アルシェ・In・ビーストテイマー (ansin)
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運命の出会い
主人公設定


 ここでは、アインズさんとともに異世界に転移したプレイヤー「ネモ」の設定、及び登場人物やオリジナルNPCなどを紹介したいと思います。
 本編更新に合わせて設定を追加していきます。まとめ程度に考えてくだされば幸いです。ただ、種族や職業等は独自設定がかなりあるので、言い様の無い違和感を感じると思います。ご注意下さい。


名前:ネモ・クリムゾン(冒険者:オルタ)

 

通称:気まぐれな見習い堕天使(by アインズ・ウール・ゴウン)

 

性別:男

身長:175cm

体重:63kg

 

種族:堕天使(アンヘル)天使(エンジェル)の変異種)

 

【種族値】

堕天使(アンヘル)―Lv.10

天使(エンジェル)――Lv.10

 

職業(クラス)

妖術師(ソーサラー)       ―Lv.15

・モンク       ―Lv.10

戦士(ファイター)       ―Lv.10

魔獣使い(ビーストテイマー)      ―Lv.10

・ストーカー      ―Lv.5

・ガンナー       ―Lv.5

・コック        ―Lv.5

 

  他     ―Lv,20

 

所属:ナザリック地下大墳墓

ギルド:アインズ・ウール・ゴウン

 

役職:至高の四十二人 末席

   ナザリック地下大墳墓統括補佐

 

住居:ナザリック地下大墳墓第九階層の自室

 

属性:中立~善 (カルマ値100)

 

【基本装備】

・<紅蓮の防護服>

聖遺物級(レリック)アイテム。正式名称無し、イメージ元は某正義の味方の戦闘服。

相手からの物理・魔法攻撃の威力を減少させ、更に内側には攻撃力上昇・治癒魔法を組み込ませてある。冒険者オルタの時は赤い外套を内側に羽織り、肩・胴・脚にそれぞれ最低限の黒い強化防具として取り付けている。

 

・<煉獄紅刀(れんごくこうとう)

伝説級(レジェンド)アイテム。近接戦闘時の攻撃手段として使用している血のような紅い日本刀。

魔法を付与することも可能であり、特に炎・雷系魔法では威力が上がる。与えたダメージの数%を吸収し、自身の体力に変換・回復する効果を持つデータクリスタルがあるが、シャルティアのスポイトランスより数段劣る。冒険者オルタの時は刀身はオレンジ色に光る。

 

・<黒い銃>

聖遺物級(レリック)アイテム。正式名称無し、近接・中距離戦闘時に使用する大型自動拳銃。

弾丸は自身の魔力から自動で生成される為、リロード動作は必要なく自身の魔力が尽きるまで撃ち続けることが出来る。対象との距離・弾丸との魔法相性・威力によってダメージが変わる。

 

・<黒い狐の面>

聖遺物級(レリック)アイテム。昔ながらの狐の面、冒険者オルタ時に装着している。

かなり頑丈な作りになっており簡単に壊れない。内側には回復魔法を組み込ませてある。

 

【スキル】

 

真朱眼(しんしゅがん)

 体術・魔法の殆どを視認し看破してしまう視力に加え、対象となる人物・武器・アイテムのレベル・ステータスを全てではないが簡易的に見ることが出来る。

 

【性格】

現実世界では一人っ子で物静かな性格。

ユグドラシルのとあるイベントでアインズさんと知り合い、彼のギルドにダメ元で入ったらOKを貰えた。その時はユグドラシルの人気が徐々に下がり始めていた影響も少なからずある。

転移後の世界では、基本的にナザリックの皆・自分に好感が持てる相手に友好に接しているが、逆にナザリックメンバーを罵倒する者、外道な奴、利用価値がない者には容赦しない。利用価値があっても性格に難ありな場合は利用してから使い潰す。

 

【人物関係】

 アインズ・ウール・ゴウン

自分をギルドに誘ってくれた恩人で、あたふたする彼に最後までサポートする。

 

 アルベド

アインズさんへの愛の対応で困っているが、彼女の愛は純粋に上手くいってほしいと思っている。

 

 アルシェ

現実世界の自分にそっくりな所から、彼女を救い出したいと考える。

 

 デミウルゴス

知略で絶対に敵に回したくない部下、本気で敵じゃなくてよかったと思っている。

 

 アウラ・マーレ

現実世界で一人っ子だった自分から見れば羨ましい存在。精一杯可愛がっている。

 

 

真名:アルシェ・イーブ・リイル・フルト

 

通称:愛される姉にして妹 

 

性別:女

身長:160cm?

体重:ノーコメント

 

種族:人間

 

【種族値】

・なし

 

職業(クラス)レベル】

 アカデミック・ウィザード ―Lv.5

 魔術師(ウィザード)          ―Lv.5

 ハイ・ウイザード     ―Lv.3

 コック          ―Lv.1

 他            ―Lv.2

 

 合計Lv.16(初対面時)

 

所属:バハルス帝国 → ナザリック地下大墳墓(の予定)

 

役職:ナザリック地下大墳墓護衛見習い

属性:善 (カルマ値 300 )

 

【基本装備】

・<レイジング・ムーンライト>

 聖遺物級(レリック)アイテム。自身の新装備である(スタッフ)

 先端が銀色の三日月を象っており、中央に赤い宝玉があった。柄の部分は木材だというのに、どれ程長く持っていても全く疲れず女性でも楽々に持てる軽さ。ブルー・プラネットさんのおさがり。

 

・<浅黄色の冒険者服>

 冒険者に着用。いたって普通の外で活動しやすく動きやすい魔法詠唱者(マジックキャスター)の冒険者服。

 

【使用魔術】

《インヴィジビリティ/透明化》

《ダークヴィジョン/闇視》

《フライ/飛行》

《フラッシュ/閃光》

《マジック・アロー/魔法の矢》

《ライトニング/雷撃》

《リーンフォース・アーマー/鎧強化》

《ファイアーボール/火球》

 

【性格】

 フルト家の長女。家族や仲間を大切に思える真面目な女性。

 没落しても貴族の暮らしをやめられない両親を見捨てること無く支えてきたが、妹二人を連れて引っ越しを決意をしていた。最後の親孝行に仕事の儲けを借金返済に充てて、少しでも取り立ての時間稼ぎをするつもりだった。

 

【人物関係】

クーデリカとウレイリカ

愛すべき妹達、時が来れば学校に通わせたい。

 

ネモ・クリムゾン

恩人。彼の為ならば最期まで忠義を尽くそうと思っている。

 

アインズ・ウール・ゴウン

魔王。以上。



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プロローグ

 オーバーロードにいきなり挑戦する阿呆ですが、その辺は生暖かい目でご覧ください。
 4期放送&劇場版決定で投稿しました。ヒロインはタイトル通り、本編で悲劇に見舞われたあの子です。

 基本的にアニメ知識で進めていきますので、wikiなどで調べてはいますが原作に載るレベル等の細かいものまでは把握しきれていません。もし細かい設定等が違う、などがあれば感想欄にて教えてもらえると助かります。

主人公の設定上、おそらくはないであろう種族やアイテム、独自解釈などが出てきます。その辺はご了承を。

今回彼女は豆粒程度しか出ません。それではどうぞ。



『ユグドラシル』

 

 

 

 DMMO-RPGと呼ばれる、フルダイブ型のRPGゲームの1つ。

 

 人間種から亜人種―――エルフやゴブリン、さらには異形種――スケルトンやゾンビ、蟲など、数百を超える様々な種族を自由に選択でき、職業は2000を超え、それらを個人の自由(無論、取得の難易度はそれぞれ差があるが)に出来ることから、国内最高峰の人気を誇っていた。

 

 その中の一つのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に俺は所属している。

 俺の所属に関してはかなり揉めたらしいが、ギルド長がみんなを本気で説得してくれたおかげで入ることができた。最盛期には全ギルド中トップ10に入るほど、42人の小規模からはありえないところまで登りつめたこともあった。

 

 ちなみに、加入条件は

 『異形種である』

 『社会人で働いている』

 の2つである。

 

 因みに社会人ではあるが、どちらかというならパートに近い。

 というか、この世の中で雇える場所の方が珍しいくらいだ。

 

「(早くログインしないと…残業なかったら余裕出来たのに…)」

 

 俺は家に帰るなり、即座に『ユグドラシル』を起動した。

 

 時間を見ると、もう23時を過ぎている。最悪のタイミングで残業にあてがわれるとは…

 

――――『ユグドラシル』のサービス終了日に…。

 

 

 

 

『ふざけるなっ!』

『(ビクッ)』

 

『…あ、【ねも】さん!ご、ごめんなさい!ログインしていたのに気づかなくて…。ついカッとなって…』

『こちらこそ突然テレポートしちゃって…どうしました?なんかトラブルでもあったんですか?』

 

 ログイン完了直後…ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地『ナザリック地下大墳墓』の9層にある円卓の間にテレポートした途端、誰かが机を殴ったのが見えたからだ。

 

 その人は骨だけなのに超豪華な物を身にまとっているスケルトンタイプのアンデットプレイヤー、このギルドの長であるモモンガさん。

 

 因みに俺は男で『堕天使』のアバターだった。

 

 褐色肌に白髪、同色の翼と一見すれば誰でも想像できる姿だが、服装は強化スーツに赤い羽織を着ている某正義の味方のような姿になっている。このギルドを作った最強プレイヤー『たっち・みー』さんから貰ったものを俺の好きなように作り変えている。

 

 俺自身最初は天使を選んだあと転生を繰り返してこうなった。『るし★ふぁー』さんの影響もあるが、その後は課金ツールで使用して見た目を変えまくっていた。

 

 因みに、カルマ値はここでは珍しく+100、このギルドでは珍しく清楚なイメージの部類であった。

 

『えーと、ねもさん。お見苦しいところをお見せしました。もう大丈夫ですので』

『そ、そうですか…』

『そういえば、なぜねもさんはここに…?今日、残業でログイン難しいって…』

『やっぱサービス終了で居ても立っても居られなくて…気合でギリギリ間に合わせました。おかげで体がクタクタですよ』

 

 苦笑いを浮かびながら俺はそう答える。

 

『そうですか…お疲れ様です。最後まで残ってくれたねもさんに会えないかと思っていました』

『なーに言ってるんですか。モモンガさんに助けてもらって、ギルドへの加入も手助けしてもらって、モモンガさんには感謝してもしきれないんです。むしろこの程度では恩は返せてませんよ。……望めるなら、ずっとモモンガさんをサポートして、傍に居たかったですよ』

『いえいえ…そんな…』

 

 お礼をそのまま言うと、モモンガさんは照れ出した。骸骨が照れる光景がすごいシュールというのは黙っておこう。

 

『他のギルメンの方々には会えましたか?』

『ええ、ついさっきまでヘロヘロさんがいましたよ…同じく仕事で愚痴ってました』

 

 そうだったのか、もっと早くログインしとけば良かった。悲しいことに、もうギルメンの…俺の恩人達はほとんどがギルドどころかユグドラシルを引退している。別れの挨拶くらいしとけばと今になって反省している。

 

『ああ…そうだ、ねもさん。今から、どうせ最後なんですし玉座の間に、行ってみませんか?』

『良いですね!行きましょう!というか、モモンガさんが座ってる姿を一回スクショしときたかったんですよ!』

『いやいや…そんな似合いませんよ』

『いや違和感ないですから!ほら、どーせならギルド武器も持って行きましょうよ!』

『ええっ!?い、いやそれは流石にマズイのでは……』

 

 今更、私たち以外誰も居ないのであれば、ギルド武器を勝手に持ち出しても誰も文句は言わないだろう。というよりも、ゲーム自体も無に帰るのだから。

 

『いいんですよ!誰も居ませんしどーせ最後なんですから!』

 

 ニコニコマークを出しながらモモンガさんをゴリ押すと、少し考えた後に…

 

『わかりました。もう終わりですもんね…。では、最後にねもさんにカッコいいところをお見せしましょう!』

『流石モモンガ様!』

 

 と、モモンガさんがギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を手に取った。

 

 名前の通り、杖だ。だが、ゲーム内では超高性能の武器だ。

 モモンガさん用に合わせて作ってあり、杖の先にある絡み合った7匹の蛇がそれぞれ神器級アーティファクトを咥えている。まあギルドどころか、『ユグドラシル』が終わる今となってはもうしょうがないものなのも、俺もモモンガさんもわかっていた。

 

『…どうせなら、玉座までは歩いて行きましょうか』

『ええ、そうですね』

 

 モモンガさんにそう言われ、テレポートでいくのをやめて歩くことにした。

 

『………』

『モモンガさん?どうしました?」

『あ、いえ。その…ねもさん。彼らも玉座の間に連れて行ってもいいでしょうか?せめて最後くらい……仕事をさせてあげたくて』

 

 モモンガさんは廊下に待機していた老人ながらに百戦錬磨の雰囲気を持っている執事とそれに並ぶように立っていたメイド服のNPCを見ながらそう言った。

 

 ギルドメンバーが作ったNPC…確か、執事が『セバス・チャン』で、メイドたちは『プレアデス』だったな。

 

『問題ないですよモモンガさん。今日で最後なんですよ。折角ですから思うようにやっちゃってくださいよ!』

『ありがとうございます!では…』「つき従え」

 

 モモンガさんがチャットを切り上げ再びNPC達に向き直る。にしても、モモンガさんがNPC達を後ろに従わせ歩く姿は、まさに支配者と呼ぶにふさわしい風格をしていた。

 

 

 

 

 しばらく歩いた先に巨大な扉が見えてきた。その先が玉座の間である。

 

『では、どうぞ。ギルド長』

『感謝するぞ、ねも よ』

 

 ここからはお互い、残された僅かな時間を互いの設定通りの、ロールに当てることにした。

 別に、何の打ち合わせもしていない。2人して同じことを考えていただけだ。私は大扉を開き、その側に跪く。モモンガさんはそれを見て即興でロールプレイを演じてくれた。

 

 玉座の間に入ると、まさしく最深部に相応しいオーラが漂っていて、頭上には旗---かつて『アインズ・ウール・ゴウン』にいたメンバーのもの---が飾ってあり、目の前に続いている赤い絨毯の先には禍々しさの具現化、とも言うべき椅子が置いてあった。

 

『では…モモンガ様、お手を』

『うむ』

 

 モモンガさんの手をとり、玉座の前までゆっくりと連れてきた後、玉座に座らせる。

 そして私も玉座のすぐ側に立った。反対側には、このナザリックにいるNPC達の頂点に位置するアルベドがいた。

 

 このアルベドというNPC…作ったタブラさんはとんでもない設定マニアで、アルベドを含む他のNPCの設定はとんでもないことになっている。ギャップ萌えだとかで、アルベドに関しては長ったらしい説明の後に『ちなみにビッチである』と書かれていた。

 

 これは流石に…と大半が止めた結果、なぜか『モモンガを愛している』と書き換えられていた。因みに彼ははこれを知らない。

 

「平伏せよ」

 

 モモンガさんが何か言ったと同時にこの場にいた全てのNPCがその場に跪いた。

 

『あれ、私もやったほうがいいです?』

『いえ…ねもさんはそのままでいいですよ』

『……本当に、いろいろありましたね』

 

 本当にこのゲームは楽しかった。現実世界では無理なことをこのゲームで楽しむことが出来た。あっ…

 

『しまった、最後に自分のお供モンスター連れてくれば良かった…』

『大丈夫ですか?今なら間に合いますけど…』

『いやいいです、最後はビシッと終わりたいんで………もう終わるんですから…あ、後1分ですね』

『本当だ…。ねえ、ねもさん』

『なんでしょう?』

 

 

『その…ここで聞くべきじゃないことかもしれませんが……このユグドラシル、楽しかったですか?』

『はい!』

 

 モモンガさんの問いに、俺は即答で返す。

 

『このユグドラシルに会えて、モモンガさん達に会えて、このギルドに入れて、私は幸せでした。初心者の自分を、精一杯可愛がってくれて、本当に楽しかったし嬉しかったです。…モモンガさんは、楽しかったですか?』

『もちろんです!皆さんとの冒険の日々は…本当に……楽しかったです!』

 

 30秒前。

 

『ねもさん、本当に最後までありがとうございました』

 

『モモンガさん、こちらこそありがとうございました』

 

『それでは、またどこかのゲームお会いしましょう!』

 

 思わず涙が零れそうになる…

 

…10秒前。

 

『では、ねもさん。さようなら。また、どこかで』

 

『はいモモンガさんも。また、どこかで』

 

 

23:59:55…56…57…58…59

 

 

 

 

0:00:00

 

 

「!?」

 

 それは突然だった。0時を回った瞬間、目の前が真っ暗になってログアウトしたかと思えば、何かの映像が出る。なんだろ…黄色い髪の少女?

 

 

「(ん?)」「(…あれ?)」

 

 画面がまた明るくなる…。

 

 …なんでまだユグドラシルの中にいる?午前0時まわったよね?ちゃんと。

 

 何故……まだ玉座の間にいるの?と、とりあえずモモンガさんに聞いて……

 

「あ、ねもさん。どうしましょう、GMコールが使え…いや、ちょっとまて、あれ!?なんでチャットが使えないんだ!?」

「それどころかコンソールすら開けませんよ…」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

「「どういうことだぁー!?」」

 

 

 

 と、2人の間抜けな声が玉座の間に響き渡った。

 

 

 

「どうかされましたか?モモンガ様。ねも様」

 

 

 

 混乱していると、今度は第三者の声が響き渡る。

 

…うん?様?

 

 

 

 声のした方を見ると、アルベドが心配そうな顔を浮かべてこちらの様子を伺っていた。

 

 

 

「…え?」「…は?」

 

 

 

 またもや、2人して間抜けな声をすることになった。



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現状確認

今回は彼女はちょっとしか出ませんが、次回から登場させます。
それから少しずつ小説情報を更新します。


「あ、アルベド……俺の声、聞こえるのか…?」

「はい、ねも様。しっかりと、一言一句聞き漏らしてはおりません」

 

 どうなっているんだ一体?何故NPCが意思をもって会話をしているのだ?

 

「じ、GMコールが利かないのだが…」

「…申し訳ありません、モモンガ様。無知な私をお許しください。私では、じーえむこーるというものにお応えすることができません」

 

『モモンガさん、これどゆことでしょうか?状況が理解できない…』

『お、俺もですよ…。あ、伝言(メッセージ)使えるんですね!』

『はい、みたいですね。てことは魔法も多分ですけど使えます』

 

「この失態を払拭する機会を頂けるのであれば、これに勝る喜びはございません」

 

 と、私がその辺を伝えたと同時にアルベドがそう言ってきた。それと同時に異様な光景が目に飛び込んだ。

 

『…モモンガさん、今、アルベドの胸見つめてました?』

『へっ!?い、いやそんなこと…』

『なんか体から鎮静効果の光が飛び出てましたよ?まあ同じ男として気持ちは分かりますが…』

 

 この骸骨ギルド長、あろうことか近寄ってきていたアルベドの胸をジーっと見つめてたんですよ。

 

『そ、そんなことより…何か異常が発生しているんですかね』

 

 露骨に話逸らしたな…まあ、先ずは周囲の安全確認が最優先か。

 

「セバスよ」

「はっ」

「大墳墓を出て、ナザリックの周辺地理を確認せよ。プレアデスを護衛で1人連れて行け」

「かしこまりました。慈悲深い配慮に感謝いたします、モモンガ様」

「プレアデスは9階層に行き、侵入者が来ないか警戒せよ」

「承知しました。モモンガ様」

 

 そうモモンガさんが命令を下すと、セバスとプレアデスのみんなは玉座の間から去った。さて、俺のやるべきことは…

 

「…それじゃモモンガさん、俺は自分で作ったNPCに会いに行きます。何かあれば伝言(メッセージ)で」

「は、はい。わかりました」

「そんじゃあ…指輪が使えるかどうかわかんないけど…」

 

 と、指に嵌めている黄色い指輪を起動させてみる。

 

 

 

「…成功した。よし、アイテムも使えるようだな……これだけとかいうオチだったら最悪だが」

 

 俺は転移したあとにあの子がいるであろうところまで向かう。

 ここは第九階層「ロイヤルスイート」。

 ギルドメンバーの住居として私室やNPCの部屋だけではなく、客間、応接室、円卓の間、執務室等で構成されている。また、この階層には他にも大浴場や食堂、美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロン等々様々な施設がある。尤も、ユグドラシル終了発表からお蔵入りになっていたが…

 

 そこで俺が向かったのは、かつて使用していた自分の私室だ。

 スイートルームをイメージした作りで、調度品から壁紙に至るまで華美でありながらも決して目を疲れさせないように計算されており、見る者の目を楽しませると同時に感嘆のため息を吐き出させるほど。奥には巨大な浴室、バーカウンター、ピアノが置かれたリビング、主寝室、客用寝室、専用料理人が料理するためのキッチン、ドレスルームなどが無数に置かれている。

 

 それだけでなく、俺の職業の一つとして「ビーストテイマー」が含まれている。文字通り、動物や魔獣を使役するユグドラシルで設定されているものだ。その魔獣の管理の為、部屋の隣には広大な自然がある。

 

 ズン…ズン…バサ…バサ…

 

 足音が聞こえてきた。明らかにガルガンチュアより軽い音。

 それと同時にこちらを見ている無数の目線。

 

 その姿は見えた。

 全身を覆う白色の体毛。首と尾に付けられた金属の輪。

 他にも大小問わず様々な姿の魔獣が、のっそのっそと茂みから姿を現す。

 

 ドドドドドドドドド!!!

 

 って、ものすごい勢いで来たんだけど!?しかし、全部が俺の目の前で急ブレーキする。そして、その先頭にいたのは大切にしている相棒。

 

「…【レシラム】…俺が分かるか?」

「ンバーニンガガ!!」

 

 そうなんです、どう見ても一世紀前に流行った真実を求めようとするポケッとなモンスタードラゴンです。

 俺のことが分かるのか鳴き声を上げ、巨大な顔を近づけてくる。普通なら失神ものだが不思議と怖くない。それどころか手を刺し伸ばすと吸い寄せられるように擦り始め、最終的には顔を舌で舐められた。

 やばいな…感触が本物だ。まだ状況が分からないが、現実だとすれば愛着と興奮が沸き上がってくる。よしよし♪

 

 それだけでなく、他のモンスター達も俺に近づこうとして大変な騒ぎになった。軽くおしくらまんじゅう状態である。

 

『ねもさん』

『うおっ!?も、モモンガさん?どうしました?』

 

 突然モモンガさんから連絡が来て思わずキョドッてしまった。

 

『第4、第8守護者を除く全守護者を第六階層の円形闘技場に集めるように命令を出しました。今俺も円形闘技場にいるのでねもさんも来てくださいね』

『わかりました。では、すぐ行きますね』

『はい!』

 

 モモンガさんとの会話が終わった後、ずっとこちらを見つめていた相棒に改めて向き直る。

 

「呼ばれっちゃったけど…ここに置いていくの可哀そうだし、一緒に来る?」

「(コクッ)」

 

 そう頷く相棒と共に第六階層の円形闘技場に転移した。

 

 

〜第六階層 円形闘技場〜

 

 

「うわぁ…広いし懐かしい…。よくここでPVPの練習してたな…」

 

 

「あっ!ねも様!ようこそいらっしゃいました!」

「よ、ようこそおいでくださいました」

 

 闘技場に着くとなにやら熱気が溢れてた。炎系のモンスターでも召喚したのか?そう感じたと同時に誰か話しかけ来る、ダークエルフの双子だ。

 

 陽気な方が『アウラ・ベラ・フィオーラ』。男の格好をしているが女の子。

 内気な方が『マーレ・ベロ・フィオーレ』。女の子の格好をしているけど男、所謂男の娘だ。

 

「アウラにマーレ、久しぶりだなー。暇があったらまたお邪魔するからその時はまたゆっくり遊ぼうな」

「はい!…って、レシラムも連れてきたんですか!?うわぁいつ見てもカッコいい!!」

 

 確かアウラはビーストテイマーだったっけ?連れてきた相棒に目を光らせている。ていうか、この原因不明なことになる前にしたこともNPCは覚えているのか?

 

 「あら、わたくしが1番でありんすか?」

 

 ゴスロリっぽく全体的に赤黒い服を着たこの子は『シャルティア・ブラッドフォールン』。

 こんなナリをしてるがれっきとしたヴァンパイアだ。確か、ヴァンパイアの中でも真祖って部類だ。 NPCの中でも屈指の強さ、守護者の中ではトップを張れる。

 

「ああ…我が君…。私が唯一支配できぬ愛しの君…」

 

 んん?ちょっと待てシャルティア、なにをしようとしてんの。モモンガさんに抱きついてさ。つか!なんでモモンガさんも満更でもない、みたいな雰囲気なのかよおい!

 

「…偽乳」

「ハァ⁉︎」

 

 そのままアウラとシャルティアは口喧嘩を始めてしまった。

 

「ソウゾウシイナ。御方々ノ前デ騒ギスギダ」

「おお!コキュートスか。相変わらず武士道精神だな」

「オオ、ネモ様。イエ、アナタ様ニ比ベタラ、私ナゾハマダマダデゴザイマス」

 

 次ここにきたのは全身水色の、昆虫の顔と昆虫特有の巨大な牙がついている腕4本の超ゴツい武士。

 名前は『コキュートス』。第五階層の守護者である。

 

「騒々しくないでありんす!この小娘が私に無礼を働いたから!」

「真実を言ったまでだよ!」

「…アウラ、シャルティア。そろそろ止めないか?話が進まん」

 

「「も、申し訳ございません…!」」

 

 俺が注意すると2人ともすぐ大人しくなった。なんか、モモンガさんじゃないのに俺も上司扱いになっていないか?

 

「みなさん、お待たせして申し訳ありません」

 

 アルベドと一緒にもう1人入ってきたのは、赤スーツにメガネという格好をしている『デミウルゴス』。第七階層の守護者にして、防衛時におけるNPC指揮官って設定の悪魔だ。

 

 おおーこうしてみると圧巻だ。全員ではないとはいえ、守護者達が一箇所に集まるのをみるとなんか感慨深い。

 

「では皆、至高の御方々に、忠誠の儀を」

 

 アルベドがそういうと、横一列に並んでいた守護者達が順に跪く。

 

 

「第一、第二階層守護者。シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

「第五階層守護者。コキュートス。御身ノ前二」

 

「第六階層守護者。アウラ・ベラ・フィオーラ」

 

「お、同じく第六階層守護者。マーレ・ベロ・フィオーレ…「「御身の前に」」

 

「第七階層守護者。デミウルゴス。御身の前に」

 

「守護者統括、アルベド。御身の前に。第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。ご命令を、至高なる御身よ。我らの忠義全てを御身に捧げまする」

 

 

 

 

「…面をあげよ」

 

 忠誠の儀とやらが終わった後に私の横にいたモモンガさんは突然そう言い放った。それと同時に、スキル『絶望のオーラ』も。あのモモンガさん、地味にチクチクするんですが…。

 

「よく集まってくれた。感謝しよう」

 

「感謝など勿体ありません。我らはモモンガ様とねも様にこの身を捧げた者たち。御方々からすれば取るに足らないものでしょう。しかしながら、我らの創造主たる至高の御方々に恥じない働きを、誓います」

「「「「誓います」」」」」

 

 守護者の忠誠心の高さすごすぎる。これ、まじで下手な行動できなくなるやつ。仮に見限られて守護者達全員で敵対されたら、いくら俺とモモンガさんとはいえ対処しきれない。

 

「な、なるほど。それでは…ここに集めた理由だが…」

 

「遅くなって誠に申し訳ありません。モモンガ様。ねも様」

「ただいま、周辺探査から帰還いたしました」

 

 モモンガさんがそういうと同時に、シャルティアが入ってきた時と同じようなもの、転移門(ゲート)という魔法でセバスと…プレアデスの…あれはソリュシャンだ。

 

「いや、むしろグッドタイミングだ。それじゃ…セバス、皆にも聞こえるように説明してくれるか?」

「承知致しました」

 

 セバスが説明をしてくれたが、俺らはその内容に耳を疑った。

 周囲1キロは草原になっており、ナザリックの特徴というかいやらしさの根源でもあった毒の沼地は見る影もなく消えているという。

 人工建築物は一切なく、生息していると予測される小動物は戦闘能力も皆無だと思われるらしい。

 

「草原というのも、草が鋭く凍っており歩くたびに突き刺さる、ということもない?」

「それとも、毒をまとって歩くたびにダメージを受ける、というのもないのか?」

「はい、単なる草原です」

 

 やはり、ユグドラシルというよりは現実(リアル)に近い世界に来たってことか?

 

『モモンガさん、何が起こるかわからない以上、警戒するに越したことはないと思います。臆病と思われようがとにかく警戒に警戒を重ねるべきです』

『そうですね…。この世界の平均的なレベルもわからない以上は、下手なことはできませんもんね』

 

 うん、モモンガさんとも意見は一致した。そんじゃあ…

 

「このナザリックの補佐として命ずる。各階層守護者達、警備レベルを…2段階引き上げてくれ。もし侵入者がいた場合は、たとえ我々に不敬な態度をとった場合も殺さずに捕らえてくれ。デミウルゴスとアルベドには第10階層まで含めた警備体制の見直しを頼む。何かあれば俺、またはモモンガさんまで必ず相談に来るように」

 

「「畏まりました」」

 

『ナザリック隠蔽もした方が…多分いいですよね』

『ですね。念には念を入れておくべきです』

 

 またもや意見一致。この問題は…

 

「アウラ、マーレ。ナザリック地下大墳墓の隠蔽は可能か?」

「え、えーと…。た、例えば『壁に土をかけて隠す』とかですか?」

 

 おお、マーレのなかなかいい妙案。それについて色々考えていると、どこからか殺気が溢れ出たのがわかった。発信源なんか確認しなくてもわかる、アルベドだ。 

 

「栄光あるナザリックの壁を…土で汚すと?」

 

 いや普通の案を出しただけだぞ?マーレが怯えてるじゃないか。守護者統括という序列があるから仕方のないことだが。

 

「…はぁ、アルベド。マーレは案を出しているだけじゃないか。他に案があるなら聞き入れるが、そうでないならいちいち突っかかるな」

「はっ、も、申し訳ありません。ねも様!」

「モモンガさん、マーレの手が妙案です。ひとまずこれで行きましょう」

「そうだな…。だが、1つだけだとおそらく目立つだろう。マーレ、周辺にもダミーの丘を作り目立たぬようにせよ」

 

「はい!」

 

『と、俺が色々と指示を勝手に出しましたがこんなものでどうでしょう?』

『バッチリです!ありがとうございます!』

 

 やったね、モモンガさんに褒められたよ。ダンジョンで勉強しまくった甲斐があったかも。

 

「最後に問おう」

 

 他に言うことは何かないかと考えているとモモンガさんが口を開いた。

 

「お前達にとって、私とねもさんはどういった存在だ?まずは…シャルティア」

 

「はい、モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。そして、ねも様は正に全てに裁定を下す美しき天を支配するお方でありんす」

 

「コキュートス」

 

「モモンガ様ハ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニ、ナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト。ネモ様ハ、ナザリックノ慈愛ナル堕天使。又、戦神トシテモ、コノ世デ最モ相応シキ方カト」

 

「アウラ」

 

「お二方とも、とても慈悲深く深い配慮に優れたお方です」

 

「マーレ」

 

「お、お二方とも、す、すごく優しくてかっこいい方だと思います」

 

「デミウルゴス」

 

「モモンガ様は、懸命な判断力と瞬時に実行される行動力を有したお方です。ねも様は堕天使以上にこのナザリックを守ることに長けており、美しき戦いで右に出る者はいないと思っております」

 

「セバス」

 

「お二方とも、最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方々です」

 

「最後になったが…アルベド」

 

 

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、わたくし共の最高の主人であります。また、わたくしの愛しいお方です。ねも様は、このナザリックにおける絶対なる戦神でございます」

 

 ねえモモンガさんはともかく、俺の評価もめっちゃ高すぎない?戦神ならワールドチャンピオンであるたっち・みーさんじゃないか?俺は42人目でナザリックに合流したからタイマンのPVPは苦手だぞ?

 

『それじゃあ、この場での最後の言葉はモモンガさんがどうぞ』

 

『はい、わかりました』「…各員の考えは十分に理解した。今後とも忠義に励め」

 

 

「「「「「「はっ!」」」」」」

 

『やっぱ忠誠心高すぎませんですかね俺達』

『ですね…。』

 

 

 

 

同時刻 バハルス帝国内 とある屋敷

 

 

「…これで、最後」

 

 暗い部屋の中、一人の少女が小さいポーチに必要な道具を入れる作業を終えていた。そして、少女は振り返る。自分を慕っている双子の妹たち、この子たちの全てを守る為に…。

 

「私が頑張らなきゃ…」

 

 満月に照らされる黄色い髪をたなびかせながら、少女は決意した。



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運命の出会い?

「はぁ…はぁ…」

 少女は焦っていた。
 
 実家は100年以上バハルス帝国を支えていた貴族だった。

 しかし、帝国史上の名君"鮮血帝"の政策によってに取り潰されてしまい、更には両親が「鮮血帝没後にフルト家が貴族として再興される際の投資及び、鮮血帝にこの家が屈していない事を見せつけるため」と称して、働きもせずに貴族生活を辞めなかった事。

 その結果、膨れ上がった借金を返すために学院を辞めて冒険者として働く様になった。

 かつて通っていた魔法学院では、帝国最強の大魔法使い"フールーダ・パラダイン"から直々に指南を受けるほど将来を嘱望され、弟子にして帝国最強の魔法詠唱者部隊・『選ばれし三十人』の候補に挙がっていた。

 だが、所詮は外の世界を知らない貴族様。
 今にして思えば己惚れていた…。その油断が命取りとなった。

「!」

 足を踏み間違え、川へ転落してしまう。
 魔力を消耗していた彼女は、自然に流されていく。
 溺れながらも、運命との出会いに向かって…


「指輪で転移できるのは…ここまでですね」

「あとは誰にも見つからないように…」

 

 階層守護者達から多大なる忠誠をされた俺とモモンガさんは、セバスの報告通りなのかナザリックがどこに転移したのかを確かめるために外へ出ることにした。といってもそのままの姿では悪目立ちが過ぎる為、モモンガさんは鎧を纏い、俺は黒マントを羽織って第一階層の地下大墳墓地表部、中央霊廟まで転移した。

 

「えーと、出口は…」

 

 目の前にある階段を上りながら出口が見えないかと目を凝らしていると…

 

「へ?」

「!?」

 

 え、ちょっと待て。今目の前に三体悪魔いるんだけど。

 記憶が正しいなら、この目の前にいる三体はそれぞれ『嫉妬』『強欲』『憤怒』を二つ名にもつデミウルゴスの配下の三魔将。いや、勝てるとは思うけど目の前に現れるので普通に驚く。

 

『も、モモンガさん。なんでこの子たちがここ!?』

『いや、俺もわからないですよ!』

「ん…これはモモンガ様にねも様。近衛をお連れにならずここにいらっしゃるとは」

「「(うげっ、デミウルゴス!))」」

「それにそちらのお召し物は…」

「「(しかも速攻でバレた!?)」」

 

 そう思った直後、そういや転移できるのって俺達しかいないからバレても当たり前かと思い直した。そりゃバレますよ。

 

「バレてしまったのは仕方ない。流石デミウルゴス」

 

 そう言いながらフードを脱ぐ。

 

「何を仰いますか。たとえ他の愚者達が魔法などで完璧に姿を御方々に似せようとも、数瞬の迷いもなく当てられる自信がございます!しかし…何故お二方はここに?」

「あー、うん。少し事情がありねもさんときたわけだが…」

「…そういうことですか」

 

「「え?」」

 

 モモンガさんがそういうと、デミウルゴスがこういった。

 

「正に支配者にふさわしきご配慮かと考えます」

 

『えっ、ちょっ、どゆことですか!?これ!単なる息抜きに外出したいだけなのに、変な風に変換されてません!?』

『ど、どうしましょう…ひ、ひとまず流れでごまかすしか…』

『そ、そうですね…』

「ですが、やはり供を連れずにとなると私も見過ごすわけにはいきません」

「…デミウルゴスよ。モモンガさんはその考えであってるが俺は違う。ただ、外の世界を…ナザリックを改めて自分の目で見て確かめたかったんだ。それに、護衛なら俺が務まるって思い勝手についてきたんだ」

「おお、そうだったのですね」

「でも…そうだな。モモンガさん、一人だけ同行を許してもいいですかね?」

「ああ、構いませんよ。一人だけ同行を許す」

「私の我儘を受け入れていただき、感謝します」

 

 そういい跪いているデミウルゴスを横に、俺とモモンガさんが歩いていく。こうして俺とモモンガさん、デミウルゴスは外が見えるところまできた。

 

「ワァー……すごい、綺麗…」

「(すごいな…こんな透き通った空は……みたことがない…!)」

 

 モモンガさんはどこからともなく翼の形をした青いネックレスを首にかけ、飛行(フライ)の魔法を使い飛んだ。それに続くように俺も翼を顕現させ上空に、デミウルゴスは半悪魔形態―――蛙のような顔になり背中に悪魔っぽい翼が生え空へ。

 文字通り雲を突き抜けると、そこには圧巻で神秘的、それ以外何も言えないような光景が広がっていた。空には天の川っぽいものもあり、人工的な明かりなんてないのに、月と星だけで辺りを見回せる。

 

「本当に……現実とは思えませんね」

「そうですね…。ブループラネットさんにも…見せてあげたかった…」

「キラキラと輝いてる…。宝石箱…みたいですね」

「ええ…!」

「この世界が美しいのはモモンガ様とねも様の身を飾るための、宝石を宿しているからかと」

 

 デミウルゴスがそうやって褒めてくれる。ここまで純粋に褒められるとすっごい照れるな。

 

「ふん、確かにそうかもしれないな…」

 

 この骸骨さん、なんかまた支配者ロールに入ってないか?

 

 「私がこの地に来たのは、この誰も手に入れていない宝石箱を手に入れるため…いや、私一人で独占すべきではないな…ねもさんや、ナザリックの皆…アインズ・ウール・ゴウンを飾るためのものかもしれないな」

 

 あ、だめだこの人。完全に入っちゃってる。

 

「お望みとあらば、ナザリック全軍をもって手に入れてまいります」

 

 それに対するデミウルゴスも凄いこと言う。そんなことできたら楽しそうだけど…

 

「ふん、この世界にどのような存在がいるかも不明な段階で…か?ただ…そうだな―――世界征服なんて面白いかもしれないな」

「っ!」

 

 おっとモモンガさん、それNPCのみんな本気にするからね?

 しかし彼の提案は面白そうなのには全面的に賛成だ。

 

 「いいですね、モモンガさん。世界征服、やっちゃいますか?」

 

 そういうとデミウルゴスは更に驚きの表情をした。

 こうなったらとことんモモンガさんに乗っかろう。

 

「いや、しかし…言ったはいいが、私達を凌ぐ敵がいるかもしれないんですよ?」

「確かにおっしゃる通りです。しかし、それはその時に対処すればいいんです。俺とこのナザリックの皆がいる限り、誰も傷付けさせたりなんてしませんよ。それに…俺とモモンガさん、ナザリックの力が合わされば、俺たちに敵う種族なんて手で数える程度…この地の最強だって夢じゃありません!」

 

 おおらかにそう告げ笑ってみせると、モモンガさんも少し気が楽になったからなのか、フフッと笑い返してくれた。この人だけは心配させたくない、そんな思いが一段と強くなるのを感じた。

 

「そう…ですね。ええ、全くその通りです。俺達ナザリックは世界最強です!」

「うんうん、やっぱりモモンガさんは、それくらい大きくいた方がかっこいいですよ!」

「ねも様、モモンガ様。先ほどの言葉、とても感動いたしました。このデミウルゴス、より一層!この身をお二方に!捧げさせていただきます!」 

「そうか…」

「うん…ありがとう、デミウルゴス」

 

 そしてこの後、NPC達の中での最終目的が世界征服になってしまったのは言うまでもない。二人ともノリで言ってしまったなんて…。

 

 

 

 

 

 

 翌日、早速各自で調査を始めることにした。

 モモンガさんは自室から索敵を始め、何かを発見した際は、上空で待機している俺が間髪入れずにその場に急行する。こちらは相棒に乗って絶賛空の旅を満喫中だ。

 

 まあしかし、いきなりドラゴンに乗って現れたら誰だって驚くことは予想しているので、飛んでいる最中は他者からは雲に擬態しているスキルをかけている。

 

 因みにアインズさんは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使用して、ナザリックから俺を中心に索敵を行っている。どうやらユグドラシルと違って操作方法も変わってて、試行錯誤を重ねてるところだとか。

 

「どんな感じですか?進捗は」

「今やっと視点の変更までできて、本来の使い方ができた、って感じです」

 

 操作が変更となると、いくら上級プレイヤーでも少し時間がかかってしまうのは当然なので気にしなかった……っと、どうやら相棒が何かを見つけたように合図をする。

 

「モモンガさん、相棒が何かを発見したようですが…」

「えっ? その方向には街とかないようですが…」

 

 上空を旋回してもあたりは木が生い茂っている森ばかりだが、何かを感じ取ったのは間違いない。しかしこちらが迂闊に行動してしまっては、モモンガさんの索敵が追い付かなくなるが。

 

「一応、その場所に行ってみます。危険と判断したら、ナザリックに帰還します」

「わかりました、気を付けてくださいね」

 

 モモンガさんから許可を得て、相棒が感知した場所へ急いで向かう。

 どうやらこの辺りを流れる川のようだ。それにしても、こんな奇麗な自然の川を見るのは生まれて初めてかもしれない。ここに何が………!

 

 いた…!岩の陰で、川の流れに抗って…いや、奇跡的に引っかかっている人間がいた!

 よく見ると気絶している。恐らく、川に沈んで意識を失っているように見える。

 

「相棒!あの人を引き上げるぞ!」

「クゥオァ!」

 

 急いで溺れている人を救出する。

 女性だ。年齢は10代前後…黄金色のショートヘアをしている。ナザリックの面子にも負けない美少女であった。何とか岸まで引き上げ、安否を確認する。

 やはり、水を大量に飲み込んでしまっている。呼吸はわずかにしているように見えるから、こういうのは心臓マッサージだよな?でも人工呼吸とかやったことないし、女性の身体に触るというのは抵抗が…どうすれば…

 

 ………はっ! もしかしたら、状態異常回復のスキルでどうにかなるか!?

 こういう場合は1分1秒が生死にかかわってくる。それにここは誰もいない森、AEDなんかもあるわけないしモンスターに襲われたらひとたまりもない。

 ひとまず起き上がった際に驚かせないよう、相棒に上空からモンスターの監視をやってもらおうと命令する。早くしなければ……ええいままよ!!

 

 

真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)!!」

 

 意識を失っている少女に対し、俺は蘇生魔法をかけた。

 この真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)は、第9位階の魔法で第7位階の蘇生(リザレクション)よりも上位の魔法、復活時のレベルダウンをより緩和することができる。

 

 だが、油断はできない。

 状態によっては、ポーションなどの回復アイテムによる傷と疲労の回復が必要になるかもしれない。

 

「!ゴホッ…ゴホッ…!!」

 

 どうやら、気が付いたようだ。よかった…俺は安堵する。

 

 

 

 

「お…お…」

「お?」

 

 

 

「……うぉおおぉえぇぇっええええええーーーーー!!!!」

 

「(ええええええeeeeeeeeeーーーーーー!?!?!?)」




ノルマ達成。


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接敵

ウマ娘の小説サボって何してんだ俺は…
頑張ってどちらも更新します。


「…ひっ!」

 

 自分の人生を呪った事はないだろうか?或いは運がないとも。

 目が覚めたら、目の前にとんでもない魔力を秘めた化け物が現れたことを。あまりの化け物さに、私は嘔吐してしまった。

 

「とりあえず落ち着けって、別にとって食ったりはしない!」

 

 目の前の男はそう言って私を落ち着かせようと必死になっている。

 

 アルシェ・イーブ・リイル・フルト…それが私の名前であり冒険者だ。

 ずっとお世話になっていた帝都魔法学院の生徒だったが、両親の度重なる借金を見るに堪えず辞めてしまい、数日前から冒険者として働いている。

 

 しかし、最初のランクであって報酬は少なすぎる。

 

 本日のクエストも終わったかと思ったら、モンスターの大群に襲われたのだ。追加報酬で倒そうと思ったが、流石のタレント持ちのエリートでも数には敵わない。逃げる途中、足を踏み外して川へ落ちた。そこまでは記憶している。

 

 私は生まれてから泳いだ事はない、そこで死ぬかと思った。しかし死ななかった。と言う事は、この男が私を助けたと言うことだろうか?それ以上に、この男から溢れる大量の魔力に屈するしかなかった。

 

「いや…いやっ…!」

 

 一方でねもは、どうしてこの少女が怯えているのかが疑問であった。よくよく観察すると少女の目が光っていた。まさか、魔眼持ちか!?杖も手首に巻きつけて所持しているので、ただの魔法詠唱者では無さそうたが…

 

「あーもぅ!落ち着けっての!」

 

 痺れを切らしたねもは、続けて精神状態回復の魔法をかける。

 すると少女の恐怖状態は、まるで力が抜けたように収まったのだ。

 

「これで少しは落ち着いたか?」

「は、はい…」

 

 少女はなけなしに小さい声で返事をする。

 

「まずは自己紹介だな。俺の名前はねも、川で溺れている君を見かけ助けたんだ」

「あ、ありがとう…ございます…」

「もし宜しければ、君の名前を教えてもらってもいいか?」

「あ、…アルシェ、です」

 

 どうやら意思疎通は成功したようだ。ただ、まだアルシェは蘇生出来たとはいえ、全快ではないようだ。そこでアイテム欄から赤いポーションを取り出す。

 

「これを飲め。体力が全快するポーションだ」

「えっ? これ、ポーション??」

 

 少女は俺の差し出したポーションに不思議な顔で見た。一見すれば血のような不気味さがあるのは確かだが、アルシェは意を決して飲む。

 

「嘘…」

 

 アルシェは驚く。まるで、先ほどまで溜まっていた疲労が嘘のように消えていった。その姿にねもは安堵する。とりあえず、この世界に詳しい人間で間違いないだろう。

 

『モモンガさん、この世界を知ってそうな現地人を保護しました。これからナザリックに戻ってもいいですか?』

『ねもさん、こちらからも報告が。近くに村を発見したのですが、どうも様子がおかしくて…』

 

 様子がおかしいとはどういう事か、俺もモモンガさんが見ている鏡を共有する形で見てみた。

 そこには、人間の村っぽいものがあったんだけどなにやら騒ぎになっていた。モモンガさんがズームをしてみる。そこでは鎧を纏った騎士が、無抵抗で逃げ惑っている村人を殺して回っていた。ひでーなこれは…

 

「あの、これは…?」

「近くの村の状況を映しているものだ」

『セバスが助けに行くべき、と言っていますが…どうします?』

 

 アルシェにそう説明する。もし本当であれば、このままでは村人は全滅してしまうぞ。襲っている騎士たちを拷問する選択もあるが…

 

 世界征服を目指すというなら、この世界の情報は出来る限り多く集めた方が安全なのだ。

 ゲームでも現実でも情報の統制によって和平が保たれており、下手に虚偽等で踊らされては破滅する。それにあの兵士と戦って、この世界の戦闘レベルを経験できるチャンスでもある。

 

 異形種PKが流行っていた時、見ず知らずの自分たちを助けてくれたたっち・みーさんを思い返す。「正義降臨」とエフェクトつけてまで助けられた事にフッと笑った。改めて鏡を見ていると、逃げ惑っている姉妹を騎士が斬りつけていた。マズいな…姉の方は、このまま放っておけば失血死するだろう。

 

『助けましょう、情報が得られるチャンスかもしれません』

「それでは…セバスよ、ナザリックの警備レベルを最大まで引き上げ、アルベドに完全武装で来るように伝えろ」

「畏まりました」

 

 メッセージを終了させ、俺はアルシェに向き直す。

 

「満身創痍なところすまないが、村人を助けるのに力を貸してくれないか?もし魔法、魔術が使えるのであれば援護してほしい」

「は、はい、ついていきます」

 

 ここで見捨てられるよりついて行った方が安全と思ったアルシェは、そう頷いた。ここてちょっとだけでも信頼を得る事にまたも安堵するねも。

 

「あっそれと、一応…」

 

 ねもはそう言って、アルシェの額を二本指で軽く突く。

 

「先程魔眼で苦しめられているように見えたから、これで大丈夫だ」

「えっ!?」

 

 自分が魔眼持ちだと言ったわけではないのに、すぐに看板された事に驚くアルシェ。それだけでなく、「転移門!」と言って怪しい魔法陣を出現させて中に入ると…映っていた姉妹の側に立っていた。

 

「う、嘘!?」

 

 ゲートをくぐり抜けると、モモンガさんが先ほどの斬られていた姉妹と襲っていた騎士の間に立つ。第9位階魔法の心臓掌握(グラスプ・ハート)を使い、即死をさせる準備をしていた。

 

「女子供は追いかけ回せても、毛色の変わった相手は無理か?」

「ひっ、た、助け、助けてくれっ!」

「…では、死ね」

 

 モモンガさんが手の平に持っていた心臓を握りつぶすと、目の前に立っていた騎士は崩れ落ちた。多分というか確実に死んだでしょう。その光景を見ていたアルシェは「魔王!?」と叫んでいた。

 

「ひ、ひいっ!?」

「逃すとでも思ってるのか?」

 

 背中を見せて逃げ騎士の前に、飛んで回り込む。

 

「ひいっ、く。くるなぁ!」

 

 騎士が苦し紛れの剣を振ってこちらに来る。が…不思議な感覚に落ちていた。

 

「(すご…止まって見える…)」

 

 剣士の動きが時間が止まったのように見えるのだ。ひょっとして取り柄は格好だけなのか?

 

「甘い」

 

 瞬きすら許さないほど、華麗に日本刀で騎士の首を刎ねる。

 

「うーん…この騎士のレベルなら遺産級どころか最上級でも十分なんじゃ…いや。流石にそんな低レベルのものはないけど…」

「ねもさん、お見事です」

「いえ…もう警戒してたのが阿呆らしいくらい弱かったです」

「ですが、この騎士達だけかもしれません」

「まあ、油断はしませんよ。ところで…その斬られている方、大丈夫でしょうか?」

 

 襲われていた姉妹のことを思い出し、モモンガさんがポーションを取り出し、姉妹に差し出す。

 

「これを飲め」

「の…飲み…ます。だ、だから…い、妹には……手を……」

 

 …あ、モモンガさん骸骨顔のまんまじゃん。そりゃその姿で訳の分からない物を差し出されたら抵抗するのは当たり前だ。

 

『モモンガさん、ここは俺が代わりますよ。多分、その骸骨顔に怯えてるんです』

『ああ…なるほど。それではお願いします』

 

 そう軽く会話を交わし、モモンガさんから取り出していたポーションを受け取る。できる限り相手と同じ目線になるように屈む。

 

「大丈夫だ、これは治癒のポーション。飲めば治る。飲みづらそうだから、手伝ってあげてくれ」

 

 とりあえずできる限りの笑顔で妹の方に話しかけると、恐る恐る、といった感じでポーションを受け取り、姉だと思われる方に必死に飲ませていた。

 

「え…嘘…。傷が…ない」

「よし、治ったな」

 

「準備に時間がかかってしまい申し訳ありません。ただいま到着いたしました」

「いや、実に良いタイミングだ、アルベド」

 

 ゲートが開いたかと思うと、そこから全身紫色のゴツい鎧をつけているアルベドが出てきた。

 

「おっとアルベド、そこの姉妹の人間はさっき俺達が助けたんだ。殺しちゃダメだ。後…ここの村を救うから村人も殺害禁止だ」

「畏まりました、そちらの人間は?」

「ひっ!」

 

 もう、アルベドの顔…兜を通じてマジで怖い。命令しなかったら本当にぶっ殺してたでしょアンタ。

 

「手出し無用だ…って、何か考え事ですか?」

「ちょっと、アンデット作成も試してみようと思って。中位アンデット作成、死の騎士(デス・ナイト)

 

 モモンガさんは実験込みで死体を使ってアンデットを作り出す。すると、先程まであった死体よりも巨大化したでっかいアンデットの騎士が作成された。うえっ、死体に乗り移るのかよ。ゲームじゃこんなことなかったはずなんだけどな…

 

「で、死の騎士(デス・ナイト)!?」

死の騎士(デス・ナイト)を知っているのか?」

 

 アルシェは驚いた。どうやら彼女によると、英雄クラスでなければ倒せられないらしい。一応中位のモンスターなのに、そこまで危険視されているのか?

 一応襲っている騎士を殺せと死の騎士(デス・ナイト)に命令すると、雄叫びをあげ村の方へ走っていった。

 

「「(ええ…盾が守るべき者を置いていったぁー…)」」

 

 いやまあ命令したのモモンガさんだけども、流石に驚きを隠せない。本来、死の騎士(デス・ナイト)は盾役のモンスターのはずで間違っても召喚者からは離れないはずなんだけど…。

 

「一応、空から様子見ておきますね…」

「お願いします。ですが、その前に…」

 

 モモンガさんは姉妹の方に向けて防御系の魔法をかけた。姉妹を囲うように薄い緑色の透明な膜が姉妹を覆った。

 

「その中にいれば大抵は安全だ。それと困ったらこれを吹くといい。ゴブリンの軍勢がお前を守ってくれるだろう」

 

 そう言い、気前のいいことにゴブリンを召喚できる角笛を二つ姉妹に投げ渡す。これなら暫くは安全だろう。

 

「あ、ありがとうございます!あ、あの…お二方の…お名前はなんと…」

 

 

 

 

 

「我が名を知るがよい。我こそが…偉大なる魔術師、アインズ・ウール・ゴウン!」

「そして、その補佐…堕天使ネモである!」

 

あれ?そこはギルド名を言うんだ…。




変更点
・アルシェ同伴


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カルネ村

未だにテイマー要素がない件…


「アルシェ、これから馬鹿な事を言うかもしれないが…」

「えっ? 何を言うんですか…?」

 

 これから空を飛んで、俺達を置いて行った死の騎士(デス・ナイト)を追うという常人からは変な質問を問うたが、彼女からは意外な答えが帰ってきた。

 

「はいっ大丈夫ですっ 私も第3階位の飛行(フライ)を扱えます」

 

 なんと、どうやら彼女も飛行できるらしい。

 どうやら優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)で間違いないようだ。そうと分かれば善は急げだ。

 

「よし、ならすぐにでも追いつこう(バサッ!)」

「!!」「(翼!?)」

 

 飛行形態として、俺が白い翼を出すとアルシェと姉妹は眼が飛び出る程驚いていた。まあ堕天使という種族上、翼がないと格好つかないからな。

 

 さて、飛行(フライ)で空を飛び追ってみると、カルネ村では死の騎士(デス・ナイト)が騎士相手に無双していた。突然現れたモンスターに騎士たちは当然手も出せず、奥で身動きが取れない住人たちはその光景を見るしかなかった。

 

 「き、貴様ら!あ、あの化け物を抑えよ!お、俺はこんなところで死んでいい人間じゃなぁい!は、早く抑えよ!」

 

 何やら指揮官らしき男が何か叫んでいるが、嘲笑うかのように死の騎士(デス・ナイト)はその人間に向かっていった。周りの騎士も逃げている住人にも見向きもしていない。

 

「ひいっ!?あぁ…」

 

 死の騎士(デス・ナイト)が目の前に来た瞬間、指揮官らしき男が倒れる。よく見ると白目をむきながら気絶していた。気持ちは分かるが、なんだか情けない姿である…。

 

「ひぐっ!?」

 

 しかし、気絶したからといって放置する死の騎士(デス・ナイト)ではない。相手は感情のないモンスター…持っていた大剣を倒れた騎士の腹に突き刺した。しかも何回もめった刺しを食らったのだ。

 

 「いだっ!や、やめて!お、おかね!お金あげますから!お、お金をあげますから!や、やめでぇ!」

 

 …この男、何故死にそうなのにモンスターに金銭で対応しようとしたのか。その後もデスナイトは無双をし、残りの騎士はもう二桁もいないほどになった。

 

『そろそろ降りましょうか』

『ですね。にしても… 死の騎士(デス・ナイト)でここまでボロボロにされるとは…』

『まあ…この人たちだけかもしれませんけどね。何はともあれ、支配者ロール楽しみにしてますよ?』

『ゔっ…』

 

 このまま放置すれば死の騎士(デス・ナイト)は確実に全騎士を粛正してしまう。

 

死の騎士(デス・ナイト)よ!そこまでだ!」

 

 アインズさんが下に降り、それに続くように俺とアルベドも降りた。そして、残りの騎士たちに向かってアインズさんが叫ぶ。

 

「初めまして、私はアインズ・ウール・ゴウン。諸君らには生きて帰ってもらう。そして…諸君の飼い主に伝えろ。この辺りで騒ぎを起こすな。騒ぐようなら…今度は貴様らの国まで『死』を告げに行くと!行け!そして確実に我が名を伝えよ!」

 

 この言葉に騎士たちは一目散に逃げていく。このまま飼い主に報告してくれればいいが…

 

「さて…君たちはもう安全だ。安心してほしい」

 

 村人にアインズさんが話しかける。緊張の糸が切れたのか、ほとんどの村人がその場にへたりこんだ。因みにアインズさんは今、嫉妬マスクというアイテムを顔に着けている。これは、クリスマスの日に2時間以上ログインしていると無条件でもらえるアイテム…だがこれで勝ち組と負け組が争うきっかけになった困った物だ。俺も持っているが、単純に着けたくないだけだ。

 

「貴方様方が…私たちの村を…ありがとうございます!」

 

 おそらく…村長らしい、だいぶ歳をとっている人がお礼を述べてきた。それに続くように村人皆がお礼を告げてきた。でも、中には何故こんな村を?と疑問に思っている人も多数いる。偶然とはいえ監視していたとは言えない。

 

「…とはいえ、タダというわけにはいかない。それなりの礼をいただきたい」

 

 ああなるほど。営利目的にした方が余計な詮索はされずに済む、と。流れで村長の家に入り色々と情報を聞いていた。金貨、周辺国の件、この世界の常識を知っている限りの事を話させていた。因みに我々の事は僻地で研究している世に疎い者たちとして理解してもらえた。

 

「負傷者はこちらに。特に女子供の方、重症の方から来てくれー」

 

 大抵の話を聞いた俺は、村の復興と共に怪我人の治癒に当たっていた。それ以前に、今の襲撃で亡くなった人間への弔いが心に痛む。

 

「お二人のお力で、復活は出来ないんですか?」

「…流石に難しいさ。第一、今のこの状況で喜ぶと思うか?」

「す、すみません!」

「気にするな」

 

 アルシェが質問する。アインズさんが持っているアイテムであれば復活は造作もないが…あの空気では…。しかし、俺に関しては手を合わせている人が多いような…

 

「あ、ありがとうございます…。でも、このような高価なポーションに支払えるだけの代価を…私たちは持ち合わせておりません…」

 

 高価…?ユグドラシルで腐るほど見てる安物のポーションだぞこれ。

 

「心配無用、俺が持っておいても腐らせるだけだ。それなら今必要としている方に使った方が、ポーションを作った人も喜ぶというもの。遠慮なさらず飲め」

「おお…なんと寛大な…ありがとうございます天使様」

 

 何故か人から崇められているのだが…。

 それにしても、先程の死の騎士(デス・ナイト)の行動然りこのポーションの価値も違っている。住民たちが嘘を言っているようにも見えない…これは大幅な修正が必要……!?

 

 ここで空を偵察していた相棒が何かを発見し、視界を読み取る。

 どうやら二つの集団が近づいているようだ。一つは装備も不統一の馬に乗った30人を超える集団、もう一つは装備統一されている集団だ。警戒度は後者の方が高いが、前者がもう直ぐ村に着く。アインズさんにも連絡を入れ、住民たちと共に集団を迎える準備に入る。

 

 「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長・ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしている騎士達を討伐するために王のご命令を受け村々を回っている」

「お、王国戦士長…!」

「(どうして、こんな所に?)」

 

 王国戦士長の言葉に村長とアルシェが驚く。このような偏狭な村でも名が知れているという事は、先程聞いたリ・エスティーぜ王国の中でも有名な方なのだろうか?

 

「そちらは村長だな。横にいる方々は、一体誰なのか教えてもらいたい」

 

 ここで王国戦士長はこちらに向く。今モモンガさんは仮面を被り、俺は翼を収納している。異種族を知れたら厄介なことになるからだ。

 

「初めまして王国戦士長殿。わたしはアインズ・ウール・ゴウン、魔法詠唱者です。そしてこちらは…」

「私はネモ、こんな生りだがアインズ殿の斥候をしている」

 

「…この村を救っていただき感謝の言葉もない!」

 

 戦士長さんは考える素振りの後、馬から降り礼儀正しくお辞儀をした。こういう人間にはまだ好感は持てる。

 

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むようにして、接近しつつあります!」

 

 戦士の一人がそう報告する、恐らく後者の方だ。明らかに変である。

 

「ひとまず、このままではすぐ見つかって攻撃を仕掛けられる可能性があります。この場にいる人たちは全員家の中に、我々は一番村の外に近い家の中に入って様子を伺いましょう」

「そうですね、言うとおりにしましょう。それでいいですね。戦士長」

「ええ」

 

 

 

 

 村の一番外側の家にて、村の外側を確認する。如何にも魔法を使いますよー的な格好をした人間が複数いた。

 

「…包囲されている。戦士長さん、一体何者ですかアレ」

「…ここまでの数の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を揃えられるとなると、スレイン法国。それも神官長直轄の特殊工作部隊、六色聖典のいずれかだろう」

「…?私は地理には詳しくないですが、要は先程襲った騎士もスレイン法国とやらのものと?」

「恐らくはそうでしょう。しかし、この村にそんな価値があるのでしょうか?」

 

 この村の事は色々聞いたが、宝石や鉱物・特産品など目ぼしいものは特にない。となると、敵の狙いは…

 

「…憎まれているのですね、王国戦士長は」

「本当に困ったものだ。まさか、スレイン法国にまで狙われているとは」

 

 アインズさんと戦士長さんが話している中、囲っている魔法詠唱者(マジックキャスター)を見ていると、見たことあるモンスターを使役している。

 

「あれって、上位天使!?」

「天使を召喚とは…厄介だな…」

 

『ねえ、ねもさん。アレってどう見ても炎の上位天使ですよね?』

『ですよね。ユグドラシルで大分初期モンスター…だったような』

 

 問題は外見より中身だ。姿が似ても、先程のように何か違っていたらこちらにとって脅威なのかもしれない。

 

「ゴウン殿、ネモ殿。もしよければ、雇われてくれないか?報酬は望む額を…」

「「お断りさせていただきます」」

 

 戦士長からの誘いを俺達は問答無用で断った。この世界の判断材料が少なく王国の事は特に分かっていない為でもあるが、一国だけに肩入れするのもどうかと思った。

 アルシェはここでも驚いていたが、自分も帝国の人間だ。冒険者といえど、王国の人間に肩入れする事は反逆行為になりかねない。

 

「そうか…では、ゴウン殿、ねも殿。お元気で。この村を救ってくれたこと、感謝する」

 

 潔く諦めたのには驚いたが、手を差し出されたので一応表面上、握手だけはする。

 

 「本当に…本当に感謝する。そして…ワガママを言うようだが、もう一度だけこの村を救って欲しい!今差し出せるものは何もないが…何卒…何卒!」

 

 戦士長さんは跪いてまで私たちに頼んできた。素性も、全くわからない相手に、だ。

 

『アインズさん。ここまでされたら流石に……守ってあげてもいいんじゃないですかね?』

『そうですね。それにこの約束を受け入れれば、この世界の強さの基準がわかるかもしれませんし。あの天使たちについてもわかるかもしれません』

 

「…わかりました。村人は必ず守りましょう。この、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」

「ならば…後顧の憂いなし!私は前だけを向いて進ませていただこう」

「では…こちらをお持ちください」

 

 アインズさんは、なんか不恰好な彫刻を戦士長さんに差し出していた。…あれは一回しか使えない位置交換できるトーテム。アインズさん、戦士長も助け…いや、単にスレイン法国の強さを確かめたいからか。

 

「君からの品だ。ありがたく頂戴しよう。…では!」

「ご武運を」

 

 その後、戦士長とその部下はわかりやすく目立つように一箇所から出た。恐らくは、他に散らばっている魔法詠唱者(マジックキャスター)を一箇所に集めるためだ。

 

「大丈夫かな…」

「協力してしまえばそれはそれで怪しまれるぞ?…はぁ、初対面の人間には虫程度の親しみしか湧かないが、どうも話してみると、小動物に負ける程度の愛着が湧くな」

「そうですか?でも、あの戦士長の志は好きですよ。人間の中でもああいう人なら、まだ助けてあげてもいいかなって思います。カルマ値が善よりな為か、共感は持てます」

「それじゃあ…戦闘の見学、しましょうか」

 

 その後の、戦士長たちの戦闘は、一言で言うと幼稚なお遊びにしか見えなかった。しかし、『武技』というユグドラシルにはなかったものもあった。武技というくらいだから、習得しようと思えばできるのかもしれない。気づいたら戦士長以外の部下は全員瀕死に、戦士長も多勢に無勢、天使たちに刺され魔法を打ち込まれもう瀕死直前になっていた。

 

『トドメだ。しかし一体でやるな。数体で確実に仕留めろ』

 

 戦士長が何かを叫んでいるが、それだけだ。現実は甘くない。

 

『そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。ガゼフ・ストロノーフ。その体で何ができる。お前を殺したのち、村人たちも殺す。無駄な足掻きをやめ、そこでおとなしく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる』

 

 と、魔法詠唱者(マジック・キャスター)側の隊長と戦士長の会話を聞いていた俺は不思議とキレていた。この時、アインズさんは俺に殺される運命になったマジックキャスターたちに軽く同情したとか。

 

『クックック…』

『何がおかしい』

『愚かな……あの村には、俺より強い方々がいるぞ…!』

『ハッタリか…?天使たちよ、ストロノーフを殺せ!』

 

 

『…そろそろ交代だな』

『ですね』

 

 

 

 

ガゼフside

 

 

 

 

「っ!?」

 

 俺は、先ほどまでスレイン法国の隊長と、話していたはずだ。が…どこからか声がしたと思ったら、見知らぬ建物の中にいた。隣には黄色い髪の少女がいた。

 

「こ、ここは…」

「ここは、村の倉庫です。アインズ様が魔法で防御を張られています」

 

 村長が立ち何が起きたのかを説明する。どうやらあの二人とまるで入れ違いになったように代わったらしい。

 

「……あり、がたい…」

 

 それを聞いた俺は安堵し、そのまま床に、力尽きて倒れてしまった。



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カルネ村2

「…何者だ?」

 

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私の名は、アインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼んで頂ければ幸いです」

 

 ガゼフと入れ替わった後、隊長らしき男が話しかけてきたので予定通りアインズさんがそれに応対する。

 

「あの村とは少々縁がありましてね」

「村人の命乞いにでも来たのか?」

 

「実は……お前と戦士長との会話を聞いていたのだが、本当にいい度胸をしている」

「あぁ?」

 

 アインズさんは先ほどまでとの丁寧な口調とは打って変わり、ドスの効いた声で威圧的な言葉遣いに変わった。

 

「お前たちは、この私達が手間をかけてまで救った村人を殺すと広言していたな。これほど不快なものがあるものか」

「不快とは!大きく出たな、魔法詠唱者(マジックキャスター)!で?だからどうした」

「抵抗することなくその命を差し出せ。そうすれば痛みはない。だが…拒絶するなら、愚劣さの対価として、絶望と苦痛の中で死に絶えることになるだろう」

「っ!天使たちを突撃させよ!」

 

『…これは、パッシブで無効化いけますか?守らなくて大丈夫ですか?』

『はい、というか…ねもさんにも向かって来てません?あれ』

『あ、ほんとだ』

 

 俺は何も話してないのに向かって来ている。それにしても…これがステータスの差というものなのか、メッセージを使ってるのにこちらに向かってくる天使の行動が遅く感じる。

 

 アインズさんも同じ事を思ったのか、突撃してくる天使に対し、悠長に防御をする素振りさえ見せなかった。アインズさんは二体の天使に光のレイピアみたいなもので貫かれ、俺はそれを貫かれる直前に受け止める。スーツのおかげか、それとも単にステータスの問題かダメージはない。

 

「はっ、無様なものだ。くだらんハッタリで煙に巻こうと……っ?」

 

 隊長さんは笑えることにこの光景を見て倒せたとでも思ったのだろう。あちらから見れば、天使がアインズさんの腹にレイピアを刺しているような光景。だが、その突撃させた天使がバタバタともがいているのを見て言葉を止めた。

 

「言っただろう?抵抗することなく命を差し出せ、と。人の忠告は素直に受け入れるものだぞ?しかも、私の仲間にも手を出すとは…さらに罪は重くなったな」

 

 アインズさんはバタバタともがいている天使を、掴んでいる頭ごと地面に押し潰しアイアンクローを決めた。俺は拳を突き出し、天使の腹を貫通させる。ダメージを受けた天使はそのまま光の粒子となって消えた。

 

「バカな…!」「何かのトリックに決まっている!」

 

「上位物理無効化。データ量の少ない武器や低位のモンスターの攻撃を完全に無効化するパッシブスキルなんだが…お前達が何故、ユグドラシルと同じ魔法やモンスターを召喚できるのか知りたかったが。まあそれはひとまず置いておくとしよう。次はこちらの番だ。

 

行くぞ  鏖殺だ」

 

 

「っ!全天使で攻撃を仕掛けろ!急げ!」

「アルベド、ねもさん。下がっていてください」

「はっ」「了解」

 

 そう言われ、俺とアルベドは一斉にこの場から離れた。全方位攻撃を繰り出す合図だ。

 

「…負の爆裂(ネガティブ・バースト)!」

 

 アインズさんから何か黒いものが一斉にして周りに散ったかと思うと、その場にいた全てのアークフレイム・エンジェルが消滅した。流石である。

 

「な…あり……えない…!」

「ば、バケモノ!」

 

 そのあとは、誰か1人が打った魔法を引き金に、ほぼ全員がアインズさんに向かって様々な魔法を打ち込んだ。どれもSP消費が少ない簡単な魔法ばかりだが…。

 

 

 

「誰が…その魔法を教えた!」

 

「う。うわぁぁ!」

 

 

 

 そんな中、SPが尽きたのか、単純な石飛礫で攻撃してきた奴がいた。

 

が…

 

 

 

ブシャッ!

 

 

 

「…へ?」

「何が…起こった?」

 

 簡単な話、当たる前にアルベドが跳ね返して逆に相手の首から上をぶっ飛ばしたのだ。隣にいたマジックキャスターと隊長さんは一瞬の出来事に、何が起こったかわかっていなかった。

 

「アルベドよ…。あの程度の飛び道具でこの身が傷つかないのは承知のはず。お前が力を使うほどの……」

「お待ちください。アインズ様。至高の御身と戦うのであれば、最低限度の攻撃というものがございます。あのような下賎な飛び礫など…」

「はっはっは。それを言ったら、あいつら自体が失格ではないか。…なぁ?」

 

 全くもってアルベドの言う通りだ。

 

「っ!監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)かかれ!」

 

『あ、アインズさん。アレ、俺がもらってもいいですか?俺の攻撃が通用するのか試して見たいので』

『ええ、構いませんよ』

『ありがとうございます。では…スキル【真朱魔眼】』

 

 ずっと隊長のそばに控えていた大きい天使が動き出したので、試してみたかったことをしてもいいかアインズさんに許可を取ると普通に了承してくれた。アインズさんの前に入った数秒後に、メイスを構えた天使が殴りつけてきた。それを、片手で受け止めスキルで身動きを封じる。

 

「な…に……。ありえない…あんな小僧ごときがあ!」

「その身で受けてみろ、ドラゴン・ライトニング!!」

 

 俺は身動きが取れていない天使に、第5位階雷系魔法を放つ。ダメージが通ったのか、その天使も光の粒子となって消えた。

 

「た、隊長!我々はどうすれば…!」

 

 自分達の魔法が通じない、戦力が上である使い魔天使達も殲滅された魔法詠唱者(マジックキャスター)達はたじろいでいた。しかし、その隙を見逃さない俺達ではない。

 

「さて、今度は貴様らも受けてもらうぞ…!」

 

 次の瞬間、俺は隊長さんを含め敵にドラゴン・ライトニングを放つ。向こうも応戦するが、あらゆる魔法を飲み込み、あるいは跳ね除け敵部隊は雷の裁きを受けた。

 

『…あっ、サクッと片付けちゃいましたけど、大丈夫でした?』

『問題ないです、お見事でした』

『それは良かったです』

 

「……お前は一体何者だ…!?」

 

 ドラゴン・ライトニングを受けうつ伏せながらも隊長さんが質問をする。他に比べ生きているとは、敵ながら褒めてやりたい。

 

「アインズ・ウール・ゴウンだよ。この名はかつて、知らぬ者がいないほど轟いていたのだがね…」

 

 

 

パリン!

 

 

 

そんな中…上空が、割れた。まるでガラスを割ったかのように。

 

 

「な、なにが…」

「なんらかの情報系魔法を使ってお前を監視しようとした者がいたようだな。私の攻性防壁が起動したから大して覗かれてはいないはずだが…」

「本国が…俺を?」

 

 どうやら自分が仕えている国にすら信用されていなかったようだ。可哀想に…

 

「では、遊びはこれくらいに…」

「ま!ま、ま、待って欲しい!アインズ・ウール・ゴウン殿!いや…様!わたしたちっ!いや!私だけで構いません!い、命を助けてくださるならば!望む額を…」

 

「黙れよ」

 

 この男は自分の状況を分かっていないのだろうか、自分以外を平気で見捨てるとは…自分の体の中で血が沸騰しているのを感じる。俺は隊長さんの足元まで向かい、紅い目で彼を見下ろす。

 

「抵抗する事なくその命を差しだせと…これで3回目だ。お前の事は後でじっくり尋問して聞いてやる…せめてもの情けに、苦痛なく死を与えてやる」

 

 

 

 

「…さて、これで一件落着」

 

 敵部隊全員を捕縛した後、アルベドが俺達に質問をする。何故あのガゼフという隊長を助けたのだと。ナザリックの皆が人間嫌い…自分達が排除すればいいだけ、何もリーダーである自分たちが直接赴かなくていいのだと…。

 

 彼女の言う事はもっともだ、部下であるNPC達は信頼される力はある。それにアインズさんはこう答えた…「この世界の知識が無いうちは、常に敵が己の力を勝る可能性を考慮する必要がある」と。何故この世界に呼ばれたのか、誰が敵なのかもわからない…その意見に俺は賛成した。

 

「それでは俺は、村に戻ってアルシェを連れてきます」

「わかりました、先に戻っています」

「ねも様、あの人間を連れてくる気ですか!?」

 

 人間嫌いのアルベドが叫ぶが、これはいい機会かもしれない。

 遅かれ早かれ、この世界の人間達と触れ合う機会がこの先多くなってくるだろう。その際、俺達をどう見るかは向こうが判断するが…少なくとも現状はナザリックがバレない事と、異種族と怪しまれない事が先決だ。これにはアルベドも渋々了承する。

 

「…アルシェ?」

「わぁあ!?」

 

 転移門(ゲート)で先程の村倉庫に戻ると、アルシェが王国戦士長を看病していた。寝息をたてているならば、生きてる証拠だ。

 

「アルシェよ、迎えに来たぞ。お前を我が家に案内しよう」

「えっ? 我が家って棲家にですか? 私の様な若輩者なんてこの村で…それにこの人は?」

「気にするな、お前1人入った所で別に迷惑なんてないぞ? それにこの男の事は村に任せればいい。回復したら後は自力で帰れるだろう。それに、余所者の君の方が私にとっては心配だが…」

 

 うぅ…とアルシェは考える。

 彼女にも帰る国はあるが、ここから帝国まで例え飛行しても数日はかかる。それに、魔法使うのにも体力は必要であり、またモンスターの大群に襲われたりしたら今度こそ死ぬだろう。

 

 だが、抵抗するのは無理もない。

 これから行くのは魔王の棲家だ。人間である自分は大丈夫か、全く違う生活でおかしくならないだろうかと質問をする。

 

 それでも心配するな、と彼は言った。むしろ帝国に(いい意味で)帰りたくなくなると。助けてもらった恩もあるので、アルシェは了承した。

 

伝言(メッセージ)… セバス、これから人の客人をナザリックへ連れて行く。丁重におもてなしをしてやれ。抵抗がある部下がいるならば、私の名を使っても良い。風呂と食事…食堂の詰め合わせでも構わない」

『畏まりました』




次回、アルシェがナザリック入り!


