣れないことして気が立ってるけどね? あはは」

「そう、なら良かった。……今回の戦争で、一緒に色々学んでおきましょう。この経験が次にどんなことで活かされるのかはわからないけれど……きっと、無駄にはならないはずよ」

 

 後から聞いた話によれば、シーナ先輩は先程の斉射中に十人ほどを討ち取ったらしい。

 砦付近の死体に突き立てられた細い矢を数えると、そういうことらしかった。

 

 ……やっぱシーナ先輩はすごい人っス。それだけの人を殺めたって自覚したら、きっと私なんて手が震えるだけじゃ済まなさそうっスもん。

 

 うーん……人を何人も殺めることに、慣れることなんてあるんスかねぇ……。

 慣れる前に、心が嫌な感じになってしまいそうというか……兵士さんとか軍人さんは、普段どう考えてるんスかね……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)mzk様より、ライナによるバスタード・ソードマンのTwitter宣伝イラストをいただきました。ありがとうございます。


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白い連星・ミシェル&ピエトロ

 

 朝。俺たち兵站部隊はブラッドリーから砦までの道を進んでいた。

 ここまでくると馬車は数台ずつで、護衛も俺たちだけしかいない。防衛拠点が各所に散っているせいだった。

 

 砦はつまり、辺境の中の辺境だ。そこまで通じる道は道と呼んでいいかどうかもわからないものばかりで、はっきり言って悪路である。

 雨上がりに通ろうとすれば間違いなく難儀するだろう。そんな道ばかりだ。

 

 当然、路面によるトラブルも尽きない。

 

「よし、押せ!」

「うぉおおおーっ!」

「動いた……! そのまま行け、押せぇー!」

 

 轍の崩れた場所を乗り越え、車輪が軌道に乗る。

 ちょっとしたアクシデントはあったが、どうにか一分程度のロスで済んで良かった。これが後続車両が大勢来てたら普通に詰むからな。

 

「はあ、はあ、しんどい……!」

「なんで轍が枝分かれしてるんだよぉ! 前に通った奴は何やってたんだ……!」

 

 荷物満載の馬車を必死で押していたルーキー達は悪態をついている。

 気持ちはわかる。今まで散々先客が通ってきたであろう砦までの道だってのに、修復がされてなかったんだからな。

 みんな直そうとする前にさっさと先を急いだんだろう。ただ、こういうのが積み重なると全体のロスになる。誰かが修復しなきゃならんのだが。

 

「モングレルさん、ここは俺が直しとくよ。だから先に行っててくれ」

「轍なんて直せるのか?」

「土で固めるくらいならなんとか……さっきみたいに外れないようにするだけなら俺でもできるよ。後から追いつくから、任せてくれって」

「ふーん」

 

 こいつはベイスン出身のブロンズ1なりたてギルドマン、剣士のリスドだ。

 よく荷物の積み込み作業をサボっていて、木箱を立ち上げるフリしたまま休んでいる姿を見かけている奴だ。

 今回もお前あれだろ、ダラダラ轍を直そうとしてるんだろ? 

 殊勝な心掛けだと褒めてやるにはまだまだ信用が足りねえな! 

 

「だったら俺も一緒に手伝ってやる。おい、他の奴らは先に馬車を進めててくれ」

「えー! いいよモングレルさん、先に行けってばぁ」

「馬鹿野郎、そんなこと言ってここで一休みするつもりなんだろうが。俺にそんな姑息な手が通じると思うなよ? 直すって言ったんだから俺と一緒に完璧に直してもらうぞ」

「ぐぇー」

「リスド! ちゃんと仕事してさっさと追いつけよ!」

「こいつ調子いいからな! サボんじゃねーよ! 働け!」

「俺もやったんだからさ!」

 

 そして一緒に仕事してれば、誰かが手を抜いてるとすぐにわかるもんだ。

 さあ頑張れリスド。俺と一緒に超速保線作業を始めるぞ! 

 

 

 

「これかなぁ、石」

「多分そうだろ。まぁ完璧には直せないだろうから、応急処置だけしていくぞ」

「はーい」

 

 轍は石材や煉瓦で舗装されていることが多いが、この辺りは土むき出しな部分も多い。辛うじてカーブ部分だけ石で補強されてます的な体裁が整えられているが、外そうと思えば石は簡単に外せるものなので非常に壊れやすい。土も雨で崩れたらすぐに高さも変わるしな。

 

 俺たちのやる修復作業はそこらへんに転がってしまった轍用の石を見つけ、所定の位置に並べ、土を盛り直して押し固めることだ。

 正直言って俺も専門じゃないから付け焼き刃感は否めないが、どうにか車輪が外れないような感じに強く押し固める以外にできることはない。

 ブラッドリー男爵、もっとインフラに金投じてくれないかな。難しいか。

 

「モングレルさん」

「あー? なんだよリスド、手ぇ止めるなよ」

「違う、あの人たち……誰なんだろって」

「誰って……」

 

 俺はリスドが指を向けた先を見た。

 そこに居たのは見慣れない二人組の男女。

 

 白い布地が輝くように眩しい、修道女と神父のように見える二人だ。

 それが東側の林の中から現れて、ゆっくりとこちらに向かって歩いて来ている。

 

「あれは……サングレール軍所属の兵士だろ。多分」

「へえ、サングレ……サングレール!?」

 

 リスドが腰につけたショートソードに手を伸ばし、腰を抜かして土の上で転んだ。落ち着け。

 ……こちらに悠々と歩み寄る二人組は、ニヤニヤと笑っている。

 まぁ余裕ではあるだろうな。あからさまにビビってるガキともう一人がいるだけなんだから。

 

「ああ、太陽神よ。あなたの導きによって罪深きハルペリアの轍へとたどり着くことができました。苦節二日の潜入強行軍もこれにて終わるのですね……!」

 

 一人は棘だらけのメイスを手にした修道女。

 ウェーブした長い金髪を風に靡かせ、ミュージカルでも歌っているかのように軽やかに踊っている。

 

「おお、太陽神よ! あなたの導きによって罪深き二人のハルペリア人と遭遇できました! きっと兵站を担う者達に相違ありませぬ! 是非とも懲らしめ、ハルペリアの補給線について問いたださなくては……!」

 

 もう一人はロングサイズではない普通のモーニングスターを手にした大柄な神父。

 短く刈り揃えられた蜂蜜色の金髪、鳥のように鋭い眼。威圧感たっぷりにこちらへ歩み寄っている。

 

「我が名は慈雨の聖女ミシェル!」

「我が名は蝋翼の審問官ピエトロ!」

「「二人合わせてサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」

 

 最後にポプテピピックみたいな決めポーズで、二人は高らかに所属を名乗ってくれた。

 うん、敵だな。紛れもなくサングレールの工作員だ。

 潜入してハルペリアの補給線を襲撃しようというのだろう。どこかしらでそんな手を打ってくるとは思っていたが、まさか俺が直接遭遇することになるとは思わなかった。

 

「ど、どど、どうすんだよモングレルさん! あいつらサングレールって……!」

「「いかにも! 我らはサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」

「ひぃっ!」

「こら! こいつはルーキーだぞ! 脅かすんじゃない! ……おいリスド。お前はそのまま馬車を追いかけて合流、さっさと行けと伝えろ」

「モングレルさんは!? お、俺も戦う……二対二なら……!」

「やめとけ」

 

 俺は腰のバスタードソードを抜き放ち、20m離れた先にいる二人の敵に切っ先を向ける。

 相変わらずふざけたポーズをキープしているが……。

 

「あいつら、多分相当つえーぞ。ギルドマンで言えばシルバー以上はあるな」

「ええっ……!?」

「だから荷物を捨てて早く行け。俺の足手まといになりたくなきゃさっさとそうしろ」

「……!」

 

 リスドはすぐに頷いて、背嚢を捨ててそのまま馬車道を走り出した。

 判断が早い。こういうタイプは長生きするんだよな。

 

「おやおや、逃しませんぞ?」

 

 大男のピエトロがモーニングスターを握りしめ、背を向けたリスドに駆け寄った。見かけによらず素早い動きだ。身体強化もそこそこできるな。

 

「まぁ待てよ。俺の自己紹介も聞いておこうぜ?」

「ぐぬぅっ……!?」

 

 だが、俺だって速い。ピエトロが追いつく前に立ち塞がり、バスタードソードでモーニングスターを食い止める。

 ……ほー、俺も結構魔力を込めているつもりだが、刃がモーニングスターの鉄球に浅く食い込むだけで止められている。向こうも武器に魔力を流してやがるな。良い武器を使っているのか、それとも相当に手練れなのか……。

 

「俺の名前はモングレル。ハルペリアで最も強い男だ。つまり、お前達が今最も優先して殺すべき相手ってことだぜ」

「ぬ……うぅんッ!」

「おっと」

 

 相手の前蹴りを膝でいなし、互いに距離を取る。

 後ろの女、ミシェルは魔法使いか。集中しているように見える。

 さすがに魔法使いを放置はきついな。向こうを先に取るか。

 

「よかろう、叛徒モングレル。先程逃げた者は追わないでおこう。確かに貴公はこの私が今すぐ叩き潰すべき試練らしい」

「詠唱の時間稼ぎか。見かけによらず器用だな」

 

 だが俺はそんな見え見えの時間稼ぎに乗ってやるほど優しくない。

 腰のベルトから投げナイフを取り出し、女に向かって投げる。

 

「フンッ! “鉄壁(フォートレス)”」

 

 が、庇われたか。邪魔だなこいつ。

 

「ミシェルよ! いけるか!?」

「……ええ、いけます! 濁流(テルスクオート)!」

 

 何か来るかと思っていたら、来ない。

 女はメイスの先を輝かせ、生み出した水を……そのまま土の轍に向けて注ぎ込んでいたのだ。

 

「お、おいおい! やめろ! 何しやがる!」

「貴公は強い。だが任務こそ最優先! ハルペリアの補給路の破壊こそ我らの使命!」

 

 焦って女の方を仕留めようとしたが、今度は向こうが行手をブロックしてきやがった。

 再びモーニングスターに刃が突き刺さり、競り合う。だがこれは良くない。このまま魔法の発動を許せば轍がぶっ壊されて兵站にダメージが及ぶ……! 

 

 あーてかマジで、鉄壁(フォートレス)発動してると重いな! 押し込めねえ! 

 

「よくよく見れば貴公は混じり物だったか! 嘆かわしいな、叛徒モングレルよ! その身に穢れた血を流していようとは!」

「いきなり差別かよ。サングレールッパリらしいな」

「ぐッ」

 

 蹴って距離を置くが、参ったな。この男思ってた以上に強いわ。

 ふざけた名乗りをしていたが、あれは自信の表れだったか。ギルドマンでいうとゴールドはあるか? 

 その実力でなんでわざわざ兵站破壊任務なんてついてやがる。少数精鋭か? サングレールにしては頭を使ってるな今回。

 

 だが時間はかけられない。このまま魔法の発動を許し続ければ轍が修復不可能なまでに泥濘に埋もれてしまう。

 その前にさっさと二人を始末したい。……が、ギフトを発動するとここでは目立つ。後続も時間をかけずに来るだろう。何より向こうが何らかの通信をしている可能性も否定できん。

 

 力をバラしたくはない。どちらの国に対しても。

 だったらどうするか? 

 

「よし決めた! 力任せにお前らをぶっ倒してやろう!」

「!」

 

 ギフトの副産物。あるいは俺という存在の固有能力。

 肉体や物質へ魔力を速やかに浸透させ、強化する力。それをフルに発揮させ、全身から剣先までを本気で強化する。

 

「祈れ」

 

 そのまま一瞬で距離を詰め、バスタードソードを振り抜いた。

 

「“圧撃(スマイト)”……!?」

 

 剣と鉄球が打ち合され、轟音が響く。

 俺の超強化と向こうのスキル。どうやらそれは拮抗したらしく、どちらの武器も壊れることなく軋む音を立てて止まっていた。

 

 いや、マジで強いなお前。俺今の本気だったぞ。

 

「な、に……!? 貴公、何らかのギフト持ちだな……!?」

 

 モーニングスターの柄は虫系魔物の脚を使った強靭なものらしい。普通の木材であればへし折ってやれていたが、面倒だな。

 

「ピエトロ! なにを手間取っているのです!?」

「こやつは、危険だ! 押し込まれかねん……!」

「なんと……!?」

「手出しはするなッ! お前では一瞬で殺される……!」

 

 さあ。向こうの鉄壁(フォートレス)が切れたらこの拮抗も終わりだ。

 そのまま武器ごとお前を斬り伏せてやろう。

 安心しろ。死ぬまでの間に手を握りながら聖句を唱えてやる。上手いもんだぞ。結構好評なんだ。

 

「ミシェル、退却……退却だっ! これはいかん!」

「! ええ、わかりました! 任務は遂行させました! 問題ありません!」

「俺が逃すとでも思っているのか。お前達の死体を埋めて轍を直すんだぞ。勝手に行くんじゃねえよ」

 

 さあそろそろ鉄壁(フォートレス)が解けるぞ。走っても逃がさん。さあ神に祈れ。

 

「おおおッ! “蝋翼(イカロス)”ッ!」

「うぉ!?」

 

 もうすぐ終わり、と思った一瞬、ピエトロの背中から巨大な白い翼が出現した。

 艶のある白色の翼。まるで蝋作りのようなそれが滑らかに羽ばたき……風が、俺の身体を後ろへ吹き飛ばして見せた。

 

「くっ」

 

 確かに俺は力はあるが、こういう身体を浮かせる技には弱い。

 しまった、距離を取られた……。

 

「我がギフト“蝋翼(イカロス)”は陽の方向へしか羽ばたくことができんが……今はまさに、退却の好機」

「故郷に輝く朝の日差しに向け、撤退です! ピエトロ!」

 

 いつの間にかピエトロは宙に浮かび、その手でシスターミシェルを抱き上げている。

 やべえ、このままだと飛んで逃げられる……! 

 

「さらば!」

「またいつか!」

「おい待て! もうちょい俺と遊んでいけよ!」

 

 崩れた轍から煉瓦を掴み取り、空に向かって放り投げる。

 

「“濁流(テルスクオート)”!」

「うおっ!?」

 

 が、魔法で迎撃された。

 空から生み出された巨大な水が煉瓦を受け止め、こちらに降り注いでくる。

 

 俺はどうにか水を避け、……そうしているうちに二人は林の上に移動し、どんどん離れてゆく。

 これは……ギフトを使えば仕留め切れるだろうが、今のまま頑張っても無理なやつだな。それに、もうじき別の馬車もやってくる。ギフトの発動を見られたくはないし……水浸しにされた轍も修復しなくちゃならん。

 

 逃げられたか。

 ……まぁ、向こうも消耗はしただろうし、破壊工作を別の場所でやるとも思えない。言葉通り退却すると見ていいだろう。だったらまぁ、見逃してやるか。躍起になって仕留める理由もないしな。

 ただし顔と名前は覚えておくぜ。ミシェルとピエトロだな。良い感じの似顔絵を描いてお前らの存在を周知しといてやるよ。ギフトもモロバレにしてやるからな。二度とハルペリアの土地を散歩できなくしてやる。

 

「おーい、どうしたー!?」

 

 林の向こう側から登る太陽を眺めていると、新たな馬車と兵站部隊がやってきた。

 

 ……さて、事情説明と修復作業しなくちゃだな。面倒だが仕方ない。

 

 いや、むしろ連中が会敵したのが俺で良かったと思うべきだろう。

 普通のブロンズだらけのパーティーが襲われてたら相当悲惨だったに違いない。

 そう考えれば少しは、気も紛れるというもんだ。

 

 ……でもやっぱあれだな、飛び道具はもっとちゃんと携帯しておくべきだな。そこはしっかり反省しておくわ。

 

 




当作品の評価者数が2800人を越えました。

「バスタード・ソードマン」を応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

(((ノ*・∀・)ノ フニッフニッ


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帰陣と報告

 

「我が名は慈雨の聖女ミシェル!」

「我が名は蝋翼の審問官ピエトロ!」

「「二人合わせてサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」

 

 二人の男女がポーズを決める。

 彼らの前には一人の年老いた男が木箱に座っている。彼はビシッと決まった二人のポーズを見て拍手を送った。

 

「うむ! やはりこれを見なければ一日にハリが出んなぁ! ミシェル、そしてピエトロよ、無事の帰還ご苦労であった!」

「「任務は無事に成功致しました!」」

「おお! よくやったぞ! ……本当にぃ?」

「「……一部のみですが」」

「コラーッ!」

「「ひぃいいっ!」」

 

 老人が木箱の上に仁王立ちし、胸を張る。

 

「具体的に聞こうじゃないか! どのように任務が成功し、どのように失敗したのかね!?」

「は、はいっ! イシドロ神殿長の御命令通り、ハルペリア軍の領域に潜入、砦の補給線を狙い、水魔法による轍の破壊を行いました……ミシェルの魔法により、一つの轍を破壊することには成功しましたが……思わぬ邪魔が入り、成果はそれだけです……」

「ひとつ!? たったのひとつだとぉ!? ピエトロくぅん……それはいけないねぇ! そんなのは兵站の破壊とは言えないねぇ!」

「ひぃ! ま、まさにその通りです! 申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 老人が木箱の上に座り、腕を組む。

 気難しそうな皺が刻まれた顔の中で、彼の目だけが爛々と、少年の瞳のように青く輝いている。

 

「ふーむ、トラブルとは!?」

「……お聞きください神殿長! 我々が轍の破壊工作を行おうという時、向こうにはとてつもなく強い剣士がいたのです!」

「ええ、 その通りです! 自然に壊れた轍を二人ほどのハルペリア人が補修していました……たった二人であれば我々で容易く排除できるものと思っていたのですが、そのうちの一人、黒白髪の混じり者の男が、ピエトロでも手に負えないほどの剣士でして……!」

「ふむ……! “蝋翼”を持つピエトロ以上とな!? その時の光景……興味があるな! ちょっと再現してみてくれんかね!? ピエトロはピエトロ自身の役を、ミシェルは敵の剣士の役でな。はい、始めッ!」

 

 老人が手を叩くと、ミシェルとピエトロは真剣な表情で向き合った。

 

 互いにモーニングスターとメイスを構え、殺気を放っている。

 

「我が名はピエトロ! サングレール聖王国の聖堂騎士団が一人である! お主を叩き潰す前にその名を聞いておこう!」

「なんと、貴様がサングレールの誉高き聖堂騎士団のピエトロであったか! お会いできて光栄だ! 我が名はモングレル! ハルペリア最強の剣士である!」

「故郷の誇りをかけていざ尋常に!」

「勝負ッ!」

 

 そうして二人は互いの鈍器をぶつけ合い、華麗な打ち合い稽古のような光景が始まった。

 老人はその戦いを眺めながら、膝の上で頬杖をついて考え込む。

 

「ふぅむ……前線も思うようにいってない上、こちらの侵攻は事前に読まれていた……トゥバリス卿は深手を負ったと聞くし、聖騎士モルセヌスも討死にした……その上、一か八かの補給路の破壊任務でも強敵が待ち構えていたとなると……」

「せいやァッ!」

 

 ピエトロのモーニングスターがミシェルのメイスを天高く弾き飛ばした。

 

「見たかハルペリアの剣士よ! これが聖堂騎士団の力である!」

「おお、なんという力……このモングレル、ピエトロ様の絶技に感服致しました……! どうかこの混じり者の私めに改宗の機会を与えていただけませぬでしょうか……!?」

「コラッ! ピエトロ勝ってるじゃないか! 話が全然違うぞ! 逃げ帰ってきたんでしょうがお前たちっ!」

「「ハッ!?」」

「全くもう! お前たちは強いくせによくわからん事でミスをするからな! どうせ今回の撤退も戦況を見誤ったのだろう!」

「いえ、それは……」

「奴は本当に……」

「ともかく! 兵站破壊が失敗に終わったのであればこれ以上の布陣は無意味だ!」

 

 木箱から立ち上がり、イシドロ神殿長が服を整える。

 

「我々ヘリオポーズ教区軍は撤兵する!」

「なっ、なんとっ!?」

「何故ですか神殿長!? まだ開戦して間もないですよ!?」

「馬鹿だねお前たちは! サングレールは初動から最悪続きだよ! 負けだよ負け! これじゃ我々サングレールの兵が徒に死ぬだけだ! 昔のシュトルーベを思い出す泥沼だよ全く!」

 

 ヘリオポーズ教区の神殿長イシドロ。

 彼はサングレール軍の一団を任される人物であったが、もともと今回の開戦についてはあまり乗り気ではなかった。

 侵攻の準備がハルペリアに筒抜けであったという情報は彼の耳に届いていたし、向こうの兵糧は豊作続きで十二分に溜め込まれているという話も聞く。上手くいってブラッドリー領を切り取れたとしても、その後の長期戦が続かないだろうことは明白だ。補給線を運良く完膚なきまでに破壊できていれば話は変わっていたかもしれないが、それも失敗に終わったのであればもうお手上げだ。

 略奪だけを目的としては割に合わない。使えない連中を口減らしする程度がせいぜいだろう。その口減らしも、既にある程度達成できた。

 

「私以外にも乗り気でない神殿長は多いのでな、すぐに話は纏まるだろう! 故郷に帰るぞ、ミシェル! ピエトロ!」

「「ははっ!」」

 

 サングレール聖王国も一枚岩ではない。

 苛烈に侵攻を目論む者もいれば、自国内の問題に集中したい者もいる。

 イシドロ神殿長はどちらかといえば、自国内の政務に励みたいタイプの人物であった。

 

「しかし腹が減ったな! ミシェル! ピエトロ! お前たちもせっかく帰ってきたのだ! 今日は気前良く二日分の兵糧を食っていいぞ! どうせ長期戦にもならんしな!」

「本当ですか!?」

「やったー!」

 

 

 

 

 サングレールの二人組、ミシェル&ピエトロを退けた俺は、それから後続の馬車と一緒に壊れた轍を修繕し、たっぷり時間をかけてから先行させていた馬車に追いついた。いや、追いついたと言っても砦に到着してたんだけどな。

 

「モングレルさん生きてたぁ! 良かったー!」

「いや俺は死なんて」

「だってなんか滅茶苦茶死にそうな別れ方だったんだもぉおん」

 

 どうやら俺は身を挺してみんなを逃した扱いになっていたらしい。確かに体は張ったかもしれんけど、見ての通り無傷だったしな。

 けどそうやって心配されるのは悪い気分じゃない。なんだかんだ言って、こいつらに心配されるくらいの関係は築けたんだな。

 

 もちろん心配されるだけではなく、何があったのかの状況説明もするハメになった。

 砦にいる部隊長さんと向き合い、色々と話を聞かれた。

 俺がサングレールのハーフということも有って変な疑われ方をするとも思ったが、俺が魔法を使えない剣士であることを証言してくれる人は何人か居たし、同じように遭遇したリスドの証言と照らし合わせれば怪しい点も無い。

 特に嫌な雰囲気もなく、淡々と説明をするばかりだった。

 

「それで、ミシェル&ピエトロという兵士と遭遇した、と……」

「軽く投げナイフで牽制はしましたけどね。向こうがそれにビビったのか知りませんけど、轍に水を注いだらわりとすぐに撤退していきましたよ」

「ふむ……」

「正直俺じゃ勝てそうになかったんで、撤退してくれて助かりましたよ」

 

 道端に落ちていたひしゃげた投げナイフを手に取り、部隊長さんが唸る。

 俺の剣には刃こぼれもないから、戦闘の形跡が分かりやすく残っているのはこれくらいなんだよな。

 

「太陽の方角に飛翔するギフト……戦闘向きとは言えんが、あらかじめ作戦を定めた上で撤退に用いるのであれば使いやすそうだな。夕暮れには攻めにも使える、と……うむ。モングレルといったか、ご苦労だった。既に上が把握している奴かどうかはわからんが、とにかく敵のギフト持ちの情報を持ち帰っただけでも良い成果だろう。結果として補給が寸断されることもなかったしな」

「ははは、ありがとうございます。……その報酬と言ってはなんですが、しばらく休ませて貰えると……俺たちのチームも今回ので随分憔悴しちゃったみたいなんで」

「うむ、よかろう。ここの砦でしばらく休息しているといい。後続の補給部隊に話は通しておくからな」

 

 よし。これで少しは休めるな。

 俺はともかく他のルーキー達がしんどそうだから、ここらで大きな休みを挟まないとキツそうだったんだ。

 

 これから戦争が長引くかどうかはわからないが、休める時に休んだほうが良いのは確かだろう。

 

 



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終戦と大勢の帰郷

 

 モングレルと愉快な仲間たちチームは砦で休息しつつ、体力に余裕がある奴は砦の整備作業に加わって数日を過ごした。

 砦の中に消耗品を積み入れするのだって立派な補給だし、砦付近の土塁や馬防柵を整備することだってある。

 俺なんかは特に体力が有り余ってるし、何より砦の連中に顔を売って媚びなきゃいざという時に大変になるから、そこそこ必死だった。

 

 いつもより親切に、いつもより働いて。

 正直面倒くさい。だがやらなきゃ味方に守ってもらえないかもしれないと思えばやるしかない。本当に戦争はクソだ。

 

 まだまだこんな労働が続くんだろうなと、俺は思っていたんだが。

 

 

 

「は? 撤退?」

「和睦ってことになったらしいぞ。俺も詳しくは知らないんだが」

 

 思っていたよりもかなり早く、戦争の終わりはやってきた。

 俺みたいな末端からすれば交渉のテーブルなんて何も見えないので、唐突にやってきた和平だった。

 教えてくれたのは騎馬部隊の従士で、少なくとも俺よりは顔が広い。多分確かな情報なんだと思う。

 

 ……サングレールはそれほど追い詰められていたのか? 

 でも七年だぞ? 七年も溜め込めばそれなりの準備になったんじゃないか? こんなに早く止めるもんなのか? 

 それとも、事前に侵攻の情報が漏れていたことを重く見たのか……。

 

「終戦かぁ」

「良かった……帰れるんだな」

「勝ったのか? 負けたのか? どっち?」

 

 とにかく戦いは終わりらしい。まだ情報がはっきりしないから、本当にそうかもわからないが……。

 

 それでも和睦するという話が流れたおかげで、砦の雰囲気は一気に弛緩した。

 男達は故郷に帰れるとあって気を緩め、ピリピリし続けた空気も和らいでいった。

 

 それが、束の間の平和であることも知らずに……。

 

 

 

 なんてこともなく、翌日はマジで終戦が伝えられた。

 

 ヌルっと始まった戦争がヌルっと終わった感じだ。

 マジで下っ端からだと戦争の始まりも終わりもわからんな。ゴングとか銅鑼とか鳴ってくれたらわかりやすいんだが。

 まぁ、もう二度とそんなもの鳴らなくて良いんだけどな。ずっと平和な世界でいてくれよ。俺の生きてる間だけでも構わないから。

 

「ハルペリアは敵から財宝をぶん取って手打ちにしてやったみたいだぜ?」

「向こうの偉い奴を処刑して剣を納めたって聞いたよ」

「ざまあねぇぜ、サングレールの連中め」

「帰ったら畑の世話しなきゃな。早く終わって良かったぜ」

「親父に聞いた話じゃもっと大変だったそうだ。今回のは早いし、前のとは全然違うんだろうなぁ」

 

 多分、ハルペリアとサングレールは何かしらの……休戦の条件を決めたのだろう。だがその条件が何かまでは、俺たちには降りてこない。

 噂じゃ相当ハルペリア有利の条件って聞くが、そこらへんの耳に優しい話はきっとサングレールの方でも出回っているのだろう。

 兵士たちの溜飲を下げるための方便も多分にあるのだと思う。

 それにしても、ここまで早く決着したってことはハルペリア有利で終わったのだとは思うが……。

 

「ちくしょー、戦争が終わったのに俺らの仕事は終わらねーんだなぁ」

「兵站なんて大嫌いだ。俺もさっさとシルバーに上がってやる……!」

 

 まぁ戦争が終わっても俺たちの仕事は残っているんだけどな。

 故郷に帰るまでが戦争です。

 

「よーしどんどん積み込んでいくぞお前らー! たっぷり休んだんだからしっかり働いていけー!」

「ぐぇー」

「結局俺たちは最後まで疲れるんだなぁ……」

「戦争つれぇよぉー」

 

 そうなんです戦争は辛いんです。

 まぁ、だからといって攻められる側はそうも言っちゃいられねーんだけどもな。やられたらやり返さなきゃどうにもならん。

 

 ……全く。

 今回の平和はどのくらい続くかな。

 

 

 

「モングレル先輩!」

 

 ライナは生きてた。てかライナ含めアルテミスのメンバーは全員無傷だった。

 

「モングレル先輩も無事だったんスね!?」

「そりゃそうだよ。胸のポケットに銅貨入れてたからな。ほれ」

「いらないっス!」

「本当に自分で入れてたんだー……」

 

 レゴールに帰還するにあたり、中継する町では知り合いと顔を合わせる機会も増える。

 戦争が終わったこともあって、みんな祭のように上機嫌だ。俺も嬉しい。

 

「ライナはどうだ、俺のやった牙の笛は使ったか?」

「いやー全く使う機会無かったっスね。うちらは砦の上で悠々と過ごしてたんで」

「なんだよ、ピンチにならなきゃ俺が格好良く助けてやれねーじゃんか」

「モングレル先輩、吹いて聞こえる範囲とかに居たんスか?」

「居ない」

「駄目じゃないスか!」

「まぁアルテミスの皆がいれば大丈夫だろお前の場合。むしろ俺の方が大変だったんだぜ? 積み込み作業はしんどいし、ルーキーの面倒も見なきゃいけねーし、出張面白劇団の二人組に絡まれたりで疲れちまったよ」

「なにそれー」

「兵站部隊は大変ってことだよ。まだこの町でも仕事が残ってるしな」

 

 この話も終わったらまた積荷の作業がある。やれやれ。レゴールに帰り着くのはいつになるのやら。

 

「モングレル先輩、レゴールに帰ったらまた“森の恵み亭”で飲みたいっスね」

「だなぁ」

 

 こういうセリフもようやくフラグ無しで普通に受け止められるようになった。

 徴兵された分の給金もあるし……帰ったらそこそこ楽しく遊べそうだな。色々と買い物が捗りそうだぜ。

 

 

 

「おーい、最後の積み込み作業だぞー。これをベイスンまで輸送すれば俺たちの仕事も終わりだー」

「ようやく最後かぁ」

「ベイスン……俺たちのベイスンに帰れるんだ……」

「いいなぁ。俺はモングレルさんとレゴールだからなぁ。まだまだ旅が終わらねーや」

 

 夕暮れ近くなり、残った作業もあと僅か。俺たちは最後の馬車で作業をしている。

 

「ん? なぁモングレルさん、これ……何を運んでるんだ? 袋?」

「なんだよわからないのか? ああ、初めて見るのか、こういうのは」

「なんか袋が認識票で結んであって……」

「おい、これって……」

 

 これから馬車に積み込むのは軽く抱え込むほどの袋。中身は大きな固形物から砂っぽいものまで色々だ。

 皮袋はしっかりと閉じられ、認識票と一緒に括られている。

 

「ギルドマンの戦死者だ。俺たちハルペリアから徴兵された、シルバー以上の連中……国を守るために死んでいった、勇者たちだよ」

 

 軽々しく運ぼうとしていたルーキー達の動きが止まる。

 彼らの前には、三十ほどの袋が固まって置かれていた。

 この世界じゃ死んだ人間がアンデッドとして動き出すことも多い。だから原則的に遺体は速やかに火葬される。そうして残された骨と遺品だけが、故郷へと帰るのだ。

 

 今回は確かに楽な戦だったと思う。

 けど殺し合いをしているのだから当然、誰かは死ぬんだ。

 この馬車にはそんな戦死者達の遺骨と遺品が載せられている。

 

「シルバーの札を盗もうとするな。もちろん、袋も開けるなよ。溢さないよう丁重に扱って、積み込んでやれ。わかったな?」

「……ああ」

「わかってるよ」

「……マジかよ、こんなに死んでるなんて……」

「あ、ああ……ジェイコブさん……マジかよ、ジェイコブさん死んだのか……?」

「嘘だろ、死なねえよあの人は、サングレール人なんかに……」

 

 荷物を抱え、奥の方へ。できる限り変わらないように静かに運ぶ。

 

「さあ、働けみんな。ダラダラやってたら、死んだ先輩達がゴーストになって怒鳴ってくるぜ」

「……へへ、確かに。怒鳴ってきそうだ」

「怒ると怖いからな……あの人……」

 

 それから俺たちは口数少なく黙々と、時折積み込む認識票の名前を確認しながら作業を行った。

 

 ハルペリアでは葬儀も比較的シンプルに行われるらしい。死んだ後の儀式もあまり、金かけて厳粛には行われない。この馬車に詰め込まれるギルドマンたちもその殆どが集団墓地に行くのだろう。まとめて穴の中に注がれ、一つにされるのだ。

 だからまぁ、雑と言えば雑だよな。土地が大量に余ってて、広い墓場を作れる国にしてみたらよ。この国では人の死ってのは、結構そんくらいの扱いをされてしまうわけだ。

 

「……あ、モングレルさん。これ……見てくれよ」

「ん? どうしたウォーレン」

「この認識票……ランディさんのだよ……」

 

 ……ああ、ランディか。

 大地の盾の……真面目で、世話焼きな男だったな。けど酒を飲むと面倒臭くなって、騎馬戦術の話ばかりし始めて、フォークを振り回して知ったふうな口で講釈を始める厄介な奴だ。

 

 ランディ、死んじまったのか。

 

「マジかよぉ……ランディさん……」

「馬車に乗せてやれ、ウォーレン。俺たちと一緒に、レゴールまで送ってってやろう」

「……ああ、そうだな。わかった。わかったよ……」

 

 ウォーレンは泣かなかった。俺も泣かなかった。

 知り合いではある。結構関係もあったし、話すこともあった相手だ。ショックは受けるが、それでも涙を流すまでにはならない相手ってのも、いる。そういうものだ。

 

 けど、もう二度とあいつとは会えないし、口も聞けない。

 馬車の横について歩いているとそんなことを考えてしまい、どうにも気分は重くなるのだった。

 

 つまり、戦争はクソだ。

 

 



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人と魔物と男と女

 

 俺たちがようやっとレゴールに到着した頃には、街からは帰還者を暖かく出迎えてくれる歓迎ムードみたいなやつ? そういうのはすっかり薄れていた。

 多分、真っ先に戻ってきた軍人さん達なんかは「お勤めご苦労様です! ハルペリア万歳!」みたいな声援が道の左右から聞こえてきたんだろうな。

 でも今じゃ「お、帰ったんだ。おかえり」みたいな、なんかそんな雰囲気を感じる。端的に言ってすげー切ないぜ。

 だけどそれだけ、早くもこの街が平和を取り戻したって事でもあるからな。

 俺たちとしては喜んでも良いのかも知れない。

 

 

 

「……ランディ。すっかり小さくなっちまったな」

 

 遺骨袋は各々の引き取り先へと送られた。

 普通は遺族の元へ直接送られるが、遺書や遺言が残されている場合にはそれに従う。ギルドは所属する人間の遺言を預かるサービスもやっているので、場合によっては遺族ではなくギルドの仲間に遺産が分配されることもある。

 ギルドマンなんて訳あり連中の集まりみたいなところがあるからな。血の繋がった家族よりもギルドの仲間を優先する奴も珍しくはない。

 

「悪いな、モングレル。運んできてもらって」

「仕事だから気にすんな。……“大地の盾”からは、三人か」

「ああ。負傷者は9人いて、そのうち2人が引退だ。現役が5人も出て行くことになる。……無理攻めしたわけではなかったんだがな。敵に強いのがいた。後退指示も遅くはなかったが、犠牲を出した」

 

 “大地の盾”は今回、多くのギルドマンが前線に出て戦った。

 正規兵とほぼ同じ戦術を使い、軍としても運用しやすいパーティーだったので重用されたのだろう。

 

 ここで勘違いしちゃいけないのは、所属する本人達もサングレールとの戦いは望むところだったということだ。俺みたいに前線に出たくない奴なんてほぼおらず、皆が皆誇りを持って戦場に出たのだ。

 彼らは決して体のいい駒として使い潰されたというわけではない。

 自らの意思で、国を守るために戦場を駆け、そして死んでいった。

 

「モングレルさん。ああ、遺骨を……わざわざすみません」

「よう、アレックス。人が減って、これから“大地の盾”は忙しくなるな」

「ええ……遺族へのお金は国から出るので良いですが、クランハウスの遺品整理に時間がかかりそうです。それに、新規のメンバー募集も……」

「加入希望は多いだろ。今回、“大地の盾”は結構な戦果を挙げたらしいからな。憧れるやつも大勢出てくるだろうよ」

 

 被害も大きかったが、“大地の盾”は成果も出した。

 ハルペリア軍の剣術を駆使するだけあり、その練度は凄まじい。今回の戦争では敵の星球部隊と真正面からかち合い、敵を半壊させる場面もあったそうだ。つよい。

 

「そうですねぇ……去っていった方々の穴埋めではないですが、“大地の盾”の厚みは減らないようで安心してますよ。その分、入団試験や育成で忙しくはなりそうですが……」

「なあ、モングレルよ。こっちのことは良いが、他のパーティーの様子はどうだった?」

「“収穫の剣”も似たような損害らしい。特に怪我人が多いな。あいつらは対人戦には不向きだからどうしても押されるのは仕方ない。まぁ自覚ある分、後退も早かったらしいけどよ」

「そうですか……どこも大変そうですね」

「弱小パーティーは特に酷いよ。あちこちでメンバーが欠けてるせいで、バディや仲間を探してるのが多い。まだ葬儀待ちも多いけど、拾ってやるなら早めに動いてやってくれ。この時期にソロで働くのは酷だ」

「……うむ。わかった。そういう奴らは仮にでもうちで働かせてみよう。まぁ、俺たちのパーティーの気風はお世辞にも柔らかくはないからな。合わないやつも出てくるだろうが……」

 

 ちなみに“アルテミス”や“若木の杖”は無傷で帰還している。

 後方の弓使いと魔法使いだからな。特に防衛戦では積極的に前に出ることもないから、損耗率は当然低い。

 

 かといって、後衛が活躍しなかったかというと全くそんなことはないそうだ。

 特にアルテミスのシーナはなんかすげー数の敵兵を撃ち殺したらしく、かなり武勇が広まっている。聞いた話ではその功績を鑑みて昇級するんじゃないかって噂だ。

 あとは若木の杖のサリーも、光魔法による撹乱が気持ち良いくらい決まって活躍したらしい。まあ、敵兵が前進してる時に視界を真っ白に染めて何も見えなくするだけでも効果はデカいだろうな。それだけでドミノ倒しのように崩れ、相討ちするようなことになってもおかしくない。殺傷力のない光とはいえ、対人戦では紛れもなく強い魔法だ。

 

 後衛じゃないけど他の近接ゴールドクラスの働きもよく耳にする。

 ディックバルトは仲間が押され気味の中で奮戦し、無双ゲームばりに敵兵を薙ぎ倒したって話だ。酒場で喋ってるとただのスケベ伝道師予備軍な人だが、戦いになれば滅法強い。

 それと副団長のアレクトラも派手に暴れてたって聞くな。ディックバルトとアレクトラ、二人が揃っていたからこそ“収穫の剣”は被害少なめに撤退できたんだと思う。

 

「じゃ、落ち着いたらまた酒場でな。……アレックスも、あまり気を落とすなよ」

「ええ、また酒場で」

 

 同じパーティーの仲間が死ぬってのは、最悪な気分なんだろう。

 それこそいくら戦果を挙げたところで、仲間の死の悲しみには釣り合わない……と、俺は考えている。

 

 けど、どうなんだろうな。この世界じゃ仲間の死の悲しみよりも、勝利の名誉や喜びの方が優先されるのかね。

 ……まぁ、わざわざ聞いて訊ねることではないけどさ。

 

 

 

 仕事が片付いて、俺は酒場へ向かった。

 野営や炊き出しの飯も良いが、やっぱ俺は酒場の飯が一番好きだ。金出してサッと出てくるこれに勝るものはない。

 

「うえ、やっぱ混んでるな」

 

 しかし今はどこもギルドマンやら兵士やらが戦勝会をやってるせいで、なかなか店に入れない。

 ギルドの酒場も森の恵み亭も満員御礼だ。

 

「おうモングレルか! お前もこっちで飲むか!?」

「お前どこにいたんだよ!」

「いやお前らこれ、座るとこねぇじゃんか」

「立って飲め!」

「ガハハハハ」

「馬鹿野郎俺さっきまでずっと仕事してたんだぞ? さすがに立ってらんねぇよ。また今度だな」

「なんだよつまんねぇなー」

「店が空いてたら明日だな、明日」

 

 こういう場に溶け込んで盛り上がるのも良いんだが、なんだろうな。

 俺はあまり、戦いに勝って盛り上がるようなタイプじゃない。

 もっとこうしんみりと、故人を偲ぶくらいでも良いんだけどな。なんていうか、「勝ったな! ガハハ」みたいな盛り上がり方をしてるような場所にはあまり居たくはなかった。

 

「……ここは空いてるな」

 

 色々と店を回って、最後に行き着いたのは狩人酒場だった。

 馬鹿騒ぎするには店主がちょっとうるさいのと、値段がややお高めなせいもあるんだろう。店内は満員というほどではなく、空席もいくつか残っていた。

 うん、そうだな。俺はこういう店を探していた。ここにしよう。

 

「……あ、モングレル先輩」

「え? あー本当だ。モングレルさん、こっちこっち」

「おう、三人いたのか。良いのか? 相席しても」

「はい……どうぞ、お座りください」

「あ、どうも」

 

 店内にはライナとウルリカ、そしてゴリリアーナさんがテーブルについていた。ちょうどゴリリアーナさんの隣が空いていた形だ。なるほど、彼女がいれば下手な男はナンパしてこないだろう。

 

「戦争が終わって、アルテミスの祝勝会でもやってたか?」

「あーまぁはい、そっスね。貴族街の方のお店でやったっス……今日はなんていうか、若いメンバーだけでやってるんス」

「シーナとかナスターシャも若いだろ。24だっけ」

「もうお二人とも25っスよ」

「若いな。まぁそうか、お前ら三人ともアルテミスでは若手なのか」

 

 今アルテミスで活動しているのはほとんど若手ばかりで、歳いってる人らは家庭持ちだ。

 こいつらはその中でも一番若い三人組ってことになる。

 

「……ねえねえモングレルさん、ライナから聞いた? 今回の戦果」

「あーいや、聞いてないな。ゴリリアーナさんは出番はなかっただろうけど、二人は弓だからあるんだろ? どうだったよ」

 

 ライナもウルリカも自慢するような顔ではない。

 

「私は、仕留めたって確実にわかるのは五人っス」

「ライナは凄いよねー。私は二人だけ。もう中途半端に遠くて、私のスキルじゃ全然当たらないの」

「……まぁ二人とも初陣でよく働いたなとは思うんだが、二人の様子だとあまり褒めて貰いたいって感じでもないのか?」

「あー……モングレル先輩にはわかるんスか」

「……私はなんとなーく踏ん切りついたけどねぇ。ライナの方はどうも思うところあるみたいでさ」

「思うところって?」

 

 ライナが答えをどう言葉にしようか悩んでいる間に、エールを注文する。

 ……うん、この店はまぁまぁ濃い。悪くない。

 

「あの……砦とかだと兵士さんとかいるし、こういうこと絶対に言えないんスけど。確かに私はサングレール軍の兵士を撃って、仕留めたりもしたんスけど……人を撃つのって、無駄だなぁって」

「無駄、ねぇ」

「だってほら、獣や魔物なんかは大体食べられるじゃないスか。でも人は違うんスよ……仕留めても食べられるわけじゃないし、なんか……撃ってて虚しいなって、思ったんスよ。はい……」

 

 自分の出した答えに自信がないのか、ライナは膝に手を置いて俯いていた。

 

 そうか、人を撃つと虚しいか……。

 猟師として弓を使ってるライナらしい考え方じゃないか。

 

 確かにこういうのは、砦の中じゃ言えなかっただろう。士気を下げるような物言いに結構厳しいところがあるからな。

 だけどもう、戦争は終わった。好きに文句言って良いんだぜ。

 

「良いんだよ。ライナが戦争をクソだって思う気持ちは間違ってない。俺はライナの考え方は正しいと思ってるぜ」

「クソって……汚いスけど」

「戦争に駆り出されてる連中は誰も畑仕事ができない。狩りも、工作も、全ての労力を戦いのために注ぎ込んでるからな。金も食料も湯水のように消えていく。この1ヶ月で浪費した資源、時間、なにより命……もしそれを金貨に換算できたら、きっと誰もが青褪めるだろうぜ」

 

 実際、軍費を計上した偉い人は顔を青くしていることだろう。

 戦争はあらゆる面で史上最強の無駄遣いだ。サングレールから一方的に攻められてなきゃ誰もやりたくなんてなかっただろうさ。

 

「けどな。兵士は国を守るために戦ってる。必死で戦って守らないと国を守れないからな。……だから、敵兵を殺すことは名誉なことだ。ライナ、確かに戦争はクソだが、勘違いしたらダメだぞ。人を殺すのは虚しいことかもしれないけどな。国を守るために敵を殺した名誉を軽んじたらいけないぜ。それさえ奪っちまったら……自分の命をかけて戦った兵士に、何も残らなくなっちまうからさ」

「……名誉」

「戦争は虚しいし、クソだ。まさにその通りだ。でも始まったものは仕方ないし……そこで頑張った連中には、敬意を払ってやってくれ。もちろん、ライナ自身にもな。……お前は頑張って働いたんだから、もっと自分を誇っても良いんだぞ。少なくとも他の奴らにとっては、紛れもない名誉なんだから」

「……っス」

 

 人を殺した後味は悪い。たとえ極悪人だと教え込まれているような敵国の人間相手でも、それはどうしようもない。まともな奴にはまともな良心が備わっている。

 けどだからこそ、この戦争が終わった後には、そんな後味の悪さをさっぱり拭い去った方が良いんだ。

 せっかく親しい仲間も失わず、無傷で戦果を上げて帰ってきたんだ。

 そこまでやったのなら、せめて良い気分でなくちゃ報われんだろ。

 

「……なんかモングレルさん、良いこと言うなぁー」

「ま、戦争そのものはクソなんだけどな。ははは、すいませーんエールおかわりー」

「あーほらそういうクソって言うの下品だよー! なんか良い話だったのにさぁ!」

「いやいやクソなもんはクソなんだよ。それはそれよ。そういう意味じゃライナの言い分は全面的に正しいぜ。どうせサングレールもまたいつか攻めて来るんだろうしな」

「え、ま、また来るんですか……」

「絶対に来るさ。連中が再び準備を整えたら、すぐにでもな」

「また戦争……あいつらクソっスね」

「もー! ライナに汚い言葉覚えさせないでよぉ! ライナは良い子なんだからさぁ!」

「クソっス! 私もエールおかわり!」

「また言った!」

「よーし飲め飲め! 今日は三人におごってやるからな! 終戦祝いだ!」

 

 俺たちハルペリアは多分、戦争にうまい具合に勝って、ここに帰ってきた。

 中にはその勝利を祝う人もいる。殺した敵兵の数を胸張って誇る奴もいる。それは正しい。

 

 けどそれはそれとして、戦争の終わりそのものを祝っても俺は良いと思うんだよな。

 色々……個人によって思うところは違うんだろうけどさ。

 少なくとも俺は……ライナ達には人じゃなく、獣や魔物みたいな、獲って食えるような奴を仕留めて欲しいと思ってるよ。いつまでもな。

 

 



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性癖の開示

 

 戦争は金食い虫だ、という話はした。

 が、その支出のほとんどは国が請け負うので、国民一人一人がどうかっていうとそれはまた違ってくる。

 今回の侵攻では致命的な領土侵犯もされていないし、敵の略奪も受けなかった。ドサクサに紛れて悪人が盗みを働いたりとかは多かっただろうが、まあその程度だ。

 

 むしろ出兵した連中には国から金が与えられる。わりと良い金だ。

 まぁ命を賭けて戦場でドンパチしに行くわけだから貰うもん貰わないとやってられん。タダ働きの徴兵なんかされた日にはみんな普通に暴動起こすぞ。ハルペリア人は別に従順ってわけじゃない。やる時は普通にやる。

 

 幸い、今回は徴兵された連中全員にまとまった金が与えられる。

 当然、ギルドマンの多くにも。するとどうなるかっていうとだ。

 

「娼館に……――行くぞォオオオオッ!」

「イヤッホォオオオオオ!」

「抱くぞ抱くぞ抱くぞ抱くぞぉおお!」

「いつもより2ランク上の高級店に行っちゃうぜェ~!」

「抜こうぜぇええええ!」

「天国イこうぜぇえええ!」

「シコォ!」

 

 はい。まぁこうなりますわ。

 宵越しの銭は持たない独身ギルドマンにそこそこ纏まったあぶく銭を与えるとどうなるかが一目で解るな? パーっと景気よく消費されます、はい。

 レゴールの街で暮らす一般市民が自分らの子供に“将来は絶対にギルドマンにだけはなるんじゃないぞ”と言い聞かせる理由の全てが眼の前の光景に表れてる感じだ。

 ちなみに金はまだ俺たちに支給されてない。されてないけど遠からず支給はされるから先に贅沢しちゃう。それが刹那的なギルドマンってもんだ。

 

 ギルドの酒場に集まった騒がしい男達はいつもの通り中央テーブルに集まっている。

 集団の核は今回の戦争で戦果を挙げたディックバルト。

 まぁ娼館に行くって話が出たらこいつがいるのは間違いない。

 

「だが――娼館に赴く前に、作戦を練らなくてはならぬ。これは戦場でも同じこと――敵を知り、己を知り、嬢を知らねば戦は出来ん」

「ああ、わかってるぜェ……けどよォ、そのためにいるんだろ! ディックバルト団長がよぉ~!」

「教えてくれよディックバルトさん! 俺に最もあった(戦場)を!」

「俺の運命の相手を教えてくれぇ!」

「酒場で露出多めの装備を着た初心者の女の子(アイアン2)と一緒に酒飲んで仲良くなって二階の宿に流れていくタイプの店を教えてくれぇええ!」

 

 そう、あぶく銭を持ったギルドマンの多くは考える……良い店に行きたいと。

 だがレゴールの色街はピンからキリまで様々だ。アタリもあればハズレもある。サキュバスが現れたかと思ったら別の場所では腐った死体とエンカウントすることだって珍しくはない。人知れず悲しいお店に入ってしまった経験のある男も多いだろう……。

 しかしディックバルトがいれば安心だ。彼に聞けば全てを教えてくれる。レゴールの色街の全てを知る男の呼び名は伊達じゃない。実際に全ての女の子を抱いてそうだから困る。

 

「よかろう――であれば、並ぶが良い。この俺が皆の希望に合った店を教えてやろう――とはいえ俺にも金が必要なので、僅かばかりの紹介料は貰っておくがな――」

 

 男たちがディックバルトに列を作り、相談を受けている。相談料は銅貨一枚らしい。もうお前それで仕事できるんじゃねえのって感じだが、ディックバルトからすれば毎日娼館に泊まっているわけで、とてもではないがこの程度の稼ぎではそんな娼館生活を送れないのだろう。だから日々高難度の任務ばかりを請け負っているのだ。マグロみたいな生き方してやがるぜ。

 

「おーいそこで一人で寂しく飲んでるモングレルよ。お前もたまにはどうよ、コレ」

「バルガーお前もか……その手の動きやめろ。俺は別に良いよ」

 

 列にはバルガーも並んでいた。こいつも大概娼館好きだからな……。

 かく言う俺も風呂のある高級なお店はバルガーに教えてもらったクチだ。

 

「相変わらずこういう付き合いは悪いなぁモングレル。別に心に決めた女がいるわけでもないんだろ?」

「俺は美味いメシと格好良い装備品に金を使ってるんでね」

「モングレルの格好良い装備なんて見たことないぜ!」

「ギャハハハ!」

「お、やんのかやんのか? やんやん?」

「ギルド内で揉め事はよしてくださいねー」

 

 実際娼館に使ってる金は勿体ないんだよ。俺の贅沢な衛生観念をキープするコストも地味に高いしな。あとブロンズで受けられる仕事じゃ稼ぎ悪いってのもあるし。

 

「つーかモングレルの女の趣味ってどんなんだよ、俺聞いたことねーぞ」

「俺もだ。一緒に娼館行ったこともねーしな」

「よく一緒に飲んでるし……ライナみたいな子……ではないな、うん」

「こいつら……行列に並んでるせいで俺の近くで俺をネタにして駄弁ってやがる……」

「なぁ教えろよモングレル。お前どんな女が良いんだ?」

「ケツのデカい子か? タッパのデカい子か?」

「つまんねー答えはいらないからな!」

「あー? あー、好みなぁ、そうだなぁ……」

 

 俺はクラゲの酢漬けをポリポリしながら考えた。

 

「まぁ、まずはあれだな。清潔な子だ。身体が汚れてたりするんじゃ論外だね。日頃から綺麗にして、隅々まで磨いてるような子が最低条件だ」

「贅沢だなぁ! 本当に綺麗好きなのなお前」

「なんだよちょっと汚れてて匂いがキツい方が良いだろが!」

「いやお前それはちょっとした議論を呼ぶぞ」

 

 匂いフェチか……否定はしないけどなぁ。この世界の匂いがキツいってマジでキツいやつじゃん。俺にはちょっとレベル高いぜそれは。

 

「なるほどな。だがモングレル……それはあくまで状態ってだけだろ。女の好みとは言えねえだろう」

 

 バルガーはそう言って、真剣な表情を俺に向けている。

 いやその顔今必要か? って思わないでもないが、確かに俺の言ってるのは好みじゃなくて状態か。それもそうだな。

 

「あとは……無駄毛だな。毛が無い方がいい」

「ほう、つるつるが良いと」

「腕とか脚とかな。腋とか股とかも濃いのはちょっと俺の趣味じゃないなぁ」

「なんだよ女はボーボーでワシャワシャしてるのが良いんじゃねえか!」

「それも議論を呼ぶぞ!」

「なんだとぉ!?」

 

 いやまぁこれも好みだもんな。毛が濃いほうが良いって(ヘキ)があるのも知ってはいるし、そういうのも俺は否定しない。

 こういうのはな、趣味だからな。お互い認め合うのが一番なんだ……。

 

 つっても俺はやっぱり毛深いのは嫌だね。うん。

 まぁこの価値観も、前世で頑張って処理してた女の子達の努力の上にあるものだからな……贅沢のうちだろうけどさ。

 

 この世界じゃ毛の処理も面倒くさいだろうなぁ。何かで除毛できる薬品? みたいなのがあるって話は聞いたことあるけど、それも前世みたいに薬局で気軽に買えるほどリーズナブルではないんだろうし。まぁ大変なんだろう多分。

 

「汚れとか毛とか細かいところばっかりだなモングレルは。他は? ていうかもっと見るところあるだろ! 身体の形とかよ!」

「ケツとタッパはどうなんだ!」

「もっと白状しろお前!」

「さっきからなんなんだよお前たちは……身体の形かぁー、うーん……太ってない子が良いなーとは思ってるけど……」

 

 基本的にこの世界の連中って顔もスタイルも良いんだよな。

 ぶくぶくに太るほどバカみたいに飯を食う奴も少ないし。てかそう気軽に太るような生活は送れないし。

 だからまぁ……大体はアリなんじゃねーの? って思っちゃうな。

 

「まぁ他は何だっていいよ。汚れてなくて体毛が薄くて、太りすぎてなければな。それ以外には本当にあまり気にしないわ、俺」

「――その条件で探しているのか? モングレルよ」

「いや俺の好みで勝手に店舗照会するのやめてもらえるかなディックバルト」

「――行かないのか……」

 

 なんでちょっと残念そうな顔するんだよ。行かねーっての。

 

「なんかあんまり面白い話は聞けなかったな」

「モングレルは大体誰でもいけるってだけか。つまんねえ」

「俺は匂いがキツめでボーボーでもいけるぜ!」

「張り合うなお前は。ディックバルトさんに教えてもらってさっさとそういう店に行ってこい」

「もっと拗れた趣味が聞きたかったなぁ俺は」

 

 暇潰しに人の性癖を聞いといて難癖付けるんじゃねえよ……。

 

 ……まぁでも、あれだな。こうやってギルドで馬鹿みたいな話してるのを聞いてると、レゴールにも日常が戻ってきたんだなって感じがするわ。

 日常が戻ってきたついでに……本当にそろそろウイスキーとか出回ってくれねえか? まだ入荷待ち?

 冬にアイスクリーム作ってウイスキーをかけて食う予定を勝手に立ててるから早くそういう嗜好品もなんとかして欲しいもんだぜ……。

 

 

 

「モングレルの女の趣味はつまんねえなぁ、色々知ってるからもっと変態だと思ってたぜ俺は」

「面白くねえからあれだ、俺たちで色々付け足して噂にしてやろうぜ」

「お、良いな!」

「いやぁさすがにやべーだろ、バレたらモングレルにボコボコにされるぞ。あいつ怒ると怖いぞ」

「良いんだよ、軽ーく嘘を混ぜ込むだけだって」

「熟女好きとか?」

「足裏にしか興奮しないとか」

「男でもいけるとかな!」

「アッハッハ! まぁでもそういう店もレゴールにはあるらしいからな!」

「まじかよぉ」

「この前ディックバルトさんが言ってたぜ」

「まじかよぉ……」

 




当作品の評価者数が2900人を超えました。

いつも「バスタード・ソードマン」を応援いただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


( *・∀・)+ ツルン…


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コーン畑は俺が守る

 

 秋本番。今年はコーンも植え付けが盛んだったのか、コーン収穫の護衛依頼とかも多く目につくような気がする。

 この世界のコーンは前世ほどデカくないし種子の数も多くないし、なんならほとんど甘さもない。それでも育てやすい作物として暇つぶしのように植えられているし、コーンパイプの原料にもなる。……とはいえ、やっぱ小麦とか大麦とかの方が割がいい気はするんだが……育てている人は何を思って育てているんだろうな。よくわからん作物だ。

 

 とまぁ、そんな感じで俺はわりと最近までコーンに大して良い印象は抱いていなかった。

 前にポップコーン作ろうとしたけど乾燥コーンの油炒めが出来上がったしな。なんで弾けなかったのか今でもよくわからん。

 コーンは駄目な奴だ。そう思っていたのだが。

 

「コーンウイスキーというお酒らしいわ。原料にコーンを使ってるそうよ。……戦場で知り合った騎馬部隊の人にツテがあったらしくてね。貰ったのよ」

 

 ある日、ギルドでライナ達と一緒にハンデ有りのリバーシで熱いバトルを繰り広げていると、シーナから一本の小さなボトルを差し出された。

 

 明らかに“貴族の品ですよ”と主張するような透明なガラス容器に、極々薄い色の液体。

 容量は300ccほどだろうか。ともあれ。

 

「俺はシーナの靴を舐めれば良いのか?」

「モングレル先輩、プライドが安いっスね」

「靴が汚れるからやめてもらえる?」

 

 俺の舌はブーツの汚れ以下かよ。

 

「そんなことしなくても飲ませてあげるわ。前にライナからウイスキーが好きだって話は聞いてたから。貰ったはいいけれど、私もナスターシャもあまり好んで飲まないしね」

「モングレル先輩に飲ませるよりアルテミス内で消費した方が良いと思うっス」

「こらライナ。独り占めするなって。俺たち友達だろ」

「じゃあこのリバーシに勝った方が飲めるってことにするっス」

「やめろ! 俺が負ける未来しか見えねえ!」

「……まぁ、ライナにあげても良かったんだけどね。あまりこの子に飲ませるのも将来が心配だし……」

「ええーっ!? い、いつも節度を保って飲んでるんスけど……!」

 

 ライナがすげーショック受けてる。お前そんなショック受ける顔しないだろ普段。どんだけ酒好きなんだ。

 こりゃもうアル中ですわ。大人が責任持ってお酒を取り上げてやらないとな……。

 

「もちろんモングレルにだけあげるわけじゃないから。他の人にも飲ませて、味の感想を聞くのが目的よ。向こうの人に頼まれてるから」

「なんだ、試飲みてーなもんか……まぁ新商品ってことなら仕方ない。良いぜ、俺が味を見てやるよ」

「わ、私も試飲するっス!」

「はいはい、少しだけね」

 

 そう言って俺たちの目の前に注がれたウイスキーは、やはり色が薄かった。

 なんだろうなぁ、琥珀色なんてほとんどない、ビールよりも全然薄い……ウォッカに耳かき一杯分のウイスキーを垂らした程度の色って感じだ。

 

「おー、なんかコーンの香ばしい香りっスね」

「確かに……説明されなくてもコーンが入ってるのがわかる香りだな」

 

 しかし色の薄さに反して、香りはとても強い。

 コーン特有の甘いような香りと、僅かに感じるウイスキーっぽさ。なるほど、色は少々物足りないが確かにこれはウイスキーらしい。

 

「普通のウイスキーのように樽に長期間入れない作り方をしてるみたいね。色が薄いのはそのせいかしら」

「いただきまっス! ……んん、強い酒っスね! 最高っス!」

「お前そんな酒は強ければ良いみたいな……うん、強い酒は良いなぁ! 喉が焼けるぜぇ!」

「私と同じ反応じゃないっスか!」

「似たもの同士ね……」

 

 見た目の大人しさと香りの甘さを裏切るように、味は苛烈だ。なんというか、アルコールが直接粘膜にガンと来る感じ。全く上品ではない。荒々しくて、まぁ包み隠さず言えば安っぽい味っていうか。

 しかしこの世界では紛れもなく高級酒の類なのだろう。こんな辛さを出せるのは今のところレゴールくらいだもんな。

 ……ああ、飲んじまった。

 

「他にも感想を聞きたいし、誰かに飲んでもらいたいところだけど……そこらへんのギルドマンの男に飲ませても大した感想は返ってこなさそうなのよね。誰が良いかしら……」

「……先輩先輩モングレル先輩、これはチャンスっスよ」

「おうなんだ、どうしたライナ」

 

 すぐそこにシーナがいるが、俺たち二人はコソコソと作戦会議を始めた。

 

「このコーンウイスキーを、試飲と称してお酒の苦手そうな人に飲ませるんスよ。そうすれば飲み残しを……」

「俺たちがおこぼれに与れるってわけか! おいおい……ライナお前いつからそんなに悪くなっちまったんだよ……よし、酒に弱そうな奴を狙っていくぞ」

「っス!」

「全部聞こえてるんだけど……はぁ」

 

 というわけで、俺たちはギルドの中で酒が苦手そうな奴を狙い撃ちにする事にした。

 何故か俺らがコーンウイスキーを振る舞う相手を決める流れになっているが、シーナは特に止める様子もない。お目溢しありがとう。お前はやっぱり団長の器だよ。

 

「モモちゃんモモちゃん、新開発された美味しいお酒があるんスけどどうっスか。ちょっと試飲してみないっスか」

「ん? ライナですか? それにモングレルも。新開発のお酒ですか?」

 

 まず俺たちが狙ったのはモモだった。

 ギルドの酒場の隅でミセリナとヴァンダールと一緒に革紐で何かアクセサリーのような物を編んでいる最中だったようだ。

 お洒落でいい趣味だとは思うがまぁ今は酒飲もうぜ酒。

 

「飲んでみて不味かったら残して良いんでほら、遠慮なくどうぞっス」

「コーンウイスキーって名前だぞ。まぁモモにはまだ早い酒だろうからあまり無理するなよ」

「む……私はもう16歳なのですけど!? 良いでしょう、新開発と聞いてはもとより試さずにはいられません! 全て飲み干してみせましょう!」

 

 あっやべ、逆にやる気を煽っちまった。

 

「んく、んく……か、かぁーっ! からい! からいですっ!」

「だ、だだ大丈夫ですか!?」

「一気に飲まれたっスね」

「失敗だな……」

「二人ともねえ……普通に飲んでもらえれば私はそれで良いのよ」

「からいぃ……辛さの中にコーンの甘い香りが漂うと思わせて、辛さが全てを裏切って余りある辛さですぅ……!」

「あ、ちゃんと律儀にレビューはするのな」

 

 しかしモモの子供舌には合わなかったようだ。まぁしょーがねぇ。ウイスキーなんて元々そんなもんだ。

 

「そちらの副団長……ええと? 失礼。お名前はなんだったかしら」

「私はヴァンダールと申します。アルテミス団長のシーナさんでしたね? そういえばご挨拶する機会がありませんでしたねぇ。今後ともよろしくお願い致します」

「ええ、是非。……お近づきの印と言ってはなんですが、ヴァンダールさんもいかがです? そちらのミセリナさんも」

「いただけるのですか。これは嬉しいですね」

「は、はい。ありがとうございますっ、いただきます……!」

 

 コーンウイスキーは二人の前にも注がれた。

 俺とライナは腕組みしつつ、二人の試飲をじっと見守っている……。

 

「ふむ、これは良い香りだ。……おお、確かに辛い。一気に飲むものではないですねぇ……なるほど、これが巷で有名なウイスキーというやつでしたか……」

「……!」

「ミセリナさん? 苦手でしたら無理に飲むことはないんですよ?」

「そっスよ! 体に毒っス!」

「後は俺たちに任せな!」

「親切さが卑しいわね……」

 

 ミセリナが残したコーンウイスキーは大した量ではなかったが、俺とライナはそれを分け合って再び熱い喉越しを満喫した。

 かーっ、たまんねぇな。

 

「おや、僕らのテーブルに珍しいお客様だね」

 

 そうこうしていると、ギルドの作業室からサリーも出てきた。今まで何をやっていたのかはわからないがちょうどいい。

 好き嫌いの多いサリーなら間違いなく酒を残してくれるはずだ。

 

「サリーさん。戦争の時に知り合った騎馬隊の方が譲ってくれたもので、コーンウイスキーという新しい蒸留酒なのですが……サリーさんも一口いかがでしょう? 感想をお聞かせいただけたら助かるのですが」

「新商品ということかな? 面白そうだね。……モモは何故寝ているのかな?」

 

 どうやらモモは酒があまり強くないみたいだな。

 後で水飲ませとけ水。

 

「まあいいや、僕もいただくよ」

 

 我が子が酒でダウンしてるところに“まあいいや”と流して酒を要求する姿はあまりにもアレだったが、俺とライナからすれば望むところだったので良しである。

 

「団長、強い酒なのでお気を付けて」

「前にもウイスキーを飲んだからね。知っているよ。さて……ふむ、なるほど、コーンの香りがする」

「苦手な味だったら残してもいいからな! サリー!」

「っスっス!」

「……なにやら圧を感じるが、どれ……」

 

 サリーはグラスを傾け、コーンウイスキーをスッと……おお? 一瞬で飲まれた。

 

「うん。美味しいね。体に悪そうだけど、寒い時期に飲むにはやはり良さそうだ。身体が内側から温まる感じだ」

「飲むのかよぉサリー」

「おこぼれなしっスかぁ」

「だって炭酸も入ってないし……」

 

 絶対炭酸よりもこっちの方が刺激物としてパワーある気がするんだけどなぁ……ほんとわからんなこいつ……。

 

「はい、じゃあ試飲会はおしまい」

「えっ!?」

「マジっスか!?」

「当然でしょ。一日で飲み干すものでもないのだから。ライナもお酒は控えなさい。飲み過ぎは体に悪いわよ」

「っスっス……」

「スは一回!」

「っス!」

 

 やれやれ、なんだよ早い店仕舞いだな。

 せっかくウイスキーを飲める機会だってのに……。

 

 ……でもそうか、コーンウイスキーか。樽の熟成なしで売られるのであれば、こっちはひょっとすると普通のウイスキーよりも早く出回るってことなのかね? 

 つまりコーンの収穫がこのコーンウイスキーの出回りに直結するというわけで……。

 

「……よーしライナ! ハルペリアのコーン産業を下支えするためにちょっくら収穫の護衛任務でも受けてくるかぁ!」

「良っスね! やりたいっス!」

「あのねぇ! ライナはもうバロアの森の討伐任務が入ってるのよ! 行くならモングレル、貴方一人で行きなさい!」

「うわーん!」

 

 畜生、同志ライナは先約ありだったか。

 

「しょうがねえ、俺がコーン畑の平和を守ってくるしかねぇかぁ」

「モングレル先輩、私の分までお願いするっス!」

「任せとけ! なんならコーンの収穫まで手伝ってやるよ!」

 

 そう言い放って、勢いで受付まで行って任務を確認してきた俺だったが……。

 

「あ、戻ってきたね」

「モングレル先輩、任務受けてきたんスか」

「いや。遠征先が全部遠いからやめたわ。面倒くさい」

「ええ……」

「……コーン畑の平和はどうなったのよ」

「適当だねぇ」

 

 いや冷静に移動時間とか考えるとそこまでしてするもんじゃねーなって冷静になるよね。

 けどまぁ大丈夫だろ。コーン畑の平和は、俺じゃない他の誰かがきっと守ってくれるさ。

 

 

 



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嗜好の検証

 

 一ヶ月も戦争に駆り出されていたものだから、その間の地味な作業は滞っている。

 レゴール拡張地区の工事もそうだし、多くの産業も無関係ではない。

 

 何よりも、冬に向けた伐採作業が全然だ。

 暖房用建材用、まだまだバロア材が足りてない。

 今年はもう終わりまでバロアの森入り口付近での伐採作業の手伝いが主になりそうだな。

 でも警備ばかりは飽きる。俺は討伐がやりてぇんだ……。

 

「近いところの警備は取られてるかぁ」

「近場はブロンズなりたての方を優先して採用しています。モングレルさんの場合は慣れているでしょうし、バロア奥地の任務ですねー」

「俺もピカピカのブロンズ3なんだけどなぁ」

「大分くすんでますよ、モングレルさんの銅プレート。新しいプレートに交換致しましょうか」

「戻ってきた時に銀色になってそうだからいいよ」

「ふふふ」

 

 こうしてギルドでミレーヌさんと駄弁っているが、近頃は似たような任務ばかりで少し飽きている。

 残っている場所も地味に遠いのばかりだし、伐採作業の警備って退屈なんだよな。作業員の人に合わせて動くのが地味にしんどいんだ。

 かといって俺のバスタードソードで木こりするわけにもいかんだろうしなぁさすがに。

 

「ミレーヌさん、ここらへんにキマイラとか出没してない? 」

「ありがたいことに、それほどの魔物の目撃情報は何年もありませんねぇ……他の魔物も今ここにこれといった話はありませんし……」

 

 俺は討伐が好きだ。けど致命的に獲物を追いかける技能というか、居場所を推定する技能が残念なんだよな。こういうのは闇雲に探してもなかなか見つかるものではない。

 だからいつもギルドの依頼に頼って目ぼしい場所を目指していくわけなんだが、それがないと結構厳しい。魔物はこっちを見つけたら積極的に襲い掛かってくるとはいえ、出会えなければ意味がない。

 うーん、どうすっかなー俺もなー……。

 

「あれ? ひょっとしてモングレルさん暇な感じー?」

「ん? おおウルリカ。今日は一人なのか」

 

 受付で悩んでいた俺に声をかけたのはウルリカだった。周りに他のアルテミスのメンバーはいない。

 

「そーだよ。団長はライナを乗馬に連れて行っちゃったからねー。今忙しいんだよ」

「乗馬ってなんだよ。アルテミスも馬とか買うのか?」

「ライナは馬上弓術を練習したいんだってさ。一応覚えといた方が良いかもって」

「そんなもん身につけてどうするんだか……まぁ乗れないよりは乗れた方が良いんだろうけどよ」

「まぁ乗馬は置いといてさっ、モングレルさんが暇だったら私と一緒に任務行こーよ。バロアの森の北部第三作業小屋までの搬入と掃討任務を受けたんだー」

「お、搬入か」

 

 搬入とは、まぁ前世で言うところの山小屋に徒歩で物資を送り届ける歩荷(ぼっか)みたいなもんだな。

 森の辺鄙な作業小屋まで必要な物資を持っていき、補充する。ついでに周囲の安全を確保したり、自然に呑まれそうになっていたらそういうのも掃除する。魔物が近くに居座ってたらその討伐も仕事のうちだ。

 

 ……北部第三作業小屋は結構奥の方だ。二日かかる距離になるだろうか。

 

「本当はゴリリアーナさんといく予定だったんだけどさー。ちょっと予定が合わなくて……だから、ね? 一緒に行かない?」

「おー良いぞ良いぞ。ちょうどそういう仕事をやりたかったしな」

「やった。じゃあミレーヌさん、手続きお願いしまーす」

 

 こうして俺はウルリカと一緒に搬入任務をやることにした。

 任務の特性上、出発時点で既に大量の荷物を担いでいくことになるが……俺の身体能力があれば全く問題ない話だ。

 もっとこういう仕事やりたいもんだね。滅多にないのが残念だ。

 

 

 

「なんかごめんねモングレルさん。私が受けた任務なのにそんなにたくさん持ってもらっちゃって……」

「ああ、気にすんなよ。俺にとっては大したもんじゃないからな」

 

 馬車に乗ってバロアの森の北部寄りまで近付いてから下車。

 ここからは大荷物を背負っての徒歩だ。

 

 俺なんかはもうデスストランディングが始まりそうな見た目になってるが、ウルリカの方は秋用のちょっとした防寒装備にそこそこの荷物。

 俺の方が三倍以上は担いでるだろうな。けど、行軍速度を考えるとこのくらいの方が二人で良いペースで進んでいけるはずだ。

 

「一応いざという時は剣も使うが、魔物が出たら基本的にはウルリカに任せるけど良いか?」

「うん、任せといて! ……けど基本的には魔物を避けて効率重視で進んでいくから、相手にしなくていいならどんどん無視していくよ?」

「おーそれで良い。討伐やるとしたら作業小屋に着いてからだな」

 

 方針も決まり、いざ出発。

 ウルリカを先頭に、ガシガシと森を進んでゆく。

 俺の背負う荷物は割れ物も入ってるから、マジで無茶はできない。いきなり荷物をドンと下ろして交戦なんてのも難しいだろう。戦闘があるとすればウルリカ任せだ。

 

「あ、こっち括り罠あるから気を付けて。迂回して進んでいこっか」

「おう。……さすがにここらは罠も多いなぁ」

「秋だもんねぇ。もう少し先に進めば数も減るから、我慢だね」

 

 この罠ってやつも前世ではなかなか効果があったが、この世界だと普通に引きちぎられたりする、軟弱なワイヤーだと結構危ないかもしれないな。

 だからワイヤーの代わりに魔物の素材で作った頑丈な紐に引っ掛けるわけなんだが、この紐がまた古さによって強度がピンキリで怖いんだ。

 ギルドで売ってるものではない安物を使うと引きちぎられたりする。

 獲物を引っ掛けたは良いが、いざ近づいてみると獲物が興奮して暴れ、最悪のタイミングで解放……なんてケースも多くある。

 

「わぁ、クレイジーボア引っ掛かってるじゃん!」

「おっかねぇな、迂回しようぜ。違法罠でもなさそうだが、念のためにな」

 

 だから他人の罠に獲物が引っかかっているのを見つけても、無闇に近づいてはいけない。

 横取りは犯罪だし、罠の調子が万全とも限らないからだ。

 

 俺たちは興奮したボアの鼻息を聞き流しつつ、作業小屋を目指して歩いていった。

 

 

 

「そう言えば、ちょうど去年だったよねー。モングレルさんと最初にバロアの森に入ったのもさ」

「あー、そんなこともあったな。あの時も作業小屋絡みの任務だったか」

「そうそう。密猟者が居たやつ!」

「ウルリカ知ってたか? あの時の密猟者のリーダーだった奴、最近犯罪奴隷から解放されたんだぜ」

「ええ!? そうだったんだ、全然知らなかった……」

「話す機会があってな。またアイアン1からギルドマンをやり直すみたいだぞ」

「へー……」

 

 一日目は途中で火を焚いて野営する。やっぱり大荷物を背負ったままだと一気に目的地ってわけにはいかないな。

 

 荷物を下ろして毛皮を敷き、二人で焚き火を囲んで干し肉とパンを食べる。

 デカい荷物が丁度いい風除けになってくれるおかげか、この季節でもあまり寒くはないな。

 

「一年か。まさかアルテミスの連中とよく話すようになるとは思ってなかったわ」

「あはは。これまではどうしてたの? モングレルさん、シーナ団長とも他人ではなかったんでしょ?」

「知らない相手じゃないっつーだけで、それだけだな。特に話すこともなく、一緒に任務に行くなんてこともなく……ライナが居なきゃ絡みがあったかはわからんね」

 

 特にシーナ。目つきがキツいというか、近寄り難い雰囲気が強かったからな。今でもそうだけど。

 

「ライナのおかげだねー……ねえモングレルさん、ライナのことどう思ってる?」

「どうって? いや、答えなくていいわ。その顔見りゃわかるわ。男と女の話だろ」

「あはは」

 

 恋バナを面白がって聞く女子の顔してたからすぐにわかった。

 懐かしいなこういう雰囲気。

 

「ライナはなぁ……男と女の前に、先輩後輩……とかのさらに前に、俺の子供かもしれないからなぁ……」

「いやそれは違うでしょー……」

「わからん。最近俺の姪だったか親戚の子だったような気がしてきてな……そう言う目で見れないわ……」

「なんとなく気持ちはわかるけどさぁ」

 

 もっと飯食って肉付きが良くなれば女っぽくなるか……? 

 それよりは髪を伸ばした方がって思いもあるけど、髪の伸びたライナが全然イメージできないんだよな。

 てかそんなライナが俺の前に爆誕したとして、色っぽい感情が生まれるかって言うと大分怪しいぞ。ライナはライナだし。

 

「むしろライナに歳の近いウルリカこそどうなんだよ、ライナは」

「え? えええぇ私!? 私とライナ!? ないない、ありえないよそんなの! あはははは!」

「いやぁ俺よりは普通にあり得るんだけどな?」

 

 大爆笑されちったけど男と女で歳が近くてって意味じゃ間違いなくウルリカの方が身近だろうよ。

 

「私にとってもライナは可愛い後輩だよー。あーおかしい……」

「まぁなぁ。ライナとは何年経ってもずっとそんな関係が続きそうな気がするわ」

「あはは……」

 

 焚き火がパチンと鳴り、火花が舞い上がる。

 

「……モングレルさんは結婚とかしないのー? もういい歳なのにー」

「俺が結婚? 全然考えてねーなそんなことは」

「ふーん……女の人には興味ないの?」

 

 ウルリカがブーツを脱ぎ、足を焚き火の近くで温めている。

 気持ちいいのはわかるけどな、それ低温火傷に気を付けろよ。足の裏は火傷すると辛いぞ。

 

「興味ないってわけじゃないけどな。結婚なんて面倒だから考えたくないんだよ。相手を探すのも将来設計するのも億劫すぎる」

「じゃあ……男の人に興味があるんだ……?」

「いやそうはならんだろ。だいたいサングレールとのハーフだぜ? 俺の子供はクォーターになるわけだろ? 別に人種を差別するわけじゃねえけどよ、わざわざ生きるのがしんどそうな特徴を子供に与えたくないだろ」

「あ……ご、ごめんなさい」

「ああいや待て、そういうマジな感じじゃないから。理由の一つってだけだから。大部分は他人と一緒に暮らすのがしんどいってだけだから気にするなよウルリカ」

 

 危ない危ない、また雰囲気が重くなるところだった。

 ……私生活になると隠し立てするのは難しいからな。衛生観も文化も。

 こういう価値観がズレてると一緒に暮らしていくのはマジでしんどいと思う。俺は確実にしんどいだろうが相手だってしんどいだろうぜ。誰も得しない結婚になるぞ。

 

 それにいざという時に身軽になれないってのも良くない。

 俺が土地に根を張る時は家庭よりも先にお洒落な喫茶店って決めてるんだ。

 

「ほら、もう暗いし寝とけよウルリカ。また明日から歩くんだから、今よりふくらはぎがパンパンになるぞ」

「……んー」

 

 さっきから毛皮の上で足をパタパタさせている。俺の思っていた以上にペースが早かったせいだろうか。

 明日はマッサージしないとキツいかもな。

 

「魔物除けの香は焚いておくから、さっさと眠れよ。俺ももうちょっとしたら寝るからな」

「……はぁーい」

 

 今日は雨も降らないし、風も少ない。凍えるほどでもないし、まぁ比較的過ごしやすい野営だな。

 明日も予定通り歩いて行けば、夕暮れには小屋に着くってところか。その日は小屋を軽く掃除して終わりだが、屋内で眠れるのはありがたい。

 

 やがてウルリカが静かな寝息を立て始め、俺も少し遅れて眠りについた。

 

 



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出張!悶絶強制マッサージ

 

 翌朝は薄暗いうちから起きて行動を開始。第三作業小屋に向けてポクポクと歩いていく。

 ここまで奥地になると段々と人の整備してきた目印も少なくなり、道も朧げでわかりづらい。それでも先頭を歩くウルリカに迷いはない。俺だけだと迷いそうになるからほんと助かるわ。

 

「あれ? モングレルさんの持ってるそれなーに?」

「ん? ただの水筒だが。あぁ……これのことか」

 

 俺が手にしているのはただの水筒ではない。飲み口が金属製のスクリューキャップになった、最新型の水筒だ。

 スクリューキャップとはつまり、ペットボトルの蓋とかああいうやつな。前世だとさまざまな物に使われていたので意識する人も少ないだろうが、素晴らしい発明品だ。

 

「これはちょっと前にケイオス卿が発明した物らしくてな。この蓋を回すと本体にしっかりと封をしてくれるんだ。普通の水筒よりも中身が溢れなくて便利だぞ。ちょっと高いけどな」

「へー、回してしめるんだ。ちょっと面倒だね」

「結構使い勝手良いぞ? しめてる間は軽くぶつけたくらいじゃ蓋が取れないしな」

 

 キャップはもちろんプラスチックなはずもなく、金属製だ。

 溝の数も少なめで、使い勝手はペットボトルよりはジャムのような瓶の蓋に近いだろう。

 

 ただ、このスクリューキャップのキモは溝よりもむしろパッキンにある。

 蓋の内側にはドーナツ型の薄い牛革が固定されており、それが本体の飲み口に押し付けられて水漏れを防いでいるわけだ。

 案外この牛革によるパッキンが優秀で、水漏れは全く起こっていない。

 むしろ水筒本体の強度に不安があるぜ。

 

「ふーん……でもそういう、中に空洞ができるような固形の水筒、私あんまり好きじゃないんだよねー」

「なんでだよ。まぁ、俺も皮袋の水筒は便利だし持ってるけど」

「ほら、空洞があると水の音が鳴っちゃうでしょ? それが討伐の時は気になっちゃうんだよ。歩いてるだけで獲物に気付かれやすくなるからさー」

 

 えっ、マジで? そんな音で? 

 って思ったけど確かに、言われてみるとチャプチャプ音は鳴るよな……。

 その点皮袋なら、飲んだ分は空気を出してからしめておけば音は鳴らなくなるし……。

 

「……俺が魔物探すの下手なのって、そういうせいもあるのか?」

「あはは、私は知らないよそんなの。でもモングレルさんってそういうの関係なく下手そうだよねー」

「なんだぁテメェ」

「きゃーっ!」

 

 途中で小走りなどして遊びつつ、まぁ随分と平和な道中だった。

 

 

 

「あ、ゴブリンだ。えいっ」

 

 途中でゴブリンの二人組がだらしない顔でウルリカに近付いてくるなどといったトラブルはあったが、ウルリカはスキルを使うまでもなく二本の矢でサックリと討伐。

 その他にはマレットラビットが太枝を抱えて雑草の穂をすり潰している姿を遠目から観察したくらいだろう。

 奥地であるにも関わらず、強敵らしい強敵とも巡り合わなかった。

 

 

 

「よーし、やっと到着か。さすがに時間が掛かったな」

「ねー。もうヘトヘトだよぉ」

 

 北部第三作業小屋に到着したのは、その日の夕暮れ前だった。

 あと数時間で日没になるだろうか。まだ明るいうちに到着できたのは幸運だったな。道中は流石に険しかったが、厄介な魔物が出なかった分楽に来れた。

 

「疲れたけど……視界がはっきりしてる内に作業小屋の中を掃除しとかないとね」

「一晩か二晩はここで世話になるわけだしな。さっさと虫払いだけでもやっちまおう」

「なにモングレルさん、虫嫌いなの?」

「多分嫌い。どちらかと言えば嫌い」

「へー意外。そういうの全然平気だと思ってた」

 

 俺も昔は昆虫採集する腕白小僧だったんだけどな……不思議だよな……まぁ川虫とかゴカイとかは触れるし、一応大丈夫なんだけどさ……好んではいないよねっていう。

 

「扉開けるから一応警戒しててねー」

「おう」

 

 例によってこっちの作業小屋にも鍵はついていない。獣やゴブリンを警戒してちょっと“解除できる簡単な仕掛け”がある程度だ。人間には無力である。

 しかしここまで奥地となればわざわざ小屋暮らしする奴も減るだろう。

 水場も少し離れている上にショボいから、特別ここで過ごしたくなるようなもんでもない。

 

「……うん、中に人は無し。魔物に荒らされてもいないかな。モングレルさんいーよ、中入ろう?」

「良かった良かった、掃除も楽に終わりそうだな」

 

 ウルリカに続いて中に入ると、確かに中は綺麗なままだった。

 まぁ綺麗っていうのもこの世界基準で、俺からするとあまり手入れされてない山小屋みたいな感じではあるんだけどな。

 

「この小屋の箒もだいぶボロじゃねえか。買い足して貰った方が良さそうだな」

「覚えてたらギルドに報告しておこっか」

「だな」

 

 作業小屋備え付けの掃除道具でパパッと中を掃除しつつ、各種の香を焚いて作業小屋に潜む虫達を炙り出す。

 小屋のどこかで何か小さな気配が蠢いているのはわかるが……決して見てはいけない。精神衛生上こういうのはスルーしとくのが賢い生き方だ……。

 

 ある程度虫が消えたなと思ったら、大荷物の中にある目地用の松脂のようなものを破損箇所に塗り込んでいく。

 目安としては煙の流れる壁とかがあればそこが破損箇所になる。こういう小さな隙間や穴から虫が入ってくるので、入念にペタペタしておくのだ。隙間風の予防にもなるしな。

 まぁこの松脂モドキも大した量もらえるわけじゃないので、気になる所にって感じの使い方しかできないんだが。

 もっと本格的に修理したければ専門の業者を呼んだ方がいいだろう。

 

「こんなとこかな? なんとか綺麗になったねー」

「後は荷物を向こうの壁際に置いとけばいいな。ウルリカは軽いやつからやってくれ」

「はーい」

 

 後は苦労して担いできた物資を分けつつ小屋の邪魔にならないところにまとめておくだけ。

 ……山ほど持ってきたように思えても、小屋に並べてみるとわりと少ないもんだな。あっという間に終わってしまった。

 

「よーしモングレルさん! まだ日没までちょっとあるし狩りしようよ、狩り!」

「ええ今からかぁ? さすがにもう無理だろぉ」

「運良ければ頑張ればいけるって!」

 

 そりゃお前運と努力が両方備わればなんでもいけるけどさ。

 うーん。しょうがねえ、ダメ元でいってみるか。

 

「外で何狙うんだよウルリカ。大物は時間厳しいぞ」

「見つかり次第なんでもだよ。鳥でも良いしね! どうせならモングレルさんも夜は美味しいお肉食べたいでしょ?」

「そりゃな」

「じゃあやるしかないでしょ! 小屋から離れない範囲でね!」

 

 そんな感じで、ウルリカは弓を。俺はバスタードソードを手に、外へと飛び出していった。

 既に薄暗いな。無理だろこれ。……でも鳥が居そうな雰囲気ではある。

 

「“弱点看破(ウィークサーチ)”」

「お、スキルか。……なるほど、それで生き物がわかるようになるのか」

「そういうこと。暗い中だとぼんやりしてるけどね」

 

 ウルリカの目が桃色の光を宿し、暗闇の中を見渡す。

 生き物の弱点がわかるようになるという補助系スキルだ。視界が悪く、生き物がどこにいるかもわからない中でも反応があるとすれば、結構優秀そうだな。

 

「さすがにここら辺にはいないね。もうちょっと奥に移動しよう」

「おう」

 

 こうして考えるとウルリカのスカウト技能はなかなか優秀だな。

 俺も一つくらいこういう使い勝手が良いスキルが欲しかったわ……。

 

「ん、何かいる。奥の茂み」

「……何かって?」

 

 木陰でしゃがみ込んだウルリカに合わせ、声を潜めて訊ねる。

 

「……弱点が頭部、かな。細くて小さいから鳥だと思う」

「気付かれてるかね」

「どうだろ。……頭の場所もわかったし狙いやすいから、撃ってみるね」

 

 これがボアとかディアなら無謀な攻撃になるが、相手が鳥なら問題あるまい。先手必勝だ。

 ウルリカは矢筒から普通の矢を一本取り出して、弓に番えて構えた。

 

「!」

 

 が、その殺気を読んだのか鳥が羽ばたいた。

 茂みがなり、ウルリカもそれに追いつくように矢を放ったはいいが……結局鳥はピンピンした様子で風に乗り、暗い森の中へと飛んでいってしまった。

 

「あー失敗……さすがにバレてたかぁ」

「惜しかったな。鳥もよく気付くもんだ」

「んー……スキルで目が光ってるの、暗闇の中だと目立つんだって。だから鳥にはわかりやすかったのかもねぇ。あーあ……でも使わないと鳥が居たことに気付かなかっただろうしなぁー……」

「暗闇の中では使う方も使われた方も目立つってことだな」

 

 まぁ確かに、暗闇の中でのスキル発動はすげーわかりやすいもんな。魔法も大概だけど、目が光ってるとすぐに気付ける。

 野生動物や魔物からすればこれほどおっかない光もないわけで。撃つなら即座にやらないと駄目そうだな。

 

「暗くなったし戻ろっか」

「そうしよう。これ以上はさすがに危ないしな」

「ごめんねー付き合わせちゃって」

「良いよ。ライナやウルリカの狩りは見てて勉強になるからな」

「えーそう? へへ」

 

 後はさっさと小屋に戻るだけ。本格的に真っ暗になってたので少し怖かったがどうにかなった。

 

「干し肉炙って食べるしかないかぁ」

「明日は何かしら仕留めたいところだな。クレイジーボア仕留めたいぜ」

「ボア肉好きだねぇモングレルさん」

「レゴールで一番うめぇよ」

 

 薪置き場からよく燃えそうな針葉樹のをいくつか拝借し、暖炉に突っ込んで燃やす。

 たいして大きな暖炉ではないが、バロアの森の奥地ではこうして屋根あり暖炉ありの環境があるだけ非常に恵まれている。軽いバンガローやコテージみたいなもんだな。

 

「あー疲れたー……んー、肉の良い匂い……」

「干し肉も炙ればまぁまぁイけるからな」

「私の分もちょっと欲しいなぁそれ」

「おういいぞ。どんどん食え」

 

 二人して暖炉の近くに集まって、だらりと夕食。

 小鍋に入ったスープも遠火で温めているが、出来上がるのはもう少ししてからだな。

 

「モングレルさんって身体強いよね? ほら、今回も荷物たくさん担いでたし」

「まぁ強いけど……」

「砦にいた時に働いてる兵士さんを色々見てたんだけどさー。モングレルさんほどの力持ちはいなかったんだよねぇ」

「そりゃお前、俺はハルペリア一の力持ちだからな」

「本当にそうだったりしてね? あはは」

「いやー強い奴は多いからな。でも俺はそいつら相手でも絶対に負けないね」

 

 力持ちね。身体強化は結構モロに差が出てくるからな……。

 方便は考えてあるにしても、やっぱりやりすぎてるのかなぁ俺は。

 でも強化を隠して生活なんてやってられんぞ。さすがに不便だ。

 

「それよりウルリカは今日大丈夫だったのか? そっちだって体力無いのに大荷物だったし、結構キツかったろう」

「あーまぁ……結構脚にきてます、はい……」

「あんまり無理すんなよ。ちょっと見せてみ、軽くマッサージしてやるから」

「え、えっ!?」

「こう見えて俺は整体の達人だぞ。昔はよくマッサージで小金をもらったもんだ」

 

 整体に勤めてる友達から二時間で習った聞き齧りマッサージ術はすげーぞ。

 結構色々な人に試して評判良かったからな。

 

「えええ、い、いやぁでも私今日ちょっとさすがに汗臭いし、不潔だから……」

「そりゃ運動すれば汗くらいかくだろ。別に気にしないって。ほれ、そこにうつ伏せになれ。金は取らないし、明日楽になるぞ」

「……はい」

 

 ウルリカは少し考えたり焦ったりしていたが、やがて諦めたように床の上で腹這いになった。

 

「痛かったら言うんだぞー」

「んっ……!」

 

 腿、ふくらはぎ、足首、足ツボを重点的にやっていく。

 とは言っても俺も専門的に勉強したわけでもなければ資格もないのでほぼ勘みたいなもんである。それでもだいたいマッサージされた経験を活かし、それと似たような感じでやれば問題ないだろう。

 

「ふぁ……あ、良いね、これ、結構……上手なんじゃない……?」

「だろ?」

 

 今世でもよく父さんにやってたしな。

 あの頃は体重もなかったからあまり効果的じゃ無いマッサージもあったかもしれんが、今の俺なら指圧にパワーが乗るぜ。

 

「う、んぁ……も、モングレルさん、ちょ、圧迫感が……すご……」

「お客さん、凝ってますねぇ。仕事なにされてるんです?」

「い、いやさっきまで一緒に仕事してたしっ……っていだだだ! 痛い!?」

「よし、痛いくらいが効くんだ! ここが良いんだなウルリカ!」

「ちょま、痛い痛い! 絶対これ折れ、折れるって!?」

「乳酸溜まってますねぇ! あとなんかこうリンパがアレですねぇ!」

「なにそれあだだだだだ!?」

 

 とまぁよく効くマッサージなんてのはこんなもんでね。痛いわけよ。

 でもこの痛みを超えた先に翌日の快適さが待っているわけでな。

 

 整体の友達もよく言ってたぜ。

 “痛い”と叫び始めてからが本番だってな……! 

 

「あッ!? も、モングレルさんだめっ、そこ、そこ押すのは駄目だからぁっ……!」

「大丈夫大丈夫、骨は折れない!」

「骨じゃ、なくてッ、あっ、……ッ!」

 

 それから一分ほど続け、施術は完了した。

 ふぅ……久々に良いツボ押したぜ……。

 

「はぁ、はぁっ……脚だけだと思ったのに……」

 

 最後の方はウルリカは顔を荷物の枕に埋めて声を押し殺していた。なんかちょっとエッチだったけど、うちはそういうサービスやってないからね。

 

「……あ」

「どうだウルリカ、身体結構楽になっただろ? なんとかの泉が湧いてるような」

「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる……!」

「おう?」

 

 ウルリカは慌ただしく小屋の外へと飛び出していった。

 早くもデトックス効果が出てきたのかもしれんな……マッサージ店でも開けばひょっとして儲かるんじゃないか……? 

 

「うーん……俺ってこういう才能もあったのかもな……」

 

 グニっと掌の合谷とかいうツボを押しながら、俺は自分の才能を畏れた。

 ちなみに俺の知ってるツボの名前、この合谷しかない。

 

 



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森のおやつと水場の哨戒

 

 翌朝、ウルリカはむっとした顔で俺を睨んでいた。

 

「……モングレルさんのこと、もっと優しい人だと思ってたのに……」

 

 どうやら夜のマッサージのことでお怒りらしい。

 

「ああいうのは優しくすれば良いってもんじゃないからな。ウルリカだって、昨日のあれは良かっただろ?」

「そ、それは……でも、乱暴な感じだったし……」

「正直に言えって。気持ちよかったです、ってな」

「……確かに、気持ちよかったけどさー……でも、痛かったし……」

「ああいうマッサージは痛いのも気持ち良いのうちなんだよ。やれやれ……ウルリカもまだまだ子供だな」

「ちっ、違うし! 大人だし!」

 

 上着を羽織り、眩しい朝日を浴びて目を細める。

 うん、今日も清々しい朝だ。

 

「なぁに……また身体が凝った時は俺に言えよ。マッサージして欲しかったらまたやってやるからな」

「……また、あれを? そんなの……」

「時間がある時ならだけどな。俺の宿でやってやってもいいぜ。もちろん金は取るけどな?」

「お、お金取るの……!?」

「そりゃレゴールにだって似たようなことやってる店はあるわけだからな……健全な市場を維持するためにも、取るものは取るさ。なに、大した金じゃない……腕の良いシルバーランクのギルドマンなら端金みたいなもんさ。それでまた施術されるのなら、悪くないだろ?」

 

 ウルリカは複雑そうな顔をして……やがて頷いた。

 

 クックックッ……まぁ俺も仕事があるし、本当に暇な時にって感じになるだろうけどな。

 一度疲れが吹き飛ぶ快楽を味わったら、なかなか嫌とは言えないだろう……。

 

 三月に一度くらいの頻度で待ってるぜ……お前がちょっとしたお金を落としてくれるのをな……! 

 

 

 

 しかし今の俺はマッサージ師ではなくギルドマンだ。

 ギルドマンはギルドマンらしく与えられた仕事をやるしかない。今日も頑張ってやっていこう。

 

「小屋周辺の藪漕ぎはやっとくから、哨戒だけウルリカに頼めるか? 俺はそういうの下手だから任せたいんだが」

「良いよー。私も力仕事よりは索敵のが好きだしねー。ついでに水場も見てくるよ」

 

 俺たちの仕事は、この辺鄙な作業小屋とその周辺の環境を整える事だ。

 予定では明日辺りにこの小屋で作業する林業関係者がやってくるとのことだ。俺たちはそれまでに小屋を安全、快適に使えるようにしなければならない。

 まぁこの手の仕事は適当にやる奴も多いんだが、俺は模範的なギルドマンだからな。真面目にきっちりやらせてもらうとしよう。

 

「秘剣、草薙の剣」

 

 またの名を草刈りバスタードソード。

 強化を込めた刃先でサクサクと小屋周りの雑草を削ってゆく。

 秋なので大した量はないが、ここを中心に活動する以上残ってると邪魔になるからな。下草は入念に刈っておく。

 

「あとはまぁ、適当に薪でも集めてやるか。どうせ俺たちも使う分だし……」

 

 ついでに邪魔そうな藪を漕いだり、枝を払ったりして燃料を集めておく。

 俺の扱うバスタードソードならスパスパ切れるので楽だ。

 

 こうやってこまめに切っておかないと、成長の早い樹木に飲まれて大変だからな。

 特にバロア材なんて一月に年輪が一つ増えるとかいうアホみたいな成長率を持つ謎植物だ。この世界の人々はバロアの木を普通の植物の一種だと考えてるようだけども、俺はこの木を魔物の一種なんじゃねーのかとうっすら疑っている。

 

「……お?」

 

 そうして適度な間伐作業をやっていると、下草刈りをした場所から物音が聞こえてきた。

 目を向けてみると……長く白い耳に、愛らしく枝を抱きかかえたふわふわの毛並み。

 

 間違いない。マレットラビットである。

 

「おー……雑草を搗いて食うのか?」

 

 マレットラビットは抱え込んだ枝を刈られた草にドスドスと叩きつけている。

 その姿は餅つきをするウサギそっくりだ。キネというよりはスリコギに近いけども。

 

 このウサギはほとんど人間を襲ったりはしないものの、一応魔物扱いされている。危険度で言えばゴブリンよりもずっと低い連中だろう。

 しかしこのマレットラビット、手にした“キネ”によって殻のある木の実や穀物を砕いて食べるという食性から、人間様にとても嫌われているのだ。

 

 食い物が人間と被っている。農作物に被害を及ぼす。その一点だけで魔物扱いされるには十分過ぎたのだろう。可哀想だけどまぁ仕方ないって感じだな。

 

「しかしこう見ると、なかなか愛嬌のある奴じゃないか……」

 

 ふわふわな体で木の枝を抱きかかえ、猫じゃらしのような粗末な雑草をドンドンと叩き、頑張って食い物にありつこうとしている。

 なんとも健気で愛くるしい姿だ。

 

 魔物を無許可で繁殖させようとしたり飼育しようとするのは重い犯罪なので飼ってやることも、餌付けしてやることもできないが、こうして偶然が重なって食事シーンが見られるというのは、結構レアだし良いものだ。癒される。

 これはマレットラビットだからまだマシだけど、ゴブリンを繁殖させようとしたらワンチャン大変なことになるからな。

 あいつらからは変異種が産まれやすいし……。

 

「キュ?」

「あらやだかわいい」

 

 俺が見ていることに気づいてか、マレットラビットがこっちを見て鼻をヒクヒクさせた。

 何を考えているのかは知らんが、大丈夫だぞ。俺は優しいギルドマンだからね。

 その猫じゃらしみたいなのは好きに食っていいぞ。俺たち人間にとっては食い物じゃないからな。

 ……こうやって食性の棲み分けが出来ていれば、俺とお前は仲良く暮らせるかもしれないのになぁ……。

 

「あ、マレットラビットだー。えいっ」

「ブギュッ」

「ぁああああああ!」

「ええっ!? なになに、どうしたのモングレルさん!?」

「……いや、なんでもない……なんでもないんだ、ウルリカ……良い狙いだな、よくやった……」

「そ、そう? なら良いんだけど……」

 

 マレットラビットは頭部をさっくり貫かれ、即死していた。

 ……ま、まぁあれだな……痛みを感じる間も無く逝けたってことで……な。

 

 

 

「いやー、でもあれだな。内臓取って皮剥いだらもう肉だな」

「? それはそうでしょ。まぁ食べてもあんまりお腹膨れないけどねー。毛皮はどうしよっか」

「ウルリカが獲ったんだから好きにしろよ。マレットラビットのはそこそこ売れるんだろ?」

「そうだねー。手袋とかに人気みたい。買うとすごい値段するけど」

 

 一瞬愛着の湧いたマレットラビットだったが、肉になってしまえばもう飯扱いだ。

 適当にサクサクと切り分け、塩をかけて簡単な焼き肉にしていただく。これが今日の朝食兼昼食だな。

 

「やっぱり脚が引き締まっててうめぇな」

「うんうん。普通のウサギより食べ応えがあっていいよね」

「酒欲しくなるな……」

「あ、ライナから聞いたんだけど、コーンウイスキーってやつ? あれ美味しかったんだって?」

「おお、シーナから飲ませてもらったよ。そこそこ良かったぜ。ウルリカは飲まなかったのかよ」

「私はパスしたー。ウイスキーって辛くて苦手だし」

「慣れたら良いもんだぞ?」

 

 小さなウサギはあっという間に骨になり、完食してしまった。

 この後は魔物を探してみて、いたら狩るっつー流れになるかな。

 

「水場はちょっと荒れてたから、そっち一緒に見回ろうよ。近くの魔物が使ってそうな感じがするし、モングレルさんいた方が万全かな」

「おう、任せろ。……水場は汚れてたか?」

「流れがあるから汚れてはいないかな。ただ真新しい足跡が多いのと、泥の跡が残ってるのが気になるね」

「泥ってことはクレイジーボアか」

「多分ね。ただ泥の方は古めだから、もう移動してるって可能性もあるけど……」

 

 自然界のものだから、どうしても水場は人気になってしまう。

 どんな動物でも水は飲むからな。周りに魔物が出現してもおかしくはない。

 

 

 

 ウルリカと一緒に川のある方面へと歩いていく。

 やや離れていて不便だが、魔物が集まる危険地帯であることを考えるとこのくらい遠い方が作業員にとっては安全だろうな。

 

「ディアの糞がある。けど、古め」

 

 道中、ウルリカは魔物の痕跡を次々に指差しながらフィールドの情報を暴いていく。

 まるで鑑識みたいだ。ちょっとカッコいいなと思う。スキルでもなんでもないし俺にもできるとは思うんだが、何年経ってもここまでプロっぽい判断力を培える気がしない。

 

「この樹皮はツノの跡、向こうまで下草が食べられてる……けど、やっぱ古いね」

「いるのはディアとボアか?」

「うん、でも両方とも古い痕跡ばかりだからなんとも。……モングレルさん、試しにちょっと声で誘き寄せてみる? 好戦的なのが縄張りにいれば近寄ってくるかも」

「ああ、いいぜ」

 

 どちらかといえばその方が俺にとって得意なやり方だ。

 魔物は人を襲うから、わざと声を上げて呼び込み、狩る。慣れたもんだぜ。

 

「うぉ〜い、ここの土地全部まっさらな駐車場にしちまうぞ〜」

「あはははっ」

 

 バスタードソードでベンベンと木の幹を叩き、大声を出す。

 これをやれば大体の魔物は切れて襲いかかってくる。

 前世のクマとかならこれで逃げていくんだけどな。魔物って不思議だよな。

 

「んー、来ねぇな」

「……いや、来てるよ。音がする」

 

 マジか、全然わからないんだが。

 

「結構大きい……うわ、二本足だ、何か来るよ!」

「ええマジかよ、オーガか? ゴブリンか?」

「向こうの茂み奥! “弱点看破(ウィークサーチ)”!」

 

 ウルリカがスキルを発動するのに合わせ、前に出て剣を構える。

 その頃になってようやく俺にも足音と茂みを強引に掻き分ける音が聞こえてきた。

 

 なるほど確かにデカい。バキバキと枝葉を破って歩いてくる気配……。

 

 やがて茂みの向こうから見えてきたのは、大きな一つ目だった。

 

「サイクロプスだ」

「わぁーお、結構な大物だね……あれ? でも痩せてるね」

「……ああ、本当だ。すげえ痩せてる」

 

 藪の向こうから現れたのは、何日も絶食したかのようにガリガリに痩せ細った貧相なサイクロプスだった。

 以前ライナと一緒に遭遇した個体と比べると、威圧感も脅威も雲泥の差である。

 

「フゥー……フゥー……!」

「なんか、走ったら逃げ切れそうだな。既に死にかけだ」

「ね。病気してるのかな、目もうっすら濁ってる……モングレルさん、仕留めちゃって良い?」

「ああ、良いよ。やっちまえ。俺は剣を汚したくねぇ」

「だね。けど死体埋め用の穴は用意してくれる?」

「それくらいならいくらでもやってやるさ」

 

 多分こいつは食いっぱぐれた個体だったのだろう。狩りをしても獲物が見つからず、食べられるものも近くになく、巨体を維持できないまま死にかけているのだ。

 そりゃ3m近い巨体だしな。維持するにも相当な飯がいる。飯が無けりゃ相応に弱体化し、死にかけるのも当然だろう。

 実を言うとこういったコンディション最悪の人型魔物はそこそこ見かける。こいつらも苦労してるんだろうな。労ってやることはできないが。

 

「ごめんね、呼び出しちゃって。“強射(ハードショット)”」

 

 詳しい描写は避けるが、病弱なサイクロプスはウルリカが腹目がけて放った弓矢の一本で絶命した。

 

 本当なら物音を立てた俺たちを食って再起を果たすつもりだったんだろうが、残念だったな。

 

「目玉の回収やだなぁ……病気になりそう……」

「軽く燻しておくと良いぞ。日が空くと腐るしな」

「だねー……」

 

 結局、この日の水場周辺の哨戒はサイクロプス一体との遭遇で終わった。

 ひょっとするとここはサイクロプスの狩場で、近くにいた魔物たちも全てこのサイクロプスに狩り尽くされた後だったのかもしれないな。

 

 



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モングレルの簡単近接技講座

 

 小屋でまた香を焚いて寝て、翌日。

 今日は作業員が小屋に入る日なので、俺たちはここを明け渡すための最終確認を行う。

 

 といっても、最大の障害になり得たであろうサイクロプスはもういない。

 結局あのサイクロプスはディアだかボアだかに反撃された時の傷が化膿し、それが原因で弱っていただけだった。あるいはもうちょい飯を食って体調を整えれば復活したのかもしれないが、運悪く弱っていく一方だったと。

 おかげで小屋周辺が楽にさっぱりしたわけだが、俺としては食い甲斐のある魔物の相手をする方が良かったぜ。

 

「マジでやるの?」

「うん。一応、護身用としてね?」

 

 今、俺とウルリカは片手に木の棒を持って向き合っている。

 長さはショートソード程度の短いもの。

 正直護身用と言うからには普段持っているサイズのナイフで練習する方がためになるとは思うんだが……ウルリカがこうしたいと言うのであれば仕方ない。

 

「剣術の練習ならアレックスに聞いた方が良いんだけどな……」

「いいよ、かるーくやってみるだけなんだからさー。別にこういう系のスキルが欲しいわけでもないしね」

 

 ウルリカが言ってきたのは、剣術の練習相手になってくれないかって話だ。

 いざ敵に近付かれた時、弓以外が使えないのでは困る。なので、簡単なもので良いから何か技を教えてくれとのことである。

 

 そうは言われても俺だって我流なんだけどな。

 まぁ素人が適当にブンブンするよりはマシだとは思うけども。

 

「よーし、じゃあ初心者向けソード講座。まずは自分の弓が使えなくて近くにあるのがショートソードしかなかった時編」

「わーい」

「基本的に素人が剣使ってもどうにもならんから、小賢しい剣術は諦めとけ」

「ええええ!?」

 

 驚かれても困る。付け焼き刃って言葉も生兵法って言葉もあるくらいだ。中途半端に聞き齧って無意味な自信を持つよりは別の逃げる手段とかを模索した方が良いよ。

 

「何かしらは覚えたいよぉ。私の弓じゃすごい遠くの相手には対応出来ないし、近付かれる危険もあるからさぁ」

「まぁそうだろうけどなぁ……じゃあ基本な? 基本の構えを教える。相手が剣を持ってなくて、こっちがリーチに余裕ある時の構えな」

 

 そう言って俺はショートソードに見立てた棒を頭上に掲げ、構えた。

 

「おおー……? 変わった構えだね?」

「相手より先に届く場合は、上から思い切り振り下ろす。これを意識すりゃ良い。相手に走っていって、思い切り叫びながら全体重を掛けて打ち下ろす。で、一撃でぶっ倒す。これだ」

「すごいシンプル!」

「シンプルなのが一番強いからな」

 

 試しに俺が構えたまま、ズサササと走りつつ木に向かって打ち込んでみる。

 

「キェエエエエッ!」

「あははは! ゴブリンみたい!」

 

 叫びつつ木に向かってバシーン。で、たったか走って通り過ぎると。

 

「ふう、まぁこんな感じだな。一撃に全力を込めてやるわけだ。さっきの叫びもわりと真面目に必要だぞ? 声で相手を萎縮させるのと、自分を奮い立たせる効果がある。慣れてないうちほど声を出した方が良い。ゴブリンになった気持ちでやるんだな」

「……ゴブリン、ゴブリン……」

 

 理屈っぽい説明を聞くと一応納得できたのか、ウルリカは棒を構えて再現し始めた。

 

「キャーーーッ!」

 

 いやまぁゴブリンっぽくはあるけど、どっちかっていうとゴブリンに襲われてる女の悲鳴って感じかなぁそれ……。

 

「はぁ、はぁ……ど、どうだった今の!?」

「よし、まぁいざという時が来なきゃ良いな。できれば使わずに逃げることを考えた方が良い」

「……わかってますぅ、私がこういうの向いてないのは!」

 

 うん、向いてなさそうだわ。振り方も全く様になってなくて驚いたもん。ウルリカに示現流は早かったみたいだ。

 

「じゃあ本命、こっちを覚えよう。こっちはナイフでもできるやり方でな」

「なになに?」

「まず剣、というかナイフを腰だめに構える。で、この時刃は上向きにする。その後相手を見て、さっきみたいに叫びつつ突っ込んで……腰をぶつけるように刃を敵に、こうぐっと押し込む」

「……うわぁ」

 

 これぞ最強近距離攻撃。由緒正しい刺殺タックルだ。

 良い子も悪い子も決して真似してはいけない。

 

「刺して相手が怯んだら後は捻るなり何度も刺すなり好きにしろって感じかな。相手が油断してる時とか後ろ向いてる時にしか使えないから気をつけろよ」

「……なんだかすごい、暗殺者っぽいやり方だね……」

「人間相手の刺し方だからな」

 

 手を伸ばして刃物をブスッと刺すより、タックルの衝撃を使って刺すというのがミソだ。これだけで致死率が上がるぞ。

 

「一応練習しなくちゃ……ふーっ、ふーっ……」

「そうそう、集中して構えて。試しに俺に打ち込んでこい。これ木を相手にやると普通に怪我するからな」

 

 具体的には腰だめに構えた枝が自分にブッ刺さるので危険。

 

「じゃ、じゃあいくよモングレルさん……」

「おうどんとこい! 声出していけ!」

「声……も、モングレルさん……モングレルさんが、悪いんだからぁああああっ!」

「うわっ」

 

 なんかすげぇ迫真の叫び声と共に、ウルリカが俺に突進し……木の枝が腹に食い込んだ。

 もちろん強化をしているのでダメージは無い。無いけども……。

 

「う、ウルリカ……何故……こんな……」

「ハァッ……ハァッ……! モングレルさん……ご、ごめんね……こうするしかなかったの……」

「が……ま……」

 

 パタリ。腹に枝をブッ刺した(ように手で抑えた)まま俺は倒れた。

 

「え、えええ!? これはどういうことですか!? 何故先に小屋の保全にあたっているギルドマンが……な、仲間割れを!?」

「こ、殺したのか!?」

「マジかよ……!」

 

 あっ、やべぇ! いつの間にか作業員の人来てるじゃねえか! 

 

「えええ!? ち、違うの違うの! これはそう、ただの練習で……!」

「練習……そのために一人を……!?」

「本番は何人やるつもりなんだこの女……!」

「ウボァー」

「うわぁ! 刺された男が起き上がったぞ!?」

「アンデッドか!?」

「モングレルさん真面目に誤解といてよぉ!」

 

 その後、俺とウルリカは必死に説明し、どうにかして誤解をといたのだった。

 ややこしいことしてマジごめんなさい。

 

 

 

「結局近付かれたら難しいってことがわかっただけだったなぁー……」

「そういうもんだろ。むしろ近付かれても弓を構える気概があった方が良いかもな」

「人間相手にしか成り立たない使い方ばっかりだったしねぇ、モングレルさんの……」

 

 俺たちはやってきた作業員の人達に小屋を引き渡し、無事に任務完了となった。

 作業員の人達はこれから何日かにわたって作業小屋に籠り、付近の細木やこの辺りでしか採取できない素材の収集に勤しむようだ。

 顔合わせはすげーややこしいものを見られてしまったが、任務自体は真面目にやってたので諸々を確認してもらい無事クエストクリアである。

 

 今俺とウルリカは帰路についている。

 また一泊だけ野宿して、翌日レゴールに帰着ってところになるだろうな。

 

「ライナも二つ目のスキルを手に入れたし、私も三つ目欲しくなってきちゃったなー。私の三つ目なんだろ?」

「ウルリカは威力系になりそうだな」

「ねー、みんなそう言う。私はもっと器用なスキルが良いんだけどなぁ……」

 

 いやー、でも鏃を換えて散弾銃っぽい攻撃も出来るのは十分器用だと思うんだけどな。

 

「モングレルさんのスキルってどんなの? あ、聞いちゃダメなやつかなこれ……あはは」

「そうだな、人にスキルを聞くのは良くないな。一方的に俺がウルリカのスキルを知っているようでこっちも悪い気はしてるが、さすがに簡単には言えない。悪いな」

「ううん、いいの。ごめんなさい」

 

 俺のスキルに関しては言えない。全く言えない。

 方便はあるけど説明は最初から拒否するしかないのだ。マジですまん。

 

「代わりと言ったらなんだが、今度俺のとっておきの装備を見せてやろう。足用の防具でな……」

「ええ……いいよそれぇ。どうせまた変なのでしょ」

「いやそこそこ使われてるし有名なやつだから多分。結構便利なんだぞ。自分でレザークラフトする時に使ったりもするしな」

「防具の話?」

「防具の話」

「いやー全く読めないなぁ……」

 

 履き心地が悪いから靴として使った回数がすげー少ないけど、出来自体は良いはずだ。

 ギルドで見せびらかすのも良いかもしれん。

 

「……じゃあ、今度モングレルさんの部屋で……マッサージしてもらう時とかに、見せてもらおうかな」

「あ、それ本気だったのか」

「冗談だったの!?」

「いやいや、別にやってくれって言うならやるけどな」

「……そ。じゃあ今度遊びに行くから」

 

 ウルリカはにやりと微笑んで、森の道を走っていった。

 土の上の枯れ葉がワシャワシャと鳴り、離れてゆく。

 

「おいおい先走るなよ。どうせ今日は一晩野宿だぞ」

「置いてっちゃうよー!」

「……やっぱまだまだ子供だな」

「大人だから!」

 

 おっと聞こえてた。

 

 ……でもまぁ、20歳前だしな。俺からすりゃまだまだ子供のうちよ。

 



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新商品大発見

 

 俺は久々に黒靄市場を訪れていた。

 徴兵もあって金がねーって感じでは全く無いのだが、何も物を売ってないというのも味気ない。

 ケイオス卿として地道に生活のクオリティを高めるアイテムをばら撒いてはいるが、そういう道具は確実に売れたり流行るものを厳選しているからな。

 ちょっとした変わり種とか地味な発明品はそういうわけにもいかない。そういう物に関しては、俺が発明しましたってことにしてるわけ。

 誰からも妬まれない、強引に横取りもされない。そんくらいのバランスの発明品だ。まぁ仮にパクられたとしてもそれはそれで良いしな。

 

 そんなわけで、いつもメルクリオが露店を出してる場所までやってきたのだが……。

 

「おいおいどうしたんだメルクリオ、その顔」

「ああモングレルの旦那、久しぶりだな。いやこれはちょっとね。この前の戦争の時によその若い奴らに絡まれてな。殴られちまったんだよ」

「マジかよぉ」

 

 久々に会ったメルクリオの顔には、包帯が巻かれていた。

 メルクリオの髪は薄い色の金髪だ。これは銀髪に次ぐサングレール人特有の髪色で、レゴールではなかなか悪目立ちする。そういう意味じゃハーフの俺よりも風当たりは強いだろう。だからこそメルクリオは黒靄市場で商売せざるを得ないのだが……。

 

「まぁその日にすぐポーションで治したんだがね。ほら、この包帯も付けてるってだけで下はもう無傷だ。けど高い薬で治したってのがバレると面倒だからよ、覆ってるわけさ」

「あ、なら良かった。いや良くはねぇけど」

「戦争中はピリピリするからなぁ、腹は立つが仕方ねえ。必要経費と思ってるよ」

 

 メルクリオは明るく笑ってみせた。たくましい商売人だ。

 

「まぁそういうこともあったからな、薬代くらいは稼ぎたいわけさ。モングレルの旦那よ、何か良い商品は持ってきてないかねぇ」

「あー……この流れでメルクリオに見せるのは申し訳なさが来るんだが……はい、孫の手」

 

 俺が差し出したのは一見すると

 

「なんだいこれ」

「背中掻けるぞ背中。ほら、ポリポリーっとな」

「……うーん」

 

 やって見せて孫の手を渡すと、メルクリオは気が乗らなさそうな顔で受け取り、背中を掻いてみせた。

 

「うーん、うぅーん……」

「どや」

「まぁ使えないでもないかなぁ……けど高値じゃ売れないだろうなぁこれは」

「ですよねー」

 

 こんな孫の手なんてどこでも作れるだろうしな。

 買う側も馬鹿じゃないからそんな高い金は出さんだろう。今金が欲しいメルクリオにとってはちょっとマッチしない品になるか。

 

「ああそうだ、モングレルの旦那。例の洗濯板はすっかり真似されちまってな、あれではもう稼ぐのは無理そうだ。出来そのものは旦那が作ってくれた物の方が良さそうだったがね」

「おー、そりゃ残念だ」

「あまり残念そうじゃないぜ旦那」

「ああわかる? あれ自分で作ると鼻が木屑まみれになるからな。あまり気は進まなかったんだよ」

「へぇ。……ああ、でもあれだ、モングレルの旦那が作った折り畳みのナイフな。あれ一個売れたよ」

「え!? あれ買うやつまだ居たのか!」

「戦争ンなる前だな。どことなくだが、偉そうな人だったね。だから金払いも良かったのかもしれんね」

「マジかぁ、物好きだな」

 

 俺の何徳か死んでる十徳ナイフがこの期に及んで売れるとはな。

 街に人が増えると謎の買い物してく人も増えるんだろうか。

 

「こっちの事情もあって悪いが、次はもっと高く売れそうなもんを持ってきてくれると嬉しいぜ。前のいかがわしいようなやつでも構わないぞ? あれはなかなか良い金になる」

「いかがわしい道具なぁ……性は商品になるとはいえ、俺のブランドに傷がつくからなぁ」

「気にしすぎだぜ旦那。傷つくほどの看板は掲げてないだろう?」

 

 まぁ俺がモングレルとして掲げてる看板なんて、長年泊まってる“スコルの宿”の看板くらいしかないもんな。その人様の看板ですらボロっちいのだが。

 あの看板もなぁ。剥がれてどっかいった花弁の飾り、修理しときゃいいのにな。時間ねぇのかやっぱ。

 

 

 

「おや? モングレルさんじゃありませんか。お久しぶりですねぇ。近頃来られてなかったので心配してたんですよ?」

「やぁケンさん。今日もタンポポ茶を飲みに来ましたよ」

「ぬふふ、お菓子も是非どうぞ。今日のは卵をたくさん使った美味しい焼き菓子ですよ」

 

 久しぶりついでに、ケンさんのお菓子屋にも顔を出した。

 が、久々に来るケンさんの店は前に来た時よりも明らかに内装が豪華になっている。高価そうな調度品が増え、椅子も安っぽかったものが高級感あるしっかりした造りの椅子になっていた。

 

「調度品を良くした甲斐がありますよ。これだけで色々なお客さんが喜んでくれますからねぇ」

「儲かってるなぁケンさん……我ながら恐ろしい才能の持ち主に手を貸してしまったぜ……」

「いやぁ、私の作る菓子は世界一ですからねぇ。ぬふふ」

 

 タンポポコーヒーをもらい、ちびちび飲みながら卵ボーロじみたお菓子をいただく。

 バニラエッセンスも使っていないのに何故か美味い。普通のボーロとは違うけどこれはこれで美味しいわ。

 やっぱり甘いものはいいねぇ。

 

 周りを見ると、昼間だからか客が多い。席は半分以上が埋まり、もう店の経営は軌道に乗ったんだなと思わせる雰囲気だ。

 

「なぁケンさん」

「はいはい、なんでしょう」

「店とかでさ、こういう時あったら良いなーって道具、無い?」

「道具ですかぁ。私はどんな道具を使っても美味しいお菓子が作れますので、現状特に欲しいものはありませんねぇ……」

「えー、本当?」

「本当ですとも。強いて言えば、窯の温度管理くらいですかね?」

「窯となると簡単には出来ねぇなぁ……」

 

 ケンさんはすっかり今の道具によるお菓子作りに慣れきっているが、もっと効率良くする道具はあるはずなんだよなぁ。ケンさん自身、まだそういう道具と出会っていないから気付いていないだけでさ。

 

 まぁ焼き窯の方は流石に俺でもどうこうできないが……。

 

「そうだ、こういうのはどうだケンさん! 金属製の針金を曲げたやつをこう、四本を丸くするように並べて取っ手をつけるんすよ。それがあれば卵を掻き混ぜるのが楽になると思うんですが……」

「……ふーむ? そういうものですかねぇ……?」

 

 駄目だ、実物がないとイメージしにくいか。

 相手がその道のプロだとしても、道具の案を出すだけじゃわかりづらいか。うーん。

 ……まぁさっさと作って現物持ってきた方が早いか! 

 

「しょうがねえなケンさん。じゃあ今度その道具を持ってきてやるよ。きっと便利で咽び泣くぜ」

「そんなに劇的なものでしょうかねぇ……? まぁ、楽しみにお待ちしておりますよ。モングレルさんのアイデアは当たりますからね、ぬふふ」

 

 と、ケンさんに期待されたはいいのだが……ふと気付いた。

 泡立て器の需要ってあんまり無いんじゃ? 

 

 いやいや、何もあれは卵だけのものではないだろう。俺は他の使い方はあまり覚えはないが……まぁギリパン屋とか……粉物扱う店でも使われるかもしれないし。

 やってみる価値はあるはずだ。うん。

 

 

 

「磨いた針金だぁ? モングレル、うちは金物屋じゃねーぞ! 鍛冶屋だ!」

「そういやそうだ。悪いね」

「たまにはうちに研ぎに出せ!」

「ああ。いつかな、いつか」

 

 ジョスランの鍛冶屋に追い出され、金物屋に行って普通に針金をゲット。そういや俺前もここで買った気がするわ。忘れてた。

 この世界、普通に針金があるのが地味にすげーなと思う。針金の他にグロメットとかもあるんだよな。

 金属が稀少だからそれを有効利用する加工法がわりと発達しているんだ。そこらへんはマジでありがたい。

 

 自分の宿に戻り、買ってきた磨き済み針金を曲げて加工する。

 使い勝手を考えてなるべく水洗いが楽になるよう、衛生的に……とはいえ限界はあるので頑張って綺麗にまとめておこう。

 

「一応出来たは出来たが……まぁ、ケンさんが使ってみてどうかって感じだな」

 

 ケンさんが使ってみて不便だと感じたのなら諦めよう。

 この世界じゃ洗い物で面倒になることもあるかもしれないからな。泡立て器は洗いにくいし、それ次第だ。

 

 

 

 と、俺は結構心配しながらケンさんに渡してみたのだが。

 

「良いですねぇモングレルさんこれ! なかなか便利ですよぉ! 緩い生地作る時に最高じゃないですか!」

「あ、マジすか? 良かったー無駄にならなくて」

 

 ケンさんは凄くいい笑顔でボウルの中の卵をジャカジャカかき混ぜている。その泡立て器の扱いたるや既に俺より上手そうなんだが。さすがプロはちげーわ。

 

「見てくださいこの泡立ち! いいですよモングレルさん! これは世界で売れますよ!」

「お、おおそりゃいいな。すげぇ喜びようだ……ありがとなケンさん。ケンさんがそう言うってことは大丈夫なんだろう。こいつはいくつか作って売り物にしてみるよ」

「良いですねぇー! 作ったらもう一つ買いますよ! ぬふふふ……!」

 

 どうやらこの商品は上手いこと売りに出せるみたいだ。やったぜ。

 

 値段がどんなもんかはわからないけども、幾つか量産してメルクリオに販売委託してみるかぁ。

 まぁ即金になるかっていうと怪しいところだが、今話題のケンさん愛用とかなんとか言っとけば刺さる人には刺さるかもしれんしな。

 

 

 

「というわけでメルクリオ、新しい商品を持ってきてやったぞ」

「おおモングレルの旦那! それが新作のいかがわしい道具かい? これはまた……随分と凶悪な形をしているねぇ」

「ちげーよ!」

 



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森の成功例と失敗例

 

 秋になると、アイアンクラスの初心者ギルドマンたちがバロアの森にゾロゾロやってきて、恵みを拾いに来る。

 比較的浅い場所でもポコポコ実っているので、危険を避けて小金を稼ぎたい連中にとっては良い季節なのだ。

 しかし初心者に限って森の浅い深いはよくわかっておらず、あるいは実りの豊かな深い場所を欲張って狙うせいで、危険に晒されることが多い。

 

 秋は実りの季節でもあり、それはすなわち魔物にとっても豊かな季節だ。

 森のごちそうをムシャムシャ食べて脂の乗ったコンディション万全な野生生物が、自慢の角や牙を構えて襲い掛かってくる。

 重量×速度=危ない。その教訓を身を以て勉強することになる初心者は、あまりにも多い。

 

 

 

「たすけてぇ」

 

 遠くのバロアの木立から、情けない泣き声が聞こえてきた。

 俺は森の中で活きの良い生肉を探していたのだが、さて。魔物にぶっ転がされたギルドマンか、道に迷ったお間抜けさんか。

 

「あっ! そこの人お願い、助けてくださぁい!」

「フゴッフゴッ」

 

 声の方向に歩いてみると、状況は大体理解できた。

 

 まずバロアの木の根元にクレイジーボアがいる。木の周りはボアが暴れたり穿ったりで剥き出しになっており、非常に荒れている。一瞬だけ何か括り罠にでも掛かっているのかと思ったがよく見るとそんなことはなく、クレイジーボアは木の上にいる何かに執着しているようだった。

 

「降りれないんですぅ!」

「なるほどなぁ」

 

 木の上には半泣きというか半分以上泣いてる子供が一人いた。

 15歳くらいの痩せた少年で、防具というよりはほとんど平服に近い装備がいかにも農家から投げ出されましたって感じの冴えない田舎者オーラを放っている。

 彼はバロアの木を5メートルほど登ったところの太い横枝に座り、幹にしがみ付いていた。

 背中には採取籠。まぁ、あれだな。森に深入りしたせいでボアに見つかったってことなんだろう。木の上に登れたのはラッキーだったな。

 

「助けてやっても良いけど、クレイジーボアは俺の獲物にさせてもらうぜ?」

「ええそうしてください! 僕じゃ無理ですよこんな化け物!」

「これに懲りたらバロアの森に深入りするなよ。この時期は危ない連中が多いからな」

 

 バスタードソードを革鞘から抜き放ち、頑丈な立ち姿の樹木の前に陣取って剣を構える。

 さすがにここまで近づくとクレイジーボアも地上の邪魔者を警戒するのか、俺の方に向き直ってきた。相変わらず凶暴そうな顔だぜ。

 

「一人で戦うんですか!?」

「おいおい、俺を誰だと思ってやがる。俺はレゴールで一番強い剣士だぞ」

「マジすか! かっけぇ!」

「ランクもブロンズ3だしな」

「ええ!? 嘘じゃないですか!」

 

 なんて会話をしているうちに、クレイジーボアがこちらに突進してきた。

 若干フェイントをかけるように左右にブレつつ突っ込んでくるクレイジーボアに対し、俺はバスタードソードの向きを常に修正し……。

 

「ブギッ」

 

 ドン、とクレイジーボアの全体重が衝突し、俺の背後の木立が揺れた。

 しかし相手の屈強な牙は俺の所にまで届いてはいない。クレイジーボアの突進にバスタードソードの突きを完璧に合わせたおかげで、ボアの頭部はざっくりと串刺しにされていたのだった。

 近くに頑丈な樹木がある時にしかできない基礎的なカウンターだ。

 時々槍使いなんかも似たようなやり方で戦うことがあるらしいので、実はそこまで曲芸じみた技ではない。

 

「す、すげぇ」

 

 頭蓋骨ごと頭部を貫かれたクレイジーボアはすぐさま沈黙し、重々しく大地に横たわった。90kgくらいの個体だな。こいつはなかなか良い獲物だ。

 

「よし、囮役ご苦労。もう降りてきて良いぞ」

「あ……ありがとうございます!」

「俺はモングレル。お前は?」

「モングレルさん、本当に助かりました。俺はネクタールから来たヒースです。あ、ランクはアイアン1なんですけど……」

「新入りだな。さっきも言ったけどバロアの森はちょっと踏み込むだけでも危ないから絶対に油断するんじゃねーぞ。まぁ、でも木の上に登ったのは正解だな」

「へへ、うちの父ちゃんに木登りやらされてたんで……」

 

 木登りも絶対に安全ってわけではないが、ある程度頑丈な木に登ることができれば厄介な地上の魔物から身を守ることはできる。

 チャージディアなんかはジャンプからの突き刺しがあったりするので油断はできないけどな。

 

「これからクレイジーボアの解体やるけど、一緒に見ておくか? 作業を手伝うなら少しだけ肉とか毛皮を分けてやるよ」

「良いんですか! ありがとうございます!」

「おう。俺は肉が欲しいだけだからな」

 

 そうして俺とヒースは一緒にクレイジーボアを解体し、獲物の部位を分け合った。

 クレイジーボアの毛皮もまぁ売れないことはないが、俺は運搬とか諸々の処理とかが面倒なのであまりやらない。けど寄る辺のないアイアンクラスのルーキーが小銭を稼ぐ分には結構良い素材かもしれないな。

 

 

 

 とまぁ、そんな狩りの風景も見られるような今の季節ではあるのだが、当然これは運の良いケースだ。

 木登りができる奴がクレイジーボアとの遭遇に運良く気付けて、近くに上りやすく一休みできる枝の生えた木があったからこそ成立した生存例と言って良い。

 普通の初心者は“あっ、やべえクレイジーボアだ”と気付いた次の瞬間には突き殺されて死んでいる。

 

 忘れてはいけないのは、バロアの森は決して人間には優しくはないってことだ。

 レゴールの地元民が山菜集めすらせず、その日暮らしのギルドマンだけが入る危険地帯。その事実は常に頭に入れておくべきだ。

 

 

 

「うわっ」

 

 露骨に土の上に残っていた蹄跡を追うようにして森を歩いていると、俺は痕跡の先で横たわる人間の死体に気がついた。

 

「……ああ、死んでるな。運がない」

 

 黒髪の少女の死体だった。

 田舎っぽい装いの、前に会ったヒースと同じ採集目的で森に入っていたルーキーだろう。首元に引っ掛けた認識票はアイアン1。土手っ腹に二つのデカい刺し傷がある。チャージディアに突き殺されたのだろう。

 

 土の上には足を引きずった跡がある。角で突き刺されたままズルズルと運ばれ、ここに捨てられたってところか。血の跡が点々と続いている。

 ……痛かっただろうなこれは。可哀想に。

 

「認識票と、いくつかの遺品は持ち帰ってやる。他は……」

 

 秋とはいえ、人間の死体だ。

 巨大な生肉を土の上に放置すれば、死後まもなくして虫に集られる。

 それは当然、装備品にも群がってくるわけで。

 

「悪いな、大した墓は作ってやれねえ」

 

 丁重に弔ってやりたい気持ちだけはあるんだが、どうも虫に集られた人間の死体っていうのが俺は苦手だ。それに森の中でいちいちギルドマンの死体を弔っていては時間がいくらあっても足りない。

 だから俺はひとまず大きな穴を掘り、そこに死体を突っ込むだけに留めている。普通のギルドマンはそんなこともしないで放置するんだけどな。まぁ、クレイジーボアに死体を漁られると気分が悪いしよ。

 

「無念はあるだろうが、化けて出ないでくれよ」

 

 墓穴に突き落とす前に、死体の首と背骨を折っておく。

 これはアンデッドになるのを妨げる手段だ。遺体を痛めつけるようで絵面は悪いが、この世界ではどちらかといえば尊厳を守る行為として扱われている。

 俺としてはあまり気分は良くないけどな。アンデッド化するよりはとわかってはいても……。

 

「……月の神ヒドロアよ。冥府をゆく彼女に暖かな端切れをお恵みください」

 

 最後に墓穴の上で小さな布切れを焦がし、墓石代わりの棒を突き立てて終わりだ。

 ハルペリアじゃ貧しい連中なんて少しも信心深くないからこんな儀式もいらないかもしれないが、一応な。

 俺としてはこの世界には神がいるんだろうなぁと思っているから、まぁ祈れる時には祈っておく。ヒドロアが実在するかどうかは知らんけど。まぁ何かしら神様的な奴はいるんだろう。それに届けば良いなとは思っている。

 

「ギルドに届けてやるか……」

 

 バロアの森で命を落とした新米ギルドマン。

 その遺品を拾うことは、長年やっていれば決して珍しいことではない。俺もいくつもの認識票をギルドに送り届けてきた。

 

 でも何度やっても慣れないし、心に来るんだよ。

 若い奴にはもっと命を大事にして欲しいんだがね……。

 お手軽な秋の恵みを前にしては、口酸っぱく警告するくらいじゃ若者は止まらないんだよな。

 



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第四回熟成生ハムと飴玉猥談バトル

 

 クレイジーボアの後ろ足の肉はとろけるような脂とまぁそこそこな感じの赤身の肉が合わさり、非常に美味い。前足は微妙。

 レゴールではチャージディアの素材が高価で重宝されているが、俺からすると肉はボアの方がずっと良いと思っている。

 

 が、秋はジビエが森から生えてくる季節なので食べ飽きてしまう。

 いや美味いんだけどね。食いすぎてると限界は来ちゃうわけよどうしても。

 

 だから俺は、常に新しい食べ方を求めている。

 いいや、いっそのこと新しくなくとも構わない。美味いとわかっている調理ができればそれで良いんだ。

 

 そのためなら俺の頭くらい、いくらでも下げてやるよ。

 

「マーゴットさん……この後ろ足の肉で生ハムを作って下さいッ!」

「嫌だね!!!」

 

 しかし下げた頭が効力を発揮するとは限らない。

 相手が捻くれきった婆さんなら尚の事だ。この偏屈婆さんめ。

 

「……なぁ頼むよマーゴットさん。バロアの森でせっかく良いサイズのボアの足を手に入れたんだ。新鮮だし傷もない。一番美味い時期だろ? こいつで生ハムを作れば絶対美味くなるんだって」

「サングレールの血が混じった男にくれてやる生ハムはないよ!」

「おいおい何も俺はタダでやってくれとは言ってねえよ。ちゃんと金は払うしさ。もちろん倍額、いや三倍は払っても良い。それで作ってみてくれって。な?」

「うるさいねえモングレル! 何度も言ってるだろう! 私は気に入らん奴に物は売らないよ!」

「俺の何が気に入らないって言うんだマーゴットさん!」

「若者の面被ったジジイみたいなとこがだよ! あんたが喋ってるの聞いてると死んだ旦那を思い出すよ全く! ああ嫌だ嫌だ!」

 

 こ、ここここのババア~……言わせておけば好き勝手よぉ……。

 確かに俺の精神年齢は肉体の倍はいってるかもしれねえけどよぉ……あんたのは別に俺の本質を突いてるとかそういうのじゃなくて全般的に色々な人に対して口が悪いから言ってるやつだろうがよぉ!

 

「あーあー、言うだけ損したぜ! 肉を売らねえ肉屋なんて聞いたことねえよ!」

「さっさと帰りな若作りジジイ!」

「ジジイじゃねえまだ30だクソババア!」

「私だってまだピチピチの66だよ!」

 

 十分ご高齢じゃねーかよ!

 畜生、婆さんと言い合いしてても無駄なだけだ。クレイジーボアの脚肉が腐る前にさっさとどうにかしないとな……。

 

「お~いマーゴット婆さん! 来たぜぇ~!」

 

 なんて出口に向かおうとしていると、入れ違うようにチャックが入ってきた。

 紙袋を抱えて入店したが、はて。何を買うつもりなんだか。

 

「おやぁチャックじゃないかぁー。よく来たねぇ」

「おう来たぜ~、ほらこれ前言ってたピクルス。マーゴット婆さんはこの酸味が良いんだったよなァ~?」

「あらぁ! ありがとうねぇチャック! そうなのよぉあの店の作るピクルスが一番なのよぉ!」

 

 あれぇ? なんかチャックに対するマーゴット婆さんの反応が俺と全然違わなぁい?

 

「そうだチャック! この生ハム持っていきなさいよほら!」

「え~? 俺はマーゴット婆さんの作ったハーブ入りウインナーを買いに来ただけだぜぇ~?」

「良いんだよぉほら! こっちの持ってきな! ウインナーはこっちね! 代金はこれ貰っとくよ!」

「おいおい本当にウインナーだけの金で良いのかよぉ? じゃあまぁありがたくもらってくぜぇ! ありがとなマーゴット婆さん!」

「また来るんだよぉ!」

 

 うんうん。

 婆さんとな。孫のな。そういう心温まるやり取りって感じがしていいよな。

 

「お? なんだァ、モングレルじゃねェか……どうした?」

 

 けど今俺の前でそんなハートフルストーリーを見せられちまったらよ……。

 

「ギルドへ行こうぜ……久々に……キレちまったよ……」

「……ぁあ?」

 

 許せねえよなぁ……!

 

 

 

「よく聞けお前ら! ここにいるチャックは俺の目の前でマーゴット婆さんの熟成生ハムを丸々一本譲ってもらった! どう思う!?」

 

 ギルドにやってきた俺は吠えた。片手にボアの生肉を手にしたままである。

 チャックは生ハム持ってるのに……どうして俺だけただの生肉だってんだ……!

 

「……ほーん」

「チャックだしなぁ」

「良かったね、とかそういうあれか?」

「運がいいですね……とかですか?」

「っス」

 

 しかし俺の主張は通じていない。

 

「どいつもこいつも道徳的優位に立ちやがって! 俺の聞き方が悪かったぜ! いや言いたいことは概ねそのままだわ! 俺はチャックが憎い!」

「おいおいモングレルよォ……さっきから言わせておけば嫉妬かよォ。俺がマーゴット婆さんから生ハム貰ったことに妬いてんのかぁ?」

「グギギギ……俺と……俺とお前で何が違うってんだ……!」

「知らねェよ。なんかマーゴット婆さんに気に入られてンだ」

 

 この天然シニアキラーめ……!

 今度チャックを経由して頼めば生ハム作ってくれたりしねえかな……?

 いやそういう思惑はともかくとして、今はチャックが憎い!

 

「勝負しろ、チャック! 俺と勝負して……俺が勝ったらその生ハムを3切れよこせ!」

「なんで俺がモングレルにやらなきゃいけねェんだよぉ~! 俺だけが損する勝負じゃねえかよォそれェ~!」

「えー、じゃあチャックが勝ったらこれやるよ、はい。ケンさんのお店のハーブ味の飴。結構美味しい」

「うーん……」

「3個」

「……じゃあ勝負すっかァ!? せっかくマーゴット婆さんから熟成生ハムもらっちまったことだしなァー!?」

 

 チャックが生ハム原木を掲げると、ギルド内はにわかに活気づいた。

 美味いことで有名なマーゴット婆さんの生ハムだ。それと酒と一緒にいただけるのであればギルド内がざわつくのも無理はない。

 

「久々にやるのかぁ!?」

「始めるのか、チャック! モングレル!」

「俺を主催者に巻き込むな!」

「今回は紛れもなくテメェも主催者だろうが!」

「どうだって良いぜェ! 第四回熟成生ハム猥談バトルの……始まりだァアアアアッ!」

「ヒャッホォオオオオオウ!」

「夏やらなかったから秋もやらないと思ってたぜぇえええッ!」

「バリバリダー!」

「誰だ今の!」

 

 今年の秋はサングレールの侵攻やら色々あったが、どうにか無事に猥談バトルが始まった……!

 

「――ふむ、ならば二人とも……合意とみて宜しいな?」

「ディックバルトさん!?」

「一体どこから現れたんだ!?」

「ディックバルトさんはいやらしい話をするとどこからともなく現れるからな……!」

「――審判はこの俺、ディックバルトが務めさせてもらう……。半年に渡って溜めに溜めた白く熱い想い、今日こそこの戦いで吐き出すと良い――!」

 

 審判役は安定のディックバルトだ。というよりこいつがいないと猥談バトルが成立しないような気がする。いてくれてよかったわ。

 

「ヒャッハー! チャックが出るまでもねぇ! 一番槍は俺が貰ったァ!」

「おっと! てめぇの相手は俺だぜぇ!」

 

 で、いざバトルが開幕すると俺とチャックをよそに集まって勝手にマッチングするチャレンジャーたち。いや別に賑やかなのは良いけどさ。そのスケベバトルに対する旺盛な戦闘意欲は毎度のこと何なんだろうな?

 こっちとしてもギルドに来たからには一杯エールを飲んでおきたかったから良いんだけどさ……。

 

「またスケベっスか、モングレル先輩」

「しょうがねーだろライナ、マーゴット婆さんが俺に生ハム売ってくれなかったんだよ」

「……あ、マーゴットさんって前にも言ってた人だっけ?」

「ああ。気に入った奴にしか肉を売らねえんだ。頭も下げたってのによぉ。俺には売らずにチャックにはタダだぜ? 奪いたくなる気持ちも解るだろ?」

「いや別に奪う程ではないと思うんスけど……」

「あはは……」

 

 ひとまずライナとウルリカのいるテーブルにつき、エールを飲む。

 猥談バトルが繰り広げられている酒場の中央では、敗北者が吹っ飛ばされたり勝者が生ハムを額に巻いて踊り始めたりと、なかなかIQの低い光景が繰り広げられている。

 あいつらこんなノリで戦争生き残ったんだからわけわかんねえよな。

 

「ライナ達も生ハムいるか? 俺が勝ったら持ってきてやるぞ」

「マジっスか。いただきたいっス」

「えー……私はいいよ、うん。モングレルさんが勝負して、好きに食べたら良いんじゃない?」

 

 欲しがるのは飲兵衛のライナだけか。ウルリカはあまり酒は飲まないんだな。

 

「ウルリカ先輩が食べないなら私に……」

「いや公平に俺が食う」

「えーっ!」

「これでも俺はいろいろなものを犠牲にして戦いに臨んでいるんでな……嫌なら自分でスケベバトルに参加することだな、ライナ」

「いや……私そんなスケベなんてわからないっス……」

 

 ライナが落ち込んでいる。

 良いんだよライナ、そのままで。なんならずっとそんな感じでいたら良い。生ハムを得る代償があまりにもでかすぎるしな。

 

「ていうかモングレル先輩、そういうの私とかウルリカ先輩みたいな、スケベに詳しくない人に言うのよくないっスよ。変態っぽいっス」

「えっ、あ、うんそうだね……」

「“アルテミス”所属の連中はお硬いねぇ。まぁ俺もセクハラしたいわけじゃないから良いんだが」

「セクハ……?」

 

 なんてこと言ってる間にまた一人吹っ飛ばされ、一つの勝負が決着した。

 勝者には栄光と三枚の生ハムが与えられ、敗者には屈辱と生ハム一枚だけが与えられる……まぁ勝っても負けても貰えるあたり良心的なバトルだよな。

 

「さぁ次はいよいよ俺たちだぜェモングレル! 来いよ! “アルテミス”の子と楽しんでねぇでかかってきやがれ!」

「良いだろう……今回もまたお前にトドメを刺してやるぜ、チャック……!」

 

 景気づけにエール一杯を飲み干し、前に出る。

 対戦相手のチャックとは全戦全勝。正直負ける気はしない……だが、当の全敗中のチャックは笑っていた。

 

「ククク……モングレルさんよぉ。俺はなにも無為にこの半年を過ごしてきたわけじゃねェ……お前に勝つ必勝のスケベ知識を身につけて来たんだぜェ~……!」

「ほう……? そいつは楽しみだな……良いぜ、今回も先攻はくれてやる。後からお前を叩き潰すその時が楽しみだ」

「後悔させてやるぜぇ! まずは俺のターン!」

 

 チャックがまたドンとテーブルの上に乗った。行儀悪いぞ!

 

「良く聞きやがれェ!……“新しい娼館である「砂漠の美女亭」の女の子たちは……全員が連合国出身! 寝る前の踊りもなんかエッチで良い!”」

「――むぅッ! これはッ!」

 

 新店舗情報だと!? しかも連合国の!?

 しかもダンス有りって……なんか高級そうな店じゃねえか……。

 

「まだまだァッ! “しかもただのダンスじゃなく……踊っている最中に硬貨を投げれば、脱いでくれる”!」

「――有効ッ!」

「出たぞ! ディックバルトさんの有効判定だ!」

「新店舗情報……しかも型は“高級店”。まともに入ったな……」

「いくらスケベ伝道師の寵愛を受けたモングレルでもこれは分が悪いな……」

 

 オイ待て。スケベ伝道師の寵愛ってなんだよ。

 スケベ伝道師は普遍的存在だぞ。個人を寵愛するものではない。いやそうではなくて。

 

「へへへ……徴兵の臨時収入を突っ込んで行った新店舗の情報だァ~……! 男のスケベ情報しか知らないモングレル、テメェには太刀打ちできねえだろう……!」

 

 ヘラヘラと笑うチャック。随分と余裕そうだな。

 ……ああ、知らないのか、こいつ。

 

「あのなチャック。俺はな……“男以外のスケベ情報も知ってるんだぜ”?」

「なッ……!」

「モングレルあいつ、男以外も!?」

「馬鹿な……! 今までそんなデータは少しも……!」

 

 なんか知らないが今までの流れで男のスケベ情報を出してただけであってな……。

 女だったり男女共通だったりの知識だって取り揃えてるんだぜ、こっちはよ。

 

「う、嘘だ……そんなはずが……!」

「無力を知れ……“男のものを咥えていると、当たりどころによっては咥えた本人も快感を得られる”」

「なっ、なにぃいいいッ!?」

「馬鹿な、咥えるだけでだと!?」

「ディックバルトさん、判定は……!?」

「……――有効!」

「ぐふッ……!」

「決まったぁあああああッ!」

 

 チャックがよろけた。ふん、一発KOとはいかなかったか。

 伊達にこの半年、死線をくぐり抜けてきたわけじゃねえってことかよ。

 

 だったら。

 

「こっちも追加攻撃だ……!」

「な、に……!?」

「“快感を発生させているのは口の中の上あごのざらついた部分”だ……修練を積んだやつは、そこで“イける”!」

「……」

「……」

「……」

「オイお前ら黙るんじゃねえよ! 舌で口の中確認するな気持ち悪い! 家でやれ!」

「はははははぁ? 確認してねえし!」

「誰が上顎のざらつきを調べてたって証拠だよ」

「そーだよ!」

「あれ? 今の誰だ?」

 

 全く気色悪い奴らめ。……さて。

 

「さあディックバルト、審判を下してくれ。それが……チャックへの優しさってもんだぜ」

「は、は、はっ……! そんな、そんなッ……!」

「――ぬぅッ……! ――勝者、モングレルッ!」

「馬鹿なぁあああああッ!?」

 

 チャックは5メートルほど吹っ飛び、椅子を巻き込んで床に倒れ伏した。

 ……ま、今回は僅差といったところか。強くなったじゃねえか、チャック。俺もちょっとは気になったぜ。“砂漠の美女亭”……。

 

「――口内の性感帯はまぐわいやムード作りにおける重要なポイント……男女問わず、この感度を鍛えることは行為全体の満足度を引き上げる――! 接吻だけでなく、咥えることでも発揮する点は非常に素晴らしいッ!」

「へ、へー……咥えるだけで……」

「マ、マジかよ!」

「……」

「……」

「……」

「だからてめぇら口の中確かめるなって!」

 

 ちょくちょく皆が神妙な顔で黙るのがキショい。

 頼むから家でやってくれマジで。

 

「――しかしこれは男女共通の性感帯でもある……あるいはモングレルよ、お前もまた俺と同じ――?」

「いや俺は通りすがりのスケベ伝道師から聞いた」

「はい出ましたスケベ伝道師!」

「だから誰なんだよスケベ伝道師!」

「みんな王都まで探してるのに見つからねえぞ!」

「俺が知るかよ。生きてりゃそのうち会えるんじゃねえのか。……まぁいい、こっちの生ハムは約束通り3切れ、もらっていくぜ」

 

 床の上で伸びているチャックにハーブ味の飴玉を一個投げてやり、俺はライナたちのいる席に戻るのだった。

 

 

 

「先輩あざっス!」

「おう、一枚だけどな、食え食え。ウルリカはいらないんだったか? 本当に良いのか?」

「……」

「ウルリカ? どうした黙って」

「え? ええああいやなんでもないっ。私はいらないよ、二人で食べて」

「そうか。じゃあかわりにこっちのハーブ味の飴やるよ」

「あ……う、うんありがとう、いただくねー」

 

 そう言って、ウルリカは飴を口の中に入れて静かに味わうのだった。

 

「飴ってお酒進むんスかねぇ」

「意外と進むらしいぞ。特にウイスキーなんかは合うらしい」

「マジっスか。ちょっと試してみたいっスねぇ……」

「まぁ俺は肉が一番だと思ってるけどな」

 

 今日はマーゴット婆さんに生ハムを作ってもらうことには失敗したが、なんとか一食分の生ハムは確保できた。

 まぁしかし、たくさん食べても飽きるものだし……美味いものを楽しんで食う分には、このくらいの慎ましい量が丁度良いのかもしれないな。

 

 



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ナイトオウルの来訪

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

 戦争も終わり、レゴールの街にも日常が戻ってきた。

 幸い、敵の侵攻による被害は極々軽微であり、いくつかの備えは使わずに済んだ。嬉しい誤算だ。色々と計算のやり直しは必要になったが、前向きな修正作業ほど気楽なものはない。

 それに、近頃は街の外れに美味しい菓子屋もできたのだ。

 貴族街の菓子屋が大慌てらしいが、それも納得の味である。以前聞いた所によれば、店主のケンという男は王都の菓子職人だったらしい。

 貴族街の菓子職人はかわいそうだが、私としては美味ければどこでも良しだ。

 

 ああ、廊下から忙しないアーマルコの足音が聞こえてくる。

 今まさにお菓子を食べたい気分だったのに、また仕事を運んできたのだろうか。

 もう少し主人を労ってはくれないだろうか。

 

 

 

「ウィレム様、来客にございます」

「うむ。どなただろうか」

「ナイトオウル・モント・クリストル様です」

「!? ええ、な、ナイトオウルが!? き、聞いてないぞ!?」

「私もでございます。馬に乗ったクリストル様がやってきた時は目を疑いました」

 

 しかも馬で!

 

 おいおい……勘弁してくれよ。いくら親しい仲だからってこっちにも貴族としての体裁ってものがあるんだから……。

 とにかく、早く身支度を整えなければ。今この執務室を見られるのは少々まずい……!

 

「そしてウィレム様。申し訳ございません。実は既に扉の向こうに控えておいでです。クリストル様が」

「えーッ!?」

「失礼するぞ」

 

 バーンと扉が開かれ、その男は私の許可もなくやってきた。

 

 2mを超える長身。ススキじみた細身。しかし上等な服の上からでもわかる、鍛錬を疎かにせず磨かれた肉体。

 どこか細長い顔と、フクロウのようにギョロッとした恐ろしい目つき。

 何もかもが私とは真逆の男だ。

 

「……ハァ。またかウィレム。仕事と菓子漬けの暮らしばかり……たまには身体を動かせと常日頃から言っとるだろうが」

「いやぁ……まぁ……たまに外には出てるよ? 街中に……」

「どうせお前のことだ、菓子を食いに出てるんだろうが」

「ははは……ま、まぁ座りなよ、ナイトオウル。馬に乗って来たなら疲れているだろう?」

「……やれやれ」

 

 彼の名はナイトオウル・モント・クリストル侯爵。

 ハルペリアの王都インブリウムで暮らすやり手の宮廷貴族であり……こんな私の、数少ない友人……でもあるらしい。少なくとも彼は、そう言ってくれている。

 

 

 

「久々に麾下の騎馬部隊の訓練に付き合ってな。ハービン街道を突っ切ってきた。よく道を整備してるじゃないか。おかげで旅程に余裕ができたぞ。こうしてここでワインも飲める」

「まぁ……道は整備しているからね。人が増えたから、手が回るんだ」

「必要な所に手を回せるのはひとつの才能だろ」

 

 せっかくナイトオウルが王都からやってきたので、長めの休憩に入ることにした。

 彼と話す時は仕事しながらというわけにもいかない。彼は“力を抜ける時は抜け”というのが口癖だから。

 

「ナイトオウル。私に“月下の死神”を遣わせたのは君だろう」

「さて、どうかな」

「あれは助かったよ。報せもそうだが……彼の訓練のお陰でうちの兵たちの練度が上がった。きっと戦場では役に立ったのだと思う」

「……なるほど、そういうことがあったのか」

 

 彼はあくまで知らぬ素振りでパイプをふかしている。

 “月下の死神”は機密性の高い部隊だ。誰の指示でどう動いているかを知られてはいけない。だから私と彼の仲であっても、明言はできないのだろう。

 まぁそれでも構わない。私の感謝が伝わってくれていればそれで良いんだ。

 

「王都はどんな様子かな」

「いつも通りさ。良くもなく悪くもなく。レゴールを目の敵にする連中も減ってはきたが、相変わらず商売人は疎んでいるな」

「……そればかりは私にはどうしようもない」

「だろうな。既にレゴールは周辺都市に十分に配慮している。騒いでいるやつは無能ばかりだ。言わせておけば良い」

「騒がれるのも嫌なんだけどなぁ……」

「伯爵になって何年だよ。もっとドンと構えろよ」

「無理だよ……いつまで経っても慣れる気がしない。胃が痛くなりそうだ……」

「お前はそんなに軟弱な胃袋してないだろ」

 

 ナイトオウル。

 彼との出会いは幼少の頃まで遡る。

 

 学園に通わなかった私は、常に屋敷に籠もって人と関わることがなかった。

 そんな中で、客人としてやってきたクリストル一家とは顔を合わせる機会が多かった。もちろんそれは私相手というよりは、私の兄達との顔合わせがメインだったのだが……それでも私にとっては、友人を得る貴重な機会だったのだ。

 

 ナイトオウルは昔から変わらない。

 今でもこうして颯爽と駆けつけてきては、引きこもりがちな私の部屋の扉を強引に開け、話しかけてくれる。

 ……良い友人を持った。本当に。

 

「それで、ナイトオウル。何か私に話があって来たんだろう? ただ騎馬部隊の訓練に付き合うほどそっちも暇じゃないはずだけど……」

「ああ、まぁそうだな。……いや、話は用意してたんだがなぁ。これを言うのが少し……もうちょっとクッションを置いて話したいというか」

 

 珍しいな。ナイトオウルがこれほど躊躇するとは。

 それほど気が進まない話なのか。……いや、私の方が気が進まなくなる提案をしているのだな。

 

「ああ、なんとなくわかった……ケイオス卿絡みの話だろう? ナイトオウル」

「……あーいや、まぁそれも無いではないんだが……」

 

 おや、違うのか。てっきりその方面での交渉や取引を持ちかけに来たのかと思って身構えていたのだが。

 

「話というのはだな、ウィレム……うちの妹と結婚してもらえないかという話でな……」

「…………は? 結婚? 妹?」

 

 妹。クリストル家は大所帯だ。しかし家族構成は頭に入っている。

 ナイトオウルの妹と言えば何人もいるが、その中で結婚や婚約をしていない妹は……該当するのは一人しかいない。

 年の離れた末っ子。うちの次兄とも婚約していたが、死んだことで“呪い”などと不名誉な仇名を噂されてしまったかわいそうな子……。

 

「末妹のステイシーだ。お前も昔は顔を合わせたことがあっただろう? 婚約した相手が亡くなったせいで未だ嫁げないままでいるし、変わり者の妹だが……あいつが、お前に興味を示しているようでな」

「え、えええッ!?」

「おう、元気だな」

 

 思わず席を立ってしまった。

 ど、どど、どうしよう。どうしようどうしよう。

 

「わ、罠かい!?」

「……失礼な奴だなとは言わないでおこう。まぁ、お前からすりゃ確かに寝耳に水だろうしな……」

「いや、私も、私としても、レゴールとしてもありがたい話ではあるけども……! ナイトオウル、ステイシーさんの気持ちを蔑ろにするのは酷いだろう! よりによって、私相手だなんて……」

「卑下するな。貴族だろ」

「あ痛っ」

 

 ナイトオウルの長い脚による蹴りが頭に飛んできた。

 いてて……久々にやられたなこれ……手加減はしているんだろうけど、暴力は反対だよ……。

 

「今をときめくレゴール伯爵が未婚なんだ。そういう話は山ほど来ているんだろ」

「……まぁ、それはもう、本当に山ほど。断ってるけど……」

「もっと自分に自信を持てよ……お前がそうやって独り身でいるから、周りも態度を決めかねてヤキモキするんだろ。常識的に考えて……」

「……女の人が怖いんだよ」

「……今更すぐに直せとは言わないがな。そうも言ってられん歳だろ」

 

 私は女性が苦手だ。男だって苦手だけど女はもっと苦手だ。

 私よりも背の高い女性に嘲笑われるのも、嫌そうな顔を必死で堪えて見合いをされるのも……色々と、嫌なんだよ。

 

「ああ、それとさっきのな。ステイシーがお前に興味を持っているという話……あれ別に嘘じゃないぞ。どうもステイシーが最近雇った親衛騎士が面白い奴らしくてな。ステイシーはよく周りの奴と話をするのが趣味なんだが……名前はブリジットだったかな。その女騎士がよくお前のことを褒めているから、興味を持ったんだと」

「ブリジット……ああ、ブリジット・ラ・サムセリア。そうか、彼女がステイシーさんのところについたのか……」

 

 驚いた。こんな縁の生まれ方があるなんて……。

 確かにブリジットという女騎士は知っている。彼女達騎士団と話すこともあったし、忠誠心が高いことも覚えている。彼女は実直で、とても真面目な騎士だった。

 ……一時期はどうなるかと思ったけど、王都でも上手く仕事をしているようでなによりだ。……いやそれよりも。

 

「そ、その……ステイシーさんは、怖くないのかな。うちの次兄と婚約して、兄は亡くなっただろう? それで次に私が死んだらまたいらぬ噂が出回るんじゃ……」

「いやお前な……それはお前が心配することじゃないのか」

「だってあんまりだろう? 次兄が死んだのは……呪いなんかではない。だというのに呪われた令嬢だなどと噂されて……その上またレゴールである私と結婚だなんて……」

「あいつはそんなこと気にしとらんよ。それにな、そう言うくらいならお前が証明してやってくれりゃ良いだろう。呪いなんてものは無かったんだと、お前がステイシーを幸せにすることで証明すれば良い。違うか?」

 

 ……参ったな。いやぁ参ったなぁ。困るなぁ……。

 

「……あ、あの。ナイトオウル。それでもいきなりはアレだから……ひとまずお茶会からということで……どうだろう……」

「んー……」

 

 パイプをくわえたまま、ナイトオウルの眉間の皺が深くなる。

 

「まぁ、お前にしては前向きか。その答えで満足しておくよ」

「……ああ、緊張で震えてきた。ど、どうしよう」

「早い早い。……こりゃ重症だな。お茶会を挟んで正解かもしれん」

 

 女の子とお茶会……しかも相手は、ステイシーさん。

 昔は遠くから見ることしかできなかったあの……可憐な子。

 

 ……今は一体どれほど綺麗になっているんだろう……なんて思いもあるけれど。

 

 それ以上にやっぱり怖いよ。どうしよう……。

 王都の女の子はどんなお菓子を食べるんだ……!?

 



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衣祭りで服選び

 

 まず、ヤツデコンブを適当なサイズに切る。

 目安はそうだな、だいたい2cm角ってとこかな。

 それを陶器製のカップに入れて、塩をひとつまみ。……もうひとつまみ。まぁこれはお好みで。塩味濃いめのほうが俺は好きだな。

 で、あとはここにお湯を注いでしばらく待つだけ。すると……。

 

「ふぅ……梅は無いけど、まぁ大体梅昆布茶だな」

 

 昆布茶の完成だ。すげー落ち着く味がする。

 このね、塩味が効いてるのがまた良いんだ。お茶ってよりはスープに近いんだろうが、俺にとってこの味はお茶だね。

 

 ここに梅を入れれば梅昆布茶になるんだろうけど、肝心の梅がない。プラムはある。もちろんプラムじゃ無理だろうからやろうとは思っていない。てか酸っぱけりゃ良いってもんでもないだろうな。梅っぽい風味……何を入れたらいいのやら。

 個人的にこの味で満足しちゃってるとこあるから特に改善はしねぇかなぁ。

 

「でも多分売れるかって言うと売れねえんだろうな……」

 

 以前湖に行って作った昆布だしの評判も、“アルテミス”では賛否が分かれていた。

 というのも、確かに出汁は出ていたのだがこういう海藻特有の生臭さみたいなものに慣れていないせいで駄目だったんだと思う。多分慣れとかそこらへんの問題なんだろうけどな。

 

 ま、こういう地域性のある飯なんてもんは俺のエゴで広めたって意味はない。

 世間に受け入れられないなら俺だけが楽しめればそれでいいさ。

 

「モングレルさーん、ちょっと良いー?」

 

 宿で昆布茶を飲んでまったりしていると、扉向こうの女将さんから声を掛けられた。

 なんだろう。また何か力仕事でも任されるんだろうか。

 

「ほいほい、なんすか」

「あら、休憩中? 邪魔して悪いわねぇ。モングレルさんに頼みたいことがあったんだけど」

「ああ別に大丈夫ですよ。暇してるだけなんで」

 

 よく見ると女将さんの後ろで末っ子のタックが女将さんのケツをばしばし引っ叩いていた。何やってんだお前。俺も大概だけどお前も暇そうにしてるな。

 

「ほら、今日って(ころも)祭りの日じゃない? 広場でたくさん古着が集まって来てるでしょ」

「あー、そうか今日お祭りでしたっけ」

「まぁ駄目よモングレルさん、独身なんだし普段からもっと色々な服着なくちゃぁ」

「ハハハ……」

 

 衣祭りとは、ハルペリアにおけるちょっとしたお祭りだ。

 いや、お祭りっていうと少しあれだな。実態は古着市みたいなものだ。

 

 ドレスを着飾った貴婦人の肖像として描かれることの多い月の神ヒドロアは、衣装持ちの神としても知られている。

 日ごとに忙しなく満ち欠けする月を見た昔の人々が、月の神様にそのような性格を見たのだろうか。ヒドロアは常に新しい服をとっかえひっかえして着飾ることに余念がなく、彼女の周りには常に美しい端切れが舞っているのだという。

 この祭りはその美しい端切れ、つまりは反物や服などを皆で交換し合おうというお祭りだ。しかしさっきも言ったが神事みたいな堅苦しいことは一切なく、店や個人なんかが古くなった服や人気のない服を放出するバザーみたいな行事として親しまれている。

 初日なんかは貴族が使ってた豪華な古着なんかも売られるので、その時はなかなか華やかで人気である。けどそこから翌日になってしまえば後は平凡なよくある古着市って感じだな。

 この世界の、少なくともハルペリアの人々は結構着飾るのが好きだから盛り上がるイベントではある。俺はそこまで興味ないからアレなんだが。……まぁ今はちょっといい感じのズボンが欲しいくらいかな?

 

「モングレルさんが忙しくなかったらで良いんだけどねぇ、そこでうちの部屋で使うベッド用のシーツを買ってきてほしいのよぉ。ほら、そろそろシーツ替えたいでしょ? でも何枚もとなると重いし忙しくてねぇ」

「あー」

「だからちょっと何枚かまとめて買ってきてもらえない? お金は出すから。ほら、モングレルさんの部屋のシーツも替えたいしねぇ」

「まぁ俺の部屋のこと言われたら確かに……わかりましたよ。何枚くらい買ったら良いすか?」

「五枚までお願いね。白くて綺麗なの選んでちょうだい。汚いのは嫌よ?」

「はいはい、わかりました」

 

 スコルの宿も娘のジュリアが手伝っているとはいえ、人手が足りないからな。こういうおつかい事になると結構いつも不便そうにしているんだ。だから俺が手隙の時はよく手伝いを引き受けている。

 まぁ部屋に私物を滅茶苦茶置きまくってるし、半分以上賃貸になってるからな。家具の固定とか改造とかやりまくってるもんでどうしても女将さんには頭が上がらない。日頃世話にはなってるし、力になれる時は手を貸すつもりだ。

 

「こらタック! 暇なら洗い物手伝いな!」

「いでででででで!」

「んじゃ、行ってきまーす」

「はぁい行ってらっしゃーい」

 

 ほっぺを抓られてる末っ子を横目に、祭りをやってる広場へと向かうことにした。

 

 

 

「おー、今年は結構出てるんだな」

 

 数年前はこの衣祭りも結構地味めなイメージがあったんだが、今年は随分と賑やかだった。

 交易も活発になったし、衣類も沢山運ばれているからだろうか。前はどっかで見たなーって感じの服がちらほら目についていたんだが、今年はまた印象が違う。

 

「大きめのシャツあるよー、腹出てても入るよー」

「おいそこの人、あんまりベタベタ触らんでもらえるか?」

「色付きボタン二十個入りだよぉ」

「刺繍用の飾り糸安売りしてますよー!」

 

 広場には各所に店が出て、布やら糸やらボタンやら、様々な衣類用品が沢山売られていた。

 もちろん出来合いの服もたくさんあって、特に女物の売り場は非常に活気に満ちている。

 この世界じゃ出来合いの服もなかなかサイズが合わないから、買った後もこまめに裾直しやサイズ直しをするんだよな。けどここまで沢山の服があれば、買ったそのままで使える服も多いだろう。その手軽さを考えると、なるほど賑やかになる理由もよくわかる。

 

「おや、モングレルじゃないですか!」

「マジっスか? あ、ほんとだ。モングレル先輩ー」

「おー、なんだなんだ。モモにライナか」

 

 頼まれていたシーツそっちのけでふらっとウィンドウショッピングに興じていると、衣紋かけの向こう側にいたモモとライナから声をかけられた。なんとなく珍しい組み合わせだな。

 モモは母親譲りの眠そうな目。ライナはデフォルトでジト目。背丈も近いこともあって、並んでいると姉妹っぽく見えないでもないペアだ。まぁライナの髪は青だしそこまで似てはいないんだが。

 

「モングレル先輩も古着探しっスか」

「いや、俺は宿の女将さんから頼まれてベッド用のシーツをちょっとな。二人は?」

「もちろん服探しですよ! あっ!? いえ違います! 私はローブの下に着込める便利なシャツを開発するための材料を集めているんでした……!」

「良いじゃないスか普通に服探しで。私はなんか安くて良い感じの探してるとこっス。モモちゃんともさっきそこで会ったんで、一緒に見て回ってるんスよ」

「私はあくまで材料探しですから!」

 

 モモがなんか色々言ってるけど二人も服を見て楽しんでいるところらしい。

 やっぱ女の子してるんだな。ライナもこういうことに興味があって良かったわ。もっと色々と可愛い服を着なさいお前は。

 

「モングレル先輩も新しい服とか買わないんスか」

「おー、まぁズボンとかは欲しいかなって思ってるんだけどな。けど無かったら無かったで別に良いかなって感じだわ」

「ギルドマンの男の人ってみんなそうですよね。なんでそんなに服に無頓着なんでしょう」

 

 まぁ着て快適なら良いかなって感じではあるからなぁ俺は。この世界じゃ快適性を求めるだけで全部終わっちまうんだよ。

 下手にデザイン凝りすぎたり高い素材使ったりしても金持ってると思われて厄介だしさ。レザーで装備を自作する時もわざと地味めに作ったりしてるぞ俺は。

 

「そうだ! モングレル、先程までライナにどのような服が似合うかを見繕っていたところなのです。モングレルも一緒に意見を出して下さい」

「え、いやぁー、私はいっスよ別に……」

「ほらこっちです! 秋と冬用のが売り切れる前に見て回りましょう!」

 

 そう言い切って、モモは一人でつかつかと女性物売り場へと早歩きしていった。

 ……すげーなモモ。俺とライナの二人の意思を無視していきやがった。つーか結局服選び楽しんでるじゃんよ。

 

「……しょうがないから、モングレル先輩も一緒に付き合ってもらえないスか」

「ああ、付き合うよ。今年はいつもより賑わってるし、見てるだけでも結構面白いからな」

「っス」

 

 そういう流れで、ライナを着せ替え人形にする買い物が始まった。

 

 

 

「うーん、ちょっとぶかぶかですね」

「っスかねぇ。中で装備を取り回しやすいスけど」

「装備のことは考えなくて良いんです!」

 

 しかしライナくらい小柄でも冬用や秋用の人気の品は既に多くが買われていて、数が少ない。

 残っているのは買う人がちょっとつかないくらいダッセェ物か、見た目は悪くないけど実用性にちょっと難がある物が多い。モモとしては意外とデザイン重視のようだが、ライナはあくまで実用性メインに考えているようで、着替えるたびに二人の意見が衝突してるのが少し面白い。

 今着てるモコモコしたマトリョーシカみたいなシルエットのクロークも、ライナは気に入ってるけどモモからは大不評だしな。

 

「もっとおしゃれしようって話じゃないですか! モングレル、どう思いますこのダサい服!」

「いやー……俺もこれはこれで暖かそうだし良いと思うけどなぁ……」

「でもダサいもんはダサいですよ!」

 

 いやまぁ確かにダッセェけど、店番してるおっさんが切なそうな顔してるからあまり貶すのはやめなさいよ。

 

「あーじゃあもう一旦実用性を考えずに選びましょう! モングレル、防寒具としての性能を無視して選んでみてくださいよ!」

「お前なぁ、ライナの好みも大事だろうよ」

「いや……その、モングレル先輩が選んでくれるならそういう服もちょっと興味はあるっス」

「えぇ? まぁライナがそう言うなら選んではみるが。任務で使うのは性能で選べよ」

「っス」

 

 正直こう、女性物が並ぶところで服を漁ってると周りの視線が前世の女性向け下着売り場並に痛いんだが、付き合うと言ったのは俺だしな。ライナに似合う服を頑張って選んでみるとしよう。

 

「うーん、裏地がモコモコの……違うな。ロングスカート……これもちょっとイメージと違う……。実用性を無視してデザイン全振りならまぁここらへんは排除だろうが、まぁうーん……」

「意外と熱中してるじゃないですか、モングレル」

「っスね。っスよね」

 

 ちみっこいとはいえ細い身体してるんだから、着ぶくれさせるのはちょっともったいない。それはそれで可愛らしくもあるんだろうけども。

 本人の体格はともかくもう17歳なんだし、大人っぽい奴をチョイスしてみるか。

 

「……こういう感じでも似合うんじゃないか?」

「え」

「ほほー。な、なんだか大人っぽいですね」

 

 俺が目をつけたのは冬場に着るにはまぁだいぶ厳しい露出度のトップスだ。

 白い長袖ではあるが裾が短くへそが見えるような丈で、肩もちょっと出るタイプのやつ。これだけ着て外出てたら今の時期は間違いなく風邪引くだろうな。

 けどデザインと作りはここらへんにある物の中ではかなり良い。目立った汚れもなく、眩しいくらいの白だ。多分、陳列されてるところが悪かったのとセクシーさの割にサイズが小さいのが原因だろうな。そのせいでこれまで売れ残っていたのだろう。

 俺はあんまこういうの詳しくないけど、こう、ヒラヒラとレースついてるのも良いしな。名前はなんていうのかわからんけど。

 

「……モングレル先輩はこれが良いと思ったんスか」

「まぁ全然冬物ではないし、俺のセンスだからなぁ……」

「いや、これ買うっス」

「マジかよ」

「すんません、これ買いたいんスけど」

「はいよー」

 

 俺の現代人としての感性も混じっていたから受け入れられるとは思っていなかったんだが、ライナは思いの外素直に即決した。

 女の買い物は悩んだり比べたりが多くて長い印象があったが、男の買い物並みの迷いの無さだ。俺としては無限に繰り返される「どれがいい?」に付き合わされなくて良いのは嬉しいけど、本当にそれでいいのかお前。

 

「な……なんだか大人っぽいものを買いましたね、ライナ……」

「モモはあんな大人っぽいの着ないのか」

「大人だし着ますけど!? ……いや着ないです、持ってないです」

「勢いで嘘つくなよ……今度同じパーティーの奴らに見てもらえ。女連中も結構いるし、相談すれば色々教えてくれるだろ」

「むむ……むむむ……」

 

 買い物を終えたライナがどこかほくほくした顔で品を抱え戻ってきた。

 

「あんましこういうの着たことないんスけど……私に似合うっスかね」

「ライナだったら似合うんじゃないか? この時期は暖炉のついた屋内でもないと寒いだろうけどな」

「……っス。あざっス」

 

 けどまぁライナが気に入ってくれたなら良かったわ。服を選んでって言われて“センスない”とか言われたら悲しみに包まれるところだったぜ。

 味覚では食い違うところの多いこの世界だけど、服飾の美意識が近いのは嬉しいもんだね。

 

「あっ、やべ。女将さんに頼まれてたシーツ買わないと」

「私も探すの手伝うっス」

「でしたら私も見ます。なにか便利なものがあるかもしれませんしね!」

「売り切れてるってことはねえよなぁ……?」

 

 幸い、ベッド用の清潔なシーツはたんまりと残っていたのでおつかいに問題は無かった。

 けど結構なお値段するんだな……びっくりしたぜ。やっぱり異世界の布地はたけーな。

 



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クヴェスナの真相に迫る

 

 この世界は色々と、まぁ前世のサブカルで良く見たような存在がいる。

 ドラゴンじゃん。ゴブリンじゃん。エルフもまぁ一応いるじゃん。魔法もあるしスキルもあるじゃん。

 だからこそなんていうか俺は、この世界をゲームか創作の世界の何かだと思ったりすることもあるわけよ。

 まぁ今じゃ半分以上割り切って、そういうものを土台にしたリアルだと受け入れてもいるんだが。

 

 ただこの世界がファンタジー冒険物なのか恋愛物なのかが未だによくわからん。

 聞いた話では王都には貴族向けの学園があるんだよな。そういう舞台を出されると一気にこう、異世界恋愛物の気配がしてくるわけで。

 いやまぁ仮にこの世界が異世界恋愛をベースに回ってるとしたら下っ端ギルドマンでやってる俺が画面外過ぎてそれはそれで面白いんだけども。気楽にはなれるよな。

 

 ……けど。

 そういう、転生した世界に対してメタ的な考察をする俺でも全く理解のできない存在が、わりと日常的に存在していたりも……するわけだ。

 

 

 

「クヴェスナの討伐任務だってよ、どうする?」

「うーん……クヴェスナは別に……」

「数いればやる価値もあるけどなぁ。今の時期にやるのはちょっと時間がもったいねえだろ」

「じゃあやめとくか」

「クヴェスナなんて適当なアイアンにやらせときゃいいんだよ」

 

 時々、ギルドでそういう討伐依頼が出る。

 季節的なものは不明。条件も不明。気がつくとバロアの森に集団で現れて、人間に……害を与えるんだか与えないんだか、よくわからない存在がうろつき始めるのだ。

 

 クヴェスナと呼ばれている。こいつらがマジでよくわからん。30年この世界に生きててガチで何の元ネタもわからないし考察もできてない謎の魔物だ。そもそも魔物かどうかも怪しいと俺は思っているんだが。

 

「あれ? モングレルさん、こちらの依頼を受けられるのですか?」

「ああ、なんとなくクヴェスナ狩りたい気分でな」

「珍しいですねぇ……討伐証明部位は尻尾の先端部です。よろしくお願いしますね」

「うぃーっす」

 

 別に美味しい依頼でもなんでもないんだが、俺は時々こいつの討伐依頼を受けている。

 金や貢献度というよりは、完全に俺の興味とか、そういうのだな。

 まぁ謎ばっか増えてく連中だが、一応調べ物はしておきたいわけだ。

 

 

 

 出現場所はバロアの森東部、シャルル街道をずーっと走ってトウモロコシ畑が見えるところで森に入っていく道の先。

 普段は誰も人が通らないような、寂れた森への入り口だ。

 

 獣道をズンズン突き進んで一時間ちょっとしたくらいで、俺はそいつらと遭遇した。

 

「……うーん、五体か」

 

 森の中で、そいつらの体色はよく目立つ。

 全体が薄灰色で、……全体的に骨のような細長いパーツが多い。

 

 ……いや、説明が難しい上に多分聞いてもよくわからないだろうから、流すように聞いてて欲しいなこれは。

 

 脚は十本以上ある。それぞれ人間の肘のような折れ曲がった部分を地面に接していて、歩き方としては虫に近い動きをする。

 

 腕は多分無い。それっぽい部分はあるが、物を掴んだり殴ったり拘束したりだとかはしない。腕の代わりにあるっぽいのが……こう……エビの尻尾の半欠片みたいな形をした……エラ? みたいなものを何十個もつけていて、時々それがパタパタと胴体で動いている……。

 

 胴体は人間の肋骨のようにも見えるが、内臓を守っている様子もない。完全に骨っぽいパーツだけで構築されている。こいつには血も流れてもいないし、呼吸もしていないようだ。

 

 頭部が一番わかりやすい。動物の頭の骨って感じがする。草食動物の……馬とか、そこらへんの面長な草食動物の頭蓋骨に近いかな。それが大口を開けているのがデフォって感じ。けどもちろん皮膚も肉も無いし、脳みそもない。眼窩もないのでただの顎があるだけのフォルムだ。

 

 みんなはイメージできたかな? つっても多分いまいちできてないと思う。

 クヴェスナを初めて見た時はガチでビビリ散らしたからな……それくらいなんというか、俺にとっては異質で、奇妙な魔物だったんだ。

 

 俺はこの手の意味不明で来歴不明の魔物たちを“謎系”と呼んでいる。

 調べたって何もわからないのだからしょうがない。

 なんだよクヴェスナって。深海魚とかにこういうやついた? それともクトゥルフ神話で居たりする? 俺が元ネタ知らないってだけかな……?

 もしも今ここでグーグル検索できる権利が与えられるとしたら、一日の終りくらいのタイミングでクヴェスナを調べるかもしれん。

 

「おーい、ここに人間がいるぞー」

 

 バスタードソードを木の幹にバシバシと打ち込んでやると、クヴェスナが音に反応するように方向転換を始める。

 体高は160cmくらい。結構高めだが、アイアンでも問題なく仕留められるくらい弱い魔物だ。位置づけとしては単体としてはゴブリン以下だろう。集団で湧くので実際の危険度はそれよりも上ではあるんだが。

 

「お前たちは何者なんだろうな」

 

 クヴェスナはカタカタと骨のような身体を動かして、こちらへ突進を試みる。

 動きのキレは出来が悪くて予選落ちしてそうなロボコンみたいな感じだが、頭部っぽい部位はしっかりと噛みついてくるのでそれだけはなんとかしなければならない。

 

「ほい」

 

 とはいえ、強化を込めていない剣でもあっさり殴り砕けるほど骨っぽいパーツは脆い。タイミングを合わせて首っぽいところを叩くだけで簡単に討伐できる相手だ。

 

「お前たちはあれか? アンデッドか? クトゥルフか? それともスカルグレイモンの出来損ないか?」

 

 気をつけるべき点としては尻尾のように見える部分の骨。そこを忘れずに回収することだ。バラバラになるとこの部分を回収するのもひと手間なので、散らかさない倒し方も考えなくちゃならん。

 

「それともやっぱり、魔大陸から来た魔物か何かだったりするのか?」

 

 三匹目。

 仲間が砕かれても怯みも怒りもしない。ただ音を立てた俺に向けて、単調にロボットのように襲いかかってくるだけだ。

 

「サングレールとかで秘密裏に作られたゴーレム……ではないんだろうなぁ、こういうのは」

 

 四匹目。……砕いた後の骨は地味に毒性があるらしく、全く食用にはならない。燃やしても茹でても無意味だ。

 こういう食用に適さない特徴から、最有力としては魔大陸から渡ってきた繁殖力の強い魔物……というのが俺の考えるこいつらの正体ではあるんだが、それを裏取りしてくれる知り合いもいないしなぁ。

 

「さて、お前が最後の一体だぞ。……どこかの斥候で、お前の後ろで誰かが見ているんだとすれば……俺のこの言葉も聞こえているのかな」

 

 残った一匹に向けて剣先を向ける。それでも反応はない。

 やっぱりこいつらは感情がないんだろうか。

 

「……“(イクリプス)”」

 

 入念に周囲を確認してから、ギフトを発動してみた。これはさすがに初めての試みになる。

 

『なあ、この姿で何か反応はあるか? “こいつを生かしてはおけねえ”とか、“迎えに来た”とか……は、なさそうだな』

 

 問いかけてみても、特に変わった様子はない。

 怒り狂うでも怯えるでもない。……俺のギフトの特別感が無視されるとそれはそれでなんか癪だな。

 ちょっとバカバカしくなって、ギフトを解除する。

 

「ふう……相変わらず、訳の分からない奴らだぜ」

 

 結局、最後に残った一匹もパッカーンと砕いて終了となった。

 

 

 

 こいつらは単体だと弱っちいが、集団となると珍しい時では三十体にもなったりする。

 そういうパターンで湧いたクヴェスナが街道に現れたりすると人死が出ることもあるので、そういう意味で討伐が組まれるわけだ。

 

 つっても人を食うわけでもないし野菜も齧らないし、というか水も飲まないしでその他の害が一切無い。かといって可食部もあるわけじゃないから利用価値が皆無なんだよな。だから誰もこぞって討伐しようとは思わない。そういう意味ではゴブリンよりも討伐し甲斐のない魔物だ。

 

「あれ……尻尾の骨どこだ、尻尾……四個しかねえぞ……? あれぇ……?」

 

 あとぶっ壊した後の討伐証明部位を探すのがめんどくさい。

 似たようなパーツばっかでマジでわからねーんだ。

 

 ほんとなんなんだよこいつ。クヴェスナってどこの誰だよ。

 

「お前たちが神様の眷属的な奴じゃないことを祈るよ……あっ、尻尾見つけた!」

 

 なお、討伐報酬は一匹20ジェリーになります。ゴミすぎる。

 



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宿屋に響くケダモノの嬌声

 

 宿の部屋を片付けている。

 一応普段から誰が入り込んでも大丈夫なようにこまめに掃除したり整頓してはいるが、今日はこの部屋に来客があるからな。ケイオス卿絡みのアイテムが目に着くわけにはいかない。いつもより気合い入れてやっているところだ。

 

 それに、あまり部屋に生活感が出てると客も落ち着かないだろう。

 金を取る最低限の礼儀として、そこらへんは気を遣ってるわけよ。

 

「モングレルさーん、お客さんよぉー」

「うーわっ、モングレルさん女の人連れ込むんだ! うーわっ!」

 

 なんか娘のジュリアが騒いでるが、どうやら客が来たらしい。

 まぁここは宿屋なんでね。来客はフロントを通さないといけないから仕方ない。今回は事前に言ってあるから問題ないんだが。

 

 しばらく待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 準備は整っている。

 

「入って、どうぞ」

 

 入り口がやけにゆっくりと開き、奥から客人の姿が見えた。

 暖かそうな上着を羽織り、どこか緊張した面持ちでやってきたのはウルリカだ。

 

「……来ちゃった」

「よう、待ってたぞ」

 

 俺は椅子から立ち上がり、用意していたタンポポコーヒーをカップに注ぐ。

 

「モングレルさん……約束通りお金、持ってきたよ? だから、今日は……」

「わかってる。まぁせっかく来たんだ。まずはこいつを飲めよ」

 

 タンポポコーヒーを差し出すと、ウルリカはおずおずと手を伸ばした。

 

「あっつい……」

「外が寒かったから余計にそう感じるんだろ。ほら、飲めって」

「……うぇー、苦い……」

「まだまだ舌が若いな、ウルリカは。ま、慣れればその味にも病みつきになるさ……」

「……全部飲まなきゃ駄目……?」

「好みもあるから飲みたくないなら残しても良いが……」

「……ううん、ちゃんと飲むよ」

 

 一応味はそこまで苦くはしていないはず。熱さもある程度抑えてある。飲み頃のお茶みたいなものだ。

 ウルリカも腹を決めたのか、カップのタンポポコーヒーを一気に飲み干した。

 

「……えへへ、どうー? 全部飲めたよ」

「よしよし。良くやった。……じゃあウルリカ、早速だが……その服、脱いでもらおうか」

「……うん。するんだよねー……これから……」

「ああ。今日はたっぷりとウルリカの身体をほぐしてやるからな……」

「ぁ……」

 

 上着を取り去り、ハンガーにかける。

 暑そうな冬物の上着を取り去ったウルリカは、夏場でも見ないような薄着姿だった。

 

「さあ、そこのベッドに寝ろ。尻をこっちに向けるように、うつ伏せにな」

「う、うん……でも、モングレルさん……あまり痛いのはやめてね……?」

「おう、考えてやるよ」

 

 じゃあ、始めようか。

 

 マッサージを……!

 

 

 

「いだだだ……! い、痛い……足、足いだだ……!」

「足が痛いのはなぁ、あれだよ、なんかこう、内臓の……なんかどっかが悪いんだよ!」

「どっかってどこぉー!?」

「忘れた」

「忘れたっていだだだだっ!」

 

 以前、ウルリカと一緒に任務を受けた時にマッサージをしてやった事がある。

 その時に「有料だったらマッサージしてやるぜ」とまぁ俺としては冗談のつもりで言ったんだが、ウルリカはマッサージが気に入ったのか、本人の希望もあったので再びこうしてマッサージをしてやることになったのである。

 実際にこの素人マッサージに効き目があるのかどうかはわからないが、なんとなく“気持ちよかったり痛かったりすれば効いてるだろ”みたいなふわふわした基準でやっている。

 

「はぁ、はぁ……ご、ごめんね、ちょっとうるさいよね……?」

「あー、宿の女将さんにはちゃんとマッサージの事は伝えてあるから大丈夫だよ。いくらでも声出して良いぞ」

「そっ、そんなこと、言われたらっ……! んッ……!」

 

ベッドのシーツも新しくなったからこうして来客用として使う分にも心が痛まないので助かるわ。

前のはさすがに俺の使用感が出てたからな……。

 

「そ、そういえばさ……ライナ、新しく服買ったんだよ。モングレルさんが、んッ……衣祭りで、選んだんだってねー……?」

「おー、ウルリカは見たか? あれ春夏用だからな。俺は選んだけどまだ見てないんだ」

「見た見たー……すっごい可愛いよ? いつもと雰囲気違ってさ……あ、そこ良い……そこもっとして……」

「はいはい」

 

 値段見たらあれそこそこしたんだけどな。即決でびっくりしたわ。

 俺も新しい服なー……まぁ夏用のは汗かくし色々あって良いんだけど、この時期は汗もかきにくいからいらんかな。

 

「ん……私も、ああいう服とか……似合うかなぁっ……?」

「おー、似合うんじゃないかウルリカでも。あ、でもあれだな。ライナのあの服は結構丈短いからな。腰回り隠せなくなるのがウルリカには痛いかもな」

「え、あ……やっぱモングレルさんってそういうのわかる……?」

「男は腰のくびれとかないしな。ウルリカはいつもコルセットみたいな装備で抑え込んでるけど、あれないと男っぽい特徴は出るだろ」

「……やっぱそうかぁー」

 

 腰回りは特に性差は出るからな。誤魔化したいなら服でやるしかない。薄着になればなるほどその辺りは大変だろう。

 

「う、あ、モングレルさんそこ……! 背中、良い……」

「もっと筋肉つけろ筋肉」

「えー……ヤダ……」

「筋肉がないと……ふんっ! こういう組み伏せられた時とか、いざという場面で、困るぞ!」

「いっ!? ちょ、ちょっとそこ痛っ……!」

「これが男の力だ」

「はぁ、はぁ……! お、男の人の力……じゃあ、私っ……力、ないしさぁっ……女の子でいいよー……」

「いやお前は男だよ」

「えぇー……?」

 

 施術完了です……。

 ふう、やれやれ。結局やり方合ってるのか合ってないのか全くわからんな。

 

 気がつけば俺もウルリカも汗だくになっていた。暖炉がついてる部屋でこれは結構暑いぜ。

 

「どうだ、前回よりは荒っぽくないだろ」

「うん、気持ち良かった……前のすっごく痛いのも、あれはあれで気持ちよかったけどねー……?」

 

 うーん……こうしてウルリカがベッドで寝そべっている姿を見ると、割とアレだな。

 

「なんかウルリカお前、エロい言い方するよな」

「……えへへ、色仕掛け。どう? 効いたー……?」

「体拭いて服着ろマセガキ」

「きゃふっ」

 

 ニヤッと笑う顔に綺麗めの手ぬぐいを投げつけてやった。

 うちはそういうサービスやってねえんだよ。

 

 

 

 というのが、ついこの前の話。

 宿の一室でマッサージしてちょっとした小銭稼ぎ。俺自身は特に動くこともなく、相手が部屋に来るのだから時間的には余裕のある副業だ。一回のマッサージでそんな時間かからんしな。

 旅館のマッサージチェアと数回だけ行ったことのある整体を思い出しながらの素人技術だ。正直効果があるかっていうと無いと思うけど、やられる側としてはそれなりに満足感があるのかもしれない。少なくとも、ウルリカは終わった後満足した様子だった。

 

 そんなウルリカの口コミを聞いたのか、新しい客がやってきたのである。

 

「……おっス、お願いしまっス」

 

 なんかライナが宿にやってきた。いやいや。

 

「うちは男しかやってないんで……」

「ええっ!? で、でもウルリカ先輩にはやったんじゃないスか!? モングレル先輩こういうの上手って言ってたっスよ!?」

「落ち着け、ウルリカは男だ。女の子がみだりに他人に身体を委ねるんじゃないよ」

「えぇー……」

 

 もっと恥じらいと慎みを持て。男を男としてちゃんと意識しろ。さすがにあぶねーぞ。

 

「……じゃあ服とか全部は脱がないんで、モングレル先輩がやれるとこだけやってほしいっス」

「まぁそれなら50ジェリーで」

「安いっスね」

「うちは誠実さで商売をやってるんでね」

「何に対してっスか……」

 

 呆れながらライナが上着を脱ぐ。

 するとその下は、この前買った白いトップス姿だった。いきなり露出度が上がってちょっとビビる。

 

「えと……これ、どっスか」

「おお、やっぱ着てみると良い感じじゃないか。都会の子って感じで似合ってるぞ」

「マジっスか? えへへ……」

 

 俺の前世の感覚だと派手すぎるけど、この世界は暑い時の露出度は高いからな。こんなものだろう。

 ライナが気に入ってるようなら何よりだ。

 

「よし、じゃあやってくかー。ライナ、身体凝ってるとこあるか?」

「え? いや無いっスけど」

「は? なんか重いとかだるいとか……」

「うーん……?」

 

 いまいちピンときてない様子。いやいや。お前何しにうち来たんだよ。

 

「まぁとりあえず肩……いや柔らかいな」

「おー」

「ちょっとうつ伏せになってみ」

「っス」

「背中……うーん……」

「うわっ、くすぐったいっス!」

 

 毛ほども凝ってないんだが……。

 ほぐすというか既にほぐれきってるというか……。

 

「足とか……」

「あ、あはははっ! せ、先輩! そこ触られるとなんか無理っス! あははは!」

「……よし! 異常無し! 金は返すぞ! お家に帰れ!」

「えーっ!?」

 

 結局ライナの身体は全く凝っている部分も何も無く、そのまま“アルテミス”に返却することになった。

 お前はマッサージするの10年は早い。良い子はとっとと帰れ!

 

 

 

 というのがまぁ、ライナをマッサージした時の出来事である。

 いやマッサージになってたかっていうと何も無かったな……何も無い人体ってあんな感触なんだなってちょっと感動したけど、それだけだわ。

 

 まぁ別にこのマッサージも好きでやってるわけでもないし、暇つぶしくらいのつもりでやったことだしな。

 やらないならやらないで別にいいくらいのものなんだけども。

 

 しかしスコルの宿の女将さんは俺が部屋でマッサージをやってることをちょっとばかし街で言いふらしたらしく……。

 

 それから数日後のある日、その客人が俺の部屋を訪れたのであった。

 

 

 

「――二時間コースで頼む」

「……」

 

 ディックバルトが、俺の部屋に、来た。

 

「――聞いたぞ、モングレル……お前の手によって、極楽のような心地にさせてもらえるのだろう……?」

「……えーっと、まぁ色々言いたいことはある。あるけどな。一応聞いておくぞディックバルト。これはマッサージって言ってな、身体をほぐすだけの施術なんだ。わかるか? ほぐすっていうのは一般的な筋肉のことな? そういう建前でやってる店っていうわけでもないからな? わかるな?」

「――もちろんだとも……通常のお値段で、通常の施術……そういうことだろう? わかっているとも……――」

 

 いやなんかお前の言い方だと裏を読んでそうでなんか怖いんだよ。

 ……え、マジで? てかお前どういうルートでマッサージの噂聞きつけて……ああもういいや。

 

「じゃあ、まぁせっかく来てもらったし……上脱いだらそこのベッドにうつ伏せになってもらって……」

「――ああ、わかった……ヌンッ」

「静かに脱いでな?」

 

 2m越えの大男である。俺のベッドも狭くはないはずだが、ディックバルトが寝そべるとすっげー狭く感じるわ……。

 しかしこの男、別に見惚れる趣味はないが近くで見ると筋肉がやべぇな。傷だらけってのもそうだが、歴戦の勇者って感じがする。

 

 ……よく見ると人の爪で引っかかれた痕とかも多いけどそこらへんはあまり注意深く見ないようにしよう。

 

「えー……まぁこれから普通にマッサージしていくんでね。まぁ俺も素人だからあまり期待しないでくれよ?」

「――フフフ……謙遜するな……モングレルよ……――」

「ん?」

 

 ディックバルトが顔をこちらに向け、不敵に微笑んだ。

 

「――お前は男の人体を知り尽くしている……その知識量たるや、この俺に匹敵する程だ……そんな男が、普通のマッサージなどするまい……――?」

「普通のマッサージです」

「――遠慮は要らん。俺の巨躯であろうとも、お前の力と知識があれば上り詰めるだろう……――更なる高みへ、な――」

「普通のマッサージです」

 

 ディックバルトの中で俺が一体どうなってるのか全くわからないが、考えても良いことはなさそうなのでもう無心でやっていこうと思う。

 

「まぁほぐしてほしいところがあれば言ってもらえればやるんで……」

「――ああ、承知した」

 

 俺は、その言葉を後悔することになる。

 

 

 

「――さあ、こいっ……フンッ……! ぉおおっ! ――いいぞモングレルっそこだッ!」

「……」

 

「――ォオオッ、イイッ! フンッ、フンッ……! もっと――もっとだァッ!」

「……」

 

「――もっと責めるようにッ! 抉るようにッ! もっと痛く、もっと激しくッ! ンォオオッ!」

「……」

 

「――フハーッ……ンォオ……ォオー……良いぞモングレル……焦らさなくて良い……いや、焦らしてくれ……!」

「……」

 

「――オフッ! まさかッ! ンホォオオッ! 男だからこそッ! 責め所を知り、力があるからこそのッ! そこだァアアアアッ!」

「……」

 

「――俺は豚だ……もっと豚をいたぶるようにッ! ブォオオオッ!」

「……」

 

「――ヌゥン! ヘッ! ヘッ! ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!! ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!! フ ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ン!!!! フ ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥン!!!!」

「……」

 

 

 

 

「――善かったぞ……モングレル。これは代金だ……――少々色を付けておいた。その分は俺からの気持ちと思ってくれ――」

「……」

 

 

 

 

 それから数日後。

 ウルリカが俺の宿にやってきた。

 

「モングレルさーん……遊びにきたんだけどさー……マッサージとかってまたやってたり……」

「俺は……俺はもう二度とッ! マッサージ屋をやらんッ!」

「えっ、えぇええええっ!?」

 

 俺は副業をやめた。

 





「バスタード・ソードマン」の評価者数がなんと3000人を越えました。すごい。

これほどの応援をいただけたのは読者の皆様のおかげです。

いつも応援ありがとうございます。

これからも当作品をよろしくお願い致します。


(ヽ◇皿◇)……この話でこのお礼を言うことになるのか……


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近所にいる世界一位の男

 

 冬が近い。

 今年の秋は戦争のせいで随分と短く感じたな。本当なら魔物狩りで大忙しのシーズンなんだが、あまり旬の奴らを狩ってない気がする。それよりは徴兵前の夏頃が忙しかったくらいだ。

 しかし冬になれば忙しさなんてものは鳴りを潜め、穏やかな季節がやってくる。

 ……まぁその穏やかな季節を迎えるためには、まだまだ膨大な量の薪が必要になるんだが。寒くちゃ穏やかにもなれんわな。

 

 というわけで、俺はこの季節になるとそこらじゅうでやってる薪割りの仕事を受けるようになるのだが。

 

 この日ギルドで受注した薪割りはいつもの製材所での業務ではなく、ギルドの修練場そばが現場になっていた。

 

 

 

「うわぁ、なんだこの薪材。なっげーな」

「製材所の新人の方が切り方を失敗したらしくてですね、中途半端な長さの玉切りが沢山出てしまったそうなんですよ。明らかに長過ぎますよね? こんなのギルドの大きな暖炉くらいじゃないと入りませんよ」

「だからこれをギルドで買い取ったわけか。その新人ってのは叱られただろうなぁ」

「怒鳴られたり殴られたりしたみたいですよー。まぁ、うちはそんな薪材を比較的安値で買い取ったので、ありがたいくらいなんですけどね」

 

 受付嬢のエレナに案内されてやってきた古い倉庫には、奇妙な長さの薪材が山と積まれていた。

 普通の薪よりも1.4倍くらい長い。正直これを単体で一個見せられても薪用とは思えないくらいの長さだ。

 こいつをここから更に半分に切っても短すぎるし手間だ。なるほど確かに使い勝手が悪い。

 レゴールのギルドの暖炉が謎にデカいサイズでなけりゃ消費に困っていたかもしれないな。まぁ風呂屋とかパン屋とか、薪にすれば使える施設は他にも色々あるんだろうけど……。

 

「問題はこれを薪にするのが大変なんですよね。変に長いせいで割るのが大変で、製材所もやりたがらなかったみたいなんです」

「バロア材は詰まってるからなぁ……だからギルドはそのままの玉切りを格安で買ったわけか」

「ええ、これを割るのはギルドマンの方々に任せることにしました。……本当はアイアンの方に任せるつもりだったんですけどね」

「誰もやらないと」

「ええ……」

 

 何日か様子を見ていたものの、受注するギルドマンがいなかったらしい。まぁそりゃそうだわ。

 

「安すぎるんだよ報酬が。寒くなってきたとはいえ、まだ秋だぜ? そりゃみんな森行くだろうさ。誰だよ値段設定した奴は。お前か? エレナ」

「まさかぁ。私にそんな権限あるわけないでしょう。……報酬額を設定したのはミレーヌさんなんですよ」

「あ、そうなのか。じゃあ適正価格だ」

「ちょっと!?」

 

 というわけで今回は無駄に長い薪を割っていく仕事だ。

 すぐそこがギルドの修練場なので、ギルドマン達の訓練姿を見ながら作業ができる。単調な仕事だが退屈せずにやれそうだな。

 

「じゃあ全部かち割ったら呼びに行くから、そん時に確認してくれ」

「くれぐれも、備品を壊したりしないようにお願いしますね」

「うぃー」

 

 エレナは忙しそうにパタパタと走って去っていった。

 ……さて、薪割り頑張るか。頑張るって言うほど大変でもなんでもないけどな。

 

 

 

「おらぁーッ!」

「まだまだぁっ!」

「踏み込みが甘いんだよっ!」

「くらえーっ!」

 

 アイアンクラスのガキ共の威勢の良い声を聞きながらパカパカと薪を割っていく。

 確かに薪は長いし打点が高くなったせいでちと違和感はあるが、俺の腕力をもってすれば特に苦労することもない。ぼけーっとパカパカしながら時折ルーキーたちの訓練を眺めるだけの余裕があった。

 

 ……ハルペリアは多分、戦争に勝った。防衛戦でこれだけ被害が少なかったのだから多分、和平の条件とかも良い感じになったんだと思う。

 で、受けたダメージが少なめで戦争に勝つと国民は単純なもので、めっちゃ勢いづくわけだ。戦ってる最中も勝ってればノリノリになるのだから、終わった後なら尚更だ。

 俺たちは強い。俺たちは勝った。先祖代々の土地を守り抜いた。そんな高揚感が残るわけだ。実際に戦地に赴いてもいないような奴にもそういう心理は湧いてくる。

 そうなると「厭戦感情? なにそれ? 俺も兵士になりてえ!」みたいな感じでパワーを求めちゃうような連中もウジャウジャ現れるわけですわ。向こうで訓練してるガキたちもそんな感じだな。実際、例年はここまで修練場は賑わうことはない。明らかに戦争が影響していると思う。

 

 まぁ、根無し草のギルドマンにとっては対人戦闘能力を磨いて兵士になるのは正統派の出世コースではあるからすげーマトモな連中ではあるんだけどな。

 ……けど元日本人としては、その前にちゃんとした教育を受けさせてやりてーなって思っちゃう時が多い。手に職をつける機会っていうか、技能職でもなんでも良いから可能性の幅を広げるチャンスっていうのかな。そういうものが与えられてて欲しいと考えちまうんだ。

 もちろん、そんな世界じゃないってのはわかってはいるんだけどさ。これはただ俺だけが考えてる感傷だ。世界からすりゃバグだな。

 

「おーいモングレルさん!」

「あー? なんだーウォーレン」

 

 ちょっと暗いことを考えながら薪を割ってると、ウォーレンがこっちにやってきて声をかけてきた。

 こいつもさっきまで木人ぶっ叩いて汗を流してたストイックな連中の一人だ。戦争が終わってからは特に色々なギルドマンに声をかけて精力的に鍛錬を積んでいるように見える。

 

「時間ある? ちょっと俺に稽古つけてくれねぇ?」

「見りゃわかるだろ。今は薪割り任務で忙しいんだよ」

「じゃあ俺も手伝うからさ」

「ほう? 俺が割ってった奴を運んで倉庫に入れてってもらえるか。ついでに薪材を俺の近くに並べて補充してくれ。それやってくれるならタダで稽古つけてやるよ。まぁ俺も剣術は素人だけど、それでも良いならな」

「そんくらいなら任せてくれよ」

 

 こりゃ良かった。面倒な工程を省いて割る作業だけに集中できるぞ。

 

「……なあモングレルさん、この薪長くねえ?」

「なげーよな、なんか製材所の新人かなんかがトチったらしいぞ」

「ばっかでー」

 

 まぁ正直馬鹿っぽいミスだとは思う。

 けどこういう馬鹿っぽいミスを時々やらかすのが人間なのだ。

 

 

 

 ウォーレンの献身的な働きによって当初の予定よりも随分と早く薪割りは完了した。

 しかし終わってみるとウォーレンは汗だくのヘトヘトになってしまった。

 俺の割るペースについていくように運搬してたからな。そりゃ重労働だろう。

 

「はぁ、はぁ……よし、稽古の時間だ! よろしくお願いします!」

「おいおいこんな疲れてるのにやる気なのか。真面目だな」

「おう、そうだぜモングレルさん。俺はシルバーに上がるって決めたんだ!」

 

 ウォーレンがバスタードサイズの木剣を構えている。こいつの背丈も伸びてきたし、身体強化無しで振る得物としては丁度良いくらいのサイズだろう。ショートソードはもう卒業したようだ。

 木剣とはいえ他人がバスタードソードを使ってると嬉しくなってニチャッとしちゃうな……。

 

「なかなか良い心意気だウォーレン。そのバスタードソードの長さに慣れればあらゆる状況を素早く乗り越えられるようになるだろう。今日は俺がみっちり指導してやる」

「いや、ロングソードを振れるようになったら俺そっち持つぜ? バスタードソードなんてみんな使ってねーもん」

「よーし、二度とそんな生意気な口が利けねえようにボコボコにしてやるからな」

「え!? し、指導だよな? モングレルさん!?」

「俺からの愛だ。受け取れ」

 

 そういう流れで打ち合いが始まった。

 まぁ基本的にはウォーレンに打ち込ませて、疲れたら守らせての繰り返しだな。

 

 向こうが下手な打ち込みをしてきたら体勢を崩すようにベーンと弾き、良い打ち込みだったら素直な防御で対応してやる。打ち合いが長く続けられれば綺麗に戦えてるだろって感じの、まぁちょっと雑な訓練だ。

 

「うぉおおっ!」

「おー、まぁまぁ良い。まぁまぁ良いぞ。良い感じに性格悪い攻撃できてるぞ」

「はあ、はあ、ぜんっぜん通らねぇッ……!」

「ブロンズ3を舐めるなよウォーレン」

「ぜってーモングレルさんのクラスおかしいって!」

「オカシクナイオカシクナイ」

 

 これは俺の持論というか偏見というか、いやそれどころか漫画とかで聞きかじったクソみたいなアレなんだが、疲れた時にどこまで自分の力を発揮できるかが大事だと思っている。

 最悪のコンディションで発揮できる自分の実力ってことだな。

 マジで実感とかはあまり籠もってない。俺この世界に転生してからすげー疲れるってことがあまり無かったしな。

 

 でも普通の奴が普通に戦場に向かうのであれば、疲れてても動けるっていうのは大事になるだろう。

 行軍、戦闘、撤退、なんでもそうだ。疲れてる時にしっかり足並み揃えて行動できる奴こそ重宝されるし、生き残れるのだから。そこらへんはまぁ、実感がなくてもそういうものだろ。多分さ。

 疲れて戦闘中に防御を休憩してたらその隙に殺されてましたじゃしょうがねえ。

 

「タフになれウォーレン!」

「う、おおおおっ! タフってなんだよぉっ!」

 

 おお良い打ち込み。けど、疲れで雑になってきたな……!

 

「タフってのは疲労しているようで、疲労していないということだぜ!」

「うわっ!?」

 

 最後にカーンと木剣が弾かれ、ウォーレンの手を離れた。

 もう半分くらい痺れて握りも甘くなっていたんだろう。訓練はおしまいだな。

 

「よし、飯食うか。つーか薪割りの報告もしなくちゃな」

「……うわー、手の感覚ねぇー……あ、モングレルさんありがとな!」

「おー。ウォーレンも汗拭いたら酒場来いよ。飯奢ってやるぞ」

「マジで!?」

「薪割り手伝った分くらいはそりゃ食わせてやるさ」

「しゃあっ!」

 

 なんか久々にマトモな剣の稽古やったな。力任せにやることばっかだから相変わらず対人剣術ってよくわかんねーや。

 

 

 

 修練場を後にし、薪割りの完了をエレナに報告した。

 わざわざ確認作業をするほどエレナも暇じゃなかったのか、というかそこらへんは俺に信用があるからか、その場で報酬を受け取って終わりだった。

 あの長い薪は冬場の燃料としてギルド内を温めてくれることになるだろう。一本辺りの長さが結構あるので、補充の手間がちょっと省けるかもしれないな。それが良いか悪いかは使ってみないとわからないところだが。

 

「ウォーレン、お前兵士になりたいのか?」

「えっ」

 

 酒場でエールを飲みつつ、今日は無駄にお高いギルド製の燻製肉ステーキも食っている。

 燻製肉ステーキと言うとなんか美味そうに聞こえるが、肉がパサついてて名前ほど感動しないステーキだ。干し肉に近いものを焼いているから仕方ないが、これでもギルド内で食う肉の中ではそこそこマシな方ではある。

 

「……モングレルさんにその話したっけ、俺……」

「剣術が“大地の盾”の連中と同じだったからな。あいつらからも稽古受けてたんだろ」

「うん。そうか、剣術でわかっちまうか……へへ、じゃあ俺もうそれっぽく使えてるってことじゃね?」

「知らねーよ剣術とかは。アレックスに聞け」

 

 “大地の盾”はレゴール所属のギルドマンにとって兵士になるための近道だと言っても良い。

 正統派のハルペリア軍の剣術を大真面目に扱ってるパーティーだからな。そこから軍や衛兵に引き抜かれる奴は多い。実際、あのパーティーはちょくちょく軍と人員を交換するかのように人が入れ替わったりしてるしな。

 

「……うん。まぁ、戦争の後さ……俺はモングレルさんと一緒で補給だったから戦場らしい戦場は見れなかったけど……世話になってた先輩のランディさんが死んじゃっただろ。それで色々考えたんだよ。……どうせ戦うなら、ああいう人みたいに、国を守って死にてえなって」

「国を守って……か」

「攻めてきたサングレールの敵兵をぶっ殺して、ハルペリアのみんなを守る。軍人が偉い人ってのは昔から知ってたけどさ、戦争で実際にそういう人たちの活躍を聞いたり、頑張った話を聞いたらさ……すっげー憧れたんだよ、俺。そういうのに。英雄っていうのかな」

「……だな」

 

 国を守って戦い死んだ男。それはまさしく、英雄だ。そうだな。その通りだ。

 

「それまでは金稼いで美味いもの食ってさ、時々……いや、ちょくちょく綺麗な女の人がいる店にいけたら良いなって考えるだけだったんだけどさ。兵士になりてえなって思ったんだ……変かな?」

「変じゃねえよ。……それは多分、立派なことだぜ、ウォーレン」

「そう? へへ、そうか。そうだよな」

 

 子供が教育を受けず即軍人を目指す。いやーまぁ俺個人としちゃ複雑だけどね。この国の基準で見りゃ根無し草のギルドマンがそう志すだけで超良く出来てると言わざるをえない。立派だよ。

 

「……けど別に、ランディさんみたいに死にたいってわけじゃないぜ? できるなら死にたくねえし、ずっと生きてたいし。ただ、そういう生き方をしてみてぇなって思ったんだ」

「軍人は厳しいぞ?」

「んー厳しくても頑張る! ……できるだけ。で、まずはそのために“大地の盾”に入ろうと思って、色々やってるんだ。あそこが一番、俺のやりたいことに近いことをしてるんだぜ。けどパーティーの入団試験が結構厳しいって噂だから、すげー練習してんだ。……でも通るかな……そろそろなんだよなぁ試験……」

 

 ウォーレンの眼はキラキラと輝いている。

 若いからというだけじゃない。夢を持った若者特有の、熱のある瞳だった。

 

 ……残酷な世界の過酷な現実を垣間見るようではあるが、それは紛れもなく夢だ。

 そしてウォーレンはその夢を追いかけようとしている。

 

 夢を追いかけている人ってのは……それだけで誰も邪魔しちゃいけないくらい幸せだ。

 

「受かると良いな、入団試験」

「おう! 受かったら馬にも乗れるし、すげー楽しみだよ。なってみてぇなぁー……馬上騎士ってやつ……」

 

 ここで“気楽なギルドマンはいいぞ”ってアドバイスするのは、まぁ野暮ってもんだよ。

 人間は夢を語っている時は一番楽しいんだ。

 

「ウォーレン、馬に乗ったことあるか?」

「まだ無いんだよな俺。モングレルさんはあるのか?」

「一応しがみつけるぞ」

「乗れてはいないんじゃん!」

「一時期練習してたんだけどなぁ……上手くなる前になんか飽きちまったんだよな……」

「それ苦手ってことじゃねーの?」

「諸説あるな……」

 

 まあ、普通の人間は“荷物を背負って馬より早く走れば良い”っつー結論にはならんからな。

 

「あー……もっと強くなりてぇー……世界一強くなりてぇなぁー……」

 

 ウォーレンは飲みかけのエールを片手に、そんな世迷い言を零していた。

 

「男として生まれたからには、誰でも一生のうち一度は夢見るよな。わかるぜウォーレン」

「だよなー……モングレルさんもそう思うよなー……」

「俺はもう世界一強くなっちまったけどな」

「マジかー……」

「世界一強い俺から稽古をつけてもらったんだ、お前は世界で二番目くらいには強くなれるさ」

「譲ってくれよぉ世界一……」

「駄目」

 

 俺が寿命で死んだ後になら世界一を襲名してもいいぞ。それまでは誰にもやらん。

 

 




「バスタード・ソードマン」の評価者数が3100人を超えました。

いつも当作品を応援していただき本当にありがとうございます。とても励みになっています。

これからバッソマンをよろしくお願い致します。

お礼ににくまんが踊ります。


ヾ( *・∀・)シ フニニニ…


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冬の奥地でソロキャンプ

 

 レゴール郊外の拡張工事は順調に進んでいる。

 ケイオス卿が発明した剣先スコップが役立っているらしい。まぁこういう道具が無いと辛いだろうしな。発明として世に出したのは比較的早いアイテムだ。

 人ってのは案外、中途半端なものでも“これが一番に違いない”と思い込んでしまったらそれに固執する生き物だ。最善の答えを知らなければ、未完成で非効率な形のままの道具を使い続けてしまうのだ。

 日本もスコップらしい道具が伝来するまでは、平たい鋤みたいなものを使ってたって話だからな。“うちはずっとこれでやっとるんじゃい”と現場の頑固さんが言えばそれで終わりだしな。そういうもんだ。

 

 しかし道具が新しくなったおかげで色々な作業がスムーズに進んでいる。

 特に地下整備がやりやすいようだ。下水道の管も色々と埋設され始め、街の土台が整いつつある。

 こういう原始的な工事現場を眺めているのも結構面白いもんだ。

 

 とはいえ、さすがに冬が近づくとこの作業も鈍る。犯罪奴隷にも士気はあるからな。国も利口なので奴隷を限界まで使い潰すような愚は犯さない。

 だからこの時期の作業現場は最低限の人員が警備しているだけの時間も長く、寂れた様子だ。

 燃料を焚きながら暖かく作業するだけの贅沢はできない。ま、普通はそうだわな。

 

「おー……さぶさぶ……さっさとギルド戻るか」

 

 今年も冬が来た。

 ギルドマンが暇する、退屈な季節である。

 

 

 

 レゴールのギルドマンが暇になる理由は単純だ。バロアの森の近場に魔物が出なくなる。それだけである。

 近場に出てくれれば比較的肉質も良い獲物がゲットできるんだが、マジで遭遇率が低い。誰しも一度は冬の猟を試してはみるが、まぁ大体お察しという結果だな。獲物の居ないクソ寒い森の中をお散歩して終了ってとこだ。そこらへんは去年のブリジットと一緒にやったバロアの森探索ツアーを振り返ればだいたいあんな感じだろう。

 

 この時期はギルドマンといえど大人しいもんだ。

 家族や仲間と一緒に暖房の効いた大広間に集まって屋内作業をしたり、……というか、そればっかりだな。

 貴族だって冬の間は暇だから似たようなものだそうだ。王都に集まって社交するもの好きもいるそうだが、まぁ集団で固まって暖房をシェアするってのは変わらない。

 

 けど、同じ顔同士で毎日毎日集まってるとうんざりするものだ。

 少なくとも俺は結構うんざりする。定期的に自分だけの時間も欲しい。そりゃ人恋しいこともあるけど、それはそれなんだよな。

 

 

 

「バロアの森で数日間の野営ですか……」

「飯が無くなったら帰ってくるよ。まぁ、いつものやつさ」

 

 夏場も長期間の野営をする俺だが、わりと冬にも似たようなことをやる。

 別に獲物を狩ったりとか、採集したいものがあったりとかそういうのではない。純粋に冬の静かな森に身を置いて、ゆっくりとキャンプしたいだけなのだ。

 

「変わっていますねぇ……寒い季節ですから、くれぐれも体調には気をつけて下さいよ?」

「おう、ありがとなミレーヌさん。お土産は何が良い?」

「モングレルさんがご無事であれば、それだけで結構ですよ」

 

 特に何もいらないそうだ。無欲な人だぜミレーヌさん。

 

「あれ、モングレル先輩森に行くんスか」

「おうライナ、長期間森でちょっとな」

「何狙いっスか?」

「いや、別に何も狙ってない。ただ冬の森でゆっくり過ごすだけだよ」

「え……?」

 

 こらこら。そういう正気を疑っているような眼で人を見ちゃ駄目だぞライナ。

 

「魔物も動物もいない静かな森でな……焚き火をして、眺めて……テントの中で寝る……そういう時間を過ごすのも、なかなか良いもんだぞ?」

「……いや……何がっスか……?」

 

 残念なことに、この手の趣味はこの世界では全くと言って良いほど理解されることがない。

 なんでわざわざそんな辛い場所で辛いことを……? そんな風に思われているんだろう。実際その通りだからわからんでもないが。

 

 ……まぁ、男のロマンってやつですよ。

 

 

 

 荷物は多くても問題ない。むしろ魔物に遭遇しない分、普段使わないようなものまで持っていける。薪ストーブのセットは当然として、調理器具、調味料、念のためにリールのない釣り竿なんかも持ち込んだりしてな。完全に遊ぶつもりで行くわけよ。

 まぁ異世界とはいえ、馬鹿力があるからこその余裕とも言える。重さ測ったらこの荷物何キロあるんだろうな……ちょっと考えたくないくらいなのは確かだが。

 

「奥の方行ってみるかぁー……」

 

 大荷物を背負い、バロアの森の奥を目指す。

 このバロアの森は行けば行くほど魔物の気配が強くなるのは当然として、冬場になるとなんと奥地に進むほどに暖かくなる。冬の魔物たちは奥の暖かい場所を目指して姿を消していくわけだな。

 

 今回、さすがにそんな暖かくなるような奥地までは行かないが、その寸前くらいまでは進もうと思う。前にウルリカと泊まった第三作業小屋よりも倍近い距離がある場所だな。そこならまず間違いなく誰もいないし、静かで良いキャンプができるはずだ。

 温暖地帯は超危険な魔物とエンカウントするおそれがあるので絶対に行っちゃ駄目だゾ。

 

 

 

「お、川あんじゃん。良いな、ここにしよう」

 

 本当はやっちゃいけないことだが、俺は川沿いにテントを建てることにした。

 増水した時に流されて死ぬ危険はあるが、俺は強いので死なない。便利なのでここにする。良い子も悪い子も真似してはいけない設営だ。

 

「水も綺麗じゃん。良い所見つけたわ。次も来てえけど絶対忘れてるだろうな……」

 

 ぼやきながらテントを張り、薪ストーブを組み上げ、煙突をロープで固定する。

 背嚢の中の荷物を次々に出して配置していけば、最後には革とフレームだけになったペラッペラのリュックに……ん?

 

「その硬さ、我が友チャクラムではないか」

 

 リュックを綺麗に漁ったと思ったら長いこと忘れ続けてきた投擲武器を発掘した。しかも三枚ある。

 荷物の重みを受け止め続けたせいで若干撓んでるのが物悲しい。反対側に曲げ直して戻しておこう……この作業も今回の課題だな。

 

 ……まぁ、今回は特に目的もないゆっくりするだけの一人キャンプだ。

 任務でも目的があるわけでもない。冬のクソ暇な時間の一部を孤独にじっくり過ごしていくことにしよう。

 

 

 

 飯はほとんど持参してきたものだけになる。

 肉と、パンだな。パンは硬くてパサパサしているが、保存性はそこそこ良いので寒い中でなら最終日まで保つだろう。

 焚き火を作ってパンをじっくり焼き直してやれば、不思議と甘みが増して食いやすくなった……ような気がする。多分だけど。元が不味いからすげー補正が掛かってそうな感は否めない。

 

「あー、うめぇ」

 

 昆布茶を飲みながら肉をサンドしたパンを食う。まぁまぁ良い時間だ。

 欲を言えば葉物野菜も一緒に挟みたいところだが冬だしな。マトモなものはほとんどない。

 

「すっげぇ、薪取り放題」

 

 腹ごなしをしたら薪拾いだ。誰もいないのを良いことに、身体強化を自重せず辺りの木をバスバスと斬っていく。

 生木や乾燥しきっていない薪は燃料としての効率が俺の体感で三割近く落ちるが、その辺りは薪ストーブがある程度補ってくれるので良しとしよう。

 とにかく大量に斬って斬って斬りまくる。ここらへんの木材なんて人間は誰も採らないからやり放題だ。

 なんだったらログハウス建てちゃってもいいレベルだな。やらんけど。

 

「……これだけ燃料あったら風呂とか……いけるか……? いや無理か……無理だよな……?」

 

 で、一人でこう好き勝手やってると毎度のことだが、変なことを考えてしまう。

 今回の場合は、風呂だな。近くに綺麗な川があって潤沢な燃料があるのを良いことに、風呂を作ろうと企てているわけだ。

 

「……まず川に近い土にデカい穴を掘って、水を入れる。そこに木材を噛み合わせて作った樽っぽい浴槽を入れて……後は焼石を大量に投入し続けるって感じかな……いけるか……最後に簀の子とか……? いや、焼石を投入する場所をそもそも木材の柵か何かで分けておけばいいのか……」

 

 作るなら川の水も、火も、デカい石も、継ぎ足す燃料も全て近くに纏まってた方が良いだろう。……こりゃなかなか大仕事になりそうだな。けどせっかくの露天風呂だ。作ってみる価値はありやすぜ。

 

「……まぁ、とにかく伐採だな。よし、伐採しまくるか」

 

 誰からも見られていないとわかっている状況なら本気を出せる。大木の伐採でもそう手間取ることはないだろう。

 それよりは焼石用の大きめの石を拾う方が手間かもな……。

 

「上手く出来たとしても風呂上がりの寒さがぜってー地獄だなこれは」

 

 そうぼやきつつも、俺はこういう事をやってる時間が結構好きだった。

 



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風呂と調理と来訪者

 

 特注品の携帯スコップで穴を掘る。スコップの金具部分と取っ手部分だけのやつだ。それを現地の枝なり何なりを使って完成させるって感じの道具な。折り畳みとかそんな利口な代物では全くない。一応棒さえ突っ込んで適当なリベットをガンガン打ち込んでおけばハンディスコップにはなるので重宝している。

 

 人間一人が入る穴ってのはなかなかでっかいもんで、小さなスコップで掘っていくのは苦労した。必要な力よりも掻き出す回数の方に難儀する。

 けど休まずに黙々とやってると集中できるもので、あっという間に風呂としては充分な深さにできた。よしよし。

 

 ……つーか壁から水が染み込み始めてるからそろそろ木材で補強しないとヤバい。せっかく掘った穴が埋没する。

 

「よし、長さもピッタリ……まぁだいたいピッタリだな。これである程度は大丈夫だろう」

 

 穴の外壁を囲むように、木材の棒を縦に敷き詰めていく。形はなんでもいいが、薪と同じようにした。こうすることで砂の壁が崩壊して風呂スペースに交じるのを……ある程度防いでくれる。あくまである程度な。

 また、この木材には断熱材としての役割も期待している。地面ってのは熱を無限に吸収し続けるからな。こうして木材を敷き詰めればまぁ……多少は冷えるのも遅くなってくれるだろう。

 

 当然、穴の底にも木材を敷いておくのは忘れない。

 

 形はなんだろうな。バスタブって感じかな。

 あまり壁とお湯が接する面積が広いと冷めるのも早くなるから、本当は半球形くらいにしようかとも思ったんだが……木材で内側を覆う作業の手間を考えると、自然と四角くなってしまった。

 まぁこっちのが風情はあって良い。檜風呂っぽいしな。

 せっかくなので足を伸ばせるだけの広さにしてしまったが、これだけの容積の水を温めるのは結構大変そうな気もするぜ……まぁ、燃料はいくらでもあるしなんとかなるか……?

 

「川近くの地面すげー、水めっちゃ染み込んでくる」

 

 鍋使ってガンガン汲む必要あるかなーと思ったけど、待っていればジワジワと風呂桶の中に水が溜まりはじめた。川に近い砂地がたくさんの水を含んでいる証拠だ。

 きっとこのまま放置していけば風呂桶満杯になってくれるだろう。楽でいいや。……まぁその分お湯が冷めるのも早くなるわけだが。

 

「焼石作りはさすがに薪ストーブじゃなくて焚き火の出番だな。丁度いいや、風呂の近くでやっちまおう」

 

 暖房も兼ねて、即席風呂の近くで焼石を作ることにする。この焼石こそが風呂を温める唯一の熱源だ。

 石は蓄熱性が高い。蓄熱性というのは、乱暴な言い方をすると冷えにくくもあり、温まりにくくもあるもののことだ。石を充分に温めきるには結構な熱と時間が必要だが、それは逆に温まった後に冷えにくいという事でもある。なので火に焚べてクッソ熱くなった石は古くから色々な場面で使われてきたわけだ。

 直接火にかけると割れてしまう素焼きの土器なんかでも、焼石を放り込むだけで熱湯が作れるしな。便利だよ焼石。

 

「まぁ火加減とかは見た目じゃ全くわからんけども……」

 

 焚き火の中にデカい丸石をゴツゴツ重ね、大量の薪で一気にゴーッと燃やす。

 熱されたこいつらを一気に風呂にぶち込むわけだ。こういう熱い石を運び出したい時も携帯スコップが活躍してくれる。

 

「うおっ」

 

 焚き火の中で熱せられていた石のひとつがすげー音を立てて割れた。

 どうやら石の中に入っている水分だか何だかのせいで石が熱に耐えかねて割れてしまったようだ。結構デカい音するからビビる。

 

「そろそろかね」

 

 割れたってことはもう結構良い感じに焼けたんじゃねえのかな。

 火の中からスコップで焼石を掬い上げ、すぐそばの風呂桶へボチャンと放り込む。

 

 すると、石を起点にジュワーと水蒸気が発生する。もちろん焼石一個で大量の水が温まりきるわけもないのですぐに音は止んでしまったが、繰り返していくと結構変わってくる。

 

 二個、三個と次々に石をぶちこんでいくと、水中の石が上げる水蒸気の音が鳴り止まなくなってきた。

 ぶくぶくと景気の良い泡が上がり、寒い外気に冷やされて白い湯気が見えてくる。

 良いね良いね。露天風呂って感じになってきたじゃないの。

 

「湯加減はどうですかなーってどぅあちゃァッ」

 

 指を突っ込んでみたら普通に熱湯だった。くそ熱い。

 ……よし、冷まそう。しばらく待つしかねえ。

 

 古代の風呂にきっちり42度で保ってくれる機能など備わってはいないのだ。

 

 

 

「バター持ってくりゃ良かったかなぁ」

 

 さて。お湯が適温になる前に昼飯を食おう。運動したら腹減ったぜ。

 今日の食事はまぁ朝食のサンドと似たようなものになるが……サンドはサンドでもホットサンドである。

 

「ま、普通の油でも同じか。へへ、これさえあれば美味いホットサンドになるぜ」

 

 今日はホットサンドメーカーを持ってきている。これは鍛冶屋のジョスラン……の娘に作ってもらった道具だ。部品点数も無く、ただ銅板の構造に一手間加えるだけのものなので鋳造ならば難しい物でもない。まぁ機構がシンプルな割に金属の量がちょっとあれなので、無駄に高かったけどな。後悔はしていない。

 

 前世でもこういうホットサンドメーカーを持っていたんだが、重いのと実際そこまでホットサンド作らなかったせいで倉庫の肥やしになっていた。

 しかしこの世界じゃクソ不味いパンをわりと美味くしてくれる神アイテムとして活躍してくれる。

 ……くれるが、やっぱ重いし嵩張るので今生でも満足に使えてはいない。今日も久々の出番だしな。

 

「油ひいて、適当なパン置いて、肉乗せて、油かけて、パンで挟んでーの……よしよし」

 

 これで上下で挟んだものを焚き火に置いとくだけで完成するわけだ。

 挟んでいる時は灰とか煤もあまり気にならないってのも良い。隙間から油がジューッと漏れ出したら良い感じ。

 

「さーて……焼き上がりは……」

 

 と、呑気にホットサンドメーカーを取り出して、気まぐれに辺りを見回した時にようやく気付いた。

 

「どう……かなぁ……?」

 

 薪ストーブの近くに、いつの間にか魔物が佇んでいた。

 風上ってこともあったかもしれないけど全く気付かなかった。

 

 しかもそいつがただの魔物じゃない。

 

「……オーガか」

 

 オーガ。ゴブリンやサイクロプスと同じ、人型の魔物である。

 身長は2m半前後。サイクロプスよりも背丈は控えめなことが多いが、戦闘能力はサイクロプスを凌駕する。

 浅黒い肌。深い体毛。長く縮れた髪の毛。筋骨隆々な全身に、この世界の全てを恨んでそうな皺の刻まれたおっかない顔と、その上には見るからに不吉な二本の角がついている。

 日本人が鬼と聞いてイメージする鬼は、きっとこんな感じになるだろう。

 

 そいつが今、薪ストーブの近くで俺のことをじっと見つめている。

 超怖い。……ていうか、やべえ、あのオーガなんか装備着込んでる。

 

 ……古くてボロボロになったズボン? の成れの果てに……刃がガチャガチャになった古いロングソード。そして上半身には古い毛皮を被ってマントのようにしている。どう見ても知性のあるタイプのオーガだ。

 

 一般的なオーガは、結構賢い。しかしそれもサイクロプスやゴブリンよりは厄介だなって感じる程度で、結局のところ棍棒を持って殴りかかる程度のものでしかないのだが……あいつは明らかに全身に装備を“身に付けている”。しかもそれらが年季の入った物とくれば、偶然の産物ではないだろう。

 

 いや、というかこれ聞いたことあるぞ。

 何年か前にお尋ね者ならぬお尋ねモンスターとしてレゴールのギルドの片隅で指名手配されていた特定危険種。

 

 剣持ちのオーガ“グナク”。

 

 昔、シルバーランクのパーティーを半壊させて逃げ遂せたまま、未だに見つかっていない魔物だ。

 ……時間と共にその指名手配も自然消滅したが……まだ生きていたのか、こいつ。

 

 いやいや……俺が最初にお尋ね者のこいつを見つけたのも何年か前だぞ。

 その時の情報すら古くて、“もう死んでるだろ”ってことで剥がされたんだ。……間違いなく俺よりも長くこのバロアの森にいるな。

 

 よく見ると顔に刻まれた深い皺は老年を感じさせる。ただ形相がおっかねえだけかと思っていたが、歳によるものだったか。老年のオーガなんて遭遇したことないから初めて見るわ。すげぇ……。

 

 ……オーガは戦闘意欲が旺盛だが、まだ俺のことをじっと見つめている。襲いかかる素振りもない。これも年季がそうさせているのだろうか。

 ……いや、もしかしてこれか、ホットサンド見てるのか。

 

「えー……オープン」

「!」

「うわっ、すげえ反応した」

 

 それまで仏頂面でこっちを観察していたのが、ホットサンドメーカーを開けた瞬間に“えっ! なんか入っとる!”みたいに目を見開いて驚かれた。

 ……どうしよう。魔物に餌やるのって本当は駄目なんだけどな……なんかこの老獪そうなオーガにちょっと興味が出てきた。

 

「……食う?」

「!」

 

 ホットサンドを差し出したらすげぇ身構えられた。警戒心は強い。そりゃそうだわ。

 ……こいつからしたら俺はどう見えてるんだろう? 一瞬でくびり殺せる獲物とか? 少なくとも圧倒的強者を前に身の程をわきまえている感じではなさそうだが。

 

「これ、食い物……ムシャァ……うん、美味い」

「……」

「これあげたいけど悪い、もう一口食わせてくれ……うん、まぁ普通の油でもいけるな。スクリューキャップ作って良かったわ。……残りはやるよ」

 

 立ち上がり、川辺の大きな石の上に食べかけのホットサンドを置いてやる。

 すると老オーガは俺を視界に収めたままジリジリとホットサンドに近づき……しゃがんで、匂いを嗅いだ。

 

「フン、フン……」

「すげぇ体勢だな……」

 

 石の上のホットサンドを嗅ぎながらメンチ切るオーガ。シュールである。

 しかし俺が目の前で毒見したこともあってかさして悩むこともなく、オーガはホットサンドを手にとって齧りついた。

 

「……!」

 

 まずいってことはないだろう。が、笑顔にはなっていない。ただカッと眼を見開いただけだ。普通に怖い。けどなんかこういうリアクション見るのが新鮮で楽しいわ。

 

 オーガはガツガツと小さなホットサンドを口に収め、一気に飲み込んだ。

 

「ッフー……」

「美味かったか」

「……」

「あ、薪ストーブの近くのが良いのね……」

 

 腹ごしらえすると、オーガは何故かさっきの薪ストーブの横へと戻った。そこが定位置らしい。……まぁ近くは暖かいからな。気持ちはわからんでもない。

 

 ……よく見ると、オーガは怪我を負っていた。

 右目は潰れているし、左半身も火傷を負っている。

 目の方は古傷のようだが、火傷はそう古いものでもなさそうだ。……バロアの森の奥地で、主にこっぴどくやられたのかもしれない。まぁそうでもなきゃ火傷なんて負わないだろうな。

 

「……」

 

 正直、ちょっと情が湧いてしまった。

 オーガなんて超危険な魔物でしかないし、ギルドマンとしては今すぐ全力で討伐すべきだろうし、実際今も俺のことをまだ食ってないだけの食料として見てても何もおかしくはないんだが、なんというかこうも人間臭いところあると、ちょっとね。

 

 ……反撃。そうだな、こっちからは手を出さず、なにかされたら反撃するようにしよう。何かやられたら殺す。そうだな、それが良い。

 実際、俺にはそうするだけの力もある。今は周囲に人間もいないしな。

 

 もちろん、多少賢いとはいえオーガと友情を育めるだとか、そういうことは思っちゃいない。ただオーガの生態に興味が出ただけだ。

 長年バロアの森に潜んで生きてきた知性の深い老オーガがどんな行動を取るのか。それを観察してみるのも、ギルドマンとしては有意義な研究……というのは後付けの理由でしかないが。

 幸い、ここに俺を咎める奴はいないしな。

 

「よろしくな、グナク」

「……」

 

 老オーガは、何を考えているのかわからない険しい目で俺を睨み続けていた。

 ……この観察はそう長く続かないかもしれん。いつ襲われてもおかしくねえな……。

 



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森の賢者

 

 オーガはゴブリンから生まれるとされている。

 というのも、ゴブリンは時折突然変異種を生むことがあるのだ。

 一説によれば、サイクロプスはオーガの成り損ないとかなんとか。オーガとして生まれてくるゴブリンこそが、ゴブリンの繁殖による数少ない成功例……という表現をされることもある。

 

 しかし不思議なことにこのゴブリン、サイクロプス、オーガなどの人型魔物たちは、それぞれに仲間意識なんてものはない。お互いに出会ったら殺し合いをする程度には連携が取れていなかったりする。

 魔物はよくわからん。少なくとも庶民の俺がアクセスできる程度の資料じゃマジでなんもわからんね。

 そもそも書物じゃ貴族のお偉方が適当にぶっこいてる可能性すらあるわけで。

 

 だからこの手の魔物の習性に関しては実際に現地の魔物を観察するなり同業者の所感を聞くなりするのが一番だ。

 ……なので今こうして観察するってのもギルドマンとしてはそう間違ってはいないんだが……。

 

「おい」

「……」

「おい、あんまり汚い手でな。風呂のお湯触るんじゃないよ」

「……」

「聞いてます?」

 

 話というか音は聞いているのだろう。ずっと俺の方を見て睨んでいるからな。

 けどそうしている間にも老オーガのグナクは、せっかく俺が溜めた風呂に汚い手を突っ込んでかき混ぜている。湯捏ねかい? 適温にしようとしてるのかい?

 

「あ、お前……やめろ一番風呂だぞ。オイまじで……汚れる。汚れるから……あー」

「ォオオ……」

 

 手で触れたお湯の感じが良いものだと悟ったからか、オーガが俺の作った露天風呂に入りやがった。

 しかもご丁寧にガチャガチャのロングソードだけは外に出した状態で。

 野太い声をあげてお湯を楽しんでるくせに、しっかりこちらを迎撃する手段は残している。なんなんお前マジで。

 

 ……あーあー……マジでこいつ……お湯に汚れが浮きまくって……。

 いやそりゃ何年前に奪い取った装備だよってのもあるし……当然今まで体なんてほぼ洗ってないだろうから、それがいきなり風呂に入ればこのくらいは汚れるだろうけど……一瞬で共同浴場を上回る汚さになっちまった……。

 せっかく全力で作った露天風呂が一瞬で駄目になったわ。終わりだ。もう俺は入れません。完全にこれもうオーガ風呂です。

 

「お前本当に何かしたらぶっ殺すぞ。もう俺全然躊躇しねぇからな」

「……」

「何か言えよ」

「……ズズッ……ォオオー……」

「お湯飲んでんじゃねえよ」

 

 初めて見たわ風呂に浸かりながらそのお湯飲む奴。まぁ普段からもっときったねぇ水飲んでるんだろうけどさ……。

 生まれて初めて飲む白湯は美味いかよ……?

 

「ォオオ……」

 

 そして自分の肌を擦り、落ちていく汚れを見て“これが私……?”みたいな驚き方をしている。

 いちいち人間っぽいリアクションしやがる。

 

 ……けど眺めていて結構飽きないな。適当に座って昆布茶飲みながら眺めるには丁度良い奴だ。そうでも思わないと風呂作った苦労が報われねえ。

 

「温泉の猿みてぇだな」

「……」

 

 オーガは俺を警戒しつつも顔を洗ったり、ロン毛の生えた頭をガシガシと洗っている。その度に泥みたいな汚れが落ちてゆく。まじで汚えな。

 痛々しい火傷痕なんかは濡れると痛そうにも見えるが、痛がっている素振りはない。そういうところ見てるとやっぱオーガって強い種族なんだなと思わされる。

 

「グフゥー……」

 

 足元に転がってる冷めた焼石を取り上げて眺めたり、風呂釜の外側にある木をバリッと剥がしたり。魔物らしく破壊の限りを尽くしてやがるな。

 けどもうここまで汚れに汚れた風呂釜には未練も残ってない。好きなだけ壊せば良いさ……。

 

「……ロングソードね」

 

 刃がガチャガチャになってるロングソードを観察してみると、相当に古いものであることがわかる。

 手入れも何もされていなかったんだろう。メンテナンス状況は最悪だ。

 しかしこれをしっかり武器として愛用し、長年使い続けてきたのだ。どう考えてもこの老オーガの知能は高いし、侮れない。

 

「フゥー……」

「お、出るのか。……うわぁ」

 

 風呂から這い上がるオーガ。そして無惨な汚れの浮きまくった風呂釜。

 これはもう終わりですわ。土ぶっかけて埋め立てる他に無い。

 一度も入らず終わったよ俺の露天風呂。

 

「良かったな、綺麗になれて……」

「……」

 

 びしょ濡れオーガは未だに俺のことを“なんだこいつ”って顔しながら眺めている。……あ、また薪ストーブの定位置に戻っていった。

 けどそろそろ燃料補充しなきゃならん。ちょっとどいてろ。

 

「……!」

 

 ロングソードを右手に持ち、警戒している。薪を補充するだけだがその意図が伝わっているとは思えんね。

 まぁ俺としてはやるならやれよって感じだ。露天風呂を台無しにされた怒りはもう既にオーガの観察という知的欲求を上回り掛けてるからな。このままバトルに突入しても俺は一向に構わん。

 向こうが剣を叩きつけてくるつもりならこっちは素早く対応してやる。ロングソードよりバスタードソードの方が優れてるってことをその身に刻んでやるよ。覚悟しろ。

 

「オラオラ、薪だぞ薪ぃ」

「……」

「攻撃しないのか。おらここ、補充するぞオイ」

「……」

「我慢強いな」

 

 というよりは慎重なのか。

 ロングソードを手にしてはいるが、その間合いにそもそも俺を入れようとしない。近づけばジリッと距離を取る。……直情型ですぐにブチ切れるオーガにあるまじき臆病さだ。

 

「そのメンタルがあったからこそ今まで長生きしてこれたのかもな……」

 

 オーガは今も俺の仕草を観察するように睨んでいる。

 薪を火の中に放り込んでいるだけの作業だが、オーガからすれば初めて見るだろう。いや、野営する人間を観察したことがあれば初めてってことはないかもしれないな。

 

「ここに入れた木が燃えてな、この煙突を通って煙になる。この煙突のおかげで吸気が上手くいって、ストーブ本体から煙が出てこないわけだ」

「……」

 

 と、きまぐれに指さして教えてみても通じるわけもない。

 だがオーガは理知的な目で煙突をじっと眺めている。……理屈を理解したわけでもないだろうし、自分で土こねて再現するわけもないんだろうけど、物静かな感じと頑固そうな顔を見てるとなんだか、職人っぽさを感じるから不思議だな。俺の制作物を逆に値踏みされているかのような錯覚を感じる。いや、完全に錯覚だけども。

 

「ああ、スコップのメンテしなくちゃな……今日は酷使しすぎた。研がないと」

 

 俺の携帯スコップは先端をとがらせるようにしている。掘りつつ、ここで木の根をサッと切断するためだ。他にも刃物にしてあると色々と便利なのだ。

 しかし今回は風呂掘ったり焼石焚べたりとヘビーに使い込んでしまったので、一気にボロくなってしまった。

 適当な川のザラついた石を使って刃先を整えておくことにする。

 

 必要なものは川と石。簡単だ。スコップの曲がった刃先をうまい具合に濡れた石に押し当て、ジョリジョリと研いでいく。

 

「……!」

「お、なんだよ。この音が嫌なのか?」

「……」

「いや、興味があるのか。……剣持ちのオーガに刃物の研ぎ方を見せるのってヤベェかな……いや、長年人前に出てないなら平気か?」

 

 オーガに睨まれながらスコップの刃先を研ぐ俺。何やってるんだろうな。

 ……しかしオーガの興味は尽きないのか、さっきからジリジリとこっちに近付いている。

 

 やめろよ来るなよ。もしかしてスコップ持ってるから隙有りとか考えてないよな? 俺はこのスコップだけでも戦えるぞ。

 

 なんてのも杞憂だったようで、結局スコップの刃先を研ぎ終わるまで何も起こることはなかった。ひたすらオーガにメンチは切られたが。

 

「……あ、この石使いたい? なら……まぁどうぞ」

「……」

 

 その場から少し離れると、オーガが濡れた石の前に立った。

 そしてガチャガチャのロングソードを構えて……なんと、石の上に寝かせたではないか。

 

「すげぇ。マジか。本当に研ごうとしてるのか」

 

 俺の作業を見て、目的を推察したのか。頭いいぞこいつ。

 ……いや、長年刃物を使っているならなんとなくわかるものなのか。どうなんだろう。

 しかしそれにしたって、しっかり良い感じの角度で刃物を寝かせて研いでいるのを見ると……この老オーガの異様な知能の高さには驚かされる。

 見た目はマジで歳食ったオーガだし、別種族ってことはないはずなんだが……人型魔物も長く生きてるとここまで思慮深くなれるのか。それともこれはオーガだけのものなのか。

 

「あ、そこやり方違うぞ。こうだ」

「……」

 

 途中、オーガの研ぎ方が駄目な感じだったので少し離れた場所でやり方を指導した。

 オーガの方見つつ、研ぐモーションを見せる。するとオーガが俺を見つつ、その後学習した動きで再現して見せる。やべー。知的生物だこれ。

 

「ォオ……」

「どうだ切れ味」

「……」

 

 研ぎ上がったロングソードを持ち、老オーガがずんずんと木に近付いてそこに剣を打ち込んだ。

 構えも振り方もすげぇ雑。しかしオーガの怪力は、木から伸びた人の腕ほどはあろう太さの枝を一発でバスンと切断してみせた。

 こえー。てかこれ切れ味そんな関係ある?

 

「ォオ……!」

 

 どうやらあるらしい。オーガは生まれ変わったロングソードの切れ味に驚いているようだった。

 わりと感情豊かな奴である。

 

「さて……まぁ確かに見事な一撃だったと褒めてやりてえけど……このまま力を持たせて生活様式をガラッと変えられても困るから、俺の剣も見てもらおうか」

「……!」

 

 俺はバスタードソードを抜いて、木の前に立った。

 武器を取り出したのを見てか、オーガが身構える。警戒はし続けている辺りはさすが野生。

 

「見てろよ、人間様ってのは恐ろしいんだぜ。便利な道具を持ってるだけでも、親切に技術を教えてくれるだけの生き物でも無いんだ」

 

 強化の魔力を全身に、そして剣先にまで行き渡らせて……。全力で振り切る。

 すると先程オーガが切断した枝の倍はあろう細木がスッパリと斬れ、パキパキと葉のついていない枝を折りながら向こう側へと倒れていった。

 

「……!」

「な? 人間様は怖いぞ? この俺でブロンズ3なんだ。俺はギルドマンの中でも最弱……あまり見くびらないことだ」

 

 オーガにハッタリどころか言葉が通じるわけもなかったが、木を斬り倒した現実だけは重く受け止めたようだ。俺への警戒心が高くなったのがわかる。

 

「それともなんだ、やるかぁ? 俺の露天風呂を台無しにした報いを受けたくなったかぁ?」

「!」

 

 剣をヒュンヒュン振りながら近づくと、オーガが慌てて後ずさる。そのバックステップもかなり距離が長い。さすがの身体能力だ。それにかまけない警戒心の強さもすげぇ。

 こいつが人間を舐めきって襲い始めたらマジでやべえだろうな。脅す時はちゃんと脅さないと駄目だ。

 

「ワッ!」

「!」

 

 最後に大声を出して剣を振ると、老オーガは茂みを突き破って逃げ去っていった。

 ……力量差がわかるだけの知恵を持っているオーガだった。多分、再び襲いかかってくることはないだろう。それだけの慎重さを持つ奴だ。

 

「……風呂は台無しだけど、面白い奴を見れたな」

 

 身体的なリラックスは得られなかったが、久々に知的好奇心を刺激される一時を過ごせた気がする。

 

 剣持ちのオーガ“グナク”。

 オーガの寿命なんて全く分からないが、さて。あの老オーガはあとどれだけ生き続けるのだろうか。

 

 来年もひょっとすると、この冬の森の中で再び出会うこともあるかもしれない。

 

 ……けどちゃんとした風呂入りたいからあんまり会いたくはねえなぁ。

 次は風呂入られそうになる前にちゃんと追い払うか。

 



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ゴブリンの襲来、砕け散る鎧

 

 “若木の杖”のクランハウスがようやく完成したらしい。

 春から随分と時間かかったなーって感じだが、ボトルネックは風呂場の完成だったようだ。特注の湯沸かし器の製造からやってるんだからそら時間かかるわな。

 魔法なんて使わずにもっと手軽な焼き石風呂で良いじゃないっすか〜wって言いたかったところだが、俺はその肝心の焼き石風呂に入り損ねた。もうなんも言えねぇ。グナク、次に会う時は殺し合うことになるかもしれん。お覚悟を。

 

「えー、それでは遅まきながら。僕達のクランハウス完成を祝って、乾杯」

「乾杯!」

「かんぱーい」

「乾杯〜、いやー長かったね」

「もうほぼ全部完成してたから今更かよって感じだけどね」

「あ、私はお茶で……」

「私も水で」

 

 ギルドの酒場では珍しく“若木の杖”のメンバーが勢揃いし、クランハウスの完成を祝っていた。

 せっかくクランハウス出来たんだからそっちでやれよと思うんだが、酒場でやった方が楽らしい。聞いたところによると所属するメンバーがみんなあまり料理や片付けが好きじゃないんだとか。

 お前らそんなんで共同生活できるのかよって感じだが、その辺りは金で人を雇ってなんとかしてるそうだ。結局世の中金なんですわ。

 

「えー、そしてこちらのナスターシャさん。僕の学友でもあるが、今回の湯沸かし器を開発した功労者でもある。彼女にもなんか拍手とかそういうのを」

「わー」

「おー……」

「乾杯〜?」

「パチパチ」

 

 拍手があったり歓声があったり乾杯してたり。まとまりがない。

 そしてそれらバラバラな何かを受け止めているナスターシャは無感情にエールを飲んでいた。

 

「やはりあまり好みではない」

「炭酸抜こうか」

「それは必要ない」

 

 言うまでもなく、魔法使いという連中は変人が多い。

 

 

 

 何故魔法使いは変人扱いされているのか。

 それは俺が魔法を使えないことからもわかるように、真人間では使えないものだから……ということなんだと思う。

 生まれ持っての考え方とか感性とかが違うんだろうな。かわいそうに。

 

「って向こうの席でモングレル先輩が言ってたっス」

「コラッ! ライナ! 人にチクるのやめなさい! 俺はそんな風にお前を育てた覚えはないぞ!」

「魔法使いに変わり者が多いという話は確かに良く聞きますけど……このギルドではモングレルさんの方が変人ですよね……」

 

 ミセリナ、お前の気持ちはよくわかった。夜道に気を付けろよ。

 

「しかしクランハウスにお風呂ですか……贅沢ですねぇ。僕らのクランハウスではそこまでの余裕はありませんよ……」

「ククク……水浴びに慣れちまえば問題ねぇさ……」

「まぁそうですけど……ミルコさんも冬場は水浴びしないでしょう? この時期に身体を流せるというのはやはり良いと思うんですよね……」

「フッ……それは確かに」

 

 “大地の盾”は大手パーティーだが、いつもカツカツでやっている。

 なんでだろうな。やっぱり馬の維持費が割りに合ってないんだろうか。防具も揃いの使ってるしそういうのも金かかってそうだ。

 まぁよく考えてみりゃギルドマンの報酬で軍と同等のクオリティを維持できるわけないから、カツカツなのも仕方ないんだろうな。

 育った連中もちょくちょく兵として引き抜かれてるし……。

 

「やっぱ魔法使いがいると仕事に幅ができるよな。水でも火でも便利だ」

 

「っスね。ウチらもナスターシャ先輩がいるだけで快適性がダンチっス。飲み水の確保も運搬もいらないのは最強っスよ」

「ねー。ナスターシャさんいてくれて本当に良かったよー」

「……そうか? そうか」

 

 今日は“アルテミス”の連中もテーブルに付いている。ライナとウルリカとナスターシャの三人だ。今は酒を飲みつつ、革装備にオイルを塗っているところらしい。

 冬だし暇だからな。この時期は色々なパーティーがギルドで暇してるのだ。

 

 俺? 俺は一人でテーブルについてます。

 テーブルの上に金属札がいっぱいに広がってるせいで誰も一緒に座ろうとしない。

 

「……モングレルさん、さっきから何やってるんです? それアーマーの札ですよね」

「おう。前から黒靄市場で不定期にバラ売りしててな。それをマメに買いだめしてたんだよ。ちょうど良い数が集まったから編み込んで鎧を作ろうと思ってな」

 

 アレックスが野次馬のような距離感で見にきた。なんなら座って手伝っても良いんだぞ。

 

「鎧ですか……モングレルさんもいよいよ金属鎧を使うんですね」

「いや、完成したら売る」

「売るんですか!? え、でも持ってないですよね金属鎧」

「一応あるぞ? ただ普段使いするには不便だからなぁ」

「普段使いしていきましょうよ……あ、これトワイス平野から集めてきた廃品ですかね……?」

「だろうなぁ。近くじゃ売れなかったからここまで流れて来たんだろ」

 

 この金属札は秋の戦場で散っていった兵士たちの装備品。その寄せ集めだ。

 多分サングレール兵かサングレールのプレイヤーのものだろう。

 ああ、プレイヤーってのはゲームのプレイヤーとかではなく、ハルペリアにおけるギルドマンと同じような連中だ。サングレールのはみ出し者だな。冒険者制度がそれぞれの国で名前を変えて存在しているものと思ってくれれば良い。両方ともそんなに夢のあるもんではないが。

 

「こいつを完成させて売ればかなり纏まった金になるぜ……最近金欠だからな、可能な限り早めに仕上げたいところだ。そろそろ完成間近なんだぜ」

「ククク……これどうやって編み込むんだ?」

「これね、この穴に紐を通して、こう」

「重いですよ、この手の鎧は……」

 

 作るのもしんどいし出来上がっても重い。音も出るしメンテもだるい。はっきり言ってなんで存在してるのかわからない鎧だが、それでもハルペリアでは金属鎧は高価だ。出来上がれば売り物になる。

 

「……俺たちもああいうもの作って金稼ぐか……?」

「金ないしな……」

「こら、そこのルーキー。お前たちはそんなことする前に任務やれ。清掃と下水道の仕事は残ってるぞ」

「な、なんだよぉモングレルさん。わかってるよそんなこと」

「一発でかいの当ててぇって話だよ!」

 

 服の構造のなんたるかも知らない学無しの田舎小僧が材料買っただけで鎧なんか作れるか。大人しくブロンズになるまで地道な任務でもやってろ。

 

「鎧ねぇ……僕ら魔法使いはそもそも近付かれない戦いを心掛けているから身軽でいいけど、近接役は装備にお金がかかって大変だろうねぇ」

「ヴァンダールさんも装備の整備に時間もお金もかけてますからね。魔法使いとはまた違ったコストがあるんでしょうね」

「ええ、まぁはい。けど私はそういう整備が結構好きなものですから、苦ではありませんよ?」

「さすがです! ヴァンダールさん!」

「いやぁ特に褒められる程のことでは……本当に……」

 

 まぁ……金属だしな。錆びるとなるとマジで大変だ。

 現代人は知らんだろうな。身の回りの鉄と評されてるもののほとんどがステンレス製になってるもんだから、純粋な鉄の錆びやすさがわからないんだ。すげーぞ鉄の錆びやすさは。切れ味と強度が許すなら銅製の武器に変えたくなるレベルだ。

 油によるメンテを欠かすとすぐに錆びる。俺のバスタードソードもそれだけは常に警戒してるくらいだ。だから革鞘の中に仕込んだウールは結構ギトギトにしてある。やったことはないけど鞘を火に投げ入れたらかなり景気良く燃えるんじゃねーかな。

 

「くそぉー金が欲しいよぉ。アイアンの任務しんどいよぉ」

「やっぱ冬場は俺たちも何か作るべきだって! せっかく発明の街に来たんだから、俺らも何か作って一山当ててぇよ!」

「けど“アルテミス”のナスターシャさんみたいな複雑そうなものは作れないし、モングレルさんの作ってる鎧だって金属札は元手がいるし……もっと手軽に作れるものじゃないと……」

 

 なんかルーキーたちが起業してすぐにコケそうな大学生みたいなこと言ってるな。

 落ち着けお前たち。気軽に起業して良いのはコケてもケツモチしてくれる太い家に生まれた奴だけだぞ。

 

「この時期は革なめしとか建設とか、キツいけど稼ぎの良い仕事はあるんだ。そういう手もあるぜ。当たるかどうかわからん発明よりそっちの方が安定してるだろ」

「いやだってそれキツいじゃん!」

「俺たちは楽して稼ぎたいんだ!」

「筋金入りのアイアンだなこいつら……世の中そうそう楽な仕事なんてねーよ。難しい仕事でも楽そうにこなすスゲーやつがいるだけだ。そのスゲーやつの一人が俺だ。俺を見習ってもっと地道な仕事をやっとけ」

「モングレルさん今鎧で稼ごうとしてんじゃん!」

「いやこれはまぁこれよ」

「金欲しい〜! 風呂付きのクランハウスなんて言わないからせめて宿の個室で暮らしてぇ〜!」

 

 あーあー、騒がしいギルドだ。

 やっぱり冬場はこうなるわな。バロアの森のまったりとしたソロキャンが早くも恋しいぜ。

 

「おーい暇そうなギルドマン諸君ー、緊急だぞー」

 

 そんな時、ギルドの入り口から衛兵の一人がやってきた。

 

 緊急。その言葉にさっきまでダラダラしていた連中の空気が引き締まる。

 

「東門近くにゴブリンの群れがやってきた。数は30以上だな。集団で寝床を探そうとしているのか、略奪に来たのかは知らん。連中が拡張区画で汚いクソをする前に駆除してくれないか。……おお、ここは暖かいな。癒される」

 

 よし、緊急任務だ! 襲撃かどうかはわからないが大量のゴブリンがいるとなれば何体かは手柄にできそうだ。

 

「僕らはクランハウスの完成祝いしてるから良いや」

「寒いので扉閉めてくれます!?」

「あ、すまんね。受注する奴は俺から参加札を受け取ってくれ。東門でも配ってはいるが」

「行きましょうか、ミルコさん」

「ククク、30以上か。まぁ近場なら行こう」

「ウルリカ先輩、ナスターシャ先輩、行かないっスか?」

「門の上から撃ちたいねー。ポジションとられる前に早めに行こっかー」

「私は行かない。寒い」

「ええ……マジっスか……」

 

 続々と立ち上がるギルドマンたち。

 緊急の任務が入ってこうして動き出す連中を見るの、結構好きなんだよなー。仕事が始まるって感じがして。まぁ今回はゴブリンだから結構空気が緩いけど。

 

「モングレル先輩もどうっスか」

「おお、俺もこの鎧を誰かに預けて……」

 

 と、俺が鎧を持ったその時。

 

 掴み上げた場所が悪かったんだろう。あるいは繋ぎ方が悪かったのか。

 たくさん繋げていた金属札が、ジャラジャラとけたたましい音を立ててテーブルや床に散らばった。

 

「……あーあ」

 

 誰かの声。静まり返るギルド。

 鎧だったものが辺り一面に転がる。

 

「……おのれ……おのれッ、ゴブリン風情がよぉッ……!」

「いやゴブリンのせいではないと思うっス」

「ゴブリンは皆殺しだ! お前ら、一匹たりとも生かして帰すなよッ!」

「まるでゴブリンに家族を皆殺しにされた人みたいになってますけど……」

「うぉぁああああああッ! ゴブリンてめぇええええッ!」

 

 俺は参加札を貰ってギルドを駆け出し、門外のゴブリンを5匹討伐した。

 

 金属札は宿屋の隅っこに重ねて置かれている。

 



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新たなるオプションアイテム

 

 金が無い。

 俺は定期的にこんな感じで金が無くなってるが今はマジで無い。

 いざという時の貯金はあるが、俺は貯金に手を付けたら胃が痛むタイプの人間だ。収支は常にプラスでいないと俺の繊細な心はラメラーアーマーのように脆く砕け散ってしまうだろう。

 

 何かで稼がなければならない。でも今は冬だ。冬は任務がない。あっても寒くてキツい。

 ルーキーに対しては“下水道とか工事とか”って言ったけど、俺だって本音で言えば臭かったりキツかったりは嫌だ。特に臭いのは無理。

 というか今の金欠がそこらへんの任務でどうにかなるレベルじゃねぇ。完成した鎧の売値で色々とどうにかしていく算段を立てていただけに現状がキツすぎる。

 

 もっと手軽に、かつ高額を稼がなきゃいけねえんだ……。

 

 手軽に……けどマッサージ店はもうやらん。ベッドのシーツが二日ほどディックバルトの匂いになるのは地獄でしかなかった。

 そういう稼ぎ方はしたくない。だからもうあれだ。あれしかない……。

 

「……アダルトグッズ……作るか……!」

 

 シモの欲望は財布の紐を緩くする。手軽な労力でかなり儲かるシノギだ。それは前回の売り上げでわかっていた。

 わかっていたが……それでも味を占めなかったのは、俺の中の自制心が働いていたからだ。

 だって嫌じゃん。アダルトグッズばかり作る職人とか噂されたくねえもん俺。

 

 ……まぁだから、あれだ。

 今回は話のネタにもしない。ひっそり作って、ひっそり売る。

 前と同じでメルクリオに委託すればどうにでもなるだろう。あいつは胡散臭い男だが口は固い商売人だ。よし。それでいこう。

 

「……でも何作りゃいいんだろうな……?」

 

 さて、方向性は決まったが……肝心の矢印の長さと太さと形については、よく考えねばならないだろう。

 “三英傑”と同じ犠牲を生まないためにも、可能な限り……。

 

 

 

 さて。実を言うと俺はあまり大人のオモチャに詳しくない。

 いや嘘吐いたかもしれん。何を以て詳しいのか詳しくないのかって話になってくるからあまり軽々しくは言えないんだが、要するに知識としてはあるけど自分ではほぼ使ったことがないってのが正しいだろう。

 前世はそんなオモチャを使うようなプレイとかしてなかったし……男なら誰もが持っているレベルの興味[※要出典]で調べた範囲の知識でしかそういうアダルトグッズを知らないんだ。

 

 いやまぁ大体は知ってるよ? 形とか用途とかは……けどそれを直に見たことや触ったことがあるかっつーとあれなんでね……。

 だから前回作ったあのアレ、繰り返し使えるタイプのモングレルスティックも正直あんまり自信がない。知識として前立腺は知ってるけど自分でブッピガァンしたことねぇもん。当然だが購入者のレビューも評価もわからない。いや、仮に聞けたとしても絶対聞きたくはないんだが……。

 

 だから今回は、知識としてうろ覚えでもまず外さないであろうタイプのグッズを作ろうと思う。

 

 

 

「ホーンウルフ……正直お前には申し訳ないと思っている」

 

 さて、今回使う材料は前と同じホーンウルフの角。

 適度な太さと長さ、そしてギュッと詰まった撥水性の生地。いかがわしいグッズを作るのに最適な魔物素材だ。

 これそのものは値が張るが、俺はこのホーンウルフの角を幾つか部屋にストックしている。なのでまぁあれよ。まだ幾つか作れるわけよ。

 で、肝心の作る物ですが……。

 

「まぁ、安牌だしな……」

 

 今回はもう完全ドストレートに俺のモングレルを作ることにした。

 前は尻用のこう……グルッとなってる形だったから真のモングレルではなかったのだ。今回は女性用なので究極完全体グレートモングレルになるわけだな。

 当然状態はプチモングレルではない。朝になると時々見られるタイプのモングレルだ。

 

 ……俺はこいつを少なくともメルクリオには見せなきゃいけないわけか……?

 

 ……まぁ、まぁまぁ。

 金のためだ。仕方ない……。鎧をちまちま作る労力に比べりゃこの程度なんでもねえよ……へへ……。

 

「まぁ、今回は他にも作るわけだが……」

 

 究極完全体グレートモングレルは良い。こっちはこっちで三個作るとしてだ。

 他にも作りやすい変わり種のアイテムも必要だろうってことで、スキマ時間にもう一品作ることにした。

 

 それがこれです。はい、ホーンウルフの端材で作ったボール型のアイテム。それがいくつかある。

 ホーンウルフの材料でいかがわしい道具を作る際、どうしても角の先が端材になるんだよな。ここの太い部分はまだ何かに使えるだろうってことで、やや楕円形のボールに加工してあったのだ。

 この楕円形のボールに細めの穴を開けてな。頑丈な革紐を通して……六個分連結すると……。

 

「よし出来た。なんか……尻に入れるやつ……!」

 

 三本分まとまってあればスマホやカメラに使えるグニャグニャ動かせる三脚かな? ってなるかもしれんけど、これ一本分だともう完全にアダルトグッズだな……。

 使ったことも当然使われたこともないけど、結構道具系としてはメジャー? なんかな……わからんけど……。

 

 紐は錆びないし腐ることもない衛生的な素材になってるからまぁ害はないだろう。後はちゃんと綺麗に手入れすれば変な病気になることもまぁ……ないだろ、多分。

 

「……何度作ってもこういうの、虚しくなるな……」

 

 端材の関係上こっちは一個しか作れなかったが、まぁ余りで作ったやつだし良いだろう。

 あとはこいつらをメルクリオに高値で捌いてもらうだけだ……。

 

 

 

「お、モングレルの旦那……それは新商品かい。なるほど、そいつが新しい調理器具ってわけだ」

「オイ。わかってて言ってるだろ」

「はははは。なに、軽い冗談じゃないか。……いやしかし、あれだね。いかがわしい道具は売れるからありがたいが……今回はまた随分と真っ直ぐな形できたね」

「ああ。用途は見た目通りだ。値段は……メルクリオの判断でなるべく高くして売ってくれ。金欠で困ってるんだ」

 

 黒靄市場で露天をやってるメルクリオは、もう包帯も外れて元気そうな姿でやっている。特にあれ以降はトラブルに巻き込まれている様子もなさそうだ。良かった良かった。

 

「よーしきた。任せてくれ旦那、こいつは人気商品だ。よその店が木製で出してるとこもあったが、この材質はきっと他にはねぇ。すぐに結果を出して見せるよ。楽しみにしてくれ」

「任せたぞ……俺の冬場の飲み歩き生活が懸かってるんだ。ああ、こっちの玉が連結してるのは尻用な」

「うおお……こんなの入れるのか。まるで鶏みたいじゃねぇか」

「意外と材料費と加工が面倒くさいから、高めでも良いと思うぞ」

 

 端材から玉を作るのと穴あけが面倒だった。あと紐もわりとコスト高かったな。

 俺の部屋に旋盤モドキがあったから辛うじて楕円には出来たけど、これが真球に近いとちょっと……だいぶ作るのキツいだろうな。専用の工具が必要になるだろう。手作業で球体を作るのは難しいし割に合わん。まぁ楕円でも大丈夫だろ。可能な限り球には近づけたし……。

 

「なるほどなるほど……よっしゃ。良いねぇモングレルの旦那。黒靄市場らしい品揃えになってきた。俺ぁこういう店をやりたかったんだ」

「ええ……? お前の目指す商売人のビジョンが全くわからねぇ……」

「普通の商品も当然大事なんだけどな。やっぱこういうちょっと買うには後ろ暗くなるやつもあったほうが楽しいわけよ。わからないか? ……わからなそうだな旦那は」

「うーん、まぁメルクリオが楽しいなら良かったぜ……」

 

 共感はできないけど良かったねとしか。

 

「じゃ、また近いうちに寄ってくれよ。今回の商品はすぐに結果が出るだろうからさ」

「本当かぁ? まぁ金欠だからありがてぇわ。楽しみにしてるぜ、メルクリオ」

「はいよぉー」

 

 そんなわけで、俺はいかがわしい道具の販売をメルクリオに委託したのだった。

 

 

 

 それから数日は、地味な仕事と作業ばかりである。

 都市清掃を受注して、伐採の警備任務をやって、その後の一日はギルドの修練場でアイアンクラスの昇級試験を見ながらエール飲んだりして楽しんでいた。いつも通りの日常だ。

 

 レゴールの広場では、伯爵が用意した“翌年の標語”を予想し当てるという懸賞があったので参加したりもしたな。

 標語は一単語らしいので無難に“繁栄”で応募したけど、結果はどうなるやら。的中したらちょっとしたお金と酒が貰えるそうだが……俺は前年も外しているので自信は全く無い。ちなみに去年は“整然”だった。わからんて。ここ数年の伯爵の出す標語が変化球すぎてつらい。

 

 

 

 と、まぁそういう具合で時間を潰して、ある日思い出したようにメルクリオの露天に足を運んだわけだが……。

 

「全部売れたぜ、モングレルの旦那」

「マジかよ」

 

 究極完全体グレートモングレル三体といかがわしいビーズ一本はすぐに売り切れたようだ。

 マジでこの街の性欲が大丈夫なのか心配になってくる。冒険心ありすぎだろ……。

 

「はい、これが売上金だ……欲張った値段設定にしたけど、客は目の色変えて買ってったぜ」

「うおおお……すげぇ。エールに氷を入れて飲めるじゃねえか……」

「冬に氷かい? また酔狂なこと考えるねぇ……まぁ今回も商品が商品だから、客の情報については詳しいことは言えねえ。そこのところは商売人として、な」

「ああわかってる。俺も別に詳しくは聞きたくはないからな。特に男の話なんて聞きたくない」

 

 そういう意味じゃ前回の夜のモングレルスティックはアレだったな……。男用だし……。

 

「まぁこれだけなら話してもいいかな。今回の客はみんな女だったよ。若い子も居たし、そこそこの歳の人もいた。男じゃなくて良かったな、モングレルの旦那」

「相槌に困るなそれ」

「あ、そうそう。客の一人は前回のいかがわしいやつを買った女だったよ。太客が出来たねぇ、旦那」

「マジか……やべぇなレゴール……やっぱ娼婦か……? 娼婦だよな……どこかの店で使ってるんだろうか……」

「製作者冥利に尽きるかい?」

「いやーコメントに困るわ……俺はどんなリアクションを取れば良いんだ……」

 

 色街とか娼館は全然行かないからな。どんな店でどんなお楽しみサービスがあるのかも俺には全くわからん。

 仮にどこかの店で俺の作ったものが使われているのだとしたら、俺の望みはひとつだけ。

 

 壊れたと思ったらすぐに使用を中止してほしい。怪我の元になるからな。

 そして壊れても俺は修理を受け付けない。速やかに捨ててくれ……。

 ただ、それだけだ……。

 

 

 

「モングレルの旦那、思い切ってこの手の道具を量産する店を立ち上げてみるってのはどうだい?」

「絶対に嫌だ」

「そうかぁー……もったいねぇなぁ……」

 





当作品の評価者数が3200人を超えました。

いつも「バスタード・ソードマン」を応援していただき、ありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


( *・∀・)*・∀・)*・∀・)ホクホク…


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リュート弾きと尋ね人

 

 まとまった収入もあり、俺の生活水準は保たれた。

 おかげで市場巡りもできるようになったし、尽きかけていたスパイスやヤツデコンブも補充できた。まぁそのせいで残金が残り半分以下になってしまったが、このくらいあればなんとか……仕事やりつつ生活すりゃどうにでもなるだろう。

 

 この街のどこかで俺の分身を象った道具が夜な夜な活躍していると思うと虚しさと悲しさに襲われるが、まぁまぁ……クオリティはどうあれ良くある玩具ではあるしな。世の中の需要を満たせたのだから立派な商売だったと納得しておこう。

 

 

 

「ククク……さぁ、俺はここでピンを進めるぜ。くらえモングレル、リバーシだ!」

「くっ……! こっちのを取られた上に塗りつぶして来やがったか……ミルコ、なかなかのウデマエだぜ……」

「フッ……モングレルもその程度じゃねえだろう? こいよ、何度だって逆転してやるぜ……!」

 

 今、俺はギルドの酒場でミルコとボードゲームに興じていた。

 リバーシの盤面にムーンボードの駒を並べた合体ゲームである。

 

「……なぁミルコ、このゲームって終わりあるか?」

「ククク……相手のピンを取るたびに盤面が空くから一向に終わらんな……」

「最終的にお互いのピンを取ってリバーシだけになる気がするぞ……」

 

 しかしこのゲーム、ルールがよくわからない。

 そもそも二人してムーンボードのルールをあまりよくわかっていないので、ゲームの進行がほぼノリだ。

 そしてリバーシのひっくり返す効果によって何度もピンが壊滅する。

 今は酒を二杯飲んでるから辛うじて楽しめてるけど、シラフだとクソゲー過ぎてやってないぞこれ。

 

「お前たちよく飽きないなぁそれ」

「バルガーもやるか? 俺の貢献度を払って借りたゲームだぞ」

「やらねえって。俺こういう盤上遊戯あまり好きじゃないからな」

「年取ってくると頭使う遊びがしんどくなってくるもんな」

「モングレル、口の利き方には気を付けろよ。年寄りは短気だからな」

 

 同じテーブルで飲んでいるバルガーはダラダラとリュートを弾いている。

 最近楽器屋で買ったものらしい。が、バルガーはこれまで弦楽器をやったことはないようで、初歩の初歩からの練習中って感じだな。

 弦を押さえて狙った音を出すところからのスタートだ。教えてくれる人が居ないとこの手の趣味はマジで頭打ちになるから大変そうだ。

 

「フゥン……よしバルガー、あれを弾いてくれないか。“月明かりの妖精”」

「馬鹿野郎ミルコ、俺がそんな難しい曲弾けそうに見えんのか。今これだけで既に手が攣りそうなんだぞ」

「まだまだ基礎練だな。けど一体どういう風の吹き回しなんだ? その歳で楽器を始める奴なんて少ないだろうに」

「ぁあ? ただの趣味だよ。一度弾いてみたかっただけだ」

 

 なるほどな。

 ……まぁ、わかるぜ。俺も一度はバイオリンとか弾いてみたかったしな。今となっちゃもう無理な願望になっちまったが……こういう趣味は思い立ったが吉日というか、やれる時にやった方が良いもんだ。もっと言えば若い頃のが良いんだが。

 

「そういやモングレルはリュート弾けたよな。ちょっと演奏してみろよ、なんでも良いから」

「えー……まぁ良いか。暇だし」

「フフフ……じゃあこのゲームは俺の勝ちってことだな」

「引き分けに決まってんだろ。いやどうでもいいけど」

 

 バルガーからリュートを受け取り、胸の前に抱えて弦の調子を確かめる。

 ……うーん、これで良いのかどうかわからん。絶対音感なんてねーから調律なんか出来ねえぞ。

 まぁ俺の部屋に置いてあるリュートも似たようなもんだし、別に良いか。適当で。

 

「おや、モングレルが演奏するのかい。楽しみだね」

「弾けるんですか……意外ですね」

「無様な演奏を聴かせないでくださいね!」

「ま、まぁまぁ。普通に聞きましょう、皆さん」

 

 俺がリュートを構えると珍しく酒場にいた“若木の杖”達が近寄って来た。

 うーん、完全に見世物だな。何を弾こうか。

 

「モングレル、前やったあの、なんだ? “赤のラグナル”とかいうのはやめろよな。あれ聴くと笑っちまう」

「えー、あれ駄目なのかよ」

「ククク……良いよなアレ。演奏は寂しいが……」

「普通に演奏しろ、演奏!」

「……なんですかその曲。逆に気になりますね……」

「お気に入りの曲なんだけどな」

 

 まぁリュートを貸してくれたのはバルガーだし、こいつの希望を叶えてやろう。じゃあ別の曲で……そうだな。

 

「えー……この曲は……俺の故郷で歌われていたような歌われていなかったような曲です。千人に聞かせれば一人は知っていたような大人気の曲でした……」

「知名度低いなぁ」

「それでは聞いてください。“三人のおじさん”」

「なんですかその曲名は!」

 

 ジャーンジャーンと弦を鳴らしたその時、ギルドの入り口が開いた。

 

「……ええと、どうも」

 

 見ない顔だった。

 黒髪ショートの中性的な雰囲気の青年で、腰にはショートソードを二本装備している。

 装いは防寒仕様のしっかりした革系で、新顔ではあってもルーキーのような甘っちょろい雰囲気はない。他の所から流れてきたギルドマンだろうか。

 首にはブロンズ2の認識票が引っかかっていた。

 

「あの……すみません」

「はい。御用件はなんでしょう?」

「ここはレゴール支部ですよね。……ウルフリックというギルドマンを探しているのですが……」

「ウルフリックさんですか? 少々お待ちください……ええと……」

 

 どうやら尋ね人らしい。

 この季節にわざわざご苦労なことだ。冬の護衛か何かだろうか。

 冬場にノロノロと街道を歩くのはキツいんだよな……。

 

「モングレル! それより演奏しないんですか!」

「まだおじさんが一人も出てきてねーぞ」

「誰なんだ三人のおじさん」

「結論から言うと大陸と普通の人とパンサーなんだが、ちょっと気勢を削がれちまったな……すんませーん、エールもう一杯!」

「音を二回鳴らしただけで仕事した気になるんじゃねぇ!」

 

 ガヤガヤとうるさくなる酒場。わかったわかった、ちゃんと演奏するから。

 

「すみません。こちらにウルフリックという方はいませんね……最近別の支部で登録されている方ですと、こちらでも把握できていないことがありますので……」

「ええ? 最近……そんなことはないんだけどなぁ……あ、じゃあウルリカという子は?」

「あっ、ウルリカさんでしたか! ええ、でしたら知ってますよ」

「ぁあ、良かった……そうか、まだウルリカで……伝言、というか手紙を預かってもらえますか。レオで通じると思うので」

 

 おや? ウルリカの知り合いか何かだったか。

 にしては見たことがない……ははーん、さてはあれだな。どこかで誑かしてきた男だな。

 

「待てモングレル。演奏ストップだ……」

「ちょっ、ミルコ!? これから始まるところだったでしょう!?」

「あの小僧……どうやら我々のウルリカに色目を使っているようだ……許せん」

「我々のウルリカってなんだよ」

「ミルコお前そういうこと言ってるとまた奥さんに家締め出されるぞ」

「……」

「黙った」

「最初から黙っててほしかったな……」

 

 あ、そうだ。FFのOP曲をひたすら弾いていよう。

 懐かしいぜこの繰り返し……。

 

「三人のおじさんって感じしないぞ」

「こんな神秘的なおじさんいるか?」

「あ、これ違う曲やってるから」

「なんだよ! 良い感じの旋律だけども!」

 

 だってあれだし……俺カラオケで歌うタイミングで店員入ってくると歌えなくなるタイプの人間だし……知らない奴がギルドに居るとちょっと恥ずいじゃん……? 

 

「ああそれでしたら、あちらのモングレルさんに。はい、リュートを抱えた方ですね。モングレルさんに聞けば詳しく教えてくれると思いますよ。ウルリカさんとは何度か合同任務も受けてますから」

「……へえ」

 

 あ、なんか受付にいた青年がこっち来た。

 おいおい、プレリュードすら弾かせてもらえねぇのか俺は。

 

「君がモングレルさん?」

「ああ、レゴールの売れないリュート弾き、独奏のモングレルと言えば俺のことだ」

「それ俺のリュートな。こいつはただの剣士だ。異名も嘘だぞ」

「……僕の名前はレオ。ドライデン支部から来たブロンズ2のギルドマンだよ。剣士をやってる」

「おお、同じだな。話はさっき聞いてたよ。ウルリカを探してるんだって?」

「おいモングレル、リュート返せ。俺が弾く」

「三人のおじさんって結局誰だったんだ……」

 

 リュートを奪われたので、仕方ない。俺は込み入った話もあるだろうなってことで、少し離れたテーブルに移動した。

 

 チラッと聞こえたウルフリックという名前もそうだし、あまり聞かれるべきじゃないだろうと思ったからだ。

 

「……僕とウルリカは同郷でね。同い年で、よく遊んでいたんだ」

「おー、そうだったのか」

「ウルリカは……ここではウルリカとしか名乗っていないんだね」

「……あいつ、本名ウルフリックなの? 故郷じゃ普通に男の名前なんだな……似合わねぇけど……上級王みてぇだ」

「その感じだと、まだウルリカはそういう格好を?」

「どんな格好か知らないけど、そうだな。ウルフリックよりはウルリカが似合う見た目だと思うぜ。本人は別に隠してないが、周りのほとんどは女だと思ってる。お前があいつをどう思ってるか知らないが、まぁウルリカに合わせてやってくれ。好んでバレたくもないだろうしな」

 

 レオは眉間を揉んで、溜息を吐き出した。

 

「……もう代官は死んだのになぁ。そんなことする必要もないのに……あの子は……」

「ウルリカは“アルテミス”っつーパーティーに所属してる。今は貴族の護衛に出てるらしくて、帰ってくるのは明後日くらいじゃねーかな。同じパーティーのライナはそう言ってたぜ」

「“アルテミス”か……手紙では聞いてたけど、本当だったんだ。すごいな、ウルリカは……」

 

 しばらくレオは悩むように頬杖をついていたが、やがて背筋を伸ばした。

 

「ありがとう、モングレルさん。また二日後、ギルドに立ち寄ってみることにするよ」

「おう、何か知らんけど役に立てたなら良かった」

 

 なかなかしっかりした美少年だ。女ギルドマンからはモテそうだな。

 装備したショートソードがバスタードソードだったら言うことなしだったが、まだそこまでは求められん。

 もっと強くなれよ、レオとやら。

 

「だから、もっと弦の数を増やして……二倍位にしてみると便利だと思うんです! あ、でも手が届かなくなるので双胴にして……どうでしょう、ヴァンダールさん!」

「ええ……どうと言われましてもねぇ。難しそうに思えますけど……」

 

 ……モモ、ツインネックリュートでも開発するつもりか? 

 さすがの俺でもそれは買わんぞ。

 

 



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疾風の双剣使い

 

「お?」

「あ」

 

 二日後の朝。宿の部屋を出た俺は、ウルリカの幼馴染だというレオとばったり出くわした。

 向こうもどうやら俺と同じ“スコルの宿”に泊まっていたらしい。

 

 この宿は個人泊だから結構お高い。自分で言うのもなんだが、俺は結構稼いでいるし、それに連泊の分割引きされてるから払えている。普通のギルドマンが個人で泊まるにはちと割高じゃないかね。

 

「一昨日の……えっと、独奏のモングレルさんだったかな」

「その異名は一昨日で終わったよ。モングレルで良い。そっちはレオって呼んでも?」

「うん、そうしてほしい。よろしくね。……まさか同じ宿に泊まっていたなんて。昨日は気付かなかったよ」

「ほんとにな。ああ、俺は数年前からずっとこの宿だぜ。けどこの宿は高いだろ、ブロンズ2で大丈夫なのか?」

「ふふ。モングレルさんだってブロンズじゃないか。平気だよ、こう見えて結構稼いでるから」

 

 レオは爽やかな笑みを浮かべながら、二本差しのショートソードの柄を軽く叩いた。

 よほど自分の剣の腕に自信があるらしい。

 

 

 

 朝食は宿屋一階のクソ狭い食堂スペースで食う。

 値段は格安だが味はまぁ普通というかいまいちなので、俺は日によって食ったり食わなかったりだが、今日はレオと一緒に食うことにした。

 女将さんの手伝いをしてる長女のジュリアがイケメンなレオ君を時々アホみたいな顔でチラチラ眺めてるけど、お前彼氏いただろ。浮気するんじゃないぞ。

 

「ドライデンからレゴールに拠点を変えようと思って来たんだ。ドライデンも討伐の仕事は多いし悪くなかったんだけど、横柄な連中が増えてね。それが嫌でさ」

「そうか……人間関係が上手くいかないのはしんどいよな」

「うん。で、せっかくなら知り合いを頼ってみようかと思ってさ」

「それがウルリカってわけか」

「おすすめのパーティーとか狩場とか、早めに色々知りたいからね。本当は秋にするつもりだったんだけど、戦争があったから」

「あー」

 

 予定してたものが色々とずれ込んだらしい。

 けど冬に来ても討伐の任務なんてほとんどないしなぁ。

 

「ギルドマンになってどれくらいだ?」

「まだ一年も経ってないかな。春から始めたから」

「え? はっや。そっからもうブロンズ2かよ」

 

 スピードで言えばライナ以上じゃねーかそれ。

 

「元々地元で狩猟はしてたからね。あと、戦争前に試験の前倒しがあったおかげですぐにブロンズになれたんだ」

「あーあー、そうだった。あったなそれ。そうか、ドライデンでも試験のテコ入れはあったのか」

「レゴールもあったんだね。妙だと思ったよ……嫌だね、戦争は」

 

 聞けば、レオは元々地元の村で魔物を討伐していたらしい。

 ウルリカと一緒で小さな頃から狩人だったわけだ。

 どうもウルリカの方が先に村を出て、レオはしばらく残っていたのだと。

 

「ウルリカは昔からなんでもできる子だったんだ。こんなに小さな頃から屠殺の手伝いもやって、弓を使えるようになったのも早くて……物覚えが良いってやつなんだろうね。身体がすぐに動きを覚えるっていうか」

「天才肌ってやつか」

「それに村の子の中でも一番可愛かったからさ。いつでも皆の中心的存在だったんだ。大人におねだりしてお菓子を貰うのも一番上手だった」

「相変わらず調子良いとこあるなぁ。昔からか」

「今もウルリカは変わらないのかい?」

「時々生意気だし甘えん坊なとこあるよ。まぁ、アルテミスには怖い団長さんがいるからな、ちょくちょくそういうのも叱られてるみたいだが」

「あはは、相変わらずだね」

「でもあいつは後輩のライナってやつをよく面倒見てるぞ。俺から見るとあれは姉妹って感じだな」

「姉……ウルリカが姉かぁ。ふふ、想像できないや。そのライナって子とも話してみたいな」

 

 レオは優美に笑った。

 

 ……こらっ、ジュリア! 物陰から見とれてないで働け! 

 そろそろ婚約しましょうって話になってんだろお前は! 知ってるんだからな! マジで浮気はやめろよ! 

 

 

 

 俺達はダラダラと話しながらギルドに向かった。

 前に聞いた通りならそろそろアルテミスが戻ってくるはずだが、はてさて。

 

「あ、ウルフ……ウルリカ」

「げっ」

 

 どうやらアルテミスは早めに帰還していたらしい。

 冬の朝の寂しげなギルドの中で、酒場の隅っこにいつものメンバーが固まっていた。

 シーナ、ゴリリアーナ、ウルリカ、ライナ。

 ウルリカはレオを見て気まずそうにしている。

 

「……ウルリカ、久しぶり。手紙だけじゃなくて、たまには顔くらい出そうよ。ウルリカのお父さん心配してたよ」

「ふーん、別にいいもん。どうせお父さんは私のこの格好やめろって言うし」

「それはしょうがないよ……だって普通だろう? 代官は居なくなって、僕達はもうやらなくて良くなったんだ。ウルリカだって……」

「だから、私は好きでやってるんだってば。もう、うるさいなぁエレオノーラは」

「ちょっ、その名前やめてよ……! 今はレオ! レオとしてしか名乗ってないから!」

 

 俺はアルテミスの会話に聞き耳を立てつつ受付で今日の依頼を確認し……良さげな任務が無いことを悟ると、エールとナッツを注文した。よし、今日は休日だ。

 

「君たち楽しそうだねぇ。俺も入れてよ」

「あ、モングレル先輩。おっスおっス。席一つあるんで、せっかくなんでどぞっス」

「……エレオノーラ、いえ、レオね。何度かウルリカから話を聞いたから、一方的に知ってはいるわ。故郷では二刀流で魔物を討伐してたんですってね。私はアルテミスの団長、シーナよ。会えて嬉しいわ、よろしくね」

「あ、はい。僕のことはレオと呼んでください。シーナさんのことも、ウルリカからの手紙で聞いてます。すごい弓の名手で、自分もそのくらい上手くなりたいってよく褒めてましたから」

「あら、そうなの? ウルリカ」

「ちょっとーやめてよー」

 

 エレオノーラ。で、レオと。

 ウルリカの故郷では少年好きの悪代官がいたせいで村の子供に女の子のフリをさせてたって言ってたが……レオも同じような境遇だったんだなぁ。

 俺の開拓村にそんな奴が居なくてよかったわ。まぁ、いてもいなくても滅んだのは変わらないけど。ハハハ。

 

「レオはどうしてこっちに? 拠点を移しに来たの?」

「うん。ドライデンに嫌な人たちが増えてね。自分勝手だし乱暴だし、空気が悪いから抜け出してきたんだ。あの様子だとすぐに身の置き所を無くして追い出されそうではあるけど……それを待つより先に、レゴールに来ちゃった」

「ドライデンっスか……あいつらクソっスね」

「あ、君がライナかな? 僕はレオ。よろしくね」

「っス、ライナっス。よろしくっス。こっちの人はゴリリアーナ先輩っス」

「よ、よろしくお願いします……レオさん……」

「うん。よろしくね、ゴリリアーナさん」

 

 おいおい、随分と溶け込むのが早いなレオ君。

 女に囲まれた黒髪ショートでソロの二刀流剣士……君もしかしてこの世界の主人公だったりしない? 前世の記憶とか持ってたりする? 

 

「へぇ、レオは春にギルドマンになったばかりなのね。それでブロンズ2なら随分と早いわ。……貴方、修練場で少し剣の腕を見せてくれない? 今アルテミスは新入りが欲しくてね。本当なら今年一人くらい取る予定だったんだけど、どれもいまいちで」

「えー? シーナ団長、レオに唾つけるの?」

「レゴールに来たばかりの有望株なら、よそに取られる前にこっちで取り込んでおきたいでしょ。実力があって人格もウルリカのお墨付きがあるなら問題ないわ。……本当は誰かさんのために開けてた近接役の枠だったんだけどね」

 

 シーナが俺を睨んでいる。コッワ。

 別に入りたいなんて言ってねーもんよ俺。非難される謂れはねぇぞ。

 

「うん。僕もウルリカと一緒のパーティーに入れるなら安心かな。……是非、僕の剣を見てください。ご期待に添えるかどうかはわかりませんが」

 

 そんな言葉とは裏腹に、レオの表情は自信ありげだった。

 

 

 

「って、対戦相手俺かーい」

「暇なら良いでしょ」

「モングレル先輩、応援してるっス」

「ゴリリアーナと打ち合った方が実力はわかりやすいんじゃねぇ?」

「わ、私も見学してみたいので……すみません、モングレルさん……」

 

 なんだよ全く……まぁ良いや。暇してたしな。

 ウルリカの幼馴染がどんな実力なのかを見るにはちょうどいい機会だ。

 

 何より相手は二刀流とはいえショートソード。

 俺のバスタードソードの圧倒的リーチで蹴散らすには申し分のない相手だ。

 久々に格下リーチの相手と戦えるぜぇ。ケッケッケ。

 

「モングレル先輩なに片手に盾握ってるんスか! 普段そんなの持たないじゃないっスか!」

「うるせえ、二刀流相手に一本で挑めるか! 両手でも片手でも扱えるのがバスタードソードの強みじゃい!」

「ふふふ、仲が良いね。けど僕の実力を見せる場だから、しばらくは防御に回って貰えると嬉しいな」

「ああ、そりゃ当然だ。俺をゴーレムか何かだと思って本気で打ち込んで来いよ、レオ。全部受け止めてやるからな」

「ふぅん、格好良いこと言うね」

 

 レオが二本の木剣を構える。

 今にも舞でも始めそうな、どこか美しい構えだ。

 

 まぁ最初だし、俺は盾受け中心にしておこう。

 

「では……始め!」

 

 シーナの声と共に、レオは一気に距離を詰めてきた。最初はスキル無しの純粋な打ち合いだ。

 しかし速い。強化使ってるなこいつ。

 

「はッ!」

「うお」

 

 レオは二本の剣を流れるような動きで操り、素早い連撃を俺に叩き込んできた。盾が絶え間なくバシバシと叩かれ、圧力が掛かっている。

 

「まだまだ、だよ!」

「っと」

 

 そしてステップからの方向を変えた乱撃。盾を一瞬で避けて無防備な右側からの攻撃が来た。こいつはすげえ。手慣れてやがるな。

 バスタードソードがなかったら即死だった。

 

 一撃の重さは軽め。しかし手数と速度、そして身体強化で戦うなかなか見ないタイプの剣士のようだ。面白い。

 てかもう現時点で既にブロンズ超えてるだろ。そら昇級早いわ。

 

「よし、じゃあ反撃してくぜ! カカシ叩きだけが能じゃねぇだろうな!?」

「おっ、と!」

 

 ラッシュは見たので、今度はこっちからも攻撃を入れていく。

 カイトシールドをガン待ちだけでなくバッシュにも使い、バスタードソードはリーチを生かして遠間から攻めていく。

 

 が、レオの剣捌きは器用なもので、こっちの突きや斬りを上手くずらしたり、弾いたりしてくる。で、無防備を作り出したそこに飛び込んでまた果敢に攻めると。

 なるほど、優秀なアタッカーだ。スキル無しでも充分に強いぞ。けどもちろん、なんも無しってことはないだろう。

 

「よーしじゃあレオ、使えそうなスキル使ってこい! 装備を壊さない範囲ならなんでも良いぞ!」

 

 修練用の装備なんで壊されちゃたまらんが、その心配が無ければ使っても良し。

 これで実力の全てが引き出せるはずだ。

 

「! 良いね、モングレルさんも強いじゃないか……わかった、行くよ! “風の鎧(シルフィード)”!」

「うわ、レアスキル」

 

 レオの目が緑色に光り、身体が穏やかな風を纏う。

 このスキルの発動中は術者の身体が軽くなり、身に纏った風は飛び道具の攻撃を受けても何発かを吹き飛ばしてくれるという。

 

「はぁッ!」

「はっや!? うおおっ」

 

 再びラッシュを叩き込んできた。しかも今度は最初よりも速い。一撃一撃は更に軽くなってはいるが、回り込み攻撃の頻度と速度が抜群に上がっている。スピード特化だなマジで。

 

 このままだといつか隙を突かれて身体に一発もらいそうだ。その前に……。

 

「オラッ!」

「!? くッ……打ち上げか……!」

 

 “風の鎧(シルフィード)”の弱点、体重が軽くなるというデメリットを突き、レオを盾で斜め上方向に吹き飛ばしてやった。

 軽いもんだから簡単に吹っ飛ばせる。手軽に距離を取れるし相手のスキルの時間切れも狙えるから好都合だ。なんなら空中にいる相手に石でも投げれば更に鎧を剥がせるしな。

 

 レオがゆったりと着地して、同時にスキル効果が切れた。

 燃費がどうだったかまでは覚えてないが、さほど軽くはなかったはず。連続でも使えなくはないだろうが……まぁ、こんなもんだろ。

 

「……はい、そこまで! うん、うん……良いわね、とても良い……ウルリカから聞いてた以上だわ」

「でしょでしょー。レオは速いし綺麗に戦うんだよ。身内贔屓ってわけじゃないけどさ、ゴリリアーナさんとはまた違った活躍の場があるから、入れるのもアリだと思うよ」

「剣舞みたいでカッコいいっス!」

「は、はい。そうですね……! 鮮やかでした……!」

 

 アルテミス内での評価は高い。

 そうだな、俺から見てもシルバー2以上はあるように見える。特に対人戦なら相当有利が取れそうだ。敵の飛び道具を何発か受け止めるタンクになれるのも良い。

 ツラも良いし性格も良いし最高の物件なんじゃないか? 俺がリーダーなら迷わず取るね。

 

「はぁ、はぁ……驚いたな、モングレルさん。まさか僕の攻撃が、一発も通らないなんて……」

「いや、お前の剣も速くて怖かったよ。良い勝負だった」

「ふふ、ありがとう。ウルリカと一緒に任務するだけのことはあるね」

 

 イケメンは汗だくになってもイケメンだ。

 俺くらいの歳になると汗をかいた時に爽やかってイメージがまず出てこないからな。ただただしんどいだけだ。

 

「レオ。他にもメンバーはいるから、みんなの意見も集めておきたいと思ってはいるけど……私は貴方の入団を歓迎したいと思っているわ。どうかしら?」

「是非。……ウルリカと同じで、男ですけど……それでも大丈夫でしたら」

「問題無いわ。アルテミスも少しずつ柔軟になっていかなきゃいけないもの。……これからよろしくね」

「はい!」

「やった! 後輩ができたっス!」

「えー? でもレオは狩人としてはライナよりも先輩だと思うなー」

「後輩じゃなかったっス……?」

「よ、よろしくお願いします……!」

「歓迎するぜレオ! これから頑張っていこうな!」

「貴方は部外者でしょうが!」

 

 こうしてアルテミスのメンバーが一人増えたのだった。

 

 ぱっと見女ばかりのメンツに突然現れたイケメンの男……。

 

 これは……荒れるぜ! 間違いなく! 

 

 



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送られ狼と眠れる獅子

レオ視点


 

 僕はレオとして生まれ、エレオノーラとして育てられた。

 

 男であることはひた隠しにされ、髪は切らずに伸ばし続け、女物の服を着せられる。喋り方や振る舞いにもそれを求められ、それが当然であるようにも教えられてきた。

 

 当時、僕の暮らしていた村ではとても悪い代官がいて、村の子供、それも男の子ばかりが攫われていた。

 代官は顔立ちの美しい男の子ばかりを近くに侍らせて、……それだけならまだしも、きっと酷い目に遭わせていたのだと思う。攫われた男の子達が帰ってきたという話は聞いたことがなかったから。

 だから僕も、自分の親が必死に僕を着飾らせようとすることもなんとなく理解できたし、大人しく従っていた。

 代官もずっといるわけじゃない。いつかは死んだり、いなくなったりする。それを待つだけ。

 

 ……男が女の子の格好をするのはおかしい。

 父さんは家でよく嘆いていた。

 

 もう少しの我慢だぞ。僕は何度も励まされ、暮らしていたんだ。

 

 

 

『見て見てーエレオノーラ! 髪留めもらっちゃったの! 可愛いでしょー』

 

 男が女の子の格好をするのはおかしい……そう多くの人が思っていた中で、何も辛く思ってなさそうな子が一人だけいた。

 それがウルリカだった。

 

 あの子は恥ずかしがることも気持ち悪がるようなこともなく、なんというか自然体のまま自分の姿を受け入れているように見えた。

 

 ……けど、それは多分ウルリカがもともと可愛いからだと思う。

 あの子は他の子よりもずっと顔立ちが綺麗だし、体格もどちらかと言えば華奢だし、声変わりしても高い声を維持できていた。

 昔からそうだ。大人から気に入られる仕草や声色を作るのが上手で、彼は色々な人から色々なものを貰っていた。そんな過ごし方をしていれば、まあ、楽しいだろうなと思う。

 

 他の子が成長と共に男らしくなっていく自分の取り繕い方に悩んでいる中で、あるいは女の子の中に混じっている時だって、ウルリカは一人だけ明るく輝いていたんだ。

 

 僕は羨ましかった。何も苦労せずに女の子を維持できるウルリカが。僕は色々と思い悩み、頑張っていたのに。

 ……実のところ、少し嫉妬していた部分もある。

 けどそれ以上に、ウルリカは誰にも優しくて、明るくて……希望になっていた。

 

 

 

「いやー、久しぶりだねーレオ。あはは、なんか呼び慣れないなーこれ」

「慣れてよ。僕はもう普通の男として暮らしてるんだから」

 

 ウルリカと二人で、レゴールの静かな酒場に来ている。

 久々の再会だから、二人で色々と話したかったんだ。

 

 ウルリカと再会した時に思ったのは、“綺麗だ”ってことだった。

 

 正直、驚いた。僕らくらいの歳になったらもう、流石に女の子にはなれないだろうと思ってたし。

 けどウルリカは未だに女の子としての自分を維持している。

 

「これからは同じ“アルテミス”のメンバーだしねー……うん、また昔みたいに一緒に狩りできるわけだ。楽しみだなぁー」

「うん、僕も楽しみ。けど、まだまだギルドマンになって日は浅いから……みんなの足を引っ張らないように頑張るよ」

「うーわ。相変わらず真面目ー」

「普通だよ」

 

 僕とウルリカは故郷でよく狩りをして遊んでいた。

 ウルリカは弓が上手で、僕は剣の扱いが上手かった。どちらも父親からひっそりと教わっていたものだ。大人になった時、男として強く暮らしていけるようにと、そんな願いを込めて教えていたんだと思う。

 

 結果、ウルリカは力強い弓の扱いに長け、僕は素早く手数の多い剣技を身につけるに至った。僕らが力を合わせれば、どんな魔物とでも戦える気がした。

 

「村の近くじゃあまり良い獲物出なかったからなぁー。やっぱりレオも出てきちゃったかぁー」

「……うん。家族を置いて行くのは少し心苦しかったけどね」

 

 問題は、僕らの狩人としての実力が村周辺の狩場では持て余し気味だった事だ。

 魔物が少なくて平和なのは家畜にとっては良い事だけど、狩人にとってはいまいち物足りない。特にウルリカはそんな環境に早々に飽きがきてしまったのか、村を飛び出してしまった。今の僕だって似たようなものだ。より良い獲物を狩るために、故郷を捨ててやってきた……。

 

「バロアの森は良いよー。歩きやすいし、獲物は多いし」

「うん、聞いた。街の近くに大きな狩場があるのって良いよね。ドライデンも規模はあるけど……」

「歩ける場所が限られてるから、他の人と鉢合わせること多かったなぁー。ずっと同じ水場で野営してる山賊みたいな人もいるし。私も何回か潜ってたけど、すぐにレゴールに移っちゃったよ。ライナも似たようなクチだねー」

「あはは……きっと今でも変わってないと思う。僕がいた時も、似たようなものだよ」

「サイテー。私あの支部好きじゃなーい」

 

 懐かしいな。ウルリカと一緒に狩りの話をしてる。とても楽しいや。

 それに、お互いにエールまで飲んで。……僕たちもお酒を飲めるようになったんだ。時の流れって早いよね。

 

「……ウルリカはさ。とても……綺麗になったよね」

 

 ウルリカの長いまつ毛を見ていたら、つい、ポロッと本音が出てしまった。……どうしよう、少し恥ずかしいな。

 

「え? ええー……? それって……昔は綺麗じゃなかったってことー?」

「ちっ、違うよ。ごめんいきなり。……もうこの歳なのにさ、ウルリカが綺麗なままで驚いたんだ。ほら、僕なんてもう……男らしくなっただろ?」

「……ふーん? えへへ、ありがと。私も日々頑張って維持してるわけですよ。レオは……」

「僕が着たらもう、変態になっちゃうよ」

 

 背もウルリカより高いし、色々と骨張ってきたし、声も低くなってるし、手もゴツゴツしてる。

 今の僕にはウルリカみたいな服は絶対に似合わないだろうし、そんなのを着て街中を歩いたら衛兵さんが飛んできそうだ。

 

「ふーん……でも、まだレオは顔とか肌の手入れ続けてそうだね」

「……え、いや、それは」

「ま、良いんじゃない? 綺麗な顔立ちの男の方が汚いより良くしてもらえるだろうしさ。うちらのパーティーも、その方が一緒に居て不快感も無いから」

 

 ……手入れを続けてるのがバレた。すごいな。……そうだった。ウルリカはそういうところが変に鋭い子なんだった。

 ど、どうしよう。話を変えないと。

 

「あの、モングレルさんだっけ。今日僕と戦った人。あの人も結構身綺麗にしてたよね。ギルドマンの人って汚いイメージあったけど、あの人は清潔な感じがしたよ」

「ああ、モングレルさん? やっぱレオもそう思うよね。そうなんだよー、あの人すっごい綺麗好きなの。私と同じくらいかもね」

 

 良かった。話に乗ってくれた。

 

「最近よくお世話になっててさー……アルテミスで任務する時も、たまに一緒に居たりもするんだよ。適当なこと喋ってる事も多いけど、結構優しい良い人だよ」

「そうなんだ。……模擬戦も、僕もまだ本気は出さなかったけど……強い人だったね」

「うんうん。いつもソロでやってるし剣一本で戦ってる人なんだけどね、戦うと強いよ。ランクは上げてないだけで、実力は多分シルバーかその上くらいはあるかも」

「……すごい。そうだったんだ……いや、でも納得かな。あれだけ僕の攻撃を防いでたから、そのくらいはあってもおかしくない。……これからもお世話になるかもしれないから、仲良くしないとだね」

「うんうん、それが良いよ。モングレルさんは色々なことを……私にたくさん、教えてくれるから……」

 

 ……ウルリカ? 

 あれ、ウルリカ……なんで、そんな顔を……。

 

 頬を赤くして、そんな、まるで恋でもしているみたいな……。

 

「あーお酒美味しいっ。すみません、おかわりー」

 

 ……お酒のせいかな。いや、でも……。

 

 モングレルさんと……なにかあるのかな。

 

「……ウルリカは、モングレルさんと仲良いの? あの人、ウルリカが男だってことを知ってたみたいだし……悪くはないよね」

「えっ? やーまぁ、そうだねー、良い……んじゃない? 一緒に任務も行くし……」

「アルテミスとして?」

「いや、個人的にも一緒に行ったことあるよ。うん」

「……大丈夫? 正直僕は……心配だな。ウルリカは綺麗だから、相手が男の人でも油断できないよ。そのモングレルさんに何か変な事とかされたりしてないだろうね?」

 

 ……あ、またウルリカの顔が赤く……。

 な、なんでそんな顔をするんだ。モングレルさんと一体、何があったんだ……? 

 

「な、何も無いよ。モングレルさんは優しいだけだから」

「本当に……?」

「ああでもたまに激しく痛く……でもそれも……」

「痛く!?」

「じゃなくて。いつもお世話になってる人だよ? そんな疑うのは良くないんじゃないかな……」

「……ごめん。ウルリカが変わらずやってるかどうかが心配だったから」

「……レオ」

 

 ああ、根掘り葉掘り聞きすぎた。良くなかったな。失礼だ。

 ……モングレルさんとの関係はちょっと気になるところはあるけど……再会して全てを聞き出そうとするなんて、急すぎるよね。

 

「でも僕は……うん、ウルリカがあまり変わってなくて、安心したよ。昔と同じ、綺麗なままで……ちょっとだけ、なんでまだ女の子の格好を続けてるのかなって思っちゃったりもしたけど……それだけウルリカが頑張ってるってことなんだよね。やっぱりすごいや、ウルリカは」

「……私、変わってなくなんかないよ」

「え?」

 

 ウルリカがにんまりと笑っている。

 ちょっと生意気そうな、昔みたいな……でも、昔とは違って、どこか色っぽいような……。

 

「確かに昔ほど何もしないままでは綺麗でいられなくなっちゃったけどねー……けど、今まで知らなかったことをたくさん教えてもらって……私、昔よりもずーっと女の子になれたんだよ……?」

「……ウルリカ……?」

「レオも……ううん、エレオノーラも。また“女の子”になりたかったら、私に相談してね? 私に聞いてくれたら、エレオノーラにだったら……色々、教えてあげるから……」

 

 今まで見たことのないウルリカの表情。

 

 背筋がゾクッとする。

 

 けど……女の子。また僕が……こんな、僕が? また、エレオノーラになんて……。

 

「あ、ありえないよ、そんなの。ちょっと飲み過ぎだよウルリカ」

「えへへ。久々にこんな飲んじゃった」

「全くもう……ほら、そろそろ帰ろう? クランハウスでしょ。送って行くから、立って」

「ん、ぁ……」

 

 え。

 

「ちょ、ちょっとウルリカ。なんて声出すんだよ……立ち上がらせただけで……」

「……ふふ、ごめんごめん。なんでもないよ」

「本当に……心配だよ。ウルリカ……」

 

 ウルリカは変わってないと思った。

 けど、彼は綺麗になった。そして……昔は感じなかった、色気も備えている。

 

 ……モングレルさん。まさか、貴方がウルリカに何か変なことを……? 

 ……い、いや。考えすぎか。あの人とは話して、悪い人じゃないのはわかってる。でも……。

 

 ……僕も飲み過ぎかな。今日は早めに寝ておこう……。

 

 

 



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美味しい酒と美味しいアイス

 

「ほ?」

 

 冬の寒い市場を歩いていた俺が、それを見つけた時の声である。

 

「ウイスキー特別価格だよー」

 

 ウイスキーが、売っていた。

 値段は見てない。なんなら店の様相も見てなかったので覚えてない。

 

「ほぁあああああ!?」

「うぉっ、なになに」

「よこせええええ!」

「うわっ、なんだなんだ! 欲しいなら買え!?」

「買ったぁああああ!」

 

 危うく衛兵を呼ばれかけたものの、俺は無事にウイスキーを購入できた。

 値段は言えない。値段を聞いても笑わなかった奴だけが値段を聞いても良い。

 お前は値段を聞いても笑わない人間か? 心して答えろ。

 

 

 

「ケンさんケンさん。見てくれよこいつを」

「えぇー? なんですかモングレルさん。まさか今の値段じゃタンポポ茶が高いって言うんじゃないでしょうねぇ……」

「いやそんなこと言わないですって。コレほら」

 

 俺は自腹で買ったクソ高級なウイスキーをケンさんに見せびらかしていた。

 ケンさんの店は日を追うごとに店内が高級感を増してゆく。そろそろ俺の貧乏性な利用法が場違いになってきたが、ここらへんがテコ入れの時期だろう。

 俺の有用性を示さなければならない。

 この世界に恒久的に使える株主優待券は無いのだ。

 

「これは……お酒、ですか?」

「飲んでみてくださいよこれ。てかウイスキー知りません? 今年の祭りとかで出てましたけど」

「いやぁ知らないですねぇ。あまりお酒は飲まないもので……趣味でもないですし……」

「飲んでみな、飛ぶぞ」

「怖いなぁ……」

 

 ケンさんに小指の厚さの半分くらいの量のウイスキーを注ぎ、飲ませた。

 その僅かな酒をケンさんはおそるおそる飲み、口の中で律儀に味わい、暫く考え込んだ。

 

「……どうですよ、この酒」

「……モングレルさん」

「はい」

「なんてものを……飲ませてくれたんですか……!」

「お、おお……? これは良いのか悪いのか……」

「このウイスキーを作った人を出してくださいッ!」

「いやすいませんそれは知らない!」

 

 ケンさんがいつになく興奮している……! これは一体……!?

 

 

 

「モングレルさん……貴方はいつも私の欲しいものをくれる……コレは素晴らしい」

「お気付きになられましたか」

「ウイスキー……菓子に合う酒とは……さすがは私の見込んだお菓子ソムリエです」

 

 菓子ソムリエ……甘美な響きだ……けど多分それは俺じゃなくてケンさん貴方だぞ。

 

「この煙臭い香り……焦げ付いた木のような風味……しかし不思議と菓子に合う……何故でしょうか……?」

 

 俺が持ってきたウイスキーはケンさんのお気に召したようである。

 よしよし、これで良い。これで俺の計画が更にもう一段階進む……。

 

「ケンさん……最近儲かってるんですってね、この店……」

「おや……耳ざといですねぇ、モングレルさん」

「いや耳ざといというか……」

 

 そもそもこの店に入る前に、なんかもう隣にあった個人料理屋が潰れてケンさんの店に吸収されてたし……どう見ても儲かってるから……。

 

「ええ、確かに私の店は大きくなりました……調度品もこれ以上の物を買えば雇った人らに持ち出され大損害を出しかねないほどの品ばかりです」

「ケンさん、そういうことお客に言わないようにな?」

「おっとそうでした」

「不用心だな……いやそうでなくてね。ケンさん、儲かっているのならこのウイスキーを店に置くってのをおすすめするぜ。味見してもらった通り、この酒は菓子と抜群に合うんだ。値段のわりに嵩張るものでもないし、客には高値で捌ける。ケンさんくらいの店になったなら、そろそろこいつを揃えておくべきだと俺は思うね」

 

 そして常に俺にウイスキーを提供できるバーになってくれ。

 俺が個人で酒を仕入れるより絶対そっちの方が間違いねえから!

 

「いえ……確かにこのお酒を仕入れたい気持ちはあるのですが……実は今、それどころではないといいますか……」

「ええーなんだよぉケンさん。また何かトラブルでもあったんすか」

「トラブルと言いますかねぇ……」

 

 ケンさんは店内を見回し、俺との会話を盗み聞きするような奴がいないことを確認した。

 

「……実は、最近さるお方より“新しい若い女性貴族向けの菓子”を開発するようにお達しが来てましてね……」

「さるお方が貴族に向けて何か作れったらそいつはもう貴族なんよ」

「まぁ包み隠さず言えば貴族です」

 

 包み隠さず言っちゃったよ。まぁわかりきってるから別にいいんだけど。

 

「しかしどうもこの話、私だけでなくレゴールの他の菓子店にも通達されているらしいのですよねぇ。依頼主の方はどうやら各店を競わせて最も良い菓子を採用し、その女性に提供する予定なのだとか……」

「おおー、これはまた料理漫画的なコンテストじゃねえか……」

「どう思いますか? モングレルさん」

「どうってそりゃ、とっておきのお菓子を」

「無駄だと思いません?」

「無駄……え?」

 

 ケンさんは、死にかけのゴブリンを眺めているような呆れた顔をしていた。

 

「レゴールで一番美味しい菓子職人といえば私じゃないですか? それをわざわざ審査など……ねぇ?」

「いや、ねぇって……ケンさんどうしたんだ。いつのまにそんな自信家に……いや最初からか?」

「私以外の参加者は必要なく、もうそのまま私だけを必要な時に呼べばそれだけで」

「いやいやいや落ち着きましょうケンさん」

 

 自信があるのはいい。実力があるのも知ってる。でもビッグマウスは時に身を滅ぼすぞケンさん。

 というかケンさん絶対そこらへんの性格で王都から追放されただろ!人柄に問題あるオーラ出てきちゃってるぞ!

 

「ケンさん……そいつは甘いぜ。確かにケンさんの菓子作りはすげぇよ。でもいつまでもその実力のまま序列が変わらないだろうってのは……さすがに甘すぎる考えだぜ。ミカベリーのドライフルーツより甘ぇよ」

「ミカベリーのドライフルーツより!?」

「最近、レゴールじゃ連合国の素材も扱うようになった……料理屋も各地の食材を使った面白い飯を考えて作ってる……だが、ケンさんの店はどうだい? 何か考えたんですかい?」

「ええ、まぁ三種か四種ほど……」

「そっか……結構勉強熱心だな……」

 

 俺はウイスキーを一口飲み、甘酸っぱいカルメ焼きみたいなデザートを一口齧った。

 

「……そのままじゃ駄目だって話だぜケンさん!」

「ええ!? 駄目なんですか!?」

「ケンさんが新しい商品を作ってる間に、他の店は倍くらい新しいの開発してるに違いねえんだ!」

「ええー……いやぁそうですかねぇ……? そんなに作れるようなら私の店がここまで成長してないような気も……」

「それに勝つためには! 今までにない画期的なお菓子が必要なんだ……! というわけで俺がこの前市場で立ち読みした本からとっておきのお菓子のレシピをケンさんにお伝えするぜ!」

「お、おお……!? 話の流れはともかく、それは気になりますね!」

 

 よし、自然な導入ができたな!

 

「菓子名は……アイスクリーム! この冬とっておきの冷たいデザートだぜ!」

「おお……!」

 

 というわけで、俺はケンさんにアイスを作ってもらうことにした。

 ウイスキーがあるからね。アイスが出来て、そこにウイスキーが掛かってみなさいよ。

 飛ぶぞ。

 

 

 

「なるほど、材料はほとんど酪農系ですね」

「冬場は雪を使ってもいいんですけどね。ケンさんが氷室と契約してて助かったよ」

「ぬふふ、良い菓子作りには氷室は欠かせませんからな」

 

 必要な材料は牛乳、生クリーム、卵黄、砂糖だ。

 作り方は基本的に全部混ぜるって感じだな。何も難しいことはない。ご家庭でもできる簡単スイーツだ。

 バニラエッセンスがあったほうがそれっぽくはなるが、この世界にそんなものはない。諦めよう。プリンの香りと一緒にな。

 

「で、鍋で加熱したこれに入れて混ぜるわけですな」

「そうそう」

「モングレルさんの泡立て器のおかげで捗りますよぉ」

「えーまじっすかぁ。いやいやぁ」

「ぬふふふ」

「でへへへ」

 

 男同士で気持ち悪い笑い方をしているが、ここから数時間ほど冷やし、その間適度にかき混ぜなければならない。

 氷室の氷に塩をぶっかけた即席急冷システムで、そこそこ良い感じに冷えてくれるだろう。しかし俺もその間ずっと店にいるわけにもいかない。

 

 

 

「おいチャック、試合しようぜ試合」

「ぁあ~!? なんだよモングレルてめぇ~!? ってなんかちょっと酔っ払ってるな~?」

「いいから修練所でちょっとやろうぜ。一杯奢るからよぉ」

「しょうがねぇなぁ~やるかぁ~!」

 

 詳細は省くが、俺はチャックを適度にボコボコにしてやった。

 

 

 

 さて、もうすっかり夜になってしまったが……アイスの出来栄えやいかに。

 

「モングレルさん……これです、これですよ……! これは素晴らしいお菓子です……!」

「おお……!」

 

 ケンさんのお店に戻ってみると、ついにアイスが仕上がっていたのだった。

 ケンさんは既に味見したのか、上機嫌でスプーンを振り回している。危ないからやめて欲しい。

 

「どうですか、モングレルさん。私はこのお菓子に可能性を見出しましたよ……!」

「うん、うん……」

 

 香りはちょっとあれだが、使っているのは新鮮なミルクと地鶏の卵だ。不味いわけがない。超うめぇ。

 

「最高ですよケンさん! 俺はこんな美味い菓子を初めて食った……!」

「わかります、そうですよねぇ! いやぁ。まさかまだ世の中に私の知らないお菓子があるとは……私に権力があればモングレルさんの見たその書とやらをこの世から抹消しなければならないところでした……」

「世界は広いよな……よーし、アイスにウイスキーかけちゃお。えーい」

「ちょっとモングレルさん? それは現時点で既に完成してるお菓子でしてねぇ……後から何かを足すなど……」

「いいから一口食べてみてくださいって、ほれ」

「ぬぐ、んむんむ……こ、これは……なかなか……!」

 

 よし、ケンさんがアイスとウイスキーのコンボにかかった。

 

「……これは……審査後は真剣にウイスキーの導入を検討する必要があるかもしれませんねぇ……」

「ッシャオラァッ」

 

 俺はガッツポーズした。やったぜ。

 

「ひとまず料理の審査に受かった後、ウイスキーを融通してもらえないかどうか掛け合ってみることにします。店に並ぶのはそれからですね」

「受かるのは前提なんですね」

「負ける要素がないので……」

 

 言いてぇ~そのセリフ今度ギルドで使うわ。もしくは任務中ゴブリン相手に使う。

 

「ぬふふ、これならレゴール伯爵もお喜びになるでしょうねぇ」

「はははは……なにて?」

「ああいえ、なんでもありませんよ。ぬふふふふ」

「あはははは……?」

 

 レゴール伯爵……レゴール伯爵!? 伯爵御用達スイーツの審査かよ!?

 それ先に言ってくれよぉ……! 提案するものは特に変わらなかった気もするけど……!

 

 



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シルバー昇級試験

 

 ここ数日ギルド内が慌ただしい。

 というのも、シルバーランクのギルドマンの昇級試験が行われているせいだ。

 

 アイアンやブロンズの試験はまぁ相応にショボい。

 特にアイアンなんかは試験官を俺みたいなブロンズに任せるレベルなので、試験の質なんかはお察しだ。

 その上のブロンズの試験だって内容がちょいマニュアルっぽくなっただけでまだまだ適当にやっている。

 

 しかしシルバーランクからはテストもそれなりに厳格になってくる。

 ギルドマン個人の信用は当然見られるものとして、基礎的な魔物の知識、規則の確認、対人戦闘能力も見られる。

 この対人戦闘能力ってのは盗賊とかならず者の対処だったり、戦争での活躍なんかも期待されているんだが、これがまたなかなか厳しいんだ。

 どんな基準で強さの線引きをしているのかは詳しいとこは知らないが、どうもギルドとしては適当なブロンズ2人を相手に勝利できるっていうのがシルバーの基準となっているらしい。試験内容がそんな感じだしな。

 

 ブロンズまではそこまで実力が無くても問題ないんだけどなぁ。

 誠実に任務をこなし、真面目にやってればブロンズ3までは目指せるんだ。現に“レゴール警備部隊”の爺さん達だってそんな感じで働いている。

 けどそれからシルバーに上がろうとなると、一気に“強さの壁”が立ちはだかってくるわけだ。

 

 

 

「シルバー昇級、近接戦闘試験を始めよう。監督試験官は私マシュバルが務めさせてもらう。同じ“大地の盾”であっても贔屓するつもりはないので、心して臨むように」

 

 修練場に集まっているのは数人のシルバーギルドマン。それぞれの得物は槍、剣といったオーソドックスなものばかりだ。

 だがオーソドックスだからこそ強く、様々な状況に対応できる。

 シルバーギルドマンともなればハルペリアの兵士と同等の力量があると言っても過言でないだろう。

 

 そして兵士と同等の実力があるならば、ブロンズランクのギルドマン2人を相手に余裕で対処できなければならない。戦争で表舞台に立つならばそれは当然のこと。

 

 そんなわけで、今日はシルバー対ブロンズ2人の日です。

 俺もブロンズ3を代表するギルドマンとして、シルバーランクの皆様に挑ませていただきますわ。対戦よろしくお願いします。

 

「よーしロレンツォ、今から俺とウォーレンで挑ませてもらうからな」

「よろしくなー! ロレンツォさん!」

「おいおいふざけるな」

 

 ロレンツォVS俺+ウォーレンの組み合わせだ。

 

 ロレンツォは小規模熟練パーティー“報復の棘”に所属する、シルバー2のどこか陰のある男剣士。

 対人戦闘に優れた彼らは主に街道警備や護衛、賊討伐をメインにこなしている。ロレンツォはパーティーの中でも新参だが、それでも対人剣術の腕前はシルバーの中でも優秀だったはずだが……。

 

「どうしたロレンツォ、自信ないのか?」

「……モングレルと戦いたくねぇー。しかも多対一だろ。ふざけやがって……」

「俺はブロンズ3のギルドマン、モングレルだ」

「知ってるっつーの。さっさと昇格しろホント……」

「おいおいロレンツォさん。俺のことも無視してもらっちゃ困るからな」

「……わかってるよ。まぁぼやいてもしょうがねぇからな。モングレルとウォーレンに負けないよう、せいぜい本気で足掻かせてもらうさ」

 

 試験を受ける方は使い慣れた任意の装備に木剣で。ブロンズのお邪魔2人は防具を着けた上、木剣一本で攻めていく。お互いにスキルの使用は禁止かつ一発良いのを貰えばアウトなルールなので、堅実に、そして慎重に戦わなければならない。

 ちなみにスキルの方はまた別の審査項目としてある。見せたいやつはそこでお披露目すればスキルによって加点って感じ。便利な攻撃スキルほど優遇される。

 

「よし。じゃあウォーレン、いっちょ二人で格上狩りといっちまうか」

「おうよ! 俺たちが勝てばそれだけで加点だしな!」

「こいつら……」

 

 まぁロレンツォはどこか俺を嫌がっているみたいだが、もちろん俺はブロンズ3なりの戦い方をさせてもらう。つまりはそれなりの手加減だ。

 ここで張り切って戦ったんじゃ、ただ試験を落とさせにきたクソ野郎になってしまうのでね。

 ウォーレンには悪いがほどほどの力でやらせてもらおう。勝てるかどうかは向こうさん次第だ。

 

「ったく……ようやくシルバー3に上がれそうだって時に……ついてねぇ」

 

 互いに木剣を構え、戦意を高める。

 俺とウォーレンは横並びに。ロレンツォは俺らに向き合うような位置にいる。

 

「戦闘試験、はじめッ!」

 

 マシュバルの宣言と共に、ロレンツォが動いた。

 

「弱い奴から潰す」

「!」

 

 ロレンツォに迷いはない。試合開始と同時に強引に踏み込んでウォーレンを潰すのが作戦だった。

 が、これで終わったらさすがに味気ない。

 

「うぉっと、そうはさせねぇ!」

「くっ」

 

 ウォーレンへの踏み込み突きを横っ腹からカーンと弾き、前に出る。

 正直、ウォーレンはまだまだ弱い。木製とはいえロングソードを持ったシルバー相手にまともな作戦で勝てるかっていうと大分厳しいだろう。まだまだウォーレンはアイアンから無理やり上げられた感の否めないひよっ子だ。今回は俺が中心に戦ってやらなきゃならんだろう。

 

「クソッ、どけモングレル!」

「どけってのは礼儀がなってねえな。試合中は技で道を作るのがマナーだぞ」

 

 と、余裕ぶっこいて見たものの、向こうはロングソードでしかも突きを中心に放ってくる。対するこっちは手加減バスタードソードだ。リーチで負けている上に手加減だから武器を吹っ飛ばすこともできないので難儀している。

 

「弱い奴って言われたままじっとしてられるかよぉッ!」

「っ、と!? はは、悪いな。まだまだ未熟と言っておこう……!」

 

 後ろからウォーレンの加勢が入った。ありがたい。このまま二人で攻め続ければロレンツォのリーチの長さも破れるはず……!

 

「うわっ!?」

「隙ありだな!」

「あるぇー」

 

 と思ったら速攻でウォーレンの守りが崩されて胴に一発、良い突きを貰っていた。

 防具をつけているので刺さることはないが、強い衝撃でそのまま後ろに吹っ飛ばされている。これは完全にアウトですわ。

 

「ウォーレン死亡! 下がりなさい」

「ちぇー……悪い、モングレルさん。あとは任せた!」

「……一対一ならまだ希望があるな」

 

 人数差の不利を弱い奴から先に片付けることで覆し、強い相手と一対一に持ち込む。常套手段だな。

 しかし今の俺はブロンズ3相応の力で戦ってるからなぁ……もうこのままロレンツォ勝利で良いんじゃね? 無傷で一人撃破なら勝利判定で良いだろ。

 

「手を抜くなよ、モングレル」

「……よし。その心意気には応えてやろう。いくぞロレンツォ!」

「!」

 

 素早く前に出て、斬り払い。此処から先はロレンツォの突きだけでなく斬りにも注目して戦ってみようか。

 

「くっ、こいつ……!」

「お前の突きでは死なん!」

 

 リーチに有利があるからと、ロレンツォは俺たちに突きをメインで戦ってきた。

 しかしそんなチクチク戦法だけで勝たれても癪だ。なのでここからはロレンツォの全ての突き攻撃を完全に弾いた状態で戦うことにした。

 俺は斬り攻撃しか認めねえ!

 

「どうした、遠くから刺すだけがお前の剣術かぁ!?」

「んなわけあるかッ!」

「うお」

 

 ガンガンに木剣をブチ当てて攻めていたが、向こうも何かを学んだのか、それとも突き以外もできると証明するためか、斬り払いによる攻撃にシフトしてきた。攻守が入れ替わり、俺の方が防戦一方になる。

 なんならこっちの斬りの動きのほうが剣術らしくて良いんじゃねえの? 無理にわかりやすい有利を取ろうとして突き技に固執するよりは絶対こっちの方が強いと思うんだが。

 

「ぜいッ!」

「ぐえー死んだンゴ」

 

 そこらへんの確認はできたので、俺は満足して良い感じの胴斬りを自ら受け入れた。

 手加減とはいえここまで打ち合えるならシルバー3の連中と同じくらいの腕前はあるだろ。

 

「モングレル死亡! 勝者、ロレンツォ」

「……お前! 最後手を抜いたな!」

「かもな。だからもう一回やり直して良いか?」

「認められん。今の試合は充分にロレンツォの実力が発揮されたものだった。条件を変えてやり直す必要性は無いだろう。勝ちは勝ちだ」

 

 ロレンツォは最後に俺が防御をサボったことについてまだ引っかかっているようだったが、監督役のマシュバルさんに言われたら何も言い返せないのか、モヤっとした顔のまま修練場の端に戻っていった。

 実力がある分、手加減をされることに抵抗があるのだろう。真面目な奴だ。ランクが上がれば上がるほど、この手のギルドマンは増えてくる。それだけ手抜きを看破できるってことでもあるんだが。

 

 

 

「これは、なかなか素早い剣ですね……レオさん、本当にブロンズですか?」

「く……そうだよ。ブロンズだ……!」

「アルテミスに取られたのは痛かったですね……っと」

「あっ!」

 

 その他のギルドマンも試験を受けている。

 アレックスはレオの双剣を弾き飛ばし、余裕有りげに勝利していた。やっぱ強いんだよなあいつ。

 

「……木剣は扱いにくいな」

「片手の保持では限界がありますからね。武器弾きを優先させていただきました」

「やはり、僕ではまだまだ未熟みたいだ。対戦ありがとう、アレックスさん」

「いえいえ」

 

 試験にはレオの姿もあった。

 実力のあるブロンズということでどんな扱われ方をするものかと思ったが、相手がアレックスなら丁度良かったかもしれない。

 レオの戦い方はスキル込みでないとなかなか難しいもんがあるだろうし、試験を受ける側になった時が大変そうだ。まぁでも挫けず頑張ってほしいな。

 

「あ……モングレルさん」

「ようレオ、おつかれ。そっちも終わったか」

「……はい。お疲れ様です」

 

 あれ? なんかちょっとそっけないというか、冷ややかだな。

 前はもうちょっと和やかだった気がするんだが……。

 

 ……手加減してたのが気に食わなかったとか?

 だとしたらごめんなさいとしか言えないが……。

 

 まぁ、別に悪いことはしてないし……時間を置けばなんとかなるだろう。多分。

 

 

 



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レオの風聞と冬の仕事

 

 “アルテミス”の新入りである青年、レオは話題の人だ。

 これが大地の盾とか収穫の剣ならまだ話題性は無かった。男所帯に男が入ってもこれといってどうも思われんからな。

 しかしレゴールにおけるアイドルパーティー、“アルテミス”に男が入ったとなれば話は変わってくる。

 

 仕事も出来て綺麗所の女の子達が集まっているパーティーにある日突然黒髪二刀流イケメンが加入するのだ。しかもレゴールに移籍してすぐにだぜ?

 これでアホだらけのギルドマンたちにレオを妬むなっていうのは無理っつーか酷な話だろう。

 既にアルテミスには男メンバーが居るなんて説は霞むほどである。いや、むしろそっちをもうちょい掘り下げろよって話ではあるんだが。噂とか都市伝説とかじゃなくて普通にいるぞ。

 

 レオが加入してすぐの頃は、それはもうギルドは荒れたもんだ。

 酒場がアイドルに恋人がいたことが発覚した時みたいな荒れ方してたな。お前らアルテミスの誰よって感じの無関係な男たちが勝手に苦しんでいる様を見ながら飲む酒は美味かったが、同時に連中が暴走してレオやパーティーに被害が出ないかどうかは心配だった。いつの世もどこの異世界でもストーカーじみた男はいるのである。

 

 が、それも本当に最初だけ。

 レオが丁寧な物腰の青年であることや、ウルリカの幼なじみであるといった情報が伝わってゆくと、次第に周囲の態度は軟化していった。

 特に他の大手のパーティーはアルテミスと揉め事になりたくもないだろうから、“よそ様のパーティーに失礼を働いた奴はぶん殴るぞ”と早々に内部に通達していたのも大きいだろう。大手の姿勢を見習うように、次第に他のギルドマン達も彼に対する態度を改めていったのだった。

 

 かくしてようやくレオ青年に平穏が訪れたわけである。

 まぁここまで面倒くさい拗れ方をしてたのは、冬でみんな暇だからってのもあるかもしれないな。

 

 

 

「……でもなんかさぁ。なんとなくレオが俺にそっけない気がするんだよな……?」

「そうなんスか?」

 

 俺とライナは森の恵み亭で酒を飲んでいた。

 今日はおじさんの愚痴を若い女の子に聞いてもらうという、前世だったら数千単位の金を取られるサービスを提供してもらっているところだ。

 お互いにというか冬の間はアルテミスが暇してることが多いので、こうして飲む機会も増えた。俺としては気楽で良い季節だが、若いライナにとってはちょっと退屈すぎるかもしれないな。

 

「レゴールに来たばかりだし色々案内してやろうとはしたんだけどなぁ。なんか丁寧に断られることが多いっていうか……けど別に俺みたいな男を避けてるってわけでもないし……」

「レオ先輩にそんなことするような印象無いんスけどねぇ……アレックス先輩とはよく話してるし……」

「だよなぁ」

「モングレル先輩がまた何かしちゃったんじゃないスか」

「またって何だよまたって。俺は過去も未来も現在もなにもやらかしてねえぞ」

「っスっス」

 

 しかし改めて思い返してみても、レオに嫌われるようなことをした記憶がない。

 おっさんは無自覚におっさんムーブをかますことで世間から嫌われる生き物だが、もしやそれだろうか。モングレル30歳。精神年齢はもはやおっさんから結構超えてるレベルだと思うが、マジで俺が厄介おじさんと化しているんだろうか……やべえな。将来くるかもしれないハゲよりも怖くなってきたぞ。

 

「それよりモングレル先輩、私達ちょっと春にデカめの仕事もらったんで、王都まで護衛に行く予定なんスけど……」

「おー、インブリウムか。そういやライナは王都行ったことなかったんだっけか」

「っス。向こうでちょっと観光もするみたいなんで、超楽しみっス」

 

 王都インブリウム。言わずもがなハルペリア最大の都市だ。

 人も物も金もなんだって集まっている超重要都市であり、ハルペリアの田舎者にとって最大の憧れの地である。

 レゴールから王都行きの乗合馬車もかなりの数出ているので行こうと思えば行ける都市だが、ギルドマンにとっては活動圏がちょっと離れすぎてるせいで馴染みが薄い。レゴールにはバロアの森があるからな。王都周辺にはマジでそういう魔物が湧く場所が無いから退屈だ。向こうの任務は護衛ばっかでなぁ。

 

「せっかくなんでモングレル先輩も王都一緒に行かないっスか。護衛任務も一緒に……」

「俺は良いや。アルテミスの皆で行って来いよ。土産はなんか面白そうな図鑑で良いぞ」

「そんなの買うお金は無いっス! ……一緒に王都巡りしてもいいじゃないっスかぁ」

「王都なぁ……まぁシーナ達が一緒なら大丈夫だとは思うんだが、気をつけろよ。向こうは田舎者を騙そうとする商売人も多くて危ないからな。俺はそういうのが嫌で行きたくねーんだ」

「マジっスか」

 

 特に髪のせいなのかすぐにぼったくろうとしてくるんだよ王都の商人は。

 蚤の市みたいなところでちょっとした物買おうとしてもふっかけられるんだぜ。普通に不愉快でやってらんねーよ。

 サングレール人のハーフ+ギルドマンの食い合わせがあまりにも悪すぎる。

 

 けどまぁ、王都の荘厳な建造物を眺めるのはなかなか楽しいもんだぞ。

 レゴールでも貴族街くらいにしかない総石造りのバカでかい建物もたくさんあるし、土地柄魔物避けの香草がそこらへんに生えてたりもしておもれーぞ。

 特に薬草栽培農場の近くのポーション工房から漏れ出る煙とか一度匂い嗅いでみてほしいな。楽しいぞ。見てる側は。

 

「ちなみに俺が今欲しい図鑑は魚のやつな。資料室にあるやつよりも詳しい図鑑頼むぞ」

「そういうお高いのはさすがに自分で買って欲しいっス……」

 

 ライナちゃん冷たくておじさんショックだなぁ~(泣)

 もっと社会人として目上の人に対する敬意を持ったほうが良いと思うよ? これ、おじさんからのアドバイスね(笑)

 

 

 

 そんな飲み会から数日経ったある日のこと。

 俺はクソ寒い空の下、バロアの森で追加の伐採作業を手伝っていた。

 

 冬の伐採作業は寒すぎて普通にキツいが、魔物が居ない分いつもより人件費をかけずに作業ができるのだ。

 まぁキツいから誰もやりたがらない仕事になるんだがね。魔物が居ないってことはそれだけ肉や毛皮が穫れないってことでもあるので、秋の伐採はそういうところでそれなりに旨味もあるんだが、冬はそういうのもない。

 けど冬のレゴールでギルドマンが金を稼ごうと思ったら、こういう寒くてキツい仕事もちっとはやっていかないとな。

 衝動買いしたウイスキーのせいでまた金欠になったから形振り構っていられねえんだ俺は。

 

「モングレルさん」

「お? ……おー、レオか。お前も伐採作業に?」

「うん。シーナ団長からよく“バロアの森に慣れておけ”って言われてるから、ちょっと前から慣らしがてら任務を受けてるんだ。今日はゴリリアーナさんと一緒だよ」

 

 レオの後ろには動物の毛皮を豪快に身にまとったゴリリアーナさんが仁王立ちしていた。

 なんとなくこう、冬の景色が似合う女性ですよね。ゴリリアーナさん。雪が降っていれば尚それっぽかった。

 しかし俺に気付いて小さく頭を下げる仕草はものすごいギャップである。あ、どもどもこちらこそ……。

 

「モングレルさんがよければだけど、話しながら作業しない?」

「ああ、良いぞ。人数も少なくて暇だったんだ。話し相手が居るのはすげー助かるぜ」

 

 そういう流れで、俺とレオは駄弁りながら作業することになった。

 ……どうやらゴリリアーナさんは木材の運搬役らしい。さっきちょっと常人には持てそうにない丸太を担いでいたんだが……シュワちゃんかな?

 あのパワーで今回の昇級試験駄目だったらしいけど、何があったらそうなるんだよ。絶対あの人知識試験とかで引っかかってるだろ……得手不得手はあるかもしれないけど、もうちょい苦手分野も克服した方が良いと思うぜゴリリアーナさん……。

 

 

 

「レゴールのギルドは賑やかだね。かといって悪い感じはほとんどないし、とっても過ごしやすいよ。ドライデンの酒場は常連の大手パーティーが幅を利かせてて、窮屈だったからさ」

 

 手斧で横倒しになったバロア材の枝をサクサク払いつつ、レオ君が語る。

 俺は印のつけられた幹を斧でガツガツ殴って伐採中だ。役割分担してると作業が効率化されて助かるぜ。

 

「まぁな、レゴールはほんと平和だよ。“大地の盾”が秩序立ってるのが一番の理由だろうなぁ。チンピラが上に居ないっていうのはありがてえことだ」

「そうだね。軍人気質っていうのかな。あそこに所属してる人はみんな真面目で驚いたよ。ギルドマンじゃないみたいだ」

「実際半分くらいは軍人みたいなもんだしな。軍人からギルドマンに転向したり、逆に大地の盾から軍に入ったりとかな。まぁ真面目さで言ったらアルテミスも同じくらいのもんだろ。レオは良い所に入ったな」

「うん。皆良くしてくれて助かってるよ。クランハウスも綺麗だし……まだ働けてないのに個室も貰っちゃって、ちょっと心苦しいくらい」

 

 ああ、まだ冬だから討伐任務もやれないしな。それはしゃーない。

 

「春になれば仕事らしい仕事も増えるし、そう焦ることはねえよ。シーナは目つきと性格と言葉が厳しい奴だが、身内にはダダ甘だしな。真面目にやってりゃ問題ないさ」

「……ありがとう、モングレルさん」

 

 アルテミスが人員を切ったって話は聞いたことがないな。

 所帯持って半分引退しているようなメンバーは多いが、その人らが今でも裏方としてアルテミスを支えてる辺りなかなか強い絆で結ばれた所だと思う。その辺りの性質は少数の仲間内パーティーに近い。

 

「モングレルさんは……実はちょっとだけ、悪い噂も聞いたりしたんだ。暴力的だとか、嫌な奴だとか、そういう……ね」

「マジかよ? 事実無根も良いところだぜ。俺ほどこの世界に奉仕してる人間もなかなか居るもんじゃねえんだけどなぁ。その噂流してた奴を教えてくれよ。嫌がらせしてぶん殴ってくるからな」

「ハハハ……そうだね、僕もモングレルさんはとても良い人だと思ってるよ。……今、思い直した。ごめんなさい、僕もちょっとだけ、噂に流されてたかもしれない。だからその、最近少しモングレルさんのこと避けてて……」

「ああ、やっぱそういうことか」

 

 良かった。俺のおじさんオーラが知らない間に漏れまくってたのかと思ってたわ。

 

「噂ではその、ウルリカに酷いことしてるんじゃないかとかそういうのも聞いたから……」

「俺が? ウルリカに? 無い無い。ガキ相手にそんなことするかよ。それどころか今まで俺があいつにどれだけ美味い飯食わせてやったと思ってるんだ」

「だよね、うん」

 

 カニ料理、肉料理、魚料理。この世界がハーレム物のラノベだったら俺の飯で惚れてるレベルだぞ。

 いや、ウルリカに惚れられても困るが。

 

「まぁ、あんま気にするなよ、レオ。別にお前に何かされたってわけでもねーしな。改めてまた仲良くしてくれりゃそれでいいさ。というかアルテミスじゃ男はウルリカしかいないし、それはそれで窮屈だろ? パーティーに言いづらい悩みがあったら俺にでも言ってくれて良いからな」

「うん……ありがとう。悩み……とかはまだ無いけど、嬉しいな。何かあったら相談に乗ってくれると助かるよ。僕も、何か手伝えることがあったら言ってくれていいからね」

「おー。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 

 ほんとよく出来た青年だよ君は。

 ウルリカもお前くらい真面目な感じだったら良かったのにな!

 

「あ、モングレルさん……その丸太、運んでも大丈夫ですか……?」

「おう、ゴリリアーナさん。重いけど大丈夫かい?」

「平気です。よ、いしょ……」

 

 普通はよいしょの一言でどうにかなるレベルの重さじゃないんだが、ゴリリアーナさんは脚立でも運ぶような気軽さで担ぎ、再び歩き去っていった。

 後ろ姿があまりにもたくましすぎる……。

 

「……なあレオ。あのゴリリアーナさん、最初見たときに男と間違えなかったか?」

「え? いやそんなことはないけど……? ちょっと失礼だよ、モングレルさん」

「あっはい、ごめんなさい」

「格好いい人だよね、ゴリリアーナさん。試験に落ちて悲しそうにしていたから、この仕事が気晴らしになっていると良いんだけど」

 

 ……やっぱ真面目すぎるとちょっと息苦しいかもな?

 お前はもうちょいウルリカっぽいフランクさがあっても良いと思うぞ!

 

 



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冬の装備交換会*

 

 雪が降りはじめた。

 どこまでも続く鼠色の空を見る限り、おそらくかなり積もるだろう。

 遠出を諦めて街でのんびりするには良い季節になってきた。

 

 そんな寒空の下、俺はバルガーと一緒にギルドに向かっている。

 朝っぱらにバルガーと出会って、話しているうちに俺がウイスキーを買ったことがバレたので、宿の部屋で一杯……いや二杯だけ一緒に飲んでいたところだったのだ。いらんところで自慢したい気持ちが出ちゃったわけだ。口を滑らせたぜ。次からは絶対言わねえ。

 

 まぁそんなこんなで部屋飲みしているうちに、いつの間にか雪が降ってることに気付いてこうして慌てて出てきたわけだ。

 俺も早朝に終わらせた馬車駅での積み込み作業の報告をギルドにする前だったもんで、やむなく外出だ。

 畜生、さっさと報告して宿に戻っておけばウイスキーが減ることも、雪の降る中往復することもなかったってのに……。

 

「寒いなぁークッソォ……なんだこの雪は……ここ最近穏やかだと思ったら急に降ってきやがったなぁ……」

「俺のウイスキー飲んだんだから少しはマシだろー……うおー寒い寒い」

 

 ただでさえハルペリアは寒いってのに、冬はマジで死にかける寒さだ。

 自作の防寒着じゃ限界があるわ。

 

「見ろよモングレル、ラトレイユの頂で女神が地団駄踏んでやがる」

「……うっわぁ」

 

 遠くに聳えるラトレイユ連峰の霞んだ山頂に、バカでかいオーロラがはためいているのが見えた。

 女神の地団駄。ヒドロアの乱れた裾。信仰心の薄いハルペリアの人々が畏れる数少ない自然の姿である。

 

「こいつは積もるぞー……」

「積もる前にさっさとギルドで用を済ませて宿に帰るぜ俺は」

「馬鹿野郎モングレル、何のために俺たちがこの寒い中、重い装備を抱えて走ってると思ってんだ。報告だけ済ませて帰るなんて許さんぞ」

「あーあ……なんでよりにもよって今日装備の交換会なんてやらなきゃいけねぇんだ」

「お前が参加するって言ったからだろうが。天のご機嫌なんか読めるもんじゃねえよ、諦めろ」

 

 憂鬱なドデカい白い息を吐き出し、俺はバルガーの後を追った。

 

 

 

 今日はギルドの酒場でちょっとしたイベントが行われる。

 

 装備交換会。

 ギルドマンが各々使わない装備を持ち寄って、それを交換し合う集まりだ。

 装備更新で使わなくなったけど、二束三文で売るのもちょっとなーっていう武器や防具を互いに持ち寄って、逆に自分が欲しいもんが出てればそれをもーらいってする奴だな。

 

 この交換会では現金は使わず、物々交換だけで取引を行う。

 もちろんピッタリと同価値の交換が成立することなんてほとんどないので、価値のすり合わせ端数は大体投げナイフとかリベットとか革の端材だとか、そこらへんで調整する感じになっている。むしろそっちをメインに集めてる連中もいるので、まぁなかなか活気付く会だ。

 ブロンズやアイアンの連中が空いた時間にせっせと作ったダートも地味に人気がある。こういうところで地道な努力をした奴が装備を更新できるわけだな。

 

「おうバルガー、遅かったじゃねえか」

「さっみー……いやぁ今まで飲んでてな」

「もう始まってるぞー。お、モングレルもいるのかよ。ちゃんと交換できるもん持ってきたんだろうな?」

「失礼な物言いだなオイ。俺が取り扱うのは新品同様の美品だけだぞ」

「使ってねぇだけだろお前のは!」

 

 既にギルドの酒場には多くのギルドマンが集まっていた。

 普段は引っ張り出されないテーブルまで並べられ、各々が多種多様な装備をじっと値踏みしている。

 

 市場のような光景だが、並ぶ品も客も物々しい。けど俺はこういう光景がわりと好きだ。異世界ファンタジーの塊って感じがしてすげー興奮する。何より、俺の欲しい装備品も出てくるかもしれないしな。

 

「あ、モングレル先輩。……なんか顔赤いっスね。飲んでたんスか? まだ昼っスよ……?」

「バルガーと飲んでたんだよ。あー寒い……ライナ、出品装備につける名札どこだ?」

「受付で配ってるっス」

「おうありがとう。ああ、報告も済ませなきゃな……」

 

 ちらっと品揃えを見る感じ、武器は使わなくなったショートソードとかが多いかな。

 あとは使ってみてイマイチだったやつとかだろうか。

 しかし並んでるものの多くがジョスランさんが作った物なので、眺めてる連中は“どっかで見た剣だな”と苦笑している。まぁいつものことだ。ちなみにジョスランさんの打つ刀剣類は特別優れているわけでもない。マジで普通の武器だ。あの人は別にレゴールに生きる伝説の鍛冶屋ってわけではないのでね。

 

 防具はボコボコになった盾を始め、ハードレザー系のものを中心に色々と出品されているようだ。靴系はなんか臭そうだけど、胴回りとかはまぁ悪くないかな。

 レザーは新品よりも使い古されている方が着心地は良いから、他人の使用感を全く気にしないのであれば満足いく買い物になることだろう。俺は絶対に嫌だけど。

 

 それよりも気になるのは、やっぱ小物系だな。

 端材とか飛び道具とか砥石とか、細々とした数合わせの商品たち。ここらへんの補充が俺の狙いだ。

 

「チャクラムねえかなチャクラム」

「ないだろそんな骨董品」

 

 俺の独り言が後ろにいたアレクトラに勝手に拾われていた。

 いや確かに正式採用されなくなった飛び道具ではあるけど、だからこそこういう所にあるかもしれんじゃん……。

 

「アレクトラ、そっちの“収穫の剣”はどういうもん出してるんだよ」

「えー? 知らないよ。出してるやつもいれば出してない奴もいる。アタシらのとこは一括で交換品を管理するような協調性は無いからねぇ」

「……こういう時くらい結束しろよお前ら」

「やりたいやつがやりゃ良いのさ。そういうパーティーなんだよ」

 

 相変わらず好き勝手やってるパーティーだ。

 ハーベストマンティスを討伐した時のチームプレイはどこに置いてきちまったんだ。

 

 

 

「こっちの盾はリベットを打ち直せば使えるかもしれんな」

「暇だったし丁度いいか。おい、こいつを交換してくれ。“大地の盾”の投擲武器なら一通りある。欲しい物があれば選んでくれないか」

「お、そいつ貰ってくれるのか。ありがてぇ」

 

 貧乏性な“大地の盾”は直せば使える系の防具を積極的に漁っている。

 物々交換のプール品もパーティー共通で管理しているので交換成立件数も多い。この会を賑やかにしている一番の功労者だ。

 

「杖、人気ありませんねぇ」

「ないですね……わかってはいたことですけど……」

「ヴァンダールさんの装備の魅力を理解しないなんて! これだからレゴールの人たちはまったくもう!」

 

 “若木の杖”は魔法使い用品を出してはいるが……まぁ、魔法使いのそもそもの数が少なすぎるので、閑古鳥が鳴いている。これは仕方ない。

 品そのものは間違いなく良いんだろうが、その分交換レートも高そうだしなぁ。レゴールにいる魔法使い同士でコミュニティ作って個別に交換会やった方がまだ目がありそうだ。

 

「……間違いない。森の中でロストしたうちの矢ね。この五本で全部?」

「は、はい。森で事切れていたボアに刺さっていたもので……まさかアルテミスの人のものだったとは……」

「いえ、別に良いのよ。半矢で逃した獲物は私達のものではないわ。……その五本、交換していただけるかしら?」

「! え、ええ喜んで! 大丈夫です!」

 

 アルテミスのシーナ達は主に弓関係のものに目をつけて取引に勤しんでいるようだ。

 矢も消耗品のくせに意外と高いからな。こういう場所で細々と回収するのも大事なんだろう。

 

「えー? 私の使ってたこの胸当てそんなに価値無いけど良いのー? 本当にー?」

「お、おう! ちょうどそんくらいの物が欲しかったからな!」

「やった! ありがとー! 後で返せって言われても無理だからねー?」

 

 ……ウルリカが使用済みの防具をぼったくりレートで交換している場面を目撃してしまった。交換相手が持ち出したのは鏃のセットか。

 しかしぼったくりレベルの交換だというのに、相手の男の方はとても満足そうな顔をしている。

 

「……これがウルリカの使っていた防具……グフフ……」

 

 ……まぁ、うん。

 幸せってのは……決まった形をしてるわけじゃあないからな……俺は良いと思うぜ……。

 

「もー! 防具がなんもサイズ合わないっス! みんなぶかぶかっス!」

 

 人混みのどこかでライナの鳴き声が聞こえた気がしたが、ちっさくて見つからんな。頑張れライナ。

 

 

 

「さーて。一通り見たが……うーん、あんま面白い装備はねぇなぁ」

 

 結局俺は自分の出品してるテーブル前に戻ってきた。

 ここにいれば俺の装備を欲しがる連中が集まってくるかもしれないからな。素早く対応するにはここにいるのが一番なのだ。

 

 まぁさっきから一度も俺の名前を呼ぶ声は聞こえてこなかったので、今のところ欲しがってる奴はいないみたいだが……。

 

「あ、モングレルさんも出品していたんですね」

「アレックス、冷やかしなら帰ってもらおうか」

「いきなり酷い……まだ僕何も言ってないですよ」

 

 最初に来たのはアレックスだった。

 特に欲しいものは無かったのか、何も抱えている様子はない。ウインドウショッピングでもしに来てるのか。せっかくなんだしお前もちゃんと交換しろ。

 

「で、モングレルさんの品は……うわ、どこかで見た金属札」

「一から自分で組み上げるラメラーアーマー。創刊号はチャクラム10枚分」

「何を言ってるのかは解らないけど高いことだけはわかる……」

「どうせ冬場は暇なんだから組み立てちゃえば良いだろ!」

「自分でやれなかったくせに……」

「おうおうモングレル……ってお前、本気でそれ持ってきたのか」

 

 アレックスと同じく特に何も交換してなさそうなバルガーもやってきた。

 冷やかし要員が一人増えちまったぜ。

 

「バルガーさんこんにちは。バルガーさんは何を出品したので?」

「ボコボコになった盾。投げナイフ三本希望」

「売る気がないのでは……?」

「おい、バルガーの廃品なんてどうでもいいだろ。それよりこっち見ろよ、こっち」

「……あれ、このグリーブってモングレルさんのだったんですか? モングレルさんにしては驚くほど真面目ですね」

「お前シルバー3になったからって態度までデカくなってないか?」

 

 アレックスが眺めているのは金属製のグリーブだ。

 なんと鉄製である。膝近くまで覆う本格的なもので、これだけ装備してればパイクホッパーを蹴っ飛ばして討伐できる程度には頑丈な装備品である。

 

「そのグリーブなぁ……」

「なかなか良い感じじゃないですか……って、これ……拍車付いてるじゃないですか!? ええ、なんで騎兵の防具を持ってるんですか!?」

「あ、それ拍車って言うんだ。へー。騎兵の防具なんだ」

「知らずに買ったんですか!?」

「見たことはあったけどなんだか知らずに買ってたわ」

 

 このグリーブ、かかと部分にこう……ウエスタン映画とかでよく見かけるアレ。ピザカッターみたいなコロコロがついてるんだ。ここが意外と革装備を作る際の罫書きに活躍してくれる。

 

 ふーん。なるほどな、このピザカッターって拍車っていうのか。勉強になるなぁ。

 

「この拍車は騎兵が馬に乗ってる時、馬を脚で制御しやすくするためにつけてるんですよ。刺激を与えやすいですからね」

「え……それ痛くねえの?」

「馬は多少の傷なんてなんともないですけど……まぁ痛がることもあるんじゃないですか? けどこれを使うような場面だと、急加速が無ければ馬もろとも危険な状況でしょうし……」

 

 ああ、なるほどな。まぁそうか。軍馬ならそんなもんだよな。

 動物愛護団体が居たらキレそうなデザインだが、この世界の理には適っている。

 

「モングレルはいつも変な装備を買ってくるから飽きねえよな」

「こいつはすげぇ大真面目に買ったんだけどな。かかとで攻撃すんのかと思ってたわ」

「……品自体は良いですし、一応うちも騎兵がいますから扱えますね。モングレルさん、これ売る気あります?」

「チャクラムとかある?」

「ないです」

「じゃあ面白い武器とか」

「ないです」

「じゃあ無理だな」

「ええ……どっちかといえばモングレルさんの方が冷やかしに来ている気がするのですが……?」

 

 俺のニーズを満足させられねえ交換会が悪いんだ。俺のせいにしてもらっちゃ困るなアレックス。

 

「モングレル先輩ー」

「おうどうしたライナ」

「向こうになんか面白い形のナイフがあったっスー」

「マジか! どれどれ、ちょっと見てくるか!」

「自由だなぁ……」

「こういう集まりは何杯か飲んでから参加すると面白いぞ、アレックス」

「バルガーさんも楽しみ方を弁えてますねぇ……」

 

 ライナに呼ばれて変なナイフがあるというテーブルを見に行ってみると、なるほど確かにそこには変なナイフが出品されていた。

 

「おうモングレル、このナイフが欲しいのか? 酔っ払った時に面白いかと思って買ったはいいんだがよぉ、思っていたより不便でなぁ。お前こういうの好きだっただろ。なんか適当なナイフ一本で良いから交換してやるぞ」

 

 そう言ってケラケラ笑う男が指差す先には、俺が作った十徳ナイフが置かれていた。

 

「……このナイフは……ナイフは……滅茶苦茶便利そうだしカッコ良いしすげー欲しいけど、交換しないッ……! 買ったお前が末永く大事にしろッ……!」

「え、なにその壮絶な顔……怖……」

「なんなんスかねこれ」

 

 結局、俺はこの交換会で特に何も得るものなくそのまま帰宅した。

 

 おのれ……どいつもこいつも面白みのない真面目な装備ばっかり並べやがって……。

 

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)匿名様より、モングレルとライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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第一回女だらけの猥談インタビュー

 

 ロングサイズの薪を暖炉に放り込み、暖房を強くする。

 誰かがギルドに出入りする度にこれだ。冬場だけでも入り口を二層構造にした方が良いんじゃねーのって思うんだが、思うだけ。場所も取るし不便だしな。

 

「あーあー……男抱きてぇー……」

 

 念のために言わせてもらいたい。これは俺のセリフではない。

 テーブルに突っ伏してるアレクトラのいつもの独り言だ。

 

 “収穫の剣”副団長アレクトラ。

 パーティーの数少ない女ギルドマンであり、ゴールド1のめちゃつよ剣士である。

 普段は主にディックバルトと一緒に高難度の討伐依頼を熟しており、普通なら避けるような魔物相手でもガンガン闘いを挑んでいく女傑だ。

 副団長ではあるんだが、パーティーの取りまとめに関してはほとんどの実務を彼女がやっている。ディックバルトがほとんどクランハウスにいないのだから仕方ない。任務以外はずっと娼館にいるのだからそりゃそうではあるが。

 

 ボサボサの赤髪と日に焼けた肌。そして女とは思えない長身と筋肉。かといって男みたいかというと全くそんなことはなく、出るとこは出ているかなり女らしい体格だ。俺から見ても結構いい女だなって見た目をしている、のだが……。

 

 臭い。体臭がなんかもう、ふつーに臭い。

 そこらへんにいる男ギルドマンと同じような匂いがする。多分水浴びもたまにしかやってないんだろう。

 そして脇毛がモサッとしてる。

 残念だぜアレクトラ。お前とは深酒をしたとしても一夜の過ちを犯すこともないだろう。

 

 33歳独身。同じ“収穫の剣”のメンバーからも女扱いされていない残念な姐御である。

 

「おいそこのモングレル。なんだそのツラは。溜まってんのか?」

「マジでそういうとこなんだよな」

「童貞か? アタシが筆下ろししてやるよ」

「そんなに欲求不満ならディックバルトに相手してもらえよ」

「嫌だよ……いや、アタシもすげー我慢できなかった時に相手してもらおうとしたことはあったけどさぁ」

「あったんだ……」

 

 俺の脳裏に雄叫びをあげるディックバルトの姿が浮かび上がる。

 

「ウッ、頭が」

「おいおい大丈夫かい?」

「いや、ちょっと思い出したくないことがあってな……で、ディックバルトと寝たのかよ。意外だな、そういう関係じゃないと思ってたが」

「あー、まぁアタシと団長はそういうのじゃないんだけどねぇ……」

 

 アレクトラは遠い目で天井を見上げた。

 

「アタシが誘った時には……団長、財布を取り出して料金と内容の交渉を始めたんだ……」

「うわぁ……」

「あの人どんな女相手でもタダじゃやらないんだよ……なんかそれで気持ちが萎えてさぁ……やめた……」

 

 ディックバルト……決してタダでは女を抱かない、一本筋の通った漢だ……。

 でも同じパーティーの女相手に金を出すなよ……雰囲気ってもんがあるだろ……。

 

「あなた達ねぇ……よくこの顔ぶれがいる場所でそんな話ができるわね……」

「っス。スケベ話はよくないっス。モモちゃんもいるのに」

「私は大人だから大丈夫ですけど!? あ、でも好きではないです、はい」

 

 隣のテーブルにはシーナがいる。というか、アルテミスの主要活動メンバーほか、女所帯が大体揃っていた。

 シーナ、ナスターシャ、ライナ、ウルリカ。そして隣のテーブルには若木のサリー、ミセリナ、モモ、あと名前の知らん目元が隠れた子……。

 

 他のテーブルも似た感じだ。普段は男の多さに辟易してる女ギルドマンも珍しく酒場で飲んでいる。

 

 今日のギルドの酒場はいつになく女が多い。何故か。

 それは、ついこの前オープンした“砂漠の美女亭”でなんかこう、ハレンチな特別ダンスイベントをやっているからだ。

 情報筋の話では“――本店からの高ランクの踊り子がやってきて、普段より割安で相手もしてくれる。この機を逃しては男が廃る”ということだそうだ。

 

 ハレンチなダンス……。もちろん俺だって興味が無いわけじゃない。

 無いわけじゃないんだが……ディックバルトを先頭にゾロゾロと色街へ向かう男たちの熱気を見てたらこう、冷めちゃってね。うん。

 まぁ良いかって感じでギルドに残ったわけだ。で、男が去ったのをいいことに女が集まってキャピキャピしてる現状ってことよ。

 

「……僕らも行った方が良かったのかな?」

「えー? レオも見に行きたかったのー? 女の人のスケベなダンス」

「いや、別にそんなんじゃないよ、ウルリカ。ただ単に、ギルドマンの付き合いとしてさ。僕はまだ日が浅いからさ」

「あはは、いーよいーよそんなの。行きたくなかったら無理して付き合うことないってば。お金も結構かかるらしいからねー」

 

 あ、そういやレオもいたのか。……女に囲まれてても全く居づらそうにしていない。主人公みてぇな胆力してやがるぜ……。

 

「くっそー……男抱きたい……抱かれたいぃ……良い人と結婚したい……」

 

 おい、そこの三十路過ぎ。アレクトラ。お前一人だけキャピキャピどころか生臭くて重苦しいオーラ放ってるんだよ。もっと女らしくしろや。ウルリカを見習え。

 

「ふむ、結婚ね。アレクトラは結婚願望があるわけだ」

「サリー……どうやったら男と結婚できるんだぁ……?」

「さぁ、僕としては成り行きとしか……」

 

 マジでなんでこいつ結婚できたんだろうな……。

 

「訊く相手を間違えてますよ、アレクトラさん」

「酷いなぁ。もっと親を擁護すべきじゃないだろうか」

「あーどこかの騎士様が迎えに来てくれないかなぁー!」

 

 ……まぁ、はい。今更ですが今日のギルドはこんな感じです。

 男が少ないのを良いことに、遠慮なくガールズトークばっかやってます。

 

「結婚といえば、ナスターシャとシーナ。君たちは結婚しないのかな」

「前にも聞かれた気がするな。男と結婚などしない」

「私も御免だわ。身を固めるのも子供を作るのも……願望が無いわけじゃないけどね」

「ふぅん。仕事柄、出会いが無いってわけでもないだろうに」

「今はその時じゃないってことよ。……ちょっとナスターシャ、今はやめて」

 

 あれ? なんかナスターシャとシーナから百合百合しいオーラ出てるけど気のせいか?

 いや気のせいじゃないよな。もしかしてそういう関係だったりするのかあの二人。

 

 マジかよ……。

 

「俺も話に入れてくれよー」

「あー、なんか寂しがりやな人が来たー」

「遠慮せずにさっさとこっちに座ってれば良かったんスよ」

「ったく、今日はとことん女ばっかりの日らしいな。居づらいったらねえぜ。レオ、連れション行きたかったら一緒に行ってやるぞ」

「え、あはい」

 

 なんだよレオ。お前あんま連れションとかしないタイプか。残念だ。

 

「……いいなー、私もついていきたいなー」

「おぅい、ウルリカ! あんたはそういう無防備なとこ良くないよ! 男はあんたみたいな華奢な女ばっかり狙うんだからね! アタシのことはちっとも誘わないくせに……! それでも立ちションやってみたいってんならアタシが一緒にしてやるから! な!」

「えー、あはは……それはちょっと……」

 

 アレクトラがひでー酔っ払い方してるな。そろそろ飲み物に雪でも混ぜてやった方が良いんじゃねーか。

 

「モングレル! あんた……結婚しないのかい」

「うっわ絡まれた」

「どうなんだよぉモングレルぅ」

「ふふ、聞かれてるわよ。答えてあげたらどうなの?」

 

 シーナまで悪ノリしてきやがった。酔っ払いはまぁまぁと適当にあしらって放置が鉄板なのによぉ。

 

「結婚なんて考えてもいねーって。俺は生涯独り身で良い」

「風俗に行ってるわけでもないのにかい? 子供は欲しくないってーの? アタシは欲しいよ、五人……!」

「多いな……別に俺は女がいてもいなくても人生楽しめるっつーかだな、」

「男の子を三人産んでぇ、女の子が二人ねぇ? 名前は私が三人つけて、夫が二人分つけるのよ……ンフフフ……」

 

 いや訊いたならちゃんと最後まで聞けや!

 おめーそんなんだから男ができねーんだよ!

 

「ふむ。だが、興味深いな。モングレル、お前も一応は普通の男だろう。操を立てているというわけでもないのであれば、他の連中のように色街で欲を発散させようとはしないのか」

「ナスターシャ、突っ込んだ話をするねぇ。でも僕も気になるな」

「なんかスケベ話になってきたっス」

 

 お前らがこの話を掘り下げるのか……女にシモの話を深掘りされるとかいたたまれないってレベルじゃないんだが? これが数の暴力ってやつかい?

 

「まぁ俺だって男だしな、溜まるもんはあるしそういう衝動はあるよ。……これ本当に聴きたい?」

「はわわわ」

「モモちゃん一緒に耳塞ぐっス。スケベがうつるっス」

「私は聞きたいなー? 楽しそう」

「楽しそうだし僕も」

 

 あ、そう……。

 

「男ってのはな……誰しも見えない所で発散してるもんなんだよ……な? レオ」

「……え、僕に振るの? そんなこと言われてもなぁ……」

 

 なんだこいつ。穢れを知らない男主人公を気取りやがって……。

 

「何も風俗に行くことだけが欲望解放における唯一の手段ってわけじゃない……男は誰でもお前らの知らないところで過酷なアレをしてんだよ」

「過酷なアレってなによ……別に聞きたくはないけど」

 

 この世界にティッシュはない……だが、欲望のはけ口が無いからといって出さずにはいられない……それが男ってもんだ。

 ティッシュが無い世界でもな、男は誰もが見えないところでやってるんだよ。

 下水道に……肥溜めに……路地裏で……あるいは夜の路上で……わかるか? 街中から時々漂ってくる栗の花の匂いがよ……アレだよアレ……。

 みんなはけ口が無いなりに頑張って探してるんだよ……。

 

 ちなみに俺は森です……。

 

「やっぱり男の人って不潔ですね……! いつもいつもえっちなことばかり考えてます!」

「っスね。モングレル先輩もやっぱそうなんスね」

「おいおい結局聞いてるんじゃねーか二人とも……てかな、お前らはまだガキだからしょうがねーけどよ、それでも男のそこらへんの欲の強さをまだまだ舐めきってるぞ。男に生まれたらどいつもこいつも基本的に性欲モンスターなんだよ。特に田舎少年なんてスケベなことしか考えられないからな」

「むっ……誰しもそうじゃないと思うっス! スケベじゃない男だっているっスよ! ね? ウルリカ先輩!」

「えっ!? ええああうんまぁうんそうだよ……」

 

 そりゃそういう欲が薄い奴もいるかもしれないけどな……俺も別に特別猿みたいなリビドーは抱えてるわけじゃないけどさ。

 だが基本的に全ての男はエロマンガのオマーンに興味津々のスケヴェニンゲンよ。間違いない。

 

「ふむ……男のそういった精神性も不便なものなのだな……」

 

 ナスターシャがそうやってアカデミックに纏めてくれるおかげでなんとなく話の収まりが良いぜ……。

 

「……レオ。私達は同じパーティーだし貴方にも色々と配慮するけれど……くれぐれも同じメンバーを襲うようなことはしないように。同意なしに誰かに手を出したりしたら、問答無用で撃つから」

「ははは……その時は僕の脳天を撃ってもらって構わないので……」

 

 大した自信だなレオ少年。だが可愛いどころの女に囲まれたお前の悶々とした気持ち……はたして何ヶ月持つかな……?

 

「フヘヘヘ……それでね、娘の結婚式ではインブリウムの聖堂でね……」

 

 アレクトラ、お前はいい加減現実に戻ってこい。なに妄想を娘の結婚式まで展開し続けてるんだよ。まずはお前が結婚しろや。

 

 



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たまには宿で服作り

 

 雪の積もった後に、雨が降っている。

 窓の外は凄まじいグチャグチャ具合だ。春も近く雪解けしつつあるというこのタイミングで雨である。まぁ雪がよりさっさと溶けてくれるから良いことではあるんだけども、おかげで宿の外に出る気も溶けて無くなってしまった。

 こんな日は部屋の中でせっせと内職作業をするに限るぜ。

 

「久々に……」

 

 こういう、誰も部屋に訪ねてこないような日は発明日和だ。

 だが俺も常に発明品ばっか作っているわけではない。ケイオス卿の設計図バラまきイベントも良いが、俺個人の楽しみを満たすものづくりってのも大事なんでね。

 

「やるか……服作り……!」

 

 産業革命のずっと前であろうこの世界。

 とにかく布の値段がべらぼうに高い故に、服も相応に値が釣り上がる。

 前にやってた衣祭りのようなイベントがあれば良いが、それ以外で買うにはとにかく金がいる。

 

 だったら作ればいいだろ!

 

 というわけで、今日はクロスレザーを使った春用のシャツを作りたいと思います。

 

 

 

 クロスレザーは、革である。レザークロスではない。クロスレザー。布みたいな革だな。

 なんか特殊な羊から得られる皮らしく、この世界における上等な服はこの革で作られることが多いのだ。もちろん結構高い材料である。チャージディアの革よりもする程度には高い。

 

 性質としては、クロスというだけあって布っぽい。皮のくせして通気性がある不思議な素材だ。これで作った服はなかなか快適なので、俺も何着か作って持っている。

 特に若い羊のものだとペラペラで紙っぽさが出てくるので、夏物なんかだと子羊の皮が使われたりしてるんじゃないかな。

 表面をよくヤスリでザリザリしたりドムドム叩いたりすれば皮っぽさが消えて布っぽい質感になるので、そうなるとぱっと見では原材料がわからなくなる。

 

「利便性全ツッパでも良いが、やっぱある程度格好良くないとな」

 

 まぁ俺の思う格好良さがこの世界と合致するかっていうとそうでもなかったりするんだが、そうならそうでも構わない。俺自身が着てて満足できる仕上がりであることが大事なんだ。

 

「このワイシャツは上手くいくかねぇ」

 

 とはいえ、俺も服作りなんて素人だしな。格好良く作るぜ! なんて意気込んでいても仕上がりはまぁ素人が作ったようなものになってしまう。そりゃそうだ。

 けど素人なりに現代の服の構造をもやもやと思い出しながら作ってみると、この世界の既製品よりは便利に、かつ快適に仕上がってくれるのだから不思議だ。やはり先人の知識は凄い。

 

「あ、ここのポケットもうちょいデカくするか……」

 

 ついでに作ってる途中で素人考えの独自性を追加しちゃうぜぇー。

 まー見た目を取り繕うっつっても俺もギルドマンだからよ、着てるものはやっぱ便利な方が良いんだわ。その点ポケットはいくら付いていても良い。もっと盛るペコ……。

 

「……そういやあれだな。魔物除けの灰を仕込んだ服が人気なんだっけな」

 

 ちょっと前に聞いた話なのだが、ギルドマンのような魔物と対峙する人の装備として魔物除けの香の灰を服に仕込んでおくという装備があった。

 使い終わった後の灰を内臓の皮に包んで蜜蝋で封をした……チューブ状? みたいなのを装備の出っ張りとか、噛まれやすい箇所に縫い付けておくんだ。

 運悪く相手に噛まれた時、皮が破れて灰が漏れ出し、魔物を追い払えるのだという。反応装甲タイプの熊スプレーみたいなもんだな。手を食いちぎられるかどうかってところで生存率を上げられるのは普通に良いことだと思う。

 

 巷では結構こういう発明品がよく出てくる。これもレゴールの良いところだな。

 ケイオス卿の後追いだとか言われてるけど、面白いもんは面白い。わりと俺でも驚いたり感心するような物が生まれてるからなかなか飽きないぜ。

 

「しかしチューブを仕込むにはシャツじゃ無理だな……」

 

 春くらいになると俺はシャツの上に革のベストを着ることが多いが、ベストにも仕込むような場所がない。

 だから仕込むとしたら手袋の甲の部分とか……靴の目立たない場所とかになるんだろうけども……うーむ。まぁ別に無理に取り入れる必要はないか。どうせ俺は負けないし。噛まれ……はするかもしれんけどそんなのぶん殴って引っ剥がせばええねん。

 

「ふむ。良いんじゃないか」

 

 いつもは腰の辺りが野暮ったい感じになっていたが、今回のシャツはなかなか良い感じのシルエットになりそうな気がする。

 毎度毎度型紙(ボアの革製)を微調整してて良かったぜ。今回ので決定版になってくれるだろうか。

 

 仮縫いはこれで良しだな。あとはちまちま本縫いしていくかー。

 くそ、ミシン……まぁいいや、ミシンがあってもどうせ俺には扱えない。

 

「……雨すげぇなぁ」

 

 窓の外で雨足が強くなってきた。こりゃ雪もボドボドになるだろうな。

 その後で春が来るかどうかは、気温と相談ってとこか。また寒くなれば冬延長戦って感じだが……まぁそれも長くは続かないだろう。

 

 ……傘は無理。ポンチョはある。雨具は発明っていうほどの発明にはならんな。

 

 それよりは服か。

 でも詳しくないんだよな、服……。織り機もこの世界にあるやつより複雑なのなんかわからんし。ミシンは構造もよくわかんねーし。

 ……アイロンかなぁ。アイロン……。滑らかな鉄板を焼き石だか炭だかで熱し、服を平らにする……うん、これならできそうではあるが……既にあったりしてもおかしくはないな。貴族の持ち物だろうしわからん。

 いや、あっても別に爆発的には売れないか。売れたところでこの国の何かが劇的に変わるってわけでもない。

 

 ……まぁ一番は靴かな。靴の性能が上がればそれだけで移動の効率も運動能力も上がる。

 今俺が履いている自作ブーツの構造を広めればそれだけで人の動きやすさが変わってくるはず。

 ……いや、この世界の履物もどっこいどっこいってとこか。うーむ。難しい。

 

「いッて、うわ」

 

 なんて考え事をしてたら針で指刺した。うおお、痛い痛い。軟膏どこだ軟膏。

 ペロッ……うん、血の味だわ。

 

「血、血ねぇ……血液……輸血……」

 

 血液型の概念があるかどうかはわからない。あるとしたら簡単な遠心分離機の概念を説明すればとりあえずの血液型の分類は可能か。

 O型の見分け方……はいいとして、輸血の詳しい禁忌なんて知らねえよ俺。あんまり適当なこと言って悲劇を起こしたくはないな。

 

 いやそもそも冷蔵技術がなー。チューブとか空洞付きの極細針なんてのも夢のまた夢だし……輸血は微妙だな。やめておこう。国の抱えるヒーラーの数を増やす教育制度を整えた方が色々と効果的な気がする。あとは止血法。

 

「包帯……みたいなものはあるしな」

 

 通常の縦横で組み上げた糸で作った布は、縦と横方向にはほぼ伸びない。繊維方向がそのままだからな。

 しかしこの布を斜めにして角を持つように引っ張るとある程度の伸縮性を発揮する。こういうものが包帯とか和服の帯のような、ちょっと伸縮性のある布地として活用できる。

 けどこの世界では普通にある。マジで布系でこの世界に勝てる気がしない。

 駄目だ。苦手分野からはさっさと離れよう。

 

「くそー……やっぱ科学者だよ。科学者もっと増えてくれ……」

 

 欲しいものは色々ある。作りたい物も沢山ある。

 だがそれを生み出すための基礎的なものが色々と足りてないんだ。この世界は。

 

 そしてそれは一朝一夕では生まれない。

 ある程度は原始的な閃きと制作によって作り出すこともできるだろうが、やっぱり体系化された科学が無いと行き詰まるわ。教育ゥウウ……。

 

 ……やっぱり活版印刷……。

 

 いやー、だめだな。やめとこう。活版印刷はやめておこう。

 俺に活版印刷の影響力を制御できるわけがない。ムリムリ。レゴール伯爵でも持て余すだろ絶対に。つか王都が敵に回りかねん。

 出来てもガリ版とかかなぁ……うーむ……。

 

 世界は住みやすく便利にしたいもんだけどな……身近な人たちの生活が嫌な感じで荒れて欲しくはねえわ、やっぱ……。

 

「ふぅ……よし、できた」

 

 考え事しながら作業していると、どうにか大雑把な部分の縫い上げは完了した。

 これから更に細かく縫って強度を上げていく必要はあるが、ひとまずこれで着てみるのもありだろう。

 

「さてさて……おお、悪くない」

 

 姿見がないのが悔やまれるが、着心地は悪くない。まさにシャツって感じだ。通気性も良い。冬にこれだけ着るのはなかなか肌寒いぜ。

 

「よし、じゃあこれで完成ってことで……っておいおい、これポケットの中にボタン閉じ込められちまったじゃねーかよ。どうすんだこれ……うっわ、使いづら……!」

 

 結局、俺は最終的にポケットの一つを取り外すことにした。

 そのせいで生地にちょっぴり針の穴が出来てしまったが……まぁヤスリで上からゴシゴシしておいたし、目立ちはしないだろう。多分。

 



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置き去りの禿鷲

 

「モングレル先輩、おはざっス」

「おうライナおはよう。今日はよろしく頼むな」

「うっス。まぁ春前のあまり数もいない時期なんで、あまり肩肘張らずに気軽が良いスよ」

「後ろ向きだなぁオイ。大物狙っていこうぜ」

「大物っスかぁ。いたら良いんスけどねぇ」

 

 今日はライナと一緒に鳥撃ちをしに、バロアの森へ行く予定だ。

 春らしくなる手前。歩けはするけどまだ寒くて本格的な活動は無理って感じの季節である。ポツポツとバロアの森へ潜るギルドマンもいるが、依然として健在な寒さとしょっぺえ獲物たちを確認して、トボトボ帰ってくる事が多い。

 けどそれを馬鹿な真似だと笑ってやることはできない。季節の境目を知らせてくれるのは、そうして一足先に潮目を狙って潜るチャレンジャーがいるからこそだからな。

 

「モングレル先輩、弓使うの久々スけど大丈夫なんスか」

「おー大丈夫大丈夫。矢も何本かあるし、今日はチャクラムも持ってきた。いざとなればこいつを投げるさ」

「そんなので鳥を狩るのは聞いたことないっス! ……そもそも上手く飛ばせるんスか……?」

「弓よりは真っ直ぐ飛ぶ」

「うーん……モングレル先輩だからなんとも言えないっス……」

 

 今日の狙いはセディバードという鳥らしい。

 水辺に暮らす鳥で、一年中川の貝類を食べて過ごしているという。サイズは鳩と同じくらいで、見た目は燕に近いが色合いは白っぽく、派手だ。俺も何度か見た事がある。

 

 燕っぽい見た目してるくせに特別動きが速いわけではなく、狙おうと思えば俺のチャクラムでも付け入る隙は十分あるそうだ。まぁその前になるべく弓使ってみるけどな。

 

「おーい、すいませーん、森行きの運搬車ってもう出ますかー」

「んー? あーギルドマンの。俺んとこのはもうすぐ出るよぉー。けどまだ寒いしねぇ、魔物はなんもおらんでしょうや」

「大丈夫大丈夫、小物獲りにいくだけなんで」

 

 馬車駅で森行きの馬車を捕まえて、荷台に乗せてもらう。

 ギルドマンの相乗りは護衛にもなるが、かといって全部が全部歓迎されるわけではない。荷台がいっぱいなこともあるだろうし、護衛なんかいらないと思ってる人も普通にいるからな。

 だから見知らぬ御者相手なら心象を悪くする前に小銭を渡して乗せてもらうのが一番だ。

 今回は伐採用で行きの荷台もガラガラなもんだから、快く乗せてもらえた。一緒にライナがいたってのもあるだろうな。

 

「お嬢ちゃんもギルドマンかい。お!? なんだ銀色だったの。へぇー若いのにすごいねぇ……おい兄ちゃん負けてるよ! もっとしっかりせんとな!」

「ぐえ」

 

 威勢のいいおっさんに背中をバシバシ叩かれる。

 まぁライナと並んでて俺のがランク下ってのはまぁね、ちょっと情けなく見られるのはわかるわ。

 

「いや、私なんてまだまだっス。半人前っス」

「よくできた子だねぇ! おい!」

「ははは、いや本当に優秀な、痛、痛いっす、痛いんでマジで、オフッ」

 

 これは完全に俺の偏見だが、工房にいる職人なんかよりも、こういう野外で働くおっさんの方が頑固だったり威勢が良かったりして怖いです。

 

 

 

「今日はこっから入って行くかー」

「っス。川に行き当たったら沿うように歩けば多分見つかるはずっス」

 

 馬車から降りて森の入り口に到着。ここからのんびりと探していこう。

 

「なんだっけ、たまに綺麗な石ころが入ってるんだっけ」

「虹色真珠っスね。セディバードが食べた貝殻の欠片が内臓に集まって石になったやつっス。それ自体は珍しくはないんスけど、綺麗な奴が高いんスよ」

「ほー。いいの見つけたら高値で売れるかな」

「どうなんスかねぇ。あんまり聞いた事なくてわからないっス」

 

 それよりはセディバードの肉だな。

 貝類ばかり食べてる肉食だから美味いかどうか怪しいのだが、ライナが言うには結構イケるとのこと。

 まぁ鳩サイズの肉なんて二人で食えばおやつみたいなノリで終わってしまうだろうが、メインは久々の森遊びってことでね。今日は楽しんでいきたいと思います。

 

「あっ」

「ん? ライナどうし……」

 

 立ち止まるライナに声をかけると同時に、森の入り口すぐのところに変な奴が立っていた。

 バロアの木に肩を預けて傾き、変にスタイリッシュな立ち方をしている。

 

 50過ぎかそこらの、爺さんに片足突っ込んだおっさんである。頭頂部は禿げてキラリと光り、その周囲を申し訳程度の白髪が寂しく囲んでいる。

 しかし全身はガッシリとしており、ただの肉体労働者とは思えない引き締まった筋肉に包まれている。

 

 それは良い。それだけならただの筋肉モリモリマッチョマンで終わるのだが、問題はそのおっさんが夏の装いレベルの薄着であることだ。

 まだ外気温は冬である。なのに薄着。しかも森の中で。

 こいつはただの筋肉モリモリマッチョマンではない。筋肉モリモリマッチョマンの変態かもしれん。

 

「やあ」

 

 うわ、声かけられた。

 

「突然ですまない。何か……火を貸してくれないか?」

「……火っスか?」

 

 おっさんの足元を見ると……そこには軽く穴の空いた木片や棒が転がっていた。

 何度も錐揉み式着火を試していた残骸だろうか。

 

「昨日から火を用意できなくてね……今にも凍え死んでしまいそうなんだ……」

 

 よく見るとおっさんは薄着でカタカタと細かく震えていた。

 ……変態かと思ったけど話の通じる変態、いや、話の通じる筋肉モリモリマッチョマンのおっさんだったようだ。

 

 

 

 俺とライナはひとまず森に潜るのをやめ、落ち葉と枝で焚き火を作った。

 着火はライナの持っていた着火用のフリントと油布である。火花をカッカッと打ち出して燃やすタイプ。こういうのもなんだかんだ楽で良いよなーと、側で見てて思う。ファイアピストンも悪くはないけど手間を考えると同じくらいかもしれんね。

 

 その後カラカラな落ち葉を燃やし、小枝を燃やし、太い奴を燃やしていく。おっさんが寒そうにしていたので景気良く大きな炎を作ってやった。

 

 やれやれ、狩りの予定が短くなりそうだな。

 

「ああ、生き返るようだ……ありがとう、二人とも。いつもは愛用の着火具を持ち歩いているのだが、今は無くてね……助かったよ」

「なんでそんな軽装で森にいたんスか? よくそんな格好で入ろうなんて思ったっスね」

「いや、私も好きでこんな格好をしているわけじゃないんだよ。……実はここに来るまでにギルドマンに護衛を頼んでいたのだが、野営中に彼らが全員、私の荷物ごと姿を消していてね。私は水場で身体を清めていた時だったから、持ち物が何も無かったんだよ」

「うわぁ……持ち逃げされたのか。そいつは災難だ。どこ所属のギルドマンです?」

 

 俺が聞くと、おっさんは力なく首を振った。

 

「ベイスンで雇ったギルドマンだけど、詳しくは知らない。“月の騎士団”と名乗っていたが、私はギルドマンの組織に詳しくないんだ。心当たりはあるかい?」

「無いっスけど……そいつら最低のクズっスね」

「俺もよそのパーティーまでは知らないな。レゴール支部のギルドで問い合わせてみよう。まぁ、そいつらが本当のパーティー名を名乗ったかどうかもわからんが……殺すつもりで置き去りにしたなら、馬鹿正直に名乗った可能性はある。辿れるかもしれないな」

 

 ギルドマンはならずものの集まりだ。

 悲しい事だが、こういった事件は珍しくはない。ブロンズ以上になっても犯罪に手を染める連中はそこそこいるのだ。だから馬車の相乗りも歓迎されなかったりするんだが……。

 

「レゴールかい? おお、レゴールはもう近くに?」

「近くも何も、すぐそばですよ」

「おお……私の目的地もレゴールなんだ。どうだろう、よければ私をレゴールまで送って行ってはもらえないだろうか? ……あ、けどもうお金もないな……」

「いや、構わないよ。俺らと一緒についてくりゃ良いだけさ。金なんかいらない。で、良いよな?」

「もちろんっス! あ、お腹空いてるなら保存食でよければ渡せるっス。しばらくは暖まりながら、ごはんを食べてると良いっスよ」

 

 ライナから干し肉とナッツを受け取ると、おっさんは静かに涙を流した。

 

「……ありがとう。君たちはとても心の清らかな人達だね……うん、私はしばらくここで火に当たらせてもらうよ。まだまだ昨日の寒さが抜けないみたいだ」

「それでいいです。……ああ、そういえば名前は?」

「私はアーレント。仕事でレゴールまで来た……まぁ、世間知らずだよ」

「アーレントさんか。俺はモングレル、ブロンズ3のギルドマンだ。剣士をやってる」

「私はライナっス。シルバー1の弓使いっス」

「モングレルさん、ライナさん、ありがとう。……二人は森に、何かの討伐に来たのかな? 私はまだしばらく温まっているから、何か用事があれば私を気にせず行くと良いよ。火のそばで少し寝たくもあるしね……」

 

 よく見ればアーレントさんはとても眠そうな顔をしていた。

 具体的には、彫りの深い顔立ちの上にモサモサと茂っている白い眉毛が、力なくハの字に垂れている。

 震えながら火もなく一夜を過ごしたのだとすれば、まぁそりゃ眠かろうな。

 確かにレゴールは近いっちゃ近いが、歩いて帰るには厳しいコンディションだろう。温かい火に当たって仮眠する必要がありそうだ。

 

「……ライナ、何か獲ったらアーレントさんに食わせてやろうか」

「私もちょうどそう思ってたところっス」

「アーレントさん、夕方ごろにまた来ますよ。そうしたら美味い飯を……まぁどうにか獲ってきますんで、それ一緒に食べましょう」

「……遠慮するほど、自分の身に余裕がないのはわかっているのでね。お願いしてもいいだろうか? この恩はいつか必ず返すよ」

「気にしなくて良いですって。……よし、そうと決まればさっさと探しに行くか」

「っス! 三匹くらいは仕留めたいところっスね!」

「気楽に狩り、ってわけにもいかなくなっちまったなぁ?」

 

 達成しなきゃいけないノルマが生えてきたが、なに、狩りをするならそんくらいの方が楽しいってもんだ。

 

 



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食欲と平和のハト

 

 火は盛大に燃やしてる。ついでにそこらへんの枝を集めておいたし、熱源としてはしばらく保つだろう。寝っ転がれるように毛皮も渡しておいたから、あそこで寝ていればそれなりに暖まるはずだ。

 なに、一晩薄着で過ごせるくらいの忍耐力があれば問題なかろうさ。アーレントさんのマッチョさが見せ筋でないことを祈る。

 

「三匹は欲しいところっスね。逆に言えば三匹獲ったら終わりにしてさっさとアーレントさんのところに戻らないと心配っス」

「だな。まぁしばらくは暖かくして仮眠もとったほうが良いだろうから、極端に急ぐことはないが……水は飲ませてやったし、まぁ肉が獲れなくても今日は問題ないだろう。あの筋肉ならしばらくは耐えられるはずだ」

「でもせっかくだし新鮮な何かを食べさせてあげたいっス。可哀想っスよ」

「ああ。何かしら用意してやって、腹拵えさせてからレゴールまで送っていってやろう」

 

 そういうわけで俺たちはセディバードを探すことにした。

 こうやって確固たる目標が出来ると、逆に張り切っちゃうのが狩人ってもんなんだよな。漫然とボアとかディアを探して狩るよりもよっぽど身が入るぜ。

 

 

 

 一応弓剣を手にしつつ、森の中を歩いてゆく。

 俺とライナは小川を挟んで移動だ。こうすると二つの視点から獲物を見つけやすくなる……ということらしい。まぁ、俺がいざという時はひょいと川を跨げるからこそできるやり方ではあるな。

 

「セディバードは川の端にいることが多いんスよ。貝を探してトットットって歩いてるのがよく見つかるっス」

「ほーん」

「だからその辺りの茂みなんかに隠れてることもあるんで、見とくと良いっスよ」

「慎重に歩くようにしてみるか」

「それは基本っスね」

 

 森の中の川にも貝があって、案外それがまた茹でると美味かったりする。数は少ないし洗うのが地獄みたいに面倒くさいけどな。

 セディバードはそんな貝を見つける名人なわけだ。

 

「あ、いた」

「マジか。……どこ?」

「岩陰で水中を見てるみたいスね。……まずは私から狙うっス」

「どこだ……?」

 

 俺が風景の中から鳥っぽい影を探している間に、ライナは矢を放った。

 それがドスッと鳥に命中したのを見て、なるほどそこにいたのかとようやく気づけた。結構堂々と居たのに、自然の景色の中にいるとわからんもんだ。

 

「セディバード一匹目っス!」

「よくやったぜライナ。スキルも無しで撃ったのか」

「このくらいの距離なら余裕っスよ」

「お前もなかなか強そうなセリフを持ってるじゃねえか……次俺の番な? 外したら第二射は任せる」

「飛び去る鳥に当てるのはいやー……キツいっス」

 

 放血させつつ移動。

 ちょっと歩いただけでセディバードと出会えたのだ。ひょっとすると森の中に結構いるのかもしれない。

 

「お、いたぞ鳥」

 

 てなこと考えてたら発見した。ライナ側の草陰に隠れているセディバードで、浅い水たまりを睨みつけているようだ。そこに貝でも潜んでいたのだろうか。

 

「……おおっ、モングレル先輩マジっスか。私より早く見つけるなんて……!」

「驚き方が釈然としねぇけど……じゃあ撃つぞ」

「あ、モングレル先輩。私のところからだと茂みが邪魔で狙いがつけづらいんで、そっちがわに移動して良いスか」

「おお……じゃあライナを抱えて川をまたげば良いか」

「え」

 

 ひょいっと川を飛び越えて、ライナの側へ着地。

 そのままライナの脇の下に手をやって、ひょいと持ち上げる。

 

「ちょ、先輩っ!? なにやってるんスか……!?」

「二人で一緒に、ほッ」

「あわわわ」

 

 と、抱えたまま向こう岸にジャンプ。なに、ライナくらいの重量なら余裕だぜ。フルアーマーを装備して移動するよりも軽いんだしな。

 

「……つ、次からはちゃんとまえもって言ってほしいっス……」

「悪いな。でも鳥に逃げられる前にさっさと撃っちゃおうぜ」

「あっ、確かに……!」

 

 俺は弓剣に矢を番え、引き絞った。

 狙いは水たまりを眺める呑気な鳥。……よく見たら今はもう川に首突っ込んでやがる。完全に油断してる無防備な状態だ。よしよし、念入りに狙って……。

 

()っ!」

「それ毎回言うんスか……あ、外した。えいっ」

「あっ……」

 

 俺の矢はセディバードの上をひゅーんと通り過ぎ、相手は水に顔を突っ込んでいることもあって気付かれもしなかった。

 そして即カバーに入ったライナが軽く第二射ですかさず仕留めてみせた。……やっぱ弓はゴミ武器なんじゃねえかなぁ?

 

「いやでも狙いは良かったっスよ。ちゃんと歩留まり良くなるように頭を狙えてたんで……」

「胴体を……狙いました……」

「あっ……次行きましょモングレル先輩」

「はい」

 

 俺の悲しみとは裏腹に早くも二匹目だ。

 まぁ次の三匹目はきっちり仕留めていこう。

 

 

 

「いいかライナ。これはチャクラムっていう武器でな。こう持って……まぁ横でも縦でも投げやすいやり方で投げれば良いやつなんだ。横向きにした方が多分飛距離は出ると思うけどな」

「もう弓使わないんスか!」

「せっかくだしこいつを使えば俺にも遠距離攻撃ができるってことをライナに見せておきたくてな。俺が一切飛び道具使えないっていう誤解をされてそうだし」

「……そんなこと思ってないっス」

「お前は正直者だなぁライナ……まぁこれも武器の使い方を覚えるつもりで、見てなさいよ」

「っス」

 

 三匹目のセディバードを発見した。そいつは水辺近くの丸石が転がる河原に巻き貝をいくつも集めて、嘴でガツガツと突っついているようだった。

 どうやらあまりにもデカい貝だと一飲みにできないためか、ああして啄んで砕く必要があるらしい。

 鳩みたいなサイズのくせしてなかなかパワフルな嘴の使い方をしやがる。

 

「チャクラムは飛び道具の中でも完全に斬撃特化のものだ。当たれば鳥くらいならスパッと首を落とせるはずだ」

「下手に内臓は傷つけたくないっスね……」

「まぁそん時は急いであの川で丸洗いってことで」

 

 ガツガツと貝をいじめるのに夢中なセディバード。その横っ面めがけてチャクラムを……投げるッ!

 

「おおっ!?」

 

 フリスビーのように投げた俺のチャクラムは、ヒューンと飛んでセディバードの首下辺りを綺麗にすっ飛ばしてみせた。

 ……まじか当たったわ。すげー、正直当たるとは思ってなかった。

 あのくらいのサイズの獲物に当てたのは初めてかもしれん俺。

 

「すごいっスモングレル先輩! 超綺麗に当たったっス!」

「だろ? 俺も驚いたわ」

「なんで先輩が驚くんスか!?」

 

 いやーほとんど当たらないから半分近く諦めてたんだけどな。上手くいくこともあるんだなこれ……。

 

「見てみろよライナ。俺のチャクラムの切れ味が鮮やかすぎるせいで、首から下の部分がバタバタと暴れてやがるぜ……」

「いや、鳥って首落とすと大体はあんな感じっス」

「そっか……」

 

 翼と脚をバタバタと活きよく動かし続けるセディバード。

 ちょっと残酷な光景ではあるが、これだけ生命力に溢れた肉ならアーレントさんのスタミナも回復することだろう。

 ちょうど昼過ぎくらいだろうか。かなり早いタイミングで狩りに一段落がついて良かったぜ。

 

 ……このまま狩りを続けてれば大猟なんだろうなーってことは考えないわけじゃないが、まぁ人助け優先ってことでね。さっさとアーレントさんのところに戻るとしましょ。

 

「ぶぇー、羽根が鼻に入る。くっそ、こうなりゃ後ろ向きながら羽根毟りつつ歩こう」

「絶対転ぶからやめたほうが良いっスよそれは!」

「いやいや、俺はこう見えてハルペリアで一番うおぁあ!?」

「ほらもぉー言ったのに!」

 

 

 

 川沿いを歩き、目印に突き立てておいた枝から森を抜けるように進んでゆく。

 すると火で温まっているであろうアーレントさんと再会できるはずなのだが……。

 

 俺たちが目にしたのは、想定とは少し違った光景であった。

 

「……やあ。“また”なんだ、すまない……」

「ひ、火が消えてるっス!?」

「マジか」

 

 アーレントさんは最初に見かけた時と同じように、スタイリッシュに木に寄りかかっていた。

 どうやら焚き火は鎮火しているらしく、ぷすぷすと小さな煙を上げるだけ。……アーレントさんは火を保つことができなかったようだ。

 しかし敷物にしていた俺の毛皮を上半身に掛けてはいる分、寒さで凍えそう……というほどではなさそうなのが唯一の救いだったか。

 

 いや、てかどうしたのよこれは。

 

「火の近くで横になって休んでいたら、いつのまにか火の勢いが弱くなっていてね……モングレルさんが用意してくれた薪を足しつつ、私も近くの枝を折って足してはみたのだが……この通りさ。難しいね、焚き火というものは……」

 

 よく見ると焚き火の残骸には手でへし折ったような新鮮なバロアの生木がいくつも打ち込まれている。しかも結構太いやつ。

 こりゃ無理ですわな。火がもうごうごうに燃えているくらいならこれでもいけるだろうけど、バロア材は燃え始めるまでが大変なんだ。しかもそれがもぎたてフレッシュな生木となれば焚き火の勢いを弱める要因にすら成りえてしまう。

 ……慣れてないんだろうな、こういうことに。

 

「仕方ないですよこれは。ていうか寒くなかったですか? アーレントさん」

「今は寒いが……君たちの用意してくれた最初の火のおかげで少し休めたよ。今ではかなり元気が戻ってきた。改めて、礼を言わせてくれ。……その鳥は、もしや?」

「っス。セディバードを獲ってきたんで、一緒にご飯にしましょ」

「おお……すまない。私はこういうことも苦手なのだが、何か手伝えることはないだろうか」

「えと、じゃあ鳥の羽を根本から毟って欲しいっス」

「そのくらいのことなら是非やらせてほしい」

 

 まぁちょっとしたトラブルはあったが、アーレントさんが無事なようで何よりだ。

 ……しかしアーレントさんがバロアの樹木からもぎ取った枝……人の腕より太いのがゴロゴロしてるな。

 この人のはマジで見せ筋じゃなさそうだ。

 

 世間知らずなことといい、育ちの良い貴族っぽさも感じるんだが……何者なんだろうな、本当に。

 

「ぶぇーくしょんッ!」

 

 しかしふわふわと舞い上がる羽毛にくすぐられて出てきたくしゃみは、年相応のおっさん感に溢れていた。

 

 

 

 火を焚き直し、下処理を済ませて適度なサイズにカットした鳥肉を焼いていく。

 鳥串焼きだ。調味料は塩だけだが、ハツとレバーの味わい深さはそれだけでも充分に楽しめる。

 なんとなく栄養失調になっていたら困るので、モツ系はアーレントさんに渡しておいた。

 

「おお、鳥串焼き……なるほど、こうやって作っていたのかぁ……」

「っス。都会の人やお貴族様なんかは結構見たこともないって人も居たりするんスよね。こんなもんっスよ」

 

 まじまじと串焼きを眺めたり、恐る恐る齧りついてみたり。そして眉をハの字にしてうんうんとうなずいてみたり。表情そのものはあまり変わらない御仁だが、なかなか感情表現そのものは豊かな人のように見える。

 

「美味い……うん、とても美味い……ああ、このスープも体の内側から暖まる……」

「えへへ……そう言ってもらえるとなんか嬉しいっスね」

「どれどれ、俺も食おうかな」

 

 チャクラムで獲ったセディバードの脚肉……いただきまーす。むしゃぁ……。

 ……うん、うんうん。なんだろ、香りが普通の鳥肉とは違うな。癖はあるけど臭いって感じじゃない。苦手な人はいるかもしれないけど好きな人は好きになるタイプの味だな。

 あー、もも肉タレで食いてえ。タレどこ……? ここ……?

 

「……荷物を盗まれて、置き去りにされて……そのまま当てもなく歩き続け……道に迷って……そのまま死んでしまうんじゃないかというところで、君たちに出会えた。この幸運を齎してくれた神にも感謝しなければならないが、君たちには感謝してもしきれないほどだ」

「良いんですよ、困ってる姿を見かけたら助けるのが人間ってもんです。これから火を消したら街道に向かって森を出るんで、そうしたら馬車に乗せて貰ってそのままレゴールに行けますよ。……あ、身分を示すものとかって持ってます?」

「……うーむ」

 

 アーレントさんはズボンをまさぐり、ポケットの中からホコリと糸くず、そしてハンカチのような布切れを取り出した。

 どうやらそれはハンディタオルのようなものらしい。綺麗好きなんだろう。

 

「あとはこれくらいしか……」

「……? あ、武器っスか」

「おー、メリケンサックか」

「うん、まぁこれが私の武器だね。手が傷まないのが良いんだ」

 

 アーレントさんが腰から取り外したのは、一見すると円形の金属の塊にしか見えないものだった。しかしそれを二つに割ってみると、それぞれが半円型のメリケンサックであることに気付ける。半円の外周部にはそれぞれ六個の穴が空いており、なんとなくパンクな感じのデザインでかっこいい。

 

 ……しかし神様に感謝したり、打撃武器を持っていたり……。

 この人、サングレールの関係者か何かなんだろうか。

 

 でも自分の身の上話をしないってことは、隠したいってことか。こっちから正体をガンガンに追及すると万が一暴れたりするってことも……無くはないだろうし、訊くのは怖いなぁ。

 スパイにしては随分とおっちょこちょいだけど、果たしてどんな人物なのか……。

 

「……今の私はこんな姿だし、こう言っても信じてもらえないかもしれないが……私はね、サングレール聖王国からのあの……国交の何かを頼まれている者なんだよ」

「……ん?」

 

 なんかこのおっさんすげえこと言い出したぞ。

 

「ええと、国交というか交易というか……それを結ぶための書状とか……そういうものを渡すように頼まれていてね……」

「おいおい超重要な外交官じゃねーか!」

「そう、外交官っていうやつだね」

「なんスか外交官って」

「偉すぎて敵国の人でも国王並みに迂闊なことしちゃいけない相手ってことだよ!」

「マジっスか……え、でも既にもう……」

 

 オイオイやべーよ。本当か嘘かはともかくベイスンにいるバカがマジでバカやったんじゃねーのかこれは。

 戦争おかわりは勘弁してくれよマジで。

 

「まぁ、確かにちょっとひどい目には遭ったけどさ、私はあまり気にしてはいないよ。……私は見ての通り、あまり政治には詳しくないからね。ただ国から書状を持たされて、ハルペリアとサングレールの友好のために働いてくれって言われたからこの任務を受けただけでさ。……けど、私には向いていない仕事だったのかもしれないな……満足に連絡係すらできないなんて……」

「……いや、そもそもなんでギルドマンなんかを雇ったんです。重要な書類だったんでしょう。もっと軍を護衛につかせて動くべき人なんじゃないですか、貴方は」

「……かなぁ?」

 

 いや、かなぁって……。

 

「私は道がわかれば一人でも移動できるし……お金もある程度持たされたから……なんとかなると思ったんだけどな……旅というのは難しいね」

 

 ……別に外交官だって話を疑うわけではないが。

 なんかもう別の意味で外交官だって信じたくねえ人だなぁ……。

 

「肝心の書類は無いけれど、とりあえずレゴールには向かってみるよ」

「……モングレル先輩、大丈夫なんスかねぇこの人……」

「駄目かもしれん」

 

 なんだってサングレールはこんなぽわぽわしたおっさんを外交官に任命したんだか。

 

 ……いや、しかし……サングレールが国交。友好……か。

 そういうことを考えているお貴族様もいるって話は当然あるんだろうが……マジでいるとはな。

 

 ……両国がさっさと国交正常化してくれればそれに越したことはねえけども。

 交渉のテーブルに着く前に招待状を紛失しちゃってるんだが、マジで不吉すぎないっすかね……。

 サングレールからの“お前たちへの大使はこいつで充分だろハハハ”っていう遠回しな挑発とかじゃないよね……?

 





当作品の評価者数が3300人を超えました。

いつも「バスタード・ソードマン」を応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

お礼ににくまんが踊ります。


ヾ(*・∀・*)ゞ フニッフニッ


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おい、厄ネタ食わねえか

 

 護衛も無しに単独でやってきた外交官。

 それはさすがに危なくねえかって話だが、実際にもう既に身包み剥がされた上に重要書類も紛失している。ここまでやられるだけやられていると、なんつーかもう“生きてて何よりです”と言う他に言葉が出ない。

 見えている地雷というか、容器無しでそのままばら撒かれている火薬の塊って感じだ。危ないにしてももうちょっと形ってもんがあるだろよ。

 

 しかしこうなっちまったからには仕方ない。

 俺にできるのはこの自称外交官のアーレントさんをレゴールまで送り届けることだけだ。あとはもう貴族街に引き渡して、そっからは知らん。

 お節介を焼けたとしても、ギルドで色々と調べ物をしてやる程度か。

 

 ……ギルド、ギルドねぇ。

 

 俺にも一応兵士のツテはある。衛兵ともそこそこ仲が良いしな。アーレントさんの引き渡しはどうにかなるだろう。

 しかしその後がわからん。アーレントさんが無事に扱われるのか、貴族からどんな扱いを受けるのか……そこらへんは俺の手を離れ、どうすることもできない。戦争狂な貴族がアーレントさんの身柄を引き取ったらどうなるか。あまり良い想像はできないな。

 

 戦争に勝利してからというもの、ハルペリア貴族の間では戦争過激派なタカ派が勢いを増しているのだという。そういう奴らもレゴールの貴族街には潜んでいるかもしれない。

 だからなるべく、穏健派のハト派に引き合わせておきたい。一番は間違いなくレゴール伯爵なんだが、俺には全くツテがないからなぁ……他の貴族にも詳しくねえし……。

 

 ……アーレントさんがただの災難な旅行者なら、門番に引き渡すだけで良かった。あとは兵士がなんとかしてくれる。

 だが身包み剥がされた地雷要素満載の外交官なら話が別物になってくる。少しは気を回さないと半年ぶりの戦争が幕を開けてしまう。それだけは防がなきゃいけない。

 

 んー面倒だが、マシな貴族を探し出して引き合わせるか。

 貴族は嫌いだが、ミスったら戦争突入になり得る現状を思えばそうも言ってられねえ。

 

「ライナ。アーレントさん。ちょっと考えがあるから、ひとまず俺のいう通りにしてもらえるか」

「なんスかなんスか」

「わかった、そうしよう」

 

 いやまだ何も言ってないんだが? 外交官ならまず話を聞いてくれ? 

 

「街に入る際、ひとまずアーレントさんは旅行者扱いで街に入れる」

「えー……身分を偽るのはルールで禁止スよね」

「だからまぁ街に入るまではアーレントさんの素性を知らなかったことにする。知らなかったならしょうがねーだろ? それに、門番は気の良い連中も多いが、取り次ぐ先がまともかどうかがわからんからな。だから最初にギルドに接触する」

「……アーレントさんを安全にってことなら、まぁー……良いスけど。政治とかよくわかんないス。その点、ギルドは大丈夫なんスか?」

「ギルド長は貴族の繋がりが深そうだから万が一もあるし、なんとも言えないけどな。副長は平気だ。戦争嫌いの人ならそこそこ信用できる」

 

 ギルドは戦争に消極的だ。いや、好戦的なギルドマンが多いのは間違いないんだが、ギルドという組織そのものは戦争が好きではない。

 というのも、軍とはあまり仲良くないからだ。ギルドは軍に見下されてるし、戦争中は実質的な軍の指揮下に入る。これがなかなか、ギルドの人らからすると嫌みたいでな。人員が損耗するのもそうだし、やたらと低い扱われ方をするのだから当然だろう。

 

 もちろん仲が悪いとはいえ表向きいがみあっているわけでもないんだが……とにかく、ギルドに持ちかけてみれば俺の望む風に話を運んでくれるはずだ。

 ベイスンの自称ギルドマンの護衛についても調べなきゃいかん。どの道ギルドに掛け合うのが最善だろう。

 

「そういうことなら、私の武器は預かっておいてほしい。無駄に怪しまれたくはないからね」

「おお、言おうと思ってたところだ。悪いな、アーレントさん。……言うまでもないが、大人しくしててくれよ?」

「わかっているさ」

 

 不安だなぁ……。

 

 

 

 通りかかる馬車に声をかけ、乗せてもらうことはできた。

 東門での検問もあったが、アーレントさんについて深く追及されることもない。俺が演技指導するまでもなく、レゴールの街並みを眺めるアーレントさんのリアクションがあまりにも観光客のそれだったからだろう。俺たちがアーレントさんを紹介する前に、門番が“観光か?”と言ってくる始末だった。

 それにアーレントさんは“荷物を取られてしまって……”とすげー正直に答えたもんだから、完全に可哀想な観光客として扱われてしまった。

 

 ……俺はいざという時のために色々と嘘を考えていたのだが、アーレントさんはなんというか、嘘をつくことなく素直さで問題を解決できる人柄を持っているようだった。

 なんだかなぁ。これで実はサングレールからやってきた刺客なのだとしたら脱帽もんだわ。この毒気なさを演技で出せるなら俺はもう拍手でもなんでもしてやるよ。そのくらい、アーレントさんは純朴な人柄なのだった。

 

「ここがギルドな。俺たちはギルドで働くギルドマンってわけ。まーサングレールでいうプレイヤーみたいなもんかな」

「なるほど……立派な建物だなぁ」

「冬場は暖かいっスよ」

 

 驚くほど何事もなくギルドに到着し、中に入る。

 夕方前のギルドは報告にくる連中や酒を飲み始めてる奴らで賑わい始めていたが、俺と一緒に入ってきたアーレントさんを見て少しだけ静かになった。

 まぁ、目立つくらいにはマッチョだからな。アーレントさん。

 

「おいおいどうしたモングレル。依頼人か?」

「まーそんなもんだよ。おーいエレナ、ミレーヌさんいるかい?」

「ミレーヌさん今日は非番ですってば。今朝言いましたよ」

「えー。じゃあジェルトナさんいる?」

「副長でしたら資料室に」

「そうか、ありがとな。あ、ライナ。先に報告だけ出しといてくれるか? あと彼にエールを奢ってやってくれ、金は俺が出すよ」

「はーい」

 

 さりげなくを心掛け、資料室を目指す。

 なるべくアーレントさんの名前を出さず、要人でもないかのように。

 

「副長いるかい?」

「ん? ああ、モングレルか。今ちょっと手が離せないんだ」

「……要人を連れてきた。大きな声じゃ言えねえ。個室を用意してくれ」

 

 小声で言うと、ジェルトナさんはガラスペンを握る手を止めた。

 

「……要人ね。どのくらいの?」

「……本当にそうなら、多分まぁ、王族くらい」

「……」

 

 わかるよ。眉間を押さえたくなる気持ちは。

 

「バロアの森近くで置き引きされたところを保護してな。今は酒場でライナと待たせてる。50過ぎくらいのハゲたサングレール人のおっさんだ」

「……よし。もう言わなくて良い。別室に行こう」

 

 そのまま俺たちは酒場に移動した。

 

「観光のお話ですね? こちらへどうぞ」

「ん? 観光……あ、ああ。わかった」

「っス」

 

 一杯やろうとしてたライナとアーレントさんとまたさりげなーく連れ立って、個室へ。

 そこそこ込み入った話をするのに便利な機密性の高い応接間だ。

 

 部屋に入ってようやく……俺は肩の荷が降りた。

 ああ、やっと他人に丸投げできる。

 

「さて……モングレルの言うことだからあえて事情は聞かずに個室を用意した。ではまず……そちらの方に、事情をお聞きしたい」

「はぁ、事情ですか。では私の自己紹介から……」

 

 まぁ後はギルドの偉い人に任せて終わりってとこか。

 置き引きギルドマンの顛末は気になるが、その辺りの捜査までは俺は知れる立場でもなんでもないしなぁ……。

 

「私はアーレント。サングレールから来た外交使節……のようなものだ。私はこの手のことにとんと不得手ではあるが、ハルペリアとサングレールの国交を正常なものとするためならば命を惜しむつもりはない」

「ほお……外交官か」

「しかしここに来るまでの間に、ベイスンという街で雇った護衛のギルドマンによって、国から預かった書簡や私の荷物が盗まれてしまってね」

「ん?」

「水浴びをしていたところでやられたものだから、上着も取られてしまって危うく凍死しそうなところだったんだ」

「ほ、ほうほう?」

「それをなんとかこちらのモングレルさんとライナさんによって助けられ、ここまで案内されたと。そういうことなんだけども……」

「失礼、アーレント殿。モングレル、ちょっとこちらに」

「はい」

 

 椅子を離れ、副長に耳を貸す。

 

「……あのねぇ……何故門番に引き渡さず私のところに来た……!」

「いやぁ……副長に通した方が一番穏便に話がまとまりそうだったから……下手な貴族に掌握されると悪用されそうだし……」

「確かにそうかもしれんがね、限度ってものがあるでしょうが……! ああもう、今日は娘と約束してたのに……!」

「なんかすんません」

 

 けど現実逃避は良くないぜ。どう足掻いても爆弾は爆弾なんだ……。

 

「……ふぅ。失礼、アーレントさん。ギルドマンによって置き引きされたとのことですが、まずはその件についてより詳しい話をお伺いしたい。できれば出国から時系列順に、お願いできますかな」

「わかった。上手く説明できるか不安だが、なるべく時間に沿って話すことにしようか。私としてもできれば国から預かった書簡はなんとかしたい」

 

 さて、これでようやく話が進むか。

 すまねぇ副長。俺は副長と娘さんとの時間を犠牲にしてでも守りたいものがあるんだ……。

 

 

 



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込み入った話のバトンタッチ*

 

「まず私の立場から話しておかねばならないだろう。私はフラウホーフ教区出身で、元聖堂騎士団の一人だ。“白頭鷲”アーレントと言えばわかってもらえるだろうか」

 

 ん? 聖堂騎士団?

 白頭鷲?

 

「…………“白頭鷲”アーレント。うむ、うむ。まぁ、今はまだそれについてはいいとしましょう。続きを」

「フラウホーフ教区はハルペリアと領地を接している教区だ。フラウホーフでは数十年前までは強硬派も多かったが、今ではかなり少なくなっている。逆に近年はハルペリアとの悪関係を終わらせ、国境を現在の状態で確定し“聖戦”を終わらせようという勢力も増えてきた。私は、その勢力に属している」

 

 んー、聖戦を終わらせる、か。良いねぇ、是非ともそうしてもらいたい。

 

「今現在フラウホーフ大神殿の神殿長を務めていらっしゃるドニ神殿長は終戦派……つまり、“ハト派”だ。私も無益な争いは嫌いなので、ドニ神殿長の仕事を手伝っている。今回私がハルペリアにやってきたのは、ドニ神殿長からの書簡を預かったからだね」

「なるほど。謎のギルドマン達はそちらの一教区を束ねる神殿長が認めた書簡を奪ったと。ふむふむふむふむ。よしわかりました、続けて下さい」

 

 副長の目が死んでる……。

 

「私は年齢的な理由もあって既に聖堂騎士団からは脱退している身だが、ドニ神殿長は若く聡明な人でね。特別に聖務官として彼のお手伝いをさせてもらっているのさ」

「失礼、聖務官とは?」

「聖務官は……なんだろうね。私も詳しくないが、神殿長の補佐をする人という認識で構わないよ。それにきっと私は特殊な枠で雇われているだろうから、参考にもならないと思う」

「……なるほど、わかりました」

「書簡はハルペリアの貴族……ここレゴールにいるウィレム・ブラン・レゴール伯爵に宛てたものだった。内容の詳細までは知らないが、私はドニ神殿長から“友好関係を結ぶための第一歩”というような説明を受けている。……肝心の手紙が無いから実際の内容まではわからないが」

 

 ……確かにレゴールは栄えている街だ。けど最もサングレールに近いってわけでもない。

 それでも選ばれたのは、経済的に勢いがあるからか。あるいは他の理由か。

 

「私はフラウホーフ教区を出てスピキュール教区を通り、ハルペリアに入ってきた」

「スピキュール教区から……とすると、トワイス平野を通ったのですか」

「走ってね」

「……一人で? そもそも最初から誰も補佐官がついていなかったと?」

「もちろんだとも。私は頑丈だからね。一人の方が早く動けるのさ。……補佐がいなかったのは、ドニ神殿長がそうしろと仰っていたからだ。それについては詳しくは知らない」

 

 ええ……いや色々言いたいことあるけど……ドニ神殿長大丈夫なのか?

 思惑がわからん。いや、アーレントさんの身体能力を信頼していたからこそ一人で向かわせたのか?

 

 ……それでも補佐無しってなると……いや話を聞こう。

 

「ブラッドリーという領地では食べ物だけ買って、すぐにベイスンへ向かった」

「待ってください。国境は? 検問は?」

「? いや……無かったような気がするが……」

「そんなことはないですが……」

「神に誓って、兵士のような人から止められることはなかったよ。でも多分それは、私の通った道が悪かったのだと思う。トワイス平野付近では怪しい装いの連中からの襲撃に遭ってね。そのせいでわかりやすい道を逸れてしまったんだ。森を走ったりもしたから、兵士の目に止まることがなかったんだろうね」

 

 なんだろう。ツッコミどころを増やし続けるのやめてもらっていいですか?

 

「そのままベイスンの宿で一泊して、体を洗って、ご飯を食べて……うん、あそこの粥は美味しかった。食べ慣れない味だけど、良いね。レゴールでも食べられたら良いのだが。ああ、話の続きだったね。……ベイスンでも人から話を聞いて、レゴールまでの道のりを訪ねたんだよ。そこで、親切な人が“行くなら一人じゃなくギルドでギルドマンを雇いなさい”って教えてくれたんだが……」

「……雇ったギルドマンが問題だったと。その辺り、詳しくお願いできますか」

「もちろん。まず私がベイスンのギルドに向かうと、ギルドの近くに若者がいた。私は彼らに“ギルドで護衛任務を受けたいのだが”と訊くと、彼らが“だったら俺たちに任せてくれよ”と請け負ってくれたんだね」

 

 ……ん?

 

「失礼、アーレントさん。ギルドの中には入りましたか? 受付で正式な依頼は?」

「……正式な依頼……?」

 

 あっ。これは……もしかして。

 アーレントさんギルドの外で屯してた連中に直で話を持ちかけて“雇った”と思っちゃってるのか?

 

「……彼らが今すぐ行こうと言うから、それだけだね……手続きとかは特に何も……」

 

 Oh...

 

 いや、でもあれだ。“ギルドマンに扮したサングレールの諜報員”とかではなさそうで良かった。少なくとも誰かの悪意で故意にハメようとしたってわけじゃなさそうだ。

 アーレントさんが100%純粋にポカしたっていう汚点は残るがまぁまぁ……。

 

「……アーレントさんが雇った男たちの特徴は?」

「ブロンズの認識票をつけていたよ。星の数は1つが三人……あとは3つが一人かな。彼らは“月の騎士団”を名乗ってたよ」

「本当に“月の騎士団”と?」 

「うん、聞き間違いではないと思う」

 

 副長は口ひげを撫で、少しの間考え込んだ。

 

「……まず、ギルドマンのパーティー名に“騎士団”は使えません」

「え?」

 

 ああ、やっぱそうなんだ。俺もちょっとそこは引っかかってたんだよな。

 

「なんで駄目なんスか?」

「ふむ……ライナ君。“騎士団”とは国が持つ軍団を示す言葉だからだ。特に“騎士”は一応貴族位でもある。ギルドマンが無闇に名乗って良いものではない」

「あ、確かにそうっスね……」

「王とか神とかは良いんだけどな。軍団系はなんか厳しいって聞いたことあるぜ」

 

 パーティー名登録でそこらへん登録しようとして拒否られてしょんぼりしてる連中を何度も見たから間違いない。

 

「私の聞き間違いだったのだろうか……」

「いえ、しかしアーレントさんの雇った男たちが最初から荷物や金品を奪うことを前提に動いていたのだとすれば、正直にパーティー名を名乗ることもない。騙りだと考えるべきでしょう」

「……賑やかで気のいい若者達だと思っていたのだが、私にしてくれた話は全部嘘だったのかもしれないのか……」

「さあ、そうとも限りません。人はなかなか嘘を吐き続けることが苦手な生き物です。どれだけ悪どい人間であってもね。小悪党であれば重要な部分は隠すでしょうが、些細な部分ではむしろそのまま話している可能性は高いでしょう。“このくらいならばバレても問題ないだろう”とね」

 

 ジェルトナさんは棚から薄い羊皮紙を取り出し、ローテーブルの上に広げた。

 

「アーレントさんが“雇った”ギルドマン達について、詳しい情報を教えてください。外見、内面、道中で話したこと……何でもいいです。必ずや彼らを特定し、見つけ出してみせましょう。そして可能であれば書簡も奪還してみせます」

「……! ありがとう。うろ覚えな部分もあるが、できるだけ話すよ」

「その前に聞かせていただきたい」

 

 その時、ジェルトナさんの手が緊張し、腰の剣を意識したのがわかった。

 

「……貴方は本当に、“白頭鷲”アーレントなのですか?」

 

 ああ、そうだな。俺もそれは聞きたかった。

 

 “白頭鷲”アーレント。

 それはここハルペリアでも有名なサングレールの軍人だ。

 いや、向こう流の呼び方をするなら聖堂騎士か。

 

 剣を持たず、ナックルダスターだけで軍勢に立ち向かい、数々のハルペリア人を殴殺してきたという超危険人物。

 俺は直接その“白頭鷲”と出会ったことはないが、昔はその武勇伝をあちこちでよく聞かされたもんだった。しかし……。

 

「俺の記憶が定かなら、“白頭鷲”アーレントってのは確か……戦場で豊かな白髪を振り乱し……とか、そういう詩の一節があった気がするんだよなぁ……」

「また髪の話してる……」

「豊かな髪……ではなさそうっスけど……」

 

 白頭鷲というより、どちらかといえば禿鷲だな……。

 

「年月はね……とてもとても残酷なんだ。こう見えて私も昔はちゃんとフサフサしていてね……いや、今でも専用の装備を付けていれば頭も隠れるからちゃんと白頭鷲っぽくはなっているんだよ。私はいつまでも“白頭鷲”さ」

「……アーレントさん、本当はすっごい人だったんスか……でも、サングレールの……」

 

 ライナは……まぁ、そうだな。複雑だろうな。

 まだ子供だ。直近で戦争もあって、恐ろしいものや嫌なものだって色々見てきただろう。

 サングレール軍人相手に心を開けるわけもない。

 

「……うん、そうだね。サングレールの侵攻を受けている君たちからすると、私はとても凶悪な人間なのだと思う。許されるとも思っていない。同胞を喪う気持ちは、いつまで経っても癒やされないものさ。でも私は、理性だけでも前を向こうと思っている。私は残りの人生を全て……サングレールの“聖戦”を終わらせるために使うつもりなんだよ。それはどうか、信じて欲しい」

 

 アーレントさんはどこか悲しそうな目でライナを見つめていた。

 あと、その隣に居る俺も。……俺をそんな目で見られても困るけどな。

 

「……“白頭鷲”を証明できるものは、なにかありますか?」

「証明……うーむ、そういった物は全て盗られたから……あ、殴るのなら得意だ。殴ることなら任せてくれ。サングレールでは最も殴る力が強かったので、おそらくハルペリアでも最も強いと思う」

 

 筋肉認証かよ……。

 いや、でも確かに強さは証明みたいなところはあるからな……。

 

「……わかりました。ひとまず、置き引きしたギルドマンの情報を。そちらは早急に調査を入れさせていただきます。それが済み次第、修練場でアーレントさんの力を確認させていただきたい。ある程度の実力の持ち主であることが把握できれば、貴族街の方にも最低限の話ができると思いますので……」

「助かるよ」

「ただし、貴方の身柄は厳重に監視させていただきます。身一つで長年戦場を渡り歩いてきた貴方をこのレゴールに野放しにというわけにもいきませんから。書簡の件で進展が見られるまでの間、ある程度の拘束具を装着した上、軟禁させていただくことになるでしょう」

 

 軟禁か。まぁしょうがないよなこれは。本当に元聖堂騎士団の人間で、しかも“白頭鷲”だってんなら護衛が何人いても足りねえ。

 

「それは当然だ。厳重に拘束してもらっても構わない。……ただ、私が死ぬのはちょっと……」

「当然です。貴方が死ねば新たな戦争の火種になりかねません。我々ギルドは戦争を望んでいない。ただ安全確保のために拘束させていただくだけですよ。少しの間、辛抱を」

「……良かった」

「お好きな食事は出させていただきますのでね。色々な粥を味わっていただければ」

「おおー……!」

 

 粥が出るって言われて感嘆の声を上げるおっさん初めて見たかもしれん。

 

 ……しかし、これで話はまとまったかな?

 

「ふう……ご苦労だった、モングレル。それにライナ。さっきは色々言ったが、よくこの方を連れてきてくれた。状況がどうなるかはわからないが、ひとまずアーレントさんがならず者の手に渡らずに済んだことが喜ばしいよ」

「え、いやぁー、私は何もしてないっス」

「……まぁ俺も神殿長からの書簡だとか“白頭鷲”だとかは初めて聞いたけどな。驚いたぜ」

「すまない。隠すつもりはなかったんだが……」

「ああ、良いんですよアーレントさん。……まぁ俺たちの仕事はここまでってことで」

「うむ。ご苦労だった。今回の件については……裏の方で特別な報酬を渡しておこう。モングレルはどうせ金目の物で良いんだろう?」

「やったぜ」

 

 さすがジェルトナさんだ。話の分かる人で良かったぜ。

 

「あ、じゃあ私もそういうのでお願いしたいっス」

「ふむ? そうか。まぁどの道これは裏の報酬だからね、金品という形にはなってしまう。ライナもよくやってくれた。これからも真面目に頼むよ」

「はい!」

 

 はー終わった終わった。

 いやまぁアーレントさんの書簡とか諸々はまだ全然残っているんだろうけど、俺たちの手はもう離れたな。

 

「じゃあ副長、俺らはここらへんで戻りますよ。あまり込み入った話を聞きすぎるのもなんだしさ」

「そうか。じゃあ酒場で飲むと良い。二人の今日の分は出してやる。だがもちろん、今日のことは極秘だからね」

「マジっスか! やったぁ!」

「よっしゃ行こうぜライナ! 食い溜めするぞ食い溜め!」

「ちょ、ちょっとは遠慮しなきゃ駄目だと思うっス!」

 

 馬鹿野郎他人の金で食う飯の美味さは最高だぞ。

 上司の財布から出てる金に集るくらいのメンタルがなきゃこの先やってけないぞライナ!

 

「……ギルドの酒場かぁ。良いなぁ……」

「……アーレントさんも、聴取が済み次第ギルドで食べて行かれると良いですよ。粗野な連中ばかりですからあれですが、モングレルと一緒の席なら安全でしょうから」

「良いのかい? ……今はちょっと、お金が無いのだが」

「ああ、気にせずどうぞ。寝泊まりもしばらくはこのギルドでよろしくお願いします。貴族用の拘置部屋があるので、そちらでお休みになってください。拘置部屋ではありますが、内装は悪いものではないのでご安心を」

 

 やれやれ。アーレントさんも衣食住がなんとかなりそうで何よりだ。

 今日は暖かい所で眠れそうで良かったな、アーレントさん。

 

 

 

「乾杯」

「乾杯っス」

 

 ギルドの酒場で適当に色々と注文し、ライナも飲み食いしている。

 金はギルド持ちなのでいつもより豪華なテーブルだ。いやー、厄ネタのオンパレードだったが終わり良ければ全て良しだな。

 

「……モングレル先輩って、なんか政治とか、そういう話も詳しいんスね」

「あー? 政治? 政治かー……まぁそうなのか?」

「私、今日の話はなにがなんだかよくわからなかったスもん」

 

 ライナに言われてみて、どうだろうと思う。

 しかしこの世界じゃ政治というのは貴族がやるものだ。町や村の代官だって貴族の縁者であることがほとんどのこのハルペリアでは、一般市民が政治に触れることは確かに無いだろう。

 そういった意味じゃ、前世でそれっぽい政治の話を聞き齧ることの多かった俺は感覚的にリードしていると言っても良いのだろうか。

 

「まぁそうだな。大人になればわかる……とまでは言えないが、少しずつわかってくることはあると思うぜ。俺だって全部が全部わかるわけじゃないしさ。やったことねえもん」

「スよねぇ……」

「けど政治だからってそう難しく考えることはないと思うんだよな。今のシーナだって、“アルテミス”っていう小さな国を取りまとめてる王様みたいなもんだろ。パーティーリーダーっていう仕事も政治に近いんじゃないか」

「そうなんスか?」

「集団を取りまとめて動く、動かす。それはもう政治だよな。まぁ、国ともなれば複雑さは段違いなんだろうけどよ。ライナも将来パーティーリーダーとかになったら、そういう政治的センスみたいなものを身につけるかもしれないな」

「ぬー」

 

 あ、ライナ。そのエールをぶくぶくするのやめなさい。行儀悪いぞ。

 

「……やっぱり私は、鳥とか撃って生活してたいっスよ」

「今日みたいなやつか」

「……モングレル先輩は、どうスか」

「俺か。まぁ俺は……」

 

 ポケットから石ころを取り出す。

 セディバードの体内から出てきた貝殻の結晶……のようなもの。

 しかしこれは聞いていたよりもずっと素朴で、宝石みたいな感じではまったくない。むしろちょっと小汚い感じの石だ。

 どうも俺たちが狩ったセディバードは食性の問題か、綺麗な貝殻を腹に溜めていなかったらしい。綺麗な石なら一攫千金……まぁ、一攫千金って言われているだけはあって、大抵はこんな感じのゴミみたいな石ころなんだろうなぁ。

 

 けど、こういう地味な色合いの生活を続けていくのも俺は好きなんだよ。

 

「俺もライナと似たようなもんだな。たまーに森に行って魔物しばいて飯食って。そういう生活が一番だよ」

「っスか」

「っすよ」

 

 互いにエールを飲み干して、俺とライナは笑い合った。

 

「……でもさ。今日みたいな誰かの奢りって日が十日に一回くらいはあって欲しくねえか?」

「あ、それはわかるっス」

 

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、モングレルのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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狩猟本能の捌け口

 

 アーレントさんの第一発見者だからといって、俺とライナはまだまだ下っ端のギルドマンだ。

 それからの話は特に報告されることもないし、こっそり伝えられるものでもない。元々が極秘の話でもあったしな。

 

 けれども、ここ最近のギルドの妙な来客を見ていると、“やっぱマジだったんだな”と察せられるだけの材料は揃っているように思われた。

 

 

 

「……また“月下の死神”が来てらぁ。いやー、怖いねぇ」

 

 バルガーがギルドの片隅にいる黒いローブを見て軽口を叩いた。

 “月下の死神”はこの国の最強戦力と言われている。そんな奴らが、普段いるはずもないギルドにいる。これは十分異常事態だが、それも数日続けば冗談交じりにもなってしまうわけだ。

 

「また戦争でもあるのかねぇ……」

 

 染み入るようなバルガーのぼやきだが、俺はなんとなくそうはならないだろうとは思っている。

 多分この物々しい人の出入りは、副長が色々と手回しした結果起きてるものなんだろうしな。

 修練場でどんな風にアーレントさんを“白頭鷲”だと判別したのかは知らないが、上の人らが“こりゃ間違いねえな”と思うだけの何かがあったんだろう。で、色々と動き始めたと。

 

 なるほど大変そうだ。

 まぁ、そこらへんは偉い人達に任せておくぜ……頑張ってくれよな!

 

「戦争……起こるのかな。僕はなんというか、戦争というと間を開けて起こるものだと思っているんだけど」

「ねー。前のは楽勝だったみたいだし、しばらくないと思うんだけどなー」

 

 今日はバルガーの他に男連中も同席している。

 レオとウルリカだ。なんとなくバルガーと一緒にウルリカがいるのは珍しい気がするな。

 二人は他の“アルテミス”のメンバーがちょっとした仕事で出ているので、ギルドでお留守番になっているらしい。女性専用クエストでも受けてるのかね。

 

「レオとウルリカは若いなぁ。まぁ以前のが七年くらい前だっけか。そのくらいだったしわからんでもねえが。モングレルはわかるだろ? 戦争なんてその前はちょくちょくあったよな?」

「あったあった。おかしいのはむしろ最近だと思ったほうが良いぜ、二人とも。最近が少なすぎるんだ」

「……そうなのか」

「うぇー。やだなぁ戦争」

 

 サングレールにもっと余裕があれば毎年起きてもおかしくないくらいだ。相手が農業国じゃなくてマジで良かったと思う。

 まぁ逆に山が無かったらハルペリアが逆撃して攻め滅ぼしていたような気もするけどな。

 ただ昔は逆侵攻を試した事もあったらしい。その時はこっぴどくやられたそうである。馬も入れねえんじゃ大変だったろうなぁ。

 

「嫌だ嫌だとは皆言うが、行かなきゃならねえのが戦争なんだよな……そういやそっちのアルテミスではどうなんだ。俺はモングレルほど話聞いてないんだが、ちゃんと対人訓練してるのか」

 

 バルガー、俺はそんな真面目なことわざわざ訊かないぜ!

 

「弓は対人って言うほどやることないからなぁー。あ、でもレオはやってるよ、対人訓練っていうか、打ち合い? ゴリリアーナさんとねー」

「うん。ゴリリアーナさんはとても太刀筋が良いから練習になるよ。一対一ばかりで集団戦はないけどね……」

「あーあー、いいんだよ集団戦なんざ。一対一がまともにできてからの話だそんなもんは。……けどレオはあれだろ、二刀流だろ。重量武器を受け止めるのはどうしてるんだ。お前“鉄壁(フォートレス)”とか持ってるタイプじゃないだろ」

 

 おいおい、随分突っ込むじゃねえかバルガー。

 

「あんまり人のスキルを訊くんじゃねえよ……」

「うるせぇ。何持ってるのかわからなきゃ助言もできねえだろが。皆お前みたいな秘密主義者とは違うんだよ」

 

 そう言われると何も反論できねえ。

 

「いや、同じギルドマン相手に隠すつもりはないよ。……そうだね、僕に“鉄壁(フォートレス)”は無い。だから重めの一撃を振り下ろされるとどうしても二刀を使って十字に受け止めるしかないんだ」

「スキルで受け止められないなら厳しいな。サングレールの一撃は重いぞ」

「……うん、そう聞いてる。だからなるべく受け止めないよう、回避に専念してるよ」

「そうか……連携が厳しくなるな」

「同じことをアレックスさんにも言われたよ。どうにかしたいとは思ってるんだけどね……」

 

 回避盾。回避アタッカー。現代的な感覚で聞けば超高火力の尖ったアタッカーて感じの役職だが、戦争中はほとんど歓迎されないスタイルだ。

 なにせ戦争は一人でやらんしな。ある程度の人数が横並びになってやるもんだ。そんな中じゃ蝶のように舞ってなんつー芸当はそれそのものが難しくなる。蜂のように刺したい奴にはなかなか難しい場所だわな。

 

「矢除けのスキルは二種類もあるんだけどな……」

「二つ? おいおい、風系が二つってことかよ。すげぇな。モングレル、風二つはレゴールには居なかったよな?」

「居ないな。聞いたこともない。……へー、レオはなかなかスキルに恵まれてるじゃないか」

「そ、そうかな。うん、ありがとう。自分には合ってると思ってるから、気に入ってはいるんだ……」

 

 前に見せた“風の鎧(シルフィード)”と……じゃあもう一つは“風刃剣(エアブレイド)”か。

 良いな属性剣。俺は水刃剣(アクアブレイド)が欲しかったぜ……ちょびっと水分補給できるし……。

 

「むー。私の地味なスキルと違って良いよねーレオは」

「い、いや。ウルリカのは地味ではないでしょ……」

「地味でしょー、補助と“強射”だよ? あーあ、3つ目早く欲しいなー。さっさと春来ないかなー」

 

 ウルリカがテーブルの上に突っ伏して駄々を捏ねはじめた。

 ……おい、さりげなく俺のエール取ろうとするんじゃない。

 

「冬場は魔物を殺せないから停滞感がどうしてもあるからなぁ……金もねぇし焦りばかりが募る嫌な季節だ」

「バルガーの金がねぇのは娼館絡みだろ」

「うるせぇ。娼館と賭場だ」

「尚の事悪いわ」

 

 まぁギルドマンは魔物を退治しないことにはスキルも生えて来ないしな。

 ストイックにやってる奴ほどこの季節に焦りが生まれるのはわからないでもない。まぁ俺はその焦りを想像する他ないんだが。

 

「そうだ、二人とも知ってるか? 対人訓練をやってると少しずつだが魔物を退治しているのと同じような積み重ねが得られるんだ」

「え、そうなんだ……僕は知らなかったな、それ」

「私は知ってるよぉー。でもそれ、私弓だから無理じゃん。人撃てないしさー」

「矢除けできるレオを撃ってりゃいいだろ?」

「バルガーそれな、綺麗に防がれちゃ意味ねえらしいぞ。だから矢除けで完全に防御されてるとどうにもならないそうだ」

「あ、そうなの? じゃこれ駄目だな」

 

 そんなこと言って、バルガーは話が終わったかのようにエールを飲み始めた。

 おいおい、適当だなお前。

 

「あーもう、的あてだけじゃ強くなれないよぉー!」

「ウルリカ……僕が鎧着て受ければ大丈夫かな……?」

「馬鹿レオお前そこまでするなよ。危ねえだろ。そういうのは身体強化ができる頑丈な奴にやらせないとだな……」

「あ」

 

 ウルリカが俺をじっと見ている。

 

 ……いやいや。

 

「いや俺もさすがに撃たれるのは嫌だぞ?」

「……嫌なの? なんで……? 私がこんなに可哀想にしてるのに……」

「痛いから」

「……私にはあんなに痛くしたくせに……」

「なっ……モングレルさん、やっぱりウルリカに何かしてるんじゃ……!?」

「おいおいモングレル、手ぇ出したのか? やるなぁお前。ライナちゃん泣いちゃうぞ?」

「待て待て、何か早急に解決しなきゃいけないタイプの誤解が生まれてるぞ。……わかったウルリカ、少しだけな。少しだけ手伝ってやる。だからそういう紛らわしい言い方をやめろ」

「やった!」

 

 このガキ……いい笑顔しやがって……。

 

「なんだ修羅場になんねーのか……つまんね」

「おいバルガー。ベテランギルドマンなら一緒にレオの対人訓練手伝ってやれや」

「酒飲んだ後だから無理だぁ俺は」

「嘘つけいつも酒飲んでるだろ。さっさと行くぞ。道連れだ」

「ぐぇ、いててて。わかった、わかったから引っ張るなよ」

 

 うるせぇおっさん。いつもこういう時“酔ってて立ち上がれねえ”とか言って数分ゴネるんだろ。知ってんだよ俺は。今日はさせねえからな。

 

「……なんかモングレルさんとバルガーさんって仲良いよねー」

「うん。いい友人って感じがする」

「私達も行こっか。ふふふー、モングレルさん撃っちゃお」

「……強く撃つのはやめてあげなよ?」

「えー? どうしようかなー」

 

 

 

 修練場にやってきた。

 まぁ、用意するものは鎧くらいのもんだ。人の使った汗臭い鎧なんて好んで着けたくもないが、今から矢を撃たれるとなればそうも言ってられん。

 練習用の先の柔らかな矢とはいえ、速度は一緒だ。当たる所に当たれば失明することもあるだろうし、股を抑えてうずくまることにもなるだろう。念のためのガードは大切だ。

 

 ……いやまぁでもやっぱ臭いから胴鎧とヘルムだけにしておくか。こいつらが一番臭いがマシだわ。

 

「モングレルさーん、そんなんで良いのー?」

 

 遠くの方からウルリカの声がする。実戦的な距離だ。森の中というよりは平地を意識してる距離かな。このくらいの距離で当てられれば戦場でも役立つだろう。まぁ戦場にしちゃ近すぎる距離ではあるが、修練場の限界だな。

 

「おー、良いぞー。どんどん撃ってこーい」

「……うわー、モングレルさん撃っちゃうんだ……なんか不思議な気分……」

 

 既に修練場の片隅ではバルガーとレオが打ち合いをしている。盾と短槍の堅実な攻めに、レオはやや苦戦気味のようだ。

 防御は上手いからなぁバルガー。

 

「うおっ」

 

 なんてこと考えている間に、矢が到来した。

 矢は思いの外早く俺の胸元に到来し、ゴッと良い感じの音を立てて地面に落ちる。

 ……真正面から受けるとわりとインパクトあるな。こりゃ鏃付けてたらつえーわ。

 

「まだまだ行くよー」

「おー」

 

 ウルリカが撃ってくる間、俺はその矢に向かって模擬刀を突き出して防御を試みてみる。

 剣による突きだ。突きで真正面からくる矢を撃ち落とそうと頑張っている。が、まぁ無理だな。さすがに当たる気がしねぇ。

 俺がスタイリッシュに突き出す後にボスッと矢が体に命中している。実戦でやったらすげーかっこ悪いだろうな。

 

「肩、胸、腹、脚……モングレルさん、もう何度も死んじゃってるよ……」

 

 次々に矢が飛んでくる。どんどん当たる。

 いやー、こりゃ厳しいな。身体強化全開でも鏃アリを防げるかは大分怪しいわ。

 

「……ねーねーモングレルさーん、補助スキルだけ使うねー?」

「おー、良いぞー」

「……良いんだ……じゃあ……“弱点看破(ウィークサーチ)”……」

 

 遠くのウルリカの目が仄かに光っている。

 生き物の弱点を見つける補助スキル。乱戦中に刺突武器を使う時なんかでも活躍できそうなスキルだよな。人によっては重宝するかもしれん。

 

「あ、見える……モングレルさんの弱い所……そっか、へえ……」

「おーい、撃っていいぞー」

「! わかったー!」

「うおっ!?」

 

 それから良い所に飛んでくるようになった矢の対処に苦労して、暫くの間ウルリカの射撃訓練に付き合ってやった。

 まぁ軽い対人戦っていうだけだから案の定これだけでスキルが生えてくるなんてことはなかったが、ウルリカは矢を沢山撃てて満足したらしい。

 俺はビシビシ当たってそこそこ痛かったぞ。

 

「はぁ、はぁ……駄目だ……若い奴の動きにはもう、ついていけん……!」

「ご、ごめん。バルガーさん……」

 

 レオの相手をしていたバルガーは逆に稽古付けられたみたいな汗のかき方しててウケた。

 まぁ酒飲んだ後の運動は辛かろうよ……。

 

 



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春前の任務受注

 

 春目前。気の早い商売人らは既に動き出し、通りが賑やかな季節になりつつある。

 啓蟄したバッタどもを安全靴で蹴っ飛ばして二度寝させる仕事が始まるぜ……。

 

 まぁパイクホッパーが湧き出すにはもうちょいかかるだろうけどな。もうしばらくは平和が続くだろうか。

 しばらくはポコポコと現れ始める小物を相手に順次ちまちました討伐で小銭稼ぎって感じかなぁ。山菜取りの気分でやれるからこれはこれで面白いんだが、いかんせん稼ぎが少ない。

 これから物流も活発化して買い物が楽しくなるから、もっと金がいる。拡張区画の工事の手伝いもやってはいるが、キツめの力仕事のくせしてあまり金にならねぇんだよな……。

 

 あーあ、どっかに良い仕事転がってないものか。

 

 別に楽じゃなくても良いから飽きないタイプの仕事が良いな。

 

 

 

「ここがギルドですかぁー」

「お? おお? おーなんだなんだ、ケンさんじゃないすか」

 

 緊急依頼が舞い込んでこねーかなとギルドで張ってたある日、入り口から見覚えのある顔が入ってきた。

 ケンさんである。ギルドに入ってくるようなタイプの人ではないと思ってたので、なんだかすげぇ意外だ。

 

「どなたです? モングレルさんのお知り合いですか?」

「お、アレックスは知らないのか。この人はケンさん。レゴールで美味い菓子屋をやってる人だよ」

「へぇ、お菓子職人さんでしたか。僕あまり食べないので知らなかったです。なんというか、モングレルさんにしては随分と普通なお知り合いですねぇ」

「お、喧嘩か?」

「レゴールに住んでるのに私のお菓子の存在を知らないのですか……? 一体どうしてレゴールに住まわれているので……?」

「あれっ!? この方あまり普通じゃない感じですか!?」

「わりと頭のリベット飛んでる人だぞ」

 

 特に自分の菓子に対する自信がヤバい。いやすげー美味いけどね。

 

「しかしケンさん、なんだってギルドに? バロアの森の奥地に幻の食材があるとかならわかりますけど」

 

 お菓子作りに対してストイックなケンさんならそれもあり得るだろう。クオリティのためなら原材料費を度外視しそうな凄みがあるからな……。

 

「いえいえ、私がここに来たのは護衛依頼を出すためですよ。護衛ってギルドで雇えるんですよね?」

「そりゃまぁ雇えますけど……って、なんで護衛。まさかケンさん、店に変な奴が入ったりしてんのか」

「ぬふふ、まさかそんなことはないですよぉ。実は色々あって、私一度王都に行くことになりまして。相乗りせず個別馬車で行くのでそのための護衛が必要なのですよ」

 

 ああ良かった、不穏な事があったわけじゃないのか。

 わりと敵作っててもおかしくない言動が多いから万が一があり得るんだよなケンさん。

 

 しかし王都か……しかも個別馬車。なるほど、まあそのための護衛ならわからんでもない。相乗りと違って大人数で守りを固めてるわけじゃないから、護衛がいるんだよな。

 

「あ、どうせならモングレルさんいかがです? 護衛」

「え? 俺がケンさんの護衛かい?」

「おー、モングレルさん良かったですね。指名依頼じゃないですか」

「ぬふふ、私もモングレルさんなら安心して任せられますからねぇ。何よりお菓子に理解がある。それが最も大事なのです」

「いやぁ大事なのは護衛としての戦力だと思うが……まぁそういう意味でも俺を選んだのは間違いないけどな?」

「二人とも自信家ですねぇ……」

 

 俺としても頼られるのは悪い気はしない。いや普通に嬉しい。

 ケンさんも今じゃ有名菓子店の店長。重要人物だ。ケンさんを守るためなら一肌脱いでやるさ。それに、俺はケンさんのお店のコンサルタントだしな……! 

 

「ただモングレルさんお一人では少ないので、後一人か二人護衛を雇いたいのですが……そちらの方はいかがです? モングレルさんのお友達でしょう。護衛依頼を受けていただけますか?」

 

 ケンさんはアレックスにも声をかけてきた。

 が、アレックスの表情は渋い。

 

「あー……すみません。僕の所属するパーティーはこの時期から広範囲の討伐でかかりきりになりますから、王都はちょっと……」

「おや、それは残念ですな」

 

 大地の盾は馬を使って駆けずり回る季節だもんな。個別の護衛を受ける暇は無いだろう。

 

「……じゃあなんだ、ケンさん。俺は護衛大丈夫だから受付行って来なよ。あの綺麗な人に任務の発注について話せば奥の部屋に通してくれるからな。そこで料金とか期間とか俺の指名とか、色々打ち合わせしてきてくれ。あ、報酬は相場の一割くらいまでなら安くしてくれても良いよ」

「ぬふふ、お気持ちだけ受け取っておきますよ。わかりました。ではギルドの方にお話ししてきますね」

 

 そう言って、ケンさんは受付のミレーヌさんのところへフラフラ歩いて行った。

 

 任務の発注。受注があるのだから当然発注もあるわけで。

 ギルドとしてはまぁ依頼側にはとても親切だから、良いように計らってもらえるだろう。

 

「インブリウムか……アレックス、王都は行ったことあるだろ?」

「まぁはい、ありますよ。任務でも行きますし買い物もしますから」

「最近行ったか?」

「護衛もありますからね、年に何回かは……どうしてそんなことを?」

「いやな、最近の王都のトレンドってやつを履修しておきたくてな。王都に行って浮くのは嫌だろ?」

「その発想自体がお上りって感じですけど……」

 

 ほっとけ。俺からしてみりゃお前ら全員原始人じゃ。

 

「そうですねぇ……やはり王都でもレゴールのような発明品評会が盛んですかね」

「は? マジか、それ王都でもやってんの」

「やってますよ。レゴールに追いつけ追い越せですかね。懸賞金があったり、色々とやってるみたいです。名の通った発明家には貴族もよくお金を出してますからね」

「ほー、王都もなかなかわかってきたじゃねえの。そうだよ、やっぱ発明こそが世の中を豊かにしていくんだよな」

「うーん……同意できるけどモングレルさんにはなんとなく同意したくないような……」

「こら、アレックスお前はもっと素直になれ」

「同意したくない……」

「お前の心は汚れてるぞ」

 

 発明は人類の進歩そのものだ。停滞に良いことはない。誰かがバカやってなんかすげーこと見つけることに勝るものはないんだよ。

 インブリウムはその点かなり保守派だったがそうか、発明の楽しさに目覚めたか。

 

「首都か……堅苦しい都市だが、たまには遊んでみるか」

「お土産ありますか?」

「土産なぁ。食い物はたいしたことないしなぁ。あ、インブリウムの魔除け香木とかどうだ」

「あ、良いですねそれ」

 

 魔除け香木。魔除けの薬草を香木に染み込ませたインブリウムの特産品だ。

 わりとお香の文化も発達しているのか、ハルペリアでは奥ゆかしい香りを楽しむ文化がそこそこ発達している。

 沈香苔石なんかもそのひとつだな。俺はその香りを良い物だとは思ったことはないんだが、文化としては良い香り扱いされているらしい。

 ちなみに匂いは薬局の漢方みたいな匂いがする。ドクターペッパーを5倍濃縮した感じ。

 

「香り付けされてると依頼主の受けもいい感じですからねぇ」

「金持ちの依頼主ならそうかもなぁ。普段はそんな匂いなんて気にしねえよ」

 

 文化的な違いもあるんだろうな。俺はあまり香木の香りは好きじゃない。

 前世で言えば伽羅とか新伽羅とかかね。実際当時の香木もどうなんだろうって感じではあるが。

 

 

 

「モングレルさん、依頼を発注してきましたよ」

「おおケンさんマジかー、俺は受けますよ。王都くらいだったら道中快適で余裕だし」

「ええ、よろしくお願いしますね! まぁ王都での予定も数日ありますけど」

「おーなるほど……え? 数日?」

 

 それはちょっと未確認情報だわ。

 

「ぬふふ、詳しいことはここでは言えませんよモングレルさん。ただ護衛の日数が数日になることだけ覚悟していてくださいね」

 

 いやぁまじか。数日か。……まぁせっかく王都に行くなら数日時間を潰してもしゃーないか。

 

「……あとで詳しい任務の日程、教えてもらえます?」

「ええ、もちろんですよ。ぬふふ、モングレルさんも喜びますよぉ……」

 

 なんかすげぇ早まった感があるけど……ケンさんほどの人がそう言うなら……。

 

「モングレルさんが王都ですか……なんか似合いませんね」

「アレックス、お前はお土産無しだ」

「モングレルさんは都会派ですね」

「お前結構調子いいな……」

 



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二人目の便利な随行員

 

 王都インブリウムはハルペリアの全ての田舎者にとって憧れの地だが、同じくらいの挫折の地でもある。

 レゴールが近年活気を増したことで地方から若者がポコポコと一旗揚げにやってきたが、王都は常にそんなお上りさん達でいっぱいだ。

 そして王都ではお上りさんを相手にした詐欺まがいのぼったくり商売が色々ある。観光案内やらキャッチやらはまだマシだが、薬草商売なんかでなけなしの金を失う若者は非常に多い。

 小銭を握らされて故郷を追い出されたガキが速攻で有り金をだまし取られてスラム行き……そんな話も珍しくはないのだ。王都はマジで怖い。特に商売人が怖い。

 

 あと王都の商売人はみんな性格が悪い。俺みたいなサングレール人のハーフには露骨に悪い態度を取ってくる。正直そこらへんが一番ダルい。

 今更人種に関係することで中傷されてナイーブになるような俺じゃないが、買い物でいちいち交渉難易度が上がるのはシンプルに面倒なんだ。それがあって俺はあまり王都が好きじゃない。

 

 好きじゃないけどまぁ、別に絶対行きたくないって程でもない。

 ケンさんが頼ってくれるなら王都行きでも喜んで護衛はするさ。重ね重ね好きじゃないけども。

 

 

 

「へぇ、王都のお貴族様にお菓子を振る舞うんですか。スゲーじゃないですか」

「ぬふふ、しかもレゴール伯爵直々のご指名ですからねぇ。レゴールを代表する菓子職人として、王都で再び私が腕を振るうわけなのですよ」

 

 ギルドの別室で話を聞くと、内容は俺が思っていた以上に大規模なものだった。

 かいつまんで説明すると、ケンさんはレゴール伯爵から“王都にいる貴族に美味しいお菓子を振る舞いたいので良い感じのもん作ってくれ”と依頼されたそうだ。

 前にケンさんが言っていたお菓子コンペでの活躍を見込まれたのである。つまりアイスクリームだ。

 

 やべーなー、俺もついに異世界でアイスクリームを作って成り上がっちまうのかー。

 まぁ成り上がるのは俺じゃなくてケンさんだけども……。

 

「モングレルさんから教わったレシピに独自の改良を加えまして、様々な味のアイスクリームを作りました。前回伯爵様からお褒めいただいたアイスなどは、モングレルさんと試作したものとは大分違っていると思いますよ」

「マジですか。気になるなぁ……それってお店で出したりはしないんですか?」

「さすがに原材料費が高く付くので、店で売り出すのは難しいでしょうねぇ……あくまでお貴族様用のお菓子ですな。それにこれからは氷も高くなっていきますから、アイス自体も提供は難しいでしょうね」

 

 あー、まぁそうか。冷蔵技術がアレだもんな。

 夏にこそキンキンのアイスを食べたいもんだが……まだまだ贅沢か。

 

「しかし王都では大きな氷室もありますし、場所によっては魔法使いによって低温を保っている食料庫もあります。向こうではふんだんに材料を使えますから、色々と試せますよ。ぬふふ」

「楽しそうだなぁケンさん」

「ええそれはもう、久々の王都ですからね。……レゴール伯爵の食事会の数日前に王都入りして、材料を吟味したいところです。ある程度の要望はレゴール伯爵付きの料理長に話して用意していただけるそうですが、一般的な食材に限られるでしょうから。完璧を目指すのであればやはり、自分の目で選ばなければなりません」

 

 ストイックな料理人だ……。

 妥協の無さがマジで料理漫画の世界の人なんだよな。

 

「まぁケンさんの菓子作りはわかったよ。護衛の話に戻りますけど、護衛はレゴールから王都までの道中、そして王都内の散策、ついでに荷物持ち。これで良いんですね?」

「ええ。私はあまり旅の経験も無いですし、お金を持って王都を歩き回る都合上万全を期しておきたいですから。少々長くなりますが、よろしいですかな?」

「これだけジェリーを貰えるなら不満なんて無いですよ。是非やらせてください。俺も腕っぷしには自信があるので、必ずケンさんを守り抜いてみせます。もちろん、荷物持ちも」

「おお、頼もしい! モングレルさんがいると心強いなぁ」

 

 纏まった金が貰える良い機会だ。逃す手は無いぜ。

 それに俺もケンさんと一緒に色々食材見て回りたいしな。ケンさんが一緒なら知らない食材でも解説してくれそうだ。

 へへへ……レゴールに帰る頃には荷物が膨れ上がってそうだぜ……。

 

「ただ、やはりモングレルさんの他にもう一人護衛が欲しいところですね……」

「あー、まぁ交代で気を張れるようにした方が俺としても良いと思いますけどね。護衛費用もばかになりませんよ? お金は大丈夫なんですか?」

「ええ、お金はいくらでもありますから」

 

 すげー、一昔前のケンさんからは想像できない成り上がり方だ。

 しかもケンさんあまりお金に執着してないからすげーわ。この人本当にお菓子作りにしかお金使ってない気がする。

 

「できれば魔法使いが良いですな」

「魔法使い? それはまたどうしてです?」

「水魔法と火魔法が使えればお菓子の試作が楽になりますからねぇ。特に水魔法は助かりますよぉ」

「あーまぁ確かにそうですね。けど魔法使いかぁ。護衛になるような魔法使いは結構高いですよ?」

「お金はいくらでもありますから。モングレルさん、どなたか魔法使いのギルドマンでおすすめの方はいらっしゃいませんか?」

 

 ケンさん最初からお金で頬叩く前提でいやがるぜ……。

 うーん、そうだな……まぁそりゃ魔法使いの知り合いは多いけども……。

 

「火と水を一人で使えるというと真っ先に思い浮かぶのはサリーって奴なんですけどね。あいつ大体なんでも使えるんで」

「おお、じゃあその方にしましょう」

「いやいや即決過ぎますって。そのサリーって奴はゴールド3なんですよ」

「ゴールドですと高くつくのでしたっけ」

「……はっきり言って桁が違うんじゃないすかねぇ。しかもサリーは“若木の杖”を率いてる団長ですしね」

「なるほど。まぁでもお金に糸目はつけませんから」

「そればっかりだなケンさん! さすがに護衛にしては過剰じゃねぇかなぁ……」

「けど火魔法使いと水魔法使いを個別に二人雇うよりはお得ですよね?」

「そうかなぁ……そうかも……」

 

 そりゃ二人分の人件費よりはあれだけども……けど水魔法はともかく火魔法はあんま使わないと思うんだけどな……?

 

「うーんケンさんが良いなら構わないんだが……本人に聞いてみたほうが良いだろうなぁ」

「そのサリーさんという方に話を通して貰っても良いですか?」

「マジなんだなケンさん……わかった。じゃあちょっとサリーに聞いてみるよ。ただ“若木の杖”も忙しいだろうから、駄目かもしれないってことだけは覚悟しておいた方が良いですよ」

「その方が駄目だった場合は火と水の魔法使いを一人ずつ探しましょうか」

 

 覚悟決まってんなぁ……。

 

 

 

 個室から出て、ギルドのロビーに出る。

 すると酒場の片隅でサリーたち“若木の杖”がお茶を飲んでいるところを目撃した。

 ちょうどいい。運良く居てくれて助かったぜ。

 

「おーいサリー」

「ん? なんだいモングレル」

「“若木の杖”じゃなくてサリー個人の指名で護衛の依頼があるんだけどさ。五日後出発で、レゴールから王都までの道中と王都内数日の護衛なんだけど、どうよ」

 

 サリー個人への指名ということで、パーティー内はちょっとざわついた。

 

「団長一人で向かわせるのは危ないんじゃ?」

「護衛対象の人を怒らせそうで怖いわね……」

「予定はまだ決まってないけど、サリーさんだけかぁ」

「母だけが護衛なんて……心配ですね」

 

 うん。サリーもパーティー内で慕われてるんだか慕われてないんだかよくわからないな。

 

「まだパーティーとして動く予定は無いし、僕としては報酬が満足いくものであれば構わないけど。詳しい話を聞いてみないことには返答が難しいね」

「じゃあ個室来てくれよ。依頼人と話してみてくれ」

「そうしようか」

 

 

 

 というわけでサリーを伴って個室へと戻ってきた。

 

「やあどうも、私はケンと申します。菓子職人です」

「僕はサリー。護衛依頼ということだけど、任務の危険度にもよるね」

「危険度ですか。王都では私の才能を羨む人も多いのでおそらく最も難しい任務になってくるかと思うのですが……」

「よし、ケンさん説明は俺に任せてくれ」

「おや? そうですか、ありがとうございます」

 

 ケンさんフィルターを通してない客観的な任務の内容と危険度を説明した。

 報酬もゴールドの護衛相場は出すという話も一緒だ。

 まー実際のところそこまで危なくはならないだろうから、王都観光するだけで金が貰えるくらいの認識でも良いんじゃねぇかなぁ。

 そもそもサリーは三年ほど王都で活動してたんだから、勝手知ったるって感じだろ。

 

「なるほど、モングレルと一緒に仕事するわけだね。久しぶりで面白そうだ。やってみようかな」

「おお! 受けてもらえるのですか! 助かりますねぇ」

「うん、よろしく頼むよケンさん。でもできれば僕も試作したお菓子を食べてみたいな」

「ええ、ええ。もちろん味見していただいて構いませんよぉ。ぬふふ、これで王都での憂いはなくなりました。五日後が楽しみですねぇ」

 

 サリーは特に渋ることも迷うこともなく任務を快諾した。

 結構暇だったのもあるだろうが、やはり割の良い任務だからだろう。

 

「前衛はモングレルに任せるよ。後衛は僕がやるから」

「おう。近接相手は全部なんとかしてやるわ。けど俺がなんとかする前に遠くから片付けて貰えると楽で助かるね」

「うーん、魔力消費がもったいないからなぁ。気が向いたらそうするよ」

 

 サリーとペアを組んでの任務か。何年か前にはちょくちょくそんな機会もあったが、最近はそういや無かったな。久しぶりだ。

 けどまぁ大体のアクシデントはサリーがいるだけで全部なんとかなるからな……俺の仕事は荷物持ちだけになりそうな気がするぜ。

 

「レゴール伯爵やそのご友人を失望させぬよう、今からお菓子の構想を練っておかねばなりませんね……ぬふふ、楽しくなってきましたよ」

「随分と変な笑い方をする人だね、モングレル」

「こらこらこら」

 

 ……しかし、そうか。レゴール伯爵とお近づきになれるわけか。

 いや、俺たちはあくまで護衛だからレゴール伯爵とは会えない……か? 無理そうだな。一介のギルドマンを近づけさせてくれるかっていうと微妙かもしれん。

 

 そもそも会えたとしても、他の人に気づかれないよう言葉を交わすなんてことは無理だろうな。それじゃどうしようもないわ。

 

 何か色々上手くいって、レゴール伯爵と一対一で会話する機会でもできれば良いんだけどなぁ。

 ……まぁ別に良いか。

 



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整備された街道と宿場町

 

 ということで王都行きが決定し、準備もさほどやることもなく当日がやってきた。

 俺のやった事といえば宿屋の女将さんに“お土産何がいいです?”みたいなこと聞いたくらいだ。

 ちなみに女将さんのご希望はエッセンポートのお皿である。知らん知らん。なにそれ、ブランド名? それすらわからん。

 無かったらお香でも良いとのことだったのでそっちにする予定だ。つーかお高い皿を遠路はるばる運ぶのはさすがにしんどいわ。見つからなかったことにしてお香を買って帰ることにしよう。

 

 で、今は普段あまり使わない西門の馬車駅で待ち合わせしているのだが……。

 

「なんでモモまで居るんだよ」

「王都旅行です!」

 

 サリーの隣に荷物を背負ったモモがいた。

 いやいや。だったらさっさと向こうに停まってる乗合馬車に行けよ。

 

「モングレルと一緒の任務だと話したら一緒についてくると言って聞かなくてね」

「なんだよモモ、お前母ちゃんが心配なのか」

「母に単独行動させるなんて正気じゃないでしょう!? ましてや同行するのがモングレルですよ!?」

「お前全方面無差別に失礼な奴だな……親の顔が見てみたいわ」

「この一連の流れで僕は何もしていないんだけどな」

 

 黒髪ボブのサリーと黒髪二つ結びのモモ。サリーのほうが若々しいせいか、親子二人で並んでいても歳の離れた姉妹のように見えてしまう。

 モモの目が眠そうなのは遺伝だなぁ、こう見比べてみると。

 

「遅れましたー、すみませーん」

「お、ケンさんもようやく来たか……って、すげぇ荷物だな」

 

 待ち合わせ場所にようやく依頼主が来たかと思ったら、ケンさんは両手に大荷物を抱えていた。

 革袋に入っていて何だかはわからないが……こっちから持ち込む材料にしたってちょっと多いんじゃないか?

 

「これは卵と小麦粉、その他必要な材料です。王都で私の求める品質の物が見つかるとは限りませんからねぇ」

「はー……妥協しないなぁケンさん」

「荷物持ちはモングレルとモモに任せようかな。僕が身軽になる」

「え!? ちょっと!」

 

 まぁこっちは任務でやってるんでね。それにくっついて行こうってんならそれなりの働きをしてもらうべきだろう。

 もちろんケンさんの重要な荷物は俺が持つから、サリーの荷物を分担でもしてるんだな。

 

「おや、そちらのお嬢さんはどなたで?」

「僕の娘だよ。今回の任務に随行したいとのことらしいんだけど、問題はないかな? 勝手についてくるから追加の費用も特に必要ないんだけど、いざという時は一緒に戦えるだけの力はある」

「おお、サリーさんの娘さんでしたかぁ。どうも、菓子職人のケンと申します」

「あっ、はじめまして。魔法使いのモモです……」

「魔法使いが更に増えるのであれば心強い限りです。とはいえ報酬は出せませんが、それでもよければ」

「はい! 邪魔はしないので!」

 

 そうかなぁ……なんか邪魔そうだけどなぁ……。

 けどまぁモモも魔法使いだし、居ればそれだけで旅を快適にしてくれるか。

 なんだかんだサリーよりもしっかり者だし、本人もサリーの抑えに回ってくれるそうだからせいぜい手伝ってもらうことにしよう。

 

 

 

 まぁ、護衛の人数が増えたからと言っても移動方法が装甲車になるわけではない。

 王都行きの馬車に乗って、ゴトゴト揺られながら向かうのは誰でも同じだ。

 今回は馬車に過剰な荷物を積載していない移動用の定期便なので、護衛も一緒に荷台の上でくつろげる。王都間の街道は綺麗に整備されているおかげで速度も出るから快適だ。

 とはいえ護衛任務で宿場町をひとつすっ飛ばすような無茶ができるわけじゃないから、旅程が縮まったりはしないんだけどな。

 

「次は宿場町ブレイリーですな。宿はとれるのでしょうかねぇ……すみません、旅慣れていないもので……」

「安心してくれよケンさん。宿場町は宿だけは多いからな。宿と飼い葉で生きてるような町なんだ、むしろこっちから好きな宿を選ぶことだってできるぜ」

「ほほう!」

 

 宿場町は中継地点としての機能を成長させることで栄えている。すると自然と近くで育てる作物も飼料系になっていくんだなこれが。

 馬車の修理だったり、馬を売ってたり、貸してたり……もちろん飯屋も多い。

 扱っている物そのものは違うが、道の駅とかパーキングエリアと似たようなもんだろうな。

 

「なんだったら俺が安全な宿を選びましょうか? こう見えて点々と宿暮らしをしていた時期もあったんでね。ブレイリーの悪くない宿には詳しいんですよ、ケンさん」

「おお……では次のブレイリーではモングレルさんにお願いしましょうかねぇ」

「立ち寄った客から盗みを働くような悪い宿屋もあるらしいからねぇ。僕はそういうのに当たったことはないけれど」

「……他の客が夜部屋に忍び込もうとしたことは何度もあったでしょ」

「あー、そういうのはあったね」

 

 怖っ。女ギルドマンだとそういうのマジでおっかねえよな。

 その点男だったら金目の物奪われる以外ではほとんどトラブルに見舞われることはないから楽だ。ここらへんの男女差は世知辛いもんである。

 

 ……しかし相変わらず馬車の揺れひでぇな。

 そこそこ綺麗な道のはずなんだが、長時間乗ってるとやっぱケツが痛くなりそうだ。

 

「モモ、馬車の揺れを抑える何かすごい発明とか考えといてくれよ」

「はぁ? この程度の揺れで音を上げていたら生きていけませんよ、モングレル」

「俺としては完全に揺れない馬車が良いね。発明できたら売れるぞこれは」

「そりゃあ売れるでしょうけど……うーん……」

 

 この世界においては贅沢な悩みだったとは思うが、それでもモモが暫くの間真剣に考え込んでくれたのだった。

 真面目な奴である。

 

 

 

 道中の護衛は、基本的にヒマだ。

 いや、そりゃあ馬車に傾国の美女レベルのお姫様が乗っていたりとか、明らかに金目の物を積んでるような馬車だったりしたら狙われやすくなるかもしれないだろうが。

 王都とレゴールの間を走る馬車は数多くあるし、それを守るための衛兵も定期的に巡回している。

 

 この世界は盗賊も結構な数いるが、フィクションでよくある“積荷をよこせ!”みたいな連中は一瞬でお縄になるだろう。そういう馬鹿な連中はあまり居ないのだ。少なくともこんな人通りの多い街道では滅多に出るもんじゃない。

 

「そこの馬車、停まれ」

 

 だから馬車を引き止めるように声をかけてくる奴なんて滅多にいないんだが……たまーにそういうのも現れるわけだ。

 

「な、なんでしょう。どなたか来たようですね……? 馬車も停まってしまいましたが……」

「ケンさん、慌てることはないよ」

「まさか私への刺客が……!?」

「落ち着けケンさん。ほらよく見なって、幌のここが開くからさ。御者を呼び止めた人を確認してみな?」

「えぇ……? ……おや……?」

 

 外を見ると、そこには馬に乗った衛兵さんがいる。

 そう、馬車を呼び止めたのは街道を警備している衛兵さんなのだ。

 

 定期的に不審な積荷が無いかどうかだけ、ランダムに声を掛けて調べてるってわけだな。

 まぁ呼び止められること自体は珍しくはあるんだが。

 

 結局、衛兵さんは馬車の中をちらっと見ただけで深く検めるようなこともしなかった。

 お務めご苦労さまですわ。

 

「はぁー良かった……てっきり暗殺者集団が現れたのかと……」

「ケンさんの世界はスケールがでけぇなぁ……」

「ふふふ。暗殺者なんて昼間はそう現れないさ。仮に昼間に襲撃するつもりなら、大きめの木を横倒しにするか馬車を横転させて道を塞いでからになるだろうね。僕たちは何度かそういう手合いに襲われたことがあるよ」

「おお……恐ろしいですなぁ」

「だから怪しい何かが道を塞いでた時は、近づきすぎないように手前で停めるのを心がけた方がいいってことだね」

「なるほどぉ……これからは要注意ですな」

 

 いやそんな物騒な連中にはそうそう出くわさねえって。フラグでもなんでもねえから……。

 

「仮に盗賊か何かが出てきても、ちゃんと私も戦いますからね!」

「モモがねぇ……ちゃんと人に向かって魔法が使えるのかぁ?」

「使えますけど!? 水と闇の制圧は私の得意分野なので!」

 

 あ、闇魔法使えるのか。へー。闇は珍しいな。

 

「幼少期から魔法教育を施していたからね。モモにはせっかくだから闇魔法を覚えてもらったんだよ」

「せっかくだから闇なのか……」

「僕は光だったからね。親子だし対極にしてみたかったんだよ」

 

 闇魔法と聞くとおどろおどろしい黒魔術を想像する人もいるかもしれないが、この世界における闇魔法は基本的になんか暗い感じのやつである。

 メジャーなものは物や人にまとわりついて黒いモヤで見えなくするやつかな。地味だがやられる方にとってはひとたまりもない妨害魔法である。結構取り付くタイプの魔法が多いんだ。

 

「母は闇魔法使えないくせに私に覚えろって言うんですよ」

「あー……まぁ、親はそういうものだからな……」

 

 親は子供に期待するものだ。しかもそれは結構ナチュラルに親を超えることを目標として期待をかけてくる。しょうがない。自分と同じかそれ以下で頑張れ! なんていう親はなかなかいるもんじゃないからな。愛だと思えよ、愛だと。

 

「ぬふふ、魔法ですかぁ。良いですねぇ、魔法。私も今でも憧れますよ、魔法を使う事にね。幼少期に教育を受けただけでも、大変よろしいことではありませんか」

「……まぁ、感謝はしてますけど」

「僕にかい? 初めて聞いた」

「言ってない」

「僕の教育方針は間違ってなかったかい? そういうことなんだろう?」

「……」

 

 それから数分、サリーはモモに無視されていた。

 サリーは露骨にがっかりしていたが……まぁ、仲の良い親子だよな。

 

「ブレイリー、ボーデ、クリーガー……宿場町、か。王都は遠いなぁ」

「モングレルさんは詳しいですねぇ」

「そりゃまぁギルドマンですからね。地理には強くなきゃ駄目なんすよ」

「野営しなくていい分、僕としては快適だし旅程も短く感じるけどね」

 

 そりゃまぁこの世界に慣れきった連中からすりゃそうなんだろうけどな。

 新幹線や飛行機で即日中に国内のどこにでもいける国出身の俺としちゃ、それでも長く感じるわけよ。

 馬車の揺れくらい完全に無くなってもらわないと困るってもんだぜ。

 

「……ブレイリーねぇ」

「モングレル、ブレイリーに何か用でもあるのかい?」

「いーや? 別に何も」

 

 宿場町ブレイリー。

 ここには俺の親父……の、父親。つまり俺の祖父にあたる人物が暮らしていた。

 今はあの人も亡くなっているんだろうが、やってた宿屋は家族の誰かが引き継いでいるんだろうな。

 

 宿屋の手配は俺に任されている。

 なるべくあの宿から遠い場所の宿を選ぶとしよう。

 

 “もう顔を出さないでくれ”と言われたのを未だに律儀に守ってるわけじゃない。

 嫌な連中に近づきたくないってだけの話だ。

 それが大人げないと言われれば、その通りではあるんだが。

 

 



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突き返された二人分の墓

 

 戦火に焼けたシュトルーベ開拓村を出て、俺は旅に出た。

 当時十歳。サングレール聖王国と戦争中の最中、白髪交じりの頭のガキが地理もろくにわからない国を彷徨い歩くのは、数多くの苦難に満ちていた。

 

 罵声や怒声、容赦のない暴力。まぁその全てを真正面から受ける義理も無かったし、だいたいは問題なくやり過ごしていたんだが、面倒な旅路だったのは間違いない。

 辺境の開拓村を出た経験も、ちょっとした買い出しのために最寄りの町に行ったくらいのもんだ。それが国の中央に行くに連れてどんどんひでぇことになるんだから、当時は参ったぜ。

 

 まぁ十年も生きていればサングレール人がどういう扱いをされてるかってのは薄々察することはできたし、覚悟は出来ていたんだけどな。ほんの少しだけどよ。

 

 街道を歩くのも大変だ。

 人に道を聞いても、無視され、断られ、嘘をつかれ、なんというかもうまわり全てが嘘つきで構成されてるはじめてのおつかいみたいな気分だったな。

 それでも目的地の宿場町、ブレイリーまで辿り着けたのは生まれながら強かった俺の身体と、大人の精神が宿っていたからだ。

 二つのうちどっちかが無ければ、数日以内にエルミート領のどっかで死んでいたことだろう。

 

 

 

 俺の父はハルペリア人で、母はサングレール人。

 ブレイリーには父方の祖父がいて、それが俺にとって唯一の親類のあてだった。

 

 父さんは若い頃に家を追い出され、開拓団の一員としてシュトルーベにやってきて母さんと結婚した。

 そっからはもう開拓村での生活だ。俺はブレイリーにいる親族についてよく知らなかった。

 

 ただ、ハービン街道沿いのブレイリーという宿場町があって、そこにいるビルという名前の老人が俺の祖父なんだって話を、なんかの……会話の時に、聞いただけだ。

 短い名前で良かったと思う。耳慣れない名前だったら、俺は覚えていなかったかもしれないからな。

 

 

 

『ヴァンの息子のモングレルです。シュトルーベ開拓村から来ました』

 

 祖父はすぐに見つかった。

 ブレイリーについてから祖父の名前を出して探していたら、ある宿屋の主人がその人だって早々に解ったからな。

 

 だが問題は、祖父と対面してからだった。

 

『ヴァンの……サングレールの混じり者じゃないか』

 

 まぁ、この時点で嫌な予感はしてた。

 なんなら村を出てから全体的に歓迎されてねえなってことはわかっていたので、心構えはできていた。

 しかし血縁上は実の祖父から“混じり者”なんて言葉が出たのはさすがにショックだったね。

 だが俺も当時は必死だった。全身ボロボロだし、行く宛も無かったし。そこで萎縮するわけにはいかなかったから、勢い任せだった。

 

『シュトルーベ開拓村は……サングレール軍に滅ぼされました。俺の父ヴァンと、母のイアは軍に攻め滅ぼされて……その、死にました』

『……ヴァンが死んだと』

『はい』

 

 俺の祖父は困り顔に険しい皺を加えたような、気難しい人相をしていた。

 ぱっと見た感じでは、その顔からは感情が読み取れない。

 

『イアというのは……ヴァンの妻か。サングレール人か?』

 

 俺はとにかく、まあ、身寄りもないし、厄介になるつもりで来てはいた。

 だから自分にとって不都合なことでも、誠実に答えるつもりでいた。

 なんとなく、相手の反応からしてその答えが歓迎されないだろうなとわかっていてもだ。

 

『はい。母はサングレール人です。開拓村に来た、』

『馬鹿が』

 

 戦争中である。まぁ、祖父が特別って時勢でもない。

 だからこれは一般的な反応だったんだろう。

 

『追い出された先で、よりにもよってサングレールの女に引っかかりおったか』

『……俺はハルペリア人です。あの、俺はこんな歳ですけどどんな仕事でもやれるんで、』

『帰れ! ……うちの宿に混じり者がいたら、いらん噂をされる。お前はうちの宿を潰すつもりか……!?』

 

 その時、俺は色々と言いたいことがあったんだが、呆気に取られたせいでほとんどの言葉は喉から出てこなかった。

 

『……帰るところが、無いって言ってるんですよ。俺には』

『……知らん。帰れ』

 

 まぁ、それは別に……最悪ではなかった。俺にとっちゃこいつは他人だ。

 親類と言っても俺にとっては面識のない相手だし、向こうからしてみても赤の他人に近い俺が転がり込んでも迷惑だろうなとは思っていたから。駄目なら駄目で、泣きつくようなつもりもなかった。

 

『じゃあ、亡くなった父の遺骨を引き取って下さい。それと、母の遺骨も。火葬は……もう、済ませたんで』

『駄目だ。知らん。サングレールの女を墓に入れるなんて、冗談じゃない』

『いや……でも、夫婦ですよ。夫婦で別の墓なんて、それは』

『聞き分けの悪い奴だな……! ええい、ほら、これ持っていけ!』

 

 そうして渡されたのが、銀貨の入った袋だった。

 重さでわかる。額はそう多いもんじゃない。

 

『それをやるから、もうウチに顔を出さないでくれ! ヴァンのことも知らん! お前のこともな! その金を使って、あとは勝手に暮らせばいいだろう!』

 

 だがその小額の銀貨こそが、手切れ金ということらしい。

 邂逅から断絶までは、俺自身びっくりするほど早かったわけだ。

 

 俺はバスタードソードと、二人分の遺骨の入った革袋を背負っていた。

 本当は、この遺骨を……父さんの肉親がいるブレイリーに埋めてやりたかったんだが。

 

 俺がここで暮らすことも、それどころか父は骨を埋めることすらできないらしい。

 

『ああ……わかったよ。勝手にさせてもらうさ。銀貨はありがたく貰っておく。それで……おしまいだ』

『そうだ。出ていってくれ』

『出ていくよ。二人の遺骨は……俺が責任を持って、シュトルーベに埋葬してやるさ。あんたの手は借りない』

 

 ほとんど他人である俺に金をくれた。それには感謝はする。

 が、両親の遺骨を受け入れられなかったのは正直……その時は、すげームカついた。当時の俺の精神状態からしてみれば、その場で喚き散らさなかったのは奇跡に近かっただろう。

 

『ふぅ』

 

 雰囲気の悪い宿を出て、外で立ち止まる。

 ここがゴールだと思って長旅を続けてきたものだから、大分参っていた。

 けどこの町にずっと居続けるのはもっと気分が悪い。……また長旅になるが、さっさとシュトルーベに戻るとしよう。

 戻ったらまた、サングレール軍が湧いているかもしれないが……。

 

『ちょっと、今の話聞いてたわよあんた!』

 

 その時、宿の中から女の声が聞こえてきた。

 歳のいった女のしわがれ声だ。おそらく、俺の祖母に当たる人の声だろう。

 

 俺はただちに故郷へとんぼ返りしようとしていたんだが、その言葉に立ち止まってしまった。

 一抹の希望でも抱いていたのかもしれない。

 

『お金を渡して帰ってもらったんですって!? まだ幼い子供相手に!?』

『あ、ああ……』

『そんな甘いことをして、またうちに戻ってきたらどうすんのよ! サングレールの欲深い血を引いた子供よ!? 絶対に後々厄介なことになるわ! お金を取り返してきなさいよ!』

『い、いやぁ、それは……』

 

 あるいは、可哀想だから引き止めてやりなさい……なんて言葉を期待していたのかもしれない。

 けど結局はそんな二人の窓越しのやり取りが決定打となって、俺は足早にブレイリーを立ち去ったのだった。

 

 俺の両親は死に、親族も居なかった。

 行く宛も帰る場所もなかったが……ひとまず、二人の墓を作らなければならない。

 

 シュトルーベに墓を作ろう。それで……二人の眠る場所を守ることにしよう。

 俺が二人にしてやれるのは、もうそれくらいしか遺っていなかったから。

 

 

 

 

「あ、モングレルが起きましたよ」

「んぁ?」

「モングレル、そろそろ王都に到着だ。仮眠はやめて、そろそろ僕と護衛の仕事に戻ろうじゃないか」

 

 目が覚めると、そこは馬車の中だった。

 

 ……グラグラと揺れる馬車の揺れに眠気を誘われたのか。それとも久々にブレイリーの街並みを見たからなのか。懐かしくもクソみたいな夢を見ちまったようである。

 

「あー……ひでぇ夢を見た。目覚め最悪だ」

「何の夢を見たんです? モングレル」

「殺意全開のキマイラに追いかけ回される夢」

「うわぁ……」

 

 なんだったら個人的にはそっちの方がマシだったかもわからんね。

 単純なホラーチックな悪夢と会社に遅刻する夢のどっちが良いかって話よ。俺は断然遅刻の夢が嫌いなんでね。精神に受けるダメージがデカすぎるんだアレは。異世界転生したのに今でもたまに夢に見て冷や汗をかくレベルだ。

 

「ほら、ケンさんも起きなよ。王都に到着だよ」

「ぬふふ……フガフガ……うわっ!?」

「やあ、おはようございます」

「ええ、まあ、おはようございます……いやぁ寝てました、すみませんねぇ」

 

 俺と同じように仮眠していたケンさんは、サリーの光魔法による眩しさで雑に起こされていた。かわいそうに。依頼人だぞケンさんは。ギリギリまで寝かすくらいでいいんだよ。

 

「ようやく王都に到着ですか……いやぁ、市場を見回るのが今から楽しみですね!」

「僕も魔道具店を見て回りたいな。久しぶりに本店も覗いておかないと」

「お前は護衛だろが。ケンさんから離れるんじゃねえぞ」

「……ほら、やっぱり心配です」

 

 随分と寝覚めの悪い夢をみてしまったが……久しぶりの王都だ。

 あの時よりはマシだと開き直って、久々に楽しんでみることにしよう。

 もちろん護衛を優先で。

 



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インブリウムの夕暮れ

 

 王都インブリウムの検問はデカい。

 とにかく王都ってだけあって出入りが多いもんだから、検問だって幾つも窓口がある。スーパーのレジみたい。

 そこで身分や積荷を確認したり、税を徴収したり色々やるわけだな。まぁ時間のかかる作業だから、出入りを円滑化するために広くしてあるんだろう。同じ理由で馬車駅もレゴール以上に広かった。

 

「久しぶりの王都! ……あ、でも護衛の邪魔はしないので!」

「じゃあ僕の荷物持ちを任せるよ」

「……まぁ、そのくらいなら」

 

 馬車を降りると、様々な人が行き交っている中に混じって一際威勢の良い声を上げている連中が目につく。

 別に露天を出してる奴ってわけでもない。

 そいつらは個人で馬車駅を中心にやってる靴磨きだったり、有料の荷物持ちだったり、自称観光ガイドだったり……まぁ前世でも空港近くにちょくちょくいたような人たちだ。

 

 中には真面目にやってる奴も居るんだろうが、詐欺まがいのことをやってる連中も多い。スルーが安定である。

 まぁそもそもギルドマンが護衛としている場合はああいう手合いが声を掛けてくることもないんだけどな。そこらへんは向こうもよくわかっている。一応ギルドマンも“怖い商売”の一員だしな。

 

「いやぁ久しぶりの王都ですねぇー……あまり変わってないなぁ」

「ケンさんは王都から来たんすよね。レゴールでの暮らしは不便だったりしたでしょ」

「いやぁそうでもないですよ? むしろ私のお菓子作りに下手な指示をする人がいないので快適でしたから。ぬふふ」

 

 超ワンマン気質だなぁケンさん……言っちゃ悪いが一緒の職場には居てほしくないタイプだな!

 

「煮炊きの出来る厨房付きの宿があるので、そこを取りましょう。荷物を置かないと買い物もできませんからねぇ」

「マジかー、そういう宿って高そうだぜケンさん」

「良いんです良いんです、久々の王都なんですからね、新鮮な食材を使って色々試してみませんと!」

 

 ケンさんは良い笑顔でぬふぬふしている。相変わらずおじさんとは思えないバイタリティだ。

 貴族に菓子をお出しするまでの数日間は、試行錯誤に費やしてしまいそうだな。

 

 

 

 王都を歩く時は、まぁ必然的に俺が先頭になる。護衛なんでね。

 しかし俺を見て顔を顰めたりわざと肩をぶつけてきそうな連中の多いこと多いこと。

 レゴールだったら衛兵もよくわかってるし、万が一殴り合いになったとしても俺の便宜を図ってくれるだろうが、王都だとその辺りは微妙だ。

 差別意識の強いひでぇ衛兵だって居ないわけじゃないから、万が一そういうのに当たった時が事だ。サリーも一緒だからゴールドクラスの威光でどうとでもなるだろうが、できれば護衛中はそういう面倒を起こしたくはない。

 なので今日の俺は非常に慎ましく器用に歩いている。

 

 ま、道の真ん中を肩で風を切って歩いてもメリットなんて無いからね。

 なるべくケンさんに話し掛け続けて“今護衛やってる最中なんすよ~”アピールは欠かさないでやっておく。

 任務中のギルドマンにちょっかいを出す奴はあまりいないからそこそこ有効だ。まぁどの世界にも馬鹿はいるし、これやってても絡んでくる軽挙な奴はいるんだが。

 

「こっちの道かい? ケンさん」

「ええ。ああ、そこの宿です。そこの」

「おー、良い通りに面してるんだな。市場にも近い」

「ぬふふ、いい宿でしょう。王都で勤めていた頃にも何度か利用したものです。清潔で火も安定するのですよ。まあ、今日は長旅で疲れたので控えめにしておきますが……それでもまだ開いている市場で目ぼしいものを買っておきたいですねぇ」

「精力的な人だね。出来上がるお菓子が楽しみだ。ああ、暗くなっても室内用の蝋燭は買わなくてもいいよ。僕が魔法で照らしておくからね」

「本当ですか!? いやぁそれは助かります! 是非試作が出来たら味見してくださいねぇ」

「うん、最初からそのつもりだったから楽しみにしているんだ」

「ちょっと母さん……! すみませんケンさん、この人ちょっとおかしいんです!」

 

 こうして賑やかな俺たち一行は宿屋をとることに成功した。

 滅多に満室になることのない宿らしいので助かった。まぁその分高いんだろうけども。

 

 部屋割りは二つ。男と女で分かれている。というよりベッドの数の問題でそうならざるを得ないそうだ。

 ベッド無しで敷布団のようなものを使って強引に一部屋で過ごすこともできるが、そこはサリーが“ベッドで寝たいから”とダダを捏ねたので分かれることになった。

 まぁ夜寝る時に護衛が必要な人ってわけでもないから良いんだけども。

 

 部屋自体はさすがに高い宿泊費を払っているだけはあり、清潔で調度品も良い。

 俺の住んでる部屋はかなり俺好みにカスタマイズされているからさすがにそれほどじゃないが、数日住むには文句の出ない快適そうな部屋だ。

 片隅にはちゃんとケンさん用の簡素キッチンもついている。さすが王都だ。二階まで石造りの床なんてそうそうあるもんじゃないぜ。

 

 

 

「さて、食材探しといきましょうか! 暗くなるまでが勝負ですよ!」

 

 旅の疲れ本当にちゃんと感じてんのか? ってレベルに元気なケンさんに引っ張られるような形で、再び市街へと躍り出る。

 とはいえもう今は夕方ちょい前くらいだし、市場も寂しいもんだ。生鮮食品なんかは萎れた状態で疎らに並んでいるし、店自体もさっさと撤退して歯抜けになっている。暗くなる寸前までやっているようなところなんてほとんどない。

 

「お、見てみなよモングレル。干しクラゲだ」

「ほー、まるごとか。良いな、これだけあれば酒のつまみには困らないぞ」

「クラゲ……デザート……食感……そうか! これならば!?」

「いやケンさん無理にインスピレーション働かせなくて良いんだよ」

「インス……? むむむ……何にせよ私もクラゲのお菓子は嫌ですよ!」

「僕も嫌だなぁ」

 

 てっきりこの薄暗い市場でお菓子に使えそうな品を駆けずり回って探すことになるのかと思っていたが、ケンさんが無駄にじっくりとひとつひとつの食材を前にして考察するものだから、案外大きく動くこともなくその日の買い物は終えたのだった。

 今日は助かったけども、じっくり過ぎて逆に明日からの買い出しに不安を覚えちまうな……マジで王都での生活が市場のショッピングと宿のクッキングだけで終わっちまうんじゃねえか……?

 まぁそれはそれで楽しそうだから良いんだけども。

 

 

 

 結局この日は萎れた元気のない野菜とか肉とかを買い込み、宿に戻ってきた。

 

「この宿には飯場がないので、せっかくですから私が料理させていただきますね」

「おーケンさんの料理か。お菓子以外は初めてだな」

「お菓子もできて料理もですか! すごいですね!」

「ぬふふ、料理も菓子作りも大きくは違いませんからね。甘く味付けすればそれはもう全てがお菓子なのですよ……!」

 

 いやいやそれは言いすぎだぜ。俺は豆の甘露煮をお菓子とは認めないタイプのギルドマンだぞケンさん。

 

「調理していますので、しばしお待ちを。皆さんその間は自由に寛がれてくださいね」

「うん、じゃあ僕はお言葉に甘えて。……あ、キッチンの上に小さな光魔法だけ置いておこうかな」

「お、おおお……助かります! いやぁこれは良い……素晴らしい……!」

「辛すぎなければ僕はだいたいなんでも食べられるから、よろしく」

 

 サリーが何気なく魔法を放ち、キッチンの真上の天井に光量抑えめの光魔法が定着した。その光はまるで蛍光灯のように安定しており、白く素直な輝きを放ち続けていた。

 あっさりやってみせたが、本来はあれくらいの光を長時間維持するだけでも難しいのだという。調理中ずっとそれを光らせるのだから、腐ってもゴールドクラスって感じだ。

 

 ちなみについ今しがたサリーが“辛くなければなんでも食べれる”とかほざきやがったが、嘘である。こいつほど食い物で好き嫌いの多い奴を俺は見たことがない。

 

「わ、私はそこの瓶に水を補充します! 私の宿代まで払っていただいたので……!」

「ぬふふ、それは助かりますねぇ。ぜひともよろしくお願いします」

 

 そしてモモはというと、ちゃっかり宿まで一緒についてきている。こいつの分の費用まで払ってくれた辺り、ケンさんの懐が深いというか、あまりにお金に無頓着というか……まぁモモ自身がタダで厄介になりたくはない真面目気質だから、その分は魔法で役立ってくれるだろう。

 

 俺? 俺は何もしないよ。ケンさんに言われた通り全力で寛ぐぜ……!

 

「じゃあケンさん、俺は隣の部屋行ってるから」

「はいー」

 

 しかし働いている人がすぐそこにいるのにダラダラできるほど俺の神経は図太くないのだった。

 

 

 

「それでわざわざ僕たちの部屋に来たのかい」

「しかも桶まで持って……魔法使いに魔法をねだるのは卑しい人のすることですよ!」

「うるせーなモモ、ちゃんとお湯出してくれた分の金は払うっつの」

「まあまあ良いじゃないかモモ。どうせ僕たちの分も用意するんだ、一緒にやればいいだけのことだろう」

「……まぁ、そうだけど」

「あ、お湯の温度は山羊の体温かややそれよりも高めくらいで頼むな?」

「細かすぎる上に山羊の体温知らないんですけど!?」

 

 それでも“熱を出した馬の体温くらい”という言い方をすると二人で試行錯誤してその温度に仕上げようとする辺り、なかなか挑戦好きである。

 というよりも魔法の制御で何かしらの課題を出されるのが楽しいのかもしれないな。まぁ俺は身体を拭くのにちょうど良い適温のお湯が欲しいだけだけど。

 

「……モングレルはいっつも宿屋でお湯を頼んでるんですか?」

「おう、そりゃそうだよ。俺はレゴールで一番綺麗好きな男だからな」

「お金が掛かりそうな習慣だねえ。僕も気持ちはわかるけど、魔法使いでもなければ手痛い出費になりそうだ」

「まぁ定期的に頼む分まけてもらってはいるけどな。お湯がねえと身体の汚れが落ちた気がしねえんだよ」

「わからないでもないな。モモだってお湯のが良いだろう?」

「……そりゃあ、どうせならそうですけど」

 

 お、いい匂いだ。ケンさんの料理もそろそろできたかな。

 

「明日からは護衛本番だ。飯食ったらさっさと寝て備えるかね。ケンさんの今日の様子だと市場始まってすぐに動き出しそうだしな」

「早起きだねぇそれは。忙しくなりそうだ」

「……私も一緒に同行して構わないんですね?」

 

 モモがちょっと自信なさげにしている。ついてきたことを今更気にしてるのか。

 

「ケンさんが大丈夫って言うならそれで良いだろう。モモだってちゃんと魔法使って手伝ってるしな。……まぁ、本当なら勝手に呼ばれてもいない任務に参加するのは褒められたもんじゃねーけどよ」

「う……そ、それは……はい」

「まあ今回は大丈夫な。その辺で気にする依頼人でもないからな。お菓子とか料理をくれたら素直に“美味い”って伝えりゃそれで大丈夫だろうさ。悪いようには思われねえよ」

 

 ケンさんは変わった人だけど悪人ではないからな。

 

「……私よりも母が口に合わない物を不味いって言いそうで怖いんですけど」

「確かに」

「僕は言わないよそんなこと。入ってるものが嫌いとかは言うけど」

 

 ……いや、モモが一緒に来てくれて良かったかもしれんな。

 サリーだけだったら万が一のことがあってケンさんとビッグバン引き起こしてたかもわからんぞこれ。

 

 ケンさんのお菓子を口にしてさらっと否定的なこと言いそうな未来がうっすら見えたわ。

 

「良いかサリー、これから食う料理にもくれぐれもケチつけるんじゃないぞ」

「うんうん」

「人をなんだと思ってるんだ二人は……」

 

 結果から言うと、ケンさんの作る料理はとても無難に美味しく、サリーがケチを付けることもなかった。

 めでたしめでたし。

 

 いやぁ、美味いもの食って良い寝床で寝れる仕事は悪くねえな。

 



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アルテミスの荷造り

 

「王都楽しみっス!」

「もーライナってば昨日からそればっかりじゃん」

「だって王都っスよ! もちろん任務が第一っスけど、やっぱ色々と見て回りたいじゃないスか!」

 

 “アルテミス”のクランハウスでは、王都行きの身支度が始まっていた。

 久々の重要な任務なので装備の点検からしっかりと行い、それぞれが慌ただしく動いている。

 そんな中でもっとも年若い弓使いであるライナは、初めての王都観光で浮かれていた。

 

「まったくもう……まあ、任務が一番なのを自覚しているならとやかくは言わないけどね。王都はレゴールよりも人の流れが早いから、はぐれないように気を付けるのよ」

「っス!」

 

 団長のシーナがライナの青い髪を撫で、優しく叩く。

 ライナの育成やウルリカとゴリリアーナの昇級などで最近は王都とは疎遠だったが、地盤も整った今ならば大きな仕事をするのに都合が良い。

 

 “アルテミス”が受けた依頼は王都からレゴールまでの要人護衛任務。

 レゴールの街並みに興味を持った貴族女性、ステイシー・モント・クリストルを街まで護送することだ。

 また、それとは別に王都でステイシーと話す機会もあるという、なかなか見ないタイプの任務でもある。

 普通ならば王都を拠点としているギルドマンのパーティーに頼むべき仕事であったが、ステイシーが“アルテミス”に興味を持ったので、わざわざ彼女たちは王都へと向かう必要があるのだった。

 

 それでも貴族の、しかも侯爵家の女性を護衛したという実績はパーティーにとっての箔となる。依頼料も侯爵家が出すだけあって、入念な準備をしてもバチが当たらないほどの額であった。

 シーナやナスターシャのゴールドランクはよほどの実績がなければなかなか上がらないが、今回の任務を成功させれば大幅な加点要素となるに違いない。

 

「私は向こうで魔法の塔の補充作業か……」

「ご苦労様、ナスターシャ。……“若木”がレゴールに移籍したから、向こうの魔法使いは忙しくなったでしょうね」

「人が足りず、学び舎の連中も動員されているのではないか。まあ、小遣い稼ぎにはなるから、退屈な仕事ではあっても不満は無いだろうよ。どうせ王都に居たところで、魔法の使い道など他に無いからな」

 

 ナスターシャは優秀な水魔法使いなので、王都では別口の仕事がある。

 魔法の塔の最上階のタンクに水を貯蔵するという地味な仕事だ。しかしこういった地道な仕事が王都の便利な生活を下支えしているので、比較的感謝はされている。地味だが。

 

「シーナは他に貴族街に顔を出す予定は……無いようだな」

「ええ」

「だったら、暇な時は私の作業を手伝ってくれないか。塔に野鳥が住み着いていることもあるからな。その駆除も仕事になる」

「あら。魔法で落とせないの」

「落とせるが、魔力の無駄遣いになる。できれば補充に集中したい」

「なるほどね、わかったわ。行くときは呼んで頂戴」

「ああ」

 

 王都出身の二人にとって王都は特別な場所でもない。

 向こうに行ってやることもほぼ可視化されており、現実的なものが多かった。

 

「ゴリリアーナ先輩も楽しみっスね! 王都!」

「う、うん。楽しみ……色々と、買い物したいですね……」

「本場の長持ちするポーションとかも欲しいっスねぇ。薬草でも良いっスけど」

「ポーションとお香は有名だからねー。高そうだけど、帰り際に買っていこっか。私も香水とか欲しいなー」

「えー香水はいいっス。臭くて任務にならないっスよ」

「そりゃ森にはつけていかないよー! 部屋の中でだけ! 長い休みの日だけだから!」

 

 今回は万全に万全を期すため、“アルテミス”も馬車に乗って旅行者のように移動する予定だ。

 最大限に消耗を抑え、また旅程を安定させるための処置である。

 普段は馬車の外で前側を歩くゴリリアーナも、今回ばかりは積荷と一緒に悠々と移動を満喫できるだろう。

 

 それでも馬車に万が一のことがあれば、“アルテミス”も全力で応戦するだろう。

 彼女たちの乗る馬車は安全が約束されたようなものであった。

 

「レオの部屋行ってくるねー」

「ええ。あ、ウルリカ。レオも王都は初めてでしょうから、色々と手伝ってあげなさいよ」

「わかってるわかってるー」

 

 冬に新しく加入したレオも、今までの活動はドライデンに留まっていたために王都は初めてだ。

 レオはライナほど喜びや浮かれっぷりを露わにしていないが、初めての大都会ということで密かに楽しみにしていたのをウルリカは知っていた。

 互いに同郷の人間である。考えることは大体同じであった。

 

 

 

「レオー、部屋入るよー」

「あ、ちょっと待っ……」

 

 ウルリカがノックをしてから返事を聞かずに部屋に入ると、そこにはレオがいた。

 キャビネットから女性物のロングスカートを見繕っている最中の、油断しきった姿である。

 

「う、ウルリカ……これは……」

「あー、なんだ。やっぱ持ってるんじゃんそういうの」

「……前に、“アルテミス”は女性の護衛とかが多いって言ってたから。だから形だけでもこういうのを用意すれば良いんじゃないかって……それだけだよ」

「ふーん」

「……信じてない顔」

「嘘下手すぎー」

「……うるさいな」

 

 半分自棄っぱちのように、ロングスカートをキャビネットに放り投げる。

 そんなレオの姿を見たウルリカは、“あらら”と声をあげた。

 

「せっかくだし持っていけば良いのに。可愛いじゃんそれ」

「良いよ。……色々と合わせてみたけど、僕にはもう似合わないと思う。昔とは違うよ」

「今じゃレオ、街中で女の人にモテモテだもんねー。駄目だよー? あんまりその気も無いのにお茶とかに付き合ったりなんかしたらさー。本気にされたら面倒になるよー」

「……気を付けるよ」

「相手は選ぶのが大事! 気持ちよく後腐れなく奢ってくれるような相手を見極めなきゃね!」

「性格悪いよウルリカ」

「にっしし」

 

 レオは近接役の二刀流だが、今回は野営も無いのでほとんど荷物はかさばらない。

 非常時のための食料、着替えなどが主になるだろう。金物の少ない荷物は、いつもよりずっと軽かった。

 おかげで余計な物まで持っていけてしまうので、思わず余計な物を詰め込みそうになってしまう。

 

「……でもせっかくの王都なんだからさ。レオもたまには自分の好きな格好をしてみたって良いと思うんだよね」

「わざわざ、王都でなんて……」

「王都だからこそじゃない? レゴールじゃ顔見知りも増えてなかなかやれないでしょ。任務中はさすがにあれだけど、向こうで街を歩く時なんかは別人になったって良いんじゃないかなぁー。向こうはお洒落な服だって沢山あるしさー」

 

 レオは自信なさげにウルリカの顔を見た。

 嘘をついているようにも、大げさに適当なことを言っているようにも見えない。

 

「私も手伝うよ? エレオノーラの服選び」

「!」

「それに、いつか本当にそういう格好をするのが任務で使えるかもしれないしね!」

 

 実際、ウルリカも時々しれっと女性枠として任務に参加していることがある。

 それでも問題のない任務に限った話ではあるが、利点も無いわけではなかった。

 

「じゃあ、その……ウルリカ、向こうで服選び……手伝ってくれる?」

「もちろん! あ、でも私の好みのやつも選ばせてね? レオは多分かっこいい系が良いんだろうなぁー」

「……誰にも言わない?」

「言わない言わない! 今までも誰にも言ってないし!」

 

 着せ替えできることに上機嫌なウルリカを見て、レオは暫し悩み……頷いた。

 

「……じゃあ、お願い」

「よし!」

「ああ……でもどうせ似合わないよ。駄目そうだったらすぐに諦めて良いからね」

「そんなの勿体ないよ。レオは顔が綺麗だから体型さえ隠せばなんとかなるってば」

「……半分くらい、期待しておく。でも、一番大事なのは任務だから。集中するのはそっちだからね、ウルリカ」

「真面目ー」

「僕だけブロンズクラスなんだもの。気は抜けないよ」

 

 そう言いつつ、キャビネットに放り投げた女性物の衣類を取り出したレオはどこか嬉しそうな表情で再び荷造りを始めた。

 比較的歳の近いライナやゴリリアーナはあまりお洒落に気を遣わないので、ウルリカはレオがこうして楽しそうに服を選んでいるのが嬉しかった。ある意味、ようやくアルテミスに入ってきた同好の士である。

 最近はライナも多少、そうしたお洒落に興味を出したかのように思えたが、結局一着を買ってそれきりだ。ライナに対しても王都でもう一度誘ってやらなければならないと駄目だと、ウルリカは考えている。

 

「今回の依頼が終われば、僕もシルバーになれるかな」

「実績は十分じゃない? 実力はあるから試験は楽勝だろうしね。そんな気にしなくてもレオなら平気だってば」

「うん……でも、早くウルリカの横に並びたかったから」

 

 キザにも思えるセリフだったが、美形なレオが言うと不思議と様になる。

 

「もー! そんなことさらっと言っちゃうから女の子にモテるんだぞー!?」

「ちょ、ちょっと……ウルリカ……!?」

「女の敵めー!」

「ウルリカだってそうでしょ!?」

 

 レオの後ろからウルリカが抱きついて、身体をまさぐる。

 

「んー」

 

 さりげなく胸に触れても、レオは特に反応を示さない。

 無反応なレオを見て、ウルリカはニヤリと微笑んだ。

 

「ウ、ウルリカ? 暑いって……な、何するんだよ……」

「うん、ごめんごめん。……ねえねえレオ。これさー、前にギルドでちらっと聞いた話なんだけどさー……面白いんだよ? ……実はね、男の人の胸ってさ……」

「え? え……?」

 

 “アルテミス”の出発は翌日に迫っていた。

 



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よそ者に甘くない

ケンさんの外見描写が老人→中年に修正されています。ご注意ください。


 

 翌日から、ケンさんのお菓子作りが始まった。

 本番に向けた最後の調整である。

 しかし、ケンさんの熱意は単なる調整ではなく、それ以上を目指そうとする、まさに“職人”と呼ぶに相応しいものだった。

 

「……やはりこの粉では駄目ですねぇ……」

「クッキーうめぇ」

「この粉では私の望み通りの食感が出ない……やはりネクタールの粉でなければ……」

 

 王都で買った様々な粉を使ったクッキーの試作で、それぞれの良し悪しを測ろうとしているらしい。

 しかしケンさんの作ったものだし普通に美味しくいただけているんだけどな。

 

「うん、美味しい。これにドライフルーツが入っていると僕の好みかな」

「……文句つけないの。美味しいですよ、ケンさん」

 

 俺たち三人は専らその試食係だ。ケンさんがとにかくガンガン色々なものを作って、それを食う係である。王都で買い食いする余裕がマジでない。主に胃袋にない。それくらいケンさんは一日中色々な物を作ってくれる。いや、作ってくれるっていうか“食べて下さい”って無尽蔵に渡し続けてくる。ケンさんのお菓子工場が開店してないのにフル稼働してやがるぜ。

 

「ケンさん! ケンさんそろそろ新しい素材を買いにいこう! キッチンで悩むよりその方が良いかもしれねえ!」

「むぅ……確かにそうかもしれませんねぇ……そうしましょうかね。確かに、このまま闇雲に作り続けていても現状は打開できなさそうです」

 

 

 

 しかし市場に出たら出たで、ケンさんは色々な物を買い漁っていく。

 

「良いですねぇこのスパイス……しばらく王都に来ない間に随分と品揃えが……すみません、これとこれとこれとこれとこれ、ひとつずつ下さい」

「はいよぉ!」

 

 試作品作りだからなんだろうけど、買う量がすごい。

 俺も試しに一欠片手にとって匂いを嗅いでみたりしたが、どう考えても耳かき一杯分だけで充分そうな強いクセがある。ちょっとしたお菓子に使う分には確かに一個で充分だし、なんなら今回の王都で使い切れないくらいありそうだ。

 

「あとはクリームですねぇ……クリームばかりは専門店のものに頼るしかありません。産地直送の良品であれば尚良しだったのですが……ううむ、しかし……」

「乳製品は厳しいだろケンさん」

「ええそうなんですよねぇ。管理を誤ると腹を下してしまいます。今回のお客様にそのような品を出すわけにもいきません。……別の食材で品質を上げるしかないですね」

 

 王都はなんでも揃っている。が、それも日持ちするものはって話で、乳製品や足の早い物なんかは産地に近いレゴールの方が物は良かったりする。王都じゃあったとしてもかなり割高だな。王都価格ってやつだ。

 

「ふおおさすがに果物は良いの揃ってますねぇ。良いですねぇ……買っていきましょう!」

「マジかよケンさん……そんな食いきれねえよケンさん……!」

「問題ありません、美味しいですからねぇ……ぬふふ……!」

 

 いや俺そろそろ王都のこう、しょっぱくてお酒進む感じのやつ食べたいんすよ……。

 

「よし、こんなものでしょう! さあ、宿に戻って調理しますよ、調理! ああ、新たに薪と炭を買い足しておかなくては……!」

 

 食品を買って、宿に戻って調理。その繰り返しも3日になる。

 

 ……いやね、俺も王都観光するのつれぇなーとか、王都の商人いけすかねえなーとか言ったよ? いや内心で思ったよ? 思ったけどね?

 うん、やっぱこう、もうちょい好きな物食ったり出歩いたりしてみてえわ……。

 

「ケンさん、ケンさん」

「はい?」

「宿ついたら俺、夜までちょっと街中回っててもいいかい?」

「おお、そうですか? もちろん大丈夫ですよぉ。お弁当にお菓子持っていきますか?」

「いやいやいや、大丈夫っす。平気っす。いらないんで平気っす」

「謙虚ですねぇ、試作とはいえ私のお菓子を思う様食べることができるというのに」

「ハハハ、じゃあまあそういうことなんで……」

 

 俺も甘いものは好きだけどな、四六時中甘いものばっかはさすがにキツいぜ。

 人によっちゃ贅沢なんだろうけどなー、これも。俺はなんか無理だわ。ここらへんの感覚は前世の飽食が影響してる気がしてならない。

 

 

 

 そんなわけで、宿で試作に励むケンさんを置いて俺は街中に繰り出した。

 

「僕は別に甘いものだけでも良いんだけどなぁ」

「いやー俺は飽きたよ。やっぱ塩味が無いと駄目だわ。通は塩。自然本来の味。塩こそ最高の調味料……」

「私もちょっと飽きました……甘いものって飽きるんですね……」

 

 律儀に俺と一緒にケンさんの試作品を処理してたモモも甘いものに飽きたようだ。

 同じように食ってるはずのサリーが平気なのがいまいち謎だが、まぁそれは良いや。今日は適当な酒場で飯を食おう。多少居心地悪くても許すわ。甘いのじゃ酒進まん……。

 

「僕は食べる前に魔法商店を見てくるよ。レゴールにはギルバートの魔法商店があっただろう、王都のはその本店さ」

「モングレルも初心者用のセットを買ってましたよね? 魔法商店に興味とか……なさそうな顔してますね」

「うん」

「なんだ、モングレルは諦めたんだ。僕としては何属性が得意なのか気になっていたんだけどな」

「何が得意かどうとかの前にウンともスンとも言わねえんだよ。諦めるわそりゃ」

 

 本は今のところインテリアになってます。

 スコルの宿の末っ子に読ませてやろうかと思っているところだ。魔法を身に着けたいならそろそろ読ませてやったほうが良いんだろうか? けどそもそも普通の子供ってあのくらいの歳で文字が読めるわけでもないんだよな。親がつきっきりじゃないと無理な気がする。

 

「モングレル、私が足ひれの報酬であげた指輪はどうしたんです?」

「俺のコレクションと一緒に並べてあるぜ」

「……せめて使って欲しいんですけど。習熟用の道具なんですけど」

「ああもう、俺のことは良いじゃねえか。俺は魔法は良いから二人で行ってこいよ、魔法屋。俺は武器屋見てくるぜ武器屋。それから適当な酒場だな」

 

 レゴールの武器も色々あって楽しいが、王都の武器屋だったらもっと珍しいものも置いてあるかもしれない。

 まぁ店主からは良い目で見られないだろうが、荒事の品を扱ってる相手ならそこまで人種差別もひどくないだろう。王都でもギルドマンならハーフもそこそこいるはずだからな。

 

「一人で大丈夫かい、モングレル」

「あっ、確かに。そうですよ、危ないんじゃ……」

「お前たちに心配されるほどのことでもねえよ。夜は王都のギルドで飲んでるかもしれねえから、用があったらそこか宿でも覗いてくれ」

 

 もとより武器屋巡りに魔法使いを連れ回す趣味もないしな。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぜ。

 

 

 

 というわけで、サリーとモモの魔法使い親子を振り切った俺は武器屋巡りをしていた。

 レゴールみたいに少ない店舗ではなく、あるところにはいくつも並んでいる。もちろんそれぞれ同じような値段に揃えられているが、並んでいる物の一部にはちゃんと個性もある。

 ただいかんせん、高い。中古の装備を買うようにはなかなかいかない額の品ばかりだな。

 

「商品には手を触れるなよ」

「はいよー」

 

 店主は見ない顔の俺に釘を刺してきたが、ギルドマンの認識票を引っ提げてるから辛うじて見るのは許すって感じだ。

 案の定歓迎されてはいないが、俺の中ではそう邪険にもされていない反応だ。

 

「なあ店主さん、この店にチャクラムって置いてあるかい?」

「チャクラムぅ? また随分骨董品だな……まああるにはあるが」

「ああ、わざわざ出さなくていいよ。一枚の値段だけ聞きたかったんだ。こんくらいの大きさのでな」

「ああ、そのくらいなら……」

 

 暇そうなのでちょっと話しておく。武器の品揃えから、今売れているものの話。

 商売っ気の無い話ばかりだが、向こうも俺の暇つぶしには乗ってくれた。

 

「去年の戦争の影響で、古い在庫が随分と捌けたよ。見た目ばかりじゃない、質の良い鎧が特に好調だな。まあ、親しい仲で死人が出れば思うところもあるだろう」

「ああ、確かに。俺のところのギルドでも腕の良い奴が何人も亡くなったからなぁ……レゴールでもやっぱ正規兵に近い装備が人気出てたな」

「やっぱりそうか。なるほど、レゴールを拠点にしてるなら王都よりも影響は大きそうだな。……うーむ、作るコストは嵩むが、もう少し生産増やすべきか……」

「俺は王都の需要はわからないけど、損は無いんじゃないか。また戦争が起こるかどうかはわからないけど、それに備えて実戦向きの訓練する連中が増えれば防具も消耗するだろうしな。買い手は付くんじゃねえかな……あ、さっき知り合いに焼いてもらったクッキーあるんだけど食べるかい?」

「お、良いのか?」

「甘いのが嫌いじゃなきゃもらってくれ。俺はちょっと食いすぎて飽きた……」

「はは、贅沢な奴だな。ありがたく貰っておこう」

 

 それから少し話を聞いた限りでは、王都の武器屋ではやはり正統派の剣士装備がよく売れているそうだった。

 もともとロングソードと長槍が人気だが、やはり戦争があるとロングソード人気がブーストされるものらしい。

 ここらへんはスキルや身体強化ありきのバランスだから、前世の軍事知識はなかなか役に立たないところだな。

 

 それと、やはり王都のギルドマンが少し減っているそうだ。

 いくつかの有力パーティが移籍したり、あるいは戦争で喪われた兵士の穴埋めとしてヘッドハンティングされたりで数が減ったという。

 それでも王都は人の出入りが多いので、王都を拠点としていないパーティーがなんとかしてくれるそうではあるのだが、活気は落ちたのは確からしい。

 

「これからギルドに寄るつもりなんだけど、恨まれたりしねぇかなぁ」

「さてな。俺はギルドの中までは詳しくない。怖けりゃやめときな」

「……いや、やっぱり行くわ。王都の酒場のメニューが新しくなったかどうかを見ておきたいからな」

「ははは、そんなことのためにか」

「おいおい大事なことだぜ、ギルドマンにとっちゃあよ。じゃあなマスター」

「おう。次はなんか買っていけ」

 

 結局武器屋では何も買わず、そのままギルドに向かって歩いて行く。

 

 レゴールなんかだとギルドはバロアの森に近い東門側に偏った場所に建っていたが、王都の場合はかなり人通りの多い場所にある。

 王都のギルドは護衛の仕事が中心なので、中で適当にプラプラ待機していれば良い感じの馬車の護衛とかが舞い込んできたりするから楽だ。俺は護衛はそこまで好きじゃないから合わないけども。

 

「おー、久々に来たな……」

 

 重厚な扉を開けて、中へ入る。

 中はレゴールよりも広くしっかりした造りだ。さすがハルペリア最大にして全てのギルドを取りまとめる本部である。建物からある種の威容が感じられる。

 入った瞬間のギルドマンたちの視線も、一瞬気にならないくらいだ。

 

 ここで変に声を掛けたり目を合わせたりするのはよろしくない。

 地元でもない場所で浮ついた感じを出しちゃ駄目ってことだ。ふつーのギルドマンっぽく振る舞うのが一番良い。

 

 ちらっと依頼を眺めて、なんとなーく代わり映えしない護衛依頼ばっかだなーってのを確認したら、後は流れるように酒場スペースの人気のなさそうな隅っこへ移動する。

 良さそうな隅っこはなるべく避けるのがコツだ。たまに地元の連中が“俺の席”とか言ってくることがあるからな。

 

「すいません、エール一つと……あと食べ物」

「はい、こちらになります」

「あ、どうもどうも」

 

 王都ギルドの酒場はさすがに広く綺麗だ。

 それに変に田舎のギルドよりも治安が良い。よそ者を毛嫌いする気質も当然あるにはあるんだろうが、その辺りの排他的な雰囲気にもちゃんと気品があるというかね。無駄に事を荒立てない上品さがあるから俺は好きだ。

 

 メニューは……まぁこっちも代わり映えはしないな。

 けどレゴールと違って色々取り揃えられている。護衛任務に出る前や後のギルドマンに心地よく飲食してもらうための工夫だろう。その分料金もなかなかのもんであるが……。

 

「チキンソテーとクラゲの酢の物ください」

「はーい」

 

 普段と違うギルドで普段と違うメシ。

 レゴールと違って少しピリついた落ち着かない雰囲気も無いではないが、たまにはこんな空気も悪くはないなと思える。

 

 今は甘いものじゃなければ何でも良い気分だからな……。

 



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古巣に来る人

 

 王都ギルドの酒場で飯を食っていると、最初は静かだったギルド内が段々と賑わい始めてきた。

 夕方が近づき、仕事を終えたギルドマンが戻り始めたんだろう。

 

 王都ギルドの連中はほとんどが護衛任務だから、ソロはほぼいない。必ず一定数のパーティーを組んで行動する。

 そして見栄えを良くするために装備がなかなか良いやつで揃えてある。

 護衛を依頼する側も見た目を気にするタイプの連中がいるからだろう。正規兵に負けない装備のギルドマンもそこそこ多そうだ。

 見た目が綺麗な装備は大抵の場合性能も高いので、見かけ倒しってことはほとんどない。装備する側も相応の稼ぎがあると考えて間違いないだろう。依頼人はこういう見た目でギルドマンの良し悪しを図るわけだ。

 

「腹減ったなー、店どこいく?」

「酒が飲めりゃどこでも」

「まだガーデンで飯って季節じゃねえな」

「もうここで良いんじゃねえか? 冷えてきたし外歩きたくねぇ」

 

 ……けどまぁ話す内容はレゴールとどっこいだな。

 どの街に行っても、人間の話すことなんて変わり映えしない。王都だとちょっと品があるくらいかな。

 

「なあ、何頼む?」

「私は……どうしよう、こういう時何を頼めば良いのかな」

「わ、わかんねえよ。やっぱ酒だろ? エールとか……」

「結構値段するよ? ねえ、やっぱり店変えない……?」

「馬鹿っ、せっかく王都に来たんだぜ。ここで飲まなきゃ一人前になれねえよ」

 

 そして王都だからといって、王都在住のギルドマンばかりが集うわけでもない。

 あらゆる都市と繋がりのある王都インブリウムは、よそ者や田舎者から多くの人が流れ込んでくる。都会であると同時に、お上りさんの集合場所でもあるのだ。それはギルドだって例外じゃない。

 “一度は王都のギルドで”というすげーふんわりした達成目標を埋めるため、別地方の若手ギルドマンがやってくることも多い。別に来たところで護衛ばかりだからすぐに王都を離れることになるんだけどな。

 

「よう、見ない顔だな。どこから来たんだ?」

「ん?」

 

 俺が二杯目のエールをちびちび飲んでいると、俺の席の前に若い男が座ってきた。

 青髪の、多分剣士だろう。細身だがよく鍛えられてそうな体つきの男だった。

 

「俺はレゴールから、ちょっとした護衛でな。まだ数日は王都で厄介になるつもりだ」

「へえ、そうなのか。……ブロンズ3か」

 

 値踏みするように認識票を見られるが、別に構わない。

 そうなんです。私がブロンズ3のモングレルおじさんです。

 

「レゴールっていうと今はかなり賑わってるよな。それに討伐任務も多い。そっちだと春は稼げそうか?」

「春はぼちぼちだなぁ。小物が多いから数こなしてどうにかってところだ」

「へえ、そうなのか。ああ、俺はキース。向こうのパーティーの副団長をやってる。シルバー3の冴えないギルドマンだよ」

 

 その“向こう”を指で示した先には、五人組くらいの男たちがテーブルを囲み酒盛りしていた。

 何人かがこっちを見てニヤニヤと笑っている。よそ者の俺を酒のアテにでもしているのだろうか。

 

「俺はモングレル、見ての通りブロンズ3だ。そっちは王都拠点か? 俺はあまりインブリウムには寄らないんだよな」

「ああ、王都だよ。俺たち“青い旗の守り手”は仕事は主に隊商護衛。たまに要人護衛なんかもやったりする。団長はシルバー3だけど、そろそろゴールドになりそうだって話だ。まだ20代半ばだけどな」

「ほー、そいつは若いのに凄いな」

「だろう?」

 

 ちょくちょく自慢話が入るのは、自分たちのパーティーの宣伝も兼ねているんだろうが、まぁ普通にこういう話をしたいからってのが大きそうだな。

 向こうの席のお仲間はちょっとこっちを小馬鹿にするような態度を見せているが、自分の話が好きなんだろう。

 実際、聞いてるとその若い団長とやらの腕前はなかなか良さそうである。素直に凄い人だなーって感じだ。それ以上の感想は特に出ないが……。

 

「要人の話は詳しくできないが、俺たちはそれだけ認められている。これから忙しくなるし、良い仕事も増えるだろう。けど、今までやってきた隊商護衛の仕事を疎かにするわけにもいかない。だから“青い旗の守り手”では、護衛のできる別働メンバーを集めてるところでな」

 

 ん? 勧誘か? 

 

「どうだ? 見たところモングレルさんは一人だろう。“青い旗の守り手”の一員として、王都を拠点に頑張ってみる気はないか? 多少の家賃と維持費はもらうがうちにはクランハウスもあるし、働きが認められれば別働隊から俺たちメインメンバーとしての仕事も受けられるようになる」

 

 あっ(察し) ふーん……。

 いや君それって、下部組織というより養分的なあれじゃない? 

 

「あー、俺は結構だよ。レゴール拠点だからな」

「拠点なんて移せば良いだけだよ。王都の方がずっと仕事が多い。無理に魔物とやり合うこともないしな」

 

 初対面の男相手に随分と食い下がりやがる。

 もう少し強めにお断りを入れた方が良いだろうか? 

 そう思っていたところに、二人の魔法使いがやってきた。良いタイミングだ。

 

「やぁモングレル。もう王都で友達を作ったのかい」

「本当にギルドで飲んでいたんですね」

「あーなんだ、パーティーは居ないって言ったのに……って、ええっ、“若木の杖”……!?」

 

 キースが驚き、その名前を聞いた周囲からざわめく。

 サリーとその娘のモモ。まぁモモはともかく、サリーは有名人だろう。なにせゴールド3の魔法使いだ。それにこいつの性格で目立たないはずもない。

 三年間王都を拠点としていたゴールドクラスのパーティ“若木の杖”は、当然この場において絶大な知名度を誇っていた。

 

 っかァ〜〜〜ッ、バレちまったか〜〜〜この俺があの“若木の杖”のリーダーと知り合い……いや仲良しだってことがよ〜〜〜??? 

 いやぁバレちまったか〜〜〜あんまり目立ちたくなかったのにな〜〜〜??? 

 

「よう二人とも、まさかお前らもギルドに来るとは思わなかったぜ。魔法商店はどうだった?」

「パーティーメンバーに頼まれてた物だけ買って、宿に置いてきたよ。まだまだ店主も元気でやっているね」

「……そこの剣士の人は、モングレルの知り合いですか?」

「いいや、さっき知り合ったキースって人だ。俺に向こうさんのパーティーの下部組織に入って欲しいそうだ」

「ああ」

 

 サリーがどこか納得したように頷き、向こうのテーブルで屯する男たちを見ている。

 “青い旗の守り手”の連中は、バツが悪そうに目を合わせない。

 

「王都ではメンバーだけたくさん集めて、そういったギルドマンから運営費を徴収するパーティーもいるから、気をつけた方が良い。僕は前に多少は是正されたって聞いたんだけどな」

「なっ……ひ、人聞きが悪いですねサリーさん。俺たちのパーティーは決してそんな組織ではありませんよ」

「あ、その席僕らが使うからどいてもらえるかな? どうせモングレルはそのパーティーに入らないんだろう?」

 

 スルースキルが強すぎるだろ。いや、このくらい強引にした方が良い手合いなんだろうけど。

 

「ああ、入るつもりはない。悪いなキース、今回はご縁が無かったということで」

「……時間を取ってすまなかったね、モングレルさん。気が変わったらいつでも話してくれ」

 

 そう言って、キースは自分たちのパーティーのいるテーブルへ戻っていった。

 しかし彼らもそう長くは居ないだろう。テーブルにいるメンバーの何人かがそそくさと帰り支度をしている。

 

「やれやれ、やっと座れる。すまない、炭酸抜きエールとサラダ、あとオリーブをお願いできるかな?」

「私はエールとポークソテー、それとキノコのポリッジをお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 二人も腹が減ったのか料理を注文した。

 元拠点だったからか炭酸抜きエールなんて概念までしっかり通じている。今頃厨房では誰かがエールの炭酸を頑張って抜こうとしているのだろうか。俺ならそんな注文されたら1ジェリー多く取るね。

 

「このギルドはあまり変わらないね。まぁ一年じゃそんなものか」

「レゴールよりも清潔感があって私は好きですけどね」

「装備も整ってるし受付のねーちゃんのレベルも高いし、料理も高いけどまぁメニューは豊富だし、レゴールでも真似して欲しいよな」

「受付の人を値踏みするの良くないですよ! 不潔です!」

「不潔ってことはないだろー。レゴールじゃ綺麗どころなんてエレナとミレーヌさんくらいであと男ばっかじゃん。こっちはウエイターも可愛い子多いし見てて癒される。そういうのは大事なんだぜ、モモ」

 

 どうせ眺めるなら綺麗なもの、かわいいものが一番だ。

 見た目で差別されてる俺がそんなルッキズムを全面肯定するのもどうかと思うところはあるが、現実はそんなもんである。見た目は大事。

 

「あの、“若木の杖”団長のサリー様でしょうか?」

「ん? ああ、そうだけど」

 

 食事中、サリーの近くに一人のギルド職員がやってきた。

 ギルドの制服を身に付けた裏方仕事の女性である。

 

「王都にいらしてたのですね。お久しぶりです」

「ああ。ここのオリーブはいつも通りとても美味しいね。来てよかったよ」

「は、はい。喜んでいただけて何よりです。……王都へは任務で?」

「護衛だね。僕に何か用かい?」

「はい。明日、サリー様に受けていただけたらという依頼がありまして……」

「そうなんだ。悪いね、明日も護衛があるから魔力は無駄遣いできないんだ。新しい依頼は全てが片付いてから考えたい」

 

 サリーは内容を聞く前からキッパリと断った。

 ギルド職員が直接相談を持ちかけたあたり良い仕事なんだとは思うが、サリーは優先順位の横入りをあまり好むタイプじゃない。やっている仕事があれば、まずはそれを終わらせてからという性分なんだろう。

 

「そ、そうですか……わかりました。お食事中に失礼しました」

「いいや、気にしてないよ」

 

 ゴールド3ともなれば良い仕事が向こうからやってくる。

 かたやこっちはやりがい搾取されそうなパーティーに勧誘されてるのにな。やっぱ実績やクラスってのは重要だ。

 

「……聞くだけ聞けばよかったのに」

「面倒くさい。オリーブ食べる?」

「いらない」

「あ、俺に一個くれよ」

「はいどうぞ」

「ありがてえ。今は身体がお菓子以外の全てを求めてるんだ」

 

 それから食事中、サリーの姿を見て驚く人がちょくちょく現れたり、中には挨拶に声をかけてくるギルドマンもいた。

 サリーはその全てにいつも通りのペースで返し、苦笑されていた。

 

 変人扱いされてはいるが、煙たがられているわけでもない。

 王都ギルドじゃそこそこ長い間名物人間やってたんだなぁ、こいつ。

 

「お? サリー! なんだサリー、そっちのは新しい旦那か?」

 

 そしてたまに、酔っ払ったおっさんギルドマンがそんな絡み方をしてくる。

 未亡人になって結構経つからこそ言える軽口だな。

 

「モングレルが僕の新しい夫かぁ。周りからはそう見えるのかな。どう思う?」

「サリーと夫婦とか勘弁してくれよ。俺は親から“エールの炭酸を抜いて飲むような女とは結婚するな”って言われて育てられてきたんだぜ」

「はははは! 言われてるぞサリー!」

「シュワシュワのどこが良いんだ……」

 

 まぁ食生活は壊滅的かもしれないが、衛生観だけなら我慢し合えるかもな。サリーも潔癖だから感覚が近いといえば近い。

 

「モングレルもいい年でしょう。結婚はしないんですか?」

「嫌だよ結婚なんて。一人身は気楽で良いぞ、モモ。うるさく言う奴はいないし、好きなことができるし」

「ダメ人間ですね……」

 

 火の玉ストレート投げてくるやん……。

 

「再婚か。モモも成人したしそれもありなのかな」

「えぇー……今更何言ってるの母さん……もうそんな歳でもないでしょ……」

「まぁそうなんだけどね。けど、産む時の辛さや子育てを経験しても不思議とまた産みたいなと思ってしまうんだよ。モモにも遠からずわかるよ」

「……知りたくないし、母さんのそういう話あんまり聞きたくない」

 

 わかる。親の生々しい話って嫌だよな。

 

「まぁ僕なんかよりも先にまずはモモの番だよ。僕の再婚が嫌なら孫の顔を見せてくれ」

「……そっちが本命じゃない。もう……」

 

 孫、孫かぁ。

 この世界じゃ結婚と出産も早いから曾孫なんて言葉もそこそこ使われるんだよな。

 

 子を産んで子育てして、サリーも親らしい考え方ができるようになったんだろうか。

 孫を欲しがるなんて実に人間らしい考え方じゃないか。

 

「次に生まれる子には全属性の英才教育が施せそうだなぁ」

 

 いやそうでもないかもしれん。

 やっぱ親としてのサリーはわりと微妙だわ。

 

 まぁ稼ぎが良いからこの世界の基準で言えば、だいぶ恵まれているんだろうけども。

 

 

 

 



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ほろ苦いゼリー

 

 ケンさんが貴族にお菓子を振る舞うお茶会を明日に控えた今日。

 宿に集まった俺たちは、お菓子作り最後の調整段階へと入っていた。

 調整ってなんぞねと思うかもしれない。だがこれを避けては通れないのだ。

 人はそれを味見と呼ぶ。

 

「無事に完成しました……数々の素材を吟味し、王都で集められる最善の食材で作り上げた、ゼリー付きアイスです……!」

 

 その完成品を見て俺はびっくりした。

 なんせ俺が特に教えてもいないゼリーが生えてたからである。

 

「えっ……ゼリー? なんこれ……まさかコーヒーゼリー……?」

 

 ケンさんが試しで作り上げたお菓子には、白いアイスの他に黒っぽいゼリーが乗っている。

 それはもう、どう見てもコーヒーゼリーでしかない何かであった。

 

「コーヒーってなんだい」

「ゼリーは聞いたことありますけど」

「おや、モングレルさんはゼリーをご存知でしたか。大抵は料理に使われる、水気を半透明に固める手法ではありますが……この前お話にありましたクラゲの話を聞いてビビッときましてね。お菓子に流用してみたのですよ」

 

 マジで料理漫画特有のインスピレーションじゃねーか! 

 

「ゼリーの原料としては宮廷料理などにも使われる天然食用膠を用いました。それによって、麦とナッツとナーガの皮を深煎りしたお茶を固め、アイスと一緒に冷やしたのがこちらになります。アイス単体の甘さを焼き菓子と共にいただくのももちろん良いのですが、付け合わせとしてこちらのほろ苦いゼリーを一緒に食べることでより満足感が得られるということなわけですよ」

「すげぇ……すげぇよケンさん! まさか自力でここまでのものを作っちまうなんて……!」

 

 もうこんなんコーヒーゼリーとイタリアンジェラートじゃん。しかも焼き菓子付きだ。

 麦も深煎りすると結構コーヒーっぽくなるもんな。こいつは味にも期待できるぜ……! 

 

「ぬふふ……さて、このままだとすぐに溶けてしまいますので、みなさん是非試食されてください。何か意見などがあれば、遠慮なく仰っていただければ」

 

 そういうわけで試食が始まった。

 貴族の人らよりも先に食うお菓子だ……不味いはずがねぇぜ! 

 じゃあ早速、いただきまーす。

 

 むしゃぁ……。

 

「うめぇ……」

「ん! 冷たくて美味しいです! 口の中でとろける感じがして! こっちの黒いのもつるつるしてて良いですね!」

「苦い」

「この苦いのが良いんだろ……うん、香ばしい麦とナッツの香りが良い感じだ……それがこの濃厚なミルクのアイスによく合っている……」

「ぬふふ……この麦の香ばしさはウイスキーにも合うのですよ……!」

 

 そうか、同じ麦を原料としているからこそウイスキーともマリアージュするってことか……。

 

「こいつはやられたぜケンさん……俺の知らない間にまた一つ腕を上げたな……」

「ですかねぇ……私自身、腕が上がっているのかどうかよくわからないんですよね……なにせ私、こうした“成長”しか身に覚えがないもので……」

「言うねぇケンさん……もはや明日の唯一の懸念は貴族の前で放たれるそのビッグマウスくらいなもんだぜ……」

「ぬふふふ」

「ぐふふふ」

「なんなんですかこの二人……」

「仲が良くて良いことじゃないか。モモ、僕のこのゼリー食べる?」

「……まぁ、食べますけど」

 

 ひとしきりケンさんとぬふぬふ笑い合ったところで、時間は三時過ぎ。

 おやつの時間も終わって陽も傾き始める頃だった。

 

「さて、私はここ数日お菓子開発に余念がなかったので……今日は早めに休ませていただこうかと思います。明日は早起きして、万全の状態で臨まなければなりませんからねぇ」

「こんな早くから?」

「もちろん早めの夕食を摂ってからになりますけどね。その後はもう就寝としますよ。モングレルさん達は明日までご自由になさってください」

 

 本番に向けて前日からの張り切った調整。さすがプロだぜケンさん。

 

 ちなみに明日のお茶会にはケンさんはもちろん料理人サイドとして出ることになるが、俺たち護衛役は建物前でケンさんを引き渡したらショボい感じの待合室で待機することになるようだ。

 間違ってもお茶会に出席することも、レゴール伯爵の顔を見ることもないらしい。悲しい。

 まぁ伯爵だもんな……一介のギルドマンが易々と接触できる相手ではないってことだ。

 

 調理補助としてケンさんと一緒に厨房に忍び込めねーかなーと思ったりはしたけど、そこは普通にケンさんに固辞された。

 自分の手でやらないと気が済まないらしい。そりゃそうだわな。

 

「さて。じゃあ僕たちは贔屓にしている薬屋に行ってくるよ。そこの知り合いに挨拶と、ついでに買い物もしないといけないからね」

「お、薬草園の近くに行くのか? 俺もそっちの方に用があるんだが、一緒に行くか」

「あ、私たちの行く薬屋は薬草園から離れているんですよ。そっちは魔除けの香草を栽培してる所ですよね」

 

 なんだ行き先違うのか。

 

「じゃあ別行動だな。夜になったらまた宿に戻ってくるとしようか」

「そうだね。……おや、もう寝てる」

 

 ふとサリーと同じ方向に目を向けると、ケンさんは早くもベッドで小さないびきをかいていた。

 連日研究続きで疲れていたんだろう。なんともお菓子作りに熱心なおじさんだ。

 

「……寝ている邪魔をしたら悪いから、早めに出ましょうか」

 

 モモの言葉に満場一致で頷き、俺らは再び王都に繰り出した。

 ケンさんの買い物の護衛もやってはいるけど、なんかほとんどは王都観光してばっかりで申し訳ねぇな。

 帰りに何かケンさん用の面白い香料でも買っていくか。

 

 

 

 薬草園。

 薬草と聞くと、ゲームの序盤でお世話になる回復薬ってイメージは強いと思う。

 ラノベなんかだと低級冒険者が森に入って採取してるやつって感じかもしれないな。

 

 ハルペリアではわざわざ便利な薬になる素材をいちいち森で採取してくるなんて面倒なことはしない。

 景気良く畑をドーンと使ってそこで大々的に栽培するのが、ハルペリアの薬草だ。

 量産して製薬して各地に送り届ける。ポーションの一大産地がこの王都インブリウムなわけだ。

 

 インブリウムは元々、魔除けの薬草が自生する野原だった。

 魔物が嫌う香りムンムンのハーブがそこらじゅうにあるものだから、昼も夜も滅多なことでは何も寄りつこうとしない。

 そんな天然の安全地帯がハルペリアの中心部になるのは必然だったんだろう。

 時が流れ、道が舗装されたり様々な建物で都会として賑わっているが、昔ながらの魔除けの香やポーションなどは今でもインブリウムで作られ続けている。

 レゴールに出回る魔除けの香のほとんどもここ、インブリウムの薬草園で栽培されている。

 

「いやー、くせぇな」

 

 言葉にすれば伝統ある由来だが、実際にその薬草園に近づいてみると普通に薬草臭い。匂いの強さとしてはドクダミと似たパワーがある。

 だからまぁ、お香にする時はわざわざ他の心地良いタイプの香料を混ぜているんだろうな。そのままだと臭すぎて困る。

 

 薬草園の近くには点々と民家や店もあるし、道も変わらず舗装路だ。

 近所の人からするとデカ目の公園のある住宅地って感じかもしれないな。

 歩いている人も普通に見かけるし、少し通りを行けば市場もある。

 この辺りがピンポイントで活気がないのは薬草畑があること以外に、そっから漂う匂いがキツいってのもあるんだろうなぁ。

 

「まぁ魔物のスタンピードみたいなやつが起きてもここだけは助かりそうな匂いではあるが……」

 

 そうやって薬草園を眺めながら歩いていると、前からドンと人がぶつかってきた。

 あえなく俺のフィジカルで弾き飛ばすところだったが、お互い転ぶことなく無事だった。

 

「す、すみません」

「いや悪い、俺も前を見てなかった。怪我は無いか?」

 

 相手は女だった。背の高い、黒髪の、大人しめのロングスカートを着た、どこか凛々しげな……。

 

 ……いや、レオじゃん。

 

「あ……」

 

 俺が“見ちゃいけないものを見てしまったか? ”と思ったのと同時に、向こうも俺の顔を見て“見られちゃいけないものを見られてしまった”みたいな顔をしている。

 気まずい。と思うより先に、俺の頭は昼過ぎに摂取した糖分のおかげで超高速回転した。

 

 よし、気付かないフリをしよう。

 

「この薬草園を見ながら歩いてたから、ついうっかりしてたんだ。悪いなお嬢ちゃん」

「おじょ……は、ハイ……」

 

 レオは顔立ちが綺麗だし化粧がされていればなるほど、確かに女に見える。

 服でも頑張ってカバーしてる感じはあるし、知り合いじゃなかったら気付かなかったと思う。

 けどまぁやっぱ面影があるからすぐにわかるわ。

 

 わかるけど……なんでお前女装してんの? ウルリカの故郷のしきたりか何か? ていうかレオがいるってことはアルテミスも王都に来てるのか……そういや前にライナから任務があるって話は聞いてたが……。

 

「怪我は……ないです、ありがとうございます……」

 

 顔を見られないように俯いて、頑張ってか細い声を作ろうとしているのがとてもいたたまれない。

 いたたまれないけど、ここで俺が“レオくんオッスオッス”と言ったら彼の自尊心が完全にぶち壊れて憤死することになりそうで無理だ。俺にはシラを切る事しかできねえ……。

 

「まぁ、なんだ、ほら。お前みたいな可憐な子は、あまり一人でぼんやりと歩いてたら危ないぞ」

「え、あ……ハイ……」

 

 キェエエエエエ! シラの切り方がクソ! ゴミみたいなナンパみたいになった! 

 

「じゃあ気をつけてな!」

 

 堪らず俺は退散することになった。

 道のど真ん中でぶつかった挙句、化石になった乙女ゲーくらいでしか聞かないようなセリフをヒリ出したせいで俺の精神はもうボロボロだ。

 

 なんで普段ナンパもしない俺が男とわかってる相手にこんなセリフを吐かなきゃいけないんだ……。

 

 いや、でもこれもレオ少年のプライドを守るためだ……。

 人の趣味は色々……大丈夫、俺は気にしないさ……せっかく知り合いのいない王都に来たんだ、好きにやれ……。

 

 でもなんかちょっと虚しい気持ちになったから今日は色町近くで客引きのおねーさんを冷やかしながら飲もうかな……。

 

 

 

「エレオノーラ、待たせてごめーん! 買ってきたよーってアレ、どうしたの? 顔赤いよ?」

「……ううん、なんでもないよ、ウルリカ。ちょっと……散歩してたら、よろけそうになっちゃって」

「あはは、靴が普段のと違うもんねー。どうする? もう着替えちゃう? なんか付き合わせちゃったみたいだし……」

「……ううん、せっかくだし、もう少しこのままでいるよ」

「ほんと? やった! いやー、やっぱり仲間がいると心強いなぁー」

 

 



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伯爵邸の待合室

 

 お茶会当日。

 俺たちは王都インブリウムの貴族街にやってきた。

 貴族街といっても高級住宅地みたいなもんで、街が広くて建物が綺麗なだけの区画って感じかな。貴族街に入るまでに一つだけ身分を検める関所があるだけで、そこもケンさんの依頼証があればほぼ素通りだった。

 

「レゴール伯爵邸までお連れします。ついてきてください」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 ただしそこで、俺たちには案内役という名の監視者がついてくる。

 まだ20代前半くらいの若い男だ。多分、従士かなんかだろう。

 言葉通りの道案内と、途中で粗相をさせないようにするための係だな。

 

「……さすがに王都の貴族街に来たのは初めてだな」

「そうなのですか? 私はもう何度も入ってますよ!」

「おーすごいすごい」

 

 遠目に見えるハルペリアの王城。そして立ち並ぶ魔法の塔。

 なだらかな地形は攻められやすいとは言うが、あれだけのしっかりした建築物はもはや要塞だ。ちょっとやそっとの部隊じゃ攻めきれないだろうな。その寸前まで切り込まれる状況になってたらもはや詰みってのは置いといて。

 

「こちらがレゴール伯爵邸になります。別の案内の者が来ますので、しばらくその場でお待ちください」

 

 到着したのはレゴール伯爵邸。

 煉瓦造りのおしゃれな建物で、防御性能とかはほとんど考えてなさそうな見た目をしている。貴族の建物としてそれはどうなんだと思うところはあるが、それだけここ貴族街の治安を信頼しているのだろう。

 

 もちろんレゴール伯爵の拠点はレゴールなので、この建物は王都におけるレゴール伯爵の別邸だ。だいたいの偉そうな貴族はこうしたお屋敷を王都の貴族街に持っている。

 逆にショボめの貴族は王都に来ることはそんなにないから別邸を持たず、貴族向けの高級宿を取ったりするらしい。結果的にどっちが高くつくのかはわからん。

 

 ……しかし、まさか俺が貴族の家にお邪魔することになるとはな。

 しかもレゴール伯爵だ。感慨深いもんだね。

 

「緊張してきましたねぇ、ケンさん」

「そうですか? ようやくお菓子を振る舞えるので楽しみなくらいですが……」

 

 心臓に冬毛でも生えてんのかな? 

 まぁ今日のお茶会が早くも無事に終わりそうなオーラが出てて良かったぜ……。

 

「お待たせしました。……菓子職人のケンと護衛二人……ああ、護衛三人に変更になったと書いてありますね。それでは中へどうぞ。道を逸れることなく、付いてきてください」

 

 こうして俺たちは伯爵邸へと足を踏み入れたのだった……。

 

 さあ、いくぜケンさん! 

 最高のアイスクリームを作って貴族を驚かせてやろうぜ! 

 

 

 

「それでは護衛の皆様はこちらの部屋でお待ちください。ご用の場合はそちらの鐘でお呼びくださいますよう……」

 

 で、入って早々にケンさんとは隔離されてしまった。

 あなたはこっち。あんたはそっち。荷物だけはこっちで預かってやる。そんな感じだ。

 俺のバスタードソードも預かられちまった。まぁ当然のことである。けど腰から無くなったらそれはそれで寂しいな……。

 

「あとはケンさんのお茶会が終わったら、一緒に帰るだけですね。どれくらいかかるんでしょう」

「さぁなぁ。貴族のお茶だし長いんじゃないか? 茶菓子のおかわりなんて求められたら応じなきゃならんだろうし、結構かかるかもな」

「それまでは待ちぼうけだね」

 

 俺たち護衛役の待たされている部屋は、まぁ貴族の屋敷だし綺麗ではあるんだけど、変に調度品の少ない寂しい部屋だった。

 ローテーブルの椅子。あとは窓際にちょっとした花が置いてあるだけだ。

 なるべく物を壊されたり盗まれたりしたくないという貴族側の意志を感じるぜ……。

 

「まぁお茶と簡単なお茶請けがあって助かったよな。しかもベルを鳴らせばおかわりも持ってきてくれそうだし。時間いっぱいまでたらふくお茶でも飲んでやるか」

「意地汚いですね……」

「あ、向こうに飾ってある花は庭にも植えてあったやつだね」

 

 白磁の綺麗なティーカップにお茶を注ぎ、クイッと優雅に飲む。

 うん、若干スパイシー。お茶というかチャイというか……まぁ身体には良さそうな味してるよな。

 

「うーん、高級な貴族のお茶を飲みながら庭園を眺める……これだけで充分に優雅なお茶会ってやつじゃねえか……」

「そのお茶別に高いやつじゃないですよ」

「窓の外から見える庭は裏庭だしあまり褒めるような場所でもないよ」

 

 文化力でマウント取って楽しいかよ……? 

 良いんだよ俺が良いって言ったらそれは良いものなんだ。その広い心こそが心の豊かさなんだ……。

 

「裏庭だってそうケチつけるもんじゃねえだろ。ほら見てみろよ。木とか……草とか花とかあるし……」

「まぁ人目につきにくい場所でもよく整えてあるよね。さすがはレゴール伯爵邸だ」

 

 庭が綺麗で、掃除が行き届いてて、ウンコの匂いもほぼしない。それだけで俺にとっては文化的なお屋敷だよ。

 

 

 

「こちらの部屋でお待ちください。中には同じレゴールからのギルドマンの方々も控えていらっしゃいますので」

「あら、そうなのね。案内ありがとう」

「いえいえ」

 

 しばらくお茶飲んでダラダラしていると、入り口から話し声が聞こえてきた。

 さっきの使用人の声と……シーナの声だ。

 

 ははーん完全に理解したわ。いやあまり理解してないけど。アルテミスがこういう系の仕事で来てたんだなってのは理解したわ。なるほどな。

 

「お邪魔するわ……って、サリーさんじゃない」

「おや。“アルテミス”諸君。そちらも護衛かな」

「モングレル先輩!? なんでいるんスか!」

「居ちゃ悪いかよ。いや、でも驚いたな。お前らの王都の仕事もこっち絡みだったのか」

 

 部屋に入ってきたのは“アルテミス”の面々だった。そして今日は珍しくおばさん弓使いのジョナさんもいる。王都でのデカい仕事だからついてきたんだろうか。

 ゾロゾロと部屋の中にやってきて一気に華やぐ……と思いかけたが、これでも男はしっかり三人いる。

 

「あ、やあ……モングレルさん」

「おう。先にお茶いただいてるわ」

 

 そして昨日何故か女装してうろついてたレオは、今日は普通の格好をしていた。

 わかった。そういうことなんだな? 良いだろう。知らんぷりしておくさ……。

 

「モモちゃんどうしてモングレル先輩と居るんスか」

「護衛ですよ護衛。お菓子職人さんを王都までお連れする任務を受けたんです。……母が」

「あーっ、あの変な笑い方の人っスか!」

「こーら、ライナ! お貴族様のお家でそういうこと言わない!」

「いたたた、ウルリカ先輩痛いっス!」

 

 なんともまぁ賑やかなことで。

 

「なぁシーナ、そっちの任務については聞いても良いのか? どうして王都に?」

「……まぁここにいる人にだったら隠す必要も無いわね。私達は今お茶会に出ている人の護衛よ。王都からレゴールへ観光に来るんですって。それまでの間は……弓の指南とか、お話とか、色々ね」

 

 はー、なるほどそういうことね。

 そりゃまた随分長丁場になりそうな任務だ。ライナの誘いに乗らなくて良かったかもしれん。

 

「あなた達はお茶会が終わった後はすぐに王都を離れるのかしら」

「多分な。まぁケンさんの気分次第なとこもあるけどよ。長居する理由は無いから明日の朝にはさっさと発つんじゃねえかな」

「そう。……これは相談なんだけど、うちの土産物が随分と嵩張ってるから、余裕があるならそれをモングレル達で持って帰ってくれない?」

「ああ? そんだけ人数いるのになんでそんなことに……こっちも荷物があるからタダじゃやらねーぞ」

「銀貨これでどう」

「是非丁重に運ばせていただきます」

「卑屈すぎますよモングレル!」

 

 いや、向こうもレゴールに戻る時には大事な護衛任務があるだろうからな……俺たちもギルドマンの一員として、助け合わなきゃいけねぇだろ……こういうのは……。

 

「サリー。先ほどここの家令から給水の依頼があった。私の手伝いをしないか」

「また給水か。僕なんかがやるよりナスターシャ一人で充分だと思うけど……まぁ構わないよ。後で行く」

「私もやります!」

「ああ、どうしようか。モモも連れて行っていいかな」

「構わない。人数は多いほど良いからな」

 

 そう言って、魔法使いの三人組は部屋を出て行った。

 給水……魔法の水をタンクにジョバジョバする地味なお仕事である。

 このくらいのデカいお屋敷ともなると色々なところで水を使うことになるから大変だろうな。

 

「先輩先輩モングレル先輩、私たち王都観光してきたっス。ヒドロアの神殿とか満ち欠けの群塔とかすごい良かったっス」

「おうおうライナ、王都を楽しんできたか。神殿すごかったろ、お布施とかも」

「それっス! めっちゃ高いお布施がないと入れないから中は見れなかったっス! モングレル先輩は中に入ったことあるんスか」

「まさか。外で神殿に向かって拝んでるジジババたちと一緒に拝んだだけだよ。あんな料金設定詐欺だよ詐欺」

「あーやっぱそっスかー」

 

 ライナは初めての王都を楽しんでいるらしい。まぁこういうのは一度目はテンション上がるよな。

 一通り見終わった後はどうか知らんけど。

 

「レオも王都は初だろ。どうだった?」

「あ、うん。そうだね、やっぱり人が多いね。レゴールにきた時も都会だと思ったけど、ここはそれ以上だ。店を見て一日で回りきれないなんて初めてだよ」

「ねー、色々売ってて楽しいよねー」

「ウルリカは買いすぎ」

「あはは、お金すっからかんになっちゃった。でも大丈夫! 護衛でお金入るし!」

「刹那に生きてんなぁ……あ、どうもどうも」

 

 ジョナさんがお茶汲みをしてくれた。ありがてぇ。

 けどこの人数じゃお湯足りないな。使用人さんを呼ぶしかねえ。

 

 ……ケンさんのお茶会も盛り上がっているだろうか。

 レゴール伯爵と、あとなんか貴族の偉い人。アイスクリームに驚いて、喜んでもらえたら俺も嬉しいな。

 

 ……あとはケンさんが変なこと言って無礼討ちされてないと良いんだが。

 

 



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ウィレムとステイシーのお茶会

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

「タイが曲がっておりますぞ」

「う、うむ」

 

 ああ、何故老いた男にネクタイを直されなくてはならないのか。

 答えは決まっている。私が未婚者だからだ。

 こんな時に妻がいれば、きっとやってもらえるのだろう。そんな噂を聞いたことがある。

 

 だが私は今日、その妻を得るための第一歩を踏み出す。

 我が親友ナイトオウルの末妹、ステイシーさんとのお茶会があるからだ。

 

 お茶会とは言うが、今回のこれはほぼ見合いと言っても良い。

 参加者は侯爵家と私だけ。向こうの侯爵家も、ナイトオウルとステイシーさんの二人のみだ。しかもナイトオウルは途中で気を利かせて席を外す予定らしい。本当に、彼には何から何まで頭が上がらない……。

 

「ウィレム様、そう緊張なされますな。今日はあくまでお互いをより知るための簡単なお茶会。そのような初夜を目前にした童貞のような態度ではレゴール家の品性が問われますぞ」

「アーマルコよ……私は例え話の仕方でも品性は問われるものだと思うのだが……」

「それだけ流暢に返せれば問題は無いでしょう。さあ、記念すべき夫婦の第一歩ですぞ。気合い入れていってらっしゃいませ」

「うおおお、押すな押すな! 行くから! 一人でちゃんと行けるから!」

 

 全くなんて執事だ……。少しは主人の心を労ってくれよ……。

 

 しかし、事前に準備は整えている。あとは行くだけなのは間違いない。尻込みしても仕方あるまい。

 

 ……ステイシーさん。

 私よりも年下の、可憐な少女。最後にあった時は、若草色のドレスを着ていたっけ。

 

 兄たちの会話に入ることはなく、常に一人でひっそりと過ごしていた子。

 物静かで、神秘的な雰囲気のある子だった。

 

 彼女は今、どんな風に成長したのだろうか。

 

 ……楽しみになってきた。

 よし、行くぞ! やるぞ! ハキハキと挨拶して、笑顔で、なんかこう、楽しく……!

 

 さあ、いざゆかん。お茶会へ……!

 

 

 

「お、ウィレムさん。久しぶりだな」

「……?」

 

 入念にセッティングしたお茶会用の客間に入ると、そこには既に親友のナイトオウルと……背の高い、パンツルックの、スタイルの良い女性が席に着いていた。

 

 アップスタイルと呼ぶにはざっくりと纏められた黒髪。

 ぱっちりとした青い目。勝ち気そうな大きな口。

 そして女性らしい、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる身体……の上を覆う、服の上からでもわかる筋肉。

 

 いや、スタイルは良い。良いが、明らかに筋肉が見える。

 

「あれれぇ、おかしいな……目が霞んでしまったかな……」

 

 おかしいな。ステイシーさんといえば深窓の令嬢といった、大人しくて理知的な雰囲気の子だったはず。

 いや、きっと何かの見間違いだろう。ほら、目を開けてごらん。そうすればそこにはフォークより重い物など持ったことのないような儚げな女性が……。

 

「今日はお茶会に誘ってくれてありがとうな、ウィレムさん。しっかし本当に久しぶりだな! でも前会った時と変わってなくてちょっと安心したわ! はっはっはっ!」

「おい、ステイシー。もう少し猫を被れ。引いてるぞあいつ」

「はぁ? 結婚する相手を前に猫被ってどうすんだよ兄貴。こういうのは最初から全部見せておいた方が遺恨もねぇだろうが」

「全く……そんなだから結婚できないんだろ……」

 

 ……あれれぇ……? おかしいな……夢から覚めないや……。

 

「おいウィレム、呆然とする気持ちは察するに余りあるが、まぁこんな奴なんだ。ひとまずテーブルにはついてやってくれ」

「う、うむ。そうだね……」

 

 危うく現実逃避しかけたが、ひとまず席に着いた。

 テーブルの向かい側には……ステイシーさんがいる。ステイシーさんだよね? どうだろう、ひょっとしたら違うかもしれない……。

 

「改めまして、ステイシーです。ステイシー・モント・クリストル。そこのヒョロ長兄貴の妹です」

「真面目にやれ」

「あ、どうもご丁寧に……私はウィレム・ブラン・レゴール伯爵です……」

「いやこれっぽっちも丁寧ではなかっただろ……悪いな、本当に……よく言い聞かせてはあったんだが……」

 

 どうやら本当にこの女性がステイシーさんで間違いないらしい。

 ……私とは違う、とても活動的で、感情豊かそうな人だ。とても眩しい。

 

 ううっ……なんとなく今日会うのは自分と波長が合いそうな女性だと思い込んでいたから、ギャップが……。

 

「あー、そうだな、ウィレムはステイシーと会うのは久しぶりだったか。前に会った時は随分と猫被ってた頃だもんなぁ……」

「あの頃は猫被ってねぇよ、ただ良い子だっただけだよ」

「同じだろ」

「……と、とにかくステイシーさんと久々に会えて嬉しいですよ。はい……」

 

 このお茶会を開催するまでにステイシーさんの情報はある程度集めていたが、ほとんど手に入らなかった。

 私はそれを病気がちなせいかと思っていたけど、まさかこんな性格だからナイトオウルが表に出していなかったのか……。

 

「……ま、まぁ。そのですね。今日はステイシーさんとナイトオウルのためにとっておきのお茶とお菓子を用意しました。是非とも楽しんでもらえると嬉しいです……はい」

「おう、楽しみにしてるぞ」

「私も。それと、ウィレムさん」

「はっ、ハイ!」

「私は年下なんだから、もっと気楽に喋ってくれて良いよ。呼び方もステイシーでいいからね」

 

 ……う、うーむ……凛々しい女性だ……緊張する……。

 

「はい……ステイシーさん……」

「ふふ、全然気楽そうじゃないな」

「ステイシー、あまりいじめてやるな。元々こういう性格なんだよ」

 

 

 

 お茶とともに焼き菓子がやってきた。

 お茶は高木から摘んだ澄んだ味の紅茶で、最初の焼き菓子はバター多めでまろやかな味わい。

 レゴールらしい風味の品を味わってもらうべく、今回はレゴールから数人のお菓子職人を呼びつけている。

 ここ最近レゴールの菓子は発展が著しいので、王都暮らしの女性の舌も退屈させないはずだ。

 

「うん、美味しい! 良いなぁこのバターの香り! 私こういう味好きだよ、ウィレムさん!」

「そ、そそ、そうかい? それは嬉しいな……」

 

 幸い、ステイシーさんはお菓子好きな人だった。というより、食欲旺盛な人だった。

 想像していたような慎ましやかに食べるイメージとは全く違うけれど、用意したお菓子を楽しんでもらえたならそれはとても嬉しく思う。

 

「蜂蜜の増産からレゴールでは菓子屋が増えてね……新しいお菓子屋も増えているんだ。……アーマルコ、この焼き菓子を作った職人を連れてきてくれ。一言二言でも説明を聞かせてもらおう」

「は、かしこまりました」

「おー、それは面白そうだ」

 

 豪放で快活な気性……かと思いきや、ステイシーさんは案外、物静かだった。というより、変に口を挟まないタイプだった。

 私が喋っている時に遮ろうとはしないし、自分の考えを長々と叩きつけるようなこともない。

 雰囲気や話し方に反して、その辺りは非常に模範的で慎ましい女性であるように思える。

 

「そ、それで我々の菓子店では専属の農家の畑を一区画使わせてもらっていまして、そこで作られる原料をもとに理想的な生地を作っているのです……!」

「へえ、なるほどね。菓子に合った穀物を栽培してるわけだ」

「はいっ!」

 

 そして、意外と知性的だ。

 先ほどから料理人の蘊蓄をしっかり聞いているし、時々学がなければ出ないような質問を飛ばしている。

 鍛錬にかまけて婚期を逃しただけの女性とは何かが違う。これは果たして……。

 

「それじゃあ、俺は席を外しているぞ。後は若い二人でごゆっくり」

「な、ナイトオウル……行ってしまうのか……」

「女に慣れろよウィレム。そいつも一応女なんだからな」

「くたばれ兄貴」

 

 心細いが、ナイトオウルは私に気を利かせて席を外してしまった。

 残されるのは私とステイシーさんの二人。……私が話を先導しなければ……予定通りに……!

 

「おまたせしました。次のお菓子、ビターゼリーとアイスクリームになります」

「! お、おおアーマルコ、よくやってくれた。ステイシーさん、これ! このお菓子とても美味しいですよ! 是非味わって下さい!」

「ん、ああ……へー、これは面白い見た目だ。ん、氷? 氷菓子か。へえ……!」

 

 ちょうど良い時にお菓子が来てくれた。しかも今回のお茶会で楽しみにしていたアイスクリームだ。

 付け合せの焼き菓子とビターゼリーはアレンジだろうか。ふむふむ、なかなか美味しそうだぞ……。

 

「うむ、うむ……うむ! やはりアイスクリームは良い……それにこのゼリーも!」

「うん、冷たくて良い。……ふふ、ウィレムさんってば、子供みたいに笑うんだ」

「! ご、ごめんなさい。はしゃぎすぎました……」

「いやいや違うの、良いんだよそんな。……うん、焼き菓子も良い味してるね!」

 

 私も食べる手は人より早い自覚があるが、ステイシーさんも私に追いつかんばかりに食の早い人だった。

 それに、美味しそうに食べてくれる。表裏が少なくて、素敵だな。

 

「アーマルコ、こちらのアイスクリームを作った料理人も呼んでくれ」

「は、かしこまりました」

「……これも王都には無いお菓子だね」

「うん。つい最近町にできたばかりの店なんだ。創意工夫がすごくてね、私もたまにお忍びで行くんだよ」

「へえ! 意外、そういうタイプには見えなかったな」

「そ、そうかなぁ……」

 

 そしてしばらくしてやってきた料理人は、店で見るよりもなかなか主張の激しい人だった。

 

「ぬふふ……このお菓子に合う紅茶はですねぇ……もっと濃くしなければなりませんねぇ……二倍の茶葉でよく蒸らし、濃く出す……そうすることで私の焼き菓子とゼリーと一緒に、美味しくいただけるようになっているのです……! ここにあるお茶ではあまり良いとは言えませんよぉ……そして、アイスクリームにはウイスキーなどもとてもよく合うので……」

「申し訳ございませんケン様、時間ですのでお引取り願います」

「ちょ、離して下さい! なんですか貴方は! まだ私の解説は終わっていませんよ!?」

「お二人とも失礼致しました。それでは続きをお楽しみください」

「やはり王都! 王都は私を拒むというのか!」

 

 そしてこちらが口を挟む隙の無い長話がアーマルコによって中断され、奥へと引きずられていった。

 ……なにやら個性の強い料理人だったが、ステイシーさんはそれを見てからからと笑っていたから良しとしよう……。

 

「あー面白い……こんな楽しいお茶会は久しぶりだよ、ウィレムさん」

「ど、どうもありがとうございます……」

「……私は、幼い頃に自覚したギフトを活かすためによく剣術の訓練をしててさ。女の子らしいことをやるよりは、うちの騎士団に混じって泥に塗れている方が長かったんだよ。それが私の性にも合ってて」

 

 そう語り始めたステイシーさんは、遠い目で溶けかけのアイスクリームを見つめている。

 

「馬術の訓練をして、遠乗りして、野営なんかもやったりしてね……貴族の出も多かったけど、みんな粗雑な連中ばっかりで。けどそれが居心地良くてさ、こんな礼儀知らずの女になっちまったんだ」

「……なるほど」

「そのせいか同い年の女子のお茶会なんて退屈でたまらなくてさ。適当な理由をつけて断ってたら、呪われてるなんて噂されるわ病弱扱いされるわ色々な繋がりが消えるわ婚期は逃すわで……今になってこうやって、お相手を探しているのさ。笑えるでしょ」

「うん……けど、ステイシーさんは騎士団で過ごしていたことを全く後悔していないみたいだね」

「ん、わかる? そうなの。私、今でも結構騎士団に顔がきくのよ。一時期は名前を変えて部隊長なんかもやってたしね。ついた仇名が“剣豪令嬢”。ひどい名前でしょ」

「そ、それはすごい」

 

 なるほど、ステイシーさんの筋肉はただの筋肉じゃない。質実剛健な筋肉だったんだな……。

 部隊長となると腕前も相当だろう。貴族女子が遊び半分でできるものじゃない。

 

「……けど、それもおしまい。さすがに侯爵家(モント)で未婚の女騎士は外聞が悪いって兄貴にせっつかれて、こうしてお見合いをやっている。ああ、でもさっきも言ったけど、このお茶会はすごく楽しいよ。お菓子も好みだし、ウィレムさんの話も退屈しないから」

 

 ……人の目を、まっすぐに見る人だ。

 私は……そういう、人の目を見るのが、とても苦手なのだが。

 

 しかし今はもう、目をそらすわけにはいかないのだろう。

 怖くともまっすぐに見据えて、彼女に向き合わねばならない時なのだ。

 

「す、ステイシーさん。貴女がそうして結婚しようと考え始めたことはわかった。けどステイシーさんは、ええと、何故……その、他の貴族ではなく、私と……?」

「あれ、兄貴から聞いてなかった? 去年私についた親衛騎士の一人が、ウィレムさんのことを話してたんだよ。それでウィレムさんに興味が湧いてさ」

「あ、そうでした……聞いてました、はい。ええと、ブリジットさんだったかな」

「そう。あの子がまた面白い子でね、いや彼女のことは良いんだけどさ」

 

 ステイシーさんがテーブルの上で前のめりになり、近づく。私は思わず腰が引けてしまった。

 

「レゴールで類まれな善政を敷いている領主。謎の発明家ケイオス卿を真っ先に受け入れ、様々な手法で領地を発展させた先見性のある傑物……ブリジットはそう、貴方のことを評していたよ」

「……傑物って……いや、私はそんな……」

「実際、傑物でしょう。それは収穫の数字にも出ているしね。私はそれで貴方に興味が湧いた。どんな男かこの目で見てみたいって思ったんだ」

 

 ステイシーさんの青い瞳を見て、ああ、やっぱり兄妹なんだなと思った。

 彼女もまた、とても真面目な為政者の一人なのだろう。そう教育された、才媛なのだ。

 

「……ステイシーさん。私は……女の人が怖い。というより、他人がみんな怖い」

「ええ、それも聞いてる」

「正直、結婚に向いていない人間だと思っている。いろいろな面において……だから、私からステイシーさんに自信を持って示せるのは、私のレゴール伯爵としての地位だけだ」

 

 私は自分に自信がない。これは生来のものだ。

 客観的に見て魅力が無いこともわかっている。そんな私と婚約するメリットはひとつ。貴族としての地位と、結びつきだ。

 

「私とステイシーさんが婚姻することで、レゴールとクリストルの間で強い結びつきが生まれる。きっと、レゴール領は横槍も減って、より安定する……と思う。クリストルの影響力も、より増してくる……はずだ。なにより私自身、独り身ではいられない歳だし……私の抱えているレゴールを何十年後かに、瑕疵の無い状態で次代に継承してゆかねばならない。貴族としてね……」

「……なるほど」

「だから、その。ごめんなさい、ステイシーさん」

「えっ」

「私はあの、情熱的なお誘いの言葉とか、面白さとか……そういうのは……無理です。期待しないでください……女性にとって胸躍るような関係にはきっと、ならないと思います……レゴールも活気づいてきましたが、王都ほどの華やかさには欠ける街で暮らしていただくことになると思います……けど、その上で、どうか。わ、私とお付き合いしていただけないでしょうか……」

 

 私がそう言うと、ステイシーさんはぽかんと口を開けたまま固まった。

 そして間をあけて、笑い出した。

 

「あっはっはっは! いや、面白いなウィレムさんは! 自信が無いのにお誘いそのものは単刀直入なんだもの!」

「いや、その……きっとステイシーさんはそういう言い方の方が好みだろうと思いまして」

「当たり当たり! うんうん、歯の浮くようなセリフを期待してたわけじゃないし、まどろっこしいのは苦手だから助かるよ……!」

 

 上機嫌? 喜んでいる? きっと嘘ではない。けど、どこか不服そうな色も見える気がする……。

 私はまた何か、失敗してしまったのだろうか……?

 

「……けどねウィレムさん。どうせだったら私は情熱的な恋愛ってやつもしてみたい」

「え」

 

 ステイシーさんが真剣な表情になって、テーブルの上の私の手を握りしめた。

 指の皮の厚い、逞しい手だった。

 

「婚約しましょう」

「え、え、」

「その上で、私と結婚するまでの間に考えておいてくださるかしら? この品のない粗忽な女を、一時でも乙女にさせるような……とっておきの方法を」

 

 その時のステイシーさんの笑顔は、とても優美で、魅力的なものだった。

 

「……“剣豪令嬢”が夢を見るには、ちょっと遅すぎたかしら?」

「いえ!」

 

 私はステイシーさんの手を握り返した。思わず、強く。

 

「わ、私は……きっと貴女を。ステイシーさんを、えと。乙女に……させられるように。あの……頑張ります……ので」

「ふふ、ふふふ」

「よ、よろしくおねがいします……」

「あっはっはっはっ! もう、そこは最後まで自信持って言い切ってほしかったなぁ!」

「す、すみません」

 

 ああ、やはり女の人は苦手だ。苦手だけど……。

 

 この素敵な女性を楽しませてあげたい。

 結婚しても退屈させず、後悔させたくない。そう思った。

 

 これが惚れたということなのだろうか。私は自分の気持すらまだよくわからないけれど……。

 

「では、お茶しながらもっと色々話しましょうか。まずはお互いのことを知らなくちゃ。戦争でも恋でも、きっと同じなんでしょう?」

「は、はい。政治でもきっと、同じだと思います……」

「ふふ、ウィレムさんの政治の話もちょっと聞きたいわね。私、あまりそういう話は得意じゃないけれど」

 

 ステイシーさんがとても魅力的な人だということだけは、間違いないだろうと思えた。

 

 

 

 

「ギルドマンの皆様、失礼致します。こちらの方をしばらくこの部屋で預かってもらえますでしょうか。どうもこだわりが過ぎるお方のようで……」

「うおおお! せめて解説を! ゼリーを作るまでに至った私の長き苦悩のエピソードだけでも!」

「やべぇ!? ケンさんがマジで無礼討ち一歩手前みてぇなことになってやがる!? 落ち着けケンさん! 伯爵家でそれはやべーって!」

「なんなんスかねこれ」

 




「バスタード・ソードマン」の総合評価が80,000を超えました。すごい。

いつも当作品を応援いただきありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


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レゴールへの帰還、あるいは帰宅

 

 ケンさんがつまみ出されたりと色々あったが、伯爵邸でのイベントというかトラブルはそのくらいのもので、他は特に何もなく無事に……無事に? 終わった。

 明らかに不敬ななんぞをやらかした感のあるケンさんに当初は俺もビビっていたが、追って沙汰が下るなんてこともなく、ケンさんの首は皮一枚切られることもなく済んだ。

 俺が本人だったら変な汗が止まらなくなるようなトラブルのはずだが、ケンさんはつまみ出されてからというものずっと“何故私の解説を聞かないのか……”と愚痴っていた。わりと前から知ってはいたけど、ロックな人である。

 

 で、お菓子のお披露目が終わってしまえば俺たちはもう王都に用はない。

 ライナたちと会って早々ではあったが、護衛でゆっくり帰るアルテミスの連中と無理に旅程を合わせる理由もなかったので、俺たちはさっさと王都を発つことに決めた。

 というか、ケンさんが“やはり王都は……”とかなんとかうるさかったので、即日引き上げることになった。

 

 いや、俺知らねえよ? お茶会とか見てないし何してたのかもわからないから知らねえけどさ?

 多分だけどケンさんが悪いよ。

 

「やはりレゴールから私のお菓子を広めていくしかないみたいですねぇ……」

「……まぁ、あれだな。ケンさんはお菓子職人なんだから、人前で喋ることなんて無くて良いんだよ。美味いお菓子を客に食わせて、ケンさんはカウンターの向こうで黙って腕組みだけしてりゃそれで充分だ。とことん味だけで勝負する……それが真のお菓子職人ってやつなんじゃねえかな……?」

「な、なるほど! 確かに……!」

 

 職人気質の人は無理に喋らない方がいい。そういうもんである。

 

 

 

 行きも帰りもよいよいである。王都から馬車に乗ってレゴールへと帰るが、特に何かが出るということもない。

 人や馬車が多く通る道なので野生生物も“なんかここらへんあぶねーな”ってなるから魔物も少ない。一応それなりに外に意識を向けてはいるが、ぼーっと景色を見ているだけの仕事である。

 

「モングレル、アルテミスから預かった荷物を覗いたりしてないでしょうね!」

「しねーよそんなこと。預かり物を勝手に開けるかよ」

 

 帰りにシーナからかさばるお土産品を預かっていたので、帰りはその大荷物と一緒だ。レゴールに着いたらまずはこの荷物をクランハウスまで届けなきゃいけないな。

 

「知ってましたかモングレル。こういった荷物は開けて中を見るだけでも犯罪になるんですよ。ポーションの箱の封を剥がしただけで犯罪奴隷になった人の話を聞いたことがありましてね」

「へー」

「聞いてます!?」

「いや聞いてる聞いてる。そこそこ気にはなってるぞ」

 

 馬車の外ではジェリースライムが空に浮かび、遠くでふわふわと風に流されている。

 

 そろそろ春本番だ。細かい仕事で忙しくなる季節がやってくるぜ。

 

 

 

「いやぁ助かりましたよモングレルさん。サリーさんとモモさんも。お陰様で無事に王都での仕事を終えることが出来ました。まぁ、少々思うところのある仕事になってしまいましたが……お菓子そのものは好評だったそうですので、まあ良しといったところでしょう」

 

 レゴールに着いた俺たちは、ギルドで任務の達成報告を行っていた。

 依頼主本人がいてくれると報告が楽になるのでありがたい。お菓子に関する人格にはすげー問題のあるケンさんだが、お菓子が絡まなければ普通に人格者だからなんか不思議だ。

 

「うん、僕も久々の王都で楽しかったよ。次の機会があるならまたアイスクリームが食べたいな。ゼリーはいいや」

「母さん、失礼」

「ぬふふ……食べたければ店を開いていますので、来ていただければ。春はまだもう少しだけアイスクリームを少量提供できますから、お早めにどうぞ」

「なぁケンさん、王都でウイスキーは仕入れたかい?」

「ええ、ひとまず二本だけですが、お菓子に使えるだろうと思いまして買いましたよぉ」

「ヨッシャ!」

「うわっ……モングレル本当にそのお酒好きなんですね……」

 

 俺も色々と王都で買い物をしたが、ケンさんがウイスキーを買ってくれたのならちょくちょく通うことにしよう。

 前に俺が買ったやつもあるが、そっちはバルガーと一緒に飲んだ時にかなり減ったからな。できるだけセーブしなきゃならん。

 

「また何かありましたら、皆さんの手をお借りしたいと思いますね」

「ああ、予定が無けりゃ手伝うからいつでも声掛けてくれよな、ケンさん」

「ええ、その時は。ぬふふ」

 

 そんな感じで、俺たちのちょっとした王都旅行は終わったのだった。

 

 

 

 アルテミスのクランハウスに荷物を届けに行ったり、王都で買ってきたお土産を方々に配ったりと色々やっていたら夜遅くになってしまった。

 最後は“スコルの宿”の家族にお土産渡して終了だな。

 

 この世界じゃ一週間以上泊まってもいない宿に金を払い続けるのは変人の所業らしいが、俺としては長期で泊まる宿屋は賃貸物件みたいなものだと思っているので問題ない。実際そういう使い方をする奴も他に全く居ないってわけじゃないからな。

 

「おーい帰ったぞー」

「あらっ、モングレルさんじゃないの! 久しぶりに顔見たわねぇ、忘れるところだったわよ」

「ひどいっすね」

 

 女将さんは夕食を作っているところだった。狭い食堂スペースでは宿泊客の何人かがメシを食っている。レゴールに人が増えてからは宿泊客も微増して、経営が上向いているらしい。何よりだぜ。

 

「はいこれ、王都土産な」

「あらーお香ね! 良いじゃないのーこれ欲しかったのよー」

 

 いやまぁこれくれって頼まれてたんでね。欲しいもの持ってきますよそりゃ。

 

「モングレルさん私には何かないの!?」

「私も……」

「僕も!」

 

 マリーさんの子供のジュリアとウィンとタックも厨房から湧き出て来た。

 お前たちは先に芋の皮剥いてからにしなさい。

 

「あー、お前たちにもお菓子買ってきたから。みんなで仲良く分けて食うようにしなさい」

「やったー! 高いやつ?」

「ありがとう、モングレルさん」

「食べる!」

「あんたたち! お菓子より先に手伝い済ませてからにしな! 引っ叩くよ!」

 

 女将さんが怒鳴りつけ、それにジュリアが先鋒となってギャーギャーと言い合いが始まる。

 お母さんは肝っ玉だが、子供は子供で反骨心に溢れた跳ねっ返りばかりである。毎日バイタリティが高すぎて俺みたいなおっさんにはついていけねぇよ。

 

「じゃ、ここに置いとくんで食べて下さい。あ、ついでに後でお湯お願いします」

「はいよー!」

 

 ちなみにガキどもにあげたお菓子は王都でケンさんが作りまくった焼き菓子の残りであることは内緒である。

 頑張って食ってくれよな。俺はもうさすがに飽きた……。

 

 

 

「ふぃー、やっぱうちは落ち着くな……」

 

 お湯を貰ってほどほどにさっぱりしたら、眠くなってきた。

 買ってきた色々なものだとか着替えの始末だとかをやらなくちゃいけないんだが、なんかもう今日は全部億劫だな。明日やろう。

 

 それよりも部屋に溜まってる手紙の確認が先だ。

 

「……結構あるな」

 

 部屋の扉には手紙の投函ポストのようなものがあって、というか俺が提案して付けてもらって、個人宛の手紙や通知なんかはそこに入れてもらうように言ってある。

 メルクリオとか商売絡みで繋がりのある相手とかから伝言代わりにたまに届いたりするので、チェックは怠れない。

 

 実際、メルクリオからの手紙も一通届いていた。

 

「商売で伝えなきゃいけないことがあるので一度来てくれ……か。危急ってほどじゃないが、対面で話さなきゃいけない重要事項って感じだな……」

 

 正直明日からは討伐で息抜きしたかったんだが、仕方ない。メルクリオの露店に顔出すか。

 

 他の手紙はギルドからの拡張工事の作業者募集の報せと、精霊祭準備のための軽作業員募集、志願兵募集のお知らせ……まぁよくある広告ばかりだな。

 端切れとはいえたくさんの宿やら家に配る分を用意するのは大変だろうに、しっかりと量産するのだから大組織ってのは随分羽振りがいい。まぁおかげでこっちもメモ用の端切れが手に入って嬉しいんだけどな。

 

「拡張工事もやりてぇけど久々にパイクホッパーをどつき回したいな……今は金に困ってるわけじゃないし……いや、どうせ祭りで金が溶けるか……」

 

 パン一になってベッドに寝転び、するとすぐにまぶたが重くなってくる。

 慣れない宿とは違う、まさに実家のような安心感だ。

 

 ……自分の家をレゴールに持とうと思ったことも無いわけじゃない。

 けど、いざという時には全てを捨てて出奔するって可能性もゼロじゃないからなぁ……そういう意味じゃ深く根を張るのもどうなんだっていう……。

 

 ……毎回これ考えちまうなぁ……。

 

 まあいいや。寝る前に難しい事を考えていても、眠って起きればウダウダとしたことは全てさっぱり忘れているものだ。さっさと寝ちまえ。

 

「スヤァ……」

 

 俺の意識は闇に落ちた。

 

 そして、その日は前世の夢を見た。

 クリスマスのケーキ屋に並んでチーズケーキとショートケーキを買う夢である。

 

 ……こんな夢を見といてなんだけど、今は別にケーキとかも食いたくはねえかな……。

 明日からは肉食と粥の生活に戻らせてもらうぜ……。

 




当作品の評価者数が3400人を超えました。

いつもバスタード・ソードマンを応援いただきありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


お礼ににくまんが踊ります。


ヾ(*・∀・*)ゞ フニ…フニ…


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量産型の侵略者

 

 春の任務が一気に増えた。

 

 代表的なものはパイクホッパーの討伐だろう。そこらへんの土からポコポコ出てきたクソデカバッタどもである。とにかく神出鬼没で出現数も多いものだから、農家だけでどうにかできる仕事ではない。

 割のいい討伐任務とは決して言えないが、稼ぎの少ない冬を越えた年若いギルドマンにとっては程よい仕事だ。レゴール郊外でキャーキャー言いながら頑張っている若者達の姿をよく見かける。

 

 それともう一つの仕事が大発生目前のジェリースライムの捕獲、及び討伐任務だ。

 こっちはジェリースライムを見つけて適当に網とか鈎棒みたいなもので捕まえれば良いだけなので、簡単なパイクホッパー討伐よりも更に楽にできる。

 俺もこの時期になると適当なジェリースライムをふん捕まえて浄化水を作ったりしている。ペーストにしたジェリースライムと数倍の水を混ぜた、まぁうっすい中性洗剤みたいなやつだな。感触がなんかヌルっとしててキモいけど爪の間の汚れとかがよく落ちるからなかなか使える。これを希釈を弱めにして灰を混ぜると更に強力な洗剤として利用できるからみんなも作ってみてくれよな。俺は一度自分で作ってみたら手がクソほど荒れたからもうやらないことにしている。

 

 久々に討伐なり捕獲なりしたいので、本当ならバッタかクラゲかどっちかをやりたい。

 やりたいんだが……今日は黒靄市場に行かなければならない。

 宿に届いた手紙で、メルクリオからの呼び出しがあったからだ。商談に関わる話だろう。なるべく早めに行ってやった方が良いはずだ。

 

「一応メルクリオに売ってもらう小物は作っておいたから、それも持っていくか……」

 

 ついでに王都で買った土産のお香も持っていこう。雑多な人に配る用の小さなお香が入ったセットだ。こいつが地味に容器の蓋がゆるいせいで俺の好きでもない匂いが部屋に溢れて困っている。感謝しなくていいから引き取ってもらいたいくらいだぜ。

 

「しかしメルクリオの話ってのはなんだろうな……」

 

 ちょっと前には差別的な奴にぶん殴られたりして怪我を負ったあいつだ。

 また危ない目に遭ってないと良いんだが……。

 

 

 

 黒靄市場にやってきた。いつも通りのうらぶれた市場である。

 変な形の傷ついた野菜だったり、流行りでもなんでもない微妙な手作り人形だったり、革の端材を加工して作ったツギハギの手袋や靴を売ってたり……あいも変わらずアングラな場所だ。

 けど数年前よりはずっと人も多いし、通りも綺麗になっている。そこらへんで酔っ払って倒れているおっさんも少ない。良いことではあるんだが、ちょっぴりさみしいもんだな……あの限界感が漂っていた黒靄市場が大人しくなっちまって……みたいな。いや、綺麗なのは良いことなんだけどね。客も増えたし。

 

「よう、モングレルの旦那。任務で王都に行ってたんだってな。おつかれさん」

「おーメルクリオ、久しぶり。手紙見たよ手紙、どうしたんだ一体。あ、これお土産ね」

「ありゃ、良いのかい頂いちゃって。すまんね旦那。んー、良い香料だ」

 

 見たところメルクリオに怪我は無いようだった。露店にもしっかり新商品を並べているし、俺が委託した商品も完売したってわけでもない。

 さて、俺は一体なぜ呼ばれたんだろう。

 

「……実はねぇ旦那。旦那に頼まれて売った商品の一つでちょっとばかし問題が発生してさ……」

「なに。故障か? ……あまり複雑な機構のものは……作ってるけど、壊れるほどじゃないと思うんだがな」

 

 脳裏に浮かぶ十徳ナイフ。あれは複雑ではあるが、壊れるようには出来ていないはずだ。結構頑丈だぞ。

 

「いやそういうのじゃない。旦那は一切悪くないんだが……いや、実際に見てもらった方が早いだろうな。今後の旦那からの委託販売にも差し支えるかもしれない話だ」

「おいおい、穏やかじゃないな。どっかの店から嫌がらせでも受けているのか?」

 

 レゴールでも依然として、サングレール人っぽい連中への風当たりは強い。

 このメルクリオだってれっきとしたハルペリア人だが、色々とあるせいでこうした黒靄市場でしか店を構えることができないほどだ。早い話が嫌がらせを受けやすい。

 ……もしメルクリオの店にひでえちょっかいを掛けているようなら、俺も出るとこ出ちゃうが?

 

「問題の商品は……こいつだ」

「おお、これが……えっ、これが……?」

 

 メルクリオは後ろの荷物から、一本のアレを取り出した。

 アレというのは例のアレである。こう、なんかこう酷く見覚えのある……片手ではちょっと持て余すけど両手持ちでは短い感じの……バスタードなサイズの棒だ。

 

 オブラートに包んで言えば、俺の分身を象った棒である。

 

「よく見ろモングレルの旦那」

「いや何このプレイ……ん? おかしいな、俺そんな素材で作ってないぞ」

 

 メルクリオが無駄に神妙な顔で掲げているこのジョークグッズ(ソフトな表現)、俺が作った時はホーンウルフの角から削り出した乳白色のものだった。

 しかしこれは赤い。褐色に近い赤だ。なんともまぁサイズも臨戦態勢な上に色合いまで臨戦態勢になってしまっている。いやそんなのはどうでもいいんだが、この素材がまたおかしい。

 

「……陶器、か?」

「そう……こいつは陶器製の道具だ。しかも形には見覚えがあるだろう? 旦那」

「ああ、忘れるはずもねえ……自分で作ったものだし、何より三十年近く一緒にいた文字通りの“相棒”だ。いや他人の相棒を知ってるわけじゃないけど、苦労して作った部分もほぼそのままだし……まさか」

「そう、その“まさか”だ」

 

 メルクリオは俺の相棒を持ったまま深刻そうに頷いた。

 

「モングレルの旦那のこいつを原型に……どこかで大量生産されている……!」

「あー大量……えっ、大量!?」

 

 思わずデカい声出しちゃったよオイ。

 

「そう、こいつは数日前に売り始められた石棒だ……レゴールの色街にある、こういう夜の道具を取り扱ってる専門店で何本も売り出されているらしい……しかも安い値段でね。黒靄市場で転売されているのを見かけなきゃ俺でも気づけなかった……」

「え……待て待て、そんな店……ああ、あったなそういえば。あれか、山羊の腸とか膀胱を使ったコンドームとか売ってる店か」

「コン……? ああ被せ物か。そうだ、その店だ。……やられたよ。どうやら俺が売った客の一人に店の回し者がいたようだ」

 

 そうか……まぁ原始的な形してるからな。型は簡単に作れるだろう。釉薬をたっぷり使えば危ないってこともない。量産するなら確かに陶器とかの方が向いている。

 

 ……まさか俺の知らない所で究極完全体グレートモングレルのコピー品が出回るとはな……いやいや、勘弁してくれよ……なんで俺の分身が勝手に量産されなきゃいけねえんだよ……。

 

「な、なあメルクリオ……その……量産型モングレルは一体どれくらい出回ってるんだ?」

「わからねぇ……だが色街も最近は賑わっているからな。この手の道具がよく売れてるって話だ。型を取ったってことはその分の費用を回収して余りある程度には作るんだろうな……モングレルの旦那の、ブフッ……モングレルをな」

「あれ? お前今笑わなかった?」

「こっちが小さな店だってわかった上でその連中、堂々と量産しやがった。なぁモングレルさん……こいつを許せるかい? せっかくモングレルさんが頑張って……フフッ、作った道具をっ……」

「笑いながら喋ってるんじゃねーよ!」

 

 いやまぁわかった。何が起きているのかは完全に理解した。

 つまり俺の究極完全体グレートモングレルを元にした量産型モングレルが現れたってことだろう。しかも量産した連中は俺や俺の息子とライセンス契約を結んでいない。これは異世界基準で言っても結構悪どい商売だ。

 だが向こうからしてみればこっちは新参。しかもある意味で向こうの元々の商売を脅かすような品物を作っていた連中だ。言い分の横暴さはどうあれ、きっと悪いことをしてやったとも思っていないのだろう。

 

「どうする旦那……例の店に一言でも言ってやるってんなら、俺はついていくぜ」

「いや……いいです」

「……まぁ一応聞くぜ。なんでだい」

「いや……嫌だよ……恥ずかしいじゃん……」

 

 確かにこっちとしてはね? 無断コピーの大量生産だしね? 思うところはあるよ、うん。

 商売として健全でもないしね? けったいなことしやがるぜって思ってはいるよ。でもさ。

 

「お前は俺に言えっつーのか……! “道具のモデルである俺に許可なく量産するとは何事か”って……! 訴えろっていうのか……!」

「……フフッ……!」

「言いたくねーよそんなこと……! 何の刑罰だ……!」

 

 そんなカミングアウトなんてしたくねーわ!

 んなことで食い下がるくらいなら黙って量産を見守る方が千倍マシだぜ……! いや俺の息子を勝手にコピーして量産するのはやめてほしいけども……!

 現状そのコピー品に俺の顔写真と一緒に“私のを元に作りました”とか生産者表示がついてないから辛うじてスルーできるってだけだけども……!

 

「あーまぁそうだよなぁ……旦那からすりゃそうだよなぁ……」

「この件からは一切手を引くぜ俺は……いいよもう量産型モングレルについては……別の物を作っていけばそれでいいさ……」

「そうか、わかったぜ。……まぁ俺としても見かけたからには一応旦那に伝えておかなきゃいけなかったからな」

 

 まぁ知らない間に量産型モングレルを街で見かけてわけも分からずビビり散らかすなんてことが無くなるから良かったわ……。

 嫌だなぁ……この街にいる女の何人かが俺のモングレルを使って自分を慰めているなんて……想像しただけで……。

 

 ん? 想像しただけで……。

 いや、それはそれでなかなか……。

 

「どういうわけだか、今レゴールの色街は賑わっていてね。その影響もあって、需要が増えているんだろうって話だよ。知り合いの露天商から聞いた話だがね」

「まぁ人が増えれば活気も出るだろ、そういう産業は」

「いやね、それがどうも女達の男を喜ばせる技が一段上がったって話らしいんだよこれが。最近になってスケベ伝道師とかいうけったいな通り名の輩が様々ないかがわしい技術を広めたらしくてな」

 

 あっ……。

 

「それが色街に広まって各店舗に浸透した結果、レゴールの風俗店の評価が他より上がってるって話なわけさ。ま、だからもとを正せば全ての元凶はスケベ伝道師とかいう奴ってことになるのかねぇ。ククク、ひでえ名前だな」

「……ああ、全くもってその通りだぜ……!」

 

 そうか……色街が賑わってるのって……そういうことも影響するのか……。

 ……夜のお姉さん方も、日々頑張って勉強してるんだなぁ……。

 

「……というかメルクリオよ。どうしてお前がその量産型モングレルの現物を持ってるんだよ」

「ああ、これかい。これはまぁ旦那に見せるためにひとつ現品で持っておきたかったっていうのと……ま、あとは転売するためだな! こっちの商品が盗用されたんだ。量産品が出回る前に、少しくらいこいつで儲けさせてもらおうと思ってね」

 

 たくましい商人だなぁお前は……。

 でもさ……俺の分身を転売するのはちょっと……やめてもらえると嬉しいです……はい……。

 



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春のまったり虫退治

 

 俺の分身が多重影分身してレゴール中に散らばった事件を知らんふりしつつ、俺は春の任務に勤しむことにした。

 人は仕事に熱中することで悲しい思い出から逃避することができるのである。

 

 まずはパイクホッパー討伐だ。

 レゴールの隣村の近くにある林から湧き出たパイクホッパーを適当にぶち転がす任務である。

 近くの農家は畑に入ってくるパイクホッパーは始末するが、わざわざ林に踏み入ってまで討伐に乗り出そうとはしない。そこらへんの面倒くさい討伐が俺たちに任されているわけだ。

 この林ってのは毎年魔物の発生源にもなっているが、周辺農家の入会地みたいに地元民のための材木供給場所になっているせいで潰すわけにもいかないという。

 

「よーし久々に討伐やるかー」

 

 ご無沙汰だったバスタードソードを林の中でぶん回し、枯れた蔓草をザクザク斬りながら進んでゆく。

 虫系の魔物は警戒心も薄いというか単調な行動しか取らないので対処は簡単だ。

 適当に音を出して刺激すれば向こうから来てくれるし、あとは迎え撃つだけの簡単なお仕事である。

 

 持ってきた小鍋をバスタードソードの腹でガンガン打ち付け、バッタを誘う。

 すると土に浅く埋まっていたパイクホッパーたちがのそりと顔を出し、次々にこちらへと近付いてくる。

 しかしこいつらの動きは決して早くはない。適当にこっちが軸をずらすように移動して、横っ面を殴るように剣でズバーンすればそれでオーケーだ。

 不安なら胴体を狙うより少し離れて後ろ足の付け根をスパッとやれば結構うまくいく。

 

「久々に剣振るな」

 

 突進をひらりとかわし、脚を落とす。バランスを崩したパイクホッパーの上に飛び乗り、脳天に剣を突き立てる。

 そこに飛び込んでくる他のバッタたちを足場に、同じように額を狙ってザクザクと……。

 

「おぶッ」

 

 なんて舐めた戦い方してたら着地狩りの突進を食らって吹っ飛ばされた。

 土の上に転がって服が汚れちまったよ。駄目だな無駄にスタイリッシュな戦い方は。身体能力だけ高くても漫画みたいな動きはなかなかできないぜ。

 

「普通に戦ったほうが楽だわ」

 

 横っ腹を剣で斬り裂く。鉄板入りの靴で思い切り蹴っ飛ばす。そこらへんが一番の正攻法だ。

 結局この方法でさっさと十匹ほどのパイクホッパーを駆除し、俺は今日の仕事を終えた。

 

 

 

「さて」

 

 で、その夜。

 俺は野営地で一片の白い肉と向き合っていた。

 

 肉片の大きさは手のひらほど。質感はシーチキンみたいな繊維質で、脂っぽさはほとんど感じられない。

 

 実はこれ、パイクホッパーから採れた肉である。

 蹴っ飛ばしたり斬り飛ばしたりで大立ち回りをした後、一匹の死体の上にこの綺麗に切り取られた肉が都合よくボテッと乗っかっていたのだ。

 どんな斬り方をしたのかなんて全く覚えていなかったが、可食部であろう場所が偶然にも綺麗に切り分けられていたってわけ。

 

 パイクホッパーの肉は食えるらしい。

 俺は結構前からそれを知っていたんだが、実際に手を付けたことはない。

 前の蜂の子だってちょっと引きながら食ってたくらいだしな。どうしても虫は抵抗があるんだ。パイクホッパーは可食部が少なめだし解体も面倒だって聞いてたからな。尚更手は出ない。

 

 しかし都合よく切り出された肉が目の前にあると、それはそれで興味を惹かれる。

 自分でちょっとグロいものを見て解体するのはげんなりするが、偶然解体済みの肉があるってんなら試しに一口……そんなノリで、ちょっと用意してみたというわけだ。

 

 ……サングレールでは一般的に食われているらしいんだけどなぁ、こういう虫肉も。母さんも時々食ってたし。ただハルペリアではあまり一般的ではない。虫食らいってのは貧乏人とかサングレール人を揶揄する差別用語みたいな扱われ方をしているしな。

 

 けど、虫は自然界の貴重なタンパク質であるという話は有名だ。俺だって男の子。興味がないわけじゃない。

 なので今日は炭火を使って、この虫の肉を焼いていこうと思う。

 

 初パイクホッパーにチャレンジだ。

 

「まずは焼く」

 

 串打ちした肉を炭火にかざす。で、塩を振る。あとは焼き上がるのを待つだけ。

 以上。

 

 ……いやまぁ初めて食う素材をわざわざ凝った調理法でごちゃごちゃにするのもあれだしな。最初はシンプルな塩焼きですよもちろん。

 

「おー普通に肉の匂いがする」

 

 しばらく焼いていると、白っぽい肉にうっすらと焦げ目が付いたあたりで良い匂いが漂い始めた。

 完全鶏肉とかそれ系の匂いだ。ここまでくると虫っぽさは全く感じられないし、忌避感もどこかに飛んでいった。そもそもこの肉片自体に原型がなかったし。

 

「で、味は……」

 

 焼き上がったパイクホッパーの肉をムシャァ……。

 

 ……うん、鳥のささみっぽい味がする。普通に美味い。癖がなくてめっちゃ食いやすい。

 

「なんか……ゲテモノ感がほとんどないな……」

 

 もっと虫特有の味がするのかなーと思ってたら、口の中に広がるのは知ってる肉を組み合わせたような無難な味だった。なんとなく初めて亀とか蛇とか蛙の肉を食った時の穏やかな感動に似ている。普通すぎて意外性がないアレだ。

 

 なるほど、金のないギルドマンはこの季節パイクホッパーを解体して肉を食うとは言うが、確かにこれは良い食事になる。何匹か仕留めるだけで満足いくタンパク質が摂れそうだ。

 ディアやボアには遠く及ばないそっけない肉ではあるが、シチューとかに入れたら美味いかもしれないな。

 

 

 

 翌日、近隣の農家に軽く報告してからレゴールへと帰還する。

 パイクホッパーの討伐証明部位は額の甲殻なのでちょっと嵩張るが、ここはベチャベチャ汚いわけではないので俺的にはアリな部位だと思っている。ゴブリンの鼻とかサイクロプスの目玉よりはずっとマシだ。

 袋の中でカタカタと乾いた音を立ててくれるのは癒やしですらある。

 

 東門の解体所にその袋を持っていき、ギルドに提出する証書を作ってもらう。

 春のここはいつも忙しそうだ。

 

「ん。確かにパイクホッパーの額10個だな。ほれ、もっていけ」

「うぃー、どもども。あ、ロイドさんお香いるかい? 王都土産で買ってきたんだが」

「あー、俺にはそういうのはいい。どうせここでの仕事の匂いは香り付け程度じゃかき消せんからな。他のやつに渡してやれ。気持ちだけ受け取っておく」

 

 小物の多い春は処理場は大忙しだ。人手は多いが奥の方ではいつも忙しそうにしている。若い働き手も何人かいるが、匂いがつくからかやはりあまり人気の業種ではない。

 

「じゃあまたな、ロイドさん」

「おー」

 

 皮剥ぎをしながらのそっけないロイドさんに別れを告げ、俺はギルドへ向かった。

 

 

 

「うーん、まぁこんなもんだよな……」

「はい、特に報酬が上下する任務ではありませんからね」

 

 で、ミレーヌさんに報酬金を貰って、あまりの期待通りな額面になんとも言えなくなる。

 アイアンクラスでもできる仕事だけあって稼ぎはしょうもない。これだけしょうもないとわざわざパイクホッパーから肉を剥ぎ取りたくなる気持ちもよくわかるな。

 

「まぁ今はそこまで金に困ってないから良いんだが……祭りの前に一度ドカンと稼いでおきたいんだよなぁ」

「うーん……ブロンズ以下で受注できる高額の仕事は今のところありませんね……あ、ひとつだけありました。よその支部から来たシルバーランクのパーティーからの依頼で、バロアの森の案内をしてほしいという任務です。森の案内ですね」

「おー……」

「乗り気ではないようですね?」

「まぁな。今はそんな感じじゃない」

 

 気分が乗ってる時なら森の案内くらいならタダでも良いんだが、今はなんとなくソロでやりたい気分なんだよな。

 ソロで気ままに剣振って、それでいて金も稼ぎたい。……ま、それはちと贅沢だったか。

 

「モングレルさんがよければですが、それでもバロアの森を気にかけてもらえると助かりますね。この時期は新参のギルドマンが深入りしがちですから……」

「あー、そうだなぁ……また子供が増えたもんなぁ」

 

 春ということもあり、レゴールに仕事を求めて若者がワラワラと集まってきている。春と秋は忙しいシーズンだ。……そして舐めた装備と動き方をするせいでバロアの森で死んでいく若手が後を絶たない。

 

「じゃあ次は森の仕事を考えてみるよ。他ならぬミレーヌさんからの頼みだもんな」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 まぁ、その前に一日二日ほどレゴールで遊ばせてもらうけどな。

 何日か集中して働き、その後何日か集中して休む。

 ギルドマンは気楽な稼業ときたもんだ。

 



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森の見回りと四人組

 

 ミレーヌさんに「やれ」と言われたので、「はい……」という流れでバロアの森にやってきました。ブロンズ3のモングレルです。

 

 受けた任務は自由狩猟。まぁ適当に常時討伐出てる対象を好きに探して狩っちゃってっていうやつだ。

 具体的な報酬が出るわけではなく、“森に入って規則の範囲内で狩りしていいよ”っていう任務である。まんま猟師だな。妙な表現をすれば採集ツアーと言い換えても良いだろう。

 金儲けにはあまりならないが、明確にターゲットを定めずに五目狩りするにはちょうど良い任務だ。今日もゆるーく適当に森をぶらついてなんかやっていくぜ。

 

 が、目的の一つは新人を遠くで見守ることだ。

 調子に乗って森の奥の方に行ってないか見回ったり、変な違法罠を仕掛けてないか巡回したり。

 あとはまぁ、春によく湧き出る犯罪者の取締なんかも機会があればやっておきたいな。

 とにもかくにも、春は変なのが出てくる季節だぜ。

 

 

 

「みんな、投擲武器用意!」

「おうっ!」

「いけるぜー」

「こっちも!」

「放て!」

 

 まだまだ幼さの残る掛け声と共に、一斉に飛び道具が投げ放たれる。

 飛んでいくのはダートや手斧など、一般的かつ使いやすい道具たちだ。

 

「ギッ」

 

 それが一匹のパイクホッパーに突き刺さり、甲殻の下の組織まで傷つけた。

 特に手斧の威力は凄まじく、硬そうな退化した羽根部分をパックリと割った上で中まで到達していた。

 

「よし、左右から脚を狙って落としていくぞ!」

 

 号令をかけているのは“最果ての日差し”のリーダー、まだまだ青年くらいの歳のフランクだ。

 最初会った時は空気の読めねー奴だなとちょっと距離を置いてたが、こいつがなかなかガキ共のまとめ役として優秀だった。

 今ではそれなりの人数になったって話だ。八人くらいだっけな。ほぼみんな同い年くらいとはいえ、よくもまあそんな人数でパーティーを崩壊させずに運営できるもんだよ。俺には無理だ。

 

「よし。じゃあ解体に入ろうか。肉も忘れずにね! ……ふー……あ、モングレルさん! 僕らの戦い、見てたんですか?」

「おうフランク。なかなか良い連携じゃないか、すごいぞ」

「ありがとうございます! ……みんな、モングレルさんが“良い連携だった”ってさ!」

 

 フランクが解体作業中の少年少女たちに声をかけると、そこでようやく気づいた連中が一気に騒がしくなった。

 

「マジか、まぁ今の上手くいったもんな」

「誰も怪我しないしね」

「ブロンズ2に昇級するのも間近なんじゃない? えへへ」

 

 いやぁ子供は無邪気なもんだな。なんだかんだこいつらは邪気少なめの子供で見てて癒やされるよ。

 見えてないところで犯罪に手を染めてる若いギルドマンなんて俺が知らないだけでかなりの数いるだろうからな。その点こいつらは超正攻法で突き進んでるから見てて安心できる。

 

「お前たちはもうみんなブロンズ1なんだっけ?」

「ええ、そうですよ。まだまだ実入りの良い護衛任務は受けられないですね……」

「ねー、お金足りないよ」

「春の討伐で稼いで遠出できるだけの実力と金を稼いでるところなんだぜ!」

 

 おーおー、希望を見据えて頑張ってるなぁ……。

 俺はチート身体能力があるせいでその辺りの段階を踏まずに生きてきたからちょっと聞いてて心苦しいところがあるぜ……。

 

「あ、けどですね! 最近はレゴールの拡張区画でお得意さんができたんですよ!」

「お得意さん? 拡張区画に?」

 

 拡張区画というとレゴールの城壁を更に外側に作り直し、新たな居住区を作ろうという一大事業だ。そこのお得意さんというと……新区画に店を構える予定の連中ってことか。

 

「拡張区画に大きな食品店を出す予定の人達がいましてね。レゴール在住のハーフたちで集まる互助会があるのですが……モングレルさんはご存知ですよね?」

「ああ、まぁな。ロゼットの会だろ?」

 

 ロゼットの会。レゴール在住のハーフとかエルフとか、まぁそこらへんのちょっと人種的に肩身の狭い連中が集まる互助会だ。

 仕事の斡旋、住居の紹介、葬式、看病、まぁ色々だな。そこまで大規模な組織ってわけではないが、小さいわけでも新興組織ってわけでもない。

 サングレール人とのハーフはレゴールにも結構いるし、そういう人らはこういう互助会を頼りに生きてる奴も多いんだ。メルクリオも一応この互助会に入ってるしな。知り合いも結構いる。

 

「はい。そのロゼットの会が立ち上げたロゼット商会がですね……あ、モングレルさんもロゼットの会に?」

「いや、俺は入ってないよ」

「え!? そうなんですか!? そ、そういえば一度も見てないや……た、大変じゃないですか……?」

「いや俺はハルペリアで一番金を稼げるブロンズクラスのギルドマンだからな。そういうとこ入ってなくても生きてけるってだけだ」

 

 そう、俺は別にそのロゼットの会には所属していない。面倒くさいしな。

 町内会っぽい雰囲気ではあるんだが、どうしてもハーフ目線の連中で固まりがちな組織というか、結束してる分逆に排他的な部分があるっていうかね……。

 入ってたら入ってたで逆にちょっと……っていう部分もあるんだ。それが嫌で俺は所属していない。

 

「入ってると色々と助かるのに……とにかくですね、僕たちはそのロゼット商会から最近色々な仕事を請け負うようになったんですよ。拡張区画の工事の手伝いとか、搬入とか」

「薪割りでも討伐でもなんでもするんだぜ!」

「魔法を使ってお手伝いもします!」

「報酬もちゃんとまとまった額をくれますし、とても助かってます! ロゼット商会からの仕事を足場に、これからもっと色々な人から任務を任されるように頑張っていきますよ」

「おー……」

「……モングレルさん、反応薄いですね? 僕たちの活動に何か問題点がありましたか?」

 

 いや、全くもって無い。

 

「あまりにも問題なさすぎてな……お前たちの活動を陰ながら見守ろうかと思ってたんだが、必要なくてつまんねえなあと……」

「問題がない……なるほど! モングレルさんから見ても僕たちのパーティーは順調だと! 聞いてたみんな!?」

「おう!」

「成り上がるぞぉ!」

「美味しいもの食べたい!」

「クランハウスほしい!」

 

 またワイワイ騒ぎ始めちゃってまあ。

 ……よく見るとこいつらの髪色は、金とか白混じりの奴が多い。フランクとチェルだけでなく、ここに所属しているのは何かしら肩身の狭い連中ばかりなんだろう。

 そんな子供たちでも身を寄せ合って、うまいことやりくりしてギルドマンをやっている。たくましいもんだよな。

 

「その調子で頑張れよー」

「はい、また!」

「またねーモングレルさん!」

「今度何かおごってくださいねー!」

「いつでもパーティー入っていいですからねー!」

「それは断るー!」

 

 終始賑やかな“最果ての日差し”に別れを告げ、俺は森の奥深くへと進んでいった。

 

 

 

 しかしガキのギルドマンがキャイキャイ騒ぐだけあって、この時期のバロアの森はイージーモードって感じだ。怖い魔物が滅多に現れない。

 時々山菜を摘んでる若いギルドマンと出会うくらいで、みんなのほほんとしてやがる。

 ……なんだかんだ冬を越せるくらいのギルドマンだと、春で足元を掬われるってことはほぼ無いよなぁ……。

 

 そんな風にダラダラと歩きつつ、素揚げにすると美味い草をぷちぷち摘みながら歩いていると。

 

「誰かーッ!」

 

 遠くから助けを呼ぶ声が聞こえてきた。しかも女の叫び声である。

 よーし任せろ。俺がすぐに駆けつけてやるぜ!

 

 そう思って走ったはいいが、現地についてみるとどうにも様子がおかしい。

 

 そこには声を張り上げている若い女と、三人の小汚い男がいるだけだったのだ。

 女は別に男たちに乱暴されている様子じゃないし、男たちものんびりとした雰囲気だ。

 

「誰か……あ、来たよ一人。集団じゃない、一人だけの奴だ」

「おー、よくやったぜメグ、あとは任せな。……なんだブロンズか。服と荷物は良さそうだな」

「そこのお前。命が惜しければ装備を全てそこに捨てな。ブロンズ野郎には勿体ない」

「おい、見ればわかるだろ? 少しでも変な動きすればこの矢がてめぇの腹をぶち抜くぜ」

 

 どうやら女が助けを求める声を張り上げ、他の男三人が俺を仕留める要員らしい。弓が一人で二人が剣。つまり……盗賊だ。

 

「良かった。ここに助けを求める可愛そうな女はいなかったんだな……とでも言えば良いか?」

「へへへ。そうだ、ここにはいねぇ。おっと、お前は助けを求めるなよ? 大声を出せば即座に撃ち殺してやる。この矢には毒が塗ってあるんだぜ」

 

 すげーな。久々に見たよ真っ当な盗賊なんて。

 見ない顔ではあるが動きは手慣れてるっぽいし、余罪も結構ありそうな雰囲気がある。去年も似たようなのはいたが、今年も出会うことになるとは。

 

「さあ、何してるの? そこの混じり者、さっさと武器を捨てなさい。従えば命だけは見逃してあげる」

 

 見逃してたらお前たちなんかすぐ捕まってるだろ。生かす気なんてサラサラ無いのによくもまぁぬけぬけと。

 

 どうやらこの女が四人組のトップらしく、男たちを前に出して偉そうにふんぞり返っている。盗サーの姫ってやつか。まぁ確かにそこそこツラは良いけども……。

 

「お前ら、野宿続きで体臭キツそうだな」

 

 挑発しながら剣を構える。

 すると連中の表情が一気に冷たいものへと変化した。

 

「やっちまえ」

 

 その一言とほぼ同時に矢が放たれた。

 目にも止まらない速射。しかし、俺は既にその矢の側面に回り込み、剣を振りかぶっていた。

 

「ハァッ!」

 

 ブンッ。

 バスタードソードが空を切る。

 

「あれ、外した」

 

 野球の要領で飛んでくる矢を真っ二つに……と思ったんだが、ちょっとミートずれてたな。普通に空振ったわ。矢は後ろの樹木にぶっ刺さっている。矢羽に掠ったってこともなく、見事なワンストライクだ。

 

「こ、こいつ!」

「とんでもない動きで避けたぞ」

「落ち着け! 左右から斬り殺してやるんだよ! 私もダートを投げる!」

 

 恥ずかしいところを見たというよりは俺の素早い回避を警戒してか、連中が一気に陣形を変えて攻めてきた。

 本当に手慣れてるな。絶対指名手配されてるだろコイツら……。

 

 だが不幸だなお前たちも。

 

「この俺を獲物にしたのが運の尽きだぜ」

「ぐっ!?」

 

 相手が振り下ろしてきた剣を下から切り上げ、上に弾き飛ばす。そのまま腹に蹴りをぶっ刺して遠くへ吹っ飛ばす。次。

 

「うぁああッ! “強斬撃(ハードスラッシュ)”!」

 

 もう一人は目を赤く輝かせ、渾身の振り下ろしを見舞ってきた。

 スキルによる強力無比な斬撃だ。けどまぁそれも当たればの話。モーションもスキルの恩恵で多少は速くなるが、バカ正直にガードするまでもなくサッと横にずれて避けてしまえばいいわけで。

 

「人に使うスキルじゃねーだろバカ」

「おうぐッ……」

「次」

 

 横合いから股間を蹴りつけダウンさせた。

 残りは弓の男と投げ物の女だけ。

 

「くっ、だったら“(ハード)”――」

「遅い」

 

 のんびりとスキルを使って撃とうとしてきた弓使いに向けて、ポケットに忍ばせていたチャクラムを飛ばす。

 

「ぐあっ、痛……!」

 

 円形の刃は男の構えた弓の上側をスパッと気持ちよく切り飛ばし、弓は解放されたテンションが弾けて男の手から滑り落ちてしまった。修理しても難しい壊れ方だな。

 

「……み、見逃してくれる?」

 

 結局女はダートを一本も投げることなく地面に捨てた。

 そして今度は俺に媚びるような目を向けて、わざとらしく胸元をはだけようとしている。

 

「ごめんなさい……貴方、強いのね。負けたわ……ねえ、見逃してくれないかしら……一晩、貴方に好きなように抱かれるから……」

「俺はな」

 

 交渉の真似事をしようとする女を無視し、一気に距離を詰め、弓を持っていた方の男の顎をぶん殴ってダウンさせる。

 一瞬のことで声も出なかった。残るは女ひとり。

 

「不潔で嘘つきな女相手じゃ興奮できねえんだよ」

「……死ねッ!」

 

 案の定、女は胸元に針のような武器を隠し持っていた。毒針か何かだろう。刺されればやばい。

 

「てい」

「あふッ」

 

 だからまぁ、バスタードソードの腹で頭をゴーンとぶん殴って終わりだ。

 動きの悪い女の超近接武器相手に後れを取る俺じゃない。

 

 これにて全員退治完了だ。

 

「……けど、さすがに人数が多いな……」

 

 土の上に横たわる四人の男女。今はギリ気絶したり痛みでどうしようもなくうずくまっているが、そう時間をかけずに起き上がってくるだろう。

 大捕物といえば大捕物だが、こいつらを連行するのはちょっと面倒くさいな。

 

 

 

「おいこら、ほどけ!」

「降ろせよ!」

「ぶっ殺す! 顔覚えたぞ! ぶっ殺してやるからなぁ!」

「死ね混ざり者!」

 

 全員を紐できつーく縛り、頑丈そうなバロアの大木の横枝から吊るしておくことにした。

 “こいつら盗賊です”という文字と犯罪者の烙印マークを描いた端切れを樹木に打ち付けてあるので、偶然通りかかった奴が無警戒に解放することもないだろう。

 

 既に連中の装備らしい装備は全て奪っておいたので、あとはこれを持って帰りつつ誰かこいつらを連行する応援を呼んでくるだけだな。

 

「ミレーヌさんの言った通りだ。ちょっとは森に来てみるもんだな」

 

 未だギャーギャーうるさい犯罪者達に背を向けて、俺は他のギルドマンを探すことにした。

 

 

 

 幸い、帰り道の途中でブロンズクラスの暇そうに山菜摘みしているパーティーを見つけることができたので、連行のための人手に困ることはなかった。

 連中はそれでも最後まで必死に喚き散らし、俺たちの手を煩わせたのだが……。

 

 降伏するでもなく“見逃せ”と言ったり、連行を死ぬほど嫌がったりしたあたりでなんとなくわかってはいたが、取り調べという名の拷問によって連中を吐かせたところ、こいつらはどうも名のしれた盗賊だったらしい。

 犯罪奴隷をすっ飛ばしてそのまま死刑になるような凶悪な犯罪者集団だったのだそうだ。

 

 ハルペリアは公開処刑するような国ではないので、連中の死に様を俺が見ることはないだろう。

 けどこの国はとてもシンプルな手続きで刑罰が履行されるので、そう何日も生きられないだろうな。

 

 今更人が死ぬことについて、俺はどうも思ったりはしない。これは本当に今更すぎるからな。

 けど犯罪者を引っ立てることで稼いだ銀貨の重みには、まだちょっと慣れていない。

 少なくとも、後味はそんなによろしくねえな……。

 

 

 



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雨上がりのジェリースライム討伐

 

 盗賊四人組を捕まえた報奨金は、連行を手伝ってくれたブロンズのパーティーに一割ほど渡し、さらにもう一割を門番と衛兵たちと一緒の飲み代として気前よく使った。

 俺はレゴールにいる衛兵にはとことん媚びを売るぜ……いざという時に頼れるのも立ちふさがるのも衛兵だからな……。

 

 しかしそんなことがあっても、まだ結構な銀貨が手元に残ってしまう。

 さっさと使い切って気分を入れ替えようとも考えたが、もうじき精霊祭もあるしそこで使えばいいかと思い直した。今年の祭りも雑に買い食いすることが決定したな。

 

 あとはまぁ適当に都市清掃したり、クラゲを捕まえたりだ。

 時々ケイオス卿としての手紙作りもしているが、こっちは半端なアイデアをお出しするわけにもいかない。可能な限り試作と実験、計算を繰り返してから知識を書き留めるようにしている。

 サングレールに漏れても影響が少なく、ハルペリアでなら効果大な発明が一番だ。まだまだネタは尽きないが、条件を絞るとけっこうキツい。

 それでもまぁ衛生面の啓蒙はしてもし足りないレベルで街全体がうんこだから、俺はとことんまでやってやるけどな。今は流石に拡張区画の整備で使う便利な工具の設計図ってところだが……。

 

「はー……だっりぃ……なーんで廃棄物焼却任務受けた直後に雨なんて降るかなぁー……」

「しょうがないでしょ空の気まぐれだもの。屋根付きの施設でゴミを燃やせるわけないからねぇ」

「いい加減ごみ処理場にも屋根付けてほしいわぁ……翌日の燃えが悪くなるしさぁ……」

 

 俺がギルドの資料室で縫い物の本(色々な縫い目の作り方が描いてあるやつ)を読んでいると、二人のギルドマンが新たに入ってきた。

 二人共見覚えがある。“若木の杖”所属の魔法使いだ。

 

「あれ、モングレルさんじゃん。ちぃーっす」

 

 一人はボサボサの黒髪で目元が覆われていまいち表情がわからない女。

 見た目からして根暗そうな顔なのに喋りが気さくで流暢なのがおかしかったので、よく覚えている。

 

「あ、どうもー、モングレルさん。この前はすいませんね、うちの団長の面倒見てもらっちゃって。あの人といると大変だったでしょ」

 

 もう一人は背の低い茶髪男。全身にジャラジャラとアミュレットやらペンダントやらを装備している、一見するとチャラそうな格好に見えないでもないが、彼は全身を色々な魔道具で固めているだけの真面目な魔法使いの若者だ。

 

 二人とも“若木の杖”が最初にレゴールにいた頃はいなかったはずなので、王都で加入したメンバーなのだろう。

 

「よう。いやーまぁ、サリーも変なところは多いけど相当なヘマはしないから大丈夫だったよ。モモも一緒にいたしな」

「あ、それはなにより。モングレルさんその本何読んでるんです?」

「これ? 裁縫の指南書。雨降ってて暇だからな」

「へー、そういう本読むんすね」

「まぁ自分の服とか装備を修繕する機会も多いしな。知らない縫い方結び方があって参考になるわ。……そっちも雨で暇そうだな?」

「ええまぁ……あ、そういや名乗ってなかったっすね。俺はクロバルっていいます。こっちのボサ髪はバレンシア」

 

 はー、そんな名前だったか。あまり交流する機会もなかったから初めて知ったわ。

 

「俺たちは火魔法使いなんで、レゴールじゃよくゴミの焼却任務を受けてるんですよ」

「……今日は雨降ってて無理だったけどな」

「そう。……まぁこんな天気なんで、それも今日は無しになっちゃってですね。ま、暇なんです」

 

 ゴミ焼却任務といえば、火魔法使いにとって数少ない活躍の場である。

 基本的には端切れや木片なんかも前世の日本よりずっと丁重に扱われるこの国ではあるが、それでもレゴールほど大きな都市になればいくらでもゴミは出てきてしまう。

 かといってこの世界に巨大なゴミ処理施設があるわけもない。

 

 そこで、都市から出る沢山のゴミを一箇所に集めてから凄腕の火魔法使いによって一気にボーンと燃やす……というのが、ゴミ焼却任務なのである。

 求められるのは大火力。とにかくデカくて熱い炎を長時間ぶっぱできる奴が稼げる。そういう仕事らしい。

 

 ……が、この世界のゴミ溜め場は吹き抜けがあったりするものだから、わりと雨の影響を受けてしまう。一応匂い防止のために蓋はできるらしいのだが、どうしても雨漏りしたりゴミそのものも濡れ気味だったりするので、結局燃えは悪くなるのだそうだ。

 

「俺たち火魔法はこういう任務でもなきゃ思い切り魔法が使えないっすからねー。バレンシアはそんなだから朝からずっと機嫌悪くて」

「悪くねぇし」

「あー、火魔法は練習場所限られるしなぁ」

「そうなんですよ。森じゃ原則使用禁止ですからね」

 

 この世界の火魔法は、とても肩身が狭い。

 なにせ森で使えない。だって火事になるもの。使える場所が非常に限られているので、どこに行っても歓迎されないのである。逆に戦場でならめちゃくちゃ花形扱いされるんだけどね。強いから。

 

「火魔法使いが全力を出せるのは平時じゃゴミ処理だけか……使ってる側としたらそういうの、どうなんだ。複雑だったりするのか?」

「まさか。俺たちはゴミ処理大好きですよ。な?」

「ああ、超好きだよ。大量のものをガンガン遠慮なく燃やせて、人の生活の役に立つ上に金まで貰えるんだもん。マジさいこー」

「おお……思ってた以上にポジティブな意見だ……意外だな。魔法の塔に水を貯めるのは面倒くさい仕事って言われてるのに」

「まぁそれは本当に地味っすからねー、水ですし。……まぁ森でも使えるからそっちの方が羨ましいっすけど」

 

 なるほど。魔法使いも自分が習得した属性によって色々仕事も異なるし、考え方も分かれていくんだな。

 まぁ俺には縁のない世界だけども……。

 

「そーいやモングレルさん、なんかやべぇ犯罪者四人を捕まえたって聞いたんだけどマジ?」

「お、情報が早いな。マジだぞ。俺が一人だと思って油断して襲ってきたから、隙をついてこう、瞬殺よ」

 

 パンチしたりキックしたりのモーションを見せてやると、バレンシアはけらけらと笑っていた。

 

「いやーでも四人はすげぇっす。しかも結構有名な盗賊だったらしいじゃないですか」

「らしいな。戦ってみた感じじゃそうでもなかったというか、向こうが見るからに油断してたというか……なんだ、俺から報奨金を集りにきたのか? 一杯くらいなら奢るぞ」

「いやいやいや……えっ、いいんですか? 奢ってもらえるなら俺ちょっと飲んじゃおうかなぁ? へへへ」

「ラッキー、マジありがとうモングレルさん、超大好き」

 

 魔法使いというとガリ勉とインテリばかりなイメージが強いが、意外とこういう、ちゃんと話せて軽いタイプの魔法使いもいる。

 そして魔法使いは学のあるタイプが多いので、話が弾むのだ。

 酒一杯を奢るだけの価値はあると、俺は思っている。

 

 

 

 それから数日後のことである。

 王都で出会った“アルテミス”の面々が、レゴールに帰還した。

 

「久しぶりのレゴールのギルドっス!」

「ねー、ようやく戻ってきたーって感じー」

 

 全員揃ってではないが、ライナとウルリカのお帰りである。久々にレゴールに戻ってきた華のあるパーティーの姿に、酒場にいる他のギルドマンたちも“おかえりー”だの“おつかれー”だのと好意的な声を投げかけている。

 ちなみに俺の時はすげぇあっさりしてました。“お、モングレルじゃん”みたいな感じだ。出現率10%のちょっとめずらしいモブみたいな扱いである。

 

「あ、モングレル先輩お久しぶりっス」

「ようライナ。それにウルリカ。随分と遅かったじゃないか」

「ちょっとねー、レゴールまでの護衛任務が少し手間取っちゃって。本当は昨日戻ってきてたんだけど、私たちはそのままクランハウスで休んでたからさー」

「……あれ? モングレル先輩それ、魔法の本……スか?」

「おう、最近また魔法熱がぶりかえしてな」

「魔法熱ってなんスか……」

 

 ここ最近魔法使いの話を聞く機会も増えたせいか、“ちょっと俺もまた練習してみるかぁー”って気持ちになったのだ。

 まぁ自分で言うのもなんだがこれは一過性のもんだし、大した期待はしていない。趣味だ趣味。

 

「二人はギルドへ何しに?」

「私たちはジェリースライムの討伐っス。といっても、クランハウスで使う用の浄化用のやつを集めるだけなんスけど。っスよね? ウルリカ先輩」

「あ、うん。この時期はいっぱいジェリースライム出てきてるから、まとめて多めに取っちゃおうって思ってさー」

「なるほど。綺麗好きだなお前ら」

「ウルリカ先輩が綺麗好きすぎるんスよ……」

「いやいや……そんなことないってぇ」

 

 まぁでも気持ちはわかるぜ。俺もちょっとは浄化用のを捕まえてるからな。

 

 ……そうだな、俺もちょっとキープしてる量が心もとなかったし、捕まえてみるか。何より暇だったし。

 

「俺も一緒にジェリースライムの捕獲行きてぇなぁ」

「行きましょうよ。三人でなら大猟間違いないっス」

「あ、モングレルさんも来てくれるんだ? やった、荷物軽くなるなー」

「ウルリカお前なぁ」

 

 最初から男を荷物持ち扱いする奴に紳士的な態度を取りたくないタイプのギルドマンだぞ俺は。

 まぁ力あるし持つけども。

 

 

 

 それから受付で自由狩猟の申請を出して、俺たちはバロアの森へと向かった。

 馬車でゴトゴト揺られ、板バネとスプリングの製造法をもんやりと考えながらの到着である。

 

 春の森はまだ二日前に降った雨の湿り気が残っているが、逆にこれくらいの方がジェリースライムが活気付くので悪くない。良い狩り日和だ。

 

「浄化用に使うジェリースライムだから死んでても問題なし。だから鏃は錘弾を使うね。どうせ遠くから撃つこともないだろうし」

「ほー、そういう矢もあるんだな。強そう」

 

 弓チームは先端が釣りの錘に使うような、ボテッとした形の鏃を使うらしい。

 見るからにゴツくて威力が高そうだ。

 

「重くてスキル無しだと飛距離出ないから普段使うには微妙だよー? 砦の防衛をする時に曲射とかで使うらしいんだけどね。今回は刺さった後に重さでジェリースライムが落ちるから、使いやすいんだ」

「なるほどなぁ」

「普段使ってない鏃をうまく使う練習も兼ねてっス」

 

 なるほど。二人も結構考えて狩りをやってるんだなぁ……。

 

「じゃあ今回は俺も魔法で撃ち落とすように頑張ってみるかぁ!」

「モングレル先輩は普通にやってもらいたいっス」

「あ、はい」

 

 そういうわけで、三人でゆるっとクラゲ取りを始めた。

 

 とはいえやることは難しくない。

 逃げも隠れもほとんどすることのない、無目的に空を飛んでいるクラゲを撃ち落とすだけの簡単なお仕事だ。子供の虫取りと同レベルと言っても良いだろう。

 俺も最初は石を投げたりチャクラムを投げたりしてたが、上向きに投げたチャクラムがあらぬ方向に飛んで行った時に回収で面倒臭さを味わったので、以降は荷物持ちに徹している。俺が手出しするのは手の届く範囲にいるやつだけだ。

 くそ、虫取り網を持ってきてればもっと活躍できてたのにな……。

 

「なぁ、そういや“アルテミス”はどういう護衛任務で王都に行ってたんだよ。終わった後なら言っても良いんじゃないか?」

「え? あー……まぁ終わったんでいいんスかね?」

「うん、良いと思う。……私たちの護衛はね、侯爵家の女の人だったんだ。すっごい格好いい女の人でねー、ステイシーさんっていうの。剣の扱いもすっごい上手でさ、レオもゴリリアーナさんも完封しちゃうくらい!」

「へぇー、侯爵家。そいつはすげぇな」

 

 しかも剣士ときた。やっぱり鍛えられた貴族は強いんだな。

 

「ほら、冬にモングレル先輩と一緒に任務受けたことあったじゃないスか。貴族のブリジットさん。あの人、そのステイシーさんの親衛騎士になったらしくて。それでブリジットさんがステイシーさんに任務の話をしたらしくてっスね。なんかうちらに興味持ったそうなんスよ」

「うぇ、マジか」

 

 あの寒い中全身鎧着てダウンしてたブリジットからそんな縁が生まれるとは……。

 いやそのエピソード聞いて興味持つか? 普通。もしかしなくてもそのステイシーさんって変人だろ。

 

「もー凄かったよー。護衛として行ったつもりなのに、ステイシーさんお話が大好きでねー……ギルドマンの仕事とか色々聞かれたりしたし、レゴールに来てちょっとギルドマンの仕事を体験してみたいとか言ったりするしさー」

「めっちゃ乗り気だったっスね……帰り道では弓の練習もするし……」

「おいおいすげぇお貴族様だな……」

「聞いた話だと、レゴール伯爵の婚約者になるみたいっスよ」

「ええマジで!?」

 

 今日一番驚いた。

 レゴール伯爵が婚約だと。それは大事件じゃないか。

 

「うわぁびっくりした。モングレルさんなに? そんなに貴族の話とか好きだったっけ……?」

「いや……レゴール伯爵の話だろ? そいつは重大事件じゃないか。そりゃ驚くぜ」

「そうなんスかねぇ」

 

 レゴール伯爵といえば、今は三十過ぎて浮いた話のないお貴族様だって話だ。

 噂じゃデブでチビでハゲとか散々な貶され方をしているが、実際にどうかは知らん。とにかく結婚しておらず、次代の話も聞こえないので結構心配していたのだ。

 今はレゴールは超安定しているが、今の伯爵が急死したらどう転ぶかわかったもんじゃない。俺の中ではそれがかなりの心配事だった。

 

 だが……そうかぁ、婚約かぁ。しかも侯爵家の女と。

 婚姻が成立すればレゴールはより安定するはずだ。めでてぇ。

 

「なんかモングレル先輩、やけに嬉しそうっスねぇ」

「ねー。モングレルさんって貴族嫌いだと思ってたけど……」

「おいおい、俺だって自分の暮らしてる街の領主くらいは尊敬してるぜ? 基本的に貴族はみんな嫌いだけどな」

「モングレル先輩も尊敬とかするんスね」

「どういう意味だライナ」

「あははは」

 

 それに、レゴール伯爵は俺が知る数少ない仁君だ。

 レゴール伯爵にだけは長生きして欲しいと、俺は思っているよ。会ったこともないけどな。

 

「私たちはまぁそういう護衛だったんスけど、モングレル先輩はその間なにしてたんスか」

「俺は普通だよ。バッタ狩ったりとかな。四人組の盗賊捕まえたりもしたけど」

「それこそ大事件じゃないっスか!」

「ええっ、なにそれー!?」

「隙を突いた時にこう、瞬殺したわけよ、こう」

「わけわかんないっス!」

 

 それから大袋にジェリースライムを詰め込み、俺たちは街に帰還した。

 

 ……レゴール伯爵の婚約、決まったら何か贈り物でもしてぇなぁ。



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いつか歴史の片隅で

 

 精霊祭の準備は着々と進められている。

 今年は例年以上に盛大にやるそうで、催しに使われる消耗品や大道具の規模が多めに要求されているらしい。

 多分、レゴール伯爵の婚約発表がその理由としてあるんじゃねーかなと俺は思っているんだが……実際のとこどうなのかは知らん。俺は裏方役ってわけでもないからな。

 

 けどそれと並行するように、レゴール拡張区画の工事もバリバリ進んでいる。

 この拡張区画は、だいたい円形っぽく広がっているレゴールの外壁にくっつくようにして拡張された街だ。形としては扇の地紙のような感じかな。新たに生まれた二つの角に物見が設置され、その部分だけ城塞感がちょっと増す感じになるそうだ。

 その物見塔の部分はさすがにまだ着工もしていないが、既に外郭の城壁は全体的にあさーく積み上げられている。

 長くてでっかい褐色のレンガが次々に現れ、ガンガン積まれていく様を見るのは結構面白い。

 高さ二メートルくらいの作りかけの城壁は、色合いに結構なバラつきがある。多分レンガを焼いてる窯とか職人とかによって変わったりするんだろう。けどこういう色ムラもなんというか、味があって良いなと俺は思っている。……この世界の人間からすりゃ均質な色じゃないと綺麗じゃないって感じなんだろうけどな。

 

「あー、レンガ運びだりぃよぉー……」

 

 木箱の上に座りながらそんなことを考えていると、眼の前をウォーレンが横切っていくのが見えた。

 土に汚れて良い感じにワイルドな雰囲気が増している。こいつもちょっと背伸びたなぁ。

 

「おーいウォーレン、仕事か?」

「あ、モングレルさん!? マジで? モングレルさんも工事の任務やってんの?」

「いいや? 俺はただここで工事の風景見ながらリュートの練習してるだけ」

「……工事現場の直ぐ側でなにしてんだよぉ……」

「いや、こういうの宿じゃできねーしさ。外じゃなきゃ無理だけどわざわざ遠出するのは面倒じゃん?」

 

 そう、今日の俺はただのオフ。任務をせずに遊ぶ日だ。

 健康的な男女が汗を流しながら働く姿を横目に、趣味に没頭する。しかもここは街中と違って音鳴らしてもうるさく言われないしな。結構お気に入りなんだぜ。

 

「ウォーレンはなんで工事やってんだ? なんか不服そうだけど。さすがに自分で受けた仕事はしっかりこなせよ」

「立派な大人みてえなこと言うなぁ……」

「俺は立派な大人だが?」

「……“大地の盾”の人らに言われたんだよ。“大地の盾”はハルペリア軍と同等の訓練をしてるから、こういうレンガ積みとか、荷運びとかも技術のうちなんだってさ……」

「あー」

 

 そういやウォーレンは“大地の盾”加入を目指しているんだったか。

 あそこは真面目で厳しいところだから、ちゃらんぽらんな性格じゃ無理なんだが……そうか、まだ食らいついてたのか。

 案外努力家っつーか、なかなか食い下がるじゃねえの。

 

「けど本当にこの仕事、必要なのかなぁって……こういうのって大工とかの仕事じゃん……? 一緒に働いてる人らも軍人っぽくは全然無いしさぁ……」

「騙されてるんじゃないかって?」

「や、そこまでは言わないけどさ……」

 

 ジャラーンとリュートを鳴らす。

 

「工事とか大工も兵士には必要だぞ。なにせ兵士は敵の攻撃で崩れた城壁とか砦を素早く頑丈に直さなきゃいけないんだからな。その技能を持ってる奴は少しでも多い方が良いだろ」

「あ……そっか……」

「それにこういう重い物運ぶのだって訓練の一環だぜ。ま、腰をグキッってやらないように頑張れよ。俺はここで応援ソングを奏でてやるからさ。一曲どうだ?」

「……ああ、わかった。よし、やるか! 演奏は聞こえないと思うけど、ありがとな! モングレルさん!」

 

 そう言って、ウォーレンは来たときよりも明るい顔つきで走り去って行った。

 

「ふ……若さって良いな……」

 

 でも休憩ついでに一曲くらい聞いてくれたって良いのにな……。

 

 

 

 こうしてわざわざリュートを持ち出して演奏しているのも、実は俺だけってわけでもない。

 人が多くてその割に開放的なスペースってことで、他にも芸術に精を出している連中は結構いる。

 工事の休憩に入った男たちの近くまで行って芸を披露する人もいれば、俺みたいに音楽を奏でてる人もいる。まぁアレも多分練習なんだろう。なにせここはレゴールで一番開放的で、その上そこそこ人もいる都合のいい場所だからな。

 

 俺個人としては、この工事の様子を眺めているのが好きだ。いや、もちろん手慰みでリュートの練習をするのも好きだけど、こうして新たに街が出来上がっていく姿を眺めているのが結構好きなんだよな。

 別に俺は建築フェチってわけでもないんだが、なんだろうな。やっぱ多分、このレゴールって街に少なからず愛着があるからなんだと思う。

 その成長を眺めていられる喜びみたいなのかね。……そう表現すると一気に老け込んだような気分になるな。

 

 まぁいいや。今日は一日ここらでリュートの練習するって決めてんだ。

 もうちょい場所移しながら色々見て回ろう。

 

 

 

 でかい材木を立てる男。

 大鍋でメシを作る女たち。

 ロープを張りながら入念に道幅を確認する役人。

 色々な職業の人が色々な役割を担って、レゴールの新たな街並みを作ろうとしている。

 

 ……やっぱフィクションでも、ゲームでもねぇんだよなぁ。この世界は。

 

「……ん?」

 

 そんなことを思いながらふらふら歩いていると、城壁の際の方にあまり見ないタイプの人を見かけた。

 別に知り合いというわけではない。ただ、その男が土の上に立てたデカいコンパスのような器具には見覚えがある。

 あれはイーゼル、だったかな? キャンバスを立てておくための道具。

 

 珍しいこった。あの人は画家じゃないか。

 

「!」

 

 壁沿いにそろそろ歩いて近づくと、絵筆を走らせていた男がびっくりしたようで俺を見た。

 古臭い地味なローブを着た、小柄な中年の男性だ。艶のないくしゃっとした黒髪に、寝不足そうなくまのある両目。なんとなく芸術家らしい顔立ちだなと思った。

 

「ああ、すいません。なんか描いてるみたいだったんで、気になっちゃって」

「あ、いや……大丈夫。壁沿いに人が来るとは思ってなかったから、少し驚いてね」

 

 なるほど。確かに城壁を背にして描いてるこの人からすると、壁沿いに来られるとちょっと不気味だったか。悪いことをしたな。

 

「絵、見ても大丈夫ですか」

「んー……ああ、大丈夫。まぁ、私は素人なのでね、大したものではないけど……」

「またまたぁ」

 

 よくある絵の上手い人特有の謙遜かと思いながら覗き込むと……意外と言葉通り、プロって感じの絵ではないなと思った。

 上手い素人とかそこらへんの感じだろうか。工事中のレゴールの街並みと人を、そのまま頑張って模写しようとしてるような絵だ。

 正直、謙遜からのドチャクソ上手い絵が飛んでくると思っていただけにリアクションに困った。いや、俺が勝手にハードル上げてただけなんだけどね。

 

「……私は仕事が忙しくてね。あまりこうした趣味の時間が取れないんだ。絵なんて小さい頃からやっていたわけでもないし……始めたのも三十くらいからなんだよ。はは……期待させてしまったかな」

「いや、いやいやいや。ていうか独学でそれは上手いと思いますよ。俺だってこのリュート独学ですしね。本業はほら、ギルドマンだし」

「ああ、本当だ。……なんだ。我々、似たもの同士だったのかもしれないね」

「ですねぇ」

 

 ブロンズ3の認識票を示すと、男は薄く笑って再び絵筆を走らせた。

 

「まあ、私は絵が趣味というよりは……こういう、ハルペリア各地の“途中”の風景を描くのが好きなんだ」

「途中」

「そう。出来上がる前の姿だったり……新しく大掛かりな建物が造られている最中だったりだとか……そんな、作業中の景色を描くのが好きでね。そういう意味ではこれは、絵というよりはただの記録にすぎないんだが……」

 

 記録。そう言われてちょっと納得した。

 この人は綺麗に芸術的に描こうというよりは、風景の情報をなるべく沢山キャンバスに詰め込もうとしているように感じてはいたから。

 

「ハルペリアが成長していく様を見るのは……私は独り身だが、たぶん我が子を見守るような気持ちでいられるから、好きなんだよ」

「あー……なんとなくわかります」

「ふふ、わかってくれるか。それは嬉しいな……」

 

 彼が絵に使う色はかなり少ないようだ。ざっと建物がどんな色なのかだけを配置しているだけに過ぎない。多分、それよりも書き込みを細かくする方を優先しているのだろう。

 明るい内に今日の風景をしっかりキャンバスに焼き付けておこうと、強く集中しているのがこちらにまで伝わってくるかのようだ。

 

「飯、食ってます?」

「いや……この作業をしていると忘れがちでね……ああ、後で食べるつもりではあるが」

「頭使う時は飯食わないとキツいっすよ。あ、俺これパン多めに持ってきたんですけど食います? 一個」

「ああ申し訳ない。私は人から与えられる食事を口にできない性格なんだ……性分でね、気を悪くしないでほしい」

「あ、そうすか。いやいや気にしてないです。まぁ、おせっかいかもしれないけど倒れる前になんか食った方が良いとは思いますけどね」

 

 なるほどこういう気難しさも芸術家っぽいな。潔癖というか頑固というか。

 逆にこういう感じの芸術家っぽい人が珍しいからちょっと感動したわ。

 

「……貴方の描いた絵って今までどんくらいあるんです?」

「私の? いやぁ……四十、くらいだったろうか。小さいものを含めれば……」

「すげぇ、めっちゃ描いてるじゃないですか」

「いや、本当に雑に描いたものも含めてなのでね、人に見せられたものじゃないんだよ。どれも……だから本当に、趣味なのさ」

 

 男は特に卑屈さを感じさせないように、ともすれば不敵に笑ってみせた。

 

「ただ……こういう絵っていうのは、ほら。建設中だし、珍しいだろう? 今しか描けない絵だ。私は自分の絵が上手くない事を知っているが……もしかしたら何十年、何百年も経った後、歴史の資料として認められるかもしれない」

「おー、確かに。そう言われると確かにこれは貴重な絵だ……」

「ふふ……そういう形で残ることを、ちょっと期待してるのさ……本当に何年も先のことになるだろうがね」

「いや頭いいですねぇそれは。きっと有名になれますよ。ははは」

「ふふふ……」

「で、ちなみにそんな未来の先生のお名前は?」

「名前? ああ私の名前か。……先生ねぇ、ふふ……まぁ、そうだな」

 

 男はキャンバスの片隅に俺の後ろ姿らしきものを付け加えながら言った。

 

「ギュスターヴ。……生きているうちは無名だろうが、私の死後数十年数百年に、有名になってみたいものだね。この時代を生きた、一人の人間として……」

 

 なるほど、ギュスターヴさんっていうのか。逆に大成しそうな名前してるけどなぁ。

 

 ……まぁ実際そんな絵上手くねぇからな! 言っちゃ悪いが確かに生きてる内に真っ当な評価を受けるのは無理だろうな!