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初訪問

4期アニメに、オバロ愛が再燃しております。
今回はアルシェ視点です。どうぞ。


一言で完結しよう―――――魔王だ。

 

 私は今、魔王の城で魔王と対峙している…。

 

 不気味な骸骨の姿、魔法詠唱者を象徴する漆黒のローブにこれでもかと装飾を強調する黄金の杖…ネモの姿も大概であったが、死神なんて言う御方じゃない。今はネモのおかげで看破の魔眼は封印されているが、間違いなく嘔吐&死刑確定であろう。

 

 目の前にいるお方、これが魔王と言わず何と言うか。神と言われる存在を前に、よく逃げ出さずに耐えていると自分を褒めたい。いや、逃げても殺されるだろう。それより、何のためにこちらに赴いたかを考えろと心の中で何百回も言い聞かせる。

 

 驚くことはそれだけでなかった。

 ネモという天使に連れられて来た"ナザリック"という名の魔王の巣窟。

 嫌な予感はしていたが、そんなイメージなど軽く吹き飛ばすほどの衝撃を受けていた。帝都に長年暮らしていた自分であったが…あの有名貴族が出入りする皇城より広く、完璧な設備ときた。

 

 身体を奇麗にしようと思ったら何十人も入れる大浴場へ案内されたり、食事も豪勢で屈強な執事様が用意してくれた。確か…セバス様と言っていた。その執事様は私の少し離れたところに立っている。

 

 魔王が率いる組織の客人として世話になるというのに、自分の扱われるイメージが全くといっていいほど沸かない。死ぬまで地獄のように働かせられる奴隷のイメージが、私の頭の中を覆っていた。

 

 その魔王の左右にいるのは赤い執事服のような姿の男、美貌の持ち主ともいえるサキュバスの女性、ハルバードを構えた番人ともいえる虫の巨人、ダークエルフの双子、洋風なヴァンパイアがいた。恐らくは幹部クラスなのであろう。魔眼を発動しなくても、到底自分が勝てない相手だと一目で理解した。

 

「アインズ殿、お待たせいたしました」

 

 魔王と対峙しているというのに、ネモは軽い声で言葉をかけていた。親友なのは間違いないであろうが、そんな悠長な事を考える程アルシェに余裕はなかった。

 

「ご苦労…さて、よくぞ来られた冒険者の少女よ。私がこのナザリック地下大墳墓が主人、そしてネモの友人であるアインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 アインズに声をかけられたアルシェは、誰が見ても分かるようにビクッと大きく体を揺らした。次の瞬間…腰を下ろして片膝を出し、いかにも支配者に従ずる使者の体勢でお辞儀をしていた。

 

「お、お初にお目にかかります魔王陛下!!こ、この度は私のような、ご、ゴミをお招きしていただき、きょ、恐悦至極でございます!!」

 

 その行動に全員が唖然としていた。デミウルゴスの支配の呪言より早く、尚且つ自分を自虐しながらの挨拶。能力的に考えれば当然だろうが、オーバーリアクションとも思えた。

 

「ふむ、そう身構えなくてもよい。お前は我が友の客人として招いているのだ。だが、初対面の相手に対しての礼節がしっかり行き届いているのは評価しよう」

「も、勿体無きお言葉!!」

 

 ネモは、もしかしてアインズさんの絶望のオーラでも感じているのではないかと思ったが、このまま緊張して頭が上がらず話が進まない。俺は隣で少しはリラックスするよう、精神抑制でアルシェを落ち着かせた。

 

「(いやネモさん、この娘可愛くないですか?羨ましいですよ!漫画の展開じゃないっすか!)」

「(漫画の展開といえば、今の私たちの状況もおかしいですがね…)」

 

 そんな緊張をしている彼女をよそに、二人はテレパシーにて空気の読めない会話をしていた。一方、階層守護者はというと…

 

「あれがネモ様お気に入りの女? ただの弱い人間じゃない?」

「そうでありんす、私の玩具として利用したいでありんす…」

「まぁアインズ様をすぐに讃えてるし、少しは話が分かる人間じゃない?」

 

 このように、アルシェを品定めしていた。

 

「では、先にお前のフルネームを聞いておこう」

「あ、アルシェ…アルシェ・イーブ・リイル・フルトですッ魔王陛下!」

 

 震えながらも、私は声を出せるほど出して答えた。

 

「…私は魔王になった覚えなどないが。まあいい、昨日はよく眠れたかね?」

「はい! もう十分に回復いたしました!」

 

 魔王に少しでも自分の考えに感づかれないよう、嘘偽りなく答えた。しかし、張り切りすぎてもそれはそれで怪しまれるかもしれない。

 

「落ち着けアルシェ、アインズさんは今後の処遇について相談したいだけなんだ。気持ちはわかるが、そこまで身構えなくてもいい」

 

 隣に立っているネモ様にそうフォローされる。

 

「それはよかった。さて、回りくどいのは無しにしよう。お互いに腹を割って話そうじゃないか?」

「アインズさんに腹なんてありましたっけ?」

「ははは、返す言葉もない」

 

 そういって場の空気を何とかしようとしたが、これ以上は無意味と本題に入る。

 

「さてアルシェ。聞くところによると、君はバハルス帝国の冒険者だと言っていたが…もし我々のような亜人、又は化け物と偶然にも対峙してしまった場合は、報告するのは義務なのかな? 勘違いをしないでほしいが…我々はいきなり人間の国相手に戦争を仕掛けるつもりはない。しかし…もしこちらが友好的に接しようが、相手の出方次第で状況は大きく変わるだろう。その辺りの話を是非聞かせてほしい」

 

 冒険者組合からの説明は頭の中に叩き込んではいるが、危険なモンスターなど遭遇した場合は、人々の為報告するのが常識だろう。

 組合は人々を守るために活動しており、国から独立した機関である。基本理念として外の脅威から人間種を守る活動をし、市民の安全を脅かすようなものや犯罪に関わること、生態系を崩すような仕事は受け付けない。

 

 尤も、この魔王が表舞台に上がってしまったらそんな理念はゴミ箱行きになるが…

 

「…状況による、ということかもしれない。それこそ証拠でもない限り、根も葉もない嘘を広めるのは良くないでしょう。そういうことだろアルシェ?」

「はい、その通りです…」

「成程、理解した。…しかし、我々がこうして実在しており対面しているのが事実だ。もし君をこのまま帝国へ帰らせたとしても、我々の事を黙っているという保証がない」

 

 アインズ様の言葉に息を詰まらせる。

 どんな言い訳を並べたところで、私がこの魔物たちとこうして出会ってしまったのは事実。このまま冒険者組合に告げ口をしてしまったら、真っ先に殺されるだろう。と言うかここで確実に殺される。

 

「ではすぐに斬首を」

「待てアルベド、早まったことをするな…!」

 

 アルベドと呼ばれるサキュバスの女性に、アインズ様が待ったをかける。

 

「そこでだ、私から一つ提案がある」

 

 次にネモ様が口を開いた。一体、どんな提案を?私は息をのみながら、次の言葉を待つ。

 

 

 

「アルシェ・イーブ・リイル・フルトを、私の監視下に置いておくというものだ」

 

 この言葉に、ネモ様とアインズ様以外この場にいる全員が驚いた。

 

「元々私が見つけた人間だ、どのように扱うかは私の勝手だろう? それに、貴重な魔法詠唱者(マジックキャスター)をこの場で殺すのは余りにも無慈悲すぎる。そこでだ、彼女には我々ナザリックの存在を秘密にしてもらう代わりに……」

 

 ここで、ネモ様は私に対して正面を向いた。

 

 

「… 一つだけ、願いを叶えさせる(・・・・・・・・)というのはどうだろうか?」

「ふぇ!?!?」

 

 衝撃の発言に、私は不用意にも間抜けな声を出してしまった。は、恥ずかしい…

 

「等価交換というものだ。彼女の返答次第ではあるが、それくらいでなければ公平ではあるまい。我々はそこらの殺戮をまき散らす魔物とは違う。その領域を超えた存在が、人間だけ不平等な扱いをしてしまっては…我々ナザリックの品位が欠けるというものだ」

「!」

 

 そういってネモ様は私に近づき、私を護るようにその純白の翼を覆いかぶさった。

 肩に手を置きながら見たその表情は真剣そのものだ。不思議と…自分は護られているような感覚に陥る。

 

「ふむ、確かにネモさんの言うとおりだ。良かろう、その案に私は賛成だ。人間だけ不平等にするわけにもいかない…筋は通っている、その言葉にも感動した」

 

 そう言って、アインズ様は立ち上がった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名において、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは今後ネモさんの保護監視下としておく!各階層守護者、異論はないな?」

「「「「「「はっ!」」」」」」

「アルシェ殿も、それで宜しいか?」

「か、寛大なるご配慮、ありがとうございます!!」

 

 私はそう言って床に力強く頭を下げて土下座した。

 生まれて初めて神様に感謝したいと思った瞬間だった。隣のネモ様に「アルシェもういい、頭を上げろ」と言われ、私は半泣きのまま玉座の間を去った。

 

 

 

 

 

 

「君をこんな怖い目に会わせてしまって…彼らの上司として、心から謝罪する」

「ふぇ!?」

 

 玉座の間を去り、緊張の糸が途切れて間もないころ…談話室に移動したところで、ネモ様は私に足して謝罪してきた。またもや変な声をあげてしまい、後ろにいたセバス様も驚いていた。

 

「いくら人間嫌いとはいえ、何も知らない君を怖がらせてしまって申し訳なかった。だが、ああいう場ではあれほど言わないと部下が納得いかないだろうからな」

「そ、そんなむしろ助けてくださって、感謝するのはこちらで…!」

「至高の御方が決められたことです。我らが御身の意見に口を挟むことなど、そのような事は決していたしません」

 

 私に続いて、セバス様もフォローをする。

 護ってくれなければ、情報だけを抜き取られてポイ捨てされるのも不思議ではなかった。

 

「それで…何故私を?魔物は人間を嫌い襲うものかと…」

「ふむ、君はそのような常識で育ってきたのだな。それについて咎めるつもりはないが、それ以外に私も君に何かを感じ取ったかもしれん…」

 

 私に向き合ったネモ様は、真剣な表情で話し始める。

 

「私の目線から見れば、人間も魔族も大して違いはないのだ。大半は欲に塗れた、魔物と同じどす黒い精神は一緒だと思ってた。しかし、君は違う…何故か君の心には"慈愛"というものがあった…」

「!」

 

「…と、無理に理解しなくてもよい。先ずは君の願いだ。といっても、そこまで難しく考えなくてもよい。富か?力か? 我々の死以外であるならば私たちが可能な限り叶えてやろう」

 

 私は考えるまでもなかった。私の望みは一つだ。

 出来るなら沢山の願いを一括りとして纏めておくべきであろう。

 

「直ぐにとは言わない、猶予くらいは与えるさ。しかし、出来ることなら一週間…7日経つ前に教えてほしい」

「それは…どういう意味でしょうか?」

 

 

 

 事の発端は、アルシェが寝ている間まで遡る。

 

 

 

 「――――――そうだ、冒険者になろう」

 

 俺のこの一言で執務室に居たアインズさん、階層守護者たちを驚かせる事は容易かった。

 

 この世界に関する情報が必要。それならば、救ったカルネ村の村長の話を信じ、冒険者という選択肢は有効な手段であろう。冒険者として魔物を倒すということを仕事としてもよい。アインズさんもこの世界の情報収集の為今の姿を隠し、冒険者として働いてみたいと興味津々だ。

 しかし、それに待ったをかけるのは守護者たちだ。

 

 「至高の御身に何かあったらどうすれば!」と俺達の事を心配してくれる。その気持ちは嬉しいが、今後のナザリックの活動方針を決める際にも、外の世界を知る事は必須だと押し切った。それに道中の敵が強かったらその時はその時で対処すればいい。

 俺自身はナザリックにずっと引き籠るのはストレスを感じると思い、外に出て発散するという意味を込めてだが…。

 

 ならばせめて、護衛に最低一人くらいは連れて行きましょう…とデミウルゴスから提案を受ける。

 確かにいざという時の事を考えれば安心である為、プレアデスのメンバーからそれぞれ一人選抜した。

 

 考え抜いた結果…アインズさんはナーベラルを、俺はシズを連れて行く予定だった。

 プレアデスの中で一番レベルの高く強いナーベラルがアインズさんの護衛を務めるのは当然だが…その逆、一番レベルの低いシズを選ばれ他のメンバーが不満を言う。

 

 いやだって…想像してみてよ?

 これから行くのは人間ばかりの町や村だ。ただでさえ人間嫌いが集まるプレアデスで、もし人間とのトラブルが発生したらどうなるか…

 

『なんすか~?ぶっ(ピー)すっすよ~?』

『ウジ虫風情が、その口を捩じり切ってやりましょうか?』

『あ~ら、良い悲鳴ですこと』

『わ~い、(ピー)ねばいいのに~!』

 

 ダメだ…その場のトラブルが悪化するばかりか、最悪血の海に成り果てない。

 

 それともう一つ、これは極めて重要な案件。

 

 プレアデスの中で唯一、シズのみがこのナザリックに仕掛けられている全ギミックを理解しているのだ。

 もし外部から精神関連の魔法など掛けられたりしたら、魔法耐性のない彼女はカモになってしまう。言わば歩く情報源だ。正直連れていくことに抵抗はあった。最悪記憶操作(コントロール・アムネジア)で書き換えればいい話だが…その話は延期となった。

 

「いずれにしても、冒険者という目線で外の世界に触れたいのだ。その時、君の知識が必要になってくるだろう…引き受けてもらえないだろうか?」

「…わかりました。私なんかで、お役に立てるのであれば」

「アルシェ様だけではありません。僭越ながら、このセバス・チャンもお二人のご期待に沿えるよう、尽力したいと考えております」

 

 セバス様も協力してくれて、私はホッとした。

 

「それじゃ、アルシェの願いはなんだ?」

 

「私の願いは―――――― 妹を、助けることです」




アルシェ、ナザリックの仲間入り(仮)


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アルシェの現状

おかしい…10話以内でお気に入り100件突破…
それほどまでに隠れアルシェファンがいるということ…
これからも増えるよう頑張って書きます!


 アルシェを俺の監視下に置き、冒険者として外へ出て仕事を決めた翌日のこと。

 

 早速、俺とアインズさんは準備に入ることにした。

 基本的には装備と、アルシェとカルネ村から聞いた知識を頼りに進めるしかない。

 

 アルシェの願いとは…妹を救うことであった。まさか、姉妹で大変なことになっていようとは…

 一刻も早く助けるべきだと思ったが、そこまでのことではないらしい。理由は後日話すとのこと。

 

「これから、お前の戦力アップについて教えておくぞ」

 

 地下大墳墓のアリーナで、アルシェに強くなるためレベルアップを教えようと思った。

 最初はれべる?と意味不明な単語が出てきて混乱した彼女が、どうやら進化の値に例えると理解したらしい。しかし訓練に違いはないので、彼女は気を引き締める。

 

「訓練と緊張しているが、その前に軽く質問をするぞ」

「?」

「まずアルシェ、お前が思っている魔法の最大位階はどれくらいだと思う?」

 

 えっ、なぜそのような質問を?

 師匠が最大として使用している第6位階までじゃないの?答えた瞬間、彼が頭を抱えた。

 

「違うんだ、第10位階まであるんだ」

「…………………へっ?」

「だから、第10位階まであるんだって…」

 

 その言葉に衝撃が走った顔。

 それ以上である"超位魔法"のことはさておき。例えば、魔法詠唱者(マジックキャスター)の天敵であるスケリトル・ドラゴン…魔法の絶対耐性があるという常識は第6位階魔法までという事で、それ以上の魔法で簡単に撃破できるというものだった。

 

「やはりな、まずは知識を少しずつ修正していかないと…」

 

 ナザリックの皆の強さは、単純に彼女が学んでいた今までの常識が覆されるだけなのだ。

 すると今度は、"ステータス"を見せる。

 

「ふむふむ、なるほど…魔術師クラスのみの構成か…アカデミックとハイ・ウィザードのみね…」

「ネモ様、これは一体…?」

「これが"ステータス"だ。今現在、お前の能力を数値化しているものだよ」

 

 これが…とアルシェは興味津々で見た。他人に見られるのは恥ずかしい気もするが…

 

「因みに、これが俺のステータス」

「…!?!?」

 

 その違いに、圧倒される。

能力を示すであろう図形の大きさに、空欄だらけの四角い箱を彼の場合は文字がびっしりと、これでもかと入るくらい埋まっていた。能力やその詳細が書かれているのであろうか?空欄という空欄が見当たらない。

 

「心配するな、別にここまで目指せとは言わない。だが、やる気さえあればここまですることも不可能じゃないのさ」

 

 その言葉にホッとする。一体どれほどの歳月を費やせば、…いや、下手をすれば人間の寿命では絶対に収まり切れないだろうとアルシェは思ったに違いない。

 

 レベルアップの方法は、モンスターを倒すなどで経験値を得てその数値に到達したときに、任意に振り分けることでそのレベルを上昇させる。そうすることで自身の得意分野を強化したり、逆に苦手分野を克服したりすることが出来る。

 振り分けは一度選んだら二度と変更することはできないが、最大99回まで選択することが可能だ。

 

「だが、裏を返せば…お前が憧れていた師匠や過去の偉人を超えることが出来るって事さ」

 

 アルシェはその言葉を聞いて、この大墳墓に来て以来初めての興奮を覚えた。更に伸びしろのある者は、ネモやアインズ様では予想もつかない成長やスキルを獲得する可能性があると付け加える。

 

 レベルを極めるとどうなるかを、彼自身が実演してみせた。

 

「!?!?」

 

 呪文のような言葉を発し、目の前が炎に包まれる。

 するとどうか…先程まで闘技場に居たというのに…辺りは野原のような何かの人工物が所々刺さっている場所に全員が降り立ったではないか!?

 

 それは一瞬だ。瞬きをしていれば、何が起こったのか全くわからなかったであろう。光のような斬撃をスケルトンの方角辺り一面に繰り出し、全滅させたのだ。「こんな事だって出来るんだぞ?」とニヤッと笑いながら。

 

 目の前の神業とも言える出来事…そこまでとは言わないが、自分もいずれはそこに到達出来ると思った時、人生の中で一番の興奮と体内の魔力が溢れる感触を覚えた。強くなりたい…師匠を超えたい…!一度は諦めかけた夢と欲望が彼女を支配する。

 

 

 

 

 

 30分後…

 

「やっぱり、変わらない……」

 

 修行を始めてから先程の熱が段々と冷めていく。先程の興奮は何処へやら、少し焦りに変わり始めていた。現在の自分の能力と技術で、召喚されたスケルトンを撃破していくが…

 

火球(ファイアーボール)!」

 

 魔力は充分あるというのに、打ち出される魔法の威力がそこまで変わりない。何度も考えては結果は同じ。自慢の飛行(フライ)も数分しか飛べず、その間他の魔法は出せない。

 

 修行を始めてから、彼女が少しずつ焦っているのをコキュートスとユリと共に見守っていた。彼がやる気になってくれたのは嬉しいが…

 

「どう思う?」

「オカシイ所ハ一切アリマセン、第3位階魔法ヲ一発(・・)ズツ放ッテイルダケデス」

「コキュートス様と同じ意見であります。攻撃方法には何ら違和感がありません」

 

 二人はどちらかというなら魔法より、物理攻撃のスペシャリストだ。しかし魔法にも少しは精通している為、どこからでもおかしな所はないと答えるが…いかんせん魔力がすぐ底を尽きる。

 

 人種はレベルがないため仕方ない事だが、これでは小悪魔(インプ)の劣化版だ。魔法攻撃がドカンとするまでもなくかったるい。どういう事だ?魔力(MP)ではなく体力(HP)を消費しているのか?それともこの世界特有の現象か?

 

 ユリの言う通り、攻撃方法にはなんら問題はない。魔力を集め、言葉の後に魔法を放つ。ひょっとして…魔力の通り道(・・・)に異常があるのではないだろうか?そう思い、眼を発動させる。

 

 体内の魔力を集める、これは問題ない。次に、言葉と共に魔力の性質が変化している。そして、その変化した魔力を(スタッフ)に……………!!

 

 

 

 そうか…解った!そういう事だったのか!!

 

 

「教えてやろうか、魔力がすぐ底をつく理由…余りにも馬鹿馬鹿しくてシンプルな答えだ」

 

 原因が分かり、訓練を一時中断する。彼女自身に疲れているので、魔力を消費しているのは確かだ。ネモは彼女を指差す。一瞬、自分自身が刺されていると思ったが、直ぐに目線を下にやる。

 

「お前の持っている、(スタッフ)が原因なんだ」

「これが?」

「その(スタッフ)じゃダメなんだ、魔力を必要以上に吸われてる」

 

 原因は、彼女が現在持っている(スタッフ)だ。これが彼女の魔力を必要以上に消費させている。言葉と同時に(スタッフ)から魔法が出る時…彼女の膨大な魔力を(スタッフ)自身がそのまま出力しているのだ。その証拠に眼で魔力を調べて明らかである。

 

「人種族とはいえ、通常の状態から魔力を全開で出しっぱなしだ。俺の見込み違いでなければ…この消費を解決すると、今のお前なら第3位階魔法を2つほど同時に発動(・・・・・)するくらいはできるはずだ」

「えっ!?」

 

 どうやらこの(スタッフ)は魔法学院時代に在籍した時の物らしい。

 ステータスで見る限り、この世界の魔術師(ウィザード)に丁度良い装備ではあるのだが…ユグドラシルから見れば、上級はおろかメイド服より下、初心者装備かもしれない。もし無理やりにでも限界を引き出せば、魔力が暴走して装備自体がブローを起こし、爆発など起こして使えなくなる。

 

「それに第3位階魔法を一つずつ放つだけの、ゴミ装備じゃ話にならない…それこそ魔力()の持ち腐れってやつだ」

「そんな…」

 

 余りに単純な答えで、アルシェはガックリと肩を落とす。今まで愛用していた武器が、現在の自分の足を引っ張る要因になってしまった事に驚きを隠せなかった。しかし、原因が分かった以上解決しないわけにはいかない。

 

 この場合の解決方法は3つある。

 異種族に転生して魔力の貯蔵を底上げする、しかし人間に戻れないので抵抗がある。

 単純にレベルを上げる…しかし時間がかかりすぎる。であれば…

 

「まずは、お前の装備を整えないとな」

「ちょっと待ってください!私、そこまでお金を持っていません!」

 

 彼女に武器を購入するほどお金に余裕がなかった。それこそ、(スタッフ)なんて限られた場所でしか売られておらず、もしくは自分か誰かに作るしか入手手段がない。前者であれば金、後者はほぼ無理と言ってもいい。

 

「大丈夫だよ、店はここにあるから」

「へっ……?」

 

 

<ナザリック技術工房>

 

 早速、彼女の装備を整えるため工房の場所にやってきたネモとアルシェ。そこには、様々な武器が飾られており一見するとよくある武器屋であろう。唯一違うのは、武器の種類と数だ。帝国であれば剣や斧、盾や鎧といった中世の武器が多く並んでいるのがほとんどだ。

 

 しかし、ここナザリックではそれらだけではない。

 

 他にも魔術師たちが使いそうな多くの不思議な魔道具、大量のアクセサリー、これも武器なのか?と店に似つかない可愛らしい得物まで取り揃えていた。

 彼女が興味津々で色々な武器を見る。看破の魔眼で調べれば、どれもこれもが国宝級のレアすぎて魔力の海が出来上がっているように見えた。もしかしたら、国中から金をかき集めたとしても買い取れないであろう。

 

「いらっしゃいませ、ネモ様。技術工房へようこそ!」

「(ここに来るのも久しぶりだな…前来たのって、刀が出来た時だっけ?)」

 

 NPCの鍛冶長が二人を歓迎する。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あぁお邪魔するよ、今回は俺じゃなくて彼女の武器と装備を用意と思ってな」

「は、初めまして…ネモのお供をしています、アルシェと申します」

 

 アルシェが鍛冶長に挨拶をする。今回は彼女の武器となる新しい杖と、戦闘用の服装をお願いすることにした。アインズさんにも当然許可済みだ。

 

(スタッフ)は、そうだな…第10位階魔法にも耐えうるものにしよう」

「そ、そんな大掛かりな物じゃなくても…!」

「どうせなら、将来を見越して計画的に貰った方が良いだろ?」

 

 彼女が最終的に行きつくところを考えれば、全ての魔力を出し切る武器を選んでいた方がメリットがある。ここで彼女は「ん?貰う?買うんじゃなくて??」と首を傾げる。

 

「まぁ、ここにあるのは全部余り腐っているもんだから…」

「えっ……これ、全部…が…」

 

 彼女はこれでもかと口をあんぐりしていた。このようなレアだらけの武器が全て余り物、という事はこれ以上の…人間では絶対に扱いきれない神の武器がどれ程あるのか驚愕していた。

 

 それから彼女は貸したカタログを見て、吟味していたが…しっくり来た杖がそこまで無いように思えた。なんぜここにある武器は、デザインが禍々しいものか他人においそれと見せられないネタに走っているものが多かったのだ。

 

 杖であれば悪魔か魔女が使うであろう、他人から見れば怪しすぎるデザイン。女性用の防具はちゃんと守られているかどうか怪しい露出の多いのがほとんどだ。

 

 と、そんなことを考えてはいられない。早く武器を選ばなければ…と、カタログに眼を戻す際、何かが目に留まった。

 

 それは少し変わった"(スタッフ)"だ。何故だか、不思議と魅力を感じる。

 

 先端が銀色の三日月を象っており、中央に赤い宝玉があった。実際に持ってみると、自分の身長より少し小さいサイズだというのにどれ程長く持っていても全く疲れず振り回せる。柄の部分は木材だというのに、女性でも楽々に持てる軽さだ。

 

「あれ、これって…」

「あぁ、それは…"ブルー・プラネット"様が使用していた杖でございます」

 

 ネモはハッとする。思い出した!確か、ブルー・プラネットさんって自然を愛するドルイドだった。最終的には農具の尋常ではないシャベルに変えたんだっけ。

 

「これって、誰か使っていたんですか?」

「あぁ、俺らの仲間がかつて使っていたものだよ。おさがりってやつだ」

「アインズ様以外にも、お仲間がいたんですね」

「もう戻ってこないけどな…そうだ、折角だからそれにしたらどうだ?」

「えぇ!?で、でも…」

 

 彼女は否定するが、俺は是非使ってほしいと思った。それが、あの人も喜ぶと思ったからだ。それに…

 

 攻撃魔法威力66%増加。

 強化魔法効果150%増加。

 状態異常・弱体魔法への相手のレジスト確率44%低下。

 魔法使用時の消費MP15%低下。

 

 …と、おさがりでもこの世界にとって破格性能である。

 

「い、いいんですか?こんな凄そうな杖を貰って?」

「お構いなく。それこそ、至高の御方も喜ばれるというものです」

 

 その後の訓練再開で、魔法同時発動が成功して少しレベルアップすることが出来たアルシェであった。




宜しければ、感想と評価をお待ちしています。
次回、ようやっとテイマー要素が出せます。


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魔獣と出陣

モンスター、育成、共闘…この世全ての夢を叶えた伝説の職業

魔獣使い(ビーストテイマー)

彼の放った一言が、彼女を唖然とさせた。

「魔獣? 好きなもんあげるよ」

堕天使と少女は、この世の魔獣の知識を変える為世界に旅立つ…

世はまさに… 魔獣使い(ビーストテイマー)時代!!




感想・評価、随時お待ちしております。


「アルシェは、魔獣の事は詳しいか?」

 

 ネモ様から、そんな何気ない会話から私は考える。

 

 アルシェからは自分が生まれたこの世界、ネモからはナザリックごと転移したこの世界は人間のみならず、様々な種族が生存している。ゴブリンやオーグ等の魔物、皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)が所有している鷲獅子(グリフォン)や、伝説のドラゴンも居たりする。

 

「その…やっぱり、魔物や魔獣とは敵対している関係か?」

 

 アルシェはコクっと素直に頷いた。

 基本的に人間と魔物は敵対関係だ。冒険者組合で紹介される依頼にも、ランクによって討伐する魔物は様々である。

 中には護衛として、道中で襲われる事も珍しくもない。余程危険と判断するか、人間社会に害をなすものであるならば討伐の優先順位は高くなるが、同時に命を失う危険性もあるのだ。

 

 自分達が言える立場ではないが、例え此方が友好的に接しようにも全ては向こうの出方次第。人間達とは違い、鋭い牙や翼、異形種と言うだけで迫害されても珍しくはなかった。

 

「アルシェ、例えばこんな質問はどうだ?」

「?」

「魔物が悪だというのなら…生まれた瞬間から"悪"だと断罪するか? まだ何もしていない、害のない赤ん坊の状態で殺すことはできるか?」

 

 アルシェは悩んだ。すぐに断罪すべき、とは言えなかった。

 

「私は、人間も魔族も同じ生命、大して違いはないと思っている。余程の獣でない限りは、私達と同じく人の言葉を理解して話す魔物も居るんだろ? それを勝手な理由で殺すというのは、どうであろうか?」

「…確かに」

 

 このナザリックなる場所に移動して知識を得てから、アルシェの認識は大分変化した。

 外見は恐ろしくても、私と同じ言葉を交わしている。そこで彼は…

 

「折角だ。ただの冒険者で旅をするというのはつまらない…そこで、俺達は旅の供として魔獣を連れて行かないか?」

「えっ?」

 

 アルシェは驚いた。それに何のメリットがあるのだろう?

 

「簡単だ。人間と魔獣は共存できることをアピールすることだ。洗脳や調教、奴隷などではなく真のパートナーとして一緒に付き添ってくれる友として証明できないだろうか?」

「確かに皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)が所有している鷲獅子(グリフォン)みたいに、認めてくれればいいのですが…同業者からは恐れられてしまうのでは?」

 

 確かに最初はそうかもしれない。だが実績と共に積み上げてくれば、人を傷つかない生物として認識してくれて向こうから寄ってくる。

 

「幸い俺には魔獣使いのスキルがある。低ランクの魔獣であるならばある程度従えられるが、それだといずれは魔獣の大群を作りかねない。そこで、少数精鋭を連れて行くんだ。この世で誰にも成しえなかった魔獣を扱う者…魔獣使い(ビーストテイマー)を名乗る」

 

 これにはアインズさんも了承してくれた。

 アルシェの反応を見るからに、自分達は人間達から忌み嫌われる種族であり組織と思われるのは目に見えている。

 まずはそのイメージを払拭させるのが重要なのだ。

 

 というわけで、再びやって来たネモの自室。

 自室と言うには、魔獣を飼っている広大すぎるフィールドにアルシェは唖然としていた。

 ピィーと口笛で呼び寄せる。一体どんな魔獣を、とアルシェは緊張した顔で身構えた。

 

「ちょ!?!?」

 

 ドドドドドド、とまるで大群が押し寄せてくるような足音。

 姿を見せると、千差万別の魔獣が一気に二人の元へ駆け寄った。

 ネモが「よしよしお前達、相変わらず元気だな」と恐れず、駆け寄って来た魔獣を褒め撫でまわしている。

 

 アルシェは魔獣を観察した。

 犬や馬などの哺乳類に似ている物や、昆虫類、スライムなど魔物に近い者もいた。

 ビジュアル的にも、不思議と子供が好きそうな魔獣だと感じてしまった。挙句には…

 

「ドラゴン!?」

 

 伝説とされるドラゴンの姿もあった。王者の風格たっぷりで、その姿に委縮してしまう。

 それどころかいつの間に足元にすり寄って来た、小動物の魔獣にも委縮してしまう。どうすればいいのかあたふたしてしまった。

 そんなアルシェを尻目に、ネモは彼女の供として活躍してくれる相棒を考えていた。

 

「(うーん…いきなり魔獣を使役するとしても、やっぱり女の子受けの奴が良いよな。人懐っこくて、外部にも害がなさそうで、あまり派手ではなくて、将来的に活躍してくれる……………!!)」

 

 ネモは閃いた。いるじゃないか、とっておきのが。

 

「この子とかならどうだ?」

「!!」

 

 その子を見た瞬間……アルシェに衝撃が走る。

 犬でも猫でもない。ふさふさの大きな尻尾があるし、爬虫類でも訳の分からない生物でもない。

 丸くつぶらな瞳で、尻尾と同じくふわふわの首毛、時折ぴょこぴょこと動く長い耳…何より。

 

「可愛い…」

「ぶい?」

 

 言葉に呼応したのか、鳴き声からして普通じゃない。

 しかし魔獣と分かっていながらも、それは小動物のような愛くるしさがあった。これが魔獣だと信じられない位に…

 

「触ってみるか?」とネモに勧められ、頭を撫でてみる。

 噛みつかれたり引っかかれたりもしない。アルシェに撫でられているのを楽しんでいるように見えた。

 それだけでなく、彼女の手の臭いをかぎ始め…握手を求めているのか、肉球のある短い腕を伸ばして握手を求めているようだった…。

 

「お? どうやら懐いているようだな」

「えーっと、この子の名前は…?」

 

 この子の詳しい情報を聞いてみる。

 この子の名前は"イーブイ"。無限の進化の可能性を秘めている獣だという。

 それと同時に、魔獣も進化するものだとネモは教えて進化先の魔獣も見せてくれる。

 

 確かに、どの進化先も"イーブイ"の面影を残している。

 アイテムを使用したり、時間帯や特定の場所、主にどれ程懐いているかで変わってくるのだと…

 そして魔獣を持ち歩く場合はそのままではなく、(ボール)に待機させることが通例だと教えられた。

 この技術も相当なものだ。こんな小さな(ボール)の中に吸い込まれたと思ったら、魔法陣と共に(ボール)から即座に出てくる。なんて便利な持ち運びなのだろう…

 

 

「こ、これからよろしくね"イーブイ"」

「ぶい!」

 

 

『ねもさん、準備は宜しいですか?』

『ええ、準備できましたよ』

 

 本格的にナザリックの外へ出る冒険。果たして、鬼が出るか蛇が出るか…期待に胸を膨らませながら、2組の主人と従者が外の世界へ踏み出した。

 

 

 

<エ・ランテル 宿屋>

 

 早速、村長の言う通りに近くにある町に到着した俺達。うむ、これぞRPGの街という感じで内心ワクワクした。

 

 時刻は夕方、宿屋らしいところで一泊することにする。店でただ酒飲んでいる酔っぱらいたちが、こちらを見た。

 

「!!?」

 

 そこにいたのは、漆黒の全身鎧を身に纏う人物と黒髪黒目の美女、更には狐面を被った青年と黄金色のショートヘアをしている美少女。誰もが驚くのは言うまでもない。

 

 この辺りでは見かけない人物、かつはっきりいって目立つ4人組。どこかの大国の冒険者チームだろうかと思ったが、全員が冒険者プレートは(カッパー)であった。

 

「2人部屋を2つ希望する、飯はいらない。」

 

 アインズさんもとい、冒険者モモンが店主にそう伝える。

 よかった丁度空いていた様だ。そうでなければ、町の外で野宿する羽目になったのだろう。まあ、それはそれでテントアイテムとか用意すればいい話だが。

 

「うん?」

 

 とりあえず部屋へ移動しようとしたら、モモンさんの足元に何かが当たった。

 

「痛ぇぇ。あぁ、これは骨折れちまったな。」

 

 そう言って、禿げ頭の男が自らの足を抱えて下品な顔を浮かべる。

 

「お詫びにそこの女達を一日だけ貸してくれないか?そうすりゃ治療費は無しにしといてやるぜ。」

 

 その言葉に嫌悪感を抱いたナーベラル、もといナーベが腰に掛かった剣を抜こうとする。うわー、ありきたりな鴨の常套句だ。いくらなんでもフルプレートアーマーの野郎に喧嘩売るのかね?

 

「よせ。ナーベ」

 

 そう言って、モモンさんが手で制する。

 

「しかしモモンさん!」

 

 ナーベラルは納得しないだろうが、渋々引き下がる。

 

「まぁ、何でもいいが相手してくれよ」

「(あぁ、あの人死んだ…)」

 

 そう言って、禿げ頭の男がナーベに手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、禿げ頭の腕をモモンが掴んでいた。掴まれた腕はびくともしない。

 

「私の連れに何をしようとした?」

「離せぇよ!」

「わかった、離そう」

 

 そう言ってモモンは男を投げ飛ばした。その際に机や椅子が壊れる音が宿内に響く。

 

「うきゃぁぁぁぁっっ!!!!!」

「?」

 

 誰かの悲鳴が上がる。どうやら、冒険者の女が座っていたテーブルに男がぶつかったようだ。

 

「ちょっとアンタ!」

 

 そう言って赤毛の女がモモンに歩み寄る。これは投げ飛ばしたモモンが悪かった。これは謝罪するしかない。しかし…

 

「アレを見なさいよアレを!!」 

「「「えっ?」」」

 

 4人が見た先には壊れたテーブルや椅子、そこに横たわる男。それと何かが割れて青い液体が床に広がっていた。

 

「私が倹約に倹約を重ねたあのポーションを壊したのよ!!弁償しなさいよ!!」

「喧嘩をふっかけてきたのはこいつらだ。こいつらに請求したらどうだ?」

「無茶言わないで!飲んだくれがそんなに金を持っているはずないでしょ!アンタが弁償しなさいよ!」

 

 女の慌てっぷりに俺は呆れる。

 どうやら冒険者の世界でポーションが貴重なのは本当のようだ。

 

「分かった。これでいいか?」

 

 そう言ってモモンは懐からそれを取り出した。冒険者の女はそれを乱暴に手に取ってそれを見た。

 

(赤いポーション?血みたいな色…)

「私たちは行くぞ」

「了解です」

 

 

 

「あっ因みに部屋は男女で分かれるぞ。アルシェはナーベと同室な」

「ふぇ!?」

 

 いきなりネモ以外と寝泊まりする事のハードさに、イーブイのアニマルセラピーで何とか耐え忍ぼうとしたアルシェであった。




変更点
・アルシェ、イーブ○ゲットだぜ!
・シャルティアの出立遅め(恐らく事件解決後)


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冒険者の仕事

遅れてすみません、今回は短めです。


 今日から本格的な冒険者稼業が始まった。 

 アルシェからの情報と、受付嬢からの説明で復習に入る。

 

 冒険者… 国境の垣根なく誰でも登録を行うことが可能で、国や都市にある冒険者組合に登録してが依頼を請け負い、それを達成することで難易度に応じた報酬を得る事ができる職業。

 

 依頼者が冒険者組合に依頼を申し込むと、組合はその依頼の調査団を派遣。適正なランクに振り分けた後、ランクに応じた冒険者がその依頼を受ける。これが基本的な流れだ。

 

 組合は所属する冒険者を守るのと同時に、依頼の失敗を極力無いようにするためワンランク上を常に想定している。但し、非常事態の依頼はランクはその限りではなく、高位の冒険者に任せるようにしている。もし失敗をしてしまったり、規律を守らなければ違約金支払いなど何かしらのペナルティが発生する。

 

そして、その冒険者の強さを示す証"プレート"は全部8段階。 

 上位の金属プレートに行くほど評価され、同時に依頼難易度と報酬も高くなる。昇級試験を受け合格することで上位のプレートが与えられ、達成した偉業も考慮されるためその限りではない。

 

 しかし最初の銅だと薬草などの採取依頼とかしかなく、後は討伐依頼の荷物持ち程度だ。

 他にも仕事をお願いしようにも、受付嬢から規則ですと断られてしまう。やっぱりこの辺りから地道に始めるしかないのだろうか…?

 

「あの…」

 

 思わず誰かに声を掛けられる…。振り返ると、そこには4人の冒険者がいた。

 

「ん?」

「もしよろしければ、私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

 

 

「では、自己紹介から始めましょうか」  

 

 2階にある待機スペースでリーダーらしい男が、そう言ってテーブルに座った俺達を含めて確認をする。

 

「私が『漆黒の剣』のリーダーのぺテルです」 

「そこにいる弓の使い手が、野伏レンジャーのルクルットです」

「よろしくねぇっ」

「そちらの椅子に座っているのがダインです」

「よろしくなのであーる」

 

 なんというか、変わったチームだなぁと思ったのが第一印象であった。

 どうやらこの人達はこのエ・ランテルを拠点に活動している、銀級冒険者チーム『漆黒の剣』という。

 

「そして、最後にこちらが我がチームの頭脳『術師(スペルキャスター)』のニニャです」 

「よろしく…ぺテル、やっぱりその二つ名止めましょうよ。恥ずかしいですよ」 

 

 ほぉ、チームの一人に魔法詠唱者がいるのか。身なりを見る限りは、バランスのとれたチームだ。

 

「以上です。そちらのお名前を伺っても?」 

「私たちのチーム名はまだ決めていません。ですが、私がリーダーのモモン。こちらがナーベです」 

「…よろしく」

「モモンさんとは別のチームになりますが、リーダーのオルタと言います」

「あ、アルシェですっ よろしくおねがいします」

 

 ここで、4人は腑に落ちない顔になった。

 

「別チーム? 一緒ではないのですか?」

 

 あぁ、あの掲示板前に一緒に居たから同チームのメンバーと思っていたのか。別々に登録しましたと丁寧に伝えると、なんとか納得してもらった。

 

「それで、早速ですが依頼とは?」 

「実はですね…」

 

 簡単な話、彼らからの協力は魔物の討伐であった。

 具体的な数は明らかにされていないが、この辺り一帯を荒らしまわっている魔物を退治するという内容だ。

 ふむ。これはチャンスかもしれない。最初に受けようとした薬草採取なんかよりは断然いい。

 

「(アインズさん、これは実力を見せつけるチャンスですよ!)」

「(成程、その手がありましたか!)」

 

 協力してくれる4人は(シルバー)級。

 こっちは真新しい(カッパー)。しかし、実力はアダマンタイト級以上だ。自分達は漆黒の剣よりも断然上だという事をアピールできるチャンスだ。

 

 向こうは右も左も分からない初心者を、親切心で救おうと思っているのだろう。今回はそれを利用してもらおう。アルシェのレベルアップにも貢献できれば御の字だ。

 後は魔獣使いという存在を信じるかどうかの問題だ。目撃者は多い方がいい、噂というのはあっという間に広がるものだから。

  

「共同で受けて頂けますか?」 

「はい。受けましょう」 

「ありがとうございます」 

「それでは、行きましょうか」 

 

 一同は階段を降りようとする。と、ここで階段を降りようとしたモモンの前に受付嬢が飛び出てきた。 

 

「すみません。モモンさん宛てに名指しの依頼が入ったのですが…」 

「私に?」 

 

 急な事でモモンは困惑する。モモンさんを名指し?一体誰が…

 

「それで、その依頼主は?」 

「こちらが今回の依頼人です」 

 

 受付嬢が手を向けた先には少年が立っていた。 

 

「初めまして、ンフィーレア=バレアレです」

 

 これがンフィーレア=バレアレとの出会い。この時は、まだお互いにどんな運命を辿るかなど知る由も無かった。




お気に入りが200超えだと…!頑張ります!


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魔獣使いの戦闘

遅くなってすみません。
連日投稿は難しいですが、それでも週2・3ペースで頑張りたいです。

でもこれは、禿げるわ発狂するわ国家の板挟みになるジル君が、こっちに大爆笑させるのが悪いんです。もう不憫すぎて…

それでは、レッツ・ポケモンバトル!(異種格闘技戦)
魔獣が勝ちます。


 3チーム合計8人、そしてンフィーレア。

 今自分たちはカルネ村に向かって歩いている。いや、ンフィーレアのみ馬車に乗っていた。

 

 あの後の事だが、ンフィーレア・バレアレの依頼とは薬草採集であった。

 薬草採集するに至っては、前に訪れたカルネ村を拠点を置いて活動するとのことだ。モモン名指しの依頼なのだが、先約として『漆黒の剣』と依頼を受けることを決めていたためどうするか迷った。

 

 それならば…「依頼内容を聞いてみて、可能であれば二つ同時に受ける」と俺が提案を受けて内容を聞いた。これでンフィーレアの護衛だけでなく、薬草採集に魔物退治、依頼も一気に2つ終えることが出来る一石三鳥だ。

 

 結果として『漆黒の剣』の「ゴブリン討伐」とンフィーレアさんの「薬草採集」は同時にこなせると判断し『漆黒の剣』のメンバーの許可も取った為、現在行動を共にしている。

 

 しかし、いかんせん…

 

 

「((遅すぎる…))」

 

 移動はンフィーレアに合わせて馬車の移動。それ故、護衛もそれに合わせないといけない為時間がかかるのは明白だった。これなら飛行(フライ)が出来る俺達に物資の運搬を任せればいいのではないかとと思ったが、漆黒の剣は飛行(フライ)なんて使えないし、何よりモモンさんもフルアーマー状態では魔法が使えないのだ。

 

「(しかし何故…銅級である我々でしょうね?)」

「(うーん、皆目見当がつかないんですけど…)」

 

 ナーベとアルシェはさも当然という様な顔をしていたが、モモンとオルタにとっては疑問であった。

 

 そもそも昨日冒険者の登録をしたばかりなのだ。変わった事といえば、チンピラを投げ飛ばした事と、ポーションを弁償した事。俺たちの名前が知られているとも思えないし…。

 

『まさか、宿屋で投げ飛ばした奴の友人だとか?』

『それはないでしょう。俺が見たところ、あのンフィーレアって俺と同じ感じですよ。とても仲良しな雰囲気に見えませんって…』

『じゃあ、ポーション関係じゃないですか? 昨日弁償に迫った女性が、そのままンフィーレアに相談したとか?』

『!』

 

 その可能性は非常に高い。

 聞くところによると、彼はエ・ランテルで薬師をしている。もしかしたら、ポーションの事で向こうから迫って来たのだ。

 マズいな…ユグドラシルで生成したって意味が分からないだろうし、店で普通に売ってるって言ったら根掘り葉掘り聞かされるに違いない。この依頼、断るべきだっただろうか…。

 

「ンフィーレアさんの生まれ持った異能(タレント)って凄いですよね!」

 

 一方、そんな深い考えをしている二人を尻目に、ンフィーレアは漆黒の剣達との会話を楽しんでいた。

 

「まぁ…僕自身はともかくこの『生まれながらの異能(タレント)』は凄いと思いますよ」

 

 ンフィーレア・バレアレ。

 

 彼の持つ生まれ持った異能(タレント)は『あらゆるマジックアイテムを制限なく使用可能』というもの。

 

 その性質は、使用制限があるが人間以外とされているアイテムでも使えるとのこと。それに推測にすぎないが、王家の血でなければ使用できない様なアイテムでも問題なく使用できるとのことだ。

 

「ンフィーレアさん、人前では自分の能力はあんまり言わない方が良いですよ?」

 

 しかし、そんな凄そうな自分の能力を人前で簡単に言っていいものだろうか?

 その生まれ持った異能(タレント)は非常に便利でこそあるが、それ以上に危険であることを。先程から彼と話している感じからして彼には悪意が無い、だがもし誰か悪意のある者によって利用されたら…

 

 この時、危惧したことは現実のものとなることをこの場にいる者は誰も知らなかった。 

 

「そういえば、この辺りで何か危険なモンスターなどはいないのですか?」

 

 アルシェが場の雰囲気を変える為に話を切り出す。

 

「あっ、この辺りには色々なモンスターがいますが…中でも『森の賢王』は強く、魔法を使うとか」

『ほぉ、気になるキャラですね』

『一体どんな奴なんでしょう?』

 

「モモンさん、オルタさん」

 

 ぺテルに声を掛けられる。

 

「ん。どうしましたか?」

「そろそろ森の横を通ります。警戒しておいて下さい」

「分かりました」

「ルクルット、お前も警戒しておいてくれ」

「了解、リーダー」

 

 そう言ってルクルットは先程の雰囲気とは異なり真面目な顔をする。森近くということは、草むらから一気に奇襲される可能性が高い。相手は魔物だが、獲物を狩るならば少なからず知性はある。

 

「噂をすれば来たぜ」

 

 ルクルットが言うと森からゴブリンやオーガたちが現れた。

 森から現れたのは数十体の小鬼(ゴブリン)、それと5体の人食い大鬼(オーガ)だった。彼らは隊列を組むことなくぞろぞろと現れる。

 

人食い大鬼(オーガ)が5体だと!?」

 

 ぺテルがそれを見て驚愕し、それを見てモモンとオルタは思う。

 いくら(シルバー)とはいえ、この数を相手にするのは骨が折れるか…。

 

「我々が人食い大鬼(オーガ)を倒します。それならば大丈夫でしょうか?」

「モモンさん!しかし…」

「ぺテルさん、あなた方は私たちの心配はしなくていいです。あなた方は小鬼(ゴブリン)を倒すこととンフィーレアさんを守ることにだけ専念して下さい。私たちは大丈夫ですから」

 

 ぺテルはモモンの言葉に説得力があるの感じた。漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏い、漆黒の大剣を両手にそれぞれ持つ腕力。自分達とは違い、大量のモンスターを目前にして「大丈夫」という絶対的な自信。

 

 

「…了解しました。そちらはお任せします。ご武運を。私たちはゴブリンを倒すこととンフィーレアさんの護衛だけに専念します」

 

 陣形から見るに、ダインとペテルがゴブリンを足止め。ニニャは防御魔法をかけながら援護とンフィーレアさんの護衛。ルクルットは弓でゴブリンを倒していく。

 なかなか解っているじゃないか、と俺とモモンさんは心の中で感心した。こういうチーム戦は他人との連携が非常に大切だ。報酬目当てに連携ガン無視の個人個人で突っ込んだら、間違いなく壊滅に追い込まれる。

 

「さて、アルシェ…準備はいいか?」

「はいっ!」

 

 アルシェも戦闘態勢に入り、真剣な表情で構える。やる気があるのはいいことだ。そう言って彼女は、腰に装着したボールを外して…それを、投げた。

 

「出てきて、『イーブイ』!」

「ぶぃ!」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 漆黒の剣の面子は驚いただろう。投げた球が落ちたと思えば、その地面に魔法陣が浮かび上がり、そこからなんとも見たことがない動物…いや魔獣が飛び出してきたのだから。

 

「冒険者になって初めての戦闘だ。悪いが斬らせてもらうぞ」

『モモンさん、張り切るのはいいですがやりすぎないでくださいね?』

 

 オーガが叫ぶ。それを合図に、戦闘が始まった。

 オーガからは「後悔するなよ?」という威嚇に似た咆哮だったが…

 

『だからどうした?』

 

 モモンの持つ大剣がオーガに一撃を与え、肩から腹部にかけて切り裂かれる。そして、倒れて動かなくなる。

 

 一撃だ、ぺテルたちが驚愕する。驚愕していたのはぺテルたちだけではなかった。

 その場にいたゴブリンやオーガたちの足がすくんでいる。

 

「どうした?掛かってこないのか?」

 

 モモンは両手の大剣を地面に広げるように構えた。その言葉を理解したのか、別のオーガが雄たけびを上げる。オーガがモモンに向かって棍棒を振り下ろす。

 

 モモンはそれらの攻撃を受けることも回避でもなかった。

 その攻撃を受ける前に、またもやオーガたちの身体が切り裂く。そこへ…

 

「イーブイ、『スピードスター』!」

「ぶいい!!」

 

 見たこともない小さな魔獣から、星形のようなものが飛び出る。それは真っすぐにオーガの顔に向かって…

 

 ベチャッ!

 

『えっ!?』

 

 イーブイの技がオーガの顔面に直撃したと思ったら、まるでザクロの実のように顔全体が弾け飛んだのだ。まあ避けようとしても必ず命中するのだが…

 

『えっ!あんな可愛らしいエフェクトで、あそこまで威力あるの!? いや、それ以前にオーガのレベルが低かったとか? 出かける前に少しトレーニングしたからな…っと隙あり!』

 

 オルタも腰に巻いた刀を手に取り、一体のオーガを上半身と下半身に一刀両断する。

 モンスターたちは明らかに困惑していた。その様子を見てぺテルたち驚愕する。

 

『この人達、あんな大物をあっけなく…オリハルコン…もしかしてアダマンタイトか!?』

 

 冒険者たちの生きる伝説、人類の守り手"アダマンタイト"。そのプレートは、かの王国戦士長にも匹敵する実力者の証。

 

 それからの戦闘は圧倒的であった。残りのオーガをモモンとオルタが切り捨て、ナーベとアルシェの魔法で一斉に倒した。それを見たことで戦意を失ったゴブリンたちを、いや厳密にいえばおこぼれをぺテルたちが倒していった。いや戦いですらない、一方的な何かが終わったのだ。

 

「何をしているんですか?ニニャさん」

 

 戦闘が終わり、比較的体力を温存していたニニャは真っ先に『あること』をしていたのだ。そのことにモモンは疑問に思う。

 

「あっ、これはですね。耳を切っているんですよ」

 

 そう言ってオーガやゴブリンたちの耳を短剣で切り落とす。それを小さな革袋に入れていく。

 

「耳を?どうしてまた?」

「ゴブリンたちを倒した証として、最も特徴的な耳を切り落としているんですよ。これらを提出すれば組合から追加報酬が出るんですよ」

 

 成程、ゴブリンたちを倒した証明をどうすればいいのかと思ったが、その為の証拠か。

 しかしゲームのようにドロップするわけでもなく、オルタからすれば猟奇的に思えた。元の世界では人なんて傷つかせるどころか、ましてや殺すなんて以ての外だ。というか、アルシェも躊躇いなく手伝っている。

 

「アルシェさん、あの魔獣は一体?」

「あぁ、後で説明しますね…これで全部ですか?」

「はい、これで全部です」

 

 そう言ってニニャは革袋を閉じて立ち上がる。

 

「こっちは終わったよ。ルクルットはどうだ?」

「こっちも問題ない。ンフィーレアさんも物資も無事だ」

「こちらは大丈夫です。モモンさんたちは行けますか?」

「私たちはいつでも構いませんよ」

「それでは行きましょうか」

 

 そう言って、一行は村に向かって再び歩き出す。

 

 




もし宜しければ…アルシェにどんなポケモンを持たせたいのか、感想等でリクエストや希望をお待ちしております。もしかしたら、採用するかもしれません…!
また、アンケートも随時開示ていくので、お答えしていただければ幸いです。


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カルネ村と森の賢王

 銀糸鳥のメンバーが登場したので、執筆意欲が湧きました。


 道中で襲ってきた魔物を全滅した後、太陽が沈み始める。流石に夜での移動は危険であるため、9人はその場で野営をすることにした。

 

 焚火の音と僅かな風の音が心地よかった。 

 無防備であるのも危険なので、俺とアルシェが結界魔法を設置する。尤も、ニニャさんにも魔力譲渡などしてもらって全員が安心安全に野営の準備を終えて、夕食にありつこうとしていた。

 

「いやー!それにしてもお二人は凄いですね!」

「いえ…皆さんならいつか出来るようになりますよ」

 

 肉と野菜の味が染みわたるシチュー、固焼きしたパン…とありきたりな野営の即興メニューでありながらも、俺を含めメンバーにコックスキルがいたおかげで温かい料理に感謝していた。

 

 そして漆黒の面子達は、アルシェの肩に乗るイーブイを見て、驚きと喜びなどの交えた声を出して目を輝かせた。 

 これまで見つかっていない新種の魔獣であるのもあるだろうが、そもそも今のイーブイの姿は小動物そのものだ。男性陣は見た事のないうえに襲ってこないモンスターの姿に驚き、ニニャは子犬のような愛らしさを放つイーブイに「かわいい~!」という黄色い声を上げる始末。

 

 そこからは出会ってまだ一日だというのに、他愛もない話で大いに盛り上がった。同じチームではないが、大雑把に冒険者という枠組みで互いに背中を預ける本当の意味でのコミュニティを築けたといってもいい。ユグドラシルでギルド:アインズ・ウール・ゴウンの協力プレイが懐かしく思えた。

 

「オルタさん、大丈夫ですか?」

「えっ?」

 

 不意にアルシェから声を掛けられる。心配させてしまったか?

 

「もしかして、先の戦闘で何か不満がありましたか?」

「いや違う…ちょっと思いで耽ってただけだ。誰も犠牲になってないのに、不満なんてないだろ?」

 

 アルシェの戦闘は見事であった。 

 イーブイの技で牽制し、自身の魔法でとどめを刺す。この戦い方を確立させただけでも立派だった。漆黒の剣も全員見ていたし、これで魔獣使い(ビーストテイマー)の噂は間違いなく広まるだろう。

 

 会話の中には、ンフィーレアから有益な情報を得ることができた。

 

 王国一のアダマンタイト冒険者チーム…"青の薔薇"のリーダーの一人が、魔剣の使い手であるらしい。 

 この地にいたとされる"暗黒騎士"が所持していた4本の魔剣。それを手に入れるために結成したのはどうでもいいが…そういう伝説や強力な武器は是非とも拝んでおきたいものだ。

 

 翌朝、安全に休息もしっかりとれていつも以上の速さのおかげが、カルネ村近くに辿り着いたが…

 

「あれ…前はあんな頑丈そうな柵なんて無かったのに」

「モンスター対策とかではないですか?私のいた村ではありましたよ」

 

 俺たちの目の前に、まるでそこに国があるような柵…もとい、木材でできた立派な城壁が出来上がっていた。これならモンスターの侵入は確実に防げるが…

 

「いや、この村は森の賢王の縄張りに近いのでモンスター対策はしていなかったはずなんですが…」

「そんなに気になるなら私が見てきましょうか?」

 

 意外にも一同に提案をしたのはナーベであった。

 

「頼めるか?ナーベ」

「はい。では見てきます。不可視化(インヴィジビリティ)

 

 ナーベの姿が周囲に溶け込んだ後に透明となる。そのまま飛んでいきカルネ村の状況を眺めに行った。わずか1分で戻ってきて、村の状況を報告する。

 

「ただいま帰りました」

「どうだった?」

「はい。村人はいました。特に違和感はなく皆が働いていました」

「ありがとう、ナーベ」

「…いえ」

「それでは行きましょうか」

 

 カルネ村の入り口と思われる門の前に立つ。

 かなり大きい。オーガも余裕で入れるほどの大きさだ。一応オルタが先頭、モモンが殿を務めている。

 

「すみません!誰かいませんか?」

 

 俺の言葉に反応したのか、中から走り回る音が聞こえる。扉の上にある櫓から何者かが弓を構えていることに気付いた。

 

「弓兵だ!」

 

 その言葉に反応して一同が即座に戦闘態勢に入る。

 

「後ろを取られた!」

 

 気が付けば門の前で一同は武装した何者かに囲まれてしまった。

 それはゴブリンだ。全員が武装している。動きも訓練された戦士のそれであった。その中から一人のゴブリンが歩き出す。

 

 こちらの間合いに僅かに入らない程度まで歩くと立ち止まる、そして…

 

「降参して下さい。おたくらに恨みは無いんですよ…」

「!」

 

ゴブリンの口から出たのは流暢な言語であった。

 

「そこの漆黒の鎧を着た兄さん、動かないで下さい」

「…私がお前たちの指示に従わねばならない理由があるのか?」

「…アンタが強いのは分かっていますよ。ただ、こちらも退けない理由があるんでね」

 

 どうやらモモンが一番強い事を理解している様だ。こちらは警戒を一切解かないが、ゴブリンの一体が震えた腕で剣を抜く。

 

「そうか…仕方ないな。ならb「止めて下さい!!!」

「「「「「「!」」」」」」

 

 聞こえたのは少女の声。その場にいる全ての者が彼女を見る。その子は…

 

「エンリ!!」

「ンフィーレア!!」

 

「「(あれ、まさかの幼馴染…?)」」

 

 

 両者の誤解が解け、一同はカルネ村に到着する。

『漆黒の剣』はンフィーレアが話を終える間だけでもと、ゴブリンたちと共に村人に弓矢の扱い方を教えていた。どうやらこのゴブリン達は、アインズさんが残して行ったあの笛を使用したらしい。それならエンリがリーダーであるのも納得だ。

 

 アルシェとも無事に再会する事ができて、ンフィーレアを含めて会話が盛り上がる。勿論、極力こちらの正体を隠しながらだ。だがこれだけではない。

 それからは30分後、依頼の第二段階が始まる。

 

「これからトブの大森林に入ります。素人の僕が言うことじゃないですが、警戒をお願いします」

「任せて下さい」

 

 トブの大森林。王国と帝国の間に位置するこの場所には森が広がっている。

 そこには様々な薬草が生えており、特にエンカイシと呼ばれる薬草は非常に短期間だけしか採集できず、薬効成分が根に溜まっているので治癒系のポーション生成によく使われる。

 

 しかし、この森林にも多数のモンスターが存在し、薬草採集のメリット以上にモンスターとの遭遇というデメリットがあるためそうでもない。運よくば何物にも会わず安全に終わろうと願っていたが、運命はそう簡単にはいかなかった。

 

『…ん?』

『今の音…』

 

 モモンとオルタの耳に微かな音を感じた。それと同時に、森に居たであろう鳥の大群が慌てて木から飛び去って行く。この兆候は…

 

「ルクルットさん!」

 

 オルタの呼びかけでルクルットが瞬時に察した、それと同時に彼は地面に耳を当てる。

 

「間違いない、こっちに何か大きな奴が走って来ている!速度からして後10秒で来るぞ…!」

「私たちが殿(しんがり)を務めます。皆さんは撤退してください」

「しかし…」

 

 そう拒んだのはンフィーレアだったが…

 

「大丈夫でしょう。モモンさん達の強さを私たちは見たはずです。行きましょう」

 

 ぺテルがそう言って撤退を勧める。

 もし相手が森の賢王だった場合、自分たちは逆に足手纏いになってしまう。モモンやオルタに迷惑をかけるわけにはいかないと…「漆黒の剣」のメンバー全員の思いであった。

 

「では私たちはンフィーレアさんを警護しつつ撤退します。モモンさんたちもご武運を!」

 

 そう言って彼らは去っていった。彼らに任せれば、無事撤退できるだろう。

 さて、そうこう言っているうちに足音がどんどん大きくなっていく。接敵まで近い…

 

「アインズさん、こっちは後ろから援護します…『ブラッキー』!」

「出てきて、『イーブイ』!」

 

 俺はそう言って、ボールを投げて召喚する。

 出てきたのはイーブイの悪タイプの進化系『ブラッキー』だ。レベルは60。

 アルシェもイーブイを出して迎撃態勢に入る。

 

「頼むぞ二人とも、さて…来い!」

 

 大剣を構え、アインズさんも戦闘態勢に入る。まもなく敵が姿を現す。

 

「「「「!!」」」」

 

 森の賢王が姿を現す。しかし、その異様な姿に一同は固まってしまった。

 それは不規則に動く鞭のようなものだ。しかし動いているという事は、生物で間違いないが目や口など先端にあるであろう顔が見当たらない。

 

「(この形状は…鞭、蛇…いや違う!尻尾か!)

 

 モモンは攻撃が来るだろう位置に対して防御を構えなおす。

 

「モモンさんっ!」

 

 モモンの構えた位置に尻尾が当たり、火花が飛び散る。一度当たると伸びてきた尻尾が草むらの中に戻っていく。

『森の賢王』の姿を視認できなかった。かろうじて尻尾が緑色なのが視認できた程度であった。まさかカメレオンや蛸のように、透明で風景に同化している奴か?

 

 

「それがしの初撃を完全に防ぐとは見事でござる」

『『ござる?』』

 

 森から聞こえてくる、ここにいない誰でもない声。しかし、その語尾が怪しかった。

 

「…さて、(それがし)の縄張りの侵入者よ。今逃走するのであれば…先の見事な防御に免じ、(それがし)は追わないでござるが…どうするでござるか?」

「愚問だな。それより姿を見せないのは自信がないか? それとも、余程の恥ずかしがり屋さんか?」

「言うではないか…」

「!…あ、あれは…!」

 

 そう言って森の奥からそれが現れたそれに、アルシェは見て驚いた。それはまるで…

 

「コイツって…」

 

 アインズの前に現れた森の賢王の姿。

 人を超える巨大な姿と尻尾を除けば、白銀というよりスノーホワイトの毛並みに黒いつぶらな瞳、そして大福のような姿は…間違いなくハムスターそのものであった。

 オルタは少し困惑していた。森の賢王というからエルフか、又はケンタウロスみたいなものを想像していたのだが…

 

「お前…"ジャンガリアンハムスター"か?」

「! なんと、お主、拙者の種族を知っているでござるか!?」

 

 確か、ユグドラシルにこんな敵がいたようないなかったような…

 

「凄い、こんなに喋る大きなネズミは初めて見る…」

 

 アルシェはハムスターを見るのが初めてなのか、目を真ん丸にして観察している。

 

「…ってそれよりも、こんな無駄話は終わりにして…命の奪い合いを始めるでござる!!」

 

 さっきから自由なハムスターだな。魔法を使っているのか、地声を拡声していて自分を強者として演じている。

 しかしさっきのちょっとした和やかな雰囲気と声で一同のやる気が削がれた。ので…

 

「スキル、"絶望のオーラ"レベル1」

「ブラッキー、"みねうち"」

 

 まさかドブの大森林の主が、支配しているここで人生一番の悲鳴を上げるのは言うまでもなかった。




もう少しでオリジナル要素に入ります。
アンケートは現時点で、やはりフルパーティーが多いと予想していたので考え中です。入れたいポケモンなど、リクエストは募集中ですのでご協力宜しくお願いします!


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襲撃

お気に入り300件、ありがとうございます!


 <エ・ランテル 共同墓地>

 

「ちわー、カジッちゃんに会いに来たんだけど…いる?」

 

 薄暗い地下で明るい声が響く。そんな声を出したのは、金髪のボブカットで整った顔立ちをしている二十歳ほどの若い女。これが地下ではなく街中であれば、さぞ異性から声を掛けられていたであろう。

 

「その挨拶はやめないか…! 誇りあるズーラーノーンの名が泣く」

 

 明るい声の女とは対照的に苛立ったような口調だった。その声の主はかなり高齢の男性だったが、その眼に宿している野望は人間の比ではない。

 

「それで、いったい何の用じゃ」

「くふふ。こ~れ、持ってきてあげたんだよ?」

 

 女は老人の苛立った声を気にした様子もなく、ティアラのようなものを指先で回しながらそう告げた。そして、今まで無表情だった老人の顔がそれを見て初めて崩れる。

 

「そ、それは…! 巫女姫の証である叡者の額冠。スレイン法国の最秘宝のひとつではないか…!」

 

 しゃがれた声で驚く老人に気を良くした女は、上機嫌で話を進める。

 

「そうだよ~。可愛い女の子がこれを着けてたんだけどさ、奪ってやったら…ふふふ、発狂しちゃったんだよね」

 

 まるで玩具が壊れたとでも言うように話す女。実際、彼女にとって人間はその程度にしか感じないのであろう。それを聞いた老人も彼女と同類であり、それを聞いても不快に思うことはなかった。

 

「ふん。お主とて、元は漆黒聖典に所属していたのだ。それを巫女姫から無理に奪えばどうなるか、知らない筈がなかろう」

 

 叡者の額冠とは使用者の自我を封じることで、人間を高位魔法を発動するだけの兵器に変えてしまうアイテムだ。一度身につけば簡単には外す事はできず、無理に奪えばその人間の精神はいとも簡単に壊れてしまう。

 そして、これを所有していたのは彼女が元所属していた国だった。なので無理に外したら使用者が壊れることなど、知らないはずがないのだ。

 

「どうだろうね~」

 

 老人の指摘に、女はニコニコと無邪気な笑顔でそう返す。

 

「それにそのアイテム、適合する者が圧倒的に少ないではないか。いくら強力なアイテムであっても、使えなければただのガラクタに過ぎない」

 

「だからさ~、同じ秘密結社ズーラーノーンの幹部として協力しない? …カジット・デイル・バダンテール」

 

 女の口からその名が出た時、初めて老人が動揺したように表情を歪ませる。

 

「っ!…デイルは既に捨てた名だ。それで、協力とは?」

「このエ・ランテルの街には、どんなアイテムでも使用可能にするタレント持ちがいるんでしょう? そいつならこのアイテムも使えるんじゃない?」

「攫うくらいなら、我と協力せずともお主ひとりで十分ではないか。何故わざわざ我に協力を持ち掛けた?」

「ふふふ、どうせなら派手なイベントにしたいと思ってね。その方が面白いでしょ~?」

 

 顔を邪悪に歪ませ、笑いながらそう答えた。彼女は自分が楽しめれば他人の事などまったく気にしない。そういう歪んだ精神の持ち主なのだ。

 

「ふん、良いだろう。我の計画に協力するというのなら、一時的に手を組もうじゃないか…クレマンティーヌ」

 

 クレマンティーヌと呼ばれた女性はそう聞くと、ニイーッと不気味な笑顔を見せた。

 

「それにしても立派な隠家だねぇ~、流石にバレないんじゃない?」

「安心せい…我が計画した数年、誰にも露呈されておらんわい」

 

 しかし彼らは知らない。その街には今、自分たちでは想像もつかない程の力を持った人物がいることを…。

 

 

 

依頼が完了し、一行はエ・ランテルへ帰還する。

 

 それよりも、俺達は街の人たちに注目を浴びるようになった。何故なら、俺の横を歩いている"森の賢王"…ハムスケが目立っているからである。当然関所で止められる羽目になったが、かの有名な森の賢王だと知ると、それを配下にしたモモンに喝采が浴びられていた。

 

 街の人たちも、皆ハムスケに夢中だ。まさかの可愛らしい姿に人語を理解する魔獣なんて、もはや注目の的でしかない。物珍しさに、アルシェも漆黒の剣達も近くでマジマジと見つめている。

 一方のハムスケは、まさかここまで盛り上がられるとは思っておらず…へにゃっと魔獣らしからぬマスコットキャラのように照れていた。それには女子の黄色い声が上がったのは気のせいだろう。

 

 この盛り上がりに、モモンとオルタは困惑していた。

 まさか言葉を話すハムスターがここまで人気だったとは…。周りからは賞賛の目が届くが、オルタの目から見れば奇妙な光景である。カルチャーショックと言うべきか…フルアーマーのモモンさんがハムスケに跨っている姿が何ともシュールであった。そして周りから注目されているので、モモンさんの恥ずかしさは余程のものだろう。

 

『オルタさん、貴方の魔獣と交換しませんか?』

『やです』

『ケチィ!!』

 

 ここで一旦、モモンさんはハムスケの魔獣登録の為別れることになる。

 俺達の分もあとで登録しておくか…?でも、一匹ならまだしもいちいち登録するのも面倒だな。しかし、採取した薬草が多く少し人手が必要そうであったので、オルタとアルシェはこちら側を手伝った。

 

「モモンさんとナーベさんはとりあえず組合の方にですね」

「えぇ。それでは行ってきます」 

 

 そう言ってモモンはハムスケに乗ったまま冒険者組合を目指し、ナーベも付き従う。

 

 

 

 

「それじゃ、我々が荷物を運びます。オルタさんとアルシェさんは、馬の移動をお願いします」

 

 バレアレ家もといポーション作成施設に、俺とアルシェ、漆黒の剣とンフィーレアが到着した。

 荷物が多いので、残りは俺たち以外でやるそうだ。後はこの馬を近くに停めたら、組合でモモンさん達と合流しよう。

 

「わかりました、お疲れ様です」

 

 荷台から荷物を降ろした後、俺達は手綱を引っ張り馬を誘導する。

 長い一日であったが…こんなに充実した一日は人生で初めてかもしれない。冒険者稼業と言うのはいいものだ、元の世界の仕事よりも断然面白いと感じた。

 

 そういえば、ふと気になった。

 この世界に転移したという事は、向こう(元の世界)の俺はどうなっているのだろうか?

 魂までも完全にこっちに来て死んでいるのではないか? それとも、別々に分断して今まで通り変わりない仕事や新しいゲームを遊んでいるのだろうか? 今となっては確かめる術がない。

 

「やっぱりモモンさんは凄いですね…私も、あんな大きな魔獣を従えたいな~」

 

 一方のアルシェは、ハムスケの話題に夢中だ。

 

「そういえば…あの時はあまりに多かったので記憶が飛んでいるのですが、オルタさんの魔獣でも馬っぽい子はいるんですか?」

 

 アルシェの質問に、オルタは素直に答える。

 当然。火を吐いたり電気帯びたり泥んこの奴などメジャーなものはいる。ひょっとして、大型に興味がわいたのか?

 

「い、いえ!私なんて、まだまだ、ハムスケさんのようにそれっぽい子を…なんて。まだ私にはイーブイで十分ですから…」

 

 彼女の考えに。オルタの心は否定しなかった。

 今となっては初めて彼女の欲が見えたからだ。この数日間はこちらの能力に圧倒されて受け身だったり引き気味だったり嫌われる兆候だった。今になって、ようやくアルシェの心が開いてくれたことに嬉しさを感じた。

 

「ここでいいな。それじゃ組合に………!」

「どうしました?」

 

 ここで、オルタの魔力感知に何かが反応した。

 この気配…何かの結界が発動しているように感じたのだ。その発信源は……数十メートル離れた、先程荷物を下ろしたバレアレ家から発せられている。

 

「!」

 

 俺はすかさず魔眼を起動する。すると…

 

「バレアレ家に、誰かいる?」

「えっ?」

 

 魔力の流れを透視すると、バレアレ家の中には7人(・・)の魔力を感知した。

 おかしい。先程別れた漆黒の剣のメンバーとンフィーレアでは全員で5人。なら、あと2人は誰なのか…?それにこの様子は対面しているようだ。3人と4人に分かれており、一方は漆黒の剣達に間違いない。こんな時間に客人…それに一人はもう一人に抱きかかえられている。

 

「!」

 

 次の瞬間、4人組が戦闘態勢に入る構えを見せていた。明らかに戦闘が始まろうとしている…!