 

 でも、うん。なんだかんだ後々自分の存在を……生きてた証が残ってて欲しいなっていう気持ちは、俺にもわかるぜ。

 

「ギュスターヴさん、ここ」

「ん?」

「ここらへん、今描いてもらった俺の隣。ここギュスターヴさんいるとこじゃないですか。描けますよ」

「……いやぁ、私は作品に自分の姿は……」

「いやいや、実際俺はここにいる構図なんすから。自分もいないと」

「……そういうものかねぇ」

「そういうもんですよ」

 

 ギュスターヴさんは暫し悩んで、しかしすぐに筆を走らせた。

 ぼんやりした俺の隣に、更にぼんやりとした地味なローブ姿の画家が現れる。

 

「ほら、これで名前と自画像が残りましたよ」

「……ははは。自分を描いたのは初めてだ」

「まじっすか? 自画像なんてよくあるモチーフだと思うんだけどなぁ……ああ、すげぇ綺麗な鏡がないと無理か……」

「いや、自分で自分の描いている姿を描くというのもなかなか……奇妙だが、面白いものだな……」

 

 まぁ、ギュスターヴさんが思いの外楽しそうで何よりだ。

 

「あ、それとここの俺、どうせなら髪の白いのもつけといてくださいよ」

「む……後ろ姿から見えるかね……?」

「じゃあちょっとそっち側向いてることにしましょ。そうすりゃギリ見えますよ多分」

「なるほど……こうか」

「そうそう! よっしゃ、俺も歴史に刻まれた!」

「ははは」

 

 それから暫くおっさん二人で絵を描いたり話したりして、薄暗くなる頃に解散したのだった。

 

「じゃあ、ギュスターヴさん。またどこかでな」

「ああ。また」

 

 次にいつどこかで会えるかさっぱりわからないが、まぁ生きてりゃどこかでバッタリ会うこともあるだろう。

 会えないとしても、数十年後、数百年後の歴史資料を見た誰かが見つけるはずだ。キャンバスの片隅に描かれた、俺とギュスターヴさんが横並びになった後ろ姿を。

 



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春の蛇肉パーティー

 

 春は小物討伐の季節。

 田舎出身の新人たちでギルドが騒がしくなる時期だ。

 

 しかしだからといって新人だけが仕事をするわけではない。

 俺たちのようなベテランだって、相応の仕事をしないと食っていけないからな。

 肉の質は秋よりも落ちるが、この時期は獣系の魔物もちょこちょこいる。そういった討伐任務に精を出す連中だって多い。

 

 とはいえ、狩り場が新人であふれているとどうしても落ち着いて活動がしにくい。

 冬に続いて緊急の大物狩りの依頼が来るのをギルドで待つ奴も、居ないわけではなかった。自由狩猟はどうしても報酬が渋いからな……。

 

「やっぱり“貫通射(ペネトレイト)”の時でも矢は麦粒型のが良さげっスね……まっすぐだとちょっと威力と飛距離落ちてる気がするっス」

「そっかー……ちょっと値段上がっちゃうんだよねぇそれだと」

「ライナのスキルは敵に刺さらなくても矢の回収と再利用が難しいもんね。僕は剣士だから、弓使いの消耗品の多さを知るといつも心配になるよ」

「そうなんスよね。いつもカツカツなんスよ」

 

 テーブルに俺を含めた四人が座っている。

 ライナとウルリカとレオだ。今日は三人ともオフの日で、日頃の討伐でのお財布事情なんかを話し合っていた。

 

「剣士は武器と防具さえ致命的なロストしなきゃどうにでもなるからなぁ。まあ、でも整備用の油が必要だったりするし金がかからないってわけでもないぞ」

「そうだね。けどモングレルさんの場合は僕と一緒であまり金属鎧を付けてないよね?」

「まぁ重いし整備もダルいからな。革鎧で済めばそれが一番だ」

「モングレル先輩はもっと重装備にしたほうが良いっスよ……レオ先輩みたいに飛び道具が効かないわけじゃないんスから……」

 

 俺は魔力でガチガチに強化してるから良いんだよ。

 まぁ、それでもバスタードソードに定期的に油塗ったりはしてるからな。俺だって維持費ゼロとはいかない。

 

 そんな話をしていると、ギルドの入り口から大勢の賑やかな話し声が聞こえてきた。

 誰かが集団でお帰りになったようだ。

 

「いやーダートハイドスネーク……獲れすぎたぜェ~……」

「うおお……大量発生だって聞いてはいたがやべぇな。ここの酒場で駄目なら不味いぞ……つか重い……」

「さすがにこの量をうちのクランハウスで消費するのは厳しいねぇ……どうにか説得しないと」

 

 ギルドの酒場に入ってきた“収穫の剣”のメンバーたち。

 チャックにバルガー、アレクトラときて、続々と他のメンバー達が入ってくる。

 普段からまとまりの無い“収穫の剣”にしては珍しい光景だった。

 

 しかし連中が揃って担いでいるものを見れば理由はわかる。

 “収穫の剣”のメンバーは全員、各々が持てるだけのダートハイドスネークの肉を抱えていたのである。

 目の前のクラゲの酢の物やっつけようと思ったが思わず二度見しちゃったわ。

 というか、ギルドに調理前の肉担いでくるなんてわりと非常識だ。肉屋に持っていけ肉屋に。

 

「肉すごいっスね。全部蛇っスかアレ」

「大猟だねぇー……あんなにたくさんいる場所あったんだ。いいなー」

 

 どうやら“収穫の剣”が蛇の大量発生しているスポットを見つけ、それをクラン単位で襲撃してきたらしい。

 美味い狩り場はできるだけクラン内でもぐもぐするのは基本である。魔物を養殖するのは超重罪だが、一時的に秘匿して自分たちだけで一気に攻略するのはセーフだ。

 

「あのーミレーヌちゃん? ちょっといい?」

「ええ、アレクトラさん……そちらの蛇肉ですか? 凄まじい量ですね……」

「そうなんだよぉ……デカい巣を見つけて全員で討伐したは良いんだけどさぁ。途中の店とかにいくつか卸したのもあるけど全量は買い取ってもらえなくて……」

「売ってもそれだけ残ってしまったのですか?」

「ギルドでなんとか買い取ってもらえねェかなぁ~……厨房の連中に相談してもらえねェ? 人多いしいけるだろ?」

 

 案の定、蛇肉がダブついてどうにもならないらしい。

 冷蔵技術の低いこの世界じゃ肉の保存も一大事だ。しかも食肉として優先されるのはどちらかといえば畜産の肉。蛇肉も食ってみれば悪いもんじゃないんだが、どうしても小骨の多さや淡白さ、見た目の悪さから人気は低い。引き取り手が少ないのも当然だろう。……つかその量は普通にどうしようもねーわ。

 

「ローエンさん、忙しいところすみません。お聞きになった通りなのですが……」

「ええ、いきなりそんなこと言われてもなぁ……」

 

 厨房に向かっていったミレーヌさんと料理長が話している。

 料理長は蛇を担ぐ連中をチラチラみてさすがに焦っている様子だ。まぁ、数が数だしな……。

 流石に無理なんじゃないかと思っていると、ミレーヌさんが受付に戻ってきた。

 

「どうにか大丈夫だそうです」

 

 うせやろ……?

 

「さすがに買い取り価格は相場の一割減となってしまいますが、全量買い取れます。いかがでしょうか?」

「ああ、助かるねぇ! あんたらもそれで良いな? 良いってよ!」

「いやまぁいいけどなァ……助かったぜ~」

「厨房で下ろさせてくれー。重くてしょうがねぇ」

「ギルドの氷室も使って数日でどうにかさばいて見せるそうです。……皆さん、しばらくは“収穫の剣”の方々が討伐したダートハイドスネークの料理が安めにいただけますよ。是非ご注文してくださいねー」

 

 おおー……良いな蛇料理。ギルドで安くメシが食えるなら何よりだ。

 

「良いっスねぇ蛇。矢では仕留めにくいし矢柄折られるからあんまり獲りたくない獲物なんスよね」

「あーわかるなぁー。巻き込まれてへし折られちゃうんだよねぇ」

「そういう意味では僕ら剣士が相手すべき魔物だよね」

「だな。俺たちだったら首落とせば終わりだ」

 

 まぁ首を落としてもそれでもビタビタ動くのが蛇ってやつだが。

 

 

 

 しばらく厨房の方が慌ただしくなり、少しして料理人の一人がメニューに新たな料理を書き込んだ。

 蛇のステーキ、串焼き、スープ、色々だ。蛇づくしだな。何が何でもこの肉を全部使い切ってやろうという強い意志を感じる。

 そして値段が安い。ギルドはぼったく……結構高い値段で料理を出すことがほとんどだからこれは良い機会だ。

 

「いやー“収穫の剣”様々だな。すんませーん、ステーキと串焼き! あとエール!」

「あ、私もスープと串焼きとエール欲しいっス!」

「私もー!」

「僕も串焼き二つください」

 

 俺たちのテーブルからだけでなく、続々と蛇料理の注文が入る。

 新鮮な肉が持ち込まれているのを見ると食いたくなるもんな。わかるぜ……。

 

「だぁー疲れた……」

「ようバルガー、お疲れ。すげぇ量獲ってきたな」

「おおモングレル……いやぁメンバーの一人がとんでもない巣を見つけたっていうからついていったんだがな。まさかここまで大事になるとは思ってなかったぜ……」

 

 “収穫の剣”はどこか疲れた様子でテーブルについている。

 ギルドに戻ってくるまでどれほどの店を当たったんだか……しかし戦うよりもその後処理の方がしんどいのはお約束である。ギルドマンは誰もが持ち運びで泣きを見るんだ……。

 

「――今日ここにいるギルドマン諸君には、是非とも俺たち“収穫の剣”が仕留めたダートハイドスネークを食べてもらいたい。肉付きも良く、新鮮な蛇肉だ。――それに、ダートハイドスネークは男の精力を増してくれる……――今日ここでしっかりと肉を噛み締め、夜に備えておくと良い」

「うおおおー!」

「食うぞ食うぞ!」

「タダじゃないけど食うぜー!」

 

 そして団長のディックバルトもいる。

 いや、当然のようにこの後夜みんな娼館に行くような事言ってるけど、別にみんながみんな行くわけじゃないからな?

 

「……ダートハイドスネークってそんな効果あったんだ。僕知らなかったな」

「ああ、レオはその時居なかったもんな」

「スケベ話してた時っスね」

「スケベ話って……」

「たまーにやってるんだよー」

 

 いつだったか、ギルドで誰かが言ってたな。ダートハイドスネークの何かが精力剤代わりになるとかなんとか……実際どうなのかはしらんけど。

 マムシみたいなもんかねぇ。確かに生命力は強いだろうが、何度も肉食った俺としてはそこまでなんだが。

 

 と話している間に蛇肉料理がやってきた。

 うんうん、良い感じの肉の匂いだ。まぁ普通に肉だよな。

 

「ふーん。僕も結構この蛇を仕留めて食べてきたけど、そういうのは初めて知ったな」

「知らないのも無理は無いよー。普通に焼いたり煮込んだりしただけだと効果ないらしいからねー。乾燥させたり皮とか内臓がそういう効果があるらしいからさー」

「へえ、そうなんだ。ウルリカも詳しいんだね」

「え? ああまぁね、うん。これでもアルテミスの狩人だからね……」

「さすがウルリカ先輩っス」

「乾燥、内臓、皮ねぇ。そりゃあんまり美味くなさそうな調理法だな。俺はこうして普通に食ったほうが好きだわ」

「そっかー……あ、でもいざっていう時は身体を温める薬になるんじゃない? 寒い夜とかさっ」

「まぁそれも一理あるな。酒を飲むよりは効果はありそうだ」

 

 寒さを凌ぐために強い酒を飲むのはありだが、酔ったら酔ったで逆に危ないこともある。酔わずに身体を温めてくれる食材があるなら冬場は良いかもしれんね。

 ……けど股間が元気になられても困るな。

 

「――うおおお……! 良いぞ、良いぞ……! 滾ってきたァ……!」

「すげぇ! ディックバルトさんが蛇肉をドカ食いしてやがる!」

「ディックバルトさん……今夜は本気だぜ!」

「畜生、団長にだけいい顔させるかよ! 俺たちも続くぜぇー!」

「あ、今日だけは“収穫の剣”の皆様限定でより安値で提供させていただきますね」

「うおおおー! さすがミレーヌさん、わかってるぜぇ~!」

 

 しかし自分たちで獲ってきて、安く売ってそこで金も払うってのは、なかなか良い客だよな……。

 ディックバルトの謎のカリスマ性に引かれて男連中が蛇肉を注文しまくってやがる……。

 

「おいモングレル、どうだ蛇肉は。そっちのレオもどうだ。美味いか」

「美味いぜ。……いやバルガー、お前酔っ払うの早いぞ。もう二杯目かよ」

「どうもバルガーさん、美味しくいただいているよ。お疲れ様」

「お前たちもこいつを食えば夜は色街に行く気になるかもなぁ? ん?」

「行かねえって。今日俺は自分の部屋で縫い物しなきゃいけねえんだ」

「女かよ! いけねえぞモングレルー……男の自慢は使えるうちに使わなきゃなぁ」

 

 あ、ライナがウザそうな顔してる。

 やめろよなバルガー。お前みたいに穢れきった生物はうちの清らかなライナに一定以上近付いたら駄目なんだぞ。

 

「……けどさーモングレルさん。普通に食べても効果は少ないかもだけど、沢山食べたらさすがに効果が出てくるんじゃないのー?」

「無くはねぇかもしれないけどな……そういう時は一人でなんとかするんでね俺は」

「ひ、一人でっスか……」

「っかー、寂しい男だねお前は! ……そっちのレオはあれだな。顔も良いしもうそろそろ良い仲の子できたんじゃないのか」

「い、いや僕はそういうのはまだ……今はギルドマンとして、少しでも“アルテミス”の皆に追いつかなきゃいけないからね」

「どいつもこいつも真面目だなぁオイ!」

 

 まぁレオはちょっと王子様キャラが強すぎるとは思うけどな。

 特定の相手もいないし作る様子もないから、新人なのに今じゃすっかりレゴール支部の男性アイドルって感じだ。

 

「こらバルガー! レオを薄汚い世界に引き込むんじゃないよ!」

「いててて! やめろアレクトラ! 耳引っ張るな!」

「俺は引き込まれてもいいのか……」

「モングレルはまぁ……いいや」

「おい」

 

 まぁもう既に汚いも清いも無い歳ではあるけどよ……。

 

「……モングレルさん、縫い物なんてやってたんだー? 今どんなの作ってるのー?」

 

 串焼きを慎ましくかじりながら、ウルリカが聞いてきた。

 

「あー、ポケットの修繕やってるだけだよ。いつも解れてくるからその修繕でな。最近は本読みながら縫い方調べたからそいつを実践しようと思ってな」

「へー……私も詳しいから今日見に行って良い?」

「駄目。こういうのは一人でやりてぇんだ」

「……ちぇー」

「ウルリカ先輩は縫い物めっちゃ上手なんスよ」

「ほー」

「ライナも簡単にできる縫い方だけじゃなくてもっと難しい縫い方も練習しといた方が良いよー? 女の子なんだからさっ」

「半分は当たってるっス……耳が痛いっス……」

 

 なんだライナは縫い物そんなやらないのか。……確かに結構ずぼらなとこあるもんな。でもこの国じゃ女は縫い物できといた方が結婚に有利だぞ。一応ちゃんとやっておけ。そうでなくても普通に古着の修繕とかしなきゃ生活してらんねえしな。

 

「また衣祭りやってほしいねー」

「っスねぇ……」

「その前に精霊祭だけどな」

「僕、楽しみだな。レゴールの精霊祭」

「めっちゃ盛り上がるんで、レオ先輩も楽しめると思うっス!」

「うんうん。人も多いから、お洒落もできるしね!」

「! うん……」

 

 精霊祭も近い。楽しみだな。金の貯蓄は充分だ。あとは待つだけである。

 

「――ヌオオオッ……精力がみなぎってきたァアアア!」

「お、俺もなんか暑くなってきたぜェ~!」

「昼から店やってっかなぁー!?」

「追い蛇肉キメろォオオ!」

 

 ……けど今のギルドの盛り上がり方は普通に祭りの時に匹敵してる気がするわ。

 蛇肉はこうも男を狂わせるのか……。

 

 



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祭りの余計なつきもの

 

 通りが黄色い花と飾りで彩られ、レゴールがより一層華やかになる。

 

 精霊祭。ハルペリア王国で行われる、数少ない宗教行事の一つだ。

 

 もちろん宗教に対して淡白なこの国において、お堅い儀式をやるわけではない。まぁ一部宗教関係者は真面目にヒドロアを崇めたりするんだろうが、俺たち一般市民は飲んで食って騒ぐだけのお祭りだ。

 宗教的背景なんて、酒飲んだおっさんが“実はこの祭りはな、こういう由来なんだぜ? ”とマウント取るだけのものでしかない。だいたいの人らはよくわからないけどめでてぇって具合に騒ぐだけなのである。

 

「モングレル先輩、おはざっス」

「ようライナ。お、衣祭で買った服だな。やっぱ似合ってるぞ」

「……そっスか。えへへ……」

 

 去年もライナと一緒に祭を見て回ったが、今年もライナと一緒に回ることになった。一人で祭をうろつくの寂しいしな。誘われるがまま快諾した。

 

 今日のライナは大胆に肩やら臍が出ている大人っぽい服だ。こうして形から入ってみるとライナでもセクシーさが増しているような気はする。身長が去年から全く変わらないのはさておき……。

 

「でもそれ俺が選んどいてなんだけど、この時期だとちょっと寒くねぇか?」

「うーん、まぁ平気っスよこんくらい。今日は周りの人もお洒落してるし、普通っス。……ちょっと落ち着かないスけど」

 

 まぁ確かに、周りを見ると似たような露出度の奴が意外と多いんだよな……。

 ほんとこの世界の人って冬以外はすげー肌見せてくる。なんでだろうな。ソシャゲか? 

 

「……今日はモングレル先輩もちょっと違う感じっスね?」

「ああ。前言ってた裁縫の練習でな。こういう日のための見た目重視の服を作ってみたんだ。ま、俺の腕じゃこんなもんだが」

 

 今日の俺はいつものシャツより身体のシルエットに合ったものを用意した。普段使いするにはちと息苦しい礼服じみたものだな。

 わざわざこのためだけにアイロンもどきまで作ってパリッと仕上げている。余計なシワがないとそれだけで高級に見えるから服ってのは不思議だ。

 

「……ううん、格好良いっス。あ、ええと、似合ってるっス」

「お? なんだよ本音出ちゃったなライナ。良いんだぞ、もっと格好良いって言えよー」

「……嫌っス。一回だけっス」

 

 ま、今日は祭だ。

 しかも金は去年より潤沢に用意できている。買い食いするぜ買い食い。

 んである程度楽しんだらギルドに戻って二次会だ。

 

「ところでモングレル先輩」

「お? なんだ?」

「……その荷物、なんスか」

「見りゃわかるだろ、リュートだよ」

「ええ……モングレル先輩大道芸やるんスか」

「せっかくの祭だからな、今日はちょくちょく俺の演奏を見せてやるよ」

「マジっスか……じゃあ演奏の後採点しよっと」

「身内贔屓してくれよな」

「公平っスよ」

 

 リュートは俺の特製で、鋼線を張ってある。というかほぼほぼクラシックギターだな。やっぱり弾き語りするにはこっちの方が良い。

 もう一個あるリュートは弦が普通のだし仕込みナイフがあるせいで弦を気軽に交換できないから結局リュートを二つ持つことになってしまった。俺の部屋のインテリアの主役みたいな奴らだ。

 今日は祭りだし、せっかくなんで演奏してみようと思う。そんでもっておひねりゲットして豪遊してやるんだ……。

 

 

 

「うわぁ、去年より人多そうっスねぇ」

「だな。はぐれないように気をつけろよ、ライナ」

「っス」

 

 しかしまぁ人が多い。レゴールの賑わいは年を経るごとに増していくし、最近じゃスコルの宿も客で埋まることが多い。好景気ヤバい。

 レゴール伯爵が早めに拡張区の整備に金を投じたのは英断だったな。これからもどんどん人の流入が増えていきそうだ。少なくともそう思わせるだけの賑わいを見せている。

 

「ローリエのお茶あるよー。こいつを飲めば病気も眠気も吹っ飛ぶよー」

「お、ローリエ茶だ。飲もうぜ飲もうぜ」

「あー、良いっスねぇ……今朝から寒いからちょうど良いっス」

 

 屋台は多い。飲み物、食い物、土産物。色々だ。

 アクセサリーもたくさんあって見てて飽きない。……と言いたいが、去年も見かけたようなアクセサリーを引き続き並べてるような屋台も多い。一年間売れ残ってたアクセサリーか……と思うとちょっと思うところはあるが、数年すれば観光客の誰かが買っていくもんなのかもな。

 毎年見てると屋台の常連なんかも見えてきて、それも結構面白い。

 

「あ、花飴売ってるっス! 王都で見たやつっス!」

「おー、すげー。レゴールにもこういうの売ってるんだな」

 

 屋台の一つに、てろてろに艶の輝く綺麗な花が並べられたものがある。

 これは食用にできる百合みたいな形の花を飴で覆って、リンゴ飴みたいにして売っている店だ。王都でたまに見かける高級な屋台である。

 並べられた花飴はそれはもう造花のように頑丈で、観賞用としてもなかなか良い。味は所詮花弁なのでお察しだが、綺麗な花を持ちながら歩けるからそれだけで結構人気の屋台だ。

 

「よし、ライナに一差し買ってやるからな」

「やったー!」

 

 お値段は甘い飴なこともあってなかなか馬鹿にできないが、祭りにおいては持ち歩いているだけで狐の仮面並に羨ましがられるアイテムだろう。

 こういうのはどんどん買った方が良い。

 

「モングレル先輩は買わないんスか?」

「俺に似合う花がないからな」

「……それなんかキザっスね!」

「ふんっ!」

「あーっ! 花びらへし折っちゃダメっス!」

 

 

 

 大きな通りは全てが店で埋め尽くされている。

 普段は宿屋をやってるような店も、表にテーブルを出して軽食を売っている。だからいつもより道は狭く感じてしまう。

 かといってちょっと奥まった道を歩いていても人ごみからは逃げられない。

 そして、こんな人の多い場所では良からぬことを考える連中が掃いて捨てるほど出現する。

 

「いてっ!?」

 

 歩いていると、目の前から子供が勢いよくタックルしてきた。さすがにちょっと衝撃はきたが、来るとわかっていたので比較的ノーダメージである。

 前見て歩きやがれと怒鳴ってやりたいところだが、実はこの子供はしっかり前を見て走っていた。前見て俺を見ながら、分かった上でぶつかってきたのだ。

 

「ち、ちゃんと前見て歩けよな!」

「おい待てガキ。授業料を払った覚えはねーぞ」

「痛っ!?」

 

 捨て台詞を吐いて逃げようとする子供だったがそうはいかん。

 ほっそい手首を捕まえて、そのままこっちに引き寄せた。

 

「今俺のポケットから抜き取った革のピックケースを出しな」

「え、なんスかそれ。財布じゃないんスか」

「リュートの演奏で使うピックを入れたかっちょいいやつだ」

 

 またの名を、レザークラフトで小銭入れ作ろうとしたらサイズ感ミスってろくなもん入らなかった革ケースである。

 指で弾くのもありだが、曲によってはピックの方が良いんでね。

 

「知らねえよっ……! 誰か助けて! サングレール人に襲われてるっ!」

 

 言うまでもなく、このガキはスリだ。

 普段からレゴールにはスリが多いが、まぁこいつは他所から流れてきたスリだろうな。俺のこと知らねーもん。

 サングレール人のハーフなら言いがかりをつけやすいし逃げやすいから、結構標的にされるんだ。一時期は、だが。

 

「運の悪いガキだな。俺はスリを捕まえたら絶対に許さないことに定評のあるモングレルおじさんだぞ」

「くっ……誰か助けて!」

 

 そうは叫ぶが、俺に厳しい目を向ける奴はそう多くない。この街の人間には顔も名前も通ってるんだ。周りを味方につけられると思うなよ。

 

「……おい、かわいそうだろう。離してやったらどうなんだ?」

 

 しかし祭りの日なもんだから、当然こうやってしゃしゃり出てくる奴もいる。

 よそ者かつ、サングレール人をよく思わない奴だ。いかにもスリっぽいガキと天秤にかけてサングレール人の方がムカつくなってだけの理由で介入してくるおせっかいさんである。

 

「かわいそうじゃねぇよ。俺はな……」

「この人は、スリに遭いかけた普通の人っスよ。その子供がモングレル先輩のポケットから財布を抜き取ったのは私も見てたっス。なんか文句あるんスか」

 

 俺が何か言う前に、ライナの方が前に出て男に詰め寄った。

 

「……いや。見てたなら、そうだな。犯罪だし、悪いことだ……」

 

 ライナの毅然とした態度に怯んだのか、男は去っていった。弱い。

 

「くっ……なんだよ、放せよ、見逃してよ、初めてなんだから……」

 

 上等とは言えない粗末な服。比較的痩せた身体。どう見ても育ちの悪い子供だ。

 かと言って、“これやるからもう二度とやるんじゃないぞ”と見逃すほどこの俺は甘くはない。そもそも絶対に初犯じゃねーし。

 

「おーい、そこの衛兵さん。スリ捕まえたぞ。しょっぴいてくれ」

「ん? ああモングレルさんか。よくやった、間違い無いんだな?」

「ちょっ……返すから! 見逃してってば……!」

「私も見てたっス。間違いないっス」

 

 近くを通りかかった衛兵に子供を突き出し、任務完了だ。

 

 子供とはいえスリを見逃してやるほど俺はお人よしじゃない。

 そもそもスリに小金を渡しても改心なんてしない。人の心の温かさに触れて自分を改めることなんて絶っっっ対にしない。

 こういうガキにそんな甘やかし方をしても内心で舌を出してこっちを馬鹿にするだけで終わるだろう。あるいは金を持ってる奴に対する理不尽な妬みと憎悪をより一方的にたぎらせるだけだ。見かけたら絶対に確保しなきゃならない。

 

「ふざけんなっ、触るなよ……!」

「暴れるんじゃない。クソガキが」

「痛っ! くそ……サングレール人の味方なんかしやがって……!」

「お前に何がわかる? 黙ってついて来い」

 

 結局衛兵に引き渡されたガキは、最後まで悪態を吐きながらドナドナされていった。

 同情心はこれっぽっちも湧かない。ああいう奴が野放しになると間違いなく盗賊になるのでね。

 

「……子供とはいえ、酷い奴っスね。モングレル先輩、あんな奴の言うことなんて気にしちゃダメっスよ」

「ああ、気にしてねぇよ。上辺だけの悪態なんて心に響かないもんさ。ありがとうな、ライナ」

 

 俺くらいの大人になるとな、普通の理由で叱られる方が圧倒的に心に響くんだ。

 それ以外は基本的にノーダメージよ。

 

 いや嘘、ノーダメージってわけではない。クソガキとはいえ子供に罵られるとちょっとは傷付くわ……。

 

「やっぱり人が多くても店が並んでる方が良いっスね! あ、モングレル先輩、今度はお菓子食べたいっス! こっち行かないスか!」

「おお、菓子か。いいな、食おうぜ食おうぜ」

 

 気持ちを入れ替えて、引き続き祭りを楽しむことにしよう。

 

 




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これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


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聴いたことのないヒット曲

 

 スリに襲われるトラブルこそあったが、それ以降は平和なもんだ。

 いつもより割高な屋台の菓子を買って、アホみたいに高いわりにそこまでパリパリしてないクロワッサンを食って、たまご入りスープを飲んだりした。

 いや、飲み食いしてばっかだな……。

 

「美味しいけどお酒ないから物足りないっスね」

「わかるわー」

 

 けど祭りなんて買い食いしまくる日みたいなもんだしな。それもまた良いだろう。

 むしろ俺とライナの場合、メシに酒が無いことを嘆くタイプだ。そろそろクラゲの酢の物と一緒にビール飲みたくなってきたぜ。

 

「……あ、今流れてるこれ、聞いたことある曲っス。向こうでなんか演奏してるみたいっスね?」

「大道芸人たちのお披露目通りだな。この曲は……“春の草刈り歌”かな」

 

 豊穣への祈り、そして草刈り作業に前向きに取り組む農夫たちをテーマにした明るい曲だ。

 畑作業してる人らが歌っていることの多いのんびりした曲だが、それをリュートの演奏と一緒にリズム早めに歌っている。この世界でのアレンジってやつだな。

 

 演者を囲んでいる人達もエールを持ち、一緒になって歌っている。

 みんなが知ってる歌ってのはこういう時に強いよな。……まぁこの世界の音楽はどれも単調で、あまり好みではないんだが。

 

 音楽は世界を超えるとはいうが、なんだろうな……素人が聞いてても“洗練されていない”ってのがわかるんだよな、音楽って。

 俺も文化を尊重しようとは思っているんだが、どうにもなぁ。

 

「こういう時は、俺も演奏して一躍時の人になるしかねえよなぁ?」

「なんスかそれ」

「まぁ見てな。千年先の流行をひた走る俺の演奏テクでこの通りをぶらついてる客を全員ここに釘付けにしてやるからよ」

 

 お披露目通りは大道芸を自由にやって良い通りだ。そこらへんに演奏家やらジャグリングやってる人がいるのでどこも賑わっている。普段はこんなに人いないし普通の通りだが、さすが祭りだぜ。

 

 近くの果物の屋台から適当な木箱を借りてきて、そいつを適当な空いてる場所にドンと置いて椅子代わりに腰掛ける。

 リュートと呼ぶにはちょい大きめな俺特製のアコギを構え、チューニング。……まぁ適当だけど。

 

「あ、向こうでお酒売ってるみたいっス!」

「ちょちょちょライナさん。今から俺の演奏をですね」

「モングレル先輩の分も買ってくるっスけど……精霊祭限定ホップ増し増しビールらしいっス」

「よしライナ。演奏は俺に任せろ。お前はビールをどうにかするんだ。コップこれで頼むな」

「おっスおっス」

 

 ホップ増し増しビールとあっちゃしょうがねえ。サクラやってくれそうな聴衆が一人減ってしまったが、ここからは俺の自力で盛り上げてやるさ。

 とはいえ、普通に演奏してても客なんて立ち止まることはない。じっくり時間を掛けて足を止めさせてやらないとな。

 

「えーまぁ誰も居ないし格好つけてても意味ねぇから一曲目さっさといくぜ。……“学生街の喫茶店”」

 

 異世界語翻訳版。歌詞の途中で謎のボブ・ディランがそのまま登場するが、音の感じが良いのでそのまま異世界の学生街にご登場願っている。

 まぁ、弾き語りバージョンだから盛り上がるところも抑えてで静かなもんだ。

 けど哀愁のあるメロディは異世界人の心をも掴むのか、結構立ち止まってくれる人が増えた。

 流石だぜガロさん。すまねぇな、俺この曲しか知らなくて……。

 

「貴族の歌かな」

「さみしげだがいい曲だ」

「良いぞおっさん!」

 

 お、前に置いておいた深皿の中に小銭が投げ込まれてる。

 さすがだぜ精霊祭! みんな財布の紐が緩いなぁ!

 

「……ふぅー……以上、“学生街の喫茶店”でした。おひねりサンキュー! これでビールが買えるぜ!」

「はははは」

「良かったぞー」

「聞いたことなかったな」

「酒飲む前にもう一曲頼むぜおっさん」

 

 おっさん呼ばわりがローキックのように心に効いてくるがまぁいいだろう、ライナの並んでるビールの屋台は盛況しててまだまだ時間かかりそうだから、もう一曲弾き語りしちまうか。

 ……んーけどまぁこのくらいの人数いれば適当な曲でも平気だろ。

 

「えー、じゃあ次は……俺のもといた村では三千万人くらいは知ってた有名な曲です……」

「多いなぁ!」

「ははは、とんでもねえ村だ」

「けどその歌の歌詞が俺もよく知らない言葉で出来てるもんだから、歌えはするけど歌詞の意味とかは全く知らねえんだ。悪いな」

「なんだそりゃー」

「適当に歌うのかぁ?」

「いやいやちゃんと歌うって! 歌自体はすげー良い歌だから! 意味はわからないかもしれないが、まぁ聴いててくれよ。あ、それと歌の名前だけはわかってる。だからこのタイトルだけでまぁ内容をイメージしてもらうってことで……じゃあいきます。……“故郷”」

 

 故郷。まぁ、日本じゃアホほど有名な童謡だ。

 学校に通えば必ず一度は歌うし、教育番組を付けていれば一度くらいは流れているのを聞く曲だろう。

 

 “うさぎ美味しいかの山”とか言ってクスクス笑うことくらい、誰しも一度は経験してるんじゃないかね。

 

 そんなゆったりした、ある意味で退屈なテンポの曲を、そのまま日本語で歌っていく。

 歌詞の内容なんて誰にも伝わらないだろう。伝わるのは牧歌的な、ちょっとノスタルジックな旋律だけ。

 

 しかし、それでも俺の弾き語りはそれなりにこの世界では芸としての価値があったのか、足を止める人がちょくちょく増えている。中には歌詞がわからないせいで退屈になって去っていく人もいるが、おかげで観衆の数もちょうど良い。

 

 ふーるーさーとー。ってな。はい終わり!

 

「以上、故郷でした。ご清聴ありがとう! おひねりも嬉しいぜ!」

「良いぞ良いぞー」

「いい曲だったわねぇ」

「どこの言葉か全然わからなかったなぁ」

「しょうがねえ、飲みに行っていいぞおっさん!」

「すまねえな!」

 

 よしよし、おひねりも貰ったしこんくらいで良いだろう。

 さーてライナはどこに行ったかな。もう既にビール買えたと思うんだが……あれ、どこだろう。

 

「ライナー、どこだー」

 

 リュートを背負い、ライナを探す。しかし人混みがすごいせいでわからん。ちっこいライナのことだ。誰かに踏み潰されちまったのかもしれん。

 俺がライナの短い一生を儚んでいるその時、

 

 

 ビョ~~~~

 

 

 ……と、なんとなく間抜けな笛の音が聞こえてきた。

 この力の抜けるような気持ち悪いホイッスルの音……間違いない! 俺がライナにやった笛だ!

 

 

 ビョ~~~~

 

 

「おーおー、そこにいたかライナ」

「……っス」

 

 音の鳴る方へ行ってみると、そこでは両手にビールのコップを手にしたライナがホイッスルを吹いているところだった。

 シャチの牙で作った自作のホイッスル。控えめに言って音が間抜けである。

 本当はもっとなんかこう、ライナがピンチの時に吹いて俺が颯爽と駆けつけるって感じの使い方をして欲しかったんだけどなぁ。

 

「人混みが凄いせいで流されそうになったっス……」

「マジかよ。災難だったなライナ……あ、ビールありがとうな。……うーん、ホップのいい香りだ」

「お金は後でもらうっスからね?」

「もちろん。弾き語りでちょっとばかし稼いだからな、ライナの分も払ってやるさ」

「え、そんなにいい演奏してたんスか」

「お前なぁ……俺にリュート弾かせたらラグナルの赤ら顔なんて速攻で身体とおさらばだぜ?」

「なんなんスかねそれ……」

 

 弾き語りで喉を使った後に飲む苦みの強いビール……うん、最高だ。いいねビールは。もっとキンキンに冷えてればなお良しだったが、贅沢は言うまい……。

 

「あーうめぇ……」

「うまー……」

「外で飲むビールはうめぇなぁ……」

「わかる気がするっス……」

 

 大道芸人たちの賑わい。そして量り売りの美味い酒。気分は既にビアガーデンだ。

 

 ……なんか飲んでたら本格的に酒場に行きたくなってきたな?

 

「よし、ギルド行くか!」

「っス! ギルドで酢の物とビール飲みたいっス!」

 

 それはライナも一緒だったらしい。この酒飲みめ。

 まぁけど祭りの日のギルドはこれはこれで良い賑わいを見せてるから、楽しいんだけどな。

 

「今年もウイスキー配られたりしてな」

「どうなんスかねぇ……うわっ、っとっと……」

「おいおい大丈夫かライナ」

 

 人の多い中では背の低いライナがよく流れに飲まれかけてしまう。

 これじゃまたホイッスルに締まらない役目を担ってもらうことになっちまう。

 

「ほら、手繋いでいくぞ。はぐれないようにな」

「あっ……はい……」

 

 俺はライナの手を取って、引率気分で人混みの中を突き進んでいった。

 本当は肩車でもしてやりたいところだが、まぁライナも大人だしな……。

 

「……モングレル先輩、もっとゆっくり歩いてほしいっス」

「おー? そうか、悪いな」

「ん……」

 

 通りの上をぷかぷか浮かぶ色とりどりのジェリースライムたち。

 それを見上げて立ち止まる呑気な観光客をひょいひょいと躱しながら、俺たちはのんびりとギルドへの道を歩いていった。

 



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第五回厚切り牛タン猥談バトル

 

 ライナと一緒にギルドへやってきた。

 今日は精霊祭だ。去年も中は賑わっていたし、果たして今日は席が空いているだろうか。

 

 いや、そもそも中が変なことになってないだろうな……?

 去年はチャックとディックバルトがウイスキーを持ってきて大賑わいだったが……。

 

「まぁ二年連続そんなイベントが起こるわけもないだろう……」

 

 おそるおそるギルドの扉を開けると……向こうから、普段以上の熱気が吹き抜けてきた。

 

「第五回……厚切り牛タン猥談バトルの始まりだァアアアアッ!」

「イヤッホォオオオオオウ!」

「やるぞやるぞやるぞやるぞぉおおおおッ!」

「ドドギュウウーン!!」

 

 うっわ、なんかもう始まってる!?

 

「おいモングレル来たぞ!」

「このタイミングで来やがっただとぉ!? 全て計算済みってことかよ!?」

「良い度胸じゃねぇかモングレルの野郎……!」

 

 ちょ、待て待て。待って。ビール一杯でついていける場の暖まり方じゃねえぞこれ。

 

「まーたみんなスケベ話してるんスか!」

「みたいだなぁ……まぁとりあえず席座ろうぜ席。いきなり巻き込まれるのは嫌だわ」

 

 既にギルドの酒場の中央ではチャックたち“収穫の剣”のメンバーを中心に盛り上がりを見せている。

 他の席も結構埋まってるな……あ、ミルコとアレックスのテーブルが空いてる。そこお邪魔するか。

 

「ようアレックス。ミルコもその席良いか?」

「ええ、良いですよモングレルさん。二人とも今日はお洒落してますねえ」

「っス!」

「ククク……二人とも親子みたいに仲が良いな……」

「親子といえばミルコ、お前精霊祭なのに家族はどうしたんだよ。こういう時くらい嫁さんと一緒にいてやりゃいいのに」

「昼間一緒に回ってきた。それだけだ……俺が酒飲むって言ったらすぐ別行動になってな……」

 

 なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃった気分になったな……?

 まぁでも別れそうって話は聞いてないし大丈夫なのか……?

 

「あ、ライナ! ようやく来たぁーずっと待ってたんだよー」

「ウルリカ先輩! レオ先輩も一緒だったんスね!」

「うん。僕らは二人で見て回ってたからね。……こっそりとだけど。他の“アルテミス”の人達はまだ来てないよ」

「ゴリリアーナ先輩は力比べに行くって言ってたスからねぇ。そっちかもしれないスね」

 

 そして隣のテーブルにはウルリカとレオがいる。二人とも既にビールを始めちゃっているようだ。羨ましいぜ。俺もガソリン充填しないとな。

 

「はーどっこいせ。すんませーん、ビール二つとクラゲ二つ、お願いします」

「おーいィ! そこのモングレルさんよォ~! 何しれっと普通の酒盛り始めようとしてんだよテメェ~!」

「ビール楽しみだなライナ」

「っスねぇ」

「無視してんじゃねェよォ~! ……とりあえず先に牛タン二枚やるから参加しとけよォ~!」

 

 チッ……無視してやろうと思ってたが、先に渡されたんじゃしょうがねぇ。

 

「モングレル先輩またスケベ話始めるんスか……」

「人聞き悪いぞライナ。ほら牛タン一枚やるから食べてなさい」

「わーい」

 

 駆け付け一杯飲めたし良いだろう。

 まさに始まる寸前に来たもんだから一切の経緯がわからんけど、要するにあれだろ。牛タン賭けてバトルするんだろ?

 俺は牛タンは大の好みだぜ。なにせタレが必要ねえからな……!

 

「……ウルリカ、本当にモングレルさんがこの……戦い? に参加するの?」

「うん。モングレルさん毎回参加してるよー」

「そ、そうなんだ……なんか意外だな……」

「勝てばお肉とか分けてくれるかもだし、応援しないとねー!」

「えー……」

 

 いやウルリカ、俺は牛タンに関しては分けてやるかどうかは微妙だぞ。

 欲しかったらお前も自分で猥談バトルに参加するんだな……。

 

「――今回の牛タンはボストークの畜産農家の厚意で戴いたもの……――だが、精霊祭を前にしてこの恵みを俺たちだけで独占するのはあまりにも無粋――故に、今日は我々皆でいやらしい話を語り合い、月神を祝うことにしようではないか」

「うぉおおおお! ヒドロア様サイコォオオオ!」

「いやらしい話を捧げていこうぜぇええええ!」

「――審判はこの俺、ディックバルトが担当する……――神に誓って、公平を期すことを約束しよう」

「ディックバルトさんはいつだって正しいからなぁ!」

「もう辛抱堪らねぇ! 誰でも良いからかかってこいやぁッ!」

「よ~し第一試合開始だぜェ~!」

 

 うわぁやっぱり酒を二杯入れたくらいじゃいきなりこのテンションについていくのは難しいわ。

 ……いや、別に普段からこのテンションに合わせているわけではないな? なら別にいいか……。

 

 つーかマジでこれヒドロア様からの天罰とか落ちたりしない? 大丈夫?

 異世界転生した身としてはわりと神の存在を信じちゃってるから怖いんだよな……。

 

「一番槍行くぞぉ!」

「てめぇ槍じゃなくてシミター使いだろ!」

「うるせぇ! 喰らいやがれっ! “傘の暗がり酒場”で靴を半脱ぎにして座っている子は声をかければイける……!」

「な、なんだってぇ!?」

「あの薄暗くてちょっといかがわしい感じの酒場でか!?」

「――ヌゥ……! あの店の暗黙の了解を知っているとは……腕を上げたな……――!」

「有効だああああ!」

「こいつはルランゾにとって厳しい展開になってきたな……!」

「くっ、その程度で……! ならこっちはこれだ! “女神の靴亭”の新館に二年前“女神の納屋”に居たフレミアちゃんがいる……!」

「何ィッ!?」

「誰!?」

「――勝者、ルランゾ!」

「ぐぁああああああッ!?」

「――フレミアちゃんは、良いぞ」

「ルランゾの逆転勝ちだぁあああ!」

「でもこの判定ちょっとディックバルトさんの主観が入ってる気が……」

「ディックバルトさんを疑うのか?」

「す、すまない……そういうわけじゃ……」

「勝者には牛タン三枚あげちゃうぜェ~!」

「うおおおおやったぁああああ!」

 

 相変わらずうるせぇし店舗名と嬢の名前が飛び交ってよくわからんバトルだな……。

 でも勝ったら厚切り牛タン3枚……恥と外聞を捨てるだけの価値はあるな……。

 

「おいおいモングレルさんよォ……お前今日もなんだかんだ俺に勝って3枚貰えるとでも思ってるんじゃねえだろうなァ~……!?」

「チャック……そもそもなんで俺は毎回お前と戦うんだ……?」

「怖いのかァ~!?」

「そのセリフ使い所と使い時結構選ぶんだけど……いやわかったよ戦ってやるよお前と」

「っしゃァ~!」

 

 席から立ち、中央テーブルへと躍り出る。

 既にチャックは靴を脱いで俺を待っていた。……いや靴は履いておけって。……しかもちょっと離れたところのテーブルが上の物を片付け始めている。……あっちに突っ込むご予定が……?

 

「モングレル……てめェはいつだって俺の上だった……! 第一回も、第二回の時も、俺は常に二番手扱い……!」

「俺とお前との間に勝手に変な因縁を作るな。いや事実ではあるけど……」

「だが今日! 俺はモングレル、てめェを超える! スケベ伝道師の薫陶を受けたてめェであってもネタは無限じゃねえはずだァ~!」

 

 スケベ伝道師の薫陶ってなんだよ。やめろよ。確かに恥も外聞も捨てるつもりでこの勝負に挑んでいるけど俺こういう目立ち方をしたいわけじゃないんだよ……。

 

「御託は良い……掛かってこいよ。先手は譲ってやる」

「! ……その余裕、どこまで持つかねェ!? いくぜ先攻ッ!」

「すげえ! モングレルがわざと先手番を譲ったぞ!?」

「カウンターを決めるつもりだ……! 見れるぞ……“誘い受けのモングレル”が……!」

 

 いやマジでその二つ名はやめろ。

 

「カウンターを上からぶっ潰してやらァ! いくぜッ! 今“イングマール玩具店”で売ってる陶器製の棒が一人遊び用アイテムとして人気……! 嬢との道具を使った遊びでも最適ッ!」

「ゲホッ、ゴホゴホゴホッ!」

「決まったぁあああ!」

「モングレルが咳き込んでいる……! チャックの一撃が決まったぞぉ!」

「――有効ッ! 長さ、形、共に一般的であり人を選ばない……そして量産品故に安価――夜の満足感を高めるには素晴らしい道具と言えよう……――仕上げてきたな、チャックよ――……!」

「ゴホッ、ゴホッ」

「咳長くねェ? 大丈夫かァ?」

「み、水飲ませてくれ、水……」

「ほい」

 

 こ、これは予想外だったぜチャック……まさか俺の量産型モングレルが俺の与り知らぬところでそんなことになっていたなんてな……。

 恐るべしモングレル計画は既に俺の手を離れているとは思っていたが……マジでもう誰にも知られるわけにはいかない次元になってきたぜ……。

 

「道具を使った嬢との遊び……チャック、やるな……!」

「あのモングレルをここまで追い詰めたのはあいつが初めてじゃないか……!?」

「そもそもモングレルってチャックとしか戦ってない気もするが、これはチャックが勝つかもしれんな……!」

「嬢でも満足する道具の情報だ、こいつは要チェックだぜ!」

「でも全体的に作り粗いし取っ掛かりの部分が微妙だけどねー……」

「え? ウルリカ今何か言った?」

「ええっ? なになに知らないどうしたの? 何も言ってないよー?」

 

 思わぬところでダメージを負ってしまったが、さて、どうするか……。

 

 ……正直、俺もそろそろネタ切れ感はあるんだよな……。

 チャックの言う通り、無限にネタが出てくるかって言うとそうでもねえし……うーん……。

 

「さあかかってこいよモングレルさんよォ……!」

「……んー……何話そう。チャック、何か“こういうの聞きたい”とかある?」

「俺にリクエストを求めるなよォ~!? ……まぁでもあえて言うならあまり一般的じゃなくていいから珍しいスケベ知識が聞きてェな俺は……」

「チャック素直だぁあああ!」

「自分を不利に追い込んででもスケベ知識への欲求に嘘はつけない……騎士道だぜ!」

「なんて美しい試合なんだ……!」

 

 女神どころか騎士道にすら泥を塗るつもりか? こいつらは……。

 けどそうか、珍しいスケベ知識か……アブノーマルってことだよな……アブノーマル……うーん、まぁ現代人の視点からするとすぐに出てくるアブノーマルっていうと、あれだよな……。

 

「……よし、これにしよう。……ああ、あった。これだ」

「……? なんだァ……? どうして今、そんな蝋燭を……?」

「モングレル、何をするつもりだ?」

「燭台から蝋燭を取って何をするつもりだ? まだ暗くはなっていないが……」

 

 俺が手にしたのは何の変哲もないただの蝋燭だ。

 だがスケベ的な観点で言えば、これも立派な“グッズ”に成り得るのは……現代人の賢明かつスケベな諸君らには詳しい説明も不要であろう。

 

「あまり一般的とは言い難いが……相手の肌を手で叩いたり、軽めに鞭で叩くようなやり方が存在するのは知っているだろう……」

「初めて聞いた……」

「いや、俺は知っている……わかるぞ……!」

「事前知識でそれが必要なのか……!? これから何が飛んでくるんだ……!?」

「――いかにも。俺としては加減が難しいために安易に手出しすることはおすすめできないが……店によってはそれが普通なものもあるし、オプションで実施できる店もある――……だが、モングレルよ。それでは少々威力不足だな。チャックの攻撃を防ぎ、反撃するに足るものではないが――……?」

 

 まぁここまではおさらいだ。

 この世界にもSMっぽい概念はあって良かったぜ。

 

「お楽しみはこれからだ。……実はその亜種として……この蝋燭を使った方法がある」

「なッ……蝋燭を、なんだってェ~……!?」

「まさか……」

「嘘だろう……!?」

「そう……この蝋燭に火を灯し、高い場所から一滴ずつ相手の肌に落としてゆく方法だ……高い場所から落とされた蝋は空中でほどよく冷やされ、相手の肌に熱さと痛みを与える……! これはいわば……“蝋燭プレイ”だ!」

 

 ガタン、とディックバルトが勢いよく立ち上がった。……え、なにこわい。

 しかも目を見開いてカタカタと震えてる……いやなになに、マジでこわい。やめて?

 

「――そ、そのような……そのような、心躍る……やり方があったとはッ……!」

「な、これは……まさか……!?」

「すげぇ、ディックバルトさんも知らないプレイってことか……!?」

「でもどうなんだこれは!? 審判であるディックバルトさんに判断できないんじゃこの技は……!」

「――いや、待て」

 

 騒然とする周囲を手で制し、ディックバルトが悠然とこちらに歩み寄り……俺の足元で腹ばいになった。

 ……え? なになになに、いやだから怖いって。

 

「――モングレルよ……その蝋燭に火を灯し、俺の背中に一滴落とせ……!」

「な、なんだってええええ!?」

「すげぇディックバルトさん……今この場で蝋燭プレイの真偽を確かめるつもりだぜ!」

「自ら危険なプレイに飛び込むなんて……俺、あんたについてきて良かったよ……!」

 

 いやいやいや、やりたくないんだが……。

 

「――さあ、こいッ! モングレル! 一滴でも二滴でも! 蝋燭を使い果たしてでも! この俺に熱さと痛みをくれッ!」

「一滴で勘弁して下さい……」

 

 このまま床の上でディックバルトにゴネられるのは嫌だし、何より言い出しっぺは俺だったので仕方なく蝋燭に火を付けた。

 

「モングレルさん、一本分の蝋燭代は払ってくださいねー」

「はい……」

 

 しかもミレーヌさんから釘を刺された。出費は俺持ちである。これで牛タン貰えなかったら拗ねるぞマジで……。

 

「じゃあディックバルト、今から垂らすんで……」

「――言うなッ! いつくるかわからない不安が俺の精神をより鋭敏にさせる――……!」

 

 いいやもうさっさと垂らすよ。はい、ポトリ。

 

「――フンヌゥウウッ……! 勝者ッ! モングレルゥウウウ!」

「ぐあぁあああああああッ~!?」

「うわぁあああ! チャックが吹っ飛んだぁああああ!」

「蝋燭プレイは本当にあったんだぁああああ!」

「畜生、どこでならやってくれるんだ!?」

「そ、そんなやり方もあるんだー……」

「ディックバルトさんが吼えるほどだ……コイツは間違いねえぜ……!」

 

 チャックが吹っ飛んでテーブルと椅子を巻き込んで倒れ伏し、床の上に寝そべるディックバルトが荒い息遣いで興奮している。なんだここは……地獄か……?

 

「――よもや、この俺の知らないスケベ知識を持っていようとはな……モングレルよ、いずれお前と俺は戦うことになるのかもしれんな……」

「嫌です……」

「――あるいはモングレルよ、お前とスケベ伝道師の間でこのようなプレイを……?」

「いやスケベ伝道師は通りすがりに聞いただけだから知らないです。他人です」

「マジで何者なんだスケベ伝道師……!」

「俺たちはいつかスケベ伝道師と対峙することになるのかもしれねぇな……」

「仮初の平和ってわけか……良いじゃねえか。それまで俺たちは牙を研ぐだけだぜ……」

「あ、チャックさん寝てるんで牛タン3枚取りますね、はいどうぞ」

「おう」

 

 こうして今回の猥談バトルも俺の勝利で終わった。

 色々汚い叫び声とか釈然としないやり取りも多かったが、まぁ肉さえ手に入ればチャラよチャラ……。

 

 

 

「なんかその牛タンが薄汚いものに見えてきたっス」

「料理に罪はねえよライナ……」

「ははは……いつもこんな賑やかなことをやっていたんだね、モングレルさんは……でも凄い、なんだろうね。詳しいんだね」

「レオ先輩、そんな頑張ってフォローすることはないっスよ」

 

 よく出来たやつだよレオお前は。そのままの君でいてくれ。

 

「しかし毎度毎度よく吹っ飛びますねぇチャックさん……」

「ククク……モングレルもよく毎回勝てるもんだ。……俺も食っていいか?」

「アレックスもミルコも参加すりゃ良かっただろうに……とりあえずこっちの二枚は切り分けてやるから、みんなで少しずつわけて食えよ」

「え、いいの? ありがとう、モングレルさん」

「ありがとうございます」

「心の友よ……」

「……私もいただくっス」

「結局食うんじゃねえかライナ。……ウルリカも酔い大丈夫か? 牛タン食うか?」

「えっ、うん食べる食べるー」

 

 こうして俺たちはいつもより賑やかなギルドの酒場で、こってりした牛タンを肴にビールを堪能したのだった。

 




「バスタード・ソードマン」がKADOKAWAファミ通文庫様より書籍化される運びとなりました。
イラストレーターはマツセダイチ様です。
発売日などはまだ未定ですので、続報をお待ち下さい。

ここまで来れたのは、皆様の応援があってのものです。
本当にありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。

(ヽ◇皿◇)ヤッター (・∀・* )ワーイ


(ヽ◇皿◇)……この回で発表することになるのか……


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祭りの後の面倒ごと*

 

 精霊祭翌日。レゴール伯爵の婚約が正式に発表された。

 というか、精霊祭の当日には既に発表されていたらしい。俺の耳に入ってなかったのは、俺たちが昨日騒いでいた場所が辺鄙すぎたのと、俺も酔っ払って早めに宿に帰って寝ていたからだ。まぁ、既に婚約の話は聞いていたから驚きはないんだけどもね。

 

 お相手はステイシー・モント・クリストル。クリストル侯爵家の女性だ。年の頃はレゴール伯爵よりもやや年下。この世界だと行き遅れ扱いされてるけど、俺の感覚では全然若いくらいだろう。

 いつごろ結婚するのかは知らないが、実にめでてぇ事である。こりゃ俺も匿名でのお祝いを早めに用意しとかなくちゃならんね。宿で工作に励むとするか……。

 

 ……というか今は街の汚れっぷりが普段の比じゃなくて出歩きたくねえんだよな。

 ゴミに吐瀉物に名状しがたき色々とか……さすがの俺でもこの状態の都市清掃はちょっとしんどいわ……。

 

「モングレルさーん? お客が来てるみたいよー」

「おお?」

 

 そんな気持ちで宿で金物を削っていると、女将さんから来客の報せがあった。

 隣の部屋に泊まることになった旅人からお蕎麦でも貰えるのかなーと扉を開けてみると、そこには見知った顔が。

 

「あれ、副長。どうしたんですか、わざわざ俺の部屋まで訪ねてくるなんて」

「やあ、モングレル。悪いね、休みのとこ押しかけてしまって」

 

 何気ない風に対応してはみたが、内心ではかなり焦っていた。

 なにせ相手はギルドのレゴール支部副長のジェルトナさんだ。個人的にも仲は悪くないし話しやすい相手だとは思っているが、宿にまで押しかけてくる理由がわからなかった。

 しかし心当たりは多い。俺の抱える色々な後ろ暗い部分はそう簡単には出てこないだろうが、どこでバレるかもわかったもんじゃないからだ。

 

 ケイオス卿絡みはバレたくない。悪いことはしていないが、バレて貴族の横槍が入るとしんどいことになる。

 “亡霊”の方はもっとマズい。こっちは悩む間も無くレゴールさよならコースなんだが……。

 

 ……引っ越し蕎麦だったりしない? 

 

「実はモングレルに重要な話があってね」

「はぁ」

 

 ひえ〜〜〜引っ越し蕎麦ではないな。

 

「前の……アーレント氏の件で、ほら。モングレルは当事者だっただろう。あれから進展があってね……今はもう色々と変わっているんだが……とにかく今から来てもらえないかな? 」

 

 良かったぁあああ……なーんだ、アーレントさんの件か。

 

 俺とライナが冬の森で見かけた筋肉モリモリマッチョマンのサングレール人のおっさん。

 外交官のくせに単身でやってきた上に書簡と持ち物を奪われて凍死しかけていたという、ツッコミどころしかない状態で出会った人だ。

 そういやあまりアーレントさんのその後の話は聞いてなかったな。

 

「ええまぁ、良いですよ。飯代が出ればなお良しですが」

「ま、多くは出せないが、そのくらいなら」

「よっしゃ、さすがジェルトナさんだぜ」

 

 ひとまず俺関連の話じゃないだけ助かったが、アーレントさん絡みの話も正直あんま気が進まねえんだよなぁ……。

 

 

 

 ギルドの個室に通された俺は、ジェルトナさんと向き合っている。

 

「アーレント氏の身元の裏どりはできた。また、紛失した書簡と、アーレント氏の一部装備品も回収できた。まぁ、これは随分と前の話になるけどな」

「おー」

「詳細は伏せるが、アーレント氏は神殿より派遣された外交官で間違いない。非常に穏当な態度で……まぁ、今でも仕事をしているそうだよ」

「良いことじゃないっすか」

 

 出会った時は詰みの概念がコスプレして歩いてるんじゃねーかってほどだったが、随分な変わりようだ。

 てか奪われた書簡が見つかったってのがでけぇ。無理だと思ってたよ。一体誰にどれだけ走らせたんだ……? 

 

「ついては、アーレント氏をしばらくここレゴールで預かる予定でね。それもまた色々な思惑が絡んでのことなのだが……まぁ、アーレント氏本人は少なくともレゴール滞在に前向きだ。特に、我々ギルドマンの暮らしぶりに興味があるらしい」

「……えー」

「言いたいことはわかる。だがまぁ、向こうが興味を持っている以上はこちらも断り辛くてね。ハルペリアのギルドマンの暮らし、また活動の精神性を学びたいと言うんだ。……断れんだろ?」

「随分と……こう、ギルドに好意的なんすね……」

「よほどレゴールで最初に出会ったギルドマンが親切に感じられたのかもしれん」

 

 いや俺とライナが原因みたいに言われても困るぜさすがに。

 

「はぁ、それで……この流れで俺に何をしろって言うんです?」

「うむ。実はアーレント氏を臨時の格闘教導官として短期間雇おうと思っていてね」

「はあ? いやそんな外交官がやることじゃ……」

「そうなる気持ちもわかるが、アーレント氏の希望でもある。我々には一切怪我をさせないし、自分も怪我をしないから問題ないとのことだ。……アーレント氏が本物の“白頭鷲”であるならば、それも大言壮語ではないと私も考えている。まぁ、向こうも身体を動かしたいんだろうな。考えて話すよりもそちらの方が得意なのは、モングレルにもなんとなくわかるだろう」

 

 まぁあの人のマッチョぶりを見ると、肉体言語って言葉が出てくるけどさ。

 

「現場の空気を肌で感じ、役立ちたいのだろうよ。……彼の仕事のほとんどは、書簡の運搬だけで済んだようなものだしな」

 

 書簡の内容匂わせるのやめてもらっていいすか? 

 俺は一ミリもそれは知りたくないんで……。

 

「私のモングレルへの頼みは、アーレント氏を色々と気にかけてやって欲しいということだ。既にアーレント氏を知っているし、何よりもギルドマンに広く顔がきく。彼が問題なく馴染めるよう、ひとつ頑張ってはもらえないかな? ついでに、彼にギルドマンとしての基礎的な活動を少し教えてあげてもらいたい」

 

 いやー……思ってたより結構頑張らなきゃいけない仕事だな。

 けど言い分もわかる……俺に頼む理由もわかる……。

 

「……俺にできることはする。けど、俺だって全ての仲立ちができるわけじゃないぜ? アーレントさんって戦場でブイブイ言わせてた人なんだろ? そこらで悪感情持ってるギルドマンを宥めるのはさすがに俺でも無理だ」

「ああ、だから表向きはただのアーレントさんとして通しておくつもりだ。悪感情を持たれるよりも先に、馴染ませてやってくれ」

「簡単そうに言うけどなぁジェルトナさん。俺にだってわかることなんだから、ジェルトナさんだってわからないわけじゃ……」

 

 俺がそこまで言ったあたりで、ジェルトナさんは真面目な顔で顔をこちらに近づけてきた。

 

「……これはレゴール貴族からの指示でもある」

「……」

「少々無茶なのは私も承知だが……こちらも色々あるんだ。ここはひとつ、頼むよ。モングレル」

 

 貴族の頼み。そのワードは俺にとっちゃ労働意欲半減の言葉だぜ。

 まあ、ジェルトナさんも板挟みっぽいのはなんとなくわかったけどさ。

 

「……食事代だけじゃちょっと安い頼みだぜ、ジェルトナさん」

「何日分かは、考慮するつもりさ」

「そいつはありがてぇなぁ……」

 

 断れない任務ができてしまった。

 しかもどう転ぶかわからない任務だ。案外すんなりといく楽なものかもしれないが、コケたら擦り傷じゃ済まないあたりが怖すぎる。

 けどまぁアーレントさんなぁ……仕方ねぇ。身分を隠すつもりがあるならまだマシだろう。手伝ってやるとするか。

 

「けどいざアーレントさんが危ない人に狙われるようなことになれば、その時はギルドでなんとかしてくださいよ」

「もちろんだ。その辺りはアーレント氏を守るため、逆にアーレント氏から守るための専属の護衛もいる。突発的な事態は防げるさ」

 

 すげーな、話すたびに穏やかじゃない要素が増えていくぜ。

 けど腹を括るしかないか……。

 

 頑張ってただのマッチョなインストラクターに徹してもらうとしよう……。

 

「……そうだ、モングレルはよく資料室に出入りしていたね。何か資料室に置いて欲しい本はあるか?」

「え?」

「希望があれば一冊か二冊くらいなら、こちらで融通をきかせてやれるが……」

「植物! あと魚の図鑑! 今置いてるのよりも詳しい奴くれ!」

「お、おお……すごい、勢いだな……」

 

 おいおいジェルトナさんなんだよそれは、最高じゃねぇか! 

 

「水臭ぇな副長。こんな任務俺に任せてくれよ。アーレントさんをギルドの人気者にしてやれば良いんだろ? 余裕だってのそんくらい」

「……いや、前向きで助かるがねぇ」

「図鑑は早めに揃えてくれると嬉しいな!」

「はいはい……わかったよ。任せてくれ。どうせそろそろ更新しようと思っていたところだしな」

 

 俺からすればその辺りの図鑑は最高の娯楽だよ。

 いやー面倒な任務だと思ったけどそうでもないかもしれんな。逆に遠出しない分、かなり気楽かもしれん。

 

「よーし、まずは都市清掃の体験でもやってもらうかな?」

「いや……まぁそれもギルドマンの仕事の一つではあるが、できれば任務の体験をさせるにしても、もう少し仕事は選んでもらえると助かるよ」

 

 やっぱダメか。うちの宿の前だけでもと思ったんだが。

 





【挿絵表示】


(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、バスタード・ソードマンの書籍化決定お祝いイラストをいただきました。ありがとうございます。


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ギルドマン体験ツアー

 

 その日の内にアーレントさんとは会うことができた。

 冬に半分以上投げるような形で対応を放り出したので、会うのはちょうどワンシーズンぶりということになる。

 

「やあ」

 

 ギルドの応接室に現れたアーレントさんは、ちゃんとした服を着ていた。いや普通人はちゃんとした服を着るのが当然っちゃ当然なんだが、初対面からずっと腕白小僧のイメージを引きずっていたんでね。季節に合った真っ当な装いをしているのにちょっと不条理な驚き方をしてしまった。

 さすがにアーレントさんはガタイが良すぎるせいか一般的な礼服のほとんどは着用できなかったのか、ちょっと地味目の春用作業着って感じではあるものの、これはこれで逆に親しみやすくて良いかもしれんね。

 

「お久しぶりですアーレントさん。詳しくは聞いてないんですけど、色々問題は解決したみたいで」

「ああ、本当に助かったよ……わざわざ書簡まで見つけてもらってしまって。申し訳ない……」

「まぁ、俺はその辺りの込み入った話は聞かないようにしてるんで、言わないで大丈夫ですよ。それより、アーレントさんはギルドについて知りたいとか?」

「うん。今回の一件は、私がハルペリアの世間に関して何も知らなかったことがひとつの原因だったからね。二度と同じような失敗をしないためにも、何よりハルペリアの人々の想いを知るためにも、まずギルドマンについて勉強しようと思ったんだ」

 

 そう言って、アーレントさんは首にぶら下がっていた札を見せてきた。

 初めて見るものだが、そこに書かれている文字を見ればなんとなく役割はわかる。

 

「ギルド員……の仮身分証ですか」

「私も詳しくは知らないのだが、これをつけているとギルドの関係者として扱ってもらえるそうだね」

「あー、まぁなんか特例扱いって感じですかね」

 

 いわば研修中だとか、裏方役だとか、そういう人のためのやつだろう。

 特別これを付けているからといってそこらのギルドマンにへーこらされるわけではないが、無碍にされることもないはずだ。

 

「なるほど、それがあれば見学もしやすそうだ」

「うん。モングレルさんには是非とも、ギルドマンについて教えてもらえたらと思うんだ」

「わかった。じゃあこれからはお互い打ち解ける意味でも堅苦しい感じはなしにしようか。改めてよろしくな、アーレントさん」

「おお、それは嬉しいな。よろしく頼むよ」

 

 アーレントさんと握手を交わすと、大きくがっしりした手の感触が伝わってきた。

 常に握り込み、打ち込み続けた拳の感触。硬い皮と、骨。……やっぱり只者ではない。

 

「……それで、さっきから気になっていたんだけど……いやなんとなくわかってはいるけど、アーレントさんの後ろにいるそちらの人は?」

「ああ、この人はね……」

 

 アーレントさんが言う前に、さっきから気になっていた人物が前にズイッと出てきた。

 目の粗い暗色のローブに黄色の仮面。正直なところ、それだけ見れば何者かはわかるが……。

 

「初めまして、私の名はエドヴァルド。“月下の死神”の一人にして、そちらのアーレント氏の護衛を務めております」

 

 どことなくキザっぽいポーズを決めて名乗ったエドヴァルドは、やはり月下の死神の一人であった。

 ハルペリアで最も高度な戦力を有する特殊騎兵部隊。ギルドマンが街の消防団だとすれば、彼らはSWATみたいなもんだな。比べるのもおこがましいレベルの精鋭中の精鋭だ。

 逆に言えばハルペリアは、それほどまでにこのアーレントさんを重く見ているということなのだろう。万が一にも問題を起こさない、起こさせないためにも、ここまでの監視が必要なのだ。

 

 ……いやちょっと……さすがにこういう人らに張り付かれながらじゃやり辛いってレベルじゃねえなぁ……。

 

「ぁあ、ご安心を。このエドヴァルドは四六時中アーレント氏の側に張り付いているわけではありません。お会いするのは数日に一度、“腕輪”の更新の時だけで十分です」

「腕輪?」

「これのことだね。ほら、この綺麗な腕輪だよ」

 

 アーレントさんが何故か自慢げに腕をまくり、装飾品を見せてきた。

 鈍い金色で出来た腕輪である。両腕にしっかりと嵌ったそれは、溝の中に黒っぽい魔力を渦巻かせているように見えた。

 どう見ても呪いの魔道具だわ。

 

「詳細な説明は致しかねますが、その腕輪をつけている間、アーレント氏の身体強化性能は少なく見積もっても半減します。また、この腕輪は吸い上げた魔力によって腕輪の装備者を魔法によって護る力も有しています。アーレント氏を護るための防具でもあり、いざという時の暴力を封じるための枷と言って良いでしょう」

「便利だよね。それにこの細かな細工も綺麗だ」

「……なんか本人気に入ってますけど、これあれですよね。普通に拘束具ですよね」

「紛れもなく、拘束具でございます。老いたとはいえかの“白頭鷲”にハルペリアの空を飛ばれては、仮にその鋭い爪が振るわれた場合、撃ち落とすまでに多くの民が犠牲となってしまうでしょう。それを未然に防ぐための“腕輪”なのです」

 

 あー、まぁ国としちゃそうだわな。

 これが普通にただの文官とかだったらやりやすかったんだろうが、下手に戦力の強い人が来ちゃったもんだから管理が大変だわな。

 

「私は“呪い師”エドヴァルド。私特製のその腕輪さえあれば、3日間はアーレント氏の力を抑えることができましょう。しかしその腕輪の維持には私の力が欠かせません。なのでできれば毎日。でなくとも2日おきに、私による魔力の補充を行わせていただくことになっています。ギルドマンとしての仕事の体験は、あくまでその範疇で行うよう宜しくお願い致します」

「うむ。そういった話は既に書面に書いてあるから、大丈夫だよ」

「ええ。この禁を破った場合には、アーレント氏には死んでいただくことになっておりますので。くれぐれもお気をつけて……」

 

 いきなり物騒な契約内容放り込んでくるやん……。

 “はいはいなるほど了解ですー”で流せない話を間にぶっこんでくるのやめてもろて……。

 

「なに。これをつけるだけで信頼を勝ち取れるのであれば、安いものさ」

 

 いやー。どっちかって言うと全く信頼も信用もされてないからこそ付けられてんじゃねえのかなぁそれ……。

 ……貴族がアーレントさんのギルド体験を推してるのも、この人を貴族街から離したいっていう思惑が強いのかもしれねえなぁ……。

 

 

 

 ちょっと重苦しい話を聞いてしまったが、まぁ要するに猛獣に対して首輪をつけといたっていう話だ。

 それ以外は特にない。死神のエドヴァルドも腕輪の維持だけで普段はくっついているわけではないらしいから、気楽な状態でいられるのはある意味助かった。

 

「よーし、じゃあアーレントさん。早速ギルドマンについて勉強してもらおうかー」

「うん。楽しみだ。護衛とか討伐だろう?」

「まぁそれもある。けど、それは仕事に慣れたギルドマンの仕事だな。そういう切った張ったができないギルドマンっていうのは、もっと地道で単調な仕事ばかりをやらされるもんだ。俺はアーレントさんには先にそういうのから体験してもらいたいね」

「ふむ……なにか考えがあるんだね。わかった、モングレルさんにお任せしてみよう」

 

 個室から出てロビーに戻ってきた。時間は昼間だ。中途半端すぎる時間で人も少ないが、春だったら簡単な仕事も幾つかあるだろう。何も人気な儲けの良い仕事をやろうってわけでもない。単調な仕事をやりてえんだ俺は。

 

「おーいエレナ、夕方までに終わりそうな仕事なにかあるかい?」

「ええ? 夕方までにって……あ、どうも」

「やあ、どうも」

 

 ちょっと畏まった挨拶だ。

 受付にも話が通っているのか。まぁその方が楽でいいや。

 

「アイアンクラスの依頼が良いな。できれば常駐、季節モノだと尚良しって感じかね」

「……えーと……そうですねぇ……夕時まで……あ、でしたら建設現場の運搬作業がありますよ。春になってから建材も運び込まれ続けていますが、人手はいくらあっても欲しいくらいです。……紹介状を書きますね」

「いやいやわざわざそんなもんいらねえよ」

「いえ書きますので」

 

 まぁ建設現場での作業ならわかりやすいか。

 ギルドマンの仕事の中でも特に地道でいい感じだぞ。

 

「……建設作業? ふむふむ……そういった仕事もするのか。サングレールのプレイヤー達は討伐と護衛ばかりだから、面白いなぁ」

「へー、結構プレイヤーってのは仕事の範囲が狭いんだな。ギルドマンはやれることはなんだって依頼になるぜ」

「……モングレルさん、この仕事は私も手伝っても良いかな?」

「もちろん。その筋肉を遊ばせておくのは勿体ないからな。身体を鈍らせるよりは、アーレントさんも動きたいだろう?」

「うん。いい運動になると良いな」

 

 そう言って、アーレントさんは腕をグッと上げてコロンビアなポーズを取ってみせた。

 まぁそうだよな、この筋肉で肉体労働が嫌いってことはないよな。

 

「よーし、じゃあ……そうだな。今日の仕事を熟した後、報酬をもらってそれで飯食う所までやってみようか。アイアンクラスのギルドマンの生活体験ってことでな」

「おお、楽しそうだ。やってみよう」

 

 うーむ。ノリノリだな。こりゃ俺の思っている以上に適性の高い性格してるかもしれん。

 “ギルドマンも甘くねえんすよ~”的な話に持っていこうとしたが不発になりそうな気配が漂っているぜ……。

 

「お? なんだモングレルじゃねーか。それと……後ろの人は?」

「ようバルガー。ああ、こっちは……まぁギルドマンの仕事を体験したいっていうただのマッチョマンだよ」

「……結局何者だよ……?」

 

 酒場の隅の方にいたバルガーが俺たちに声をかけてきた。どうやら今日は珍しく武器の手入れをしていたらしい……いや、手入れっていうかアストワ鋼のレリーフの手入れだな? すっかり高級装備を気に入っちゃってまぁ……。

 

「やあ、はじめまして。私の名はアーレント。モングレルさんからギルドマンの仕事について勉強させてもらっているんだ」

「はー……ギルドマンの仕事をねぇ。そりゃ随分物好きというか……あ、俺はバルガー。そこのモングレルの兄貴分みたいなもんだ。よろしくな」

「永遠に兄貴面されてるぜ」

「兄弟ってのはそんなもんだろ。……で、ちらっと聞いてたが、建設の運搬に行くんだって?」

「まぁな。アーレントさんにそこらへんの地味な仕事を知ってもらいたくてよ」

「なんでまたそんな華のねえ仕事を……んー、じゃあ俺も一緒に行くわ」

「ええ?」

「だって暇なんだもんよ。久しぶりに一緒に作業しようや。……おーいエレナ、俺も同じ仕事頼むなー」

「はーい」

 

 なんか成り行きでバルガーがついてくることになってしまった。

 

 ……まぁけど、この手の地味な仕事を最初に俺に教えてくれたのもバルガーだったしな。

 ある意味ちょうどいいかもしれん。

 

「よーし……チームバルガー、任務開始だ!」

「おお……足を引っ張らないよう頑張るよ」

「いやそんな気合入れんでも……チームもクソもねえし」

「まあまあ、終わったら飯食って酒飲むんだろ? だったら一緒に汗水流そうや。はっはっは」

 

 仕事終わりの飲みが目的かよぉーこのオッサンは……まぁそういうのもギルドマンらしくてアリだけども。

 




当作品の評価者数が3500人を超えました。すごい。

いつもバスタード・ソードマンを応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


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肉体労働と肉談義

 

 アーレントさんとバルガーと一緒にレゴールの拡張区画へとやってきた。

 中途半端な時間なもんで、既に作業従事者は自分の仕事に没頭している。ここでいきなり飛び込んで“手伝わせてください!”なんて言ってもとんだハリキリボーイになるだけなので、依頼で受けた作業に従事する前にはしっかりと受注証書を監督事務所に出す必要がある。

 まぁ事務所と言ってもちょっとした小屋みたいなもんだ。管理小屋っていうのかな。人夫の人数を取り纏めて管理する場所で、資材の数なんかもここで数を管理しているわけ。

 

「ギルドから三人、依頼で来たぞ。見ての通り、力仕事が得意だ」

 

 バルガーが紹介状と一緒に俺たちの分の証書もまとめて差し出すと、事務所のおっちゃんは無駄に渋そうな顔でそれらを見つめた。

 

「うーん、危険のない作業とあるが、力仕事なんてどれも危険がつきものだからな……」

 

 アーレントさんが無言でポージングを決めているが、それはあれかい? この身体なら大丈夫ですよ見てくださいってアピールかい? 

 まぁ実際そこらへんの人よりよっぽど頑丈だろうし、俺としても平気だろうと思うんだが。

 

「……あんたら丈夫そうだし、こっちとしても作業は早めたいし、大丈夫だろ。ロドリコの監督している場所に行ってくれ。場所はここだ」

 

 そう言って事務の人が指し示した羊皮紙の地図には、拡張区画の大まかな全体図が描かれていた。

 俺たちの作業場はその端。人の移動も物品の搬入も一番面倒臭そうな場所だ。

 

「そういやアーレントさん、こういう肉体労働はやったことあるかい?」

「うん? まぁ、人並みには……?」

「その筋肉でかぁ? まぁとにかく行こうや。サボるにしても現場についてからってもんよ」

「アーレントさん、こいつの話は聞かないでいいぞ」

 

 

 

 作業現場は物に溢れている。

 建築資材、原料、その他なんのために使うのかもわからない色々……現代人の俺から見てもわからないのだから、まぁこの手の、建築だとかそういう技能は物を見るにしたって慣れとかが大事なんだろうなって思う。

 

「おお、ギルドからの応援か。俺はロドリコ、現場監督だ。あんたらにやってもらう作業は単純だぞ。ひたすら重い物を運んでもらうだけだ。腰が痛くなったら早めに言えよ? 別の仕事を回してやるからな」

 

 が、俺たち単純労働者に求められているのは難しい作業ではない。

 足場組めとも壁紙を貼れとも電気工事しろとも言われない。俺たちの役目はただ一つ、肉体労働だけなのだ。

 

「つーわけでだ、アーレントさん。俺たちはこの石ころを運ぶ作業に入るぞ」

「なるほど」

「だが、ただ土の中の石ころを探して運ぶだけじゃ芸がない。他にも集積所から木材を運んだりしなきゃならん。そういうところまで出来てようやく一人前のギルドマンなわけよ」

「おお……ギルドマン……」

「特に建築作業は働いてるって実感がわりと強めに得られるからなかなか……」

「おらモングレル、アーレントさん、仕事やんぞ!」

 

 上着を脱いで身軽そうになったバルガーが早くも先輩風を吹かせ始めた。

 しょうがねえ、さっさと作業に入るとしよう。

 

 

 

 俺たちに与えられた作業は単純労働だが、身体にはよく響くタイプの作業だ。つまり結構な重労働である。

 いざという時は魔物と切った張ったするギルドマンでも、じんわり続くタイプの労役が得意という奴は少ない。

 

 今回は石運び。工事中に出土した石ころなんかをまとめて運び出し、別の場所に集めておくという作業だ。

 だが街に新たな区画を生み出すという作業で発生する石ころとなると、もはやその量は重機が必要になってくるレベルだ。これを人力でやろうとなると、屈強な男がヒィヒィ言いながら何往復もしなきゃならなくなる。

 

 そこで役立つのが、身体強化を使える人間の存在だ。

 人は魔力を身体に流すことで身体強化を発動させるわけだが、これを発動させていれば二人、三人分の力で働くことができる。一度にたくさんの荷物を動かせるので作業効率が良いのだ。

 しかしこの身体に流すってのを長時間持続させるのがまたなかなか難しく、訓練された軍人でも数十分連続させるのはかなりしんどいという話だ。

 なので短時間で決着する討伐でならばともかく、土木作業としてはちょっと向いていない。

 

「はぁ、はぁ、ひぃー……こりゃキツい、休もう!」

「おいおいバルガー、張り切ってたくせに一番にへばるんじゃねぇよ……」

 

 だからまぁ、大した働きもできずにバルガーみたいになる。

 全身汗だく。からの座り込み。動かないおっさんの完成だ。

 

 まぁこうなるまでに何往復かして重い物を運んだから全く役立たずではないし、常人以上の仕事にはなっているんだが……ダウンする前に重荷の量を減らして最後まで動けるだけの負荷に切り替えりゃいいのにと思わないでもない。

 

「見てみろよアーレントさんを。あんなにイキイキと働いているぞ」

「ありゃ化け物だよ……なんで俺より歳上なのにあんな物運べるんだ……」

 

 作業を開始してから、アーレントさんはプロテインを得た筋肉が如き活躍を見せ始めた。

 どんな重い荷物でも筋肉を見せつけるようなポーズを取りながら軽々と持ち上げ、今では両肩に建材の柱を担いで別部署の手伝いをやっている。

 まさに肩にちっちゃい重機でも乗せてるかのような働きだ。当然、現場での人気は高い。既に子供たちもアーレントさんの後を追うようにして遊んでいる。

 

「で、モングレルよ。結局あのマッチョは何者なんだよ」

「ただのマッチョ……じゃないのはバルガーにもわかるか」

「まぁなんとなくはな。世間知らずな感じとか、エレナの扱いとかを見るにあれか? 貴族関係か?」

「いやー……うーん、説明が難しいんだよなぁ……」

「話せよ。気になるだろ」

「……まぁバルガーだったら大丈夫か。サングレール人に対する復讐心なんて無いだろうし」

 

 せっかくなので俺は、バルガーにアーレントさんの話をした。

 サングレールからの外交官。“白頭鷲”。ギルドでの任務体験。マッチョ。その他いろいろ……。

 

 敵国のエースみたいなもんだし、サングレールと戦場でやり合うこともある俺たちギルドマンにとっては普通に地雷になりかねない人物だ。

 “外交官です”と言って落ち着いてくれる人がどこまでいるかわかったもんじゃない。

 しかしその点では、バルガーは特に問題無いだろうと俺は思っている。だからこれまでのことも、一通り話しておいた。

 

「……なるほどねぇ、冬にそんな面白いことがあったのか。巻き込まれずに済んで良かったわ」

「人助けからここまで面倒なことになるなんて俺も思わなかったよ。まぁ、けど頼まれたからには働くけどな。金も出るし」

「おう、金は貰っとけ。あの筋肉じゃ誰かに狙われても死ぬことはないだろう。護衛するわけでもなし、楽な任務じゃねえか」

 

 まぁ確かにアーレントさんに護衛はいらないだろうけども。

 かといって、サングレール人であることをいつまでも隠し通せるとは思えないんだよな。

 

「なあバルガー。アーレントさんをギルドに馴染ませるとしたら、まずどこと引き合わせるべきだと思う?」

「どこって、そりゃあまぁ……どこだろうなぁ」

 

 バルガーは休憩ついでにコーンパイプを取り出し、煙草をふかし始めた。休憩の長いおっさんだ。

 

「“収穫の剣”と“大地の盾”は後回しにしとけ。特に盾はサングレール軍に恨み持ってる奴もいるだろうしな。連中より先に外で理解者を増やしていった方が良いだろ。“若木の杖”ならあそこ副団長がサングレール人だし、良いんじゃないか」

「ああ、それもそうか」

 

 副団長のヴァンダールは純サングレール人だ。確かにあそこなら偏見も少なくアーレントさんと付き合ってくれそうだな。

 

「かといって、サングレール人ばかりとつるんでもしょうがないからな。モングレルもそうだが、直接肩入れするのはほどほどにしておけ」

「わかってる。ハルペリア人からすりゃいい気はしないだろうしな」

 

 自国内で敵国の人種が集まって居場所を拡大している……そんな光景に危機感を抱く人は多いだろう。

 だから俺もアーレントさんへの大っぴらな協力は控えた方が無難だ。

 

 ライナ繋がりで、“アルテミス”にも頼んでみるかね。

 貴族の意向が反映されてるならシーナも悪い顔はしないと思いたいところだが。

 

「よっし、休憩終わり! おいバルガー、仕事戻るぞ仕事」

「これ吸い終わったら行く」

「のんびり吸ってんなよー」

 

 結局バルガーはこの日の仕事の半分近くの時間をサボり、逆にアーレントさんはフルタイムで重労働に汗を流していたのだった。

 ……すっかり現場のヒーローだし、これ俺たちギルドマンが融和とか考える必要ある? なんかもうそのままでいいんじゃね? 

 

 

 

 という思いもあるが、ギルドマンの仕事は肉体労働だけじゃない。

 次回からはもっと地味で活躍し難い任務も増えるだろう。俺はそういう任務も一通りアーレントさんに体験してもらう予定だ。

 

「よーし、仕事の後は酒だ酒! 酒がないと働く意味がないからな!」

「アーレントさん、これがハルペリアで一般的なダメなギルドマンの姿だぜ」

「なるほど」

「うるせぇ! モングレルだって俺と大差ないだろが!」

 

 しかし今日のところは酒だ。酒を飲もう。

 何故ならギルドマンはその日得た金をパーっと使いがちだからだ。この感覚は悲しいことに多くのギルドマンに共通している。俺も正直そういうところあるしな。

 

「レゴールのギルドマンが仕事上がりに寄る場所といったら、ここ森の恵み亭だ。この店をモングレルに教えたのも俺な。ここはギルドに近いし、バロアの森で取れた肉を安く出してる。美味くて安い良い店だぞ」

「ほほう……確かに、肉のいい匂いがするね」

 

 ギルドに報告を済ませた後は、森の恵み亭で晩飯だ。

 さすがに店内は混んでいたが、どうにかアーレントさんの巨体が店に入った。

 

「働いた後はその分飲んで食う! で、英気を養ったら翌日また働いて金を稼ぐ! 良いもんだぜギルドマンは。おーい、エール3つとボアの串焼き6本くれ!」

「サボりまくってた奴がよく言うぜ……あ、俺はピクルス一つ」

「ふむ。ではポリッジの三人前もよろしく」

「ん? アーレントさん俺たち別に粥は食わないけど」

「いや、私が三人前のポリッジを食べたくてね……」

 

 おお……まぁ今日は重機みたいな活躍してたもんな。それなりの燃料が必要か……。

 

「うむ、うむ……しかしハルペリアは良いね。ご飯がどれも美味しい。お酒も……しかもこの値段だ」

 

 注文でやってきたポリッジや串焼き、エール。店ではありふれたメニューだったが、アーレントさんはどれも美味しそうに食っている。

 食料の乏しいサングレールじゃ、アーレントさんほどの人でも満足な飯を食えないんだろうか。

 

「特にこの肉の脂が良いね……私の故郷では、ヤギ肉以外は脂があまり乗っていなかったから」

「あー虫系じゃそうだろうなぁ」

「ぐぇー、俺虫肉無理」

「前パイクホッパーの肉食ったけど美味かったぜ?」

「マジかよぉー」

「まぁ、あっさりした虫肉でもヒマワリ油で炒めればそれなりの満足感はあるけどね。うーむ、しかしこの獣肉はなかなか……」

「ヒマワリ油か……どんな味なんだろうなぁ」

「俺はいいぜ、いつものメニューでよ」

 

 この日は互いに異国文化の話も聞きつつ、なんだかんだで働いた分以上の飯を食って終わった。

 

 ……うん。まぁ調子に乗って飲み食いしまくれば余裕で足が出る。その程度の給金ですよ。アイアンクラスなんてのは。

 

 



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職業の貴賤

 

「ようライナ。もう仕事上がりか」

「っス。レオ先輩とゴリリアーナ先輩と一緒に鳥撃ちに行ってたところっス」

 

 東門の解体所で大物の吊り上げ作業を手伝っていると、ライナたちがやってきた。

 レオとゴリリアーナさんは護衛役だろうか。しかし二人ともちょっと疲れている様子からして、森で訓練していたのかもしれないな。

 

「あれ? モングレル先輩、後ろの人って……アーレントさんっスか!」

「やあ」

 

 そう。今日は俺と一緒にアーレントさんも同行している。

 バロアの森で早速ギルドマンの実地研修と洒落込んでも良いのだが、その前に獲物の解体作業を見学してもらっている。

 ここでの仕事はブロンズクラスのお手伝い枠としてほぼ常設であるので、狙い目ってわけじゃないが見せておくべきかと思った。

 まぁ仕事の内容自体は地味なもんだな。内臓を取り分けたり、デカい魔物の死体をロープでぐいっと引き上げたり。鞣す前の皮をまとめて運んだり……俺としてはそこまで好きな仕事じゃないんだが、こういうのもありますよってことでな。

 

「ここの仕事は興味深いね。専用の施設で集中して可食部を分けるというのは画期的な気がするよ。それに、ここで仕事をしているとレゴールに運ばれてくる肉の多さに驚かされるね。……ライナさん、久しぶりだね。以前はどうもありがとう。助かったよ」

「あ、どもっス。……あ、ええと、この人は前に話したアーレントさんっス」

「はじめまして。僕はレオといいます」

「あ、はい……私はゴリリアーナです……」

「ほほう……」

 

 二人の挨拶に、アーレントさんは目を細めた。

 いや、どちらかといえばゴリリアーナさんを見て何か考えている様子だ。……これは、まさか脈アリなのか?

 

「鍛え抜かれた見事な肉体……その若さでその領域に至るとは……やりますね」

「! いえ……光栄です。ありがとうございます……アーレントさんも、とても……鍛え抜かれた肉体をお持ちかと……」

「ふふふ……」

「ふふっ……」

 

 ……脈じゃなくて筋アリだったか。

 物静かなマッチョ二人がよくわからん通じ方をしているのをよそに、ライナが俺の近くまで寄ってきた。

 

「どうしてアーレントさんと一緒にこんなとこいるんスか」

「おう……まぁ、その話をする前に今のハルペリアの状況を理解する必要があるんだよな。少し長くなるぞ」

「っスっス」

「いやいや冗談じゃなくて、これがマジで長くなるんだ。もうちょっとで手伝い終わるから、それまで待っててくれないか?」

「あ、良いっスよ」

「……ええと、込み入った話かな? そうなると僕らは先に帰っていた方が良い?」

「いや、レオ達も一緒に聞いててくれ。“アルテミス”に関わる話になるだろうからな」

「マジっスか」

「マジっす」

 

 こうして解体作業の手伝いをしていたのも、出かけていると聞いたライナを待ち伏せる意味もあった。

 携帯の無い世界ってのはこういう、ちょっとした待ち合わせも難しいからしんどいんだよな。そういうのがスローライフの醍醐味だって言う奴がいたら頬をひっぱたきたいくらいには不便だぜ……。

 

 

 

 解体作業が終わり、跳ねた汚れを丹念に洗い落としてからライナと合流した。

 ギルドに向かって歩くついでに、アーレントさんに関わる話もちょっとしておく。

 

「……つまり、アーレントさんにギルドの色々を教えるってことっスか」

「まぁかいつまんで言うとそうだな。お偉いさんからもそう言われてるんでね、“アルテミス”にもちょっと協力してもらえたらと思ってるんだが」

「申し訳ないね。私のわがままに付き合わせるようで……」

「いや、全然大丈夫っスよ。ギルドマンの仕事を人に知ってもらえるのって結構嬉しいっス。普段から結構、街の人からも白い目で見られることも多いスし……」

「あー、確かにそうだね。僕も、認識票を見られる時は少し……冷たくされていると思う時はあるよ」

「……悪い人もいますけど、いい人もいるんですけどね……」

 

 ギルドマン。というのはまぁ、世間一般じゃあまり褒められた職業とは思われていないのが現実だ。

 前世の創作世界だとSランク冒険者が世界中で一番偉いみたいな立ち位置にされている作品もそこそこ多かったが、この世界じゃギルドマン最高ランクであるゴールド3になったとしても“所詮はギルドマン”という扱いをされることも多い。

 むしろ“それだけ腕が立つのにギルドマンってことは訳ありなんでしょ”って感じだ。実際そういう奴が多いのだから困る。

 あのディックバルトだって本当はもっとゴールドの上位に行ける実力があるのにな……まぁ、普段の行動様式がちょっと……だいぶアレなせいで昇級できないみたいだしな。本人は全く気にしている様子は無いけども……。

 

「……ギルドマンって、なんかこう、卑しい仕事とか思われてるんスけどね。でも実際にはそんな人なんて言うほど多くはないんスよ。アーレントさんにはそれを知ってもらえたら良いなって、思うっス。はい」

 

 ギルドでは花形の“アルテミス”ですら、低く見られることがあるっていうんだから驚きだよな。

 ライナはそういう現状に思うところがあるのか、アーレントさんの件には乗り気だった。

 

「ふむ。私は現時点でもギルドに対する悪感情は……まぁ、さすがに一部はあるけど……そうだね、私のこれも偏見があるかもしれない。ライナさんたちからも色々と勉強させて貰えると嬉しいよ」

「っス! うちのシーナ団長にも話してみるっス!」

「お、そいつは助かるな。頼むぜライナ」

 

 “アルテミス”が手伝ってくれるのなら、ギルド内でのアーレントさんへの風当たりの強さも大分和らぐかもしれん。

 シーナに借りを作る形になるかもしれないが、まぁハルペリアの一大事に成り得る仕事だしな。たまには気合い入れてやってやるとしよう。

 

 

 

 後日、俺とアーレントさんはギルドの酒場にいた。

 “アルテミス”のクランハウスに招待されるなんてことはなく、ギルドでのお話と相成ったわけだ。まぁそうそう気軽に部外者を招待してくれるはずもない。

 

 アーレントさんと直接向き合っているのは、シーナとナスターシャの二人。

 二人ともかなり真剣な眼差しでアーレントさんのことを見つめている。

 

「……“白頭鷲”といえば、半分以上神話扱いされていたけれど……実際の人物を前にしてみると……イメージと違うのね」

 

 シーナの目が時々チラッとアーレントさんの頭頂部に泳いでいる気がするが、やめてあげてほしい。男の人は女のそういう目線に敏感なんだぞ。

 

「これが“呪い師”エドヴァルドの拘束具……なんと、これは……隙のない……まさに闇魔法の芸術だな……」

 

 そしてナスターシャの方は、アーレントさん自身に目もくれず、彼の嵌めている腕輪の方に注目しているようだった。

 おい、そっちはあくまでアーレントさんの枷だぞ。本人見てやれ本人。

 

「ふふふ……良いだろう、この腕輪。これを嵌めていると肉体労働の際に自分の筋肉と向き合うことができるんだ……」

 

 そしてアーレントさんは両腕に嵌められた金色の腕輪を得意げに見せびらかしている。

 前から思ってたけどアーレントさん、そいつ気に入ってるんだな……でも別にそいつはギルドマン養成ギプスとかじゃないんだぜ……?

 

「……サングレールの“白頭鷲”が、何故今更になって融和路線に乗り換えたのか。何故領土を接しているわけでもないレゴールに来たのか……。聞きたいことはいくらでもあるけれど……とにかくアーレントさんは、ギルドマンについて知りたいと。そういうことなのね」

「うん。私は知らないことがあまりにも多いからね。上辺だけで語ってしまうのは簡単だが……この地に実際に根ざしている人々の話や想いを知っておきたいんだ」

「ふうん」

 

 シーナの目はいつになく険しい。

 というか、アーレントさんの前に現れたときからずっと敵意を剥き出しにしているようにも見えた。

 歓迎していないというか、根っから信用していないというか……。

 

「まぁ、そこのモングレルと一緒にであれば、“アルテミス”の幾つかの任務を見学するくらいであれば許可するわ」

「あ、俺もなんだ」

「保護者兼監視役としてね。何か問題が発生すれば、その時は問答無用で責任を取ってもらうわよ」

 

 それはつまり、アーレントさんが何か変な真似をすれば俺がそれを止めろってわけだな。口にはしてないが、たぶん生死問わずで。

 

「太陽神と命にかけて、野蛮な真似はしないことを誓うよ」

「この国でそんな神に誓われてもね」

「……タブーだったかな」

「別に。ただ、人の厄介になるのであれば自分の身の振り方は考えておくべきでしょうね。神を優先するのか、人を優先するのか。私たちはそういう部分もよく見ていると知っておいたほうが良い」

「ふーむ……抵抗感はあるが……よく考えておくよ」

 

 んー、これはなぁ。なんともなぁ。

 信仰の話になるとな……そりゃ確かに、太陽神を信仰する姿なんてハルペリアじゃ見たくはねえもんだけども……信仰はなぁー……。

 

「私はシーナの方針に従おう。それと……その腕輪を空いた時間に観察させてもらえるのであれば言うことは何もない」

「……ちょっと、ナスターシャ」

「シーナ。この腕輪は素晴らしいものだぞ。偏執的なまでに手の込んだ逸品だ」

「……はぁ」

 

 ナスターシャは腕輪ばっかだな。お前はもうエドヴァルドと直接話してこいよ。

 

「じゃあじゃあ、アーレントさん。次はどんな任務が見てみたいっスか。私はアーレントさんに色々見てもらいたいっスけど」

「ライナは乗り気だなぁ……まぁ、色々見とくのはありだと思うぜ。色々な所に顔を出して馴染んでおくのも、外交官には必要だろうしな」

「……外交官ね」

「ふむ、次か……」

 

 アーレントさんはハーブティーを行儀よく両手で包むように飲みながら、目を瞑って考え込んだ。

 

「……ええと、これもちょっとわがままになってしまうのだが……そろそろ討伐の仕事も見てみたいと思っているんだけど。どうだろうか……まだ早いかな?」

「そんなことないっスよ! ギルドマンといえば討伐っスからね」

「だね。僕としても討伐任務が中心だと思っているから、わざわざ外すことはないと思ってるけど……」

「は、はい。私もそう思います……」

 

 いやまぁ俺もわざと討伐を外してたわけじゃねえよ?

 そろそろやっておくかなーとは思ってたから、マジで。

 

「じゃあ……次辺り討伐見学でもしてみるか? アーレントさん」

「是非! ……うむうむ、楽しみだなぁ」

 

 そんなわけで、次回は……ライナも乗り気だし“アルテミス”のメンバーと適当な討伐任務でも受けようかと思う。

 まぁ大層なもんじゃなく、一般的なやつをね。軽ーくね。

 

 

 

「あれ、ところでウルリカいないけどどうしたんだ?」

「ウルリカ先輩は料理中に油を零しちゃったとかで足を少し火傷しちゃったらしいんスよ。ポーション飲んで軟膏塗って、ヒーラーさんのお世話になってしばらくお休み中っス」

「おいおい大丈夫かよ。大変だな……にしても揚げ物か。あいつも結構凝った料理やるんだなぁ」

「ウルリカ先輩の分も討伐頑張るっス」

 

 なんか揚げ物のこと考えてたらボアの串揚げ食いたくなってきちまった。

 やめやめ。お手軽な討伐をやりてえんだ俺は。

 



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巨大カエル食べ放題

 

 討伐任務。というのは今更このタイミングで説明するまでもなく、魔物や動物をぬっ殺す任務のことである。駆除と言っても良いだろう。

 基本的に討伐対象となるのは人間にとって害となる生き物で、魔物全般であったり、畑や人を襲う動物なんかも含まれている。

 

 とはいえギルドがまともに金を出すのは近場で大量発生しているとわかっている魔物が主であり、常に全ての魔物の討伐に対して金が出るわけではない。

 たとえばゴブリンを一日に百体狩ったからって百体分の討伐報酬がそのまま出るわけじゃないわけ。……いや、実際に百体のゴブリンが町を襲ってるとかだったら出るけどね。

 わざわざバロアの森の奥地に行って魔物を討伐しても、美味い稼ぎにはならないっつー話ね。

 

 けどまぁゴブリンの場合は金にならないだけかもしれないが、討伐する相手がクレイジーボアといった肉が採れるタイプの魔物であれば、そいつを売るなりすれば一定の稼ぎにはなる。

 春から秋にかけてのバロアの森での討伐任務は、そんな食肉系魔物を倒して稼ぐチャンスだ。

 

「というわけでアーレントさん、今日はクレータートードを討伐しようと思う」

「ほほう。クレータートード……とは?」

「知らないんスか? アーレントさん。こーんくらいのでっかいカエルの魔物っスよ」

「ほー」

 

 俺たちはアーレントさんを伴ってバロアの森へとやって来た。北寄りの人が少なめの場所である。

 今回同行することになったのはライナとレオとゴリリアーナさんの三人だ。

 護衛というよりは、クレータートードの肉運び要員に近いかもしれないな。足肉を捌いた奴はそこそこの量になるから、人数はいればいるだけありがたい。肝心の戦闘は地味に終わるだろう。クレータートードもパイクホッパーも似たようなものだ。

 

「動きは緩慢だけど、ジャンプ力だけは強いから油断はできないよ。見つけたら突進や踏みつけをされないよう気をつけて、だね」

「……体幹を上げるスキルなどがあれば、戦いやすい魔物ですね。はい……」

 

 そう。この手の突進を仕掛けてくるタイプは防御系スキルがあると対処が楽だ。

 “盾撃(バッシュ)”なんかもそうだな。相手の突進に合わせてぶつけてやれば、大きな隙を作り出すことができるだろう。

 まぁ、ここにいるメンバーにはあまり関係のない話だが……。

 

「クレータートードは春によく現れる魔物でな。結構な数がいるから肉が良く取れるんだ。初心者ギルドマンなんかはよくクレータートードの討伐で食い繋いでるぜ」

「肉が採れるのは良いねぇ……今日は私も参加して良いのかな?」

「ああ、もちろん良いぜ。せっかくだしアーレントさんの戦い方も見せてくれよな」

 

 今日はアーレントさんも両手に半月型のナックルダスターを装備している。それぞれ四つの穴が空いた、金属製のものだ。

 過剰にゴツゴツしているわけでもなくとてもシンプルな装備だが、アーレントさんが握っていると威圧感は強い。

 なにせただ素の拳を握りしめているだけでも恐ろしげなマッチョだ。その拳が金属になったら尚更物騒である。

 

「うむ、うむ……今の私は力が制限されているからね。一般的なギルドマンが戦う気持ちも理解できるかもしれないな」

「まぁでもクレータートードなんて余裕っスよ。気楽でヘーキっス」

 

 そういうわけでクレータートード探しが始まった。

 

 

 

 が、探すのはそう難しくはない。

 クレータートード自体がでかいし、水辺を好むので開けた場所で探しやすいからだ。

 

「あれ、モングレルか。それと……“アルテミス”と誰だ?」

 

 で、そんな開けた場所で探していると、同じ考えの同業者と遭遇することがある。

 三人組くらいのおじさんパーティーだ。連中は既にクレータートードを討伐し、川で解体作業を行なっているようだった。

 

「よ、久しぶり。こっちの人はアーレントさん、まぁ見学だよ。一緒にクレータートードの討伐を体験してもらうんでな」

「へぇーそうかい。まぁその身体なら大丈夫だろ」

「トードはいるか? 数が少ないようなら場所離れて探すけど」

「ああ気にすんな。ここから上流側はもっといるからな。気にせずやっててくれていいよ」

「お、そいつは助かるぜ」

 

 バロアの森で他のギルドマンに出会ったら、後から来た方が場所を変えるのがマナーといえばマナーだ。

 しかしギルドマンの不文律なのかマナーなのか知らないが、自分より強い奴には場所を譲りがちな風習も結構ある。

 ガラの悪い奴なんかはたまに良い狩場に居座って何日も動かないこともあるし、新人を強引に追い払ったりすることも多い。その辺りはまぁ、レゴール支部でもよくあるんだよなぁ。悲しいことだが……。

 

「お、ライナちゃん怪我しないようにな」

「っス」

「レオもさっさとモングレルのランクを追い抜いちまいなよ。ははは」

「どんどん後輩に追い抜かされてるな!」

「うるせぇ奴らだ。先いこうぜ」

「でも一理あるっス」

「あんな奴らの話を聞いちゃダメだぞライナ。ほら、カエル探しなさいカエル」

「はぁい」

 

 それから川沿いにしばらく歩いていくと、難なく最初のクレータートードは見つかった。

 

「おお、あれが……堂々としているね」

「クレータートードは逃げないんだよなぁ」

 

 川の端の方にギリギリ手足をつけているクレータートードが、時々喉を膨らませながらじっと動かないでいる。

 相変わらず何を考えている魔物なのかはさっぱりな奴だが、肉だけ欲しいこちらとしては好都合だ。

 

「じゃあまず俺が仕留めるから見ててくれよな」

「うん。モングレルさんは剣だね」

「バスタードソードな。まぁクレータートードなんてのは横か背後から近づいて行って……」

 

 俺がそろそろと近づくと、クレータートードはうっそりと向きを変えようとする。だがその都度相手の背後を取るように回り込み、一気に接近する。

 コツは川の方に飛ばさないよう向きを調整することだな。

 

「ほいっ」

「ゲゴッ」

 

 すれ違いざまに頭を刎ねるように剣を振りかぶってやれば、まぁ首を落とすまでは行かなかったが致命的な部分を切断することはできたらしい。

 

 クレータートードは力なく地面に倒れ、首元の傷口から血を流し始めた。跳ばれないと楽で良いや。

 

「とまぁこんな感じかな。狙いは頭だ。それ以外はまともなダメージにはならないから、気をつけてくれ。打撃の場合は更に頭蓋骨を潰すくらいじゃないと決め手にならないかもなぁ」

「お見事、鮮やかだったよ。……ふむ、やるなら頭狙いか。カエルを殴ったことはないが、その下にある岩まで砕くつもりで殴ってみるよ」

 

 アーレントさんがやると普通に岩とか殴り砕きそうなんだよな……。

 

「私もやりたいっス!」

「僕も身体を動かしたいな」

「わ、私も……」

「はいはい順番な」

 

 クレータートード、大人気である。

 まぁでも誰かと一緒に討伐やってると自分も戦いたくなる気持ちはすげぇわかるぜ。魔物を倒して経験値を稼ぐのは俺たちの本能みたいなもんだからな……。

 

 

 

 それからライナは“貫通射(ペネトレイト)”で眉間を撃ち抜いて一匹を仕留め、レオも踊るような双剣捌きで飛び跳ねるクレータートードに難なく追従し、首を切り落としてみせた。さすがにスキル持ちで慣れたギルドマンからしたらサンドバッグみたいな相手だしな……。

 

 そしてゴリリアーナさんは背負っていたグレートシミターで、踏みつけにきたクレータートードを空中で真っ二つにしていた。しかもスキル無しである。

 相変わらずパワーがやべえというか、なんというか……。

 

 ……ゴリリアーナさんは実力はあるんだし、次は昇級できるといいな……。

 

 

 

「ほら、あそこにいるぜアーレントさん。戦い慣れない相手だろうから、一応油断するんじゃないぞ」

「もちろんだとも。……ううむ、まさかこの歳で初めて戦う魔物がさらにもう一匹増えるとは……」

 

 そして最後はアーレントさんの番だ。

 川沿いを歩けばバンバン見つかるので、今日は楽な日だったわ。カエル肉パーティーできるぜ。

 

「では、行ってくる」

「ファイトっス」

「頑張って、アーレントさん」

「き、気をつけてください」

 

 アーレントさんはナックルダスターを両手につけたまま、ひょいひょいと岩場を進んでゆく。

 苔むして滑りやすそうな岩の上を、まるで平地のように素早く飛び移って行く動き。それだけでも既に超人技である。

 

「身軽っスね……」

「あんな体格なのにな」

 

 遠目に見えたクレータートードのもとまで一瞬にして辿り着くと、アーレントさんは最後の数メートルを一気に跳躍して接近した。

 

 横断歩道の白い部分だけを踏むかのような軽やかな動き。

 だがそのステップはクレータートードの危機意識が働く外側から一息に踏み込む脅威の一歩だった。

 

「やぁ」

 

 ペキッと、音がした。

 

 アーレントさんがクレータートードの正面に躍り出て、右手を軽く振り下ろしただけ。その時に鳴った、薄い器が割れるような音だ。

 

 その音を最後に、クレータートードは魂でも奪われたかのように倒れ伏してしまった。

 

「……す、すごいな。今の一撃、僕にはほとんどよく見えなかった」

「無駄の……全くない動きでした。一瞬も……」

「アーレントさん、すごいっスね!」

「ははは。いやぁ」

 

 驚くべきは、今の動きが腕輪装備中にさらっと出てきたことである。

 身体強化が半分封じられててこれかよ。本気出したらどんな動きができるんだアーレントさん。

 

 ……エドヴァルドは白頭鷲が飛ぶとかなんとか言ってたが、あの軽やかなステップを見た感じじゃあながち嘘ではないかもしれないな。

 

「どれどれ。……うお、完全に頭蓋骨が陥没してるわ。バキバキだ」

「多分、上手く仕留められたと思うんだけど。どうだろう?」

「最高の仕事だぜアーレントさん。可食部を傷つけることなくスマートに仕留める……理想的なギルドマンの動きだった」

「理想的なギルドマン……」

 

 ギルドマン扱いされるのはまんざらでもないのか、アーレントさんはハの字の眉を更に緩めた。

 肉体のゴツさはあれだが、顔の愛嬌はなかなかあるおじさんである。

 

「……よし! じゃあせっかくだしこのアーレントさんが仕留めたクレータートードだけ、ここで焼いて食っちまうか!」

「おお!」

「良いっスね!」

「足りなかったら僕らの分も焼いていいからね?」

「た、食べましょう食べましょう」

 

 そして討伐で大量に仕留めた後は、狩人の特権。新鮮な猟師飯である。

 まぁクレータートードの焼肉なんてものは少し長くやってれば飽きるくらいには食えるんだが、アーレントさんにとっては初めてだ。きっと楽しんでくれるだろう。

 

「楽しみだなぁ、クレータートードの肉……どんな味がするのだろうか……」

「鶏肉みたいな感じっス。あっさりしてるけど美味しいっスよ」

「ほうほう……!」

「あ、ちなみにこれな、生肉に塩振りかけるとピクピク動いてキショいぜ」

「おおおっ」

「ちょ、細かくする前に塩かけて暴れさせるのやめてもらって良いっスか!」

 

 ちなみに、アーレントさん初めてのカエル肉は好評だった。

 しかし結局アーレントさんとゴリリアーナさんがすげー食うもんだから、なんと四体分ものクレータートードが胃袋に消えてしまった。健啖家がパーティーに多いとそれだけで維持費が大変だ。

 

 まぁ、こうやって獲物を仕留めて飯を食うってのは良いもんだよ。

 

 サングレールでは……どうなんだろうなぁ。やっぱ向こうじゃ生態系も違うだろうし、安定しないんだろうかね。

 

 



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猛禽飼育の持ち回り

 

 アーレントさんを時々任務に連れていくようになって、彼の顔も少しずつ広まっていった。

 簡単な討伐任務だったり、都市での雑用だったり、あるいは工事現場での作業だったり。

 

 未だに多くの謎に包まれてはいるが、無尽蔵の体力に圧倒的なパワー、そして穏やかな人柄もあって、アーレントさんはレゴールのギルドマン達から“同業者ではないらしいけどたまに手伝ってくれるなんかすごいマッチョ”としてふんわりと受け入れられ始めた。

 穏やかではあるが優しそうな人って印象はあまり無いらしい。多分マッチョが過ぎるせいだろう。この前なんか解体現場で煉瓦造りの壁を殴りまくって崩してたしな。そんな姿を見たらまぁ普通に怖いわな。

 

 けど、アーレントさんもそろそろ俺ばかりとつるんでいるわけにもいかないだろう。

 確かに俺はジェルトナさんから頼まれてはいるが、だからといってアーレントさんの存在が俺とセットで扱われていたんじゃそれはそれでギルドに馴染みきれない。本末転倒ってやつだ。

 だからここらでひとつ、俺不在でもギルドマン体験活動ができるようになってもらう必要があった。

 

「というわけでサリー、アーレントさんのこと頼めねえかな」

「ふーん」

 

 俺はギルドでサリーたち“若木の杖”の面々と向き合っていた。

 こういう頼み事は“アルテミス”にもしたんだが、どうもシーナは排他的でよろしくない。まぁアーレントさんなんて明らかに敵国のヤベー奴だからリスクを考えたら当然ではあるんだが、“アーレントさんはあのアルテミスと懇意にしてるんだぜぇ? ”って虎の威を借るにはあまりその威を貸してくれなさそうな感じなんだよな。

 だからひとまず“アルテミス”は共同任務で一緒になる程度の距離感で置いといて、もう一つの話が通りそうなパーティー“若木の杖”に話を持ってきたわけだ。

 

「その腕輪、面白いね。それを解析しても良いなら僕としては少しくらいなら構わないよ」

「お前も腕輪かよ……」

「……あげないよ?」

「いやそれ多分アーレントさんの物ってわけでもないぞ」

 

 なんだって魔法使いはこの腕輪に執着するんだ。そんなに良いもんかねぇ。

 

「……アーレントさんは、サングレール人の偉い軍人さんなんですよね。この前ヴァンダールさんが言ってましたよ」

「言ってたっけ」

「サリー団長はちょっと黙っててください」

 

 サリーの隣では、娘のモモが人並みに警戒している。そうそう。そんくらい普通の反応してもらえると安心するわ。

 

「……まぁ、はい。私も工兵の末端でしかなかったので直接お会いしたことはないのですが……聖騎士“白頭鷲”のアーレントといえば、フラウホーフ教区の軍人で知らない者は居ないと思います」

 

 そして元サングレール軍人である副団長のヴァンダールは、アーレントさんを前にあからさまに緊張していた。

 だがそれも無理はないんだろう。聖堂騎士といえば軍のトップみたいなものだ。ハルペリア人にわかりやすい例え方をするなら、敵国(サングレール)に亡命したただの一兵卒が月下の死神を前にしているような状況だろう。そりゃ普通に怖い。

 

「昔の話だよ。今の私は聖堂騎士をやめて、ただの外交官になったんだ。ハルペリアとサングレールの間に平和をもたらす為の、ね」

「は、はぁ……」

「そのために“若木の杖”の皆さんにも協力してもらえたらと思っているのだが……」

 

 そんなアーレントさんの望みに反し、“若木の杖”の面々の反応は淡白だった。

 

「まぁ俺たちは構わないけど……」

「いいんじゃないの? なんかサングレールに恨みある奴いたっけ?」

「そ、そもそも私はあまり関心が……」

「サリー団長が良いって言ってるなら良いんじゃない」

「でもいざという時に暴れられると手がつけられないのは怖いよなぁ」

 

 案外、“若木の杖”のメンバーはサングレール人だからという意味では悩んでいなかった。

 というよりはむしろちょっと手間が増えることについて考えているらしい。……これならなんだかんだでお願いはできそうだな。

 

「もう、皆して能天気なんですから……ヴァンダールさんは、大丈夫ですか? アーレントさんと一緒だと肩身が狭かったりしますか?」

「え、ええまあ、モモさんの言う通りですが……いざそうやって明け透けに言い当てられると気恥ずかしいところがありますね……なにぶん私は帰化した人間ですから、古巣には思うところもありまして」

「ふむ……では兵士らしく戦闘訓練を施すこともできるけど……?」

「いえいえ結構です! “白頭鷲”殿直々の訓練など、私はそれほどの者ではありませんので!」

 

 あー、なんか焦ってる人を見てると少し安心できるな。

 そうなんだよな、アーレントさんってサングレール人からしたらこのくらい畏まられる人なんだよな。

 こういう気持ちは大事にしておきたいぜ。

 

「じゃあ時々アーレントさんを僕らの任務に付き合わせるかわりに、その腕輪を調べさせてもらうってことで」

「……あ、団長。私もそちらの腕輪には興味があります。戦闘訓練よりもそちらの解析をさせてもらえたら……」

「結局副団長も腕輪好きかよ」

「ヴァンダールさんは研究熱心なお人なんですよ!」

 

 モモはヴァンダールの自慢になるとすぐにテンションが上がるな……。

 

「サリー、モモはヴァンダールのこと気に入ってるしお前ヴァンダールと再婚したらどうなんだ?」

「えええ! 勘弁してくださいよ……!」

 

 サリーが何か言う前に、ヴァンダールが割とマジで拒絶していた。

 そうか、そんなにサリーと一緒は嫌か……。

 

「あのね。何故僕が無意味に傷付かなければならないんだい?」

「すまんかった、サリー。今のはさすがに軽率だったわ」

「本当だよ。モングレルはそもそも一度でも誰かと結婚してから言ってほしいものだしね」

 

 ……サリーに言われるとすげー釈然としない気持ちになるけど、おっしゃる通りですと言う他ねぇわな……。

 

 

 

 色々あったが、どうにか“若木の杖”でもアーレントさんの見学を受け入れてくれるようにはなった。

 これで俺の自由時間もある程度戻ってくるだろう。助かるぜ。

 

「最近ギルドに出入りしてる筋肉ハゲの人、サングレール人なんだってさ」

「ああ。でも何かの……外交とか? やってる人なんだろ」

「外交ってなんだ?」

「戦争じゃない?」

「話し合いをする役人のことだよ。ああ見えて殴り合いをする人ではないんだと」

「ハッ。サングレール人なんて喧嘩を吹っかけてくることしかしないだろ。そんな奴らにも話し合いなんてできる役人が居たのか」

「どうだかな。あの見た目じゃきっと変わらんだろ」

「違いない」

 

 ……で、まぁ最近のギルドマンからの反応はというとこんな感じだな。

 ギルドの酒場だったり森の恵み亭だったりで、時々アーレントさんの話を聞くことがある。

 

 サングレール人だってこともそこそこ広まってるから、正直全部が全部好意的なものではない。それは同じ仕事をして同じかまどの飯を食っていてもどうしようもないことだ。

 

「けど結構大手のパーティーも一緒にいるから、偉い人なんだろうな」

「ギルドも丁重に扱ってるしな……注意はされてるよ」

「話しかけていいのかしらねぇ」

「馬鹿が喧嘩を吹っ掛けないように見てねえと、大変なことになるぞ。パーティーの連中に徹底させないと、痛い目を見るかもしれん」

「だな。まぁ、悪い人じゃないだろうからあまり心配はいらないんだろうけどさ」

「色々手伝ってるみたいだしな。ポリッジが好物なんだってよ」

「んだそりゃ」

「安上がりな人だな。ははは」

 

 とはいえ、悪い噂話ばかりでもない。

 人間積み重ねが全てとまでは言わないが、無駄にはなりにくいものだからな。積んだ分がそのままの高さになることは滅多にないが、崩れた分でも山の裾くらいにはなってくれるものだ。

 アーレントさんの地道な好感度上昇作戦は、確かに実を結んでいると言えた。

 

 

 

「先輩先輩モングレル先輩。今度久々に釣り行きたいんスけど……」

「お? なんだよライナ。ついにお前も釣り人魂に目覚めてくれたのか」

「いやそんなの目覚めてないっスけど」

「春だしちょうど良いかもな。今度なんか大物とか狙って釣り行ってみるかー」

「大物……あー、良いっスねぇ」

 

 ま、それはそれとして俺らも自由な時間を楽しみたい。

 悪いが一つのことにかかりきりになるのは柄じゃないんでな。ほどほどにやらせてもらうぜ、アーレントさん。

 



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シルサリス川で魚釣り

 

 久々に釣りに行こうと思う。

 しかしわざわざ遠出するのは面倒なので、近場でやる。

 好物とはいえ毎日肉と粥ばっか食ってると魚への欲求が日に日に膨れ上がってくるからな。程よいタイミングでこの気持ちをガス抜きしてやる必要があるわけよ。

 

 しかし、レゴール周辺の川はどこも水深が浅めで大物に期待できない。

 バロアの森に結構そこそこな深さの川があるのは知っているんだが、そこは結構奥地になるからなぁ。わざわざ長い竿抱えてそこ行くんなら馬車使って少し離れた土地で良いポイントを探すわ。

 

 

 

 つーわけで、昼。近場のシルサリス川までやってきました。

 俺とライナと、ついでにウルリカも一緒である。

 

「この時期になるとエビとかカニが出てくるからな。じゃんじゃん釣っていくぞー甲殻類。魚も狙うけど」

「コウカクルイ? いやそれより……近場なのに随分な荷物を持ってきたんスね……」

「誘ってくれたのは嬉しいけどさー、私もお邪魔しちゃって良かったのー?」

「竿が人数分あるしな。全部活用しとかないと勿体ないだろ?」

 

 釣りは人数が多ければ多いほど釣果を期待できる。いや、掛からない時は同じ場所に何人いても掛からないもんだが、俺くらいの釣り人ともなれば釣れた時のことだけを考えて計算するからな。俺のそろばんじゃもう今日は魚料理デーよ。

 

「基本的に釣れたやつは魚でもエビでも全部油で揚げていくつもりだからな。あ、カニはデカいの釣れたらさすがに茹でておくわ」

「エビ良いっスね! また釣りたいっス!」

「うんうん、良いね良いねー! ザヒア湖じゃ色々な魚を釣ったけど、エビとかカニも釣ってみたかったんだー!」

「あ、料理は俺がするから安心しろよ。ウルリカはこの前油で火傷したんだろ?」

「え? ああまあうんはい」

「エビみたいな甲殻……あー、殻のついてるやつらは揚げる時に油が跳ねないちょっとしたコツみたいなもんがあるからな。釣れたら教えてやるぜ」

「は、はーい」

 

 そういうわけで全員に竿が行き渡りましたとさ。

 一つしかないリール竿はちょっと迷ったけどライナとウルリカで交代で使ってもらうことにした。常にジャカジャカ巻いてる分こっちの方が面白いだろうしな。けど根掛かりしたらその時点で即ルアー釣りは終了である。

 一応ここらの川の中でも水深が深めのポイントを選んではいるが……こればかりは運だな。

 

「……モングレル先輩、その鍋とか大荷物……ひょっとして、調理もここでやるつもりっスか」

「もちろん。油も調理用の道具も全部一式持ってきたぜ……だから頑張って鍋をいっぱいにしてくれよな二人とも」

「えー……私狩りとかなら自信はあるけど、釣りはちょっとどうなるかわかんないよー……?」

 

 ライナもウルリカも自信なさげにしつつ糸を垂らし始めた。

 まぁまぁ、この川はそこそこ釣れる場所だから心配はいらねえって。ショボい釣果でも昼ごはんくらいにはなるはずだ。

 

 

 

 シルサリス川はレゴール東部、シャルル街道をぶった切るように存在する大きな川だ。

 大きさというか川幅で言えば結構なものなんだが、深さはわりとそうでもない。遠浅というかなんというか。だから糸を垂らしてみてもすぐに底に当たってしまうし、ルアーの場合はやたらと岩に引っかかる。

 なのでここでの釣りは近くの岩や草の影にひょいっと投げて、掛かるのを待つ釣りになる。普通に餌釣りだな。

 この日のために適当なパイクホッパーを蹴っ飛ばして肉片を取っておいたんだ。細く千切ったこいつを餌にすれば多分かかってくれるだろう。

 

 と思ったんだが、案外ヒットしない。

 

「釣れないなぁー……」

「エビこの前ので全部居なくなっちゃったんスかねぇ」

「おいおい自然を舐めるなよ。……しかし一時間近くやってるのに釣れないとなると……ポイントか餌が悪いのかもしれないな」

 

 前は適当な石をひっくり返して虫を拾い集めて餌にしていたが、今回はパイクホッパーの肉だ。これがイマイチな可能性は普通にある。ポイントの良し悪しはわからん。俺ら以外に釣り人もいねえしな。

 

「私餌変えてみるっス。前と同じのほうが釣れそうな気がするんスよね」

「うーん、じゃあ私は場所変えてちょっと離れたとこ狙ってみよーっと。モングレルさんは?」

「俺はまだもうちょいこのまま糸を垂らしてるよ。ついでに調理器具の準備もしなきゃならんしな」

 

 色々持ってきた奴のセッティングがあるんだ。釣れてから用意したんじゃ鮮度が落ちるからな。今のうちに道具を展開しちまうぜ。

 今日はいざという時のために簡易野営セットも持ってきたからな。爆釣に備えてってやつだ。何十匹も釣れるようなら長々とここで魚パーティーを続けてやろうって魂胆よ。

 

「まだ一匹も釣れてないのに前向きだなぁー……しょーがない、私が向こうで沢山釣ってきてあげるよ」

「頼んだぜウルリカ」

「じゃあ行ってくるねーライナ! そっちの新しい餌で釣れたら教えてねー!」

「うっスー」

 

 そんなこんなで、各々釣りのスタイルを変えながらの再トライとなった。

 

 まぁ魚の居ない日だってあるからな。時間帯によって活性も変わる。何が正解かなんてわからないもんさ。それが釣りだ。

 二人と違って、じっと同じ釣りを続けている俺の方が釣れる……そんな可能性だって充分にあるだろう。

 

 と思っていたんだが、釣り方を変えた二人の効果はすぐに表れる事となる。

 

「ッ! うわっ、急にすごい食いつき……魚かな?」

「お、どうした!? ヒットかライナ!」

「なんか来たっス……! 糸が動いてるんで、多分魚だと思うっス!」

 

 撓る竿先をビビビと震わせ、ライナが今日初ヒット。

 獲物に合わせて竿を上手く動かし、浅瀬の方へと引きずり込み……やがて魚影が見えてきた。

 

「おー、ラストフィッシュだ。結構良いサイズだな? こいつこんなに大きくなるのか……」

「あ、これ塩焼きのやつっスね! やったぁ」

 

 釣り上がったのはラストフィッシュ。錆色した、若干見た目の悪い川魚だ。けど焼くと川魚なりになかなか美味い。

 ライナが釣ったこいつは今まで見てきたラストフィッシュの中でも一番の大物だな。こいつはなかなか幸先が良いぞ。

 

「わー掛かった! 多分掛かってるよこれー!」

「お? 岩に引っ掛けたわけ……じゃなさそうだな」

 

 そしてウルリカの方も、根掛かりしたわけでもなく竿先が揺れている。ちょっと離れた場所でやったらすぐそれか。……もしや俺は餌もカスな上に場所も悪いのか……?

 

「うぬぬ……これ来てるよ大きいの! 絶対来てる! て、ていうか重い……!」

「手伝うかー? っておいおいマジで竿撓ってるな。頑張れウルリカ!」

「ちょ、ちょっとモングレルさん! これすごいって! 絶対この前のハイテイルみたいなの来てるって!」

「いやそこまでではないだろうが……けど大物だな。自力じゃ無理そうか?」

「無理ー!」

 

 まぁウルリカの持ってる竿はリール竿だもんな。しかもリールが俺お手製の貧弱リールだ。巻き上げもキツいしファイトはもっとキツいだろう。

 

「そのまま竿を握ってろウルリカ! いいか、引っ張られたらそれに対して竿を立てるように、こうだ!」

「わ、わ……!」

 

 ウルリカの後ろから一緒にロッドを握り、文字通り手を取りながらファイトの仕方を教えてやる。

 なーに俺だって素人だが全く知らないよりはマシだ。

 

「手はここ握ったまま離さないで、巻き取るこっちは休み休みだ。魚が強く引っ張ってる時は抑えてゆっくりと糸を吐き出して、向こうが引きを甘えたらすぐに巻き上げろ。こう……グイッとな」

「う、うん……!」

 

 このリールは特に変わってる代物なので、コツのほとんどはこっちになる。

 やってることは前世の釣り竿であれば勝手になんとかしてくれるものばかりだが、こっちじゃそんなものはないのだから自力でなんとかするしかない。

 

「ほらウルリカ、もっと強く竿握れ!」

「こ、こんなにして折れちゃわない……!?」

「大丈夫だまぁこのくらいなら多分! 思いっきり引っ張れ!」

「わ、わかった……モングレルさんがそう言うなら……壊れても知らないからねっ!」

 

 しばらく魚と必死にファイトしているうちに、浅瀬に強い水しぶきが上がってきた。

 ここまでくると向こうも相応にバテてきたようで、水面近くということもあって大した抵抗もなく引きずられてくる。

 

「わー! やった、なんか大きいの釣れたー!」

「おーしよくやったウルリカ……! けどこいつは……なんだっけな、えーっと……」

 

 ウルリカと一緒に釣り上げたのは40cm近くのデカい魚だ。

 身体や口はナマズのようにでっぷりとしているが、ヒゲはない。全体的に黒っぽく、鱗は細かい……。

 

「思い出した、モスシャロってやつだ。一応食える魚だぞ。やったな!」

「ほんと? やったー! えへへー、大物釣っちゃったなぁー、モングレルさんと一緒にだけど」

「次は一人で釣れるようにしろよー」

「えー次も手伝って欲しいなー?」

「私も見たいっス!」

 

 ビチビチと跳ねるモスシャロの口から針を外し、川の水を入れた大鍋の中にドボン。欲張ってデカい鍋持ってきて正解だったわ。小鍋だったら普通にオーバーしてたぜ。

 

 鍋にぶち込まれたモスシャロは窮屈そうに身体を曲げながら、鍋の内側に沿ってぐるぐると回っている。

 それだけで鍋の水がちょっとした渦を作るのだから、こいつのデカさが知れるというものだ。

 ……まさか近場にこんなデカい魚がいたなんてなぁ。良いことを知った。

 

「うわー……改めて見ると本当におっきい……」

「ウルリカ先輩のすごい大きいっスね……私も負けてらんないっス! 場所そっちで試そうっと!」

「あ。じゃあ私はライナと同じ餌使っちゃうもんねー!」

「……」

「モングレル先輩はなにかしないんスか?」

「ていうかモングレルさんだけまた何も無しー?」

「お、俺はまだ今のやり方続けるから良いんだよ! それにほら、お前らの釣った魚の調理もあるからな!」

 

 まぁまだ一回。一回釣れただけだから。だからまだ俺の釣り方だって希望は残ってるはずだ。

 それに魚の調理で忙しいのも本当だし……。

 

「あっ、またなんか掛かったっス!」

「お、いいなー! よーし、私も釣っちゃうからねー!」

 

 ……よし! 調理に集中しよう!

 



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モスシャロの調理

 

 ラストフィッシュの調理は簡単だ。適当に内臓取って串打ちして塩でもかけてやれば美味しくいただける。普通の川魚だからな。

 しかしウルリカが釣り上げた方の、こっちのモスシャロって奴はそうもいかないサイズをしている。体型もサイズもナマズに近いので、胴体が太くて丸焼きにするには結構厳しい奴だ。

 

「あー、ぬるぬるしてるな」

 

 ナマズのようにヒゲはないが、魚特有の表面のぬめりは結構強めだと思う。

 このヌメヌメしたのが美味いってことはほぼないので、ぬめり取りもしないとな。

 

 しかしまずは鱗と内臓を取ってからだ。ソードブレイカーの厚い刃でゴリゴリと擦り、鱗を吹っ飛ばす。シンクでやりたくない作業の上位に入る鱗落としだが屋外なので逆に清々しい。で、鱗を取ったら腹を掻っ捌いて内臓を出していく。のだが……。

 

「鱗取ってもまだヌメってるなぁ。先にぬめり落とすか」

 

 鱗を取ってもなんかこいつヌメってて生臭い。

 ヌメヌメしたままでは正直あまり良くないだろうってことで、ここはひとつお湯で洗っておくことにする。本当は大量の塩でもみもみしたいんだけどな。そんな潤沢な塩はねえから……。

 

 石で組んだかまどの中に火を熾し、鍋に川の水を入れて煮立たせる。

 そして出来上がった熱湯を、モスシャロの皮にざぱーっとかける。すると黒い皮の表面に白っぽい汚れが浮いてきた。これでまぁ少しはヌメりが取れただろうか……。

 

 ……うん、まぁこのくらいなら手も滑らないだろう。次に内臓を取り出そう。

 腹側にナイフを入れて、開いたらそこからドゥルンと……。

 

「……いや、内臓でかいなこいつ。意外と可食部少ねえのか」

 

 モスシャロは結構でかい魚だが、内臓を取り出してみると普通の魚よりもずっと大きなそれに少し驚いた。胃袋と……肝かな? でっぷりと太った肝は美味そうに見えるが、よくわからん種でしかも淡水魚の肝とか食ってみる勇気は俺には無い。捨てちまおう。図鑑にも肝のことは書いてなかった気がするしな。

 ……胃袋も中身をちょっと見てみたが、緑っぽいゲロが詰まっていた。草食なんだろうか? 内容物に肉っぽいのは無いように見える。サイズの割には意外過ぎる。

 

「あとは捌いていくわけだが……いいや、三枚におろしちまえ」

 

 そうしたら後はもう身を切り離すだけだ。

 ソードブレイカーで腹骨を……。

 

「かってコイツ……は? お前俺のソードブレイカー舐めんなよ」

「モングレル先輩が魚と会話してるっス」

「見ちゃ駄目だよーライナ」

 

 ソードブレイカーに魔力を流し込んでモスシャロのぶっとい腹骨を強引に断ち切っていく。

 ペキペキと骨が壊れていく音が耳に心地いいような、これ調理法として正しいのかという不安が首をもたげてくるような……。

 

「ふう……お前は強敵だった」

 

 血合い骨もアホみたいに硬かったが、どうにか三枚におろせましたとさ。

 ……しかし背骨と中骨がクソほど硬そうだ。こいつらは高温の油で揚げ続けても骨せんべいになるかどうか怪しいレベルじゃねえかなぁ……大人しく捨てるかダシ取りくらいにしておくかな。

 

「つーかまだくせぇ……おーい、二人とも。ちょっと俺ミルク買ってくるわ!」

「え!? なんでっスか!」

「調理に使うんだよ。しばらくここで荷物見ててくれるかー」

「えーしょうがないなぁー。さっさと戻ってきてよねー」

 

 念のためにこいつらをしばらくミルクに漬けて臭みを取っておこう。

 臭い魚は酒に浸すか牛乳に浸せばマシになる。俺は詳しいんだ……。

 

「二人とも、この辺にミルク売ってるような農家は……無いよなぁ」

「知らなーい。無いと思うよー?」

「ちょっと見たこと無いっスねー」

「しゃあねえレゴールまで走ってくるわ」

 

 横着はできないようなので、やむなしだ。ひとっ走りしよう。

 魚が腐らない内に、急いでな!

 

「うおおおおっ」

「うわ速ッ」

「すごーい、モングレルさん足速ーい……っていうか本当に速いなぁ……」

「素早いおじさんっスね……」

「あははは、まだおじさん呼びはかわいそうだよーライナ」

 

 

 

 レゴールにひとっ走りして、ミルクを購入した。

 ついでに卵とか諸々の食材を買い足して、……宿に戻ってちょいと酒と道具も拝借したりして、予定よりもそこそこの荷物を抱えることになってしまった。

 まぁまぁ……まぁ良いだろこれで。今日は釣れそうな予感しかしねぇからな。大げさな準備をするに越したことはない。

 

「あれ? モングレルさんじゃないか。もうレゴールに戻ってきたんだね。ウルリカたちはどうしたの?」

「おおレオか」

 

 もういっちょシルサリス川まで走ろうかってタイミングで、レオとばったり遭遇した。

 片手にパンを抱えているという生活感のある姿してるくせにどうしてこうも様になるんだろうなこいつは。

 

「いや、まだシルサリス川で釣りやってるとこだよ。ちょっと忘れ物があったから買い出しついでに戻ってきたんだ。また向こうまで走っていくわけさ」

「へ、へぇ……それは結構大変だね……お疲れ様。あ、せっかくだしパンとかどうかな。向こうのウルリカとライナにも分けてあげてよ、はい」

「おー、ありがとうなレオ。すげぇ助かるぜ……なんなら一緒に来るか? 今日は良い魚料理が出来る予定だぞ」

 

 ワンチャン生臭いかもしれんけどな。

 

「あはは、僕は良いよ。今日はちょっとシーナさんと任務に付き合う必要があるから、遠慮しておく。また今度、誘ってね」

「おー」

 

 そういう感じでついでにパンを入手し、俺は再び門を出て走り出した。

 門番の連中がちまちまと往復する俺を見て苦笑いしてたが、俺を笑ったやつには魚のおすそ分けはくれてやらんぞ。気を付けるんだな。

 

 

 

「よう二人とも、戻ったぞーって……うわ、なんか鍋すげぇことになってんな」

「モングレル先輩! いい感じの場所見つけたっス! あの大きな岩が連なってるとこいい感じっスよ!」

 

 川に戻ってみると、ライナとウルリカは同じポジションで釣りをしていた。

 緩やかに蛇行する川の中で、ちょっとした窪みのある地形だ。急流と穏やかな流れが一緒になっている場所で、どうやらそこが爆釣スポットらしい。

 その証拠に、二人の側に置かれた鍋にはすでに幾つかの魚やエビの姿があった。

 

「おーエビも捕れたのか。良いじゃん良いじゃん」

「パイクホッパーの肉ならエビはかかるっぽいスね。あの入り組んだ所なんていい感じっスよ」

「流れのある所も結構釣れるよー。あれからラストフィッシュが二匹釣れたからねー!」

「俺の竿は?」

「一応私達と一緒に移したらエビが一匹釣れたっス」

 

 場所移したのか……ま、まぁまぁ……エビ釣れたなら良かった……。

 

「てかお腹すいたっス! もうお昼っスよ!」

「モングレルさーんお腹すいたー!」

「はいはい作りますよ。とりあえず塩焼きだけ作っておこうか。あ、レゴール戻った時にレオと会ってな。みんなにってパンをくれたんだ。二人でちょっと食うか?」

「わーい、食べるっス!」

「やった。けどエビも食べたいなー?」

「後でな、後で」

 

 はいはい両方やっときますんで。今日はもう俺は料理人で良いよ。

 

 

 

「はいドボン」

 

 さんざんお待たせしたモスシャロの切り身を、ミルクの入った小鍋に投入する。

 別にミルクで煮込むわけではない。ミルクにつけて臭みを取るだけだ。ちょっと勿体ない使い方だとは思うが、まぁいざ手間隙かけてくっせぇ料理ができあがっても困るんでね。念には念をってやつだ。

 

 そして臭みを取っている間にラストフィッシュの処理をやっておく。

 こっちはモスシャロよりも随分簡単で、鱗を申し訳程度にバリバリやって内臓を雑に抜き取るだけ。あとは串打って塩をベタベタにまぶせば完了だ。

 かまどの周りに突き立てておけば、あとは勝手にこんがり焼き上がってくれるだろう。

 

 よし。あとはエビの処理だな。関節部の泥や汚れをブラシできれいにして、胃袋と背ワタを抜き取って、尾鰭と殻をちょっと切って……。

 

「ウルリカ先輩、これエビを餌にしたらなんか釣れないっスかねぇ」

「えー? ちょっともったいなくないー?」

 

 離れた場所では二人が岩場を移動しながら楽しそうに釣りをやっている。

 キャイキャイとはしゃぐ様は、まるで夏休みを満喫する子供みたいだ。

 ああ、なんかノスタルジックだぜ……。

 

「……よし。素揚げ作るかー」

 

 宿から持ってきたチャージディアのラグマットの上に座り、エビの素揚げを作っていく。こういうリラックスした姿勢でのんびりやる調理もなかなか悪くないぜ……。

 

 ……あ、エビの腕もげた。

 あーあ、これはしょうがねえ。取れたもんはしょうがねえもんな。よし、食べちまおう。

 

「うん、うん……やっぱうまいな。あ、もう一本もげてる」

 

 ブクブクと煮立った油の中で、時々ポロリと外れるエビの腕。

 身も詰まってなさそうな貧相な腕だが、こいつがまた不思議と美味いんだよな……。

 

「あー! つまみ食い! つまみ食いしてるっス!」

「ひどーい!」

 

 やっべ二人に見つかった。

 

「い、いや違うんですよこれは。あ、ほら素揚げできたんでどうぞ」

「……んむんむ……香ばしくて美味しいっス」

「あふ、あふ、熱っ……んんー! 美味しい!」

 

 つまみ食いを見られて危うく他人の釣果を食う最低なおっさんになるところだったが、上手く揚がった本体を差し出すことでどうにか誤魔化すことはできた。

 

「……こっちのミルクのやつは、本当に大丈夫なんスか?」

「ミルク味になっちゃうのかなー」

「ま、そっちはできてからのお楽しみってやつだよ」

「っスかぁ」

 

 全ては臭みが抜けるかどうかだけどな。どうしても臭いようなら二度揚げでも三度揚げでもしてみるわ。

 まぁそこまで酷い臭いってわけじゃないから多分平気だろうけどな。

 



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星の下で夢を見る

 

 昼食はレオから貰ったパンとラストフィッシュの塩焼きとエビの素揚げ。このエビの固有名が未だによくわかっていないが、テナガエビみたいなものなので未だにわりと無警戒に食っている。まぁ多分平気だとは思う。

 で、ライナとウルリカがちょくちょく釣り上げるもんだから調理サイドは常に忙しい。ホテルのバイキングでずっとステーキだけ焼いてるコックの気分だ。

 そこらへんに転がってる流木をちょくちょく拾いに行ったり、食えそうな葉っぱを毟ってきたりと慌ただしいコックである。

 

 油で揚げて魚捌いてお湯沸かしてお茶作ってパン切って草摘んで薪拾って……コックかこれ? 忙しすぎて死ぬぞおい。調理助手一人呼んでくれ……!

 

「見て見てーモングレルさん! ちょっと小ぶりなモスシャロ? だっけ? 釣れたよー!」

「うおぁあああよくやったぁあああ!」

「えー何そのテンション」

 

 結局今日は日が傾いて、夕方近くなるまで二人の釣ったものを調理し続けたのだった。

 

 

 

 昼間はずっと釣りに熱中し、ガンガン釣り上げていたライナとウルリカ。

 物珍しい遊びな上にしかもちょくちょく釣れるとなりゃそらもう楽しいでしょうよ。それにしたって夕方まで遊びっぱなしでいられるのはさすがに若さの力だよな。俺なんて爆釣したところで“今日はこのくらいでいいか”ってなるもんよ。

 しかし実際、二人は俺の想定を上回るレベルで魚を釣り上げ続けていた。今日食べないやつでも衣付けてよーく揚げればまぁ……少しは持つだろう。

 

「で、魚のフライっつったらまぁこれを付けて食うべきだろ」

「なんスかなんスか」

「卵と? 酢? と野菜? なんか色々混ぜてたよね?」

「モングレル様特製玉子サラダソースだ」

 

 作ったのはタルタルソースである。

 茹でた卵を程々にマッシュして、ビネガーと油、塩とスパイス、そしてそこそこの量の香味野菜を刻んだやつを和えたものだ。

 マヨネーズは使っていないが、まぁ成分は大体同じだ。味見したけどそこそこ美味いし良い出来だと思う。ほんとマジでタレとかが絡まない限り結構上手く作れるんだよな……こういう調味料……。

 

 ちなみに俺はマヨネーズは特別好きではない。

 というか俺の個人的な好みでハゲた子供マークのマヨネーズじゃないと好んで使わないタイプの人間だった。自作の衛生的にちょっとアレで味もアレなマヨネーズを作る理由が薄いんだよな。世の中に広めるほどのもんでもないし、多分そこまで広まらない気がする。

 

 けどこのタルタルだけは別だ。こいつは色々組み合わせたおかげか無難に美味い。

 

「このソースをだな……まず薄切りにしたパンにそこら辺に生えてた葉っぱを乗せて、そこにラストフィッシュとモスシャロのフライも乗せて……ソースをかけていく」

「おーっ」

「なんか上品な料理になってきたっス!」

「で、上に葉っぱ置いてパンで閉じる。こいつを手づかみで食うわけよ」

「食べ方が絶妙に上品じゃなくなったっスけど美味しそうっス!」

「うわーいい匂いー!」

 

 名付けてタルタルフィッシュバーガー!

 淡白な川魚のフライとミルク漬けしたモスシャロのフライにタルタルソースとくりゃもう肉料理と同じレベルで勝ち確ってもんよ。パンのショボさも霞む美味しさだぜ。

 

「た、食べて良っスか」

「おう、食え食え。釣ったのお前らだしな。存分に噛み締めてくれ」

「どれどれ……んむんむ……」

 

 ちょっと火で炙ったパンを噛みしめる音と、フライをザクっと噛み切る音。

 フライにしたモスシャロは臭みも無くて、フワッとした厚めの身が食いごたえあって最高なんだよな。

 ああ、俺も腹が減ってきた。自分用の作るか……。

 

「う、美味いっス!」

「良いねこれ! なんだろ、卵? 野菜? なんかすごいおいしー!」

「ちっちゃい魚って塩焼きだけじゃなくてこういうのも美味しいんスね!」

「酸っぱい? まろやかっていうの? うーん……なんか複雑だけど私もこれ好きー!」

「よしよし……どんどんお食べ……まぁ卵そんな無いからソースはあまり作れないんだけどな」

 

 油もそうだしスパイスも使ってるもんだからマジで値の張るソースなんだよなこれ。味は確かに店開けるかもしれないけどその店に通う奴がいるかは疑問だ。

 貴族向けのレストランにでもなるんかね。勘弁だな……。

 

 

 

 焚き火が景気よく灯り、影が伸びる。

 夢中になって釣りしたり調理したり飯食ったりしているうちに、そろそろ外も暗くなってきた。帰るならそろそろだろう。

 

「お前らそろそろ街に戻っておけよ。“アルテミス”の保護者達も心配してるぞ」

「遅くても良いって言われてるんスけどねぇ」

「えー、モングレルさんはー?」

「俺はまだここで調理してるよ。つーか野営だな。適当に一泊してから朝に戻る感じだ」

「泊まりっスか!?」

 

 二人が気前よくバンバン釣るもんだからまだ小さいモスシャロ二匹くらいの処理が追いついてないんだ。こいつらをミルクにつけたり色々揚げたりを終わらせる頃にはすでに夜も良い時間になっているだろう。さすがに二人をそんな時間に帰すわけにはいかない。

 

「んー……さすがにそれじゃあシーナ団長心配しちゃうね。しょうがない、ライナ。一緒に帰ろっか。それともライナは泊まってくー? 私だけ帰って、伝えておくけど」

「むむむ」

「おいおい、勝手に泊まる予定を立ててるんじゃないよ。ちゃんと二人で帰りなさい。賊が出たら危ないだろ」

 

 皿の上の小さな素揚げエビをポリポリとつまみながら、ライナが難しそうな顔で唸っている。そんな悩むなよ。悩まれても今日は本格的な野営セット持ってきてないからしんどいぞ。

 

「んんー……わかったっス……ウルリカ先輩と帰るっス……」

「ちょっとーライナなにそれー私と一緒じゃ不服かぁー?」

「痛い痛い、痛いっス」

 

 ウルリカがライナのほっぺをブニブニして仲良くじゃれ付いている。

 これが百合か……百合……? ノーマル……? まぁ見てて癒されるから悪い成分ではないな。うん。

 

「帰るついでにほれ。クランハウスの連中にお土産もっていけよ。揚げ物一式だ」

「わっ、あざーっス!」

「やった!」

「やったじゃなくてちゃんと“アルテミス”の奴らにやるんだぞ。自分だけで食うなよ」

「わかってるってばー。……今日はありがとねー! モングレルさん!」

「楽しかったっス!」

「おー。気をつけて帰れよ」

 

 揚げ物だけが詰まったお弁当を渡し、二人は賑やかに帰っていった。

 終始ずっとエネルギッシュだったな……やっぱこの世界の人間はみんなタフだぜ。

 

 

 

 ライナとウルリカが立ち去り、焚き火の周りが静かになる。

 暗闇の中を流れる川と、穏やかに燃える熾火が時々身じろぎする音だけの世界。

 街道近くとはいえ屋外だし安全ってわけでもない場所だが、適度な疲労感と美味い飯で俺の精神はすっかりリラックスしていた。

 

「よし、酒飲むか……」

 

 そしてこっからは元気な子供の時間から大人の時間ですよ。

 小瓶に入れたウイスキーと、釣りたて揚げたての美味いフライ。

 そこにタルタルソースとくればもう何も文句のつけようは無いぜ……。

 

「……あー、エビも良いな。エビタルタル……まぁエビマヨみたいなもんだしな。そりゃ美味いわ」

 

 揚げ物を齧って、酒飲んで。齧って、飲んで。

 川の水を汲んだ鍋の中でまだひっそりと生かされているエビの緩慢な動きを眺めつつ、晩酌を楽しむ。

 

 うん。うん。こういう一人飲みの時間も良いもんだ……。

 

 時々少し離れた場所を馬車が通り過ぎる音がする以外には人の気配もない。

 川の音と、草むらに潜む虫の声。時々油の揚がる音。焚き火の近くに置いた魔物除けのお香の癖のある香り……。

 

 そして上を見上げてみれば、街灯なんて少しも存在しない異世界の夜空に、いっそ恐ろしいくらいの数の星が瞬いている。

 俺の知ってる星座なんてこの空のどこにも無いんだろうが、仮にあったところで見つけるのが困難なほどの数だ。

 

 時々ラグマットで寝転がっては、星を見上げながらどうでも良い物思いに耽るのも良い。

 

「いつかカフェでも開いたら、エビとかフィッシュのバーガーでも……いやダメだ。高級店になっちまうな……」

 

 適度に酔った頭はお気楽な妄想を浮かべながら、やがて睡魔に負けて闇に落ちるのだった。

 

 たまにはこういう野営の仕方も悪くはない。

 

 



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猜疑心を煽る翅

 

 食道楽。金を出して良いものを食うってのは悪くない趣味だ。

 それだけで数日は活力が湧いてくる。何より、日々必要な栄養を摂取しながらできる娯楽ってのが良いね。ほんの少しも金を無駄にしていないっていう気楽さもあってなかなかやめられん。

 

 ……まぁでも、あれだな。揚げ物ばっかりってのはちょっと胃にくるな。

 俺がもうおっさんだからとかそういうんじゃなくて、普通に揚げ物を食いすぎたかもしれん。あれから数日間は反動であっさりした物ばっか食ってたもんな……。

 

 しかし良いもの食った後には財布が軽くなってしまう。

 食費だからセーフなんて言えるのは食ってる間だけである。使った金は普通に減る。だからまぁ、ある程度飲み食いしたらまた稼がなきゃいけないわけなんですわ。

 

 ……盗賊退治やらアーレントさんのガイドでちょっとした臨時収入があったから現状カツカツではないんだが、手持ちの余裕はさておき、使ったらその分だけ稼いで穴埋めしたくなるんだよな。

 まぁ、貧乏性ってやつだ。

 

 だから朝からギルドに顔を出して依頼を選り好みしていたんだが、いまいち気分が乗ってこない。

 中途半端に金を持ってるせいで、いつもなら飛びつく地味ぃーな仕事をやる気がな……起きねえんだよ……。

 もう少しここで待ってたら好みの依頼でも飛び込んで来ないもんか。

 もしくは誰か割のいい仕事に誘ってくれねえかな。

 

 そんな感じで適当に革を切って革紐を量産しながらのんびりしていたところ、ギルドの入り口あたりが騒がしくなった。

 

「おい聞けよ、“大地の盾”で同士討ちがあったんだってさ」

「マジか! 誤射か? いや、この時期だともしかして……」

「ああ、イビルフライが出たらしい。つっても森に入ったパーティーは場所も覚えてないらしいんだが」

 

 イビルフライ。それを耳にした瞬間、俺は革紐をまとめて縛り、荷物をまとめ始めた。

 

「死人は出てなかったが、二人が怪我してる。何発か派手に殴り合ったらしい……」

「おいおいあいつらにしちゃ珍しいな……イビルフライは討伐できたのか?」

「ああ、討伐証明の複眼は2つだけ、引きちぎったように荷物にぶち込まれていたらしいが、誰も覚えてなかったみたいだからな……それで全てかはわからん」

「もうイビルフライが出てくる季節か……魔法か弓を扱える連中に潜ってもらうしかないな。しばらくバロアの森に潜りたくねえ」

「“大地の盾”は揉めてた二人も含めて、しばらく話し合いの期間を設けるらしいぜ。討伐は遠距離持ちに任せることになるだろうよ」

 

 ……あのクソ真面目な“大地の盾”でも仲間割れするなんてな。

 まぁ、過去にも何度かあったことではある。大手のパーティーでも起こるんだ、この仲間割れは。

 

 イビルフライ。

 1メートル近いサイズの銀色の蝶の魔物。

 特に攻撃らしい攻撃手段は持たないが、その鱗粉を受けた奴は一定時間後に過去数分から数時間の記憶を失うという、恐ろしい魔物だ。

 

 こいつの恐ろしさは……なんだろうなぁ。図鑑とかで特性を読むだけじゃなかなかわからないだろうな。

 数多くある実例を一つ一つ聞いて初めて、ようやくこいつの脅威度を理解できる。そんなタイプの魔物だ。

 

「よし、俺ちょっと森行ってくるわ」

 

 そしてこいつに限っては、俺は報酬度外視でぶっ殺すことに決めている。

 

「おいおいモングレル、どうしたんだ。聞いてなかったのか」

「確かにイビルフライはソロ討伐に向いてはいるがなぁ……どこにいるのかわからないんだぞ」

「あー、そのあたりは東門行って本人達から聞いてくるわ。わからなかったらまぁ、適当に野草でも摘んで戻ってくるさ」

 

 革の端切れに“イビルフライ駆除ツアー開始”とだけ書いて、俺は東門に向けて出発した。

 

 

 

 東門に到着した俺は、ひとまず森へ行く前に併設されている診療所に顔を出した。

 まずはここで“大地の盾”の連中から今日探索する場所の大まかな話を聞いておかなきゃならん。

 

「おーい、見舞いにきてやったぞー」

「……おお、モングレルか」

「賑やかな奴が来たな」

「ははは」

 

 診療所では見知った二人がそれぞれ寝台で横になっていた。

 二人とも顔に派手な痣がある。一人は結構な血が出たのか、真っ赤な布を手で持って鼻を押さえていた。

 

 ぱっと見て仲が悪いようには見えない。だが、これはある意味当然だ。二人は何も覚えていないのだから。

 覚えていないが、“何か”があって……本気で殴り合ったのだ。

 

「怪我は、酷そうだな」

「まあ、見ての通りだ。……今回の件は、自分でも少し驚いている」

「俺たちは何も覚えてないから、質問されても答えられないぞ。潜ったのは3人、討伐した数は2……そのくらいのもんだ。……今日はアレックスも一緒だったが、あいつも覚えてない。今は報告に走って貰ってる。……アレックスには悪いことをした」

 

 アレックスも一緒だったのか。

 性格的に二人の仲介役になってたはずだが、それでも止められない何か禁句が飛んだのか……。

 

「……イビルフライなんざ、初めてってわけでもなかったんだがなぁ」

「……」

 

 この二人はシルバークラスの熟練ギルドマンだ。何年もレゴールで活動しているし、仲も悪くはなかったはず。

 だが……今日は何かの拍子に、迂闊な言葉でも飛び出したのか。結果は、こうなっている。

 

 しかし俺はこいつらに同情したり慰めたりだけしているわけにもいかない。

 俺にはやるべきことがある。

 

「なぁ。今日潜った森がどこらへんかだけ教えてくれないか。ちょっくら行ってきて生き残りのイビルフライがいないかどうか探してくるからよ。……アレックスを入れたお前ら三人が一緒になって戦うことになったイビルフライだ。2匹ってことはないはずだぜ。まだ残っている可能性は高い」

 

 そう、問題は数だ。イビルフライが2体しかいなくてそれが全て駆除できたのなら良い。

 だがこの状況……“大地の盾”の手練れ三人が一斉に戦いを挑むような数ともなれば、それは多分2体ぽっちってことはねえ。

 絶対にもっと多くの蝶がいるはずだ。

 

「……一人で森に潜るのは……ってのは、モングレルには今更か」

「くくく、まさかモングレルが頼もしく感じる事になるなんてな……一応、今日行く予定だったルートを書き残してやる。……悪いが、頼めるか?」

「任せておけ。単独でやってる俺からすりゃ、イビルフライなんて気づけば終わってるだけの美味い任務だしな」

「本当に頼もしいな」

「気をつけてくれよ。俺たちは多分……色々と、油断をしていたからな。こうなった手前、言えた立場じゃないのはわかっているが……頼む」

「任せろって」

 

 場所の記されたメモ書きを受け取り、俺はニヤリと笑ってみせた。

 

「なんたって俺は――」

 

 

 

 記憶はここで吹っ飛んだ。

 

 

 

「……は? ああ……」

 

 気がつくと俺は、夕暮れの森の中で一人立ち尽くしていた。

 手にはいつの間にか握りしめていたバスタードソード。身体はほどよく疲労している。……結構な時間が経過していたらしい。

 

 怪我は、まぁ無し。当然だな。しかし……。

 

「なるほどな。こいつは手を焼くわけだ……」

 

 俺の周囲には五匹のイビルフライの死骸が転がっていた。

 しかもそれだけじゃない。首と胴を数か所深く斬られたサイクロプスの死骸も転がっていたのである。

 

「まさか、イビルフライとサイクロプスがセットで居たなんてな……こりゃ三人がかりにもなるわ」

 

 イビルフライ。こいつの鱗粉は他の魔物にも作用を及ぼすことがある。

 このサイクロプスも影響を受ける魔物の一種だ。

 

 イビルフライに集られ、常に記憶を曖昧に錯乱させながら飢え続け……アレックスたち“大地の盾”と遭遇したのだろう。

 

 襲いかかってくるサイクロプスと記憶を奪うイビルフライのセット。普通に凶悪だ。

 こうなるとただのんびりと蝶を駆除すればいいって話じゃなくなってくる。

 

「……ああ、サイクロプスと何度か戦ったのか……腕の傷は俺のバスタードソードではないな。こっちはアレックスの“風刃剣”の痕かな。サイクロプスを手負いにして、急いで複眼だけもぎ取って離脱したわけね……なるほど」

 

 戦闘中に記憶が飛ぶなんてことがあれば、パニックは必至だ。

 

 想像してみてほしい。

 “よーし、今日は薬草採集頑張るぞー”なんて気持ちで森の入り口に立った瞬間、いきなり目の前にサイクロプスとイビルフライの群れが居るというシチュエーションを。地獄だろう、そんなの。

 戦いが長引けば長引くほど、イビルフライの鱗粉による記憶の消滅は鋭く牙を剥いてくる。あいつらは慎重に退却を選んだってわけだ。

 

 胸元から端材のメモを取り出すと、そこには捜索の進捗が地図形式で書かれていた。

 ……この場の戦闘は、さすがにサイクロプスもいたせいでメモを取る暇もなかったか。

 まあ、帰り道がわかりやすくて助かるけども。

 

「……しかし、仲間割れでもしたのかと思ったが……あいつらの怪我がサイクロプスのせいかもしれないってのは、救いでもあるのかもしれねぇな」

 

 俺はサイクロプスの虹彩を切り取り、複眼を拾い集め荷物に纏めた。

 今回の討伐部位は半分くらいは現地に捨て置かれていたってことにしておくか。“大地の盾”に手柄を押し付ける形だな。

 実際、そのくらいの報酬の上乗せがなきゃあいつらが可哀想だろう。サイクロプスも軽傷ではあったが手負いではあったわけだしな。

 

 不幸な怪我の上に、不本意な仲間割れの危機まで上乗せすることはないだろうよ。

 

「さっさと報告に戻ってやるか」

 

 俺はバスタードソードを鞘に戻し、帰路を急いだ。

 早めに戻って、二人の仲違いは魔物が見せた幻想だったと教えてやらないとな。

 



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溝と渓谷

 

 レゴールに帰還し、“大地の盾”にイビルフライとサイクロプスの討伐を報告してやると、ベッドで療養していた二人は一瞬だけ呆気にとられたような顔をして、その後すぐに泣き笑いを浮かべながら抱きしめ合っていた。

 

 実際のところ、二人が本当に殴り合ったのかどうかはわからない。記憶が無いのだから真実は想像するしかないからな。

 だがサイクロプス込みのイビルフライの群れを前にして、悠長に仲間割れをしていたとも考えにくい。三人とも急いで場を離れるので精一杯だったはずだ。

 だからまぁ、多分ってよりはほぼ確実に、二人の間に遺恨は無かったんだろう。

 

「すまない、もしやと……疑っちまった。許してくれ」

「良いんだ。良いんだよ。俺たちはちゃんと肩を並べて、戦っていただけだったんだ……」

 

 俺はその光景を見て、内心でちょっぴり“走れメロス”を想像しちゃってたが、まぁうん、しこりは完全に払拭されたようで何よりだ。

 

「サイクロプスもほぼ瀕死だったし、あとちょっとのところだったぜ。お前たちの手柄を取るようで悪かったな」

「いや。良いんだ。ありがとうモングレル」

「ありがとう。お前のお陰だ」

「お、おう。まあ、今度奢ってくれりゃそれでいいさ。こっちも仕事だからな」

 

 普段ここまで真っ直ぐギルドマンから礼を言われることもなかったので、さすがの俺も少し気圧された。

 それだけ二人の間に横たわりかけていた溝はデカかったってことなんだろう。だが勘違いで不和を生み出されちゃたまったもんじゃねえからな。

 悲しいことにならなくて良かったよ。本当に。

 

 

 

 と俺はそれだけで話が終わると思っていたんだが、終わらなかった。

 

「本来なら食事だけで済ませるようなことではないんだが……モングレルが奢ってくれというならば、その方が良いんだろう。だがせめて“大地の盾”を代表して、私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 確かに言った。飯奢ってくれりゃ良いとは言った。

 でもその場に副団長のマシュバルさんが同席するのはかなり意外だった。普段から忙しいしかっちりしてる人だから、こういう場で一緒になるのも初めてのことだ。

 

 “大地の盾”副団長マシュバルさん。

 がっしりした体つきに短く刈り上げた黒髪。40歳とはいえまだまだ10年くらいは戦えそうな活力に満ちた人である。

 しかしパワータイプな見た目に反し、パーティー内での事務作業や対外的な難しいことも率先してやっているというのだから驚きだ。高齢な団長にかわり、実質的に“大地の盾”を率いている人だと言っても過言ではないだろう。

 

 そんな彼から“礼がしたい”と言われて連れてこられたのは、貴族街に半分足突っ込んでる場所にある高級料理店だった。

 高い金を取られる割にそこまで好みでもない味付けの飯が出てくる店が多いからほとんど寄ったことはないんだが、まぁ確かにお出しされる料理はどれも丁寧な気がする。

 

「僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございます。……今回の一件はさすがに僕でも肝が冷えましたよ。まさかログテールさんとラダムさんが仲違いするなんて思ってもいませんでしたからね……」

 

 食事には今回仲違いしかけた二人と一緒にいたアレックスも同席している。

 帰還後は色々な所に報告をしに行ったりやらでとても忙しかったらしい。……サイクロプスたちと死闘してから急いで帰還して走り回って……すげー大変だっただろうな。ストレスがマッハってレベルじゃねえだろうよ……。

 

「まぁ、サイクロプスとイビルフライの組み合わせなんてそうそうお目にかかれるもんでもねえからな……逆に全員大きな怪我がなくて良かったよ。災難だったな、アレックス」

「いえ……退却中に少しでもサイクロプスについての情報を書き残しておくべきでした。モングレルさんに尻拭いしていただく形となって、申し訳ない……」

「気にすんなよ。お前はよくやったさ。サイクロプスに“風刃剣”っぽい良いダメージが入ってたしな。あれ多分アレックスのだろ?」

「ですかねぇ……見てないのでなんとも……記憶が飛んだ後で剣に残っていた血も、ゴブリンや討伐した動物のものかと思ってましたから……」

 

 今日の晩飯はなんかジュレみたいなタレが乗ってる慎ましやかな肉料理と、野菜たっぷりのシチュー。こっちは美味そうだ。シチューに入れてくれれば苦い野菜でも美味しくいただけるから嬉しいね。

 

「……モングレルも二人とは何度か話したことはあるだろうが、あいつらは昔から仲が良くてな。同じ村の隣同士で、家族ぐるみで助け合ってたそうだ。パーティーでもずっと仲良く組んでいたんだ。少しお調子者なところはあるが、うちの雰囲気を明るくしてくれる気の良い奴らでな……」

 

 マシュバルさんは気持ち上品そうな手付きで肉を食っている。

 副団長ともなれば依頼主とのやり取りでちょっとお高い店を利用する機会も多いんだろうな。

 

「モングレルのおかげで、“大地の盾”にヒビが入らずに済んだ」

「いいですって、そんな。こっちは死にかけのサイクロプスを討伐できただけでも儲けもんでしたから」

「ふ、そうか」

「モングレルさん、お酒新しいの頼みますか?」

「お、良いかい? じゃあもう一杯だけもらおうかな。ここのは美味いね」

「ですよねぇ。どこの蔵で作っているんでしょうか」

 

 それから俺はもう一杯だけエールをいただき、ちょくちょく話をしながらそこそこ美味い飯をいただいた。

 味付けはまぁ、やっぱり好みではなかったが……なんでこの国はシンプルな塩味を貧乏扱いするんだろうなぁ……塩がアホみたいに安いってわけでもないくせに……。

 

 

 

「ところでモングレル。お前は一時期、あのアーレントという外交官と一緒だったな?」

 

 飯もほぼ全てを食った頃になって、マシュバルさんはそこそこ突っ込んだ話をしてきた。

 いや、世間話のつもりなのかもしれないが、俺からすると突っ込んだ話だった。

 

「あー、あの人ですか。まぁちょっとした縁があったんで、少し前はレゴールの案内とかしてましたね。今じゃ他の奴らもやってますよ」

「ああ、そうだな。“若木の杖”とも時々行動しているのは知ってる。……こういうことを聞くのは少々あれだが、モングレル。あの外交官は大丈夫なのか? 後から“白頭鷲”アーレントと聞いて私は驚いたぞ。私の世代にとっては悪名高い御仁だったからな……」

「僕はそういう世代じゃないですが、名前だけなら軍でも聞きましたねぇ。格闘訓練で檄が飛ぶ時にはよく引き合いに出されますよ」

 

 やっぱ“大地の盾”は軍と近いだけあって、アーレントさんには複雑な心境か。

 まぁ無理もねえわな。年老いているとはいえ敵国のエースだしな。

 

「何が大丈夫かっていうのはよくわからないですけど、少なくとも普段話している時はただの穏やかでマッチョなおっさんですよ。今はなんとか騎士ってのもやめたそうですし、外交官なんですから下手な手出しはダメですよ、マジで」

「いや当然だ、それはわかっている。我々ギルドマンが国際問題を起こすなど以ての外だ。……だが、それなんだ。昔聞いていた“白頭鷲”のイメージとは随分と違うもんでな」

「そんな違うんですか」

「違うさ」

 

 マシュバルさんは残っていたエールを一気に飲み干した。

 

「ひとたび戦場に立てば、綺羅びやかな白銀の毛皮を靡かせ、軽やかに生者の上を跳び回る。拳は剣をも折り砕き、蹴りは鎧をも鋭く穿つ。獰猛かつ凶暴。誰にも抑えられない虐殺の猛禽。……それが、私達の世代が持つアーレントの印象さ」

 

 誰だよそれ……ってレベルで今とは印象ちげぇなぁ。

 俺の知ってるアーレントさんは火の消えた焚き火の側でスタイリッシュに凍えながら立ちすくむ頭の寂しいマッチョだよ。

 まあ、敵国の将だからこそ大げさに凶悪そうに伝わっているところはあるだろうが……多少誇張があるとはいえ、本当にブイブイいわせてたんだなぁあの人……。

 

「私はエルミートの上官からさんざんそういう話を聞かされて育ってきたからな。正直最近までは、アーレントは人の言葉が通じない化け物だと思っていたくらいだ」

「まあ僕の上官も似たように話してましたねぇ……大げさだなとは思っていましたけど……」

「いやいや、ちゃんと話通じますよアーレントさん」

 

 時々無言でポージング決めたり肉体言語使い始めることはあるけどな。ちゃんと必要な時は言葉を尽くす人だよ彼は。

 

「……せっかくアーレントさんもギルドの見学をしてるんですから、“大地の盾”も少しくらい彼と関わる機会でも持ってみたらどうです?」

「機会、か」

「なんでもいいんですよ、そういうのは。一緒に飯食うなり、任務に連れて行ってみるなり。修練場で格闘の指導を受けてみるのだって良いんじゃないですか」

「ほう、格闘の……それはなかなか面白そうだな」

 

 いや最後のそれは半分冗談ではあったんだけども。

 なんか思いの外マシュバルさんが楽しそうな表情を浮かべているな……。

 

「うちのパーティーも彼に隔意を持っているものは多いからな。かといって、関わらないまま放置しておけばいつか……すれ違いで彼と問題を起こすかもしれん」

「まあ……そうですねぇ。無いとは言えないのが、ちょっと怖いところです」

 

 今回のイビルフライの一件もあってか、突発的なトラブルが起きないかどうかを気にしているらしい。

 ……まあ無理もない。実際、酒を飲んで酔った勢いでってのは、人間有り得る話だもんな。

 

「クランハウスに戻ったらちょっと考えてみるか、アレックス。皆の意見も聞いてみよう」

「はい、副団長」

「すまないなモングレル。また一つ相談に乗ってもらう形になってしまった」

「いやいや」

 

 こっちとしてもアーレントさんとは変な問題起こして欲しくなかったから願ったりよ。

 ハルペリアとサングレールの融和。できるもんなら是非とも実現させて欲しいからな。どうやってそういう方向に持っていくのか俺からするとさっぱりではあるが……。

 

「また改めて俺に礼がしたかったら、そん時はなんか格好良い武器でもくださいよ。マシュバルさん」

「ははは、モングレルの言う格好良い武器か。うちのパーティーではそういった装備は取り扱わないからな。ま、レゴールの店で見かけたら教えるさ」

 

 ありがてぇ。イカす武器はいくら部屋に飾っても良いからな。

 

「モングレルさん……そんなに宿の部屋に武器とか装備品を置いてたら怒られません?」

「怒られねえよ、もう何年もずっと部屋代払い続けてるからな。掃除も自分でやってるし」

「えぇ……」

「ははは。まるで自分の部屋のようだな」

 

 女将さんの許可を得て色々と部屋を改造してるから間違ってはいない。もう今じゃ俺の城よ。

 

 

 

「ではまた、モングレルさん」

「ありがとうモングレル。またギルドで」

「うぃー、ごっそさんです。また奢ってくださいよ!」

「世話になることがあれば、喜んでな!」

 

 二人と別れ、暗くなった街をさっさと歩く。

 人助けをして奢ってもらう飯は、口に合わない味付けでもなかなか美味かった。やっぱ自動でお出ししてくれる飯ってのは最高だな。自分好みの味を再現しようとすると手間暇もかかるし油の後処理が面倒だし……やっぱ店って最高だわ。

 けど店通いを続けていると、段々とまたアウトドアの自作飯を食いたい欲が湧いてくるんだ。不思議だよな……。

 

「アーレントさんか……そろそろギルド全体が馴染む頃かねぇ」

 

 人種間に横たわる溝はあまりにも深い。勘違いから始まる仲違いなど目でもないレベルの深い渓谷のようなものだ。

 それが元軍人。しかも敵国の英雄ともなれば、溝は到底埋めきれるものではない。

 

「アーレントさんは橋をかけてくれるのか、それとも鳥のように飛び越えてみせるのか……」

 

 レゴール伯爵に宛てた書簡。融和。さて、偉い人達はどうやって実現してみせるのかね。

 

 俺は国民の一人として、しっかりと見守らせてもらうぜ。

 後方で腕組みしながらな。

 




「バスタード・ソードマン」がハーメルン累計ランキングで四位になっていました。すごい。

いつも当作品を応援いただきありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


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わりと一般的なエルフさん

 

「それがまたとんでもなく臭くてなぁー」

「わかるっス。臭いっスよねぇ」

 

 ある日の朝、俺はライナと一緒に市場を回っていた。

 

 事の発端は、俺の使っていた弓剣の弦が切れてしまったという悲しい事故に起因する。

 おもむろに鉄弦リュートを弓剣で弾いてみたら一発でブチッといったのにはさすがの俺も驚いたぜ……。

 

 その弦を新しく張り直してくれる店でなんか良いところないかって話をしてみたら、ライナが“アルテミス”で贔屓にしてる弓専門店を教えてくれたわけだ。

 店では刃付きの弓剣を見た店主がいかにも面倒くさそうな顔をしていたが、嫌々ながらも数割増しの価格で弦の張り直しをやってくれることになった。ありがてえ事である。

 今はその帰り道で、適当に朝の市場をぶらぶらしながら歩いているのだった。

 

 

「お、青物市場に出ちまったか。葉物野菜でも買いてぇな」

「モングレル先輩って野菜食べるんスね」

「ライナお前俺のことを何だと思ってるんだよ」

「肉しか食べない人っス」

 

 そりゃまぁわりと肉ばっか食ってるとは自分でも思うけどな。

 こんな俺でも外ではしっかり適当な野草を摘んで野菜成分を摂っているんだぜ。だいたいがあまり美味いもんでもないから頻繁には食わないけど。

 

「ライナも野菜ちゃんと食わないとダメだぞ。野菜食わないと人間長生きできねえからな」

「太った貴族の人みたいになっちゃうんスよね」

「まぁそんなところだけどな。野菜は色々と身体の調子を整えてくれるもんなんだよ」

 

 とはいえ、この世界に存在する野菜や果物がどれだけ有益なのかは俺にはちょっとわからない。

 なんとなくカロテンかな……? とか、ポリフェノール多そうかな……? とか、そこらへんの薄っすらとした予想はあるにはあるが、詳しい栄養素なんてものは全くわからないしな。

 辛うじて前世と同じ品種の作物が何個かあるおかげでこの世界の食事も助かってはいるものの、今でもよくわからん物は多い。

 詳しく検査してみると有害物質が含まれている作物なんかもあったりしてな。それを調べる技術さえ、まだこの世界には存在しないわけだが……。

 俺たちにできるのは可能な限りアク抜きするか、加熱することだけだよ。

 

「せっかくだし私も何か買っていこうかな……あ、タケノコ売ってるっス」

「渋いもんチョイスするなライナ……」

「前お店で食べた時美味しかったんスよね、食感が」

 

 市場には色々な品物が並んでいるが、たまーにこんな風に知ってる顔が転がっていることもある。

 タケノコ。名前の通り竹の新芽を収穫したものだ。

 

 タケノコがあるならチート植物の竹が使えるじゃんって思われるかもしれない。

 だがこの世界における竹はかなり使い辛い植物として通っている。

 

 まず前世の竹よりも成長が遅い。この時点でわりと致命的だ。

 そして強度が低い。細工物にしても心配になるレベルでナーフされている。

 あと成長につれて真っ直ぐではなくかなり曲がっていく。背丈も低いし扱いづらい。

 なんか節の径がデカいせいで真っ直ぐの材がほとんど取れない。ここらへんも加工に関しては致命的だな。

 

 だからまぁ……結構残念な植物扱いされているね。竹。

 それでも二つに割れば良い感じのハーフパイプが出来るわけだから、奇跡的に真っ直ぐ育った材なんかは利用されているらしい。

 あとは、新芽がポコポコ出てくるのは変わらないらしいからこうしてタケノコが食用として利用されているくらいかな。ちょっとした珍味扱いだ。塩焼きや煮物に使われている。

 

「これひとつ、いやふたつくださいっス」

「はいよー」

 

 ライナは健康のことも考えてタケノコを買っているのかもしれない。

 だがこのタケノコ、俺の前世と同じようなものだとすれば、そこに含まれる栄養素はというと……正直この世界ではそんなに心強いものではないだろう。

 カリウムなんて他の野菜にもたくさんありそうだしな……なんとなく味的に……。

 ローカロリーだしこれといったビタミンもあったかどうか……。

 こういう、“食えるけど身体に役立つかというと別にそうでもないもの”の区別がつかないのもまた栄養学が発達してない世界の落とし穴だよな。

 セロリだけを食い続けていくとやがて緩やかに餓死するなんて話を聞いたことがあるが、そこまで極端な話ではなくとも、似たような栄養学の落とし穴にはまっている人は多そうだ。何にせよ、バランスよく色々な品目を摂取しましょうっていう前世と同じ結論になるわけだが。

 

「おや? ……キミは……ああ、少年じゃないか。まさかこんな街で会うなんてね」

「……え?」

 

 ライナが野菜を買っている間ぼーっと考え事をしていたら、どこか懐かしい声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある若々しい女の声。そして俺を少年呼びするこの浮いた感じ。異世界とはいえそんな奴は二人もいない。

 

「久しぶりだね、少年。私のこと、覚えているかな?」

「……カテレイネかよ。久しぶりだな」

 

 声のした方……野菜を売る露天商の並びに目を向けると、そこには麦わら帽を被った一人の美女が座っていた。

 カテレイネ。一度見たらまず絶対に忘れることのないであろう女である。

 

「随分と大きくなったね。……ああ、ギルドマンになったんだ」

「あー、まぁな。そうか、カテレイネと会ってた頃はまだなってなかったもんな……」

「根無し草だった少年も、苔くらいには落ち着くようになったということなのかな。ウフフ」

 

 金色の長髪に褐色の肌。整った美人系の顔立ち。それだけならばまだ普通だ。

 しかし彼女の耳を見ると……普通の人間よりは長く、そして目の色は左右で青と金とで異なっていた。

 そして魔法使いが着るようなボロボロの古いローブを身に纏う様は、老練の魔法使いを思わせる。

 

 言うまでもなく、この耳の長い彼女はエルフだ。

 レゴールでもカテレイネのようなエルフはちらほら姿を見かけるが、それでも彼女のように金髪で、しかも浅黒い肌をしたエルフは珍しいだろう。見た目はまさにダークエルフだ。

 そして何より、左右で違う色と目。オッドアイ。これは本当に珍しい。その姿は異世界といえども特異なものであり、麦わら帽が無ければ通りの人の目を引くだろう。

 

 俺は昔、レゴールに来る前。つまり十代の半ば辺りの頃はまだ、拠点を定めずに各地を放浪していた。

 どこかの街に居着くこともせず、ギルドマンにもならず、人に雇われて今以上に適当に仕事をしてたわけだ。

 カテレイネはその頃に何度か依頼人として雇ってくれた相手でもある。

 

「モングレル先輩、買ってきたっス……けど……」

「おお、終わったか」

「……その人、誰っスか……?」

「おや、少年にも友人ができたのか。ウフフ、何だか我がことのように嬉しいよ。はじめまして、私の名前はカテレイネ。ただのしがない野菜売りだよ」

「あ……どもっス。私はモングレル先輩の……ギルドマンの後輩で、ライナっス。シルバー1の弓使いやってるっス」

「ライナね、よろしく。私のことはカテレイネか、お姉さんと呼んでくれていいよ」

 

 カテレイネの放つ独特の雰囲気に、ライナはちょっと気圧されていた。

 

「なんかこのエルフの人……サリー先輩みたいっス」

「こらライナ。失礼だぞ」

 

 初対面の人をサリー扱いするんじゃありません。一応こいつは変わり者ではあるけどしっかり話が通じるから……。

 

「カテレイネは何故レゴールに? お前がこっちまで出張ってるなんて知らなかったぞ」

「それはもちろん、商売になると思ったからだよ、少年。人が多ければそれだけ買い手も増える。昔、君が言ってたことじゃあないか」

「いやぁまぁそうだけど」

「ベイスンで売るのも楽しかったけどね。せっかくの美味しい野菜なのだから、より大勢の人に味わってもらいたい……だろう?」

 

 麦わら帽のつばを上げて、カテレイネが微笑んでいる。

 意味深な微笑みだが……。

 

「ほら、せっかくこうして会ったんだから何か買っていきなよ。とはいっても、取り扱っているものは以前と変わらないけどね」

「……相変わらず根菜ばっかりだな」

 

 カテレイネが広げる茣蓙の前には、適当に土を落としただけの細い根っこばかりが並んでいる。三種類ほどあるらしいが、俺には未だにその違いがわからない。

 だがまぁ、しばらくこの根っことも会えなかったからな。一本くらいは買っておくか。

 

「これにするよ」

「はい、じゃあ銀貨一枚」

「おいおい、安いな」

「え、安いんスか」

「ウフフ。久々だからサービス価格にしてあげる。そっちの少女もどうかな? 同じく銀貨一枚にしてあげるけど」

「え……い、いやぁ、私は別にいっス……」

 

 まぁ無理して買うもんじゃない。やめておけ。

 

「まいどあり。……それじゃあ、またどこかで会おうね。少年」

「ああ……そんな時があったらな」

「応援しているよ」

「……そうか。まぁ、ありがとうな」

「ウフフ」

 

 そういったやり取りをして、俺たちはカテレイネの露店から離れていった。

 

「えっと……あの、モングレル先輩」

「ん?」

 

 やがていくらか歩いたところで、神妙な顔のまま黙っていたライナが俺の顔を覗き込んできた。

 

「さっきのカテレイネさんって、何者なんスか。あの雰囲気……それに口ぶり……絶対に、なんていうか……普通の人じゃないっスよね」

「……ライナはどう思った? カテレイネのこと」

「……正直、よくわからなかったっス。商人みたいに野菜は売ってたけど、あの目とか、髪の色とか……エルフだし……モングレル先輩と昔から知り合いだったって言うし……私から逆に聞きたいっス。あの女の人は、なんなんスか……?」

 

 ちょっとシリアスな雰囲気での問いかけだった。

 そうか。ライナもあの女にそんなヤバい雰囲気を感じ取ったか……。

 

 だがな……実際のところはな、大したことがなかったりするんだぜ。

 

「実はあのカテレイネはな……」

「……はい」

「見たまんまの人なんだ」

「はい……はい?」

「見た目通りエルフだしサングレール人の血も入ってるから金髪だけど、それ以外は普通のハルペリア人だよ」

「えぇ……」

「ガッカリしただろ」

 

 ところがどっこいマジなんだよな……。

 

「ベイスンの方の実家で畑持っててな。そこであの根菜を作ってるんだが、時々遠出して売りに行ってるんだよ。だから肌も日焼けしてるしあの麦わら帽も被ってる」

「え……でもなんだか古いローブとか着てるし……魔法使いとかじゃ……?」

「古着だよあれ。行商中は杖ついて歩いてることもあるから魔法使いに見えるんだよな。俺も最初は勘違いしてたぜ。けどあいつ別に魔法とか使えないし、ただの農作業やってる女の人だよ」

「えええ……」

 

 あとエルフで俺のことを“少年”呼びしてくるけど、俺よりも一歳だけ年上ってだけだから。

 いつまで経っても頑なにお姉さんマウントを取ってくる31歳でしかない。別に数百年とか数千年とか生きてる謎に満ちたダークエルフの某ってわけではマジでない。

 

「じゃああの……左右で色の違う目は……?」

「昔は生まれつきだって言ってたよ」

「ええええぇ……」

「な? ガッカリだろ?」

「いやぁ……勝手にガッカリするのは失礼なんでそういうわけじゃないスけど……確かに想像とは違ってたっスね……」

 

 謎がありそうな属性全部盛りしてるような見た目と喋り方してるけどただの農業と行商やってる一般人だよ。

 一度カテレイネの実家の農作業を手伝ったこともあるけど普通に農家だったしな。エルフの王家の血を引いてるとかそういう裏設定も全く無くて当時は超ガッカリしたよ俺。

 

「……ていうか、モングレル先輩。あれっスか。レゴールに来る前はベイスンとかにも居たんスね……」

「俺もハルペリアのあちこちをうろちょろしてたからなぁ」

「ドライデンの方とかに来たこともあるんスか」

「いいや、そっちはあんまり。だからライナと会ってたってことはないんじゃねえかなぁ」

「そっスかぁ……」

 

 まぁ結局今のレゴールに落ち着いたけどな。

 立地も良いし領主が神すぎる。今のところ動く予定はないし、可能な限りはダラダラさせてもらうぜ……。

 

「ところでモングレル先輩。その根っこは結局なんなんスか」

「これ? これはな、マクレニアっていう植物の根っこでな。齧るとメチャクチャ辛くて身体がカーッと熱くなるやべぇ根っこだよ」

「やっぱあのカテレイネさん変な人じゃないスか!?」

「いやいや、これちょっとすりおろしたやつをお茶とかに入れると冬場は温まるんだよマジで。怪しいもんじゃないから」

「怪しいっスよ!」

 

 それからしばらくライナにこの高麗人参っぽい雰囲気のマクレニアの良さを語り聞かせてやったが、有用性についてはわかってもらえなかった。

 しょうがねえ。寒くなったらこの根っこで作った特製ホットドリンクを飲ませてやるとするか……。

 




「バスタード・ソードマン」の評価者数が3600人を超えました。

いつも当作品を応援いただきありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。

評価者数3600人超えのお礼に、にくまんが踊ります。



ヽ( *・∀・)ノ スッ……

ヽ( *・∀・)ノ ……

( *・∀・)スンッ……


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狩人の毒牙

 

 “アルテミス”のクランハウス内には、風呂の他にも有用な施設がある。

 寝食など共同生活を送るための場だけでなく、弓使いにとって欠かせない工作部屋も用意されていた。

 任務で使う備品の多くは専門の店や職人を頼っているが、手隙の時間にはちょっとした加工や工作ができるようになっている。

 

 今現在、ウルリカが薬研で碾いている薬品もまた、狩りで用いる道具のひとつだ。

 

「うーん、匂いが全然しないけど……ナスターシャさーん、これ本当に効能あるのー……?」

「無味かどうかは私も知らんが、無臭の薬品ではあるからな。匂いがしないのは当然だ。今まで皆が使ってきた毒よりは使い勝手も良いはずだぞ。……水が薄まってきた。継ぎ足せ。乾燥したものを吸い込めば危険だぞ」

「わわわ」

「固定液を混ぜるまでは慎重に作業しろ」

 

 弓にはスキルがある。ものによっては矢の威力を大幅に上げるものもあり、特にウルリカの所持している“強射(ハードショット)”は弓系の単純火力としてはかなり高い部類に入るスキルだ。

 しかしあまりに高威力なスキルだと得物を損壊させるおそれがあるし、何より魔力の消耗も馬鹿にはならない。それを補うために必要なのが、今ウルリカが制作している弓矢用の毒だ。

 

 基本的に狩猟用の毒矢は、食肉を無駄にさせないタイプの毒が選ばれる。毒は強ければ良いというわけでもないからだ。

 命中させた獲物の行動力を削ぎ、かつ最低限の肉の切除で毒に対処できるものが望ましい。そして“アルテミス”にとっては、獲物に悟られ得る無駄な匂いを消すことも目標の一つだ。

 

 この毒の調合作業において、魔法使いのナスターシャは博識だった。

 

「腐敗毒や煮詰めた毒も便利だが、やはり動物や植物の自然毒をそのままの形で利用するのであれば魔水調合が最も適している。加熱せず安全に調合するにはこれしかない」

「ううーん……ナスターシャさん、このマスク息苦しいよぉー」

「我慢しろ」

 

 ウルリカもナスターシャも長布を用いたマスクを付けていた。

 毒物を扱う以上はこうした防護措置は欠かせないのだ。万が一にも飛沫が口に入れば大問題だ。

 

「しかし毒は大雑把で楽だな。薬ほど気を遣わなくとも良い」

「えぇー……そうー……? 作ってる私からすると細々としてるけどなぁー……」

「薬やポーション製作はもっと分量にうるさいぞ。だがそれだけ奥が深く面白い。ウルリカも機会があればやってみると良い。私も触りの部分であれば教えよう」

「うーん……」

 

 調合に用いるのは原始的な薬研と、魔水調合用の密閉アランビック。

 水魔法によって生成された水が長い時間をかけて(ほぼ)自然消滅する性質を利用した器具であり、これによって毒の成分を壊すことなく上手く調合させることができるのだった。

 

 だが、ウルリカはこういった作業にあまり魅力は感じないタイプらしい。

 それよりは料理などわかりやすいものが好きだった。実際の所、料理も調合も似たようなものでもあるのだが、気の持ちようが億劫にさせているようだ。

 

「ただいまっス」

「おお、ライナ。おかえり」

「おかえりー、遅かったねーライナ」

 

 クランハウスに帰宅したのはライナだった。

 彼女は今日、モングレルと弓の専門店へと出かける予定があって留守にしていた。

 

 最近はこうしてたまにモングレルと一緒に予定を組むことも増えたので、ウルリカとしては少しだけホッとしている。

 

「何を買ってきた、ライナ」

「ナスターシャさん。これっス。なんか露店で変な野菜が安く……安く? いやわかんないスけどなんか売ってたんで、モングレル先輩が買ってたんスよね。なんかそこから一本だけ分けてくれて……名前は……あれぇ、なんだったかなぁ……」

「えーなにそれー。美味しくなさそー」

「っスよねぇ。モングレル先輩の知り合いっぽい人が青果市で売ってたやつなんスけど」

 

 ライナは奇妙な根っこを持っていた。

 全体的に細く、枝分かれした痩せた人参のように見える。

 ライナとウルリカにとっては食いでのなさそうな根菜でしかなかったが、ナスターシャはそれを興味深そうに見つめていた。

 

「……ほう、この香りはマクレニアの根じゃないか」

「あ、それっス。そんな感じの名前だったっス」

「んー、聞いたこと無いなぁー」

「日陰と砂礫の中で育つ根菜の一種だ。薬に用いられる植物だな。良いものを分けてもらったな、ライナ」

「マジっスか」

「あー、ほんとだ。なんかすごい香りするー」

 

 形容しがたいが、マクレニアからは爽やかで俗にいう薬臭い香りが漂っている。モングレルがライナに分け与える際に一部を折ったので、そこから立ち込めているのもあるだろう。

 半分以上乾燥した根菜ではあるが、新鮮な断面は暫くこの匂いを放つのだった。

 

「そうだ、ナスターシャさん! この変な根っこも混ぜてみない? 矢毒にしたら獲物に効きそうじゃん!」

「馬鹿者。マクレニアにそのような成分は無い。……いや、組み合わせればいけるか……?」

「えっ……モングレル先輩はこれ料理とかで使うとか言ってたんスけど……毒なんスか……」

「いや毒ではない」

 

 ナスターシャはライナからマクレニアを受け取り、断面を小指で撫でてから指を舐めると……珍しく眉を潜めた。それほど強烈な味がするのだろう。

 

「この強い味は臭みの強い食材を打ち消すのに使われることがある。大鍋でほんの一欠片程度ではあるがな。真実かどうかは知らないが、食材の鮮度を少しだけ保つ効果もあるらしい」

「へー、薬っぽいっスね。毒じゃないじゃないスか」

「ああ。だが、マクレニアを少量ではなく分量を多くすればするほど、より効果は強くなる。多量に用いれば辛味が増し、人の血の巡りを助け発汗を促進させる効果も現れるという。その効果を利用すれば、毒の巡りを早くさせることも可能だろう?」

「おーなるほど、そういうことっスか」

 

 毒と血の巡りに関係があることは、この世界の人々もなんとなく理解している。

 ライナも長年弓矢の威力に悩まされていたので、矢毒を用いる機会も多かった。その点でいえばウルリカよりも毒への理解は高いかもしれない。

 

「他には、そうだな。貴族の中では興奮剤として扱っている連中もいたな」

「興奮剤? っスか?」

「血の巡りを良くする作用をより高めることで、年老いた男でもより興奮できるようにする薬だ。子を残すために励まねばならん男たちにとっては、こういった薬品も必要なのだろう。俗に言う“惚れ薬”に近いものと言えるな。そういった用法もあるから、マクレニアは高値で取引されることも多いのだ」

「はえー、すっごい」

 

 ライナはそこまで関心がないようだ。

 ウルリカは薬研を動かす手を止めていた。

 

「……ねーライナ、それってどれくらいで売ってたの?」

「えー、なんかモングレル先輩の知り合いだからとかで銀貨1枚だったっスよ。こんくらいの根っこなんスけど」

「ほう、それは随分と安い」

「へー……」

「褐色肌でローブを着込んだエルフの店主さんだったんスけど、なんか雰囲気のすごい人だったっス」

「エルフか。エルフもそういったものを栽培しているのだな」

「あれ、ウルリカ先輩どこか出かけるんスか」

「うん、ちょっとそのお店見てみようかなーって。高値で売れるし料理にも使えるっていうなら、すっごく便利そうじゃない?」

 

 ウルリカは調合作業を中断し、買い物の支度を整えていた。

 

「製作途中で席を外すとは……」

「ごめーんナスターシャさん! 代わりに続きやっといて!」

「続きって……こら、おい、……全く」

 

 結局、ウルリカは風のようにさっさと出かけていってしまった。

 ウルリカは時たま気ままに行動するところがあり、そういう面では最年少のライナ以上に末っ子のような気質と言えた。

 大抵はその後、シーナによって叱られるのがセットとなっている。

 

「相変わらず落ち着きのない男だ」

「ウルリカ先輩は自由っスからねぇ……あ、調合の続き私がやってみたいっス。この水を入れる毒の作り方はあまりよくわかんないスけど」

「……おお、ライナも興味があるか。ウルリカの続きからになるが、良いだろう。私が教えてやる」

「おっス、お願いしまっス」

 

 その後、ウルリカの残した矢毒の調合をライナが済ませ、どうにか矢毒の原材料が完成した。

 こうして作った矢毒が実際に使えるようになるのは数カ月後のことである。気長な調合方法ではあったが、秋の狩猟最盛期には間に合うだろう。

 

「今年の秋も大物が仕留められると良いっスねぇ……」

「うむ。だが、その前にステイシー嬢の護衛や指導もあるがな」

「あー……」

「今はまだシーナが忙しいだけに留まっているが、これからは“アルテミス”全体が忙しくなるぞ」

 

 ステイシー。王都からやってきた、レゴール伯爵の婚約相手。

 その身分は侯爵家という非常に高いものであったが、ギルドマン相手でも見下すことのない明るく豪快な性格もあって、ライナとしては接しやすい貴族である。

 しかしそれはそれとして、やはり気疲れはしてしまうのだが。

 

「……夏頃にはまた去年みたいに遠出したいっスね。気分転換に」

「ふむ。遠出か。まぁ、貴族の護衛だけというのも息が詰まるか。考えておこう」

 

 



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森の奥地のオーパーツ

 

 レゴール伯爵とステイシー嬢の婚約が決まり、結婚式は秋にも行われるらしい。めでてぇ。

 正直このくらいのスピード感で行われる婚約とか結婚が異世界基準で速いのかどうかはわからん。俺は庶民だしな。

 貴族だし前々から決まっていたことなのかもしれない。

 それでも多少の時間を開けているのは、参列者に対して余裕を持たせるためなんだろうか。

 

 けどまぁ俺みたいな一般ギルドマンには縁のない話である。

 せいぜい行われるかどうかもわからないパレードを遠くから眺めて伯爵夫婦に手を振るくらいだろうか。遠くから“伯爵おめでとー!”なんて叫んだりしてな。

 

 まぁ、表向きはそのくらいでいいさ。

 問題は裏向き。秋頃に行われるであろう結婚式に何を贈るかだ。

 

 俺はブロンズ3の最強ギルドマン、モングレルだ。

 しかし同時にレゴールに潜む謎の発明家ケイオス卿でもある。

 モングレルとしての俺なんてこの街じゃ便利屋くらいがせいぜいだし、そんな奴が“これもらってください”なんてプレゼントを用意した所で衛兵にせき止められた末にそのまま不審物として廃棄されてもおかしくはないだろう。

 いやそこまで言わなくても多分伯爵の元に届くことはない。逆に届いたら怖いわ。もしそんなことになったら警備をちゃんとしておいて欲しい。

 

 でもその点、ケイオス卿としてのプレゼントなら通るはずだ。

 以前送り付けた内政向きの知識はきちんと本人に届いたわけだしな。きっと用意すれば受け取ってもらえるはず。

 

 だからまぁ、ケイオス卿として何かしらの結婚祝いを用意するわけなんだが……。

 別に純粋なお祝いの品なんだし、政治に役立つものでなくても良いよな。

 気持ちが籠もっていればまぁそれだけで……みたいな。

 

 けどケイオス卿もブランドだからな……ブランドを傷つけるわけにはいかないぜ……。

 俺の生っちょろい手作り品を送りつけてもそれはそれで向こうも困るだろう。もっとこう、趣向を凝らした……なんかその……アレよ……。

 

 ……何にしよう……?

 

 

 

「結局森に来てしまった……」

 

 今日は単身、バロアの森の奥地にやってきた。

 俺は何かしら迷うようなことがあると、毎回ここにやってきて考え事や作業に耽る。

 宿屋でもちょっとした工作作業ならできるが、大掛かりな作業となるとさすがに難しいからな。周りを気にせず音を出せるって意味では、ギルドマンも立ち入らない森の奥深くが最も都合が良いんだ。

 

「どこだー、俺の秘密基地4号ー」

 

 そしてこういう時のために、屋外にもちょっとした工作施設というか……隠れ家的なものを作ってある。

 俺の馬鹿力なら山小屋でもなんでも簡単に建設するだけならできるが、野生生物や魔物にぶっ壊されるだろうし、人に見つかるリスクだって馬鹿にできない。

 だから俺の秘密基地は地面の中に、入念に隠してあるのだが……地図もGPSもないもんだから、まぁ普通に見失うことが多いんだわ。

 

 本音じゃでけー木を使ってツリーハウスでも建ててぇんだけどな……目立つからな……いやほんとどこに行ったんだか俺の秘密基地……。

 

「あった、ここだ。この枯れた切り株。間違いない」

 

 諦めて秘密基地5号を作るのはさすがにダルいぞと思いかけたところで、どうにか目印となる枯れた切り株を発見した。

 

 これはバロアの切り株を薬剤で腐らせた上、その周辺の土にも散布して木に飲まれないようにした場所だった。

 芽を出さない切り株だけがぽつんとある地形。これこそが俺の秘密基地。

 

「まぁ入り方はアナログなんだが……」

 

 切り株の下の土をスコップでどかすと、レンガ作りの家が出てくる。

 その表面はタールでベタベタにされ、防水加工が施されている。とても狭い地下シェルターだ。

 当然ながら、この中に入るような真似はしない。これはあくまで倉庫。屋外で何か作業する時のために必要な工具や材料を入れておいた、俺の物置でしか無い。実際に作業をするのは持ってきたテントとかタープの下でやる。その方が普通に快適だしな。

 

「……よし、濡れていない。まぁこんだけベタベタにすれば入る余地もないわな」

 

 街の中に保管しておけよって思うかもしれないが、これは念のためだ。

 試作のベアリングを使った旋盤。ショボい活版印刷機。永久磁石を使った発電機。……こんな大掛かりでヤベェ道具類をな、街中に置いておくわけにはいかんでしょって話なわけで。

 

 一応レゴールにも鐙を使った旋盤っぽい道具はあるが、あれはベアリングを使ってないからな。俺の試作したこいつには苦し紛れだが手製のベアリングが入っている。魔物由来の核を使っているせいもあってか完璧とは全くいえないレベルだが、それでも多分街中にあるどの工作機械よりも有用性は高いだろう。

 こいつが下手に外部に漏れると鉄量で勝るサングレールが活き活きしはじめる可能性があるからどうにも持ち出す気になれない。

 平地の多いハルペリアなら車軸のグレードアップで優位に立てるとは思うんだが……まぁ俺がチキンなだけだよこれは。

 

 活版印刷機は言うまでもない。鉛を使った活字による原始的な印刷機だが、広めた後がなんか怖くてまだ出し渋っている。現状でも活版と似たような技術はあるから杞憂かもしれないが……保留中の技術だ。日の目を見るにしても紙の安価な大量生産から考えなくちゃいかん。植物紙はあるけど高価だからまだまだ活用される時ではないだろう。

 

 永久磁石を使った発電機。これはまあ、かさばるからここに置いている物だ。

 このショボい磁石を作るためだけに俺はオーロラにぶち殺されそうになった。あまり思い出したくない。

 しかも一部の魔物が強い電波に対して強い攻撃性を示すっぽいことが判明してから先進的な電気技術は封印することにしている。ぱっと見何に使う道具なのかはわからないから、街中でも使えるかなーなんて思ったら普通に危険物だったでござる。

 今はせいぜい、軽い電気分解をするための道具かなってところに落ち着いている。

 

 ……電波がなー。なんか魔物の一部がすげー敵対してくるんだよなぁ。

 

 個人的には水酸化ナトリウムを作れるってだけでも電気はすげー有用だと思っているんだが、設備が大掛かりになるとこの世界の魔物がどういう反応を示すのか全くわからん。少なくとも一部がめっちゃ怒るのはわかっている。一度それで痛い目を見そうになった。

 

 国主導で作りたいんだけどなー、ダメかなぁー……。

 ハルペリアは銅と銀はあるからワンチャンあるんだがなぁー……。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 しばらく秘密基地の倉庫に収められた未公開発明品を眺め、唸る。

 発明っちゃ発明だ。どれも国を豊かにしてくれる。だがその後の影響を考えると手が伸びきらないというかなんというか……。

 

「……よし、無難なものにしよう」

 

 結論。俺はチキンになった。

 やっぱ科学を無理やり推し進めても経済や世間が追いつかねえもんな、うん。

 急激な進歩は同時にアホみたいな失業者を生むし……そういう意味でもあまり波風立たないものをプレゼントすることにしよう。

 

 まぁ大丈夫だろ。伯爵だってまごころ込めたプレゼントなら喜んでくれるさ……。

 

 

 

「こうして、こうして……まぁ、これで良し」

 

 クロスレザーシープのカサカサした、つまり紙のような質感の革を、一定のサイズにカットして十何枚か作る。

 サイズはA4。等間隔に穴を開け、ワイヤーを曲げて作った道具で閉じる。俗に言うルーズリーフだ。

 そこに丁寧に文字を書き込んでいく。今回の贈り物は決めた。小ネタ集にする。

 

 家畜飼料の重要性。短期間ですぐに成果を上げる設置物の案。

 農作物における有用な肥料のいくつか。

 軽量化された車輪のデザイン案。

 共通規格のコンテナの必要性について。

 あとはまぁ、睡眠と食事についての話だったり、出産から産後においての留意点……そういったものだ。

 

「ふう。久々に丁寧な字を書いたな……」

 

 出来上がったのはなんともまとまりのない内容の薄い本だ。

 現代日本でこれをネットに公開したらWikiを開いたスマホ片手に特に関係のない各位からお叱りと煽りを受けそうなふわふわした知識ばかりだが、多分無いよりはマシだと思う……思いたい……。

 

「レゴール伯爵なら何割かは有効活用してくれるだろ、多分」

 

 最後にケイオス卿らしく、科学知識がなければ再現の難しい色合いを含んだマーブル模様の膜を固着させた表紙を一緒に綴じて……これで完成だな。

 

「あとはまぁ、機を見てレゴール伯爵に近い人のところに送り届ければ良いな」

 

 仕上がったアイデアノートを見て、俺は頷いた。

 

 ……いやぁでも、ノートだけだぜ……?

 

「まだちょっと物足りないかぁ……? やっぱまだ他に何か付けたほうが良いんじゃねえのか……? うーん……ぬいぐるみとか? いやいや……」

 

 結局、何日も森の奥地で悩み続ける俺なのだった。

 

 



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成長する娘と息子

 

 さて、レゴール伯爵の結婚は決まったが、何も結婚は貴族だけのものじゃない。

 庶民だって結婚するし、庶民なりに式だって挙げる。

 そしてこの国の結婚率は現代日本ほど絶望的ではない。良い感じの仲になれば、何年も同棲することもなくわりと気軽に結婚できる。まぁここらへんは人々の考え方の問題かもな。

 

 で、今日この日、俺の身近でも結ばれる男女がいた。

 宿屋の女将さんの長女、ちょっと生意気なジュリアである。16歳で結婚とは随分と気が早いが、この世界では珍しいことでもない。

 お相手は数年間お付き合いしていた工房務めのシモンである。

 若者にありがちな互いに一目惚れして衝動的に結婚、とかそういうものじゃないだけ随分と真っ当な結婚と言えるだろう。

 

「シモンー! ジュリアちゃん大切にしろよー!」

「ジュリアー! 幸せにねー!」

「ちゃんと稼いで養っていけよー!」

 

 式は教会というか、神殿で挙げられる。

 レゴールに幾つかあるヒドロアを祀る神殿だが、国民の信仰心の薄さからかこういう冠婚葬祭系の時くらいにしか活用されていない。

 神殿の勢力もさほど金があるわけではないので、施設だって慎ましいものだ。レゴールの外れにあるこの神殿は特に狭いもんだから、二人の新郎新婦の親戚友人を招けばすぐに満員になってしまう。

 

「ジュリア……まだ半人前の俺だけど……必ず君を幸せにするから」

「うん……絶対に幸せにしてよね」

 

 いつもより着飾った二人が、そっと距離を縮めて向かい合う。

 月神ヒドロアの下で結婚を誓う二人は、まず夫となる者が妻の頭にヴェールを被せ、その後ヴェールを開き、妻にキスをする。

 このキスは参列者からはヴェールによって隠されていなければならない。その光景を見届けて良いのは奥に控えている神殿関係者だけだ。

 

 ヴェールに隠されながら奥ゆかしく……という感じもあるんだろうが、見えないせいで逆に想像を掻き立てられるせいか普通にキスするよりもなんかこう、あれだよな……うん……。

 

「ヒュー!」

「やるねぇシモン!」

 

 これがまぁ、式のクライマックスだな。

 二人は幸せなキスをして終了。その後は万雷の拍手によって祝福され、結ばれるというわけ。

 

「ジュリアも大きくなったもんだなぁ」

「うっうぐぅー……ジュリア……大きくなって……!」

 

 そして俺の隣では女将さんがすげー号泣しまくっている。

 ほぼ女手一つでジュリアをここまで育てて来たんだ。しかも第一子。そりゃあ感慨深いことだろう。

 

 “スコルの宿”では小さい頃から女将さんの手伝いをし、小さい妹や弟の世話までしっかりやってきた。

 まぁ母親に向かってギャーギャー言ったり生意気な部分はかなり多い子だったけども、変なグレ方もひねくれ方もせず、まっすぐ良い子に育ったんじゃねえかな。

 

「まぁ、本当に良かったですね。真面目そうな男で」

「うん、うん、本当よ。何度か話もしたし、彼なら大丈夫よ。私の旦那よりもずっと良いくらい」

「ははは……」

 

 笑って良いのか困るネタだぜ……。

 

 ジュリアの相手のシモンは、レンガや器など手広くやってる大きな陶器工房に務める18歳の男。黒い短髪に小麦色に焼けた肌が活発そうな印象を受ける、なかなかの好青年だ。

 実にまともそうな男である。家もあって、職を持ってるってのが良い。でなけりゃ女将さんも付き合う段階で反対してただろうしな。

 

 これからジュリアは向こうの家に嫁ぐ。

 向こうはシモンの母親が住んでいるらしいから、姑とどう上手く付き合っていくかって感じになりそうだ。

 まぁジュリアは昔からちゃっかりしてたし、人付き合いもよくできるタイプだから問題はないだろう。

 

 むしろ問題は、残される女将さんの方かもしれない。

 

「女将さん、宿屋の経営は大丈夫なのかい。まだ次女のウィンだって11歳くらいでしょ。一人で切り盛りやっていけるの?」

「なぁに、大丈夫さ。食事の種類を減らして対応すれば簡単なもんよ。最近じゃ色々と便利な道具もあって、やりやすくなったからねぇ。忙しい時は知り合いの子に頼んで働いてもらうよ。子供たちだって野菜の皮むきくらいはできるし」

「うん」

「皮むきやだー」

 

 “スコルの宿”を担っていくウィンとタックはまだまだ小さい。

 ウィンの方は良い子だが、タックがお手伝いレベルでもまだまだゴネる。要教育である。

 

「こらタック! ジュリアがいなくなった後はあんたもしっかり手伝いするんだよ! うちは子供だって遊ばせておく暇なんてないんだからね!」

「……ジュリアねーちゃん、家出ちゃうんだ」

「出ちゃうんだよ。嫁入りってのはそういうものだからね」

「もう会えない?」

「あっはは! 会えるよ、同じレゴールだもの。けど結婚したての時は、そう何度も通ったりするもんじゃないよ」

 

 幸せそうに笑う新郎新婦を見て、女将さんは微笑んだ。

 

「いつの間にかあんなに大きくなっちゃって……幸せになってよね、ジュリア……」

 

 “スコルの宿”の人手が減ってこれから大変になるだろうが、それでも女将さんは嬉しそうだった。

 

 

 

 で、まぁ結婚式の後なんてもんはどこの世界でも決まっていて、飯と酒の時間になる。

 式は日中に行われ、ここからは夕食を兼ねたどんちゃん騒ぎだ。新郎新婦を交えてとにかく“めでてぇ”って言いながら存分に飲み食いを楽しむのだ。

 

「お前ー! 結婚はまだだって言ってたくせによぉー!」

「裏切り者がぁー!」

「痛い痛い、やめろって! 裏切りとかじゃねえし!」

 

 シモンは酒の入った男友達にウザ絡みされている。

 

「えーじゃあそっちの方が市場近道できるじゃん! やったー」

「人が少ないから夜は怖いけど、朝は楽で良いよー、うちの兄貴も前にそこらへんに住んでたからちょっと知ってるんだ」

「でもあれさぁ、道の凹みがあって水たまりがあると跳ねたのが結構ね……」

「あーあれね! あそこのひどいわよねぇ」

 

 ジュリアの方は同年代の女友達と一緒にキャイキャイ喋っている。

 こっちはもうすでに井戸端会議の風格が出てきているな……距離取っておこう。

 

 ……っていうか、あれだな。

 俺も何度かこういう集まりには顔を出してるけど、今までのはほとんどギルドマン繋がりのやつだったから良かったけど……レゴール一般市民の集まりになると途端に顔なじみが少なくなるな……。

 

 いや、時々知ってる顔はいるんだけどもね。普段みたいに喋る相手に困らねーって程ではない。居心地が悪いってわけじゃないけど、なんか新鮮だわ。この空気。

 

「うーむ、どの料理にもローリエが効いてるぜ……」

 

 臭い肉にローリエ。ポトフにローリエ。まぁローリエ無難だから良いんだけどね。祭とかになると途端に使用量がガッと上がって飯全体がローリエ臭くなるのはちょっとやりすぎだと思うんだよな……。

 

「あのー、すいません、モングレルさんですか?」

「ん、うおっ? ああそうだよ、俺がモングレルだ。っていうか、知ってるんだ俺のこと」

 

 一人で黙々と飯を食っていると、突然シモンから声を掛けられて少しビビった。

 男友達からはどうにか抜け出せたらしい。……っていうか俺がギルドマンなせいか、向こうは遠巻きに見守っているようだ。まぁ世間一般じゃギルドマンなんて怖いお仕事みたいなもんだしな。シティボーイには怖かろうよ。

 

「モングレルさんのことは、何度かジュリアさんから聞いてます。宿にずっと泊まってる人で、兄代わりみたいだったって。話には聞いてたんですけどね、ようやく本人に会えましたよ」

「兄代わりねぇ、そんなに言われるほど兄貴らしいことなんてしてないよ俺は。こっちもジュリアからシモンの話は聞いてるよ。良い仕事に就いてて、今じゃ工房で器作りもやらせてもらってるってな」

「ははは……ちょっと恥ずかしいなぁ。そう大したことでは……」

「いやいや、大きな工房でひとつの仕事を任せてもらえるってのはすげーことだよ。誇りを持って良いと思うぜ」

「……なんだかそう言ってもらえると、嬉しいです。はい」

 

 まだシモンも18歳。ジュリアより二つ年上ではあるが、まだまだ若者だ。

 これからもっと色々な仕事に向き合い、任されることになるだろう。妻を、そしてしばらくすれば子供の生活も支えていかなくちゃならない。その重圧を受けながら仕事をやっていくのは、多分すっげぇ大変なんだと思う。

 俺みたいな独身貴族を謳歌しまくってる男からすれば立派すぎて先輩風吹かせることすら躊躇われる相手だぜ……。

 

「……ですけどね。ああ、これは……モングレルさんがあまり俺の知り合いと交友がないからこそ言える悩み事なんですけど……」

「お、相談事かい。良いぜ良いぜ。俺くらいの他人の方が言いやすいこともあるだろ」

「実は……あの、俺本当は、親方に器作りなんて任されてなくて……」

「え、そうなの」

 

 仕事できるアピールは別に相手が不快にならない範囲でいくらでもやれば良いと思うけど、昇進しましたアピールで嘘を吐くのはさすがにちょっとどうかと思うぜシモン君よ……。

 

「いや! その、仕事を任されているのは本当なんですよ。ただその内容が違うというか、ジュリアには本当のことを言えてなくて……」

「あ、そっちは本当なのね。良かった」

「今までは高級な器を焼かせてもらってるだなんて嘘をついてたんですけど……結婚を機に、ジュリアには本当の事を言っておいたほうが良いんじゃないかって……思ってるんですけど」

「んー。器ね。まぁそういう仕事が花形ってことなんだろうが……どうだろうな。ジュリアはそういうことにあまり詳しくないだろうし、本当のことを言っても良いんじゃねえのかな」

 

 見栄を張ったのは随分と些細なことだったらしい。そんくらいならまぁどうでもいいとは思うんだが。

 嘘を付いてるって自責の念を覚えるくらいなら、尚更な。自分のためにも本当のことを告白するってのも良いと思うぜ。

 

「ですけど……俺の今任されてる仕事っていうのが、その……」

「うん?」

「……夜の街で使われているような、その……男性器を模した陶器の道具なんですよ……!」

 

 おっ、えっ、ちょ、いやいや。

 

 それはねシモン君。話がかなり変わってくるっていうか。

 陶器製の男性器を模した道具っていうのは……あれかい?

 

「シモン、それって……ひょっとして今出回っているっていう、赤っぽい色したやつかい?」

「えっ、知ってるんですかモングレルさん。そうです、ていうか多分うちでしか作ってないんじゃないかな、あれは。親方たちもそう言ってたし……」

 

 Oh...

 

「一応……作るのに技術はいりますし、誰にでもできるって仕事じゃないんですよ。作ってて、難しいなって思う時もありますし……やりがいだって、ないことはないです。けど、こんな仕事でもジュリアはわかってくれるんでしょうか……これでも勇気を出して告白すれば、彼女もわかってくれたり……」

「いやぁそれは……どうかなぁ……?」

「あれ? なんか急に弱気になりましたね……?」

「うん、まぁ女の子ってこういうスケベな話を嫌うことも多いからね……それに、あれだ。まだ君は仕事を任されて日が浅いだろう。だったらもう少しタイミングというか、機を待つというか……控えておくに越したことはないと思うぜ、うん」

 

 悪いなシモン君。俺は職に貴賤はないと思っている。

 けどな。君の作っているそいつを世間に認めさせるわけにはいかねえんだ俺は。

 そこでこの俺が頷いてやるわけにはいかねえんだよ……。

 

「いつか……ジュリアにこの仕事を誇れる日が来るんじゃないかなって……あの子が俺の作ったものを見て、“素敵ね”って言ってくれるんじゃないかって、思ってたんですけど……」

「いやー、まぁ、そのね、うん。気持ちはわかる……わかるんだが……ちょっと、どうかな……」

「駄目、なんですかね……やっぱり……」

 

 すまねぇ。すまねぇシモン君。

 君が真面目に仕事をやっているのは悪くない。悪いのは俺の息子だ。いや俺の息子も悪くない。誰も悪くなんてないんだこれは。

 

「……わかりました! まだまだ俺は未熟ってことですね。一つだけ仕事は任されましたけど、駆け出しってことには変わらない。それだけじゃジュリアに、俺の仕事を誇れない。確かにモングレルさんの言う通りです」

「うん?」

「俺……頑張ります。ジュリアに俺の作った物を見せても恥ずかしくないくらい、すごい物を作ってみせます!」

 

 いや良いよ。張り切らないで良いよ。そんなことをしないでも良いんだ君は。

 君は高級な器を作る自分を目指して頑張れば良いんだ。

 俺の息子はいつまでも量産品質で構わないんだ。いやできればライン停止してほしいけども……。

 

「ありがとうございます、モングレルさん。まだ今は……ジュリアには言えないけれど。きっといつか、正直にジュリアにも誇れるような逸品を作ってみせます!」

 

 お、おおお……マジか……マジかよ……。

 

「……ああ、まぁ、無理せずほどほどに頑張れよ……それが良い仕事する大人の秘訣ってやつだからな……」

「はい! やっぱモングレルさんは頼りになる人なんだなぁ……ありがとうございました!」

「……お幸せに……」

 

 そう言ってやけに爽やかに、シモン君は再び男友達の輪へと入っていった。

 

 ……そうか、シモン……お前は俺のモングレルを量産していたんだな……。

 その仕事によって得た賃金で……お前はジュリアと、将来生まれてくる子供を養っていくんだな……。

 きったねぇ大黒柱だぜ……とは言うまい。職に貴賤はないのだから……。

 お前がその道を極めようって言うなら、俺はそれを尊重するさ……。

 

 そこまで言うなら作れよ、最高品質のモングレルを。

 オリジナルを超えるほどの、逸品をよ……。

 

「親の見えないところでも、成長していくものなんだな……娘も、息子も……」

 

 今日のビールはやけに苦いぜ……。

 



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転ばぬ先の技能講習

 

 夏が近づき、外もなかなか暑くなってきた。

 街をゆく人々の装いはよりラフになり、路肩の汚物は雨が降るまでは悪臭を放ち続ける季節だ。目には優しく鼻にはアホほどキツいシーズンの到来である。

 こういう時期には都市清掃の任務で心と街の衛生を保つのも悪くないが、石造りのギルドでひんやりと涼むのも悪くはない。

 

 というより、ギルド内でも色々と仕事があるのだ。

 備品の点検とか、修理とか、新人への講習だったり、稽古つけたり……。

 

 俺の場合はブロンズだから新人への初期講習はできないんだが、戦技講習であれば教官役として教えることができる。初期講習はギルドマンとしての基礎的なイロハを教える講習だが、戦技講習は修練場で戦い方を覚えさせるやつのことな。こっちはブロンズでも教官になれる。ただし、講習に人が集まるかどうかは人徳とか普段の行いとか……色々あるんでね。勘違いした教えたがりおじさんは嫌われるぞ。

 

 俺は今日、珍しくこの戦技講習を開いていた。

 戦技講習では参加者から一定の参加費を徴収できるのでちょっとした稼ぎにはなるが、任務を受ける時ほど景気よく稼げるわけでもない。ギルドにマージンも取られるし限度額も設定されている。

 

 それでも戦技講習を開く奴がいるのは、有望そうな新人に早めに唾をつけておきたいっていう奴もいるだろうし、単に教えたがりなだけの奴が開いていることもある。

 俺の場合はどちらかと言えば教えたがりおじさんの方なんだが、今回に関してはまた別の思惑もあった。

 

 

 

「アイアンのひよっこ諸君、モングレルの戦技講習へようこそ。夏のクソ暑い時期よく集まってくれた。参加者は九人か……安く設定しただけあってなかなかの客入りだな」

 

 俺の目の前には、多種多様な平服に申し訳程度の部分鎧を付けただけのショボい装備の少年少女が集まっていた。

 アイアンクラスのひよっ子である。将来が楽しみな子供たちだとも言えるし、チンピラに転げ落ちるかもしれないクソガキ候補であるとも言える。まぁ経験上、この中の二、三人くらいはチンピラや犯罪者になると思っておいた方がいいだろう。

 

「よろしくお願いしまーす」

「モングレルさんの戦技講習かー」

「まぁすげー格安のジェリーだったし……」

「友達いるし一緒に木剣と鎧使えるならいいかなーって」

 

 とはいえ、修練場に集まったこいつらは格安とはいえ身銭を切って学ぼうとするだけかなりマシな部類である。装備が無いのは貧乏なせいだ。これから稼いでなんとかしていけばいい。だが稼ぐためには、それなりの技術を身につける必要があるのだ。

 その技術の中には、生き延びるための技術も含まれている。

 

「まぁ金の無いお前らじゃまともな講習受けるのも大変だろうしな。今日はいっちょ俺がまともじゃない講習でお前たちを鍛えてやるよ」

「あんまり痛いのは嫌だぜモングレルさん」

「キツかったら帰るよ」

「説教ばっかは勘弁してよね」

 

 口だけは達者なトーシロばかり……まぁいい。こういうのも若さだ。

 

「どうせお前たちは座学なんてやってもすぐに筆を投げ出して寝るタイプばっかだろうから、今回は身体を動かすことメインの講習にしておいてやる。で、今回の講習だが……こっちのアーレントさんにも手伝ってもらうことになった」

「やあ」

 

 実はずっと俺の隣でスタイリッシュに佇んでいたアーレントさんの登場である。

 もう既に色々なパーティーの任務を視察したり見学することで、結構顔の広くなったお人だ。

 

「誰それ」

「ハゲてる」

「前に“大地の盾”の人と一緒にいたの見たよ」

「おうおう、この人はアーレントさん。サングレールからやってきた外交官……って言っても伝わらないか。まぁハルペリアと仲良くするためにやってきた使いの人だよ」

「サングレール人かよ」

「敵じゃないの?」

「サングレール人にだって普通の人はいるだろ。お前たちだって現状敵でも味方でもないようなもんじゃねえか。それにだ。特にアーレントさんのような外交官っていうのは、ハルペリアにとっては居てもらわないと困るタイプのお人だぞ。この人に何か失礼なことしたら貴族がマジでブチ切れるからな。気をつけろよ」

 

 言っていまいちわからない相手には伝わるようなものを引き合いに出して脅すのが一番だ。こういうガキ相手だったらまあ、貴族を引き合いにするのが楽でいい。

 実際に伝わりやすかったのか、少年少女たちはわかりやすく表情を青ざめさせていた。

 

「今日の戦技訓練は夏と秋の討伐シーズンに備えた、防御の練習だ」

「えー、剣は?」

「槍使いたい」

「うるせー、防御もできない新人がいっちょ前に攻撃全振りしてんじゃねー。お前たちみたいに防御を軽視する奴が多いから俺たちベテランが秋にわざわざ死体の捜索なんてやらなきゃいけなくなるんだぞ。最低限のことは覚えろ。今回の講習を受ければこの中の半分くらいは無駄な怪我をしないで済むようになるから」

 

 時々依頼として出てくる任務に、ギルドマンの遺体の捜索なんてものがある。

 バロアの森なんかで消息を絶ったお仲間を見つけてくれないかっていう任務だな。

 大体は森で無理攻めしたり普通に魔物に殺されたりした奴の遺品を回収するだけの任務になるが、まあ気持ちの良いものではない。捜索願を出される奴なんて大体が若者だしな。

 

「こっちのアーレントさんは格闘戦のプロフェッショナルでな。ここにいるお前たちくらいなら瞬きしている間に素手で皆殺しにできるくらいめっちゃ強いんだぞ」

「やらないよ?」

「まじかよ……」

「その頭で……?」

 

 疑う気持ちもわからないでもないが、実際に動いてみればすぐにわかることだ。無視しよう。

 

「格闘に精通してるってことは、咄嗟の受け身なんかも上手いってことだ。受け身ってのは転んだ時のダメージを減らし、復帰を早くする体術のことな。……そこのお前、笑ったな? ちょうど良い。お前ちょっと綺麗な受け身の見本を見せてもらおうか」

「え? ちょ、なに……」

 

 俺の話し中に半笑いしていた少年に目をつけ、胸当てのベルトを掴む。

 

「うわっ……!?」

 

 そのままグイっと引っ張って足を掛け、その場に転ばせてやった。

 が、受け身は無し。柔らかな地面にドシンと倒れ、呑気に“いってー”とか呻いている。うーん、理想的なまでのゼロ点だな。

 まぁこいつは他の奴とは違って全身に中古っぽい革鎧を付けていたから、怪我をすることはないだろう。

 

「はい、これが駄目な転び方です。今回勉強できなかった奴はこうやってコカされた時に首の骨を踏み折られて死にます。ボアとディアには突き殺されるし、ゴブリンには顔にウンコされるだろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれって! もう一回……!」

「再チャレンジは後でやってもらう。今はとりあえずアーレントさんの正しい見本を見てもらうからな。よく見てろよ」

 

 アーレントさんをこの場に呼んだのは、ルーキーたちに顔を覚えてもらうためっていうのもあるが、一番はこの受け身や防御法を実践して見せてもらうためだ。

 意外とこういう受け身とかって教えられていないみたいなので、結構使えるギルドマンが少なかったりする。

 森の中だと敵がいなくたって転ぶ機会は多いし、大荷物を背負っていればそれだけ危ない転び方をすることだってある。

 変な癖のついていない若い内に、是非ともダメージの少ない転び方を覚えてもらいたいもんだ。

 

「じゃ、アーレントさん。見本お願いな」

「ああ、任せてくれ」

 

 それから俺は何度かアーレントさんに柔道モドキの雑な投げ技を仕掛け、何度かアーレントさんを土の上にコロコロさせた。

 しかしアーレントさんはその度にバシィンと美しい受け身を決め、素早く復帰する。柔道でもやってたのか? ってレベルの美しさだ。

 なんか見てると俺でもちょっと勉強になるくらい。

 

「なるべく衝撃を分散させるようにね。あとは急所をかばうように転がるのが大事だよ」

 

 アーレントさんからのアドバイスも飛びつつ、ルーキーたちにも実践してもらう。

 受け身を取らない転び方をさせ、次に受け身ありの転び方を学ばせる。

 比較して実践してみると重要性が伝わったのか、最初はゴロンゴロンするアーレントさんを半笑いで見ていた彼らも真面目な顔でやっていくようになった。

 

「あとは荷物を背負っている時の転び方。それと、武器を持っている時の動きも教えておくな。実際にバロアの森で行動する時はこっちの方が使う機会が多いだろうから、ちゃんと覚えておけよ」

 

 柔道と違うのは、シチュエーションが森の中で、装備満載だってことだろう。

 背嚢だって背負っているだろうし、武器や盾だって持っているかもしれない。そうなった時の受け身の取り方はまた変わってくる。やりやすくなったり、逆に危なくなったりすることもある。その時のためにプロテクターというか、肘や膝を護る防具があると便利なんだよな。

 

「よーし起き上がりも早くて良くなってきたぞ。何度も繰り返せば無意識にでもやれるようになるからな。今日しっかり覚えて、他の暇な日にもやるようにするんだぞー」

「はあ、はあ……はい!」

「すっげぇ疲れた……!」

「なんか強くなった気がする……!」

 

 まあ強くなったのは間違いねえよ。しぶとく、生存率が上がったってことだしな。

 ただ攻撃力には少しの補正もかかってないからあんまり勘違いするんじゃないぞ。

 

「というわけで今日の技能講習はおしまいだ! 水飲んで飯食ってしっかり休めよ」

「ういーっす」

「ありがとーモングレルさん」

「まあまあ面白かった!」

「アーレントさんもありがとうー」

「いやいや。みんな頑張ったね。また機会があればよろしく頼むよ」

 

 とまぁ、だいたい受け身やローリングで終わりましたと。

 けど初心者であればあるほど大事だしな。舐めちゃいかんぜこういうのは。

 

「今日はありがとう、アーレントさん。やっぱ体術上手いなぁ」

「ははは。私はこれくらいしかできないからね。……未来ある若者のためなら、いくらでも喜んで教えるさ」

 

 アーレントさんは穏やかな気性を裏切らず、大の子供好きだ。

 ハゲた頭をいじられることもあるが、あまり気にした様子はない。それよりは元気な様子を見て和むタイプの人だった。

 

「実はサングレールではこういった転倒対策は重要でね。特にほら、サングレールは山道が多いから。足場が悪いせいで酷い怪我をすることだって多いんだよ。だからまず、山で動けるように今日みたいな訓練を積んでおくんだ」

「はー、なるほど。確かに山がちな場所だったらハルペリア以上に重要か……」

 

 そしてそれはそのままハルペリアからサングレールに攻め込む場合の厳しさになっていくと。地の利ってのはやっぱあるよな。

 

「自然の中で魔物と出会った時は、転んだ後や滑落した後の動きが生死を分けるからね……戦うにせよ逃げるにせよ、是非とも今日学んだことを身に着けて欲しいものだよ」

「ああ、確かに」

 

 ちょっとした捻挫をするだけでも駆け出しギルドマンにとっては詰みかねないからな。

 そういう不幸を事前に防げるのであれば、今日学んだことは連中にとって財産になってくれるだろう。

 是非とも今日だけでなく、身につくまで反復練習してほしいものだ。

 

 俺に夏場の遺体捜索はさせないでくれ。しんどいからな。

 



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ありがちな裏切り

 

 ギルドマンは仲間意識が強い。

 というより、お互いにガチの喧嘩にならないよう、普段からそういった意識を持とうとしている雰囲気がある。大手パーティーの団長が上手く取りまとめているのもあるが、個人でもそこらへんに気をつけてる奴は多い。

 

 狩り場では他の奴がいれば挨拶だけしてその場から離れるようにするだとか、可能な限り外で発見したギルドマンの遺品などは持ち帰るだとか、喧嘩をするにしたって武器は使わないだとか。

 何も考えてないアホばかりに見えて、案外幾つもの暗黙の了解を飲み込んだ上でやっているわけだ。

 そもそもギルドマンって仕組み自体が荒くれ者の最後のマトモな職種ってところがあるので、ここで変に居心地悪くしないようにって思いが働くのはある意味当然なのかもしれない。

 

 だが悲しいかな、そんなことも考えられない連中だからこそ普通の仕事に就けないってパターンも多いのでね……中には暗黙の了解も守れず、荒くれ者の集団の中でも更に孤立し、道を踏み外し……犯罪に走るような連中も、珍しくはないのだった。

 

 

 

「モングレル。と、それとバルガーも。良い所に。ちょっと私達の任務に付き合ってもらえるかしら」

「お? なんだぁローザか。見てわかるだろ。俺とモングレルは今神聖な戦いの真っ最中だぞ」

「ただの銅貨積みバトルだけどな……任務ってなんだよローザ」

 

 夜も遅く、ギルドが閉まる少し前の時間のことである。

 すっかり人が少なくなったギルドで俺とバルガーが銅貨を一枚ずつ積み重ねていくゲームをやっていたその時、珍しい女から声を掛けられた。

 

 赤い長髪の彼女はローザ。

 少数精鋭のパーティー“報復の棘”を取り纏める女団長である。

 

 “報復の棘”は護衛や盗賊討伐などの任務を専門にこなす、対人戦に秀でたパーティーだ。ほとんど浮ついた雰囲気を出すことのないお硬い連中である。

 ギルドをたまり場にすることもほとんどなく、解散する時はさっさと各々の拠点に戻って寝る……そんな連中のはずなんだが。

 

 ……ローザの後ろに他のメンバーが勢ぞろいしているところを見ると、なんか嫌な予感がするなぁ……。

 

「人狩りよ。さっきバロアの森で野営中のギルドマンを襲った愚か者が出たの。一人が腕を斬られて怪我をしているわ。下手人はオルドール。野営の支度をしてた二つのパーティーが見たと証言しているし、間違いないんじゃないかしら」

「おいおいマジかよ、オルドールがそんなことを……」

 

 バルガーは積み重ねられた銅貨の塔を思わず崩してしまうほど動揺していた。

 だがその反応も無理はない。オルドールは“収穫の剣”に所属していたギルドマンだったからな。バルガーとも歳が近いおっさんだし、話す機会は多かったと思う。

 とはいえ、元“収穫の剣”だ。色々とパーティー内で不和があって辞めたって話は聞いている。金使いが荒く、酒癖の悪い……まぁ、問題の多い奴だったらしい。

 

「ギルドマンが森の中で起こした不手際だ。できれば俺たちギルドマンで解決したい。だろう?」

 

 ローザの後ろからロレンツォが現れ、腰に備えたロングソードの柄を小突く。

 “報復の棘”に所属するこいつらもまぁ、なかなか好戦的な連中だ。特に盗賊だったり犯罪者の取締に関しては街中の兵士以上にやる気がある。それはきっと、こいつらの過去に色々あったからなんだろうが……。

 

「……はあ。わかったよ。俺は手伝う。オルドールとは知らない仲じゃねえし、“報復の棘”だけに任せていたら奴が殺されちまいそうだしな……モングレルはどうする?」

「まず聞きたいことがある。オルドールはバロアのどこに逃げたんだ? 奥地なら面倒だから困るんだが」

「東から進んでいった浅い場所よ。夜だしそう遠くまでは動けないはず。最寄りの街道には既に伝令と警戒が出ているから、逃げ場は森だけね」

 

 詰みじゃん。森の中を延々と逃げ回るしかねえぞそうなると。

 ……まぁこうやって、まともに街にも入れないような野盗が生まれていくわけなんだが……。

 

「わかった。考える時間も惜しいし俺も行くぜ」

 

 野盗に森をウロチョロされるのは困るし目障りだ。それが昨日酒を一緒に酌み交わしたかもしれない相手であってでも、早めに叩き潰しておいてやろう。

 

「決まりね。じゃあ東門まで急ぎましょう。愚か者には相応の報いをくれてやらないと……ね」

 

 ローザが妖しく笑い、後ろのメンバーも目をギラつかせる。

 “報復の棘”の名に相応しい、剣呑なオーラを出してやがるぜ……。

 

「あ、バルガーはその塔崩したからこれ全部俺のな」

「……チッ、無効にはならねぇか」

 

 銅貨積みバトルに負けた者はそれまで積み上げた銅貨を全て失う……。

 ルールは絶対だぜ。

 

 

 

 東門から馬車に乗り、バロアの森までやってきた。

 まぁ当然ながら、めちゃくちゃ暗い。夜の森なのだから当然だ。月明かりでどうにかなるほど自然の夜は甘くないってのがよくわかる。

 

「オルドールも命は惜しいはずよ。ギルドマンを手に掛けたとはいえ、魔物が出るような森の奥深くまでは逃げていないでしょう。奴はまだ浅い場所で隠れ潜み、身動きできるようになる明け方を待っているはず……。だから私達もここから範囲を絞って、二人一組で捜索していきましょう」

 

 “報復の棘”のメンバーはローザを入れても6人だ。そこに俺とバルガーが加わるので、二人でチームを組むと4チームが出来上がる。

 これなら一人が明かりを持っていてももう一人が武器を持って突然の奇襲に対抗できる。

 

「……俺たちは仕事柄、夜警用の長時間使える松明を持っているからそれを使うが……モングレルのそれはなんだ?」

「よく聞いてくれたなロレンツォ。こいつはランタンシールド。この盾の中に明かりを保存しておける……まさにこの任務にピッタリの装備だぜ」

 

 この任務を受けた直後、俺は宿屋にダッシュしてこのランタンシールドを取ってきた。

 急いでいたので剣と幾つかの棘はつけていないが、逆にこの盾の部分だけあった方が森の中では使いやすくて良いだろう。

 

「ほら、ここ開くと相手の目潰しにもなる」

「うおっ、眩し……そうでもないな」

「松明持ってる相手にはそうでもないのか……マジか……」

 

 まぁでもちゃんと明るいっちゃ明るいから……使えなくはないだろ……多分……。

 

「こっちはモングレルのそのへんてこなやつがあれば光源としては充分だろう。……で、オルドールを見つけたらどうするんだ? 俺はできれば殺したくはないんだが……」

「抵抗されたら殺すしかないでしょう? まあ、その辺りの塩梅はあなた達に任せるわよ。……時間はひとまず、そうね。浅い場所だけだし鐘一つ分くらいを目安にしましょうか」

 

 捜索時間は短い。本当に近場に居たら対応するってだけの捜索だな。

 実際、森の深くに潜られたり街道側に出られていたりしたら手出しのしようがないわけだし。街道にいるならそれはそれで他人任せにできるから楽ではあるんだが……。

 

「では、行動開始。良き報復を」

 

 炎のゆらめきの向こうでローザが微笑む。

 そうして俺たちは散開し、オルドール探しを開始した。

 

 

 

 暗闇の中で松明は目立つ。だから居場所そのものは完全にバレバレだ。

 

 ……が、その条件はこっちも同じ。もしもオルドールが同じように松明を使っているのであれば、こちらからも向こうの居場所は簡単にわかる。

 しかし逃げてる犯罪者がわざわざこのタイミングで居場所のわかるような火を焚くことはないだろう。今の時期は火を使っていなくてもなんとか夜をやり過ごせるし、メリットがない。

 

 だからオルドールが森に潜んでいると仮定した場合、奴は火も焚かず、暗闇の中に身を潜めているはずだ。

 

「かといって魔物がうろつく森の中、わざわざ土の上で無防備にじっとしているはずもねえ。モングレルはあまり知らないだろうが、オルドールは弱腰で卑怯な奴だった。魔物に対して何かしらの対策は取っているはずだぜ」

 

 バルガーは盾を構えたまま歩いている。

 足元に気をつけつつ、話しながらもいつでも俺をカバーできるように気を張っていた。いつになく真剣だ。

 

「モングレルよ、そういう時の対策といやぁ何かわかるか」

「あー。まぁ単純に考えれば二つかね。一つは魔物除けのお香を焚いているパターン。もう一つは木登りして木の上で明け方を待っているかだ」

 

 魔物除けの香は言うまでもなく、魔物の嫌う香りを漂わせて夜を明かす野営法だ。バロアの森で野営するのであれば絶対に欠かせない道具である。

 お香を焚く程度であればそう目立つ炎は必要ない。炭火があれば充分だ。そいつをちょっと隠してやれば光はすぐに見えなくなるだろう。

 

 だが、夜の煙は目立つ。夜闇に漂う煙に光を当てれば、それは単純な光源があるよりもずっと目立つものだ。お香としての匂い以上にわかりやすい目印になってくれるだろう。

 

「さすがのオルドールも香は焚かねえはずだ。あいつは馬鹿だがその辺りはしっかり警戒するだろうぜ。だから……」

「樹上、か」

「ああ。魔物から身を守れて、朝まで耐えきるにはそれしかねえ。どこぞの岩陰に潜り込むって手もあるが、この暗さじゃそんな都合のいい場所は見つからんだろう」

 

 バロアの森の浅い場所では木の上に攻撃できるような魔物はほぼ居ない。

 ならバルガーの言う通り、高い場所に登っている可能性が高い、か。

 

「上を照らしながら歩くのはしんどいな……」

「便利だなその盾。モングレルの収集癖が役に立つ日がくるなんて驚きだわ」

「うるせぇ俺は便利な装備しか持ってねえぞ。……ん?」

 

 しばらくランタンシールドの反射光を辺りの樹木に振りまきながら歩いていると、途中で奇妙な影を見つけた気がした。

 

 光を振り回している最中、その光が一瞬、不自然な影を作ったような……。

 

「あ」

「いた」

「……! ば、バルガー……それに、モングレル……よ、よぉ」

 

 改めて怪しい場所に光を照射すると、横に伸びた太枝の上に一人のおっさんがしがみついているのが見えた。

 高さ6メートルくらいの辺りで、ロープで自分の体を横枝に縛り付け、落ちないように工夫している。途中で眠りこけても落ちないようにってことだろう。

 

 真下から光を照らされるとさすがに無言のままではいられなかったのか、そのおっさん……オルドールは、明らかに挙動不審な愛想笑いを俺たちに向けている。

 

「今日はここで野営をしようと思ってな……」

「……オルドール、話は全部聞いてるぜ。ギルドマンを襲ったんだってな。つまらねえ嘘はつくなよ」

 

 見上げながら言うバルガーの横顔は、どこか悲しそうだった。

 

「……違うんだ。あいつらが俺を、俺のことを。結託して襲いかかってきて……逆なんだよ。俺が襲われたんだ! あいつらに!」

「もしそうなら……野営をしようと思ってるなんて嘘を俺たちにはつかねえだろ。馬鹿が……」

「あ……」

「それだからお前は……もういい、さっさと降りてこい。諦めろよオルドール」

「い……嫌だ! ふざけるな! 冗談じゃねえ、俺が何をしたってんだ! ちょっとくらい盗みをして……まだ盗んでないだろうが!」

 

 オルドールが叫んでいる。もう色々と自棄っぱちって感じだな。聞くに堪えない。

 

「来るなぁ! このナイフを投げてやるぞ!?」

「……効くと思ってんのか? オルドールよ。お前が投擲系のスキルを持ってるってのは初耳だぜ?」

「今日の俺はランタンシールド装備してるからな。バスタードソードを使うまでもなく、そんな投げナイフは弾いてやれるぞ」

「盾持ち二人を相手にするにはちと弱い脅しってことだ。……そこから持ってる武器を全部捨てて大人しく降りてこいや、オルドール。逆にこっちがお前に投げ物ぶん投げても良いんだぜ。そこで防げるのかよ、お前」

 

 バルガーが腰の投げナイフを手にして凄むと、オルドールは泣きそうな顔を浮かべ……やがてノロノロした動きで、身につけていたナイフや剣の類を木の下に落とし始めたのだった。

 

「……なぁー……見逃してくれよぉー……」

「覚悟決めろや、馬鹿が」

「頼むよぉー……仲間だっただろぉー」

「同業を襲ったお前はもう仲間としちゃ見れねえよ」

 

 やがて子供みたいに泣きはじめたオルドールは嫌々木から降りてきて、バルガーによって拘束された。

 捜索開始から一時間半ほどの、結構なスピード解決であった。

 

 

 

 集合場所で待っていると、捜索に出ていた“報復の棘”のメンバーも順次戻ってきた。

 

「おお、まさかバルガーたちが捕らえたとは」

「よくそんな灯りで探せたな」

「なかなかやるな」

 

 褒めるのは良いけど俺のランタンシールドを貶すのはいただけねえな。

 ……まぁ確かにこいつらの使ってる金属の反射板がくっついてる松明の方が性能は上そうではあるけどね。主に取り回しとか照らしやすさとか。ランタンシールドは肘あたりに固定されてるから光がしょっちゅう動いて疲れるわ。

 

「ま、モングレルの装備はともかく……俺たちの受け持った捜索範囲が良かったってことだろうよ」

「だな。運が良かったぜ」

「ふふ、その運はバルガーの縁が齎したものだったのかもしれないわね。オルドールは同じパーティーだったのでしょう?」

「……ふん。昔の話だよ。今のこいつは、仲間でもなんでもねえ」

 

 拘束されて土の上に座り込んだオルドールは、バルガーから顔を背けるようにして黙っている。もはや観念し、バルガーの情に訴えかけることもしないようだ。

 

「ギルドマンを獲物にするようになったら……そいつはもう、人としておしまいだよ」

「ええ、その通り。裏切りには報復を。それが私達ギルドマンの理」

 

 ローザがオルドールの前髪を乱雑に掴み、強引に顔を上向かせた。

 

「あ、ぐっ」

「きっと貴方には厳罰が下るでしょうねぇ……楽しみだわ」

「ひ、ひぃい……た、助けて……」

「こいつの引き渡しは私達に任せなさい。手伝ってくれて本当に助かったわ、バルガー、モングレル。後日改めて報酬とお礼は払うから、今日はもう帰ってゆっくりしていると良いわ」

「おう、そうさせてもらうわ」

「後は任せたぞ、ローザ」

 

 そして後の諸々は“報復の棘”に委ね、俺とバルガーは先に街に戻ることにした。

 こういう犯罪者の取締は捕まえた後のこういうやり取りが一番面倒だから、正直かなり助かるね。

 

 

 

 すっかり夜も更けた帰り道。

 任務達成となったとはいえ盛り上がる仕事でもなかったので、俺たちは口数少なく歩いている。

 

「さすがのバルガーも、馴染みのあった奴相手だとしんどいか」

「ああ? まぁ……そうだな。いざこういう時になってみると“いつかはやるだろうな”って納得もいくような奴ではあるんだが……そう考えちまう自分が少し、嫌になるぜ」

「オルドールねぇ。まあ、あまり良い話は聞かない奴だったからな」

「今回が初めてだったのか、それとも過去何度かやってきたのか……そういうことを考え始めると、憂鬱になる」

 

 初犯か、そうでないか。

 ……バルガーの前ではあまり言いたくはないが、初犯ってことはないんだろうな。

 似たようなことは過去に何度かやってきたのかもしれない。

 

 今回がたまたま明るみに出ただけで。……それは充分に有り得る話だった。

 

「……バルガー、これから飲みにでもいくか?」

「ああ……いや、やめておく」

「気晴らしになるぞ。今日の俺は銅貨を沢山もってるんだ。奢るぜ」

「そいつは俺からふんだくった銅貨だろうが。……いいよ、本当に。今日酒を飲むとオルドールの酒癖を思い出しそうだからな。そいつは愉快じゃなさそうだ」

「……なるほど」

「確かに昔は何度か話したり、飲むような仲ではあったがよ。今となっちゃ、わざわざ一晩の飲みを費やしてやるほどの奴でもねえのさ、あいつは」

 

 そう言ってバルガーはニヒルに微笑み、路地を曲がった。

 バルガーのお帰りはあっちだったな。

 

「さっさと帰って寝るとするぜ。あばよ、モングレル」

「……おう、おやすみ。バルガー」

「小銭はとっとけ! ライナちゃんに飯でもおごってやんな!」

 

 最後にそんなことを言い残し、バルガーは路地の向こうの闇へと去っていったのだった。

 

「……ベテランギルドマンってのも大変だよな」

 

 さて、俺も宿に戻ってさっさと寝るとしよう。

 確かに今日の出来事は、わざわざ酒で薄く伸ばしてやるほどのものでもない。バルガーの言う通り、さっさと忘れるのが正解なんだろう。

 

 こんなこと、ギルドマンにとっては“ものすごく珍しい事件”ってわけでもないのだから。

 



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歌の文化

 

 サングレール聖王国ではどういうわけか、歌の教育に熱心らしい。

 歌とか、踊りとか。劇とかもそうだな。多分聖歌とかそこらへんの宗教要素が関係しているのだとは思うんだが、だいたいのサングレール人が得意な気がする。うちの母さんも上手かったしな。

 

 だからなのか、大道芸やってる人や吟遊詩人やってる人らのサングレール人の割合がかなり高めだ。

 元々こういう流れの芸人ってのは被差別民であることが多いんだが、サングレール人の歌の上手さとはかなりマッチしているためか“サングレール人の吟遊詩人ならまぁ聴く価値が無いこともないか”くらいには受け入れられている。

 実際、俺も一時期は吟遊詩人っぽい真似をして小銭を稼いでいたこともあったしな。敵国人のわりに、かなり受け入れられている職種だと言って良いだろう。

 とはいえ、調子に乗って太陽神を称える聖歌なんぞ歌った日には聴衆から石を投げられまくるだろうけどな。

 

 

 

「黄昏の戦場で彼らはぶつかり、牙と爪とが火花を散らす……光が貫き、闇が弾け、その戦いで全てが終わる……おお悲しき獣たちよ! なぜ暗い宵の中に命を投げ捨てるのか……!」

 

 夕時。ギルドの酒場の片隅で、一人の吟遊詩人が歌っている。

 最近よくここで歌っているハルペリア人の吟遊詩人である。歌はなかなか上手いし歌っている時も歌っていない時も妙にキザったらしくノリノリなので、ギルドマンの中でも結構な人気者だ。

 しかし歌のチョイスがどれも地味に古いというか、古典的な神話を題材としたものが多い。ハルペリアでいうところの懐メロって感じかな。

 俺としては滅多に聞かないものばかりだから勉強になるなーって感じで聴けるんだが、流行り物好きな江戸っ子気質のギルドマンにとってはちょっと物足りなくもあるようだ。

 いや、歌は上手いんだけどね。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

「良いぞ良いぞー」

「やっぱあんたうめぇなー!」

「神話の歌は難しいからよくわかんねえけど、上手だったぞー!」

「王都出身の詩人はなんだかまともだなぁ!」

 

 神話ベースの歌は色々あるし作曲もちゃんとされているんだが、いかんせん庶民に馴染みが薄い。ここらへんはもうハルペリア人の信仰心の薄さが仇になっている形だろう。

 だから俺達みたいなギルドマンにとってはそういうものより、適当にノリで弾きながら“最近どっかで聞いた武勇伝”を歌う吟遊詩人の方が爆発力はある。悲しいね。

 

「今日は色々な歌い手の人が来るっスねぇ」

「たまーにこういう日あるよねー。吟遊詩人が入れ替わりながらずっと賑やかなやつ。私は楽しいから結構嬉しいけどねー」

「うん。僕もいつもより華やかな雰囲気で好きだな」

「ああ、たまにこういう日があるんだよな。ギルド主導だか吟遊詩人主導だかは知らんけど」

「はえー」

 

 今日は同じテーブルにライナとウルリカとレオがいる。

 なんでも“アルテミス”が夏場に遠征を計画しているそうで、それに一緒についてこないかという話をしていたのだ。

 女ばかりのパーティーと一緒に遠征はちょっとなーって気持ちも前はあったんだが、今は“アルテミス”もウルリカとレオの二人がいるし、まぁだったらそこまで疎外感は無いかなっていうのが最近の俺の心境ではある。

 

 何より夏の遠征先はアーケルシアらしい。アーケルシアといえば港、海のある街だ。海釣りがしたい。たったそれだけで俺はもうわりと既に行く気になっている。

 ザヒア湖での釣りも良かったが、やっぱ海よ海。海釣りして刺し身食いてえよ刺し身。

 

「先輩先輩モングレル先輩、聞いてるっスか?」

「ん? ああなんだ? 海釣りの話か?」

「違うっスよ……」

「あははは、ほんと海好きなんだねーモングレルさん」

「ふふ、海は僕も気になっているけどね。今は歌の話だよ。どの曲が良かったかなって話をしていたんだ」

 

 ああなんだ、歌か。

 うーん、歌ねぇ……正直ハルペリアの歌はどれも地味ぃ~な感じで好みじゃないんだよな……。

 

「俺はもうちょい明るい感じの曲が良いね。暗い曲は好みじゃねえんだよ」

「じゃあ戦いに勝つ感じの曲とかっスか」

「えーそれって収穫歌とか、長閑な雰囲気の曲とか?」

「……うーん、なんだろな。どっちも合ってるっちゃ合ってるんだが……説明が難しいな」

 

 言ってしまえばどっちもではあるんだが……。

 駄目だ。今の俺は海が頭にあるせいか加山雄三とTUBEとサザンの曲しか出てこねえ……。

 

「次の歌は誰だ? いないのか?」

「もう終わりかー、結構長かったな」

「よし、じゃあ俺が歌ってやるか!」

「馬鹿野郎、お前の下手な歌なんか聞きたくねえよ」

「ハハハハ」

 

 今までずっと小さな演奏会が続いていたもんだから、ギルドの酒場には多くの暇人が集まっている。

 俺がショボいと思うような演奏でもBGMがあるのと無いのとじゃやはり違うのだろう。こういう文化を楽しみに居座っているギルドマンは多い。

 

「そういやそこの、アーレントさんだっけ? あんたはサングレール人なんだよな」

「うん? まあそうだけども」

 

 そんな中で、一人のお調子者なギルドマンが壁際のアーレントさんに声をかけた。

 アーレントさんは壁際でスタイリッシュに佇みながらお茶を飲んでいるところだったのだが……。

 

「サングレールの人らは歌が上手いだろ。なんか太陽神とは関係のない感じの歌とか歌ってくれねえか?」

「おい、こら。さすがに不味いだろ……」

「酔いすぎだ」

「私が歌ってもいいのかい?」

「……え、良いのか?」

 

 存外、酔っ払いのウザ絡みに対してアーレントさんは乗り気だった。

 “ちょっと一発芸やれよ”なんてこの世界でもそこそこ失礼なノリだが、アーレントさんは気にした風もなくひょいひょいと歌い手スペースへと向かってゆく。

 

 ギルドの壁際に設けられた演奏用の小さなお立ち台。

 ただでさえ小さなスペースは大柄なアーレントさんが乗ると、一層狭そうに見える。

 

「……アーレントさんが何か歌うみたいっスね」

「えーなんだろなんだろ、歌って何かな」

「さあ、どうだろう。肉体芸でもするのかもしれないよ」

「それはそれで気になるな……」

 

 ギルド内の注目を一新に集めたアーレントさんは暫し足元を確認し、やがて息を大きく吸って歌い始めた。

 

 ……宗教っぽい歌が飛んで来るんじゃないかと若干不安だったが、それはいい意味で裏切られた。

 

 アーレントさんが歌い始めたのは意外なことに、鍛冶の歌だった。

 多分サングレールで歌われているものなんだろう。耳慣れない調子の、しかし明るく陽気な歌である。

 

 ダン、ダンと台を踏んでリズムを取りつつ、両手を上げて陽気に踊り、歌う。

 アーレントさんの野太く落ち着いた声も相まって、なんだか興奮するというより癒される感じの曲だ。

 

 歌詞の内容は。なんてことはない。みんなで仲良く調子を合わせて鉄を打って伸ばそうってだけの話だ。そこには剣を作ろうとか戦鎚を作ろうなんて物騒な内容も入ってない。ただただ赤い鉄を伸ばすだけの素朴な内容である。

 

 ……けどやっぱ、あれだな。

 俺もハルペリアの出身だし悔しいけどなー……サングレールの曲ってやっぱり、こういうなんてことない歌でも良いのばっかりなんだよなー……。

 

「……えーと、ご清聴ありがとうございました? で、いいのかな」

「ヒューッ!」

「良いぞ良いぞ!」

「アーレントさん歌うめぇじゃん!」

「踊りも面白かったぞー!」

「いやいや……」

 

 楽器も使わない純粋な歌だったが、聴衆の反応はとても良い。

 まだまだギルドマン達の中でも壁を作られがちなアーレントさんだが、今日また一つ距離を縮めることができたようだ。

 

「……いやー驚いたっス。アーレントさんめっちゃ歌上手いじゃないっスか」

「ねー、びっくりした。声もよく通るねぇーあの人……」

「良い歌だったね。僕はこういう曲も好きだな」

 

 多分本来はもっとこう、大人数で歌う曲なのかもしれないな。

 それに足で取っていたリズムも元々は槌とかで鳴らしていたのかもしれない。

 そういうことを想像すると、結構楽しいよな。こういう歌ってのは。

 

「そういえばモングレル先輩も弾き語りできるんスよね」

「ああ、僕が最初にここのギルドに来た時も弾いてたもんね」

「ふーん、私まだまともに聞いたことないなー? 聞きたいなぁー、モングレルさんの歌」

 

 三人がどこか期待するような目で俺を見ている。

 見られてるけど……駄目だやっぱ今の俺の頭の中には海の景色しか出てこねぇ……!

 俺の脳内で津軽海峡でソーラン節が響いてやがる……だが駄目なんだ。異世界語に翻訳してない曲は歌えねえんだ……!

 

「あー……じゃあまた今度な、今度。そん時はここで俺のソロコンサートを開いてやっから」

「いや別に1、2曲くらいで良いんスけど……」

「ただしちゃんとおひねり寄越せよ」

「金取るんスか!? ケチっスね!」

 



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女神のアミュレット

 

「以後、くれぐれも気を付けますように……」

「ああ、わかった。失礼したな」

「ふむ……痕跡は残らないと思ったのだが」

「サリーてめぇ反省してねえな……」

 

 ある日、俺はギルドの個室に呼び出された。何故かサリーとナスターシャと一緒に。

 そこで“呪い師”エドヴァルドからどことなく詩的なお説教をくらい、今しがたそれが終わったところである。

 

 なんだそのメンツ、って思うだろう。俺もこの二人と一緒に呼ばれた時は頭に疑問符を浮かべたものだ。

 何より二人の頭の上に黒っぽい奇妙な紋章が浮かび上がっているものだから、疑問+疑問でなんもわからん状態である。

 

 だが呼び出されてみて、その理由が判明した。

 

「なんでお前ら、アーレントさんの腕輪を弄ろうとしたんだよ……」

「興味深かったのでな」

「弄れそうだったから」

 

 ナスターシャはまぁわかる。興味本位な。知識欲旺盛なマッドサイエンティストが言いそうなセリフだしな。若干そういう気質がこいつに備わってるのもなんとなく付き合いの中でわかってきたし、まぁわかるんだ。良し悪しはともかく。

 

 でもサリーの言う“弄れそうだったから”はサイコパスみが深いんだよな。

 できそうだったからやったってお前……いやもういいや。久々にまともな説教に巻き込まれて俺はもう疲れたよ……。

 別に俺は何もやってねえのにな……アーレントさんと一緒に任務する条件として腕輪を調べて良いよって勝手に言っちゃったもんだから、それで怒られが発生した形だ。正直ちょっと軽挙だったとは思うぜ……。

 

「やはり“月下の死神”は良い腕をしているな……私も魔道具であればいくらでもやりようがあると思っていたが、表層を過ぎれば難解な古代文字の羅列だった」

「あの魔道具の強引な解除は困難を極めるねぇ。この戒めの呪いさえなければ僕ももうちょっといじってみたかったのだが」

「……二人とも呑気に会話してるけどよ、頭の上に浮いてるその黒い紋様は何なんだよ」

 

 パッと見た感じ天使の輪みたいな感じだが、簡素な魔法陣のようにも見える。それが二人のそれぞれの頭上に浮かび、ゆっくりと回っているのだが……どうもこれはアーレントさんの腕輪を調べている時に現れたものらしい。

 

「ああ、モングレルにはわからんか。これは戒めの呪いといって、掛けられた者の体表や頭上に目立つ紋様を浮かび上がらせるものだ。禁書庫や魔法の塔の立入禁止区域などにはよくこの手の罠が仕込まれている」

「いわば警告だね。目立つ以外には何かしら害のあるものではないけど、後ろ暗いことをしたことの証拠にはなるんだ。しかもこの紋様は上手く組み替えればそのまま攻撃性のある呪いにもできる。“殺すこともできた”という証だね。魔道具の解呪でこれを付けられることは、事実上の敗北と言って良いだろう。僕もまだまだだよ」

 

 何に対する敗北だよ。

 

「ちなみに、私達の頭上に浮かんでいるこの黒茨の紋様の意味は“次は殺す”だ。警告を無視してさらなる魔道具の調査を試みれば、次はおそらく致死性の高い呪いにかかるだろう」

「あのサイズの魔道具によくこれだけの呪いを付けられるものだ。感心するよ」

「お前ら頭良いくせに馬鹿だなぁ……」

 

 頭の上に目立つイエローカードを浮かべてるくせに満足そうにしている魔法使い二人組。

 やっぱりこの世界でもある種の専門家は変人が多いな……。

 

 

 

「いや、ここはもうちょっと線を強めに……」

「装備の類はだいたい希望通りだが、アレンジとしてこの部分をだな……」

「むぅ……さすがは元王都の書生だ。ここまでとは……」

 

 お説教部屋から出てギルドのロビーに戻ってくると、その片隅では男たちが一つのテーブルに集まって何やら真剣な議論をしているところだった。

 

「だから、できればナスターシャさんのような感じでだな……」

「オイ待て、向こうにナスターシャさんいるぞ……!」

「あっ」

 

 あ、真剣な顔してるけどこれあれだな。結構くだらねえ話してやがるな。

 

「うん? ナスターシャ、彼らが名前を出しているようだけど、行ってみたらどうなんだい」

「いや、やめておく。ああいう連中に関わる必要性を感じないのでな。私はクランハウスに戻らせてもらう」

 

 男たちに向ける目をスッと細め、ナスターシャはギルドを出ていった。

 その頭上にはイエローカードが浮かんでいたが。

 

「ふむ。相変わらず男への関心が薄いねえ、彼女は」

 

 やれやれといった風に、サリーもギルドを後にした。

 ……そんなジェスチャーをしていても、やっぱりこいつの頭にも紋様が浮かんでいるんだけども。

 

 魔法使いにとってはちょっと恥ずかしいマークだとは思うんだが、なんでこいつらはそんなにいつも通りクールぶれるんだろうな。

 たまにその強靭なメンタルが羨ましくなる時があるぜ……。

 

「おーいモングレル、集合」

 

 そうしてぼんやりしていると、酒場の隅っこにいる男連中から招集をかけられた。

 ソロの俺に指示を飛ばすとはなかなか良いご身分じゃねえのよ……。

 

「お前らはさっきからなにやってんだ、そこで」

「ククク……なに、装備に潜ませておくアミュレットの図案について相談していたところさ……」

「ああ……アミュレットね」

 

 ミルコは意味深に笑っているが、なんてことはない。ただのお守りの話である。

 

「レスターは絵が上手いからな……武運の加護を齎す女神のアミュレットを作るには、彼の協力が必要不可欠だ……」

「ああ、レスターの絵は良いぞ……こう、身体の芯からムクムクと魔力がせり上がってくるようで……」

「そう、迸る熱い何かが……」

「要するにエロい絵だろ」

「違うな! 間違っているぞモングレル! これは女神の絵だ!」

「魔物が潜む恐ろしい夜の森で、俺たちを守ってくれる素晴らしい女神だ!」

「色々なパーティーの可愛い子とよく絡んでるモングレルにはわからんでしょうねぇ!」

 

 テーブルを囲んでいる男たちが何故か逆ギレしながらそれぞれのアミュレットを見せてきた。

 

 アミュレット。まぁこいつらが手にしているのはカードサイズの白い革製の札でしかないんだが、そこには細かな筆致で女の絵が描かれていた。

 異世界だしね。女神を信仰するのはわかる。それが描かれたお守りを持ち歩くのもまぁわかる。

 

 でもね。こいつらが持ってるのはどれも明らかに露出度が高いんだよね。

 胸は当然として、下の方も見えちゃいけないものまで見えている。どう見ても春画です。本当にありがとうございました。

 

「レスター。この女神はもっとこうキツそうな目をさせてな、胸と尻とふとももを盛ってな……あと杖を手にさせてだな……」

「な、なるほど。フヒヒ……こうですね?」

「おお……! へへ、わかってるじゃねぇか……良いぜぇ信仰心が湧き上がってきた……!」

 

 春画。要するにえっちな絵である。

 どの世界どの時代でも、男はまぁエロのことばかりを考えているものだ。それはこのハルペリアのギルドマンでも変わらない。

 

 確かにこの街にはでかい色街もあるし、店やサービスを選ばなければ格安で相手してもらうこともできよう。だがディックバルトじゃあるまいし、毎日そのように発散できるギルドマンばかりじゃないのが現実だ。

 

 そんな時男はどうするのか? 相手がいなければどうなってしまうのか?

 答えは己の手の中にある。探していた答えは最初から自分が持っていたというやつだ。己は己で慰める他にあるまい。

 

 そこで必要になるのが……まぁ、“イメージ”なわけだ。ご飯に対するオカズの存在である。

 

 もちろん、やろうと思えば空想でもできるだろう。しかしそれだけだとちょっと物足りなくなってしまうのが男というもので、全く無いよりはある程度イメージが湧く絵とか……そういったものが必要になるわけよ。

 

 実はそこらへん、この世界でも結構バリエーションが豊富だ。剣の柄や鞘などにさりげなく半裸の女の彫り物がしてあったり、こいつらみたいに“いやこれは宗教的な女神のお守りみたいなやつだから……”っていう体で小さな絵を携帯する者もいる。

 その数はなかなか馬鹿にできたもんじゃない。武器屋を見回せば普通にいくつか見つかる程度にはポピュラーだ。

 

 男は一人、己の迸る熱いパトスを鎮めるためにそういったイメージを併用しつつ、自分の機嫌を取るわけ。

 

 ……まぁそれはわかるんだけども。

 馬鹿にはできねえよ。絶対に人には言えないけど、俺も自分で描いたイラストを持ってるしな。漫研の幽霊部員としてちょこっとだけイラストの練習した経験をすげー感謝したもんだよ。それでもな。

 

「お前ら……さすがに実在の……しかも身近な人を……女神にするのはどうなんよ……?」

「いやこれは女神なんでぇ……」

「彼女はヒドロア様なんでぇ……」

「スカート履いてないヒドロアなんて初めて見たよ俺は。てかこれナスターシャ……」

「いや女神なんでぇ、そういうんじゃないんでぇ」

 

 あくまで女神路線で押し切るつもりか……男だな……。

 

「まぁ百歩譲ってそれはいいとしても、ミルコのそれは明らかにシーナだろ」

「ククク……これは戦女神アルテミスだ……そんな女は知らんな……」

「いやそんなクソ長い三つ編みしてる奴他にいねえって」

 

 既婚者のミルコはいい具合に服のはだけたシーナのイラストを俺に見せびらかせつつ自慢げな笑みを浮かべている。マジでお前それ見つかったら事だからな。知らんぞ俺は。

 

 

「クク……まぁそれはともかくだ、モングレル……“アルテミス”と関わりの多いお前ならば知っているだろう……?」

「多分知らなさそうだけど何をだよ」

「それはもちろん……ウルリカのことだ……!」

 

 あっ……。

 

「夏になって色々なギルドマンが薄着になっている……だがその中でも、ウルリカだけはあまり身体のラインを見せようとはしない……特に胸回りはな……」

「尻は良いのに……」

「だが尻が良いなら胸もあるはずだ」

「なんだァ……? てめェ……」

「尻のある女は胸もあるんだよ。常識だろうが……?」

「おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ……胸が薄くてスレンダーなのが良いんだろうが……?」

「事実はともかく全部ぶっとくして胸も豊満にすればいいと思うんだがなぁ俺は……」

「うららぁ……」

「痛い目を見なきゃわかんねぇみたいだなぁ……」

「……ククク……こんな具合でな。まあ、さほど大きくはないということはわかっているんだが……“微”か“無”かで意見が割れているところだ。俺たちの間で話し合っても真実は見つからず、ただ争いの種になるばかり……俺たちはこの無益な争いに終止符を打ちたくてな……モングレルに助言をもらいたいと思っていたんだ……」

 

 マジで無益な言い争いしてるな……。

 しかも対象がウルリカな辺りやってることが完全に虚無だよ。

 知らなくて幸せなのか不幸なのか……。

 

「他の子は大体わかってるんだ……だがウルリカだけがどうも装備のせいでわかり辛い……ウルリカと仲の良いモングレルよ、お前なら何か知ってるんじゃないか?」

「むしろ既に寝てるのでは?」

「万死に値するぜ……」

 

 いやいやいや、色々言いたいことはあるけどよ。

 

「お前たち、それを聞いて何をしたいんだよ……」

「……いや? 別に?」

「何もしないが……だよな? レスター」

「は、はい。フヒヒッ……」

 

 こいつら、まだシラを切りやがるのか……。

 

「……しょうがねぇなモングレル、おいお前ら、一人1ジェリーずつだ」

「チッ、ケチな情報屋め……」

「しょうがねえ、戦争に終止符を打つためだ……」

「いやいや俺の前に小銭を積むな。なんの金だ。言えってか俺に」

 

 ……まぁ、もらっとくけど……。

 

「クク……金を受け取ったな。さあどうなんだモングレル、言ってみろ。“微”か、“無”か……!」

「……あー……」

 

 男連中がじっと俺を見て沈黙している。こいつら……。

 まぁ女だったらともかく、別にウルリカだったら良いか……自明だし……。

 

「……あいつが薄手の私服を着ている時があった……」

「ゴクリ……」

「ちょっとトイレ行ってくる」

「早いな……」

「それでそれで、どうなんだ! 実際のところは……!」

 

 実際は風呂場で直接見たりもしたけどそれはそれで面倒な議論を呼ぶから隠すとして。

 

「あいつは胸ないよ。どちらかといえば無だな」

「グァアアア! やはりかァ!」

「ヨッシャァアアアア!」

「ほらみろ! 装備しててもわかるだろ! 俺の言った通りだ!」

「そんな……あの胸当てを外したら豊満なものがまろびでるはずなのに……」

「お前はあまりにも幻想を抱きすぎている」

 

 喜ぶ者、打ちひしがれる者。反応は様々である。

 そしてアミュレット絵描きのレスターはフンフンと鼻息を鳴らし、情報をメモっていた。……ああ、アミュレットに確定情報が追加されてしまった……。

 

「というかお前たち、そんなにウルリカが気になるのか……」

「まぁ……だって可愛いし……」

「他にもライナとかだっているだろ」

「ライナは……なぁ?」

「まぁ……最近おめかししてること多いけど、もうちょっと色気がな……」

「あの子ほとんど成長しねぇなぁ……」

 

 ライナェ……。

 

「フヒ、フヒヒ……と、ところでモングレルさん。どうです? モングレルさんにも作りますよ? 女神のアミュレット……! 今ならモングレルさんの望む“女神”の姿通りに描きますから……!」

 

 男たちの悲喜こもごもをよそに、レスターが俺に商談を持ちかけてきた。

 こいつもこいつでなかなか今のアミュレット作りを楽しんでやがるな……。

 

「いや、俺は良いよ」

「フヒィ……」

「チッ! 俺は現物があるから良いってか!」

「ククク……モングレル……罪深い男だな……」

「いや俺は別にお前たちが言うような罪は作ってないんで……あとどっちかといえば罪深いのはお前だぞミルコ」

 

 まぁこうしてさらっとお断りしたアミュレット作りなんだが……。

 

 単純に、画風が好みじゃないんだよな……。

 

 こればっかりはもう絵柄の問題というか、日本で培った芸術の素養が邪魔をしているっていうか……この世界のそういう美人画とか彫刻って、よほど出来の良い写実的でリアルな奴じゃないとピクリともこねぇんだよ俺は……。

 今こうしてちやほやされているレスターの絵も、俺からするとすげー古臭くて下手くそな漫画の絵柄で書かれた美人画……って言えばわかってもらえるだろうか。そんな感じに見えるんだよね。

 まぁ、おかずの味も食う人の好き好きでしかないんだけどな。俺がとやかく言うことではない。

 

「さあ、レスター! 俺に戦女神アルテミスのアミュレットを作ってくれ!」

「胸はほとんど無い平坦な感じで頼むぞ!」

「髪型はこう、ちょっと結んである感じで……!」

 

 しかし……ナスターシャとサリーのことを馬鹿だなんて言ってしまったが。

 やっぱこの手の話をしてる時の男は、そんな全ての馬鹿を置き去りにするレベルで馬鹿だな……。

 

 



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手向けの五輪挿し

 

「あら、モングレルさんはまた長期野営ですか」

「おうよ。冬場の長期野営も好きだけどな。やっぱ夏の方が寝る時に気を遣わなくても良いから楽なんだよ」

 

 俺はこの日、ギルドに長期の野営を申請することにした。

 結構こうやって前触れ無く長期キャンプをやってるので、ミレーヌさんの反応も“またやるんだなー”くらいのもんである。

 

「魔物除けさえ無尽蔵にあればバロアの森に住めるんだがなぁ」

「うふふ。バロアの森の開拓は東から順調に進められていますよ。モングレルさんもそちらのお手伝いなどをしたらいかがですか?」

「いやぁ……そっちは時々でいいよ。適当に天幕張って野営するのが好きなんだよ、俺は」

 

 バロアの森の東側入口付近は、順調に開拓が進められている。

 森の中に道を通し、馬車で行ける距離を延長することで資材の搬入を楽にしようという開拓だ。別に農地を拡張しようっていう工事ではない。木材メインだな。

 その事業の副産物として、俺らギルドマンが森の奥に行きやすくなった。日帰りでバロアの森を行き来するのが今後更に楽になっていくことだろう。

 

「はい、7日間ですね。受理しました。くれぐれも、お気をつけて」

「よっしゃ、ありがとうミレーヌさん。お土産は何が良い?」

「では、モングレルさんの元気な姿をよろしくお願い致しますね」

 

 はーい了解しました。元気に戻ってきまーす。

 

 レゴール支部の剛腕受付嬢の守りは季節問わず鉄壁だぜ……。

 

 

 

 一旦宿屋に戻り、準備していた荷物を背負って出発する。

 東門からシャルル街道を通ってバロアの森に入り……そのまま奥へは行かず、東進する。

 鬱蒼と茂る森の中、いつもはある程度抑えている身体強化をフルで稼働させ、足早に目的地を目指す。

 

 今回の長期野営……という名の旅行の目的地は、シュトルーベだ。

 元シュトルーベ開拓村。21年前に滅んだ俺の故郷である。

 

 だから背中の荷物は野営セットばかりではない。

 そういう物も当然あるが、腹持ちの良い行動食、大げさな医薬品など、普段はあまり引っ張り出さないようなものまで入っている。

 何より満載した荷物のほとんどは装備品だ。こいつらを担いでいくのがまた一手間なんだが、まぁ仕方あるまい。色々と試してみて、このセットが一番しっくりくるからな……。

 

 

 

 目的地にたどり着くまでの道中は二泊だけする。これは正直言って、この世界の馬車がトチ狂った速度で移動しているようなものである。

 これが堂々と街道を使った上、ギフトを全く包み隠さず発動させて全力で移動しても良いとなればもっと短縮できるだろう。やろうとは思わんけど。

 

 途中でエルミート男爵領の森に入り、ラトレイユ連峰を掠めるように移動する。

 足場が不安定だが仕方ない。人の全く入っていない道を選ぼうとすると自然とこうなるんだ。

 

「グアアッ!」

 

 そしてそんな場所を通ろうものなら、普段は見かけないような魔物と遭遇することだってある。

 威嚇するため二本足で立ち上がったのは、巨大な黒い熊だった。

 全長は三メートル近くはあるだろう。腹に特徴的な黄色い三日月型の模様が入っている。

 クレセントグリズリー。ラトレイユ連峰に生息している、出会ったら普通にヤバい魔物シリーズのうちの一体だ。

 

 山道で走るのもなかなか速いので、俺がこのままこいつを無視して背中を見せながら走ってもワンチャン追いつかれる可能性がある。

 それに雄叫びを上げられながら追跡されても目立つだろうし、野営中に追いつかれて寝込みを襲われるのはもっと面倒だ。

 

「運のない奴だな、お前も」

「グアアアッ……!?」

 

 だからここで仕留める。

 それに……ちょうど良かった。

 

「今日の晩飯、まだ用意してなかったんだよ」

 

 真正面から一気に距離を詰め、クレセントグリズリーの頑強な頭蓋骨にバスタードソードを振り下ろす。

 熊系魔物の部位でも最も防御力の高い頭蓋骨。実際、クレセントグリズリーは俺の一撃を前に回避する素振りも見せなかった。

 

「ガッ……」

 

 だが、強大な魔力を帯びた俺の剣はその頭蓋骨を半ばまで断ち切ってみせた。

 脳への深刻な一撃だ。クレセントグリズリーは一瞬で身体の力を失い、地面に倒れ込んでしまった。

 ほい、討伐完了。……よし、バスタードソードに欠けは無し。たまに気を抜くとどうでもいい事で欠けたり傷ついたりするからな。

 

「……ちょうど良い。そろそろ野営にするか」

 

 クレセントグリズリーの討伐証明でもあり、薬としても活用されている胆嚢を採取し、あとは比較的美味い足肉をちょっと拝借し、残りは捨て置くことにした。

 この日の夜は熊肉パーティーである。……まぁ、熊肉だしね。あんまり美味いもんでもない。

 

 

 

 翌日は再び山道を走ってシュトルーベを目指す。

 北を指さない方位磁石は相変わらずよくわからん方向を指しているが、磁石そのものにつけられた目印の傷がなんとなくの方向を示してくれる。自信がなくなったら街道沿いに近づいて確認すれば良いだけだ。それだけで迷うことはないだろう。

 

 手作りの携帯食はカロリー高めで作ったのでまぁまぁイケるんだが、味と単純な行動食としてのカロリーを考えるなら自作するよりもケンさんの店でお菓子を買ったほうが賢いかもしれねえな……。

 お菓子を食事って聞くとピンと来ない人もいるかもしれないが、そういう人は食習慣を見直したほうが良いかもしれんぞ。パンがなければケーキで代用できる。お菓子とはそういう代物なのだ。

 

「……熊の胆嚢、取ったはいいけど乾き切るまで面倒見るのがめんどいな……」

 

 この日は特に襲ってくる魔物もおらず、山道に咲いていた月見草を採取するだけに終わった。

 夜はガンガンにお香を炊きつつ、外に吊るしておいた胆嚢を眺めながら眠りにつく。

 熊胆は薬としてなかなか高価なので、是非とも無事に持って帰りたいもんだな。

 正直、帰るまでの間に乾燥してくれる気は全くしないが……宿のどこに吊るしておこうか……。

 

 

 

「ふー……ただいま」

 

 そうしてほぼ予定通りの旅程を経て、俺はシュトルーベ開拓村へと到着した。

 まあ、今や廃墟の残り滓みたいなもんが残っているだけで、ほとんどが自然に飲まれかけている場所でしかないんだが……崩れた壁面や屋根、そして地形なんかはやっぱり、懐かしい故郷の名残を感じさせてくれる。

 

 ……この辺りには特に伏兵はいないだろう。だいたいもっとサングレール寄りの場所に出るからな。村そのものには、全く人が踏み入った気配はない。俺のスカウト技術なんて一ミリも信用できないが、多分な。

 

 村に拠点を作ろうとした年は盛大にお礼をしてやってるから、向こうさんも学んではいるだろう。

 

「おーい、今年も来たぞー」

 

 石造りの簡素な墓は健在だった。獣や人に荒らされた様子もない。植物に侵食されて、パっと見た感じ墓かどうかわからないのはいつものことである。

 

 俺は相変わらずいつもここらで咲き乱れているタンポポを一輪だけ摘んで、ポケットの中の月見草と一緒に両親の墓前へと捧げた。

 サングレールのタンポポとハルペリアの月見草。父さんと母さんはこの花を気に入っていた。

 どっちも食用にできたり、薬にできたりで無駄がないってのも理由ではあったんだろう。開拓民らしいワイルドな感性だ。

 

「いやー……今年はちょっと早めに来たけど、まぁ良いよな。ちょうど多めの時間を取るのに都合が良くてさ。少しだけ前倒しして来てやったんだよ」

 

 墓に聞こえるくらいの声で独り言をこぼしつつ、墓の周りの草を適当に刈っていく。

 バスタードソードの刃先でザックザック。適当なのは許してくれ。丁寧にやってもどうせ来年またボーボーになっちまうんだから。

 

「ああそうだ、去年言ってたアレ、持ってきたんだぜ。わざわざ容器ごと持ってきてやったんだから感謝しろよ、ほら」

 

 俺は荷物から毛皮と布でぐるぐる巻きにした瓶を取り出し、墓に見せびらかした。

 少しだけ飲み残しておいたウイスキーである。

 

「最近はたまーに店で見かけるようになったんだけどなー、やっぱまだ流通が安定してねえんだよこれ。コーンウイスキーも悪くはねえんだけど、やっぱ俺としてはこの琥珀色が一番だね」

 

 小さな二枚の皿を墓前に置き、それぞれにウイスキーを注ぐ。

 うん、焦がした樽の芳醇な香りが漂ってくる。

 

「すげえよな、レゴール伯爵は。あんな素人の図面だけでよくこれを……あ、今年レゴール伯爵が結婚するんだぜ。って、俺は伯爵の顔も知らねえんだけどな。……けどまぁ、それでも多分良い貴族だとは思うからさ。……今回は悪い目に遭わないかもしれないし、俺は信じてみるよ。とりあえず、一度はな」

 

 墓の前に座り込み、水を飲む。ついでに携帯食も齧り、人心地つく。

 

「……31だよ、俺。そろそろ健康診断受けたいんだけどなぁ……けどまぁ、表面上はピンピンしてるよ。どこも痛くはないし、調子も悪くない」

 

 開拓村は腰を悪くする人が多かった。

 普通の農家以上に、地面の重いものをなんとかする仕事が多かったからな。それと比べたら俺たちギルドマンは気楽なもんだよ。

 

「結婚はまぁ……まだ勘弁してくれ。よし、この話はおしまいな」

 

 二人が生きてたらこの話題が永遠に続いていただろうが、生者の権限でスキップさせてもらいます。良いだろそれくらい。

 

「あ、そういや夏に別の旅行には出かける予定だぜ。また例の後輩たちと一緒にな……しかも行き先が海だぜ。良いだろ、海。釣りしてくるんだぜ。……今のところ、それを一番楽しみにしてる」

 

 ……うん。一人で話してるとすぐに話題カードが切れちまうな。

 

「去年はトワイス平野で小競り合いみたいな戦争もあったからな。正直今年も……どうなるかはわかんねえけど。去年はこっちの方は侵攻がなかったみたいだし、良かったよ」

 

 立ち上がって、荷物を開く。そこに詰まっているのは装備品の数々。普段は任務で持ち出さないようなものばかりだ。

 それを一つずつ入念にチェックしながら装着していき、全身を重装備で固める。

 

「今年もあいつらが入ってこれないようにするからな。安心して眠っててくれよな」

 

 夏が始まる。鬱陶しい虫が跳び回る季節だ。

 

 虫は何度でも何度でも湧いてくる。僅かな水たまりから。小さな腐食から。

 

 だったら俺は何度でもそのムシケラ共を駆除してやろう。湧き出る度に踏み潰してやろう。

 なに、お盆のついで参りってやつだ。俺だって一年ぶりの墓参りの時くらい、墓石を綺麗にしてやるくらいの信心は持っているってだけの話だよ。

 

「“(イクリプス)”」

 

 ギフトを発動し、深い息を吐く。

 

 

 ……さて、見回りを始めようか。

 

 見つかった奴は、諦めろ。今日に限っては、俺は加減をするつもりはない。

 

 今まで毎年、俺はそうやって過ごしてきた。

 

 だから今年も同じようにやっていく。

 

 

 

 結果から言うと、今年も建設途中の砦がいくつかあって、そのうちの二つを破壊して終わった。

 

 一つは粗末な石造りで、もうひとつはそれから少し離れた崖上に隠すように建てられていた半木造の小さな詰め所のようなもの。こいつは探し当てるまでにちょっと時間が掛かった。

 

「う、嘘だ」

「そんな、シュトルーベの亡霊が、どうしてッ……!?」

「逃げろ! 散開だ! 裏口を使えッ……!」

「殺せ! こいつを仕留めれば俺らは英雄だぁッ!」

 

 堂々と入り口から入っていけば、そこには山賊じみた風貌の兵が五人ほど待機していたが、連中の大半は砦と運命を共にすることになった。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

 

 この砦は土台の石積みから壊れ、木造部分も燃えてあえなく崩れ去った。

 

「許し……」

 

 運良く裏口から逃げ果せた一人も、百メートルほど離れた場所で俺に追いつかれて事切れた。

 

 生き残りはいない。少なくとも今日この日、俺の感知できる限りでは。これもまあ、例年通りのことだ。

 

『ここはお前たちの土地じゃない』

 

 それから更にあら捜しするようにシュトルーベの周辺を歩き回ったが、他に目ぼしい施設は見つからなかった。

 

 去年よりはやや軍の気配が濃かったが、それでも規模は小さいままだ。

 このままさっさとシュトルーベを諦めてくれよ。

 俺は絶対に諦めねぇんだからな。

 

 



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ウィレムへの婚約祝い

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

 ステイシーさんと私との婚約が決まり、秋には式を挙げることになった。

 人生、何が起こるかわからないものである。私など、伯爵とはいえ一生結婚などできないものだと思っていたのだが。いや、相手が決まらなければ我が忠実なる家令アーマルコが誰かしらを見繕ってきたのだろうけども……まさか、これほどの良縁に恵まれようとは。

 

 既にステイシーさんはレゴールの貴族街に移り住み、貴族らしく顔を売り始めている。それまで騎士団にいて貴族らしい交流を断っていたので、それを挽回するために頑張っているのだ。

 彼女とは定期的に会っているが、この前などはレゴール在住の貴族達とのお茶会ばかりで身体が鈍りそうだと苦笑していた。知らない街に来て、知らない貴族達といきなり交流を重ねるのだ。その心労は凄まじいものがあるだろう。だが私にはどうしようもないことだ。それが少し、心苦しくある。

 

 ……いや、他人事ではないな。私も私で、レゴール伯爵としてやらねばならない仕事が沢山ある。

 

 結婚も大事件だけど、私はそれだけに気を取られているわけにはいかない。

 冬に我が領土にやってきた異色の外交官……“白頭鷲”アーレント。彼の齎した書簡に書かれた、フラウホーフ教区ドニ神殿長からの提言……。

 ハルペリアとサングレールの和平など絵空事だと思っていたが、サングレール側の人間が、しかも神殿長クラスの人間が動いているとなれば、風向きは随分と変わってくる。

 

 実現するためには多くの人々の協力が必要だ。レゴールだけでなく、エルミート男爵との連携も必須となるだろう。今まで以上に周囲の力関係と動向を注視しなければ、まともな議論にさえ持っていけない。

 ……エルミート男爵。野心が強くて怖いんだよなぁ……嫌だなぁ……私は苦手なのだが……けど、さすがにそう弱音を吐いてもいられない案件だ。

 私の手腕を見込んで“月下の死神”もいくつかの力をレゴールに貸してくれている。彼らの有能さを無駄にしないためにも、睡眠時間を削ってでも力を振り絞っていかなければ……。

 

 ああ、そうして決意を固めている間にも、廊下から聞き覚えのある足音が。

 几帳面な早歩き。アーマルコよ、今はこの決意のために新しい案件を持ち込まないでもらえないだろうか……。

 

「ウィレム様。各貴族や団体より婚約祝いの手紙と品々が届いております」

「……はあ。また私は叙任式の時のように忙しい思いをしなければならないのか」

「ご多忙でしょうが、返信に優先度をつけるわけにもいきますまい」

「わかっているさ。後でまとめて目を通しておくよ……」

 

 この手の大量のお祝いの手紙の数々を処理するには、送られてきた内容や差出人によって分類分けしておくことが大切だ。

 分類によって返信内容は似通うので、ある程度の作業時間の短縮になる。……重要度の低いものはアーマルコやうちの者に代筆させることも可能だが、そうもいかない相手も多いからなぁ。本当に重労働だ、これは……。

 

「祝いの品はよく検品した上で目録を作っておいてほしいな。一つの部屋に固めておくべきだろう」

「かしこまりました。ですが、こちらの荷物だけはウィレム様に直接見ていただかなければならないものと思い……」

「うん?」

 

 後でまとめて見ればいいじゃないか。

 そう思ってアーマルコの差し出した封筒を目にして……思わず椅子をガタリと鳴らしてしまった。

 

「その奇妙な紋様! ケイオス卿からの手紙じゃないか! しかも今回のものは随分と大きいな……!」

「未開封ですが、紋様は過去のものと同じ製法によって着色されているものと思われます。呪いの類もない、安全なものかと……」

「今すぐ見……なぜ引っ込める!?」

 

 封筒を取ろうとしたら、アーマルコに戻されてしまった。なんという意地悪だ。

 

「お読みになるのはウィレム様で構いませんが、開封は離れた場所で私が行います。これも安全のためです。よろしいですな」

「む……そうだな、前もそうだった。……しかし今更になって、そのような警戒も無用だとは思うが……」

「相手の素性がわからない以上は避けられない警戒です。くれぐれも初夜におかれましてはそのように童貞じみたがっつかれ方をなされませんように」

「うるさいぞ」

 

 アーマルコが何食わぬ顔で封蝋を剥がし、封筒の中身を取り出した。

 それは……針金で綴じられた数ページの本のようであるらしい。枚数は六枚。そうページの多い本ではないが……綴じ方がなんとも面白い。羊皮紙に開けた大きな穴に螺旋状の針金を通すと……なるほど……あまり見た目は美しくはないが、一本の針金さえ用意すればまとまるという意味ではなかなか面白いな……。

 

「ふむ……危険なものはないでしょう。どうぞ、ウィレム様」

「ああ」

 

 ……表紙には、私に宛てた祝いの言葉が短く簡潔な詩のように刻まれていた。

 そう気取ったものではない。どこにでもあるような祝いの言葉。……だというのに、それがケイオス卿であるというだけで、何故かひどく嬉しい。

 

「さて、中身は……む」

 

 ページを捲る。……捲る。……全てを通しで眺めてみて……思った。

 

「……これは、すごいな」

「ウィレム様、いかなる内容でしょうか」

「今までのような簡単な作りの発明品も書かれているが……他にも多くの、なんというべきか。知識が掲載されている。医療、経済、畜産、農業……本当に幅広い。年老いた賢人の言葉を聞いているかのようだ……」

 

 おお、新たな車輪の造りか……これは。なんと……実際に試作してみないことにはわからないが、試してみる価値はあるぞ。

 いいや、それよりも。物資の管理を画一的な大きさの箱によって管理するというのはなかなか面白いな。これならば扱いやすさが大きく向上する。税関の負担も減るだろうな……。

 

「やはり……ケイオス卿は繁栄を望んでいるよ。望んでいなければ、このような本を贈るはずがない」

「お気に召されましたか」

「もちろんだとも。とても嬉しい……この本にある幾つかの助言だけで、エルミートとの交渉も上手く運べそうだ」

 

 なんと。この比率の紙を半分にすると、同じ比率の紙になるというのか。何度半分にしても比率は同じ、と。おお、これは……とても便利な代物だぞ。融通がきく。

 ……箱といい、紙といい……ケイオス卿よ。これらの規格を定めるのは大仕事なんだぞ。また忙しくなってしまうじゃないか……ふふふ……。

 

「今すぐ着手したいところだが……アーマルコよ」

「は、なんでしょうか」

「私は今から、仮眠をとることにするよ」

「は。……は? 仮眠、でございますか」

「ああ。ケイオス卿が言うには、人が健康な身体を保つためにとるべき最低限の睡眠時間というものがあるらしい。……私の生活習慣はどうやら、それをやや下回っているようなのでね」

「睡眠時間……そのようなものが」

 

 貴族は豊富な灯りで夜を過ごせる。しかし平民は灯りを確保できず、睡眠時間が長いという。そのため、貴族は一日をより長く過ごせるので、勉学や仕事に宛てる時間を長くできるのだが……反面、そのデメリットもあったということか。

 

「これからの人生、私は……一人の身体ではないからね。少なくとも、伯爵を次代に繋ぎきるまでは、長生きしなければならない。……勝手に死ぬことも、床に臥せることもできない。とっても大変だ」

「……」

「アーマルコよ。お前もこれからは今までより長めに寝ると良い。まだまだお前にも、長く仕えてもらうのだからね。決して逃しはしないぞ」

 

 私がそう言って笑うと、アーマルコは珍しく困ったように口ひげを歪めた。

 

「……僭越ながら、ウィレム様。そういった強気なお言葉は、ステイシー嬢に対して使うべきものかと」

「えっ、そ、そうなのかい」

「はぁ、なんと勿体ない……口説き文句をわざわざ男に使うとは……」

「ど、どうしよう。あ、今のメモに残してステイシーさんに使うべきかな……?」

「お疲れのようですから、さっさと仮眠をとられるべきかと。お眠りください」

「……うむ、そうしよう」

 

 はぁ。やはり近頃の仕事で疲れが溜まっていたのだろうか。

 ケイオス卿……貴方の言った言葉は早くも正しさが証明されたかもしれない。

 いや、私が間抜けなだけではあるのだけどもね……。

 

 ……。

 

 ……よし、眠りに落ちるまでの間、ステイシーさんへの口説き文句を考えてみよう……。

 

 



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リールの追加注文

 

 シュトルーベ開拓村からの帰りは、当然走り。道中は急がなければ辻褄が合わなくなるおそれがあるんでね。

 一週間程度の野営期間なんてものはギルドマンならたまに設けるものだし、それはあまり珍しいものじゃない。

 つまり遠く離れたレゴールからシュトルーベに遠征しに来てるなんて、人間不信の奴が居たとしても想像つかないってことなわけよ。

 まぁ今やってるこれも過剰な警戒かもしれないけどな。毎年やってることだし、念のためってやつだ。

 

 そんな訳でバロアの森まで戻ってきた俺だが、レゴールへの帰り道で賑やかな集団を見つけた。

 

「盾、伏せ! 槍、迎撃用意!」

 

 指揮官の大きな声により、百人近くいる兵士達が規則正しくキビキビと動く。

 夏だっていうのに蒸し暑そうな鎧装備を着込んだまま、大きな盾と槍を素早く構える。遠目に見るとそれは、城壁に槍衾が備わったかのような、難攻不落を思わせる陣形であった。ローマとかでやってそうな感じの奴な。

 

「構えやめ! 整列! ……前方へ突撃!」

「ウァアアアア!」

 

 先程まで堅牢な陣形を作っていた男たちが一斉に立ち上がり、前に向かって走り出す。

 やや若めの雄叫びが響き渡り、夏場の湿った地面に土埃が舞う。

 

 彼らはレゴール領の兵士達。今やってるのは、その集団訓練である。

 たまーにバロアの森の前、東門をちょっと過ぎた広いところでこうやって訓練してるんだよな。

 ここにいるのは多分下っ端の連中だろう。兜を被ってはいても声から幼さが垣間見える。しかし熟練の兵士であっても、誰もがこうして下っ端を経験して成り上がっていくのだ。もちろん貴族は別口だけども。

 

「お、知ってる顔がいるなぁ」

 

 訓練中の新米兵士の中にいる一人が、俺に向かって手を振ってきた。

 簡素なヘルムを被っているせいでちょっとわからなかったが、よく見ればそいつは“大地の盾”から兵士に編入された成り上がり組の一人だった。

 鍛えまくって良いもん食ってやがるなぁ。体つきがちょっとがっしりしてる気がするぜ。

 

 俺が手を振り返すと向こうは更に陽気にブンブンと手を振り回していたが、それを見咎められたのだろう、上司らしい兵士にぶん殴られていた。

 痛そうである。まぁ訓練中だしな……緊張感を持って真面目に頑張ってくれ。

 

 

 

「おう、モングレルか。自由狩猟に出てたんだってな」

「ロイドさん詳しいな。誰から聞いたんですそんなこと。はいこれ、ボアとディアの尻尾」

「ん、随分少ないな」

「遊びみたいなもんだったんでね。それに食えるもんは現地で平らげてきましたよ」

 

 処理場でロイドさんに証明部位を渡し、交換票を受け取る。まぁ自由狩猟の交換で貰える額なんてたかが知れてるけどな。これはただのアリバイみたいなもんだ。

 熊胆は荷物の中に入れて隠してある。さすがにクレセントグリズリー討伐はちょい目立つので。

 

「持ち込む肉はそれだけか」

「ええ。解体はしなくていいですよ。全部自前でやったから」

「なんてやつだ。少しは俺たち処理場の連中にも稼がせろ」

「いやぁ処理場のお世話になる時なんて獲物とれ過ぎた時くらいだし……それにロイドさんは死体の切り口とか見て厳しいこと言うからなぁ」

「ええ? なんだよ。先達として親切心で言ってやってるんだぞ」

「ロイドさんみたいな元ベテランギルドマンから言われちゃプレッシャーがひでえもの。お手柔らかに頼みますよ」

「ふん、調子いい事ばかり言うやつめ」

 

 そう、俺はレゴール一調子の良い男モングレルだ。

 

「ん、交換票だ。ああそうだモングレル」

「どうもどうも。え、なんだいロイドさん」

「鍛冶屋のジョスランが腰痛めたんだとよ。しばらく仕事になんねえらしい。見舞いにいってやれ」

「え! マジかよ、大丈夫なのか……わかりました。顔出しときますよ」

 

 ファンタジー世界だからって人の持つ悩みの多くが幻想の中に消えるわけではない。

 人は老いれば死ぬし、腰だって痛める。それが鍛冶屋だったら致命傷だ。

 

 俺はギルドに行くついでに、寄る年波に負けたおっさんの見舞いに行くことに決めた。

 

 

 

「なんだジョスランさん、結構元気そうじゃないか。心配して損したよ」

「ああ!? なんだぁてめーモングレル。病人を冷やかしに来たのか!」

 

 そんなわけで鍛冶屋にやってきた俺だったが、ジョスランさんは店の奥の方でうつ伏せのまま酒を飲んでいた。

 病人なんだかダメ人間なんだかわからん姿だな。いや、実際すげー痛いんだろうけども。

 

「見舞いだよ見舞い、一応な。ほれ肉やるよ。今朝獲ってきたばかりのディアの脚肉だぜ」

「お、おお……おーいジョゼット! モングレルだ! 肉持ってきてくれたぞ! ちょっと頼む!」

「はぁーい……うぉー、モングレルさん! えーいいのそれくれるの!? やったーありがとう! 今度お礼するからね! あ、また何か面白い仕事あったら教えてね!」

 

 そしてジョスランさんの一人娘のジョゼットは肉を貰うなり挨拶もそこそこに奥へと引っ込んでいってしまった。

 相変わらず勢いのあるせっかちさんだ。

 

「しかしジョスランさん、なんでまた腰なんてやっちゃったんだよ」

「あー? あー……鉄床を動かそうとしただけだ」

「持ち上げようとしてグキッとなったわけか。かわいそうに」

「……油断してただけだ。まだまだ俺は働けるぞ」

「そりゃそうだ。ジョスランさんにいてもらわないと俺も困っちまうよ」

「お前は手を借りるのはほとんどジョゼットだろうが」

「いやいや、新しい装備買った時とかに磨いてもらったりするじゃん」

「ふん、どのみち変な仕事ばかり持ってきやがる」

 

 そうは言うが、街の鍛冶屋なんて手広く便利でなんぼだぜジョスランさん。

 

「……で、もうヒーラーには診てもらったのかい、ジョスランさん」

「ああ。二日にいっぺん、診て処置してもらってる。あとは飲み薬とくっせぇ湿布だな。まだもうしばらくこのまんまだ。退屈でしょうがねえ」

「そりゃ大変だ……仕事できないってのは辛いよな」

「まあ今は丁度俺もジョゼットも暇が出来てたんでな、運が良かった。お偉方の依頼をやっつけてる時じゃないだけ幸運だ」

「そりゃそうだな。……てことは今なら俺から仕事頼んでもいいってことか」

「おい。別に今は無理に仕事したいわけじゃねえんだぞ?」

「わかってるって、頼むのはジョゼットの方だよ。ほら、この前頼んだリール。あれをさらに二つばかり作ってもらおうと思ってさ」

 

 俺はリールを巻くジェスチャーをしてみたが、よく考えたらこれで伝わるはずもなかった。

 

「……ああ、あの糸巻きのやつか」

 

 伝わってたわ。

 

「木型はある。そのくらいだったら構わんぞ。前と同じで良いんだな?」

「ああ。大変な時に悪いね」

「いいや構わん。……あれは釣り道具なんだろう? なんだ、また売るのか?」

「今回のは使う用。釣り竿は幾つ持ってても良いからな」

 

 この夏は“アルテミス”の連中と一緒に海にいくわけだしな。その準備は整えておかないといかん。

 この前の湖でも釣り竿は持っていったけど、海ならやっぱ全部リール付きの竿じゃないとな。

 へっぽこリールでも無いよりはマシなはずだ。

 

「釣りねぇ。俺も近くの川でカニくらいなら釣ったもんだが」

「え、ジョスランさんもそういうことしたことあるのか」

「おおさ。こんくらいの太さの丈夫な糸の先に屑肉をつけてな。でかい岩の影に投げてやるんだよ。あとは潜られない内に引っ張るだけ。まぁ、ガキの頃の遊びの一つさ。街の外だったもんで、親父には怒られたがな」

 

 あー、街出身の人が外出るのはそりゃ大変だろうな。

 この世界は普通に子供を攫う連中がいるからマジで危ない。

 

「焼いたカニはまたうめぇんだよな。食う所なんてほとんど無いようなもんだが……」

「わかる。カニは良い……あのぷりっとした身がな……」

「……おうモングレル。今度カニ釣ってきてくれよ」

「えぇー。いやなんかジョスランさんこの流れで言い出しそうだなーとは思って聞いてたけどさぁ」

「うるせぇ食いたくなったんだよ。……よし、何匹か釣ってきたならなんかうちで余ってる装備一つやるぞ」

「しかも売れ残りかよ」

 

 在庫整理のついでに美味い飯を食おうってか。そんな餌に俺が釣られるとでも思ったか。

 

「多分お前の欲しそうなやつだぞ。うちの倉庫の奥にあって、掃除でもしないと取り出せんやつだ」

「そいつは気になるわ。ジョスランさん、そういうものをなんで店先に置いておかねえんだよ」

「当たり前だろが。売れねえから倉庫の奥にしまってあるんだよ」

 

 確かに……。

 

「あの頃食ったカニの味思い出しちまった。また食いてえなあ……」

「ああ、わかったけど……釣りはまた今度な。多分今の季節は川にいないからさ」

「ふん、そういうものか。俺の頃はどうだったかな……うーん、思い出せん」

「ま、腰が治った後の楽しみに取っておいてくれよな。あ、リールの件は頼んだぜ。料金は前回と同じで二つ分な。先に払っておくからよ」

「おう助かるぜ。お前の金払いの良さだけは俺も尊敬してるぞ」

 

 俺はあまりツケとか借金とかしない主義なんでね。

 

「話に聞いてたより元気そうで良かったよ。それじゃあな、ジョスランさん」

「おー」

 

 そうしてうつ伏せの親父さんと別れ、俺はギルドに帰っていった。

 

 ……レゴールの人々と話したり平坦な道を歩いていると、やっぱなんだかこう、癒されるね。

 





当作品の感想数が15000件を超えました。すごい。

いつも皆様の応援に励まされています。ありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。


(ヽ◇皿◇) ヽ( *・∀・)ノ スンッ…

(ヽ◇皿◇) ヽ(・∀・* )ノ

(ヽ◇皿◇) ヾ( *・∀・)シ パタタタ…


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雨宿りと海の話

 

 夏は暑い。気温は前世のコンクリートジャングルほどではないにせよ、エアコンのない世界では普通にどこいっても暑いのが困りものだ。逃げ場がない。

 汗も無限に流れ出てくるし、不快感は募る。毎日でもシャワーを浴びたくなる季節だ。実際、俺はこういう季節に外で雨が降ったりなんかすると、水浴びをすることがある。バロアの森の中だったら半裸どころか全裸になることさえあるぜ。天然のシャワーってやつだな。

 

 とはいえ、さすがの俺も雨が降る度に裸族になるわけではない。

 特に昼間のギルドでお茶なんぞ注文してまったりしている時なんかは、人並みに“雨だりーなー”なんて思ったりもする。

 

「雨止まないっスねぇ」

「困りましたね。クランハウスに帰るまでに止んでいると良いのですけど」

 

 ライナとモモは同じテーブルでボードゲームに興じていた。ムーンボードというやつだ。

 俺はこのゲームのルールが未だによくわかっていないため具体的なものはわからないんだが、二人ともそれなりに強いらしい。

 パーティー同士で交流する機会も多く、歳が近いのもあって二人はそこそこ仲良しだ。性格やタイプは結構違うように思えるんだが、不思議なもんである。

 

「雨が降ると給水の仕事も焼却の仕事も暇になるから大変ですよ、まったく。そのせいであぶれた魔法使いが別の依頼を取りにくるから、まるで良いこと無しです」

「あー、うちのナスターシャ先輩もそんなこと言ってたっス。雨が降ると魔法使いは仕事を失うって」

「火と水属性は大変ですね。まあ、かといってこんな天候じゃ私みたいな闇属性使いだって微妙なんですけど」

「モモちゃんの闇属性ってどんなことできるんスか」

「ふふん、よくぞ聞いてくれましたね!」

 

 ちなみに俺は別のテーブルで新しくギルドに入荷した魚の図鑑を読んでいます。

 今まで貯めてきた貢献度をいくらか払って酒場で読ませてもらっているわけだ。エレナも最近は融通がきくようになってきたもんだぜ。

 

「闇属性は相手の視界を奪う他、契約や呪い、侵食も司っています! 世にある魔法らしいことのほとんど全てに闇魔法が関わっていると言っても良いくらいなのですよ!」

「はぇーすっごい……」

「よくわかってなさそうな顔してますねライナ……つ、つまりですね。この世の魔道具が魔法的な機能を備えているというのはすなわち、闇魔法の特性である呪いが備わっているということでもあるのです。つまり、魔道具と闇魔法は密接に関わっているということなのですね! 魔道具職人となるためには、闇魔法の研鑽が欠かせないのですよ! わかりましたか!?」

「おー……モモちゃん魔法の話になるとめっちゃ早口っスね!」

「ちょっと! 真面目に聞いてくださいよ!」

「い、いやぁ、聞いてはいるんスよぉ」

 

 騒がしい連中だぜ。まぁ今日はまだ酒のんでギャーギャー言ってる連中が居ない分まだマシだな。

 隅っこのテーブルで“レゴール警備部隊”の爺さんたちが孫の話で盛り上がっている平和な空間だ。和むぜ……。

 

「ちょっとモングレル! 聞いてますか!?」

「いや怒ったテンションを俺に引きずってくるなよ……あと聞いてる前提で話すのやめろ。テーブルちげぇんだから」

「モングレルは色々な装備を持っているんですよね? だったら魔道具の一つくらい持っているんじゃないですか?」

「魔道具は身近で便利なものだから、モモちゃんが褒めて欲しいみたいっス」

「そうは言ってないですけど!?」

 

 魔道具か、魔道具なぁ……まぁ一応あるにはあるな。

 

「魔石が勿体なくて全然使ってないけど、ほい。これとか魔道具だな」

「え、モングレル先輩魔道具なんて持ってたんスか」

「……ああ、小型の魔道ランプですね? モングレルが持っているとは意外です」

 

 一応常に携帯しているものとして、タバコの箱くらいのコンパクトなサイズの魔道具は持っている。

 ビー玉よりちょっと小さいくらいの魔石をカートリッジに入れて扱うタイプの魔道具で、やる気のない豆電球くらいの光量でぼんやりと光ってくれるライトだ。

 

「ただこいつ、燃費が最悪なんだよな。魔石入れても十分くらいしか光ってくれねえんだよ」

「そんなものですよ。小さい魔石じゃ蝋燭ほど長く光るわけでもないですからね」

「こういう雨の日とかは使えそうっスよね」

「俺もそういう考えで買ったんだけどなぁ。全然使う機会がねーんだ」

 

 俺の唯一の使用機会といえば、野営中の深夜とかに起き出して、自分の寝床の近くで物探しする時とか……そんくらいかな。

 いやそのために700ジェリー分の魔石使うか? って話だわ……。

 

「自動で矢筒から矢を取り出してくれる魔道具とか欲しいっス」

「それはまた大掛かりになりそうですね……」

「海底の地形とか海の中の魚の様子を探る魔道具とかねーかな」

「ありませんよそんな高性能なもの! ……あ、そういえば“アルテミス”はもうすぐ海の方まで遠征に行かれるんでしたっけ」

「っス。アーケルシアまで行って仕事もするんスけど、半分は観光っス! モングレル先輩も来るんスよ」

「そうなんですか!?」

「おう。一緒の馬車に乗らせてもらうぜ。一人で行くよりも安く上がりそうで良いや」

 

 一応、“アルテミス”は向こうで海ならではの討伐もやってみるらしい。

 その他幾つか野暮用もあるのだとか。まぁその辺りは俺にはあまり関係ない。

 俺としては海産物が手に入ればそれだけで良いからな。あとは調味料とか現地ならではの飯とか……。

 

「でしたらまた私が改良した足ヒレを持っていくと良いでしょう! モングレルの所感から問題点を洗い出し、幾つか変更を加えた足ヒレです! 海で使えるならきっと売り物にもなるはずですよ!」

「モモお前まだ足ヒレ作ってたのか……」

「もちろんです! まぁそこまで複雑なものでもないですからね! 今度渡してあげますよ!」

「使ってみたらまた感想を言えば良いんだな?」

「ええ! あ、もちろんライナが使っても良いんですよ!」

「えー……私そこまで泳ぐの自信ないっス」

 

 足ヒレか……銛とかヤスとかがあれば漁ができるが……水中メガネ無しでやることじゃねえな……。即席で簡単なゴーグルでも作ってみるか……?

 いや、そもそもゴムがないと銛は微妙か。……マジで足ヒレが泳ぐための補助道具にしかならない気がしてきた。

 

「うげ~、雨だ雨だ! チクショ~馬車乗ってる間に止むと思ったのによォ~!」

「ひーたまんねぇ、おっ? モングレル。それにライナちゃんとモモちゃんか。暇そうにしてるな」

「おーチャック、それにバルガー。任務帰りか? ずぶ濡れだな」

「おはざーっス。お疲れさまっス」

「“収穫の剣”はよくわからない時間に任務に出ていますね……」

 

 雨模様の外からギルドへ転がり込んできたのは、バルガーとチャックだった。同じパーティーとはいえ、意外と珍しい二人組かもしれん。

 一応二人は防水用のマントも羽織っていたが、所詮はマントである。さすがに東門からずっと降られていれば相応に濡れてしまうらしかった。

 

「俺たちはちっと隣街にいたもんでな。ま、大人の男には色々あるんだよ」

「ヘヘッ、ライナとモモにはまだまだ早い世界ってやつだぜェ~」

「どうせまた風俗だろ?」

「ばっ、ちげーしッ! いやそういう店にも行ったけど。競馬見に行ってたんだよ! 競馬!」

「お前らにも見せたかったぜェ~! “ボストークジャック”が最後の直線で前方集団をぶっ千切るところをよォ~!」

「なぁんだ、賭け事っスか」

「お金を粗末にする人は長生きできませんよ!」

 

 二人が真面目に育っているようで俺は安心だよ……。

 

「まぁ俺も賭け事はしないけど……夜の店にも行ったってことは賭けには勝ったんだな?」

「おぉよォ! 夏最後の競馬だからなァ~、気前よく張ったらもう大当たりだぜェ!」

「しょーがねぇなぁ……賭け事の面白さを知らんお前らにこのバルガー様が酒をおごってやるよ。一杯ずつな」

「わぁい!」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「サンキューバルガー!」

「モングレルにはねぇよ! 自分で頼め!」

「はぁ!? なんでだよ! 俺にも賭け事の面白さを教えてみろや!」

「いい大人が意地汚いっス」

 

 結局俺は奢りにありつけず、ライナとモモにだけ無料のエールが振る舞われることになった。

 はー、これだから賭け事は駄目なんだよなぁ。

 

「お? モングレルはまーた図鑑読んでるのか」

「魚の図鑑だァ~? あ! モングレルてめぇ“アルテミス”と一緒に海に行くんだよなァ~!? ふざけやがってェ~!」

「おう、行くよ」

「羨ましいぜェ~……!」

 

 素直なやつだなぁ……。

 

「はいはい、まぁ余裕があったら向こうで土産買ってくるから。チャックもバルガーも、何か買ってきてほしいもんとかあるかよ?」

「俺は別に。海と言われてもな。あ、干した貝は好物だぞ。貝柱のやつな。あれがまたうめぇんだ」

「お、良いね貝柱。わかった、買っておこう」

「え~だったら俺もそれにするぜェ。食ったことね~けど」

「へー、そんなのあるんスねぇ」

「私も食べたことないですね」

 

 干し貝柱は美味いぞチャック……酒が無限に進むんだ……。

 この世界にもあるんだな、そういう干物系。まぁあって当然か。

 

「まぁモングレルもついてるし心配はいらんだろうが、海は危ないからな。ライナちゃんは気をつけていけよ。変に深い所泳ごうとすると簡単に死ぬって話だからな」

「はぁーい」

「モングレルも、“アルテミス”の若い連中が溺れないようにちゃんと見ておけよ。お前泳げるんだろ?」

「わかってるって。安全には重々気を払うさ」

 

 不慣れな奴の海難事故ほど恐ろしいものはないからな。しかも泳げるかどうかがかなり怪しいともなれば、堤防釣りでもリスクは高い。海水に落ちただけでも大変だ。

 

 ……現地についたら、念のために木製の浮き輪なんか作っておいてもいいかもしれないな。

 



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獅子と狼の旅行準備

 

「レオー、旅行の支度できたー?」

「! ちょ、ちょっとウルリカ! 勝手に入らないでって……!」

「もー良いじゃん私達の仲なんだしさー」

 

 “アルテミス”のクランハウス、レオの私室。

 そこにウルリカが訪れている。レオは丁度着替えの選別をしている真っ最中で、その作業は旧知の仲とはいえウルリカにも見られたくはなかった。

 

「それにほら、私だって持っていく服で悩んでるんだよ? 馬車とはいえあまり荷物が多すぎてもいけないしねー。レオもそうでしょー?」

「……まぁ、そうだけどさ」

「あ、またそんな丈の長いスカート選んでる。もっと短くしちゃえばいいのに」

「良いんだよ、僕はこのくらいの長さが好きなんだから……ウルリカのは短すぎ」

「可愛いから良いの」

「はいはい」

 

 趣味用の衣服の選別もそこそこに、レオは装備品の選別に入る。

 双剣使い。コンパクトなショートソードとはいえ、それを二本用意するとそれなりの荷物になってしまう。特に困るのは鞘の固定位置で、実用面では腰の左右に差して固定するのが最も抜きやすくはあるのだが、そうなると専用のベルトが必要になり、そしてそのベルトは大きな旅装用の背嚢とは相性が悪かった。

 

「うーん、今回はあまり長々と背負わないとはいえ、ベルトが圧迫されるのが辛いなぁ……」

「そのベルト良いよねー、かっこよくて」

「うん。それに使いやすいから僕も気に入ってる……けど、腰の上の方まで覆うタイプだからちょっと邪魔で……」

「じゃあ荷物少なめにしないとだね」

「えー、いやぁ……けどそうなると、容量が……パーティーで分割して持ち運ぶ物だって色々あるだろうし……鞘用のベルトを妥協して右側に二本差しておけばそれで済む話ではあるからさ。こっちのほうが融通きくし……」

「駄目だよそんなの!お洒落装備をやめるなんて!」

「え、ちょ、ちょっと」

 

 レオが取り出した妥協用のベルトを放り投げ、ウルリカはレオが普段使いしている愛用のベルトを差し出した。

 

「ほらっ、こっちのが腰が綺麗に見えるでしょ! 絶対こっちのが良いって!」

「……そ、そうかな」

「そうだって! 駄目だよーレオはもっとお洒落にならなくちゃ! それに今回はモングレルさんもいるから、ある程度の荷物は持ってくれるって!」

「それはちょっと、モングレルさんに悪いんじゃ……」

「平気平気! モングレルさん結構甘い所あるから、おねだりすればいけるって!」

「また悪いことばっかり覚えて……良くないよ、そういうのは……」

 

 装備の選び方には個性が出るが、ギルドマンは使い勝手の他にも見た目も重視する。誰だってどうせならば格好つけたいものだし、見た目を整えれば雇われやすくなることも実際にあるからだ。

 もちろんそれは程度問題ではあるし、ウルリカの場合は特に見た目を最重視するタイプの珍しいギルドマンではあるのだが。

 

「アーケルシア楽しみだねー……どんな魔物がいるのかなー」

「……レゴールからは遠く離れた場所だからね。それも海沿いとなると、やっぱり違うんだろうね。海にも知らない魔物がたくさんいそうだ。魚とか、海獣とかね」

「ねー。さすがに海中を泳ぐような魔物相手だと“強射(ハードショット)”でも仕留めるのは難しいんだろうけど……顔を出してる時ならいけるかも」

 

 水中への射撃攻撃は非常に難しい。視認性が悪いのもあるが、ある程度まで潜られるとスキル込みの射撃でも威力が減衰してしまうのだ。そうなれば標的に命中しても仕留めきるところまでダメージを与えることができなくなる。

 

「レオはあれだよね。スキル両方とも使ってればちょっとだけなら水面を足場にできるんだよね?」

「うん……けど、波の強い場所だとわからないよ? 上手く踏み込めないとそのまま水没しちゃうかも」

「じゃあ剣で仕留めるのも難しいなー」

「あはは……あまり当てにはしないで欲しいな」

 

 風属性のスキルを二種類持つレオは、自身の体重を削りつつ風を生む剣戟を放つことによって、わずかな間ではあるが水上で動くことも可能だった。

 “アルテミス”の前でもスキルで川を走り渡る芸当は見せており、その際は全員から驚かれたものであった。

 

「やっぱり海中の獲物を獲るにはシーナ団長か……ライナの“貫通射(ペネトレイト)”が良いかなー」

「“貫通射(ペネトレイト)”は水中でもそのまま飛ぶんだっけ?」

「そうそう。水の中でもけっこー進むみたい。ライナもほんっと良いスキルを手に入れたよぉ。羨ましい……」

「ふふ。ウルリカのスキルだって強力じゃないか」

「まあ大雑把に使えるのは気に入ってるけどねー……もっと飛距離と使い勝手が良ければなぁ」

 

 ウルリカのスキルは現状二種類。

 “弱点看破(ウィークサーチ)”を習得したのは幼少の頃だったので、二つ目の“強射(ハードショット)”を手に入れたのも比較的早かった。

 スキルの習得頻度はかなり早熟である。とするならば、3つ目のスキルがそろそろ来てもいいのでは。そうウルリカ自身は考えていた。実際、才能ある者であれば二十歳前にスキルを3つ手にすることも珍しくはない。

 

「あーあ、新しいスキル欲しー……」

「練習あるのみだね」

「じゃあ練習付き合ってよね。一人じゃ危ないから」

「わかってるよ」

 

 レオが護衛し、ウルリカが矢を放つ。昔はそうやって狩りを続けてきた。最近は互いの技量も上がり出来ることも増えたが、コンビネーションに陰りはない。

 また昔のように変わらず狩りができることが、レオには嬉しかった。

 

「……ところで、レオさぁ。この前飲んでもらった薬……あれどうだった?」

「え? 薬って……まぁ、飲んでみたけど……確かにちょっと身体が熱くなったりはしたかな……」

「時間はどれくらいで? 他に何か、変な感じになったりしてなかった?」

「えっと、鐘二つ分くらいかな……そのくらい経ってから、自分でわかる程度にポカポカと……そ、それくらいだよ」

「ふーん……」

 

 しかしレゴールでウルリカと再会してから、変化を感じる面もあった。

 妙に部屋の置物に拘ったり、調合を勉強したり、あるいは妙なマッサージなどをレオに勧めてきたり。

 元々きまぐれで動く事の多い幼なじみだったので不思議な変化というわけではなかったのだが、時折ウルリカが放つ熱意に気圧されることも多かった。

 

「……効き目を出すならもう少し粉末を混ぜたほうが良いかな……わかった、ありがとー。また今度手伝ってね?」

「それは構わないけど……身体に毒にならないようにしてよ?」

「大丈夫大丈夫、身体が元気になるものしか入れてないから。私も時々自分で試してるしねー」

「だったら良いけどさ……」

 

 近頃は矢毒の調合にも熱心に取り組んでおり、勉強熱心な部分も見えてきた。

 昔は才能と感性だけで全てを乗り切るようなタイプの幼なじみだっただけに、その成長が少しだけレオには眩しい。

 

「……僕も何か、パーティーのためにできることがあればいいんだけど……」

「え? 何を?」

「ほら、僕って剣の扱い以外はこれといって得意なこともないからさ……あまり“アルテミス”に貢献できてないんじゃないかなって」

「いやぁそんなこと全く無いと思うけど……なんだかんだ力仕事もやってもらってるし……秋が本番なんだから、まだまだこれからだよ」

「……そうかな」

「そうそう。急がなくて良いって! どうせ秋から忙しくなるんだから!」

 

 まだレオが加入してから秋は訪れていない。

 レゴールの秋はギルドマンにとって狩猟の季節。秋が来れば高値で売れる味の良い肉が豊富に獲れる上、皮の処理や牙の加工など、やろうと思えば委託せずに手作業できる仕事はいくらでもある。

 特に角や牙の細工物は安定した価格で売れるので、ギルドマンの副業としては非常に向いていた。

 

「まぁまぁ、今は秋よりも夏だよ! 特訓も仕事も良いけど、せっかくの旅行なんだから楽しんでいかないとね!」

「……はは、そうだね」

 

 アーケルシアに向けての出発は、もう明日に迫っていた。

 




当作品の評価者数が3700人を超えました。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


多くの評価をいただいたお礼に、にくまんが歌います。


( *・∀・)ニクマンバッソマァーン♪


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胡散臭い相乗り客

 

 夏だ! 海だ! 生食できるであろう海水魚だ!

 というわけでね、今回はね、湾岸都市アーケルシア目指して行きましょうというわけなんでございますけども。

 アーケルシア。レゴールからだとアホみたいに遠いんだよな……ただ旅行のためだけに行くのはギルドマンとしてはとんでもなくもったいない。

 だから移動時は馬車の護衛任務を受けつつ移動していくわけなんだが、いや、さすがにアーケルシアまでともなると直通の護衛依頼なんてものは全く無い。途中で立ち寄るベイスンだとか、そこらへんの大きめの街でちょくちょく護衛任務を受け直したりしながら進んでいくことになるわけだ。

 

 が、そういう時にブロンズランクのギルドマンってのはどうしても弱い。

 隊商だって弱っちい護衛をわざわざ雇いたくはねーからな。というかそもそもソロがお呼びじゃない。なので、こういう時こそ箔のついた有力パーティーだと任務が受けやすくて便利なんだ。

 今回の俺は“アルテミス”にくっついてスムーズに護衛任務のおこぼれをいただくことにしている。なぁに、荷物持ちでもなんでもやらせてもらいますぜ。報酬はしっかり一部いただくけどな。グヘヘ……。

 

「あ、モングレル先輩。もう馬車駅来てたんスか。早いっスね……っていうか、荷物ヤバいっスね……」

「ようライナ。長旅になるからな、現地でも道中でも楽しめるように色々必要だろ?」

「引っ越しする人みたいになってるスけど……」

 

 俺の今回の装備は、まぁ一見すると夜逃げ男みたいに見えないこともないか。

 なにせレクリエーション関係の物をこれでもかと背負っているからな。逆にギルドマンらしい物がバスタードソードくらいしかないかもしれん。

 チャクラムは置いてきた。ハッキリ言ってこの旅にはついてこれそうもない。

 

「うわー荷物重いよー……あーモングレルさんおはよ……ってなにその荷物! うわぁー」

「おはよう、モングレルさん。……これはまた、凄いね」

 

 反面、ウルリカやレオの荷物は非常にコンパクトだ。

 

「何だお前たちの軽装は。遠足に行くんじゃないぞ。もっと気合い入れて夜逃げしろ」

「モングレルさん、そのまま門から出ようとしたら衛兵さんに止められちゃいそうだねー」

「ははは……確かに夜逃げしてそうだからね」

 

 その後やってきたシーナとナスターシャは、標準的な量の荷物を抱えていた。

 と思ったら、その後ろのゴリリアーナさんが特にたくさんの荷物を請け負っているらしい。まぁ力のある人が運んだ方がいいってのはその通りなんだが、“アルテミス”はその辺りはっきりと分担しててすげぇな。

 

「……ふむ、大荷物だな。まぁ、馬車に乗せるのであれば問題にはならない、か」

「アーケルシアまでは護衛をするのだから、あまり浮ついた姿をされても困るのだけど……」

「大丈夫だって。むしろ俺が荷物持ちに見えて自然だろ?」

「自分で荷物を増やしておいて……まぁ、良いけどね。今回は貴方のその大荷物をあてにして装備品を整理してるところもあるから」

「お、そうなのか?」

「いざという時の野営装備を削減したくらいだけどね。今回も似たようなものはあるのでしょう」

「ご明察。さすが“アルテミス”の団長さんだな」

 

 シーナは褒められてなさそうな顔でため息を吐いた。

 

「……まぁ、かなり長期間の同行になるでしょうから、よろしく頼むわね」

「おう。荷物持ち、荷物運び、接近戦辺りは任せてくれ。それ以外の時間は好きにさせてもらうけどな」

 

 こうして俺たちは馬車に乗り込み、出発する事と相成ったのである。

 俺、ライナ、ウルリカ、レオ、シーナ、ナスターシャ、ゴリリアーナ。計7人による長い長い旅の始まりだ。

 

「おー悪いねぇ“アルテミス”さんたち。ベイスンまでもう一人乗せてくから、もうちょい待ってくれるかね」

 

 と思ったが、まだもう一人追加する予定があるらしい。

 まあ馬車も貸し切りで動いているわけじゃないからな。積み荷でも人でも乗せられるだけ乗せて利益を出すわなそりゃ。

 しかし顔見知りしかいないこの馬車の中をたった一人だけ他人として乗ってなきゃいけないってのは……疎外感ありそうだな。可哀想に。

 まぁいかめしい男ばかりの荷台じゃないだけ幾分マシか。

 

「やあ、遅れてすまないね。土産物を買っていたせいで少し遅れてしまったよ……おや?」

「あ」

「……あっ」

「……って、最後の一人はお前かい……」

 

 さて誰が乗り込んでくるのかと思っていたら、乗り込んできたのは馴染みのある女だった。

 金の長髪。浅黒い肌。青と金のオッドアイ。古びた魔法使いのローブに魔法使いっぽい杖を装備したエルフ。

 

「これはこれは……まさか少年と一緒の馬車に相席することになろうとは。ウフフ、面白い運命もあったものだね?」

 

 カテレイネ。

 ぱっと見た感じすごい裏設定のありそうなダークエルフだが、実際は日焼けしただけの一般農民エルフ女。

 昔、根無し草だった頃の俺がちょくちょく世話になっていた親切なお姉さん(一歳上)である。

 

 

 

「なるほどね。君たちはアーケルシアまで旅をするわけだ。それは随分な長旅になりそうだ……ギルドマンは大変だね」

「まぁ、今回のは護衛しながらの旅行を兼ねた遠征ってところだけどな。アーケルシアまで着いたら釣りを楽しむつもりだぜ。ほら、竿も用意してあるからな」

「おお、本当だ。へえ、準備は万端というわけだ。楽しんでおいで」

 

 ゴトゴトと馬車が走る中、俺たちは……というか、俺とカテレイネが主に会話をしている。

 “こんなところで居合わせるとはな”と思うところもあるが、別に不意の遭遇をして煩わしい相手でもない。逆にこうして気兼ねなく話せる分、相乗りできて良かったかもしれないな。“アルテミス”の連中にとってはなんのこっちゃだろうけども。

 

「あの……カテレイネさんって、モングレル先輩の知り合いなんスよね……?」

「ん? ああ、そうだよ。君は確かライナだったね。また会えて嬉しいよ」

「あ、うっス」

「そちらの可憐な少女も、お客様だったね。いや、本当に奇遇だよ」

「あーえーとはい……お久しぶりです……」

 

 なんだウルリカも知り合ってたのか。怪しい行商人やってるくせに顔広いなカテレイネ。

 

「ベイスンまでの道連れだから軽く自己紹介をしておこうかな。私はカテレイネ。見ての通り、ただのしがない野菜売りだよ。……といっても、今は商品を売り切った帰り道だから、土産物くらいしか持っていないけどね」

「ふむ……野菜売り、か」

 

 ナスターシャが目を細めて含むようにつぶやいているが、この胡散臭いエルフは実際に野菜売りである。レゴール観光と都市部での買い物を満喫してホクホクで帰るところのただの田舎者だ。グローブを外したその下は日焼けの薄くなってる農家のがっしりした手だよ。断じて魔法使いとかそういうのではない。

 

「モングレル先輩って、昔はどんな感じだったのか聞いても良いっスか?」

「あ、それ私も気になるわね」

「えっ、あー……聞いちゃっても良いのかなー、そういうの……」

「あーまぁ好きに話のダシにでもしてくれよ。別に隠してるようなことでもないからな」

 

 まぁ嘘をつけばボロが出るかもしれないし、あえて昔話をしてないところはあるけどな。必死になって隠したら後ろ暗いことをしてたみたいに思われやすいから、こういう時がきたら流れに身を任せるのが一番だ。

 カテレイネと過ごした時期なんて、ド健全な便利屋でしかなかったからな。

 

「少年……モングレルとは、そうだね。最初に会ったのは16年近く前になるのかな?」

「そんくらいだな。……けど、もうそんな前になるのか……」

「大昔っス!」

「ウフフ。……その頃も私は行商をやっていてね。その時に少年と出会って、色々とあったのさ」

 

 まぁ色々はあったが……野菜売りに行ってたお前が町の連中にボられそうになったところを俺が助けてやったんだろうが。ボカしてちょっと思わせぶりにするんじゃない。

 

「その頃のモングレルは便利屋をやっていてね」

「便利屋? っスか?」

「そう。まあ、ギルドに所属せずに活動しているギルドマンのようなものだよ」

「……そ、それってあの、大丈夫なんですか……? 危なくはないんですか……」

「どうだろうね。それはモングレルに聞いてみないと。けど少なくとも、当時の私は彼に手伝ってもらいたい仕事が多かったし、彼も仕事を欲していたみたいだったから。お互いに騙し合うことはなかったよ。良い商売相手だったというわけさ」

 

 “アルテミス”の十代連中が感心している。

 ……まぁ、この時はギルドって組織もどうなんだって思いながら各地を回ってたからな。実際適当な仕事でもなんとかなるだけの力が俺にはあったし、そこまで組織の後ろ盾みたいなものが必要なかったのもある。

 ギルドに加入したのはレゴールに来て、バルガーに色々と教わってからだ。正直もっと早く入っとけば良かったと思ってはいる。

 

「作業を手伝ってもらったり……ああ、商売に必要な計算術も教えてもらったりね。彼には助けられたものだよ」

「……モングレルが15歳の頃よね。その頃に計算なんてできたの、貴方」

 

 おっと、さすがにそこらへんに話が突っ込むと少し痛い腹が見えちゃうぞ。

 

「俺のいた村は計算できる爺さんもいたからな。その人から色々と教わったんだよ。こう見えて俺は今すぐにでも大商人になれるだけの知力を持ったギルドマンなんだぜ?」

「……そういう言われ方をすると、途端に馬鹿っぽいわね」

「計算……商売……うっ、頭が痛いっス」

「あはは、ライナはよくナスターシャさんから勉強を教わっているもんね」

「“アルテミス”に所属する以上、最低限の計算能力は培って貰わなければならん。ウルリカもゴリリアーナも通った道だ。ライナにもやってもらうぞ。当然、今回の移動中にもな」

「うわぁん」

 

 どうやらライナは算数の宿題を課されているらしい。

 けどこの世界で騙されないよう生きていくためには最低限その辺りの技術はあったほうが良いぞ。ちゃんと勉強しておけ、ライナ。

 

「……賑やかで良い友人を持ったね、少年」

「まぁな」

 

 そりゃ昔と比べたら雲泥の差に見えるだろうけどな。

 昔の俺も完全なぼっちってわけじゃなかったが、やっぱ拠点を構えて生活するってのはデカいよ。そういう意味でも、ギルドマンになって良かったと思っている。

 

 たまに昔話なんかして、かと思えば暗算問題を出し合ったりして。

 そんな和やかな雰囲気で、馬車の旅が始まった。

 



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異世界の車窓から

 

 馬車は自動車ではない。何言ってんだって思われるかもしれないが、自動車と同じような感覚で馬車をイメージしてると思わぬトラブルに遭遇した時にショックを受けることになるだろう。だから異世界トリップした人や異世界転生した人は今一度、馬車についてよく考えて欲しい。

 名前の通り、馬車は馬が車を引きずっている乗り物だ。当然その動力はエンジンなどではなく、馬である。また車輪だって特徴的で、ゴムタイヤではなく普通の車輪だし、路面も原始的な轍があるだけだ。

 

 動物が引きずっている都合上、燃料があれば素直に走るような乗り物ではない。

 もちろんその速度だって決して速いもんじゃない。安定して時速60kmだせるはずもないどころか、最高速でもそこまでいくことはまずないだろう、軍馬だったらいくかもわからんが。

 速度を出して走っていれば当然バテるので、馬車は一定の落ち着いた速度で動くのが基本だ。

 

 また、夜はほぼ走れないものと思った方がいい。野生動物や盗賊が危ないからだ。轍のお陰でレーンに沿って走れはするからたまに夜間も道を急ぐ馬車もいるのだが、そういう奴らに限って賊や魔物の犠牲になったりする。

 つーか道中ちゃんと日中の間にたどり着けるように宿場町が配置されているもんだから、マジで無理する必要はないんだよな。夜も進みたいっていうのはよほどのせっかちくらいだ。一般人は大人しく寝ていた方がいい。

 

 そして積荷の積載重量にも限度がある。繰り返しになるが馬が運んでくれているわけでね。積荷をドチャクソ重い荷物ばかりにしても、馬が苦しむだけだ。場合によっては馬が体を壊してしまう。

 なので重い荷物を馬車に乗せる時には、上限を設けなければならない。物でも人でもな。

 さらに言えば、馬の負担を軽減するために時折乗っている人に降りてもらい、ちょっとだけ外を歩かせることで馬を休めるっていう手もあるわけだ。

 だからまぁ、馬車の護衛を請け負ったギルドマンなんかは哨戒という本旨もあって、ちょくちょく馬車の外に出て歩く。馬もそこまでスピードを出しているわけではないから、置いていかれるってほどでもない。

 ぼーっと座っているだけでも道を進んでいけるのは楽だが、揺れとか狭さとかもあってずっといるのはなんだかんだしんどいしな。

 時々交代しながら、俺たちは外の空気を吸ったりしているわけ。

 

「そういや俺たち剣士組は全員ランク低めなんだよなぁ、一応」

「ああ、そうだね。モングレルさんと僕は同じだから……けど、ゴリリアーナさんはシルバー3に上がったから、低いとは言えないんじゃないかな?」

「お? マジかよそれは知らなかったぜ。おめでとう、ゴリリアーナ」

「は、はい。どうも、ありがとうございます……この夏ようやく、昇級できました……」

 

 今の時間帯の馬車外警備は、俺とレオとゴリリアーナの三人。

 得物はそれぞれ違うが、全員剣士である。

 そして俺含め全員がランク以上の力を持っていると考えて良いだろう。

 

 俺は言うまでもなく、レオはギルドマンになって日が浅いからだし、ゴリリアーナさんはこう……精神的に控えめなところがあるだけで膂力とかその辺りのステータスはA+いってそうだから、ゴールドくらいまでは順当にいけると思うんだよなぁ。

 

「この布陣だったら後衛なしでもそこらへんの盗賊が相手ならなんとかなるだろうな」

「と、盗賊ですか……」

「モングレルさんは盗賊の相手をした経験は多いのかな? 僕は狩猟ばかりだったから、そこまででもないんだけど……」

「そりゃまぁ、俺も長いからな。無法者を相手にした経験は多いぞー。さすがにこんな護衛のついた馬車を襲ってくるような奴はいないけどな」

 

 俺が狙われているのはソロでやっているからだろう。パーティーで行動していれば護衛の時だってそうそう狙われるもんじゃない。数で固めて行動しているからこそ、盗賊たちに対しても牽制になるからな。

 

「“アルテミス”はどうなんだ、こういう護衛やってる時なんかに狙われたりするのか」

「うーん、僕はまだ新参者だから経験も浅いけど……一度だけ、盗賊団って呼んでも良い相手から襲われたことはあったね」

「あ、ありましたね……馬車の護衛中に、倒木で道を塞がれて……後ろから八人くらい……」

 

 おお、そりゃまた本格的な襲撃だ。しかも八人となると、なかなか気合の入った盗賊グループだな。

 

「手前の斥候に馬車の護衛の厚さを品定めさせて、狙えそうな相手だったら合図を送って、倒木を用意して封鎖……って感じだったみたいだね。半分くらいはシーナさんがやっつけてたよ」

「おっかねぇ。弓使いが近距離の人間相手に出せるスコアじゃねえな」

 

 距離の近い集団戦で活躍する弓ってなんだよって話だな……まぁ、シーナの奴は一度に三本の矢を放つ変態だから不思議ではないんだが。

 

「あ、そうだ。その時に真っ先に馬車の車輪を打ち壊しに来た大男が一人いたんだけどね……ゴリリアーナさんはその男を一太刀で仕留めたんだよ。あの一撃は鮮やかだったなぁ……僕にはとても真似できそうもないや」

「い、いえいえ。そんな……レオさんはよく動いて、相手を撹乱していました……私はそういう器用な動きが、できないので……目の前の敵を相手取ることしか……」

 

 馬車の動きを封じて逃さず仕留める。なかなか殺意の高い盗賊のやり口だな。

 しかし“アルテミス”の護衛する馬車を襲うとは不幸な連中もいたもんだ。今じゃライナでさえ優秀な弓スキルを手に入れて戦力になってるというのに……。

 

「人を斬るのはやっぱりまだまだ慣れる気はしないけど……パーティーの皆を守ろうって思うと、不思議と体が動いたよ。僕の場合はだけど」

「あ、私も、はい……そうです……守る時は、悩まないですよね……」

「確かに。自分から不意打ちしたりだとか、トドメを刺したりって時は結構心にくるもんだけど、何かを守ってる時は夢中になるよな。倫理観のタガがひとつゆるくなるっていうか」

 

 少なくとも呆気にとられたままってことは、不思議と無い。

 ……かといって馬車そのものが狙われてるとあれなんだよな。そこまででもないかもしれん。知り合いとか友人とか、やっぱ人間相手の方が守り甲斐があるってことなのかね。

 

「お、レオあそこ見てみろ。あの茂み」

「んっ? 何か獲物でも……あ、野草だね? ストローオニオンかな」

「多分そうだな。こいつは運がいい。ちょっくら採集してくるから、先行っててくれよ」

「て、手伝いましょうか……?」

「あー大丈夫大丈夫、複数人でサボってるのも外聞が悪いからよ。かわりに護衛に専念しててくれ。ありがとうな」

 

 道中ではこういう野草採集が結構捗る。

 地元民でも足を運ばないような街道のちょっと辺鄙なところなんかが狙い目だ。

 時々そこらの畑から野生化した作物なんかもあったりして、これだけでも結構な食材が採集できる。

 なかなか新鮮な野菜を安値で食うことのできない世界だからありがたいぜ。

 

 

 

 宿場町についたらその都度馬を休め、宿泊ついでに御者は交易品のやりとりなんかもする。

 今回俺たちが護衛している、というか乗っている馬車にも重量の嵩む金物が積まれていて、馬車の主はそれを各地で売りさばいているようだった。

 レゴール製の商品はよそに持っていくと良い金になるらしい。のだが……。

 

「積み荷を増やすですって? ……ただでさえ幌の中は窮屈なのに、これ以上増やされてもね……」

「そこをなんとか、頼むよ“アルテミス”さん……ここで商品を買い付けた方が儲かるんだ。少々手狭になるだろうが、な! この通り!」

 

 夕暮れ時の宿場町で、シーナと馬車の主が話している。

 内容は翌日馬車に積み込む交易品の量についてだ。シーナとしてはこれ以上狭い馬車をさらに窮屈にされたくないし、しかし依頼主である男からすると商機は逃したくないのだろう。

 

「契約では護衛に十分な場所を確保するようにってあったのに……」

「どうにかして依頼料を割増するから、お願いできんかねぇ……?」

「……はあ。わかったわ、良いでしょう。ただし、契約内容の変更についてはここの駐在ギルド員立ち会いのもと調整してもらうわよ」

「おお、ありがとう! いやぁ助かる! 恩に着る! これで更に儲けが増えるぞ!」

 

 ……とまぁ、馬車の持ち主だってただの長距離トラックの運転手ってわけじゃない。商品を乗せて運ぶ都合上、各地で仕入れたり吐き出したりすることもあれば、こんなトラブルも発生する。

 どうやら明日の馬車の居住性は更に悪くなるみたいだな。

 

「……聞いてたかしら? 皆。明日は外歩きの人数を増やしたり……そういう調整が必要かもしれないわ。あとは馬車が重くなるせいで宿場に到着する予定も少しずれ込むかもしれないから、覚悟しておいて。私はこれから依頼の書き換えに行ってくるわ」

「うっス。了解っス。お疲れっス」

「ありゃー、馬車窮屈になるのはちょっとやだなぁー……」

「仕方あるまい。私達の報酬が増えるのであれば甘受する意味もあるだろう」

「……モングレルさん、明日も僕らは長めに外の警護についていようか」

「そうなりそうだなぁ。ま、俺は問題ないぜ。なんならちょっとした荷物くらいは背負ったまま外歩きしたって良い」

 

 宿場町の飯場でそこそこな味の晩飯を食いつつ、明日の旅程についても話し合う。

 宿場町、宿場町、デカい町。基本的に馬車での旅はその連続みたいなところがある。全自動で時間通りに動いてくれる乗り物に乗るわけじゃないから、旅程の詳しい部分について話し合う必要も出てくるのがこの世界における旅の大変なところでもあり……結構楽しい部分でもあるな。

 

「天候は安定しているな。逆に馬が日差しや外気でバテるか……私がある程度、馬の面倒を見るべきだろうな」

「ええ、お願い。馬用の飲水でもやれば喜んで走ってくれるはずよ。もちろん、あの御者からお金は取るけどね」

「私も時々降りて外歩くっス」

「相乗りしてるあのエルフの……カテレイネさんはずっと中にいさせたほうが良いよねー?」

「でしょうね。彼女は護衛任務を受けているわけではないから。実力がどうあれ、彼女の居心地を悪化させたくはないわね。その点、留意しましょうか」

 

 なるほど、集団行動してると色々と気を回すことが多いんだな。

 今までなんでも雑にやってきたから新鮮だわ。シーナも苦労人だわこりゃ。

 

 

 

 それに新鮮なのは馬車だけではない。

 普段の俺がやるような一人旅なら宿屋に泊まらず野営で済ませることも多いが、今日はパーティーを中心とした集団任務。夜はどうしても宿屋を利用することになる。

 “アルテミス”には他にも男連中がいるので、俺はウルリカとレオと同じ部屋での宿泊だ。

 これから旅をしていく間は、泊まる度にこのメンツで眠ることになるだろう。

 

「いやー、“アルテミス”も男メンバーが増えてきて嬉しいなぁー。寝る時に寂しくないもん!」

「本当に嬉しそうだね、ウルリカは……けど嬉しいからって夜更かしはいけないよ? 明日も出発は早いんだから、しっかり休息を取らないと」

 

 ウルリカのこの修学旅行の夜みてーなテンションに対して、レオの大人っぷりよ。ギルドマンに関しちゃお前の方が先輩なんだから少しは見習え。

 

「えー良いじゃんちょっとくらい……蝋燭一本分くらいは何か話そうよー」

「はいはい、話は暗くして横になりながらでもできるだろ。ほれ、さっさと寝ろ」

「つまんないなぁーもー」

 

 夜は闇だ。ランプなんて高価なものはない。なので大人しくぐっすり眠るのが一番である。

 部屋の中、闇を見上げてじっと退屈に身を任せているだけで……段々と眠気が……。

 

「……ねえねえモングレルさん。カテレイネさんと昔何かあった? こう、なんか恋とかそういうやつ!」

 

 ……。

 

「お前……次寝なかったらロープでガチガチに縛って宿の外に吊るしてやるからな」

「……むぅー」

「……もう。大人しくさっさと寝ちゃいなよ、ウルリカ……」

 

 やれやれ。さっさと港に……そうでなくても海沿いの漁村くらいは見たいもんだぜ……。

 

 スヤァ……。

 



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ベイスンで一休み

 

「前はベイスンから王都の往復でやっとったがね、近頃はレゴールだね。昔はベイスンの作物もそこまで高く売れなかったけど、今じゃそれなりに捌けるから良いもんだよ。厩舎も安いしね」

「へー、厩舎もなんですね。それは盲点だったなぁ」

 

 外を歩いている間、時々暇つぶしで御者と話すこともある。

 このおじさんはベイスンを拠点に活動してる人だそうで、穀物や野菜を各地に運び、帰りでベイスンに需要のある金物だとか加工品を運んでくる商人さんのようだ。

 

「餌の質が良いんだろうねえ。だからかうちの馬は毛艶も良いよ。病気もまぁほとんどしない」

「すげえ」

「けどねぇ……こっちの餌の味覚えると、逆に王都側の餌を食ってくれないんだよなぁ。舌が肥えちまってさ。食わないせいで弱っちまうのよ」

「ははは、馬もやっぱり美味いもの食いたいんですね」

「贅沢な奴らだよ本当に。昔の俺より美味いもん食ってるんだもんな」

 

 そう御者に言われている馬達は、素知らぬ顔でパカパカと歩いている。

 あ、うんこ漏らしやがった。良いもん食ってひりだした馬糞ってわけだな。くちゃいくちゃい。

 余談だが、この世界では治療と称して傷口に馬糞を塗り込むような文化は無い。前世のその治療法は一体どこから発生したんだろうな……? 

 

「先輩先輩、モングレル先輩ー」

「おーライナ、どうした」

「マルッコ鳩見つけたんで仕留めるっス。先行っててもらって良いスかー」

「おーわかった。もたつかないようになー」

「っスー」

 

 道中では道草を拾ったり、はたまた野鳥を射止めたりと、わりと自由に行動している。

 しかしこうやってチマチマと食材を拾い集めておくことで、途中の昼飯休憩のメニューが豪華になるんだ。やって損な事はない。

 

 

 

「二匹並んでたのを一発で抜けたっス」

「すげぇ。まんま一石二鳥じゃねえか」

 

 そしてしばらくして馬車に追いついてきたライナは、二匹の鳩をプラプラさせながら戻ってきた。街道沿いに放血の痕を残しながら、どこか誇らしげである。

 

「イッセキ……? まぁ、鳥なんて弓で簡単に仕留められるもんスからね。一番細くて軽い矢でもいけるんスよ。だから普通の矢だったら上手くいけば三匹くらい抜けるんじゃないスかね」

「マジか、やべぇな。ライナのスキル使ったらもっといけそうだ」

「いやいや、スキル使ったら可食部吹き飛んじゃうっス。ほらモングレル先輩、歩きながら羽根の処理お願いっス」

「おー」

 

 歩きながら羽根をむしりむしり。羽根は街道に捨てる。

 正直衛生的ではないし、あまり褒められた行為ではない。みんなは真似しちゃダメだぜ……。

 

「そっ、そろそろ宿場ですから、そこでお昼にしましょうか……」

「おう、そうだな。“アルテミス”さんたち、それで良いかい?」

「問題無いわ。そうしましょう」

 

 日中ぶっ通しで走れるほど馬も頑丈ではない。人間だって落ち着いて飯を食いたいしな。

 だから途中に何個かある小さな宿場に馬車を停めて、休憩を挟むわけだ。

 

 宿場と言っても町というほどではなく、まぁ道の駅というかパーキングエリアというか……そんな感じかな。

 俺たちと似たような考えで休憩してる馬車もいくつかあって、満車状態でなければそこに入って休めるってところだ。

 馬の世話をしてくれる小さな厩舎があったり、飯を売ってくれる小さな宿屋みたいなのが数える程度ある。緊急時の避難はできるけどって規模の宿場町といえばしっくりくるかもしれない。

 

「鳥肉さばいてみんなで分けるっス」

「やったー、ご飯がちょっと豪華になった。ありがとーライナ!」

「僕も処理手伝うよ。そっち使わせてね」

「ふむ。では水は私が用意しよう」

「あー“アルテミス”の魔法使いのおねーちゃん。すまんけどまた馬用の水を出して貰えないか? 前と同じ額を払うんでね、頼むよ」

「ああ、わかっている」

 

 ひもじい時は宿場町を発つ前に買ったパンだけとか、携帯食だけが昼飯になるだろう。しかし道中で誰かが獲物を仕留めれば、昼飯はちょっとゴージャスな感じになる。

 あとやっぱり、複数人いれば色々なもん持ち寄ってるおかげで自然と食は豊かになる気がする。ソロだとここらへんどうしても厳しくなるからな。

 

「“アルテミス”の若者諸君、俺特製のサラダはいるか?」

「わぁい、道草サラダっス。いただくっス」

「私もいただくわ。ありがとう」

「じゃあここに鍋ごと置いておくから、各々勝手に摘んでてくれな」

 

 モングレル流、道草サラダの作り方。

 まず街道沿いに生えている道草を見繕い、食えそうなやつを片っ端からブチブチ抜いて袋にぶち込んでいきます。この時袋は大きめの方が良いです。

 道草が皮袋に溜まって休憩所に着いたら、草を洗って綺麗にします。土以外にも何がついてるかわかったもんじゃないんでね。

 そして草をちょうど良いサイズにナイフでカットしたら、アクの強い連中を軽く煮込みます。軽くね。

 んで全体の水を切ったら、スクリューキャップ付きの容器で密閉保存しておいた野菜の酢漬けを道草の入った鍋にぶち込み、好みのスパイスを加えて混ぜます。好みで油を入れても良いぞ。酢漬け自体アホみたいにしょっぱいから塩はいらない。

 この野菜の酢漬けの酸味が道草で程よく緩和されて、ドレッシングのかかったサラダっぽくなってくれるわけだ。とりあえず草を量食いたい時は結構便利である。少なくともそこらへんの店でお出しされるものよりは俺の好みだ。

 

「あーサラダ美味しいー、やっぱり葉物もないとねー」

「うん。美味しい。ありがとう、モングレルさん」

「茎が硬いな」

「なんで暑い時って酸っぱい味が美味しく感じるんスかねぇ」

「このストローオニオン辛いわね……なんでかしら」

「ウフフ。野生化したストローオニオンは辛くなるんだよ。中には食べられないほど辛くなるものもあるけど、その方が好きと言う人もいるから、なんとも言えないね」

「貴女、野菜に詳しいのね」

「もちろん。私は農家だからね」

 

 こういうサラダをたまにバルガーとかアレックスとか男連中と一緒に任務をする時なんかも振る舞うことがあるんだが、その時は結構常識的な減りをするんだけども……“アルテミス”は人数のせいもあるだろうが、サラダの減りが早いな。鍋一個分のサラダじゃ全然足りねぇ。ガンガン減ってすぐ消える。

 サラダバイキングに女子と行った時なんかもこんな感じだったな……一番でかい容器にガッと野菜を盛って食うやつ……。まぁ健康的で良いんだけどさ。

 

「二羽のマルッコ鳩もこの人数で分ければ慎ましい量だな」

「ちょうど良い量っスよ」

「余っても困るしな。うん、やっぱこういう鳥肉もうめぇ」

 

 宿場の飯場は利用せず、その辺りに放置されているかまどを使って調理ができる。とはいえ鳩肉を焼いて携帯食を温めるくらいのものだから、そう手の込んだ調理はしない。馬を休めるついでに人間も少し休む程度のもんだ。用が済んだら手早く再出発することになる。

 

「モングレルさん、また随分と念入りに街道沿いの茂みを睨んでいるね……サラダはさっき食べたばかりなのに」

「明日の分の葉物をまた今日のうちにたくさん集めておこうと思ってな……レオ、お前も暇があったら摘んでくれよな。こっちの革袋をパンパンにするくらいな」

「ははは、わかったよ。見つけたら入れておくね」

「ブルルルンッ」

「あっ!? この馬! てめぇ! それは人間用の野菜だぞ! 食うな馬鹿!」

 

 女子は山盛りのサラダを食べる生き物だが、馬は山盛りでさえおやつ感覚でペロリと平らげるらしい。片手に持っていた野草は一噛みでモシャリと食べられてしまった。

 ……あまり無防備に草むしりしてるとこの馬どもに食われかねんな。次から気をつけよう。

 

 

 

「いやー助かった! 途中で積荷増やして悪かったね! また今度機会があったら、その時も頼むよ!」

 

 夕暮れ前。俺たちの馬車はベイスンに到着すると、御者とはそこでお別れになった。任務完了である。

 俺たちの目的地はまだまだ先なので、ひとまずこの町で新たな馬車の護衛依頼を受けなければならない。

 

「さて、少年ともここでお別れだね」

「おう。けどカテレイネはまたレゴールに寄ることもあるんだろ。その時に会えるかもな」

「ウフフ、そうだね。その時はまた、帰り道で一緒になれたら楽しそうだ。“アルテミス”の皆とも話せて良かったよ。じゃあ、またいつか」

「またねー、カテレイネさーん」

「楽しかったっス!」

 

 旅の道連れだったカテレイネともここでお別れだ。

 杖を突きながら歩き去る姿はまるで熟練の放浪魔法使いのようである。

 しかし実際のところ、ここベイスンからあいつの家は近い。向こうの気分としたら最寄りの一番栄えてる駅で解散したくらいのノリに違いない。

 

 ベイスンはレゴールの近くではそれなりに大きい街だ。

 なだらかな盆地で、周囲は農地ばかりが広がっている。ここらは魔物も比較的少なめだからか、ギルドマンの討伐任務はあまり無いと言われている。

 それでも物流はなかなか活発だし、ハルペリアの穀倉地帯を取り纏める重要な街なので、護衛任務は結構多い。行き先も想像以上に様々だ。

 頑張って探せばアーケルシア行きの護衛任務も見つかるかもしれないな。

 

「暗くなる前にギルドで新しい護衛任務を見繕いましょう。……そうね、ナスターシャとゴリリアーナと……ウルリカにも来てもらおうかしら。あなた達もそろそろ任務の選び方を覚えるべきだしね」

「は、はい!」

「はぁーい」

「モングレル達はそこの飯場で待っていてくれる? 席を確保して、ついでにチーズパイも注文しておいて頂戴。あれ出来上がるまで時間かかるから」

「慣れてるねぇ。わかったよ、チーズパイな」

 

 集団にくっついて行動してるとギルドでの煩雑なやり取りを人任せにできて楽だな。

 

「ウチはベイスンに寄る度にこのギルド前のお店でご飯食べるんスよ」

「へぇ、そうだったんだ。僕はベイスンにも初めて来たよ。このお店は美味しいのかな?」

「あー、俺も入ったことあるけど結構美味かった気がするな。チーズパイは知らねぇけど」

「超美味いっスよ。モングレル先輩もレオ先輩も、一度暖かいうちに食べてみた方が良いっス」

 

 いつもと違う街にある馴染みの薄い店で、知らない飯を食う。これも旅の醍醐味だな。

 店内はギルドマン以外にも旅行者や商人なんかも居て、落ち着いた賑やかさに包まれていた。

 ギルドマンばかりだと諍いが起こることもあるが、この店の雰囲気なら面倒ごとは起こらないだろう。

 

 後からシーナ達も合流して一緒に晩飯を食いつつ、ギルドで新しく受けたという護衛任務の情報を共有し、明日の予定について話し合う。

 

「隊商の護衛か。アーケルシアまでの直通とは、良いもん見つけてきたな」

「途中で海岸沿いの漁村を中継するルートだけど、新しく別の任務を受ける必要が無いから日程は伸びないわ。道中で早めに海の幸にありつけそうね」

「だが、漁村の治安はさほど良いものではないとも聞く。単独行動はせず、常に複数人で行動するべきだろう。特にライナ」

「私っスか!」

 

 ライナは小脇に抱えて簡単に持っていけそうだもんな……。確かに一人じゃ危険だろう。

 

 それに、漁村の治安が悪いってのも事実だ。男の俺が一人でいても悪さを実感できるのだから、女ばかりの“アルテミス”じゃ尚更だろう。

 泊まる宿も吟味しておかないと危なそうだ。

 

「モングレル、しっかりと鳥避けになってもらうわよ。よろしく頼んだわね?」

 

 若くて強そうな燕になれってことかい。まぁ良いけどさ。

 俺よりもゴリリアーナさんがいた方が効果ある気はするけども……言わんでおこう。

 

 



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錆び付いたお宝

 

 馬車で長々と護衛の旅を続けていると、単なる旅行とは違い、思わぬトラブルに見舞われたり出費が嵩むことがある。

 その点、ギルドマンは行く先々で仕事にありつきやすいので対処は楽なんだが、時には多少の一言では済ませられない出費を強いられることもある。

 

「やべぇな……まだ目的地に着いてすらいないのに既に所持金が半分切ってやがる……」

 

 俺は隊商中で空いてる馬車の荷台に座り、所持金と持ち物を整理していた。

 そこで判明したのが、今回持ってきた有り金の想定以上の枯渇である。

 滅多に行かない街だし土産物だって買うだろうからってことで、念の為に多めに持ってきたはずなんだがな……このペースで行くと土産物を買う前に港町滞在中に有り金が消えてしまう。

 

「モングレル先輩……どうしたらそんなことになるんスか……」

「わからん……“アルテミス”と被るものはなるべくスルーして、必要なものだけ買ってきたつもりなんだがなぁ」

 

 一緒に馬車で休憩中のライナは呆れ顔だ。まぁ金遣いの荒い奴を見てるとそんな顔したくなる気持ちはわからんでもない。

 

「これまでの宿代は折半だったろ? 宿での飯もそうだな。で、まぁ昼飯用の食材としてパンと塩の買い足しとかで……300ジェリーずつくらいか。野菜はなるべく街道沿いのを拾うようにしてるから、あーでも酢漬けの買い足しで350くらい出てるか」

「まぁでも安い方っスよね」

「あとは個人用の魔物除けのお香が安かったから数日分を500ジェリーで買ってるだろ? 水代はナスターシャがなんとかしてくれてるからいらないだろ? あーカラメルデーツを買って250ジェリー出たか」

「あれ甘くて美味しかったっス! けどそれも出費と言うには微妙っスよね」

「だな。……んー、最近は夜に酒飲んでるから、そこでエールとビールの代金もあるが、むしろここら辺はレゴールより安いんだよな……大して飲むわけでもないし、つまみのクラゲの酢の物だって50ジェリーくらいなもんだし」

「うーん」

「あとは昨日買った可変式アストワ鉄鋼製ツルハシが24000ジェリーしたくらいだしなぁ……」

「いやそれっスよ! 間違いなくそれじゃないっスか! さっきから見慣れない道具があってなんだろうと思ってたら完全にそれのせいじゃないっスか!」

 

 ライナは床に置かれた可変式アストワ鉄鋼製ツルハシを指差して叫んでいる。

 あんまりうるさくすると馬が驚いちゃうぞ。

 

「まぁ見ろよライナ……こいつはな、T字の頭部分が柄と平行になってくれる上にな、この状態でさらに柄を押し込むことでコンパクトに収納できるっていう……」

「そもそもツルハシなんて何にも使わないじゃないっスか!」

「いやぁ、それはほら……あるかもしれないじゃん……? 密林とか火山とか雪山とか……色々なところで使うかもしれないじゃん……」

「絶対に無いっス!」

 

 いや俺も正直無いとは思うけど、この掘削能力でこの小型、さらにコンパクトになる携行性の高さ、しかもそれがアストワ鉄鋼製となればもう一生モノのツルハシだろ……? 

 

「もーまた無駄遣いして! そもそも普段仕事でやってる鉱夫だってそんな変形するような変なツルハシなんて使うわけないっスよ!」

「い、いやぁわかんねぇよ……」

「どうするんスかそんな荷物まで増やして……港街は、アーケルシアはそろそろなんスよ? 隊商の人もそろそろ漁村だって言ってたし……お金無いのに観光なんてできないっスよ……」

 

 確かにその通りだ。ついつい物欲に目が眩んで衝動買いしてしまったが、どうせ買うなら海でも使える変形する銛とかその辺りにするべきだったんだ。ツルハシなんてあっても護岸をぶっ壊したり嫌いな珊瑚礁を破壊するくらいしか使い道が思い浮かばない。ろくでもねぇな。

 

「モングレル先輩と一緒に港町の観光したかったのに……」

「ライナ……」

 

 まるで俺が向こうで観光できない貧乏人みたいに言ってるが、別に金が無けりゃ無いで俺は海釣りさえできれば上手くやれるんだが……。

 けどまあ、どうせ港町に行くなら金を使って商業施設も回っておきたいよな。

 一人で来てるわけじゃないんだ。みんなと一緒に見て回れるくらいの金を……作るか。

 

「……よし、次の漁村に着いたら俺は金策するぞ。隊商の邪魔にならないよう、半日以下で終わる仕事でな!」

「おおー……そのツルハシ売っぱらうんスね!」

「これは売らねえよ!?」

「えー」

 

 そういうわけで、まぁ付け焼き刃的ではあるんだが、俺は短期バイトを始めてみることにした。

 

 

 

 翌日、俺たちは漁村に到着した。

 アガシ村というらしく、海岸と砂浜のあるちょっとした集落のようなものだった。

 使っている木材が悪いのか塩害の影響なのか何なのか、建っている民家はどうにもそこらの農村よりも見窄らしそうであり、馬車の通る路面も荒れ気味だ。

 

「よう村長さん、来たよ」

「おーいつもすまないねぇ。そろそろ来る時期だと思ってたよ。また小麦分けてもらえるかい?」

「ああ、二つ目の馬車に入ってるんでな、見ていってくれ。貝焼き粉はいつもの量もらっていくが、構わないか?」

「もちろん、あんなもんでよければ。集会場で詳しい話をしよう」

 

 アガシ村ではちょっとした網を使った漁業をメインに、漁業用の網の作製、そして貝殻を焼いて作った炭酸カルシウム的な何かを最近では商品として作ったりしているそうだ。

 炭酸カルシウムは良いぞ……。

 

「わーすごい、海だー!」

「海っス! 湖よりでっかいっス!」

「わぁ……な、なんだか独特な香りの風だね」

 

 馬車から降りた“アルテミス”の面々、特に初めて海を見る連中は分かりやすく感動している。この世界じゃ見ない奴は死ぬまで見ないからな。早速土産話にできるもんが見れて良かったじゃないか。

 

「引き続き、馬用の水は私が用立てよう。水場はどこに?」

「ああ助かるよ“アルテミス”さん! こっちに堀があるんで、そこに景気良くやってくれりゃあとは馬が勝手に飲むよ! 頼んますわ!」

「ちょっとライナ! それとウルリカも! あまり波のある場所に近付かない! 危ないわよ!」

 

 アガシ村の海岸は若干遠浅の岩礁ばかりで、とてもではないが大型の船は乗り込めない。だから一部の岩礁近くに桟橋があって、そこから小型の船を出して網漁をする……といったわけらしい。

 岩礁地帯は滑りやすく怪我しやすいため、地元の村民でも水がある時は絶対に近づかないそうだ。ただ、潮が引いた時には潮溜りに取り残された魚や貝なんかがいるので、そこで集めるのは楽で助かっているらしい。けどまぁ大規模な漁をするのには不便な地形だろうなぁ。

 

「ウルリカ先輩! 言ってた通りっス! これマジで塩水っスよ!」

「うげぇ、しょっぱ! あとなんかにっが! あはははっ! 思ってたより不味いねー!」

「二人とも、足元気をつけなよ! シーナ団長も言ってただろう?」

 

 さて……お子様達がはしゃいでるところで、俺は短期バイトを探すとするか……。

 

「あのー、さっきうちの隊商と話してましたよね? アガシ村の村長さんで間違いありませんか?」

「ん? ああ、そうだが」

 

 ここの村長さんは50歳ほどの日に焼けた男性だった。見るからに海の男って感じがする。

 

「俺はモングレル、今回の隊商の護衛をしにやってきたギルドマンです。……実はちょっと金が入用でしてね、個人的に仕事のご相談をさせてもらいたいんですけど……」

「んん? なんだ、金かい? 仕事と言われてもね、ギルドの人に頼むような仕事なんてうちにはないよ」

「いやいや、ギルドに通すようなもんじゃなくて良いです。俺、こう見えてかなり力がある方なんで。身体も頑丈なんで、それ使って何かできることがあればなんでも」

「……力持ちねぇ。そうは見えないが」

 

 訝しげな目で俺の全身を見回して、村長さんは手を差し出してきた。

 

「力比べしよう。俺より強ければ何か頼んでやる」

「よし来た。……ちなみに2000ジェリーくらい貰えてすぐに終わる仕事があれば良いなぁと」

「なにぃ? そんな仕事……お? い、いたたたたッ……!?」

 

 村長さんの手を握り、自己アピールを兼ねて思いっきり圧力を掛けていく。

 御社の社風に惹かれて来たんです、伝わってください……俺の熱意……! 

 

「わ、わかったわかった!」

「やったぜ」

「ふぅ……見かけによらずとんだ馬鹿力だ。……けど、そんだけ力があれば任せたい仕事は幾つかあるな。……あー、あんた名前は?」

「俺はモングレルです」

「じゃあモングレルさん、俺はちょっとこれから交渉があって忙しいから対応できないんだが、あっちにある家、あそこにうちの息子がいるから、代わりにそいつから話を聞いてくれんか。大潮溜りの錨の回収をやれって言えば伝わるだろうよ」

「錨?」

 

 色々聞きたいことはあったが、村長さんは忙しいらしく去っていってしまった。

 代わりに説明してくれるらしい村長さんの息子の家に行って聞いてみると、村長さんよりは普段遊んでそうな雰囲気の彼は“あー”と面倒くさそうに唸っていた。

 

「大潮溜りの錨か。岩礁の先、そうだな。ちょうど外の……あそこ。あの松の生えた岩がぽつんと浮かんでるだろ。あの手前辺りでアーケルシアから来た大きめの漁船が座礁したことがあったんだよ。10年くらい前だったかな」

「へぇ」

「あの辺りは無駄に背の高い岩礁に囲まれてるせいで、大潮溜りって言われてるんだ。ちょっとデカい船なんかであの辺りを浮かんでると、運が悪いと沖に閉じ込められたりするんだぜ、すっげぇ座礁しやすいんだ。うちの村の人もあの辺りで何人か死んでるしな。けどたまに大物が閉じ込められてたりするから悪いことばかりでもないんだよなー」

 

 こっわ。天然の罠じゃん。

 

「まあそれはともかく、あの辺りで昔の漁船の錨が沈んだままになってるわけよ。結構デカい錨だからな、鉄量はそうとうなもんだ。……親父はそれがあれば金くらいは渡してやるって言ってるんじゃねえかな」

「なるほどなぁ。……結構無茶な話だよねこれ?」

「まぁ無茶だなぁ。軍船を使って引き上げるか……海底まで潜って、錨を抱えて……海底を歩きながら戻ってくるくらいしか方法がないもんよ」

 

 なるほど、海底まで沈んで錨を抱える……その手があったか。

 超筋肉サルベージだな。……そのまま波打ち際まで歩いて行くのは流石に息が続かないだろうけど、背の高い岩礁を登るようにすれば一応はいけるか……? 

 

「何度も何度も行ってる場所だから俺なら暗くてもわかるけど、危ないからやめた方がいいぜ。それよりは大物突きでもやった方がまだ現実的だよ」

「大物突きって響きも魅力的だけど……深さはどのくらいある?」

「おいおい、やる気なのか? 20mくらいあるぞ」

「あ、意外といけそうなラインだな」

「マジかよあんた。やるつもりか?」

「もちろんやるつもりさ。ダメならすぐに上がってくるから心配しないでくれ。俺はこう見えてハルペリアで……いや、レゴールで一番泳ぎの上手いギルドマンだからな」

「内陸の街の中で泳ぎ自慢されてもなぁ……けどまぁ面白い奴だなあんた。ダメそうな時はすぐ引き上げてやるけど、やるってんなら任せてみたくなったぜ」

 

 村長の息子さんは面白そうに笑い、出航の支度を始めた。

 

「この時間からじゃ一度挑戦するくらいしかできないが、下見だけでもしてみたいだろ? どうだ、一度ダメ元で行ってみないか」

「おう、任せておけ。この時間で一発で錨を持って帰って来てやるよ」

「ははは! ギルドマンはイカれてんなぁー。けど俺らの海で死なないでくれよ。魚食う気が失せるから」

「死なないって」

 

 こうして俺はそこそこ軽めのノリで、海底に遺棄された錨を回収するバイトをやることになったのだった。

 



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現代知識でサルベージ

 

 村長の息子はクラカスというらしい。歳は25だそうだ。

 クラカスは桟橋に係留してある少し大きめのカヤックほどの小舟を解き放つと、慣れた様子でそこに飛び乗った。

 

「今更だがよ、モングレルさん。そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、多分問題ない」

 

 俺は村での宿泊場所を決めている“アルテミス”達に一声かけた後、錨の回収用装備を見繕ってきた。

 正直こういう本格的な潜水作業なんて前世でやった沖縄でのスキューバ体験くらいしかないので、不安要素は滅茶苦茶ある。けどよく考えて“まぁ無理ってほどでもないだろう”とは思ったので、挑戦することにしたのだった。

 

 クラカスが小舟を漕ぎ、目的地の大潮溜まりへと進んでいく。

 太陽はまだ出ている。あと数時間は沈まないだろうが、海底は暗いだろうな。

 

「あー……一応、今は波もない。けどな……やめたかったらいつでもやめて良いんだぜ? 正直、かなり危ないからな」

 

 クラカスは漕いでいる間にこのサルベージ作業の無謀さを思い直したのだろう。遠回しにやめたほうが良いと言っているようだった。

 けど、俺はそこまで難しいことではないと思っている。

 

「安心しろって。俺の身体強化なら水中にどんな魔物がいようが平気だからな」

「あー、まぁこの時期は魔物はそうでもないんだが……モングレルさん、あんたの装備が……ちょっとなぁ」

「これか?」

 

 俺の今回の潜水装備を紹介しよう。

 靴、ズボン、服、手袋。全部予備のやつである。パッと見た感じ、ただの着衣泳にも見える装備だった。

 その上、腰には重りとしてゴロンとした大きめの石をいくつも布に包んで結びつけている。このまま海中に飛び込めばスーッと底まで沈める重量だ。別の見方をすれば、自殺セットとして見れなくもない。

 

「いやぁそれはさすがに……危ないんじゃねえか……」

「大丈夫さ、重い分にはいくらでもな。問題は錨がどこにあるかよ」

「ここらへんだったはずだが……」

「そのためにこいつを持ってきた!」

「ああ、その釣り竿か? 先端に付けてるのはなんなんだ?」

「磁石さ。まぁすげー強力ってほどでもないんだけどな、鉄の塊くらいには余裕でくっついてくれる」

 

 俺が用意したのは針を付けず、磁石だけを先に付けた釣り竿だ。

 こいつを海中に沈め、場所を変えながら底を叩いていく。

 違ったらリールを巻いて浮かせ、また別の場所へ。カヤックの上から水深二十メートル程度であれば造作もない作業だ。

 

「おー、便利そうだなその糸巻き」

「だろー? こいつでちょっとアーケルシアの魚を釣ろうと思って……おっ!」

 

 何度目かのフォール後、竿が絶妙な重さを感じ取った。

 何かに引っかかっているわけでもないのに重く、一定以上の力を込めて巻き取るとスッと切れるように離れる。まさに磁石でくっついていましたって感じの反応だ。

 

「見つかったか?」

「ああ、磁石がついた。この糸の先にあるぜ」

「すげー、そういう見つけ方もあるんだな」

「あとはこの糸に魔道ライトをくくりつけて……」

 

 よわっちい豆電球のような光しか発さない魔道ライトを竿にくくりつけ、海中へ落とす。

 すると糸に沿ってライトが滑り落ち……多分もう錨まで届いたはずだ。魔道ライトは濡らしても問題ない光源だから、水中でも目立つはず。ちょっとした目印と多少の手元を照らすくらいの役目は果たしてくれるだろう。

 あとはこの光を目指してドボンすりゃいいだけよ。

 

「本気でやるんだな?」

「もちろん。錨は重くても100kg程度なんだろ? だったら平気だ。抱えたまま海底を歩いて、まぁ息は続かないだろうから潜り直しながら持っていけば余裕だ」

 

 前世だったら狂人の戯言ここに極まれりって感じだろうが、この世界には身体強化がある。俺が全力で身体強化をかけていればこの程度の重量は問題ない。

 ギフトを使えば一息で回収できるんだろうけど……多分俺のギフトはこの水深でもギリ目立つからな……マジで昼でも夜でも場所と時間を問わずに目立つギフトだよ。使いづれぇ……。

 

「……わかった。いいか、一応ここにロープも垂らしておく。底まで続いているから、手繰っていけばここまで戻れるからな。少しでも苦しくなったり駄目そうだと思ったら、すぐ上がってくるんだぞ!」

「わかってる! じゃ、行ってくるぜ!」

 

 心配してくれる気の良いクラカスに別れを告げ、俺はロープ沿いに海中へと沈んでいった。

 3m、5m、……。

 

 ざぱぁ……。

 

「あれ? どうしたどうした。なんで戻ってきたんだ、モングレルさん」

「……超暗いんだが……怖くね……?」

 

 思わずびっくりしてロープ掴んで浮上しちゃったよ!

 ちょっと深く沈んだだけですげぇ闇なんだけど!

 

「そりゃアンタ、中天でもないんだし深い所なんだから、暗いに決まってるさ。言っただろ、この大潮溜まりは周りが高い岩礁に囲まれてるって。そのせいで真昼以外は日も射さないし、暗闇だよ」

「うおお……超こええ……」

「やっぱりやめとくか?」

「……いや怖くないが!? もう一度行ってくる!」

「気をつけ」

 

 最後まで声を聞ききらず、俺は再び水中へと沈んでいった。

 怖いには怖いが、釣り糸の先には魔道ライトが付けてある。あの光はそう長く持たねえんだ。何もせずにあの灯りを消費し切るのはさすがに惜しい。

 

 装備に付けた石の重みで潜行していくと、やがてぼんやりとした景気の悪い光が見えてきた。釣り糸の先につけられた磁石と、魔道ライトだ。

 そのくっついている先にあるのが、錨だろう。……100kg近くの鉄塊。なるほど確かに大きいが、思っていたほどではない。鉄の塊を錨にするとこんなもんかって感じだな。抱えるのに不可能ではないなって大きさをしている。

 

 が、厄介なことにこいつは、岩礁にぶっ刺さっていた。

 このお椀状の地形を形成している珊瑚のせいだろう。錨の反り返った歯先が岩に食い込んでおり、しかも長年の放置によって珊瑚が絡みつこうとしているようだった。

 

 しかし回収できない錨なんていうからにはこんなことになっているだろうとは思っていたので、良いものを用意してある。

 昨日買ったばかりのアストワ鉄鋼製のツルハシだ。錆に強く頑丈。海中作業を想定しているかどうかは知らないが、この仕事にピッタリのアイテムじゃないか……。

 一瞬で組み上がったツルハシを握り、強化を込めて岩礁を殴りつける。

 手間暇はかけない。容赦なく殴る。すると長年錨を封じ込めていた岩が砕け、錨が緩む。

 

「おっとっと……」

 

 独り言が酸素と一緒に俺の口から溢れ、海面へ登っていく。

 錨は抜けた勢いのまま倒れそうだったが、どうにかキャッチできた。あとはこいつを……。小舟に回収するにはちょっと重すぎるので、抱えたまま海底を歩きます。力技だが異世界人ならこれができるのだ。

 

「ほ、ほ、ほっ……」

 

 しかし暗い。足元なんも見えん。歩く度にどっかしらの岩や珊瑚が俺の体にぶつかるが、魔力がどうにか守ってくれる。魔力なしだったら既にズタズタだったろう。

 

「……ぶはっ!」

「おおっ!? あがってきたのか。どうだった!」

 

 少し歩いて限界が来たので、一度浮上する。錨は底に置いてきたが、目印も一緒なので見失うことはないだろう。

 

「錨の突き刺さってる岩を砕いて、外してきた。抱えて底を歩く分には問題ねーわ。このまま陸の方までちまちま歩いて行くよ」

「おお、マジかよ!? すげえなギルドマン! あれかなりデカい錨だろ!」

「おいおいレゴールのギルドマン舐めるなよ。……もう何度か沈みながら運ぶから、一応舟から見といてもらえるかい? あと陸の方も目印もらえると嬉しい」

「わかった、任せろ!」

 

 そうしてまた海底に沈んで、底についたら錨を抱えてえっちらおっちら歩いて、息がきつくなったら浮上してを繰り返し……。

 途中、登山レベルの岩や崖に遭遇したりなんかで少々手間取ることもあったが、魔道ライトの灯りが消える頃には日差しの入る水深10m程度のところまで来れたので、そこからはあっという間に陸へ上がることができた。

 

 見たか! これが現代知識を駆使した異世界サルベージ術だぜ!

 

「おーすげぇ、マジで抱えてやがる!」

「大潮溜まりから海底歩いてきたのかこいつ! やるじゃねえか!」

「おいクラカス、こんなことやるならもっと早く教えてくれよ! 最初から見たかったぜ!」

 

 と、陸に戻ってみると何故か桟橋のところで漁村住まいらしい若者達が集まっていた。

 どうやら俺のサルベージ作戦は良い見ものになっていたらしい。まぁ見るわなって感じではある。

 

「……ぶはぁー疲れた……うっわ、服が錆だらけ。洗わないと駄目だな。予備のやつで良かったわ」

 

 錆びついた錨を砂浜にボトンと落とし、一息つく。さすがに疲れた。

 けど錨に鎖がついてなくて助かったわ。多分、元々積んでた漁船とやらは鎖の先が千切れてしまったんだろう。そのせいで錨を回収できなくなったに違いない。

 鎖もあったらあったでその分儲けにはなったかもしれないが、さすがにあの暗さの中で鎖なんて面倒くさいもんを引きずるのは嫌だな……。

 

「手伝っといてなんだが、まさか本気で錨を回収しちまうとは思わなかったよ……ありがとうな、モングレルさん!」

「ああ、良いってことよ。村長さんから請け負った仕事だからな。……けど2000ジェリーはちょっと安くねえか?」

「そうだなぁ……俺から親父に言ってみるよ。この鉄で2000はぼったくりだってな」

「あんたモングレルさんっていうのか。後で飲まねえか?」

「集会場に来なよ。今日は隊商の人のもてなし料理もあるから、一緒に食おうぜ!」

 

 お、良いねぇ。もてなし料理か。俺ら護衛ギルドマンの分も出てくれるならありがてえわ。

 

「よーし、じゃあごちそうになるわ。一緒に来てるギルドマンの連中も良いかな?」

「もちろん良いぜ。……あ、せっかくだしこの錨も持っていくか!」

「オヤジたちに見せてやろうぜ!」

「一緒に持つか。っせいッ……って無理無理、上がらん! これ素手じゃ怪我するわ!」

 

 結局、回収した錨は俺が再び抱えて持っていくことになった。ただ見せびらかすためだけの持ち運びである。

 

「親父、見ろよこれ。モングレルさんが錨を抱えて回収してくれたんだぜ」

「ほー……え? うおっ……お前、本気だったのか……」

「ドヤァ……」

 

 錨が回収されたことを知った村長は俺の抱えているそれを見て“え、マジでやったの?”と呆れた顔をしていたのが印象的だった。無理難題を押し付けたつもりだったのもあるだろうが、やるとしても明日以降だと思っていたんだろう。

 だが約束は約束だ。金は払ってもらうぜ……できればちょい上乗せの額で……。

 

「釣りでもしに行ったのかと思ったら、何してるのよ貴方……」

「あはは、大物だねー!」

「すごいっス! 海底って歩けるんスね!」

「うわ、重そうだな……」

「わ、私でも持てるとは思いますけど……海の深いところは、怖そうですよね……」

「……ふむ。これが錨か……」

 

 またライナたち“アルテミス”からも半分呆れられたが、手伝いを買って出たことは素直に称賛された。

 そうだもっと褒めろ。あとナスターシャさん、水ください……海水まみれはキツいので。あと服も洗いたい……。

 

 いやー……しかし、村のローカルな伝説を作っちまったな……。

 このまま語り継いでくれよ、錨を運んだ俺の伝説を……。

 

 

 

「うわー、モングレルさんのこの服傷まみれじゃん。錆もくっついてるし、直すのも大変そうだよこれー……」

「悪いな手伝ってもらって」

「ううん、良いんだよ全然。モングレルさんのおかげでなんか美味しいごちそうもらえることになったっぽいしさっ」

 

 俺はナスターシャから出してもらった水で体を洗い、その近くではウルリカが俺の着ていた予備の服を洗っていた。

 まぁこの服は予備のやつだし、携行性を重視した薄っぺらなやつだ。安物だから捨てることになっても特に痛くはない。

 

「でも突然こんな仕事をするなんてびっくりしたよ。なんで急に?」

「あーそれはな。アーケルシアに着く前にちょっと金を使いすぎてな。ほら、今洗ってるこのツルハシとか買い物したせいでな。向こうの観光で使う分の金が欲しかったから、ちょっと急いで稼ごうと思ったんだよ」

「そういうことかー……また変なの買っちゃって」

「変じゃねえって。ほらこれ、アストワ鉄鋼で出来てるから海水に濡れても錆びないんだぜ。こうやって展開して……あ、あれ?」

 

 グッと抑えて曲げつつ、展開……はするのだが、どうも動きが悪い。

 ……ぱっと見た感じ錆びてはいない。いないが、ギギギと……ははは、いやぁまさかそんな。

 

「……あ、こいつ……可動部の軸、アストワ鉄鋼じゃない……」

 

 よく見ると、ツルハシの可変機構の一部が普通の鉄製だった。そこがどう見ても……なんか……赤っぽくなっている……。

 

「……まぁ、修理すれば大丈夫だな! うん! こいつはもう洗ったからヨシ!」

「あ、見なかったことにした……」

 

 結局、俺は今回回収した錨を3000ジェリーで買ってもらえることになった。

 アストワ鉄鋼製のツルハシの修理代は……今回稼いだ額を忘れた頃になったら見積もりを出すことにしよう……それまではコレクションだ……。

 

 



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湾岸都市アーケルシア

 

 錨を回収したその日の夜は、集会場で隊商の人達と一緒にご馳走にありつくことができた。

 どうもこのアガシ村は時々通る隊商に生活必需品の諸々を依存しているらしく、ご馳走はそのために用意しているものなのだとか。クラカスはそう語っていた。

 要はこのアガシ村は普通に隊商のルートを組むと大体無視されがちな若干遠回りな位置にあるらしく、それでは村としては困るっていうことで、隊商の人達が喜ぶようなもてなしを準備しているわけだ。

 交易も行ってはいるが、そっちはメインというわけではないそうだ。

 

「魚介類じゃアーケルシアの大型船には勝てねぇよ。俺たちの村じゃ、自分たちの分を集めるだけで精一杯さ」

 

 寂れた漁村に生まれ育った若者達はアーケルシアに対してコンプレックスを持っているが、それでも結構楽しそうに過ごしている。

 

「それでもまぁ、やっていけてるからなぁ。なんだかんだ仕事は無いわけじゃないし、普通に過ごしてるよ」

 

 ある意味スローライフを満喫しているんだろう。南国出身者特有のおおらかさというか、鈍さと言うべきか。そんな気質を彼らは備えているようだった。

 

「ああ、でももうちっと可愛い子に来て欲しいな! 色白で優しい子な!」

「なぁモングレルさん、あっちの“アルテミス”の子たちって……」

「やめとけ。手を出したら俺より強い人達に縊り殺されるぞ」

「マジかよ……」

「どんなに不死身の大男でも首を絞めて殺し切るような化け物ばっかりだからな。間違っても手は出さん方がいい。俺も手を出させるなって言われているから、見かけたら止めるぞ。乱暴狼藉は御免だぞ」

「うえー、そうかぁ……チッ、綺麗どころを眺めてるだけなんて拷問だぜ」

 

 海の男は気性が荒いというが、話がわからない連中ばかりでもない。話に力を混ぜてやれば大体の国で話が通じやすくなるのは世界共通だ。

 俺の脅しもある程度の効果があったのか、その日は懸念していたような事件が起こることもなく、翌朝は無事にアガシ村を出発することができたのだった。

 

 

 

「あーあー、昨日食べちゃったなー……お魚……」

「お、美味しかったですよね……海の魚……」

「そうだね。今まで海の魚というと干物しか食べたことがなかったけど……新鮮な奴は川魚に比べて随分と風味が違っていて驚いたよ」

 

 アーケルシアに向かってのろのろ走る馬車の中で、“アルテミス”のメンバーが和やかに語らっている。

 道中は日差しもあるので外を歩くのはちょっとつらい。そこで、隊商の人が気を利かせて乗せてくれた形だ。多分、男だらけのムサいパーティーだったらそういう申し出は無かっただろうな。“アルテミス”に後衛が多いから後からでもカバーができるってのも理由としてはあるんだろうが……。

 

「でもさぁー。私本当はアーケルシアに着いてからそういうの食べたかったんだよー! わかるこの気持ち!?」

「何よウルリカ……昨日のご飯は美味しかったじゃないの」

「美味しかったけどー! この最初の感動をさー、どうせならハルペリア最大の港町の一番有名な料理屋さんとかで味わいたかったって思わない!?」

「っスっス」

「あーまたスッス言ってる! なんでよーシーナ団長はそう思わない?」

「そうねぇ……まあ、最初に質の良いものを味わっておくっていうのは、ある意味大切だとは思うけど……」

「私は魚は魚だと思うがな」

「昨日の塩焼きも美味しかったっスけどねぇ」

 

 どうやらウルリカは最初の海水魚体験をアーケルシアで味わいたかったらしい。

 それはアレかい? サトウキビを沖縄で齧らないとちょっとがっかりしちゃうってアレかい?

 わかるようなわからないようなって感じだな。

 

 馬車の外を眺めてみると、横に海が見える。

 このまま俺たちは海岸沿いの道を走り、今日の夕時にはアーケルシアに到着するわけだ。

 海岸の形によっては早い段階で港町が見えるかもしれない。楽しみだぜ。

 

「ウルリカは昔から変なところにこだわるからなぁ……」

「そんなことないよ! ただどうせなら一番最初は良い物を味わいたいってだけ!」

「シーナ先輩、アーケルシアの美味しい魚料理ってどんなのがあるんスかね?」

「……そうね。随分と昔に一度行っただけだから私も偉そうには言えないんだけど……オイル煮は美味しかった記憶があるわね。貝とかエビとか、魚も色々入れてオイルで煮た料理よ。海は魚だけでなく、もっと色々なものが採れるもの。最初から拘らずに、とにかく気になったものを食べたら良いんじゃない?」

「い、良いですね! オイル煮……楽しみです……!」

「オイル煮か。美味そうだ」

 

 アヒージョ、ブイヤベース、アクアパッツァ。魚介類をゴテゴテ突っ込んだ鍋系料理はなんでも美味いよな。

 うーん腹が減ってきた。……けど高いんだろうな、油使うような料理は。クジラやら海獣やら、色々と油の採れる生き物は向こうにも多いんだろうが、全部が全部料理に向いているわけでもないしな……。

 金……アストワ鉄鋼……ウッ、頭が……いやいや、向こうに着けば長々と続けている今の護衛任務もクリアになるわけだから、そこでまとまった金が入る。

 道中は地味に道を通せんぼしてた魔物を退治したし、軽率に襲いかかってきたゴブリンを二回駆除している。まぁこれは微々たる報酬になるだろうが、それなりに懐は温まるはずだ……。

 

「美味しい料理食べてー……あ、そうだ。あとはアーケルシアの港から大きな漁船も見てみたいなー! 大きな軍船も停泊してるならちょっと乗せてもらえたりとかして……」

「おいウルリカ、こっちこっち。外見てみろよ」

「え、なになに?」

「ほら、向こうの海に多分アーケルシアから出港してきたデカい漁船が見えるぜ」

「あーっ! もうだからそういうの見せないでってばー!」

 

 なんか必死過ぎて笑えるわ。すまんな。

 

 

 

 夕暮れ。俺たちの護衛する馬車は無事アーケルシアに到着した。

 アーケルシア。それは本土の南に位置するでかい港町だ。港を護るように点在する幾つもの島によって常に波が穏やかで、天然の良港として栄えている。まぁこの世界じゃ天然の良港しか栄えないだろうなって感じはするが。わざわざ岩を積みまくって防波堤なんか作らんだろうしな。

 

「おーっ! すごいっス! 海にいっぱい船が浮かんでるっス!」

「すごいすごい! え!? あれなに、海戦でもするの!? 全部漁船!?」

「壮観だね……!」

 

 アーケルシアの面する海……キリタティス海。穏やかな内海には大小さまざまな船が浮かび、ゆっくりと動いている。

 こんな夕方までのんびり航海してて大丈夫なのかとも思ったが、どうやらアーケルシアには灯台があるようだ。一際高い石造りの塔が海岸近くにそびえ立っている。あの頂上で光属性を扱える魔法使いか誰かが居るのだろう。あるいは炎を燃やしたりするのかもしれない。暗くなってからのお楽しみだな。

 

「長い期間の護衛、本当に助かった。道中は目立ったトラブルも無かったし、穏やかな移動ができたよ。ありがとう、“アルテミス”さん」

「ええ、こちらこそ。ヒルオール商会の皆さんが旅慣れていたので助かりました。また機会があれば、私達“アルテミス”をご贔屓に」

 

 ベイスンから長らく一緒だった隊商ともここでお別れだ。

 彼らもしばらくここで滞在して羽を休めた後、港の商品を積み込んで再び交易の旅に出るのだろう。

 そんな生活もどこか羨ましいような、やっぱり面倒くさいような。……俺としてはさすがに長期間移動しっぱなしってのはしんどいな。輸送トラックが発明されたらやるかもしれん。俺にはギルドマンが合っていそうだ。あるいは喫茶店のマスターだな。

 

「まずはギルド、それから宿屋を決めて……」

「うんうん! それからー?」

「……はいはい。ウルリカもこう言ってるし、今日は美味しい店を選んで入りましょうか。報酬も入るものね」

「やったー!」

「わぁい」

「ふふ、ほんとに嬉しそうだね」

「ついでにアーケルシアのギルドで依頼見てみるか。どんなもんが貼ってあるのか俺ちょっと気になるわ」

「あ、私も……はい、気になります……」

 

 アーケルシアのギルドは海側……ではなく、街の入口側。つまり内陸側にあるようだ。

 多分、ギルドマンは海に出るよりも街道や山林地帯沿いでの任務が多いんだろう。アーケルシアはハルペリアには珍しく周りに低山があって、そこらで色々とギルドマンの仕事が生まれるんだろうな。

 

「輪っかがあるっス」

「舵輪っていうのよ、あれは」

 

 古い舵輪が看板の上に掲げられているアーケルシア支部のギルドは、街の規模なりになかなか大きいものだった。レゴールよりもデカい。

 夕時で出入りする人も多く、威勢の良い男が多いせいなのかとても賑やかだ。

 規模の似ている王都のギルドと比べて違う所は、サングレール人のハーフである俺に大してあまり差別的な目を向けてくる奴がいない所だろうか。これは多分、アーケルシアが他の国と繋がりが多いせいもあるんだろうな。人種的におおらかなんだろう。戦地からも遠いしな。

 

「すげえ、上玉ばっかりだ」

「ゴールドか……見たことないな」

「王都のパーティーかもな……」

「やだ、あの双剣の子可愛い……誘っちゃおうかしら」

 

 それよりはむしろ“アルテミス”の方に注目が向かっている。まぁ綺麗どころばかり集めた花のあるパーティーだから、周りの反応はわからんでもない。

 ……はいはいシーナさん、睨まなくてもわかってます。俺が前に出て人除けになれってんでしょ。わかってますよ、仕事します。はいはい。

 

 ギルドの内装は特に変わったものはない。強いて言えばちょっと漁師っぽい風味があるくらいだろうか。壁にかけられたデカい海獣の頭骨のトロフィーなんかは圧巻だな。海沿いの街のギルドならではって感じがする。

 

「“アルテミス”様ですね、任務お疲れ様でした」

 

 受付で護衛依頼の最終的な報告を済ませ、報酬を受け取る。ゴールドランクのギルドマンだと、知らない支部に顔を出した時でも対応は若干丁寧になるからお得だ。

 ギルド員としては自分たちの支部にゴールドランクのパーティーを抱えておきたいから、ちょっと媚びた感じになるらしい。ブロンズ相手は義務的かつぞんざいだが、それはそれで気楽だから俺としてはブロンズも悪くないけどな。

 

「モングレル先輩、船の上に乗る護衛依頼なんてあるみたいっスよ」

「おー、すげぇな。ってシルバー前提かよ。結構厳しいんだな」

「弓使いの待遇結構良さげっス!」

「け、剣士はあまり良くないですね……海中の魔物に手出しができないから、でしょうか……」

「かもなぁ。海賊が出ても遠距離攻撃の手段持ってるギルドマンの方が重宝されそうだしな」

 

 ちらっと見たアーケルシア支部の依頼は、なるほど海の街というだけあって船に乗るものも多い。

 交易船、作業船、中には長期間の漁船の護衛なんてものまである。……ほー、槍使いはそこそこ優遇されてるっぽいな。確かに銛みたいに槍を投げるスキルはあるが、そういうのもあてにされてんのかね。

 あとは山林の伐採作業とか、陸上の魔物退治、それと陸路で街を離れる馬車の護衛……ここらへんは普通だな。でもひとつの支部で海と山両方の仕事が体験できるのはなかなか面白いな……。

 

「ほらほらみんな、ご飯食べにいくよー!」

「質の高い宿の場所も聞いておいた。暗くなる前に行くぞ」

「っス!」

「よっしゃ、ようやく荷物を降ろせるぜ」

「その格好、貴方一人にだけ荷物持ちをさせているみたいでいたたまれないのよね。さっさと宿に下ろしてらっしゃい」

 

 アーケルシアに到着。護衛の報酬は受け取り、宿も決まった。

 ……さて、ようやく始まるぜ。観光らしい観光!

 



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漁業ギルドと釣りの権利

 

 昨日の夕食はなかなか良いものだった。

 少しお高めの宿に近い所にある店で、鉄鍋に入った貝と小さなカニと魚のアラがなかなか良い旨みを出していた。あれはアクアパッツァというのか、それともブイヤベースというのか。二つの違いが俺にはわからないが、多分似たようなものだろう。

 調味液の味が絶妙に好みじゃないのだけが残念だったが、やっぱり魚介類の出汁は素晴らしい。薄切りにしたパンを浸して食うとなかなか美味かった。

 

 宿はいつも通り、女は女で、男は男で部屋分けして眠った。綺麗な宿だったんで、観光中はここを拠点にしても良いかもしれない。が、海からは少し離れているのが難点だな。途中で泊まる場所を変えるかもしれないので、とりあえず一日だけ泊まることにした。

 

 

 

 翌朝、俺たちは宿の食堂に集まってボサボサのパンを食いながら会議を開いた。

 議題は今日の予定である。仕切るのは当然、“アルテミス”団長のシーナだ。

 

「さて。これでひとまず“アルテミス”全体としての仕事は一区切りね。あと残った書簡の配送は私とナスターシャでやっておくから、他の皆はしばらく自由行動して良いわ。モングレルもね」

「ああ。まぁ、せっかくだし長旅から帰る時もくっついてるだろうけどな」

「あら? アーケルシアが気に入ったなら私達よりも長く滞在してくれてもいいのよ?」

「長旅で水を豊富に使えないのがマジでしんどいから嫌だ。俺は意地でもお前達にくっついて帰るぜ」

「ソロでギルドマンやってる人とは思えないっスね……ナスターシャ先輩の魔法に依存しまくってるじゃないスか……」

 

 元日本人はな……豊富な生活用水に弱いんだ。

 忘れかけていた元日本人の衛生観が疼いちまうんだ……。

 

「全く……そこまで言うなら正式に加入すればいいのに。それで? 私達は今日アーケルシア侯爵の城を訪ねるつもりだけど。他のみんなはどうするのかしら」

「俺は海釣りだな。その前にアーケルシアじゃ漁業ギルドに申請出さなきゃいけないからそっち寄ってからになるけど」

 

 日本だと釣りであれば大抵の場所で結構自由にできたもんだが、この世界だと場所によってはマジで厳しい。特に港で届け出なしの釣りなんかやると、下手すると漁業ギルドの連中にボコられたりするのだとか。アガシ村でクラカスが言ってたことだけどな。まぁ余所者に好き勝手に漁をされちゃたまらないってのはその通りだ。

 

「あ、私もモングレル先輩についていって釣りやってみたいっス」

「私もー。あ、でも市場も回ろうかなって思ってる」

「……えっと、じゃあ僕も。せっかくだし見てみたいな、釣り」

「……わ、私も良いですか」

 

 そしてなんと全員釣りについてくるつもりらしい。おいおい、竿足りねえぞ。

 

「む……何よ、みんなして一緒に楽しそうじゃない……」

「なんだよシーナ。お前もやりたいなら貸してやるぞ」

「……私は、今日は良いわよ。忙しいもの。ナスターシャと店を巡ってるから」

「なんだ。シーナは私と一緒にいるのは退屈なのか」

「そんなこと言ってないでしょ」

「フッ」

 

 ひとまず初日は二手に分かれ、残りの任務をこなす組と釣りして遊ぶ組とに分かれることになったらしい。

 しょうがねえ。大人数だがアーケルシアなら竿も売ってるかもしれないし、そういう店を調べながら釣れそうなとこ探してみることにすっか。

 まぁ俺の特製リール竿より高性能なものなんて無いだろうけどなぁ! 

 

「じゃあくれぐれもライナ達を危ない目に遭わさないように、よろしく頼んだわね。ゴリリアーナとレオも」

「は、はい!」

「うん、任せてシーナ団長。何かあっても絶対に皆を守ってみせるよ」

 

 イケメンじゃねえか……俺もなんか気の利いたセリフを言っておくか。

 

「今日の昼飯は俺に任せろ!」

「……あっそう」

 

 なんだよその淡白な返しは! 腹が減っては戦はできねぇだろうが! 

 

 

 

 俺とシーナの間に溝が出来た一幕ではあったが、貴重な観光の時間を無駄にはできないってことで、すぐに行動を開始した。

 昨日よりは多少減った荷物を背負い、“アルテミス”の若者連中と一緒にアーケルシアの街を歩く。

 

「だいたい海とか川で漁業やってる地域ってのはな、漁業権に滅茶苦茶うるさいんだ。入会地ってレベルじゃねーぞ。他人の私有地くらいに思っておいた方が良い」

「はえー、そうなんスか」

「まぁ勝手によその山に入って狩りをされても困るもんねー」

「じゃあ僕らみたいな余所者は海に近づかない……というわけではないんだよね?」

「ああ。さすがに地元の漁業ギルドに所属してる連中と同じことができるってわけじゃないが、一部の漁業権は金で買えるらしい。もちろん、数日限定のやつだけどな」

 

 これはクラカスから聞いた話だ。いわば釣り代ってやつだな。ここで魚取らせてやるから金払えってやつだ。

 しかし貝はまた色々と面倒臭いらしい。手続きが高かったり、そもそも許されてなかったり。

 

「ここが漁業ギルドだな。お、なんかそれっぽい道具も売ってんじゃん」

 

 港に程近い、巨大な倉庫の近くに漁業ギルドの建物はあった。

 普通のギルドとは違い、内装は事務所とか管理小屋に近いだろうか。酒場のようなものは一切なく、漁師達の溜まり場にもならないような雰囲気である。

 

「いらっしゃい。なんか用かい?」

 

 受付には一人の男性が座りお茶を飲んでいた。

 客を前にしてもお茶をズズズと飲むこのふてぶてしい接客スタイルは別に珍しいものではない。

 

「ああ、しばらくアーケルシアに滞在して、魚釣りをやろうと思ってましてね。とりあえず三日分の許可が欲しいんですけど」

「釣り、三日分ね。貝拾い、突き漁、投網とやり方によって料金が変わるよ。もし色々やるんであれば、一番高い漁法の券がおすすめだけど」

「あー……いや、どれもやらないかな? ほら、これですよ。竿に糸つけて魚を釣るやり方で」

 

 なるほど、漁のやり方で変わるわけか。網とかめっちゃ高そうだな。

 

「弓とかで射るのはどうなんスかね?」

「剣で獲るのは駄目なのかな」

「水中は見えないからなー、自信ないな……」

「ラ、ライナさんの貫通射ならどうにか……狙えそうではありますね……」

 

 受付のおっさんはしばらく考え込んだ後、“ちょっと待ってな”と言って事務所の奥へ引っ込んで行った。

 誰かと話しているらしい。

 

「なあ、釣り糸を使った釣りってのは券いると思うか? ギルドマンの人らが釣りしたいってんで申請にきたんだけどよ」

「は? 釣り糸かー、わざわざそんな獲り方で申請出しに来たのか。真面目な奴もいたもんだねぇ。銛とか網じゃなけりゃ別にいらんだろ、ガキ共も勝手にやってるしな。あ、ただ船上は別だぞ」

「わかってる。無しでいいな」

 

 おや? どうやら話が思わぬ方向に流れてきたな。

 受付のおっさんが戻ってきた。

 

「釣竿と糸を使った釣りは券が必要ないそうだ」

「マジっすか」

「ただ、陸地から船の邪魔にならんようにやることが前提だぞ。漁師の邪魔になるようなことをすれば揉めるからな。あと、船の上から釣りをするのはそれとは別に券が必要になる。そっちの漁業権は売ってるが、どうするね?」

「んー、いや。船釣りも興味はあるけどまずは陸からやってみたいんで、それはまだ良いです。すいませんね、手間かけさせちゃって」

「なに、構わないよ。あんたらのように真面目に許可を取ってくる連中なら大歓迎さ。俺らに隠れて密漁をやらかす不届者に見習わせたいもんだね」

「うわぁ、そんな連中がいるんですか」

「そりゃいるさ、下手すりゃ毎日な。海岸近くは夜も衛兵や自警団が見回りしてるから、あんたらはくれぐれもやってくれるなよ?」

「ははは、やりませんよ。趣味でやってることですから。……あっちに並んでる商品、見させてもらっても?」

「おう、見てってくれ。後ろの子たちもやるのかい?」

「っス。海の釣りは初めてっス」

「おお、そうかいそうかい。楽しんでいってな」

 

 漁業ギルドの中には釣り竿の他、小さめの網や銛なんかも売っていた。

 武器屋では置いてない道具だからなかなか新鮮だ。

 釣り糸もあるにはあるのだが、スカイフォレストスパイダーのものとは違うらしい。もうちょい太めの、はっきりと視認できる薄い色のついた糸だ。頑丈そうではあるんだが、ちょっと魚に警戒されそうだなぁ。

 

「あそこにある網は使っても良いんスか?」

「ははは。あのくらいの小さな網は許可なんていらんよ。投網とか罠とかには厳しいけどな」

 

 こうして見るとあまり釣り関係の道具は少ないように見える。なんていうか、釣りは子供の遊びの一つみたいな……本格的にやるような漁法ではないような扱いをされている感じだ。

 それよりは銛だとか、網の方が道具が充実している。……あ、木製の足ヒレあった。やっぱこういう場所には似たようなのあるよな。

 

 俺たちはしばらく物色した後、タモとなる長柄の網とチャチな釣竿、それと興味本位で糸を一巻き分買って漁業ギルドを出た。

 思いがけず漁業権買わなくてもいいって話になったもんだから、ついつい奮発しちまったぜ。

 

「権利買わなくても良かったんスねぇ」

「なー。クラカスめ、あいつそこまで詳しくなかったな」

「じゃあ釣竿でお魚を釣る分にはお金かからないってことじゃん! 良いねーそれ!」

 

 ウルリカよ……男なら釣りで黒字を出そうなどと思うな。

 黒字を出すのは漁師や海人さんだけでいい。釣り人なら赤字になれ……! 

 

「けどさ、モングレルさん。釣りって餌が必要なんだよね? そういうのはどうするつもりなのかな」

「ふふふ……レオ、釣りってのはなにも針に餌を吊るすもんばかりじゃないんだぜ。こういう擬似餌を泳がせれば、そんなものは必要ないのさ」

「……小魚の人形か。こんなので食いつくのかな?」

「それが案外食いつくんスよ」

「み、湖では何匹か、当たりましたもんね……」

 

 俺たちはしばらく港を歩き、落ち着いて釣りが出来そうなスポットを探して回った。

 船が停泊している所は人が多いし、邪魔になりそうだ。そういうのは避けよう。

 時々小さな子供達が桟橋あたりで竿もなく糸だけ垂らして釣りをやってたりしているが、この街の釣りはあのくらいのもんなんだろうか。……まぁ堤防近くの根魚を狙うのであれば充分なんだろうな。

 

「あー、向こう側砂浜になってるー!」

「わぁ、すごいっス! ちょ、ちょっと行ってみないっスか!」

「ほーん、砂浜か。いってらっしゃい」

 

 海岸沿いに歩いていくと、岩場が途切れて砂浜が見えてくる。海水浴場ってほど長くはないが、天然のものにしてはなかなかいい感じの浜辺だ。波も穏やかだし、海水浴を初体験するには丁度いい場所かもしれないな。

 

 ライナとウルリカは子供らしく砂浜に向かって走り出し、レオはそれを見かねて保護者っぽいタイミングのズレ方で追いかけ始めた。

 残されたのは少しソワソワしているゴリリアーナさんだ。彼女も砂浜に興味があるのかもしれない。

 

「さぁて、俺はここらの岩場でやってみるかな。ゴリリアーナさんはどうだい、一緒に釣るか? 向こうで遊んでるライナ達のとこ行ってても良いが」

「……た、楽しそうですけど。私は釣り、やってみたいです……あの、前にやったきりなので……教えてもらえますか……?」

「おお、良いぞ良いぞ。せっかくだし一緒にリールまきまきするかー。ほら、今回はちゃんとリール三つあるからな、ゴリリアーナさんもルアー釣りできるぞ」

 

 荷物を下ろし、流木で良い感じに下を整え、ラグマットを敷き、釣りの陣地を構築。これでよし。あとはもう竿を振っていくだけよ。久々の海釣りだ。楽しんでいこう。

 

「きゃー足が沈むー!」

「うわぁあああ! 持ってかれるっス!?」

「二人とも気をつけなよー!」

 

 海水浴場ではしゃぐガキの騒ぐ声をBGMに、時々ゴリリアーナさんにやり方を教えながら、俺は昼前の釣りを楽しんだのだった。

 

 尚、釣れなかったもよう。

 

 



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アーケルシア城への書簡

 

 アーケルシア城。

 それは湾岸都市アーケルシアで最も巨大な建築物であり、アーケルシア侯爵の住まう城である。

 石材に乏しいハルペリアにおいては珍しいほど豊富に石レンガが用いられているのは、物流と海運に秀でたこの立地ならではの特色と言えるだろう。

 

 ハルペリアの水運の大半を担うアーケルシアは、国内でも有数の大貴族である。

 その当主との面会ともなれば、並大抵の人間では決して許されるものではない。

 

 しかし今日、昼食時を過ぎた今現在。レゴールにおいては一介のギルドマンでしかないシーナとナスターシャの二人が当主との面会を許されていた。

 

「レゴール伯爵。近頃ではその名を聞く度、どうしても口元が緩んでならん。ウィレム・ブラン・レゴール……あの小僧が当主となってからというもの、随分と芳しい匂いを振り撒き続けておるわ」

 

 応接室の革張りのソファーに腰かけているのは、どこか厭らしい笑みを浮かべた中年の男である。

 大柄な身体に相応以上の脂肪を蓄えた巨漢。上等な誂えの服は、窓の外から差し込む光を受けて眩く輝く無数の金銀細工によって彩られている。

 

「素晴らしいほどの、金の匂いだ」

 

 マルテン・モント・アーケルシア侯爵。

 銭にうるさい男として名を馳せている、やり手の大貴族である。

 

「そのレゴール伯爵がこの俺に密書を。しかも口の固そうな、やり手のギルドマンに託した。グフフ……なんとも、涎の止まらん話が書いてありそうじゃないか。なあ?」

 

 シーナとナスターシャはマルテンの言葉に特に答えず、慎ましく頭を下げるに留めた。

 この場は非公式な場であり適当な返しでも許されるが、貴族の言葉に安易な相槌をうつものではないと知っているからだ。

 

「今レゴール伯爵領は好景気に沸いているそうじゃないか、ええ? そんな中でこの俺に内緒話だと? 良いぞ良いぞ、儲け話の匂いだ! さあ話はなんだ? グフフフ」

 

 書簡の封蝋を削り、中に収められた羊皮紙の封を剥ぎ取り、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら文書に目を通す。

 すると、マルテンはすぐに真顔になった。

 

「……」

 

 機嫌を損ねるような文言があったわけではない。マルテンは今、頭の中で高速で計算しているようだった。

 

「面白い奴だな。ウィレム・ブラン・レゴール。俺は奴との面識なんぞ、数えるほどしかないのだが。だというのに、俺の、アーケルシアの動きを見透かしているかのようなこの密書は……グフフフ、レゴールの革命児と称されるだけのことはある」

「……簡潔な返答を持ち帰るようにと、レゴール伯爵より賜っております」

「ああ、そうすべきだな。急ぐ用でもないが、こいつの返答は早い方がいいだろう。グフフ……クレイサント家とテティアエフ家の放蕩娘どもよ、帰り道は重々気をつけることだぞ。この書簡は失っても、何者かに奪われても悲惨なことになるからな。ま、俺としてはどちらでも構わないのだが……」

 

 クレイサント。テティアエフ。

 その二つの家名を耳にして、シーナとナスターシャの表情がわずかに動いた。

 

「ん? 別に隠していたわけでもあるまい? リィラシーナ・ラ・クレイサント。そしてナスターシャ・ラ・テティアエフ。……目端の利く貴族であれば、ゴールドランクのギルドマンには常に気を配っているものだ」

「……御見逸れしました、アーケルシア侯爵」

「なに、今のお前たちはギルドマンなのだろう。堅苦しいことは言うまい。その方が俺も都合が良い」

 

 マルテンは机にまっさらな羊皮紙を出し、返書を認め始めた。

 サラサラと慣れた調子で文字を綴りながら、マルテンはニヤニヤと笑う。

 

「“アルテミス”の武勇はアーケルシアにも届いているぞ。女ばかりの華のあるパーティーは話題になるからな。もうギルドには顔を出したか?」

「ええ、護衛依頼の報告のために。少しだけですが」

「そうか。帰りもまた護衛を受けていくと良い。内陸に向けた仕事はいくらでもあるからな。ああ、別に急ぐ必要は無いぞ。そういう書物でもない。出立まではゆっくりとアーケルシアで弓を休めていけ。お前たちがいればそれだけでアーケルシアが華やぎ、金の巡りが良くなりそうだ」

「は、はあ……」

 

 マルテンは常に金のことを考えている。そして金への執着は度々言葉に乗って漏れてしまうらしい。

 しかし彼のどこか厭らしい態度は全て金に向けられたもので、目の前の美女二人とは少々ピントがずれている。

 シーナはこちらを見ているようで見ていないマルテンの虚ろな目に、少々気圧された。

 

「アーケルシア侯爵。書簡の内容についてお話を聞かせてもらうことは」

「こら、ナスターシャ」

「それはできんな。と言いたいところだが、少しばかり教えてやろう。俺はレゴール伯爵にこう返してやるのだ。アーケルシアはレゴールの企てに賛同する。邪魔はしない、とな」

「ほう、企て……」

「グフフフ……レゴール伯爵は釘の刺し方をよくわきまえている。槌の振り方も、振り時も良い。さすが、クリストルが姫を差し出しただけのことはある。良い商売相手として末永くやっていけそうだ」

 

 時折口元から垂れる涎を啜りながら、マルテンは不気味に笑う。

 

「おっと、秋の婚儀の際には良い品を用立ててやらねばな。……“アルテミス”は秋には戻るな?」

「はい、もちろんです。そう長居はしません。レゴールは我々の拠点ですから」

「そうかそうか。ならば祝いの品はまた後で送ることにしよう。……ああ、それと」

 

 丸めた羊皮紙に封蝋が垂らされ、刻印が捺される。

 

「わざわざアーケルシアまで来たのだ。今は慎ましいギルドマンに身をやつしているとはいえ、クレイサント家とテティアエフ家の娘に何のもてなしもしなかったのでは侯爵家の名が廃る。ケチな金持ちほど邪悪な生き物はいない。ささやかながら、俺から“アルテミス”に褒美を取らせよう」

「いえ、そんな、」

「なぁに……構わず受け取ってくれ。別に悪いもんじゃない……アーケルシアで優雅なひと時を過ごしてもらいたい、それだけだからな……グフフ……」

 

 親切心というよりは、明らかに邪な打算や企てがありそうな笑みを浮かべているものだから、シーナとしては素直に喜べないのであった。

 

 

 

「……はぁ、疲れたわね」

「ああ。貴族の相手は肩が凝る」

「ほとんど私だけに喋らせておいて……」

「私が代わりに喋ったほうが良かったのか?」

「……いいえ。やっぱりそれは良くないわ」

「フッ」

 

 アーケルシア城より出た二人は、港町に向かって歩いている。

 書簡の手渡しは今回の旅行での最後の仕事らしい仕事であったので、それが解消されたことでようやく気分が楽になった。特にシーナは晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 

「しかし、私達の名前も広まったものね。アーケルシアまで知れ渡っているなんて」

「ゴールドランクとしての活動も長くなったからな。大都市の貴族であれば皆知っているのかもしれん」

「……そう」

「貴族社会が恋しくなったか」

「まさか」

 

 苦笑いを浮かべ、シーナは隣を歩くナスターシャの手を握る。

 するとナスターシャも手を握り返してくる。二人は人通りの少ない道である間は、そのままで歩くことにした。

 

「ナスターシャ。もしも。本当にもしもの話よ。私が貴族に戻りたいと言ったら、貴女は私と同じように戻ってくれるのかしら」

「シーナは戻りたいのか」

「もしもの話よ」

「私はお前のいる場所であれば、どこへでもついていくさ」

 

 ナスターシャの答えは即答に近いものだった。

 シーナは隣を歩く彼女の、少しも恥ずかしげもない表情を見て……やがてため息を付いた。

 

「しつこい女ね、貴女も」

「シーナが諦めてくれるのなら、いくらでもしつこくなろう」

「はいはい……別に、貴族には戻らないわ。ただ、今まで通りよ。今まで通り……私達の力は本物だったということを、世の中に証明し続けていくだけよ」

 

 市場に面する人の多い通りに出ると、シーナは手を振りほどいた。

 

「手伝ってくれるでしょ、ナスターシャ」

「もちろん。私はシーナの方針に従うさ。いつでも、どこでも」

「……ふふん」

 

 少しも変わることのない相棒の強い感情に、シーナは受け流すように微笑んで返した。

 真正面から受け止める気には、未だなれない。だがナスターシャは、長々と続くそんな現状維持を苦にしない女であった。

 



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市場の散策

 

 昼過ぎまでは根気よくルアーを投げていたが、諦めた。箸にも棒にもかかりやしない。

 途中でライナやウルリカも戻ってきて一緒にやったが、この二人でも駄目だった。もちろんゴリリアーナさんもヒットなし。岸辺で全く魚がいないってことはないだろうが、初日から随分と厳しい出だしだ。

 

「お腹すいたっス」

「なんか食べに行こーよ。あと暑いから帽子買おう、帽子。さっき市場で麦わら帽子見つけたよ」

「そろそろ良い時間だね。食事する場所も考えないと……」

「モングレル先輩、お昼ごはんまだっスか」

 

 そして俺は今日こいつらの昼飯を用意しなきゃいけない使命を持っている。

 シーナの前で“昼飯は任せろー!”とか言っちゃってたしな。だが現実は非情である。俺の分すら無い。

 

「はー……俺はともかく、お前らがいれば何かしら釣れると思ったんだけどな……」

「向こうの砂浜とかは居ないんスかねぇ。歩いてたらなんかお魚の死体みたいなの見つけたんスけど」

 

 浜釣りか。それもアリかもしれん。が……もう昼過ぎだしな。釣りをするにはちょっと微妙な時間だ。

 

「ひとまず切り上げて、続きは夕方頃だな。もう暑くなってきたし、先に市場とか見て回ろうぜ。飯はそこで奢ってやるよ」

「わぁい」

「やった! 何食べようかなー。あ! せっかくだし高いやつ頼んじゃおうかなー」

「こら、駄目だよウルリカ。……モングレルさん、ありがとうございます。僕は自分の分は出すから」

「わ、私も……」

「良いって良いって。錨の臨時収入もあったからな。全員に奢ってやるよ」

「モングレル先輩ブロンズなんスから無理しちゃ駄目っスよ……いたたたた!? いはいっふ!」

 

 ほっぺつねりの刑に処す。

 俺はその気になればブロンズはブロンズでもシルバー以上に稼げるブロンズだぞ。

 

 

 

 釣り道具を宿に置き、市場を散策する。

 市場は海産物、干物、そして交易船などから運ばれてきた各地の品が豊富で、見ていて飽きないものばかりだった。

 これらを見て回るだけでも十分に一日でも二日でも潰せそうだったが、俺たちは腹が減っている。そしてアーケルシアの市場は、屋台から漂ってくる匂いがとても強烈だった。

 

「う、美味そうな匂いっス……」

「アーケルシアンムールだってー。大きな貝だねぇー……」

「おういらっしゃい。焼き立てで美味いよ。昼飯にどうだい」

 

 大きな鉢の中に炭火を入れた屋台に俺たちはまんまと引き寄せられた。

 炭火の上では両手で持っても覆いきれないほどデカいムール貝のような、黒い貝がジリジリと焼かれている。開いた口の中からは湯気が立ち上り、美味そうな匂いを放っていた。

 

「美味そうだなこの貝。5個もらえるかい」

「はいよ、400ジェリー。貝のここ固いところあるから、そことこっちに串を打って食い歩きな」

 

 チャチな木串もついてくる。どうやらアーケルシアンムールとやらはおにぎりサイズの身をもっているらしく、そこにぶっ刺して食べ歩くのだそうだ。

 調味液はナンプラー的なものをつかっているらしく、貝本来の香りの他に調味液の焦げた時の癖のある匂いもすごい。けど美味そうだ。

 

「んー! この貝美味しいっスね!」

「だな。これ一個で腹一杯になりそうだ。酒が欲しくなるぜ……」

「あっ、やだっ、手に汁が垂れちゃう……」

「……ん。この硬い部分、なかなか噛み切れないね。これは時間かけて食べることになりそうだ……」

 

 レオの言う通り、この貝は膨れた身の部分は柔らかくペロッといただけたが、食べごたえのある部位のサイズと硬さもなかなかエグい。最終的にその部分を無限に噛み続けるガムみたいなことになりそうだ。こうなると好みでなくてももう何滴か調味液が欲しくなる。けど噛めば噛むほど味が出て普通に美味い。

 しかしゴリリアーナさんだけはそんな手強い貝の全てを一瞬で食い尽くしていた。強い。

 

「あ、こっちに帽子あったっス! 安いっスよ!」

「網目がガチャガチャしてるなー……けど旅行中とか釣りしてる時だけだし、これでも良いかなー……あ、でも向こうにあるやつの方が好みかも……」

 

 昼間の釣りで日差しに参ったのか、通りで帽子屋を見つけて麦わら帽のチェックに入った。

 かなり値段は安いが、その理由は藁の品質と編みの雑さだろう。

 編み方がだいぶガチャガチャしているし、つばの端の方は切りっぱなしになっているものも多い。数日使ったら寿命が来そうだな。しかしその数日の日差しを防ぐには十分そうに見えるし、こういう雑な作りの麦わら帽もそれはそれで乙なものだ。俺も一個買っちゃおう。

 

「レオ、こっちのも良いよ? 似合うんじゃない? ほら、後で着替えてさー……」

「いや……うん、まぁ……確かに……そうだけど……」

 

 その他、食料品の屋台なんかも見回って魚を観察したりもした。

 死んだ後の魚がツキジめいた並び方をしているだけだが、ここらの魚は全て近海で獲れたものだろう。これを見るだけでもなんとなく釣りのモチベーションが回復してくる。

 

「こいつは俺も見たこと無い魚だなぁ。店主さん、こいつはなんていう魚なんだい? アーケルシアの固有のやつかな?」

「ん? ああ、そいつはチョッパだ。横から見ると四角いだろう、この見た目が特徴的な奴でな。下の長いヒレを使って海底を擦り、餌になるようなものを巻き上げて食ってる奴だ。アーケルシアじゃ珍しい魚でもないが、他の港でも獲れるかどうかは知らんなぁ」

 

 チョッパは横長の長方形の左上に小さな顔、右上に尾びれがあるような変な形の魚だ。長さはだいたい30cmくらいあるだろうか。

 変な形をした奴だが表面積は広いので、食いではありそうな感じがする。

 しかし海底ねぇ。なるほど。釣りする時は参考にしよう。浜でズル引きしたら食いついてくれねえかなぁ。さすがに浅い所にはいないか。

 

「わぁ、こっちの小さいの安いっスね」

「そ、そうですね。量り売りでしか売ってないんですね、これは……」

「そいつらはアーケルシアン・ブルーダガーだな。このあたりの海にはウヨウヨ固まって泳いでるから、いくらでも獲れるんだ。骨がちと多いが、味自体は悪くないぞ。陸に揚げたら水につけた刃物みたいにすぐ駄目になっちまうけどな」

 

 ライナたちが注目していたのはどこかイワシに似た小魚たちだった。

 青銀色の綺麗な皮をした、まさに青っぽいダガーのような見た目の小魚である。

 ……こういうタイプの魚は群れだから、掛かる時はすげぇ掛かるんだよな。逆に掛からない時は全く掛からないタイプの奴だ。近くに泳ぎに来ているかどうかで決まる。

 

 ……こいつらの口は小さいな。このくらいのサイズの口にあった針で餌釣りしてみるのも面白そうだ。

 

「ねーねーモングレルさん」

「ん? なんだよ」

「お魚ってこういうところだとすごい安いんだねー」

「おいウルリカ、それ以上はやめろ」

「もしかして釣りってお魚を買ったほうが早いんじゃ……」

「釣りはそういうもんじゃねえんだ……!」

 

 そりゃ決まってるぜ買ったほうが安いなんて。網漁やってる人らにコスパで勝てるわけがねえんだこんなもんは。

 だがそれでも律儀に竿振って釣るのが釣りなんだよ……!

 

「なんだあんたら、釣りやってるのかい」

「ええまあ、趣味ですけどね。ちょうどさっきまで浜辺ちょっと手前の岩場あたりでやったんですけど、掛かる気配がなくてですね……」

「あー、岩場近くにいる魚はガキ共に取られてるからなぁ。なかなか掛からんと思うぞ」

 

 まーじか。しかし地元民の言う事なら信憑性しかない。

 

「大人しく舟からやってみるか、それか小島に渡ってやるかだな。そっちの魚は掛かりやすいって話だぞ」

「へぇー、小島ですか。あの、港から見える幾つかある……?」

「そうそう。幾つか立ち入りが制限されてる島もあるけどな。けど基本的に俺たちアーケルシアの人間はわざわざ向こうまで立ち寄ることはしないから、まぁ、観光客向けのやつだな。綺麗な砂浜の島なんかもあって、そっちは人気だぞ。魚も釣れるかもしれん。……ま! 向こうに渡るには金もかかるけどな!」

 

 どうやら島へ渡るのは結構大変らしい。多分金持ち向けの観光地なんだろう。

 こういうファンタジーな世界でも普通にそういう観光地はあるからな。王都なんかでも無駄にお高い観光場所が腐るほどあるぜ……。

 

「それより、何か買っていきなよ。何にする?」

「あー……じゃあこのブルーダガーをもらおうかな。ちょっと食ってみたい」

 

 色々教えてもらった手前、何も買わないってわけにもいかない俺なのであった。

 ……後で浜辺で焼いて食うか。このくらいのサイズならおやつ感覚でいけるだろう。

 いや、宿の暖炉近くで炙ればいけるか……? さすがに迷惑か。やめておこう。

 

 

 

「あら、戻ってきたのね。釣りはしなかったのかしら」

 

 宿に戻ると、ロビーでシーナとナスターシャの二人が話していた。

 アーケルシア侯爵へのおつかいは済んで、今はお茶を飲んでいたらしい。

 

「釣りはしてきたよ。何も釣れなかったけどな」

「それは? 釣れたんじゃないの?」

「市場で買ってきたんだよ。後で焼いて食うやつだ。……ところでナスターシャさん、この魚を冷やしたりなんかは……」

「……ライナよ。モングレルから昼食をもらったか?」

「っス。屋台で大きめの貝とかおごってもらったっス。超美味かったっス」

「よし。ならば冷やしてやろう」

 

 よっしゃありがてぇ。やっぱ普段の善行だよな。よしよし、これでちょっとはイワシも長持ちするだろう。

 ナスターシャの杖から出る冷気がアーケルシアン・ブルーダガー達に降り注ぎ、パキパキと霜で覆われてゆく。クーラーボックスにぶちこんでやりたいところだが、そんな便利なものはここにはない。

 

「ウルリカとレオは?」

「さてね。買い物するって言って二人でどこかに消えてったよ」

「お、お二人は……お城、どうでしたか。無事に、終わりましたか……?」

「あー……ええ、まぁ話の通じる人ではあったわ。仕事もひとまず済んだと見て良いでしょう。けど、侯爵様から少し過分な贈り物をいただいてしまってね……その事で少し、悩んでいた所なのよ」

 

 アーケルシア侯爵が贈り物? 一介のギルドマンに? なんのこっちゃ。

 まぁシーナもナスターシャもどことなく貴族っぽいから、そのつながりで話でもあったのかもしれないが……。

 

「……アーケルシアの離れ小島。そこの高級宿で少し休んでいってはどうだと……提案というより、強制させられてね。はあ……きっと何か、“アルテミス”が訪問したということを宣伝に利用するつもりなのでしょうね……」

「モングレル先輩、離れ小島って」

「ああ」

「? なによ、二人して」

 

 よく魚が釣れるという離れ小島への招待。

 こいつはまさに渡りに船ってやつじゃないか。

 



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あの子のスカートの中

 

 その日の夕方もまた釣りに挑んだのだが、結果は奮わなかった。岩場でやっても駄目、桟橋から投げても駄目、浜辺は暗い中でやるにはちょい危険なのでまだやっていないが、どうかね。望み薄な気配しか感じない。

 

「釣れないっスねぇ」

「ほんとな。まさか港町の釣りでここまで手こずるとは思わなかったわ」

 

 薄暗い時間帯。

 場所をちょくちょく変えながら、今は桟橋でライナと二人で並んで釣り竿を振っている。ウルリカとレオは相変わらずどこかで買い物を楽しんでいるらしく、ゴリリアーナさんもシーナ達と一緒に散歩に行ってしまった。二人でのんびりと釣れない夕マズメだ。日も沈んだおかげで涼しくなってきたのがありがたい。

 

「さっき食べたブルーダガーのお団子、すごい美味しかったっス」

「おお、美味かったよな。俺もあそこまで上手くできるとは思わなかったぜ」

 

 さっき岩場でやっていた時、餌つきの竿をぶっこんでおいた間に簡単な料理を作って一緒に食べた。

 アーケルシアン・ブルーダガーをミンチにして作ったつみれ汁である。味もイワシに似ていたのでなかなか懐かしい味がして美味かった。つみれのおかげで小骨の多さもほとんど気にならなかったしな。まぁ大した量はなかったけども。

 

「私もブルーダガー釣ってみたいっス。あの味はきっと焼いても良い感じっスよ」

「だな。……しかしあれだな。やっぱここらへんじゃ釣れないのかもしれん」

「さっきから何も反応無いっスからねぇ」

「やっぱ……明日の離れ島ってところに行ってみるしかねえな」

 

 そんなことを言い終えた途端、灯台に魔法の光が灯り、空がちょっとだけ明るくなった。

 海も暗くなりつつある時間帯だ。漁に出ていた船たちは、あの灯台の輝きを目指して戻ってくるのだろう。

 じきにこの人気のない桟橋も慌ただしくなるかもしれない。

 

「ライナ、そろそろ宿に戻って飯にするか」

「っス。……モングレル先輩。離れ小島っていうのも、結構楽しみっスね」

「おう。けどま、アーケルシア侯爵に感謝するかどうかは、向こうでの釣果次第だな」

「宿も楽しみっスよぉ」

「風呂付きだったら侯爵様に感謝状を書いてやるぜ」

「海があるのに風呂入るんスか」

「海と風呂は別だぜライナ」

 

 さて、納竿して宿に戻ろうか。つみれ団子だけじゃ腹が減るぜ。

 

 

 

 俺たちが宿に戻ると、既に全員が揃っているようだった。

 全員で集まり、今日は宿屋の飯を食うことになったらしい。なんでもこの宿の晩飯もなかなか美味いマリネ的な料理を出すのだとか。マリネなら俺としても楽しみだ。

 

「アマルテア連合国の品も多くて見ごたえがあったわ。レゴールの物流も活発になったとはいえ、やっぱり港町は違うわね」

「連合国の人間も多いが、普通に出歩いているサングレール人も多いな。大道芸を披露している者もいれば、大きな天幕で劇を見せている連中もいたぞ」

「芸もなかなか良かったわね。あの剣を飲み込むやつ、どうやっていたのかしら……」

 

 シーナとナスターシャは買い物というよりは観光に近いことをしていたようだ。

 ……ちょくちょくサングレール人が居るのは知っていたが、そうか。もっといる場所もあるのか。

 国防上の問題は……まぁそこらへんはしっかりしてるんだろうな。港で国際問題が起こるとマジで大変だ。両国とも連合国との関係を悪くさせたくはないだろう。何も起こらないと信じたい。

 

「私たちはねー、買い物とあと服! 服色々見てきたよ!」

「魚や海獣の皮を用いた装備があってね。シンプルなマント一つとっても眺めていて飽きなかったよ」

「うんうん。あと水着! ねえねえ知ってた? 海で泳ぐための専用の装備もたくさん売ってたんだー! 私も気に入ったやつ買っちゃったよ、ほらこれ!」

 

 そう言ってウルリカは自分で買った水着を嬉しそうに見せびらかした。

 ビキニタイプの赤い水着である。下はパレオのようなスカートになっているらしい。……お前それ着るんか?

 さすがに体型が出そうなもんだが……いや、着たいなら良いとは思うけども。

 

 しかし水着も一般向けに売ってるんだなぁ。存在自体は知っていたが……。

 元々露出の多い装備でも特に気にしない連中の多い世界だから、このくらいじゃ恥ずかしくもないんだろうな。

 

「それって下着じゃないんスか……?」

「ふふーん、ライナは勉強不足だなぁー。これはね、海女さんとかも使ってるちゃんとした装備なんだよ。海の中で動きが悪くならないし、水に濡れても駄目にならないし、すぐに乾く! ……って、売ってたお針子の人が言ってたよ」

「はえー……な、なんかそれおしゃれっスね……」

「へえ、良いじゃない。それも海獣の素材を使っているのかしらね」

「濡れても問題ないのであれば、下着よりも便利なのではないか」

「い、いや、あの、さすがにそういった使い方はどうかと……でも、良いですよね。せっかくだし、私も一つくらい……買おうかな……」

 

 わりと皆こういう物に興味津々である。

 まぁ女は特にマッパで泳ぐわけにもいかんだろうからな。せっかく海に来たのだから、買うのも悪くないんじゃないか。どうせ大して荷物にもならない装備品だ。

 

「レオも水着を買ったのか?」

「え、ああ、うん。ウルリカも買ってたし、僕も下に着るやつをね。……明日は小島に行くんでしょ? 泳ぐの楽しみだな」

「なんだお前も買ったのか。じゃあ俺も明日の朝買ってみるかな」

 

 今までは適当な服を着て泳いでいたが、水着があると便利そうだ。水辺ならどこでも使えるし、川でも湖でも用途はある。

 何より俺も男とはいえマッパで水浴びしたくはない。そういう意味でも必要なものだろう。

 

「じゃあ明日は朝から市場で水着を買って、それから船に乗って離れ小島へ向かいましょうか」

「さんせー! あ、ライナの水着選ぶの手伝ってあげるからねー!」

「えー、いやぁ、私は適当なやつでも……」

「駄目だって! せっかくなんだから可愛いやつを選ばないと!」

 

 水着買って離れ小島の砂浜でショアショアしちゃうかー。

 釣れるかどうかはわからんけど、駄目だったら開き直って海水浴に切り替えって手もあるからな。

 

 

 

「ほらほら見てモングレルさん! 私の水着は着るとこんな感じ! どう?」

「どうと言われてもな……良いんじゃねえか?」

 

 その夜。俺は宿の男部屋で何故かウルリカの水着お披露目会に付き合わされる事になった。

 女性用の赤いビキニとパレオ姿である。何が悲しくて男の女装水着をじっくり鑑賞しなくちゃいけないんだ……?

 いやまぁ、胸が絶無で体型がなんだかんだ男っぽさがある以外は振る舞いもあって似合ってはいるけども。

 やっぱ顔が良ければこういうのって半分以上許される気がするわ。

 

「……なんか反応が微妙だなぁー……」

「僕は綺麗だと思うよ、ウルリカ」

「うーん、綺麗より可愛いの方がいいなー」

「ええ……」

 

 その人の褒め言葉を採点する面倒くせえ反応、俺の中で女ポイント高いぞウルリカ。やったな。

 

「モングレルさん、明日他の人が水着に着替えたらもっと褒めなきゃ駄目だからね! 特にライナの水着姿はちゃーんと褒めないと駄目だよ!」

「わかってるって。てか部屋じゃなくて海で着てみせたらお前の格好も褒めてやるよ」

「えー……ほんと? ふーん……じゃあ結構こういうのも好きな感じ? ほーら」

 

 ニヤニヤしながらパレオ捲るな。見たくないものが見えそうだろ。

 

「水着もいいけど、明日はお前も釣りするんだぞ。アーケルシアに来て一匹も釣らずに帰るわけにはいかねえからな……」

「今日も釣れなかったもんねー」

「僕も手伝うよ、モングレルさん。色々教えてね」

「せっかく屋外用の調理セットも持ってきたんだ。全部使えないなんて結果は勘弁だぜ……」

 

 周りから夜逃げしてると思われるほどの大荷物を背負って来たってのに、それ全部無駄でしたなんてのは最悪すぎる。

 ブルーダガー一匹でもいいから釣って調理しておきたいところだぜ……。

 

 

 

 翌朝、早い時間に起きた俺たちは予定通り水着屋に向かい、そこで各々必要なものを買った。

 男女双方とも多様な水着が取り揃えられているが、俺は別にこういうところで迷うタイプではない。適当に暗くて素材が良い感じの半ズボンタイプを買っておしまいだ。男の水着なんてそんなもんである。

 

「ほらこれこれ。ライナはこれ結構似合うと思うんだよねー」

「えー、そうなんスかね……」

「ぼ、防御性能はどうなっているんでしょうか……なるべく、頑丈な水着が良いですね……」

「高級なものとなるとさすがに高いわね……」

「シーナはこっちの落ち着いた色合いのものにすべきだろう。高いなら私も金を出すぞ」

「良いわよ、自分で出すから」

 

 わちゃわちゃと楽しそうに水着を選ぶ女子+女子っぽい男子を尻目に、水中用のちょっとしたアイテム売り場を探検する。

 離れ小島では足ヒレを使って少し泳いでみるつもりではあるが、その際にフロートとやらも使ってみたいところだ。

 フロートは海獣の内臓を使った袋状の道具で、浮力で水面に浮いてくれるので泳いでいる時に掴まることで休憩できたり、ロープを伸ばすことで物を紛失しないといった使い方ができるものだ。この水着の店でも幾つか売っているようで、決して安くはないが買えなくもない額で並んでいる。

 絶対に必要ってわけじゃないが、空気を抜いておけばかさばるものでもないのでちょっと欲しくなるな……一個買っておこう。

 

「さ、港に行きましょう。昨日のうちに話はつけてあるから、すぐに離れ小島まで運んでくれるはずよ」

「結構大きい船に乗れるんスかね!?」

「船かー、小舟とは違うんだろうなぁー……」

「こ、漕いだりできるのでしょうか。漕いでみたいですね……!」

「漕げんのかなぁ。見たところある程度のデカさだと全部帆船のようだが……まぁ乗ってみりゃわかるか」

 

 さてさて。肉眼で見える距離にある小島とはいえ、スクリューを積んでない船でどれくらい時間がかかるのやら。

 船酔いとか大丈夫だろうな……心配になってきたぜ。

 

 



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非正規のサブクエスト

 

 桟橋には既に俺たちが乗り込む船が停まっており、船長らしき爺さんはコーンパイプをふかせてのんびり待っていた。

 

「やあどうも、レゴールからお越しのパーティー“アルテミス”の皆さん。私はこの連絡船の船長を務めとります。皆様を安全に離れ小島、カクタス島へとご案内させていただきますよ。さあさ、乗り込んでください。向こうの宿で美味しいランチも用意しとりますからね」

 

 連絡船はちょっとした帆もついていたが、左右には櫂も備わっている。本数からしてどうやら六人ほどの漕ぎ手がいるらしい。人件費やべーなと思ったが、六人というのは船の規模からしてかなり少ない方だという。

 量を質でカバーしてるらしく、この船の漕ぎ手には腕の立つ借金奴隷を雇っているようだ。アーケルシアではよくあることなんだとか。

 

「漕ぎ手の連中は荒っぽいのでね、地下の船室には入らないようお願いします」

「船長、つれないこと言うなよぉ」

「挨拶くらいさせろよな」

「……全く、こいつらめ」

 

 船長がやれやれといった具合に地下船倉の扉を開けると、男臭い空気がムワッと来た。やや薄暗いそこには、屈強そうな肉体を持つ、明らかにカタギではなさそうな雰囲気の男達の姿があった。

 多分、身体強化も扱えるのだろう。これなら六人でも平気そうだ。

 

「すげぇ、綺麗な子ばっかりだ」

「気合い入るねぇ」

「船長! 女の子達と話しちゃダメなんですかい」

「ダメだって言ってんだろ。侯爵家の大切なお客様だぞ。さあ、持ち場につけ」

「なんでえ」

「ケチ臭いご主人様だぜ」

「仕事すっかー」

「俺の名前はクロンクル! お嬢さん方、今なら侯爵家から300万ジェリーで俺を買い取れるよ!」

「こらっ、自分を売り込むんじゃない!」

 

 借金奴隷は犯罪奴隷とは違い、首の回らなくなった多重債務者がほとんどだ。

 ギャンブルで借金を重ねたような悪質な奴の場合は犯罪奴隷になることもあるらしいが、相続だったり止むに止まれぬ事情だったりとかで奴隷になる者は借金奴隷として扱われる。

 そういう借金奴隷のほとんどは国が管理し、仕事を割り振って労働に従事させる。犯罪奴隷と違うのは、まだそっちよりも人間性に信頼が置けるというところだろう。だからわりと扱いが緩い。ガチガチの拘束具なんかもつけないしな。

 

「いや、変なものを見せてしまって申し訳ない。けどあの連中の馬力だけは一級品だから、勘弁してやってください」

「なんかギルドの男達みたいな感じで逆に馴染み深かったっス」

「あ、それちょっとわかるー」

「……馴染み過ぎて深く関わるのは駄目よ。みんな扉は開けないようにしなさいね」

 

 地下の船倉に続く扉から調子外れの愛の歌がぼんやりと響いてきた。

 労働環境は多分、劣悪ってわけではないのだろう。実に和やかそうだ。

 高級な連絡船の船員ってことだし、奴隷とはいえ案外給金は弾んでいるのかもしれない。

 

「さあ、出航だ! おーい野郎共、しっかり漕げよー!」

 

 船長がデッキをドーンドーンと踏むと船の底から雄叫びが上がり、櫂が回り、船は力強く進みはじめたのだった。

 

 

 

「うぐ……」

 

 出航し、グングンと海の上を走りはじめて15分ほど。

 最初は離れていく岸や船の後ろに立つ小さな白波を楽しそうに眺めていた俺らだったが、早くも体調不良を訴える奴が現れた。

 意外なことに、シーナである。

 

「おいおい。大丈夫かよ、シーナ」

「は、はぁ……だ、大丈夫よ、このくらい……」

「吐けば楽になるぞー。あと吐く時は後ろで吐けよ。船体にゲロがつくからな」

「さ、さいってい……っ……!」

「シーナ、私が肩を貸そう」

 

 悪態をつきつつ、シーナはナスターシャに介助されながらフラフラと船の後方に向かって歩き出した。

 コマセ撒いてこいコマセ。

 

「うーん……私は特になんともないっスねぇ」

「私もー。……あっ! すごいすごい、鳥が船に並んで飛んでるよ! あれ撃ったら簡単に獲れそうじゃない!?」

「でもこの海鳥はあまり美味しくないって聞いたよ?」

「なーんだ」

「マジっスか」

 

 カモメっぽい鳥を見て真っ先に出てくる感想が可愛いとかじゃなくて撃ち落とす事なあたり、さすがは“アルテミス”って感じがする。

 

「オールは漕げなくても……こ、これはこれで、楽しいですね……!」

 

 そしてゴリリアーナさんは船員の人に頼み込んで、自ら帆の調整作業を買って出ていた。

 まるで神話に出てくる船に乗った英雄の姿を見ているかのような神々しさだぜ……。

 

「モングレル先輩、船釣りってこういう所からやるもんなんスかね」

「ん? まぁそうだな。動いてる船の上でルアーに動きをつけて……とか。まぁそんな感じだな。ただこういうのは当てずっぽうにやるもんでもないからなぁ」

 

 船での釣りは正直、地元の漁師に船を出してもらって釣れるポイントまで連れて行ってもらうのが一番だ。個人で小舟やら何やらで向かって地道に竿を振っても成果は微妙だろう。魚探も無いんじゃ狙いようがない。

 

「ただ、ここらへんを飛んでる海鳥がいるだろ? こういう連中が集まっている海面なんかにはわりと魚がいるだろうな」

「あー、鳥も魚を狙うんスね」

「そういうことだ。昨日食ったブルーダガーみたいな小さい連中が沢山一箇所で泳いでいれば、それを狙って海鳥がやってくる。あるいは魚が大勢いるだけでも、海面がちょっと目立ってるかもしれないな」

「なるほど……海にも狩りみたいな痕跡があるってことなんスねぇ」

 

 ま、それでも魚を狙うんだったら釣り竿よりも網が一番だろうけどな。

 そこらへんは地上の魔物狩りとは大きく違う所だ。

 

 

 

 離れ小島、カクタス島。その桟橋は白い砂浜の近くにぽつんと取り残されている岩場から延長するように建設されており、結構な長さがあった。浜辺近くは遠浅なせいで自然と長くなるらしい。

 しかしこの小島は観光客向けの高級な島として整えられているおかげなのか、桟橋の出来の良さは、明らかにアーケルシアの港よりも上だった。

 俺たちはグロッキーなシーナを介助しつつ、桟橋へと降り立った。

 おお、なんかちょっと揺れてる感じがする。陸酔いってやつか。

 

「到着しました。こちらが“アルテミス”の皆様にお過ごしいただくカクタス島です。ここは良いですよぉ、浜辺は波も穏やかだし白い砂も美しい。海は奥の方まで行かない限りには浅い場所が続いているので、魔物が好んで寄ってくることもありません。……まぁ、全く無いということはないのですが……来ればすぐにわかるので、見つけたらすぐ陸に逃げてください」

 

 すげー安全な海水浴場だよ! って言いたいのかもしれないけど、言ってることが多分俺のいた日本の海水浴場のサメがいる時期よりも危険そうなんだよなぁ。

 けどそんなこと言ってたら海水浴なんざできない世界だろうし、仕方ないか。

 

「はぁ、はぁ……うっ……陸、ようやく陸についたのね……帰りも乗るのね、あの船に……」

「ははは。まぁ、すぐに慣れるものではありませんが、泳いで帰るわけにも参りませんでな。迎えに来る数日後はどうかお覚悟を」

「ぐぅぅ……ええ、わかっているわ、大丈夫よ。耐えてみせる……」

「大丈夫っスか? シーナ先輩……」

「ええ平気よ。楽になってきた……」

 

 すげーな。シーナがここまでキツそうにしてる所初めて見るわ。馬車で酔わないのに船では酔うんだな。

 

「おーいお前たち、出てきて良いぞ。船倉の積み荷を運び出せー」

「ういーっす」

「いつものとこで良いかい、船長ー」

「うむ。乱暴に置かないように頼んだぞ」

「うぃー」

 

 連絡船にはカクタス島で使うらしい多くの物資が積まれており、俺たちを運ぶついでにこういった物も運び込まれているらしい。まぁそりゃそうか。大きそうな島では全くないし、定期的に本土からの補給が必要にもなるだろう。

 屈強な男たちは大きな木箱を抱えながら船から出てきて、“アルテミス”とすれ違いざまにウインクしたり軽いナンパをしてきたが、こういうことにも慣れているのだろう。しつこいような真似はせず、比較的粛々と目的の場所に向かって歩いて行く。

 彼らの目指す場所こそ、俺たちの宿泊する予定の場所なのだろう。船に乗って来る時からやたら目立っていた。

 

「えー、あちらのちょっと高い岸壁の上に建っている建物。甲板から見えていたのでお気付きでしたでしょうが、あれがこのカクタス島唯一にして最高の宿、“孤島のオアシス亭”です。中には腕の良い料理人、警備役兼メイドたちが皆様をお待ちしておりますよ。部屋は複数ありますが、全部屋皆様の貸し切りなのでご自由に過ごされてください。お食事も用意させていただきますが、必要になる時間をあらかじめお伝えくださいね。手の込んだものばかりなので、急に言われても用意したくともできないのです。ははは」

 

 それは宿というより、ちょっとした貴族のお屋敷というか別荘のようだった。

 基礎部分は石積みで頑丈に作られ、白く塗られた壁と尖塔のような屋根はまるでお城のようだ。

 海岸沿いに建てられているし、部屋の窓からはキリタティス海が一望できるのだろう。

 

「うむ。なかなか美しい宿だな」

「ねー! 王都でもこんなに良い所に泊まらなかったのに!」

「お城みたいっス!」

「……本当にこんな高そうな宿に泊まって良いのかな。僕たちまで……」

「それを言ったら俺なんか“アルテミス”ですらねえのにな」

「ははは、構いませんよ。今回は侯爵家が“アルテミス”御一行様を招待しているわけですから。……しかし、ただひとつだけご注意していただきたい点がありましてねぇ……」

 

 船長はそれまでの得意げな語りを潜め、どこか申し訳無さそうな表情を作ってみせた。

 

「……何かしら。何か訳ありなの?」

「ええ。実はこのカクタス島……内海に面しているこちら側は安全なのですが、どうも近頃、キリタティスの外海に面している島の裏側に強力な魔物が住み着いてしまったようでして……いえ、その魔物はほとんど表のこちら側にくることはないのですがね?」

 

 おいおい、訳アリどころか問題大アリじゃねえの。

 

「カクタス島の中央にそびえている岩山……この裏側に、大きなムーンカイトオウルが棲み着いているのですよ。こいつがまた、とんでもなく厄介でしてねぇ……我々地上や船上での警護はできても、空を飛ぶ連中の対処は少々苦手なこともあり……恥ずかしながら、未だそいつを始末できずにいるのです」

 

 ムーンカイトオウル。そいつは知ってるぞ。巨大なフクロウ型の魔物だ。

 翼をバッと広げた姿が満月のように丸くなる上、その状態でふわふわと凧のように滞空できることからその名がついている。

 気配察知能力がやたらと高く、大柄なわりに自由自在に空を飛び回ることから非常に討伐難度の高い魔物として恐れられている。

 魔物の中でも気性はさほど激しくないが、無防備で無力な人間がいれば襲いかかってくることもあるかもしれない。

 

 正直、俺もバスタードソードで相手をするのは面倒くさい相手だ。剣士との相性が悪すぎる。

 

「カクタス島の裏側は未だ開拓中。まだこれといって目ぼしい場所もないんですがねぇ、ムーンカイトオウルが居座っている間は工事に着手できないもんですから、困っておりまして。……もし“アルテミス”の皆さんが奴を討伐してくださるのであれば、実にありがたいことです。ああもちろん、ムーンカイトオウルを討ち取った暁には報酬をご用意しますよ!」

「……なるほどね。そういうことね。依頼ということかしら?」

「いえいえ、そんな。ははは。まだギルドに通していない、依頼でもなんでもない“お願い”ですよ、こんなのは。……しかしこの島の滞在中にやっていただけるのでしたら、報酬はきっと、相場よりもずっと弾むかと」

 

 はいはい、なるほどね。ギルドを通さないから中抜きもされない。その分報酬は上乗せしますよってことか。

 ケチだねぇ貴族も。豪勢な高級宿に泊めてくれると思ったらそんな話かよ。

 そしてこの老人船長、もしかしなくてもただの船長じゃねえな? アーケルシア侯爵家にかなり近い人間だろ。

 

「……海で水遊びをするだけじゃ退屈するかもと思っていたところよ。良いじゃない。侯爵様の思惑に乗ってあげましょうか」

「ムーンカイトオウル……矢避けで有名な魔物っスね! 燃えてきたっス!」

「良いじゃん良いじゃん、面白そう! まさかこんなところで撃ったことのない獲物を狙えるなんてねー!」

 

 弓使い連中はテンション上がってるなぁ。

 ……まぁ、そのフクロウを仕留めて金になるってんなら、俺ら剣士組もやる気は出るけどな。

 

「二日間はこのカクタス島にご自由に過ごされて結構。それとは別にムーンカイトオウルの討伐を考えてくださるのであれば、更に追加で二日間分は泊まって頂いて構いませんよ。ただし獲れなかった場合や追加日数を過ぎた場合などは、規定の宿泊費をお支払いいただくことになりますが」

「四日以内にオウルを狩れば宿泊は無料と。……ふ、無駄な約束事よね。私達ならもっと早く仕留めてみせるわよ。ねえ?」

 

 シーナは不敵に笑い、背中の矢筒を指でコンコンと弾いた。

 さっきまで海にゲロぶちまけていた女とは思えないぜ……。

 

「この狭い島で一匹の目立つ魔物を狩る……このくらいのこと、二日以内にできなきゃ恥ずかしいっスよね」

「ほんとだよ。そんな任務はすぐに終わらせて、私たちは海を楽しませてもらうんだから。ね? レオ」

「うん。ムーンカイトオウルと戦ったことはないけど……聞いた情報通りなら、僕でも力にはなれるはずだよ」

「わ、私も。オウルから皆さんを守ってみせます……!」

「俺もだぜ。この島に来たからにはちゃんと腹に溜まるようなサイズのうめぇ魚を釣り上げてやるよ」

「……あれっ!? モングレル先輩も一緒に狩りしないんスか!」

「いやするけどさ。俺の出番なんか無さそうじゃん。お前らだけで出来るだろ」

 

 俺のバスタードソードの範囲内に寄って来てくれるなら話は早いけどさ。そんなことになる前に“アルテミス”だったら決着してるだろ?

 そんな風に肩を竦めると、シーナは鼻で笑った。

 

「……そういうことよ。任せておきなさい。私達が必ず、近いうちにムーンカイトオウルを討伐してあげるわ」

「おお、それは心強い! いやぁ“アルテミス”の方々が居てくださって何より……」

「ねえ、それよりも……」

「ああはい、なんでしょう?」

「……少し早めの昼食と、それと飲み物。いただけないかしら。……今のままだと、私は何の仕事もできないわ……」

 

 そういやシーナは空きっ腹だったな。そりゃ辛いわ。

 

「おっと、これは申し訳ない。すぐに用意させましょう。それと、いい加減宿の案内をしなければ。さあさみなさん、こちらへどうぞ! 遊ぶにせよ狩りに出るにせよ、一度休まれてからが良いでしょう!」

 

 ここに来るまでの間は海水浴と釣りしか頭になかったが、どうやら俺たちのバカンスはもうちょい刺激的なものになりそうだった。

 



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異世界フライフィッシング

 

 鳥系の魔物にも様々な種類がある。

 小鳥っぽい奴から、若干人っぽいやつまで色々だ。翼を広げると大型トラックくらいのサイズになるような化け物だっている。

 

 しかし全体的に共通しているのは、防御力がショボめということだろう。

 魔力で全身を強化し、飛行能力を高めていても尚、重く頑丈な身体では空に上がれなかったようである。まぁ、“空飛ぶなら別にDEF振らなくて良くね? ”って結論に至ったんだろうな。この世界の鳥も、進化の過程で。

 

 前世でも鳥類の狩猟では小粒な散弾や空気銃が主だった。鳥はメタクソ軽いので、豆鉄砲みたいなサイズの弾でも充分にダメージを与えられるのだ。比較的デカい鳥であるカラスですら重さは700から800グラム程度しかない。

 この世界のムーンカイトオウルは体長が1メートル超え、翼長に関してはさらにあるだろうが、それでも重さはサイズほどではないだろう。カラスの例で考えると、多分20kgも無いんじゃねえかな。

 そんな軽い鳥に、銃弾より遥かにデカくて重い弓矢が突き刺さるわけだ。まともに命中すればスキル無しの矢でも大ダメージは必至だろう。

 

 そんな弓矢を扱う連中が“アルテミス”に三人もいる。正直、ムーンカイトオウルが長生きする未来が俺には見えない。

 しかもゴールドランクの魔法使いナスターシャに身軽な風属性特化の双剣士たるレオ、空中で二連続で気弾を放ってきそうなオーラを持つゴリリアーナさんまで揃っている。

 このラインナップだったら下手なドラゴンくらいなら討伐できるだろうよ。マジで俺が必要ない。なんなら遠距離攻撃手段のチャクラムを置いてきた俺じゃ活躍する場面がマジで無い。普通にお荷物だ。

 

 だから俺は釣りに専念する……! 

 そもそも俺はアーケルシアに狩りに来たんじゃねぇ。釣りに来たんだ! 

 

「魔物がいる島でのんびりと海水浴していられないわ。先にムーンカイトオウルを討伐してしまいましょう。泳いだり、遊ぶのはそれからね」

「水着着て泳ぎたかったけど、厄介事を終わらせてからの方が楽しめそうだもんねー」

「狩りだって楽しめそうっスよ!」

 

 しかし釣りに専念するのは俺だけである。“アルテミス”達はちゃっちゃと討伐を終わらせてくるつもりのようだ。

 高級宿で明らかに豪華な昼食を食い終えると、シーナ達は装備を着込んで出発準備を整えていた。

 

「モングレル先輩も来たらいいのに……」

「近接の護衛ならレオとゴリリアーナさんで充分だろ。俺はゆっくりと釣りをして待ってるさ。まぁ、討伐する自信が無いなら手伝ってやるけどな?」

「むっ……」

「モングレルさんブロンズなのに偉そー。別に平気だもん。私達なら今日中に仕留めてみせるもんねー!」

「ちょっとウルリカ、まだ下見もしてないのにそれは早いよ。アーケルシアの侯爵様が手を焼いている魔物なんだから、油断はよくないって」

 

 とはいえ、実際に一日で終わりそうなんだよな。空振りフラグ立ってそうなこと言ってるけど、やれるもんはやれるだろう。

 それでも駄目そうなら俺も手伝うが、荷物持ちと藪払い以外に仕事があるとは思えねぇな……。

 

「ま、楽しんで狩ってこいよ。俺はここら辺にいるからな」

「何かあれば呼ぶから、来てちょうだい」

「おー」

 

 そういうわけで、“アルテミス”とは一旦別行動となった。

 俺が手伝うのは万が一の時だけ。できればその万が一がないよう祈りたい。

 

「相手の姿さえ見つけちまえば、数時間で終わりそうなもんだけどな」

 

 ぼやきつつ、俺は釣り道具を持って桟橋へと向かうのだった。

 

 

 

 浅瀬から伸びる長い桟橋の先は、俺たちが乗ってきた船をつけられるほどなのだから当然、それなりの深さがある。

 陸からは距離もあるし、地形も様々だ。カクタス島には地元民さえそう簡単に来られないはずなので、スレてもいないはず。そこにルアーがブルブルと震えながら動いていれば、何も知らない無垢なお魚ちゃん達は食らいついてくる……はずだ。多分。

 

「ほいっ」

 

 御託はここまで。日は高いし釣りに向いてない時間ではあるが、とにかく投げて確かめてみよう。

 ヒューっと飛ばしたルアーが遠くに落ち、小さな波を立てる。

 そこでグルグルと巻き取り、動きをつけながら手元へ。この繰り返し。

 

 麦わら帽子を買っといて良かった。海風が多少あるからといっても、日差しが強くてこれ無しじゃやってられん。

 

「お、今突いたな」

 

 そして早くも竿に反応あり。食いつかなかったが間違いなく何かがルアーにちょっかいをかけてきた。食いついても飲み込んでもいないが……警戒されてんのかな。全くスレてないってわけでもないのか。

 

「……食ってこないな。いるにはいるが……」

 

 中天は海中の魚を探すのに最適な時間帯だ。何せ海に全く影が差さない。だから桟橋の上からでもある程度はっきりと海の中の様子が確認できる。

 よく目を凝らせば、岩と海藻の中には小さく動く影が見える。

 小さいやつがいるならそれを食うデカい奴だっているはずだ。多分。

 

「ん!? 掛かった……けど動かないな。重いが……何に引っ掛けた?」

 

 リールを巻いてみると、海面から顔を出したのは褐色の海藻。茎がぷりぷりしててなかなか立派だ。

 

「大物ゲットだぜ……」

 

 こいつもヤツデコンブみたいに食えるんだろうか? 食ってみる勇気はないので食わないが……再トライだ。

 

 誰もいない桟橋で竿を振り、リールを巻く。その繰り返し。

 無駄の多い時間のように思えるかも知れないが、俺にとってはこのくらいの穏やかな時間がちょうど良い。

 

 レゴールで適当な魔物を狩りながら暮らすのも好きだが、こうして海を見ながら時間を過ごすのも悪いものでは……ものでは……。

 

「釣れなきゃなんも面白くねぇんだよ……! リール巻いてるだけで面白いわけあるか……!」

 

 嘘です釣れなきゃクソです。竿振ってるだけの時間は虚無だし話し相手もなく一人でぼーっとしてるのも退屈すぎてクソクソのクソです。

 俺はな……飽きっぽい男なんだ。スローライフはそれなりに好きでも退屈な作業は嫌いなんだ。釣れろ! なんか釣れろ! 一分おきに何か釣れてくれ! 

 

「うおっ、掛かった!?」

 

 心の中で海を恫喝したのが効いたのか、ついにアタリが来た。

 竿先がしなり、ビビビと震えるような手応えが伝わってくる。

 

「おお、いいねいいねぇ! さあ何が釣れる!?」

 

 俺の今使ってるルアーなら30cm以上の奴がかかっているはずだ。でないと飲み込めない程度のサイズのルアーだからな。

 しかし竿のしなりや手応えは独特の震えこそあるが、そこまで強いものではない。潜るでも離れるでもなく、中途半端に抵抗しながら横に走るような動き。

 あまり強い泳ぎじゃないな……。

 

 と、淡々と巻いていたらついに釣れた魚が海面からこんにちわしてくれた。タモを使うまでもない。

 

「おー……ああこいつ確か図鑑で見たなぁ。キリタティス・ケルプだったか」

 

 サイズは32cm程度。青い細やかな鱗に黄色い横縞。筒形に近い身体に大きな口。全体的にどこかスリムなナマズを思わせるこいつは、キリタティス海に広く棲息するごく普通の魚だ。

 食欲旺盛で小魚を吸い込むように飲み込んでしまうのだとか。

 図鑑には調理法に関してはあまり詳しく書かれていなかったが、ハルペリアでよく用いられているナンプラー的な調味料を作る際にはこのキリタティス・ケルプを使うことも多いそうだ。

 まぁそんな使われ方をしてるわけだから、多分まともに食っても美味くはないんだろう……。

 

 とはいえ、一匹目だ。釣れたは釣れた。これで大分気は楽になった。ありがとうケルプ君。

 久々にまともな魚が釣れたから、せっかくだし浜辺で焼いて食ってみるか……。

 

「ギャアギャア!」

「うわっ!?」

 

 俺の気が緩んだその瞬間、白っぽい影がバタバタと音をさせて俺の背後を襲ってきた。

 思わず反射で最高強度の身体強化を掛けて身構えたが、下手人の狙いは俺ではなく、今まさに釣り上げたキリタティス・ケルプであった。

 

「ギャア!」

「あっ! てめっ!?」

 

 ものすごい力で魚を奪い取られ、離れた場所まで引きずられてゆく。

 鳥だ。さっき船と一緒に飛んでいた海鳥のデカいやつがそこにいた。

 

「おまっ、それ俺の……」

「ギャアギャア!」

「ああー……」

 

 海鳥は尖った嘴でキリタティス・ケルプの横っ腹を突き、きったねぇ食い方で食事に勤しんでいる。

 ケルプは暴れているが、あれはもう駄目だろう。派手に内臓を食われている。

 

「てめ……人の奪うならせめて丸呑みにしろよ……」

 

 海鳥はどうやら魚の内臓が好みらしく、ある程度ケルプの腹を啄んだあとは他の身には手をつけようともしなかった。

 じゃあ残った部分を食いたいかというと、もう内臓が飛び散っているわ鳥の足に踏まれまくってるわで散々汚されているんでね……無理だね……。

 

 それにしてもこの海鳥、ふてぶてしい。

 人から奪っておきながら少し距離を取っているだけで飛び去ろうとしない。

 “次の魚はまだか?”みたいな顔をしてじっとこちらを向いている。……あ、顔横向いた。でもあの目の位置だとこっちは丸見えなんだろうな。

 

「クォラーッ!」

「ギャア!」

 

 ちょっと怒鳴り声をあげて近付くと、海鳥は飛び去り……そうになったが、桟橋の入り口あたりでフワリと降り立った。

 “ここなら安地やろ”ってその緩慢な降り方がマジで腹立つわ。俺が本気になれば一瞬で踏み込み斬り決めてやれるんだからな。調子に乗るなよ。

 

「お前な……次やったらマジでバスタードソードの刑だからな。ここにはお前を守ってくれる優しい環境団体なんてねえからな。覚悟しろよ」

 

 どうもまだこちらを狙っているらしい海鳥をよそに、俺は再びルアーを投げて釣りを再開した。

 ……次釣り上げた奴は一瞬で桶に入れて、上に物置いとかないと駄目だな。また取られちまう。

 

「まあ、まあまあ……食用ってほどの魚ではなかったし……次はもっと美味くてデカいの来るから……」

 

 竿を構え、投げる。巻き取り、また投げる。再びそれだけの時間が続いた。

 時々気になってチラリと桟橋の後ろを見ると、未だに海鳥はそこにスタンバっている。完全に味を占めてやがる……。

 

 だが次釣れた時は流石の俺も身構えてるからな。思い切り掴んで捕獲してやるよ。なんならそのまま魚の餌として活用してやっても良いんだぜ俺は……。

 

 内心でどう復讐してやろうかと考えながら釣りを続け……気付いた。

 釣れない。一気に来なくなった。

 

「……さっきのはマグレ当たりだったか……?」

 

 欲張りすぎてルアーを大きくしすぎたせいか。もうちょっと別の仕掛けにした方が良いのかもしれない。そんな事を考えていた、その時。

 

 後ろの方、どこか遠くでドーンという大きな音が響いてきた。

 

「お? なん……ああ、スキルか。これはウルリカの“強射(ハードショット)”かな?」

 

 桟橋の入り口にいる海鳥は大きな音を聞いてどこか落ち着きがない。岩山の方と俺の方に忙しなく顔を動かしている。

 スキルでこいつを駆除する奴なんていないだろうが、危ない音であろうことはなんとなくわかっているんだろうな。

 

 ……それにしてもスキルを使ったってことは、もう見つけたのか? 

 この島じゃ他に大物なんていないだろうし……ひょっとすると今の一撃で仕留めきれたのかもしれん。となるとマジで数時間での討伐コースだな。船長もビビるんじゃないか。

 

「やべぇな。てことは“アルテミス”の連中が戻ってくるってことじゃん。向こうが大物のフクロウ仕留めたのにこっちは何も釣果無しってのは不味いぞ」

 

 時間がないかもしれん。今使っているルアーじゃ無理だろうなということで、仕掛けを少し変えることにした。

 鮮やかな赤系の色をした、さっきよりも少し小さめのルアーだ。針も少しサイズダウン。これで少しは獲物の幅が広がってくれるはず。

 

「よーし、じゃあ早速……行ってこーい!」

「ギャアギャア!」

「ってうぉおおおい!?」

 

 そんな調子で俺が勢い良く投げ放った赤いルアーは、後ろから飛んできた海鳥によって捕獲されてしまった。

 

「おい馬鹿やめろやアホ鳥! せめて何か掛かってから襲撃しろ!」

「ギャアギャア!?」

「ほらーみろ引っ掛かった! 馬鹿野郎、そんな真っ赤な魚ここら辺に泳いでるわけねえだろ! よく見ろ!」

 

 その赤いルアーで魚を騙すつもりだったことは棚に上げ、面倒くさい事をしてくれた海鳥を引き寄せる。

 このままリールを巻いて回収し、絡まった糸を解いて……考えるだけで面倒な作業だな! 

 

「ギャア!」

「おい! 飛ぶな! 仕事増やすな! おいコラ!」

 

 しかも海鳥が飛びやがった。ルアーが脚に絡まってるくせに強気すぎる。

 しかも無駄に高く羽ばたこうとするもんだから、なんかもう海鳥で凧揚げしてるみたいになっている。

 あー糸が出る! マジでもうやめてください! ちゃんと糸を解いて解放してやるから! 大人しくしててください! 俺がお前に何をしたっていうんだ! 

 

「ホーッホーッ」

「え?」

「ギャア!?」

 

 意図せず発生した異世界流フライフィッシングに難儀していると、そんな俺たちを襲う新たな影が! 

 

 巨大な純白の翼を広げて飛んできたフクロウ、ムーンカイトオウルである! 

 お前生きてたのか! 

 

「ギャッ!?」

「ホーッ」

 

 鎌のように長く鋭い爪が海鳥の喉と腹を突き破る。なんて鮮やかな手並みだ。お前は多分俺たちの敵ではあるけど良くやった! 

 俺が糸の回収をするまでの間は見逃してやっても良いぞ! 

 

「ホーッ!?」

「って、お前も絡まるんかーい!」

 

 空の彼方で海鳥を鮮やかに仕留めたムーンカイトオウルだったが、そこに針つきのルアーと強靭な糸が備わっていたのは奴の誤算だろう。んなこと誰にも予測できるはずもない。俺だってしていないし。

 

「ああもう良いから! 糸切れ! 頑張れ! お前ならできる!」

 

 ムーンカイトオウルの飛行能力は凄まじいものだった。

 ホバリング、急上昇、急降下、急旋回、蜂のような鋭い動きで、地上から糸を伸ばしている俺から逃げようとしている。

 攻撃してくる様子はない。ひたすら糸を外そうともがいている。しかし動けば動くほど余計に糸が絡まって、収拾がつかなくなる……。

 

 し、しかもこいつ……水の中にいる魚よりも力つええ! 

 体が持っていかれるほどの力ではさすがにないが、竿を手離したら間違いなく持ち去られるくらいの力を持ってやがる……! 

 頼む勘弁してくれ、この竿だけは作るのにすげえ手間と金が掛かってるんだ! ちょっとくらいの糸とルアーなら見逃してやるから! 頼むからそのまま離してくれ! それか死んでくれ!

 

「うおー! 誰かー! こいつを仕留めてくれー!」

「うわっ!? なんか凄いことになってるっス!」

「ウルリカ、チャンスよ! 散弾でやっちゃいなさい!」

「な、何事かよくわかんないけど!? ええい、やっちゃえ! “強射(ハードショット)”!」

 

 頭の上でバーンと大きな音がして、上空のフクロウの姿が一瞬だけ震えた。

 何枚かの羽毛が空に舞い……それが落ちるよりも先に、巨大なムーンカイトオウルが力を失って落下してきた。

 

「うおっ」

「ホッ、ホーッ」

 

 ウルリカの“強射”によって打ち出された散弾用の鏃が炸裂し、それをまともに喰らったんだろう。

 複数の致命傷を受けたムーンカイトオウルは、ほどなくして動かなくなった。

 

「やったっス! ……はぁ、はぁ……いやぁ、走ったっス。超疲れたっス……」

「良かった、仕留めたんだね……はあ、大変だったなぁ……」

「そ、それより貴方、モングレル……何やってたのよ。釣竿使ってるくせに、鳥を釣るなんて……ふふっ……」

「空を飛ぶ鳥相手に釣りをする様は、一周して幻想的ですらあったぞ」

 

 どうやら“アルテミス”の面々はこのフクロウを発見し、追いかけていたらしい。

 そこで空で泳がせ釣りしていた俺の餌にムーンカイトオウルが突っ込んできて、御用になったと。……今日は完全に釣りをするつもりでいたのに、何故か“アルテミス”の狙っていたフクロウを釣ってしまった。どういうことだよ……? 

 いや俺だっていまだに呆然としてるわこんなん。

 

「ウルリカが決めてくれたおかげで助かったわ……ウルリカ?」

「ああ、うん……」

「どうしたんだい? ウルリカ」

 

 肝心のムーンカイトオウルを仕留めたウルリカが、どこかボーッとした顔で弓を眺めている。

 

「……いやーこれ、多分間違いないかな。……ねえ聞いて! 私、新しいスキル覚えちゃったよ! 今ので!」

「え、ええっ!? 本当に!?」

「嘘、もう三つ目を? 凄いわね……おめでとう、ウルリカ!」

「マジっスか!? すごいっス! おめでとうっス!」

「お、おめでとうございます!」

「早熟だな……おめでとう」

 

 しかも新しいスキルが生えてきたらしい。おいおいこれ以上情報増やすな。俺の脳がパンクする。いや、それはともかく。

 

「もう三つ目のスキルを覚えるなんてすげえな、ウルリカ。おめでとう」

「みんなありがとー! ……ねえねえモングレルさん。もしかしてモングレルさんが釣ったものを仕留めるとスキル覚えやすかったりする?」

「私の時と似てるっスね!」

「そんなことないと思うけどなぁ……今はひょっとするとあり得るんじゃないかと思ってるわ……」

「あははは!」

 

 夕暮れ前にムーンカイトオウルは討伐され、ウルリカは新しいスキルまで覚えてしまった。良いこと尽くしである。

 その影では俺の死闘もあったことは、皆に話しておかねばなるまい……。

 数日間はその話題だけで盛り上がれそうだわ。

 



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現在までの主要な登場ギルドマン

200話を記念し、登場人物のまとめを作りました。
レゴール支部の登場頻度の高いギルドマンに絞った人物紹介です。なので作中の登場人物のごく一部の公開になります。
重要な未公開情報などは伏せてありますが、初公開となる設定がそれを上回り数多く記載されています。
読んでいて面白くなるような書き方を意識したつもりですが、中には過去の話と矛盾する設定があるかもしれません。
その際は感想や誤字報告などでお知らせいただけると助かります。
また、大人の事情などによって後から修正されることもあるのでご注意ください。


 

【モングレル】

「レゴールにようこそ! 俺はただのギルドマンだぜ!」

:年齢:31

:性別:男

:称号:変人、バスタードソードの奴、ケイオス卿、シュトルーベの亡霊

:階級:ブロンズ3

:容姿:

 黒色の短髪、前髪に白いメッシュ、黒色の凡庸な目

 中肉中背、多少鍛えてはいるものの、極めて中庸な容姿をしている。

:装備:

 主力武器は古いバスタードソード、盾などの防具らしい防具は無し。

 自作らしき見慣れない装いに身を包んでいる。ブーツも自作。

 前衛剣士としては非常に軽装だが、腕が良いのかほぼ負傷することがない。明らかにランク以上の実力を持っている。

:嗜好:

 料理、食事、釣り、発明家の真似事など多岐にわたる。

 肉料理と酒、たまに菓子類も好んで食べている。

 娼館や賭場の利用がほとんどなく、稼いだ金銭はほぼ自分の趣味に消えているとのこと。

:来歴:

 21歳の頃、レゴールにやってきたサングレール人とのハーフの剣士。

 “収穫の剣”バルガーの勧めによりギルドに所属することになり、スコルの宿を拠点に現在までソロ活動を続けている。

 犯罪歴は無く、借金も無し。街中でも小悪党との小競り合いが多少あるのみで、衛兵の手を煩わせることは少ない。

 ギルドマンの一部では謎多きスケベ伝道師と何らかの関係があるのではないかと囁かれている。

:評判:

少女『超親切な人っス。マジで神的に良い人っスよ』

友人『ソロでやってるんですけどね。何かあると飛び入りで手伝ってくれますよ。僕らのパーティーとしても結構ありがたい人ですかねぇ。……いい加減にランク上げればいいのにと思ってます、はい』

受付『はい、非常に優秀なギルドマンですよ。ただ我々にも規定がありますから、本人が昇格したくないと言うのであれば、それは尊重しなければなりません。個人的には、昇格してほしくはありますけどね?』

匿名『もっと、色々なこと……教えてほしいなー……』

宿屋『モングレルさん? ないない! 怪しいところなんて全然ないよ! うちの宿で暮らしてて、部屋に荷物置きすぎて出ていけなくなってるだけ!』

鍛冶屋『サングレールの血が入ってるだけの、普通の野郎だよ。仕事の邪魔だから帰ってくれ』

 

:所持スキル&ギフト:

GIFT『(イクリプス)

…■■■■

SKILL『■■■■』

…■■■■

SKILL『金屎吐(コンフリクト)

…■■■■

SKILL『■■■■』

…■■■■

SKILL『■■■■』

…■■■■

 

 

 

【ライナ】

「おっス、お願いしまっス」

:年齢:18

:性別:女

:称号:小さな弓使い、アルテミスの新人

:階級:シルバー1、アルテミス所属

:容姿:

 青色のショートヘア、水色のジト目

 年齢の割に小柄で細身。幼い少女のように見える。

:装備:

 主力武器は弓。防具は胸当てなど部位を絞った軽装。

 短パンや動きやすいシャツなどを愛用する。ケープ、グローブ、ブーツなどギルドマンの基本的な装いを整えている。

:嗜好:

 狩猟は仕事でもあり趣味でもあるようだ。パーティーでの任務以外でもバロアの森で狩りを行う事が多い。特に鳥撃ちを好んでいる。

 また非常に酒好きで、しかし飲んでもほとんど酔う事がない。

:来歴:

 ハイム村より二人の幼なじみと共にレゴールへやってきた。

 当初は同郷の二人とパーティーを組んでいたが、頓挫。パーティーは解散し二人は故郷へ帰った。

 それから他のいくつかのパーティーを点々としたが長続きせずソロで活動を続ける。程なくして“アルテミス”のシーナからの誘いを受け、現在のパーティーに所属することになった。

:評判:

団長『優れた弓使いよ。正統派のスキルばかりだから、きっと将来は良い担い手になってくれるわ』

先輩『ライナはねー、すっごい良い子! 真面目だし礼儀正しいし、本当に可愛がりたくなるよね!』

門番『よく鳥撃って帰ってくるねぇ。ぼんやりした目つきしてるけど、挨拶もちゃんとできるし良い子だよ』

友人『魔物の特性に詳しい子ですね! たまに話す事がありますけど、こういう話だと本当に博識な子ですよ! 他は結構抜けてるとこありますけど!』

親族『まだ帰って来ないのか。生意気な奴だな』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『照星(ロックオン)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は淡黄色。

 遠距離武器を構えている間、手ブレを大幅に抑制し、武器の保持を楽にする。

 基本に忠実で丁寧な射撃を繰り返すうちに身についたスキル。

 偏差射撃、出待ちなど様々な場面で活用されている。

SKILL『貫通射(ペネトレイト)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 貫通力、飛距離、速度に優れた遠距離攻撃を行う。

 釣りの最中に突然開花したライナ初の攻撃系スキル。

 素直に真っ直ぐ飛ぶ強力な射撃は、正統派狩人にとっての基本にして垂涎のスキルであった。

 

 

 

【ウルリカ】

「私はねー……狙った獲物は絶対に仕留めちゃうから!」

:年齢:20

:性別:男

:称号:ウルフリック(本名)

:階級:シルバー2、アルテミス所属

:容姿:

 毛先の跳ねた薄紅色のショートポニー(ハーフアップ)、青色のツリ目

 女性として見ると背も高めで、ややしっかりした体つきに見える。

:装備:

 主力武器は弓。防具は普段は主に胸当てのみで、見た目の美しさを重視した軽装。

 基本的な狩人としての装備は抑えつつ、短めのスカートやパレオを愛用している。体型を隠すために腰を絞る装備やチョーカーの類もよく身につけている。

:嗜好:

 話好きで、誰とでも明るく楽しげに接している。服や化粧品、見た目重視の装備品を買うことを趣味の一つとしており、ギルドマンには珍しく頻繁に装備姿が変わる。

 食の嗜好は意外と肉好きで、酒はほとんど嗜むことがない。

:来歴:

 ボリス村出身。当時の村の好色代官から逃れるため、幼少期より女装を続けてきた習慣が今でも続いており、本人は女としてちやほやされる現状が気に入っている。

 ドライデンでギルドマンとなった後、レゴールへとやってきた弓使いの狩人。

 レゴールを拠点とし始めた頃は慣れない環境に戸惑っていたが、“アルテミス”に実力を買われ、パーティーに加入。以来“アルテミス”での火力要員として活躍し、実力を伸ばしている。

:評判:

団長『奔放なところはあるけど、天性の才能というのかしら。狩りの腕前は凄いわね。頼もしい子よ』

幼馴染『ウルリカは何をやっても上手くこなせるからね、後衛にいてくれると頼れる弓使いだよ。……もう少し努力しても良いとは思うけどね』

匿名『ククク……あの尻……間違いない。あれは安産型だ……』

匿名『あの子は俺に気があるんだと思う。この前嫌な顔せず中古の装備売ってくれたし……』

匿名『ウルリカちゃん、最近色っぽく見えるのだが……』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『弱点看破(ウィークサーチ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は桃色。

 発動中に生物を視認した際、対象の弱点を可視化する事ができる。生命力だけでなく機動力など、可視化する弱点の種類を切り替えることもできる。

 故郷での魔物屠殺作業の手伝いによって修得したスキル。

 獲物のバイタル部分を正確に見抜けるのでスポッターとしても有用な他、最近では種類の切り替えがさらに上手くなった。

SKILL『強射(ハードショット)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 衝撃力、破壊力、速度に優れた遠距離攻撃を行う。

 故郷で魔物を仕留め続けるうちに習得した。

 大型の魔物にすら大ダメージを与えるスキルだが、肝心の大型の魔物と戦う機会がなくて持て余している。

SKILL『■■■■』

…■■■■

 

 

 

【シーナ】

「ええ、ズルよ。私の矢は必ず当たるもの」

:年齢:26

:性別:女

:称号:リィラシーナ・ラ・クレイサント(本名)、継矢のシーナ、必中のリィラシーナ

:階級:ゴールド2、アルテミス団長

:容姿:

 黒色の長い三つ編みワンテール、紺色のツリ目

 均整の取れた美しい体型。凛とした顔立ち。“アルテミス”という高嶺の花を率いる団長として申し分ない完璧な容姿を持つ。

:装備:

 主力武器は弓。ドレスのようにも見える華美な狩人装束。

 金属は少ないが、高級な装備で身を固めている。矢筒は大きく、常備している矢の本数が多い。

:嗜好:

 その出自故か高級志向が強く、食も宿も半端なものを苦手としているようだ。しかし彼女は怠惰な貴族とは異なり、自らを納得させるだけの水準を得るために、研鑽と努力を欠かすことがない。また、自ら料理をして自分が納得できる新たな味を模索することもあるが、余計なものを添加して台無しにすることもしばしば。

 ナスターシャと時間を共にすることが多く、押しの強い彼女には中途半端に絆されているが、特別女性好きというわけでもないようだ。

:来歴:

 リィラシーナ・ラ・クレイサントはクレイサント男爵家の三女であった。幼少期に発現したギフトに可能性を見出され、弓使いとしての英才教育を受けて育つ。

 ■■■■

 ナスターシャを伴って学園を出た後、王都からレゴールに拠点を移し、弓使いパーティー“アルテミス”に加入。

 ほどなくして腕前と統率力を見込まれ、若くして“アルテミス”の団長となる。

:評判:

相棒『この世で最も美しく、誇り高き女だ』

前任『真面目で努力家、“アルテミス”を任せるのに彼女以上の逸材はいないよ。それに、クランハウスは彼女にこそ必要なものだろうしねぇ』

後輩『厳しいとこもあるけど優しくてすごい良い人っス。あんまし解体とか汚い作業は好きじゃないみたいスけど』

匿名『綺麗すぎて近づき難い……』

商人『“アルテミス”さんを雇うのは金が掛かるけど、仕事は完璧にこなしてくれる。何より目に良い。特に団長のシーナさんは美しいね』

:所持スキル&ギフト:

GIFT『月矢(ムーンシュート)

…このギフトの持ち主は、遠距離攻撃を必ず狙った場所に撃ち放つことができる。その力は発射後でさえある程度のズレを補正することができ、それら全てに魔力を消費することはない。

SKILL『曲射(アーチショット)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は淡黄色。

 弓を上側に構え、矢を弓なりの軌道で放つ。速度と威力に優れ、曲がった軌道で飛ぶため回避が難しい。

 幼少から親の狩りに随伴していた際、類稀なる才能によって放たれる矢が多くの獲物を仕留めるうちに身についたスキル。

 多少の障害物を迂回した上で狙い通りに射撃できるため、今でも便利に使っている。

SKILL『光条射(レイショット)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は薄水色。

 弓に複数本の矢を構え、全てを同時に射出する。威力と速度に優れる。

 一本ずつ射るというもどかしさから一度に複数の矢を放つようになったシーナがある時身につけたレアスキル。

 ギフトは結果として彼女に強力なスキルをも与えたが、それは彼女を孤立させる一因ともなった。

SKILL『■■■■』

…■■■■

SKILL『連射(ラピッド)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は青色。

 発動中、射撃から次の射撃体勢の再構築速度が大幅に上がる。

 他スキルとの併用が可能であり、強力な攻撃スキルを連続で発動することもできるようになる。

 しかし彼女の場合は通常の射撃ですらその高い命中精度から強力無比であるため、このスキル単体でも十分に役立つ。獲物が複数いる場面で愛用している。

 

 

 

【ナスターシャ】

「全てシーナの判断に任せよう。私はそれに従う」

:年齢:26

:性別:女

:称号:ナスターシャ・ラ・テティアエフ(本名)、氷壁のナスターシャ

:階級:ゴールド1、アルテミス所属

:容姿:

 青色のロングヘア、碧色の冷淡な目

 非常に女性らしい体型。着用するローブがそれを際立たせていることもあり、男たちの目を惹く。

:装備:

 主力武器はロッド。高度な水魔法とその他の初歩的な属性魔法を扱える。

 防具は無し。胸元が見えるような、高級な魔法使いのローブを着込んでいる。

:嗜好:

 魔法の研究、発明、学術的なものを特に好む。逆にそれ以外のものに対してはかなり冷淡で、興味が薄いように見える。

 同じ“アルテミス”のメンバーに対しては親身で、彼女なりの世話を焼いている。特にシーナとは特別親しい関係で、彼女の側を離れることはほとんどない。

:来歴:

 ナスターシャ・ラ・テティアエフはテティアエフ男爵家の次女であった。生まれ持ったギフトから魔法の才能を見込まれ、手厚い教育を受ける。

 ■■■■

 シーナと共に学園を出た彼女はそれ以降常に彼女に寄り添い、現在にまで至っている。実力は非常に高いはずだが、ギルドのランクを上げることに関しては全く興味が無いようだ。

:評判:

相棒『彼女に裏切られたら私は死ぬでしょうね。心さえも』

後輩『綺麗だしすっごいモテそうな体型なのになー、あんまりお洒落してくれないんだよねー』

匿名『おっぱいがでかい』

先輩『非常に聡明な魔法使いだね。結構気が合うから、学園ではたまに一緒に食事をしていたよ』

匿名『冷たい目でチラッとこっちを見ながら舌打ちしてほしい』

:所持スキル&ギフト:

GIFT『■■■■』

…■■■■

SKILL『魔力練成(トランス)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は水色。

 一定時間集中し、魔力を小回復する。連続使用が困難。

 魔法により領地の魔物を退治した際に習得したスキル。

 周囲の安全を確保した上で発動することで安全に自分の魔法リソースを回復できるため、重宝している。

SKILL『石突(ストンプ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は水色。

 杖の石突を地面に叩きつける事で、自分を中心に吹き飛ばし効果のある衝撃波を発生させる。

 魔物狩りの際に習得したスキルだが、ほぼ使われていない。

 魔法使いはスキルではなく魔法によって戦うものなので、ナスターシャはこのスキルをハズレと見なしている。

SKILL『■■■■』

…■■■■

 

 

 

【ゴリリアーナ】

「皆さんは……わ、私が守ります」

:年齢:24

:性別:女

:称号:アルテミスの守護者

:階級:シルバー3、アルテミス所属

:容姿:

 焦茶色の荒れたロングヘアー、黒色の歴戦の英雄のような眼

 2メートルを超える背丈に筋骨隆々の肉体を持つ。女性剣士としては理想的な体格。

:装備:

 主力武器は長大なグレートシミター。

 頑丈なブーツに胸当て、冬季以外は手甲なども装備する。パーティーを代表して大きな背嚢を背負うことが多い。

:嗜好:

 その猛々しい風貌に反し、穏やかな時間の過ごし方を好んでいる。実際に人柄も物静かで、引っ込み思案なところが強い。それはそれとして修練や戦闘も好きであり、極端な二面性のある人物である。

:来歴:

 ■■■■ーッ!!!

:評判:

団長『彼女には色々負担をかけてるわね。もっと近接役を増やしたいわ』

後輩『僕とは違ったタイプの剣技だけど、凄まじい技量の持ち主だよ』

半端者『女とは思わんじゃん……』

匿名『“アルテミス”の子に手を出したらあの人に殺されるって聞いた』

匿名『あの身体になるまで眠れない夜もあっただろうな……』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 幼い頃、魔物退治の最中に習得したスキル。グレートシミターから放たれるこのスキルは大抵の魔物を一刀の下に粉砕する。しかし最近はよほど大型の魔物で無い限り通常の斬りつけで間に合うため、あまり使われていない。

SKILL『残影(シャドウスライド)

…魔力消費小。発動時眼の発光色は黒色。

 残像を残しながら短距離を素早く移動し、敵を翻弄する。

 多少の移動能力があるため、主に緊急時に使用する事が多い。本来であればもっと使いようのあるスキルだが、彼女はあまりこれを使いこなせていないようだ。

 

 

 

【レオ】

「ウルリカ達は僕が守るよ」

:年齢:20

:性別:男

:称号:エレオノーラ(仮名)、風の双剣使い

:階級:ブロンズ3、アルテミス所属

:容姿:

 黒色のショートヘア、まつ毛の長い翠色の眼

 中性的で王子様のような容姿がレゴールの女性ギルドマンに人気。男性からは気障ったらしいとやや妬まれている。

:装備:

 主力武器はショートソードの二刀流。防具は胸当て程度。

 黒、青、緑といった色合いの軽装が多く、身体を細く見せる服を好む。マントや軽めのケープを装備することも多い。

 時折誰も知り合いがいない場所などで女装を楽しんでいる。

:嗜好:

 狩りを好む。また、それ以上に誰かとの連携による戦いに向いているため、親しんだ相手と一緒に行動していると安心するようだ。

 人の世話を焼くのも一つの趣味なのか、ギルドでは経験の浅い剣士達に丁寧に指導する姿も見られる。

:来歴:

 ボリス村出身。当時の村の好色代官から逃れるため、幼少期より女装を続けてきた。

 年齢を重ね肉体的な成長をすると共にその習慣からは離れ、一人の男レオとして独立。

 ドライデンでギルドマンとなり、レゴールへ拠点を移した。その際“アルテミス”の近接役として加入し、今も幼馴染であるウルリカと同じパーティーで活動している。

:評判:

幼馴染『もっと自分のやりたいことに素直になったら良いのになー』

先輩『わ、私よりも丁寧な剣捌きをする人ですね。見習いたいです、はい』

匿名『男なのに“アルテミス”に入ったって聞いて驚いちゃったわ。クランハウスで何かいやらしいことでも……レオ君はそういう男じゃないかぁ』

匿名『顔がめっちゃタイプ……結婚してほしい……』

剣士『風系統のスキルを二つ持ってるのってかなり珍しいですよ。正直羨ましいですね』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『風刃剣(エアブレイド)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は薄緑。

 手にした剣が一定時間風を纏い、大雑把に防御するだけで遠距離攻撃を容易く迎撃できる。剣速が上がる効果もある。

 手数で戦うレオが狩りの最中に身につけたスキル。

 攻撃速度の上昇は彼の戦い方に合致し、遠距離攻撃対策は護衛を担う近接役として優秀な効果でもある。レオはこのスキルを愛用している。

SKILL『風の鎧(シルフィード)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は緑。

 魔力の風を一定時間身に纏い、自身の体重を半減させ、効果時間中に受ける攻撃を風の鎧を消費することによって軽減する。

 身軽に飛び回りながら戦うレオが狩りの中で修得した補助スキル。

 近接役として嬉しい防御力上昇の他、素早く敵を翻弄するための身軽さを得ることのできる便利なスキルとして愛用している。

 

 

 

【バルガー】

「良いんだよ、ギルドマンなんて適当にやってれば」

:年齢:41

:性別:男

:称号:サボり魔、万年中堅ギルドマン

:階級:シルバー2、収穫の剣所属

:容姿:

 ボサボサの黒髪、やる気無さそうな青色の目、無精髭

 中肉中背、程よく鍛えられた肉体。長くギルドマンとして活動しているため、古傷が多い。

:装備:

 主力武器は短槍。防具はバックラーと年季の入った部分鎧。戦闘系の任務では顔が見える兜も被る。

 装備の更新はわりと疎かで、全体的に古臭い装い。それでも最低限の安全マージンは取っているらしく、手入れは欠かしていない。

:嗜好:

 酒、博打、娼館。男が好む散財先の大体を網羅し楽しんでいるある意味模範的なギルドマン。報酬で得た金は大抵がその日暮らしのそれらに消え、財布が寂しくなれば安い酒場で飲み、さらに辛くなれば嫌々任務を受注する。借金は数回したが、過去に懲りたらしく近年ではしていない。

 雑な性格だが、面倒見は良くギルドの多くの後輩達に簡単な世話を焼いている。

:来歴:

 何年も前からレゴールで活動しているギルドマン。近隣の農村で生まれ、若くしてレゴールにやってきてからは腰を据え、ギルドマンとして現在まで活動している。

 “収穫の剣”の古参で、自由なパーティーの雰囲気が馴染んでいる。しかし近頃はパーティーの年齢層も若くなり、同年代の話し相手が少なくなったことから歳を実感しているようだ。

 身体の衰えもあり引退を考えているが、続けられる間は続けるかと適当に考えてもいる。

:評判:

半端者『いや危ねえからさっさと引退してくれよ……アスリートだってその歳まではほぼ続けてねえぞ』

後輩『馬を見る目がすげェ良いんだよな〜、盛り上がらねえから同じ馬に賭けたくねぇけど、当たるから俺も同じやつに金突っ込んじまうんだよ〜』

剣士『話しやすくて面白い人ですね。バロアの森にも詳しいので、色々勉強させてもらいましたよ』

少女『なんか今でも子供扱いされてるっス』

匿名『見ようによっては良い男なんだけどね……ああも浪費が激しいと一緒になりたいとは思えないわ……』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強刺突(ハードスピア)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ刺突攻撃の速度と貫通力を高める。

 幼少期の魔物退治中に修得したスキル。

 独り立ちのきっかけでもある火力スキルで、現在に至るまでここぞという場面での攻撃として愛用している。

SKILL『盾撃(バッシュ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 装備した盾によって殴りつけ、相手を吹き飛ばす。発動中は頑強になり、殴打の威力が上がる。

 槍と併用していた小盾での防御戦闘を繰り返すうちに身に付いたスキル。

 盾で敵の体勢を崩して槍で突くバルガーの基本戦術はこれによって完成した。

SKILL『逆流星(ヴォヤージュ)

…魔力消費大。発動時の眼の発光色は赤色。

 主武装とする槍を片手で構え、標的に向かって超高速で投げ放つ。速度、貫通力、威力が非常に高いが槍を手放すことになる。

 パーティーでの集団戦闘中、暇な時に槍投げでの援護をする雑な戦い方を繰り返すうちに生えてきた超高火力な遠距離攻撃スキル。

 投げ槍用の槍では効果がなく、あくまで主武装でしか発動しないスキルのため非常に扱いづらく、バルガー本人はハズレスキルと見なしている。このスキルを獲得してから彼の討伐のモチベーションは結構下がった。

 

 

 

【アレックス】

「まあ、これでも僕は軍人だったので……」

:年齢:24

:性別:男

:称号:真面目なアレックス

:階級:シルバー3、大地の盾所属

:容姿:

 黒色の整えた髪、緑色の真面目そうな眼

 長身で、細身だが身体はよく鍛えられている。顔立ちは地味。

:装備:

 主力武器はロングソード。防具としてカイトシールドを背負っている。

 大地の盾共通の鎧で身を固め、ハルペリアの軍人らしい戦い方をする。

:嗜好:

 たまに付き合いの体でこっそり娼館に行く他、嗜み程度の賭け事に勤しむ事もある。散財が地味。

 他人と話したり後輩の世話を焼いたりといった事が多く、自分から関わらないわりに何故か他人からはよく頼られたり話しかけられたりする。しかしアレックスはそんなやり取りをそこそこ楽しく思っているようだ。

:来歴:

 ハルペリアの軍人であり従士であったが、上司との折り合いが悪く軍を辞し、ギルドマンとなった。そのため基礎的な軍人としての戦闘力や素養は身に付けており、似た気風の“大地の盾”ではよく馴染んでいる。

 一時期は同じパーティー内で良い関係になった女性ギルドマンもいたが、その女性が知らないうちに別の男と結婚したことで深く傷ついている。

:評判:

先輩『“大地の盾”にしては付き合いの良い奴だよ。なかなか面白いんだ』

半端者『なんだかんだ一緒に飲む事は多いな。なんでだろうな』

後輩『アレックスさんは説明も上手いから稽古つけてもらうとすげぇためになるんだよな。無駄に厳しくしないし』

匿名『優良物件だけど、いつも周りに男がいるからつけいる隙が少ないのよね……』

副団長『若く優秀な団員だ。次代を任せるには充分だろう』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 故郷周辺で魔物退治をしている際に身につけたスキル。

 軍人を志したきっかけでもあり、今でも主力として扱っているスキル。

SKILL『風刃剣(エアブレイド)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は薄緑。

 手にした剣が一定時間風を纏い、大雑把に防御するだけで遠距離攻撃を容易く迎撃できる。剣速が上がる効果もある。

 軍での訓練中に身に付けた補助スキル。

 護衛向きの属性剣スキルを手に入れたことで従士としての昇進が叶ったが、肝心の仕える相手と合わなかったのは彼の最大の不幸だろう。スキルそのものは便利なので今でもたまに使っている。

SKILL『魔力装甲(レイスアーマー)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は青色。

 任意の身体の部位に魔力の鎧を短時間発現させる。魔力の鎧は一撃を受けただけで霧散する。

 バロアの森での討伐中に身に付けた防御スキル。

 燃費は悪く効果時間も短いが、防御を捨てて攻撃に専念し打ち込むことができるため便利に使っている。

 

 

 

【チャック】

「猥談バトル……開催だァ~ッ!!!」

:年齢:23

:性別:男

:称号:全力全開のチャック、ディックバルトの窓口、シニアキラー

:階級:シルバー2、収穫の剣所属

:容姿:

 赤色のツンツンした短髪、水色の生意気そうなツリ目

 やや長身でそこそこ鍛えた体つき。危なっかしい戦い方が多く、傷跡が多い。

:装備:

 主力武器はロングソード。防具は任務によってはバックラーやラウンドシールドを持ち出す。

 ハードレザー系の軽鎧中心で、部位によっては鉄板で補強されている。

:嗜好:

 賑やかな環境が好きで、祭や遊び事には何でも首を突っ込む。酒、賭博、娼館だけでなく様々な遊びに顔を出し、知らない場所や知らない人ばかりの場でも勝手に盛り上がる。

 素直で明るい性格からかよく老人に気に入られ、チャック自身も目上の人間に対して親切に接するので大抵の相手と仲良くなれるのだが、本人としては若い女と仲良くなりたいらしい。

 ギルド受付のエレナに気がある素振りを見せているが、わりと誰にでも目移りしているので本命というわけでもない。

:来歴:

 攻撃スキルの修得と共に農村を出て、レゴールへとやってきた。自由な活動を是とする“収穫の剣”に入団し、現在に至る。

 自由かつ豪放な活動を続けるディックバルトに憧れ、彼の任務によく混ざって活動している。最初は無茶な同行も多かったが、周囲の支えもあって最近では実力も追いついてきた。

 目移りする彼の欲望を満たすためには、まだまだあぶく銭が足りないようだ。

:評判:

団長『――常に本気で挑む姿勢は素晴らしい。ついてこい、チャックよ――』

副団長『無茶する馬鹿が増えたせいでこっちはサポートが大変なんだよ』

半端者『俺の猥談は108式まであるぞ。……なんてな。そろそろ諦めろ!』

老人『かわいい子だよ本当に。うちの子供はなんだってああいう風に育たなかったかねえ』

受付『デリカシーがなくて無理。ていうかギルドマンと付き合うなんて無理』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 子供の頃、近所の林でゴブリンを討伐した際に修得したスキル。

 使える時には迷わず使うため、魔力切れになりピンチに陥ることが多い。しかし使いそびれないだけにこれまで魔物の撃破数は多く、チャックの成長を支えてきたスキルでもある。

SKILL『全力全開(フルパワー)

…魔力消費極大。発動時の眼の発光色は金色。

 自身の魔力を全て消費し、一定時間身体能力を大幅に引き上げる。効果終了と共に身動きも難しい疲労に苛まれる。

 常に危うい戦いを繰り返すうちに修得した極端な自己強化スキル。

 使用時はディックバルトに比肩する力で戦闘に参加できるが、その後は完全なお荷物となる。使う際は残り時間で自身の安全を確保するようアレクトラに口酸っぱく言われている。

 

 

 

 

【ディックバルト】

「――いやらしい話をしよう――」

:年齢:36

:性別:男

:称号:変態、お得意様、俺たちのディックバルト

:階級:ゴールド2、収穫の剣団長

:容姿:

 黒色の刈り上げたような短髪、青色の糸目

 2メートル10センチを超える巨漢。鍛え抜かれた傷だらけの肉体と、常に厳しく耐え忍んでいるような表情が特徴的。

:装備:

 主力武器はグレートシミター。防具は任務によって重厚な金属鎧を着込むが、簡単な任務であれば特に装備しない。

 一般的な装いでいることが多いが、特に理由なく上半身裸になることがある。

:嗜好:

 エロ、スケベ、エッチなどを好む。ありとあらゆるいやらしいことを好み、自身の全てをそのために捧げていると言っても過言ではない。逆に他の嗜好については一切わからない。

 特定の宿に泊まることをせず、利用した娼館で寝泊まりする生活を送っている。高難度の任務で得た報酬は常に連日の娼館通いに消えており、色街でディックバルトを知らない女はいないと言われるほど。

 女は当然として男でもいけるらしいが、深く訊ねる者はいない。

:来歴:

 ディックバルトは語らない。エロいことにしか興味が無いからだ。

 しかし彼の語る昔のスケベな体験談をつなぎ合わせていくと、エロいこと以外は存外普通であるらしいことが見えてくる。

 レゴールを拠点にして実力を見込まれて“収穫の剣”の団長となってからは後進の面倒も多少は見るようになった。それでもギルドハウスで寝泊まりすることはほとんどない。

:評判:

後輩『レゴールで一番強くて、一番スケベな男! それがディックバルトさんだぜェ~!』

半端者『もうあいつがスケベ伝道師でいいよ』

娼婦『お金の払いも良いし気持ちよくさせてくれるし体つきも最高なんだけど……性癖がキショいのよね……』

娼婦『たまに気を利かせてタダでも良いって言っても絶対にお金を払ってくるのよね……あとたまに性癖がキショいわ』

副団長『実力はあるのに……どうしてこんな……』

:所持スキル&ギフト:

GIFT『生命の天賦(リビドー)

…このギフトの持ち主は、常人を上回るスタミナと生命力を得る。

 ディックバルトが持つギフト。ギフトの中では保持者が多く、悪く言えば平凡な能力。

 だがあるいは、このギフトこそが現在のディックバルトを形成したのかもしれない。

SKILL『強刺突(ハードスピア)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ刺突攻撃の速度と貫通力を高める。

 幼少より繰り返された己の半身を以て放つ突きにより何故か獲得した攻撃スキル。

 ディックバルトの持つ武器との相性はさほど良くないが、たまに使うことがある。

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は桃色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 時に受け身の戦いを繰り返すことで獲得したスキル。

 彼自身の持つギフトも相まって、発動時は非常に堅牢な守りとなる。

SKILL『咆哮(シャウト)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 発動時に大音声で叫び、一定時間身体に力を蓄える。叫びは正面の相手を怯ませやすい。

 時に叫びながら戦う彼が身に付けたバフスキル。

 使用後の攻撃の激しさは凄まじく、戦闘中のここぞという場面、特にラストスパートで多用している。

SKILL『剛剣半月斬(シミターエンド)

…魔力消費大。発動時の眼の発光色は金色。

 グレートシミターを掲げ、魔力を込めた超高威力の渾身の斬撃を放つ。

 様々な高難度の討伐依頼を乗り越えていくうちに手に入れた強力な攻撃スキル。

 報酬の高い危険な討伐任務ではたまに使う事がある。

 

 

 

【サリー】

「僕もそろそろ孫が出来たりするのだろうか」

:年齢:33

:性別:女

:称号:光の魔女、変人

:階級:ゴールド3、若木の杖団長

:容姿:

 黒色のボブカット、碧色の糸目

 身長は低めで、体型は平均的。年齢の割に若々しく見えるというより、年齢不詳な顔立ちをしている。

:装備:

 主力武器は木製のロッド。非常に高度な光魔法とその他多くの補助的な属性魔法を扱える。

 防具は装備せず、魔法使いとしての黒いローブのみ。ブーツだけは歩きやすいものを装備している。

:嗜好:

 他人と変わった好き嫌いが非常に多く、掴みどころがない性格をしている。

 人との会話の内容、会話の切り方、接し方、様々な部分で奇妙さが目立ち、変人扱いされている。

 娘のモモを自分なりに可愛がっているつもりだが、親としての愛情の向け方がいまいち的外れなために空振りすることが多い。しかしモモはそんな変人ぶりも含めて理解しているので、嫌われているわけではない。

 子を授かってからすぐに亡くなった夫について語ることは多くないが、思い入れはほとんど無いようだ。

:来歴:

 ■■■■

 王都の魔法学園を出た後はレゴールでギルドマンとして活動し、“若木の杖”を結成。その後王都に拠点を移し活動、更にパーティーの規模を大きくして、再びレゴールへと戻ってきた。

:評判:

娘『……まぁ私から見ても変人ですよね。目を離せないので大変ですよ! まるで私が育児してるみたいです!』

副団長『研究していると、たまにサラッと打開策をアドバイスしてくれるんですよ。だから間違いなく優秀な人なんですよね。なんですけどね……』

半端者『俺も変人扱いはされてるけど、マジの変人には勝てねえんだよな』

後輩『私とはまた違った部分で学園で肩身を狭くしていた人だ。優秀ではあるのだが』

団員『いやー化け物ですよ。軍にもなかなかいないんじゃないですか、団長みたいな魔法使いは』

:所持スキル&ギフト:

GIFT『細剣の天賦(ホーネット)

…このギフトの持ち主は軽量の刺突剣の扱いに優れ、その技能の修得が少しだけ早くなる。

 剣士として有用なギフトを持って生まれたサリーだったが、剣の扱いに全く興味が無かったので誰にも話していないし、自分でも細剣を握ろうとしたことはない。

 彼女はこの才能をどうでもいいものと考えている。

SKILL『暗視(ナイトビジョン)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は翠色。

 発動から一定時間、暗闇の中である程度の視界を確保できる。

 子供の頃、光魔法を使いながらの夜行性の魔物の退治中に発現したスキル。

 自前で光源を確保できるサリーにとってはむしろ燃費が悪く、ほとんど使われていない。

SKILL『臨戦体勢(スタンバイ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は青色。

 武器を構えると、その体勢を疲労なく長時間保持することができる。

 魔物討伐中に取得したスキル。

 杖の端を握って長時間の魔法を行使する際にちょっと楽なのでそこそこ気に入っている。

SKILL『魔力練成(トランス)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は水色。

 一定時間集中し、魔力を小回復する。連続使用が困難。

 燃費の悪い魔法を使用した魔物討伐が多くなった時期に修得した補助スキル。

 あって困るものでもないと思っているが、無くても問題ないとも思っている。

SKILL『圧撃(スマイト)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ鈍器による打撃攻撃の威力と衝撃力を高める。

 光で行動不能にした小型の魔物に殴打でトドメを刺した際に修得したスキル。

 枯れ木を適当に壊して薪にしたい時などに使う事がある。

 

 

 

【モモ】

「しょうがないですね! 私も一緒に付き合いますよ!」

:年齢:17

:性別:女

:称号:サリーの娘

:階級:ブロンズ3、若木の杖所属

:容姿:

 黒色の二つ結びのセミロング、翠色の眠そうな細目

 起伏の少ない平坦な体つき。背は低めで、力もあまり強くない。

:装備:

 主力武器は木製のロッド。幾つかの闇属性魔法と僅かに水魔法を扱える。

 母のものと似たような黒い魔法使いのローブを着用している。たまにお互いのローブを交換している。

:嗜好:

 自身での研究や発明を好み、特に魔道具や実用的な生活用品を作るのが趣味。

 幼少より勤勉で研究熱心な人々に囲まれて育ったため、創作意欲が育まれたものと思われる。

 自身を大きく偉く見せようとするところがあり、度々言葉が行き過ぎることがある。

:来歴:

 サリーの娘として生まれたモモは、優秀な魔法使いたちによって愛されて育った。

 幼い頃から英才教育を受け、サリーの方針で闇魔法を中心に勉強させられているが、本人もその方針にこれといった不満はないようだ。

 レゴールを拠点としてからは歳の近いギルドマンの友人も増え、それなりに楽しそうに過ごしている。

:評判:

母『健康に育っているね。僕はそれだけで十分だと思っているよ。あとは結婚するだけじゃないかな』

副団長『学習意欲が旺盛で、とても魔法使い向きな子ですね。慕われて悪い気はしません』

団員『あの団長からどうやったらこんなまともな子が生まれるんだかねぇ』

友人『今度モモちゃんとも一緒に野営しながら狩りとかしてみたいっスね』

半端者『性格は全然似てねえけど、やっぱり目元とかが似てるんだよなぁ』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『魔力練成(トランス)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は水色。

 一定時間集中し、魔力を小回復する。連続使用が困難。

 魔物退治をしている際に発現したスキル。

 魔法の練習をする時などによく使っている。

 

 

 

【ヴァンダール】

「ハルペリアは食べ物が豊かなので過ごしやすいですね、本当に……」

:年齢:37

:性別:男

:称号:副団長、杖職人

:階級:シルバー3、若木の杖副団長

:容姿:

 無造作に伸ばされた銀髪、赤色の切れ長の眼

 長身で、病的なほど非常に細身。肌も青白く、どこか吸血鬼を連想させる男。

:装備:

 主力武器は鋭い爪付きの大篭手。左手にはそれよりも小型の篭手でハンマーを扱うことがある。

 前衛での受け止め役として部分鎧を装備し、上から大きな黒いマントを羽織っている。

:嗜好:

 魔道具の製作や調整が本職であり、杖の整備などがパーティー内での主な役割。

 特に魔道具の発明は彼の息抜きでもあり、クランハウスでは手隙の時間に熱心に作業を行っている。

 同好の士が多い今のパーティーを希少な居場所だと考えて、大切にしている。

:来歴:

 ■■■■

 サングレールからハルペリアの捕虜となった後、捕虜交換の対象となることなく奴隷となる。

 その後魔道具整備の技術を見込まれ優遇され、正式にハルペリア人となってからはギルドマンとなり、王都でサリーに勧誘される形で“若木の杖”に所属することになった。

:評判:

少女『ヴァンダールさんの発明品はどれも非常に便利で素晴らしいものです!』

団員『いつもマジで助かってます。ありがとうヴァンダールさん』

団長『この調子で団長を目指してみようか』

匿名『サングレール人に副団長をやらせるってのはさすがにどうなんだ……?』

半端者『なんで篭手使ってるんだろうな……』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 幼少期の厳しい戦闘訓練により身についた防御スキル。

 攻撃スキルではなかったが、このスキルによって軍に入ることは出来た。現在はタンク役として愛用している。

SKILL『裂撃(スクラッチ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 次の瞬間に放つ爪や鉤状の武器による斬撃の速度と威力が上がる。

 虫系魔物に完全にトドメを刺す前に手作業の解体を繰り返していた際、このスキルが発現した。

 使用武器が扱いにくく、サングレールの魔物との相性が良くないため、このスキルを入手しても軍内部での扱いは良くなるどころか下がってしまった。

 現在ではこのスキルに合わせた専用の武器を使っているので、充分に活躍している。

SKILL『圧撃(スマイト)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は青色。

 次の瞬間に放つ鈍器による打撃攻撃の威力と衝撃力を高める。

 コンプレックスもあり、打撃での魔物討伐に励んだ結果身についた待望の打撃火力スキル。

 しかしこのスキルを習得してすぐに捕虜となってしまい、軍人としての展望を全て失ってしまった。それでも修得した時の嬉しさは今でも覚えている。

 

 

 

【ミルコ】

「ククク……適当でいいのさ。大抵のものは……な」

:年齢:28

:性別:男

:称号:恐れ知らずのミルコ

:階級:シルバー2、大地の盾所属

:容姿:

 黒色のアシメショート、赤色の眼

 やや長身。パーティーの方針で訓練しているので軍人程度には鍛えられている。

:装備:

 主力武器はロングソード。防具は部分鎧のみで一撃離脱戦法を好んでいる。

 任務以外では見栄えのする服を着ていることが多く、時々女から誘われることもあるらしい。

:嗜好:

 意味深な雰囲気を出してはいるものの適当に語るのが好きで、話す内容は大抵しょうもない。

 妻がいるものの他の女性に気のある素振りを見せることも多く、周囲が心配する程度には浮気がち。

 遊び、サボり、気の合う相手との飲酒などを好むが、周囲からは奥さんを気にかけろと諭されている。

:来歴:

 ハルペリア軍の訓練生だったが途中で脱落し、ギルドマンとなった。

 脱落した経緯について本人はあまり語らないが、剣士としての腕前は十分に軍でやっていけるレベルに仕上がっている。

 “大地の盾”に所属している割に不真面目な部分も目立つが、任務はしっかりこなすタイプである。

 妻ともどうにか関係を保ったまま続いているが、時々何かがバレて盛大に怒られているらしい。

:評判:

後輩『いや……奥さんいらっしゃるのになんなんでしょうねぇ……』

半端者『多分こいつ“収穫の剣”のが合ってるんだけどなぁ』

副団長『どうしようもない奴だが、腕は確かだな』

匿名『ちょっとクズっぽいところはあるけど、顔は良いのよね』

匿名『たまにお尻触ろうとしてくるの、最低』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強刺突(ハードスピア)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ刺突攻撃の速度と貫通力を高める。

 幼少期の槍での魔物退治の際に修得したスキル。

 現在でもロングソードによる鋭い刺突で活用されている。

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 正式な兵士を目指す訓練中、魔物討伐の最中に修得したスキル。

 ロングソードのリーチと重量を生かした高火力の斬撃は多くの任務で役立っている。

SKILL『臨戦体勢(スタンバイ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は青色。

 武器を構えると、その体勢を疲労なく長時間保持することができる。

 突きと斬りのどちらも扱うミルコが攻撃前の一呼吸を癖としていた時期、討伐中に修得した。

 二種の攻撃スキルのどちらにでも派生でき、結果として有利を取りやすくなるため便利に扱っている。

 

 

 

【ウォーレン】

「俺は強い剣士になってみせる! あと強くなってモテてみせる!」

:年齢:17

:性別:男

:称号:駆け出しのウォーレン

:階級:ブロンズ2

:容姿:

 黒色の前髪を掻き上げた短髪、水色のぱっちりした目

 中庸な背丈にまだ発展途上な体格。身体はまだ鍛えている最中らしい。

:装備:

 主力武器は少しだけ長めの中古のショートソード。

 防具は中古のバックラー。胸当て、ブーツ、グローブなど重要な部位から少しずつ中古の防具を集めている最中。常に装備が更新され続けているので、数日目を離しただけで変わっていたりする。

 装備品に金を使うせいか、普段着はやや貧相。

:嗜好:

 ギルドの仲の良い人と飲む酒や時々一緒に連れて行かれる娼館などをささやかな楽しみとして日々を過ごしている。

 ギルドマンの先輩から教えを受けている時も熱心で、本人としては楽しんでやっている。

 年相応に悩んだり誘惑に負けたりすることが多いが、“大地の盾”の加入を目指して訓練を頑張っている。

:来歴:

 ネクタールの農家で生まれたが、畑を継げないために追い出され、レゴールにてギルドマンとなった。

 当初は似た境遇の若いギルドマンとパーティーを組んでいたが、今ではパーティーメンバーが諸々の事情で減り、複数人での任務が上手くできなくなっている。

 戦争で後方輸送を担当してから考え方に変化が生じたためか、“大地の盾”を目標とするようになった。

:評判:

先輩『素直で真面目に打ち込むところは良いですねぇ。あとは実力をつければすぐ加入出来ると思いますよ』

副団長『ウォーレンの活躍は買っている。あとは本人が音を上げず、どこまで食いしばって成長できるかだろう』

少女『新人ギルドマンの中では多分真面目な方なんじゃないっスかね。あんま知らないスけど』

半端者『今も十分背が伸びたが、もうちょい上背あった方が良いだろうな。もっと飯奢ってやるか』

匿名『ああいう若い子に身体を求められるなら大歓迎よ。けど、すぐに成長して大人になっちゃうのよね。残念』

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は黄色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 農村でおさがりのショートソードで適当にパイクホッパーを駆除している時に修得したスキル。

 ウォーレンにとって唯一にして最高の攻撃スキル。様々な討伐任務で惜しみなく愛用している。

 

 

 




(祝*・∀・)200話メデテェ!


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獲物を誘うまなざし

 

「なんと……ま、まさか半日もしないうちにムーンカイトオウルを仕留めてしまうとは……」

「我々があれだけ手を焼いた魔物をこうも簡単に仕留めてしまうなんて……」

 

 最終的にウルリカの散弾“強射(ハードショット)”で仕留められたムーンカイトオウルは、すぐさま船長を始めとする宿の関係者達の前に晒されることになった。

 どこか黄色みを帯びた白い羽毛。メンフクロウに似たのっぺりした顔。そして何より、全体的に存在感の強いこのデカさ。ぐったりと翼を広げて地面の上に横たわっているのを見ると、まさに凧のような見た目だ。

 空をバタバタと飛んでいた時は両翼を掲げて全身を丸く見せたりもしていたが、こうして翼を真横に伸ばすとなかなか凛々しい猛禽類って感じがする。

 

「本当にあの魔物ですね……」

「すごい、前に来た人たちは一発も当たらなかったって言ってたのに……」

「ゴールドランクがこれほどまでとは……」

 

 俺たちの報告を受けて“孤島のオアシス亭”から慌ただしく出てきた船長を始めとした人々は、フクロウの死体を見て随分と感慨深そうにしている。

 “アルテミス”が来るまではかなり悩まされていたのだろうか。

 ……しかし宿で働いているらしいメイドさんたちまでわらわらと見に来ている。これは死体の検分というより“せっかくだから見に来た”みたいな感じだな。気持ちはよく分かる。

 

「いえ、私達がここまで早く仕留められたのは偶然よ。島がそれほど広くなかったから目星をつける場所は少なくて済んだのは確かだけれど……」

「モングレル先輩の釣り竿はよく大物が釣れるっスね」

「えっ、釣り竿? 釣り竿でムーンカイトオウルを?」

「いやいやいや、それはマジで最後なんで。そっちはマジで偶然の産物なんで……」

 

 俺としてはムーンカイトオウルの討伐を完全にサボって釣りをしていただけだ。

 偶然ルアーを持っていこうとした海鳥が引っかかって、ムーンカイトオウルがその海鳥を襲って……狙ってできるわけねえだろそんなこと。釣りの神が微笑んだというよりは苦笑いしてる感じのヒットだったぜ。

 

「けどこのフクロウ、まともに射掛けてもぜんっぜん当たらなかったねー! 何あの動き! 途中でカッって止まったり、ジグザグしたりさぁー! 私のはともかくライナの偏差射撃は避けるし、シーナ団長の矢も空中で蹴っ飛ばすし!」

「僕も岩山を駆け上れはしたけど、剣が届く気はしなかったなぁ……」

「一射目でもう諦めたっス……」

「見事な動きでしたよね……とても美しかったです……」

「うむ。まさかシーナの矢が弾かれるとは思わなかったな」

「さすがに驚いたわよ。……まぁ、それで少しはこっちの攻撃を警戒して逃げてくれたんだけどね。結果的にはそれで……ふふっ、モングレルに釣られてくれたのだから、良かったのかもしれないわ」

「いやさすがにビビったぞあれは。釣り竿持っていかれるかと思ったからな。そこらの魚より全然引きが強いんだぜあいつ」

 

 海鳥もなかなかだったが、さすが魔物になるとパワーが桁違いだ。

 手元が緩んでいたら絶対にすっぽ抜けていただろうな。最初に食いついたのが海鳥じゃなかったら竿をロストしてるところだった。

 

「いやぁ……お見事です。“アルテミス”と、そちらのモングレルさん。本当に助かりました。ありがとうございます。……実際、こいつには色々と悩まされていましてね。人を襲うことは滅多になかったのですが、外での食事を掻っ攫われるもんですから、そのあたりのサービスができなかったもので……」

「あー、こういう鳥は肉とか奪っていくんスよね」

「ええ、それはもう一瞬で的確に盗んでいくもので……しかしそんな悩みとも今日で終わりですな。皆さんのおかげです。……おい、報酬を」

「はい」

 

 船長さんが慣れた様子で指を鳴らすと、後ろで控えていたメイドさんの一人が革袋を持って前に出てきた。

 ジャリッといい音が鳴る、なかなか夢のある感じに膨らんだ革袋である。

 

「こちら、ムーンカイトオウル討伐の私的なお心付けでございます。代表としてシーナ様にお預け致しますので、配分は皆様がたで……」

「分け前で揉めないでくださいね。ははは」

 

 船長はそうやって笑うが、まぁ“アルテミス”くらいしっかりしたパーティーともなるとそういうことで揉めることはないだろう。いや、むしろそういう意味では特に関係ない部外者の俺が揉める発端になりやすいのか。

 

「均等に分けるつもりだけど……モングレル、どうする? 最後のあれは正直かなり助かったから、希望があるなら貴方の分け前は多めにしても良いけれど」

「面倒くさいから均等で良いよ。むしろ貰っちまって良いのか? 俺は最後以外何も苦労してないぜ」

「いやー私のスキルが当たったのはモングレルさんのおかげだよ。本当に避けまくる鳥だったんだから」

「このまま押し問答をするよりは、不満なく均等にするべきでしょうね。この場で皆に分配するわよ」

 

 そんなわけで、俺も含め全員が均等に報酬を受け取ることになった。

 うむ、見える所でしっかり振り分けるのは大事だな。こうするだけで後から面倒くさい揉め事も無くなるんだ。

 

 ……ちなみに俺に入ってきた報酬金は、アーケルシア侯爵の靴を舐めようかちょっと悩むくらい良いものだった。

 帰りのお土産をどの程度のランクでセーブするか悩んでたが、その悩みもどうにかなりそうだぜ。

 

「ムーンカイトオウルの死体は仕留めた私達のものだけど……肉は不味そうね」

「この当たりだと多分……あー、内臓破っちゃったねー」

「大きめの羽根だけほしいっス! 矢羽にしたらすごい飛びそうじゃないっスか!」

「良いわね。射撃音の静かな矢になってくれそうだわ」

「つ、爪も良いですね。記念の飾りになりそうなので、取っておきましょう……!」

 

 報酬金と高級そうな魔物素材を手に入れて、“アルテミス”はとても楽しそうにはしゃいでいた。

 

「……なあレオ、ちょっとこの絡まった糸を解くの手伝ってもらえるか?」

「うわぁ……これは一仕事だ。うん、僕も手伝うよ。まだ明るいうちにやっておかないとね」

 

 時間的にはそろそろ良い物が釣れそうな感じなんだが、爪で惨殺された海鳥の絡まりまくった糸をなんとかしなければならない。

 気軽に捨てられるほど安い釣り糸じゃないんでね……。

 

 

 

 羽根を毟ったり爪を採取したり絡まった糸をほどいたりと作業をしているうちに、すっかり夕暮れの時間になってしまった。

 離島に来て遊ぶでもなくガチの討伐と解体作業に勤しんでしまったが、それも俺らギルドマンらしいっちゃらしいんだろうな。逆に初日で大変そうなサブクエストが解決したと思えば気楽なもんだ。明日からはもう遊ぶだけだと思えば、今日の慣れない枕でだってぐっすり眠れもするだろう。

 

 しかしそれはそれとして、俺たちにはまだもう一つ、今日中に見ておきたいものがあった。

 ウルリカが新しく修得したという、3つ目のスキルである。

 こいつのお披露目がなくちゃ面白くねえよな。

 

「いつでも大丈夫っス!」

「はーい」

 

 少しだけ距離を開けて向かい合ったライナとウルリカ。

 これからウルリカの新スキルのお披露目だ。“アルテミス”も楽しげな様子で見守っている。

 

「じゃあいくよーライナ……“挑発(ウィンプ)”っ!」

「! お、おおー……なんか怖いっていうか、気圧される感じがあるっス!?」

「えへへ、効いてるー?」

「めっちゃ効いてるっス! わぁー、こういうスキルなんスねぇ……」

 

 ウルリカの目が紫色に光り、それを見たライナの身体が強張って、恐怖を覚えている。

 “挑発(ウィンプ)”。相手をビビらせたり、逆に怒らせたり、気を引いたりする補助スキルだ。

 

「使い勝手の良いスキルを手に入れたわね、ウルリカ。それがあれば魔物を“強射(ハードショット)”で仕留めやすくなるんじゃないかしら」

「うんうん! 最初は攻撃スキルじゃないから残念かなーって思ってたけど、補助が多い方が絶対に良いよね!」

「攻撃スキルは消耗しやすいらしいからな。複数あっても持て余すって話はよく聞くぜ。良かったじゃねえかウルリカ」

「おめでとう、ウルリカ! ……これなら逃げやすい動物相手でも仕留めやすくなるかな? 僕とかゴリリアーナさんのような近接役がいないと危なっかしいけど」

 

 つまりはヘイトを取るスキルってことだ。

 本来なら逃げるような相手を怒らせ、逆に突っ込ませる。そこを反撃して仕留めるわけだな。便利なスキルだぜ。

 まぁ基本的に魔物は殺意マシマシで人間に向かってくるから、その辺りの使い方ができるのは動物系になるんだが。今回みたいな逃げの手を選んでくる魔物も多いから、使える場面はかなり多いだろう。

 

「さすがに“弱点看破(ウィークサーチ)”よりは消耗ちょっと多めだけど、万全の状態ならそこまで苦労はしないかなーって感じだねー」

「私も聞いた話でしかないが、盾持ちの兵士が身につけることの多いスキルだな。敵を引き付け、攻撃を受ける。オーガやサイクロプス相手には覿面だそうだぞ」

「さ、さすがにウルリカさんが盾を持つわけにはいきませんよね……護衛がいる場面以外では、使うべきではないでしょう……」

「さっき私に使ったみたいな、怖がらせる効果の方が安全っスね」

「あー、怖がらせる方の使い方は効果が薄めらしいぞ。“大地の盾”にそのスキル持ってる奴がいたけどな、引き付けが一番効果あるんだと」

 

 自分に注目させて、味方が攻撃する。連携前提のスキルだな。一人だと真正面から向かってくる相手を仕留めなきゃいけないから、ウルリカだとちょっと危険そうだ。“強射(ハードショット)”を外したら普通に死ぬだろう。俺直伝のナイフアタックが通用する相手ばかりとも思えんしな。

 

「……まだちょっと魔力あるから、次は引きつける方試してみたいなー。モングレルさん、ちょっとそこに立って相手になってくれる?」

「俺かよ」

「だ、大丈夫なのかな? そういうスキルを人に使っても……」

「許可なく人に使うのは違法ね。気をつけなさいよ、ウルリカ」

 

 まぁ試せるなら早いうちに試して仕様や挙動を確認した方が良いだろう。

 いざいきなり実戦で、盗賊相手に発動して効果なし……なんてことになったら最悪だしな。

 

「じゃあ使ってみるからねー」

「おー」

「モングレル先輩が暴れたらゴリリアーナ先輩とレオ先輩にとめてもらうっス」

「任せて、ちゃんと止めるから」

「こ、怖くなってきました……」

 

 念のためにバスタードソードをライナに預け、ウルリカに向き合う。

 

「じゃあ、使うね……“挑発(ウィンプ)”」

「……おっ」

 

 ウルリカの紫に光る目を見て、身構えていた心構えが揺すられる。

 怒り……とはちょっと違う。引き寄せられるというか、無理やり注目させられるというか……。

 なんとなく“一気に距離を詰めて近づけばウルリカは逃げられないだろう”なんてことを思考させられるというか、選択肢に上がってくるというか……。

 確かにこれは咄嗟の場面じゃ判断が鈍るかもしれん。こえー。

 

「……どう? 効いたー?」

「効いた効いた。まぁ相手が平時の状態だったらいきなりウルリカをぶん殴る……とかは無いんじゃないか? 襲いかかるような意志が少しくらい相手にないと使っても効果が薄いっていうか……だから気の大きくなってる酔っぱらいとか相手には使うなよ。いきなりキレだしたりして危ないからな」

「あ、そういう感じなんだー……ふーん……」

「今日のムーンカイトオウルにも効くなら良いっスねぇ……」

「帰ったら身近な魔物相手に検証してみたいところね」

 

 ともあれ、ウルリカはなかなか良いスキルを手に入れたようだ。

 こいつは今日の晩飯はお祝いだな。

 

 

 

「“アルテミス”御一行の皆様、本日のメニューの他に料金を上乗せいただくことでこちらのアーケルシア特産果実酒をお出しできますので、ご入用の際には是非どうぞ」

「こちらで試飲していただけますので、お気に召しましたら……」

「飲むっス!」

「あら、美味しいわね。頼もうかしら」

「ん、これ美味しー!」

「他にも違ったお酒をご用意しておりますので……」

 

 そしてお祝いの空気につけ込んでなかなかクリティカルな営業をかけてくる宿屋のメイド達にやられ、俺たちはそれぞれちょいお高めの果実酒にまんまとお金を払ってしまうのだった。

 

 ……もしやカクタス島滞在中に、こうやってちまちまとフクロウ討伐の報酬を回収されていくのでは?

 アーケルシア侯爵……なかなかやりおるわ……。

 




当作品がハーメルンの累計ランキングにて三位になっていました。TOP3に入ってしまうとは……。

評価や感想などで応援いただきありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


( *・∀・)ヤッター!


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明け方の二人釣り

 

 港町の市場を活かした様々な果実の酒。

 しかしお高い宿の別料金ドリンク。当然ながらなかなか高い。

 

 あのねぇ……。こちとら元現代日本人だぜ?

 舌は肥えてるし、いろいろな悪どい商売だって飽き飽きするほど見聞きしてるんだよ。

 そんな俺がそんな餌に釣られ……。

 

 ということを考えていたのは一杯目を飲む前までで、飲んでみて“お、うめぇやんけこいつ”となってからはいつになくハイペースで進んでしまった。

 料理はなんかこう主に白身魚の絶妙に好みを外してくるタイプの煮付けだの二枚貝のソース焼きだの色々出てきたが、酒の美味さと量のせいであまりよく覚えていない。

 気がつけばなんか高級な部屋で寝ていたというのが俺のログに残された全てである。

 久々に調子に乗って飲んだな……それでもあまりアルコールが残って無さそうな辺り、やっぱ良い酒だったのかもしれない。

 窓を開けてみると、空の感じは明け方だった。まだ薄暗いが、釣りをするには良い時間だ。思いがけず早起き出来て良かったな。

 

「広くはないが……やっぱ高そうな部屋だなぁ」

「うーん……頭重い……」

 

 ウルリカは酒が弱いのに飲みすぎたのか、時々具合悪そうに唸っている。昼くらいまで引きずるかもしれんな。

 レオは……ウルリカの隣で静かに寝息を立てている。二人とも昨日は動き回ったし、起こすのは勘弁してやろう。

 

「おいウルリカ、水筒ここ置いとくぞ。水飲んどけよ」

「うぅー……」

「念のために桶もこっちに置いておくわ」

 

 哀れアンデッドと化したウルリカを見限って、俺は階下に向かった。

 

 

 

「あら、おはようございます。すみませんねぇ、まだ朝食作ってないんですよ」

 

 ロビーでは宿の人、というよりもメイドさんがいた。

 40代くらいの品の良さそうなおばさんである。どことなく貴族っぽい感じがするのがちょっと怖い。昨日も思ったことだけど、ここの宿で働いてるメイドってみんなそれなりに良いところの教育を受けてるんじゃねえのかな。

 カクタス島自体が観光地というよりは、周辺の海を監視するための拠点としての島って感じがするんだよな……。

 

「いえ、おかまいなく。これからちょっと桟橋の方で釣りをしに行くつもりなので」

「ああ釣りですか。でしたら桟橋辺りも良いですが、この時間は浜の奥の方にも泳いでいる小魚がたくさんいますよ。生憎、私は釣りに詳しくないので釣れるかどうかまではわかりませんけど……」

「お、マジですか」

 

 小魚がたくさんいるってことは、それを狙うデカい魚がいるかもしれないってことだ。

 狙ってみる価値はあるだろう。……まぁ桟橋から狙えるならまずはその方が良い。

 まだ海に入りたい気分じゃないしな。

 

「それと既にお一人、外に出られていますから。釣り竿を使う際には十分注意してくださいね」

 

 そして俺一人かと思ったら、どうやら既に早起きさんがいるようだ。 

 さて、一体誰がいることやら。

 

 

 

「あ、モングレル先輩。おはざーっス」

「おー、ライナだったか。おはようさん」

 

 宿を出て薄暗い外を見回してみると、桟橋の先ですぐにその一人とやらが見つかった。ライナがこっちを見て手を振っているところだった。

 

「そうだよな、ライナは全然酒残ってなさそうだもんな」

「ふつーに目が覚めたんで、外も結構明るいんで出てきたっス。このくらいの明るさだとギリギリ海も怖くないっスね」

「ああ。夜だと怖いもんな」

 

 エアコンのない夏は暑くて嫌になるが、明け方の海辺ともなればなかなか涼しい。

 こうしてぼんやりと明るくなっていく空や海を眺めているだけでも癒やされそうだ。

 

「ウルリカ先輩は大丈夫っスか? 昨日なんか美味しーって言いながらお酒結構飲んでたスけど」

「あー……そういや飲みやすいからって派手にいってたな。今も呻いてるよ。水と桶は渡しておいたから、まぁ大丈夫だろ」

 

 昨日の夕食ではウルリカが主役なところがあったから、気分的にも盛り上がっちゃったんだろう。

 元々酒が弱いのに、タイミングよく味の良い果実酒なんてものが来たもんだから……まぁこれも若い頃の思い出ってやつよ。飲んで吐いてを何度か経験すれば、自分のレッドラインはなんとなくわかってくるさ……。

 

「釣るんスか。あ、そういや桟橋のあっちがわに小魚泳いでるっスよ」

「おお、釣るぜ。ライナもやるか?」

「んー……今は見てるだけで良いっス」

「そうか」

 

 まぁぼんやりしていたい時もあるわな。

 

 けど俺は釣るぜ! そのために来たんだからな。というわけで第一投、しぇいやっ!

 

「……釣れたら食べてみたいっスねぇ」

「だなー。一匹くらいはアーケルシアの魚を釣って食ってみてえもんだ」

 

 今回のルアーは黄色い小型のやつ。まだ今回実績のあるルアーではないが、せっかく作ってきたものなわけだし、色々投げて試してみるつもりだ。

 今のところ赤いルアーが鳥に狙われやすいってことしかわかっていないからな。

 

「……結構桟橋のこの奥側って深そうスけど、上の方で探ってる感じっス? そんな水面近くにお魚いるんスか?」

「これはなライナ。海に釣りに来たときの挨拶なんだ。海の表面にルアーを泳がせて、“今から釣らせていただきますよ”って海にお伺いを立ててるわけ。そういう儀式だ」

「思ってたよりヤバい答えが来たっスね……」

 

 トップなんて釣れない。釣れないけどやる。せめて最初くらいはやっておく。あわよくばかかるかもしれないし……。

 そういうものだ。

 

「まぁ案の定釣れないから、あとは深さを変えつつ探る感じだな」

「釣れないんスかー」

「アーケルシアの魚なんてほとんど知らねえしなぁ……」

 

 レゴールのギルドで新しい魚の図鑑とか読んだりしたけど、全然だな。

 そんなものよりは港の市場で直に魚を見て回ったほうがずっと勉強になるわ。食える奴と値段がわかるのも良い。

 けどどうやったら釣れるのかってのまではわからん……どうすればいいんだろうな?

 

 しばらくルアーを巻いたり投げたりを繰り返した。

 たまに突かれる感じはあるが、食いつくまでには至らない。針のサイズ合ってないのかもしれん。

 

「……ウルリカ先輩、もう3つ目のスキルを覚えたんスよね……」

 

 俺が不毛なルアー投げを繰り返していると、ライナがポツリと呟き始めた。

 

「狩りするのに便利そうなスキルだったっス」

「覚えるの早いよな。まだ歳は20くらいだろ、ウルリカ」

「私は去年ようやく二つ目覚えたばかりなのに……」

「普通はそんなもんさ。ウルリカが特別早いだけだろう。……なんだライナ、嫉妬してるのか?」

「いやぁー……まぁ……はい」

 

 なるほどな。年の頃も同じ、使ってる武器種も同じ。なのにスキルの修得に五年以上の差を付けられてる……なんて考えると、確かに差を感じてしまうもんなんだろう。

 この世界で荒事を生業にして生きている人は、スキルの数や種類で腕前を誇るところがある。

 実際それは正しい。スキルの数は倒してきたモンスターの数と言っても良い。何より強いスキルを持っていればそれだけで強いしな。

 

 上には上がいる。俺からしてみりゃつい最近“貫通射(ペネトレイト)”を修得したライナでも、そういう悩みを抱いたりするんだな。

 

「けどライナには精密な射撃の腕前があるじゃないか」

「……でもスキルが……」

「狩人としての知識や経験だってある。そこらへんは、ウルリカにも負けてないだろ?」

 

 俺から見れば二人ともかなりの腕前を持つ狩人だけど、ライナは特に動物系に対して強い。鳥とか小動物にも詳しいしな。そこらの分野だとライナの圧勝だろう。

 

「それに、ウルリカはライナのそういう射撃の精密さとか……“貫通射(ペネトレイト)”みたいな弾道系のスキルなんかを羨ましがってたしな。二人して隣の芝が青く見えてるだけなんだろうよ」

「ウルリカ先輩が……っスか」

「あいつの矢は射程がそんなに無いだろ? だからライナのことを羨ましがってるんだよ。一時期は俺にもちょくちょくその辺りぼやいてたしな。……これ俺が言ったって秘密な?」

「……ウルリカ先輩が、そんなことを……」

 

 ライナには高い精度と飛距離が。

 ウルリカには威力の高い射撃が。

 同じ弓使いとはいえ、二人の個性はもう既にだいぶ離れてきていると俺は思うぜ。

 

「お前にはお前の戦い方があるんだよ。ウルリカの持ってるスキルも羨ましいだろうが、この先お前には、お前に合わせた成長が待ってるはずだ。悩むことはねえって」

「……はい」

「つーか釣れねーなー。やっぱライナ、お前も一緒に釣らないか? 俺だけじゃなんも上がらないかもしれん。手伝ってくれよ」

 

 俺がそう言ってやると、ライナは眠そうな目を擦って微笑んだ。

 

「……わかったっス! モングレル先輩よりいっぱい釣り上げるんで、見ててください!」

「頼もしいけど……俺だって負けねえぞー」

 

 そういう感じで、朝の良い時間になるまで俺とライナは釣りを楽しんだ。

 

 ちなみに釣果はライナが小型のキリタティス・ケルプ一匹で、俺がゼロだった。

 ……まぁまぁ、ライナがちょっと元気なかったしな。こうやって接待釣りで元気づけてやるのが年長者の役目ってやつよ。

 まんまと俺の狙い通りになっちまったなぁライナ……。

 



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水着だらけの海水浴

 

 日が昇り明るくなると、ようやく一日が始まったなって雰囲気になる。人間の活性はここからだ。

 宿でダウンしていたウルリカも正気に戻り……俺たちはようやく、バカンスらしい時間を過ごすのだった。

 いや、何せ昨日は“アルテミス”全員狩りに勤しんでたもんな。仕事熱心なのも良いことだが、遊ぶ時はしっかり遊ぶのも大事だぜ。

 

「じゃーん! ほら見て水着!」

「いやウルリカのは部屋で見たしな」

「後ろに海があるでしょー!? 海と一緒なんだから全然違うよ!」

 

 二日目の昼にしてようやく水着を着ての海水浴と相なった。

 女子たちはおおはしゃぎ……というほどはしゃいでおらず、ウルリカのテンションだけが無駄に高い。

 

「モングレルさん、似合ってる? 可愛い?」

「似合ってる、可愛い」

「……ただの復唱じゃ心がこもってないなぁー。まぁギリギリいいけど。女の子を褒める時はもっと気の利いた言葉選んでよね」

 

 ただでさえ複雑な人生に新しいルールを追加しないでくれ。

 まぁ、新しい服は褒めるってのが大事なのはわかるけども。

 

「昨日は着れなかったもんねー、今日は沢山泳ぐぞー」

 

 ウルリカの姿は前に見た時と同じだ。赤いビキニタイプの水着にパレオを付けたスタイルである。だが、そんなものをつけていても男は男。ここまで露出が多くなると股間の膨らみが隠れていてもなんとなく腰回りや胸周りで男だなとわかってしまう。

 

「日焼け止めのクリーム、本当に効くのかしらね」

「侯爵家の宿が出すものであれば、下手な代物でもあるまい。シーナは惜しまず使っておけ。お前は白いままでいた方が良い」

 

 それに比べて向こうのシーナとナスターシャよ……。

 

 シーナは黒の、ナスターシャは白っぽい色の水着を着ている。

 二人ともスタイルが良いもんだから……こう、眼福だな。特に胸。たすかる。

 この光景は俺の心の中のアミュレットとして保存しておくよ。

 

「てい」

「痛ッて!」

 

 ガン見してたらライナにローキックされた。

 

「女の人の薄着をじっと見るのはどうかと思うっス」

「しょーがねーだろ男はそういう生き物なんだから。むしろ着替えた女の格好はよーく見てやるのが礼儀ってもんだろ」

「じゃあ私の格好……見れば良いじゃないスか」

 

 自分を引き合いに出そうとして途中で“やっぱそれは……”となる辺りなかなかへっぽこな奴である。

 ……まぁ、ライナもあれだな。紺色のなんかこう、まぁ子供向けって感じの露出面積では全然ない水着だけども……。

 体型がね……。

 

「ナスターシャの胸はでけぇなあ」

「ていっていっ」

 

 ライナの連続ローキックは必要経費と割り切って、シーナに睨まれるまでの間しばらくナスターシャの水着姿をガン見。

 まぁこんなもんで補給はOKかとなった辺りで、俺も海に入ることにした。

 もちろん俺も水着である。普通に短パンっぽい感じのやつな。ついでに足ヒレも持ってきたので、ここらでモモの試作品をテストしてやろうかと思っている。

 

「きゃー冷たい! あ、けど結構ぬるいかなー」

「ちょ、ちょっとウルリカ。あまり奥の方に行かないでよ」

「大丈夫大丈夫!」

 

 レオも俺よりは裾の短い黒の海パンを履いているが、上着としてライフジャケットのような簡単なものを羽織っていた。そっちは水着ではない。海に来たけど泳がない奴が上だけ服着てるみたいなアレである。せっかく来たんだから少しくらい行水していけばいいのにな。

 

「ごぼぼぼぼ……」

「違う違う、ライナそれだと溺れるぞ。ほらフロート持ってきてやったから、最初はこれに掴まって泳げ」

 

 浜辺の浅いところで波に翻弄されつつ、体を洗う。

 海の近くは良いな。風呂はないけどいつでも身体を最低限の清潔感に保つことができる。海水だけじゃ乾くとしょっぱいし大変ではあるが、桶一杯分の水でゆすげば完璧に綺麗になれるのだから楽で良い。そして俺たちには水魔法使いのナスターシャがいる。勝ったな、ガハハ。

 

「うわぁー……なんか足元でヌルヌルした変なの踏んじゃった……」

「大丈夫? ウルリカ」

「う、うん。少しベタつくのが出ただけだから……驚いただけ」

「毒のある生き物も潜んでいるかも。気を付けようね」

 

 昨日の夜、晩飯を食ってる時にメイドさんから聞いた話によれば、この辺りに超危険と呼ばれるほどの生き物はいないという。正確には浅瀬の続く砂浜辺りには居ない。

 逆に昨日“アルテミス”達が踏み込んだ島の裏側辺りには、ちょい大型の魚とか魔物がいるとのことだ。けどそこは波も荒いし普通に危ないから、そもそも泳ぐことはないだろう。

 何より岩山の裏面にはかつて大量の海鳥が巣を構えていたらしく、糞やら何やらで汚らしい見た目になっているようだ。

 新たに住み着いたムーンカイトオウルによって海鳥のほとんどは狩られ尽くしたらしいが、島の覇者が消えたと知れれば海鳥も再び戻ってくるだろうな。

 

「ウルリカ先輩! 結構早く泳げるようになったっス! ほら!」

「あっ、競争だなー? 負けないよ!」

「二人とも気をつけてねー!」

 

 ゴーグル無しの海中はぼんやりしているが、完全に見えないってほどでもない。顔をつけているとなんとなくだが、小魚の泳ぐ姿も見られる。

 

「澄んでて綺麗な海だなぁ」

 

 気泡を吐きながら独り言。まぁ綺麗は綺麗なんだが、逆に綺麗すぎても魚が寄らないっていうからどうにもな。この島にはそこそこ魚もいるらしいが、果たして釣れるのやら……。

 しかし、足ヒレはなかなか使い勝手が良くなった気がするな。海流に逆らえるかどうかまではわからんけど、ジャックナイフで潜ってみるとそこそこやりやすい……ような気はする。いや気のせいかもしれん。どうだろ。

 まぁ俺が使えてるならモノとしては良いんじゃないかね。

 

「ゴボボボ……」

 

 そんな感じで気楽に泳いでいると、目の前を筋骨隆々なゴリリアーナさんが泳ぎ過ぎていった。

 彫刻じみた肉体美がすごい勢いで水中を突き進んでいてちょっとビビった。すげぇ存在感だ……魂のサイズが違う……。

 

 

 

「皆様、こちらで冷えた果実酒や軽い食べ物の販売をしております。御用の際は是非お気軽にどうぞ」

 

 浅瀬ちゃぷちゃぷを満喫していると、宿の方でメイドさんの一人がまた新たなセールスを始めていた。

 積極的に営業をかける海の家みたいなもんである。実はあの宿の従業員、昨日の夜にも“楽しむなら水着などいかがですか? ”と売り込んでいたんだよな。俺たちが既に買っていたのを聞いてとても残念そうにしていたのが印象的だった。マジで隙あらば何か買わせようとしてくる。

 

 やれやれ。そんな見え見えの営業に引っかかる奴がいると思ってるのかね。

 困るねぇアーケルシア侯爵家は……。

 

「ブドウ水ひとつください」

「はーい」

「モングレル先輩がまた散財してるっス!」

「あ、じゃあ私もー!」

「……わ、私も飲みたいっス!」

 

 結局みんなジュース飲んだ。

 まぁそうなるわな。海ってのは喉が渇くもんなんだ。

 

 

 

 しかしある程度泳いだりしてると、さすがに飽きも来ようというもんだ。

 となると砂浜でまったりした遊びに興じるのがよくあるパターン。特にシーナとナスターシャとゴリリアーナさんは水遊びも早めに切り上げて、高い金出して宿に作ってもらった貝料理を食べていた。

 砂浜に椅子置いてのんびりバーベキュー。良いご身分である。

 

「ここらへんのサボテンに咲いてる花って食べられるらしいっスよ」

「へーそうなんだー。……でも咲いてないね?」

「あんまり咲かないみたいっス……白くて綺麗らしいっスよ」

 

 カクタス島はその名の通り、サボテンの多い島である。

 島の白い砂浜と土色の地面の狭間あたりでは、結構ポコポコとサボテンの姿が見られる。どこか昆布に似たひょろっとした薄い身体で、棘はほとんどない。ここまで野生化してるサボテンってのもあまり見ないので、ちょっと新鮮だ。

 

「鳥とかコウモリはその実とかも食べるみたいっス。人が食べても甘くて美味しいそうなんスけど、売ってはないみたいで」

「なんだ、そりゃ残念だな。食ってみたかったぜ」

「サボテンって成長が遅いんだっけ? 実ができるのもバロアより遅いんだろうなー」

「バロアの実はすぐにできるらしいね。僕も聞いて驚いたよ」

「マルッコ鳩しか食べないような不味い木の実っス」

 

 俺たちは水遊びの後、水着姿のまま島を散歩しているところだった。

 とりあえず海沿いにだらだらと砂地を歩く感じだな。時々ウルリカとレオがいい感じの流木を拾ったりぶん投げたりして遊んでいる。俺もそれやりたい。

 

「昨日見た岩山の裏面、すごかったなー……海鳥の糞が。木も結構枯れてたしさー……」

「っスねぇ。ムーンカイトオウルがいなくなってもあれじゃ見た目悪すぎっス」

「船長さんは向こう側の開拓がって言ってたけど、あれを綺麗にしようとすると大仕事になるよね。海鳥対策しなくちゃいけなくなるし……」

「そこらへんは俺たちに任務を出すための方便だったのかもな。まぁ、実際にやり難い魔物ではあったみてえだから、討伐してほしかったってのは本当だったんだろう」

 

 お、こっち側はまた少し離れた所に島が見えるな。向こうの小島はなんて名前なのやら。……よく見ると向こうにも城のような、砦のような施設が生えてるのがうっすらと見える。

 やはりアーケルシアの近くにある小島は全体的に管理されているんだろうな。盗賊や海賊が拠点にしないようにってこともありそうだ。

 

「多分ここの海鳥は、ムーンカイトオウルが来るまで天敵がいなかったんスね」

「あーそっか。こういう島だと他の肉食の動物とか魔物とかいなかったりするんだね」

「っス。普通は鳥を狙う生き物って沢山いるもんスけど、海に囲まれてると鳥にとっては楽園なのかもしれないっス」

「泳いでこれる生き物も多くはなさそうだもんね」

「人くらいかもしれないっスね」

「けど植物は色々生えてるんだよねー。考えてみれば不思議だなぁ」

 

 遠くで青白く霞んだ島をぼんやりと眺めながら、俺たちは暫し心地のいい潮風に吹かれていた。

 この辺りが裸足で歩いて来れる限界だな。こっからは足場の悪い磯だ。探検するにはちゃんとした靴を履くべきだろう。

 

「海鳥が本土で木の実なんかを食ってな。それからこっちの離島まで飛んできて、糞をしていくと……鳥が消化できなかった木の実の種なんかが糞の中から発芽する。で、島に植物が増えていく……とも言われているぜ」

「あー、なるほどぉ、そういう増え方もするんスか」

「だからこんなに離れてる島でも植物が沢山あるんだー……モングレルさん詳しいね!」

「そりゃ、俺はハルペリアで一番賢い男だからよ」

「っスっス」

 

 さて、そろそろシーナ達のいる砂浜まで戻るとするか。いくぞ若者組。飯の時間だ。

 

 




バッソマンがハーメルン内の作品で最も評価者数の多い作品となりました。ありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。


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女神のスカーフ*

 

 俺たちが桟橋まで戻ってくると、そこにはいくつかの船が停泊していた。

 どうやら貨物の積み込みや人員の入れ替えをやっているらしい。メイドさんや人夫が忙しなく行き交い、宿と船とを往復している。

 

 離れ小島なんてものは食材にしろ衣料品にしろ、他所から持ってこなければならない。だからこそ高級宿なのだろうというのはわかっているが、こうして働く人の多さを目の当たりにしてしまうと、どことなく居心地悪くなってしまう。

 いや、これも向こうは仕事でやってるから気にする必要は無いんだけどな……。

 実際俺たちのための物資だけでなく、このカクタス島を周辺海域の監視拠点としているのであればそのための物資でもあるわけだし……。

 

「あら、皆おかえりなさい。美味しい料理は先にいただいちゃったわよ」

「これから新鮮なクラゲ料理も出来上がるらしいがね。そっちは狩りの下見でもしていたのか」

 

 宿の近くに残っていた三人は、天幕の下でくつろいでいるところだった。

 俺の勝手なイメージだとこんないかにもバカンスってロケーションではパラソルに布っぽい寝そべることのできるチェアって偏見があったんだが、この世界で似たようなことをすると木製の椅子に天幕ってことになるらしい。まぁ実際合理的ではある。

 

「海沿い歩いてただけだよー。そろそろお腹空いてきちゃって」

「モングレル先輩が全然お魚釣ってくれないんスよね」

「いやいや、今日の夕方までには釣ってやるから。よしちょっと待ってろ、今晩は俺の釣った魚で良いもん食わせてやるからな」

「えー、どうせ釣れないんじゃないスか……?」

 

 こ、こいつめ……俺だってな、お前たちの見てないところではちょくちょく釣ってるんだよ! 一応……少しは……。

 

「僕は少し休憩しようかな。喉が渇いたし」

「暑いし私も休んじゃおーっと。あ、じゃあ久々に皆で鏃並べしない? 負けた人は罰ゲームで!」

「えー、罰ゲームありなんスかぁ」

「だって無いと盛り上がらないじゃん」

「そ、そうですかね……?」

 

 ちなみに鏃並べとは、矢に使う鏃単品をジャラジャラとテーブルに並べて行うゲームである。……らしい。ルールは知らん。“アルテミス”特有のお遊びかと思ったが、他のパーティーがやっているのも見たことあったから多分そこそこ知られているのだとは思うんだが。

 

 ……くそー。暑いうちはちょっと釣るの控えておくかとか思ってたが、こうも宿屋から海産物料理を出されてちゃ黙ってらんねえぜ。

 さっさとデカい……いやデカさはともかく美味いもん釣り上げてドヤ顔決めてやる。

 

「モングレルが釣れるかどうかで賭けしましょうか」

「ふ、面白そうだな」

「ぐっ……おいレオ、俺に賭けておけ、一儲けさせてやるからな。半分はコーチ代として俺が貰っておいてやる。釣ってくるぜ!」

「ええ、なんで僕がそんな……」

 

 とりあえずさっき見てきた磯の先も気になったので、そっちで竿を振ってみることにしよう。

 多少鳥のウンコで見栄えが悪い場所でも構わん。こうなりゃ釣り人の本気を見せてやりますよ。

 

 

 

 それが一時間前の話である。

 

「釣れねえ……」

 

 島のほぼ裏側までやってきた俺は、前世だったら絶対に立ち入らないような白波の立つ岩礁までやってきて、外海に向けて竿を振っていた。

 自然のテトラポットと言うにはちょっとワイルドにすぎる飛び地みたいなところを足場に、遠くまでちっちゃいスプーンのようなルアーを投げている感じだ。ちなみにここから真っ当な島側の陸地まで六メートルくらいは離れている。身体強化有りで跳ばないと立ち入れないポジションだ。

 

 場所としては悪くないはずなんだが、やはり時間が中途半端なのがいけないのか。荒い波もあって魚の感触が伝わらないせいもあるのか。とにかくアタリが来ない。

 

「浜で投げてたほうがまだワンチャンあったか……?」

 

 疑似餌は何度も変えている。

 針のサイズも小さいのにしたり大きいのにしてみたりと工夫はしているんだが、そもそも何も掛からないので参考にしようがない。とりあえず小さい口にも入るように小さめ小さめにサイズダウンさせてはいるが……。

 これが無人島サバイバルだったら普通に死んでそうな生活を送ってるな……そろそろ餓死しそうだから大物ができてくれないもんだろうか。

 

「おっ!?」

 

 と、そんなことを考えていたところ、グッと竿先に反応が。

 まだ掛かってはない。まだ……。

 

「ここだっ、よし来た! ははは、来たぜ来たぜー!」

 

 合わせてクッと動かしてやると、ついにきた。ヒットだ。……が、軽い。

 竿先はよくビリビリしてるし動くけども、巻き取りがキツいって感じでは全く無い……こいつは小さい青物だろうか。

 

 ファイトというには一方的にズルズルと引き上げるだけのワンサイドゲームを終えると、姿を見せたのは細長い小刀のような魚体。

 

「おー、アーケルシアン・ブルーダガーか。マジか、てことは今は群れでも来てるのか?」

 

 釣れたのはアーケルシアン・ブルーダガー。イワシみたいな奴である。サイズ感も小ぶりなダガーに近い。

 市場じゃ安かったが結構美味い魚だと思うし、個人的には嬉しいんだが……こいつが一匹だけあってもどうにもならん。

 それにこいつは群れで動く魚だ。今なら同じ場所に落とせばもっと釣れるかもしれん。あわよくばブルーダガーを狙う大物なんかも釣れるかも……。

 

「……こいつはデカめの針をつけて泳がせておくか」

 

 決めた。竿は複数あるから、一本はこのままブルーダガーを狙っておいて、もう一本で今釣ったブルーダガーを生き餌に大物を狙ってみよう。餌としてぶっ込んでおくならそっちの竿は放置でも良いしな。

 

「大物が釣れれば良し、いなけりゃブルーダガー大量入荷で武器屋開店よ!」

 

 そうと決めてからは、俺にしてはなかなか不気味なほど良い釣れ具合だった。

 さっきと同じタナを決めてそれっぽく動きを入れてやればすぐにヒットする。早い時はアクションかけるまえにフォール中に食いつくようなブルーダガーまでいた。

 餌を使っているわけでもないのにこの入れ食いっぷりよ。ようやくきたな、釣りの神が。……こういう時に限って近くで誰も見てねえんだよな!

 

「ちくしょーお前らだって鏃よりも自分たちの方を見てほしかったよなぁー……」

 

 おそらくそうは思って無さそうなキープ中のブルーダガーに話しかけるが、こいつらも冷蔵しているわけじゃないのであまり放置しても良くないだろう。

 一応革の簡単な水バケツの中に泳がせてはいるが、ただでさえ狭いバケツが大入りのせいで手狭になってきた。外気温で温くもなっているだろうし、そろそろ一旦戻っておくべきか……。

 

「ん!?」

 

 と、納竿を視野に入れたその時、放置していた泳がせ釣り中の竿に反応が。

 荷物にくくりつけていたロッドが明らかに波のせいではない動物的な動きを見せている……こいつはデカいぞ。餌に引っかかったか!

 

「うおっ、これは……まぁまぁデカい……か?」

 

 ルアーの竿を引き上げつつ、餌釣りの方を取って巻いてみる。

 が、引きはそうでもない……? 餌取られた……?

 

「! いや違ぇな、やっぱでけぇわ……!」

 

 一瞬ダメだったかと思ったが、向こうがこっち側に寄っていただけだったらしい。少し引いてみると明らかに重い手応えが伝わってくる。

 

「お、おおお……クジラのヒゲ……頼む、持ってくれ……!」

 

 竿が撓る。めっちゃ撓る。一番柔らかな竿先のクジラの髭はもっと撓る。

 さすがに怖い角度になってくるとリールに付けたブレーキを抑える手を緩め、糸を少しずつ吐き出して向こうの消耗を待つ。

 ……ある程度糸を持っていかれた後、向こうの引きが弱まったのを見計らって、今度は借金を取り戻すように巻く。この繰り返しだ。魚だって生き物だから動けば疲れるし消耗だってする。糸と竿をダメにしないよう適度な綱引きを繰り返し、最終的に疲れ切った魚を手元まで手繰り寄せる……それが大物を相手にした時の釣りだ。

 

「さー、俺は体力自慢だぜぇ……竿と糸の耐久度がある限り、何十分でも格闘してやろうじゃねえか……!」

 

 スカイフォレストスパイダーの糸も絶対に千切れないわけじゃない。

 魚に岩陰や岩礁に潜られでもすれば、擦れて切れることは十分に有り得る。

 だから絶対に底には潜らせないよう神経を張り、譲るところでは譲るが、巻くべきところでは容赦なく巻いていく。

 

 向こうの魚もタフなのか、十分程そんな格闘を繰り返したがなかなか疲れる様子を見せない。

 こっちがちょっと慎重過ぎたかと思って強めに巻いてみたら、なんか竿のクジラのヒゲの接合部から異音が聞こえたような気がして無理攻めは諦めた。

 さすがにロッドが折れるのは勘弁だわ……。

 

「お、そろそろしんどくなってきたか……?」

 

 ロッドの機嫌を労りながらハラハラとファイトを続けていると、およそ二十分ほどでようやく魚もバテはじめたようで、無気力に引かれる場面が増えてきた。

 俺との戦いに休憩を挟み始めてきたわけだ。ここまでくれば後少し……。

 

「お、おお……でか……いやマジででけぇの来たな」

 

 海面近くまで引き上げてくると、ようやく見えざる敵の全貌が明らかになる。

 銀色のデカい身体。長く、幅広く、しかしそれと比べると薄い身体……。

 一見するとタチウオやリュウグウノツカイに似たタイプの魚のように見える。こいつは……図鑑で見たやつだ。

 

 ヒドラシア・スカーフ。

 ハルペリアに生息する“女神の衣類”に例えられる生き物のうちの一匹。食用にできる魚だ!

 

「どりゃっしゃー……よしきた!」

 

 そして無事に引き上げ成功。高さがあったがどうにかなったぜ。

 サイズは……150cmはあるだろう。クソでかい。デカいけど厚みがそれほどでもないので重さは……といってもさすがにそれなりにあるな。

 泳ぐのに適した身体ってわけじゃないだろうに、なかなか良いファイトをする野郎だったぜ。

 

 狭い足場に居たんじゃどうしようもないので、魚を抱えたまま革バケツと一緒にカクタス島の陸地に飛び移る。

 こいつをさっさと締めて、宿前に戻ることにしよう。

 結果はヒドラシア・スカーフ一匹にアーケルシアン・ブルーダガーが六匹……十分すぎる釣果だ。

 

 そう……俺はね、別に釣れない呪いを掛けられてる口だけの男ってわけじゃないんですよ。

 釣れる時はですね、釣れるんですよ普通に。そういうキャラでやってるわけじゃねーんだ……!

 

「……あ、クジラのヒゲの接合部……イカれちまったか……」

 

 竿一本が重傷を負う激しい戦いではあったが、くたびれ損ってわけでもない。勝ったのは俺だ。

 だからこれは名誉の負傷ってやつだぜ……釣り竿二号、お前は誇って良い……近いうちに直してやるからな……。

 





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(ヽ◇皿◇)朽木様より、水着ライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


当作品の評価者数が3800人を超えました。
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お礼ににくまんが踊ります。


( *-∀-).o


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巨大魚の解体作業

 

「うわっ!? なんかモングレル先輩がすごいの抱えて戻ってきたっス!?」

「ほんとだー! うわぁあんなの海にいるんだー……って、なんでちょくちょく空見上げながら来てるんだろ」

「鳥に奪われないかどうか気にしているんでしょ」

「ショックだったんスかねぇ」

 

 持ち運びにくいヒドラシア・スカーフやブルーダガー入りのバケツを抱えて戻る途中、ずっと海鳥のことが気になってしょうがなかった。

 連中は何にでも食いついてくるからな。最後の最後で台無しにされたんじゃたまったもんじゃない。

 

「おーい見ろよこれ。どうだ、しっかり釣ってやったぞー」

「うわぁ……おっきいねー……」

「そんなの糸で釣れるんスか!」

「釣れるんだなこれが。いや釣り竿ちょっと傷めたから無事ではなかったんだが」

 

 横に広げたヒドラシア・スカーフはまさに銀色のスカーフといった美しさで、見る角度に寄っては青みを帯びたりしてとても幻想的だ。

 これほどの長さと面積の刀剣類もなかなか世に出回ってはいないだろう。そういう意味では太刀魚よりもデカい武器だな。

 

「す、すごい大きさだね。……これって食べられるのかな?」

「食えるらしいぜ。今からこいつを調理してやるよ」

「マジっスか!」

「な、何人分になるんでしょう」

「ほお……面白いな。水や火が必要であれば言え。私が用意してやろう」

「お、そいつは助かるぜ。この大きさだと色々な調理ができるからな……宿の厨房借りれないかね?」

「じゃあ私が聞いてくるよー!」

「私も何か手伝うっス!」

 

 よしよし、さすがにこのサイズだからな。手伝いは多ければ多いほどありがたい。

 だが俺は忘れてないぞ。

 

「これ釣り上げたから賭けは俺の勝ちだな」

「根に持ってそうね……でも残念、レオは貴方に賭けてなかったわよ」

「な、なんだってー!?」

「あはは……ご、ごめんねモングレルさん。僕はどっちにも賭けなかっただけだから」

 

 なんだよ良い子ちゃんめ……。

 まぁ別にいいけどな。大物が釣れただけで俺は満足だ。

 

 

 

 宿に掛け合ってみた結果、厨房を使っても良いことになった。

 というか厨房が無いとさすがにこのサイズの魚をどうこうするのは難しすぎる。ありがたいことだ。

 宿の料理人たちも大物のヒドラシア・スカーフを見て“おおー”と驚いていた。どうやらこの魚はなかなか出回らないレア物らしく、地元民でもなかなか食えないのだとか。しかし超高級魚ってほどではないそうである。その辺りの異世界バランス感覚はよくわからんけど、まぁ高級魚扱いされているなら美味いものではあるんだろう。

 

「魚の解体作業を見るのは結構楽しいんスよね」

「これほどのサイズであれば皮を何かしらに使えそうなものだがな」

 

 厨房にあまり大勢が押しかけてもあれなんで、今回の調理は少人数で行うことにした。

 メインアシスタントはライナ。魔法でのアシスタントとしてナスターシャの手も借りる。

 

 ……あとはまぁ、その後ろで興味深そうに見ているコック数人と、たまにちらっと覗きにくるウルリカとかだな。

 そんなに見られても、初めて見る魚だし簡単な調理しか出来ないんだがね。

 ちなみに俺が数釣ったアーケルシアン・ブルーダガーは宿の人たちが調理をやってくれることになった。ありがてぇ。自分で釣った魚を金を払わず調理してくれるとか最高のサービスだ。

 

「とりあえずエラのとこから頭を切り落とします」

「っス」

「んで、えーと……ヒレがなんか危ないっぽいから全部……まぁこっからゴリゴリ切っていく感じで……」

「骨っぽい音するんスねぇ」

「中骨とつながってるんだろうな……あー三枚に下ろすなら別にやる必要ないのか」

「……もしかして考えながら解体してる感じっスか?」

「しょうがねーだろ俺だって初めて触る魚なんだから」

 

 後ろの方でコックがうずうずしているが、悪いな。ここは自分でやってみたいんだ。俺にやらせてくれ……。

 

「まぁ内臓は前と同じように肛門あたりからガーッと開いて……出したらまぁ一回洗い流しておこう」

「水はこの瓶に出しておくぞ」

「おうナスターシャ、ありがとさん。……で、あー断面こうなら……あーちょっと待っててな」

「え、なんスかなんスか」

 

 ちょっと厨房から出ていきまして、目当てのものを持って戻って参りました。

 

「えーこの魚捌き専用の調理包丁を使って中骨から身を外していきます」

「それバスタードソードじゃないスか!」

「バスタードソードは良いぞ……いざという時に大物の魚を解体できるからな」

 

 ソードブレイカー君では刃渡りが足りなかったとも言う。

 大型の獣の解体をする時はビッビッとなんども切れ込みを入れてどうにでもするんだが、なんかこう……魚だと一回でズバッと切りたいじゃん? 伝わらんかライナ、俺のこの熱い想いが。

 

「で、三枚におろせたら皮を……んー……」

 

 太刀魚なら皮を引く必要はないんだが、こいつも必要無さそうな皮をしているな。

 鱗も無いし銀色の……それこそアルミ蒸着シートみたいなペラペラした質感だ。

 多分これ焼いている最中にどうにでもなるだろうな。味を損ねるかもしれないし、このままにしておこう。

 

「次はまぁ、さすがにこのままだとデカすぎるから長さを三分割しておこう」

「最初にやるかと思ってたっス」

「それな。さすがにこのサイズならやっときゃよかったと思うわ……あ、宿の方この身ひとついかがです?」

「貰ってよろしいのですか?」

 

 6ピースに分かれた切り身の二つほどを宿の人たちに提供することにした。さすがにこのままじゃ食いきれないしな。誰かに食ってもらうか使ってくれた方がずっと良い。

 

「いやーありがとうございます。珍しい魚なのでありがたい。……ああ、ちなみにこの魚はどのように調理しても美味しいですよ。シンプルに塩で焼くのが最高です」

「お、やっぱそうなんですか」

 

 じゃあもうまんま太刀魚だと思って良いのかね?

 いやけど顔とヒレの形が結構違うしな……少し食ってから考えるか。

 

「じゃあこっちの切り身は塩焼きにしてみるか。ライナ、そっち準備できるか?」

「良いっスね。あ、この宿の調理器すごい便利そうっス」

「綺麗だし使いやすいよな。俺の部屋にもほしいくらいだ」

「モングレル先輩の場合は自分の部屋を持ってからっスね……」

 

 一応皮の食感に不安があるっちゃあるので、塩焼き用の身の皮にナイフで細かな切れ目を入れておく。これで仮に皮が酷くとも食感はマシになるだろう。

 あとは塩振って火にドーン。焼き上がりを待つばかりだ。

 

 が、その間に他の調理法も試しておかねばなるまい。

 

「こっちの外した頭とか中骨とかも使えるんだぜ」

「マジっスか」

「可食部はほぼ無いように見えるが。家畜の餌にするのが精々ではないのか」

「それでも良いんだけどな。今回は味にうるさい人間様でも食えるように調理していくぜ。ここらへんのアラはまず適当な形に切ったらサッと湯につけて臭みを取る」

 

 血とかヌルっとした液とかその辺を綺麗にするのが目的だ。

 なんだっけ、ムチン? とかそんなやつ。まぁ魚臭いのに慣れてない連中が多いから、丁寧にやっておこうか。

 

「そしたら鍋に水を入れて、ヤツデ……じゃない。フィンケルプを入れて一緒に煮ていく」

「あ、それ前も使ってた海藻っスよね?」

「おう、アーケルシアの市場で売ってたんだよ。やっぱこれ連合国原産みたいだな」

 

 かつてレゴールで購入したヤツデコンブ……それがここアーケルシアでも売っていたのには感動した。丁度なくなっていたからすげぇ助かったよ。

 正式名称もようやく判明したしな。ヤツデ昆布じゃなくてフィンケルプなんですって奥さん。

 魚のキリタティス・ケルプと絶妙に名前被ってるんだけど、ケルプって海藻系に多い名前らしくてな……あの魚のどこに昆布要素があるんだろうか。よくわからん。

 

「鍋の水を加熱して……まぁこんくらいでフィンケルプを引き上げます、と」

「お湯……全然沸いてないんスけど、いいんスかこれ」

「沸騰する前に引き上げるとなんか良いんだってよ。知らんけど」

「ええ……」

 

 正直出汁用の昆布って入れっぱなしでもいいとは思ってる。ヌメリが出るのが嫌な人は引き上げたらいいんじゃねーかなくらい? 正直ここらへんの調理は繊細でよくわからねえんだ……。

 

「あとはまぁアラを煮込みつつこまめに浮いてくる灰汁を掬って捨てていく感じだな。これ丁寧にやると臭みとかが無くなるんだ。ほれライナ、灰汁掬い任せたぞ」

「っス。……カニの時は浮いてるモワモワが美味しかったんスけどねぇ……」

「あれは特殊だから……」

 

 しかしやっていること自体はあの時の調理とほぼ変わらない。

 カニほどの濃厚な旨味は出ないだろうが、まぁ漁師飯だと思って体験してみると良いだろう。

 

「あとはこっちの身は俺用の刺し身と……こっちはフリッターにして……」

「湖の際にも思っていたことだが、モングレルよ。随分と魚料理に詳しいのだな」

「ん? ああ、まぁ下手の横好きってやつだよ」

「そういう割には洗練されているように見えるがね」

 

 調理場で忙しくしている最中だっていうのに、なんかナスターシャが探りっぽいものを入れてくる。やめてくれ、今の俺はそういうやり取りを上手く捌ききれない程度に忙しいんだ。

 

 おしゃべりな奴を黙らせるにはこれしかない……。

 

「へいお待ち。塩と柑橘汁につけて食ってみな」

 

 口に何か物を入れて黙らせる。この手に限るぜ。

 

「……生のようだが?」

 

 俺がヒドラシア・スカーフの刺し身(若干不揃い)を差し出すと、さすがのナスターシャもちょっと驚いた様子だった。

 

「新鮮な海の魚だったら……まぁものによるけど……生でも食えるんだよ。寄生虫がいる場合もあるから切り身をよく見てくれよな」

「危険物ではないのか……それに、生で美味いものなのか」

「柑橘じゃなくてビネガーでも良いかもしれんけど、まぁ柑橘の香りがあったほうが俺は好みだな。これを絞って、塩と一緒に一切れ……」

「……本当に食っている」

 

 変人を見るような目をされたが、まぁ刺し身文化なんてないだろうしそんなもんだろう。さすがに俺もこれは俺がおかしい方だってことはわかっている。別に広まってくれとも思ってないしな。

 

 しかし……うん、美味い。すげー美味い。

 クセがなくて良い具合に脂が乗っててイケる。こいつはいくつか昆布締め作っておくしかねえな……。

 

「……私も、試してみるか……」

「お」

 

 さすがに食わないだろうと思っていたら、ナスターシャが刺し身を一枚、パクッといった。

 

「……」

「……どうなんだ、その顔」

「生魚」

「あまり気に入らなかったのはわかるぜ……」

「いや、思っていたほどではないが……忌避感が強くてな」

 

 食えるっちゃ食える。しかし好んで食うかというと……そんな感じだろう。まぁ馴染みのない食文化なんてそんなもんですわ。

 

「わ、私も食べてみるっス!」

「おいおい無理するなよライナ」

「……ん、ん……まぁ……いけ……うーん……」

 

 多分こういうのは俺にとって馴染み深い醤油やらわさびがあったところで大してリアクションは変わらないんだろうと思う。

 まぁその辺りはいいさ。俺だって独りよがりな和食だけを振る舞おうなんて思っちゃいないしな。俺のイメージを押し付けて魚嫌いを増やしてたんじゃ世話無いもんよ。

 メインは塩焼きとかフリッターだろうから、そこらへんで楽しんでもらえりゃ充分よ。

 

「後で食堂に持っていくから、もう少ししたらみんなを食堂に集めてもらえるか?」

「うっス。……完成が楽しみっスね!」

「なかなか面白いものを見れた。魚の解体も独特の理があるのだな」

「ナスターシャさんまた難しく考えてるっス」

「褒めているのだ、これは」

 

 ……さて。みんながいなくなったところで……。

 

 刺し身パクパク……うめぇうめぇ……。

 

 炊きたての白米とかない? 無いか……そっか……。

 



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少し早めの豪華な酒宴

 

 途中、コックさん達から調味液のアドバイスなどもありつつ、すべての料理が完成した。

 俺としては後ろから興味深そうに調理風景見られるのが若干息苦しかったが、彼らの知らない調理法もあったのかもしれない。まぁこっちも美味しいソースの作り方なんかも教えてもらったしお互い様だな。

 

「レゴールじゃ料理も進んでるんですかね」

「王都じゃ見ないもんなぁ、この作り方」

 

 アーケルシアのコック達は“レゴールの食文化も侮れんなー”って雰囲気になっているが、まぁ勘違いしてもらえると俺としては助かる。

 別にコックの称号なんて欲しくないしな。作り方を真似したければどんどん真似して美味いもんでも作ってくれ。

 実際レゴールでも似たような感じでジワリと作り方が浸透しつつあるしな……グフフ……。

 

 

 

「王都を経由していけば旅程は安定するけど……」

「アガシ村も別に見るとこはなかったしねー。もう海遊びは飽きる頃だろうし……」

「仕事の安定してる王都ルートがやっぱ良さそうっスけど」

「帰り道は違うルートを通りたいっていうのは僕も賛成だね」

 

 料理を持って食堂に入ると、“アルテミス”のメンバーは手製らしい地図を広げて旅程を話し合っているところだった。

 そろそろアーケルシアの旅行も区切りがついて、レゴールへ戻らなきゃならないだろうからな。俺の釣りもそろそろおしまいだ。まぁ一匹大物が釣れたから充分よ。一応まだやれる時には釣り竿振るけどな。

 

「料理できたぞー」

「わぁい」

「あら、ようやく。ずっと良い匂いさせてたから気になっていたのよ」

「わ、いっぱいあるねー!」

 

 コックさんたちに配膳を手伝ってもらい、テーブルに料理が並ぶ。

 俺が用意したものだけだと魚料理ばかりになってしまうので、サラダやデザートなどは宿の方で用意してくれた。ありがたいことである。

 

「俺が釣ったヒドラシア・スカーフはここらへんの皿だな。ま、いくらでもあるから好きに食ってくれ」

 

 ヒドラシア・スカーフの塩焼きはシンプルに焼いて塩振っただけの料理だ。

 脂が乗ってて普通に美味い。正直余計な調理せずこうして食った方が一番かもしれん。

 

 フリッターは一口サイズに切った身に衣を付けて揚げた……まぁ洋風の天ぷらみたいなもんだな。

 ローズマリーに似た乾燥ハーブを指でモリュッとこそぎ落とし、塩と合わせたハーブ塩ってやつだ。一口サイズのフィッシュアンドチップスみたいな感じでなかなか良い感じに仕上がっている。

 

 フリッターで使った油がもったいなかったのでムニエルも作った。

 こっちはコックの人から教えてもらったソースがかけてあって、多分“アルテミス”の連中の口には合うんじゃないかな。

 

 刺し身が俺一人じゃ食いきれなかったし、そのまま残ったのをお出ししても民意は得られないだろうってことで、残った刺し身はマリネにした。オイルとビネガーと香味野菜とスパイスで、ほぼ海鮮サラダみたいなもんである。

 

 そして汁物として、アラを使った潮汁……のようなものを作った。臭みは最大限取る努力はしたし、こっちにもネギに似た香味野菜をたっぷり入れてあるので、まぁそこまで……ほとんど……あまり強烈な生臭さはしない。

 見た目がちょっと悪い部位が多く入っているが、昆布出汁も出ているし味は最高だ。いや、人を選ぶかもしれんけどね。少なくとも俺好みではある。

 

 あとは宿の人らが用意したサラダやちょっとしたパン系の主食類に果実のデザート。

 俺が作った物の量が多いから、あくまで足りていない物を補うような献立を用意してくれた感じだな。いやぁほんと色々と助かってます。ありがとうございます。

 

「んーっ! この揚げたやつ? すごく美味しいー!」

「うん……! 良いね、こっちのムニエル……だっけ。これも美味しいよ。バターじゃないけどこういうのも悪くないね」

「な……生のように見えますけど、これ……酸っぱくて、さっぱりしていて……美味しいですよ、本当に……」

「塩焼き……お酒が進みそうっスね! すみません、ビールお願いしまっス!」

「あ、ライナのお皿のそのこんがり揚がってるとこ美味しそー……もーらいっ」

「あー! なんで取っちゃうんスか!」

「えへへー、はい代わりにこっちあげるー」

 

 いやぁ若者がガツガツと飯を食ってくれる姿は癒されるな……俺の胃袋も何故か不思議な力でちょっとずつ満たされていくような気分だよ……。

 

「……うむ。このスープも……生食とは違った生臭さを感じるが、許容範囲か。何より深い……味わいを感じる」

「癖は強いけど、悪くないわね。もっと香りのある野菜を入れた方が良くなるのかしら……?」

 

 なんとか潮汁の方も気に入ってもらえたようで何よりだ。

 くせぇ奴は本当に人を選ぶからな……実際、アーケルシアで頼んだ食事についてきたこれ系統のスープはそこそこ生臭かった。処理が甘かったりしたんだろう。その点、俺の作った汁物の方が万人受けはするはずだ。

 

「モングレル先輩は器用っスねぇ……色々料理できて……」

「うん、驚いたよ。とても美味しくて……ありがとうね、モングレルさん」

「なーに、構わねえさ。俺の食いたいやつを分けてるようなところもあるしな。一緒に作るんだったら量は多い方が良いだろ」

 

 マリネと塩焼き、あと潮汁が個人的には好みかね。フリッターとムニエルは……美味いんだけどまぁ、なんだろ。油のせいか……? いやまさかな……ハハハ……。

 

「モングレルさんの故郷は水辺だもんねー……って、あ」

「え、ウルリカ先輩、そうだったんスか」

「ご……ごめんこれ言っても良いんだっけ?」

 

 ああ、前にウルリカには零してたっけな。詳しくは話していなかったと思うが、釣り関係でそんなことをポロッと零して妙な雰囲気になった覚えがある。

 

「いや別に隠すようなことでもねえって。周りに教えてくれる人も多かったし、それで俺も教わってたってだけさ。俺くらいの歳の奴はみんな魚の料理は出来てたぞ?」

「はぇー……すっごい……」

 

 まぁこれは完全嘘だけどな。開拓村では魚を獲ってる人もいたけど塩焼きしかしてなかった。けど知識の出どころを聞かれるとどうしようもないので過去は捏造させてもらう。

 事あるごとに口からでまかせを重ねるせいでシュトルーベがどんどんすげぇ村になっていくな……。

 

「で、そんなことよりもさ。お前たちさっきは何の話し合いをしてたんだ? 聞いてた感じ、帰り道の相談みたいだったが」

「ああ、モングレルにも話しておかないといけないわね。そう、帰りに通る道をどうするかで少し悩んでいて……あー、その前にモングレル。このカクタス島は明日中に出ようと思っているんだけれど、問題ない?」

「問題ないぞ。もう充分にこの離島を楽しんだからな」

 

 魚も釣れたし海水浴もした。人のいない環境でのんびりできて楽しかったよ。

 カクタス島でもう一日二日釣りをするのも悪くはないが、まぁ狭い島だしな。やれることは限られている。デカい鳥を釣るなんて体験も出来たし土産話は十分すぎるくらい用意できたし、出発するなら俺はいつでも構わないぜ。

 

「“アルテミス”は帰り道にどっか寄っていく予定でもあるのか? だったら俺は一人でさっさとレゴールまで戻るが……」

「いえ、レゴールまで護衛依頼を受けつつ帰還するつもりよ。悩んでいたのはその経路ね」

「いかにも。来た道をなぞるか、王都方面を経由してレゴールへ向かうか。それについて話し合っていたところだな」

「その辺りは“アルテミス”の判断に任せるよ。帰り道なら俺はどっちでも付いていくぜ。その方が楽で良い」

 

 一人旅は宿やら馬車やら任務やら全部自分でやるからな。それを他人に任せきりにできるのであればこっちは気軽だ。

 そんな俺にできることはこいつらの決定に文句を言わず粛々と従う姿勢を示すことばかりよ……。

 

「まぁ、だったらこちらで決めちゃうけどね。……明日の朝には島を出発する予定よ」

「わかった。……船酔いは大丈夫なのか?」

「うるさいわね……できる限り頑張るしかないでしょ。思い出させないでよ、そんなこと。考えたくないんだから……」

 

 シーナはとても嫌そうな顔でため息をついている。

 よほど行きに乗った船の乗り心地が堪えたらしい。それでもしっかり帰りの計画を立てるのだから、偉いもんだ。

 

「ぷはーっ……モングレル先輩、このフリッターお酒に合うっスね!」

「おーライナ、食ってるか。そうだろそうだろ、どんどん食えよ」

「先輩も飲まないスか。こんなに美味しいんスから」

「……じゃあ飲むかぁ!」

「あーあ、お酒好きがまた一人増えちゃったー」

「ふふふ、良いじゃないか。賑やかで楽しいからね。僕も少しだけお酒、貰っちゃおうかな」

 

 そうだな、せっかくの旅なんだから美味い酒を飲まなきゃ損ってもんだ。

 何より自分が釣った魚で自分好みの飯を作ったんだ。これと合わせて不味いはずもない。

 明日は島を離れるんだし、今日くらい景気よく飲み食いしておくか!

 

「こちらアーケルシアの離島で栽培しているレモンの皮を香り付けに使ったエールでして、別料金ではありますがとてもオススメですよ」

「よーしそれ一つ!」

「いや二つっス!」

「またお金が飛んでいくわね……」

「ムーンカイトオウル討伐の報奨金もかなり消耗したな」

 

 なんかシーナとナスターシャが色々言ってるけど美味いからヨシ!

 



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掠め取る者

 

 そこそこ早い時間から魚料理に舌鼓を打ち、美味い酒を飲んで良い気分にさせてもらった。夜釣りもちょっと興味があったんだが、まぁ別にいいか。十二分に魚は食ったし、逆に良いものが釣れても困ってしまう。釣る前からする心配ではないけどな。

 

「マリネは冷めても食べられるからうまーっス……」

「ふぅ……僕はちょっと飲みすぎちゃったよ。先に部屋で寝ているね……」

 

 ライナは爽やかな香りのエールが気に入っていつも以上のウワバミっぷりを発揮していたが、レオの方は普段よりも飲んだせいか早めに眠そうにしていた。なんだかんだ俺も眠い。さっさと寝て明日に備えるかね。

 最後に朝釣りで何か狙ってみよう。

 

「大丈夫ー? モングレルさん。飲み過ぎじゃない? ちょっとフラフラしてるよー……? 部屋まで送っていこうか?」

「大丈夫大丈夫、このくらいは良くやる」

「……後でお水と酔いに効く薬あげるから、しっかり休んでねー」

「おう、悪いなウルリカ」

「さて……私達もそろそろ、明日に備えて休みましょうか」

「ああ。荷物の整理もしておかなければな」

 

 それから俺は部屋に戻り、ウルリカから水やら何やら渡されたものを飲んでぐっすりと眠りこけた。

 

 高級宿のベッドは高級なりに暖かくて寝心地は良いんだが、夏だとその暖かさが逆に少し寝苦しくもある。

 しかし高い酒の良質なアルコールによる微睡みも手伝って、俺はそんな不快さをさほど感じることもなく過ごせたのだった。

 

 

 

「……うお、朝だ。いかんな、ちょっと寝過ぎたか」

 

 目覚めはスッキリ快適だった。逆に寝過ぎて怠いまである感じのスッキリというか……うーむ、釣りをするにはちょっと明るすぎるか……? 少し遅めの時間になったかもしれない。

 そもそも今日島から帰る予定なのに荷物の支度をやってない。これだから酔っ払いは計画性がなくて困る。反省しろ。

 

「まぁちゃちゃっと船に積む荷物の支度を済ませたら、桟橋で軽く釣っていくかぁ」

 

 ついでに寝汗を流したい。そうだ、皆が活動的になるまでは水浴びついでに砂浜で釣りでもしてみるか。

 

 

 

 せっかく買った水着を着用し、浅瀬で身体を流しつつ浜にルアーをぶん投げる。

 小さなワーム系の擬似餌だが特に実績は無い。掛かるかどうかは完全に運任せだな。

 

「ああ、モングレルさん。こんなところにいたんだね」

「おー、レオか。おはよう。皆は起きてるのか?」

 

 砂地をこするようにリール巻き巻きを繰り返していると、桟橋からレオが声をかけて来た。

 どうやらこいつも軽く行水をしに来たようだ。

 

「まだみたいだよ。シーナ団長は身支度に時間がかかるみたいだから」

「ああ、女の支度は長い目で見なきゃいけないからな」

 

 それにあの長い黒髪。綺麗に編むのだって相当に時間がかかるだろう。

 

「レオはどうだったよ、今回の旅行は。面白かったか?」

「うん、それはもちろん。海辺っていうのは色々と文化が違うんだなって、驚かされもしたよ。……けどやっぱり、こうも長く離れてると森が恋しくなっちゃうね」

「ははは、まぁそうだな。内陸のギルドマンが暮らすにはアーケルシアはちょっと異文化すぎるよな」

 

 実際、ここアーケルシアにあるギルド支部はなかなか変わっている。

 レゴールは刀剣中心の装備構成が多いんだが、アーケルシアだと槍使いがとても多い。

 多分、船から海獣を狙ったりする機会が多いからだろう。投げ槍スキルがあれば重宝されるだろうしな。そんなこともあって武器のラインナップも結構違っている。

 何より錆で駄目になった時の損失を考えると、なおさら槍一択なんだろうな。

 

「けど、僕は今まで故郷からほとんど離れなかったから……改めて、世界は広いんだなって思った。ハルペリアだけでも、地域によって随分と違うからさ。そういうのを見ていくのも、なんか……やっぱり楽しいね」

「旅の醍醐味だよな……おっ? 来たか……!」

 

 竿に重さ。そして動く気配。引っ張られている。よし来た、何か来たぞ! 巻け巻け……って、ありゃ。

 

「あーあ、バレたか」

 

 竿が軽くなり、手応えが消え失せる。どうやら腹が外れたから、さっさと擬似餌から離れてしまったらしい。残念だ。

 

「釣りもおしまいだね」

「ああ。……海釣りはまた今度だな。次こそは砂浜で何か釣ってやるぞー」

 

 その次ってのがいつになるかはわからないが、まぁ気が向いたり予定が出来たらまた来るさ。

 

 アーケルシア……キリタティス海……俺は必ず戻ってくるぞ……。

 せいぜいデカくてスレてない魚を用意しておくが良い……。

 

 

 

 帰り際、宿の人達が最後の営業を仕掛けてきた。有料のお土産品まで用意していたらしい。とことん俺たちの財布を付け狙ってやがるよ……。

 とはいえ高そうな土産をわざわざ買うのもあれなんで申し訳なさそうにこれをスルーし、俺たちは帰りの船に乗り込んだ。

 ここからアーケルシアまで戻り、土産を買ったらそこからは馬車を護衛しながら陸路の旅だ。早くもレゴールが恋しいね。

 

「うう……船……なにが船よ……」

「シーナ、後ろの方で休んでいよう」

 

 そして案の定、シーナは船酔いが駄目そうだった。昨日は酒もほぼセーブしてたのにな。可哀想な奴である。

 

「あ、また海鳥が寄ってきたっス」

「俺こいつらのことちょっと嫌いになったよ」

 

 ムーンカイトオウルによってカクタス島から追い出された海鳥達も、やがて再びあの島に戻ってくるだろう。

 キリタティス海を行き交う無数の船から伸びるマストは、彼らが翼を休めるには丁度いい。きっと人が行けるような所ならば、どこへでも一緒についてくるはずだ。

 まったく厄介な鳥連中だよ。

 

「……ウルリカ、どうしたの? 口が何か気になるの?」

「えっ? ああ、ううん、別に。昨日食べたやつ……美味しかったなー……って」

 

 ウルリカは海を眺めながら、ぼんやりと唇に手を触れていた。

 

「揚げ物も塩焼きも良かったっスねぇ……近場の湖とかでもまた釣りしてみたいっス」

「ザヒア湖か、あそこも景色が良かったよな」

「魚料理も貝料理も美味しかったね。お土産で日持ちする物があったら良いなぁ」

「うん、美味しかった……また食べたいなー」

 

 こうして船は多少の体調不良者を出しつつもゆったりとアーケルシアへ戻り、俺たちは旅の後片付けを始めるのだった。

 

 

 

 

 アーケルシアの港街の外れに、流民の劇団が枯れ草色の大きな天幕を張って拠点としている。

 サングレール出身の人間はハルペリアにて肩身が狭く、戦地から遠いここアーケルシアにおいても大手を振って歩けるわけではない。

 亡命、奴隷、あるいは混血。サングレール人の彼らはハルペリアにてひっそりと暮らすことを余儀なくされていたが、この天幕周辺はそんな彼等でも安心して暮らすことのできる場所の一つだった。

 

 サーカス。大道芸。歌。吟遊詩人。そして劇。

 それらはサングレールにおいて盛んな芸術であり、彼ら流れ者の職業でもある。音楽系の芸術文化にやや乏しいハルペリアでは彼らの技能は高く評価され、ある意味では本場のサングレール以上の成功も見込める土地だと言えた。

 

 アーケルシアにある流民の天幕は、そんな旅芸人たちが集まるコミュニティだ。

 彼らは己の一芸の腕を仲間と共に切磋琢磨しつつ、困った時には手を差し伸べ合う互助組織でもある。

 

 天幕を中心とする彼らは“ロゼット”と呼ばれている。

 レゴールに存在するサングレール系の互助組織、ロゼットの会は元々このアーケルシアの組織を祖としているのだった。

 

 とはいえ、決して後ろ暗い組織ではない。

 サングレール系の人間が多いと言っても排他的なコミュニティではなく、芸人を志す者であればハルペリア人でも加入はできるし、歴史もそこそこ長いので地域とも密接に関わっている。

 アーケルシアで何らかの催しがある時には、ロゼットの芸人達が招待されることだって多い。侯爵家からも認められている、立派な組織の一つなのである。

 

「うーむ、素晴らしいッ! 異国の地においても歌劇の鍛錬を怠らぬひたむきな姿勢……実に胸が熱くなりますぞ!」

「ええ本当に! 彼らの心がこもった故郷の歌……な、涙無しには聴けませんっ!」

 

 そんなロゼットの天幕を、遠巻きに見守る二人組がいた。

 この辺りでは見かけない二人組の芸人である。

 

 一人は蜂蜜色の短髪を持つ大柄な道化師の男。色とりどりな服に派手な化粧はこの天幕付近でもよく目立っている。

 もう一人は同じ道化姿の女で、こちらはウェーブした長い金髪に色とりどりの飾り物をくくりつけており、近くを通る子供達から指差されていた。

 

 彼らは芸人ではない。

 芸人の姿でこの場所に溶け込もうとして、実際あまり溶け込めていないものたち。サングレールからやってきた聖堂騎士団の二人である。

 

 その名も白い連星・ミシェル&ピエトロ。

 ヘリオポーズ教区神殿長イシドロに仕える、サングレールの精鋭だった。

 

 しかし彼らも停戦中に敵国内で暴れるつもりはない。

 今日彼らがここアーケルシアにやってきたのは、神殿長のイシドロを秘密裏に護衛するためであった。

 そのイシドロはほどなくしてロゼットの天幕にやってきた。

 

「やぁ待たせたね! 二人はここの劇団を見て何か勉強になったかなッ!?」

 

 イシドロ神殿長は老人である。

 細い身体と顔の皺は年齢を感じさせるが、その目だけはキラキラと少年のように若々しく輝いている。

 

「はいッ! この天幕の人々は実に熱心に練習しておりました!」

「歌も踊りも素晴らしいものばかりでした!」

「おおそれは何より! アーケルシアは街の規模も大きいが、この天幕はそれを上回る規模だからね! 生半可な芸人ではやっていけんのだろう! 彼らもここで生き残るのに必死というわけだ!」

 

 イシドロ神殿長は辺りに転がっていた打ち捨てられたフラフープを足に引っ掛け、足元からぐるんぐるんと巻き上げ、腰の辺りで器用に回し続けて見せた。

 

「“港の長”と話をつけて来たが、駄目だったッ」

「なっ、なんとっ」

「神殿長が直々に出向かれたのにですか……!?」

「ああ、どこぞの何者かに先を越されたようだなッ。色良い返事は貰えなかった……以前は“聖域計画”にも乗り気だったくせに、手のひら返しをするなんてまったくもうッ! とんだ無駄骨だったよ! あの金歯だらけの業突く張りめ! 見た目通りの胡散臭さで逆に意外性は無いけどもッ!」

 

 フラフープが回転と共にどんどん上へと持ち上がり、イシドロの頭からすぽんと抜けて、飛んでいった。

 

「……“白頭鷲”がハト派に移るだけならまだしも、平和の使者にまでなってしまった……今回の事と無関係ではあるまい」

「“白頭鷲”……」

「かの伝説の騎士がハルペリアに擦り寄るなど……いまだに信じられませんわ」

「ドニ君には困ったものだよ本当! タカ派も聞かん坊だが、ハト派もハト派で勝手なことばかりだ! 足並みくらい揃えてもらいたいねまったく!」

 

 イシドロを先頭に三人は歩き始め、港へ向かう。

 今回彼らはアーケルシア侯爵と話をするためにやってきたが、それも望まぬ形で終わり、この地での用が無くなった。あとは故郷に帰るばかりである。

 

「やれやれ……為政者にしても英雄にしても、もっと効率的に平和を作ってほしいものだ」

「できますよ! イシドロ神殿長ならば!」

「そうです! 我々白い連星がお力添え致します!」

「うーむ……道化師に煽てられても嬉しく無いな! お前達、さっさと顔を洗ってらっしゃい!」

「ははぁー!」

「承知致しましたっ!」

 

 今回の訪問は空振りに終わった。

 しかし彼らはまた、新たな方法を模索することだろう。

 

 



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懐かしき故郷の香り

 

 それから数日かけて、俺たちはレゴールへと帰ってきた。

 王都寄りの街道を通ってスムーズに帰るルートを選んだので、速さを優先した形だ。人がよく通るルートは道も整備されていて安全だし、護衛の仕事も探しやすいから手間がない。アーケルシアで買った土産物の中にはナマモノとまではいかないが食い物もあったから、速やかな帰宅はありがたかった。

 帰り道、レゴールに到着する寸前にちょっとだけ途中で立ち寄った村で野暮用を済ませてたので“アルテミス”とは帰還がズレてしまったが、まぁ誤差だよ誤差。

 

 いやぁ、長旅だったぜ……さすがに久々の長期遠征だったな。任務とは違って遊び中心の旅行ではあったが、遠いだけでえらい苦労だ。移動手段に乏しい世界じゃ観光一つするんでも偉業を成し遂げた気分になるよ。

 

「あらっ、モングレルさんおかえりなさい。随分久しぶりねぇ」

「やあどうも女将さん。ただいま戻りました。はいこれお土産」

「まぁ良いの? ……やだクラゲの辛味漬けじゃないの! これ好きなのよねぇ。助かるわ!」

 

 帰ってきたらお土産の配布作業が始まる。ついでに顔出しして存在アピールだ。

 特にいつもお世話になってる人や施設には良いものを渡しておくことが大切である。

 とはいえ人に抱えられる荷物なんてそう大したもんじゃないから、それぞれの量は大したことないんだけどな。

 前世みたいに500円だか1000円だかで買う薄い箱物のお土産なんて買っていく暇はない。アーケルシアで買える嵩張らない海産物系の飾り物だとか、香辛料の効いた小さな保存食とかがメインだ。

 

 

 

「おっ、ジョスランさん腰もう治ったのかい」

「よう、モングレル。旅行に行ってたんだってな。腰はちょっと前に少しマシになったところだ。今なら仕事ができる」

 

 鍛冶屋にも顔を出してお土産の配布だ。

 ここに注文した金具がなんだかんだ今回は役立ってくれたからな。お礼も兼ねて良い物を持ってきた。

 

「また無理して悪くさせるんじゃないぜ。ほれ、クラゲの辛味漬け。お土産に買ってきたから食ってくれよ」

「むおっ! 辛味漬けだと! よくやったモングレル! おーいジョゼット! 酒だ! 酒用意してくれ!」

 

 工房の奥から娘さんの怒鳴る声が聞こえてきた。

 仕事そっちのけで酒を飲もうとする親父には怒りたくもなるわな。

 ちなみにクラゲの辛味漬けとは、クラゲにたっぷりの辛味スパイスと塩をぶち込んで乾燥させたものである。油でも水でもいいから戻して食うとなかなか美味い。調味料としても使えるが、まぁ完全に酒のつまみだ。

 こういう消えもの系は馴染みの門番なんかにも渡している。アクセサリーよりもなんだかんだ喜ばれるのでね。

 

 

 

「おーモングレルだ」

「“アルテミス”のモングレルが来たぞ」

「あいつはいつかやると思っていたよ」

 

 そしてまぁ、もちろんギルドにも顔を出すんだが……なにやら俺が勝手にパーティーに所属してることになってやがるな。

 

「俺は孤高のブロンズギルドマン、閃光のバスタードソード使いモングレルだ」

「うるせえ! うらやましいぞ畜生!」

「レオから聞いたぞ! ずっと一緒だったんだってな!」

「孤高か閃光どっちかにしろ!」

 

 まぁ女所帯にくっついていくと、男連中からはこういうやっかみも受けるわけで。

 けど予想の範疇だ。それになんだかんだ“アルテミス”と一緒に任務受けたりすることも最近じゃ珍しくないし、あながち間違ってるわけでもない。だからってパーティーに入るつもりは全くないけどな。

 

「俺を馬鹿にするってことはよ……そいつはこのクジラジャーキーがいらねえってことで良いんだよなぁ?」

「モングレル……お前がいないと張り合いがねえよ」

「おかえりモングレル。たまには俺らと一緒に任務でもやろうぜ」

「おいモングレル、こっちの席あいてるぞ。疲れてるんだろ。まぁ座れよ」

 

 こいつら……。

 あまりにも安定しすぎててレゴールに帰ってきた感が得られるから良いんだけどさ。

 

「うめぇ」

「けど思ってたより地味な味する」

「味付けは好き」

 

 馬鹿な男共にクジラジャーキーをまとめて恵んでやり、そのまま受付へ。

 

「ただいまミレーヌさん」

「お疲れ様です、モングレルさん。旅行で身体は休まりましたか?」

「まー色々と面白いもんが見れたよ。はいこれ、証書とお土産。受付と裏方の人たちで食べてくれ」

「あら、どうもありがとうございます」

 

 女向けには柑橘味の飴をプレゼント。何故か表面が塩コーティングされているのだが、逆にその塩味が甘さと酸っぱさにマッチして美味しい飴である。事務職よりも夏場の肉体労働者の方が好みそうではあるけど、なんだかんだ甘味なら外さないだろう。

 

「何か良い感じの任務は来てるかな? できれば討伐で」

「んー……大麦収穫前の畑周辺の掃討依頼が残っていますが、距離がありますし報酬もさほどではないですね」

「それはちょっと渋いなぁ」

「あとはバロアの森の道路拡張部分周辺の掃討任務がありますけど、こちらは恒常なので少し安いです」

「んーそうか。じゃあ適当に都市清掃でもしてようかな」

「もう任務されるんですか。戻ったばかりなのに」

「街の人たちへの挨拶がてら掃除するからね。まぁ安心してくれ、ちゃんと掃除はやるから」

「お願いしますよ? 道具はいつもの場所にありますので」

 

 帰路は護衛任務続きでそこそこ金も貰ったし、財布に余裕はある。アーケルシアを出る時は土産物でかなり財布も軽かったんだが、かなりリゲインした形だ。ホームを目指しながら金策ができるってのはありがたいね。

 

「ああ、そうだモングレル。あの話聞いたか?」

「ん? なんだ。知らん、多分聞いてない」

「“報復の棘”のネッサちゃんっているだろ」

「ああ、あのショテル使いの」

 

 ネッサといえば、“報復の棘”の比較的中堅の位置にいる女剣士だ。

 歳は30くらいで俺と近い。対人戦闘、特に盾持ちの相手に対しての戦い方に秀でた奴で、たまに修練場で模擬戦をやっている姿を見かける。

 正直“報復の棘”はどこか辛気臭い雰囲気のメンバーが多いんだが、ネッサはその中でも明るくムードメーカーな感じの奴だったのだが。

 

「ネッサが任務中に刺されて大怪我したらしい。死にはしなかったけど、引退を考えてるみたいだぜ」

「うわ、マジかよ」

「相手は野盗だってよ。何日か前にあった野盗の討伐任務に出た時、ロングソードの反撃を受けちまったそうなんだわ」

 

 野盗がロングソードか……多分兵士とか、元ギルドマンとか……そこらへんなんだろうな。腕に覚えのある連中に遭遇して、やられたのだろう。

 対人ってのは油断ならない任務だ。相手がどんなスキルを持っているのかわかっていない以上、不意を突かれることは珍しくない。

 “報復の棘”はその辺り徹底して警戒するし、慣れていたんだが……それでもやられる時はやられるか。

 

「ついてねえな」

「本当だよ。まだ治療中なもんで、こっちに顔を出すこともできないらしい」

「最近増えたよなぁ、レゴールの近くの盗賊がよ。楽な警備だと思ってても襲われることがちょくちょくあるんだぜ」

「ああ、俺もそうだ。この前の街道警備で……」

 

 おっと、話し込んでしまったが都市清掃を受けていたんだった。

 さすがにホウキを持たずに駄弁っているわけにはいかない。仕事してるポーズだけでも取らなきゃな。

 

「じゃ、任務行ってくる。またな」

「おー、ジャーキーありがとなー」

 

 ちょっと留守にしてると、知ってる奴がいつの間にか負傷している。ギルドマンあるあるだ。

 剽軽で面白い連中も多いが、蓋を開けてみれば怪我や死と隣合わせの世知辛い職種だってことには変わらない。ギルドマンとはそういうもんなのである。

 

 

 

 都市清掃は夏場は臭いが嫌になるが、長期旅行の後にやっておくとそこそこ良いことがある。

 

「やあモングレルさん、どうもどうも。暑いですねえ」

「ようケンさん。氷菓子が恋しくなりますよ」

「ぬふふ、お高めですが、いつでもお待ちしておりますよー」

 

 勝手に知り合いが声をかけてくれて“お、帰ってきてたのか”って話し相手になってくれるからそこそこ楽しめるんだ。後から足運んで挨拶しにいく手間も省けるし悪くない。

 

 しかし同じようにやる気の薄かったであろう都市清掃前任者のせいなのか、久々にやると路面のゴミやら汚れが酷い。

 結局、俺の中の衛生感ボーダーを満足ラインにまで引き上げるにはこっちが頑張らなきゃいけないのだ。手を抜けねえ……。

 

「あー……けどこの独特の臭さ……磯で生臭いというよりは、もうちょい馬糞寄りの土臭さがあるこの臭い……やっぱりこれが、ホームの臭いなんだなぁ」

 

 大規模な街は例外なくなんだかんだ臭い。

 それでも、街によって臭さもちょっと違う。

 あんまり嬉しくない故郷の匂いを嗅ぎ分けてしまって、俺は苦笑いしながらも掃除を続けるのだった。

 



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仮面を被った男の寝言

 

 どうもレゴール近辺の治安が悪化しているらしい。

 極端にヒャッハーしている感じではないのだが、レゴールの発展に伴って交通量が増えたせいか、近隣の宿場町がキャパオーバーしているようなのだ。

 レゴールそのものはスラムを刷新したり新区画を作ったりで急増する人口や働き手の仮住まいを整備できていたが、宿場町はレゴールの成長スピードに追いつけなかったのだろう。実際、近年のレゴールの発展は目覚ましすぎるものがある。一体何オス卿のせいなんだ……。

 

 それでも野営なり宿場町近くに身を寄せて夜を明かすくらいのことはこの世界の住人であれば特に苦労もなくやってしまえるんだが、それを付け狙う盗賊なんかは話が別だ。

 金目のものを運んでいる馬車が比較的無防備な場所で休んでいる。悪人たちにとってこれほど都合のいいことはなかなかないだろう。

 村や町の外に現れる盗賊の類はなかなか対策も難しく、今現在レゴール周辺が頭を悩ませているのはそういった不届き者たちだ。

 

 レゴールからも街道警備の兵士が増員されているし、ギルドもそれに応えてはいるのだが、なかなか撲滅というところまではいってないらしい。

 最近の“大地の盾”なんかはこの街道警備に掛かり切りで、ギルドや酒場に顔を出さないことも多かった。“レゴール警備部隊”も今回は積極的に色々な人が仕事を受けているらしい。まあ、世間からすれば治安の悪化だが、俺たちギルドマンからすれば稼ぎ時ではあるんでね。手放しに喜べるってことでもないけども。

 

「それなのにモングレルさんは、警備の仕事はあまり受けないんだね?」

「護衛とか警備は拘束時間が面倒でなぁ」

「あはは。受付のエレナさんとかが聞いてたら怒られちゃうよ」

「良いんだよ、ここはギルドじゃねえからな。まぁそもそもあんまり隠してもないしよ」

 

 俺は今、狩人酒場でレオと一緒に飯を食っている。

 昼間にバロアの森北部のゴブリン討伐で一緒になって、その流れだ。

 “アルテミス”の他のメンツは貴族街で弓の指南があるとかで、今回はレオだけが一緒だった。こいつの単独行動っていうのもちょっと珍しいかもしれない。

 

「俺としてはサッと行ってサッと終わる仕事が一番楽だな。勝手にこっちに向かってきてくれるシンプルな討伐だったら言うことなしだね。ああ、できればゴブリンみたいに剣が汚れる奴以外だと嬉しいんだが……」

 

 肉を食って、酒を飲んで。まぁいつもの夕飯風景だ。

 こうしてレオと一緒にやりとりするのも初めてってわけでもない。

 しかしどうも今回は、レオの口数が少し控えめなような気がした。

 

「どうした、レオ。何か悩み事でもあるのか?」

「えっ? ああ、いや……うん、まあそうだね。ごめん、態度に出てたかな」

「いつもより静かだったくらいだけどな。何かあるなら、俺で良けりゃ聞くぜ」

 

 あまり酒が好きじゃない奴の悩み事だ。酒飲んで忘れようなんて雑なことも言えない。

 それにある程度の度を超えた悩み事になると酒でどうこうなるものでもなくなってしまう。話して楽になることなら、聞くだけ聞いてやるよ。

 答えが欲しければおっさんのうざったい説教にならない程度にアドバイスしてやる。

 

「……うん、ありがとう。そうだね……モングレルさんだったら事情も詳しいし、話してもいいかな」

「事情とな」

「ウルリカのことで、最近ちょっと悩んでいるんだ」

「おー、ああうん」

 

 例のウルフリック君ですか。はいはい。

 ……あいつみたいに女装が上手くなりたいって話はしないでね? おじさんそういうのちょっと詳しくないから……。

 

「実はね……最近、ウルリカの様子がちょっと変なんだ」

「変」

「旅行から戻って来てから、ちょっとだけね。あからさまにおかしいってほどじゃないけどさ……僕は付き合いも長いし、なんとなくわかるんだよ。物思いに耽ることが多いというか、考え込んでいる時があるっていうか……普段は全然そういうの、柄じゃないくせに」

 

 わりと失礼目なこと言われてるなってのはまぁ今は置いておこう……。

 

「モングレルさんは何か……心当たりとかないかな? 旅行の時何かあったとか、話したとか……」

「いやぁーどうだろうな」

 

 そういえば帰り道でもなんとなくウルリカの様子が大人しかったのが印象に残っている。

 口数が減っていたし、なんとなく俺の方をチラチラ見ていたような……。

 

「……僕は……ふう。そうだね、僕はこう思ってる。ウルリカはモングレルさんに対して何か……あったんじゃないかって」

「俺かよ」

「そうとしか考えられない。……モングレルさん、本当にウルリカとは何もなかった? 何か僕の知らないところで……あの子とな、何かしたり。してないよね……?」

 

 いやいやいや何かってなんだよ。そしてどうしてお前はちょっと焦っているんだ。お前こそ何なんだ。

 

「怖いこと言わないでくれ……ウルリカが俺にってお前……」

「前からずっと思ってたんだ。昔からウルリカは誰に対してもほとんど対応を変えないのに、モングレルさんにだけはなんだか……親しげだなって。それに、その、久々にウルリカに会った時、ちょっとウルリカが色っぽくなってて驚いたし……」

「待て待て。それ以上はお前多分自爆するぞ。やめておこう」

「自爆?」

「いやー……ウルリカが? 俺に? 何か? ……いやいやいや……」

 

 確かにツラとかは良いだろうけど、あいつ男じゃん。ウルフリックじゃん。世が世なら上級王みたいな名前してんじゃん。揺るぎなき力持ってそうじゃん。

 確かにちょっと思わせぶりなところはあるし、俺に対してくっついてくるような素振りも結構あったけど……ええ……?

 

「モングレルさんが大きな魚を釣った日、あったじゃない。それからだよ、ウルリカの様子がちょっとおかしくなったのは。……あの日の夜、何かあったんじゃないの。思い出せない?」

「い、いやぁ……俺はあの日結構酒飲んでたし……実を言うとあまり記憶がな……」

「僕もあの日はちょっと飲んでたから、寝ちゃってて覚えてない。でも……モングレルさんひょっとして、あの日ウルリカに何かしたんじゃないかって、僕はそれで……」

「落ち着け落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない」

 

 過呼吸になりかけてるレオを落ち着かせ、俺もちょっとクールダウンする。

 

 ……ええ? ウルリカだろ?

 俺が酔って何かしたのか? 酔った勢いで……?

 

 ははは、まさかそんな……。

 

 ……いや、記憶がないだけに何も安心できねえ……。

 そ、そういえば翌日は……二日酔いのせいかとも思っていたが、ちょっと気怠かったような……いやまさか……。

 クソ、ダメだ。なんだかんだツラが良くてムダ毛が薄ければまあいっかくらいに思ってる所あるから自分自身の嗜好を何一つ信用できん……。

 

「モングレルさん……ウルリカと話して、確かめてもらえるかな。そしてはっきりさせてほしいんだ。あの子に何かをしたのか。……もしモングレルさんがあの子に何か酷いことをしたのなら……」

「まあ待てレオ。その先を言う必要はない。何もないはずだ。だからお前は安心して肉食って酒のんで待っていれば良い」

「……うん。ああダメだ。僕もちょっと酔っているのかもしれない……」

 

 マジでこいつウルリカのこと好きすぎだろ。前々から思っていたけども。

 幼馴染属性をこじらせすぎだぜ……。

 

 しかしレオの言う通り、何かあったのだとしたらそれははっきりさせておきたい。

 そして万が一何かあったのだとすれば……うん。土下座しよう。よし、これでいくしかない。

 

 

 

 というわけで、俺は“アルテミス”のクランハウスへとやってきた。

 

「わあ、モングレル先輩が自分から来るなんて珍しいっスね」

「悪いなライナ、部外者が連絡もなしに押しかけてきて。何か貴族街の方で任務があったんだってな」

「お貴族様向けの弓の指南だったっス。やっぱ小さな子でもお貴族様の子はいい弓使ってるんスよ。ちょっと羨ましかったっス」

 

 日中仕事をしていた主要メンバーは既にクランハウスに戻っている。つまり、ウルリカも中にいるということだ。

 

「ちょっとウルリカに渡したいものと話があってな。入って良いかね?」

「え……そうなんスか? まぁ大丈夫だと思うっスけど。ま、とりあえず中どうぞ」

 

 ロビーでは以前任務で一緒になったジョナさんがいて、軽く挨拶を交わした。

 “アルテミス”の部屋は全て個室になっているので、個人を訊ねる時は扉をノックするだけで良いらしい。風呂トイレキッチン共用のアパートみたいな感じがイメージに近いな。

 

 ウルリカの部屋の前まできて、扉をノックする。

 

「はーい?」

 

 間延びした声が中から聞こえてきた。

 

「おーいウルリカ。オレオレ、モングレルだけど」

 

 名乗ると、部屋の中からなんかすげえ物音がした。何が起きてるのかわからないけど慌てているのは確かだろう。……大丈夫かこれ? 俺マジでなにかやっちゃいました?

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待っててね! 今片付けるから……!」

「あ、はいお構いなく」

 

 ジョナさんが用意してくれたお茶を飲んでしばらく待っていると、部屋から“いいよー”と声が。

 ……さて。なんか下手な女友達の部屋にお邪魔するより緊張してきたが……覚悟決めるか……。

 

「い、いらっしゃいモングレルさん……あはは、驚いたよー……まさかクランハウスに来るなんて……」

「ああ、まぁそうだよな……悪いな、急に来ちゃって。あ、これお土産」

「え? なにこれ……あ、綺麗なアクセサリー! ありがとー……あ、中入って良いよ」

 

 ウルリカの個室は、なんというか男の個室にあるまじき芳しい香りに包まれていた。

 と思ったら、それは部屋のそこかしこにポプリ……匂い袋があるせいだった。まぁそうだよな。素の生活臭でこれだったらさすがの俺もビビる。

 ちなみにウルリカに渡したアクセサリーは偶然うちにあった金属製の御札をゴリゴリ削って作ったちょっとした鉄の飾り物だ。量産すれば売れるんじゃないかなと思ったが、作るのが手間すぎて今のところ量産計画は断念している。

 

「えと……それでどうしたの? なんていうか、モングレルさんがクランハウスに来るのって珍しいなーって思ったんだけど……」

「あーまぁ、ちょっとウルリカと話したいことがあってな」

「……は、話したいことって?」

 

 ……うん。やっぱりレオの言った通りなんというか……態度がおかしい。

 

「なあ、ウルリカ……聞きたいことがあるんだが、良いか?」

「えっ、えー……な、何? 聞きたいことって……」

「アーケルシアに旅行してた時……カクタス島に泊まった最後の日のことだ。あの日の夜、俺と何かあったんじゃないのか? どうもあの日以来、ウルリカの様子がちょっとおかしくなってたからな……」

 

 もう覚悟決めてダイレクトに訊ねると、ウルリカは目に見えて動揺した。

 アカン。これは俺ひょっとしてあれか。無意識のうちにレパートリー広がっちゃってたパターンなのか。

 よし、いつでも土下座できるようにとりあえず正座しておこう。

 

「スゥー…………やっぱり、何かあったんだな。俺が酔ってる間、ウルリカに……何か……」

「ち、違うの。モングレルさんは悪くないの!」

「……俺は悪くない?」

「わ、私が……一方的に……だから……!」

「一方的に!?」

 

 そ、それはつまりあれかい?

 真相は“俺が”じゃなくて“ウルリカが俺に”っていう……。

 

「ご、ごめんなさい! 私、モングレルさんの寝言を一方的に聞いちゃってたの!」

「……寝言?」

 

 ひょっとして何かとんでもないアウトな過ちを犯したんじゃないかと思ったが、ウルリカの口から出てきたのは予想とは違うものだった。

 

「モングレルさんに薬を飲ませてから……なんだか、それが合わなかったみたいで……モングレルさんが寝ている間、寝言が多かったの」

「寝言って……いや別にそのくらいのことなら別に。同じ部屋で寝てるんだからそのくらいは」

 

 

「モングレルさん……“ナツキ”って、多分そういう名前の……女の人の話ばかり……してたから……」

「……」

 

 おっっっっ……と。

 

 これはアウト……寄りのファールかもしれん。

 



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過去のそのまた過去の女

 

 菜月(なつき)

 それは、俺の前世に関係する人物の名前だ。

 

 部活仲間だったり、友達だったり、恋人だったり、また友達に戻ったり、また恋人になったり、やっぱりまた友達になったり……親しいことは親しいで間違いないんだが、些細な事とどうでもいいきっかけでよくわからん別れ方を繰り返す仲の女だった。

 反りが合うんだか合わないんだか……いや、俺は比較的合わせている方だったんだが、向こうがちょっとね。気難しいところがあってね。一定期間続くと別れるイベントが発生するタイプの女というかね……そんな感じで、変な付き合い方になった奴だと言える。

 

 彼女との出会いは、俺が幽霊部員として兼部していた漫画研究部だった。

 

『ウチは菜月っていいまーす! あだ名じゃなくて普通に菜月って呼んでね! 好きなアニメは――』

 

 菜月とかいう魔物は、男ばかりの漫画研究部で、アホみたいに喋る後輩として初出現(ポップ)した。

 黒髪ロングで前髪ぱっつん、顔だけは整ったとんでもねえ地雷女である。

 

 元々俺のいた漫画研究部なんてほぼ誰も漫画もイラストも描いてない、漫画とゲームがあるだけの部活だったので作業の邪魔になることはないんだが……まぁとにかく、部室にいる間は常に甲高い声で喋る女だった。

 

『えええ! 先輩もあの神アニメ知ってるんですかあー!? ウチも見てるんですよお!』

 

 オタサーの姫というやつである。男からチヤホヤされるのが好きで、そして自分のオタク趣味を中心に世界が回っていると思ってそうな奴だ。

 俺は高校時代に菜月とはあまり喋ることがなかったんだが、向こうが一方的に喋っていたのであいつのプロフィールはよく知っている。

 100の質問とバトンとプロフィールサイトと個人ブログとポエム創作サイトと小説投稿サイトをよく話題に出していたので、なんかあまり知りたくなくてもそこらへんの友人よりも人柄を深く知ってしまったと言うべきだろう。

 

 当時の俺は漫画研究部を“なんか漫画の読める部屋”だという認識で兼部し利用していたので、キャピキャピと部員に話しかけている菜月はちょっとうるさくて鬱陶しい存在だった。

 というより、ことあるごとに鬱陶しい奴だった。

 

『先輩もイラスト描いてるんですねえ! あ、これなんて参考になりますよお! 二人の関係性が超エモくてえー』

 

 俺はたまに絵の上手い友達からイラストの描き方をちょっとだけ教えてもらってた時もあったんだが、そんな時に菜月は横から入って来て上半身が裸の男の描き方を教えてくる。

 部室に置いてある漫画を適当にぼーっと読みふけっていたら、“布教してあげるから読んで!”とか言って妙に読みたくもならない漫画を読ませられたり。

 

『この作品無駄に女を出すせいでそれだけがホント原作者許せないって感じなんです。でも○○君だけはマジで神』

 

 明らかに十八歳未満は所持してちゃいけないタイプの男と男同士が組んず解れつするタイプの薄い本を広げて熱く解説し始めたり。

 

『ウチもゲーム混ぜてくださいよおー』

 

 俺が部員のメンバーと一緒に狩猟ゲームの無駄に強い奴の討伐を手伝ってもらってるところにチートで違法改造したオトモを連れてきてゲームを台無しにしたり……。

 

『先輩ってかっこいいですよね。え? 彼女とかいないんですかあ? うっそだあ』

 

 それプラス、ちやほやされたいがために部員に思わせぶりな態度を取ったりするわけである。

 

 まあ、菜月が入って数ヶ月もしたら漫研は崩壊した。とんだサークルクラッシャーである。

 どうやら俺の知らない場所で奴を取り巻く漫研部員の暗闘があったらしく、俺の休息場所はいつのまにか部員の超不仲状態になって続々退部、いつしか規定数を割り、崩壊。よくわからん間に俺の部活が一つ消滅しててさすがにちょっと呆然としたよね。

 そして当の菜月はというと、その後何故か卓球部に入部し、向こうでもまた何をやらかしたのかよくわからんが何らかのイジメにあって転校した。どうしたらそうなるんだってくらい女子から嫌われていたのは覚えているが、詳しくは聞いていないし、当時は興味も無かったので俺も知らない。

 ただただ、嵐のような奴である。当然、俺は菜月という女のことは一ミリも好きじゃなかった。

 

 

 

『あ、もしかして先輩じゃないですかあ?』

 

 菜月と再会したのは大学の頃だった。

 俺が入った大学は高校よりも離れていたし、俺も菜月も見た目がかなり変わっていたので普通はどちらも気づかずに終わるようなもんだが、何故か大学構内で菜月の方が先に俺を見つけた。

 こっちとしても“お前かよ”となれば記憶から消しきれるようなキャラの薄い相手ではなかったのですぐに思い出した。

 しかし、菜月は服装も落ち着いたファッションに変わり、髪も染めて随分と没個性的な風貌になっていたのには驚いた。この地雷女が擬態性能なんて搭載できるのかと真面目に感心もした。

 

『先輩ここでもサークル掛け持ちしてるんですかあ? どことどこ入ってるんですかあ?』

 

 大学生になって、菜月は随分と大人しくなった……と、思う。

 不用意に男に思わせぶりなことをしないし、女のヘイトを買うような真似も鳴りを潜めた。何より自分の趣味を開けっ広げにせず、普通の女子大生として振る舞うような常識をどこかで覚えてきたのである。

 まあそういう常識的な態度をわきまえているなら俺だって煙たがったりすることはないし、どうしてか菜月の方も大学ではよく俺に近づいてきたので……自然と、まあ仲良くなっていったわけ。

 

『このキャラ、作者が腐女子受け狙い始めてから一気に醒めるようになっちゃったんですよねえ。ほんとそのままのピュアな描写だけ食べさせてほしかった。マジで原作者許せない』

 

 が、俺と二人でいる時の菜月はそこまで自分を取り繕おうとはせず、素のままの自分をさらけ出していた。

 中身や趣味そのものは変わっておらず、やっていることも色々変わってはいたが、顔出し生放送主になってたり、踊ってみたや歌ってみたを公開してたりと……まぁ方向性はあんまり変わっていないようだった。

 しかしそういった趣味を誰かにガンガン吹聴しなくはなったし、はた迷惑な行動もそこそこ抑えられ、人間的にも大人になったんだなと思わされた。

 人って大人になるんだな……。当時はしみじみと思ったものである。

 

『ねえ先輩……ウチって……そんなに魅力ないですか?』

 

 で、まあ俺にだけベタベタと懐く女の後輩。

 それで察せられないほどこちらも鈍感ではない。

 しかし俺は菜月のとんでもねえ嵐のような過去を知っていたし、なんだかんだ大学生時代も地雷特有の火薬の香りは漂っていたし、手を出す勇気はなかったのだ。

 リスクとリターンで考えるものではないとはいえ、見えている地雷を踏む男がどこにいるんだって話である。

 

『私……脱いでもすごいですよお?』

 

 だが当時、俺は若かった。俺と真摯に向き合ってくる菜月の姿には、心打たれるものがあったのだろう。

 

『無駄毛も薄いほうだし……』

 

 あとよく考えたら一目惚れだったかもしれない。

 何より顔は綺麗だし可愛かった。

 

 結果、俺は菜月と初めて付き合うことになった。

 つまり、俺は当時若かったのである。しょうがない。若さには勝てない。

 

 

 

 そう……まぁ、男と女同士、付き合うことになった。

 一緒にデートなんかしたりして。事あるごとにキスをせがまれたりして。爛れたり爛れてなかったりして。

 そういう事も含め、大学生らしい付き合い方だったと思う。

 ……一定期間までは。

 

 それから数ヶ月くらいで、別れることになった。

 原因は菜月のワガママと俺のワガママと、主に菜月が情緒不安定な色々のせいだ。

 詳しくは書かないが、とんでもねえ地雷女だったことだけは確かだったということである。俺は若かったし思いやりとか足りてない気遣いもあっただろうが、それにしたってひでえだろって経緯だったのは間違いない。

 あと俺とあいつじゃ絶望的に趣味が合わなかった。互いに自分の趣味や日課をミリも譲る気配がないんじゃそりゃ厳しいわな。

 

 で、そうして破局した俺たちだったが……その数ヶ月後に、再び俺と菜月は付き合うことになった。

 理由は俺が若かったのと、菜月の顔面偏差値が良かったのと、俺が若かったせいだろう。別れる理由も馬鹿だったら、よりを戻した理由も馬鹿である。

 まぁ結局、これから数ヶ月でまた別れるんだけども。長続きしねえカップルだ。

 

 そんな調子で、俺たちは復縁と破局を繰り返すグダグダした関係に慣れていった。

 正直、その関係を数年も繰り返していけばいい加減お互いにわかってくるものもあり、趣味や嗜好が違うことにもなんとなーく慣れ……それでも長く一緒にいるにはなんか合わねえなってことを再確認し続け、グダグダと長い付き合いを続けた。

 

 結婚は考えられなかった。そもそも同棲すらまともに長く続かないのだから可能性に上がることもない。

 お互いがフリーの時期になんとなくヨリを戻し、またなんとなーく別れる……。

 二十の半ばくらいまでそんな関係を続け、やがて互いに会うこともなくなった……。

 

 

 

 ま、それだけだ。

 それだけではあるんだが……俺の前世で、なんだかんだいって一番長く付き合っていた相手ではあった。あんま認めたくはない事実だけども。

 色々グチグチと零したが、まあ長く付き合っていれば向こうの長所や良い部分もそれなりに見つかるし……愛着も湧くし……だから多分、俺の中で結構染み付いていたんだろうな。菜月の存在が。

 

 だから酔って、寝言で……ポロっと零してしまったんだろう。

 何かにつけて“名前呼んで”とすり寄って甘えてくる、あいつの存在を……。

 

 

 

「ナツキは……」

「うん……」

 

 で、その菜月の説明だが。

 当然、バカ正直に言えるわけもない。実は前世持ちなんです。言えるか。単純に説明が面倒くさい。何よりケイオス卿の繋がりが若干見えてくるのが困る。

 

 だから俺は、いつも通りの方法で誤魔化すことにした。

 こい! シュトルーベ! またお前の設定を使うぞ!

 

「ナツキはな……俺の故郷での……あれだ。歳の近かった、女の子だ」

「や、やっぱりそうなんだ……」

「というかウルリカ、俺寝言でなんて言ってた?」

「え、いやぁ……“ナツキ、可愛いよ”とか……“ナツキ、しつこいぞ”とか……そういうこと……」

 

 ウギャォオン! し、死にてえ~……!

 

「まぁ……そうだな……ナツキは俺の、なんていうかな……初恋の相手だったからな……一緒に小さな風車を直したり、畑の形を作り直したり、木箱を組み上げたり……そういうことを一緒にやってたっていうか、な?」

「……そうなんだ……」

 

 死にてぇ~……菜月が初恋の相手だなんて言いたくねぇ~……。

 いや思い出すよ? 今でも思い出すしなんだかんだいい関係だった時期はあったけどさ……別に今すぐ前世に戻れるとしても真っ先に会いたいタイプの相手ではねえよ菜月は……。

 

「まぁ、もう会えない相手だからな。別に気にすることはねえって」

「あ……そう、なんだ。やっぱり……」

「……あ、いやこれあれだ。別にそんなウルリカが気にする必要は無いからな? ほら、もう過去の話だから。それが酒のんで、偶然表に出てきたってだけだしよ」

「う、うん。わかった。……そっか、モングレルさんにもそんな人がいたんだね。あはは、ちょっとその名前がずっと気になっててさ。ちょっとすっきりした!」

 

 ウルリカには俺の過去の話がちょくちょく伝わっているからか、変に気を遣わせてしまったようだ。

 くそ、菜月にシュトルーベで相応しくないポジションを与えちまった……なんか悔しいな……。

 

「……というか、ウルリカすごいな。薬なんて作れるようになったのか」

「あ、うん。そーだよ、ほら。あっちに薬研があるでしょ? 最近はナスターシャさんに色々教えて貰ってるんだー」

「へー、すごいな。勉強熱心じゃないか」

「……えへへ。そうでしょー?」

 

 部屋の片隅には複数の薬研があった。腹筋が鍛えられそうな形の車輪でゴリゴリと薬を磨り潰すための道具である。薬の内容によって、あれも使い分けているんだろう。俺も染料とかを砕くために一つだけ部屋に置いてある。

 

「お、こっちに並んでいるのが薬か。へー、結構ちゃんとした……」

「その棚にあるのは違うから触らないで」

「え」

「触らないで」

「あ、はい」

 

 素人が迂闊に手を出してはいけないものらしい。ウルリカにしてはひどく緊迫した声で止められてしまった。

 

「……ふー……こっちの解毒薬の方は、効くと思ったんだけどなあ……ごめんね、モングレルさんの身体には合わなかったのかも」

「あー、まぁ別に翌朝は気分良かったし、大丈夫だろ。てか飲んだ記憶ないわ」

「え、そうなの……? ……じゃあ単純に飲みすぎてたのかな……」

「酔い醒ましになる毒消しも限られてるんじゃねえかな。その辺りは詳しい人に聞いてみてくれよ」

「うん、そーだね。そうする……」

 

 ま、話はこんなところか。

 一時期は俺がウルリカに何かとんでもない真似をしでかしたんじゃないかとかなり焦ったが……ポロリしたワードも誤魔化せるものだったしセーフに終わった。あぶねぇあぶねぇ……。

 

「じゃあ安心したところで、俺は帰るわ。俺がウルリカに何もしてなくて良かったぜ」

「あはは、本当にそのことが心配で来てくれたんだ。ありがとー……うん、大丈夫だよ。モングレルさんは何もしてないから」

「薬はしっかり用量と配分を守って作ってくれよな」

「もー、わかってるよー」

 

 そんなわけで、今回の一件でレオの悩みも解消された。蓋を開けてみれば結局何もなかったようなもんである。

 レオはウルリカのことになると過保護というか、悩み込むのが悪い癖だな。

 あいつももっとこう、どっしりと構えていてほしいもんだぜ……。

 

 

 

 ……それにしても、菜月……か。

 

 ……また、彼女に会いた……いや、別に会いたくはないな……うん……。

 

 菜月とはもういいです……。

 




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ヾ( *・∀・)シ パタタタ…


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丸太の積み込み作業

 

 依頼が多い。

 夏なのでバロアの森はそうでもないんだが、いやこっちはこっちで道の延長と伐採区画の拡大で例年と比べれば忙しくはなっているんだが、森と関係の無い部分での依頼がめちゃくちゃ増えている。

 

 まず街道警備。

 宿場町付近の治安悪化に伴い、かなりの人が駆り出されている。

 “大地の盾”も“レゴール警備部隊”も大忙しだ。

 

 そして地味に増えているのが建材の積み下ろし作業。

 製材所で作られた馬鹿でかい木材やら遠くから運ばれてきた石材やらの需要が尽きないせいで、どこに行ってもこの手の仕事が増えている。

 発展するレゴールに目をつけた商人が新しく店を建てたり、宿を作ったり、あるいはちょっと遠方を根拠地としている貴族なんかが貴族街に別邸を作ろうとしているおかげで、今はもう建設ラッシュだ。

 

 しかしこの建築ラッシュというやつがなかなか難しい。

 というのも、既にレゴールにおける建築用の乾燥したバロア材ってのが枯渇してるのだ。

 前々から薪にするバロア材がねえって呻いているところにさらにやってきた建築ラッシュ。当然キャパオーバーである。

 製材所横の材木置場は更に拡張され、なんならレゴールの壁外にまで野ざらしにするようにバロア材が置かれたりなんかもしている。とにかく少しでも乾かせる所で乾かせ! というレゴールの叫びが聞こえてくるかのようだ……。

 

 材木っていうのは、乾燥させなければ使い物にならない。

 乾燥させるとサイズも変わるし曲がりもつく。けど乾いた後はだいたいそれで安定する。それが材木としての正しい状態だ。

 それを待たずに生木でもいいやーって家を建ててしまえば……まぁ後々面倒なことになる。そもそも細かな加工がめんどいので上手く建てられるかどうかすら微妙なところだ。あと単純に水分含んでる木って乾いてるものより脆いんだよ。重いくせに脆いからマジで向いてない。

 

 だから丸太の状態でどうにかしてさっさと乾かさなきゃいけないんだが……火で炙ったり熱風を送ったりといった急速乾燥は割れの原因になるし曲がったりもするからよろしくない。川とか水に沈めておくと何故か乾燥が早くなるというバグ技も存在することはするのだが、それだってすぐに乾くわけではない。

 材木をよその村や町からレゴールへ運び込んでいるというのが現状だ。

 積み下ろし作業の多さは、ここらへんの煩雑さもあるってことだ。

 

 

 

「さーて、たまには真っ当な肉体労働でもするかぁー」

 

 というわけで今日、俺は丸太の運び出し任務を受注した。

 基本は材木置場で待機しつつ、やってきた馬車の荷台にでっけぇ丸太を頑張って乗せる作業の手伝いである。

 まぁ数人がかりで丸太を持ち上げて、よいしょっと荷台まで持ち上げてザーッと奥に押し込むって感じかな。後のことは俺らは知らん。現場に送られたら後はもう良きに計らえだ。

 しかしただ積み込むだけの作業だと侮るなかれ。これが夏場で夕暮れ近くまで続く作業となるとその過酷さはなかなか侮れるものではない。

 下手すれば腰をぶっ壊しかねない危険な作業なのだ。

 

「あっちぃー……この天気の中でやるのか。こりゃ堪らん。もうちょっとしたら休憩入るか……」

「おいバルガー、まだ始まってねえぞ」

 

 今回の任務で俺の相方を務めるのはバルガーだ。

 夏で良い感じの討伐が少ないくせに浪費だけは立派にするものだから、案の定金に困っていたダメ人間である。

 今回の仕事はキツいけど稼ぎは良いので、バルガーにとっては良い息継ぎになるだろう。息抜きではない。あくまで息継ぎだ。こいつはどうせまた浪費するだろうからな。

 

「よしバルガー、一緒に上げるぞ。せーのっ」

「ほっ」

 

 普通ならもうちょい人数いたほうが良い作業だが、俺たちは魔力で身体強化できるタイプのギルドマンだ。

 魔力が尽きるまでは常人よりも上の馬力で働ける。なんだかんだで、こういう現場で働いてる時が一番人から感謝されてる気がするわ。まぁギルドの任務だしそれなりの報酬を貰ってはいるんだけどな。

 

「うおお、わりぃなモングレル。後ろ側頼むわ」

「おう、まだ高さ出てないから平気だ」

 

 荷台の端に材木の片方を乗せることさえできれば、後はズルーっと押し込むだけでいい。だけでいいとはいうが、これがまたなかなか力を使う作業なのでそれは俺が担当する。

 バルガーも俺が馬鹿力を持っていることはわかっているし、適材適所だ。キツい仕事は俺に振ってくれたほうが早いし助かる。

 

「だぁー。疲れた、ちょっと休憩」

「いやそれははえーって」

 

 しかしちょくちょくサボるのはどうかと思うぜ。

 馬車も向かいたい先があるんだからな。俺たちが働かなきゃ仕事は滞るぜ。

 

「やれやれ……しょうがねえなぁ。給料分は頑張るかぁ……」

「その意気だぜ、おっさん」

「おめーもすぐ俺くらいのおっさんになるんだよ!」

 

 他の作業員もいる中で、俺たちだけがやや突出したペースで搬入を続けていく。

 バルガーもいい歳したおっさんではあるが、腐ってもシルバーランクだ。身体強化できるおっさんはそこらへんのマッチョな若者よりも力強い。

 おかげで仕事はスムーズに進んだ。

 

 休憩時間になると、木陰で一休み。さすがに暑い。

 俺もバルガーも上を脱いで濡れタオルの世話になる。

 作業員に振る舞われる塩気の強い大盛りの粥がこういう時すげー美味く感じるわ。普段は別に美味くもなんともねえのにな。さすがですねって感じだ。

 

「モングレル、海で鳥を釣ったって話しただろ」

「またそれかよ。もういいよ。ここ数日酒場でそればっかりだぜ」

 

 なんなら一度の飲みで二回くらいネタになってる。さすがに飽きるわ。

 

「いやいや、そうじゃねえって。面白いけどよ。……ムーンカイトオウル。お前あの鳥って詳しいこと知ってるか」

「詳しいことは知らないな。すげえ避ける鳥ってのは知ってるけど」

「実は俺も最近まで知らなかったんだけどな、ムーンカイトオウルってのはクリストル侯爵家の家紋にもなってるらしいぜ」

「え、マジで? それは知らなかった」

 

 クリストル侯爵家ってことは、今度レゴール伯爵に嫁いでくるステイシーさんの実家だ。

 へえ、そんなすげえ家の家紋にねぇ……。

 

「……仕留めちゃ不味い鳥だったりすんのかね?」

「まさか。そんなこと言ったら手出しできねえ魔物が多すぎるぜ」

「確かにそうだ」

「しかし賢いだけに、なかなか仕留められない魔物らしいからな。羨ましいぜ、俺もそういう珍しい奴なら相手したいんだけどなぁ」

「珍しく好戦的だなバルガー」

「いやね、そろそろ“強敵!”って言えるような魔物をぶっ倒して、その牙とか角とか……素材を使った装飾品が欲しいんだよ。いつも同じようなもん着けてちゃ、娼婦だって惚れちゃくんねぇだろ?」

「んだよ娼婦意識してっつー話かよ。真面目に聞いてて損したぜ」

 

 討伐した魔物の素材は利用価値のある物も多いが……牙なんかはサイズも半端だし使い道が少ないので、装飾品くらいにしかならない。

 しかし手強い魔物の牙ともなれば、身につけているだけでなかなか威圧感があるものだ。平凡な魔物であるクレイジーボアであっても、大物のデカい牙を身に着けていれば、そのギルドマンはなかなか手ごわく見えるだろう。

 そういうこともあって、粗野な感じの牙のネックレスなんかにもちょっとした需要はあるのだ。まぁ売ってるやつを買って身につけるようなギルドマンは逆に恥知らず扱いされたりもするけどな。身につけるならあくまで自分が仕留めたものをっていう不文律はある。

 

「よっし、作業再開すっか。立てよバルガー」

「やるかーちくしょー……あー討伐にしときゃよかった」

「あんまぐちぐち言うなよ。討伐はまた今度行けば良いだろ」

「秋になれぇー。涼しくなって魔物増えてくれぇー……金が足りねえよぉー……」

 

 まぁその魂の叫びには全面同意だ。

 もうちょい楽な仕事で稼ぎたいもんな……。

 

 




当作品のUA数が8,000,000を超えました。すごい。

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追放された大盾使い

 

 あまりにも暑いため、仕事もそこそこにギルドの酒場で飲むことが多い。

 ここは夏はちょっと涼しめで冬は温かいからな。とにかく快適なんだ。

 

「アレックスの顔を見るのもなんか久しぶりだよなぁ。ミルコもだけど」

「いやぁ、最近レゴールから離れてばっかりで……お久しぶりですね、モングレルさん。あ、先日はどうも。お土産美味しかったです」

「クックック……街道警備もこう長く続くと堪えるな……」

 

 “大地の盾”のアレックスとミルコは任務続きで忙しそうにしていたが、今日は非番だったのか珍しくギルドに顔を出している。

 パーティーで世話してる馬も働かせ続けるわけにもいかないだろうからな。人間だって適度な休息が必要だ。

 

「今年はバイザーフジェールをちょくちょく見かけるんですよねえ……別に大変ってわけではないんですけども……」

「大した額にもならんからな……」

「魔物は食えない奴は儲けが渋いからなぁ。肝心の治安の方はどうなんだよ?」

「例年よりは悪いですねぇ。僕たち含めかなり執拗に巡回していると思うんですが、それでも幾つか犯罪者の集団を見かけましたし。小物の犯罪者ばかりでしたけど」

 

 それでもいることはいるのか。勇気のある犯罪者たちだな。

 いや、情報が入ってこないような環境にいるだけか。警備が厳重だって知ってたら悪いことなんてできねえだろう。……いや、短絡的な奴なんてこの世界にはいくらでもいるか。

 

「ま、実際に対人をこなせるのは貴重ではあるからな……ククク、勘が鈍らずに済むのだけは助かるといえば助かるが……」

「僕は何も起こらない方が助かるんですけどねぇ……」

「意外だな。ミルコはこの手の面倒事を嫌うと思ってたんだが。護衛なんてトラブルが起きない方が楽だろ」

「フッ……四足獣よりも人型の方がやりやすいからな」

「ええ、それだけですか……」

「それだけだぞ。あと簡単に倒せる相手でも割増手当が多めだから助かる」

 

 さすが対人戦に長けた“大地の盾”のメンバーだ。

 そこにドライな感性が加わって完璧なギルドマンになってやがるぜ……。

 まぁそのくらいの図太さがないと、この手の任務をストレス無くこなせないんだろうけども……。

 

「しかし、夏場の暑い中を延々と歩くのだけは……しんどいな……」

「まあ、だよな。結局夏はそれが一番しんどいわ」

「僕も同意です……」

 

 そう、つまり任務よりもギルドで酒盛り。これが一番ってことなんですよ。

 夏場の暑い時くらい下手にストイックにならず、適度に力を抜いて活動したほうが長生きできるってもんだぜ……いやマジで。こんな世界で熱中症になったらシャレにならんしね。

 

 

 

「ローサー! 今日限りで君をパーティーから追放する! “葡萄樹の守り人”はこれ以上君のようなお荷物ギルドマンとは付き合っていられないからな!」

「え、ええええっ!?」

 

 そうしてのんべんだらりと飲んでいると、何やら物語が始まっちまいそうな騒ぎが受付前で起こっていた。

 なんだなんだと顔を向けてみると、そこには二十代くらいの見慣れない若者パーティーが言い争っているところだった。

 

 人数は四人。

 今しがた追放宣言した槍使いの男が一人。弓を持った女が一人。杖を持った魔法使いらしき女が一人……。

 そして、追放宣言を受けているらしいローサーと呼ばれた大盾とショートソードを持った男が一人。……いや、違うな。あれはショートソードではない。あれは……バスタードソードだ!

 

「見ろよアレックス。あのローサーって男、バスタードソード持ってるぞ。やっぱ分かるやつにはわかるんだよなぁ」

「あの人今まさにパーティーから追い出されようとしてますけど……?」

「いやいや、バスタードソード使いに悪いやつはいねぇ。いざとなれば俺が助け舟を出してやるぜ……」

「面白い騒ぎだな……ククク、眺めていようか」

 

 この暑い季節になんて暑苦しいやり取りを見せてくれるんだ……俺たちは騒ぎに乗じてエールを追加注文し、成り行きを見守る姿勢に入った。

 

「今まではローサー、君の成長を見守るという温情の意味で置いてやっていたが……二つ目に修得したスキルが“盾撃(バッシュ)”では到底使い物にならない!」

「そ、そんな……! けど“盾撃(バッシュ)”はつい最近発現した俺の主力スキルで……!」

「その通りだな。だが結果どうなった!? 一つ目が“鉄壁(フォートレス)”で二つ目が“盾撃(バッシュ)”……マトモな火力スキルが無いじゃないか! そんなスキル構成の人間を養っていく余裕など、“葡萄樹の守り人”には無い!」

「そうよそうよ! ユージンの邪魔ばっかりして!」

「分け前とりすぎ……」

「う、ううっ……! で、でも俺はパーティーの盾役として……!」

 

 ああ……あのローサーって男、取得スキルで事故っちまったのか……。

 

「“鉄壁(フォートレス)”に“盾撃(バッシュ)”……軍では結構使えるんですけどねえ……」

「ククク……ギルドマンが最初にその二つだと辛いな……」

 

 そう。この世界にはスキルがある。だがこの世界のスキルは一朝一夕で身につくものではない。だいたいギルドマンのように戦闘に身を置く者で、十年に一度くらいのペースで身についていくものだ。

 あのローサーって男はちょうど20くらいだろう……そして最近になって二つ目のスキルを覚えたと言っていた。つまり、ローサーは今後下手すりゃ十年近く、新しいスキルを修得することができないということだ。

 

 スキルにも色々あるが、ギルドマンにとって特に重要なのは“強斬撃(ハードスラッシュ)”を代表とする火力スキルだろう。対人戦ではかなりオーバースペックを誇るものばかりだが、魔物と戦うにはそれくらいの火力がなければなかなか戦闘に貢献できないのだ。

 そして……スキルの取得傾向というものは、まぁ……それまで自分がやってきた戦闘スタイルだとか、相手を仕留めた方法だとかが関わってくる……と、言われている。

 それに沿って考えるとローサーって男は、かなり堅実というか、守り主体で戦ってきたのだろう。タンク役と呼べば聞こえは良いのかもしれないが……魔物相手に決定力が無いってのはかなりキツいなぁ。

 

「君の盾はそもそも大してパーティーに貢献していない! 後衛の二人が援護を通すまでの間は俺一人でだってなんとかなっている! 君のやっていることは横合いから盾で殴りつける程度で、その剣だってロクに振れていないじゃないか!」

「そうよそうよ! 突然射線に飛び込むことがあって良い迷惑だわ!」

「そのくせ魔物の注意も集められない……」

「そ、それは……!」

 

 あーそういう……。タンクとして魔物のヘイトを取れていないと……まぁそれはちょっと……あれですな……。

 

「あとたまに剣を使ったかと思えば、無茶苦茶に突き刺したり切りつけたりで毛皮や肉をダメにする! 大盾の持ち運びを理由に重い荷物を持とうとしない! 戦闘中は連携が取れず荷物持ちすらこなせない奴に分けてやる金なんて無いんだよ!」

 

 槍使いの男の悲痛な叫びであった。ガチモンの言葉である。

 公衆の面前でパーティー追放とか結構キツいもんがあるが、これだけ聞くと確かにつれぇわ。てかタンク役もマトモにこなせないなら荷物くらい持てって……。

 

「わ……わかったよ。パーティーからは抜ける……ユージン、エリカ、フローラ……今まで、迷惑をかけてすまなかった……」

「ふん。このレゴールでなら近くにバロアの森という稼ぎ場もあるから、君でも真面目に仕事すればやっていけるかもな。それすら駄目なら、アイアンクラスの雑務をこなして食いつないでいくことだな!」

「そうよそうよ! あんたみたいなトロい奴には討伐任務は向いてないわ!コツコツ肉体労働でもして堅実に稼ぐことね!」

「今のレゴールには働き口も多い……ギルドマンは諦めるのも、一つの手……」

 

 やいのやいのとローサーに言ってるけども、内容はすげぇまともだし親切だなこいつら……。

 “葡萄樹の守り人”……なかなか良いパーティーのようだな? ローサー君はまぁ抜きにして……。

 

「くっ……わかったよ。これでお前たちともお別れだ……」

「待て、ローサー」

「っ! なんだよユージン……まだ何か、俺にあるのか……?」

「パーティーから脱退する前に、その剣を置いていってもらおうか」

「なっ……!? これは俺の唯一の武器で……!」

 

 おっと、流れ変わったか……?

 さすがにメインウエポンを置いてけってのは不味いだろう。

 タンクメインでやっているとはいえその、バスタードソードは手放せねえよなぁ。

 

「ローサー、君は何を勘違いしているんだ。この剣は“葡萄樹の守り人”の共有資産で買ったものだろう。君は買った時に今度支払うからと言っていたが、常に博打と酒で金欠状態で返したためしがないだろう!」

「なっ……!?」

「そこは“なっ”じゃないだろ本気で怒るぞ」

「ご、ごめん覚えてます。はい……その通りです……」

 

 ろ、ローサー君?

 君ちょっと……いやだいぶクズ入ってませんか……?