 

「アルシェ、急いで戻るぞ!漆黒の剣が襲われている!」

「は、はい!」

 

 駆け足でバレアレ家に戻り、入り口に入る前もう一度魔眼で中の様子を確認する。

 この短時間で何があったのか…3人が床に倒れ込んでおり、残りの一人が後退りしているように見える。しかも杖のようなものを持っている人、ニニャさんか!これは今でも襲われる雰囲気だ!

 

「アルシェ、中に入ったらニニャさんを守るようにしてくれ!」

「わかりました!でも誰に襲われているんですか?」

「わからない、だが誰であろうと警戒は怠るな!」

 

 警戒しながら、音を立てずにバレアレ家に侵入するオルタとアルシェ。

 向こうが探知魔法を仕掛けているなら敵にバレているかもしれないが…間に合ってくれ!そう思いながらドアを蹴破る。

 

 

「動くな!ここで何をしている!」

「「「!?」」」

「!」

 

 部屋内の情報を確認する。

 まず、倒れている3人は間違いなく漆黒の剣の男3人、加えてニニャも壁に寄りかかって負傷している。

 そして、招かれざる客が2人。暗殺者風の女と、死霊系の魔法詠唱者だった。加えて、女の方は気絶しているンフィーレアを背負っている。

 

「あれ、誰にも気づかれない結界だったんだけどな〜」

「ニニャさん!」

「無駄だよ〜、女は兎も角男どもは皆殺したからね〜」

 

 堂々と殺人行為を宣言する暗殺者の女。

 余程腕が良かったのか、自信を見せている。しかし…僅かに口が動いていた。まだ息がある!

 

「アルシェ! 俺のポーションを急いで飲ませろ! 今ならまだ間に合う!」

「駄目だよ〜アンタもここで死んでくれない?」

 

 ここで暗殺者の女が、ンフィーレアを相方の魔法詠唱者に預けスティレットを構えてこちらに高速でやってくる。こんな狭い部屋の中でも確実に仕留められる腕はあるようだ。

 

パシッ!

 

「なっ!」

 

 だが当たらなかった。それどころか、腕を掴まれる。

 

「(なんだコイツ!どんだけ馬鹿力なんだよ!)」

「せっかくコイツらを利用しようと思ったが、それを邪魔した覚悟出来てるよな?」

「ぐへぇ!?!!?!?」

 

 けたたましい爆音と共に、女は腹パンチを食らって吹き飛ばされる。

 魔法詠唱者は慌てていた。それどころか、目の前の仮面の男に恐怖していた。明らかに自分達より格上だ。

 

「ここまでだ!撤退するぞ!」

「待て!」

 

 これ程の騒ぎを起こされ、野次馬がくると判断した2人組はその場から消えていった。くそ、転移系のアイテムでも持っていたか…!

 「なんだなんだ!」「爆発か!?」と騒ぎを聞きつけた街の住民が集まってくる。側から見れば、こちらが建物を破壊してしまった構図であろう。

 

「オルタさん、何があったんですか!?」

 

 その野次馬を押し退け、モモンとナーベも駆けつけてきた。もう1人の年寄りが「ウチの店がぁぁぁあ!!?!?」と叫んでいたが…

 

「…ンフィーレアさんが、攫われました」

 

 アルシェがニニャを治療しながら、そう弱々しく話した…。




変更点
・漆黒の剣、全員生存。
・反面、バレアレ家半壊。


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救出作戦1

エ・ランテル一番の薬師が攫われた。

 

 森の賢王"ハムスケ"を従えたと同日、いやほぼ同時刻に起きた最大級の事件と言ってもいい。

 当然目撃者である俺とアルシェは、冒険者組合に連れて行かれた。事件の現場に出くわしているので当たり前だが、すぐに誤解が解かれる。

 

 何と言っても、その場にいたニニャとの証言が一致しているからだ。他のメンバーは全員瀕死状態であったが、辛うじて生きている。状況と犯人の姿を見たことで、冒険者資格剥奪は免れた。

 

 それ以前に、俺達が街を出て野営をしている日に冒険者風の男が殺害されているのが見つかっているらしい。凶器が同じことから、同一人物という事で容疑者候補から外されたという訳だ。

 

「しかし、君たちが無事でよかった」

 

 そう言って、俺達に安堵の表情を見せる男。エ・ランテル冒険者組合長"プルトン・アインザック"はそう言う。それと隣に座っている昔の冒険者仲間兼魔術師組合長の"テオ・ラケシル"も同感だと頷く。

 こちらがまだ日が浅い冒険者だと思って俺達を心配してくれるとは、何とも申し訳ない気持ちになる。

 

「気にしないでください組合長。それよりも問題は、ンフィーレアの行方です」

「そうは言っても…」

 

 あの二人組は、転移系か何かしらのアイテムを使用してその場から消え失せた。足取りを掴みたくても掴めないのが現状だ。ならば切り口を変えてみよう。

 

「お二人は、犯人像に心当たりはありませんか? 何でも構いません。そこから割り出すことが出来るかも…」

 

 この世界でも、当然光と影がある。表沙汰になっていない裏組織・マフィアがいてもおかしくない。

 逆にそういった奴らに是が非でも会ってみたいな。まあ俺達ナザリックも充分裏組織だけど…

 

「犯人像か…戦士と魔法詠唱者、それを有する組織となると…」

「八本指か、ズーラーノーン…だろうな」

 

 …なんだそのネーミングセンスのない組織名は?

 

「ズーラーノーン!?」

 

 ここでアルシェが驚きの声を上げる。

 

「知っているのか、アルシェ?」

「はい、強大な力を持っているとされる組織と聞いたことがあります。かつて恐ろしい儀式を行って、一つの都市をアンデッドが跳梁跋扈する死都に変えたとかで」

 

 ほぉ、そんな伝説があるとはこれは興味を持った。

 因みにもう一つの組織「八本指」は、王国を中心に暗躍している裏組織とアインザックは説明する。メンバーも協力者も一切不明である為、確証がないかもしれないが…

 

『オルタさん』

『モモンさん…!』

 

 ここで、モモンから伝言(メッセージ)が入る。

 

『どうでしたか?』

『ビンゴです! オルタさんからの"手がかり"を含め、ンフィーレアの場所が分かりました!』

 

 俺は心の中でガッツポーズする。

 この冒険者組合に行く前、モモンさんに"手がかり"となるアイテムを渡していたのだ。

 

 それは…冒険者プレートだ。

 

 あの二人組が逃走した現場で見つけた3つのプレート…それに違和感があった。

 何故なら、その3つはそれぞれの色がバラバラだったのである。

 

 "漆黒の剣"は全員が銀の冒険者だ。抵抗したのであれば、当然落ちているプレートは全部が銀のはず。

 しかし、実際はプレートの色がバラバラだったのだ。(カッパー)(シルバー)(ゴールド)…それぞれ一枚ずつだ。俺やアルシェ、モモンとナーベは失くしていないし、漆黒の剣のメンバー全員もプレートを身に着けている。

 他の冒険者のプレートを盗むのは犯罪であるし、何より悪用すれば罰金や剥奪ものだ。

 

 となれば答えは一つ、あの二人組のどちらかが落としていったのだ。

 わざと落としたのか不慮の事故かは分からないが、何かしらの手掛かりとして拾っておいたのだ。テオさんでも物品から追跡する魔術なんて身に着けていないだろうし、モモンさんから連絡を待った方が断然早かった。

 

「どうしたんだね、オルタ君?」

「どうやら、仲間がンフィーレアを見つける頃合いだと思いましてね」

「何!彼らの行方に心当たりがあるのか!?」

「えぇ、その場所は…」

 

 その直後、エ・ランテル常駐の兵士が駆け込んできた。

 何があったかは予想がつく。そして、その兵士は叫びながら緊急案件を大声で報告した。「カッツェ平野で大量のアンデッド並びにスケルトンが現れた」と…。

 

 

 

<カッツェ平野 大門>

 

 

「開けてくれ!早く!」

 

 巡回から戻って来た兵士が大声でそう叫び、尋常ではないパニック…何か緊急事態が起きたのは容易に推測はできた。

 

「早く!門を開けろ!すぐに閉めるんだ!」

 

 見張り兵たちは困惑していた、状況が理解できていなかった。

 

「早く!閉めろ!閂も忘れるな!」

 

 他の衛兵たちが門を閉め、閂も閉めた。そして、門の上から見てその理由が明らかになる。

 

 そこにはアンデッドの大軍がいた。数としては最低でも数百、下手したら千はいる程。

 こんな大規模のスケルトンは見たことが無かった。ここを何年も見張っているベテランでも異常とも言える光景だ。

 

 ここカッツェ平野は王国と帝国との戦地として有名だ。なので、当然ながら戦死者の数も尋常ではない。

 戦時中は死者のことなど重要ではない。死者が居たら、その場で適当に埋葬、最悪放置という形だったからだ。その怨念がアンデッドという形でこの墓地の脅威となっている。それだけならば駐在している兵士で事足りるが、今回ばかりは違った。それだけではなく見たことの無いアンデッドもいる。自分達の知らない…未知なる敵がいる。それがより一層彼らの恐怖心を煽った。

 

 この日、彼らは死を覚悟した。必死になって、手持ちの槍で応戦しようとした。

 しかし…突き落とされたスケルトンは地面に落下せず、何百もいる同族が羽毛となってその身が砕かれることのないまま再び同じ行動を繰り返す。それ故アンデッドは疲労しない。彼らは攻撃で砕かぬ限り動かないのだ。

 

「下がれ!壁の下まで後退しろ!」

 

 これ以上は自分達では対処できなかった。理性で理解しても、自分達の中で葛藤と対立している。

 そう考えているうちにアンデッドたちが扉を壊そうと体当たりを繰り返しており、扉からギシギシと悲鳴を上げている。閂をしているとはいえ、破られるのも時間の問題であった。既に冒険者組合に報告しているとはいえ、どれくらいの冒険者が援護に来てくれるかが問題であった。数は圧倒的に敵が有利、援護に来てくれても焼け石に水だ。

 

 もし自分たちが逃げたらアンデッドたちは扉を破壊し、エ・ランテルを蹂躙するだろう。そうなればどれだけの被害が出るのだろう。だが自分たちではどうすることも出来ない事実が、絶望のどん底へ突き落す。

 

 皆の身体も精神も絶望に満ちたその瞬間、複数の足音が聞こえた。魔物とは違う足音に、全員が反射的に身体を向ける。

 

 そこに居たのは、4人の冒険者と1体の魔獣。

 

 森の賢王と呼ばれる魔獣。

 それに乗った漆黒に染まる全身鎧(フルプレート)を着用した戦士。

 凛々しい女性。

 狐のお面をしている男。

 魔法詠唱者と思われる少女。

 そして…

 

「アインザックさん! どうしてこんなところに!?」

 

 冒険者組合長自らが冒険者たちをひっさげてこの戦場にいたのだ。

 

「戦況はどうなっているんだ?」

 

 アインザックがそう語り、彼らの首にかけられたプレートを見る。

 

「無理ですアインザックさん!銅級(カッパー)の冒険者じゃ対応出来ない!もっと上の冒険者に応援を!」

 

 隊長がそう言ったのも無理はない。銅級冒険者ではあれだけのアンデッドを相手するのは無理だ。何故なら衛兵と銅級冒険者の実力はほぼ同じだからだ。

 

「お前たち、後ろを見ろ。危ないぞ」

 

 漆黒の戦士の注意を聞いて、即座に後ろを振り返る。

 そこにいたのは無数の死体が集合して出来た数メートルはあるアンデッド、集合する死体の巨人(ネクロオーム・ジャイアント)である。

 

 次の瞬間、漆黒の戦士が槍投げのように大剣を投げた。

 目に映ることなく飛んで行った大剣が、先程のアンデットの巨人の額に突き刺さっていた。だが最も信じられかったのはそのアンデッドがたった一撃で門の裏へ倒れていき、轟音と地響きが同時に起きた。

 

「門を….いや、上から行くか」

「アンタらわかっているのか!むこうにはアンデッドの大群が!」

「それが?この私、モモンに何か関係があるのか?」

 

 圧倒的な自信に満ちた漆黒の戦士のその言葉に、衛兵たちは威圧感を覚える。それと同時に、微かな希望を感じ取っていた。

 

「兵士達はそこにいろ。ハムスケ、お前はここに留まりアインザックさん達と門を守れ!」

「殿!承知したでござる」

「ナーベ、オルタ、アルシェ!お前達はついてきてくれ」

「それじゃアインザックさん、後は任せてください」

 

 4人の冒険者が壁を乗り越えていった。漆黒の戦士は鎧の重量を感じないよう軽々しく飛び、残りは「飛行(フライ)」と唱えて飛んで行った。

 

「結構多いな…『ウーラオス』!!」

 

 狐面の男がそう叫ぶと、召喚陣から魔獣を召喚した。

 それと同時に空に浮遊しながら女性2人が魔術で援護し、漆黒の戦士と共にその場にいたアンデッドを次々と屠り、先程までのアンデッドの脅威が消えていった。

 

 アインザックは目の前の光景が信じられなかった。

 あれが銅級(カッパー)の冒険者?門の前にあんなに溢れていたアンデッドはわずか数十秒で全滅。その場には大量の骨が散っていた。

 

 中でも、あの狐面の男は巨大な魔獣を召喚しあろうことか共闘しながら蹴散らしていった。魔獣を従う戦士なんて、自身の組合長としての歴史にあんな冒険者はいない。この目で見るまでは信じられなかった。まさに、あの4人は…アダマンタイト級だ。

 

漆黒(しっこく)紅狐(べにぎつね)の戦士、いや…英雄と魔獣使いだ…!」




早くオリジナル回書きたいと急いでます。


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救出作戦2

いつもより長く遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
武王のバトルが凄いと思ってました。アルシェ視点でどうぞ。


「(まさか、受けることになるなんて…)」

「ま、これでクエスト成功させて見返してやろうじゃねーか」

 

 隣でオルタがそう気楽そうに言うが、その顔は戦う前から真剣になっている。いや、どちらかと言えば怒りの形相が混ざっているとアルシェは感じた。とにかく、今はンフィーレアさんを最優先で救出しないとっ!

 

「しかしモモンさ…ん、この程度の軍勢であるならばこちらも応援を呼んだ方が良いのでは?」

 

 私と同じく飛んでいるナーベさんがそう言う。確かに一気に蹴散らすことが可能であろう。というより、まだアインズ様への呼び方が慣れていないようであるのは黙っておこう。

 

「それだとダメだ、今は冒険者の状態でなければ認めてくれないだろう。おまけに、私たち以外誰かに監視でもされたら我々の正体に感づかれるかもしれない」

 

 それもそうだ、と相槌を打つ。

 アダマンタイト級冒険者が実は魔王だった、なんてそれこそ組合から追放されてもおかしくはない。私達は正体を悟られないよう、気を付けなければならないのだ。

 

「…モモンさん、あの神殿怪しくないですか?」

 

 私は視線の先を指さす。そこには、墓地の風景に似ても似つかない目立つ小さな神殿のような建物があった。

 案の定、地中から神殿を守るようにスケルトンやアンデッドが地中から湧き出るように現れた。これから神殿が見える範囲に潜入しようとしている4人に対し、敵意を見せ武器を構えながらゆっくりと近づいてくる。

 

 刀と銃でモンスターをバッタバッタと倒しながら森林地帯の奥へと進むオルタは、想定よりもスケルトンの数が多いことに思いながらも、騒ぎを起こした首謀者に少しだけ興味が湧いていた。召喚した熊のような魔獣もその正確な体術を用いて援護に回っている。

 一方の私も、イーブイを抱きかかえて空から援護をしている。一方的に遠距離からの魔法攻撃に、スケルトン達は成す術もない。これなら問題なく倒せる、そう思っていた…

 

「えっ!?」

 

 しかし、それが簡単ではなかった。

 スケルトンやアンデッドの中には、イーブイの技が効かない個体も居たのだ。

 私は焦る。イーブイのせいではない、私の魔獣使いとしての腕が足りないのだろうか?

 

「アルシェ、オーラが出ていない個体を集中的に攻撃しろ。これはどちらのせいでもない、効かない敵は俺達がやる」

「わ、わかりました!」

「(こんな大きな騒動を起こすような相手だ。もしかしたら、さっき聞いたこの世界の中で大きい組織の奴が居るかもしれないな…期待はしてないけど)」

 

 事件を解決するのであれば、首謀者を詰所に差し出すのが普通だ。

 しかし、この事件の首謀者を生け捕りにして、情報源としてナザリックに連れ帰るのが一番効率的かと考える。それなりの力を有しているのなら、それなりに裏の情報も持っていると思ったからだ。

 

 モモンさんもそれには同意だった。彼らは、ユグドラシルには無かった技術や魔法を習得しているかもしれない。そういったものの情報は今のナザリックではとても重要だった。下手に放置していれば、いずれ足元を掬われかねないのだから。

 

「随分呆気なかったな……?」

 

 軍団を倒し、ネモは視線を神殿に向ける。入り口には怪しげな集団。全員がローブを羽織っており、魔法詠唱者(マジックキャスター)であることは一目瞭然だった。4人が近づいているにもかかわらず、その集団は儀式を続けている。

 

 これは襲い掛かってみろと挑発しているのか?とモモンとネモは思った。

 この魔法詠唱者(マジックキャスター)達の行動は、ユグドラシルプレイヤーからすれば初心者以下の愚行だ。相手が目前にまで迫っているのに儀式を続けるなど、殺して下さいと言っているようなものである。

 

 敢えてそういう作戦を取り、相手を油断させるプレイヤーもいるのだが、目の前にいる魔法詠唱者(マジックキャスター)たちがそれほど腕の立つ者には見えない。精々、集団の中心にいる赤いローブ姿の老人がまともといったところだ。どちらにせよ…アルシェはともかく、3人の相手ではない。

 

『モモンさん、戦闘に入る前に作戦があるんですが…』

 

 

 

 

「さて、お前達。一応聞いておくが、こんな夜中でコソコソ集団で何やっているんだ?あの化け物軍団を呼び出したのはお前たちで間違いないのか?」

「ふん…ネズミが結界に入り込み、スケルトンの反応が勢いよく消えていくから何事かと思えば、見たところ(カッパー)程度で調子に乗った愚か者と言ったところか?」

 

 そう答えたのは、店で遭遇した赤いローブの老人だ。モモンの質問には答えておらず、彼のことを完全に舐めているのが発した言葉から読み取れる。何故この世界の人々は、冒険者のプレートという見せかけだけで実力を判断するのか。確かに基準の象徴ではあるが、魔法詠唱者(マジックキャスター)でも他に調べる方法がないというのか?

 

 今神殿の前には、モモンとナーベがいる。一方のオルタとアルシェは、魔術で横たわった丸太の陰に隠れて様子を窺っていた。ここからはンフィーレアを確実に救出する為、別々に行動する方法を取ったのだ。モモンさん達が囮になり、その隙に私とオルタさんが救出する。

 

 アルシェはここまで自分たちを襲ってくるスケルトン、そして目の前の魔法詠唱者(マジックキャスター)の要素を掛け合わせ答えを導き出す。成程、各国から指名手配されている秘密組織といったところか。まさかお尋ね者集団が登場とは。となると、背後にある神殿はアジトといったところか。

 

「お前たちは八本指か?…それとも、ズーラーノーンか?」

「まさか(カッパー)の冒険者でも知られているとは、これはますます生きて帰すわけにはいかないな」

 

 あっさりと認めたこの首謀者と思わしき魔法詠唱者(マジックキャスター)。こんな奴らがいるのを組合長は知っていたのだろうか?クエスト終わったら、思い切り問い詰めてやろう。だが…

 

「正直期待外れもいいとこだ。世間から見ればまあまあ強いんだろうが、我々から見ればまるで駄目だな。その程度じゃ遊びにもならない。そこに隠れている女もな」

「何?」

「…あれぇ? 私がいることも分かるんだぁ?」

 

 柱の影から、一人の人間が出てくる。今度は、あの暗殺者の女だった。

 

「どうしてここが分かったのぉ?」

「そのマントの下が答えだ」

 

 そう言って、暗殺者の姿を凝視する。

 よく見ると…透明な軽鎧にはいくつもの冒険者プレートが埋まっていた。その数は軽く2桁は超えている。それほどの冒険者に手をかけたと確信した。

 

「大人しくした方が身のためだぞ? 抵抗するならば…この先は言わなくても分かるな?」

 

 敵の戦力はモモンさんから見れば、個人個人大したことがない。さっさとこんな奴らをしょっ引いてアジトを探索しようという魂胆だ。組織的アジトならば、見返りも取得品も期待していいかも。

 

「そんな戯言を言っていられるのも今のうちだ。この死の宝珠の力を見るがいい!」

 

 その男が謎の宝玉を天に掲げると、巨大なドラゴンのようなモンスターが現れた。

 そしてそのモンスターを見た瞬間…周りから見たら、ンフィーレアさんが攫われた時、いやそれ以上に絶望に打ちひしがれている顔だったに違いない。

 

「魔法に絶対の耐性を持つスケリトル・ドラゴン!魔法詠唱者(マジックキャスター)には手も足も出ない強敵だろうよ!」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の男が言っている通りだ。スケリトル・ドラゴン…私のような魔法詠唱者(マジックキャスター)に対しては、絶対の天敵。魔法に対する絶対耐性を持っており、あの最強の魔法詠唱者である師匠のフールーダ・パラダインでさえ、倒すのは難しいと言わしめたモンスターなのだ。

 

 師匠でも倒せないモンスターなら、私なんて戦力外もいいところだ。世間では十分な才能だと思ったが、ここへきてその根拠はもろに崩れ去る。このモンスターは今までのスケルトンなんかと比較にならない、足元にも及ばない危険なものである。

 

 今このモンスターと対峙しているだけでも、かなりの重圧に押し潰されそうになる。例え対処法を事前に知ってもそれは変わらない。その気持ちに耐えながらも3人に危険信号を送る。

 

「…ッ!」

 

 3人の表情は、ドラゴンが現れる前と全く顔が変わっていなかった。私のように絶望に圧し潰されそうになるどころか、静かに真剣な表情で対峙している。何故…?何故、そんなにも恐怖を感じない?涙と汗を流さない?

 

「(オルタさんっここは撤退しよう!エ・ランテルに戻って報告しないと!)」

「(それは無理だ。敵がそれを許さないだろうし、軍なんかを呼んでも更に被害が拡大するだけだ。ここでなんとしても倒すしかない!)」

「キャハハ!たかが(カッパー)如きが、ケンカを売る相手を間違えたな!」

「全くだ。降伏するなら助けてやってもいいぞ!?」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の男と暗殺者の女が勝ち誇った声でそう言った。「倒すってどうやって!?」と、私は涙ながらも思う。すると、モモンは持っていた大剣を見せびらかすように構える。

 

「簡単だ………物理で、殴るッ!」

 

 正面から突っ込んできたスケリトル・ドラゴンが、その腕でモモンを殴り殺そうとした。私は咄嗟に目を瞑ってしまう。次の瞬間、強烈な打撃音が辺りに響く。恐る恐る目を開ける。

 

「「!?!?」」

 

 そこには、頭部を殴られ数十個の大小様々な骨が落ちたドラゴンの顔が目に入った。一方のモモンは、何事もなかったかのようにこちらに後退りする。なんのことはない、彼は己の腕力のみでドラゴンの頭を吹き飛ばしたのだ。自身よりも遥かに大きい巨体を、殴っただけでダウンさせたのだ。

 

「これが切り札か? スケリトル・ドラゴンくらいでは足止めにもならんぞ?」

 

 馬鹿正直に正面から突っ込んできたスケリトル・ドラゴンを腕力のみで吹き飛ばす。自身よりも遥かに大きい巨体を、軽く殴っただけでダウンさせたモモン。当然、そんなものを見せられた周りの者たちは顔が青ざめ、冷たい汗が額を流れる。

 

「カジット様、これは…!」

「ほう、カジット君と言うのか。名前くらい名乗ってほしかったな」

「クレマンティーヌ!貴様も援護しろ!」

「くっ!」

 

 殴られたスケリトル・ドラゴンの顔からボロボロと骨がこぼれ落ちる。

 それでも完全に動きを止めていないのは、流石アンデッドといったところか。そこで、ようやくカジットがスケリトル・ドラゴンの援護に動いた。暗殺者の女、クレマンティーヌとやらも戦闘態勢に入る。その行動の遅さにオルタさんは呆れていた。

 

「(味方がやられてから援護に動くなど二流、いや三流以下だな。いくら強力な魔法やアイテムを使おうとも、これではまったくの無駄でしょ…)」

「蘇れ我が(しもべ)よ!レイ・オブ・ネガティブエナジー!」

 

 カジットが呪文を唱えると、手に持っていた死の宝珠が再び光り始めた。その不気味な光がスケリトル・ドラゴンに注がれ、ボロボロだった顔面が逆再生されるように元に戻っていく。

 

「フハハハ!どんな手品かは知らんが、今度はそうはいかぬぞ!リーンフォース・アーマー、レッサー・ストレングス、シールドウォール、アンデッド・フレイム…」

 

 カジットは複数の魔法をスケリトル・ドラゴンにかける。彼が唱えた魔法は対象のステータスを一時的に上昇させたり、または有利な状態にするものだった。だが、そこまで高い効果はない下位の補助魔法なため、そうして魔法で強化されたスケリトル・ドラゴンもそれほど脅威ではない。

 

「(…こいつらを倒さなければ我らの目的は達成できん!)背に腹は代えられん、死の宝珠よ!」

 

 再び、カジットが宝珠を天に掲げる。

 なんと、同時にカジットの仲間であるはずの魔法詠唱者(マジックキャスター)達から魔力を吸い取り始めた。

 

「う、うわぁ! カジット様、なぜ――」

 

 魔法詠唱者(マジックキャスター)のひとりがそう叫ぶのだが、数秒でミイラのように干からびて死んでしまう。

 

 味方を犠牲にして魔力を回復するような行為を目にしたモモンとオルタは、不愉快そうに眉を顰めた。それは彼らを殺したことに対する嫌悪感ではなく、味方であるはずの彼らを騙し討ちで殺したカジットに対する嫌悪感だ。

 

「わーお、カジッちゃん酷すぎ―」

「(な、なんて事を…!)」

 

 目的のために手段を選ばない。だからといって仲間を犠牲にするなんて外道もいいところだ。だからこそ、カジットが行った行為は到底理解できない行いだった。一方のクレマンティーヌも他人事のように、ヘラヘラと笑っている。

 

「…自分が弱いからと、部下に手をかけ生け贄にするのはどうかと思うが?」

「やかましい!彼奴らもワシのために死ねるのであれば本望であろう。それに…これで貴様もお終いだ!」

 

 自分達が言うのもなんだが、ここまで自分勝手な行動は怒りを通り越して呆れ果てる。まるで、未だに世界が自分を中心に回り始めていると勘違いしている程に。

 

「ここからが本番だ…行くぞ!」

 

 

<謎の神殿>

 

 モモンは大剣を手に、スケリトル・ドラゴンに突っ込む。打撃音が聞こえたと思ったら、いつの間にかモンスターの顔から数十個の大小様々な骨が落ちていた。それを見ながら、敵が神殿から離れた隙に潜入する。

 

 一時はチームの生存を諦めかけた。だが、彼らの超人的能力があれば生き残れるかもしれない。悔しい気持ちが沸き上がるが、そんなものはどうでもいい。今は、チームの為に自分の出来ることを精一杯やるだけだと奮い立たせる。大丈夫、あの人たちなら負けはしない。

 

「だ、誰だ!」

「!」

 

 やはりと言うべきか、表に居た人数程ではないが神殿の中にも護衛がいたようだ。

 

「スピードスター!」

「ぶいい!」

「「ぐはっ!?」」

 

 二人が予想していた通り、先制攻撃を仕掛けすぐに黙らせる。

 ンフィーレアさんを攫った相手に手加減は無用であった。そして、その神殿の奥には…

 

「ンフィーレアさん!」

「! アルシェ!無暗に近づくな!」

 

 ンフィーレアさんが、服を脱がされ微動だにせず立っていた。

 明らかに様子がおかしい事に、オルタさんが私を制止する。

 

 注意しながら近づくと同時に、私は思わず顔を背けた。

 

 酷い…その一言に尽きた。

 あの犯罪者集団にリンチされていたのか、体のあちこちに痣が出来上がっている。何よりも血涙を見せていた。彼の前髪が眼を隠してくれたことが幸運だったのか、上半分の姿を想像するとその醜悪さから胃がむせ返り、先ほど飲んだポーションが胃から口へと逆流しそうになる。

 

「このアイテムで、自我を縛られていたのか…」

 

 彼の頭には見たことない、王族が付けるティアラのような冠を被っている。

 

「無理やり剥せば命が危ない。非常に興味があるが、彼の為にも破壊すべきだろう……上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)

 

 オルタさんが魔法を発動すると、冠は硝子が砕けたようにパリンと割れ、それと同時にンフィーレアの身体が前へ倒れ込む。続けて蘇生魔法がかけられると、彼の身体は良好な状態に戻った。蘇生魔法は命を代償する為に禁忌とされており身体の部分が無ければ蘇生不可能だったが、私の為にもこれを使ってくれてたなんて…

 

「アルシェ、君はンフィーレアを頼む。俺はまだ息がある奴らを運ぶ」

「了解しました」

 

 神殿を出ると、既に戦闘は終了していたようだ。

 既に朝日が昇っており、この辺り一帯を照らしている。

 

「ンフィーレアはどうでしたか?」

「何とか取り返しました。後は街で安静にすれば大丈夫です…主犯の奴らは?」

 

 オルタさんがそう言うと、モモンさんが近くにあったある物を指さす。

 袋で括られているが、中にはあのクレマンティーヌという女の死体であった。一方のカジットと呼ばれた魔法詠唱者(マジックキャスター)はナーベさんが相手をしていたが、手加減せずに灰にしてしまったらしい。これでは蘇生不可能だろう。

 

「…アルシェ、どうしたのだ?疲れているのか?」

「いえ…ただ、私は皆さんの足を引っ張っているような気分で…」

 

 モモンさんに不意に声を掛けられる。

 もし私にもっと力があれば、街の中で犯罪者を捕らえてンフィーレアさんを守れたかもしれないのに…そう思っていると、後ろからオルタさんに肩を優しく叩かれる。

 

「その自覚に気づいているだけでも十分だ。だが、焦りは禁物だ。誰だって失敗はするし、これから後悔することもある。けど、強くなるために今回の事件は糧になるはずだ」

「オルタさんの言う通りだ。我々についてくれば、君は必ず強くなる。そして、これからの道筋で良い事も悪い事も何でも経験するのだ。それが、今の君の課題だ」

 

「―――――…………はいっ!」

 

 私は励まされ、力強く返事をする。

 ボールが揺れて、その中のイーブイからも応援されているように思えた。

 

 そして私たちは神殿を背に、エ・ランテルに向けて歩み始めた。

 道筋を照らしてくれる日の光が、(アルシェ)のこれからを祝福してくれると信じて…。



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幕間 アルシェとニニャ

ちょっと短めです。どうぞ。


 クエスト完了後、エ・ランテルに戻った私たち。

 

 それはもう、英雄の帰還と言わんばかりの凱旋であった。

 住人や兵士達が温かく出迎えてくれて、私たちの姿が見えた瞬間に歓声を上げる。最早お祭り騒ぎであった。

 

 当然だ。見張り兵達が数でも質でも敵わなかったアンデッドやスケルトンの群れ…それらをたったの4人+αで事件解決へ導くのだから。

 

 私たちの事を想ってくれているのか、こちらに近づいてきて心配してくれる人が多く中々前へ歩を進められないことが多々あった。ようやく冒険者組合に辿り着くが、中に入ってもそれは変わらない。

 

 扉を開けると、アインザックさんが呼んだのであろう多くの王国の冒険者に熱烈なおもてなしを受けた。

 拍手喝采の中、アインザック組合長と取り巻きがこちらに近づいてくる。

 

「よくぞ生きて戻ってこられた! 君たちはこのエ・ランテルの英雄だ!」

 

 アインザックさんが半泣きでそう言うと、取り巻きも冒険者たちもうんうんと頷く。

 この街を救ってくれた英雄であることに誰も文句を言う人なんていなかった。兎に角、この場で話しづらいので、個室の談話室へ移動することにする。

 

 扉を閉めても、扉からは窓からはわんやわんやと歓声が止まらない。こんな気分は初めてだ。英雄と呼ばれる人たちはいつもこういう感じだったのか。悪い気分ではないのだが、恥ずかしいように思える。

 

「さて…改めて、このエ・ランテルを救ってくれたことを冒険者組合代表として、感謝する…!」

 

 対面に座っているアインザックから、もう一度頭を下げながら礼を言われた。

 

「いえいえ、人を守る冒険者として当然のことをしたまでです」

「そう謙遜しなくてもいい! そこまで言われてしまったらこちらが恥ずかしくなる!」

 

 モモンさんからそう言われると、アインザックさんは申し訳ない態度をとってしまった。

 モモンさんもヘルメットの口部分に手を当てて「しまった…」と思い、慌てて訂正する。それからはこの事件の真相を洗いざらい報告した。尤も、件の当人たちを差し出さず死亡扱いにした挙句(半分は本当)、その部下たちを代わりに差し出したが。

 

「さて、ここに来てもらったのは他でもない。今回の緊急クエストによる報酬並びに、今後の処遇について話そうと思ってね」

「処遇?」

 

 アインザックさんは部屋の隅で控えていた秘書に命じると、手押しのワゴンをこちらに押してくる。

 

 上に載っていたのは…4つの何かが入った袋に、同じ数の冒険者プレートが並べられていた。

 

 

「モモン君、オルタ君、ナーベ君、アルシェ君…本日より君たち4人を、ミスリル級冒険者に昇格することを言い渡す」

 

 これには全員が驚いた。その一言に尽きる。

 間髪入れず、アインザックが続けさまに言葉を出した。

 

「本来出るならば、あのような厄災を救ってくれるほどの実力は最上級のアダマンタイトが相応しい。いや、現に私は君たちの戦いを見てそう思った。しかしその…いきなり(カッパー)からアダマンタイトにしてしまっては、周りから反発を受けてしまうこともあるため、ミスリル級が妥当だと判断をした」

 

 アインザックさんの言いたいことはわかる。

 昨日今日でやってきた(カッパー)新人が、わずか数日足らずで大量のモンスターを撃破してしまい街を救った。世間は喝采ものだが、同業者全員からは全員がそうとは限らない。

 

 私たちがクエストを行っている間、アインザックさんも緊急のクエストとしてこのエ・ランテルに駐留している冒険者を片っ端から招集した。街の防衛・避難民の誘導…挙句には、私たちの援護をしてもらおうと考えたらしい。

 

 しかし、私たちの撃破スピードが余りにも早すぎたため、モンスター討伐に励んでいた冒険者たちからは残念そうな声を上げていた。撃破したアンデッドやスケルトン、その他モンスターからはレアな素材やら換金アイテムが出てきた。向こうから見れば、こちらが報酬を一方的に独り占めしたようなものだ。

 

 今回の謝礼とその追加報酬分の費用が、4つの袋に入れられている。

 念のため確認をとアインザックさんがそのうちの一つを開けると、私は目を見開いてしまった。金・銀・銅…それぞれの通貨が袋いっぱいに入っている。チャリチャリと音を鳴らしながら袋が揺れている。これがあれば当分の間は生活に困らない。

 

「私の顔に免じて、新しいプレートとこの報酬を受け取ってくれないだろうか?」

 

 再度アインザックさんが頭を下げる。ここで断ったら報酬は受け取れず、ランクも(カッパー)のままだろう。

 

「わかりました。その決定に、我々は従います」

 

 

 

 

「そう…冒険者業は、一時中断に…」

「はい…」

 

 組合長との会談後、私は近くの簡易病院でニニャさんと話をしていた。

 無論、あのクレマンティーヌという暗殺者に襲われた漆黒の剣のメンバーへの見舞いである。幸い命の別状はないのだが、重傷だ。もしかしたら、冒険者に戻るのも難しいかもしれない。

 

 当分は冒険者を休業する他なかった。

 ニニャさん一人でも復帰するのは厳しい。戦闘での負担も、今まではチームでどうにかなったが魔法詠唱者(マジックキャスター)一人だけでは荷が重すぎる。

 

「正直言って、私はアルシェさんが羨ましいです」

「えっ?」

「あんな化け物集団を少人数で蹴散らせるなんて…」

「そんな! 私はただ援護しただけで…あの3人が凄すぎるだけだよ!」

「でも、貴方は英雄です。帝国の学院出身で…」

「違うの! 私なんて本気で世間知らずだった。あの人たちがいなければ…」

 

 ここで私はあの人たちの正体がバレないよう、今までの事の顛末を話せる範囲で話した。

 一度死にかけたところを生き返らせてくれたこと、強くなる方法を、冒険者とは何かを…。

 

 話を聞いた彼女は信じられないようだったが、あの人たちの強さに納得する姿が伺えた。

 次にニニャさんは、自身の胸の内を明かしてきた。

 

 彼女はとある村で生まれ、両親を早くに亡くしたが姉妹で助け合い仲良く暮らしていた。

 だが、姉がタチの悪い領主に妾として連れ去られてしまい、その扱いを受けたことを知り憤怒を抱いた。やがては姉を救う力を求めて村を出ることを決意したとのことだ。そして、魔法の力を探れるタレントを持つ師匠と出会い魔法の教育を受ける。

 

 それ以後は冒険者になり、リ・エスティーゼ王国のエ・ランテルを拠点にして活動していた。

 今のメンバーと知り合って、13英雄の1人”黒騎士”が持っていた4本の魔剣を欲しいと言い出したことでチーム名が決まって、目標にして名付けられた。

 

「そうだったんだ。なら、私と同じだね」

「えっ?」

「私にも、妹が居るの」

 

 彼女は私と一緒だ。

 世間知らずで無鉄砲、痛い目を見ながらも守るべきもののために魔法を扱う。

 

「それと…これ、貴方のものでしょ?」

「!」

 

 そう言って私が彼女に差し出したもの。それは日記だ。

 

 これは彼女の日記だった。襲撃された際失くしたと思っていたらしく、実際はンフィーレアの店に散乱されたままだったのである。

 

「あ、ありがとう。見つけてくれて…」

「気にしないで」

「…ねぇアルシェさん、助けられた側として図々しいかもしれないけど」

「ん?」

「一緒に、私の姉を探してくれませんか?日記を見たら、私の旅の目的、わかるでしょ?」

 

 決して言いふらすつもりはないが、私とオルタさんはこの日記を見ている。

 彼女の事を理解しており、心から信頼しているからこその人探しの依頼なのだろう。

 

「わかった。オルタさんと相談してみるね」

「あの、報酬は」

「それはいいの。きっとオルタさんも同じ事を言うはずよ」

 

 私はそこで話を遮る。

 私の眼には、冒険者として名誉や報酬なんかよりも目指すべきものが見えたような気がした。

 

「それじゃ、私はもう行くわ。またどこかで会いましょニニャさん」

「はい。いろいろお世話になりました。あっそれと、私の名前はニニャではありません」

「?」

「私の本当の名前は、"セリーシア・ベイロン"です。これから友達として好敵手(ライバル)として、よろしくお願いします…!」

 

 そうして彼女と固い握手を交わした。

 いよいよ、オルタさんと合流してバハルス帝国へ帰還だ…!と意気込み、私は歩き出す。




漆黒の剣の人たちどうしよ…

次回からチーム名と、アルシェのポケモンが追加登場します!
2体目、3体目(?)の予定です。意外なやつを参加させます!


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帝国への道中

お待たせしました。
予定を変更して2体目だけ出します。どうぞ。


 エ・ランテルの一件が完了し、オルタはアルシェの故郷でもあるバハルス帝国へ向かう。

 

 道中の旅は漆黒の剣の時よりも遥かに楽であった。

 誰からも視られていない分、その場の野営ともいえる簡易なテントを建て、地面に寝る事すらない強靭な布で出来た簡易なベッドで寝ることが出来るのだから。見たことのない"ぷらすちっく"と呼ばれた軽いがしっかりしている骨組み素材で作られているそれに、短い期間だが貴族として帝国で暮らしてきたアルシェも次元が違うとはっきり言える。

 

 オマケにこの場は張られている強靭な結界のお陰で、例え雨が降ろうがモンスターに襲われようがびくともしないシェルター並の領域なのだ。これだけでネモの住んでいる世界は恐らくこちらよりも遥か未来から、彼女の常識外れの世界から来たのではないかと疑ってしまう程だ。

 

 簡易テントは全部で3つ。それぞれの個室として一つずつ。

 一つは少し小さめなものだ。中で準備をしていたネモさんが入り口を開けると…熱気が漂っていた。最後の一つはと質問すると、何とも唖然とした答えが返って来た。

 

「やっぱ野宿と言っても"風呂"くらいは入らないとな。これがなければ汗だくで落ち着かない…」

 

 まさか、野宿で暖かい湯に浸かるなんて誰が予想できたことか。人一人分が入る小さいものだが、土塊で出来た湯舟に青いパリパリした様な布を被せそこに湯を足す簡易なもの。それに、彼の暖かい手料理が待っているが…ネモからの本日の教えが終わってからだ。

 

「よし、ここいらでお前には"心得"と"捕獲"について教えておこう」

「心得と、捕獲!?」

 

 ネモの発した言葉に一気に緊張感が漂う。後者の言葉…それは(すなわ)ち、モンスターの捕獲だ。

 いよいよハードな訓練が来ると思ったが、彼からは「そこまで慌てなくていい」と言われる。

 

「いいか? 俺達の魔獣使い(ビーストテイマー)のスキルは普通とは違う、特殊と言ってもいい。基本的にモンスターに戦わせる戦法は既に学んだ。だが、その真意を発揮するにはモンスターを捕獲して手持ちを増やすのが手っ取り早い」

「手持ちを…増やす?」

 

 魔獣使い(ビーストテイマー)についてのレクチャーの最中、手持ちを増やす事に疑問を感じたアルシェが率直な意見を投げる。だが、そんな初歩的な意見にもネモは彼女の目線に立ち、落ち着いて諭す。

 

「確かに。中には1匹から数匹の少数精鋭の手持ちだけで旅をする奴もいるにはいる。だが基本として、手持ちは1匹でも多くいた方が有利だ」

 

 ナザリックで魔獣を使うと言えば、真っ先に思い浮かべるのはアウラだ。

 彼女自体の戦闘能力はデミウルゴスに次いで低いが、魔獣使い(ビーストテイマー)の真価はなんと言っても総力戦だ。

 アウラの強さは使役するレベル80を含めた総数100に及ぶ魔獣を動員した群としての強さである。スキルの支援効果でレベル80の魔獣をレベル90まで引き上げ、数の暴力で他の守護者を圧倒することができるのだ。

 

「多ければ多い程色々な状況に対応出来るようになる。それはあの時の結果と理由にも繋がってくる」

 

 それは、アルシェのイーブイの技がスケルトンに効かなかった事だ。それに繋がるとはどういうことだと、彼女は首を傾げる。そこで、いつの間にか用意していた黒板を背にネモは細かく説明することにした。

 

「魔術にも色々な属性があり、それぞれ有利不利があるのは知っているな? 当然私の所有している魔獣にも相性というものがある。属性…もとい"タイプ"だな。それぞれ18種類もあるのだ」

「じゅ、18種類!?!?」

 

 あまりの多さにまたもや唖然としてしまったアルシェ。

 

 先の戦いでイーブイのスピードスターが効かなかったスケルトン、ノーマルタイプの技が効かなかったとなると考える答えは一つ。あのスケルトンは"ゴースト"タイプが混ざっていたのだと確信した。この先魔獣使い(ビーストテイマー)として相性を理解しているとそうでないとは致命的な差が出てくるのだ。逆にこの知識が無ければ始まらないが、それはこの先覚えながらでも大丈夫であろう。

 

「次に捕獲についてだが、簡単なものだ。これを授業料代わりにあげよう」

 

 捕獲には絶対に無くてはならないアイテム、魔獣を捕獲できる"モンスターボール"だ。それを10個程。

 

「こ、こんなにも多くは…!」

「いや、最初はこれくらいなくては話にならない。捕獲に失敗すれば、そのボールは使い物にならないからだ」

 

 捕獲が成功すればそれでいいのだが、失敗すればそのボールは無駄に消費してしまう。

 捕獲作業と言うのは、(いにしえ)の時代から時間と労力と金と道具と状況との勝負だ。持ちすぎなくらいが丁度いい。

 

 この世界のモンスターをそのボールで捕らえるか、はたまたバトルで通用するかどうかは分からないが、捕獲経験をさせるのは問題ない。

 この世界特有の珍しいモンスターを捕獲できれば、コレクターとしても心躍るしナザリックへの情報提供として利用できる価値があると思ったからだ。アルシェには、捕獲の担い手としてこれから経験を積ませてみよう。

 

「ま、一回捕まえてみればわかるさ」

 

 そうして、ネモは転移門(ゲート)からお勧めの魔獣を選別する。そして、出てきたのは…

 

「あ、あれは…!」

 

 それは子狐だ。黄色い体毛で目立つような、火を彷彿させる大きい耳。

 イーブイとは違った似ても似つかぬ可愛さに目を奪われるが、すぐに捕獲態勢に入る。

 

「あれは"フォッコ"。火を操る魔獣だ。落ち着け…野生の魔獣を見つけたら、まずは落ち着いてボールを――」

「これですね! ソレッ!」

 

 ネモがまだ話を続けている最中、アルシェ空のモンスターボールを取り出すと、視界が捉えるフォッコに向けて勢いよく投げつけたのだ。話を最後まで聞かずに…だ。

 

 しかし、投げられたボール自体はカーブ気味の軌道を描きながらしっかりと命中。モンスターボールにフォッコが入り込み、一旦ボールの蓋が閉じられる。

 

「(うっそ!?)」

「やった!」

 

 いきなりボールを命中させた光景にネモは呆気にとられたような顔のままフリーズしてしまっていたが、アルシェは静かに事の顛末を見守る。フォッコの入ったボールは1度、2度と大きく揺れ動く。

 捕獲成功かと思われたその時、モンスターボールの蓋が勢いよく開き中からフォッコが飛び出してきた。

 

 一度はボールに入ったフォッコが飛び出してしまった事は捕獲失敗ということ。知識の無いアルシェにもそれは理解できたようで、ガッカリと肩を落とした。

 

「(危なかった、そのままゲットしてたら運がいいところの話じゃなかったぞ…)」

 

 寧ろこの結果に転んだことは正解と言える。

 まあ相手のレベルが低いか状態異常でないか、はたまた状況に有利なボールでなければ初手捕獲は出来ないだろう。

 

「いいか? 魔獣を見つけたら、落ち着いてボールを確認しろ。自分の魔獣が入ったボールと空のボール、両方をだ。そして野生の魔獣にはまず手持ちの魔獣をぶつける。こちらの技で相手を弱らせた方が捕まえやすい」

「な、成程…!」

「さっきみたいにいきなり投げても捕まることはあるにはあるが、それは相手が余程間抜けな時だな。基本通用しないと思った方がいい」

 

 今度こそゆっくりと丁寧に、彼女にポケモン捕獲の手順を教授する。

 優秀な魔獣使い(ビーストテイマー)として持っている知識は新人の彼女らの力になる。

 

「わかりました!出てきて『イーブイ』!」

「ぶいッ!」

 

 ポケモンボールの蓋が開くことで中からイーブイが飛び出す。

 

 今ここに、異世界での魔獣(ポケモン)バトルが始まろうとしていた…!




次回、意外な3体目が登場します!


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強くなる為に

3体目、というよりサポート系になります。
これくらいぶっ飛んでもいいですよね?どうぞ。


 <同時刻 皇帝執務室>

 

 大量の書類が机に山積みされており、皇帝【ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス】はそれを高速で処理をしていた。決裁すべき案件は次々に終え、練り直しが必要な案件にはコメントを付して部署へと戻す。

 

「…カッツェ平野からのスケルトン、か」

 

 彼が目を通している書類は、平野で国境付近を監視している兵士からの報告書だ。

 

 元々カッツェ平野にモンスターが発生するのは承知の上だ。しかし、ここ最近平野方面からにその骨で構成されているスケルトン系のモンスターの数が日に日に多くなっていると聞いている。

 自然現象ならばともかく、人為的に起こされたとなれば対処せざるを得ない。帝国が襲われる前に、片づけなければいけない案件だった。

 

「まさか…“死の螺旋”? ズーラーノーンか?」

 

 強大な力を持つことで名の知れた盟主を頭に抱き、その下に十二高弟と高弟に忠誠を誓った弟子たちによってなる邪悪な秘密結社。その実態は謎に包まれており、かつて一つの街をアンデッドが跳梁跋扈する死都に変えた"死の螺旋"を行ったとされる組織だ。

 

 "死の螺旋"…アンデッドが集まる場所にはより強いアンデッドが生まれる傾向があり、そしてより強いアンデッドが集まればさらに強いアンデッドが生まれてくる。その螺旋を描くようにより強いアンデッドが生まれてくる現象から名付けられた都市壊滅規模の魔法儀式である。

 

 フールーダが言うには、エ・ランテルの巨大墓地のように、戦争などで怨念を抱いた死者が一度に集められると、どれほど正しい儀式を踏んだとしても負の生命が互いに凝縮しあい、夜にもなると一種の異界ともいうべき空間が形成される為アンデッドを産むのに非常に向いている。

 

「いずれにせよ、戦力投入は必須だな…」

 

 帝国の夜は更けていく…。

 

 

「イーブイ、"スピードスター"!」

 

 先制攻撃を仕掛けたのはアルシェのイーブイだ。自慢の遠距離攻撃で無防備なフォッコに技をお見舞いする。

 攻撃を受けたフォッコは強く吹き飛ばされたがすぐに体を起こし、漸く臨戦態勢に入った。

 

「フォッ!!」

「気をつけろ! フォッコの"ひのこ"が来るぞ!」

「イーブイ、避けて!」

 

 すぐさま攻撃態勢をとり、口を開けて"ひのこ"を発射してくるフォッコ。

 ネモが忠告すると、アルシェはその忠告を聞き、イーブイに回避行動を指示した。

 すぐさま上へジャンプして"ひのこ"を回避したイーブイ。今度はフォッコが隙を作る番となり、上空からスピードスターを食らってしまう。その身は地面に叩きつけられた。

 

「いいぞ、フォッコは弱っている!ボールを投げるんだ!」

 

「お願い、モンスターボール!」

 

 ネモの助言通りに、アルシェはフォッコ目掛けてモンスターボールを投げつける。

 ボールは見事にヒット。ボールの蓋が開きフォッコが入り込む。

 ボールは一度、二度とゆっくり揺れ動き、さらに小刻みに揺れる。ここまでは先程と同じ状況。つまり、まだ油断は出来なかった。……そして三度目の揺れ。

 

 その後ボールは静止、そこから何も起こらなかったが…ついに、カチリとロックが掛かったような音がボールから聞こえた。

 

「……ど、どうなりました?」

「成功したんだよ、初めての捕獲にな。よくやったぞ!」

 

 アルシェはフォッコの捕獲に成功した。スタートしたばかりの魔獣使い(ビーストテイマー)人生で初めての捕獲。フォッコの入ったボールに駆け寄り、そっと拾い上げる。

 この経験は何物にも勝る尊いもの。光明が彼女の道を照らし、彼女の方針が確固たるものとなる……そんな気がした。

 

「こ、この子が私の…2体目の魔獣…!」

 

 ボールの上半分から見える、火の魔獣"フォッコ"に暫く興味津々に眺めていたアルシェ。

 

「それにしても驚きました、こんな安全な方法で捕獲が出来てしまうなんて…」

「と言っても、全部の魔獣が安全とは限らない。人間よりも身体能力などでは俄然脅威であろうからな」

 

 魔獣をボールに捕まえてしまえばそれだけだ。それだけでは魔獣使い(ビーストテイマー)は務まらない。

 今日のように魔獣たちと強くなり、絆を育み、更なる強敵に挑み、自分だけの仲間を作る。それが魔獣使い(ビーストテイマー)としての役職の楽しみなのだ。

 

「さて、それと先程説明した"タイプ"についてだが…これに関しては、今すぐ全て覚えろとは言わない。これから冒険する中で自然と覚えていけばいい」

 

 流石に18×18の相性パターンを一晩で覚えるのは難しい。という訳で…

 

「状況に応じて俺がアドバイスをするが、もしいなかった又は単独行動の時は"コイツ"を頼っていけ」

「?」

 

 ネモは、何やら"赤い板"のような物を取り出す。これはまたもや見たことのない素材で出来ているが…

 そして続けて転移門(ゲート)を開いた。今度は一体どのような魔獣を…!ゴクリと喉を鳴らすアルシェ。

 

「そろそろか…」

「―――!!」

「…ッ!?」

 

 これは、また不思議な魔獣であった。

 

 小さな丸い身体にとんがった頭頂部を持ち、白のオーラ状のもので体中が覆われる。両側からは手の様な形だが、動物としても素材のような無機物とも違った。移動する際には青い軌跡を描いており、パチパチと乾いた音を響かせる。

 

 一言で例えるなら……そう―――(いかづち)だ。

 

バチッ!…ポンッ♪

 

 驚いたのも束の間、目の前の現象にまたもや驚くアルシェ。

 その魔獣は、テーブルの上に置いていた"赤い板"を見つけると、まるで吸い込まれるように消えて行った。

 すると…うんともすんともしなかった"赤い板"が、まるで意志をもった(・・・・・・)かのように…動き始めたのだ。

 

「ネモさん!この魔獣は…!?」

「これは、"ロトム"だ。そう、このロトムが入っていったのが"魔獣図鑑"だ」

 

そう言っていると、魔獣の顔のようなものが図鑑に現れ、起動が始まった。

 

「ユーザーヲ、追加スルロトゴ主人?」

「しゃ、喋った!?」

「こいつは言語機能も入っているんだ。コイツにしかできない所業だが…ロトム、これからこちらのアルシェをサポートしてやってくれ」

「了解ロト!」

 

 ロトムと呼ばれた魔獣は、赤い板を乗っ取った状態でこちらに顔を向けてくる。

 

「初メマシテロト!アルシェ、コレカラヨロシクロト!」

「よ、よろしく…」

 

 カルネ村の時のゴブリンもそうだが、こうして言葉を交わす魔物と言うのは自然と緊張するものだ。

 

「ネモさん、この子の身体ってどうなっているんですか?今まで見たことが無いのですが…」

「あぁ、簡単に言えば、その子は全て"雷"で出来ている。ほら、魔術のライトニングや嵐で落ちてくるアレだよ」

 

 まさか、自然現象がそのまま形を取り、更に意志があるという規格外の魔獣…。

 アルシェから見れば摩訶不思議どころではないように思えた。

 そのまま触れると危険だが、図鑑の状態は大丈夫とそう言ってロトムの入った赤い板を手に取ってみる。

 握ってみるが、何も起きなかった。どうやらこの状態では安全のようだ。

 

「さて、これからが忙しくなるぞ。帝国に入る前に、お前たちを一人前になるよう鍛え上げるからな」

「はい! 宜しくお願いします!」

 

 イーブイ、フォッコ、ロトム…3種の不思議な魔物の戦力となったアルシェ。

 ネモの教えの元、帝国に到着するまでの魔獣使い(ビーストテイマー)の特訓を受ける事に。しかし彼女は知らなかった…。帝国に着くまで彼女の強さは、あの闘技場最強と謳われている武王"ゴ・ギン"に、いつの間にか近づいていたことに…。




ようやく1章を終える事が出来ました。
次回からバハルス帝国編へ入ります。


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バハルス帝国編
伝説の始まり


お待たせ致しました。
今回より、第2章帝国編を開始します。

アルシェのメンバーですが、厳選とアンケート結果としてフルパーティー(伝説1体含む6体)+ロトム+αとさせていただきます。
それを含め、途中変更点が多々あります事をご了承ください。
また、アンケート内容も毎章変更するように致します。でわどうぞ。


数日後、冒険者組合にて…

 

 冒険者組合に、慌てて近衛兵が入ってきた。人間同士の争いに不干渉である冒険者組合に帝国軍人が入ってくることは珍しい。尋常じゃないその慌てた様子を冒険者たちは何事かと眺める。

 

「私は皇帝より依頼を賜った近衛兵だ!魔物が帝都国境近くに大量出現した!アダマンタイトの“銀糸鳥”と“漣八連”に、至急国境へと向かうように伝えてくれ!また、オリハルコン・ミスリルの冒険者へ協力を要請する!報酬は期待して良い!急いでくれ!」

 

 近衛兵がそう叫んだ瞬間、組合の空気が一気に変わった。

 

 偶然その場に居合わせたオリハルコン・ミスリルの冒険者は、即座にチームでの話し合い、各人の装備などの点検や連絡を取り始めるなどをしていた。そして依頼を受けることを決めた、オリハルコンやミスリルの冒険者たちが慌ただしく出て行く。

 

 確かに魔物が出現したとしたら、万全を期すために実力が上位の者から割り当てられるのが普通だ。早い者勝ちなどにしたら、功を焦る駆け出し冒険者が勇み足となり、最悪死にかねないと考えるであろう。無用な混乱を避けるための措置として、上位冒険者から順に依頼をするのは考えてみれば当たり前の事だ。

 

 ランクの低い冒険者は太刀打ちが難しい。ならば、上位の冒険者を援護するのが最適解だ。

 城や軍の倉庫に保管されているポーションを運び出す、また現場へ運ぶ、負傷者を救出するという仕事が出されている。報酬は国からの支援という事で多め、何より国の一大事に関わる事だ。

 帝国(ここ)を守らなければ、安心して寝られる寝床なんてなくなるだろう…。

 

 

 帝都国境付近は大混乱であった…。

 

 緊急の依頼を受けることにした冒険者達は、馬車に揺られながら国境付近へ到着する。緊急の依頼であってか、馬車の揺れ具合も何倍も荒れている。

 現場に到着すると、そこには帝国所属の兵士に様々なランクの冒険者がスケルトンの軍団に立ち向かい、砦から魔法詠唱者(マジックキャスター)達が魔法を唱え対抗していた。

 

「なんだよ、この数…」

「こ、これほどのスケルトンを見るの初めて…」

 

 ざっと見積もっても数百体はいるだろう。冒険者や兵士たちも必死に抵抗しているが、こっちでは乱戦になっておりチームで協力しているわけでないので、ランクの低い冒険者、連度の低い兵士が不意を突かれ次々とやられている。

 

 この戦場の中でのポーション運びならばまだしも救出作戦だ。敵の隙をつくしかないだろうが、数がそれを許さないだろうし仮にしようとしても負傷者が文字通り足を引っ張るだけで失敗する確率が高まる。そうなって一緒にあの世行き…笑えない冗談だ。

 

「ポーション運びをしてくれる冒険者はこっちに来てくれ~!」

 

 帝国の倉庫から持ち込まれた大量のポーションを手が空いている冒険者や兵士たちに配り、戦場へ向かっていく。それだけでなく複数のワイバーンやグリフォンに跨り、空から戦場へ配布する光景も見られた。

 

 自分達は観戦しに来たわけではない、クエストをこなし自分たちの名を広めるためにここに来ている。

 しかし、目の前の絶望すぎる光景に足が動かない冒険者も多々見られた。

 安易に受けるべきではなかった。明日は我が身、国へ引き籠りたい、こんな化け物だらけの戦場に行く事への抵抗感が化け物の足音と人間の悲鳴に近い声が、体を恐怖と絶望を埋め尽くされる。

 

 しかし、彼らは思い知らされるであろう。

 この戦場の反対側から…この戦局を覆す、英雄たちがやってくることを。

 

 

 

 

「うっひゃ~、この前もそうだったがすげえ数だぜ…」

 

 ユグドラシルのモンスター大量出現のレイドイベント以来の光景を、反対側の丘からオルタとアルシェは全身を屈みながら眺めていた。

 

「一体何があったの、まだ夜になっていないのにこの数…」

 

 アルシェも目の前の光景に疑問を抱く。今は夕暮れに近いが、太陽がまだ出ている昼時だ。

 この前のように完全に陽が沈んだ夜ではなく、それでもなお大量のスケルトンが帝国兵士と冒険者とで争っていた。

 冒険者と兵士が総動員で戦場へ飛び出し、砦からアルシェと同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)達が魔法を放ちながら防衛線を死守、更には上空から魔獣を使って物資を運んでいるように見えた。

 

「これは、助太刀した方がいいよな…」

 

 見たところ、今回の緊急クエストはポーション運びと負傷者救出とみた。なら、スケルトンを殲滅しても全く問題ないだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 敵の数を減らしてくれれば負傷者は少なくなるし、何より救出する時間と手間が省ける。まさしく脳筋プレイの一石二鳥だが、今回ばかりは時間が必要だ。

 

「アルシェ、準備は良いな?」

「…はい!」

 

 二人はそれぞれ、腰に掛けたボールに手を回す。

 

―――――さて、蹂躙の時間だ。

 

 

 

 

 

「…ニンブル、まだやれるか?」

「…正直、限界に近いんですけどね」

 

 帝国四騎士の一人"雷光"バジウッド・ペシュメルは肩で息を切らしながら、もう一人の仲間"激風"ニンブル・アーク・デイル・アノックと共に目の前の敵に対峙する。

 

「陛下!緊急事態です!国境付近に大量のスケルトンと死の騎士(デス・ナイト)が現れました!」

 

 近衛兵が緊急事態を伝えるために執務室へ飛び込んできた。1体が現れば一国さえ滅ぼすと言われている死の騎士(デス・ナイト)、おまけに大量のスケルトンやモンスターが帝国へ向かっているという報告だ。勿論、皇帝の側近である自分達が行かないわけにはいかない。

 

皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に帝都を囲むように展開させ、化け物が市街地へと流れ込むことを防がせろ!後は冒険者チームか。アダマンタイトの“銀糸鳥”と“漣八連”にも依頼を出せ!そうだ、オリハルコン・ミスリルの冒険者とそれと同等の実力のあるワーカーもできる限りあたらせろ!」

 

 ジルクニフ皇帝はこの危機を乗り越えるため、フールーダ様と策を練り対策に専念する。スケルトンの大群ならまだ対処は可能。問題は目の前のコイツだった。

 

 刃渡りだけで自分の身長を超えてしまうほど長いフランベルジュ。露出している肋骨に骨と干からびた皮。明らかに生きている存在ではない…そして、自分達が勝てるような存在ではない。

 

 眺めている冒険者も同じような思いであるのであろう。顔が青ざめている。その恐怖で動かなくなったせいか、誰かが大きな盾で突き飛ばされた。盾をぶつけられた冒険者は、悲鳴と共にフワッと一瞬宙に浮きそのまま地面に体ごと叩きつけられた。まるで子供が玩具を弄んでいる光景だ。

 

「なんて強さだよオイ…」

 

 あのアダマンタイト級が簡単に倒され、残りは自分達だけとなった。このままではやられる…せめて奴が防衛線に辿り着く前に一矢でも報わなければ。そう言い聞かせ武器を取ろうとするが、ここまでの連戦で力が入らなかった。終わった、そう思った。

 

 

 

 ガキィン!!

 

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 フランベルシュによる攻撃を何者かが防いだのだ。九死に一生を得たが、その姿にぞっとする。

 

 目の前に現れたのは自分より一回り小さい、ニンブルよりちょっと小さい身長の青年だ。その青年が細い剣のような得物で止めたのだ。

 受け止めながらこちらに振り向く。目立ったのは顔にある獣のような紅い面だった。

 

 プレートを見る限りミスリルの冒険者。なぜ、こんな化け物の斬撃を止められる?考えが纏まらない。ふと思っていると、激しい音が数回響き死の騎士(デス・ナイト)から花火が上がると同時に仰け反った。

 

「オルタさん、お待たせしました」

「問題ない、ポーション渡したら片づけるぞ」

 

 次に黄金の頭髪の少女が現れる。手にはこれまた不思議な得物。あの髪の色は帝国民で間違いないだろう。

 その少女がこちらに振り返ると、蒼い瓶のポーション二つをこちらに「これを」と一言で渡そうとしていた。俺もニンブルも唖然としている。

 暫くすると少女はポーションを俺達の手が届くよう目の前に置き、踵を返して男と同じく化け物に向かって歩みだした。「死ぬぞ!」と声をかけようとしたが、疲れで体さえ動くのがやっとだ。

 

「君達は、一体…?」

 

 我々の言葉に、面の青年は振り返りながらこう言った…。

 

 

「……通りすがりの、魔獣使い さ」



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vs 死の騎士(デス・ナイト)

 何やら身なりの良さそうな兵士を救って、代わりに死の騎士(デス・ナイト)と対面をしているオルタとアルシェ。

 傍から見れば怖いもの知らずだが、ナザリック式特訓でいやいや死の騎士(デス・ナイト)とスケリトル・ドラゴンを見ている二人には関係のない話だった。

 

「いけ、ブラッキー!」

 

 オルタはいつも通り、ブラッキーを繰り出す。

 ロトムの情報によると、死の騎士(デス・ナイト)はゴーストタイプをもっているらしい。怨念の集合体だからだろうか?そして、アルシェの方は…

 

 

 

「お願い……テールナー!!」

 

 ボールを繰り出す。中から出てきたのは、あの四足歩行の狐ではない。

 あの"フォッコ"の進化系、"テールナー"だ。手足が細く長く伸び、胴体の毛がスカートのような形になり二足歩行になったという変化が一番目立つだろう。また耳から生えた赤い毛の量が増えており、目も鋭くなった。

 

 何故短期間でここまで変わったか。一番の理由はオルタの教育が良かったおかげだろう。この戦場に辿り着くまで、多くのモンスターを倒して経験を積んできたのだから。

 一定の経験を積みレベルアップをすると、姿形が変化する魔獣も多く見受けられる。初めて進化を目の当たりにしたアルシェは驚いた。しかし同時に、自分達がより一層強くなったと達成感を味わったかもしれない。今の彼らはレベル25に達している。

 死の騎士(デス・ナイト)よりも10ほど違うのはユグドラシル時代では絶望的であるが、彼らは違った。

 

「いくぞ!」

 

 オルタは、倒れてしまった冒険者を踏まないように意識しながら死の騎士(デス・ナイト)へと疾走する。そして、全体重を乗せた上段からの一撃を敵へ振り下す。

 

 刀の勢いは止まらず、ネモの体は前のめりとなる。その隙を逃すほど死の騎士(デス・ナイト)は甘くは無い。フランベルジュが正確無比無慈悲に、ネモの仮面と防護服の隙間である首元を容赦なく突き刺そうとする。

 しかし、アルシェのファイアボールとテールナーが放った"ひのこ"によってそれを阻止される。だが負けじと今度は、彼の胴体に突きを入れた。

 

「テールナー、ほのおのうず!」

 

 ここで、死の騎士(デス・ナイト)の周りに炎の竜巻が取り囲む。

 先程から先導して囮役に徹しているブラッキーに気をとられている隙に、ダメージを蓄積させる作戦に入る。

 通常のアンデッドとは違い、炎に対する脆弱性を持たないがダメージを消すことはできない。

 

 アルシェの援護は助かった。

 “物理攻撃軽減化”のスキルで、死の騎士(デス・ナイト)の攻撃ではダメージを軽減するのだろうが…。

 最初に比べマジになったが、刀の動きに関してはまだまだ改善の余地がある。前世で本物を握ったことがないとはいえ、ナザリックでコキュートスと訓練してよかったと思い知った。

 

 これが例えば、冒険者の中で最高峰と言われるアダマンタイトと突然敵対することになってしまい、そして同じことをされていたら…結果は火を見るより明らかだ。

 

 俺は気持ちを引き締め考える。さて、どうしたものか。闇雲に剣を振り回しても、あの大盾で防がれ反撃されて終わり。次に繰り出す一手について逡巡する。

 

 死の騎士(デス・ナイト)との間合いをゆっくりと重心をなるべく腰に置いたまますり足に近い足取りで移動する。

 

 死の騎士(デス・ナイト)は左肩を向けるように横身になり大盾を構える。大きな盾に死の騎士(デス・ナイト)の体が隠れ、どんな攻撃をしてくるか分からなく隙のない構えであろうように思えた。剣術経験のない俺が相手の攻撃を待っていても、それに対処できるとは限らない。

 

 炎の勢いが治まると、オルタは構えた大盾に向かって勢いよく刀と自分の体の全体重をぶつけた。勢いよくそして迷いなくぶつかっていった分、彼に天秤が傾いた。死の騎士(デス・ナイト)の上半身が後方に反れる。

 先ほどのお返しとばかりに、死の騎士(デス・ナイト)の心臓部分に向けて刀を突き刺す。死の騎士(デス・ナイト)も、体勢は崩れながらフランベルジュを横振りし右腰の部分に衝撃を与えようとした。

 

 心臓は外れてしまったが、腕を切り裂きダメージは与えられた。フランベルシュが無くなった死の騎士(デス・ナイト)の攻撃手段が減り、形勢がこちらに有利となっていく。

 

 一撃で終わりなどではない。相手がそれで倒れなかった時の次の一手も考えておく。単発を狙うのではなく、連撃を狙う。攻撃が防がれた場合、相手がどのような反撃をしてくるかを予測し、対処できるようにしておく。自らが今後知っておくべき課題が浮き彫りになってくる。

 

 オルタの横払いは、死の騎士(デス・ナイト)の左手に持っている大盾で防がれ、逆に打撃攻撃が襲うとした時…

 

「テールナー、テレキネシス!」

 

 ここで巨体の死の騎士(デス・ナイト)が突如として浮いた。

 テールナーの攻撃があたり、僅かの間だが地面から離すことができた。死の騎士(デス・ナイト)も何が起きたのかパニック状態になる。しかし、一時的に操られる形になるので、持っていた大楯はあらぬ方向に向けており…

 

雷撃(ライトニング)!」

 

 オルタのすぐ脇を、稲妻が駆け抜けていった。そして、死の騎士(デス・ナイト)の無防備になっている胴体に直撃する。その一瞬の隙を逃さなかったオルタは、防がれた自らの刀を自らの筋力で上段の構えへと移動させ、そして一気に振り下ろした。

 

 フランベルジュと大盾という二択の選択肢だけではない。その巨体を利用した死の騎士(デス・ナイト)の様々な角度から多彩に繰り出される攻撃は、まだバリエーションがあるように思えた。

 

 オルタとしては、まだ前衛としての役割を果たしきるには経験が圧倒的に不足しているように感じる。当然、俺の他に攻撃してくるアルシェにも狙いを定めた死の騎士(デス・ナイト)だが、テールナーには鮮やかに躱され、彼女が浮遊(フライ)の魔法を使って安全圏にいるので問題はない。対空策がないので、空を飛んでいる限り危害を加えることはできない。

 

 大盾を投げる手段もあるだろうが、当たる確率が低い上にわざわざ自分の攻撃と防御手段をなくしてまで攻撃はしないはずだ。頭を切り換えた。今回は前衛として護衛を守るというのは、今後の課題にしよう…。まずは、協力して魔物を倒すという成功体験を積ませてもらうとしよう。

 

「そろそろ潮時か…死の騎士(デス・ナイト)、お前に勝ち目はない!」

 

 オルタは高らかに宣言し、剣先は死の騎士(デス・ナイト)へと向けた。対する死の騎士(デス・ナイト)も呼応するかのように雄叫びを上げる。

 

「アルシェ!俺が隙を作るから、最後のトドメを頼むぞ!」

「了解!」

「ブラッキー、悪の波動!」

 

 再び死の騎士(デス・ナイト)との間合いを詰める。死の騎士(デス・ナイト)は、たとえ第十位階の魔法を受けたとしても、HPが1で残るというチームで協力して倒したという達成感を得るには最適な特性を持っている。あくタイプの技はゴーストタイプに効果抜群。どんなに急所であっても、ガッツ効果で必ず耐える。

 

「アルシェ!今だ!!」

 

 斬撃をしようとしたフェイクが最初に決まり、オルタは大楯をジャンプ台として上空に飛んで逃げる。死の騎士(デス・ナイト)は跪いた。

 

「テールナー、合わせて!」

「フォ!」

 

火球(ファイアーボール)!!」

 

 そして、トドメと言わんばかりの魔術詠唱者の攻撃。相方(テールナー)の火が混ざり強化された火系魔法が炸裂し、爆発と戦士たちの歓声と同時に敵は地面に倒れたのであった。



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露見

フールーダさんはゾーン入ったら怖くね?どうぞ。


 帝都アーウィンタールを震撼させた“死の騎士(デス・ナイト)事件”は、新星の如く現れた新人冒険者コンビによって解決した。彼らの見事な連携により、帝都はまた平穏な日常へと戻る。

 

 帝国兵士・冒険者・ワーカーなど様々な面々が、祝勝会や慰労会などをそれぞれで催している。机に乗るのは、エールと干し肉などの酒のつまみ。話題に上るのは、死の騎士(デス・ナイト)を倒した冒険者チームの話題だらけであった。そんな彼らをよそに当のチームは…

 

 

<冒険者組合長室>

 

 冒険者組合に呼ばれた彼らを待っていたのは、バハルス帝国の冒険者組合長であった。彼らの活躍を労い、そして組合長室へとアルシェとオルタを誘った。促されるままソファーに座った3人に組合長が話を切り出す。

 

「お疲れのところ引き留めてしまって申し訳ない。今回、お二人に昇格試験を受けて欲しいと思いましてね。お二人の実力のほどは、先の死の騎士(デス・ナイト)の討伐で十分に分かりました。昇格試験を受けるご意志はありますか?」

「昇格試験ですか?試験の内容によってではありますが、試験を受ける意思はもちろんあります。ただ、依頼の達成数がまだ足りていないように思えるのですが…そのあたりは冒険者組合の規則上問題はないのですか?」

 

 昇格試験を受けるのはいい。

 しかし、自分たちはまだ冒険者になってから数日しか経っていない。アインザックさんからの説明があったように、この短期間で一気に上位へ上がるのは問題ないかと疑問だった。

 

「そこは、組合長権限でそのあたりに抜かりはありません。本日は昇格試験を受けていただけるご意志を確認するだけでございます。エ・ランテルでのご活躍を含め試験内容に関しては後日、こちらからお伝えします」

 

 先の事件で帝都のいたるところは大忙しだ。病院は負傷した兵や冒険者ばかりだし、墓地では亡くなった者を弔う光景がよく見られた。

 

「そういえば、皇帝から今回の死の騎士(デス・ナイト)討伐の功労者を労う会を催したいという連絡がありました。如何いたしましょう?是非ともあなた方を歓迎したいとおっしゃってましたが。何より、魔獣と共闘する冒険者にぜひお会いしたいと…」

 

 組合長は困り顔で言った。

 その理由は察しが付く。本来冒険者ルールに則って、国同士関係の事柄に首を突っ込んではいけない。これは国同士の関係を壊さない為だ。

 

「慰労会という名目の冒険者引き抜き、ということを心配されているならご心配は不要ですよ。我々は皇帝は当然、他国の下にもつきませんので」

 

「それはよかった」と組合長が言う。そして、組合長の表情が柔らかくなったのを見逃さない。

 

「それでは話を戻しましょう。昇格試験の件ですが…本来であれば、アダマンタイトへの昇格試験を受けてもらっても良いと個人的には思っているのですが、ミスリルからアダマンタイトというような昇格は前例が無くて…。そういった意味では御不満かも知れませんが…」

「アダマンタイトなどと、我々を買いかぶりすぎですよ組合長殿。まだまだ駆け出しの身ですので、何卒ご指導ご鞭撻をよろしくお願いします。また我儘を言うようで申し訳ないですが、何卒よろしく申し上げます」

 

 組合長に向けて頭を下げる。それに合わせて、アルシェも続いて頭を下げた。

 

「いやいや、頭を下げられるほどのことではありません。実力のある冒険者チームは組合としても大歓迎ですから。どうか頭をあげてください」

 

 普通であれば、順々に昇格していく。異例の待遇を取ろうとする組合長は警戒に値するように思われた。しかし、魔獣の力を借りているとはいえ前向きな姿勢で対応してくれた。これにより、お互いの信頼はいずれは強固なものになっていく。

 

 

 

 

「会場…ここで合っているんだよな?」

「うん、間違いないと思う」

 

 迎えた皇帝からの労い会当日。指定された会場に到着した二人だが、周りは舞踏会に行くかのような雰囲気で場違いを感じ取っている。流石にタキシードなど礼装が間に合わなかったため冒険者の姿で待っていた。先に次々と会場に入っていく周りの視線が刺さる…。

 

「失礼、皇帝様からの招待状を受け取ったのだが…」

 

 招待状を衛兵に渡す。その内容に驚く衛兵。

 

「えっと…あの死の騎士(デス・ナイト)を倒した冒険者様、でありますか?」

「そうなのだが、何か問題があったのかな?」

「その、上のご指示で討伐の際に"魔獣"の有無も確認したいと…」

 

 あぁ成程、俺たちが本物がどうかを確かめるということか。

 だがここは戦場ではなく屋敷の目の前。どこの馬の骨ともわからない魔獣を召喚されてしまい、暴れられて雰囲気ぶち壊して迷惑をかけることに不安を感じているといったところか。

 

「ご安心を。我々の魔獣はそちらが手出しをしない限り、暴れられることは絶対にありません。アルシェ、イーブイを出してやれ」

「えっ、いいの?」

「構わん」

 

「ぶい」

「わっ!?」

 

 いきなりボールからイーブイが出てきたことに、衛兵は勿論周りの客も驚く。もし暴れられてしまったらと、衛兵たちは緊張した顔で武器を構えようとした。

 

「大丈夫ですよ。イーブイ、大人しくしててね」

「ぶい」

 

 アルシェがイーブイを宥めると、一鳴きして彼女の肩に乗る。

 その様子にほとんどの安堵し、珍しいイーブイの姿に目を見開きながら唖然としていた。

 

 本人たちだと認められ案内された舞踏会場。貴族の屋敷での舞踏会の経験は二人は初めてであった。しかし、皇城という決められた者でしか入ることが許されない場所に、その城の豪華さと洗練具合に驚く。

 

 定刻になると、余興として流されていた楽団の演奏が止み「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様のご入場です」というアナウンスが会場内に響き渡る。会場にいる全員の談笑が止み、舞踏会場のステージに全員の視線が向かう。そして笑顔で皇帝が現れると拍手が沸き上がった。

 

 皇帝の短いが要点の纏められた演説。そして、皇帝が杯を掲げ、帝国が危機を乗り切ったことへの祝いの言葉とともに慰労会が始まる。

 

 2人は挨拶に訪れる人々の対応に忙しかった。二人は冒険者服でかなり目立つ。貴族相手に言葉と物腰が丁寧に対応しているオルタを横で聴いていたアルシェは、もしかして彼は本当は何処かの貴族なのだろうか?など考えるくらいだ。

 彼が冒険者の姿のままで慰労会に現れたということも、世間の常識から考えれば礼儀知らず。だが今はダンスなどの社交ではなく、強さを重んじる国であれば当然の服装が正装であろうということも説明が付く。

 

 実際に死の騎士(デス・ナイト)を倒した英雄へ挨拶しようとする行列は長い。誰もが今回の危機を救った立役者が誰なのかを正確に理解しているからであろう。

 それゆえ、最も注目されているのはアルシェの肩に乗っているイーブイだ。小動物の魔獣ながらも大人しく、尚且つペットのように愛くるしい姿に貴族たちは夢中だ。魔獣と勘違いされているのか、むやみやたらに触られないことが功を奏したかもしれない。

 

 そんな時、列に変化が起きた。

 参列者がまるでモーセの波のように、何かに自然に避けるよう裂けていく。

 

 それは、この国の皇帝【ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス】と、主席宮廷魔法使い【フールーダ・パラダイン】がこちらに向かってくるのであった。

 やがて並んでいた全ての来賓が避けられ、両者は対面する。オルタにとってもアルシェにとっても、この国のトップと対面する緊張感に包まれる。

 

 

「お初にお目にかかる。今回の帝都の未曾有の危機に対し、皇帝としてだけでなく、帝都に住む一人の人間として心からの感謝と敬意を――

「アルシェ!」

 

 金色に輝く髪を靡かて、笑顔でオルタと固い握手を交わそうとした皇帝を遮り、フールーダが一歩前にでる。

 

「フールーダ先生、その…ご無沙汰しております」

 

 アルシェが気まずそうに、スカートの裾を軽く持ち上げ、スッと腰を落として挨拶をする。彼女にとっては魔法学校以来の再会である為、辞めてしまったことに後ろめたい気持ちであった。

 

 

「あれは、どういった魔法なのだ?見た目はただの火球(ファイアーボール)であるように思えたが、それでは説明が付かない。何か魔法的な手段なのかっ!私の生まれながらの能力(タレント)で見る限り、第三位階の魔力だ。それにこの小動物から、どんな魔法が―――」

「爺ぃ!少しは落ち着け、私の目に狂いがなければその小動物は怯えているぞ」

 

 いつもの癖が始まったとジルクニフがフールーダの話を遮る。

 この老人の悪い癖だ。見たことない魔法や神秘の事となると、それを語らずにいられないのだ。対談と称し、うっかり国の秘密をばらしそうになった事もある。

 それ故、珍しいものがあれば周りにお構いなしに飛びついてくる。現に目を見開きながらイーブイに夢中になっており…二人と一匹は引いてしまった。

 

「これはこれは、少し熱くなりすぎてしまい申し訳ない…」

「(いや少しどころじゃないだろ…)」

 

 こほん、と咳払いをしてオルタは場を改める。ここからは舌戦の始まりだ。

 

「お初にお目にかかる、皇帝殿。私は南方の小さな村から参った、オルタと申します。本日は、私のような田舎者の冒険者を招待していただき感謝しております」

「帝国現皇帝の【ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス】だ。今回の事件を解決してもらい、本当に感謝したい。出来ればこのような公の場所ではなく、静かに会話をしたいものだな」

「(名前長っ!)皇帝様からのお誘いであれば、是非」

 

 傍から見れば微笑ましい光景だが、実際に両者が一方の秘密を抜き取ろうと必死だ。

 オルタは純粋に帝国の経済と軍事。一方のジルクニフは、オルタとアルシェの素性と魔獣の秘密。是非とも国の戦力強化に招き入れたいが、そこまで浅はかな考えを持つ男ではない。

 

 

「それにしても、あの死の騎士(デス・ナイト)を撃破するとは…見事な装備ではあるな?」

「いえいえ、こちらこそタキシードを用意できず恥ずかしい限りです。面だけは用意できたんですけどね…マスカレードには程遠いですが」

「ははっ、面白い冗談だ。もし、他にも使役している魔獣がいるなら、是非とも紹介してほしいが…」

「(!)」

 

 やはり来た、とオルタは反応する。

 皇帝がカマをかけてきた。自分たちの活躍は既に帝国内で持ち切りだ。向こうは向こうでこちらを知りたいと会話をしたいようではあるが、重鎮と接触できた反面うっかり自分の弱みなどを探られたら面倒なことになる。

 

「お時間があれば。ただ、私たちは冒険者の立場上、一国に加担するのは…」

「そうであったな、失礼した。では、心行くまでパーティーを楽しんでいってくれ」

 

 いかにも予測していた答えに、ワザとらしい断り方で去っていた皇帝。

 重鎮との挨拶が終わったが油断はできない。この短期間で何かしらの仕込みや仕掛けるのは難しいだろうが、腹の探り合いは暫くは終わりそうにない。

 

「よおヒーロー!楽しんでいるか?」

「どうも」

 

 大きい声で振り返ると、帝国四騎士の"雷光"バジウッド・ペシュメルと"激風"ニンブル・アーク・デイル・アノックが笑顔でこちらに向かってきた。二人とも礼装ではなく、戦場の時と同じく鎧姿である。

 

「お二人とも、怪我は大丈夫なんですか?」

「ああ、俺はこの通り頑丈さが売りなんでな」

「そう言って、今朝看護師に怒られていた癖に…」

 

 二人の様子だと、命に別状はなさそうだ。流石は皇帝の側近と言ったところか。

 

「皇帝サマが既に言ったけどよ、ホント帝都を救ってくれた事には感謝している」

「それに我々の命の恩人です。あのまま二人が来なかったらと思うと…」

 

 側近からも礼を言われた俺たちは、内心恥ずかしく思えた。だが、感謝の気持ちは素直に受け取っておこう。こうして他愛もない長かった挨拶の行列を全て消化した俺達は、ふぅとため息を吐いた。流石は皇帝主催の慰労会、疲労感が半端ない。

 

「折角のご馳走だし、何か食べた方が…」

 

 アルシェが食事を促す。出席者が食べても、そして飲んでも次々と、出来立ての新しい料理が運ばれてくる。こんなことは今後パーティーでも出ない限りあり得ないだろう。

 

「少し休みたい。綺麗な空気を吸いたいかな、食事はその後で」

「それでしたら、テラスに行きませんか?」

 

 テラスは城下を見下ろせる形となっていた。手すりに両肘を乗っけながら、少しだけ肌寒い夜風で先ほどまでの緊張をほぐす。

 

「なんだか疲れたな…」

「そうですか?場慣れしているようにも見えましたが?」

「長く生きていれば、色々と似たようなことを経験するものさ」

 

 この疲れには理由がある。この会場に入ってからは、ずっとアルシェと一緒にいたわけではない。一時的に離れて挨拶に来てくれた人たちに、秘密裏にアルシェの事を聞いてみた。

 どうやら彼女は元貴族らしい。道理で長い名だ。挨拶した人たちも、長い名前で覚えられなかった。"元"というのが気になるが、どういうことなのかそこまでの答えが得られなかった。

 

 それでも、この会に参加したことの返しは大きい。

 なんせ重要人物(・・・・)や国を救ったとという平和的な解決で信頼を得たのだから。一方のアルシェは、イーブイの説明に出来る限りオブラートに隠し通すことに疲れたらしい。

 

 と、ここで音楽が聞こえてくる。これはワルツか?