 

「武器なしでやっていくのはさすがに無理だろうから、手切れ金として多少の銀貨はくれてやろう! それで自分の身の丈にあった武器でも買って、最初からやり直すんだな!」

「そうよそうよ! 身体強化もまともにできないアンタにその扱いにくい長さの剣なんて似合わないわ! 短槍からやり直すことね! キャハハハ!」

「こっちの返してもらった剣は……武器屋に売り払って今後の私達の活動資金に宛てる……」

「く……くそぉ……っ!」

 

 ローサー君は悔しそうに身を震わせ、そのまま弾かれるようにギルドを出ていってしまった。

 なんという鮮やかな追放劇だろうか。鮮やかすぎて勧善懲悪モノの劇を見終えた気分だぜ……。

 

「……モングレルさん、さっきバスタードソード使いに悪いやつはなんとかって言ってましたよね?」

「諸説は……ある……!」

「ククク……良いものを見れたな……しかしパーティー内でも金払いの滞る奴というのは危険だ。知り合いに“気をつけろ”とだけ声をかけておくか……」

「ですねぇ」

 

 大盾持ちの被追放ギルドマン、ローサー。

 戦闘センスが無いのだけは百歩譲ってギルドマンやめたら? って感じだが、パーティーに代金を立て替えてもらったまま返さずにいるのはマジでギルドマンやめたら? って感じである。

 俺たちギルドマンは繋がりが大切なんだ。その繋がりを、信用をないがしろにするような奴と組むことは絶対にできない。

 この酒場でのやり取りはすぐに広まって、ローサーと組もうって奴はほとんどいなくなるだろう。陰湿に思えるだろうか。残念ながらギルドマンとはそういうものである。命を預けているのでね……。

 

 

 

 余談であるがこの数日後、大盾に安物のショートソードを装備したローサー君の姿がちょくちょくギルドで見られるようになった。

 元パーティーメンバーの誰かさんが言っていた“短槍にしとけ”ってアドバイスを無視する姿勢に無駄な頑固さが感じられるぜ……。

 なかなか他のパーティーに入れてもらえず、一人寂しく任務を受けているらしいが……はてさて。

 真面目に続けて別のパーティーに入れてもらえるようになるのか、それとも腐って闇落ちしてしまうのか。

 

 ローサーがどうなるかは、彼の頑張り次第だな……。

 




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お礼ににくまんが踊ります。


((((ノ*・∀・)ノ(ノ*・∀・)ノ(ノ*・∀・)ノ フニッフニニッ


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売れ残りの調査任務

 

「おおー、すげえ、直ってる」

「当たり前だ。俺が直してやったんだからな」

 

 朝。ジョスランさんの鍛冶屋へ行くと、頼んでいた品は俺の思っていた以上に完璧に仕上がってくれていた。

 そう。アーケルシア旅行の途中で衝動買いした、アストワ鉄鋼製の折りたたみ式ツルハシの修理が終わったのである。

 

「錆びついていたのが可動部の鉄軸だけで助かった。アストワの軸受までやられてたらおじゃんだったぞ」

「油だけはギトギトにつけておいたからな……やっぱアストワにも錆って移る?」

「ほぼ移らん。とは言われているが、錆びた鉄と隣合わせの上に塩水漬けにしてたままだったら危なかっただろうな。その辺りの応急処置は、まあ良くやったと言ってやる」

 

 このツルハシ。アガシ村で錨回収をした時に活躍してくれたのだが、さすがに海中での使用が悪かったせいで錆びてしまったのだ。

 使用回数たったの一回でこのザマ……とはいえまい。誰が海中での使用を想定してるんだって話よ。俺の使い方が十割悪い。

 

「アストワ同士じゃ摩耗していくし、可動部の仕掛けだけ鉄にしておくってのは良い考えだ。まぁ、わざわざ折り畳めるようにする必要があるのかって品ではあるがよ。お前、本当に変なもんばかり買ってくるな」

「こんな面白いもん見つけて買わないわけにはいかんだろ」

「たまには真っ当なもん寄越しやがれっ」

 

 真っ当なもんとは失礼な……ツルハシは普通に活躍した道具だってのによ……。

 

「じゃあこれ、ノコギリの目立て頼むよジョスランさん。野営の時たまに使う折りたたみ式ノコギリなんだけど」

「随分細いノコギリだな……俺のところでもできなくはないが、この手の目立ては俺よりも木工やってる連中のが上手いぞ」

「え、そうなの」

「焼き直しくらいだったらこっちでもするんだがな。研ぎとはまた違うもんだ。道具も俺が持ってるやつより数段良いだろうよ」

「刃物だったらなんでもってわけじゃないんだな」

「そりゃそうだ。ま、これはこれでやっておくけどな」

「お、ありがとうジョスランさん」

 

 本当は自分で道具のメンテナンスもできればいいんだが、シンプルに面倒くさいので人任せだ。

 ただでさえスローライフするしかない異世界なんだ。金で解決できることは人に任せて時短したほうが気楽である。もちろん、その分の金は稼ぐ必要があるんだが……。

 

 俺の場合、やろうと思えば金策はいくらでもあるからな。

 お土産をあちこちばらまいたせいでちょっと懐が寂しいから、ここらでひとつ大きめの討伐依頼でも片付けるとしよう。

 

 

 

「難しめの討伐でしたら、そうですねぇ。こちらのホーンウルフの調査なんていかがでしょう」

「調査……しかも二回目かぁー」

 

 ギルドのミレーヌさんにいい仕事ないっすかと聞いてみると、返ってきたオススメは微妙な任務だった。

 調査というのは、魔物の目撃情報や痕跡があった時などにとりあえず現地にギルドマンを送って様子を見る任務形式である。

 だいたいは痕跡の情報提供も微妙だったり、時間が経ちすぎていたりで空振りに終わることが多い。調査目的の魔物とバッタリ遭遇することなんてのは稀だ。

 だから基本的に報酬は少ない。もちろん、運良く……あるいは運悪く目的の魔物と遭遇することができれば、そのまま討伐に雪崩れ込んでも良いのだが……。

 

 この手の魔物の調査ってのは、二回目に入れる調査となるとほぼ魔物との遭遇は期待できない。

 “二回送って見つからない。じゃあもうそこにはいないみたいですね”それを確認するだけの任務って感じだ。

 

「北部ねぇ。目撃情報が糞だけってのもなぁ」

「皆さん街道警備に出られててなかなかこの手の任務を受けてくださらないんですよ。そろそろ調査を入れないとこちらとしても不都合でして……」

 

 うーんミレーヌさんが困っている。どうにかしてやりたい。してやりたいんだが……。

 

「ブロンズだと一人じゃ調査受けちゃいけないんでしょミレーヌさん」

「……あら、そういえばそうでした」

「わざとらしいぜ……誰と一緒に行かせるつもりだったんですか」

「ライナさんですよ。もし他に行けそうな知り合いがいるなら一緒に受けても大丈夫だと聞いています」

 

 ああ、ライナか。弓使いが単独で調査に行くわけにもいかないだろうからな。まぁわからないでもないが……。

 

「うーん……ホーンウルフねぇ……」

「あまり気乗りしませんか」

「肉が採れない魔物だからなぁ……」

「調査なので、遭遇できるとは……それに、角は加工品に向いていますし、換金価値は高いのでは」

 

 お、それもそうだ。ホーンウルフの角は中型の細工物に適しているからな……うん、ちょうどストックを切らしているし、金の代わりに角を入手しておくってのも悪くはないか。

 あわよくば角を売れるものに加工して、メルクリオに捌いてもらって大金ゲットよ。

 

「よし、決めたよミレーヌさん。俺はホーンウルフを討伐しに行くぜ……!」

「調査ですから、いるとは限りませんけどね? でも助かります。貢献度少し多めに付け加えておきますね」

「よっしゃ、やっぱりミレーヌさんは優しいなぁ。今度ミレーヌさんにお酒奢るよ」

「うふふ。そのお金は任務が終わった後、ライナさんとの飲み会で使われるべきだと思いますよ」

 

 やれやれ、つれないぜミレーヌさん。

 よし、じゃあまぁ調査任務の準備でもしておきましょうかね。

 場所は北部でちょいと離れ気味だから、一泊することにはなるか。

 

 

 

 ライナはギルドの修練場でアイアンクラスのひよっこ弓使い相手に撃ち方を教えていた。

 ちみっこいとはいえ、ライナも立派なシルバーランクだ。格下相手に弓を教えるのは何もおかしいことじゃない。ビジュアルがちょっと背伸びしているようで微笑ましいけども。

 

「ハッキリ言って弓は精度が全てっスよ。狙った場所に狙ったタイミングで撃って当てる。これができなきゃ獲物は仕留められないっス。そのために必要なのは射撃に適した姿勢っス」

 

 ライナと同じ……というより少し背の高い少年少女たちが集まり、遠くのターゲットに向けて矢を放っている。

 構え、撃つ。この動作をゆっくり行い、姿勢で正すべき部分をライナが修正してやりつつ、正しい構えで射撃させる。基本に忠実な、なんともライナらしい教え方だった。

 

「正しい型を何度も繰り返して覚えて、早くするのはそれからっス。さっきみたいに違うやり方で弦がぶつかったら痛いっスからね。魔物の眼の前でやってたら悲惨っスよ」

 

 はえーなるほどな。ああやって構えるのね……参考になるわ。

 弓に関しては何度も習っている俺だが、やっぱまだ微妙なところがあるんだよな……弓は覚えることが多くて困る。

 

「……あの、モングレル先輩。一応これ有料でやってる講義なんスけど」

「あ、マジで。立ち聞きしてちゃ駄目だったか」

 

 感心しながら見学してたら、ライナが気まずそうに言ってきた。

 修練場に足を踏み入れてたら門前の小僧にはなれないか。これは失礼。

 

「で、なんスか。私になんか用っスか」

「いやね。北部でホーンウルフの調査任務があったからよ。俺一人だと受けられないやつだから、ライナもどうかって。ミレーヌさんがな」

「! あ、そうっス、私の行きたかった任務っス! ……えと、じゃあこれ終わったら! もうちょっとで終わるんで、そしたら準備しましょう!」

「おー、まぁ後輩の指導はちゃんとしてからな」

 

 あの後輩属性の塊みたいなライナにも後輩ができるなんてな……年月の流れってのはすげぇぜ。

 まあ元々ライナは教えるの上手いし、弓だって良い腕してたからこういう立場になるのもそこまで意外って程ではないけどさ。

 

「……っていうのが、まあ基本的な弓の扱いっス。最初は慎重に、道具を壊さないようにするのが一番っスよ」

「はーい」

「ライナちゃんありがとー」

「すごい勉強になったよライナちゃん」

「また教えてくれよな」

「……もー、なんか先輩に対する敬意が足りてないっス!?」

 

 しかし……先輩風を吹かそうとしてもイマイチ後輩に親しげにされてしまうライナなのであった。

 なんとなく教育実習で中学校に赴任したものの、中学生から友達目線で扱われてる先生みたいな感じになってるな……。

 

「……お待たせっス。今日から行く感じスか」

「おう、北部だしな。とりあえず今から行って、最寄りの作業小屋で一泊して本格的な調査は明日からって感じだ。まぁでも出発は明日からでもいいぞ?」

「いえ、今日行くっス。やりましょやりましょ」

「やる気十分だな。じゃあ諸々手続きすっか」

 

 調査は俺一人だと受けられないばかりか痕跡も見逃しがちだからな。

 その点ライナが居てくれると調査も捗りそうだ。

 



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夏場の森林探索

 

 バロアの森北部に現れたというホーンウルフは、三匹ほどの群れとして動いているかもしれないとのことである。

 残されていたのは、確かなものではホーンウルフの糞。不確かな可能性もあるが参考できる痕跡も挙げると、角によってつけられたであろう樹皮の傷だとか、ホーンウルフのものと思しき食いかけの魔物の死体なんかも見つかっているとのこと。

 まあ、色々と情報はあるんだが……二回目の調査で気にするべきは魔物とかち合うかどうかが大きいだろう。真新しい糞なんかが落ちてればそのくらいは参考に報告もできるが、それ以外の情報が求められているかっていうと微妙だしな。

 

「ホーンウルフは糞が特徴的なんで、それメインに探す感じっスね。正直幹の傷跡とかはチャージディアと似てるんでわかんないっス」

「やっぱそうだよなぁ。似たような角してるもんな。まぁ高さは違うけども」

「足跡も今の時期は微妙っスからねぇ」

「暑いし嫌になるぜ。早く秋になって欲しいもんだ」

「まあまあ。日も高くてこの時間から動き出せるのも夏の良いところっスよ」

 

 中途半端な時間からの出発だったが、日中の長い夏はそれでもなんとかなるので楽でいい。

 北部にある作業小屋に到着するまではどうとでもなるだろう。

 

「てかモングレル先輩、今日は荷物少なめっスね」

「そりゃ防寒具もほとんどいらなくなるからな。今回はお手軽夏用セットだ。ちゃっちゃと任務して、ちゃっちゃと帰ろうぜ」

「……無目的で森に入るときより軽装っていうのがよくわかんないっスね……」

「遊ぶ時こそ本気でやるんだよ」

 

 夏は防寒対策のための荷物を持ち運ぶ手間が無いから楽で良いぜ。

 調査任務だし長々と森に居座ることもないだろうから、今回の荷物は本当に必要最低限だ。

 

 

 

 森に入ってしばらく歩き続ける。

 夏場は寒くない以外の全てが面倒な季節と言っても過言ではないだろう。

 なにせ下草がひどい。定期的に管理されているわけでもない地面からはモサモサと雑草が生い茂り、歩く場所を弁えないと転んだり肌を切ったりしてしまう。

 とはいえ、俺たちのようなギルドマンだとか、林業をやってる人たちなんかが定期的に森に入っていくわけだから、ある程度人用の道ってのはできているわけで。

 そういうのを見つけてしまえば、突き進んでいくのはそこまで難しいことでもない。

 ……なんて御高説を垂れてしまったが、その道を見つけてくれたのはライナである。こいつがいなかったら俺は多分バスタードソードをぶんぶんさせながら強引に道を作っていただろう。

 

「んー、これはマレットラビットが叩いた痕っスね」

「何か木の実でも割ろうとしてたんだろうな。平和なもんだ」

「他は……まだよくわかんないっス。もっと進んだほうが良いっスね」

 

 夏は痕跡を探しにくい。

 さっきも言ったが、下草が生えているとそれだけで痕跡が埋もれて見にくいってのがひとつ。あとは基本的に乾燥した枯れ葉がないせいで足跡がくっきりと残ってくれないってのもデカいな。冬とか秋なら雪やら枯れ葉やらで痕跡が残ってくれるんだが、夏はそこらへん何も無いからなぁ。草とか枝葉の食痕くらいのもんかね。しかしそれだって一部の魔物や動物に限られるわけだから、なかなか全体的な見当を付けづらい。

 

「とりあえず日暮れ前に小屋まで突っ切って、明日から本格的な調査にしてみるか?」

「それが良いと思うっス。ここらへんでゆっくりしてても暗くなっちゃうだけなんで、さっさと拠点まで行くのが安牌っスね」

 

 効率で言えば進みながら何か痕跡でも見つけられれば良いんだが、こっちも潤沢な時間があるわけじゃない。ササッと目的地まで進んで、調査は明日に回すとしよう。

 

「お、人だ。ギルドマンだな」

「マジっスか」

 

 そんな風に歩いていると、森の中で三人の姿を見つけた。

 首から下げたブロンズの認識票……ギルドマンで間違いないだろう。何度かギルドでも顔を見たことのある相手だ。

 

「よう、ご苦労さん」

「お疲れ様っス」

「お……モングレルさんにライナちゃんか。奇遇だね」

 

 二十代なりたて辺りの年齢層で組んだ、若々しいパーティーである。

 パーティー名はなんだったかな……“摘果の鋏”だったかな。全員が盾と剣を装備してる堅実な近距離パーティーだ。

 以前ギルドで見かけた地雷タンクのローサー君が“パーティーに入れてくれ”と頼み込んでいたのを申し訳無さそうに断っていた、実際に堅実な方針のパーティーである。要するにかなりまともってことだ。

 

「こっちはホーンウルフの調査に出てるところなんだが、そっちは?」

「ホーンウルフ? へえ、そんなのいるんですか。こっちは適当に探して狩ってるとこですよ。ほら」

「見てください、マレットラビットとハルパーフェレットです。小物ですけどね、結構良い感じに仕留められました」

「おー、良いね」

 

 剣ではなく盾で圧殺したのかな。外傷はほとんどなく、毛皮も無事そうな小型魔物を吊るして運んでいるようだった。

 

「ホーンウルフの痕跡とか、見つからなかったっスか? 樹皮の低い位置にチャージディアの角痕に似たやつが残ってたらそれっぽいんスけど」

「あー……ごめん、そういうのはまだちょっと見てないかな。力になれなくてごめんよ」

「二人とも、この先の作業小屋までいくつもりかな」

「まあな。そこを拠点に明日一日だけ辺りを調べる感じになるかね」

「ホーンウルフはわからないですけど、ゴブリンの痕跡だったら見つけましたよ。連中の作る棍棒と臭い襤褸があったんで、どっかしらにいるんじゃないかと」

「ゴブリンかぁ」

 

 目当ての魔物じゃなくても討伐するのは別に構わないんだが、ゴブリンはあまり乗り気になれないなぁ。

 まず討伐しても連中の鼻を持ち歩きたくねえ。きちゃない。くちゃい。

 

「じゃ、俺たちはそろそろ戻るんで」

「お疲れ様っス」

「おー、そっちも気をつけてな」

「はーい」

「またなーライナちゃん」

「私の方が先輩なんスけど……」

 

 森の中で不意に同業と遭遇した時、大体こんな感じでちょっと情報交換して別れることになる。

 のだが、今のは顔見知りだったから良いんだが、よく知らない相手とバッタリ遭遇するとお互いに緊張感が走るものだ。

 人目につかない森の中じゃ法なんてあってないようなもの。相手を殺せば手持ちの財産を奪えてしまうのだから、考えなしの奴が襲撃してくることだって珍しくはない。実際、そういった殺人がバロアの森でも結構ある。

 

 人からの襲撃を防ぐためには、一番はパーティーを組んで集団で行動すること。そしてできるだけ多くのギルドマンと仲良くなることを心がけることだ。

 単純に滅茶苦茶強くなって一人で襲撃を返り討ちにするんでもいいけどな。非現実的ではあるが、俺は時々そうやって不届き者をお縄につかせている。

 まぁ現実的にはパーティー組んで集団で動くのが最善ではある。

 

「この時期のハルパーフェレットの毛皮、そこまで高くはなさそうっスね」

「夏はどうしてもなぁ」

 

 夏場は肉も毛皮も微妙である。

 暖かくて活動しやすいのは良いんだがね……春や秋ほどのフィーバー感の薄い時期だ。

 もうちょい夏場に食いでのある獲物が増えてくれればいいんだが……いや、それはそれで危険か。諦めよう。

 

 

 

 ばったりと同業者と遭遇するイベントはあったが、結局イベントらしいのはそれだけだった。

 俺たちはするすると森を歩いて作業小屋までたどり着くことができた。

 

「変な人たちが中にいるって感じでもなさそうっスね」

「だな。まあ後から来るってこともあるかもしれないが……」

 

 小屋には誰もいないようだった。

 夏場は適当な野営でもどうにかなるので、冬とは違って必死に移動してここまでやってくる計画性の無いギルドマンも多分来ないだろうとは思う。

 まぁ計画性のない奴の行動原理は常軌を逸しているので、絶対にとは言えないんだが。

 

 既に空は薄暗くなりつつある。まだ明るいうちに、ここで泊まる準備を整えたほうが良いだろう。

 

「モングレル先輩、一応小屋の周りだけちょっと確認しちゃっても良いスか」

「おお、まぁ遠くに行かなけりゃ良いぜ。俺は飯の支度でもやってるよ」

「あざっス。じゃあ鳥仕留められたら鳥も撃ってくるっス。血の匂いをさせれば、明日役立つかもしれないんで」

「なるほど。けど単独行動なんだし気をつけてな」

「っス」

 

 夏場の鳥を仕留められるのはなかなか良いな。

 どうせ食うなら美味い飯が良い。頼んだぜライナ。

 俺は小屋の虫退治しながら雑務をこなしておくからよ……。

 




書籍版「バスタード・ソードマン」第一巻の発売日が決定しました。
発売日は2023年の5月30日になります。震えて待て。

(( *・∀・))プルルルン


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近い方のが好きだから

 

 バロアの森各所にある作業小屋は、数日泊まり込む分には快適な施設だ。

 雨風が凌げるし、魔除けの素材をふんだんに使っているので魔物の襲撃をほぼ全てカットできる。すし詰めになればそこそこの人数が横になれるので緊急避難場所としても優秀だ。

 唯一にして最大の欠点は、たまに盗賊とか後ろ暗いことしてる人間が居着いてることがあるということだろう。致命的すぎる。致命的すぎるが高級な鍵があってもそういう輩がどうにかなるとは思えないしな……むしろ鍵や錠を盗まれそうな気もするし……。

 

「とりあえず燻しながらやるか……」

 

 作業小屋に不届き者がいないことを確認したら、後は小屋の保守作業をやる。

 目地を補修したり、掃除したり……公共物だから、次の人のためにメンテナンスをやっていくわけだ。そこらへんも一応、ギルドマンの初期講習でちょっとだけ教わることになる。なるんだけども、これをしっかりやってる奴を俺はほとんど見たことがない。多分バルガーとかは全然やってないと思う。人の良心に委ねたらまぁそんなもんだろうなって感じではあるがね……それでもきったねぇ使い方されて廃屋になってないだけマシではあるんだろうけども。

 

 小屋の中央に囲炉裏にも似た小さなかまどのようなものがあり、小規模な炭火くらいならここで熾すことができる。調理用というよりは、作業用だったり最低限の暖房用のものだろう。ボーボーに燃やすような立派なもんではない。

 特に夏場は暖を取る意味も薄いので、このかまどは主にお香を焚くための火床として利用される。ここで魔除けのお香をいくつか焚いて、作業小屋をその煙で燻しておくのだ。この作業を長期間サボると森の中の小屋はゴブリンに住み着かれたり、魔物に襲撃されてぶっ壊されたりする。これだけはサボるとその日の夜にも危険が訪れるかもしれないので、サボり魔でもやっておくべき最低限の保守作業だ。

 

「えほっ」

 

 煙が目に染みるぜ……。

 まぁこれでよし。ひとまず小屋の保守作業はこんなもんで良いだろう。

 後は適当に薪でも集めてスープの支度でもしておこうか。とりあえずスープ作っときゃなんとかなるんだよ野営飯ってのは。

 

「うーん、老魔女の杖か……」

 

 枯れ木を探して小屋周辺を歩いていると、陰った場所にひょっこりと生えた野草を発見した。

 先端がくるくると吹き戻しのように巻かれている、棒状の植物。見た目はほぼワラビのようなやつだ。

 これは老魔女の杖と呼ばれている植物で、見た目がまんま魔女が持ってそうな杖だからとこんな名前がつけられている。

 食える野草ではあるんだが、ワラビと同じく採取したら何日か灰汁抜きする必要があるので、こういう野営の時にはあまりお世話になる植物ではない。あとアク抜きして死ぬほど茹でても固くて美味しくないんだよな。サイズはデカいけど食えるようにするまでが面倒だし美味しくないので残念な奴である。

 

「果実系……果実系はちょっとな……葉物でなんか無いか……」

 

 夏場はちょくちょく食用にできる果実が実ったりする。

 しかしバロアの森はその名の通りバロアの木が多いので、果樹を探すのも一苦労だ。あったとしても既に何かしらの野生生物に食われているので滅多にお目にかかれるものではない。狙って探すものではないだろう。

 なので夏場はよく見かける葉物の野草が狙い目になるんだが……うーむ、なかなか見つからない。

 

「ん、こいつは……タンポポか。ありがてぇ」

 

 薪材になる枯れ木をバスタードソードで適度にぶっ壊しながら探していると、野良で咲いているタンポポを発見した。

 主にサングレールで広く咲き誇っているいわばサングレールタンポポとでも呼ぶべきこの品種だが、あらゆる荒れ地でもたくましく根を張って成長する性質から、ここハルペリアにおいてもたまに見つかる野草だ。ケンさんが淹れてくれるタンポポコーヒーもこのサングレールタンポポを使っている。

 

 葉っぱや根っこが食用になるので、俺が開拓村に居た頃はこのタンポポがよく食卓に並んでいた。

 開拓村はとにかく頑張って飯を用意して、頑張って土地を開拓してっていう毎日なもんだから、毎日が野草狩りみたいなもんだった。おかげで俺も幼少期から師事してるわけでもないのにこの世界の動植物に詳しくなれたから今となってはありがたいんだが、野草ばかりの食卓ってのは結構キツかったなぁ……。

 サングレールタンポポも食える事は食えるが、すげー美味しいってわけでもない。マジで“食える”っていうだけで、食感は固くてあんまり良いものではないし、レタス感覚で食えるかっていうと全然そんなことはない。よーく噛んだ後に飲み込めない繊維質をベッとガムみたいに吐くようなものだってある。

 こいつは俺にやわらかい葉っぱを選ぶことの大切さを教えてくれた……。

 

「……ちょっとくらい採っておくか。彩りのないスープよりはマシだろ」

 

 咲き誇るサングレールタンポポの柔らかそうな葉をぶちぶちともぎ取って、慎ましい地上部からは想像できないほど深く張ったゴボウのような根っこもいくつか採集する。見た目通りゴボウ感覚で調理できるから、きんぴらタンポポとして副菜にするのもありかもしれん……。

 

 

 ――ビョ~~~

 

 

 タンポポの根を千切らないよう慎重に引き抜こうとしていたその時、遠くから間抜けな音が聞こえてきた。

 ライナに渡してやった、手製の笛の気の抜けるような音。

 今しがた見つめていたサングレールタンポポの鮮やかな色合いもあってか、俺の心は即座に臨戦態勢に入った。

 

「ライナ」

 

 音を聞いた瞬間、俺は即座にバスタードソードを引き抜いて、音のした方向へと走り出す。

 走りながら全身に魔力を込め、邪魔する枝葉を剣で払い捨てながら最速で急行する。

 

 音はそう遠くない。

 何が出た。魔物か、人か。

 

「あ、先輩!?」

「ライナ、無事……だなぁ、比較的……」

「っス。……すごい勢いで来たから逆にこっちがびっくりしたっス」

 

 どんな緊急事態かと思ってライナのいる場所へと躍り出てみたら、ゴブリンがいた。二体が健在で、一体は矢で喉を撃ち抜かれて死んでいる。

 連中は弓を構えるライナと距離を空けて向き合っており、警戒するように細めの棍棒を握って、木陰から威嚇しているところだった。

 

「ゴブリンが三体いたっス。さっき獲ったマルッコ鳩の羽根を毟ってたら、こっち来て奪おうとしてきたんスよ。一体仕留めたら、ちょっと距離空けて様子見し始めたっス」

「おうおう、ゴブリンか……ああ、驚いたぜ。何があったのかと思った」

「……こういう時は、吹いちゃ駄目だったスか」

「いいや、ゴブリンとはいえ複数体と遭遇したら十分ピンチだ。よく呼んでくれた、ライナ」

 

 残る二体のゴブリンも、ライナがその気になれば仕留めることは可能だろう。

 だが破れかぶれになったゴブリンたちが同時に駆け寄ってくれば結果はわからない。ライナに限ってやられることはないだろうが、ちょっとしたリスクではある。

 ……短時間とはいえ単独行動はするもんじゃねえなあ、やっぱり。

 

「俺があいつらを近づけさせない。ライナはそのまま射撃で仕留めちまえ」

「っス」

 

 弓使いは近接役の壁さえあれば攻撃に集中できる。俺はただ剣を構えて防御に徹するだけだが、それだけでも十分役に立てるはずだ。

 

「ギッ」

「ギャッギャッ!」

 

 生き残った二匹のゴブリンたちは何故か木陰から顔を出して威嚇しているが……連中の行動については深く考えるだけ無駄だ。

 

「“貫通射(ペネトレイト)”」

 

 結果として、ゴブリン達はライナの射撃によって難なく仕留めることができた。

 今回は俺の護衛は必要無かったが、仮に同じようなシチュエーションを百回も繰り返せば不慮の事故は十分に起こり得るだろう。

 魔物が出てきたら雑魚でも仲間を呼んでおく。その習慣は是非とも続けておいて欲しいもんだ。

 

 俺はソロだから説得力ないけど。

 

 

 

「マルッコ鳩を一匹だけ仕留められたっス」

「よくやったライナ。おーおー、ぷっくり太りやがってこいつめ」

「のんびり屋な鳥だから簡単っス。狩り甲斐はあんまないっスけどね」

「俺としちゃ食えりゃ十分だぜ。なんなら自分から皿の上に横たわってくれたらありがてえよ」

「そんな不気味な生き物いないっスよ」

「わかんねえぞ、心清らかな人の前には動物が自分からそうしてくれるかもしれん」

「むしろ生贄みたいで邪悪そうじゃないっスか……?」

 

 ライナはマルッコ鳩を一羽仕留めてくれた。ありがてぇ。やっぱり肉がひとつあるだけで食卓の彩りが違うよな……。

 肉はいくつかは串打ちして焼いて食うが、今日はスープの具材としても入れておこう。

 森の中で見つけたムカゴみたいな小さい種芋も使って、ちょっとしたポトフを作るつもりだ。

 

「砂肝は串焼きにしてみるか」

「わぁい」

 

 砂肝とは、鳥類の胃にある器官だ。

 鳥類には歯がないので、食べたエサはこの器官ですり潰される。

 効率よく磨り潰すため、鳥類は砂や小石を食べてこの砂肝に貯めておくわけだな。

 

「ライナ、こっち捌くの次はお前だ」

「ういーっス」

「俺は串打ちやっとくから」

「結構力いるんスよねそれ。助かるっス」

 

 砂肝をナイフで割ると、鳥類の胃の内容物がよくわかる。

 見た目はプディングを割った時のような感じだ。砂粒や小石に混じって、木の実なんかがたんまり詰まっているので食性がまるわかりになっている。

 マルッコ鳩は大体の生き物が口にしないバロアの実を食べる悪食の鳥なので、だいたい砂肝にはバロアの種が詰まっている。

 けどたまに山桃や木苺みたいな美味そうな物の残骸が見つかると、理不尽な話だがちょっとイラっとするんだよな。そういう美味そうなものは人様に譲れよ……?

 

「小屋の周りを回ってみたんだろ、ライナ。何か気づいたことはあったか?」

「んー、微妙っスね。ゴブリンの痕跡がいくつかと、古いチャージディアの足跡、マレットラビットの痕跡くらいっスね」

「そうか……明日の調査で何か掴めりゃ良いんだが、明日何もなければ望み薄そうだな」

「そうっスねぇ。もしくは更に奥まで足を伸ばすかしないと……」

「ゴブリンの胃の中身も変わったもんはなかったしなぁ……」

 

 調理をしつつ、今日の調査内容を互いに交換する。

 といっても俺の方は大したことは言えない。ライナの方が狩人らしく、細かい情報まで拾ってきてくれるからだ。

 

 いやぁ、調査任務って難しいな。何年やってもこういう、斥候じみた能力が育まれている感じがしねえわ……。

 

 

 

「ほい、マルッコ鳩のポトフと串焼きだ」

「おおーっ、いい香りっスね!」

 

 料理が完成する頃には、外はすっかりと暗くなっていた。

 野外に置いてある石組みのかまどで調理をしていたが、そろそろ鍋と串も小屋に持ち込んで中で食うべきだろう。

 

「うん、うん……やっぱりこの、鳥の骨で作るスープって美味しいっスよね」

「だろ。獲ってきてくれて助かったぜ。危うく干し肉を突っ込んだ質素なスープになるところだった」

「まあ、はい……モングレル先輩も色々野菜とか採ってきてくれたじゃないスか」

 

 砂肝が美味い。若干バロアの青臭い感じがしないでもないが……まぁまぁ美味い。

 酒が欲しくなるぜ……今日が任務中じゃなかったらグビグビ飲んでいたんだが……。

 

「……笛を吹いたらすぐにモングレル先輩が来てくれたから、驚いたスけど……嬉しかったっス」

「ああ……そりゃ、何かあったときのためにって渡した笛だからな。そりゃ音が聞こえれば駆けつけるさ」

 

 人様のパーティーの期待の新人を預かってるんだ。万が一にも前衛が居ないなんて理由で怪我をさせるわけにはいかん。

 シルバーに上がったとはいえ、ライナは身体強化が使えるわけではないんだ。弓スキルを使って戦うことができるとしても、不意打ちを喰らえばそこは非力な少女と変わらない。

 

「……んふ。便利な笛をもらっちゃったっス」

「だろ、結構そいつの空洞部分を作るの苦労したからな。……まぁ、仕上がってみたら音が間抜けでびっくりしたけども。多分中に入ってる金属が悪いせいもあると思うんだが……ちょっと手直ししてやろうか? そうすりゃもっといい音になって、より遠くまで音が聞こえるようになるかもしれないぞ」

 

 鯱の牙を削って作った手製の笛だったが、とにかく硬いのなんの。作ってる途中で面倒くさくなって簡略化したのが悪かったのか、音がブサイクになったのが唯一の心残りだ。

 多分直そうと思えば直せるから、数日貸してもらえれば手直しぐらいはやるんだが……。

 

「ん、大丈夫っス。音がちょっと変でも、小さくても。……モングレル先輩と、そんなに離れなければ良いだけっスから」

「そうか」

「そうっス」

 

 暗い部屋の中、微かな火の灯りに照らされたライナの表情はとても穏やかで、優しげだった。

 

「……ライナ、お前みたいな良い子のもとにこそ、動物が自分から身体を捧げにくるのかもしれないな……」

「え……それはなんか怖いから嫌っス……」

 

 こうして調査任務の一日目は特に何事もなく過ぎていったのだった。

 



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あの時見逃していただいた角です

 

 翌朝、ほんのり明るくなったくらいの時間から任務を再開した。

 ひとまず最寄りの川まで向かって、それ沿いに第二作業小屋のある所まで移動しつつ様子を見る感じだ。

 相手がいようがいまいが、今夜もまた同じ作業小屋まで戻って泊まることになる。例外があるとすれば、昼前までにホーンウルフを発見して討伐できれば今日中に帰れるかもしれないが……まぁ無理だろうな。変な期待をしてはいけない。

 

「一応、昨日のマルッコ鳩の頭とかを持ち歩いておびき寄せてはみたいところっスけど」

「誘引効果があれば良いんだが、居ない時は居ないからなぁ……まぁお守り程度のつもりでやってみっか」

「とりあえずやっといて何かが寄ってくればって感じスね」

「別のが来たらちゃちゃっと退治してやるよ」

「そん時は近接お願いっス」

「任せとけ。というかそのくらいしないと今日は空振りで終わりそうだもんな」

 

 血の匂いを漂わせて魔物をおびき寄せる。というのは、あまり褒められた行いではないとされている。というのも、普通に危ないからだ。

 バロアの森の浅い場所ではそこまで血の匂いに惹かれる魔物は多くないが、深部に行くとおっかない連中もいるし、そういう奴らを刺激しないためにも、堅実な探索をするのであればやめておくことがベターとされている。

 しかし今日みたいな調査任務、しかも血の匂いに惹かれるタイプでもあるホーンウルフを探す時なんかは、こういう小細工を仕掛けるのも悪くはない。

 もちろん、目当ての魔物だからといって自分の安全を確保できていないんじゃ駄目だけどな。対処できる実力があればこそのやり方だ。

 そして俺は実力がある。どんどん血を匂い立たせておけ……。

 

 そんな感じで歩き始めた俺たちだったが、これといって襲撃者の姿もなく平和な時間が続く。

 川を見つけてもこれといった危険そうな魔物の姿はない。気分はただの散歩だ。

 

「……モングレル先輩はこのバロアの森のどこらへんまで行ったことあるんスか」

「おー? 森の奥かー。まぁそこそこ奥までは行ったぞー」

「はえー」

 

 一人で長期滞在する時なんかは思い切り深部まで近づいてキャンプするしな。

 そこまで行くとギルドマンはほぼ来ないから気楽で良いんだ。

 

「冬場なんかは奥に行き過ぎさえしなければ安全だしな。手つかずの物が色々あったりして、面白いぞ。もちろん他人に真似してほしいもんじゃないが」

「あー、先輩がよくやってる野営だけするやつっスか。何が良いんスかね……」

「そりゃライナお前、薪を割って焚き火したり、木でなんかこう、小物を作ってみたりだな……」

「普通っスね……」

「だだっ広いところで自分で一気に皮なめしなんてしてみたりもするし……」

「……な、何が楽しいのかわかんないっス……!」

 

 言ってて俺もそうだろうなって思うわ。

 この世界のギルドマンにとっては全部ありがちなものだしな。むしろ自分らで皮なめしなんて面倒なだけだから苦行に近いのかもしれない。

 俺はそういうのも、たまにやる分には好きなんだけどな。容易く人前に出せないような毛皮とかの処理だってあるしよ。

 レザークラフトは良いぞライナ……。

 

「まぁ俺は楽しんでるけど、ライナはあまりこういうの真似するんじゃないぞ」

「しないっスよぉ」

「面白い面白くないだけじゃなく、危ないしな。特に冬のバロアの森の奥地。少しでも周囲が温かいと感じたら、すぐに引き返せ」

「あー……」

 

 基本的に冬のバロアの森に潜る奴はいない。だからこんな事は言うまでもないのだが、それはそれとして鉄則として教えておくべきことだとは思う。

 なまじ魔物がほとんど居ないだけに、いくらでも奥地へ進めてしまうのだから。

 

「やっぱり奥の方は危険なんスか」

「危険だなぁ。普段そこらで見かける魔物の多くが深部まで来て暖を取ろうと集まってるわけだから、下手すると大勢の魔物に狙われてなす術なく殺されちまうよ」

「ひぇー」

「暖かくなり始めたと感じたらすぐに全力で退却する。これが大事だ。まぁそもそも冬に潜るなって話なんだが」

 

 バロアの森の深部は冬になっても、強大な熱源によって春並みの暖かさになっている。

 魔物たちはこの暖かさを求めて深部へと移動し、表面上は森が閑散としてくるわけだ。

 

 だから深部は魔物が多くいるという点でまず危ない。

 しかし何よりも危険なのは、深部で周辺の気温と気候すら変動させている怪物の存在だ。見つかったら普通のギルドマンは死ぬ。

 

「話聞く限り、一番危ないことしてるのはモングレル先輩っスけどねぇ……」

「バレたか」

「あんまし冬場に変なことしないほうが良いっスよ」

「まぁ、ほどほどにやってるさ」

 

 俺だってわざわざ危険な目に遭いたくはない。

 その辺りはよーく考えてやっているさ。

 ……まぁ、たまに剣を持ったよくわからんオーガと出くわしたりなんかはするけどな。

 

 剣持ちオーガのグナク。あいつもまだ生きてるんだろうか。

 

 

 

「とりあえずここで休憩か」

「っスねぇー……あー、見つからない」

「見事に空振りって感じだな」

 

 数時間ほど延々と歩き回ってみたが、成果は無し。

 途中で匂いにつられたハルパーフェレットを一匹仕留めたくらいで、他に大物の気配もしなかった。鳥もいくつか見かけたが、ライナ曰く食えない奴とのことで。

 それを言ったらハルパーフェレットだって美味いもんじゃないんだよな……。

 

「ここからはもう川沿いを歩いて戻るべきだと思うっス。前情報も古いんで、ちょっと厳しいっスよ」

「だな。結局糞なんかも落ちてないし……」

「川近くでクレイジーボアが泥浴びしている痕跡くらいしかないっスからねぇ」

 

 いやぁ空振りだ。時間も時間だしあとは拠点の作業小屋まで引き返して一泊したら帰還で良いだろう。やれることはやったはずだぜ。

 これ以上は調査不足と言われても困るってもんだ。

 

「結構頑張って探したけど、全く無かったなぁ」

「っスねぇ……ベストを尽くしても結果は出ないもんスね……」

「そういう日もあるって事だな」

 

 こういう斥候じみた技能に秀でたライナでも、獲物が居ないんじゃ活躍のしようがない。空振りに終わりそうな今回の任務に徒労感を覚えている様子だ。

 まぁでも居ないことがわかったっていうのも立派な調査だよ。見つかるはずだと思ってやるもんじゃないのさ、こういうのは。

 ……いや、俺は半分以上見つかるだろと思ってやってたけどもね。仕方ねえ。ギルドマンはかなり理想高めに皮算用する生き物なんだ……。

 

「あ」

「お、どうしたライナ……って、あ」

 

 ライナが立ち止まって何かと思って見てみたら、川沿いにある大きめの岩の根本に特徴的な角が転がっているのが見えた。

 乳白色でそこそこ太く、彫刻にするのに適した長さ……何よりキメの細かそうな質感。

 間違いない。こいつはホーンウルフの角だ。

 

「い……行きの道に落ちてたんスかぁ!?」

「あー……こいつはあれだな。俺たちが来た方向からじゃ見えないところに落ちてたんだなぁ」

「もー!」

 

 岩陰には二本の角が落ちている。よく見れば頭骨が踏み砕かれ、そこらへんの土や石に紛れて見えにくくなっていたようだ。

 どうやらこいつらはチャージディアにやられたらしく、大きな岩には引っ掻いたような痕がついていた。チャージディアが突き殺した相手を引き抜く際につける傷跡で間違いないだろう。

 

「……あっ、ここにもう一体の死骸……の残りがあるっス。こっちは川に沈んでたみたいっスね」

「全員ここらで死んだみたいだな」

 

 水場として利用していたのか、あるいは利用していた何者かを襲おうとしたのか……。

 とにかくホーンウルフ達はチャージディアにやられ、三体ともこの場所で生命を落としたらしい。

 それぞれ相当に古い遺骸で、下手すれば一回目の調査の時には既に死んでいたかもしれないくらいだった。

 

 ……歩いている時にもっとよく探していれば……いや、わざわざ歩いてきたところを振り返るなんてやらないしな……こればかりは運が悪かったとしか言えねえや。

 

「思いがけず調査が終わったけど……釈然としないっス!」

「それな。……まぁホーンウルフの角は手に入ったし、臨時収入にはなったぜ」

「ううー悔しい……もっと注意深く探してれば、早く終わってたかもしれないのに……」

「落ち込むなってライナ。あんなのわかんねえって」

 

 自分のスカウト能力をもってしても、簡単に見つけられるような場所の痕跡を見逃してしまった。そのことでライナは随分と悔しそうにしていた。

 俺からすれば“お、見つかったぜラッキー”って感じなんだけどな。根が真面目だと大変だな。

 

「まぁ、これで終わりなんだ。今日はこのまま急いで帰って、一緒に酒でも飲もうぜ。頑張れば間に合うだろ」

「……っス!」

 

 どこかやけくそ気味に返事して、ライナは俺の隣に並んだ。

 

 幸か不幸か、狩りで獲物もほとんど獲ってなかったし、余計な荷物は持っていない。歩くのに支障はないだろう。

 変な寄り道をしなければ、このまま明るいうちにレゴールにたどり着けるはずだ。

 

 なんとも肩透かしな終わり方になってしまった調査任務だが、形を成して報告できるだけ今回のは随分スッキリしたパターンである。

 普段なら何もいなかったで終わることもザラだしな……。

 



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露天商の誇り

 

「ホーンウルフの……古い角だな。状態が悪い」

「ああ。討伐じゃなくて、死体から取ったもんだよ。これ全部ね」

 

 夕時。レゴールへ戻り、ひとまずは処理場のロイドさんに今回の拾得物を見せる。

 ここで死体から剥ぎ取っただけの物を“討伐して手に入れたものだぜ”って嘘をつくギルドマンがそこそこいるのだが、そういう嘘はロイドさん相手には普通にバレる。こういう嘘がバレると後からギルドの方にも話が行って、自分の信用にヒビが入るので注意だ。悪いことはするもんじゃない。

 

「チャージディアにやられたっぽいスね。近くに角で突かれた痕跡も残ってたっス」

「ふむ……そこまで大きくない角だな。三本とも小柄なホーンウルフのものだろう」

「やっぱそうかぁ……」

「一本は殊更状態が悪いな」

「それは小川に沈んでたやつっス」

 

 死体の損傷が激しくていまいちサイズ感がわからなかったが、三体とも子供に毛が生えたような大きさだったらしい。

 実際こいつらの角はどれも小ぶりで、今まで俺が取り扱ってきたものよりも若干頼りない印象がある。だとすれば、チャージディア一体にコロコロされるのも不思議ではないだろう。

 

「……よし、討伐証明は出せんが鑑定書は付けておこう。小先に刻印を刻むが良いな?」

「おっス、お願いしまっス」

「悪いねロイドさん。……ところで、この時期のハルパーフェレットの毛皮ってどうなんです? 売り物としては」

「ハルパーフェレットか。夏は大したことはないな……一応買い取りはするが、見る目のない小金持ちくらいにしか売れん素材だからな。冬物ほどの値段は期待してもらっちゃ困るぞ。半値どころじゃないからな」

「はえー……仕留めるには微妙なところっスね……」

「マジかー……まぁ金になるだけマシなのかな」

 

 夏は毛皮も安い。需要が薄いのもあるし、毛皮の質も悪いからな。

 季節によってはチャージディアの毛皮の模様がちょっと綺麗めになったりもするんだが……大体のものは秋頃の品が人気と言って良いだろう。何より肉が美味い。

 

「そのホーンウルフの角も買い取るぞ。状態が悪いから、かなり足元を見る形にはなるだろうが……」

「いや、これはいいですよ。俺が個人的な細工物で使うんで」

「っス。この分のお金は私もちゃんと貰ってるんで、大丈夫っス」

「お、そうかい。じゃあゴブリンの討伐証明とハルパーフェレットの分を合わせて、ほれ。交換票もってきな」

「ありがとう、ロイドさん」

 

 そんな感じで、調査任務の報告も無事に完了した。

 ギルドに行って“こいつら死んでたっぽいっすよ”と言って、票を渡すだけの簡単なお仕事だ。

 

 俺たちが直接討伐して仕留めたのであれば報告は簡潔で済むんだが、目標が別の形で死んでいたとなるとさすがに報告は多少もたつく。

 それでも形で残っている遺留物が見つかっていれば、そう長引くものでもない。

 “ホーンウルフはもうあの場所には居ない”という形で話は終わり、そうしてようやくバロアの森が少しだけ平和になったとみなされるわけだ。

 

「いやー疲れたっス……」

「だなぁ。帰りはせかせか歩いたもんだから俺もしんどいぜ……けど、飲みに行く体力は残ってるだろ?」

「もちろんっス!」

 

 中途半端な時間に行ったせいでギルド内はちょっと混雑していた。他所から来たパーティーが楽しそうに酒盛りしていたし、それを邪魔するのも気が引ける。

 何より俺たちは腹が減っていた。ギルドの高い飯で膨らませるより、安くて美味い店に行っちまうのが今の正解だろう。

 

「お、森の恵み亭はそこそこ空いてるな」

「運が良いっスね! エールエール!」

「エール冷えてるかー?」

 

 ギルドから歩いてほんの少し。気軽に腹を満たせて酔っぱらえる店と言えばここだろう。

 店に入ってみると七割ほど埋まっている程度で、まだまだ俺たちの座る余裕は残っていた。

 

「お? メルクリオがいるじゃないか」

「モングレルの旦那! おー、奇遇だねぇ、こういう店で会うなんて珍しい。席空いてるからこっち来なよ」

 

 しかも店内には見知った顔の男が居た。

 メルクリオ。黒靄市場でよく露天を出している、金髪に無精ひげの、どこか胡散臭い雰囲気の商人である。

 ハルペリアでは珍しい金髪がそうさせるのだろうか。メルクリオのテーブルには他に人が居なかった。

 

「お、そっちの子はモングレルさんの教え子かい?」

「ちょっと前まではそんな感じだったけどな、もうギルドのランクは追い越されちまったよ。もはや俺が後輩だぜ」

「いやいやいや、そんなことないっス。まだまだ未熟者っス。……あ、私ライナっス。はじめまして」

「こいつはご丁寧に。……あれま本当だ、その若さでシルバーランクとは凄いねぇ。俺はメルクリオ、しがない露天商さ。モングレルさんとは商売仲間って感じかね」

「俺が商品を用意して、メルクリオに売ってもらってるのさ。……さて、とりあえず酒を頼もうか」

 

 エールとボアの串焼き、クラゲの酢の物、あとは珍しくひき肉入りのポリッジを注文し、腹を満たす。

 

「あーうめぇ。ポリッジが美味く感じる辺り相当だな」

「ポリッジは普通に美味しいっスよ。ごくごく……ぷはーっ、今日も良い仕事っス!」

「ははは、二人共相当に腹空かせてたんだなぁ」

 

 帰り道の強行軍で思いの外消耗したようだ。このくらい減るなら途中で行動食でもちょっと齧っておくべきだったな。

 

「……あ、そうだメルクリオ。さっきバロアの森で拾ってきたばかりの品なんだが、こいつはどうよ。何か売れそうな物に加工しようかと思ってるんだが」

「んん? おー……これは……あれか、ホーンウルフの角かい。へえ、討伐帰りだったわけだ」

「拾ってきただけっスけどね」

「別に今金に困ってるってわけでもないんだけどな。秋は色々の金が入り用になりそうだろ? そのために手っ取り早く稼げるものがあればと思ってさ」

 

 メルクリオに角を渡しつつ、エールをおかわりする。

 あーうめぇ。酢の物の酸味が疲れた身体に染み渡るぜ……。

 

「……まぁ、あれだなぁ。金にしようってんなら、今までにモングレルの旦那が作ってきたような系統の道具……ああいうのが良いだろうねぇ。売れる速さも値段も図抜けているからさ」

「今まで……? 系統……?」

「よしわかった。まぁこの話はやめとこうか。テーブルの上にこんなもん並べてたら酒が不味くなりそうだ」

「そうっスか?」

 

 なるほどな、やっぱりアダルトグッズは強いってわけか……。

 興味深い話だが、今はライナもいるし……賑やかすぎる場所でする話でもない。やめておこう……。

 

 ……うーむ……しかしもう既に量産型モングレルが世に出回ってるからな……似たようなものを作ったところで需要は被っているし、差別化できなきゃ売れるかどうかも怪しいもんだ。

 角のサイズも小さいし、作るにしても何かしらの工夫は必要だろうな……。

 

「稼ぎといえばさ、旦那。秋の収穫祭後に伯爵様の結婚式があるじゃないか」

「ああ、レゴール伯爵様のな」

「その時に俺たち商人だけでなく、町の色んな人が出店を構えられるってのは知ってたかい?」

「へえ、出店」

「あれっスか。屋台みたいなやつっスか」

「おうよライナちゃん、まさにそいつだよ。商業系ギルドだけでなく、レゴールを拠点にしてるならギルドマンでも店を出せるって話だよ。もちろん事前にある程度の申請は必要だけどもね」

 

 屋台を出せるのか。そいつは夢がある話だな。

 別に今でも黒靄市場とかでならかなりゆるい条件で物を売り出すことはできるんだが、祭りともなれば人も多いし、もうちょっと良い通りに店を構えることができるかもしれない。

 レゴール伯爵の結婚式ならよその領地からも大勢集まってくるだろう。そこで規模の大きな商売ができれば……。

 

「……夢があるな」

「だろ? だろ?」

「でもお店って言われても何を売れば良いのか悩むっスね……どっちかといえば、私は楽しみたい方っスけど……」

「まぁそこは俺も同意だ。けど、ただ見て回るよりも自分らで金を稼ぐ側に回ってみるのも面白いかもしれないぞ?」

「そうっスかねぇ……?」

 

 まぁ俺の中では高校の文化祭くらいの気分でイメージしてるけど。

 だが逆に親しみやすいイメージが抱けるからこそ、成功のビジョンも見えてくるわけで。

 

「考えてもみろよライナ。俺が屋台を出して、そこで料理を作ってみたらどうだよ。なんか大繁盛するような気がしないか?」

「それはぁ……む……確かに……モングレル先輩のご飯は美味しいし……人気出るかもしれないっスね……!」

「なんだい、旦那はそういう店にするのかい」

「俺がやるとしたら健全なものしか出品しねぇぞ……!」

「フフッ……いや、いや俺はまだ何も言ってないぜ旦那……」

「目が既に笑ってた……!」

 

 たこ焼き。お好み焼き。フランクフルト。クレープ。……まぁ雑に考えるだけでも色々と思い浮かぶが、どうせやるなら美味く、そして莫大な利益を挙げたいもんだ。

 トータルで全て売れたときの利益がデカいやつで挑みたいところだな……へへへ……。

 

「なーんかまた皮算用してそうな笑顔してるっス」

「旦那は全部売れることを前提に考えるからねぇ」

「あ、やっぱり商売しててもそうなんスね……」

 

 うるさいね君たちは。夢は一番高いところを狙っていくもんだぞ。そうするとたまに何かの拍子に飛び越えられそうになったりするんだからな。

 

「秋……収穫祭の終わりか。まだまだ先の話だぜ……」

「討伐もあるし、秋は忙しくなりそうっスねぇ」

「嬉しい忙しさだな。繁忙期が待ち遠しいぜ」

 

 粉ものか、それともスープ類か。さてさて、どんな阿漕な商売でボロ儲けしてやろうか。夢がひろがりんぐですわぁ……。

 

「あー疲れたー……あれ? ライナにモングレルさんじゃん! 任務終わってたんだー?」

「お、ウルリカも来たか」

「ウルリカ先輩、お疲れ様っス! さっき終わったところっスよ」

 

 ちょっとした未来の話をして楽しく酒盛りしていると、入口からウルリカがやってきた。

 向こうも何かしらの任務を終えてきたのだろう。俺たちの姿を見つけると、そのままこっち側に来ようとした……が。

 

「あっ」

「ん?」

「なんスか?」

「……」

 

 ウルリカがメルクリオを見て、動きを止めた。

 対するメルクリオは……どこか神妙な顔つきで目を伏せている。いやなに、その顔。

 

「……わ、私ー……そういえばクランハウスに忘れ物しちゃってたなぁー! 一緒に飲もうと思ったけどやっぱりやめとく! 二人ともじゃあねー!」

「あれっ、行っちゃうんスか!?」

「随分と早いお帰りだったな、ウルリカ……」

 

 店に入ってすぐにUターン。満員の店以外でそのムーブが出るのもなかなか珍しいな……。

 

「俺は……しがないとはいえ、一端の商売人メルクリオだ!」

「えっ、なになに、どうした急に」

「商売人の義理と誇りにかけて……俺ァ今日、記憶を失うまで飲むことにするぜ!」

「なんかよくわかんないスイッチ入ったっス……」

「わかんねえけど飲むなら付き合ってやるぜ、メルクリオ……」

「わかんないけど私も付き合うっス!」

「ありがてぇ……今日は飲むぜ! ご両人!」

 

 結局この日はよくわからんテンションのまま楽しく深酒し、ライナだけが生き残った。

 俺とメルクリオは死んだ。無茶しやがって……おろろろ……。

 



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美味しそうな中華料理

((( *・∀・)ヤレヤレ…


 

 酒を浴びるように飲んで記憶が曖昧になってしまったが、重要な話は覚えている。

 収穫祭の後に行われるレゴール伯爵とステイシー侯爵令嬢との結婚式。この時に行われる壮大なお祭り騒ぎに乗じ、レゴールのどっかしらに出店を構えるという話であった。

 

 俺はここで金を稼ぎたい。

 たまにあるお祭り騒ぎの中でなら派手に荒稼ぎしたって文句は言われないからな。

 それに、金はともかくこういう祭りを純粋に出店側で楽しんでみたいって気持ちもある。

 

 普段だったらよその店のパイを奪うようなもんであまり気乗りしないが、結婚祝いで浮かれているレゴールだったらそんな気遣いも必要ないだろう。

 この祭り限定でとびきり美味いメシを作って、金を稼いで……ま、儲かったらその分祭りに還元して楽しんでやるさ。

 

「さて。いくら知識はあってもいきなり完璧なものは作れない。試作を重ねておかないとな……」

 

 宿の自室。机の上に羊皮紙を広げ、必要な材料を書き出してゆく。

 

 まず、俺が祭りで出店を出すとして。

 やるのは飲食。料理を販売する普通の出店になる。

 そして多売。とにかく大量の品を用意して、ガーッと売りまくる。値段は……薄利じゃなければオーケーかな。あまり値段が高すぎても良くないだろう。そこそこ高めで、大量に捌く感じだ。

 

 また、いくつか前世の屋台で取り扱っていたものも考えてみたんだが、既にボツになったものがある。

 

 まずベビーカステラ。これだめ。

 単純に必要材料のコストが高すぎる。甘味に卵。この時点でアウトすぎる。屋台で出すには高級志向すぎるな。この世界じゃお貴族様のお菓子だよ。美味しいけど今回の趣旨には合わない。

 

 次にたこ焼きと焼きそば。意外と駄目。

 というのもソースがねえんだソースが。ソースは醤油じみた何かから作らなきゃならん。この世界にもソースと呼ばれている調味料はいくつかあるが、それを味見したところでブルドックどころかイヌ科生物の顔すら浮かんでこない。そして俺はソース味がしないとたこ焼きも焼きそばも認めないタイプの人間だ。東南アジア風とか色々あるのかもしれないが、そこまでいくともはや別の屋台飯になるだろう。だから却下である。

 

 屋台で莫大な利益を挙げられるものといえば、綿あめがあるが……これも駄目。

 理由はベビーカステラと同じでそもそも原料の砂糖がそこまで安くないってのと、最大の問題として機材が無い。

 綿あめは円筒状の金属カップにザラメを入れて熱しながら回転させれば作れるが、肝心の回転機構を作るのがしんどい。加熱させながら回転させるってのでダブルでしんどい。それが屋台とか出店という限られたスペースで収まるか? っていうのと、そのテクノロジーはさすがに目立つだろってことでボツとした。いきなり綿あめ屋が異世界に生えてくるのは異質すぎるわ……。

 

 なるべくこの異世界でも溶け込める程度に自然に。かつ、そこそこ主流の屋台飯とは違う独自性を持っている……そんな料理をチョイスしたいところだ。

 原価安めで、大量に用意できて、もちろん味付けはこの世界でも再現できる調味料で……注文が多いぞ!

 いや、諦めるな。なぁに前世知識があればこんなもんは余裕よ……。

 

「……よし、方向性は決まった。これで……調理法はあまり自信がないが、いける……はずだ」

 

 羊皮紙に書かれた雑多なアイデアを眺め、何度も確認し……頷く。

 いける。理論上はこれで良いはずだ。メリットも多いし、悪くない……。

 

「よし。まずは料理の試作……の前に」

 

 ベッドの上のバスタードソードを取り、腰に備え付ける。

 

「食材を調達してくるか」

 

 こういう時、ギルドマンだと本当に便利だよな。

 近所の森に行けば新鮮な肉が歩いてるんだから。

 

 

 

「はい、こちらがバロアの森で獲ってきた新鮮なお肉になります」

「何言ってるんスか先輩……」

 

 昼。バロアの森にちょろっと肉を取りに行って、担いで戻ってきただけの良い時間である。

 偶然ギルドにいたライナを誘って、俺は屋外炊事場へとやって来ていた。

 

「屋台で作るメシの試作をしようと思ってな。過去に似たようなものは作った事があったんだが、今回はそれを試してみる」

「私も味見してみていースか?」

「おう、むしろどんどん食べて意見をくれ。美味いかどうかってのもあるが、どのくらいで売れるかも気になるしな」

「美味しい料理なら大歓迎っス! 味見頑張るっス!」

「ついでに調理の手伝いもさせてやるぞ」

「スゥゥゥ……」

 

 ライナのテンションが下がった。

 意外なことに、ライナはあまり料理が得意じゃないらしい。作ってもシンプルな焼き物くらいしかできないのだという。意外というかなんというか……“アルテミス”でも料理はほとんど担当しないのだそうだ。

 

「たまには自分でも料理してみて、勉強しろよ。手の込んだ料理もやってみると面白いもんだぞ?」

「はぁい……」

 

 なんなんだろうな。獲物の解体とかだったらそこそこ進んでやるのに、料理になるとどうしてこんなに腰が引けるのだか。

 俺からしてみたら獲物の解体の方が技術がいるんだけどな……苦手意識なんだろうなぁ。

 

 ま、今回の調理法は下手っぴでもほとんど失敗することはない。

 これを機に苦手意識を克服していくのも良いんじゃないか。

 

「……なんか、料理をするっていうわりには……あまり見かけない道具ばかりっスね」

「だろ? こいつは……あー、なんていうかな……サウナ知ってるだろ?」

「もちろん知ってるっス」

「あれの小さいやつ。そう、あれだ。蒸し器だな」

「はえー」

 

 俺が手にしているのはちょっと大きめの鍋サイズの木製せいろ。それが3つである。

 上にはチャチな網籠を被せられるようになっており、蒸し布を併用すれば普通にせいろとして機能する道具だ。

 最近までずっと俺の部屋の道具入れになっていたのを引っ張り出してきた。おかげで今まで失くしていたと思っていた高級革が見つかったのはちょっとした副産物である。

 

「サウナにずっといると暑くなるだろ。あれを長時間、さらに高温でやることで食材を調理しようってのがこの蒸し料理ってやり方だ。一応、他の町なんかでもやってるところはあるぞ」

「まじっスか」

「まぁこいつらを使って蒸し料理を作っていくわけなんだが……その前に今回使う食材を使える大きさに切っていこう。ライナも一緒にやっていくぞ」

「はぁい。……ここに並んでるやつで良いんスよね?」

「そうそう。全部こまかーくしていくぞ。ある程度細ければあとは構わないから」

「あ、それなら簡単っスね」

 

 用意した食材はクレイジーボアの肉、様々な野菜類、そしてちょっとの小麦粉だ。

 食材をミンチ、あるいは細切れにしてから、ボウルに入れる。ここで塩と調味料も加えるのだが……今回は試作ということで、調味料を使い分けつつ色々な味のものを作ってみようと思う。

 俺はあまり好みじゃないが、この国の人にとって馴染み深いナンプラー的な奴も使う。今回はこの調味液でも成功しそうな気はするけどね。

 

「調味料で味付けできたら、あとはこっちの……俺が用意した生地で包む」

「なんスかこの白いの?」

「小麦粉で作った生地だよ」

「あー、パンみたいな」

「んーまぁ似てるような似てないような」

 

 さて……お察しの通り、今日俺が作るのは中華料理だ。

 みんな大好きあの中華料理である。ここまでくればもうわかるよなぁ……?

 

「この生地でミンチにした肉餡を包み、閉じ込める……と」

「おー……それやってみたいっス! 面白そう!」

「おうおう、手伝ってくれ。これをこうしてな……こうすると上手くいくから」

「ふむ、ふむふむ……なんかこれちっちゃくて可愛いっスね」

「まぁ確かに」

 

 時折ライナにレクチャーしつつ、熱湯の用意をする。

 かまどの上に水を入れた鍋を置き、ガンガン加熱。水が蒸発してもくもくと湯気が出る上に、木製のせいろを重ねれば準備は完了だ。

 

「この蒸し器の中に今ライナが作った料理を敷き詰めて、後は上にも同じように重ねてやれば準備は完了だ」

「はー……湯気で調理ってなんか面白いっスね」

「蒸し料理は良いぞ。焼いたりするよりも栄養が逃げにくいし、形が崩れにくい。何よりずっと放置していても失敗しにくい。素人でもとりあえずガンガン蒸しておけばなんとかなるのがこれの良いところだ」

「あー、焼き物は見てないといけないスからねぇ。こっちはそういうことないんスか」

「全く無いってわけはないだろうが、焦げ付かないからな。長時間放置していてもなんとかなるぞ」

 

 蒸し料理にはメリットが多い。特に屋台でやる場合なんかだと、見逃せないメリットがたくさんある。

 まず火の管理が楽だ。火で焼くのではなく蒸気を出して蒸すので、火加減をあまり気にしないで済む。雑に鍋を熱すれば良いのは楽だ。なんなら炭じゃなく薪でもできる。

 あと客へ提供する時に常に熱々のものを渡せる。焼き物なんかだと作り終えた奴をストックする場合もあるが、蒸し料理はせいろの中で完成品をキープできるからな。質が落ちないから常に美味いものを食ってもらえる。

 そして調理スペースが若干広く使える……と、思う。せいろを縦に積み上げればその分同時に調理もできるし、焦げ付かないから失敗しない。場所が許す限りせいろをホカホカさせて、適当に放置して増産が可能だ。

 地味なところでは焼かないから油が必要ないってのもある。まぁこれはオマケだけども。

 

「……おー、なんか美味しそうな匂いがしてきたっス」

「どれどれ、そろそろできたかな。よっ、と」

「うわぁ、すごい湯気」

 

 さて、せいろをひとつ取り出しまして、蒸し布を取り払うと……もわっとした湯気の奥から、艶めかしい白い生地の中華料理が姿を現した。

 

「よし! 蒸しギョウザの完成だ!」

「ギョウザ?」

「いや今のは適当に言った。名前は……名前、どうするか……蒸し……」

「……三日月みたいな形してるし、蒸し三日月はどうスか」

「お、いいセンスしてるな。蒸し三日月か。それにしよう」

「自分で考えといてあれスけど、なんか適当に決められた感じがするっス!?」

「そんなことねえよ」

 

 蒸し餃子。というとあまり馴染みある日本人は少ないかもしれない。俺も無い。

 無いけどまぁ皮を厚めにすれば水餃子とか小籠包みたいな感じでいけるだろってことでやってみた。

 小籠包みたいな形でも良かったんだが、屋台で時に生地を大量にストックしておかなきゃいけないとなった場合、あらかじめ丸くて薄いシート状のものを重ねて用意しておける餃子の方が良いかなと思って蒸し餃子になった。単純にこのくらいのサイズや形の方が熱も通りやすいだろうって魂胆もある。

 

「ちょっと小さめっスけど、お祭りの時はこのくらいの大きさで丁度良いかもしれないっスね。色々食べたいっスから」

「だろ。まぁとりあえず食ってみようか」

「っス! ……んむんむ……ほひひひ……」

「ふへふへ……ふめぇ……ふめぇ……」

 

 お互いに熱い餃子を頬張り、蒸気を吐き出しながら会話する。

 何言ってるかよくわからんけど、お互いに美味いってことはわかった。

 

 ボア肉の尖った味も、香味野菜と一緒ならなかなか良いもんだな。意外と熱を通したこのナンプラーみたいな調味液も悪くない。普通に美味い。

 

「これ……超美味しいっスよ。かなり……」

「だな。俺も少し驚いた。……んーでも生地がもうちょいモチモチしてたほうが……生地も改善の余地は大きいな……」

「そっちのも食べて良いっスか」

「おう、食え食え」

「はふはふ……」

 

 結果として、屋台で出す蒸し餃子……もとい蒸し三日月は、かなり有りなんじゃないかという評価をいただいた。

 しかしライナ的にはここまで手が込んでいなくても持ちやすくてシンプルに美味しい肉串焼きでも良いかなという厳しいご意見もいただき……。

 

 いやまぁ……肉をそのまま焼くのは間違いねえし卑怯だろとは思いつつ……。

 確かにと思っちゃう自分もいてね……。

 

 一時保留、という形になりましたとさ。

 

 いやまぁ、美味いしこれで決まりでも良いんだが、うーむ……。

 まだ伯爵の結婚式まで時間はあるし、もうちょっと考えておこうかと思う。

 




( *・∀・)ァアアアアア!


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臨時主人のモングレルさん

 

「ごめんなさいねぇモングレルさん……こんなこと頼んじゃって……」

「いやいや、別に良いですよこんくらい。むしろ俺で良いんですかって感じなんですけど」

「モングレルさんなら信用できるもの……あいたたた……」

「あーあー、無理しないでください。とりあえずヒーラーさんに診てもらって、ゆっくり休んでくださいよ、女将さん」

 

 ある日、俺の宿……“スコルの宿”の女将さんが体調を崩した。

 風邪とか、そこらへんだろう。この世界じゃ軽い病気一つで命を落とし得るのでたかが風邪だなんて口が裂けても言えないが、しかしファンタジーな薬も数多くあるのでまだマシな症状ではある。

 だが風邪を引きながら仕事をしていたのが悪かったのか、棚の上から重い物を落とした拍子に腕をぶつけてしまったらしい。もしかしたら骨にヒビが入っているかもしれない。これもまたシンプルにしんどい状態だ。

 風邪の体調不良に加え、骨折疑惑。とてもではないが仕事なんてできる状態ではない。そもそも宿屋の仕事ってのは、そこそこ重労働だ。

 

 風邪も骨折も薬とヒーラーのお世話になれば治る。だがそれでも数日は療養するべきだろう。

 しかし宿屋に祝日はない……そこで白羽の矢が立ったのが、何故か俺であった。

 いやまぁ、もう何年もこのスコルの宿に棲み着いてるしね。宿の手伝いをした経験も多いし、女将さんとはご近所さん以上に親しくさせてもらっている仲だ。とはいえもっとこう、近所のママ友とかその辺りの人に頼めば良いのにとは思うんだが……。

 

「モングレルさんはいつも部屋を綺麗に使ってくれるでしょ? だったらよその人よりも平気よぉ。ウィンとタックも手伝えるから、使ってやってちょうだいね」

 

 いつもならこの辺りでガハハと笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてくるのだろうが、今日はその元気もない。

 まぁ一日か二日、ゆっくり養生しておくんなせ。娘と息子の世話もやっておくからな。

 

 

 

 というわけで、俺は臨時の宿屋になった。

 

「さてウィン、そしてタック。今日はこの俺が“スコルの宿”の店主だ。別にお前たちをこき使うつもりはないが、普段マリーさんから任されてる仕事くらいは手伝ってもらうぞ」

「はい……」

「お母さん帰ってこない?」

 

 次女のウィンは12歳。末っ子のタックは8歳。

 二人とも母親がいないせいか、いつもより少し元気がない。

 

 長女のジュリアが居た頃はちゃきちゃき働いてくれてたおかげで宿の仕事も捗っていたが、どこぞのけったいな物を量産している職人に嫁いでからは女将さん一人で宿を回してきた。この二人もある程度の仕事を手伝ってはいるが、まだまだ幼いしできることも限られるだろう。

 とはいえ、この世界ではそれこそ10歳くらいにならずとも家業の手伝いをする。幼い頃から教育機関に通うのなんてよほど金のある連中くらいだ。ウィンもタックも、ちょっとした作業であれば任せられるだろう。

 

「マリーさんが居ない分、お前たちが真面目に働かなきゃいけない。わかるな?」

「うん……わかる」

「んー」

「マリーさんが帰ってきたとき、お前たちがサボってたり不真面目に働いてたりしたらどうなると思う? 怒るぞぉマリーさん。バシーンって思いっきり叩かれたりな」

「こわい」

「ひぇー」

「というわけで、三人で力を合わせてやってくぞ!」

「はーい」

「うぇーい」

 

 こうして俺は宿屋になったのだった。

 いや、期間限定だけどな。

 

 

 

 スコルの宿は部屋数が少ないが、場所もちょっと不便な位置にあるせいで少し前まではあまり客が入らなかった。

 しかし最近ではレゴールに入ってくる人も増え、常に満員状態だ。商売繁盛なのは実に良いことである。

 

 だが、おかげで作業量が増えてしまっている。

 具体的には部屋の清掃とシーツ類の洗濯だ。

 この世界の人間はお世辞にも身綺麗ではないし、ぶっちゃけて言うとクソほど汚い。一晩寝ただけで正直ウッとなる臭いで汚染される。

 そんなシーツでも気にならないって人もまあそこそこいるんだろうが、俺はそれが許せない。だからちゃんとこういうものはしっかり洗濯するし、天日干しする。

 幸い夏場だ。手作業の洗濯も苦ではないし、干すタイミングも長くある。力作業も多いけど、ちゃっちゃとやってしまおう。

 

「あら? スコルの宿のモングレルさんよね。それって宿のでしょ? お手伝い?」

「あーどうも。女将さんが体調崩しちゃったみたいで、今ちょっと医者にかかってましてね。その間俺が臨時で宿屋を回すことになってるんですよ」

「あらあら……もうそんなことできるならマリーをもらってやりなさいよぉ」

「ははは……いやいや……」

 

 しかし洗濯やら洗い物やらをやっていると、おばさんのテリトリーだからかグイグイ来られる。

 噂好きおばさんとお節介おばさんは強敵だ。力技で作業をちゃっちゃと終わらせ、すぐに撤収しよう。俺は勝てない敵とは戦わねえんだ……。

 

「おーいウィン、受付ちゃんとやってるかー。客は来たかー」

「ううん、来てない……」

「そうか。誰か来たらすぐに呼べよー」

 

 店番はウィンに任せている。既に女将さんからある程度の手伝いは任されているからか、きっちり仕事できているようだ。

 実際、金回りの作業はウィンに任せておいた方が良いだろう。あまり俺が触れるべきものでもない。

 

「タック、ウィンからちゃんと仕事教わってるか?」

「んー、少し」

「ちゃんと計算の練習もするんだぞ」

「えー……やだ、宿屋やらないし」

 

 ウィンは物静かだが素直で良い子だ。

 反面、タックはやんちゃな男の子である。最近は喋り方も男らしさを増し、可愛げも減ってきた部分に成長を感じなくもない。こういうところは姉のジュリアに似ているんだが、しかしジュリアはやんちゃだけど要領は良かったぞ。今のままだとお前はやんちゃで要領の悪い駄目人間ルートまっしぐらだ。

 

「タック、家の手伝いもできない奴が他の場所で働けると思うなよ」

「俺、モングレルおじさんみたいなギルドマンになるから良いもん」

 

 おっと……これは……。

 きちまったかぁー。ぬるま湯で育った子供特有の、ギルドマンへの根拠なき憧れが……。

 

「タック……子供の頃からギルドマンなんてなるもんじゃないぞ」

「俺ね、剣のスキルが良い。ハードスラッシュと、ハードスピアと、あとね、なんかもっと強いやつ……五個くらい」

「夢はでけぇなタック。と言ってやりたいけどな、ギルドマンなんてのはちっせぇ夢だぜ。まぁ俺が身近にいると錯覚させちまうのかもしれないが」

 

 ロビーの椅子に腰掛けて、俺は隣にタックを座らせた。

 受付からウィンが“さぼってる……”みたいな目線を向けているが、今は大事な男同士の話だ。ご勘弁願いたい。

 

「ギルドマンっていうのは、他の仕事ができない連中が最後に縋り付く職業みたいなところがあってな。言っちゃあれだが、危ない割に給料はそこまで高くないし、世間からの評判も……あまり良くない。ギルドマンってだけであまり気分の良くない扱いを受けることだってある」

「でもゴールドになるとすっごい強いじゃん」

「まぁゴールドには憧れるよな。けどそれだったら、兵士でも良いだろ? そっちの方が給料も多いし待遇がずっと良いぞ。実際、ギルドマンのゴールドよりも騎士団の上の方にいる人のが強いしな」

 

 これは方便ではない。そこらへんのゴールドランクのギルドマンよりも、騎士団上層部の連中の方が戦闘能力が高いというのはよくある話だ。

 もちろんギルドマンは対人戦よりも魔物との戦いに慣れているし、兵士は対人戦向けの練習を積んでいるからってところもあるのだが……前世でよくあったフィクションのような、S級冒険者が国の精鋭より強いなんてミラクルはほぼあり得ない。

 

 ……まぁシーナのような突出した能力とか、サリーのようなよくわからん突然変異種みたいな連中みたいに一概に弱いとは言えない奴らもいるっちゃいるのだが。

 

「えーギルドマン弱いの……」

「本職で兵士やってる人らにはそりゃ勝てねえよ。ギルドマンにやられてたら兵士クビだもんよ。いつもマリーさんにデーツ届けてくれるブロノアおじさんいるだろ? あの人も兵士だけど、大抵のギルドマンよりずっと強いからな」

「うそぉ!」

「本当だよ。門番やってる連中はもっと強いけどな」

「じゃあ兵士になる!」

 

 子供の夢は高度な柔軟性を持っているな……良いことだぜ……。

 

「だったら、勉強もちゃんとやらなきゃ駄目だぞ。数字を上手く扱えなきゃ騎士どころか偉い兵士にもなれないんだからな」

「……勉強かー」

「勉強できない兵士なんて下っ端止まりだよ。しっかり計算できないと部下に給料を渡せないだろ? 軍人さんを束ねる軍師だって、人数をしっかり管理できなきゃ戦争に負けちまうしな」

「あ、そうかぁ」

 

 もうなんか兵やら軍やら方便を色々とごっちゃにしてるが、こういうのは子供を上手く言いくるめられれば良いんだ。

 子供の憧れなんて全部ごっちゃになってるから間違ってるわけでもないのだ。

 

「立派で偉い兵士になりたきゃ、宿屋の計算くらいきっちりこなせよ!」

「はぁーい……ウィン姉ちゃん、俺も手伝う」

「えー私がやったほうが早いよ……」

「わけて」

「しょうがないなぁ……」

 

 まぁ、兵士になりたかったら十歳くらいで魔物をちょくちょく仕留めてスキル覚えたほうが早いんですけどね。その点害虫駆除で経験値稼ぎみたいなことができる農村出身者は強い。

 タックは……己の生まれを悔やむことだな! 気づいた頃にはお前はもう頭脳労働者路線まっしぐらだ! 商人になるのがお似合いだぞ!

 

「あ、モングレルさん……スープの支度、お願いします。あとパンの買い出しも……」

「あーそれもあったな。はいはい」

 

 こうしてなんとか、一日の宿屋の手伝いは完了した。

 慣れない作業ばかりで意外と疲れたが、存外ウィンとタックが力になってくれたおかげで肉体労働をするだけで済んだのはありがたかった。

 

 翌日には薬を飲んでヒールを受けて無事に全快した女将さんが帰ってきて、“軍師になりたい”などと宣ったタックのケツをバシーンと引っ叩いて泣かせていた。

 俺もお礼のお金や言葉と共に背中を引っ叩かれた。

 

 うんうん……超痛いぜ……。

 もしかすると宿屋を続けていれば強くなれるのかもしれん。

 タック、このままここの手伝いしてるだけで兵士への道は開けるかもしれんぞ。頑張れよ。

 



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猛禽の羽休め

 

「やあ」

 

 ある朝。ギルドを訪れてみると、受付の真横に男が佇んでいた。

 大柄な身体。分厚く仕立ての良い服の上からでも隠しきれないパツンパツンの筋肉。それらを裏切るかのようなしょんぼりした表情と、寂しく禿げかけた頭頂部。

 サングレール聖王国からやってきた外交官、“白頭鷲”アーレントさんだ。

 

「おー……久しぶり……っていうか、え、なんで今さらギルドにいるんだい、アーレントさん」

「今日は久々に見学でね。ちょっとわがままを言って、ギルドを視察させてもらうことにしたんだ」

 

 視察というか、受付の傍で佇んでいるだけに見えたが……。

 

「……本音を言えば、外交官としての真っ当な仕事がなかなか大変でね。慣れないことをしているのだから当然なんだけど、うん。まあ、これは休憩のようなものだから、気にしないでほしい」

「周りはあまり落ち着かないみたいだけどなぁ……」

 

 さすがにアーレントさんの存在はギルドの中ではすっかり周知され、頭を使わない連中でも“なんか貴族とお話することもある偉い人”という認識をされているようだ。絡みにくいし完全な腫れ物扱いである。受付の中のミレーヌさんもちょっと苦笑を浮かべていた。

 

「もしお暇でしたら、モングレルさん。アーレントさんと一緒に修練場で身体を動かされてはいかがですか?」

 

 そしてミレーヌさんから雑に“おいそこのブロンズ野郎ちょっと修練場でアーレントさんのお相手してこいよ”と言われ、俺たちはとぼとぼ修練場へと向かうのだった。

 

 

 

 修練場では既に幾つかのパーティーが訓練している最中だった。

 木剣と盾を使った攻撃と防御の応酬。型を確かめ合うような稽古である。

 多分、“大地の盾”の若手の連中かな。堅実な太刀筋と構えだ。このまま厳しい訓練を繰り返していけば、軍にも通用する立派な剣士になるのだろう。

 

「武の一切を捨てる覚悟で外交官になったつもりではあるんだけどね。それでもやはり、向き不向きはあるようだ。何度か貴族街で偉い人達と言葉も交わしたけれど、難しい会話というのは実際に頭が痛くなってくるものなんだね」

 

 訓練風景を眺めながら、アーレントさんがどこか物憂げに語る。

 

「私はやはり、こういった景色に故郷があるようだ。人々が訓練し、武を競い合う姿を眺めていると、こう……落ち着くよ。まるで自分が戦うために生まれた人間であるかのようで恐ろしくもあるけれどね」

「……まぁ、得手不得手はあるからなぁ。仕事とはいえ、自分の苦手な分野に向き合い続けるのはそりゃ辛いでしょうよ」

 

 向き不向き。得手不得手。それは単純な熱意や努力では覆しにくいものだ。

 適正ってのはどこにでもあると俺は思う。

 少なくとも、適正が身につくまでの練習や訓練は必要だ。ぶっつけ本番で外交官をやって上手くいったら、それこそ現場の人たちはやってらんないだろうしな。

 

「ま、アーレントさんはもう大事な職についてるからやめろとはいえないけどさ。今日みたいに息抜きするくらいだったら良いんじゃないか」

「……平和を目指す外交官としては、どうなんだろうね」

「ガス抜きはなんだって必要だよ。ほら、向こうちょっと空いたみたいだから、ちょっと稽古の真似事でもしてみよう」

 

 俺は樽に突っ込まれた木剣と木箱に重ねられた木製盾を取り出して、アーレントさんに投げ渡した。

 

「……私は格闘でしか戦ったことがないんだけども……」

「大丈夫大丈夫、俺だって誰かに習ったわけじゃないから。ゆっくり型を確かめる感じで、それっぽい打ち合いでもやって身体動かせば気も紛れるさ」

「……確かに、考えるよりもそっちのほうが私には合ってそうだ」

 

 アーレントさんが木剣と盾を装備し、同じ装備を身に着けた俺と向き合う。

 ……うん。アーレントさんの身体がデカいせいで装備がちっちゃく見えるな。

 

「モングレルさんだ」

「あの人アーレントさんじゃない? 剣使うんだ」

「稽古だ稽古」

「モングレルさーん! 応援してるぜー!」

「あーうるせー。自分たちの稽古に集中してろー」

 

 注目されたって、俺だって素人剣術なのだからじっくりとは見られたくない。普通に下手くそだから困る。

 俺が強いのは動体視力と無理やり速く動くことでなんとかしている部分が大きいんだ。別にどこそこ流の剣術を修めたわけじゃない。

 

「いくぜぇアーレントさん。まずはゆるーく、ほい」

「おっとっと」

「こっちもこうだ」

「おっ、なるほど盾はわかりやすい」

「すげぇ剣の根本で受けるじゃんアーレントさん」

「拳に近いほうが慣れてるからかな」

 

 はじめはノロノロした動きでお互いの剣を受けたり反撃したりを繰り返していたが、互いに呼吸を合わせたら少しずつ早くしていく。

 とはいえオーバーにガガガガッとかやったりはしない。周りの若者が“す、すげぇ……! これが訓練なのか……!”みたいな現象は発生しない。あくまで常識的な速さに留め、打ち合うばかりだ。

 てかお互いに不慣れなことしてるから、わりと真面目にこのくらいの速度じゃないと頭が処理しきれねーんだ。

 

「剣に迷いがあるぜぇアーレントさん」

「迷うさ……知らない武器だし悩み事もあるもの……」

 

 しかしアーレントさん、盾の扱いはなかなか上手い。バックラー向きの使い方だな。相手の剣戟に合わせてパリィするような動きが冴えている。これ実戦でやられたら普通に追い詰められそう。

 

「よーし、じゃあこういうのはどうだ」

「うおっ、これは。なかなか……ぬうっ」

 

 しかし腐ってもこっちだって剣士だ。時にパリィの難しい場所に突きを放ったり、盾で斬るような殴り方をしてみたり。

 色々と雑多な武器の扱いで覚えた動きを使って、初心者特有の弱点を大人気なくチクチクついていく。

 これは訓練じゃねえ息抜きだ……息抜きだからこそ俺が気持ちよく終わりてえんだ……。

 

「なんかモングレルさんの戦い方卑怯だな」

「あの盾の使い方すると副団長に怒られるんだよな」

「うるせー外野! これが俺のやり方だ! 最終的に勝てばよかろうなんだよ!」

「最低なこと言ってる!」

「アーレントさんをいじめるな! みんな、やっちまおうぜ!」

「え、おいおいちょ、ま、お前らそんな騎士道持ってくるな!」

 

 俺の戦い方が外道過ぎて癪に障ったのか、訓練していた若者たちが一斉に俺を狙って襲いかかってきやがった。

 くっそ滅茶苦茶笑いながら向かってきやがる……!

 

「だらぁやってやるよ! 一人ずつ並んでかかってこいや!」

「全員で囲んで叩いちまえー!」

「畜生こういうときだけ騎士道が乗ってこねえ! アーレントさん助けて!」

「ははは……! なんか面白くなってきたね。よし、じゃあ私も盾で援護しようかな……!」

「うわあ! アーレントさんが寝返ったぞ!」

「俺たちの訓練の成果見せてやろうぜ!」

 

 それから俺たちは何故か乱戦に突入し、途中で誰が敵か味方かもわからないバトルロイヤルへと発展し、クタクタになるまで木剣でしばきあったのだった。

 もう完全にテンションに流されるがままに戦ってたな……最後に副団長さんが怒って止めに入らなきゃまだしばらく泥仕合が続いてたんじゃねえかな……。

 

「いやあ動いた動いた……お互い生傷だらけだなぁアーレントさん……あれ? そうでもない……」

「はー面白かった……やっぱりこの腕輪は便利だねぇ。ある程度の攻撃は勝手に私の魔力を使って防御してくれるよ」

「あっ、ズルい。そういやその魔道具付けてもらってたんだな。まだ付けてるのか……」

 

 アーレントさんもバシバシと叩かれていたが、俺ほど生傷だらけではなかった。本来はアーレントさんの剛力を縛るための呪いの腕輪だが、ここに来てプラスの効果を発揮してやがる……。

 俺なんか手加減のために身体強化をほぼ切ってたせいで久々に擦り傷だらけだよ。超いてえ……。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう、モングレルさん。最近はちょっと根を詰めすぎていたけど……いや、とてもいい気晴らしになったよ」

「お、それは良かった。あんまり思いつめず、適度に身体を動かして解消するのが一番だよ、アーレントさん」

「うん。きっとその方が良さそうだね。……また今後、次は格闘なんかで模擬戦してみるのはどうだろう?」

「えー格闘かよぉー……それはちょっとなぁー」

「格闘は良いよ、武器がなくても戦えるからね」

 

 なんてことを言いながら、アーレントさんがシャドーボクシングをしている。

 軽くジャブしているつもりなんだろうが既に風を切る音がしてて怖い。ステゴロの喧嘩だって俺は素人だぞ。勘弁してくれそれは。

 

「次やる時は……そうだ、弓にしよう弓。弓なら公平だ。俺下手だから」

「むぅ……弓は使ったことがないなぁ……でも興味はある。面白そうだね、弓もやってみよう。……しかし弓ってまずどう持つのだろうか」

「それはなアーレントさん。こっちをこう持ってだな……あれ? こうだったっけな」

「曖昧だ……」

 

 アーレントさんもアーレントさんで色々大変だろうが、ハルペリアとサングレールの平和のためにも適度に息抜きしながら頑張っていただきたい。

 そのためならまぁ、俺も気分転換のスポーツくらいは付き合ってやるさ。

 格闘以外だったらな!

 



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短めのチュートリアル

 

 祭りで屋台を出したい。で、どうせだったらアホみたいに稼ぎたいので、原材料やら準備やらのために準備金を用意しておきたい。デカいことをやるためにはそれなりの金がいるのだ。

 前世のサラ金も真っ青な金貸し屋はレゴールにも幾つかあるが、そういうのは頼るべきではない。マジで借金奴隷に落ちる危険が出てくるのでね。

 なのでここは自力で稼いでやりたいのだが……夏場のブロンズランクが受けられる任務となると、まあ大した仕事は無い。

 

 だから俺は……自分で稼ぐことにした。

 こうなることはわかっていた。メルクリオから売れ線商品を聞いて、もう大体この路線に進むことは確定していたようなものだったしな。

 

 今回作るものは……そう、高値で売れるアダルトグッズだ……!

 

 だからホーンウルフ……すまねぇ……。

 またこの俺に……力を貸してくれ……!

 

 いいよ(裏声)

 

 ありがとう……!

 

 

 

 俺だって技術があれば美麗な彫刻を作りてえさ。

 でも俺にそんな技術はない。先進的なパターンとか柄とか、そこらへんは頭の中にあるけどもね。手先の器用さとか技量はどう足掻いたってこの世界の本職には負ける。

 だから実用性……実用性? で勝負するしかねえんだよ……。

 

「へー……今回のは随分と短いやつなんだな? モングレルの旦那」

 

 今回の工作は比較的簡単で、そこまで時間のかかるものではなかった。

 強いて言えば削っている間の俺の目が死んでいたくらいのものだろう。

 

 メルクリオは俺から渡された新作を手に取って眺めている。

 こういう明らかにけったいな使い方をするとわかっているものを恥ずかしげもなく商人目線で観察できるってのは、結構凄いことだよな。

 

「そいつは……プラグっていうらしい。今までのものと同じ、こう、後ろに……ガシィンと装備したままにするやつだよ」

「使い方は今までと同じってわけか。ふーん、プラグねぇ……」

 

 見た目はこう、イチゴ型の先端部があって、ヘタの部分にちょっと柄の部分があり、あとは穴の奥に入って取り返しがつかなくなる事故を防ぐための幅広い蓋みたいなパーツのある道具だ。ノブがイチゴみたいな形をしたドアノブといえば直感的にわかりやすいだろうか。

 太さや長さはまちまちだが、どれもそう長いものではない。いわばプチモングレルだ。

 太さもまぁ常識的……常識的? な程度だろう。知らんけど。

 

 小さめのホーンウルフの角でも作れるサイズなので、今回はこれにした。

 幾つか作ったので、こういう目新しい道具を出せばどうせレゴールにいる潜在的スケベ伝道師の誰かが買っていくんだろう。任せたぞ潜在的スケベ伝道師。

 

「一応使い方のメモみたいな奴も書いたから、それと一緒に売ってくれるか」

「うお、用意が良いな旦那。……へえ、こいつは入れっぱなしにするわけね。練習用と言うか、慣らし用というか……ふうん、そういうのもあるのか」

「俺の作った物で怪我されたらなんか嫌だろ……それに今まで色々と作ってきたけど、模造品で危なっかしいものが広まっても困るしな」

 

 特に今回みたいな短いサイズのやつ。こういうのでヘタな模造品が出ると危ない。

 蓋というかストッパー部分が無しだとそのままスポォンと入っていく可能性があるので、それはもう大変なことになる。具体的には診療所に勤めているヒーラーの方々がキレる可能性がある。

 これは前世でも似たようなケースは多かったしな……乾電池とか、ブラキオサウルスのおもちゃとか……前世だったら専門の医療機関に行けばいいだけだが、この世界じゃ異物を取り出すには大変な苦痛が伴うだろう……。

 正直最近、その手のケースでヒーラーのご厄介になったという噂話を聞くことがちょくちょくあってな……ここらで安全な道具というものを提案しておこうかなとは思っていたんだ。

 

 みんなも知的好奇心や快楽への欲求に流されて、無謀なチャレンジをしたら駄目だぞ……。

 身の回りにあるものを使って失敗すると三英傑みたいなことになるからな……。

 

「……モングレルの旦那、結構詳しいけどよ。こういう物を使ったことあるのかい?」

「無いです。スケベ伝道師から聞いただけです」

「出たよスケベ伝道師。前から時々その名前を聞くことがあるんだけど、何者なんだいそいつは」

 

 聞くことがあるのかよ……お前も……。

 

「さてな……俺にも詳しいことはわからん。どこにでも居てどこにも居ない。それがスケベ伝道師なのかもしれん……」

「謎が多いなぁ……まぁ、わかった。この手のものは売れるからな。早めに捌ききってみせるさ。任せてくれ」

「頼んだぜメルクリオ。祭りの前までに準備金を集めておきたいからな」

「ああ、屋台ね。結局何にするんだい、旦那は」

「んー、まぁ飯とかになると思うけど、詳しいところは決まってねえんだ。ただ、何をやるにしても金はいるだろうからな。そのための布石だよ、これも」

「そうかい。だったらアドバイスだ。祭りの直前に珍しい食材を買い集めるのはやめておくんだな。似たような考えの連中が一斉に買い漁るせいで、きっと値段が高騰するからよ。事前に店に話を通して置いた方が良いぜ」

「確かに……ありがとな、メルクリオ。必要なものがあったらそうしてみるわ」

 

 小麦粉が無くなる……なんてことはそうないだろうが、収穫祭の直後だとわからんな。

 それよりも餃子を作るのであれば野菜類の枯渇が心配だ。屋台で出すものが決まったら早めに揃えておきたいもんだ。

 

「ああそうだモングレルの旦那。もし機会があったらで良いんだけどよ、俺の知り合いでギルドマンになってみてえって奴がいてさ。そいつにちょっとだけ、ギルドマンの初歩ってやつを教えてやってもらえねえかな?」

「ん? ギルドマン志望かよ? あんまりおすすめはできねえけどなぁ。今の御時世だったら商人目指したほうが良いんじゃねえの」

 

 レゴールも発展しているし拡張区画も出来ている。露天商からでもやっていくには十分なもんだと思うが。

 

「いやぁ俺もそう言ったんだけどなぁ。女が一人で商売やっていくなら結局は腕っぷしも必要だろうって聞かねえんだよ。まぁスキルが一つでもあれば随分違ってくるのは確かだから、間違っているとは言えねえんだけどさ」

「女か。年齢は?」

「18だよ。名前はダフネっていう。んで気は強いんだが、荒事の経験は無しだ。危なっかしいだろ?」

「危なっかしいなぁ」

 

 ライナと同い年だが、かといってスタートラインは全然違う。

 ライナは昔から狩猟をやってたし、その分経験と知恵がある。バロアの森でもやっていけるだけの最低限の能力も培ってきたはずだ。

 そのダフネって奴がどんな過去を送ってきたのかは知らないが、メルクリオが心配している辺り期待はできないだろう。

 

「ダフネも頭の悪い奴じゃないんだが、なかなか負けん気が強くてねぇ。自分で壁にぶつかってみるまでは納得できねえ性分なんだよ。かといって、ギルドマンってのは怖いだろう? ダフネはなかなか綺麗な子だからさ、いきなりアイアンってやつに飛び込んでも、何が起こるかわかったもんじゃねえのよ」

「で、俺に子守を任せたいと。そういう事情ならまあ少しくらいは構わないけどな。それにしたって随分と過保護じゃないか、メルクリオ」

「まぁ、色々と事情があってなぁ……ダフネは世話になった人の妹だからよ。少しくらいは目をかけてやりてぇのさ。……やってもらえるんだな? 旦那」

「タダってわけでもないんだろう? だったら断る理由もないぜ」

「そいつは助かる。ま、本当に初歩から教えてやってくれよ。商売人に向いてる女ではあるんだが、ひょっとしたらそのままギルドマンになっちまうかもしれないしな」

 

 少し安堵したような顔で、メルクリオはメモにサラサラと地図を描く。

 ついでにサインを入れて、紹介状のようにもしているらしかった。

 

「ほい、ダフネの居場所だ。その宿にいる。ここからそう離れた場所じゃないから、すぐ行けるはずだぜ」

「……これ入り組んでるなぁ。宿なんてあったか、ここ」

「あるんだよ、格安のがね。ま、後は旦那に任せたよ」

 

 

 

 メルクリオの地図に従ってたどり着いた宿屋は、看板も小さくチャチなものを掲げているだけの、どこか以前のケンさんのお菓子屋を彷彿とさせるものだった。

 言われてみないと宿屋だなんてわからんなこれじゃ。

 

「おーい、ダフネさーん、いらっしゃいますかー」

 

 その宿の奥まった扉を叩き、名前を呼ぶ。夕時だがこんな中途半端な時間に部屋にいるんだろうか。

 と、少し心配になったが杞憂だったらしい。部屋の中から物音と“はーい”という返事があって、ドタドタと荒っぽい足音が聞こえてきた。

 

「誰ー? ってあら? 本当に誰?」

 

 扉から顔を出してきたのは、長い黒髪のなかなかの美人であった。

 メルクリオに言われていた通りの気の強そうな目。そして男の来客を前にして下着同然の薄着で出てくる無防備さ。なかなかの逸材だ。心配になるのも頷ける。

 

「俺の名前はモングレル。ダフネで間違いない?」

「ええ、私がダフネだけど」

「メルクリオって知ってるだろ? そいつの友達さ。メルクリオに言われてここに来たんだ。あ、これ一応あいつからのメモね」

「ふうん。メルクリオさんが……あっ、もしかしてギルドマン?」

「そうそう、ブロンズ3の超ベテランギルドマンだぞ。俺も事情はちょっとしか聞いてないけど、ギルドマンに興味があるんだってな? もし興味があるようなら、慣れるくらいのところまでは協力してやるように言われてるんだが……」

「……はーっ。兄さんといいメルクリオさんといい、とことんお節介なんだから……」

 

 あれ、乗り気じゃないのか。

 だったらまぁいいや。とんぼ返りしてなかったことにするけども。

 

「……本当は一人でもやってみるつもりだったんだけどさ。現役のギルドマンに手伝ってもらえるなら嬉しいわ。お願いできる? モングレルさん」

「おう、任せてくれ。まぁ俺も忙しい時とかはあるから、常につきっきりで指導ってわけにはいかないけどな。お互いに時間を合わせながらやっていくとしよう」

「ん、わかった。私もその方が助かるわ」

 

 こうして、トントン拍子にチュートリアルおじさんとしての仕事が決まったのだった。

 第一印象は思っていたほどそう悪くない。素直に聞いてくれるなら、結構早めにレクチャーも終わるかもしれないな。

 



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ギルドマンを志す理由と目標

 

 

 依頼人はメルクリオ。仕事内容はメルクリオの知り合いの妹であるという少女、ダフネにギルドマンとしてのイロハを教えてやることだ。

 ここまではシンプルだ。しかし問題は報酬の少なさである。

 俺だって仏様ではない。メルクリオには世話になっているし色々と手伝ってもらってはいるが、あまり手取り足取り時間や世話をかけられるほど俺も暇じゃない。

 なので教える時は必要な部分を重点的に、効率良くやらせてもらおうと思う。

 

 ひとまず、話を聞かなければならないだろう。

 俺はダフネという少女について何も知らない。ギルドマンを目指す目的も、目指す上での具体的な形も。まずはそれを聞いて、情報を共有してからだ。

 

 そんなわけで、ひとまずギルドマンらしい格好に着替えた上で狩人酒場まで来てくれと言っておいたのだが……。 

 

 

 

「あ、いたいた。や、モングレルさん。ちゃんと装備整えて来たわよ」

「……お、おう。いや、思いの外まともな格好で来たから驚いたな」

 

 どれくらい森を舐めた服装で来るのかと内心楽しみにしていたのだが、狩人酒場に来店したダフネは思いの外ギルドマンらしい装いだった。

 夏場のうざったい下草から防御できる長めのブーツ、生地の丈夫そうなズボン、上半身は暑さ対策のためかラフだったが、しっかりと皮の軽装備は着けている。

 腰にはベルトポーチに、ナイフ。そして小さめの背嚢……。

 自信ありげな表情も相まって、現役のアイアンかブロンズのギルドマンだと言われてもわからないほど様になっていた。

 

「前々から少しずつ装備を集めてたのよ。兄さんは“ギルドマンなんかになるもんじゃない”ってずっと反対してたから、内緒で集めてたの。どういう装備が役に立つのかっていうのも、自分で調べながらね」

「……随分とやる気はあるみたいだな。けどそこまで調べているのなら、ギルドマンが儲からない上に危ない仕事だってことくらいはわかっているんだろ」

「なによ、お説教しに来たの? だったら帰らせてもらうんだけど」

「いや、ただ純粋に気になっただけだよ。承知の上でそれでもなりたいってんなら俺は止めはしない」

 

 ダフネは少し言いづらそうにモゴモゴと口を動かしている。

 俺はローリエ茶を啜りながら、次の言葉が来るのを待った。

 

「……私は今まで、黒靄市場で兄さんのやってた商売の手伝いをしてたんだけどね。つい最近兄さんが亡くなっちゃったのよ。けどやり方は私も覚えてたし、しばらくは順調だったんだけど……兄と一緒だった時とは違って、女一人でやっていくのが大変でさ。取引先とも客とも、とにかく舐めて掛かられるのよ」

「ああ……」

 

 ダフネの兄貴は亡くなってたのか。なるほど。

 それで商売を継いだはいいが、女一人じゃ難しくなってきたと。ふむ、そいつは大変そうだ。

 この世界は魔力やスキルがあるおかげで見た目のいかつさだけが全てではないが、それでもどうしたって若い女は侮られがちだしな。

 

「黒靄市場が悪いってわけじゃないのよ、多分。私くらいの女が一人でやっていくには、どこに行っても厳しいはず。だからまずは、ただの女から脱却しなくちゃいけないってわけ」

「それでギルドマンになりたいわけか」

「そ。ちょっとランク高めの認識票を付けてるだけでも只者とは思われないでしょ? 少なくとも対等な取引はできそうじゃない?」

「まあ、確かにな。なるほど……」

 

 この点、俺が男として生まれ育ったのは運が良かったとしか言えない。

 変に身体を狙われることもないし、最低限の威圧感はあるだろうからな。まぁ生まれそのものは良いもんじゃなかったが……。

 

「もちろんハッタリじゃなくて、スキルとかも欲しいけどね。魔物を倒して、戦う力を手に入れてさ。……この歳でスキルを取ろうとするのは遅いのは知ってるけど。それでもあるのと無いのとじゃ違うからさ」

「だな」

「あとは、護衛依頼ができるようになりたいのよ。依頼を受けたギルドマンなら簡単に都市間を移動できるでしょ。しかもお金を稼ぎながら。そうすれば私の商売の幅も広がるわ」

 

 ふむ。ふむふむ。

 タックがギルドマンになりたいって世迷い言をほざいていた時は俺も止めにかかったが、ダフネは色々考えているようだ。

 ギルドマンとしての身分の使い方も明確なビジョンがある。まぁ甘いところはありそうだが……世の中の大半のギルドマンよりはずっと計画的に考えてるな。

 

「よしわかった。それだけ真面目に考えてるならこっちもやりやすい。装備も自分で整えるくらいにやる気があるなら教え甲斐があるってもんだ」

「……メルクリオさんから報酬が出てるんでしょ? もし色々親切に教えてくれるなら、私からもお金は払うわよ。一応まだ、懐に余裕はあるからね」

「ああ、まぁそれは別に構わねえよ。金の無い子供から毟り取ろうとするほど俺も鬼じゃない」

「はぁ? 大人なんだけど」

「ああそういう意味じゃねえって。俺から見りゃダフネも子供だってことさ」

「……老けてる」

「うるせぇ」

 

 確かに気の強いところはあるが、横暴ってほどじゃない。

 教える間もさほど苦労せずに済みそうだ。別に人柄によって教導をおろそかにしようとは思っていなかったが、こういうタイプにはちゃんと教えてやりたくなるな。心情的にも。

 

「さて。じゃあまず前提から整理すっか」

「ええ」

「ダフネは護衛依頼を受けられるくらいにはなりたいと。で、スキルも欲しい。そういうことだな?」

「そうね。もちろんギルドマンとしてよろしくやっていくコツとかも、色々教えてもらいたいけど」

「そこらへんは俺の得意分野だから任せておけ。……まず、護衛依頼を受けたいのであればブロンズランクに上がることは必須だ。まともな護衛の仕事はブロンズからじゃないと受けられないからな」

「らしいわね。まぁ、もちろんすぐに上がれるとは思ってないから下積みはするわよ?」

「それまではアイアンクラスで雑用に近い任務をこなして、ブロンズ目指してやっていくことになるわけだが……正直言って、アイアンクラスの任務は稼ぎがしょっぱい。時間的な拘束が長いわりに安い仕事が多い感じだな。真面目にやっていてもその日暮らしをしていくので精一杯だろうし、多分ダフネ、お前が今やってる商売と同じかそれ以上にキツいと思うぞ」

 

 特に身体強化も使えない女となると、力仕事ができない。これが厳しい。

 身体を張ってやる仕事はなかなかいい稼ぎになるんだが、見たところダフネはそこまで屈強ではない。スタイルはなかなか良いが……いわゆる3Kの労働に長期間耐えられるようには見えない。異世界の3KはガチでKしてるからな……。

 

「……話には聞いてたけど、アイアンって本当に儲からないのね」

「ああ。しかも真面目にやっていてもブロンズに上がるまでに半年から一年くらいはかかる。あ、もちろん昇級のためには戦闘能力だって必要だぞ。最低限戦えるように訓練する時間も必要だ」

 

 ダフネの場合はこの戦闘訓練が難しいかもな。

 聞く限り商人としてやってきたっぽいし、魔物を相手にした経験はかなり薄そうだ。

 

「そうだ、ダフネ。ギルドマンなら何かしらの武器が必要になるが、何を使うつもりだ? それとパーティーを組むかどうかも重要になってくるぞ」

「……武器は、正直よくわかんない。私じゃロングソードが使いこなせないのはわかってるけど、だからってショートソードなら良いってわけじゃないんでしょ? パーティーもまだ考えてないわ。……やっぱり一人でギルドマンをやってくのは無理?」

「年頃の女がソロは厳しいなぁ。バロアの森に一人で潜って任務をこなすにしても、ダフネだったら多分十日もせずに森で死んでると思うぜ」

「え……弱いから?」

「弱いし一人だし良い装備持ってるし女だからな」

「……逃げるだけなら、できると思うけど」

「無理無理。悪いが賭けてもいいぜ。パーティー組まずに初心者の女がソロは自殺行為だ」

 

 武装もちゃんとしてない上に森歩きに慣れてない美少女が一人……バロアの森に多くいるのがギルドマンじゃなくても危ないぞ。なんならレゴールの一般的な兵士しかいない状況でも危ないと思う。

 犯されるだけならまだマシだが口封じに殺されても全然おかしくない。

 

「……あー、うーん……わかった。パーティーを組んだほうが良いってことね」

「ソロじゃなきゃ駄目な理由でもあるのか?」

「無いけど……」

 

 どうもダフネは渋っている様子だ。

 緑の眼の奥には不服そうな色が見える。

 

「パーティーを組むと楽だぞ。報奨金は山分けして減るだろうが、複数人ってだけで安全になる。不届き者から狙われる確率が減る。これはダフネにとってはデカいだろ」

「まぁ……」

「あとは現状の初心者状態でも討伐任務が視野に入る。討伐ができるだけでもギルドからの覚えは良いし、相手によっては結構金になるからなかなか稼ぎも良いぞ。スキルを取得しやすくなるしな」

「……討伐は正直、まだ全然自信ないんだけど」

 

 お? そこらへんは謙虚なんだな。ちゃんと自分の力量をわかっているのか。

 

「まあ、自分の武器の扱い方も知らない上に森の歩き方もわからないんじゃ夢のまた夢だ。ギルドの初期講習をよく聞いて、資料室で魔物について勉強して、慣れてる連中の討伐の様子を何度も見学してようやく参加できる。そのくらいのもんだと思った方が良い。毎年勇んで討伐に行く新人ギルドマンが何人もぶっ殺されてるからな」

「……バロアの森でも?」

「もちろん。ダフネは身近にあるからちょっと甘く考えてるかもしれないが、あの森はおっかない森だぜ? まぁその辺りはすぐにわかるだろうが」

 

 ちょっと森を歩いて小動物と出くわすだけでも危険度は伝わるだろう。なんなら死にかけのゴブリン一体と出会うだけでションベンをちびっても何もおかしくない。

 

「まあひとまずギルドに加入して、アイアン1になるこったな。そんで初期講習を受けて、できれば他にやってる講習も受けてくると良い。あとは街中でできる簡単な任務をいくつかこなして、ギルドマンの仕事がどんなもんなのかを体験してみな」

「……武器は?」

「それはまだまだ後で良いさ。登録する時も主力武器はナイフって書いとけ。パーティーも今のところは様子見すると良い。真面目に続いたなら、何かしら良いところ紹介してやるよ」

「……うん、わかった。ありがとう、参考になったわ。また今度相談に乗ってもらえるかな? モングレルさん」

「おう、いつでも乗ってやるよ。ギルドマンになれば俺の後輩だ。酒飲むついでに話すくらいならいくらでも相手してやる」

「ふーん、頼もしい。……よーし、色々悩んでたけど、とにかくギルド行って登録してこなくちゃいけないか。やるぞぉー……」

「おー頑張れ。お祝いに一杯おごってやるよ」

「本当? うわー、ありがとうモングレルさん!」

 

 こうしてダフネはギルドマンになる決心を固めたのだった。

 

 話を聞く限りでは衝動的な憧れとかでもないし、本人がよく考えてなるべきだという結論に至ったのであればこっちも止める理由はない。取り返しのつかないことでもないしな。

 

 本人がこれから真面目にやっていくとして、後は武器と、パーティーか……その辺りはしっかり考えてやろう。

 



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バロアの森観光のしおり

 

「モングレル先輩、最近あの女の子とよく話してるみたいっスね」

「おお」

 

 森の恵み亭でぬるいエールを飲んでいると、隣の席にライナがやってきた。

 

「あの女の子っていうと、ダフネのことか? メルクリオからちょっと頼まれててな。ギルドマンになりたいって言うから、少しだけ面倒見てやってるんだ」

「新人さんスか」

「しかも今まで野遊びもろくにやってこなかったような、典型的な町人タイプだぜ。珍しいだろ」

「え、大丈夫なんスかそれ」

「どうだろうなぁ。ブロンズまで行って護衛依頼が受けられるようになりたいとは言っていたが……」

 

 頭は良いんだろう。

 前に話を聞いた時、商売そのものは邪魔さえなければ順調だと言っていた。

 良品の生地や端材、木製カトラリー、子供用の遊具など、手広く扱い、売っているのだそうな。

 多くの商品を上手く管理しつつしっかり利益を出す辺り、若いのになかなかやり手だなと思う。少なくとも俺よりは上手いはずだ。商品全て売り切って赤字を出すなんてヘマはしないだろう。

 

 ダフネならそのまま商人路線でいくことも不可能ではないし、無理にギルドマンになるよりはマシだと思うんだが……。

 

「討伐とかもできない人だと、早めの昇格は厳しそうっスねぇ……」

「だな。戦う腕前があれば最初のうちはさっさと上がれるが、それが無いとなると堅実にアイアンの仕事をやっていく必要がある」

 

 だがそのアイアンの仕事は、商人にとっちゃ苦行だろうぜ。

 儲からないことがわかりきっている渋い仕事なんだ。下手に先が見えてしまう分、しんどい思いをするだろう。

 

「だからまぁ、アイアンの地味で儲からない仕事を続けられるかどうか。それがもう少ししたらわかってくるだろう。向いてない、やっぱりやめたい。そう方向転換するなら、それも良しだ。俺としたらそっちの方がまともな人生を送れそうだし、おすすめしたいところだね」

「……いまだにアイアンの仕事やってるモングレル先輩が言えたことじゃないと思うんスけどねぇ」

 

 それは一理ある。

 ま、しばらく経過観察ですよ、経過観察。

 

 

 

 そんな感じでダフネの様子を見守っていたのだが……これがなかなかどうして、ダフネは辛抱強かった。

 都市清掃や下水道整備など一部の作業は一回きりでもうやらないなどと言っていたが、受けた依頼はしっかりこなすし、真面目に取り組んでいるらしい。

 

 どうも熱意が強い。初対面の時にも思ったが、ギルドマンにかけるこの熱量はどっから来るのだか。

 

「モングレルさん、これから講習やるんでしょ? 私も受けるわよ。はい、受講料」

「お、おう……やる気あるなぁ」

「当たり前じゃない。今はまだ下積みなんでしょ? ここで気張らなくてどうするのよ」

 

 ハッと鼻で笑うようにそう言って、ダフネは席についた。

 これから始まるのは俺主催の初心者ギルドマン向けの講習で、ちょうどそこでダフネ向けにもなる内容を教えようと思っていたところなのだ。

 

「ま、良いか。……さーて、そろそろモングレル流アイアン駆け出し向けチュートリアルやってくぞー」

 

 部屋の片隅を短時間借りて行う、簡単な講習だ。

 参加費は10ジェリー。別に1ジェリーでも構わないんだが、1ジェリー分の情報だと思われるのもそれはそれで危険なのでこの額にした。まぁそれでもほぼボランティアみたいなもんだ。ダフネに聞かせるついでに他の奴らにもっていう魂胆がある。

 

 ダフネの他にもギルドマン志望の若者がちらほら集まり、7人ほどになったところで始める事にした。

 

「俺の名はモングレル。ブロンズ3のベテランギルドマンだ。……お、ちょっと笑ったな? いやいやブロンズ3を舐めてもらっちゃ困るぜ。このくらいのランクに上がるのでもそこそこ時間は掛かるし、クリアしなきゃいけない条件も実はそこそこある。自分なら楽勝だと今から適当に仕事してるようじゃあ……後で痛い目を見るぞ」

 

 ギルドマンを志す若者は、マジで子供が多い。

 この世界における成人前、15歳未満も普通にいる。今話を聞いている連中もそんなもんで、やはりまだちょっと落ち着きが足りない。その中でダフネが大人びて見えるほどだ。

 しかし今回集まった連中は運がいい。安いし気まぐれで講習を受ける事にした連中がほとんどだろうが、これを機に少し脅しておいてやろう。この脅しがゆくゆくは連中の命を守ると信じて。

 

 ……ところでなんでライナまで混じって聞いてるんだ? 

 教育実習をベテラン教師にガッツリ見守られてる気分だぞ。

 

「……さて、今回俺が開いた講習は“バロアの森”に関する初心者向けの説明会ってことになっている。レゴールでギルドマンをやるからにはバロアの森で仕事したい。討伐任務を受けて金を稼ぎたい。そう思ってる奴も多いんじゃないか」

 

 元気よく「おう」だの「稼ぎたい」だの声が上がる。

 物怖じしないってのは良いね。でも意欲だけじゃ生き残れないぞ。

 

「そう考えてバロアの森に踏み入るアイアンクラスは多い。そして……その半数は数日中に痛い目を見ることになる。無謀で無茶な探索を行い、魔物にやられ、とんでもない怪我を負って借金まみれになっちまうわけだ」

 

 ルーキー離脱の要因の中でも上位に来るのが、怪我。

 それに伴う治療費による破産だ。

 

 この世界は薬や治療手段に恵まれている方だ。

 本来は難しい外科手術なんかも切開からのヒールで強引にできてしまうので、治せる病気や怪我は多い。

 

 だがその技術が安くはない。

 相応に金がかかるものだし、そしてその治療費は日銭を稼ぐので精一杯なアイアンクラスが賄えるものじゃない。

 多くは簡単な治療でどうにか誤魔化し後遺症を残すか、借金して借金奴隷になってしまうか。いずれにせよギルドマンを続けられない状態になってしまう。

 

「しかもそれはまだ運が良い方だ。命からがら戻って来れる奴らはマシ。大抵はそのまま死んでバロアの森の養分にされちまう。クレイジーボアに蹴り殺されたり、チャージディアに突き殺されたり、イビルフライによって仲間割れしたり……お前たちが馬鹿にしてるゴブリンだって、バロアの森では立派な脅威だぞ。毎年何人も殺されてる。たまに熟練のギルドマンですら手を焼くほどだ」

 

 ランクが上がったからといって、生物としての格が上がるわけではない。強く殴られれば死ぬし、角や牙でぶっ刺されれば死ぬ。攻撃力が上がっても体力や防御力はそう変わらないものだ。英雄がゴブリンに殺されることだって全然不思議な話じゃない。

 

「そんなバロアの森で生き抜くためには、生き抜くための知識がなきゃいけない。危険な魔物が残す痕跡、足跡の特徴、習性、そして逃げ方……今回は魔物の狩り方は教えないぞ。避け方、逃げ方を徹底的に教えてやる。まぁこの講習だけで身につくようなもんではないけどな。最低限の知識のとっかかりにでもして、覚えていってくれ」

 

 講習を聞いている若者たちの一部からは不満そうな色が見られたが、聞くのと聞かないのとじゃ生存率が違うから聞き流すだけでも聞いといてくれ。

 ダフネは……うん、すげー真剣に聞いてるな。

 ……ここらへんの話聞いてもビビらないとなると、やっぱ実際に森を歩いてみるしかないのか? うーん。

 脅しまくって是が非でもやめさせたいってわけじゃないんだが、一体何を考えてるんだか……。

 

「なーなーモングレルさん。逃げ方も良いけど、倒し方も教えてよ」

「そうだよ、倒せないと危ないじゃん」

 

 おっと、とんだ張り切りボーイが混じってやがるぜ。

 まぁ攻撃は最大の防御とも言うしな。消極的な対応だけってのもバランスが悪いか。

 でもなぁ……。

 

「お前たちが想像してるような魔物は、簡単には仕留めきれないぞ。シルバーランクが複数人いてどうにかなるかもってとこだ」

「えー」

「スキル使えばいけるんじゃないの?」

「滅茶苦茶素早く獲物の急所に一発で上手く当てられればな。失敗したらまず間違いなく死ぬぞ。運が良ければ一回目は仕留められるかもな。けど二度目あたりで失敗するだろうなぁ。長生きはできなさそうだ」

 

 そう言うと、ルーキー達がしょんぼりした。

 まぁそんなもんだよ実際。

 

「仮に八割の確率で獲物を一撃で仕留められるだけの腕を持ってるとしても、残る二割で失敗するようじゃダメなのが討伐任務だ。こういう危ない討伐任務をやる場合、必ず腕の立つ仲間と一緒にやらないとマジで死ぬぞ」

 

 一人じゃ怪我した時に助けも呼べない。連携が取れるのが俺たち人間様最大の武器なんだ。それを活用できないようではフィジカルで勝る魔物たちの優位に立てるはずもない。

 極端な話、三割の確率で獲物を仕留められるアタッカーばかりの集まりでもいい。仕事としてやっていく以上、十割の確率で安全を確保できる連携の方が大事だ。

 

「いいか、臨時でも複数人でパーティーを組まないと討伐任務なんてできないんだ。そしてパーティーを組みたいなら最低限、仲間の足を引っ張らないように動けるだけの知識や経験が必要になる。それが、俺がさっき言った避けたり逃げたりって技術のことだ。仲間に庇われたり邪魔をしたりしないようにして、荷物持ちや解体の手伝いをしながら少しずつ討伐の雰囲気に慣れる。いきなり武器を持って戦えるだなんて思うなよ」

 

 まぁそれでもやるのがギルドマンなんだけどな。

 刹那的に生きる連中はマジでRPG並みのラフさで魔物を狩りにいくから困る。

 

「そういうわけで、今回はここまでだ。次またやるかもしれないから、掲示板に書いてあったら聞いといてくれ。金は取るけどな」

「はーい」

「なんか思ってた話と違ったなぁ」

「まだ早いのかぁ」

 

 講習を終えると、若者達は夢が色褪せたような心地で解散していく。

 まぁだいたいこんなもんである。もっと他のギルドマンがやるように、武勇伝混じりで楽しく話せれば違うんだろうが……なんか俺は脅しちゃうんだよな。

 実際、俺はこういう講習を安全技能講習だと割り切ってるし……。

 

「ありがと、ためになったわ。モングレルさん」

「おうダフネ。どうだ、感想は」

「んー、やっぱりソロは現実的じゃないんだなって思ったわね。連携できないとどうすることも……あの、その子は何?」

「その子? ああ……」

 

 気がつくと、俺の後ろにライナが立っていた。

 

「私、ライナっス。シルバー1のギルドマンで、モングレルさんのお世話になってるっス」

「あら先輩。私はダフネ、ついこの間アイアンになったばかりの新人よ。色々教えてね?」

「先輩……むふ……」

 

 先輩扱いされただけでご満悦な顔をしてやがる。チョロい奴め。

 

「こんなちっちゃな子でもシルバーになれるのねぇー……」

「ちょ、頭撫でるのやめてもらって良いっスか……私18歳っスよ」

「えー!? そうなの! やだ同い年じゃん! 仲良くしてねー!」

「なんで撫でるんスかぁー」

 

 しかし相変わらず尊敬される先輩って感じのポジションにはなれないあたり、実にライナらしいな。

 気持ちはわかるが……。

 

「ああそうだ、モングレルさん。さっき言ってた森歩き……討伐を見せてとは言わないからさ。一度バロアの森を歩くだけでも体験させてもらえない? 一緒に潜るだけでいいからさ」

「っス!?」

「……まぁ、そろそろ森がどんなもんかってのは知ってもらうつもりだったから、別に良いぞ。アイアンの仕事も何個か真面目にやってるみたいだしな」

「やった!」

 

 喜びをライナの撫で撫でで表現するのはやめてやりなさい。

 

「……あの、心配なんで私も一緒で良いっスか」

「え? ライナも来てくれるの? シルバーの人が一緒なら心強いけど、良いの?」

「大丈夫っス。ダフネちゃん怪我しないか心配っスから」

「まぁライナの方が森を見て回るのは得意だからありがてぇわ。ダフネ、こう見えてライナは俺よりも狩りに詳しいんだぞ」

「さすがシルバー。私はお荷物になっちゃうだろうから、二人とも頼りにしてるわね!」

「おう。まぁ俺だけでもバロアの森の全魔物相手でもなんとかなるけどな」

「っスっス」

 

 そういうわけで、俺たちはバロアの森に潜ることになった。

 簡単な散歩みたいなもんだし、気楽にやっていこう。

 



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のんびりハイキング

 

 ダフネと一緒にバロアの森の一部を軽く歩いてみることにした。

 同行者はライナ。新人のダフネが心配なので一緒に付いてきてくれるそうだ。俺よりもこういうスカウト技能は高いし説明も上手いだろうから助かるぜ。

 

 まぁ、今回は本当に触りだけだ。

 魔物を討伐するつもりはないし、軽く表層を見て回るに留めるつもりだ。何か出てくれば対処はするが、積極的に見つけ出して狩ろうとは思っていない。

 あくまで森を歩くだけ。シティガールのダフネには森での活動ってやつを経験させないことには、ギルドマンの良し悪しなんて上手く伝わらないだろうからな。

 

「モングレルは自由討伐か。……おや? ライナはよく見かけるが、そっちの子はあまり見ないな。新しい後輩か」

「彼女はダフネだ。バロアの森が初めてだから、今回は付き添いみたいなもんだな」

「私もっス」

「そうか。森は危ないから、経験者から離れるんじゃないぞ」

「は、はい」

 

 街を出る前に軽く門番に挨拶。こういう連中とは最初だからこそよく顔を繋いでおいた方が良いだろう。

 街の出入り口で何かトラブルがあった時に助けてくれるのは門番や兵士だからな。

 

 後は馬車に乗り、バロアの森まで向かう。

 道が伸びたおかげで更に奥の方まで直行できるようにはなったが、今回は森の表層で散歩するだけなので手前側で降りる。

 

 森に入るルートが増えてギルドマンも分散するようになったはずだが、まだまだここらへんには人の姿が多い。

 レゴールが発展し続ける限りどんどん賑わっていくんだろうな。

 

「ここがバロアの森の入り口だ。まぁ入り口なんて幾つもあるんだが、ここは一番賑わっているところだな」

「わぁ……え、なんか思ってたのと違う……? 普通に小屋とか広場とかあるんだね」

 

 ダフネが言うように、ここばかりはあまり森感が無い。

 石で補強されている物々しさがあるとはいえ、作業小屋もあれば雑草の全く生えていないちょっとした広場もある。

 そこらへんでギルドマン達が休憩している姿が見えるし、中には酒盛りしている奴までいるほどだ。いや、あれはさすがにやり過ぎではあるが。

 この光景を見て、ちょっとした田舎の村の一角だと言われても信じてしまうかもしれない。

 

「でもここから奥に進めばどんどん森っぽくなっていくっス。ダフネちゃん、装備は大丈夫……そうっスね」

「ええ、歩くだけならね。まだ戦い方なんてわからないけれど……これから覚えていくから。今日はよろしくね、二人とも」

「おう。まぁそうだな、今回は荷物を背負って歩くとどんなもんかってのを体験すると良いぜ。これに武器系の装備や仕留めた獲物の運搬も加わるってことを考えておくんだぞ」

 

 広場で休憩していた馴染みのギルドマンに軽く挨拶しつつ、森へ入っていく。

 森とはいえ前人未到の地なんてことは全くない。人間が往来するルートは決まっているので、自然と邪魔な枝打ちもされるし、藪も漕ぎ潰されている。豪華な獣道みたいなもんだな。途中にある幾つかの作業小屋やポイントまで続いているので、道に迷うこともないだろう。もちろん、道を踏み外して歩けば浅い場所でも十分に遭難はできるが。

 

「油断してるわけじゃないけど、森を歩くのってなんだか気持ち良いわね」

「っスよね。街よりも空気が綺麗だし気分良いっス。あ、このキノコ食べちゃ駄目なやつっス」

 

 シティガールとはいえ、ローテクな異世界で生きてきた少女だ。ただ生きているだけでも重い荷物を持つことはあるし、足も使う。この時点でバテたりするということはさすがになかった。

 ライナと一緒に遠足気分で歩く余裕すらある。まぁここらは特に歩きやすいだろうから適当な靴でも平気だしな。

 

「バロアの森はレゴールや近隣の村落にとって欠かせない、木材の産地だ。そこらへんに生えてるバロアの樹が街の人々の生活を支えている。……が、自然が色濃く残されている分、魔物や危険な動物も多い。ここらへんは歩いているとのどかに感じるだろうが、ゴブリンなんかはここらでも普通に出てくるぞ」

「え、そうなの」

「出るっス。なんならたまに街の方まで来ることもあるっスから」

「ここらへんなら安全……なんて思わないほうが良いぜ。バロアの森はどこ歩いても危険だと思った方が良い。特に魔物は積極的に人を襲うからな。人間がよく出没するからって避けてくれないんだ」

 

 前世のイノシシやシカだったら、人がよく通る道なんかは避けるだろう。

 だがこの世界における魔物はそうじゃない。人を恐れないし逆に殺しにかかってくる。浅くて人の多い場所だからといって迂闊に近づいては駄目だ。

 

「ほら、見てみろ。ここに足跡があるだろ? クレイジーボアの足跡かな、これは。ここらへんにも魔物が出てくるって証拠だ」

「モングレル先輩、それチャージディアっス」

「今のはライナを試してやったんだ。ライナ、よく勉強してるな。さすがだぞ」

「っスっス」

「……本当だ。足跡……みたいなのがある。よく気づくわね……」

 

 まぁ俺くらいの半端なギルドマンでもなんとなく足跡だなってのはわかるんだ。

 こればかりは森に通って経験を積まないとどうしようもないだろう。森初心者にとっては魔物のうんこもわからないはずだ。

 

「足跡や糞の古い新しいがわかるだけでもヒントになるぜ。まぁ、ここらへんの浅い場所じゃ目ぼしいところは既にどこかしらのパーティーに抑えられたりしてるんだけどな」

「魔物も好きな地形とかは似通うもんスからねぇ。人気なとこは有名っスよ。ギルドマンの間じゃ名前もついたりしてるっス。“砂取り川”とか“大かまど”とか」

「へー……そういうのも早めに覚えておいたほうが良さそうね」

「バロアの森での地図代わりになるからな。そうした方が良い。親切なギルドマンだったら教えてくれるだろうしな……あ、けど同業だからってあまり信用しすぎるなよ。他のギルドマンだって本当に美味いスポットは自分たちで独占しておきたいんだ。親切そうに教えられても真っ赤なウソだってことはよくあるぜ」

 

 “今日はここでこれがたくさんいたぜ”なんてのはまぁ話半分に聞いておいた方が良い。

 そういう意味でも美味い情報を悩み無く共有できるパーティーに入っておくことは価値がある。……そのパーティーでも大所帯だったりすると仲間内でも情報が秘匿されたりするんだけどな。

 

 

 

「はー、意外と歩いてばっかりなのね。もっとうじゃうじゃと魔物が出てくるものだと思ったわ」

 

 しばらく歩いたら休憩だ。水筒から水をごくごくと飲みながら、ダフネはお上品に汗をハンカチで拭っている。しかし実際にハンカチはあると便利。

 

「出る時は出るっスよ。ここらへんの川沿いは普段結構見かけるっス」

「まぁ出る時は出るし出ない時は出ない。そんなもんだよ。で、どうだダフネ。森を歩いてみた感想は」

「んー……街とは違うわね。慣れないことをして気疲れはしてるけど、まだまだ元気はいっぱいよ」

「よし。だったらじゃあ次は木登りでもやってみるか」

「……木登り?」

「木登り」

 

 近くに生えているバロアの木を指差す。

 人と同じくらいの太さの幹を持つ、まぁほどほどのサイズの樹木だ。巨木というほどではないが、ある程度の高さはあるし太さも登りやすい。

 

「バロアの森の浅層ではチャージディアとクレイジーボアが特に厄介だ。が、こいつらはある程度の高さの木に登っちまえばやり過ごせる。後は誰か助けを呼ぶなり樹上から飛び道具を使うなりすればおしまいだ」

 

 初心者用のオススメ技能。木登り。地の利を得て魔物を封殺してしまおう。安置があるなら是非とも積極的に活用したい。実際ベテランギルドマンでもちょくちょく登ることはある。

 

「こうやって登るんスよ。ほらほら」

「わ、ライナ身軽ー……えーそんなのできるかしら」

「ここまで登っちゃえばあとは上から撃ち下ろすこともできて最強っス」

 

 登る際には手袋と頑丈な靴が必要だ。苦手なうちは木登り用の補助道具があるとより体力を温存できるし、楽になって良い。もちろん専用の道具が無くてもいつでも登れたほうがベストではあるが。

 

「降りる時はこうやって、スススーっと」

「はー……すごい。私もやってみよっと!」

「怪我すんなよー」

 

 と、ダフネにやらせてみるが微妙にうまくいかない。頑張ってはいるが、まだまだ経験が足りぬ……。

 

「あーもう! 登れなかった! ブーツが滑りやすいのかしら!?」

「要練習だな。ま、けど登れない奴もそこそこいるから気にすんなよ」

「練習も結構体力使うっスからねぇ。無理せず時々やるくらいで良いっスよ」

「うー……なんだか心配になってきたわ。この調子でやっていけるのかしら……」

「まあ、そうやって自分の足りない所と向き合えるだけ素質はあると思うけどな」

 

 ダフネを励ましながら歩いていると、急にダフネが立ち止まった。

 表情もどこか、緊迫したものへと変わっている。

 

「……後ろ、何か来るわ!」

「えっ、マジっスか」

 

 バスタードソードを抜き、後ろを見る。

 

 ……藪の影から、小さなマレットラビットが顔を出してこちらを見ていた。

 

「あ、なんだ。マレットラビットっスか」

「兎の魔物よね? 棒をハンマーみたいに使って人を襲うっていう……! こっちと戦う気みたいよ、あいつ!」

「あんな小さなマレットラビットによく気づいたな。物音なんてしなかったぜ」

 

 マレットラビットは木の棒を杵のように扱い、木の実や穀物を割って食べる魔物だ。基本的には大人しく、危険度も少ない魔物と言える。

 しかし時々、サイズや硬さの良い杵を持ったマレットラビットは気が大きくなって、積極的に人を襲うようになる……こともある。この小さな子供ラビットもそんな個体だろう。

 

「キュッ!」

 

 自分よりも大きな杵を抱えて鋭い声を出すマレットラビット。

 まぁ、所詮はマレットラビットだ。子供くらいじゃ何の脅威にもならん。威嚇する姿は逆に可愛らしくすらある……。

 

「えいっ」

「キュッ!?」

「あ……」

 

 見てて和んでいたが、ライナがさっと矢を放って仕留めてしまった。

 頭部をザックリと撃ち抜かれたマレットラビット。即死である。

 

「……お、おー……すごい、弓ってこんなに威力あるんだ……」

「ふふん、仕留めたっス。まーこの程度の魔物ならこんなもんスよ」

「あんなに小さな魔物の頭に命中するなんて、ライナって実はすごいギルドマン?」

「いやーそれほどでもないっスけどね!」

 

 戦う予定はなかったんだが、棚ぼた的に獲物を狩る体験までできてしまった。

 魔物と遭遇して少し肝も冷やしただろうが、こういう体験ができたのも良かったな。チュートリアル戦闘としては上々だ。

 あとはマレットラビットの解体作業も見せてやれば、一通りの体験にはなるだろう。

 

「……うん、うん……よし……こうやって気配がわかるなら、最低限なんとかなるかも……」

「おい、弱い魔物を仕留めたからって甘い考えを持ってないだろうな?」

「え、いやそういうわけじゃないけど……」

「しつこく言うけどな、今回はともかく次森に入る時はその前に武器をなんとかするんだぞ。自分が向いてそうな武器を選んで、そいつの練習をやっておくんだ」

「武器ね……武器……うーん……それが問題なのよねぇ……」

 

 変な自信を持ったり、かと思えばそのずっと手前の段階で決めかねていたり。

 ……ひょっとしてダフネ、何か地味に使えるタイプのギフトでも持ってるんじゃないのか?

 

 だとすれば……いや詮索はしないけども。うーむ……。

 まぁ、俺がやることは変わらんか。

 

「短槍と盾の組み合わせは手堅くて良いし、弓なんかは習熟がしんどいが純粋に狩猟に向いている。剣は……もっと力をつけてからだったら候補になるかもな」

「槍か弓ね」

「弓に拘らなくても、飛び道具を何本か持っておくだけでも良いぞ。ダートとか手斧がおすすめだな。今現物は無いから手本は見せてやれないが……そういうのも手に入れたら、よく練習しておくと良い」

「はーい」

 

 そして使う武器が決まったら、パーティー探しも始められるだろう。

 自分に合ったパーティーを見つけるも良し、一から立ち上げて作るも良し。

 そこまでこなせば、もう立派なギルドマンと呼んでも差し支えないだろうぜ。

 

「ねえ、マレットラビットの毛皮ってお金になる?」

「微妙だな」

「もっとたくさん狩れればまとまった額にはなるんスけどねぇ」

「むー……やっぱり渋いのね……」

 

 そんなもんです。どこにでもいるような弱い魔物なんでね。

 




当作品のお気に入り登録者数が28000件を超えました。すごい。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


(毛布)*-∀-)zZZ


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飛び道具、その先へ

 

 木登りが苦手。それはバロアの森においては文字通り致命的になり得るポイントだ。

 もちろん木に登ったからといって絶対の安全を確保できるわけじゃない。だが初心者にとって樹上に登ることによって得られる安全は馬鹿にできないし、少しくらいは木登りに関するテコ入れがあっても良いかもしれんね。

 

「木登りと言えば……まぁ足の間に帯を渡して、樹木との摩擦を増やすやり方が一番手軽か」

 

 靴と靴の間にロープか何かを渡し、ロープを幹に押し付ける感じで登っていく。

 摩擦が増えて滑り落ちにくく、結果として登りやすくなるというやり方だ。しかしこれもちょっとコツがいるし、直立したぶっとい木に登れるかっていうとまぁ無理なので、バロアの森で役立つかっていうと微妙なところだ。

 

 一応宿の部屋で靴にロープを結んで試してみているが、うん。それ以前の問題としてこの装備をすぐに用意できるかっていうと無理だな。普段からこんな靴の間をロープで繋いでおけるはずもないし。今どきこんなファッション、ロックミュージシャンでもやらねえだろう。

 

「もしくは……まぁやっぱこれか。ツリークライミング用のアイゼン……」

 

 アイゼン。これは雪山登山なんかで使われるスパイクの一種だ。靴底にトゲがあり、それで滑るのを食い止めるっていう代物である。

 雪山の他にも垂直の崖を登るための、つま先にトゲがついたアイゼンなんかもある。壁を蹴って穴を穿ち、それを取っ掛かりに登っていく方法だ。

 ツリークライミングは文字通り樹木を登るやつだな。木は更に柔らかいから、アイゼンはもうちょい簡略化できるし、色々なパターンで作れるだろう。

 細めの木でも靴の内側向きのスパイクを用意してやれば、結構スルスルと登っていけるかもしれない。靴がほぼ地面を捉えているような心地で登れるなら、力のない女の子でも平気なはずだ。

 

 ……しかし、いかんせんスパイクである。

 色々な用途があるバロアの樹木だからなぁ……あまり深くトゲが食い込むような作りをしていると、お叱りを受けそうで怖い。

 加工品としてほぼ使われないであろう樹皮部分にだけギリギリ食い込むくらいのスパイクにすればいけるか……?

 でも何かそのスパイクで問題があった時に開発者として責められたくねえんだよなぁ……まぁ大して手間の掛かる作りはしてないし、今度ジョスランさんの店で作って貰ってみるかな。

 林業でも活躍してくれるかもしれん。つか前世じゃそっちがメインの活躍の場だろうし、大丈夫だろ。多分。

 

 

 

 ツリークライミング用のアイゼンはどんなデザインにするかなーと考えていたら、普段他のギルドマンがどんな底の靴を履いているのか気になってきた。

 俺が履いているブーツよりみんなチャチだってことはわかっているが、靴によって着けられないならまだしもどの靴にも着けられないなんてことになるとさすがに困る。

 なので、みんなの足裏を観察しにギルドにやってきたちょっとやばいおじさんと化してみたのだが……どうやら今日は酒場に人が少ない。

 

「おー、レゴール支部ギルドがついに閉店か? エレナ」

「違います。……新人を中心に、修練場で何か催し物をやってるみたいですよ。モングレルさんも見に行ったらどうですか?」

 

 どうやら大勢が修練場にいるらしい。ほーん。ちょっと気になるな。何やってるんだろう。見に行ってみるか。

 ついでにちょっとみんな、靴の裏見せてよ……。

 

「よーし投げるぞー」

「内側入れば逆転だぞ!」

「外せ外せー!」

 

 修練場では、主に若手ギルドマン達が集まって何かをやっているようだった。

 

 地面に引かれたライン。向こう側には木製のターゲット。

 

「ふぅー……っしゃあっ!」

 

 そして投げ放たれるダート。

 大きめのダーツと表現して差し支えないそれは、空中でゆるやかな螺旋を描くと……木製のターゲットの下の方に刺さり、落ちた。

 狙う場所も微妙だし威力も低い。実に初心者らしい飛び道具って感じだ。

 

「あー! やっちまった!」

「はい終了ー! 残念だったな!」

「ちくしょー投げナイフよりはマシだと思ったのになー……!」

 

 どうやら若者たちは飛び道具の訓練……というか腕試しをしているらしい。

 自前の道具を持って、投げる。その出来栄えで甲乙を決めているのだろう。

 ゲームっぽくはあるが、楽しく練習できるなら良いんじゃないか。似たようなことは熟練のギルドマンでも時々やってるからな。ひょっとすると若者たちは、時々ベテランがやっているそんな飛び道具バトルを真似て、こんな催しを思いついたのかもしれない。

 

 よく見ればこの賑やかな中には見知った顔も多い。

 最近また真面目にアイアンの依頼を受け始めたダフネに、意外なことにモモのような魔法使いたちの姿もある。

 

「ようモモ。面白そうなことやってるな」

「ああ、モングレルですか! ええ、みんな飛び道具の腕を競い合っているところです。三回投げて合計点を競っているんですよ!」

 

 魔法使いでも飛び道具を扱うのは珍しくない。殺傷力の強い道具をそのまま投げれば魔力を使う必要もないわけだしな。あとは魔法使いとしてのプライドの問題だけだろう。

 

「使う飛び道具は何でも良いですが、弓は無しです。こうして実際にやってみると、意外と投げナイフも悪くないみたいですよ!」

「ほー? 投げナイフがねぇ」

 

 俺の中で投げナイフは、そもそも刃の部分がちゃんと当たるかどうか微妙って時点で点数が低めなんだが。

 

「そこそこターゲットが離れているので、武器の投げやすさも重要みたいです。その点、手斧はちょっと重いので遠いと難しいようです! 投げナイフは持ちやすさもあって、良い成績を残しているようですね!」

「でもダートの方が強いだろ」

「まぁそれは……はい。やっぱり優秀ですね、投げ槍系の武器は……」

 

 目新しい発見はいくつかあったが、落ち着くところに落ち着いているらしい。

 しかし手斧くらいの重さでもキツいのか。このくらいの距離なら届かせてもらわないと現場じゃ厳しいぞー。

 

「よし、じゃあ次は私ね!」

「お、ルーキーのダフネだ」

「ダフネもこういうのは持ってるんだな」

「がんばれーダフネちゃん」

「当然よ! まあ、まだまだ練習不足だけ……どッ!」

 

 ヒュッと風を切り、投げナイフが飛んでゆく。

 その後すぐにカッと快音が響き、ナイフがターゲットの内側の円に収まるようにして突き刺さったのが見えた。

 

「おおー」

「今の投げ方かっこいいな」

「もういっちょ!」

 

 続けて投げたナイフもまたまた命中。もう一発は……命中はしたのだが、柄の部分が当たったせいか刺さらずに地面に落ちてしまった。

 腕前は良いのだろうが、結果としては平凡なスコアに終わった。ちょっと残念だな。こればかりは投げナイフあるあるだ。

 

「あーもう! なんで最後刺さらないわけぇ!?」

「あっぶねぇー負けるところだった」

「でもすごいよダフネちゃん、投げるの上手いじゃない」

「え、えへへ? そう? そうかしら?」

 

 強いかどうかはさておき、扱えると格好良いのが投げナイフ。

 ダフネめ……新人のくせにやりおるわ。

 

「こいつは俺も負けちゃいられねえな……」

「うわっ、モングレルさんが来たぞ」

「ぜってー大人げないことしようとしてるぜ」

「でもモングレルさんこういうの苦手そうだぞ」

 

 好き勝手言いやがってよ。どれどれ、ちょっと俺が大人の力ってやつを見せてやりますかね。

 

「俺が使うのはこれだ。チャクラム!」

「うわでた」

「それ一度使わせてもらったことあるけど難しかったよ」

「投げナイフの方が良いかな……」

 

 おいおい、俺愛用の飛び道具を前に随分と点数の低いレビュー投げつけてくれるじゃねえの。ユーザー名覚えちゃうぞ? 俺に負けたやつはブーツの裏面じっくり観察の刑だからな……?

 

「まあ見てな。良いか、チャクラムってのは全周刃物の飛び道具。つまりどう当たっても相手を切ることができる武器だ」

「危ないんだよなぁアレ」

「値段も高かった」

「しまう場所が……」

「つまり! 投げナイフや手斧のように当たる場所が悪いせいで刺さらないということが起こり得ない武器なんだぜ!」

「良いから早く投げてくださいよモングレル。みんな待ってるんですよ」

「ちぇいやぁッ!」

 

 俺は華麗な動きでチャクラムを投げ放ち、それは空中で強く煌めきながら修練場の奥の方まで飛んでいった。

 うーん、外角高めすぎたな。

 

「……やっぱ二投目以降はこっちのダート使って良い?」

「三回投げきるまでは同じ武器じゃなきゃ駄目ですよ!」

「マジか……!」

 

 結果。俺は一枚のチャクラムをターゲットの端っこに当てることに成功した。

 当たった時は当たった時で結構良い感じに深い切れ込みが入ったんだが、観衆の反応は薄かった。

 

「……ベテランギルドマンって言う割には、結構下手だったわねぇ。モングレルさん」

「俺はバスタードソードが本体だから……いや、今回ばかりはあれだ。ダフネの方が普通に上手いんだよ。驚いたぜ、その投げナイフ」

「そ、そう? こういうの向いてるのかしらね」

「毒とか薬を塗れば魔物相手でも使えるから、そういうものから揃えても悪くないかもな」

「……毒、なるほどね……うーん」

「肉が駄目になる毒も多いから、そこらへんはよく考える必要があるけどな」

「そうね……まあ持ってて損はないから、考えてみるわ」

 

 ちなみに遠くに飛んでいったチャクラムは探すのに十分くらいかかった。

 まさか半分くらい土に埋まってるとは思わんかった。道理で見つからないわけだぜ……。

 

 



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ダフネと真の仲間

 

「シュトルーベの亡霊が出たんだって」

「マジー?」

 

 夜。ギルドの酒場にて。

 靴底に付けるアイゼンのベルト調整に四苦八苦していると、どこかで聞いたようなワードが出てきた。

 

 別テーブルで酒を飲んでいる“若木の杖”の魔法使い達が話しているらしい。

 黒いボサボサ髪のバレンシアと、どこかチャラっとした雰囲気の茶髪の男クロバルだ。

 

「エルミート出身のギルドマンが話してたんだよ。まぁ本当かどうかは知らないけどね」

「ウソくさ。アタシも前聞いたよ。シュトルーベの亡霊と出会って命からがら逃げてきたって奴。腕に刺し傷あった大男」

 

 それマジ?

 

「えー、本当かよそれ」

「いんや、ウソだったって。後から女に刺された傷だってバレてた」

「あははは」

 

 それはそれで怖い話やん……?

 

 と、まぁ話に入りたい気持ちはあるが……あまり変に話に乗るのもよろしくない。

 完全に知らんぷりするのも不自然だが、話題に登る度に反応してたらどこかでボロを出すかもしれん。そもそも俺は嘘つきのプロフェッショナルでもなんでもないからな。

 特に関わらず、ベルトの調整をやるに限るぜ……。

 

 ……てかこれ普通に苦戦必至だな……やっぱ金属札のサイズからアイゼン作るのは無茶だったか……? まぁ無茶だよな……途中から気付いてはいた……。

 

「バレンシアさん、クロバルさん。……その、シュトルーベの亡霊とはなんですか?」

「あれ? ミセリナちゃんは知らなかったっけ。魔物の呼び名だよ。エルミート領の……ほら、どこだろ? まぁそこらへんにいる魔物」

「めっちゃ強いアンデッドなんだってさー。怖いね。ミセリナこういうの無理っしょ」

「あれ? アンデッドだっけ?」

「さぁ? アタシはそう聞いてるけどしーらね」

 

 エルミートだったらこういう話もよく聞くんだろうが、レゴールで聞くのはなかなかレアそうだな。

 それにしても……アンデッドか。まぁアンデッド……アンデッドかなぁ?

 

「ともかく、俺が知ってるのはエルミートの方にいるとんでもなく恐ろしい魔物だってことだよ。毎年夏になると現れて、近くにいるサングレール兵を襲ったりするんだってさ」

「か、変わってるというか……あまり聞かない魔物ですね」

「ねー、夏だけってのも珍しい気がするし。けどサングレール兵を襲うってのは良いよね。もっとやっちまえって感じじゃん」

「いやー、魔物のことだからなぁ……バレンシアは単純に考えすぎだろ。そんな怖い魔物が近くに居られたら困るでしょ」

「こっちに手出ししたら仕留めれば良いじゃん? アタシはやんねーけど。死にそうだし」

「お前なぁ……ま、国が邪魔だと考えたらでかい討伐隊も組まれるだろう。それまでは……様子見なんじゃないかな。利益になっているうちは、さ」

「あー、駄目だ」

 

 俺は席を立ち、作りかけのアイゼンを机に放り投げた。

 

「上手くいかねぇ」

「あれー? モングレルさんいたんだ。てかなにやってんのそれ」

「あ、どうもモングレルさん」

「これか? ギルドマン用の……靴底に仕込む針みたいなやつだな。木登りを補助する道具だ」

「あーそれ知ってる。モングレルさんのやってる発明品でしょ」

 

 バレンシアが食いついてくれた。よしよし。つまらん話はやめようぜ。

 それより俺のアイゼンを見てくれ。こいつをどう思う?

 

「靴底ねぇー。アタシも似たようなの着けてみた時期はあったけどなぁー。馬車とか傷つけるから怒られるんだよねぇこういうの」

「あ、そうか。マジか。まぁそうだな……」

「それにすぐに駄目になっちゃいますって。探索には向かないっすよ多分」

 

 お、おおう……確かに言われてみれば……細いベルトの耐久性がかなり心配になってきた。いや、しかしそれでもどうにか……ならんかねぇ?

 

「あっ、で、でも私木登りとかは苦手なので……もし登れるようになるなら、魔法の撃ち下ろしが楽になるから、いいなぁとは……はい」

「ミセリナとしては有りか?」

「ええ、はい。……あ、でも使い勝手が悪かったら使わない気がしますけど……」

「わかった。そうだな、難しそうではあるが……みんなの話を踏まえて、また別の改良をしてみるわ。ありがとうな」

 

 やっぱり魔法使いとの話はためになるぜ。

 まあ……そろそろ忙しい時期になるだろうから、アイゼンはちまちま作るに留めておくけどな。

 

 

 

 木登りは一日にしてならず。道具でも人でもそれは共通だ。

 アイゼンだってすぐには作れないし、練習を重ねなければ木登りもできない。

 そして、木登りができなくともギルドマンが向いていないというわけでもない。木登りができないなりに普通に仕事はあるし、人生いくらでもやっていけるのだ。

 

「パーティーメンバーを募集することにしたわ」

 

 そして新入りのダフネはというと、木にぶつかったからといってそのまま登り始めるようなタイプではなかった。

 器用に回避し、さっさと突き進むことに決めたらしい。

 

「パーティーメンバーか。良いんじゃないか? 仲間と組んで仕事する方が色々できるからな。しかし、大丈夫なのか。仲間の目星とかはついてるのか」

「全然! だから気長に募集するつもりよ。ほら、これ条件ね」

 

 どうやら募集要項については既に決めてあるらしい。

 ……って、随分細かいな。契約書かよ。いや、パーティー募集の張り紙は一応掲示板に貼っても良いってことにはなってるけどもさ。

 

「……ダフネ、こいつはちょっと難しい言葉が多すぎるぞ。ギルドマンの中には字が読めない奴も結構いるんだ。もうちっと親切にしてやった方が良いんじゃないか」

「わかってるわよそんなこと。でもそういう人と組んでも私が上手くいくとは思えないのよ。だったら最初から弾いたほうが良いじゃない?」

 

 まぁ組んでから拗れるよりはマシってのはその通りだが……。

 なになに。えーと……報酬は完全山分け。装備費用、治療費は個別に要相談。

 活動はアイアンからブロンズまで、夏から秋の小規模討伐、罠による捕獲、採取など……将来的には護衛を中心に……。

 

「ここに書いてある“防御重視のギルドマン募集中”ってのは?」

「盾役が欲しいのよ。武器だけ持った無鉄砲な仲間なんて居たって揉めそうだしね。それなら堅実さがあって弁えている仲間の方が良いなってだけ。それに、盾にお金回せるくらいの装備なら結構期待できそうでしょ?」

 

 いやぁかなりよく考えてるんだろうけど、ちょっとセコさもにじみ出てるな……!

 本当にすぐ仲間が欲しいってより、長い目で見てる感じだ。……本気でギルドマンになろうとしてるんだな。

 

「おっ、ダフネちゃんも盾持ちの良さに気付いたか。盾を持った男はいい男ばっかりだぞー」

「あら、バルガーさん!」

 

 掲示板の前で話していると、仕事上がりのバルガーがやってきた。

 疲れた風な態度を出しているが、疲れてなくてもこんな感じの雰囲気を見せるのでまともに受け取ってはいけない。こいつは結構サボるおっさんである。

 

「なんだよバルガー。盾を褒められて虫みたいに惹き寄せられたか」

「ろくな防具をつけてないお前よかマシだモングレル」

 

 ロ……ロジカルハラスメント……!

 

「ロングソードを両手を使ってようやく振れるくらいの奴は、まぁおすすめできねえな。片腕を怪我したら何もできないパーティーメンバーは怖い」

「ああ、それは俺も同意だな。そのくらいならショートソードを持ってバックラーを装備した方が良い」

「ま、基本は盾に槍だ。この組み合わせの奴を選べば問題ない! なにせ修理費が安いからな!」

「なるほど! それは確かに!」

 

 でも武器くらい好きなもの使わせてくれ……っていうのは俺くらいの奴が使えるわがままだな。うん。

 

「そういえば前にモングレルさんが私におすすめしてくれた武器構成も盾と短槍だったなぁ」

「お? なんだよモングレル。俺を褒めたきゃ素直に面と向かって褒めとけよ」

「ダフネ。こういう調子に乗るタイプのおっさんだけはパーティーに入れるんじゃないぞ。いつか共有資金と一緒にどっかに飛んでくかもしれないからな」

「おいお前! さすがの俺でもそういうことはまぁ……しない……」

「いやそこは自信を持って答えてくれよ……何もやってないよな……?」

「別にお前らの想像してるのとは違うが……いやまぁあれはノーカンだろ……昔だし……」

「やれやれ。ギルドマンの人って本当にお金にだらしないのね」

 

 そう呆れるダフネはアイアンクラスで細々と稼ぎつつやっている。

 ある程度メインでやってる商売の貯蓄もあるんだろう。それを少しずつ切り崩してやっているようだ。つまり、ジリ貧である。

 普通なら途中で不安とストレスに押し潰されるような生活だが、一定期間は必要経費だと割り切っているらしい。強心臓だ。

 しかもアイアンクラスの仕事と並行してギルドマン向けの図鑑や資料をよく調べているそうだ。

 フィールドワークの回数はほとんどないのに、既に知識だけならブロンズクラスはあるだろう。前はバロアの森で仕掛ける罠についても調べていたもんな。俺は面倒だからほとんど調べてないやつだ。

 

「いやあ、ダフネちゃんと結婚することになる男は苦労しそうだなぁ」

「何よ、稼ぐ女と結婚するんだから楽になるわよ」

「ははは、稼ぐか。……でもギルドマンで稼ぐってからには、強くないと駄目だろ? 結局ダフネちゃんはどんな武器を使うことになったんだ?」

「私のメイン武器は……これよ」

 

 ダフネは革ベルトから幾つかの鋭利な刃を取り出し、ニヤリと笑ってみせた。

 

「飛び道具! 投げナイフとかダートとかに決めたの!」

「ほー、珍しいな?」

「一応ダートを勢いよく投げられる補助具なんてのもあるんだけど……肉を駄目にしない毒薬もあるから、威力はそっち頼みね」

「ん、だな。クレイジーボアが毒を受けたくらいでそうすぐには止まっちゃくれん。なるほど、そのための盾役ってわけだ」

 

 ダフネは遠距離ちくちくで仕留めることに決めたらしい。まるで盗賊ジョブみたいだな。

 まあこの前見たナイフ投げの腕はなかなかのものだったので、行けるんじゃないかとは思う。カバーしてくれる仲間がいれば心強いってのもまさにその通りだ。

 てっきり遠距離攻撃特化の“アルテミス”風の構成を目指すと思っていたのだが、ちょっと予想が外れた形だ。

 

「これから秋になって、お金になる獲物が沢山増える……毛皮も肉も取り放題。そこでお金も貢献度もガッポリ稼いで、どんどんランクを上げていくわよ!」

「がんばれよー、ダフネちゃん」

「まぁ、無理はしないようにな。仲間もそう簡単には集まらないだろうが、集まらないからって一人で森に潜ったりしないようにするんだぞ」

「もちろん、わかってるわ。安心してって」

 

 最近はこの一見能天気そうな笑顔に心配を覚えることも少なくなってきた。

 思い切りが良いことも多いから油断してるんじゃねーかと不安になるんだが、ダフネはそこのとこしっかり考えてから動くから見てて安心できる。

 

 そろそろ夏も終わり、秋になる。

 さて、ダフネはそれまでにパーティーを作れるかな?

 

 

 

 なんて、ちょっと気を抜いたのが駄目だったのだろうか。

 

 

 

「ねえねえモングレルさん、あれからすぐにパーティーメンバーが見つかったのよ! ほらこの人! 大盾持ちのローサー!」

「うん、パーティーの防御は俺に任せてくれ! 俺の鉄壁の守りは、どんな魔物が相手だろうと怯みはしないからね!」

 

 ある日、ダフネが嬉しそうに紹介してくれた新メンバーは……どっかのパーティーで追放された気がする名前と顔と装備をした男であった。

 ダフネ……お前多分だけどそいつ、結構な不良物件掴まされてるぞ。

 



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パーティーの連携確認

 

 ローサー君はちょっと前に他所から来たパーティーの一員であった。

 ……が、実力不足と金銭面にルーズなところなどが色々災いし、パーティーから追放された。

 

 装備は大盾にショートソード。だが基本的に剣は上手く扱えず、盾は自衛のために構えることが多いらしい。自身の守りは堅いが味方を庇うようなムーブが苦手で、所持スキルも盾由来のものばかり。

 

 その……まぁなんというか……オブラートに包んで言うと……。

 

「そいつと一緒にいるとダフネが早死にするからやめておいたほうがいいぞ」

「えっ!? ちょっ……ちょっと何言ってるんだよ! というよりなんだよあんたは!」

「俺はモングレル。ブロンズ3のベテランギルドマンだ。そして縁あってダフネに色々教えてやってる親切な男でもある。無関係ではないからな」

「ぐっ……」

 

 ローサーはブロンズ1。装備は全身揃えてはいるが……使いこなせているかというと微妙なとこだろう。

 その証拠に、パーティーから追放された後も誰とも組めていない。

 パーティー追放騒動で彼の人柄やスペックが暴露され、それが広まったせいもあるだろう。その点はちょっと可哀想かなとも思っているが、かといって実力不足の地雷タンクとダフネを組ませてやるわけにはいかねぇんだこっちは。

 

「まあまあ、彼をパーティーに入れたのは私だから」

「ダフネお前なぁ……前々から思ってたけど、もう少し男を警戒した方が良いぞ」

「これでも考えて入れたのよ! 加入申請してきた時点で受付のエレナさんに聞き取りはしたからね。ミレーヌさんとラーハルトさんは教えてくれなかったけど」

「えっ、そうなの……?」

 

 エレナ……まぁ親身に相談してやるのはギルドマンとしてはありがたいけどな。

 

「ローサーの評判が悪いのは知ってたわ。お金にだらしなくて戦闘能力も半端。正直私も迷ったけど……犯罪者ってわけではないし、私に対する害意も感じない。だったら少しくらいは一緒に活動してみても良いんじゃないかって思ったのよ」

「害意ねぇ」

「あ、それはまぁなんとなく感じなかったってだけよ。……ローサーだってお金なくてどん詰まりなんでしょ? だったら私のパーティーで再起をしたいはずよ。そうよね?」

「あ、ああ。もちろん。……パーティーメンバー無しじゃ、俺の装備は活かせない。このままアイアンの依頼で凌ぐのにも限界が近かった。俺は本気だぜ、モングレルさん……!」

 

 キリッとした顔は誰でも作れるわな。それに実態が伴ってるかどうかが全てよ。

 

「まあ、二人にやる気があるのはわかったが……こっちも金貰ってお節介してる立場なんでな。口だけでなく行動で示してもらおうか」

 

 俺は修練場まで続く扉を指差した。

 

「盾持ちと飛び道具専門。二人のコンビネーションを少しテストしてみるぞ。いきなり本番で力試しってわけにもいかないからな」

 

 

 

 修練場では“報復の棘”のメンバーが本格的な対人戦練習をしているところだった。

 人対人に重きを置いたパーティーだけあって、打ち合いは非常に高度で気迫がこもっている。

 後ろを歩く二人は“報復の棘”の様子に少しビビっているようだった。

 

「あれは極端に熱の入った連中だから、あまり気にすんな。こっちはこっちで初心者向きの訓練をしっかり積めば良い」

「モングレルさん。俺はブロンズ1だし初心者じゃないんですけど……」

「基礎を疎かにした自称ベテランは俺の中だと初心者と同じかそれ以下なんで……」

「なっ! い、言い方がひどい!」

「まぁ確かにちょっと言いすぎた。すまんな。けど戦い方に変な癖があるからこそ、今まで上手く立ち回れてこなかったんだろ。ローサーはその辺り直さないとずっとお荷物だぞ」

 

 ローサーは自前の大盾と木製ショートソード、ダフネは木製ダガーを4本装備した。

 俺はまぁ普通にバスタードソードサイズの木剣でいいや。

 

「ローサーが前に出て魔物を引きつけつつ、ダフネが後衛として毒ナイフを使う。そんな感じだろ?」

「すごい、さっすがモングレルさん。やっぱりわかるのね、私達の作戦」

「いやまぁそれ以外に無さそうだし……」

「ダフネ、君は俺が守る!」

「口だけじゃなくてちゃんと働きなさいよ!」

「は、はい……!」

 

 なんかもうすでにパーティーの中の序列が決定してて、ブロンズの面子もクソもない状態に見えるんだが……まぁいいや。とりあえずやっていこう。

 

「じゃあ俺はゴブリン……いや、ホブゴブリンになったつもりでこれから攻めていくから、二人はそれをどうにか対処するように。ローサーは“盾撃(バッシュ)”以外ならスキル使ってもいいぞ」

「ぐ、自分のスキルがみんなにバレてるの嫌だな……わかったよ。俺の鉄壁の防御、見せてやる!」

 

 というわけでラウンド1、ファイッ! 

 

「男女がペアで森の中にいやがるゴブねぇ……ゆるせねぇゴブねぇ……」

「なんか喋り始めた!?」

「ローサー、知能の高いゴブリンよ! 気をつけなさい!」

「ああわかってる! “鉄壁(フォートレス)”!」

 

 ローサーは大盾を構えつつ、スキルを発動した。全身の耐衝撃性能を高める防御スキル。優秀ではあるが……。

 

「新鮮な女がいるゴブねぇ……」

「ちょ、ちょっとローサー! 回り込もうとしてる!」

「え!? おい卑怯だぞ!」

「ゴブリンだから何言ってるかわからないゴブねぇ……」

「人の言葉喋ってるじゃねえか!」

 

 大盾持ちの弱点。

 武器側から回り込まれるとちょっとつらい。立ち位置を大幅に調整しなきゃいけなくなる。

 

「えいっ!」

「効かねえゴブなぁ」

「うっそナイフ弾かれた!?」

 

 まぁゴブリンだって無能じゃない。特に隙が作れているわけでもないのに何か飛んできたら避けるくらいのことはする。今回は剣で弾いたけど。

 

「グヘヘヘ、気の強い女はタイプゴブねぇ〜!」

「ぎゃーこっち来てる! ローサー防いで!」

「うおおお任せろッ!」

 

 後衛だからといって狙われないわけじゃない。むしろ弱い後衛ほど狙われる。

 俺はダフネのもとに駆け出して、ローサーは横合いから……。

 

「くらえっ!」

「え、なにそれゴブ」

「はあ!?」

 

 ショートソードを使わず、大盾による殴打を試みてきた。

 当然そんなのんびりしたクソ雑魚リーチの殴打に当たってやるほどのプロレス精神は俺にはない。適当なステップで回避して、そのままダフネのもとまでたどり着いた。

 

「剣使いなさい、よっ!」

「ほんとそれなゴブ……ぐえー」

「あ、刺さった」

 

 接近戦に持ち込まれたダフネだったが、手持ちのダガーを一気に投げる事で反撃は成功。俺も剣で弾いてみたが、2本は身体に命中した。

 

「まぁ数本刺さったくらいじゃすぐには倒れないんで、はい刺されて逆上したゴブリンからの報復攻撃ゴブ」

「いだっ!?」

 

 しかしまぁ投げナイフですぐ沈むわけもなし。

 木剣で優しくダフネの頭を叩いてやり、撃墜判定。けどよくやったよお前は。

 

「うおおお! ダフネは俺が守る!」

「いてっ。いやお前おせえよ!」

「ぐえーっ!?」

 

 その後ローサーが背後からショートソードによる突きを決めてきたが、落第点もいいとこである。

 この突きで俺は撃墜判定だったろうが、なんかムカついたのでローサーの尻を蹴っ飛ばしてやった。

 

 

 

「ローサー。お前もうパーティー降りろ」

「ええっ!?」

「ええじゃないでしょ! 何よあのもっさりした動きは! ゴブリンが普通に私のとこまで素通りしてきたじゃない!」

 

 そのまま反省会である。いやけどこれはパーティーの反省会というより、ローサー個人の反省会だろう。

 

「盾持ちなら敵を後ろに通すなよ。自分が怪我してでも食い止めろ。あと敵を食い止めるのに剣使えよ。なんで盾で殴った」

「それは……盾の方が使い慣れてるし……」

「あんたのせいで私死んじゃうんだけど!」

「ご、ごめん……」

「ていうかショートソードが良くないのよやっぱり! 短槍にしなさいよ! どうせ突きしかしてなかったんだしその方がいいでしょ!」

「ええっ!? そ、それは……ただでさえ今のショートソードだと短くて格好付かないのに……俺の憧れるパラディン像から離れすぎというか……」

「知らないわよ! ショートソードは無し! 使いやすい槍で戦いなさい!」

「そ、そんなぁー」

「槍の方が皮の傷が少ないし高く売れるのよ。これは強制よ!」

 

 どうやらローサーの装備構成は、どっかの物語に登場するパラディンをリスペクトしてのものらしい。鉄壁の防御を持つ守護騎士。

 いや、仲間を守れない守護騎士なんて誰もいらんが……。

 

「あと盾持ちで相手を引きつけるなら、最初に盾を叩いて音を出すなりして目立っておけよ。後衛が飛び道具で先に攻撃する前に相手の敵意を集めるんだ。同じ理屈で、ダフネもローサーが何か気を引くまでは動くべきではなかったかもな」

「な、なるほど……」

「確かに……それもそうね」

 

 ローサーの防御力だけならば十分だと思う。

 こんなへっぽこタンクでもスキルを活かせばチャージディアやクレイジーボアの突進を真正面から受け止める事はできるだろうし、打撃も交えれば手痛いカウンターも決められるだろう。

 問題はその形まで持っていけるかどうかだけどな。こればかりは練習しかない。

 

「ダフネはローサーを盾にして、ローサーはダフネを守るように位置取りすることを忘れるなよ。魔物だって真正面から一直線に来るやつばかりじゃないんだから」

「こうして……こう動いたら、こうかな?」

「武器もちゃんと構えて、横から抜け出さないようにしないと」

「あ、ああ。確かにそうだ」

 

 それから少し練習して、再びトライ。

 

「俺はクレイジーボアでボア。ど素人丸出しのギルドマンを今日の昼飯にしてやるでボア」

「なんかまた知能の高い魔物が来たわね……」

「さすがに喋らないだろ……!」

「は? ノリの悪い男ボアね、無視してあの女ぶっ殺してやるボア」

 

 今度はゴブリンほどゆっくり動かない。ササッと走って回り込む動きでダフネを狙おう。

 

「こ、こらっ! お前の敵はこっちだぞ!」

 

 その寸前、ローサーが盾を鳴らし、貸し出し品の短槍を広げて俺に立ち塞がる。

 

「邪魔くせぇ男がいるボアね。ぶちのめしてやるボアよ」

「こいっ! “鉄壁(フォートレス)”!」

 

 俺はそのままローサーの大盾に突進し、低めの位置に蹴りを放った。

 

「ぐっ……!?」

「お、守りは良いな。いや良くなきゃ困るが」

 

 さすがいい盾を持ってるだけあって守りは堅い。クレイジーボアを意識した強めの蹴りを入れたが、あっさり塞がれてしまった。

 

「えいっ!」

「いってボア」

「こ、これが俺たちの力だぁ!」

「ボア〜!」

 

 投げナイフを食らったら、盾の横から槍を喰らったり。

 もちろんそれだけで沈むわけはなく、しかし毒と出血を意識した精彩を欠いた動きで再び回り込んで……と攻めてはみたが、それもローサーに防がれた。

 よし、こんなもんならいいだろう。

 

「負けたボア〜」

「よっしゃあ!」

「はー! 勝った!」

「うん、まあ今みたいな連携なら良いんじゃないか。ダフネはひとつくらい手斧があっても良いかもな」

「あ、確かに」

「槍……もしかして俺に向いてるのでは……?」

「いやそれは最初からそう言ってるだろ、周りの奴らも」

 

 まだまだ課題の多い二人だが、戦闘面はひとまずこれでよしとしよう。

 問題はローサーに不安のある金銭面だが……。

 

「ローサー、あんたのショートソード私に売らせなさいよ。そのお金で短槍と必要な物を買い揃えてあげるわ」

「あ、ああ、うん……」

「あとはパーティーメンバーの共有物資は私の貸し倉庫で管理して……そうすれば結構お金浮くわね……ローサー、今度また資金調達の任務受けるわよ。しばらくはアイアンの力仕事だから、頑張りなさいよね」

「はい……」

 

 ……そこまで不安は無いかもしれない。

 

 



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シンプルかつ最強な屋台飯

 

 ダフネに関してはもう大丈夫だろう。

 しかしローサーが加わったとはいえ、まだまだ森を歩けるレベルではない。だが本人もその辺りは弁えているし、まだアイアンクラスの仕事でやっていくつもりのようだから心配はいらないだろう。

 結果的に俺が口出ししたことなんてほんのわずかなことばかりだったなぁ。少し助言したり釘刺したりするだけで、ダフネは勝手に堅実なギルドマンとしての道を歩き始めたように思う。手が掛からなすぎて逆に怖いくらいだ。

 

 これで一区切りがついたと見て問題あるめぇ。

 俺はダフネは思いの外大丈夫だったということを、メルクリオに報告した。

 

「なるほどね。ダフネはギルドマンとしてもやっていけそうかい」

「思ってたよりかなりしっかりした子だったな。商人を捨てるってわけでもないし、なんだろうな。ギルドマンもできる商人を目指してるみたいだったぞ」

「ギルドマンもできる商人ねぇ」

「そういうのが居ないわけじゃないからな。“レゴール警備部隊”にはそんな人らも結構所属してるし、ダフネもそれに近いポジションを目指しているんだろう」

 

 二足のわらじでも上手くやっていけそうな気配はする。

 何より安全第一でしっかり下調べしているところが良い。あのダフネのやり方で駄目ならどんな奴でも駄目だろう。あとは運だ。

 

「秋の狩猟シーズンまでに討伐できる態勢が整えば、ダフネのパーティーに所属する他のメンバーも冬を越せるだろう」

「パーティーってあれだよな、ギルドマンの徒党だろ? もうそんなの作っちまったのかい、ダフネの奴は」

「まだ一人加えただけの仮パーティーだけどな。“ローリエの冠”ってパーティー名にするそうだぞ」

「ははぁ……本当にギルドマンをやってくんだねぇ……あの値切りのダフネがねぇ……」

「値切りのダフネなんて呼ばれてるのか……」

「それはもう、ダフネの商談の白熱っぷりといったらないぜ旦那。見てると商人としての魂が疼くというかね」

 

 値切りか……現代日本人出身にとっては未だに抵抗のある概念なんだよな……。

 なんでも定価で買っちゃうよ……。

 

「ありがとう、モングレルの旦那。ダフネが大丈夫そうなら何よりだ」

「お安い御用だったよ。ま、これからも一人の後輩として面倒は見るから、心配するな」

「そいつは安心だ」

 

 メルクリオにとってダフネの兄はよほど親しい存在だったのだろう。

 ダフネに対する思いやりも、まるで兄弟に対するそれのようだった。

 

「……さて、今日旦那が持ってきたそいつは? なんかトゲトゲしてるが」

「ああ、一応あれだ。木登り用の……靴に付ける装備品だな。靴にこう巻いて、トゲが側面に来る。こいつを両足に着けておけば、木に登りやすいよってやつだ」

「ほー……ああ、しかしそれつけたままだと座る時不便そうだなぁ」

「それなんだよなぁ……まぁそこらへんも注意付けて、売ってやってくれないか」

「んー、木登りの補助具として……もの好きが試したりはするかもしれないな。ま、旦那の材料費と手間賃は回収できるように捌いてみるさ」

 

 あとはいつもの販売代行のやり取り。

 売って欲しい商品を渡して、売上の一部を受け取ってだ。最近のレゴールは目新しい商品がどんどん出てくるからこっちも油断ならねえわ。

 逆に大勢の発明家の中に埋没できるから、ちょっとしたアイデア商品なんかはケイオス卿名義ではなく俺の名義で出しても問題無さそうなのは気楽で良い。

 いつかは普通にちょっとした発明家になっちまうのもアリだな。

 ギルドマンを続けながら発明品でストレスなく稼いで……表立って使える潤沢な資金で色々やってみたいもんだ。趣味だけじゃなくな。

 

「売上もあるぜ、旦那。例のスケベ用品も売れてるぞ。いやぁ良い商品だね」

「おう、売れたか……まぁ売上は喜んで受け取っておくぜ……こいつには秋の屋台の資金源になってもらうからな……」

 

 職業に貴賎はない。商品だって需要と供給にマッチした立派なものだ……だからこの金は清浄な金なんだ……。

 

「結局、屋台はどうするつもりなんだい? 前に食わせてもらった、あれ。肉を薄皮で包んだやつ。あいつを出すつもりなのかい」

「いやぁ、その辺りでまだ悩んでいてなぁ……」

 

 前回、俺は試作として蒸し餃子を作った。

 後々それを色々な人に配って味の感想を聞くついでに好感度調整をしてみたのだが……評判はまぁまぁといったところ止まりだった。

 

「悪くはないんだがやっぱり手頃な値段で食えないってのがな。蒸すのも案外スペース使うし、皮を大量に用意するのも結構しんどいし……手に持ちにくいってのもちと良くなかった」

「ふうん? 目新しくて俺からすりゃ良いと思うんだがねぇ」

「俺はもっと安く大量に、ササッと素早くかつ無尽蔵に提供できるものが良いんだ……」

「一度も屋台出したことないくせに欲深いなぁ旦那」

 

 そりゃもう欲深いぜ俺は……。お祭り騒ぎなら全力で便乗してやるともよ……。

 

「一応、今新しく考えてるもので良さそうな奴があってな。今度それをメルクリオにも味わわせてやるよ。楽しみにしててくれ」

「お、良いねぇ。モングレルの旦那が作る飯は美味いからなぁ。期待してるぜ、旦那」

 

 しかしそのためにはまだまだ、試作と実験を繰り返さなければならない。

 

 

 

「あれー? モングレルさんだー。どうしたの、こんなところで」

「あ、本当だ。モングレルさん、何してるのかな」

「おー、ウルリカとレオか」

 

 ある日、俺はシルサリス橋の近くでちょっとした作業キャンプを行っていた。

 宿の自室ではできないような、粉が飛び散ったり匂いがキツかったり、何よりデカい火を使ったりといった作業をする時には外が一番だ。

 シルサリス川は街に近いし人気も無いしで、この手の作業には向いている。

 

 近くを通るのも馬車やギルドマンくらいのものだ。

 ウルリカとレオの二人は、どうやら狩りの帰りだったらしい。レオは仕留めたスムースゲッコーを運んでいる最中のようだ。

 

「ゲッコー仕留めたのか。良い皮色じゃないか、高く売れそうだな」

「でしょでしょー? 真っ赤で目立ってたから見つけやすかったんだー」

「僕たちはこれからスムースゲッコーを持って帰るところだけど……モングレルさんは何を?」

「ああ、ちょっと色々と作業をな。炭を粉にして成形炭モドキを作ったり、ラードを作ったり……ま、料理の実験だよ」

「あ、美味しそうな匂い! 前食べたフライってやつだ!」

「へえ、料理の実験かぁ……面白そうだね、ウルリカ。ちょっと見てみようか」

「味見が必要だったら任せてよねー!」

 

 というわけで見学者が二人増えた。まぁいいけどな。どうせ軽く作って食ってみるつもりではあったし……誰かに食ってもらった方が実験としてはありがたい。

 

 ウルリカとレオはスムースゲッコーの解体を処理場に任せる予定だったらしいが、ここで俺がなんかやってるからってことで、なんとなく川沿いで解体作業をやることにしたらしい。

 まぁ俺としても肉はあまり持ってきてなかったから、スムースゲッコーの肉が使えるなら都合がいいや。一緒に調理してやるとしよう。

 

「モングレルさん、そっちの火にかけてるのは獣脂でしょ?」

「ああ。さっきボアから剥がした脂身を溶かしてるとこだ。こいつがしっかり油として使えるようになったら、唐揚げを作る感じだな」

「その練っている炭はどういう意味があるんだい? なんだか僕には面倒なことをしているように見えるんだけど……」

「まあ面倒だな……こいつは火力を安定させるために作ってるんだが、実際どんなもんになるのかは俺にもわかんねぇ……」

 

 蒸し餃子とは異なる屋台料理案。

 俺が次に思いついたものは、唐揚げ串であった。

 

 揚げ物は良いぞ。仕上がるのは早いし、何より美味い。人が大勢通る屋台ならひたすら揚げまくっても冷める前に売り捌けるだろう。アツアツで持ちにくいというのも串に刺してしまえば解決だ。揚げる時も楽だし持ち歩きにも便利。コンビニの常連になるだけのことはある。

 

 だがこの揚げ物の問題として、油の管理と火加減の管理が最大の難所だった。

 蒸し料理は雑に水を蒸発させていれば良いから楽なんだが、揚げ物の温度管理はシビアだ。具体的にはヘマすると普通に炎上する。屋台でそれをやらかすとどうなるか……あまり想像したくないぜ。

 だからなるべく一定の温度で調理したい。そのためには大小様々な炭を使うより、サイズや品質が一定の成形炭を使った方が良いんじゃねーかってことで作ってるわけだ。

 屋台を開いている間だけ一定の火力を保ってくれればいいので、いくつか作っていい塩梅のものを開発しておきたいところである。

 

「ほらウルリカ、あんまりよそ見してないで、こっちの解体もやるよ。ゲッコーの皮は失敗できないんだから、真面目にやろうよ。そっち座って、前足の方をお願い」

「はーい……んっ、前足ね。綺麗に剥いでいかないと……」

 

 男三人、川沿いに並んで黙々と野良仕事。しかしやってる作業内容がなかなかカオスである。さっきから通りかかるギルドマンがチラチラ見てくるのがなんか面白い。

 

「……よし、炭はまぁ今日は使えないが……油は良い感じになったから早速使ってみるか」

「やった! あー楽しみっ」

「もう、ウルリカ……あ、モングレルさんこの肉使えるかな? せっかくだしどうだろう」

「お、ありがたい。じゃあこいつを……まあこんくらいに切って、串に刺して……」

 

 あとは液やら粉をつけて油にドボン。

 ラードで揚げた唐揚げは旨味たっぷりだから勝ち確なのがありがたい。これがゲッコーではない食用に向かない肉でもわりと食える感じにしてくれるだろうし、揚げ物は本当に優秀だ。油で揚げればだいたいなんとかなるんだよなぁ……。

 

「お、お腹空いてきた……いい匂い……良い音……」

「そろそろ取り出しても平気だな」

「……こんなに油を使って、手間をかけて……贅沢な料理だよね」

「ま、そうだな。油がどうしてもなぁ……ほれ二人とも、温かいうちに食ってくれ」

「やったー!」

「ありがとう、モングレルさん」

 

 串揚げを二人に渡すと、そこはさすが若々しい成人男性の二人である。

 見た目は中性的でも趣味嗜好は健康な男そのもの。仕事上がりのこってりした串揚げはクリティカルヒットしたらしい。実に美味そうに食ってくれている。

 

 んーまぁ味は良いよな、もちろん。提供時間も短いしスペースも……問題は本当に油と火だけだ。このあたりは燃料と機材で調整する他ないだろうな……。

 油の交換ペースも考える必要があるだろうか。問題ないか? 一日中そのままの油で串揚げを提供し続ける……まぁ別に平気かな……どうだろう……このあたりも色々実験しないとわかんねえ。そんな長い時間揚げ物作り続けたことねえし……。

 

「今日はそこにあるゲッコーの肉全部使い切るまでやってみっか」

「えー、さすがにそんなには食べられないかも……」

「ふふ……けどこれ、通りかかった人が匂いに釣られて食べにくるかもね。匂いが強いからさ」

「あ、確かに。……ってことは私達で食べ切るくらいの気持ちじゃないと取られちゃうかも?」

「若いうちはそのくらいの気概で食っておけ、お前たち。20歳の特権だぞ……」

「なんでモングレルさんは遠い目をしているんだろうね……」

 

 そんな感じで串揚げをノンストップで食いまくっていた俺たちだったのだが、意外なことに肉よりも先に液と粉の方が無くなってしまい、唐揚げが作れなくなってしまった。

 うーん、軽い実験をするだけのつもりだったから持ち合わせが少なかったか。盲点だわ。

 

 けど腹いっぱいになったから良しとしよう。

 実験としては……肉を油で揚げると美味いということがわかったので成功と言えるだろう。

 屋台もいけるな! ヨシ!

 



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街に潜む犯罪組織

 

 レゴールに来れば仕事がもらえる。

 一人で故郷を出てきても食っていける。

 そんな甘い夢を見てやってくる若者は未だに多い。

 

 まぁ確かに仕事はある。あるけどさすがに限度はある。

 探せば結構雇ってくれるとこはあるし、使える人材を募っている店も多いのだが……田舎からポッと出てきた字も読めない計算も覚束ない信用ならない若者を即座に雇えるかっていうとそれはまた話が別なわけで。

 その上、ろくな職業案内所もないこの世界じゃ職探しの方法も限られる。何日も職探しでぶらぶらできるほど若者たちに金があるわけもなく……。

 そうして食い詰めた連中は、犯罪に走るのが常であった。

 

 

 

「二人捕まえたが、他の連中には逃げられた。クソガキどもめ……」

「手口が慣れ過ぎてやがる。トップに小賢しいのがいるな」

「居場所を吐かせてもアジトがわからん以上無駄だろうな……ふざけた連中だよ、本当に」

 

 レゴールの衛兵は優秀だ。大体全ての人員がシルバーランク以上の実力を持つものと考えて良い。対人戦、捕縛のプロであり、その気になればレゴール支部のギルドを鎮圧できるだけの力を持っているだろう。

 特にレゴール市内の地理は路地裏から地下水道まで網羅しており、彼らと追いかけっこして生き残れる人間はそうそういないと断言できるほど。

 

 そんなプロフェッショナルであっても手を焼くのが、大量に湧いて出たストリートチルドレン。

 この世界風にドライな感じで言えば、ガキの犯罪者集団である。

 

「お、モングレルだ」

「ああ丁度いいところに。モングレル、ちょっと今いいか」

「ん、なんだなんだ。また何か大掛かりな盗みでもあったのか」

 

 俺は衛兵達の多くとは顔見知りだ。何年も街で過ごして顔を売っていればこうもなる。

 そしてこういう連中の頼みは可能な限り聞いておくのが俺の処世術だった。

 

「他所から集まってきたガキを手先に使ってる組織があるみたいでなぁ……末端の連中はいくらでも捕まるんだが、幹部やトップは全く捕まる気がしないんだ」

「仕事も住む所もないガキどもを束ねているのは間違いない。末端として盗みを働く連中は“銅”、そいつらから指定した場所で盗品を預かるのが“銀”、そして更にそいつらから品を受け取る連中が幹部の“金”と呼ばれているらしい。で、組織のトップはその更に上だ。そいつは色々と呼び方があるが、多くの連中からはマスターと呼ばれている」

 

 それはまたなんというか……明らかにギルドマンをパクったようなネーミングセンスだな。

 

「随分と大掛かりな組織だな……近頃市場がピリピリしてるのはそれか」

「ああ。近頃じゃどの店も子供に対する警戒心は高まっている。余所者を歓迎しない意見も多い。……街中の警備も増員されているんだが、流入してくる連中に対応できてないのが現状だ」

「モングレル、何か知ってることはないか? 怪しい子供とか、変な商売をやってる連中とか……なんでもいい」

「とっ捕まえたガキは大抵何も知らないんだが、調べないわけにもいかん。そのせいで時間が取られて仕方がないんだ。“金”まで近づければなんとかなるんだが……」

 

 ふーむ。窃盗団ねぇ……正直ギルド周辺はおっかない連中ばかりだからそういうガキ共も近づかないようにしているんだろうが……。

 言われてみるとおかしな連中に心当たりはあるかもしれん。

 

「ギルドに登録したけどほとんど任務を受けてる様子のない連中ならわかるぞ。やる気のないアイアンというか、ギルドマンになったくせに金に困ってなさそうな奴らだな。……そのくせ時々、下水道清掃の任務を受けている。金にもならねえ、仕事の内容もキツい。そんな仕事だけを好んで受けるってのは怪しいだろ?」

「おお、そんなのがいるのか! 下水道といえば連中の臨時のアジトにもなるような場所だ。そこを大手を振って歩けるとなれば……うむ、確かに……」

「そいつは怪しいな……モングレル、それはギルドに掛け合ってみれば詳しく調べられるか?」

「もちろん。まあ、ロビーで話すよりも個室で話すべきだろうな。受付のミレーヌさんかラーハルトさん、あとは副長のジェルトナさんなら速やかに話が通るはずだ」

 

 エレナはまぁうん……あまりそういう話したいタイプじゃないなぁ。

 別に機密を漏らしそうってわけではないけども……。

 

「助かった。いや聞いてみるもんだな」

「俺はベテランギルドマンだからな。ギルドに関係することならなんでも聞いてくれ」

「ははは。じゃ、良い女の子が居たら今度教えてもらうか。じゃ、俺たちは仕事だから、またな」

「おう、頑張れよー」

 

 そうして彼らは慌ただしく去っていった。

 レゴールの衛兵は真面目な連中が多くて助かるよ。もちろん、みんながみんな清廉潔白というわけではないんだが……。

 

 

 

「はえー、先輩そんなこと聞かれたんスか」

「ああ。俺みたいなギルドマンに声かけるあたり、相当手詰まりだったんだろうな。まぁ力になれて良かったよ」

 

 その日の夕時、俺はライナと一緒にギルドで酒を飲んでいた。

 近頃はクレイジーボアを始めとする魔物の討伐報告が増えてきた。そろそろ秋の狩猟シーズンの始まりなのかもしれない。おかげでボア肉の料理が安めに出てくるからありがたい。

 それとともに収穫祭、そして伯爵の結婚式だ。忙しくなるぞ。もう昼間から酒のんでも居られねえな。

 

「それにしても、レゴールにそんな悪どい組織がいたなんて……しかもギルドマンみたいな階級まであるなんて。信じられないっス。迷惑っス」

「だな。まぁそのくらいシンプルな階級にした方が、田舎出身のガキにとっちゃわかりやすいんだろう」

「わざわざ田舎を飛び出して、レゴールに来てまでやることが犯罪っスか……私は仕事なら頑張るスけど、盗みとかは遠慮するっスよ」

「そりゃそうだ。犯罪なんて生涯無縁で居たほうがずっと良い」

 

 特に盗みはクセになるっていうしな。

 この世界じゃザルなとこも多いし、歯止めも利かなくなりそうだ。気がついた頃には罪を重ね続け、重罪になったり……十分ありえる話だぜ。

 

「けどどこにいるんスかねぇ、そのマスターとかいう組織のトップは……下水道とか、そういうところとか……?」

「いいや、俺はこの手の組織の上層部はもっと恵まれた環境にいると思うね」

「え、どういうことっスか」

「捕まらないように何層にも階級を分けて、盗品の受け渡しをやっている。これは後先考えないガキの手口じゃない。もっと……それこそレゴールで暮らしてる大人だとしても不思議じゃないぜ」

「ま、マジっスか!」

「まぁ俺の予想でしかないけどな。……でもそんなに間違ってはないと思うぞ。“金”より上の連中はきっとそのくらいのはずだ」

 

 組織犯罪。特に無知な末端を大量に従える大組織なんかは、ちょっと上の立場になると手下を管理するために大人を使ってたりするもんな。というより子供に効率よく言うことを聞かせるためには大人でないといけないというか。

 

 ……ゲスだよなぁ。子供を使うってのは本当に気に入らねえわ。

 俺はギフトを使ったところでこの手の捜査は全く向いてないけど、目の前に居たら全力でとっちめてやりたいくらいだ。気持ちとしてはな。

 

「……もしそいつらのマスターが賞金首になったら、私狩りに行きたいっス。レゴールの街中で狩りの始まりっスよ!」

「こらこら。街中はさすがに不利だろ。やめなさい」

 

 市街で追いかけっこや戦闘をするのは、獣相手にトラッキングするのとはわけが違う。いくら弓の腕があってスキルも持っているからって普通に危ないと思うぞ。

 こういうのは本職に任せるべきだ。

 

「俺たちにできるのは、衛兵が手柄を挙げられるように応援してやることくらいだよ」

「地味っス!」

「地味で結構じゃねえか。街中で犯罪者をとっ捕まえるなんて、ギルドマンにあるまじき華々しさだ。俺たちはバロアの森で魔物を仕留めているのが一番合ってるんだよ。ライナだってその方が好きだろ?」

「……まぁ、はい」

 

 緑と茶色に囲まれた地味~なお仕事。上等じゃないですか。

 良いと思いますけどね俺は。

 

「堅実に働いて、堅実に稼いで、日々を慎ましく生きていく。それが人間にとっちゃ一番大事なんですよ」

「じゃあモングレル先輩、屋台出す時は慎ましくやるんスか」

「そりゃもう一か八かのメニューで勝負に出て荒稼ぎして祭りで豪遊よ」

「言ってること正反対じゃないスか!」

 

 祭りは別だから……。

 



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第八回高級燻製山羊肉猥談バトル

 

 

 レゴール伯爵結婚の前に治安を改善しなければならない。

 衛兵達も躍起になっているが、ギルドマンだってそれは例外ではない。

 自分たちが拠点としている街で悪が蔓延っているようじゃ面子にも関わるしな。

 

 大手のパーティーはどこも精力的に活動している。

 “大地の盾”は東部と南部の街道沿いを中心に警備を行って既に何人もの盗賊や小規模組織を撃破しているらしいし、“収穫の剣”は北部方面に拠点を置くちょっとした馬車強盗の組織とバチバチにやりあっているそうだ。

 “アルテミス”はレゴール近郊の討伐や貴族街でも何やら弓術指南で忙しそうにしているし、“若木の杖”もなんかどういうわけだか知らんけど成り行きで敵の拠点に乗り込んでしまったサリーがレゴール地下に巣食う悪党の拠点の一つを潰したと聞いている。

 そして俺は製材所のトーマスさんから端材を貰い、屋台で使う専用の調理システムを頑張って自作しようと奮闘していた。

 

 ギルドマンは十人十色だが、それぞれが頑張っている。

 皆別々の場所で、けど確かに戦っているんだ。

 負けてらんねえよな……平和を脅かす悪い連中にはよ……。

 

 

 

「今朝の橋近くであった小火騒ぎってモングレル先輩だったんスか……」

「いやー、揚げ物の試作やってたんだけどな。気がついたら油に引火して試作の調理台も含めて丸ごと燃えて大変なことになったわ。明るいなぁ、油が燃えると」

「門番の人が半笑いで話してたっスよ……」

「いやぁお騒がせしました。火力の調整が難しくて難しくて……」

 

 今朝起きたイベントそのいち。

 俺が試作していた調理台がラードと一緒に消し炭になった。

 しばらく油を放置して別の作業をしていた俺にも非はあるが、炭の火力も一定とはいえちと強すぎたらしく、見事に炎上してしまったようだ。気付いた時には既に遅く、色々巻き込んで炎の中へ消えてしまった。川沿いでやってて良かったわ。街中の屋外炊事場でやってたら普通に衛兵から小言もらってたかもしれん。

 

「せっかく今日は唐揚げ食えるコンディションを整えてきたのにな……あてが外れちまったよ」

「整えるってなんスか」

「大人はな。重いものを食う前に一食……もしくは二食分、加減して飯を食わないと駄目なんだよ」

「なんなんスかねそれ……」

 

 ライナにはわからんでしょうねぇ……。

 お前もあと十年もすれば……いや、十年経っても大人っぽくなったライナが想像できないな……。

 

「ライナの方はどうだよ。今日も貴族街で任務だったんだろ」

「あー、まぁはい。子供たちへの弓の指南っスね。そろそろバロアの森での狩猟をメインにしても良いと思うんスけどねぇ」

「まぁ割りの良さそうな仕事で良いじゃないか。森もそろそろ時期だろうし、指南なんてできるのは今くらいのもんだぞ」

「私の持ってる弓より高級っぽいやつ使ってるからなんか切ないんスよ……」

「ははは、道具だけは既にいっちょ前か」

 

 貴族街の子供……まぁほとんどは金持ちの息子や娘達になるわけだが。

 そういう子供たちほど、小さい頃から弓だの槍だのといった武術を習わせられる。もちろん剣も人気だ。

 しかし剣や槍になるとギルドマンよりは騎士団の方に声が掛かる。ギルドマンから呼ばれるのは多分本当に弓くらいのもんなんだろうな。

 特にシーナは弓使いとしては破格の能力を持っているだろうし、それを見込んで呼びつけたい連中も多いはずだ。騎士団を差し置いてお呼ばれするってのもなかなかすげぇよな。さすがは“アルテミス”というべきか……。

 

 そんな話をしていると、資料室の方からダフネたちが出てきた。

 ローサーはおらず、何故かウルリカとレオが一緒にいる。

 

「……とまぁ、罠についてはそんなところかな。高いし仕掛ける場所にも気を払わなきゃいけないから、それだけ特に注意しておかないとね」

「罠は正規品だと高いよー。盗まれないようにしないとねー」

「ううーん……やっぱりそう簡単にはいかないもんなのねぇ……あ、モングレルさん。それとライナちゃん」

 

 どうやらまたギルドマンの仕事について色々質問していたらしい。

 ダフネは物怖じせずガンガン質問するタイプだから、お節介焼きなベテラン連中からも結構気に入られている。レオやウルリカも親切なタイプなので、縁を結ぶのも一瞬のことであった。

 

「よう。まぁ椅子あるからこっちのテーブル座れよ」

「ありがとう、モングレルさん。僕こっち側失礼するね」

「私こっちー」

「はーあ、罠って難しいのね……引っ掛けるだけならまだできるとしても……」

「強引に切られることも多いし、同業に盗まれることも多いんだよねぇー……ま、仕掛けやすいポイントはいくつもあるからさ、奥の方ならチャンスはあると思うよー」

 

 ダフネ率いる“ローリエの冠”はどうやら罠による中型魔物の捕縛からの討伐を目論んでいるらしい。

 実際、バロアの森でのたまに見かける討伐方法である。おっかない魔物と真正面からガチンコするよりは罠にかけて有利を取ってからボコった方が早いのでね。

 しかし罠にも色々と問題があるから、そう簡単にはいかない。さてさて。ダフネ達は秋の狩猟シーズンに間に合わせることができるのやら。

 

「罠さえあれば討伐はもっと楽にいくのよね……やらない手はないわ……」

「あ、それでダフネちゃん最近よく罠とかの勉強してるんスか」

「ええそうよ。メンバー集めもやってるけど、より安全に討伐できるならそれが一番だものね」

「うんうん、よくわかってるなぁーダフネは。格好つけたがる人たちはそういうの嫌がったりするけど、より有利に戦えるならその方が一番だよねー」

「けどレゴールの罠の規定は色々と複雑だよね。僕はレゴールに来て驚いたよ。道具類も色々専用の物を使わなきゃいけなかったりで……」

「あーわかる。ドライデンは良くも悪くも大らかだからなー……」

 

 若者の多いテーブルだぜ。うーん、肉が食いたいな……けどギルドの酒場で食う肉料理は高いからなぁ……。

 

「お~いみんなァ~! 英雄たちのおかえりだぜェ~!」

「帰還だぞー!」

「腹減ったぁー! 飯と酒だー!」

 

 とりあえずエールでも注文するかと思った辺りで、入り口から騒々しい一団が入ってきた。

 何やら激しい戦いを終えた後らしく、装備の所々に汚れや傷の滲んだ“収穫の剣”のメンバーたちだ。

 ディックバルト、チャック、アレクトラ、双子、バルガー、その他大勢……まぁ随分と大所帯だ。一体何をやってきたのだか。

 

「……“収穫の剣”が一番ギルドマンらしいのよねー、私の中では」

「あ、わかるっス。ダフネちゃんもそう思うスか」

「うんうん。好き勝手やってるとことかね」

「あはは、確かにその通りかもね」

 

 実際、“収穫の剣”の連中がギルドに入ってくると一気にやかましくなる。

 声がでけぇしテンションもたけぇ。まだ酒飲んでないくせに飲んでる俺よりも勢いが強いのは軽いバグだと思う。

 まぁ賑やかしにはもってこいの連中だけどな。

 

「あら……これは。ボストーク街道で家畜強盗を撃退ですか。お手柄ですね!」

「そうなんだぜぇ~ミレーヌさん! 刃物持った盗賊が二十人くらい出てきやがってよぉ~! 俺たちが揃ってなかったらヤバかったんだぜぇ~!?」

 

 やけにテンションたけーなと思ったら普通に大手柄じゃねえか。やるなオイ。

 

「――敵の幹部格を捕縛できたのは僥倖だった。おかげで連中のアジトを割り出し、討伐することができたのでな――……」

「アジトの前の大穴に捨てられてたあの大量の骨! 酷いことする連中だよ全く。相当手を焼いてたろうねぇ、あれは」

「お疲れ様です。ひとまず護衛の基本報酬をお渡ししますので、盗賊掃討の報酬はまた後ほどということで。詳しい調査も必要になるでしょうから」

「ああ、お願いするよミレーヌちゃん」

「……そしてェ! 今回馬車を守り抜いた俺たちになんとぉ~……商会の人が高級燻製肉を譲ってくれたんだぜェ~! かなり珍しいサンセットゴートの燻製肉だァ~!」

 

 ギルドの酒場が“おおー”とざわめく。

 これだけ聞くと羨ましいだけで終わる話だが、こういう流れにあるチャックはそんなつまらないことは決してしない……。

 

「この肉を食いきれねえほど貰ったからよぉ~……なぁもうやるしかねぇよなぁ~!?」

「うおおおお!」

「来るのか! やっちまうのか!」

「やるんだなチャック! 今ここで!」

「おうともやるぜェ! 第八回高級燻製山羊肉猥談バトル……開催だァアアアア~!」

「イヤッホォオオオオオオウ!」

「きたぜきたぜきたぜぇえええええ!」

「ぐらぐらぅるぅぅぅぅぁぁあああッ!」

 

 ついに始まったか猥談バトル……!

 いやしかし今日ばかりは待ってたぜこの瞬間(とき)をよぉ……!

 なんてったって今の俺は肉全然食えてねえんだ……! 肉を巡って争うなら今ほど最高のコンディションは無いくらいだぜ……!

 

 ……でも八回って……わりと数字飛んでるな。

 なんか俺不在の時でも結構やってるのね……それはそれでちょっと惜しいような……。

 

「え、えっ、何? なにこれなにこれ?」

 

 ダフネがキョドっている。

 何が起きたのかわからんって面をしてるな……同情するぞ……。

 

「わからんかダフネ。ここはもう猥談バトルの観客席になっちまったんだよ……」

「わい……猥談バトル!?」

「たまにギルドでやってるスケベバトルっス」

「なにそれ何らかの法に抵触してないの!?」

「……多分してないんじゃねえか?」

「自信持って答えなよ、モングレルさん……」

 

 猥談バトル。それは男たちのノリと勢いと熱いスケベ心が冷え切った女の視線を浴びることによって生まれる強大な上昇気流である。

 これはもう突発的に開催される腕相撲大会みたいなものだと思ったほうが早いかもしれんね。

 

「ルールは簡単だァ! 参加者は一対一で戦い、お互いのスケベ知識を披露していく! その後審判の判定によって勝者が決まる! それだけだァ! 勝った方は山羊肉3枚、負けた方にも1枚進呈するぜェ~!」

「――審判はこの俺、ディックバルトがやらせてもらう。皆の者、今宵は存分にやましい心をぶつけ合おうではないか――」

「うおおおおッ! ディックバルトさんが審判だぁあああ!」

「ディックバルトさんは複雑なスケベ計算も瞬時に頭の中で行えるからな!」

「頼もしいぜディックバルトさん!」

 

 ガンガン注文されるエール。次々にスライスされてゆく山羊肉。

 そもそもサンセットゴートの肉がそんなに美味かった記憶はないんだが、食ったのは大分昔だったからなぁ……でも高級って言うからには美味いんだろう。

 よし、やる気が出てきた。

 

「まーた参加するんスかモングレル先輩」

「男は肉のために狩りに出る生き物なんだよライナ」

「……せっかくなんだしさー、ちゃんとしっかり三枚もらってきてほしいなー」

「あ、ウルリカまたもらおうとしてるね?」

「タダで肉がもらえる……ふむふむ……これは私でもチャンスが……」

 

 お、ダフネも参加するつもりか……?

 いいのか……ここから先は地獄だぞ。

 

「先鋒は俺がいかせてもらうぜぇ!」

「おっと! ここから先に行きたきゃ俺を倒して行くんだなぁ!」

 

 そして早くも決まるマッチング。

 ギルドマン達のこのスケベ話における腰の軽さはなんなんだろうな?

 

「今まで誰にも共有しなかったこいつで仕留めてやる……! いくぜ! “個室の待ち人亭で隣に女の子を座らせておくのではなく向かい側に座らせておくと……イイ”!」

「な、なんだそれはーッ!? イイ!? あ、あまりにも漠然としすぎているが……!?」

「――ムゥッ……! “理解”……しているようだな……!」

「おーっと! これはディックバルトさん高得点だぁー!」

「一体何がイイんだ……!」

「くっ……あんな狭い店の情報に負けるわけにはいかねえんだよ! くらえッ! “愛の一座にいる女の子にお金を渡すと……もっと広いテントでサービスしてくれる”……!」

「――確かにより良い設備のテントはアリだが……精神の発展性は低い! 勝者ブライアン!」

「ば、ばかなぁあああっ!?」

「っしゃぁあああ!」

 

 始まったな、猥談バトルが……。

 相変わらずよくわからん店名が当然のように飛び交うバトルだぜ……。

 

「……やっぱり私やめとくわ」

「賢明な判断っス」

 

 ダフネ……その決断を臆したなどとは言うまい。

 ここは男の戦場だ。あまり顔を出さない方が良いぞ。

 

「モングレルさん、今日は自信あるー?」

「ふっ……俺をなんだと思ってるんだウルリカ。そりゃあるぜ。今戦ってる連中の話してる内容も……まぁよくわからんけど、負ける気はしねぇな。いつでもやれるさ」

「ふーん……」

「自慢気に言うことじゃないと思うスけど……」

「モングレルさんがスケベってなんだか意外だわ」

 

 男はみんなスケベなんだよダフネ。気をつけるんだな……。

 

「おいおいそこのモングレルさんよォ~! いつにも増して女の子侍らせて見せつけてくれるじゃねぇかよォ~えぇ~!?」

「出たな妬み野郎……だが待ってたぜ。この戦いをな……」

 

 実を言えば男女比は3:2で男の方が多いから的はずれな僻みを受けているんだが、それはさておき。

 

「出たぞ、チャックとモングレルの一騎打ちだ……」

「しかし……チャックは未だモングレル相手には……」

「机こっちでいい?」

「もうちょいこっちのが良いな……」

 

 チャックとの間に火花が散る間にもバトルフィールドが整えられてゆく。

 というかむしろ特定の敗北者が演出として飛び込んでいくだけのフィールドな気もするが……今の俺は腹が減っている。

 

「さっさと決めてやるよ。今回は俺から先行、いかせてもらうぜ……チャック」

「いや俺が先行だァ!」

「ええ……これ先に宣言した方が取れるシステムじゃないの……?」

「いくぜェ! “宿場町ボーデにある娼館で宿泊した時に瓶で酒を頼むと……女の子がもう一人ついてくれる”ッ!」

 

 ざわり、と無駄に空気が変わった。

 

「な……二人……!?」

「ばかな……たったそれだけで……!?」

「おっと、これで攻撃は終わりじゃねぇぜモングレル! “しかもその女の子は仲よさげに相手してくれる”んだぜェ……!」

「ボーデ……!」

「行くか……王都行きの任務……!」

「レゴールで休んでるわけにはいかねぇぞ……!」

 

 な……なんだ。娼館ネタなのにいつも以上の熱気を感じる……!?

 チャックめ……単純に火力の高いお得情報をチョイスして使ってきたか……。

 

「――ちなみに俺のオススメはマリューナちゃんだ――」

 

 知らないです……。

 でも一応名前だけは覚えておくな。一応ね……。

 

「さぁどうするモングレルさんよォ……! 前回はネタ切れが近かったみてえだからなァ~! ここらが年貢の納め時じゃねえのかよォ~!」

「……やれやれ。見くびられたもんだな、チャックよ」

「ぁあ!?」

「前回俺が決めかねていたのは……“どれにしようか迷っていたから”に過ぎない。武器屋に並ぶ沢山の剣を見て、そのどれを選ぼうかを迷っていただけなんだよ……」

「な……そんな……ウソだ! まだそんなにあるわけ……!?」

 

 スケベ伝道師は武器を選ばない。

 チャックよ……沈め。

 

「“普段の食事に魚や赤身肉、チーズ、レバー、ナッツを取り入れると良い”……“それらの食品は男にとって”……“子種を増やす効果が高いから”だ……!」

「まッ……まじかよッ……!?」

「――ヌゥウウウッ! 勝者、モングレルッ!」

「あ、ちょっと待って。そこのナッツだけ食わせてくれ……モグモグ…………ぐわぁああああああ~ッ!?」

「うわぁ!? チャックさんが吹っ飛んだぁー!」

 

 若干のタイムラグがありつつも、チャックは7メートルほどふっ飛ばされてテーブルを巻き込んでダウンした。

 馬鹿な奴め……俺に逆らうからこうなるんだよ。

 

「――俺は常々考えていた……何故、野菜や粥では普段ほど強い迸りがないのかと――……」

「そんな……ディックバルトさんでもそんな日があるっていうのか……!?」

「ウソだろ……ウソだって言ってくれよ、ディックバルトさん……!」

「――真実だ。しかし……これからの俺は、常に最高のコンディションで戦いに臨めるだろう――」

 

 ディックバルトが俺の方を見て、爽やかに微笑んでみせた。

 

「――お前のおかげだ、モングレル――」

「違います。俺はスケベ伝道師から聞いただけです」

「またか、スケベ伝道師……!」

「本当かよその情報……! とりあえずこの燻製肉美味しそうだから食べておくか。あとチーズとナッツも」

「そうだな。真偽は俺たちで探るしかねえ。もっと注文しておこう……」

 

 実際のところは俺もよくわからんけど、なんか亜鉛を含む食い物をよく摂取しておくと精子が沢山できるとかなんとか。

 うなぎなんかもそうだな。まさに精の付く食品ってわけだ。

 この世界じゃ子作りも重要な時があるだろうから、わりと真面目な知恵かもしれんね。

 

 ……別に精子が増えたからって、娼館に通う男の何がどう変わるってわけではないとは思うんだが……それでも何故か男はそのへんで“男らしさ”が得られると思ってしまうのだろうか。

 いや回数が増えればお得だからか……?

 

 

 

「よし、肉を5枚貰ってきたぞ。人数分で2枚おまけしてくれたわ」

「わぁい」

「やった。山羊肉って食べたことないから気になってたのよ! ありがとね、モングレルさん!」

「僕からもありがとう、モングレルさん。……それにしても、本当にこういうことに詳しいよね、モングレルさんは」

「まぁ俺も聞きかじったことだけだからな。ほれほれ、肉食え肉。さて、俺も味見してみるか……」

 

 肉は高級というだけあって、絶妙に柔らかくそして味わい深いものだった。

 独特の香りはあるが、調味液につけ込んだおかげだろうか。そこに入っている香辛料のおかげか臭さは感じない。実に上品で美味い肉だ……。

 

「……モングレルさんって肉とか魚料理好きだよねー」

「まぁな。パンを食うよりは肉とか魚食ってた方が良いな」

 

 逆にパンが美味くないから肉の方面に逃げたともいうんだがね。

 肉は裏切らねえからよ……。

 

「でもあんまり肉を食べすぎても駄目っスよ。お貴族様みたいにぶくぶくに太っちゃうスから」

「はは、太らねえよそのくらいじゃ。むしろ太る人ってのは肉よりも、パンや甘いものを食べまくってる人に多いんだ」

「そうなんスか!」

「へえ、やっぱりデザートは太るんだね。でも肉で太らないのはちょっと意外だったかも。そうか、パンも太りやすいんだ」

「じゃあモングレルさんはもっとお肉食べたほうが良いってことだねー」

 

 いやでもそこらへんは結局適量でお願いしたいわ。

 美味いものでもそれだけ単体で食い続けてると飽きるからさ……。

 

 




当作品の文字数が100万文字を超えました。

ついに長編らしい文字数になってきました。

ここまで続けられたのも読者の皆様の応援があったからこそです。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


( *・∀・)ヒャクマァーン♪


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オーユンリの撤去手伝い

 

 ある日、俺がギルドで“おかしな魔物大全”を読んでいたところ、サリーがやってきてこう言った。

 

「じゃあ仕事は明日の朝からだから、よろしく頼むね」

 

 これが第一声である。

 ちなみに俺はこいつと何も約束してないし、顔を合わせたのもちょっと久々になる。

 マジで俺自身ですら何の話をしているのかわからなかった。

 

「……え? 何? 仕事?」

「シャルル街道を進んで少ししたところに無力化したオーユンリが出没してね。それはもう一月ほども放置されていたのだが……」

「待て待てサリー。……俺に対して、仕事をして欲しいって言ってるのか?」

「そうだけど?」

 

 だけど? じゃねんだわ。言ってねんだわ。

 

「モングレルが近頃お金集めに躍起になっていると聞いてね。だったら僕の請け負った仕事を手伝って貰えたらと思ってさ」

「……まぁ色々と使う用があるから集めてはいるけども……そういう話は順序立てて言ってくれないか……まぁ今更だから良いけども。で、その明日やる仕事ってのはいつまで?」

「移動含め二日か三日じゃないかな。ヴァンダールが手伝ってくれれば良かったんだけど、彼は今繁忙期でねえ」

「あー力仕事か」

 

 サリーがこういう話を俺に持ちかける時は普通に体力仕事や近接役としての能力を買っている。

 そういうシンプルな仕事はありがたいんだが、説明が端折り過ぎというか異次元の角度から切り出してくるのは勘弁して欲しい。

 

「モングレルはオーユンリって見たことあったかな」

「あー……ある。あれだろう、よくわからねえ見た目の謎系魔物」

「謎系かどうかはわからないけど、知っているなら話が早い。その討伐というか、解体と運び出し作業を頼まれているんだ。王国から指示があってね、解体した一部は取り分けて送らなきゃいけないんだけど」

「送るってなんでだ……謎系の連中ってどの部位も使い物にならないだろ?」

 

 オーユンリというのは、俺が謎系魔物として個人的にカテゴライズしているよくわからん系統の魔物の一体だ。

 以前俺がバロアの森で討伐したクヴェスナと同じようなタイプの連中だな。モデルとなった生き物もよくわからないし、由来が全くと言って良いほど想像できない不可解な魔物たちである。

 

 その中でもオーユンリというのは更に特殊だ。

 まず動かない。厳密にいえばなんかこう、翅というか翼みたいなものは持っていて、それを動かすことはできるのだが、巨大な身体本体は樽のような形で一切動くことに向いておらず、その場から一切移動することがない。

 そのくせ、出現状況がマジでよくわからない。身動きひとつできない巨体であるにも関わらず、発見は常に突然だ。どこからか歩いてきたわけでもないし、空を飛んできたわけでもない。だけど何故かその場に現れて、もがくように翼みたいなものを動かすだけ……それだけの魔物だ。

 出現した場所が大きく陥没しているので空からまっすぐ降ってくるという説もあるらしいが、オーユンリが落ちてきた姿を見た者も、その音を聞いた者も居ない。ホラーな奴である。

 

 移動できない性質上襲いかかってくることもないので害は少ないのだが、謎系共通の要素として全身に微弱な毒素を含んでいる点が厄介だ。

 煮ても焼いても食えないし、下手すれば近くの土壌を駄目にする。オーユンリは謎系の中でもかなりの巨体なので、解体作業も大変だ。死骸をどけるだけでも大変な労力となるだろう。なので、農耕地帯でもなければ死骸が長期間放置されることも珍しくはない。

 

「僕も利用法はほぼ無いと思っていたんだけどね。魔大陸からのお客様にとってはどうやら食材の一つになるようでさ」

「え、あいつら食うの」

「さあ? 僕は実際に食べる所を見たことはないからなんとも。ただ単に魔族の人らが調査したいだけかもしれないし」

 

 魔族。人間の生活圏からは遠く離れた、海を隔てた別大陸に生きる人々だ。

 彼らは人間と食性が全く違うそうなので、オーユンリを食ったとしても不思議ではない……のか?

 いやわからんけど……。

 

「まあ、僕らのやることは主に解体だよ。それと途中の村で駐在ギルド役員とちょっとした荷物の受け渡しもあるけどね。まぁそっちのほうが僕としてはメインかな。オーユンリはついでになるね」

「……報酬はどれくらいだ?」

「んー、三日だとしてこのくらいになるかな」

「よし乗った。いやぁゴールドランクの雇い主は太っ腹で助かるね」

「あれ、相場間違えたか。じゃあもうちょっと減らすよ」

「おい! そういうのはやっちゃいけないぞ! 良いんだ報酬は多めのままで!」

 

 徒に人の勤労意欲を奪うんじゃない。上げて落とすのはダメージがデカいんだ……。

 

「……ところでサリー、風の噂で聞いた話なんだけど。なんか最近レゴールの犯罪組織を壊滅させたんだって? やべえなお前」

「いや僕は悪くないんだよそれは。ちょっと買い物に出てたら誘拐されてさ。そのまま連れられた先が犯罪者達の集まる場所だったっていうだけで」

「お前何そんな面白いイベント引き起こしてるの……」

 

 何かのコメディ映画の主人公か何か?

 

「杖を持ってないから魔法使いとも思われなかったんだろうねぇ。連れ去られる時も無抵抗でいたから、あっちも気付けなかったんだろう」

「なんでサリー無抵抗だったんだよ。杖無くても一応魔法って使えるんだろ」

「杖がないと魔力効率が悪いからなんか嫌なんだよね」

 

 そんなちょっと渋る程度の感覚で大人しく犯罪者に拉致される奴いる?

 まぁここにいるか……。

 

「いやぁしかし、下水道は臭いね。アイアンクラスの人はあそこを掃除しているんだろう。僕には無理だよ。モングレルもああいうのをやってるんだろう」

「まさか。俺だって下水道はやんねーよ、汚れるの嫌だし」

「都市清掃はやってたって聞いたけど」

「あれはまぁ下水道ほどじゃないからなぁ……」

「掃除は汚れるじゃないか」

 

 こいつ……自分の部屋をあまり掃除しないタイプだな……?

 いや俺も汚すってよりは物を捨てられずに溜め込み続けるタイプだから近いものではあるんだが、サリーからは俺とは隔絶したレベルの汚部屋クリエイターの気配を感じる……。

 

「まあとにかく、明日の朝に東門側の馬車駅に集合ということだよ。あ、何か解体に使えそうな道具があれば持ってきてくれると楽かもしれない」

「ツルハシあるけど使えっかな?」

「そんなのもあるんだ。良いんじゃないかな。じゃあそれで」

 

 その言葉を最後に、サリーは立ち去っていった。

 相変わらず会話の始点と終点がぼんやり滲んでる女だ。

 

「……オーユンリねぇ」

 

 手元の“おかしな魔物大全”を捲り、謎系の魔物を探す。

 が、そこに記載されている謎系はたったの1、2種類のみ。全種類が網羅されているわけではない。

 というのも、この世界の人間はさほど謎系魔物を“おかしい”とは考えていないのだ。

 

 昔からいるし、数は全く少ないわけでもないし、普通。そんな魔物の一員でしかない。

 しかし俺からすると見た目も名前も生態も不可思議なことだらけなんだがな……。

 

 王都あたりに専門で研究してる人とか居ないもんだろうか……。

 居るなら講義とか聞きてえわ……。

 

 まあとにかく、オーユンリの解体作業を手伝うことになったわけだ。

 解体して……どうせなら俺もそいつの身体の一部をちょろまかすことにしよう。どうせ誰かが採っていっても怒るようなもんでもない。ちょっとした実験の素材として、まぁ暇つぶしアイテムになってもらうだけだ。

 前世の世界じゃ誰も手を付けたことのない研究分野ってだけで、なんとなーく心躍るものがあるからな。素人にできる研究なんてたかが知れてるとは思うけどよ。

 




バッソマンがハーメルン総合累計ランキング2位に、オリジナル作品の累計では1位になりました。

それだけの人に作品を読んでもらえているというのは、作者としてとても嬉しいことです。本当にいつも応援ありがとうございます。

ここまでくると行けるとこまで行ってみたくなりますね。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


(祝*・∀・)ヤッター


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謎系魔物の解体作業

 

 サリーからオーユンリの撤去作業を手伝わないかと言われ、オーケーを出した翌日。

 別に何かと闘うわけでも野営するわけでもないので適当な装備を整えつつ、東門の馬車駅へと向かった。

 

「ああ、モングレルさんが来たんですね。良かったー、腕力ある人がいると心強いですよほんと」

「手伝ってくれるギルドマンってモングレルさんのことだったんだ。ちーっす」

「おー、クロバルにバレンシアもいるのか」

 

 待ち合わせ場所にはアクセサリーをジャラジャラと身にまとったチャラっぽい青年クロバルと、地味なローブにもっさりした目隠れ髪の女バレンシアの姿もあった。

 ただの解体作業だって聞いてるけど、こんなに魔法使いが必要なんだろうか。

 

「やあモングレル。とりあえず馬車に乗ろうか。出発の準備は整っているらしいからね」

「ほいほい」

 

 さすがゴールドランクのパーティーだ。馬車の準備も滞り無い。

 いや、この場合は馬車の方が気を利かせて早めに待機していたのかもしれないな。

 

 

 

 出発し、揺れる馬車の中で今回やる仕事について確認する。

 

「実を言うと僕は解体作業には詳しくない。やったことがないからね」

「アタシもない」

「俺も当然ない。モングレルさんはどっすか」

「いや俺もねーよ。オーユンリのボロボロの死骸を見たことはあるけどな」

 

 俺が見たのは翼なんてほぼ跡形もなく千切れた上に本体も沈黙した、完全な死骸だった。と、思う。

 周囲に見物してるらしい人がいて、そこでオーユンリに関する話を聞いたくらいのもんだ。その後はもう通り過ぎるだけだったから、解体作業にも従事していない。

 

「だから詳しい作業については、現地で合流する輸送担当の人からの指示を仰ぐことになるだろうね」

「輸送担当?」

「ハルペリアには魔族の大使館があるからね。そこの魔族が食べられる、オーユンリの……可食部と言って良いのかな。そういうものを選別して、運ぶための人が必要なんだそうだよ」

「あー、そういうやつか。なるほどな」

 

 魔大陸は遠い上に、こっちとは生物相も大きく違うらしい。

 そこで暮らす魔族の食性もマジでよくわからんレベルで異なっている。聞いた話だと人間が食えるようなものはほぼ何も無いのだとか。雑食の王と呼んでも過言ではない人間と食い物が被らないってのは相当なもんである。

 だから魔族の人らの食い物の調達や開発が進められているのだが……オーユンリが食用ねぇ。食えそうなところがある生き物には見えなかったが。

 

「僕らはよくわからないし、詳しい作業内容は向こう任せだよ。ただ聞いた話では、強めの火属性魔法を扱える人と力仕事のできる人が欲しいということだったからね。こういう人選になったわけさ」

「アタシよくわかんねーけど思い切り燃やせるんならなんでもオッケー」

「俺もデカい魔物燃やしてみたいからついてきた! あとよく見たこと無い魔物だし、勉強になるかなーと」

「なるほどなぁ……あれ? サリーはどういう役目でついてきたんだ?」

「僕はレゴールの灯火任務が飽きたから息抜きも兼ねてね」

 

 ああ……灯火任務か……。

 優秀な光魔法使いは貴族の屋敷を回ってポツポツと明かりを配置して回る仕事があるからな……。

 やってることは水魔法使いの水の補充と似たようなもんだが、夜に何箇所か回る必要があるし、気を遣う相手も多いから大変そうな仕事だ。俺だったら無理だな……。

 

 

 

 馬車の旅は魔物や盗賊に邪魔されるようなこともなく、ごくごく平穏に進んでいった。

 来たら来たでこっちの過剰戦力が文字通り火を吹く様を見れたかもしれないが、残念なことに何も無しである。

 

 そのかわりにクロバルやバレンシアとの会話を楽しむことはできた。

 以前俺が全焼させた調理システムのこともあり、何か長時間安定した火力を出してくれる魔道具とか無いかと聞いてみたんだが、さすがにそういう持続させるタイプの道具は大型だし、何より高く付くらしい。そりゃそうか。

 ただ、小規模な火球を一発放つだけの魔道具ならクロバルも色々持っているそうだ。うーん……男心を刺激されるアイテムではあるが、補充しない限りは一回使い切りな上有効期限もあるんじゃちょっとなぁ……。

 

 

 

 近隣の村に一泊した際、輸送担当の運び屋と合流した。

 運び屋は四十過ぎくらいの男で、何度かこの手の魔族絡みの仕事を請け負っている人らしい。同じような仕事をこなすうち、自然と専門家みたいな扱いを受けているのだとか。実際そんなことはないんだけどなと、彼は酒を飲みながら苦笑いしていた。まぁけどお得意様の仕事ってのはそんなもんなんだろう。

 

 同じ仕事に臨む相手の人となりがわかったところで、その翌日に現場へと向かった。

 オーユンリは開拓されていない丘陵地帯のど真ん中に出現したらしく、そこまではちょっとした悪路を進むことになる。

 

「この茂み全部燃やしてぇー……」

「やめろよバレンシア」

 

 それでも簡素な荷馬車なら通れないというほどでもない。

 

 夏終わり、まだまだ存在感のある下草を踏みしめつつ進んでいけば……ちょっとしたなだらかな丘の上に、“まぁアレだろうな”と理解できるオブジェクトが視界に入ってきた。

 

「オーユンリだ」

 

 運び屋のおっちゃんが言うと、まるでそれに反応したかのようなタイミングでオーユンリが翼を緩慢に動かした。

 なんというか……余命幾ばくもない病床の老人が、来客相手に力なく“よお……”と手を上げているような動きだな……。

 

「おー、これがオーユンリ。なるほど、これは大きいね。確かに撤去は面倒くさそうだ」

「うっわ、でっかぁー……あれほんとに動けないんだ。アハハ、馬鹿じゃん」

「他の魔物に食われたりはしないのかな。あ、でもちょっと翼が千切れてるとこあるな」

 

 馬車から降りて近付くと……うん。改めて見てもよくわからん。

 

 オーユンリは丘の上に浅めのクレーターを作り、その中央に鎮座していた。

 クレーターといっても罠にかかったクレイジーボアが辺りの土を掘り返したんだなーって程度の軽いもんで、この巨体が落ちてきて出来たと考えるにはちょっとインパクトに欠ける規模である。

 

「……オーユンリねぇ」

 

 本体は概ね椎の実型をしていると言って良いだろうか。

 直径が3メートルほどで、長さは5メートル近くある。全体的に灰色っぽいが、光の加減でちょっと青っぽい光沢が見られる。

 表面の感じは魚の鱗……のような模様に見えるが、鱗のように独立してはおらず、それぞれを溶接して釉薬をかけたように滑らかだ。

 所々にちょっとした突起があり、小さな穴が見える。

 

「あまりオーユンリに近づきすぎるんじゃないぞ。あいつは身体に生えてる無数の突起から毒ガスを吹き出してくるんだ。まぁ、毒ガスと言っても強い毒ってわけじゃないし、一瞬だけ吹きかけてくる程度だから危険なもんじゃないんだが」

 

 運び屋のおっちゃんは慣れた様子で荷物を地面に置くと、馬車から複数の木箱を運んできた。

 見たところ、空箱のようだが……。

 

「ああ、これはまだ気にせんでくれ。後で可食部を入れるためのもんだからな」

「このデカい魔物からそんなもんしか採れないんですね」

「うむ。しかし、これでもオーユンリは多い方だぞ。クヴェスナなんかは食えるとこがないからな」

 

 そりゃまああのいかにも骨っぽい奴に食えるとこがあるとは思わないけども。

 

「さて……じゃあこれから、僕たちはどうすれば良いのかな?」

「まずぶっ殺すんでしょ? アタシが焼き殺して良い?」

「ちょ、ちょっとまってくれ! 迂闊に火をかけて仕留めようとしてはいけない。まず、オーユンリの翼を破壊するところからだ。見えるだろう、ほら、あの時々動いている二枚の……木の葉のような翼だ」

 

 椎の実型のオーユンリの側面には、二枚の翅が生えている。

 形は縦長で、バナナの葉のような感じだろうか。それこそ中央には葉のように葉脈じみた骨格のようなものが通っており、それによって時々パタパタと動かしているようだ。

 しかし動きはお世辞にも速いものではないし、形状もオーユンリの巨体を浮かすことも滑空させることもできないように見える。というか既に俺たちが手を出すまでもなく、翼の端の部分は傷ついて千切れているようだった。

 

「オーユンリは翼の大部分を壊してやれば仕留められるんだ。中央の太い骨の通った部分をどうにかすればすぐだぞ。そうすればガスの噴出もしなくなる」

「なるほどね。じゃあ僕が光魔法で翼を壊してもいいかな?」

「光か……うむ、大丈夫だとは思うが」

「“光撃(レインボウ)”」

 

 許可が出るや否や、サリーは杖をオーユンリに向けて魔法を放った。

 杖先から白く輝く光の弾が出現し、目にも留まらぬ早さでオーユンリの両翼へと翔け……そのまま景気のいい破裂音を立て、両翼はもがれた。

 一瞬すぎる。おっちゃん言葉を失って口パクパクしてるじゃねえか。

 

「これで仕留めたかな。じゃあ次は?」

「お、おお……次は……まぁすぐに死ぬってわけではないから、近づけるようになるまでしばらく待ってだな……ああ、その後はオーユンリの噴出孔をどこでも良いから一個壊して、穴を開けるんだ。そうするとオーユンリの腹の中に溜まっていたガスが出てきて、それからはもう安全だから解体作業に入れる」

「なるほど。噴出孔を壊せば良いんだね?」

「うむ、だからもう何分かは……」

「“光撃(レインボウ)”」

 

 再びサリーが魔法を発動し、光弾を射出した。

 破壊の力が込められた光による遠距離魔法。効果は当たるとなんかすげー威力で弾ける。

 噴出孔のひとつに命中すれば、当然それを壊すだけの威力は込められていた。

 

「団長、もうちょい話は聞きましょうよ……」

「あ、ガスが漏れ出している音が聞こえるね。これで安全ってことかな」

「……うむ、まあ、うん。安全だ。……ここからガスがある程度抜けるまでは本当に待つしかないからな。頼むよ、いきなり魔法を使われるとびっくりしてしまう」

「なんかすんません、うちの団長が……」

「あははは、団長ウケる」

 

 なんでこのなんてことない解体するだけの作業で変人っぷりを発揮できるんですかね……。

 

 

 

「そろそろいいだろう。ここからは解体作業と……その後はそちらの火魔法使いの二人にやってもらう作業があるので、それをお願いしたい」

「おっ、燃やす?」

「死骸の焼却処理っすかね?」

「うむ。それをやってもらうのだが……その前に、オーユンリの内臓を取り出して箱に詰めておこう」

「え、内臓すか」

「実際に内臓かどうかは知らんけどな。俺は内臓と呼んでいるよ。腹の中にあるものだからね」

 

 どうやら可食部というのはオーユンリの内臓だったらしい。

 肉とかじゃねえんだな。

 

「じゃあそっちの力仕事担当のギルドマンの方。モングレルさんだったかな。ここにハンマーがあるんでね、オーユンリの尻ここらへんをぶっ叩いて外殻を壊すのをやってもらおうかな」

「うぃーっす。あ、これこういうツルハシ持ってきてるんですけどこれ使えます?」

「え? おおうん、そんなもの持ってるのか……すごいな……もちろん使えると思うよ。楔や鏨を使う手間が省けるな。まぁそこまで頑丈な殻ではないから、何度も思い切り叩けば大穴を開けられると思う。ちょっとしんどい作業になるだろうが、人が十分に通れるだけの穴を開けてもらえるかな」

 

 お安い御用だぜ。

 さっさと済ませるかー。

 

「尻ってこっちの尖ってる方ではなく?」

「反対のこっち、平らになっている部分だな。頼むよ」

「ほい」

 

 魔力をツルハシに込め、とりあえず景気よく一発ドーン。

 

「おお、いきなり貫通した……力あるなぁ」

「結構脆そうな感じじゃんねー」

「いやあの音結構硬いんじゃね?」

 

 外殻自体は分厚いが、硬さそのものはそうでもない。石のように砕ける質感なので、なんというか鯛の塩釜焼きを砕いている時みたいな感覚がある。ちょっと楽しいわ。

 でもこれ多分ツルハシはいらねえな。ハンマーで十分な作業だわ。……うえっ、中から身体に悪そうな空気が漂ってきた。これ毒ガスの臭いか。

 

「大穴が空いたねぇ。それで、次はどうするのかな」

「トントンで作業が進むな……うむ、次は内臓の採取だ。ほれ、中を見てみ。オーユンリの腹の中に黒っぽい塊があるだろう」

 

 皆で野次馬のようにオーユンリに空いた大穴を覗き込んでみると、なるほど、確かに中には黒っぽい塊が見える。

 というか、オーユンリの体内が思っていた以上にスカスカで驚いた。

 肋骨じみたアーチを描いた骨らしきものが外殻に沿っていくつか這っている程度で、内部には肉らしい肉も無く、水気も一切無い。

 ただポツンと、空洞の広さに見合わないかりんとうじみた形の黒い塊がべっちょりと空洞内部で横たわっているのみである。

 

「あれはちょっと重さあるんでな、モングレルさん一緒に運ぶの手伝ってくれ。二人で運ぶとちょうど良いくらいなんだ」

「うっす」

 

 おっちゃんが内臓と呼んでいるこの黒い塊は、どこか水気を含んだ粘土のような感触をした……それでも有機的な臭さを感じさせない、マジで謎の塊だった。量としては70キログラムはあるだろうか。これが食料になるならまぁ、ちょっとの足しにはなるのかもしれない。

 感触は筆舌にし難い。手で触ってもしっとりはするものの汁気がつくわけでもなく、しかしある程度のぐんにゃりとした柔らかさはあり、端っこを持つとそのまま千切れそうな感覚がある。

 総評。よくわからん物質だ。あまり考えても仕方ないのかもしれない。

 

「よし、そこの木箱に入れて……あとは真ん中で適当に分割して、ナタでこう分けてやれば箱に入るだろう」

「え、割っちゃっていいんすかこれ」

「おー、良いらしいぞ。分割する分にはいくらでもいいそうだ……ただこれがな、そのまま箱に入れて運ぶと劣化するらしいんでな。木箱の中に一緒に、灰を詰めておかなきゃならん」

 

 食い物を灰の中に埋めておくのか……マジで謎だな。

 

「灰ってことはアタシらの出番じゃん」

「お、ついに仕事かぁー。任せてくださいよ、俺たち火力だけはあるんで!」

「ははは、いやぁ心強いね。……必要な灰は、そこのオーユンリを燃やしてできる灰が必要なんだとさ。聞いた話だと、薪とか炭とかの木灰が混じっていると良くないそうだ。だからできれば魔法だけで燃やしてくれると助かるって話だよ」

「良いね良いねー魔法だけで火力出せってんでしょ。そういう力試し的なのもアタシ好きだよ結構」

「やるか、バレンシア!」

「どっちが火力出せるか勝負しね?」

「おお、望むところだぜ!」

 

 そうして二人の炎使いはクレーターを囲むように対峙し、互いに盛大な火属性魔法をぶつけ合った。

 

 クロバルは全身に備え付けた魔道具のアクセサリーから火球を何発も発射し、バレンシアはロッドから巨大な火炎を放射する。

 “若木の杖”の魔法使いなだけあって、二人ともなかなかの火力だ。

 オーユンリは見た目こそ大きいが、空洞が多いこともあって火の通りが良い。炎を浴び続け、思っていた以上のペースでモロモロと崩れていく。

 

「モングレル、手はどう? 臭い?」

 

 燃える様子を眺めていた俺に、サリーがなんかよくわからんことを聞いてきた。

 どうやら俺がさっき運んでいた内臓の匂いが気になるらしい。

 

「ほれ」

「うわっ」

 

 じゃあ嗅いでみろって感じで手を近づけたら、思いの外必死で避けられた。

 そんなリアクション取らなくたって臭いはしねーよ。してたら今頃俺は全力で土とか砂で手をゴシゴシしてるわ。

 

 

 

「……よし、オーユンリの灰も木箱に詰めた。これで大使館まで保つだろう。おつかれさん!」

「お疲れ様っす!」

「おつかれー」

 

 オーユンリも完全に燃えきり、クレーターの上に謎の灰が積もるだけになった。

 思っていたよりも撤去は楽というか、力仕事よりも焼却の割合がデカかったな。そこまで俺の役目はなかったかもしれん。

 

 と思っていたのだが、結局中身のぎっしり詰まった木箱を運んだりとか悪路を突っ切ってきた荷馬車を後ろから押したりだとかで俺の役目もきちんと残っていた。

 金をもらう以上それなりに働いた感がないとちょっと胃が痛むタイプだから助かるぜ……。

 

「あとはこいつを運ぶのは俺の仕事だからな。四人とはレゴールでお別れになるだろう。また次……の仕事で一緒になることはないだろうが、まあ、機会があればよろしくな」

「ええ、こちらこそ。珍しい仕事ができて楽しかったですよ」

「達成感はあんましないけどねー」

「こら、バレンシア」

 

 こうして俺たちの仕事は恙無く終了した。

 やったことは非常に地味だったが、初めてやる作業が多いから新鮮ではあったな。

 

 

 

「いやぁ、オーユンリは全体的に頑丈ではないんだねぇ。新たな発見だったよ」

 

 あっという間にレゴール行きの帰りの馬車の中だ。

 トラブルも一切なかったし、今年一番楽な任務だったかもしれん。

 

「内部もあんな風になってたんすね。図鑑には載ってなかったから驚いたなぁ」

「てかモングレルさん、なんか運び屋さんから分けてもらってたけど、何貰ってたの?」

「ん? オーユンリの灰の一部。ほれ、この小瓶に入ってるやつ」

 

 バレンシアに見せてやると、首を傾げられてしまった。

 

「そんなのもらってどーすんの? 毒でも作る気?」

「いや、なんとなく調べてみたくてな。本当は内臓の方を分けて貰いたかったんだが、さすがにそれは駄目って言われてな……」

「モングレルは変人だねぇ」

 

 変人に変人って言われたよ。不本意だな。

 しかし俺が何か言い返すまでもなく、クロバルとバレンシアの二人はサリーをじっと眺めて“お前がそれを言うのか……?”みたいな目を向けていたから良しとしよう……。

 



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獣脂集めと二人目の仲間

 

 バロアの森で獲れる魔物のサイズが上がってきた。

 夏頃の“うーん”と首を傾げたくなるような貧しげな感じじゃない。しっかり食って肥え太ろうという意思を感じさせる肉付きである。

 このままボア肉がさらにデカくなってくれば、脂身もたくさん取れるようになるはずだ。そうすりゃ十分な量のラードが手に入り、景気良く揚げ物ができるようになるぞ。

 屋台で唐揚げ棒をやるからには大量のラードが不可欠だ。その点、ギルドマンは調達が楽だと言えるんだが……獣脂を利用するのが俺だけじゃないってのが異世界の辛いところだな。普通に料理に使われたり、蝋燭としても使われる。明かりにまで使われちゃ余るもんでもねぇ……。

 

 とはいえ皆にとってのメインは肉だ。肉が先。脂身は後。

 頼み込めばそこらへんのギルドマンから分けてもらえるだろう……と思ったのだが。

 

「ええ? 獣脂ですか……僕たち“大地の盾”は基本的に獲物は処理場に任せますからねぇ……その前に脂身を剥がすとなると手間ですし、ちょっと……」

「マジかよ」

 

 久々に酒場に顔を出したアレックス曰く、難しい……というよりは面倒らしい。

 まぁわからんでもない。脂身を剥がすってのは、その前段階として自分で解体しなきゃいけないからな。時短したいなら処理場に任せるか……。

 そして処理場で加工されると買い取りがまた面倒になるんだよな……ロイドさんに頼んでも大量にはくれないだろう。相応の金が必要になってくる。

 でも俺はタダで獣脂が欲しいんだ……。

 

「“収穫の剣”でもタダで渡すお人好しはいねぇなぁ。つーか獣脂切り分けるとこまでやったらさすがに使うだろ」

「バルガーさんもそう思いますよねぇ」

「やっぱそうかー。無理かー……自分で狩るしかねぇなぁ」

「それが一番だと思いますよ」

 

 実際俺自身集めるのが面倒だからこうして頼んでるわけだし、他の連中にとっても面倒なのは変わらんか。そりゃそうだ。

 うーむ……やっぱ自分で狩るしかないのか……。

 

 どうせやるならいっぺんにやりたい作業だし、狩猟シーズンが本格化したら奥の方に行って何頭か仕留めないとな。

 揚げ物の練習や実験をするためにも必要になるだろうし……その時にはこいつらにも食ってもらうとしよう。

 

「狩りといえば最近なんだか、ギルドに面白い新人パーティーができましたよね。ほら、アイアンクラスの子の……」

「ああ、ダフネか? “ローリエの冠”だろ」

「はっはっは、情報が古いなぁアレックス。最近ってほどでもないぞ」

「いやぁ最近もうほんと忙しくて……街道の方も落ち着いたんで、しばらくはバロアの森の仕事ができそうですけどね」

 

 ダフネは今も真面目に活動中だ。

 大盾持ちのローサーも最初はどうなんだこいつって思ってたが、ダフネによって上手く舵取りされているようだ。財布の紐をキッチリ握られてると悪さできないタイプなんだろう。元々悪い奴というより、超絶だらしない男って感じだったからな。

 

「そのダフネって子、面白いことやってますよね。ギルドマンとして活動していない時は黒靄市場でギルドマン向けの商品を取り扱う店を出しているんですよ」

「おう、知ってるぜ。ダフネちゃんも偉いよなぁ、しっかり依頼もこなしつつ商売もおろそかにしない……ずっと働いてるんじゃないか、あの子」

「あれは働くのが好きなタイプなんだろうな」

 

 ダフネは時々、黒靄市場に店を出している。

 小さな台車に詰め込める程度のものだが、ギルドマン目線で見るとなかなか良いものが揃っているんだこれが。

 なくなりがちな消耗品、役に立ちそうな小物、そして地味に売ってないようなタイプの、自作武器で使う中間素材というか……そんなのまで扱っている。

 

 “ギルドマンの需要はそこそこ掴めてきたわ!”

 

 そんなことを得意げに話していたのを覚えている。

 しかしまぁギルドマンも貧乏だから、デカい儲けになるかっていうとそうでもないんだろうな。

 でも仮に売れなかったとしても自分がギルドマンとして使うこともできるから、その辺りはあまり気にしていないようだ。

 中には他所の露天で仕入れてきた物を転売している物もあるので、俺はダフネの開いている露天を心の中で“ダフ屋”と呼んでいる。

 

「でもダフネさん、大丈夫なんでしょうかねぇ……」

「あん? なにが心配なんだよ?」

「いえ。彼女って罠の勉強もしてるみたいなんですけど、罠ってほら。よく盗まれたり横取りされたりするじゃないですか」

「ああー……」

「俺もそれは伝えてはいるんだけどなぁ」

 

 罠はマジでこの無法だらけの世界じゃどうしようもない。駄目とは言わないが、普段誰も来ないようなポイントに仕掛けないと簡単に横取りされたり罠を盗まれたりする。

 言ってはあるんだが、ダフネにとって安全な狩猟はどうしても魅力的なものに感じるらしく……頑張って勉強を続けている。

 バロアの森じゃあまり期待するべき猟法ではないんだが。

 

「ギルドの規約だけでなく、実際に罠を扱える人から聞いた方が良いですよねぇ……」

「んだな。獲物を横取りされるなんてたまったもんじゃねえし、こっちとしてもそんな連中のエサにされるのは気分が良くねえ」

「今度それとなく誰かに師事しとけって言ってみるか」

 

 年下の真面目なルーキーに対しては、こうやっておっさんたちが世話を焼きたがるものである。相手が女ならなおさらだ。

 まぁ別に俺たちは下心は無いけども。

 

 

 

 と、後日ギルドで出会ったダフネにちょうどよかったとそのことを伝えてみたのだが。

 それを聞いたダフネは、わかってますよとでも言いたげに鼻を鳴らした。

 

「ああ、それだったら大丈夫よ。新たに私達のパーティーに入った人は、魔物向けの罠の熟練者だもの!」

「え、マジで? つーかまた新人が入ったのかよ」

「ええ、良い拾い物をしたわ。ちょっと特殊なブロンズ1の男なんだけど結構真面目にやってるのよ」

 

 アイアンクラスが団長やってるパーティーに入るなんてまた物好きな奴が来たもんだな。

 

「今は資料室で……あら、噂をすれば来たみたい。ほらモングレルさん、彼がその新入よ」

「おー……お?」

 

 ダフネが指さした方を見る。

 ちょうど別室から出てきて、こちらに歩いてくる若者がいるのだが……俺はその青年の姿に、結構な見覚えがあった。

 

「ダフネ、調べてきたけど……あっ、モングレルさん……ど、どうもっす……」

「あーお前……ロディだっけ」

「はい、ロディです……」

「何よ二人共、知り合いだったの?」

 

 件の罠に詳しい青年ギルドマン、ロディ君。

 彼とは浅からぬ因縁というか、まぁ過去があるんだな……具体的には、違法罠を使っていた彼を俺がブタ箱にぶち込んでやったという過去だが……。

 

 一時期は犯罪奴隷として強制労働に従事していたロディ君だったが、犯した罪自体は軽かったのでやがて釈放された。

 その後は再びギルドマンとして登録し直し、アイアン1からやり直し。かつてのお仲間とは離れ離れになってしまったが、また一人の新米ギルドマンとして真面目にやっている。

 犯罪者としてパクられても釈放後は再登録できる辺り、ギルドマンがこの国でのセーフティネットであることが窺えるな。

 

 ……まぁ、違法罠の件は深く反省してるようだし、その辺りは心配はしてない……してないんだが……。

 

「ダフネお前……なんていうかあれだな……そういう系の男を捕まえるのが上手いな……?」

「何よそういう系って……ローサーとは全然違うでしょ」

「いやぁ遠からずっていうかなんというか……」

「まぁ過去に色々あったって話は私も聞いたけど、そのくらいは別に問題ないわ。別に私に対して悪さをしようなんて気持ちは無いんだから、平気でしょ。それより彼の持つ罠の経験の方が重要よ!」

 

 まぁ経験者だろうしな。ロディ君に聞くのも悪くはないだろう。

 作業小屋で見かけた時もクレイジーボアを引っ掛けていたし、解体作業も手慣れている様子だった。適任ではある。

 

「罠は盗まれないようにちょっと外れた場所に仕掛けて……設置の仕方もコツがあるらしいから、その辺りもロディに学ばないとね。せっかくの技能はフルで活用してもらうわよ」

「なるほどなぁ。……ロディ、なかなか厳しい団長さんのいるパーティーに入っちまったな」

「は、はは……まあ、前科持ちの俺を快く使ってくれるってだけでもありがたいんで……」

「前はロディも他のパーティーに入ってなかったっけ?」

「ええ、新人のパーティーに入り直してたんすけどね……ちょっと合わなくて、抜けたんですよ」

 

 そうか。まぁ人間関係の合う合わないは重要だからな。

 なかなか一度でピタリと嵌まる仲間を見つけられるもんでもないだろう。

 その点、“ローリエの冠”は良いかもしれんな。とにかくダフネ自体がグイグイ引っ張っていくから。

 

「さ、時間を無駄にはできないわ。やらなきゃいけない手作業があるから、モングレルさんまたね」

「おう」

「手作業って……ダフネ、またあの道具作りを俺らにやらせるつもりか!? ローサーの奴が何度手を攣ったと思ってるんだよ……」

「しょうがないでしょ今は貧乏なんだから! 三人で力を合わせてお金になることをやっていくのよ! 自作できるものがあれば自分たちで用立てる! 当然でしょ!」

「はぁー……」

 

 ……まぁ、なんだ。

 しっかり働けて、食わせてくれるだけ良いパーティーだと思うぜ……? 俺は……。

 

 うーむ。もしも罠でクレイジーボアが捕れるようになったなら、あいつらに獣脂集めを頼んでみるか。

 ケチなダフネのことだ。あのパーティーだったら自分たちで解体もやりそうだし、ちょっと金を出してやれば獣脂もしっかり取り分けて売ってくれるだろう。

 

 ……ダフネとの値段交渉が強敵そうではあるけどな。

 




当作品の評価者数が4000人を超えました。ハーメルン初の数字。すごい。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。


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甘くて美味しいあのオクラ

 

「ぬふふ……本日はお集まりいただきありがとうございます。お三方がいらっしゃれば、今回のデザートの試食……きっと実りある意見をいただけるものと思っていますよ」

 

 独特な笑い方をするケンさんの前には、豪華な丸テーブルが置かれている。

 ケンさんのお店がちょくちょく家具類や調度品をアップデートしていることは知っていたが、もはやこの店の内装は貴族街にあっても何ら遜色のないレベルだと言っても良いだろう。

 この上品な艶が出された胡桃っぽい材質のテーブルにあまり似つかわしくない俺と、逆にそこそこマッチしているシーナとナスターシャの二人がついている。

 

 今回のデザートの試食は、俺とこの二人を対象に行われるわけだ。

 

「……この店の菓子は美味しいから来たけれど。どうして私達二人を試食会に誘ってくれたのかしら、モングレル。何かの貸しにするつもり?」

「いや、俺はケンさんから“こういう人を連れてきて欲しい”って言われたから、知り合いで一番それっぽい人を選んで連れてきただけだぞ」

「あ、そう。……こういう人、ね」

「それはどんな人物像なのか」

「貴族らしい理知的な女性と、貴族らしい高圧的な女性だぞ」

「ほう……モングレル。お前はこのシーナを高圧的だと考えているわけだな?」

「ちょっと、その聞き方はどうなのよ。それってナスターシャは私のことを高圧的だと思っているわけ?」

「あ、いいや、そうではないが……」

 

 いいよもう二人共高圧的だし……。

 まぁ何やら勝手に二人の漫才が始まったが、今回俺に頼まれたことはなんてことはない。ケンさんから新作の試食をして感想をくれと言われただけだ。

 タダでデザートが食えるのなら喜んでいくらでも食ってやるよ。なんならかなり攻めたタイプのお菓子でも良い。

 

 とはいえ、ただの試食というわけではない。

 今回ケンさんが試作したデザートは伯爵の結婚式で出す予定のもので、それはもうとても大事な場面でお出しする品となるわけだ。

 味は人の好みとはいえ、失礼があってはいけない。可能な限り美しく、そして美味しいものを提供するのが菓子職人というものだ。

 そこでケンさんは味に関しては俺が力になると見込んだ上で、あとはレゴール伯爵に嫁いでくる侯爵令嬢様のお口に合うようなものを探るため、貴族っぽい女性はいないかとオーダーしたのだろう。

 俺に貴族の知り合いなんてほぼいない。だがシーナとナスターシャは多分似たようなもんだろうから二人をチョイスした。ダメ元で誘ってみたのだが二つ返事でオーケーをくれるあたり、やっぱり異世界でも女は甘いものが好きなのかもしれない。

 

 まあ要するに、俺たち三人が試食してオーケーを出せば、小うるさい貴族様でも大丈夫なんじゃねーのってことだ。

 

「今回お出しするデザートは、王都でもほとんど見られなかった珍しい食材を使っていますからねぇ……今から持ってきますので、お楽しみに……」

 

 と、もったいぶるようにケンさんが奥へと下がっていった。

 珍しい食材と聞くとワクワクするものだが、今回の俺はちょっと違う。

 どちらかといえば“これは絶対美味い奴が来る”という確信を持ったドキドキ感を抱いていた。

 

「甘い匂いがするな、楽しみだぜ」

「珍しい香りね」

「ふむ……この香り、覚えがあるのだが。はて、なんだったか……」

 

 俺はしらばっくれているが、実はこの香りを知っていた。

 店に来て奥の方からこの香りがしてきた時は思わず声を出しそうになったほどだ。

 

 おいおいマジでこれこの世界にもあるの? っていう驚きだ。

 でも知ってたら知ってたでどうなんだろうと思ってリアクションには出さなかった。珍しい食材らしいし正解の対応だったな。

 

「お待たせしました……こちら、ステラビーンズを用いて作りました、ケーキでございます。ぬふふ……」

 

 しばらくして俺達の前に運ばれてきたものは、ケーキ……といえばケーキだが、パンケーキのような薄っぺらいものであった。

 しかも一人前が十二分の一サイズである。結構な細さだ。俺はデカいピザでもここまで細くはしないが、パンケーキだったらなおさらここまで刻まない。

 そして何より、こいつは黒っぽい色をしていた。

 

「あら、黒っぽいのね」

「おお……私はこの黒い原料を食べたことがあるかもしれん」

 

 薄く小さく細い黒パンケーキ。それだけ聞くとちょっと不吉そうではあるが、上にちょこんと乗せられたクリームとふりかけられたナッツの粉末が上品さを演出している。

 

 まあ、それはいい。それはいいんだ。

 重要なのはこいつが、カカオっぽい香りを出しているということだ。

 

「すげぇ良い匂い……どれどれ……」

 

 フォークで適当にカットして、ぱくり。

 ……うん、カカオだ。というかココアって感じか。雑味のあるチョコレート……うん、これは紛れもなくチョコレートっぽい味だ。完全にカカオだわ。すげぇ……生きる希望が湧いてきたぜ……。

 

「ぬふふ、モングレルさんには気に入っていただけたようで……」

「……なんか不気味なほど感じ入ってるわね……私も美味しいと思うわよ。なんというか……豆、なのかしら。香ばしく焦がしたような、そんな香りよね。さっきもビーンズと言っていたし、間違ってはないんでしょうけど」

「ええ、正解です。この黒さと甘い香りはステラビーンズという、一風変わった豆によるものでして……ああお待ちを。今奥から現物を持ってきますので」

「王都の、どこかの会食で出されたことがあるぞ。どこだったか……思い出せないが、飲み物として出た記憶がある。あれは良かったな」

「ナスターシャのお気に入りだったのね」

 

 カカオ系の飲み物。前世でいうチョコレート飲料ってとこかね。あるいはココアか。

 俺も好きだぜこういう系の飲料……ラム酒をちょっと入れたりしても良いしな……。

 

「はい、こちらが加工する前のステラビーンズです。大きいでしょう、これを加工するのもまたなかなか大変な作業でしてねぇ……」

「おっわ、すげぇサイズだな……」

 

 だがケンさんが持ってきたカカオ、もといステラビーンズは、俺の記憶にあるものよりはかなり形が違っていた。

 どっちかというと俺はまさにカカオというか、ラグビーボールみたいな木の実を想像していたんだが、ケンさんが店の奥から持ってきたそれはどちらかといえばオクラに近かった。

 短くて太いオクラ。長さはヤシの実二個分くらいかな。断面が見れるとすれば、なるほど確かに(ステラ)になりそうな気がする形だ。

 

「こちらは山間部でしか栽培できないものだそうでして、ハルペリアの作物ではありません。サングレールから取り寄せたものになるのですよ」

「輸入品かぁ……てことは連合国経由? 金かかってそうだねそれは」

「かかってますよぉ……しかし近頃は連合国との交易も盛んですし、お店の経営も順調すぎるくらいですから、思い切って手を出してみたのです。ぬふふ……原産地のサングレールではなかなか神聖な作物としても扱われているようですよ」

「太陽神絡みの古い神話だな。ハルペリアの神話としても残っているぞ。太陽の神ライカールが地上に振りまいた恵みの一つであり、飢えに苦しむ民はこのステラビーンズにより救われた……だったか」

 

 神学にも精通してらっしゃるか、ナスターシャ。

 ……まぁカカオと同じようなものだとすれば、あれだろ。カカオバター的なものも取れるんだろう。だったらカロリーもなかなかデカいし、神の恵みなんて持ち上げられ方も不思議ではないか。

 

 ……けど、サングレールの神話絡みかぁ……。

 

「美味しいし、歴史もあるのはわかったわ。けれど、ハルペリア貴族の祝いの席に出すものとしてはサングレール色が強すぎる気がするわね」

「だな、俺も同感。いや美味いよ? すげー美味い。こいつと一緒にウイスキーを飲んでも良いだろうし、ミルクも最高だろうさ。けど俺としても、どうかねぇとは思っちまうよ」

「すまない、ミルクを一つ」

「いえ、二つおねがい」

 

 女子二人はミルク飲みたくなったか……多分マッチするぞ。楽しむが良い。

 

「む、むむ……はあ、やはりそうですか……試作してから、店の従業員たちにも感想を求めたのですがねぇ……味そのものは最高に近い評価を貰ったのですが、皆さんと同じように結婚式ではどうかと言われていまして……」

「……俺たちの意見次第では出せるんじゃないかと思って、この試食会を開いた感じかい? ケンさん」

 

 店の奥の方で、若い女性店員がケンさんに厳し目の視線を送っている。

 どうやら店の裏方たちとしても、この食材を出すことに対して反対意見が多いらしい。

 

 ……いや、まぁね。食材に罪は無いと思うのよ俺は。

 うまいもんはうまいで良いと思うのよ。

 

 けど伝統とか貴族とかが絡むとやっぱ面倒なんだよなぁ……。

 

「うん、ミルクが合う。もっと砂糖……あとナッツも色々試してみたいわね……」

「うむ。ミルクも素晴らしい。酒よりはこっちの方が良いだろうな」

「……けどほら、店の中で出す分には良いと思うぜ。そう気軽に、安値で用意できる食材ではないんだろうけどさ」

「ぐぬぬぬ……やはり諦めるしかありませんかぁ……個人的には傑作だったのですがねぇ……」

「元気だしてくれよケンさん。美味かったよ」

「ええ、味は申し分なかったわ」

「美味だった」

「ははは……ありがとうございます……ぬうん! また新たなメニューを考案しなくては……!」

 

 気合を入れるようにステラビーンズをバシンと叩き、ケンさんは店の奥へと消えていった。

 ……ケンさんのことだ。性格はちょっと……結構あれなところはあるが、腕は本物の人なんだ。

 結婚式までにはまたいくつか傑作と呼べるデザートを拵えることだろう。

 

「モングレル、そのクリームを食べないのなら私が食べてあげましょうか」

「……普通に食いたいって言えよ。はい」

「ありがとう」

「私の分もいいぞ、シーナ」

「あら嬉しい。ありがと、ナスターシャ」

 

 カカオか……カカオ……。

 

 カカオバターで唐揚げ……? いややめておこう。アホか。仮に美味いとしても馬鹿高くつくわそんなもん。

 

 やめやめ、この店内で考えるようなことじゃねえ……。

 今は粗野な屋台のことなんて忘れて、ただ懐かしいデザートの味わいに癒やされているとしよう……。

 



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豪傑の師事

 

 御存知の通り、“アルテミス”には一人、すげー強そうなメンバーがいる。

 

 彼女の名前はゴリリアーナさん。

 数年前まで俺が“アルテミス”唯一の男メンバーだと思いこんでいた、しかし未だに女じゃなくて男っぽく見える、ゴツ……いやまぁ普通にゴツいお人である。

 

 一度間違えた時は“アルテミス”の連中から“酷いわね”だの“ゴリリアーナさんかわいそー”だの“さすがにそれは最低っスよ”だの言われまくって好感度がびっくりする速度で下がったものだが、さすがに今ではもう針の筵から脱することができた。……と、思っている。少なくとも本人は許してくれたからセーフだ。

 

 けど実際、見た目はゴツいし筋骨隆々だし、雄々しい人なんだ。間違えるのも仕方ねえんだよ……。

 見た目はもう完全にギリシャ神話に出てきそうだし。世紀末世界で生きてそうだし。画面上から落下しながらクソ強いチョップしてきそうだし。超ギルドマン級の格闘家っぽいオーラ持ってるし。血液型B型っぽい名前してるし。いや名前は違うな。名前をそういう言い方するのは良くないな。うん。

 

 何度か一緒に任務した時に見た戦闘スタイルも、その見た目を裏切らないものだった。

 ゴリリアーナさんの武器はロングソード以上のリーチと重量を持つ、この世界の剣士にとっての特大武器、グレートシミターだ。

 それをブンブンと力強く振り回すので、小さい魔物であればスキルを使うまでもなく一撃で両断してしまう。素の一撃一撃がほぼ“強斬撃(ハードスラッシュ)”だ。完全なパワータイプと言えるだろう。言い方を変えればゴリラだ。ちなみにこの世界にゴリラという動物はいない。なので、ゴリリアーナという名前に俺が思い浮かべるようなゴリラ要素は含まれていないのである。

 

 そんなゴリゴリなゴリリアーナさんではあるが、性格の方はというと全くゴリゴリしていない。

 眼光だけで人を射殺せそうな雰囲気を出しているものの、基本的には引っ込み思案というか、物静かなタイプであろう。釣りをしている時ものんびりやっているし、お酒を飲んでも“ヌハハハハ”とは笑わないし、他人を“うぬ”と呼んだりすることもない。非常に優しく、穏やかな性格だ。

 見た目とステータスと名前に反して、実におしとやかな女性。それがゴリリアーナさんなのである。

 

 

 

「おう、ゴリリアーナさん。その席……隣空いてる? 誰か待ってたり?」

「あ、モングレルさん……い、いえ。待ってはいないです……はい」

「じゃあ隣失礼するわ。いやぁ、今日は混んでるな」

 

 で、俺はそんなゴリリアーナさんと珍しく森の恵み亭で遭遇し、店内も混んでいたものだから隣同士の席に座ることになった。

 普段は見かけても“あ、どうも”くらいの挨拶で済ませる程度の関係でしかないんだが、お互い初対面ってわけでもない。しかしこれまで話すきっかけも無かったから、今日はある意味、ゴリリアーナさんの人となりを知るには良い機会だったのかもしれない。

 

「今日は店主さんがまた大雑把に肉を買い込んだらしいね。ディアもボアも安売りだって噂を聞いたもんだから、つい足を運んじまったよ」

「あ……私もそうです。本当は別のお店に行こうかなと、お、思っていたのですが……」

 

 そうこう言っている間に、ゴリリアーナさんの前に大きな皿が運ばれてきた。

 ……あらまぁ。これはまた、とんでもない量の串焼き肉だ……。

 

「や、やはり安くてたくさん食べられるお店は、良いですよね」

「ああ、全くだ。身体が資本のギルドマンにとっちゃ、ここは最高の店だよ」

「褒めても料理しか出ねえよ」

 

 店の奥の方から店主さんがやってきて、何かの野鳥らしい骨付き肉を俺の前にドンと置いていった。突然のサービスである。

 それを見ていた周りの男客たちが調子良く森の恵み亭に媚を売るかのように美辞麗句を並べ立てるが、店主さんは鼻で笑っていた。ここの店主さんはマジで気分屋なのである。

 今日はツイてるな……お、美味い美味い。しかしこれは何の鳥だろな。鶏肉じゃないことだけは確かだが、調理された後だとわからんね。

 

「……ゴリリアーナさんは最近調子はどうよ。“アルテミス”も人が増えて、色々な所で分かれて活動してるみたいだけど」

「あ、はい……調子は、その、良いです……昇級できたので、今はゴールド目指して……です」

 

 ぼそぼそと気弱そうに喋っているゴリリアーナさんだが、こう見えて合間合間に串焼き肉を一口で三欠片ずつ食っている。

 

「で、ですけど……最近、貴族街の方の仕事で……つ、強い剣士とお手合わせする機会が多いのですが」

「貴族街の剣士か……訓練したお貴族様はつえーからなぁ」

「は、はい。強いです……とても」

 

 正直ゴリリアーナさんはゴールドに匹敵する力があると思っているんだが、そんな彼女をして“強い”と言わしめる剣士……間違いなく只者ではあるまい。

 

「私も、強くなったと……思うのですが、実際はそ、それほど強くはないんじゃないかって……思い、悩んでいます。はい……」

「自分より強い人と比べちゃったか」

「ナ、ナスターシャさんは、気にすることはないと言ってくれるのですが……」

「んー、俺もそう思うけどね。人と自分を比べてるとキリがないからさ」

 

 どの世界に行ったところで、上には上がいる。比べ始めてしまうと、自分がてっぺんに登るまで葛藤は終わらない。そして、そんな不器用な悩み方をしてると絶対に途中で折れてしまう。

 他人と比べず、自分で積み重ねてきたものを認めてやるのが一番だと思うがね。

 

「力が欲しい……」

 

 なんか殺意の波動に目覚めそうな言葉をポツリと漏らし、ゴリリアーナさんは物憂げなため息をついた。

 よく見たら既に串焼き肉が半分以上消えている。食事も喉を通らなそうな雰囲気出してるのに普通に健啖家である。

 

「力さえ、あれば……私も……素敵な殿方に……」

「え?」

「あ、す、すみません。つい……」

 

 ちょっと難聴系主人公なところが出かけてしまったが、しっかり話は聞いている。

 俺の頭の中で単語と単語が結びつかなかっただけだ。

 

「……殿方ねぇ」

「うっ……は、はい……力が強ければ、良い男性と巡り会える……そう、両親から教わったので……」

「……???」

 

 スパルタかアマゾネスの話だったかな……?

 

「私の家は、代々戦闘能力を磨くことで、女としての魅力を高めてきました……」

「お、おう……初めて聞く世界観だ」

「私は三人姉妹の三女で……そ、その中でも最も弱くて……姉達は二人共、素敵な男性と結婚できているんです……」

 

 ちょ、ちょっと待っ……いや突っ込み入れたいけどゴリリアーナさん真剣に悩んでるから無理だわ。

 

「未だ殿方を射止められていないのは私だけ……と、時々、思うんです。私にもっと……力があれば……と……」

 

 思い悩む部分があくまで戦闘力なせいで俺の脳がバグりそうなんだよな……。

 

「ご、ごめんなさい。モングレルさんにこんな話をしても、困りますよね……」

「いや……どう答えたらいいものかすげぇ悩みはしたけど、困りはしないさ。人それぞれ世界観は違うからな……」

「世界観……」

「ゴリリアーナさんがどうしたら強くなるのかは俺にはよくわからないけどな。ゴリリアーナさんが戦いの参考にできる相手を紹介するくらいなら俺にもできるぜ」

「戦いの参考、ですか……?」

「ああ。そいつからコツを教われば、きっとゴリリアーナさんは更に上を目指せるはずだぜ。……ちょっと人柄がキツいかもしれないけどな。俺から頼めば多分、まぁきっと……応じてくれるはずだ」

 

 ゴリリアーナさんの戦闘スタイルはギルドマン全体で見てもかなり特殊だ。

 しかし特殊であっても唯一ではない。全体を見ればゴリリアーナさんとほぼ同じ装備で、しかもゴリリアーナさん以上の腕前のギルドマンだって存在するのである。

 

「お……教わりたいです。い、今より強くなれるのであれば……!」

「おお、すげぇ覚悟だ……けど、覚悟は良いのか? きっとキツい人柄と訓練が待ってると思うぜ……」

「だ、大丈夫です。どんな数の試練でも乗り越えてみせます……!」

 

 なんて漢らしいんだゴリリアーナさん……。

 力への強い渇望はまるでバーサーカーのようだ。

 

 よし、わかった。そこまでの覚悟なら俺も上手いこと話を通してみせようじゃないか。

 ……未だに性別を間違えていたお詫びを形にできてなかったからな! だから今回のでチャラにしてくれよな!

 

 

 

 そういうわけで、俺はゴリリアーナさんの期間限定師匠になり得る人物にコンタクトを取り……空手形であったにも関わらず、そいつは快く応じてくれた。

 こういう話だけをしている時は至って普通というか、真面目でまともな人間なんだがな……。

 

「――こうして改まって言葉を交わすのは初めてになるか。俺の名はディックバルト。稽古を付けて欲しいとのことだったな。短い間になるとは思うが、よろしく頼む――」

「は、はい……! 私はゴリリアーナです……! お、同じグレートシミター使いとして……勉強させて、いただきます……!」

 

 ……うん。

 そう、ゴリリアーナさんと同じグレートシミター使いで、ランクも上……。

 それがこいつ、ディックバルトなんだ……。

 

 ……ディックバルトは快諾してくれたし、ゴリリアーナさんも嫌な顔はしなかったけども……今更だがこれ、大丈夫なんだろうか?

 なんか心配になってきたな……。

 



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最後の一撃は切ない

 

 ディックバルトについて今更語る必要はあるまい。主戦場が夜で寝床な男である。

 しかし“収穫の剣”の団長を務めているだけのことはあり、その実力は折り紙付きだ。

 普段持ち歩いているグレートシミターは決して飾りではないし、連日連夜の娼館通いの資金をどうやって稼いでいるかといえば、相応の激務をこなしているからに相違ない。

 

「――ぬぅんッ! 押し込みが弱いッ! 加減はいらんぞッ! 腕相撲の時のように本気で責め立てろッ!」

「は……はいっ……!」

「――お前の弱さはその躊躇にあるッ! 迷いを消せッ! 意志を固めろッ!」

 

 巨大な模擬刀が振るわれ、轟音を立ててぶつかり合う。

 時々調子の良いルーキーなんかが片隅に置いてあるグレートシミターの模造刀を握ってふざけ半分で振り回すことがあるが、大抵の奴は力が足りずにすぐに諦める。長いし重すぎるしで、まともに扱えないのだ。

 だが今打ち合っている二人は違う。ゴリリアーナさんは軽やかにグレートシミターを操り、ディックバルトの剣を砕かんばかりに叩きつけている。

 その音はもはや練習とは思えない。修練場にちらほらといた連中は、二人の戦いを呆然と眺めるだけの観客と化していた。

 

「――良いぞ! だがもっと力強くッ! 時に緩急を付けながらッ! 単調な繰り返しでは相手が退屈するばかりだぞッ!」

 

 ……そしてディックバルトはというと……言葉の使い回しに若干の“ん?”みたいな部分はあるものの、非常に優秀な教官役として立ち回っていた。

 普段はスケベな話とスケベな話の戦いの審判しかやってなさそうなディックバルトであるが、いざそれ以外のことをやらせてみると意外なほど普通というかまともなのである。伊達に同じパーティーメンバーから慕われていない。

 

「――もっと腰を使うんだ腰をッ!」

「くっ……!」

 

 ディックバルトは年齢的にもギルドマンとしての経験もゴリリアーナさんを上回っている。それが同じ武器を扱っているのだから、二人の差は歴然だ。

 

「――足を地面から離しすぎるなッ! もっと艶めかしく地表を擦るようにッ!」

 

 まぁだからこそディックバルトの指導はそのままゴリリアーナさんのためになるのだろうが……。

 

「――遠慮をするなッ! 俺に剣を当てるつもりで来いッ! 思い切り痛めつけるその覚悟こそが大事なのだッ!」

 

 ……けどやっぱなんかディックバルトが教えてるっていうだけですげぇ心配で目が離せないんだけど……。

 いや良い教師だよ? 良い教師だけど紹介した手前なんかこう、万が一何かが起こった時に怖いっていうか……具体的にはシーナにブチギレられそうというか……。

 

「あ、あの二人……ゴリリアーナ、どうして彼と模擬戦なんてやってるのよ……」

 

 あっ。噂をすれば影が差してきやがった。

 俺の後ろからシーナの姿が……お、お仕事じゃなかったんすね。お疲れ様っす。

 

「……モングレル、貴方何か知ってそうな顔をしているわね」

「え? は? いやいやいや知らん知らん。わからんわからん」

「――ンホォオオオッ! 良いぞゴリリアーナッ! モングレルが紹介するだけのことはあるッ! 良い筋だッ!」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「ちょっと! やっぱりこれ貴方が関わってるでしょ!」

「いやーははは、まぁ待て落ち着け、俺は何も悪いことはしていない!」

 

 実際悪いことはしてないんだ。だからシーナがこんなに怒り状態からスタートして詰め寄ってきてることそのものがおかしいんだ。

 ……けどディックバルトと関わらせて心配だって気持ちはすげえよくわかる。超わかる。

 

「……別にあのディックバルトが悪い人とは思っていないけれど。ゴリリアーナはまだ純粋な子なのよ! 彼に近づけたらどんな悪影響があるか……貴方だってわからないわけでもないでしょうに……!」

「い、いやこれは……そ、そうは言ってもだな、今以上の力を望んだのはゴリリアーナさんの方だぜ……? へ、へへ、俺はただ親切心で教えてやっただけだ……ディックバルトに師事すれば強くなるっていう、方法をな……!」

「くっ……!」

「選択したのは他でもないゴリリアーナさん本人だ……! シーナ、お前もここで俺と一緒に眺めているんだな……ゴリリアーナさんが強くなり、変化していく様子を……!」

「ちょっと、強くなるのは良いけどあまりおかしな変化は起こさないでもらえる!?」

「俺に言われても困るわ!」

 

 そんなことを言い合っている間にも、ディックバルトは野太い雄叫びを上げ、ゴリリアーナさんはより鋭く剣を振り回していく。

 お互いに身体強化ができるからか模擬刀での遠慮も少なく、時々腕や足にヒットするものの止まる様子はない。

 繰り返すうちにゴリリアーナさんの剣戟は鋭くなり続け、彼女の中にあったリミッターのようなものが解き放たれてゆくかのようであった。

 

「――良いぞそこだァッ! もっと容赦なく! 貪るように! 獣のように責め立てるのだッ!」

「ぅ、ォ、■■■■■■ーッ!!」

 

 やがてゴリリアーナさんの渾身の一撃がディックバルトの持つ模擬刀を粉砕し、遥か後方へとふっ飛ばしていった。

 だがしかし、まだ模擬戦は終わらない。

 

「――さあ最後の仕上げだッ! 己の中の躊躇する弱さを完全に克服してみせよッ! ――そのまま俺の尻に、今日最高の一撃を繰り出してみるがよいッ! “鉄壁(フォートレス)”ッ!」

 

 なにて?

 

 と俺達が疑問に思うよりも早く、ディックバルトは丸腰のままケツを向け、そしてゴリリアーナさんは模擬刀をバットのように振りかぶり……。

 

「■■■■■■ーッ!!」

「ンッホォオオオオオオオッ!!」

 

 ディックバルトに全力のケツバットを見舞ったのであった。

 

 ゴリリアーナさんの操るグレートシミターが木片となって砕け散り、ハラハラと舞い落ちてゆく……。

 

 両者の模擬刀が砕け散った。これにて試合終了である。

 ……いやていうかなんだよ今の一連の……何?

 

「――ォオオ……素晴らしい――……見事、己の限界を超えてみせたな……ゴリリアーナよ……――」

「はあ、はあ……はいッ……!」

「――己の堅い殻を破り、超越する……それこそがお前に足りぬ大きな一つであった――……また剣の道で思い悩むことができた時……あるいは二時間三千ジェリーで休憩しても良いという時……この俺を呼ぶが良い。俺はすぐに駆けつけるだろう――」

 

 そう言い残して、ディックバルトはクールに去っていった。

 いやクールか? わからん。わりと最低な言葉をナチュラルに残していった辺り平常運転な奴だ。

 ……というか模擬刀が二本ともお釈迦やん……これグレートシミターのサイズともなると結構高くつきそうだなぁ……。

 

「……ゴリリアーナ、お疲れ様。大変……な相手だったわね」

「はぁ、はぁ……あ、シーナ団長……お、お疲れ様です……はい……」

 

 ゴリリアーナさんは長時間に渡る全力の特訓でバテバテであった。

 最後の方はさておき、ディックバルトの指導は良かったらしい。疲れ切ってはいるものの、ゴリリアーナさんはどこか晴れ晴れとした表情をしている。

 

「……私、今の戦いで……強くなれました……ま、また一歩……前に進めたと……思います、はい」

「それは良かったわね……でも大丈夫? ディックバルトに変なことされてないでしょうね……?」

「いえ、特には……」

「何かされそうになったらアレクトラに言いつけるんだぞ。あいつ色々と相談に乗ってくれるからな」

「あ、いえ、大丈夫です……それに、ディックバルトさんくらい強い男性にだったら、私……」

 

 ああそう。大丈夫……んんん!?

 

 ご、ゴリリアーナさんがどこか……ちょっと、わずかに乙女っぽい表情を見せている……!?

 

「ちょ、ちょっとゴリリアーナ、一体何を……? まさか、あの男と……!? わ、悪いことは言わないわ。考え直したほうが良いんじゃないかしら……だって彼、ほぼ毎日娼館に通っているような男だし……」

「そうだぞゴリリアーナさん。いくら英雄でも乗り越えられる試練と乗り越えられない試練があってだな……」

「……わかっています。私はまだ弱いですから……つ、強くなって、もっともっと強くなって、ディックバルトさんと肩を並べられるくらいの膂力を身に着けなければ…とても振り向いてはもらえないでしょうしね……」

 

 いや……そういうアマゾネス的尺度でディックバルトは女を評価してないと思うけどな……?

 

「それに……つ、強い男性が色を好むのは当然のことですから……そういうことについては、私はあまり気にしていません……」

「色を好むってもさすがに限度があると思うけどな俺は……」

「ゴリリアーナ……日頃から強い男の人が好みだとは言ってたけれど、まさかあの男でも平気だなんて……毎日別の女と一緒に寝ているのよ……?」

「ま、まあ、そうですね。それが好ましいというわけでは、ありませんが……」

 

 ゴリリアーナさんはニカリと……どこか凶悪に見える顔で微笑んでみせる。

 

「私にとって、想い人は……それまでがどうであったとしても、最後に私の横にいれば良いものだと、思っていますから……」

 

 ……いやもうそれ、漢の中の漢のセリフじゃん……。

 

「……全くもう。ゴリリアーナったら……貴女みたいな良い子には、もっと良い男と付き合って欲しいものだわ」

「ふ、ふふ。ありがとうございます……」

 

 まあ、なんだ。

 ディックバルトは悪いとは思ってないけど、特別ディックバルトにターゲットを絞っているわけではないってことかな、この感じだと。

 

 ……もしそうなら俺は、ディックバルト以外の男をおすすめするぜ……悪いことは言わんから……。

 エロ漫画的世界観とバトル漫画的世界観じゃ相性良くないて……。




当作品のUAが9,000,000を超えました。

いつもバッソマンを御覧いただきありがとうございます。

これからも応援よろしくお願い致します。


( *-∀-)且 ムフ


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ドキドキ魔物当てクイズ

 

 

 ギルドにはいくつも小部屋がある。

 依頼者があまり大っぴらにしたくない話だとか、込み入った依頼内容だとかを聞くための部屋だ。ギルド職員はその辺りの話を詳しく聞いて、内容を精査したり報酬金額などを詳しく決め、俺たちギルドマンに割り振るわけだ。

 他にも貢献度を支払うことで一定時間この個室を借りるということもできる。できるがあまりそういった使い方をしてる奴はいない。別に何が置いてある部屋でもないしな。ただ、防音性は良いしギルド内にあるものだから、パーティー加入に際した面談とかで使われることはあるようだ。

 まぁ、色々と使い道のある部屋なわけ。

 

 そしてこの個室は、ギルドマンの昇級試験なんかにも利用されることがある。

 

「ほーい、じゃあ五問出すぞー」

「いつでも大丈夫よ」

 

 机を挟んで向こう側にダフネが座っている。

 今この部屋には他に、俺の横で受付のラーハルトさんがメモを片手に待機しているだけだ。

 回答者、出題者、そして採点者である。

 

「はい、この羊皮紙に描かれている生物はなーんだ」

 

 俺は一枚の古ぼけた羊皮紙を机の上に出して見せた。

 どこか味がありつつもよく特徴を捉えて描写された、デブな鳥である。

 

「……これはマルッコ鳩、動物ね」

「よし、じゃあこいつは討伐していい動物か?」

「してもいい奴ね。けど討伐証明は必要ない奴よ」

「お、先に言われちまったか。よし正解だ」

 

 隣のラーハルトさんがメモに何かを書き込んだ。悪いことではないだろう。

 

「第二問、この生物はなーんだ」

「イビルフライ、魔物よ」

「よし。じゃあこいつは討伐していい奴か?」

「ええ。討伐証明は右の複眼だったはず」

「よーし正解だ。……討伐しても良いけど、もしこいつと出会ったら慎重になれよ?」

「わかってるわよ。今はテストでしょ。続きをお願い」

 

 そう、今はテスト中である。

 内容は魔物や動物の知識テストだ。バロアの森などでよく出現する身近な魔物についていくつかの種類からランダムに出題し、ギルドマンの狩人としての知識を試すものである。

 森の中には狩っても良い奴もいれば、狩っちゃいけない種類の奴もいるからな。討伐任務に当たる奴もそうでない奴も、最低限の知識は備えていなくちゃならない。

 特に討伐証明の部位を間違えて持って帰ったなんてミスをやらかしたら大損になってしまうだけでなく、パーティーを組んでいたら人間関係まで大変なことになるだろう。

 ブロンズを目指すギルドマンにとっては必修科目のようなものだ。

 もちろん、罠による狩猟を目論むダフネにとっても例外ではない。

 

「よし次の問題、この動物はなーんだ」

「チャージディア。討伐可能で証明は尻尾」

「まぁここらへんはわかるか。次四問目……せっかくだし難しい問題選ぶか」

「ちょっと!」

「モングレルさん、公平にお願いします」

「あ、すんません」

 

 ラーハルトさんは真面目な男である。

 ……しょうがねえ。まぁダフネに出す問題だし、これから出会うかもしれないタイプの魔物を選んでいくとしよう。

 

「気を取り直して四問目。こいつはなーんだ」

「……シルバー……じゃない、えっと、ホーンウルフね。討伐可能で証明部位は角よ!」

「正解。なんだよ危なげなくてつまんねぇな。最後の五問目だ」

 

 テーブルの上に置いたのは一際手垢で汚れた古い羊皮紙。

 こいつを間違えたら落第点だぞ。

 

「クレイジーボア、討伐可能で証明部位は尻尾!」

「正解!」

「はい、五問全て正解しましたね。問題ないでしょう。……別日に実技の方も及第点に届いているようですし……ええ、アイアン2への昇級も問題なさそうですね」

「私、もうこれで昇級したってことですか?」

「はい。手続きはこちらの方で行わせていただきます」

「やった!」

 

 おめでとうダフネ。まぁ普段から真面目にやってたからな。トントンと上がっていくのはわかっていたぜ。

 サボらず腐らずアイアンの地味な依頼を何個もこなしていれば上がるのは早い。

 それに身元もはっきりしているしな。流れの根無し草な奴だと信用を得るまでに時間がかかるが、街の中にちゃんと居を構えている人間ならそのあたりは自動でクリアになる。とはいえ、ブロンズに上がるまでにはさすがに時間がかかるだろう。

 それまでに戦闘能力ももうちっと磨いておかないとな。

 

 

 

「モングレルさん、今日はお手伝いいただきありがとうございます。結局五人分の試験を手伝っていただいて……」

「ああ、別に構わないよラーハルトさん。暇だったし、タダでやってるわけでもないからな」

 

 とはいえ数百ジェリー程度の子供のおつかいレベルの報酬である。

 けど絵の描かれた羊皮紙を見せてクイズを出題するのってそれだけで結構面白いからタダでも喜んでやるんだけどな。

 

「しかしいつも問題出すのに使ってるこの羊皮紙、古い奴はヘタってきてるなぁ……クレイジーボアなんて触られすぎてちょっとツルツルしてるよ」

「それらの古い絵は昔、この支部に務めていた絵の上手い方によるものだと聞いています。捨てるほどでもないので、もう何年も使い続けていますね……」

「うん、確かに上手い。俺にはこういう、わかりやすい絵ってのは描けないな……」

 

 俺も絵心が無いわけじゃない。実はそこそこお絵描きができるタイプの人間だ。

 長いこと漫画研究部に入り浸って漫画をダラダラ読んでいただけじゃないんだ。たまには思い出したようにイラストを描く練習もやってたんだぜ。

 アニメっぽい女の子の描き方を教えてくれた副部長には感謝だ。時々アミュレット作りに使わせてもらってます……。

 

「ですがまだこれでも、バロアの森にいる魔物を全種類網羅しているわけではありません。本当であれば、もっと多様な鳥類も問題として用意しなければならないのですが……」

「鳥は出題されても難しいなぁ……俺でもちょっと自信ない」

「はい。以前はあったのですが、正答率が著しく低かったのと、絵の出来栄えが微妙で経験者の狩人でも誤答していたことから使われなくなったそうです」

「うわ、そりゃ絵師の責任が重そうだ」

 

 鳥の見分け方なんて難しいからなぁ。フラッグバードとかセディバードとか色々並べられても困るもんよ。

 ライナみたいに飛び道具で鳥を狩るようなタイプのギルドマンだったらアリかもしれないが……絶対に獲っちゃ駄目ってやつを覚えるくらいしか俺たちには難しい。

 

 それにギルドマンなんて、結局獲っちゃ駄目な奴でも獲っちゃうしな。

 誰も見てなきゃみんな勝手に仕留めるし、その場で焼いて食ってしまうのだ。

 たまに殺しちゃいけない鳥の死骸が焚き火跡の近くに落ちてたりする。

 

「しかし今では資料室の図鑑本も充実してきましたので、ブロンズ向けの問題としてマイナーな魔物の絵も揃えようかという話が、我々の中でもありまして」

「ほー」

「鳥はさすがに、失敗の前例があるので及び腰になるでしょうが……判別しやすい魔物であれば、いくつか追加しようかと」

「そりゃ面白いね。あ、魔物の絵だったら簡単な奴なら俺も描けるぜラーハルトさん」

「それは……いえ、専門の方にお任せしますので」

 

 断られた。おのれラーハルトさん、俺の画才を信用してないな?

 良いのかよ。俺は見なくてもハルヒの制服姿を描けるんだぜ?

 

 ……しかし改めて考えてみると俺、犬とか猫とか多分描けねえな? あぶねえ、安請け合いするところだった。

 

「レスターっていう奴は王都で書生やってたおかげか結構絵が上手いんだけど、やっぱりこういうのって画家さんとかに頼むのかな」

「書生ですか。ふむ……いえ、それくらいであれば、都合が良いかもしれませんね。レスターさんですか。代筆や写本はよく手伝っていただくのですが、彼にそのような特技があったとは」

「動物系が得意かどうかはわからないけど、声かけてみるといいよ。よそに頼むより安上がりになったりして」

「そうですね。費用は可能な限り抑えたいので……一度、彼に声をかけてみようと思います。情報提供していただき、ありがとうございました。モングレルさん」

「いやいや、良いってそんな」

 

 ラーハルトさんはほんと生真面目なお人だわ。

 長くやってる同僚や年下の部下に対してもこんな感じなのはなかなかすげーなと思う。

 もっと気楽に仕事してたほうが健康には良いと思うけどな。

 

 

 

 その日、俺は宿に戻ってから試しに犬や猫のイラストを描いてみたんだが……うん。

 あの出題用の羊皮紙に魔物の絵を描いた人たちは、みんな上手かったんだなと再確認しただけであった。

 

 動物描くのむっず……。

 



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不意の裂傷

 

 しくじった。

 久々にしくじったと感じる。いや、しくじりはしょっちゅうあることなんだが、最近では特にデカいしくじりをやらかしたという意味で。

 

「あー……いってぇ……久々だな、こんな怪我……」

 

 頭から流れる血を拭って傷口を抑えつつ、俺は診療所を目指した。

 

「おう……おお? モングレルどうしたんだ、その怪我」

 

 しかし真っ昼間だとさすがに素通りはさせてくれないようで、街の顔見知りから声をかけられる。

 心配されるのは良いんだが、あまりデカい噂にされたくはないな……。

 

「ちとヘマしてな。これから診療所に行って軽めのヒールでもかけてもらおうかと思ってるんだ」

「そうか……モングレルにしては珍しいこともあるもんだ。お大事に」

「ああ、ありがとう。じゃあな」

 

 そう、このくらいで流してくれれば良いんだけどな。

 中には大げさに驚くような奴もいそうだからさっさと診療所まで行きたいところ。

 

「あれ? モングレル先輩じゃないスか。おっスおっス」

「あ」

 

 と、そんなことを考えてたらなんか大騒ぎしそうなタイプの知り合いに遭遇してしまったわ。

 買い物途中らしいライナである。

 

「……って、どうしたんスか先輩! 怪我してるじゃないスか!?」

「ああ……まぁちょっと色々あってな。これから診療所に行くところなんだよ」

「一体何が……」

「まぁまぁ、ひとまず診療所行かせてくれ。こう見えて怪我人なんだからな」

「それは……当然っス。どう見ても怪我人なんスから……わ、私もついていくっス」

「おいおい、わざわざついてくる必要も……まぁいいか。恥ずかしいからあんまり騒がないでくれよ」

 

 自分で歩ける怪我人だから介助の必要もないんだが、それでもライナは心配そうな顔でついてきた。

 いやーまぁ心配されて悪い気はしない。しないんだけどな。欲を言えば人から心配されるならもうちょい別のシチュエーションが良かったな……。

 

「ここって、“レゴール警備部隊”の人らがやってる診療所っスよね?」

「おう、カスパルさんのとこのな。簡単な外傷の治療なら安めの料金でやってくれる。もっと東側に近ければギルドマンも大勢利用してたんだろうがなぁ」

 

 俺たちがやってきたのは警備隊診療所。レゴールにいくつかあるうちのひとつで、ここは南寄りに位置している。

 治療院としての設備は最高級……ってわけでは全然ないのだが、ここで常勤してるカスパルさんの腕が良いしお世話になっているので、たまーにしょうもない理由で怪我した時なんかはここを使っている。

 

「古い治療院を改修して使ってるから、見た目はちょっとボロいけどな。カスパルさんなら腕は確かだよ」

「あんまり話したことない人っス」

「優しいおじいさんって感じの人だよ。ちょっと不養生なとこあるけどな」

 

 診療所の外観も大概な年季だったが、中に入っても印象は変わらない。

 しかし床は綺麗に掃除が行き届いており、衛生に気を遣っていそうな雰囲気はちゃんと見られる。

 

「いらっしゃい。怪我……のようですね。ギルドマンの方ですか?」

「ああはい、ギルドマンです。名前はモングレル。あ、こっちは俺の付き添いなので」

「っス」

 

 なんか一人じゃ病院来れない男みたいになっててちょっと恥ずかしいんだが。

 

「認識票を見せてください。……はい、大丈夫そうですね。一度診察を受けてから治療法を決めるので、あちらの椅子で……あ、いえ、今ちょうど空いたところなので、向こうの治療室にどうぞ」

「はい、どうも」

 

 治療院や診療所では、最初に診察券や保険証を出したりなんてことはしない。そもそも保険証はないしな。

 よほど難しい持病のある人以外ではカルテを作られることはないので、問診してからなんかそれらしい治療をやって終わりである。

 それだけ聞くと雑なように思われるかもしれないが、この世界における医療っていうのは案外馬鹿にできたものではない。外科であればむしろ、前世の医療を遥かに上回っていると言えるだろう。

 

「いらっしゃい……おや、モングレルさんではないですか。おや、これはまあ……頭でも打ってしまいましたか……?」

「やあどうも、カスパルさん。お久しぶりです」

「あ……こんにちはっス。モングレル先輩の付き添いで来たライナっス」

「ええどうも、ライナさん。お久しぶりです。まあ、そちらの椅子にどうぞ」

 

 薬臭い治療室には、前に見たときよりは結構元気そうなカスパルさんがいた。

 以前はプルプルと小刻みに震えながら穏やかな微笑みを浮かべていてある種の儚さが垣間見えていたものだが、今はプルプルしていない。普通に穏やかなおじいさんである。是非今後も穏やかなだけでいて欲しい。

 

「カスパルさんは今日は元気そうですね」

「ははは、私の心配をしてくれるのですか。……近頃はですねぇ、よく睡眠をとるようにしているのですよ。そのおかげかもしれませんねぇ」

 

 おお、適度な睡眠か。それは良い。睡眠を取らないとどんな人間でもパフォーマンスがカスになるからな。

 

「モングレル先輩は人の心配してる場合じゃないっスよ……」

「おお、そうですねぇ。さて、傷の具合を診させていただきましょうか……ちなみに、これはどのようについたもので?」

「あー……刃物かな。切っ先が勢いよくぶつかって、それで血が出た感じですかね」

「一体何があったんスか……!?」

「いや経緯はまぁ……良いじゃん……?」

「良くはないっスよ……」

 

 カスパルさんに髪の毛をガサガサと選り分けられつつ観察される。

 頭の傷は自分じゃわからんからどういう見た目なんだろうな。傷口に触れてた感じからすると、そこまで大きくはないが。

 

「ふむ……少々派手に血が出ていますが、見た目ほど重傷ではありませんねぇ。しかしこの傷を付けた刃物の状態によって、処置が少し変わるのですが……モングレルさん、これはどのような刃物で付けられたものですか? 事件性があれば、それはそれでまた別途、衛兵の方々に報告しなければならないので……」

「あーそっか」

 

 どうやら全部ゲロるしかないようだ。

 言わなきゃいけないのであれば仕方ねえ……。

 

「刃物は……これです、はい」

「……? これは……なんでしょうか」

「え? 紐……いや、刃のついた鞭……っスか?」

 

 俺が荷物から取り出したのは、先端に金属の刃を付けた革製の鞭である。

 それだけならこの世界にも無いことはないが……これは俺の特製の品だ。前世の知識をもとに、さらなる改良を加えている。

 

「……あの、モングレル先輩。なんでこの鞭、取手から三本も伸びてるんスか」

「それはなライナ……鞭の本数が多ければ、その分攻撃回数が増えそうだろ?」

「いや増えるとか増えないとかじゃなくてそんな鞭まともに使えないっスよ! てかもしかしなくてもこれのせいで怪我したんスか!?」

「いやーいざ作って振ってみたらなー。三本とも思いもよらぬ方向に暴れるもんだから、制御もクソもなくてなー……そのうちの一本が頭にぶつかって、それでな」

「しかも自作っスか!?」

「通常攻撃が全体攻撃になりそうだろ?」

「知らないけど多分無理っスよ!」

 

 いやぁ前世でな、こういう鞭があってな。いやゲームの話なんだけども。

 鞭系統では超強いタイプのやつだったんだけどな……けど玄人向けだってことはわかってたから、ちょっと練習しておこうと思ったんだが……。

 練習の初っ端から怪我するほど無軌道な暴れっぷりを披露したもんだから、さすがに驚いたよね。思わず身体強化間に合わなかったもんよ。

 

「ふむ、ふむ……特に錆もなく汚れてもいない普通の金属ですね」

「金属札から削り出したばかりですからね、ピカピカですよ」

「どこかで見たサイズ感っスね……」

「これならばポーションか軽めのヒールで処置するだけで良いでしょう。縫合も必要ありません。もちろん、料金はかかりますが……」

 

 そう、この世界にはポーションもあればヒールもある。

 ヒールは魔法系統に属する技術で、習得には魔法以上に個人の才能が関わっている上、知識なども要求される。ヒーラー人口は魔法使いよりも少なく、高給取りだ。

 当然だがヒーラーがギルドマンとして前線に赴くことなど戦争中以外ではほぼ無い。リスクが高いからな。カスパルさんのように安全な都市内で医者として活動するのが基本だ。

 

「ヒールでお願いできますか?」

「ええ、良いでしょう。それでは……」

 

 カスパルさんが俺の頭に手を触れ、集中する。

 じんわりと暖かくなってきたような……いやこれはじっと触られてるからか。

 

「“聖なる治癒(フルクス・ヒール)”」

 

 しかし詠唱が行われると、実際に暖かなものが傷口を中心に広がっていく……ような気がする。

 

「はい終わりです」

「どうもありがとうございました」

 

 これで終わりだ。触ってみると、頭にあった傷口は綺麗さっぱり消え去っている。

 さっと魔法を唱えて傷を塞いでしまう。ファンタジー世界じゃよくある治療風景だが、実際にあるとマジで便利だ。

 なにせこれがあるだけでこのローテクじみた世界でも多少強引な外科手術ならできてしまうのだから。前世じゃちょっとどうしようもないほど内臓が深く傷ついていたとしても、ポーションやヒーラーがいればワンチャンどうにかなってしまう世界なのである。

 

「今回は頭で済みましたが、目に当たっていたら大変だったかもしれませんねぇ。次からは注意してくださいね、モングレルさん」

「ほんとっスよ……誰かに襲われたんじゃないかと思って、私びっくりしたっス……」

「ははは……いやー、良い鞭が完成したかと思ったんだけどなぁ」

「どう考えてもゲテモノっスよそれは……」

 

 正直俺もこいつを頭にぶつけた時から思ってる。三本の鞭を同時に操作なんてできるわけねえだろ……!

 

「近頃は工事現場での事故も多く、怪我人が大勢出てますからねぇ……この診療所は東門近くの所とは違って比較的暇なのですが、それでも最近は忙しくなったりもします。今日はタイミングが良かったですね」

「工事現場の怪我っスかぁ。どこもかしこも工事ばっかりスもんね……大変そうっスね、カスパルさん」

「ええ、大変ですよ……中には大きな事故で、一度に大勢が来ることもありますから……まぁ、それこそが私達の仕事なのですけどね」

 

 カスパルさんは青い目を細め、微笑んだ。

 優しげなおじいさんではあるものの、彼はいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた、立派なお医者様なのである。

 医者に逆らってはいけない。

 

 

 

「それにしても……その変な鞭、どうするつもりなんスか」

「売れるかねぇ」

「怪我人増やすつもりっスか……駄目っスよ絶対」

「駄目か……まぁ駄目だよな……」

 

 ロマン武器とはいえ、ほぼ確実に人が怪我する代物を市場に流すわけにはいかねえか……。

 



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忘れられた者たちの葬送

 

 ブラッドリー領近くのリュムケル湖で面倒な魔物が湧き出たらしい。

 リュムケル湖の厄介な魔物といえばほぼ二種類しかいないと言って良い。水中のゴブリンと呼ばれるマーマンと、巨大ヒトデのアステロイドフォートレスである。

 いやマーマンの方はオマケみたいなもんだな。厄介なのはヒトデの方だ。アステロイドフォートレスは時々思いついたように地上に出てきては、新たな水場を求めて侵攻を開始する。マーマンはそれにくっついて来る雑魚敵だ。

 しかしこのセットがなんともいやらしいもので、動く要塞とその守備隊という連携を組むものだから、生半可な戦力ではなかなか討伐ができないのだという。

 そんなヒトデが複数体侵攻してきたともなれば、その対処には軍やギルドが動く必要が出てくる。

 

 かといって、ブラッドリー領はサングレール領にも近い辺境だ。あまり国軍を大っぴらに動かしたくはない。

 そこで魔物の討伐ということでメインに動くのが、ギルドマンなのだが……。

 

 遠くの方でごっそりとギルドマンが動かされると、離れたレゴールの方にまで影響は及んでくる。

 アステロイドフォートレス侵攻の報がレゴールにまで届いた今となっては既に害悪ヒトデも駆除された頃なのだろうが、大勢のギルドマンを動かしたことによるシフトの“ズレ”はしっかり残り、波及するのだ。

 本来やるべきだった討伐だとか、害獣の駆除だとか、護衛だとか、そういう普段からある仕事だな。緊急の討伐任務が入ったからと言ってやらないわけにもいかないから、別のところから労働力を派遣する必要はあるってことよ。

 

 つまりどういう事が起こったかと言うと、レゴールのギルドがちょっと忙しくなった。

 ちょっとな。ちょっと。さすがにブラッドリーからは距離もあるせいか、影響は軽微である。

 

「モングレルさん、お暇でしたらこちらの討伐をお願いできませんか? 今ちょっと、外に出ている方が多くて大変なんですよ……」

 

 まぁ、軽微なりの余波はしっかり俺の所にまで届いているんだが……。

 

「えー……討伐? 別に暇ってほどでもないんだけどな……相手は何なんだよ、エレナ」

「スケルトンです。おそらく、複数かと」

「スケルトンかぁー……」

「バロアの森近くのシャルル街道でスケルトンの発見報告がありました。通りかかった護衛のギルドマンが持ち帰った遺品を調べた所、数年前に馬車ごと逃亡して行方知れずとなっていた犯罪奴隷の首輪が確認できました。犯罪奴隷の集団が一箇所で固まっているとなれば……他にもスケルトンが出現するかもしれません」

「んー場所は近いか。近いけどなぁー」

 

 スケルトン。それはこの世界における最も一般的なアンデッドだ。

 この世界の死者、特に人間は、死後に野ざらしで放置されたりなどすると骨を素体にアンデッドとして魔物化する。

 肉体がついていても同じ仕組みで魔物化するが、そっちはグールと呼ばれているな。しかし実態は骨の周りに肉がついているだけで、スケルトンと変わらないらしいのだが。

 

 まぁそれはともかく……スケルトン討伐ってのは儲からない。

 討伐しても素材なんて手に入らないしな。遺品があればそれ目当てにって奴もいるかもしれないが、逃亡した犯罪奴隷の集団がスケルトン化しているとなると、その辺りにも期待できないだろう。仮に金目のものがあったとしても縁起が悪そうで嫌だしな……。

 

「もう。モングレルさんずっとギルドの酒場で暇そうにしてるじゃないですか」

「いやそんなことないって。そろそろクレイジーボアでも討伐しに行こうかと思ってたところだよ。本当に」

「どうだか。……普段ならスケルトンの討伐なんて小規模なパーティーに任せられますけど、今回のはちょっと数が多そうですから。モングレルさんにやってもらえると助かるんですって。モングレルさん強いんだからいけるでしょう?」

「またまた……エレナ、そうやってすぐ人を煽てて乗せようとする……」

 

 俺はもったいぶるようにゆっくりと席を立ち、首を鳴らした。

 

「よし。その依頼受けてやるよ。俺は強いからな」

「……ありがとうございます」

「エレナお前もうちょっと愛想良くしろや」

「してますよ普段から」

「してないしてない」

「してる!」

 

 普段からギルドマンをちょっと下に見てるとこあるんだよお前は。

 そういう気持ちで仕事してるといざって時に咄嗟に相手を煽てられずにボロを出すぞ!

 

 

 

 スケルトンの発見場所は比較的近い。

 東門を出て馬車に乗っていればすぐだ。

 今回は同じ地元のギルドマンが発見者だったもんだから、スケルトンと会敵した場所がわかりやすくて助かるぜ。どこの畑のどの区画で遭遇したかもわかるってのはありがたい。無駄にうろちょろする必要がなくなるからな。

 

「ありがとう、ここで下ろしてくれ」

「はいよ」

 

 目的の場所で降りたら、辺りを調査してスケルトンの出現地帯を絞り、森を探していく。

 犯罪奴隷が集団でスケルトン化するってなると、逃げた後でどこかで身を寄せ合っていたところで内輪もめでもしたか、強い魔物に襲われて大勢が亡くなったかだろう。

 数年も見つからなかったとなると……犯罪奴隷同士で揉めて、殺し合って……死体を一箇所に埋めたか。それが一番有り得そうだな。

 ちょっと探せばそれらしい痕跡も見つかるかもしれない。

 

「どこだースケルトン。暗くなる前に出てきてくれー。暗い時にお前らと出会いたくないんだー」

 

 スケルトンは個体差がある魔物だ。生前にデカい体躯だった人の骨は頑丈だし、その分普通に強くなる。戦闘経験者のスケルトンはどことなく動きも機敏で、厄介なのだとか。

 それでも知能は限りなく低いし脆いっちゃ脆いので、危険な魔物というわけではない。集団で現れてもゴブリンと似たような扱いをされてる感じかね。

 

 ただ個人的にはスケルトン相手ってのはどうしても苦手だ。

 見た目が普通にド直球のホラーで嫌だっていうのと……骨とはいえ元々人だった奴を相手にしたくないからな。

 

「……見つけた。ここだな、間違いない。この穴に集団埋葬されてたってわけか……」

 

 根気よく森を探し回っているうち、スケルトンの特徴的な骨だけの足跡を見つけたら……あとは楽だった。

 土の中から這い出てきたのであろう、不自然に内側から掘り返された穴がある。

 そこにはスケルトンではないいくつかの人骨があり、文字通り物言わぬ屍としてそこで横たわっていた。

 埋められた際か、それとも殺された時か。上手い具合に首の骨が砕けたおかげでアンデッド化しなかったのだろう。それを運が良かったと言って良いのかはわからないが……。

 

「脱走した犯罪奴隷ね……お前らの罪状がどんなもんかは知らなかったが、この森での短い自由は、本当にお前たちが求めていたものだったのか……」

 

 穴の中の白骨死体には、犯罪奴隷を示す首輪などの拘束具が見られる。あまりこいつらを壊しながら探したくはないが……多分、どれも同じ犯罪奴隷の死体……だと思う。多分……。

 

 ……このスケルトンたちは犯罪奴隷。しかも逃亡した連中だったからまだいい。

 これが何の犯罪も犯していない一般市民とかだったりした時には……正直つらいものがある。そういう討伐任務はハッキリ言って受けたくない。マジで心にくるからな……。

 

「ケケケ」

「ケケケケッ……」

「……おお、戻ってきたか。長いことこの穴の中で過ごしてきたせいで、ここを自分たちのホームとでも勘違いしてるのかね」

 

 犯罪奴隷としての遺品を回収していると、離れた場所で気配がした。

 顎の骨を打ち鳴らす特徴的な音。スケルトン化した連中がわざわざここまで戻って来たのである。

 

 スケルトンにはそういうところがあるんだよな。生前に思い入れの深い土地があると、そこに向かって惹き寄せられる。

 そういったものがなくとも、自分が長く居た場所に固執する……。

 なんとなーく、こいつらが戻ってくるとは思っていた。そんなアンデッドは何体も見てきたからな。

 

「さて、と……月の神ヒドロアよ。冥府をゆく彼らに暖かな端切れをお恵みください」

「ケケケ……」

「ケケッ、ケケケケ」

「安心しろ。お前たちはただ、あるべき場所に還るだけだ」

 

 俺はバスタードソードを抜き放ち、八体のスケルトンと向き合った。

 こいつらの中身は犯罪者かもしれないが……死んだ後くらいはまぁ、ゆっくりするだけの権利はあるだろう。

 

 

 

 そんな感じで、スケルトン討伐任務は順調に片付いた。

 速やかに片付いたのは良いが……やっぱりこういう連中を討伐した後は、食欲がちょっと減るな。帰りにクレイジーボアを仕留めてくるかーと思ったけど、そんな気になれなかったわ。殺生の気分じゃない。

 

 あーあ。今日はやる気だったのにな。いいや、また明日にしよう。

 

 



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相打ち試合

 

 騎士と常備軍の枠が拡張されるらしい。

 まぁつまるところ軍人さんである。今まではほぼほぼ一定だったその枠が、来年からは広がってより大人数を受け入れるようになると。そういう話なわけだ。

 去年のサングレール聖王国の侵攻もあるだろうし、近頃はハルペリア全体が潤っていることもあるのだろう。余裕のあるうちに軍備を整え、有事に備えたい。それは国にとって真っ当な感性だろうと思う。

 

 “大地の盾”副団長のマシュバルさんなんかはこれを機に新入りの育成をより重点的に行うつもりらしく、ブロンズに上がった連中の中から有望なルーキーをパーティーに取り入れるつもりのようだ。

 アレックスはそこにウォーレンなんかはどうだと推薦しているようだが……さて、どうなるかな。ウォーレンも真面目にやっているが、“大地の盾”はとことん実力主義だからなぁ……。

 

 

 

「お願いしますよモングレルさん。俺に対人戦の稽古つけてくださいよ」

「いやお前なぁ……俺は魔物専門で対人は詳しくねえって。アレックスとかロレンツォに聞けよそういうことは」

 

 修練場で久々に弓の練習をしていると、ちょくちょく新米から声をかけられるようになった。

 ほとんどは相談事だ。対人戦を教えて欲しいだとか、コツとかないですかとか……まぁそんなもんだ。けどこっちは矢を的に当てるだけで必死なんだよ。

 

「ほら、向こうに暇そうなロレンツォが型稽古やってるぞ。あいつから基礎を教わってこい」

「聞こえてるぞ。別に暇じゃない」

「ロレンツォさん教えてくれるんですか!」

「お願いします!」

「……あのな。……はぁ、わかった。だが一度しか教えんぞ。よく見て覚えろ」

 

 “報復の棘”のロレンツォは対人戦に特化した剣士だ。

 所属パーティーそのものが人対人メインでやってるところだから当然ではあるが、その中でもなかなか腕が良い。

 

 ハルペリア軍の扱う剣術とはちょっと違った我流っぽい動きではあるが、ロングソードの扱いは非常に優れている。

 

「違う、脚を先に出すな。こうだ」

「こ、こうですか!」

「悪くはないが、もっとこう。体に動きを覚え込ませろ」

 

 若者たちが汗を流して必死にやっている。殊勝なこったぜ。

 俺はこの秋、もうちょいマシな弓での狩猟を目指しているからな……なんとか形にしたいもんなんだが……なーんか上手く当たらん。三発に一発当たるようになったけど、三発に二発外してる時点で実践向きではない。もっと良い弓でも買うべきなんだろうか。俺は自分の実力よりも先に道具を疑うタイプだぞ。

 

「よし、そうだ。それを重点的に覚え込ませろ。話はそれからだ。以上!」

 

 おいおいロレンツォ、途中で教えるの面倒になったか?

 まだ十分も経ってないぞ。もうちょっと手取り足取り教えてやったらどうなんだ。

 

 と俺が思っていると、ロレンツォがこっちにやってきた。

 随分と疲れた顔をしている。

 

「……はぁ。教導役を俺に擦り付けるなよ……」

「いやいや、そんなつもりはねーって。実際俺よりも剣術わかってるだろ、シルバーランクなんだから」

「また調子の良いことを……」

 

 ロレンツォはあまり社交的なタイプではない。だいたい常にムスッとして黙っているタイプというか、朗らかに笑ったり盛り上がったりはしないタイプである。

 武人という言葉が似合うんだろうか。常に自己鍛錬と任務に精を出している。

 

 まぁこうやって修練場で自己鍛錬してるせいで色々なやつから声をかけられたりもするから、“報復の棘”の中ではまだ話す機会が多いんだが。

 

「なあロレンツォ。引退したネッサの様子はどうだよ」

「あ? ……ああ、ネッサか」

 

 ネッサはこの前まで“報復の棘”に所属していた女ギルドマンだ。

 歳は俺と同じくらいだが、任務中に負傷したことをきっかけにギルドマンを引退したことだけは知っている。彼女は“報復の棘”の中でも明るく社交的な方だったので、結構話す機会もあったんだが。

 

「治療を受けた後は、恋人のところに嫁いだよ」

「え、恋人? マジで? 知らなかったわ。いたのかネッサに」

「らしい。俺も知らなかった」

「ロレンツォもかよ」

「任務以外ではほぼ話さないからな……」

 

 辛気くせえパーティーだな本当に。こんなんでもある程度人が集まって離れていかないってんだから不思議なものだ。

 所属メンバー全員が悪人に対して何かしらの特別な敵意を抱いているっていうのがそもそもおっかないよな。雰囲気的には暗殺ギルドって感じがする。

 

「そんな話より、モングレル。俺に子守をさせたんだ。少し剣の打ち合いに付き合え」

「ええ? ……今は弓の気分だったんだけどな」

「向いてないんだから諦めろよ。何年やってるんだそれ」

「なかなか挑発が上手えじゃねえかロレンツォ……」

「事実を言ったまでなんだが……」

 

 適度な長さの木剣を手に取り、構える。防具はいらない。ロレンツォもつけてないし、お互いそこまで軟弱でもないしな。

 互いに身体強化が使えるとわかっているなら、目にさえ入らなきゃだいたいはセーフだ。

 

「いつでも来い」

「ふん、油断しやがって……いくぞ!」

 

 ロレンツォが素早く踏み込み、突いてくる。

 相変わらず突き技の好きな男だ。こっちの木剣の方が短いんだからもうちょいリーチ差が公平になるように剣を使ってくれよ。ガチバトルばっかりだと友達なくすぞ。

 

「よ、ほっ、……相変わらず厭らしい剣技だな。突きばっかやりやがって」

「洗練された剣技と言え! クソ……いつも余裕そうに弾きやがって……!」

 

 ロレンツォはそう言うが、さほど余裕ってわけでもない。無茶な体勢でも俺の肉体が持つ理不尽パワーで無理やり弾きにいけるっていうだけで、剣技という点で見れば俺のはお粗末な方だ。

 こうして自分の技量の無さを直視すると、ちょっと凹むな。剣術だけはそれなりに鍛えているつもりではあるんだが。上手いやつにはとことん敵わない。

 

「ま、その分パワーで補ってやるんだけど、な!」

「ぐっ……!」

 

 だがわざわざ同じ土俵に立つ必要はない。

 俺には俺の肉体があって、こいつに合わせた技術が備わってさえいればそれで良いんだからな。

 無駄を省いた技巧はたしかに素晴らしいもんだが、無駄を伴ったままパワーで押し通る剣術が扱えればなんてことねーのよ。

 

「ぐおお……馬鹿力め……!」

 

 鍔迫り合いにまで持ち込めたらもうこっちのもんだ。

 上から思い切り刃を押し付け、相手の体勢を崩しながら押し込んでゆく。

 

「ネッサのお別れ会はやったか?」

「やっ……て、ない……! 今それどころじゃ……!」

「はいドーン!」

「うおっ!?」

 

 上から押さえつけられる競り合いに甘えて握りが弱くなった時点で模擬刀を弾いて吹っ飛ばし、おしまい。

 途中で蹴りも入らなかったし実に平和な模擬戦だったな。

 

「はい俺の勝ち。どうしたロレンツォ、調子よくないな」

「だークソッ……またやられた……ああ? 調子は……どうなんだろうな。悪く見えたか」

「いつもだったらもっと足癖悪くなってそうなもんだけどな」

「ああ。脚は今、病み上がりでな。ナイフにやられた部分は完治しているんだが、まだ本調子まで戻ってないだけだ」

「うぇ、マジかよ。なんだよそれじゃあ素直に勝利を喜べねえな。全快してからまた挑んでくれ。その時はまた叩き潰してやる」

「ふざけろ。次は俺が勝つ」

 

 普段はあまり社交的なやつではない。だが、こうして戦いのことになると饒舌になったり、ムキになるところが面白いんだよな。

 

「……ネッサも、怪我を治せばまだ続けられたんだがな。ちょうどいい機会だからと、家庭を持つことにしたようだ」

「まあ、賢明な判断なんじゃねえの。お前らのとこのパーティーはいつどんな大怪我をするかわかったもんじゃねえからな」

「それはまあ……な」

 

 団長のローザは常に対人系の任務に挑み続けている。当然、任務のターゲットは人間なのだから相応の抵抗をする。腕の立つ連中であれば武器を持って。数が多ければ物量に任せて……。とてもではないが命がいくつあっても足りるもんじゃない。

 

「それでもうちの団長は今の方針を崩さんだろう。俺たちも、それを承知でついていってる。ネッサは……良いショテル使いだったが、俺たちのように暗い部分のない女だった」

「だな。タイプが違う」

「俺たちのようなパーティーは長くやっていると、ならず者共から逆恨みを買うからな。そういう連中に狙われにくくなるって意味でも、早めの離脱は正解だったのかもしれん。ネッサには陽の当たる場所で過ごしていて欲しいものだ」

「寂しくなるだろ」

「……まあ、静かになったよ。あいつがいないだけで、随分とな」

 

 ロレンツォが木剣を布で拭い、樽に戻した。

 今日のトレーニングは終わりのようだ。

 

「また明るい新人が入ると良いな」

「はっ。明るい新人ね……さて、どうだか……うちのパーティーに入るような奴が明るいだなんて、なかなかあることじゃないからな……」

 

 少し離れた場所では“大地の盾”入団志望の若者たちが、軍隊式らしい型訓練に励んでいる。

 パーティーの人気で言えば、まあ向こうみたいなところが一番だわな。こればかりはしょうがない。

 

「モングレル。お前もそろそろどこかに入団したらどうだ」

「おいおい、俺は“報復の棘”だけは勘弁だぜ」

「いやだから、俺たちの所というわけじゃなく、だ。……どことも仲が良いし……“アルテミス”ともよく任務を受けているんだろう。そういう所でも良いだろう、お前は」

 

 それはそれで勘弁してほしい話題だな……。

 

「ロレンツォみたいなガチガチに固めてるパーティーにいたんじゃピンとこないかもしれないけどな。いつでも一人で勝手にふらふらと任務ができるってのは何にも代えがたいメリットなんだよ」

「……そういうものかね」

「そういうもんさ」

 

 後ろ盾も柵も紙一重だ。俺としてはどっちも無い方が気楽でいい。人には勧めないけども。

 

「……ネッサのように、さっさと身を固めるのも一つの人生だと思うがね」

「俺のことはいいだろ。というかロレンツォも独身だろうが」

「俺はまだ良いんだよ、俺は……」

 

 よし、結婚の話はやめよう。はい! やめやめ。

 




当作品のしおり件数が11,000件を超えました。

いつもバッソマンをお読みいただきありがとうございます。

これからも当作品をよろしくお願い致します。


ヾ( *・∀・)シ フニニニ…


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ロングコーンカップ ダート1600m

 

 ロレンツォと結婚なんちゃらな話をしたが、俺は今のところ結婚を全く考えていない。俺にとって結婚ってのはハードルが高いんだ。

 この世界の人々は気軽に付き合って結婚までいってしまうパターンが多いが、人種問題とか諸々を抜きにしても俺にはちょっと難しいね。

 

 だが俺のそんな考え方が珍しい部類だってのはわかっている。

 ハルペリアだといい歳して結婚もしてない奴ってのは、まぁなんだかんだで白い目を向けられるものだしな。俺なんかは根無し草だからまだ全然マシというか無関係でいられるけど、町や村に住んでたら結婚圧力はなかなか強いらしい。家同士の結婚は当然として、お見合いさせたがりじいさん、お節介おばさん、仲人なりたがりおじさん……そこらへんの魔物よりもパワーの高い連中がゴロゴロしてやがる。

 俺もシュトルーベに居た頃は……。

 

 まぁ、つまりだ。ある程度の年齢になると自然と結婚を考えるのがこの世界の常識ってことなわけだよ。

 大多数の人間は独身のまま歳をとれば焦るし、なんとなく惨めな気持ちになってしまうのだ。普通はな。

 

 

 

「今回のは絶対に勝てるぞモングレル。今日のロングコーンカップに出てくる馬、ああ、ダブルヒットって名前なんだけどな。本ッ当につええんだ。ヒットは元々は軍馬でな、気性が荒いせいで払い下げられた奴なんだが、他の凡庸な馬とは全然違うんだよ。馬体を見てみりゃわかるぜ。今日はダブルヒットが勝つ!」

 

 今、俺たちに向かって競馬で勝てる勝てるぞと喚いてるこのいい歳したおっさんはバルガーという。

 俺より十ほども歳食ってるくせに未だに結婚するどころか己の生活費すらワンチャン賭場に溶かしそうな日々を送っている、典型的な駄目男である。

 こういう奴が身近にいると変に心に余裕が出てくるから不思議だよな。

 

「競馬かー……見てるだけなら結構楽しいんだけどねー」

「僕も見てるだけなら、そこそこかな。お金を賭けるのはちょっと……」

 

 テーブルにはウルリカとレオも一緒だ。二人は“アルテミス”の女メンバーが女性専用任務で出払っているせいで、ギルドで仕事を見繕っていたところだった。

 

「なんだと、ウルリカもレオも馬好きなのか? だったら俺とモングレルと一緒に来い! 今日は儲かるからな! 任務なんてやってる場合じゃねえぞ!」

「いや俺は強制なのかよ。この顔を見ろよ。行きたがってる顔に見えるかよ」

「……その顔は……大穴狙いか? まぁ良いぞ。他の馬に賭ける分には俺の当たりもデカくなるからな!」

 

 なんだよこいつ無敵か? 行くか行かねえかの瀬戸際の話をしてるんだぞ俺は。

 

「……賭場ってバルガーさんみたいなギラギラしたおっさんが多いから苦手なんだよねー」

「……うん、僕もまあ……ちょっとわかる」

「おい! 聞こえてんぞ二人とも! 大丈夫だから! 今日のロングコーンカップはレゴールで開催するレースだし、警備もしっかりしてるまともな所だから!」

「バルガーがとにかく競馬場に行きたいってことだけはわかったぜ」

 

 レゴールで開催ってことは、闇でもなんでもない正式なレースか。

 それにカップ。名前付きのレースってことはそれなりにデカいのかな? だとすると賑わってそうだな。

 

「なぁとにかく行こうぜ。な? どうせまだ仕事受注してないんだろ? だったら一日くらい俺に付き合わねえか。な?」

「だってよ。どうする?」

「んー……もーしょうがないなぁ。まー暇だし良いよ。場所もレゴール内だしね」

「まだ一度も行ったことのない場所だから、ちょっと楽しみだな。……お金を賭けるかどうかはまだわからないけど」

「よっしゃ! だったら善は急げだな! 馬行くぞ馬!」

 

 こうして俺たち男四人は昼間から競馬場へ行くことになったのだった。

 

 ……まぁレオもウルリカも付き合いくらいのノリだけどな。たまには良いだろ。たまには。

 

 

 

「ほれ、ここが競技場だ。闘技会とか歌唱団とかで来たことないか?」

「私は一度、団長に連れられて来たなー。なんとかっていう楽団の演奏会だったけど、名前はもう覚えてないや」

「僕は初めて来たよ。へえ、すごい大きいね。人もすごいや……」

 

 俺たちが訪れたのはレゴール内にあるコロシアム……のような競技場。レゴール競技場である。そのまんまだな。

 スポーツ関係の催し事となると、だいたいこの競技場が使われている印象だ。

 円形で、フィールド部分はなかなか広い。外側を大きく回るようにすれば競馬も楽しめるだろう。俺もまぁ、さすがに何度か見たことはある。大体はバルガーの付き合いだが。

 

「ダブルヒットはな、第七騎士団長ギルデロスの愛馬だったホワイトヒットの血を引く……あ、今の若いのはギルデロス知らないか。とにかく昔ギルデロスって強い騎士が持ってた強い馬の子孫なわけよ。軍馬だぜ軍馬。実際に見りゃわかると思うが、もうモノが違うんだ」

 

 よく喋るバルガーについていくと、まず競技場内の賭場へ真っ先に案内された。

 男たちがガヤガヤと騒ぎ、喚き、もう既に鉄火場一歩手前の様相を呈している。ここだけ治安がすげー悪そうだ。実際、殴り合いや怒鳴り合いも珍しいことではない。

 

「ああ良かった間に合った。レースは……まだ後半だ。良し! しばらくは他のレースで勝負勘を養っておけるな……」

「……ねえモングレルさん、バルガーさんっていつもこんな感じ?」

「見りゃわかるだろ。バルガーはいつもこうだよ」

「なんか失礼だなお前たち! 良いからこっち来い、俺が買い方教えてやっから! 直近の軽いレースのやつにしよう。金は俺が出す! 好きな番号選んでみな!」

「え、良いの? わーい、タダなら選んじゃおっかな!」

「ちょっとウルリカ……えっと、本当に良いのかな? だったら、うーん……僕はこっちのに……」

 

 世話焼きなとこのあるバルガーだが、悪い遊びを教える腕は大したもんである。

 最初はお試しで金を出してやり、そのまま魅力にとりつかれた後輩を沼にズブズブと……まぁ射幸心を煽られるような勝ちに巡り合えたらの話なんだけどな。

 

 何度か本命前のレースがあり、俺たちはその観戦を楽しんだ。

 この世界の競馬は馬がかなりガッシリとしており、軽やかにスピードを出すようなレースにはならないんだが、逆に土埃がブワッと舞うような力強いレースになる。

 広い競技場の反対側を馬群が走っている時でもその迫力は圧倒的で、ギャンブル中毒な男たちの怒鳴り声にもかき消されないくらい、足音はダイナミックだった。

 

「あの馬は良くないねー、すごい他の馬嫌がってる」

「だね。あっちの一匹でいる子は良いんじゃないかな? 上に乗ってる人の言うこともちゃんと聞いてるし」

「……なんだおいお前ら二人共。随分と馬に詳しいな」

「あれ、バルガーは知らないか。ウルリカもレオも二人ともああいう家畜の多い村出身なんだよ」

「そーそー、馬のお世話だって色々やってきたから、人よりはわかってるよー? どこを撫でたら喜ぶかとか、そういうのね」

「けどこんなに速く走る馬はなかなか見ないよね。上に人が乗ってるのに、重さを感じていないみたいだよ」

「はー……“アルテミス”は本当にこういうの詳しいんだな。……なあ二人共、じゃあ次はどいつが勝ちそうだよ。な、俺に教えてくれ」

 

 まぁ家畜慣れしてるからといって馬の専門家ってわけでもない。二人はそれぞれの経験で予想を立てているが、当たっているんだか当たっていないんだかといった感じだ。大外れはせず、良い線はいってるみたいなんだけどな。

 

「あっちゃー、あの子が勝つと思ったのになー……! 乗ってる人がヘボなんじゃない!?」

「ウルリカ、熱中しすぎ」

 

 そしてウルリカの方は観戦するうちに結構なお熱になってきた。

 いかんいかん。ウルリカがギャンブル中毒になってしまう。

 

「ククク……いいぞウルリカ……お前もこっちの道に入ってこい……馬は楽しいぞぉ……」

「悪い顔しやがって……あれ、バルガー次のレースが目当てのダブルヒットじゃないか?」

「お!? マジか! よし、今日は流れが来てるぞ! おいそっちの二人も、賭けに行くぞ! ダブルヒット本命でいきゃどうにでもなるからな!」

「……私もちょっとお金使っちゃおーっと」

「もう。あんまり使いすぎないようにしなよ」

「大丈夫大丈夫、本当にちょっとだけだから! モングレルさんは?」

「んー……まぁせっかくだし俺もちょっと賭けていくか」

 

 普段は賭け事なんてやらないんだが、こういう場に来たからには多少は見物料のつもりで払ってもいいだろう。応援馬券ってやつだ。

 

「馬体は……よし、良いな。ほれみろあいつがダブルヒットだ。すげぇだろ、まさに軍馬って感じだ。走るだけじゃなくて戦いもできそうな……おーいおっちゃん! 俺もそれ買うぞ! 十枚だ!」

 

 パドックのように馬を見て品定めする時間があるのだが、なるほど確かに、バルガーの言う通りかもしれない。悠々と歩くダブルヒットは他の馬と比べても大きく、引き締まった体を持っていた。見るからにパワフルで、何かをやってくれそうな雰囲気を出している。

 

「次のレースこそ勝っちゃうんだから……!」

「こっちでいいのかな? へえ、オッズかぁ……モングレルさんはどの馬にするか決めた?」

「ん? ああ俺はあいつにした。真っ黒な奴。見た目かっこいいもんな」

「目立つよね。調子良さそうだし、もしかすると勝てるかも。僕は向こうのまだら模様の子にしたよ」

「私は真っ白なボーンキールって子にした! 誰の選んだ馬が勝つのか楽しみだねー!」

 

 なんだかんだ言ってすっかり楽しんでいるウルリカである。

 そして俺たちはバルガー以外誰も本命らしいダブルヒットに賭けていない。金目当てじゃないしなんなら大穴で一発デカイのって気分なのもあるが、ダブルヒットは癖が強そうなのが気になるんだよな……。

 

 

 

 実際、ウルリカやレオが避けるだけのことはあったようで。

 

「いけっ、いけっ! 差せ! そこで差っ……差せよぉおおおっ!? いつでも抜け出せたろうがぁあああ! なんでずっと隣の奴イジメてるんだよお前ぇえええ! 俺の飲み代返せよぉおおお!」

 

 バルガー曰く本命馬らしいダブルヒットは五着であった。

 ポテンシャルそのものは高かっただろうが、落ち着きがなさすぎるのと他の馬に対して絡みすぎるのが最大の敗因であった。軍馬から払い下げられたのも納得の癖の強さである。

 ボロ負けしてキーキー騒いでおるわ。人間、ああいう歳の取り方だけはしたくねえな。

 

「……私もう賭けなんてしない! 乗る人が悪いよ乗る人が! 馬の実力を発揮できてないじゃん!」

「ははは……なんか僕勝っちゃったな……」

「俺は負けだわ。良かったなレオ、結構良いの当たったんだろ」

「うん、けど一口だけだから……こういう時にもっとお金を賭けておけば……って考えちゃうんだよね」

「そいつが罠でもあるんだけどな」

「良いなー! 私も最後は当てたかったよぉ」

「ううっ……俺の飲み代……俺の晩飯……」

「……レオ、向こうの哀れなおっさんのために一杯だけでいいから奢ってやってくれないか」

「……うん、そうするよ」

 

 結局、バルガー率いる競馬体験はレオのなんともいえない当たりで閉幕となった。

 全員トータルで微妙な負け……と言いたいところだが、最後の最後でバルガーが派手にボロ負けしたのでトータルで考えるのはやめたほうがいいかもしれない。

 

 けどまぁ、その後の安い酒場では馬の話題で楽しくやれたから、良しとするか。バルガーは知らんけど。お前はもうちょい真面目に働け。

 



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残り物の幸福

 

 今日はバロアの森に来ている。

 特に厄介な魔物が大量発生したとか、トラブルが起きたってわけじゃない。

 なんか森で獲ってくるわって感じで潜ってみただけだ。

 計画性ゼロの森林探索だが、秋の狩猟シーズンはこの雑さでもどうにかなる。ちょっと奥の方まで行けば拾い物だってできるし、なんだかんだ獲物を選り好みできるだけの豊かさがあるのだ。

 

 今の俺は金も欲しいし食材も欲しい。工作に使えそうな素材も色々欲しい。

 そういう時こそ、このバロアの森の探索は捗るのである。

 

 

 

「でもお前らじゃねえんだよなぁ」

「ギャッギャッ!」

「ギィッ」

 

 確かに金は欲しい。だが、バロアの森に潜って初手ゴブリンエンカウントは困る。

 何が困るって、バスタードソードをこいつらで汚したくねえんだよな。

 帰り道ならまだ良いよ。でも潜ったばっかでまだ色々できる状態で剣を汚すのはな……鼻も持ち帰りたくねえし……。

 

「なんかねえかな……遠距離攻撃……」

「ギャッ! ギャッ!」

「うっせ、探してるんだよ、ちょっと待ってろ!」

「グェッ!?」

 

 鞄の中を漁りつつ、半笑いで近づいてきたゴブリンを蹴っ飛ばす。

 向こうでまたなんかギャーギャー言ってるが気にしない。……うーん、チャクラムはあるけどこいつを投げたところで洗う面倒臭さは変わらんな……。

 

「何か石とか……石……石って意外とねえなあ……あ、良い枝あったわ」

「ギャ?」

「ギャギャッ」

 

 秋だけあって、枝は豊富だ。地面に散らばったその中から、腕サイズ……とまではいかずとも、鉄パイプくらいの太さはありそうな棒を見つけた。

 そいつを持ちやすいように細い部分をへし折って、完成である。

 

「じゃーん、バロアのぼう」

「ギャギャギャッ!」

「ギッギッギッ!」

「は? お前ら俺のバロアのぼうを笑いやがったな? 許さんぞ」

「ギッ……!?」

 

 一気に距離を詰め、頭にドーンと叩きつける。魔力を込めて強化した棒はゴブリンの頭蓋に負けないほどに硬化し、その生命を絶った。

 

「ギ――」

「逃げるなって」

 

 もう一体も同じようにドン。いっちょあがりだ。

 ……うん、即席の棍棒で十分だな。けどまぁ今回は上手くいったけども、変な当て方すると俺の力でも駄目そうだし、あるなら剣を使った方が良いか……。

 

「……鼻は……いいか、別に……」

 

 目的を持っての討伐や帰り道だったらまだしも、行きでゴブリンの鼻を持ったまま行動するのは嫌だ。

 というわけで、死体はそのまま残しておく。運良く食い荒らされたりせずにいれば、見つけた誰かがこいつらの鼻を削ぎ落として持っていくだろう。

 

 さて、俺はもっとマシな獲物を探さなければ。

 

 

 

「うーん、マシっちゃマシだけども……」

「ブゴッ……」

 

 次に見つけたのはクレイジーボアだ。クレイジーボア……まぁ狙いの相手っちゃ相手ではあるんだけども……。

 

「死にかけだし……なんか状態最悪そうだなお前」

「ブゴ……ブゴ」

 

 遭遇したクレイジーボアは死にかけというか、見るからに深手を負って病気も持ってそうな見た目をしていた。

 まず右前足が欠けている。罠にかかった後で強引に引っこ抜いてきたのか、病気で腐り落ちたのかはわからない。

 そして尻尾が無い。討伐が困難だったり面倒な状態だったりすると、悪いこと考えるギルドマンなんかは討伐証明となる尻尾だけを上手いこと切り取ってしまうのだ。そんで報奨金だけ貰おうって腹積もりなわけである。大した額にもならないんだが……このクレイジーボアを見ると尻尾だけ持って行きたくなる気持ちもわからんでもない。

 そしてこのボア、何より……毛皮のコンディションがクソだ。

 半分以上毛が抜け落ち、皮膚が病気のせいかすげー荒れている。かさぶたも多い。目ヤニもすごい。てか臭い。絶対に解体しても美味くないし、食ったら腹を壊すタイプの肉質だろう。

 

「こうなると誰もお前を狩ろうとはしないんだろうなぁ……」

「ブゴッ」

 

 元気のなさそうなクレイジーボアは俺の気配も感じ取っているだろうに、攻撃する様子も逃げる様子もない。達観しているというか、悟っているというか。無関心にふらふらと歩き、時々地面を嗅ぎ回るだけ。

 

「……」

 

 殺しても何にもならない。毛皮も肉も何も取れない獲物だ。

 むしろこいつが水辺に横たわるだけで汚染源にすらなってしまうかもしれない。そういう意味ではこの場で殺してやったほうが森のためなのかもしれないが……。

 それだけだ。こいつは特に誰にも殺意を振り撒いていない。殺してくれとも言っていない。ただ、殺してやったほうがこいつのためなんじゃないかと……俺が思っているだけで。

 

 バスタードソードを半ばまで抜いて、しばらく考え込む。

 

「……駄目だな」

 

 結局、俺は剣を納めた。

 

 普段から金のために魔物を適当に殺し回っている俺だが、こういう殺す理由のない個体を前にすると何もできなくなってしまう。

 このクレイジーボアじゃルーキーのギルドマンでも対処できるだろう。危険はないはずだ。だから見逃しても何も問題はない。好き好んで狩られることもないだろう。

 

「……もしかするとお前みたいな奴が、一番長生きするのかもな」

 

 手負いで病気がちなクレイジーボア。生死の境を彷徨っているこの魔物は、ひょっとすると冬まで生き残れるのかもしれない。

 それ以降は流石に、無理だろうが。

 

 

 

「今日はハズレの日なのかねぇ」

 

 目の前に巨大な緑色の魔物がいる。

 体高一メートル。全長は5メートルほどもある巨大生物だ。

 それだけ聞くととんでもない大型の魔物であるかのように感じるが、実際は結構ショボい。

 

「クロステールスライム。……奥地まで来てお前を討伐してもなぁ」

 

 全体的に細長く、半透明の緑色で、粘液に包まれた体はナメクジのようだ。

 そして体の両端がどちらも尾のように細くなっており、動くたびにその頭だか尻だかわからん部分がベチンベチンと辺りの茂みや樹木を叩く。

 こいつはクロステールスライムである。スライムと名前がついているが、特に酸とかを吐いたりはしないし、コアの類もない。

 近くに生き物がいると緩慢な動きでズルズルと這い寄り、体の端の部分でベチッとビンタしてくるだけの謎の生き物である。そんな暴力的な動きをするのだが、別に肉食でもなんでもない。聞いた話によれば腐葉土とかそこらへんの部分から栄養を吸い取っているとのこと。

 

 ギルドマンにとってはほぼ無害な魔物だが、農家にとっては害獣である。美味いもの食わせ過ぎると分裂するので、見つけ次第速やかにぶっ殺す必要があるそうだ。

 

 ちなみに討伐報酬は無い。農家の要請で討伐して初めて金になる魔物である。しょっぺえ奴だ……。

 

「うーん……討伐……まぁ魔物だし、一応襲ってくるし、畑に出れば害も……」

 

 またしてもバスタードソードを抜くかどうか悩む相手だ。

 倒したところで俺にメリットらしいメリットがない。ただ俺の気持ちがちょっとスカッとして、バスタードソードが青臭くなるだけである。デメリットの方がデカいな?