 

「せっかくだから、記念に踊っておくか?こんな機会はめったにないだろうし…それに、誰もテラスにいないし」

「はい」

 

 片膝をつき、アルシェに向かって右手を差し出す。「私と踊っていただけませんか?」と問うと、アルシェはその差し出された籠手の上に手を乗せ「御意に」と答えた。

 

「そうだ、実はチーム名を考えていたんだ」

「えっ?」

 

 アルシェがきょとんとした顔でこちらを見つめる。

 冒険者になってからは個人の名前で活躍しているが、これからはチームの名をあげたほうがいいだろう。そして決めたチーム名が…

 

 

「……… "ジェスター"というのは如何だろうか?」

 

 直訳すると、道化師。これから魔獣を従え、世界に自分達の名を面白可笑しく広げていく…という意味でつけた。

 

「いいと思う。私は賛成…!」

 

 こうして、帝国の新生冒険者チーム"ジェスター"が誕生するのであった。




チーム名、決めました。


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幕間 それぞれの思惑

暫くは胸糞悪い話が続きますが、いずれスカッとさせます。


<数日後 皇帝執務室>

 

 本日も皇帝は積み上げられた書類に目を通していた。そのほとんどは、先の死の騎士(デス・ナイト)事件に関する報告書だ。それ以外にも、何か関連している報告書も一緒に探す。それは今朝の事だ。

 

「…小さい神殿だと?」

 

 昨夜、あの戦場を巡回していた帝国兵士からの報告が入ってきた。

 

 報告の内容では、昨夜巡回していた帝国兵士が発見したのは、外から見る限り成人が数人入りそうな、どこにでもある小屋のような形をした石造りの小さな神殿だった。

 森の奥に隠された場所にあり、あまりにも不自然で調査を行おうとしたところ、突如として現れた大量のゴーレムに襲われ撤退を余儀なくされたという。

 

 撤退から数時間後、再びその場所を訪れたが…朝には跡形もなく消えていた。それで終わりかと思ったが、もう一度夜の時間帯に向かってみると、その場所にあったように再び出現したとのこと。

 

 定期的に巡回をしているのに拘らず今までその存在に気づかない。その隠蔽魔法に条件があるのか。もしくは突如空からか、はたまた地中からか出現したのか。

 

 どちらにせよ限りなく怪しい。昼は感知されず、夜はモンスターによって護られる。だが、無作為に行ってはいけないと自身の経験から警報が流れる。

 

 彼の頭を悩ませていたのは、死の騎士(デス・ナイト)が平野に突然現れたことの不自然さ、偶然で自然発生したという可能性も捨てきれない事だ。だが、王国や法国、もしくはその他が帝国への侵略を目論む勢力が行った可能性も依然として残る。

 

 いずれの可能性も否定できないし、再度死の騎士(デス・ナイト)出現の危険性を考えるなら、この問題を調査せずに放置しておくわけにはいかない。だが、調査するには疑わしき懸念が多すぎであり、まるで雲を掴むように、そして尻尾を掴める気配はない。

 

 それならば…何か接点がある報告書はないかと、ジルクニフは書類の山から目ぼしい資料を探そうとする。

 

 それが遺跡であるならば、古くからそこを住処としている遺跡の主とも呼べる存在がいる可能性もある。山脈の洞窟であれば、竜や大型の獣が住処としている場合もあり、侵入者に対して報復をしてくる。

 

 いずれにしろ調査が必要な案件だ。他国の斥候場であるなら、帝国兵士や騎士を派遣するのは不味い。秘密裏に冒険者かワーカーに調査をさせた方が良いだろう。

 

 ジルクニフがその神殿について思いを巡らせていると、自分の執務室をノックする音が聞こえた。部屋に入ってきたのは、秘書官のロウネであった。

 

「“ジェスター”の情報を集めてまいりました」

「来たか。それで、オルタはどこの国のスパイだ?」

「申し訳ありません。オルタに関しては、新たな情報がありませんでした。判明したのは、金髪の少女の方です」

「フールーダの元弟子であったな。それで?」

 

 ロウネの報告によると、彼女は没落した元貴族【フルト家】の長女、アルシェ・イーブ・リイル・フルトとのことだ。フルト家当主は取り潰し後も、いつかは貴族に返り咲くことを夢見て、働きもせず貴族らしい生活を送り続けており、性質の悪いところから金を借りているらしい。魔法学院に在籍しているアルシェの同級生に聞き込みした結果、魔法学院を退学したのも、親の散財を補うために金を稼ぐ必要があったからと。

 

 披露宴後、ジェスターに挨拶をした貴族たちに聞き込み調査をすると、どうやらオルタも同じくアルシェについて聞き込みをしているという結果が判明した。彼女の視点から考える限り、親族の本性を見せたくない腹積もりを探る為だったのだろう。

 

 オルタという冒険者が、何者であるかということの探りを入れるのがあの披露宴の真の目的であるということは相手にばれてしまっている。そうでなければ、私からの会話を自分から切り上げるようなことはしない。

 

 ジルクニフは、魔法学院にまで聞き取り調査を行ったロウネの仕事ぶりに満足をしたと同時に、半分呆れるようにその報告を聞いた。

 

 その当主は絵に描いたような無能だ、滑稽にも程がある。娘の将来にまで害を及ぼすとは…それに借金を自身と妻ではなく娘に支払わさせているのは、帝国の民として、いやそれ以前に人間の大人としてどうなのだと頭を抱える。

 

 改革でかなりの貴族を粛清したつもりであったが、このような馬鹿を放置するわけにはいかない。このような人間が貴族に成りあがったら、帝国貴族として質が落ちる。そうなっては他国から笑いものだ。

 

 今後の帝国の未来の為、礎として捧げれば何かと都合がいいと…。

 

「…そうだ。"ジェスター"にこの神殿を調査させるのはどうだろうか?」

 

 事件からまだ1週間程度しか経っておらず、兵士も調査隊の数も未だ不足している。現状数多くの冒険者・ワーカーの中で最も信頼できるのは何といっても新星チーム"ジェスター"だ。

 

「見事に神殿調査を成功させたら貴族への復位、上手く伝えておけば、後は勝手に踊ってくれるだろう…」

 

 内容はこうだ。

 もし敵の正体が他国だった場合、トラブルになった際には、粛清した家として帝国とは無縁。妄想に取りつかれた元貴族が、勝手に暴走しただけで帝国に責任は無いと説明できる。身柄が必要なら簡単に渡せる。

 一方、ズーラーノーンなどの危険組織として判明した場合は、帝国へ対する脅威が取り除かれるだけでなく、周辺諸国へのアピールとして利用するのだ。

 

 メンバーの一人が問題貴族の娘だったことが、こちらとしては幸運だった。あの男の性格上…金には目がない屑同然の人間だ。報酬の前金を払えば、借金に当てず物品を購入し続け散財するのは目に見えている。今回、前金を使った時点で性質の悪い借金取りからではなく、正式に国から借りた金(・・・・・・・)という前提で返さないという事であれば詐欺罪で捕えれる。

 

 逆に、成功してあの神殿に前金以上の金銀財宝が眠ってそれを献上してくれれば、それはそれで構わない。フルト家当主を飼い慣らして、娘の首に鈴を付けられる。それに、あの男は私に対する忠誠心は皆無だし、不敬罪等で捕らえる事は容易い。どちらにしろ、あの元貴族に未来はないのだ。

 

 そして、"紅狐"オルタを身近な場所で監視させるようこちら側に引き込めばよい。王手詰み(チェックメイト)のシナリオを完成させたジルクニフは、薄ら笑みを零した。

 

 

「アルシェ、でかしたぞ!帝国四騎士でも倒せないという化け物を見事倒したらしいな!流石、私の娘だ!あの愚かな金髪の小僧め、何が『無能な貴族など要らぬ』だ?フルト家を見下しおって!今頃、あの愚かな皇帝は自らの目が節穴であったことを思い知っておるであろうな!」

 

 父親が手にしたものを見る。それは既に開封されていた手紙だ。そして、手紙の宛先は『アルシェ・イーブ・リイル・フルト』、自分宛であった。自分宛の手紙を勝手に開封されたことに、怪訝な目つきでアルシェは父親を見つめる。

 

「我が家を冷遇した皇帝からの感謝状だと思ってな。今回はアルシェ、お前だけの感謝だが参加した折にはあの小僧に伝えておけ。直々に我が屋敷を訪ね今までの非礼を詫びるなら、また帝国を支える貴族として、再び手腕を振るってやらんでもないぞ、とな。若く愚かな皇帝の過ちなぞ、水に流してやるのが貴族の務めだからな」

 

 父親の言葉にため息が出る。今回は偶然、一回の討伐だけでここまで舞い上がるとは…。

 

「アルシェ、お前は生まれながらの異能(タレント)とやらを持っていたな。それで、クーデリカとウレイリカは魔法の才能はあるのか? 才能があるのであれば、明日には冒険者登録させる」

 

 この父親、なんと言った?

 まさか、まだ年端も行かない妹二人を冒険者にしようと!?

 

「それは絶対に駄目!クーデリカとウレイリカはまだ子供!冒険者なんて無理!お金なら私が…!」

 

「離せ、アルシェ!あの二人が子供と言うが、それを言うならお前だってまだ子供であろうが!それに、フルト家の当主の私の決定に意を挟むのか?いつからお前はそんなに偉くなった!父親の寛大さがいつまでも続くと思うな!」

 

 父親はアルシェを突き飛ばす。

 なんとか働かせる事は阻止したが、いつまでも続くとは思えない。この状況をどうすれば…とアルシェは俯くだけであった。



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家庭事情

早くスカッとさせて終わりたい…。


<屋敷 アルシェ>

 

「昇格試験の依頼を受けたというのはどういう意味ですか!?」

 

 いつも通り冒険者の仕事を終えたアルシェは、自宅に帰った途端父親に向かってそう叫んだ。

 理由は昇格試験をあろうことかチームの承諾もなしに、勝手に引き受けた事である。アルシェは当然、チームにとっても突然の事だった。

 

「今言ったとおりだ。お前が留守にしている間、私が依頼を引き受けておいてやったぞ。この依頼を成功させて、我がフルト家の名声を確固たるものにしろ。分かったな?詳細についてはジャイムスより聞け。フルト家の名に恥じぬ働きをしろよ」

 

 父は話は以上だ、と言わんばかりにそのまま階段を上がっていく。アルシェは状況を飲み込めない。話が全く見えてこない。

 

「帝国領に新たな神殿が出現し、その調査指揮をフルト様が執っております。"ジェスター"が受ける手筈となっております」と、執事であるジャイムスが説明をする。

 

「お父様、お待ちください!」

 

 アルシェは階段を登っていく父を追いかける。「…なんだ?」と父親もその歩みを止め、面倒そうにアルシェを振り返る。父と娘、視線が交錯する。

 

「私は冒険者チームのメンバーです!チームの同意が無い限り、依頼を勝手に引き受けることなどできません!」

「オルタとかいう冒険者だろ?素性も知れない下賤の者らしいではないか。それならば屋敷に連れてこい。誇り高き帝国貴族の依頼を無下にするのがどれほど非礼か、私が直々に訓戒してやろうぞ?」

「な、何を訳の分からない事を…」

 

 アルシェは肉食獣が獲物を食いつくような父を見て、その場でに膝を落とす。その野獣のような眼光は、もう周りの事などお構いなしと言わんばかりに暴走していた。

 

「前々から、当主の私の決定に悉く意を挟みおって!昇格させて娘に花を持たせてやろうという父の気持ちも分からないのか、この愚か者!そもそもこの依頼は、我がフルト家の名誉を回復するチャンスなのだ!今やあの生意気な金髪の小僧も、困難なことがあれば私を頼ってくる始末。私に逆らっては帝国で生きていけぬと思い知らせてくれる!」

 

 そして、その眼光は娘にも向けられる。あまりの戦慄にアルシェは竦んだ。

 

「お前にはこの依頼をなんとしても受けてもらうぞ!拒否権はない!」

「い、嫌です!お父様がなんと言おうが、調査の依頼は受けることはできません!せめて…せめて、チームで相談させてください!」

「拒否権はないと言ったはずだ、それまで部屋で準備をしろ!こいつを部屋に閉じ込めておけ!」

 

 男性の使用人二人が後ろから彼女の腕を固定し、自室へ連行される。連行される道中、ジャイムスから「申し訳ありませんお嬢様」と謝罪の声が聞こえたような気がした。

 

 自室のドアを外から鍵をかけられ、アルシェは絶望に打ちのめされた。

 

 再度ジャイムスの声が聞こえ、こっそりと事の顛末を教えてくれた。

 この神殿調査の話を持ちかけてきた人間はどうも胡散臭いという。名前もおそらく偽名。だが調査を見事に成功させたら、貴族の末席に再度名を連ねることを遠回しに匂わせてたのだ。

 

 鮮血帝が帝位を継いで以来、貴族が減ることはあっても増えた試しはない。限りなく怪しい。貴族への復位が許されるという話は胡散臭い。

 

「どうすれば…」

 

 アルシェはベッドに腰かけ、窓から照らされる月を見てそう思った。

 

 

 

<翌日 とある住宅街>

 

「…ここが、アルシェの自宅なのか?」

 

 組合長から呼び出しを受けたオルタはとある住宅を目の前に、驚きを隠せていなかった。ここは帝都の高級住宅街の一角。なんでも、話し合いの場が冒険者組合ではなく別の場所になったと受付嬢から聞いたのだ。

 

 その場所となったのが、この高級住宅街…アルシェの自宅なのである。門の外から見るにその高級さが容易に想像できる。広大な敷地に奥に見える立派な屋敷。

 

「オルタ様、ですね?ようこそおいでくださいました。私はここフルト家の執事を務めております"ジャイムス"と申します」

 

 ここで、一人の老人が現れる。どうやら、屋敷の中へ案内してくれる老執事のようだ。流石は貴族、うち(ナザリック)と同じく使用人まで雇っているとは。

 

「ご用件につきましては組合長様からお伺いしております。それでは、ご案内をさせていただきます」

 

 と、彼は一礼して門を開けオルタを案内する。その間に、この家の情報を関係者に悟られないようできる限り集めようとした。まず、広大な庭だ。一見立派に見えるが、目立たない場所の所々に整備が行き届いていない。屋敷の中に入ったが、大きさの割には使用人の数が少ないと感じた。

 

 何より、最大の疑問点は…こんな立派な家に居るというのに、貴族と認められていない事だ。彼女の性格上、彼女自身が貴族のイメージを壊しているように見えるだろうか?

 となれば、彼女の親族か関係者が原因に繋がっている可能性が高い。舞踏会での聞き込み調査で、彼女の家族が元貴族という理由もハッキリするかもしれない。

 

「失礼いたします。フルト様、冒険者"ジェスター"のオルタ様をお連れ致しました」

「やあオルタさん、待っていたよ」

 

 一室に案内され中に入ると、組合長と貴族のような男がこちらに目線を向け、高そうなソファに腰かけているのが見えた。組合長の隣にいる男、あの男が依頼主であるアルシェの父親…ひいてはここの当主か。

 

「お初にお目にかかります、私が"ジェスター"のリーダーのオルタと申します。この度はこのような立派な御屋敷にお招きいただき、誠にありがとうございます」

 

 俺は依頼主に失礼がないよう、一礼して丁重に挨拶をする。少なくとも悪印象は…

 

 

「ふん、本来なら冒険者という下賤の者を上がらせる気はなかったが…先の事件の功績者ならば、貴族として無下に帰しては沽券に関わる。感謝するがいい」

 

 対する当主はこちらを冷ややかな目で一瞥し、厭味ったらしくそう返した。なんだその態度は?冒険者の位は貴族よりも下だとわかってはいたが…少なくともこれからクエストを受けてくれる冒険者、しかも初対面の人間に対する態度なのか?貴族というのはこういうやつばかりなのか?

 

「まあまあフルトさんそう言わずに…では、早速クエストの説明に入るよ」

 

 組合長がクエストの話を進めようとしたが、俺は気づく。

 

「待ってください、アルシェが居ないのですが?」

「娘なら今は別用で外出中だ。クエストに関しては私から説明してやった」

 

 当主がそういうが…嘘だ、俺は一発で確信する。この屋敷に入ってから探知スキルで、彼女は部屋にいる事は分かっている。

 

「…それで、彼女は試験内容に納得して承諾したのですか?」

「…当然だ」

 

 当主は一呼吸を置いてそう返す。今の間、限りなく怪しい間だった。この後は、組合長から試験内容の説明を一通り受けた。

 

 内容はとある小さい神殿の調査というアダマンタイトの昇格試験だ。場所は先の事件の奥地にある森林地帯。昼には感知されず、夜には周りに大量のモンスターが出現し、帝国の兵士では歯が立たないことらしい。全く未知の部分が多い為、危険性も兼ねてこの調査を依頼したのか。

 

 その神殿調査と取得品を献上すれば成功だ。報酬は金貨10枚と昇格。アダマンタイトへの昇格試験としては組合長は難しい顔をしている。それはともかく…

 

「…当主さん、本当に彼女はこの内容に承諾したのですか?」

「何を言っている?先程承諾したと言ったが?」

「ご説明を聞きましたが、今回につきましては未知の部分が多すぎる。それを踏まえての昇格試験だとこちらは熟知しています。しかし、あの神殿は実は張りぼてで、地下に巨大なダンジョンでも広がっていたら?当然…その神殿の主、モンスターだっていても不思議ではありません」

 

 俺はその神殿の、未知の部分の危険性を指摘する。

 

「何が言いたいのだ!?」

「つまり、彼女はその危険性を含め試験内容に納得したと…貴方はそう仰いました。こんなことは言いたくないのですが、下手をすれば我々が全滅する可能性もあるという事です」

「ふん!貴様は本当に事件の功績者である冒険者なのか?依頼主であるこの私の前で弱音を吐くか。やはり大したことないのだな?あくまで可能性の話であろう」

 

 …確かに可能性の話だ。だが、あり得ない話ではない。ましてや…隠蔽魔術で隠された神殿なんて、それこそ尚更怪しさの塊だ。それなのに、その場所にこの男は娘を向かわせようとしている。冒険者の身の危険は自己責任。勿論俺達が彼女を援護するが、絶対に無傷とは言い切れない。それでも、彼女は納得したというのか?

 

「確認したいことはあと二つあります。このクエスト、我々への腕を見込んでの指名依頼ということですが…そもそも我々でなくても、他にも帝国には腕の立つ冒険者はいるはずですが?」

 

 俺は質問でこの当主の腹を探ることにした。もしかすれば、俺達を狙っている人物又は組織が罠を嵌めるための指名依頼の可能性がある。例えば指名依頼をした当主と結託して、人気の無い場所へと俺達を移動させる…そしてモンスター共が俺達を襲うとか。まさか、娘であるアルシェを巻き込むつもりか?

 

「っ!貴様らの腕を見込んでいるからに決まっているだろう!」

「…もう一つ、気になるのはクエストの"場所"です。地図で見る限り、ここは先の事件の奥地にある森林地帯ですが…"貴方の管理している土地"でもないんですよね?貴族様からの指名依頼の大半は、土地絡みである厄介事が多い。こういうのは国からの依頼、組合の依頼表に貼られるのが普通です」

 

 俺は更に疑問点をぶつける。それこそ、先程の質問通りどの冒険者でも良かったはず。それなのに関連していない土地で関係のない貴族からの依頼など、明らかにおかしいのだ。依頼主の態度とクエストの内容を照らし合わせれば矛盾が浮き彫り出てくる。

 

「…フルトさん。差し支えなければ、貴方様に何か関連するお困り事を教えてもよろしいでしょうか?こちらはそのお困り事の指名依頼という認識ですが…」

「以上の点を踏まえ、アルシェとじっくり"相談"させていただきますね」

 

 このクエストとこの当主との関連性に組合長も質問をした。すると、堪忍袋の緒が切れたように当主も勢いよく立ち上がった。

 

「貴様、先程から鬱陶しいにも程があるぞ!"娘と同じ反応"をしよって!冒険者は依頼を頼めば即座に受けるというのは嘘なのか!?黙っていればどうでもいい指摘なんぞ!誇りある帝国貴族からの依頼を断るつもりか!それは出来ん、貴様らに拒否権はない!」

「ッ!…気分を害したのならば失礼いたしました。冒険者のリーダーという立場上、気になる点はハッキリしておく性分でございまして。しかし我々は、対価さえ支払っていただければお困り事に関しては喜んでご協力を致しますよ?」

「っ!ぐぐ…!」

 

 黙っていればというのはこちらの台詞だ、勝手なことを言いたい放題言いやがって。俺は満面の笑みで当主にそう返す。奴から見れば、今の俺は善意で協力しているようにしか見えないんのだから。面倒なことになった。これは通常のクエストではなく、貴族からの指名依頼かつ昇格試験なのだ。

 

「貴様らはモンスターを倒したのだろう!?その判断で指名したのだ!このクエストとやらで娘の身体に癒えない傷を負わせるというのか!?見繕っておいた縁談を断られでもしたらどう責任を取るつもりだ!?」

「フルトさん、落ち着いてください!」

 

 縁談…この男は何を言っているのだ?貴族同士の縁談はよく聞く話だが…冒険者の仕事で体が傷つかない事は絶対にない。ヒートアップしてしまった当主に歯止めが効かず、止めに入る組合長にも迫っていた。もうじれったいからネタバレするか。

 

「…そうですね。少なくとも、これから依頼を受ける冒険者に対して、"嘘"を言うような依頼主を信じるのは無理があります」

「「!!」」

 

 言い争いになろうとしていた二人がピタリと止まる。

 

「"嘘"だ、と?」

「ヒートアップして覚えていませんか?私の言ったことに対して貴方はこう仰いました、"娘と同じ反応をしよって!"と、つまりアルシェは私と同じく試験内容に納得していないという事です」

「ッ!」

「それにアルシェが外出しているというのも嘘です。この屋敷に入った時、探知スキルでいることは分かっていましたよ?」

 

 俺はそう言い、速足で部屋を出て、彼女の生命反応のある所まで移動する。後ろから怒鳴り声が聞こえるが気にしない。部屋まで向かい、ドアノブを回すが開かない。やはり鍵が掛かっていた。俺は咄嗟にドアを蹴り飛ばす。

 

「アルシェ…!」

「お、オルタ…さん!?」

 

 そこには目にクマが出来ており、虚ろな表情で俯いていたアルシェの姿があった。一体何があったというのだ! 鍵が閉まっていた所を推察すると…閉じ込められていたのか!?

 

「ど、どうしてここに…!?」

「アダマンタイトの昇格試験の内容を聞きに来たんだ。そしたら依頼主…お前の父親の言葉が信じられなくて…」

 

 とりあえずアルシェは無事でよかった。ポーションを飲んですっかり回復した彼女だが、精神的に疲れているのだろう。そこへ、父親と組合長が遅れてやってくる。

 

「これはどういう事ですか?何故彼女を監禁してるんです?」

「そんな事はどうでもいい!よくも私の屋敷を汚してくれたな!?」

 

 俺が蹴ったドアを指差して、アルシェの父親は叫ぶ。これ以上は埒が開かない。

 

「組合長、昇格試験につきましてはアルシェと相談してよろしいですか?回答は出来るだけ早く、明日にでも出します」

「それは、構わな「待て貴様!!」」

 

 俺がアルシェを連れ出そうとすると、父親が俺に待ったをかけて手を出してくる。咄嗟の反応で、体を反転させ父親の腕をつかみそれを捻る。あまりの早業に何が起こったのか分からず、腕の痛みに苦痛の表情を浮かべる父親。

 

「兎に角、本日はこれにて失礼します…明日にまたお伺いします」

 

 後ろからまたもや聞こえてする怒号を尻目に、オルタはアルシェの腕を掴みながら屋敷を出るのであった…。



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親愛なる後輩からの依頼

「ねぇジエット、今朝の見た?」

 昼休み、机で伏している少年―――ジエットに対し、クラスメイトであるネメルが興奮した様子で話しかけてきた。

「見たって何を?」
「見てないの?今日、アルシェ先輩の屋敷に冒険者が来ていたの。しかも例の、死の騎士(デス・ナイト)を倒したっていう…」

 その言葉でジエットは驚く。
 アダマンタイトと言う最上級の冒険者という、この世界において指で数えられるものでも倒す者がいない死の騎士(デス・ナイト)という恐ろしいモンスター。この帝国で倒せた者といえば…

「もしかして…ジェスター?」
「かもね…でも、どうして先輩の屋敷に?」

 いきなりすぎる情報量の多さにパンクするが、それよりも彼は個人的にあのチームに聞きたいことがあった。
 そう――――自分の憧れていたお嬢様(先輩)の事を。そしてその連れの冒険者に、幻影の翼(・・・・)が生えている事を…


「アルシェ、本気で大丈夫か?」

 

 屋敷を出て入口へ歩いている途中、ずっと俯いているアルシェに俺は言葉をかける。

 大方、自分の家族の実態を知られて落ち込んでいるといったところか。それに関しては俺も同意する。

 あのアルシェの親は、世間一般で毒親…所謂DQN親だ。俺の正体を知っているアルシェは、それを間近に見せつけられた挙句に暴言を浴びせてしまったという…恐れていた事が現実に起きてしまった無礼に唖然としてしまった。

 

「ごめんなさい…オルタ、さん…こんな事に」

「気にするな、お前が無事だっただけでも良かった。あんな小物の言葉など、軽く水に流すさ」

 

 俺がそう言うと、アルシェは涙目になりながらも毒親に変わって謝罪してくれた。

 

「…話してくれないか? 今のフルト家の、お前らの家庭の現状を…」

 

 アルシェは、小言ながらも自らの事情と家庭の環境を話し始める。

 

 アルシェの父曰く、フルト家は帝国貴族として100年以上帝国を支えてきた名家であったが、鮮血帝の改革の一環で貴族位を剥奪された。

 

 両親は家の没落後も帝都の高級住宅地に居住しており、父は「鮮血帝没後にフルト家が貴族として再興される際の投資及び鮮血帝にこの家が屈していない事を見せつけるため」と称して、タチの悪いところから借金をしながら美術品を買い漁るという。予想していた通り、何とも自堕落どころかニートとも変わらないくだらない豪奢な生活を送っている。

 

 貴族は汗水流して働かないという謎のニート信条のせいで、家の借金は金貨300枚に膨れ上がっているのだ。

 エ・ランテル事件と、この前の死の騎士(デス・ナイト)事件の報酬を合わせてもまだ足りない位だ。

 

 しかし問題はその後だ。アルシェは親の借金返済を最後の親孝行として、妹二人を連れて出て行こうと考えていたらしい。だがあの父親の性格の事だ、貴族に返り咲くという哀れなこれまでの生活を変えるつもりはないだろう。しかも事もあろうに、まだ年端も行かない妹達をあの年齢で働かせようとしていたという…義務教育制度も真っ青な馬鹿さ加減だ。

 

「アルシェ、あんな家庭とは縁を切るべきだ。このままでは、お前も大切な妹達もずっと食い物にされ続けるぞ」

 

 ハッキリ言って度が越している。

 親は借金を返すどころか働く気もなく、それを娘に返させるという鬼畜。そのせいで学校を辞めさせられ、冒険者として働く羽目になった。彼女としてはまだ学園生活を送りたかったはずだ。

 親の罪を子に着させる…余りにも場違いすぎる現状に、俺はアルシェに警告した。

 

「でも…」

 

 対するアルシェは、育ててもらった恩といずれは改心してまた元の生活に戻れる理想が来ると信じて容易く縁を切ることに葛藤していた。だが、今度は今度こそはとズルズルと時間解決を頼りに結局は散財を繰り返しては意味がない。ここで両親にはキツイお灸を据えなければ絶対に変わらない。なんだったらナザリックに拉致して秘密裏に処理してもいい。あの親さえどうにかすれば、借金のことはどうとでもなる。

 

「…わかった。なら、賭けをしないか?」

「賭け?」

 

 俺はそう言って、あの親に対してとある提案をすることにした。これで白黒つけるとしよう…。

 

 

 

 

「…………あの!」

 

「うん?」

 

 アルシェと別れた後、これからどうするべきかと考えながら住宅街から立ち去ろうとした時後ろから声を掛けられる。

 振り返ると…そこにいたのは、ンフィーレアと同じ年齢の青年が立っていた。俺を呼び止めたという事は、十中八九俺に用がるという事。

 

「あの、貴方がオルタさんですか?」

「そうだが、君は?」

「あっ初めまして! 私はジエット・テスタニアといいます。先輩にお世話になっていたものです」

 

 そう言ったジエット君は、俺に対して丁重に挨拶をする。ここで立ち話もなんだし、移動することにした。石畳の道を進んでいく…と、ジエットが一つの店の前で立ち止まる。

 

「このお店なんてどうでしょう? 『歌う林檎亭』。一階が酒場になっていて、打ち合わせなどする時に便利ですね。それに、アーウィンタールのグルメ情報誌に料理が美味しいと何度も掲載されていましたし」

 

 外見は年季の入った建物のようである。まだ夕方前だと言うのに、酒場では冒険者らしき姿の者たちが飲み始めている。評判が良いというのは本当であろう。酒場の真ん中のテーブルを通され、早めの夕食ということで本日のお勧めであるメニューを頼んだ。

 

「ちょっと話し合いをするにしては、騒々しくはないか?」

「夕方で仕事を終えた冒険者やワーカーなどが飲みに来ているんです。朝なんかはもう少し静かですよ?」

「…それで、君はアルシェとはどういう関係なんだ?彼女の事を先輩と言っていたが、もしかして」

「はい…私は、彼女が学院に在籍していた時の後輩です」

 

 そう言って、ジエット君は重い口を開き始める。

 

 

―――帝国魔法学院。

 

 魔法という言葉が付くように、魔法を学ぶ専門的な学院……そう思う者はいるが、実際のところは違う。

 

 確かに魔法を教える部分もあるが、所属する生徒の大半は魔法を使う能力の無い者たちだ。大陸を代表する大国であれば、基本は貴族など金銭力を持つ者たちは学問を学ぶための手段として家庭教師を雇うのが通例だ。優秀な家庭教師ほど高額の依頼料を取る。

 

 対して…教育に回す余裕の無い平民たちは、知識を持つ者が開く私塾に通わせることで、ある程度の知識を子に習得させる。もっとも、その費用すら払えず子供に教育を施せない平民もいるのが普通だ。

 

 そんな教育手段では当然、一つ致命的な問題がある。

 優秀な子どもが教育を受けずに、地に埋もれたままで終わるということ。まだ見ぬ天才や才能ある者を発掘する為、帝国前々皇帝が世界最高とも言える伝説級の大魔法使い、フールーダ・パラダインに協力を仰いで作り上げたのが、帝国における最大の教育機関――帝国魔法学院である。

 

 優秀であると評価されたのであれば無償、場合によっては報酬金まで出る学校である。それ以上に魔法というのがこの世界──社会における大きな役割を果たしているからである。

 

 ここで様々な知識を習得した学生たちが多種多様な道を進む。一般的には専門的知識を学ぶために大学院に進学する者、そのまま何処かで働く者、非常に優秀な成績を修めた者は帝国魔法省に就職などに分類される。

 

 今後、仮に建築学を学ぶ者が、帝国魔法学院で無理矢理に魔法を学んで――使用できない教育を施されることに何の意味があると思う者もいる。

 しかし…。

 建築学の一つとして、巨大な石を縁石にする場合…軽量化の魔法があるという知識を得ているのと、得ていないのでは大きな差が出るのは想像がつく。更には、何キロの石にはこの人数での軽量化の魔法が必要であるという知識だって必要になる可能性は高い。

 そのために魔法知識は必須の項目として、学院の教育システムに組み込まれていた。だからこそ敬意を示すという意味でも「魔法」という名前が付いていた。

 

 

「学校かぁ…懐かしいなぁ」

 

 俺はそう呟きながら待つ。この世界に少ない学び舎がどのような教育をとっているのか非常に興味がある。

 

 授業は基本的に教師が教科書に沿って、時々黒板に文字や何かしらの絵を描きながら説明している。このスタイルはたとえ世界が違っても変わってはいない。寧ろ、自分にとってこの風景が時代が懐かしい。 

 紙で作られた教科書を使用しており非常に高額なものらしい。教科書を購入できない者は学園側で授業ごとに教科書を貸し出し、図書館で予習復習が行える準備をとっている。前の世界では教科書のほとんどが電子化になっており、1世紀以上前でも教科書は1人1冊が基本であった。

 

 魔法学院では学生食堂による食事を進めている。貧しい家庭の為、一般的なランチであるならば無料で飲食できるようになっており、金銭がかかるのはより豪華な料理を注文した場合のみである。また、魔法による毒感知などを行っているため、外から持ち込む弁当などより安全であることを保証している。

 

 設備やら機材やらいろいろ不足しているものは多いが、元々子塾や家庭教師に独学などでしかなかった帝国に新たな風を生む事になった。俺の受けていた学校の事をジエットが聞いたら「どんなお金持ちな学校なの!?」と驚くことは間違いない。

 

 防犯についても徹底している。帝国魔法省で新規に開発された技術の一部を実験的に使用するために持ち込まれる場合があるが、最新技術であるために"シール"と呼ばれる防犯対策もしっかり施されている。これは盗人の印と影で呼ばれる物で、下手に弄れば特殊な魔法を発動し、周囲の存在に特別な印を魔法的に痛みなく刻み込む。これを押された生徒は帝国魔法学院を退学、場合によっては帝国スパイ法案違反の罪で重罪となる可能性がある。

 

 卒業生が到達できる位階は平民であれば第一位階、貴族であれば第二位階が多い。これは、魔法学院に入るまでにどれだけの費用や時間を魔法訓練に充てることができたかに起因している。それ以上に第三位階に開花させたアルシェは天才に相応しい。もっとも、ナザリックに転属した彼女は今ではそれ以上に進化しているが…。

 

 彼は、アルシェが在籍して時から慕っている後輩だ。かつて母親がフルト家で働いていたため、アルシェと親しく彼女が学院を中退した今でも多大な恩恵を受けている。無論、フルト家の内情についても大雑把だが把握済みだった。その母親は現在病気の為に寝込んでいるが、彼女が学院を中退した今でも心配をしていた。しかし、他所様の事情に中々踏み込めないというのが現状であった。

 

「成程、君は君なりに彼女を心配しているというのが良く分かった。それで、仲間である私に相談しようとしたことにも納得する」

「はい、屋敷に入っていった貴方様なら…今のフルト家の現状を知っていると思いまして…」

 

 彼なりに心配している所もあって、隠す必要もないと判断し話すことにした。結論から言って、彼が想定した事態よりも酷いことが分かった。

 

「お願いです。彼女を…先輩を助けてくれませんか…!」

 

 彼からの悲痛なお願い。

 

「…一つ聞いておきたい」

「なんでしょうか?」

「もし、彼女をあの家から解放したらどうするつもりだ?君としては、アルシェにまた復学してもらいたいか?」

 

 もし助け出せたとしても、その後の彼女がどういう選択をするかわからない。学園生活に戻りたいのであればこのまま復学する気持ちもわかるが、今や彼女は我々ナザリックの一員だ。

 

「助けだすことには全力で協力しよう。…但し、その後の彼女の道がどうなるか、その選択は彼女自身に委ねる。決して100%君の思い通りにならないかもしれない。それを了承の上で、協力しよう」

「あ、ありがとうございます…!」

 

 俺がそう条件を付け加えるが、彼もそれを呑み礼を言った。

 そうと決まれば、次に決めるのは成功報酬だ。正規の手続きを踏んでいないが、即決の緊急クエストとしてなんとしても成功させよう。アルシェの為にも。

 

「とは言え、私は聖人ではなく冒険者だ。報酬がなければ、仕事は釣り合わない」

 

 そこでジエットは黙る。彼は帝都で暮らす貧しい平民で、小さな家が乱立する区画にある自宅で暮らしている。決して裕福とはいえない。放課後は商会で塩や香辛料を魔法で作成し、それを届けるアルバイトをしている位だ。

 報酬がなければ、引き受けてくれない。貴族のように金がなければ全てを差し出す位しか思いつかない。だが、彼の立場では学院もアルバイトも辞めるわけにはいかなかった。そこで、俺はそこに目をつけた。

 

「そう言えば君は、学院の授業が終わった後はアルバイトをしているんだったな?」

「? は、はいそうですが…と言っても、塩や香辛料を作って届けているくらいで…」

「なら、それを"報酬"として受け取ろう」

「えっ!?」

「別に全て金で差し出せとは言ってないぞ? 報酬としては充分な位だ。それともう一つ…」

 

 こちらはジエット君ど出会った事が、報酬として大変有意義な事として受け取れた。ならば、その期待に応えねばならない。

 そして、オルタからの更なる提案にジエットは目を見開く。そしてその光景は、偶然にも先に店に来ていたアルシェと同じ色の長髪をもった帝国兵士の眼に留まる事になった。




本作はifストーリーであるweb版や亡国の吸血姫の設定・要素も順次入れていきたいと思います。


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重爆と受注完了

「ジエット君は商会で働いているのか。偉いな」

「そんな畏れ多いです。あなた様の功績に比べたら…」

 

 ジエット君は照れ隠しながら言い返す。

 一昔の学生生活は青春だ。それが羨ましかった。授業が終われば部活やサークルを楽しむもよし、バイトやインターンシップのように社会の仕組みも学ぶも良い。

 

「ジエット君はこの帝都…ひいては、この帝国に構えている店全体は把握しているのか?」

「流石に全部、とは言えませんが…ある程度は」

 

 ここで俺は、もう一つの策のカードを切る。当然周りには聴こえないよう小声で。

 

「…もしよければだが、噂程度で構わない。表沙汰になっていない、怪しい商売をしていそうな店を紹介してくれないか?」

 

 鮮血帝の改革以降、この帝国の犯罪は少なくなった。

 しかし全てではない。今でも眼に見えていないところで、違法な取り引きをしている店が一つや二つあってもおかしくはない。それがアルシェの、借金に関係しているのであれば尚更逃すわけにはいかない。

 

 当然ジエットは驚いた、がすぐに冷静になる。彼の考えている事は、自分の依頼通りアルシェの為に何かをするのではと察した。

 

「安心してほしい。もし理由を聞かれたら、君や商会の名前は一切出さない事を約束しよう。逆に兵士たちに差し出せば、犯罪防止の表彰に一役買ったと説明すればいいさ」

 

 元々悪さをしているのは向こうだ。自分達はただ、フルト家の真実を確かめたいだけ。こちらに害がなければ、後の事はどうだっていい。

 

「…わかりました。あなた様を信じます」

 

 よし、交渉成立だな。こちらに来てからの久々の料理で、なかなか楽しい有意義な時間であると感じていた。そんな時、『歌う林檎亭』の中から荒々しい声が響いた。

 

「もう満席じゃねぇかよ。待たなきゃいけないのか、こっちは腹減っているってのによ……。って、そこのお前等、食い終わったならどいて俺達に席を譲れ」

 

 自らのプレートを見せつけながら、冒険者らしき風貌の男達が3人を威嚇するように睨み付ける。

 

「白金…」とジエットは絡んできた冒険者のプレートを見て呟く。アダマンタイト、オリハルコンには及ばないもののその実力はそのプレートが証明している。これは、即座に退かなければならない。ジエットは食べ物を急いで口の中へと運ぶ。だが…

 

「こちらがまだ依頼の話し合いだということが分からないのか?そんな幼稚な観察力で、よくこれまで生き残ってこれたな」と、こちらがランクが上だと言わんばかりにオルタが言う。

 

 え、オルタさん、何を言っているの? とジエットは焦るが、周りはそうではなかった。

 

 その発言を受け、他のテーブルで食事をしていた人々から笑いが漏れる。オルタを馬鹿にしているわけではなく、白金の冒険者を嘲笑っている。笑っている冒険者たちも実力者だ。実力で比較すれば、圧倒的にオルタの方に分があるのに気づいていないのかと。

 

 恥をかいたのは、白金冒険者たちであった。オルタから言い返されてしまった男は、顔が紅潮し怒りで額に血管が浮かんでいる。

 

「てめぇ。もう一回言ってみろ。もう土下座程度ではすまさねぇぜ?」

 

 オルタの前まで勇んで歩き、そして彼を見下ろす形でガン付けながら言う。だがそれでも、オルタは大声で笑い始める。「何が可笑しいんだ?」とさらに冒険者の怒りのボルテージが上がっていく。

 

「いやいや、許してくれ。あまりに雑魚に相応しい台詞に笑いをこらえ切れなかった。幼稚な観察力で、本当によくこれまで生き残ってこれたな。喧嘩を売る相手の実力も正しく把握できないんだから」

 

「てめぇ」とキレた男は、オルタが面を付けているのに拘らず、右手を引いて思いっきり殴ろうとする。

 

 が、その右手はオルタの左手によって受け止められる。そしてオルタは相手の右手を掴んだまま、自らの左手に力を込めていく。「痛てぇぇぇ」と、白金冒険者が叫び声をあげる。彼の握力によって、その冒険者の右手は握りつぶされる寸前だ。その男がオルタよりも一回り大きい体格にも関わらずだ。

 

「口ほどでもないな。お前でなら、遊ぶ程度の力も出さなくてもよさそうだな」

 

 一気に相手の胸ぐらを掴み、そして『歌う林檎亭』の奥へと投げ飛ばす。

 

「で? 残りの連中はどうするんだ?」

 

 残りの白金冒険者たちは、ゆっくりと後ずさりをし、そして『歌う林檎亭』から逃げ出して行ってしまった。

 

 ジエットを含め『歌う林檎亭』にいるメンバーは、あっさりと白金プレートの冒険者を投げ飛ばしたことに驚く。「口ほどにもない連中だな」と逃げ去っていく冒険者の背中を眺めながら、再び椅子に座ろうとした時…

 

「もし。そこの殿方」と、奥から透き通るような声が響いた。

 

 そして、奥の方からゆっくりと長い黄金色の髪をなびかせながら、一人の女性がオルタへと近寄る。優雅に歩きながらも、碧色の瞳は冷静にオルタを見つめている。

 

「貴方のせいで、私の治癒薬が割れてしまいました。落とし前を付けさせていただきま…あら、貴方は」

「ん?」

 

 オルタが振り返る。そこにいたのは、戦場で助けた帝国兵士と同じ鎧を着た女性だった。

 

「やべぇ。あれは、“重爆”だぞ…」と、小声で周りのワーカーが囁き、『歌う林檎亭』の中が静まりかえる。

 

「何のようだ?治療薬?」

「私の負った呪いを解く、貴重な霊薬を使った特製の薬です。ようやく手に入れたというのに、それを貴方が割ってしまったのです」

 

「それならば、先に喧嘩を売ってきたあいつに請求したらどうだ?」と、先ほど投げ飛ばしてた男の方へと指さす。

 

「あんな安っぽい冒険者が代わりを持っているとでも?」

 

 先ほどまで興味津々に見ていた冒険者もワーカーも店員も静まり返っている。帝国四騎士の一人、“重爆” レイナース・ロックブルズ。呪いを解くためなら、皇帝さえも裏切ると言われている女である。『歌う林檎亭』にいる誰もが、冒険者の死を確信していた。

 

「そうか…で、どんな呪いなのだ?」

「あなたがそれを聞いてどうする?」

「呪いと一口に言っても、いろいろあるだろう。要は、治療薬を寄越せと言いたいのだろう?」

 

 オルタは呆れる。さっきの冒険者といいこいつといい、どうして難癖付けてからんでくるのだ?容赦ない異形種PK以外はそれなりにマナーがあったぞ。

 

 しばらくの沈黙ののち、女は顔の右半分を覆い隠してた髪を持ち上げ、そしてそれをまたすぐに隠した。皮膚が醜く歪み爛れ、薄茶色の膿がその皮膚から分泌されていた。ジエットは思わず顔を背けた。そして、その醜悪さから胃がむせ返り、先ほど平らげた食べ物が胃から口へと逆流しそうになる。吐いたら間違い無く殺されると、ジエットは手で口を必死に押さえる。

 

「そういう事情であったとは、済まなかった」

 

 俺は頭を下げて謝罪をした。顔は女性の命、髪の毛で隠そうとする気持ちも分かる。知らなかったとはいえ、それを公の前で晒してしまった事が許されることではないように思えた。

 

 俺は、霊薬を無限の袋から取り出して渡す。

 

「これで治癒できるはずだ。万が一治らなかったら、冒険者組合まで訪ねてきてくれ。俺の名前はオルタだ」

 

 レイナースはそれを怪しげな視線で見つめるも、それを乱暴に受け取り去っていく。この場全員が安堵したのであった。

 

 

<帝国魔法省 とある一室>

 

 

「失礼します」

「お主がここに来るとは、珍しいの…」

 

 帝国魔法省の一室で仕事をしているフールーダ・パラダインの元に珍しい客が訪れる。帝国四騎士の一人、“重爆” レイナース・ロックブルズだった。

 かの偉大な魔法詠唱者に会うだけでも難しい。それに帝国内でも地位の高い者でしか面会が許されない。ましてや魔法に縁がない者の面会は珍しいというものだ。

 

「それで、この儂に相談とは?」

「…この薬の事を調べてほしいのです」

 

 そう言って彼女は、懐から瓶を取り出す。

 

 『歌う林檎亭』での出来事。冒険者から渡された治療薬。やっと手に入れたと思った治療薬を割られた時は怒り狂った。

 しかし、目の前にあるのは別の薬。美術品のように精巧な透明の瓶に入っている薄緑色の液体。香水瓶並みに美しい見事なまでガラス瓶。この容器を見ただけで、この薬が有効である可能性が高いように思えた。

 

 それを見たフールーダは、右手で髭を触りながら興味津々に見た。

 

「これは?」

「冒険者から代わりにともらった薬です。念のため、貴方様に直で確かめてもらいたかったのです」

 

 ポーションを調べられるなら帝都内の店でも容易い。

 しかし、これは自身の顔にかけられた呪いを解く薬となっては口外するわけにはいかなかった。私の顔に呪いがかけられたことは帝国内であれば誰でも知っている。

 

 呪いを解けさえすれば皇帝すら裏切ると言われたのだ。それ故、彼女は慎重に行動する。もしかしたら、私を帝国四騎士と知って暗殺するための毒物かもしれない。

 

「ふむ…見事な液体、これ程までに透き通ったものは見たことがありません」

「時間はかかりますか?」

「調べるだけなら直ぐに…」

 

 フールーダは瓶に手をかざし、そこから光が漏れ出る。静かに目を閉じ、薬品の成分を頭脳の中で調べる。しかし、数秒もしないうちに驚きの表情に変わった。

 

「どうしました…!?やはり毒物が…」

「い、いや!毒物などそのような紛い物は入ってはおりませぬ…!し、しかしそれ以上に…なんでしょう、この薬の効力は…!いやいや、これは…万物の神薬!?」

 

 目を見開いたフールーダにレイナースは慌てる。普段落ち着いたこの老人の驚きように感化されてしまった。それを尻目に薬を見る…もしかしたら、本当に…。

 暫し考えた後、レイナースは目を閉じ瓶の中身のほとんどを口の中へと一気に飲み干した。フールーダが制止の声を上げているが気にしない。まるで度数の高いお酒を飲んでいるように、口から胃が一気に熱くなり、やがて体の中全体へと広がる。

 

 体から熱が引いていくと同時に目を開けた。そして、顔の右半分を覆い隠している髪をかき上げる。

 

「嘘……」

「こ、これは…!?」

 

 呪いは消えていた。呪いを受ける前と変わらぬ顔…鏡に映っている自分の姿が信じられなかった。

 フールーダも同じ表情であった。法国の神官ですら解呪が難しいとされる呪いを、飲んだだけで一瞬にして治したのだから…。

 

「…!」

 

 それからの行動は一瞬だった。テーブルの上にある、ガラス瓶に残された僅かな量の薬を同時に視た二人は我先にと奪おうとする。僅かにレイナースが先に取り、「このことは内密にお願いしますよ?」とフールーダに対し笑顔でそう言うのであった。




・変更点
 この2人、早速帝国への裏切り開始。


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犯罪者の魔獣を強奪するのは合法

今時の子供たちは知らない…。
かつてポケモンの力だけを一方的に利用したレンジャーや、挙句の果てに他人のポケモンを強奪するコロシアムXDとやらが存在していることを…。

ここでアルシェの4体目、わかりますかね?どうぞ。


 帝国から離れた土地、人が寝静まった夜にオルタとアルシェは森林地帯に赴いていた。当然、昇格試験に合格する為である。アルシェを見つけた後日、結局はあのフルト家当主の依頼を引き受けたのだ。

 

 彼に部屋から出されてから、私は何とも言えない気持ちになっていた。元貴族とはいえ、自分の父親を相手に彼は睨んでいた。冒険者の位は貴族よりも下、何よりチームメイトという関係だけというのに、彼は本気で怒っていた。他人である自分の為に…これまでを含め、アルシェは彼に感謝されっぱなしだ。

 

 そして組合長からの昇格試験の説明の後、オルタは先日の謝罪としてエ・ランテル事件の報酬を半分ほどアルシェの父親に差し出す。それと、彼の言っていた賭け(・・)と称して仕込んだ"宝石"を手渡した。

 

 フルト家の事情を知っている事は伏せたが、この"宝石"は持ち主の道を示してくれる不思議な魔法石というカバーストーリーで父親を納得させた。もし怪しげなことに使用した場合は、反対に持ち主に不幸が襲ってくるかもしれない…と多少の不安も添えて。無断で換金させないよう、誓約書も書かせる。

 

 だがあの父親は魔法に関しては無知なのか、はたまた高価そうな宝石をタダでくれることに全く怪しむことなく受け取り、しかも誓約書の説明文にほとんど目を落とすことなくスラスラとサインしたのだ。その警戒心のなさに俺とアルシェは呆れる。この男には少しでも貴族らしさをアピールするプライドだけは諦めていないようだ。

 

 そして現在、目撃情報があった場所へ移動している。

 

「そうだ、アルシェにはこれを渡しておこう」

 

 彼から差し出したのは一つのボール。これは一体…

 

「これには"とある魔獣の魂"が封印されている。今回の相手がゴーレムだった場合は、それで捕まえてみろ」

「このボールで、捕獲ですか?」

 

 どうやら今回は魔獣捕獲も訓練に入るようだ。アルシェは一段と気を引き締める。

 

「オルタさん、あの神殿…」

「…情報通りだな。アルシェはここで待機、敵が出てきたら援護してくれ」

 

 兵士の話では、ある程度近づくと地中から人型ゴーレムの大群が神殿を守るように襲ってくると記憶している。オルタが、ゆっくりと神殿に向かって歩を進めていく。

 

ボコボコボコッ!

 

「「!!」」

 

 案の定、地中から神殿を守るようにざっと数えて20体ほどのゴーレムが地中から湧き出るように現れた。これから神殿へ潜入しようとしているオルタに対し、敵意を見せ武器を構えながらゆっくりと近づいてくる。

 

 いつものように、刀と銃でモンスターをバッタバッタと倒しながら森林地帯の奥へと進むオルタ。軍団を倒し、ネモは視線を神殿に向ける。入り口には怪しげな男がいる。ローブを羽織っており、魔法詠唱者(マジックキャスター)であることは一目瞭然だったが……こんなやり取り前にもあったな。

 

 だが前回とは違い、今回はアインズさんとナーベラルがいない。

 単純に戦力は落ちるかもしれないが、そちらは魔獣である程度カバーできる。

 

「さて、そこのお前。こんな夜中に何やっているんだ?あのゴーレムたちの親玉で間違いないか?」

「ふん…我が僕の反応が勢いよく消えていくから何事かと思えば、餓鬼共ではないか」

 

 そう答えたローブの男。オルタの質問には答えておらず、彼のことを完全に舐めているのが発した言葉から読み取れる。彼らの年齢から餓鬼と称されるのは返す言葉もないが、何故こんな時間にここにいるのかぐらいの疑問は浮かばないのか? ここまで辿り着いたその冒険者の餓鬼に少しは恐怖を覚えてもおかしくないのだが?

 

「お前、何者だ?まさか、またズーラーノーンとやらの構成員か?」

 

 エ・ランテル事件で引き起こしたのが同じ組織であるならば、更に情報が聞き出せるかもしれない。

 

「お前たちに話すことは何もない…!わしの姿が見られた以上、生きて帰すわけにはいかんぞ?」

「…そうか、それを遺言として受け取っておこう。帝国や周辺諸国を(おびや)かすのであれば、容赦はしない」

「餓鬼ども、調子に乗りおって…!だが…そんな戯言を言っていられるのも今のうちだ!」

 

 男は手に持っていた不気味な杖を天に掲げると、地中から体が様々な石や岩で構成されたゴーレムが、咆哮をあげながら現れた。数は全部で3体。だが、レベル差はそこまでないので、物理攻撃やアルシェの魔法の攻撃であれば普通に通る。、一定のラインを越えた者にとってはただのデカイ的であり、近接攻撃しかしてこないというのも致命的な弱点だ。

 

「ほぉ、スケリトル・ドラゴンほどではないが、中々迫力があるな」

「ここまで大きいゴーレムを…」

 

 アルシェは突如現れたゴーレムに驚いたが、すぐさま冷静になる。ゴーレムなんて、ナザリックで既に謁見済みだ。

 前の彼女であるならば、かつてないほど焦っていただろう。神殿調査という名の昇格試験。あの父親の事だ、何か裏があるのではないかと思っていた。オルタと相談し、それは危惧していた。

 

「ゴーレムよ!そいつらを推し潰せ!」

 

 男が命令し、ゴーレムがこちらに向かってパンチを繰り出そうとしている。だが…

 

「!?!?」

 

 鈍い音が辺りに響き渡る。そこには、頭部を殴られ数十個の大小様々な石が落ちたゴーレムの顔が目に入った。一方のオルタは、何事もなかったかのようにこちらに後退りする。なんのことはない、彼は己の腕力のみで吹き飛ばしたのだ。自身よりも遥かに大きい巨体を、殴っただけでダウンさせたのだ。

 

 当然、そんなものを見せられた男の顔が青ざめ、冷たい汗が額を流れ驚愕する。

 

「ゴーレムくらいでは足止めにもならんぞ?本来ならこうして手っ取り早く済ませたいところだが、ここはそちらの流儀に従って使役魔獣勝負としようじゃないか…『ウーラオス』!」

「『イーブイ』、『テールナー』!」

 

 相手がモンスターを使役して言うのならば、こちらも使役している魔獣で勝負するのが筋だ。

 こちらがボールから速攻で魔獣を召喚した光景に男は驚いたが… 

 

「ハハハ!そんなちっぽけな魔獣で対抗するつもりか!?」

 

 ウーラオスは兎も角、アルシェの二匹に関しては小ささに鼻で笑っていた。

 その慢心さにため息が出る。まあこれは昇格試験だが、格下にオルタが本気を出すわけにもいかない。全ての戦闘を、アルシェの魔獣使い(ビーストテイマー)の経験とさせるのが目的だ。

 

「それじゃアルシェ、手筈通りに挑め。お前らの力を見せつけてやれ」

「はい!」

 

 アルシェがそう力強く返事を確認すると、アイテムを使って2体のゴーレムを俺とウーラオスを強制的にターゲット固定させる。こうして俺が移動するだけで、2体のゴーレムはアルシェ達に見向きもせず場を離れた。

 

「ゴーレムよ!どこに行くのだ!?」と男が杖を使って、操っているゴーレムを呼び戻そうとするが意味がない。単純にこちらのアイテムの影響が大きいので、アルシェの前に残ったのは1体のみとなった。

 

「ええい!あの女と取り巻きを始末しろ!」

 

 再びゴーレムに命令を下す男。アルシェ達はすぐさま迎撃態勢に入る。

 

「やっぱり、ゴーレムは"いわ"タイプだロト」

「そのようね…」

 

 ゴーレムからのパンチを躱し続ける、アルシェと二匹。

 ロトムからの情報で、やはり相手のゴーレムは"いわ"タイプであることに間違いない。

 先程から放っているスピードスターもひのこも、自身のファイアボールもまるで効果が無いように見える。このまま逃げ回っては意味がない…。

 

 

 

 

『いいかアルシェ、魔獣が覚える技は一つのタイプとは限らない』

 

 脳裏に思い出す、オルタさんとの訓練。

 基礎的なタイプを欠落気味だがある程度覚えた時に教えてもらった事。

 

『魔獣の覚える技は他のタイプだって覚えることが出来る。それこそ、相手の意表を突く事だって可能だ』

『意表を突く?』

『例えばテールナーは"炎"タイプだ。主に水や地面タイプの魔獣とは相性が悪い』

 

 アルシェは頷く、その通りだ。意表を突くとはどういうことか?

 そこでオルタはあるものを見せる。何やら円盤のようなものだが…

 

「これは"技マシン"。これを使用することで、効率よく魔獣に技を覚えさせることが出来るアイテムだ」

 

 魔獣はレベルアップで技を覚えていくのだが、それでは覚えるわざの範囲が狭く、特に対人戦では覚えた技だけで勝てるほど現実は甘くない。そこで本来はレベルアップでは覚えない技を習得させる手段として、"技マシン"が活用される。

 中には技マシン限定でしか習得できないものも少なからず存在するが、種族ごとに覚えられるわざの種類に制限があって何でも覚えられるというわけではない。

 

 今ならオルタの考えている事が理解できた。

 自身の魔獣の弱点を消すことはできない。だが、相手の弱点となるタイプ技(・・・・)を覚えることが出来る…!

 

 

「テールナー!『くさむすび』!」

 

 アルシェはそうテールナーに命令して、テールナーは技を発動させる。

 すると、相手のゴーレムの身体の至る所から葉っぱやら(つる)やらが巻き付いていく。猛スピードで巻き付かれたゴーレムはダメージを受け、身動きが取れなくなった。

 何のことはない。テールナーの発動した"くさむすび"は草タイプの特殊技。岩タイプのゴーレムには効果抜群であり、しかもこの技は相手の重量が増すほど大ダメージを与えやすい。岩・地面タイプの魔獣は進化するほど体重が重い傾向だが、それが仇となったのだ。

 

「なんだこれは!?何故緑が…!」

 

 男が突然の出来事に混乱しているが、アルシェは続けさまに…

 

「イーブイ!『あなをほる』!」

 

 いつの間にか地面に潜っていたイーブイが、身動きが取れなくなったゴーレムの足元まで地中に潜伏し、そのまま足の裏にアタックを仕掛けた。身動きが取れなくなったゴーレムは、成す術もなく大きい音を立てて地面に転がる。

 

「ゴーレムよ!何をしているのだ!?」

 

 ゴーレムは立ち上がろうとするが、『くさむすび』の効果で絡まった自然の(つる)が中々切れずジタバタしている。業を煮やした男が、仕方がなく炎の魔法で(つる)を燃やそうとしたが…

 

「行って!『モンスターボール』!!」

「なっ!?」

 

 その瞬間を見逃さんと、アルシェはゴーレムに向かってオルタから受け取ったボールを投げる。

 赤い光と共にゴーレムはボールの中へと吸い込まれ、ゴーレム全体を捕らえた後はボール自体が激しく揺れる…そして…

 

 

 カチッ☆

 

 軽い音が聞こえた。これは、ゴーレムの捕獲が完了した音だ。

 この瞬間、アルシェは初めてオルタの補助なしでモンスターの捕獲に成功したのである。

 

「ば、バカな……」

 

 自分の魔獣が倒され、あろうことか敵に鹵獲されてしまった男は狼狽えた。

 そして同時に、先にゴーレム2体を誘導していたオルタがウーラオスと共に何でもない顔で再び姿を現す。

 

 

「お前たちは何者だ!?この(わし)、影王『恐怖(フィアー)』のゴーレムを奪うなど…!?」

 

「ふん、ゴーレムを倒されたところで名前負けしてるぞ。尤も、魔獣を使役する経験はこちらが上であるがな」

「私達魔獣使い(ビーストテイマー)専門冒険者チーム…"ジェスター"を嘗めないでください」

 

 雷撃(ライトニング)で男を痺れさせ、拘束する。これにて無事にアダマンタイトへの昇格が決まった"ジェスター"の二人はハイタッチしながら帰路に就くのであった。




犯罪者に、慈悲はない…。
お気に入り400件ありがとうございます!!


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失意の凱旋

もうちょっとで帝国編終わります。どうぞ。


<??? アルシェ>

 

 ここは、どこだ?

 

 私は…昇格試験を受けていて…

 

 

 

「…ッ!クーデリカッ!ウレイリカッ!待って!!」

 

 遠くの光に、妹たちの姿…向こう側へ歩み、私から離れようとして…

 

 

 

 

「やめておけ」

 

 

 誰かの声が聞こえるが、どうでもいい。私は、妹たちの為ならッ…!

 

 

「やめておけと言っている…」

 

 肩に誰かの手が置かれる。

 

「誰!?私の邪魔をするの――――ッ!?」

 

 

 私は振り返る。それに目を見開いた…。

 

 

「誰、だと?そんなもの…」

 

 

 

 

 私の前に居たのは…更に白くなった肌、クリーム色の長髪、金色の瞳、そして…。

 

 

 

 

「――――…見ればわかるだろ?」

 

 

 私と、同じ声の(人ならざる者)…。

 

 

<夕方・帝都病院 ネモ>

 

「………」

「…気がついたか、アルシェ」

 

 昇格試験から1日が経過し、日が沈みかける夕時。アルシェが目を覚ました。俺は今、安堵している。

 

「…ここは」

「帝都の病院だ、あの後ぐっすり眠っていたぞ?」

「…ッ!そう、だ、昇格…しけッ!?」

「おいおいバカバカ!いきなり動くなって、体に障るぞ!」

 

 彼女は昇格試験の事を思い出し、無理やりでもベッドから体を起こそうとした。体勢を崩しベッドからずり落ちそうになる。それを俺は支え、ダメージが入らないようゆっくりとベッドに戻す。

 

「試験の事なら心配するな。お前が気絶した後、神殿を調査して取得品も献上した。昇格はほぼ確定だ」

 

 俺は彼女にその後の経緯をゆっくり語る。アルシェを安全な場所で休ませた後、アジトである神殿を調査。組織が使用していたと思われるオブジェなどを袋に入れ、急いでこの病院へ運んだ。

 

「…そうだったの」

「さっき、組合長に話をつけに行った。これで晴れて、アダマンタイトへの昇格だ…!」

「………」

 

「そうだ、退院したらアルシェは何が食べたいんだ?病院食って不味いだろ?」

「…そうですね、食費も切り詰めてたし…定食とか食べてみたいかも」

 

 俺とアルシェは医者来るまで、こうして他愛のない話を続けた。冒険者として、こうした落ち着きのある会話は何日ぶりだろうか?こうした会話がずっと続ければどんなに良い事か…。

 

 

 

 

 だが、その天国のような気分も束の間である。

 

 

「…待ってください!まだ彼女は意識が」

「五月蠅いどけ!私にはあの餓鬼共に確認したいことがあるのだ!」

 

 突如、病室の外で看護師らしい女性と誰かが言い争っている声が聞こえてきた。この声は何処かで…そう思った瞬間、病室の扉が勢いよく開かれる。現れたのは、依頼主であり彼女の父親だった。

 

「フルトさん、病院ではお静かに…!」

 

 続いて組合長と看護師も入ってくる。彼女の父親は怒りの形相をしていた。その矛先は、病室にいるネモだった。

 

「アルシェ、目を覚ましたか!お前も一緒に聞きたいことがある!」

「当主さん、ここは病院ですよ?声を下げてください」

「黙れ小僧!冒険者如きが命令するな!」

 

 それはこっちの台詞だ。公共の場で俺は至極全うな意見を出しただけなんだが…何か気にくわない事でもあったのか?内容を客観的に見てどう考えても文句はないはずだが?