 

 けど今日はまだ何も魔物を斬っていない。バロアの森に潜ってここまで何も無い日も珍しい。

 このまま成果無しで帰るにしても、何か……ちょっとは仕事した感を味わってから帰りたいというか……そういう気持ちもあるんだよな……。

 

 でもこのクロステールスライムを見逃したところで近くに農地なんて無いし……だったら森の分解者として放置していたほうがトータルで見て環境のためになるんじゃないか……。

 

 そもそも。そもそもだ。この身を捩るだけのスライムを斬って俺は満足なのか?

 

「違う、それは断じて違う……!」

 

 迷いながらも、バスタードソードを納めた。

 こいつは斬らない。俺の剣はこいつを斬るためのものではないのだ。そうだ。何を迷うことがある。

 

 俺の剣は……もっとマシなことに使うべきなのだ。

 ていうか青臭くなった剣を拭き拭きするのが面倒くさいのだ。

 

 よしやめよう。もう今日は帰ろう。うん。今日は駄目な日だな!

 

 

 

「はー、この俺が秋の森でボウズとはな……」

 

 なんの成果も得られませんでした。しかしこういう日も無いわけじゃない。

 何度も森に潜っていれば、そんな日もある……逆に話のネタになるとでも思って、レゴールに帰ることにしよう。

 

 ……いや? 待てよ?

 

「これならいっそ、ゴブリンの鼻を削ぎ落として帰るのはアリだな」

 

 こんな日もあると言っといてなんだが、俺は最初の二体のゴブリンをそのまま剥ぎ取りせずに残してきた。

 このまま無手で帰るくらいなら、あいつらの鼻をカッと切り取って帰るのもありかもしれん。

 依頼で出されているわけでもないゴブリンの討伐なんて二束三文だが、手ぶらで帰って門番に笑われるよりはマシに思えてきた。うん、剥ぎ取りしよう。そうだ、それがいい。

 

 というわけで、俺は来た道を覚えている限り辿るように戻り……他のギルドマンに剥ぎ取られていないことを祈りつつ、ゴブリンを討伐した場所までやってきた。

 

 のだが……。

 

「ブゴッ、ブゴッ……」

「……マジっすか」

 

 俺が討伐した二体のゴブリンは、先程見かけた病気持ちのクレイジーボアにガツガツと捕食されているところであった。

 しかもご丁寧に、食べやすい末端部分である鼻は既に完食済みである。

 

 ……ゴブリンなんて美味くもない肉だろうが、自分で狩りをする力も残っていないクレイジーボアにとっては良い飯だったのだろう。

 近くに俺がいることも気付いているようだが、腹が減っていたのか一心不乱に屍肉を貪っている。

 

「……お前、本当に冬まで生き残るかもしれねえなぁ」

「ブゴッ」

「はいはい、お前の勝ちですよ」

 

 ゴブリンを食い散らかす幸運なクレイジーボアを避けるようにして、不幸な俺はそのまま帰ることにしたのだった。

 

 今日は、なんだろうな……敗北感がすげぇ日だぜ……。

 



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誘発する罵倒

ウルリカの髪色が茶髪から薄紅色になりました。
過去の本文中で変更出来ていない箇所などありましたら、報告いただけると助かります。


 

「えっと、モングレルさん……準備とかは平気?」

「おう」

 

 人気のないバロアの森の中で、俺とウルリカが向き合っている。

 “アルテミス”のメンバーがそれぞれの分野に分かれて忙しくしている中で、ウルリカは俺を誘って二人きりで練習がしたいと言ってきたのだ。

 

 討伐のついでということであれば否やはない。喜んでウルリカの練習台になってやろう。

 まぁ、俺もこういう事に興味が無かったわけじゃないからな……。

 

「……うん、じゃあ……やるね……意識、飛ばさないでね……」

 

 ウルリカの目を見つつ、その時を待つ。

 さあ、いつでも来い。

 

 

 

「……“挑発(ウィンプ)”!」

 

 目が紫色に輝き、見る者の意識を揺らす。

 それは俺であっても例外はなく……ウルリカの光る目を見ていると、なんとなく自分の中の衝動の振れ幅が大きくなっていくような気がした。

 少なくとも、目を離せないだけの効果はあるようだ。

 

「……ふーっ、長く続けてるとちょっと疲れるなー……」

「結構長かったな。おつかれさん」

「で、で? どうだった? モングレルさん。なんかムカッとしたり、変な気分になったりしたー?」

「まぁそうだなぁ……前回と同じで意識を引っ張られる感じはあったぞ。まぁ、気構えもしてた上に棒立ちだったからそこまでかね」

「うーん……やっぱり?」

「つってもこれは人に向けて使うもんじゃねえからな。不発に近いならそれで十分だろ」

 

 俺たちが何をやっているのかというと、見ての通りスキルの訓練である。

 ウルリカがアーケルシアの旅行中に獲得した新スキル、“挑発(ウィンプ)”の性能をもう一度確認してほしいということで、今回もまた俺にお呼びがかかったわけなんだが。

 

「あれから練習する時間も実践する時間もいくらでもあっただろ? 他で使ってみた感じはどうだったんだよ」

「うーん……まぁ、魔物とかの気を引くにはすごい便利なんだけどねー……けど、魔物って大抵はスキルとか使わなくてもこっちに向かってくるじゃない? だから弓での当てやすさはそこまで変わらないかなーって感じで……頭に当てやすくなったのは良いんだけどねー」

「なんか不服そうじゃん」

「……鳥とか普通の動物には、なんだかなー。あんまし効果が無いんだよねー。最初からこっちに敵意がある相手にはそこそこ効くんだけどさ。ほら、さっきモングレルさんが受けた時みたいに、警戒されてると微妙なんだよ」

「あー」

 

 なるほど。魔物は積極的に人を襲うが、普通の動物はその限りじゃない。

 そういう連中はさっきの俺みたいに“お、なんか引っ張られてる感じあるな”程度で留まってしまうのだろう。

 

「鳥は逃げちゃうでしょー、家畜も反応鈍かったでしょー、あとクヴェスナにも効かなかったでしょー……」

「あいつは眼とかないだろ」

「あ、そっか。……とにかく、思ってたより状況を選ぶスキルだったんだよねー」

 

 ゲームみたいに発動しただけでヘイトを取れるなら楽だったんだろうが、この世界はゲームっぽい要素がある割に細かいところがシビアだ。

 さて、このままではウルリカの新スキルが産廃になってしまうわけだが……もちろんそう簡単に諦めるわけにもいかない。

 

「でも前にね、レオを相手にスキルを使ってみたんだけどさ」

「おいおい大丈夫かよ」

「いやーそれが、レオが急に掴みかかってきて……」

「おいおいおい大丈夫じゃねえじゃん」

「あ、でもそれは平気だったの。確かに一瞬だけ我を忘れた様子で私の肩を掴んだけど、すぐに気を取り直して離れたし……」

「やっぱり人に向かって使うスキルじゃねえなぁ」

「その時はレオもちょっとお酒飲んでたから、そのせいかも……」

 

 酒飲みながら危ないことをするんじゃないよ。この世界でも飲酒しながら迂闊なことすると普通に死ぬぞ。

 飲酒運転ならぬ飲酒騎乗してるおっさんが時々落馬して死ぬ話を聞くからな。

 

「でもさ? やっぱり盗賊相手にはいざっていう時使えるようになりたいじゃん? そんな時にさっきのモングレルさんにやったみたいに反応が鈍いと困るしさー……もうちょっと、人相手の練習をしておきたいんだよー……」

「レオは……その後どうしたんだ?」

「気の毒になるくらいすっごい落ち込んでた……そういうこともあってさ、練習に付き合ってくれないんだよぉ。“君を傷つけるわけにはいかないから”とか言っちゃうし……」

 

 主人公か何か? いや言葉通りだし気持ちはよくわかるんだけどさ。

 

「んー……まぁ安全に十分配慮した上でやれば大丈夫か。俺の方でしっかり拘束具つけるなりして……それならまあ、良いだろ」

「やった! モングレルさんやさしー!」

「その代わりこの後獲物を探してもらうからな」

「はーい」

 

 というわけで、“挑発(ウィンプ)”の性能向上のために色々やってみるわけなんですけども。

 

「まず“挑発(ウィンプ)”っていうくらいなんだから、発動してる間に目立たなきゃいけないんじゃねーの。ほら、盾役とかは魔物を引き付ける時に盾を鳴らしたりするだろ」

「え、そうなの?」

「知らんのか……ってそりゃ知らないか。盾持ちがいるパーティーはだいたいそうなんだよ」

 

 盾をガンガン叩いてヘイヘーイと敵の注意を引く。最近までローサー君が身につけていなかったタンク役の基本技術である。

 ウルリカは盾持ちではないが、スキルの運用を考えるに同じような考え方でも問題ないはずだ。

 

「でも盾なんて持ってないしなー……胸当てでも叩く?」

 

 ウルリカが手で胸当てをコンコンと叩く。随分とやる気の無いドラミングだ。注目するというよりは“何やってんだこいつ”という疑問が先に湧いてきそうな気がするぜ。

 

「人間相手ならもっと直接的に、相手を煽ってやればいんじゃねーかな」

「煽る……」

「まぁ悪口とかな。盗賊の気を引くつもりなら、汚い言葉で相手を馬鹿にしたりすりゃ効果が出るかもしれん。怒りを誘う感じでな」

「ふーん……そっか……」

 

 相手の平常心を失わせれば、その分戦いを優位に運べるだろう。

 まぁ今のところ机上の空論だが、実験してみればわかることだ。

 

「じゃあ俺を敵だと思って、ちょっとやってみてくれ」

「煽る、煽るかぁ……うんわかった、ちょっとやってみるね……」

 

 なんか良く見るショートコントの始まり方みたいになったが、テスト開始である。

 

「ごほん……えっと……“挑発(ウィンプ)”!」

「よしきた」

「……ばーか。あほ。モングレルさんのまぬけー……」

「フフッ」

「ちょっと!? なんで笑うの!?」

「こらこら、スキル切れてる。てかウルリカがキレてどうすんだ」

 

 語彙のショボさに思わず笑っちゃったわ。

 別にこういう言葉を使い慣れてないってわけでもないだろうに。

 

「……うーん、でも知り合いの人に向かって適当じゃない悪口を言うのって……難しいというか、私もちょっと心が痛むんですけど……」

「それは……確かに」

 

 言った後で、仮にテストが上手くいったとしても禍根を残しそうだな……。

 そう考えるとちょっとアレか……。

 

「……えっと、じゃあもう一度やっても良いかな? 今度はちゃんと悪口言いながらやってみるからさ。あんまり酷いことは言わないようにするけど、ちょっと工夫して……」

「おう、やってみな。今度は笑わないように頑張ってみるから」

 

 というわけでテイク2。

 ウルリカが再び息を整え、“挑発(ウィンプ)”を発動し、目に妖しい輝きを灯してみせた。

 そしてウルリカはニヤリと笑い……。

 

「……ざこ。ざーこ♡ モングレルさんのヘタレ♡」

「は? ヘタレじゃないが……?」

 

 うおおお……なんだこれは……俺の心がイラッとくる……。

 

「弓のセンスなし♡ 照準ぶれぶれ♡ ノーコン♡ 買い物へたっぴ♡ お財布スカスカ♡ 悔しかったらもっとお金貯めてみたらー?♡」

「このガキッ……! ぐわぁあああ」

 

 と、衝動的に一歩前に出た瞬間、俺は盛大にコケた。

 予めブーツの靴紐同士を結んでおいたのが功を奏したらしい。そして、俺はついさっきやっておいたこの予防策さえ一時的に頭から飛ぶほど、ウルリカの“挑発(ウィンプ)”に心を揺さぶられていたらしい。

 

「……ご、ごめんねモングレルさん……どう、だったかな……?」

「いや……なかなか俺の心に響いてきたぜ……ウルリカの気持ちがよ……」

「そ、そっか……」

 

 気まずそうにするな……言われたことはまだ全然マシだから……シラフで言われても“はい……”ってなるようなものばっかだから……。

 畜生、靴紐解かなきゃ……。

 

「いやぁ、しかし今回のスキルは上手く決まったな。やっぱり発動しながら相手を煽るのはアリなんじゃねーかな。人間相手に限るだろうけど」

「ほんと? 効くかな? だったら良かったー……」

「まぁ使い所は難しいだろうけどな。相手が逃げ出しそうな盗賊とか、そういう連中にはぶっ刺さるだろうさ。ただ、相手から狙われるスキルってことでもあるから、そこのとこは気をつけろよ」

「うん、わかってる。シーナ団長からもよく言われてるしねー」

 

 そうか。まぁあの過保護な団長さんならよく言い聞かせるわな。

 こうしてちょっと危険な練習を勝手にやったっていうだけでも、シーナは怒りそうなもんではあるが……。

 

「……ねーモングレルさん。さっきからずっと何してるの?」

「いや……ブーツの紐がな……固結びしたまま、ちょっと解けなくてな……」

「……へたっぴ♡」

「やめなさい」

 

 結局、靴紐をちゃんと解くのに五分くらい使いましたとさ。

 これはさすがにへたっぴだわ。

 

 





「バスタード・ソードマン」書籍版第一巻のカバーイラストが公開されました。
カバーイラストというのは表紙の文字とかがついてないやつのことだそうですよ。


【挿絵表示】


イラストはマツセダイチ様です。
買い物中の雰囲気が和やかそうで良いですね。本当にありがとうございます。
これにタイトルも入るとなかなかかっこいい感じになりますよ。そちらのバージョンも追って公開されるでしょう。
自分の作品の表紙ができるっていうのは、感慨深いですね。

第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典がつくそうです。

KADOKAWA
(販売ページ*・∀・)

Amazon
(販売ページ*・∀・)

ゲーマーズ
(販売ページ*・∀・)

メロンブックス
(販売ページ*・∀・)


また続報があれば、Twitterとか更新後のこういうあとがきとかでお伝えします。

一人につき29冊くらい注文してリッチマンをよりリッチにさせてください。
今後とも「バスタード・ソードマン」をよろしくお願い致します。


ヾ( *・∀・)シ パタタタ…


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家族の絆*

 

 とある夕時。

 運良くチャージディア二体を討伐してきた俺は、ちょっと豪華にギルドの酒場でビールなんぞを嗜んでいた。

 一匹分のレバーだけ持ち帰ってそれ以外は全部売却。なかなかの収入が出来て助かったぜ。さすがにレバーとかこの手の内臓は一度に沢山食うとビタミンの過剰摂取になるので全部はいただけないんだが、そこらへんは酒場に居たライナにも手伝ってもらっている。

 こっちがレバーを分けるかわりに、ライナからは白パンを分けてもらった。柔らかくて雑味がない。非常に美味いパンである。毎食これが良いわ。

 

「で、そこのお店のパンは塩漬けしたミカベリーが入ってるんスよ。こう、細かいのがいくつもある感じで」

「へー、美味そうじゃん。パンが進みそうだ」

「けど近くで左官工事してる人たちがお昼にまとめて買っていっちゃうんスよねぇ……」

「ははは、人気商品だな。まぁ肉体労働やってる連中は塩気の強い食い物が好きだからなぁ」

「けどこのレバーのペーストをパンに塗って食べるのもなかなか良いっスね」

「だろ? 鳥のレバーとかでやっても美味いぞ」

「はえー」

「コツはしっかり裏ごしすることだな」

 

 レゴールは人が増えた。本当に増えた。

 改築、増築、新区画の工事、伐採範囲の拡大。どこもかしこも忙しい。

 増えた人に対応するため、あらゆる資材や素材が飛ぶように売れていく。俺が今日仕留めたチャージディアの肉や皮だって、すぐさま値がついて売りさばけてしまうのだろう。

 おかげで儲かるのは良いんだが、人の往来が増えたせいで治安の維持が大変だ。

 大きなパーティーなんかは討伐シーズンの今でも街道警備や近隣の任務に派遣されているという。おかげでバロアの森の討伐が捗ってるぜ。まぁ、捗るくらい魔物が多いのは本当は良くないんだけどな。事故ってギルドマンが死ぬので。

 

「おーライナちゃんじゃねえの。それとモングレル」

「俺はついでかよバルガー」

「バルガー先輩、おっスおっス」

「おっ、なんか美味そうなもん食ってるな。モングレル、一個分けてくれよ」

「ほらよ、五千万ジェリー」

「サングレールにつけといてくれ。おっ? なかなかうんめぇ」

 

 ライナと一緒にレバーペーストに合う調味料について話し合っていると、テーブルに酔っ払いが近づいてきた。

 バルガーも近頃は討伐で安定して稼げているのか、それなりに懐の余裕があるのだとか。ついこの間競馬でスッた傷もようやく癒えてきたらしい。

 

「バルガー先輩も討伐帰りっスか……って、お酒臭いっスね」

「いつから飲んでたんだよ……ライナ、ああいうギルドマンにはなるんじゃないぞ」

「うるせぇ。おう、朝やって昼にはもう帰ってきてな、ここが二軒目だ。ライナちゃんは“アルテミス”の任務帰りか?」

「今日はお休みの日っス。ギルドにいるのは、まぁ、なんとなくスかね」

「ほーん……お、そうだ。さっき“収穫の剣”の団員だった奴からハーブ飴を貰ったんだ。ほれ、二人に分けてやるよ」

「わぁい」

「バルガーはギルドマンの鑑のような男だぜ……ライナ、シルバーランクの先輩としてよく見ておくんだぞ」

「っスっス」

「プライドもクソもねえ奴だな相変わらず……」

 

 ハーブ飴おいちい。

 いやーこの世界の甘味ってだいたい干したフルーツとかショボい果実がほとんどだけど、こういう糖分がダイレクトに来る甘味ってのは良いもんだな。心が癒されるぜ……。

 

 ……けど欲を言えばローリエ味じゃない奴の方が良かったな……。

 

 

 

「……ふう、ギルドはここか……」

 

 ギルドは人の出入りが多い。

 ギルドマンだったり、依頼人だったりと様々な人がやってくる。

 酒場で飲んでいるとしょっちゅう人が往復するので、今の季節はまだマシだが冬になると風が吹き込みがちだ。

 今入ってきた男は見るからにギルドマンではない。装いからしてちょっと金持ちな商人か農地持ちか……依頼する側なのは間違いないだろう。

 

「あ……」

 

 その時、ライナの態度が急変した。

 先程まで楽しげに飲んでいた表情が一気に凍りつき、顔をほとんど伏せるようにして俯いてしまったのだ。

 

 何事だ? と俺とバルガーは顔を見合わせ、なんとなく先程入ってきたばかりの男を見やる。

 

 すると……なんとなく、似ていたのだ。ライナと、今入ってきた男の顔が。

 ライナの血縁であろうことは、なんとなく理解できた。

 

「すみません、レゴールにあるギルドはこの建物だけ……でよろしいので?」

「はい、こちらがレゴール支部のギルドとなります。レゴール内には他にも関連施設がありますが、依頼の発注や受注などは全てこちらで請け負っていますよ」

 

 水色の髪。どこか気だるそうな眼。全体的な顔立ち……性別も体格も違うってのに、血の繋がりがありそうだとわかるのだから不思議なものだ。

 けどライナの様子はどうも普通ではない。少なくとも、あの男を歓迎しているようには見えなかった。

 

「こちらにライナという……弓を使っている女猟師は所属していますか?」

「……失礼ですが、お名前は?」

「俺はレイナルド。ハイム村の者です。ライナの兄なのですが……」

「おっ? あんたライナの兄貴なのかい? だったらライナちゃんはそこにいるぜ!」

 

 カウンター近くで陽気に酒を飲んでいたその男の親切な言葉を“余計なことを”と恨むことはできまい。

 同じテーブルに座っていた俺たちだからこそ、ライナがどこか怯えたような様子でいるのがわかるのだから。あいつは悪くない。あちゃーって感じではあるが。

 

「……なんだ、ライナ。そこに居たのか」

 

 レイナルドと名乗った男がこっちの席のライナを認めると、受付のミレーヌさんに対して作っていた丁寧な物腰はどこかに消え、あからさまに尊大な態度に変わった。

 

「相変わらず小さくて、気の利かない奴だ。……おい、久しぶりに会ったんだぞ。挨拶くらいしたらどうなんだ」

「……はい」

 

 そして俺はもう九割方確信しているが、あえて言わせてもらおう。

 この兄貴は、良い兄貴ではない。

 

「ここにいるなら丁度良い。ライナ、今すぐギルドマンを辞めてうちに戻ってこい。明日、俺と一緒に馬車に乗ってな」

「……え」

「え、じゃない。蛇川の下流で養鶏やってるゴディンさん、知ってるだろ? ほら、ゴディンおじさんだ。昔、お前も卵をおすそ分けしてもらって世話になった」

「あ、いや……その……知ってるけど……?」

「最近、ゴディンさんの嫁さんが亡くなったんだよ。まだ子供も出来てないのにな……それでな、ライナ。お前、村に戻ってゴディンさんのとこ嫁いでこい」

「……え」

「ゴディンさんがお前のことを覚えていたんだよ。まぁ、ちょっと変わった人ではあるが……家業はそれなりにやっている。悪くないだろ。それでここ数年、あー二年だったか? うちを出ていったのは許してやるぞ?」

 

 家族のことだ。他人がそう容易く口を挟むべきことではない。

 そんな常識は、俺にもバルガーにもある。だからずっと黙ったまま、話の推移を見守っていた。

 

 しかしだ。

 さも“良いことをしてやってるんだぞ”とでも言いたげににこやかに語りかけるレイナルドと、顔を青くして口ごもっているライナを見比べたらだ。

 

 荒くれ者らしく口を挟むくらいのことはしても良いだろって思うわけよ。

 

「おい、そこの兄さん。あー、ここのライナの兄ということでいいのかい?」

「ん? ああ……そうだが、貴方は?」

 

 レイナルドは俺の白い前髪を見て一瞬嫌そうな顔になったが、すぐに態度を取り繕った。うむ。ド失礼ってわけでもないのか。俺の中ではセーフな初対面の対応だぞ。おめでとう。

 けどライナをここまで怯えさせてるだけで俺の中では第一印象3アウト9回分って感じだぜ。

 

「俺はモングレル。まあ、このギルドで活動してるベテランのギルドマンだよ。……しかしだな……ライナに村に戻ってこいってのはまた、急すぎる話だね」

「せ、先輩……」

「あー。うちの家族の話だ。ギルドマンが首を突っ込むのはやめてもらえるか?」

「ああ、そんなつもりじゃねえんだよ。ただね……今すぐってのは到底無理な話だと思うぜ」

「何?」

「このライナはな。あんたがどう思ってるのかは知らないが、レゴールでも一番腕が立つと言われているパーティー“アルテミス”の一員なんだよ。ゴールドクラスも何人かいるような、ベテランの俺でも全く敵わねえすげえパーティーだ……急にギルドマンを辞めさせて連れ帰るなんて、そんなこと許されたもんじゃねえよ」

 

 俺はライナのシルバーの認識票を指し示し、過剰なほど畏まったような態度を取った。

 

「む……なんだ、そんなに大きな集団に入ってるのか」

 

 お、ちょっとは効いてる。ギルドマンの事情に詳しくはないにしても、権力には弱いと見た。

 

「ああ、すぐには難しいぜ……“アルテミス”は今が一番忙しい時期だしな。しかも貴族との関わりも深い」

「あっ、俺も聞いたな。ライナちゃん、またお貴族様の弓の指南で呼ばれているんだろ? 大変だよなぁ」

「えっ、あ、はい……っス。まだまだ色々……仕事、残ってるっス……」

 

 俺の話に合わせ、バルガーも乗ってくれた。ライナも怯えた様子が少しだけ解れたようだ。

 さすがだぜバルガー。お前はギルドマンの鑑だよ。

 

「貴族……だが、そうは言ってもな……」

「今日はまだ“アルテミス”も遅くまで仕事しているから……ライナについて話があるなら、後日だな。“アルテミス”の団長はシーナって人だから、その人に改めて話すと良いんじゃないかな」

「だな。きっとその方がはえーや」

「……ふむ」

 

 ウソは言ってない。あんまりな。ただ、この場でゴチャゴチャとこの男の話をライナにぶつけられるよりはさっさと打ち切ってしまいたかった。それだけだ。

 今必要なのは、時間だ。ライナが落ち着ける時間。そして、“アルテミス”の連中と良く話し合える……そんな時間だ。

 

 顔見りゃわかるぜライナ。

 嫌なんだろ。お前、故郷の話とかほとんどしねえもんな。俺と一緒でよ。

 

「……わかった。明日の朝、またギルドに来よう。ライナ、その時……あー、“アルテミス”か。その代表の人を連れてきなさい。良いな?」

「……はい」

「では、これで。あ、どうも失礼しました。では……」

 

 レイナルドは最後にミレーヌさんに頭を下げて、ギルドから出ていった。

 行儀は良い。少なくとも外向きの顔を整えるだけのことはできる。

 けど……身内。ライナに対するそれは、あんまり良いもんじゃねえな。

 

 酒場にいたギルドマン達もなんとなくそれがわかったのか、微妙な空気が漂っている。

 

「……あの、すまねえライナ。俺、良かれと思ってつい教えちまって……」

「あ、いや、良いんス。私のこと探してたんで……遅かれ早かれ、多分バレてたんで……」

 

 ライナの席を教えたギルドマンはバツの悪そうな顔をしていた。まぁ今回は不運だったってことで。

 それよりも、だ。

 

「……なあ、ライナ。俺あんまり詳しくないけど……あれだろ。あの兄ちゃん、好きじゃないだろ」

「……っス。好きじゃないっス。……というより、嫌いっス」

「ははは、嫌いときたか。ま、そんな感じだよな。あの様子じゃあ……」

 

 バルガーも苦笑いしている。傍から見ても雰囲気悪かったもんなあれは。

 高圧的というか、なんというか。

 

「昔から、私のこといじめて……ご飯も横取りするし……卵だってあんまり分けてくれないし……鳥や獣を仕留めても、全然……」

「ライナ」

 

 震える声で呟くライナの頭に手を置き、撫でてやった。まあ、こういうのはあまり人にやるものではないが……今くらいは良いだろ。

 

「大丈夫だ。俺たちに話すまでもねえよ。それより“アルテミス”のクランハウスに戻って……シーナとか、ナスターシャとか、ウルリカとか。そいつらに今あったこと、全部話してこい」

「……“アルテミス”」

「今のお前の居場所はそこだろ。で、クランハウスにいる皆はお前の家族みたいなもんだ。俺とかバルガーはどうしても他人だからよ、そこまで力にはなれないけどな……同じパーティーの連中だったら間違いなく、お前のために動いてくれると思うぜ。より効果的にな」

「だな」

 

 あれだけライナを過保護に見守っている連中だ。

 きっと俺が想像してる以上に憤ったりブチ切れたり暴れたりして、レイナルドの悪口大会を開催してくれることだろう。

 そしてシーナはライナにこう言ってくれるはずだ。“私達に任せなさい”と。目に浮かぶようだぜ。

 

「……わかったっス。パーティーの皆に話して……相談してみるっス」

 

 ライナは不安げに、しかし確かに頷いた。

 

 ……ライナの中ではなかなか、面と向かって断るってことができないのだろう。さっきのやり取りを見ていればわかる。家族だからこそ、それまでに築き上げられた上下関係があるからこそ、はっきりと物申しにくいものがあるんだ。

 自分が嫌だと思っていてもなかなか言えない。そういうのはこんな世界でも、まぁ、ある。

 

 そういう時に大切なのは、一緒に共感したり、戦ってくれる仲間だ。

 運が良いことにライナはそんな仲間たちにとても良く恵まれている。

 

 だからまぁ、大丈夫だろう。

 仮に明日、俺がその場にいないとしてもだ。きっとライナはハッキリと兄貴に言ってやれるはずだぜ。

 

「……あざっス。モングレル先輩。バルガー先輩。私……ちょっと、今すぐクランハウスに行ってくるっス!」

「おう、気をつけてな」

「頑張れよ」

 

 最後に笑みを浮かべて、ライナはギルドから去っていった。

 これからクランハウスに戻って……作戦会議が始まるんだろうな。レイナルドがけちょんけちょんに悪く言われる会だ。きっと盛り上がるぞ。

 

「……ミレーヌさん、ビールもう一杯」

「お、じゃあ俺も一杯もらおうかな」

「はい。……モングレルさんとバルガーさんへのこの一杯は、私からのおごりにしてあげますね?」

「マジで?」

「よぉーし、最高だぜ」

「ふふふ」

 

 今日はツマミがなくても酒が進みそうだからな。助かるぜミレーヌさん。

 





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(ヽ◇皿◇)朽木様より、ライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、モングレルとライナとウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、ウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)h様より、モングレルとウルリカとモングレルのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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威圧する面談

 

 ハルペリアにおける成人年齢は16歳だ。

 16歳になれば一端の大人として扱われ、色々なしがらみも増えてはくるが……一人の自立した人間とみなされる。

 今のライナは18歳である。見た目はまぁ……成人未満な感じではあるが、実年齢はしっかり大人だ。住む場所も仕事も自分で決められるし、それは家族から強制されるものでもない。まして、もう何年も一緒に暮らしていない家族であればなおさらだ。仲が悪けりゃ言うまでもない。

 

 ギルドマンでシルバーランクといえばそれなり以上に社会的地位もあるし、収入もある。親族から脅されることなんて何も無い。

 そりゃまぁこの国にも裁判所はあるし、そういう所ではいろいろな事情を加味して争われることもある。レイナルドが訴え出れば、それが認められるかどうかはともかく、ライナを面倒な裁判沙汰に引っ張り出すことまではできるだろう。敗色が濃厚ではあるが……。

 

 だがライナの兄貴も、多分そこまで愚かではあるまい。

 村社会特有の狭い視野や了見は多分に持っていそうではあったが、向こうの話を聞くに“絶対にライナを嫁がせなきゃいけない”ってわけでもなさそうだったしな。

 折れるだけの理由があれば折れるだろう。そういう理由ならいくらでもある。

 

 何より、ライナが兄貴に“嫌っス、くたばれっス、糞して寝ろっス”とだけ言ってやればそれで終わる話なのだ。

 

 それでも食い下がるような相手であれば……。

 ライナの保護者達が黙っていないだろうよ。

 

 

 

 翌日の朝、俺は女将さんに頼んで厨房を貸してもらい、ラードを使ってちょっとした揚げ物を作った。

 芋とかパンとかを揚げた簡単なスナックである。こいつを木製のボウルに入れて、乾燥ハーブと塩を加えてシャカシャカする。

 するとはい、できたてほやほやのおやつの完成だ。

 

「あら美味しそうねモングレルさん。一口食べても良い?」

「俺も俺も」

「私も……」

「はいはい、どうぞどうぞ」

「やったー」

 

 スコルの宿の家族に何割か徴収されてしまったが、まぁいいだろう。

 こいつは今日これからギルドで行われるライナ絡みのイベントを見物……もとい見守るために必要なおやつだ。

 本当ならポップコーンができれば良かったんだけどな……作り方がよくわからんから仕方ない。このホットスナックをポリポリつまみながら、レイナルドの様子を眺めていようって魂胆だ。

 

 ライナを田舎のおじさんに嫁がせようとする意地の悪い兄貴……。

 それがアルテミスの過保護なお姉さん連中にどう扱われるのか。考えただけで恐ろしい。

 けど恐ろしいと同時にレイナルド君が戦々恐々としている姿を見て美味い飯を食いてえんだよな俺は。

 部外者の俺にできるのはせいぜいそのくらいのもんだ。

 まあ、後は万が一にもなさそうではあるが、レイナルドが強硬手段に出てきた時にライナを守ってやるくらいだが……その必要もあまりなさそうだしなぁ。

 

「ま、とにかく行ってみるか」

 

 まだ朝早い時間だが、果たしてレイナルドと“アルテミス”はいつ頃やってくるのだろうか。

 とにかくギルドで席を確保してからだな。

 

 

 

 そんな気持ちでギルドに向かった俺だったが、俺の思っていた以上に当事者たちは早起きだった。

 “アルテミス”もレイナルドも、既にギルドを訪れて向き合っていたのである。

 

 そして、俺の予想通り“アルテミス”は本気だった。

 

「ライナを引き取る、ね……なるほど、よその家との繋がりを作るために……それだけかしら? まさかその程度の用件で我々を呼びつけたのかしら」

「何年も“アルテミス”で教育を施した現役のシルバーランクを辞めさせようとは、ハイム村とは随分と裕福らしいな。面白い。ライナの婚姻でどれほどの額の資産が動くのやら」

 

 大人げないほど完全装備を整えた“アルテミス”のメンバーが、ギルドに揃っていた。

 普段の討伐くらいじゃ持ち出さないようなガチ武装までしっかりと着込み、シーナやナスターシャに至っては貴族の前に出ても恥ずかしくないような高そうな装備まで身にまとっている。

 

 レイナルドはそんな彼女たちの前で……縮こまっていた。

 粗野なギルドマンのパーティーだろうと高を括っていたところに、場違いな集団が現れて完全に萎縮している様子だ。

 パリッ、サクッ。ポテトがうめぇ……。

 

「ていうかさー……ライナのこと、“アルテミス”への断りもなく勝手に故郷へ連れて帰ろうとしたわけー? それはちょっとなー、ギルドマンとして馬鹿にされちゃってるよねぇー……」

「今日にでも馬車に乗せて連れて行こうとしたんだってね。ハイム村の総意……と受け取るべきなのかな? これは」

「あ、いや……その……」

 

 ウルリカは不機嫌そうに机を指でトントンと叩き、レオも珍しいくらい冷淡に凄んでいる。レイナルドは顔面蒼白だ。さすがにちょっとチキンだと思わないでもないが、装備も顔立ちも整った連中に囲まれては落ち着かないのだろう。

 これが粗野な連中に囲まれたのであれば、まだ想像の範疇として強がれたかもしれないが、現状はレイナルドにとって“よくわからんけど凄そうな連中の地雷を踏んでしまった”ようなものなのだろう。とても居心地悪そうにしている。

 

「ラ、ライナさんを勝手に連れ去ろうと……フゥウウウウゥゥ……!」

「ひっ」

「ゴリリアーナ、落ち着きなさい。いくら礼儀を失しているからといっても、命まで取ってはいけないわ」

 

 時々ゴリリアーナさんが憤り、それをシーナが宥めるという、演技なんだか本気なんだかわからない一幕もあった。

 完全に怖い警官である。これは俺でもビビるわ。

 

「……」

 

 そして肝心のライナはというと、シーナの隣にぴったりとくっついて沈黙を守っている。

 ただじっと兄の様子を眺め、無表情でいた。

 

「――と、まぁ色々と話したけれど……ライナを脱退させられない理由はこの場で考えられるだけでも以上ね。で、他に用件は?」

「な、……ないです……」

「そう……わかりました。では、話はこれで終わりにしましょう。次に話し合いの席を設けるのであれば……私達の時間も安くはありませんから。相応の額を支払っていただきます。よろしいですね」

「……はい」

 

 ゲームセットである。おいおいまだホットスナック食いきれてないよ。すぐに終わっちまったな。レイナルド完全にビビって頷いてただけじゃん。

 

「……もう、」

 

 レイナルドが居心地悪そうによろよろと立ち上がる中、ライナがか細い声をあげた。

 

「もう、私に構わないで。ほしいっス……もう、私の居場所は……“アルテミス”、このパーティーなんスから……」

「……!」

 

 その時、レイナルドは反射的にライナに何か言おうと口をパクパクさせて……ライナの後ろに控える怖いお姉さん方を見て、すぐに口を閉じた。

 今まではきっと、どんなに勝手で理不尽で不条理なことでもライナに言えたのだろう。しかし今では違う。ライナは既に一人立ちし、都合よく人生を動かせる存在ではなくなった。

 

「チッ……村のことを考えない……恩知らずめッ!」

 

 最後にそんな捨て台詞を言い残して、レイナルドはギルドを去っていった。

 陳腐すぎて鼻でもほじりたくなるような捨て台詞だったが、それでもライナは真正面から受け取ってしまったらしい。足早に去っていったレイナルドの背中を寂しそうな目で見送っていた。

 

「なにあいつ! 最悪! ライナ、あんな奴のいうこと気にすることなんてないからね!」

「うん、そうだよライナ。ああいう男は最低だ。勝手に婚姻させるなんて……そんなの酷いよ。許せない」

「……っス。あざっス」

「これでもうあの男がレゴールに来ることはないでしょう。安心しなさい、ライナ」

「来たら来たで、何度でも私達が守ってやる」

 

 ちょっと涙ぐんでいたライナを励ますパーティーメンバーたち。

 感動的な光景だ。俺には全く入る隙がねぇ。手持ちのホットスナックが完全に悪趣味な形で浮いてしまっている。俺の予想ではもうちょっとレイナルドがふてぶてしく食い下がってくるもんだと思っていたんだが。瞬殺すぎて驚いたよ。

 

「まぁなんだ。これ食えよ、ライナ。酒も飲もうぜ。すいません、ビールをひとつ!」

「モングレル先輩……」

 

 俺は余ったおつまみをライナに差し出し、ねぎらいのビールも注文してやった。

 

「血が繋がっていてもな。その繋がりに縛られたままでいることはないんだぜ。今はまぁ、まだしんどい気持ちが残ってるかもしれないけどな……もう何年かここで過ごすうちに、きっとあの兄貴や家族も、ライナの中で小さい存在になっていくはずさ」

「……そういうもんスか」

「そういうもんだよ」

 

 ライナがひっそりと慎ましくポテトを手に取り、もそもそと食べる。そしてビールにおずおずと手を伸ばし……水のようにきゅーっと飲み干してしまった。

 相変わらずのウワバミだ。

 

「私も食べちゃおー。あ、これ美味しい!」

「じゃあ僕も……うん、良いね」

「ちょっと、みんなしてこんな時間から……はあ、全く。良いわ。少しご飯を食べて落ち着いたら、今日は軽めの仕事だけ受けて終わりにしましょう」

「さんせー!」

「え、え、良いんスか」

「ふむ。たまにはそんな日も悪くはないな」

「良いのよ。“アルテミス”団長の私がそう判断しているのだから」

 

 ちょっとだけ元気を無くしたライナと、それを慰めるように楽しそうに振る舞うパーティーメンバーたち。

 そうだな。さっき悪態ついて出ていった男と今の光景、どっちが家族かと言えば……まぁこっちだわな。

 

「何も起きなくて一安心って顔だな、モングレル」

「……バルガー。お前もギルドに来てんじゃねえかよ。こんな時間から」

「バレたか。いやあ、俺も気になってよ」

 

 ギルドの酒場の片隅には、昨日の一部始終を見ていたバルガーの姿もあった。

 こいつもまた昨日の件が気になって、様子を見に来ていたのだろう。机の上にはエールとナッツ。考えることまで俺と同じかよ。なんか嫌だな。

 

「ナッツが余ってしょうがねえや。モングレル、お前も一杯くらい俺に付き合え」

「へいへい」

 




第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできます。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典がつくそうです。
一時期両方とも売り切れ状態でしたが、今は在庫が復活したそうですよ。
特典付き第一巻はなくなり次第終了なので、お早めにどおぞ。

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また続報があれば、Twitterとか更新後のこういうあとがきとかでお伝えします。

一人につき29万冊くらい注文してリッチマンをよりリッチにさせてください。
今後とも「バスタード・ソードマン」をよろしくお願い致します。


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ローリエの冠とくくり罠*

 

 収穫の時は近い。

 これは“今年は無し”とはならないイベントだ。仮に戦争が起きたとしても、必ず収穫は行わなければならない。

 巷の噂によると、今年は豊作だった去年を上回るほどの収量だろうとのことだ。なんだかどこぞのワインの品評みたいな言い方ではあるが、これはフカシでも間違いというわけでもない。農家だけでなく、国や権力者の主導で収量を上げる方法を実践している成果が出ているのだろう。

 

 過去最大の豊作となっても不思議ではない。今年の収穫祭は賑やかになりそうだ。

 で、豊作となると相応に収穫作業も大変になるわけで……。

 

 ギルドマンにとってはお馴染み、収穫時期の警備任務が始まるわけだ。

 

 

 

「え? 収穫期は森に入っちゃいけないの?」

「結構ごっそりと人が減るからなぁ。何かと危ねぇから、レゴールからギルドマンが出ていく数日間は立ち入らない方がいいぜ。ダフネ達もまだ安全ってほど慣れてもないだろ」

「それはまぁ、そうだけど……うーん、人が減るなら猟のチャンスだと思ったのに」

「人が多いほうが安全だし、今のところはそういう時期に頼ったほうが良いと思うけどな」

 

 今日はバロアの森でダフネ率いる“ローリエの冠”のメンバーの様子を見に来た。

 というより、手伝いに近いだろうか。森の中に仕掛けた罠を確認し、掛かっていれば獲物に止めを刺して回収する。一連の作業にまだ慣れていないので、一緒に付いて来てほしいと言われたのである。

 報酬は、クレイジーボアが取れた場合には格安でラードを譲ってくれると言われている。ラードはいくらあっても困らないので二つ返事でオーケーした。

 

「というより、あれか? ダフネはアイアンでもパーティーにローサーがいるよな」

「え? 呼んだ?」

 

 すっとぼけた顔でパンを齧っているローサーが振り向いたが、こんなとぼけた顔をしている男でもブロンズランクだ。首に下げた認識票はウソをつかない。

 

「ローサーがブロンズならダフネ達“ローリエの冠”も警備に派遣されるかもしれないな」

「うそっ、……うーん、けどまあ儲かるならそれはそれで……」

「あ、モングレルさん。警備任務はあくまでブロンズランクかららしいんで、任務に出るのはローサーと俺だけらしいですよ。ダフネは街に残ります」

「まじか、パーティー同じでもそうなるのか。へぇ」

 

 どうやらパーティーメンバーにブロンズが多くても、アイアンも一緒に……とはならないようだ。

 まぁダフネも元々街で商人をやっていたのだから、その辺りは苦でもないのだろうが。

 

「うーん……いえ、行商するには良い機会だわ。任務は抜きで、私も二人について行くわよ」

「ええ……? それは難しいだろ、ダフネ。俺たちはブロンズだぞ?」

「……どうなんだろう、この場合。モングレルさんはわかりますか」

「ブロンズの任務に勝手にくっついていくってことか? あー……いや難しいな。馬車の護衛も兼ねてるから、お荷物が一人増えただけであってもトラブルが起きた時に責任を押し付けられるかもしれないぞ。向こうも面倒事は御免だろうしな」

「駄目なのね……わかった、私はレゴールで待っているわよ」

 

 ダフネは目端の利く女だが、まだまだ実力不足だし経験不足感は否めない。

 今はまだ地道に貢献度を稼ぎ、任務をこなしてランクアップに励むべきだろう。

 

 ダフネも聞き分けの悪い奴じゃない。

 駄目とわかれば落ち込んだ空気を引きずることはなく、目の前の仕事に集中を切り替えた。

 そう、今は罠の確認が大事だぜ。

 

 

 

 バロアの森に仕掛けた罠の確認。もちろん仕掛けたのは“ローリエの冠”の彼らで、設置したポイントは把握できている。

 まぁ今のところこの設置作業は経験者のロディ頼りになっているが、ダフネやローサーもよく見て勉強しているみたいだし、パーティー全体で罠の扱いが達者になるのもそう遠い未来の話ではなさそうだ。

 

「こっちの罠も不発だなぁ。うーん……金具の臭いを警戒されたか。掘り返した土の臭いがまだ熟れてなかったか……また次回まで様子を見ておこう。ローサー、向こうの木にこっちの色紐くくりつけて来て」

「ああ、わかった」

「ダフネは地図のチェックを」

「ええ、ここの三本大樹よね? 収穫なし、次回確認……と」

 

 罠猟は地道だ。

 何が地道かって、罠の確認が何よりも地道だ。

 仕掛けるのは良い。罠に掛かった獲物を仕留めたりもまぁエキサイティングだ。しかしそれらは実作業の中の一部でしかない。罠猟師にとっては、その作業のほとんどは設置した罠の見回りになる。

 

 この罠っていうのは、近い場所にドンドンドンと密集させても効果は薄いもので、ある程度の距離を置かなければまともな成果は期待できない。

 獲物の通り道を見極め、そこにピンポイントで仕掛け、入念に痕跡や人の気配を消す……それだけのことをやってようやく、罠にかかってくれるかもしれないというのがこの手の猟だ。

 

「こっちの罠も……外れだ」

「またかー」

「仕方ないわ……次よ次!」

 

 基本はスカである。意気揚々と剣を握って設置場所に近づいても、大体獲物が掛かっていないのが罠猟だ。

 

「あーっ! こっちは掘り返されてるぅ!」

「……しかも紐が斬られてる。刃物だ……クソッ、誰かに盗まれた!」

「まじかよぉおお! 俺たちが必死に作った罠なのにぃ!」

 

 そしてモチベーションに追い打ちをかけてくるのがこの“罠の盗難”だ。

 獲物を引っ掛けた後、その獲物を盗んでいくだけならまだ良い。酷い時はある程度価値があるからって、設置してある罠を掘り返してパクっていく連中までいやがる。

 しかも悲しいことにその相手はギルドマンだ。バロアの森に入り込んだら衛兵の目もないし、やりたい放題である。あまりモラルに期待するべきではない。

 まぁそんな感じだから、罠猟はそこまで人気じゃないんだよな……。

 

「……まだよ、まだ終わってないわ! それにこれはただのくくり罠、価格も大したことない……! クレイジーボアを一体でも引っ掛けてれば黒字なんだから、次いくわよ、次!」

「お、おう!」

「それもそうだな……」

 

 ところが“ローリエの冠”はへこたれない。

 ダフネの持ち前のハングリー精神と商売精神は、二人の男ごと前へ前へと進んでいくだけのパワーがある。

 すっかり姉御キャラが板についてきちまったな、ダフネは……。

 

 

 

「……あ! いたぞ皆……クレイジーボアだ!」

「おー、ほんとだ、かかってるな」

 

 そして彼らの前向きな姿勢を神は見放さなかったのか、最後の方の罠でヒットがあった。

 クレイジーボアである。まるまる太った立派なサイズだ。

 どうやらくくり罠はクレイジーボアの前足に引っかかり、見事に奴の動きを絡め取る事に成功したらしい。

 

「うおおお……罠の周りやべえ、耕されたみたいになってる……」

「本当ね……ロ、ローサー。あまり怯えないでよ。あれはあんたが仕留めるんだからね」

「わ、わかってる……! 俺の槍に貫けないものはない……!」

 

 前までソード系じゃなきゃ嫌だとごねていたのに、今ではすっかり槍好きになってしまったローサーである。使い慣れたらそれはそれで愛着が湧いたらしい。しかも今度は神話に出てくる槍使いのキャラの真似みたいなことも始めたとか……人生楽しそうな奴である。

 

「二人共落ち着け。罠はしっかりかかってるし、相手は動きの制限されたクレイジーボアだ。今まで通りやれば安全に仕留められる」

 

 こういう時に頼りになるのは罠猟経験者のロディだ。

 何匹か捕らえた経験もあるロディにとって、クレイジーボアの捕獲はさほど無理難題ってわけでもない。

 

「ローサー、大盾で前に出ながら注意を引くんだ……そう、そこの紐のある場所で……槍はまだ使うなよ」

「こ、こええ……!」

「……モングレルさん、危ないようだったら助けてもらえますか」

「ああ良いぜ。ていうかお前たちの罠猟を見てちょっと勉強させてもらうわ。なるほどね、こういうやり方するわけだ」

 

 くくり罠は一本の樹木を支柱とし、獲物の足首を捕らえて抜け出せなくする。すると獲物は支柱とした樹木の周辺までしか動けなくなる。中には暴れまくって自ら足を切って逃げおおせる獲物もいるが、全部が全部そう覚悟が決まった奴らばかりでもない。

 特にこの世界における罠用の紐は地味にみょんみょんと伸びたりしなったりするものだから、独特のクッション性によって足切れを起こしにくいと言われている。

 

「おーい、俺はローサーだ! かかってこい……!」

「ブモォ!」

「ひいっ」

「今よロディ、引いて!」

「よっしゃーッ!」

 

 ローサーがタンク役としてヘイトを稼いでいる間に、地面に簡単なくくり罠を仕掛けてクレイジーボアの足に追加で引っ掛ける。

 で、今度はそれを最初に引っ掛けた罠から離れる方向にグッとテンションを掛け、固定する。すると……クレイジーボアは別方向から引っ張られる二本のくくり罠によって身動きが取れなくなるわけだ。

 こうすることでその場から動けない獲物の出来上がり。この状況にまで持ち込めば、止めを刺すのは楽になる。

 

「ブ、ブモッ……フゴッ!」

「よ、よーし……! わ、悪く思うなよ。おらッ!」

「ブッ……!」

 

 あとは心臓を突いて終わりだ。ローサーの不慣れな構えから繰り出される刺突でも、動けないクレイジーボアを絶命させることはそれほど難しくはない。

 一際大きな悲鳴を上げたクレイジーボアは心臓からドクドクと血を流し……やがて絶命した。

 いっちょあがりである。

 

「やったー! 仕留めたぜー!」

「やったやった! クレイジーボア討伐よ! これでやっと良いお金になるわ! さっきの負債回収よ!」

「二人ともおつかれ! 前回よりも上手く出来たな!」

「おー……なかなかやるじゃねえか。おめでとう、良いサイズだな」

「早速内臓を出して沢まで運びましょ! 急いで冷やして解体しないと!」

 

 この面子でパーティーを結成した時は何の冗談だと思ったもんだが……こうして三人がしっかり役割を担って動き、クレイジーボアを仕留めるところまでやってのけるとは……正直驚いた。

 

「どうかしらモングレルさん、私達の討伐風景!」

「俺が思っていたより十倍くらいまともでびっくりしたわ。経験者一人加えるだけでこれほど動けるもんなんだなぁ……」

「こらダフネ、内臓の切り分けの仕方勉強するんだろ。モングレルさんと話してないでこっち見ろよ」

「あ、ごめんごめん」

「……なあロディ、それ俺も見させてくれよ」

「ローサーもか、もちろん見といてくれ。皆できる方が良いしな」

 

 火力系スキルを使って討伐するような華やかさはない。

 しかし、三人がそれぞれ知恵と道具とコンビネーションを用いてしっかりと堅実に獲物を仕留める姿は……少なくとも俺にとっては、適当にスキルぶっぱで討伐している連中よりもずっとギルドマンらしく見えたのだった。

 

 これからも堅実なままでいてくれよ……。

 みんな変に火力系スキル覚えると雑な討伐を始めるからな……。

 

「モングレルさん、これ運ぶの手伝って貰っていいですか!?」

「おーそんくらいなら任せとけ」

「わ、力持ち」

「すげぇ」

 

 この日、俺はちょくちょく獲物の運搬を手伝ったりして、そこそこの量のラードを手に入れたのだった。

 一人でバロアの森に潜って適当に討伐したほうが美味い程度の成果ではあるが……まぁまともな罠猟も見れたし勉強にもなった。悪くない一日だったんじゃねえかな。

 





【挿絵表示】

「バスタード・ソードマン」書籍版第一巻のカバーイラストが公開されました。
タイトルが入って更にカッコよくなりましたね。
作者も実物が手元に届く日が待ち遠しいです。


【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)ひふみつかさ様より、モングレルのイラストをいただきました。ありがとうございます。


第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるかもしれないようなので、ほしい方はお早めにどおぞ。

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そして当作品の総合評価が95000を超えました。すごい。

いつも応援いただきありがとうございます。

今後もバッソマンをよろしくお願い致します。


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伝説のギフト*

 

 収穫期の警備はどこに行こうか。

 行くのは決まっている。ギルドからの強制任務だからだ。ついでに集団に放り込まれることも決定している。面倒だがブロンズランクの数少ない強制の一つだから仕方ないと諦めよう。それはいい。

 だが、今年はできれば近い場所の方が助かるんだよな。

 早めにレゴールに戻ってレゴール伯爵の結婚式に備えておきたい。そろそろ祭り用の食材を本格的に集めなきゃいけない頃だからな。

 

 そんなわけで、ギルドで行き先を見繕っていたところなんだが……。

 

「一番強いギフトってなんだろうなぁ」

 

 ルーキー達がまた何かルーキーらしい話題を上げているのが耳に入った。

 見てみると、いろいろなパーティーの若者世代の連中が話しているらしい。

 おっさんの居ない、実にフレッシュなテーブルだ。

 

「それはもう大剣豪ラーフレンに決まってるだろ! “繊月剣(アークブレイド)”だよ! 一度の斬撃で鎧を着たサングレール兵を三人も切り捨てたんだぜ!?」

「バカね、アルテミスに決まってるでしょ。彼女の“落涙の矢(フォールショット)”は三人どころかもっとたくさん仕留めたわよ!」

「んー……俺は蛮王アリグナクだと思うけどなぁ。“怒れる刃(エクスキューション)”ってやばかったんでしょ? 少しでもアリグナクを怒らせるとそれだけでどんな騎士でも貴族でも簡単に殺されたって……」

 

 いつの世も、最強談義というものは少年少女たちの憧れである。これが魔力やスキルのない世界だったら格闘技や剣術の一番達者な奴の名が挙がるだろうが、この世界にはもっと派手な能力がある。

 それがスキルであり……更に上があるとすれば、ギフトの存在だろう。

 

 ギフト。それは天性の能力だ。

 比較的ありがちでショボいものでも武器種の使用ボーナスや能力底上げのパッシブタイプ。

 魔力を消耗する発動タイプなんかだと、スキル以上にとんでもない威力を発揮したりする。こいつらルーキーが盛り上がってるのは発動タイプだろうな。

 

「イガルクのギフトも強いぞ! 月から光線が落ちてきて町をまるごと焼いちまうんだ」

「それを言ったらイラルギの盾の方が最強でしょ! イガルクの光線を跳ね返せるんだから!」

「でも防御が一番強いってわけじゃなくない? 攻撃しなきゃ最強って言わないでしょ」

「防御すれば絶対に勝てるし」

「そういうギフトじゃないだろ」

 

 ……で、まぁ……ギフトっていうのはそう、さっきも言ったが……血筋とか、そこらへん得られやすかったりするものだしね。

 持ってるやつは持ってる奴で、サングレールほどではないが若いうちから取り立てられて出世する。だから……ギフト持ちってのは、なかなか身近には居ないのだ。

 特にこんな、ハルペリアのセーフティーネットに等しいギルドなんかじゃ特にな。

 

 そうなると、ギフトの存在は神話とか伝説級のレアなものになってしまう。

 明らかに“いやそんな壊れギフトねーよ”って突っ込みたくなるようなものでもあると信じてしまう純粋なキッズの完成だ。

 

 ただでさえ昔の偉人とか軍人ってのは眉唾もののギフト持ちが多いのにな……いや、半分くらいは実際に持ってたのかもしれないけどさ。

 イガルクとイラルギのはぜってぇ嘘だよ。月から光線ってもうそれロボット大戦とかの世界観だろ。そんなギフトがあってたまるか。

 

「なーモングレルさん、モングレルさんは何が最強だと思う」

「おいおい……俺は今任務を選んでるんだぞ」

「やっぱイガルクでしょ」

「イラルギ!」

「あーあーわかった。何のギフトが最強かって話な? わかったよ」

 

 こいつら……俺がだいたいいつもどんな相談でも乗ってやってるからって、最強談義にまで参加させるなよ……。

 

「……やっぱ月の剣聖テナロの“月河斬(カトクレバス)”じゃねーの? テナロ河の溝を作ったっつー最強のギフトだぞ。発動したせいでテナロ死んじゃったらしいけど」

 

 しかし最強談義はいくつになってもやめられねえんだ……気持ちはわかるぜ……。

 俺的一番威力高そうなのはやっぱ“月河斬(カトクレバス)”のギフトを持つテナロだな。実在性ほぼゼロの神話キャラだけど。

 

「テナロかぁ」

「テナロってなんか嘘くさくね?」

「“月河斬(カトクレバス)”なんてあったら自分で最強の国作れちゃうもんな」

「おい、神話もアリって話じゃねーのかよ。イガルクとイラルギがアリだったらテナロもアリだろが」

「イガルクはいる!」

「イラルギもいる!」

「俺にはお前らの基準がよくわからねえよ……」

 

 この世界は情報の保存も伝達もまだまだ未熟だ。

 数百年前のことは普通に伝説になるし、神話に片足を突っ込むことにも等しい。

 特に戦争なんかがあると、その戦果はそもそも盛って話されることも多いからハナから信憑性がアレだしな。そこにギフトとかスキルとかの憶測が乗っかって、最終的にとんでもないギフトとスキルを持った化け物みたいな偉人列伝が完成するのである。

 今ではもう眉唾どころか完全に神話みたいになっているイガルクとイラルギも、かつては普通の戦士とか軍人だったりしてもおかしくはない。いや普通ではないか。時の権力者とかだった可能性は高い。尾ひれが沢山くっついてるだけで。

 

「ギフトかぁ……」

「ほしいよなーギフト……」

「敵の国の兵士を殺すとギフトを授かりやすいって聞いたけど」

「ウソでしょ」

「本当だったらどうする?」

「軍人になる。けどありえねーって」

「わかんねえぜ、百人斬りしたらもらえるのかも」

 

 で、まぁあやふやな存在だからこんな話も飛び出てくる。

 都市伝説と言うのも失礼な嘘八百。最悪なのは、これを信じ込むような馬鹿がたまーにいるということだ。

 

「おい、人を殺しても何も身につかないぞ」

「モングレルさん、そうなの?」

「なんだよ、そうなのか? でも軍人さんはすげぇ強いし……」

「それは毎日しっかり訓練してるからだ。人を殺せばギフトがもらえるなんて完全な嘘だよ。そんな馬鹿みたいな話を信じるな」

「ちぇー、もらえないのか」

「生まれ持っての才能ってことなんでしょ」

「はーぁ」

 

 人を殺せばギフトが手に入る。それは嘘だ。完全な嘘。

 そんな変な考えを若いうちから持たれちゃたまったもんじゃない。

 

「強くなりたきゃしっかり修練場で訓練して、パーティー組んで安全に任務をやってろ」

「説教はやめてくれよぉ」

「わかったってば」

「こいつら……」

「まあまあ、モングレルさん。あまり怒らないで。それよりもこちらの任務、いかがですか」

 

 ルーキーたちから目を離し、ミレーヌさんと向き合う。

 どうだろう。何か近場で良い警備任務でも見つかったんだろうか。

 

「北部のモーリナ村はいかがですか? “大地の盾”の分隊で欠員が出たそうでして、一人だけ補充したいとのことなのですが……」

「お、良いのかい。ていうか珍しいね、欠員なんて」

「ええ、本来は丁度八人のフルメンバーで任務を受注されていたんですが……一人、怪我のせいで護衛に出られなくなったそうでして」

「なるほどな、それで一人募集してたのか。じゃあ空いてるならそこに入れてもらおうかな」

 

 モーリナ村は畜産が盛んでそこそこ近い村だ。ここなら帰りも早く済むかもしれん。

 “大地の盾”と一緒ってのは少し息苦しいけどな。力を抜いて仕事をするにはお堅い連中だ。アレックスあたりと組めたら良いんだが、そればかりは運か。

 

「ではモングレルさんはモーリナ村で……はい、受け付けました」

「よし、ありがとうミレーヌさん」

「ちなみに代表の方はマシュバルさんになります」

「ええ、マシュバルさんかぁ」

「お嫌でしたか」

「いやー……嫌ではない……いやほんと嫌ではないよ? うん」

 

 マシュバルさんは“大地の盾”の副団長だ。

 話もわかるし話すこともあるけど、それでもすげぇ真面目だからな……マシュバルさんの指揮下だと仕事で手抜きができなさそうなんだよな……。

 真面目にやれってのはまさしくその通りではあるが……。

 

「最近、“大地の盾”はとても忙しそうに仕事をされていますから。あまり彼らに負担をかけないようにお願いしますね?」

「うーん……ミレーヌさんにそう言われちゃ従う他ねぇなぁ……わかった、頑張るよ」

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 少なくともバルガーと一緒に任務をしている時ほど気楽にはやれなさそうだ。

 まあ、たまには真面目にしっかりやるとしますかね。

 

 ……ああ、そういえばあれだな。

 マシュバルさんも持ってたっけなぁ、ギフト……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)h様より、ライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


当作品の評価者数が4100人を超えました。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。感想や評価、とても励みになっています。

これからもバスタード・ソードマンをよろしくお願い致します。


ヾ( *・∀・)シ フニッフニッ…


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モーリナ村を目指して

 

 モーリナ村での収穫警備の仕事が決まった。

 今回一緒に組む相手はマシュバルさんやミルコを含む“大地の盾”の人たちだ。

 モーリナ村は畜産をメインでやっている村だが、田舎の宿命として当然畑もあるし、収穫期にはついでに近場のススキを刈り取って牧草を作っている。

 大食らいの家畜を養っていくには、農業も欠かせないのだ。柵だけ作ってはいおしまいというわけにはいかない。ハルペリアの家畜は大体食欲が凄いからな……。

 

「やあモングレル、任務で一緒になるのは珍しいな」

「どうもマシュバルさん。ブロンズのソロでやってる男でよけりゃご一緒させてください」

「ははは、心強いブロンズが来てくれて嬉しいよ。今日からよろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 “大地の盾”は男所帯である。若者もまぁいることはいるが、大体は良い歳した男ばかりだ。

 華がないと言ってしまえばそれまでだが、男ばかりの即席パーティーというのは個人的には気楽で良い。まぁ、こういうことに気を遣っているのはひょっとするとこの世界じゃ俺だけかもしれないが。……そんなことはないか。

 

「ククク……」

「ようミルコ、相変わらず無駄に意味深な含み笑いだな」

「モングレルか……“アルテミス”と一緒の任務に行かなくても良かったのか……?」

「俺は“アルテミス”所属じゃないぞ。確かにちょっと前はよく一緒に居たけどな」

「羨ましいぜ……」

「こらミルコ! 無駄口を叩いていないで馬の準備をしろ!」

「はい」

 

 “大地の盾”はパーティーで馬を飼っている。遠方だったり早さを必要とする任務の際はよくこの馬が利用されており、時々馬に乗ってパカパカと忙しそうに働いているメンバーを見かける。

 が、馬を飼うというのは大変だ。草食動物だからといってそこらへんの草だけ食って生きているわけでもない。軍用に耐え得る馬というのは相応の良い飯を食わせなきゃいけないので、下手をしなくても人間以上に飯代がかかるのだ。

 

「よぉーしフローラ……モーリナ村には美味い草がいっぱい生えてるからなー……楽しみにしてるんだぞー」

 

 普通はちんたらとした護衛に馬を付き合わせるようなことはないらしいのだが、今回は畜産の盛んなモーリナ村が行き先ということで、馬の休息と体作りも兼ねて何頭か同行させるようだ。ついでに馬車に繋いで多頭立てにし移動速度も上げる腹積もりもあるのだろう。旅程が縮むのであれば俺も大助かりである。

 

 

 

 モーリナ村までの移動はなかなか快適だった。

 村までの物資を積んだ馬車は通常よりも多い馬の働きもあってかなかなか良い速度が出るので、周りを固めて護衛している人間たちの方がバテそうになるという普段とは違った逆転現象が起きた。

 

「この程度で音を上げるなよ!」

「うーっす」

「良い訓練になりますぜ」

「はっ、よく言う! モングレル、辛かったらいつでも言ってくれよ! お前を俺たちのペースに付き合わせることはないからな!」

「あー気にしないでください、俺は全然平気なんで」

 

 早歩きだったりジョギングだったり、そんなペースと言えば良いだろうか。

 まぁ確かに荷物を背負いながらずっとこの調子で動くのはしんどいだろう。俺は体が頑丈だから全く辛くはないけどな。

 そうでなくても“大地の盾”の連中よりも装備は軽いし。超余裕っす。

 

「クソ……荷物だけでも馬車の荷台に放り込めないものか……」

「こらミルコ! 聞こえてるぞ!」

「ヤッベ、はいッ!」

「お前返事だけだからな素直なのは……」

 

 そして体育会系のお硬い“大地の盾”にあっても、ミルコのこんな感じは相変わらずである。

 マジでなんでこのパーティーでやっていけてるんだろうな、こいつ。

 

 

 

 昼間に一度だけ休憩を挟み、軽く焚き火を作って昼食を摂った。

 ハルペリア軍隊式の一つのデカい鍋で作る具沢山の粥である。腹も満たせるし間違いなくバランスも良いが、美味いかどうかっていうとまぁ美味くはない。

 けどこの国の微妙な味付けの粥にしては食えないでもない。塩味強めで男好みの具が多いからだろうか? まぁけど“ご当地料理だけど別に美味しくはないやつ”の域は出ないかな……。

 

 一日だけ宿場町で泊まり、その日の夜は宿の飯を食って普通に就寝。

 翌日は日の出かその前には出発し、モーリナ村へ向けて移動を始めた。全ての行動がキビキビしててさすがだなって感じる。俺でもちょっと自分がタラタラやってんなって感じるくらいには行動が早いのだ。まぁついてはいけるけどさ。無駄な昆布茶セットを広げて一服するとかそういう時間はない。

 

「モーリナ村で馬見てくか?」

「いやぁ、まだ新しいのは良いだろ。厩舎も限界だぞ」

「チーズだけで良いっすよ。買って帰りましょ」

 

 ああそうだチーズだ。俺も帰りに燻製チーズを買って帰ろう。

 畑メインでやってるとこの収穫祭は農作物ばかりだが、畜産系の収穫祭は大体旨いものを食えるから嬉しいね。

 祭りの時も肉とか食えるかもしれん。ジビエも悪くはないが、たまには柔らかな肉も食いてえぜ。……おっと、ヨダレが出てきた。今から楽しみだ。

 

「魔物確認! 正面からバイザーフジェール!」

 

 と、完全に油断しながら歩いていると大声が。

 どうやら進行方向からキモいお客さんが来たようだ。

 バイザーフジェール。生白いヒヨケムシのような虫系魔物だ。前に“アルテミス”の連中と移動していた時も遭遇したっけな。

 

「前衛、フリードとログテールは構え! 私とラダムで横合いから仕留めにいく! 数は二体! 後ろへ通すなよ!」

「了解!」

「“鉄壁(フォートレス)”」

「フッ……モングレル、俺たちは馬の守りを固めるぞ。あの人らは下手を打つことはないが、念のためにな……」

「おうよ。頼りにさせてもらうぜ」

 

 カサカサと脚を動かしながら街道を爆走してくるバイザーフジェールたち。

 どうしてこんな街道のど真ん中を走っているのか。それはわからない。虫系魔物からは感情も読み取れないので、永遠の謎だ。

 ただただこちらに襲いかかろうとしていることだけが確かである。

 

「ハアッ!」

「“強斬撃(ハードスラッシュ)”!」

「良いぞ! “迅突(ピアシングスラスト)”!」

 

 まあ、見た目はちょっとグロくてキモい連中だがそう強い魔物ではない。

 虫系にしては斬撃も良く通るし、やわっこい魔物だ。“大地の盾”の前衛達は連携しつつ、危なげなく二体のバイザーフジェールを片付けてしまった。

 マシュバルさんもギフトを持っているって話を聞いたからそれが見れるかなーと思ったが、使うまでもなかったようだ。

 

「他いないか」

「目視できません」

「異常なし」

「多分なし」

「……うむ。よし! 死体から討伐証明を剥いで脇に寄せておけ! 移動再開だ!」

 

 いやー仕事が早い。討伐から片付け、討伐証明の回収まで流れるようだ。

 剥ぎ取り作業も気色悪がるようなことなく、手早くサッサと済ませている。俺だったら体液が漏れたり飛んできたりするのにビビりながらタラタラやってるだろうからな。駄目だわ。俺に軍人は向いてない。

 

「いやー、みんな手慣れてるな」

「ククク……街道警備中の魔物討伐は普段からよくやっているからな……数やってれば慣れるさ……」

「バイザーフジェールの死体とかもよくあんな風にガッと掴めるもんだわ。気持ち悪くないのかね」

「最初は気持ち悪いがな……ま、それも慣れだろう」

 

 パイクホッパーとかなら余裕なんだけどな。ああいうブヨブヨしたタイプはちょっと苦手だわ。

 

「さあ、そろそろモーリナ村に到着するぞ。村の顔役と代官にはしっかり挨拶しておけよ。私は現地のギルド役員と手続きしてくる」

「うーっす」

「マシュバルさん、馬たちはどうしましょ。モーリナ村だったらいつものとこですか?」

「一応村の顔役に聞いておけ。同じ場所とは限らんからな。モングレルは、私と一緒に来てもらえるか? 同じパーティーというわけでもないからな。別々で手続きしなければならん」

「はい」

 

 そういう感じで、俺たちはサクサクっとモーリナ村までたどり着いたのであった。

 





書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。電子書籍もありますよ。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。

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ススキの刈り取り手伝い

 

 モーリナ村に到着した。

 前に来たのはシルバーウルフ討伐のために立ち寄った時だったかな。

 頑丈な柵に囲まれた広い放牧地。遠目に眺めるだけでも様々な種類の家畜がいるのがわかる。

 

「モーリナ村へようこそ。今年はレゴールの軍人さんたちも居るが、彼らは収穫作業の護衛まではしてくれんからな。“大地の盾”の人らにやってもらえると助かるよ」

「そう言っていただけると、うちの若い連中も喜びます。今年の収穫作業の警備、しっかりとやらせていただきます。我々にお任せ下さい」

 

 ギルドマンというとほとんどの場合、村とか町からは煙たがられる。

 護衛とはいえ、何をするかわからないような連中も多いからだ。つまり信用が無い。

 その点、“大地の盾”は身なりも評判も良い。

 レゴール周辺ではよく活動していることもあって顔が広く、よそからは軍の下部組織みたいな扱いを受けている。実際、軍とも関わることの多いパーティーなので間違いはないんだが。

 

「おや、そっちの人は……」

「やあどうも、俺はモングレル。前にも討伐で立ち寄ったよ。いつもはソロだけど、今回の俺は“大地の盾”の人数合わせで入ったクチでね」

「ああ! そうだった。シルバーウルフの時の……そうか、あんたがいるなら安心だな。今回もよろしくお願いするよ」

 

 隣のマシュバルさんが“え? シルバーウルフ?”とでも思っていそうな顔をしているが、まぁこの話はやめて仕事しようぜ仕事。

 

「村の畑は内側にあるし、大したもんを育ててるわけでもない。だから警備の必要も無いんだが、外れにあるススキの刈り取りは結構危なっかしくてな。そっちの刈り取り作業の警備に入ってもらえると助かるよ」

「なるほど。牧草用のススキですね」

「そうだ。毎年ワサワサと生えてきて魔物の住処にもされることが多くて厄介なとこもあるんだが、あれは良い干し草になってくれるんだ。向こうの、ほれ。あの尖った屋根の塔にいる奴に声をかけて貰えれば案内してくれる。頼んだよ」

 

 指し示された場所は高いサイロのような塔だった。

 その向こう側にそびえる山では背の高いススキが風を受けて揺れている。

 ……まさかあの全面を刈り取るわけでもないだろうが、警備の時間はたっぷりとありそうだ。

 

「さて、仕事開始だな。向こうについたらモングレルは個別に向こうの指示を仰いで動いてもらえるか。その方がお前としてもやりやすいだろう」

「お、良いのかいマシュバルさん」

「好きでソロでやっている奴を我々の規律で縛り付けるような真似をしたくないのでな。それともモングレル、私の指揮下に入るか?」

「よっしゃ、個別に仕事させてもらいますわ」

「ハハハ」

 

 マシュバルさんは部下には厳しいが、なかなか融通の利くお人である。

 そんじゃこっちはこっちで、気ままにお仕事させてもらうことにしよう。

 

 

 

「こっち側は大量の罠を仕掛けてるから問題ねーんだがね、さすがにススキを囲むほどは仕掛けられんわけよ。だから刈り取りは結構危なくてなぁ」

「なるほど。家畜はしっかり守られてるわけだ」

 

 俺が割り当てられた場所は、ムーンカーフの放牧地とサンセットコケッコの飼育小屋近くの茅場だ。“大地の盾”の連中とは少し離れているので、ソロでやってる俺としてもピッタリな割り当てと言えるだろう。

 

「……ムーンカーフ、呑気なツラしてやがるなぁ」

「いつもそうだよ。暴れないから管理が楽で助かるがね、近くにゴブリンがいても騒ぎもしないから、そういうとこは困るね」

 

 ムーンカーフは、クソでかい牛である。

 この国で生産されているミルクの大部分はこのムーンカーフが出す乳であり、凄まじい大食らいであることに目を瞑れば大人しくて管理もしやすい良い家畜なのだとか。

 のっぺりと面長な顔とぼんやりした目つきがいかにも間抜けっぽい感じだが、実際に間抜けな牛である。図鑑の言説を鵜呑みにするのであれば、こいつは野生ではほぼ生きていけないと言われている。警戒心が無いし動きもトロい。家畜としての価値がなければ大昔に淘汰されていたかもしれないな。

 

 その近くに立てられている飼育小屋は、サンセットコケッコという養鶏小屋だ。

 こいつはサングレール原産のニワトリで、頭頂部の赤いトゲトゲしたトサカが沈みゆく太陽に似ていることから名前が付けられたそうな。

 肉は不味いがよく卵を生んでくれる良い奴らである。シュトルーベでも飼ってたなぁ……。雑にエサやってもよく食うし、糞が良い肥料になるんだ。鳴き声はうるせえけども。

 

「じゃ、こっから刈り取っていくんでね。モングレルさんは近くで魔物の警戒を頼むよ」

「はいよ。なんならできることあれば手伝うけど……」

「良いのかい? だったら刈り取ったやつを運ぶ……あーそれは離れるからいかんな。そうだ、じゃあ一緒に刈り取り作業手伝ってもらえるかい?」

「お、良いね。グレートハルペはあまり使ったことないけど、こっちのナイフだったらよく収穫で使ったよ」

「経験者か、そいつは助かる。けど、無理せんでいいからね。護衛の仕事がメインだから、疲れない程度にお願いするよ。後で美味いクリームビスケットを出すから」

「お、良いねぇ。それじゃあ仕事頑張らなきゃな」

 

 そんなわけで、バスタードソードはひとまずしまい込み、カランビットを片手に収穫作業を手伝うことになった。

 

 しかしやることは単純である。ある程度の高さでガッガッとススキを刈り取っていくだけ。

 刃物にまで強化の魔力を行き渡らせれば、サクサクと一回で刈り取っていける。刈ったらその場に倒し、隣へ移る。そうしている間に小間使いをやらされている村の子供がやってきて、ススキの束を塔近くまで運んでいくのだ。

 

「おじちゃんギルドマン?」

「ああ、そうだよ」

 

 キツいしゃがみの姿勢で刈り取りをやっていると、鼻垂れ小僧が話しかけてきた。

 いきなりおじちゃんとはなかなかなご挨拶だな。俺がまだ二十代だったら大人げない凄み方をしてるところだったぞボウズ。

 

「じゃあ貧乏だ」

「いや貧乏じゃねーから。今は結構金持ってるから」

「どんくらい」

「まぁ……どんくらいだ? そう言われるとな……いや金はあるんだぜ」

「貧乏だ貧乏だ」

 

 一人でゲラゲラ笑いながら、子供は逃げるように走り去っていった。

 

 ……あ、親父の拳骨くらってる。ざまあみやがれ。

 

 

 

「よお、モングレル」

「お? なんだミルコか。馬上の人とは良いご身分じゃねえか」

「ククク……そう言うな。お前の様子を見てこいと言われたんだよ。周囲の警戒ついでにな」

 

 刈り取りに集中していると、ミルコが馬に乗ってやってきた。

 こうして見ると整った面構えもあってなかなかのイケメンっぷりなんだけどな……まぁ既に結婚してる奴を残念なイケメン扱いしてもしょうがない。

 

「こっちも刈り取り作業の手伝いまでやっているのか」

「暇だしな。闇雲にこの茅場で魔物を探し回るよりは楽だぜ」

「ま、そうだな……」

「ミルコの方は何やってるんだよ」

「俺たちの方も似たような作業だ……さっきまで大勢で茅場の奥まで踏み入って、潜んでいる魔物を退治していてな。ゴブリンやらスネークやらを呆れるほど討伐したぞ」

「そいつはご苦労だな……こっちはまだ見てねえや」

「茂みには潜んでいるぞ。気をつけるんだな……ククク……」

 

 親切心で教えてくれたけど含み笑いのせいで計画犯みたいな感じになったミルコを見送りつつ、作業を再開する。

 そしてしばらくやっていると、ミルコの言っていた通り魔物の気配を感じた。

 

「グギィ」

「お前かぁ」

 

 茅場の中央付近にススキを踏み倒して出来たような空間があった。

 そこにいたのは一匹のゴブリンである。なかなか良い物件に住まわれているようで……。

 

「ギッギッ!」

「なんだなんだ、ここは俺の家だぞってか? うるせーな立ち退きだよ。荷物持ってさっさと消えな。文句あるならヤクザもびっくりの強制立ち退きになっちまうぞ」

「ギャギャギャッ!」

「よし、やる気だな。こっち来いよ。牧草を汚したくないからな」

 

 ゴブリンを茅場から誘い出し、拓けた場所までやってきた。

 ここまであからさまに誘い出しても特に疑問も持たずに臨戦態勢のままなんだから、ゴブリンって奴は本当にシンプルな脳みそしてるよな……。

 

「よし、じゃあやろうぜ。今日は警備だからな。しっかりバスタードソードで始末してやるよ」

「ギッギッ! ……ギ?」

「おい何よそ見……あ、おいっ」

 

 ゴブリンの視線が柵向こうのムーンカーフへと移っていた。

 さっきまで俺を殺してやる雰囲気しかなかったのに一瞬で“あ、向こうの奴美味そう”的な思考になりやがったこいつ。

 

「ギーッ!」

「こら! そっちいくな! こっちで戦えって!」

「ギャーッ!?」

「ほら言わんこっちゃねえなぁもう!」

 

 そのままムーンカーフのもとへ走り出し……柵近くに設置されていたスネアトラップに引っかかりやがった。

 何してんだよお前。ここらへんで生活してるくせにどうして罠に引っかかるんだ。

 

「ギッ、ギィイイ……!」

「あーあ、足首に絡まってるじゃねーか。ほれ、俺が取ってやるから見せてみ……な!」

「グゲ? グェッ!?」

 

 身動きできないゴブリンなんぞ弱体化された雑魚でしかない。

 そのまま脳天をカッと叩き切り、即死させてやった。

 

「やれやれ。罠を外す仕事が増えちまった……まぁけど……良いなぁ、この罠だらけスポット。さすが畜産エリアだ。しっかり管理されてるわ」

 

 大型の魔物に対しても有効な頑丈な柵。そして獣系や中型の魔物に対応する大量の罠。

 いざとなれば村の中にある詰め所から軍人やギルドマンや自警団が出動するし、戦力で言えばそこらへんの宿場町よりもずっと上だろう。

 ファンタジー世界の村というと何故か防御力がスカスカなものをイメージしがちだが、この世界では全くそんなことはない。普通に村の規模を維持できるだけの戦力や防備は整っているのだ。

 ただ燃やされたり略奪されるだけの平和ボケした村なんてものは存在しないのである。

 

「……しかし、村の財産であるお前が一番呑気そうにしてるってのはどうなんよ?」

「ブモ……?」

 

 目の前でゴブリンが惨殺されているところを見ていたはずのムーンカーフは、何もわかってなさそうな顔で足元の茂みをモサモサと食っていた。

 

 





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収穫祭の肉々しいごちそう

 

 モーリナ村の収穫祭はとにかく野菜が多い。

 この村では穀物よりも野菜類の方を重点的に育てているため、収穫祭では採れたての野菜が大量に出てくるのだ。

 

「モーリナ村名物、収穫祭スープだ。さあ食え! もっと食え!」

「あ、どもどもよそっていただいて……あ、そのくらいでいいので」

「にいちゃんまだ若いねえ! そんなんでギルドマンやってけんのかい! ほらもっと食え! たくさん入れてやるからね!」

「いや良いですって! もういいって!」

 

 葉物も多いけど大体は根菜類かな。そういうのがごっちゃになったスープを大鍋で作って、俺たちにも振る舞ってくれた。見た目は完全に芋煮会だ。

 まぁ個人的にはパンよりも好きではある。それに野菜だけでなく畜産業盛んな村らしく肉もゴロゴロと入っているので、食った時の満足感はデカい。

 ……盛り付けのボリュームは相変わらずドカドカしてるけども。

 

「脂身肉のチーズ焼きありますよー」

「よっしゃ! それもらい!」

「フリード、俺の分も頼む」

「酒持ってこよう酒」

「向こうの兵士さんたちのとこにデカい樽ごと置いてあるみたいだからな……まぁ向こうが落ち着いたら少しわけてもらおう」

 

 収穫祭の参加者は村の住民と、今日警備にあたったギルドマン、そして軍人さんたちだ。

 軍人さんたちと俺たちギルドマンは仲が悪いってわけじゃないが、お互いに所属の違う腕っぷしの強い者同士ということであまり干渉し合わないようにする不文律がある。祭りの場でもなるべく互いに絡んだりしないよう、仲間内だけで盛り上がっている様子だった。

 

 まぁ、俺たちはあくまで仕事のついでに祭りのメシを頂いてるだけみたいなとこあるからな。片隅でひっそりと盛り上がらせてもらいますよ。

 

「ようモングレル、飲んでるか?」

「クリームあるぞクリーム。ビスケットで挟むんだとよ」

「おー飲んでるよ。そのビスケットいいよな」

 

 クリームに塩とあと何かを混ぜたやつをサクサクのビスケットで挟んだおやつがある。これがまたなかなか美味い。甘さは控えめだがしょっぱくて酒が進む。

 いや、それよりあれだな。この二人は確か……ログテールとラダムだったか。

 

「村の人から聞いたぞ。モングレル、前にここでシルバーウルフを討伐したんだってな」

「ソロでやったんだろ? 本当か?」

「あー大したことねえよ。餌を使った罠にひっかけてな、遠くから色々と投げたりチクチク刺したりしてどうにかってとこだったからな。毛皮はズタボロになっちまったし、逆にそのことで依頼主からお叱りをいただいたくらいさ」

「マジかよ、知らなかったぜそんなこと。いや、でも罠にかけたにしてもすげえよ」

「やるじゃねえか」

 

 シルバーウルフの討伐はあまりみんなに話してなかったからな。正直今更感がある。まぁ随分前の話だからこそ、適当に脚色もしやすいんだが。

 

「モングレルは腕も立つんだろ。“大地の盾”じゃなくても、どこかに入らないのか」

「ああ、俺はソロでやっていくよ。一人のほうが気楽だ。こうやって誰かと一緒に任務を受けるのが嫌いってわけじゃないけどな?」

「バルガーのいる“収穫の剣”は? あそこなら合ってるだろ」

「あー悪くはないんだけどな。別にそこも良いかなぁ俺は」

「変わったやつだなぁ……」

「別に一人でいるのが好きってわけでもなかろうに」

「お? ブラッドソーセージもあるのか。いいじゃん、ちょっとそれ取ってくるわ」

 

 誘われて悪い気はしないが、パーティーに入るのはちょっとな。

 たまに一緒の任務をやるくらいで勘弁してくれよ。

 

「ククク……モングレルもそれを食うのか……」

「おう、良いぞブラッドソーセージは。変なやつに当たると匂いがキツいけどな」

「何を。この血の匂いが良いんだろう? ククク……」

 

 ブラッドソーセージは屠殺した時に出た家畜の新鮮な血液を材料にした保存食だ。

 穀物粉をつなぎにしたり、ひき肉を入れたり、まぁ一般的なソーセージと作り方は同じようなものだ。胃袋や腸に詰めてたやつを良く加熱していただく。

 普通のソーセージよりちょっと柔らかいし崩れやすいが、レバーっぽい風味で俺は嫌いじゃない。

 モーリナ村のはハーブもよく効いてて生臭さも抑えられてるしなかなかだ。

 

「だがこのブラッドソーセージがな……以前、俺が軍に居た頃はこいつでひと悶着あってな……」

「なんだよそれ」

「携帯食として持ち歩いていたこのソーセージがなにかの拍子に破れてな。まとめて保存していた食料に血の匂いが……」

「うわぁ、やべえなそれは」

「あれはさすがに悲惨だったな……俺はこの味が嫌いじゃないが、あれから数日は何を食っても血の味がしたもんだ……」

 

 想像したくねぇな。

 けど軍人となると持ち合わせの食料に限りがあるだろうし、贅沢も言えない。食うしかなかったんだろうな。

 

「あーでもあれだ、俺も似たようなことあったな」

「ほう」

「料理用の酢を陶器に入れてたんだ。バロアの森で野営してるときにそいつを使おうと思ってな」

「クク……もう読めたぞ」

「で、いざ現地に向かって到着してみたらなんか酸っぱい匂いがすんなーと」

「ククク」

 

 いやもうこの流れ最後まで言う必要もないかもしれないけど、あの時のザックに充満した香りのヤバさは誰かに語らないと……。

 

「おーい! チャージディアが出たぞー!」

 

 その時、遠くで誰かの大声が聞こえてきた。

 酒の入った頭でもよく通る、緊迫感を孕んだ声。

 俺たちギルドマンは全員スッと立ち上がり、装備を整え始めた。

 

「やれやれ、仕事だな」

「防具はしっかり着込め。ゴブリンじゃないぞ」

「飲みすぎた奴は後衛だ」

「ミニール、先に声がした方に走って状況を確認してこい。頼んだぞ」

「はっ!」

 

 下戸のミニールが伝令役となり、薄暗い夜の闇へと走っていった。

 さて、俺はわざわざ着込むような防具もないし、いつでも向かえるが……。

 

「失礼。“大地の盾”副団長のマシュバル殿はいらっしゃるかな」

「これは、ドアン隊長殿」

 

 伝令が戻ってくるより先に俺たちの方にやってきたのは、近くで収穫祭に参加していた軍人さん……の、まとめ役らしき男性だった。

 軍人らしいがっしりした体つきに、“大地の盾”と似ているがそれよりは一段高級そうな装飾の入った鎧。隊長というだけあって、結構な腕前のお人なのだろう。

 

「今、魔物の報せがあったな。我々もすぐに動ける準備は整えておくが……対魔物であればそちらの方が慣れているだろう。対応を任せてもよろしいか」

「はい。数や詳細な状況は不明ですが、チャージディアであれば我々は慣れたものです。お任せ下さい」

「うむ、ではこの場はギルドマンの諸君にお任せするとしよう」

 

 どうやらドアン部隊長さんは魔物の討伐は俺らに譲るようだ。

 人数は向こうの方が多いが、それだけに何をするにも時間がかかる。それよりはすぐに動き出せる俺たちに任せたほうが良いということだろう。魔物討伐だったらギルドマンは慣れっこだしな。

 ああ、伝令として走っていったミニールもちょうどよく戻ってきた。そろそろ仕事開始だな。

 

「マシュバルさん、チャージディアは二体です。柵の向こうでじっとこっちを見ているそうで……」

「収穫祭の気配に誘われたか。わかった、良いだろう。全員ですぐに向かう」

 

 マシュバルさんはこれまでずっとお荷物だったカイトシールドを取り出して、左腕に装備した。

 他の“大地の盾”のメンバーも、何人かちらほらと盾を身に着けている。

 長いリーチを持つロングソードに頑丈なシールド。見た目だけなら重装備の騎士様だ。

 

「……ククク、今更だが……本当に軽装だな、モングレル」

「うるせ。良いんだよ、俺はこれで戦えるんだからな」

「そいつを本気で言ってるんだから恐ろしいもんだ……」

 

 みんな鎧に盾も装備してるのに、俺だけ秋のハイキングに来ましたって感じだからな。浮いてるのはわかる。けどこっちのが動きやすいし着心地も良いんでね。

 

「モングレル、私と共に前衛いけるか?」

「ええ、マシュバルさんと一緒なら心強いや。もちろんいきますよ」

「わかった。危険だと感じたらすぐ後ろに退くようにな」

 

 こうして俺たちはチャージディアが現れたという場所へと急行した。

 

 

 

「居たな、あそこだ」

「こっち見てるぞ」

 

 チャージディアはすぐに見つかった。

 村の人達が運び込んでくれた篝火……は明るさも地味だったが、闇の中で奴らの目が僅かにキラリと反射しているのがわかった。居場所が分かればなんとなく輪郭も掴める。なるほど、あの特徴的な長い角。間違いなくチャージディアだろう。

 

「柵を越えて向こうに移ったら、まずは盾持ちが前に出る。チャージディアが突っ込んできたら受け止めて、それから全員で叩くぞ」

「はい」

「了解です」

「スキル使い忘れるなよ」

 

 チャージディアの討伐は、基本的に二種類だ。

 ひとつは遠距離系の攻撃でロングレンジから一方的に攻撃して討伐する方法。

 もうひとつはチャージディアの危険な突進をどうにか受け止め、反撃で仕留める方法だ。

 基本に忠実な“大地の盾”はこの反撃をやるらしい。初心者が手を出すには危なっかしいやり方ではあるが、防御系スキルがあれば悪い選択肢ではない。

 

「お前たち、モングレルがいるからって格好付けようとするなよ。いつも通りにやれば良い」

「副団長やめてくださいよ、こいつの前でかっこつけるなんて」

「かっこつけるのは女の前だけで十分ですって」

「はははは」

「いや俺何も言ってないのにひどくねえかこの流れ」

「す、すまないなモングレル」

 

 ちょっと気の抜ける場面はあったが、柵を越えていよいよチャージディアと対面だ。

 連中は罠のゾーンに突っ込もうとはせずに、俺たちが出てくるのをじっと待っているようだった。無駄に賢い奴らだな。

 

「お詫びと言ってはなんだが……“戦場の鼓舞(バトルクライ)”」

「お、おお?」

 

 マシュバルさんが左手に持った盾を俺にそっと押し付けてきたかと思うと、何やら暖かな魔力が俺の体を取り巻くように宿ったのを感じた。

 これは……マシュバルさんのギフトか。

 

「“戦場の鼓舞(バトルクライ)”は戦友に力を貸してくれる。私のギフトだ」

 

 そういう間にもマシュバルさんの盾に触れた者がオーラを纏ってゆく。

 夜の中ではちょっと目立つが、なるほど力が湧いてくる感じはある。軽い身体強化の上書きというか、バフが掛かる感じみたいだな。こいつは便利だ。

 

「さあ来るぞ、前衛盾構え!」

 

 俺たちから立ち上るオーラにただならぬものを感じたのか、チャージディアが走り寄ってきた。

 頭を下げて角を向ける突進。それに対し、盾持ちがカイトシールドを構える。

 

「“鉄壁(フォートレス)”! ……ぐっ!?」

「“盾撃(バッシュ)”!」

「“鉄壁(フォートレス)”! ぉ、おおお……! 効かねえぞ!」

「“強斬撃(ハードスラッシュ)”!」

 

 大質量の肉塊が刺突を携えて盾に衝突し、轟音が響く。

 同時に後衛に控えていたメンバーが攻撃スキルを発動させ、隙を見せた二体のチャージディアに攻撃を加えてゆく。

 

 一体はバッサリと首を刎ねることができたようだ。しかしもう一体の方は機敏に避け、回り込もうとしている。

 

「させるかよ」

「!?」

 

 そこでマシュバルさんのギフトのおかげでいつもよりちょっとだけ丁度いい俺の登場だ。ちょっと距離を取るのを見越して動いてやれば、先回りするのも難しくはない。

 ていうかここでのカバー以外に俺の仕事がなかった。“大地の盾”の連携が堅実すぎる。俺のバスタードソードじゃリーチ足りねえし。

 

「ギフトで強化して……物理で殴るッ!」

「ギャンッ」

 

 よろめいたチャージディアの角に雑な一振り。

 横合いから殴りつけられたチャージディアはその角を砕けさせ、脳を震わされた。チャージディアの角はおっかない矛ではあるが、同時に頭と直接繋がった弱点でもある。

 

「毛皮……は、欲しい!」

「ギッ」

 

 一瞬迷ったが、首を落として終わりにすることにした。

 頭をスパッと斬られたチャージディアの身体が力なく倒れ込み、傷口からドクドクと血が流れてゆく。

 

「おおー……よくやったモングレル」

「助かった。良い動きじゃないか」

「ククク……その装備で追いかけた時はヒヤッとしたがな……」

「なぁに、勝てばいいんだよ勝てば」

「……うむ、さすがだなモングレル。よし! では……チャージディアを担いで村に入るとしよう。収穫祭の最中とはいえ、これだけの獲物を村の外で野ざらしにしておくわけにもいくまい」

 

 こうしてチャージディアの騒動は一瞬でカタがついた。

 自分から逃げることのほとんどない魔物相手の騒動はこんなもんである。こっちが倒せる時はあっけなく終わるもんだ。

 

「クク、良い臨時収入になるな……」

「だな。ゴブリン以外が居てくれて助かったぜ。解体は……モーリナ村の人に任せるか。解体作業なんか俺達より上手そうだし」

「ブラッドソーセージでも作ってもらうか?」

「いや、出来立てのやつはちょっとな……別に良いよ。ここでの飯くらい、普段食わない家畜の肉をごちそうになろうぜ」

「ククク」

 

 チャージディアの討伐は村の人達に喜ばれた。

 で、まぁせっかく肉の塊が手に入ったんでってことで……結局背ロースだけは祭りの飯として並ぶことになったのであった。

 

 俺達にとってはチャージディアの肉は慣れっこだが、モーリナ村の人たちにとっては畜肉よりは珍しいものだからごちそう扱いしているらしい。

 

 歓迎してもらってるのはわかるぜ……。

 でも俺はチーズで焼いたこの村のお肉の方が好きです……。

 





書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。
もう予約はできるみたいです。電子書籍もありますよ。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。

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酒場の隅の皮算用*

 

 モーリナ村での収穫祭は慎ましく終わった。

 毛皮も現地で処理してもらい、そのまま現金化。土産としてはチーズが手に入り、ちょっとした買い出しに行ったような任務だった。

 “大地の盾”と一緒の仕事はキビキビ動くしやりやすくはあるんだが、やっぱり遊びがなさすぎてちょっと息苦しく感じる。別にケチをつけてるわけじゃない。俺の性に合わないってだけだ。

 

 連中からは結構良くしてもらったけども、俺はやっぱもうちょい適当に任務やってる方が良いなぁ。

 そういう奴らとつるみたいってわけでもないんだがね。

 

 

 

 夕暮れ時、任務が終わってレゴールに戻ってきた。

 “大地の盾”とも別れ、久々の一人である。

 

 街の雰囲気はいよいよレゴール伯爵の結婚式に向けて動き始めているようだ。

 といっても伯爵様を称えるような大げさなもんじゃない。それに乗じたお祭りの準備で忙しくしているってだけだ。

 結婚を祝うためにハルペリアのあちこちから色々な人がやってくる。もちろん、遠くからやってきてわざわざ式典だけ見て帰るような勿体ないことはしない。レゴールで色々と物を買ったり、美味いものを食っていくわけだ。

 

「うおお……なんか新しい店が出来てやがる……」

 

 そんな外からのお客さんを狙ってのことだろう。少し通りを歩くだけで、ちょっと前に廃業した場所に新たな飲食店が出来ていたなんてのが幾つもある。

 看板を見るに、そこではレゴール名物のクレイジーボアの肉料理を取り扱っているらしい。

 レゴール名物だったのか……初めて知ったぜ……。一応結構長くここにいるつもりだったんだけどな……。

 まあ、あれはレゴールの外から来た客を呼び込むためのものなんだろう。観光客向けというか……なんていうか、レゴールも少しずつ観光地らしくなってきたな……商売のやり方とか、そこらへんが……。

 

 と、そんなこと考えながら歩いていると、人混みの中からちみっこい見慣れた顔が現れた。

 ライナである。向こうも俺に気がついたようで、ぱっと笑いながらこちらへ近づいてきた。

 

「モングレル先輩、おっスおっス。任務帰りっスか」

「ようライナ。毎年恒例の村の警備で、モーリナ村までな。“大地の盾”の連中と一緒にやってたよ」

「マジっスか。……収穫警備の任務、“アルテミス”と一緒にやれば良かったじゃないスか」

「いやぁ、時間と予定が合えば考えるけどな。あ、モーリナ村のお土産買ってきたぞ。ほれ燻製チーズ」

「おー……あざっス。美味しいんスよねこれ」

 

 俺としてはかなりクオリティの高いチーズだと思ってるんだが、ライナはこういうチーズとかそこらへんに対する反応は薄いんだよな。

 故郷でさんざん食ってきたからだろうか。評価も結構厳しい気がする。

 

「モングレル先輩、夜腹減んないスか」

「腹減ったなぁ」

「じゃあ一緒にご飯、どっスか。行かないスか」

「おお、行くか。店はどこでも良いぜ。何か行きたいとこあるか?」

「やった。じゃあ、狩人酒場で」

 

 飯の予定を軽く決めて、さっさと狩人酒場へ向かう。

 数日間ずっと人と一緒に仕事したせいか、今日はガヤガヤした店よりも静かな店の方が恋しかったから助かるね。いや、狩人酒場も繁盛してないってわけでもないんだろうけどな。わりとあそこ静かだから……。

 

 

 

「お疲れ様っス」

「おう、お疲れ」

 

 杯を打ち鳴らし、エールを飲む。料理は酢の物中心で、今日は肉少なめだ。肉はちょっと飽きた。

 

「で、モーリナ村はどうだったんスか」

「んーどうもこうも、普通だな。これといって変わった事件もなく……あ、ススキの刈り取りを手伝ったりはしたな」

「あー……そんなことまでやったんスか。あれ結構疲れるんスよね」

「まぁ暇だったし。警備も早めに終われるならいいかなって思ってよ。ライナの方は? どうだった?」

「こっちも普通っスねぇ……ハービン街道の方だったんで宿が綺麗だったっス」

 

 収穫の警備はどこも似たようなものだ。せいぜい担当する村の特産品がごちそうに出るってくらいなもんだ。とはいえ、俺の行ったモーリナ村とか蜂蜜の豊富なルス村なんかは当たりになる部類だろうな。ライナの行った宿場町方面も宿が綺麗っていうメリットはあるだろうが。

 

「……あの。言えてなかったんスけど。この前の……私の兄がギルドに来た時のこと。本当に助かったっス。モングレル先輩。嬉しかったっス」

「ああ……ライナの兄貴が来た時の話な。そういや随分時間が空いたな」

 

 警備に出ている間に忘れかけちまったよ、そんな話。

 まぁなんていうか、田舎に土地持ってそうな考え方をした兄貴だったなっていう……あれだ。

 

「モングレル先輩に“アルテミス”の人達と話せって言われて……色々、話したんスよ。兄のこととか、今までは話してなかった村でのこととか……」

「そうか」

「そうしたら皆、シーナ先輩もナスターシャ先輩も自分のことみたいに怒ってくれて。……なんか、こう、本当に家族みたいで……嬉しかったっス」

 

 思い出しているのだろう。飲み干したジョッキを見つめるライナの瞳は、どこか優しげだった。

 

「その後の事は俺の見た通りだな。いやぁ、兄貴も災難だったな。完全装備の“アルテミス”に囲まれて理詰めされちまうんだから、堪ったもんじゃなかったろう」

「あはは……正直、いい気味っス。あんま好きじゃないんで……」

「俺も好きじゃないぜ、ああいうタイプは。……ま、あんだけシーナ達から言われりゃ、今後ライナを呼び戻そうとするなんてこともないだろ」

「っス。シーナ先輩からも同じようなこと言われたっス。少しでも保身を考える限り無茶な真似はしないだろうって」

「貴族を敵に回すようなもんだからな」

 

 それからライナの兄貴の愚痴エピソードでちょっとだけ盛り上がった。

 詳細はぼかしていたが、ライナは故郷で随分と冷遇されていたらしい。

 弓で害鳥を駆除してもさほど家族からは働きを認められず、やって当然くらいの評価。親のそういった態度を真似て、兄貴なんかもライナを低く見たり、粗雑に扱っていたようである。

 親のすることを子は真似る。背中を見て育つというのはまさにその通りで、親のやらかす悪い行いさえも、子供は無意識に真似てしまうものなのだ。

 そういう意味ではライナはよくここまでまっすぐ素直に育ったもんである。いや、モモとかもそうか。子育てってのはよくわからんね……。

 

「……あ、そういえばモングレル先輩。結婚祭に出す屋台、どうなったんスか」

「あー屋台な。揚げ物だろ。そろそろ準備はするぜ。ラードもあるし……」

 

 秋、というかここ一ヶ月ほどだが、俺はしっかりとラードを回収していた。

 屋外炊事場でグツグツと溶かし、布で濾して綺麗にして……塊にしたやつを氷室に預けて保管してある。結構な量が貯まっているので、屋台を開いて十分調理ができるはずだ。

 

「揚げ物やるんスね。楽しみっス」

「ああ。まぁ、未だに火力の調整が難しかったりするんだけどな……」

 

 炭は粉末の炭を形成して使おうかとも思ったんだが、最終的にバロアの炭を一定のサイズに切り出して無理やり同じ性能に揃えるやり方に落ち着いた。その方が楽だし安上がりだったのである。

 時間ごとに一定量の炭を補充して温度を保つ。それが一番だ。

 

「……兄が朝、ギルドに居たとき。あの時にモングレル先輩が食べてたあの……野菜とか芋とかの揚げ物もいい感じに売れると思うっスよ」

「あー……ホットスナックな。そういやそうか……あれもアリか……けど売れるかねぇ? 肉の串と同じような値段で売り出すようになるが……」

「んー私は肉も好きっスけど、そういう系も嫌いじゃなかったっスね。意外と買う人いると思うっス。忌憚の無い意見ってやつっス」

「そうか……そうだな、別に大した手間でもない……串揚げ全般を作って売り出してみっか」

 

 ライナの助言もあり、当初ひたすら肉を揚げまくる予定だったものを変更。

 肉も揚げるが野菜類も揚げる、一周回って元祖串揚げ屋台をやることになった。

 

 前世でも串揚げの屋台は流行ったんだ。この世界でも十分に通用するはず。

 まぁソースに関してはアレだが……適当な物を用意しておけばいいだろう。あとは塩かけとけ、塩。

 

「そうだ、祭の時はライナも屋台手伝ってくれるか?」

「え……ていうか、良いんスか」

「良いっていうか俺一人だと厳しいかもしれないからな。元々何人か雇うつもりだったんだよ。どうだ、報酬はしっかり出すぞ。美味い揚げ物もついてくるぞ」

「……別にお金とか食べ物とかで釣らなくても手伝うスけど。でももらえるものはもらっておくっス!」

「おうその意気だ。屋台で一番稼ぐつもりでやるからな。忙しくなるぞー」

 

 まずは一人、売り子ゲットだ。

 できればもうちょい、人を集めておきたいところだな……そこらへんもそろそろ考えておくべきだろう。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)h様より、モングレルのイラストをいただきました。ありがとうございます。


書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。もう一週間後ですね。
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売り子厳選マラソン

 

 結婚祭の期間中、レゴール商業ギルドに届け出を出しておけば緩めの審査で屋台を借りることができる。

 屋台ってのはまぁ、デカい台車だな。頑丈な屋根とかはついていない簡素なもので、覆いが欲しければ四隅にポールを立てて天幕を張ってくれってタイプのやつである。安い物であれば数百ジェリーで借りられるというのだから驚きだ。普段の商業ギルドはもっとケチである。

 何より、屋台を大通りに出せるってのが良い。俺みたいな家持ちじゃない根無し草が商売しようと思ったら、黒靄市場か適当な裏通りくらいになっちまうからな。屋台とはいえ店を出せるのは、記念すべきレゴール伯爵の結婚祭だからこそだ。ありがとうレゴール伯爵。

 

 申請は既に出してある。場所は……まぁ最高に良いって場所ではないが、東門近くで馴染みの所だ。鞣し場が遠くて助かった。あれが近いだけで匂いがひどすぎるからな。まぁそこらへんは商業ギルドも食品系を近づかせないように配慮しているとは思うが……。

 立地は最高ってほどではないが、ギルドマンの知り合いがよく通るだろうし、そのツテで買ってもらえるかもしれん。いや、買わせる。実際に美味いものなんだし、ちょっとくらい強引な呼び込みをしても平気だろう。大丈夫。変なものは入ってないから……日頃のストレス解消になるから……。

 

 

 

「ウルリカ、ちょっと男を誑かす仕事をしてくれないか?」

「えっ……えっ!? ちょっ、え、なになに!?」

 

 市場を散策中、丁度良く見かけたウルリカに声を掛けた。俺の目当てその1である。

 

「あ……ひょっとして屋台の話ー? 人聞きの悪い言い方しないでよもー」

「なんだ知ってるのか」

「ライナから聞いたよー。あれでしょ、屋台で揚げ物やるんでしょ? 売り子ってこと?」

「そうそう。ウルリカはギルドマンの男連中に人気あるからな。俺が出す屋台も東門側だから、ウルリカが居れば客の呼び込みに良いかと思ってよ」

「……褒められてるってことでいい?」

「褒めてる褒めてる」

 

 わざと雑に言い直すとウルリカがむすっとした。おっとこれはまずい。

 

「実際、通りがかった客を呼び止めるには綺麗どころの男女が必要なんだよ。いやまぁお前はアレだけど」

「……まー良いけどね。でもごめんね、モングレルさん。私お祭りの時まで働きたくはないんだー!」

「えーマジかよ。せっかくの稼ぎ時なのに」

「祭りなんだから遊び時でしょ! モングレルさんもあんまりライナに仕事手伝わせないで、あの子をちゃんと遊びに連れ回してあげなよねー」

「いやまぁ俺だってずっと屋台をやってるわけじゃねえけどさ……ってことはあれか? もしかしてレオも一緒に回るのか?」

「あれ、よく分かるね。そーそー、二人で色々見て回るつもりー」

「マジか……なんだよレオも客引きに使うつもりだったんだけどな……」

「人を看板扱いする気満々だったんだ……ひっどー」

 

 そりゃまぁ美男と美女っぽい奴を並べて客引きしておけば売上だって伸びるだろ。

 肉の串打ちとかだってスイスイとやれそうだしな。

 

「とにかく、売り子探してるなら他を当たりなよー」

「しょうがねえなぁ」

 

 そういうわけで、チャキチャキ働いてくれそうな売り子候補を探し回ることになったのだが……。

 

 

 

 思い当たるところで、商売慣れしているダフネに当たってみることにした。

 ダフネのパーティー、“ローリエの冠”はバロアの森に潜っていない時は黒靄市場の一角に店を出している。見つけるのは容易だった。

 

「え? 無理よ、私達はもう自分たちの屋台を出すって決まってるんだもの」

「マジか」

 

 聞いてみたら即NGが出た。しかし考えてみれば当然のことだった。普段から店を出してるダフネがこの絶好の商機を逃すはずがないわな。

 

「せっかくレゴールの外から大勢のお客がやってくるんだもの。これを機に一気にパーティー資産を蓄えてやるわ!」

「ダフネぇー……それはいいけどよぉー……もうあの小物作りやめようぜー……」

「指がね……つらいね……」

「二人とも何軟弱なこと言ってるの! 普段は売れないものが結婚祭では飛ぶように売れるのよ! 暇があったら作れるだけ作るに決まってるでしょうが!」

「ひいいい」

「勘弁してくれよお」

 

 ……どうやら“ローリエの冠”は俺が声をかける前から労働基準法に抵触しているようだな。

 これは付け入る隙がない。諦めよう。

 

「ふふふ……でもまさか、モングレルさんも私達と同じ肉の屋台を出すなんてね……」

「なに……まさかダフネ、お前ら……!?」

「そうよ! その揚げ物ってのは知らないけどね、私達はバロアの森の魔物肉を使った串焼きを出すつもりよ! しかも、モングレルさんと同じ東門側でね!」

「ぐっ!? ダフネもかよ……!? やめとけそんな平凡な料理! ローリエ茶の屋台でもやってろ! パーティー名なんだから!」

「あ、それもアリね……焼き物のついでにお湯を沸かしてお茶も売ろうかしら。脂っこい料理に爽やかなお茶……うん、悪くはない……」

 

 しまった、提供サービスが増えた。ま、マズいな……あまり商売上手に近くにいて欲しくはないんだが……。

 

「ギルドではモングレルさんに色々とお世話になってるけどね、同じ商売の戦場に立つのであれば容赦も手加減もしないからね!」

「ダフネぇー……同じパーティーメンバーには優しくしてくれよぉー……」

「うるさいわね! ほら、帰ったら串作りよ! いくらあっても足りないんだから、頑張るわよ!」

「ひぃいいい」

 

 労働者の悲しい叫びが聞こえたが、概してそういった冷血企業は短期的には成果を上げるものである。

 こうしてはおれん。ダフネの屋台に負けないためにも、これは本格的にツラの良い女か男を見つけないと……。

 

 

 

「やあモングレル。サングレールタンポポの茎で笛を作ると動物の鳴き声みたいな草笛ができるんだよ。知っていたかな?」

 

 色々探し回り、最後にギルドにやってくると……そこにはサリーがいた。

 タンポポコーヒーを飲みながらなんか言ってる。一言で収まる範囲のセリフで聞き返したくなるような事言うのやめてくれねえかな。

 

「サリーは……やめておくか……」

「僕の何が気に入らないというのか。いきなり失礼だねぇ」

 

 “黙って最低限の言葉のやりとりだけで露天商ができるか?”と質問しようとしたがやめた。サリーは無意味であっても意味があっても黙っていられるタイプじゃないからな。喋りたいときには構わず喋るタイプだ。そして客商売には壊滅的に向いていないタイプである。客商売やってる姿を見た訳では無いが俺にはわかる。こいつには向いていない。

 

「うーん……あ、モモとかどうだろうな。おいサリー、ちょっとお前んとこのよく出来た娘をこっちの仕事の手伝いに回してくれないか。結婚祭の時なんだがよ」

「モモをかい? どうだろうねぇ、僕はモモの予定は知らないから。本人に聞いてみなよ」

 

 まぁ娘のスケジュールを把握してるタイプではないよなお前は。

 

「なんですか、モングレル。今私の話をしてましたか?」

「おおモモ、良いところに」

 

 噂をすれば、ギルドの奥の方で資料かなにかを見ていたらしいモモがやってきた。

 こうして二人が並んでいると顔立ちもそこそこ似ている。けど内面は大違いだ。俺はモモなら内面にも期待しているぞ。

 

「……結婚祭に食べ物の屋台、ですか……」

「金なら出すぞー、たくさん売る予定だからな。儲かるぞー」

「うーん……ちょっと興味はありますね。それにライナもいるんですよね。良いですよ、私にできることなら。けど、ずっと仕事は嫌ですよ! 祭を楽しむ時間も残していて欲しいです!」

「おう大丈夫大丈夫、そこらへんはしっかり時間を確保しておくから」

「だったら構いません! 手伝いますよ!」

 

 よっしゃ売り子一人追加。モモなら金の勘定も素早くできるだろうし、売り子としては文句なしだろう。

 

「他にも人手が必要なら、ミセリナさんも誘えるかもしれません。ミセリナさんはあまりお祭りを見て回るのは好きじゃないようですからね! 暇かと!」

「ミセリナ。あー、あの物静かな感じの子ね」

 

 以前路地裏で男に絡まれそうになっていた所を地味に助けたことがある。

 幸薄そうだけど見た目はとても整った子だから、売り子をやってくれるのであれば頼もしいな。

 

 よしよし……てことはもう売り子が三人揃ったってことか。三人もいりゃ十分だ。これで戦えるぜ……。

 

「モングレル、僕はやらなくていいのかい」

「……サリーは……まぁ、祭りを楽しんでてくれ……」

「僕は暇なんだけどなぁ」

 

 もう定員埋まってるんで……いやすまんねサリー……また今度な、今度……。

 




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竹串作りにトライ*

 

 へぇい。

 突然だが、皆はこの玩具……“竹とんぼ”をご存知だろうか。

 

 この竹とんぼ、上部に搭載されたプロペラが回転により下方向に押しつける負の揚力、ダウンフォースならぬアッパーフォースを発生させ、空に放つことでビューンと飛ばせるという玩具なのだが……。

 

「ソイヤッ! ……うわ墜落した」

「なにやっとるんだ、良い歳して」

 

 この世界に存在する無駄に曲がりくねった竹で作るとなると、歪んだ薄型大径のプロペラの影響でバランスを崩しやすく、また中央の軸自体も曲がっているせいで重心がブレブレになり持久力にも乏しい。

 似たような玩具はこの世界にもあるんだが、それには肝心の竹が使われていないという……つまり、“竹とんぼ”などというホビーは存在しないのであった。悲しいね。

 

「飛び風車か。竹で作るようなもんでもないだろう」

「ちっくしょー……やっぱ繊維の曲がった木じゃ駄目だな、飛ばねえや。トーマスさん、何の木だったらこの飛び風車、上手く作れるかな」

「うるさい奴だな。手を動かせ。ガキの玩具作りに来たわけじゃないだろ」

「おっとそうだった」

 

 今日、俺は製材所に足を運んでいる。

 製材所は主にバロアの森から切り出された木材を切ったり削ったりして、建材や家具などに使えるように加工する施設だ。

 秋冬は薪の需要も跳ね上がるので稼働率が最高になるが、今年は春夏もずっと忙しそうにしていたな。レゴールの発展に伴い嬉しい悲鳴を上げている場所の一つだが、こう長期間繁忙期が続くと嬉しい悲鳴も普通の悲鳴に変わっていそうだ。

 

 そんなドチャクソ忙しい製材所に来た訳は、竹串だ。竹串を調達しに来た。

 正直考えが回らなくて痛恨の極みなんだが、どうやら祭りの影響で市場から竹串がごっそりと消えているらしい。みんな屋台を出すもんだから、それに伴って使い捨ての串を買い求める。すると串が消える。マジで消える。どこを探しても置いてない。置いてあっても消費者庁がブチ切れそうな値段で売られている。竹串くらい祭りの直前に買えばいいだろと考えてた俺がバカだった。この世界にそんな優秀な大量生産設備はないのだ。

 

 だから、竹串を自分で用意することにしたわけ。

 製材所でちょっとした重い荷物運びを手伝う代わりに、端材の竹を使わせてもらいコツコツと串を量産している。

 

「くっそー……もっと前に串を買い占めておきゃよかったぜ……」

「はは。目端の利く商人はやってただろうな。屋台で使う串を売る商売だ。案外、そっちの方が儲かるかもしれん」

「デカい採掘場の前でツルハシを売るような話だな……」

「おお、それは美味そうな商売だな。ククク」

 

 製材所で働いているトーマスさんは、今は休憩中だ。

 火気厳禁でもおかしくない製材所だが、気にせずコーンパイプをぷかぷかとふかしている。俺が労働してる姿を眺めて悠々とふかす煙草はうめぇかい……?

 

「しっかしなぁ……この竹ももう少しまっすぐに生えてきてくれなかったのかね……こう束にしたって、随分とまとまりが悪いっていうか……」

「自然の物に文句言っても仕方ないだろ。そういう木材だ。まっすぐだらけの竹なんざ、この製材所でもそうそうお目にかかれんよ」

「高級木材ってわけか。……全ての竹がまっすぐ生えて来て、成長も早かったら言うことなしなんだけどな」

「んな都合のいい木があるかよ」

 

 フフフとトーマスさんは笑っているが、俺の前世ではあったんだよそういう木材が。まぁ成長が早すぎるのも一長一短だったけどな。

 俺から言わせりゃバロアの木だって随分なチート植物だぜ。

 

「モングレル、お前はこの竹に不満があるかもしれんが、そいつほど串を作るのに向いた木材はねぇぞ。多少の曲がりは仕方ないが、そうやって鉈を使ってちょいと叩いてやれば簡単に割れるからな」

「そりゃわかってるけどさ……」

 

 竹から竹串を作る作業。これは結構簡単だ。やり方自体は多分、前世の竹と変わらない。

 ほどよい長さ、つまり串の長さにカットした竹筒を用意したら、そいつを割りまくって竹串の細さにしていくだけ。上からコンコンと鉈で叩いてやれば、あとは簡単にパカンと割れてくれる。まぁ細いのを作ろうとすると偶に折れたりもするけどな。大体は素直にぱかっと、比較的真っ直ぐな串が出来上がる。こうやって簡単に一定の長さの棒を作れるって点においては、この世界の竹も優秀だな。

 

 もちろん細くしただけの竹の棒はそのままでは使えない。そのままだと単なる四角い竹ひごだ。

 その後で細く切り出した竹の先端を尖らせ、鋭いカドをヤスリで削って滑らかにするという作業がある。ヤスリがけはなかなか面倒だ。しかしこの工程をサボると串で物を食おうとした時に怪我をしやすくなってしまう。割った後の竹の角ってのは馬鹿にできないくらい鋭いからな。面倒でもやらなきゃいけない。 

 何が言いたいかって言うと、時間が掛かるのだ。

 

「トーマスさん、何かいい道具ねえかな……」

「ん?」

「いやーこの鉈で割る作業とかもさ、もうちっと効率的にできないかって思ってさ。製材所にそういう道具とかってない……?」

「……どうだかな。俺はこういう小物の加工を担当してるわけでもないから詳しくないが……ふん、まあ良いだろ。ちと仲間に聞いてくる」

 

 トーマスさんが同僚のいるらしい作業小屋に向かい、しばらくして戻ってきた。どうやら何かを持ってきたらしい。

 

「聞いてみるもんだな。竹筒を割るのに使う道具があったぞ」

「マジかよ! ……それが?」

「結構重いぞ。持ちにくいから気をつけろ」

 

 トーマスさんが持ってきたのは、手のひらには少し余るサイズの……小さめのお盆くらいはありそうな鉄製の道具だった。

 お盆の上にはこう、アレ……レモンを絞る時に使うあのギザギザしたやつの攻撃力を百倍にしたような、金属製の山型刃物が据え付けられている。この上にレモンを押し付けたら絞れる前にザックリと薄くスライスされてしまうだろう。放射状に並ぶ刃物は鋭く、その数も多い。

 

 ……ああ、なるほど。ここに竹筒を叩きつけて、一気に割るってことね。はーなるほどなるほど。この道具は地面に置いて使うわけか。

 

「便利そうな道具があるじゃないかトーマスさん。ありがたく使わせてもらうぜ。……けどやけに埃被ってるなこれ」

「長いこと使われていなかったんだろう。使い方も仲間に聞いたが、そうだな。そうやって下に置いて、竹筒をセットしたら木槌で叩いてやるそうだ」

「オーケーオーケー。叩くと綺麗にパカンってわけだな。最高のアイデア商品だぜ。ケイオス卿の称号をプレゼントしてやりてえよ」

「どうだかな。使ってみな。ほれ、木槌」

「はいよ、ありがとう。どれどれ……」

 

 竹筒をセットに、はい木槌でドーン。……あれ?

 

「……トーマスさん、割れないぞこれ」

「……刺さってはいるな。もう一度やってみな」

「ドーン」

 

 追加で叩くが、割れない。刃物自体が細くて短いせいか、割れが途中で止まってしまうのだ。

 あ、でも中途半端に深く割れそうなところはある……ムラがあるな。……これは……。

 

 それから何度かコンコンと叩き、一旦外してもう一度叩いたりして……どうにか六分割くらいにはできた。が……。

 

「使いづらッ……!」

「フッ、埃被ってた理由はこれか。まあ、一度でそう簡単に割れてくれるほど甘くはねえか」

「なんだよぉこのくらいなら鉈でやった方が早いぜ……」

「まぁしかし使えないこともないだろ。角度を変えて何度か叩きつければ、全体のハナ入れにはなってくれるしな」

「確かに……」

 

 トーマスさんの助言もあり、何度か使っていくことに。確かにイメージしていたような爽快さはないが、認識を変えれば結構便利な補助道具としては活躍してくれた。トーマスさんのアドバイスはためになるぜ……。

 

 必要な竹串は……かなり多い。欲を言えば千本は欲しいが、そんなに多くは作れないだろう。

 いやそもそも使い捨てとはいえそんなに必要ないか。屋台の近くに串入れを用意してやって、ある程度溜まってきたら串を回収し、洗って再利用すれば良い。そういう屋台も多いからな。俺のところもそうしよう。

 ……となると……やっぱり裏方の人数も重要だなぁ……ワンオペじゃ無理なのは当然だが、大量に捌こうと思ったら二、三人でもてんてこ舞いだぞ。

 揚げ係、串打ち係、会計係、洗い物係……俺が既にツバつけてるメンバー全てに専門を持たせても役割がバラける。そして多分というか絶対だが、串打ち係は一人じゃ間に合わない気がする……。

 もう少し人数増やした方が良いか? うーん……。

 

「だが、モングレルの屋台ってのも面白そうだな。祭りの時はうちの仲間も連れて食いに行ってやるよ」

「ははは……美味いもん用意してるから、絶対に来てくれよ?」

「不味かったら承知しねえからな」

 

 味には絶対の自信があるけど、提供時間に不安が出てきた。色々考えておこう……。

 

「……あっ、この竹すげぇまっすぐだ。すげー良い飛び風車作れそう」

「だから遊んでる暇はねえだろって」

「おっと、いっけね」

 

 すまんかった。

 





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(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、バッソマン発売までのカウントダウンイラスト(ウルリカ)をいただきました。ありがとうございます。
[せいろ]*・∀・)ヤッター

書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。あと三日です。
予約もできます。電子書籍もありますよ。
また、ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。こちらは数に限りがあるようなので、欲しい方はお早めにどおぞ。

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デッドスミスの森見学*

フーゴ視点


 

 鉄槌のフーゴと鉄床のイーダと言えば、地元じゃ知らない奴は居なかった。

 幼馴染で相棒のイーダがガントレットで敵を受け止め、重量級のハンマーで俺が止めを刺す。どんな魔物や盗賊相手でも、二人が居ればどうとでもなる。そんな最強パーティーこそが、俺達“デッドスミス”だ。

 

 いや、“だった”。

 そりゃ最初は若さに任せてガンガンに仕事も達成できたし、運も味方して一気にシルバーまで駆け上がって来れたけどな。

 当然というかなんというか、普通に二人じゃ厳しかった。

 実力もまぁ、広い世界に出てみりゃ最強ってほどでもなかったしな。

 身の程を弁えて、ゴールド目指して生き急ぐような真似はやめたんだ。

 

 それでも王都でもそこそこ名は売れたし、堅実にやってきたおかげで二人ともシルバー3にまではどうにか上がれた。

 まぁここからゴールドを目指そうとするとデカい壁が立ちはだかるもんだから、これ以上は欲をかけねえんだけどさ。王都で試験を受けるのもタダじゃねえし。

 ……イーダと、そして俺達の子供を養っていくためにも、これからはより一層無茶もできなくなるしよ。

 

 そういう理由で、俺達は金のかかる王都からレゴールへと移ってきたわけだ。

 レゴールは今かなり盛り上がっているみたいだし、拡張区画っていう、街をデカくする都市計画もあるらしいからな。家や拠点を構えて暮らすにはいい場所だと判断した。何より、街の近くに魔物の討伐ができるデカい森があるってのが気に入った。ギルドマンにとっちゃ最高の環境だ。ここでなら、俺とイーダも上手くやっていけると思う。

 

 

 

「まーバロアの森で稼ぐんだったら今だな、今。この時期が一番金になる。ただし深入りは禁物だぞ、森の奥にはシルバーランクでも危ない魔物がゴロゴロしてるって話だからな。欲かくと死んじまうぞ」

「なるほど……この作業小屋ってとこを限界点と考えればいいってことかな? バルガーさん」

「だな。作業小屋自体はいくつもあるからこれは地道に覚えていくしかねえ。最初は迷わないように浅い所で森を覚えていくのが良い。うっかり罠猟の区画に踏み込んだら危ないしな」

 

 レゴールにやってきた俺とイーダは、レゴールで大手のパーティーとして活躍しているという“収穫の剣”のベテランから森の案内を受けていた。

 四十近い歳で現役のギルドマンをやっているというバルガーさんだ。知らない土地や狩り場のことは、金を払って現地のギルドマンに聞くのが一番良い。依頼を出してバロアの森の案内を頼んでみれば、バルガーさんはとても丁寧に森を案内してくれた。やっぱり情報料はケチるべきじゃねえ。

 

「秋が儲かるのはわかりましたけど、冬はどうなんです? クレイジーボアってのは冬のほうが美味いイメージありましたけど」

「あー、バロアの森では違うんだ。冬になると魔物たちは暖を取るためにバロアの森の深部へ逃げる」

「暖を取るために?」

「奥地にサンライズキマイラがいる……らしい。見たことはないけどな。だから冬は猟期になんねぇのよ。その分伐採作業が捗るんだけどな」

「うわ、マジすか……」

 

 サンライズキマイラ。伝説級の魔物じゃないか。そうか、バロアの森に居るんだな……奥地に行くのはやめておこう。冗談じゃない。

 

「だからその分、レゴールでは秋に稼ぐ。今は結婚祭も近づいてるから、あらゆるものが高値で売れるぜ。今金に困ってるようならそこらへんの仕事がおすすめだぞ」

「なるほど……考えときます」

「ねえフーゴ、浅い所だったらうちのラーラでも連れていけるかしら」

「いや無理だろ。まだ九歳だぞ」

 

 ラーラはうちの娘だ。俺達が19の時にこさえた可愛い娘である。

 賢くて可愛くて最強の娘なんだが、見知らぬ土地の森に連れて行くにはさすがに危ない。

 今はレゴールの知り合いのとこに預けている。ゆくゆくはラーラにとって、このレゴールの土地こそが故郷になるのかもしれないが……だとしてもラーラには、あまり危ない真似をしてほしくないぜ。

 

「娘がいるのか。良いねぇ。……けどま、そうだな、バロアの森は危ないから子供が入るべきじゃねえよ。護衛が十人近くいるなら歩かせてみることもできるが」

「ほれみろ、危ねえって」

「言ってみただけじゃないの」

「ははは、仲良いんだな。二人はどこから? その髪色、近場じゃなさそうだが」

「ああ、これですか。親が連合国の人間なんすよ。生まれはハルペリアですけどね」

「私もそう」

 

 俺は前髪を摘んでみせた。

 明るいオレンジ色の髪。そして陽に焼けたような褐色の肌。見ての通り、俺達はここらへんの者ではない。

 俺もイーダも、親はアマルテア連合国からやってきた移民だ。その血がかなり濃いらしい。だから見た目のことでちょっとした冷遇を受けることもちょくちょくあった。今となっては慣れたもんだし、気にならないけどな。

 

 ただ、ラーラのことだけは心配だ。

 もし肌の色や髪のことでラーラが何か言われるようだったら、俺は自分を抑えられんかもしれん。ぶっ殺してやる。

 

「レゴールもどっちかと言えばサングレール寄りの都市だからな……白髪や金髪には厳しいとこはあるぜ」

「あー、やっぱりそういうのあるのか……」

「けどその分、連合国っぽい人間への当たりは強くはねえかな。だからま、全員が全員そうだとは限らんが、少しは安心しても良いと思うぜ」

「本当ですか、良かった」

「レゴールのギルドにはサングレールの血が入った奴も馴染んでるしな。あんたらだったら普通に歓迎してもらえるさ」

「へー」

「サングレール混じりの人もいるのか」

 

 確かに、俺達は人種的に差別されがちではある。けどそれもサングレール混じりの人らほど露骨でも悪辣でもない。

 そういう人らは本当に大変だと思う。俺もいくつかそういうのを見てきたが……自分の境遇も考えちまって、あまり良い気分はしない。

 

「そいつはモングレルっていってな。ちょうどあんたら二人と歳も近いギルドマンなんだが、なかなか面白い奴だよ。人望もあるし、意外とよく物を知っている。ギルドの酒場でよく変なことしてるから、暇だったら絡んでみると良い」

「おー……モングレルか、覚えときます」

「私達と同じくらいの歳かぁ。負けてらんないね」

「へっ、だな」

 

 俺達は28だ。このくらいの歳になってくると、そろそろ引退ってのも視野に入ってくる。バルガーさんのように長くギルドマンを続けられるならそりゃもう一番ではあるが……そうは思っていても続けられなくなってしまった仲間を、これまで何人も見てきた。

 そんな不意の引退をした時に、娘のラーラを路頭に迷わせるわけにはいかない。

 ……いつまでも若い頃みたいに、最強目指してってわけにはいかないもんだ。

 

「モングレルに聞けば、バロアの案内でもレゴール市内の案内もやってくれるだろう。あいつはブロンズ3で、万年金欠野郎だからな。依頼として頼めば喜んで受けてくれるぞ」

「ブロンズ3?」

 

 それは意外というか、俺達のような歳にしてはちょっとランクが低いな。

 そりゃ腕っぷしが強くない真面目なだけのギルドマンだったらずっとブロンズ3ってこともあるだろうが……。

 

「ああ、モングレルはランクを上げたくねえんだよ。強制依頼が嫌いらしくてな、実力はあるぞ? シルバー……まぁ、そうだな。シルバー3はあるだろ。変なこだわりはあるが、優秀な剣士だ」

「……それだけの実力があってブロンズに留まるなんて、勿体ない」

「護衛をしたってあまりお金入ってこなさそうだわ……」

「だろぉ? あんたらからも言ってやってくれよ。本当に変なとこにこだわる奴なんだ」

 

 呆れているような言い方だったが、モングレルの話をする時のバルガーさんは、どこか楽しそうだ。仲が良いのだろう。

 

「あいつもそろそろ結婚すりゃ良いのになぁー……ライナちゃんも可哀想に……」

「ははは……」

 

 しかし込み入った話になると新参者の俺達ではわからないことだらけだな。

 そこらへんはもっとレゴールに馴染んだ後、ありがたく聞かせてもらうことにしよう。

 

「あ、そういえばバルガーさんは結婚とかされて……」

「俺はしねえよ? レゴールの娼館の姉ちゃん達は綺麗どころが揃ってるからな! 結婚なんて勿体ねえって! おっと、こりゃ夫婦の前で言うことじゃなかったか。ハッハッハ!」

「……」

「……」

 

 まぁ……バルガーさんもいい人だけど、やっぱりギルドマンらしいギルドマンだな……。

 

「フーゴ」

「わ、わかってるって」

 

 隣のイーダが俺のことをキツく睨んでる……だ、大丈夫だって。そういう店には行かねえからもう。多分。きっと……うん。

 

 でもバルガーさんとの付き合いでちょっと話を聞くことはあるかもしれないから、うん。確約は……できねぇ!

 

「またいやらしいこと考えてるわね!?」

「おぶッ、ち、違う、勘弁してくれイーダぁ……!」

「うわっ、夫婦喧嘩か!? おいおいここで始めるなよ!? 街に戻ってからにしてくれ!」

 

 俺達“デッドスミス”の新しい拠点、レゴール。

 ここでは近々領主様の結婚式が開かれ、大きな祭りがあるらしい。

 

 ……よし、その雰囲気でイーダにプレゼントを渡すことにしよう。そうすりゃ機嫌も直してくれるだろ。

 





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(ヽ◇皿◇)kanatsu様より、バッソマン発売までのカウントダウンイラスト(ライナ)をいただきました。ありがとうございます。
[せいろ]*・∀・)-3 フスッ


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書籍版第一巻の発売日は2023年5/30です。あと2日です。
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ヒドロアの帳で誓いの言葉を*

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

 結婚式。……まさか、この私が結婚することになろうとは。

 婚約から時間が経ち、いざその当日を迎えてもまだ、私には実感というものが足りなかった。

 

 この日のために誂えた晴れ着は窮屈だ。特注の物なのだから似合ってはいるのだろうが、それでもどうも衣装に着られている気がしてならない。

 ステイシーさん。あの素敵な人と夫婦になるのか。

 

 ……ああ、緊張する。嫌だなぁもう。いや、結婚はとても嬉しいことだけど……。

 この緊張の中で、私は失敗せずにいられるのだろうか。

 うう、お腹が痛い。

 

「ウィレム様。また背筋が曲がっておられますぞ。ただでさえ小柄なのですから、せめて堂々としなくては格好が付きませぬ」

 

 ああ、アーマルコよ。

 お前は主人がこの佳き日を迎えてもなお口酸っぱいままなのだな。

 今はそのいつも通りの日常感が、胃に優しいかもしれないが。

 

「各地から貴族やその代表者も、お二人のご結婚をお祝いに続々とやってきております。既に街中はウィレム様とステイシー様を祝う者たちで賑わい、多くの宿が満室だとか」

「ウッ、胃が」

「祝われているのですから、堂々とされたら良いではありませんか」

「そ、そんな考え方ができるような人生を歩んできた覚えはない……」

「やれやれ。そんな度胸ではベッドの上で女性をリードできませぬぞ。良いですかウィレム様、この私が妻と共に過ごした夜は……」

「やめろ! お前の夫婦仲が良いのは知ってるから! それを私に聞かせるんじゃない!」

 

 全く、アーマルコは何十年経っても惚気話をやめないな。

 内容が生々しいものだから一層困る。

 ……おかげで変な緊張の取れ方をしてしまった。釈然としない。

 

「本日はまず神殿にて、誓いの儀を行います。静謐な儀式ですので、こちらの参加者はあくまで最小限。もちろん周辺の警備は固めていますが……なので、そう無駄にやきもきする必要などありませんでしょう。大勢の人前に出る式典などは、明日からですぞ。ささ、支度は整っているのですから、早く移動しましょう」

「う、うううっ! わかってはいる! わかってはいるが!」

「なんですかこの期に及んで……」

 

 アーマルコに背を押されるが、まだだ。まだ心の準備が整っていない。

 

「……私は、結局ステイシーさんを……口説けていない……」

「……」

「無言で背中を押すなって!」

「時間も押しているのです。押して参ります」

「アーマルコぉー……」

 

 ぐいぐいと部屋を追いやられ、廊下に出た。

 

「あら」

 

 ……そこには、女神がいた。

 ステイシーさん。最初に会った時とは随分と印象も変わったけれど……それでも煌めくほどに美しい、私にとっての女神だ。

 

「おー……普段の格好もピシッとしてるけど、今日の格好は更に決まってるねぇ! ウィレムさん!」

「あ、ど、どうも……ステイシーさんもとても、女神様のようで……美しいよ」

 

 ドレス姿のステイシーさんは、本当に美しかった。

 アップにまとめた黒髪の活発さはそのままに、引き締まった身体は艶やかな白のドレスを纏っている。まるで神話の戦女神を見ているかのような気持ちだ。

 お世辞ではなく、本当に女神のようだったんだ。

 

「……ほら、司教様を待たせちゃいけないよ。早く神殿に行きましょう」

「あ、は、はい」

 

 ステイシーさんは私の褒め言葉をどう受け取ったのか、さっさと先を歩いて行ってしまった。

 ……目が合わない。困ったなぁ。嫌われたのかなぁ、やっぱり……。

 

 

 

 誓いの儀。

 それはヒドロアの神殿にて、月の女神に愛を誓うための儀式だ。

 不貞や裏切りを捨て、女神の前で不変の愛を宣誓する。その儀式はとても古いもので、何百年も形を変えずに残り続けているという。

 立場上、色々な式典に出席したことのある私ではあるが……この誓いの儀だけは初めてだ。初めての式典は何でも緊張する……うう、あらかじめ流れは聞いているし、私達がやることも多くはないが……胃が痛い。

 

 馬車で大神殿まで移動し、別室で待機。そのまま精兵達に警護されつつ、神殿内へと進んでゆく。

 

「すごい蝋燭の数ね」

「う、うん。そうだね。すごい雰囲気だ」

 

 神殿に踏み入ると、ステイシーさんが驚いたように呟いた。

 彼女の言う通り、今夜の神殿内はいつもと様子が違う。そもそも夜にこの神殿を訪れること自体が珍しいのだが、今日は神殿のあらゆる場所が蝋燭の火によって照らされ、暖かな輝きに包まれていた。

 こうした雰囲気の中では、本当に月の女神にお相手しているかのような錯覚を覚える。……私の中にやましい気持ちなどはないが、緊張はする……。

 

 やがて、神殿の奥に並んだ少数の聖歌隊が月夜の聖歌を歌い始めた。

 これがまた長い。歌も退屈だ。様々な式典で聞く歌なのもあって、ちょっと眠くなってしまう。……だがこれも儀式の一つだ。耐えなければならない。

 

「……ウィレムさん、不安な顔をしてる」

「……え」

 

 神殿に聖歌が響く中、横からぼそりとステイシーさんが呟いた。

 

「私と結婚するの、嫌だったり?」

「ちっ、……違うよ。そんなことあるはずがない」

「本当に?」

「神に誓ってもいい。本当に。この気持ちが嘘だというのなら……その場で神罰を受けてやってもいい」

 

 誓いの儀を前にした宣誓だった。

 ちょっと格好がつかないと思ったけれど……ステイシーさんは、良い笑顔を浮かべていた。

 

「なんか、照れるなぁ……そういうの」

「あ、ごめんなさい……」

「ううん、嬉しいの。女神とか、神に誓っても良いとか……ウィレムさんは、私のことを本当に想ってくれているんだって、そう思うとすごく嬉しくなる」

 

 ……嘘をついているようには見えなかった。

 

「逆に、私がさ……ウィレムさんへの気持ちを示せていなかったんじゃないかって、反省してる」

「え?」

「……このレゴールに来てから、色々と勉強して、慣れない人付き合いなんかもしたけど……あまり、上手くいかなくてさ。私ってウィレムさんの妻として、役に立ててないなって」

「そんなことない。そんなことないよ」

「やっぱり私、剣術ばっかりやってたから駄目なんだなぁって……ごめんね。ウィレムさんのために頑張ってはみたんだけどさ」

「貴女はとても立派で、素敵な人だよ。ステイシーさん」

 

 卑屈になりかけた彼女に、私は聖歌にも負けないくらいの声を上げていた。

 

「ステイシーさん。貴女は人付き合いが苦手な人だ。活発で、剣が上手で、とても賢い……だけど、人と関わることを苦手としてる。ただそれだけ。そのせいで今はまだ、目に見える結果が出ていないだけなんだよ」

 

 ステイシーさんは一見すると、ちょっと荒っぽくて明るくて、活動的に見える。

 けれど実際の彼女は、内面に孤独を抱えている。人と関わることを苦手としている部分が強くあって、決して外向的なタイプではなかったんだ。

 だからこのレゴールに来てからの日々は、挨拶や紹介ばかりでとても疲れる思いをしたと思う。慣れないことをして体調を崩したこともあったし、不安定になりかけた時もあった。

 

 けど彼女は、苦手な分野にもめげずに頑張っている。その努力は……そうか。私のため、だったのだね。

 てっきり、なにか別の理由があるものかと……そうじゃなかったのか。

 私に……妻として働ける力を見せたかったと。そういうことだったのか。

 

「私は……よその貴族のように、貴女を窮屈な鳥かごに閉じ込めたりするつもりはない。ステイシーさんの輝ける場所は、そういう場所だけじゃないんだ」

「……けど、私は妻としてウィレムさんを……」

「そうだね。支えて欲しい。けれど、ステイシーさん。私はステイシーさんの輝きを曇らせたくない。貴女は剣豪令嬢のまま、昔窓辺で本を読んでいたあの時の君のままで、いて欲しいんだよ」

 

 私はステイシーさんの好きなことを知っている。本が好きで、剣術が好きで、軍略が好き。

 ……最近はその多くを自ら封印していたけれど、私のためにとそんなことをする必要はない。

 

「私は……輝いているステイシーさんの姿が好きだから。だからどうかこれからは、自分を曲げないでいて欲しい」

「……ウィレムさん」

「なんだったら、ステイシーさん直属の部隊を……」

「それ以上は駄目だよ」

 

 ステイシーさんに言葉を尽くそうとしたその時、彼女の手が私の手を強く握りしめた。

 強い力だ。つ……強すぎてちょっと痛いくらい……。

 

「す、ステイシーさん……?」

「それ以上、貴方からの愛を感じてしまうと……衝動的に、愛を返したくなってしまう」

 

 こっちを見ている。

 なにか、すごい感情の籠もった目で……。

 

 ま、まるで何か猛獣に睨まれているかのような……。

 

「……それでは、祭壇の中で誓いの言葉と口づけを」

 

 ハッと我に返る。

 どうやら歌が終わり、次の段階へと進んでいたらしい。

 

「来て」

「は、はい」

 

 祭壇の上には天蓋があって、布が垂れ下がってヴェールとなっている。

 中での言葉は周囲の人間には秘されるが、神には届けられる。つまり、ヒドロアに誓いを捧げる場所だ。この中に入ってから言葉と……ああ、いよいよだ。ステイシーさんと、口づけを……き、緊張してきた。

 

「入って」

「う、うん。もちろんわかってるけど……」

 

 そんなヴェールの中へ、ステイシーさんはどんどん先に進んでゆく。

 力強い人だ。それになんだか、急いでいる? 焦っている……?

 

 中央にある本当に小さな置物のような祭壇を二人で囲み、向き合う。ここで誓いを交わすんだ。

 予定通りに、間違わないように……。

 

「わ、私は……ステイシーを妻に迎え、月が砕け散るその時まで、彼女を愛することを誓いま……んッ!?」

 

 私が誓いの言葉を言い終わるや否やのタイミングで……口づけが交わされた。

 ステイシーさんの方から。力強く。……長く、情熱的な口づけだった。

 

「……――っはぁ。……私の命が潰えても。月が砕け散っても。ウィレム。貴方を私の知恵と剣で、護ります。貴方を……愛し続けます」

「……はひ」

 

 頭がぼーっとして……なにがなんだか、わからない……。

 

「私も、ウィレムさんのことを好きなんだって。愛しているんだって。証明し続けるから……だから」

 

 あれだけ情熱的な口づけをしておいて、言葉に詰まるステイシーさんの顔は仄かな光の中でも真っ赤に染まっていた。

 

「……結婚しましょう」

「……よろこんで」

 

 ああ……なんだか、肝心の部分をステイシーさんに言われてしまった気がする……。

 

 けど……今はそんなことが、ちっとも気にならないや。

 

 そうか、これが……幸せっていうやつなんだろうな……。

 




バスタード・ソードマン書籍版第一巻がついに発売されました。(昨日)
既に多くの方に買っていただけたようで、たくさんの購入報告を頂いています。本当にありがとうございます。

ここまで来れたのは読者の皆様のおかげです。
これからも当作品を応援よろしくお願い致します。


活動報告で掲載していたファンアートをこちらでも再掲載させていただきます。



【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)モングレルとにくまんのカウントダウンイラストをkanatsu様よりいただきました。ありがとうございます。

( *・∀( ワーイ


【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)ライナのイラストをエンシェントみ様よりいただきました。ありがとうございます。


それと、なんとイラストのマツセダイチ様よりバスタード・ソードマンの販促漫画を描いていただきました。シナリオは私が担当しています。
バッソマンらしい雰囲気の漫画になっていると思います。こちらも非常に素敵なので、ぜひご覧下さい。
(販促漫画*・∀・)



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串揚げチーム始動

 

 結婚は人生の墓場だ。

 と、俺の前世では言われていた。これは結婚した人々が口にするありきたりな言葉なわけだが、正直言って未だに俺はこの言葉をどう受け取ったらいいものかわからないでいる。

 言葉の通り墓場だなって感じなのか、それとも照れ隠しなのか、冗談交じりの自虐ネタなのか。前世でも現世でも結婚したことのない俺にとっては、わりと本気で未知の世界なんだよな。

 特に貴族の結婚なんてのはほぼ全てがお見合い結婚。いや、家によってはお見合いですらなく親の都合で勝手にマッチングされるものでさえあるだろう。

 レゴール伯爵にとって、今回の結婚が良いものであれば何よりなんだがな。

 

 

 

 精霊祭の時のように飾られた町並みは、多くの人でごった返している。

 普段はそう一般人の通らない東門付近にまで人が行き交い、路肩に出された店を横目に眺めながらのろのろと流れていく。

 秋にこの観光客の多さ。そして喧騒。目が回るようだ。

 

「ついに伯爵様も結婚かぁー、めでたいねぇ」

「これでレゴールも安泰だ。拠点を構えるのに及び腰だった連中も腹括るだろ」

「お酒が配られるんだろ? やっぱ中央広場の方か?」

「翌年の標語ってのはまだないのか……」

「宿取れねえのかよ。他どっか探すしかないか……?」

 

 人、人、人。まだ早朝間もなくだってのに人だらけだ。行き交う人の半分くらいは祭りの準備をする側の連中だろうが、既に観光してる連中の姿も多い。

 もう既に屋台の準備に取り掛かっているとこも多い。ぼーっとしちゃいられねえな。

 

「さて……ライナ、モモ、ミセリナ。まずは良く来てくれた。お前らが手伝ってくれるおかげで今日の俺らの屋台の売上はレゴール最大を記録するだろう」

「大げさっスね……」

「まあ、どうせやるのであればたくさん売りたいですけどね!」

 

 モモは随分とやる気のようだ。よしよし、やる気がないより百倍良いぞ。

 ……その後ろで佇んでいるミセリナは、やる気があるのかないのか……まぁただ大人しいだけなんだろうな多分。

 

 聞くところによれば、ミセリナは21歳なのだという。ライナほどではないが、実年齢より幼く見えるな。

 

「ミセリナは突然の誘いで悪かったな」

「私も突然でしたけど!?」

「そうだなすまんな」

「い、いえ。お祭りの最中は、特に予定も無かったので……大丈夫です、はい」

「一応早めに切り上げても良いようにはするからな。疲れたり休憩入りたかったら言ってくれよ」

「はい」

 

 今回俺達が出す屋台飯は……串揚げだ。容器を必要とせずそのままサッと提供できるので、シンプルに楽。かと思いきや串揚げ用の竹串を大量生産するはめになったので手間がかかってないってのは大嘘である。クソほどかかってるわ。しかし他にやりようがないのだから仕方がない。

 

 揚げ係は調理にそこそこ慣れた俺が担当する。もちろん暇があれば他の作業もやる。

 串打ち係はライナ。肉の処理に慣れているので任せることにした。地道だし根気のいる作業だが、我慢強いライナが合っている。

 会計はモモ。お金の受け渡し、商品の提供など、ハキハキ喋るモモなら適役のはずだ。

 ミセリナは洗い物、食材の切り分けその他色々だ。専門は色々と割り振ってはいるものの、どうしてもボトルネックになる工程が出てくるはず。そのカバーをやってもらうことにした。

 俺も初めての屋台だからな。トラブルは絶対に起こるだろうし、全部が全部上手くいくなんてこともないはずだ。けどそれを少しでも緩和するために、ミセリナには頑張ってもらおうというわけ。

 

「すまんミセリナ、最初の火起こしだけちょっと手伝ってもらっていいか? 火付けにちょっと風が欲しいんだわ」

「あ、はい。わかりました。大丈夫です」

「モングレル、水はこっちに入れますよ!」

「おー、頼んだぜ。やっぱ魔法使いがいると便利だなぁ」

 

 そして魔法使いってのはこういうところが便利だ。ちょっとした水の準備、火起こしの補助。それをかさばる道具を使わず魔法でやってのけてしまう。

 特に水をその場で用意できるってのは最高だな。この人でゴミゴミした通りを重い瓶担いで歩かなくて良い。……また魔法の勉強でも始めようかな?

 

「モングレル先輩、今日は最初から色々な物を揚げていくんスよね」

「ああ。どれが売れるかわからんからなぁ。とにかく揚げて揚げて揚げまくるぞ。冷めても良い。温め直すついでにちょっとまた油につけてやれば良いだけだしな」

「モングレル。私達はまだ試作を食べてませんよ。作ってくれる約束でしたよね?」

「おおそうだった。まぁちょっと待っててくれ。油が適温になるまでな」

 

 今回はとにかく大量の食材や燃料を用意した。

 形を整えた炭のブロック、クレイジーボアとチャージディアの切り分けた肉、ついでにライナが持ってきてくれた鳥肉、溜め込んだラード、各種野菜などなど。

 木箱に氷室の氷を詰めて一日くらいは使えるクーラーボックスなんかも用意した。

 揚げるための液と粉も不足の無いよう過剰に準備したし、食べ終わった後の串を回収する入れ物や串を洗うための専用の器具もある。

 屋台の裏スペースには休憩用の椅子も複数完備だ。飲み物だってある。

 思いつくだけのものは全て用意した……あとは売り出してみて、どう転ぶかだな。まぁ外れるとは思ってないが。揚げ物だし。

 

「モングレル先輩の作る揚げ物は本当に美味しいんスよ。今日は沢山売れるはずっス」

「それは楽しみですね……あ、串打つの私も手伝いますよ!」

「モモちゃんあざっス! 手、気をつけてやるんスよ」

「わ、私も何か手伝います」

「おーすまんな皆。もうそろそろ油も準備できるから、頼んだわ。その調子で山のように串を用意しておいてくれよな」

 

 既に木製クーラーボックスには串打ちした肉が何十本も入っているが、これもいつまで持つかわかったもんじゃない。売れる時は飛ぶように売れていくはずだ。

 串の数に限りがあるし、保管する場所も限られているから俺だけじゃ事前の串打ちが間に合わなかった。やってもらえると本当に助かるわ。

 

「あらあら……本当に随分と近い場所に店を出したのね、モングレルさん」

「! お前は……ダフネ!」

 

 覚えのある声がすると振り向いてみれば、なんと隣にダフネのパーティーがやってきていた。しかも屋台付きである。まさかのお隣さんであった。

 あ、下準備は“ローリエの冠”の男二人がせっせと進めてら。こいつらもすっかり使われるようになっちまったなぁ。

 

「ダフネちゃんおっスおっス」

「おはようライナ。そちらは……“若木の杖”の子まで手伝っているの? なるほど。そっちも本気みたいね」

「ダフネですか……おはようございます。そちらも串料理らしいですね!」

「ええそうよ。シンプルかつ王道の串焼きで勝負するわ! 私達が獲ってきた肉を焼いて売る! それだけで莫大な利益になるはずよ!」

「こっちだって同じだぜ。肉は自分で獲ってきたもんだ。肉の質なら負けねえからな」

「ふふ……良い商売敵になりそうね。楽しみにしているわよ!」

 

 いつもはギルドマンとしての先輩後輩の関係だが、商売となると向こうは自分の土俵だからかとても元気そうだった。

 よほど自信があるのだろう。そしてそれは的外れでもない。……気合い入れて売っていかないと、大変だな。

 

「商人のダフネが隣……しかも似たような料理を出して……モングレル、大丈夫ですか? 用意した食材、ちゃんと売れるんでしょうね!?」

「も、もし余ったりしたら……どうするんですか……?」

「おいおい不安になってるんじゃないよ。けど余ったらまぁ……その時は各々クランハウスにお土産として持たせるなりして、どうにか処分はするけどな」

 

 炭火で熱されたラードの海。そこに落とした衣用の雫が、いい感じの音を立てている。

 適温だ。このまま炭火の高さを下の段で調整して温度を保ちつつ、だな。

 

 さて……準備が整ったここに串打ちされたボアの肉を四本、ドーンとぶちこむ!

 

「いい音っスねぇ……」

「何か液と……粉をつけるんですね?」

「パ、パンですか?」

「まぁな。……よし、そろそろか。……モモ、ミセリナ。屋台の商売が上手くいくかどうかは、こいつを食ってから判断するんだな。売れない心配よりも先に、食材の準備が間に合うかどうかを心配したほうが良いぞ?」

 

 出来上がったクレイジーボアの串揚げを三人に渡す。

 ライナは手渡された瞬間に嬉しそうな顔で齧り付いたが、モモとミセリナはしばらく観察するように眺めていた。

 

「まあ、食べてみればわかりますか」

「いただきますね」

「おう、食え食え」

 

 さて、準備はできたしどんどん揚げていこう。どうせ作ったそばから売れていくだろうし、大量の在庫を作るつもりで揚げていくぜ。

 

「んっ! 美味しいですね!」

「……! ですね……! これは、売れそうです!」

「あー……やっぱ良いっスねぇ……」

 

 よし、好感触だ。やっぱ油で揚げるのが最強なんよ。この手に限るわ。

 あとはひたすら商品を捌きまくって……祭りで豪遊だな!

 

 ……いやなんかあまり過剰に自信満々だと失敗フラグが立ちそうだな。

 普通に粛々と頑張っていこう。

 




なんと早くもバッソマン第一巻の重版が決定したそうです。はやい。

皆様の応援のおかげで第一巻は飛ぶように売れています。本当にありがとうございます。

より多くの人にバッソマンの魅力を知っていただけたら、作者としてはこれ以上嬉しいことはありません[※要出典]。

これからもバッソマンをよろしくお願いいたします。



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一日限りの商売人

 

 日が昇り明るさも強まった頃になって、結婚祭がぬるっと始まった。

 別に誰かがデカいスピーカーで開始を宣言してくれるわけでもない。今日明るくなったら始まり。そういうもんである。

 辺りの屋台がそれぞれてんでバラバラに営業を開始し、通行人達も“お、やってんじゃん”みたいな感じでそれぞれやってる店の前で立ち止まり、買っていくわけだ。

 

「串揚げ一本200ジェリーですよ! 他では食べられないレゴール名物、ボアの串揚げ! この機会に食べなかったら損をしますよ!」

 

 売り子のモモが普段からよく通る声を更に大きくして呼び込んでいる。

 こいついつも眠そうな目をしてるし髪型もおっとり系なんだが、性格も喋り方も全然見た目と違うんだよな。しかしハキハキと喋ってくれるのはとてもありがたい。おかげでチラチラとこっちを見てくれる客も多いぜ。

 

「さあドンドン揚げていくぞー」

「こっちもドンドン刺していくっスよー」

 

 ライナが串を打ち、俺が揚げる。

 肉の串揚げは一口サイズの肉が二つついて200ジェリー。正直言ってこの手の屋台にしてはやや高めな値段設定だと思う。

 だがここはおそらく唯一の揚げ物屋だ。他の屋台にはない独自性があるし、何より揚げ物は美味い。口コミで噂でも広まれば一気に売れていくはずだ。そのためにも今からガンガン揚げてストックを作っていかないといけない。

 

 既に揚がった串は木製バットの上に二十本近くある。

 以前作った洗濯板をより目を大きくしたようなギザギザが底についているバットで、ここに揚がった串を乗せておくと溝に油が落ちていくわけだ。金網の方が良かったっちゃ良かったが、いちいち作るのも金がかかるしな。あるもの使って適当に作ったやつだ。

 

「串揚げ? なんだそりゃ。高いな……」

「気になるけど、ちょっとねぇ」

 

 あ? なんだテメェら冷やかしか? 冷やかしなら帰れ!

 

「こちらの串焼きは一本100ジェリーよ! バロアの森で獲れた新鮮なボアの肉を使ったレゴールの名物! さあさあ、焼き立てがあるから早いうちが良いわよー!」

「お、良い匂い。ボアの肉か……久々に食べたいな」

「串焼き買うかー。後で広場行きましょうよ、色々やるみたいだし」

 

 あっこらダフネ! 俺の屋台見てた客を取りやがって!

 

「ふふん」

「くそ、勝ち誇ったような顔しやがって……」

「素人さんの隣で開く店はやりやすいわねー!」

 

 だが実際客が寄りつきにくいのは仕方ない。

 なぜならこの串揚げ、焼いた肉に比べるとどうしても匂いが少ないのだ。

 油の臭いはそりゃするが、ジュウジュウと焼けた肉から立つ香りと比べるとどうしてもインパクトに欠ける。

 何より値段が倍違う。これは普通に痛い。祭りが始まったばかりでテンションも上がり切っていない客を呼び込むには、まだ俺達の店は早かったようである。

 

「……なんかうちの屋台、お客さん買ってくれないっスね」

「ど、どうしたんでしょう……美味しいんですけどね」

「食ったことのないものだからな……いや、だがまぁ始まったばかりだ。待ってりゃそのうち来るって」

 

 自分に言い聞かせるように言ったが、それが何か不穏なフラグに……なるようなこともなく、それから数分後に普通に客がやってきた。

 

「ふーん串揚げねぇ。素揚げとは違うのかい?」

 

 立ち止まったのはレゴール市民らしい軽装な男性だった。肉体労働者だろう。結構がっしりした体付きをしている。

 一本だけ食べただけのモモじゃ解説できないだろう。揚げ作業をやりながら答えてやる。

 

「ああ、これは肉の周りにパンの粉と液とまぶしてあってな。そうして揚げてやると、肉の表面にザクザクした美味い衣ができるんだ。油もクレイジーボアから採れたラードを使ってるから美味しいよ。まずは一本食ってみな! 後悔はさせねえぜ!」

「はい、美味しいですよ!」

「っス!」

「……そこまで言うなら試しに一本買ってみるか」

「まいどあり! 塩とソースがあるけど、どっちの味にする? 俺のおすすめは塩かな」

「じゃあ塩で」

 

 せっかくなので揚げたてのやつを一本選び、向こう側へ差し出す。

 これでまずは200ジェリー……赤字脱却からの第一歩だぜ。

 

 ちなみにソースはこの世界の微妙な感じの味のソースである。俺はそんなに好きじゃないけど、ハルペリアの人にとっちゃ身近だから一応ね。

 

「ふむ、どれどれ……おおっ?」

 

 ざくっと一口食べてみて、早速いい反応があった。

 驚いたような顔のままザクザクと串揚げを噛み、そのままぺろりと二個目も食べてしまった。

 

「……こいつは美味いなぁ。ソースのも一本、いや塩とソース二本ずつもらえるか?」

「はい! 800ジェリーになりますよ!」

「ぐ、高い……が仕方ない。売ってくれ」

 

 よしよしよしよし、滑り出し絶好調だ。一人目の客で既にクリティカルである。

 いや串揚げが外れるなんてことはねーからな。わかってたよ俺は。

 

「串揚げ? 高いけど美味いのか?」

「ちょっと気になるね。せっかくだしひとつ買ってこうかな」

 

 それからちょくちょくと客がやってきては、串揚げを食べて驚きながらも良い評価をくれた。

 その場で完食してくれるもんだから使った後の串も回収できてありがたい。あらかじめ大量に作ってはおいたが、串の数だけが心配だわホント。

 

「なんかいけそうっスね!」

「いけるいける。忙しくなるぞぉライナ」

 

 やがて人通りも多くなると、パラパラと来ていた客が更に増えてくる。

 口コミでもあったのか、最初から一気に数本買っていくお客さんなんかもいた。

 

「こいつは美味いな。肉の周りのザクザクしたやつが良い」

「この野菜、いつもはちょっと苦いのにこれだと全然感じないぞ。良いなこれ」

「初めて食ったなこれ。うめぇうめぇ」

 

 串揚げが売れる売れる。肉以外にも野菜の串も物珍しいからか飛ぶように売れていく。

 最初は健気に客を呼び込んでいたモモも、今では会計に集中するだけになっていた。そのくらい常にずっと客がいるのだ。

 もちろん俺達の屋台だけでなく他の屋台でも似たようなことになっていたが、既に俺達の屋台は隣のダフネの屋台よりも繁盛していた。

 

「モングレルさんの屋台の勢いヤバいぞダフネ……!」

「くっ……! 何よ串揚げって……! 私が露天で負けるなんて……許せない……!」

「大変だなぁダフネ」

「許さないわ! ローサー!」

「えぇええ俺ぇ!?」

「違うわよ! ちょっとお金持ってあの串揚げ三本買ってらっしゃい!」

「えっ買うの!?」

「あの屋台の人気の秘密を研究するのよ! 真似できるものじゃないにしても、気になるでしょ!」

「おう! じゃあ買ってくるよ! 塩でいい?」

「良いわよ!」

 

 なんかおもしれーワチャワチャをやってるなと思ったら、小銭を持ったローサーがやってきて串揚げを三本買っていった。

 お買い上げあざまーす。まぁ今から串揚げの真似は無理だから諦めろ。肉の素揚げとはわけが違うしな。

 

「……うまっ! なんだこれ、美味いな!」

「ダフネ、お金貸してくれるか? 俺もうちょっと食べたいんだけど……」

「……! こ、これはっ……!」

 

 おやおや、どうやら気づいたらしいな“ローリエの冠”諸君……。

 若い君たちにとって初めての串揚げ肉はさぞ美味かろう……。

 

「……早いうちに始めると燃料が勿体ないと思ってたけど、気が変わったわ。今からローリエのお茶を作るわよ! 隣でこの脂っこい串が売ってるなら、お茶を買い求めるお客は多いはずよ!」

「おいおい俺らの屋台に便乗する気かよダフネ!」

「お茶はこっちの屋台側で提供すれば完璧ね!」

「しょ、商売上手っスねダフネちゃん……」

 

 普段それ単体で飲むと苦かったり爽やか過ぎてくどいローリエ茶だが、確かに油物と一緒に飲めば相性はいいかもしれない。

 実際、隣でダフネたちがローリエ茶の販売を始めると、それもなかなかいい調子で売れていくようだった。こういう時に水商売は強いな……水があればいくらでも儲けられるんだから。

 

 

 

「おうモングレル、やってるか! お、前に試作してたやつだよなそれ」

「よ、バルガー。……ってもう飲んでんのかよ」

「はははは! 今日は祭りだぜ? 飲むに決まってんだろ!」

 

 ひたすら揚げまくり、売りまくる。そんな好調な営業を続けていると、程よく酔っ払ったバルガーがやってきた。

 他にも“収穫の剣”のメンバーの双子兄弟も一緒だった。

 

「なんだ、バルガーは食ったことのあるやつか。俺らは知らないぞ」

「見たこと無いな。美味いのか?」

「おう、試作品を食った時は美味かったぞ。モングレルが作ったとは信じられないくらいにな!」

「うっせ。買うなら金よこせ金! 一本200ジェリーな!」

「友人価格にまけてくんない?」

「私達の屋台は値引きをやっていませんよ!」

「うわっ、モモちゃんは厳しいなぁー」

 

 結局三人はそれぞれ一人二本ずつ串揚げを買い、その場で食い始めた。

 

「おお、やっぱうめぇなぁ」

「ん! 良いじゃないかこれ」

「酒飲みたいな酒。さっきの所で買ってくるか」

「おい串はこっちに入れていけよー、洗って使い回すからなー」

「はいよ。酒だ酒、酒買おう」

 

 ギルドマンにとっても評判は良い。肉体労働者には特に刺さる味してるもんな。

 そこにエールやビールが加わればもう最強よ。俺ですら今ちょっとビールと一緒に食いたくなってくるもんな。

 

 

 

「ようモングレル。……ああ。これが例の、小火を起こした料理か」

「おーいらっしゃい! 人聞きが悪いぜそれは……本当だけどさ。今日は小火起こさないって」

「はは、そうしてもらえると助かるな」

 

 馴染みの衛兵さんたちもやってきて、串揚げを買ってくれた。今は任務中で、街中を警備している最中らしい。お仕事ご苦労さまである。串揚げ食ってエネルギーをチャージしてくんな。

 

「おー、良いな。うめぇ」

「美味いぞこれ。モングレルこういう店の方が合ってるんじゃねえのか」

「俺は料理もできるブロンズ3のギルドマン、モングレルだ」

「あくまで本業はそっちか。儲かりそうなもんだが」

「こんなの誰でも真似できるから無理だって、俺に商売は向いてないよ」

 

 自分でもこう言ってる通り、串揚げくらいなら真似をするのは簡単だ。

 それに俺はこの調理法を隠そうってつもりもない。この調理方法が広まってくれればそのうちレゴールで定着するだろうし、俺はそういう店を利用する方のが好きだしな。

 

「……モングレル先輩、さっきの衛兵さんが言ってた話、私もアリだと思うんスけど。料理上手なんスから」

「そ、そうですね。お店を構えられる料理だと、私も思いますが」

「嫌だよそんなの面倒くさい。俺は客商売はしたくないんだ」

 

 今こうしてやってるのは一日だけだから良いのであって、毎日となると俺は絶対飽きる確信がある。

 それどころか夕方くらいになったら揚げ物にうんざりしてる可能性大だ。そういうもんだよ。

 

 

 

「やあモモ。仕事は順調かい?」

「母さん! ……え、一人で歩いてるの? 危ないから誰かと一緒にいないと駄目でしょ!」

「さっきまでバレンシアも居たんだけどねぇ。彼女、男の人捕まえてどこかに行っちゃったんだ」

「もーバレンシアさん……また男の人と遊んで!」

 

 やがて暇そうにぶらぶらしてたらしいサリーがやってきた。

 それまでバレンシアと一緒だったらしいが……バレンシアは男癖悪いって本当だったんだな。

 まあサリーの保護者役なんて罰ゲームみたいなもんだし、こればかりはしょうがないだろう。

 

「僕にも一本売ってもらえるかな」

「良いぜ。……いや、サリーだったらこの屋台ちょっと手伝ってくれるならタダでも良いぞ。あ、客引きは間に合ってるからやらなくていいからな!」

「予防線がくっきり見えるねぇ。ひとまず食べさせてもらうよ。もうお腹が空いてるんだ。塩でお願いね」

「はいよー」

 

 サリーに客引きは期待していないというかやってほしくないが、今の忙しい時間を乗り切るためには人員の補充が必要だと思っていたところだ。

 そこに魔法の使えるサリーが居てくれれば色々と応用が利く。モモ以外にも水の補充もできるってのが何よりデカい。

 

「……ん、美味しい。これ美味しいねぇモモ」

「ふふん、そうでしょ? 今すっごい売れてるの」

「へー……うちのクランでこれ作ってもらおうか。ヴァンダールに」

「こらこら、話するなら屋台の裏でやってくれ。後ろに客来てるだろ」

「おっと、すまないね」

 

 結局なし崩し的にサリーも屋台を手伝うことになった。

 ……なんか割合的に俺の屋台じゃなくて“若木の杖”の店になりかけてるけど、まぁいいか。

 この後もどんどん売ってくぞ!

 

「モングレル、僕これ同じ奴もう一本食べたいんだけど」

「働いてからな!」

「串打ち忙しいからサリーさんにお願いしたいっス!」

「ええ、生肉触りたくないから嫌だなぁ」

 

 ……雇う奴間違えたか?

 




書籍版バッソマンも好評発売中です。
忙しい中ウルリカのサービスシーンに長文で注文をつけた厄介作者の努力が垣間見えますので、気になる読者の方は是非どおぞ。

あと今まで言ってなかったかもしれませんが、コミカライズ企画も進行しているらしいです。


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結婚祭のお昼前*

 

 人が増える。どんどん増える。

 俺の作ってる串揚げが美味くてその口コミで増えてるってだけじゃない。単純にレゴールの街中を出歩く人の数がすげー多いんだ。

 

「ミセリナ先輩。なんか面白い飾り持った人多いスけど、なんなんスかねあれ」

「あ……あれ? バロアの若木と、羽根のやつ……?」

「そうっスそれっス。なんかみんな同じの持ってるなーって」

「あれは……お貴族様の紋章を象った、お守りじゃないでしょうか。バロアの若木に白い羽根が布で結ばれているので……今回結婚することになった両家を抽象化したものを組み合わせ、売っているんでしょう……はい」

「バロアの枝はレゴールのアレっスよね。でもあの羽根は……?」

「ええと、それはですね……レゴール伯爵の紋章が三段積みの石レンガにバロアの若木。そしてクリストル侯爵家の紋章が水晶玉にとまるムーンカイトオウル……だからだと思います。本物の羽根ではなく、ただ何かの鳥の羽根を染めた物だとは思いますけど……」

「あー! そういうことなんスねぇ」

 

 いつもと違う祭りってだけあって、行き交う人々が買う物もちょっと違うようだ。

 レゴール伯爵家とクリストル侯爵家が結ばれたとあって、それに纏わる縁起物を記念に買っていく人が多いらしい。

 布が結ばれているから、宗教的な意味もあるんだろうな。何度か似たような飾りは見たことあったけど、なるほどね。あれってそういう物だったのか。この歳にして初めて知ったぜ……。

 

「サリー先輩は結婚した時ああいうもの作られたりしたんスか?」

「ん? 僕の結婚の時はああいうのはなかったなぁ。偉いお貴族様同士の結婚の時だけの物だと思うよ。僕の結婚は全然そういうのじゃなかったからね」

「はえー……ってサリー先輩、お肉触るの嫌がってたわりにめっちゃ串打ち手際良いっスね……」

「なんか得意だねぇ。気持ち悪いけど」

「串打ちは上手くなるまで三年近くかかるって聞いたけどなぁ俺は……」

「こんな作業が上手くなるのに三年もかかってるようじゃ料理なんて向いてないんじゃないスか……?」

 

 ……。

 わからん……確かにライナの言う通りかもしれないが……。

 串打ちには俺の知らない奥深さがあるかもしれねぇから……迂闊な発言は慎むぜ……!

 

 

 

 昼になる前、馴染みの顔が何度かやってきた。

 

「あっ。ライナ、“アルテミス”の人たちが来ましたよ!」

「え? あっ、シーナ先輩! ナスターシャ先輩! 来てくれたんスね!」

「真面目にやってるかしら? というより、売れてるの?」

 

 ふらりと現れたのは、いつもより気合の入った服を着込んだシーナとナスターシャだった。

 装備品ではない、まるで夜会にでも出るような晴れ着だ。

 

「串揚げは飛ぶように売れてるぜ。串とか食材が無くなっちまいそうだよ」

「ほう……ライナが串に刺しているのだな」

「せっかくだし一本ずつ買っていくわ。ボア肉でお願い」

「まいどありー。塩とソースあるけどどっちにする?」

「塩で」

「ならば私も塩で」

「はいよー」

 

 串揚げの良いところは、串焼きよりも早く提供できるとこだよな。

 焼きよりもやり直しがきくのは本当にありがたい。適当にストックを油でジューッとやりゃ終わりだもんよ。

 

「ほいおまちどさん」

「……うん、美味しい。良い食感だわ」

「うむ、そうだな。……おや、サリーも手伝っているのか。珍しいな」

「やあナスターシャ。バレンシアとはぐれてしまってね。僕も探しているんだが」

「……経緯はわからないが、真面目にやっているようで何より」

 

 それから二人はしばらく裏方の連中と会話を楽しむと、再び祭りの喧騒の中へと去っていった。

 

 

 

 次にやってきたのは、ウルリカだった。

 こいつもこいつで今日はめかしこんでるな。……既に色々食べ歩きしているのか、手元には竹串が何本か握られている。

 

「やっほー、モングレルさん。ライナも手伝ってるねー」

「っス。手が疲れてきたっス……」

「ようウルリカ。その竹串そっちの串入れに入れといてくれよ。後で再利用するからな」

「え、ここに捨てちゃえるんだ。やったー、邪魔だったんだよね。あ、私ボアの串揚げ四本頂戴ね!」

「おいおい四本って結構な……」

 

 一人で食うにしては多いと思ったが、ちらりと顔を上げて気がついた。

 ウルリカから離れた通りの向こう側で、不自然に立ち止まっている人の姿がある。

 長い黒髪に身体のシルエットを隠す清楚な装い……。

 王都でも偶然見かけた、女装したレオの姿だった。

 

 ……レオお前……まだやっていたんだな……。

 

「……またこっち通るようなことがあれば串戻しといてくれると助かるぜ」

「はいはーい」

 

 目は合わせない。気付いたような素振りも見せない。

 趣味は趣味だ……そういう趣味もある。大丈夫、わかるぞレオ……いや俺がそういう趣味を持っているわけではないが……好きは人それぞれだ。

 祭りの日くらい、好きに楽しむのも良いだろうさ……俺はお前をそっとしておくぜ……。

 

「はいよ、四本。熱いうちに食えよー」

「やったー。モングレルさんの揚げ物、熱くて美味しくて……夢中になっちゃうんだよねぇ」

「ウルリカ先輩、串打ち手伝ったりしないっスか?」

「あははごめーん、それじゃ!」

「あっ! 逃げたっス!」

 

 どうやら屋台の手伝いとかはしたくないらしい。串を受け取るとさっさと立ち去ってしまった。

 同時に、ウルリカを追うようにレオもまた……。

 

 ……俺以外のやつにはバレてなかったみたいだ。良かったな……。

 

 

 

 それからまた少しして、俺とライナの役割を交代した。

 串打ちに飽きたライナに同じ作業をさせ続けるのもちょっとかわいそうだったしな。休憩がてら、今度は揚げ作業をやってもらおう。

 火の扱いも慣れてきたし、火力は安定しているので大丈夫だろうと見込んでのことである。数十分なら平気だろう。

 

「はえー、こうやって揚げてたんスねぇ……」

「踏み台倒さないように気をつけろよ」

「っス。これなら私にもできそうっスね」

 

 揚げ作業つってもまぁ複雑なもんではない。

 材料を液につけて、パン粉につけて、油にドボンさせるだけの作業だ。子供でも充分できるし、なんなら適当に串焼き作るよりも楽だろう。

 

「じゃあこれは知ってるかライナ。この一度揚げてある奴をもう一度液につけて……パン粉つけて……揚げる!」

「えっ良いんスか、これ……」

「するとほら、衣が分厚くなった高級串揚げの誕生だ……! こいつはすげぇザクザクするぞー」

「おおおっ……! なんでそれお客さんに出さないんスか?」

「液の消費が早いと高く付くからな……」

 

 このバッター液、卵使ってるから安くねえんだよ。

 値上げしてメニューにするのもちょっと面倒くさいしな。会計は楽な方がいい。

 

「どんどん揚げるっス!」

「頑張れよー。つまみ食いするなよー」

「しないっスよ!」

 

 ライナが揚げをやっている間、俺はサリーと一緒に串打ち作業だ。

 持ち前の身体強化を使ってガンガン量産してやるぜ。

 

 

 

「あれっ? サリー団長じゃん」

 

 ちょうど昼くらいになって、賑わいも頂点に達した頃。

 サリーの保護者役を放棄したという件のバレンシアが屋台に現れた。

 

 目元が隠れたボサボサの黒髪に、性格とは真逆のかっちりとした真面目そうな雰囲気の装い。そして隣にはギルドでも見たこと無い知らん若い男が居た。

 

「おや、バレンシアじゃないか。遅かったね」

「いや遅いってゆーか……」

「ちょっとバレンシアさん!? 母さんをほったらかして行っちゃうのは困るんですけど!?」

「あーごめんごめん。ごめんってばーモモ」

 

 まぁ俺としてはサリーが手伝ってくれてるおかげで楽できたから良いんだけどな。想像以上に仕事が捗ってちょっとびっくりしてるわ。

 

「じゃあ僕はこのへんで作業はやめて、失礼しようかな」

「え、いやいやお前あのバレンシアの二人にくっついていくつもりかよ。それだけはやめろ」

「え?」

「えじゃないんだけどな……? あーバレンシア、串揚げ二本までなら奢ってやるよ。サリーの働きの分、二人にサービスだ」

「マジ!? モングレルさん超イケメンじゃん。最高大好き」

「お……おいバレンシア……俺は?」

「えー? もちろん超超大好きっ。後でビールおごって?」

「お、おう!」

 

 悪女というか尻軽というか……しかしバレンシア、いつも一緒にいるクロバルと付き合ってるのかと思ってたけど、全然そんなことなかったんだな。噂通りの男癖の悪さを見せつけられちまったぜ。

 

「ィらっしゃっスー。串揚げおまちっス!」

「わーいライナちゃんありがとー。あ、そーだ。そろそろ中央広場でお披露目あるから、見に行くならそろそろ行ったほうが良いよ?」

「まじっスか。伯爵様も見れるんスかね」

「どうだろ? 人多すぎて無理じゃね?」

 

 ほう、レゴール伯爵が見れるのか。……そいつはちょっと気になるな。

 一度でいいから生でレゴール伯爵の姿を拝みたかったんだ。こういう機会でもないと難しそうだが……。

 

「……も、モングレルさん。興味がお有りでしたら、ライナさんと一緒にしばらく行かれてはどうでしょうか?」

「ミセリナ。……いやまぁ興味はすげぇあるけど、良いのか? ていうか屋台は大丈夫か?」

「は、はい。やり方も覚えましたから、平気です。お二人共、午前中は大変な作業ばかりでしたから……」

 

 そう言われて、ちょっと悩む。まぁ既に充分来客に対応できるストックは作ってあるし、作業にも慣れてきた頃だから平気ではあるか……。

 

「……モングレル先輩。ちょっとの間だけ見て回らないスか。私もちょっと気になってるんで……」

「ライナもか……よし、わかった。じゃあすまんが三人とも、しばらく屋台を頼めるか?」

「任せて下さい! むしろモングレルたちが居ない間の方が儲けるくらいには売りさばいてみせますよ!」

「僕ちょっと揚げ物やってみたいな」

「お任せ下さい。……帰ってきたら私達の休憩もお願いしますね?」

 

 そう言ってミセリナは薄く微笑んでみせたのだった。

 ありがてえ……お言葉に甘えて、少しの間だけ祭りの参加者にさせてもらいますかね。

 

「やった! モングレル先輩、見にいきましょ!」

「おうおう、そうすっかぁ」

「行ってらっしゃい! スリには気をつけてくださいね!」

 

 こうして俺とライナは暫し休憩に入ることになったのだった。

 

 ……それにしても、あの三人が屋台に残るとなると……もう本格的に串揚げの屋台が“若木の杖”主体になっちまってねえか?

 いやまあしょうがないんだけどさ……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)ライナとミセリナのイラストをh様よりいただきました。ありがとうございます。


【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)モングレルのイラストを五様よりいただきました。ありがとうございます。


当作品のお気に入り数が29000を超えました。

いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。

皆様のお気に入りや評価が励みになっています。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。


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今日の目玉は恋愛一色

 

「なんか串揚げの匂いばかりずっと嗅いでると揚げ物が嫌になっちまうな」

「そっスか? 良い匂いだと思ってんスがね……」

「ライナは揚げ物に飽きが来ないタイプか……まぁそういうわけじゃないけど、せっかくの祭りなんだから何か珍しい物を食いてえわけよ。屋台手伝ってくれたお礼に何か奢ってやるから、遠慮なく言えよライナ」

「わぁい」

 

 中央の広場を目指しながら、店を見て回る。

 秋も本格的になり肌寒い季節だが、人の多さやそこらじゅうでやってる煮炊きのおかげか、結構マシに感じるぜ。

 

「お、見ろよライナ。酒売ってるぜ酒。ベリーエールだってさ。珍しいな」

「じゃあこれゴチになるっス!」

「決断がはええなぁ……すんませんこれ二つ」

 

 仕事の休憩時間に飲酒なんて前世じゃとんでもないことだったが、この世界では許される。いや許されないところもあるが、結構大らかに受け入れられている仕事は多い。

 軍とか衛兵とかそこらへんのキッチリしてる所はまず駄目なはずなんだが、それでも合間に飲んでる奴がいないでもないってのが恐ろしいところだ。

 

「うまー……」

「酸っぱくて良いな。つまみが無くても酒が進むぜ」

「っスねぇ……こういうお酒も悪くないっス」

 

 と、こうしてライナと一緒に飲んでいると気分良くなって店のこと忘れそうになっちまうな。

 水分と元気の補充くらいに考えて、色々見て回るとしよう。

 

「お、やっぱ結婚祭ってだけあって変な物売ってるなぁ」

「なんなんスかねあれ」

 

 貝で出来たなんだろう……コイン? お守り? みたいなものがちょくちょく売られている。

 よくある二枚貝の周囲を丸く削って、真円に近づけたようなものだ。サイズは手のひらくらい。ホタテサイズだな。

 内面は螺鈿細工のような上品な光沢がそのままだが、外面にはカラフルな色がつけられている。

 

「お? そっちの兄ちゃんは知らんかね。こりゃ貝占いをするための道具じゃ」

「貝占い……ってなんスか?」

「この貝は直火で炙ると真っ赤になっての。それからしばらくするとパキッっといって割れるんじゃ。その割れ方を見て、恋の行方を占うんじゃよ」

「こ、恋占いっスかぁ」

 

 へー。熱すると赤くなるのか。変な貝殻だな。後で調べておこう。

 

「この色がついてるとこをな、こういう銅貨で色を削って名前を書くんじゃ。一つの色にひとつの名前じゃぞ。そんで、割れが名前と名前を伝うように入っていたら恋が成就する。逆に、名前と名前の間を隔てるように割れると恋が破れる……ってわけじゃ。ほれどうじゃ、気になるじゃろ! 一枚買ってきな!」

「え、えぇー……いやぁでも……うーん……」

「なんだよ、悩むくらいなら買っちまおうぜ。ばあさん、二枚くれ」

「はいよ、400ジェリー!」

「結構たけぇな!?」

「っはぁー……あんたね、これは良ーく当たるって評判の占いだよ? アタシが入念に選んだ貝だけを使った、すっっっごい良く当たるやつなんだ。高いと思うならさっさと帰んな」

「いやいやわかったよ、疑ってねえって……」

 

 なんかチャチな割にたっけぇしぼったくり感の強い占いグッズだが、せっかくの祭りなので買っておいた。

 ここで悩んでいられるほど休憩も長くはないしな。ちょっとでも迷ったら買いだ。そのために金を稼いでるとこあるしな!

 

「ほれライナ、これ一枚取っとけ」

「あっ……はい。あざっス……」

「次あれ行こうぜあれ、チーズクッキー。やっぱ酒だけじゃなくて飯食いてえよ」

「……モングレル先輩、めっちゃお祭り楽しんでるっスね」

「そりゃお前この日のために金を貯めてたんだしな。気になるものにはどんどん金使ってくぜ俺は」

 

 そんな感じで、ライナを引っ張るようにして色々と見て回った。

 軽めの珍しい屋台飯はちょくちょく買い食いして、普段市場にも並ばないような面白グッズなんかも買っていく。

 歴史があるんだか無いんだかわからんお守りとかアクセサリーとかも買っちゃうぜ俺は……。

 

「……なんだか、恋愛とかそういう物扱ってるお店多いっスね……」

「結婚祭だからかね。まぁそういうもんだろ。男と女がくっ付くお祝いをしてるんだから、それにまつわる商品だって売れるだろうさ」

 

 この祭り特有の品としては、恋占いとか恋を成就させるためのお守りだとかが特に多い。

 お守りはマジで腐るほど売っている。さすがの俺でもこういうのは興味無いな。

 

 あとは……ちょっと奥まった場所にこう、わりとアダルトなグッズが置かれているのがね。すごいね。

 被せるものだとか、相手を魅了する香油だとか、実際に効くのかどうかもわからん惚れ薬だとか……淡い恋愛だけでなく、濃いドロドロしたリアリティのある恋愛グッズも結構多い。祭りってすげぇな……。

 

「やあ、少年」

「……うお、カテレイネも居るのか」

「ウフフ、もちろんいるさ。収穫祭も終わって、稼ぎ時だからね」

 

 そんなアダルトコーナーを流し見していると、しれっとカテレイネの出している店に遭遇した。

 なんかすごい古代の力を持っていそうな雰囲気のある、昔なじみの金髪オッドアイダークエルフである。しかしてその正体はただの農家の娘だ。今言った言葉も全て本当だろう。

 

「あ、カテレイネさん。おっスおっス」

「やあ、キミはライナだったかな。また会ったね」

「……このお店は……なんスか?」

「見ての通り、薬草売りさ。いつもは野菜ばかりだけど……こういう日だし、恋に効く妙薬ってやつを、ね」

「またけったいな薬を売ってるわけか」

「ウフフ、これがまたよく売れるのさ」

 

 カテレイネは本当に手広く商売をしているな。

 どれどれ……うーん、俺もこういう、生薬系は詳しいわけじゃないからな……しかし少なくともどれも見たことのない植物だ。簡単にそこらへんの森を探して見つかるような物ではないのだろう。

 

「この根はすりつぶして飲み干せば、異性を見た時に胸が高鳴るという薬だね」

「強心薬か。なんか危ねえな……」

「こっちの木の実は精力剤。男の人に食べさせるととても興奮するらしいよ」

「ま、マジっスか……なんかどれも怖いっスね……」

 

 精力剤はともかく、惚れ薬なんかは相手に飲ませる所から始まるからなぁ。その時点でちょっと事件性が出てくるよな。

 

「うーん、そうだね。では怖くないものだと……これかな。このピンクリリーバルブを食べるとね。自分にとって相性の良い人がわかるようになるそうだよ」

「ほう?」

 

 カテレイネが手に取ったものは、薄ピンク色の球根だった。

 リリーバルブ……つまり、百合根だろう。ふかして食うと上品な甘さの芋みたいで美味いんだよな。

 

「わあ、これなんか可愛いっスね」

「ウフフ、だよね。綺麗な色だし、蒸し焼きにするととても美味しいそうだよ。売り物として優秀だから、私は食べたことはないけどね」

 

 税で収める米は食わない昔の農民みてえな事言ってんな。

 

「……これを食べると、どうやって相性の良い人とかがわかるんスか?」

「聞いた話で、匂いなんだって」

「匂い」

「食べてから暫くの間は相性の良い人に近付くと……その人の香りが、とても惹かれるものに感じるんだとか。噂によれば、その香りだけでクラッと一目惚れさえするそうだよ? ウフフ……」

「ちょ、ちょっと怖いじゃないスか!」

「そうかな? 気軽に一目惚れできるなんて、素敵な根菜じゃないか。……まぁ、効果が解けた後どうなるかはわからないけどね」

 

 ふーん、匂いねぇ。フェロモンの感じ方が変わったりするのかね。

 こう、ミラクルフルーツ的な……そういう言い方をするとちょっとショボく感じるな。

 

「うーん……でもなんか気になるっス。これ二つ欲しいっス」

「まいどあり」

「じゃあ俺も一つもらうわ。あとこっちの心臓バクバクする方」

「モングレル先輩、それ買うんスか」

「なんかで使えそうだしな」

「なんかでって……」

「ウフフ、何かの薬に使うつもりだね。まあ、そういう使い方をする医者もいるらしいし、間違ってはないのかも」

「……マジっスか」

「二人が買ってくれて嬉しいよ。また今度、会おうじゃないか。できれば次も、店主と客人として……ね」

 

 無駄に後々の伏線を匂わせているようでいて実際は何も含みのない別れを告げ、カテレイネとは別れた。

 

 

 

 それから再びお菓子を買い食いしたり、玩具の弓で遊んだりして、なんだかんだでもうすぐ中央広場に出るところだ。

 

「人すごいっス!」

「いやーこれもう進めねえな」

 

 もうちょい前に行ってレゴール伯爵の姿を見たかったんだが……。

 中央広場に隣接する屋敷? のバルコニー? でお披露目するらしいレゴール伯爵とステイシー伯爵夫人の姿は、ここからでは見られそうもない。なにせ広場に行けるほど道が空いてねえんだ。人がぎゅうぎゅうに詰まっていて連続チョップでも通れそうにない。来るのが遅いやつが悪いと言わんばかりの過密度である。

 

「……あ、でもなんか聞こえるっス!」

「……おおほんとだ、何か挨拶……してるな。うっすらと……」

「歓声ばっかりで声が聞き取りづらいスけど……うーん……」

「……」

 

 それから押し寄せる人が続々とやってきて窮屈になりつつある。

 ……このままでは俺らも人混みの中に封印されちまうんじゃないか?

 

 さすがにそれはまずいな。

 

「……残念だけどもう戻るかぁ」

「っスねぇ。姿見られなくて残念っス」

「くっそー、今日こそはレゴール伯爵の姿を見られると思ったんだがなー」

「あれ? モングレル先輩は見たこと無いんスか」

「いや普通にねえよ。ライナはあるのかよ」

「はい、“アルテミス”の仕事で貴族街に行った時に……話したりはしなかったスけど、何度かちらっと」

 

 ま、マジか……すげーな“アルテミス”……。

 

「で、どうなんだよレゴール伯爵様のお姿は。噂だと悪い言い方結構されてるみたいだけど。その、腹が出てたり、髪が薄かったり、背が低かったりとか言われてるが……」

「……まぁ、はい。噂がどんなのかは詳しくないスけど、結構その通りスよ」

「ええ、そうなのか……」

「ショックなんスか?」

「いや、この手の醜聞って政敵が勝手に流してるもんだと思ってたから……本当ってこともあるんだなぁ……」

 

 レゴール伯爵、噂がドカ盛りの悪い噂ばかりで実際はかなりイケメンなんじゃないかくらいに思ってたんだが……はー、本当の話だったのか。

 

 でもまぁ嫁さん貰えたんだからもう見た目なんて関係ねーよな。

 おめでとさん、レゴール伯爵。姿を見れないのは残念だったが、贈り物は既に送ったからな。それ活用して、色々役立ててくれ。

 




当作品のUA数が10000000を超えました。

いつもバスタード・ソードマンをお読みいただきありがとうございます。

これからもバッソマンをよろしくお願い致します。



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屋台付近の騒ぎ

 

 レゴール伯爵を一目見ようと屋台仕事をちょっと抜け出して見に行った俺達だったが、人が多すぎて無理だった。

 結局そこらの屋台で色々買ったくらいで終わっちまったな。けどまぁ、それだけレゴールが発展してるってことだ。そう考えれば慰めにはなる……かもしれん。いや本当は結構見たかったけどさ。

 

「串揚げの屋台は大丈夫スかねぇ」

「“若木の杖”の頭良い魔法使い連中がやってるから大丈夫だろ」

「サリー先輩が揚げ物するって言ってたスけど……」

「ははは……いや、サリーか……」

 

 あいつ頭は間違いなく良いんだが、目を離した次の一瞬に何をやらかすかわからんとこしかないからな……。

 屋台に戻ってみたら“ははは、ごめんねモングレル。なんか屋台が全焼しちゃったよ”とか言い出しても何もおかしくはない。

 油火災が起きたら水ぶっかけるのだけはやめろよとは言ってあるが……やべぇな心配になってきた。

 

「モングレル先輩、あそこに誰か……あ」

「あっ……」

 

 俺達が串揚げの屋台が見える通りまで戻ってくると、……俺達の屋台の近くに、何人かの衛兵が集まっている姿が見えた。

 

 ……こ……これは……ははは、いやまさかな。そんなまさかなサリー。

 嘘だろ? 嘘だと言ってくれ……。

 

「おっと、噂をすればだね。やあモングレル、おかえり。君が戻ってくるのを待っていたんだよ」

「待て待て待て、聞きたくない聞きたくない」

「? 何を聞きたくないというのか。いや、ちょっとしたトラブルがあってね。ついさっき、この屋台のお金を盗んでいこうとした人が居たんだよ」

 

 あ、なんだ。それなら良し。いや良くはねえけど。

 ……よく見ると、衛兵達は一人の男を捕らえている。年若い、しかしちょっと小汚い感じの装いの男だ。伯爵様の結婚祝いの日に犯罪をやらかそうなんてとんでもない奴だぜ。実際、こういう日に犯罪をやらかすと罪が重くなったりするのがこの世界だ。

 

「待てよ……俺は盗んでねえって!」

「嘘よ! あの男、私のとこの屋台もジロジロ見てたし、怪しかったもの! 屋台の奥からお金を掴んだところもしっかり見てたわ!」

「だ、ダフネさんが声を上げてくださったおかげで私達も気付けました。その後は……魔法で制圧して、今に至ります」

「マジか……ありがとうダフネ、それに“若木の杖”の皆も助かったわ。悪いな、金の管理まで任せちまって」

「構いませんよ! 仕事ですから!」

 

 女だけの屋台だったら盗んでどうにかなるとでも思ったのだろうか。

 残念だったな。わざわざギルドマンの中でもおっかない女連中に手を出すとは、運の無い奴だ。

 

「なるほど、そちらがこの屋台を借りたモングレルさん、であると……ふむ、ふむ」

 

 衛兵の中から不気味な雰囲気の男が前に出て、俺の正面に立った。

 病的なほどの強い猫背。カッと見開かれた黒い両目。

 

「ギルドマン、ブロンズ3、サングレール人とのハーフ……ふむ、ふむ」

 

 他の衛兵たちのように鎧は身に着けておらず、しかし上等な服を着ている。レゴールでは見たことがないが、きっと偉い人だろう。だがそれ以上になんというかこう、独特の雰囲気がある男だ。

 なんか口を開くとすげぇ強烈なミントの匂いがするし。

 

「あ、失礼。私はデューレイ。衛兵長です。貴方がモングレルさんですね? であるならば、屋台の貸出許可証を見せていただきたい」

「貸出許可……ああ、アレか。はい、これです」

「おい! そいつはサングレール混じりだろ! そんな奴の店の人間の言うことを信じるのか!」

 

 俺が取り調べに応じていると、拘束されている男がなんかギャーギャー喚き出した。

 俺の白い前髪を見て活路を見出しちゃったか? 必死すぎるだろ。もういい加減諦めとけ。

 

「ふむ……確かに私はサングレール人が嫌いです。私情を優先して良いならば、連中は全員鉱山にブチ込んでやりたいところですが……」

「だ、だろ? 信じられるような奴じゃ……」

「しかし犯罪者ほど嫌いなものは他にありません」

「うっ……」

「ご協力、感謝致します。この男は囚えておきますので、ご安心下さい……それと」

 

 最後にデューレイが俺の方にギョロリと目を向けた。

 

「くれぐれも騒ぎなどは起こさぬように」

「はい。お仕事お疲れ様です」

「……」

 

 俺の返事が気に入ったのか気に入らないのか、特に表情を変えることもなく、デューレイは衛兵たちを連れて去っていった。

 

「……なんか、嫌な雰囲気の衛兵さんだったっスね。最後、モングレル先輩にだけ釘刺したみたいで感じ悪いっス」

「まぁ、予め怪しい連中に釘を刺しておくのもああいう人たちの仕事だからな……それより、遅くなって悪かったな」

「ほんとですよ! 忙しくて大変だったんですからね!」

「お土産はあるかい?」

「いきなり催促かよ。まあ一応甘いものは買っておいたけどさ」

 

 どうやら俺とライナが居なくても屋台はしっかり回せていたらしい。

 ストックが結構減っているから、それを吐き出しながら対応していたんだろう。だが忙しすぎて犯罪者に狙われる隙が出来たのは失敗だったな。やっぱ迂闊に離れるもんじゃねえわ。

 

「ダフネもありがとうな。こっちの屋台のことなのに、なんか悪いやつ見つけてくれたみたいでよ」

「良いのよ、最初から怪しかったもの」

 

 怪しい、ねぇ。ひょっとするとダフネが持っているかもしれない“ギフト”がそれに気付かせてくれたんだろうか。

 いや、考えても仕方ないか。

 

「二人が居ない間、アレックスさんやチャックさんも店に来ましたよ! 皆さん何本も買ってくれました!」

「マジっスか。ギルドマンの人たちにも売れるとやっぱ嬉しいっスねぇ」

「入れ違いになっちまったか。いや、でもチャックは俺が居る時よりも見栄張って沢山買ってそうだな」

「僕が作った五度揚げ串肉を三倍の値段で買ってくれたよ」

「お前何この短い時間で新メニュー作ってんの……?」

 

 よく見たらストックのところに他の串揚げと比べて明らかにぶっとい奴が一本だけ並んでいた。

 いや美味しいけどさそれ……。

 

「……まぁいいや。よーし、午後からも稼ぐぞ。あ、“若木の杖”は休憩入っても大丈夫だぞ。その後忙しい時間が終わるまでもうちょい手伝ってほしいが……」

「だ、大丈夫です。私は回る予定は無いので……」

「私も平気です! 母さんも!」

「そういえばレゴール伯爵の姿は見れたかい?」

「いや、見れなかった。人多すぎて広場に入れねえよ。……まぁ手伝ってくれるならありがたい。報酬は弾むぞ」

「あ、お客さん来てるっス!」

 

 ああ忙しい忙しい。

 世間話をしている暇もねえや。

 さあ昼の忙しい時間だ、こっからもうちょい頑張っていくぞー。

 

 

 

 それから串揚げの評判を聞いたんだか聞いてないんだかわからないが、とにかく大勢の客を捌いた。

 “若木の杖”のメンバーが祭りを見て回ったり、途中で串が足りなくなりそうだったのを隣の“ローリエの冠”の屋台から貸してもらったりなど慌ただしくなったりもしたが、日暮れ前にどうにかほぼ全ての材料を使い切ることができた。

 大量に用意した肉も粉も油も、すっかり減って無くなりかけている。

 

「わぁ……この古くなった油で揚げた串揚げ、結構味が変わるものなんですね。美味しいと言えば美味しいですが、新鮮な油で作ったやつには及ばない感じがします」

「た、確かに。色もちょっと……」

「ドロドロの油で串揚げ作るくらいなら串焼きにした方がマシっスね……」

 

 なんだかんだで、ライナもモモもサリーもミセリナもよく手伝ってくれた。

 合間合間で俺がよそから買ってきた肉やら野菜で変わり種の串揚げを作って振る舞ったってのもあるかもしれないが、ここまで協力してくれたことには感謝しか無い。

 

「あーっ、なんだよまた食おうと思ったのになぁ。もう肉は無いのかよ」

「ようバルガー、二度目の来店かい? わるいな、もう材料が尽きてよ。野菜しか残ってねえんだわ」

 

 肉の串揚げは好評で、あっという間に無くなってしまった。

 骨からなんとかこそぎ落として作ったりもしたが、もうしつこい脂身くらいしか残っていない。さすがに脂身の串揚げは邪悪な食い物すぎる。好きな奴もいるかもしれないが、やめておいた。俺の店は美味い串揚げしか出してないんでね……。

 

「だったら店を畳んで、飲みに行こうぜ? タダで配ってるやつはもう無いけどな、西門側じゃ色々な強い酒置いてあるんだよ。蒸留酒だっけか?」

「良いっスねぇ!」

「マジで? それはちょっと気になるな……」

「おや、営業は終了かい?」

 

 まぁ、ここまで来たら店は畳んでも平気か。隣のダフネたちも肉が無くなって片付け始めているし。

 油と燃料の始末をしたら、引き払っちまおう。

 

「……よーし! 串揚げを手伝ってくれたチームモングレルの諸君!」

「なんですかその名前は!」

「諸君らの頑張りに敬意を表し、今日の報酬に色つけて渡してやろう!」

「わぁい」

「モングレル、俺の分は無いのか?」

「お前にあるわけねえだろバルガー! ……いやぁほんと助かった。初めてこういう店をやってみたが、人が多くないとなかなかしんどそうだったな。“若木の杖”が居てくれて良かったわ」

 

 今日の収益を皆に分配すると、普段そこそこ稼いでいる“若木の杖”の面々ですらこの額にちょっと驚いていた。

 まぁね、うちの屋台は値段もそうだし量もかなりのものを用意してたからね。そりゃ莫大な稼ぎになってますよ。

 

「こ……これだけ稼げるならもう串揚げのお店やった方が良いんじゃないスか!?」

「嫌だ」

「ええ、稼げるのに……!?」

「いやこれな……マジで……やってると、揚げ物を食う気力が減るから……」

 

 金は稼げる。だが、グツグツと熱せられた油の匂いを嗅ぎ続けているとね。食って無くても飽きが来るんよ。

 俺はな……好きな食い物を嫌いになりたくねえんだ……。

 

「……それに、今日俺達がこういう屋台を出したことで、レゴールで揚げ物が広まったりするかもしれないだろ? そんな今日みたいに上手く稼げはしねーって」

「あー……そういうもんスかね」

「人気だったからねぇ。真似をする店は出てくるかもしれないね」

 

 俺としてはそっちの方が助かるぜ。

 自分で作るよりも、金を払って食うのが一番だ。なんだかんだ言って、揚げ物は他人が作ったものをサッと食う方が面倒が無いしよ。

 

「さあ、酒飲みに行こうぜライナ!」

「っス!」

「好きだねえお酒。モモ、ミセリナ。僕らも遊びに行こうか。お金もあるし」

「うん」

「回るんですか……わ、わかりました……」

「俺達の祭りはこれからだ!」

 

 西門側の店でまだ蒸留酒が残っていることを信じて……!

 

 お買い上げ、ありがとうございました!

 




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弾き出す聖域

 

 串揚げは完売。おかげで懐も潤った。手伝い人数は多かったが大した問題じゃない。あらかじめ準備しておいた欲張りな量の在庫が捌けたので、しばらく豪遊できるだけの財産を手に入れた。

 俺が普通の人間だったらもうギルドマンを辞めて串揚げ屋を開いてるレベルの稼ぎだが、俺は普通じゃないので辞めません。この世界はちょっとした金じゃどうにもならない問題や贅沢が多いんでね。

 それよりは、あまり金を持っていることを知られたくない。変に金を持ってるだけで同業者からも狙われるのがこの世界だ。レゴールの治安はマシだと思っているが、魔が差すきっかけは入念に潰しておかないことにはどうにもならん。

 

 じゃあどうすればいいか。簡単な話だ。

 大半をパーっと祭りで使っちまうんだよ! 

 

「いやー買えた買えた! ウイスキー大量だぜ!」

「っス!」

 

 俺とライナは蒸留酒を瓶ごと買い込み、かつてなく上機嫌だった。

 しかも今回は瓶を三本も買ってやった。もちろん馬鹿にならない出費ではあったが、この世界で飲める強い酒としてはこれ以上の物はそうそう無いだろう。

 ライナも屋台の稼ぎで一本買っている。こいつは見た目によらず酒に強いからな……よほどこのウイスキーが気に入っているらしい。

 

「でもこれでもまだお金余ってるんスよね」

「これからギルドで使えばいいさ。ちょっとだけな。ある程度は後々のために残しておくんだぞ」

「モングレル先輩からそんな言葉が聞けるとは思わなくて正直びっくりなんスけど……」

「おいおい、俺はハルペリア一節約という言葉が似合う男だぜ?」

「っスっス」

 

 もう外も薄暗く、夜になりかけている。

 だというのに通りは賑やかで、いつもは灯していない灯りのおかげで出歩くのに苦労も無い。

 ギルドまでやってくると、その賑やかさはピークに達していた。

 

「飲め飲め! 今日の酒は安いぞ!」

「結婚めでてぇ!」

「レゴール伯爵最高〜! あれ、でもレゴール伯爵って名前なんだっけ!?」

「馬鹿野郎! レゴール伯爵はレゴール伯爵だろ!」

「ガハハハ! これでレゴール領でまだまだ仕事ができるぜぇ!」

 

 なんともあれだな。ギルドマンらしい盛り上がり方をしてるじゃねえの。

 精霊祭などといった例年のものとは違う、数十年に一度あるか無いかの祭りということで、普段よりもずっと賑やかだ。

 けどレゴール伯爵の名前くらいは覚えといた方がいいんじゃねぇかな……。変なとこで口走ったら大変な目に遭うかもしれないぞ。

 

「席座れなさそうっス!?」

「混んでるなぁ……いや、席を立って馬鹿騒ぎしてる奴らが多いだけで、案外座れそうだぞ」

 

 立ち飲みしてる連中が多いと思ったら、よく見ると立ち上がって変な踊りをしてたり歌ってる連中が多いだけだった。

 それにしてもこいつら、ノリノリである。

 

「お! やっとモングレル達も来たか! おーいこっちだ!」

「ようバルガー。おーおー、なんだよリュートなんか抱きしめちゃって。新しい女遊びか?」

「ちげーよ! 見りゃわかるだろ、弾いてるんだよ!」

 

 酒場の隅っこの方では、バルガーがリュートを抱えてたどたどしくもキッチリとした演奏を披露していた。

 何人かのギルドマンがそれを聞きながら酒を飲んでいるみたいだ。

 

「あ、ウルリカ先輩。レオ先輩。おっスおっス」

「やっほーライナ。お仕事どうだったー?」

「大繁盛っス! 儲かったお金でほら、お酒買ったっス!」

「うわ、あの強いやつじゃん。好きだなーほんと」

「あはは、頑張ったねライナ。お客さん凄かったもんね」

「あれ? レオ先輩もうちらの屋台来てたんスか?」

「えっ、ああうん。遠目にねっ? 頑張ってるなって。ウルリカの買った串揚げは食べたよ。美味しかったね!」

 

 ウルリカとレオも演奏を聞き流しながら楽しんでいるようだ。

 レオは変身を解除して通常モードである。いつまでその趣味を周りに隠し通せるのか、逆に見てるこっちがハラハラしてくるな……。

 

「よーし、バルガー。結婚祝いの曲流してくれ。俺たちはここで酒飲みながら聴いてるからよ」

「あっ、おいそれ蒸留酒じゃねえか。俺の曲の鑑賞料は酒一杯分だぞ!」

「ほれ1ジェリー」

「私のも1ジェリーっス」

「小銭かよ! ……えー、それでは歌います。“ヤズリーの結婚”」

「あ、演奏してくれるんスね」

「おいバルガー! もうその曲やっただろ!」

「うるせー! 俺のレパートリーはそんなねーの! 黙って聞きやがれ!」

 

 なんだかんだで歌いたかったのか、無駄に心のこもった歌と共にリュートをポロンポロンと奏でている。

 酔っ払いの特別上手くもない弾き語りだからか真面目に聞いてる奴は少ないが、最近王都から移籍してきた二人組の夫婦パーティー“デッドスミス”の旦那の方は何故か聞きながら涙を流していた。

 

「ああ、いい歌だ……俺たちもこの曲を聞きながら将来について語り合ったよなぁ……」

「恥ずかしいから泣くんじゃないよフーゴ!」

「あいだっ!? な、なんで殴るんだよ!?」

「そ、それにその時の話は娘に聞かれたらやだろ……? もうっ」

 

 この二人は九歳になる娘もギルドに連れて来ているらしい。

 子供を荒くれ者の多いギルドに同伴させるのはちょっと危ないが、まぁ今日は祭りの日だし平気か。

 その娘は昼間に遊び疲れたのか、隅っこの壁際でマントを被って眠っている。可愛い寝顔だ。

 

「賑やかっスねぇ……」

「だな。……うーんメシは……デーツとクラゲの酢の物でも食べるか」

「あー、良いっスねぇ」

「あ、二人とも! 私達のおつまみも一緒に食べて良いよ! ほらこれ、食べきれないからさー」

「うん、みんなで分けようよ。ほら、こっちのお菓子はケンさんのお店で買ったやつだよ。結婚式用の特別な焼き菓子なんだってさ」

「マジっスか! ぬふふっス!」

「お、良いなそれ。俺が見た時にはもう売ってなかったんだよなぁ」

 

 甘いもの、しょっぱいもの、そしてウイスキー。色々揃って贅沢な飲み会だ。

 BGMを奏でるバルガーが自分の世界に入り込みすぎて顔がなんかうるさい以外は完璧と言える。

 

「……けど、こんなお祭りの時でも犯罪は多いね。衛兵の人は忙しそうにしてたよ。スリとか喧嘩が多いみたいだ」

「ねー。ギルドの中は騒がしいけど、外の通りはほんと危ないよ。精霊神殿の人らの寄付の要求が偉そうだったり、婚合神教会の人がしつこく話しかけて来たり、聖域? なんとかの人達も色々うるさいしさー」

「最近そういうの多いっスよね……」

 

 神殿の連中の寄付要求はあれだ、もうそういうものだと思うしかない。冠婚葬祭の場では必ず湧いて出る奴らだしな。

 けどサングレール聖王国とは違って、ハルペリアの神殿勢力は予算を削られがちっていうから、その寄付もわりと生命線なんだとは思う。ただ致命的に要求する態度がクソ過ぎるってだけで。

 “寄付しないと◯◯ですよ”みたいなマイナスを前面に出した言い方が多いんだよな。センスがないと思う。

 

 ……ところで聞き慣れない単語があったな。

 

「ウルリカ、聖域……ってのはなんだ? 新しい宗教か何かか?」

「えーとね……あれ? なんだったっけ。レオ、あれ知ってる?」

「ごめん、僕も詳しくは……でも宗教絡みの団体じゃないよ。確か政治の事に口を出してる人だったと思う」

「お、聖域派かい? それなら俺は知ってるぞ」

 

 口を挟んだのは、隣のテーブルで飲んでいた“デッドスミス”のフーゴだった。

 

「聖域派ってのは、王都ではちょくちょくいた団体だな。サングレールと戦うのではなく、戦わない……不戦、断交を目標にしてる連中のことだ。レゴールにもいるんだなぁ」

「不戦、断交ねぇ」

 

 それが出来たら苦労はしねぇだろ。

 

「不戦って言っても、向こうが攻めて来てるんだからどうしようもないじゃないスか」

「ああ。だからこそ、攻められないように国境を魔物で封鎖しようってのが連中の考え方だ」

「……魔物で?」

「詳しいことは俺も知らねえよ? ただ、山の標高の高い所からはコルティナメデューサのおかげでサングレール軍が侵攻して来ないだろ。ああいう感じで、厄介な魔物を定着させてやれば国境が守れる……って考えらしい。実際にそんなことができるのかどうかは知らねえけどな」

 

 ははぁ。魔物を使った国境封鎖。それによる断交ね。そんなこと考える奴等がいるのか。

 

「……魔物で国境封鎖? そんなの無理じゃない?」

「無理っスよねぇ」

「上手くいかないんじゃないかな……」

 

 ウルリカもライナもレオも懐疑的だ。俺もそうである。

 普段から魔物を討伐して暮らしている人間にとっちゃそうだろう。

 魔物はそう易々と人間にコントロールされる存在ではない。都合良く防波堤として機能してくれるとは思えないよな。

 

「ま、聖域派なんて王都とか……国境に近くなくて、魔物のこともよくわかってない人たちの考え方よ。私とフーゴが王都にいた頃も、ギルドマンからは冷めた目で見られていたわ」

「だな。まぁ、実現してくれりゃ兵役も無くなるかもしれないが……」

「代わりに魔物退治が沢山増えそうよね」

「前にあったアステロイドフォートレスの発生も聖域派の仕業だって話だぜ?」

「それ嘘でしょ? リュムケル湖から渡って来たって聞いたけど」

 

 ……断交か。それができれば何よりだと、俺自身は思う。

 けど理想と現実は分けて考えなきゃいけない。やりたいのとやれるかどうかは別問題だ。

 

 それに……サングレールから外交官としてやってきたアーレントさんは、断交ではなく国交を結ぶためにレゴールまでやって来ている。

 あれも大概実現性に疑問はあるが、それでもあの人の頑張りや覚悟を傍で少しだけ見ていた俺からすると、まぁそうだな。しばらくはそいつが実を結ぶかどうかを見守っていたくなる。

 

「……モングレルさんは、どう思う?」

 

 ウルリカが少し遠慮がちに聞いて来た。

 

「んー、まぁ今のところなんともだな。そういう奴らもいるのかーってくらいだよ。実際は難しいだろ、魔物相手にそんな上手くいくかなっていう」

「あはは、だよねー……」

「おい、歌ったぞ! 拍手しろ拍手!」

「わーわー」

「上手でした!」

「だろ!? だろ!?」

 

 と、いつの間にかバルガーが気持ち良く歌いきっていた。

 悪いなバルガー、完全にお前の演奏をBGMにしてたわ。

 

「よし、じゃあ次はモングレルの番な!」

「じゃあってなんだよ……俺が弾き語りするのか!」

「モングレル先輩の演奏っスか」

「やったー、私聞きたーい」

「あはは。律儀にリュート受け取ってる」

 

 まぁこういう場なんでね、渡されたら弾きますよ俺だって。

 酒も入って気分も良いしな。辛気臭い話なんかよりも楽しい音楽ですよ。

 戦争よりも俺の歌を聞けェ! 

 

「さーてモングレルになに歌わせっかなー」

「あ、おいバルガー! 俺のウイスキー飲むな!」

「今回のお祭りに合った曲が良いっス!」

「おー、モングレルさんも弾けるのか。こいつは聴いておかないとな」

 

 祭りに合った曲ねぇ……祭り……串揚げ……。

 

「……わかった。じゃあ候補として“ワッショイ”と“油”の二曲があるけどどっちが良い?」

「なんだその選択肢……」

「僕多分どっちも知らないなぁ……」

「えー……じゃあ油の方が気になり過ぎるんでそっちをお願いしたいっス……」

「よし来た。聴かせてやるぜ……今日の祭りに相応しい一曲を……!」

「モングレルさん酔ってるなー……」

 

 それから俺は全力で“油”の弾き語りを終え、なんとも言えない空気の中で美味いウイスキーを満喫できたのだった。

 

 




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高貴な者達の花瓶

 

 結婚祭が終わり、レゴールに日常が戻って来た。

 と思ったが、そうでもない。街中は後夜祭的な雰囲気をずるずると引きずり、とにかくめでたい事を理由に逞しい商売を続けている。

 多くの臨時屋台は片付けられたが、それでも平時の割高料金を払ってでも営業したいという商売人が多いようだ。多分、まだもう少しだけ稼げると踏んでいるのだろう。

 

 本音を言えば俺たちギルドマンもまだまだ遊びたい奴ばかりだ。稼いだ金を酒と女に注ぎ込む連中だ。面構えが違う。

 だが遊ぶ金も無限にあるわけじゃないし、何より秋の今は稼ぎ時だ。仕事をやらなけりゃ結局後々ひもじい思いをするのは自分達である。

 

 レゴールから離れていく人々の護衛。バロアの森での討伐。その他街中で発生したゴタゴタの処理。何より祭りの影響でクッソ汚くなった街の清掃業務。受注できる仕事はいくらでも転がってるんだ。

 財布に余裕のある連中がまだちょっと浮かれているのを尻目に、ギルドマンは今日も汗水垂らして任務に勤しむ。

 それは俺だって例外じゃない。

 

 

 

「いやー……あれだけ苦労して作った竹串がこうも無惨に捨てられてるの見ると、嫌になるね本当」

 

 今日の俺の任務は都市清掃だ。

 俺の他にもアイアンランクを中心に多くの連中が仕事に臨んでいる。祭りの後の汚れた路面をなんとかするために、いつもよりちょっぴり多めの報酬になっているらしい。

 あと、祭りの後だからかたまに小銭とか金目のものが落ちてたりする。俺としてはよっぽどの物でなければ拾いたくはないが、たまに面白い物が捨てられてたりするので飽きはこない。

 だが折れた竹串やら素焼きの容器やらが打ち捨てられているのを見ると悲しくなるぜ。一度製造側の経験をしてしまうと、考え方も変わるな。

 

「おー、モングレル。なんだ、また都市清掃やってるのか。この時期はもっと稼げる仕事があるだろ」

「よう、ユースタス。良いだろこんな時くらい。普段歩く所くらい綺麗に使おうぜ」

「それはまあ立派な心がけだけどなぁ」

 

 早朝の街中を歩いて来たのは、雑貨屋を営むユースタスだった。

 数年前までは小さな店を細々と経営するだけだったが、色々と売れる商品を取り扱っているうちに今ではレゴールでそれなりの規模の店になってしまった。

 あまり大きな店の経営に乗り気じゃないのか、それとも苦手なのか。仕事が順調なわりに気苦労の多そうな日々を送っている男である。

 

「ほら、器の破片もたくさんだ。ユースタス、何かに使うなら持っていくか?」

「馬鹿言え。こんな壊れた安物に価値なんて無いぞ」

「無いか……」

「まとめて砕けば煉瓦の材料くらいにはできるかもな」

 

 使い終わった後に雑に扱わず、せめて原型を残していてくれれば、竹串もそうだが再利用する手もあったかもしれない。だが、この国の人々は使い捨てとばかりにさっさと壊してしまう。なんとも勿体無い。

 まぁ最初から使い捨てるつもりで作ったものだろうし、あまり丁寧に扱ってもこういう消耗品を作っている人たちにとっては迷惑な話になってしまうのかな。難しい問題だ。

 

「モングレル、お前も良い歳なんだから、もう少し新しい物だとか、変な物だけでなくな。ちゃんとした良い品ってのを買うべきだぞ」

「変な物って言ったなこいつ」

「新しい物は俺も否定しない。ケイオス卿をはじめとする新たな発明品に助けられた人間だしな。けどな、新しいものばかりを扱う商売ってのも健全じゃあないんだ」

 

 なんかユースタスの説教が始まったよ。消費者の金の使い方に物申すとか随分勇気のあるやつだな。

 

「俺だって古き良き物は買ってるぜ? 歴史ある……ほら、なんだ」

「無いだろそんなの。噂で聞いてるぞ、変な武器ばっか買ってるって」

「どこ情報だよそれ」

「他所から武器商でやってくる奴の中じゃ有名だぞ。長年倉庫の肥やしだった物を買っていく物好きがいるってな」

 

 物好きって誰だよ。俺か? 俺のことか? 

 勝手に人の噂しやがって……もっと色々仕入れてこいよ。

 

「お前に必要なのはな、もっとブランドが確立してる気品のある物だ。使い捨ての素焼きの器を気にするよりもな、クレイサントの器とか、そういう良い物を鑑賞しなきゃ駄目なんだよ。良い物を見て、囲まれて生活しない事にはなかなか身につかないものだけどな」

「人を品がないみたいに言いやがって……まぁ確かに高い器とかにはほとんど見向きもしてなかったけどよ」

「だったら後でうちの店に来い! 色々見せてやるから!」

 

 器なぁ……前世でもそこまで興味無かったんだよな……。

 

「いやー、俺あまり金が無くて……」

「嘘つけ、屋台で儲けたんだろ!」

「くそ、バレてやがる……」

「まぁ金の事はとにかく良いんだ。見るだけでも良いから来いって話だよ」

「はいはい、わかりましたよ。じゃあちょっと勉強させてもらいますわ」

 

 そんなわけで、都市清掃に区切りがついた後はユースタスの店に行く事になった。

 個人的には高級食器よりも、調理器具に力を入れる方が好きなんだが……。

 

 

 

「ハルペリア人として生まれたからには、ハルペリアの良い物を知らないと駄目だ。特に器に関しては外国にもたくさん輸出しているし、農作物に並ぶ売れ筋商品だ。男として知らなきゃ恥ずかしいぞ」

 

 ユースタスの雑貨屋の奥には、陶器の並ぶコーナーがある。

 ある程度信頼のおける相手にしか見せない、ちょっと高級な食器ばかりが陳列されたスペースだ。

 パッと見ただけで、どれも高そうだなってのが伝わってくる。レゴールでは見ない造りの器も多いので、遠く別の領地から運んできたものが多いのだろう。

 

「かくいう俺も器集めが趣味でな。たまーに商売仲間を歓迎してやる時にここにあるような良いカップを出すと、“おっ”てな顔をされるわけだ」

「なんだよ、俺はコレクションを自慢されてるのか? まあ確かにどれも良い造りしてるよな」

「そうだろうそうだろう! ほらこれ、このティーカップは良いぞ。クレイサントの滑らかな白い肌。緻密な菊の紋様。うーん、美しい……」

 

 どうやらユースタスとしては、このクレイサント産の器がお気に入りらしい。

 多分貴族とかもこういう綺麗な食器が好きなんだろうな。まあ、白い器は内容物の色がよくわかるし、特に澄んだ色のお茶なんかは本当に綺麗に見えるから重要なんだろうけども。

 

「クレイサント男爵領には良い土がある。器の聖地だ。他の産業はぱっとしないがね、器だけはどこにも負けない。ほらこの裏の印! これで見分けるんだ」

「おー……花? と器か」

「クレイサント男爵家の紋章を簡略化した印だな。これがある器は間違いないぞ! その分、偽物も多いけどな。菊の花弁が滲んでいたり潰れていたりするのは偽物だ。俺の店は向こうの工房とも縁があってな、色々と教えてもらってるんだ」

「へえ、なるほどねぇ」

 

 ブランド品のパチモンが出てくるのはどこの世界でも同じらしい。しかし技術力もそう高くないこの世界じゃ適当なコピー品も多そうだな。

 

「お、こっちの花瓶はなかなか良いじゃないか」

「花瓶? モングレル、そんなものに興味があったのか」

「いやね、俺の部屋花瓶がねえんだよ。前々からどうせなら一つくらいは欲しいなーと思っててな。こいつはなかなか見た目もシュッとしてるし、悪くない」

 

 俺が目をつけたのは細身の黒い花瓶だ。

 何本も挿せないようなほっそりとしたフォルム。暗い無骨な風合い。しかし上の方にだけ白っぽい釉薬が掛かり、そのまま下へと垂れている。

 正直この世界じゃあまりセンスのある色使いじゃないと思うんだが、俺としてはモダンな雰囲気があって嫌いじゃない。どちらかといえば前世の部屋に欲しかったタイプのデザインだな。

 

「んー……そいつも一応クレイサントのものではあるんだが、俺のコレクションの中では特殊というか……浮いてるものだからなぁ……」

「良い品なんだろ?」

「いやぁー……良い品だとは思う……思うけどな、けど素人が最初に入っていく品としてはおすすめできない……」

 

 なんかユースタスがめんどくせぇオタクみたいな事言い始めたな……。

 

「素人の一目惚れを尊重するのもコレクターの度量じゃねえのか?」

「うーむ……しかしだねぇ、クレイサントの器の真髄は純粋な白地なわけだから……」

「まぁ別に喉から手が出る程欲しいってわけじゃないから良いんだけど……」

「待て待て待て! そんなつれないことを言うなよ。わかったわかった、悪く言い過ぎた。この花瓶も良い物だぞ。ちと独創性が強いだけで……」

 

 あれ? 待てよ、ひょっとしてこの花瓶買う流れなのか? 

 いや欲しいっちゃ欲しいから値段によっては買っても良いけど……。

 

「ちなみにこいつはいくらなんだよ」

 

 ユースタスが花瓶の前に伏せてあった板をひっくり返す。

 どうやらそれが値段らしい。なるほど、伏せてあるのもわからんでもない価格だ。

 

「じゃあなユースタス! 色々教えてもらえてためになったぜ!」

「おい! 買っていかないのか!」

「いやだって高いし……」

「かなり良心的な値段だぞ!? こんなに良い品なのに……!」

「さっきまで自分でケチ付けてたくせによく言いやがるよ」

「ケチじゃない! 入門用としては特殊過ぎるから悩んでただけだ! 仕方ないな、最初に勧めたのは俺だ。じゃあ、仕入れ値ギリギリのところで……よし、この値段でどうだ」

「む……それなら安いな、じゃあ買うわ」

「……モングレル、俺が言うのもあれだけどよ。もう少し駆け引きとかしろよ」

 

 いや俺はそういう値引きとか交渉は苦手だから……。

 定価でサッと買ってサッと帰るタイプの消費者だから……。

 

「いやーしかし、これでモングレルも立派なコレクターだな! これからはちょくちょく器の話ができるってことだ! 嬉しいね!」

「なんだよ、趣味仲間が欲しかったのか? 俺はそんなにのめり込むタイプの人間じゃねーぞ」

「いや良いんだよ、最初は俺の新しく仕入れた器の自慢話を聞いてくれればな。話を聞いているうちにお前もわかってくるさ……」

 

 ユースタスは白黒の花瓶を丁寧に梱包しつつ、不敵に笑っている。

 ……まぁ、そこそこお得な値段で良い物を買えた事には純粋に感謝はするけども……リピーターになるかどうかまではわからんぞ。

 なにせこっちは腐ってもブロンズランクだからな。純粋に買う金がねぇ。

 

 

 

「やれやれ。財布の紐を緩くしすぎたかな。俺もまだまだ祭り気分が抜けてないのか……」

 

 その日の夜、宿の部屋に花瓶を置いてみた。

 細身の花瓶なので作業机の上でも邪魔にならないのはありがたいな。けど、ちょっとした衝撃で倒れてしまわないかだけがちょっと気になる。

 

「とりあえず花屋で買って来たは良いが……うーん」

 

 普段全く利用しない花屋で薄黄色の花を一本だけ買ってきた。

 それを花瓶に挿してみると……まあ、さすが花を入れておく器なだけあってしっくりくる。

 しかし花瓶自体が細長すぎるせいか、花が頭だけをひょっこり出しているような、そんな変な挿し方になってしまった。

 飾られているというよりは、なんかこう、処刑されて首を晒されているような趣を感じる……。

 

「これ多分、買う花を間違えたやつだな……」

 

 あるいは買う花瓶を間違えたのか……。

 まぁ、しばらくはこの花瓶に合う花を見繕って、ちょくちょく挿してやるか……俺が飽きるまでは。




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新たな油の需要

 油が値上がりした。

 具体的には食用油全般が値上がりした。どうやらレゴールに新しく出来た飲食店の影響らしい。

 なんでもその新しい飲食店では肉やら野菜に衣をつけて油で揚げるという、そこそこ目新しい調理法を採用したらしいのだが……。

 

 いやー、案の定真似されたな。

 いつかはされるだろうと思っていたが、商品として取り入れるまでが爆速だ。しかも添え物ではなく、揚げ物メインという思い切りぶりである。思い立ったらすぐ実行ってのはこの世界の美徳だけどもよ。

 

 これは結婚祭の時に出した俺の串揚げ屋台の影響で間違い無いだろう。調理風景はオープンにしていたし、客にそれはなんだと訊ねられれば隠す事なく答えていたしな。

 このくらいならウチでもできるなと考えた飲食店が取り入れるのも不思議では無い。実際、揚げ物のような調理法は広まって欲しいと思っている。俺が食いたいので。

 

 揚げたての揚げ物を食うのであれば、ラードの油が一番だ。植物油とは違った美味さがあるし、この国では結構入手がしやすいというのもある。

 揚げ物がブームになれば、豊富とはいえいずれラードの供給も追いつかなくなるだろう。いや、それより先に獣脂蝋燭やランプが作られなくなるか。それでも揚げ物によって消費量はどんどん上がっていくはずだ。

 市場もそんな未来を予見してか、ラードを求める声が大きくなっている。

 

 そしてその流れを最も歓迎しているのは、クレイジーボアの討伐に関わるギルドマンたちであろう。

 

 

 

「クレイジーボアを仕留めるぞー!」

 

 ウルリカが弓を掲げ、鬨の声を上げている。一人で。

 

「まぁやること自体はいつもと同じなんだよな」

「うん、そうだね。罠の見回りをしながら、クレイジーボアの討伐だ。合間に採取できるものがあればそれも、ではあるけど……多分そんなに持てないよね?」

「どうだかな。まぁ俺がいれば大丈夫だ」

「……モングレルさんもレオもノリ悪いなー」

 

 クレイジーボアの買取価格が上がった。

 しかも今は獣脂、ラードとなる部分もそこそこの値がつく。これは秋の狩猟シーズンに入った俺たちギルドマンにとって、素晴らしいニュースだった。

 おかげで、ただでさえ肉の食味で元々差をつけられていたチャージディアが更に不人気になってしまった。チャージディアは脂身が少ないからな。毛皮は良質なんだけども……。

 

 今日、俺はウルリカとレオと一緒にバロアの森にやってきている。罠を仕掛けたポイントを見て回るので、一緒にどうかと声をかけられたのだ。

 俺の仕事のメインは荷物持ちだろうが、おこぼれに与れるのであれば喜んで与るのがこの俺だ。せっかくだし俺にもラードくれよラード。

 

「冬に備えてクランハウスで美味しいご飯食べたいじゃない? そういう時こそさー、ほら。ラードで揚げ物作ったりとか、そういう幅が欲しいでしょ?」

「ウルリカお前ほんと揚げ物好きなのな。レオは?」

「そうだね。僕も肉料理は好きだから、美味しく食べられるならそのための準備はしたいと思ってるよ。去年は“アルテミス”のクランハウスで色々とご飯のお世話になっちゃったから、今年は恩返しも兼ねて、色々と蓄えておきたいんだ」

「真面目だなーレオは。みんなそんなの気にしてないって言ってるのに。冬の間だって色々と仕事してたんだからさー」

「それはそれだよ、ウルリカ」

 

 なるほどなぁ。“アルテミス”のクランハウスも大所帯だからな……まとまった量の食料調達は大事か。

 

「もちろん、多く獲れたらお金に変えちゃうけどねー。今はクレイジーボアすっごく高いし」

「値上がりしたよね、びっくりだよ。毛皮以外はどの部位も無駄にならないから、稼ぎ時だよね」

「ま、俺は食うのも好きだがジェリーだったら何をするにも使えるからな。換金もありだろ。ところで、罠の巡回は結構時間かかるんだよな?」

「まとめて設置したからねー、見て回るのはそれなりに時間かかるよ。途中でトドメとか解体が何度かあるのを見越して少しは余裕持たせてるけど、ダラダラ歩いてたら厳しいかなー」

 

 “アルテミス”は魔物と正面からガチンコバトルできる力を持ったパーティーだが、こうして罠を利用した狩りをすることもある。

 理由は簡単。闇雲に歩き回るよりも手っ取り早いからだ。罠を基準に森を歩いていればその分魔物との遭遇確率が上がる。

 とはいえ、罠も安くはないし壊されたり盗まれたりするので、安牌ってわけでもないのだが。ミドルリスクミドルリターンって感じだな。ただ、罠にかけた分より安全ではある。

 

「モングレルさんはまたすごい荷物を背負っているね……」

「そりゃ本腰入れて魔物を狩ろうってなったら俺も本気で装備を整えるさ」

「普通真っ先に防具の方を整えるんだけどなー……モングレルさんの背負ってるそれ、ほとんど調理器具とかでしょ?」

「野営用品も多いぞ!」

「旅装みたいだ……」

 

 気分は完全にキャンパーである。

 だが大量のクレイジーボアが獲れる(願望)ことを考えると、このくらいの装備は整えておかなくちゃ現地で作業なんかできんだろう。

 最近は祭りやら何やらで人と関わることが多かったが、ここらで閑静な森でアウトドアを楽しみたいところだぜ。

 

 

 

 森に入り、奥へと進んでゆく。

 ウルリカ達が仕掛けたくくり罠はバロアの森のちょっとだけ奥まった方にあり、他のパーティーがおいそれと手出しできないようになっている。

 とはいえ俺が冬の間キャンプする時みたいな奥地って程でもないから、誰も通らないってわけじゃない。そうなると罠を発見され、盗まれている可能性はある。ちょっと覚悟はしておけ。

 

「ベースは川の近くに作りたいよねー」

「そりゃあな。解体、燻製、調理、睡眠その他色々。全部そこでやらなきゃいけないわけだから、水辺は近い方が良い。今はナスターシャもいないしな」

「あ、そういえばモングレルさんは魔法を勉強してたんだよね。それはどうなったのかな」

「魔法はすごいぞレオ、知れば知るほど難しさに直面するんだ」

「全然ダメって事だよこれ。魔法も弓もすぐ飽きるよねー。モングレルさんってば、今日くらい弓持ってきて練習すれば良いのにさー……」

「いやだって荷物がいっぱいだし……」

「他に持ってくるべきものあるでしょー」

「まあまあ……」

 

 そんなこんなで歩いていると、近くから同業者の気配も薄れはじめ、辺鄙な場所に入った……のをなんとなく実感した。

 そしてウルリカが仕掛けた罠を見つけ、移動しながらの確認作業に入っていく。

 

 具体的には仕掛けた罠に獲物が掛かっているか、あるいは破損や盗難に遭っていないかを確認し、次の罠に移る感じだな。

 

「あと三……いや二個先の罠の近くに良い感じの沢があるから、その辺りを拠点にしちゃおーよ。モングレルさんもその荷物を降ろさないと獲物とか運べないよね?」

「だな。いやまぁ少しくらいならいけるが……」

「拠点を整えて、残りの罠の見回りをしたらひとまず今日はおしまいかな?」

「そうなるかなー。暗くなる前に済ませちゃわないとだね!」

 

 事前に罠を仕掛けて臨む、本腰入れた討伐である。

 当然、無手で帰るつもりは全くない。三人で持ちきれないほどの肉塊と脂身とあわよくば森の幸を抱えて凱旋する予定(願望)だ。

 しかし最初の何日かで躓くと……その日食う飯が無くて辛いから撤退、なんて格好つかない結果になってしまうおそれは、無いでもない。

 だからなるべく早く最初の獲物に当たって欲しいものだが……。

 

 

 

「ブゴッ」

「うわぁ」

「いきなりかよ」

「大物だね」

 

 拠点予定地に到着して荷物を下ろす前に、罠に掛かった第一クレイジーボアに遭遇してしまった。

 いきなりの当たりだ。幸先が良いぜ。

 

「えーっと……ど、どうするモングレルさん? 今のままじゃクレイジーボア……持てないよね?」

「あー、天秤棒で吊るせばいけるだろ。拠点にする場所は遠いか?」

「ちょっと歩くけどそこまで離れてはないよ。ほんとにいける……?」

「重いなら僕も手伝うから、このボアはここで仕留めた方が良いんじゃないかな」

「だな、往復するのは手間だ」

 

 そんなわけで、クレイジーボアはここで速やかにくたばってもらうことになった。

 早速拠点でやる仕事が増えたな。

 

「じゃあ、このボアは僕が仕留めるよ」

「お、大丈夫か?」

 

 レオが一歩前に出て、二本のショートソードを構える。

 そのまま“風刃剣(エアブレイド)”を発動し剣に風を纏わせると、レオは俺に向かって微笑んだ。

 

「心配しなくても、慣れっこだよ」

 

 強く地面を踏み込み、一瞬でクレイジーボアの正面まで駆ける。

 クレイジーボアは野生の動体視力でレオの動きを目で捉えることはできたかもしれない。だが、くくり罠によって動ける範囲を制限された状態では、反撃に転ずることはできなかった。

 

「やッ!」

「ブゴッ」

 

 一発の剣撃がボアの横っ面を叩きつけ意識を奪い。

 次の瞬間に放たれた二度目の剣撃が、喉をバッサリと切り裂く。

 実に鮮やかだ。こういうの見ると俺も二刀流をやってみたくなる。

 

「うん、いい感じに血が出てるねー。じゃあ放血しながら内臓取って……軽くしたら運ぶ準備しようか?」

「いや、このままで良いぞ。棒に吊るして放血しながらさっさと川を目指そう」

「えっ……それはちょっとモングレルさんでも重くない?」

 

 俺はクレイジーボアの脚を手頃な棒にくくりつけ、荷物と一緒にそれを担いだ。

 よし、問題なく持てる。問題はこのボアの血が俺の服や荷物にかからないかどうかだけだ。

 

「うっわぁ……すっごい力……モングレルさんってやっぱり、見た目よりずっと……逞しいんだね……」

「そんな大荷物を持ったまま、よく丸々一頭を持てるね」

「お前らとは鍛え方が違うんだよ、鍛え方が。ほら、さっさと川いくぞ」

 

 まぁ自分の力ってよりは生まれ持った力だから、自慢げにするものでもねーんだけどな。

 そういう感じで納得しといてくれ。

 




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たまには下世話な話を

 クレイジーボアの脂肪は多い。

 バロアの森の厄介なお友達は色々いるが、その中でもかなりの脂をその身に蓄えている。

 これはもう、ギルドマンであれば誰もが解体する時に実感する常識だ。皮をザクザク切り開いて次の瞬間には皮下脂肪の厚さに驚くことだろう。チャージディアは全体的にヘルシーな肉質なのに、ボアは一際ブヨブヨしている。

 この脂身のせいでナイフが滑り、なかなか解体が進まない……という面倒臭さはある。しかしその脂身でラードが作れるのだから、これもやり甲斐の一つだわな。

 

「よっこいしょー」

 

 仕留めて内臓を取り出したクレイジーボアを小川にぶち込み、肉を冷やす。

 ジビエを悪くする要素は主に熱、血液、内臓だ。血液と内臓はなんとなくピンとくる人も多いかもしれないが、この熱ってやつもなかなか馬鹿にできない。ギルドマンによってはとにかく真っ先に川にぶち込んで冷やそうとする奴もいるくらいだ。

 この辺り、実際はギルドマンの中でもやり方の順序が色々個人差というか……主義が違うから、俺もあんまり“間違いなくこれが先! これからやったほうがいい!”とは断言したくないんだけどね。まぁとりあえず全部手早くやった方がいいのは確かだと思う。

 

「拠点は向こうだよな?」

「そーそー。増水したら怖いから、もうちょっと離れた所でね。けどこの川もちゃんと見れるから、冷やした獲物を取られるってことはないと思うよー」

「先に警戒網だけ張っておくね、モングレルさん」

「おう、頼むわ」

 

 ウルリカもレオも小さい頃から狩猟をやってるベテランだ。大体何をやらせても俺より上手くこなすだろう。俺なんか罠の設置場所も全然わからんしな。試したことはあるが、一ヶ月くらい何も掛からなかった上に最終的に罠を盗まれて止めた。

 俺はその時盗まれた罠がきっと獲物を引っ掛けたと信じているが、どの道盗まれているのでやりきれない思いしか募っていない。葡萄が甘かろうが酸っぱかろうが盗まれたら話が違うんだわ……。

 

「あとは薪集めて……とりあえずこんなもんでいいか」

 

 適当に使いやすそうな薪を拾ったら、二人のいる拠点予定地に向かう。

 既に二人はそれぞれ荷物を下ろし、野営用の寝床や作業場所を確保していた。鳴子付きの警戒網もしっかり完成している。仕事が早えや。

 

「見て見て、ほらっ。チャージディアのラグマット。モングレルさんが持ってきてた奴真似したんだー」

「お、良いよなそれ。俺も持ってきたぞ。寝る時にも座る時にも使えるし便利だ」

「僕はマントだけど……毛皮そのままも良さそうだね」

「マントも良いよな。裏地がしっかりしてて暖かい奴ならラグマットよりも良いんじゃねえの」

 

 秋から冬の野営は寒い。

 寝てる間は火を絶やさずにおくのが基本だが、それでも普通に冷える。森の中だから風はマシな方だが、それでも装備が舐めてると普通にしんどい思いをすることになるだろう。暗い話になってしまうが、ルーキーなんかはこのくらいの季節でも無茶な野営をやろうとして凍死してることも珍しくない。

 寒さは我慢できると思ってても気を抜いて眠ると普通にあっさり死ぬことがあるから注意だぜ! 

 

「けどさー、モングレルさん今日もアレ、持ってきてるんでしょ?」

「アレって……ああ、こいつのことか」

「やった! やっぱり持ってきてた!」

 

 大荷物の中から取り出したのは、金属の筒をスタッキングして収納しておいた薪ストーブだ。

 円筒状の煙突と、まぁ本体は省スペース化のために上の鉄板くらいしかないんだが……。本体は石とか土のかまどにすりゃ良いのさこんなのは。いつか本体も欲しいなと思ってはいるが、なかなかコンパクトにできる気がしない。

 

「話には聞いてたけど、へぇ……こんな感じなんだね。煙突を持ち歩くのって、なんだか贅沢だな」

「ま、煙突は代用もきかないからな。煙突は良いぞ」

 

 組み立て伸ばした煙突は紐でテンションをかけ、固定する。こうしておくと大抵の風に耐えられるし、何かぶつかっても倒れることはない。この作業もテントを張るついでみたいなものだ。ただし、夜に近くを通る時に足を引っ掛けないようにだけ注意はしておきたい。

 

「あれっ? モングレルさんその天幕さー……なんかいつもより大きくなってないー……?」

「お、気付いたか。アーケルシアで買った生地で新しく作ったんだよ。前のよりデカいけど重さは変わらないし、薄いから場所もそんなに取らないんだぜ」

 

 三角テントは今回新しいものにした。とはいえ自作だ。デカい生地を切って縫って、グロメットを打ちつけたシンプルな幕である。

 サイズは頑張れば三、四人用ってところかな。基本的にこの手の野営セットは一人でしか使わないから小さい方が良いんだが、広ければ広いで不意の雨の時でも中での作業がやりやすい。居住性が高いのは良いことだ。

 一部の布地を変形させてやれば、薪ストーブをテントの中に入れることもできる。おかげで厳冬期でも暖が取れるはずだ。

 

「へーすごーい……あ、ここにグロメットがついてるんだ、へー……」

「軍隊の人も似たようなものを持ってるって聞いたことはあるけど、多分これはもっと小さいやつだよね? けどこのくらいなら僕らでも頑張れば持ち運びできるかな……」

「雨風を防げるのは良いよねー。かなり暖かそうだし。魔物が近付いてきた時が無防備でちょっと怖いけど……」

 

 魔物はフィジカルでぶっ殺すからヨシ! 

 ……まぁ冗談抜きで、普通の人間がソロでバロアの森でキャンプするのは無理だわな。魔物除けのお香を景気良く焚くくらいしか方法がない。それはちと勿体無いし……。

 

「さて、拠点の設営も済んだし、とりあえず見回りか?」

「だねー。罠の巡回しながら索敵、そうしたら余裕持って明るいうちに戻って来るつもり」

「川のクレイジーボアもあるからね。なんだったら、誰か一人ここで見張ってても良いくらいなんだけど……」

「川のそばで小さいお香焚いてるから平気じゃない? それより罠に掛かってたとしたらそれを運び切れない方が厄介だと思うけどなー」

「ん、それもそっか」

 

 結局全員で罠の見回りをすることになった。

 荷物を下ろし、装備品がバスタードソード一本になった今の俺ならどんな魔物相手でも……だいたいどんな魔物相手でもなんとかなるぜ。

 

 

 

 罠の見回りは手早く行う。

 さっさと森を歩き、ポイントを通過するだけだ。一人とか二人とかなら不意の遭遇も怖いかも知れないが、戦闘要員が三人もいれば大抵の索敵のヌルさはどうにでもカバーできる。トリプルチェックヨシ! 

 

「んーゴブリンの痕跡かなーこれ、ホブかも」

「結構大柄かもね。オーガやサイクロプスとは違うかな。でも古いやつだし、近くにはいなさそうだね」

「良かったー。けど、罠の近くに痕跡があるのはちょっと不安だなぁー……引っかからないと良いんだけど」

 

 クレイジーボア狙いで仕掛けた罠だが、当然引っ掛かるのがクレイジーボアだけとは限らない。

 チャージディアが引っかかる場合もあれば、全く別の生き物がかかることだってある。マレットラビットが両脚を引っ掛けて餓死していることもあるそうだ。割と中型とか小型の生き物も引っかかるんだよな。

 

「ゴブリンが引っかかると罠が汚くなりそうだな」

「うん、それもあるね。あとは単純に、ゴブリンとか人型の魔物だと罠を壊して脱出する事も多いんだ」

「あー、聞いたことはある。けど人にやられたかもしれないだろ? 引っ掛かってるところをちょうど良く発見するってのはそう無いだろ」

「いやーけどなんとなくわかるんだよねー……ゴブリンが掛かってたんだなーっていうのは」

 

 なんてフラグになりそうな話をしてはいたが、見回りの罠にゴブリン系が引っ掛かっているということはなかった。

 むしろ何も掛かっていない。スタートは好調だったが、一気に何匹もってわけにはいかねえか……。

 

 たまに何かにいじられて金具部分が掘り返されてたり、偽装が足りないのかもしれないと落ち葉を被せ直したり、そのくらいの作業をやって次へ次へと進んでいく。

 合間にやるのは手頃に食えそうな木の実だとか野草の採取くらいで、実に平和な時間が流れている。マジでキャンプ気分だ。

 

「なあ、二人は結婚祭でどういうの買ったんだよ」

「えー? 踊りを見たり、店を冷やかしたりばかりだったしなー……買ったものかー」

「色々とご飯は食べたよね。あとはお守りとか、恋占いの道具とか」

「そうそう! なんか怪しいの売ってたよねー、お札とか人形みたいなの」

「やっぱそこらへん買ったのか。色々珍しいもんあったもんなぁ」

「でもそういう結婚祭で売りに出されるような物って、結構チャチなんだよねー。一応部屋に飾ってあるけどさ」

 

 祭りの雰囲気に浮かれると変なの買っちまうもんだからな。仕方ない。

 

「というよりなんだ、お前らも恋占いなんて興味あったのか」

「僕はまあ、一応お祭りだし……そういうのも良いかなと」

「私は別に興味ないんだけど、他人を占うのは面白そうだから買っちゃった。持ってきてるから後でモングレルさん占ってあげるね!」

「いやなんで俺に使うんだよ。自分を占え!」

「人を占った方が楽しいじゃん!」

 

 いやまぁ他人事で好き勝手言える分楽しいのはわかるけども……面と向かって言い切る事じゃねえだろそれは。

 

「ウルリカも二十歳だろ? そろそろそういう恋愛とか……」

「モングレルさんは三十一じゃん」

「この話やめようか」

「逃げた!」

「恋愛ってのは自由であるべきだと思うぜ俺は……まだまだ遊びたい盛りだろうしな……」

 

 畜生、俺のことを言われるとこの手の話は迂闊にできねぇな。けど気になるのは確かだぜ……。

 レオはまだ良いよな。ギルドでもちょくちょく女から声掛けられてるし、爽やかな王子様扱いされてるからよ。

 ウルリカに関しては普通に将来がな……大丈夫なのか? って心配になるんだわ……いや、ギルドマンとして安定して仕事できてるから心配する必要は無いんだけども。

 

「普段ライナとか女がいる時にはこんな話できないけどな。娼館に興味があるなら行ってみると良いぞ。“アルテミス”に居たんじゃこの手の店にも通い辛いだろ? なんなら俺と一緒に任務に出てるってのを言い訳にして娼館に泊まるのも悪くないぞ」

「娼館なんて……僕は行かないよ、そんなの。そういうのは誠実じゃないと思うし……」

 

 レオは固いな。この世界じゃ貴族ですら絶滅危惧種かもしれんぞそれは。

 

「私は別に良いと思うけどなぁー」

「えっ!?」

「だってさー……気持ち良いのを我慢するのってさ、ほら。みんな言うけどさー……大変なんだよね? だからほら、結婚とかお付き合いしてるならともかく、その前なら別にいくらでも通ってて良いと、私は思うんだけどなー」

「そっ、それはっ、ちょっと下品な話だよ、ウルリカ!」

 

 男目線のコメントだから別になんも変ではないんだが……見た目も相まってなんか男の風俗通いに理解がある悲しい女みたいな言い分になってるな……。

 

「けどそれもさー……モングレルさんも別に娼館通ってないんでしょ?」

「何回かはあるぞ? 風呂入るために」

「それ通ってるって言うかなー……」

「お風呂……そんな娼館もあるんだね」

「あっ、レオひょっとして興味出たー?」

「出てないよ!」

 

 王子様キャラっぽいくせに免疫というか下ネタ話に弱い……“アルテミス”で良かったな、レオ。お前が“収穫の剣”に入ってたら三日くらいで体調悪くしてたと思うぞ。あそこはギルドマンの煮凝りみたいなもんだからな。

 

 けど、こうしてこいつらと男同士らしい会話ができるのもなんか新鮮だから嬉しいね。

 俺は別にそこまで猥談好きってわけではないんだが……それはそれとして、普段猥談なんて話さないようなタイプのやつが話す猥談は聞いてみてぇんだ……。

 

 




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大人の自由

 

 罠の見回りと索敵をやったが、狙いのクレイジーボアは見つからなかった。

 幾つかの罠が何かで作動して誤爆してたのと、道中で遭遇したゴブリン一体だけというしょっぱい成果である。ゴブリンはウルリカの矢が目玉に深々と突き刺さり、俺の出る幕はなかった。今日の俺全然働いてないな。バスタードソードが血を求めているぞ。

 

「んー、渋いけど今日はこんなもんかなー……」

「仕掛け直した罠が次の日どうなるかだね」

 

 帰り道、ウルリカは砕いたスラグ片をちまちまと撒いていた。金属の匂いをばらまき、罠に気付きにくくさせるつもりらしい。効果があるのかどうかは不明だが、理屈を聞くと効果がありそうに思える。明日の結果待ちだな。

 

「ま、既に一匹捕まえたんだからそう落ち込むことはないだろ。三人の成果ってなるとちとショボだが」

「明日は早朝から見回りして色々見つけてやるんだから……!」

「クランハウスの皆にお土産を渡せるくらいには稼いでおきたいよね」

 

 上着のポケットにはそこらへんで毟った野草がパンパンに入っている。

 これは持ち帰りじゃなく今回で食うための物だ。ちょっと渋みの強いやつもあるが、軽くアク抜きして揚げれば気にならないだろう。

 

「明るいうちに解体しちゃおっか」

「だね。三人ならすぐに終わりそうだ」

 

 拠点に戻り川に近づくと、水に浸けてあるクレイジーボアは健在だった。

 近くで焚いてある魔物除けのお香の欠片のおかげだろうか。レゴールでも魔物除けの香草を栽培したりとかできないもんかね。難しいって話は聞くから無理なのか。

 

「うわー、大物だ。解体し甲斐があるねー」

「おお、じゃあ俺が吊るそうか?」

「吊るす必要は無いんじゃないかな? ここなら横倒しの方が早そうだよね?」

「マジで? 吊るした方が楽じゃねーのか」

「んー、場合によるかなー。石がゴロゴロしてる川辺なら私達はそのまま横倒しにして解体した方が楽かもー」

 

 なんとなく脳死で吊るし解体が一番なんだと思っていたが、案外そんなこともないらしい。ほーん、なるほどね。そのままゴロゴロと向きを変えながら切るわけか。剥がした皮を敷物がわり……へー。

 

「モングレルさんはボアの内臓食べるんだっけー?」

「おー、レバーだけ欲しいな。あとは良いや」

「他にも食べられる物はあるけど……」

「レバーだけで良いよ。俺の好みだけどな」

 

 内臓系もな。悪くないけどレバー以外は好んで食うほどでもないんだよな。レバーも人によっては好き嫌い出てくるものだろうが、この栄養素に乏しい世界で食う新鮮なレバーは美味く感じるんだ……。

 

「さて、こっちは飯作らないとな」

 

 昼飯は携帯食で軽く済ませた。が、森を歩いているとそれだけじゃ腹が減ってくる。ここらでガッとカロリーのあるものを摂取しておきたい。

 

「まぁ軽く炒め物にするか」

 

 まだ明るいうちから揚げ物は気合いが入り過ぎている。いやもちろんやれるもんならやりたいが、獣脂から揚げ物ができるくらいの量を取り出そうとすると流石にちょっと時間もかかる。なので、ひとまず少量の脂を使った炒め料理を作ることにした。

 

 ファイアピストンで火を熾し、枯れ草から小枝に炎を移す。炎を作っているのは外用の石造りのかまどだ。適当に明かりが欲しい時や暖を取るためにはこういうかまどがあった方が良い。

 ぼうぼうに炎が出来たら、燃える薪を外用の薪ストーブに移す。あとは投入口に薪を入れていって、調理台としてはこれで完成だ。

 直火で調理するのは難しいんでね。熱々の鉄板の上でのんびりやらせてもらうぜ。

 

 平たい鍋(ほぼフライパン)に獣脂のかけらをいくつか投入し、ナイフで刻みつつジュウジュウと音を立て熱していく。充分に脂身が溶けたら、川で洗ってきた野草をいくつかちぎってぶち込み、炒める。ネギっぽい香味野菜と脂の香り。腹が減ってくるぜ。

 あとはここにスライスしたレバーを豪快にバラバラと入れて、景気良く炒めていけば完成……おっと、調味料を加えて味を整えれば完成だ。

 うーん。まぁ俺好みのソースではないが、油と香味野菜を足して炒め物に使う分にはそこまで気にならんな。

 

「ほれ、レバー炒め出来たぞ」

「わーい、モングレルさんの手料理だー。いただきまーす」

「ありがとうモングレルさん。……うん、おいしい。葉物はスープとかシチューで良く入ってるものだけど、こういう食べ方も良いね。レバーと良く合ってるよ」

「おいしー。なんかこう、レバーがね。ほら、まろやか!」

 

 二人とも気に入ったようで何より。相変わらずウルリカの食レポは小学生並みの語彙力だが。

 

「そっちの解体作業は早いな。俺が二人いてもそこまで手早くはやれねえわ」

「慣れてるからねー」

「一匹を二人でやってると尚更だよね。昔、ゲッコーがたくさん獲れた時は凄かったなぁ。山の中で二人で何匹も解体してさ、結局日没まで間に合わなくて」

「あったあった! あれは失敗したねー……今でも下山出来てたかわかんないけどさー、あれだけいっぱい獲ってたら……」

「あの頃はまだ未熟だったなぁ……」

 

 なになに〜? なんの話〜? 

 おじさんも混ぜてよ〜。

 

 なんて、二人の昔話に強引に混じるのもアレなんで、取り分けられた脂の処理をしてしまおうと思う。

 

「ここにあるやつはもう火にかけて抽出してもいいか?」

「うんうん、大丈夫! 明日はもっとたくさん獲る予定だし、使い切っちゃうつもりでね! 揚げ物食べたいし!」

 

 解体をやってる傍らで、俺は脂の準備だ。

 内臓脂肪、皮下脂肪、とにかく脂を集めて細かく刻み、鍋にぶち込んで火にかける。すると固形だった脂が溶けて透明になり、鍋の底でグツグツと煮えてくる。

 そうしたら布で漉してやればオーケーだ。こいつを冷やせば利用しやすいラードになってくれる。今の時期ならそのまま外に晒しておけば勝手に固まるだろう。鍋を川の浅瀬のとこに置いて冷やしてやっても良い。

 

 で、ここで漉した布に溜まったやつ。

 変な部位から油を取るとちょっと使えるかどうかわからんけど、良い脂身を刻んで抽出した場合、固形物として残った油カスがなかなか美味い。

 自分の油でカリッと揚がっているので、塩振ってつまんで食うと非常に香ばしい味がする。うーん、美味い。酒飲み用のジャンクフードだ。チャーハンとかに入れても美味そうだな。

 

「ラードを見守りつつ……飲むか……!」

 

 こんな時のために、俺はウイスキーを持ってきている。

 ナスターシャが居ないことが悔やまれるぜ。氷さえあれば布陣は完璧だったろうに……まぁ贅沢は言わん。適当に水筒の水で希釈して水割りにして飲むさ。

 

 うむ……ジャンキーな油カスに水割り美味ぇな……。

 

「あー、酔っ払いがいるー」

「お酒飲むの早いね」

「軽くだよ軽く。べろんべろんになるまでは飲まねえさ」

 

 いくらキャンプ気分ではあっても、バロアの森での飲酒はお勧めしないぞ! みんなは気をつけような! 

 

「お前ら、その皮はどうするんだ?」

「んー、一応取ってはおくけど、基本的には捨てちゃうかなー。ボアの皮は嵩張るわりに売れないしねー」

「“アルテミス”独自の売れる販路みたいなのは、無い感じか」

「あはは、ボアの皮は無いって!」

「人気ないよね、ボアの皮は。鞣し代と売値が変わらないくらいだっけ?」

「よっぽど荷物に空きがあるなら納めることもあるけどねー」

 

 やっぱボアの皮は微妙扱いか。俺の知らない財テクがあるかと思ったがそんなことはなかったぜ。

 

 

 

 解体作業も区切りがつき、まだちょっとだけ明るいが、もうじき陽が沈む。そんな時間になった。

 ウルリカは弓を構え、遠くの木立に向かって射撃の練習を始めている。

 立ち枯れた木の幹に刻んだ十字の傷が狙いらしい。そこに向かって何本も矢を放っているが、ほとんど外れない。

 おかしいな。俺が撃つとだいたい木にすら当たらないんだが。

 

 俺とレオはそんなウルリカの練習風景を眺めつつ、まったりと作業後のお茶を楽しんでいる。

 いやまったりではないな。二人してそこら辺の枝を折ったり割ったりしながら薪作りしてるから。

 

「モングレルさんは、お金を貯めてレゴールに定住する予定は無いのかな?」

「俺か? 俺は特に無いなぁ。宿屋暮らしに慣れちまったよ。というか俺みたいな奴はなかなか土地に定住できないからな」

「あ……そっか、ごめん」

「レオはどうだ? “アルテミス”での居心地は。まぁでも悪くなさそうだよな」

「うん、とっても良くしてもらってる。僕は……そうだね、レゴールでの仕事にも慣れてきたと思う。仮に“アルテミス”を出ることになったとしても、レゴールを拠点にするのも悪くないかも」

 

 その瞬間、ウルリカの放った矢が幹に刺さっていた矢に直撃した。

 既に刺さっていた矢の尻を破るように命中する神業。継矢である。

 

「あーっ!? 割っちゃったー!」

 

 が、ウルリカは悲鳴を上げている。練習中にそういう事が起こるとあまり嬉しくはないらしい。まぁ単純に矢が勿体ねえもんな。

 そんな姿を遠目に見ながら、レオは“ふふふ”と微笑ましそうに笑っている。

 

「前から思ってたんだけどよ」

「はは……え、何?」

「レオお前、ウルリカの事好きそうだよな」

「ッ!? ゲホッ、ゴホッ」

 

 あ、茶が気管に入った。

 

「なになにー? レオどうしたのー?」

「茶が咽せたらしいぞー。気にしないでやっててくれー」

「あはははっ」

「ゲホッ……」

 

 そう恨めしそうな目で見るなよレオ。

 別に核心を突いたってほど鋭い言葉でもないぞこれ。鈍もいいとこだよ。

 

「違うのか? いや違わないのはなんとなく見ててわかるから答えなくても良いんだけどよ……」

「……僕とウルリカは男だよ」

「いやでも普段のウルリカに対する態度そんな感じじゃないし……ギルドの他の連中も、ウルリカとお前ができてるんじゃねーかって噂してるのもちょくちょく聞くぞ」

「え、本当に……?」

「そういうところで嬉しそうな顔するからバレバレなんだよ」

「あっ」

 

 恋愛に戦闘力あるならレゴールでも屈指の低さを誇るなこいつ……。

 

「……ウルリカは、昔から僕の憧れだったんだ。いつでもみんなを引っ張って、中心にいて、綺麗で……本当はもっと、この感情も形を変えていくと思ってたんだけどな……レゴールでウルリカに会って、綺麗なままでさ」

「すげぇよなあれ」

「うん。僕にはとても……ああ、いや、そうじゃなくて。……でも、やっぱり憧れも大きいんだ。僕の昔からの友達で、狩りの相棒で。色々と思うところはあるけど、それが一番なんだ。……男同士なんて、健全じゃないしね」

 

 ほーん……まぁあれだけツラが良ければアリって奴もいるだろうな。

 俺も面食いだからわかるぜ。けどこの世界は大体ツラの良い奴らばかりだからなぁ。

 

「まあ、でもな。愛の形は色々あるからな。誰が誰を愛そうがそれは良い事だ。決められた事じゃない」

「……え?」

「人が何を好きになるかなんてわからないもんだ。恋くらい、自由にしたって良いんじゃねえかな」

 

 人目を気にするかどうかはまあ、さておき。自分の好きになったことくらい、認めてやるのも悪くはないだろ。

 

「……モングレルさんは、優しい大人だね」

「そりゃそうだ。俺はハルペリアで一番優しいギルドマンだからな」

「僕の家族は絶対に、そういう事は言わないよ」

「それはそれで、真っ当な親御さんだよ」

 

 レオは家族にどう思うところがあるのかは知らないが、どこか遠い目でウルリカの姿を眺めている。

 

「自由に、かぁ……」

「大人なんだしな。自由だよ。恋するのも住む場所決めるのも、まぁ、趣味もそうだな。自分のやりたい趣味だって好きにやれば良いのさ」

「……趣味も? 本当に、モングレルさんはそう思う?」

「人の趣味にはとやかく言わない。すげー金が掛かってても、良さがいまいちわからなくても。そういうもんだぜ」

「……そっか」

 

 趣味はね。認める事が大事なんだ。人の趣味は特にそうだ。否定から入ると戦争しか始まらん。

 良さがわからなくても“おー、すごいやってますね!”くらいの反応にした方が良いんだよ。それが一番だと俺は知っている。

 

「やっぱり大人だなぁ、モングレルさんは……」

「伊達に三十路は生きてねぇぜ。良い大人にもなるさ」

「僕もあと十年したら、モングレルさんみたいになれるのかな?」

「けど俺の真似はやめとけ。ろくなもんじゃねぇから」

「……ふふふ、どっちなの」

 

 独身貴族で好き勝手やるなら良いかもしれんけど、家庭築いてまともな人らしく過ごす予定が少しでもあるなら、俺をモデルにするのはやめておけ……! 

 




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見逃す獲物

 

「私もこっち側に寄せて寝ようっと!」

「ほらな。来ると思ってたよ。ぜってーそうなると読めてたぜ俺は」

「……僕もこっちにしようかな」

「レオ、お前もか」

 

 大きな天幕。そして薪ストーブ。バロアの森で快適に夜を過ごすための設備が整った俺の拠点は当然、居心地が良い。そうなるように色々持ってきているからな。

 それにウルリカは毎度毎度こっちに来て暖を取ろうとするからいい加減に慣れたもんである。

 まあ実際、夜に寝る時なんかはこうやって固まっていた方がお互いカバーしやすくはあるし理にかなってはいる。そんなことはウルリカもあまり考えてないだろうけども。俺だってあまり考えてない。

 

「明日の罠の様子を見て、駄目そうなら二つくらい場所変えようかなーって」

「良いんじゃないかな? 望み薄なところにずっと仕掛けても良くないしね。……あ、このスープ美味しい」

 

 時間はすっかり夜だ。細かい作業は明るいうちに済ませてしまったので、あとは飯を食って寝るだけである。

 今日の晩飯は普通に肉を焼いたり、持ち寄ったパンを切り分けたり、塩漬けにした野菜をスープにしたりといったごくごく普通のラインナップになった。

 とはいえ、塩漬けの野菜を熱いお湯で戻してボアの肉と脂身を適度に加えてやればそれなりに上等なスープになってくれる。寒い時期に外で飲む温かいスープというのは格別で、別に揚げ物だとかそんな豪勢なものでなくても、むしろこのくらいの方が満足感は高い。

 

 ウルリカもレオも今日はそれなりの食事で満足し、やることがなくなった後は寝ることになった。

 気がつけば全員こっちの天幕に寄っての就寝である。これで長期間洗ってないような臭い装備を身に着けた男だったら蹴っ飛ばして五メートルほど脇に転がしてるところだが、二人とも清潔なのでその辺りは問題ない。

 

 さて、俺もさっさと寝ることにしよう……。

 魔物除けのお香を炊いて、薪ストーブに燃料を突っ込んだのを確認して……スヤァ……。

 

 

 

「起床ー、起きろー、朝だぞー」

 

 薄明るくなる少し前に目が覚めた。夜、途中で何度か目覚めて薪を足したりちょっとした物音にぼんやりと警戒したりなどはあったが、特に何も起こらない平和な夜だった。

 強いて言うならウルリカがこっち側のラグマットに少し侵入気味ってことくらいだろう。

 

「若者はさっさと起きろー!」

「きゃー!?」

「う、ウルリカ!? どうしたの……って、なんだ、モングレルさんか……」

 

 ラグマットで簀巻きにしてやるのもご愛嬌だ。

 さて、今日も一日張り切って仕事していこう。

 

 

 

 早朝から始まるバロアの森探索では、まず腹ごしらえから始まる。腹が減っては良い糞が出ないからな。飯食って今日ひり出す分のうんこを補充しておかなければならない。

 低血糖でバテたり栄養不足で咄嗟に動けないなんてのは最悪だ。油断せず、しっかり食っておくのが吉である。

 レオの持ってきたパンに焼いた肉を挟んだサンドをもさもさと齧りつつ、ひとまず今日の行動指針を決める。

 

「当然罠も見回るけど、ちょっと遠回りして川沿いも歩いて獲物を探してみよっかー。ボア以外にも色々いるかも知れないしねー」

「うん、悪くはないね。……モングレルさんはどうかな?」

「おう、良いぜ。俺は狩人としては二流以下だからな。二人に任せるわ」

 

 こっちはいざという時の近接役兼荷物持ちだ。方針は丸投げさせてもらうぜ。

 

「よーし。じゃあ張り切って探索していこう! 色々仕留めて、今日こそ美味しい串揚げを食べるんだから!」

「ウルリカ、それが目的だったんだね……」

「まぁ具材は色々あったほうが美味いけどよ。わかったわかった、今日は揚げ物な」

「やった!」

 

 揚げ物にハマるのは良いが、その調子でバクバク食ってると数年後に一気に太るかもしれんぞ。……いや、よく野外で活動してるギルドマンならその辺りは平気か。運動量あるしな。

 

 

 

 薄暗い中を進みつつ、昨日に引き続き罠の確認が始まった。

 罠はもう根気との勝負だ。俺はこの勝負によく負けているから罠猟は苦手なんだが、今回みたいに後ろにくっついているだけで良いなら自分であれこれ工夫したりしなくて良い分楽である。

 護衛とかもそうだな。タラタラ歩いているのは性に合わないが、気を張っていれば良いだけという一点においては護衛任務も楽な方だ。

 

「あっ、ゴブリンの死体だ」

「一体だね。これはギルドマン……というより、チャージディアの仕業かな。刺し傷が低いし、引きずられたような跡もある。あ、蹄も沢山残ってるね」

「チャージディアはとりあえずいる、と……うーん、ゴブリンがいるとなー……獲物の分布が乱れるから困るんだよねー……」

 

 道中では色々な物を見つけた。

 それは魔物の痕跡であったり、死体であったり、食べられる道草であったりと様々だ。特に痕跡は俺が見落とすような魔物のサインなんかを二人はよく見つけてくれる。

 

「あ……スワンプタートルだよあれ! 結構大きいけど仕留めれば良いお肉になりそうじゃない!?」

「本当だ。川の近くで甲羅でも干してたのかな」

「おー、本当だ。ただの岩かと思ったわ」

 

 スワンプタートルはデカい亀だ。リクガメほどではないが、そうだな。すげー成長したアカミミガメより一回り大きいくらいのサイズはあるだろう。

 甲羅は岩のようにゴツゴツしているが、顔つきはすっぽんに近い。その顔つきを裏切らず、やたらと好戦的に噛み付いてくる亀だ。

 しかし好戦的なだけで危険ってほどではない。魔物扱いもされておらず、迂闊に手を出したりすると危ない動物っていう程度の分類だ。解体は面倒くさいが、爬虫類ではあるので一応肉は食える。俺は食ったこと無いが美味いらしい。市場でもそこそこの値段で売られているのをよく見かける。

 

「とりあえず仕留めておくかー」

「うんうん! これで具材一つ目だね!」

「良かった。罠も掛かってると良いね」

 

 それから罠を回るうちに、昨日の寂れっぷりが嘘のように色々な獲物を発見した。

 目的のクレイジーボアではないが、罠に引っかかっていた若い雄のチャージディアが一体。くくり罠で首を締めて死んでいた間抜けなハルパーフェレットが一体。日が登り切る前に二体も見つけられたのは幸運という他ないだろう。いや、罠を設置するウルリカの勘が冴えているのか。

 

「すげぇな。これだけ獲物が引っかかるなら俺も罠やりてえよ」

「……うーん、目当ての魔物を引っ掛けられなかったから褒められた気がしないんだよねー……」

「あはは、そうだね」

 

 そういうもんか? チャージディアを引っ掛けられたら充分だと思うけどな。そもそも設置した人間が選べるわけでもないぜ。

 

「というかモングレルさん、それ重くないのー……?」

「余裕余裕。チャージディアが来たお陰で天秤棒のバランスが取れてむしろ楽になったぜ」

 

 ちなみに今現在、捕まえた全ての獲物を棒にぶらさげて運んでいます。軽くなるように無駄な部位は落としてあるけどな。

 今は罠の見回りを中断して、拠点近くの川に向かっている最中だ。川にぶち込んで肉を冷やすついでに、ひとまずの成果を捌いたりまとめておこうと考えている。

 

「チャージディアの気が立っているから向こう側を探す意味は薄いんじゃないかなー。縄張りにしてた場所ってことだし、そうなるとあの辺りにはボアが来てないのかも」

「どうかな……チャージディアも結構気まぐれなところがあるからね。獲物や外敵に執着するから、こっちに来てたのは偶然かも」

 

 作戦会議を挟みつつ、再度出発。

 狩人は色々考えながら森を歩いてるんだなぁ。すげーや。

 俺なんかバスタードソードで木をバシバシ叩きながら歩いて、音を聞きつけてやってきた魔物を返り討ちにするっていう狩り方をスマートな方法だと思いこんでたクチだからな……この手の深い考察とかは全くできる気がしない。

 

「あー、こっちの罠も壊れてる……誰だろ……人だったら最悪……」

「しょうがないね。次に行こう、ウルリカ」

「……全く! これだから罠は嫌なんだよねっ!」

 

 しかしまぁ、罠のトラブルの多いこと多いこと。

 元々罠自体の精度も低いので、誤作動や壊れたりすることも多いのだろうが……それにしても不自然な故障や紛失が起こる事は多いらしい。

 昨日の今日でギルドマンの誰かが……というのは考えづらいように見えて、実は結構有り得たりするのが悲しいね。

 

「お!? おいおい、あそこにクレイジーボアかかってるぞ!」

 

 なんてこと考えてたら、歩いている途中で不自然な怒り方をしているクレイジーボアと遭遇した。

 樹木を中心にえぐれた地面。そして紐で拘束されているクレイジーボア。罠にかかり、何時間も暴れた形跡が深々と地面に刻まれていた。

 これで今日何体目だ? いや、とにかく目当てのクレイジーボアが来たってのはありがたい!

 

「……あ、他人の罠だ」

「お? なんだよあれウルリカの仕掛けた奴じゃなかったのか」

 

 が、どうやらそれはぬか喜びだったようだ。

 確かにクレイジーボアは罠に掛かっていたが、それはウルリカの仕掛けたものではなく、他人。つまり別のギルドマンの獲物ということである。

 

 ……罠にかかって無抵抗な獲物。そして周囲に人はいない。

 なるほど確かに、こういう光景を見ると魔が差すものなのかもしれないな。自分が獲ったわけではない獲物だってのは承知していても、目の前には金と食料になってくれる魔物がいるのだ。誰かが来る前にちょろまかしてしまえばわからない……なんとも嫌な話である。

 

「二人とも、一応聞くが」

「獲らないよ」

「見くびらないでよ、モングレルさん。僕たちはそんなことは絶対にしないから」

 

 おう良かった。ここで他人の引っ掛けた獲物を横取りしようってなったら逆にこっちがどうしようかと思ってたところだ。

 

「惜しいけどねー……もういいよ、早く次いこ、次!」

「うん。なるべくクレイジーボアを刺激しないように、さっさと場所を移さないと」

 

 それはそれとして、無抵抗なクレイジーボアをスルーする時の二人はそこそこ不機嫌そうにしていたのがなんか面白かった。

 まぁモヤッとはするよな……絶好の機会を逃している感じがして……。

 

 




当作品の評価者数が4200人を超えました。すごい。

いつもバスタード・ソードマンを応援いただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。


(祝*・∀・)ヤッターーー


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猪突猛進な連続狩猟

 

 他人が罠にかけたクレイジーボアを渋々といった感じで見逃した俺達だったが、そんなちょっとしたモラルの高さに対して女神が微笑んでくれたのだろうか。

 前向きな兆候を掴んだのは、それからすぐのことであった。

 

 次なる罠の設置箇所を目指して歩いている俺達は、デカい痕跡を発見した。

 それは素人に毛が生えたような斥候能力の俺ですら一瞬でわかるような、すげー目立つ痕跡だった。

 

「……うわー……クレイジーボアだね。すごい数だよこれ」

「泥浴びをしてたんだろうね……足跡の数もそうだけど、これ新しいよ」

 

 ぬかるんだ地面の周囲に、無数の足跡が残っていた。

 クレイジーボアの蹄だ。それも一つや二つではなく、何十とある。そのサイズも様々で、とても一匹で作り上げたものであるようには見えない。仮にこの足跡を一匹で作り上げたのだとしたら、それは泥遊びが好きすぎる特殊個体ってことになってしまう。

 

「ここ、昨日は通らなかった道だよな?」

「うん。寄り道ついでに今日初めて通った所だから……でもこれ、昨日や今日の新しい足跡じゃないかなー……」

「ウルリカこっち、幹に泥を擦り付けた跡が残ってるよ」

「……んーこの乾き具合だと、今朝とかかも?」

「やっぱそうだよね」

「マジかよ。じゃあこの辺りにクレイジーボアの群れがいるかもしれねーってことか」

 

 クレイジーボアは時折、群れることがある。まぁ同種の魔物であれば群れること自体は珍しくはない。

 ゴブリンもそうだしチャージディアだってそうだ。同じ魔物が二体セットで現れるのは極々自然なことだと言っても良い。

 

「五体……以上かなー。この感じだと」

 

 しかしクレイジーボアは、時々その数がドッと増えることがある。

 理由は知らない。生態だろうか? デカい規模で群れていると、ギルドマンにとってはそれがチャンスでもあり、シンプルに数の暴力に晒されるというピンチでもある。勝負に出るか、逃げるか。それは個人の裁量だ。嗅覚の強い魔物だから、お香を焚いて近づかせないようにすること自体は難しくはない。

 

「よっしゃ。だったらこの辺りを探して全部仕留めてやろうぜ!」

「いやーそれは駄目だよモングレルさん」

「なんでだよ。いるんだろ? 近くに」

「クレイジーボアは移動するからねー、今朝の痕跡だとしても近いとは限らないんだよ。そりゃ、私だって近くにいるなら探したいけどさー」

「僕たちは罠の確認をした方が良いと思うな。もちろん、クレイジーボアの索敵もしながらね。とはいえ、数が数だから……遭遇しても真正面から戦うには危ないけど」

 

 まぁ五体も一度に現れたら普通に危ないか。

 レオは安全圏に避難することくらいは余裕だろうが、ウルリカの方がそうはいかない。スキルで一匹や二匹を仕留めきれても、続きの三体でボコボコにされてしまいそうだ。

 

「しょうがねえ、ちょっと警戒を厳にしながら見回りを続けるしかねえか」

「うんうん、頼りにしてるよーモングレルさん」

「ウルリカも、いつでも木に登れるようにしてね」

「はーい」

 

 バスタードソードの鞘の位置を確認して、俺達は見回りを再開した。

 五体……五体もいたらさすがにやべえな。相当気合い入れて運ばねえと……いやいや、皮算用かこれは。

 

 

 

 獲物を見つける前から獲った後のことを考えると鬼も苦笑しそうなものだが、ここは異世界だからか、その辺りのジンクスは関係なかったらしい。

 

「ブゴッ」

「ゴッ、フゴッ」

 

 ほどなくして、俺達はクレイジーボアを発見した。

 

「う、わ……! すっごいいる!?」

「これは……ウルリカ、樹上に避難して」

「う、うん。言われなくてもそうする……! 二人とも、お願いね!」

「任せろ。……しかし、まさか罠に掛かっていたなんてな」

 

 なんと、ウルリカが仕掛けたくくり罠に一匹のクレイジーボアの子供が引っかかっていたのである。

 しかもそれだけではない。子供が引っかかっているのをどうにか助け出そうとしているのか、同じ群れのクレイジーボアたちがその場に留まっていた。罠を壊そうと躍起になっていたり、くくり罠のある樹木を攻撃していたのか樹木がズタズタに傷つけられている。もうちょっと細い木を使って罠を設置していたら壊されていたかもしれない。

 

「四、五……五匹か。こいつらがさっきの足跡のクレイジーボアと見て間違いないようだな」

 

 レオの介助込みでちょっとした木の上に登ったウルリカが弓を構える。

 同時に、クレイジーボア達がこちらに気付いたようだ。二匹はサイズも大きく、つがいだろうか。罠にかかった奴を含む三匹は小柄だが、充分に利用できるだけの大きさがある。牙もそれなりにデカく伸びているので、突進を受ければただではすまなさそうだ。

 

「モングレルさん、いける?」

「最強ギルドマン相手に何を言ってるんだ。レオ、怪我すんなよ」

「……ふふ、そっちこそ。“風刃剣(エアブレイド)”、“風の鎧(シルフィード)”」

 

 レオが風系統のバフスキルを二枚掛けし、戦闘準備を整える。

 自分中心に吹き始める穏やかな風がちょっと格好良い。俺もそういう感じの爽やかなエフェクトが欲しかったぜ。

 

「こっちも上から援護するよー!」

 

 ウルリカが声を上げた瞬間、クレイジーボアの群れが突っ込んできた。

 その数四体。デカい二匹が前衛の俺とレオの方に別れ、その巨大な牙を向けている。

 

「お前はラードが多く採れそう、だなッ!」

「ゴッ……!」

 

 猪突猛進。その大重量の突進を真正面からバスタードソードで受けてやる。

 コツは、頭蓋骨の頑丈さ頼りに突っ込んできた相手の硬い額を力技の一撃で粉砕してやることだ。つまり、ゴリ押しである。

 

「うおおお……!」

 

 突進と同時に脳天への致命傷。とはいえ巨体が突っ込んできたエネルギーがゼロになるわけじゃない。俺は一撃で死んだクレイジーボアの死体に押し流されながら、どうにか両足で踏ん張った。油断はしない。まだ子どもたちが残っている。

 

「“強射(ハードショット)”!」

 

 と思ったら、後続のクレイジーボアの一体がウルリカの矢によって仕留められた。

 頭部を狙った高威力の弓スキル。俺の剣の一撃よりも遥かに強力なそれにより、頭蓋骨が半分くらい吹っ飛んで、そいつは沈黙した。

 

「ブゴォオオッ」

「おっと、効かないよ!」

 

 レオの方はというと、巨大なクレイジーボア相手に接近戦を続けていた。

 風を身にまとって軽やかになったレオは、クレイジーボアからの攻撃を受けても強い衝撃を受けること無く軽めに吹っ飛ぶだけで、すぐに風を操って距離を詰めることができた。

 その上身体強化もできるものだから、リーチに不安のあるショートソードとはいえ当たった時のダメージは生半可なものではない。

 

「ゴォオッ……!」

「終わり、だね」

 

 まさに蝶のように舞い蜂のように刺すって感じの戦い方だ。

 クレイジーボアを翻弄しつつ、最終的に喉と心臓に刃を突きつけて仕留めてしまった。スキルの魔力消費は激しそうだが、瞬間的な戦闘力はやべーもんがあるな。

 

「はい、これで四匹」

 

 なんてことを考えているうちに、ウルリカがもう一頭も仕留めてしまった。

 木の上から落ち着いて狙うだけなもんだから、落ち着いてスキルも使えたんだろう。キルスコアはウルリカが一位だな。……いや。

 

「罠に掛かった残り一体、あいつだけだな」

「フゴッ、フゴッ」

 

 こうして罠に掛かった姿を見ると、かわいそうだなという気持ちが……湧いてこないでもない。

 年若い警戒心の低さ故にか罠を踏み、しかし家族のクレイジーボアは見捨てることも出来ず……気がつけば俺達がやってきて、助け出そうとしてくれた家族は皆殺し。まぁ、シチュエーションは最悪だよな。あまり共感はしない方が良いやつだ。

 狩りとはそういうもの。必要だからやっている。そう考えなきゃ、討伐なんてやってられん。

 

「最後の一匹、トドメ刺さなきゃねー……」

「レオ、俺は良いからお前が楽にしてやれ」

「……うん、わかった」

 

 レオは罠に掛かったクレイジーボアの近くまで歩み寄り、二本の剣を構え……甲高い断末魔の声が響き渡り、ようやく討伐は終了した。

 

 

 

 ちょっとげんなりする光景を見てしまったものの、集まった五つ分の肉塊を見ればそんな気持ちは一瞬で洗い流され、達成感だけがジャバジャバと際限なく湧いてくる。

 五匹だぜ五匹。これはもう大勝ちですよ。ラードなんかもう鍋に収まりきらねーって。工夫しなきゃだめだなこりゃ。

 

「いやったー! 大猟だよ大猟! ここの罠はもう完全に壊されちゃってるけど……一つの罠で五匹も仕留められたって思えばチャラだよチャラ!」

「やったね! ……けど、うん……あはは、運ぶの大変そうだなぁ」

「まさかさっきの痕跡の連中がここに居たとはな……二人ともやるじゃねえか。クレイジーボア相手に危なげなく勝つなんてよ」

「モングレルさんこそ驚いたよー。全く避けもせず真正面から剣で仕留めちゃうなんて、ほんとびっくりした!」

「そ、そんな戦い方したんだ……スキルもちゃんと使わないと駄目だよ、モングレルさん」

 

 まぁスキルは良いだろスキルは。そんなことよりもだ。

 

「とりあえずもう、ここのクレイジーボアを運んで今日は終わりだな?」

「うんうん、そうなるねー。何度か往復してやればどうにか……」

「じゃあ俺が四匹持つから一匹はそっちでやってくれ」

「え!?」

 

 いつもより太めの頑丈な木をバスタードソードで切り出し、ちょちょっと加工して天秤棒にする。その両端にクレイジーボアを四匹、強めに縛りつければ……。

 

「……ぅオラッ! よし、持てる!」

「わ、わ、すごくない!? よく一度にそんなに担げるね!?」

「うわぁ……も、モングレルさん無理してない? 大丈夫なの……?」

「余裕……ってほどじゃねえけど帰り道ならいける。さ、日が暮れる前に拠点に戻ろうぜ。忙しくなるぞ」

 

 斥候としてはカスみたいな活躍しかできないから、ここらへんで力にならないとな。ラードや肉の分け前をしっかり受け取るつもりで来てるんだ。俺だってちゃんと働くぜ。

 

「よし……じゃあウルリカ、僕らも行こうか。そっちを持って」

「ん、んんーっ……!」

「……もっと重心こっち側にするね?」

「力ねえなぁウルリカは」

「い、いや、普通に重いから……!」

 

 とはいえさすがの俺も今回ばかりは若干張り切ってるところがあるので、拠点に着く頃には久々に労働の疲労感に襲われることになった。

 まぁ、たまにはこうやって運動しないとな……体や筋肉が鈍っていくからな……。

 

 




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男三人、天幕、スワンプタートル鍋

 

 さすがの俺でもパワーや持久力に限界はある。

 すげー重い。何が辛いって、身体強化を天秤棒の方にも回さないと棒がボッキリ折れそうだから余計に魔力を消費してる。これが本当にキツい。

 安請け合いしたが、俺の素の力じゃわりとこんな荷物で限界だったらしい。

 

「モングレルさん、本当に平気ー?」

「持ち運べている時点で凄いんだけど、無理は良くないよ……?」

「平気平気」

 

 だがそれはそれ。ウルリカとレオの前で弱音を吐くのは躊躇われる。

 これはいい大人の格好つけでしかないが、拠点の川までは頑張ろう。

 

 

 

「ふー、なかなか重かったわ……」

 

 と、大荷物を川に下ろしつつ“ちょっと疲れたなー”みたいな顔して言う俺だったが、内心はすげぇほっとしている。

 ああ、肩が……肩に食い込んでいた天秤棒の重さが無くなって、逆に空に飛んでいきそうだぜ……。

 

「お疲れ様ーモングレルさん……ちょっと休憩してていーよ! 後の処理は私達でやってくからさ!」

「うん。あれだけのすごい大荷物を一度に運ぶなんて……本当に力持ちだね。僕よりもずっと……」

「まぁな。鍛え方が違うぜ、鍛え方が」

 

 と言いつつありがたく休憩はいただきます……魔力が……魔力が久々に削れまくってつれぇ……。

 

「これだけの肉となると、あれだろ。解体も大変だろ」

「今日は暗くなっていくし、厳しいねー……明日も作業する感じになるかなー……」

「しばらく川で冷やしつつ、毛皮の汚れを洗って、内臓を取り出して……あとは一頭くらいなら僕とウルリカで進められるかな?」

「うん、時間的にもそんな感じかなー……今日は内臓パーティーだね!」

 

 肝臓、心臓、脾臓、腎臓……と肺は別に良いや。食いきれん。猟師の特権は美味いものだけ食っちまえば良いんだよ。

 

「じゃあ俺はちっと休憩ついでに薪でも拾ってくるぜ」

「えー働いてるじゃん。けど、助かるかな。お願いしまーす」

 

 というわけで、俺は拠点から少し離れた場所まで移動した。

 周囲に人の気配はなく、川沿いに穏やかな風が吹いているだけ。火照った体が冷えて癒やされるぜ。

 いやぁ、寒い季節だってのに汗をかいちまった。でも普段ほとんどやらない筋トレをこの機会に出来たと思えば、無駄な見栄っ張りではなかったはずだ。

 しかしそれにしても魔力が尽きかけで、仮に今日魔物が襲ってきたとしたら不安があるレベルだ。

 こういう時はどうするべきか。簡単な解決方法がある。

 

「さて……“(イクリプス)”」

 

 人気が無いことを確認したら、まず俺のギフトを発動させます。

 

『“坩納堝(コンセントレイト)”』

 

 次にスキルを発動させます。

 

「……ふー」

 

 で、解除します。

 するとびっくり。俺がさっき消費した魔力がほぼ全回復しました。やったね。

 

「よし、休憩終わり。戻るかー」

 

 みんなも魔力欠乏症に陥ったら試してみてくれよな!

 

 

 

「内臓はすぐに駄目になっちゃうから、大部分は今日まとめて調理しちゃおうか。僕らの村でよく作ってた内臓の保存食があるから、それを作ってみるね」

「あー、クランハウスでは時々作ってたけど、モングレルさんは食べたことなかったかな? すっごく美味しいから、楽しみにしてて!」

「おーマジか、そいつは期待できるな」

 

 腐りやすい内臓は、冷蔵技術が低いこの国においては最も早めに処理しておきたい部位だ。氷室では冷えも悪いから、内臓系は本当に日持ちしないんだよな。

 だからこうして大猟だった時なんかのために、内臓をまとめて調理する方法が確立されているんだろう。多分俺も食ったことのあるようなものだとは思うが、楽しみにしておくとしよう。

 

「いや本当に解体早いなお前たち……もう一体終わりそうなのか……」

「今日はねー、私達の本気モードだから!」

「モングレルさんが用意してくれたお湯のお陰で刃物の通りも良くて助かるよ」

「そりゃどうも。脂は滑るもんな」

 

 今のウルリカとレオは服もちょいちょい脱いだり裾を縛ったりして、見た目からして解体業モードに入っている。俺が持っていないような形のナイフでショリショリと手際よく色々な部位を切り離しているが、俺もあのナイフを買えば似たようなスピードに……はならないんだろうなぁ、多分。

 

「さて、外も暗くなってきたしこっちも急ぐか」

 

 今日は揚げ物をやる日って決めてたからな。俺はそっちの準備もしないといかん。

 もうこれだけたくさんのクレイジーボアを獲ったなら、今日使う分のラードは自重しなくても構わないだろう。

 どんどん抽出してどんどん揚げていくぜぇ……。

 

 ケースに入れておいた卵を割り、水と小麦と混ぜてバッター液を作る。

 卵も値上がりしてるらしいんだよなぁ。卵の生産効率が上がる小ネタもケイオス卿としてチラッと公開してはいるが、ほとんどの所で平飼いしてるうちは誤差みたいなものだろう。こればかりはしょうがない。

 

 で、今回は色々捕獲した小動物や昨日捕らえたクレイジーボアの肉を中心にやっていこうと思う。

 まぁ内臓がめっちゃあるからあまり肉を食えないかもしれないんだが、そこはそれ、工夫すれば良い。

 今日の料理はやることが多いぞー……真っ暗になるまでに食えれば良いんだが。

 

 

 

「あー疲れた! もうお腹空いて死にそうだよぉ」

「今日は重労働だったね……けど、いいサイズの獲物が手に入って本当に良かったよ」

「うん、それはね! ……ところでモングレルさん、もうこれは……?」

「おー来たか。食っていいぞ。準備はだいたい出来てるからな」

「やった!」

 

 テントを張った拠点では、どうにか二人が戻ってくるまでに飯の支度を整えることができた。途中で何度か二人がやってきて内臓を色々やってたからそっちの料理もわかってはいるが、さてさてどんな仕上がりになっているのやら。

 

「じゃーん。私達が作ったのはこれ、クレイジーボアのハギス!」

「おー……内臓の、なんだ。蒸し焼きにしたやつか」

「本当は腸詰めにして作るんだけどねー、そこらへんは時間がないから省略! 適当な膜とか皮で包んで縛ってあるけど、味に違いはないはずだよ!」

「うん、いい香り。レバーを沢山使えるとやっぱり違うね」

 

 ウルリカ達が作った内臓料理はハギスだった。

 肝臓、心臓、肺などを刻んで香草や小麦を混ぜ、塩とスパイスで味を整え蒸し焼きにした料理である。

 

「おお、うめぇ。こいつは良いな。俺は肺とかはあまり好きじゃないんだが、これなら普通にイケる」

「ふふー、でしょでしょ?」

 

 色合いは内臓のミンチって感じでちょっとアレだが、味はかなりこってりしていて美味い。ウイスキーが進む味だ。さすがに今日は飲まんけど。

 

「モングレルさんの串揚げはー……わっ、これ心臓?」

「本当だ。クレイジーボアの心臓だね。串揚げにしたんだ」

「ああ。心臓はでっかい筋肉みたいなもんだからな。ボアのハツ……心臓はそこまで硬くねえし、適度な歯ごたえがあって美味いぞ」

 

 串揚げ用の肉はハツ、そして頬肉を使った。

 クレイジーボアのこの頬肉が、切り出すのは面倒だがなかなか絶品なのである。そいつを串揚げにすればもう文句は言わせねえ。

 

「んー! この油と、お肉の汁が、これ……本当に美味しい……!」

「うん、これは……良いね。元気が出てくる味だ」

「心臓は良いよな。鉄っぽい味を食ってると、活力がみなぎってくるっていうか」

「わかるわかる。あー……うちのクランハウスでも揚げ物作れるようにしたいなぁー」

「火事には気をつけろよ……? あ、野草とかも揚げてあるからちゃんと食えよな」

「はーい」

 

 正直レゴールに新しくできた揚げ物専門店もそこらへんが心配である。

 まぁ人のやってる商売だし口出しはできないが……。

 

「それでそれで? モングレルさん、そっちの鍋は何?」

「さっきからずっと、その焚き火ストーブにかけてるよね」

「ああ、こっちはな……もう大丈夫か? 加減がわからねえけど多分いけるか……どれどれ……」

 

 蓋を開けると、もわっとした蒸気から上品な香りが漂ってきた。

 

「今日獲ったスワンプタートルの鍋だ。あまり扱ったことのないタイプの奴だから自信は無いけどな。長々と煮込んだから食えなくはないはずだぜ」

「ああ、そういうのも作ったんだ。へえ、楽しみだな」

「わぁ……うん、なんだかいい香りがする……」

 

 亀っていうかスッポン鍋と同じような感じで作ってみたが、どうだろうな。コラーゲン鍋っていうのかね、こういうの。

 スワンプタートルはやたらと硬くて骨格もよくわからないしで解体に苦労したが、食えそうな所はだいたいこういうのだろって感じでブチ込んで煮込んであるので、まぁ大丈夫だろう。多分。

 

「こってりした串揚げとハギスが辛くなってきたら、こっちのあっさりしたスープで口直しだ。悪くないだろ?」

「うんうん! 今日は豪華なご飯で楽しいなー」

「だね。本当に色々獲れて良い日だったよ」

 

 それから俺達は男三人らしく、脂っこい料理をガツガツと楽しんだ。

 全員それなり以上の運動をこなした日だったので腹も減っている。俺でさえ今日のこってりしたメニューを大量にバクバク食えたのだから、若い二人も相当美味しくいただけただろうと思う。疲労と空腹は最高のスパイスってやつだな。

 

 スワンプタートルのプルプルした肉の入ったスープも適度な塩加減とあっさり感で、締めには悪くなかった。

 なんだかんだ言って、秋や冬に飲むこういう汁物が一番美味え。寝る前や冷え込む朝方なんかは特にな。

 

 一通り食って満足して、食器類を洗って、テントに入り、さて眠ろうとなって……そこで気がついた。

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 なんか……俺の息子が元気になっちまった……。

 

「……はぁ……今日はちょっと、あっついねー……」

「う、うん……そうだね……」

「スープが温かかったからな……まぁ、早めに寝ておけよ」

 

 澄ました声で引率の先生っぽくそう言ってやる俺だったが、いかんせん股間が張り切っている。

 いや眠いよ? 眠いんだけどね。なんか俺のモングレルがね。中学校の頃の修学旅行の夜みたいな盛り上がり方してるんだよな……。

 

 これあれか。スワンプタートルのせいか。絶対そうだろこれ。確か精力剤にもなるって話あったもんな。すっかり忘れてたわ。

 張り切ってるところ悪いが息子よ……ここにお前が討つべき敵はいないんだ。どうか抑えてくれ……。

 

「ん……ねえ、夜更かしするならさー……もっと、ほら……」

「いいから、さっさと寝なさい。今日はもうみんな疲れてるんだから」

「……はぁい」

 

 こんな状態かつ今日の疲労度で夜更かしなんてやってられるか。俺は寝るぞ!

 久々に魔力も肉体も使ったせいで眠気がやべえんだ……しかも飯食った後で余計に睡魔が……スヤァ。

 

 

 

「……ふーっ……ねえー、もう寝ちゃったー……?」

「ん……僕はまだ起きてるよ、ウルリカ……駄目だよ、今日はもう寝ないと……」

「……はーい……」

 




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グダグダ撤収作業

 

 ぐっすり眠り、朝は爽快な目覚めだった。途中で目覚めることがなかった辺りちょっと警戒心を失っていたかもしれないが、お香は過剰なくらい焚いていたし問題はないだろう。

 

「ふぁあ……おはよー……寝起きだから顔見ないでー……」

「見ねえよ。洗ってこい」

「それはそれで酷いなー……」

 

 今日は一日中解体で終わるだろう。東門の処理場は人でいっぱいだし、そもそも獲った量がすげえからな。毛皮を取っ払うなりして重さを減らしているうちに解体作業ができてしまうので、ついでに全部やってしまうべきだろう。

 

 昨日の残り物のハギス、そしてスープに具と水と塩を足しつつ、タンの薄切りを焼いて朝飯とする。スープに足す具はコロコロしたマカロニっぽい乾燥パスタだ。これが結構腹に溜まるし保存や持ち運びも楽だから良いんだよな。

 

「今日僕は別行動で、応援を呼んできてもいいかな? 解体作業は間に合うだろうけど、獲物を運ぶ役はモングレルさんだけじゃ足りないだろうし」

「おお、応援か。そいつは助かるぜ。本当は俺が行けば良いんだけどな……この拠点に戻ってこれる気がしねえわ」

 

 今日のレオは街か森の入口に戻って応援を呼んでくるようだ。正直それが一番賢いだろう。理想を言えば偶然ここに誰かが訪れてくれることだが、こういう時に限ってそんな来客が来ないので期待するべきではない。

 そうだな……“アルテミス”のクランハウスでゴリリアーナさんでも連れてくれば文字通り百人力だろうが、そこまで行かなくてもバロアの森入り口には暇してる連中が屯してるはずだ。そいつらの中から見知った顔を臨時で雇えば荷物持ちは喜んでやってくれるだろう。

 

「ウルリカは一人で大丈夫? 解体作業、結構大変だと思うけど……」

「んー私は平気ー。モングレルさんもいるからね!」

「まぁ近くにいるうちは護衛として働いてやるよ。……いや、今日は俺も解体しなきゃ駄目だな。言っておくけどな、俺はお前らほど上手くはないからあまり期待するんじゃないぞ」

「あはは……大丈夫そうだね。じゃあ、僕は早めに応援を呼んでくるよ。じゃあね」

「いってらっしゃーい」

 

 レオが颯爽と森の奥に消え、俺とウルリカが残された。

 

「……二人きりだねー……」

「だな」

 

 というわけで、早速仕事に取り掛かろう。

 

「よっしゃ解体するぞ解体。けどバラすの下手だから力仕事あればどんどんこっちに振ってくれよ」

「はーい。……じゃ、レオが来るまでにさっさと進めちゃおうっか!」

 

 

 

 昨日の途中だった解体作業を続きからやっていく。が、作業の流れはウルリカにお任せだ。俺は力仕事の時だけ手を貸して、他は薪やら水の支度など、雑用中心だ。

 

「はいモングレルさん、こっちの肋も吊るして軽く燻しといてー」

「ほいよ」

 

 大量の肉塊を持ち帰るには、まぁ力技で昨日のように担いでやればそれでも良いんだが、基本的にはそれは苦行でしかないしスマートさの欠片もないので、数日間保存が利くような軽めの調理をしてから持って帰ることがある。

 煙で燻してやるのもそのひとつだ。煙で燻して保存性をちょっとだけ上げつつ、水分を飛ばして軽くする。ギルドマンがよくやる方法だな。しかもスモーキーでちょっと美味しくなる。まぁ肋の部分はそれでもちと臭うんだが。

 

「こっちは限界まで冷やしてー……あーこれは食べちゃわないと。んーやっぱ運ぶ人増えた方が良いなー……」

「レオに手土産の肉は渡したが、まだまだあるもんなぁ」

「こんなに食べきれないよー。処理場で換金するだけじゃなくて、狩人酒場とかにも卸しとかないと」

「あそこ買い取りするのか? 俺前に言うだけ言ってみたら断られたぞ」

「あー……あの店は肉の処理が雑だったり悪いと買ってくれないから……」

 

 それはアレかい? もしかしなくても俺の肉の解体が下手ってことかい?

 狩人酒場め……お高く留まりやがってよ……ちょっと飯が美味いからって……。

 

 あまり聞きたくない話を聞いてしまったが、作業の手は止めずに続ける。

 普段はお喋りなウルリカも一人で色々やらなければならない今は普段と比べていくらか寡黙だ。おかげで作業がどんどん進む。

 

 

 

「ウルリカー、応援呼んできたよー」

「あっ、レオだ! ありがとー!」

「やあ、どうもどうも。うわ、こんなに獲ったんですねぇ」

 

 昼過ぎになって、レオは助っ人を連れてやってきた。

 助っ人は“レゴール警備部隊”の人らしい。あまり見たことのない顔の三十代後半くらいの男性だが、“レゴール警備部隊”は人数も多いし知らない顔も多いので仕方ない。

 俺の印象としては彼らが討伐任務に従事しているのは珍しいのだが、その割に森の入口辺りで変に屯していることは多いから不思議な連中である。

 こういった助っ人として呼ばれるのを待っているのかもしれないが、単に森の入口でワイワイやっているのが好きそうな人らもいるからマジでよくわからん。

 

「いやぁまさか“アルテミス”の人たちのお手伝いをすることになるなんてなぁ……あ、私は“レゴール警備部隊”のクルトンです。どうぞよろしく」

「クルトンさんは最後の荷物持ちを手伝ってくれる他に、解体もできるらしいよ」

「肉を一つ分けてもらえるということだからね。張り切って手伝わせて貰いますよ。あ、毛皮はいらないということだけど、もし良いなら私が引き取ってもいいですかね?」

「うんうん、良いよー。使わないから持ってって貰えると助かるー!」

 

 ちょっと朝のスープの具について思いを馳せそうになる名前をしたクルトンさんは、ブロンズ3だった。どうやらこうやってバロアの森の前でギルドマンの手伝いや臨時の荷物持ちなどを請け負って、この時期の生計の足しにしているらしい。

 

「こういう時のためにですね、色々持ち運ぶためのヒモとか鉤針とか用意してるんですよ。ほら、これ使うとお肉を吊るしやすいでしょう?」

「おー本当だ。俺もこういうの持ち歩くかなぁ」

「モングレルさんの荷物はどんどん増えちゃうねー」

「ははは。私は昔もそれなりのパーティーで……いや、もちろん“アルテミス”ほどじゃ全然ないんですが、色々討伐をやっていたんですけどね。怪我をして復帰した頃にはそんな動けるようでもなくなってしまったので。こうした仕事をさせてもらってるんですよ」

 

 クルトンさんは以前、十年くらい前はバロアの森で普通に討伐の仕事もやっていたらしい。その時に解体なども覚えたのだそうだ。

 俺達がそこらへんに放置しておいた毛皮をちょちょっと手入れしているクルトンさんの姿からは、どこか手慣れた雰囲気を感じる。

 

「……そうだ。せっかくだし罠も回収しちゃう? モングレルさんと私もここに残ってさ」

「ああ、その方が早いかな? ……どうだろうモングレルさん、僕はこのまま残りの罠を回収しちゃうけど。そうすれば夕暮れ前にはレゴールに戻れるかもしれない。もっとクレイジーボアを穫るなら粘っても良いんだけど、ここまで獲れたらひとまずは良いかなって」

「ああ、目標も速攻で終わらせたもんなぁ。帰れるもんなら今日中に帰っちまうか」

 

 本当なら大猟になるまでもっと何日か粘る予定だったんだが、ここまで一気に肉が獲れれば区切りをつけていいだろう。

 肉を悪くしないうちに、商品価値が高い間に売っぱらうのが一番賢い選択だ。

 

「じゃあ僕、罠の回収に行ってくるね」

「悪いなレオ、お前にだけ色々歩かせて」

「あはは、全然平気だよ」

 

 というより罠の位置をウルリカともども覚えているのがすげえよ。俺そういうのだいたい三割くらい忘れるからこういうの駄目なんだわ。

 

「いやぁ……皆さん少人数なのにこれだけのクレイジーボアを仕留めるだなんて……やはり“アルテミス”ってのは凄いですねぇ。噂になるだけのことはあるというか……」

「あ、俺は“アルテミス”じゃないんで」

「あれっ!? ああ貴方もお手伝いでしたか」

「ええまあそんなところで。ところで……毛皮、売るんですか?」

「はい。無いよりはマシですし、近頃は革パッキンってやつの材料にするとかで工房も買い取ってくれるんですよ。このくらいまとまった量があれば、足しにはなりますね。ブラシと濾過器ばかりだった頃よりもずっと幅が広がってますよ」

 

 あーパッキンか。そうか、その需要もあったなそういえば。まぁ生産量に比べたら誤差だろうが……。

 ふーん。“レゴール警備部隊”の人も色々知ってるなぁ。

 

 

 

 レオが罠の回収に行っている間に、ウルリカとクルトンさんは解体の続き。

 俺はテントを引き払い撤収準備だ。荷物が無駄に多いせいでこの作業だけでも結構なしんどさがあるが、慣れればパッキング作業にも愛着が……まぁちょっとは湧く。

 面倒を楽しむ心の余裕が無いとね。こういう野営は厳しいもんだよ。

 

「いやー解体作業も上手いなぁ! 私も仲間内からは結構上手い人って言われてるんですけどねぇ。ウルリカさんは上手いなぁ」

「えへへー、でしょー? でもクルトンさんも丁寧でいい仕事だよー?」

「うっ、可憐だ……そ、そうかなぁ? はっはっは!」

 

 ウルリカ……レオがこの場に居なくて良かったな。

 あいつすぐに表に出るから、今のお前の光景を見てたらちょっとむくれてたと思うぞ。

 

 けどまぁなんだ。

 バロアの森で野営したり長期間活動していると、予想外の大猟で計画が狂ったり、新たな人を呼び込んで手伝ってもらったりなど新鮮なイベントが起こったりするものだ。

 ソロで活動することの多い俺はそういう細々としたイベントがどっちかというと煩わしく感じるタイプなんだが、たまーにこうして外部のギルドマンを交えて過ごすってのも悪くはないな。

 

 罠猟の魅力も再確認できたし、結果として大猟だった。

 慌ただしかったが充実した討伐だったぜ。

 

「ウルリカー! モングレルさーん!」

「あ、レオだー。どうしたんだろ、焦ってるけど……」

「向こうの罠に一つ、クレイジーボアが掛かってたよー!」

「あれま。ははは、大猟ですねぇ」

 

 ……。

 

 いや、やっぱ罠猟は面倒くせえわ。

 

 その後、超速で追加の一体分の解体も終わらせ、どうにか強行軍で日暮れギリギリにレゴールへと帰還することができた。

 俺はやっぱソロの方が落ち着いてやれる分好きだわ。

 

 





当作品「バスタード・ソードマン」が、おかげさまでハーメルンの累計ランキングで1位になりました。
累計ランキングで真っ先に目につく作品として、これからもサイトの名に恥じないよう、健全かつお上品な物語を紡いでいきたいと思います。

順位的なものはもう目指す対象がなくなったので、次はハーメルン初の10万ポイントの一番乗りを目指して頑張っていこうと思います。

皆様の応援のおかげでここまでこれました。
本当にありがとうございます。

皆様の声援のお礼に、にくまんが踊ります。
それではご覧ください。


( *-∀-).o フガフガ…


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第一回臨時猥談審問会

 

 屋台と討伐でいい感じに金を稼ぐことができた。

 これで当分は金に困ることはないだろう。今はまだ秋だが、仕事の少ない冬の間も余裕で乗り越えられるはずだ。

 

 ……と、俺はそう思っていた。

 けど、世の中って上手くいかないもんだよな。

 順調に進むと思っていたら、予期せぬトラブルで計画が台無しになったりする。

 好事魔多し。そして魔のつく連中は未来の予定を笑いがちだ。全く、やれやれだぜ。

 

 

 

「……で、結局今回の稼ぎのほとんどを費やして作ってもらったのがその鍋なんスか……?」

「これな、ダッチオーブンっていうの。すごいだろ」

 

 ついつい自慢したくてギルドの酒場まで持ってきちまった。

 しかしライナは冷めた目で俺のダッチオーブンを見つめている。

 

 鋳鉄製の分厚い鍋である。まだシーズニングも何もしてないので、鉄らしい鈍色が剥き出しのままだ。これからこいつの表面を黒錆で覆い、渋い感じに育ててやらなくてはならない。

 手間……ではない。むしろこの黒錆を作る工程が嫌いな男の子はいないので。

 

「いや……モングレル先輩結構稼いだっスよね。鉄製の鍋とはいえそんなに値が張るもんなんスか……?」

「特注品ってのもあるけど、分厚いんだよな。ほれ、蓋取るとこんな感じ。側面も蓋も結構分厚いだろ」

「……んー……まじまじと鍋を見たことが無いんでなんとも……」

 

 このダッチオーブンは、ジョスランさんの鍛冶屋……というより、その娘のジョゼットに作ってもらった特注品だ。

 ダッチオーブンの設計自体はかなり前にやっていて、ジョゼットに見せたところ目新しい製作物に乗り気ではあったんだが、まあ物が物というか、結構デカいし材料費もかなりの額が掛かってしまうもんだから、こっちは金を用意できねえしジョゼットもジョゼットで親父さんがうるさいせいか上手いこと作れないという悩みを抱えたまま、長期間頓挫していた計画だったんだ。

 が、ジョゼットはちょっと前に親父の腰が再び痛み出して口出しできないのを良いことに鋳造にチャレンジしたらしい。俺も屋台や討伐で金が出来たので、良い機会だってことで購入したわけ。

 

 金が一気にドカンと消えてしまったのは予想外ではあったが、元々欲しいものだったので悔いはない。

 これで色々な料理が作りやすくなるぜ。頑張れば野営に持っていけなくもないが、さすがにダッチオーブン持ち歩くソロギルドマンは変態だな……。

 

「おや、モングレル。それは鍋かな。随分と頑丈そうだね。学園の調合鍋を思い出すよ。昔あれを割ってしまってね、大目玉を食らったなぁ」

「うちのクランハウスにも似たような鍋がありますよ!」

「ようサリー。それとモモ。こいつはジョスランさんの鍛冶屋で作ってもらった新品の鍋だぞ」

「ふーん」

 

 どうやら“若木の杖”も任務帰りらしく、副団長のヴァンダールが受付で手続きをしていた。

 時間はまだ夕飯前ってとこだ。これからギルドの中も混んでくるだろう。既にテーブルは大半が埋まっている。そんな中、サリーとモモはちゃっかりと俺等のいるテーブルに相席してきた。まぁ俺としてもテーブルには人が多いほうが賑やかで良いんだけどよ。

 

「この鍋、蓋も随分と重そうですね……」

「お、モモは良いところに目を付けるな。この金属蓋の上に炭を置いてな、上からも加熱できるようになってるんだぜ。窯みたいに全方向から温めることができるんだ」

「なるほど……あ、この底面についている足は浮かせて熱が逃げないようにしているということですね!?」

「いや正直この足は俺もよくわからん。一応付けて発注はしたけど要らないんじゃねーかと思ってる」

「じゃあなんで付けたんですか!?」

「わからん……流れで……」

 

 ダッチオーブンの足、焚き火とかで直火に突っ込んで使う時には便利らしいとは前世で聞いたんだが……この程度の高さの足じゃ何の足しになるんだって感じはするんだよな。

 三本の足だから不安定な場所でも安定はするんだろうけども……燃えて崩れたりする薪の上に置くのは怖いしなぁ。

 

「それよりもこっちだ。この本体に取り付けられてる取っ手部分な。ここで上から吊るすようにして調理するのが基本なんだぜ」

「モングレル先輩、こういう話するの楽しそうっスね……」

「どこから吊るすつもりなんだい。木の枝とかから?」

「まぁ似たようなもんだな。基本的に三本の細木をこう、誰もが持ってるチャクラムで束ねて三脚を作る感じで……」

「そんなの持ってないっス!」

「大人数で馬車を使った遠征なら使う機会はあるかもしれないね。銅鍋の方が便利そうだけど」

 

 まぁ、鋳鉄の鍋なんざ重いしな。持ち歩くってのは難しいですよ。

 けど家で使う分には大丈夫だし……それにいざとなったら俺なら持ち運べるし……頑張れば……。

 

「サリー団長。私ちょっと銀行の方に行ってきますので……」

「ああ、ヴァンダール。よろしく頼むよ。ところで学園の調合鍋ってレゴールに売っているのだろうか」

「……知らないです……では、行ってきます……」

 

 サリーからのキラーパスな質問をぬるっとスルーし、ヴァンダールは忙しそうにギルドを出ていった。団長が悠々と酒盛りしている中で働くのはしんどいだろうなという思いもあったが、あの人はサリーと話す方がもっと疲れそうな気がするからこれで良いのかもしれない。

 

 

 

「み、みんなァ~! 大変だァ~!」

 

 何も入っていない鍋をテーブルの中央に置いて囲みつつ、酒場の飯を食い始めた頃。

 だいたいいつも騒がしい奴だが、いつにも増して騒々しい様子のチャックがギルドへやってきた。

 

 らしくないな、何を慌てているんだあいつは。そんな思いはギルドにいた連中も感じていたようで、場の関心が一気にチャックへと向く。なんだかんだムードメーカーなやつである。

 

「どうしたどうした」

「チャック先輩、何があったんスか」

「それが……ディックバルトさんが……ディックバルトさんが貴族の人らに捕まって連れて行かれちまったんだよォ~ッ!」

「な、なんだってー!」

「あのディックバルトさんが!?」

「貴族に!?」

「い、一体何をやらかしたんだ……!」

 

 おいおいマジかよ。ディックバルトが貴族に捕まった? 一体何をしたら……いや、思い当たる要素が多すぎて逆に絞り込めねーな……。

 だが大まかな分類で予測するに、半分くらいの確率で無礼討ちに近いものかもしれん。あいつのキャラは初対面の人間にはインパクトが強すぎるからな……。

 

「貴族……議会? だかの関係者に連れて行かれて……クソッ、俺達は何もできなかった……!」

「おいチャック! そんなとこで喚いてんじゃないよみっともない!」

「いっでぇ~ッ!?」

 

 チャックの後ろからやってきたアレクトラがケツに容赦ない蹴りを入れた。かわいそう。

 

「捕まったっていうよりあれは事情聴取されてるだけでしょうが!」

「え、ええ~……? でもあの時囲んでた連中、みんな服がキラキラしてたし……貴族じゃねぇの……?」

「中にはそういう人もいるかもしれないけど、別にそんなわけないでしょうが。人騒がせだねぇほんとに」

「……だ、そうだぜェ!」

 

 いや“だそうだぜ”じゃねーよ。なんだよ結局誤報かよ。

 けど俺は信じてたぜディックバルト……お前はそんなことするような奴じゃないもんな……。

 

「……ディックバルト先輩、なにがあったんスかねぇ」

「さあなぁ。貴族の前で下ネタでも連発したのかと思ったが、貴族議会ってなんなんだろうな」

「しっ、下ネタですか。はしたないですね……!」

「議会の人間が直々にってことはほとんどないと思うけど、貴族街の人はみんな綺麗な服を着ているから勘違いしたのかな。僕も名乗られなければ相手が何者なのかはわからないよ」

 

 貴族関係の話はマジでわからねえからな。今まで意図的に避け続けてきたから仕方ないんだが……まぁでもこれからもなるべく関わらずに生きていきたいもんだ。

 レゴール伯爵だったら例外だけどな。なんだったら一度お目通り願いたいくらいだ。間にどんな人間が挟まるのかわかったもんじゃないから、安易にケイオス卿を名乗るわけにもいかないのが難しいとこなんだが。

 

「失礼する」

 

 さて、ここからどうやって俺の鍋自慢の話に戻していくかってところで、またギルドに新たな客がやってきた。

 今度はギルドマンではない。それこそさっきの話に出てきたような、小綺麗な服を着た三人の男たちである。

 階級の高そうな揃いの軍服姿……あ、後ろにディックバルトがついている。もしかしなくてもチャックが言ってたのってこの人らのことか。なるほど確かに、ちょっとパニックになるのも頷ける威圧感だが……ディックバルトを連れて、一体ギルドに何しに来たんだろうな。とりあえず存在感を消しておこう……。

 

「おお、アレクトラ殿。ディックバルト殿をお借りしてすまなかったね。また今度、次は依頼という形でお二方の力をお借りさせていただきたい」

「あはは……是非! うちの団長がご迷惑をおかけしなければ良いのですが……」

「――かけるよりも、かけられたい」

「黙りなさい団長」

 

 いやこれ俺が存在感薄くしてもしなくても普通に埋没するな?