 

「私が聞きたいのは取得品についてだ!神殿から持ち帰ったのは、オブジェ数個だけなのか?他にはないのか?」

「はい、目ぼしいものなら全て差し出しました」

 

 当主が取り出したのは、俺が手に入れたあの恐怖王とかが使っていたとされるオブジェだ。あの神殿には他に目ぼしいものはない。数日後には警備隊を派遣すると聞いたが、もう何も残ってはいないはずだ。

 

「このオブジェを数個持ち帰って、貴様は調査が成功したと思っているのか?」とアルシェの父は、オブジェを机に強く置いた。なんだ?俺達は神殿調査を終え、取得品も包み隠さず献上したのだ。まさか、持ち帰った献上品の数とかで不満を漏らしていたのか?俺はチラッと組合長に目線をやる。

 

「オルタさんから一言一句漏らさず説明したよ!フルトさん、彼らは神殿調査に成功しました。それに、犯罪者の逮捕に強力なモンスターの撃破成功と貢献できたんですよ?もはや彼らは帝国の英雄です!」

 

 組合長からそう言われ、当主はぐぬぬ…と俺を睨み付ける。英雄は言いすぎだと思うが…次にアルシェが俺に助け船を寄越した。

 

「お父様、あの神殿はアジトでした。これ以上、調査するのは犯罪組織に刺激を与えてしまいます。それこそ(ドラゴン)の巣に入って、わざわざ尻尾を踏みに行くようなものです」

「帝国貴族の娘が臆したか!」

 

 それがいけなかった。今度はアルシェに怒りの矛先を向け、父親は一喝する。

 

「容易なことを成し遂げても意味は無い!困難なことを成し遂げてこそが我ら帝国貴族ではないか!困難を成し遂げた時、栄誉や尊敬…それらを一身にフルト家が受ける。そんな簡単な道理も分からんか!それになんだその情けない姿は!当主に治療費を払わせるなど、それでもフルト家の娘か!?」

 

 父親の怒声が病室中に響く。コイツの言葉には呆れる。

 だったらお前が行って来いよ!と心の底から突っ込む。本気の俺なら問題なかったが、コイツだったら確実に腰を引いて逃げるだろうし、あのまま放置していたら帝国がどうなっていたか容易に想像できる。名誉の負傷まで貶すとは、この父親はどこまで…。

 

「まぁ良い、このオブジェも美術品として価値がある。それに、多少苦労をしているところを見せた方が皇帝に恩を大きく売れるというものだ。娘の失態など、フルト家当主の儂の力量でどうとでもできる。話は以上だ。魔法で怪我はすぐに治るのだろ?話が纏まり次第、また調査に行ってもらうぞ」

「彼女はまだ入院中なのですよ?体に負担が掛かってしまいます!」

 

 …この男はどこまで愚かなのか?確かに回復魔法があるが、看護師の言う通り全くお勧めしない。あれはいざという時の即時性に特化している。無理に使用すれば、体中の細胞変化に体がついていかずダメージが残り続けるからだ。納得いかないが、彼女が早く良くなってほしいのは同意する。

 

「ならばせめて、報酬をお出しください。それらを全て彼女の治療費に回します」

「オルタさん!?」

 

 俺は当主に対し、報酬を治療費代わりにと提案する。金なんてまた貯めればいい。今回でアダマンタイトに昇格するのだから、クエスト内容も報酬も大幅に増えるのは確実だ。

 

 

 

 だが、それに対する当主の返答は、俺だけでなくこの病室内全員を凍らせる。

 

 

 

 

「何を言っておるのだ?そんなものあるわけがなかろう?」

 

 

「――――――――――――――――― は?」

 

 

 今、なんと言ったこの男?

 俺の聞き違いか、報酬は………なし?

 

 俺が間抜けな声を出している間、当主は冷ややかな目で見つめてくる。

 

「貴様ら下賤な冒険者に払う金など、びた一文もない!強いて言うならば、貴様らのアダマンタイトへの昇格とやらが報酬だ!それに私の屋敷を荒らしたことは許すつもりはないぞ!今後ともくたばるまで私に献上し続けろ!それが貴様らの仕事だ!」

 

 

「「………………」」

「フルトさん!それは立派な契約違反だ!」

 

 その反応に顔には出さなかったが、俺は呆れを通り越して、次になんとも言えない気持ちと静かな怒りを感じていた。初めてアインズさんの精神抑制が欲しいと思った。今度は、組合長が報酬を払わない当主に突っかかる。彼から見れば、英雄である自分達に報酬を支払わないのはおかしいだろうという怒りがあった。

 

「英雄に対してその対応は何だ!?アンタこそ本当に誇りある帝国貴族なのか!」

「えぇい離せ!貴様こそ、依頼主に対してその態度は何だ!」

「何が依頼主だ!?」

 

 

 

「――――――― 一体、何の騒ぎだ?」

 

 一発触発の中、新たな声が病室内で響く。威厳ある老人の声、全員が扉に一斉に振り向く。

 

「…ッ!師匠…」

 

 そこには執事のジャイムスを連れた、帝国最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)"フールーダ・パラダイン"とレイナースさんが立っていた。二人にとっては舞踏会以来の再会である。何故この病室に?

 

「誰だ!こちらは今取り込み中だ!」

「旦那様、こちらはフールーダ様でございます!皇帝様の側近です!」

「なっ…!?」

 

 ジャイムスがそう説明すると、当主は不意を突かれたようにギョッとする。そりゃ皇帝様の側近が来たらビックリするのは当然だ。この場にいる全員が同じ反応であり、先程までイキっていた当主が驚くくらい静かになった。格下の奴には罵倒する癖に、お偉いさんなど長いものには巻かれるタイプなのか?

 

「この子は儂の数少ない教え子での。 その師匠が弟子を心配して見舞いに来たら可笑しいかの?」

 

 当主の「何故そのお方が、このような場所に?」と質問をし、フールーダから真っ当な答えが返ってくる。その証拠に、後から入ってきた護衛の兵士が果物が入った籠をベッドの隣に置いた。

 

「儂からの選別じゃ、遠慮なく食べなさい」

「あ、ありがとう、ございます…」

 

「さて…」とここでフールーダは全員に振り向く。

 

「フルトさん、今日の所はお引き取り願えますかの?見たところ、彼女は目覚めたばかりじゃ。 暫くは安静にさせた方が良い…それに、公共の場を乱すのは帝国貴族に有るまじきこと。今回の昇格試験に不満を申すことがあれば、患者の事を考えこちらから面会謝絶にせざるを得ませんがの」

 

 フールーダから厳しい目線と口調で言った。それに対し当主は「そ、それは…」と狼狽えるような仕草を見せる。

 

「彼らは犯罪者を捕まえ、儂でも倒すのが難しいモンスターを退けた…これは大変素晴らしき事。弁償や治療費に関しては功績を称え、何かしらの譲渡をしましょうぞ?どうか、それで収めてくれませんかな?」

 

 …フールーダの言葉、何かが引っかかる。それとは別に、当主は考える素振りも見せ、ジャイムスと組合長、兵士と一緒に病室を出ていった。「老害の癖に生意気な…」と出て行く時にそんな小言が聞こえたが、聞かなかったことにしよう。

 

「ありがとうございます、フールーダ様」

「気にしないで良い。 さて、オルタ君…この後二人きりで話をしたいんじゃが、時間は空いているかね?」

「それは構いません」

「フールーダ様、流石に護衛は…」

「護衛ならば、ここに最強がおるじゃろ?」

 

 フールーダが自身の杖先をオルタに向け、その様子に兵士たちは渋々諦めたようだ。アルシェの事はレイナースに任せ、二人も病室を出る。

 

 

「――― それで、お話とは何でしょうか?」

「うむ…お主には、事の真意を話さなくてはと思うてな…」

 

 フールーダさんが真剣に、より暗い顔をしている。やはり、元弟子として俺が巻き込んでしまったのが許せなかったのだろうか?彼にとって、彼女から離れたといっても魔法学校時代の師弟関係は強い信頼で結ばれていたのだろう。

 

「いや、お主には感謝しておる。彼女から離れて行ったとはいえ、儂は師匠として気にかけておった。立場上、止めることが出来なかった事を悔やんでおるのだよ」

 

 

「…(パチン!)」

「!?」

 

 

 それは…病院の一角、誰もいない空き部屋に入る瞬間だった。

 

 

「今、この部屋には防聴結界を張りました。 盗聴も透視もできない、安心してくれ(・・・・・・・・・・ ・・・・・・)

 

「――― やはり、貴方様は素晴らしい(・・・ ・・・・・・・・・)…これも、盟約(・・)ですからな…」

 

 

 そこで俺は、事の真相に衝撃を受ける。

 

 今回の昇格試験…アルシェの父親であるフルト家当主に依頼を持ち込んだのは、政府関係者であった。素性を隠し偽名を使ったその関係者は、当主に近づき、クエスト成功の前金として金貨100枚程渡したらしい。こちらの報酬の10倍だ。

 

 そんな大金を目の前に、あの当主は黙っているわけにはいかず快く引き受けたのだろう。それだけではない。神殿調査が成功し前金以上の取得品を献上すれば、追加報酬として金貨200枚を払い、更に貴族に復位という破格の条件でだ。

 

 世間知らずのあの元貴族は、未発見の神殿という事も相まって必ず前金以上のお宝が発見されると確信していたのだろう。簡単にそいつの罠に嵌った、そんな事だとも知らずに。

 当主はその大金を当然借金に当てず、高級食材に酒などの溜まり溜まったツケや、メイドや料理人などへの遅れていた賃金の支払い。極めつけは、様々な美術品やコレクションの購入に使ってしまったのだと。

 

 しかし、成果はネモの持ち帰ったオブジェ数個だけ。歴史的価値があったとしても、物価的に金貨100枚には圧倒的に届かない。失敗した暁には、貴族復位は引き延ばしに、更には支払った前金の半分50枚を借金として返さなければならない。結果的に、フルト家の借金が膨れ上がっただけだったのだ…。

 

 フルト家を二度と貴族にさせないよう画策した者。

 恐らく、その関係者は使者だ。それを指示した人物…圧倒的な財で尚且つ貴族の復位などが出来る人物なんて、たった一人しかいない。

 

 

 皇帝だ。

 

 

「オルタ様…ご質問をしてもよろしいでかロト?」

「構わない、なんだ?」

「あの魔法詠唱者とは、いつ会っていたのロト?」

 

 ロトムからの質問に俺は答える。俺があの爺さんと秘密裏に面会し、己の正体を明かしたのは、昇格試験に行く時だった。

 正体を明かした爺さんの反応は凄まじいものだった。涙ながら俺に平伏し、「おぉ…神よ、貴方様こそ第十位階の真髄!何卒、何卒この老いぼれにこの世の深淵を…!」と嘆いていた。

 

「その代償として、お前は何を支払う?」と返すと、「全てを差し出します!」と即答した。舞踏会で見た性格通り、魔法の為ならなんでも捧げるのだ。国も地位もプライドも…これで俺は、アインズさんよりも先に強力なパイプを手にする事ができたのである。因みに、この事は既に報告済みだ、よっしゃ。

 

 それよりも問題は、あの皇帝がアルシェに手を出した事だ。冒険者チームとして活動していくうちに、彼女の事に好感を持った。あまつさえ、これから家族として重要になってくるというのに…。

 

 面倒な事をしてくれたものだ、鮮血帝の異名は伊達ではないな…。



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真相への調査

遅くなってすみません。どうぞ。


<??? ネモ>

 

「この宝石を売ったのは誰だ?」

「し、知らん!名前なんてわかるかッ!」

 

 俺はある一人の男を尋問している。その男は俺に首を抑えられながらも、必死の抵抗を続けていた。この男は、帝都で密かにやっている金貸し屋だ。表向きは道具屋など平気で抜かしているが、裏では帝都では認められていない法外な金利で金を巻き上げている汚い事をやっている。

 

 ジエット君からの情報は大半が違うものであったが、後は此方の足を使った捜査で真実へ辿り着けた。ジエット君に感謝だな。その男は俺の手に持っている宝石を見ても、否定の言葉を上げていた。見苦しいな…。この宝石は、昇格試験の際依頼主の父親の借金用に渡したものと全く同じものだ。

 

「お前の調べはついているんだ。ここで素直に情報を吐くか、警備部隊に連行されるか好きな方を選べ」

「お、お前…"紅狐"のオルタだろ?」

「ほぉ俺の事を知っているか、裏の世界でも随分有名になったもんだ」

 

 平野での事件、昇格試験の事を含め俺の冒険者名は帝都の至る所で噂になっていた。勿論、それは貴族や平民…裏の世界だって例外じゃない。

 

「こ、こんなことをしてどうなるか分かってんのか?幾ら有名な冒険者だからって、ただじゃ」

「知った事か。その時はお前のようなゴミ共、纏めて潰すだけだ」

 

 少し痛めつけているが、このままでは埒が明かない。

 

「<真朱眼(しんしゅがん)>」

 

 俺は眼を用いて男に幻術をかける。この方法が一番手っ取り早く、相手の記憶も全て無効にすることが出来る。後は物品の回収と処理を行えば大抵は何とかなる。俺に情報を提供してくれる協力者が、夜逃げとして処分(・・・・・・・・)してくれるのだから。

 

 

「もう一度聞くぞ、この宝石を売ったのは誰だ?」

 

 

 

「…はい…フルト家の旦那、です」

 

 

 男を幻術で縛り、もう一度同じ質問された答えにやはりか、と俺は溜息を出す。

 

 アルシェが休んでいる間に、俺は至る所でフルト家に関する情報を徹底的に調べていた。大半は協力者のおかげだが、こうして怪しい場所を(しらみ)潰しに片っ端から潰していく。何故一度譲った宝石が手元に戻っているか?

 それは、この宝石自体を見かけたのは偶然だったからだ。あの当主は宝石を売り払ったが、そのお金を全額別の美術品の購入費用として使用したのだ。

 

 当然、借金をしている当主にそんな金の余裕なんてない。このような裏がある店は相手との交渉で、自身が有利になる立場を作るために何かしらの証拠を握っている。

 書類で確認したが、その内容に驚きと困惑を隠せなかった。売った時は宝石1個につき金貨5枚、そして別の美術品をフルト家当主に2倍の10枚で売買していた。貴族に復帰するまでかもしれないが…いや復帰しても生活態度を改めないだろう、どこまで借金をすれば気が済むんだあのゴミ屑は。上手く当主を言い包めたつもりだろうが、借金を返さずもう一度買ってしまうとは…

 

 それだけではない。アルシェの事情を調べれば調べる程、怒りが込み上げてくるのを俺は感じた。

 あのゴミ屑は保身の為に自身の子供たちを売ろうと…そして、彼女には既に売春まがいなことをしていたことも。あの家に関しては、自分が一度家に入ったことと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達の働きで構造と部屋の場所を理解していた。後は必要な書類と人質(・・)を持ち込めば…

 

「ネモ様、いかがなさいましょう?」

「いつものように全て回収だ…証拠は何一つも残すな」

「かしこまりました」

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に命令を出し、俺の目線は書類に戻る。他にも書類には面白い情報が載っている…その中で目を見張ったのは、ズーラーノーンの下部組織といわれるものだ。

 

 スレイン法国で信仰されている"闇の神"を他国に信仰されようと作りだしたものらしいが、行っている儀式とて適当なものだ。単純に貴族達の弱みを握るために無関係な子供から老人まで、人間ならば誰でもいいやつを殺させていただけにしか過ぎない。傍から見れば外道の類だが、帝国上層貴族が幾人も信者として参加しているため、かなりの影響力を持つと思われる。

 

 当然、そこにはあの双子も目標(ターゲット)にされていた。見舞いの時、俺が見せた幻影魔法を楽しんでいた未来に輝く卵達もだ、悪魔の所業の他ならない。

 

「邪神を信仰する教団ねぇ…アインズさんをぶつけたら面白いことになるんじゃないか?」

 

 利用する価値は十分にあると、俺はほくそ笑みながら書類を纏める作業を続けた。

 

 

 

<フルト家屋敷>

 

「クソッ!忌々しい金髪小僧の犬め…!」

 

 フルト家当主は怒りを表していた。その理由は単純、今日もこの屋敷にあの皇帝直属の部下である四騎士の一人が借金返済の通告をしに来たのである。これで何度目だ、いい加減しつこすぎると!ジャイムスと使用人に対応を任せているが、このままでは強行突破され逮捕されかねない…!

 

「儂を逮捕だと…!?誰がこの帝都を支えてやっていると思っておる!?何故、私に金が回って来ん…!連中、儂の前から黙って消えるなど…!」

 

 いつも金を貸してくれた連中から全く連絡が来ず、儂は役立たずの使用人共を罵った。怒りで我を忘れるくらい焦っていた。この怒りを誰かに完膚なきまでにぶつからなければ収まらない。

 

「!そうだ…アルシェが冒険者になったせいだ…あの役立たずめ!学校を辞めて収入を減らされ、どこまでも儂を迷惑をかけイラつかせる…!あの小僧共も…ミスリルだがなんだか知らないが、儂の前であんな態度を取りおって!」

 

 脳内に浮かぶは自分勝手な道具の娘と、失礼な態度をした狐面の男が浮かび上がる。このままフルト家を終わらせるわけにはいかない父親は、金を手に入れる手段と邪魔をするものを消す方法を同時に考える。

 

「そうだ…あの役立たず共をさっさと売り飛ばそう…!そして、あの生意気な冒険者は金髪小僧諸共殺そう!あんな奴らでも有名な殺し屋を雇えば敵じゃない…!かなりの金を持っているはずだ!クフフ、今に見ておれ…儂を甘く見て怒らせたらどうなるか…糞娘も、金髪小僧も、狐小僧もォ!!」

 

 しかし、その考えは余りにも無知で無価値で、怠惰に至った愚かな道化の考えであった。自ら死刑台に向かっているとも知らずに…。




次に貴方は…「コイツ頭フィリップかよ」、と言う!


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幕間 アルシェとレイナース

何回も幕間とか長引かせて申し訳ないです。
しかし、妥協したくありません。どうぞ。


<帝都内病院 アルシェ>

 

 昇格試験から二日が経過し、見事アダマンタイトへ昇格を果たしたアルシェは、今日も病院で治療に専念していた。怪我に関してはそこまで深くはなく、もうすぐ退院できる。

 

 オルタと別れた彼女はあの後、師匠の懐柔で事が小さく纏まった。

 オルタが壊した家の扉の修理費、自身の治療費、その他諸々を含め多額の費用を出してもらえたのだ。師匠になんとお礼を言ったらいいかと思ったが、「気にする事でない」と両親の目の前で器の違いを見せつけたのが決め手だった。

 

 気になるのはこれからの事だ。希望と同時に不安もある。アダマンタイトへ昇格した今、今までとは依頼の内容が比較にならないほど高くなっていく。オルタさんは兎も角、今の自分の実力で通用するかという不安だ。

 そしてもう一つ…冒険者家業に戻るという事は、また家の借金を返し続ける生活に戻るという事だ。あの後父の姿は見ていない。私の事よりも家のことが心配なのは明白だった。

 

 その不安を払拭するように…私は母や妹たちに頼み、実家から本を用いて他に迷惑が掛からないよう魔術の修行を密かに行うが、完全に拭えなかった。それに…あの不思議な夢を見た後、体に奇妙な感覚を感じるようになる。

 

「アルシェさん、具合はどうかしら?」

「レイナースさん…」

 

 入院している間は母や妹。師匠の他に、レイナースさんがこうしてお見舞いに来てくれていた。

 私が治療に専念している間、オルタさんの活躍は時々彼女が話題に出してくれている。彼女の顔を治してくれたオルタに感謝するほど、彼らの活躍を事細かく聞かせてくれた。

 

「それと、例の件だけど…罪状通るかもしれないわ」

「!」

 

 罪状…それは、アダマンタイトへ昇格した際の借金の事だろう。公にはなっていないが、レイナースが言うには期限はすぐそこらしい。発行が完了されれば即座に家族が連行されてしまう…。

 

「今回の件、逮捕されるのは貴方の両親だけ。その後の処遇に関しては、私だけじゃなくフールーダ様も手を尽くしているわ……アルシェさん、貴方は今後どうしたい?」

「えっ?」

「逮捕されれば返していない借金は、自動的に次期当主である貴方が返さなければならないのよ」

 

 彼女の言う通りだ。国から借りた金は生きている限り必ず返さなければならない。しかも、父は他に悪質な金貸しからも借りている。仮に返せたとしても、自分と妹二人分の生活費まで稼がなくてはならない。子供の身であるアルシェには荷が重すぎる闇だった。どうすれば…

 

「私の勝手な意見を言わせてもらうと…仲間に相談して、新しい人生を生きるべきだと思うの」と、レイナースが口を開いた。

 

 彼女は、身の上の話をしてくれた。

 彼女も貴族の娘であり、領地があり、守るべき領民がいた。

 その領民を守ることが、誇りである矜持だった。

 

 しかし…ある時の魔物との戦いで顔に呪いを負った。

 そう、オルタから戴いた治療薬で癒してくれたあの呪いだ。呪いを負った私を実家は捨てた。今まで、私を慕ってくれていた領民も私に近寄らなくなり、ついには互いに愛を誓い合った婚約者まで、自分を捨てたのだ。領地を追い出され、そして、今の皇帝に拾われて四騎士となったのだ…。

 

 四騎士になる時、誓いを立てた。

 

 自らの呪いを解く事。

 自分を追放した実家を追い詰める事。

 自分を棄てた婚約者に復讐をする事。

 

 恨みがあるから復讐をする…傍から見ればそう思われるがそれだけではなく、それによって自分の過去を断ち切ると決意したのだ。呪いを受け、人生はめちゃくちゃになった。悲しい思い出ばかりが残っている。その過去と思い出を断ち切ると自らに誓った。

 

 そして、彼女は新しい人生を始めたいと。

 

 それは、今のような四騎士という人生でも、農婦という人生でも、貴族の姫という人生でもなんでも良い。過去のことは過去の事。清算し、誇りや矜持を取り戻し新しい人生を生きたい、そのために私は生きたいと。

 

「アルシェさん…自分の生きていた過去を捨てるというのはとてもキツイことよ。世間から見れば貴方はまだ子供。大人である私も未だに実家と、そして婚約者に復讐をしていないのは…過去を断ち切る躊躇いがあるからよ」

 

 だが、オルタに呪いを解除してくれた。復讐を馬鹿馬鹿しく忘れられる程…これからの人生にたくさん良いことがあると強く実感することが出来たと、彼には感謝しきれないほどの恩を貰った。

 だから、彼女の境遇は自分に似ている。アルシェに過去に縛られるよりも、新しい人生を生きたほうが良いと。きっと彼女にも…これから先、楽しい思い出ができると思っている。

 

 そして彼女の新しい仲間、オルタ。彼には新しい人生を切り開いていく力と、そして“強さ”を持っていると彼女は思っている。ここは彼らに頼るべきで、そこから新しい人生を歩むべきだと。

 

「それにアルシェさん」

「なんでしょう?」

 

 

 

「オルタさんのこと…好きなんでしょ?」

「!!」

 

 この時の私には、冒険と恋の間にはっきりとした境界線はなかった。

 恋というものは自分なんかよりも幸せな誰かがするもので、自分には遠い夢物語のように思っていて無意識のうちに諦めていた。

 こうして振り返って見ると、それが現実とは思えない話だ。冒険をしながら恋という名の白昼夢を見ていただけなのかも知れない。

 

 しかし、このままでは彼らに迷惑をかけるだけだ。ここは恥を忍んでも協力してほしいと私はレイナースさんに伝言を頼んだ。

 

「お願いします。そ、それと彼の事は尊敬しています。で、でも…」

 

 しかし、オルタもといネモさんは…ナザリックに沢山の仲間がいる。

 アルベドさんやシャルティアさん…アウラさんやマーレさんなど、私なんかよりも魅力的な女性なんて沢山いる。私なんて…

 

「あら、ひょっとして好敵手(ライバル)がいて嫉妬?でも、私には貴方とは充分恋人のような付き合いだと見えるわよ?」

「…どうして、そう思えるんですか?」

「女の勘よ」

 

 そう言い、レイナースさんは出て行った。

 病室に1人残った私は、ボールの中から心配そうにみている仲間達を見て呟く…

 

「私は…これからどうしたら…」

 

 

 

 

「…オルタさん、確かに伝えたわ」

 

 同時に、病院から出たレイナースは小さい声でそう呟いた。




次回!フルト家の因縁に、決着を!!
(長くなるので前後編、決着編に分けます)


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今度こそ、必ず救う

いよいよフルト家の呪いを解きます。どうぞ。
そして相棒4体目の登場です。


<歌う林檎亭 ネモ>

 

 アルシェが退院し冒険者家業に復帰してから翌日、"ジェスター"は活動を再開した。この帝国で指折りの実力者チームが暫く停止していた事に噂にはなっていたようだが、それだけであった。

 

 今回はアルシェのリハビリも兼ねて、難度の低いクエストを偶然場所が近いおかげで2回同時に行うことが出来た。実力より低いクエストをしたところで、ほとんどが彼女の為と思ったリーダーの行動という事で誰も気に留めていない。そのクエストが終了し、二人はいつものように夕食にしようとしていた。

 

 あの両親に関しては全て把握済みである。

 しかし、いざ資金源である娘たちが家から離れようとしたら、刺客を差し向けて地の果てまで追いかけてくるだろう。そうならない為にも、慎重に行動をしなければならない。

 

 逮捕されるのは裏情報で5日後。しかも、当日の強制連行だから夜逃げの準備でもしない限り捕まるのは確実だ。それまでにフルト家から必要な書類を盗み出さなければ、必ず借金の刺客を差し向ける。まぁ全員書類と共に始末したら問題ないけど。

 

 あの屑親が逮捕された後…大型の馬車と土地の売買を協力者に任せ、使用人には何処かで働かせた方がいいな。妹たちはカルネ村に引っ越せば問題ない。因みにアルシェにはこのことは伝えていない。

 

「そう…ところで、お見舞いの時のこれ、貰っていいんですか?」

 

 アルシェが取り出したのは、見舞いの際に俺が手渡した深い青色をしたクリスタルだ。病気平癒を込めて渡したものだが…

 

「構わないさ、それは"お守り"みたいなものだ。レプリカだし」

 

 そうですか…とそのお守りをアルシェはポケットに仕舞う。それから料理が来るまでの間、彼らは他愛もない話を続けた。そんな事だけなのに、俺にとっては楽しいひと時に思えた。

 

 

 彼女が話している顔。

 

 

 彼女が食事を楽しむ顔。

 

 

 彼女の笑顔。

 

 

 俺は彼女にいつの間にか惹かれていた。元の世界では経験しなかったであろう感情を俺は体感している。

 俺は何としても彼女を守りたいと、心の底から思っていた。食事が終わったら作戦を伝えようと思った時…。

 

 その想いは…彼女の言葉で崩れ去る。

 

 

 

「オルタさん…もし、親が捕まったら…一時、チームを離れていいですか?」

 

 

 私は、オルタさんに相談する事ができなかった。

 

 もし、親が捕まったらどうなるであろうか。まず当然としては、全ての借金を返さなければならない。父は腐っても元貴族。自分が捕まって妹たちが逃げ出しても、牢屋の中から刺客を差し向けてくるだろう。

 

 ならば、嘘の情報を信じ込ませて刺客をこちらに引き寄せよう。そして、オルタさんや妹たちを安全な場所に避難させよう。生きてまた会えるかどうか…最後まで迷惑をかけてしまうけど、二人に任せて妹たちが幸せに暮らしていけるのであれば本望だ。

 

 彼が私の名前を呼ぶ時。最初に出会ってから暫く経つが、何処か親しみの感情が入っているようにアルシェは感じる。それこそ、もしかしたら、いや…自分の勘違いなだけかもしれないが、親から呼ぶ時よりも、親しみがあるように聞こえた。

 

 だからこそ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 他所の事情をもうオルタの様子を見る限り、こちらの事情を雰囲気ではない。それに、冒険者、例えチームであろうとも、素性を聞くのは御法度である。

 

 オルタの方を見る。彼は驚愕していた。

 

「アルシェ…まさか、囮にでもなるつもりか?安易な自己犠牲は止めろ。それに、レイナースさんやフールーダ様、妹さん達にどう説明しろというのだ」

「私、考えていたんです。退院したら妹達と家を出るって。妹達には苦労をさせるかも知れないけど、私は頑張ります。親には、報酬の金貨を渡して、それで、私達姉妹を産んでくれて、今まで育ててくれたという恩は返せたと思うことにします」

「そんなのはどうでもいい。レイナースさんと俺にその問題は任せておけ!お前が背負い込むことじゃない…!それに、いつ狙われるかも分からないんだぞ?一緒に冒険者を続けた方が安全だ。冒険者組合長の反応も良いし、このまま順調に実績を積めば安泰に…!」

 

 

 ドン!

 

 

 私はいつの間にか、テーブルを強く叩いていた。数人の冒険者に目を向けられるくらい。

 

「私に幸せな未来なんて無理です!私にはどう足掻いても、あの家から逃れられません!オルタさんには感謝しています…でもこれ以上、私の迷惑まで巻き込まれたら、私が耐えられない…!」

 

 私はその時の衝動で、勢いよくズカズカと歩きながら店を出た。

 

 店を出たあと、そこから少し離れた噴水に腰を掛けて座っていた。その噴水からは店の入口がよく見える。出入りする人影はあるが、オルタの姿はその中にない。まだ食堂にいるのであろう。

 

 噴水の淵に座り数分…私は気持ちを落ち着かせた。現状を全て把握した上で自分の感情を律することが出来なかったと反省をしながらも、オルタが自分を追っかけてきてくれないことに寂しさを感じる。

 

 帝都の夜風に乗って、打ち上げられた噴水の水が霧状になって自分の体に掛かる。

 

「あっ、魔獣…」

 

 別れるならこの魔獣達も返すべきだろうか?戻ってカッとなってごめんと謝ろうか。だけど、それはなんだか負けた気がする。自分が謝るのではなく、彼に謝ってほしい。だけど、オルタに何を謝って欲しいのか、自分が何に怒っているのか上手く分からない。

 

「散歩しながら帰ろう。また、顔を合わせるのだし…」

 

 モヤモヤとした、はっきり分からない感情を断つことはできそうになかった自分は、トボトボと重い足取りで実家に戻ろうと動いた。その様子を鎧の女性が見ているとも知らずに。

 

「…あれ、アルシェさん?」

 

 

 アルシェが出て行ってしまった後、俺は茫然としていた。そして思索に耽っていた。いや、悩んでいた。思考が迷路の中を彷徨っていた。

 

 まだ作戦を伝えていないとはいえ、どうして彼女は怒ってしまったのだ?このままでは危険な目に合うのがオチだ。女心は分からないとはよく言ったものだが、余りにも気持ちが緩んでいた。

 

「オルタさん、どうかしたんですか?」

 

 不意に顔を上げると、レイナースさんが不思議そうな顔で俺を見つめていた。顔の呪いが消えた分、アルシェに負けないくらい美人になっている。

 

「さっきアルシェさんが店から離れるのを見たけど…」

「実は……アルシェと喧嘩になってしまって……」

 

 直ぐに追いかけようか迷ったが、離れてしまっては意味がない。その言葉に驚いていたが、すぐさま何があったのかを聞き出す。彼女は終始真剣な表情で俺の話を聞いてくれた。そして、すぐさま答えを出した。

 

「オルタさん。今すぐにでも、追いかけて謝るべきだと思います」

「レイナースさん…」

「彼女は相当焦っているように見えます。自分の気持ちを整理するのに時間がかかるでしょう。私もフールーダ様も、彼女には貴方に救ってほしいと思っています。ここまで来てしまったからには、多少強引な手段でも有効です。それに…貴方も、"後悔"しているのではないでしょうか?」

 

 後悔、その言葉に俺はつっかえた。

 ひょっとして俺は…まだ、自分の全ての気持ちを完全に伝えきれていないんじゃないだろうか?その言葉に、悔しいが納得する。彼女はもう既に全てを晒した、隠すことなんてもうない。

 

 それに引き換え、俺はなんだ?彼女には素性しか明かしていないじゃないか。アインズさんにも許可を得ているし、後は彼女の出方次第だ。

 それに…このまま野放しにしてしまっては、後悔するような、そんな気が…いやそんな気がしかしない…!居てもたってもいられない気持ちが、俺の行動の起爆剤となった。

 

「……レイナースさん、ありがとうございます。おかげで目を覚ますことが出来ました」

 

 俺はレイナースさんに礼を言って、残っていた夕飯を零さないよう袋に詰める。彼女は「いいえ、私はただ背中を押しただけですよ?」と返し、幸運を願うよう手を振った。

 

『アサシン達、少し早くなったが出番だ』

 

 

 

「アルシェお嬢様、お帰りなさいませ」

 

 私は、自分の屋敷へ何とか帰ることができた。執事のジャイムスがアルシェを出迎える。

 

「ただいま。妹達は?」

「既にお休みになられています。お疲れのご様子で大変恐縮ですが、旦那様がお待ちです」

 

 ジャイムスは気の毒そうな目でアルシェを見つめている。

 

「報酬の件ね……。分かった、ありがとう」

 

 今は誰にも会いたくない気持ちだというのに、何故不幸な事はこうも立て続けに起こるものなのかという気持ちを押さえつける。

 玄関ホールの階段を登り、父の部屋をノックする。部屋の中から父から入室許可の声が聞こえてきた。声の調子からすると、あまり機嫌が良くないようであった。

 

「お父様、ただ今帰り――」

「――依頼から持ち帰ったのは、これだけか?」

「はい……」

 

 父親の視点から、これっぽっちの報酬で満足出来ると思っているのかという意思が伝わってくる。目の前にあるのは金銀銅の混ざった貨幣数十枚、贅沢な暮らしを我慢すれば1年は余裕で暮らせる額だ。昇格して確実に額は上がったというのに、これでもまだ足りないというのか…。

 

「私があの小僧に恩を売ろうとしているのに、お前はこんなはした金で私を満足出来ると思っているのか?また、未発見の遺跡に向かってもらうぞ。しっかり準備しておきなさい」

「お父様…!」

「聞こえなかったのか?話は以上だ。それになんだ、こんな夜分に帰ってきて。貴族としての自覚はあるのか?」

「私は冒険者です!」

 

 アルシェは声を張り上げて反論をした。父親はアルシェの言葉を聞き、大きくため息を吐く。

 

「それならば、冒険者らしく満足のいくような結果を持ち帰ることだな。貴族の娘が冒険者の真似事をしているということで、何人かの貴族が興味を持ったようだ。是非縁談をしたいという申し出があったぞ。見繕っておくから、体に傷など負わないように気を付けておきなさい」

 

 自分にとっての仕事が貴族から見れば真似事と称され憤りを感じるが、次の言葉に私はハッと顔を見上げる。また、縁談と称してまた恥じらいと借金を作り出すつもりだ。

 

「縁談…こんな事を繰り返すのですか!?もう我が家に興味のある家なんてありません!」

「我儘ばかり人一倍言うようになりおって…。だがアルシェ、妹達に先を越され売れ残った姉というのは、貴族の世界では良い笑いものだぞ?」

「それはどういう…。まさか、クーデリカとウレイリカにも!?そんなことは絶対に許しません!」

 

 アルシェは思わず、杖先を父親に向ける。

 この男はどこまで愚かなのであろうか!自分のトラウマともいえる行いを何も罪がない妹二人に押し付けようとしているのだ。たとえ父親であろうとそれだけは許せない…!

 

「家長の決定に異を唱えるな!それに、杖を向けるとは何事だ!」

 

 父親は椅子から乱暴に立ち上がり、アルシェの下へと歩く。そして、彼女の首元を掴みかかろうとした。父親の畏怖に隙を突かれたのか、クエストの疲れと空腹で力が入らなかったのか、魔法を放つ前に先制されそうになる。

 

ポン!

 

「「!?」」

 

 何かが2人の間に割って入った。それは、アルシェが持っていたボールから飛び出した魔獣。

 

「…"ゴビット"!?」

 

 昇格試験の際、あの犯罪者から奪ったゴーレムを元に産まれた魔獣"ゴビット"が、まるで主人のアルシェを護るように身体いっぱいに大の字になって護ろうとしていた。

 

「なんだこのゴーレムは!いつの間に!」

「ウグッ…!く、クーデリカとウレイリカは私が…!」

 

カラン…

 

 父親に睨まれるも抵抗するアルシェ。しかし、動いた瞬間でポケットに入っていたオルタからのお守りである宝石が落ちた。一目見ただけでは見分けがつかない品であり、ましてや今正常の判断が出来ない父親にとって怒りを助長させてしまう。

 

「儂に黙ってこんな物を…!この愚か者がァァ!!!」

 

 アルシェは目を瞑る。父親は再びアルシェに殴りかかろうと襲った。持っていたステッキを彼女に振り下ろされる―――

 

 

 

 バシッ!

 

「「!?」」

 

 

「―――ったく、あの人に背中を押されて正解だったぜ。おかげで、今度こそ、大切な人を守れることが出来る」

 

 

 そこに…冒険者オルタが大切な家族を守る為に現れたのだ。



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家族だから当たり前

一応的な制裁です。どうぞ。


「貴様は…!?」

 

 

 ―――彼女に当たる前、何者かがステッキを掴んだのだ。

 

 二人の間に割って入ったのは、いつもの狐の仮面をした男。しかし、今は彼の背中に光のような、幻影のような翼が生えているように見えた…冒険者オルタの姿が、そこにあった。

 

 

 

「人間の嫁作っちゃおう」

 

 アルシェをナザリックの一員としておもてなし、この一言でナザリックの皆が衝撃を覚え「何故人間と!?」と阿鼻叫喚の嵐を発生してしまったことには記憶に新しい。特に女性陣。アルベドはアインズさんを愛しているからこちらにロックオンされていないが、シャルティアやアウラにも驚いているのには予想外であった。というか、アインズさんだけでなく俺にも求愛しようとしたのかシャルティアよ。

 

 店を出た後、俺はアサシン達を引き連れアルシェの実家に向かった。昇格試験の紹介の際に道はハッキリ覚えている為、数分で到着できた。見張りはいるが問題なく躱し、アルシェがどこにいるのか探知魔法で探る。

 

 どうやら客室にいるようだが、見た瞬間に衝撃が走った。なんとあの屑親がアルシェに突っかかり今にも殴られそうな雰囲気であった。俺は真朱眼のスキルを用いて、自分と宝石の位置を取り換え、二人の間に割ってステッキから彼女を守った。一方の二人はいきなり現れたオルタに動揺を隠せなかったが、父親は俺に罵倒する。

 

「貴様はあの時の…!何をする!そこをどけぇ!!」

「いいえ、どくわけにはいきません。少なくとも、貴方がこのステッキを下すまでは」

 

 チームメイトに暴行を加えようとした一部始終を見てどくわけにはいかない。今後の冒険者家業に支障をきたすわけにもいかないし、何より仲間として見過ごせない問題だ。

 俺は振り下ろそうとしたステッキを、父親が掴んでいた右腕と共に乱暴に振り払う。今度は逆上した父親が俺に向かって襲ってきた。

 

ぐにゅん…!

 

 当然俺はすぐさまスキルを発動し、すり抜け攻撃を無力化させる。うん、やはりスキルの初見反応を見るのは面白い。まるで幽霊を殴ったかのように、アルシェと父親は面白い驚きの顔をしていた。

 その隙を見逃さず、ステッキを足で折り、俺は異空間から精神抑制の魔法をかけた鎖を突き出した。蛇のように父親の両腕に絡み身動きを取れなくする。数秒もすると、あれほど興奮していた父親も大人しくなった。

 

「…さて、少しは落ち着きましたか?」

「ッ!貴様、何故ここに現れた!?魔法なのか!?ジャイムス、ジャイムスはいるか!!」

 

 精神抑制のある鎖だというのに、まだ効果が足りなかったのか怒鳴り散らしている父親。当主の大声に執事のジャイムスが急いで客間に現れ、俺達の姿とこの状況に目を見開き驚いていた。

 

「あぁ執事さん。アルシェが暴力振るわれそうだったから、アポなしで突然だけどお邪魔させてもらってるよ」

「ジャイムス!こやつ等を追い出せ!!不法侵入で訴えろ!!」

「執事さん、俺はこの当主に色々聞きたいことがあって来たんだ。警告と質問さえ答えてくれればすぐにでも出て行く」

「質問だと!?貴様のような下等な冒険者に答える口などないわッ!!」

 

 俺はそう言われた瞬間、当主に刀を向ける。当主はそれに怯えた。

 

「…口には気を付けた方が良いぞ。じゃないと、うっかり首を撥ねそうになる。もしこの事を黙ってくれるのであれば、アンタら使用人の今後について、この後でゆっくり話そうと考えているが、どうかな?」

 

 ジャイムスはそう言われると、どうすればいいのか固まって動けなくなっていた。下手をすれば当主が殺される、かと言って無理に追い出せる事は出来ない。対するアルシェは唖然としていた。

 

「…帝国兵士に通報致します…その間だけであれば」

「いや、構わない」

 

 限られた間とはいえ時間を取ることが出来た。山ほど聞きたいことがあるが、重要な部分を重点的に質問しよう。帝国兵士に連れて行かれると確信して余裕をもったのか、執事に裏切られたことにショックを覚えたのか、当主が落ち着き始めた。

 

「さて、今度こそ落ち着いたかな当主さん?」

「わ、儂に聞きたいこととはなんだ…?」

「まずはこれだ、この宝石…見たことあるんだろ?」

「そ、それをどこで!?」

 

 取り出したのは、俺が借金を返すために彼女に渡した宝石だった。それにアルシェも驚く、何故全て換金したはずの宝石を彼が持っているのかと。

 

「アンタが売り飛ばした商人から譲ってもらったんだ。この宝石は元々フルト家の借金用に換金した物。それを、アンタは金貸し屋で売値の倍で美術品を購入したそうだな?証明書も持っているんだぞ」

 

 アルシェとジャイムスは衝撃を覚えた。自分達が換金した宝石は一つにつき金貨5枚、それを倍の10枚で購入したのだ。借金を返すどころか、余計に増えてしまったことになるのだから。それだけでなく、次に当主が物品を購入した沢山の証明書を見せびらかすと更に驚いた。

 

「それは、フルト家が貴族に戻るための必要な消費だ!あのくそったれな皇帝が死ねば、我々は必ず返り咲くのだ!」

「どうだか、もうフルト家は断絶されていると思うぞ?それに、よくもまあこんだけ借金したもんだ。これが世に出れば…今度こそアンタは帝国の至る所から断絶され、処分される」

「なっ!?」

「ましてやロクに働きもせず、その上に借金を自分の子供に返させており、更に国からの借金を未だに返せず帝国貴族の質を落としたら…上の連中はいい気分じゃねーな、これは結構なスキャンダルだ」

「な、何故こんなものをアイツらは貴様に…」

「俺達が一軒一軒、かき集めて回ったんだ」

 

 スキャンダルは世間が騒ぐ、上の連中はスキャンダルは好きでないだろう。部下をうまく利用すれば、短期間でも様々な場所から情報が入ってくるのは容易だった。

 

「それよりももっと許せないのが…アルシェの縁談についてだ」

「!」

「アンタらの噂は知れ渡っている。見栄の為に借金を繰り返す没落貴族…こんな所と付き合う奴なんているわけない。商人とか連れられて、見栄の為に高級品を買っているんだろ?限界まで搾りに搾るために、偽物まで購入する間抜けな資金源としてな」

 

 彼は見栄の為ならば、金を幾らでも差し出す。しかし、貴族の中にはフルト家の事情を知るものは当主の性格を利用し、あまつさえ言葉で巧みに誘導し偽物の美術品まで騙し売りしていたのだ。その裏の確認も取れた。そして、俺が最もムカつく話題を出す。

 

 

 

「そして……家と娘の将来の為にと唆し……彼女に、アルシェに…売春まがいなことをさせていたこともな!!」

 

 俺のカミングアウトに、この場全てが凍り付いた。だがそんなことはどうでもいい、俺は真実を言っただけなのだから。正直言って、今すぐにでもこの屑親を打ち首にしたいが落ち着かせる。

 

「これ以上罪を重ねる前に警告しておこう。貴族の夢を捨てて、出所後は懸命に働いて借金を返した方がアンタの為だ。これは俺からの最良の手だぞ?」

「ふ、ふざけるな!儂はこの帝都を支えた貴族だぞ!?貴様のような低俗な冒険者とは違う、逮捕なんぞ…!」

「だったらアンタは、この帝国の為に何をやったよ?」

「…ッ!」

「貴族というのは民たちの先導者のはずだ。それに比例して、国への信頼と責務が何よりも重い…!だが、アンタは力も知恵も、国への忠誠心もない…ましてや、自分の借金を子供に払わせている時点で"信用"も糞もない!アンタが気づかないだけで、自分で自分の首を絞めているだけだ…!」

 

 俺は仮面の下からギロッと当主を睨む。俺の赤い目に畏怖したのか、当主は息を呑んだ。

 

「それに、今のアンタはそんなことを言っている余裕はないぜ?表の街灯近くを見ろ…誰かいるだろ?」

 

 当主は窓から街灯辺りを見下げると、その下に3名ほどフードを被った人の姿があった。当然こんな時間帯にあのような格好は怪しすぎる。まぁあれはアサシン達が重なって布を被せた役者&警備係だが。

 

「あそこにいるのは金貸し屋が雇った殺し屋だ。今は俺の交渉で止めに入っているだけ…雇い主がその気になれば、アンタを含め全員全部何もかも売り飛ばされるぞ?少なくとも逮捕されれば、命だけは保証できると思うぜ?」

「うぐぐ…」

「それに、これから言う条件を呑めば俺が政府に掛け合って、刑期の内容を変えてやらんでもない」

「た、タダの冒険者如きが!?儂に、どうしろというのだ…!」

 

 俺は一呼吸を置いて、その条件を提示する。

 

「アルシェと妹たちを、こちらに渡してもらおうか―――――どうせ、売るつもりだったんだろ?」

「なっ!?」

 

 これは俺にとっても、アルシェにとっても最も恐れていた事態だ。当主から、家族として父親から金として見捨てられること。その証拠に俺が囮をしているうちに、執務室を調べていたアサシンがそれを含め罪の証拠となる書類を見つけたと連絡が入った。

 

 今時アルシェならば兎も角、幼女なんてはした金にならない。何より、人道的に認められない事だ。王国と違って未だに帝国は奴隷制が続いているが、奴隷といっても契約と期間があり、奴隷も帝国の臣民であるため、怪我や死亡した場合は雇い主と売り手に対する罰則が存在する。ましてや娼婦なんて狂気の沙汰だ。

 

「勘違いするなよ?俺が欲しいのはアルシェと妹達であって、お前らフルト家じゃない。言ったよな?借金まみれの没落貴族なんざこっちから願い下げだ。親権を手放してもらうぞ」

「そ、そんな…ふざけるな!なんの権限があって…!」

『そろそろ黙れよ』

 

 この男に耳障りな声を聞くのも飽きてきたので、俺はスキル「支配の呪言」で当主を強制的に土下座させる。当主は見えない重力によって全身を押さえつけられていた。ここで、俺は彼女の前で正直な気持ちを自分の口から吐き出した。

 

 

「貴様は俺に対して、許されざる大罪を犯した!貴様は、俺が初めて惚れた女に手を出した!それどころか何も罪もない自分たちの娘を売ろうとした!もし彼女達に指一本でも触れてみろ、その時は俺が直々にお前を裁く…!」

 

 当主に目を合わせ、これ以上にない恐怖を叩きつける。その直後に警備係のアサシンから連絡が入った。どうやら、警備部隊がもうすぐ到着するようだ。しかも隊の先頭が、帝国四騎士の誰かだという。俺はアサシン達に誰にも気づかれないよう、屋敷から撤退命令を出す。

 

「通報を受けて駆け付けたと思ったら…英雄様じゃねーか!」

「バジウッドさん…」

 

 数分後、屋敷に現れたのは雷光のバジウッドであった。豪胆な性格は相変わらずだが、その彼が部下を連れて俺を見るなり楽しんでいるように見えた。恐らくレイナースさんが呼んだのであろう。傍から見れば、どうみてもこちらが悪役であるが。

 

「お、おい皇帝の犬!この冒険者に殺されそうなんだ!助けてくれ!!」

 

 俺に魔眼の恐怖を植え付けられたせいか、当主が怯えた表情で助けを乞うてきた。一方のバジウッドは、この状況を静かに考察する。

 

「…フルトさん、アンタの言い分は後で部下が聞いておこう。それにしてもオルタさんよぉ…こんな屋敷に不法侵入するなんざ、何故こんなことをしたんだ?」

「うちの大切な相棒が、実の親から暴力を振るわれる所を止めた所存でございます。負傷してしまっては、今後こちらの冒険者家業に支障をきたす恐れがある為、止む無く……」

 

 俺の言い分を聞いたバジウッドは、まだ床で茫然としているアルシェと折られたステッキを交互に見る。

 

「…そうか。だが、アンタが不法侵入した事は事実だ。事情は詰所で聞く、大人しくついてきてもらうぜ」

「そ、そうだ!こやつを連行しろ!死刑にしろ!」

 

 バジウッドさんが自分の味方だと思っているのか、当主が流れに乗るように俺の連行を後押ししてきやがった。仕方ない、奥の手で黙らせてやるか。

 

「そうだ、バジウッド殿。実はあなた方が来る前に、この当主と彼女について話をしておりました。ここにその証拠となる話し合いを録音しております。この当主、複数の罪に関わっており、更にあろうことか帝国貴族であるというのに現皇帝に反逆するような態度を…」

 

 そう言って、俺はポケットから水晶のような物を取り出した。これは自分を中心に数十分間、その場で何が起きたのかを記録するアイテムだ。俺が当主との無駄話をしたのは、アサシンに探し物をさせる為の囮だけでなく、このふざけた態度をしたゴミ屑を社会的に抹殺する為であった。

 

 俺がその水晶をニンマリとした笑顔で当主に見せびらかすと、ゴミ屑はこの世の全てが終わったように顔が青くなり、膝を床に着けたまま黙って動かなくなっていた。それを見たバジウッドも面白そうにニンマリと笑う。

 

 こうして、俺達ジェスターは未だに茫然としていて兵士に連れられるアルシェと共に、詰め所へ連行されるのであった。



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決意とひとりぼっちじゃない

大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
書籍15・16巻の展開、アニメを拝見し今後の大幅な修正が必要と判断したので、編集に時間がかかってました。
投稿ペースが落ちるかもしれませんが、週2・3で頑張っていきたいと思います。


 アルシェは、驚いていた。

 

 私はただ、驚くばかりであった。

 父親に殴られると思った瞬間衝撃が走り、気がつくと私は抱きかかえられ、目の前でオルタが父親と対峙をしていた。

 

 今度は彼に殴ろうとしたが、まるで幽霊のように父親のステッキは彼の身体をすり抜けた。ステッキは折られ、暫くは彼の尋問が続く。父親の罵倒が響くがそれも一瞬…物品を購入した沢山の証明書、神殿捜査の際に発見した換金したはずの宝石…その全てを用いて、フルト家の醜悪も露呈していた。

 

 何より、彼が最も怒っていたのは……私の事なのである。

 私が皆にも内緒にしていた売春まがいの行為、帝国への忠誠心の無さの指摘、そしてフルト家の現状を父親の心を完全にへし折った。何より……

 

「貴様は俺に対して、許されざる大罪を犯した!貴様は、俺が初めて惚れた女に手を出した!それどころか何も罪もない自分たちの娘を売ろうとした!もし彼女達に指一本でも触れてみろ、その時は俺が直々にお前を裁く…!」

 

 

 その言葉で、私の心は救われたと感じた。

 

 

 

 

「はぁ――…やーっと尋問から解かれた……」

 

 フルト家への不法侵入によって、詰め所に連れて行かれた2人。牢屋でひと眠りをした後、今朝方から尋問を受けられた。ようやく解放されたのは、日も沈んだ夜。家に帰っても気まずい雰囲気しかならない為、オルタの寝泊まりしている宿で過ごすことにした。

 

「……どうして」

「ん?」

「…どうして、あんなことをしたんですか!?一歩間違えれば、殺されていたのかもしれないのに!」

 

 私が質問をする。オルタの実力であれば問題ないだろうが、それでもだ。犯罪を犯してまで助けようとしたのはおかしいと思った。恐らく予想通りの答えが返ってくるだろう…しかし、それでもあの行動は明らかに範疇を超えており、人の家庭事情をズカズカ入り込んでいた。

 

「…仲間の為、って言っても納得しないだろう」

 

 私は頷く。それを確認したオルタは、仮面の目元の隙間から、淡い色の目を覗かせていた。

 

「…俺と、同じ思いをさせたくなかったからだ」

 

 その言葉に、戦慄を覚えた。

 オルタはアルシェからの質問に答える。そして、答えに言葉を付け加えた。

 

「お前が家の事で悩んでいたのは分かっていた。理不尽な家系、望んでいない生活…かつての俺にもそんなことがあったんだよ」

 

 その言葉にアルシェは驚きつつも、黙って話を聞いていた。

 

「全てがどうでもいいようになって、生きている価値もないと諦めた時…俺は、仲間たちに助けられた」

 

 思い出すのは元の世界での生活…この世界に転移され、自分を慕ってくれるナザリックのNPC、基部下達。そして、自分と共にユグドラシルで戦い続けた恩人である至高の魔王。そんな皆と共に笑い合って、楽しく生きる生活をするナザリックの風景だ。

 

「だから俺も、そんな誰かを助けられる存在になりたかったんだ…」

 

 対するアルシェは、仮面の下から彼とは思えないとても弱い声に何も言えないでいた。自分と同じ過去を持つ彼に、少し同感したのかもしれない。自分も巨大な力があれば、そんな憧れは持っていたのかもしれない。

 

「そうだったん、ですね。私のことで悩んでいたんですよね?良かったら、聞いてもいいですか?ナザリックの皆さんのこと、本当の目的とかも…」

「構わないさ。それくらいお安い御用だ………と、その前に…この仮の姿(・・・)を脱がないとな」

 

 そう言って、オルタが立ち窓側へ移動する。仮の姿(・・・)と聞かれたアルシェは、咄嗟に身構えてしまった。窓の外には満月が映っており、それを背に彼はアルシェに対して振り返る。次の瞬間、オルタの身体が光り始めた…!

 

 バサァ…!

 

 ネモとしての本当の姿を見せた。常人からしてみればネモの魔力は最早神と同意義と言ってもいい。すぐさま魔力調節をして、アルシェに精神抑制の魔法と胃に優しい飲み物で落ち着かせる。

 

 そこからナザリックの話が始まる。

 自分たちは遠い大陸から、この地に転移された組織であること。込み入った内情を除くこれまでの経緯を、彼女に現時点で説明できる範囲で詳しく話した。流石にゲームの世界から転移されたというのは無理があったが。

 

「落ち着いたか?」

 

 どんなモンスターでも余裕に対応できる圧倒的体力と魔力、これまでチームを救ってきた判断力や知略、多少ズレている考え…それは、彼女の頭の中でバラバラになっていたピースがパズルとして完成していく感覚を感じていた。

 

 信用とは実績によって積み上げられるもの、これからのことだ。あのときのこれからは、今でも足りないに充分な時間が過ぎた。

 

 

「それに、お前に目を付けた理由は……」

「……もしかして―――」

 

 ネモが言う前に、アルシェが切り出す。しかし、途端に彼女の口がモゴモゴと聞き取れないほど声が小さくなり、体をもじもじしていた。

 

「どうしたアルシェ?何か体に異変が?」

「ち、違う…その…私の事で、お父様に怒っていた時………私の事、好きって……」

 

 自分からいつの間に恥ずかしい台詞を思い出したことに、顔が赤くなる。なんということだ!前世ではリアルに女性に告った覚えなんてないのに…!だが、一周回って落ち着いて言葉を紡ぐ。

 

「おかしいか?魔族が人間を恋するというのは。私は…」

「違うんです!私、嬉しかったんです!」

「…アルシェ?」

 

 予想とは逆だ。いつの間にか、アルシェの顔が赤くなり目から涙が零れていた。それは今まで、彼女がネモに感じていた感情と真実に体が耐えきれなくなった現れなのだろう。

 

「私みたいな人に、本心から好きになってくれる人がいて嬉しいって思ったの!夢物語だと思ってた!私はいつも…ネモさんの従者だって勘違いしていた…!」

「アルシェ…」

「私の為に、あの時駆けつけてくれたのでしょ!?そして、救ってもらった!それに謝りたい!私の事情と勘違いで巻き込んでしまったことを…本当にごめんなさい!」

「…俺も、お前をそこまで追い込んでいたんだ…済まなかった、迷惑かけて…」

「全然いいです!心配はしていたけど、迷惑だなんて思ってない!私も話していいですか?お願いになってしまうかも知れないけれど!」

 

 アルシェは涙を拭き、ネモの前に立ちはだかる様に。そして、彼をまっすぐに真っ直ぐな瞳で見上げる。

 

「私、妹を連れて家を出ます。両親は逮捕されるけど…このままだと、妹達まで嫌な目にあってしまう。だから、妹達が安全に暮らせる場所に…出来れば帝国の外に、冒険者チームの拠点を移したい。もちろん、妹達の生活費とかは私が何とかする。二人には迷惑かけないようにしようと思っている…!」

「妹以外、全て捨てるというのか…?」

「このままだったら絶対にダメ。親を捨てるという決断…散々迷いました。だけど、私は踏み出さなければならない…私と妹達、そして皆と幸せに暮らすためには…!」

「分かった、それ以上言わなくてもいい。拠点を移すくらい構わない、俺たちは冒険者チーム"ジェスター"だろ?それに、ナザリックだろうがカルネ村だろうが何処でも構わないさ。ゆっくり決めればいい。」

「ありがとうございます…こんなにあっさり、承諾してくれているとは思わなかった。パーティーから外されてしまうか殺されるかと思ってた…そうだよね…“ジェスター”ですよね。泣いているのは変ですよね。願うなら、このままずっと冒険を続けたい…!」

「あぁ、同じ気持ちだ。だから泣くな、アルシェ」

 

 俺達は長い時間、アルシェを落ち着かせた。自分達も、そして彼女も全てを吐き出し…今後の活動をより強固なものへと固めていく。

 

「さて、方針は固まったとしても…先ずは俺達に、その忠誠を誓ってもらわなければ他の者に示しがつかない」

 

 ここでアルシェは面を食らった。

 等価交換…命までは取らない。しかし、自分だけならともかく妹たちまでを自由にするには、ネモたちが所属している組織に協力する為には、どれ程の代価が必要になるか想像がつかない。生憎、妹たち以外全てを捨てる彼女にあるものは…ふと、ネモを見る。

 

「だが大丈夫だ。それに、もう手は打ってある」

 

 彼の手に持っているのは一枚の羊皮紙。それを広げ、書かれている内容に私は唖然とした。そして静かに目を閉じて、静かに見開く。

 

ここから…一人の少女の運命が、大きく変わり始める…!



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没落貴族の末路と一時の別れ

フルト家の終焉。


<フルト家屋敷>

 

「なんでだ…何故無いのだ…!?」

 

 フルト家当主はこれ以上にない程焦っていた。

 あの忌々しい狐の仮面の冒険者が二度も我が屋敷に入り、今度はあろうことか娘の制裁を邪魔した。あの後、皇帝の犬である四騎士にあの愚か者を死刑させよと命じたが、なかなか取り入ってもらえなかった。

 

 誇り高き帝国貴族である儂よりも、あの生意気な冒険者を信じるのか!?と詰め寄ったが、あの大男に「役立たずよりマシだ」と蛇に睨まれ蛙が如く、押し黙ってしまった。それどころか、早く借金を返せと脅されたのだ。

 

 あれから3日後、相も変わらず金貸し屋からの連絡が完全に途絶え、路頭に迷っていた。

 このままではフルト家は終わりを迎える…そんなことがあってたまるか…。

 最後の手段として、儂は自分以外を全て売ろうと決起した。しかし、普段は誰にも入れていない自分の執務室から、借金返済に関連する資料が全て消え失せていたのだ。

 

「貴方!娘の部屋にこんなものが…!!」

 

 次に妻の叫び声が聞こえ、何事かと執務室を出る。妻が一枚の羊皮紙を片手に、こちらに駆けつけていた。いつの間にか双子の姿が消えていたのだ。おかしい…売り物である娘二人は妻に見張らせていたはずだというのに。聞けば屋敷のあらゆる所を探したが、クーデリカとウレイリカが何処にもいないという。私は羊皮紙を読み上げた。

 

 

『貴様の全てを、娘たちに返してもらう』

 

 

 読み上げた瞬間…羊皮紙は火を纏い灰となって消える。全てあの小僧の仕業と確信した瞬間、私は右手に握り拳を作って怒りを露わにした。

 

「どういうことなの!?私や娘たちを借金の肩代わりにするなんて何を考えて…!」

 

 それと同時に妻が涙ながら叫ぶ。何故、この女が自分達が売られることを知っているのか?あの冒険者か、それとも使用人の誰かが告げ口したのか…何故こうも不幸が連続して起こる…!?

 

「この使えない女め!!」

「キャッ!」

 

 口と同時に体が動いてしまい、使えない妻だった女を殴った。しかし、その後ろには階段が……

 

 

 

 

 

「フルト家当主は逮捕されたか?」

「はっ、滞りなく。フルト家当主を詐欺罪の罪にて連行いたしました…それと…」

「どうした?」

「その当主の、妻となる女性が倒れた状態で発見されました」

 

 ジルクニフがいつも通り書類を整理していると、ロウネがフルト家当主の逮捕を報告をしてきた。それゆえ、予想していなかった事態に驚く。

 

 どうやら、警官隊が屋敷に突入した直後、階段一番下で当主の妻と思われる女性が、頭から血を流して倒れているのを発見した。まだ息はあったため完全には死んでいない。そこで警官隊は、階段上で唖然としていた当主を束縛し、詐欺及び妻への殺人未遂で拘束することとなった。

 

 「離せ貴様ら!この私を誰だと思っておる!」と警官隊に束縛されながらもそう叫んだ当主は、束縛しようとした警官隊にも殴りかかっていた。公務執行妨害のオマケつきである。睡眠魔法で身柄を抑えた後は、借金の返しとなる屋敷のありとあらゆるものが押収された。使用人全員にも解雇を言い渡し、フルト家は文字通り終わりを迎える事となった。

 

 無論、押収された高級家具や物品を全て売却したとしても、国からの借金を全て返しきれたとは思えないとジルクニフは考える。返しきれていない額は、子供であるアルシェが返済すべきだろうが…彼女は今や帝国の戦力を支える冒険者チーム"ジェスター"の一人だ。

 

 ここで返済を強制してしまっては、当然あの紅狐に知れ渡る。そうなれば、自分への不信感を買われてしまい最悪帝国を離れて監視の目を逃れる恐れがある。元々国同士の問題に介入しない、ある程度自由な冒険者という職業の行動には頭を悩ませる事もあるのだ。

 

 フルト家の妻に関しては、自室から自殺を(ほの)めかす書類が見つかったらしい。

 どの道自分たちに未来はない、とあの馬鹿当主よりも幾分か知性はあるだろう。怪我をしたタイミングが需要なのだ。自殺のためにわざと階段を踏み外したのか、あるいはそれ以前に当主から暴行を加えられたか…

 

 他殺の線があるならば…金貸し屋の雇った殺し屋の仕業か?

 遺言状から自殺と考えるのは早計、他殺の線もあり得る。あの当主は様々なところから借金をして、いつまでも金を返さない腹いせに殺された。しかし、執務室に僅かに残されていた闇金と繋がっている資料から特定するのは難しいし時間がかかる。

 しかも、あと二人の幼い妹たちも屋敷から姿を消し、行方が分かっていない。この線であれば人質として捕らえられ、奴隷として売り出されているかもしれない。残酷だが、無事に生きている確率はゼロに近い。

 

「一体何がどうなっているのだ…」

 

 ジルクニフは疲れたように、ソファに腰を下ろす。

 没落貴族逮捕からの殺害事件…今日一日で1年分の衝撃を味わったかもしれない。問題なのは、何故このタイミングなのかということ…。この事はすぐに帝国内で知れ渡ることになるだろう。

 

 

 

 

「行ってしまわれるんですね…」

 

 フルト家の元屋敷前。一つの馬車が用意されている。

 それは旅立ちの馬車…自由への馬車と見たジエットは、こちらを見て微笑む先輩のアルシェを見てそう思った。

 

「そう。家はもう終わり…もう私が帝国(ここ)に留まる理由はないわ。世話になったわね」

「いえ!先輩が、そんな…!」

 

 感謝の言葉に、ジエットは顔を赤らめる。それと同時に哀愁を、馬車に乗ろうとしていたオルタは思った。

 このまま冒険者を引退して、また帝国魔法学院に戻る道もあった。しかし、それは叶わなかった。彼女はこのまま冒険者としての道を極めていくと決意した。これは家からの命令ではなく、初めての自分の意志だった。

 

「大丈夫よ。帝国(ここ)にはまた戻ってくるわ。その時は、お茶でもしましょ?私を救うために、オルタさんに相談をしたお礼として」

 

 ジエットの目からしてみれば、今のアルシェの方が何倍も輝いていた。まるで憑きものが取れたというかなんというか。

 

「アルシェ、そろそろ出るぞ」

 

 出発の時が迫った。次はいつ再会できるのだろう…。でも大丈夫だ。不安がないと言えば嘘になるが、今の彼女はもう一人ではない。隣に、自分よりもよっぽど強い人がいるのだから。

 

「それじゃジエット、元気でね」

 

 鞭の音が鳴り響き、馬車が動き出す。それは朝方の太陽へ進んでいるように見えた。

 その光の道に…これからの、彼女の輝かしい未来に向かって…。




これでフルト家は終わりましたが、まだ終わりではありません。
来るべき制裁編をどうぞお待ち下さい!


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幕間 シャルティアの暴走

大変遅くなり、申し訳ありませんでした。
ストーリーの大幅変更、私生活での仕事の多さに遅くなってしまいましたが、今週からまた頑張って無理なく投稿を続けます。
次回から本編に戻ります。どうぞ。


<ナザリック地下大墳墓 玉座の間>

 

「シャルティアが反逆したという根拠がこれか…」

「連絡が途絶えた為、リストを調べました所…この様な異変が…」

 

 アルベドから連絡を受けた俺とアインズさんは、何とも言えない気持ちになっていた。アルベドに促されるままにリストを調べてみると、「シャルティア・ブラッドフォールン」の名が他の白字に比べ、赤黒い目立つフォントに変わっていた。

 この表示は、ユグドラシルだと第三者による精神支配の結果…NPCが一時的な敵対行動をとった場合のものだ。しかしシャルティアには、精神支配を無効化するスキルがある。もし出来たとしたら、その可能性はごく少数に限られてくる。

 

 従者と共にシャルティアが死亡した可能性も考えるが、死亡の場合は名前が消えて一時的に空白になる。何より最強クラスのNPCが死亡なんて、こちらにとっては天変地異…どうあがいても絶望状態だ。

 

「この世界には、タレントや武技といった特有の能力がある。それらの影響下に置かれている線もあるか?」

 

 二つ目の可能性を示唆する。それはユグドラシルにはない特有の能力、こちらの可能性が高いだろう。

 

「分かりかねます。ですが、シャルティアが反旗を翻したのは事実。討伐隊を至急、編成される事を進言いたします」

「いや待て、反旗を翻した理由を確認する方が先だろ」

 

 アルベドの忠誠心がない者には死を!という雰囲気バリバリで討伐隊を進言された。それに俺は反対する。いくら口喧嘩しているとはいえ、何故彼女が操られているのか無暗に手を出すような真似はしたくない。

 

「ネモさんの言う通りだアルベドよ。 お前たちの良い所も悪い所も、皆彼らの想いが込められている。私は、そんなお前たち皆を愛しているのだ」

 

 俺の意見に賛成するように、アインズさんも敵対する理由を先決する。だが言い方がいけなかったのか、アルベドが興奮していた。

 

「愛して…愛して…愛して…愛して…愛して!!」

「ぉ、おい、アルベド…皆をだぞ…??」

「ですが、私も愛して下さっているということですよね!?アインズ様が私を…私を愛して…!!」

 

 アルベドの暴走はほっといて、まずはシャルティアの居場所を確認しよう。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見たところ、野原の真ん中で槍を携えたまま動かなくなっている。傍から見れば、こちらを待っている罠である可能性が高い。なら、無理に近づくのは危険か…。

 

「アインズさん、いきなり彼女に近づくのは危険です。 まずは、セバスたちと別れた地点から捜査するべきでしょう。 もしかしたら、道中に彼女に何かあったのかがわかるかもしれません」

「そうですね、それで分かればいいのですが…ネモさん、お願いできますか?」

「お任せください!」

 

 俺は自信をもってそう言った。アインズさんのお役に立てるのであればこちらも本望だ。

 

 

 

<野盗団アジト付近 ネモ>

 

 俺はシズと共にセバスが報告した地点へ移動する。シズに関してはナザリック云々の情報は封じているので問題無いはずだ。他を連れて行けばよかったのだが、トラブルを避ける為の人選である。

 うへぇ、いきなり複数死体とご対面するとは…。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で先読みしていたとはいえ、テンションが下がる。

 

「セバス様のご報告によりますと、依頼主に騙され野盗団に誘われたと」

 

 まぁ見ての通り、当然返り討ちだよな。アジトはこの先か?

 

「ちょうどいい、その野盗団がため込んでいた物品も根こそぎ奪ってやろう。行きがけの駄賃だ」

 

 野盗団アジトを捜索しても、やはり死体だらけだ。そのままにしておくのも勿体ないから、転移門で物品と共にナザリックに送るけど…ん?

 

「どうかされましたか、ネモ様?」

「…ここ、シャルティアの気配の残滓がある…」

 

 シズには見えていないのであろうか、俺はそれに触れる。すると、頭の中で今見ている光景と同じ方向から何かが映し出された。一人はシャルティア、もう一人は盗賊の男だろうか?刀を構えたまま、彼女と対峙している。

 男は剣の腕に余程自信があったのか、彼女から逃げるそぶりを見せない。しかし、自慢の一撃を彼女が何度も止める。しかも、小指一本で欠伸をしながらだ。そんな彼女に恐怖したのか、一目散に逃げ出す。

 シャルティアも真祖であるヤツメウナギに変化し後を追う。殆どの者が殺され、先程の男も始末しようとしたが男は抜け道と思われる穴から脱出したようだ。

 

 俺が見た光景と一緒にアジトの奥へ進むと、同じく抜け道があり洞窟の外へ出ることができた。そこにも同じくシャルティアに殺された冒険者が5人程…あの男の姿は無い。ん?一人だけ、生きてる?

 

 首元に手をやる。まだ生きてる。この姿で起こされたら逃げ出す、カルネ村に連れて行くとしよう。それにしても、操られた経緯が分からなかった…ここでアインズさんから伝言(メッセージ)が入る。

 

『ネモさん』

『アインズさん、どうしました?』

『すいません。ナーベラルからの連絡で、冒険者組合から呼び出しを食らいました』

 

 どうやら組合長の使者から、エ・ランテルに出現したヴァンパイア…シャルティアの件で呼び出しを受けたのだという。となると、俺がそれまでナザリックの指揮を引き継ぐといった感じだろうかと思っていたが…唐突に閃いた。

 

『アインズさん、それに俺もついて行っていいですかね?』

『それは構いませんが…どういう…』

『なに、組合長へのちょっとした挨拶ですよ』

 

 

 

 

<エ・ランテル 冒険者組合一室>

 

「組合長、お待たせして申し訳ありません」

「おお、よくぞ来てくださいましたモモンさん。オルタさんも久しぶりですね」

 

 エ・ランテルにある冒険者組合に、モモンに化けているアインズさんが入る。ここの長であるプルトン・アインザックさんがついてきた俺に不思議そうな目で見ていた。

 

「お久しぶりです、アインザック殿。私は帝国でアダマンタイト級冒険者をやっております、チーム"ジェスター"のリーダー・オルタと申します」

「"ジェスター"…!」

 

 組合長の他に、後ろで座っていた同じくミスリル級冒険者の一人が驚いていた。帝国だけでなく敵国である王国にも伝わっているとは、初めてアインズさんに勝った気がするぞ。当然、なぜこんな所に?と質問を投げかけるが対処する。

 

「モモンさんとは旧知の仲でございまして。エ・ランテルでブラブラしていたところ、今回の件は聞かせていただきました。我々も少なからず助力したい所存でございます」

 

 俺とアインズさんが座ると、組合長からテーブルの向こう側に座っている3人のミスリル級冒険者を紹介される。正直、どいつも張り合いがなさそうだ…無駄な時間だが付き合うことにしよう。紹介が終わり、組合長は招集した理由を説明する。

 

「その前に聞きたいんだが?」

 

 だがその矢先に、それを遮る者が現れた。さっき紹介された……イグヴァルジとかいう奴だっけ?