 やっぱディックバルト達がいると存在感の格がちげぇわ。

 

「ところで、我々はディックバルト殿から話を伺って来たのだが……このギルドにはどうやら、“スケベ伝道師”なる人物と関わりのある者が居るらしいな?」

 

 ブフッ。

 ……や、やべぇ、エール吹いた……良かったジョッキの中で……いや、良くない……良くないぞこれは……。

 

「スケベ伝道師……」

「お、おいそれって……」

「まさか……」

「っス……」

「……ふむ、ここにいる諸君らも知らないというわけではなさそうだ。そう、近年レゴールを中心に広まっている謎の伝道師だ……我々は、さて。所属を明かすことはできないが、さるお方の命によってそのスケベ伝道師の行方を追っている。当初は噂に聞くその特徴から、こちらのディックバルト殿であるかと思ったのだが、どうも間違っていたらしくてな……」

 

 ヤバイヤバイヤバイ。ヤバイって。今年一番ヤバイ。

 すげえくだらない理由なのにどういうわけか今年一番焦ってる俺がいる。

 さるお方ってなんだよ。知らねえけど多分それ貴族だろ。嫌だよ貴族と関わるのなんて。勘弁してくれ。俺が何をしたっていうんだ。ていうかなんでスケベ伝道師なんて探してるの? いいよそんな奴探さなくたって。そっとしておこうぜ。

 

 ……おいライナ、心配そうな目で俺を見るな。じっと鍋を見つめておくんだ。他の二人もだ。良いな。知らんふりだぞ!

 

「目撃情報もほとんど無く、実在すら疑問視されているスケベ伝道師……だがこのギルドに一人だけ、スケベ伝道師と関わりのある者がいるそうだが……?」

 

 ヒィイイイ!

 し、知らない……スケベ伝道師なんて知らないぞ俺は!

 

「ああ、それって確かモングレルのことじゃない?」

「サリィイイイ!」

「うわびっくりした。いきなり大声を出すの良くないよ」

「母さん……」

 

 仲間を売った自覚もないサリーの一言により、身なりの良い男の注目が俺の方に向けられた。

 連中は一瞬だけ俺の前髪を見て眉をひそめたものの、すぐに微笑みへと作り直す。

 

「……ははは、どうもです……」

「君かね? その、スケベ伝道師とやらと面識のあるギルドマンというのは……」

「…………はい……」

「おお」

「ようやく手がかりが」

「これで旦那様も……」

 

 なんか安堵してやがる。一体スケベ伝道師に何を求めてるんだよこいつらは。スケベか。貴族的だなおい。

 

「それで、あー……君の名前は?」

「モングレルです……」

「モングレル殿。我々にそのスケベ伝道師という人物について教えていただきたい。できれば、その所在を」

 

 ざわり……。無駄に空気がヒリついた。

 

「我々は、スケベ伝道師の持つその知識を求めている。詳しく話すことは出来ないが……どうだろう。スケベ伝道師の在り処や素性を話すだけでも、相応の礼金は出すが……?」

 

 いやマジでなんなん。貴族様の指示でスケベ伝道師を追ってるのか?

 俺がスケベ伝道師名義で出した知識なんて思い返してみてもろくなもんは無いぞ……?

 

「い、いやぁ……俺はちょっと、あまり詳しくなくて……」

「――良い機会ではないか、モングレルよ――」

 

 その時、ディックバルトが諭すような口調で話し始めた。

 

「――俺は常々疑問に思っていた……――何故、モングレルはこれほどの知識を有していながら、その功績を“スケベ伝道師”に委ねるのか、と――」

 

 ……どっちかっていうと、できればそのタイプの話は数十年後とかにケイオス卿絡みで聞きたかったかな……。

 いや、つーかなんか話の流れが……。

 

「――お前なのだろう? モングレル――……お前が、スケベ伝道師そのものなのだ――」

「な、なんだってェ~ッ!」

「モングレルが、スケベ伝道師だって!?」

「じゃあ、あれやこれも……!?」

「あんなことやこんなことも……!?」

「いっぱいあるあれそれも……!?」

「ま、マジっスか……先輩……」

 

 おいおいおいおい良くない良くない。良くない流れだよこれは。

 

「ほほう……それは本当かね? モングレル殿。いや……スケベ伝道師殿」

「違います違います! 断じて違います! 俺は普通のギルドマンです! スケベ伝道師はもうほんとマジで昔通りすがりで一緒に話したことがあっただけでそれだけの関係です!」

「早口だねぇモングレル」

「――と、言うことにしたいんだろう?」

「ということもクソも事実だよ!」

 

 これで俺がスケベ伝道師本人ってことになったら貴族街に連れて行かれる流れだろ! 嫌だよそんなの!

 いやつーかそれ以前にスケベ伝道師本人だと思われること単体がシンプルにそれだけで嫌だわ!

 

「ふむ……ではスケベ伝道師とは一体何者なのだね。レゴールに広まる噂話からは、かの人物の正体がまるで掴めんのだ」

「確かに……俺等もスケベ伝道師を探したけど誰も知らなかったもんな……」

「レゴールにいるはずだと思ってたんだが……」

「本当はディックバルトさんの言う通り、モングレルがスケベ伝道師なんじゃねえのか……? そうすりゃ全ての辻褄が……」

「つまりモングレルは男の尻や性感帯に詳しいことになるが……」

「っス!?」

「いやいやいやいや! 本当に俺じゃないんで! スケベ伝道師は……女だったから!」

 

 咄嗟にスッと出てきた半分本当の言葉に、ギルド内はざわついた。

 

「な、なんだと!? 男じゃない……!?」

「スケベ伝道師は女だったのか!?」

「……ほほう。詳しく聞かせてもらって良いかね? モングレル殿」

 

 ……こうなったらもう……口からでまかせでも言うしかねえか。

 まぁ良いか。前世で聞いた話ではあっても言ってることは嘘じゃねーし。

 

 ワリィな菜月(なつき)! お前は今日からスケベ伝道師だ!

 

「八年……くらい前だったかな。宿場町近くで野営してる時に、……あの日は雨だったんで、しばらく一緒に話してて……その時に色々な話を聞かされたんです。同い年くらいの若い女で……長い、黒っぽい茶髪で……別れ際に名前を聞いた時に言ってたんすよ……“私はスケベ伝道師だ”って……」

「ほう、ほうほう……八年前か……」

「それでは捜索が上手くいくはずも無いな……」

 

 まぁ実際は前世でこっちが聞いてもいないBL知識を一方的に披露されまくったから覚えてるだけなんだけどな……。

 まさかこの知識が異世界で役に……いや役には立ってないなこれ……。

 

「……なるほど、スケベ伝道師は八年も昔に出会っただけの人物だと」

「はい。本当の名前や行方は俺も知らないです。ていうか俺はその知識を実践とかは(一部を除き)してないんで、絶対に本人じゃないですよ。赤の他人です」

「そうか……ということはかの人物の足取りをたどるのはもはや不可能ということだな!」

「うむ、そういうことだな!」

「よし! ようやくこの捜索任務から解放されるぞ!」

「我々は自由だ!」

 

 俺からの情報を聞いて足跡を辿ることが困難だと知るや、三人の男たちは急にちょっと元気になり始めた。

 どうやらスケベ伝道師の捜索の仕事があまり好きではなかったらしい。当然である。誰からの差金かは知らないが、俺だってやりたくないわ。普通にかわいそう。

 

「情報提供に感謝する、モングレル殿……これは情報料だ」

「ありがとうございます!」

 

 わぁい銀貨。モングレル銀貨大好き。

 

「騒がせて済まなかったね。それでは我々はここで失礼する」

「では……」

 

 こうして三人の男はギルドを去り、ヒリついていた空気がようやく弛緩した。

 良かった……何事も起こらなくて本当に良かった……。

 

「まさかスケベ伝道師が女だったとは……」

「マジかよォ~」

「八年前か……モングレルと同い年の女がそこまでの知識を……」

「なんかちょっと興奮してきた」

「俺も」

 

 こうして俺=スケベ伝道師という図式は崩れた。

 同時に過去の人物ということになったので、闇雲に探す人たちも今後は減るだろう。人生はもうちょっと有意義なことに時間を使うべきなんじゃねえかな……。

 

「――そう、か……モングレルではなかったのか……」

 

 そしてディックバルトよ。ちょっと残念そうな雰囲気出すのやめてくれないか。逆に俺だったら何だっていうんだよ。いや実際に俺じゃないけど。

 

「……モングレル先輩がスケベ伝道師じゃなくて良かったっス」

「俺もスケベ伝道師扱いされなくて良かったわ……やれやれだぜ」

「普段の行いが良くないのではないですか」

「なんか大変そうだねぇ」

 

 危うく貴族街に連行されそうなところだったが、間一髪どうにかなったな。

 焦ったわ。揚げ物が炎上した時よりも肝を冷やしたぜ。もうスケベ伝道師は懲り懲りだよ……。

 

「……せっかくだしこの銀貨で酒でも注文するか。このテーブルにいる三人にも奢ってやるよ」

「わぁい」

「ありがとうございます!」

「じゃあ僕はナッツも食べたいな」

「速攻で俺の名前出したくせに図太いやつだな……まあ良いけどよ」

 

 しかしこうして振り返ってみると、スケベ伝道師のおかげでタダ飯やタダ酒にありつけてはいるからトータルでは良い影響の方が多いんだよな……。

 

 ……。

 うん、もしかしたら今後もどこかの街道で偶然出会ったりして、知識を仕入れたりはするかもしれねえな……。

 




当作品「バスタード・ソードマン」がハーメルン内において連載一周年を迎えました。
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雪と雷と晴天の怒り

 

「お? 雪だ」

「もう雪か。そんなに寒くも無いのに……あ」

 

 その日の俺は市場を散策していた。

 まだそこそこある金に物を言わせ、何か便利そうな道具とかないもんかとうろついていたのだが……静かにざわめく周囲につられて空を見上げると、なるほど確かに雪が舞っているようだった。

 今日は大して寒くもねーのにな。天気ってのは不思議なもんだぜ。そんな風に考えていたのだが……。

 

「あ、おいこれ普通の雪じゃないぞ」

塵雪(ちりゆき)だ」

「おー! 塵雪か! こいつは良いな! ベイスンの方まで降ってると良いんだが……!」

 

 どうやらただの雪ではなかったようだ。

 

「……うへ、塵雪が降り始めたか。避難しとこ」

 

 手のひらの上にひらりと舞い降りたそれを改めてまじまじと観察してみると……それが雪の結晶ではなく、ただ白いだけの綿のような何かであることがわかる。

 これは塵雪と呼ばれる、この世界特有の気象のひとつだ。空から降ってくるのは凍りついた水ではなく、なんかよくわからんふわふわした埃だ。

 

 ただの埃だったらちょっとウザったいだけの火山灰程度でスルーされることうけあいの気候変動だが、こいつは詳しい成分はよく知らないのだが、畑にとってかなり有益な成分であるらしい。肥料と同じような効果のある埃なのだそうだ。

 塵雪は季節に関係なく、ある日突然空から降ってくる。降り積もる量はまちまちだが、畑に降ると次の収穫量は期待できるとかなんとか。

 また、雪と名がついているものの風などで降雪する地域が変わる事はないようで、“隣の村で降ってるからそろそろこっちにも降るかな?”という期待をしても無駄らしい。降ってきたらその場所にだけ降り続ける現象だ。ただの運ゲーである。しかもこいつの恩恵はほぼ農家しか受け取ることはないので、都市に降ってもちょっとうざったいだけの堆積物である。まぁ、翌日は降り積もった塵雪を回収する仕事がギルドに張り出されるだろうから、無駄にはならないんだろうが……。

 

「あー降ってきた降ってきた。勘弁してくれよぉ。洗うの面倒くせぇんだよこれ」

 

 降られる人間はたまったもんじゃない。この塵雪、大量に積もって時間が経つとちょっと生臭いんだマジで。

 今は寒い時期だからまだ全然マシだが、夏とか暑い時期に降られるとかなり悲惨なことになる。俗に“女神のフケ”とか言われているのも納得の迷惑現象である。ちなみにこの“女神のフケ”を神殿関係者の前で言うとガチ説教されるから気を付けような。

 

 頭を払いながら小走りでギルドまで駆け込んだ。

 俺達の便利な避難所である。近くで助かったぜ。

 

「おー参った参った」

「あ、モングレルさんも来たんですね」

「おうおうモングレル、どうした。頭にフケがついてるぞ? はっはっは!」

「うるせえな、お前らも肩にちょっと乗ってんぞ。もっとよく頭洗え!」

 

 まだ昼前だが、ギルドには何組かのパーティーが暇そうに屯していた。

 こういう雪が降ると何が辛いって、護衛任務とかが本当に辛くなるんだよな。まぁでもギルドマンはまだマシな方か。御者さんなんかはマジで大変だと思う。

 雨や雪ほど寒くはないけどな。清潔さを気にする俺には泥水が降ってくるに等しい厄介な現象だ。

 

「アレックスもバルガーも、今日は仕事はないのか?」

「僕は今日は非番なんですよ。今ちょっと、アーマーを修理に出しているので……」

「アレックスの奴、ボアの突進を受けきれずに鎧を凹ませたんだとよ。あ、俺は仕事してないだけな。いやぁ運が良いぜ、こんな空模様で仕事なんかやってられねえもんな」

「おいおいアレックス大丈夫か? 珍しいな、お前がそういうダメージ受けるの」

「油断してたわけではないんですが、急にクレイジーボアの群れが来たので……修理兼、様子見で休養ですね」

 

 どうやらこの狩猟シーズンはクレイジーボアの数もなかなか多いらしい。“大地の盾”も群れとカチ合ったか。まぁ肉は多ければ多いほど良いからな。冬になるまでにどんどん討伐していこうぜ。俺はもう程々に留めておくけどな! さすがに近頃はちょっと飽きたわ!

 

 なんて話をしていると、窓の外からゴロゴロと低い音が轟いてきた。

 鼓膜どころか空気すら震わせる巨大な音。雷鳴である。一瞬、ギルド内が静かになってしまった。

 

「……ひゃー、おっかねえ。山の方は大変そうだな。本当に飲んでて助かったわ」

「空はお怒りのようですねぇ……」

「ハルペリアの女神様はヒステリックでいけねえな。ま、この塵雪そのものは農家の助けになるから良いんだろうけどよ。俺達ギルドマンにはあまり関係ないのが残念だよなぁ」

「農村では吉兆なんですけどねぇ。飼料にもなるから無駄は無いんですが……」

「街中じゃくっせぇだけだよな。モングレル、明日は掃除しといてくれよ」

「あー……まぁやるけどな。普段より金も出るし、雨が降ったら惨いことになるから、一応……」

「やるんですか……」

「都市清掃は俺のライフワークだぞ」

「変人ここに極まれりだな」

 

 うるせえな。街中が生臭くなったら嫌だろうが。ブーツの底で踏みたくもねえんだよこういうのは。本当に雨が降るまでの勝負なんだよ。降ったらもう数日はベチャベチャして堪ったもんじゃねえんだ。

 

「あ、そうだモングレル知ってるか? アレックスにはさっき話してたんだがな、この塵雪って食えるらしいぞ」

「あー聞いたことあるぞ。けど腹壊すんだろ」

「なんだ知ってたか」

「少しくらいだったらパンに混ぜても大丈夫らしいですよ」

「うげー、嫌だなそんなパンは。得体が知れねえよ」

 

 成分分析したことはないが、なんかの……有機物なんだろうか?

 だとしても得体の知れないものを食い物に混ぜて欲しくはないな。この国はそこまで食うに困ってないから別に良いだろ。肥料になるもんは素直に肥料にしておきなさい。

 

「あー髪が汚れる。髪が汚れるよー」

「母さん! ちゃんと肩の払ってから入らないと駄目でしょ!」

 

 塵雪を上手く食う調理法について酒を飲んだテンションで語らっていると、また新たな避難民がギルドに入ってきた。

 サリーとモモの親子である。珍しいことに、今日は二人だけで他の団員は付き添っていないらしい。

 

「お疲れ様です、サリーさん。モモさん。……はい、確かに。貯水と地下の灯火、確かに確認しました」

「はい! 報酬はいつも通り預けておいてください!」

「ふふ、かしこまりました」

「ねえモモ、フードの中に雪溜まってない?」

「……そういうのは後で! 今手続きやってるの!」

 

 しかしいつも通りな親子である。……そうか、近場でインフラの仕事をやってたわけか。魔法使いは良いなぁ、仕事が都市内で完結するし、やろうと思えば討伐に行く必要もないもんな。また勉強すっかなー。でもさすがにもう魔法身につかねえかなって気がするしなぁ。

 

「モングレル、フードの中の雪取ってよ」

「いやこっち来んな、自分でやれよ」

「じゃあそっちのバルガーで」

「ええ、俺ぇ……? まあ良いけど……」

 

 バルガーとサリーはあまり絡みも無いのだが、ギルドでの付き合いも長いのでそれなりに話す機会はある。今みたいにこうやってサリーが無軌道に絡んでくることはちょくちょくあるのだが、どうもバルガーはこの変人を苦手にしているフシがある。

 

「やあ、取れた取れた。ありがとう。その雪はあげるよ」

「いらない……」

「僕それ触りたくないから……」

 

 いやまぁ誰が得意なんだって話だわな。疲れる奴を相手にするのは誰でも嫌だよなそりゃ。

 

「モモ、資料室に行くよ。頼まれていた指南書の清書をしないと」

「わかってるから……あ、モングレル! 最近発明……ああーもう、ちょっと待ってってば!」

「忙しそうだな、後で聞くぜ」

 

 二人は受付でやるべきことを済ませると、さっさと二階に上がっていった。

 これからまた別の魔法使いらしい作業に勤しむのだろう。

 

「バルガーさん、サリーさん苦手そうですよね。普段は女性に軽く接してるのに」

「……いやサリーはなぁ……娼婦と一緒にしちゃいかんだろ……一緒に見れんし……それよりモングレルが普通にあの人と話せる方が驚きだぜ」

「いや別に普通じゃねえよ。俺だって持て余すわ」

「そうかぁ? なんか仲良さそうにしてるじゃねーの。けどあんまり複数の女に色目使ってるといつか刺されるぞぉ、モングレル」

「別に色目は使ってないとは思いますけどねぇモングレルさん……まぁ、うちでもミルコさんとかが“モングレルは女の子と一緒にいるからずるい”とか言ってますけど」

「既婚者が何言ってんだあいつは……」

「あ、そういやこの前もミルコの奴、結婚祭で気の利いた贈り物渡せなかったみたいでかみさんが怒ったらしいぞ。何をやったんだかデカい雷が落ちたそうだ。ピシャーンと」

 

 その瞬間、外からゴロゴロと雷鳴が鳴り響いた。

 遠くだが、派手に落ちたな。……いつの間にか窓の外、山の方角には暗い雲が広がり、天候が悪くなりつつある。まるで夕暮れ前のような暗さだ。

 けどこれは雪とかそういう天気的なものではなくて、きっとラトレイユ連峰の上だけで起きている変化なんだろう。

 

 

 ――ォオオオオオオ

 

 

 大したことではない。

 そう思っていたのだが、雷にも勝るほどの大きな咆哮が響き渡り、ギルドが戦慄した。

 

 魔物の雄叫びだ。

 東門近くとはいえレゴールの中にいる俺達にまで届くほどに“空”と一体化した咆哮を出せる奴なんて、この世界にそう多くは居ない。

 

「き……緊急任務です! 今ギルドにいらっしゃるブロンズ以上の皆さんは、こちらに集合してください! 東門付近の警戒に当たっていただきます! こちらは強制です! ただちにお願いします!」

 

 普段は感情を表に出すことのないミレーヌさんが慌てた様子で俺達に声をかける。

 緊急任務。ギルドで時々発生する緊急クエストだ。しかも今回は“丁度今入ってきた仕事なんですよ~”なんておっとりしたものじゃない。レゴールの治安に関わる、かなりガチな部類の緊急クエストだ。

 

「しょうがねえ。行くか、二人とも」

「はっ、はい」

「あーあ、また雪に降られるのか」

「言ってる場合かよモングレル。……まぁ俺だって嫌だけど」

「あはは……お、お二人とも、なんだか余裕ですね……」

 

 俺とバルガーはそれなりに冷静さを保っているが、アレックスはかなり動揺しているようだった。軍にいたのにちょっと慌てすぎじゃないかとも思うが、まぁ仕方ないか。多分アレックスは初めてだろうからな。

 

「今の声って……話に聞いたことはありますけど、サンライズキマイラなんですよね……?」

「ああ。けど俺達が直接サンライズキマイラと戦うわけじゃねえぞ?」

「わかってはいるんですけど……い、今のとんでもない咆哮を聞いたら、流石に畏怖を覚えると言いますかね……」

 

 アレックスの言う通り、ギルド内はざわついている。そこそこ落ち着いているのは俺やバルガーなど、ギルドマンとしてやってて長い連中くらいだ。

 

「な、なんだよあの声……絶対にやべえよ……」

「近くにいるのか? 嘘だろ? 森から出てきたのかよ?」

「行きたくない……だ、駄目? 本当に……?」

 

 ルーキーなんかはあからさまに怯え、既にガタガタと脚を震わせている者までいる。

 まあわからんでもない話だ。誰だってサンライズキマイラは恐ろしい。姿を見たことがなくとも、神話じみた言い伝えだけでいくらでも脅されているからな。

 

「声に驚いて書き損じちゃったよ。後でまた修正しないといけないね」

「さ、さっきのは何? 怖いよ……母さん、本当にさっきの声の奴と戦うの?」

「戦うのかなぁ。戦わないと思うけどなぁ。でも戦えるものなら一度戦ってみたくもあるんだよね」

「だから、どっちなのぉ……!?」

 

 別室で待機していたギルドマン達も続々と現れ、受付前に集まっていく。

 物々しい雰囲気だ。まさに緊急事態って空気だぜ。

 

 けどまぁ、やってみりゃわかるがこれはそう肩肘張って構えるものでもないんだ。

 楽にやっていこうぜ、緊急クエスト。

 逆に考えれば、こいつは良い稼ぎになるかもしれないぞ。

 




当作品の評価者数が4300人を超えました。
いつもバッソマンを応援いただきありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。


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戦列を見送る者たち

 

 サンライズキマイラは、バロアの森の主だ。

 広大なバロアの森の奥深くに生息する他、ハルペリア王国の領土にあと何体か存在するらしいのだが、詳しいことはわかっていない。

 というのも、このサンライズキマイラがあまりにも危険すぎるためである。

 

 まずこのキマイラ、存在するだけで周囲の気温がすげぇ上昇する。

 単純にキマイラ本体が強い熱を発しているというのもあるが、こいつが身にまとう魔力がじんわりと環境を歪めているのだそうな。実際、バロアの森の奥地は冬でも広範囲に渡って高い気温を維持している。雪なんて全く降り積もらないし、植生もかなり違う。夏場にあるような植物があるのは当然として、そもそも普通の森には存在しないような熱帯系のものまで生えている。ほぼ別世界だ。

 そんなエリアまるごと環境を書き換えてしまうような魔物が弱いはずもない。サリーが使う“光撃(レインボウ)”を百倍くらい強くしたような破壊光線を反動無しで一ターンに二回撃ってくるようなやべー奴だと思ってくれれば良いだろう。

 なので基本というか絶対に手を出してはいけない魔物として扱われている。下手に喧嘩売って街にやってきたらレゴールが滅ぶのでね。そうでなくとも、バロアの森全体の豊かさにも関わっているであろうと考えられているので、手出しするメリットはない。

 そもそもサンライズキマイラは縄張り意識が非常に強いので、バロアの森の奥から一切出てくることはない。外敵が現れても追い払いはするが、執拗に追いかけたりすることもないようだ。もちろん縄張りを侵した相手には全く容赦してくれない魔物ではあるが……。

 

「ま、サンライズキマイラっつったら恐ろしい魔物の代名詞みてぇなもんだからな。アレックスなんかは親からもさんざん脅されて育っただろ」

「ですねぇ……何か悪いことするたびに食べられるって脅されてきましたよ……」

「俺も親父がそのクチでな……ああ、今はそんな話じゃなかったな」

 

 バルガーはブーツの紐を固く結び終え、それだけでひと仕事済ませたような大きな息を吐いた。

 

「……アレックスはサンライズキマイラの遠吠えを聞いてビビってるが、まず心配することはねぇぞ。サンライズキマイラは縄張りから出たりはしないからな。あの咆哮だけ聞くとすぐ近くまで来ているように感じるかもしれないけどな。全然そんなことないんだってよ」

「そうなんですか?」

 

 バルガーはこのレゴールで活動して長いだけあって、ここ特有のトラブルにはかなり詳しい。

 俺もそこそこ長いから今でこそ落ち着いているが、最初は普通に戦慄したからな。アレックスの気持ちは良くわかるぜ。

 

「ありゃあ多分、威嚇だなぁ」

「威嚇ですか?」

「俺も先輩のギルドマンから聞いた話だから実際に見たわけじゃねえんだけどよ。サンライズキマイラってのはコルティナメデューサと大層仲が悪いんだって話だ。ほら、今日は雷だろ。ラトレイユ連峰で塵雪が降ってるせいなのかね。その雷鳴に反応して、威嚇してるんじゃねえのかな。サンライズキマイラの近くにでも落雷があったのかもしれん」

 

 あー、そうか。なるほどそう言われるとしっくり来るな。

 確かにサンライズキマイラとコルティナメデューサは仲が悪い。ちょっと強めの電磁波が垂れ流されてるだけでもサンライズキマイラがイラッとするレベルだもんな。今日みたいに雷がゴロゴロ言ってる日なんかはさぞ鬱陶しいことだろう。

 

「ま、あの馬鹿でかい咆哮がただの威嚇だからといって、周囲の魔物達はそうは思わんわけでな」

「……バロアの森の魔物が、混乱するということでしょうか?」

「おお、よくわかってるじゃねえの。そうそう、森の魔物がとにかく恐慌状態に陥ってな。中には森の外にまで飛び出してくる連中も出てくるわけよ。モングレルは前にも一度、討伐に参加したよな」

「おう、したぜ。まぁ、街道にまでバロアの森の魔物が溢れて出る迷惑なイベントってだけだよ。俺達の仕事は、グループに分かれてひたすら討伐するって感じだな」

「……あ、そう聞くとなんだか安心できますね。充分に想像できる範囲というか」

「おうおう、そうだ。あんまり緊張するもんじゃねえぞ。むしろ俺達の稼ぎ時くらいに考えとけや」

「街道に出てる商人にとっちゃ死活問題だけどな……」

 

 この緊急クエスト、サンライズキマイラに端を発するものではあるが、決してこの最強ボスと戦えとかいう無茶振りではない。じゃあモンスターによるスタンピードなのかっていうと、物語でよくあるような街に向かって魔物全てがゾロゾロやってくるってほど統率が取れているわけでもない。散発的にちらほらと魔物が現れて、それを大勢のギルドマンや兵士で各個撃破していくってだけのものだ。

 そりゃバロアの森も広いから、中には偏りもあったりして、強い魔物が一箇所に集まってくることもあるかもしれないが……それは人海戦術で柔軟にってところだ。ここらへんは俺達の仕事だからな。こっちでどうにかするしかない。

 

 

「パーティーの団長はこちらで受付して札を持った後、レゴール内のパーティーメンバーを連れて東門まで移動してください!」

「次のパーティーの方々、こちらへどうぞ」

「すいませんエレナさん、武器の貸し出しってやってますか!?」

「ああ、ええっと! す、すみませんミレーヌ先輩どうでしたっけ!?」

「札を見せれば東門の武器庫から貸し出して貰えますので、そちらでお願いします!」

 

 ギルドは賑やかだ。続々と入り口からギルドマンがやってきて、パーティーと合流したり装備の準備を整えている。

 遠くからは街の鐘の音も聞こえている。この打ち方は……魔物への警戒だな。これから始まる大規模討伐に備えているのだろう。街中も混乱しすぎないと良いんだが……。

 

 

 

 まぁ、このまま駄弁りつつ二人と一緒に任務に臨めたら退屈しのぎにもなったのだが、生憎と俺はパーティーに所属しないソロギルドマンである。

 バルガーは“収穫の剣”だしアレックスは“大地の盾”だ。二人はさっさと集団に入り混じって、それぞれの持場へと移動していった。

 

 じゃあ俺はどこが持ち場なのかっていうと、そこらへんは東門の衛兵さんに聞かないことにはわからない。

 そんなわけでまだちょっと塵雪が降る中、人でごった返す東門まで行ったのだが……。

 

「モングレル先輩、おっスおっス……な、なんか大変なことになったんスけど……!」

「ようライナ、と愉快な仲間たち。“アルテミス”もこっちに居たのか」

「ええ。貴族街から直接こっちにね」

 

 東門前広場には“アルテミス”達の姿もあった。……が、全員揃って緊張した面持ちだ。いや、後ろに控えているジョナ達“アルテミス”の先輩連中は結構余裕そうだな。やっぱりレゴールに長くいる連中とそうでない連中で認識は大きく違っていそうだ。

 

「今回の招集はサンライズキマイラと対決するものではないと聞いているが……あの咆哮を耳にすると、否応なしに身構えてしまうものがあるな」

「ナスターシャ先輩すら恐ろしいんスから、私なんかは本当に怖いっス……」

「ほ、本当にサンライズキマイラは近くに居ないのでしょうか……?」

「ねえモングレル、あなたは今回のような緊急任務の経験があるのかしら。前回は私達がレゴールに来る前にあったとは聞いているのだけど……」

「ああ、随分前に一度あったぞ。まぁそこまで深刻に捉える必要は無いんじゃねーの? お前たちはどうせ城壁近くでの待機組だろうしな」

 

 魔法使いや弓使いは城壁付近に集められ、街に近づいてくる魔物への防備として温存される。城壁の上をがっしりと遠距離役で固めておけば、どんな魔物の大群だろうと怖くないからな。

 

「ううー……どうせなら私達も街道組になりたかったなぁー……その方が獲物たくさん仕留められそうじゃない?」

「ウルリカは緊張しないね……」

「うーん、しないってわけじゃないけどさー。さすがにこれだけ人数いれば平気だろうしさー」

「街道の守りは兵士と選りすぐりのパーティーだけだろうな。移動中の馬車の護送、避難民の保護……弓使いには弓使いの仕事があるってことだろ」

「そうそう、その通りだよ。良い事言うじゃないのモングレルさん。私達は私達の仕事をしときゃいいのさ」

 

 ジョナはからからと笑い、ウルリカの背中をバンバン叩いている。

 良いおかあちゃん役である。実際に“アルテミス”の先輩はほとんどおかあちゃんだから間違ってもないか。

 

「ま、そういうことだ。外に出て魔物の群れと戦うのは、俺みたいな連中に任せておけってこった」

「……モングレル先輩、外危なくないんスか?」

「安全、と断言はできないけどな。森から逃げ出してくる魔物も多いだろうし、どんな連中が現れるかもランダムだ……下手するとオーガがゾロゾロやってくるなんてことも有り得なくはない」

「それは悪夢ね」

「単体でも厄介な魔物だというのに、複数体は困るな。私の魔法とは相性が悪い」

 

 バロアの森の生態系は複雑だ。何が飛び出してくるかはその時まで本当にわかったもんじゃない。

 大半は森の中を右往左往したり、同士討ちしたりするのがほとんどだろうが……森の外に抜け出した魔物によっては、近隣の村が大きな被害を被ることだってあるはずだ。人的被害がなくとも、畑や建物が大きなダメージを負うのは間違いない。

 

「モングレル先輩……無茶しないで帰って来てほしいっス」

「心配すんな。俺を誰だと思ってやがる。ハルペリアで一番強いギルドマンだぜ?」

 

 俺は胸元で銅色に煌めく認識票を見せつけながら、手を振った。

 

「チャージディアだろうが、オーガだろうが、仮にサンライズキマイラが出てこようが……俺がバスタードソードで斬り伏せてやるからよ」

「モングレル先輩……」

 

 なんかちょっと録音したいくらい格好良い別れ方をした後、俺は東門に詰める衛兵にギルドでもらった札を見せた。

 

「うむ、ブロンズ3……お、モングレルだったか。この忙しい時に街に居てくれたのはありがたい」

「ああ。俺が来たからにはもう安心だ。とびきりキツい仕事をくれよ。長く住んでる街なんだ。ちったあ本気出してレゴールを守ってやるぜ」

「良い意気込みだ。助かるよ。……そうだな、じゃあ向こうの兵站長にこの札を渡して、さっそく仕事に入ってもらえるか?」

「ああ、わかっ……兵站長?」

 

 指で示された方を見ると、周囲の衛兵よりちょっと豪華な鎧を付けた男が周囲にテキパキと指示を出している。

 城門とその上の城壁に運び込む荷物を管理している人らしい。まぁ確かに偉い人だし、大事な仕事ではあるが……。

 

「バリスタの消耗品と物資を大量に運び上げないといけないんだ。モングレル……頼んだぞ。お前の馬鹿力を頼りにさせてくれ」

「…………おう! 任せてくれ!」

 

 俺はグッと親指を立てて応えた。

 

 

 

「ようライナ。ただいま」

「あれっ? モングレル先輩どうしたんスか……?」

「城壁で物資の運搬係になったわ」

「バスタードソード関係ないじゃないスか!?」

「ほんとな、それな」

 

 まぁうん、大事な仕事なんで真面目にやったりますけどね。

 




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荷運びモングレルさん

 

 まあね。ソロでやってるブロンズギルドマンの扱いなんてこんなもんですわ。

 けどこうした物資の運搬みたいな仕事だって、ある程度の信用があるからこそ任されているものだ。そう考えると、ただの荷物運びもやり甲斐があるってもんよ。実際、こういう狭い場所で重い荷物を何度も往復して運ぶ仕事ってのは俺に向いてるしな。

 

 ギルドマンっていうのはそもそも半グレというか、素行の悪い連中の代名詞みたいなものだから、こういう街規模の緊急時には色々と理由付けて外に出されることが多い。

 現に今も城門からギルドマンたちがゾロゾロと外に出て、街道の警備へと向かっている。騒然とする街を抑えるのは兵士達の役目だ。そんな時に色々と騒がしいギルドマンたちは外に行ってくれるとありがたいって話だな。

 下手に力を持っている勢力なだけに、街としては有事にしっかりと管理しておきたいのだろう。

 

「よいっしょー……とりあえず階段横のスペースに積んでおきますんで」

「おお、助かる! ってもう三箱も運んだのか、早いな!」

「超余裕っす」

 

 さて。俺の仕事は城壁上に物資を積み上げるというものだ。

 レゴールの城壁は場所にもよるが、二階建てよりちょっと高い程度のまずまずの高さの壁がずらっと続いている。対人の他、対魔物としても有用な城壁だ。城壁の上は歩くことができるし、所によっては設置型の(バリスタ)を配置できるスペースも用意されている。城壁の上に登るためには、城門脇の砦にある階段を使うか、専用の原始的なエレベーターを使うかの二択になる。

 城壁上に物資を上げるためには大体はエレベーターを利用するのだが、こいつがそこまで器用じゃないというか、大掛かりな割には上げ下げが遅い。何より門に併設されてる砦内の物資は階段近くの倉庫に積まれているので、エレベーターの所に持っていくよりもそのまま階段を登ったほうが早いのである。まぁ疲れるけどな。パワーさえあればそのまま運んだほうが楽だ。

 

「すんませーん、こっちのバリスタの弾も上に持って行っちゃって良いですかー」

「おう頼んだ! 手前側から数えて八つ奥の所まで運んでくれると助かる!」

「ういーっす」

 

 バリスタは言うなれば、巨大な弓だ。設置して使う大掛かりな機械弓で、その威力は弓スキルに匹敵すると言っても過言ではない。引く時に結構な力はいるものの、それさえできれば素人でも強大な威力で遠距離攻撃できる兵器だ。城壁の上から安全に魔物たちを攻撃するにはベストな兵器だと言えるだろう。

 大掛かりなだけあって、バリスタに用いる矢弾はデカい。とても普通の弓から打ち出せるサイズや重さではない。だからこれを一纏めにした専用の木箱はそれなりの重量だ。まぁ俺にとっちゃ軽々運べるもんだがね。

 

「バリスタの弾持ってきやしたー」

「おお、助かる。そこに置いてくれ。……土台の固定、もう少し強めにしてくれ。このままだと危ない」

「わかった。こっちだな?」

 

 城壁のバリスタは今みたいな緊急時にようやく陽の目を見る兵器だが、普段から全く使わないものというわけでもない。

 時々城壁の外で兵士さんたちが訓練している時なんかは、城壁上のバリスタも稼働して射撃訓練している様子が見られたりする。

 ……こうして城壁の上からバリスタの整備してる様子を見れるのはなかなか貴重な体験だな。

 

「おっと、見学してる場合じゃねえわ」

 

 普段なかなか見れない城壁上の様子をぼんやり眺めていたかったが、今は街の緊急事態だ。キビキビ働くことにしよう。

 

 

 

 バロアの森に近い東門側は大忙しだ。

 城壁の上はバリスタや弓使い、魔法使いで固められ、厳戒態勢が整いつつある。

 遠くの方では“アルテミス”や“若木の杖”の連中も働いている姿が見えた。ライナも最初こそビビっていたが、時間が経ってガチガチに固められる守りを見るうちにそれも解けてきたようだ。今ではかなり自然体で森の方を見つめていた。

 

「よーし、討伐するぞー、足並み揃えてなー」

「兵士達の邪魔だけはしないようにな!」

「んじゃ行ってくるぜ! 見ておけよ、俺達の勇姿!」

「さっさと進めよ、まだ後ろに部隊がいるんだぜ」

 

 東門からはひっきりなしに正規部隊やら混成部隊やらが出動している。彼らは近隣の集落や街道へと向かい、民間人や施設を防衛するために働くことになるだろう。知り合いのギルドマンたちの多くはここから確認できる。

 ああいうわかりやすく暴れる仕事も悪くないが、やってみると荷物運びもシンプルで良いな。一人で黙々と出来るってのも気楽だ。

 

「うお、モングレル……だったか? それ二つ持てるのか」

「ええ、力だけはあるんで。後でそっちのも運びますよ」

「そいつは助かる。見た目よりずっと怪力なんだな。良い身体強化だ」

 

 衛兵さんからお褒めの言葉を貰うとモチベが上がるね。俺は褒められると実力も鼻も伸びるタイプだぞ。もっとペース上げちゃろ。

 

「モングレル、今少し時間を取れるだろうか」

「おお、ナスターシャか。どうした、何か仕事か」

「ああ」

 

 テキパキと荷物運びに精を出していると、城門近くでナスターシャに呼び止められた。丁度貨物用エレベーターの前である。どうやら要件もこのエレベーターに関わるもののようだ。

 

「今私はこの昇降機の重り役を担っていてな」

「あー、上から水を注いで動かしてるのか」

「そうだ。片方に重量を注げば、昇降機は稼働するからな。城壁の上から不要に物や人を下ろすよりも素早く楽に動かせる」

 

 原始的なエレベーター……昇降機は、天秤を傾けるような方法によって運用されている。片方の皿に重い荷物を載せて、片方を上まで持ち上げるやつだ。

 今は下に降りたい人を降ろしつつ、城壁上に上げたい荷物を交換するような使い方をしているようだ。しかしそのペースも結構ノロノロしたもので、あまり効率はよろしくない。

 それでも狭い階段を使わずとも資材を搬入できる装置ではあるので、ナスターシャのような魔法使いの手を借りてでも運用しているらしい。

 

「だが、どうも昇降機の下で資材の積み込みが滞っているようでな。そちらの作業を手伝ってもらえないだろうか」

「おー、そうなのか……ここの兵站長さんが良いって言うなら手伝うが……」

「モングレルか? そっちの作業をやってくれるのか! だったらその手伝いを頼む」

 

 指示を仰ごうと思ったら通りすがりの兵站長さんが即オーケーを出してくれた。話が早くて助かるぜ。

 

「……じゃ、やらせてもらうわ」

「うむ」

 

 せっかくなので昇降機を使って下まで降りる……が、前世のエレベーターのようにスーッと静かなものではない。なんかカクカク小刻みなブレーキを掛けながら減速する感じがして乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。運転の下手な人の車に乗ってる時みたいな不安があるぜ……。

 

「うわ、これ全部昇降機の積み込みかい?」

「おー来てくれたか。そうだ、そこにあるものを全て頼む。かさばる物も多いから、外側にはみ出ないように載せてくれ」

「ういー」

 

 ナスターシャの言う通り、昇降機前は荷物が大渋滞していた。どうやら下の積み込み担当が持ち場を離れてどこかの応援に行ったきり、戻ってこないらしい。緊急時特有の混乱だな。

 まぁしょうがない。こういうこともあるだろってことで、ひょいひょいと城壁上に運ぶ資材を昇降機に載せていく。あまりこっちを重くしすぎると上げるの大変だろうから、小分けにしなきゃいけないな。

 荷物は様々だ。壺やら瓶やら布やら燃料やら……そうか、この厳戒態勢も一日くらいは続きそうだもんな。夜のための燃料も多く準備しなきゃいけないわけか。これは大変だ。

 

「サイクロプスが出たぞー!」

「よっしゃ、バリスタ構え! まだ撃つな! 充分に引き付けろ!」

「遠方にチャージディア確認! こっちに来るかは……不明です!」

 

 そんな作業を続けていると、城壁の上から大声の指示が聞こえてきた。

 どうやら本格的に魔物が現れだしたらしい。城壁から見える場所に姿を見せるってのはなかなか珍しいな。サンライズキマイラの咆哮にビビって遥々ここまで逃げてきたか。まあ、これだけ下準備を整えているならサイクロプス級の魔物でも問題はないだろう。

 オーガクラスになると……どうだろうな。オーガなら知能もあるし、恐慌状態になっても街までは来ないか。

 

「なあ衛兵さん、バロアの森は大丈夫なのかい……? あの獣の恐ろしい声、かなり近くで……」

「すぐそこまで来てるなんてことはないよな……!?」

「安心してください。先程の咆哮は魔力の乗ったもので、音源はずっと遠くからです。レゴールでは数年に一度あることなので、慌てないよういつも通りにお願いします」

 

 恐慌状態といえば、街の内部の様子もそれなりに浮ついている。

 長年レゴールで暮らしている人たちはさすがにどっしりと構えている様子だが、新参者やレゴールに来て日が浅い人なんかはかなり不安がっている。

 とはいえ、そういった街中の混乱はレゴールの衛兵達が抑えてくれる。今のところ暴動に発展している様子もないし、時間が経てば沈静化していくだろう。……けど西門の方から脱出しようとする人は多いだろうな。ここからはその様子も見えないが。

 

「レゴールの皆様! これが魔物による聖域の力です! 強大な魔物の存在こそが、我々ハルペリアの領土を守ってくれるのです!」

「こら! そこの男! 往来で何をしている!」

「聖域による完璧な断交を! サングレールとの永遠の決別を……! くっ、離せ! 私はハルペリアの未来について語っているのだぞ!?」

「拘束しろ! この非常時に面倒な奴め……」

 

 馬車駅の方では例の“聖域派”らしき奴が政治活動している姿が見えた。男の胸元には何やら、逆ハの字の下にハの字を足したような模様のプレートが飾られている。あれが聖域派の象徴なのだろうか。

 あの男はサンライズキマイラが存在感を出したのを良い機会だと考えたのか、わざわざ衛兵たちの近くで演説をぶったらしい。アホである。この忙しい時に変な活動するんじゃないよ。この国はそういう空気の読めないデモに厳しいんだぜ。

 

「魔物で侵攻が防げるなら苦労しねーっての……」

 

 ぼやきながら、次なる持ち場へ移動する。

 まだまだ俺の荷物運びは終わらない。……今日は夜遅くまで解放されないだろうなぁ。

 




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時々ある激務

 

 緊急時の任務は本当に辛い。なにが辛いって、定時で終われないんだよ。働けるだけ働く。キリが良いとこかどうかは現場の判断だ。そしてギルドマンは使われるだけ使われるのが通例だ。肉体的にそうでないとしても精神的にダルい。いや、今回は普通に肉体的にもダルいわ。

 

「あー……疲れた……」

「おう、お疲れさん。助かったぞ、モングレル。お前だけで何人分の働きをしたのやら……とにかく、忙しい時に助かった」

「あ、はい。どうもっす。まぁ、こういう時なんで助け合わないとヤバいですからね」

 

 夜になって、普段ならもう寝てる時間になった。その頃になってようやく俺の力仕事は一段落したと見なされたらしい。真面目な兵站長がねぎらいの言葉をかけてきたが、正直それに丁寧な対応をするのもいっぱいいっぱいだ。

 途中で大鍋で作られた配給の粥をドカ食いして栄養補給したが、それで追いつかない程度には魔力も全身も酷使した。筋肉痛だなこりゃ……。

 

「もう今日は無理せず、ゆっくり休んでくれ。ギルドへの報告はこっちでやっておくから、そのまま直帰してもらって良いぞ。それと……俺個人の持ち出しになるが、追加報酬だ。受け取ってくれ」

 

 そう言って、兵站長さんは俺の手に銀貨を落とした。まさかのポケットマネーによる追加報酬だ。どうしよう、疲れがどっか吹っ飛んでいったぜ。

 

「……ありがたくいただきます。明日は……」

「無理するな。明日は昼から来てくれれば良いさ。レゴールの警戒自体は今日の夜までが山だろうからな……モングレルはもう充分に働いたさ」

 

 すげぇホワイト待遇でちょっとビビるわ。

 いかんな。身体強化だけなら大丈夫だろとも思ったが、際限なく使うのも良くないか。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて昼まで休ませてもらいます。今日はちょっと無理したんで、ヘトヘトですよ」

「ああ、ゆっくりな」

 

 良い人である。さすが兵士を取りまとめる立場の人だ。人を使うのも褒めるのも全部上手いぜ。

 衛兵でも性格の悪い奴はそこそこいるし、まぁある程度の連中から嫌われるのは仕方ないと諦めも付くが、こういう上の立場の人にはどうにか気に入られたいもんだな。街での過ごしやすさも違ってくるだろう。

 

 

 

 休みを貰った俺は、宿に戻る前に救護所に立ち寄ることにした。

 正直しんどくて今すぐにでもベッドにダイブしたいところだが、こういう日くらいはギリギリまで力を尽くすべきだろう。

 救護所は東門近くに設けられた仮の医療設備で、兵舎……だかなんだか、とにかく兵士の施設の一つをこういう時だけちょっと整えて、病院として機能させている。

 ある程度の数の簡易ベッドがあり、そこは今ちょっとした修羅場と化していた。

 

「あ、モングレルさん。お疲れ様です」

「よう。カスパルさんとこのユークス君だったか。休憩中かい? ……忙しそうだな」

「ええ、見ての通りですよ……鐘が鳴ってからずっと、ひっきりなしです」

 

 篝火に照らされた救護所。その周囲では、未だ多くの人が行き交っていた。

 レゴールの各所から集められた医療従事者たちが即席のチームを組み、今回のスタンピードで怪我を負った人達を救護しているのだ。

 なにせ突然の事態である。バロアの森の中にいたギルドマンだって少なくないし、運悪く近くの街道を進んでいた人達も多かったはずだ。突発的な怪我人はそれなりの数いるんだろう。俺が城壁近くで仕事している間も、血まみれ姿で運ばれてくる奴が何人もいた。

 

「そりゃ大変だな。何か手伝えることはあるかい? 力仕事だったら任せてくれ」

「本当ですか! 正直、かなり助かります。僕らの部隊だけじゃ足りなくて……あっちの資材置き場から燃料と、それと水を二階まで運ぶの、お願いできますか。魔法使いの人手も全然足りてないらしくて……」

「おう、ちゃちゃっと済ませてくるわ」

 

 救護所内に入ると、血の匂いがした。この世界の医療技術はヒールやポーションに依存しているところが大きいが、それでも全てをそれらで賄うほど余裕があるわけではない。緊急時にはヒールやポーションも使われるが、急を要さない場合には普通に外科的な応急処置が施される。

 とはいえ、治療の質は前世よりもずっと良いだろう。この世界には解毒に秀でた生薬が沢山あるし、感染症のリスクが減るだけでも随分と治療成績は変わってくる。俺もそういった薬に何度助けられたかわからんしな。

 

 救護所内を歩いていると、ベッドで横になっている連中のうめき声やら話し声が聞こえてくる。

 

「あー……ついてない……いってぇー……」

「今日我慢して、明日またヒールかけてもらえば良くなるさ……金のことは後で考えようぜ」

「水くれよ、水」

「あの声凄かったな……ビビった……」

「近くにいなかったんだろ? 信じらんねえ……すぐ近くに居たって、絶対……」

 

 色々な場所にちょっと顔を出して怪我人を確認するが、幸い……って言っちゃ悪いけども、深い知り合いはほぼ居なかった。

 ただ多少でも顔を知ってる奴が具合悪そうに病床で横になっている姿を見るのは、ちょっと心にくるものがある。ギルドマンなんてこういうリスクと隣り合わせだと知ってはいても、ちょっとな。

 

 ……うおお、つーか運搬仕事も限界だな。本格的に握力が無くなってきたぜ。

 これ運び終わったらもう手伝いも終わりにして、さっさと寝てしまおう。

 

「ベイン、大丈夫か?」

「ああ、平気だ……ショルトこそ、もう夜遅いぞ……俺は良いからさ、宿で寝とけよ……」

「良いよ。今日は宿取らなくても、ここで看病してて良いって言われてるからさ。それよりも、俺はベインが心配だからね」

「ケチな奴だな……」

 

 ふと救護所の一角を見てみると、どうやらアイアンクラスのルーキーも巻き込まれていたらしい。

 装備と言うには普段着に片足突っ込んでいるような中途半端な装いの少年たちだ。さっきの言葉からして、宿に泊まる金もケチっている有様なんだろう。

 それが救護所のお世話になっていると……これから冬になって、金銭面で苦労しそうだな。

 

「おーい、そこの二人。確か“最果ての日差し”の新入りだったな?」

「! 誰……あっ、ええと……」

「ギルドでよく見る人だ、えっと」

「俺はモングレルな。初期講習でお前らに教えただろ? 覚えとけよ」

「す、すいません」

 

 新入りのショルトとベイン。二人とも濃い茶髪で、ちょっと異国の雰囲気がある少年だ。

 背丈も伸び切っておらず、表情にあどけなさの残る子供だ。多分、まだ十五歳以下だろう。そんな歳でギルドマンになるなんて随分な無茶だとは思うが、そういう訳ありな奴が多いのがこの業界である。

 

「金に困ってるって言ってたな? まあ、怪我したんじゃそうもなるか」

「……うん。けど、ベインも大怪我ってほどではないし。明日もう少し治療を受ければ、多分大丈夫だって医者から言われました」

「治ったらまたすぐに仕事受けないと……けど、治療費がなぁ……」

「だったらそっちのショルトは明日あたり、昼に降ってた塵雪の清掃と収集作業の仕事でもやっておけよ。ギルドでアイアン向けに出されてるから今しかできない狙い目の仕事だぞ。楽な割に結構稼げるんだ」

「ほ、本当ですか」

「その仕事をこなして、街中に積もった塵雪をさっさと掃除しちまってくれ。じゃないとまともに都市清掃もしたくないからな。俺、あの雪嫌いなんだよ」

「……ベイン、俺明日その仕事受けてみるよ」

「ああ。俺は……治療に専念して、大丈夫そうならやるかも」

 

 ブロンズ以上はスタンピード周りの仕事で手一杯だからな。こういう時こそアイアンには普段通りの雑務をやってもらいたい。

 公衆衛生が良い医療を育むんだ……お前らも貢献してくれよな……。

 

 

 

「あー疲れた。ただいまー」

「あら、モングレルさんおかえり! 随分と遅かったわねえ……大変だったんでしょ、東門の方」

「ええ、すげぇ忙しかったですよ。怪我人も結構運ばれてましたね」

「まあ怖い……夕食は温めればあるけど、用意しましょうか?」

「いや向こうで粥貰ってきたんで、大丈夫っす。今日は疲れたんで部屋で寝させてもらいますわ……」

「そう、ゆっくりおやすみなさいね。」

 

 宿に戻ってきた俺は、そのままベッドで横になった。

 今日はもう動けんわ。明日の昼間まで休み貰えたのは正直助かった。救護所の手伝いはやりすぎたな。

 

「風呂入りてえ……」

 

 仕事終わりにざっと身体を拭いただけじゃ取り切れない疲れってものがある。

 風呂に入りたいぜ……風呂……今なら公衆浴場でも良いから……いや、やっぱり公衆浴場は……一番風呂だったらまぁ……。

 

 そんなことを考えながら、俺は眠りについたのだった。

 




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公衆浴場で妥協入浴

 

 次の日は宣言通り、ぐっすりと寝た。昼まで休んで良いって事だったので遠慮なく休ませてもらう。

 人外じみた働きをしたからその帳尻を合わせるために人間らしく疲れたアピールしようって魂胆も無いではないが、それ抜きにして普通に辛いしな。

 けど節々に感じられるはずの筋肉痛の度合いが比較的薄いのがなんかちょっと怖いわ。思ってたよりも軽いっていうか。多分明日辺りにもっと重めの筋肉痛が来るんだろうな……そう考えると、ゆっくり休養する方が賢く思えてくるぜ。

 

「あー……久々に筋トレっぽいことしたな……もっと定期的にやっといた方が良いんだが……」

 

 筋トレは大事だ。それは俺もわかってる。

 俺も最低限の体格を維持するためにたまに……時々……思い出したようにやりはするんだけどな。なんかストイックには続かねえんだよな。

 低脂質高タンパクな肉多めの食生活を送っているから筋肉の付きは良いんだがね……常日頃から自前の身体強化に甘えてるところはあるね……。

 

 身体強化。それは自分の持つ魔力を身体や装備に纏わせる技術である。

 自分に身体強化をかければ身体が頑強になり、単純にパワーが上がる。普段よりも楽に重い物を持てるし、早く走れるし、ちょっと殴られたくらいじゃ“何かしたか?”程度の痛みしか感じなくなったりなど色々と便利な力だ。

 しかし魔法と同じように才能が関わっているものらしく、皆が皆使えるというわけではない。出来るやつは小さい頃から自然と習得しているが、覚えの悪いやつは講師を雇ってもほぼ身につくことはないという。

 だからまぁ、身体強化ができる奴ってのは少ない。ギルドマンとして活動してると自然と力自慢が集まってくるからそう感じにくいとこはあるけどな。人によって身体強化の持続時間やら出力も違うから、一概に力持ちだと一括りに扱うこともできない。“身体強化はできるヒョロい奴”が“身体強化は使えないけどすげーマッチョな奴”よりも非力な場合も結構あるしな。

 だからまぁ、俺みたいな出力のバグってる身体強化使いは裏方仕事では結構重宝される。重い荷物を狭い場所でもサクッと運搬できるのはどの時代でもつえーんだ。力を頼りにされるのはいい気分である。

 まあ、仕事がそればっかりだと飽きちまうんだけどな。俺の場合。

 

「……よし」

 

 ベッドから起き上がる。

 窓の外は日が高……いわけでもなく、まだまだ朝と言って良い時間帯だ。

 昼まで休んでろって言われてもね。日の出と共に始まる暮らしをやってて昼まで待機ってのは逆に暇すぎてしんどいんですよ。

 

「……久々に、風呂でも入ってくるか……」

 

 レゴールの公衆浴場……行くか。

 気は進まないが、風呂欲が湧いてきたなら仕方ない。

 わざわざ昼から色街まで行って高い金出して風呂釜だけ貸してもらうってのもあれだし、しょうがねえ。行ってきますよ……ひとっ風呂……。

 

「お湯が綺麗でありますように……」

 

 ささやかな祈りを懐きつつ、タオルと小銭を持って俺は外へ出た。

 

 

 

 レゴール公衆浴場。

 そこは……地獄である。と言ってもよくわからんよな。

 具体的には一日ほぼ(俺の体感的に)お湯を変えることのない銭湯である。利用者のマナーは最悪であり、かけ湯せずに湯船に特攻かける薄汚え奴だとか大声で喚く奴だとか、まぁそうだな、地獄は地獄でも日本の猿が入る天然温泉……いやそれも例えとしては適当ではないだろう。絶対猿が入ってる天然風呂の方が快適そうだもんよ。

 

「男一人で……」

「はいよ」

 

 利用方法は簡単だ。公衆浴場の施設に入ったら小銭を払って、それだけである。

 一応施設の中では飲み物や軽食を売ってる人がいたり、リラックスして談話できる椅子が配置されていたりとその辺りは面白そうではあるんだけども、肝心の主コンテンツである風呂そのものが薄汚えもんだから普通に辛い場所だ。

 

 服を脱いで扉を開けると、そこはまぁちょい広めの銭湯だねって感じの光景が広がっていた。

 

「もう一個の方の建設計画も纏まってな、けどそこの工事を請け負ったのが俺等の所じゃないんだ」

「昔は良かったんだがねぇ。今じゃよそ者も多くて嫌だねぇ」

「昨日のサンライズキマイラの声にびびった連中が西門に集まったんだって」

「はは、どっかの商会の連中だったら名前を覚えといてやろうか」

「んでよ、その結婚した相手ってのがとんでもない男で……」

 

 客は常にそこそこ多い。肉体労働者やら街の風呂好きやらが常におり、よく声が反響する建物の中でぺちゃくちゃと喋っている。

 で、肝心の風呂は……おっ、今日は薬湯かな? って感じの色をしているのだが、残念なことにあれは薬湯ではない。普通のお湯である。普通の、お湯なのである……。

 お湯の交換頻度の少なさ。これは、正直よくわからん。燃料をケチるのはわかる。結構大変だろうしな。燃料だったらわかるんだ。

 けど明らかにお湯ってか水量がケチられてるのはマジでよくわかんねえんだよな。

 俺は衛生を求めにこの公衆浴場に脚を運んでいるってのに、入ったら病気になるんじゃねえかってお湯が張られてるのがマジで納得いかねえんだ。絶対これローマ帝国の公衆浴場の方が綺麗な奴だろ。

 いやまあ、たまにしか風呂に入らないやつにとっちゃ入ると綺麗になれるお湯なのかもしれないけどな……俺にとってはそうではないんだ……。

 

「……とはいえ、今の俺はそこそこ汚いし、入ったほうがギリプラスか……」

 

 気は進まない。全くもって進まないが、入ることにしよう。

 うおおおおお! ちゃぽん……うおぇえええ……。

 

 

 

「汚されちまった悲しみだわ……」

 

 入浴はもう、詳しくは語るまい。立ち上るフレグランスな湯気を遮断するために鼻呼吸をやめた。それが全てである。

 まぁ汗は流れたっちゃ流れたから良いだろう……やっぱお湯の桶で身体を清めるだけじゃ拭えない気分的な汚れみたいなものもあるしな……。

 

「……気持ちを切り替えて、仕事すっか」

 

 そうこうしてたらもう昼だ。

 さっさと東門に行って仕事貰ってこよう。今日は昨日ほど忙しくはないだろうが、まだまだ力仕事も残っているはずである。

 ちゃっちゃとやっつけて、早めに日常へと帰りたいもんだね。

 

 

 

「おおモングレル、時間より少し早いな。今日もよろしく頼むぞ」

「ういーっす……ごめん、さすがに気になってるんだけど。向こうの人だかりについて聞いて良いかい?」

 

 東門までやってきた俺は、勤怠のチェックもそこそこに気になっていた事を訪ねた。

 全体的に昨日の夜よりはずっと落ち着いた雰囲気だし、今ではもう討伐した魔物の運び込みやその処理の方をメインにやっている様子ではあるのだが……馬車駅のところがどうも、随分と賑やかな様子である。遠巻きに人だかりまで出来てるし、なんなんだろうなあれは。

 

「ああ……向こうにいるのは例のレゴール伯爵夫人だよ」

「は? この間結婚した、レゴール伯爵夫人のことかい?」

「もちろんそうだ」

 

 レゴール伯爵夫人。つまり、ステイシー・ブラン・レゴールさんだ。

 そんな新婚さんがどうしてこんなまだ騒動も収まりきっていない東門にいるんだよ。

 

「すごいぞ、あの御方は。どうも伯爵より私設部隊の隊長を任されているそうでな。今回のスタンピードで溢れた魔物を討伐しに来たんだよ。頭が下がる思いさ」

「いやいや……ええ? いや剣豪令嬢だとか、そういう話は聞いてたけども……お世継ぎが出来る前にそれはちょっと危ないんじゃねえの……? 今からでも引き止めたほうが良いんじゃ……」

「いや、今朝発って先程戻ってきたばかりさ」

「終わった後かよ!」

「お貴族様の道楽……とは言えんな。わずかな時間だったが、少人数の部隊で何体もの大型の魔物を討伐して戻ってきた。おかげでエルミート方面へ向かう定期便も助かったそうだ。俺たちも昨日から働き詰めだったから、正直ありがたいよ」

「……マジか」

 

 ステイシー嬢一行はそれなりの手柄を挙げて凱旋してきたわけか。なるほど……確かに向こうの賑やかさは、帰還を祝福してるように見える。

 ……お、ちらっと見た感じ女だけで組まれた騎士団なのか。すげーな。華があるねぇ。……よく見たら数年前に不毛な冬の森散策で世話してやったブリジットの姿もあるな。ははは、王都へ仕事しに行ったのに、ステイシーさんの護衛としてすぐにレゴールに戻ってきちまったわけか。ほんと人生ってのはわからんもんだな。

 

「……俺たち下々のために身体を張ってくれる貴族様ってのは、すげぇよな。尊敬するよ」

「ああ、モングレルもそう思うだろう。立派なお方だよ」

「そうだな。……さて、俺もそろそろ働きたいんだが」

「おっと、すまない。今日の作業だな。まあ、もう事態も沈静化しつつあるからな、バリスタも片付けが始まっているから、その備品を倉庫に戻す作業が中心になるだろう。それほど仕事量は多くないだろうが、頼んだぞ」

「ういーっす」

 

 そんなわけで、俺は今日も今日とて荷物運びである。

 しかし緊急任務としての仕事は今回の分で終わりだろう。明日からは通常通りに戻るはずだ。

 昼間に流した汗がぶり返さない程度に、ちゃきちゃき働くとしますかね。

 




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埋まる墓穴と掘られる氷室

 

 それからは特に何も事件らしい事件が起こることもなく、無事にスタンピード騒動は沈静化した。

 城壁の上の兵器も定位置に収容され、仮設された救護所だの炊事所なども解体された。その作業の手伝いだけやって終了だ。楽なもんである。

 

 だが、犠牲者がいなかったかというと全くそんなことはない。

 情報が錯綜しているし俺みたいなとこに正確な話が入ってくるわけでもないのであくまで噂の域を出ないのだが、この騒動に関わる死者や怪我人の数は少なくとも五十人を超えているそうだ。

 咆哮が響いた際に運悪く街道を進んでいた商人などは制御不能になった馬を落ち着かせている間に魔物に襲われたり、街道沿いの一部の農家にも被害が及んでいる。

 バロアの森に居たギルドマンなどは特に災難だ。森の中の魔物が一斉に恐慌状態に陥り暴れ回ったりするのだから、普段の森でのセオリーなど全く通用しなくなる。結果として何度も戦闘に巻き込まれ重傷を負ったり、そのまま勢いに圧されて死んだ者も多い。

 命からがら樹木の高い場所まで避難できたギルドマンは生き残れたが、そういった訓練や練習を積んでこなかった奴なんかは……まぁ、それなりに無惨な姿で発見されたそうだ。

 秋の狩猟シーズンっていうのも良くなかった。直前の塵雪を避けるためにさっさとバロアの森を退散する選択をしたギルドマンは安全圏に避難できたが、森でやり過ごす事を決めたルーキーなんかは、大変な目に遭ったことだろう。

 

 友人と呼ぶほど親しい間柄じゃなかった。

 けど、言葉を何度か交わす程度には知り合いで、使ってる武器と好きな食い物を知ってるくらいには、他人ってほどでもなかった。

 そんな奴が六人、今回だけで死んだ。

 

「月の神ヒドロアよ。冥府をゆく彼らに暖かな端切れを……」

 

 親しかったギルドマン達が集い、葬儀を行っている。

 遺体の上に小さな何枚もの様々な布の端切れが置かれたそれらは、これから燃やされる予定の犠牲者達だ。既にアンデッド化しないように背骨が折られ、あとは火葬するだけ。

 

 金のないギルドマンは身寄りがいればパーティーの手を借りて故郷へ、そういった帰る場所がなければギルドが管理している区画の集団墓地に埋葬されることになっている。

 しかしその集団墓地というのも非常に質素なもので、言ってしまえばまとめてザッと火葬した上で郊外の墓地の片隅にポツンとある石造りの井戸のような墓穴に廃棄するというものだ。

 その墓穴だって、定期的に墓守が石製の墓穴から中身を掘り返しては、どこか人気のない場所に埋め直してるって話である。

 人間、金を持ってなきゃまともに弔って貰えないのはどこの世でも同じだな。この世界ではアンデッド化を防ぐためにしっかり火葬してもらえるだけ逆に手厚いかもしれないが……。

 

「ギド……俺たちこれからだっていうのに……なんで先に死んじゃったんだよ……」

「ギドさん……」

「……大丈夫、きっとヒドロア様が導いてくれるさ」

「うん……」

 

 まとめて火葬され、混じり合った骨片となった後はもうどれが誰だったかなどわからない。

 ただただ、残されたパーティーメンバーや友人たちは見送り、別れるだけである。

 

「運が悪かったなぁ、あいつも」

「しょうがねえ。ほとんど苦しまなかっただけマシさ。……けどあいつの故郷、エルミートの方だったよな。届けてやらなくてよかったのかな」

「本人が別に良いって言ってたんだ、レゴールで埋葬された方がマシだったんだろ」

「兄貴の悪口ばっか言ってたもんなー」

「ははは! 酒飲むといつもな!」

 

 若いパーティーなんかはしんみりした別れ方をしているが、ギルドマンとしてある程度やってきた者達は慣れたものである。

 手続きも空気感もなんとなくわかっていて……嫌な慣れ方をしてるって言えばいいのかね。仲間の死をしっかりと受け止めた上で、次の日からはすぐに切り替えていけそうな調子を保てている。

 ギルドマンは、どんなパーティーでも死と隣り合わせ。バロアの森もただ美味しい肉や素材が転がっているだけのフィールドではない。ちょっとした何かが起こるだけで人が死ぬ、危険な場所なのだ。こういう葬儀は、俺たちにそれを思い出させてくれる。

 

 火魔法によって燃やされた遺骨が石造りの墓穴にザラザラと滑り落とされ、墓石という名の蓋をされる。

 これでおしまい。質素なもんだ。

 

「ギドさん……」

「チェル、もう行こう。僕らには仕事があるんだから」

「……うん」

 

 今まで何人もの若いギルドマンが、この共同墓地の軽い墓石にすがりついて泣いてきた。

 やるせねえよな。若い連中が死ぬのは、特によ。まだやりたいことがいくらでもあっただろうに。

 

「あ、モングレルさん……それは」

「餞別だ」

 

 俺は花屋で買った一輪の青い花を墓前に供え、墓石の上に酒を垂らした。

 ポーションの空き瓶程度の小さなものだ。我ながらケチだとは思うが悪く思うなよ。

 

「ウイスキーだ。高いんだぜ。……少しはこいつらの慰めになると思ってよ」

「……ありがとうございます」

 

 死者への慰め。同時にこれは、俺の死生観の再確認だ。

 人が死んだら悲しいという当たり前の事実を噛み締めておきたかった。そのための、まあ、自分の都合だよ。

 

「もうちっと色々教えてやれてたら、違ってたのかもと思ってな」

「……モングレルさんは僕たちに色々教えてくれてます。僕たちは僕たちで、未熟なりにやってきたつもりですよ」

「はは、そうか。そうだな。いつまでもお前らを半人前扱いしてちゃ失礼か」

 

 “最果ての日差し”のフランクとチェルの兄妹。こいつらもギルドマンになって二年か。その上、仲間の死まで経験したら……もうルーキーとは呼べねえよな。

 

「よし。ゴーストが出てくる前にさっさと帰るか」

「え、ゴースト出るんですか!?」

「聞いたことないですけど……!」

「どうだかな。さ、早く行こうぜ。お前らも仕事があるんだろ。悲しいなら忙しくしとけ。その方が気が紛れるぞ」

「……はい」

 

 出会いもあれば別れもある。しかも突然にやってくる。

 なんだかんだで命の軽いこの世界。転ばずに生きていくつもりなら、とにかく仕事して金を稼がなくちゃな。

 

 

 

「ブロンズ3向けの依頼は、今のところ……モングレルさんの好みのものは少ないですねぇ」

「マジかよぉミレーヌさん」

「数日は馬車の護衛要員に多少の増員がありますので、そちらが多いですね。バロアの森の行方不明者捜索はレゴール伯爵軍の方々が率先してやっていますし……」

「馬車の護衛は嫌だなぁ」

「でしたら、はい。ありませんね」

 

 ミレーヌさんはニッコリと笑ってそう断言した。くっそー、いい笑顔だな。

 でも仕事が無いんじゃしょうがねえわ。タラタラと馬車の護衛につくのも嫌だしな……。

 

「じゃあもう好みの仕事ねぇし休むとすっか! 仕事なんかよりやっぱ酒だわ。さて、今日はどんな酒を飲もうかな……」

「別に仕事が無いわけではないのですが……あ、そういえば」

「ん?」

「ライナさんからお聞きした話を思い出しまして。“アルテミス”のクランハウスに関わる話で、相談を受けていたことを思い出しました」

「“アルテミス”のクランハウス? 相談?」

 

 なんのこっちゃ。流れからして仕事の話なんだろうが。

 

「“アルテミス”のクランハウスは地下に小さな氷室があるんですけど、ご存知でしたか」

「なにそれ初めて聞いた。良いなぁ氷室」

「ええ。……しかしその氷室が狭く、冷蔵性能もさほど良くないことに不満があるそうでして。少し前に地下拡張工事の申請を出して、つい最近受理されたそうなのですが……工事に際して、力のある信頼できる人手が欲しいそうなのですよ」

「気は優しくて力持ちな奴ってことかい?」

「モングレルさんにはまさにぴったりかなと」

 

 ミレーヌさんはいつものようにニッコリと笑っている……。

 

「うーん……俺、向いてると思う?」

「はい。“アルテミス”の信頼も篤く、力持ちですから。これ以上ない適役かと。報酬は、まぁこのくらいで。相場通りですね」

「んー……適役ねぇ……けどなぁ……地下の工事ってのもなぁ……」

「ちなみに、向こうのご厚意で作業者は“アルテミス”のクランハウスにあるお風呂を利用できるとか……?」

「ミレーヌさんにそう言われちゃしょうがねえなあ。よし、良いぜ。その仕事、俺が受けてやるよ」

「あら、どうもありがとうございます。私も、きっと“アルテミス”の方々も。とてもお喜びになると思いますよ」

 

 なんだかまんまと誘導されて乗せられた感はあるが、風呂に入れるのであれば仕方ない。

 御社の企業理念と福利厚生に惹かれて来ましたモングレルです。よろしくお願いします。

 




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暗くて狭くて怖い氷室

 

「うぃーっす。レゴール工務店のモングレルでーす」

「っスっス」

 

 地下室工事の仕事を請け負った俺は、翌日の朝にはもう“アルテミス”のクランハウスを訪れていた。ギルドの面々だけで話が通じるので楽で良いや。

 

「地下室の仕事、モングレル先輩が来てくれて良かったっス。冬までになんとかしておきたい工事だったんで……」

「いや、ていうかあの依頼ほとんど俺名指しじゃねえの。なんだよ風呂入っても良いって」

「あ、やっぱバレるんスか……いや、ほら。クランハウスにあまり変な人入れたくないんで……モングレル先輩なら大丈夫かなって……」

「まぁそういう事だろうと思ってはいたけどさ。こっちも風呂に入れるってんならありがてえし」

 

 なにせ最近、とてつもなく汚い公衆浴場を利用したせいで逆に風呂が恋しくなっていたからな。やっぱ風呂は綺麗じゃなきゃやってられん。

 なんだったら報酬は無しでもいいから風呂だけ入れて欲しい。回数券とか売ってくれねえかな……。

 

「じゃあ先輩、ひとまず中入って、どうぞ」

「おー」

 

 まぁ、とりあえず今回は先に仕事からだ。

 さっさと終わるかどうかはわからんが、給料分と入浴代の仕事はしておくとしよう。

 

 

 

 “アルテミス”のクランハウスは元々先代たちが主力だった頃に建てられたものであり、それを今のシーナたちが改修しながら使っているらしい。

 元々女ばかりのパーティーだったからだろうか。クランハウスの設備は清潔さが重視されており、そこらへんのちょっと良いくらいの宿よりも住心地が良さそうな感じがする。

 

「こっちに氷室の入り口があるんスよ。けど階段は狭いし急だし……最近、この入り口部分だけなんとか広くはしたんスけど、肝心の氷室自体ちょっと狭めみたいで」

「うわ。本当に狭いな。階段も怖いな」

「地下が広くなったら階段も新しくするみたいっス」

 

 ライナに案内されたのはクランハウスの調理場だ。

 その片隅に地下に続くハッチがあり、パカッと開くと中には細くて急な階段が続いている。

 木製の階段はほぼ梯子のような急勾配で、上り下りするには手を使わないとちょっと怖い。ゴリリアーナさんなんかは一歩踏み込んだ瞬間に壊してしまいそうだ。

 で、地下に降りてみると……そこには汗だくなレオが居た。

 

「あ、モングレルさん。来てくれたんだ、ありがとう」

「おう。なんだ、レオもここの作業やってるんだな」

「うん。合間を見て、少しずつだけどね。けど、正直あまり進んでいないよ。僕はどうも、こういう作業は苦手みたいで……」

 

 氷室に降りてみると、だいたい広さは三畳ほどだろうか。そのくらいの円形の部屋が広がっていた。部屋が四角じゃないのは、効率よく冷気を利用するためだろう。

 しかしこれ、倉庫っぽい広さといえばそうだろうが、氷室としてはどうなんだろうな。ちょっと狭いように感じるんだが。

 

「……この広さで雪とか氷を敷き詰めるんだろ? あとは木材とか藁とか。……そうしたらもうほとんど埋まっちまうんじゃないか」

「いやそうなんスよ。今これもう外側の木とか全部引っ剥がした後なんスけど、それと雪とかが入ってるともう全然冷やせるものを保管できないくらいしかスペースがなくって……ほとんど使ってなかったんス」

「“アルテミス”の最初期の連中が氷室付きのクランハウスを建てたはいいが、設計をミスったってことか」

「そういうことらしいっスねぇ」

 

 保冷のための氷と断熱材だけでいっぱいになり、肝心の冷蔵物が入らない。悲しい氷室だな。俺も小さな冷蔵庫を買って後悔したことがあるぜ。缶ビール数本だけ入ったところでどうしようもねえんだよな。

 

「モングレル、地下にいるのか」

「あ、ナスターシャ先輩っス」

「おー、お邪魔してるぞ。ここを広げりゃ良いんだろ?」

「話が早いな。その通りだ」

 

 入り口からぬっとナスターシャの顔だけが出てきた。無表情なのが地味に怖い。

 

「既に役人の視察は入り、許可は取っている。拡張する規模については、この図面を参考にするように」

 

 そう言って、ナスターシャは一枚の羊皮紙を投げ込んできた。

 図面かーって思ったが、階段の位置と部屋の広さがざっくり書かれたシンプルなものである。部屋の形も円形だから難しいことは何もない。ただ掘っていけば良いだけだろう。

 いや、床の排水とかそこらへんの機構はいじっちゃいけないのか。なるほどね。まぁそれでも複雑ではないな。

 

「まあ、これならいけるだろう。任せておけ、修理したこのアストワ鉄鋼のツルハシがあれば余裕だからな」

「あ、やっぱりそれ持ってきたんスね」

「あはは、頼もしいなモングレルさん。……僕も手伝うから、やってほしいことがあったら何でも言ってね」

「おう。まぁしばらくは一人でやってみるわ」

「作業中はこの魔導ランプを使うと良い。ただし、一度にそう長く使えるものではない。ランプ点灯中だけ作業して、消えたらその日の仕事は中断だ。そのように進めて欲しい」

「はいよ。……てことは一回の作業時間は相当短そうだな」

「そうだ。だからこそ効率良く作業できる人間を雇っている」

 

 なるほどね、俺の出番ってわけだ。

 そいつは良いチョイスをしたと褒めてやろう。俺も素人ではあるが、地下室は過去にいくつか作った事があるからな。任せておけ。

 

「モングレル先輩、私も何か手伝うことないスか」

「風呂掃除しといてくれ」

「風呂のことばっかっスね……」

「仕事した後は綺麗な風呂に入りたいだろうが」

「ははは、僕もちょっとわかるかも」

 

 というわけで、俺はちまちまと作業を開始した。

 

 

 

 部屋の中心から紐を伸ばし、紐が届く距離まで掘り進める。

 円形の部屋を掘るならそれが一番楽だし正確だろう。なんならこの辺りの作業は多少暗くてもなんとかなる。レオは苦手な作業だと言っていたが、俺にとってはかなり楽なもんだ。

 

「ほっ、ほっ」

 

 ツルハシの先にまで強化の魔力を浸透させ、そいつで壁をガツガツ殴る。

 それだけで硬い地下室の壁面はボロボロと崩れ、瞬く間に瓦礫となって足元に山積してゆく。

 掘るよりもこの溜まった石ころをどうにかする方が面倒かもしれない。

 

「……結構汗かくなこれ」

 

 しかし地下でツルハシを振っていると、疲れよりも先に暑さがくる。

 風もなく湿気の籠もる地下空間で運動をしてりゃ、まあ汗もかくか。おっと、削りすぎないように注意しないと。糸を時々伸ばして確認して……よし、ピッタリだな。

 

「お?」

 

 なんて熱中している間に、ナスターシャから貸し出された魔導ランプがチカチカと点滅し始めた。よくわからんが、これはもうそろそろ消えるという予兆だろう。

 二時間ほどぼんやりした灯りの中でやっていたが、そのくらいで作業はおしまいか……確かにこれは一気にやりたい作業かもしれん。

 

「やべ、暗くならないうちに上がらないと」

 

 これでフッと灯りが消えたらホラーだ。

 俺はさっさと梯子のような階段を登り、クランハウスへと戻るのだった。

 

 

 

「なかなか進んだようだな。ここからでも山積した石がよく見える」

「ランプさえ保てばもっとできたんだけどな。まぁ今日の所はこんくらいだろう」

「お疲れ様っス」

 

 ひとまず今日の分の作業は終了した。これから何日かに分けて工事は行われるらしく、俺もあと何度かここにお呼ばれするらしい。ありがてえことだ。短時間の労働で風呂に入れると思えば最高の仕事と言って良いだろう。

 

「この調子なら更に長い時間の作業もできそうだな。ふむ、次は光魔法で長時間照らしながらやってもらうとするか……」

 

 しかしどうやら作業時間が短かったのは今日だけらしい。次からは真っ当な時間の労働になりそうだな。いや別に良いけども。

 

「モングレル先輩、お風呂準備できてるっスよ。レオ先輩はもう入ったんで、お次どうぞっス」

「よっしゃ! じゃあ俺、さっさと入ってくるんで今日はこの辺りで」

「ほんとお風呂だけは早いっス……」

「あまり湯船を汚さないように」

「わかってるって、綺麗に扱うさ」

 

 一番風呂じゃないのは残念だが、“アルテミス”の連中はそもそも皆綺麗好きだからな。二番だろうと三番だろうと綺麗なもんだろう。そこらへんの心配はしていない。

 むしろ俺が一番アレかもしれないが……ま、まあここに来る前にお湯もらって身体拭いておいたし、大丈夫だろ……多分……。

 




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ハイ・アンド・ロー

 

 風呂とは……体の洗濯である。

 命とか心とかそういう大それたものを洗う前に、きったねぇ体を洗い流すのが先だ。いやぁ本当にもう、風呂だけはどうしようもねえわマジで。

 

 だが風呂さえあればこっちのもんよ。

 こういう時のために作っておいた自分用の無駄に良い香りのする石鹸の出番だ。よく泡立ててシャワシャワと……桶でお湯を貰っただけではこういう洗い方はできないもんな。

 そこにアーケルシア産の海綿(スポンジ)が加われば無敵だぜ。

 

「ぉぁぁ……」

 

 湯船に入ると三十歳増しくらいの声が出た。いや、実質俺の実年齢みたいなもんか……。

 

「あー良い湯だ……毎日入れるならな……」

 

 毎日風呂。最高だな。できないこともないだろう。

 クランハウスに風呂がついてる“アルテミス”か“若木の杖”に入れば良い。それだけで俺も無条件に風呂を楽しめるだろう。

 だが、時々勝手にどこか遠くへ遠征に行くだとか、ちょっとした状況の変化で勝手にパーティーを抜けて拠点を変えるだとか、そういうことを抱えたまま組織に所属したくはないんだよな。

 そこそこ自由に生きてはいるが、秘密が少ないわけじゃない。ケイオス卿としての活動をするのにも、ある程度の自由がないと難しいからな。

 

「……けど風呂はやっぱ良いな。回数券やってもらえるかどうか聞いてみるか……?」

 

 わりと真剣にそう考えながら、久々の長風呂を楽しんだのだった。

 

 

 

「あるわけないでしょ、回数券なんて」

「マジかよ」

 

 風呂上がり、さっぱりしたこの姿でスルッといけねえかなと思ったけど無理だった。シーナは融通が利かねえな。いやダメ元だったけどさ。

 

「クランハウスの設備を使いたいなら“アルテミス”に所属しなさい」

「それは嫌だなぁ」

「……うちの設備はそこらの宿よりも整っているし、ライナもいるわ。個室だってまだ余ってるのよ。本当、何が不満なのかしら」

「やめておけシーナ。何度も誘っても時間の無駄だろう」

 

 後ろからやってきたナスターシャがシーナの肩に手を置き、きっぱりと勧誘をやめさせた。

 いつもは色っぽいローブ姿でいることの多いナスターシャだが、クランハウス内では更にラフでいるらしい。ほぼネグリジェじゃん。胸でっか。

 

「ていっ」

「いっった。なんだライナ、居たのか」

「ていっていっ」

「痛っ、ローキックやめろ」

 

 いやガン見するだろあんなん。しょうがねえだろ眼の前にあるんだから。

 

「ナスターシャ先輩、来客中はちゃんとした服着なきゃ駄目って言ってるっス!」

「ああ、そうか。そうだった、すまない……」

 

 ライナに注意されてようやく自分の格好が駄目なことに気付いたのか、ナスターシャが奥の部屋に引っ込んでいった。

 ……天然というかなんというか。

 

「ライナ、ナスターシャはいつもああなのか?」

「……ナスターシャ先輩目当てで入るつもりっスか……?」

「いやちげぇって。いやそういう手もあったか……?」

「ていっ」

「いっって、いやそうじゃなくてな。ナスターシャとかがクランハウスでいつもあんな感じだったらウルリカとレオは大変じゃないのか。目に毒だろ」

「いやー……まぁ、レオ先輩は恥ずかしそうにしてるんスけど、ウルリカ先輩はそうじゃないっスよ」

「マジかよ……」

 

 鋼の精神を持っているというより女への耐性がすげえ高いのか……?

 育ちを思えば有り得なくはないだろうが……。

 

「ちょっとモングレル。ナスターシャを邪な目で見るようなら尚のこと回数券なんて使わせてあげられないわ」

「いや今のは例え話だし……」

「じっと見てたくせによく言うわね。ほら、荷物はそっちよ。帰りなさい!」

「すまんて。はいはい、また次回の仕事でな」

「時間に遅れないように!」

 

 出ていけと言ったりまた来いと言ったり忙しい奴だ。

 わかりましたよ。また出直してきますって。

 うん、やっぱ女所帯に交じるのは厳しいわ。入るとしてももうちょっと気楽なところが良いぜ……。

 

 

 

 さて。地下工事というのはそう簡単にいくものではない。

 何もないところを露天掘りして作って良いならまだマシなんだろうが、既に建っている建物の地下を工事するとなると一気に難しくなってくる。

 今回の場合は、土砂と石材の排出が一番の難所だった。

 とにかく掘ったら掘った分だけ、というより気持ち掘った分以上の土砂が出てくるので、そいつをどうにかして地上に運び出さなくてはならない。

 幸い“アルテミス”の台所は裏口と庭に繋がっているので、こっちに土砂の類を放棄すれば良いだけなのだが、それでも億劫になる量の土砂の運び出しは非常に困難を極める。

 

 “アルテミス”も最初は身内だけでやっていたが、掘り出しに一人、土砂のまとめ役に一人、階段の下に一人、上に一人……と人数を多くすれば効率的ではあるのだが、これがまた人数を分けても重労働な割に進みが早いわけでもなく、結局一人の力持ちにどうにか全部やらせるべきなんじゃないかという結論に落ち着いたそうである。

 実際、間違っていないと思う。大人数でやっても氷室のショボい階段が耐えられないだろうし、はっきり言って身体強化が使えない奴には難しい仕事だ。手作業でやるもんじゃない。

 しかしこんな時“アルテミス”の頼みの綱である超ギルドマン級の狂戦士ゴリリアーナさんは不在であるという。近頃は貴族街の方で色々と剣術指南や訓練に混じっているそうで、シーナが言うには“大事な時期”とのことであった。よくわからんけど修行パートに入ったらしい。ビジュアル面では既に最強にしか見えないのだが、まだまだ強くなれるのだろうか……。

 ゴリリアーナさんがいないと、もう“アルテミス”で身体強化を使えるのはレオしかいない。そのレオもその身体強化の質で言えばかなり低めだ。スピードタイプの剣士だからしょうがない。

 そんな感じで、俺にお鉢が回ってきたというわけ。事情を詳しく聞けば俺が選ばれたのもそれなりに納得できる話だな。

 

「今日からの作業では、この魔導松明を使うと良い」

「おー、すげぇ。高いんだろこれ」

 

 ナスターシャが俺に渡したのは、松明……というよりは、二メートルほどの高さのある篝火のような魔導具だ。松明というよりはポールの上に光源が備わっているライトに近いだろうか。光魔法使いがこの魔導具に術を込めることにより、そこそこ長時間周囲を照らすことができるという優れものだ。

 メンテナンスが非常に面倒なのと光魔法使いの世話にならないと利用すらできないという欠点はあるが、四時間以上は連続で周囲を照らしてくれる優れものである。貴族の家とかでは置いてあるところも多いそうだが、魔法使いだけでなく別の消耗品によるランニングコストもかかるそうで……蝋燭と値段を比べられるあたり、結構なものなんだろう。

 

「ギルドで灯りは補充されている。今日からはこの光源が尽きるまで作業をしてもらおうと思う」

「おう、助かるわ。暗いと変な所削ったりするかもしれないからな。あとこっちも専用の道具を使わせてもらうぜ」

「それは?」

「滑車だ」

 

 氷室の入り口あたりから吊るす滑車である。動滑車ではないただのカラカラ回るだけの車輪だが、俺が下からロープを気合い入れて引っ張って袋詰の土砂を上げれば良いだけなので問題はないだろう。

 入り口まで滑車で持ち上げた袋詰の土砂はレオにでも運んでもらう予定だ。俺一人でも土砂の運び出しはできるが、俺が無駄に動き回っても良いことはないんでね。こっちはこっちで、地下の人として専念させてもらう。

 

「なるほど。土砂の運び出しを容易にしたということか」

「必要になったらレオも呼び出すから、その時は手伝い頼むわ」

「ああ、呼ぶようにしよう」

「今レオは何を?」

「ライナと共にシーナから勉強を教わっている」

「そりゃ忙しいな」

 

 まだバロアの森の様子は少々浮ついているらしく、セオリー通りにいかない魔物の分布になっている恐れがあるそうだ。そんな状況だと近場の討伐任務もやり辛いので、こうしてメンバー全体が暇しているのだろう。

 いや、中には貴族街の方で仕事をしてる奴もいるから全員ではないか。

 

「ところで、モングレルよ」

「ん?」

「お前が前に風呂場に置かせてくれと言ったあの石鹸、なかなか良いものだな。少しだけ使わせて貰ったぞ」

「ああ、良いだろ。油も香油も良いの使ってるからな」

「うむ、シーナも喜んでいた。私個人としても、綺麗好きな男は嫌いではない。……ところで、あの石鹸の在庫はないのか?」

「ねえよ。デカい業者ってわけじゃねえんだから、自分用だけだぞ」

 

 俺が作った石鹸は既存のショボい石鹸を溶かして良さげなもんを足して改良したものでしかない。

 一から作ってみたことはあるが、面倒くさいし出来も悪かったのでやめた。別に石鹸が無い世界ってわけでもないしな。あるもん使っとけ。

 

「そうか……」

「あからさまに残念そうにするな……また見つかったら取っておくぞ。タダではやらないけどな」

「……回数券か……」

「そこらへんはシーナとよく相談してなんとかしてくれると俺も嬉しい」

「ふむ……」

 

 無駄に真剣に悩み始めたナスターシャを横目に、俺は地下に潜って作業を開始した。

 今日も一日ご安全に!

 




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今後ともよろしくお願いいたします。

ヾ( *・∀・)シ フニニニ…


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三種の神器

 

 “アルテミス”のクランハウスで作業をしていると、当然のことながらよくクランメンバー達が俺の作業場の近くを通る。話し声も聞こえるし、料理の音もする。共同生活を送っているだけあって、非常に賑やかなところだ。

 

「モングレルさん、モングレルさん。ちょっとこれ味見してみてくれないかしら? ほら、ご飯まだでしょ!」

「あ、どうもすいません。じゃあひとつだけ」

「ひとつと言わずもっと食べていいのよぉ!」

「お、美味いっすねこれ。じゃあお言葉に甘えてもう一つ……」

 

 先代の“アルテミス”中心メンバーであるジョナやフリーダなどは特に俺に絡んでくる。

 飯くれたり飲み物持ってきてくれたり、こっちはこっちで仕事だから良いとは言ってるんだけどな。けど色々気を利かせてくれるのは正直ありがたい。地下の暗いとこで黙々と作業してると気が滅入るからな。こういう作業は俺にはあんまり向いてないんだ。

 

「モングレルさん、そろそろ僕運ぶから、滑車お願い」

「おー、任せたレオ」

 

 一定のとこまで掘って土砂が溜まってきたら、滑車で上に上げてレオに排出を手伝ってもらう。

 とはいえ一度に排出する量は大したもんじゃない。滑車も品質の良い奴じゃないし、土砂を詰める容器だって重すぎてもレオがやり辛いからな。ちまちまと少しずつだ。

 ちなみに今俺がやってるこの地下掘削工事。今のレゴールだと請け負える職人が少なすぎるのと、そのせいか数少ない雇える所はバカみたいに高いそうで、本当にどうしようもなかったらしい。

 まぁレゴールはどこも工事で忙しいもんな。言われてみれば確かにそうだ。

 

「ただいまー……あーもう疲れたよー……」

「あっ、おかえりウルリカ。どうだった? バリスタの講習は」

「つまんない! 知り合いもいないし一人だと退屈!」

「だから私も一緒に行こうって言ったじゃないスか……どうせ一度は行かなきゃいけないんスから……」

 

 ウルリカが帰ってきてなんだか気になる話をし始めた。

 なになにバリスタって。すげー気になるんだけど。

 

「あれっ? もしかしてモングレルさん下にいるー?」

「いるぞー、けど今は危ないから降りて来るなよー」

「私も手伝おっかー?」

「力ない奴はお呼びじゃねえぞー。風呂掃除でもしてろ」

「また風呂って言ってるっス!」

「つーかバリスタって何?」

 

 地下の俺の声が聞こえなかったのか、“アルテミス”の若者たちは無視して談笑を楽しんでいる。

 バリスタの講習ってなんなんだよ。気になってしょうがねえ……。

 

 

 

「ああ……シルバー以上の遠距離役ギルドマンに課せられている講習なのよ。城壁上のバリスタの取り扱いについて勉強して、いざという時に使えるようにっていうやつね」

「はー、そんな面白そうなことやってたのか」

 

 今日の作業が終わった後、シーナに訊いてみると思いの外楽しそうな答えが帰ってきた。

 シルバー以上の講習とか義務とかっていうと、俺みたいな剣士なんかだと力仕事とか隊列組んで練習が多いんだけどな。バリスタの使い方を教えてくれるなんて面白そうじゃねえの。

 

「面白くなんてないわよ……バリスタを使う機会なんて無いし、試射だって講習を受ける人間一人につき一射なのよ」

 

 が、シーナは思い出すだけでも嫌なのか、珍しくげんなりしている。

 

「練習なのに一発しか撃たせてくれねえのか」

「照準も隣で指導する軍人の指示に従わないといけないし、自分で狙いを付けているという気分でもないわ。整備する時は手が油で汚れるし、手間ばかりよ」

「なんだ。そのくらいならやりたいって程ではねえなぁ」

 

 やっぱシルバーは駄目だな。時代はブロンズよ。

 

「モングレルさんひょっとしてこれからお風呂入ったりするー?」

「入るけど俺は一人で入るぞ」

「えー」

 

 ウルリカはすぐ誰かとつるみたがるな……。

 

「風呂ってのはな……一人で、静かで……」

「賑やかなお風呂の方が良いと思うんだけどなー」

「まぁ俺も大勢で風呂入るのは嫌いじゃないし、そういう気分の時もあるけどな。いつもってわけじゃねえよ。連れションじゃねえんだから」

「下品ね」

「おっと失礼」

 

 まぁウルリカ相手だと連れションもちょっと嫌だけどな! 周りの目がな!

 

「連れ……まー、一人で入りたいなら邪魔しないけどさー。じゃあこれ、はいっ。ナスターシャさんが冷やしてくれたエール。中でゆっくりしながら飲んだらどう?」

「おーっ、ありがてえ。魔法使いは便利だなぁ」

「お酒で風呂を汚さないようにしなさいよ」

「わかってるって」

 

 そもそも風呂に入りながら酒を飲むこと自体俺からすると結構インモラルな感じなんだが、この世界ではわりと寛容である。

 というより基準となる公衆浴場がアレだもんな……大抵のことは許されるわけだ。

 

 

 

 さて、突然であるが、風呂は一度入ればそれだけで綺麗になるというものではない。

 体の清潔さというのはある程度累積するというか、積み重ねがあるというか。昨日風呂に入った俺であっても、それだけで完全にまっさらな体になるわけではない。……と、思う。

 洗ったと思っても洗いきれてない、とは思いたくないんだけどな。けどやっぱ頑固に染み付いた汚れみたいなものが残ってるんだろうな。

 今日身体を洗っていると、そんなことを考えてしまった。

 

 何が言いたいかっていうとだ。

 今日の俺は昨日の俺よりも遥かに清潔ってわけよ……!

 

「どうだライナ! これが俺の真の姿だ!」

「いやわかんないっス」

「どうだウルリカ! これが俺の真の姿だ!」

「いつもそんな感じじゃないかなー……モングレルさんってだいたいいつも綺麗にしてるじゃん?」

「違うんだよ。俺の周囲にな……油膜がねえんだ。ほらレオ、俺の髪触ってみろ」

「え、嫌だよ……」

 

 ナチュラルに断られた。畜生、すげぇ久々にサラサラだっていうのに……。

 誰かわかってくれ……今の俺のピカピカな状態を……。

 

「風呂上がりで気分を新たにしたところで、次の工事についてだが」

「おうナスターシャ。作業は順調だから遅くても明後日には終わるぞ。魔導松明は便利だな」

「うむ。その作業についてだが、明日は私達も任務に出る予定がある。なので、お前の作業を監督できる者がいない。作業はしばらく延期だ」

 

 おっと、留守にするのか。そいつはどうしようもないな。

 

「そうか……何日後になるかわかるか? いや、ギルド経由で教えて貰えればいいか」

「いいえ、一日だけよ。明日だけ用事で外すだけ」

「っス。貴族街の方で……」

「ライナ。任務の内容について口を滑らせるな。モングレルは部外者だ」

「あっ、そうだったっス……」

 

 俺としても貴族街絡みの任務はあまり聞きたくない。俺の居ないところで話してくれると助かるぜ。

 

「本当はバロアの森で狩りしたいんだけどねー。割の良い仕事あったら優先しちゃうよねー」

「お金があるのが一番だからね。しょうがないよ」

「討伐はまた次の機会を作るわよ。冬が来る前に何度かやっておきたいわね」

 

 冬か。冬ももうそろそろだな。スタンピードでちと騒がしくなってしまったが、まだもう少し討伐はできるはずだ。

 俺も肉のためにもうちょい働いておきたいところである。

 

「氷室が完成したら“アルテミス”も食料貯蔵には困らなくなりそうだな?」

「ええ、そうね。色々な食品を保管できるようになれば、私達の冬以降の暮らしも豊かになりそうだわ」

「今までの氷室は狭すぎたからな。私の魔法を活かすこともできなかった」

「お肉冷やせるっス」

「飲み物に氷入れられるねー」

 

 夢のある話だ。特に酒を冷やせるってのが良い。

 暑い時期になっても氷室の氷は残るし、なんならナスターシャが魔法を使えば冷気を補充することもできるだろうから、本格的に便利になりそうだな。

 

「俺の宿の地下にも氷室作れねえかなぁ……」

「モングレル先輩の家でもないのに作ってどうするんスか……」

 

 ……確かに……そこまでするほどの立場の人間じゃねえわ俺……。

 けど多少の労力で身近にデカい冷蔵庫ができるってんなら働けるぜ俺は……。

 

 

 

 その後、俺はスコルの宿に帰ってきた。

 久々に全身洗ってリフレッシュ。この機会に念入りに服を洗濯もしたので爽快さは前世のそれに匹敵すると言っても良い。秋の涼しい気候も相まって、気分は上々だ。

 

「おいーっすただいまー」

「あらぁモングレルさん、おかえりなさい! あら、いい香りね。娼館でも行ってきたの? 珍しいわねぇ」

「まっさかぁ、よその風呂に入ってきただけですよ。こいつは石鹸の匂いです」

 

 女将さん、開口一番に“風俗帰りか?”である。子供をたくさん産んでもデリカシーは捨てちゃ駄目だぜ……!

 

「石鹸なの、へぇーいい香り。けど、なんだか女の子みたいな香りねぇ」

「いやいや、男だって清潔にしていい香りさせりゃ良いんですよ」

「まぁねえ、モングレルさん綺麗好きだものねぇ。あ、それにしてもあの大きな鉄鍋。あれ便利ね! お湯沸かすのにとっても使い勝手が良いわ」

「ああダッチオーブンですか。しばらく持ち出す予定もないんで、宿の方で使ってて良いっすよ」

「そう? じゃあ遠慮なく使わせてもらうわね? 本当はお店の方にも欲しいんだけどねぇ、あれ高いんでしょう?」

「あー高かったです。けど今は鋳型もあるから俺が作ってもらった時よりも安く済むかな……?」

「お金が出来たらそういうのを買うのも良いかもしれないわね」

 

 スコルの宿には俺のダッチオーブンを預けてある。

 日々沸かすお湯なんかを作るのに便利なんだよな。俺の部屋にあっても宝の持ち腐れなんで、使用感を出させる目的もあり使ってもらっている。目指せブラックポットだ。まぁお湯沸かしてるだけじゃ夢のまた夢だろうけども。

 

「……そういや女将さん、この宿は地下に氷室を作ったりはしないんで……?」

「あははは! 鍋一つ作るかどうかも悩んでるのに、地下室なんて考えもしないわよぉ! モングレルさんたら意外と世間知らずなとこあるわねぇ!」

「ですよねー……」

 

 いいさ。きまぐれに訊いてみただけさ……。

 ほとんど賃貸代わりにしている宿屋の地下に冷蔵庫……まあ、儚い夢だわな……。

 




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先進的な木箱

 

 森の討伐にはまだ入れない。

 クランハウスの工事もできない。

 じゃあギルドに行くこともねーかってことで、俺はレゴールの街中をうろついていた。

 

 最近できたとかいう糸屋に立ち寄ってみたり。揚げ物やってる店をちょっと覗いて何本か食ってみたり。マーゴット婆さんの飼ってる犬に吠えられて逃げたり。

 まぁ普段通りの散歩日和だ。風呂入ったスッキリ感がまだ持続してるから、何をやっても面白いもんである。いや犬に吠えられたのは何も面白くないな。あの犬は躾のなってない馬鹿犬だ。いつも俺に吠えてくる。多分飼い主に似たんだろうな。

 

 

 

「ういーっす、暇だから遊びに来たぜー」

「あー? モングレルかよ。客じゃねえなら帰ってくれー。今忙しいんだー」

 

 どことなく関西人みたいなやりとりをしながら、俺は知り合いの工房にやってきた。

 ここは箱屋である。色々な木箱を作っている工房で、メインとしては大型の箱を作るところだ。交易品とかを収納する箱とかだな。古い箱を解体して、そこから新しいのを再生したりだとか、そんな修理もやっている。

 

「箱屋に忙しいなんてあるのかよウェビン」

「あるって。最近色々と新しいこと始めたせいで大変なんだ」

 

 工房の入り口辺りで木くずを散らしながらギコギコと板材を切っているこいつは、ウェビンという。二十過ぎたばかりの男だが、つい最近親父さんが亡くなったために若くして家業を継いだという、ちょっと大変な奴である。

 それまでのウェビンは時々仕事をやりつつ半分くらいは外で遊んでいるようなやる気の薄い奴だったのだが、いざ自分が継ぐとなるとそれなりに真面目にやり始めた。

 が、親父さんが請け負っていた仕事の何割かはできなくなってしまったし、得意先も何個か消えたせいで経営はちょっと大変らしい。

 本来なら古い木箱の再生なんて儲からない仕事はやりたくないだろうに。

 

「新しいことってのは、その中古の箱の作り直しか?」

「そうだよ。木材がちょっと値上がりしたせいでな。古いやつから作ったほうが早いんだ。俺だってその方が苦手な工程を省けて楽だし」

「ふーん、でも新しい物作った方が高く売れるんだろ?」

「うるせぇなぁ。わかってんだそんなこと。俺だってそうしたいけどな、得意先が少なくなったせいで上手いこと売れないんだよ。倉庫にかさばる箱置いててもしょうがないだろ」

「確かに」

「というか見てるだけかよ。俺の工房に客以外のつもりで入ったならちょっとは手伝え。ほら、そこの木くずまとめてあっちの箱入れろよ」

「おいおい人使い荒いなこの店は。まぁ良いけど」

 

 たまに一緒に飲んだりするし、小さい木片を譲ってもらうこともある仲だ。

 掃除くらいの軽作業なら手伝ってやるか。……あ、この欠片結構使いやすそうな形してるじゃん。これ後で貰えないかどうか訊いてみよ。

 

「最近どうだーモングレル。ギルドマンは忙しいだろー。ほら、バロアの森のあれとか」

「あーあれな。あれ忙しかったよ。俺は荷物運びばっかりだったけどな」

「なんだ、討伐しに行かなかったのか?」

「ブロンズランクだからじゃねえの? けど荷運びは荷運びでしんどかったぜ。俺の得意だから良いんだけどよ」

「力だけはあるもんな」

「あ、荷運びといえば」

 

 俺は掃除の手を止め、近くに重ねて置いてある木箱を取った。

 

「最近この手の木箱でよ、積み重ねやすい設計になったもんが開発されたらしいぞ。例のケイオス卿の発明ってやつで。全部同じ規格になっててな、積み重ねた時にズレにくいようになってるんだ。これからは交易なんかでもその手の箱が流通するかもな」

「お!? マジか……でもうちにケイオス卿の手紙は来てないからなぁ」

「いや、伯爵に直接来た手紙のやつらしいぞ。ウェビンお前広場の張り紙見てないのか? 伯爵が直々に“この設計の箱による取り扱いを推奨する”って出してるんだ。簡単な設計図もあるぞ」

「……知らなかった。本当かよ」

「なんだなんだ、ウェビンは物を知らねえなぁ」

「うるせえ。……伯爵が主導してるなら、これからはそれが主流になるかもしれないな。まだ周りは尻込みしてんのか……?」

「俺は詳しいことは知らねえよ。けど、いきなり全部変えてくれって言われても今まで通りやってたところは大変だろうな」

 

 その点、ウェビンのような小さな工房であれば切り替えも簡単にできるはずだ。

 それに積み重ねやすい箱ならそこまで倉庫の邪魔にもならんだろう。有用性が広まればすぐ売れるようになるだろうしな。

 

「……ちなみにモングレル、それどんな設計だった?」

「お前なぁ、俺は別に工房の息子でもなんでもねえぞ」

「前に木材加工について色々俺に聞いてきただろ。まるきり素人じゃねえんだから嘘つくなって。ほら教えろ、こっちに描いていいから」

「客人への対応をまずは勉強してもらいたいもんだね……」

「あとでお茶出してやるから」

 

 渋々、共通規格……になるかもしれないコンテナの大まかな設計を描いていく。

 けどさすがの俺も細かい数字は聞いていない。詳しくは伯爵が公表してる設計図の数値を見てくれよな。

 

「ああ、そうかここを出っ張りにして……持ちやすく、重ねた時にずれないようにしてるのか」

「満足か?」

「……ああ、ありがとう。いや、いい情報を持ってきてくれたぜモングレル。正直助かるわ」

「おう。じゃあこの木片貰っても良い?」

「……いや別に良いよ。良いけどな? そのつもりでウチに来たのか? 別に良いけどさ……」

「ありがてぇ。いや、このくらいのサイズになるとわざわざ加工所でもらうのも忍びなくてな」

「うちだったら良いのかよ」

 

 そういう感じでついでにお茶もいただき、世間話を少ししてからウェビンの店を後にした。

 ちょっと頑固なところや好き嫌いも多い若い職人だが、良い仕事を掴めば後は上手くやっていけるだろう。

 遊び癖がまだあまり抜けてないのはアレだけども。

 

 

 

「ようユースタス」

「ん、モングレルか。うちの器を見たくなったのか?」

「見ねえよ。普通に買い物だ」

「なんだ……」

「客として来た人間に取る態度かよ」

 

 ユースタスの店で足りないものを買いに来た。

 針金と、ロープと、あとは糸だな。糸屋で商品見てきたけど割高だったからやめておいたんだ。こっちで買った方が安いんでね。

 

「お? キャップ式の革水筒あるじゃん。しかも安い」

「ああ、便利だよそれ。最近量産できるようになってな、値段も落ちついてきた。もうただの栓しただけの水筒には戻れんなぁ」

「ケイオス卿様々ってやつか」

 

 スクリューキャップとパッキンによる恩恵を最も受けたのは水筒だろう。

 従来の栓を突っ込んだり入り口をぐるぐると複雑に縛ったりするよりもずっと楽に取り扱いができるので、幅広い人気があるという。

 

「ユースタスの店もでかくなったから、商品の在庫が増えて大変だろ」

「大変だよ。若い従業員はいるが、こう物が多くちゃなぁ。倉庫整理も一苦労だよ」

「俺の部屋も武器が増えたせいで大変だよ」

「モングレルの話と同列にされたくないんだが……」

「なんだよ俺の部屋だって十分倉庫みたいだぜ」

「張り合うなって」

 

 買うもの買ったらそのまま世間話だ。これはだいたい次の客が来るまで続いている。他の客を邪魔するのもあれだしね。

 

「ところでモングレル、花瓶はどうした? ちゃんと飾ってるか?」

「え? あー今は花とかないけど、窓際に置いてはいるぞ」

「ちゃんと花入れとけよ。あれは何色の花を入れても大丈夫だからな」

「花の長さを選ぶっていうかな……」

「その辺りはセンスだけどな。駄目だぞモングレル、日々そういう感性を磨いていかなきゃ」

 

 いやどっちかっていうと花瓶が細長いせいで飾れる花が少ないのがどうしようもないんだが……。

 

「俺はレゴールで一番美意識が洗練されてる男だから良いんだよ。……あれ? ユースタスの店はまだあの木箱使ってるのか」

「ん? まだって、ああ。新しい木箱は知ってるよ。ケイオス卿が広めようとしているっていうやつだろう?」

 

 あれ、なんだ知ってるのか。

 まぁ耳の早い商人なら知っててもおかしくはないな。

 

「ケイオス卿が良いものだっていうなら、変えたいのはやまやまなんだがね……」

「面倒なのか」

「そりゃね。あっちに重なってるものだけ見てもわかるだろう。とんでもない数だよ」

「……天井近くまでまぁよく積み上げたもんだ……いつか崩れた時に死人が出るぞ」

「わかってはいるんだけどなぁ」

「そういうところ昔の店のままだな」

「うるさいな」

 

 共通規格は輸送効率を上げる。が、大半の人間にとっては輸送効率なんてものはどうでも良くて、普段使い慣れている物が一番なのだ。それはわかるんだけどなー……なるべく早く広まって欲しいっていうのが俺の本心だ。

 

「さっきウェビンの工房に立ち寄ってな。あそこは本格的に作り始めるそうだぞ、新しいやつ」

「ウェビン……ああ、ウェルドの倅の。へえ、そうなのか」

「古い木箱の作り直しもやってるらしいから、古い箱をバラして持っていけば安値で作って貰えるんじゃねえの? 稼ぎたそうにしてたしな」

「ほー……今使ってる箱の処分を複雑に考えなくても良いのは助かるな。ふむ、ウェビンか……考えておくかな」

「頼むぜ。あいつ儲かってない時は酒場に来ないからな。少しは稼がせてやれ」

「ははは、彼が稼げるかどうかは、仕事次第だけども。ま、前向きに考えておくよ」

 

 こうしてどことなく薄い線で、ウェビンの工房とユースタスの雑貨屋が結ばれた……気がする。

 良いやつがやってる店なら上手くいって欲しいからなぁ。あとはウェビンの頑張り次第になってくるが……それはまた、何ヶ月か後になってからわかることだろう。

 




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クランハウスのお得意様

 

 氷室の拡張工事を再開するので、俺はまた“アルテミス”のクランハウスへと赴いていた。

 土砂の運び出しに使える頑丈なカラビナ付きの袋、ジェリークラーケンの透明な軟骨を使った簡単な防塵ゴーグル、そして終わった後の風呂を見越した香料入り石鹸等アメニティの数々。準備は万端だぜ。

 

「あっ、モングレルさんですか。どうもどうも」

「え? ぁあどうも」

 

 で、クランハウスに来てみたら見知らぬ女が出迎えてくれた。

 歳は三十くらいだろうか。紺色のショートカットで、こう言っちゃなんだがどこにでもいそうな雰囲気を持つ人だった。

 ……いや、見知らぬってほどではないかもしれない。昔何度かギルドで見た覚えがあるような気はする。

 

「何年か前に“アルテミス”で活動してた?」

 

 なんかランプの魔人みたいな聞き方になってしまった。

 

「あ、よくわかりましたね? そうです、前は現役で魔法使いやってました。あ、私イゾッタっていいます。……あれ? 昔何かの任務で一緒だったり……?」

「イゾッタさんですか、どもども。いやいや、こっちがなんかどっかで見覚えがあるなーってだけで」

「あ、なるほど。あ、ここで話すのもあれなんでどうぞ中入ってください」

「ういっす」

 

 見慣れない人に出迎えられはしたが、なるほど思い返してみれば確かにこのイゾッタという人は“アルテミス”のメンバーだったかもしれない。

 モブっぽい雰囲気のせいでいまいち印象には残っていないが、ギルドで見かけることはあった。……と思う。

 

「モングレル先輩、おっスおっス」

「やっほー、モングレルさん」

「ようライナ、ウルリカ。工事の続きをしに来たぜ」

 

 “アルテミス”は昨日貴族街で色々仕事をしてきたらしいから、今日は休みのようだ。リビングには他のメンバー達が集まって山盛りの豆を鞘から外していたり、鳥の羽をカットして矢羽を作っていたりと軽作業に勤しんでいるようだった。いつ見ても真面目なパーティーだ。

 

「この人はイゾッタ先輩っス。私が入る前は“アルテミス”の水魔法使いとして活躍してた人っス。最近は、狩猟はやめちゃったらしいんスけど……でもたまにクランハウスに来て色々やってくれる神的に良い人っスよ」

「あ、はい、あはは……家庭持った今じゃ、水を貯める仕事だけ受けて狩猟からは離れてます……“アルテミス”にはお世話になったので、時々遊びに来る感じで……」

「なるほどなぁ。けど家庭持った後も“アルテミス”に力貸してくれるなんて、ライナ達からしてみたらありがたい存在だよな」

「っス」

「ほんとほんと! 私も入った当初は色々良くしてもらったしさー」

「あ、あはは、照れるー……」

 

 “アルテミス”のOGの事情もちらっと聞いたところで、話ばっかしているのもなんなので早速キッチンから氷室へと潜る。

 すると地下には既にナスターシャとレオの二人が待っていた。なんならレオは既に作業を始めている。てかなんかいつもより明るいな? 魔導松明の調子が良いのか?

 

「ああ、モングレルさん。来たんだね、おはよう」

「よう、おはようさん。おっ? ちょっとスッキリしたな。土砂の運び出しやってくれたのか」

「うん、ついさっきまで、地下の作業と一緒にね。ここからの地下作業はモングレルさんに任せるよ」

「モングレル。魔導松明は新しい物を借り受けたので、これを使うと良い。時間が前の物よりも長く、輝度も高い物だ。非常に高価な物なので、壊さないように」

「お、おう」

 

 ナスターシャが指でトントン小突くそれは、一昨日の物よりも明らかに作りが豪奢な魔導松明になっていた。

 借りたってどっからだよってツッコミを入れたくなるが、なんとなく深入りすべき問題じゃない気がするからやめておくぜ……使えるものはありがたく使うけどさ。

 

「じゃ、後は灯りが続く限りはやっておくよ。つってもそろそろ終わりが見えてるけどな」

「うむ。もう少しすれば図面通りの広さにはなるだろう。それ以降は専門の工事業者を入れるので問題ない。掘削さえ先に終わらせておけば、以降の工事も長引くことはないだろう」

 

 “アルテミス”としては本当に長々と余所者に居てほしくないらしい。

 まぁ女所帯だし気持ちはわかるけどな。

 

 

 

 そうして始まった、おそらく最後になるであろう氷室掘削作業。

 今回はゴーグルを付けながらの作業になったが、かなり快適だった。

 ジェリークラーケンの軟骨、つまりイカの中に詰まっているプラスチックみたいな透明な組織を使った手製の防護ゴーグルなわけだが、こいつがなかなか良い仕事をしてくれている。

 バチバチ飛んでくる破片を防いでくれるのはやっぱり良い。物だらけの部屋から探して引っ張り出してくるだけの価値はあった。

 ……が、透明度が微妙なのと、ゴーグルの中が蒸れて曇るのがちょっと難点だな。グラスタイプの方が良かったかもしれない。良い材料があったら作ってみるか。

 

「先輩先輩モングレル先輩、私に何か手伝えることないっスか」

「おお? ライナか? 降りてきたのかよ、危ないぞ」

 

 階段の方を振り向いてみると、そこには既に作業する気満々のライナが立っていた。しかもキャミソールじみた薄着である。そりゃ動いていればその格好でも寒くはないだろうが……。

 

「土砂を袋に詰めたり、こっちの滑車のロープに付ける作業なら大丈夫スよね? そのくらいなら私にもできるっスよ。ウルリカ先輩もレオ先輩もそのくらいなら大丈夫って言ってたっス」

「まぁお前たちのクランハウスだし、そっちが良いなら手伝って貰えるのは助かるが……わかった。じゃあやってもらえるか?」

「っス!」

 

 そういうわけでライナが参戦してくれることになった。俺としてもなんだかんだで話し相手が居ながらの作業は気が紛れるので助かるわ。

 それにライナだったら小柄だし、この狭めの氷室の中でも邪魔になることはないだろう。

 

「モングレル先輩、最近何か買ったりしたんスか」

「おー? まぁいつも通り色々買ってるぜ俺は。雑貨もそうだが、鍋の中に入れるものとかで色々注文付けて作ってもらったりな」

「鍋の中っスか?」

「そうそう。鍋の中の具が浮いてこないようにするための蓋とか、蒸し料理で使うやつなんかだな」

「蒸し料理……あ、またあれ食べたいっスね、蒸し三日月」

「蒸し……あーあれな。そうだな、また今度作ってみっか。そん時はライナも呼ぶぜ」

「わぁい」

 

 餃子も良いな。餃子の話してたら餃子食いたくなってきたわ。

 試作はしたものの結局屋台飯になることのなかった蒸し餃子。今度は自分用で色々な味で食ってみたいもんだ。あのダッチオーブンで本当に蒸し料理ができるのかどうかも試してみたいしな。

 

「レオ先輩、これ運んでもらって良っスか?」

「うん、まかせて。滑車お願い」

「っスー」

「ライナ、その滑車重いだろ。大丈夫か?」

「ばりキツいっスこれ……でもギリギリいけるっス……!」

「無理はすんなよ? ほんと……」

 

 話しながらでもキビキビ働くライナだが、土砂の運び出しは掘るよりも重労働だ。袋に詰め込む土砂を少なめにすることでどうにかできているようだが、それでもライナは俺よりもずっと汗にまみれていた。

 

「工事って大変なんスねぇ……」

「そりゃ大変だぜ。まぁあれだよな、こういう慣れない作業をやってると普段使わない筋肉に負荷がかかるから、辛いよな」

「良い運動にはなるっスけどね……」

 

 ちらりとライナの方を見ると、キャミソールが汗で透けそうでちょっといかんことになっていた。

 

「おいライナ、先に上行って風呂入ってこいよ」

「……え、な、なんか臭いっスか?」

「匂いは別に良い匂いだよ。そうじゃなくて、汗だくだろ。俺と一緒に入るわけにはいかないんだから、先入ってこいってことだよ」

「……そっスか。じゃあ、はい。お先に……」

 

 ライナがちょっと口をモゴモゴさせながら階段を登っていった。

 ……良い匂いとかちょっと変態みたいな発言になったな今の。事案が過ぎる。いや、この国じゃ事案でもなんでもないか。

 

「最後の追い込みだ……ちゃっちゃと済ませるか」

 

 そこからは無心で作業を続け、その間は高級魔導松明の灯りが少しも陰ることはなく順調に進んでいった。

 全ての掘削作業は事故なく無事に終わったのだった。

 

 

 

「いやー、この風呂も今日が最後か……悲しくなるね」

 

 仕事上がりには“アルテミス”の風呂で極楽気分だ。

 しかしこの極楽も今日までだと思うと名残惜しさがデカいな。かといって、わざと風呂の回数を増やすためにダラダラ仕事するわけにもいかないしよ。

 せっかくだから今日はいつもより少し長めに入らせてもらうことにしよう。

 

「あー、エールうめぇ……氷室かぁ……良いな……」

 

 ナスターシャから貰った冷えたエールを飲みつつ、ぼんやりと発明品について考える。

 氷室……冷蔵庫……断熱……スターリングエンジン……色々なキーワードが頭を掠めるが、なんとなくピンとくるものはない。

 この国のそこそこしっかりした家は断熱構造もわりとマシだからな。けどここらへんにちょっと手を入れるだけで燃料の消費がかなり抑え込めると考えると、深掘りするのもアリか……?

 けどそこらへんの素材に関して俺は全然詳しくないんだよな……。

 

「うおっと、危ねぇ。風呂で寝落ちするところだった。そろそろ上がっておくか」

 

 うっかり湯船でウトウトするところだった。人様の風呂桶で溺死とか冗談にもならねえよ。もう上がっておこう。

 

 

 

「地下の広さは図面通りいったみたいね。お疲れ様、モングレル。早めに終わって何よりだわ」

「うむ。これから工事を入れれば、雪の季節には氷室も間に合うだろう」

「おー、こっちも風呂とか飲み物とか色々世話になったしな。いい仕事だったぜ」

 

 風呂上がりの俺はリビングで皆と話している。

 普段だったらこういうよその集まりに腰を据えるってことはないんだが、今日が俺が請けた工事の終わりってこともあって、風呂上がりのお茶まで貰って話しているところだ。

 

「やっぱりモングレルさん仕事早いよねー。前にお風呂場の工事した時なんて時間掛かりすぎてたし、ちょっと怖かったしさー」

「そうね。少人数で仕事が早いのは正直助かるわ。……また似たようなことがあれば、モングレルに頼もうかしらね」

「報酬が貰えるなら喜んでやってやるよ。風呂がつくなら尚更な」

「本当にお風呂好きっスね……」

「綺麗な風呂限定だけどな。レゴールの公衆浴場はきったねぇし、蒸し風呂は俺の宿からだとちょっと遠いし混んでるしショボいしなぁ……」

 

 温泉が無いってのがこの国の最大の欠点だと思うわ本当に。

 どっかの山っぽい場所に湧いてねえのかなぁ温泉……。

 

「あ、お風呂といえばですけど……レゴールに新しい公衆浴場が出来るみたいですよ」

「え、そうなんスかイゾッタ先輩」

「マジかよ」

「あ、はい。西門近くらしいですけど……レゴールも人が増えてるからなんですかね」

「西門かぁ……」

 

 ちと離れてはいるが、綺麗な風呂なら許容できるぞ……いや、綺麗なのは施設がどうこうじゃないな。利用者の問題だ。つまり……どうせきったねぇな! やめておくか!

 

「……モングレル。前に持ってきてた香り付きの石鹸があるなら何度かうちのお風呂を貸してあげても良いわよ」

「え、本気で言ってるのか?」

「……一応は」

 

 シーナがちょっとバツの悪そうな顔で提案してきた。

 そんなにあの石鹸が気に入ってたのか。ほうほう……石鹸で釣れてしめしめって思いが半分、シーナくらいの奴が執着するレベルの品をポンと人前に出した反省が半分ってところだな。

 

「今までに何度か仕事などを通してお前の人柄を見たが、時々の利用であれば問題あるまい。シーナだけでなく、私や他の者も同じ判断だ。“アルテミス”としては入団しても構わないと思っているのだからな。そのくらいは懐を緩くするということだ」

「……そりゃどうも。ま、石鹸で良いなら今度またどこかで見つけて持ってきてやるよ」

「ああ、頼むぞ」

「シーナ団長もナスターシャさんも、あの石鹸好きだよねー。ま、私も好きだけどさ。爽やかな香りがして良いよねー」

「スースーするっス」

 

 石鹸作りか。……正直手間な作業ではあるんだが、そいつが入浴チケットになるなら仕方ない。今度まとめて作ってみるとしよう。

 今度からは分量をしっかりメモっておかないとな……。

 




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鎚と鉄床

 

 久々に討伐のためにバロアの森へとやってきた。

 近頃荷物を運んでばかりで、まぁそれでも良いんだけども、ここらで軽く何体か魔物を仕留めておきたかった。俺としては珍しくそこまで金に困っていないのだが、またいつ財布から金が発射されていくか俺にも分からないからな。

 

 装備は久々に弓剣とチャクラムを持っていくことにした。

 金を稼ぎに来たくせに若干遊びが入っているのは、やっぱり余裕があるせいだろう。まぁでもこういう時くらいじゃないと使えないんでね……。

 

「おー、伐採区画が広がってる」

 

 馬車に乗って森の入り口から奥へ入っていくと、前に見た時よりも更に拓けた感じになっていた。

 広場のちっこい砦も増築作業中のようで、何人かの屈強な男たちが汗水垂らしながら煉瓦を積み上げている。

 いや、ひょっとするとあれは補修工事かもしれない。前のスタンピードで壊れた可能性は高いな。

 

「おお、モングレルさんじゃないか」

「ん? ああ、“デッドスミス”の二人か」

「どうもー」

 

 ぼんやり工事風景を見ていると、二人組の男女が声を掛けてきた。

 アマルテア連合国の人間らしい赤系の髪を持つ夫婦のギルドマン。比較的最近レゴールへやってきたフーゴとイーダのペアだった。

 夫のフーゴは物騒なバトルハンマーを担ぎ、妻のイーダは両手にデカい丈夫そうなガントレットを装備している。ソロでバロアの森に潜る俺も結構なアレだが、二人だけで潜るのもさほど危険度に変わりはない。それでもやっていけているのは、この夫婦に相応の実力が備わっているからだろう。伊達にシルバー3の認識票を付けてはいない。

 

「二人とも討伐で?」

「ええまあ、しばらくは俺とイーダで資金稼ぎだよ。この森は冬には狩りができないって話だからね」

「モングレルさんも討伐に? あ、弓持ってる」

「もちろん。軽くボア辺りを二匹くらい持って帰ろうかなと」

「おー、じゃあ狙いは同じだ。俺たちもボア狙いなんだよ。脂も高く売れるみたいなんでね」

「バロアの森は稼げて良いねー。ほんとレゴール来て良かったよ」

 

 俺たちはどちらもバロアの森でやっていけるだけの実力を備えているが、なんとなく話しながら行こうぜってことで一緒になって潜ることになった。

 肉の分け前で揉める可能性もなくはないだろうが、“デッドスミス”の夫婦は悪い人らじゃないし、まあ大丈夫だろう。

 なお、向こうはそんな心配など欠片もしておらず、“逆に人数多いほうが獲物を沢山持って帰れるから!”とすげえ前向きだった。逆に今そんなにボアと遭遇できるんだろうか。

 

 

 

「え、もう二人でそんなに仕留めたのか。まだレゴールに来て何ヶ月も経ってないだろ?」

「頑張ったんすよーほんと。いやー、バロアの森は豊かだなぁ」

「私達のスキルの相性も良いみたいだしね!」

 

 歩きながら二人の話を聞くに、“デッドスミス”はもう二十体近くの魔物を仕留めているらしい。しかもゴブリンとかそこらへんの連中ではなく、ボアとかディアといった連中だけをカウントしてそれだ。ここまでスコアを出されると、もうペアでの討伐が安定していると言っても問題ないだろう。

 

「でも楽勝ってわけじゃないんだこれが。二人でやって丁度いいくらいの相手っていうか」

「うんうん。こっちも結構本気でオリャッって受け止めないと無理な魔物達でね。なんていうのかな、実力に見合った相手?」

「楽ってほどではないけどしっかり勝てるし、稼ぎも良い。レゴールは良いね!」

 

 なかなか珍しいことではあるが、どうやらこの秋のバロアの森は二人にとって適正レベルの狩り場だったらしい。死の危険は無く、かといって力を持て余さない狩り場。なるほど、そういう討伐が出来ると楽しいかもしれないな。

 

「けど二人だけで潜るのは危ないかなーって思いもやっぱあるんだよなぁ……」

「というと?」

「私もフーゴもやられるつもりはないけど、もしもってことはあるじゃない? そしたら娘のラーラのことを考えちゃうとねぇ」

「あー……万が一にも片親にするわけにはいかないか」

「まして二人とも死ぬなんてことになったら、無茶はできないんだよな」

 

 子持ちのギルドマンは案外珍しくない。が、しっかり育ててやれるギルドマンは残念ながら珍しい。ギルドマンという仕事自体、それなりのランクでなければ安定して稼げないというのもあるし、不慮の事故で働けなくなってしまう危険が高いせいだ。

 膝に矢を受けて衛兵をやっていけるほどこのレゴールは甘くない。片足が不自由になるだけでも討伐どころか体力仕事全てに差し支えるのが現実だ。

 だからギルドマンは過剰なくらい安全を取るのが賢い生き方と言って良いだろう。その辺りのことを、彼ら“デッドスミス”はよくわかっているらしい。

 

「だから潜る時はブロンズ辺りの人を一人か二人連れていくようにしようかと思っていてね。できれば遠距離役が良いかな」

「おお、それは名案かもな。そのくらいの人数になれば安定感も出てくるんじゃないか」

「やっぱモングレルさんもそう思うかー。だよな。バロアの森だと二人は厳しいぜ」

「だから今日はモングレルさんも交えて、三人での討伐をちょっと試してみようかなってね」

「そういうことなら喜んでだぜ。まぁ俺自身も普通に戦力に数えてくれて構わないけどな」

 

 という流れで、俺たちは臨時の三人パーティーとして討伐してみることになった。

 

 

 

 しかしここでひとつ大きな問題がある。

 それは、ここにいる誰もがまともな索敵能力を持たないことであった。

 

「見つからねえなぁ」

「ははは、バロアの森って足跡全然わからないな」

「私達適当に探して適当にやっつけてを繰り返してたもんねぇ」

 

 そう……彼ら“デッドスミス”は、奇しくも俺と同じような狩猟スタイルだったのである。

 つまり、適当にブラついて見つけたら張っ倒すというストロングスタイルだ。誰も獲物の探し方なんて実践レベルのものは持ってないし、長年通ってる俺もマジで良くわからん。適当に音出しておびき寄せるくらい適当にやってたからマジでわかんねえんだ。少なくともライナやウルリカほどの技能は無い。

 

「あれだな。臨時パーティーを組むなら俺みたいなただの剣士じゃなくて、索敵技能を持った奴を入れたほうが良いなこれは」

「確かに……危険を避ける意味でもその方が良いか」

「索敵技能かー。まだレゴールのギルドマンの人らに詳しくないから、仲良くしながらになるわね……おっ?」

 

 そんなことを話していると、前方からガサガサと気配が。

 結構大きいぞ。これは小動物じゃないな。

 

「……グギッ?」

「ギャッギャッ」

「ゴブリンかぁ」

「ハズレねー」

 

 と思ったらゴブリンの群れだった。その数四体。それぞれ棍棒を握り、敵意剥き出しに俺たちを睨んでいる。

 

「未来の話をしたら鬼が笑いに出てきたってか」

「ははは、なんだいそれ。レゴールのジンクス?」

「いや、俺の故郷で言われてただけ。多分有名じゃないよ」

 

 俺も嫌々バスタードソードを抜き放ち、戦闘態勢を取る。

 いや、バスタードソードはやっぱやめておこう。せっかくだし弓剣だ。これで練習しよう。前にライナも人型は当てやすいって言ってたし、いけるだろ。

 

「よし、いくぜイーダ!」

「任せてフーゴ!」

 

 フーゴが鉄槌を構え、イーダがガントレットを打ち鳴らす。ゴブリン達はその音に反応し、三体ほどは二人の方へ敵意を向けた。

 

「で、お前の相手は俺になるわけだ」

「ギャッギャッ」

「距離も近いんでな。悪いが外す気はそんなにしないぜ」

 

 絶対に外さないとは言えない。多分10%の確率でスカる気はする。

 でも当ててやるぜ……お前が俺のファーストキルになるんだよ!

 

「“咆哮(シャウト)”いくよッ! かかって来ォおいッ!」

「ギッ!?」

「ギッ……!」

「先手貰ったァ! “鉄壁(フォートレス)”! どりゃぁああッ!」

「えっ」

 

 俺が弓を構えようとしたその瞬間、イーダが吠えて突撃し始めた。

 魔力を帯びた叫びを真正面から受けたゴブリン達は怯み、俺の方に注目していた一体も気を取られ、イーダの方へ向かっていく。が……彼女の手を覆う大きなガントレットにぶん殴られて吹き飛んでいった。

 

「ギャッギャッ!」

「ギイイッ!」

「おうそうだ、こっち来な! 全員纏めて相手にしてやるよッ!」

「あっ、狙いが……人近くにいるとちょっと……」

「こっちも動くぜイーダ! “地鍛打(ガイアフォージ)”ッ!」

「ギャッ!?」

 

 懐に潜り込んでぶん殴ってくるカチカチの拳闘士と、それに狼狽える所に容赦なくハンマーを叩き込んでくる戦士。

 ガントレットはゴブリン達の攻撃を苦もなく受け止め、スキルの乗ったハンマーは振り下ろされる度にゴブリンの軟弱なガードをぶっ壊して土の染みへと変えてゆく。

 まさに槌と鉄床。息の合った二人の前では、ゴブリンなど薪割りされる前の薪のように儚い存在であった。

 そして俺はというと、ひたすら弓を持ったままポカンとしているだけだった。寄生か?

 

「ふー……いやー良い運動になった」

「えへへ、誰か見てると張り切っちゃうわね! 思わずスキル使っちゃった!」

「お、俺も。逆にちょっと格好悪かったな今の」

「いやいやいや……二人ともすげーよ。そりゃ二人だけでもシルバー3まで行くわな」

「そうか? そう褒められると嬉しいな」

 

 仮に今の敵がクレイジーボアであっても難なく戦えてたはずだ。イーダが受け止め、フーゴが叩き潰す。手数の違いも無いだろう。この二人だったらサイクロプス相手でも普通に討伐できそうな気がする。

 

「いやー……でもねぇモングレルさん。私達今みたいな戦いだったら平気なんだけどね。強い相手が複数来たらどうなるかわからないのよ」

「まぁ確かに」

「そうそう。俺らもやっぱ二人だけなのは間違いないからさ。多勢に無勢でやられるってことはあり得るわけよ」

 

 となるとやっぱもう何人か同行するメンバーが居たほうが安心ってことに変わりはないか。

 うーむ。しかし同行ねぇ。ブロンズくらいで、防御力も高くて、索敵もできて、遠距離攻撃もできて、バロアの森で索敵ができそうな……あ。

 

「……あー、だったらあれだな。“ローリエの冠”の連中とか良いかもしれないな」

「“ローリエの冠”?」

「知らないわね」

「アイアンとブロンズの三人パーティーでな。そいつらだったら組むのに悪い顔しなさそうだし、互いを補えるものを持っていると思う」

「ほー……?」

 

 リーダーのダフネは多分感知系のギフト持ちだし、不意の索敵に関しては他にないものを持っているはずだ。飛び道具でサポートもできる。

 ロディは罠猟に詳しいし、森の痕跡を探すのは上手いだろう。

 ローサーは……まぁ……盾役としてはピカイチだから……まぁ、使えなくもないだろ、うん。武器もショートスピアに変えたし……。

 

「そうか、“ローリエの冠”か……面白そうだ。今度ギルドで話をしてみるか」

「ええ、良いんじゃない? モングレルさんの紹介だったら大丈夫でしょ」

「まぁ悪い……奴ら……ではもうないと思うから、うん。大丈夫だよ」

「ちょっと自信なさげなのが気になるな……」

 

 少なくともダフネだけは全く問題ないと断言できる。

 そんなダフネがついてりゃ他二人も平気だろ。

 

「でも二人だけじゃない、複数人のパーティーか……うーん、楽しみになってきたな」

「ええ、きっとこれまで以上に安心して討伐ができるわね!」

「おっと、まだまだ今日の狩りは終わってないぜ。“デッドスミス”のお二人さん、明日以降の事も良いけど、今日は俺と一緒の任務で結果出して行きましょうや」

「あ、それもそうだ。悪いね。ついつい僕らの話ばっかりで」

「あはは。よーし、続けて狩り、やっちゃいますかぁ!」

 

 三人でニヤリと笑い、討伐再開である。

 

 しかし今日はこの流れでまさかのボウズであった。

 マジで索敵できる奴は入れといたほうが良い。その結論がより強化された形である。

 




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いつもバッソマンを読んでいただきありがとうございます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


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塩漬けの依頼、失礼しました

 

 “ローリエの冠”はまだまだ若いパーティーである。

 結成からの日数も浅ければ経験も浅い。しかも若年のメンバー三人だけという、そこらへんにいる厨二な名前のパーティーとほとんど似たような構成だ。

 だが、パーティーとしての有り様や活動内容は大きく違う。

 

 “ローリエの冠”はとにかく金を稼ぐことに熱心だ。

 金にがめついのは他のギルドマンでも変わらないが、パーティーを率いるダフネの金銭に対する嗅覚は鋭いもので、打ち出す指針はかなりセンスが良い。

 一言で乱暴にまとめてしまえばケチと言えるような稼ぎ方をする事も多々あるようだが、市場の需要はしっかり注視しているし、無駄な金の使い方もしない。パーティーの運営に関わる経費を厳しく管理した上で無駄なく稼ぐのだから、ダフネはそれはもう理想的なリーダーと言えるだろう。

 

「あーもうっ! 結局あの騒動のおかげで罠が八割方壊れちゃってるし! ただでさえ金具は高いっていうのに……!」

「落ち着けよダフネ、罠なんて仕掛けなくても俺の盾と槍さえあれば討伐なんて楽勝だって。見てろよ、俺の槍は古今東西あらゆる魔物を撃ち貫き……」

「そんな稼ぎ方じゃ儲けにならないって言ってんのよ! バカローサー!」

「痛っ!? な、なんだよ!?」

 

 酒場の隅でやいのやいのやってる“ローリエの冠”は今日も賑やかだ。

 どうやら連中はスタンピードの際にバロアの森に設置していた罠の多くが魔物にぶっ壊されてしまったらしく、現在絶賛大赤字なのだそうだ。

 まぁ大赤字といっても短期的なもので、既にダフネらは冬を越せるだけの稼ぎを蓄えているのだが。どうやら金はいくら稼いでも足りないらしい。

 

「しかし、実際困ったもんだよな……罠を新調したは良いものの、もうじき冬がくる。それまでに全部設置して、何日か回って討伐してとなると……かなりハードだぞ」

「そうね……ロディの見立てではどうなの。私達ならどれくらいの数の罠が適正だと思う?」

「……難しいな。正直今のバロアの森はわからないよ。騒動のせいで魔物の痕跡も探しにくいし、群れの溜まり場もかなり変わってるって話だから。ポイントを探している間に、不意の遭遇が増えると思う」

「そんな時は俺の大盾がな……」

「森の散策はまだリスクが多いか……けど、やらなきゃ慣れないし……今の時期のボア肉は逃したくないし……せっかく買った罠は使いたいし……ん、そうだわ。他に何か任務をうけておいて、それと並行して小規模な罠を仕掛けて……そうね、それくらいがバランス良いかしら」

 

 しばらく悩んでいた様子のダフネだったが、ふと思いついたように受付へと歩いていった。

 

「……あのー、ミレーヌさん。何かバロアの森で任務とかって出てたり……」

「んー、バロアの森の任務ですか。アイアンからブロンズ向けのものとなりますと今は……そうですねえ……伐採作業の警備などが主なものとなりますが……」

「うっ……できれば伐採警備以外でお願いできますか……」

「そうですよね……あ、少々複雑な内容の任務があるのですが、そちらでしたらご紹介できますよ」

「本当ですか! 教えてください!」

 

 あ。ミレーヌさんまさかあの任務のやらせるつもりじゃないだろうな。

 

「では、任務の説明をさせてください。この任務は秋季の常設任務になります。内容は、バロアの森の指定された地点に赴いてゴブリンの古巣を破壊、掃除することです」

「ゴブリンの古巣の破壊……?」

「はい。バロアの森には掃討されたり使われなくなったゴブリンの巣がいくつもあります。それらのほとんどは粗末な作りなのですが、あまり放置したいものではありません。厄介な魔物が冬を越すためのねぐらにする可能性もありますし、春などに再度魔物が住み着く可能性もありますからね」

 

 ゴブリンなど多少の知能を持つ魔物が遺した巣の破壊任務。

 こういった遺構はバロアの森の中にあちこちあって、たまーに思いがけない魔物が住み着いたりして問題になることがある。

 だいたいは木の枝や丸太を雑に組み合わせて作ったシェルターだったり、スカスカの天幕モドキだったりする。別に小屋だとかそんな上等なものではなく、鳥の巣をデカくしたようなものと考えればいいだろう。

 

 ギルドではこういったねぐらを見つけた際には魔物の掃討と巣の破壊を推奨しているのだが、討伐証明を切り取って持って帰れる魔物とは違い、巣の破壊は証明が難しい。

 無駄に巣材の多いねぐらは破壊しようと思うと結構疲れるし、燃やしきるのも大変だ。解体中にゴブリンのうんこを踏みそうになったりすることもあるし触りたいものでもない。正直、“ギルドマンとしての心がけ”程度のもので破壊するにはなかなか面倒なものなのだ。

 だからギルドマンがねぐらを発見した場合にはギルドに報告だけして、その情報を集積した後に改めて“古巣の破壊任務”として処理するわけだ。

 要するに、秋までに後回しにされ続けた面倒臭い任務なのである。

 

「……と、こんなところでしょうか。今の“ローリエの冠”の皆様であれば、決して難しい任務ではないと思いますよ」

「んん、そうですか? ……古巣の破壊……古巣の破壊かぁ……貢献度が高いのは魅力よね……ああけど、貢献度だけあってもなぁ。確かに貢献度が高ければ色々と良い扱いされるのは知ってるけど……報酬がこれ、うーん……」

「レゴール支部ギルドは“ローリエの冠”の皆さんの勤勉な姿勢を高く評価しています。更に貢献度を高めて、ギルドとの繋がりを強くする好機です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが……」

 

 ミレーヌさんはこの手の仕事を振るのがマジで上手い。

 何が上手いって、冬に餓死するかもしれないような奴には振らないんだよな。ちゃんと相手の懐事情を看破した上で、相手が素寒貧にならない絶妙なラインで勧めてくる。

 いやまぁ、ギルドも俺たちに金稼ぎさせるだけじゃなくて、こういう雑用を処理していかなきゃならないわけだからな……わかるぜ、必要なのは……。

 

 だが、そいつはあくまでギルドの事情。

 俺は一人のギルドマンとして……今は“ローリエの冠”に味方するぜ!

 

「悩んでいるようだな……ダフネ!」

「……さっきからお酒片手にこっち見てたのは知ってるけど。何? モングレルさん」

 

 エールを飲みながらずっと見守り続けていたのはちょっと不気味だったのか、ダフネがジト目を向けてくる。

 甘いぜダフネ……そんなジト目じゃいつまで経ってもライナを超えられないぞ。

 

「貢献度が高いだけで超絶不人気の任務よりも美味い話があるんだ。聞くか?」

「モングレルさんを疑うわけじゃないけど、言い方だけなんだか怪しいわね……」

「そもそもお前ら罠を仕掛けながら任務もやりたいってんだろ。ゴブリンの古巣が多くある場所なんてだいたい罠猟に向いてないぜ?」

「えっ、そうなのミレーヌさん!?」

「あら。罠猟をしながらの任務でしたか。そうですね、そうなりますと確かにモングレルさんの仰る通り、今ご紹介した任務は向いてはいないかもしれません」

 

 ミレーヌさんが俺の方を向いてニッコリと微笑んでいる……。

 怒っている……“余計なこと言いやがって”と怒ってやがるミレーヌさん……。

 で、でも俺は真実を明らかにしたかっただけだから……。

 

「うーん、そっかぁ……え、モングレルさんの美味しい話って何?」

「まぁお前らのパーティーのいるテーブルに戻ってから話そうぜ」

「良いけど」

「お? モングレルさんだ」

「あ、どうもです……」

 

 “ローリエの冠”と同じテーブルに座り、ついでにテーブルの上のナッツをさりげなく一粒いただいた。うん、美味しい。

 

「さっき森に罠を全部仕掛けたいけど、危ないし難しい……って話をしていたよな?」

「うんまぁ。全部聞いてたのね……」

「俺らが用意した罠は結構数があるから、仕掛けるのも大変で……かといって罠間の移動を急ぎすぎると魔物との遭遇が怖いし……ダフネはその辺り勘が良いんだけど、戦力的に不安がちょっと……」

「そんな時、俺の大盾と短槍が輝くんだ」

 

 ローサーが目ぇ開けながら寝言ほざいてんな。疲れてんだろ。ゆっくり寝とけよ。

 

「そんなお前らにちょっと引き合わせたい人達がいる。お前ら、“デッド・スミス”って知ってるか?」

「ああ、最近ギルドでも見かけるようになったっていう夫婦のパーティーね? 私からするとそうでもないけど」

「二人なのにすごい強いとは聞いてます。シルバー3で、けどゴールドにも引けを取らないとか……」

「その“デッド・スミス”が一緒に森を散策してくれるパーティーを探しているんだ。向こうも色々と思惑があってな。お前たちみたいに器用に色々できる小規模パーティーと短期で組みたいんだとさ。お前らの様子じゃ、まだ向こうからのお誘いは無いんだろう? 対等な条件で組めるんだったら良いんじゃないか?」

「えっ、本当に!? 私達が強いシルバーランクの人達と一緒に……それなら、罠の見回りも強行軍でいけるわね……!?」

 

 ダフネが頭の中でそろばんを弾いている。

 ロディも口に手を当てて考え込み、ローサーは大盾を磨いていた。……装備のメンテを欠かさない心がけは悪くないけどな。

 

「……正直、すごい助かるな。ダフネ、この話は飲むべきだぞ」

「当然よ! ありがとうモングレルさん、とても嬉しい提案だわ。……これで罠を設置して、冬までになんとか討伐で稼げるわね……!」

「なに、良いってことよ。そういうわけでこの燻製ナッツ二つもらうな」

「良い人だけどケチだなぁモングレルさんは」

「はははローサーお前面白いやつだな。そのピカピカな盾に俺の手脂付けてやるよ」

「うわーっ! やめろぉ!?」

 

 こうして“ローリエの冠”と“デッド・スミス”は短期間の同盟を組み、冬までの間は共にバロアの森を散策することになったのだった。

 この二つのパーティーの相性が良いかどうかは……しばらく様子を見ていけばすぐにわかるだろう。

 まぁ多分、そう悪いもんじゃないはずだぜ。

 




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無法の焼き鳥

 

 込み入った事情が色々あって、俺はゴブリンの古巣破壊任務を受けることになった。

 理由は聞かないでもらって結構。俺にも止むに止まれぬ事情の一つや二つはあるってことだ……。

 

 現場はバロアの森。調べるポイントは六箇所もある。どいつもこいつも古巣を放置しやがって……と思う気持ちもあるが、なんだかんだ俺もこういうのは手出ししないこともあるからとやかくは言えない。正直に言って仕事じゃなかったらやりたくないタイプの作業である。

 破壊目標は多いが、それぞれ近い場所にあるものばかりなのでそれほどの時間はかからないと言われている。

 俺からすると簡易的な地図だけで探し当てるのも大変なんだが……どれも小川に近いからいけるかなぁ。まぁ頑張って一日中にクリアを目指してみるか。駄目だった時のために軽い野営用の装備も持ってはいくが、できればさっさと終わらせて宿で寝たいぜ。

 

 

 

 夜明けと共に馬車で出発し、バロアの森東部へと向かった。

 金にならない仕事だが貢献度は貰える。億劫ではあるが、やっていくしかないだろう。

 

「お、モングレルだ。どうした、討伐か?」

「いいや、ゴブリンの古巣掃除だよ。一緒に来るか?」

「ははは、バロアの森でも掃除やってんのか。俺は遠慮しとく」

 

 知り合いのギルドマンと軽口を叩き合いつつ、さっさと森の中を移動する。

 今日は討伐みたいに気を張っている必要は無いわけだし、仮に遭遇したとしても無視せざるを得ないから、足取りは軽快だ。

 

「お、ここだな」

 

 早速一つ目の古巣を発見した。森に入ってかなり近い場所にあるというのに、何ヶ月も残されている……なんというか、枝の塊みたいなものである。たとえ近くても壊すメリットが個人に無いなら手出しはされない。現実なんてそんなもんだ。

 

「……ま、枝ばっかりなら余裕だわな。バスタードソードで細切れにしちまうか」

 

 この古巣は密集した三本の樹木を支柱とし、枝葉をそれぞれに組み合わせて作った狭いシェルターだ。ぱっと見ると低木の枝葉がめっちゃ生い茂ってる場所という感じで、人も魔物も通ろうとは思わないようなもっさり感がある。

 実際、クレイジーボアの突進くらいだったらギリ受け止められるんじゃねえかな。一発くらいは……。

 

「ほいっほいっ」

 

 そんなデカいだけの鳥の巣も、強化を込めた剣でザクザク切っていけばあっという間に崩れてゆく。

 何度か切りつけてしまえば、残されるのは土の上に散らばった細切れの枝の山だ。そいつらも適当にブーツで外に蹴っ飛ばして散らせば、古巣の処理は完了である。

 こういう作業を何度もやっていくわけだな。

 

「移動が面倒なんだよなぁ……次は……川渡って……あー、あの岩あるとこね……」

 

 ぼやいていても仕方ないので、次行こう次。

 

 

 

 二つ目の古巣はちょっとした段差のある所に作られた、枯れ木の根の下に掘られた洞窟である。

 が、どうもそれらしい横穴は既に潰れてしまったようで、ポイントでは辛うじてその古巣だったものの名残を確認することはできた。

 これが跡形も無かったら調査にもう少し時間が掛かるところだったので、ちょっと運が良かったかもしれない。

 

 

 

「おー! なんだぁモングレル! やってんのかぁ! お前!」

「あ、やっべ、ブレーク爺さんじゃん……」

「おいこっち来いよ! 肉焼いてんぞ肉!」

 

 三つ目の古巣は最初のと同じ枝で作られたものだったのだが……その古巣は今、一人の小汚い爺さんによって景気よく燃やされていた。

 山積みになった枝はごうごうと赤い火に包まれ……よく見ると枝の中には何匹かの鳥だったものが突っ込まれている。

 

「メイルバードが三羽も取れてよぉ! 食ってけ! うめぇぞ!」

 

 小麦色に焼けたシワだらけの肌。短い白髪。半分近く歯の抜けた口は、何がおかしいのか常に笑っている。

 ……この非狩猟鳥獣を悪びれもせず丸焼きにしている爺さんは、ブレークさんという。

 一応“レゴール警備部隊”に所属しているギルドマンだが、あまりパーティー単位での仕事はやっておらず、むしろパーティーを飲み仲間の集まりか何かと勘違いしているタイプの人だ。

 レゴールのギルドにおいては隠居してる人らを除けば、多分この人が最年長なんじゃないだろうか。今は多分七十いってると思う。

 

「……ブレーク爺さん、メイルバード獲ったのかい?」

「おおよ! 動きがトロいからな! 美味いぞ!」

 

 まぁギルドマンが獲っちゃいけない獣とかを獲っちゃうのは決して珍しくはないんだが……他の奴にあけすけに打ち明けるタイプはさすがに結構珍しいとは思うぜ……。

 

「俺は腹いっぱいだからいいよ、ブレーク爺さん……まだ昼って時間でもないしさ」

「そろそろ焼けんなこいつ! お、引っ張り出してみっか! あちちち」

 

 ずるりと引き抜かれたのは、鳥をざっくりと貫いていた生木の枝だ。

 メイルバードは適当に内臓だけ引っこ抜かれた後、多分毛をむしられることもなく丸焼きにされたのだろう。外側はかなり悲惨な有様だった。少なくとも皮はもう駄目だろうなこれ。

 

「あちちち、ほら! 脚やる脚! 食え脚!」

「あ、どうも……アザッス……」

 

 熱がるわりに素手で掴みながらナイフで雑に解体していくブレーク爺さん。

 見ての通り、この爺さんはとんでもなく大雑把なお人である。

 俺も大概適当にやってるギルドマンだが、それを上回るのがバルガーであり、その更に上をいくのがこのブレーク爺さんと言えば伝わるだろうか。

 この人はとにかくやることなすこと適当で、まぁ悪い人じゃないんだけど……普通に普段の行動が法を逸することがちょくちょくあるというか……まぁそういうあれですわ。

 

 聞いた話によれば過去に結構な犯罪をやらかして犯罪奴隷になったことがあるだとか、つい最近も任務をすっぽかして大変なペナルティを食らったという話も聞いている。

 ギルドマンは真面目にやっていれば少しずつでもトントンとステップアップしていくものなんだが、ブレークさんはブロンズ1から3を行ったり来たりしているっていうからな……まあヤベェ人だ。レゴールに定住してるから根無し草ってわけでもないはずなんだが、そこらの根無し草よりも無軌道に動くタンブルウィードみたいな人間である。正直あまり関わりたくない。

 

「いただきます……うーん、まぁ美味い……皮焦げてるけど美味い……」

「ああ美味いだろ! メイルバードはな、美味えんだわ!」

「けどよぉブレーク爺さん……メイルバードって獲っちゃいけない鳥じゃなかったかな……?」

「おうよ! 獲っちゃいけねえ鳥は美味えんだ!」

 

 すげぇニッコリ笑ってそういう事言っちゃうんだよなこの人。

 

「まぁ確かに美味いけど……ちょっと塩味足すか……ていうかこれ、ゴブリンの古巣燃やしてんのかい?」

「なんかあったんでな、燃やした! いちいち薪集めるのも面倒だしよ、な! 良く燃えるんだこれが! 煙がちと臭いけどな! まあ良いだろ! ガハハハ!」

 

 豪快に笑いながら鳥の丸焼きに齧りつくブレーク爺さん。アウトローだぜ……。

 

「お!? なんだよ塩かよ! スパイス入りか! 良いもん持ってきてるじゃねえの! 俺にも使わせな!」

「あ、はい……」

 

 俺の手持ちのハーブ入りの塩がバッバッとかなり景気よく使われた。いや美味そうだけどね、いいけどね……。

 

「モングレルはなんだ、また討伐やってんのか!」

「いや、俺は古巣の破壊任務をやってるんだ。これだよこれ、今まさに燃えてるこいつ」

「お!? なんだ手伝っちまったな!? ガハハハ! モングレルから金でも取るか!」

「いやぁ、ははは……」

「冗談だよ冗談! ガッハッハッハッ!」

 

 はは……あ、じゃあもう帰っていいですか?

 

「金取るっていやぁな! 俺の兄弟から最近貰ったもんあってな! そいつがデカくてデカくて邪魔でよ! 俺にどうかっつうのよ! んで俺それ馬鹿野郎って言ってな! 馬鹿俺のこの部屋見ろよお前ってな! ガハハハ!」

 

 あ、ブレーク爺さん酒入ってるじゃん……任務中に普通に酒飲んでるよこの爺さん。

 

「どうだモングレル! 俺ぁいらねぇから要るか!?」

「いや結構です……」

「まぁ俺が死んだらな! その後な! あ、もちっと塩使わせろな!」

「はい……」

 

 それから数十分ほどブレーク爺さんの話に付き合って、適当に相槌打ったりスルーしたりしてどうにかキリの良いところで脱出することができた。

 思わぬところで時間を食ってしまったが、意図せず昼飯の補充はできた。ちょっとばかし罪の意識が芽生えてしまったが、仕事で挽回していこう……。

 

 

 

 四つ目と五つ目はほとんど同じ場所にあったのですぐに終わった。

 ひとつはツタ系植物でグルグルと木々を囲むように縄張りした変な場所だったが、センス自体はゴブリンにしては悪くなかったと思う。俺だったらロープみたいに渡したツタの合間合間に枝の柵を挟んで強化するけどな。

 

 最後の六つ目は一番遠かったが、川沿いで目印用の石碑も傍にあったので探す労力はかなり少なく済んだ。

 

「これで最後、っと」

 

 バスタードソードで枝造りのあばら家をぶっ壊し、任務は完了である。

 幸いにしてどのねぐらにも他の野生生物は住み着いて居なかったので、本当に平穏な任務で終わってくれた。バスタードソードが汚れずに終わって何よりだぜ。

 

「……ここまでずっと静かだったんだから、逆に帰り道では何かしらに出くわすんじゃねーか? ワンチャンあるな」

 

 さすがにもうじき日暮れとなる時間だが、ひょっとすると帰りがけに幸運が舞い込んでくるかもしれない。

 しょっぱい任務で終わるかと思ったが、さてどうだろうか。一発クレイジーボアとかを仕留められればありがたいな。

 

「って言ってると何も出ないんだけどな……さて、帰ろ」

 

 と、自分からフラグに折り目を付けたのが悪かったのか、帰りがけに遭遇したのはゴブリン二匹であった。

 ……まぁついでに何か討伐できればとは思ったけど、お前らではないんだよな。

 

 一応二匹とも討伐したけどさ……どうせなら食えるものが良かったわ。

 食えるもので……法的にも食っても良いやつな。

 

 




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ハト、タカ、カッコウ

ウィレム・ブラン・レゴール伯爵視点


 

 私はウィレム・ブラン・レゴール。

 少々見てくれに箔が薄くはあろうが、この街レゴールとその周辺を支配する、ハルペリア王国のれっきとした伯爵だ。

 

「この街の騎士や衛兵はとても真面目で驚いたわ。王都ではもうちょっと不真面目というか、すぐに賄賂にも靡くような連中が多かったのだけど。フフッ、領主様のおかげなのかな」

「……ステイシーさん、あまり褒められてもね……私は何も出せないよ」

「フフフ、もっと自分に自信を持っても良いのに」

 

 ……伯爵であり、この麗しい女性の伴侶でもある。

 ステイシーさん。まさかこの私に妻ができるとは思わなかった。何より、これほど、なんというか。情熱的だとも……。

 ……不慣れな私は、いつもタジタジだ。いや、ステイシーさんが嫌いなわけでは断じてないけども。むしろ、日に日に惹かれて……いや、昼間だ。こういう話はよそう。

 

 今はランチの時間だ。

 食事の時間は目の前の食べ物に向き合うのが礼儀というものだろう。

 ああ、近頃のパンは美味しいなぁ……。

 

「騎士団や衛兵の他に、ギルドマンも良い仕事をするみたいだね? 王都ではあまり戦力や労働力として数えてないんだけど、この前の森の騒動では結構動いてくれたよ」

「ああ、ステイシーさんは直々に出てくれたからね……しかし、そうだねぇ。それはレゴールが特殊というよりは、王都が特殊なのかな。向こうは常備兵も充分にあるし、常駐勢力に振る仕事は色々とあるから。ギルドそのものがあまり活発じゃないんだよ」

「へえ。ギルドの本部は結構大きかったけれど」

「王都を経由する護衛の仕事が多いからね。その手続や、情報の集積と分析で大きな場所を取っていると聞いたことがあるなぁ。あとは、貴族街向けの魔法使いの仕事が多いんじゃないだろうか」

「なるほど……まぁそうね。それに、王都に討伐の仕事は無いものね」

「うん。あとレゴールはバロアの森も近いから、トラブルも多くてね。ギルドと兵団がわりと密接なんだ」

 

 ギルド。それはこの国にとって欠かせない勢力の一つだ。

 国が管理する組織ではあるが、実態はかなり緩い。犯罪者予備軍を管理するための組織だとあけすけに言う領主もいるが、そんな言い方もあながち間違いというほどでもない。

 事実、ギルドマンは落ちぶれた民たちの最後の拠り所でもある。ギルドを軽視して活気を失わせれば周辺地域の治安は悪くなり、元犯罪奴隷の再犯も多くなる。

 この組織を上手く御すことのできる領主こそが名君であるとは、良く言われる話だ。半分くらいは冗談だろうけどね。

 

「……ええと、そういえばステイシーさんはギルドマンとも懇意にしていたよね。“アルテミス”だったかな」

「ええ。個人的には弓を教えてもらったりしてるけど、こっちが剣を教えたりもしてるわ。ゴリリアーナって子がなかなか有望でね。鍛え甲斐があるの」

「へえ、それはまた……弓も覚えるんだねぇ、ステイシーさんは」

「今までは剣ばかりだったから、一応使い方くらいはね。……貴方の横に居ながらでも、戦えるようになりたいから」

 

 ……まっすぐに言われると、ちょっと照れるな。

 

「私は、ステイシーさんが弓を持たずとも良いように政治を回していけるよう頑張るよ」

「アハハ、それが一番でしょうね」

 

 本当なら私がステイシーさんを守ってやるくらいのことは言わないと格好がつかないんだけど、出来ないことを放言しても仕方がない。

 私は私にできることを最大限やっていくだけだ。……自分一人だけの伯爵家でないと、気合が入るね。

 

 

 

 少し前まで、アーケルシア侯爵はこちら側、サングレールとの問題においては政治的に干渉はせず中立な立場を堅持していた。

 地理的にも遠く離れたアーケルシアだ。下手に嘴を突っ込むこともないと考えていたのだろう。それは正しい判断だと思う。

 けれど現当主であるマルテン・モント・アーケルシア侯爵は、“聖域派”にやや寛容、というより甘い立場を取っていたことは間違いない。

 

 ハルペリアとサングレールの国境に人の手で排除できない強大な魔物を配置することにより、二国間の交易も戦争も断絶させる……“聖域”を作ろうという過激な思想を持った派閥だ。アーケルシア侯爵からすれば陸路が封じられれば己の湾岸都市が大きく潤うのだから、“聖域派”の実現性はともかく、大らかに対応するのもわからないではない。

 だが、積極的に支援しようというわけでもなかった。その辺りは聡いアーケルシア侯爵のことだ。実現性に疑問があったのだろう。事実、貴族の中でも“聖域派”は決して多くはなかった。

 

 だからこそ、私はアーケルシア侯爵に取引を持ちかけた。

 交易に関する大きな提案と助言。長期間の契約……。結果として侯爵は私の案に賛同し、“聖域派”の反対の立場に回ってくれる事となったのである。

 

 陸路によるハルペリアとサングレールの交易路の確保。

 これは両国が恒久的和平を結ぶに当たって重要な事だ。戦争を起こさず、内政に注力して領地経営するためならば是非とも実現しておきたい。

 

 そしてこれは私だけではない。ジュール・ロアル・ハルペリア国王の意思でもあるのだ。

 ……徹底抗戦を望む血気盛んな貴族たちも多い中、とても大変だと思う。敬われるだけの立場ではない。実態は常に陰謀が……嫌だなぁ……王様にだけは頼まれたってなりたくないよ、本当に……。

 そういう意味では今の私くらいの立場で動けるほうが、一番気楽なんじゃないだろうか。

 

 

 

「なるほど……軍需物資に成りえるものは取引せず、最初はあくまで嗜好品と……確かに、交易はそうした方が上手くいきそうだ」

 

 私は今、大男と話している。全身が筋肉に包まれた、……頭頂部の寂しさにどこか親近感の湧く、中年の男である。

 私の周囲には“月下の死神”達が護衛として臨戦態勢を取っているが、それだけの理由が彼にある。

 

 “白頭鷲”アーレント。

 かつて戦場において無双の強さを発揮したという聖堂騎士団の一人は、今は眼の前で外交官としてソファーに座っている。人生とは不思議なものだ。私とは無縁の人間だと思っていたのだが。

 

「サングレールからも似たような品を出させてもらいたい。争いに寄与しない……そうだね、甘味の原材料などはどうだろうか」

「おお、良いねぇ甘味。平和の象徴だよ」

「うん、甘味は素晴らしいものだ。ステラビーンズに……ああ、スターアニスなんかも良いかな。とても良い香りのする実でね……」

 

 アーレント氏は体格の物騒さのわりに、非常に穏やかなお人だった。

 もう何度か一緒に会談しているし、いくつかの式典にも出席してもらっているので慣れたものだ。最初は私もおどおどしながら接していたけどね……。

 

「……問題は、エルミート男爵領でね。ううん、困ったものだ……」

「エルミート……といえば、国境沿いの」

「そう。貴方がたサングレールでいうところのフラウホーフ教区と接する領地だね。……そちらとも交渉しているのだけど、なかなか進まなくてね」

「む……エルミート男爵は、交易に反対なのだろうか」

「あまり良い返事を貰えていないのは確かでね。まあ、これまで何度もサングレールとやり合ってきた土地柄もあるだろうけど、“聖域派”が多いのもまた厄介でね……」

 

 それとエルミート男爵は私のことがどうも嫌いらしい。あれは対抗心とでもいうのだろうか。私は何もしてないのに……。

 

「ふむ……エルミート男爵領には“タカ派”と“カッコウ派”が多い、と」

「……カッコウ?」

 

 アーレント氏の零した呼び方は、初耳だった。

 

「ああ、“聖域派”のことだね。サングレールではヘリオポーズ教区のイシドロ神殿長が筆頭なのだけど、彼らの派閥もなかなか無視ができなくてね。いつしか誰かがカッコウと、そう名付けたみたいなんだ。……ヘリオポーズだけでなく、フラウホーフ教区にもカッコウ派はいくらかいるけどね」

 

 ふむ……話には聞いていたが、サングレール聖王国の“聖域派”……カッコウか。

 二国間を結ぶにあたっては、こういった派閥への対処もこれからはどんどん必要になっていくだろうな……。

 

「アーレントさん。イシドロ神殿長はどのような人物かわかるかい?」

「……私も他の教区に関してはあまり詳しくはないんだけど、何度か会ったことはある。その上でイシドロ神殿長について語るのであれば、奇妙な人……としか言えないなぁ」

「奇妙」

「性格が全く読めない人なんだ。神殿長たちの中でも大の変わり者でね……」

「交渉はできるだろうか」

「うーん……難しいと思う」

「……そうか」

 

 サングレールとの交易を成立させるためには、まだまだやるべきことが多い。

 戦争を避けたい者、徹底的に戦いたい者、交流ごと関わりを絶ちたい者……ハト、タカ、カッコウか。様々な思惑をどうにか形だけでもまとめられないものだろうか。

 

 ……一筋縄ではいかないよなぁ。はぁ。

 

 ……今の私に出来ることは、エルミートとの粘り強い交渉くらいのものだ。

 頑張るしかないなぁ……。

 

 




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陣取りと盤上遊戯

 

「エルミート男爵領と小競り合いがあったんだってよ」

 

 解体処理場で討伐部位交換票が来るのをぼんやり待っていると、入り口辺りから気になる話が聞こえてきた。

 

「なんだ、エルミートと戦争でもあったのか」

「いや……領境の村の小競り合いだと。伐採で揉めて、ちと喧嘩になったそうだ。死人が出たとは聞いちゃいないが、実際はどうだろうなー」

「ほほっ、喧嘩か。土地持ちってのも辛いねぇ」

「俺等には無縁な話だな。へへへ」

 

 ハルペリア王国は広い。そして、広く大勢の人が居るところ、必ず諍いや争いは発生する。

 ましてそれが違う領地の者達であるならば、些細な事や行き違いで喧嘩になることも珍しくはない。

 戦争や紛争は、別国家同士だけで行われるものとは限らない。同じ国内にいる勢力同士でも、十分に発生し得るものなのだ。

 

「ここの伯爵様は良くやってるお人だろうが、戦争になるとどうなのかねぇ」

「戦に長けたって話は聞かないな」

「あ、けど伯爵夫人がいらっしゃるな」

「おおそうだ、俺も見たぜ。前の森の騒ぎで出立するところよ。あの剣の長さは伊達じゃなけりゃ相当な使い手だぜ」

 

 ……他領同士の戦争。というより隣り合った農村同士の小競り合い。これは確かによくあることではあるが、できればやめて欲しいというのが俺の感想である。

 しかしお隣さんの仲が無条件に良かったらこの世に争いなんてものはないわけで、大抵の場合はお隣さんだからこそ揉めるのである。

 

 レゴール伯爵領とエルミート男爵領。この二つは隣り合ってはいるものの、あまり仲がよろしくない。

 大々的に戦争をするほど険悪な関係ではないが、それぞれの村同士がいがみあうのはそこそこの頻度で起こっている。これはきっと、領地同士のやり方が微妙に異なるせいだろう。ちょっとの文化の違い、そこから生まれる摩擦。それだけでも争いの種になってしまうのだから、平和というのは難しいもんである。

 

 

 

「へー、エルミートの方でそんなことがあったんスか」

「ああ、噂で聞いた話だけどな。だからライナ達もしばらくは向こう側の任務は受けない方が良いぞ」

「今のとこそういう予定は立ててないスけど、了解っス。巻き込まれたら危ないスからね」

 

 今日はライナを誘って森の恵み亭で飲んでいる。

 大量の獣肉を考えなしに仕入れた店主がヤケクソというか適当に半額セールを実施したそうなので、その安い串焼きを楽しみに来たのだ。

 が、来てみると大量にあったのはチャージディアの肉でちょっと残念な感じだ。ボアの方が美味いからなぁ。ボアのが良かったなぁ。まぁチャージディアも食えるけどさ。脂の満足感がちげーのよ。

 

「エルミートって言えば、あれっスね。リバーシを発明したっていう男爵がいるんスよね」

「ああ、そうだな。それが今のエルミート男爵だ」

「そんなに古いゲームじゃないの意外っスよねぇ。あれだけシンプルなのに」

「だなぁ」

 

 ヘンリクス・ラ・エルミート。それが今のエルミート男爵の名前であり……大昔、俺が発明した(まぁ実質的にはパクった)リバーシを我が物にした男の名前でもある。

 経緯としてはまだ開拓村のガキだった頃の俺が発明したんだが、それを村長の息子のクソガキに成果だけ奪われた。……後に、その功績を当時……何歳だったかな。十四歳くらいか。そんくらいの歳のヘンリクスの功績にされちまったわけだ。

 結果として村長の生意気な息子が行方不明となったのだが……マジで一歩間違えたら俺がそうなってたかもしれないと思うと肝が冷えたよね。俺が貴族を最大限警戒するようになったのもこの頃からである。

 

 若くしてリバーシを開発した者としてヘンリクスはちょっと有名になり、軍略に強いんじゃねえかって話題になったっつー話を結構後に聞いたことがある。

 エルミート男爵領はサングレール聖王国に接する土地だ。とにかく男爵家では戦に強いことが第一とされているから、当時の男爵は息子に小さい頃から箔を付けたかったのかもしれない。

 実際ちょっとの間はエルミートの賢い嫡男として話題になったそうなんだが、そんな噂も時間の流れと共に“あれ、そうでもねーな”って感じに落ち着いたらしい。ま、リバーシを開発しただけで一生褒めそやされるなら貴族も苦労しねえわな。

 

「モングレル先輩もなんかそういう玩具とか作れば良いじゃないスか。これから冬だし、売れるんじゃないスかね。……すんませーん、エールふたっつー」

「ボードゲームかぁ。まぁ確かに当たればデカそうだよな」

「冬の間は家の中で暇してる人も多いスからね」

 

 そう、冬は何かと暇な季節である。

 外でちょっとした作業をすることもできるが、基本的には屋内でじっとしているのが一番ローコストなのがハルペリアの冬だ。

 だから人々は屋内の暖かな部屋に集まってお喋りに興じたり、手作業で何か小物を作ったり、あるいは暇にあかして愛を育んだり……そういう季節である。

 だからまぁ、色々と娯楽の選択肢があると嬉しいんだよな。俺なんかは自分の部屋で物作りとかできるし、その気になればキャンプしに外にも行けるから良いんだけどな。……色々なボードゲームもあったら楽しそうだよな。

 

「なあ、ライナはどんなゲームが良いよ。ほら、あるだろ人数とか。そういうやつ」

「んぐんぐ……この肉かった……はい? あー……うーん……私もそんな色々やったことはないっスからねぇ……でもどうせやるなら、二人でやるよりも大勢でやるゲームの方が良さそうっスね」

「大勢か」

 

 つまり多人数参加型のゲームってことだ。

 てことはあれだな、トランプでババ抜きとか……も良いとは思うんだが、さすがに紙は厳しいよな。似たようなものは用意できなくもないが、開発や量産にコストが掛かりすぎる。カードゲームはやめといた方が良いだろう。

 

「モングレル先輩、その串肉冷めちゃうっス」

「おっといけね」

 

 もさもさした肉を齧りつつ考える。

 ……うん、多人数参加型っていうと双六だよな。双六といえば桃鉄だとか、モノポリーだとか、人生ゲームとかだろう。どれも面白いゲームだし、間違いなく流行るはずだ。

 

 が、ここには落とし穴がある。それは、この世界の識字率がそんなに高くないってことだ。

 文字を読める人口がそんな多くねえ。ましてギルドマンだと結構な奴が文字を読めなかったりする。ほとんど読めないけど格好悪いから言ってないだけで、結構な割合の連中がそうだったりするんだろうな。多分俺が思っているよりも多いはずだ。

 だから人生ゲームみたいに“結婚する。皆からお祝い金五百ジェリーをもらう”とか書かれてても結構厳しいだろうな。あと、あまり細かい紙幣の処理をするのも道具や計算が煩雑になって良くない気がする。

 そもそもルールが複雑になってもルールブックを用意するのも一苦労だし読んでくれる人も多くはないんだから、簡略化は絶対条件だな……。

 

 ……うーん。なんだかすげぇ質素な双六になりそうな予感がする。てかその程度のシンプルな双六は多分もう既にある気がするわ……。

 

「あと参加する人が喧嘩しない奴が良いっスね……賭け事も起こらないような奴が良いっス……」

「あー確かに。賭博の対象にされちゃ嫌だわな。……難しいな、遊びを考えるってのも」

「遊びを作るなんて私にはちょっと無理っス」

 

 賭博は起きて欲しくない。だが、多少のランダム性が絡めば賭け事は発生し得るものだ。

 どの馬が一番になるか。サッカーでどこが何点入れるか。法皇がいつ死ぬか。ギャンブラーはこの世のあらゆる事象に金を賭ける生き物である。そういう連中を気にしすぎてもしょうがないだろう。俺にどうこうできる問題ではない。

 だから俺に出来ることといえば、イジメみたいなのが生まれにくい……つまり、一人を“ハメ”しにくいゲームにするってことくらいかな。友情破壊ゲームみたいなギスギスを生まないデザインにしなくてはならないだろう……この世界じゃ酒が絡めば普通に人死が出そうだ。領境の小競り合いどころじゃねえ。ゲームによっちゃそこらへんの酒場で刃傷沙汰が起きちまう。

 

「ていうかそもそもその手のゲームってどんくらいで売れるのかね」

「さあ? あ、ムーンボードとかは雑貨屋で見た時結構高かったっス」

「あれは結構駒も細工凝ってるからなぁ……まあ、そこらへんの細かさで大分変わるか」

「モングレル先輩ゲーム弱いっスから、先輩有利のルールにして良いっスよ」

「言ってくれるじゃねえの……シンプルシリーズ十作品くらいプレイして半分くらい手を付けてないこの俺に随分と強気だなライナ……」

「っスっス」

 

 だがまぁ、ボードゲームの開発ってのも結構面白いかもしれないな。

 ……エルミート男爵にゲーム作りのパイオニア面され続けるのも個人的にちょい癪だったし、何か真剣に考えてみっか。

 




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俺が作った最強のボドゲ

 

 盤上遊戯。またの名をボードゲーム。

 前世においてその歴史は古く、古代ナントカ文明からあったと思われるのだが、今の俺はそんなWikiじみた検索ができないのでちょっとよくわからん。俺の代わりに目の前の箱か板でちょちょいと調べて是非とも俺より詳しくなっていただきたい。

 ともあれ、こういう遊びは石ころを何かに見立てて置いた時点で発生した文化だとしても何ら不思議ではない。それはこの世界においても変わらないだろう。

 実際、この世界特有のボードゲームはいくつかあるわけだしな。

 俺はそんなに興味ないが、バルガーなんかが良く通ってる賭場でも色々なボードゲームみたいなもんがあるらしいしな。まぁそっちは実力ってよりは完全に運頼りのルールになってるだろうけども。

 

「完全に実力勝負じゃ面白くねえからなぁ。運の要素のデカいパーティーゲームにしたいところだぜ」

 

 さて、俺がこれから作るのは売れるボードゲームなわけだが……。

 面白くなきゃ駄目なのは当然として、その内容にもいくつか縛りがある。

 

 まず文字。これは極力使わない。

 ハルペリア市民はある程度の名詞くらいは読めるし自分の名前くらいだったら書ける奴も多いが、聞き慣れない単語は全く読めないなんてことも多い。

 複雑な言葉の羅列が生まれないようなゲームにしたい。

 

 で、次にプレイ人数。これは三人以上で……なるべく大人数でもできるようにしたいな。

 まぁ大人数といっても四、五人がいいとこだろう。そんくらいのテーブルが普通のサイズだしな。重要なのは人数が少し増えても問題ないゲームってことだ。

 二人プレイのゲームは既にあるし、それ以上の人数で考えてみたい。

 

 これに運要素で大きく揺れ動くわけだから……そうだな、サイコロは必須になるだろう。サイコロ使えばとりあえずなんだってゲームになるしな。双六系にしておこう。

 

「あとはまぁ、革をゲームボードにしてここに色々描いていけば良いだろ。駒は適当に木や牙から作って、必要な小物も……」

 

 そうして俺はしばらく宿でゲーム作りに熱中したのだった。

 

 ……まぁ、前世に実在したボードゲームとかをそのままパクっても良かったんだけどな。

 けどせっかく異世界にぶちまけるゲームなんだから、俺の考えた遊びを垂れ流しても大丈夫だろ。

 それに、思いの外楽しいもんだよ。こういう遊びを作り出すっていうのもさ。

 

 

 

「というわけで完成したぜ……これがハルペリアで今最も熱いボードゲーム、“バロアソンヌ”だ!」

「今のところ私達が名前しか知ってないゲームのどこが熱いんスかね……」

「モングレルはゲームも作れるんですか!? ……いえ、評価を下すのは実際にやってみてからですよ!」

「ふうん、ゲームかぁ。僕はあまり経験ないなぁ」

 

 ギルドの酒場に行くと、“アルテミス”と“若木の杖”が珍しく一つに固まって話している最中だった。

 どうやらサリーを中心に魔法の講釈でもしていたらしい。テーブルの上には魔法用品店で見たような石ころや本が並んでいるが、気にせずプレイマットを展開させてもらうぜ!

 

「ちょ、今サリー先輩から魔法教えてもらってたんスけど……」

「えー良いじゃん良いじゃん。私聞いててもよく解らなかったし!」

「……僕もよく解らなかったけど、教えてもらっててそれはないよウルリカ」

「……母は、教えるのはそんなに上手くないので……」

 

 ライナ、ウルリカ、レオが魔法について教わっていたようである。

 横にはモモと、珍しくミセリナも同席している。

 

「解らないことを長々とやっていても辛いだけだろうから、気分転換でもしようか。僕もモングレルが作ったゲームに興味あるしね」

「……あ、あの。それ、どういうゲームなんですか」

「良く聞いてくれたミセリナ。まぁまずこいつを見てくれ」

 

 テーブルの上に革のスクロールを広げる。

 するとそこには、記号やらイラストの描かれたマス目がループ状のコースになって散らばっていた。

 コースはループ状と言ったが完全な一直線ではない。途中で左右に分かれる道があり、場所によって左右を選ぶことができるようになっている。

 また中央にも独立した小さなループがあるが……それはまた後々だ。

 

「なんなんスかねこれ。ウルリカ先輩は何だと思います?」

「えー……あ、文字もちょこっと描いてあるね。“武器屋”、“ギルド”、“ボア”……へー、なんか全体的にギルドマンっぽい感じ?」

「良く気付いたなウルリカ。このゲームはスタート地点に参加者の駒を置いて、自分の手番になったプレイヤーがサイコロを転がして駒を進めていくゲームだ。参加者はギルドマンとしてこのバロアの森を探索し、金を集めたり武器を揃えたりしながら魔物を倒し、貢献度を上げ、ゴールド3ランクを目指していくっつー内容だぜ!」

「僕はゴールド3だけど」

「遊びの話をしてるの、母さん」

 

 内容はまぁ、双六……というよりはマリパに近いだろうか。

 目的としてはループ状のフィールドをぐるぐる回っていって、金を集めたり、集めた金で武器を集めたりする。どちらもコイン型のトークンだな。

 武器を使って魔物マスの魔物を狩れば貢献度として星をゲットできる。一定量集めてギルドのマスに停まればクリア。そういうお遊びだ。

 

「へー! なんだか面白そう! あ、でも剣しかないじゃーん。私弓が良いー」

「魔物マスは色々あるんだね……ゴブリン、ボア、ディア、オーガ……必要な武器の数が決まってるんだ。なるほど。あ、ポーションとかもあるんだ」

「サイコロで進みながら道を選ぶんですね……あ、ギルドを通過する度にお金が貰えるんですか。じゃあ6を出し続ければたくさん進めて有利ですね!」

「……あ、これ最初に6出すと不利になるみたいですよ……?」

「なんでですか!?」

 

 馴染み深いテーマだからか興味は持ってもらえたようだ。

 まぁこの国には全然ないタイプのボードゲームだろうからな。そりゃ興味だって湧いてくるだろうさ。

 自作ゲームについて食いついてくれるのって……なんか嬉しいぜ……。

 いやぁ、長々と考えて作った甲斐があるぜ……。

 

「一応こっちのスクロールにも簡易ルールは書いてあるから、読める奴が読み上げる感じでな」

「字きったないっス」

「あはは! それ書き直した方が良いよー!」

「はいそこうるさい。最初の手持ち金貨一枚減点です」

「始まる前にっスか!?」

「ぶーぶー!」

 

 うっせぇ俺だって綺麗に書きたかったわ。わざと汚くしてんの、わざと!

 

「うんうん、なるほど……これなら僕でも覚えやすいや。バロアソンヌ……だっけ? 案外面白いゲームなのかも」

「そう……覚えやすいだろレオ。結構シンプルだ。そこで物足りないと思ってな、追加ルール用のサプリも作ってきた」

「え?」

 

 俺は懐から十数枚のスクロールと袋いっぱいのトークンを取り出し、テーブルの上に置いてみせた。

 へへへ……俺の徹夜で作った追加ルールとトークンたちだぜ……。

 

「まず戦闘をサイコロ二つの出目で判定する。攻撃力と防御力があって攻撃力がマス目の魔物のステータスを上回っていればダメージ判定だ。ただし返しのターンで攻撃された場合はタフネスを消費する。あ、このタフネスっていうのは雑貨屋マスの買い物一覧にある道具から選べるポーションとか診療所マスで回復できるぞ。それと雑貨屋で買えるアイテムにアイテムカードってやつを追加してな。あ、これは漂着者の人達が書いたっていう月面世界の神話を元にしたカードでな、これを自分の手番の最初に使うことができるわけなんだが、これはカードにそれぞれ効果があって出目の数を操作したり他のプレイヤーのステータスを変動させる効果があったりするんだ。他にも隣接したプレイヤーをあからさまに妨害したりだとか、魔物マスに停まった時に戦闘を有利に進めるカードなんかもあるぞ。あ、戦闘と言えば同じマスに他のプレイヤーが停まった時にギルドマン同士でバトルするルールもあってな、その時はお互いにスキルカードを使って勝負するんだが、この時相手のスキルの発動に対して自分のインスタント持ちスキルカードをチェーンすることができるんだが、このチェーンした場合は逆順処理っていって最後に発動したカードから順番に処理していくわけなんだけども、この効果中に一部アミュレットの効果は発動できないことになっててそれは書き忘れたんだが調整中ってことで」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと一旦やめてもらって良っスか」

「はい」

 

 どうしたライナ。お楽しみはこれからだぞ。

 

「いきなりそんなごちゃごちゃしたルール言われてもわかんないっス!」

「そうだよ! わっかんないよ!」

「うん、わからないね……」

「……そ、そうか?」

 

 正直作ってる途中でちょっと色々と詰め込みすぎたかなとは思っていたんだが、やっぱ駄目だったか……?

 いやでも、色々な要素が入ってるゲームの方が面白いじゃん……?

 空き地マスの土地を買って施設を建てて他のプレイヤーから金をいただいたり、借金作りすぎると中央の監獄ループで服役するとか、エリア毎の地価が変動したりとか色々あるんだが……。

 

「最初なんだから最低限のルールでいいじゃないスか。ていうか最初じゃなくても複雑すぎるルールじゃ流行るわけないっスよ……」

「……ス、スクロール……よくこれだけ書きましたね……汚い字で……」

「わかりやすい範囲のルールでやった方が良いというのは私も同意ですね。発想は悪くないと思いますけど……」

 

 うーん、ダメ出しばっかりだ……まだまだ奥行きのあるゲームはこいつらには早かったか……。

 

「モングレル」

「ああ? なんだよサリー」

「この“天恵のアミュレット”をターンはじめに発動させた時にスキルカードの“トリプルダイス”を使うと“天恵のアミュレット”のサイコロを振った時の効果が四回発動することになるんだけど、そうなるとターン終了時に何枚も金貨を貰えるようになってしまうよね。これは僕から見ると設計ミスのように思えるんだけど。直したほうが良いんじゃないかな?」

「あ、マジだ。てかお前もうルールそこまで読み込んでるのか……ありがとうサリー……」

「いやカードとかそういう複雑なのは使わなくて良いんスよ! とりあえず簡単なのでやりましょ! 簡単なの!」

 

 そういうわけで、ひとまず簡単なルールでバロアソンヌをやってみることになりましたとさ。

 




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バロアソンヌの歩き方

 

 レゴールを!

 駆け巡って!

 星を集めろ!!

 

「モングレル先輩少し寝といた方が良いんじゃないスか」

「説明ッ!」

 

 バロアソンヌは革に描かれたすごろくだ。名前は適当である。バロアとカルカソンヌを混ぜただけ。ただしカルカソンヌ要素は極めて薄い。何故なら完全に語感で決めたからだ。

 

 盤面はそうだな、想像しやすいように説明すると二つの楕円が十字に重なっている姿を想像してもらえるとわかりやすいだろうか。

 そういった図形を描くと内側を走るルートと外側を走るルートの二つに分かれるようにも見えるだろう。この内側が街ルートで、外側が森ルートだ。両方のルートともマス目の数は同じ。それぞれのルートが交差するマス目は門番マスで、東西南北を表現している。東門マスはギルドマスも兼任しているぞ。

 

 街ルートはローリスク・ローリターン。大きなトラブルなどは少なめで、雑貨屋で武器屋で買い物できたり、都市清掃などの安い儲けマスなんかが配置されている。

 森ルートはハイリスク・ハイリターン。採集マスに停まればそれだけでちょっとした儲けになるし、魔物マスに停まって倒せれば星をゲットできる。

 街で準備を整えつつ森に潜って討伐……それを繰り返し、誰よりも早くゴールド3を目指す。それがこのゲームの基本的なルールだ。

 ……俺としてはもっと色々な要素があった方が面白いと思うんだけどなぁ。まぁ最初だしシンプルモードでいいか……。

 

「じゃあ私この水色のコマを使うっス」

「あ、じゃあ私このピンクのやつねー!」

 

 なんだかんだでテーブルにいた全員が参加した。

 ライナ、ウルリカ、レオ、サリー、モモ、ミセリナの六人である。

 俺? 俺は今回はサポートに徹するよ。制作者の俺は勝手も知ってるからな。そんな奴が最初に大勝ちしたゲームなんてやりたくないだろ。

 

 ひとまず右回りでターンを進めていくことにして、最初はライナのターンだ。

 

「じゃあまず私から……ていっ」

 

 賽は投げられた。ダイスの目は……1!

 

「うわー1マスだけっスか……あ、こっちだとダイスのマークが描いてあるっス」

「そこに停まった奴はもう一度サイコロを振って進めるんだぜ」

「わぁい」

 

 すごろくの1マス目、すげー良いマスかすげー悪いマスか結構二極化するイメージが俺の中である。

 なんとなく最初に1で進めない上に悪い効果が出てくるのは踏んだり蹴ったりだと思ったので、今回はプラス系の調整にしておいた。

 続けてライナの第二投。今回は普通の目が出た。停まるマスは街ルートの箒マークだ。下にはコインのマークと数字が描かれている。

 

「都市清掃マスに停まったな! そこに停まったプレイヤーは金貨二枚もらえるぞ!」

「うーん……都市清掃で金貨二枚だったら誰も苦労しないっスね……」

「このゲームでは全ての経済活動が金貨で行われてるんでな……」

「でも堅実に稼いでいくのは悪くないっスね」

「はいはい! 次私ね!」

 

 ウルリカがダイスを振ってピンク色のコマを進めていく。こっちは森ルートを進んでいくようだ。

 

「やった! これは……薬草マスかな? 金貨三枚もーらい!」

「ウルリカ、物騒なマスの手前で止まれて良かったね……その一歩先は魔物がいるよ」

「うわっ、ほんとだ!」

 

 まぁ最初の一投ではいくつの目が出ても左右どっちかに行けば悪くないマスに停まれるからな。

 

「なるほど……最初は街で安全に準備を整えてから、次から森へ進むと! 完全に理解しましたよ!」

「おっそうだな」

 

 やらかしそうな雰囲気のモモではあるが、言ってること自体は至って真っ当だ。

 実際そういうプレイで進めていくのが一番安定するんじゃねーかな。

 

「確かにモモの言う通り、街から森に活動を移していけば安定はするだろうね。けど森ルートのこういうマスを踏めば何も問題ないと思うんだよね」

「……えー、そう……?」

 

 サリーが指差したのは森ルートのちょっと奥まったところにある宝箱マスだ。なんとこいつに停まると即金で十金貨が貰えちまうんだ。そのプラス効果たるや都市清掃の五倍である。

 分岐から一発で停まれる場所には無いのでリスクを承知で森に突っ込んでいく必要はあるが、停まれば一発逆転も不可能ではない。

 

「僕はこっちを進ませてもらおうかな」

「うーん……ウルリカとサリーさんは森ルートだったけど……僕は街の方が良いかな」

「わ、私も街の方から……」

 

 ゲームの進め方にも個性が出てくる。

 賽の目までは選べないが、自分で進むルートは決められるのがこのすごろくだ。

 特に意味のないような選択肢であっても、自分で決断すると納得できる。完全な運ゲーよりも“自分でやっている”感はあるはずだ。

 

「あ、武器屋マスに停まったっス。金貨三枚……早速剣を一本買うっス」

「あーっ! ゴブリンに襲われたぁ! ここで剣使うの勿体ないのにー……!」

「薬屋マスでポーションを買います! 安くはありませんが、これがあれば失敗をケアできますからね!」

「……うっ、罠マス踏んだ……! こ、これってさっきミセリナが仕掛けた罠だよね?」

「は、はい。仕掛けた罠を踏んだ人は……金貨を一枚失って宝箱に置かれます。レオさんの金貨を一枚、没収ですね……ふふふ……」

「なんかミセリナ先輩の顔が怖いっスね……」

「あ、僕このサイクロプスにやられて治療費が払えないんだけど、これどうなるのかな」

「ようこそサリー、借金したプレイヤーは中央の労働ルートに強制移動だぞ。安心しろ、堅実に稼げばいつかは抜け出せるからな」

「うわぁ」

 

 まぁ、ある程度自分でハンドル握れるゲームとはいえど、賽の目が運命を左右する遊びだ。ツイてない奴は本当にツイてないので、有り金を失ったり強制労働に勤しんだりと大変な人生を送り始めるわけだが。

 

「えへへー、また良いとこ停まっちゃった! お祝いマスに停まったから全員から金貨一枚ずつもらうねー!」

「またっスかウルリカ先輩!」

「さっきから何のお祝いを開いてるんですか!」

「僕が鉱山で稼いだお金が溶けていく……」

「おめでとうウルリカ、何のお祝いかは知らないけど」

 

 ツイてる奴はなんでだろな、こういう系のゲームをやってると順調に伸びてくんだよなぁ。不思議なもんである。ツキとか流れってのはあるんだろうかねぇ。

 

「……はい、門番マスに停まったからさっき街で買った看板を使うね……こ、これを森ルートに向けて……ここを次通る人は、絶対に森ルートを通らないといけないから……」

「次通る人って……次って私じゃないですかミセリナさん!?」

「そ、そうだよ? ふふ……大変だね……剣も買えてないのに……」

「……ミセリナちゃんなんか黒っぽい性格出てきてないー?」

「そう? 彼女僕らのパーティーだと普段からこんな感じだよ」

 

 そして他プレイヤーの妨害に楽しみを見出す奴もいる。

 喧嘩の原因になるかもしれないからシンプルルールでは極力無しにしているのだが、それでも全く互いに干渉できないのではつまらないからな。数少ない友情破壊要素を存分に楽しんでくれ……。

 

「あーっ! またウルリカ先輩に金貨取られたっス! 私がその金貨を貯めるためにどれだけ都市清掃をしてきたと思ってるんスかぁっ!」

「えへへ、ごめんねーライナ。ちょっと借りるだけだからねー」

「ようやく鉱山での労働から解放されたよ……単純労働って大変だねぇ……」

「実際の仕事はもっと大変だと思うけどな……あ、森で武器拾えた。これは運が良いや」

 

 ゲームの勝手を覚えて慣れてくると、段々と進行もスムーズになってくる。

 それに伴ってゲームの理解度も深くなると、皆が自然と熱中してコマを動かすようになっていった。

 その盛り上がりは他のテーブルのギルドマンにも伝わっているようで、バロアソンヌのプレイを見るギャラリーもちらほらと増えていった。

 

 ここまで来ると俺もゲームの成功は疑いようがない。華麗にエールでも注文して半分くらいギャラリーの一員になっちまうとするぜ……。

 

「エレナ、エールひとつな」

「はい。……随分とあちらのテーブルが盛り上がってますけど、モングレルさんが作ったゲームですか?」

「おう。まぁ聞きかじった色々な遊びをごっちゃにした奴だけどな。みんな楽しんでるようで何よりだ」

「へー……」

 

 ちらちらとそっちのテーブルを窺っているが、さすがに受付のメインが席を外すわけにもいかないだろう。

 

「面白そうならどっかで作って売り出してもらおうかなーって思ってるから、そうしたらエレナもやってみると良い。盛り上がるぞー、付き合ってる男と一緒にやると良いかもな」

「……正式なお付き合いをする前に断られましたけど?」

「おっとすまん、あ、これ代金な。じゃ」

「あ、ちょっと!」

 

 エレナ……顔は良いけど男運の無い奴である。いや、男の理想が高過ぎるんだろうな、エレナに限って言えば。

 それともうちょいガツガツしない方が良いと思うぞ! こういうアドバイスは口には出せないけどな!

 

「うわーっ! オーガに負けたー!」

「ウルリカの所持金が治療費で吹っ飛んでる……」

「あ、僕こっちの宝箱マス踏んだね。これで累積してる金貨二十枚僕のものってことか。やった」

「あああっ……! わ、私が貯めてたお金がサリーさんに盗られた……!」

「それ皆から掠め取ってきたお金ですよね!?」

「……僕はしばらく街ルート通っておこうかな。あ、市場でアイテムが売れる。剣が余ってるから一本お金に変えちゃおう」

 

 逆転したり、どん底まで落ちたり、這い上がったり。そんな激戦を繰り返しながらゲームを進めていき……最終的に最速でゴールド3を掴んだのは、自己流の堅実さを貫いてきたモモであった。

 

「や、やりましたよ! 私が一番です!」

「うわー! あとちょっとのところで負けたぁー!」

「おめでとうモモ。僕はまだもうちょっとかかるなぁ」

「……こ、こんなの納得できない……これ最後の一人になるまで続けないスか!?」

「の、望むところです……全員蹴落としますよ……ふふふ……」

「……お前ら、あんまり喧嘩しないようにやるんだぞ?」

 

 一部ちょっと友情破壊プレイに取り憑かれた奴もいたようだったが、全員もれなく熱中して遊べた辺り、この世界では上手いこと売れそうなゲームだなとは確信できた。

 テストプレイによってルールに調整すべき点は出てきたが、そういう部分も何度かテストを繰り返していくうちに最適化していくだろう。

 

 そうしてどうにか形にして量産できれば……今年のレゴールの冬は、娯楽が一つ増えるかもしれないな。

 




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いつもの丸投げ

 

 異世界版双六、またの名をバロアソンヌは酒場のギルドマンたちに歓迎された。

 盤上遊戯そのものはいくつかあっても、ゲーム性やらゲームバランスやらについて詳しく研究されてこなかった世界だ。そこに俺の無駄なオリジナリティが加わっているとはいえ、前世のボードゲームに近い楽しさがあることを考えればまぁ、流行るのは当然だったのかもしれない。

 最初にやり始めたのが“アルテミス”と“若木の杖”ってのも良かったな。大手パーティーが中心になって楽しそうにプレイしてれば良い見本になる。多少プレイングで諍いが起きても殴ったり蹴ったりの喧嘩になることがない連中だから最初のテスターとしては最適だ。

 何度かプレイしてもらう途中で“ここらへんの調整どうした方が良い?”とか色々聞いておくのも忘れない。ゲームそのものの完成度を高めるのも主目的ではあるが、“俺だけで作ったわけではない”ということを周囲に印象付けたかったからな。皆の意見を取り入れながらゲーム内容を微調整していき、製作の中心は俺であっても、多くのギルドマンの協力によって作られたゲームであるというイメージは皆の中に広まっていたと思う。

 

「よしっ、よしよし3が出たぞ! アレックスが落とした剣は俺が大事に使ってやるからなぁー」

「ぐっ……バルガーさん、その武器ちゃんと持ち主に返してくれませんかね……!」

「ククク……なあ、このゲーム脱獄とかってない?」

「ない」

「そうか……ククク……」

 

 流行った理由の一つに、三人以上でやるパーティーゲームってのもあるかもしれないな。

 これまでハルペリアで主流だったボードゲームは二人対戦モノばっかだったろうからな。複数人でワイワイやれるゲームってのが新鮮だったのかもしれない。

 “金を賭けない遊びは本気になれない”という駄目人間らしい格言でお馴染みのあのバルガーでさえ酒飲みながら楽しげにプレイしているのだからよっぽどだ。今はギルドの酒場だけで流行っている感じだが、そう遠からず……いや、もう今日とか明日にでも広まりだしてもおかしくはないはずだ。

 

 ……しかし、そう考えるとあれだな。電気も複雑な加工技術も必要ないボードゲームってのはやっぱ、こういうローテクな異世界でこそ輝くんだろうな。

 紙とかカードが大量に必要なものはちとコストが嵩んでくるが、駒とかダイスを使うタイプのゲームだったら色々と流行らせていけそうだ。

 

 流行らせていけそう、だけども……。

 

「俺もうプレイマット作りたくねえよ……」

「そう言うなよモングレル。お前が作ってるゲームなんだろ。ほら、金は払うんだからよ。俺らのパーティーにも一枚作ってくれって。な?」

「そりゃ作るけどよぉフリード……意外と面倒なんだぜこれ……?」

「見れば面倒なのはなんとなくわかる」

 

 問題は俺が主導で作ったゲームなせいで、流行り始めの現状俺一人だけが量産でひーこら言ってることだった。

 

 まぁ、作るの自体は難しくはないんだ。ただ作業量と必要な素材がどうしても多いんだこれが。

 プレイマットは綺麗な白っぽい革を選んで適当なサイズに端をカットする。

 盤上のマス目はマットの上にコインを配置して場所を仮決めし、マス目によってそれぞれ違うスタンプを押印することで描いていくわけだ。

 このスタンプを押す作業が結構神経使うんだわ。失敗できないしな。押す方向もちゃんと綺麗に揃えないといけないし、一回で綺麗にインクを乗せないといけない。

 また、スタンプの絵柄だけでなく金貨トークンや武器トークンなどが変化するマス目の場合はプラスマイナスや数字のスタンプも変えなくちゃいけない。

 そんなの手書きで良いんじゃね? と思われるかもしれないがどうせならスタンプの綺麗な文字で統一したいからな。面倒だがこまめにスタンプの種類を切り替えながらやっている……というか最初に作ったプレイマットがそうだったせいで今更他のパーティーのプレイマットだけ適当にできねえ……。

 それに各種トークンの用意も含めると……いや俺一人じゃどうしようもねえって。

 

「……よし、こんな仕事やってられるか! 人任せだ! 人にやらせよう! どうせ俺じゃ綺麗な文字書けねえしな!」

「おおお? なんだよモングレル作らないのか」

「ギルドに頼んで代わりに作ってくれる人用意してもらうわ。てかギルドマンのゲームなんだからギルドに作ってもらおうぜもう」

「おいおい、良いのかそれで。このバロアソンヌって結構儲かるんじゃないのか? 他のパーティーからも欲しいって言われてるんだろ?」

「あー。どうせ既存の遊びのいいとこ取りしたようなゲームだからなぁ。真似する奴だって後々出てくるだろ。良いよ別にめんどくせえ」

 

 というかもう俺一人で抱え込むにはちと規模がデカくなりすぎちまった。

 商売の規模でいったらこれはもうケイオス卿レベルだろ。俺の見込みが甘かったといえばそれまでだが、舵取りが難しくなってきた以上他にハンドルを委ねるしかねえ。

 何より、俺一人が利益を手にしても良い事はないからな……。

 

「おーいラーハルトさーん、ちょっとギルドに相談したいことがあるんすけどー」

「ん……はい、なんでしょうかモングレルさん」

「任務とは関係無くて申し訳ないんだけども、あっちでやってるゲームについてちょっと助言が欲しくてですね……」

「ああ、昨日から何か盛り上がっているようで。であれば、別室でお聞きしましょう」

 

 そんなこんなで、俺は受付……というかギルド職員であるラーハルトさんに色々と相談し、バロアソンヌの扱いについて色々と話を詰めていった。

 俺からの要望は、バロアソンヌの量産や商売の丸投げだ。製造から販売まで面倒なことは全てギルドにやってもらい、俺はちょっとした金だけ受け取る。そんな商談である。

 真面目過ぎて遊び全般に疎いラーハルトさんはバロアソンヌの価値や伸び代について最初は懐疑的だったが、酒場で遊んでいる連中から聞き込みしたり調べるうちに“どうやらこれはいけるものらしい”と判断したようで、俺からの依頼を受理してくれた。

 

「ジェルトナ副長らと相談してからになりますが……内部でもおそらく通るでしょう。いくつかの工房に掛け合ってみますが、難しい作業でもないようなので、そちらも断られはしないはずです。数日後には着手できるかと」

「おー」

 

 この世界は“やる”と決めたらマジで爆速で動いてくれるから好きだぜ。

 前世だったら色々な会議に回されたり回されなかったりして商品化するまで無限に時間がかかるだろうからなぁ……。

 

「……しかし、よろしいので? ゲームの発明にモングレルさんの名前が使われなくても……」

「良いんですよ、俺がやったのなんて最初の原型を考えただけだし。大事な部分はギルドの皆に手伝ってもらって作られていったんだ。俺だけで発明できたものじゃない。何より、作業もテストプレイもさんざんギルドのテーブルとか道具を使わせてもらったしなぁ……」

「……ですが、主な発明者がモングレルさんであることに変わりはありませんからね。販売権利の譲渡による報酬は受け取っていただきますが」

「あ、それはもちろん喜んで! へへへ」

 

 バロアソンヌの発明者はギルド、そしてレゴールギルドマン名義ということになった。悪目立ちして恨みを買いたくないと付け加えれば、その辺りはラーハルトさんも納得してくれた。実際変な奴に絡まれたくねーしな。

 報酬も特許料とかそういうもんでもなく、ただの買い切りだ。それでいい。俺は大金持ちになるつもりはないからな。

 

「よーし、これで手に入った金を使ってまた新しいゲームを開発するかぁ……次は最初から俺の名義で出せる最高に面白いゲーム出すぜ……」

「……あまり身を持ち崩さないように気を付けてくださいよ」

「わかってますって、ヘッヘッヘ」

 

 

 

 バロアソンヌの製造をぶん投げた後は、そこそこ他人事の体で流行り廃りを観察できるから気が楽だった。

 俺の予想通りバロアソンヌの面白さはすぐさま街に広まったらしく、“ギルドマン達が作った盤上遊戯”という触れ込みで家庭レベルにまで伝わったようだ。

 とはいえ、この手の作ろうと思えば作れてしまうボードゲームの宿命として、パチモンも大流行した。プレイマットのマス目が全部手描きのものはまだ良いとして、マス目の効果がほとんどオリジナルに改変されたバッタモンも大量に作られたようである。

 しかしそこはそれ、俺も前世のノウハウがあるのでね。ゲームバランスやデザインで言えば一朝一夕でパクられるものでもない。遊んで楽しいバランスとしてはオリジナルのバロアソンヌが良いんじゃねえかってことで、それなりにブランドは確立しているようだった。

 もちろん他の人が考えた双六も色々面白い奴はあったりして、それはそれで名前を変えて商品化されたりなどしているらしい。レゴールにボドゲブームが来ているのかもしれんね。

 

 このちょっとしたブームによってプレイマット用の白っぽい革の相場が上がり、何よりも六面ダイスの注文が増えて木細工師がちょっとうんざりしているという噂を聞いたりしたが……まぁ、恨むならギルドを恨んでくれよな! 俺はもう関係ねえからよ!

 

 

 

「いやー、臨時収入で市場にあったギガントクラムの殻を買っちまったよ。見ろよライナ、このでっかい貝殻。すげーだろ、こんなのがサングレールの海にいるんだってよ」

「なんでまたすぐにそんな買い物しちゃうんスか!?」

 

 つい最近買った一抱えもある巨大シャコガイの殻を見せびらかすと、ライナから渋い反応が返ってきた。

 ギルドにいる連中からも苦笑いが漏れているのがわかる。

 

「いやでもこれ元々お貴族様の観賞用だったのがな、ほら、ここがちょっと割れてるからって安売りだったんだぜ?」

「んー……まぁモングレル先輩が稼いだお金っスから……とやかくは言い辛いんスけどぉ……!」

「触ってみろよこの内側、すっげぇ滑らかでスベスベしてる。このキラキラした部分で何か作れそうな気がするんだよな」

「……スベスベっスけどぉ……!」

 

 まぁそう言うなって。近々こいつを原料に石鹸作りに着手するんだからよ。

 




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禁断の蟹二度茹で

 

 今日はシルサリス川までやってきて、釣りをする事にした。

 特に誰も呼ばず、一人で釣竿と調理器具を担いでの釣りである。俺は釣りの時は誰かと一緒に駄弁りながらの方が好きなタイプだったが、まぁ今回のは気まぐれだな。一人でやりたい時もあるんだよ。

 

「ほいっ」

 

 今回は餌釣りでやっていく。ここの川浅いしな。それにリールを忙しなく巻きたい気分でもない。腐りかけの肉を使っての釣りだが、さて、掛かるだろうか。

 とりあえず流れの緩んだ場所目掛けて放り込み、時々確認することにしよう。今日はとことんまったりやりてえんだ……。

 

「カニか、エビか……エビって気分じゃねぇな。ガンクラブかモスシャロ狙いかねぇ」

 

 最近は色々と人と関わったりする機会も多くて、ちと一人の時間が取れていなかった。

 そこまで人が嫌いなわけじゃないが、俺だって一人になりたい時はある。

 そういう時、川辺にいると落ち着く。

 ここは街からも近いし、人は居なくて静かだし、川の流れを眺めているだけでも癒されるんだ。

 釣果を期待して鍋なんかを用意しているが、これも気分転換の一つみたいなもんである。適当にそこらへんから流木を拾って火を熾し、何を作るかも決めていないのに水を沸かす。無計画なアウトドアだ。

 

「……茶でも飲むか」

 

 川辺に吹き付ける風が涼しい。秋もいよいよ終わりそうだ。

 こんな寒い時には暖かい飲み物がなけりゃやってられん。

 木の実の殻を炒って作った茶葉を鍋にぶち込み、煮込む。殻がデカめなので適当に抽出した後の始末が楽なんだよな。

 

「お? 竿に掛かっ……てないか。チッ」

 

 時々キャストし直したり、お茶を飲んだり。

 ルイボスティーじみた優しい味。もっと強めに炒ればコーヒーにも近くなってたんじゃないかという思いを抱きつつ、時々竿を放置して木工に勤しんだりもする。

 

「……これから双六用のコマも売れそうだなぁ。マイ駒っていうのかね。色々なボードゲームが生えてくるとなると、マジで需要はありそうだ」

 

 木彫で作るのはチェスの駒にも似た小さなものだ。

 バロアソンヌでは俺が急拵えした着色だけの適当な駒を使ったが、ビジュアルにはそこそこ気を遣うハルペリアの人々だ。きっとみんな作りの良い駒を求めて色々考えるはずだぜ。

 あるいは、幾つか独特な駒を作って黒靄市場にでも出しておけば儲けになるかもしれん。

 物のサイズ自体は大したことないから、良い商売になってくれるかも……。

 

「お、きたきた!」

 

 ちょっと浮きが沈んだか? というタイミングで少し合わせてみると、竿に強い抵抗。生き物らしい手応え。根掛かりではなさそうだ。

 しかし重さはない……ああ、こりゃ蟹だな。

 

「いえーい、いらっしゃーい」

 

 竿を上げてみると、案の定カニだった。

 ガンクラブ。以前ライナやウルリカと一緒に食べたかにこ汁の原材料である。

 

「……けど今回はああいう疲れる料理をしたいって感じじゃねぇなぁ」

 

 カニを空いてる鍋に放り込み、板で閉じて重石を乗せる。調理法はまだ未定だ。何か作るにしても、もうちょい何匹か掛かってみないとわからん。

 茹でるか、焼くか……。何にせよカニだ。どんな食い方でも不味くなることはない。

 

 再び竿を振り、針を投げ込む。ポイントはちょっとずらして大きな石の近くにした。

 糸を張って、暫し放置。生け捕りにしたカニが鍋を引っ掻く音がする……。

 

「……貝殻は焼カルだろ? カニは……キチン質だよな。焼くと何かに……いや、なんか香ばしくなるだけか。別もんだな」

 

 少し離れた場所に架けられた石橋の上を、馬車が通り過ぎていく。

 俺は時々焚き火に流木を放り込みながら、ぼんやりと考え事に耽っていた。

 宿の部屋に閉じこもって考えるのも悪くはないが、やっぱり外で一人、こうして気分転換をしながらってのも良い。

 文明を発展させる発明だとか、レゴールの未来だとか、世界平和だとか……そういう大袈裟なことからちょっと距離を置いて、ゆっくりと、身の丈に合ったスケールの考え事をする。

 こういう時間がないと、人生ってのはしんどいばっかりだ。俺は政治家には向いてない。

 

「アーケルシアの近くでは焼カル使ってたから、効果は実証されてるわけだ。探せば交易品にもありそうなもんだが、さすがに一般の市場には出回ってないのか……いや、そもそもベイスンの方が近いのか。こっちまで回ってこないだけだなこりゃ……」

 

 石鹸作りについて考えている。どういう技術なのか、この世界にも固形石鹸らしいものはあるのだが、数が結構少ない。品質の良いものとなると尚更だ。

 “アルテミス”のお嬢様方は俺特製の香料入り石鹸をご所望だが、さて困ったな……あれも大量生産しようと思っても難しいんだが……いつも分量適当だし……。

 

 今回はギガントクラムの殻を焼いたり、バロアの森に隠した簡単な発電機を使って頑張って作ってみようとは思っているが、上手くいくだろうか。原材料は多めに用意するつもりではあるが、緩い石鹸になったら謝る必要があるかもしれんな……。

 

 ちなみに森に隠した発電機は簡単なものなので、魔物が反応するほどの強力な電波は出てこない。

 前に調子こいて作った大型の奴を本気でぶん回した時が特殊すぎたのだ。あれはもう二度とやらん。

 

「お、二匹目だ」

 

 なんてこと言ってる間にヒットだ。今回もカニだな。よしよし、さっさと料理ができるくらいの数を釣り上げちまおう。

 

 

 

 日が高く昇る頃。

 橋の上を賑やかな隊商の一団が通過していくのを見送った頃になって、ようやく俺は調理を始めた。

 メニューはカニの煮物。味噌汁が欲しかったが味噌なんてものは無いので、泣く泣くこの世界のソースを味付けに使わせてもらう。まぁ、煮物とか汁物にすれば結構悪くない調味料ではあるし、不満な点はカニがカバーしてくれるだろう。

 

「根菜も……あ、こっちにも生えてるじゃねえのウェッジラディッシュ。まぁ長く煮込めば食えるだろ」

 

 具材はそこらへんで採取した野草だ。クソ硬すぎて野菜としては人気のないウェッジラディッシュがしぶとく礫の隙間から生えているので、目に見える限りのものを集めていく。

 開拓村ではこの手の食える物の知識は頭に叩き込んであるからな。この異世界でも俺の野草知識はそこらへんのシティーボーイ以上だぜ。なんならライナとかウルリカよりも詳しいと思う。動物系は知らん。

 ウェッジラディッシュは長時間煮込まないと食えたものではないが……。

 

「なに、根気強く待つさ。今日の俺は急いでないからな」

 

 チャージディアの敷物に小瓶にウイスキーを入れて持ってきている俺に死角はない。

 時々干し肉をつまみつつ、のんびり火を焚べながら作らせてもらうぜ……。

 

 

 

 橋を渡る知り合いのギルドマンが挨拶してくるのに返事をしたり、変わった色の石を拾ってちょっと磨いてみたり、釣りのターゲットを魚に変えたものの何も反応が無かったり。

 そんなことをして数時間過ごしていると、そろそろ俺も鍋から香ってくるカニの香りに根負けした。

 

「もう良いだろ……」

 

 蓋をあけるとほら、いい香りだ。これよこれ、カニの香り。調味料は俺好みじゃないが、火を通したお陰で独特の風味は幾分かマシになっている。

 

「美味そうだ」

 

 火を通した甲殻類のこの鮮やかな色が食欲をそそる。

 ……スパイスで味付けした干し肉じゃ欲望を抑えられなくなってきたところだ。

 

「いただきます」

 

 椀にカニの半身とゴロゴロした根菜をよそい、スープを注ぐ。

 まずはスープから。

 

「あったけぇ……」

 

 ああ、カニ味噌の良い香りだ……もうお前が味噌で良いよ。これからはお前が味噌汁を名乗ってくれ。

 

「根菜は……うん、まぁ……半分に割っといて良かったな。まぁ食える」

 

 ウェッジラディッシュはちょっと硬かったが、まぁ食えない範囲ではない。逆に良く噛まなきゃいけない分、満足感は得られる。それにこの素朴な味わいも嫌いじゃないんだ。

 

 そして無言になりつつカニの身を啜る。大きいカニってわけでもないから身を食うのも一苦労だ。しかし苦労するだけの旨味がこの生き物にはある。

 

「ふぅー……」

 

 夢中になっておかわりするうち、小鍋はすっかり空になっていた。身体が温まり、腹も満たされた。

 スープも飲み干したので、椀に残されたのはカニの殻の残骸のみ。

 暗くなるまでにまだちょっと時間はある……。

 

「……このカニちょっと焼いたらまだ出汁出るだろ」

 

 それから俺はカニの残骸を使って、もう一品スープを作ることにしたのだった。

 日暮れまでに間に合ってくれよ……。大丈夫、ちょっと出汁取ってスープにして飲んだら終わりにするから……!

 

 

 

 で、二度目のスープも美味しくいただきましたとさ。

 今日は、ただそれだけの話である。

 




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塩辛い異文化メニュー

 

 レゴールの色々な店で歌祭りが開かれるらしい。

 まぁよくあるお祭りというか小さな催しのひとつで、レゴール全域を巻き込んでって程ではないが、興味ある人らは結構楽しみにしてるみたいな感じの不定期イベントだ。

 

 開催場所は酒場とか飲食店とか。

 その日は歌祭りに参加する店内には雇われの吟遊詩人やら演奏家やらが常駐し、一日中ずーっとBGMに徹してくれる。しかし店によって歌祭りの概念が異なるせいか、雇われた演奏家がずーっとワンマンライブをやってる所もあれば、名乗りを上げた素人がBGMを借りてのど自慢してる所だとかで結構まちまちである。

 レゴールで一番歌の上手い奴を決めるっていう催しでもないし、もらえるおひねりの量がめっちゃ増えるわけでもない。

 なんというか、全体的に芸術に疎いハルペリアらしい、とても地味な感じのお祭りなのである。

 

 が、今回の歌祭りはどうも拡張区画の意気込みが強いらしい。

 レゴールの拡張区画は新しい店が入ったりだとか、それまで店らしい店を持てなかった人たちが自分の城を持てるフレッシュな場所である。

 そこに幾つかの土地を有するハーフの互助会“ロゼットの会”の店が、今回の歌祭りで一際大きな催しをするのだそうだ。

 

 開催店舗はロゼットの会の一員が経営する、サングレール系の食材を使った新しい料理店“蔦の輪亭”。

 木材の匂いが芳しいこの新築店舗で、開店記念を兼ねて祭りに参加しようという話であるらしかった。

 

 まぁ色々ここまで言ったが、別に新しい店だとか歌だとかは俺にとってそこまで重要ではない。

 重要なのは、開店記念のこの“蔦の輪亭”で料理が半額だってことなわけよ。

 

 

 

「へーい、いらっしゃい! 奥の空いてるテーブルどうぞ!」

「タンポポのサラダ美味いよー」

「ヒマワリ油を使った美味い料理だよ! 安いのは今日だけだよ!」

 

 店に入ると、明るい曲調の演奏に元気の良い店員の声が賑やかな声が出迎えてくれた。

 店の人らは金髪だったり白髪だったり、サングレールのハーフらしい特徴を持った人が何人かいる。レゴールではかなり珍しい景色と言えるだろう。

 一人で街中を歩いていればろくでもないことばかりが起こるが、こういうロゼットの会のように同じような境遇の連中で寄り合いを作っていると、それなりに堂々と過ごせるものなのである。

 ……もちろん、この手の異国の人間の集まりというのはあまり良い風に見られないけどな。

 

「いやー、賑やかな店だなぁここは」

「なんだか良い雰囲気ですね」

「お、向こう空いてるぞ。あっちのテーブル行こうぜ」

 

 今日は俺とバルガーとアレックスの三人で飲み会だ。

 そこそこ新しい建物が出揃ってきた拡張区画を見て回るついでに、サービス価格の飯を食いながら酒をやろうという、まぁ金のないギルドマンらしい遊び方である。

 

「あーどっこいせ。いやぁ新品の椅子ってのは良いな! テーブルもサラサラだ。けど飯はどうなんだ? 俺はサングレール風の料理なんてほとんど食ったことねえんだよな」

「バルガーさんもですか。僕もないんですよね……食材そのものは時々市場で見ることはありますけど」

「あれ? なんだよ二人とも食わず嫌いなのか? いや、けど何かしら食ってると思うけどな。ヒマワリの種なんか色々使われてるしよ。ま、とにかく色々頼んでみようや。悪くはないと思うぜ」

「モングレルは悪食だからなぁ……」

「いつも変なもの食べてますからねモングレルさん……」

「そんなことねえよ! お、ヒトデの卵の塩漬けだって。これ頼んでみるか」

「言った傍から変なものを食べようとしている!?」

 

 サングレールの食材というのは、正直俺もあまり馴染みがない。

 別にサングレールに行って向こうの郷土料理を食ってきた経験があるわけでもないからな。ただ元サングレール人の母親持ちだったから、そこらへんで他のハルペリア人よりは詳しくなっているとは思う。好き嫌いもしないしな俺は。

 

「はいよー、ヒトデ卵の塩漬け、それとタンポポサラダに豚の甘煮ね!」

「おおー……なんだこのツブツブしたの。美味いのか……?」

「サラダはまぁ普通ですが……豚肉は良さそうですね、いい香りがします」

「おーマジだ、美味そう。酒も頼むか酒。すんませーん、この酒三つください」

 

 タンポポのサラダはまぁ、そのまんまタンポポの葉っぱやら茎やらを使ったサラダだ。柔らかい葉っぱを使ってはいるんだろうが、俺からするとちと硬そうに見える。

 ヒトデの卵の塩漬けは、なんだろうな。エノキの頭だけをたくさん集めて塩漬けにした感じ……? 顔を近づけても匂いがしないので不気味だ。

 豚の甘煮はなんかすげぇ角煮みたいな匂いがしてビビった。食材はありふれてるけど俺の中では正直これが一番気になる。

 

「どれどれ……ん、これはあれか、八角か」

 

 豚肉を食ってみたら、なるほど懐かしい味がした。

 甘いような香り高いような……そんな八角の風味を感じたのだ。しかも煮物のスープ自体も結構甘く仕上げてある。豚肉は残念ながら角煮ってほど柔らかくないしむしろ硬いが、味付けは俺の好みだ。醤油ってわけでもないからコレジャナイ感は強いが……うんうん、悪くない。

 

「エール三本お待ち!」

「おーどもども」

「よっしゃ、こいつがなきゃ始まらねえ……うん、何が来るのかとヒヤヒヤしたが、この豚肉はとりあえず大丈夫だな!」

「サラダも悪くないですよ。この葉っぱ、時々見かけることありますけど普通に食べられるんですね」

「タンポポは全草食えるぞ。花から根っこまでな」

「ええ、本当ですか。便利ですね」

 

 エールをごきゅごきゅやりつつ、サラダをつまみ……さて、誰も冒険にいかなかった一品に目線をやる。

 

「ヒトデの卵ってどんな味なんだろうな……」

「モングレル、お前自分で頼んだんだから最初にいけよ」

「美味しかったら僕も食べます」

「毒見役か……? まぁ食うつもりだったから良いんだけどな……」

 

 小鉢のような慎ましい皿に盛られて出てきたこのヒトデの卵の塩漬け。

 塩漬けもクソもヒトデの卵自体食ったことないからまるで味がわからん。サングレール人はいくつかの種類のヒトデを食うとは聞いていたが、卵は正直全く聞いたことがなかった。

 

「……どれどれ……まずは一口……」

「不味くても吐くんじゃねえぞ?」

「一応僕の方ガードしておこう」

 

 匙でヒトデの卵を掬い、取る。塩漬けしてあるだけあってちょっとネトッとしている。いや、フレッシュな状態のヒトデの卵をそもそも知らんけど。

 ……眺めていてもしょうがない。食ってみよう。

 ムシャァ……。

 

「……」

「モングレルが止まったぞ」

「表情が変わらない……どうなんですか、美味しいんですか」

「んん……ちょっと口濯がせてくれ……」

「不味いんですか……!?」

 

 ちょっとエールを何口かごくごく。

 

「ちょっともう一口食べてみるわ」

「……? こいつ……まさか」

「うん、酒で口濯ぐわ。うーん、まだわからんな。もう一口……」

「ああ!? モングレルさんこれ美味しいんでしょ!? ひたすらおかわりしようとしてますね!? させませんよ!」

「グッ、バレたか!」

「俺にも食わせろ! ……結構美味いじゃねえか!」

「本当だ、美味しいですね。お酒が進む……!」

 

 ヒトデの卵の塩漬け、こいつがなんとも美味い。あまりの美味さに思わず独占しようとしてしまったほどだ。

 味の傾向としては……瓶詰めのウニに近いだろうか。それにちょっと風味が弱くて磯強めのカニ味噌っぽい感じを足したような不思議な味わいである。

 あとなんか塩辛い他にミョウバン臭さもある。保存料の香りはちょっとあれだが、強い塩気と旨味のおかげで何杯でも酒が飲めそうなおつまみだった。

 

「いやーゲテモノってイメージあっけど悪くないな、サングレールの飯も!」

「サンセットゴートの肉もあるみたいですね! 結構高いですけど……あ、でもこれ割引されてるなら行くべきですよ。頼みましょう!」

「俺ヒマワリ入りのミックスナッツ頼むわ」

 

 とりあえず悪くない初動で飲みを始めた俺たちは、次々に料理を注文していった。

 産地が遠いのもあって割高なメニューも色々あったが、今日は安い日なんでね。俺たちを止められる奴はいねえよ。

 

 

 

「あー食った食った……今更だけど演奏も良いよなぁこの店は」

「ですねぇ……ほんと今更ですけど」

「サングレールの吟遊詩人は上手いからなぁ。バルガーとは大違いだ」

「なんだぁ? 俺に歌わせたら曲の最中に泣けるぞ? 俺が」

「バルガーさん自分で歌ってて一人で感じ入って泣きますもんね……」

「その没入感は良いんだけどな……もうちっと演奏上手くなってくれ……」

 

 この店は参加者を募って歌わせる店ではなく、雇った演奏家たちに順々に披露させているタイプの店だった。

 バルガーは自分でもちょっと歌いたかったのか残念そうにしているが、正直こっちとしては良い曲の方が聞きたいからこの形式で良かったと思う。バルガーが歌い始めるとめんどくせぇからな……。

 

「……はい、今のは父から受け継いだ曲“渓谷の秋”でした。みなさんどうもありがとう!」

 

 曲が終わると、店内のどこかからかヒューヒューだのパチパチだの聞こえてくる。多分、ロゼットの会とも関わりのある人だろう。結構明るいノリの人が多いんだよな。そういう陽気さは嫌いじゃないんだが。

 

「これから冬になり、寒くなります。ですが、この“蔦の輪亭”ではこれから先も暖かな料理で皆様を歓迎します。外れの大天幕では我々の演奏もやっているので、拡張区に来た方は是非!」

 

 どうやら演奏していたのは店の身内だったらしい。なるほど、宣伝も兼ねているとはなかなか強かだ。

 

「ああ、そういえば聞きましたね。冬場は空き地に大きな天幕を設置して、劇や演奏をやるらしいですよ」

「はー……なんだかお貴族様みてぇなことするんだなぁここらへんの奴は。モングレルもこういうの好きか?」

「いーや、俺はそうでもないよ」

 

 物珍しさに見たい気持ちもなくはないが、そこまで娯楽に飢えているわけでもないからな。

 けど冬場もやっているとなると、暇つぶしに訪れてみる価値はありそうだ。

 やることがなさすぎて死にそうな時は顔を出してみようかね。

 

「なあ、さっきのヒトデの卵の塩漬け、もう一度三人で食わないか?」

「良いですね、食べましょう」

「あの塩味は食い過ぎると絶対に身体に悪そうだが……食うわ。頼もうぜ、酒も一緒にな」

「へっへっへ、身体壊すのが怖くてギルドマンなんてやってられっかよ。おーいそこの姉ちゃん! 注文よろしく!」

 

 それから陽気な曲と一緒に酒をグビグビやり、バルガーが勝手に演奏し始めようとした辺りでお開きとなった。

 

 この日の飲みで肝臓と腎臓にちょっとしたダメージが入った気もするが、時々だからセーフということにしておこう……。

 




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冬入りの兆し

 

 バロアの森での伐採作業が盛んに行われている。

 建材需要、燃料需要……レゴールでの木材需要は尽きる兆しが見られない。

 しかしそれに応じて作業者もドンと増やしたし、伐採ポイントも数年前と比べるとほぼ倍増している。毎年カツカツだったが、今年はようやく供給の方が安定しつつあるって感じだな。

 おかげで俺たちギルドマンの仕事も多くて助かっている。伐採関係の護衛や間引きの討伐はほぼ常駐依頼だ。ブロンズ以上なら護衛の仕事で困ることはないし、アイアンはアイアンでやれる作業も多い。冬になってくると仕事が少なくなるのが俺たちギルドマンだが、今年は真面目にコツコツ働いてる奴に限っては持ち崩すことはないだろう。

 

「もう狩猟シーズンも終わりか……俺ももうちっと討伐やっときゃ良かったなぁ……まだ探せばいないもんかね?」

「んーどうだろー。最近は明らかに魔物が減ってるからねー、割に合わないかもだよー」

「足跡も古いのばかりだったね……僕らはもう春になるまで控えようかと思っているよ」

 

 今日、バロアの森を適当に討伐でもやるかーって感じで潜った俺だったが、あえなく不猟で終わった。

 帰りがけの馬車で偶然一緒になったウルリカとレオも同じようで、手応えの無さを感じてさっさと帰る事にしたようだ。まぁそれでも俺とは違って何羽か鳥を仕留めてきたらしいから、全くのボウズってわけでもないんだが。器用な奴らだ。

 

「モングレルさんはさー、この冬はどう過ごすの?」

「冬? いつも通りだよ。仕事はレゴール内の軽めのやつにして、後はたまーにバロアの森で野営するくらいだな」

「……森で野営? 冬のバロアの森で何かあるの?」

「モングレルさんは冬に野営するのが好きらしいよー? 変態だよね」

「野営は男のロマンだぞ。お前らもやってみりゃわかるさ……」

「さすがに危ないから僕はやりたくないなぁ……」

 

 まぁ凍死の危険があるからな。生半可な装備でやるもんではないだろう。

 俺の場合は衣類も野営道具もしっかりしたのを整えているからなんとか寒い冬でも過ごせるが、この世界の一般的な野営道具だとほとんど夏物レベルだからな……。

 

 けど、冬場にバロアの森で野営する奴が完全に全くいないってわけでもない。

 路頭に迷った奴だとか、脛に傷のある賊だとか……そういった連中が森に潜み、なんとか越冬しようと頑張ってることも、まぁあるわけだ。だいたいそういう連中は凍死してるけどな。森の中で食える物が少ないから厳しいんだわ。

 

 と、そんなことを話している間に馬車がレゴールに到着した。

 ……次にバロアの森に潜る時はキャンプになるだろうなぁ……寂しくなるぜ。

 

「……モングレルさんがそこまで良いって言うなら、私はちょっとだけ冬の野営っていうのもやってみたいかなー」

「ええ? 危ないよウルリカ」

「お、冬キャンか? 冬キャンは良いぞ。お前らも一度やってみるか」

「狩りとかは全然しないんでしょ? やることなさそーだけどちょっと興味ある!」

「じゃあ雪のない時に一度やってみっか。レオも良かったら来いよ。男の世界だぞ」

「……妙に押しが強いなぁ……うーん、そこまで言うならじゃあ僕も一度だけ……」

 

 よし、冬キャンの予定が一つできたな。

 まぁ俺は俺で一人でやりたい奥地のキャンプもあるから、それとは別口でやることにしよう。

 この冬キャン、知り合いを誘っても誰も来てくれねえからな……俺が冬キャンの良さって奴を教えてやるよ……。

 

 

 

「目は……5! よし、ようやく武器屋マスだ。剣を二本買っておくぜ」

「あー先に買われた……いや、だったら看板で森ルート封じとくしかないな」

「宝箱来い宝箱来い……くっそー3か! いやけど薬草畑に停まった! ポーションは貰える!」

 

 ギルドに戻ってくると、バロアソンヌに興じているテーブルが一つあった。

 テーブルの上にプレイマットを広げ、だらだらと酒を飲みながらダイスを振り、駒を進めている。

 近頃はこんな光景もギルドの日常として溶け込みつつある。複数人で出来るゲーム性の高い遊びは中毒性があるようで、中には任務の受注のペースを落としてまではまり込むような物好きもいるそうだ。まぁ、娯楽の少ない世界だからなぁ。こういうものに熱中する気持ちはよくわかるぜ。

 

「くっそー、暖炉の近くは全部取られてるな」

「あはは、向こうの席は早いもの勝ちだからね。いいよ、こっち側のテーブル空いてるからそこに座ろう」

「しょうがねーな」

「ん? おーいなんだよ、そっちにウルリカちゃんいるならウルリカちゃんだけこっち来て座って良いぞ! モングレルとレオは来なくていいからな!」

「絶対に行きませーん」

「野郎どもめ……暖炉前を占領しておきながらお貴族様気分かよ」

 

 調子の良い酔っ払いを適当にあしらいつつ、酒とつまみを注文して反省会が始まる。

 仕事上がりは大体、最初の方は反省会になる。まぁ愚痴みたいなもんだ。

 

「魔物が減る予兆は私達でも掴みにくいからねー……ちょっと居ないかなーって思っても、明日になれば戻ってることもあるし……けど今回のはそれとはちょっと違ったかなー」

「うん、一斉に気配が薄れた感じがするよね。多分冬入りってことなんだと思う」

「やっぱりそうなるかー……罠猟でも掛からんもんなのかね」

「罠猟の区画も毎年似たような感じかなー。気温変化に鈍い魔物もいくらかいるけど、そういうのはあんまり旨味の無い獲物だし……」

「ゴブリンなんかはまさにそれだな。でもゴブリン狩ってもなぁ」

「人型の標的を射る心構えを培う訓練としては良いってシーナ団長言ってたけどねー、昔からやってきたからそうなのかなーって感じがするなー私は」

 

 酒飲んで飯食って駄弁る。森の恵み亭で飲み食いした方が安くは上がるが、どうも寒い時期になってくると暖かなギルドでやりたくなるね。

 全く、冬は浪費の季節だぜ……。

 

「人型相手か……できれば、あまり相手にしたくはないね」

「まーねー……仕事だったらやるけどさ」

「二人は人間を殺したことはあるか? まぁ“アルテミス”だったらあるか」

「うん、護衛とか戦争の時とかもあるしねー。普通にあるよー」

「僕もまぁ、何人か……気持ちの良いものではないよね」

 

 ちょっとでも長くギルドマンなんてやっていると、人を殺す機会っていうのは必ず巡ってくる。

 俺なんかは賊相手に舐めプして生きたまま捕まえる事がほとんどだからレゴール近辺では滅多に殺しはやらないが、そんなことができるのも全て圧倒的な力があってこそだ。

 普通の奴にそんな余裕はないので、不届き者は殺すしかない。賊の討伐だとか凶悪犯相手の対人任務となると、それはより顕著になる。

 

「剣は直に殺してるって感じも強いからな。ショートソードだと特にキツいだろ、レオは」

「キツいね……最初のうちは手が震えたし、吐いたりしちゃったよ。今はもう慣れたけど」

「モングレルさんはー……あまりそういう話聞いたことないけど、やっぱあるよね……?」

「あるぜ」

 

 賊相手だったら、生かしてしょっぴいてやるけどな。

 侵略者は潰す。見つけ次第必ず潰す。

 だがあれは人か? 人じゃないならカウントできないが……まぁ、一応あれでも人か。

 潰した数は……どれくらいなんだろうな? 取得したスキル四つが全部ギフト絡みな辺り、今までの魔物討伐数より遥かに多いのだけは間違いないが……。

 

「……この話やめよっか」

「そ、そうだね。やめておこう」

 

 ちょっと考え込んでいたらしい。いかんいかん、思考が物騒になってた。これは良くない。

 

「ああ悪いな、ちょっと血なまぐさい話になっちまった。……今日何も獲ってないくせにな」

「えへへ、私達は獲れたからー」

「ちっ、弓使いはこういう時便利だよなぁ」

「モングレルさんも前に弓教えた時からちゃんと練習してれば今頃普通に使えてたよー……」

「たまに思い出すように使ってはいるんだけどな……」

「思い出すくらいの頻度で使っても上手くはならないよ」

 

 聞いた所によれば、レオもちょっと弓を扱えるらしい。

 初耳だわ。多分……というか絶対に俺よりも上手いんだろうな……。

 

「だぁー! なんでお前ばっか宝箱取っちまうんだ!」

「グヘヘヘ、ありがとよ皆。コイツは俺の飲み代にさせてもらうぜ」

「集中狙いしてやろうぜ」

「あっ、それは駄目だろ!」

 

 酒場に賑やかな声が響き、美味そうな料理の香りが漂ってくる。

 これからもっと寒くなってくると、暖を求めるギルドマンの姿もより増えてくるだろう。

 そうなるとこいつらのやってるバロアソンヌのようなボードゲームも、一度に三卓くらいは開帳しそうだな。

 ギルドに丸投げしたバロアソンヌの量産はすげぇ軌道に乗っているらしく、今やこのギルドだけでなく一般向けの酒場なんかでも置かれているようだ。雪が降る前にレゴール以外の領地にも大量出荷する予定らしく、製造に携わっている工房は大慌てだって話を聞いている。

 

「……私達もやろっか、バロアソンヌ!」

「良いね、僕もちょうど提案しようと思ってた」

「しょうがねえな……制作者には勝てねえってことをお前らに教えてやるよ」

「モングレルさんこういう遊び強いって印象ないんだよねー」

「フフッ」

「おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ……」

 

 わからせてやるよ、ボドゲ慣れした大人の全力ってやつをな。

 

 

 

 結果から言うと、俺は二位だった。一位はレオである。

 コメントに困るわ。

 




当作品の評価者数が4500人を超えました。
いつも作品を応援いただきありがとうございます。
これからもバッソマンをよろしくお願い致します。

( *-∀-)フガフガ…



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人々から見た新たな娯楽

 

 秋の終わりのレゴール。収穫祭を終え、バロアの森の魔物狩りにも区切りがついたこの頃、ギルドを中心に広がり始めた遊びがある。

 バロアソンヌ。それは一枚の革製のマットの上に簡素なマス目を描き、ダイスを振ってその数だけ進んでいくという、基本の動きとしてはシンプルなゲームである。

 しかしそこにモングレルが発案したマス目ごとの効果や、この世界においては全く真新しいと言っても過言ではないルールが合わさり、非常に画期的なゲームとして街の人々に受け入れられたのであった。

 

 それまでの盤上遊戯といえば、一対一の対面で行われるムーンボードやリバーシなどがあった。しかし戦略性という意味では両者ともに奥深いものの、娯楽としては神妙な顔を突き合わせる類の、知的競技に近いものだった。

 ところがこのバロアソンヌは、競技的な頭脳や高い戦略性などは必要ない。基本的にはダイスを振るだけであり、出目によっては幼子ですら勝者になれる簡素さ、つまり間口の広さがある。

 何よりも、神妙な顔を突き合わせる必要がない。運否天賦に任せた参加者たちはそれぞれダイスの目に一喜一憂し、楽しくはしゃぐことができた。

 これまでにない多人数参加型のゲームであることも、人気を後押しする要因だったのだろう。大きな目立つテーブルで楽しそうにゲームをプレイする者がいれば、当然気になるものである。

 レゴールギルド発祥のこのバロアソンヌは、ギルドによって販売されると共に爆発的な広がりを見せた。

 

「ギルドマンが考えたゲームだってよ」

「ほー? バロアソンヌ……バロアの森のゲームか」

「街とバロアの森……お、城門もしっかり四つあるぞ。俺たちの東門はここだな」

「おっ! これ知ってるぜ! 前に“大地の盾”の知り合いと一緒にやったんだ。面白えぞ。……おお、ちゃんと説明書がついてるのか」

「知ってんの? じゃあ次の交代までやってみるか」

「面白いぞー」

 

 門番や衛兵たちは、詰所や待機所で。

 

「おやっさん、向かいのとこが受注した細かい木製コインのやつ、このゲームみたいですよ」

「おお? なんだこんなのか……こんなオモチャのコインの何が良いってんだ?」

「いやヤバいですこれ。一度やってみてください。この仕事受けた方がいいってなりますよ、本当に」

「随分な物言いじゃねえの。そこまで言うなら、やってみっか」

 

 職人たちは同業者経由で、仕事の合間に。

 

「ギルドマンのゲームなんだってさ。バロアの森を舞台にしてるらしいよ」

「へー……うわ、なんか大きそうだな。うちのテーブルに乗るかぁ?床でならできるかな」

「叔父さんも呼んでやりましょ。結構面白かったのよこれ」

「王都から来た魔法使いのパーティーの人たちもやってたって」

「ほー」

 

 特に関わりのないような普通の人々の間にも、ゲームは広まっていった。

 参加しやすく、ルールを覚えやすい。そして娯楽の少ない世界である。

 様々な要因が重なって、バロアソンヌは冬の始めに差し掛かり暇になりつつある人々を夢中にさせた。

 

「金貨三枚! よし!」

「こっちは……んー、地味だ! さっさと追い抜きたいのに!」

「くっそー剣が無い! あと少しなのに……何度街を回ればいいんだ……!」

「おーい酒持ってきたよ。手前側に置いとくかい」

「ありがとう! いやー……ギルドマンってのは厳しいな!」

「はっはっは! 実際のギルドマンはここまで楽じゃないと思うけどな!」

 

 一本道の双六のようなものであれば存在した。だがそれも数十マスほどで、マスごとの効果なども無いような淡々としたものである。概念としてはないこともないが、人気の低い娯楽であった。

 それが盤面がループ状になり、勝利条件が設定されることによって大きく娯楽性が変化し、親しみやすいパーティーゲームに昇華した。これはハルペリアにとって非常に衝撃的で革新的ゲームであったことは間違いない。

 実際、このバロアソンヌやそれに類似するゲームにのめり込んだ人々の一部には仕事そっちのけで熱中するという者も現れたほどだ。俗に言うゲーム中毒というものである。

 気の合う大人数が屋内で集まれば、バロアソンヌをプレイする。モングレルの発案したゲームはレゴールの日常のワンシーンとして、大袈裟ではなく溶け込んでしまったのだ。

 

 そしてその波は決してレゴールだけに留まらない。

 “これちょっと勢いやべえな”と早々に感付いたギルドはバロアソンヌを更に増産し、王都やベイスンなど近隣の都市に出荷する分の在庫を整えた。

 その早めの対策は正解で、バロアソンヌを求める需要はレゴールのみならずハルペリアの多くの都市に及び、作れば作るだけ売れるどころか、類似品が氾濫してもなお売れるという異常事態にまで発展したのである。

 

 国全体のこのムーブメントを見るに、騒動はバロアソンヌ中心ではあったが、類似品やオマージュしたゲームによる影響も大きかった。

 パーティーゲームという新たなジャンルに目覚めた人々のうち、発想力のある者がこぞって自作ゲームを作り広めたことも大きく影響しているだろう。そんなこともあり、ベイスンや王都インブリウムなどではバロアソンヌではなく別の名称のゲームが主流となってプレイされていた。

 

 ギルドマンたちが生み出したゲーム、バロアソンヌ。

 それはなんだかんだで一強となることはなく、様々な後追い作品に並ばれる形でハルペリア各地に周知されることになったのである。

 

 

 

「うーむ。アーマルコよ、私はそろそろバロアの森へと進撃したいのだが」

「いけませんなウィレム様。伯爵家当主ともあろう者が軽率に魔の森に出て行かれては……はい、こちら看板でございます」

「ぐぬぅ」

「アーマルコの言う通りよ、ウィレムさん。バロアの森の平定は私達に任せていればいいの。はい、サイクロプス撃破」

「どちらかと言えば伯爵夫人の方が行っては駄目なのでは……?」

 

 そして、流行は時に貴き者たちの間にまで及ぶことがある。

 バロアの森を舞台にしたゲームが大流行していると聞いては知らないままではいられぬと始まったレゴール伯爵家でのバロアソンヌも、気がつけば時折開催される娯楽にまで大出世していたのだった。

 

「出目は……4。よし、皆様から金貨を一枚ずつ徴収させていただきます」

「ブリジット様、おやめください。仕える主から金貨を取るとは何事ですか」

「え? ではアーマルコ殿よりまとめて徴収しましょうか……」

「……いえ、やはりここは大人しくゲームのルールに従うべきでしょうな。続行致しましょう」

「アーマルコよ……」

 

 寒風に窓が揺れ、暖炉の中で爆ぜる薪の音が響く。

 角製のダイスが転がり、駒が進み、時折和やかな笑いとため息が漏れる。

 

 老いも若きも、富める者も貧しき者も関係なく、新たに生まれたゲームは全ての人々に親しまれているのであった。

 




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店舗特典SSも短編や長編など5種類くらいありますので、ご注意ください。


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独立と加入

 

 冬になり、道行く人々の装いが少々厚ぼったくなる頃。

 俺は久々にケンさんのお菓子屋に立ち寄って、未だ律儀に俺限定半額セールをやってくれてるタンポポコーヒーを楽しんでいた。

 

「うーん……心のカフェインが補充される……」

「ぬふふ、こちらの焼き菓子も良いですよ、モングレルさん。新作です」

「お、どれどれ……なるほど、こういう味か……良いねぇ、美味いよケンさん」

 

 ケンさんの店はもはやレゴールで最もデカい菓子屋と言っても過言ではないだろう。本人の性格に若干の難はあるが、菓子そのものは美味いからな。忙しそうに黙って菓子を作っている間はどんどん良い評判だけが積み重なっていく。

 ケンさんのお菓子工場はあまりに有名になりすぎて、別の都市からもお客さんが来るレベルにまで育ってしまった。かつては通りで一人だけシャッター街やってたケンさんのお店も、今では商店街で一人だけ空気の読めない高級店出してるような感じになってしまった。

 そんなケンさんのお店だが、近々貴族街の近くにも新たな店舗を構えるらしい。

 

「今の店も拡張したり改築したりとしたのですけどねぇ……私の才能を納めておくにはそれでも手狭なようでして……ここで働いている弟子の一人を独立させて、そちらに第二店舗を開かせるつもりなのですよ」

「すげぇ……言ってることもやってることも……いやぁーケンさんも出世したなぁ」

「ぬふふ。まあ、最低限のものは覚えたという感じですな」

 

 ちなみに独立するのは日頃ケンさんの手伝いをしている若い女の子である。この店で一番最初から働いている、パティシエ志望の努力家の子だ。

 日々ケンさんのビッグマウスや異常に高い意識によって腕前も精神も鍛えられ、ついにいくつかの菓子のレシピを貰っての独立である。おめでたいことだ。

 

「なーにが最低限よ……絶対に向こうで大成してやるわ……」

 

 おめでたい……けど店の奥でうっすらと闘志を立ち上らせている彼女は、巣立ちというよりは出奔に近いのかもしれない。

 まぁけど、ケンさんも大概反骨精神の塊だからな……そう考えると似た者同士の師弟関係なのかもしれない。

 

 

 

 師弟関係。親方と独立。それはここハルペリアにおいてよくある事だ。

 工房なんかだとまさにこれで、弟子入りして何年も下働きをし、技を伝授され、親方の認可を得てようやく独立が許される。

 暖簾分けと共に道具をくれたりだとか一部の顧客も任されたりだとかもあるが、ひどい所だと何も分け与えずに出ていけと言ったりもするらしい。

 だが普通の場合は、お互いに困った時には力を貸すなどといった繋がりが残るし、良きライバルとして関係を変えていくものである。持ちつ持たれつ。そんな間柄だ。

 

 屋内作業の多い工房なんかだと冬場の時期でも問題なく稼働するので、ちょっとだけ暇になるこのタイミングを見計らって暖簾分けする所も多い。

 ケンさんのお店の他にも俺の知っている限り装飾品店が一つ、木工屋が一つ、金物屋が一つ独立するらしい。レゴールの盛況ぶりを見て、今がチャンスだと考える人らも多いんだろうな。

 

 しかし、なにも独立するだけが一人前の証というわけでもない。

 世の中には、独立ではなく弟子入りすることが一人前と見做される業種だってある。

 そのひとつが、ギルドマンだと言えるだろう。

 

 

 

「ウォーレン、今までよく頑張ったな。……今日からはお前も俺たち“大地の盾”の一員として認めてやる」

 

 今日、昇格試験にてシルバー1の認識票を手に入れたウォーレンがついに“大地の盾”への加入を許されたのである。

 以前から“大地の盾”への加入を目標に精力的に頑張っていたからな。ウォーレンの頑張りは誰もが知っている。

 

「おめでとう、ウォーレン」

「よくやった! シルバー1も早かったな!」

「これからは仲間だ。よろしく頼むぞ!」

「おっ? ウォーレンが“大地の盾”入りかい! こいつはめでたいね!」

 

 直接関係はなくとも、ウォーレンを知っているギルドマン達は皆祝福の拍手を贈っている。

 そして当のウォーレンはというと、ちょっと涙ぐんだ顔で笑っていた。

 

「……はい! これから俺、“大地の盾”で頑張るよ! いや、頑張ります!」

 

 初めて見た頃から背も伸び、体格もがっしりしたウォーレン。

 二つ目のスキルはまだ入手できていないが、それでもパーティーメンバーのお墨付きが貰える程度には仕上がっているようだ。

 結構前から“大地の盾”の連中から色々と教わってはいたし、予備役として目をかけられてたもんな。多分即戦力としてやっていけるんだろう。

 

「そうか、ついにウォーレンもシルバー1か……ついに俺に追いついたってわけだ」

「モングレル、追いついたってよりも追い抜かされてるぞ」

「そういう説もあるな……」

「まさか俺がモングレルさんより先にシルバーに上がるとは思わなかったよ……」

「俺はウォーレンが先に出世するって信じてたぜ」

「そりゃお前はそうだろが」

 

 “大地の盾”はハルペリア軍人に近い戦術を学び、訓練をする。心構えもまさに軍人のそれであり、ギルドマンにあるまじきキビキビした規律が特徴だ。

 まぁ中にはミルコみたいなよくわからん奴もいるが、概ね軍人みたいなもんである。このパーティーから実際に軍属になる者もいるので、剣士系のギルドマンとしてはかなりのエリートコースだと言える。ウォーレンはその一歩目を踏みしめたわけだな。

 

「しかしアレックスよ、“大地の盾”ってのは乗馬ができなきゃいけないんだろ? ウォーレンはそこらへん大丈夫なのかよ」

「それは追々ですかね……馬の世話を続けて慣れさせて、次第にといったところです」

「俺何度か乗馬させてもらったよ! 結構人懐っこくて可愛いんだぜ」

「苦手ではないんだな。だったら覚えも早そうだ」

「ええ、ウォーレンさんは覚えが良いので助かりますよ。僕の次の雑用係として頑張っていただきます」

「うぇえ……」

 

 アレックスは腕は立つが、若いってだけでどうしても下働きを多くやらされてたからな。

 その役目がウォーレンになると、もうちょっと楽になるかもしれない。良かったなアレックス。

 

「なあモングレルさん」

「お? なんだウォーレン」

「今ちょっとさ、修練場で稽古とかやってくれないかな」

「お、なんだ。腕試しか」

「ああ。別に、“大地の盾”に入ったからって自分が強くなっただなんて思わないけどさ。一回だけ、ちょっと頼むよ」

 

 ウォーレンはちょっとだけ真剣そうな雰囲気を漂わせている。

 別に俺はウォーレンの師匠ポジでもなんでもないんだけどな……まぁ、ご指名をいただいたなら良いだろう。

 

「わかった。試合形式で一回だけな」

 

 

 

 修練場に移動し、いつものバスタードサイズの模擬刀を手にとって何度か振るう。

 ウォーレンはロングソードを一本手に取っていた。

 

「おいおい、そんな長さの得物が持てるようになったのかよ」

「うん、なんとか。結構様になってるって言われるよ」

「ほぉー? ショートソードからバスタードソードを飛び越してロングかい。こいつは世間の厳しさって奴を教えてやらなきゃいけねえようだな」

「お、俺が何したんだよぉ?」

 

 考えてみれば、ウォーレンがシルバー1になったということはもうこれからは俺がウォーレンの昇級試験を面倒見ることはないってことなんだなぁ。

 ちょっと感慨深いぜ。こうして面と向かって模擬刀を打ち鳴らす機会もめっきり減るんだろうな。

 

「モングレル、ウォーレンにやられたら降格な」

「ブロンズ2からやり直せよ! ハッハッハ!」

「ふざけんな、なんの権限があって降格されるんだ」

 

 酒場からついてきたギャラリーはちらほらといる。ま、ウォーレンの晴れ姿を見たいって感じなんだろう。

 ……けど俺の降格がかかってるとあっちゃ、手を抜くわけにはいかんね。

 

「よーし、かかってきなウォーレン。シルバー1なりたてのお前と、ブロンズ3で一番強い俺。どっちが強いのか……はっきりさせようじゃねえか」

「そりゃブロンズ3で強いのは知ってるけど……行くぜ、モングレルさん!」

 

 ウォーレンはお手本通りにロングソードを構え、手堅く距離を詰めてくる。

 一気に前に飛び出してドン、ではない。自分の武器のリーチ有利を自覚した、堅実な動きだ。

 

「さあ、慎重なのは良いが……果たして俺のバスタードソードに対応できるかな?」

「……!」

 

 俺は剣を片手で握り、レイピアのような動きで前に突き出しつつ、ゆらゆらと動かし続ける。

 時に下側を、時に顔へ。刃先を忙しなく動かしつつ、同時にステップを刻みながら近づいていく。

 

「モングレルめ……半分遊びが入ってるな」

「あれやられるとムカつくよな」

 

 確かにロングソードはリーチに優れるが、素早く動く剣に対して一方的な有利が取れるほどではない。確かにリーチ差は有利だが、それは一撃目だけだ。初撃を外せば身軽なこっちに分が出てくる。

 ウォーレンも一応はロングソードを扱えるようになったのだろうが、軽々と使いこなせるって次元でもないんだろう?

 

「くっ……」

 

 だからちょっと翻弄されただけで、駆け引きに消極的になる。

 動きに騙されまいとひとまず距離を置こうとする。

 

「……ッらぁあああッ!」

 

 そして焦れた後は突っ込んで、有利の一撃に全てを賭けようとする。

 ロングソードの長さを生かした勢いのある突き。まぁ悪くはないんだが……。

 

「“強斬撃(ハードスラッシュ)”持ちが突きに逃げるなよ」

「うぁッ!?」

 

 動きは速い。腰も入ってる。だがそれでも俺がちょいっと剣の横面をぶっ叩いてやれば、突きは容易く狙いを明後日の方向へと逸らしてしまった。

 

「ウォーレンアウト! ケツバット!」

「いっでぇーっ!?」

 

 そのまま模擬刀で勢いよく尻をバシーンとぶっ叩き試合終了である。お疲れ様っした。

 

「ぐぁあああ……ちょ、超いてぇ……!」

「まだまだ弱いなウォーレン。パーティーに入ったんだから、これからは“大地の盾”の連中に鍛えてもらえ」

「お、オッス……! ありがとうございました……!」

「やっぱり負けたかー……けどウォーレン、あの突撃はさすがにねえだろ。雑すぎか」

「入団はおめでとうだが、いきなり反省会だな。対人訓練を日課にしてやる」

「覚悟しろよウォーレン。うちは厳しいからなぁ……」

「ひぃいい……」

 

 入団早々、ウォーレンには体育会系のシゴキが待っていそうである。

 冬の訓練は痛いぞぉ……。

 




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ちょっと豪華な装備品

 

「すげー、魔導鞘だ」

「いつかはディックバルトさんも手に入れるとは思っていたが……こうしてみると本当に騎士様みたいだなぁ」

「見た目はな……」

 

 その日、伐採任務の手伝いを終えてギルドに戻ってくると、珍しく大手パーティー達が顔を突き合わせていた。

 “収穫の剣”と“若木の杖”だ。団長のディックバルトと副団長のヴァンダールという、なかなか珍しい組み合わせである。

 

「なんだなんだ、随分と珍しい面子だなぁ……あ、エレナこれ頼むわ」

「はい、任務完了ですね。 ……“若木の杖”のヴァンダールさんが、“収穫の剣”のディックバルトさんのために魔導鞘を作ったんだそうですよ。注文があったとかで」

「へえ、魔導鞘作れるのか。すげーな」

「はい、こちら今回の報酬になります」

「どーもどーも」

 

 どうやら魔導具職人でもあるヴァンダールは、金のあるギルドマン向けに様々な自作装備品の販売などもしているらしい。

 前からちょくちょく細々とした魔導具を作って配ったり売ったりしているのは見かけたが、魔導鞘はなかなか良いもんだな。

 

「――うむ。俺のグレートシミターにジャストフィットする素晴らしい鞘だ――……滑らかに挿入でき、それでいて緩くない――」

「……ご満足いただけたなら何よりです、はい」

 

 ディックバルトの背中に装着された大きな鞘。それは2m弱はあろう巨大なグレートシミターを収納できるこれまた大きな鞘なのであるが、新しく用意されたそれはただの鞘ではない。

 

「――ヌンッ!」

「おおおー」

「抜刀できた」

「やっぱ格好良いなぁ」

 

 刀剣の柄を握り、魔力を通してひねるだけで……鞘自体がパカンと開いてくれるのである。

 ロングソードも、そしてそれを超えるサイズのグレートシミターも、巨大な刀剣として“抜刀し難い”という宿命を抱えている。

 魔力制御によって抜刀を瞬時に行うことの可能な魔導鞘といえば、全ての剣士の憧れの品と言っても過言ではないだろう。当然コストが高いので、そこらのギルドマンにはなかなか手が出せるものではない。装備できるのは軍人でも上の方の人か、騎士かといったところだろう。

 

「――うむ、そして納刀はそのまま開いた鞘にぶつけるように――……か」

 

 本のように開いた鞘にグレートシミターを戻してやれば、再び鞘が閉じて納刀が完了する。

 ……こういう長物は抜刀ひとつにしてもすっげえ練習がいるんだよなぁ。しかも習熟してもやっぱり難しいもんだから、魔導鞘というのはある程度強くなった剣士にとっては必ず購入を考えなければいけないアイテムなんだろう。

 その点バスタードソードは良いぞ……無駄に長くないからな。ちゃんと腰に装備できるんだ……。

 

「――素晴らしい魔導具だ。ヴァンダールよ……あるいはお前こそが、俺の鞘だったのかもしれんな――」

「あ、光栄です。お金はいただきましたのでそれでは失礼します……」

 

 ヴァンダールは何かを恐れるようにサーッとギルドから退散した。英断という他ない。

 

「ようアレクトラ。ディックバルトがデカい買い物したみたいだな」

「ああ、モングレルかい。前々から買っときなとは言ってたんだけどねぇ。団長は浪費ばっかりなもんだからなかなか……でもここにきてようやく入手できたってわけ」

「……金のある時に買えて良かったな」

「ほんとだよ……」

 

 どうやらアレクトラも色々と苦労していたようである。

 まあけど、そりゃそうか。いくら高額な魔導具とはいえ、ディックバルトくらい荒稼ぎしてれば魔導鞘くらい買えるわな。問題は本人の娼館通いのせいで貯金が難しいって部分だけだったのだろう。

 

「――うむ、うむ……素晴らしいな……――」

 

 しかし、ディックバルトもせっつかれるように買ったわりにはなかなか良い買い物ができたような満足げな顔をしてるじゃないか。

 お前にもこういう爛れてないタイプの男の子アイテムを手にして悦に浸るだけの感性があったんだな……。

 

「魔導鞘……原理そのものは簡単なのに、材料費がなかなか馬鹿にならないんですよね……!」

「高級な魔法金属も、い、幾つか使うからね……本当に、原理は簡単そうだけど……」

 

 モモとミセリナは魔導鞘についてちょっと知っているようだ。

 これは気になるな。俺は別に今の鞘を捨てて魔導鞘にしたいって気持ちは無いんだが、作ってみたい気持ちは結構ある。ちょっと俺も混ぜてよ。

 

「材料があれば俺にも魔導鞘作れるかねぇ」

「うわ、モングレルが来ましたね……モングレルはまず魔法の勉強をしたらどうなのですか」

「調子がいい時にやるつもりだから……」

「し、紹介した魔法商店のギルバートさんにこの前、モングレルさんの魔法の勉強について進捗を聞かれたんですけど……私はなんて答えたら良いんですか……?」

「それはちょっとごめんなさいとしか言えねぇ……」

 

 いや俺もたまに魔法の勉強はしてるんだよ。たまにな。

 しょうがねーだろ魔法なんてよくわからねえんだから。科学文明出身転生者舐めんな。

 とりあえずこっちのテーブルで一杯やらせてくれ。ディックバルト達のいるテーブルは……ちょっとな、うん。

 

「おっ、モングレルさんこっち来てくれたかぁ。ようやく女所帯から解放だぜ。一緒に飲みましょうか!」

「おおクロバルか。乾杯」

「乾杯~!」

 

 “若木の杖”所属の青年、全身ジャラジャラした装飾品でどことなくいかつい姿のクロバルも同席だ。

 見た目はアクセサリーまみれでかなりゴツいが、彼は彼でなかなかちゃんとしてて話しやすい相手である。

 

「てかあれっすか? モングレルさんも魔導具なんて作れるんすか?」

「私は聞いたことないですけど。いくつか発明品はあるのは知ってますけど……まさか本当に魔導具を?」

「いや全然作ったことない。魔導具って作れないもんかなと」

「あっはっは! 未経験者かぁ! いや驚いた、そうだよなぁ。普通は作れないもんっすよそりゃ」

「モングレル、魔導具製作を舐めてかかってますね……!」

「いや舐めてはねえって。そもそも作り方すら知らねえんだから」

 

 一応簡単なはんだ付けくらいならできるぞ。魔導具ってそういうイメージでなんとかならんか?

 俺も一応ほら、ゲームボーイのソフトの内蔵電池とか取り替えられるぞ。

 

「わかってないですねモングレルは……いいですか? 魔導具というのは緻密な計算と複雑な魔法理論が形になったものなのです。単純な発想力や奇抜さだけではどうにもならない分野なんですよ」

「モモ、お前俺のことを奇抜さだけで発明とかやってる人間だと思ってない?」

「そもそもモングレルは文字が下手なのでそこから……」

「文字はどうしようもねえんだ……」

「はっはっは! 先は長そうだねぇ」

「じ、実際に魔導具作りは簡単なものでも難しいですからね……失敗すれば材料が壊れたりするので、適当にやることはできませんし……事前の設計が大事なんですよ」

 

 あーそういうもんか。でもなんか聞けば聞くほど電子回路っぽい感じだよな、魔導具ってのは。

 ヴァンダールも魔法使いってわけではないし、ちょっと勉強すれば……いやなんかこう規格の揃った部品と設計図があればどうにか……いや、その不揃いな部品を材料として設計図を作るところから魔導具職人は始めなきゃいけないのか。じゃあ駄目だわ。

 

「その点、“アルテミス”のナスターシャさんが開発した湯沸かし器はすげぇよなぁ……俺もあんな魔導具を作ってみてえもんだよ」

「ク、クロバルさんはいつも簡単なものばかりですもんね……」

「ああ、クロバルの身につけてるそのアクセサリーか?」

「まぁ正直簡単すけどね、これも結構見た目にはこだわってるんすよ。魔法を込めて撃てるのも弱いやつを一発だけだけど、手数は強みだからさ!」

 

 クロバルが首や腕に巻き付けた様々な金属アクセサリーをじゃらりと揺らし、誇らしげに見せつけている。

 よく見ると装飾品の中にはめ込まれている石には仄かに魔法的な光が宿っている。

 あらかじめストックしておいて、必要な時に撃つ。そういう魔法使いもありか……人のストックした魔法だったら俺にも使えるかな? いやそこまでやってもな……結局人から借りた力じゃちょっとな。やっぱ魔法ってのは自分の力で好きに操るからこそってのが俺の中にはあるし……。

 

「あ、モングレルさん。俺の魔導具ならこれとこれは簡単な魔力操作ができれば使えるんだけど、修練場でちょっと使ってみるかい?」

「……使う!」

「元気な返事ですね」

 

 魔法は自分で操りたい。

 けどそれはそれとして借り物でも良いから一度使ってみたいじゃん?

 

 

 

「この金属板がそれかぁ」

「タリスマンって言ってほしいねモングレルさん! そいつをほら、魔石の嵌ってるとこを前に向ける感じでね、そうそう。で、持ち手の小麦の粒みたいな石をちゃんと握って魔力を通すわけよ」

 

 修練場に移動した俺は、クロバル指導の元魔法の試射をさせてもらっている。

 見学者はモモとミセリナだ。口では色々言うが、素直な連中である。

 

「クロバル、これ中身何? 何の魔法が詰まってるの?」

「そいつはねぇ……ふっふっふ、いやそれは見てのお楽しみだよモングレルさん」

「いや絶対火属性だろこれ……ブワーッと出るタイプのやつだ絶対」

「モングレル、すごい腰が引けてますね……」

「フフッ……」

 

 いやなんか火力のよくわからん花火に火をつける時みたいな緊張感があるんだよこれ……。

 けどこのままビビってもいらんねぇ。やるか……。

 

 魔力をこう通して……お? こうか。あー金属板に流れていくわけね。なるほどなるほど、伝達は強化と似たような感じか。

 

「うおっ!?」

「おー出た出た!」

 

 身構えながら発動させた魔導具は、先端から強い輝きを放った直後、大きな水の塊を射出してみせた。

 射出といっても物騒な勢いではなく、3mほど前方にバシャンと落ちるようなものだ。これは……水魔法の攻撃というには地味だし、なんだ……?

 

「あっはっは! 発動できたじゃないかモングレルさん! そいつは俺が緊急時用に持ってる消火用の水魔法のやつだよ! 火属性は危なっかしいから俺にしか使えないようになってるんだ!」

「あー……そうか炎だもんなぁ。そりゃ危ないもんな」

「放火したら普通に極刑ものですからね……間違いが無いように、クロバルさんでも扱える水魔法の魔導具を持たせているんです。同じ火属性使いのバレンシアさんもひとつ持ってますよ」

「へぇー」

「ちなみに! そこに入っている水魔法は私が込めたものです!」

「いや違うぞモモちゃん、さっきのはアモクが込めてくれたやつ。モモちゃんのはこっちの弱い方」

「……弱い方って言うのやめてもらえます!?」

 

 なるほど、魔法使いも色々と持ってなきゃいけない装備品があるってことなんだな。

 火魔法なんて危なっかしい魔法を扱うなら、このくらい常に備えてないと怖いってわけだ。

 

「……うーん、火属性も便利だとは思うが、やっぱりこういうリスクを考えると俺は水魔法を先に修得した方が良さそうだな……」

「モ、モングレルさんは基礎を勉強すべきだと思いますけど……」

 

 はいわかってます。基礎からですね。

 大丈夫、今日はちょっとモチベ上がったからちゃんと訓練するよ。寝る前にちょっとだけな。

 




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冬季キャンプお試し回

 

 冬になったなーと思ったら急に寒気が流れ込んできたらしく、バロアの森はすっかりと静かになってしまった。

 狩猟シーズンは完全に沈静化し、後はバロアの森のごくごく浅い所で樵が作業するばかりである。それもこの冷え込みでは、働き手も多くはないだろう。暖房をつけた作業小屋でちょくちょく休んでになるだろうな。それさえも雪が降るまでの間だ。

 

 しかしこう寒い時期になると、カラッと揚げた串揚げはより美味くなるものだ。レゴールにいくつか生えてきた串揚げ屋は盛況しているらしい。まだまだ目新しい料理ってのもあるだろうが、まぁ寒い時ほど美味いもんな。逆にラードは冷めたら不味いけども……。

 揚げたての串に、キツめの酒。文化的な生活を送れているようでなによりであるが、ちと健康が心配になってくるな。まぁ、その辺りもいつかケイオス卿として言及するようにしておこう。

 

 後は、そうだな。近頃は空き地に大きな天幕が張られたりなんかして、そこで簡単な劇だとか芸を行うような興行も増えたそうだ。

 冬場に仕事が無いような暇な人々はこういう天幕を訪れて楽しんでいるらしい。最近行った森の恵み亭でも珍しく吟遊詩人がそっち方面の明るい曲を歌ってたりして盛り上がっていたので、着実にサングレール圏の文化は広がっていそうだ。

 サングレールというとそれだけで排斥され得る属性なのだが、吟遊詩人達もそこらへんは慣れていてバランス感覚があるのか、政治色の全くない曲をチョイスしている。あるいはしっかりハルペリアをモチーフとした曲を作ったりもしているな。

 俺個人としては……ハルペリアの曲がマジで地味だし堅苦しいし、聞いててあんまり楽しくないので結構歓迎している変化ではある。

 これもアーレントさんが外交官として色々頑張っている成果の一つなんだろうか。

 

 

 

 と、色々とレゴールの近況について振り返ってみたが、今回の俺の活動圏は街中ではない。

 人も魔物も消えて静かになったバロアの森。それこそが、目的のフィールドである。

 

「よし、キャンプ行くぞキャンプ!」

「うっわぁー……過去一番の大荷物だねー……」

「僕らも念入りに準備してきたけど、すごいや……アーケルシアに行った時よりもずっと重装備になってるね」

 

 今日は俺とウルリカとレオで一緒にバロアの森でキャンプする予定である。

 こいつらは野営こそ慣れっこだが、わざわざ冬に無目的なキャンプをする意味がわかんねーとか言うんでね。大人としてちょっとその辺りをわからせてやろうって魂胆なわけよ。

 

「ちょっと興味はあったから準備はしたけどさー……今日はもう昨日よりずっと寒いよー……? 本当にやるのー?」

「まぁ最低限、防寒装備は手を抜けないけどな。それさえしっかりしときゃ冬場でも快適に楽しめるもんさ」

「楽しめるって冬の野営を……? 軍人さんでもそんなに楽しんでないと思うけどなぁ」

 

 こいつらにとっては野営ってのは普通のことだ。つまり、キャンプというのはかなり身近な行為なのである。だがそれもやむなくやるのがほとんどだし、狩りとか長距離移動の途中で仕方無しにというイメージが強いのだろう。

 わざわざ獲物のいない冬に、自分から野営をしに行く。なるほど確かにマゾいっちゃマゾいな。仕事でやるわけでもないし、ただ赤字になるだけなのは確定だしな。その辺りはまぁわかる。

 わかるけどキャンプってそういうもんだから……まずは受け入れろ……!

 

「まだギリギリで樵の人らが利用するバロア方面の馬車が残ってるから、それ乗って行くぞー」

「帰り馬車無しで徒歩だったらやだなー……」

「せっかくだし、今回は冬季野営の訓練だと思ってやってみようかな」

「その意気だぞレオ。何事も前向きが一番だ」

 

 そんなわけで、俺たちは静かなバロアの森に向けて出発した。

 

 

 

 落ち葉がカラカラになって、土は踏むとシャリッとなる場所もある。霜柱だろう。もういつ雪が降ってもおかしくない寒さだ。

 この季節はもうめぼしい果物も野草も全て枯れるか食われているので、採集にはとことん向いていない。狩猟対象も奥地へ奥地へ行っているので、魔物と遭遇することは極めて稀だ。もちろん全くゼロってわけではないんだが。

 

「なんだか二年前のブリジットさんと一緒にやった任務を思い出すねー」

「あー……あの歩き回っただけのやつな」

「それ僕も話だけは聞いたよ。ブリジットさんも大変だったんだってね」

「お、そういやレオはその時居なかったよな。でもブリジットにはもう会ったのか?」

「うん、貴族街の任務でちょっとね。稽古も付けてもらったよ」

「マジか」

 

 男爵令嬢ブリジット・ラ・サムセリア。二年前に突然ギルドにやってきて討伐をやりたいと言い出したおてんば令嬢である。

 その後春になってすぐに王都で護衛の仕事についたのだが……護衛としてついた相手が現レゴール伯爵夫人だってんだから、人生ってのは本当にわからないもんだよな。

 それが巡り巡って、レオの剣術指南までするのか。いつか再会する可能性も微粒子レベルで存在するかもしれないくらいには思っていたが、ここまでガッツリ戻ってくるとはさすがの俺も思わなかったぜ。

 

「ブリジットさんの剣術は凄いってものじゃないよ……剣豪令嬢と呼ばれるだけのことはあるね。全然勝てる気がしないんだ。……ステイシーさんはもっと強かったけど」

「ねー。多分あれだよね? ブリジットさんはとにかく速いけど、ステイシーさんは守りが堅いよね!」

「うん。ゴリリアーナさんの一撃でも受けきれるんだから、僕の軽い斬撃なんかじゃ小揺るぎもしないわけだよ」

 

 えっ、伯爵夫人そんなつえーの?

 ゴリリアーナさんの斬撃受け止められるとかもう最強の英霊クラスじゃん。

 

「最近はゴリリアーナさん、邸宅に通ってるけどさー……戻ってきたらすっごい強くなってそうだよね!」

「うんうん。その時は僕もまたゴリリアーナさんと手合わせしてみたいな」

「レオ、お前も結構バーサーカーなところあるなぁ」

 

 まぁでも男なら誰しも一度は地上最強の男を夢見るものだ。

 こういう最強談義にも似た話ってのは良いもんだよな。

 

 

 

 キャンプ予定地は奥地ではなく、一般的な場所を選んでそこに決めた。

 俺はソロでやる時だったらバロアの森の奥地でやるが、今日は二人がいるんでね。伐採も罠猟も絶対来ないような区画の、川に近い場所にベースを作ることにした。

 

「でも今更だけどさー……冬の野営なんてやることなくない? ……それこそ天幕の中で寝るくらいしか……」

「まぁ寒い時期はそれも賢い選択だけどな。ちまちまと小物を作ったり手のかかる料理を作るのも良いもんだぜ」

 

 背負った荷物をドカンと降ろし、物に応じてテキパキと展開していく。

 大人数用の天幕、薪ストーブ、ダッチオーブン……は宿屋に貸したままだし今回は使わないので普通の鍋で……。

 

「ほれ、二人でそこの天幕張ってみろよ」

「僕たちが?」

「できるだろ? 自分たちの寝床くらい自分たちで作らないとな」

「んー、立てたことのない形ではあるけど、できるかも……ウルリカ、一緒にやってみよっか」

「うんうん。じゃあ私こっち側ね!」

 

 二人に作業させながら、こっちはこっちで水汲みと料理の下準備だ。

 鍋や水筒にありったけの水を入れて川を往復する……前に触らせてもらった水を出す魔導具がすげぇ欲しくなるな。でもああいう魔法を封じる魔導具ってすげぇ高いらしいし、魔法を逐一封じるのも金が必要ってのがね……。魔法で楽したきゃ死ぬ気で勉強するしかないようだ。……どうにか楽して覚えらんねーかなぁ。

 

「あ、これだ! レオこれ、この張り綱についてる金属板をずらすと縄が引っ張れる!」

「……あ、ここか。へー、こういうのもあるんだね。便利だ」

 

 あとは薪だな、薪。薪と炭。

 炭はちょっとだけ荷物に入れてきたが、薪はそこらのバロアの枝をへし折って集めるしかない。まあでも冬場は乾燥しているし、集めやすい季節だ。火口の枯れ葉だっていくらでもある。問題は量だけだな。景気よく拾って山と積んでおくとしよう。

 今日は薪ストーブで暖を取りつつ美味い飯を食って……ウルリカとレオに、冬季キャンプの良さってのをその身に刻んで帰ってもらわなきゃな……。

 

「あれっ!? なんかこの天幕ちょっとシワになってないー……?」

「うーん……あー、本当だ……ウルリカ、もう一度ちょっと張り直そうか」

「ぐぐぐ……しょうがない、やろっか……! きっちり張れてないと気持ち悪いし!」

 

 ……頼むから寝てる時に倒壊するようなテントにはしないでくれよ?

 





【挿絵表示】

「バスタード・ソードマン」第二巻の表紙が公開されていました。
ライナとモングレルが精霊祭を楽しんでいるシーンです。とても綺麗。

( *・∀・)カワイイワ……

(ヽ◇皿◇)カワイイネ……

発売予定日は2023/10/30です。
メロブ、ゲーマーズでそれぞれ特典短編SSがつきます。また、それぞれ限定版があり、そちらは長編SSが付きます。
特典は全部内容が違うのでお気をつけください。


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ケツ穴に無理やりアルコール

 

「寒いの嫌だから薪たくさん集めておこーっと。ついでに食べられる生き物がいたら仕留めちゃおうかな?」

「今の時期に森を歩いたことないんだけど、いるのかな?」

「んー私もよくわからない。けど、全くいないってほどではないんだって。ジョナさん言ってたよ」

「そうなんだ。じゃあ僕も一緒に薪集めするよ。護衛ついでにね」

 

 冬場の野外はじっとしていると寒くてどうしようもない。なので常に動いていたほうが快適だ。ぼけーっと何も仕事しないでいるとただただ辛いだけである。

 薪を集め、水を汲んで、薪を集めて集めて集めて……。まぁほぼ薪集めだな。これは仕方ない。一日中燃料を絶やさないようにするってのはそう簡単じゃないのだ。幸い、バロア材の燃費は非常に良いので山と積み上げる必要はないのだが。しかし燃料ケチって使うような、そういう不便を楽しむためにこの冬のキャンプをやっているわけではないんでね。男三人が快適に過ごせるくらいの量を整えないといけないだろう。

 

 ついでに風の対策も必要だ。バロアの森の中はそこそこ風も弱いのだが、無風というわけにはいかない。寒い時間になってどこからか吹いてくると、単純にめっちゃ寒いし煙も目に染みるしでしんどい思いをする。

 なのでグルグルに巻いて持ってきた宿屋の古いシーツを使い、簡易的な風よけになるよう張っておく。スコルの宿でこれいらないからって貰ったやつだ。ボソボソかつペラくなってしまったシーツだが、部分的にレザーで補強しつつグロメットで穴を開けている。屋外でこういう使い方をする分にはまだまだいけるはずだ。

 そこらへんに落ちている薪の中でも丈夫そうなやつをペグ代わりにし、枝やら根っこやらも上手く活用しながら壁を作っていく。ある程度の風を防いでくれるだけでも快適性が違うからな。一部分だけではあるが、多少の仕事はしてくれるだろう。

 

「ちょっと回ってたらセディバードとパフ鳥居たよー。パフ鳥の方は逃げられちゃったけど」

「お? マジかよ仕留めたのか?」

「運が良かったかなー……あれ? なんか布の壁ができてるじゃん」

「薪も拾ってきたけど……あ、これ風除けかな」

「よくやったウルリカ。ほんと弓使いって食いっぱぐれないな」

「えへへー。ま、私天才ですからー」

 

 ウルリカが仕留めたのはセディバードだった。デカめの鳩ほどのサイズの、肉食性の鳥である。肉食ではあるが、味はそこまで悪くはない。

 しかしまぁ、よくこんな季節でもコンスタントに獲物を仕留められるもんだよ。ライナもそうだったけど本当に感心するわ。まずこっちは獲物がどこにいるかさえわからないってのに。

 

「それでー? モングレルさんは今日は何を作ってくれるの? 今回はそれだけ楽しみに来てるんだけど」

「おいおいそれだけってことはないだろ。飯以外にももっと楽しめるもんだぜ冬は。……まあ、鳥が手に入ったなら丁度良い。普段は作れないような料理でも楽しんでみようか」

 

 薪ストーブの他に、石で作った大きなかまどがある。雑にデカい木材を放り込んでぼうぼうに燃やす焚き火だ。こういうデカい炎があるとそれだけで温かいし、何より見た目が良い。

 今回セディバードを使った料理は、こっちの焚き火で作ることにしよう。

 

「まず羽を毟って産毛を焦がして処理したセディバードの内臓を取り除く。で、全体に串を刺しまくって穴を空けて……あとは頭が無ければそれで良い」

「捌かないの? 丸焼き?」

「丸焼きも美味しいよね。小さい鳥を捕まえてまるごと串にして食べるの、よくやったなぁ」

「コリコリしてるもんな。けど今回はちょっと違う」

 

 セディバードの表面にハーブ入りの塩をよくすり込み、内側には首の断面から調味料漬けの山菜を強引にねじ込んでいく。内臓を掻き出す時に使った肛門のところからも同じく、味付きの山菜を詰めていく。

 

「う、うわー……な、なにしてるのそれ……?」

「部位ごとに落とさず、そのまま味付けしてるんだね?」

「そう。で、全体的に味付け準備ができたら……ケツ穴にこのコップをぶち込む!」

 

 金属製の小さなコップに、お楽しみ用に持ってきたビールのボトルからほんの少し……だいたい缶半分弱程度の量を注ぎ入れたもの。こいつをグリュッと差し込んでやれば準備完了だ。

 

「いっ……痛そう……!」

「あはは、そうだね。でも普通はこんなに太いものが入るわけないよ、ウルリカ」

「そ、そうだよね……?」

「針金で固定してやれば……よし、こんなもんか。こいつに鍋を被せて窯焼き状態にしつつ、じっくりと調理する!」

 

 バーベキューの定番料理、ビア缶チキンだ。

 首無しの丸裸になった鳥がコップに腰掛けているようなショッキングな見た目をしているが、こいつがなかなか美味い。

 本来はこのケツにぶち込まれているコップはビール缶なのだが、コップでも問題なくできるだろう。加熱していくと共に表面の皮はパリパリになり、逆に内部は蒸発したビールでふっくらと仕上がるという……スペースを取る上に脂もボタボタ落ちるせいで屋内ではマジでやりたくない宴会料理だ。

 

「この被せた鍋の上に炭を置いとくと上からも加熱できて良いんだ」

「へー……本当に窯みたいなんだ……完成が楽しみー!」

「初めて食べる調理法だけど、きっと美味しいんだろうね……!」

「まぁじっくり焼くからな、のんびり待ってようぜ」

 

 完成しても三人で食う分にはちと量が物足りないだろうが、まぁその辺りはしょうがない。逆に鶏一匹分食いまくるってのも飽きるだろうしな。

 

 

 

 さて、キャンプというのは実のところ、やることを見つけなければ退屈なものである。

 何もしないという目的があるのであればそれも良い。ぼーっと過ごしたい時もあるし、そういうのが好きな人もいるからな。

 しかし何かやってないと落ち着かない人にとっては、これほど焦れったい時間もないだろう。

 

「お願いします、モングレルさん」

「おう。ま、寒い時は良い運動になるからな」

「二人共がんばれー」

 

 鳥が焼けるのを待つ間、レオは俺に模擬戦を挑んできた。

 時間はいくらでもあるし、まだまだ明るい。身体を鈍らせたくもないというのであれば、キャンプに誘ったこっちとしても断る理由はない。

 お互いに模擬刀代わりにちょっと良い感じに削った枝を持っての打ち合いだ。こっちはバスタードサイズの枝が一本だが、向こうは二刀流である。

 

「モングレルさんが強いのはわかっているからね……僕も手は抜かないよ」

「おいおい、こっちはブロンズだぜ? ちょっとくらいハンデをくれたって良いだろうよ」

「必要ない……でしょッ!」

「うおっ」

 

 ヒュッと風が吹くような速さでレオが飛び込んできた。

 二本の剣はそれこそ旋風のように華麗に連撃を重ねてくる。そいつをどうにかガードするのだが、やっぱりレオは手が速い。一撃一撃は軽いが、それぞれを無理に押し込もうとはせず、防がれたらすぐに次の手に切り替える柔軟さがある。

 正直こういう戦い方を仕掛けてくる相手が一番苦手だ。パワータイプよりスピードタイプの方が厄介さは大きい……おおっと、あぶねっ。

 

「お貴族様に鍛えられて腕を上げたか!?」

「そりゃ、少しは……ねッ!」

 

 良いコースを見つけて打ち上げるように振り上げたが、交差させた二本の剣で見事に防がれてしまった。

 二刀流の防御はマジでずるいて。力任せにやっても破れる気がしねえ。

 

「速さを上げるよ……“風の鎧(シルフィード)”!」

 

 レオの目が緑色に輝き、身体が風を纏う。

 自身の体重を半減させ、同時に風の鎧を身につけることで防御力を上げるなかなかの強スキルだ。

 防御力の上昇も厄介だが、身体が軽くなって速度が上がるってのも結構キツい。

 

「はぁっ!」

「うおっ」

 

 木の根を蹴ることによって凄まじい加速を付けたレオが勢いよく傍らを通り過ぎる。……剣で咄嗟に守ってなかったらすれ違いざまに斬られてたな。

 

「前は修練場で何も無かったけど、森の中だったら一味違うよ!」

「足場か……! 身軽な奴め!」

 

 軽くなった体重に加え、身体強化によるブースト。そこから生まれる鋭い踏み込みは、そこらの樹木を足場にした高速機動を可能にした。

 一人だけ別の格ゲーをやっているかのようなアクロバティックさだ。上からも下からも素早く切りつけてくるもんだから、こっちの防御もすげぇ必死だ。一撃一撃が軽いのがマジで救いになっている。人並みに重かったら普通に負けてたかも知れん。

 

「ハア、ハアッ……!」

「けどそろそろ燃料切れだろ! よいしょっ!」

「うわっ!?」

 

 二本の剣でガードした瞬間を狙い、詰め寄って足払いを決める。するとレオの身体は簡単に宙に転び、そのまま尻もちをついた。

 

「はーい、モングレルさんの勝ちー! ……けど惜しかったなーレオ。良い感じに押し込めてたのに」

「勝ちは勝ちだぜ! はい俺の勝ち!」

「ちょっとー! 大人気無いよーモングレルさん!」

「いたた……はぁ、はぁ……いや、負けたよ。完敗だ……モングレルさんの防御、いくら畳み掛けても全然剥がせる気がしなくて参るなぁ……普通は多くても十回剣をぶつければ、相手の守りも崩せるのになぁ……」

 

 ああ、そういう勝機を狙ってたのか。悪いなレオ、俺のスタミナゲージは画面からちょっと飛び抜けてるみたいなところがあるからな。持久戦じゃ無理だと思ったほうが良いぞ。

 

「まあでも、連撃にはビビったよ。前より速くなってたから、少しでも気を抜いてたら斬られてたぜ」

「……本当かなぁ……前と同じで余裕そうだし……はぁ。もっと修行し直さないと」

 

 がっくりとうなだれると、レオはそのまま先程の戦いをおさらいでもするかのように素振りを始めてしまった。

 反省点をすぐに振り返る。勤勉な奴だ。

 

「ねー、そろそろ鳥焼けたかな? そろそろいけるでしょ?」

「小さいからいけるかもな。ちょっと見てみるか……うん、美味そうだ。いけるいける。運動して小腹も空いたし、食っちまおう」

「お腹すいたよー。レオ! 鳥肉食べよー! 練習ばっかしてないでさー!」

「は、はーい」

 

 そんなわけで、鍋を取っ払ったビア缶セディバードをご開帳。

 もわっとした蒸気と共に現れた鳥肉は、脂でテラテラしてとても美味そうだ。焼けた調味液とハーブの芳醇な香りもなかなか悪くない。照り焼き風のソースが無くてもなんとか様になってるじゃないか。

 

「お、美味しそうだね……!」

「適当に切り分けちゃおう! 三等分で……こんな感じかな?」

「やっぱ男三人で分けるには少ねえな……」

「おやつにはちょうどいいよ!」

「どれどれ……ビールの匂いはほとんどしないかな……?」

 

 外側の皮がパリパリになっている。内側はほっこりと良い感じだ。

 さて、お味はどんなもんか……ムシャァ。

 

「……おー、悪くないな。良い感じに仕上がった」

「んー! 柔らかーい! 美味しいー!」

「食感が良いね! いつもはもっと固い感じだけど……別の種類の鳥を食べてるみたいだよ」

 

 セディバードが貝を食べてるからだろうか。肉食らしい癖の強さが本来はあるのだが、この調理法で柔らかくしたセディバードはなかなか美味いぞ。中に詰めておいた山菜も良い意味で癖のある味とマッチしている。欲をいえばもうちょっと良い感じのソースで皮を照り焼きにしたかったが、これ以上の贅沢は言うまい……。

 

「もう全部食べちゃったよ……」

「あっという間だったね……」

「……もう一度鳥を探してくる?」

「あはは、僕はちょっと疲れたから遠慮する……」

 

 まぁちょっと使う道具が手間なだけで、簡単にできる料理ではあるからまた今度な。今度。

 なんなら屋外炊事場でやったほうが楽だよこれ。そん時に作れば良いさ……。

 




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男だっておしゃれでキメろ

 

「ねえ見て見てーモングレルさん! これどうー? レオのこういう格好も似合うと思わない!?」

「う、ウルリカ……恥ずかしいんだけど……」

 

 ちょっと料理の下準備をしている間に、ウルリカが俺に対して火力強めのクイズを放り込んできた。

 

「ほら、さっきまで運動してたから汗かいちゃってたしさー。だから私の服を貸してあげたんだけど。ね、どう? 可愛くない!?」

 

 そう言って無駄に楽しそうに見せてきたのは着替えたらしいレオである。

 まぁ確かにレオはバテバテになるまで動いていたし、この時期じゃ着替えても不思議ではないが……その着替えた姿というのが、明らかにこう、女の格好っていうのがね。

 

 ……いや、わかるよ。前に見てるしな、レオのそういうの……。

 ウルリカみたいにそういう格好をしたいんだろうお前も。同じ故郷出身だったらそういう共通の趣味ってのもあるのかもしれないしな。

 けど他人には言えねえんだよな、そういうの。わかるよ。こういう世界じゃ白い目で見られることも多かろうよ。

 でもお前はそういう格好がしたかったんだろう……男の子だってプリキュアになりたいもんな……わかるぜ……高校時代の文化祭で女装しながらライブやってた軽音部の一人が卒業後に女装にハマって大学時代はお姫様扱いされてたらしいからな……そういう感じに憧れがあるんだろう、お前も……。

 

「いや、でも僕はこういうのは……ウルリカみたいに似合うわけじゃないから……」

「モングレルさん、どう!? 率直な意見!」

 

 わかるけどもよ。わかるんだけどもよ。そういう聞き方をするのは良くないと思うぜ俺は……。

 だってこの流れじゃもう“似合ってるよ”って言うしかねえじゃん……! 貶す真似なんてできねえって。そんな無神経じゃねえもん俺は……!

 ウルリカの“レオのこういう趣味を後押ししたい”って気持ちはすげぇ伝わってくるけどさ……俺を相手にスコアを稼ぐのはやめてくれよ……。俺は別にこういう時に気の利いた言葉を伝える担当の人間じゃないんだぜ……?

 どういう因果かこれをきっかけに女装したディックバルトが俺の部屋にやってくる可能性が生まれるかもしれないだろ……!? マジで嫌だからなそういうのは!

 

「ほら、モングレルさんも困ってるじゃないか……」

 

 だからってわざと傷つけるような言葉は吐けねえしよぉ……。

 

「まぁでも、俺から見ればレオの場合は元が美形だから似合ってると思うぜ」

「!」

「ウルリカとは方向性が違うっつうのかね。まあ、美人系が似合うのかもな」

「美人だってー! やったね!」

「痛っ、痛いよウルリカ。なんで叩くの……あ、ありがとうモングレルさん。一応ね……うん」

 

 嘘は言ってないし本心から思ったことを言っただけなんだが、なんだろうなこの“言わされてる感”は。

 昔付き合ってたすげぇかまって気質な短大の子を思い出すわ。

 

 ……こういう感覚はなんというか、男女関係ないんだな……。

 

 

 

 まぁちょっと見てくれが変わったところで、こいつらの中身は変わりない。

 いくら外面を変えようとも胃袋の容量は変わらないのだ。まだまだ食欲旺盛なこいつらも、こってりした料理を前にすればやんちゃな男の子ソウルを取り戻すに違いない。

 

 というわけでまぁ今日はメンチカツでも作ろうと思う。

 ボアの肉を芋とか野菜とかと一緒にミンチにして衣つけて揚げるだけだ。肉オンリーの揚げ物も悪くはないが、最近のレゴールじゃそんな料理も珍しくないからな。肉肉しい料理が男の欲望を満たしてくれるのは間違いないが、たまにはもうちょい手の込んだ料理を食いたいもんである。そこでメンチカツなわけですよ。

 ソースがないのが最大の難点ではあるが、まぁその辺りは適当な調味料を使ってやれば良いだろう。なんだかんだ酸味のあるソースだったら俺の舌でもそこそこ満足できる物にはなるからな。

 

「……で、ウルリカは何作ってるんだ?」

「んー?」

 

 俺が食材を適当に細かく刻んでいる最中、その隣ではウルリカが乳鉢で何かをすり潰していた。

 レオもその手伝いっぽいことをしてるんだが、どうも料理というよりは調合に近いように見えるんだが……。

 

「これはねー、薬! 前に教えてもらった調剤レシピを試してるんだー」

「ああ……前に言ってたな。薬の調合にはまってるんだっけな」

「ウルリカはこういうの得意だからね。ナスターシャさんから色々と教わって、クランハウスでも役立つ物を作ってるんだよ」

 

 そいつはすげぇな。薬事法の希薄な世界特有の緩いサブジョブって感じで恐ろしくもあるが、役立つ物を作れるってのは素直に羨ましいぜ。

 俺もポーションとか自作してみたいもんだ。

 

「クランハウスでもやってるんだけどねー……部屋の中で粉が舞ったらあんまし良くない薬とかっていうのもあるからさー。外でこうしてじっくり作業できるのは良いかもね」

「なるほどな。今は何を作ってるんだよ」

「幻覚を見る薬」

「……何らかの法に抵触してない?」

「失礼!」

 

 いや薬とか言いながら幻覚を見るやつってお前……そりゃもう法に触りまくるやつしか思い浮かばないでしょうよ。

 

「毒と薬は表裏一体なの! 特にこれは摂取するとぐわんぐわんしてまともに動けなくなるらしいんだけど、毒っていうわけじゃないから後に残ったりはしないんだって。獲物だったら肉を汚さずに、人だったら致死性は低く無力化できるから結構便利そうなんだよ」

「へー、そういうもんか」

 

 まぁ幻覚剤とだけ言われるとただのヤバい薬でしかないが、後遺症が残らないのであれば優秀な麻薬みたいなもの……と言えるのかもしれない。

 

「……気を付けてねモングレルさん。ウルリカって新しく作った薬をよく僕とか人で試そうとしてくるから」

「同意は取ってるから良いの!」

「おいおい本当に大丈夫なのかよ……“アルテミス”のメンバーが違法薬物でしょっぴかれるなんて話は聞きたくねえぞ?」

「図鑑にもちゃんと乗ってる大丈夫な植物だけを使った薬だから平気だってば。試しにちょっと舐めてみればー? はいっ」

「マジかよ」

 

 ウルリカが指先に青っぽい粉を取り、俺の方に差し出してきた。

 毒々しい色だ。マジでこれ薬なの? 毒か顔料にしか見えないんだが……。

 

「このくらいの粉だったら数秒とか数十秒くらい、視界が歪む程度で済むと思うよ。ほらモングレルさん……舐めて?」

「いやまぁ……安全だって言うなら少し試すくらいなら良いけど」

「勇気あるね、モングレルさん……」

「さすがに直では舐めねえよ」

 

 乳鉢の中の青い粉末を少しだけ指先に乗せ、そっと舌に乗せてみた。ちょっと苦い。

 無用心と言うことなかれ。正直、安全であればちょっとこういう変わった効果を及ぼす薬を試してみたいという好奇心があったのだ……。

 

 と、しばらく待っていたのだがどうにも効果は出てこない。

 

「うーん、特に何も無いな」

「えー? おかしいなぁ……分量の問題かも。モングレルさんくらいの体格だと薬が少なすぎたのかなー……じゃあ矢に乗せて使う時にはもっと調整をしないと駄目か……」

「あ、やっぱりなんか来てるわ」

「本当? 大丈夫なのモングレルさん?」

 

 何もないと思いきや、視界がちょっとブレるというか、回った。

 風邪をひいてぼーっとしてるときの回る視界と表現したらいいのだろうか。どことなく軽めの車酔いをしているようで、気分も悪い。このコンディションで馬車に乗ったら吐くかもしれないな。

 しかしそんな悪影響もすぐに収まり、すぐに元の健康な状態に戻ってきた。なるほどなるほど。確かにちょっとした幻覚作用のある薬といえばそうかもしれない。

 名前だけ聞くとちとヤバい薬に思えてしまうが、別にハイになるとか気分が良くなるとかは一切ない。ただグワングワンと悪酔いするだけの薬って感じだな。つまり毒では……?

 

「効果が出るまでの間に時間のズレがあるのが気になるけど、こいつが効いてればしばらくの間は動けないだろうな」

「ほんと? やった、成功! えへへー、こういう薬を使ってスキルが無くても戦えるようになりたいんだよねー」

「毒矢か。そいつは恐ろしいな……」

「しかも獲物の肉を駄目にしない毒矢! 良い感じの配合を見つけられたら、今度使ってみる予定なんだー」

 

 “アルテミス”でも将来有望な弓使いと見られているウルリカでも、自己研鑽を怠っていない。ストイックな奴だ。スキルも三つ目が生えてきたのによくやるもんだよ。

 

「……あとは、こういう毒っぽい使い方とは違う身体に良い普通の薬とかもあるんだけど……モングレルさん、試してみる?」

「いやなんか怖いからいいや」

「えー」

 

 けど薬はやっぱりちゃんとしたところで買いたいぜ。

 




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不便の楽しみ方

 

「揚げてあるものって美味しいよねー」

「うん、そうだね。獣脂を贅沢に使った料理だから毎日はとても無理だけど、こういうのんびりとした日だったら……結構良いよね」

 

 メンチカツっぽい何かはウルリカとレオに好評だった。ただ、それも物凄い好評ってほどでもない。それはもはやこういった揚げ物料理がレゴールでは特別ではなくなったせいだろう。

 今やこの料理も、数ある揚げ物料理の一つに過ぎなくなった。なんなら最近ブームがきてるせいで、若干飽きているかもしれない。いやそれはないか。二人とも普通に美味そうに食ってるし。揚げ物は無限に食えるよな。特に若い頃は……。

 

「二人ともどうだ、冬のキャンプは……良いもんだろう……?」

「んー……まぁ、ゆったりした野営……?」

「狩りとか大きな目標もなしに寒い中でやる野営っていうと、やっぱりちょっと変わってるよね」

「おいおいここまで過ごしといてそんな感想かよ。このな、都会の喧騒を離れて自然の中でゆったりと過ごす時間……これが良いんだろうが」

「……モングレルさんってひょっとして人が嫌いなのー?」

「嫌いってことはない。そういう話じゃないんだぜ。なぁわかるだろレオ」

「あはは……ごめん、どっちかというと僕もウルリカ寄り」

 

 おいおい。やっぱり冬キャンの良さは伝わらないか。……普段やってるようなことをわざわざしんどい環境でやるだけ。まあそう言われたらそりゃそうなんだけどさ。

 けど少しくらいはわかってくれるかなと思ってたんだがな……生まれ育った環境の違いかねぇ、こればかりは。

 

「冬の野営の良さは他にもだな……ほら、魔物が出ないから酒だって飲めるぞ。今日はビールとウイスキーを持ってきてんだ。あ、ビールはさっき使ったから少ししかないけどな。二人ともどうだ?」

「あ、ちょうど飲みたいなーって思ってたとこ! 私ビールもらっていい?」

「じゃあ僕は……ウイスキー分けてもらっても良いのかな」

「構わんよ。小さいボトルだからチビチビな」

 

 魔物がほぼ居ないのを良いことに晩酌に興じられるのも、この季節のバロアの森ならではだな。もちろん、酒を入れるからには念には念をで魔物除けのお香を焚きながらだが……。

 

「あー……ストーブの近くあったかーい……」

 

 残り少ないビールを飲みながら、ウルリカがラグマットの上でだらけている。

 揚げ物食いつつ寝っ転がりながらビールを飲むなんて、俺の前世でもそうそうできることじゃねえな。

 

「……ん、やっぱり強いお酒だね、ウイスキーって。喉が熱くなってくる」

「それが良いんだよな。聞いた話じゃ、遠征する人らの間で重宝されているらしいぜ。これまでの酒と違って炭酸……泡が出ないし持ち運びやすいからな」

「お酒のみは世界中にいるんだねー……レオはそうなったら駄目だよ。ビルギムさんみたいになっちゃうからね」

「あはは! 懐かしい……それは嫌だなぁ。でも大丈夫、僕はそんなに飲むタイプじゃないよ」

 

 薪ストーブの天板の上でクルミを煎る。これがまた良いつまみになってくれるのだ。

 

「レオもそっちじゃなくてこっちの天幕の下に来ようよー。温かいよ?」

「僕のとこも焚き火があるけど……あ、本当だ。この中すごいね」

「テントが熱をある程度閉じ込めてくれるからな。焚き火の真ん前も温かいが、テントのそばにストーブを引き込む方が段違いだ。ほら、ここの真ん中あたりで立ってみ」

「えー? ……うわっ! なにこれ、顔熱い!」

「本当だ! ここだけ夏みたいな暑さしてる……!」

 

 温かい空気は上に昇っていくので、三角テントの上の方に溜まりやすい。立ち上がると顔だけホカホカしてくるぞ。

 どうせなら足元の方が良いんだけどな。床暖房はそう簡単に作れるものじゃねえんだ……。

 

「これあれ思い出すなー……サウナ! ルス村に行った時に入ったサウナは貸し切りで寂しかったけど!」

「え、あの村サウナあるのか」

「あるよー、前にパーティーで入ったからね。レゴールのサウナよりも綺麗なんだって」

「マジかよ知らなかった」

「ウルリカ、普段はレゴールのサウナとかは入ってないんだよね?」

「入らない入らない。クランハウスにお風呂あるし」

 

 サウナか……俺としてはサウナに入っても風呂と同等の清潔感は得られないと思っているが、レゴールの汚い共同浴場に入るくらいならサウナの方がまだマシだと思っている。共同浴場の数も増えたそうだが、その辺りの公衆衛生に変革が起きているわけでもないので二号店にいくつもりはない。

 汚さでいえばサウナも……それにゴミゴミしてるから好きじゃねえんだよな。

 

 けど、そうか。サウナだったらこういう冬キャンでも手軽にやれるか……。

 わざわざ穴を掘って露天風呂を用意する必要なんてない。このテントみたいな感じに幕をしっかり張って、大きめの焼石をたくさん用意してテントの中で水をかけてやればいい。それだけで即席のサウナができる。

 今度一人で冬キャンやるとき試してみるか。……あれ? でも前にやった記憶があるな。その時はなんだったか……あー、テントの中に直接火を引き込んだせいで危うく一酸化炭素中毒で死にそうになったんだった。そうだわ思い出したわ。それでやらなくなったんだ。

 

「ふぁあ……お酒飲んだら眠い……」

「相変わらず酒に弱いなウルリカは」

「ふふ。けど、僕も眠くなってきたよ。やることもないなら……僕もそろそろ眠っちゃおうかな。……この中で良いんだよね? モングレルさん」

「なんだなんだ、若い連中は揃いも揃っておねむか。ああ、中で寝て良いぞ。俺はしばらく起きてるからな」

 

 表の焚き火にデカめの木を並べつつ、そっちはもう放置。

 あとはこっちの薪ストーブに薪をちょくちょく足して、じっくり熱を保っていけば良いだろう。

 

 テントの中に敷いたラグマットの中で、ウルリカとレオが横になっている。それを尻目に、俺は薪ストーブの投入口に見える赤い熱源をじっと見つめた。

 

 焚き火の揺らめく炎を見るのも癒やされるが、ストーブの中で安定した炎を眺めているのも嫌いじゃない。こっちはより地味だが、なんだろうな。文明を感じるからだろうかね。こうして夜闇の中にテントを張り、自作の薪ストーブの炎を眺めていると……まるで自分の家でも持ったかのような気分になれるんだ。

 まぁ今は俺の家に若者が二人寝転がっているが。

 

「さて、俺もそろそろ寝るか……」

 

 バスタードソードをテント入り口のわかりやすい場所に置いて、俺も眠りについたのだった。

 

 

 

 何度か起きながら、ぼんやりした意識の中で薪を継ぎ足した。おかげでテントの中が寒いなんてことにもならず、俺たちはどうにか冬の朝を迎えることができた。

 

「うーっ……外出たくなーい……」

「朝は冷えるね……」

「よーしお前ら、俺が月見サンド作ってやるぞ月見サンド。残ったパン全部使い切って荷物軽くするからな」

「モングレルさんは不思議なくらい生き生きしてるけどアレなんなんだろうね? 冬キャンプってそんなに楽しいかなー……?」

「聞こえてるぞ! お前らも手伝え!」

「はーい……でも先に顔洗わせて」

「僕も」

 

 クッソ冷える冬の朝。暖かなテントから動きたくない葛藤を振り切って動き出せば、身体も次第に覚醒してくれる。

 朝食は薄切りにしたパンに目玉焼きと肉を挟んだ月見サンドだ。意外なことに、この目玉焼きを月に形容する文化がハルペリアには存在する。月見バーガーが通じるのである。逆に、お隣のサングレールでは目玉焼きを太陽に形容したりするわけだが……目玉焼きも大変だわな。月にされたり太陽にされたりで大忙しだ。

 

「ほれ、温かいうちに食っちまえ」

「わー……美味しそう……うん、美味しい! 卵をまるごと使って贅沢で、こう、お肉も美味しくてね……」

「普段は遠征してても卵なんて持ち歩かないから、野営で食べるのは新鮮だよね。モングレルさんはこの卵、どうやって運んできたの? 割れなかった?」

「そこはほらお前、こういう専用の卵ケースに入れてくるんだよ」

「うわっ!? あはは! モングレルさんって本当に変なの作るよね! いや凄いけどさ!」

「準備がとってもマメだよね。だからそんなに大荷物なんだね」

「俺としたらどこに遠征に行くにしてもこういうセットは持ち歩きたいんだけどな」

「そんなに重いと馬車も嫌がるよー」

「そうなんだよなぁ」

 

 駄弁りながらのんびり朝飯を食って、お茶を飲んで、撤収作業をして。そうして荷物をまとめると、俺たちはレゴールの街へと帰っていった。

 

 結局ウルリカとレオの二人に冬キャンの良さは伝えきれなかった感があるが……まぁまぁ、何度かやっていくうちに次第にわかってくるさ……お前らも男の子なんだからな……。

 

 




本日より書籍版バッソマン第2巻が発売されました。
皆様のおかげでこうして好評のうちに第2巻を出すことができました。本当にありがとうございます。
素敵なイラストや新キャラたちのビジュアルがたくさんなので、ぜひともこの機会に29万冊ほど手に取っていただけたら幸いです。

ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。
さらにちょっとお値段が上がる限定版では長めの豪華な特典SSがついてきます。数に限りがありますので、欲しい方はお早めにどおぞ。

また、追加特典SS「ミセリナの黒歴史」が、メロンブックス様とゲーマーズ様、他一部書店での配布も決定致しました。
店舗ごとに配布条件が異なるようですので、詳しくはバッソマンの商品ページを注意深くご覧いただけたらと思います。


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現在までの主要な登場ギルドマン その2

300話を記念し、登場人物のまとめを作りました。
レゴール支部の登場頻度の高いギルドマンに絞った人物紹介です。200話でのキャラ紹介になかったギルドマンを掲載しています。
なので作中の登場人物のごく一部の公開になります。
重要な未公開情報などは伏せてありますが、初公開となる設定がそれを上回り数多く記載されています。
読んでいて面白くなるような書き方を意識したつもりですが、中には過去の話と矛盾する設定があるかもしれません。
その際は感想や誤字報告などでお知らせいただけると助かります。
また、大人の事情などによって後から修正されることもあるのでご注意ください。


 

【ブリジット・ラ・サムセリア】

「私の名はブリジット。ステイシー様の護衛である」

:年齢:20

:性別:女

:称号:伯爵夫人の護衛騎士

:階級:騎士、アイアン1

:容姿:よく手入れがされている黒色の長髪、青い瞳

    背はやや高めで程よく筋肉質。

:装備:薄型軽量の全身鎧を着込んでいる。華美な装飾が施されたこの逸品は祖父より贈られたものであるとのこと。男爵は幾つかの贈り物をしているが、正妻にいい顔をされないためにあまり高価な贈り物ができないことを悩んでいるようだ。

:嗜好:剣術の稽古を好み、暇があれば戦闘訓練を行っている。というより、礼儀作法の勉強などが苦手なためか、それから逃げるように体を動かす方面に向いているらしい。性格に裏もなく、護衛としてつけるのであれば申し分ない。

:来歴:サムセリア男爵家に生まれた妾の子であるが、生まれてから一度も爵位に興味を持ったことがないらしい。あるいは興味を持って男爵家に不和を生じさせないためにそうしているのかもしれない。ともあれ、今は一人の騎士として男爵家から離れ、身を立てた。伯爵夫人の護衛騎士として問題なくやっていけるだろう。だが、もう少しスレイブバットの気配を察知できるまでになってほしいところか。

:評判:

男爵『素直で真っ直ぐな良い子だとも』

義母『野蛮な子よ』

団長『偉い子ね。自分の役目にしっかり向き合っているもの』

夫人『とても真面目で、気持ちの良いくらい真っ直ぐな子。もっと仲良くなりたいものだわ』

 

 

:所持スキル&ギフト:

GIFT『直剣の天賦(アンサラー)

…このギフトの持ち主は直剣の扱いに優れ、その技能の修得が少しだけ早くなる。

SKILL『迅斬(ソニックスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度を大きく高める。

 幼少期の剣の稽古で身についた素早い攻撃スキル。

 基本に忠実な彼女から発動するこのスキルは、的確に相手の隙を穿つ。

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は緑色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 攻撃スキルを得てから防御訓練の割合が増えた影響で習得したスキル。

 身体強化だけで受け止め切れない相手の攻撃でも難なく防御し反撃に繋ぐことが出来るようになった。

SKILL『魔力装甲(レイスアーマー)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は青色。

 任意の身体の部位に魔力の鎧を短時間発現させる。魔力の鎧は一撃を受けただけで霧散する。

 賊討伐任務を繰り返すうちに身についた防御スキル。

 自身の急所を堅く守る保険的なスキルとして重宝している。

 

 

 

【ミセリナ】

「あっ、はい。か、風魔法……少しだけ使えます。よろしくお願いします」

:年齢:20

:性別:女

:称号:風使いのミセリナ、問題児

:階級:シルバー1、若木の杖所属

:容姿:肩甲骨くらいまであるウェーブした黒髪、青い目

    並の体型。縮こまったような姿勢でいる事が多い。

:装備:ケープとロングスカートを好んで装備している。武器は一般的なロッドで、先端は鳥の翼をあしらった装飾が施されている。

:嗜好:魔法の勉強を好む他、実践的な戦術の模索にも強い興味を抱いている。対人戦の意欲が高く、他者との競争に物怖じしない。

:来歴:王都出身の魔法使い。私塾に通い魔法の修練に励んでいたが、師事をやめ実家の事務手伝いをする。その後、“若木の杖”に入団し、ギルドマンとしての活動を始める。普段は物静かな風でいるものの、討伐となれば別人のように動きが変わる。

:評判:

団長「風魔法は使い所を選ぶけど、使える時にはよく刺さるね。ミセリナがいると便利だ」

学友「嫌な子だったな……」

団員「勉強熱心な方ですね! 私も負けてはいられません!」

恩師「彼女の反骨心が、良い方へ向かう助けとなることを祈っています」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『魔力励起(チェイン)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は緑色。

 一定時間、周囲の自由魔力を励起させ、魔法使用時に取り込みやすくする。

 ギルドマンとして魔物討伐をしていく中で習得したスキル。

 風魔法の連続使用前に使うと消費が抑えられるため、ここぞという場面で愛用している。

 

 

 

【クロバル】

「魔道具使いクロバル! なーんて言われるようになりてぇよな!」

:年齢:23

:性別:男

:称号:魔道具使いクロバル(自称)

:階級:シルバー2、若木の杖所属

:容姿:茶色の短髪に爛々とした青い目

    背が低く、年齢よりも幼く見える。

:装備:ポケットの多い衣服、革のジャケットを好む。全身に魔道具のアクセサリーを装着しており、一見するとゴテゴテした趣味の悪い若者のように見えるが、それらは全て彼の魔法が込められた商売道具である。一部、緊急時に火属性魔法を消火するための水魔法が込められた魔道具を装備しているが、そちらは“若木の杖”のメンバーに充填してもらったものである。

:嗜好:魔道具作りに関連した彫金が趣味で、自身の衣類に合ったデザインの彫金に凝っている。性能に問題はなくとも、彫金が上手くいかなければ魔道具を作り直すことも多い。パーティーメンバーのために彫り物をすることもあるようだ。

:来歴:私塾で魔法を習い、その後彫金工房の手伝いを経て王都のギルドマンとなり、同じく魔法使いのバレンシアと活動していたところ、サリーに誘われ“若木の杖”に所属する。

:評判:

団員「背ぇちっちゃ! って言うとクソ怒るんだよね、ウケる」

団長「手数が多くて出も早い。下準備は必要だけど、いざという時に自力以上のものを発揮できるのが強みだね」

匿名「もっと年下かと思ってた」

副団長「魔道具の装飾に関しては専門外なので、彼に手伝って貰えるととても助かります」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『照星(ロックオン)

 魔力消費極小。発動時の眼の発光色は青色。

 遠距離武器を構えている間、手ブレを大幅に抑制し、武器の保持を楽にする。

 火属性魔法の宿った魔道具を投擲して魔物と戦う最中に習得したスキル。

 習得時に目が点になった。使い所が限られすぎているので困っている。

 

 

 

【バレンシア】

「はーいバレンシアでーす、燃やすのが得意でーす。それと、アッチの方もね」

:年齢:21

:性別:女

:称号:放火のバレンシア、尻軽

:階級:シルバー1、若木の杖所属

:容姿:目元が見えないボサボサの黒髪、ブラウンの目

    中肉中背。報告によると艶やかな体つきをしているらしい。

:装備:黒のロングスカートにケープ、シャツのボタンをしっかり上まで留め、非常に真面目そうな装いをしている。先端が金属製の細身のロッドを愛用している。

:嗜好:非常に男好きで、酒場で少し話しただけの相手とも喜んで宿に入る。しかし男女として長い付き合いをしたいわけではなく、同じ相手から短期間に求められるのは嫌いらしい。また、火属性魔法を全力で放つのが好きらしく、対象がなんであれ魔法を惜しみなく使える任務を好んでいる。

:来歴:王都出身の魔法使い。私塾を途中で辞め、ギルドマンとして魔法を存分に使える仕事をしていたところ、クロバルと臨時のパーティーを組むことに。それから二人で“若木の杖”に誘われ、加入した。素行がやや悪いため、注意。

:評判:

匿名「積極的で良いけど口が悪すぎる」

匿名「良かったって言ってくれてたのに誘いに乗ってくれねえんだけど」

団員「いつか刺されるぞ本当に」

団員「不潔ですよ!」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『魔力練成(トランス)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は水色。

 一定時間集中し、魔力を小回復する。連続使用が困難。

 魔法により魔物を退治した際に習得したスキル。

 全力で魔法を行使した後はかなり消耗しているため、常に愛用している。

 

 

 

【マシュバル】

「総員配置につけ! 油断はするなよ!」

:年齢:41

:性別:男

:称号:鉄壁のマシュバル

:階級:ゴールド1、大地の盾副団長

:容姿:短く刈り上げた黒い短髪、黒い目

    がっしりとした恵まれた体格。日々の鍛錬が刻まれた傷だらけの身体。

:装備:軍の正式装備とよく似た造りの全身鎧を着込んでいる。部分的には森での行軍、魔物戦に向いたものに換装されているが、基本的には軍を意識したもので揃っている。カイトシールドをマントの上から背負っている。ロングソードは魔道鞘に収納されており、即座にコンパクトな動きで抜剣が可能だが、普通の抜剣に慣れているせいでよく忘れる。

:嗜好:“大地の盾”のメンバーとの任務や戦闘訓練、仲間との食事や飲みを特に好む。後輩には厳しくも優しく接し、目上には真面目な態度で応答する。誰と付き合っても相手を不快にさせず、皆から信頼されている。

:来歴:エルミート男爵領出身。軍を目指しエルミート領で剣術を学び、兵士として過ごす。戦争をきっかけに所属する部隊が半壊し、配置換えされるのを機に脱退。ギルドマンに転向し、当時エルミート領を訪れていた“大地の盾”団長のワンダに誘われ、パーティーに加入する。それからレゴールを中心にギルドマンとして活動し、現在では副団長となっている。

:評判:

団長「信の置ける男だ。私はつくづく良い拾い物をした」

団員「ククク……上司としては最高だ。サボれないがな……」

受付嬢「真面目で丁寧で、とても良い男性ですね。他のギルドマンの人も見習えばいいのに」

兵士「軍の方が合ってると思うんだがなぁ。まあ、色々あったのかね」

 

:所持スキル&ギフト:

GIFT『戦場の鼓舞(バトルクライ)

…仲間に触れる事で発動できる。複数人に輝くオーラを纏わせ、一定時間総合的な力を強化させる。発動人数が多いほど消耗が大きくなる。

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 幼少期の戦闘訓練中に習得した防御スキル。

 堅実な戦い方を好んでいたため、攻撃スキルよりも先に入手できたことを当時から喜んでいた。

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 軍の下部組織で魔物討伐に励んでいた頃に習得した攻撃スキル。

 重い一撃は魔物相手でも通用するため、これを境に討伐スピードが上がった。

SKILL『盾撃(バッシュ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 装備した盾によって殴りつけ、相手を吹き飛ばす。発動中は頑強になり、殴打の威力が上がる。

 身体強化が上達しロングソードとカイトシールドの同時装備ができるようになった頃に習得したスキル。

 これによって攻防一体に拍車が掛かり、戦いの安定性が増した。

SKILL『霊力研磨(シャープネス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は緑色。

 刃を手で撫でると、その部分の刃を瞬時に研ぎ、切れ味を回復させることができる。刃の消耗具合で消費魔力が増減する。刃こぼれなどは直せない。

 大規模な魔物の巣で長期戦をしている際に習得したスキル。戦闘中に瞬時に武器の切れ味を高めることができる。

 仲間の武器もメンテナンスできるため任務の後でもよく使われているが、研ぎの見栄えは良くないらしい。

 

 

 

【ロレンツォ】

「裏切り者は、いつか必ず報いを受ける。いつか、必ず……」

:年齢:29

:性別:男

:称号:貫きのロレンツォ、■■■■

:階級:シルバー3、報復の棘所属

:容姿:アシンメトリーの黒い前髪に刈り上げ、鋭い碧眼

    比較的細身だが鍛えられている。

:装備:動きを阻害しない軽鎧を好む。使用武器はかなり細身のロングソードか、ロングレイピアを愛用している。

:嗜好:不明。酒はほどほど、煙草、娼館通い、賭博もやらない。任務の達成報酬はほとんどを様々な団体の寄付に回しているようだ。団体に後ろ暗い様子は無い。

:来歴:■■■■

:評判:

団長「報復のために戦いなさい。貴方が死に果てるその瞬間まで」

匿名「うーーーむ、死んだとは思えないのだが……」

半端者「突き技ばっか使う奴だ。リーチ自慢は性格が悪いぞ」

侯爵「まあ問題無しということにしておくか。大丈夫だろ」

 

:所持スキル&ギフト:

GIFT『■■■■』

…■■■■

SKILL『連刺突(ラッシュスピア)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間から放つ刺突攻撃の速度と貫通力を僅かに高め、それを連続で放つことができる。放つごとに魔力を消費する。

 ■■■■。

SKILL『迅突(ピアシングスラスト)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に素早く踏み込み、貫通力に優れた高速の刺突を繰り出す。

 ■■■■。

SKILL『弱点看破(ウィークサーチ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は灰色。

 発動中に生物を視認した際、対象の弱点を可視化する事ができる。生命力だけでなく機動力など、可視化する弱点の種類を切り替えることもできる。

 ■■■■。

SKILL『闇の鎧(ザイニオーラ)

…魔力消費中。発動時の瞳の発光色は金。

 魔力の黒靄を一定時間身に纏い、闇の中で目立たなくなり、また多くの魔力攻撃を大きく減衰することができる。

 ■■■■。

 

 

 

【ダフネ】

「ギルドマンも商売も、要するにどっちもお金稼ぎよ。さあ、儲けを出していきましょ!」

:年齢:18

:性別:女

:称号:商売上手なギルドマン

:階級:アイアン2、ローリエの冠団長

:容姿:長い黒髪に碧の目

    すらりとした体躯に豊かな胸。美しさは近所でも評判であるが、その割に無防備。

:装備:安い革系の軽装備。森での動きを阻害しない実用的なもので固めている他、投げナイフなど投擲物の入ったベルトポーチを愛用している。いざという時のために様々な小物を持ち歩いているが、それは用意が良いというよりは、まだギルドマンとして装備の取捨選択ができていないだけである。

:嗜好:金稼ぎや商売をとにかく好んでいる。稼げる仕事、稼げる素材に目がなく、全ての行動指針は金稼ぎに向けられている。節約の為ならば安くて不味い食事でもそこそこ美味しそうに食べられるという強い精神を持っており、そのため好物がよくわかっていないが、人並みの嗜好は備えているようではある。

:来歴:レゴールで生まれ育った女性である。レゴールの貧民街に家を持ち、家族の細々とした商売を見ながら育ってきたためか、根っからの商人気質。兄の商売を手伝っていたが、兄の死をきっかけにギルドマンとしても活動していくことになった。現在ではパーティーを立ち上げ、二人のパーティーメンバーを率いて元気に活動している。

:評判:

商人「まぁたくましいお嬢様だよ。頼もしくは思ってるがね、まぁそれはそれとして心配なのさ」

半端者「ちと無防備なところはあるが、よくやる奴だなぁ」

先輩「私の方が名実ともに先輩っスよ」

団員「俺もっと休みてぇよぉ」

 

:所持スキル&ギフト:

GIFT『鉛の羅針盤(マリスリード)

…このギフトの持ち主は、他者の害意を敏感に察知することができる。

 周辺に存在する害意を持った生物の方向もなんとなくわかる。

 

 

 

【ローサー】

「うおおおお! ダフネは俺が守る!」

:年齢:22

:性別:男

:称号:追放のローサー、大盾のあいつ

:階級:ブロンズ1、ローリエの冠所属

:容姿:黒い短髪、青い目

    中肉中背、これといった特徴はなく、やや筋肉質。

:装備:鉄製の部分鎧を着込み、大盾、短槍を装備している。大盾と短槍のメンテナンスに余念が無く、常に磨いてうっとりしている姿をギルドで見ることができる。部分鎧は見た目重視で、デザインはやや凝った造りになっているが、防御力は一般的なものとあまり変わらない。ヘルムは嫌いらしい。

:嗜好:格好良い装備が好きで、特に自分の持つ大盾をこよなく愛している。昔話や神話に影響されがちで、自身の装備もその影響を多分に受けている様子。しかし本人の戦闘技能は全く備わっていない。

:来歴:かつては“葡萄樹の守り人”というパーティーのメンバーであったが、素行の悪さなどが諸々祟って追放され、レゴールを拠点に活動することになった。妙に頑固だったり融通のきかない性格が災いしパーティーを組めずにいたが、ダフネに拾われることでギルドマンとしてはひとまずの軌道に乗る。現在はダフネに厳しくこき使われ、しかし安定したギルドマンとして活動できているようだ。昔は借金癖があったらしいが、今現在ではそのような様子は見られない。

:評判:

半端者「お前マジでダフネに足向けて寝れねえんだからな」

団長「身体を鍛えて戦闘訓練してなさい! それが終わったら内職よ! ちゃんとできたらお小遣いをあげるわ!」

団員「だらしない奴だしクズっぽいとこも多いけど、まあ悪いやつでは……ないかな……?」

元団員「ローサー……あいつ、ちゃんとやっていけてるんだろうか……」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 魔物の攻撃を大盾で受け止めるうちに習得したスキル。

 大盾の防御力が上がったことでローサーは大いに喜んだ。

SKILL『盾撃(バッシュ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 装備した盾によって殴りつけ、相手を吹き飛ばす。発動中は頑強になり、殴打の威力が上がる。

 魔物の攻撃を盾で防ぎつつ、剣を使わずに盾で殴ることを繰り返しているうちに身についたスキル。

 大盾で攻撃できるようになって喜んだローサーだったが、パーティーメンバーからは失望された。

 

 

 

【ロディ】

「真面目に少しずつやっていくさ。またやり直すのは御免だしな」

:年齢:20

:性別:男

:称号:猟師のロディ

:階級:ブロンズ1、ローリエの冠所属

:容姿:青い短髪、青い目

    やや背が高く、野良仕事で鍛えられた体付きをしている。

:装備:森の散策に慣れた狩人らしい堅実な装備に、魔物対策として鉄の部分鎧を着込んでいる。武器は長めのマチェットと小さなバックラー。バロアの森散策時には罠類の道具も背負って持ち込む。

:嗜好:森での狩猟や散策が幼い頃から好きで、ずっと猟師として活動し続けていた。自分で獲った獲物の肉が一番美味いと考えている。犯罪奴隷として過ごした際にほとんど肉を食べられなかったため、より肉好きが顕著になった。

:来歴:かつてはドライデン方面の辺鄙な土地で猟師として過ごしていたが、大人になると共に家を追い出されレゴールへやってきた。ギルドマンとなり、友人と共に猟師のノウハウを活かしてバロアの森で活動していたが、違法罠を咎められ犯罪奴隷に。それから模範囚として過ごした後解放され、再びギルドマンとなってからはダフネの誘いで“ローリエの冠”に所属し、パーティーの主力として活躍している。

:評判:

団長「ロディは博識で頼りになるわね。バロアの森の探索は任せるわよ!」

団員「俺が先に所属したから、俺が副団長だぞ」

半端者「ルールを守って真面目にやってりゃ良いのさ。頑張れよ」

親族「よく手伝ってくれてたけどね、家に何人も置いとくわけにはいかないからさ」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『裂撃(スクラッチ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ爪や鉤状の武器による斬撃の速度と威力が上がる。

 狩りの最中、カランビットで獲物を仕留めた際に習得したスキル。

 習得したからには使わなければ勿体ないと試行錯誤した結果、爪付きの鉈で引っ掛けるように振るうことで発動することが判明したが、あまり使えていない。

SKILL『弱点看破(ウィークサーチ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は碧色。

 発動中に生物を視認した際、対象の弱点を可視化する事ができる。生命力だけでなく機動力など、可視化する弱点の種類を切り替えることもできる。

 捕まえた獲物に注意深くトドメを刺した際に習得したスキル。

 魔物の情報がより詳しく解るようになったので、そこそこ有用だと考えている。

 

 

 

【フーゴ】

「俺たちは最強の“デッドスミス”! ……や、もう最強は目指してないけどさ」

:年齢:28

:性別:男

:称号:鉄槌のフーゴ

:階級:シルバー3、デッドスミス団長

:容姿:後ろに撫でつけた赤い髪、優しげな青い目

    大柄で、特に腕がよく鍛えられている。肌は程よく灼けている。

:装備:動きを阻害しない部分鎧を装備し、大きなバトルハンマーを愛用している。サブウェポンとして短めのバトルハンマーを腰に装備しているという徹底ぶり。

:嗜好:娘のラーラと妻のイーダを溺愛しており、家族に対する愛情は周囲が羨むほど。他には妻と共に強い魔物を討伐している時間を楽しんでいるが、娘のいる現在ではそういった冒険もできないため、控えている。それはそれとしてすくすく育つ娘が可愛いので、一切不満はないようだ。

:来歴:アマルテア連合国出身の両親の子として生まれ、王都で育った。幼少期、自らと同じ髪や肌の色を持つイーダと自然と仲良くなり、共に活動することに。防御スキルに恵まれたイーダが前衛タンクとなり、攻撃スキルに恵まれたフーゴが重量級アタッカーとして役割を分担することで、難しい討伐任務でも上手くこなせるようになった。しかし娘が生まれ、以前のように無茶ができなくなってからは活動規模を縮小。レゴールにて安定した暮らしを求めにやってきた。

:評判:

半端者「ハンマー使いってのは珍しいなぁ。ハルペリアの魔物と相性はそんな良くないはずなんだけどな」

妻「私だけじゃ戦えない。フーゴが一緒だからこそ“デッドスミス”なんだよ」

子供「強くて格好いい。好き」

受付嬢「仲睦まじい夫婦ギルドマン……それがシルバー3っていうのはすごいわね」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『圧撃(スマイト)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ鈍器による打撃攻撃の威力と衝撃力を高める。

 バトルハンマーで魔物退治を繰り返すうちに習得したスキル。

 相性の悪い相手でも問題なく一撃で仕留められるので、愛用している。

SKILL『地鍛打(ガイアフォージ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ鈍器による地面へ向けた振り下ろし攻撃の威力と衝撃力が大きく高まる。

 イーダが受け止めた相手に飛びかかり、強い一撃を見舞った際に習得したスキル。

 振り下ろし限定ではあるものの非常に強力なスキルのため、討伐の幅が広がった。

SKILL『弱点看破(ウィークサーチ)

…魔力消費極小。発動時の眼の発光色は黄色。

 発動中に生物を視認した際、対象の弱点を可視化する事ができる。生命力だけでなく機動力など、可視化する弱点の種類を切り替えることもできる。

 敵を吹き飛ばす目的の打撃を使う中で習得したスキル。

 魔物の重心を瞬時に把握できるようになったため、打ち上げや吹き飛ばしがよりしやすくなった。

 

 

 

【イーダ】

「私達は最強の“デッドスミス”! 今も、昔もね!」

:年齢:28

:性別:女

:称号:鉄床のイーダ

:階級:シルバー3、デッドスミス副団長

:容姿:赤いポニーテール、ぱっちりとした青い目、そばかす

    大柄なフーゴに匹敵するほどの上背。しかしスタイルは良い。

:装備:金属製の部分鎧の他、両腕に巨大なガントレットを装備して戦う。単体がちょっとした盾になるほどであり、両腕を組み合わせることで堅牢な防御を構築できる。また、下半身は特に厳重な装甲で覆われている。

:嗜好:娘のラーラと夫のフーゴを溺愛している。フーゴに対してすぐに妬いたり束縛したり面倒なところがあるが、誰よりも彼のことを信頼している。魔物の討伐に関してはフーゴ以上に積極的で、好戦的。身体強化した上で素手で魔物の頭を握り潰すのが好きだが、娘には見せられないとも思っている。

:来歴:アマルテア連合国出身の両親の子として生まれ、王都で育った。幼少期、自らと同じ髪や肌の色を持つフーゴに一目惚れし、共に活動することに。防御スキルに恵まれたイーダが前衛タンクとなり、攻撃スキルに恵まれたフーゴが重量級アタッカーとして役割を分担することで、難しい討伐任務でも上手くこなせるようになった。しかし娘が生まれ、以前のように無茶ができなくなってからは活動規模を縮小。レゴールにて安定した暮らしを求めにやってきた。

:評判:

半端者「そのガントレットすげぇ格好良いじゃん……どこで売ってんの?」

夫「血の気は多いが、可愛いとこも多い最高の嫁さんさ」

子供「料理しょっぱい」

匿名「イーダさんって格好良いなぁ……戦い方は真似できないけど、私たちの憧れだわ」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『咆哮(シャウト)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 発動時に大音声で叫び、一定時間身体に力を蓄える。叫びは正面の相手を怯ませやすい。

 叫びながら豪快に魔物とステゴロする中で身についたスキル。

 身体強化や発動時効果が合わさり、魔物と真正面からぶつかり合えるだけの力を得た。

SKILL『拳撃(ストレイト)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤。

 直線を一瞬で移動し高威力の正拳突きを放つ。

 ガントレットで魔物を殴りまくっているうちに身についた攻撃スキル。

 この移動効果によってフーゴのカバーもしやすくなり、防御重視の動きが身につくようになった。

SKILL『鉄壁(フォートレス)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 発動から一定時間、使用者の身体は頑丈になり、衝撃に強くなる。

 ガントレットで引き付けた相手の攻撃を防御しながら戦ううちに身に着けたスキル。

 イーダとしては自分よりも遥かに重い相手とも対等に殴り合えるようになるスキルでもあると考えている。

 

 

 

【ブレーク】

「この程度じゃ捕まらねえって! ガハハハ!」

:年齢:71

:性別:男

:称号:大暴れのブレーク、非道のブレーク

:階級:ブロンズ3、レゴール警備部隊 八班所属

:容姿:短い白髪、青い目、小麦色に灼けたシワだらけの肌、半分近く抜け落ちた歯

    今でこそ痩せているが、過去によく鍛えられた体格の名残りが見て取れる。

:装備:革の軽鎧、スパイク付きの頑強なブーツを愛用している。かつてはロングソードを使っていたが、売り払って中古のバスタードソードに切り替えている。ボコボコに歪んだ女神のレリーフが施された古いバックラーを左腕に装備している。

:嗜好:酒、女、煙草、薬、博打、ギルドマンらしいギルドマンが好むあらゆる物を好み、またその中でも非合法なものでも躊躇なく手を出す軽挙さを持ち合わせている。基本的に遵法意識が薄く、バレなければ何をしても良いと考えている。束縛と衛兵が嫌いだが、衛兵と仲良くする術を身に着けているようだ。

:来歴:レゴール生まれレゴール育ち。若い頃から犯罪歴が多く、犯罪奴隷や借金奴隷としての期間も長い。事あるごとに素行不良で度々捕まっている。老年に入ってからは程々に落ち着いてはいるが、未だに反社会的な振る舞いはなくなっていない。

:評判:

衛兵「厄介な爺さんだ。死刑になってくれ」

衛兵「悪人ほど長生きするもんだな……犯罪奴隷になったままそこで死んでくれないものか」

団員「ブレークはな、酒癖は悪いがな、仲間は裏切らないよ。良い奴さ」

半端者「いや……特にコメントはないっす……はい……」

親類「まぁ……あんなのでも、良い所はあるのさ。数えるくらいには……」

 

:所持スキル&ギフト:

SKILL『強斬撃(ハードスラッシュ)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ斬撃の速度と威力を高める。

 バロアの森で魔物討伐をする中で手に入れた攻撃スキル。

 力任せに斬りつける戦い方が強化され、若かりし日のブレークはより調子に乗った。

SKILL『咆哮(シャウト)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は赤色。

 発動時に大音声で叫び、一定時間身体に力を蓄える。叫びは正面の相手を怯ませやすい。

 怒鳴りながら人と喧嘩する際に身に着けたスキル。

 習得した時の喧嘩は突然のスキル入手に驚いたせいで敗北した。

SKILL『盾撃(バッシュ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は青色。

 装備した盾によって殴りつけ、相手を吹き飛ばす。発動中は頑強になり、殴打の威力が上がる。

 バックラーで敵兵を殴りつけて殺した際に身に着けたスキル。

 消費も少なく気軽に使えるので長く愛用することになった。

SKILL『強刺突(ハードスピア)

…魔力消費中。発動時の眼の発光色は赤色。

 次の瞬間に放つ刺突攻撃の速度と貫通力を高める。

 ロングソードを売り払った際の代用品として短槍を使っていた時期に獲得した攻撃スキル。

 そこそこ使えはするが、剣ほどしっくりはこなかったようで、武器の変更とともに使わなくなった。

SKILL『裂撃(スクラッチ)

…魔力消費小。発動時の眼の発光色は黄色。

 次の瞬間に放つ爪や鉤状の武器による斬撃の速度と威力が上がる。

 死にかけの獲物を素手やナイフで解体、仕留めた際に身に着けたスキル。

 老年に差し掛かっていた時期だったのもあり、新たな攻撃スキルにはあまり興味がないようだ。

 

 

 




書籍版バッソマン第2巻、好評発売中です。
素敵なイラストや新キャラたちのビジュアルがたくさんなので、ぜひともこの機会に29万冊ほど手に取っていただけたら幸いです。

ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。
さらにちょっとお値段が上がる限定版では長めの豪華な特典SSがついてきます。数に限りがありますので、欲しい方はお早めにどおぞ。

また、追加特典SS「ミセリナの黒歴史」が、メロンブックス様とゲーマーズ様、他一部書店での配布も決定致しました。……が、こちらは店舗ごとに配布条件が異なるようですので、詳しくは店舗にお問い合わせください。多分訊かないと手に入らないタイプです。


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居酒屋の鎮圧騒動

 

「それでよ、インブリウムを舞台にしたボードゲームは護衛任務用の大回りするマス目があってな。そいつがまた長いもんだから退屈ったらないんだわ」

「ははは、そいつは作った奴の失敗だな」

「マットの作りは高級感あるんだぜ? けど肝心のゲームがちと退屈なのがな。やっぱりバロアソンヌの方が出来は良いんだよ」

 

 その日の夕暮れ、俺は森の恵み亭のカウンター席でバルガーやロイドさんたちと一緒に飲んでいた。

 解体処理場でいつも忙しそうにしているロイドさんはこの時期になると暇になるので、ちょくちょくこうして顔を合わせて飲むことも多い。そして意外なのが、ロイドさんも既にバロアソンヌで遊んでいるらしい。よそのボードゲームを楽しんでいるバルガーの話にもしっかりついてこれている辺り、結構はまっているのかもしれない。

 

「王都の連中は小綺麗なレザーで作りやがる。ありゃカエディアの革だな。そのわりに作るものがバロアソンヌの真似っ子ってんだから笑っちまうよ」

「見た目は綺麗なんだけどなぁ。駒もしっかり作ってて高級感あるんだよ」

「この手のゲームはテストプレイが大事だからな……」

「聞いた話じゃモングレルもバロアソンヌ作るのに携わったんだろ?」

「いやー、俺なんて些細なもんだぜロイドさん。確かにルール考えたりもしたけどさ、俺の考えた二十枚くらい書き留めといたやつ、ほぼ全部ナシになったからな」

「あっはっは、えげつねぇ」

「そいつぁ派手に却下されたもんだな……クックック」

 

 とまぁ、そんな風になんてことない話をしていたわけなんだけども。

 

「失礼」

 

 こんなどうってことない酒場の入り口をくぐる、非日常な風貌の人間がいた。

 

 粗目のローブに黄色の仮面。

 あれはハルペリアの特殊騎兵部隊、月下の死神の――。

 

「“開花せよ(ザイン)()暗がりの罪業(ブリューメ)”」

「ぐぉッ!?」

「うわっ」

「ひいいいっ」

「なんだ!?」

 

 “月下の死神”が唱えた短い詠唱と共に、テーブル席の一つから漆黒の炎が吹き上がる。

 黒い火炎は意志を持つように一人の中年男に絡みつき、そのまま床に叩き伏せた。

 

 狭い酒場で突然のおっかない魔法行使に誰もが驚いている。

 バルガーやロイドさんも腰を半分浮かせ、今更刃物の柄に手を置いているくらいだ。かく言う俺も二人と大して変わらない。無意味にフォークを握って構えようとしてる間抜けな姿を晒してるだけだ。俺の辞書に常在戦場なんて言葉はなかった。

 

「闇魔法による暗号文書……あまりに稚拙な出来栄えに溜め息を抑えられませんでした。手に取るだけで内容が筒抜けなのでは、機密も何もないでしょう」

「ぐっ……は、離せ……!」

「解放されたいと仰る。おお、ならばこれより正直にお話されるべきでしょう。そうでなくば、死よりも辛い苦しみが待っていましょうから……」

 

 月下の死神は全員が同じローブ、同じ仮面を被っている。

 だからそれぞれ、どれが何者なのかなんてのはわからないようになっているのだが……こうも饒舌に、気障ったらしい身振りを交えて話すような奴が大勢いるとも思えない。

 多分こいつは前に見たことがあるぞ。“呪い師”エドヴァルドだろ。アーレントさんに魔力を抑制する腕輪を装着した魔法使いだ。

 

「おっと……皆々様、ご歓談中のところお騒がせ致しました。それでは……」

「ぐっ」

 

 闇の煙に包み込まれた中年男が不自然に立ち上がると、そのままエドヴァルドと一緒に気障ったらしい礼のポーズを取らされていた。

 顔は未だに苦渋で満ちているが、そこに半分くらい“なんなんだこいつ”という困惑が混じっていそうな気がする。

 結局、騒動を起こした二人はそのまま自らの足で森の恵み亭を後にしたのであった。

 

「……うちは“ご歓談”なんて店じゃねえけどな」

 

 静まり返った店内に親父さんのぼやきが聞こえ、誰かの笑い声とともにそれを皮切りにまた賑やかな雰囲気が戻ってきた。

 

「……まさか酒場の中で死神の捕り物が見れるとはな。俺もこの街に居て長いが、初めてだ」

「俺だって初めてだぜロイドさん。……しかしなんだったんだ? 今の……いやぁびっくりした」

 

 バルガーは驚きに醒めた酔いを取り戻すようにグッと酒を呷った。

 

「ちらっと聞こえた話だと、なんだ。犯罪者同士で手紙のやり取りをしていたらしいな。犯罪組織か何か……かねぇ」

「俺が聞いた話じゃ、サングレールのスパイがいるって話だぜ。最近北門側で捕まったってよ。それと同じような奴じゃないか」

「レゴールまで来て何をしようってんだか……」

 

 俺は別にこの国の暗部とかそういうのに関わっているわけではないので、ここらへんの事情が全くわからねえんだよな。別に知りたくもないが……。

 

「モングレルも気をつけろよ。最近また風当たりが強くなってきたからな」

「心配性だな、バルガー。俺の気を付けっぷりは既にハルペリアで一番だぞ」

「……まぁお前は心配するだけ無駄か」

 

 これまでもサングレールの人間がこっそりとやってきて悪さを働くということはあった。

 ハルペリアとサングレールは地続きだ。両国が高い壁や溝で隔たれているわけでもないからな。気付かれずに侵入するなんてことはそう難しくもないので、工作員やスパイが侵入して来て見つかるなんてことも珍しくはない。いがみ合っている国同士だ。嫌がらせに破壊工作しにやってくる奴なんてのも余裕でいる。まあ、レゴールでその手の人間が出現するなんてのはさすがにレアだけどな。

 

 サングレールの人間が悪さをすると目立つものだ。その度に俺みたいなハーフも白い目で見られてしまう。しかしこればかりは仕方ない。人も大勢いればそんな奴もいるだろうしな。問答無用でリンチされなければ問題ないと思っておくのが一番だ。

 

「しかし、闇魔法か? 今の。俺って魔法っていうと水魔法が一番便利だと思ってたけど、闇魔法もなんか便利そうだよな。侵食したり、操ったり? いや、具体的に何ができるのか知らねえけど……」

「俺のいる“収穫の剣”は魔法使いが全然いねぇからなぁ……ロイドさんは昔ギルドマンだったろ。闇魔法使いってどういうことができるんだい?」

「ああ? 闇魔法なんてそう便利なもんじゃねえだろ。さっきの死神が異常なだけだぞ」

「あれ、そうなの。光魔法と同じくらい強いと思ってたぜ」

「光魔法だってある程度まで修練を積まないと同じだ。一般的にはそう大したもんじゃねえ。……ああ、“若木の杖”のサリーか。あれは奴がおかしいだけだぞ」

「おかしいのは知ってるが……」

 

 闇魔法も光魔法も超強いってイメージあったんだけどな。人によるってやつか……。

 

「大抵は靄で相手の視界を封じて行動不能にするくらいのもんだ。それはそれで強いんだがな。さっきの死神がやってたような、闇魔法で相手を叩き伏せるなんて芸当は王都の魔法使いでもどれだけできるか……」

「魔法使いが魔物や賊と向き合って戦うなんてそうはねぇからなぁ。連中としても、魔法で街の役に立った方がずっと儲かるだろうしな。“収穫の剣”に前いた魔法使いもそれで辞めちまったよ」

「二人とも夢がないな……魔法使いってのは魔法を使ってかっこよく魔物を討伐しまくるもんだぜ」

「モングレル、お前子供向けの本読みすぎ」

「ハッハッハ……」

 

 いやまぁね。俺だってわかるよ。魔法使いは討伐なんかしなくたって食っていけるってのは。

 そんなリスクを踏むよりも街中の適当な魔法使い向け任務をやっていった方が安定するしな。なんだったらそっちのが儲かるしな。

 けどよ……魔法で戦わないと魔法使いって感じがあんましないじゃん……?

 

「ギルドマンはスキルのために魔物を倒す必要があるが、魔法使いは別に魔物を倒して魔法を覚えているわけでもねえからな。連中は塔に籠もって研究と自己鍛錬をしてるだけで十分なんだろ。ギルドマンなんてやってるのは一部の物好きだけだ」

「俺だったら剣で魔物をバッサバッサと斬りながら、離れた相手には魔法で……みたいな魔法剣士を目指したいもんだけどなぁ」

「モングレル、てめーはまず魔法を覚えてからそういうこと言えよ」

 

 魔法も魔物とか討伐してるうちに習得できるシステムにしてくれねぇかな……無理か……。

 




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今冬連が載開始する予定だそうですよ。
( *・∀・)タノシミ

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若気の至り

 

 噂によると、レゴール支部のギルド長がご機嫌らしい。

 レゴール発のギルドマンをテーマとしたボードゲーム、バロアソンヌに端を発する流行が色々といい方向に作用しているのだそうな。

 なんだろうね。地元の名産品が生まれたから面映ゆい的な感じなんだろうか。

 

 正直ギルド長のラムレイさんはほとんど会わないからよくわかんねえんだよな。

 レゴール支部に常にいるのはジェルトナさんだし。貴族街とか王都で色々働いてるとは聞くけど、常に多忙に見えるジェルトナさんとどっちが苦労してるかはわからんね。

 

 そんなギルド長ラムレイさんが珍しくギルドに顔を出して、上機嫌な雰囲気で宣言した。

 

「レゴールのギルドマン達よ! 秋の多忙な狩猟期間、そして突発的なスタンピードも乗り越え、今年も良く働いてくれた! お前たちの働きによってレゴールはより良く発展し、治安が保たれている! 支部の代表として、お前たちの勤勉さを誇りに思うぞ!」

 

 その日、酒場にいたギルドマンはそこそこの数だった。

 ギルドマン全員ってわけではないが、暇な期間なので昼間からそこそこ集まって暖をとっていたのである。

 だからラムレイさんが現れると、全員そこそこに居住まいを正して聞き入っていた。

 

 いい話をしているんだが……まぁ、普段あまりみない人だからありがたみは薄いな!

 視界の隅で新入りのアイアンクラスの若者がボソリと“あの人誰?”つってベテランに引っ叩かれていた。気持ちはわかる。

 

「そこでだ! お前たちの働きを労うために、こんな物を用意した! ……ラーハルト、ミレーヌ」

「はい」

「こちらですね」

 

 受付にいるラーハルトさんとミレーヌさんが机の下からそれを取り出すと……酒場はどよめきと歓声に包まれた。

 まるで大量の甲類焼酎でも入りそうな大きなガラス瓶。それが二つもある。しかも中に入っているのは……間違いねえ。あれは酒だな! しかも蒸留酒! ウイスキーだ!

 

「これは王都の蒸留所より生まれた高級蒸留酒、ウイスキー……ジュールの四年物である! 数ある蒸留酒の中でも、このジュールはハルペリア国内でも最高品質……つまり、最も高く、価値のある酒だ!」

 

 おおー……! 酒の名前にジュール……国王の名前が入ってるってそりゃ随分気合入ったブランドだな……!

 つかこれあれだな。良い流れだな。いや一人につきボトル一本なんて夢は見てないが、どうなんだ。タダか? タダなのか……!?

 

「レゴールを拠点とするブロンズ以上のギルドマンを対象に、この酒を一人一杯ずつ振る舞おう! 量のある酒を飲むのも良いが、最も良い酒の味というものを知っていても損はあるまい!」

「うおおおお! ギルド長最高!」

「やったぁあああ! タダ酒だぁああぁッ!」

「ラムレイ様万歳! ジュール国王万歳!」

「あざーっス!」

 

 よっしゃタダ酒だ! しかも最高ランクの蒸留酒! 王都産かぁ……買ったら絶対に高いやつだろ!

 まぁ高級とはいっても四年の熟成だし蒸留技術も前世と比べたらショボいだろうから、美味さでいえば大したことはないのだろうが……蒸留酒文化の最先端を味わえるとなればそれだけでテンションも上がるってもんだぜ!

 

「ついでに料理一品もタダにしておいてやる! ……犯罪に手を染めず、これからも真面目に働くように! 励めよ! 以上!」

 

 最後にそう言い残して、ラムレイさんはさっさとギルドを出て行ってしまった。

 相変わらずギルドに留まらないお人である。いやまぁあんまり偉い人に居座られても心が休まらないから、下っ端な俺たちとしては良いんだがね。

 

「いやーまさかこの時期にこんなプレゼントがあるとは……」

「クランハウスから仲間呼んでくるわ。いや、椅子がねえか?」

「アイアンは貰えないのか……ちくしょー」

「拠点にしてれば俺も飲めたのかな……くっ、拠点を移すか……?」

「早速飲むぜ! ミレーヌさん、お願いします!」

「ラーハルトさん、一杯注いでくれ! あとはえーと、料理も!」

 

 おうおう、ギルドがいきなり賑やかになってきた。

 タダ酒をみんなで飲もうと仲間を呼びに行った奴も多い。これからギルドが騒がしくなるぞ……一人でテーブル席を占領してるわけにもいかなくなったな……。

 

「俺も仲間に入れてくれよー」

「なんか来たわね」

「モングレル先輩、おっスおっス」

 

 というわけで一人欠けてる“アルテミス”のテーブルに避難することにした。

 シーナの眼光が強いから他所の連中は絡み辛いんだよな。俺も前まではそう思っていたし……最近じゃもう慣れたもんだけどな。

 しかし今日は他にちょっと珍しい女も同席しているようだ。

 

「なんだいモングレル。あんたもこっちで飲むの?」

「ようアレクトラ。一人でテーブルを占領してたら悪いだろ? そっちこそ“収穫の剣”の連中とは一緒じゃねーのかよ。向こうで猿のおもちゃみたいな動きして盛り上がってるぞ」

「猿のおもちゃってなんだい……ふん、今日のアタシはあんなむさ苦しい連中と違うんだよ。ねー、シーナ」

「ふふっ。まあ、良いんじゃないの。たまにはそういう日があってもね」

 

 前から思ってたがアレクトラは“アルテミス”の連中と仲良いよな。妙に教養深いところがあるからそこが合うんだろうかね。

 

「それよりモングレル先輩、お酒っスよお酒! なんか王都の……ウイスキーっスよ!」

「ジュールとか言ってたな。国王陛下の名前を冠してる辺りまず間違いないもんだろうぜ。……今はまだ行列できてるからやめとけライナ。お前があれに巻き込まれると踏み潰されちまうぞ」

「シーナ先輩と同じこと言ってるっス!」

「いいじゃない、もうちょっと落ち着いてからで。あれだけの量があれば全員に振る舞ったところで無くなりはしないわよ」

 

 ライナは酒飲みだからなぁ。俺も結構好きだけど、ライナには負ける気がするわ。

 

「今まではワインなんかが高級酒として扱われていたんだけどねぇ。ライナは飲んだことあるかい?」

「え、無いっス。美味しいんスか」

「俺もねぇや」

「一本一本がクレイサントの良い造りの酒瓶に入れられててね。ガラスも中身が透き通ってて良いもんだけどさ、陶器ってのもなかなか雰囲気があって良いもんだよ」

「はえー、すっごい……クレイサントの陶器って良いものばっかりなんスよね」

 

 なるほどねぇ。まぁ高級酒を入れる容器も相応に高級仕様にするよなそりゃ。

 そういう容器専門の物好きなコレクターとかもいそうだな。

 

「クレイサントの陶器はハルペリアで……周辺国を見ても一番だもの。男爵家に選ばれた工房では、少しでも下手なものを作ればその場で砕いて捨てるとまで言われているのよ。ちょっとした歪みや欠けなんて当然、僅かな模様のズレでも弾いてるわ」

「もったいねえけど、ブランドを保つにはそんくらい厳しくないと駄目なんだろうなぁ」

「あら、よくわかってるじゃないの。モングレル」

「でも割っちゃうのはやっぱりもったいないっスね……」

「……ええ、だから失敗作はまとめて射撃訓練用のクレーにしている……らしいわ。上空に向かって投げて、それを撃つ……みたいなね」

 

 シーナは随分とクレイサント家に詳しいな。まるでクレイサント博士だ。

 ……クレイサント領近くのご出身かい? いや追及はしないけどな。

 けどどこか自慢げなシーナの様子を見るに、間違ってもなさそうだな……。

 

「あ、そういや俺なんかクレイサント産の花瓶持ってるぞ。高級そうなやつ」

「……本当? まあ、良いものもあれば安いものもあるからモングレルが持っていてもおかしくはないけれど」

「なんだいなんだい、モングレルもそういう良いものがわかるようになったのかい」

「俺はハルペリアで一番目利きができる男……ってわけじゃねえな。いやけど、実際に良いもんだとは思うぜ? ちょっと知り合いから譲ってもらった品でな。そいつもクレイサントの高級品を集めている奴だから、物としては間違いないはずだ。裏側に刻印もあるしな」

「……ふうん。刻印ね……菊の花に杯のやつかしら」

「そうそう、それだ」

 

 なんかシーナが怪訝そうな顔してやがる。こいつあんま信じてねえな?

 

「モングレル先輩のごちゃごちゃした部屋に花瓶なんて想像できないっスね」

「置く場所がなぁ。今は窓際に置いてるぜ。結構良い色合いしてるんだよ。たまーに花をいれてるんだぜ」

「……一度その花瓶を直に見てみたいものね。偽物だったら私が割ってあげるわよ」

「いやいや俺は気に入ってるんだって。偽物でもやめろや」

 

 しかしシーナの目つきはちょっと凄みを増している。偽物だったら存在を許すわけにはいかない……そんな目つきだ。

 いや別に良いんだよ俺は偽物でも。見た目が良いから飾ってるんでね……だが、偽物だと決めつけられるのもちょっと癪だ。

 

「いいだろう、じゃあ宿から持ってきて見せてやるよ。なんだったら鑑定して値段でもつけてもらおうじゃねえの」

「あら、任せなさい。私は結構こういうの詳しいわよ」

「面白いねぇ。アタシもちょっと知ってるから、鑑定の真似事しちゃおうかな」

「花瓶なんて全然わかんないっス」

 

 というわけで、俺は一旦スコルの宿に戻って花瓶を取りにいくことにした。

 ついでにその間に料理と酒を注文してもらっておいた。

 

 

 

「さて、問題の品が……これだ!」

「おー……花瓶っスね。白黒模様なんスね」

「はぁー、結構珍しい色使いじゃないのさ? アタシも皿と壺は知ってるけど、花瓶はそこまでだからなぁー……偽物なんじゃない?」

「おいおい、いきなりご挨拶だな」

 

 家から持ってきたのは、以前ユースタスから譲ってもらった細長い花瓶だ。

 黒地の上に白い釉薬がかかっており、白黒のコントラストがなかなかモダンでおしゃれな奴なんだが……まぁ確かに、ユースタスの持っていたコレクションの中ではちょっと浮いていた気はするけども。

 

「さあどんなもんだよシーナ……シーナ?」

「……」

 

 おそらくここで一番詳しいだろうシーナを見てみると、なんかものすごい顔で花瓶を見つめていた。

 “え、だれお前?”みたいな……“嘘、え、お前!?”みたいなそんな顔である。

 驚いているのはわかるがなんで今そんな顔してるんだ。……頼むから割るのはやめてくれよ?

 

「んー、アタシ的には裏の刻印は本物っぽい感じするけどねぇ……シーナはどう思……シーナ?」

「……ああ、いえ……まぁ……花瓶、花瓶よね、ええ……裏面もね……ええ……まあ、本物よ。それはそうだわ……」

「色合いがモングレル先輩っぽいスね」

「だろ?」

「いや……確かにお父様と見学した時に色付けの時だけ口出しはしたけど……そんな色使いはしないと後から言われもしたけど……破棄されたと思ったのに、なんで残ってるのよこれ……」

 

 ボソボソ喋ってどうしたよ。本物の良い物を目の当たりにしてバグったか……?

 

「私は値段の付け方わかんないっス」

「んー、アタシから見ると色使いがやっぱりクレイサントっぽくないんだよねぇ……近い領地で似た土と窯を使った別物って線もあるかもだけど……いいとこちょっとセンスのない弟子が戯れに作ってみた習作ってとこじゃないかねぇ? 色付けさえまともだったら高そうだけど、この色だとちょっと値段は落ちるんじゃないの?」

「うっ」

「アレクトラは辛口だな……シーナ、お前はどうよ。お前ならいくらの値をつけるんだ」

 

 プルプル震える手で持っていた花瓶を置いて、シーナは深く息を吐き出した。

 

「……ほ、本物……ではある……けど、……色合いが、そうね、駄目よねっ……! こんな色を塗ったのは、あまりにも若すぎるというか……幼い感性だと思うわ……!」

「……そんな嫌そうな顔して言うことある……?」

「私はそこそこ良いんじゃないかと思うっス」

「お、ライナお前はよくわかってるなぁ。そうだよ、誰がなんと言おうと良いんだよこれは。けど骨董趣味に手を出すと金が飛んでいくからな、歳取ったら気をつけろよ」

「っスっス」

 

 それから肉料理についてきたローズマリーの葉っぱを花瓶に活けて遊んでたらローズマリーが中に落ちて出てこなくなって、何故かシーナがキレた。

 

 帰ったらなんか細長いやつで取り出しておこう……。

 





【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)kana2様より精霊祭のファンアートをいただきました。ありがとうございます。


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泣いて馬を飼う

 

 冬。厳しい季節である。

 燃料も食料も乏しく、あらゆるものを蓄えておかなければ貧乏人は乗り越えるのも難しい。

 この発展著しいレゴールであってもそれは変わらない。職自体はいくらでもあるのだが、どういうわけか下手な生き方しかできない連中はどの世界でもいるようで、時々屋外では凍死した人が見つかったりする。恐ろしい話だと思われるかもしれないが、そう珍しいことではないのだ。

 

 まぁ、とにかく厳しい季節なわけだ。

 誰であっても計画的に蓄えを作っておかなければひどい目を見ることになる。ギルドマンなんかはその最たるものだろう。計画性のない散財で詰みかける奴の多いことよ……。

 だからまぁ、買い物とか……そういうのは、計画的にしておかなきゃいけないんだけども。

 

「ブルルルッ」

「なあモングレルよ。俺たち“収穫の剣”も近頃は人が増えてきただろ」

「ああ、そうらしいなバルガー」

「俺等が纏まりがねえって言われてんのはわかってる。だからな、ここらでひとつ、パーティーに変化がなくちゃいけねえと思うわけだよ、俺は」

「変化ねぇ……」

 

 おお、寒い寒い……。

 こう拓けた場所だと風がつめてぇな。

 

「そこで、俺らに何が足りないのかってのを考えてだな……」

「“これ”が?」

「最後まで聞け。……“大地の盾”は色々な任務をこなしているよな。それでだな、やっぱ機動力が違うと思うわけよ。隣の村まで一瞬でビャッと行って任務をこなせる素早さっていうの? そういうのが足りなかったと思うわけよ俺は」

「……で、“これ”なのか?」

「……そうだよ」

 

 俺とバルガーの視線が馬房に注がれる。

 そこには、干し草をムシャムシャどころかバリバリと豪快な音を立てて咀嚼する、バカでかい図体の馬がいた。

 

「……お前こいつ、前に競馬で走ってたダブルヒットだろ」

「軍馬をな……安く仕入れたんだ……」

「軍馬だったけど気性に難があって競馬で走ってたんだろ。なんでここの、預かりの馬房にいるんだよ」

「……それを説明するためにはな、モングレル。俺がその日の夜、やけに賭場でツいてた話から始めなくちゃなんねえんだ……」

「賭場でちょっと儲かった金で勢いで買っちまったのか? 馬を?」

「違う! 酒の勢いだ!」

「……馬鹿だねぇー! お前!」

「あー! お前今それアレクトラと同じ言い方したぁ!」

「するだろこんなん!」

 

 説明しよう! 俺達の前にいるこのダブルヒットという馬は……バルガーお気に入りの競走馬である!

 

 元々は軍馬だったのだが、落ち着きがないのと色々と性格に難があるせいで民間に売り払われた。そして無駄に強い馬体を活かして競走馬となったまでは良かったのだが、騎手の言うことを聞かない上に他の馬に対して絡みすぎるせいでなかなか上位に上がれず……まぁ、ダメダメな馬だったわけだ。

 

「しょうがないだろぉ! この冬でダブルヒットを潰そうなんて話を聞いちまったらよぉ!? そんなのもう買い取ってやるしかねえだろぉ!?」

「お前なー……生き物をそんな簡単に引き取るんじゃありませんよ!」

「またアレクトラみたいなこと言った!」

「そもそもだな、元々の馬主だって手放したくて手放したわけじゃないだろうよ……レースで結果を出せない、しかも大食らいな馬なんだろ? そりゃいつまでも置いておくわけにもいかねえだろうさ……」

 

 かわいそうだが、馬という生き物は決して飼いやすい生き物ではない。めちゃくちゃ手間も金もかかる動物なのだ。それは農業国家ハルペリアであっても変わらない。特に冬場は厳しい。飼料代も嵩むし、肉にしちまった方がマシだと判断されれば容赦なく……ってやつだ。

 

「……久々に大勝ちしたらよ……ちょうど、ダブルヒットの噂が耳に入ってな……まぁでも、このクラスの馬にしちゃ随分と安かったんだぜ。だから買えたんだ……」

「買った後が問題だろうよ……どうするんだ。この馬房に預け続けるのも結構な金がかかるんだろ?」

「そこはな、パーティーの皆に相談して金を出し合うことになった……まぁ、金を取るのは一部からだがよ」

「あ、一応パーティーメンバーも前向きには考えてくれてるわけね」

 

 なんだ。バルガーの独断で馬を買って、メンバー全員反対してる状況かと思ったわ。

 深刻そうな顔で“モングレル、話したいことがある……”とか言ってここまで連れてこられたから何事かと思ったが……案外話としては纏まってるわけね。

 

「ディックバルトさんもな、“任務の幅が広がるのであれば――試してみる価値はあるだろう”って前向きだったんだぜ」

「団長が真っ当に任務のことを語ってるだけなのに頭の中で結びつかねえな……」

「アレクトラは……まぁ突然馬持っていったからすげぇ怒られたけど、色々とダブルヒットの使い方について考えてくれてるんだ。飼料の仕入れとかも調べてくれてな……」

「本当に働き者だなあいつ……」

「頭が上がんねえよ。……ま、それでどうにかこうにか……冬を乗り越えたら、本格的に使ってみようってなってな。だからこの冬の間に、俺等に慣れてもらったり、訓練したり……ってわけだ」

「なるほどね。逆に考えて冬だからこそ都合が良いかもってわけか」

 

 しかし“収穫の剣”が馬を仕入れるとはなぁ。

 確かに機動力はあるし運搬力も上がるが……誰がどうこいつを乗りこなすのやら。

 

「ちょっとばかし乗ってみるか。ほれ、モングレル」

「え? いや俺乗馬は……」

「違う違う、俺が乗るからお前この手綱引いててくれ」

「そっちかよ」

「お前力強いだろ。ダブルヒットが暴れたりした時は頼むな」

 

 馬を抑えるために俺は呼ばれたのか……? まぁいいけどさ。

 

「ブルルッ……」

「よぉーしよしよし、今日もよく食ったなぁ……ちと歩き回ってみるか、ダブルヒット」

 

 ダブルヒットは癖の強い馬だが、腐っても人を上に乗せて走っていた競走馬である。

 ある程度人には慣れているし、乗せることに対する抵抗もない。バルガーくらいの男を背中に乗せても全く小揺るぎもしない頑強さもなかなか良いな。ギルドマンの飼う馬としては結構当たりなのかもしれない。

 

「ほ、ほ、ほっ……どうだモングレル、ちゃんと歩いてるぞ!」

「おーおー、馬上の人だなバルガー。どうだそこからの景色は」

「高くてこえー……あ、こらこら、落ち着け! 急ぐな! ……そうだ、よーしよしよし……」

 

 しかし時々走り出そうとしたり、なかなか騎手の言うことを聞かなかったりと目に見える問題は多そうだ。

 棹立ちにならないだけまだマシなんだろうか? 傍から見ててちょっとヒヤヒヤするな。

 

「……それで、こいつをな。慣れてきたら、信用できる相手に貸し出すくらいのことはしても良いんじゃないかって話にもなったんだよ」

「貸し出しか、へぇー」

「モングレルもどうだ、たまには馬に乗ってみろよ。ケツが痛いぞー」

「ケツが痛いのは嫌だけど、興味はあるな……値段によっては考えるかもな」

 

 一度この世界を馬で遠乗りっていうか……チョイ乗りくらいはしてみたかったからな。

 こう、愛馬に跨って走って……馬と一緒に野営してみたいな感じでな。

 まぁこの癖の強そうな馬と一緒にってのは嫌だが、軽くレゴール近辺を乗り回すくらいはちょっとやってみたい。

 

「けどそもそもそのダブルヒット、人に貸せるほど大人しくねえだろ?」

「そこなんだけどな。俺らのパーティーのジェローラモが馬の扱いが上手くてよ。そいつに任せると随分と大人しくなるんだこれが」

「ああ、あのちょっと引くレベルで動物の鳴き真似が上手いあいつか」

「そうそう。結構詳しくてな……このまま言うことを聞いてくれるようになれば、まだまだ走れるわけだ。なー? ダブルヒット」

「ブルルルッ」

 

 ダブルヒットは返事っぽい鼻息とともに尻から馬糞をボロリとこぼしていた。

 馬糞めっちゃホカホカしてる。

 

「あっこら! ダブルヒット! そこに生えてる木は植えてあるやつだから! 食っちゃいかん! いかんぞダブルヒット!」

「ブルルッ」

「……何か事故起こして潰される前に、ちゃんと手懐けられると良いな……」

 

 とりあえず俺が乗っても大丈夫になったら呼んでくれ。そうしたら半日くらいレンタルするかもしれんから……。

 




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バッソマンが「次にくるライトノベル大賞」の投票対象作品に選ばれました。
他にもハーメルン発の作品があってなかなか感慨深いですね……。
投票していただけるとバッソマンが次にくるかもしれません。よろしくお願いいたします。


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単独冬キャンのはじまり

 

 ギルドでは暇な連中が屯し、酒を飲んだり他愛もない話をしたり、ボードゲームに興じたりと、ちょっと目新しい娯楽はあれど例年とさほど変わらない日々を過ごしていた。

 真面目な連中やルーキーなんぞは修練場で技を磨いたり、世話好きの先輩から戦い方を教えてもらったりしている。

 

「おいローサー! びびってんじゃないよ! 盾持ってる奴が一番危険なとこに居ないでどうする! 盾役は度胸! 死ぬ気で前に出て盾を構えな!」

「ひっ、ひぃいい……! イーダさん、もっと手加減を……!」

「魔物や賊が手加減してくれんの? ふざけてねぇでさっさと来いや!」

 

 ……まぁ、一部世話好きというより“かわいがり”になってるところもあるようだが。あれもひとつの愛だろう……。

 

「ロディは振り下ろしに変な癖がついてるが、その鉈を使うなら良いだろうな。魔物の骨を断つこともできるだろ。ダフネは……まだまだ要練習だな」

「はい! フーゴさん!」

「ううー……戦闘訓練、大事なのはわかってるけど……やっぱり私こういう才能って無いわね……!」

「練習だよ練習。繰り返しやっていきゃ身につくさ。冬のうちにもっと鍛えておけ!」

 

 ダフネ率いる“ローリエの冠”は、この秋に何度か夫婦二人組の移籍パーティー“デッドスミス”と共にバロアの森に潜ったらしい。俺が紹介して、引き合わせたやつだな。

 “ローリエの冠”は決定力に不安があり、“デッドスミス”は索敵能力に欠けていた。両者を引き合わせることでお互いにそこそこなバランスになるのではないかと思ったのだが……実際、俺の思いつき半分な目論見は上手く当たったらしい。

 罠を大量に仕掛けて多くのポイントを見て回るダフネのやり方は“デッドスミス”という攻防一体のベテランパーティーを加えることで安定感が増し、狩りの速度も飛躍的に上がったそうだ。

 分け前の分配も揉めることなく納得のいく落とし所を見つけられたようで、秋の終わり頃まで一緒になって任務をこなしていたそうである。今ああして仲良さげに訓練しているのも、討伐を通じて良い関係が築けたからだろう。

 

 どこのパーティーも各々よろしくやっている。

 ……バロアの森に潜るような連中はもういなくなったし、そろそろか。

 

「……冬のソロキャン……するか……!」

 

 前にウルリカとレオを連れて行った時はあまり良さを伝えられなかったが、今回は一人だ。一人で行って一人で楽しんでやることにする。

 これはもうあまり深い考えのない、ただの俺の趣味だ。誰もいない場所でのんびりと過ごし、孤独を楽しむ……。

 あとはついでに色々実験したりだな。専用のテントを張ってサウナを試したいし、石鹸作りもやっておきたい……ま、のんびりとだな。

 

 

 

 必要な荷物は多い。豪華な野営セット、食料、防寒装備、素材……フルセットだとまるでレゴールから夜逃げするかのような姿になってしまう。

 一応、可能な限り素材も前々から処理して嵩を減らしてはいるが、見るからに変な格好なのは誰から見ても明らかだ。宿の女将さんも俺のこういう行動を何度も見て知っているはずだが、毎回しっかり“あら、旅にでも出るの?”とか聞いてくるしな。それはギルドに行っても変わらない。

 

「あれ、モングレル先輩どうしたんスか。護衛か何かに出るんスか」

「おうライナ。これはいつもの野営だよ。七日ほどじっくり、バロアの森に泊まってくるだけだ」

「あー」

 

 そういえばそんな習性があったな、みたいな顔をされた。

 ミレーヌさんは俺の外出について粛々と手続きを進めてくれている。ありがてぇ。

 

「……冬場の長期野営なんて軍人さんでも滅多にやらないんスから、凍死しないように気をつけて……」

「わかってるって。暖を取ることだけは徹底してるからよ」

「いや本当に……モングレル先輩こういうのでうっかり失敗しそうだし……」

「俺はハルペリアで一番野営の上手い男だぜ?」

「ふふふ、ライナさんはモングレルさんのことを心配しているんですよ」

 

 心配と言われてもな。……まぁ確かに、ウイスキー飲んでぐっすり眠って凍死……なんてこともあり得ないではないが……そうならないようにしっかり装備整えてるから大丈夫だって。いや本当に。

 

「……じゃ、とりあえず七日間。まー前後するかもしれないけど、そのくらいでよろしく頼むよ、ミレーヌさん」

「はい。ごゆっくり過ごされてください」

「心配っス……」

「なんだよ、ライナも来たいのか?」

「それは嫌っスけど……前にウルリカ先輩から話は聞いてるんで……」

 

 チャレンジ精神のない奴だぜ。

 まぁついてくって言われても困るけどな。今回は一人でやりたいんだ、一人でな。

 

 

 

 門番に札を見せ、毎度お馴染み“また冬の野営か”と笑われながらも、特に問題なく街を出る。

 木材運搬のために辛うじて残っているバロアの森方面の馬車に乗せてもらい、入り口まで来たら後はひたすらに奥地へ進む。

 人が居なくて、魔物も出なくて……そんな場所が理想だ。まだ俺も見たことのない所も多いはず。そういう新しいポイントを探すのも悪くない。

 

「水、水……川か、沢か……お、ここらへんが良さそうだな」

 

 朝に出発し、誰も居ないのを良いことに早足で歩き続け、昼過ぎ。ようやく良い感じの場所を見つけることができた。

 

 そこそこの川、平らの地面、そして浅い場所じゃ全く見ることのできないほどにまで大きく育った、太いバロアの樹木たち。

 古く深い森の中にひっそりと存在する……なんていうか、癒やしのスポットって感じがするぜ。まぁ今が冬だからってのもあるんだろうけどな。夏とかにこの辺り来たら下草ボーボーで風情はなさそうだ。冬だからこそ良い景色なのかもしれん。

 

「よーし、ここをキャンプ地とする!」

 

 肩に食い込んでいた荷物をドカッと降ろし、伸びをする。

 野営道具が色々あるもんで、設営はちと面倒だが……なあに、これから長々と居座ることになる場所だ。ゆっくりじっくり、居心地の良い城を作っていくさ。

 

 テントや薪ストーブはいつもの物だ。

 今回はラグマットも豪華に何枚か敷いて、地面からの冷えを抑え込むつもりでいる。一応その下に枝も噛ませて、と……うんうん、寝床はまぁこんなもんか。

 

「あとは石だな、石。焚き火が長持ちするように盛大に燃やせるサイズにするから……ああ、そうだ。サウナ用の石も取っておかなきゃいけないから、もっと余分にだな……」

 

 川辺に転がっている大きめの石を回収し、ポーンとテント側へ投げる。

 前世だったらポーンとなんて投げられない重量の石でも、今生であれば気軽に放り込めるから楽なもんだ。誰も見てないし運搬が捗るぜ。

 

「あとはひたすらに薪を切って用意して……あ、サウナテント立てるの忘れてた! いっけね、あぶねえあぶねえ」

 

 材料を集めて、運んで、整えて。こうして自然の中で自分に必要なものを集めていると、なんというか心が癒やされていく。

 ちまちまとタスクを埋めていく達成感……ってのかな? ジワーっと目標に向けて進んでいるのが嬉しいんだよな。

 

「……ウルリカ達にはこういう事を言ってやればよかったか?」

 

 なんて思ったが、やめた。こればかりは言葉ではなく、実際に体験してみるのが一番だろうからな。

 なぁに、ウルリカもレオもライナも、いつかはわかるはずだぜ……。

 

 俺みたいに歳を重ねれば、きっとな……!

 




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寒空のチルタイム

 

 冬の森は静謐な空気に満ちている。

 静謐な空気とは何か。情緒のない言い方をするならば、それは寒気である。

 

「さみー……そりゃこんな環境じゃ魔物も出ねえわな……」

 

 厄介な魔物はほとんどがバロアの森の更に奥地へと逃げ込んでいることだろう。

 ここよりも奥はかなり広範囲に渡って温暖な空気に包まれている。そんな環境もあってか、バロアの森の魔物達は越冬を考えない。暖かい場所に移動するだけだもんな。もちろんそこにはサンライズキマイラという相応以上のリスクもあるのだが……食料のない空虚な寒い森にいるよりは、多少危険でも奥地へってのが森の住人たちにとっての総意らしい。

 

 ま、人間としては過ごしやすくて良いんだけどな。

 おかげで伐採作業も捗るし、俺みたいな奴がこんなところで野営できるんだからな。

 

「んー……見つかんねえな。何本か登ってりゃあるんだが」

 

 俺は今、バロアの大樹に登って辺りを見回している。

 薪や資材集めのために適当にいい感じの枝をバスタードソードで払いながら探しているのだが、目当ての植物はなかなか見つからない。

 

「お、この枝いいじゃん……って鳥の巣あるのか。……古いやつかもしれないけどやめておこう」

 

 人目を気にしなくても良いってのは楽だ。こうして木から木へと飛び移っても変人扱いされないからな。自分の身体能力を制限する必要が無いのは本当にストレスが無くて良い。

 

「あー、ようやく見つけた……古い樹ならそこそこ絡まってると思ったんだけどなぁ。意外と数はしょっぺぇんだな」

 

 結構な時間ツタなしターザンをしながら探し回っていると、不自然に撓んだ枝を発見した。よく見なくとも、その枝には大きな枯れた植物が絡まっているのがわかる。

 カラカラになったそれを強引に剥が……そうとしてちょっと難しそうだったので、絡まった枝を切り落として地上で回収した。

 

「ストラドシスティス、ゲットだぜ」

 

 この二十メートル近くある長い植物はストラドシスティスと呼ばれる蔓性植物で、よく巨大な樹木の上に絡まっている……のだが、だいたいが既に枯れてカピカピになっているため、瑞々しい時の姿はよくわからない。

 蔓性とはいうものの、茎は太くて立派だし、葉もマメ科というよりは細長い普通な感じで、色々と謎の深い植物である。

 こいつの用途はまぁ、燃料みたいなもんだな。

 

「全て燃えて灰になれ……」

 

 バスタードソードで適度な長さに揃えてカットしたストラドシスティスを焚き火に放り込み、景気よく燃やし続けていく。

 カラカラに乾いているのでよく燃えてくれる。茎が太いとはいえ枝ほどしかないので、入れたそばから燃え尽きて嵩が減っていく。

 そうしてガンガン燃やし続けた結果、かまどの底に残る灰……これが今回俺が必要とするものだった。

 

 まあ、要は石鹸の材料だな。色々な灰を集めて試した結果、このストラドシスティスの灰が一番まとまりが良いって結論になったわけだ。

 

「多分こいつ海藻っぽい植物なんだろうけどな……」

 

 色々と謎の多い植物だが、使える物ならなんでも使うのが開拓村流よ。

 “アルテミス”から上質な固形石鹸をくれって頼まれてるからな。この冬キャンで良い物を作って、シーナたちに譲ってやろう。そうすれば俺はまたあの風呂に入れるわけだ。へへへ……今回はしっかり分量を計りながら作るからな。製法を確立して量産にこぎつけてやるよ……。

 

「おっと、こっちの火も見ないとな……」

 

 石鹸の製造と並行して料理もやっている。野菜をザクザクに切ってぶちこんだシンプルな煮込み料理だが、初日は色々とやることあって忙しいな。焼肉とか揚げ物なんてできる状態じゃねえわ。

 

「……あぶねえあぶねえ。つい急ぎすぎてた。ゆっくり進めていくか」

 

 が、そう忙しく働くこともないかと思い直し、ペースダウンする。

 俺はゆっくりするためにこの冬の森に来てるんだぞ。なのにどうして、自分から仕事を増やして慌ただしくウロチョロしてなきゃいけないのか。

 

「七日だぜ七日。一週間もある。ダラダラやってきゃ良いさ……」

 

 やりたいことは多い。済ませたいことも多い。けど、自分からタスクを積み上げてたんじゃ休まる時間なんてあったもんじゃない。そりゃ、快適な住環境を整えるくらいは日暮までに急いでやっておかなきゃいけないだろうが、その他のことはゆっくりでも大丈夫だろう。

 都会の忙しなさに毒されてたな、俺……いや、別に忙しい都会で忙しく暮らしてる実態は無いけども。

 

「石鹸は後回し。ひとまず煮込みと……よし、そうだな。Aチェアでも作ってまったりしてるか!」

 

 Aチェア。それはトライポッドにちょっと棒を足して布を張っただけで作ることのできる簡単な椅子だ。

 簡単な構造ではあるが座面が身体にフィットする布で座り心地が良く、キャンプで手作りする椅子としてはなかなか良いものなのだ。

 

「がっしりした枝なんてそこらへんで使い放題だからなー……材料には困らねえや。あとはこいつを三本まとめるのに……」

 

 俺はリュックのポケットに忍ばせてあるチャクラムを思い浮かべ、それが椅子に座った時に頭上に来ることを想像した。

 

「……紐でしっかり結んでおくか!」

 

 さすがにリラックスするための家具のパーツに刃むき出しのチャクラムを使うのは嫌だわ。素直に紐を使ってまとめておく。

 そして丈夫な生地の布をここに固定して、と……よし。

 

「できた、Aチェア。うんうん……おー、座り心地は……首以外は悪くないな」

 

 座った時に包まれる感覚がなかなか良い。少なくとも丸太や切り株に腰掛けるよりは遥かに上等だ。

 もっとデカいサイズで作れば首まで快適だったかもしれないが、仕方ない。まぁこんなもんだろう。

 

 そして野菜を煮込んだスープも出来上がった。

 鍋から小さめの金属小皿に半分ほどを移し取り、チェアに座ったままもうもうと湯気の立つそれを啜る。

 

「……うん、これは塩派でも問題ないスープだ」

 

 茎と根菜をよく煮込んだお陰で旨味が出ている。腹の底から温まる最高のスープだ。

 普段は特に有り難みもなく齧っている干し肉も、こういうのにちょっとだけ入れると良いアクセントになるから不思議だよな。

 

「ふー……」

 

 スープを飲み干し、吐き出す色がより白くなる。

 Aチェアに深く腰掛け、つかの間の休息を満喫……。

 

「……さっむ! 駄目だ、動かないと無理だこれ」

 

 満喫しようと思ったが、普通に厳しかった。

 いや近くには焚き火もあるしスープも温かかったんだけど、動いてないとそれ以上に冷えてくんだわ。主にAチェアの布一枚の座面が。

 ……防寒しっかりして座るなら、この上にさらに毛皮を被せないと駄目だな……。

 

「結局せかせか働くわけですわ……」

 

 まぁゆっくりスープを飲んで一息つけはしたから、こっからキビキビ働いてもいいだろう。

 さっさと石鹸作るぞ石鹸。作ったらテスターとして真っ先に俺が使ってやるんだ……サウナに入りながらな!

 

 

 

 サウナの作り方はシンプルだ。

 テントを用意し、中に焼き石を運んできてそこに水をボタボタ垂らして蒸気を作るだけ。ね、簡単でしょ?

 蒸気と熱を密閉して汗をかくという実にシンプルな空間だ。ちなみに、焼き石とはいえ焚き火や炭火なんかを直接中に入れたりなんかしたら駄目だぞ! 一酸化炭素中毒で死ぬからな! やる時は焼き石だけを内部に持ち込むんだぜ。

 

「まぁ石はデカけりゃデカいほど良いからな……ここらへんは、前に作った風呂と同じようなもんだな」

 

 以前の冬キャンプで風呂を作った時も、熱源は焼き石だった。焚き火でよく熱した石を水に入れてお湯にする。さすがに冬の冷たい水を大量に温水に変えるのは大変だが、サウナのように水をかけてそれを蒸気にするだけであれば大した量は必要じゃない。

 まぁしかし途中で部屋が冷めても嫌だから、石を常に交換できるくらいにはしたいから……まああればあるだけ良いわな。

 

「サウナか……サウナって入った後に水に入るんだよな……?」

 

 ちなみに。俺はサウナに入って整ったりするタイプのおっさんではない。

 どちらかというとサウナの良さがわからないタイプのおっさんである。別に全てのおっさんがサウナに生息してるわけじゃないんだぜ……。

 

「水か……本場だとこういう川にも入るらしいが……」

 

 ちらりと拠点近くを流れる川を見る。

 冷たい風が吹く中で、サラサラと流れる浅い川……どう考えてもクソ寒い。

 

「……まぁ、俺はサウナで汗かくだけでいいかな……」

 

 俺はサウナの後に水風呂に入らないタイプのおっさんなのである……。

 




「バスタード・ソードマン」が「このライトノベルがすごい!2024」単行本・ノベルス部門にて14位となりました。皆様の投票、そして応援、ありがとうございました。

( *・∀・)ヤッターーー!

(ヽ◇皿◇)なんか雑誌に載ってるらしいですよ


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( *・∀・)ネー



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怪奇! 大自然サウナおじさん

 

 結局、初日は設営と簡単な飯で腹を満たすだけで終わった。

 サウナも作りかけ。薪や枝などの資材も中途半端。それも午前中にやっておかなくちゃいかんな。

 

「ふぁー……さっみぃー……」

 

 朝起きてまずやることは、焚き火への火入れだ。昨日の夜のうちに消えた火を復活させ、暖を取りたい。

 

「おー灰ができてる……灰……まぁ後だな、後……」

 

 固いパンを薄くスライスし、温めた燻製肉を乗せ、チーズと一緒に焼いていく。

 なんちゃってピザトーストと言うのも烏滸がましいレベルの低クオリティな惣菜パンだが、温かい飯ってだけで悪くない。というより、とろけたチーズが乗ってるだけで全てを許せる気がする。これはそういう朝飯だ。

 

「炭水化物、タンパク質、脂質が揃った完全食だぜ……」

 

 さて、飯を食ったら仕事の時間だ。仕事っつっても趣味のための仕事だけどな。

 朝のぼんやり明るいうちに動いて身体を温めて、昼の一番暖かい時に少し休憩するとしよう。

 

 

 

 メインで行うのは石鹸作りだ。この作業は分量の比率を色々と試さなきゃいけない都合上、結構な数の容器を使う。色々な荷物を強引に持ち運べる俺でも、持てる道具の数には限りがある。早めにこの作業を終わらせて、凝った料理を作りたいもんだね。

 

「“アルテミス”からのご要望は良い匂いのする石鹸だもんな。焼肉臭い石鹸にするわけにはいかねぇ」

 

 石鹸の作り方は簡単だ。雑な言い方をすれば、灰と油で石鹸は作れる。

 そもそも前世では、石鹸の始まりは動物の肉を焼いていた時に出てくる油が焚き火の灰に落ちて石鹸となった……なんて言われている。実際にそれを石鹸として利用したかどうかはさておき、“知らないうちにできちゃった”というパターンとしては十分ありえることだろうと思う。

 まぁしかし、獣脂を使って作った石鹸は臭いんだ。獣臭いっていうより、焼肉臭い。汚れは確かに落ちるっちゃ落ちるんだが、汚れをラードで上書きしてる感が強くてな……これだったら多少汚れたままで良いんじゃね? と思っちゃうくらいには臭い。

 

 なので、石鹸を作る場合は植物油がマストである。灰も元の植物を選ぶべきだろう。

 貝殻を焼いて作った炭酸カルシウムも……いやこれは物の善し悪しとかわからんけども。

 とにかく洗浄力、香り、まとまりの良さがここらで大きく変わってくる。ここでベストな配合を目指すのが俺の仕事だ。

 

「うーん……良いんじゃね?」

 

 目に入ったら確実に失明する劇薬に少々ビビリながらの作業だったが、油と合わせて反応させていくと固まり、一般人が想像するような石鹸らしい姿になってくれた。

 香油入りで香りも悪くない。……これ“アルテミス”に渡すより自分で使いたい……いや、やめておこう。個人的には風呂の方がずっと価値がある。こいつは作ろうと思えばいつでも作れるアイテムだしな。

 

 ……けど出来栄えを確認するために一度使ってみなくちゃな!

 

「よし、サウナ入ろう」

 

 下手なものをお出しするわけにはいかないのでね……自分で試しておくのは大事だよ、うん。

 

 

 

 宿屋から貰った古いシーツを組み合わせると、デカい三角テントになる。

 一人用だったらそんなにデカくなくても良いんだが、なんとなくのびのびとサウナを楽しみたかったのでデカめの内装にした。

 川の近くなので床は丸石。中央にテントのための長いポールを立て、そこからシーツが三角テントを形成している。ラグマットでも敷けば寝れそうな設備だが……いや、外壁がちょっと寒々しいか。

 

 あとは中央に焼石を置くスペースを作り……後はそこに水をボタボタ垂らしていけばサウナの出来上がりだ。

 

「椅子は……丸太でいいか。あとあれだっけ、枝葉があると良いんだっけ……?」

 

 俺はサウナおじさんではないので詳しくないんだが、確かあれだよな。なんかタオルとか葉っぱ付きの枝を使って扇いだりするんだよな。それでより熱風とかそういうのを楽しむとか……。

 けどこれ一人じゃできないから無理か。……まぁ別にサウナにそういうブースト効果みたいなのは求めてないしな……長めに入ってりゃ十分だろ。

 

「……よーし、焼石もいい感じにできたな。こんだけ大量に作っておけば十分だろ」

 

 大量の薪を使って焼石を作る。意図せずこの暖かな周辺一帯が脱衣所になってくれた。寒空の下で脱いでもそこそこ平気だぜ。

 あとは枝で作った火ばさみを用いて焼石を鍋に移し替え、サウナの中へと移していく。

 うわっ、もうこれだけで結構暖かいな。水蒸気が出たらもっと暑くなるんだろ? こいつは期待できそうじゃないか……。

 

「さてさて、あとは早速中で……って」

「……」

「嘘やん……」

「……」

 

 俺が最後の焼石をサウナ内に運び込むと、林の中に怪しい影が見えてしまった。

 木陰から身体半分を出し、いかつい顔でこちらを見つめている……存在感バリバリの威容。

 

 魔物である。しかも、そこらへんの雑魚魔物ではない。

 他のギルドマンが遭遇したら死を覚悟しなければならないレベルの超危険な魔物……オーガだったのである。

 

「……いや、どう見てもあれだな。見覚えしかないな……」

「……」

 

 オーガだ。筋肉質の浅黒い巨体には幾つもの古傷があるが、それよりも身にまとっている人間の装備の方に目が行ってしまう。痛みの激しいズボン、ボロボロのマント、そして……荒っぽい研ぎ方をされているが確かに手入れの行き届いたロングソード。

 

「グナク……お前まだ生きていたんだなぁ」

 

 剣持ちのオーガ、グナク。

 昔バロアの森を騒がせた、しかし今や人前に出ることもなくなり手配すらされなくなった超危険な魔物……なのだが、俺からすると妙な愛嬌のある現地人に近い。

 去年の冬に俺はこいつと出会い、短い間だが共に過ごしていた。

 ホットサンド食われたり、せっかく作った風呂を先に入られて駄目にされたり、……あれ? ロクな思い出が無いな? やはり魔物か……。

 

「……剣の研ぎ方、覚えちまったか……そいつで人を殺してなけりゃ良いんだけどなぁ」

「……」

 

 グナクの剣には真新しい研ぎ跡が残っていた。

 それはつまり、最近までそれを研いでいたということである。まさか鍛冶屋に持ち込んだわけでもあるまい。自分で研いだのだろう。一年前、俺がこいつに刃物の研ぎ方を教えてから……それを覚えているということだ。すげぇ学習能力だと思う。

 

「魔物の考えることなんて俺にはわからないからな。自衛の武器は持たせてもらうぜ」

 

 大きな焚き火の中からちょうど良い枝を一本取り出して、焼け焦げた端を石に擦り当てるようにして削っていく。

 するとしばらくして炭化した枝の先端が尖り、短い槍と言えなくもない代物になってくれた。

 ……まぁ、これなら十分に装備品の範疇だな。こいつを護身用に持っているか。

 

 なんてことをしていると、グナクの方は俺を警戒しながらも近づいて来ていた。

 剣こそ構えていないが、顔だけはすげぇ臨戦態勢なのでかなり恐ろしい。

 それでもなんとなくだが、俺を害そうという気配は感じない。知的好奇心で来ているんだろうなという……いや、これはそうであって欲しいなという俺の希望なのかもしれないが。

 

「丸石焼いてるんだよ、これ」

「……」

「ほれ、こうして火ばさみで挟んでな。サウナの中に持っていく」

「!」

「危ないからどいてろよ」

 

 かまってやりたいところだが、既に焼石をサウナに運び入れている最中なんでね。悪いが今は俺のやりたいことを優先させてもらうぜ……。

 

「……んで、後はサウナに入るだけよ」

「……」

「……ついてくるなよ……」

 

 グナクはサウナに入ってきていた。というより、風除けがあって焼石で暖かくなっているこの空間が良いなと思って入ってきただけなんだろうが。

 半裸の格好も相まって、見た目だけなら俺と一緒にサウナを楽しみにきた爺さんって感じである。銭湯で熱い湯船を水で薄めることを許さなそうな顔をしてるからなんとなくこの場が似合っている……。

 

「オーガをテントの中に招待するギルドマンなんて聞いたことねーよ……多分俺が世界初なんじゃねえか」

「オァアア……」

「そうか。温室は心地良いか。……おいグナク、そのロングソード外に置いておけ。錆びるぞ」

「?」

「剣、外」

 

 片言で言っても通じるわけではないし、実際に通じなかった。グナクはロングソードを持ったままサウナに入り、そのままだ。まぁ俺はどっちでも良いんだけどさ……。

 

「……じゃ、ロウリュさせていただきますんで……」

「……」

「……暑くなったからって暴れるなよ? 嫌なら外に出ろよ?」

 

 念のために燃えさしの短槍を手にしたまま、俺は焼石の上に水を垂らしていった。

 すると即座に激しい音がして、水蒸気が立ち上る。うわっ、熱気やべぇ。

 

「……!」

「こっちもやべぇ顔してる……」

 

 グナクは“え、インドカレーのナンってこんなデカいの?”みたいな顔で驚いていた。

 目を見開いて驚く様はサウナが始まっただけにしては驚きすぎだが、逆にこの程度で抑えてくれててありがたくも思う。これならグナクはサウナの暑さにも適応するかもしれんな。

 

「グナク、そっち座れ。俺はこっちだからな」

「……」

「あ、ちゃんと座るんだ」

 

 地べたに座っても尚、背丈はデカい。相変わらず貫禄のある魔物だ。皺の感じからして爺さんのようだけど、実年齢はどれくらいなんだろうか。

 気になりながらも、焼石に水を注ぎロウリュを続けていく。もうもうと蒸気が立ち込め、熱気がサウナ室全体に広がっていく。うおお、すげぇ温室だ。冷えてた身体が一気に暖まっていく……。

 

「ォオオオ……」

「俺よりサウナおじさんの素質があるかもしれないなコイツ……」

 

 正直言って野生のオーガと一緒に入るサウナはちょっと臭かった。が、それでもレゴールの公衆浴場やサウナよりはマシだろうと思えてしまう。というより、あんまりこのグナクの臭いがキツくないのかもしれない。

 ……まさか前回の風呂で自分で風呂作りを覚えたってことはないよな?

 

「ふー……久々のサウナだが……良いな。汗が汚れを浮かしてくれそうな……そうでもないような気がするぜ……」

「ォオオー……」

「お前服脱げよ。多分お前の臭さの五割はそれだろ。外に置いておけ」

「?」

「肝心なところで通じねえのな……どっこいせ」

 

 かなり暖まってきたところで、外に出る。ついでにグナクも出てきた。なんでだよ。

 

「うおー風が結構寒いな……良いかグナク、本場ではな。サウナの後に川に入るんだが、今回俺は水桶でちょっと身体を流すだけに留めて……」

「グォオ」

「え、おいおい」

「ォオオオッ」

 

 そうこう言ってるうちに、グナクは近くの川へと突き進んでいき……躊躇なくドボンと飛び込んでいった。

 レミングかな? なんて思ったが、すぐに起き上がって身震いしている。

 

「ォオオオー……」

 

 ……わかんねぇけど、なんかあいつ本場っぽいサウナムーブしてる気がするな……。

 

「いや、俺はああいう心臓に悪そうなのは無理だわ……手桶で流す程度で……ひい、冷てぇ」

 

 こっちは抑え気味に桶一杯分で、なんて思ったが一杯分も水を被れば普通に超寒かった。

 舐めてたわ。これだけで普通に凍え死にそうだ……。

 

「さ、サウナサウナ……! あ、あと焼石もう一つ追加だ……!」

「グギギギ……!」

「お前もすげぇ寒そうにしてんじゃねーかよ……!」

 

 俺とグナクは揃って身震いしながら、再びサウナテントの中に入っていくのだった。

 




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興味本位の餌付け

 

 オーガは、はっきり言って超凶悪な魔物である。

 クソ強いし知能も高い。個体数が少ないということだけが唯一の良心で、あとは悪意をもって作られたモンスターと言っても過言ではないだろう。

 オーガが一体いればちょっとしたパーティーなら壊滅に追い込めるし、運が悪ければ集落さえ……そんなレベルの相手だ。本来であれば、見つけ次第ギルドに連絡。戦力が十分に整っているのであれば即座に討伐……が当然なのであるが。

 

「ォアアアー……」

「……なんだかなぁ。駄目なことやってるってわかってはいるんだけどなぁ」

「!」

「いやなんでもねーよ。こっち睨むな」

 

 今、俺はそのオーガと一緒にテントサウナに入っている。

 

 ……まぁ、あれだ。情が移ったってやつだ。

 普通のオーガとは違う、慎重でより知的な個体。だからといって、こうして野生動物にエサをやるように一緒に過ごすってのは……やっぱいけねえんだよな。

 人に慣れた影響でどうなるかわかったもんじゃない。ここで殺さなかったことで、人が犠牲になったら……想像するだけで恐ろしいことだ。

 もちろん、俺は魔物と人とがわかりあえる世界を……なんて考えちゃいないし、動物愛護に熱心なわけでもないんだが。

 目の前でこうして、まるで人のようにリラックスしている姿を晒すオーガを見てしまうとな……不意打ちで仕留めて、って気持ちには、どうもなれねぇんだよな。

 狩人としては間違いなく失格なんだろうぜ。俺みたいなのは。

 

「フゥー……」

 

 グナクは丸石の地面に座り込んだまま、身体から流れる汗をじっと見つめている。

 垂れる汗の動きを観察でもしているのか、俺の方にはあまり注意を向けていないようだ。

 

「……ロウリュ追加するか」

 

 とはいえ、俺が何か動こうとするとさすがに視線がこっちを向いたりはする。

 多分、俺が手元の槍(木製)で何かしようとすればすぐさま厳戒態勢に移れるとは思う。

 だが今、俺が欲しているのは熱と蒸気だ。

 

 積み上げた焼石の隣に置いた小鍋には川で汲んだ水が入っている。それを調理用のおたまで掬い上げ、石の上にそーっと垂らす。

 すると、焼石の予熱で水が一瞬にして蒸発し、煙となってテントに充満する。

 蒸気は熱いそよ風となり、心地良さが広がっていく……。

 

「フゥー……」

「あー……ドライサウナよりこういう方が俺は好きかもしれんな……」

「?」

「こっちの話だよ」

 

 日本だとドライサウナがほとんどだった気がする。旅館やホテルの大浴場についてるサウナなんかはそうだな。ムワッとして熱いが、その暑さもなんというか、一分もいられない感じのやつだった。

 今俺のやってるサウナはそれと比べると低温だし、蒸気が多くてしっとりしている。息苦しい感じがなくて結構楽だな。

 まぁサウナとは関係ない息苦しさは対面から感じるんだが……前回の露天風呂に引き続いてサウナまで譲ってやるつもりはねえよ。もう意地だよ。

 

 俺はサウナを楽しんでやるんだ……老いぼれたオーガに遠慮はしねえぞ……。

 

「さて……ここに枝がある」

「……」

 

 いい感じに暖まってきたところで、テントの隅に置いておいた枝を取る。

 一年中葉を付けている瑞々しい樹木の枝だ。

 

「サウナ用語でなんて言うのかは知らねえが……これを、こうして……」

 

 それを手にして、テントの上側……頂点部分をそっと扇いでやると……。

 

「!」

「おー……! 熱気が来たな! やっぱり上の方に溜まってたのか。良い感じだ」

 

 三角テントの上側に滞留してた熱気がかき混ぜられ、また一段と体感温度が上がってくれた。おお、あったけぇ……。

 

「フォオ」

「おい、立ち上がるなよ。熱気を独占するんじゃない」

 

 グナクが三角の上の方に溜まっている熱気に顔を突っ込んで妙に興奮しているが、もうちょっと人間との距離感を考えて欲しい。

 こっちはいつでもお前と遣り合う心構えを崩してねえんだぞ。

 

「……よし、この暑さならいける」

「?」

 

 俺は外に出て、焚き火の前に移動した。

 全身から湯気がもうもうと立っている……外気はまだ涼しいレベル。このくらいの状態なら、身体を洗えるはずだ。

 

「まさかこんな風にダッチオーブンを使うとは……」

 

 焚き火の中に突っ込んだダッチオーブンにはお湯がたんまりと入っている。

 そのお湯を良い具合に川の水で温度調節し、海綿を使って身体を洗っていく。

 

 石鹸を使いながら全身をゴシゴシ……うんうん、これよこれ。これをやりたかったんだ。

 いやまぁさすがに手早く洗わないと寒いけどな。冬場でもサウナ上がった直後だったら結構いけるもんだわ。

 

「……」

「なんだよ」

「……」

「アメニティはフロントで受け取ってくれ」

 

 さっきから俺が身体を洗っている間、グナクがじっと見つめてくる。

 俺がサウナに入ると一緒にサウナに来るし、川に行って恐る恐るちょびっとだけ水を浴びるとそれを真似しようとする。

 知的好奇心……なんだろうな。やっぱりこの老オーガを観察していると、学習意欲の高さを感じさせる行動が節々に見られた。

 こっちはオーガを観察しているつもりだが、向こうは俺のことをもっと注意深く観察しているのだろう。

 

「……あのなぁ……」

「……」

 

 いやもう、本当に危険な魔物だし。魔物に知恵を与えちゃいかんし。リスクは当然あるんだけども。

 

「……まぁ海綿は幾つか買ってきたやつあるから良いけどさ……ほらよ。使えよ」

「!」

 

 駄目だとわかっていながら、俺はさっきまで自分が使っていた海綿をグナクに渡してやった。

 野生動物に餌を与えてしまう馬鹿の心理そのまんまで本当にアレなんだが、俺も俺でオーガの生態観察をしたい欲が抑えられなかった。

 

「……」

 

 オーガは地面に置かれた海綿(スポンジ)を見つめ、時々鼻をフンフン鳴らしながら観察している。

 だが特に害のないものであろうことはわかっているようで、それを手にとってニギニギしたり、軽く伸ばしてみたりして……やがて何かを思いついたように服を脱いでいくと、川へと歩いていった。

 

「……すげぇ。やっぱわかるんだな」

 

 素っ裸になったオーガが、海綿を片手にゴシゴシと身体を洗っている。

 川の水は冷たいだろうに、あまり気にした様子がない。それよりはむしろ、身体を拭った後のスポンジを絞った時に出る濁った水を見て“オー”と変に感動しているようだった。

 魔物なんて汚れていてもあまり気にしていないんじゃないかと思っていたが、綺麗になれるもんなら綺麗になりたいのだろうか。

 まだまだわからない部分は多いな。……まぁあのオーガに関しては完全にイレギュラーだろうし、他のオーガでは全く違うなんてこともあり得るんだろうけども。

 

 それから一通り身体を洗った俺は再び冷えた身体をサウナで温め直したり、まったりと外気浴したり……グナクもグナクで、身体を洗った後はまたサウナと川を往復したりと、二人して野生のサウナおじさんを満喫したのだった。

 いや、なんなんだろうねこれ。俺もよくわかんねえけど。

 でもサウナは普通に気持ちよかったわ。下準備は色々と必要だが、身体も無理なく洗えるし、どうしてもって時には選択肢に入るかもしれんね。

 

 ちなみにそれからしばらくして、ピカピカになったグナクは濡れた服を抱えたまま森の中へと去っていった。

 

 ……姿が見えなくなったらそれはそれで次のアクションが読めなくて恐ろしい。

 と思いつつも、わざわざ構築した拠点を動かすのは面倒だったので、特に何もしないことにした。

 

 まあ、寝る時にバスタードソードが近くにあれば問題ないだろう。

 




(投票ページ*・∀・)
バッソマンが「次にくるライトノベル大賞」の投票対象作品に選ばれました。
他にもハーメルン発の作品があってなかなか感慨深いですね……。
投票していただけるとバッソマンが次にくるかもしれません。よろしくお願いいたします。

(ヽ◇皿◇)次に来たいナァ……

( *・∀・)ネー



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挨拶に親しみを込めて

 

 冬のバロアの森の奥地でキャンプを始めてから、今日で四日目になる。

 剣持ちのオーガ、グナクは昼間こそ俺の周りに現れるが、夜が近付くとどこかへ行ったまま姿を見せない。寝床があるのか、飯はどうしているのか……まぁどっちもちゃんとやっているんだろうけど。

 しかし魔物にしては人間に対する敵対心というよりは警戒心が強くて、かなり理性的で賢い生き物のように見える。そこらへんのオーガやゴブリンを基準にグナクの生態を考えても無駄かもしれないな。

 なにせ俺がサウナテントでサウナを始めるとちょくちょく現れるような奴だ。既存の概念に当てはめても無駄になりそうな気しかしない。それよりはただのサウナ常連爺さんとでも思った方が良いんじゃねえかな……。

 

 俺は俺で、拠点周りに木製の即席チェアやコットを追加したり、のんびりと茶を淹れてまったりしたりと、冬の野営を満喫している。

 バロアの薪は長く燃えるし、そこら辺にいくらでもあるから楽しいわ。焚き火や薪ストーブが使い放題なのは冬野営の特権だな。

 人目につかない場所ということもあって、普段はなかなかやれない作業も大っぴらにできて良い。ケイオス卿としての発明品の試作や実験は前準備として欠かせないものなので、念入りに行うことにしている。

 工作作業は良いね。澄んだ空気の中、目の前のことに没頭して過ごせる……穏やかな時間だ。

 

「さて、ダッチオーブンも汚れてきたし……一度洗う前に、あれ作っておくか」

 

 煤けたダッチオーブンは今回の野営では大活躍だ。

 重くてデカいのはダイレクトなデメリットだが、だからこそのメリットも数多くある。様々な料理に対応できるのもそうだし、ちょっとした道具作りにも役立ってくれる。

 

「とりあえずこれ敷いて、この薪置いて……あとは使い古しの布。こいつもぶちこんでやる、と」

 

 ダッチオーブンの中に手頃なサイズの薪や布地を突っ込み、金属の蓋をする。

 そうしたらあとはダッチオーブンを焚き火にかけてやるだけで、内部が自然と蒸し焼きになるわけだ。

 つまり、炭作りである。中の薪や布が炭化して、良い感じの使いやすい炭になってくれる。他にも炭作りは色々とやり方があるし、なんなら適当に穴掘って燃やして土を被せるだけでもできるんだが、ダッチオーブンに入れて燃やすだけでできる分こっちは楽で良い。

 ちなみに布を炭にするのは、炭化した木綿の布が良い火口になるからついでにって感じ。ファイアピストンの火口として優秀なので、普段からある程度ストックしておくと火起こしが楽になるのだ。古着の切れ端でも作れるからほぼタダみたいなもんだ。

 

「焚き火の調理もいいけど、やっぱ炭だわな」

 

 薪を使っての調理も嫌いじゃないが、どうしたって火力が安定しない。その点、炭はそれなりに安定するし、頻繁に補給する必要もないので楽だ。煙も出ないから直接炙る料理なんかだと重宝するし、ダッチオーブンの蓋の上に置いて蒸し焼きにする時にも使いやすい。長期間の野営では必須、とまでは言わないが絶対にないとダルいタイプの燃料と言えるだろう。

 

 布切れだけならともかく、薪が炭となるまでは時間がかかる。しばらく放置だ。

 その間にパンをスライスして、チーズを乗せて、焼く。付け合せは塩漬け野菜と干し肉のスープ。

 質素な飯だ……けど、一日に一回くらいはこの程度の飯に抑えとかないと物資が持たないんでね。

 金はあるよ? いやあるってほどあるわけじゃないけど、好きな時にレゴールのトンカツを食える程度にはあるよ? あるけどね、単純に凝った料理をやろうとすると食材の量が嵩むんだわ。バロアの奥地にまで徒歩で持ち込むには、まぁちょっとね……量は限られるわけなんですよ。

 

「日々の倹約こそが、たまのごちそうを美味くするんだぜ……」

 

 と言いながら食うこの飯も、そこまで悪いもんじゃないんだけどな。パン生地がうーんってだけで。

 

 

 

 景気よく燃やされる焚き火。もくもくと炭焼きの煙を上げるダッチオーブン。

 おそらくこの派手な煙が、大きな目印となったのだろう。

 

「……」

 

 人の気配がした。金属音混じりの二足歩行。

 貧相なゴブリンでも、剣一本だけを持つオーガでもない。鎧を着込んだ人間の動く気配だ。

 

「盗賊か?」

 

 さりげなく傍らのバスタードソードを手に取って振り向くと……視線の先には、見慣れない軽鎧を着た男の姿があった。

 

「いいや、私は盗賊ではない。だから、そう殺気立つなよ」

 

 質の高そうな、煌めく鋼の鎧だった。冬仕様なのか鉄板の面積は控えめで、代わりに青い生地がふんだんに使われている。

 その長身の男は俺の後ろから、友人のような足取りで歩いてきているが……ひと目見てわかる。盗賊よりも遥かに厄介な奴なのだと。

 

「しかし、見知らぬ相手を森で見かけては警戒もするか。ふむ。ならば、自己紹介から始めようか。私の名はボルツマン」

 

 豪奢な防具を着込んだ男の左右には、剣が二本ずつ備わっている。全て同じデザインだが、どれもが決して安物ではないであろう、ただならぬ光沢を放っている。

 異様な装備だ。しかしそれ以上に異様だったのは、男そのもの。

 

 プラチナブロンドの長髪。青い瞳。

 全身の装備には、サングレール軍、そしてスピキュール教区を示す紋章が、隠れる気も無さげに堂々と金糸で刻まれている。

 

「またの名を、“断罪のボルツマン”。聖堂騎士団の一人と言えば、わかってもらえるだろうか」

 

 サングレール兵だ。

 それもただの一般兵ではない。サングレール軍でも最高戦力と謳われる精鋭、聖堂騎士団の人間だった。

 

「私は名乗ったぞ。さあ、貴方の名前は?」

「……」

 

 俺はいつになく尖った神経で辺りを見回した。

 潜んでいる勢力はいないか。空に変な鳥はいないか。コウモリは。蛇は。……葉の生い茂る季節と違って、多少はわかりやすい。多分、いないだろう。多分だが……。

 

「ははは、伏兵でも気にしているのかい。安心したまえ、私一人だよ。……おお、焚き火は良いね。温まりたいと思っていたんだ。こっち側に、座らせてもらうよ」

 

 貴族のように大げさな外套が翻り、男……ボルツマンは、焚き火の向かい側の丸太に腰掛けた。

 火を隔てて向き合う俺とボルツマン。……突飛な状況だが……なるほど。なるほどな。

 

「……俺はスピカ。見ての通り、と言ってもあんたらは知らないか。ブロンズ3のギルドマンだよ。こいつはギルドでも最強の証でな」

「ははは。さすがに知っているさ。ブロンズ、シルバー、ゴールドだろう。ギルドに所属する者の証だ。サングレールでは似たような組織としてプレイヤーというものがあるんだ」

「チッ、知ってたか……俺もそれは知ってるよ。あれだろ、仕事をこなして、徳を積むってやつらだろ」

「おや、お互いに多少は知っていたようだ。嬉しいね」

 

 ボルツマンは整った顔を綻ばせ、上品な笑い声をあげた。

 そこに俺への強い警戒心は……ない。あるのは余裕。いつでも簡単に俺を殺せるのだという、確固たる自信が見え透いていた。

 

 ……防具は至ってマトモ。耐寒装備だ。だがあの剣は謎だ。長さは俺のバスタードソードと同じくらい。だが、なんで四本も装備しているのか。一本口に咥えたって持て余すぞ。

 

 サングレールの聖堂騎士団の人間は、まず間違いなくギフトを持っている。あの異様な本数の剣は、ギフト絡みだろうか。

 いや、剣を使い捨てるタイプのスキルかもしれない。だとすれば別の連絡系のギフトを持っている可能性も捨てきれないか。

 

「この寒い森の中で、遠くで人の気配がしたものだからね。足を運んでみたら、まさか一人で野営をしているとは思わなかったよ。ギルドマンはこの季節はほとんど森にいないと聞いているのだが」

「……詳しいな。あんたはこの辺りの人間でもなさそうなのに」

「ははは。実は最近まで、レゴールに関する情報を少しずつ受け取っていたのでね。街に住んではいないが、私もちょっとは物知りなんだよ。……残念なことに、連絡係が仕事をやめてしまったせいでそれも滞っていたのだがね」

 

 ボルツマンは微笑んだ。

 

「スピカ殿。貴方に出会えて良かった。私の良い話相手になってくれそうだよ」

 

 こいつは、サングレールの精鋭。そして工作員の親玉か。

 最近までレゴールにいたスパイ連中は、こいつに情報を上げていたのか。それとも何かを企んでいたのか……酒場で“月下の死神”に制圧されていた奴もいたし、上手くいってないのだろう。

 

 それで、俺に狙いを定めたってわけか。

 人里離れた冬の森で、呑気にキャンプをしている馬鹿なギルドマン……なるほど。

 

「……運が悪いなぁ」

「ははは。まぁ、そう落ち込むことはない。私は話を聞きたいだけなんだ。話を聞かせてくれれば、私は乱暴な真似はしない。そう……私は、盗賊ではないからね」

 

 ボルツマンが腰の剣に手を触れ、ゆっくりと引き抜いていく。

 同時に、隣接する鞘からも同じ剣がひとりでに抜け、完全に抜刀する頃にはもはや独立して宙に浮かぶ剣となっていた。

 

「わかってくれただろうか? スピカ殿」

 

 手にしているのは一本の剣。しかし、同時に異なる剣をも操作することができる能力持ち。

 

 刀剣系ギフト“昆剣王(ガシュカード)”。

 

 確定した。こいつは連絡系ギフト持ちではない。完全な剣士タイプだ。

 伏兵は無し。使い魔も無し。連絡系ギフト無し。

 

 お前も俺と一緒で、一人きりでこの場に居るんだな。

 

「わかった。それと、すまない。さっきはちょっとした嘘をついちまったから、訂正を許してくれないか」

「うん? 嘘かい? なんだろう。良いよ、正直者であることは美徳だからね」

 

 俺はバスタードソードを地面に突き立てながら、笑いかける。

 

「俺の名前、本当はスピカじゃなくてモングレルっていうんだ。ブロンズ3のモングレル。ハルペリアで最強の剣士さ。よろしくな、ボルツマン」

 




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草刈り

 

「そうか、モングレルというのか。覚えておくよ」

 

 聖堂騎士“断罪のボルツマン”。

 所持ギフトは“昆剣王(ガシュカード)”で間違いない。極めて純粋な近接剣士だ。

 

 ギフト持ちだぞっていう脅しのつもりなのか、片方抜刀しちゃってまぁ……。

 スキルによって戦法はいくらでも変化するだろうが、相手の持つ能力を一方的に知れただけでも十分ありがたい。

 

 ……だが、その前に。

 俺とこいつの思惑は、まだ一致している。

 お互いに“会話”に価値を見出しているというのは、貴重な状態だ。

 

「あれ。俺の名前、結構有名だと思ったんだけどな。知らないのか? サングレールのこう、強い騎士を押し返したって逸話が広まってるはずなんだが」

「ふふ、すまない。君の話は特に聞いたことがないな」

「おかしいな。あんたらサングレール兵を大勢相手にしてきたつもりなんだが……」

 

 以前の戦争で遭遇した聖堂騎士、“白い連星”ミシェルとピエトロ。あいつらには名乗ったし、ギフトを全く使わなかったとはいえ撤退を選ばせる程度には善戦したし、少しは話題にでも上がってるのかと思ったが……。

 無名ならそれはそれで都合がいい。

 

「私を凡百の兵と一緒にしてもらっては困る……なッ」

「うおっ」

 

 ボルツマンの右腕が振るわれ、手に取った一本と共にもう一本の剣がより長いリーチで地面を切り裂く。

 50cm近い深さの土を斬り付けても少しも速度と威力に衰えのない一撃。剣で受けてたら不自然さがバレるところだった。バックステップで正解だったな。

 

「おお、よく避けたね。私のギフト“昆剣王(ガシュカード)”は、手にした剣と同時に複数の剣を操作する。ふふ、しかし、さすがに見せてからでは、警戒もするか」

「……実質四刀流ってわけか。恐ろしいな。お前みたいな奴が、レゴールの近くに大勢潜んでるのかよ」

「ははは、まさか。まともに戦えるのは私だけさ。他は今回の侵入作戦で私と同行することを誓った諜報兵の同志達……彼らも、既に多くが消されたがね」

 

 ボルツマンが左右二本の剣を構える。すると空中に浮かぶもう二本の剣も横倒しになり、切っ先をこちらに向けた状態でスタンバイした。

 やはり“昆剣王(ガシュカード)”だな。手に持った剣と行動を共にする補助武器だ。攻撃時には同じく攻撃を、防御時には防御を……ファンネルみたいにてんでバラバラに襲いかかって来ないのが実に良心的だ。

 

「モングレル。貴方に怒りを向けるのがちょっと筋違いなのはわかっている。悪いのはあくまで、ハルペリアという国だ」

「……ハルペリア?」

「そうだ。我々サングレールの豊かな土地を掠め取り独立した、愚かな国だよ。私達サングレールの兵士は、豊かな故郷を取り戻すために戦っている。命がけでね」

「……なるほど」

 

 ボルツマンの表情は真剣だ。そして、今は口を挟む必要はない。

 俺が欲しいのは情報だけだ。水掛けの無意味なディベートではない。

 

「スピキュール教区の兵たちは長い間ハルペリアと戦い続け、何人も……そう、本当に何人もが斃れていった……今更、融和だと? 笑わせる。融和など有り得ない。融和など、まして国交など……フラウホーフの愚かなハト共は、血と屈辱の味を忘れてしまったのだよ」

「……なるほどね。つまりボルツマン、あんたらスピキュール教区のタカ派はそいつをぶっ壊そうとしてるってわけだ。和睦が成って、戦争中でもなんでもないこの平時に……」

「ふふふ……私ばかり話してすまないね。だが、こちらの立場もわかってもらえたのは良かったかな。じゃあ、そろそろモングレル、君の話も聞かせてもらおうか」

「わかった。なんでも話す。話すから脅さないでくれよ」

 

 少し痛めつけてから喋らせようとしているのか、剣が動きかけた。それではいけない。打ち合ったら“話ができなくなる”。

 だから俺は剣は軽く握りつつも、もう片方の手は情けなく挙げて、従順そうなフリをしてみせた。

 

「うむ、聞き分けの良い男は嫌いじゃない。ではまず……今レゴールにいる“白頭鷲”……アーレントという外交官について、知っていることを話してもらおうか」

「アーレントさんか? ああ、もちろん知ってる。主に貴族街に居るが……けど、あの人も元聖堂騎士なんだろう。あんたらの方が詳しく知ってるんじゃないのか」

「知らんよ。昔は尊敬に値する戦士だったがね……今や、腑抜けきった老いた禿鷲だ。奴が聖堂騎士を降り、太陽信仰を捨て、ハト派の外交官に堕ちるなど……反吐が出る。裏切り者め……」

 

 強い殺気だ。話をしただけなのに、今にも斬り掛かってきそうな凄みを放っている。

 ……真っ先にアーレントさんについて聞いてくるとは。あの人をどうにかしようとしてる? ……殺すつもりなのか?

 

「ふぅ……で、アーレントは貴族街の他に、どこかに出歩いているか?」

「あ、ああ。時々レゴールのギルドに顔を出すし、俺は直接は見てないが式典にも出席してるみたいだぜ……」

「……ギルドか。ほほう、なるほど。それはどのくらいの頻度で?」

「なあ、どうしてアーレントさんについてそんなに訊くんだ? 居場所を訊き出して殺すつもりなのか?」

「もちろん殺すつもりだ。融和の旗頭を生かしては都合が悪い。……おっと、また逆に質問されてしまったか。……ふう、質問しているのはこちらなのだがね……お喋りな貴方には、少し立場をわかってもらおうか」

 

 来る。剣が来る。時間切れか。

 

 脅しのつもりだろう。俺の足の甲に向けて突き出された二本の剣を……俺はバスタードソードで強引に弾いてみせた。

 

「ッ!」

「そうか。まあそんなもんだよな。外交官を殺して、和睦の流れを断ち切る……タカ派の連中にとっては、国内の分裂を防ぐためにまずはそうしたいところだもんなぁ。好き勝手こっちの土地で悪さするのも、喧嘩上等ってわけだ。その前に混血のギルドマンの死体でも目立つ所に置いておけば、更に効果があるだろうよ」

「貴様……」

 

 もう猫かぶりは十分だ。聞きたいおおよそのことは聞けた。

 あとはもういいだろう。サングレールで言い聞かされてきたこいつの歴史観に付き合ってやるのもおしまいだ。

 

 ボルツマンは今の一撃で何か不穏なものを感じ取ったのか、一歩退いて構えを改めた。

 攻撃一辺倒だった構えから、防御と攻撃を混ぜたスタイルに。二本の護りと二本の攻め。それがこいつの基本スタイルってわけね。ふうん。

 

「最初の斬りを避けたのもそうだが、今の一撃をいなすとは……貴様、ただのギルドマンではないな」

「ははは、言っただろ。俺はモングレル。ハルペリアで最強の剣士だってよ」

 

 バスタードソードを右手に構え、腰のホルダーから愛用のソードブレイカーを取り出そうとし、……やっぱりやめる。

 咄嗟の遭遇戦で装備の数は少々心もとないが……まあ、今回の持ち出しはいつものバスタードソードだけで十分だろう。

 

「俺は有名なんだぜ。サングレールの兵士を何人も……何人も何人も何人も、潰して、押し返して……知ってるだろ。聞いたことくらいあるだろ。それとも、最近は“足りてなかった”のか。忘れちまったのか。……思い出してくれよ。俺の名前を」

 

 発動の言葉を紡ぐ前から身体の奥底で力が暴れる。

 早く解放させろと疼き、身悶え、強化の魔力となって溢れ出す。

 

 見えざる何かの気配を感じ取ったのか、ボルツマンは額に冷や汗を流していた。

 

 

 そうだ、俺を恐れろ。

 

 俺の名前を忘れてくれるな。

 

 思い出せ。

 

 

「“(イクリプス)”」

「――……ッ!?」

 

 身体の内側から白い魔力が迸り、全身の輪郭を消す。

 更にその上を黒い魔力の炎が包み込み、身体を覆う。

 

 発動と同時に膨大な魔力が弾け、静かな冬の森がざわめいた。

 

「シュ……シュトルーベのッ……!?」

『祈れ』

「――!」

 

 距離を詰め、右手のバスタードソードを振るう。

 硬い感触と共に派手な音が響き、ボルツマンは目にも止まらぬ速度で川の向こう側へと吹き飛んでいった。

 

『咄嗟の防御スキルが間に合ったか。祈りが通じたみたいで良かったじゃないか。寿命が伸びたぞ』

 

 ボルツマンは川の向こうのバロアの樹幹に叩きつけられたが、そのまま太い枝の上に着地した。

 五体満足だ。剣が一本、くの字に曲がって犠牲となった程度で済むとは。運が良い。

 

「はッ、はッ……! 白く輝く白骨に、禍々しい黒い炎の戦士……! シュトルーベの亡霊がなぜここに……いや、そうか、アンデッドではなかったのか……! 正体は、人間……!」

『ごちゃごちゃうるせえな』

 

 足元に落ちているくの字に曲がった剣を踏みつける。

 同時に、曲がった剣に黒炎がまとわりつき、程なくして全体を包み込んだ。

 

『“混合沌(コンフュージョン)”』

 

 足元の剣が炎の揺らめきと共に消失し、俺の左腕から“生える”。

 もうこの剣は俺の物だ。何かの術が掛かっていたとしても関係ない。

 

「……! くっ……シュトルーベの亡霊は、多様な攻撃を行う……聖堂騎士は被害を抑えるために、単騎では当たらず、複数で相対できない場合は撤退……! 馬鹿め! だから我々は負けてきたのだ! だから軟弱な老兵が何人も死んできた! 私は戦う! そして伝説を仕留めてやる! “水の鎧(ウンディーネ)”! “水刃剣(アクアブレイド)”ッ!」

 

 相手は逃走を選ばなかった。全身と剣に水の力を宿らせ、決意の籠もった目でこちらを見据えている。

 目の前に川があるから多少は有利だと判断したか。

 

 馬鹿が。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

「うォオオオッ、がッ」

 

 左腕から生えた曲がった剣が射出され、目にも止まらぬ速度でボルツマンの胸鎧に突き刺さる。

 

「が、ァッ……!?」

『忘れ物だぞ』

 

 刀身全体から激しく燃え上がる黒い炎と、バチバチと弾ける白い魔力。

 それはまるで、派手で悪趣味な花火がそのまま人間の胴体に突き刺さったかのよう。

 

「馬鹿な、防御……した……」

『二本分はな。三本でも特に変わらなかっただろうが』

 

 ボルツマンは砕け散った二本の剣と共にゆらりと樹上から足を滑らせ、呆気ない音を立てて地面に落ちた。

 

 

 

「が……ぅぁ……」

 

 一足跳びで川を飛び越え、二歩目にはボルツマンの側まで辿り着けた。

 ボルツマンは炎で真っ黒に煤けた、鎌のように曲がった剣を腹に生やしたまま、虚ろな目で俺を見上げている。

 既に“(イクリプス)”は解いたが、ボルツマンの俺を見る目は尋常なそれではなかった。

 

「はぁッ……化け……物……人じゃない……混ざりもののッ……化け物……!」

「……お前はもうじき死ぬ」

「死、ね……ハルペリアの……化け物が……」

「ボルツマン。お前はよく俺に立ち向かい、戦ったよ」

「は……はぁッ……ぅ……」

 

 聖堂騎士ボルツマン。

 整った若々しい顔立ちも、今は血に染まっている。

 

 ……そう、若い。まだこいつは、聖堂騎士というには若すぎる。

 

 戦ってきた経験とスキルの数が物をいう兵士にあって、こいつはギフトと幾つかの恵まれたスキル……きっとそれだけで選ばれた“繰り上がり”の騎士なのだろう。

 その上にいた連中は……長い戦いの中で、少しずつ消えていったから。

 かつて、俺が仕留めた六本の剣を操る騎士のように。

 

「お前はサングレールによく尽くして戦った。……神も、見てただろう。ライカールも……ボルツマンの雄姿を」

「……」

「だから必ず……お前は、いいとこにいけるさ……」

「……やめろ……」

 

 ボルツマンの目から生気が消えていく。かわりに、涙が静かに溢れた。

 

「お前らの……情けなど……祈り、など……」

「……」

 

 そうして、ボルツマンは死んだ。

 俺が殺した。今までの数え切れないほどのサングレール兵と同じように。

 

「……ナムアミダブツ。だったら、良いか?」

 

 俺は、この世界には無い祈りの言葉を捧げ、ボルツマンの瞼を閉ざしてやった。

 




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敗者の末路

 

 聖堂騎士“断罪のボルツマン”は死んだ。

 その後周囲を警戒したが、やはり斥候役はいなかったし、使役されている魔物もいなかった。完全に単騎で俺の前に現れたようだ。

 ボルツマンの持っていた小物入れからは幾つかの宝石、携行食、簡素な野営道具などがあった。任務の指令書だとか、連絡用の手紙だとか、そういった物は一切ない。芋づる式に手下や潜伏地がわかるかもしれないと思ったんだが……まぁ、あっても暗号化はされてるかもしれないし、俺にはどうしようもないか。

 

 残ったのはボルツマンの死体だけ。

 さて、レゴールで良からぬことを考えていたこいつをどうするかと考えたわけだが……。

 死体は燃やして処理することにした。

 

 いやね、死体をわかりやすい場所に移動させて誰かに見つけてもらおうとか、遺品だけ選んで持って帰って報告しようかとか、色々と考えてはいたんだ。けど何をやっても足が付きそうっていうか、ひょんなことから俺が大暴れしたことがバレるかもしれないって考えてね。

 ちょっとどうかとは自分でも思うんだが……全てを無かったことにしたわけだ。

 

「問題はこの装備類だな……」

 

 燃やすのは良い。そこらの薪をたんまりと選んで、火葬するだけだ。何時間かかけて燃やしてやれば良い具合に脆い骨だけになるだろう。

 ネックなのがボルツマンの装備していた金属系の装備だった。こいつらばかりはどうしようって感じなんだが……。

 

「一本は折れた上に“金屎吐(コンフリクト)”で煤まみれ。もう二本はガード時に派手に砕けて……あとは無事な剣が一本か。そして部分鎧の金属と、装備の金物か」

 

 さすが聖堂騎士なだけあって、装備品は全て豪華。こいつ個人のためにチューンナップされたって感じの物ばかりでちょっと羨ましい。四本の剣が連なってる刻印とかもう完全にオーダーメイドのそれだろ……格好良いぜ……しかしそれだけに、黙って持って帰るわけにもいかない。足が付きまくるわこんなん。

 

「……まあ、小物は穴掘って深くに埋めとけばいいかな……布と革は死体と一緒に燃やして……」

「ゴ」

「ってうわッ、いたのかお前」

 

 ボルツマンの死体を剥いて可燃物を選んでいると、茂みの向こうからグナクがやってきた。

 相変わらずのしかめっ面で、そこには俺への警戒もあったが……やはり、目の奥には好奇心の輝きが潜んでいるように思えてならなかった。

 

「……お前も、多分さっきの俺を見てたんだろ。怖くないのか。俺が」

「……」

「いざって時に本気を出せば、俺はな……っておい、今シリアスな話してるんだよ。聞いて?」

「フゴッ」

 

 何をしに来たのかと思ったら、俺が並べているボルツマンの装備品に興味があるようだった。

 最初は死体でも食いたいのかと思って、さすがにそれはどうかとも思ったのだが、グナクはボルツマンの死体には興味がないらしい。それよりも……。

 

「ええ……何お前、その剣欲しいの?」

「ォオオ……」

 

 グナクはボルツマンの武器の中で唯一無事だった一本の剣を手に取ると、それを日差しに翳して見入っていた。ピカピカの剣がお好きらしい。

 

「……」

「なんでこっち見るんだよ。……いや、まぁ……うん。別にそれは持って行っていいけどよ。やるよ」

「……」

「それ。やる。あげる」

 

 剣を指さしたり頷いたり、片言で話しているうち、グナクは俺の真似をしたのか理解したのか頷いて、剣を両手で握りしめた。

 ……てか首肯覚えたの? すごくない? マジで意味わかってやってる? YESの概念を本気で理解したのだとしたらもうほぼ意思疎通ができる生き物なんだが……。

 

「グナク、こっちの鞘も使えよ。鞘」

「グォ……」

「この鞘をこうして、こっちに入れておくんだ。俺のバスタードソードみたいにな」

「ォオオ……」

 

 鞘の使い方もわかるらしい。グナクは鞘と剣のセットを気に入ったらしく、カシュカシュと納刀と抜刀を繰り返していた。物が良いだけに、俺のバスタードソードよりも音が良いのがなんかムカつく。

 

 ……まぁ、グナクに装備を持たせるってのも……悪くはないだろうな。

 こいつが持っていれば仮に見つかったとしても“オーガに殺されたんだな”ってなるし、埋めておくよりも良い隠し場所になりそうだ。

 

「オオォ」

「なんだよお前、そっちのマントも着けたいのか。さすがにそれはお前にはつんつるてんだろ……って、ああ、腰蓑にするのね……」

 

 ボルツマンが着用していた格好いい装備品の数々も、グナクに鹵獲されて蛮族装備に大変身である。哀れ。侵略者の末路に相応しいというより、なんかよくわからない末路を辿っている気がしてならないが。

 

「……ま、お高い装備品を土の中で腐らせるよりはマシかもな」

「ォオオー……」

 

 青い衣を纏ってどこか上機嫌なグナクを尻目に、俺は本格的に火葬の準備に入るのだった。

 

 

 

 火葬中の話は、別に良いだろう。離れた場所で盛大にキャンプファイヤーをして、然る後に埋めただけだ。

 それから俺はまたベースに戻って、正直炎を見るのもうんざりな気分ではあったのだが、焚き火で石を焼いて、サウナに入ることにした。

 人が焼けた煙を少しでも浴びているんじゃないかと思うと、どうしても一度さっぱりしておきたかったのだ。

 

「……ふぅ」

 

 サウナに入りつつ、食材をふんだんに使って飯も作った。本当はじわじわと消費してここに長居するつもりで来た今回だったが、気分的に予定が変わった。俺はもう、明日にでも撤収しようかと思っている。

 やっぱり、あれだ。興が削がれたというか……そんな気分じゃなくなっちまったからな。今はもう、さっさとレゴールに帰ってゆっくりしたい気分だよ。

 

「グォオオ……」

「お前はマジでいつも居るよな……」

「?」

「いや、別に居ても良いんだけどよ。サウナは汚れるもんでもないしな……」

 

 テントサウナには相変わらずグナクが乱入してくる。いや、まぁこいつがいるのは別に良いんだけどさ。厄介な隣人というよりは、いつもサウナに籠もってる常連おじさんがいるってだけだし、顔面の威圧感ほどのストレスは無い。

 ただ季節外れのサングレール兵との遭遇戦で、ちょっとうんざりしているだけに過ぎない。

 おかしな話だよな。言葉の通じないオーガよりも、言葉の通じるサングレールの聖堂騎士の方が胸に閊えるんだから。

 

「それとも……お前からすると、俺は化け物仲間に見えているのかね?」

「……ォオ……フゥウ……」

 

 あっ、こいつ自分で水掬って焼け石にかけやがった。

 自分でロウリュしてやがる……すげぇ……オーガがロウリュを理解しちまったよ。

 

「ォオオー……」

「……まぁ……あれか。本当に恐ろしいのは人間なのかも、的な……」

「フーッ、フーッ」

「お前ね、シリアスな話をしてるんだっつってんだろ。天井の暖かい空気を吐息で循環させるのはやめろ。わかったよ、扇いでやるから……」

「ォオオ……」

 

 オーガと一緒にロウリュして、扇いで、外気浴して、飯食って……そんな感じでサイクルを続けていると、不思議と嫌な気分は晴れていく。

 相変わらず“ととのった”が何なのかもわからないサウナおじさん初心者の俺ではあったが、今日の黙々と行うサウナはなんとなく、俺のちょっぴり荒んだ心を回復してくれたように思う。

 あの変なオーガにも、ちょっとは感謝するべきなのかもしれない。

 

 

 

 翌日、俺はまだ薄暗い時間から起き出すと、諸々の器具や装備品の片付けを始めた。

 煤だらけになった調理器具に暖房類、細々とした道具、汚れた布やマットなどなど……。

 撤収の片付けは毎度億劫な気持ちになるが、食料や消耗品の幾つかが消えた分、来た時よりは身軽になった。石鹸も作れたし着火用の炭も補充できたから、達成感はあるな。サウナも楽しんだし……。

 

「あばよ、グナク。それと……ボルツマン」

 

 出立にグナクの見送りなどという気の利いたものはなかったが、背後からオーガにじっと見られるのはそれはそれで嫌なので、まぁ良しとしよう。

 ボルツマンの痕跡がここから発見されるようなことも……おそらく、あるまい。それくらいここは森の奥地だし、埋めた場所も奥深くだ。

 ボルツマンの面影を残すのは、もはや風変わりなオーガの剣と、腰蓑くらいになってしまったわけだ。

 

「……そう考えると本当に哀れだな」

 

 それにしても、剣はともかく腰蓑て……。

 別に敵に慈悲をかけるわけじゃねえけどさ。そんな末路がお似合いとはとてもじゃねえけど言えねえよ、さすがに……。

 

 まぁでも、グナクに拾われちまったもんはしょうがないしな……これからはオーガの下半身を暖めていてくれ……ボルツマンの遺品たちよ……。

 

 




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一足先に来季の予約

 

 大荷物を抱えてレゴールに戻ってきた俺は、一旦宿で重荷を降ろしてからギルドへと向かった。

 何も無い場所でのんびりするはずの冬キャンプが大ボリュームの変なイベントまみれになってしまったからな……せめてギルドでぼーっと過ごし、いつもの空気を吸おうと思ったわけだ。

 

「ようエレナ、暇そうだな」

「モングレルさん、なんだか久しぶりですね。はい、札はお預かりします。ああ、バロアの森に居たんですか……まあ、この季節はいつも暇ですからね。もうちょっと忙しくても良いんですけど」

「仕事が無いってのは平和なことだぜ。そうだ、ついでにビールと酢の物でも貰っておくか」

「はいはい、かしこまりました」

 

 暖炉の前は“収穫の剣”の連中に取られていた。

 屈強な男どもがテーブルをいくつも寄せてボードゲームに興じている姿は癒やされるな……けどやけにプレイマットがデカくねえか? あれバロアソンヌだよな。

 

「よう、モングレル。お前もこっち来てやろうぜ」

「インブリウムのマットと合体させてやり始めたら全然ゴールできねえんだ……」

「なにやってんだこいつら……無駄に広いマス数でやってもゲームがダレるだけだぞ……」

「ほらみろ、俺の言った通りだ」

「やっぱ無理があったか……けどこの方がリアルだろ?」

「俺たちこんなに頻繁に王都行かねえだろ」

「……やばそうなゲームだな。近づかんとこ」

「あっ、モングレル逃げやがった」

「今回ばかりはいい判断だけどな」

 

 喧騒から離れたテーブル席に陣取り、やってきたビールを飲む。

 ……うん、冬はデフォで冷えてるからやっぱり良いな。ぬるい酒にも慣れたが、やっぱ冷えた炭酸が一番よ。

 サッと出てきた野菜の酢の物が身体に沁みるぜ……金がかかるとはいえ、ぼけーっとしてても勝手に飯が出てくるシステムはやっぱ最高だな。自分で飯を作るのも好きな味付けにできて悪くはないんだが、できることなら毎食外食で済ませたいね……。

 

 男たちのどこか下品な笑い声と、酒を交わす連中の騒々しさと、年若いルーキー達のお粗末な作戦会議。

 今日もレゴールのギルドは賑やかだ……。

 

「あれ、モングレル先輩。ご無沙汰じゃないっスか」

「お?」

 

 いつもより少し早いペースで酒を飲んでいると、冬装備のライナがやってきた。

 

「よう、ライナ」

「……なんか、お疲れっスかね?」

 

 あれ。そんな会って一目でわかるほど顔に出てたか?

 

「まぁな。バロアの森でキャンプして、さっき戻ってきたところだよ。お疲れっちゃお疲れだ」

「もの好きっスねぇ……野営なんてしてたらそりゃ疲れるっス」

「冬のキャンプは別だと思ってたんだがなぁ」

 

 ライナもビールを注文し、俺と同じテーブルに座った。

 まあ、酢の物もあるから好きに食ってくれや。一人で食うよりはそっちの方が良さそうだ。それよりあれだな。もうちっと気の利いた言葉を返したほうが良いか。

 

「ライナは何してたんだ?」

「さっきルーキーの子たちへの弓の指導が終わったとこっス。ちょっと生意気だけど弓に乗り気な後輩が多いっスね」

「生意気か……シルバーの指導が聞けないような奴なら相手にしなくても良いんだぞ?」

 

 多かれ少なかれそういう不真面目な奴はいる。教わりに来ているのに態度が悪すぎるという、何しに来たんだお前って奴だな。正直そういう連中に関わっている暇もないので、指導を邪魔されるようならさっさと追い返すことにしている。実質そういうのはアイアンランク未満の連中だ。

 

「いや……別にそういうわけじゃないんスけど……みんなあまり私を先輩っぽく扱ってくれないというか……」

「あー」

「あーって言った!」

 

 あれだよな。ちょっと背伸びして教えたがってる妹みたいな……そんな微笑ましい扱いだよな。なんとなくわかるわ。

 

「……そんなことより、モングレル先輩スよ。バロアの森で何かあったんスか?」

「あー? 特に何もねえなぁ。何もなさすぎて、逆に疲れたというか」

 

 ライナはちょっとだけ心配そうな目でこっちを見ていた。

 ……顔に出てるわけでもないはずなんだけどな。何を察されているんだろう。

 

「煤汚れの掃除がしんどかったってのはあるぜ? 寒い中、川の水を使うのはさすがに厳しかったな……」

「あー、川」

「けど今回はそれなりに成果もあったんだ。聞きたいか?」

「なんスかなんスか」

「自前でな。デカめのテントを立てて手製のサウナを作ってみたんだよ。テントサウナってやつだな」

「はえー、すっごい……え、そんなの作れるもんなんスか」

 

 実際、今回のキャンプで得た一番の収穫といえばこれだろう。思いの外上手くいったからな。

 

「デカめの布で三角テントを作ってな、その中に焼き石をいくつも用意しておくわけよ。で、あとはそこに少しずつ水を垂らしていくだけだ」

「……すごい簡単っスねぇ。暖かいんスか」

「かなり暖かいぞ。冬でも汗だくだ。まぁ、焼石自体で暖かい空間ができてるってこともあるんだろうが……ヘロヘロになるまで入って、外の寒い外気を浴びてぼーっとしてるとなかなか気持ち良いもんだぞ」

「おー……サウナは私も好きっスけど、野営でやるのは聞いたことないっスね」

「俺も綺麗なサウナだったら好きなんだけどな。レゴールのは……」

「ああ……」

 

 レゴールにもサウナはあるが、そこも衛生的にちょっとな……公衆浴場よりはマシではあるんだが……。

 

「本当は今回はもっと長居して、ゆっくりとそのサウナを楽しみたかったんだが……ちと計算違いでな。食料をあまり持ち込まなかったせいで、早めに撤退せざるを得なかったんだ」

「それは災難っスね……」

「ああ。……本当に運が悪かった」

 

 長居してボルツマン絡みのことで探りが入っても困る。オーガのグナクは……まぁそこまで気にしなかったが、やっぱ落ち着かない状況だったからな。そんなところで野営を続ける気分にもなれなかった。

 マジで運が悪かったと思う。レゴールの治安を守るって意味では幸運ではあったんだろうが……。

 

「……じゃあ、また春になったらやれば良いじゃないスか」

「春かぁ」

「春になったら湖とか行って、そこでテントサウナに入ってみるの良くないスか」

「おお……確かに。湖か、それは良いかもしれん」

 

 ちょっと冷えた空気の中、テントサウナでゆっくり身体を暖めてから湖へ……それくらいなら普通の水風呂くらいの温度で楽しめそうだ。

 

「私もちょっと興味出てきたっス。一緒にまたザヒア湖とか……どっスかね」

「ザヒア湖か……」

 

 前は“アルテミス”の連中と一緒に行って釣りをしたっけな。

 ……うん、悪くない。そこで釣り含め色々やって、サウナおじさんのリベンジといくか。

 

「良いな。春になったらまた行こうぜ」

「! っス! 楽しみっスね!」

「だな。また魚でも釣って食うかー」

「モングレル先輩だけ大荷物になりそうっスねぇー」

「平気平気、竿とかも馬車に乗せるからな」

 

 まぁ、春なんてまだまだ先の話なんだけどな。冬は当分終わらんよ……。

 

「あ……でも、サウナだから服とかどうすれば良いスかね……」

「ああ、服か……いや、俺たちなら水着でも着てれば大丈夫だろ」

「おー、なるほど」

「そのまま湖も泳げちまうぞ」

「わぁい」

 

 アーケルシアで買った水着がこういう場面でも活かせるとはな……高かったが、わりと良い買い物だったかもしれない。

 

「春が待ち遠しいっス」

「だな」

 

 ビールを飲みつつ、春の待ち遠しさを語り合う。実に良い冬の過ごし方じゃないか……。

 肝臓以外全てが癒やされる気分だぜ……。

 

「そうだライナ知ってるか? サウナでフラフラになるまで温まってから冬の寒い水に入るってのを繰り返すとなんかすげー気持ちよくなれるらしいぞ」

「……全然大丈夫じゃなさそうなんスけど……良いんスかそれ」

「わからん。俺も知り合いのサウナ大好きおじさんに聞いただけだからな……なんでも、“ととのう”っていう、全身ビクビクして白目をむくような心地良さらしいんだが」

「それただのヤバい人っスよ」

 

 ライナもそう思うか? 俺もちょっとそうなんじゃないかと思ってるフシはあるが……。

 




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これからも当作品をよろしくお願い致します。


ヾ(餅*-∀-)シ フニッフニッ


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熟練ドワーフの来訪

 

 ギルドマンは荒くれ者ばかりで、当然そうなると力自慢の集まりとなるわけなのだが、上には上がいると言うべきか、ハルペリアで最強の戦闘集団というわけではない。

 あくまで最強は軍。国が主導して組織しているつえー奴らが一番強いに決まっているのである。国力すら左右するようなSランク冒険者なんて存在はいねぇんだ……。最高戦力にフリーターをさせる暇は平和な時代にだってないのは当然の話ではあるのだが。

 

 レゴールの競技場で時々行われている色々な大会でも、実力を発揮するのは軍に所属する強者達ばかりだ。一人一人が当然のようにシルバーランク並の実力を持っている上に対人戦に慣れているのでかなり強い。腕試しに意気揚々と大会に乗り込んでいった中堅ギルドマンが初戦で見どころなく敗退する姿など見慣れたもんである。そしてあっさり負けた奴が“いや、俺らは魔物討伐専門だし……”と震え声で言い訳するまでがセットだ。

 

 それでも、中にはそこらの軍人よりも遥かに強いようなギルドマンだって存在する。

 あ、俺は例外な。俺はもう最強だから殿堂入り枠よ。

 要するにそれがゴールドランクの連中である。レゴールを拠点にしている連中に限って例を挙げると……。

 

 バッファー兼正統派剣士のマシュバルさん。

 弓の名手というかほぼほぼ全ての矢が命中するシーナ。

 水魔法の天才らしいナスターシャ。

 狙った犯罪者はマジで生かして帰さないことに定評のある棘使いのローザ。

 男旱(おとこひでり)なこと以外に弱点の存在しない剣士のアレクトラ。

 噂によると強すぎる水魔法のせいで莫大な借金を背負って大変なことになっていたという魔法使いのアモクさん。

 なんかよくわからん凄みと強さを持つ前衛剣士ディックバルト。

 明らかに在野に居ていい強さじゃないけど在野にいるのも何故か半分くらい納得できる光魔法使いのサリー。

 

 引退した人らを除けば、パッと思い出せるだけでもこれだけだ。多いか少ないかでいうと、これでも多い方だろう。レゴールも結構な規模の都市だからな。

 ゴールドランクの持ち主はギルドマンにとって羨望や尊敬の対象であり、無条件で一目置かれるような実力者だ。

 強い奴の噂はギルドマンを通して国に広まり、遠い土地でもその名や所属パーティーを噂されることもある。

 俺? 俺はいいよ。知る人ぞ知る強者枠で遠慮しておくぜ。俺は陰の実力者になりてえんだ……。

 

 

 

「“船守のエイハブ”がまた海賊団を仕留めたらしいぞ」

「俺も今朝聞いたよ。向こうは派手だよなぁ。大帆船で大立ち回りなんて華があるぜ」

「ロングカトラスのエイハブか……姿絵で見たことがあるが、ありゃほとんどグレートシミターみたいな大きさだったぞ。それを両手で一本ずつ振り回すってな、化け物だよな」

「そのくらいでなきゃ海賊船ってのは落とせないのかねぇ」

「結構な歳らしいが、エイハブはまだまだ現役最強だな」

 

 今日もギルドの酒場は最強談義である。みんな好きだからな、最強談義。

 時間を止めたりだとか概念を操ったりだとかそういうインフレした最強談義じゃなくても楽しいもんである。

 

「まーた向こうのテーブルは強さについて話してるっス」

「えー? ライナはああいう話って嫌いなのー?」

「なんか嫌いって感じゃないんスけど……頻繁に話してると、飽きないのかなぁとは思うんスよね」

「ハルペリア最強のギルドマンは俺で決定してるもんなぁ」

「っスっス」

 

 今日、俺はギルドの酒場でライナ、ウルリカ、レオと一緒にボードゲームに興じていた。

 最近ギルドが仕入れたという娯楽用の貸し出しゲームで、知らないタイトルだったから試しに俺が貢献度を払って借りたものである。

 それを一人で広げてほうほうとルールを覚えていたら、“アルテミス”の若者三人がやってきて参加してきたのである。一緒にプレイしてくれる相手が欲しいタイミングだったからありがたい。

 ありがたいんだが、いまいち勝てねえ。そろそろ俺に二位より上を取らせてくれねえかな……最強の俺に免じてよ……。

 

「ドライデンのギルドでもその手の話は白熱してたなぁ……それがきっかけでよく喧嘩も起こってたから、僕もちょっと苦手だったよ。けど、レゴールのギルドは平和で良いね」

「あー確かにねー。ドライデンはそういうの殺伐としてたなぁ」

 

 ドライデン方面出身のレオとウルリカは、向こうのギルドにあまり良い印象は抱いていないらしい。なんとなくわかる。ドライデンの連中はあまり良い話聞かないからな。喧嘩っ早いというか、沸点が低いというか……。

 あ、その駒そこに置いたら俺次動けなくない? またパスかよ。

 

「ま、最強と言っても色々あるからな。俺は剣士としては最強だが、弓なんかはからきしだし、魔法も使えねえ。ギルドマンそれぞれ、適材適所ってもんがあるだろうさ」

「えーモングレルさん、そういう結論はつまんないよー。使ってる武器が違っても最強を考えるから面白いんじゃん」

「ウルリカはこういう話が好きなタイプだったか……」

「ま、弓使いの最強はシーナ団長だろうけどねー」

「それはそっスね。そこらへんの弓使いの何十倍もシーナ先輩の方が強いっスよ」

「どうだろうな。わかんねえぞ? お前たちが知らないだけで、シーナより強い弓使いがいるかもしれないぜ?」

「想像できないっスよぉ」

 

 弓使いなぁ。一応、シーナ以外にも色々と名前は聞くんだけどな。

 けど弓に関してはどっちかといえば軍属の方が耳には入るか。最近だと“竪琴のクーイン”、“鏑矢のハルト”とか……。

 

「私はこれからどれだけ頑張ってもシーナ団長には追いつける気がしないなぁー……」

「シーナ先輩を超えるのは……っスねぇ……」

「あはは。それでもとりあえず、僕らはゴールド目指して頑張っていこうよ」

「スゥゥ……」

 

 そんな話をしていると、ギルドの扉が開け放たれた。

 珍しい冬の来客。……それも、見慣れない顔である。

 

「おう? 中は随分と暖かいな。こいつは良い」

 

 ギルドに入ってきた人影を見て、酒場に妙な静けさが訪れた。

 その人物の姿が、あまりにも特徴的であったせいだろう。

 

「……うお、随分小さな」

「すごい髭だ……」

 

 子供のように低い背丈。しかし髭もじゃの顔を見ればどこか神経質そうな深い皺が刻まれており、その小男が相応の年齢を重ねてきたことがわかる。

 耐寒用の分厚い毛皮のコートに、背中には身の丈に合わない大きな斧。

 その男は、まるで前世でいうところのドワーフにそっくりであった。

 

 ……そして俺は、その男を知っていた。

 

「おーうい、受付さん。俺だ、ヴィルヘルムだ。話は通ってるかい」

「! はい、ヴィルヘルムさんですね? 遠方からご足労いただきありがとうございます。向こうのギルドから預かったものなどはありますでしょうか?」

 

 やっぱりそうだ。ヴィルヘルムだ。

 

 ヴィルヘルムは慣れた調子で荷物を床に下ろすと、それを踏み台にしてカウンターのミレーヌさんとやり取りをする。

 ミレーヌさんの対応はとても丁寧で、ヴィルヘルムに失礼のないように気遣っている様子が見て取れた。

 

「……なんだか、ちっちゃいおじさんが入って来たっスね? ギルドマンっぽいっスけど……」

「なっがい髭ー……いくつくらいなんだろ。背中の斧もごっついなぁ」

「あんな斧を軽々と操れるなら……あの小さな人、相当な実力者かもしれないね」

「お、人を見る目があるなレオ。そうだぞ、あの人はかなりの手練れだ」

「モングレル先輩、知ってるんスか?」

「ああ。知ってるも何も、昔は少しの間一緒に活動してたぜ。あの人の腕前は……俺でも真似できないだろうな。まさに匠って呼ぶに相応しいだろうよ」

 

 しばらくそんな話をしていると、受付での用事が済んだらしいヴィルヘルムが酒場を見回し……俺を見て止まった。

 

「……む? むむ? おおっ? お前さん……まさか、いやその剣の柄。間違いねえな。モングレルだな!?」

「よ、ヴィルヘルム。久しぶり」

「ははは! 本当にモングレルか! すっかり大人になっちまったなぁ!」

「痛っ、いてーって。叩くなよヴィルヘルム」

 

 あんたのその太い腕でバシバシ叩かれるとすげぇ痛いんだ。やめてくれ。

 

 ……けど、旧知の人間と会えると嬉しいもんだな。

 ヴィルヘルムもわずかに目を潤ませて、俺との再会を喜んでくれたみたいだった。普段は結構物静かな人なんだけどな。

 

「グレゴリウスとは何度か顔を合わせる機会があったんだが、お前さんとカテレイネはなかなか会えず仕舞いでな……そうか、ギルドマンになってたのか」

「ああ、もうすっかり熟練ギルドマンだぜ。ほれ」

「なるほどなぁ……ってブロンズ? 何の冗談だ」

「いやいや好きでやってるんだ。良いだろ別に。それより、カテレイネだったら最近何度か会ったよ。相変わらず元気にやってたぜ」

「おおそうか! それは良かった……」

 

 そこで、ヴィルヘルムの目がちらりと同じテーブルの連中に注がれた。

 

「ああ、こいつらは俺の後輩で友達な。若いけど、みんな腕の立つギルドマンだよ」

「ほう……」

「どうもー、ウルリカです!」

「あ、僕はレオです」

「うぃーっス。どうも、ライナっス。モングレル先輩にすごい良くしてもらってるっス」

「おお、そうか……モングレルにも、そういう仲間ができたか」

 

 なんかそういう親目線でしみじみされると恥ずかしいな。ギルドの中でやられるのはちょっとキツいぜ。会えたのは嬉しいけどさ。クラスメイトの揃ってる中で三者面談されてるみたいな気分になるからやめようぜ。

 

「……おっと、すまんなモングレル。もっと話したいが、これから顔を出さなきゃならんとこがある」

「ああ。……けど、ヴィルヘルムはしばらくレゴールにいるんだろ?」

「おうよ。切羽詰まってるらしいんでな。冬の間は居ることになるだろう。また今度、顔を合わせたら話をしよう。お前さんはここにいるんだろ?」

「そうだな、冬の間はだいたいいるんじゃないかね。……引き止めて悪いね、また今度」

「おう!」

 

 ミトンのような手袋を嵌めた腕をぶんぶんと振り、ヴィルヘルムは忙しそうにギルドを後にした。

 ……そうか、まだまだ現役で頑張ってるんだな。ヴィルヘルム。なんだか嬉しいね。

 

「……モングレル先輩、あのヴィルヘルムって人と仲良かったんスね。一体何者なんスか……?」

「大きな斧……それに、ミレーヌさんも丁寧に接してたし……もしかして、すっごく強い人?」

「かなり小柄だったけど、力がありそうだったね。……僕、何かの物語で見たことがあるよ。ああいう小柄な種族で、洞窟に暮らしている小人がいるって」

「あ、それ私もあるっス! 漂着者の書き記した神話にあるんスよね?」

「えーっ、それってもしかして、神話に出てくるような……!?」

 

 おいおい、さすがに神話は飛躍しすぎだろ。

 

「まぁ、神話は言い過ぎだけどな……その界隈じゃ知らない人はいないってくらいの達人ってのは間違いないぞ。ヴィルヘルムの斧さばきは誰にも真似できないって言われてるからな」

「……ゴールドランクのヴィルヘルム……聞いたことないっスね?」

「うん、私も。……モングレルさんみたいなタイプなのかな……?」

 

 いやいや、何を言ってるんだお前らは。

 

「ヴィルヘルムはただの木こりだぞ」

「えっ?」

「背負ってる斧見ればわかるだろ。木こりの達人だよ。あの人はすげぇ低い位置でサクサクと木を伐採できるから、歩留まりが良くて重宝されてるんだ。仕事も丁寧だし、林業関係の助っ人としてはかなり有名なんだぜ?」

 

 木こりのヴィルヘルム。昔はその特徴的な背丈のこともあって生きづらそうにしていたが、俺と一緒に色々と仕事をして回っているうちに腕の良い職人として認められていった男だ。

 別にドワーフとかではない。小人症なんだろう。つまり、普通の人である。

 斧を持っているからといって討伐任務を受けてるってわけでもないので、戦いで強いとか弱いとかとも無関係だ。斧さばきは正確だし、頑張ればやってやれないことはないんだろうけども。

 昔一緒に旅してた時は普通に非戦闘員として、魔物が出るたびに隠れてたからな……それから変わってるとは思えない。

 

「……ヴィルヘルムさんて、洞窟に住んでたりしないんスか?」

「しねぇよ。あの人をなんだと思ってるんだ」

「……神話では洞窟の小人は大酒飲みって聞いたんだけど、どうなの? モングレルさん」

「あの人は酒苦手だったはずだぜ。体が小さいしな。酔いが回りやすいんだろ」

「……あはは、僕の勘違いだったんだね。ごめん。神話の登場人物なんて、実際にいるわけないか」

 

 ヴィルヘルムがひょっとして神話的なすごい存在なんじゃないかと思い込んでいたらしいライナとウルリカは露骨にがっかりしていた。失礼なやつらめ。

 

 ……まぁ、俺も最初はドワーフかと思ったけどさ。ただの背が低いだけの髭もじゃのおっさんだよあの人は。

 

「けどな、あの人の伐採技術は本当にすげぇんだぜ……界隈じゃマジで最強だからな」

「うーん……」

「そういう最強かぁー……」

「レゴールもここしばらく建築資材や燃料がカツカツだったからな。それを手助けするために派遣されたんだろうぜ。いや本当にすごいぞ? あの人が伐採した後は抜根もすげぇ楽だしな……」

「……私、そういう最強はそこまで興味ないなー……」

 

 なんだよお前ら。良いだろそういう最強があったってよ……!

 もうちょっと色々な業種に興味を持て!

 




書籍版バッソマン第2巻、好評発売中です。
素敵なイラストや新キャラたちのビジュアルがたくさんなので、ぜひともこの機会に29万冊ほど手に取っていただけたら幸いです。

ゲーマーズさんとメロンブックスさんでは特典SSがつきます。
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大斧持ちの友人

 

 レゴールの発展と共に上がり続ける木材需要は、バロアの森の伐採区画を広げることで帳尻を合わせていた。

 が、伐採できる場所を増やしても人手が足りなければ仕事が追いつかない。その辺りをしっかりわかっていたらしいレゴール伯爵は、有能な林業業者らを街に招致していた。

 そのうちの一人が、ヴィルヘルム。ちょっとばかし歳の離れた、俺の旧友である。

 

 ヴィルヘルムの仕事を手伝うついでにちょっと森の様子を見ておきたかった俺は、伐採警備の仕事を受注した。

 冬になると魔物が激減するから警備の必要性は薄いはずなのだが、どうしてかギルド側はそこそこの人数を求めていた。

 実際、バロアの森の伐採区画まで足を運んでみると、冬だというのに多くのギルドマンが働いている。

 その中には、“大地の盾”の新入りであるウォーレンの姿もあった。

 

「うー、さむ……お? モングレルさんじゃん!」

「ようウォーレン。今日は冷えるな。……“大地の盾”はここで仕事を?」

「ああ、そうだよ。しばらくの間、大規模に伐採をするらしいからさ。冬だし仕事もないからっていうんで、ワンダ団長がやっておこうって」

「団長主導かよ。へえ、そいつは珍しいな」

 

 “大地の盾”の団長はマシュバルさんではない。実質的に現場で指揮を執っているのはマシュバルさんなのだが、団長として活動しているのはワンダさんという。

 まあ、結構な歳なのでほとんど表に出てこない人なのだが……偉い人達とのパイプ役として、色々と仕事を引っ張ってきたり人材のやり取りをしているそうなのだ。

 そのワンダさんが“大地の盾”を動員して冬の仕事に就かせたってことは……何か理由でもあるのかねぇ。

 

「炊き出しは向こうでやってるよ。暖かいから休憩の時に使えって」

「おう、いつもの場所な。……こんな時期まで賑やかに作業してるってのも、珍しい光景だぜ」

「あ、それマシュバルさんも言ってた」

「なんだよ俺の感性も老け込んじまったな」

「あははは! モングレルさんもおじさんって感じ……あぎゃっ!?」

 

 音もなく後ろに迫っていたマシュバルさんにゲンコツされ、ウォーレンはゴロゴロと地面を転がった。ウケる。

 

「モングレルも来たのか。力持ちが来てくれると心強いぞ。警備だけでなく運び込みの仕事もあるからな」

「ああ、任せておけ。暇そうにダラダラしてるよりは俺もそっちの方がいいや。……けど、作業者が多いってのはわかるんだが……随分と警備の人数も多くねえか?」

「うむ……ここだけの話、最近ここらで不審な人物の出入りがあったと言われていてな。その警戒も兼ねて、こうしてギルドマンを動員しているらしい。うちの団長から聞いた話だがね」

 

 不審な人物の出入りか。……俺も前まで出入りしていたが、ちゃんと許可を取ってのことだしな。

 もしかすると、サングレールの諜報員でも警戒していたのかもしれない。……頭であるボルツマンは俺が仕留めたからな。それを知らないサングレール側もハルペリア側も、何があったのかと警戒はするだろう。まあ、それと今回の手厚い警備状況を結びつけるのは、さすがに推測の部分が多くなるが。

 

「ま、モングレルがいればそこらへんの不審者は制圧できるだろう。バロアの森に慣れない他所からの作業者も多いから、元気づけてやってくれ」

「他所……ああ、魔物が少ないのにピンと来ねえ人もいるよな。わかった。そっちも……そこのウォーレンも、まぁ頑張れよ」

「いってー……」

「ほら、さっさといくぞウォーレン。サボってないで、荷物の運び込みだ」

「ひー」

 

 サンライズキマイラの局所的温暖化現象を有するバロアの森は、ハルペリア国内でもかなり珍しい地域と言える。普通の森じゃ冬場に魔物が出なくなるなんてことはほとんどないからな。レゴール特有の現象だ。

 だから冬場に討伐の仕事が減ると聞くと“本当か?”ってなる新入りやよそ者は多い。戦闘能力を持たない他所からの労働者なんかは、不安にもなるだろう。確かに、怖がっているような人がいれば安心させてやる必要はあるかもな。

 

 

 

「よう、モングレル」

「ヴィルヘルム。いやぁ、探したぜ。こんな深い現場を任されてるなんてな」

 

 それから俺がヴィルヘルムの働く現場まで足を運んだのは、数時間働いた後だった。

 計画的な伐採なので一箇所で集中して切り倒すことはなく、作業場があちこちに散っているせいで探すのに手間取っちまったよ。

 ヴィルヘルムは伐採区画の中でもかなり新しくできた場所、つまり比較的魔物が出現しやすい場所に配属されていたようだ。

 今は休憩時間らしく、間伐材を集めた焚き火の前で、小柄な体を更に縮めて暖を取っているところだった。

 湯気の立つ飲み物を飲んでいるが……あれはまた何か、癖の強いお茶でも持参してるんだろうな。

 

 他にも伐採作業に従事している者は数人いたが、結構離れた場所で大木相手に格闘している最中だった。

 

「同業者にいじめられてないか?」

「そんなことあるか。良い連中だよ。あっちのはレゴールで林業をやってる若者たちだ。真面目で、良い腕をしている。……今は、ちと色々と連中がミスしてな。それを自分たちでなんとかしようと頑張っている」

「なるほど?」

 

 どんなミスをしたのかはわからないが、ヴィルヘルムはそれを見守ることにしたらしい。さり気なくこの休憩場所から彼らの頑張っている姿を確認しているようだ。

 

「……久しぶりだな。改めて、会えて嬉しいぞ」

「ああ、本当に久々だよな。けど、何年か前まではヴィルヘルムの噂は聞いてたんだぜ? 活躍っぷりはレゴールでも耳に入ってたよ」

「ほう!? それは……ふん、そうか」

 

 まんざらでもないくせに、なんでもなさそうな仏頂面を浮かべている。萌えキャラみたいな反応をするドワーフのおっさんである。いやドワーフではないんだが。

 

「モングレルの名前は聞かなかった。生きていれば、そのうちお前の名は響くだろうと思っていたんだがな。……まさかギルドマンで、ブロンズ3とは」

「やってることは昔と変わらないだろ」

「変わらなさ過ぎだ。……俺は、もう少しお前が成り上がっていくと思っていた」

「そういうことはしないって言っただろ」

「……確かに昔から言っていたが」

 

 ヴィルヘルムとの出会いは、カテレイネの行商を護衛していた時のことだった。

 旅の途中に立ち寄った森の中で満月の夜にだけ現れる光るキノコの採集を手伝わされていた時、木の根元で毛皮に包まって野宿していたヴィルヘルムを踏んづけたのが最初だった。

 第一印象はお互いにかなりアレだったし、その後誤解を解くまでに斧とバスタードソードを何度か打ち合ったりもしたが、話してみれば理性的な相手だったので助かった。

 で、それぞれが身の上話をしていくうちに色々とこう、分かり合える部分もあったりして……何故か木こりが旅の仲間に加わったのである。

 

「またあの時のような……職探しの旅をしたいとは思わないが。モングレル。お前たちと一緒に旅した時間は、楽しかったぞ」

「……楽し……いやどうかな……楽しかったかアレ……?」

「楽しかったさ。少なくとも、俺は」

 

 確かに見た目だけならハッタリの効いていた即席パーティーだったから、道中で絡まれることが少なかったのだけは良い思い出ではあるが……。

 旅の間ずっと計算とか文字を教えたり、魔物を退治する役目がほぼ俺だったりで無駄に忙しかった記憶しかねえよ。そりゃお前らは楽しかっただろうけどさ……。

 

「そうだヴィルヘルム。グレゴリウスは今どうしてるんだ? 前にちょっと名前を聞いた時から気になってたんだ」

「ああ、グレゴリウスか。あいつも……まあ相変わらず、わけのわからんことをやってるよ」

「実家とはどうなった?」

「出たらしい」

「え、マジかよ。野垂れ死ぬぞ」

「いや、それが奴の研究に興味を示す物好きがいたそうなんだよ。今はそのナントカって貴族から金をもらいながら、楽しそうに仕事をやってる」

 

 マジか……あいつにパトロンがついたのか……。

 物好きというか……大穴狙いというか……やっぱ貴族はあれだな。変わってるな。

 

「モングレルは、グレゴリウスの話を聞くのは好きだっただろう。また奴と会いたくないのか」

「いやーまぁ、確かに話は興味深かったけどな。旅の途中に聞く分には良い暇潰しにもなったし……でも今は別に、そこまでな……あいつ一度言ったことのある話を三回以上は使ってくるし」

「ああ……そうだな……よく覚えてるなそんなこと……」

「途中で“もう聞いたよ”って言っても“いやここからが大事なところで”だけで強引に乗り越えてくるからな……ある意味酔っ払いよりつえーよあの話し方。シラフでやってくるもんな」

「ハハハ」

 

 俺とヴィルヘルムは焚き火を囲みながら、昔話で盛り上がった。

 眼の前に大きな炎があっても僅かな風が痺れるほど冷たかったが、それでも久しぶりに会えた友人との会話は、ちょっとした寒さくらいなら忘れさせてくれるほど暖かなものだった。

 

「……お、そろそろ仕事に戻らんとな」

 

 ヴィルヘルムが背の低い切り株から立ち上がり、近くの枯れ木に突き刺していた大斧を拾い上げた。

 どうやら休憩時間は終わりらしい。

 

「よし、久々にヴィルヘルムの仕事ぶりを見学させてもらおうかね」

「ふん。仕事中はお前もしっかり自分の働きをしろよ、モングレル」

「わかってるよ。……なあ、ヴィルヘルム。こういう木こりって儲かるのか?」

「仕事の腕を、人から必要とされる。俺はそれだけでも十分だ」

 

 ヴィルヘルムはニカッと笑ってみせた。

 

「……ま、結局金も後からついてくるもんだがな」

「招致された木こりの英雄ともなれば相当な稼ぎだろ。レゴールの良い酒場紹介するぜ。一杯おごってくれよ」

「おごらん」

「なんでだよ」

「酒は好きじゃない」

「そういやそうだったな。じゃあ美味しいお菓子屋さんあるからそこはどう」

「……それは知りたい」

「よし、じゃそこ行こうぜ」

「……奢るとは言ってないだろ!」

 

 それから色々と馬鹿話をしながらも、俺たちの作業場は最高効率で伐採を進めたのであった。

 

 鮮やかな伐採風景を見てたらちょっとデカい斧が欲しくなったわ。

 





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コミカライズ版「バスタード・ソードマン」の公開日が決定しました。
カドコミ(旧ComicWalker)とニコニコ漫画にて、1/19に第1話公開、毎月第3金曜日更新予定だそうです。
(掲載サイトページ*・∀・)

漫画家はマスクザJ様です。
背景やデザインなど、色々なものを考えてくださいました。バッソマン世界の雰囲気が良く出たコミカライズだと思います。

リッチマンも色々と監修して、ウルリカの脚を太くしていただいたりライナのセリフに異物を混ぜたりと頑張ったので、是非ともコミカライズの方もよろしくお願い致します。


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廃品一歩手前バザー*

 

 冬はなるべく動かず、暖かな屋内でゆっくり過ごす。それがハルペリア……全体かは知らんけど、少なくともレゴール市民にとっての基本だ。

 クソ寒い中効率の悪い労働をしたり、無駄に消耗したくもないからな。耐え忍び、春に繋げるばかりである。

 だがもちろん毛布に包まってガタガタ震えて耐え忍ぶような限界市民はほぼいない。冬には冬なりの過ごし方がある。その一例が、最近流行りのボードゲームを仲間や家族と一緒にやったりだとか、暖炉の前で裁縫や木工をして小物作りに勤しんだりなどである。外に出ないからといってダラダラしているわけでもないのだ。

 いやまぁギルドマンはダラダラしてるわ。ギルドマンに計画性なんてものは無いからな……稼いだ金を切り崩して遊んでばっかだわ。こいつらの真似をしてはいけない。暇があるなら少しでも屋内仕事に精を出すべきだろう。

 

 さて、そんな冬の屋内仕事だが……レゴールは数年前から、発明家と呼べる人達が増えており、彼らの生み出す発明品の発表が盛んだ。

 これはもちろんケイオス卿の影響によってニョキニョキと生えてきた雨後の筍なわけだが、後追いとはいえ腐っても発明家の卵である。“これなんかどうだろうか”という気持ちで生み出される物は、玉石混交ではあっても熱意が感じられる。中には貴族や商人に見出され、製品化しヒットするものだって多い。中にはこの俺が思わず唸ってしまうようなアイデア商品もある程だ。

 そんな発明品の発表会が、冬の間も何度か行われている。

 

 

 

「モングレル! どうですか私のこの携帯用香炉は! 携帯性もデザイン性も最高ですし、野営にぴったりですよ!」

「おー」

 

 数々の発明品が並ぶ長いテーブルの上。その一角に、モモが作ったという携帯用の香炉が鎮座していた。なるほど、携帯用と言うだけあって確かにコンパクトだ。サイズ感や形は印籠に近いだろうか。蓋を取ると金属製の内側が露出し、そこにお香を差し込むことでじんわり加熱され、発煙するという……まぁ、ちょっとした魔導具だな。加熱式煙草のお香用みたいな感じだ。

 

「確かにコンパクトだ。魔物除けの香を焚くにはなかなか……」

「でしょう!? なんなら荷物につけておくことで歩きながらでも……」

「けど魔物除けの香って着火したらその後加熱する必要はないよな」

「……」

 

 モモが得意げな顔のまま押し黙った。

 

「着火具はもう既に色々とあるし、お香を携帯する容器も店にいけばいくつか置いてあるし……こちらの発明品の新規性に疑問があるのですが……」

「うわぁあああ! もう! なんでヴァンダールさんと同じことを言うんですか!?」

「既に言われてたか……まぁ、ケチがついてないとこの場には並んでねえわな……」

 

 発明品発表会。……と言えば聞こえはいいが、この公会堂で行われている催しは発明家達による自作の“供養”と呼ぶのが相応しいだろう。

 持ち込んだり売り込んだりしたものの、“いえ結構です”と断られて行く先の無い発明品……つまり、微妙に発明品になりきれなかった物たちが未練がましく集まって陽の目を見ようという……そんな催しなのである。

 しかしこの絶妙に使えねぇ感のある道具……これがもう逆に一周して面白いというか、俺としては好きなんだよな……モモが持ってきたこの香炉は微妙だけども。

 

「さあ見ていってくれ、この新作のブーツ! 踵部分に殻割り器が内蔵されているからいざという時……!」

「これぞ全自動蝋燭着火器! 蝋燭の火が消える間際にもう一本の蝋燭に火を継いでくれるという便利な道具です! 三回に一回は失敗しますが……開発費さえ出していただければ必ずや完成させてみせます!」

「コイン用の曲がり矯正機具です! これを使えば曲がってしまったかさばるコインがなんと再び真っ平らに……!」

 

 公会堂を見渡すと、うむ。実に欲しいようで欲しくないアイテムで溢れている。売り込みをかける冴えない発明家達の必死な声もあって、冬だってのに熱気を感じる程だ……。

 

「しかしモモの作品もこうやって発表するような段階にまで来たわけか」

「こ、これは少し買い手がつかなかっただけですから……普段はお貴族様に買い上げてもらうような品も、まぁちょっとは……あるんですよ!」

「足ひれとかか。まぁあれは発想は良かったよ。既に存在してるって点を除けばだが……」

「うぐぐ……! も、もう発明品なんてほとんど世の中に出てるんだから、仕方ないですよ……! 新しいものを生み出すというのは、とても大変なんですから……!」

 

 ふはは、甘い甘い。甘すぎるぞモモ。まだまだこの世界の発明品なんて少なすぎるわ。全然ブルーオーシャンよ。ブルーすぎて黒潮一歩手前だわ。

 

「そんなモングレルだって何か出してるんでしょう!」

「お、よくぞ聞いてくれたな。俺のはこいつだ!」

「……なんですこれ」

「捻った鉄串」

「……まぁ、見たままの金属製の平串ですね……どう使うんですか」

「これに肉を刺すとな、ちょっと抜けにくいんだぜ」

「……地味です! 地味すぎて新規性に乏しいと思います!」

「クソ、この画期的な道具の良さがなんでわかんねぇんだ……」

 

 俺が持ってきたのは螺旋状に捻り加工が加えられた金属製の串だ。

 前世ではよく長めの串焼きなんかに使われていたものなんだが……この世界の人らからはそこまで好意的に見てもらえなかった。普通の串で良いらしい。俺許せねぇよ……。いやまぁ、既存の串をただ捻っただけだから新規性がないと言われたら何も言えねえんだけどさ。けどこういうちょっとした改良が世の中を便利にしていくんじゃねえの……?

 

「お二人とも、こっちに居たんですか。探しましたよ」

「あっ、ヴァンダールさん!」

 

 失敗作の見せ合いをしていたら、付き添いで一緒だったヴァンダールが戻ってきた。

 今日は元々この三人で回っていたのだが、こっちのヴァンダールだけは俺たちヘボランクの発明家と違ってもう一つ上のランクの場所で発表しているのだった。

 つまり、発明品として買い上げてもらえる望みの高いコーナーである。

 

「商会の方々への説明は終わりました。が……やはり魔導具というのがコストの面で難ありとされるようでして。製造もこちらで行うとなると、旨味も少ないのかあまりいい顔はされなかったですね……」

「ヴァンダールさんの発明を蔑ろにするなんて……今日集まった商人たちの目は節穴なんじゃないですか?」

「こらこら。……まぁ、値段も安くはないですからね。作ったものが売れさえすれば、それだけでも私は構いませんよ」

「へぇ。そういえばどんな物を作ったんだ? ちょっと見てみたいな」

「ええどうぞ。今なら自由に見て触れますよ」

 

 公会堂の奥へ進むと、身なりの良い商人の姿が多くなってくる。明らかにこっち側が会の主役だぞって雰囲気だ。

 発明品も俺みたいにありあわせのものをちょっといじっただけの物と違い、試作の段階からちゃんと材料や加工に金をかけているように感じる。……いや、それでも俺の串はあれが完成形だからよ……金をかけたからってどうこうなる代物じゃねえんだ……。

 

「こちらが私の作った魔導具……変声器です」

「お、おお……?」

 

 ヴァンダールがテーブルの上から取り上げて見せたのは、一見すると少々ゴツめの革のチョーカーに見えるものだった。

 ていうか変声器って。すげぇ面白そうなもんがきたな。

 

「貴族向けの娯楽用品として作ってみたものです。こちらの革のベルトを首に巻いた状態で、しばらく魔力と馴染ませ……発声すると、声が少しだけ変わるというものですね」

「ほー……また面白いものを作ったな……」

「副産物ですよ。拡声用道具の亜種を作る途中で、作ってみたくなりましてね」

「ヴァンダールさんは息抜きに作る道具であっても一級品なんですよ!」

「ははは……まぁ、手慰み程度のものですが」

 

 ヴァンダールは首輪の留め具を外すと、俺に差し出した。あ、着けろと? はいはい。

 

「喉が潰れて声を出せない人向けにと思ったのですが、どうもそういった効果は無いようで……本当にただ声が少し変わるだけですよ」

『なるほど……あ、本当だ。ちょっと変わってるな』

「フフッ……! モングレルの声が面白いことに……!」

「うん? 魔力の馴染みが早いですね……まぁ個人差はありますけど……」

 

 声を出してみると、スピーカーから出してそうな感じで俺の声が変化した。

 普段よりも高めの声なので、俺の方でもうちょっと頑張れば女声になる可能性もあるだろうか。しかし、どうも何かの機具から発せられた声であるというのはわかるかなって感じだ。音質がちょっと悪いと言うべきか。

 

『貴族の玩具としてはなかなか面白そうだが』

「フフッ」

「いえ……この道具は持ち主の表層の魔力を拾ってくる関係上、あまり長時間使用できないんですよ。ちょっと使っていると内蔵された魔石への魔力供給が追いつかず、地声に戻ってしまうので……その辺りは、私の設計ミスですね。次の魔導具では、更に大型化しなければなりません」

 

 なるほど、電池切れが早いのか。喋れば喋るほど首輪の電池を消耗し、再充電しなきゃいけない……みたいな感じかね。

 あまり喋り続けていると俺の魔力に違和感を持たれるかもな。外しとこ。

 

「あーおかしい……でもどうですか、モングレル。面白い首輪でしょう!」

「だなぁ。一個欲しいくらいだぜ」

「えっ、何に使うつもり……あっ、もしかして何かいやらしいこと……いやその顔、特に深い考えもなく欲しいっていうだけですね……」

「うん。部屋の場所も取らねえしコレクションに良さそうだなと」

「モングレルのコレクションは全部死蔵品でしょう! そんなところに置くのは良くないです!」

 

 馬鹿野郎死蔵……は死蔵だけど、時々持ち出してギルドで自慢したりはしてるんだぞ。魔導具系はほぼほぼ死蔵だが。

 

「ははは……いえ、モングレルさんが欲しいと仰るなら一個くらいはお譲りしますよ。もちろん、無料というわけにもいきませんし、さほど安くもないですが……」

「マジか!」

「ええ!? もったいないですよヴァンダールさん! せっかくこの場に商会の人もいるのに……!」

「いえいえ、まだ幾つかありますからね。それに、モングレルさんの手に渡った方が不思議と人伝に広まりそうじゃないですか」

「……まあ、確かに……」

「値段は……うっ、結構するな……けど魔導具だしこんなもんよな……買うぜヴァンダール」

「ありがとうございます。まあ、冬の間の余興にでもお使いください。言っていただければ修理もしますよ」

 

 そんなこんなで、俺はチョーカー型変声器を手に入れたのであった。

 使い道? ……さあ? 別にこれ着けて何かするって用は無いが……殺人事件が起こったら推理する時に使えるかもしれないくらいだな。

 

 いや、女声が出せるなら弾き語りで女の曲歌いやすくなったりするか? ……人のいないところでちょっとテストしてみたいなそれは。

 

「大事にするんですよ、モングレル!」

「はいはい、もちろん大事に扱うって。あ、ヴァンダールこれ、俺からのせめてもの気持ちだぜ。俺が発明した最強の串だ。受け取ってくれよな」

「……はい、ありがとうございます」

 

 ヴァンダールの作ったような笑みは、俺の発明品に対する期待の無さが見て取れた……。

 いや確かに見た目も使い方もシンプルだけど、良いんだってそれ! 一度使ってみろよ! ちょっとは違うから!

 





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(ヽ◇皿◇)がんぐれ。様より、モングレルとライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)がんぐれ。様より、モングレルのイラストをいただきました。ありがとうございます。


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(ヽ◇皿◇)がんぐれ。様より、ライナのイラストをいただきました。ありがとうございます。




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異世界と神々

 

 この世界に、俺の転生とかそこらへんを司っている上位存在……つまり神様がいるのかどうかは定かでない。

 しかし、それ以外の神様は色々といる。そのいろいろについては、俺も存在を疑ってはいない。

 

 ハルペリア王国は月の神ヒドロアを主神としているし、お隣のサングレール聖王国では太陽の神ライカールを主神としている。ここらは基本だな。

 だがこの世界において、他にも色々な種類の神様がいて……太陽神信仰が強めのサングレールではともかく、そこらへんの宗教観が比較的大らかなハルペリアにおいては、わりと様々な神様が祀られているのである。

 

 月神ヒドロアの次に有名なものといえば、慈聖神(じせいしん)フルクシエルだろう。

 ヒーラーが扱う魔法、フルクス・ヒールなどを司っている神とされていて、これらヒール系の魔法が通常の魔法とは別系統の技術であることなどから、慈聖神フルクシエルの実在は間違いなかろうという風に解釈されている。

 病や怪我を治してくれるありがたい神様なので、その姿はまぁよくあるタイプの聖母チックな女神として描かれることが多いかな。診療所なんかにもこのフルクシエルを象った絵画や簡単な像なんかが置かれていることも多い。

 ただ、この神様を信仰しているからといってヒールを覚えやすいとかそういうわけではないので注意だ。ヒールは才能。教会関係者だからってヒーラーになれるわけでもない。よくわからん世界である。

 

 最も身近に感じられる神として、スキルの取得時に脳内に響く声の持ち主であると言われている女神……技神(ぎしん)ミス・キルンというのもいる。

 スキル習得時になんかこう、水越しに曇ったような声でなんとなーくスキルの習得を教えてくれる……その声の持ち主がミス・キルンである、という説だ。

 説というのは、このスキル習得時に響く声の持ち主については国によって様々な説があるという意味である。たとえばサングレール聖王国なんかだと「いやその声はライカールだから(半ギレ)」みたいな感じになってるし、こっちのハルペリア王国では「いやだったらその声の持ち主はヒドロアだし(半ギレ)」みたいな……まぁ、うん。自分らの国教に都合の良い感じに解釈されているってわけだな。

 そんな中で「いやこの声は技神ミス・キルンですが」という説を提唱しているのが漂着者達を中心とする連中だ。国の事情に押されて無視されがちではあるが、なんだかんだで古い文献にも多く残っているらしいので、俺としてはこの技神ミス・キルンってのがそうなんじゃないかと思っている。

 

 他にも神様は色々だな。

 魔法を司るとか言われている法神(ほうしん)アトラマハトラ。

 商売繁盛を司る商神(しょうしん)カルカロン。

 復讐する者に力を授けるとかいう物騒なご利益があるという誅征神(ちゅうせいしん)ツタニシオス。

 航海の安全を司る航神(こうしん)スコーニ。

 それとこれは実在というより、実在する人間を祀り上げた奴だと思うんだが、魔導具を司る神様として魔導神ロウドエメスってやつもいる。

 

 ……まぁ今こうして思い浮かぶだけでも色々といるわけだが、主神であるヒドロアの扱いすらどこか雑なハルペリアの国民だ。それより下に位置づけている神々の扱いなど推して知るべしである。敬虔な信徒なんてものはあまりおらず、職業柄関係のある神様を祀るくらいのもんだ。

 実際、木っ端の神々は実在するか微妙なものも多いしな……クオリティの低い迷信止まりなのも仕方ない。

 

 色々と存在したりしなかったりするそんな神々。

 これらがそれぞれの国や地域から生まれた信仰であるかというと……実はそうでもない。

 神々の多くはハルペリアやサングレールなどで自然発生したものではなく、他所から齎されたものが大半なのだ。

 

 その鍵を握る存在こそが、“漂着者”と呼ばれる者たち……つまり、“異世界転移者”たちなのである。

 

 ……うん。異世界転移者。

 まぁ、異世界転移っちゃ、異世界転移なんだが……。

 

 

 

「ベイスンの方で畑に小舟が落ちてきたらしいぜ」

「聞いたよ。漂着者だろ? 可哀想にな。落ちてきてそのまま死んじまったそうじゃねえか」

「運のない漂着者だぜ。生きてさえいれば、丁重に扱われたかもしれないってのに」

 

 昨日からギルドでそんな噂話が流れている。

 内容は、ベイスンにある畑の一つに突然、人を乗せた小舟が落下してきたというものだ。

 小舟は半壊し、載っていたであろう男は全身を強く打って亡くなったそうである。聞く限り、相当高い場所から落っこちてきたようだ。

 

 実はこの世界、たまーに空から変なものが落ちてくることがあるのだ。

 それはでかい船だったり、小舟だったり、そのまま人が落下してくることもある。そんな空から落ちてきた連中は大半がそのまま亡くなってしまうのだが、中には運が良いのか悪いのか、生き残ることがある。そうして生き残った人々のことを習慣的に“漂着者”と呼び……なんと、彼らは皆ここではない別の世界の住人であることがわかっている。そう、俗な言い方をすれば異世界転移者だ。

 初めてこの漂着者って概念を知った時は驚いたもんだぜ……異世界転移。まさかそんなものがこの世界にもあるだなんて、思いもしなかったもんだからな……。

 

「ベイスンで漂着者っスか……可哀想っスね」

「だな。まぁ、こればかりは運だよ。良い感じの木がクッションになるか、水辺に落ちるか、落下の衝撃そのものが不思議な力で弱めであってくれるか……」

「なんなんスかねぇ、漂着者って」

「……なんなんだろうな。記憶を失くしてる奴がほとんどらしいから、実際のとこはわからないそうだが……まぁ、別の世界からの人間ってのは間違いないだろ」

「別の世界……異世界っスかぁ」

 

 今日はライナと一緒にギルドで弓をいじっている。

 たまには弓のメンテナンスをしないと駄目っスよというライナのお小言をもらい、色々と手伝ってもらってる感じだ。

 

「異世界って、やっぱり神様が大勢いる世界なんスかねぇ」

「やっぱそうなんじゃねえか。漂着してくる人はみんな何かしら信仰してるみたいだしな」

「お祈りとか欠かしてないんスかね。ちょっと大変そうっス」

「だな。神殿の人らの前じゃ言えないが、定期的に礼拝しなきゃいけないってのは面倒くさそうだ」

 

 異世界転移……とはいうものの、この漂着者という存在。俺のような、地球からやってきたような人間は全くいないらしい。

 というのも、どうにも漂着してくる連中のいる世界はここと似たような世界らしく、当人の記憶がおぼろげであるとはいえ、明らかに同じようなファンタジー世界の出身みたいなのだ。

 なんかこう……全く別の世界というよりは、平行宇宙的な? 隣り合った次元の世界みたいな感じである。それは、ここと同じような神様が存在することからも明らかだ。

 これを聞いた時、俺は普通にがっかりしたもんである。元の世界にワンチャン戻れるかもって思ったら全然手がかりにならなさそうだもんよ。ファンタジー世界からファンタジー世界に移動する手段があったとしてもどうしようもねーわ。

 ちなみにそのファンタジーからファンタジーに世界間移動する方法も全く確立されていないらしい。漂着者がやってくるのも時々、それも一方的なもので、原理も法則も何もかも全くの不明なのだそうだ。

 じゃあ俺がいた世界はなんなんだ、俺はどうしてここに転生してきたんだって話になるのだが、これはマジでわからん。ノーヒントすぎて調べる気にもなんねぇぜ……。

 

「弓の神様とかいるんスかねぇ……」

「神様というかライナの所属してるアルテミスがまさにそうだろ」

「あ、そっか……いやでもアルテミスは人っスよ」

「人かぁ? ほとんど神話っぽいけどなぁ。あーでもあれだ、弓の神ってのも確かちゃんといたはずだぜ。スバインって名前だったかな」

「へー、弓の神様いたんスか……聞いたことなかったっス」

「多分全然有名じゃねえよ。俺も知り合いから聞いたやつだしな」

「知り合い?」

「漂着者が言い伝えている神々について研究してる物好きがいるんだよ。そいつの話を一時期聞いててな。色々覚えちまった。覚えたはいいけど全然役に立たねえんだ」

 

 漂着者の語る神々は、いわば別世界の神話である。中には共通する神様もいるが、ハルペリアやサングレールでは主神が決まっているので、多くはそう熱心に信仰されることもない。信仰したところでご利益もないしな。それだったら自分の今いる地域の神様を崇めておいた方がご近所付き合いにもなって良いもんである。

 

「はぇー……でも弓の神様がいるなら、ヒドロアよりもそっちの方が良さそうな……」

「そこらへんは自由だけどな……けど、神殿の人らに知られると嫌な顔されるかもしれないぞ。宗旨変えも悪くはないが、乗り換えたとしても後で軽んじるのだけはやめておけよ」

「さ、さすがに本気で乗り換えたりはしないっスよ。呪いとかありそうっスから」

「ヒドロアは嫉妬深いっていうしな」

「っス……なんか怖そうっス」

 

 ちなみに我らがハルペリア王国の主神ヒドロアは、結構ヒステリックな性格をしているらしい。怖い。

 けどサングレール聖王国では太陽神ライカール以外の神を大っぴらに信仰してるとか言っちゃうと普通に迫害対象にされるからもっと怖い。向こうじゃ漂着者の扱いはすげぇ悪いらしいぞ。おっかないね。

 

「……モングレル先輩。せっかくだしこの後神殿寄ってかないスか。軽くお祈りして、神様から赦してもらいたいっス」

「赦しの請い方がカジュアルだな……けどまぁ、たまにはやっておくのも良いか。ちょっとだけお布施して団子でも貰おうぜ。俺ギリギリ団子が貰えるお布施の金額知ってるんだぜ」

「マジっスか。わぁい」

 

 この後、ライナと一緒に久々に神殿でお布施して、ちょっとだけお祈りして、そこまで美味くもないもっさりした団子を味わったのだった。

 ヒドロアが俺たちの事をどう思っているのかはわからないが、気分的にはちょっと敬虔になれた気が……しなくもない。

 




「バスタード・ソードマン」のコミカライズ第一話が公開されました。
漫画家はマスクザJ様です。
レグルス、ニコニコなどで公開されているので、是非御覧ください。

リッチマンも監修し、ウルリカの太ももを太くしたりライナのセリフに異物を混ぜたりと色々頑張りました。
宜しくお願い致します。


(レグルス*・∀・)

(ニコニコ*・∀・)


( *・∀・)背景スゲー

(ヽ◇皿◇)レゴールの空気を感じる…


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本当のケンカがしたいのかい

 

 冬の間は修練場が人気スポットだ。

 体を動かしていると暖かいってのもあるが、何よりギルドマンが皆暇そうにしているからな。こういう時期は昇級試験やら昇格試験やらも多いし、それに備えた自主練も盛んである。

 ただ広いとはいえスペースにも限りがあるので、そこは譲り合うしかない。しかしギルドマンは皆見栄っ張りだから、譲り合いなんて優しいイベントは発生しない。睨み合い、縄張り争いによって強引に勝ち取るしかないのである。こういう時にデカいパーティーに所属してるかどうかで場所を使えるかどうかが変わってくる。悲しいね。

 まぁ、それでも隅っこで剣を振り回している分には文句も言われないから……レゴールのギルドはそれなりに治安が良いんじゃねえかなって思う。これがよそのギルドだと素振りしてるだけでもイチャモンつけられるからな……。

 

 さて、そんな修練場なのだが、今日は珍しく徒手空拳……つまり素手による戦闘訓練をメインにやる日のようだった。

 主に剣や槍で戦うギルドマンらにとって、ステゴロはメインウエポンには程遠いものである。それは武器に対応したスキルの存在とは無縁ではないだろう。ただ丸腰ってだけでも弱いのに、スキルの乗らない素手で戦うのはそれだけで対人戦でのハンデになってしまうからだ。せめてスラッシュ系のスキルが乗るような、長めの刃渡りのナイフを装備しなければ、同じスキル持ちの人間相手との戦いでは不利になってしまう。

 

 なので基本的に徒手空拳はあまり人気ではないのだが……徒手空拳にもスキルは存在する。こういったステゴロ専用スキルを使う場合、話は別だ。

 他の武器依存系スキルと違い、装備を必要としないステゴロ系のスキルは身軽に扱えるし、なかなか警戒もされにくい。

 まぁ取得したスキルがショボいとそもそもの威力が他の武器系よりやや弱めという大きな欠点を抱えているので、武器持ち相手とはいよーいドンで戦うとかなり不利であることには変わりはない。

 だがこの世界は取得したスキルをスキルポイントに変換して覚え直すなんてことができるような便利なシステムになっていないので、ステゴロスキルを手に入れちまったものはしょうがない。ぶつくさ文句を言いつつも、そいつを鍛えていくしかないのである。

 

 

 

「やあ。ようこそ、格闘講習会へ。この講習はギルド側からの無料サービスだから、お金の心配はしてもらわなくても大丈夫。私は今回の格闘講習で実演をすることになったアーレントだよ。知っている人も多いだろうけど、改めてよろしく頼むね」

 

 修練場の中央には珍しく、サングレール聖王国からの肉体派外交官であるアーレントさんがいた。

 まだ色々と国交のためにやらなきゃいけないことも多いだろうに、時間を作れたのだろうか。相変わらずしょんぼりした物悲しそうな表情と、物寂しそうな頭頂部が目立つお人である。

 そして今日のアーレントさんは上半身裸であった。筋肉モリモリ、マッチョマンのおじさんだ。その肉体の仕上がりようは、講習を受けに来たギルドマンたちよりも遥かに上だと断言できるだろう。

 徒手空拳スキル持ちは一際荒っぽい連中が多いが、そんな奴らが神妙な顔でアーレントさんの筋肉に気圧されているのだから相当なもんである。

 

 ……まあ、気圧されるのも無理はないか。

 “白頭鷲”アーレント。彼はサングレール聖王国において徒手空拳最強の戦士であるのだから、実質世界最強みたいなもんである。そんな人から教えてもらえるのだ。プレッシャーを感じるのは無理もない。

 

「よろしくね、アーレントさん! あんたの武勇は聞いてるわ! 後で私と試合してちょうだいね!」

「ははは、ありがとう。もちろん、私で良ければ訓練中はいくらでも相手になるよ」

 

 ……いや、“デッドスミス”の妻の方、イーダはかなりやる気のようだ。

 普段は両腕になんかイカした感じのゴツいガントレットを装着して戦っているらしい彼女だが、今日はバンテージを巻いただけの素手。気の早いことに既にシャドーボクシングを始めている。血の気が多い人だな……。

 

「……よう、モングレル。なんでお前も講習を受けてるんだ? お前こういうスキル持ちだったっけ?」

「おおルラルテ。いや、なんかこの道の達人から教えてもらえるのって貴重な機会じゃん。受講が無料だったからとりあえず受けてみたんだよ」

「変わり者だな……」

「お前にだけは言われたくねえんだが……」

「はあ? なんだよそれ」

 

 俺の隣にいるのはルラルテ。“収穫の剣”に所属するスキンヘッドな双子の片割れ、その弟の方である。

 見た目は兄弟そっくりだが、内面がまるで別なのも双子にしてはなかなか珍しい気がする。現に兄の方はこの場にいなかった。

 

「さて……この場にいる人達は皆それぞれスキルを持っていると思う。拳であったり、蹴りであったりだね。なかにはもっと変わったスキルを持っている人もいるかもしれない。格闘系のスキルは様々だから、全員が揃って同じ訓練をするのは難しいだろうから、まずはそれぞれが鍛えたいものに応じて分かれることにしよう。私は一通り教えることができるから、安心してほしい」

 

 なるほど確かにその通りだ。拳系スキルしかない奴もいれば、蹴りスキルしかない奴だっているだろうからな。ごっちゃになっても良いことはないか。

 

「拳スキルを扱う人は、まず効果的な突きの動きを練習するところから始めてみよう。握り方はこうで、足の開きはこう、肘はこう、で、突く時はブレないように、こう」

「おおー」

「すげぇ」

「殴るたびに空気の音がする……」

 

 アーレントさんの実演はそれはもう凄かった。漫画の擬音みたいにボッボッって音が鳴る。俺もできるかもしれないけど、なんていうか動きの流麗さは一朝一夕で真似できるもんじゃねえなってなるわこれ。

 

「ただ、この殴り方は路上の一対一で相手に隙がある時くらいにしか使えない。実戦ではもっと崩れた体勢から拳を突き出さなければならないこともあるだろうね。たとえば、こんな風に」

 

 その次にアーレントさんが見せたのは、腰を低く、上体を前方向に大きく寝かせるようにして打ち出すような……奇妙なパンチだった。少なくとも、俺の前世の格闘技でああいう動きは見たことがない。

 とにかく拳を前方向へ。……つまり、スキルの乗った威力の高い拳だけをより遠くへ突き出すための動きなのだろう。

 

「スキルを扱う場合、こういった変則的な動きをしなければならないこともある。強化やスキルが乗らなければほとんど威力が出ない型だから使い所は限られるけど、咄嗟に出せるか出せないかだけでも大きく変わってくるはずだよ。ちょっと練習してみようか」

 

 奇妙な動きの多い型ばかりだが、なるほど。当てれば良いってだけならこういう形にまとまるってことなんかね。

 動きのメリットは講習を受けたギルドマン達も理解したのか、各々練習を始めている。俺もちょっとやってみるか……スキル持ってないけど。

 

「ふんっ……うお、コケそうになるなこれ」

「やあモングレルさん。久しぶり……ああ、その時の脚の位置はこうだよ、こう」

「お、おお?」

 

 俺が無茶な体勢でローパンチを練習していると、横からやってきたアーレントさんが俺の体をひょいと持ち上げて、プラモでも調整するかのようにポーズの矯正を始めた。俺も別に軽くはないんだが……。

 

「そうそう、反対方向に脚を伸ばしてね、まっすぐに……突いた後は、バランスを崩した体を復帰させて、こうか、こう動かすように……」

「お、おお、なるほどな……」

「良いねぇモングレルさん。荒っぽいところはあるけど、格闘のセンスがありそうだ……私の大胸筋が思わずピクピクしてきたよ」

「あ、そうすか……」

「ムッ! そちらの蹴りも素晴らしいね! けど今のもう一度見せてくれないかな! 少し調整すればきっと更に美しい蹴り技に……」

 

 アーレントさんは十数人いる受講者の間を忙しく駆け回りながら、しかし熱心に、とても楽しそうに指導してくれた。

 やはり彼はこうして体を動かすのが大好きな性分らしい。まぁ、筋肉を見ればそれはわかる。外交官って体じゃねえもんよ……。

 

「フゥー……モングレルよ。俺は新しい技を身に着けてより強くなったぜ……生まれ変わった気分だ……」

「気が早いなルラルテ……」

「俺を今までのルラルテだと思わないほうが良いぞ、モングレル」

「ほう……? やるつもりかい、この俺と」

 

 アーレントさんに型を教わって数十分くらいしたルラルテが俺の前に立ちふさがり、異様に腰を落とした独自の構えを取った。

 驚いたねぇボウヤ……奇しくも同じ構えだ。

 

「いくぞぉ!」

「来いやぁ!」

「うおおおおっ……! いてっ、いてっ」

「くそっ、当たれっ、痛ッ! 待て今コケてるから!」

 

 お互いにリーチだけを意識した不慣れなクソ雑魚パンチを撃ち合う攻防……。

 型は学んだが実戦での活かし方を教わってないが故に変な体勢でノーガードの相手をペチペチ叩くだけの不毛なバトルが幕を開けた!

 

「おお、早くも組手を始めたね……! いいよいいよ、その調子だ!」

「良いの!? これ良いのかいアーレントさん!? いてっ」

「くらえモングレル! 俺の拳は誰にも止められ……いっで!?」

「拳は実戦で磨かれるもの……蹴り合い、殴り合い、そうすることで己の肉体は硬く、強くなっていくものなのさ……」

「うおおお! これが“白頭鷲”の極意ってわけね……! こうしちゃいられないわ! モングレルさん、ルラルテさん! 私も混ぜなさいよ! どりゃぁ!」

「うわあなんか来た!」

「乱戦だ乱戦! このルラルテ様が負けるかよ! 最後に立っていた奴が最強の格闘家だぁ!」

 

 泥仕合を演じているうちにイーダが乱入し、やがてその謎の熱気に当てられたのか他の連中も参戦し……全員で不慣れな動きでしばき合う謎のバトルロワイヤルが始まった。

 なんなんだこいつら……やっぱステゴロで戦ってる奴は全員どっかしら馬鹿だわ!

 

「おお、おお……ぶつかり合う筋肉と筋肉の交響曲(シンフォニー)……まさか遠い異国の地で、こんなに熱い魂のぶつかり合いが見られるとは……」

「最強は俺だ!」

「私が拳最強の女だよ!」

「ふざけんな俺はハルペリアで最強の男……いてっ!」

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 結局このバトルロワイヤルは復帰と再戦を繰り返すゾンビ野郎が多すぎて決着することはなかった。

 負けず嫌いで頑丈な連中はこれだから困る。

 




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男たちの許容範囲

 

 ここしばらくは物騒な事件も聞かず、穏やかな日々が続いている。

 最近の嫌なニュースといえばちらほら雪が舞い始めたくらいのもので、林業やってる人達は大変ねぇといった程度だ。俺たちギルドマンとしては、日々少しずつ貯蓄を崩してささやかに冬越しするばかり。雪が降ってもそんなに影響は出ないな。

 

 ただやることもなくギルドに集まり、一応なんとなく依頼を確認して……まぁ案の定受けたい仕事もないので、適当にだらーんと施設内で過ごす。そんな感じだ。

 ボードゲームをしたり、装備をメンテナンスしたり、酒を飲みながら話に興じたり……。

 そんな遊びも飽きたなーと思っても、外は寒いし仕事もないのだからどうしようもない。自分たちなりに楽しいことを見つけていくしかないのである。

 

「ククク……それでな、そこの芝居小屋の演目では踊り子の衣装がかなりスケスケでな……」

「マジかよオイ~……! さすがミルコだぜェ~……! 芝居小屋なんてとこまでカバーしてるなんてよぉ~……!」

「さすがっつーかミルコ、その芝居奥さんと一緒に行ったやつじゃないのか。他の女に色目使って良いのかよ」

「ククク……よくない……すごい怒られた……」

「なんだこいつ……」

「――いや、だが耳寄りな情報であることは確かだ――……ミルコよ、感謝するぞ」

「フッ……なぁに、別にいいさ……ディックバルト、あんたには世話になっているからな……」

「なってちゃいけねぇんだけどなぁ」

「モングレルはノリが悪いなァ~!」

「ノリの問題かこれ……?」

 

 今日の俺は珍しく、酒場の中央のテーブルに集まってデカいボードゲームをプレイしていた。メンバーは“収穫の剣”や“大地の盾”のむさ苦しい男連中ばかりである。

 バトルが始まらない程度の猥談を交えつつ、酒を飲みまったりと進行するゲーム。この遊びも何度もやっているので正直なとこ飽きが来ているが、ダラダラと暇潰しをするには悪くないものではあった。

 

「まーた向こうのテーブルはスケベな話してるっス」

「芝居小屋かぁー。最近増えてるもんねー……前に皆で見に行ったあれなんだっけ、あの演目良かったよねぇ」

「“タイタン討伐奇譚”だっけ。大掛かりな道具も使ってたし、面白かったね。僕もああいうのだったら好きかも」

「王都の演劇とはかなり異なるが、悪くはなかったな」

「あら、ナスターシャもそう思ったの。劇中は何も言わないから、退屈だったのかと思っていたけれど」

「ジャイアントゴーレムの討伐について考えさせられる良い芝居だったさ」

「ナスターシャ先輩は相変わらず着眼点が独特っスね……」

 

 隅の方では“アルテミス”が集まって慎ましく話している。

 ゴリリアーナさんは貴族街の方で仕事があるらしい。最近別行動が多いなぁゴリリアーナさん。どこぞのお貴族様にでも気に入られたのだろうかね。

 

「ジャイアントゴーレムかァ~……一度戦ってみてぇなぁ~! ジャイアントゴーレムなんてぶっ倒せばよ、一気にゴールドまで上がれちまうんじゃねぇかなぁ~!?」

「どこにいるんだよジャイアントゴーレムなんて」

「――俺は聞いたことがないな」

「フッ、ジャイアントゴーレムか……アマルテア連合国のどこかではあるんだろうが……」

「えっ、ハルペリアにはいねぇのか~? つまんねェな~……」

 

 仮にハルペリアのどっかにいたとして、岩石製の巨人を相手にロングソードでどう立ち向かうってんだよ。サングレールの鈍器でも果たして通じるかどうか……。そりゃ芝居では英雄がサクッと倒しちまうんだろうけども。

 わりとマジで俺の持ってるツルハシが一番相性の良い武器になるかもしれんな……でもあれ小さいからなぁ。鉱山でも使われてるようなデカくてゴツいツルハシを装備するのが一番だろう。

 ……ツルハシで戦って様になるもんかねぇ……?

 

 ぐだぐだと雑談していたその時であった。

 

 

 

「だ……大事件だぁーッ!」

 

 入口が勢いよく開かれ、雪に濡れた男が叫んだ。

 一体どうしたんだと思ったが、よく見たらそいつは“収穫の剣”のバウルだった。わりとどうでもいいことで騒ぐことの多い男である。どうしたんだよ一体。

 

「はい、なんですか? 火事でも起きましたか?」

 

 受付のエレナがぞんざいに対応してる辺り、普段からの信頼度はお察しである。

 

「火事なんて……それどころじゃねぇんだっ……!」

「――落ち着け、バウルよ。深呼吸し……――体がビリビリと仄かな刺激を感じるまで息を吸え……」

「すぅぅぅ…………」

「はよ何があったか言え」

「火事よりヤベェことなんて戦争くらいしかねぇだろ~? 一体なんなんだよオイ」

 

 バウルは無駄に長い深呼吸を終えると、酒場の中を見回し……ウルリカを見て目を剥いて、そして痛ましそうに目を閉じた。

 早く言えって。溜めんな。

 

「……俺は……信じてたのにッ……!」

「なんか始まりやがった」

「ククク……いや待て、あいつちょっと泣いてるぞ」

「ええ……いい歳した大人がなんで泣いてんだ……」

「うるせぇ、お前らだって聞けば泣きもするぜ……! なぁ……ウルリカちゃんよぉっ!」

「え、私ー……?」

 

 半泣きのバウルが指名したのはウルリカだった。何事だ一体……ってなるのが普通だが、この流れ……なんとなく起こることが予想できるな。

 

「服屋の煙突掃除をしてたらな……話を聞いちまったんだよ……! ウルリカちゃん、いや、ウルリカ……お前が……男だってことをなッ!」

「な……なんだってー!?」

「まさかそんな……ははは、嘘だ……僕に嘘をついている……」

「バウル落ち着け、ウルリカちゃんに限ってそんなこと……」

 

 おーおー、“収穫の剣”も“大地の盾”も騒がしそうにしてるわ。

 こいつらは“アルテミス”の女メンバーをアイドルか何かと勘違いしてるフシがあるからな……特にウルリカは“アルテミス”の中でも気さくに話せるから、勘違いする者も多かった。俺はそんな奴らを肴にクイッと酒を飲むのが趣味だったんだが……。

 

「お、おい……ウルリカちゃん……? なんで何も言わないんだ……?」

「嘘だよな? またバウルがガセネタを掴まされただけなんだろ?」

「いや、私男だけど?」

「アバーッ!?」

「ははは、まさかそんな……あれ? 冗談じゃない……?」

「なん……だと……?」

 

 お、だがこのタイミングもわりと酒いけるな……。

 ふぅー……男どもの阿鼻叫喚を聴きながら口の中で転がすエールはうめぇなぁ……。

 

 ……でも大丈夫なのかウルリカ? さらっと認めたが、今までずっと勘違いさせ続けてたんだろう。

 

「マ、マジかよォ~……!? 俺のお嫁候補トップ3のウルリカちゃんが男だってェ~……!?」

「チャック……お前はいつでもナチュラルにキモいな……」

「ククク……クククククク……クーックックックッ……」

「ミルコは壊れちまったか……酒が進むぜ……」

「う、うう……そんな……まさかそんな……本当だったなんて……」

 

 いつの間にか卒倒していたバウルがゾンビのようにゆらりと起き上がり、ウルリカに一歩近づいた。

 

「な、なんで……なんで騙してたんだ……俺たちを……!」

「えー? 騙してなんかないけど。私自分を女だって言ったことなんて無いしー?」

「だっ、だって! 装備交換会で胸当てとかを売り出してたじゃないかッ! 俺は……ウルリカちゃんだったからこそ中古を買ったのに……!」

「いやーキモいっス」

「まっ、待て待て待てェ~! 俺はまだ認めてねェぞ~!? ウルリカちゃんはほら、胸当てしてるだろォ!? 胸があるってことはそりゃもう女ってことじゃねぇかよォ~!」

「そうだそうだ! 我々は男だなんて認めない!」

「認めな~いッ!」

「バクロォーッス!!」

 

 変な主張と共に変な鳴き声まで上げ始めた哀れな男たちを見て、“アルテミス”の視線は既に絶対零度である。特にレオの蔑むような目がすごい。お前もそんな目をできるんだな……。

 

「胸当てって……うーん、自分から可愛い姿をやめるのは嫌なんだけど……はいっ、胸当て取るとこうなってるから」

「ギャーッ! 絶壁ッ!」

「もうちょっとあると思ってたのにギャワバァーッ!」

「う、嘘だ……ウルリカちゃんの胸当ての下は豊満な胸を窮屈に押し潰して隠しているはずなんだ……これは悪い夢なんだ……」

「あ? なんだてめぇ……」

「は? やんのかコラ」

 

 すげーなウルリカ。お前の存在だけで酒場がすっかり熱気に包まれてるぜ……。

 そしてウルリカの表情を見るに、この状況をちょっと楽しんでいるようにも見える。こいつ……わりといつでもバレても良かったのか……。

 

「ていうかさー。私が男だってことは知ってる人は知ってたよー? ギルドの職員はみんな知ってるしねー」

「ウソォ!?」

「嘘だろ~!? エレナちゃぁ~ん!?」

「……わざわざギルドマン個人のことについて言い広めることもないし。私達は最初からみんな知ってますよ。一応、ウルリカさんの本名も」

「本名ってなんだよ!? 本名あるの!?」

「名前なんてーの……?」

「……ウルフリックだけど」

「ンンンンッ……! 俺より強そうな名前ッ!」

「ウルフリックちゃんかよォ~!?」

「そんな……ばかなぁ……!」

「もぉー……! 名前は気にしてるんだから笑わないでくれるっ!?」

 

 まるで上級王みてぇな名前してるよな……俺も最初聞いた時は驚いたぜ……。

 

「ていうかモングレルさんとかも知ってるし!」

「はぁ!? マジかよぉモングレル~! そういうのは教えて~!?」

「いや別に聞かれなかったし……」

「ク、クク……お前、絶対ちょくちょく俺たちのこと心の中で笑ってただろ……」

「……」

「こいつ黙りやがった……! 否定してねぇぞ!」

「――モングレルだけを責めるわけにもいくまい。その筋で言うなれば――俺もまた、その一人になってしまうからな――……俺のことも責めるがいい――」

「えっ」

 

 俺がリンチされるんじゃねーのって流れになりかけたその時、庇ってくれたのはまさかのディックバルトであった。

 

「ディックバルトさん……そ、そんな……あんたもまさか……知ってたってのかよ……?」

「――当然だ。男か、女か……それは、体格を観察すればわかること……――だろう? モングレルよ」

「俺をそういう方向で巻き込むな。俺は普通に“アルテミス”から教えてもらっただけだから……」

 

 なんとディックバルトは以前からウルリカの性別を見抜いていたらしい。

 マジかよ……やべぇなこいつ。まぁ性別も英語でセックスっていうしな……セックスと名のつくものならディックバルトは網羅していて当然か……。いや、当然なのか……?

 

「そんな……ディックバルトさん……だったらどうして、俺たちに教えてくれなかったんですかぁっ……! 俺っ、ウルリカちゃんの、ウルリカの中古の装備を高い金だして買って、それで……それでぇっ……!」

「今後私達“アルテミス”からの装備の出品は考えなくてはならないわね……」

 

 バウル……お前も悲しい男だな……同情はするぜ……。

 けど今のお前、最高に気持ち悪いよ……。

 

「――バウルよ。お前はひとつ勘違いをしているぞ――」

「なっ……何をですか……!」

「――女であろうが、男であろうが……ウルリカはウルリカだろう。今一度、彼の姿をよく見てみたまえ……――」

「グスッ……はいっ……!」

「なんかこうやって改まって涙目で見つめられるとさすがにキショいんだけど……」

 

 酒場の男たちが暫し押し黙り、神妙な顔でウルリカに視線を注いだ。なんだこれ……。

 ウルリカもじっと見られるのは落ち着かなかったのか、変に意識して女の子っぽいポーズを決めていた。それにしてもこの男、ノリノリである。

 

「――バウル……お前も俺と共に様々な戦いを、夜を乗り越えてきた仲間だ……――幾多もの死闘を繰り広げたお前の目に、彼はどう映る――?」

「……!」

「――それこそが……――お前の中の、確かな答えだろう?」

 

 バウルはディックバルトの方を向いて、しっかりと頷いた。

 

「俺……俺、間違ってたよ、ディックバルトさん……! あの夜、端金で挑んだ戦場で戦ってきた太ったゴブリンやマイルドなオーガと比べたらウルリカは……いや、ウルリカちゃんは……依然として俺の、俺たちの女神だぜ!」

「――フッ」

「確かに……」

「そう言われればそれはそうだ……」

「そうかな……? そうかも……」

 

 ディックバルトの謎の説得により、幾人かの男たちが勝手に納得し始めた。

 ……なんか俺このテーブルにいると視線が痛いからそろそろちょっと離れさせてもらうな? 悪いね……。

 

「ウルリカに対してこいつら……失礼だよ。ギルドマンとしては先輩ではあっても……」

「まあまあレオ落ち着け。あいつらも悪気はないからな……あいつらにあるのは下半身のセンサーだけだ。それが正直なだけなんだ……」

「うーわっ、私鳥肌立ってる」

「わかるっス。ディックバルト先輩に見られるとそうなるっス」

 

 ディックバルトはな……そうだな……良いやつなんだけどな……。

 俺もまぁちょっとあんまり思い出したくないが……しんどいよな……。

 

「……ああ~! 俺は駄目だなァ~! やっぱ俺ァ女の子が良いよ~!」

「――チャックよ……いずれお前にも解る日が来る――」

「わかりたくねぇんだよ~! ディックバルトさんのおすすめでもよォ~! 俺は若くて綺麗で優しくしてくれて胸が大きくて純白のワンピースが似合う感じの女の子が良いんだよォ~!」

「クク……俺もそういうのが良い……」

「ミルコ……お前はもう奥さんいるだろ……」

 

 まあ……遠目から見てるとたまにではあるんだが……ああいう、何も考えてなさそうな生き方も楽しそうだなって思う瞬間が、俺にもあるんだよな……。

 なんつーのかな……高い空を悠々と飛んでいる鳥を眺めている時みてぇな気持ちっていうかね……。

 

「……ウルリカ。ああいう連中からしつこく絡まれる事があるようだったら早めに私達に相談なさい。ケダモノはちゃんと射殺してあげるから」

「うむ。見境のない連中はいるものだ。男とはいえ、ウルリカが美しいことには変わらない。気を付けるに越したことはない」

「えへへ、ありがとー。……でもなー、ディックバルトさんにはバレてたのかー……やっぱりどこか着飾りが甘かったのかなー……? うーん……また一度全部見直してみるかなー……」

 

 パーティーメンバーに心配されながらも、気になるのは自分の女装クオリティの方らしい。

 そこまで意識が高いともうプロだなこいつは……。

 




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衛生的なアイテム

 

 作り終えた石鹸をそろそろ“アルテミス”に渡す頃合いだろう。

 冬の寒い朝、窓の外に積もる雪を見て俺はそう考えた。

 

 石鹸とはもちろん、前にバロアの森で作った石鹸である。

 シーナにこの香り付き石鹸を頼まれてたからな。こいつらを市場で買ったってことにして、納品しておこうと思う。

 何よりこいつを渡すことで“アルテミス”のクランハウスで入浴する権利が貰える……清潔な風呂はなかなか金があっても買えるものではない。

 軽く遊びに行くついでに、ちゃっちゃと渡してくるか。

 

「おかみさーん、俺ちょっと出てくるからー」

「はーい。あ、モングレルさんできればでいいんだけど、帰りにビターオレンジ買ってきてくれる?」

「うぃーっす」

 

 スコルの宿は客に買い出しに行かせる。とても宿泊業をやっているとは思えません。星1です。

 

 

 

 ウルリカの性別がバレるというちょっとした事件みたいなものはあったが、ギルドは依然として平和なままである。

 “男はちょっと……”となる奴もいるにはいるが、付き合い方を特に変えない者の方が圧倒的に多い。そして恐ろしいことに男でも関係ねえっていう剛の者もいる。

 ウルリカが男だからと“お、俺と一緒に公衆浴場……いこうぜ……”みたいな誘い方をしてくるやべー奴も出現してくる魔境になりかけたが、それはそれ、ウルリカもいつも以上に冷たくあしらって終わりであった。加えて、ウルリカのガードマンであるレオも普段以上に過保護にウルリカを守っている。変な考えを持った連中はこれまで同様、迂闊には近づけないだろう。

 ……今思ったけどこの手の話、ライナではほとんど聞かねえな……。いや、深掘りはしねえけども……。

 

「あれ、モングレルさん。どうしたの、珍しいね」

 

 クランハウスを訪れてみると、出迎えてくれたのはレオだった。

 

「ようレオ、ちょっと約束の物を届けにな。シーナかナスターシャはいるかい?」

「シーナさんはいるよ。ナスターシャさんは今仕事に行ってるね。……とりあえず、客間に上がってもらった方がいいかな? 雪も降ってるし、外は寒いよね」

「お、悪いね。一人で雪遊びしてるのも虚しいからな。そうさせてもらうわ」

「雪遊び? まあ、とにかく入りなよ」

 

 

 

 クランハウスはパーティーメンバーのための住居でもあるが、大規模なパーティーともなると仕事の相談や会議をするための客間も必要だ。

 俺が通された部屋はそんな客間の一つである。客として何度か来たことはあるのに、なにげにこの部屋に入ったのは初めてだろうか。なんか変な話だよな。風呂と氷室まで知ってるのに。

 

「あらモングレル、ようやく“アルテミス”加入の相談に来たのかしら」

「仕事はせずに風呂にだけ入れるパーティーがあると聞いて」

「出口はあちらよ」

 

 そう言うシーナの格好は、普段ギルドで見るものよりもずっとラフだった。サリーみたいな地味な黒いローブ姿ってのもなかなか新鮮である。

 

「まあ冗談はさておき、本題はこっちだ。はい、香料入りの石鹸」

「! 忘れられてたのかと思ってた。手に入れてくれたのね」

 

 荷物から取り出したのは、石鹸のセットである。手のひらサイズにまとめたものを十個セット。まとめて作るとなかなか量が出来て良いもんだ。個人で消費するには余裕で足りる。人に譲ってもまだまだあるぞ。

 

「わあ……随分とたくさん。いえ、これくらいあったほうが助かるわ。高かったんじゃない?」

「そりゃもう高えよ。けどまとめて買った分値引きはできたな。自分用のも確保できたし、ここにある分は遠慮なく引き取ってくれ」

「モングレル先輩来てるんスか。あっ、ほんとだ。モングレル先輩、おっスおっス」

「ようライナ。石鹸持ってきたぞ」

「石鹸!? ほんと!? 見せて見せてー!」

 

 話を聞きつけたのか、ライナとウルリカもやってきた。後ろの方からそろそろとレオまで来ている。君たち石鹸好きだね。けど人数が多いと消費も早そうだな。

 

「んーっ……はぁああー……やっぱりこれ、良い匂い……」

「わぁい、たくさんあるっス。これ脂のベトベトも煤の汚れもよく落ちるんスよね」

「良いだろう良いだろう……シーナさんよぉ。これだけの上等なブツはなかなか用意できないぜ……? 報酬はその分弾んでもらわねぇとなぁ……ケッケッケ……」

「……そんな露悪的な言い方しなくたって弾んであげるわよ」

「あと風呂の入浴権もお願いします……」

「そっちの方が切実そうじゃないの……わかってるわ。モングレルは風呂を汚すようなタイプじゃないから、別に渋りはしないわよ」

 

 そう言うと、シーナは別の部屋から金が入ってそうな高級そうな木箱と何枚かの紙を持ってきた。

 まず石鹸の代金を渡された。これだけでも正直結構なもんで、無駄に大きなシャコガイで発生した出費を賄えるほどだった。値段交渉をするまでもない。即決である。

 

「風呂の利用は……そうね、石鹸十個あるし……十回分ということにしておきましょうか」

「シーナ……さすがはレゴール最大のパーティー“アルテミス”を率いるリーダーだ……感服したぜ……」

「また変なタイミングで人を褒めてるっス」

「お風呂十回分かー……そうなるとモングレルさん、何度もここに通うことになりそうだねー」

 

 欲を全開にすればもう毎日でも入りたいけどな……でも十回ってだけでもかなり贅沢な話だ。これをレゴールの綺麗な風呂付き娼館換算にしたら相当なもんになるぞ……。

 

「私達でも市場で石鹸は探したんだけどね……モングレルが持ってきてくれたような石鹸は見つからなかったのよ。どこで買ったのかしら」

「おいおい、そりゃこの手のレアなものは大通りにはなかなかねえよ。ちょっと寂れた交易品を扱ってる店とか、黒靄市場に足を運ばねえとな。次見つけたらまた買っておくぞ?」

「……考えておく。当分はいいけどね。とにかく、助かったわ。モングレル。はい、これは入浴許可証よ。譲渡禁止だから、しっかり保管していなさい。それと、ナスターシャが動ける時じゃないとお風呂は使えないから、使う時は前もって話を通してね」

「おう。……これまた綺麗な字だな」

「……ふん」

「ちゃんと契約書にして交わすんだね」

「当然よ。こういう約束事はしっかりと契約に残しておいたほうが揉め事を減らせるしね」

 

 入浴券というにはちょっと令状感のある許可証を貰ってしまった。けどまぁ良いだろう。こいつがあればなんとなく痒い時に風呂にドボンできるぜ……。

 しかし……。

 

「今からは無理なんだよな……」

「ええ、ナスターシャが仕事に出てるから。魔法使いは忙しいのよ」

「残念だ……しょうがねえ。クランハウスの前で雪遊びでもしてから帰るか……」

「……うちの家の前で変なことしないでもらえる?」

「ていうかさっきから気になってたんスけど、モングレル先輩。荷物からはみ出てるその木の道具なんなんスか」

「これか? これね、雪を挟むと型通りに成形してくれるっていうおもちゃ」

 

 蝶番をつけた木製の型。構造は丁度ホットサンドメーカーみたいな感じだな。

 冬の暇さにあかして丹念に型を作った逸品だ。

 見ろこの三段とぐろ。完璧なうんこが作れるぜ。前世のパクリ商品だけどな。

 

「なんか形が下品なのだけど……」

「絶対売れないよそれー……」

「でもちょっと楽しそうっスね」

「よっしゃライナ、クランハウスの前に白いうんこ量産して積み重ねようぜ!」

「わぁい!」

「こら! ちょっと! やめなさい! ライナも乗るんじゃないわよ! モングレル、うちのライナに変な遊びを覚えさせないで!」

「あはは……でも一個くらいなら僕は見てみたいかも」

「えっ……」

「あっいや、その違うよウルリカ!? 単純にどんな風に雪が固まるのかって気になっただけだから!」

 

 うんこ型ミニ雪だるまを“アルテミス”の前に並べる計画はご破算となってしまった。

 けどまぁ、いくつか作って遊ぶことはできたから良いだろう。放置して帰るのは許さないシーナの眼光は鋭かったぜ……。

 

 そして俺は宿屋の女将さんに頼まれてたビターオレンジを買ってくるのを忘れた。

 




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ろくでなしの晩酌

 

 積もった雪を回収する仕事に就いてみたり、炭焼き小屋から大量の炭を持ってあちこち納品しに回ってみたり、ある時なんかはちょっと遠方の野営地まで行って物資を届けに行ったり……冬の間も細々とした仕事は多い。

 それらで暇を潰していると言っちゃなんだが、部屋でじっと暖を取っているだけというのも退屈なので、そんな日々を過ごしている。ギルドで気心知れた連中と馬鹿やるのも良いが、似たような馬鹿話をし続けるのもそれはそれでストレスを感じるからな。

 

「いやぁ助かったよ、ギルドマンの人。何年も前から崩れそうな場所だったんで困ってたんだ。かといって、業者呼ぶ金は惜しくてね」

「あー、確かに。まぁでも、俺みたいな素人にでもできる作業で良かったですよ。力だけはありますんでね、この手の撤去作業だったら大得意っす」

 

 明らかに専門の建築業者が携わってなさそうな、素人が自前で組んだような煉瓦造りの小屋の解体作業。こういう仕事も時々あって、気が向いた時は手を出している。

 大抵は塩漬けになってる仕事が多いので、受注する前に現場をちらっと覗きに行って出来そうだなと思った現場だけ関わる感じだな。

 レゴールも古い場所は本当に古いまま残っているので、こうして自分の手で代謝を促進させてやると、なんというかレゴールを自分の力で変えている気分になれて悪くないんだ。やってることは割が良いわけでもない解体作業でしかないんだけどな。

 

 

 

 そんな仕事に携わった件がちょっとした近所の噂にでもなったのだろうか。

 ある日、俺はギルドの外で声をかけられた。

 

「ようモングレル! いいとこで会ったなぁオイ!」

「やっべ、ブレーク爺さんじゃん……」

 

 正直言ってあまり会いたくないタイプの爺さんとエンカウントしちまった。

 

 小麦色に焼けたシワだらけの肌。年齢の割に妙に生命力のある、ギラついた眼光。

 アウトローなギルドマンの中でもアウトローすぎて犯罪に片足と片腕を突っ込んでいることで有名なブレーク爺さんである。

 

 大先輩っちゃ大先輩だけども、正直厄介事が服着て歩いてるような人間だから関わりたくねえんだよな……かといって変な断り方をするとマジで厄介なキレ方しそうだし……。

 

「やあブレーク爺さん……これからギルドで仕事探しかい?」

「ガハハハ! 冬に仕事なんて冗談じゃねえよ! 冬は酒だろ酒!」

「ははは……けど冬は出費が気になるからなぁ……」

「そういう時はおめぇ、金持ってるやつのとこ行って飲むんだよ! そうでなきゃ博打で増やしゃいいしな! ガハハハ!」

 

 いやー……言葉が通じないな……文化が違うぜ……。

 

「つうかモングレル、仕事欲しいならこっち来いよ! 仕事やるよ、仕事!」

「え、いやぁ仕事って?」

「おめぇ腕っぷし良いんだろ! 解体業者の真似事してたんだってな! だったら掃除もできんだろ! こっちこいこっち!」

「あーわかったってブレーク爺さん。行くから服引っ張るなよ……掃除? ブレーク爺さん家持ちだったよな。なんだ、家の掃除サボってたのかい?」

 

 なんかもう絡まれるのが面倒すぎてとりあえず話に乗ることにした。

 したけども、掃除の度合いによってはトンズラこきたい気分だな……下水道レベルのきったねぇ環境だったらブレーク爺さんの手前とはいえ普通に逃げてやるわ。ギルドの仕事じゃないなら俺は普通にすっぽかしてやるからなこういうのは。便利に使われるにも限度ってもんがある。

 

「二階にある重い家具をよ、全部一階にな、適当に降ろしといてくれりゃ良いからよ! まあ実際に見てみりゃわかんだろ! 終わったら酒やるよ酒!」

「お、なんだよブレーク爺さん、ちゃんとそういう報酬があるなら先に言ってくれよな。タダ働きは御免だが、報酬が出るなら真面目にやるぜ俺は」

「おうよ、とっておきの酒だからな! 瓶一本くれてやるよ! 感謝しろよぉモングレルお前」

 

 どうせ強制イベントみたいなもんなら、前向きに臨みたいところではあるからな……。

 何かしら貰えるなら、それを励みにやってやるとしよう。

 

 

 

 ブレーク爺さんに連れられてやってきたのは、北西側の住宅地。前に俺がちょっとした解体作業に携わった現場に近い場所だった。

 

「おう、この家だ! ここだここ!」

「……え? これブレーク爺さんの家かい? なんか……普通に綺麗だな?」

 

 住宅の他には小規模の宿屋や飲食店がぽつぽつとあるくらいの並びに、その家はあった。

 レンガ造りの二階建てで、確かに古そうではあるのだが、ブレーク爺さんのような破天荒な人間が暮らしているような佇まいには見えない。俺のイメージだとブレーク爺さんの家は全体に落書きがしてあったり壁が所々崩れてたり穴空いてたりって感じなんだが……。

 

「ガハハハ! ここは俺の兄弟の家だからな!」

「あ、兄弟の。なるほど」

「弟でな! こまけぇこと気にする奴でよぉ! だから古い家のくせにこんなピカピカになってんのよ! まぁその弟もこの前死んじまったんだけどな!」

 

 俺その弟さんのことは詳しく知らねえけど、生前はブレーク爺さん絡みでだいぶ苦労したんだろうなってのはわかったよ。うん。

 

「あーつまりなんだブレーク爺さん。この家の整理をしようってわけかい」

「家財を全部売っ払っちまおうと思ってな。この家絡みでうるせぇ連中が多いんだ。税だの相続だのなんだの……面倒くさい連中が多くてよ。殴りつけたら今度は手紙だけよこしてくるようになったんだよ。クソだろ?」

 

 ……ノーコメントでいいすか?

 ……まぁあれだな。家財の位置を変える程度なら俺の責任にもならないし……大丈夫か。これが家財を別の場所に運び込むとかだったらきな臭さ全開だったけども。

 

「よし! じゃあブレーク爺さん! それはともかくさ、やるなら早速作業を始めようぜ!」

「おーまぁそうだな! じゃあ頼むわ!」

「……え? いやどれを降ろしたらいいかとかあるじゃん?」

「あーもう良いよそんなの適当で。動かせるもんを適当に全部一階の部屋にまとめときゃ良いからよ。俺は最近ちょっと腰が悪くてな! だからモングレル、お前やっとけ! 俺はちっと酒飲んでくるわ!」

 

 まじかよ……こんな純度の高い丸投げさすがに初めてだぞ……。

 

「夕方までにやっとけよー!」

 

 しかも時間設定が雑すぎる。そこらへんの体力お化けでも無茶な指示だぞそいつは。

 ……だが俺が何か文句を言う前にブレーク爺さんは行ってしまった。せめて現場で監督してくれよ……。

 

「……まぁ、やっておくか……一応」

 

 今後ブレーク爺さんとの付き合い方を見直すことを考えつつ、とりあえずは仕事をすることにした。

 

 

 

 が、いざ家に入って作業に着手してみると、仕事そのものは楽だった。

 もっとごちゃごちゃしたのを想像していたのだが、俺の思っていた以上に家の中の物は少なく、掃除も必要ないくらいさっぱりしていたのだ。

 

「普通に綺麗な家だし、無駄に散らかってないのは助かるな……兄弟でどうしてこんなに違うんだか……」

 

 ブレーク爺さんの弟さんとやらは事務仕事をしていたのか、二階の個室にちょっとした良さげな作業テーブルがある程度で、他はさっぱりとしたものばかりである。

 亡くなる前か後に一度掃除も入ったのか、生活感も残されていない。空っぽのクローゼット、引き出し、年季の入ったチェア……。

 ベッドばかりは固定されていてどうしようもなかったが、それ以外を運び込んでしまえば後はすっかりやることもなくなってしまうような有様だった。

 運べるものを全て一階に降ろしても、一階の広いリビングにはまだまだ十分なスペースが残されている。

 

「……というより、重い物は全部一階にある感じだな」

 

 とんだ貧乏くじを引かされたと思ったら、拍子抜けするほど中身のない仕事だったな。

 まぁ、確かに二階にあった家財もそこそこ重かったし、ブレーク爺さんが運ぶにはちょっと厳しかったかもしれないが。

 一人の力持ちが抱えられるからこそ運べる狭さってのもあるし、人任せにしたかった気持ちもわからないでもない。

 

「お? この流し場結構良いな。スコルの宿よりも機能性高そうじゃん」

 

 それから俺はブレーク爺さんが戻ってくるまで、暇潰しに一階の内装を見学したり、家の前を軽く掃除しておいたのだった。

 

 

 

「おう終わったかモングレル! よくやったぞ! そこのテーブル、こいつが結構運びにくいやつでよ、面倒だったんだ!」

「あーやっぱりな。確かに階段のところもいっぱいいっぱいだったよ」

「業者の連中がよぉ、家財を傷つけたりしたら満額で引き取らねえとか抜かしてたからよ。綺麗なままで良かったぜ。傷が増えてたらお前を殴ってるとこだったけどな。ガハハハ!」

「ははは……」

 

 よし、今後ブレーク爺さんは基本的にスルーする感じで付き合うことにしよう……。

 

「んでよ、ほら! 酒持ってきてやったぞ酒! 好きなの選べ!」

「あー報酬のね、酒……お? 三本もあるじゃん」

「一つだけだぞモングレル! 好きな酒選びな!」

 

 どうやら報酬は選択制だったらしい。テーブルの上にはそれぞれ容器からして異なる三本の瓶が並んでいる。不透明なので中身は全くわからない。

 まぁできれば無難な酒が良いんだけどな。欲を言えば蒸留酒がいいんだが、ブレーク爺さんみたいな古い人は多分持ってないだろう。

 

「こっちの瓶が俺が作った蜂蜜酒な! 腐ってるかもしれんけど多分美味いぞ! 腐ってても悪酔いするだけだ!」

「うーんそうかぁ……他のにしようかな……」

「お、いいとこに目をつけたな! その隣のはヘルギンの実を漬け込んだ酒でよ! ああヘルギンは今は違法薬物なんだっけか? ガハハ! まぁいいだろ! 飲むと視界がキラキラして気分が上がるぞ!」

「ハハハ」

 

 ちなみにヘルギンの実が違法薬物じゃなかった時代は俺の知る限り存在しない。数百年前からずっと違法薬物である。

 

「あとはこっちの芋酒だな! “レゴール警備部隊”の連中から貰ったやつで、まぁ普通の酒だ」

「あ、じゃあこれにします……」

「なんだよぉモングレル、つまんねぇもん選びやがるなぁオイ!」

 

 選択制だと思ったら選択肢がほぼ無かったでござる……。

 さすがにマトモに出来てるかどうかわからない蜂蜜酒は博打だし、違法薬物を漬け込んだ酒は論外だし……。

 

「まぁ座れ。一緒に飲めよモングレル。塩もあるぞ」

 

 そしてブレーク爺さんはテーブルにつくと、ポケットから小粒の岩塩が入った袋を机上にばらまいて、選ばれなかった蜂蜜酒を呷り始めた。

 酒を飲むタイミング今かよ。しかもアテが塩。ポケモンの御三家を選んだ直後のバトルを最悪にするとこんな感じになるのだろうか。どうせ飲むなら自分のタイミングが良かったんだが……。

 

 ……まぁ、でもいいか。タダ酒といえばタダ酒だし、たまにはブレーク爺さんとサシで飲むのも。けど岩塩はちっちゃいの一粒でいいよ……。

 

「んくっ、んくっ……ぶぁああー……」

 

 ブレークさんは岩塩の粒をボリボリ噛みながら、出来の怪しい蜂蜜酒を勢いよく飲んでいる。

 どう見ても早死にしそうな人間のお手本なのだが、それでもなかなか死なない人がいるってのがこの世界の不思議なところである。

 

「……弟はなぁ。真面目だったんだがなぁ」

「……この家の」

「ああ」

 

 珍しくしんみりしたような口調だった。

 

「俺はクソ野郎だけどな、弟は同じ血が流れてんのかってくらい真面目な奴でよ。けど、上手くいったのは仕事だけだったな。俺が誘った女遊びについてきてりゃ、嫁の扱いだってもうちっと上手くなれてたんじゃねえかって思うんだ」

「……そうか」

 

 ブレーク爺さんが語ったのは、俺にはちょっとよくわからない過去の話だった。

 弟さんの思い出を語っているというよりは、独り言で回顧しているだけなんだろう。俺はただ相槌を打ったり、続きを促すことしかできない。

 けどなんとなく、思うところはあった。

 多分ブレークさんにとって、家族と呼べる最後の存在はその弟さんだったのだろうなと。

 

「だが……いや……俺のせいなんだろうけどな。俺みたいなクソ野郎なんざ無視してりゃ、間違いなくあいつは幸せだったんだ」

「……」

「俺とあいつとで同じ血が流れてるなんて、思っちゃいけなかったんだよ。そのせいであいつは、重荷ばっか背負っちまった。馬鹿だよなぁ……」

 

 家の隅を眺めるブレーク爺さんの目は、涙で潤んでいた。

 俺はそれを見なかったことにして、岩塩を少しだけ舐めて……芋酒を飲んだ。独特の匂いと微妙な酒精。けどこの田舎っぽい味が、どこか懐かしい感じもする。

 

 しばらく誰も喋らない時間が続いたところで、ブレーク爺さんが鼻を啜った。

 

「……もう帰っていいぞ、モングレル。帰れ」

「ああ。ちょっと長居しちまったね。お酒ありがとうな、ブレーク爺さん」

「おう」

「身体冷えるぞ。酒のんで寝るなら暖かいところにしといた方が良いぜ」

「ああ、わかってる……」

 

 俺は飲みかけの酒瓶を手に取って、家を出た。

 

「……おお、寒いな」

 

 ブレーク爺さんは面倒くさいし厄介だし本当に心の底から関わりたくもないが……今日くらいの手伝いとか酒盛りだったらまぁ、次の機会があっても良しとしよう。

 別に酒だって美味いわけでもないし、塩で飲むなんざ身体に良いわけもないんだが……。

 独りきりで飲むよりは、ずっと良いだろうからな。

 




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ナイトから踊り子へ

 

「我が名は慈雨の聖女ミシェル!」

「我が名は蝋翼の審問官ピエトロ!」

「「二人合わせてサングレールの白い連星、ミシェル&ピエトロ!」」

 

 聖女と審問官が高らかに名乗り上げ、ポーズを決める。

 彼らの前に立つ年老いた神殿長は、満足そうに“うむ”と頷いた。

 

 聖堂騎士団に所属するミシェルとピエトロは、ヘリオポーズ教区における個人単位での最高戦力と呼んでも差し支えないであろう。

 実際のところは聖堂騎士としての使い勝手の良さから選出されている部分はあるのだが、ミシェルもピエトロもそういった事は全く気にしていない。

 彼らにとって、神殿長イシドロの決定こそが全てであり、絶対なのである。

 

「うむうむ……白い連星は今日も燦爛と輝いているね……実に素晴らしいッ!」

「おお、イシドロ神殿長!」

「ありがとうございます!」

「だが……」

「だ?」

「が?」

「君たち白い連星は今日付けで……聖堂騎士を、解任とするッ!」

「「えっ……ええええええ~!!??」」

「はーい、お疲れ様でしたァーッ!」

 

 迫真の悲鳴を上げる二人を前に、イシドロ神殿長は耳を塞いでアーアーと言っている。

 三人のやり取りは、日頃からこのように騒々しいものであった。

 

 

 

「えっ!? 芸人として派遣ですか!?」

「しかもハルペリアに!?」

「そうッ! もはやサングレールとハルペリアとの間に戦争は不要! これより必要なのはそう、愛と平和なのだよ君たちィ!」

 

 ヘリオポーズ大神殿の祭壇に上がったイシドロは、ステンドグラスより降り注ぐ神々しい輝きを受けながら、政治家のような調子で演説していた。

 聴衆は白い連星、ミシェルとピエトロの二人のみ。常に信徒のいるこの大神殿においては、非常に珍しいことであった。

 

「恨みというものは連鎖するのだ、ミシェル……そしてピエトロよ……誰かが恨みを晴らすべく棍棒を振るう時、同時にまた新たな恨みがこの世に生まれるのだ……」

「悲しいですわ……」

「人間は愚か……」

「つまり! 恨みの連鎖はどこかで断ち切らねばならないのだッ! わかるね!?」

「はっ! わかります!」

「愛と平和ですわ!」

「その通ぉーっり! 愛と平和の世界に格式張った武力など無用! 必要なのはそう、舞台上で繰り広げられるような驚き、喜び、そして悲しみ……感動なのだよ!」

「さすがはイシドロ神殿長!」

「私たち、必ずや舞台上で輝いてみせますわ!」

 

 ミシェルとピエトロが手をつなぎ、歌いながら踊り始める。

 曲目は“我が世の春”。即興で始まった歌だというのに、二人の息は驚くほどぴったりと噛み合っていた。

 

 イシドロ神殿長は二人の歌声をBGMに、顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……タカ派は大きく崩れ、地盤も不安定……急先鋒は独断専行に走り、報告では“断罪”が行方知れずときた……脆くなったものだな」

 

 タカ派。ハト派。そしてカッコウ派。

 サングレール聖王国における派閥は大きくその三つに分けられるが、近頃はそれらの力関係も偏ってきた。

 特にハルペリアとの徹底的な戦争と領土侵略を是とするタカ派が大きく弱体化した。侵攻作戦の度に損耗する兵力が大きすぎるのだ。

 正面玄関たるトワイス平野でも負け、裏口でも苛烈な消耗を強いられた末、幾度も計画の見直しを迫られている。ここからサングレールが勝ちの目を拾うのは、あまりにも現実的ではない。

 反してハト派は大きく勢力を伸ばしている。元々サングレール聖王国も一枚岩ではない。侵略に否定的な派閥も存在するし、交易によって十分な利益が得られることも確かだ。

 これまでは複数の勢力の顔色を窺うことしかできなかった聖王が、ハト派寄りとして存在感を表しつつあることの影響も軽視できない。

 ハルペリアの交易品の甘さを知り、聖王のお墨付きまで与えられてしまえば、いよいよ民意も動き始めるであろう。

 

「……ですが、イシドロ神殿長。私達二人の後任はどうされるのでしょうか?」

「うむ、私も気になっておりましたぞ。聖堂騎士団は常に十二の座が埋まっていなくてはなりませぬ。我々の後任は、一体誰となるのやら」

 

 歌い終わってしばらく余韻に浸っていた二人が、我に返ったように当然の疑問を投げかける。

 聖堂騎士団はサングレールの中でも最高の組織である。後継もそう簡単に決められるものではない。

 

 だが、神殿長であれば自由に指名が可能だった。

 

「気になるかね?」

「はい! どちらかといえば!」

「それはもう!」

「うーん……お前たちは口が軽いからダメッ! 教えないッ!」

「「そんなーっ!?」」

「はいはい! それよりお前たちは二人とも芸人なのだからね! 早速今日から幾つかの芸を学んでもらうよ! ワシは元聖堂騎士の肩書なんて使わせないからねッ! 芸術には真剣に向き合わなきゃ駄目よ!」

「確かに!」

「その通りですわ!」

「なにせこれから向かうのはハルペリア王国……我々サングレール人の美的感覚の通じない、異国なのだ。台本の準備は入念に、しっかりとだよ」

 

 イシドロは胸元に揺れる四本爪跡の金飾りを愛おしそうに撫でた。

 

「ヘリオポーズ教区の“劇団閑古鳥”の名を、歴史に刻むくらいの気概で行こうじゃないか」

「劇団閑古鳥!?」

「神殿長! その名前はどうなのでしょうか!?」

「だまらっしゃい! はい、練習練習! さっさと湖まで走るぞ! 駆け足ッ!」

「「ひえーっ!」」

 

 この日からそう間を空けずして、サングレール聖王国における聖堂騎士の入れ替わりが公となった。

 最高戦力の入れ替わりはヘリオポーズ教区においてはちょっとした話題となったが、冬の寒さと雪崩の話題によって、すぐに耳にすることもなくなった。

 




「バスタード・ソードマン」のコミカライズの第二話が公開されています。カドコミ、ニコニコなどで掲載されているので、是非御覧ください。


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未来を期待する言葉

 

 ギルドの資料室には色々な書物が置かれ、公共性の高いものに関しては俺たちギルドマンにも解放されている。

 もちろん本や資料を汚したり壊した場合は罰が下る。盗むなどは言うまでもない。本は貴重なのだ。

 前世の図書館と同じで、静かに大人しく綺麗に利用しましょうということだ。ルールを守れない連中は普通に出禁にされる。まあ、滅多にないけどな。なにせ不真面目な奴はそもそも資料室に入ろうともしないから。

 

「だからほらぁ、書いてあるじゃん。パイクホッパーは横からって。額を踏みつけてなんてどこにもないよ」

「けどベテランの人がそう言ってたんだぜ」

「それで前怪我したんじゃん。この本のやり方のが良いよ絶対」

「んー、そうかなぁ」

 

 魔物討伐の教本を読みながらボソボソ喋っている若者を尻目に、俺はレゴール内で発せられたお触れや知らせをまとめた資料を読んでいる。

 広場に掲示されるような貴族からの告知だとか、そういったものをまとめたものだ。お知らせのバックナンバーと呼んでも良いかもしれない。

 

 俺もちょくちょく広場で確認はしているのだが、見逃した知らせや見落としていた情報があるかもしれないので、たまーにここでこうして確認しているのだ。

 

 どこそこで工事が行われる。通行禁止、それに伴う作業員の募集……。

 工房向けの減税対象となる道具、設備類の導入……家庭教師の募集……冬季演習による競技場の貸切日……。

 まあ、結構見てるだけでも面白い。俺の住んでる街で何が起こっているのか、あるいは何が起こっていたのか……そういった情報をざっくりとでも頭の中に詰め込んでみると、案外面白い部分と繋がったり、発見があったりもするんだ。

 特にどこそこの工房や団体が悪事を働いたかってのは貴重な情報だ。ケイオス卿として手紙を出す相手を選ぶ際にとても良い参考になる。もちろん、こういった掲示物の発表を十割信じているわけでもないんだがね。まあ、参考資料の一つだ。

 

「ふーん、衛兵の増員……ああ、それでこの前あいつらぼやいてたのか……」

 

 レゴールは拡張したり工事を進めたりで急激に発展している。人が増えているので、当然人々を守るための衛兵も重要になってくる。おかげでレゴールを知らない連中にいろいろ教えてやらなきゃならないから面倒だと、衛兵の友達が愚痴ってたのを最近聞いた。

 衛兵とはいっても人間だ。誰も清廉潔白で仕事ばかりの人間というわけでもない。レゴールの治安を守る人々も不満を抱えることはあるし、それを酒場で溢すことだってある。まあ、喋っちゃいけないようなことを簡単にポロッと溢すのはどうかと思うけどな。

 

「粘土の掘削運搬作業……おー、これはまだギルドに回ってきてないやつだな……いや、なんだ。これは奴隷用のやつか……じゃあ駄目か……」

 

 面白そうな仕事の案内だなーと思ったら犯罪奴隷用の仕事だったりする。ちょっとはやってみてぇけども、居心地は微妙だからなんともな……それに、仕事上がりにちょっとだけ粘土を分けてくれる、なんてこともないだろう。

 俺も一度粘土で器とか作ってみてぇなぁ……工房の人と仲良くなれば試しにやらせてくれないもんだろうか。

 ジュリアと結婚した工房勤めのシモンは……いや、あそこはやめておくか……うん……。

 

「……お、“翌年の標語”だ。もう今年の出てたんだな」

 

 レゴールの広場には冬になると、翌年の心意気だかなんだか知らないが、伯爵自らが決めた短い標語を掲示する習慣がある。らしい。どうもこれはここ数年から、つまり現レゴール伯爵の代から始まったものだそうである。

 レゴールの住民は来年の標語を予想し、懸賞のように応募することができるのだが……これがまたなかなか当たらない。当たればそこそこ良い食い物だとか、貴族街の美味い店のチケットなんかが当たったりもするのだが、今までに当たった人はいないそうである。

 最初のうちは賭けにもなるだろうかと盛り上がったりもしたらしいのだが、毎年伯爵の投げつける標語がみんなの予想にカスりもしないので、今では年末にひっそりやってる、こう、新聞の隅のどうでもいいコーナーみたいな扱いを受けていたのだった。

 

「んー今年は“白銀”か……相変わらず当てさせる気がねえな」

 

 レゴールクイズに正答者はいない……いやいや。というか本当になんでこんなまどろっこしいクイズやってるんだろうな、毎年。

 レゴール伯爵も賢いお人だろうに、無意味なことはしないタイプだと思ってたんだがなぁ。まあ、けど洒落たことはする人みたいだしこういう、庶民にとってわからないジョーク的な……。

 

「……つまんねえジョークくらいには普通一年で気付くよな」

 

 ちょっと思うところがあって、俺は過去の告知を漁ってみた。幸いこの手の貴族の掲示物はしっかりと補完してあるようで、バックナンバーを漁るのも難しくはない。

 

「……“整然”、“熟成”、“選別”……んー……ん、ん、ん……」

 

 過去にレゴール伯爵が出した標語を見る。来年の抱負……にしては、何か……それぞれに、引っ掛かりを覚えるっていうか……。

 

「あっ」

 

 ……やべ、わかった。

 

 違う、わかった、やべえ。しくったわ。

 

「……め、メッセージじゃんこれ……」

 

 これはあれですわ。レゴール伯爵からの俺への……正確には、ケイオス卿へのメッセージだわ。俺が今まで伯爵に渡してきた発明のキーワードばっかりだこれ。絶対俺を意識してるやつじゃねえかよ。しくった。なんで気付かなかったんだ俺。

 いやいや、でも気づけってのは無理だろ……名指しもしてないのに……いや、そうじゃないのか。

 

「目的はなんだ……? いや、俺が気付けると思ってる……のか」

 

 標語の回答を募集する時はいつも“未来を見つめる貴方のために”って書かれてるな。

 ……“実名を添えて”……はあ、なるほど。理解した。多分、なんとなくだが……。

 

 ……レゴール伯爵は密かに俺とコンタクトを取りたがっている……気がする。

 それも、レゴール伯爵にだけわかる形で……かなぁ、多分……。

 

 当てさせる気のない標語はまさにその通り、回答者をふるい落とすためのもので……このクイズに正解するであろうただ一人、ケイオス卿からの便りを探し出すためのもの、なのかなぁ……全部予想だけども。

 レゴール伯爵、かなり警戒しているのかな……いやしてるわなこの感じだと。そして、他の誰からも悟られることなくどうにか……ケイオス卿と渡りをつけたかった、と……。

 

「……」

 

 俺はさりげなく資料室を見回して、ひとまず全てを棚にしまった。

 そして新たな資料を物色するフリをして、考え込む。

 

 ……ケイオス卿絡みの出題ではある。しかし、ケイオス卿だったら的中できるというクイズでもない。

 形式はただ単に来年の標語を求めているだけだからだ。知識もクソもない。

 

 それを承知の上で……あっ、もしかしてこれ。いや多分だけども。

 

 レゴール伯爵……ひょっとして、ケイオス卿のことを未来人か何かだと考えてねえ……?

 

「いやまさかな……いやでもこれ……うん、だとするとこの無茶苦茶な感じにも納得が……」

 

 俺はその日、ただひたすらに悶々として過ごし……結局この件については早急にどうこうすることもできる気がしなかったので、問題を先送りにすることにした。

 レゴール伯爵に対しても、まだノーコメントだ。しゃーない……仮に向こうがコンタクトを望んでいるとしても、正直こっちもまだなんというか、全幅の信頼を置くだけの勇気が出てこない。

 けど、ほんとすんませんレゴール伯爵……サインに気付けなかったのは、普通に俺の頭の落ち度ですわ……。

 

 

 

 

 

「ウィレム様、また今年も標語の確認をされておられるのですか」

「うむ、これは毎年の大事な作業だからね。アーマルコよ、これなど良いじゃないか。“黄金”だそうだ。実に惜しい」

「……ウィレム様の選ばれる標語は毎年いつも前向きなようでいて、かといって当てさせる気は無いものばかり。年々、参加する人々の標語も多種多様になってきますな」

「それでいいのさ。領民が未来に向けて、色々な形の希望を願っている……その片鱗が見えるのだから」

「未来、でございますか」

「うむ、そうだよ、未来だ。……未来から来た智者ならば、いつか標語を的中させるかと思ったのだが……うーん、私の勘違いかなぁ……でも、間違いなく未来的な気がするんだけどなぁ……こんな小さな催しだから、未来じゃ記録に残ってもいないのか……」

「ウィレム様?」

「ああいや、なんでもない。ただの考え事だから」

「は、左様でございますか……」

 

 




「バスタード・ソードマン」が次にくるライトノベル大賞2023単行本部門にて第2位となりました。
投票してくださった皆様、本当にありがとうございます。おかげさまでバッソマンが次の次に来ます。
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投票者の傾向としては、
20代読者ランキングでは8位
30代読者ランキングでは2位
40代読者ランキングでは2位
そして男性読者ランキングでは3位という結果になっているようです。
皆様のおかげで公式サイトの作者コメントににくまんを載せることができました。本当にありがとうございます。
今後もバスタード・ソードマンをどうぞよろしくお願い致します。

あと第一巻に二度目の重版が掛かりました。
そちらも重ねてお礼申し上げます。ありがとうございます。



「バスタード・ソードマン」のコミカライズの第二話が公開されています。カドコミ、ニコニコなどで掲載されているので、是非御覧ください。


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乗馬体験スープ付き

 

「モングレル、絶対に手綱を離すなよ」

「離さねーって」

「絶対だぞ!」

「その駄馬が俺に噛みつこうとしなけりゃな」

「駄馬って言うな! ダブルヒットだ!」

 

 今日、俺はバルガーに付き合って軍馬……いや、元競走馬であるダブルヒットの調教に付き合っている。

 元軍馬の競走馬、ダブルヒットは気性難故に戦績が振るわず、そのくせ大食らいなものだから安値で売りに出されていた。その時、酔っ払ったバルガーがたまたまちょっとした金を持っていて買われたという、まあ……成り行きにしたって全体的にろくでもない買われ方をした馬である。

 色々と話し合った結果“収穫の剣”の馬として運用することになったそうなのだが、それにしたってまず馬に言うことを聞かせないことには始まらん。軍でも競馬でも言う事を聞かなかった馬が果たしてワンシーズンで大人しくなってくれるのかという大きな問題はあるが、やってみないことにはどうしようもない。

 春になるまでにどうにかしてやろう、どうにかしないとパーティーの財政がヤバいというのが、“収穫の剣”の切実な事情なのであった。

 

 鞍上はバルガー。今はレゴールの外で、ぱっからぱっからと歩かせているところだ。

 

「昔は騎士に憧れたりもしたもんだが……まさか、こんな形で軍馬に乗ることになるたぁな……!」

「ブルルッ」

「うおっ、こらこら落ち着け。……バルガーが騎士? そんな真っ当な夢らしい夢を持ってたんだな」

「小さい頃だ、小さい頃。おーよしよし、いい子だぞーダブルヒット」

「お前いい子って言ってるけどね、今もこいつすっげぇ反抗的な動きしてるからな。全然いい子じゃねえから」

 

 雪のある道をシャクシャクと踏みしめ、大きな白い息をブワーッと加湿器のように吐き出しながら、ダブルヒットが進んでいく。

 こんな寒い日に外の散歩なんてとんでもないように思えるが、さすがは軍馬。全く辛くなさそうどころか、最初からずっと興奮しっぱなしである。押さえつけてないとすぐにでも駆け出していきそうだ。

 

 とりあえずダブルヒットには、“収穫の剣”の人間と街道に慣れさせるところから始めなければならない。

 人が乗っても、近くにいても暴れないようにする。ゆっくりでもいいから、しっかり街道沿いに歩かせ、道を理解させるのだ。

 

「バルガー、結局このダブルヒットはどういう使い方をするんだ?」

「あー、そうだな。まあ、基本的には速達だろうな。こいつは頑丈だし普通の馬よりも遠くまで行けるらしい。レゴールから少し離れた宿場町へも一頭で走りきれるから、そういう依頼で使っていく。……らしいぞ。俺らもギルドに相談してそういう使い方があるって話を聞いただけだからな」

「速達ねぇ。まあ、でもそんなピンポイントな仕事が普段からいくつもあるわけじゃないだろ」

「そうらしい。だから普段は、小さめの荷車を引かせてちょっとした運搬仕事になる。馬車の護衛と似たような仕事だと思ったんだが、案外これが面倒でな……荷車の値段も馬鹿にならねえし、いや、もう金を食ってしょうがねえ……」

「よくアレクトラがこんな金食い虫の運用を許してくれたな……」

「ほんとだよ。アレクトラがダブルヒットに愛着を持ってくれてなかったら、肉にでもされてたかもしれねぇ」

「ブルルッ」

 

 アレクトラのやつ、なんだかんだこういう動物好きそうだもんな……そうか、飼い始めて情が移っちまったか……。

 

「でもな、悪いことばかりじゃねえんだぞ? こいつは特別頑丈だからな、完全装備のうちの団長を乗せても元気に走れるんだ」

「おお、マジかよ。ディックバルトを? そいつはすげぇ」

「だからレゴール近郊で厄介な魔物が現れた時なんかは、団長が単騎駆けできる。あの人は仲間がいなくても戦えるし、武器の相性も良いからな。その辺りも将来的には期待したいとこだ」

 

 ディックバルトの扱うグレートシミターは斬撃に特化した大剣だ。馬上で振るうには非常に有効な武器と言えるだろう。しかもディックバルトは最近魔導鞘を買ったばかり。馬上で片手でも抜刀納刀ができるというのが大きなメリットだ。そう考えると、ダブルヒットはまさにディックバルトのためのような……。

 

「……もうずっとディックバルトを乗せてた方が良いんじゃねえ?」

「馬鹿! そんなわけにいくかよ! 俺が一番乗りこなしてやる! というか、ディックバルトさんだってこいつに乗ってばかりもいられないしな!」

「動物は素直だからなー。バルガーも主人として認められたかったら、しっかり世話してやらないとな」

「くっそ、わかってるっての……な、ダブルヒット!?」

「ブルルッ」

 

 返事をしているのだかしてないのだか、ダブルヒットはタイミングよく嘶いていた。

 

 

 

 馬の散歩を続けていると、野営地を見つけた。

 野営地は街道沿いにある小さな宿場町……にもなりきれない本当に小さな溜まり場といったもので、ドライデン方面やエルミート方面の街道沿いなどで時々見かけることがある。

 しかし、空き地でよくわからん集団が屯しているなんてのは盗賊が襲う相手を選んでキャンプしているのと何ら変わらないため、この手の野営地はしっかりと管理されていることが多い。まめに兵士が巡回してくるし、野営地にいる人間は全てしっかりと誰何され、不審物を持っていないかだとか、どういう目的でいるのかだとかも厳しく聞かれる。

 イメージとしては、交番のある道の駅って感じかね。

 

「そこの二人、止まれ。何者だ?」

 

 こうして野営地の近くを通りかかるだけでも、兵士に止められる。

 まぁ当然ではある。特に荷物を積んでいるわけでもない、やたらと立派な馬に乗った男連中だ。不審すぎるもんよ。

 

「ああ、どうも。俺はレゴールのギルドマン、“収穫の剣”所属のバルガー。で、こっちが」

「俺はソロのモングレルだ」

「ギルドマンか。……任務か? その馬は?」

「いや、こいつは最近買ったばかりの馬でして……まだ慣れてないもんですから、今はちょっと調教中で」

「俺はその手伝いに駆り出された可哀想なギルドマンってわけ」

「なるほど……しかし立派な軍馬だな」

「ブルルルッ!」

「うおっ! ……いや、軍馬ほど大人しくはないか。レゴールから来たなら、札を見せてもらおう」

「はいよ、ご苦労さん」

 

 野営地では簡素な天幕がいくつか張られ、もくもくと煙が上がっている。遠目には火を囲んで寒さを凌いでいる人の姿が見える。冬の寒い時期だというのにこうしているのは、色々と訳ありな連中が多いからだ。街や村で暮らせず、かといって野盗に身を堕としたくはない……そんな連中が寄り集まって、冬を越そうとしているのである。

 しかし彼らの顔色は決して悲観的なそればかりでもない。こういう辺鄙な場所にしかないちょっとした仕事もあるし、気心知れた仲間と火を囲んで話していれば、どんな環境だろうとそれなりに楽しさはあるのだろう。もちろん、それで満足しているばかりでもないのだろうが。

 

「よし、不審な点はないな。行っていいぞ」

「おーいそこの人ら! 暖かいスープでも飲んでいかないか!? 五十ジェリーでいいぞ!」

 

 野営地の焚き火を囲んでいる連中から、そんな声が聞こえてきた。

 どうやらまとめて作っているスープを売って金にしたいらしい。

 

「寒かっただろう! 飲めば温まるぞぉ」

「変なもんは入れてないぞ! 二人なら九十ジェリーで良い!」

「人助けと思って、頼むよ!」

「……なぁ兵士さん、あの連中のスープは大丈夫かね」

 

 俺が小声で確認を取ってみると、兵士の男は鼻で笑い、小さく頷いた。

 

「決まった仕事は続かないが、悪い奴らではない。スープも自分らで飲んでいるものだし、毒はないさ。味は……一度飲んでみたが、まぁ飲めなくはない程度だ。一杯五十ジェリーと言われると、首を傾げるがね」

「ははは、そうか」

 

 どうやら悪い連中ではないらしい。通りかかった人を相手に小銭稼ぎたいだけなんだろう。そういう金でやりくりしている連中も、まぁ世の中には色々いる。

 

「どうするよ、モングレル。俺はちょうど、軽く温かい物でも欲しかったところだ」

「寒いしな。せっかくだし俺も飲んでいくわ」

「よし。十ジェリーの儲けだな」

「味はそうでもないって話だけどな」

「温かければいいだろ」

 

 そうして木製の椀によそってもらったスープは……うん。期待はしていなかったが、塩も薄くて野菜の類もほとんど無い。肉っぽい旨味や脂もあるにはあるが、肝心の肉っぽいものは欠片しか入っておらず、そのくせ硬くて無駄に存在感があるという、兵士の男が高いと形容するのも納得な味わいであった。

 これで金取るんかいってクオリティだが、僻地料金ってやつだな。仕方ない。寒空の下で温かい汁を啜れただけでも良しとしよう。

 

「ブルルルッ!」

「うおっ! なんだなんだ、ダブルヒット! どうした? 俺達だけ飯にしたから怒ってるのか!?」

「うおっとっと、引っ張るなって……! どうもそんな感じだな……そんな大して美味いスープでもないってのに……」

「嫉妬深い奴だなぁ……しょうがねえ。モングレル、ここで折り返して帰ろうや。ダブルヒットにも食わせてやらなきゃよ」

「“収穫の剣”を背負うには、まだまだ頼りない馬だな……」

「こんだけでかいのになぁ……ダブルヒットよ……」

 

 果たしてダブルヒットは冬の間に利口になってくれるのだろうか?

 口では言えないが、春までに馬刺しになっていないことを祈るぜ……。

 でも馬刺しになるなら俺を呼んでくれよな……。

 





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長風呂と旅行計画

 

 今日は風呂の日である。

 しかし、風呂と言っても汚泥まみれになる公衆浴場ではない。ましてオーガが入り込んでいまいちリラックスできないサウナでもない。

 そう。今日は貴重な回数券を使用し、“アルテミス”の風呂を利用しにクランハウスへやってきたのである。

 

「宿でお湯を貰ってできるだけ汚れは落としてきた……使わせてもらうぜ、“アルテミス”の湯船を!」

「だからなんでモングレル先輩っていつも風呂入る前に身体綺麗にしてくるんスか……」

「あのなぁライナ。人様の家の湯船をだな、いきなり盛大に汚しちゃいけねえんだよ」

「そんなこと言ってたらお風呂入れないっスよ」

 

 前もって前日に風呂に入る旨は伝えてある。

 そして入浴のためのグッズも当然持参しておいた。自分用の石鹸だろ、海綿だろ、あと各種タオルだろ、綺麗な着替えだろ。風呂釜に浮かべておくひよこっぽい形した木製のおもちゃだろ。……よし、完璧だ。

 

「てかこの鳥なんスか」

「しかもエールまでごちそうしてもらえるとはな……本当に助かるぜ。ありがとうな、ナスターシャ」

「うむ」

「鳥……」

「ほれ鳥見てみ、製材所の端材もらって作ったんだぜ」

「わぁい。あ、水鳥の雛みたいっスね。かわいいっス!」

「なに、エール程度は構わんさ。氷室に新しい雪を詰め込んだし、その拡張工事もモングレルの手を借りた。エールは冷やしてあるが、ライナ以外はあまり飲まないのでな」

「ありがたくいただいておくぜ」

 

 “アルテミス”のクランハウスは、常に誰かしらが常駐している。

 冬場は特に任務も少ないので、家を持たないメンバーは大体いると思って良いらしい。もちろん魔法使いのナスターシャなんかは、冬場でも貴族街などでの仕事が多いそうだが。魔法使いも大変だ。食いっぱぐれないのは良いことではあるんだが。

 

「あーモングレルさんお風呂入るんだー。いいなー、私も一緒に入ろうかなー」

「え。ちょっと、駄目だよウルリカそんなの。ゆっくりさせてあげないと。それに、僕らは夕食の準備しないと。当番なんだからさ」

「えー……だったらレオも私と一緒に入ってくれればいいのに」

「そ……そんなの駄目だってば。僕らはもう、そんな小さい頃とは違うんだから」

 

 今俺は一体何を見せられてるんだろうな……?

 まぁいいや。ウルリカとレオは夕食作り頑張ってくれ。

 

「じゃ、お湯いただきますわ」

「ああ。堪能すると良い」

 

 そういう流れで、俺は風呂場へ向かったのだった。

 

 

 

「うぉおおぁああ……良いお湯だぁ……」

 

 一通り身体を洗った後は、湯船にドボンだ。俺がくる直前にナスターシャが沸かしておいてくれたのだろう。風呂釜の中は既に熱いくらいの綺麗なお湯で満たされており、それはこの世界ではかなり貴重な贅沢である。

 いやぁ、魔法って本当に便利だよな……水を出すのも、湯を沸かすのも魔法で出来るんだもんよ……。まあ、都合よく水と火を使える魔法使いなんてそういないらしいけども……。

 

「やっぱサウナとは違うなぁ……」

 

 腕を擦ったり、顔を洗ったり。やっぱりそうしてみると、ただのスチームサウナとは大きく違うのがわかる。まぁ当然だけどさ。入浴と一口に言っても、蒸気とお湯とじゃ全然別物だしな。

 冬のバロアの森でやったソロキャンプでもサウナをやってみたが……まぁ確かに汚れを浮かせて洗い流すって意味ではそれでも良かったが、やっぱこうして大量のお湯に浸かるってのが大正義なんだよなぁ。

 

 もっと手軽にこういう入浴ができれば言う事無しなんだが……。

 レゴールの公衆浴場はなんだってこう、あんなにもおぞましい……うおお、想像しただけで吐き気がしてきた。考えるのはやめておこう。

 

「ボイラーなぁ、ボイラー……あまりそういう構造には詳しくねえからなぁ……案外ここの湯沸かし器と同じような造りだったりすんのかねぇ……うーん……」

「あの、モングレル先輩?」

「お?」

 

 顎先までどっぷりと湯船に浸かりながら考えていると、脱衣所の方から声がした。ライナだ。

 

「エールと鳥の人形持ってきたっス。……てかこれ、鳥いるんスか」

「あ、忘れてた。ありがとうなライナ。そこに置いといてくれ。……いや、今風呂がいいとこだからな……ちょっと開けて、中に入れといてもらえるか?」

「え……大丈夫なんスか」

「大丈夫、風呂に九割方浸かってるから見苦しいもんも見えねえよ。それよりエールはどうだ、ちゃんと冷えてるのか?」

「大丈夫っスよ、バッチェ冷えてますよ」

「おー、そりゃ良かった」

 

 扉が控えめに開いて、ライナが顔を出した。

 

「うわ、本当にどっぷり浸かってる……」

「風呂最高だわ……」

「……そこまで浸かってるならエールと鳥、そっち側に置いとくっスね」

「おーありがとうライナ……すげぇ助かるわ……」

 

 風呂釜の脇に置いて、そそくさとライナは退散した。

 冷えたエールをごきゅごきゅ……うめぇ……絶対に心臓とかそういうのに良くないんだろうけど、たまらんわ……。

 鳥も湯船に浮かせて……おお……。

 

「浮かねえ……」

「? どうしたんスか、モングレル先輩」

 

 まだ向こうにはライナが居たらしい。

 

「いや、鳥がなぁ……浮かせようと思ったら、頭が真下を向いてひっくり返っちまったんだよ。……駄目だこれ、普通に浮かないわ」

「死んだ水鳥の雛っスね」

「縁起でもねえよ……真下に重りでも詰めたほうがいいのかねぇ……いや、そこまで手を加えるほどの玩具ではないか……」

「あの、モングレル先輩。お風呂上がったら、一緒にご飯どうスか? せっかくだし、皆で話しながら食べたいっス」

「飯かぁ」

 

 普段はこういう所での食事は遠慮するのだが……せっかく誘ってもらえているんだし、たまにはごちそうになるか。

 

「わかった、いただくよ。何から何まですまねぇな。金払ったほうがいいか?」

「やったぁ。お金なんて別にいらないっスよ。ささ、お風呂上がったらご飯っス」

「長風呂はさせてくれぇ」

「あ、そっか……ゆっくり入って、出てきたら用意しとくっス」

「助かるぜぇ」

 

 暖かい風呂。冷えたドリンクのサービス。そして食事の支度。

 なんだここは……天国か? まるで旅館みてぇだ……。

 

「旅館か……春か夏になったらちょっとした旅行も良いな……いや、観光地なんてそう無いか……うーむ」

 

 久々に風呂を満喫した俺はこの爽快感が二日も持たないであろうことは理解しつつも、この風呂場に住むわけにもいかなかったのでキリのいいところで上がったのだった。

 

 

 

「最高だったぜ……」

「長風呂っスねぇ」

「もうご飯食べてるよー。ほら、そっちのライナの隣、モングレルさんの席だから」

「お、美味そうだな。いただくよ」

「根菜と鳥肉のスープにチーズパンだよ。パンは冷めないうちに食べてね」

 

 テーブルにはライナ、ウルリカ、レオ、ナスターシャの四人がいた。

 他のメンバーは今はいないらしい。ここまで少ないのも結構珍しいことである。

 

「そういえばライナから聞いたよー、モングレルさん。春になったらまたザヒア湖に行くつもりなんだってー?」

「おお、その話か。春になったらまた釣りでも良いなって思ってな」

「その話はシーナともしてな。“アルテミス”としても、旅行ついでに良いのではと言っていた」

「僕も一緒にザヒア湖で釣りがしてみたいな」

「おー、皆結構前向きなのな」

 

 以前にライナとザヒア湖の話をした。冬キャンでテントサウナが結構良かったぞって話もした。持って行く荷物がなかなかかさばりそうだぜ……。

 

「じき冬も終わる。ドライデンまでの護衛任務も多いだろう。そのついでに、湖で鳥を狙うというわけだ」

「釣りもしたいっス! ハイテイルいるかなぁ」

「大物釣ったらまた弓で仕留めちゃうー? ライナがまたスキル覚えちゃったりしてね! あはは」

「楽しそうだなぁ……僕は鳥を相手にできないから、釣りを頑張るよ。あ、モングレルさんの荷物が多くなっちゃうなら、僕も持つからね」

「おー助かるわ。さすがに今回の分はかなりの大荷物になりそうだからな……レオとかが手伝ってくれるならありがてぇ。……ところで、最近ゴリリアーナさんを見ないけど、彼女はどうしたんだ?」

 

 ゴリリアーナさんの話になると、ライナが目を輝かせた。

 

「ゴリリアーナ先輩はすごいんスよ! 最近貴族街でお仕事する機会が多くて! 剣術の訓練にお呼ばれするようになって……!」

「こーら。駄目でしょライナ、任務の詳細を話したらさぁ」

「あっ……っス!」

「っスか。なるほどなぁ……まぁ大体わかったよ。順調にやってるんだな?」

「うむ。シルバーランクのギルドマンとしては破格の待遇を受けているだろう。あるいは……彼女の選択次第だが、栄転もあるかもしれないな」

「栄転ね」

 

 栄転。ギルドマンにとってそれは、ほとんどの場合定職に就くことを指す。

 ギルドマンは根無し草のフリーターみたいなものだ。収入も安定しないし、何かと世間の風当たりだって強い。そこから任務先やら人やらに気に入られると、“こっちで働いてみないか”と誘われることもある。そうなると、ギルドマンを辞めてそっちへ……なんてことも珍しくない。

 

 だが話を聞く限り、ゴリリアーナさんの場合は……まさに栄転と呼ぶにふさわしい就職先になるのだろう。そんな気がするぜ。

 だって今の職場が貴族街なんだろ? そこから就職するとなると、まぁ何をするにしても良い仕事になるだろ。

 平の兵士ですらそこそこの高給取りだしな。

 

「だから、そうだな。ゴリリアーナがザヒア湖の旅行に来れるかどうかは、わからん。彼女のためを思うならば、優先すべきは旅行ではないだろう」

「だな。……もしゴリリアーナさんが来れなくても、土産はたくさん買っておかないとな」

「けどどうせなら、ゴリリアーナ先輩と一緒に行きたいっス……」

「ねー……ゴリリアーナさん来れないとなると、悲しそうな顔しそうだよねー……」

「うん、胸が痛むよね……」

 

 ゴリリアーナさんの悲しそうな顔か……。

 ……想像してみたけど、ごめん。ちょっと上手くイメージが湧かなかったわ……。

 

「……ああ、だが、他にも問題があったな。肝心のザヒア湖の環境だが、あまり見ない魔物が見つかったという話だ。冬になって、それからどうなったのか……」

「魔物? あの湖も広いから、そりゃある程度は水棲の魔物もいるだろうが」

 

 前なんかハイテイルなんてデカい魚の魔物までいたわけだしな。逆に魚類系の魔物だったら大歓迎だ。俺がまた釣り竿でフィッシュしてやんよ……。

 

「ザヒア湖で発見された魔物は、マーマンだ」

「……マーマンかよ……」

「水棲の、小柄なゴブリンのような魔物だね」

「泳げなさそうっスね……」

「えー……下手したらボートも厳しいんじゃない……?」

 

 おいおい、食えない上に湖での遊びも怪しくなってくるのかよ。最悪すぎるぞ。

 

「発見されたとはいえ、死体だけだそうだが。詳しい生態調査について、私の方にまで話が及んでな。その際は、どこかからか迷い込んだ個体で全滅しているだろうとの話だったが……古い情報だ。既にドライデンのギルドマンが調査に入っているだろう。私達が現地に向かう頃には、解決している公算は高い」

「落ち着いて遊べると良いんスけどねぇ……」

 

 ザヒア湖の魔物、マーマンか。

 ……すっげぇ危険ってわけでもないが、水遊びしてる時には居て欲しくない魔物だな……。

 

 ……念のために下調べをしておこう。いざ現地に着いてから湖付近で遊べませんでしたじゃ困るからな。

 




「バスタード・ソードマン」の評価ポイントが110000を越えました。
いつも当作品をご覧いただきありがとうございます。
これからもバッソマンをどうぞよろしくお願い致します。



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慎重を期して

 

 冬の間でも街と街の間で人の往来はある。

 当然だ。雪と言っても日本でいう東北とか北海道みたいなドカ雪が積もるわけでもない。その気になれば行き来はできるのだ。

 ただ、馬車の行き来は路面状況によって結構厳しくなるし、頑張ればいけるとはいえ相応にキツいのは変わらない。馬も長く寒い環境にいるのが厳しい品種もいる。行動範囲を広げないことが吉なのは変わらないのである。

 それでも少人数で往来する連中はいるので、遠くの情報を聞く時にはそいつらを捕まえるのが間違いない。

 

 さて。俺が欲しい情報はドライデン方面の噂だ。

 こういう噂話をキャッチするなら護衛から帰ってきたギルドマンを酒場で捕まえて“おう、向こうの湖の様子どうだったよ”と聞くのが一番なのだが、そう都合よく湖の情報を持ってる奴がいるとも限らない。その情報が正確かも微妙なところだ。

 だからって自分の足で現地に行くのは面倒だ。じゃあどうすればいいか。

 

「ラーハルトさん、依頼出したいんだけど良いかい?」

「はい、モングレルさん。今は大丈夫です。向こうの別室で伺いましょう」

 

 依頼を出して情報を持ってきてもらう……それが一番だ。

 

 

 

「ふむ。ザヒア湖の魔物に関する調査ですか。確かに、噂には聞いています。マーマンが出没することはほとんどない地域なのですが」

 

 受付のラーハルトさんは生真面目な人だ。

 俺みたいな木端ギルドマンの言うことでも真面目に向き合ってくれるのでありがたい。

 

「春の早い時期にそこで数日キャンプする予定なんすけどね。あらかじめ安全性がどんなものかを知っておきたいんすよ」

「となると調査、というほど本格的なものではないですよね」

「そこまで金は払えないなぁ。でもどうせ湖の中だって、ある程度はギルドも独自に調べてるんでしょう、こういうの」

「ええ、もちろんです。魔物はまずギルドの領分ですから。ただ冬季は……向こうでもさすがに、手の込んだ調査はしないでしょうね。春が近づいてからになるかと思います」

 

 冬の湖をダイビングして調査なんてそりゃ厳しいだろう。サウナおじさんじゃあるまいし。

 

「調査項目の一つとしてドライデンへ届けておきましょう。マーマンの有無、そしてザヒア湖周辺の軽微な安全確認。春の定期報告で調査結果が返ってくるように計らいましょう。となると……そうですね、この調査が一点、これが一点……元々ギルドが行う調査と食い合う部分も多いですから……費用はこの程度となります」

「少なっ」

「何かしらの調査の片手間で行えるものですからね」

 

 ザヒア湖でマーマンと出くわしたりはしたくない。

 かといって最初から諦めるのは嫌だ。けど向こうに着いてからマーマンだらけでしたってのも困る。

 旅行前に結果が来るよう調べておくのは大切だぜ。……まぁ多少いるくらいだったら討伐ついでに強行するけどな!

 

「仮に春にマーマンが残っているようでしたら、モングレルさんに討伐をお願いすることになるかもしれません」

「マーマンかぁ……湖の底にいたとして、剣の届く距離にいてくれるかなぁ」

「どうでしょうか……水中だとして、泳げばあるいは……?」

 

 真面目に考えてくれるのはいいけど、ラーハルトさん。これは冗談だぜ。

 

 

 

 マーマンはゴブリンの変種と言われている。

 そもそもゴブリンは変異しやすい種族と考えられており、その変化形態がマーマンであるとか、サイクロプスであるとか、オーガであると言われているのだ。実際にどうかは定かでないが、ゴブリンの神出鬼没っぷりを考えるにあながち間違ってもいなさそうである。

 だがマーマンはその中でもかなり希少というか、タイプの違った部類になるだろう。

 基本的に水中での活動を主としており、水気の少ない地上での活動はかなり苦手だ。ゴブリン以上に賢くはあるが身体は小さく、手足にはヒレがついている。……いやこいつやっぱゴブリン関係ない種族かもしれん。別種だろ多分……。

 

 海沿いの地域なんかだと、特にマーマンは嫌われている。網を破ったり、船を襲ったりするからだ。マーマン以外にもたくさんの厄介な魔物が海にはいるが、マーマン共がその一角を担っているのは間違いない。

 だが奴らの真価というか厄介さはアステロイドフォートレスといった大型の魔物と同時発生することで発揮されるので、単体ではさほど脅威にはならない。

 水中でも一対一なら負けることはないだろうが、アステロイドフォートレスはなぁ……。

 ……リュムケル湖の方で発生してたとか前に聞いたけど、それは大丈夫だったんだろうか……。

 

 ……今マーマンについてあーだこーだ考えすぎても無駄か。

 春になればわかることだ。それまでは普段通り過ごしていることにしよう。

 

 俺はギルドマン。ブロンズとはいえ、ベテランなんだ。

 何ヶ月も先に出会うかもしれない程度の小賢しい魔物なんて、気にする必要はない。ギルドにも調査は要請したし、最善は尽くしたんだ。後は結果を待てばいいだけのこと。

 

 どっしり構えてりゃ良いんだ。どっしりとな……。

 

 

 

「うおっ!?」

 

 夜。宿の自室で眠っていると、大きな物音で目が覚めた。

 バキッと、何か硬いものが折れるような音。金属のような……すぐ外の廊下から聞こえてきた。

 

「なんだなんだ」

「チッ」

「あ」

 

 何事かとドアを開けてみると、どう見ても客には見えない怪しげな男がそこに立っていた。

 フードを被って、手元にはピッキング用らしきツール。間違いない。盗人だ。

 

「なんだあの鍵穴は、ついてねぇ……!」

「待てこら! テメェ盗みに入っただろ! 逃がすかよ!」

「うおっ!? なんだこいつ、速ッ……!?」

 

 足の速さには自信があったのだろう。部屋から出てくる俺を見ても男は焦った様子はなかったが、俺がとんでもないスピードで追いかけてくるのを見て血相を変えた。

 だが遅い。俺は身体強化を込めれば初速も結構なもんなんだぜ!

 

「ぐえっ」

「確保ォ!」

 

 二階からバタバタと降りて宿の外までは出てしまったが、宿の正面口辺りで無事に犯人を取り押さえることができた。ざまぁみさらせ。俺の部屋を狙ったのが運の尽きだったな。

 騒々しくやったからか、宿の中からも女将さんの声が聞こえてきた。

 夜ではあるがこうもバタバタと人の気配が増えると、もう逃げ切ることもできまい。

 

「……降参だ。クソッ」

「潔いってのは美徳だな。ついでに、なんで俺の部屋を狙ったのか聞かせてもらおうか」

「……ふん…………いでっ、いででで!? や、やめろ! 捻るな! わかった言うから!」

「潔いってのは美徳だな」

「クソ、たまたまだよ! たまたま一番奥の部屋の扉だけ高級そうだったから、金目のものがありそうだから狙った! それだけだ!」

「……あー」

 

 扉か。なるほど。そういう判断基準もあるのか……。

 スコルの宿の俺の部屋だけは、俺が日曜大工で色々と弄ってあるからな……扉なんかは錠前も特別なやつに変えてある。変なピッキングとかで不用意に開けようとすると、仕掛けが外れて中で重い金属棒が落ちてくるようになってるんだ。ピックが壊れたのもそのせいだろう。物音もするので、それで俺が気付けたのだ。

 

「あら、モングレルさん! この人泥棒!?」

「そうだよ、俺の部屋狙ってたんだ」

「あらまー馬鹿ね! モングレルさんの部屋なんて狙って! まともな物なんて一つも置いてないのに!」

「それな。いや、それは言いすぎだぜさすがに。俺なりのお宝は多いんだよ一応」

「……クソッ、しかも外れ部屋かよ」

 

 男は忌々しそうに首を捻り、俺を見上げ……がっくりと項垂れたのだった。

 

 

 

 俺の部屋を狙った男はそのまま衛兵にしょっぴかれた。現行犯なのでこっちが深く追及されることもない。前世の日本だったらもうちょっと細かく俺らの証言とかそういうのも聞かれるんだろうけど、その点ハルペリアは緩めで楽ではある。冤罪を被せられたりしていない間は少なくともそう思えるものだ。

 やれやれ。時間も時間だし、終わったらまた眠気がやってきたぜ……。

 

「……あー、くっそ、あの盗人野郎め。鍵穴壊しやがって……これ直すの面倒だぞ……」

 

 俺の部屋は特注の鍵だってのに……くそ、駄目だ。暗くて今この場じゃ直せる気がしねえ……。

 セキュリティ面がいいけど、防犯機構が作動した後の処置どうすりゃいいんだ……。

 

「……はぁ……鍵無しで寝るしかねえのか……」

 

 結局この日の夜、俺は自分の部屋に鍵をかけずに寝ることになった。

 一応、いつどんな理由でガサ入れをされても大丈夫なように部屋の置物は工夫してはいるのだが……それでもセキュリティレベルが大きく下がった扉を意識しながらの睡眠は、あまり質が良いとはいえないものであった。

 

 幸い、あの男以降招かれざる客がやってくることはなかった。朝陽の昇った外を見て一安心である。

 

 ……ああ、やだやだ……。

 森の中で野営するよりも鍵のかかってない宿の方が安心できないなんて、文明的じゃねえよなぁ……。

 全くどっしりもしていない……。

 




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男だらけのキノコ狩り大会

 

 旨味が欲しい。

 これは、単純に美味しいものを食いたいという欲求とは少し違う。

 

 旨味とはつまり……昆布とか魚介類とか、キノコとか……そういった特定の食品に含まれている成分のことである。旨味調味料なんかがまさにそれだな。わかりやすく表現するなら、出汁と言っても良いだろう。

 

 しかしハルペリアにおいて、旨味の強い食材というものはそんなに多くない。

 鰹節なんて聞いたこともないからな。似たような干物はあっても、さすがに鰹節は無かった。フィンケルプ(ヤツデコンブと呼んでた海藻)などはあるにはあるが、こいつもさほど流通量は多くなさそうだ。

 今に始まったことでもないのだが、流通がトロくて保存技術もショボい異世界では特定の珍しい何かを欲しがった時に壁にぶち当たる。歯がゆいもんだぜ……。

 

 しかし、ここレゴールでもわりと簡単に入手できる旨味豊富な食材は存在する。

 それこそが、キノコだ。

 

 

 

「ウルリカ……キノコに興味はあるか?」

「え……えっ!?」

「キノコ、食べたくないか?」

「ど、どう……どういうキノコ……?」

「そりゃあもう、とびきり旨いキノコさ……」

「へ、へぇー……」

 

 ギルドで暇そうにしていたウルリカを見つけた俺は、早速声をかけた。

 今回はウルリカがいたほうが間違いなく捗りそうだからな……。

 

「ウルリカも詳しいんだろ? キノコのこと」

「えー……うん、まぁ……詳しい、よ……?」

「おお、さすがだな……じゃあ、どうだ。これから二人でバロアの森でも行かないか?」

「二人きりで……? ……ふーん、わかった……じゃー、行こっか……」

 

 話が早くて助かるぜウルリカ……。

 それじゃあ、一緒に楽しむとしようじゃないか。キノコ狩りをな……。

 

 

 

 冬の終わり。こんな時期にキノコが生えているのかっていうと、実は生えている。

 もちろん秋ほどポコポコ生えているわけではないのだが、特定の種類はしっかりと冬の寒さに耐えている。まあ、それでもいたるところに生えているわけではないので、そこそこ頑張って探し出す必要はあるのだが……。

 

「さあ、バロアの森で食えるキノコを探すぞ!」

「あ、本当にキノコ探すんだー……」

「いやキノコ食うから一緒に行こうぜって話しただろ」

「うん、したねー。その通りです……」

 

 二人でバロアの森へとやってきた。まだちょっと雪が積もっているが、この方がむしろ都合が良い面もある。

 ウルリカの装いは冬装備だ。武器もあるので、万が一魔物が現れても心配はいらないだろう。冬は魔物と滅多に遭わなくなるとはいえ、準備を怠ってはならない。

 

「それでー? 食べられるキノコを探してるんだっけー。となるとあれかなー……この時期だし、ジェリールームかなー?」

「お、さすが良く知ってるな。そう、そのジェリールームを採りに来たんだ」

 

 ジェリールーム。それは寒い時期にのみ生えてくるキノコだ。

 浅い雪や霜を突き抜けて、白くてテラテラした質感の傘を開く。傘と繋がる柄が数本、あるいは十数本に分岐している姿から、森のクラゲと呼ばれている。それってただのキクラゲなんじゃねーかと思うが、生える場所は木ではなく土である。

 さっき説明した通り見た目が特徴的なものだから、他のキノコと間違えることはない。そして嬉しいことに食用にできるキノコだ。食感はプリプリしており、歯ざわりが滑らかで様々な料理に使える。お前やっぱりキクラゲだろ。

 

「スープにたくさん入ってるのがまた旨いんだ。キノコの旨味ってのは馬鹿にできねえよな。キノコと塩だけで最高のスープになってくれるしよ」

「まあねー。……けどさー、モングレルさん。採った後のことばかり考えてるけど、ジェリールームはそう簡単には見つからないよー?」

「……まぁ、そこはほら……ウルリカの観察眼でな」

「私だってジェリールームを探すのは大変なんですけどー」

 

 そう、ジェリールームを見つけるのは非常に難しい。

 雪や霜の上にしか生えてないくせに、色が真っ白というのがまずひどい。視認性がカスである。パッと白っぽいところを探しても一目では全くわからない。ジェリールームかなと思って触ってみたらただの雪が積もった下草だったなんてことも普通にある。自生する数そのものもあまり多くないこともあり、食用にできるキノコなのに出回る数は少ないという食材なのだ。……あと、やっぱキクラゲっぽいせいなのか、旨味も驚くほどではない。ちょっと物足りねえんだよな……。

 

「だから今回、ウルリカには他のキノコも探してもらいたいんだ」

「えー……まあ、冬とはいえいくつかは当てがあるけどさー。そっちはたまーに毒があったりするから、安全じゃないよ?」

「……今回は目を瞑る! 毒だったらそれはそれで仕方ない!」

「なんでそんなにキノコ食べたくなってるのモングレルさん……」

「俺の味覚が求めてるんだ……」

 

 キノコはほとんどカロリーのない食材だ。正直、キノコで腹を満たすということはどれだけ山盛りにしても難しいだろう。

 そしてこの異世界において、キノコというものは“毒があったりなかったりする食材”として認識されているところがある。

 というのも、ジェリールームのように他に見間違えるものがない種類の場合はそこそこ受け入れられているのだが、他のキノコと見間違えたりするような種類になると、取ってきたは良いものの毒に当たったりするわけだ。そういうこともあって、“毒があったりなかったりする”という奇妙な認識が広まっている……のだと、俺は思っている。

 実際、ネットが発達した前世であっても、素人がキノコを採るのは大変リスキーなことだとされている。キノコの見た目は段階によって大きく変化するものもあるし、似たような姿になるキノコも多いからだ。安全にキノコを味わうには深い知識が必要なのである。

 

 カロリーも多くない。ビタミンもまぁそれなり。下手したら腹を壊すし、運が悪ければ死んでしまう。リスクばかり大きくてリターンの少ない食材。それが異世界におけるキノコといえよう。

 それはわかった。それをわかった上でだ。

 

「俺の味覚が……! キノコの旨味を求めてるんだよ……!」

「わ、わかった! わかったってばー、もぉー……しょうがないなぁ……良いよ。他のキノコも探してあげるから」

「ありがとな! 助かるぜ!」

 

 そんなわけで、俺とウルリカによるキノコ狩りが始まった。

 

 

 

「ジェリールームどこだぁ……これか? ……雪だ」

「こっちは日当たり強くて難しいかなー……向こうの木陰とかかなー……」

 

 葉も落ち、下草もほとんどない。そんな中では目に付くものも限られているので、探す作業もそこまで難しくはない。ただひたすら雪から食えるものを探そうとしているので、虚無感はすごいけどな……。

 

「あっ、やっぱり見つけた! モングレルさん、一個あったよー!」

「おお! でかしたウルリカ! 小さめだけどまぁ良しだな!」

「ちっちゃーい、かわいー。プルプルしてるー……じゃあこれ、袋にしまっちゃうねー」

「袋一杯にして帰りてえな」

「うーん、できるかなー……」

 

 ちょっと移動して捜索。ちょっと移動して捜索。その繰り返しだ。

 日陰がちで、薄暗くて残雪の多い場所が見つけやすそうだ。

 しかしあまり雪が深いとジェリールーム自体が雪に埋もれて見えない場合がある。そうなると探しようがない。面倒なキノコだぜ本当に……。

 

「あ、また隠れてるの見つけたー! へへ、逃さないよー……」

 

 そしてさっきからずっとウルリカだけキノコを発見している。

 俺はキノコっぽく盛り上がっている雪の塊をいじってるだけのおじさんと化していた。

 

 ……なにか、なにか役に立たなければ……自分から誘った手前、ただの雪いじりおじさんで終わるわけにはいかねえよ……。

 

「あっ! ウルリカ見ろこれ、別のキノコあったぞ!」

「えー……っと、それなんだろう……」

「知ってる?」

 

 木の根元にぽつんと生えていた茶色い無個性なキノコを見て、ウルリカは首を捻った。

 傘の裏側を確認してみたり、表面を爪で引っ掻いてみたり……そうして色々調べるうちに、納得したのかウルリカは頷いた。

 

「うん、毒だねー。ダストルームかなー」

「毒かよ!」

「引っ掻くと紫色になるから、多分ねー。けど、毒は毒で調合で使えるかもしれないし、持って帰るよ。ナスターシャさんに色々質問しなきゃ」

「勉強熱心だなぁ……」

「えへへ、でしょー?」

 

 もはやウルリカは毒でも食用でもなんでも採取するってことか。だったら俺も適当なキノコを見つけまくれば良いな。

 いやでもできれば食用キノコを見つけてぇわ。

 

 

 

「これは違う、これも毒、向こうに生えているのは……」

「おっ、向こうのは……見間違いか。ただの綺麗な白い花だった……」

「あ! 私ジェリールームみっけ!」

「ぐっ……またウルリカが見つけたか……! ふざけんな、そんな白いとこばっか探してらんねえぞ……!」

 

 二時間ほど探し続けて、キノコは幾つか集まった。

 ジェリールームもほどほどに。俺も小さいのをなんとか一個見つけられたが、ウルリカはその十倍は見つけている。圧倒的なスコア差だぜ……。

 

「モングレルさん観察眼が足りてないなー……ざこ♡」

「このガキ……! いや足りてないのは認めるしかねえけどさ、土のとこで普通のキノコ探してるとどうしても雪の上とか見なくなっちゃうんだよこれ」

「あー、ちょっとわかる」

 

 やっぱりキノコ狩りは冬にやるもんじゃないのだろうか……。

 秋だったらもっと生えているし、そういう時にしっかり選別して採取しておくのがベストなんだろうけども……くそぉ、まだだ、まだどこかにキノコが……。

 

 ……ん!?

 

「この朽木……空洞になった中で、何かあるぞ!?」

「え、なにそれ」

 

 その枯れ木が目についたのは偶然だった。立ち枯れてガサガサになった折れた樹木……。その空洞の内部に、何か大きなシルエットが見えたのである。

 横から見ただけではわからない、上から空洞を見下ろして初めて発見できる……そんな場所に、奴は居た。

 

「なんか……なんか名前知らないけどでっかいキノコ入手だぜ!」

「うわ、すっご……ナニそれ……」

 

 空洞にあったものを根本から千切って取り出してみると……それは、二十センチ以上はあろう長さの茶褐色のキノコであった。傘は半開きの蕾のような状態で、柄の部分はバキバキに太く、手首くらいある。傘が開いたら一体どれほどの直径になるのだろうか。

 

「どうだ見てみろウルリカ! わかるかこいつが!?」

「な、なにこれぇ、大きすぎでしょ……ね、ねえモングレルさん、ちょっとこれ触らせて……?」

「おう、しっかり確認してくれ」

 

 ウルリカは謎の巨大キノコを恭しく手に取って、隅々までじっと眺めた。

 時々半開きになった傘を指で捲ってみたり、柄の部分に軽く爪を立てたりして……ゴクリと喉を鳴らした。

 

「これ……レッドムーンルームだと思う……」

「おお! 高級キノコじゃねえか!」

 

 レッドムーンルームは俺でも知っている。薄暗い環境でしか育たないお高いキノコだ。味は良く、スープでなら俺も飲んだことがある。

 まさに今の俺が欲しいタイプのキノコだ……!

 

「すっごい……こんなサイズ見るの、私初めて……形も綺麗だし……美味しそう……」

「どうだウルリカ、わかったか。これがベテランギルドマンの実力ってもんよ……もう雑魚なんて言わせねえぞ!」

「ぐっ……こ、こんなに大きいの、勝てるわけないじゃん……!」

 

 やれやれ、生意気な後輩をまた一人わからせちまったか……。

 

「……じゃあ量も質も良いのが集まったし、そろそろ街に戻るか。ウルリカ、帰ったらお前にも旨いキノコ料理奢ってやるぞ!」

「え、ほんと!? やったー! 美味しいの作ってね!」

「当然よ……旨いもの食うためにわざわざ冬の森を歩いてたんだからな……」

 

 さて、レゴールに戻って飯を作るか。

 旨味の強い料理が待ってるぜ……。

 




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和風っぽい旨味のスープ

 

 大量のキノコを持ってレゴールへと帰ってきた。袋の中には各種キノコがゴロゴロしているし、それなりの重さも感じるのだが、こいつら全てを食ったところで摂取カロリーはたかが知れているのが悲しいところだ。まぁ、食料の豊富なレゴールではカロリーよりも味の方が重要かもしれない。俺にとっても味のほうが重要だ。味が全てだ。味は全てに優先する……。

 そんなわけで、久々に屋外調理場でメシを作るとしよう。

 

「モングレルさんがキノコを食べたいのは聞いたけどさー。結局どう料理するんだっけ?」

「スープだな。味付けは塩だぞ」

「あれ意外。いつももうちょっと手の込んだもの作るのに」

「今日の俺はキノコの旨味に殴り倒されたい気分なんだ。だから他の味付けはなるべく排除して、じっくり旨味を取ったキノコのスープを作る。……まぁ、それだけだと腹は膨れないからな。パンくらいは用意しておくか」

「お肉とか入れない?」

「入れたいなら良いぞ。鶏肉くらいなら良いんじゃないか」

 

 そういうわけで、一旦各々買出しに。

 メリルさんのパン屋で味も素っ気もない硬いパンを二本ほど購入した。

 鶏肉は近くの市場では売っていなかったのだが、ウルリカがクランハウスの氷室に保存してあった肉を持ってきてくれた。ありがたいことである。

 

「レッドムーンルームがあるって話したら、ライナも食べたいってさー」

「ゴチっス」

 

 そして食う人数が一人増えた。おいおい。俺とウルリカが頑張って集めたキノコだぞ。ライナといえども、食う時だけ参上ってのはどうなんだ。

 

「ライナお前な。こういう鍋はな、狩りに参加した奴に振る舞われるもんなんだぜ」

「最後のキノコがなかったらモングレルさんほとんどゼロだったじゃん……」

「あ、この鳥の肉私が獲ってきたやつっスよ」

「マジか、だったら良し!」

「わぁい」

「ライナはこまめに獲ってくるから偉いねー。これなんの肉だっけ?」

「アッシュバードっス。厩舎に住み着いてた奴を仕留めたんスよ」

「ああ、これアッシュバードか。食ったことねえや」

 

 アッシュバードは家畜の餌をついばんだり糞で汚したりする迷惑な小鳥だ。

 サイズ感はハトよりも少し小さいくらい。食えることは知っていたが、美味いと聞いたことはない。

 まぁ、キノコの旨味を邪魔するほどの個性もないならむしろ好都合かもしれん。その方が純粋な旨味を楽しめるからな。

 

「とりあえず鍋に水を張って、適当に切ったキノコをぶち込んでいくぞ」

「わぁ、これがレッドムーンルームっスかぁ。他にも色々なキノコがあるんスねぇ」

「あ、そっちのは調合で使う毒キノコだから触っちゃ駄目だよー?」

「ヒエッ」

 

 キノコ相手に面白リアクションを取っているライナはさておき、鍋に水を入れて最低限の準備は完了だ。

 これからこの水が全て旨味で染まることを思うとテンションが上がってくるぜ……。

 

「パッと見た感じ、よくあるスープの作り方っスね。……おー、ジェリールームいっぱいあるっス。美味しそう」

「くんくん……すぅー……はぁあ……このキノコ……大きさもだけど、匂いも最高……ねぇモングレルさん、これどうやって切る?」

「それなんだよな……レッドムーンルームもここまでデカいとセオリーが通じないっつーか。まぁ、口に入る程度のサイズにカットしていけばいいだろ。野菜と同じようにやっていけば良いんじゃないか。傘はケーキを切り分ける感じで」

「ケーキを切り分けるなんて例え方初めて聞いたっス」

 

 ちょっと大きすぎるエリンギを切るような感じにレッドムーンルームをカットする。キノコは素直に切れるから楽でいいぜ。物によってはそもそも切らずに千切ったっていいんだけどな。

 

「あとは適当に材料と塩入れて……待つ!」

「簡単っス。これなら私でも作れそうっスね」

「安い食堂とか宿屋の飯なんかはこんなもんだしな。けど、今回は美味い高級キノコが入ってるんだ。質素な作り方だが、味は期待できるぞ」

 

 とはいえ、キノコの味を引き出すためにしばらくは放置だ。

 じっくりコトコト煮込まなければならない……。

 

「けどキノコなんて危ないもの食べるんスね、モングレル先輩」

「俺か? 俺は美味かったらなんだって食うぞ」

「いや、なんかこういう毒のありそうなものはそこまで食べないイメージあったんで……」

「あーちょっとわかる」

 

 二人してうんうん頷いてるけど本人である俺が一番ピンときてないやつか?

 

「そんなこと言ってもな……毒っていうなら酒だって毒みたいなもんだろ」

「えー! 酒は身体に良いっスよ! ほぼ薬っス!」

「……私はどっちかというとモングレルさんの方に賛成かなー。ライナは飲み過ぎ」

「そうだぞライナ。シルバーランクになって稼げるようになったからって、酒ばっか買って飲んでるんじゃないだろうな?」

「いや私のことなんだと思ってるんスか! そこまでは……あんまり……使ってないっス!」

 

 本当かぁ? ……まぁこの様子だとライナも“アルテミス”のお節介な面々から言われてるだろうし、あえて俺から言ってやることでもないか。

 そもそも俺より酒に強い奴に身体に悪いだの言っても説得力はないしな……。

 

「……よし、そろそろ鍋も良い感じだろ。どれどれ……うおっ、すげぇ匂い」

「おー……蓋開けたらキノコのこう、独特な匂いがしてきたっス」

「うわ、くっさぁ……けどこれ、結構クセになるかも……」

 

 今回のスープはキノコが主役なので、一応肉と根菜もちょっと入っているが、ごちゃごちゃするほどは入れていない。だからこの複雑な匂いもキノコが醸し出しているものなのは間違いないが……やっぱ独特だ。香りだけなら舞茸っぽい感じがする。

 

「いい匂いも凝集されるとこんな匂いなのかもな。よし、じゃあ早速飲んでみるか……塩足りなかったら後で足していくからな」

「あざーっス」

「どれどれ、どんな味がするのかなー……」

 

 三人揃ってスープをよそい、まずは一口。ゴクリ……。

 

「わぁ……匂いのクセは結構強いっスけど、それ以上に濃厚な味がして美味しいっス!」

「美味しいー……こう、味のね、濃さが……うん、良いよこれ!」

「……」

 

 ゴクリゴクリ……ゴクリ……。

 

「なんかモングレル先輩めっちゃ無言で飲んでるっス」

「……お気に入りなのは伝わるねー」

「っスね。あ、根菜も味が沁みててうまぁ」

「ほんとだー」

 

 キノコ……お前は素晴らしい……。肉や魚で出しても満足することのなかった旨味成分が、なぜだろうか。キノコからはグッと出てくるというか……。

 美味いぜ……日本には絶対にいるはずのないキノコなのに和風出汁っぽく感じるのも良いな……ああ、今度昆布出汁と一緒に合わせてみてぇなぁ……。

 

「ふぅー……やっぱ人生の半分はキノコだな……」

「前モングレル先輩の人生の半分がエビだって聞いたんスけど」

「じゃあもう人間じゃなくない?」

「エビキノコ……良いな。心躍る響きだ……アヒージョにしたい……」

「……いつになくモングレル先輩が感じ入ってるっス」

「うーん、まぁ確かに美味しいスープだけど……もうちょっとお肉ある方が好みかなー。三人でアッシュバード一羽は少なかったかもねー」

「アッシュバードを狙い撃つのは大変なんスよ……」

「小さいし、いる場所も場所だもんねー……」

 

 おでんに入っている大根が輪切れ一つだけで驚くほど高価だが、大根を食わずしておでんは成らない……それが俺の持論だ。

 味のよく染みた根菜は、それだけで美味い。このスープに入っているラディッシュも、普段はカチカチの固くて繊維質な厄介野郎ではあるが、旨味がしみしみになっているとこう、一気に素晴らしいものに変わってくるな……。

 そしてコリコリしたジェリールームの食感もまた楽しい……。ブヨッとした肉厚の傘が特に素晴らしい。中華スープとかでも合いそうな食感だ。

 

 ……今が冬ってのも良かったな。冬に飲む温かなスープはそれだけで特別に美味い。

 

「だから、“照星(ロックオン)”は無風の場所ならわざとバイタルを外したってさぁー」

「いやースキルがあってもさすがにそこまで冒険するのはどうなんスかねぇ……難しいっスよぉ……」

 

 ……そう、束の間意識がグルメ作品の空間に送られる程度にはすげぇ美味いと俺は思っているんだが……何故か二人の反応は“確かに美味いけど……”って感じがするな。

 

 まぁこのあたりは、勝手に和風っぽい出汁の雰囲気を感じ取っている俺が温度差を作っているだけなんだろう。

 ……感涙一歩手前くらいには美味いんだけどなぁ。

 

「乾燥キノコもたまに市場にあるらしいんだよな……今度はそれ買ってみるか……」

「あーやめといたほうが良いよー? ああいうの時々毒入ってたりするからさー」

「らしいっスね。毒が入ってるかもしれないって考えたら、楽しく食事はできないっス」

 

 ……やっぱり異世界のキノコ事情は厳しいぜ。




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春目前の力仕事

 

「モングレル、一つ仕事を頼まれてくれるか」

 

 ギルドでクラゲの酢の物を食べていると、ジェルトナ副長が笑顔で声をかけてきた。肩まで叩かれた。間違いない。面倒事だろう。

 

「嫌な予感がするなぁジェルトナさん。なんですか仕事ってのは」

「良く聞いてくれた。まあ、難しい仕事ではない。大人数でやる力仕事でね、ちょっとばかし人数が必要になるんだ」

「……個室で話したほうが?」

「いや、それほどの仕事じゃない。詳しく話そう」

 

 本当かぁ? いや疑っても良いことはないんだけどさ。

 なんか最初の笑顔が胡散臭いんだよな。ただの力仕事なのかよ。

 俺の気も知らず、ジェルトナさんは穏やかに微笑みながらテーブルの対面席に座った。

 

「任務は高級家具用の材木回収だ。バロアの森の指定地点まで行って、人力で街道まで運び出してもらう。後は荷車の仕事になるだろう」

「あー……森に潜って、材木を拾ってきて街道にポイして終わり? そりゃ簡単な仕事だなぁ……」

 

 アイアンクラスの連中に斡旋したい任務だぜ。もしくは林業やってる人らに任せたほうが良いかもな。その方が不思議なくらい効率的にやってくれるだろう。まるでギルドマンの仕事じゃないみたいにな。

 

「なんでそんな仕事をわざわざ俺に、って顔をしているな、モングレル」

「ははは、してないっすよ」

「さっきも言ったがその材木というのが高級家具用のものでね。大きな家財を一つの材木から削り出して作る関係上、通常のものではない極めて大きな樹木を伐採する必要があるわけだ」

「……デカい樹木……それって」

「まあ、バロアの大樹だな」

 

 なるほど、それは確かに大仕事だ。疑問が氷解した。

 

「バロアの大樹を必要としているわけですか」

「そうだ。モングレルも知っての通り、バロアの大樹ともなるとなかなか近場にはない。いや、以前はそういった需要のために残していたのだがね、近年の急激な木材の需要と開拓のおかげで色々あり……」

「切っちゃったわけだ」

「ま、そうなる。……バロアの木も成長が早いとはいえ、近年のレゴールでは材木などどれだけあっても足りない。炭焼小屋も幾つも増設したし、郊外の木工所まで出来ている。近場の目ぼしい木は全て伐採済み。……残念だが大樹ともなると、少々森の奥まった所へ行くしかないのだ。何より、バロアの木は森の主にある程度近くなければ成長速度も著しく落ちる」

 

 バロアの木は成長が早い。年輪が冬ごとに節ができるのではなく、ひと月ごとに年輪が生成される。月輪っていうとまた違う言葉になるからなんて呼んだら良いのかわからんけど、まあ年輪でいいだろう。

 つまり成長速度が単純に普通の樹木の十倍以上。それがバロアの木だ。レゴールがこの樹木をありがたく活用しているのも頷けるというものである。

 まあそんなに成長の早い樹木なもんだから、バロアの森の奥地に行くと立派な大樹がそこらへんに聳え立っている。確かに、あれほど化け物みたいなサイズの大樹があれば良い感じの家具も作れるだろう。

 

 しかしバロアの木は他の樹木よりも重めであり、それが大樹サイズともなればそりゃもうとんでもない重量になるわけで。

 それを森の奥から人力で運ぶとなると……うん、力自慢が必要だな。

 

「春が近いから、魔物の姿が見えてもおかしくない。というより、林業をやっている連中は多少は出ると言っていた。大木を運んでいる途中で魔物に襲われてはひとたまりもないだろう」

「で、俺かい」

「ああそうだ。襲われても跳ね除けられる実力者が欲しいんだ。……本当はもっと早めにやりたかったんだが、冬は色々と事情があってね。この時期までもつれ込んでしまったのだ。だが、ギリギリ今の時期までならどうにかなる。賃金は弾むから、モングレルも是非参加してくれ」

「そういうことなら喜んでだぜ、ジェルトナさん」

 

 護衛とかそこらへんの退屈な仕事は気が進まないが、力仕事ならありがたい。春のザヒア湖旅行に備えて金も欲しいし、受けてやろう。まぁジェルトナさん直々に頼まれていたらそもそもやるしかないんだけどな。良い返事をしてやるか、ブーたれながらやるかの違いでしかない。

 

「よしよし。既に大樹の伐採は完了しているから、あとは力自慢で運ぶだけだ。モングレルの他にはディックバルト、アレクトラ、ルラルテ、マシュバル、ロレンツォ、ゴリリアーナ、イーダ……まあ、色々声をかけている。他にも豪華な面々がいらっしゃるぞ。魔物も出るとさっきは言ったが、これだけのメンバーなら心配はいらないだろう」

「おお……すげぇメンバーだ。……戦争に行くわけじゃないよね?」

「馬鹿、そんなことするわけないだろう」

 

 いやなんかもう近距離パワータイプばかり集めるから何事かと……。

 しかしメンツがやべーよ。ていうかゴールドランクもそんなに動かしちゃって大丈夫なのか。高級家具のための材料っつっても人件費で足出ないかそれ。それとも俺の想像する家具よりずっと高級なのか……。

 

「とにかく、仕事は明日からだ。東門の馬車駅で待っていれば、現地行きの専用馬車が待っている。頼んだぞ、モングレル」

「……やっぱりなんかその笑顔、引っかかるんだよな……」

「頼んだぞ?」

「わ、わかった。わかりましたっての。なんか怖いからやめてくれ、その念押し」

 

 実際のところ、俺の勘は当たっていたようで……。

 

 

 

 翌朝、東門近くの馬車駅に顔を出したら全てを理解した。

 

「やぁ」

「……アーレントさん、なんでこんなところにいるんだい……?」

 

 デカい荷馬車に寄り掛かるようにして、アーレントさんがスタイリッシュに立って待っていたのである。

 あんた外交官なのに良いのかよって思ったが、隣にはまた知っている顔が付き添いのように立っているので、きっと大丈夫なのだろう。……本音を言えば全力で知らんふりしたい相手なのだが、さっきから向こうが嬉しそうな顔で手を振ったり頭を下げたりしてくるので無視もできない……。

 

「それに、あー……何年か前に見た覚えのある人がいらっしゃいますね……」

「うむ、覚えていてくれたか。嬉しいな。だが、今回は私の名も覚えておいて欲しい。私の名はブリジット。サムセリア男爵家のブリジットである」

 

 いやはい存じております、忘れてないです貴女のことは。

 よく手入れされた長い黒髪、高価そうな全身鎧、そして武器屋に置いてなさそうなくらい誂えの良いロングソード……。

 二年ほど前に“アルテミス”と一緒に冬の森を探索した……ちょっと風変わりな貴族令嬢だ。

 

「隠し立てしてすまなかったな。よもやこの私が貴族だとは思わなかっただろう」

「……はい。驚きました……」

「そうだろうそうだろう。だが、今日は同じ職務に携わる仲だ。貴族令嬢などとは思わず、また一人のブリジットとして扱ってくれて構わないぞ」

 

 そう言って、ブリジットはポケットからアイアンクラスの認識票を取り出してみせた。ああ、まだそれ持ってたのね……でもブリジットさんよ、あんたもうそれいらんでしょ。レゴール伯爵夫人の護衛になったって聞いたぜ。そこから何がどう人生トチ狂ったらギルドマンに転落するんだよ。多分そのくらいのやらかしをしたら首が飛んでるんじゃねえかな……。

 

「ええと、なんでブリジット様とアーレントさんがここに……?」

「私のことはブリジットでよい。……ふむ、まあ色々と事情があるらしいのだが、私も詳しいことは知らんのだ。ハルペリアとサングレールの共同……とかだった気がするのだが」

 

 なんかふわっとしてるぞブリジット。さては良くわかってないなお前!

 

「そう、そんな感じだよ。今回の仕事は様々な立場、人種、身分の者を抜擢して行う、パフォーマンスに近いものだ。立場の異なる人々が共に手を携えて大木を運び出し、そこから一つのモニュメントを作り出す。これもまた、和睦のためのアピールの一つだね」

「俺高級家具を作るって聞いたんだけどなぁ……ジェルトナさんめ。嘘は良くねえぞ、嘘は……」

「私はサングレールの外交官として。そしてこちらのブリジットさんは、今回は私の護衛として来てくれている。必要ないとは言ったのだが……」

「そういうわけにもいきません、アーレント様。あなたに万が一があってはまた国家間で不和の種が芽吹いてしまうでしょう。私の命に代えても守らせていただきますよ」

「……そういうことだよ、モングレルさん」

「そっちもそっちで大変だなぁ……」

 

 要するに、これはお偉いさん参加型の御柱祭ってわけだ。

 いやー頭空っぽにして雑に参加しても良いのかなーとか思ったけど、そうはいかなかったか……随分と緊張感のある仕事になっちまったぜ。

 

「――ほう、今回はモングレルがいるのか……――面白い。滾ってきたぞ……!」

「お、アーレントさんじゃないの。私らと一緒に仕事するんだ。良いね!」

「おーモングレルもいるのか。力あるもんな、そりゃ選ばれるかぁ」

「あ……ど、どうもモングレルさん、お久しぶりです……」

 

 それから続々と近距離パワータイプな人々が集まってくる。このまま天下一を決める武道会が開けそうな錚々たる面々ではあるが、始まるのはバトルではなく材木運びだ。

 ……うん。どいつもこいつも暑苦しくはあるが……さすがに今回はアーレントさんのそばにいるのはやめておこう。近くにブリジットもいるし。というより、向こうは向こうで兵士出身の連中で固められてるし近づきたくても近づけないし。

 俺はギルドマンらしく、ギルドマン連中と一緒につるんで仕事するとしますかね……。

 

 




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戦力の過剰投入

 

 今回のバロアの森での大木運搬任務は、相応の大所帯で行われる。

 

 まず、総監督役としてブリジット。お貴族様の登場だ。この時点で何かがおかしいがまぁひとまずスルーしておこう。

 次に現地までの道案内兼専門技術者として、ドワーフっぽい小さい木こりおじさんのヴィルヘルム。これはわかる。林業の専門家がいてくれるのは頼もしいからな。

 そして来賓ポジションとして外交官のアーレントさん。これはもうよくわからん。なんで来賓が林業に来るんだ。貴族街で筋トレしててくれ。

 あとは、レゴール領兵士が十五人。みんな装備は軽めで、だからこそ屈強な肉体がよく見える。どうやら力自慢を集めたようだ。彼らが今回の大木運びの主力メンバーだろう。

 あとはギルドマンが八人。俺、ディックバルト、アレクトラ、ルラルテ、マシュバル、ロレンツォ、ゴリリアーナ、イーダだ。錚々たる面々に見えるだろ。けど兵士達の方が普通に強かったりするんだぜ、これ。まぁ俺は最強だから例外だけどな。

 

 メンバー合計、二十六人である。クッソ大所帯だ。どんだけデカい大木を運ぶつもりだよ……。

 

 

 

「いざ出発! バロアの森へ!」

 

 ブリジットが剣を掲げて宣言すると、東門の城壁に控えていたらしい音楽隊が一斉に楽器を鳴らした。

 ラッパと太鼓。まるで出陣する兵士達を見送るかのように大げさな出発であった。……いやマジで大丈夫なのこれ? 本当に大丈夫? 別の仲悪い領地の農村を襲いに行くとかじゃないよね? 俺嫌だよそういう任務は……。

 

「いってらっしゃーい!」

「お、大木運びか! 頑張れよー!」

「良い材木を頼んだぞーっ!」

 

 ゆっくりと動き出す馬車達を押すように、何故か人々の声援を受けている。俺達ギルドマンは事情がわからず、呆気に取られていた。……いや。半分くらいはよくわかってないけど声援に気を良くして手を振っている。気楽なもんだなオイ。

 

 馬車は計三台に振り分けられ、俺達は一番後ろの馬車に乗せられた。これは十人が乗れる馬車のはずだが、屈強な男連中が乗っているせいでギュウギュウだ。定員に達していないからって兵士の方から二人ほどおまけで乗せられたせいでかなり狭い。だがこの場合、どちらかといえばギルドマンの馬車に乗せられた二人の兵士が可哀想と言うべきだろうか……。

 

「大木を運んでくるだけで大金が貰えるなんて、ボロい任務もあったもんだぜ。ヘッヘッヘ……」

「こら、ルラルテ。下品な笑い方するんじゃないよ。今回はお貴族様が同行している任務なんだ。変な軽口言ったら承知しないからね!」

「えぇ……アレクトラさん……それ俺に言うの……? もっと、こう……」

「――馬車の振動が、実に心地良い……――」

「……団長には常日頃から言い聞かせてるから良いんだよ……」

 

 “収穫の剣”は本当にどこにいてもいつも通りだな。安心感があるわ……業務上で同じくらいの不安もあるが。

 

「お久しぶりです、マシュバルさん」

「合同訓練以来でしょうか。兵団に入ってからご無沙汰で……」

「いやいや、君たちはもう立派なレゴール領兵士だろう。そう私に謙るものではない」

「それでもお世話になったのは事実ですから。こんな任務ですが、ご一緒できて光栄です」

「……そうか。私も久々に共に働けて嬉しいよ」

 

 どうやら“大地の盾”のマシュバルさんは兵士の二人と知り合いらしい。

 軍との繋がりが強いのは知ってたが、兵士達から尊敬されるほどだとは思わなかったな。

 

「……それにしても、なんだってこんなに大人数で材木を取りに行かなきゃいけないのかしら。お貴族様も兵士も大勢だし……新参の私でも、大げさだなって思っちゃうわ。アレクトラさん、実際のとここの任務ってなんなの?」

「アタシらもイーダと一緒だよ。よくわかってないんだ。……この任務、結局何なの? そこの兵士さんらは、何か知ってる?」

 

 アレクトラに水を向けられると、二人の兵士は顔を見合わせた。

 

「知らなかったのか。いや、後で森に着いたら聞かされることだったのかもしれないな。今回の材木は、レゴール伯爵家の調度品として加工されるんだよ」

「伯爵家! ほぉー、そりゃ大仕事だ。余計ヘマできないねぇ」

「それも普通の調度品じゃない。今年生まれる伯爵家の子のための調度品らしい」

「えっ!? ご懐妊!?」

 

 思わず俺も声が出てしまった。マジかよ、伯爵夫人おめでただったのか。ていうか本当に家具だったんだ……疑ってごめん、ジェルトナさん……。

 ギルドマンの皆も初耳だったらしく、それぞれ驚いていた。世継ぎだけが心配な伯爵様だったからな。これはかなりデカいニュースだぞ。……ええと、秋頃に伯爵夫人のステイシーさんが来たわけだから……いや、逆算するのはやめておこう。やめておくが、今は妊娠何ヶ月なんだ……? 出産予定は何月頃になるんだ……。

 

「じ、実は……私は、前からそれを聞いていました。はい……」

「――む、ゴリリアーナは知っていたか」

「ほう、そういえばゴリリアーナは“アルテミス”として貴族街の方に行くことも多かったな。……しかし、伯爵夫人がご懐妊とは。これは慶事だな……なるほど、記念の調度品。確かに良いものだ」

「ステイシー様は……い、今では屋内で安静にされています。ですが、元気を持て余しているようでして……今回の任務にも、同行したがっていたくらい、なんですよね……」

「身重でそれは無茶すぎる……」

 

 伯爵夫人アグレッシブ過ぎだろ。頼むからもう数ヶ月ほどは大人しくしといてくれ……。

 

 しかしなるほど、大体わかった。

 聞いた限りでは、今回の任務は伯爵夫人のご懐妊を広く知らしめるためのデモンストレーションみたいなところがあるようだ。

 アーレントさんのようなサングレール人を含む様々な人種を交えてバロアの大木を運び入れ、レゴール伯爵領は安泰であると喧伝する。そのための任務なのだ。

 

 そして兵士さんらが言うには、俺等が運ぶ大木は既に伐採済みで横倒しになっているらしい。既にヴィルヘルムらの手によって切り倒されているものを、マジでただ運ぶだけなのである。

 なんなら俺らが街へ運び込むその材木もかなり長期間の乾燥が必要だそうで、生まれてくる伯爵のお子さんの調度品に使われるのは既に乾燥済みの同じくらいデカい材木のストックを使うのだとか。……まぁ、本当にデモンストレーションって感じだな、これは……。

 

「……はぁ。そういうことか……俺等は見世物か……」

 

 俺の隣で“報復の棘”のロレンツォが呆れたように項垂れている。

 ま、気持ちはわからないでもないけどな。特に俺らが金銭面で割りを食っているわけでもなし、めでたい行事ではあるんだから、良いんじゃねえのかな。神輿を担ぐような感覚で祝ってもよ。

 

 

 

「これよりバロアの森へ入り、伐採済みのバロアの大木を目指し行軍する! 先導はこちらの木こり、ヴィルヘルム殿が行う! くれぐれも森の中ではぐれぬよう、しっかりついてくるように!」

 

 バロアの森の入口に到着した俺等は、ちょっとテンション高めなブリジットの号令で行軍を開始した。こう規律立った雰囲気で活動することなんてほとんどないから、徴兵を思い出すぜ。まあ、俺の徴兵はほとんど兵站部隊なんだけど。

 

「魔物と遭遇した場合、基本的にはギルドマンが対処に出るのでそのつもりで」

「――うむ、了解した――」

「よろしい」

 

 道中湧いて出た魔物退治は俺達の役目のようだ。特に異論はない。向こうとしても俺達を盾に使うようなつもりではないのだろう。単に俺らギルドマンの方が魔物に慣れているから出されるだけだ。それにこのメンバーの戦闘力は超オーバースペックである。今ならハーベストマンティスが相手でも普通に勝てるんじゃないだろうか……うん、勝てるなこれ。

 

 ……おや、先頭を歩くヴィルヘルムが俺の方に振り返って軽く手を振っていた。

 あいつは道案内だから一番前だ。俺と少し話したかったのかもしれないが、残念だな。さすがにお貴族様がいるようなポジションまで上がって旧友との雑談に興じるのはしんどいわ。休憩した時にでも話そうぜ……。

 

「いやー、兵士と一緒にバロアの森を進んでいくなんて、新鮮だな! 無敵って感じだ!」

「ルラルテもそう思うか。私もだよ。やはりレゴール兵は心強いものだ」

「な、何が出てきても平気そう、ですよね……!」

 

 確かに前の方でガチャガチャと鎧を鳴らしながら歩く兵士を見ていると、かなりの頼もしさを感じる。兵士は十五人ほどいるが、あれが全員アレックスと同じかそれ以上の実力の持ち主なんだからな。中にはディックバルトやマシュバルさんより強い奴も混じっている。そう、正規兵はファンタジーの噛ませ犬なんかじゃねえんだ……。こうして森を歩いているだけでもきっちり二列になっているし、バラバラに歩いている俺等とは練度が違うぜ。

 

「……モングレル。先程兵士から聞いた話なんだが」

「ん? なんだよロレンツォ。昼飯か?」

「知らねえよそれは。……大木を大人数で担ぐ際、担ぎ手の武器を預かる役が必要になるらしいんだが……ギルドマンはギルドマンで、俺等の中から一人を武器運び役として決めて欲しいんだそうだ」

「あー、なるほどね」

 

 大木を頑張って運ぶわけだから、そりゃもう運ぶ最中は重い武装など持っていられず、いっぱいいっぱいになるのは想像に難くない。

 なので、皆の武器を預かる奴が必要になると。確かにそうだな。

 

「お前の馬鹿みたいな力は材木運びでも頼りになるだろうが、武器運びも良いんじゃないか。全員分ともなると相当量になるし、俺の剣は扱いの下手な奴に預けたくはない。ルラルテに預けるとどこかへ吹っ飛ばされそうだ」

「俺にみんなの武器を運べってか。良いんじゃないか、それで。俺だけギルドマンでブロンズだしな。その方が収まりは良いだろ」

「すまんな。まあ、材木の場所に到着したらの話だ。今は……」

 

 森の左側。遠くの茂みから不自然な葉音が聞こえる。俺達ギルドマンは兵士達よりも先にその音に反応し、それぞれが武器に手をかけた。

 

「今に相応しい仕事でもするとしよう」

「痩せたクレイジーボアが一体、他は無しか。おーいマシュバルさん、お願い」

「左手側に魔物発見! クレイジーボア一体! “大地”、いや、ギルドマン部隊は戦闘態勢へ! 兵士諸君は周辺を警戒されたし!」

 

 ギルドマンを代表し、マシュバルさんが指示を出す。魔物が出たら俺らの仕事、というにはちょっと軍隊式っぽい色が強めだが、まぁこの方が格好良いか。

 

「うむ。ギルドマン諸君、露払いは任せた!」

 

 まぁ……さんざん格好つけといてなんだけど、弱めのクレイジーボアが一体だけなので瞬殺である。

 特に内容は語る必要もないだろう。昼飯の足しが出来たってだけだ。

 

 




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神の居ない神輿

 

 大所帯で歩いているために目立つのだろう。移動中はちょくちょく魔物が寄ってきた。

 痩せたクレイジーボア、鼻水垂らした栄養失調ゴブリン、何故か根っこの間に挟まったまま動けなくなっていたペジュリオ、そして何匹かで群れを作っていたハルパーフェレット……。

 まぁ、どれも雑魚だ。俺達ギルドマンの誰かが前に出て、魔物なりの正しい対処をすればすぐに片付く小物ばかり。

 これがもうちょい強めの魔物だったら“おお、さすがはギルドマンだ……魔物への対処を心得ているな……!”って反応がもしかすると兵士達からもらえたのかもしれないが、相手が小粒すぎてそんな展開にはならなかった。

 まぁ、平和であるならそれに越したことはないんだけどな。何も起こらないのが一番だ。

 

「随分と奥深くまで行くんだな……我々兵士の討伐では踏み入らないような奥地だ」

「わぁーほんと、バロアの樹もでっかいのがこんなに……ここまで大きくなるもんなんだねぇ……」

「なあに、まだまだ奥があるさ。作業小屋が無くなってからが本番よ」

「――それすら越えると、魔物の性質も変わってくる。危険な大型の魔物も増え、非常に危険だ……――しかし、今回はその手前辺りまでだろう――」

「おお、だったら安心だ……というより、この人数なら怖いものもないだろうぜ」

 

 今回の目的地はかなりの奥地にある。が、俺がいつも冬キャンするほどの場所ではない。もっと手前だ。それでもこの筋肉バカのメンツで速度重視の行軍をしても行きだけで半日かかるのだから、相当に遠い場所である。

 

 喋りながらも素早く進み、魔物と出くわせばその度にギルドマンが戦い、時折兵士たちも剣を抜く。

 兵士の中にちょっとした水魔法を扱える人がいるおかげで、行軍中は水場を探す必要もなくて非常に楽だった。やっぱ良いよな水魔法……俺も覚えたいぜ、水魔法……。 

 

 

 

「この先だな。なるべく平坦な道を選んだが、さすがに足元も荒れている。気をつけて進め」

 

 やがて日も傾いてこようかという頃になって、起伏に富んだ地形を歩いてゆくと……小川が見えてきた。

 その手前には大木と表現するしかないような、デカい物体が横たわっていた。

 

「うお……おおおお……! こ、こいつは……!」

「この辺りの木を見て、思ってはいたことだが……デカいな……! いや、周囲のものよりも一際デカいぞ……!?」

「人間の力で持ち上がるのか、これが……」

「――ご立派ァッ!」

「面白くなってきたじゃねーか……こんなもの持って帰ったら英雄扱いだぜ!」

 

 屋久杉でも道を譲るレベルの真っ直ぐな巨木。それを目にしたギルドマンや兵士たちは、不安がったり興奮したりと様々な反応を見せた。興奮するってのはちょっとよくわからないが、まあ力自慢にとっては逆に心躍るものがあるのかもしれない。

 俺は別にそうでもない。どっちかといえば不安がるタイプだ。俺個人は大丈夫だとしても、全員で運べるものなんだろうか……。

 

「……うむ。皆、ひとまずはご苦労であった! 見ての通り、ここに横たわっている大木こそが今回我々が運搬するべきものである! これから休憩を取った後、薄暗くなるまでの間だけ試験的に運んでもらうことになるが……詳しくは、私などより専門のヴィルヘルム殿に説明してもらうとしよう」

 

 ヴィルヘルムが大木の根からよじ登り、上に登った。それだけで小柄なヴィルヘルムでさえ、俺達の誰よりも背が高くなる。声掛けするには一番良いポジションだな。

 

「あー、これが前もって俺ら……伐採専門の集団が切り倒しておいた材木になる。切り倒してちっとは経っているが、乾燥はあまり期待しないほうが良い。そもそもこれほどの大木、ちょっとやそっとの期間で乾燥するものでもないからな」

 

 横倒しの丸太はその名の通り丸いのだが、その上でヴィルヘルムが身じろぎしても全く揺れる気配はない。人一人の体重をかけたくらいじゃビクともしないってことだ。すげー。

 

「気になった者もいると思うが……切り倒す上で、少し工夫を施してある。枝と根の部分だな。こいつを一部、平らに残しておくことで運び手が持ちやすいようにしてある。根や枝を上手く掴むなりして、大人数で担いでもらいたい」

 

 言われてみれば、横倒しになった大木には一部枝と根が残されていた。

 なるほど、確かにあれらを使って担ぎ上げれば丸太本体だけよりもずっと運びやすそうだ。感覚としては担ぐ部分がちゃんと用意された神輿に近いだろうか。これなら丸太がバランスを崩してゴローンと横に転がっていくこともなさそうだ。まっすぐに安定しているというだけでもかなり持ちやすいと思う。

 

「行きの道は少々遠回りな部分もあったが、同じ道を通って運んでいく。この大木の幅であればどうにかなる道を選んだつもりではあるが……所々、樹木と干渉する場面もあるだろう。そういった際には、強引ではあるが邪魔な木を伐採して道を切り開いていくつもりだ。よろしく頼む」

「質問、良いだろうか?」

「む……が、外交官殿? ああ、もちろん……構わないが……」

「この大木を運ぶとして、最も重くなるのはどこなのだろうか」

「……ふむ。それならば、持ちにくい中央部分となるかもしれないな。上下は枝と根を使って大人数で運べるが、中央にはそれがない。いくつか道具を用いて担ぎやすいようにはするが、大変だろうな……」

「おお……では、私はそこを担当しようかな……」

「そ、そうか……」

 

 どうやらアーレントさんは重い場所担当になりたいらしい。筋肉を虐めたいのはよくわかった。けどあんまり無理しないでくれよ……怪我して無理な強制労働させたなんて話が出たら国交に響くからな……。

 

 

 

 ちょっとの休憩と軽食を挟んだ後、俺らはどっこいせと立ち上がって大木の周囲にまとわりついた。

 日が落ちるまでの間、少しでもこの大木を運んでおこうというわけだ。

 事前にちゃんと運べるかどうかをチェックしておきたいということでもある。暗くなったら、後は野営して、朝になったら再び大木運び。うーん、重労働の予感がする。

 

「おら、ギルドマン連中の武器はこの俺に預けておけー。いざって時は投げ渡してやるからなー」

 

 そして俺は今回、皆の荷物や武器を一時的に預かっておくポーターとしての役割を買って出た。まぁ今回は全員がポーターみたいなものではあるんだが……。

 ロングソードや重量武器の運搬を一手に引き受け、いざ魔物が現れたとなれば必要な奴に分配する。結構大事な役割だ。何より、預かっている武器のどれが誰のだかをわかっていなければ難しい役目である。その点、俺ならほぼ全部の武器の持ち主がわかるし、弁慶みたいな重装備でも苦も無く動けるからな。適任と言って良いだろう。まぁ俺が大木を運ぶ係になっても良かったけどさ。こっちはこっちで大事だしな。

 

「――モングレルよ……俺の得物、任せたぞ……――」

「あ、はい。丁重に取り扱うからな……」

「モングレル、あたしの剣の鞘、乱暴に扱わないようにね!」

「はいはい。……うわぁ、スリングまみれだ」

 

 短めのものは腰に吊るし、長いものはロングソードのように背中に背負う。

 鞘の革ベルトで全身縛られ、かなり重苦しい。重苦しいが……。

 

「今の俺、めっちゃ強そうな格好してね……?」

「鏡がなくて良かったな、モングレル。ほらよ、俺のレイピアだ。折るなよ」

「なんだよロレンツォ、完全武装って感じで良いだろが。……おお、随分しっかりしたレイピアだな。結構刀身も太い」

「鑑賞してんじゃねえよ」

 

 腕力の強いギルドマンたちなので、当然ある程度腕の立つ連中が集まっている。そんな奴らの武器なわけだから、その重厚感といったらない。俺の愛用するバスタードソードよりも平気で長かったり重かったりするものばかりだ。よくもまあこんな日常生活に差し支えそうな得物をプラプラさせて仕事ができるぜ……。

 特にゴリリアーナさんとディックバルトのグレートシミター。デカさがやばい。めっちゃ斜めにしてないと地面についちまうから背負うだけでも大変だ。

 

「よーし、持ち上げるぞー!」

「せー、のッ……!」

「うおおおお……! お、結構楽に上がった!」

「重いは重いが、思っていたほどじゃねえな!」

「ここから長く歩くから、それ考えるとちとしんどいがな……!」

「ようし、いけるとこまで運ぶぞ! 声出していけー!」

「ういーっす!」

 

 こうして、俺達大木運びチームは本格的に仕事を始めたのだった。

 

 ……俺も武器背負いまくってめっちゃ重いんだけど、いまいち一体感の得られないポジションだな……くっそー、神輿の最初と最後に担ぐことの大切さを思い出したわ……。

 

 




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大人数での野営*

 

 根っこ側はやや外側に突き出した根本部分があるものの、そう何人も取り付けるほどではない。せいぜい大木がゴロンと回転するのを防ぐ程度の出っ張りがあるだけだ。それでも、このくらいの根っこを残して伐採してみせたヴィルヘルムの手腕はすげえなと思う。極端に低い位置を狙って、しかも∨字に切ってるのかねこれは。よくわからんけど、雑にズバッと切ったわけじゃないのだけはわかる。

 対して枝側はやや広めに残されており、こっちは三列以上になって運搬役が取り付ける。運ぶ際にはこの枝側を後ろ側にし、大木全体を前に押すような運び方をするようだ。なので、根っこ側や大木中央は力持ちが重量をグッと支えるポジションとなっている。

 

 ……というような、他ではあまり活かせなさそうな運搬のノウハウが夕方までの間に蓄積されましたとさ。

 

「うおー、疲れた……」

「最初は調子良かったが、後々響いてくるな……」

「足元が沈むのがしんどい。靴を間違えたぞこれは」

「物を運んだだけで魔力が空になったぜ……自力で運ぶもんじゃねえな。体壊しそうだ」

「お、お疲れ様です」

 

 全員でちょっとだけ運んだので、今日はもう野営である。続きは明日の朝からだ。

 俺はギルドマンの武器をまとめて運んで、周囲を警戒するだけで終わった。途中で何か魔物が出てきたら皆の武器を使って華麗に戦いたかったんだが、全く出番がなかったな……。

 

「飯だ飯、腹が減った!」

「粥を作ろう。汗もかいた」

「塩多めにしておこうか」

 

 水辺の近くで大木を降ろすことができたので、スムーズに調理に移ることができる。

 しかし今回は大人数だ。通常の野営と違って大所帯なので、事前に準備は整えられている。特に、食事に関しては兵士たちが率先して動いていた。

 

「うむ、ひとまず明日の朝までは休憩としよう。……諸君! これより夕食の調理に移る! 食事はギルドマン含め全員に行き渡る量があるので、遠慮なく食べて明日に備えるように!」

 

 女騎士のブリジットが声を張り、本日の終業と飯の支度を伝える。

 ギルドマンの飯も用意してくれるのはありがたいな。何より兵士の飯は美味いんだ。ギルドマンみたいに“とりあえず食えればいいや”的な適当な飯ではなく、しっかり元気が出てくるまともな飯だからな。味はまぁ、俺目線だとそこそこではあるけども。

 

「――これだけの人数ならば、火を焚いて集まっていれば問題ないだろう。雨さえなければ凍えることもあるまい――」

「イーダさん、アタシらは向こうでブリジットさんと一緒にいましょうよ。女は女で固まってた方が良さそうだ」

「あ、そう? じゃあそうしようかな」

「兵士の作る粥かぁ。美味いんだよなー」

「贅沢な具が入ってると良いな!」

 

 大木の近くで兵士とギルドマンがそれぞれ野営の支度を始める。ここにいるのはベテランばかりだから慣れたものだ。

 逆に、そういった連中の野営に慣れておらず手持ち無沙汰になっている人もいる。

 木こりのヴィルヘルムと、アーレントさんだ。

 ヴィルヘルムは淋しげにヒゲをもしゃもしゃと撫で、アーレントさんはどこか哀愁漂う表情で大木に寄りかかって立っていた。いや、アーレントさんの表情はいつも通りか。

 

「ヴィルヘルム、お疲れさん。お前も随分とデカい仕事を任されるようになったな」

「おう、モングレル。ようやくまともに話せるな」

「おや……二人は知り合いなのかい」

「まぁ、そこそこ旧い仲だな。つっても俺くらいの若造の旧いなんて大したことはないんだけどさ」

「なんだなんだ、モングレルはアーレント殿とも知り合いだったか。顔の広い奴だ」

「不思議と縁があるんだよ」

 

 実際森の中で半裸のアーレントさんに遭遇したのはギャグみたいな奇跡だったけどな……。

 

「今は兵士さんが飯を作ってくれてるから、それ食わせてもらったら野営だな。アーレントさんも前の方で担いでて疲れただろ? 今日は夜ふかししたら駄目だぜ。外交問題になっちまうからな」

「いやいや。久々に重い物を担ぐことができたおかげで未だ興奮冷めやらないほどだよ。いい仕事だね……」

 

 俺とはちょっと違う仕事観を持ってるな……まぁひとまず元気はありそうで良かったが……。

 

「アーレント殿、それにモングレル殿。大鍋の粥がそろそろできるから、向こうでもらってくると良い」

 

 パワー系の男同士で駄弁っていると、金属のマグカップを持ったブリジットが寄ってきた。

 ……さすがの俺でもここまで付き合いがあると、このブリジットという女騎士についてなんとなくわかってくるところもある。この澄ました顔のお貴族様、見た目ほど理知的ではないというか……かなり雑に考えるところがある人だ。喋り方こそ貴族らしいが、兵士と一緒に力仕事をしていても嫌な顔をしないあたり、なかなか彼女も脳筋っぽい気がする。

 剣士として色々活動してたって話だから、そういう経験もあって慣れてるのかね。

 

「それと、一人一枚だがクラッカーとコンデンスミルクもあるぞ。私はお茶に入れてもらった」

「なにっ!? マジかよ食わなきゃ」

「ほほう! コンデンスミルクか! それは良い!」

 

 コンデンスミルク。つまり練乳。その単語を聞いて、俺とヴィルヘルムのテンションは一気に最大になった。特に甘党のヴィルヘルムには堪らないだろう。

 よくわかっていない顔をしているのはアーレントさんだけだった。

 

「コンデンスミルクとは?」

「あれ、アーレントさんはコンデンスミルク知らないのかい? サングレールでもヤギのサンセットゴートのミルクはあるんだろ? ……あー、そもそもそういう使い方をできないのか」

「コンデンスミルクは良い……」

「うむ。良いな」

 

 ヴィルヘルムとブリジットがただただ頷いている。気持ちは良く分かるが、何も知らない人に対する情報量はゼロである。

 

「とりあえず並んで貰っておこう、アーレントさん」

「美味しいのかい?」

「あー、ミルクと砂糖を煮詰めた保存食っていうか……シロップっていうか、そういうやつかな。ハルペリアでも結構高いけど、これがまた美味いんだ」

 

 一人の兵士が小鍋でコンデンスミルクを配給していた。鍋というか水筒に近いかもしれない。小さなクラッカーにコンデンスミルクを乗せて配っているようだ。

 確かに、力仕事した後のあの甘さは得難いものがある。大勢が粥と同じくらい並ぶのも頷けるぜ。

 

「はいよ、ギルドマンのモングレル。それとアーレントさんだな」

「もうちょっと多めに垂らして……」

「悪いな、量は決まってるんだ。おっと、アーレントさんには少しサービスしよう」

「外交特権ってやつか……?」

「おお、ありがとう。甘い匂いがするね」

「こりゃたまらんな」

 

 男三人で練乳のかかったクラッカーを手に取り、こぼれないうちに一口でパクリ。

 すると、口の中で一気に甘いミルクの香りが炸裂した。

 

「おお……うめぇー……」

「むほほ、舌が蕩けるようだ……」

「……」

 

 アーレントさんは目を閉じ、感じ入っている。……いつも以上に垂れ下がった眉を見るに、美味しさに打ちのめされているようだ。

 

「……これは……口にした瞬間、甘味が全身へと駆け巡るかのようだね……素晴らしい……」

「キツい運動の後の甘いものは最高だからな……」

 

 実際、運動後のプロテインや甘味は筋肉に素早く届いてくれる。アーレントさんはほぼ筋肉で出来ているので、俺なんかよりも強く実感できるのかもしれない。

 

 その後は大鍋で結構豪華な具の入った粥やら何やらを頂いたが、コンデンスミルクの衝撃の前に感動がちょっと薄れてしまった。いや、美味しく頂いたけどな。普通に美味かったよ。

 

 

 

 夜はさすがに結構冷え込むので、複数箇所で強めの火を焚きながら就寝する。

 魔物を警戒するために全員が寝ることはないが、人数が人数だし、寝ずの番が必要ないのは楽で良い。というより頼まれなくても誰かしら起きている。安心感があって良いもんだ。

 兵士はこのあたりキッチリしてて、起きるやつは起きる、寝るやつは寝るでしっかりと分けられており、起きている奴らがうるさいおしゃべりに興じることはない。

 反面ギルドマンは起きている連中で結構うるさく会話してたりする。

 

「きっと街に帰ったら英雄扱いだぜ俺たち。出発する時も賑やかだったからな」

「もう寝とけよルランゾ……」

「俺はルラルテだ」

「そうだった……すまんな……つーか寝ろ……」

 

 ルラルテとロレンツォが話している。俺もまだ眠れないし、会話に混ぜてもらうかな。

 

「よう、ロングレイピアと素手」

「人を武器で呼ぶな……というか寝かせろ……疲れてんだよ」

「モングレル。街に戻る時は俺は前の方で担ぐぜ。目立つからな」

「いや前の方はもっと力ある奴の方が良いだろ。というより兵士たちの方が良い。ギルドマンが先頭じゃ格好つかねえよ」

「なにぃ。それを言ったら腕力でならディックバルトさんが一番だろ」

「ディックバルトが先頭か……」

「なんだよディックバルトさんだぞ」

 

 口には出さないけど、それはちょっとな……いや別に隔意はないが……。

 

「けど俺もな……たまにはディックバルトさんの影に隠れず、こういう時くらい目立ちたいわけよ……街のみんなが暖かく迎えてくれたら、それだけで気分良くなれそうじゃねえか」

「そういうもんかね……俺にはわかんねえけどな」

「二人とも俺を挟んで会話するなよ……」

「酒場で自慢するわけよ。俺はあの人たちと一緒に仕事したんだぜってな……それで……」

「おう」

「……」

 

 ……静かになったと思ったら、ルラルテがいびきをかき始めた。睡眠への移行がシームレス過ぎるだろお前。

 

「嘘だろこいつ……好き勝手喋ってさっさと寝やがった……」

「ロレンツォもさっさと寝とけよ。俺も寝るわ」

「こいつらマジで……」

 

 天幕無しの寂しい野営だが、これだけの人数なら安全にぐっすり眠れそうだ。

 そいじゃおやすみー。

 






【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)がんぐれ。様より、モングレルとウルリカのイラストをいただきました。ありがとうございます。



【挿絵表示】

(ヽ◇皿◇)ライナとウルリカの書籍発売カウントダウンイラストをkanatsu様よりいただきました。ありがとうございます。



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