 

「そこの仮面のヤツは何者だ?オルタとかいったか?俺の記憶じゃ、アダマンタイト級の冒険者にそんなヤツは居なかったと思うが…何か功績でもあるなら教えてもらえないだろうか」

 

 敵意剥き出しで嫌味でも言うかのような聞き方に、アインザックは眉をひそめた。たった今話そうとしたところに割り込まれ、尚且つこのような物言いをされれば誰でも不快感を覚えるだろう。

 

「…それを踏まえて今話すところだ。それに事は一刻を争う事態なのだよ、邪魔をしないでもらえるか?」

「フン」

 

 その言葉でイグヴァルジは渋々黙った。顔にはあからさまに不満を張り付けたままだが。

 

「まず、先のアンデッド大量発生の件だが…これは、アンデッドを使役する秘密結社『ズーラーノーン』が起こしたものだということがわかった。モモン殿のチームが発見した霊廟、帝国内でオルタ殿が発見した隠し神殿、モモン殿の方に組織の構成員が記したと思われる手記の内容から確認が取れた」

 

 アインズさんが解決したアンデッド大量発生事件の事が説明される。が…

 

「たったそれだけか?」

 

 また話の腰を折る輩が出た。イグヴァルジだ。たった今注意を受けたばかりだというのに、何の躊躇いもなく話を止めた。この男の態度には、全員の額に青筋が立ち始めている。なんなんだこいつ、状況聞いて細かい段取りしないといけないってのに…。

 

「その話だと隠し神殿ってヤツを見つけただけじゃねえか、コイツらの功績とやらはよぉ。その程度の事でアダマンタイト級だと?ハッ!他の冒険者たちが知ったらさぞ不満に思うだろうなあ!」

 

 もはや礼儀も何もない。俺とアインズさんに対して遠回しに暴言を吐きまくっている。イラつくがここは我慢だ…。

 

「…次に。昨晩、この街付近の森で(アイアン)クラスの冒険者7人が吸血鬼と思しきモンスターに遭遇し、5人が殺害された。生き残りの話では、銀髪で大口という印象が残っていたそうだ」

 

『間違いなくシャルティアですね…』『えぇ…』

 

 強大なアンデッド、吸血鬼(ヴァンパイア)の出現。その出現した場所が、野盗が根城にしていた洞窟の近く。先の二件と言い、これを偶然として処理することが出来るだろうか。

 アインザックを含めた組合の上層部は考察する。ズーラーノーンは秘密裏に野盗の根城になっていた洞窟を利用し、その儀式によって生み出されたのが件の吸血鬼(ヴァンパイア)であると。

 

 そこで、墓地の事件で活躍したモモンのチームとジェスター、その他のミスリル級冒険者たちを調査に向かわせようというのが今回の召集の理由だ。まぁ今洞窟に行ったところで何もないし、シャルティアに在らぬ噂を立てられるのは後に厄介になる…ここで、アインズさんと考えた案を打ち出した。

 

「そのヴァンパイアとズーラーノーンとは関係がありません」

「何か知っているのかね?」

「そのヴァンパイアは"スカーレット"で間違いないでしょう。生き残りが見た特徴とも一致していますし、少々因縁があってかなり強い。我々が滅ぼしましょう」

「…自信があるのかね?」

 

 組合長が怪しげな視線を送るが、ここでアインズさんが第8位階の魔法が封じられている"魔封じの水晶"を取り出した。それに周りが驚いているが、イグヴァルジに関しては嘘だと否定していた。鑑定してもいいが、今は時間が惜しい。まぁ、俺達はそれ以上にいろんな対抗策を練っているが。

 

「…報酬は?」

「その話は後で構わない…但し、最低でもオリハルコンを約束してほしい」

「いちいち力を証明するのも面倒ですし。理想としては、討伐が我々で残りの3チームで街を防衛するのが良いかと…」

「成程…」

「勝手に決めつけるな!俺のチームも行く!!」

 

 ここで異議を唱える者が…またもやイグヴァルジだ。報酬を聞いた瞬間に立ち上がる。オリハルコン目当てでこちらに抜け駆けさせないつもりなのだろう。

 

「足手纏いはいらない」

「なっ…!お前らみたいな新参者を信用できるか!大体、その吸血鬼(ヴァンパイア)が本当に強いのかどうかも不明ではないか!!」

 

 身の丈に合わない討伐クエストに付いてくるとは三流だな、それ以前に付いて来させないが。

 

「止せイグヴァルジ!」

「さっきからその態度はないだろ!」

「イグヴァルジ君。オルタ君のいる"ジェスター"は死の騎士やスケリトル・ドラゴンを倒したと聞いている。私としては、ここは彼らに任せた方が…」

「黙れ!お前らの指図は受けねぇ!!」

 

 こいつもとんでもない馬鹿だな。仕方ない、最終通告をしておくか。

 

「イグヴァルジさん、その吸血鬼の強さは死の騎士…いやスケリトル・ドラゴン以上です。ついてきたら、確実に死にますよ?」

「お前のような餓鬼に心配される筋合いは無ぇ!!」

 

 結局、安全よりもプライドが勝ったようだ。この選択の結果がどのような事態を引き起こすのかを知らずに…。

 

 

「ん~~~っ!ん~~~!?」

「俺は確かに言ったぞ?ついてきたら確実に死ぬとな?」

 

 結局、イグヴァルジの冒険者チームはついてきてしまった。誰もシャルティアに殺されるとは一言も言っていないし。当然俺達は罠に嵌め、リーダー以外を惨殺。現在残ったイグヴァルジは体中を縛られ、雷撃の魔法を食らったおかげで喋らなくなっている。その犯人が…

 

「グルルルル…」

 

 レシラムの放った雷撃だ。うわぁ、久々の獲物なのかすげえ涎垂れてる…。まぁコイツに関しては俺は当然アインズさんにも暴言吐いていたしな、慈悲なんてこれっぽっちもない。

 

「そういや、肉食獣が獲物を食らう瞬間…近くで見ておきたいんだよな~」

 

 これからの、グロ耐性を得るためにな。

 

「俺の大事なペットの、最初の贄となってくれ」

 

 次の瞬間、肉と骨が貪られる音が響き、人間一人分の血の池が出来上がっていた…。

 

 

 

 

「シャルティア!」

 

処理を終え、シャルティアが佇んでいるところにアインズさんが声をかける。一方の彼女は、未だに俯いたままだ。

 

「アインズさん、これ…」

「何者かに精神支配を受けた…いや、命令が与えられぬまま置かれた…ってところでしょうか」

 

 アンデッドであるシャルティアが何故という疑問が残る。だが、彼女の周りにはどう見ても何かしらの戦闘の跡があった。精神支配はその後に受けたのだろう。

 

「これを使うのは少々勿体無いが…彼女の精神支配を手っ取り早く無効化するとしよう」

 

 そう言ってアインズさんが見せた物に俺は驚愕する。嵌めていた指輪、それは超超とつくレアアイテム"シューティングスター"だ…!超位魔法"ウィッシュアポーンスター"を3度まで使用することが出来るアイテム。第十位階を超えた究極の魔法、超位魔法。それを三度、持っている人物なんて俺でも聞いたことがない。

 

「よくそんな凄いアイテム手に入りましたねー…アインズさんって強運なんですか?」

「いえ…これを手に入れるために、夏のボーナス全部課金ガチャにぶちこんだんですよねー…」

「オォイ!?俺の感動を返してくださいよ!?」

 

 アインズさんを責めるのは後にしよう。この魔法、というよりスキルに近いものだ。MP消費がない代わりに、一日の使用回数制限があるゆえ発動にも時間がかかる。それにリキャストタイムは、課金アイテムですら短縮できない。だが、この指輪は魔法発動時間をゼロにする上に経験値消費もなしに発動できるアイテムなのだ。

 

「さぁ指輪よ!シャルティアにかけられた全ての効果を打ち消せ!!」

 

 彼はアイテムを使用すると、地面に現れていた魔法陣がガラスの破片のように散らばり消えていった。これは、無効化されたエフェクト…!

 

「(なんだと!?超位魔法が効かない!?)」

「アインズさん!」

「撤収だ!二人とも!!」

 

 アインズさんと転移魔法で脱出する。その先でレアアイテムが効かないことに慟哭する彼であったが、俺はそれ以上にありえない物を見たような感覚だった。

 

 超位魔法で敵わない力など、たった一つしか無い…まさか、この世界にあるというのか…!?

 

 ワールド・アイテムが…!

 

 

 

<ナザリック地下大墳墓 宝物殿>

 

 アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ

 

 かくて汝、全世界の栄光を我が物とし、

 

 暗き者は全て、汝より離れ去るだろう

 

 

 

「…中二な文ですね」

「言わないでください…」

 

 俺は咄嗟にそう思った。ここは、様々な宝ともいえるアイテムが保管されているエリア・宝物殿。ここに来た理由は当然、シャルティアに利用されたワールド・アイテムに対抗する、保管されているワールド・アイテムを取りに来た。

 

 道中、そこの守護者である「パンドラズ・アクター」のやり取りに少々困ったがな。アインズさんが作ったとされる宝物殿守護者。あの初期メンバーであるタブラ・スマラグディナさんに化けて来た時は驚いた。正体ははにわのような顔に軍服を着たNPCであったが、性格に難ありだ。後ろで見ていたアルベド・ユリ・シズは非常に残念そうな顔で見ていたからな…。

 

「ここは…」

 

 更に奥に進む。そこにはメンバーを象った像に、彼らが身に着けていたアイテムが飾られている通路に辿り着く。

 

「霊廟という名前といい、像といい、もしや…他の御方々はお亡くなりになられたのですか?」

 

 アルベドがそう言うが難しい質問だ。いや…引退した、この世界から消えたとなればそれは亡くなった事と同意義なのかもしれない。

 

「空白の席があるだろう?あそこに、私の像が置かれる予定なのだよ」

「その様な事は…言わないでください!最後にお残りになられた、慈悲深きアインズ様…ネモ様…どうか、いつまでも私どもの上に君臨して下さいますよう…心よりお願いいたします!どうか…」

 

 普段のアルベドとは思えない姿だった。その姿は、正真正銘このナザリックに絶対の忠誠を示す守護者統括そのもの。涙を流しながら、その行動に偽りなんてない。アインズさんは彼女を抱え、涙を拭いてあげる。

 

「聞いてくれ…シャルティアの精神を支配したワールド・アイテムの効果は絶対だ。それを防ぐには、こちらもワールドアイテムを所持する必要がある」

 

 シャルティアを救う手段はあるとアインズさんは言う。

 ワールド・アイテムの中でも、破格の効果を持つ20と呼ばれる20個のアイテムがある。だが20は強大な力であるが故に、1度使えば失われてしまう。

 

 そして、アインズさんはシャルティアと単騎で戦うつもりでいる。その為、生きて帰れるかは分からないからだ。

 

 理由は4つあった。

 

 1つは、アインズさんが主人としてふさわしいのか疑問に思ったから。2つ目は、罠である可能性。3つ目はシャルティアを確実に殺すから。

 シャルティアはこのナザリックの中でもトップに近い戦闘力を持つNPC。俺も当然、他の階層守護者…その統括であるアルベドすら、勝つことが難しいとされるからだ。数で攻めればいいが、それは最後の理由で却下される。

 

 そして最後の理由…。

 

 アインズさんは、純粋に…俺達が殺し合う姿を、見たくないからである…。

 

 

「ネモさん」

「…なんで……まさか、自分が帰ってこなかったらって言うつもりじゃないですよね?」

「…その時は…このナザリックの全てを、貴方にあげます」

「!?そんな事言わないでくださいよ!!」

「ネモさん…」

 

 俺はこの世界に来てから、初めて大声で叫んだような気がした。それも心の底からの叫びを。

 

「帰らないなんて言わないでください!アインズさんが居てくれたから、このナザリック地下大墳墓があった!俺なんてただ遊んでいただけで…貴方の陰ながら運営、努力に知らず乗せられたままで…俺は、何も…」

 

 俺はただ遊んでいただけなのだ。まだ、このナザリックに何の恩も返していない…。そう思っていると、アインズさんが俺の両肩を掴んだ。

 

「…今じゃなくていいんです、これから返していけば良いんです。現に貴方は、ナザリックの為に危険を冒して冒険者になって帝国の情報を集めているじゃないですか…」

 

 俺はアインズさんの言葉でハッとする。この人にとって自分がどれ程心配されているか。違う立場であるなら、俺もそう言っていただろう。この人の最大の本音であろう。

 

「分かりました…引き止めません。ただ、最後に約束してください…!必ずここに戻ってくると!」

「約束しよう。私はシャルティアを倒して、この地に再び戻る!」

 

 

「行ってしまったな…」

「はい…」

 

 シャルティアを倒すために必要なワールド・アイテム、そしてありったけの武器を持っていき…アインズさんはナザリック地下大墳墓を後にした。

 その後ろ姿はいつものローブの姿ではなく、茶色いボロボロのマントを羽織った姿を、俺とアルベド、ユリとシズは姿が見えなくなるまで見ていた。その後ろ姿を見ていると、悲しい…哀愁を感じてしまった。いや、こうしてはいられない…!

 

「さて、俺らも準備に入ろう…!アインズさんの勇姿を、見ておかないと…!」

 

 

 あの後、シャルティアは一時死んだが金貨を犠牲に復活させることができた。

 いくらなんでも階層守護者が死んでしまったら、皆も後味悪いだろうし復活で喜んでいた。彼女のしでかした事はアインズさんが静止する。話し終わった後、俺はシャルティアに目を向けた。膝をつき、彼女を同じ視線で語る。

 

「シャルティア…よく、戻ってきてくれた」

「ね、ネモ様!貴方様からご心配のお声など、勿体なきお言葉です…!」

「全くお前は、今まで自分が置かれていた状況を分かっていて言ってるの!?」

「覚えていないのですか?あの、守護者にあるまじき失態を!?」

「そ、そんなことを言われても~!」

 

 今回の件、シャルティアにワールド・アイテムを使用したものの正体は不明に終わった。彼女自身も、誰に操られていたのかハッキリと覚えていないらしい。そんな彼女に叱るのは筋違いというものだ。

 

「今回の件は、様々な情報を有しながら、そこまで思い至らなかった私こそが最も責められるべきだろう…。シャルティア、お前に罪はない」

「あ、ありがとうございます!」

 

 アインズさんがそう言い場を鎮める。これで、当分の目的がハッキリとしてきたな。こんなところで休んでいるのも、立ち止まるわけにもいかない…!

 

「ネモさん」

「なんでしょう、アインズさん?」

「私は少し甘かったのかもしれません。早急に、ナザリックの強化計画に入りたいのですが…協力してくれますか?」

「当然喜んで…!私たちがこの世界に来たように、シャルティアにワールドアイテムを使った者とは、どこかで必ずぶつかるでしょう。その時は…

 

 

 

 ギィン!!

 

 

 この借りを、必ず返します…!」

 

 

 俺は、桜色の目を見開くのであった。



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新天地ナザリック編
新しい生活


4期…終わっちまったよおおおおお!!!!!

遅くなってすみません。
しかし、アニメを見たおかげで大分構想が纏められました。
今回から新章に入ります。そして、あのポケモンが登場です。どうぞ。


ナザリック地下大墳墓―とある自室―

 

「……ん、もう朝?」

 

 ナザリック地下大墳墓統括補佐であるネモ、その未来の嫁であるアルシェの朝が訪れる。

 

 まず、彼は体を起こし、声を上げながら背伸びをする。人間であった頃の名残なのか、訓練や長時間の飛行をしていると何となく体のあちこちが凝ったような気がしてならない。

 部屋に設置された外の風景を映し出すアイテムを見て心を落ち着かせる。ナザリックは基本地下である為、彼女の為に時間の間隔を狂わせることなくしている。

 

 部屋の一画に設けたキッチンに行き、とある粉をコップへ適量に入れ、電子ポッドのスイッチを入れる。次にスクランブルエッグ等の洋風朝食を簡単に作り盛り付ける。料理スキルを持っている彼からしてみれば、ものの数分の出来事であった。

 

 

「さて…」

 

 テーブルにカップを置き、その足で部屋の奥の扉に向かう。扉をノックし、その中にいる人物に呼び掛ける。

 

「アルシェ、起きているか?朝食だぞ?」

 

 すると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。扉は開き、その隙間からぬっと顔が覗いた。

 

「はい、今行きます」

 

 そう言って彼女、アルシェが部屋から出てきた。寝間着姿ではあるが、今は部屋には2人以外に人はいない。どんな格好でも問題はないだろう。一緒にテーブルに座り、淹れた飲み物と洋風な朝食を召し上がる。

 

「…すっかり、それにハマったな」

「はい、この甘い香り…芳醇な風味の中にある上品なミルクがとっても美味しいの。これが"かふぇおれ"という飲み物なのですね」

 

 彼女はここに来てから、ネモが愛用しているミルクカフェオレの味の虜になっていた。自分で大袈裟と言ってなんだが、確かにこれ程の上等なものは現実では味わったことがないかもしれない。カフェオレに限ったことではないが、ナザリックの食べ物もこの異世界の食べ物も非常に美味しい。何よりもまず新鮮さが違うのだ。

 

「今日は、午前中は書類整理…午後はコキュートスとの訓練の続きとアウラとの手伝い…夜にはペストーニャからのメンタルケアか」

 

 テーブルの端に置いておいた手帳に手を伸ばす。この手帳には、今後の予定などが書き込んである。

 

 彼女にはまだこのナザリックで覚えることが多い為、人の身と言えど慣れるまで暫くは無理のない生活をさせようとアインズさんと一緒に考えた。少しすれば、食堂などでメイドたちと一緒に食事をしたり、転移魔法を覚えたらルプスレギナと同じカルネ村の護衛任務に就かせたいと思っている。

 

「さて、まだ少し早いが、書類の整理を終わらせるか」

「わかりました、私もすぐに準備します」

 

 

ナザリック地下大墳墓 訓練所

 

「ソレデハ、始メルゾ!」

「はい!お願いします!!」

 

 午前の書類整理が終わり、現在私はコキュートス様から戦いを教わっている。装備を変え、コキュートス様から頂いた首輪をつけ召喚された敵を不器用ながらも…

 

グラディウス(剣よ)!」

 

 レベルアップ時に発現させた剣の魔法"グラディウス"をモノにして、敵を串刺しにしていた。ただ光の剣を発動させるだけでなく、戦いながら剣に二重魔法(ツイン・マジック)を仕掛けて追撃・効果ダメージを与えたり、動きをコントロールして自身の防衛など試行錯誤しながら撃破していく。頂いた首輪の効果で能力が大きく下がった感覚になるが、自分がどんどん強くなっていくという感覚は確実に感じていた。

 

 教えてくれているコキュートス様も、私が強くなっていくのが良いのか心なしか喜んでいるように見える。どうやら"すてーたす"での数値が2倍以上に上がったらしいとのこと。

 ナザリックの皆さんは人は何かしらの達成感を味わった後、疲れるどころか逆に力が漲ってくると思っているらしい。れべるあっぷをするのは"えいちぴー"が全回復する…と誰かが言っていたらしいが、理解するのは先になるだろうと訓練場を後にするアルシェ。次に彼女が向かったのは…

 

ナザリック地下大墳墓 ―第6階層・大森林―

 

「私たちの階層へようこそ!」

 

 ネモ様の部下であるダークエルフのアウラ様が、私をもてなしてくれた。

 温度・湿度ともに過ごしやすい空気で、緑の香りと酸素濃度を濃く感じる場所。ナザリック最大の敷地面積を誇り、大半を鬱蒼と茂る木々が支配している樹海ともいうべき所だ。

 

 侵入者を迎撃する闘技場や蠱毒の大穴、歪みの木々、塩の樹林、木々にのまれた村跡、底なし沼地帯、移住者の為に造られた村などが存在する。村の北には湖もある。

 

 空はあるが不可視の壁があり、それ以上先にいけないようになっている。時間と共に太陽が上り昼夜すらある。

 

 地中だというのに、この広さは圧巻であるとアルシェは思った。

 恐らく帝国の名のある職人でもこの空間を作ることは、一生かかってもできないだろう。魔術を組み合わせれば何とか出来るかもしれないが、それを考えただけでも相当な年月とコストが不可欠だ。

 

「そういえば、アルシェの住んでいた帝国って魔獣いるの?」

「えっ?」

 

 ココでの仕事は、魔獣の世話だった。

 アウラ様の魔獣は、はっきり一言でいえば見たことのない生物ばかりだ。自分は学生時にかなり勉強して、魔獣の事は詳しいつもりであったはずだが、この空間と言い全部が未知だ。しかしそれ以上に、愉しみが出来上がっていた。

 

「えーっと、魔獣と言っても…上級兵士が所有している鷲獅子(グリフォン)位、ですかね?」

「なーんだ、(ドラゴン)くらいはいるかと思ったのに…」

「えぇ!(ドラゴン)ですか!?」

 

  自分のような人間とは違う、他種族との会話。これも立派な愉しみだ。アウラ様にもどうやら兄弟がいるらしい。それを踏まえ、接し方や話しやすさもネモ様は部下を吟味したのであろう。

 

 それにしても…先程から毛繕いしているアウラ様の魔獣は、とても落ち着いているように見えた。大型の黒い狼なのだが、嫌がる様子はない。

 アウラ様の魔獣の中では大人しいらしいが、ここまで大人しくするのは珍しいと言ってくれた。それは大げさだ。アウラ様がいなくなったら私は魔獣の餌食だ。

 

「ん?」

 

 突如、冷たい風が横切った感覚に陥った…。

 そして、風が過ぎ去った方向を見ると…。

 

「!!」

 

それは、いた。

 

 四肢のある犬のような体躯だが、大きさは犬というより馬に近い。額に飾られた青に透き通る六角の水晶、風になびく長くうねった紫のたてがみ、リボンに似た白い飾り毛、全身を覆う水色の体毛は太陽の力だけではない輝きを発し、優美さと神々しさを垂れ流している。まさかこの目で見られるとは信じがたい魔獣に、アルシェは吐息をもらす。

 

「あれ、"スイクン"いつの間に階層に来てたんだ?」

「"スイクン"? あれが、魔獣の名前ですか?」

「あぁ、ネモ様の魔獣だよ。ネモ様以外に懐かないんだ……アルシェ?」

「……」

 

 これは私の所感だが……あれは、魔獣ではなく神獣ではないのか?

 

 一見するだけでわかる。自分とは余りにもかけ離れた存在。異なる存在だというのに、目を奪われる。崇められる存在、ただ在るだけで美しい…

 

「!」

 

 ふと、あの神獣の赤い目が合った。

 その威圧的な目に思わず息を呑むが、次の瞬間には岩場から消えていた。まるで風のように去っていったのであった…。




スイクンの美しさは世界一!異論は認めます。


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調査のトラブル

遅くなってすみません。
仕事の都合上、なぜか残業が多くなりまともに投稿が難しくなりました。
今週はより多く投稿できると思います。でわどうぞ。


光ある所に、影はある…それは常に表裏一体。

 

 俺とアインズさんは王国で潜入捜査をしているセバスから、ある情報に興味がわいた。何でも、王都には闇の組織というものが蠢いているらしい…その組織の名は"八本指"。名前のセンスは兎も角、ぶっちゃけ王国の裏で暗躍している犯罪組織だ。殺人・誘拐・危険物扱い…と、王国で定められている法に殆ど触れている。

 

「王国の至る所で聞くな、それほどまでに大きいとは…」

「帝国でも噂は聞きますね」

「アインズさん、冒険者モモンとして潜入してますからね。この組織、どう思う?デミウルゴス」

「ネモ様がおっしゃる通り、利用価値は十分にあります。セバスの報告からよりますと、王国の貴族の何人かは利用しているんだとか」

 

 俺はその言葉に呆れる。どこまで腐っているんだ王国は…そういう奴らを利用して、見返りに多額の報酬を払ってここまで巨大化させてしまったのだろう。最終的には王国の乗っ取りを計画しているだろうが、俺たちはこの組織を上手く利用する事を思いついた。ファンタジーゲームでもこういう裏組織は定説である。その組織しか知らない情報やルートは貴重であり、うまくいけば王城の貴族達を出し抜けるかもしれないからだ。

 

 帝国の協力者と情報を照らし合わせ、アインズさんの指示通り、早速行動を開始する。先ずは彼らの資金源の一つである"ライラの粉末"と呼ばれる曰く麻薬を調達することにした。

 

「麻薬ですか…そんなものが村に…」

 

 飛行(フライ)の魔法で飛びながら、アルシェが信じられない顔で言う。現実に麻薬など吸ったことはないのだが、危険物として指定されている程の薬であるならば利用しない手はない。薬の成分を調べるのに実験、金と交換できる取引材料としてうってつけだ。協力者の情報通り、麻薬の管理が任されていると思わしい村に赴くが…。

 

「これは、煙の臭い…!」

「アルシェ、お前はここで待機していろ…!」

 

 今は夜中だというのに、村がある方角には夕暮れのように空が赤く、尚且つ鼻に焦げ臭く臭った。嫌な予感がする。俺は彼女にそう言い、速度を上げる。

 

 予感は的中してしまった。

 麻薬を栽培しているであろう畑の至る所が燃え広がっていた。広大だったゆえか、火の勢いが凄まじく隣接している村まで襲いかねない状況であった。誰がこんなことを!組織の証拠潰しか、もしくは王国の工作員の仕業か?なんにしても、麻薬が採取できないのは残念だ。引き返して…

 

「殺気…!」

 

 俺は振り返る。目の前に何かが飛んできており、それをつかみ取る。これは…クナイか?しかも2本も。

 

「隠れているつもりか!」

 

 俺はとある場所に投げ返す。すると、避ける動作だったのか草むらから一人の少女が飛び出した。忍者のような格好だが…それに、首から冒険者の証であるプレートがぶら下がっている…!こいつら冒険者か!まさか、火を放ったのは…!

 

「!そこにもか!」

 

 気配を感じ、俺はもう一つのクナイを別の場所に投げる。すると、同じような姿の少女が出てきた。まさか分身か?いや、人間の生命二人分だ。しかも、冒険者プレートが最上級の"アダマンタイト"とは…!

 

「鬼ボス、魔物を発見した」

「援護を求めたい」

 

 ここでこの姿を冒険者に見られたのは痛い。するとすぐに、魔剣を持った少女と巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を持った大女が現れる。同じプレートをぶら下げている所を見ると、チームで動いているアダマンタイト級冒険者で間違いないだろう。

 

「こいつは何だ?天使?こんな奴見たことが無ぇ…!」

「いや、私の直感だが…天使がこんな禍々しい気を発しているとは思えない、悪魔か!」

 

 後から来た女性二人が俺をそう評価する。いいえ、俺は堕天使です。まあ悪魔の類かもしれないが…

 

 

「1、2、3、4……"5"人か」

「!?」

 

 この場に居る冒険者は4名だが、俺は5人と答えたことに冒険者たちは驚いていた。不可知化をかけている魔法詠唱者もいるとは…他の奴ら、ポーカーフェイスくらいしろよとアドバイスしたい気持ちをグッと抑える。

 

「そこにいるんだろ、俺の目はごまかせないぞ?」

 

 俺はそこにいるであろう、不可知化している敵の魔法詠唱者に指さす。

 

 

蒼の薔薇 イビルアイ

 

「(コイツは一体何者だ…!?私の不可知化を見抜いている!魔力も桁違いだ!)」

 

 蒼の薔薇のエース・イビルアイの体に今まで経験していたことの無い感覚が走る。彼女が生きていた二百五十年という人間種には考えられない悠久の時間。その中でも、経験したことのない感覚を体が感じていた。

 この場に現れた、宙に浮いている翼を持った男…。今まで出会った魔物の中でリグリット以来の強敵だと、体が警報を発している。まさか、八本指が雇った魔物なのだろうか?

 

「さて…アダマンタイト級冒険者がこんなところで何をしている?まさか、同じ人間であろう冒険者が村の人間を殺戮しているのか?」

 

 男が言う。

 確かに村を焼いたのは我々だが、この村に栽培されている麻薬を消すためだ。それに、犯罪組織に手を貸しているこの村やそこの人々も同罪だ。

 

「そういう貴方こそ何者なの?魔物なのに随分と頭が回っている…まさか、八本指の手の者なの?」

「…八本指?なんだそのセンスの欠片もない組織名は、そんな下等な奴らに雇われた覚えなどない」

「信用できないわね。何者かは知らないけど、見過ごすわけにはいかないわ…!皆いい?」

「はいよ!魔物じゃなかったらいい男なのによ、ここでアタイらと出会った事を後悔するんだな」

「油断するな!こいつは手ごわいぞ!」

 

 私は仲間に注意を発しながら構える。

 

「はっ!誰が好き好んでガタイ良すぎな人間BBA(ババァ)と付き合うかよ。年齢は兎も角姿はどうにかならなかったのか?ひょっとして独り身か?いや、人間の寿命でそれだと婚期遅れ…いやもう既にいろんな意味で手遅れだな」

 

 

「テメェ殺す!!!」

「ちょガガーラン!?」

 

 挑発に簡単に乗ったガガーランと呼ばれた大女は、刺突戦鎚(ウォーピック)を振り上げ襲い掛かる。しかし、男は避ける素振りもなくそのまま攻撃を食らった。

 

「「「「!?」」」」

「全く、すぐに手を出すところで更に減点だな」

 

 いや違う、受け止めたのだ。しかもそのまま素手でだ。男の顔は余裕の表情で決して無理をしているように見えず、そのままガガーランを元居た場所まで押しのける。その仕草にこの場にいる全員がこの悪魔の警戒度を跳ね上げた。

 

 

村跡地 ネモ

 

 いきなり突っ込んできた筋肉モリモリマッチョマンの変態女を引き離し、戦闘態勢に入る。全員のステータスを確認したが、本当にアダマンタイト級冒険者なのだろうか?と疑わしいというのが本音だ。

 仮面をつけた少女がとびっきりなのだが、それ以外がてんで弱そうに見える。ここで忍者姉妹が印のような仕草を見せた。すると、同じ分身体を繰り出す…ってそれぞれ1体ずつかよ!

 

「数のアドバンテージをつけるなんて無駄だぞ?」

 

 俺はスキルを発動して分身体を複数生み出した。しかも数は3倍ほどでレベルもこちらが上だ。

 

「馬鹿な!分身だと!?」

「こいつ…私たちと同じスキルを!?」

 

 印については完全なオマケなのだが、向こうのように印の真似事をしたことで更に忍者たちは混乱した。

 

「暫く戯れていろ」

「「くっ!」」

 

 分身体に命令を出し、まずは忍者姉妹を強制的に引き離しにかかる。残敵3。

 

「イビルアイ!魔法で援護しろ!」

 

 先程の変態女がもう一度、刺突戦鎚(ウォーピック)を構えながら向かってくる。俺は背後にいる二人にも警戒しながら構える。能力はこちらが上であるが、チーム戦で仕掛けてくるとなれば連携でそれを上回る可能性があるからだ。

 

「本当になかなかやるな。魔物なのに剣の技量が熟成されている感が半端ないぜ、お前…!」

「逆に問おう。お前こそ、本当にアダマンタイトか?力任せに刺突戦鎚(ウォーピック)を振り回すだけ…モンスター以下のゴリラ程しか脳みそがないのか?」

 

水晶短剣(クリスタル・ダガー)!」

浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!」

 

 ガガーランと呼ばれる大女の刺突戦鎚(ウォーピック)、自分の刀との鍔迫り合い。体格差と武器の大きさはガガーランが上だというのに、そのアドバンテージをものともしていない事に驚くガガーラン。そして警戒通り、後ろにいる二名が遠距離魔法と範囲武器で攻撃してきた。おぉ、あれはあんなファンネルのような武器なのか…!今度俺の翼とオルタでも同じような事をしてみようかな!

 

 目の前のコイツを盾にしようかと考えたが、回避よりも体格差で僅かに時間がかかってしまう。一歩後方へジャンプすると、先程いた場所には水晶と短剣が突き刺さっていた。それだけでなく、こちらが回避して油断している思い込んだガガーランが回り込んで刺突戦鎚(ウォーピック)を振り上げていた。

 

「もらった!…!?」

 

 回避動作が間に合わず、確実に圧し潰せると思ったのだろう。しかし、スキルを発動させたことによって刺突戦鎚(ウォーピック)の攻撃をすり抜ける。ガガーランは目の前の光景と手ごたえがない感覚に驚愕した。それが勝敗を決する隙になった。

 

「今度はこっちだ…!」 

 

ドゴォ!!

 

「グホォッッ!?!?」

 

 僅かな隙を見逃さず、俺は刺突戦鎚(ウォーピック)を振り下げ無防備の腹に勢いよく右足を蹴り上げる。鎧を貫通し内臓までダメージが浸透するほど威力のある蹴りに、ガガーランはまるでピンボールの玉のように吹き飛び、大木に何本も激突して戦闘不能(リタイア)に追い込まれてしまった。

 

「ガガーラン!」

「残り2」

 

 勢いよく吹き飛ばされたガガーランに二人は驚くが、すぐさま戦闘態勢に戻る。

 

「くそっ!ドラゴン・ライトニング!」

 

 イビルアイの右手から、地を這う蛇の如く雷撃が波打ちながらネモに迫る。だが、それは彼に当たるどころかすり抜けたのだ。

 

「(私の魔法を無効化しただと?!)」

「さて、これ以上長引くと面倒だから…まずお前から眠らせてもらうぜ」

「なっ!?」

 

 攻撃がすり抜けたことに驚くイビルアイだがそれも束の間、いつの間にか何も見えない暗闇に立っていた。自分が踏んでいる草も村の炎も見えず、煙など臭いさえも感じない。

 

「なんだこれは!幻術か?いつの間に…ここは一体…!?」

 

 すると、暗闇の中から巨大な紫色の巨人の手が現れ、成す術もなく捕らわれる。吸血鬼である自分には、人間と比べバッドステータスにはある程度の耐性があるのだが…この攻撃はそんな程度のものではなかった。そして、最後に見えたのは……三つ又に見える"眼"。

 

「(ぐっ!ダメだ…抵抗できない…力、が…抜け………)」

 

「イビルアイ!?」

 

 現実世界にいるラキュースには、突然倒れたイビルアイに何があったのか理解できなかった。ガガーランが吹き飛ばされて彼と対面した瞬間に、その数秒に何もなかったはず。

 

「さて、忍者姉妹も終わったし…残りはアンタだけだぜリーダーさんよ?」

 

 リーダーらしき女性が魔剣を構える。神器級には遠く及ばないが、あのイビルアイと呼ばれた仮面の少女に匹敵する高価さを感じる。分身体からも忍者姉妹を戦闘不能に追い込んだと連絡が入った。

 

「くっ…!確かに今宵はお前の力が最も高まる時…!貴様の肉体を支配し魔剣の力を解放してやる!」

 

………ん?

 

「無限の闇を凝縮し生み出された最強の暗黒剣よ、私の命を削ってでもいい!我に加護を!」

 

 魔剣を構えながら、何やら剣に対して何かを言っている…。一応警戒するが、あの魔剣にこの場が様変わりするような力は持っていない。前口上かもしれないが…なんだろう、すごく恥ずかしいようにも感じる。

 

「なぁ…戦う前に、敵である俺が言うのもなんだが…」

「な、なんだ!?」

「その前口上……いい年して、言うの恥ずかしくないか?」

「貴様には関係ないだろ!!」

「まあいい、兎に角お前たちは俺を嘗めすぎだ」

 

 ドォン!!!!!

 

 その場で地響きが発生する。

 なんてことはない。ネモの後ろに、何か、巨大なものが落ちてきたのだ。村が焼かれた炎を影に、それは現れた。

 

 ラキュースはそれを見た瞬間に、勝てるはずがないと直感した。

 その魔物は人にとっては天災の領域。今までならチームで何とか撃破することは可能であろうモンスター。しかし、今や味方は彼女自身だけ…。

 

「なっ! ど、ドラ…ゴ…っ!!」

 

 目線を合わせた瞬間、ラキュースはいとも簡単に気を失ったのであった。

 

 

 

 

 

「すいませんアインズさん、麻薬の入手に失敗しました」

 

 蒼の薔薇との戦闘も終え、俺は伝言にてアインズさんと連絡を取る。リーダーであるラキュースとの戦闘はあっという間だった。

 

『どうかしたんですか?』

「栽培していたとされる畑が、隣接している村ごと焼き払われました。放火犯は、あの王国のアダマンタイト級冒険者チーム"蒼の薔薇"でしたよ。俺の姿もバレました」

『えぇ!?…と、その様子だと無事なようですね、どうでしたか彼らの実力は?』

「張りぼてもハリボテですよ。エースも含めて階層守護者どころか、中堅モンスターにも歯が立ちませんよ…彼らの能力をデータ送っておきますので、確認お願いします。重ねて、麻薬が手に入らなかったこと申し訳ありませんでした」

『いえいえ、麻薬と同等かそれ以上の情報ですよ。いずれにしても、彼らとはいつかぶつかり合うかもしれませんし…何よりご無事でよかったです。お疲れ様でした』

「ありがとうございます…とまあ、こちらも喧嘩吹っ掛けられましたし、手土産(・・・)仕込み(・・・)を済ませてからナザリックに戻ります」

『わかりました、道中もお気をつけて』

 

 アインズさんと伝言を終え、俺は早速作業に入る。RPGゲームならではの剥ぎ取り作業だ。

 

「もう無茶をするんですから…」

 

 合流したアルシェが呆れながらそう言う。今回出番がなかった事に拗ねているようだが、彼女に冒険者と戦わせるのは本望ではないと思った事と危険なことに巻き込ませたくない思いで手打ちとした。

 さて、手土産はどれが良いのだろうか。武器としてはラキュースが持っていた魔剣がうってつけなのだが、彼らの名声までも奪うわけにはいかない。

 

「これとか、どうだろうか?」

 

 俺はそう言って、イビルアイの仮面を指さす。仮面をしているという事は、俺と一緒で顔を隠さないと不味い事情があるのだろう。せっかくだ、今後蒼の薔薇を操りやすくするための弱みを今のうちに握っておこう。それでは失礼して…とアルシェが仮面を取り外す。

 

「子供!?」

 

 アルシェはイビルアイの素顔に驚く。その顔立ちは明らかに美形だが、異形種の少女であることに違いない。さて、撤収する前に仕込み(・・・)を終わらせないとな…俺はニヤリと笑いながらあるアイテム(・・・・)人数分(・・・)取り出す。

 このアイテム(・・・・)は、恐らくこの世界に無いユグドラシル産だ。もしばら撒けば、何処かにいるかもしれない同じプレイヤーに見つかるのも時間の問題だろう。だが、そんなことは絶対にないと言い切れる。

 

 なんせ、このアイテム(・・・・)真意(・・)を知れば…絶対に破壊する怒り、破壊せざるを得ない思いが沸き上がると確信しているからだ。そうほくそ笑みながらアイテムを被せ、俺達はその場を後にするのであった…。




今回から2期編に入ります。
今週は成るべく多く投稿します。


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れべるあっぷ・吸血編

今回は短めです。どうぞ。


「更なるれべるあっぷ…?」

「実は…言おうか言わないか迷っていたんだ…」

 

 吸血…血を吸った相手を自分の眷属、部下にすることができるスキル。例えると、シャルティアはこのスキルで最大10体まで吸血鬼(ヴァンパイア)にすることが可能だ。

 

 種族レベルとは、亜人種や異形種が持つ種族としてのレベルのことである。職業レベルと同じく最大値は15・10・5までレベルが上昇する仕様だ。

 人間・エルフ・ドワーフなどの「人間種」はこのレベルを持っていない。ユグドラシルでは上位種族も合わせて合計700種類の種族が存在する。ゲームでは途中から全く別の種族に変更することは可能だが、アイテムなど幾つもの条件をクリアする必要がある。ただし、変更後に元に戻ることは不可能だ。

 

 ユグドラシル時代の育成は種族レベルを上げて能力値を伸ばすよりも、様々な職業を取って多くのスキルを覚えたほうが使い勝手が良いので、強いキャラを作るなら種族レベルを一切上げないというのがプレイヤーたちの定説であった。

 

 しかし、だからといってレベル1のままでいいのかと言われればそうとも言い切れない。

 同種族とのPVPであるならば高い方が幾らか有利が取れるし、上級者であればあるほどその種族に特化したプレイヤーが多い傾向だった。後は彼女がそれに応じるかだが…

 

「元より私はネモ様に救われました。それに、私を強くさせて貰えるだけでなく、妹達を守ってくれたことに感謝しかありません。ネモ様がご命令するならば、この身を差し出す所存です」

 

…そういうことか。

 アルシェをナザリックの仲間とした時、彼女の心は俺にゾッコンだったのだ。

 彼女としての願いは妹達の幸せを願っている。恋は盲目…とまではいかないが、部下に感化された影響か。いずれにしても、今後について悪影響を及ぼすかもしれない。

 

 それともう一つ、隠されている不確かな事実を解決しなければならない。

 

 それは、アルシェ自身の身体についてだ。

 

 あの忌まわしき親から縁談と称して娼婦紛いの事をしているのは周知の事実。その話が持ち込まれる数日前から、親に飲めと言われる薄気味悪い紫色の飲料を手渡されていたらしい。

 もしそうであるなら…貴族の娘が、結婚をしていないのに子供を宿すなんてあるまじきことだ。そういった事態を回避するための手段だったとしたら、尚更怒りが沸き上がるというもの。

 

 彼女の復讐は終わっていない。

 このナザリックに入ってから、自分の思うままの生活は出来ている。

 しかし…彼女には拭えない過去があるのだ。それを断ち切るためには、少しでも彼女の心を癒すためには…

 

「アルシェよ。勘違いしないで言っておくが、何でもかんでも私の命令に従えばいいというわけではない。この方法を使えば、もう二度と人間には戻れなくなるぞ?」

「それでも、構いません。」

 

 彼女の意思は、予想以上に硬かった。

 守護者にも匹敵する忠誠心。

 

「…分かった。時間は取らせない、すぐに済む。」

 

 スキル発動は超簡単だ。ただ、相手を噛むだけ。しかし…

 

「~~~~~~~~っ!!!!」

 

 あれほど硬かった忠誠心が、今でも泣き出しそうな顔を見せてくるアルシェ。

 それは主であるネモも同じ反応であった。異性同士、緊張しないというのがおかしい。こんな時、アインズさんの鎮静効果がどれ程羨ましかったと思った事か…。

 

 いや、人間から異種族に変化に対する恐怖かもしれない。一回きりの人生、その選択が正解か不正解なんて誰も分かるわけではない。

 

「アルシェ、お前の人生は俺が保証する」

「っ!……は、はぃ………」

 

ええいままよ!

 

「っ!」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ痛みを感じたがそれだけであった。

 

「終わったぞ」

 

 この瞬間、一人の人間が異種族を転生を決めたのであった。




次回、レシラムとのイチャちょいエロ。


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れべるあっぷ・じゃれあい編

深夜テンションで書きました。どうぞ。


私は、このアルシェ・クリムゾンは人生最難関の任務に就こうとしていた。

 

「レシラムの面倒を見てほしい」

 

 

事は数時間前に遡る…。

 

 人間から異種族へと転生した私は、更なるれべるあっぷもとい強くなるために課題を課せられていた。今の自分は堕天使見習いであり、マジックキャスター兼ビーストテイマー…肩書だけならばどこに行っても注目されるかもしれない。

 

 今育てているこの子たちも、れべるが20後半まで成長しているらしい。

 このれべるという数字を標準とすることで、自分の目標を立てやすくすることができた。今日も今日とて第6階層で世話をしているが、そこに…

 

「シズ、そろそろ離れてくれると助かるんだけど…」

「…これは、失礼しました、アウラ様」

 

 アウラ様とは別の珍客が来ていた。

 シズ・デルタさんは、ナザリック地下大墳墓における6人の戦闘メイド「プレアデス」の一人である。

 

 他のプレアデスのメンバー同様、私よりも非常に整った顔立ちをした美女。しかし、一方で能面のような作り物の様な印象を持たせる。冷たい輝きが宿った翠玉(エメラルド)とも呼ばれるシズの瞳は片側のみであり、左目はアイパッチで覆われている。長いストレート髪はストロベリーブロンドの色をしている。

 

 アウラ様曰く可愛い物が好きでよく第六階層に行き、スピアニードルや気に入った魔獣のもこもこの毛を味わいに来ているのだ。

 

「シズさん、こんにちは」

「アルシェ様…こんにちは…」

 

 そんなこんなで、アルシェとも知り合い物静かな挨拶を交わす。

 このような形で3人は自然に親しくなり、今ではちょっとしたクラブのような空間が出来上がっていた。思えば、シズさんの動物好きにはネモ様も気づいており、近々魔獣の褒美を賜すとか。それを全力で拒否したいシズさんであったが、上司の贈物を拒むのは失礼だと私がアドバイスをして受け取る約束をしたとのことだ。

 

 少し前にやって来たハムスケさんに戦士の属性をつけれるかどうかの実験をするように、シズさんにもビーストテイマーの適性があるのではないかと育成を計画中だとか。

 シズさんが聞いた話では、カルネ村のエンリ姉妹にも魔獣をプレゼントをする準備をしているらしい。本当にあの人の考えている事は、自分の遥か上をいっている。

 

 それから、ドスン…ドスン、と大きな足音が聞こえてきた。それは…私の少し先に立っている。

 

 レシラム様は最初の頃に出会った時は、自然界の頂点に立つ風格で委縮してしまった。

 しかし、いつまでも怯えているわけにはいかない。この世界にはドラゴン、それよりも神に近い生物が存在しているのだ。その一端に既に出会っているアルシェにとって耐性をつけなければならない。

 

 身体全体が白い羽毛に覆われており、鳥型のドラゴンのような姿をしている。

 顔つきはドラゴンのような爬虫類だが、ほ乳類並みの毛並み。首や尻尾に金輪のような装飾が付いており、尻尾が松明のように広がっている。

 

 ネモ様のお話によると、人間の意思を見極めて主を選ぶ魔獣であるとのこと。真実を求め善の世界を築く者に力を貸すが、善の心を持たない者は容赦なく焼きつくすと言われている。

 神話では、人間が真実を蔑ろにし欲にまみれると炎で国ごと滅ぼしたとか…。

 

「………。」

 

 そんなレシラム様は、その星ともいえる奇麗な蒼い瞳でこちらを見ている。

 そして、徐々にこちらにその大きい顔を近づけてきた。

 

「「「!」」」

「………。」

 

 ドラゴンの気持ちも、言葉も自分にはわからない。

 評議国には言葉を話すドラゴンがいるらしいが、目の前のレシラム様はどちらかというなら魔獣の類だ。

 

 スンスン、と私の服に鼻を当てて何やら匂いを嗅いでいるように見える。トロンと目を閉じ、それを楽しむかのように身体のあちこちを隅から隅まで…

 しかし、私はそれで何をすればいいのかわからなかった。種族が違う恐怖で動かなかったと言ったほうが正しい。自分が育てている魔獣より大きい存在に…

 

 ペロッ…

 

「ッ!」

 

 あろうことか、今度は唐突にその舌で舐められた…。

 これはどういうことか?まだ出会って数日程度だというのに、ここまで懷かれることなんてありえるのだろうか。

 

「グルルルル……」

「あっ…あっ…」

 

 これが、ドラゴンの撫で声みたいなものなのか。それとも、このレシラム様の性格なのかもしれない。恐れられている種族だが実は友好な性格なのではないか、と私は思った。

 それとも魔獣の習性なのか。私の衣服をどかすように鼻を動かし、身体の周りを舐めてくる。時折、自分の顔を擦りつけるようにしてくる。もしかして…主として認めるための動物の習わしなのか。

 

「すごいね、もう懐かれているよ!アルシェはやっぱ才能があるね!」

「はい、流石は至高の御方に見定められた…」

 

 この光景を見た二人は、至高の御方に選ばれて当然の逸材だと納得していた。

 だが私にとっては少し恥ずかしい光景だ。ここで下手をしたら、レシラム様の機嫌を損ないかねない…だが次の瞬間。

 

 カプッ

 

「「!?」」

「………えっ?」

 

 目の前が真っ暗に。しかも、生ものの臭いが………って。

 

「えぇぇええっぇぇぇえええええ!?!?!?!?」

 

 私が瞬きする間だった。唐突にレシラム様が口を開けて、私の身体をスッポリと覆いかぶさった。

 

「ちょっ!食べないで!アウラ様、シズさん!助け…!」

 

 傍から見れば捕食者が獲物を食している光景だろう。現にアルシェの姿は、口先から出ている足部分しか見えていない。非常事態であると判断したシズだったが…

 

「アウラ様…!」

「あぁ大丈夫。あれは、"加護"を与えているようなものだから…」

「えっ!?」

 

 捕食されていると思われている光景だが、実はこれレシラムから"加護"を受けているだけなのである。

 アウラの所有している魔獣も、加護があるどうか分からないがこういうアグレッシブなスキンシップをしてくる魔獣もいるとかいないとか。

 

 逃げ場が全くない口内に目の前に迫っている大きな舌、頭上から降ってくる無数の涎にアルシェは四苦八苦した。獲物になってしまった恐怖と唐突のパニックに、満足に暴れることもできない。

 しかし、レシラムがアルシェを捕食しない事は確かだろう。自身の歯に当たらせないよう、飴玉を砕かせないよう丁寧に舌を使いアルシェを(あそ)んでいた。

 

 やがて落ち着いたのか、スポッと口内から解放されるアルシェ。

 涎だらけでパニックによりドッと疲れた彼女に、レシラムは近くで満足したように鼻息を吹き返し去っていった。ドラゴンを操るなんて夢のまた夢、とアルシェは空を見上げるのであった…。




【急募!】ンフィーレアの相棒になりそうなポケモン大募集。

エンリ姉妹とシズにあげるポケモンは決めています。
ヒントは、どちらも炎タイプです。しばしお待ちを。


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王国調査

お気に入り500件、圧倒的感謝です!!


とある酒場

 

「こんな屈辱を受けたのは初めてだ!」

 

 クライムはただ王女様から命令を受けて二人に報告に向かっただけだというのに、いきなりの怒号を浴びせられた。イビルアイ様が酒場の天井に向かって叫び、そしてテーブルに拳を強く叩いた。そのままならテーブルごと壊しかねない勢いで…。

 

「よお坊主、元気そうで何よりだな」

「い、一体何があったんですか…?」

 

 いつもなら強気なガガーラン様さえ、普通に挨拶する程声量が下がっている。私も王城で話を聞いた程度だが、例の犯罪組織関連の任務で何かあったのは確実だ。

 

「どうしたもこうしたもない!あのモンスター、とんでもない置き土産を残しやがって!」

 

 聞くところによると…任務の際正体不明のモンスターに襲われたとのことだ。

 バッドステータスから解放され、正気を取り戻して気が付いた頃には、長年イビルアイ様自身が愛用していた仮面がなくなっていること。そして替わりにあったのは、怪しげな仮面が全員に被せられている事だった。モンスターが仮面を持ち去り、そして怪しげな仮面を置いていったことは明白であった。

 

 当然、警戒すべきことはその仮面が何かの罠である可能性である。追跡魔法が付与されていて持ち運ぶだけで“蒼の薔薇”の居場所を知られてしまう可能性。魔物を呼び寄せるマジック・アイテムである可能性…。

 

 多数の可能性を警戒していたが…結果として、道具鑑定(アプレーザル・マジックアイテム)で判明したのは、仮面の名前とその説明。

 

 

 

名前:『嫉妬する者たちのマスク』

効果:なし

説明:寂しい独り者に贈られる仮面

 

 

「誰が独り者だ!馬鹿にしているのか!?」

 

 この結果を知ったイビルアイは鑑定の結果を見て激しく憤っていた。因みに現在彼女はスペアの仮面をかぶっている為問題ないらしい。問題のあの仮面は全員壊したのだとか…。

 

「でもよ、実際長年恋人無しじゃねーか…」

「お前には言われたくない!チーム全員一緒だろう!?そもそも私は誰もいない死都に長く滞在していたのだ!」

「別にアンデッドとかを恋人にしてもよかったじゃねぇかよ」

「会話も理性も無い奴とどうやって恋仲になれと!?」

 

「お二人とも、そろそろそのあたりに…」と周りの客の迷惑になる為、ヒートアップする会話を鎮めようと注意する。

 

「す、すまねい…それで何か用か?」

「はい。ラナー様のところにアインドラ様が見えられまして、伝言を頼まれました」

「ん?ラキュースに?」

「"大至急動くことになりそうだ。即座に戦闘に入れるよう準備を整えておいてほしい"とのことです」

 

 私が小さな声でそう言うと、イビルアイ様は分からないがガガーラン様は真剣な表情に変わる。それは即ち、犯罪組織の八本指関連の作戦が大きく動き出す意味でもあるのだ。

 

「ほいよ。それっぽっちのためにご苦労なことだな」

「いえ」

「まぁ、アダマンタイト冒険者が負けっぱなしというのは不味いよなぁ。リベンジマッチは必要だ。あの悪魔の奴、何処かで討伐しないと…」

 

 ガガーラン様が真剣な表情で考え込む。あの蒼の薔薇のメンバーでさえ完封されたという悪魔…相当難度が高いモンスターであることは間違いない。万が一王国に入ったとなると、尋常ではない被害になるであろう…。

 

 そのためにも、とクライムは思った。ラナー様に拾われて以来…彼は力をつけてきた。蒼の薔薇の皆さんに教えを乞うた。剣術はガゼフ様には遠く及ばない。諦めるつもりはないが、分を弁えろと論された。魔法は出来ないとばっさり切られたが、知識だけでも身につけろと的確なアドバイスをされてくれた。

 

『クライム、力を欲しているからといって人間をやめるような真似はよせよ』

 

 イビルアイ様の言葉が気になる。叶わぬ願いを持って進む者は確実に身を亡ぼす事は理解しているが…。次に話題が上がったのは、エ・ランテルで立て続けにアダマンタイト級冒険者チームが誕生したとのこと。

 

「確か2チームだったな。まずは…モモン。漆黒の英雄と呼ばれている戦士がリーダーで、ナーベという魔法詠唱者との2人組みだとか」

 

 話によると、アンデット数千が発生した事件の解決、北上してきたゴブリン部族連合の殲滅、トブの大森林で超希少薬草を採取と、並みの冒険者でも達成は非常に困難とされるクエストをこなし…トドメはガガーラン様など戦士系冒険者の天敵である"ギガントバジリスク"の討伐までやってのけたという。

 

 そして、話を一旦区切ると…酒場のドアが開いた。

 

 

数刻前 酒場近く アルシェ

 

 私は今、王都を歩いている。

 亜人の冒険者姿である為、歩けば周りの視線が必ずと言っても追われる。目的はとある人物を探すためだ。

 

「…成る程、事情は大体理解した。説明ありがとうございます、ソリュシャンさん」

「勿体ないお言葉でございます」

 

 1時間前、ナザリックが王国の調査拠点としている屋敷。その屋敷の応接室では報告を行ったプレアデスが一人、ソリュシャンさんがネモ様の前で跪いている。その視線の先には、報告を受けてやってきたネモ様が来客用のソファーに座り、私とシズさんは横で立ったまま彼女から事のあらましを聞いていた。

 

 事情を知らない私にも簡単に説明すると、ソリュシャンさんとセバスさんは「帝国のとある大商人の令嬢と執事」という偽りの身分で王国に潜入していた。

 

 目的は情報収集と使えそうな人脈の構築、現地の魔法技術の調査。前提条件として、偽造した立場を脅かすような面倒事は避けなければならない。

 

 聞いた話を簡潔に纏めると、セバスさんは数日前に人間の女性を拾ったらしい。そのせいで本日の午前中に二人が違法娼館の連中に目をつけられ、国の法に違反しているという理由で法外な要求をされたとのこと。

 

 しかし、それをセバスさんがその諸々の出来事をナザリックへと報告しなかったのだ。

 

 そのことでネモ様は頭を抱えた。確かに前述した前提条件に違反している。意図せず巻き込まれたなら兎も角、これは明らかに彼の行動が原因だ。その上、報告が無かったのであれば反逆と取られても仕方ないかもしれない。

 

 最後に受けた報告によれば王都内を歩いて回っているらしく、「任務以外の事は必要最低限やり過ごし、冒険者として王都を探索せよ」と命令を受け私とシズさんが探索中だ。せめて私は囮として、反対方面で隠密散策しているシズさんを動きやすくする為。それでも人攫い等遭遇しても、王国兵士に注目されないよう自己防衛は徹底しているが。

 

「お腹空いた、ちょっと休憩しよう」

 

 歩き回ったためか小腹が空いた。丁度通りかかった酒場で休憩しようと、店内に入る。店内でも少人数に注目されるが問題ない。しかしそれでも、亜人という偽りの身分上トラブルは発生する。最も多いのが気味の悪いチンピラ共の絡み。

 私が席に座ると行動を開始する男が一人、魔法で手に取るように探知できる。光剣魔法(グラディウス)で追い払おうとしたが、今回ばかりは勝手が違った。

 

「おうチンピラ、この少女よりも俺に抱かれてみないかい?」

 

 私に近づこうとした男を、それ以上の体格がある鎧の女が止めに入った。この人は、アルシェの時に前に見た…蒼の薔薇の戦士・ガガーランだ。その風格に男はたじろぎ、店を後にする。

 

「ありがとうございます。でも、あんなチンピラは慣れていますよ?」

 

 私はそうやって、店内にあった的当てのような木版に光剣魔法(グラディウス)を当てる。見事真ん中に命中しアピールする。

 

「ほぉ…アンタが噂の新星"ジェスター"のアルシェかい?初めましてだな」

「こちらこそ、偶然ですね『蒼の薔薇のガガーランさん』」

「行くぞガガーラン、面倒見が良すぎるぞ」

「茶化すなよ」

 

 その彼女に声をかけるのは、これまた有名な魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイ…!一瞬警戒されるかと思ったが、興味ないようにガガーランと一緒に店を出た。

 

「あ、あの…!ジェスターの方ですか?」

 

 すると今度は別の男性に声を掛けられる。予備の剣やアイテムパックを見る限り、何処かの冒険者であろうか?

 

「お食事中すみません、自分はこの王都で兵士を務めております"クライム"と申します。先程の魔法、お見事でした!」

 

 咄嗟に油断したと思った。まさか、私服姿の王国兵士であったとは…!セバスさんのように王国関連の人物に悟られないよう警戒を強める。そういえば、入り口でちらっと見たけど蒼の薔薇のメンツの近くで話していた男だ…!親しく話していたところを見ると、それほど位の高い人物なのであろうか。

 

「さっきの二人の近くにいた男ね。ガガーランさんから聞いていると思うけど、私はアルシェ。私に何か用?先に言っておくけど、弟子と彼氏は受け付けていないから」

 

 まず、この男が私に近づいた理由を知っておかなければならない。私の言った言葉にグッと言葉を抑える彼、どうやら当たりだ。私に声をかける好意の者は、先程のチンピラのようにこの姿に惹かれたか、私の魔法に関して聞く者のどちらかだ。後者の場合は「秘伝だから企業秘密」と曖昧に流すのが通説だ。

 

「もしかして、さっきあの二人に会っていたのも…自分が強くなるための秘訣を教えてもらうためかしら?」

「!やはり、お分かりになるのですか…?」

「当然よ。先程の会話と貴方のような…まだ年端も行かない人が近づく理由なんて手に取るように察しがつくわ」

 

 冒険者として生き続けていく中で、そう言った他人との思考がこのところ手に取るようにわかっていた。自分を含めた言葉や表情・思考を読み取り、相手が何をするのかを把握する…コキュートス先生とネモ様との修行の賜物である。

 

「無理しない範囲で良いけど、貴方は兵士で何をやってるの?」

 

 今度はこちらから、彼が何の兵士なのかを探る。彼の焦る姿を見る限り、余程大切な人を守りたいんだろうか?それこそ、王都の重要人物とか…。

 

「はい、お恥ずかしながらラナー王女の身辺警護を…」

「!?」

 

 私は内心驚愕する。まさか、本当に重要人物近くの任を任されていたとは…!というかそれなら黙るのが通説なのに、私のようなアダマンタイト級冒険者に敬意を評しているのか?よっぽどのお人好しか?それほどの位であればこの男の動機も、蒼の薔薇と親しく話していたことも納得する。危険でもあるが、これはチャンスでもある…!寄り道をして本当に良かったと思った瞬間。周りがもし見張っていることを考慮して、慎重に会話を進める。

 

「成程、色々納得した。でも、身の丈に合わない力を求めてしまったら、自分やその周りが破滅するわよ?」

「…イビルアイ様からも、同じ事を言われました」

 

 その一言で、イビルアイは今の自分と同じ異形種であることが確信した。

 

「きっと彼女なりの心配とアドバイスね、でもその通り…力を求めるという事は、それ相応の"覚悟"と"責任"を伴うわ。過去の戦士たちもそう、一歩でも違えば英雄にも怪物にもなるの。仮にも力を得たからって、王族の前で化け物姿なんて晒せないでしょ?」

 

 私の話をクライム君は黙って聞いている。ここは、事前に用意していた作り話を披露しても問題ないと判断した。同情させるように弱みを見せる、ネモが私を誘った時のような会話交渉だ。

 

「私もまだまだ未熟なの。実力的にも、一部の地域でも認められていないしね」

「あ、アダマンタイト級のアルシェ様がそんなことは…!」

「(様付け久々ね…)ないと言い切れる?化け物が人間主義の法国に放り込まれたら、この世から一発退場よ?」

 

 

 

 彼の必死な姿……間違いない―――――嘗ての自分(アルシェ)と同じだ。

 

 周りの環境に流され、身の丈の合わない力を求めて…誰かを救いたいと思った姿。ネモ様もこんな気持ちで、見ていたのかもしれない…。この気持ちは…。

 

 

「とまぁ、王国戦士ならガゼフ様目指せって思うけど…それは置いといて、まずは自分の限界を見極めることから始めなさい」

「は、はい!……出来れば、人間のままで強くなりたいと思ったのですが…」

「え?」

「いえ、大変良い助言をいただきました!ありがとうございます!でわ!」

 

 そう言って彼はそのまま店を出た。半分適当と半分本心で言ったものだが、彼の中で納得したのだろうか?それにさっきの一言…真面目過ぎる性格ゆえ、嵐のような男だったが…!これは、ネモ様からの伝言(メッセージ)。ちょっと長居しすぎたか?

 

『はい、オルタさん』

『アルシェ、セバス探索の件だがシズが先に見つけた。護衛の為に、一度屋敷に戻ってほしい』

『分かりました、丁度私もオルタ様に報告したいことがあって』

『ほう?相当重要な案件か?』

 

 

数分後 屋敷

 

 アルシェが戻る前、シズからセバスが襲撃を受けたとの連絡が入った。

 状況的に娼館関連だろう。相手側の装備は統一されており、襲撃の直前に2人の人間と共闘したらしい。見た目は両方戦士系のクラスで友好的な雰囲気みたいだったとか。因みに襲撃してきた相手は全滅した。

 

 そりゃそうだ。セバスを痛め付けて事の主導権を握りたかったのだろうが、それで返り討ちに遭っていては笑い話にもならない。此方を侮った娼館側の落ち度だ。

 それよりその2人の人間が気になる。明らかな厄介事に首突っ込んだ上に協力するなんて、余程のお人好しだろうか?冒険者プレートがないところを見ると、王国の兵か何かか…場合によっては一緒に始末しなければならない。一先ず、監視を続けるようにシズに伝える。

 

 襲撃されたとあれば、セバスも連れてきた人間を心配して屋敷に引き返してくるはずだ。

 助けた人間の処遇は別として、まずは撤収の準備を始めよう。その間にナザリックの方で娼館を襲い、事を有耶無耶にしてしまえれば全員が目立つ前にこの国から離れられる。

 

「それで、報告したい事とは?」

「はい、ラナー王女を護衛している王国騎士に遭遇いたしました」

「何!」

「問題なかったの?」

 

 ネモ様とソリュシャンさんから心配されるが、何があったのかを全て報告し安堵させる。その後はソリュシャンさんは警備のために屋敷の入り口に戻った。

 

「それで、そのクライムだっけ?どんな感じだ、やはり側近だから屈強な戦士か?」

「いえ…単刀直入に言いますと、前の自分を重ねて見ているような(・・・・・・・・・・・・・・・)少年兵士でした。それと…現実が見えていない(・・・・・・・・・)彼の姿を見て、思ったんです…」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「――――――余りにも、愚か(・・)だと」

 

 

 

 ―――それから数十分後。

 

 セバスが2人の人間と共に件の娼館を襲撃したと連絡を受けて、3人は口にした紅茶を勢いよく噴き出したのであった…。



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疑惑解消

コロナワクチンのため、ここ数日は編集作業を楽にしようと予め書いていた話を連続投稿します。


拠点屋敷 デミウルゴス

 

「……どうしよ」

 

 王都リ・エスティーゼにある調査拠点の屋敷で、我らが至高のネモ様が頭を悩ませている。

 原因は数時間前にセバスが起こした行動にあった。彼は王国に根を張る「八本指」という組織が運営する違法娼館に、あろうことかその場の人間を引き連れて独断でカチコミしたのだ。

 

「はぁ……セバスに話聞くだけなのに、どうしてこうなった…」

 

 ネモ様のお労しい姿を見るのも苦しく、視界に入った窓の外は既に真っ暗だ。

 至高の御方に同意見だ。そんな様子をソリュシャンとアルシェがオロオロしながら見つめている。

 

「(我々は、御方々の信頼を…裏切ってしまったのか…)」

 

 階層守護者に匹敵するセバスが裏切ったという報告。本来なら、御方が直々に奴の元へ出向くことを許す事など絶対にしない。仮にどうしても出向くと言うのならば、階層守護者を引き連れ万全な対策をした上で事態の収束を目指す。

 

 だが…ネモ様が最初選んだのはナザリックの者ではなく、外部から連れてきた人間アルシェだった。駒としてならともかく…これが何を意味するのか、それを理解出来ない程無能ではない。

 

 その答えは…守護者への信用度が低下している、という事実。

 

 それを考えるだけで吐き気が込み上げてくる。ナザリックの存在からすれば、必要とされなくなる事こそが恐ろしい。そうなるならば、自害を命じられて命を絶つ方が幾分か救われる。

 

 だが、それがまさに起ころうとしている。

 兆候はあった。シャルティアにコキュートス…そして、セバスの裏切り疑惑がトドメになった。

 

 シャルティアの件はともかく、コキュートスのリザードマン集落作戦の件はそもそも彼の成長性を試す実験だった。しかし、今回に限っては状況が悪すぎる。

 考えてみれば当然の事だったのだ。幾度となく続く守護者達の失態により、我々の有用性が疑問視されるなど。今までそれを考えようとしなかったのは、御方々の慈悲深さに甘えてばかりだったからだ。

 

 それだけでも赦されざる失態だ。そうなる前に、私はネモ様の同行を買って出た。今回の件を速やかに終わらせることと、我々階層守護者の信用を回復させること。

 

 その希望に答えてくれたかのように、ネモ様は同行を許可してくれた。セバスの裏切りか本当かどうかを確認してからの条件付きだが、これまでの失態を回復させるために華を持たせようとしてくださったに違いない。

 

「デミウルゴス、同行を許そう」 

「はっ!不肖デミウルゴス、御方々の御慈悲に報いる働きをお約束いたします!!」

 

 恐らく最後のチャンスだ。これまでの失態を払拭せよという温情、あまりの感激に涙が溢れそうになるのを抑える。少なくとも我々を見捨ててはいないということであり、存在価値を認めてくださっているという証明でもある。

 

 ネモ様は、私が先程まで抱いていた吐き気を催す程の絶望感をいとも簡単に吹き飛ばしてくださった。

 絶望する暇も泣いている暇も、最早微塵も有りはしない。今度こそ、今度こそ至高の御方々に我々の忠誠を示さなければならない。ここまで御膳立てしていただいた以上、もう次は無いと考えるべきだ。

 

 私はこの屋敷にて、全集中して対応を模索する。

 

 

拠点屋敷 アルシェ

 

 

「…取り敢えず、屋敷を引き払うのは確定だな」

 

 ネモがそう言う。しかしどうするか…直接違法娼館を襲撃したとなれば、混乱に乗じて撤収するのは難しい。

 それにこちらは、王国側の人間と関わりを持ってしまった。シズさんの監視と私の証言通り、セバスさんと行動を共にした人間の一人は王国第三王女の護衛だ。

 

 これは非常に不味い事だ。

 必然的に"八本指"との繋がりのある貴族辺りに情報が流れることになる。当然、功労者の一人であるセバス様のことも伝えられる。その結果"八本指"のセバスへの警戒度は跳ね上がり、監視の目が厳しくなる。いや、下手をすれば王国の貴族連中にも注目されてしまうかも知れない。

 

 そんなこと気にせずさっさと帰れば良いと思うだろうが、強引に事を進めると彼がこの王国で築いた人脈を失いかねない。冒険者としての立場で使うかも知れないと考えると勿体ない。

 

――そう考えていると、屋敷の入り口付近に気配を感じた。

 

 

「…ソリュシャン、出迎えてやれ」

「かしこまりました」

 

 ソリュシャンさんが玄関まで向かう。どうやら、セバスさんが帰ってきたようだ。私もネモ様の側を離れず何があっても動きやすいポジションに移動した。

 

 それから30秒もしないうちに客間の扉が開かれ、セバスさんが入る。

 私のような素人でもわかる超人の気配。しかし足取りは鉛のように重く、まるで刑が執行されようとしている囚人のようだった。ソリュシャンさんが傍に控えたことを確認し、ネモが挨拶から入った。

 

「やあ、セバス。おかえり」

 

 びくりとセバスさんの肩が跳ねた。それに合わせて汗も大量に流れ出る。それもそうだ、いきなり上司が連絡もなしに突然目の前にいるのだから。

 

「は。遅くなってしまい、誠に申し訳ございません」

「気にしていない…まあ座れ」

「……はっ」

 

 セバスさんはぎこちない動きで、正面のソファーに腰を下ろした。それから暫しの沈黙…何を言おうかと考えている間も、顔色は悪くなる一方だった。自分の行いが不味かったのは認識しているようだ。

 

「さて…何故、俺がここに来たか…分かるか?」

「……はっ」

 

 絞り出すような返事だ。これが助けた人間絡みであることは流石に理解しているらしいが、ネモが怒っている本当の理由は恐らく分かっていない。

 

「そうか。では聞くが……何故、報告をしなかった?」

「…私の勝手な判断でございます」

「セバス。俺やアインズさんは君にどんな命令を出したか忘れたか?この国に関する事は全て報せるように言ったと思うのだが…俺の記憶違いだったか?」

「いえ…確かに、そのように仰いました…」

「そうだな。それで、面倒事に首を突っ込んだ今回の事態を俺達に伝えなかったのは何故だ?人間の一件はともかく、王国の暗部に目をつけられる大事…今後のナザリック運営を左右するほどの大事を、お前の勝手な判断で済まされる事ではないのは分かるだろ?」

「………」

 

 セバスさんは再び沈黙した。顔は俯き気味だし、呼吸も荒くなる。多分、正論故に返す言葉も見付からないのだろう。

 

「…いいか、セバス。俺が怒っているのは報告を怠った事に関してだけだ。人間を救った事について責めるつもりは毛頭ない」

「「なっ……!」」

「「!?」」

 

 この発言にその場全員が驚いた。無理もない。いくら「共存共栄」という行動方針を定めているとはいえ、そもそもナザリックは人間と敵対する組織。だからこそ、セバスさんは人間を救ったことを言い出せなかった。しかし、彼の恩人から受け継がれた意志まで否定はされない。

 

 だが、報告をしなかったのは別問題だ。

 ついさっき彼が娼館でしたように、力業で潰して回るのは容易いことだろう。しかし、それではわざわざ身分を隠して潜入した意味がない。派手に動けば直ぐに身元が割れる。

 

「…人間の件も含めて事前に情報が来ていたならば、ここまで大事にはならなかった。脅しをかけてきた連中の始末など簡単だし、そもそも匿っている人間だってここから容易く連れ出せる。それとも、お前は我々の力を信用していなかったのか?」

「そっ…そのような事は決してありませんッ!!全ては至高の御方々にお手数を御掛けしないようにと、勝手な判断をした私の責任でございます…!!」

 

 セバスさんは勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げた。

 この姿を見て改めて確信を得た。彼の裏切りは有り得ない。もし彼が裏切っていたとして、なんの対策もなくここまで無防備な姿を晒さない。

 

「…繰り返すが、事前に情報が来ていたならば大事にはならなかった。報告・連絡・相談(ほうれんそう)は、組織を動かす上で重要だ。これを怠ればどんな強大な組織だろうと生かせない。俺が今夜お前に内緒でいきなりここに現れて肝を冷やしたようにな…今後は勝手な判断は慎み、些細なことでも異常があれば報告しろ。分かったな?」

「はっ!」

「…さて、次は助けた人間についてだ」

 

 人助けを許容した事と、助けた人間の処分に関しては別問題である。とはいえ、非道と取られる処分はしないだろう。

 私のようにタレントなどの能力は持っておらず、ナザリックから見ても特段価値があるわけではないが、だからといって殺したり、デミウルゴス様の牧場に送るのも気が引く。

 アインズ様に記憶を操作してもらい人間の街に放り出そうとも思ったが、全容を知らないとはいえ我々に関わった人間を野放しにするのは少しばかり危険だ。

 

「なら、この子の専属メイドというのはどうかな?」

 

 そう言って、私を親指で指すネモ様。

 いきなり異種族につくというのは無理がある。なので、まずは心身とも安心できるよう私の専属メイドというのはどうだろうかと提案してきた。私の性格は最初にナザリックを案内したセバスさんなら知っているし、断らない理由がない。

 

 

「さて、大体の話は終わった。セバス、ソリュシャン…二人に命令を出す。明日の朝までに屋敷内の撤収準備を完了させろ。早ければ明日の晩に、王国は「八本指」の制圧を開始するという情報もある。状況が動き次第連絡を送るから、それまでに国から抜け出せるよう周囲への偽装を徹底するんだ」

「かしこまりました。不肖このセバス、今度こそ御方々のご期待を裏切らぬ働きをして見せます」

 

 

………

 

 

「では、ツアレをお願い致します。アルシェさん」

「かしこまりました、セバスさんもお気をつけて」

「………。」

 

 昼前の午前。拠点である屋敷の入り口前で、アルシェとツアレはセバス様とソリュシャンさんを見送っていた。二人は昨日の撤収作業に引き続き、王国を離れるための挨拶回りに向かうところだ。

 面倒な作業ではあるが、これも人脈を維持するためにはやっておかなければならない事だ。もう使わないなら兎も角、また使うかもしれないならやっておいて損はない。加えて、デミウルゴス様から羊達の餌用に大量の小麦も買い付けなくてはいけない。

 

 また、我々"ジェスター"には早朝に冒険者組合から、本日の夜に八本指への襲撃任務に参加しなければならない為、かなりのハードスケジュールになる。それまでに、撤収作業はなんとか夕方までには完了させたいところ。本当ならツアレも連れていく方が良いのだろうが、彼女にとって外界は苦痛を与えられるのは明白だったので留守番ということになった。

 

「……………」

 

 セバスさんとソリュシャンさんが乗る馬車が見えなくなるまで見送ったツアレは、外の空気から逃れるように屋敷の中へと戻る。私から見て、彼女の外界に対するトラウマは想像以上に根深い。ちょっと外に出ただけで動揺してしまうし、何より人間……特にセバスさん以外の前では竦み上がって動けなくなる程だ。

 私も転生後は、一時正体がばれるかどうか不安を感じることはあったが、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない。

 

「大丈夫よツアレさん、此処にいる間は私が守るわ」

「は…はぃ…」

 

 私はツアレさんの頭を撫でて落ち着かせる。彼女をこれ程なく苦痛に追い込まれている理由はもう一つ、八本指からの刺客だ。あの違法娼館から救助されたことは組織にも伝わっているだろう。相手の情報収集能力を見極めるため、私はこの屋敷から連れ出させないための護衛に徹している。彼女を落ち着かせた後、ネモ様とデミウルゴス様がいる応接室に戻る。

 

「彼女は落ち着いたか?」

「はい。抑制魔法と、部屋には防犯魔法をかけましたので、対策は万全です」

「よろしい、それではデミウルゴス…アルシェにも分かりやすく、お前の策を聞かせてもらおうか」

「かしこまりました、ネモ様」




1週間後くらいには、新章やアルシェの新しいポケモンなどを追加予定ですのでお楽しみに!


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ゲヘナ作戦Ⅰ

「それでは、王都物資奪取…『ゲヘナ』作戦の説明をさせていただきます」

 

 デミウルゴス様の立案…それは、八本指が手にした悪魔像を狙って、デミウルゴス様が演じる怪物率いる悪魔の軍勢が王都に攻める襲撃作戦だ。だがそれはカモフラージュで、実際はナザリックが今後の運営で圧倒的に不足している人的・物的資源の奪取、更には八本指への報復だ。

 

 私とネモ様はそこで待ったをかける。物資ならまだしも、人的というのは老若男女問わずということ、それは子供も例外ではない。しかし、私とネモ様が理由もない殺害を好ましくないことを予期していたデミウルゴス様は、子供だけは数名程度で村に住んでもらおうという事で了承した。

 デミウルゴス様が言うには4つほどの利点があるらしい…残り二つは?

 

「アインズ様とネモ様に指示された、八本指への襲撃を誤魔化すためです」

「そういえば、お前の演じる悪魔はアイテムを回収するのが目的と言っていたな?」

「これをご覧ください」

 

 そう言って見せたのは、かなり歴史的価値のありそうな黄金輝く悪魔像だ。そこから生えている6本の腕に、それぞれ色の違う宝玉が握られている。

 

「ネモ様、これって…」

「この像が持っている宝石の中に付与している魔法は、第10位階魔法”アーマゲドン・イビル”、悪魔を大量に召喚することが出来る魔法だ。それを6回発動させることが出来る」

「ろ、6回…!?!?」

 

 第10位階魔法を6回…それだけで頭がクラっとした。発動させれば王都全域が悪魔に覆われ、王国が簡単に陥落する光景が目に浮かぶ。そういったわけで、デミウルゴス様が演じる"悪魔ヤルダバオト"はこれを狙って八本指の拠点を襲い、王都の倉庫区画を占拠する予定だ。

 もちろんこのアイテムも、八本指の拠点である倉庫から発見される予定となっている。勿体無いような気もするが、あの神級の武器やアイテムがわんさかあるナザリックでは惜しみなく使った方が後腐れしなくて済むというもの。そして、最後の利点は…。

 

「これら全ての悪評を、魔王ヤルダバオトに受けてもらいます」

「悪評…つまり、これから討伐される為に、漆黒とジェスターの名声を高める為、ですか?」

「その通りだよアルシェ君、理解が早くて助かるよ。次に君の役割についてだが…」

 

 資料には八本指の、それぞれの拠点を誰が襲撃するのかまで段階ごとに事細かく書かれていた。

 

 私が活動するのは警備部門の近くだ。

 冒険者として悪魔を退治するふりをする傍ら…第一段階である、八本指拠点への攻撃と構成員の拉致が完了するまで誰にも悟られないよう王国騎士や冒険者たちへの妨害を行う事。

 第三段階で冒険者ジェスターとしてヤルダバオトの部下である、メイド悪魔に扮したプレアデスの皆さんと戦っている所を見せつける事。後はマーレ様が起こす地震(合図)で頃合いを見計らい、第三者から敵側に見えるヤルダバオト達が漆黒の攻撃を受けて撤退する。

 

「…………」

 

 計画の全容を知り、私は何とも言えない気持ちに唖然としていた。

 物資回収と名声のために王都を利用し、何も知らず悪魔に蹂躙される王国全住人や冒険者たち。更にその責任を追及される形でとばっちりされる八本指。まるで劇を演じる役者たちの、驚きの舞台裏を知ったような気分だ。

 

「やっぱり、こういう作戦はまだ抵抗感があるか?」

「いいえ、ナザリックの一員として全うするだけです」

 

 私が住んでいた帝国でも、毎年のように王国と戦争をしていた。弱肉強食のこの世界、生き抜くためには盗賊のように物資を奪う事も殺し合いも覚悟の上だ。それでも、人に手を出すことに抵抗を感じる私に、極力殺し合いを避けるよう察してくれているネモとデミウルゴス様に感謝するべきであろう。

 

「ネモ様、そろそろ組合に話を聞きに行く時間です」

 

 作戦を聞き終え、今夜から始まる冒険者として八本指拠点襲撃作戦の概要を聞くために組合に赴く時間を知らせる。確か、ウロヴァーナ辺境伯と呼ばれる貴族からの指名だっけ。

 

「セバスからの報告ですと、人間の中では高齢で王派閥派だとか?」

「!!」

 

 屋敷の裏口にある探知魔法に何かが引っかかる。

 

「そうだな…―――その前に、屋敷に入り込もうとしているネズミ共を片付けるか」

 

 

 ――――この数分後、八本指の差し向けたツアレを攫う人攫い数名が侵入するのだが…

 

 

「―――とんでもねぇ、待ってたんだ」

 

 ネモが言う有名な(コ〇ンドー)言葉を最後に、この人攫い達が呆気なく幻術に嵌り、今後2度と姿を見せることは無かった。

 

 

八本指拠点前 クライム

 

「ブレイン様、あれからどれくらい経ってますか?」

「…もう10分は経っているな。いくらなんでも遅すぎる…」

「(……おかしい。ロックマイアーさんからの連絡が来ない)」

 

 夜。王国民なら寝静まっているであろうこの時間帯に、八本指の拠点らしき建物を前に、クライムは焦っていた。自分はブレインさんと一緒に八本指拠点の制圧に参加している。

 

 同じチームで元オリハルコン級冒険者のロックマイアーが、先に不可知化の魔法で情報収集をしているのだが、その彼が一向に戻ってこない。偵察程度ならば数分で済むはずだというのに。

 こうなっている理由は一つしかない。不可知化がばれ、八本指に捕らえられている可能性が高い。

 

「仕方ない、予定変更だ。見張りを黙らせた後、他の班員と共に強行突入するぞ」

「はい!」

 

 

 

「―――あら?誰と一緒に突入するんです?」

「「!?」」

 

 クライムとブレインは振り返る。つい数分前には他の班員が控えていたであろう場所に、ローブを羽織った者がいた。当然班員にこのような人物はいない。それに他の班員達は、そのローブを羽織った人物の地面で横たわるように倒れていた。

 

「何者―――!」

「スリープ」

 

 ローブの人物が何かを言うと、我々に向かって何かを放つ。これは……何やらハーブのような植物の香り…不味い…!吸って、しま…っては…。

 

「く、クライム…君…―――」

 

 隣にいたブレインも、彼を追うようにぐったりと地面に横たわってしまった。

 

 

同時刻 アルシェ

 

「ふぅ、なんとか眠ってくれた…」

 

 自身の顔を隠していたローブを外し、横たわっているこれから八本指の拠点に潜入する予定であった冒険者たちを眺めるアルシェ。彼らには申し訳ない気持ちでいっぱいだが、今の自分の立場を見直し何を行うべきかを再確認する。

 

「もう出てきて大丈夫ですよ」

 

 冒険者たちを壁際に寄せた後、私は声をかける。

 

「見事な手際でした、アルシェさん」

「確かに、暗殺者顔負けだな」

 

 建物の陰から出てきたのは、黒い執事服を身に纏ったセバスさんと堕天使姿のネモ様、そして同じ護衛であるソリュシャンさんだ。

 

 デミウルゴス様が発案された"ゲヘナ作戦"が開始されて数分、我々4人は警備部門の拠点を制圧する段階に入っていた。当然他でもこのように突入する冒険者や騎士が居れば、妨害もしくは抹殺も厭わない。他がどうなっているかは分からないが、妨害で済んだ自分達はまだ優しいほうであろう。

 

「しかしよろしかったのですか?目的の人物ならば兎も角、このゴミ冒険者共は抹殺した方が…」

「ソリュシャン、お前の気持ちはわかる。だが今回は時間がなく、無駄な犠牲は避けたい。それに、無暗に手をかけるわけにもいかないしな…」

「………。」

「かしこまりました、ネモ様」

 

 ネモ様がセバスさんを見てソリュシャンさんに言う。この横たわっている二人の男は、本日の昼間にセバス様が違法娼館に突入した際に同行した人物なのだ。幾ら彼でも、手をかけることは躊躇うであろう。妨害で済んだことに、心から安堵している表情をしているのが見て取れる。

 

「申し訳ありませんでしたネモ様。この度は私の失態をお許しになられただけでなく、作戦とはいえ同行してもらい、あまつさえ意見(妨害)を採用するなどと…」

「セバス、いつまでも感傷に浸っている場合ではないぞ?お前の仕事はこれからなのだ。その忠義を、私に最後まで見せてくれ」

「はっ!」

 

 セバスさんがそう力強い返事をして、4人はこれから突入する拠点に目を向ける。中にいるであろう者たちは、これから起こる惨劇の犠牲者になることは知らずに…。

 

 

八本指拠点内広場

 

 その日、拠点内の広場には大勢の人間が集まっていた。

 ほとんどの者が武装しており、中には盗賊であったり実力が低かった元冒険者、更にはワーカー崩れな者もいる。その理由は、これからここに突入してくるであろう冒険者たちを抹殺する為だ。

 

 無論、彼ら八本指は王国の裏社会を牛耳っている。

 組織も一枚岩ではなく、存続のために有名な貴族と手を組み、挙句の果てには王族でトップに近いあの第一王子も絡んでいる。

 

 これから自分達を捕まえるであろう者たちに、臆するどころか余裕を見せていた。

 

 何故なら自分達は常に強者だからだ。

 優れた力を持っている自分達は負けない自信がある。例えアダマンタイト級冒険者が相手でもそんな考えである。故に誰一人として自分達が今日、全てを失うことになるなど想像もしていなかった。

 

 

ドォォォォォォォーーーーン!!!

 

 

「な、なんだ!?」

 

 その合図のように…突然の出来事に仲間の一人がそう叫んだ。周りも同じ反応する。

 そして…広場に拠点がバレない為の鉄製の巨大な扉が、轟音と共に舞い落ちてきたのだ。それと同時に、見張りをしていたであろう男の死体もドサッと落ちてくる。

 

 

「―――申し訳ありません。錆びておりましたので、少しばかり強引に開かせていただきました」

 

 

 次に…長身のがたいが良い老執事が、煙の中から現れたのだ。この場に居る全員が、この執事がやったことは間違いないと確信しているが、ぶ厚い鉄製の扉までもぶっ飛ばしたことに信じられず驚愕の顔となっていた。

 

 

「(見ろよアルシェ、あいつら唖然としてるぞ)」

「(当然ですよ…寧ろしない方がおかしいです…)」

 

 広場から少し離れた木の陰に、ネモとアルシェは一連の流れを見ていた。あの登場の仕方なのだ、人間の仕業ならば誰だって驚愕する。

 

「ほぉ、サキュロントが言っていたのはこのジジィか…」

 

 中央にいる筋肉質の男〈闘鬼・ゼロ〉がそう言うと、周りの4人と共に前へ出る。デミウルゴスの情報通りならば、こいつらが八本指で警備を担当している通称"六腕"と呼ばれる実力者であろう。

 

「お爺さん強いんだって?まさかサキュロントを倒したのは、貴方じゃないわよね?」

「いくら落ち目とはいえ…奴隷売買の長・コッコドールの前で六腕が負けるなんて恥にも程がある」

「まぁ奴はブレイン・アングラウスにやられたと言い張っていたがな…」

「どちらにしろ、最初に面倒ごとの種を蒔いた爺さん…お前から殺す」

 

 セバスを前に臆しない度胸は立派なものだが、目の前の人ならざる気配に気づいていないのが何とも嘆かわしく見える。すると、六腕の一人が空に向かって指さした。

 

「あちらを見よ……あそこには各所から来たお偉いさんが集まっている。俺たちが爺さんをいたぶり殺すところを目にするためにな」

 

 ネモとアルシェ、ソリュシャンも揃って上を見る。確かに裕福そうな貴族がテラスから何人もこちらを観戦しているようだ。丁度いい、彼らも生贄になってもらおうとソリュシャンに命令を出す。

 

「そうですか…せっかくですから全員でかかってきなさい。そうすれば10秒くらいはもちますよ」

「言うじゃないかこの人間」

「きっと本当の強者と会ったことがないんじゃないかしら?」

 

 その言葉そっくり、お前たちに返してやると言いたい。ここにいる中では強者だが、ネモから見ればどいつもこいつも雑魚である。

 

「まぁいい、相手をしてやろう。"千殺"マルムヴィスト」

「"踊る三日月刀(シミター)"エドストレーム」

「"空間斬"ペシュリアン」

「そして…"不死王"デイバーノック」

 

 

「……………………だっさ、名前負けしてるやん」

 

 自分から名乗り出たところで三流も良いところだ。それにしても、最後の奴は"不死王"なのか…後で実験してやろう、精神擦り切れるまで。

 一方のアルシェは、セバスの実力に興味津々に見ていた。俺は隣で、一瞬で勝負がつくから瞬き厳禁とアドバイスをする。

 

 

「不死王ですか……愚物には過度な二つ名です、ね!!」

 

スパーン!

 

 周りから見れば、それは一瞬だ。

 不死王と呼ばれたアンデッドの首が消し飛ぶのに1秒―――

 

スパーン!

 

 同じく、三日月刀(シミター)の女の首も消し飛ぶのに1秒―――

 その後に"千殺"と"空間斬"がセバスに迫るのに2秒―――

 それに対応するため、セバスが体を向けるのに1秒―――

 

スパーン!

 

 狙われた"空間斬"の首が消し飛ぶのに1秒―――

 

「あ…あぁ…!」

 

 その際に飛び散った血に、千殺が怯えるのに3秒―――

 

スパーン!

 

 最後に狙われた"千殺"の首が消し飛ぶのに1秒―――

 

 

…10秒。ものの10秒で、実力者である六腕の4人の命が散った。

 

「不死王などという二つ名を名乗っていいのは、この世界にたったお一人。お前ごとき下等アンデッドがおこがましい」

 

 周りの兵士である男どもは狼狽え、テラスからこちらを観戦している貴族たちは悲鳴を上げた。

 

「…お前、一体何者だッ?」

 

 先程まで余裕顔を見せていたゼロも、目の前のあり得ない惨劇を見て狼狽える。

 

「さて、残るは貴方一人です。まぁここにいる全員、挑もうとも逃げようとも逃がすつもりはありませんが…」

「ふ…ふざけるなぁ!!パンサー!ファルコン!ライナサラス!バッファロー!ライオン!!」

 

 残る長のゼロもそこまでの実力はないが、ここで苦し紛れに何かをしてくる。どうやら固有の強化魔法(バフ)のようだ。鍛え抜かれた身体から、イメージとなる動物が紋様となって浮かんでいる。さながらどこぞの変身ヒーローの強化方法を彷彿とさせる。

 しかし、セバス相手では焼け石に水だ。ステータスを見たが、身体強化を一時上げただけで大したものではない。

 

「うぉぉおおおお!!!」

 

 強化魔法をかけ、セバスに絶拳を食らわせる。

 しかし…当の本人は何事もなかったかのように平然とし、代わりにゼロの頭部に痛烈な踵落としを食らわせた。頭から血を流したゼロは、そのまま仰向けになって倒れる。

 

 六腕全員が倒される、その事実に周りにいる者達は呆気にとられた。

 いっその事、捕まえに来てくれた冒険者たちに自首した方がマシだ。もう八本指なんてどうだっていいと逃げ出したい気持ちだ。しかし、目の前の人ならざる者を見て足が竦む。そして、不幸は次々にやってくる…。

 

「――さてセバス、お前の勇姿を確かにこの目で見させてもらったぞ」

 

 人ならざる者の隣に、突然やって来た3人の人ならざる乱入者…。その姿を見たと同時に、その場にいた者達全員の意識は失われたのであった。

 

 

 

 床に落ちている死体を横目に、ネモはナザリックへと伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

『――此方ネモ。警備部門の本部は制圧した。死体と物資を送るから転移門(ゲート)を頼む』

『畏まりんした、直ぐに開きますえ』

 

 連絡先の言葉通り、すぐにネモの目の前に黒く渦巻く転移門(ゲート)の入り口が現れた。

 

 その中から姿を現したのは、階層守護者の一人であるシャルティア・ブラッドフォールン。

 姿は相変わらずだが、その表情に何時ものような余裕を湛えた笑みはない。引き締まった表情と鋭い視線で周囲を警戒している様子だ。

 

「――お前たち!仕事に取り掛かりなさいッ!」

 

 やがて安全を確認した彼女は、共に転移門(ゲート)を抜けてきた侍女の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達やスケルトン達に命令を下す。

 部下達が仕事に取り掛かるのをしっかり確認して直ぐに、シャルティアはネモの前に片膝を突いた。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に馳せ参じました」

「ああ、何時も呼びつけて助かるよ」

「至高の御方の為に働くことは当然のことです」

「シャルティア様、お疲れ様です」

「アルシェ、久しぶりね…」

「宜しい。では手筈通りに頼む。因みに仕事の内容は把握しているかな?」

「もちろんでありんす!流用出来そうな物資と死体はナザリックへと送って、襲撃跡は一部偽造して……えっと、えっと…ナザリックの外から持ってきた低レベルのゾンビを放つんでありんすね!」

 

 シャルティアは懐から取り出したメモ帳片手に、作業内容を確認する。どうやらしっかりデミウルゴスから話は聞いてきたようだ。

 彼女は前回の失態以降、よくメモを取るようになった。アインズやネモの言葉や行動を始めに、他の守護者達から参考になりそうなことを訊いたりしては熱心に勉強している。普段相手を見下しがちなシャルティアはどこへやら。彼女も彼女なりに、成長しようと必死なのだ。

 

「なら、その後は?」

「えっ!?そ、それは………あった!ネモ様と共に、デミウルゴスが放つ炎の壁の中にいる人間を選別して、ナザリックに実験用として送るのでありんす!」

 

 正解だ。この後は倉庫地区で、デミウルゴスが作った"ゲヘナの炎"に閉じ込められた人間の誘拐と物資の確保である。まだこの世界に潜んでいるであろう、プレイヤーの存在を警戒する為だ。ここの襲撃で発生した死体はオマケである。

 

「それにしてもアルシェ、セバスでの援護は見事でありんした」

「あ、ありがとうございます!自分の中でも上手くいったと思っています!」

 

 ここまでの戦果を語り合うシャルティアとアルシェがなんとも可愛らしく、状況を忘れて彼女らの頭に手を伸ばしそうになる。ただ、今は仕事中なのでそれをぐっと堪え、代わりに事が一段落したらご褒美をあげることを心に誓った。

 

 俺にはまだ、冒険者として活動中のアインズさんへ今回の作戦の詳細を伝えるという仕事がある。

 現在、冒険者に扮するアインズさんとナーベラルは、王国の貴族の依頼を受けて王都へ向かっている。貴族が雇っている魔法詠唱者(マジックキャスター)の支援で空を飛んでくるとの事なので、本日の晩には王都に到着するだろう。後は細かい内容を伝えれば済む筈だ。

 

「よし…セバスとソリュシャンはここの片づけを終え次第、ナザリックへ帰還しろ。他の者は、現状デミウルゴスから指示された通りの持ち場に着け」

「「「「はっ!」」」」

 

「あっそれと、シャルティアにはこの虫の息に頼みたいことが…」

 

 ネモは今後の行動に関する物事を頭の中で整理しつつ、シャルティアが新しく用意した転移門(ゲート)をアルシェと共に潜ったのであった。



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ゲヘナ作戦Ⅱ

「冒険者たちでラインを形成し、兵士たちにバックアップさせ敵の布陣を薄める。そして最大戦力である漆黒のモモンとナーベ、ジェスターの3人、そしてイビルアイを矢じりとして敵陣中央に突撃させる…か。しかし、クライム君の任務は危険では?」

「お兄様もレエブン公の兵と共に王都内を見回るのでしょう?それと同じです。クライムは死ぬかもしれませんが、その場合はラキュースが復活の魔法をかけてくれるでしょう。そして魔法に生命力を吸い取られ弱ったクライムの面倒は誰が見るのか…。命令に従って死んだとしてもそうでないとしても、彼を看病するのに誰が不満を言いますか?」

 黄昏の姫は、窓から光る赤い壁を見て薄ら笑う…。

「それに、私の愛しいクライムを気絶させたお人…看病のチャンスをお創りしてくれた方に、非常に興味をもちますね」


作戦会議室 ネモ

 

「冒険者の皆さん、今回の非常事態に集まっていただきありがとうございます」

 

 ここは王城の作戦場所、その中央にて黄金姫ことラナーが集まった冒険者たちに対し礼を言う。

 

「本日未明、王都の一部この辺に炎の障壁が張られました。この炎は幻に似たところがあり、接触しても何ら害が無いようです。実際に蒼の薔薇のリーダーである彼女が確認しております」

「私が実際に触れてみた。熱も一切感じず侵入を阻害されることもなく中に入れた。壁の向こうには低位の悪魔たちがいることも確認している」

 

 王都に突如出現した炎の壁、それは見せかけに過ぎなかった。しかし、中には一般人なら間違いなく敵わない悪魔どもがわんさかといる。

 

「この事件を起こした首魁の名前はヤルダバオト。非常に凶悪かつ強大な悪魔で、多数の魔物を従えているという情報が入っております」

 

「どれほど強いんだ?」

「私の仲間の2人、戦士ガガーランと盗賊ティアが殺されたわ…しかもたった一撃でだ」

「なんだと!?」

「一撃!?」

 

 冒険者共が狼狽える。王国内で一番の実力者である、アダマンタイト級冒険者が一撃で倒されたという事実。自分達では太刀打ちできない、その恐怖を押し付けたのだ。

 

「慌てるな、確かにヤルダバオトは強い。それは奴と対峙し為す術なく敗北した私が保証する………しかし私たちにはこの方たちがいる!」

 

 …えっ?なんだか、物凄く注目されているんですけど…?

 

 そう言わんばかりに、この場に居る全員が同じくアダマンタイト級冒険者チームである"漆黒"と"ジェスター"の計5名に向いていた。確かにここ最近の活躍で注目の的になるのは当然だが、ここまで期待されるとむず痒くなる。

 

「そうです、私たちは決して勝てない戦いに挑むわけではありません」

 

 ここからラナー王妃の作戦説明が入る。

 冒険者たちが王都で暴れまわっている悪魔を引きつけ、炎の壁の中に囚われている民衆を助ける別動隊が必要だと語った。悪魔たちが彼らを監禁するのであれば壁の内側にある倉庫街を使い、脱走しないよう家族をバラバラに分けると推測する。

 

…王妃の推測は尤もだ。悪魔がどれくらいの知性を持っているのか分からない今、下手に刺激を与えてしまっては、捕らわれている民衆を人質として捕らわれかねない。そして、その別動隊は先程八本指拠点突撃で出遅れを取ってしまった、クライム・ブレインの小隊チームが受ける。

 

「では皆さん、私はここで皆さんが誰一人欠けることなく戻ってくることを神にお祈りしております……御武運を」

「「「おぉおおおおおお!!!!」」」

 

 姫の言葉で締め、冒険者たちは活気に沸いた。冒険者の任務では久しぶりに、これ以上ない規模の作戦かもしれない。尤も、こちらはデミウルゴスの作戦通りに動くだけだが…。

 

 

 

 それ以前に、この場には既に(・・・・・・・)悪魔がいるのではなかろうか?

 

 いや…別に人間に扮しているわけでもなければ、人間が裏切っているわけでもない。そのとてつもない、なんとも言葉で表現しづらい悪意を感じる。そもそも神などに祈る人格ではない…。

 

 俺の目線の先にいる―――黄金と呼ばれた(悪魔)を見ながら…。

 

 

お初にお目にかかります、モモン様!(ご無沙汰しております、アインズ様!)噂はかねがね聞いております(ご活躍、良く耳にしております)

いえいえ、そう畏まらないでください(久しいなアルシェ、そう畏まるな)こちらこそ、よろしくお願いします(そちらの活躍も耳にしているぞ?)

 

 アインズさんもこの空気を感じているかもしれないと振り返った先には、律儀にアルシェと交流を深めている彼の姿があった。因みに、あの悪意に気づけなかったのはアインズさんだけと記載しておく…。

 

 

 

王都市街 アルシェ

 

「誇り高きリ・エスティーゼ王国の民たちよ!悪魔など恐れるに足りん!我が剣と盾はお前たちと共にある!」

 

 鎧を纏ったザナック第二王子が、武器や代わりとなる農具を持った住民に対し鼓舞する。炎の壁を形成したとされる(実際にやった)、悪魔ヤルダバオト討伐作戦が幕を上げた。

 

 基本は冒険者たちが先に炎の壁の中に突撃し、悪魔たちの討伐と人質がいるとされる倉庫街の探索。

 我々はアダマンタイト級冒険者チームである為、捜索は他任せであるが…こればかりは、デミウルゴス様とシャルティア様を信じるしかない。八本指の拠点にいた人々がそれほど多く残っていたため、計画に多少のズレがないかを心配したのだ。

 もし計画にズレが乗じてしまった場合、最悪ナザリックの存在が公になってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「住民はどこに行ったんだ?家の中に籠もっているのか?」

「扉が破壊されている…恐らくはどこかに連行されたんだろう」

 

 流石はデミウルゴス様とシャルティア様だ。私たちの作戦会議中に、既に事を終わらせているとは…。

 

 倉庫街に誰もいない結果に、作戦に参加している人々は困惑する。仕方なく、(アイアン)(カッパー)の冒険者は残って家屋内を探索させ他は広がりつつラインを構成していく方針だが、無駄であり時既に遅し…私はそう思った。

 

「前方!悪魔接近!」

 

 一人の冒険者が通りを防いでいる悪魔を確認する声を上げ、私は戦闘に集中する。

 

「オーバーイーティングにゲイザーデビル、ヘルハウンドが15体も!」

 

 冒険者の戦いの歴史の中でも、そこまで姿を現さない悪魔たち。それが大量に現れた現実に、大半の者は怖気づく。中には恐怖に耐えきれず逃げ出した兵士もいたが、その者は真っ先に悪魔の餌食となる。

 

「超技!ダークブレードメガインパクト!」

「ウーラオス、はどうだん!」

 

 アダマンタイト級"蒼の薔薇"ラキュース、"ジェスター"オルタの剣技と使い魔を筆頭に悪魔たちを蹴散らしていく。その勢いに負けじと、他の冒険者たちも続く。

 

「フローティング・ソーズ!」

「グラディウス!」

 

 その冒険者たちを援護するべく、今度は私の光剣魔法とラキュースさんの背中にあった武器が炸裂する。

 

「(驚いた、まさか背中の剣はそんな使い方だったのか。今度俺の翼でも真似ようかな…)」

「すげぇ…これがアダマンタイト級冒険者…」

「俺達が付け入る隙がねぇ…」

 

 ネモ様がそのような軽口を叩きながらヘルバウンドを狩り続ける一方で、後ろに待機している冒険者たちが目の前の光景に唖然としていた。

 

「ッ!アルシェ殿!後ろにデーモンが!」

「テールナー!かえんほうしゃ!」

 

 ラキュースさんの言う通り…アルシェの後ろに巨大な悪魔(デーモン)の攻撃が迫るが、それに臆することなく桜色の炎柱を繰り出し切り刻む。攻撃に巻き込まれた悪魔たちは灰へと還る。

 

「あれが使い魔か? 小さい狐人なのに凄い炎だったぞ…」

「この程度か、問題ない」

「流石の剣技…お見事です!」

「世辞はいい、次が来るぞ…!」

 

 

「六光連斬!…潰せ!」

 

 ここであり得ない光景が飛び込んできた。王城を守護しているはずのストロノーフ様が、兵と一緒に悪魔を退治している!その後ろには、配下を引き連れたランポッサ三世…どうしてこんなところに!?

 

「陛下はこう仰った!”お前たちが守るものは城なのか、それとも私なのか”と!答えはたった1つ!王の御身をお守りするのが我々の役目だ!ならば、此処こそが戦うべき地である!」

 

「ガガーラン!ティア!」

「寝ていると体が鈍るからな」

「もう戦える」

 

 ここで、ヤルダバオトに扮したデミウルゴス様にやられた二人が戦線に戻って来た。レベルが大きく下がっているとはいえ、やる気は十分に見える。まさか戦士長や陛下が出てくるとは予想外であったが…。

 

「オルタ殿!このままでは埒が明きません。ここは我々に任せ二人を引き連れて、漆黒のお二人とイビルアイと合流してください。恐らく、黒幕であるヤルダバオトともう交戦しているかもしれません」

 

 ラキュース殿からそう提案されオルタは考える。全体から見て人数・能力的には問題ないかもしれないが、まだ悪魔の数が減っていない。

 作戦としてはそれが理想的だ。この作戦の肝である、"冒険者と悪魔ヤルダバオトの戦いを見せつける"。その目的は既にイビルアイさんがモモンさんとヤルダバオトが戦っている姿を目撃する為、これ以上はいらない。

 だが、戦場に陛下が出撃している以上、防衛を手薄にするわけにもいかない。"国王にはまだ生きてもらわなければならない"のだ。

 

「オルタさん、先に行ってください。私だけここで残って、皆さんを援護します」

「…それが理想的だが、行けるか?」

「問題ありません!」

 

 予定変更だ。このままではこの先王国に関係しているプランに支障が出ると踏んだ私は、ネモ様に分断作戦を提案する。その意志に答えるように、彼は私を、そして全員を見た。みんな「先に行ってくれ」と二人を説得するような目つきだ。

 

「分かった、このエリアは皆さんに任せます!」

 

 そう言ってネモ様は、迂回するルートで広場を目指し走り出す。

 

「いいのかい、ここに残って?」

「大丈夫ですよ、彼なら負けませんし死にません」

 

 私はガガーランさんからの軽口を流し、悪魔たちに杖を向け始める。

道中で他の冒険者たちと悪魔の軍勢の足止めを請け負った私は、今回の作戦の成功を脳裏で心配しながらそう思った。

 今の所、計画は概ね順調だ。デミウルゴス様の計画に、今更であるが王国の罪のない住民には申し訳ない気持ちだ。だが…

 

「ゴビット!」

 

 私はボールを投げ、相棒と共に悪魔の軍勢と対峙する。今は自分の命が最優先と考える。

 

「かえんほうしゃ! かわらわり!」

 

 相棒達の技が決まり、冒険者達から賞賛された方が気分的に良いという思いが強かった。

 

王都広場 ネモ

 

「流石、お強い」

 

 広場に到着した俺とを待っていたのは、ヤルダバオト…もといデミウルゴスが率いる、プレアデスの面子だ。と言っても、全員が普段の服装ではなく、デミウルゴスは緑色のスーツ、プレアデスたちは灰色のメイド服を着ている。

 

「オルタさん!」

「その様子だと、ギリギリ間に合ったようですね」

 

 先に来ていた漆黒の二人、一緒に行動していたイビルアイと合流することに成功した。

 

「それにしても、ヤルダバオトの持つ戦力を侮っていたか…」

「そちらの4人は任せる。では行くぞデミ…デーモン!」

 

 うっかり本名を言いそうになったアインズさん。ナーベラルと一緒でその癖をどうにかできなかったのだろうか…よし、デミウルゴスの作戦であれば、ヤルダバオトの脅威は十分に知らしめることが出来た。

 そしてそのまま、ヤルダバオトを討伐する演技としてアインズさんとデミウルゴスは街の奥へと消えていく。残ったのは冒険者3名と使い魔一体、謎の魔物軍団4名。

 

「さて、数も丁度いいしタイマン勝負とやりますか。イビルアイさんもそれでいいですね?」

「賛成だ。問題は相手がそれに応じてくれるか…」

「乗ってくれるでしょう、どうやらあっちも相当なプライドがある様子」

 

 ナーベからの謎自信に困惑しているイビルアイさんだが、敵も待ってくれない。こちらとしては何時でも襲っても文句はない、どうせマッチポンプだし…っと、俺の相手はルプスか、まあ少しは楽しめそうかな。どさくさに紛れてイビルアイをFF(フレンドリーファイア)して、プレアデスとの戦闘データも取っておきたい。

 

「それでは、行きます…!」

 

 ユリの開始合図で4人が一斉に襲い掛かり、こちらはタイマン勝負に持ち込むため散り散りになる。作戦は成功し、一人ずつに向かっていった。俺はルプスと半分本気の鍔迫り合いを繰り返しながら、イビルアイの戦闘をじっくり観察することにした。ユリはガントレット持ちのインファイターで、接近戦がメインとなっている。見た目は痛々しい棘がついている武装、アレをまともに食らったら常人はミンチになること間違いなしだ。

 

「サンドフィールド・オール!」

 

 ここでイビルアイさんが、行動を阻害する砂の嵐を繰り出す。おいおい、仮面をつけているとはいえ目にゴミが入るのは嫌な気分なのだが!?俺はルプスとの鍔迫り合いを止め、発動した砂の嵐を利用することにした。

 

 ここで地面に手を当て、自分とイビルアイの周り全体に炎を流し込む。砂の嵐で敵味方問わず位置情報が分からない為、せめて自分の身を護るために使う建前の技だが、こっそり狙ったイビルアイには避けられた。

 

「無事ですかイビルアイさん、危なっかしかったので援護したんですが…!」

「助かったぞオルタ殿。くそっ、モンスターがチームを組んだり、協調してきたり間違ってるだろうが」

 

 イビルアイがそう愚痴る。いやいや、ユグドラシルでも昔からの有名なゲームでも特定のモンスター同士の合体攻撃とか普通にあったよ?この世界だと、そこまで浸透していないのであろうか?

 

「愚痴っている場合じゃないですよ、ここで弱音なんてらしくない。モモンさんに文句言われますよ?」

「!そ、そうだな!…モモン様の為にも、もう少し時間を稼がせてもらうぞ!」

 

…何故、アインズさんの事となると彼女の声が裏返るのかと思いながら、俺はどさくさに紛れて次の合流ポイントに向かう。

 

 

舞台裏

 

「この部屋は安全なのだな?」

「大丈夫でございます。ここでの会話を盗み聞きできる者などおりません」

「…ふう、何とか周りをごまかしながら辿り着けた」

 

 王都内のとある住居に、俺とアインズさんがデミウルゴスと真正面に向き合いながら座っている。傍には護衛としてマーレがついてきている。ここで、ようやくアインズさんにデミウルゴスが立てた計画の全容を伝えることができた。

 伝言(メッセージ)で伝えればそれだけで簡単かもしれないが、アインズさんもモモンとして役が大忙しだ。ここまで壮大な計画となると一度で大量の情報が流れ込み、忙しい彼の判断も曖昧になってしまう。そうなっては計画に破綻する可能性が上がる為、一度このような落ち着いた場所で相談する方が良いのだ。

 

「ふむ…デミウルゴスよ、こちらを使うとよい。同じくウルベルトさんが作られたアイテムだ。試作品だが用は足りるだろう」

 

 倉庫内にある全ての財を奪う作戦。囮となる悪魔を召喚するのに、アインズさんが懐からある物を取り出す。それは、同じくウルベルトさんが作った悪魔像だ。しかし、デミウルゴスが持っているのと比べると、装飾がただの銅像のような地味な造形だが、第10位階魔法を半分の3回も発動することが出来る。

 

「あ、アインズ様のお手持ちの物を使うなど…!」

「そうか?ならばこれはデミウルゴスにやろう。ウルベルトさんも、自分の失敗作がいつまでも残っているのは恥ずかしいかもしれんぞ?」

「なんという…感謝致します…!」

「よせデミウルゴス。お前の忠義への礼だと思え」

「私たち守護者は御方々に作られた者。ならば消滅するその時まで忠義を尽くすのが当然…!にも拘らず繰り返し御慈悲ある御言葉をかけてくださり、尚且つこれほどの褒美をいただけるとは!このデミウルゴス、より一層の忠節を捧げさせていただきます!!」

 

 デミウルゴスが膝を地につかせながら、深々とアインズさんから丁寧に銅像を受け取る。そして、度重なる我々至高の方からの慈悲に涙が溢れそうな、忠誠度MAXの意気込みを語った。流石のアインズさんも「あ…うん…期待しているぞ」と引く程に。

 

「それとデミウルゴス、炎の壁の中にいた捕まえた人間達の事であるが……ネモさんと、ペストーニャとニグレドの案に私は賛成している。子供だけをカルネ村に住ませよ。他は老若男女問わず、ナザリック地下大墳墓…そしてこの私に無礼を働いていない人間には苦痛無き死を与えよ」

「ありがとうございます、アインズさん」

「いえいえ、ネモさんからの案なんです。いくら人間と敵対しているとはいえ、そう全部が全部無下には扱うわけにはいきません」

 

 アインズさんも賛同してくれた事には感謝している。この身体(からだ)になってからは、俺もアインズさんも人間という種族に親近感はない。ナザリックの利益のためならばいくら殺したところで心が痛むこともない。だけどそれでも…元が人間だった影響なのか、何とも言い難い感じがするのだ。そのことを踏まえ、俺はアインズさんにある提案をする。

 

「それとアインズさん、この作戦が完了すれば…恐らく我々は感謝として国王に賞賛されるでしょう。その役を、私に任せてもらえないでしょうか?」

 

 俺が提案するのは、王国の未来についてだ。

 国王も参戦している今回の悪魔騒動、当然各国から目をつけられるのは間違いない。それにて、この王国に利用価値があるかどうかを見極める、品定めの最終チェックとして王国のトップに近づく事だ。リスクがあるかもしれないが、八本指を抑えている時点で問題ない。セバスからの報告通りなら、一部の貴族が八本指と癒着している為良い印象なんてない。利用価値があれば生かす、無ければ全てを奪いこちらがより良い利用に切り替えればそれで問題ない。

 

「…わかりました、ネモさんなら問題ないでしょうし許可します」

「ありがとうございます!」

「後は今回の騒動の悪評をヤルダバオトに、か…なるほど納得した。そろそろ広場に戻ろう。それで、私にこれから協力してほしいことはあるか?」

「あとは私を撃退していただくだけで問題ありません。アインズ様の引き立て役になれるよう、精一杯努力したいと考えております」

 

 

王都広場

 

 場面は再び最初に居合わせた広場へと戻る。瓦解した建物の陰に隠れながら、イビルアイの戦いを観察する。ほう、数分ほど話していたというのに、ユリとは互角に渡り合えている。ここで殺すのは惜しい。ここでマーレに撤退の地震(合図)を出してもらい、伝言(メッセージ)にて他のプレアデスたちと隠れていたシズが爆発用の煙を出す。あたかも激闘したかのような演技で漆黒とアブソリュート、ヤルダバオトが舞い戻った。

 

「まだ戦えるか?」

「無論問題ないです」

「奴らやりやがる…突破口が見えないが、どうしますモモンさん?」

「このまま押し込めばいけると思いますが…」

 

「…提案があるのですが、この辺りで引きますので勝負はこれぐらいにしませんか?」

「ふざけるな!」

 

 作戦が完了して撤退するのだが、そちらから見れば勝ち逃げと思われるイビルアイが待ったをかける。

 

「…かまわない」

「モモンさんがこのような頭の悪い女を、何故連れて来たのか見当もつきませんね…少し考えれば分かるんじゃないですか?悪魔の群れが、いつでも王都全域を襲えるよう待機させております」

「何だとッ!王都を…人質にする気か!?」

 

 まあナザリックが本気を出せば、王国なんてあっという間に征服できる。最終チェックの前に、それはどうも気が引ける。

 

「ではこれで撤収させていただきます。残念です、アイテムを回収するという目的も果たせないのは…!」

 

 その言葉を最後に、ヤルダバオト達とその配下が去っていった。彼らが去ると当時に、街に覆われていた結界が解かれ、アインズさんの咆哮と輝く朝日によって悪魔騒動は幕を下ろすこととなった…。



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王城での仕打ち

王城 アルシェ

 

 我々ジェスターは、現在王都内の心臓である王城にいる。

 

 豪華な絨毯の上をガゼフ殿を先頭に歩いていけば、多くの城に使える召し使いや貴族たちに出くわす。そのほとんどの者が2人に注目してしまい、あわや転倒や壁に衝突しそうになっていた。

 

 こうなる理由はただ一つ。数日前のヤルダバオト筆頭の悪魔の軍勢から王都を守ってくれた事への、王直々の感謝と褒賞を受け取る為である。王国の歴史の中でも、あれほどの事件は過去史上最大と言っても間違いなかった。

 

 特に私に対する反応が大きいのだろう。敵である帝国の冒険者を王城へ招く…そのような貴族が許された地に歩くなんて前代未聞だ。しかし、蓋を開ければその考えは180度変わる。ガゼフ殿が言うに周りの反応は、貴族の女性にも負けない清らかな顔立ちで、美が行き届いている妖艶な冒険者として映っていたらしい。中にはこんな事も…

 

「これは美しいお嬢さん、この後御茶でもいかがかな?2人きりで話さないかい?」

 

 男は貴族らしく綺麗な服装をしているが王国の恩人でもあるアルシェの全身を値踏みするように眺めると、目は嫌らしいものに変化して丁寧だがどこか嫌悪感を感じる口調で喋り近づいてくる。

 

 眉を潜める私のことなどお構いなしにその手をとろうとする貴族に待ったをかけたのはガゼフ。彼らの間に割り込み、手をとろうとした男の手首を掴んで止めた。

 

「これはストロノーフ殿。私の邪魔をしないでいただきたい」

「そういう訳にはいかぬ。この御方は王の・・・ひいては私の恩人なのだ。気安く触らないでいただこう」

「ちっ、平民出の癖に生意気な・・・まぁいい。ではお嬢さんまた会いましょう」

 

 止められた貴族はガゼフ睨むが戦場で鍛えられた彼が怖じ気ることなく睨み返したので、貴族は舌打ちをすると乱暴に腕を振り払い去っていった。このように、一瞬私にちょっかいをかけようとする貴族は、ガゼフの無言の威圧で冷や汗をかいて去っていく。

 

『アルシェ、大丈夫か?』

『えぇ。まさか勧誘されるなんて…斬り殺すのは止めてくださいね?』

 

 ネモ様が今にも殺気立ちそうなので静止しておく。しばらく歩いていると、一つの大きな扉の前でガゼフ殿が立ち止まった。

 

「ここが王が居られる玉座の間です。心配はしていませんが失礼のないように」

「ええ、いつでも大丈夫ですよ」

 

 いざ門が開かれると、奥の大きな玉座に座る白髪頭に王冠をのせた年配の方が王なのだろう。ガゼフに続いて入ってくるジェスターに強い視線を向けてくる。玉座の他には中央をぐるっと囲むように席が用意されており、豪華な衣装を着た貴族たちが余裕そうな顔から彼らをみた瞬間に驚愕の顔を浮かべて目を離そうとしない。その中には、依頼主であるウロヴァーナ辺境伯もいた。

 

 中央にきたガゼフが膝をつき頭を下げたので3人もそれにならっておく。緊張していた私には同じようにすれば良いと伝えていたのでスムーズとはいかないが同じ姿勢になる。

 

「我が王よ。この度の謁見の許可嬉しく思います」

「なに、王国の恩人なのだ。ならば私の恩人でもある。私からも礼が言いたかった。そこの者たち面を上げよ」

 

 ガゼフが口を開けば王がうなずく気配と同時に顔を上げれば、王は小声でなにかを呟くとざわつくこの場を杖で床を叩くことで粛然とする。

 

「うむ、此度は悪魔から王国を守ってくれた事、私からも礼を言わせてくれ。其方が冒険者の頭か?誠に大義であった」

「…リーダーのオルタと申します。このような仮面をつける事をお許しください。この度は王からのお言葉、大変嬉しく思います」

「なに、それくらいの事は気にしておらん。其方たちを歓迎しよう。お前たちは私とあのものたちを残して去りなさい」

「し、しかし、王よ!」

 

 王の前だというのに決して臆さない言葉に、彼らが教養をもつことがわかった王は満足げにうなずくと周りの貴族に向かって退室するよう促すが、貴族たちは不満そうにして動こうとしない。それに焦れた王が一転して一喝をしてみせた。

 

「私の命だ!すぐにここから去れ!もうあれこれ言い訳は聞かん、汚名返上の機会がきたのだ。しっかりとするようにな!」

「……」

 

 王の言葉にすっかり勢いをなくした貴族たちはアブソリュートと、一部の者はウロヴァーナ辺境伯をひと睨みするとこの場から離れていった。大方、先程の悪魔襲撃に関して辺境伯が抜け駆けしていた…なんて事なのであろう。威圧的に貴族を玉座の間から出ていかすとさっきとは違う、にこやかな笑顔で3人を見ていた。

 

「すまんな、お礼だというのに堅い言葉になってしまった。あれらの目があるうちは、王として振る舞わなければ後々面倒でな」

「心中お察しいたします。上に立つものはあのような態度でなければいけませんので、お気になさらないでください」

「王よ、そろそろ本題を…」

「うむ。聞いていた通りの御方だ…それで、そちらが帝国の冒険者か?」

 

 今度は私に話題を振って来た。皇帝とアインズ魔王の露見でこの場の雰囲気は少し慣れていたが、やはり緊張はする。下手をすると罵倒の言葉が来るかもしれないが、勇気をもって自己紹介する。

 

「はっ、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェと申します。この度は私のような者をお招きしていただき、大変嬉しく思っております」

「ほう…礼節が行き届いておる。まるで何処かの貴族かと勘違いをしてしまったぞ。これは考えを改めんとな…誠に大儀であった」

「!も、勿体無きお言葉です」

 

 王の言葉に緊張をしながらも受けとる2人に思うところのあるガゼフだが、ランポッサは特に気にせず笑っていた。

 

「それで、もしよろしければ貴殿らの知恵を借りたい」

 

 復興作業が続いている王国に、これからも来るかもしれないヤルダバオトという厄災に対する会談を頼まれてしまった。当然、こちらとしては予想していたことだ。向こうは全く未知の存在に対する情報が欲しい。

 そこに付け入る隙が生まれる。全てを知っているこちらは考察と所感を言うだけだし、嘘の情報を握らせて弱体化を図る。

 

 それからも打ち解けた王とジェスターは、終いには旧知の仲のように会話を始めていたのでガゼフは別の意味で頭を抱えてしまった。どうかこの4人が自分がいないところでプライベートな事を出さないのを願うばかりと考えながら、全員客間に移動する事となった。

 

 しかし、この会談がとんでもないことになるとはこの時は誰も思わなかったのである…。

 

客間 アルシェ・ネモ

 

 王の露見から1時間後。ジェスターの2人は国王とガゼフ、ウロヴァーナ辺境伯に続き客間に向かって移動をしていた。移動している時も、最初と同じく貴族やら使用人やら目線が気になるが、国王とウロヴァーナ辺境伯が発する特有の威厳のおかげで全くと言っても気にしなかった。

 

 客間に到着し扉を開けると、意外な人物が待ち構える。

 

「父上、皆様方…お待ちしておりました」

 

 目の前にいる小太りの男性、彼はレエブン侯から王に推薦されている第二王子の"ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ"。今回のヤルダバオト騒動でも、王とガゼフと同じく前線に立っていた。この様な体躯のおかげか向かい合って一目でわかる。この男、どちらかというなら軍略に長けている男であると。そしてそのまま、ヤルダバオトに関する会談が始まった。

 

「ヤルダバオトによって破壊された建物や道路の復旧には、今しばらく時間がかかるでしょう」

 

 ザナック王子がかき集められた報告書を手に、王都の状況を簡潔に説明する。まあこちらとしては、人質と物資を簡単に頂戴する為に悪魔たちに好き勝手に暴れさせた命令しか出してないが、十分な損失だ。

 

「お兄様、悪魔に連れ去られた方たちは今どうなっているのでしょう?」

「調べてはいるが…そもそも、どうやって1万人近い者たちを移動させたのかすら分からん」

「(すいませんそれ、転移魔法のおかげなんです…)」

「…アルシェ殿から見て、どう思われるか?」

 

 私がそう心の中で謝罪する時、ウロヴァーナ辺境伯から質問が出た。国王から知恵を貸してほしいと懇願された時点で、自分の考えを出さなければならない事は承知していた。ここに嘘の情報を流し込む隙が生まれる。

 

「そうですね……実際見て見ない事には何とも言えませんが、物や人を移動させるのには想像以上の魔力が必要になってくるというだけしか……」

「そうであるのか…」

 

 国王が期待していたが、すぐに落胆してしまった。帝国とは違って、そこまで魔術が普及されておらず関心も低い王国にとって貴重な情報を提示するわけにはいかない。例えあのフールーダの名前が出たとしても、聞いたことがあるけど何した?というレベルなのだ。名前と具体的な位階を出さなかったのは良い嘘情報だ。向こうには、悪魔はとんでもない魔術を秘めているがどれくらいなのかは分からない…と勝手に妄想させておこう。

 

「父上、お気を落とされぬよう。民たちは皆 悪魔と戦った王の意向を讃え、王都の復興に励んでおります」

「全ては、お前とラナーの賢策によるものだ」

「現在、ヤルダバオトが求めていたと思しきマジックアイテムを魔術師組合に調査させています。そこから奴の尻尾が掴めるやもしれません」

 

 ごめんなさい、それ高価なんだけどただの使い捨てアイテムなんです。まともな援助を受けていない魔術師組合があの悪魔像を調べても、ブラックボックス過ぎて大金積まれようがお手上げなのは目に見える。この王国は全く魅力ない事は十分に分かったし、さっさとナザリックに帰りたい。このまま何事もなく会談が終われば、とそう思った時だ。

 

 

「お待ちください!」

 

 扉の外でメイドが叫んでいる、何事かと思った次の瞬間…扉が勢いよく開かれた。

 

「ごきげんよう、父上」

 

 客間に入ってきたのは、国王の息子であり王位継承に最も近い男である第一王子"バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ"。その隣には、その第一王子を推薦している貴族派閥の筆頭、最も広大な領地を持つと言われているボウロロープ侯だ。

 その二人がずかずかと客間に入り込んでいる。この会談は今いるメンバーのみの参加で許されているのであるが、いきなり現れるのは急用とはいえ不躾過ぎないか?

 

「バルブロ王子、ご子息とはいえ王の許可無く御前に出るのは許されません…!」

「平民の分際で口を挟むな!」

「まったくだ!不敬罪でひっ捕らえてやろうか!?」

 

 代わりにガゼフが提言するが、あろうことか平民という扱いだけで一蹴された。

 

「ボウロロープ侯、彼は私の身を守る王国戦士長。職務故の発言をしたに過ぎない」

「騎士とは貴族だけがなれるもの。そんな者を側らに置かれては危険ですぞ」

 

 あぁ、この発言で確信した。こいつら完全貴族主義の連中だ。アルシェからすれば、かつての父だった男を見ている風景に見えるのであろう。顔も少し俯いている。

 

「それで、何用かな?」

「何故エ・ランテルに兵を集めないのですか!?」

「帝国が攻めてこないからですよ兄上…」

「常ならば、収穫の時期を狙って帝国が戦を仕掛けてくるはず。わざと時期をズラしてこちらの油断を誘っているのであろう」

 

 バルブロが訪れた理由、それは帝国との戦争の件だ。例年であれば、作物の収穫時期を狙って帝国から仕掛けてくるとルシェが言っていた。そういえば貴族連中とすれ違った時、そんな話が耳にちらほら入っていたな。

 だが、相手はあのジルクニフだ。ヤルダバオト襲撃の件は耳に入っているはずであろう。攻め入る好機ではあるが、直ぐに戦果が欲しい王国貴族とは違って無作為で動き出す程帝国は馬鹿じゃない。それに、復興がまだ途中だというのに戦争準備なんてどんな神経しているんだ?…っと、ここでバルブロがこちらを見て、蔑んだ目をした。

 

 

「…父上!何故奴隷如きの帝国平民などを招き入れているのです!おまけに冒険者などと下賤な連中を!こちらの情報を流すスパイですぞ!!」

「王子の言う通りですぞ。しかもビーストテイマーなどと訳の分からん者を。動物を使役する?放牧民など獣臭くてかないませんわ!」

 

 

 ここでバルブロが、俺達を指さしながらとんでもないことを口にする。

 

 何を言っているんだコイツ?…まさか、俺達が帝国のスパイだというのか!?確かに発足したのは帝国ではあるが、元々冒険者は国同士の問題に加担しない。こちらはあくまで先のヤルダバオト関連で協力しているだけだし、この会談も冒険者組合で承認済みだ。そんな事をすればプレート剥奪ものでもう一生冒険者に戻ることは不可能だ。

 

「…それともう一つ、ウロヴァーナ辺境伯!貴殿もですぞ!帝国と繋がっている冒険者を雇うなど…私と同じくバルブロ王子を推薦した身で裏切るおつもりか!?」

「………」

 

 今度はボウロロープ侯が、依頼主であるウロヴァーナ辺境伯にありもしない考えで疑いが飛び火する。対する彼は動じない様子であったが…。疑うのであれば、情報を流しているブルムラシュー侯だろう!?

 おまけに、奴隷制度を廃止にさせたラナーの前で堂々と奴隷呼ばわりとは…ボウロロープ侯が早々とアルシェに近づき乱暴に腕を掴もうとするが、レベル差なのか椅子からびくともしなかった。

 

「息子よ!ボウロロープ侯!今は大事な会談なのだ!王国を守ってくれた恩人に対し手を上げるとは!これ以上ありもしない事実で混乱させるならば、即行に出て行ってもらうぞ!!」

 

 ガゼフも剣を抜かざるを得ないこの状況に、国王は痺れを切らして二人に一喝する。ギロリと睨まれた二人は先程の勢いが嘘であったかのように大人しくなった。まるで王位継承者というより、腰巾着を見ているようだった…。

 

 

 

その後 王城門前

 

 

「オルタ殿、このような事になってしまい…本当に申し訳ない」

 

 会議終了後、二人を先に帰らせ ガゼフはオルタに向けて謝罪する。別に謝ってほしくもないんだが、王国貴族とはああいう理不尽な連中であることを改めて思い知った。もうこの王国に魅力を感じない。

 

 …終いには「父上!帝国も悪魔も全てこのバルブロが仕留めて見せましょう!我が弟や冒険者達では対処が難しいですからな!」と愚痴っていたが無理無理。あんないくら体格だけが良い男なんてデミウルゴスの前に出されたら塵一つも残らないであろう。ザナックもラナーも内心笑っているように見えた。

 

「面白い王子でしたね、気に入りました…殺すのは最後にしておきましょう」

「…今のは聞かなかったことにします」

 

 俺の何気ないブラックジョークに、仮面の中では全く笑っていないことを察して真顔で受け流すガゼフ。それよりもアルシェが心配だ。久々の最悪な貴族に会って、トラウマを思い出していないのであろうか?あんな自分勝手な貴族を守らなければいけないガゼフもご愁傷様だ。その事を踏まえ…ネモとしても、冒険者オルタとしても彼に質問したいことがあった。

 

 

「…ガゼフ殿、一つよろしいでしょうか?」

「なんでしょうか、オルタ殿?」

 

 

「――――…貴方は、これで満足しているのですか?」

 

 この質問に、彼は一瞬面を食らったような表情をしていたが、直ぐに平静さを取り戻す。

 

「…それは、どういった意味でしょう?」

 

 言葉通りの意味だ、と俺は付け加えた。

 今回のヤルダバオト事件で、王国の様々な暗部が明るみに出た。その中でも…一部の貴族が八本指が増長させたのではないかと、国王と貴族に対する風潮が悪くなっていることだ。マーレの拷問による報告から裏は取れている。

 

 そんな王制を守っている戦士長も、いずれは貴族と同族や結託しているのではないかと疑われるかもしれない。民たちが疑心を覚えれば、後に連鎖となってやがては反感、暴動なんて起きてしまえば手遅れだ。

 

 そんな実力も人情もある戦士長を俺は…いわば、王都という負が蔓延っているゴミ貯め場から見つかった『ダイヤの原石』と思えた。王国でなくたって、どこだって理想も生活も貫けることが出来る。俺だって好条件だったら違う国に行くかもしれない。当然ナザリックから動くことはないだろうが。

 

「…余計なおせっかいかもしれません。貴方が王国からどのような恩を受けたのかは知りませんが、この王国は貴方にとって狭すぎる…引き際も考えた方が良いですよ?」

「フッ、その忠告は素直に受け取っておこう。しかし、私は王国の人間だ。最後まで王国に忠を尽くす…それだけさ」

 

 そう忠告するも、彼は笑顔で答える。

 

「いつか…本当の事を話す時が来たら、その時は違う答えを聞かせてくれますよね?」

 

 俺はそう言い残し、彼を背に王城を後にした。

 その答えは―――後に…あの地獄で最初で最後の答えになるのであった。

 

 

 

 

―――――大虐殺まで、残り 数ヶ月。



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カルネ村のちょっとした出来事

ナザリック地下大墳墓 アルシェ

 

「アルシェ様、おはようございます!」

「おはようツアレ。ここの生活には慣れた?」

 

 早朝。朝の湯浴みで火照っていた体を、セバス様が連れてきた新人メイド"ツアレニーニャ・ベイロン"とホムンクルスのメイドたちが綺麗に拭いてくれた事に感謝しながら、彼女に問いかける。

 私と同じく、外界からこのナザリックに転職してきた数少ない人間だ。尤も此方は異種族に転生したのだが、仲良くやっている。

 

「はい、セバス様とペストーニャ様のおかげで慣れてきました!」

「ふふっ、その様子だともう心配する必要はなさそうね」

 

 ゲヘナ作戦の時は八本指関連の人攫いに怯えていた彼女であったが、今ではその恐怖も顔から見て分かる通り綺麗さっぱり無くなっている。このまま私のように、何事もなく不自由な生活を送ってもらえば万々歳だ。そして、今日もナザリックのお仕事へと勤しんでいく。

 

カルネ村 エンリ

 

「おはようエンリ」

「村長さん、おはようございます」

「おはよう、ゴブリンさんも元気そうね」

「あい、今日もバッチリ畑仕事を手伝いますからね」

 

 エンリ・エモットの一日は随分と忙しくなった。ゴブリン達を配下に収め、今ではこのカルネ村の重要戦力とも言っていい。帝国兵士に化けた法国の者に襲われてから早数ヶ月、少しずつ村の活気を取り戻していたが…。

 

「本当にエンリとゴブリンさんたちには感謝しているよ。お前さんたちがいなければ、この村を捨てなければならなかったろう」

 

 やはり、まだ人手が足りないのが現状だ。あれから、焼き討ちにあった僅かな生き残りが移り住んできてはいるがまだまだ足りない。精々街から来たのは、冒険者を辞めたっていうブリタさんしかいなかった。危険な辺境の村に来ようという物好きはそうそういないだろう。

 

「なんですか貴方ったら、ひ弱なことばかり言って。この前来たお役人だって、当分は年貢を減らすし労役も免除すると言っていたではないですか。ゆっくりと立て直していけばいいんですよ」

「そうですよ。そのうち移住してくれる人だって見つかりますよ」

「俺たちも頑張りますぜ」

「そうだな。ゴウン様とネモ様に救っていただいた命だ。必死に生きて、少しでもご恩を返さないとな…」

 

 全ては偉大なるお二人のおかげだ。我々が受けた恩は計り知れない。せめてものお礼に、この村で必死に生きることを決めたのだから。

 

「さて…そろそろ薬草を取りにいかないと…」

 

 妹のネム達に薬草潰しをお願いしている為、仕事場に移動する。そこにはせっせと作業しているネムが、アルシェさんから預かっている双子の妹クーデリカとウレイリカに教えながら仕事をしている光景が見られた。ついこの前までは我儘で元気だった妹が、今では仕事を手伝ってくれていることに嬉しさと寂しさを感じる。

 

「あっお姉ちゃん!」

「3人とも、調子はどう?」

「見て、もう薬草がないよ!今日だけで全部潰せちゃうよ!」

「「潰せちゃうよ~」」

 

 3人は潰しているのは、エンカエシと言ったこの村の特産品だ。この時期しか採れない薬草であり貴重な収入源でもある。籠を見ると、確かにもうすぐで無くなりそうな勢いであった。するとそこに、狼に乗ったゴブリンライダーのキュウメイさんがやってくる。聞けば、森の奥で何かあったらしい。

 

「2、3日中には森に薬草を採りに行きたいんですけど…」

「それは危険ですよ姉さん」

「まずは森を調べないと。ただ、俺たちも村の手伝いで手一杯だからな…」

 

 これはマズい事になった。この薬草を逃してしまっては、当分の間は収入が下がってしまう。かと言って森には危険な魔物がいっぱいだ。リーダーのジュゲムと相談した結果、私たちが薬草を採っている間にゴブリン達が手分けして大森林を見回り、異常の原因を突き止めることになった。

 

「薬草を探すエンリの姉さんの護衛はゴコウ、カイジャリ、ウンライおめぇらだ。テメェら分かってるだろうが、姉さんに傷一つ付けんじゃねぇぞ」

『おう!』

 

 

 

 ゴブリン達も気合を入れて守ってくれたおかげで、目的の薬草を見つけることが出来るも、ここでカイジャリさんが何かを発見し自分達は大木の陰に隠れる。それは子供のゴブリンだ。少なくともこの場所では見たことがない。しかも、体中が傷だらけで重症のようだ。その理由はすぐにハッキリする。

 

「バーゲスト…!」

 

 その先には黒い角と鎖を纏った狼"バーゲスト"が何かを探しているのを見つけた。間違いなく、あのモンスターに襲われているのであろう。無論こちらも危険だが、先程採った薬草の臭いが体中に染みついており見向きもしない。

 

「ンフィー…」

「分かった、助けよう」

 

「あのゴブリンがなぜここまで逃げてきたのかそれを確認しないと…将来的に村に危険が及ぶかもしれない」

「危険は避けるべきでしょう」

「勝てない可能性だってあるんですぜ」

 

 確かに正面から戦うの危険かもしれない。それこそあの子ゴブリンを餌にすれば、その隙に安全に逃げることが出来る。ここで脳裏に、あの時の光景(・・・・・・)が思い浮かんだ。

 

「戦う力もないのに愚かな考えかもしれないけど…助けられるかもしれない人を見捨てるのは、加害者の片棒を担いでいると思う。私は…弱者を甚振るアイツらのようにはなりたくない。お願い」

 

「姐さん……わかりやした助けましょう、お前らもそれでいいな?」

「姐さんの言うことに異議なんかねぇよ」

「同感だ」

「ありがとう」

 

 3人は私の提案を聞き入れ、救出作戦に協力してくれた。ここでバーゲストが遂に子ゴブリンを捕らえようとしていた。食われる前に、4人は一斉に飛び出す。

 

「おいおいワンちゃんよぉ!遊んで欲しいなら相手をしてやるぜ!かかって来いよ!」

 

 ゴコウさんがそう大声で言って、バーゲストをこちらに振り向かせる。その隙に後ろにいたンフィーが薬品を投げる。見事顔に命中し瓶が砕け、中の薬品が顔にかかり怯んだ。次にゴブリン3人に防御魔法をかける。

 

「ンフィーの兄さん助かりやす!」

「この場所では魔獣を抑え込めるほどの粘着力はないです!一気に(ドドドドドドドドド!!)え?」

 

 これからバーゲストを仕留める所で、この辺り一帯が軋むような揺れが起きる。敵味方全員が何事かと辺りを見回す。いやこれは、此処に何かが近づいてくる音!それも、かなり大きいものが…

 

 

 

 

 

「わぁぁああぁぁぁぁ!!!どいてどいてどいてぇぇぇぇ――――!!!」

「アォォォオオオオ―――――ン!!!」

「「「「えっ!?!?うわぁああぁぁあああ!?!?!?」」」」

 

 巨大な何かが走って来たことを察した4人。バラバラの方向に飛び込んでギリギリ避けたが、唯一遅れたバーゲストがその巨大な物の走って来た方向に居たため、そのまま突進を食らってしまった。即死だ。

 

「イテテ…一体なんだ…?」

「!!お、おいおい、なんなんだよコイツは…!?」

 

 バーゲストに突進したのは、それは巨大な竜だ。全体が雲のように白く、大木のように太い脚、鋭い灰色の爪。まるで、大地の怒りを象徴する(ほのお)が具現化したような生き物だ。それよりも気になったのが………。

 

 

 

 

「あ、アルシェさん!?ネモ様!?」

「あっ……エンリ、さん?…ア、アハハ…」

「やれやれ…」

 

 その巨大な竜に、全身葉っぱだらけの少女・アルシェがしがみついている光景に全員がポカンとしていたのであった。スケジュール表にはレシラムと一緒に周囲の捜索兼散歩が書いてあったとか。

 

・・・

 

「酷い傷…ンフィー、何とかならない?」

 

 バーゲスト撃退後、襲われていた子ゴブリンの状態を見て心配するエンリ。誰がどう見ても重症なのは間違いない。この応急処置をしなければ死に至らしめるだろう。

 

「じゃあこのポーションを使おう、ゴウン様に渡すものだけど…」

 

 そう言うとンフィーレアは荷物入れから紫色のポーションを取り出し、子ゴブリンにそれを掛ける。すると、子ゴブリンの傷はたちまち治っていき完治していった。

 

「よし、これでゴウン様に実験は問題なく成功っていえるよね」

「ん…」

 

 今掛けたポーションはリジーとンフィーレアの試行錯誤により生まれた物であり、アインズ様とネモ様が出した赤色のポーション程ではないが青色のポーションより治癒効果がある代物だった。

 

「お、お前たちは?」

「先ず自分の名前から言えよ?」

「ぎ…ギーグ一族の族長の四番目の息子のアーグ」

「アーグ君ね…私はカルネ村に住んでるエンリ」

 

 エンリは自分の自己紹介をし、今までの経緯をアーグに説明して自分の傷を治したポーションを見て驚嘆する。

 

「気持ち悪い色なのにすごいな!あ、いや…ありがとう…ございます…」

「おう、感謝は大事だぞ小僧」

「んじゃあアーグ、なんで傷だらけで逃げてきたか話してくれや」

「襲われたから逃げてきた!」

「簡単過ぎんぞ。どんなモンスターに襲われたんだ?」

「東の巨人の手の者からだ…」

 

 それからハムスケこと森の賢王がトブの大森林から離れたことにより、「東の巨人」と「西の魔蛇」が手を組み、自分達の部族を始めとした他の部族たちを隷属して力を付けているという事を聞いた。

 

「成程…森の賢王が居なくなったからそいつらが進行してきたのか」

(ハムスケがそこまで強大な存在だったとは。あり得ない話ではないけど…でもあいつの姿、もう少し言い様があるだろ…)

 

 エンリの話を聞き、アルシェとネモは顎に手を添えて見過ごせない件だと考える。だが、その前にエンリの考えを聞いてみる事にした。

 

「それで、どうするつもり?」

「アインズさんならば私から相談するが?」

 

「…カルネ村は私たちの村です。私たちでできる限りのことをするべきです。まずは村長に報告してから…明日にもエ・ランテルの冒険者組合に相談しに行ってこようと思う」

「…待って、エンリ」

 

 彼女がそう提案すると、アルシェがそれに待ったをかける。

 

「そういう訳にはいかない。この村を任されている以上、万が一の事も考えてこの事は私達が報告するわ。それに、奴らが攻めてくる村はナザリックの傘下の村。つまり彼らは我々ナザリックに喧嘩を売る事、当然一員として見過ごす訳にはいかない」

 

 カルネ村の防衛を務めている身としての責任から無視するわけには行かないのと、村に何かあれば逐一報告するように言われているのだ。

 

「しかし、自分達の手で村を守ろうとする気持ちは良い事だ。彼に必ず伝えておくから安心したまえ」

 

 そう言うと二人は立ち上がり、ナザリックに向かおうとしたがンフィーレアに引き止められる。

 

「あ、ネモ様。少し待ってもらえますか?」

「どうした?」

「ゴウン様に持って行って欲しいポーションがあるんです、まだ完全に赤色にはなっていませんが…」

 

 そう言うとンフィーレアは先程アーグに使った紫色のポーションを手渡す。ネモは手に取ったそれを興味深そうに眺める。やはり、アインズ様が直々にスカウトしただけはある。出会ってからそれほど時間がたっていないというのに、こうも早く成果を出すとは内心驚いていた。

 

「ほう、ここまで精度が上がっているとは。必ず渡すそう。………そうだ!」

 

 ここでネモは思いつく。流石にこれ程の成果を出したのであれば、褒美をやらなくては。

 

「ンフィーレア、エンリ…お前たちの勇気と成果に私は驚いた。よって、急ではあるがお前達に褒美をやろう」

「「えっ!?!?」」

 

 突然の宣言に、二人は予想通りたじろいだ。

 何故だ?予想以上の成果と自分達でどうにかしようとする勇気に賞賛するのは当然だろ?とネモはドヤ顔を見せる。その顔に察した二人は躊躇ってしまっては失礼に値すると、彼の次の行動を様子見することにした。

 

「案ずるな、これより村の防衛の為に"魔獣"を授けよう。こやつらであれば"3人"の力になってくれるはずだ」

「3人?」

「勿論、ネムの分もあるぞ?」

 

 そう言ってネモは二つのボールを差し出す。

 一つ目のボールが光と共に中から何かが飛び出した。

 

「ヒヒ―ン!」と鳴くそれは、仔馬だ。しかしただの仔馬ではない。

 (たてがみ)はまるで燃え盛る火の如く揺らめいていた。大きさ的には子供一人乗馬が出来る程だ。

 

「これは"ポニータ"。見ての通り、火を操る仔馬だ。これをエンリとネムにくれてやろう」

「いいのですか?」

 

 魔獣というにはもっとおぞましいものだと考えていたが、眼の前にいるのはそこら辺の動物とそこまで変わらない感じだというのがエンリの所感だ。ポニータもエンリが主人だと理解しているのか、鼻先で彼女の手を興味津々に匂っている。

 

「それと、これは"ラルトス"。見た目からは想像できないが、念力を操る魔物だ。これはンフィーレアにだ。」

「こ、この子を?」

「なんだかンフィーレアさんに似てますね」

 

 ンフィーレアと同じおかっぱヘアーで目元が見えないのを、エンリが指摘する。ポニータに比べよちよちと歩く小さい人形だが、エスパータイプであるため侮ってはいけない。

 

「よ、宜しくね?」「(こくっ)」

 

 要件が済み、アルシェとネモが出て行ったのを見て、アーグはゴブリンの一人に二人について尋ねる。

 

「なあ、あいつらは誰だ?」

「この村の守備を任されているアルシェって姐さんとネモさんだ。アインズ様の直属の部下ってのは聞いてるがそれ以外はよくは…」

「ただ、滅茶苦茶つえーぞ?俺達が束にかかっても一瞬で塵芥だろうな」

「へぇー…」




エンリとンフィーレアに相棒追加です。


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敵対者にはまず絶対服従

ナザリック地下大墳墓 事務室

 

 ナザリックに帰還した二人は先程の話をアインズに報告をする。2人の傍らにはハムスケとアウラも共にいた。

 

「ふむ、東の巨人と西の魔蛇か…」

「こいつらについて何か知ってるか?」

 

 ネモに質問されたハムスケはすこし考えこむが、知らない様子だった。

 

「すまんでござる殿、某は面識がないでござる…」

「情報によれば……東の巨人は再生能力と腕力はそれなりですが知性は低く、西の魔蛇は不可視の魔法が使えるが力は弱い、というところです」

 

 どうやらその二つの勢力は、自分達では難しい為ナザリック及びカルネ村周辺を考え無しに蹂躙するつもりなのであろう。無謀というか無策というか…。

 

「それで手を組んだと?」

「恐らくは…ハムスケさんに対抗する為だと思いますが…」

「某、それ程の立ち位置だったんでござるか?」

「お前な、自分の立ち位置位把握しろよ」

 

 自分がそれ程まで影響力があった事に少し驚くハムスケ。それを見たネモは呆れた様な口調で突っ込み、ハムスケは「ぐぬぬ…」と言いながら顔を顰める。

 

「ふむ、どうしますアインズさん?」

「そうだな、少し考える必要がある…」

 

 その後、ネモはンフィーレアから渡されたポーションを二人に献上する。

 

「これは依頼していたポーションか?色は紫…効き目は?」

「先程傷だらけのゴブリンにかけたところ、瞬時に回復を致しました。通常の青いポーションよりも効き目が良いと思います」

「ほう…」

 

 それを聞きアインズは感心する。成果を出してくれたンフィーレアに感謝しなくてはな。

 

「森は探索し強敵と思われる相手は探してはいたのですが…」

「ハムスケと同等程度であれば強敵とは言えない。注意を払えなかったのも分かる」

「掃除致しますか?私のペットだったら数匹送り込めば簡単にできますよ!」

「それでは味気ない。東の巨人と西の魔蛇、どんなモンスターか見てみたいじゃないか。ついでに縄張りの影響力テストも同時に作れないか確かめよう」

 

 アインズ様を中心に、二つの勢力を服従する作戦を考える。それから、最近はアルシェの方が仕事が出来ているとルプスレギナが怒られた事はまた別の話であった。

 

移動中 アルシェ

 

「この先が東の巨人と思われる相手の棲み処です」

「そうか」

 

 作戦立案から翌日。私とネモ様のジェスターチームと、アインズ様とアウラ様のチームがそれぞれ魔獣に乗りながら、敵のアジトへと向かっていた。当然歩くのは面倒である為、魔獣に乗せてもらう事になったのだが…。

 

「…。」

 

 私達が乗るのは、あのスイクンだった。今はネモ様が牽引しているからだが、あの冷たい視線はどうにも苦手である…。

 一方でお二人の乗る魔獣はまるで黒い狼だ。しかし、レベルが高いのは私だってわかる。

 

「それで、アインズ様に敵対行為を為そうとする愚か者どもの処分はどうされるのですか?」

「最初は話し合ってみるとしよう。東の巨人も西の魔蛇も、こちらが知らないモンスターであれば確保したい」

 

 作戦としては、最初は交渉という形で入るつもりだ。無論二つ名から予想するに難しいかもしれないが、このメンバーで負けることは決してないと思う。どちらかというと、相手が泣いて許し乞う光景が目に浮かぶ。

 

「アインズ様はお優しいですよね」

「そ、そうか?私の優しさはその価値のある対象と、後はナザリックに所属する者だけに向けられていると思うのだがな」

「それにしても、相手がどのくらいのレベルなのか…まだ油断はできないけど」

 

 ネモ様とアインズ様が言うに、ハムスケさんと同程度の存在というのであればそれなりに価値があると判断しているらしい。死の騎士(デス・ナイト)と一緒に戦士としての訓練を積ませており、戦士クラスの習得が可能かどうかを確かめる為だとか。もし死の騎士(デス・ナイト)が戦士クラスを持てるのであれば、ただでさえ1体だけでも脅威だというのにそれ以上の戦力を一気に増大させることになる。そんなことになったらこの先大変なことに…。

 

「…アルシェよ、どうかしたのか?」

「ふぇ!?も、申し訳ありません失礼しました考え事をしてしまって!」

 

 しまった!考え事をしていたらアインズ様に声をかけられてしまった!反応が遅れた!これから戦闘になるかもしれないのに、世話になっている王の前でなんという醜態を…!

 

「い、いや、先程から俯いて具合でも悪いのかと思っただけだ。別に他意はない」

「そそそのような温情を!」

「(うわぁ…解っていたけど、まだ慣れてない感じか~)」

「大丈夫だよアルシェ、アインズさんは本当にお前の事を心配しているだけだ……そろそろ、同じナザリックメンバーとして慣れないとな…」

 

 怯えている私の頭をネモ様が優しく撫でる。うぅ…やはり尋常ではないアインズ様を前にすると、未だに恐怖で体が強張ってしまう。こればかりは慣れていかないと…

 

「うわっ!な、なんですかアインズ様!?」

 

 って今度はアウラ様が声を上げた。一体何事!?

 

「いや細い腰だなと思ってな。しっかり食べているか?」

「はい、ご命令通り1日3食決まった時間に食べてます」

「うむ、そうか。しっかり食べるんだぞ」

「はい!しっかり食べてシャルティアを悔しがらせます!」

 

 どうやら向こうで何かあったらしいが…?ただの世話話のようだ。

 

「アインズさん、ちょっとセクハラ紛いの事しませんでした?」

「ふぇ!?」

 

 …聞き違いでなければ、今アインズ様凄い声を発したけど。

 

「コホンッ!そのうちお前たちにも恋人ができたりするんだろうな~」

「…話逸らしやがった(今のはアルシェを笑わすために?)。二人とも、アインズさんから何か変なことをされたら構わず俺に報告してくれ。いくら魔王だからってなんでもいいじゃないですからね?」

「…かしこまりました」

「そ、そのようなことはしてないぞ!」

 

 今のネモとアインズ様のやり取り、なんだか不思議な感触だ。周りに部下がいるというのに、年や上下関係に捕らわれない感じ。本当の友人のよう…といけない、本格的に作戦を展開しないと。

 

「そろそろですね、アインズ様」

「アウラ、連れてきた魔獣を周辺に配置させておいてくれるか?」

「はい!みんな行くよ!」

 

 ここで周りに控えていたアウラ様の魔獣たちが、一斉に先行する。

 

・・・

 

「笑ってしまうなアウラ。お前が作っていた建物を真似しようとしたのだろうな」

「まぁトロール並み…それ以下だな。これはひどい」

 

 敵アジトすぐ近くの光景を見て、アインズ様とネモ様が鼻で笑う。見晴らしは良いが、周りには長さも太さもバラバラな大木が所々乱雑に地面に突き刺さっている。どうやらアインズ様の言う通り、彼らなりに砦や防衛線を築こうとしていたかもしれない。しかし、アウラ様が任されている偽ナザリックの技術に比べたら天と地の差だ。

 

「アインズ様、あそこが奴らの根城です」

 

 目の前の洞窟の入り口を全員確認し、それぞれ魔獣から降りる。洞窟内は少し薄暗くなるため、ここからは警戒心を強め徒歩で行く。それにしても、見張りも居ないとは不用心すぎるのではないか?自分達の強さに余程慢心しているのだろう。

 

「見張りもいないとは不用心だな」

「それでは私が光魔法で先行して、ウッ!?」

 

 入った瞬間、洞窟内から悪臭が放たれ鼻を刺激する。思わず鼻を摘まんだ。これは恐らく…死体の臭いだ。全員耐えきれなくなったのか、アインズ様以外同じく鼻を摘まんでいる。魔獣たちも悪臭が嫌なのか顔を顰めている。 

 

「酷い臭いだ。ガス溜トラップか?いやそんなわけないか」

「足跡を見る限り、この洞窟内には複数体生活しているみたいです」

 

 アウラ様が目の前の地面を指さす。足跡は確かにトロールなどの巨人系だ。 

 

「あまり知性は期待できないな。会談ができればいいのだが…アルシェよ」

「は、はひっ!?」

 

 名指しで呼ばれた瞬間、声を上ずってしまった。その瞬間、その巨大な骸骨の手をそっと私の頭の上に置いた。

 

「今回はアウラと同じく、索敵と後方支援するだけでいい。もし戦闘の際は私とネモさんが前に出て、君は後ろに下がれ。君は既に我がナザリックの一員であり、ネモさんにとって君は大切な人だ。君を絶対に傷つけはさせないことを、前もって断言させておこう」

「は、はい…ありがとう、ございます…」

 

 アインズ様からその言葉と同時に精神を落ち着かせる魔法をかけられたアルシェ。必要最低限、出すぎた行為をしないことを条件に一同は洞窟の奥へと進んでいく。少し進んでいくと、やはり思っていた通りだと考察を確信へと変える。

 

「おいそこのオーガ、食事中のところ悪い」

 

 少し先に、こちらに背を向けて何か貪っているオーガ3体が目に入った。私の出している光魔法と同時にアインズ様の声に気づき、こちらに振り向いた。その瞬間雄たけびを上げる。

 

「ドアホンにしては品がなく騒がしいな…」

「スケルトン…! スケルトン 敵!」

 

 ここでオーガたちが傍にあった棍棒を持ってこちらに近づいてくる。

 

「全員下がれ……汚い!」

 

 アインズ様が前へ出て、異空間から取り出した杖を手に一発体に叩きつける。一番手前に居たオーガは血飛沫を上げながら後ろへ倒れて行った。その光景に残りは怯む。

 

「お、お前 スケルトン 違う!」

「スケルトンと一緒は少し困る。君たちのボス"東の巨人"に会いに来た。呼んで来てくれないか?」

 

 アインズ様がそう言うと、オーガたちは応じるかのように急ぎ足で洞窟の奥へと消えていく。

 

「しまったな…あまりに汚い手だったのでちょっと力を入れて放ってしまった」

「仕方ないですよ。オーガ如き低俗な輩がアインズ様に触れようとしたのですから」

「そう言ってくれると嬉しいよ、アルシェは無事か?」

「はい、ありがとうございますアインズ様」

「(ぷにっと萌さんも、言う事を聞かせるためには一発殴る手も有りだと言っていたな…)」

 

 ちょっとした力でオーガを一発で仕留める…それはちょっとどころではないじゃないかというツッコミは捨て置き、一同はオーガを追う。そして奥から、巨人と思わしく足音が段々と近づいてきた。

 

「トロールか。巨人という看板には些か偽りあり、だが完全に嘘というわけでもないな」

「ハムスケと同程度か?」

「恐らくそんな感じですね」

 

 一同の前に現れたのはトロールとオーガの混同集団だ。そして、一番先頭にいる緑のトロールが恐らくリーダーなのであろう。だがそれだけではない……その者にアインズ様は話しかける。

 

「お前が東の巨人だな?では……そこのお前は西の魔蛇だと嬉しいのだがどうなのかな?不可視化で消えているつもりなのかもしれないが」

「我々の目はそれを見破る。現れなければ体が穴だらけになるぞ?」

 

 私も誰もいないはずの場所に杖を向けネモもそう警告すると、誰かが不可視化を解いた。その正体は魔蛇(ナーガ)の男だ。

 

「なんだ魔蛇(ナーガ)か。確かに蛇というのも間違いではないが、もうちょっと言い様はあるだろ」

「ワシの透明化を見破るとはただのスケルト「スケルトン何しに来た!?」

 

 魔蛇(ナーガ)が喋ろうとしている時に、リーダーのトロールが割ってきた。

 

「私はスケルトンではない。間違った知識を正しておいてもらおう」

「では何だというのだ? 東の地を統べる王であるこの"グ"に名乗ることを許してやる」

 

「ぐ?」

「具?」

「…愚?」

 

 それぞれが首を傾げる。もしかして、それが名前…?

 

「成程、グという名前か。これは遅れて申し訳ない、私の名前はアインズ・ウール・ゴウンという」

「「「…ッ!ハーッハッハッハッハ!!!」」」

 

 アインズ様が名乗ると、相手の集団全員が一斉に笑いだした。なんだ、今のやり取りで可笑しい部分などあっただろうか?それ以前に、目の前のトロールなんて魔力がないただの力任せのモンスターだ。力の桁が違いすぎるアインズ様の実力に気づいていないのだろうか?と内心慌てる。

 

「俺のような力強き名前ではない!臆病者の名前だ!」

 

 臆病の名と主を馬鹿にされたアウラ様が怒るが、アインズ様はそれをさらりと軽く流す。

 

「そこのナーガさんよ、なんでこいつらが笑ったのだ?説明してくれると助かるのだが…」

「あぁ謎の一行よ、こやつらは長き名は勇気無し証とみなすんじゃ」

「それで?お前も私を臆病者だと思うのか?」

「いやそれはない ワシも長い名前だからな。お主の言うところの西の魔蛇 リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃよ」

 

 長いわ!と二人は覚えにくい名前にツッコミを入れそうになるが、飲み込んで話を続ける。

 

「それで、弱き者は俺様の縄張りに何をしに来た?」

「私は森の中央でアンデッドやゴーレムを使って砦を築いている者だ。お前たちが噂をしている"滅びの建物"の主と言えば、分かるかね?」

「「!?」」

 

 その一言で、あれほど笑っていた集団がピタッと止み、長である二人は驚きの声を上げた。

 

「知っているぞ邪魔者!この蛇がギャーギャー言わなければ俺たちだけでお前をすぐに殺したんだ!余計な手間が省けたぞ」

「非常に話が早い。それで私がここに来たのはお前たちと交渉したいことがあったからだ―――命が惜しいのなら服従しろ」

「このバカが!俺が臆病者に従うはずがないだろ」

「グよ、侮るのは危険じゃ!」

 

 これがアインズ様の最大の慈悲だったのであろう。しかし、何も知らないトロールはそれに応じるはずもなかった。リュラリュースと呼ばれる魔蛇(ナーガ)は警戒しているようだが…。

 

「お前はここで食われるんだ!次にそこのチビ共も食ってやる!」

「ハハハハハ!犬より立派に吠えるじゃないか肉ダルマ!」

「なんだと!?」

「ならばこうしよう。お前が臆病者と呼ぶ私から、力強い名前を持つお前に一騎打ちを挑むとしよう。まさか怖くて逃げたりはしないよな?」

「面白い!お前などバラバラにして食ってやる!」

「…私に食べれる場所などないのだが構わん、お前の選択はなったな」

 

 ここでグは自分の腕力を振り絞り、力いっぱいに太い剣をアインズ様に振り下ろす。しかし、剣は無情にもまるで硬い金属がぶつかったかのように音を立てながら弾かれたのだ。

 

「何か不思議そうだな」

 

 これはおかしい、そう思ったグはこちらに背を向け仲間に近づく。すると、なんとその剣で仲間を横一線に斬ったではないか!血を流して倒れたトロールだが、良く見ると斬られた部分から同じ色の皮膚がブクブクと膨れ上がって再生していくのが見える。

 

「成程、トロールの再生能力か。しかし、弱者の生殺与奪は強者の特権と言われるが不快な光景だ」

「グよ、奴は異常じゃ!協力して倒すのじゃ!」

 

 リュラリュースの必死の警告も無視し、アインズ様に斬撃を何度も仕掛けるグ。しかし、全部が先程と同じく間抜けな音が洞窟内に響き弾かれるばかりであった。

 

「やれやれ、シワを作るのはやめてほしいものだ。君の攻撃はこれで終わりかな?ふん!」

 

 トロールの上顎から上がボンッと爆ぜた。

 

「………な"ぁ!?」

 

 リュラリュースは何が起こったのか、理解が出来なかった。いや…結果的にどうなっているのかは見てわかる。さっきまでそこにあったグの頭部が消し飛んでいたのだ。既にトロールの能力の再生が始まっているが、その被害の爪痕は今もあった。目の前のアンデッドが何かしたのが間違いないのだが、どうしてああなったのか。何一つとして分からない。

 

「臆病者だからといって弱いわけではないと、ドングリ程度の脳みそしか入ってない君でも理解できたかな?」

 

 リュラリュースは本能的にヤバイと直感した。自分も加担すれば、今のトロールのように訳もわからぬうちに消されるであろうことも直感で理解した。先程迂闊にも出てしまった言葉を訂正したい気持ちだ。

 

「アウラ、アルシェ、それだけは逃がすな」

「逃がすと思っているの?」

「大人しくしてください」

 

 その為の逃走も許されなかった。目の前の小娘に体を引っ張られ、もう一人の小悪魔から剣のような物体を複数捉えられている。抵抗すれば間違いなく串刺しだ。

 

「治ったか。それじゃあ続きをやるとするか」

「…ハッ!な、なんだ、俺は…どうしたのだ?」

 

 先程は一瞬の出来事だったのか、どうやらグはこの数秒間の出来事を忘れているようだ。しかし、体が無意識に反応している。僅かに後退りをしている。

 

「あれれ~?おかしいな~?臆病者の名を持つ私が前に進んで、勇敢な名を持つグ様が後ろに下がっているぞ?これはどうしてなんだろう?」

「アインズ様の名前が勇敢な名前で、グとかいう変な名前こそが臆病者の名前だからです。ね、蛇?」

「そ、そうです…アインズ・ウール・ゴウン様が偉大な証拠です」

「そうかそうか。それなら納得がいくな」

 

 私の隣でアウラ様に喉を掴まれ、半ば強制的に同意させられているリュラリュース。いや、あのアインズ様の攻撃で既に敵わないと表情から見てとれる。すると、隙をつくようにグと連れのトロールがこちらに棍棒を振り下ろしてきた。

 

「おりゃぁぁあああ!!」

「ネモ様!」

「うるさいぞ臆病者!」

 

 棍棒が振り下ろされる前、ネモ様が割って入りその腕ごと切り裂く。最初の頭を吹き飛ばされた時は違い、今度は即死ではない部位を切り裂かれた為トロール共はまるで赤子のように悲鳴を上げた。

 

「流石は臆病者のトロールだな。一騎打ちの約束破り数で攻めてくるとは…再生能力のおかげでミンチになったとしても生き返れるが―――痛みまでは無くならないようだ」

「な、何者だお前ら…!なんで俺の攻撃が通じない!?」

「そんな質問をされても困るな。それより、そちらが先に約束を破ったのだから…こちらも同じく()を出させてもらうぞ?」

 

スタスタ…

 

 足音がこちらに近づいてくる。それは入り口で待機していたスイクンだ。その青い目はトロール共を見回した後で睨め上げる。

 

「全員散開、存分に暴れてやれ」

「…かしこまりました」

 

・・・

 

「(な、なんなのだ、こやつら…やはりただ者ではない!この一行はわしらより強い!そしてそれを纏めるあのアンデッドは……クソッ!不可視化は見破られる上に逃げ場がない!)」

 

 そこからリュラリュースが見たのは正しく地獄の一言であった。

 人間の女性と天使が様々な魔獣を召喚した後、洞窟内は魔法の弾幕が出来上がり、仲間のトロールたちが無残にもやられていく。

 

「(なんなのだあの化け物は!?"森の賢者"とも違う!あいつらの仲間、手なづけているのか!?ヒッ!?)」

 

 此方は青い身体を持つ大きい獣だ。一つ鳴けば、普段なら天から降り注ぐ氷をそこら中に拡散させ、人間の少女が雷撃魔法で痺れされたトロール共を存分に使って薙ぎ払う。

 

その途中…

 

「!あ、危ない!」

「!」

 

 その連携も全く隙がなかった。

 ようやく一撃が届いたと思ったら、別方向から無防備に攻撃される。数秒間はあの青い魔物と少女の眼が合ったようだが、リュラリュース達はそんな光景を見ている余裕がなかった。

 

 終いには、黒い獣が自分の餌だと喜んでいるように彼らを噛み砕いている。当然再生能力があるので傷つけた瞬間に治るのだが、いつまでも彼らの肉の感触を味わうかのように無限に噛みついていた。永遠になくならないガムのように、獲物を咥えながらその目でこちらを睨み付けられては失禁ものである。

 

 加えて、あのアンデッドと天使だ。あの二人も見たことない魔法を連発し、数十体いたトロール共を一瞬に壊滅状態へと追い込んでしまった。「ここから逃げても外には魔獣の群れがいるから、出た瞬間に食い殺される」と悪魔に言われた際は気を失いそうになる。あの恐ろしい魔獣が外に何体も居るとなると…。出会ってからものの数分で、"東の巨人"軍団は壊滅してしまったのであった。

 

「お前に部下はいるか?トロールがいるといいのだが」

「い、1匹だけおります」

 

「ならコイツの代役は任せることができるかな…いや難しいか」と既に息絶えているグを見ながら、彼が所持していた魔法の武器を持つ。使用者に対して大きさが変化する武器、魅力的であった。

 

「よし近日中に部下を連れて、森に建造している建物まで来い。アウラ放してやれ」

「よろしいのですか?」

「構わない。裏切るのであれば…」

「裏切りなど!ワシにそのようなことができようはずがございません!それができるのは道端のアリを見るようなその冷たい目を見ていない愚か者だけです!ワ、ワシはあなた様の配下となりますぞ!今後はあなた様のために全力を尽くしたいと思っております!」

 

 流石にあの惨劇を見ていとも簡単に服従してしまったリュラリュース。このようなところで反逆して死ぬなどつまらない事だと分かっていた。

 

「まぁ分かった。さっさとこの場から立ち去って部下を連れて来い。それが最初の命令だ!」

「ははぁっ!」

 

 

 

その後…―――――

 

「さて、これで周辺は安全になったかな。アルシェもお疲れ様だ」

「いえいえとんでもございません!このような些細な事で感謝など!」

 

 ネゴシエーションという物理解決からの帰り道。ナザリックでの一仕事を終え、アインズがアルシェに感謝の言葉をかけていた。それでもまだ王の前で緊張してしまうが、慣れるのも時間の問題であろう。

 

 一方のアルシェは、今日の戦闘での出来事を考えていた。

 スイクンに攻撃しようとしたトロールを、雷撃魔法で別の方向から援護した際、不思議と眼があった。

 

「…。」

 

 スイクンが何を考えているのかわからなかったが、戦闘前のあの冷たい眼差しではなかった。自分の勘だが、そんな気がした。

 

「ふふ、私としては"家族"を助けるのは当たり前だと思っているよ……おっと、ネモさんから聞いたが、君にこんな話をするのは不謹慎かな?」

 

 アインズが思っているのは、アルシェが転生する前の人生の事であろう。ネモから帝国に在籍していた時に詳しく彼女の事を聞いたら、その余りにも酷すぎる内容に固まってしまったのだ。

 

帝国(故郷)を想う事は罪ではない。しかし、いつまでも悲しい事を放置してしまっては自分を苦しめることになるぞ?自分でも分かっているだろう?」

「…はい、そろそろ決着をつけたいと思っております」

 

 その時、アインズは見た。いつか見た人間特有の…あの戦士長に劣らない、強い瞳を。

 

「…宜しい。近々、我々"漆黒"も帝都に顔を出すつもりだ。その時はそちらの協力者と色々決めないといけないからなぁ」

 

 夕日を背に二人はゆっくりと歩き出す。このやり取りで、二人と一体の距離は少し縮まったようにアルシェは感じ取るのであった…。




次回は、4期の闘技場編をお楽しみに。


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闘技場

「オルタ様、アルシェ様、よくぞいらしてくれました」

 

 帝都のとある屋敷。現在ネモとアルシェはとある人物に会うため訪れていた…。

 

 

 

「闘技場の武王…?」

 

 帝国の冒険者になったとき、一応頭の片隅には単語程度は置いている。

 

 闘技場…バハルス帝国の帝都アーウィンタールにある公共の娯楽施設である。帝都の庶民たち最大の娯楽の1つで、観光スポットとしても人気が高く常に満員であることが多いらしい。しかも、試合に金銭を賭ける事ができるカジノにもなっているんだとか。

 

 そこでは、仕切っている興行主(プロモーター)たちはこの闘技場を借りて様々な催し物を行う。昔は色々あったらしいが、ルールが改正され死者が出ない日は滅多にないらしい。戦争などを経験したことがない民間人が、目の前で生身の生き物同士が戦う姿が人々にとっては刺激になっており、人が死ぬほど盛り上がりを見せている。それを踏まえ、死者が出る催し物で最も人気が高いものが「闘技大会」である。

 

「初めまして。この国の闘技場で興行主を務めております"オスク"と申します」

 

 目の前にいるこの男が、あの闘技場を仕切っている興行主。

 腕っぷしはそこまで無い様だ。興行しているから筋肉質な男と思っていたが…

 

「貴方が…こうして対面するまでは戦いが好きそうな大男かと思っていましたが…」

「滅相もありません。私はただ強者や武具を好むしがない商人です」

 

 そんな派手な格好をしてしがないと言えるのかはさておき、今回の依頼はこの男からである。どのようなものなのかは見当ついているが…

 

「早速だが本題に入ろう。我々に依頼とは何用か?」

「はい。貴方がたは、聞けば変わった魔獣を使役しているとお耳にしました」

 

 来た。やはり俺達の魔獣狙いか。大方見世物にして、更に闘技場自体を盛り上げたいのだろう。

 因みにタタでの観戦はなく、そこそこの入場料を支払う必要がある。市民の不満解消の意図もあるので絶対に手が出せないほどの金額ではない。その一部分も収益として繁盛している。

 

 試合内容は対等のタイマン勝負とは限らず、亜人奴隷を魔獣に虐殺させる目的のものや、冒険者がチームで参加することすらある。冒険者が出場すると魔法などを使うため、派手な試合になることが多く人気が高い。尤も、魔獣使いである俺たちは公の場で相棒をそんなことには使わせないが…。

 

「我々の使役している魔獣を戦わせたいと、貴殿は仰っているのか?」

「そのとおりでございます」

 

 オスクは嘘偽りなく即答した。目を見ればその真意は本気だ。しかし…

 

「生憎だが、そちらの要求を呑むのは難しい。我々魔獣使い(ビーストテイマー)は、魔獣を使役している冒険者として活動している。人間を守る無害な魔獣として証明する為に活動しているが故、そのような人を傷つける行為に手を貸すのは出来ない」

 

 これにはアルシェにも力強く同意した。人を殺すためだけに魔獣を使うなんて、それこそこちらの魔獣使い(ビーストテイマー)の信条に反している。

 

「成程、そういった信条がありましたか。確かに、冒険者としての誇りを汚すわけにはいけませんな。こればかりは私どもの無礼をお許しください」

 

 そう言ってオスクは軽く頭を下げた。

 

「いやいや、解ってもらえたのであれば構わない。ただ、そこまでこちらに直接的に依頼しているということはそれほどまでに切羽詰まっているとみるが…」

 

 詳しい事情をオスクから聞いてみる。

 こちらもオルタが想定した通りだったが…オスクの悩み、それは最近闘技場の試合自体がマンネリ化しているとのことだった。大方はいつもトーナメントの勝者がいつもソイツなのだと。

 

 

 「ワーカーチーム『天武』のリーダー、エルヤー・ウズルス。かの王国戦士長にも匹敵すると言われている天才剣士で、オリハルコン級の冒険者よりも強いなんて噂もある男です。現に帝国の闘技場では無敗の戦績を誇っています」

 

 王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフに匹敵するのなら、この世界では上位に位置する強者ということになる。それに、天才剣士と呼ばれるほどの技術には少しばかり興味がそそられた。闘技場で無敗の戦績というのも素晴らしい。

 

 そこから導き出される答えは一つ。

 オスクはこのマンネリ化した状態を打破するための方法。それはそのエルヤーを超える超人、新たな勝者を作り出す"大番狂わせ"を考案したのだ。闘技場の新たな勝者の誕生は、観客のボルテージを上げるのには十分なイベントである。

 

「…成程、そういった事情があるならば。こちらの条件を呑んだ上で提案がある」

「どういった提案でしょう。我々のできる範囲でならば…」

 

 俺は脳みそをフル回転させ、オスクにある提案を持ち掛けた。

 

「もし私がそのエルヤー、というやつに勝てば…武王と戦わせてもらえないだろうか?」

「!」

 

 恐らくゴ・ギンと戦った時の話と思われるが、過去に空を飛び魔法と弓矢などの遠距離攻撃で勝利した冒険者チームの戦いがあった。その時非常に盛り下がったことから、闘技場では飛行・転移などの魔法使用は厳禁になっている。

 

 しかし、逆に考えるのだ。攻撃・飛行・転移…それ以外の魔法、例えば補助(・・)魔法を使えばいいのだと。それも、自分自身に向けてはなく、周囲(・・)に対してだ。周囲といっても何もないのだが、土の地面(・・)ならいくら使っても減るものではない。

 

「条件を叶えてくれたなら、闘技場に訪れた際に俺の使役する魔獣を何かしらのショーにでも使用する許可を出そう……如何だろうか?」

「………」

 

 オスクは暫し考える。オルタの条件を吞めば、闘技場の売り上げが戻ってくるかもしれない。ただ、彼の使役する魔獣が決して安全とは言い切っていない案件が悩ませていた。下手をすれば観客に被害が出てもおかしくない。

 

「…一つお伺いしたい、貴方の魔獣は絶対安全なのか?」

「非常時以外であれば絶対に安全だ。そこは保証しよう」

「…わかりました。ならば早々に試合のスケジュールを組ませていただきます」

 

 

・・・

 

 

「おい、止めろよ誰か。いくらエルフの奴隷だからって」

「無理だって、天武のエルヤーだぞ…」

 

「!」

「あれは…!」

 

 オスクとの話し合いが終わり、早速闘技場がどのようなものかを入場した時だ。何やら一人の男が奴隷のような女性を痛めつけている。周囲の話を聞き、天武という名の冒険者チームかワーカーである事、エルフたちはエルヤーが買った奴隷である事等がわかる。

 

 帝国では奴隷の売買は法律によって決まっているので、個人の事情に一般市民が介入することはできない。それも相手が名の知れた戦士であって周囲も止められず、躾という名の暴力がエスカレートする。

 

「見苦しいぞ。」

 

 更に殴りつけようとしたエルヤーの腕を、いつの間にか近づいたネモが止める。工具で挟まれたかのように、エルヤーの腕は動かない。力を込めて動かそうとするも、大地に大木の根を張っているかのごとくびくともしない。

 

「何をする!どう扱おうと私の勝手だろう!」

「見苦しいと言ってる。公で部下の叱責をするのは勝手だが、周囲の目も気にしたらどうだチンピラ?」

「ち、チンピラ!この剣の天才である私をチンピラ扱いだと!?」

「はぁ…戦士ならば周囲も気にするものだろ。剣の腕がいいからと思う有頂天野郎が、自分が中心だと勘違いしている奴はチンピラじゃないか。まさかこんな性格だったとはな…エルヤー・ウズルス?」

 

 自分の名前を呼ばれて驚くエルヤーは、静かに腕を下す。

 そして、ネモのつけている冒険者プレートと恰好をマジマジと見つめ、何かを思いついたかのように声を上げた。

 

「お前…魔獣使いとかいう、オルタってやつか?何の用だ?」

「ほぉ。俺の名前を知っていたか。別に、明日以降に対決するやつを見下してただけだ」

「ふん!たかが牧場民風情がこの天武のエルヤー・ウズルスに楯突いたものだ。今なら、這いつくばって靴を舐める程度で許してやる。それが嫌なら、お望み通り殺してやるよ」

 

「あっはっはっはっは!!」

 

 突然、笑い出したネモに周りは驚く。

 

「お前みたいなド三流に謝罪? 性格もそうだが、言葉使いも三流以下だな。お前に頭を下げるくらいなら、魔獣の糞を豪速球で投げたいね」

「どこまでも私を愚弄するのか!魔獣を自分の力だと思っている分際で!」

「そうカリカリするなよ。近々興行主から伝達が来る、試合くらいは付き合ってやるさ。言っておくが、魔獣の主を舐めていると痛い目を見るぞ」

 

「さて、対戦相手も分かったことだしお暇しますか」とアルシェを連れて、闘技場から去っていくのであった。

 

 

 

皇帝執務室

 

「王国の例の一件ですが、かなりの数の負傷者が出ているそうです。またヤルダバオトなる悪魔を撃退したのは、漆黒のモモンというアダマンタイト級冒険者でした」

 

 皇帝執務室。その中で現皇帝のジルクニフは、先の王国を襲った悪魔についての報告を、国の主要連中と共に聞いていた。被害は相当あるらしく、万が一でもそのような危険な悪魔が侵入されたらたまったものではない為である。

 

「それで?その悪魔はどうなったのだ?」

「逃亡したとの話です。王国は厳重な警戒をしていますが…その後、悪魔が姿を現したとの知らせは来ていません」

「王国は既に疲弊しているということか。ならば…例年の戦を今年は無理に仕掛けずともよいかもしれん」

 

 王国が腐っていることはジルクニフも知っていた。それも、民を守るはずの貴族が無能であることも、一部が犯罪組織の片棒を担いでいたことも承知の上だ。自分が王ならばそんな国は御免だ。そうならない為に自身が断行した政策で無能な貴族共からも大分搾り取った。これで、愚かな王国の二の舞は有り得ないであろう。

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名において命ずる。帝国主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダインよ、悪魔ヤルダバオトについて早急に調査せよ」

「かしこまりました」

 

 気になる情報はそれだけではない。現在、アダマンタイト級冒険者として活躍している漆黒のモモンが、あのジェスターと一緒にこの帝国を訪れていると聞いている。先程聞いた悪魔の件で共に行動をしていたことは分かっており、そこで意気投合したというところか…出来れば直に会いたいものだ。

 

 そしてもう一つ…王国内のとある村で帝国兵士に村人が襲われたという衝撃の情報を得る。勿論、ジルクニフは村人を虐殺せよなんて命令は下していない。一歩間違えれば外交問題であるが、蓋を開けてみれば法国の部隊の仕業であると判明した。その時、村を守ろうとしていた王国戦士長を"アインズ・ウール・ゴウン"という魔法詠唱者に救われたとか。

 

 なんにせよ、両者は人外な力を持っている。それが何かしらの弾みで野に隠れていたところを動き始めた…最悪のシナリオも考えておくべきだ。もしかすると、200年前のかの魔人との戦いの時と同じような苛烈な戦いが起こるかもしれない…。

 

「帝国最強と謳われるお前たちならどうする?」

 

 現帝国の最強戦力である四騎士に相談してみる。

 

「いやーおっかないですね。まぁ俺達4人がかりならともかくオルタの旦那か…その、モモンっていうやつなら何とか相手できるかもしれませんが」

「勝てる相手ならば戦います。難しいようであれば逃げます」

「お二人とも、一応御前会議の場なんですから…」

「…」

 

 数カ月前に起きた死の騎士(デスナイト)事件で、全員ジェスターの実力は読んでいた。しかし、まだその悪魔とモモンに出会っていない彼らがどこまで対抗できるのかは想像できない。故に予想する方が難しい。

 

「構わん、お前たちはそれでよい。フールーダよ…漆黒のモモンとアインズ・ウール・ゴウンについても引き続き調べてくれ」

「かしこまりました」

 

「失礼いたします!」

 

 ここで執務室のドアが開く。入ってきたのは、冒険者の動きを把握する情報部の者だ。

 

「何用だ。何かの報告か?」

「はっ。殿下のお耳に入れておきたいことが…」

「申せ」

 

「はっ。冒険者チーム"ジェスター"のオルタが、闘技場に参加するとの事です」

 

 突然すぎる報に、ジルクニフはその場で目を見開いたのであった。




次に貴方は「エルヤーざまぁ」という!


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闘技場2

試合当日…見渡す限りの人の群れ。

 パッと見る限り会場に空席なんて無く、客席がギッシリと敷き詰められていた。だが、ステージに立たされているネモの実際にこの場に立ってみると、観客席から見る景色よりも遥かに迫力があるだろう。

 

 周囲から伝わってくる異常なほどの熱気と大歓声に、かつてのユグドラシルでの記憶が蘇ってきそうだった。大勢の観客から様々な視線を一身に受けて戦い、文字通りの死闘を演じる。今の状況はゲーム内で開催される大会に非常に酷似しているのだ。

 

『さて、それでは本日の大会の決勝戦です!』

 

 おそらく拡声の魔法を使っているであろう実況の声が流れると、会場にいる観客たちの歓声で大地が揺れるほどの盛り上がりを見せた。そして向かい合う両者――ネモとエルヤーはそれぞれ対照的な表情を浮かべている。

 

「フンッ、牧場民如きがここまで這い上がってくるとはな。だがお前の運もここまでだ。お望み通りに、泣いて許しを請うようボコボコにしてやろう」

「まだそんなことを言っているのかエルヤー。まあいい、これだけの観客が居るんだ。数分後にはどちらが立っているか、ここにいる全員が目撃するだろうさ」

 

 忌々しく睨むエルヤーに対し、ネモはそれを軽く受け流して見下すように笑みを浮かべている。それは自分が格上だと言わんばかりの態度であり、エルヤーにとっては口内が切れるほど歯を食いしばった。ぶっちゃけて言えば、決勝戦まで上がるのは造作もない。これまでの対戦相手も適当にあしらっただけなのだから。

 

 ただ、エルヤーはネモの実力を正確に計れない限り、どんな奇跡が起ころうとも万に一つの勝ちもない。肥大したプライドからか、こちらの戦力を理解していない時点で敗北は確定していると言える。

 

「この戦いは俺の仲間が期待して見ているんだ。そんな中で無様な姿を晒すことはできない。だから、せめて王者らしく盛大に散らしてやるから感謝しろよ?」

 

 ネモが挑発するようにそう告げると、エルヤーは憤死するのではないかと心配してしまうほど顔を真っ赤にし、怒りで身体を震わせた。どう見ても煽り耐性が皆無だ。戦いは相手の冷静な思考を奪うことから始まるというのに…力を持った子供が、そのまま大人になったと形容される精神的な危うさだ。

 

 そして、両者がが沈黙したのを見計らってなのか、タイミングよく審判らしき男が舞台の上に上がってきた。

 

 相手が死ぬまで戦う……決闘と聞いてそんな物騒なことを考えていたが、どうやら試合によっては途中棄権することもできるようだ。尤も、両者は中途半端にやられただけでは降参などしないだろう。この戦いは、お互いの未来が掛かった大事な一戦なのだから。

 

「では両者、準備は良いですか?」

「俺は問題ない」

「私もだ。さっさと始めろ」

 

 審判は小さく頷き、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「では――始め!」

 

 審判の合図と共に動き出したのは、エルヤーの方だった。

 

「縮地」

「!」

 

 ここでネモは、不思議な光景を見る。

 目の錯覚か? エルヤーはその足を動かさず、氷の上を滑っているかのようにスライドしながら迫って来たのだ。そのままエルヤーがその勢いのまま刀を振り下ろす。

 

 一瞬何かのスキルを発動したのかと思ったネモだったが、レベル差でそこまで大したことはなく身体を逸らしてギリギリで回避した。これには観客たちもヒヤリと肝を冷やす。

 一瞬斬られてしまったと錯覚してしまうほど余裕の無い回避に、エルヤーはオルタの実力は自分以下だと安堵した。そして次々と攻撃を繰り出し、遠くにジャンプして避けても縮地で追いかける。

 

「どうした! 私の攻撃に手も足も出ないのか?」

 

 そんな挑発を受けても、ネモはひたすら回避に徹している。

 僅か数ミリずれていれば確実に斬られてしまうであろう距離でギリギリ攻撃をかわしており、側から見ればオルタが一方的に押されているように見えていた。しかし、一部の者たちから見ればその評価は正反対だ。

 

「………。」

 

 そのうちの一人、アルシェも静かに見ていた。

 なんせ彼の事をよく知っており、本気を出せばエルヤーなんて塵一つも残らないだろう。だから気づいていた。これは作戦だ。彼はまだ、一度も攻撃しようとさえしていないのだから。

 

「――もらったっ!!」

 

 そんな声と共に、ついにエルヤーの刀がネモの身体を切り裂こうとした。

 

ギンッ!!

 

「………!!」

 

 ここで金属音が鳴り響く。ここでとうとう、オルタが刀を抜き出して鍔迫り合いが起きたのだ。しかし、当のエルヤー本人は訝しむような表情を浮かべている。よく見れば、オルタの顔は試合前と変わらず涼しい顔をしているのだ。しかも、あれほど逃げたというのに汗一つも搔いていない。

 

「ん、こんなところか…」

「っ!?」

 

 その瞬間、エルヤーがその場から大きく後ろに飛び退いた。

 今まで戦士として培ってきた経験が今すぐに逃げろと警鐘を鳴らし、身体が半ば本能的に動いたのである。

 

 そして、その判断は正しかった。

 

「なに……!?」

 

 何故か…気づかぬうちに自身の頬に一筋の切り傷が付けられており、そこからスーッと少量の血が流れていた。

 

 一体、何が起きた?何故自分の顔から血が流れている?と、一瞬でエルヤーの頭はその思考で埋め尽くされる

 

「おぉ、小手調べはちゃんと避けてくれたみたいだな。あれを食らうようなら流石に興醒めだった。さて、お前の手品はこれで終わりか?」

 

 エルヤーが思考に陥っている中、オルタの声でハッと顔を上げる。そして直後に発せられる挑発の声に、エルヤーはまたしても顔を真っ赤にする。

 

「……私を、馬鹿にするなぁあ! 《能力向上》!《能力超向上》!!」

 

 自分の方が格上だと言わんばかりのオルタの言葉に、脳が沸騰するような熱い怒りが込み上げてきた。憤怒で何もかもが真っ赤に染まり、エルヤーから冷静な思考を奪い去る。それに呼応するように、彼は能力開放を二段階上げてきた。そして…

 

 

「武技《斬・空斬》んんんん!!!!」

 

 自身の持つ刀に目一杯の力を込め、それを力任せに振り下ろす。

 対戦相手を飲み込むほどの風の刃を発動した。それは、エルヤーが闘技場最上位と言わんばかりを象徴する技。それは、不気味な相手を拭き晴らすのに絶好の技であった。

 

「はぁ、はぁ……どうだ! これぞ私が編み出した最強の奥義だ!所詮は雑魚でしかないお前では――」

 

「ほぅ、中々に派手な技だったな。これには観客たちも大喜びみたいだ」

 

 ガキンッ!!

 

 視線の先にいるオルタは、倒すどころかダメージひとつ負っている様子がない。

 なんてことはない。エルヤーの放った最大級の斬撃を、持っている刀一振りで上空へ弾いたのだ。斬撃はそのまま虚空に自然と消えていく。その前に対して力を貯めておらず、自慢の武技を面倒そうに無傷で躱された。その光景に、エルヤーは動揺した。

 

「な、なんで、どうして……?」

「なんでって? その答えは簡単だ。お前の攻撃なぞ簡単に弾いたからだ。むしろ感謝して欲しいものだぞ? 俺があの攻撃を弾いていなければ、あのまま観客席にまで届いていたんだからな」

 

 質問の答えを返すネモは(クエスチョンマーク)を浮かべる。こればかりは認識の差だ。エルヤーは信じられない光景を。ネモにとっては当たり前かのように、会話が成立しなかった。

 

「……弾い、た……だと? 私の攻撃を、お前が? う、嘘だ。嘘に決まっている。そんな、そんな……」

 

 うわ言のように同じことを呟き、怯える視線をオルタに向けるエルヤー。

 能力を最大まで向上させた先ほどの武技には余程の自信があったらしく、それを完璧に攻略されたことでポッキリと心が折れてしまったようだ。この現実を受け止めきれず、軽く現実逃避に入っている。そんな様子にネモはため息を吐いた。

 

「あーあ、これ以上はやっても無駄だから終わらせるぞ。もう少し粘ってくれると思ったんだが……やはりお前は期待外れだったようだ」

 

 オルタは膨大な魔力を集め、一つの魔法を発動しようとしていた。

 

「武技と、言ったか? 折角面白いものを見せつけてくれたんだ。そのお返しをしてやろう」

「!!」

 

 パン!とオルタは両手を合わせる。突如、闘技場に自揺れが発生するした。

 それから地面の至る所から、ボコッボコッ!っと、まるで集められた砂が押し固まった、岩が数個宙に浮かび上がる光景が見えた。

 戦意喪失寸前のエルヤーを置き去り、観客はこれまで見たこともない魔法に声を上げながらも驚いた。それを発動したのは、先程手を合わせたオルタで間違いないと確信した。それと同時に、このような凄まじい魔法を編み出せるアダマンタイト級冒険者であることを一瞬で理解するのである。

 

「安心しろ、俺は魔法を攻撃に使用したりはしない。この宙に浮いている岩は、あくまでも補助だ。お前に投げつけて下敷きにするのは簡単だが、それだと観客が盛り下がるだろうからな」

 

 大岩を従うかのように、エルヤーを見下すオルタの光景は挑戦者のエルヤーから見れば絶望するのに十分だった。ルール無用の戦場であれば、自分はすぐさま負けると一瞬で理解する。そそくさと自分の上空に岩をセットしながら発せられる言葉は流石に耐えられない。

 

「ま、待て。私は降――」

「無様を晒すな、エルヤー。覚悟しろ」

 

ヒュ…

 

「ぐぼぁあ!?!?」

 

 目に留まらないあまりの早すぎるスピードに、エルヤーは消えたオルタの姿を追った。

 しかし、直後に自分の顔に衝撃が走る。エルヤーの縮地以上のスピードで懐に入り、そのまま後ろ蹴りの要領で顎から一気に蹴り上げたのだ。

 

「成程な。縮地というのは、空中では発動できないようだ。まあ逃がすつもりはないがな…!」

 

 衝撃のせいか、ダメージのせいか空中に蹴られたエルヤーは後ろにいつの間に迫っていたオルタに気づかなかった。それだけで飽き足らず…

 

「ごぼっ!ぐへぇ!がは!!」

 

 まるで崖を飛び移る狼のように、周りに設置された大岩に次々に飛び移りながら、中央に飛ばされたエルヤーに打撃を加えていくネモ。飛び出して攻撃し、一直線上に飛び移る行動を繰り返していく。そしてそれは、徐々に上へ上へと向かっていった。周りの観客もその光景に、全員が首を上へ向けていく。

 

「フィニッシュだ」

「ガッ!」

 

 ある程度上空へ到達し、エルヤーの腹に向けて踵落としを決めるネモ。更に…

 

「まだだ!」

 

 落下しているエルヤーより、魔法陣を蹴って彼に追いついたネモはエルヤーの身体を掴む。そのままプロレスで言う、パイルドライバーの要領で地面に叩きつける準備に入った。エルヤーはそこで気づくが、そこは既に地面から数メートルしかない地点であった。

 

「体術、奈落落とし!」

 

 ドゴォォォォンン!!!

 

 物凄い衝撃と共に、辺り一面は土煙に覆われる。

 

 

「そこまで!勝者、オルタ!」

 

・・・

 

同時刻 アルシェ

 

「(次が本番…)」

 

 武王"ゴ・ギン"の登場に、観客席が静まりかえる。

 

 場内でアナウンスが響く。オルタとゴ・ギンの試合が告げられると、爆破を想像させる巨大な音の塊が闘技場を揺らした。全てが、歓声だ。エルヤーが担架で運ばれているうちに、闘技場の別の鉄格子が開く。

 

 無骨な部分鎧に、厳しい棍棒を持った武王がゆっくりと歩いてくる。その一歩一歩に、観客の声援が舞っているかのようだ。アルシェも久々に見たかもしれない。あの巨人こそが、武王ことウォートロール…ゴ・ギンだ。

 

「俺は武王と言われているウォートロール ゴ・ギン」

「私はオルタ。しがない魔獣使い(ビーストテイマー)だ」

 

 お互いが何時でも間合いが取れるよう近づく。ここまで来ると、その身長の差に圧倒されそうになる。

 

「先程の試合は見事であった。連戦とはいえ、全力で挑ませてもらおう」

「こちらは全く構わない…ところで、貴方は私をバカにしないのか?トロールという種族は、名前が長かったり自分より小さい奴を侮辱するかと思ったが…」

「ハハハ! あんな、ワクワクするような戦い方を見せられる強者を辱めるものか?」

「そうか。種族に対する考え方を改める必要があるようだ」

「フハハハハッ!その必要はない。どんな種族にだって様々な考えを持つ者がいる。それだけのこと」

 

 お互いの会話が終わった後、試合が開始される。どうやら武王は戦士として誇らしい方だ。コキュートス様と相性がいいかもしれない。

 

 そこから先は、言葉では難しい表現が待っていた。

 そう。誰もが理解しているのだ。

 この戦いは世紀の一戦になるのではないかと。

 

 剣が

 火花が

 煙が

 

 そして…

 

 

「武王…すまないが、今回は俺の負けのようだ…」

「何を、言っている!情けなど、いらないのだぞ!?」

 

 何十回、何百回の刀と鉄棍棒のぶつかり合い、互いに体力を消耗しつくしていた。

 先に膝をついた8代目武王に千載一遇のチャンスが訪れたオルタだったが、走り出した直後に、滑稽にも地面に滑りながら倒れてしまった。

 

「はぁ、はぁ…情けではない。これ以上続けては、俺の身が持たない。それに俺は、戦場で死を求むお前とは違って、やるべきことがあるからだ…」

「!」

 

 お互い実力者だ。よってどれ程の実力なのかは、武器同士が交わった時点で予想できる。

 技術・力・戦略…この闘技場では全てを出し切る場所である。ゴ・ギンは感じていた。このオルタは自分を超えてくるものだと理解していた。連戦を感じさせないタフさ、様々な戦略、高貴な戦士の誇り…最早一流の漢である。

 

 しかし、唯一違う点があるとするならば境遇だろう。

 戦士と冒険者。オルタは、戦士と共に冒険者だ。戦場が死地とは限らない。彼にも彼なりの譲れない信念がある。言葉を理解しての辞退だろうが、ゴ・ギンの内心は少し悔しかった。だが、その信念を捻じ曲げてしまうのは失礼だと判断した。

 

「ゴ・ギン…武王の称号は、そのまま持っててくれ。代わりに、もう一度戦うと約束しよう」

「!」

 

 ここで、オルタに声を掛けられる。

 

「ここで死んでしまったら、お互いに満足できないだろう? 再戦を約束してくれるのであれば、その時は互いに強くなっているはずだ。なら、その時こそ決着をつけれる最高の試合になる…どうだろうか?」

 

「……… いいだろう、その条件を呑もう。8代目武王の名に懸けて、また戦おう」

 

 周りは新しい王者誕生の瞬間を目の当たり寸前でのギブアップで落胆の声が上がったが、すぐさまそれは歓声に逆戻りされた。世紀の一戦をもう一度見れる。そんな男同士の約束に燃えない要素はない。

 

「武王と再戦だって!?」

「またこんな戦いを見れるというのか!」

 

 そんな再戦約束に、観客のボルテージは最高潮に達したのであった。

 

無論、この試合を見ていたジルクニフと四騎士が唖然したのは言うまでもない。




オバロ式裏○華(かなり優しめ)


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今後の方針

アイアム、ベーリーベーリークレイジーベーリー、エーイエンニトマラナーイ
セーカーイノスーベーテ、コノコクーノナーカァァァァアアアア

…失礼しました、大変お待たせいたしました。
FGOの箱イベにウマ娘のチャンミ…プライベートな時間をそちらに使い、小説投稿に十分な時間がなく空いてしまったため申し訳ありませんでした。
しかし、書き溜めしているので仕上げればすぐ投稿できます。

それではどうぞ!


ナザリック地下大墳墓 アルシェ

 

「面を上げよ」

『はっ!』

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間に…私は居た。

 

 正確には、このナザリック地下大墳墓で働く者達の群衆に入っている。今日はナザリックの全体会議に初めて参加するのだ。周りには自分よりもレベルが上の強者ばかり。初めてアインズ様に出会った時のように緊張してしまう。そして、皆が跪いている目の前には天にも届くような大きい玉座に座っている我らが魔王"アインズ・ウール・ゴウン"。そして、隣の玉座に座っている私が全てを捧げる補佐"ネモ・クリムゾン"。

 

「リ・エスティーゼ王国の一件では、それぞれの役目をよく果たしてくれた。セバス、アルシェそしてソリュシャンよ…前へ」

 

 アインズ様から呼ばれた為、二人と一緒に前へ出る。

 

「長期に亘る情報収集ご苦労だった。お前たちの見事な働きを称え褒美を与える」

 

 一体どんな褒美が…?この尋常ならざる場所だ、何が来たって不思議じゃない。

 

「まずはセバス…お前はツアレの助命を請うたが、保護を約束したのは私が受けた恩義を返すためだ。お前の仕事ぶりとは因果関係を持たない。それ故に望みの物を与えよう」

「アインズ様にこの身を捧げ尽くすのは…」

「配下の無欲は時に主人を不快にすると知れ」

 

 アインズ様の怒りの声で少し驚いてしまった。緊張で体が強張っているが、褒美をくれるのであれば受け取らなければ失礼に値する。これは貴族のルールとして当然のマナーであった。

 

「失礼しました。であれば……ツアレの衣服など生活必需品を頂きたく存じます」

「良かろう、購入に必要な金を与える……デート代わりにツアレを連れて行ってもよいぞ?」

 

 …今のアインズ様なりの冗談なのであろうか?しかし、不思議と言葉に嘘を言っている様子は見当たらない。

 

「よ、よろしいのでしょうか?」

「構わん」

「ありがとうございます」

 

「次にアルシェ」

「はっ!」

 

 私は力強く返事をする。

 

「此度は冒険者として王国への潜入、私の親友であるネモさんの護衛並びにゲヘナ作戦の工作によく尽力してくれた…望みの物を言いたまえ」

 

 正直言って、このナザリックに移動してから生活に全くと言っていいほど不満がない。私にこれ以上何もいらないというのが本音だ。しかし、ここで受け取らなければ失礼する。それ故、同じ答えを出すことにした。

 

「私の望みは…セバス様と同じく、妹達の生活必需品を頂きたく存じます」

「良かろう、購入に必要な金を与える」

「ありがとうございます」

 

 私は感謝の意を示し一歩下がった。

 

「次にソリュシャン、お前の望むものを口にせよ」

「人間を幾人か頂ければ幸いです…よろしければ生きている人間を。もしそれが無垢な人間であればこの上ない喜びにございます」

 

 ソリュシャンさんの言葉と表情に私はゾッとする。この人は見た目はメイドだが、本性はスライムなのだ。人間を食べたいという願望に我慢できないのであろう。

 

「生きている人間か…よかろう。ただし無垢な者は却下だ。お前の要望を全て叶えることができない私を赦して欲しい」

「滅相もございません」

 

「最後にエントマよ、未だ声が戻っていないようだが?」

「お耳障りでございましょうか?」

「そんなことはない。お前もよく働いてくれた。何か望みはあるか?」

 

 最後にエントマさんが呼ばれる。この人はゲヘナ作戦の際に、「口唇蟲」と呼ばれる他者の声を出すことが出来る蟲を蒼の薔薇に倒されたと聞いた。それ故、何とも言えない不気味な声に汗が流れる。

 

「ではアインズ様、あの小娘を殺す機会があれば私にご命令を。あの者の声を奪ってやろうと思います」

「あぁ、あの怪しげな仮面をつけた小娘か…分かった。その時はお前に声をかけよう」

「アインズ様の深きお心に感謝申し上げます」

 

 やはり彼女の願いは、イビルアイへの復讐であった。件の彼女は、今やアインズ様が化けているモモンにぞっこんだ。ナザリック女性陣からしてみれば墳火山の如く、怒り狂うのは間違いない。

 

「それでは…今後のナザリックの方針を決める。ナザリック守護者統括たるアルベド、そしてナザリック最高の知者であるデミウルゴスよ」

 

 ここでアインズ様が二人を見る。

 

「当初の計画の大半が終了した訳だが、ナザリックは今後どのように動いていくべきか方針を語れ。それと他に案がある者は手を挙げることを許す。そのためにもデミウルゴス…皆のために現在の情報を分かりやすく説明するのだ。とりあえずは王国に対してナザリックが行ったことをな」

「かしこまりました」

 

 次にデミウルゴス様から、ナザリックの現状と今後の方針について説明が入る。

 

「諸君、マーレたちの働きにより八本指の長は全て服従した。今後リ・エステーゼ王国の裏社会はナザリックが支配できるだろう…。これによってアインズ様の主なる目的である"世界征服"の足掛かりが得られる。分からなかった愚か者はいないな?」

 

 世界征服……この組織であれば、それも夢物語ではなく現実になると確信している。私は周りと同じく、笑顔で頷いた。そして偶然にも目線が合ったネモからも、温かい眼差しを受ける。しかし、アインズ様の表情がポカンとしていたのは…気のせいなのであろうか?

 

 

同時刻 ネモ

 

「(世界征服だとっ!?一体どこからそんな話になったんだ!?)」

「(落ち着いてくださいアインズさん!ここで貴方1人だけ分からなかったとバレたらどうするんですか!)」

 

 自分から言った言葉をもう忘れてしまったんですか!と俺はアインズさんにツッコミを入れる。冷静に考えれば世界征服というのも悪くはない。悪名でも名声は名声…問題は仲間がそのことを知ったら…まぁその時は素直にナザリックを管理できませんでしたと謝るしかない。

 

「お、覚えていたのか」

「もちろんでございます。アインズ様のお言葉であれば、このデミウルゴス一言一句たりとも忘れはしません」

「そうか、あの時だな」

「そうでございます」

「…あの時だな!?」

「そうでございます!」

「(どの時だよ!)」

 

 なんなんだよこのやり取り、思わず笑ってしまうぞアインズさん。

 

「そうか、私は嬉しいぞデミウルゴス。しかし世界征服とは難しいものだな」

「全くでございます」

「それで…どうすべきだと思う?」

「ナザリックを表に出すべきだと愚考致します。シャルティアを支配した者たちが暗躍している以上、こちらも裏に潜っていては厄介なことになりかねません」

「私も同意見です。今のように極少数を派遣し裏で密かに探るようなことをしなくてもよくなりますから」

「ふむ…確かに魅力的だ」

 

 二人の意見に同感だ、と俺も相槌を打つ。

 

「それで王国を裏から操ってナザリックを組織として認めさせるのね。でもどこかの国に所属したり仕えるなんてまっぴらなんだけど」

「私だって御免だ。王国の現状では魅力がまるでない………ただ1人を除いて」

 

 おっとデミウルゴス、既に協力者と話をつけたのか。

 

「また、国に仕えると言うのは私たちの動きもある程度は抑止されるということ。シャルティアを支配した者たちが組織であった場合、後手に回る可能性がある。故にアインズ様、私はナザリック大墳墓という国を作り上げることを提案いたします」

 

 おぉ…!デミウルゴスの意見に俺は明るくなる。成程、ホワイト組織からホワイト国への建国か。それであればもう裏でコソコソせずに大々的にナザリックをアピールすることが出来る。

 

「念のため説明しておくが、全ては当初からお二人がお考えになられていたことだよ」

『おぉ…!』

 

「(えぇ~!?)」

「(そこまで考えてもなかったんだが…)」

 

「勿論、英知の結晶であらせられる御身の御計画は私のような非才の身では計り切れません。あくまでその一端を察するのみではあります」

「い、いや…さすがナザリック一の知恵者だ。よくぞ見抜いたなデミウルゴス」

「アインズ様の今までの行動、その意味を考えれば誰にでも分かることです」

 

 当の本人は驚いているが、なんとか話が繋がっただけだからな?深読みというのは時に恐ろしいものだ。

 

「そうか…ではデミウルゴス、お前はどれが最も重要だと考える?」

「ふむ…やはり、カルネ村ではないでしょうか?」

「確かに、あれは上手くいったな」

「恐れ多くもお二人が直接乗り込まれて支配された村です。上手くいかないはずはございません」

 

「人間どもの村が?」「し、知らなかったです…」

 

 まあ守護者たちが知らないのは無理もない。あの時は、ナザリックがこの世界に転移されてから間もない頃だった。偶然にもカルネ村を発見して、部下を呼ぶ前になし崩し的にいろんなことが起こったのだから。

 

「人間たちを滅ぼすことは至極簡単だが、あえて平和的支配を選択された。つまりお二人はその時点で世界征服をお考えになられ、そのための実験をされていたということでだよ」

 

 またもや口をあんぐりしているアインズさんを尻目に、俺は話を続ける。

 

「それにしてもデミウルゴス。世界征服の為に建国するのは分かるが、そう簡単に上手くいくとは思えない。我々に楯突くものが現れるかもしれないだろう…」

「おっしゃる通りでございます、ネモ様」

 

 いきなり見ず知らずの組織が建国するとなれば、周辺諸国だって黙っちゃいない。この世界にプレイヤーが潜んでいる可能性はゼロではないし、うっかり遭遇でもしたら全滅なんて目も当てられない。故に、王国の時のように裏から着実に攻めた方が無難だ。

 

「既にこちらは王国と帝国の裏を突くことが出来た。そろそろ、次の国への工作を行っても良い頃合いだ。他にナザリックに丸め込んだ方が良い国はあるか?」

 

しーん……

 

 俺は皆にそう言うが、ほとんどが黙ったままか周りの者をキョロキョロと見るだけだ。基本、ナザリックにいる者達は外の世界に関心がない。それに、楯突くものは殲滅一点のみの考えだ。他国との交流なんて流石に任せられないが……

 

スッ…と、たった一人、手を上げる者がいた。皆がそれに注目する……アルシェだ。

 

 

「それでしたら…―――"竜王国"はいかがでしょうか?」

 

 竜王国…カッツェ平野よりも更に南に位置する国。

 確か情報によると、現在魔獣か何かの脅威に晒されて滅亡の危機に瀕している国であるとか…

 

「ほぉ。アルシェよ、その竜王国と手を結ぶことに我々ナザリックとのメリットがあるというのか?」

「そ、そうですね…メリットがあるかどうかの前提であるならば」

「構わん。意見を聞こう。」

 

 アルシェが仕入れた情報はこうだ。

 最近によると、その脅威とされる"ビーストマン"と呼ばれた獣人が大攻勢を仕掛けてきて、三つ都市を落とされた。今のところはなんとかアダマンタイト級冒険者を中心にビーストマンを撃退しているが、数の差は圧倒的で侵攻軍を止めるには至っていない。

 

 そこで、我々ナザリックが竜王国と接触し、ビーストマンを退け復興を援助すれば代償として情報と技術提供を差し出すことが可能ではないかという案だった。

 

 こちらの報酬はあまり期待できないが…いや寧ろ、一番の報酬は恩義だろう。

 国が一大事の時に助力、更には復興を支援してくれるとならば竜王国へ大きな借りを作れる。元々こちらは外の世界の技術はそこまで進歩していない。

 

 しかし、自分たちと同じプレイヤーやユグドラシルの存在をちらつかせている案件もあるのだ。もしかしたら、竜王国にそのような存在がいれば他の誰よりも早く確保、もしくは排除することだってできる。

 

 俺もアインズさんも、出来ることなら武力衝突はあくまでも最終手段だ。それにこのようなモンスター姿であるならば、真っ先に人間たちは反抗してしまう。

 こちらからオブラートに、尚且つ味方に引き入れて良かったと思えるくらいの好印象な交流を持ったほうがいいのだ。どうせ全種族を束ねる世界平和を掲げる組織なので、向こうもそれに応じるはずだ。ナザリックの圧倒的兵力を前に対抗するなんて、そんなのは馬鹿のやることである。

 

「よろしい、暫くは竜王国並びに周辺諸国を次々とこちら側に引き込む方針としよう。極力、武力はあくまで最終手段だ。皆その心づもりでいてくれ」

 

 こうして、アインズさんの締めで会議は終了することになった。




次回は、彼女が入っていたかもしれないチームあの3人が登場します!


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冒険者の定義と理想

帝国内大通り 漆黒&ジェスター

「帝国は随分と活気があるな」
「左様でしょうか?」

 ジェスターの隣、初めて帝国内を歩く漆黒のナーベの疑問にモモンがそう感心する。

「オルタさんの言う通りだ、歩く者たちの瞳が明るい。自分たちの生活が良くなっていくと信じている者たちの気配を感じる」
「素晴らしいご慧眼です」

 時刻は午前中。アダマンタイト級冒険者である"漆黒"の二人を、ジェスターが案内していた。どちらかというなら、お世辞にも生活が良いとは言えない王国に比べればマシと言える帝国。それは主に現皇帝であるエル=ニクス帝の影響だ。
 流した血の多さから鮮血帝と呼ばれているらしいが、無能な貴族は排し平民でも実力者は取り立てている政策を断行したからだ。魔法の研究も盛んで軍隊も力を蓄えており、街を巡回している騎士達も専業兵士によって構成されている。ナザリックからしてみれば大した力は無いようだが、有事の際には一般の平民を徴兵する王国とは桁違いの戦力である。

「おい、あれ…」
「アダマンタイト級冒険者…しかもジェスターと漆黒だ…」

 街を歩いていると、複数人から当然のように見られる。ジェスターの二人が注目されるのは当然だが、今回はそれに全身漆黒甲冑のモモンがプラスされて余計に注目されている。しかし慣れた光景だ、全員左程気にしていない。

「さてと、どうせ来たのなら冒険者組合にでも行くとしよう。あまり活気は無いと聞いているが、簡単な仕事でも受けて顔を売っておきたい」
「確かに。こちらではワーカーとかいうゴミクズ共の方が多いとか?」
「(ゴミクズって…)」
「正確には冒険者組合に属さない者達だナーベ。組合の庇護を受けられないがルールにも縛られない」

 既に二人にはワーカーの説明をしているが、基本はこのまま冒険者を続けるという安全路線でいくと回答した。オルタとモモンの能内には、前の世界ならば言わば正社員とフリーターような扱いだなと同意見に空を見上げるのであった…。


笑う林檎亭

 

「ほんとだってロバー。真っ黒のフルプレートでさ、でっかい剣を2本背負ってた」

 

 昼下がりの午後。すっかり人気がなくなった笑う林檎亭にて、帝都屈指のワーカー"フォーサイト"のリーダー"ヘッケラン・ターマイト"と元神官の"ロバーデイク・ゴルトロン"が語り合っていた。無論話題はヘッケランが見かけた黒い鎧を着た者だ。

 

「ありゃかなりの凄腕だな」

「傭兵ですかね…」

「いや、他所から来た冒険者かもな。帝国の有名どころは大体知ってるが…あんな戦士は見たことがない」

 

 一目見ただけで直感した。プレートをしているので冒険者で間違いないが、傭兵からは逸脱した存在だと感じられる。自分達とは空気が違うのだ。

 

「でよー物凄い美人を連れてたんだぜ!切れ長の目が涼しげで真っ直ぐな黒髪でさ!」

「そちらが本題ですか。イミーナさんとどちらがお美しいですか?」

 

 やっぱりか、とロバーデイクは溜息を出す。

 

「正直に言えば、その女の方が綺麗だった」

「恋というトッピングが塗りたくられているヘッケランがそう言うとは…」

 

 そうは言っても、ロバーデイクもその二人に興味津々だ。アダマンタイト級という事は、王国で有名なあの"蒼の薔薇"と同格かそれ以上という事になる。

 

「それとよ、あの"ジェスター"が一緒だったんだぜ!」

 

 次の話題にも驚く。ヘッケランが言うに、あの死の騎士事件で名を上げた"ジェスター"も一緒にいたというのだ。

 

「何をそんなに盛り上がっているの?」

 

 どうやらイミーナが戻ってきたようだ。いきなりの登場にヘッケランは名前を呼びながらたじろぐ。どうやら彼女に頼んでいたことが終わったらしい。

 

「戻りましたか」

「それでイミーナ…依頼人の素性は調べられたか?」

「えぇ。今回の依頼者フェメールは、鮮血帝から冷淡に扱われているという噂があったわ。でも金銭的に追い詰められてはいないわね」

 

 彼女に頼んでいた事は依頼人の懐についてだ。ワーカーという職業がてら、稀に内容や報酬に嘘を吹き込まれ詐欺紛いのトラブルも珍しくない。それを防ぐために情報を探っていたところだ。

 

 今回に関しては、その依頼人に金はあるようだ。報酬も貴族らしく前に金貨200、後ろに150という前金が高いという非常に珍しい契約でかつかなり高額、そして調査結果によっては追加報酬ありだ。しかも複数のチームに依頼している。

 そして重要なのは、遺跡は未発見のものらしい。

 

「驚きましたね。そんなものがまだ残っているとは…どうしましたヘッケラン?」

 

 あの辺りに遺跡があるという話は聞いたことがない。かつて、都市や墳墓があったという歴史も確認できていないのがヘッケランの考えだ。このクエストに2人は異議はなく賛同している。

 確かに平野でのアンデッド討伐に比べれば久々に入ったまともな仕事だ。だが、未発見尚且つ未知の遺跡である事はそれ相応の危険やリスクを伴う。チームリーダーとして皆の安全を考える、そこも重要だ。しかし…

 

「(……いつから俺は金にがめつくようになったんだろうな)」

 

 チームメイト2人が不思議そうに見つめる中、彼は天井を見ながらそう思った…。

 

 

数時間後 ネモ

 

「ワーカー共の護衛ねぇ……」

 

 次に受ける依頼に、自然とため息が零れる。

 ワーカーを護衛する任務であるのだが……場所が悪かった。

 

 何故かって?その遺跡が…こちらのホームであるナザリック地下大墳墓だからである。しかし依頼人の前で言うわけにはいかない。それに、現地の冒険者が遺跡に侵入できるかどうかテストしてみたい。ナザリックの為でもあるし、アインズさんもそれには賛成だった。

 

 だが、結果は火を見るより明らかだ。これから愚かな冒険者が挑むは、元の世界ではゲームとはいえ全国ランキングに載る拠点なのだ。ゲーム始めたての初心者が裏ボスダンジョンに向かうようなものである。階層どころか入り口ですら辿り着けず全滅待ったなし。複数のチームに依頼したというが、アダマンタイト級100チーム投入しても結果は同じだ。

 

 それにしても……。

 最近は冒険者組合でも、このような内地のクエストでしか出回らなくなってきた。内容もモンスター討伐ばかりしかない。そろそろ、もっと"外の世界"を冒険したいという気持ちが強くなってきたのだ。今では前の世界のように、"金"の為に生活しているように思う。どうしたネモ、もっと冒険したいのだから冒険者に成ったのだろう…!と自分を奮い立たせる。

 

 これから国を作る計画だというのに、何処かのスポンサーを雇えないだろうか?アルシェの提案するこの帝国や竜王国に頼むしかないのだろうか?そうこう考えているうちに、懐かしい林檎亭の前に来ていた。

 

「ここに来るのも久しぶりな気がするな…」

「あの事件以来ですからね…」

 

 店の中はクエスト帰りで少々騒がしい。こちらが入るとほとんどの者に注目され、ひそひそと話をするのが聞こえる…。

 

「はっ!てめぇ、オルタ!!」

 

 白髪で黒い鎧を着こみ、1本の刀を携えている男はこちらに白々しい挨拶をして近づいてくる。コイツは…

 

「なんだ、エルヤーじゃないか」

 

 闘技場にて、散々ボコボコにされた気味の悪い戦士"天武"のエルヤーが、こちらの姿を見た途端に突っかかってきた。やはりナーベはキレ気味に彼を睨んだが、俺は気にもしない。ってかあれほど完膚なきまで叩きのめされたというのに、もう復活するそこは称賛しておくべきか。

 

「まさか、お前が今度の遺跡調査に参加していたとはな。だがお前一人じゃ、ちょっと戦力寂しくないか?」

 

 闘技場であれほど負け姿を晒したくせに、一人だけでナザリックに突っ込む気か此奴は。

 

「私だけではない!!竜狩りやヘビーマッシャーと…そうそうフォーサイトというチームも一緒にだ!!」

 

 エルヤーと同じく、自分も周りを見る。すると、複数のチームがこちらに手を振ったり杯を上げたりしていた。やはりどのチームも魅力を感じない。どうせこいつらとはクエストで会うし興味がない。

 

「そうかい、そりゃご丁寧に…で、話はそれだけか?アンタ達の事は分かった。こちらは飯を楽しみたいから向こうへ戻ってくれないか?」

 

 とことん興味がないので早々に切り捨てようとしたが、その態度が気にくわなかったのかエルヤーは肩を震わせる。これくらいの煽りで我慢できないとは、やはり子供がそのまま成長したような奴だなと思った。

 

「てめぇ、俺に勝ったからって調子に…!」

「まぁまぁ天武殿、落ち着きたまえよ」

 

 ここで更に乱入者が天武を抑える。全身鎧を着た山小人(ドワーフ)のような奴だが、見た目とは裏腹に変な喋り方であった。

 

「紹介に預かった"ヘビーマッシャー"のグリンガムだ。この度は、汝の護衛を頼もしく思っとるよ」

 

 先程の奴とは違い、フランクに話しかけてきたコイツの方が僅かに好感が持てる。折角だ、同業者として聞いておこう。

 

「…1つ聞きたい。アンタらはなぜ遺跡に向かう?組合から強く願われれば断るのが難しくなる冒険者と違い、しがらみのないワーカーがこの依頼を引き受けたのは何のためなんだ?」

 

 このクエストを受けた理由、それだけを確認したかった。大方、予想通りの答えが返ってくるだろう。ここで別の理由があるならばそれはそれで助けたいと思っているが…。

 

 

 

「そりゃ金の為だよ」

「…はっ?」

 

 

「…アンタ達の命に釣り合うだけの金を提示されたということか?」

「そうだ。納得いくだけの金額を提示してもらっている」

 

 

 しかし、返って来たのは何とも虚しい答えだった。嘘も悪びれる様子もない、それにその答えに参加する冒険者が頷く。

 

「なるほど、それが理由か。よく分かった――――実にくだらない答えだ

 

 この一言で店内は凍り付いた。アルシェが「ちょっと」と注意するが、それでもお構いなしに話を続ける。

 

「全く、たかが金稼ぎの為にそこまで危険を冒してまで向かうとは恐れ入った。そこは最低限『未知の遺跡だから冒険したい』というロマンのある答えが欲しかったな。いつから同業者共はこんなにも落ちぶれているんだ?いや、ワーカーにはお似合いだがな」

 

 その挑発ともいえる言葉と態度に、同行する予定のワーカーたちから「なんだと!?」など数名が立ち上がり、こちらを睨み付けている。エルヤーは当然、グリムガルも黙って厳しい目をしている。

 

「あの辺りは危険なモンスターも多く、俺達でも手こずるようなやつもいる。ただの金稼ぎなら止めておけ…金貨どころか命がいくつあっても足りないぞ?」

「ほぉ…小童がデカい口を叩くのぉ」

 

 遠回しにナザリックは危険すぎると警告したが、あちらからは見下しているとしか聞こえていないようだ。それを肯定するように"竜狩り"のリーダーが口を開く。

 

「しかしながらオルタ殿よ、儂らには断る理由はない。稼ぎたいから参加する…それだけの事じゃ。あんさんがどういった経緯で冒険者になったかは知らんが、夢と現実を見極めないのは青二才じゃて」

 

 御老公の口車に今度はこちらが笑われるが気にしない。「見極められないのは老眼の貴様の方だ」と心の中で切り捨てる。

 

「…わかった、アンタらの決断までは否定しない。もし遺跡調査に成功したらそちらを認めよう。さっきの言葉も撤回するし謝罪もする。なんならこちらの護衛の報酬も渡していい」

 

 人差し指を立てながら、彼らに賭け提案をする。

 

「…但し、成功した場合のみだ。もしそこで出られなかったり、生きて帰って来なかったらこの話はナシだ。苦情も受け付けない…死人に口無しだからな」

 

 そう言って、ワーカー共は食事を済ませた後こちらをひと睨みした後「今に見てろ」と言わんばかりに次々と出て行った。俺は内心、彼らがナザリックの為に犠牲になってくれる事にほくそ笑むと同時に、冒険者の理想像が遠のいていく事に呆れた。食事に戻ろうとした時…ふとある人物が目に止まる。

 

「………アンタ達は、準備しなくていいのか?」

 

 そう声をかけたのは、同行する予定のワーカー1チーム。男2人とハーフエルフの3人チームのようだ。確か…フォーサイトというチーム名だったか?こちらからの呼び声に、誰もがキョトンとした顔になっている。

 

「どうするのヘッケラン? 受けるなら準備をしないと…」

 

 向かい合う席に座っていた半森妖精の女が、チームのリーダーと言える男に声をかける。対するその男はテーブルに顔を向けたままだ。それが何秒か続いた後、まるで意を決したかのように顔を上げこちらを見る。普段はふざけているように見える顔つきだが、いつにもなく真剣な表情であるのが見て取れる。

 

「…初めましてだな。さっき天武に紹介された"フォーサイト"のリーダー"ヘッケラン"だ。アンタに聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「なんだ?答えられる範囲であるなら」

「…じゃあアンタは、一体何のために冒険者をやっているんだ?」

 

 ヘッケランの真剣な質問に、俺は眼を細める。先程ワーカー達に質問をした返しなのであろう。だが、その解答は頭の中で既に記入済みだ。

 

「当然"未知の世界を冒険したいから"だ。さっき俺は金の為はくだらないと言ったのは、正直報酬なんてどうでもいいと思っているからだ。安い報酬でも内容に満足なら喜んで受けるし、逆に大金積まれようがつまらないクエストであるなら断ったり金をドブに捨てる自信はあるくらいにな」

 

 金を稼ぐことは一番低い理由で二の次だ、と付け加える。金の稼ぐだけならばわざわざ冒険者に成る必要はない。稼ぐ方法はいくらでもある、危険を冒してまで稼ぐなんて馬鹿げていると答えた。世間から見れば子供のような無邪気な回答なのか、あるいは報酬なんていらないという聖人君子の回答に不意を突かれたのか…ここにいる面々全員がポカンとしていた。

 

「…どうやら、アンタらはさっきの奴らとは違って余程の理由でワーカーになったと見える。例えばそこのお前」

 

 ネモはロバーデイクを指さす。

 

「魔法に少しだけ適性があって、身なりも几帳面のように見える。年齢から察するに……神殿関係かどこかで働いていたか?」

 

 ネモから指摘にロバーデイクは驚きの顔を見せる。どうやら当たりのようだ。

 

「流石はアダマンタイト級の鋭い考察ですね…私はロバーデイク・ゴルトロンと申します。貴方の察する通り、元は上級神官として働いておりました」

 

 その答えにネモとアルシェは驚く。神官の方が明らかに安定した収入を得られるというのに…「良ければアンタの悩み、話してくれないだろうか?」とお人好しに会話のメスを入れ、その理由を耳にする。元は上級神官であったが、神殿界隈における様々なしがらみの影響で真に救うべき人を救えない現状に苛立ちワーカーとなったらしい。しかも、今でも報酬の一部を孤児院に寄付しているんだとか。

 だが、ワーカーになったところでその理想も未だに実現できるどころか悪くなっているのであろう。純粋に人を救いたいという彼の強い意思が伝わってくる。

 

「成程…他はどうだ?半森妖精(ハーフエルフ)のアンタは、種族関係の悩みか?」

 

 今度は半森妖精(ハーフエルフ)の女性に目をやる。イミーナと呼ばれた彼女は観念したように名前と理由を告げてくれた。その理由は単純明快。限りなく人間に近いというのに、耳が長いと理由で居場所がなくなっていた。一時期は森妖精(エルフ)の父を恨んだこともあって彷徨い、フォーサイトに勧誘されたのだ。それからは種族に対する侮辱や差別関係の出来事は気にならなくなったが…内心、自分と同じ悩みを持つ異種族を助けたいと恥ずかしながらも願っていた。

 

「…アンタは?」

 

 最後に促されたヘッケランも、その重い口を開く。商人の家の四男として誕生したが、基本的に家の権力は長男から優先され末っ子の自分は言われた通りに仕事をやるだけだ。レールが敷かれた未来に嫌気がさし飛び出して冒険者を目指していたが、お金好きな家で生まれた性格のためか…気付いたらワーカーになっていた。しかし、今の自分や生活でも満たされていない感触が残っている。大まかに考えれば自分を変えたいといったところか…。

 

「でも仕方ねぇんだよ…この世は自分の思い通りじゃねぇんだ……」

 

 成程…コイツらなら…。

 

 

「ならその理想、少しでも現実に変えてみないか?」

 

 ネモの一言に、フォーサイトの面々はクエスチョンマークを浮かばせる。ネモは個々の理由を聞いて、直感で確信した。悩んでいる理由はそれぞれだが、必ずしも金のみで解決できる内容ではないからだ。

 

 さっきのワーカー共とは明らかに違い、この3人は"夢"という信念が消えていない。自分が置かれた状況と環境に仕方ないと、過去に置き忘れたと思っているがまだ取り戻すことが出来る。"ぶっちゃけただ金が欲しい"と稼ぎたいと思っている反面、金よりもやりがいを求めているんじゃないかと思った。今の自分と同じだ。

 

「…実は、その遺跡の近くに王国領の小さな村がある。俺達の知り合いたちが住んでいるんだが、とある事情で今はゴブリン達と共同生活をしている…ただまだ人手も防衛人力も足りていない状態なんだ」

 

 俺は小声でそう言うと、3人は少し驚く表情を見せる。

 

「アンタらはそこら辺の冒険者よりも腕はある。住食は村で提供するし、資金が足りず稼ぎたいのであれば近くのエ・ランテルで引き続きワーカーをやればいい。騙されたと思ってやってみないか?多分、今の生活より刺激的でやりがいを感じられると思うぞ?」

 

 この提案に3人は黙る。反応が大きいのはロバーデイクとイミーナだ。神殿のしがらみから完全に開放され自分の救いたい人を好きなように救える、自分と同じく異種族でありながらも人間達と共同で生活をしている…そのやりがいを叶えられる環境に心が揺れたのだ。問題はヘッケランであるが…その新天地で自分がやりたいことを探せるのであれば、と興味を示しているのは間違いない。

 

「それともう一つ、我々から君たちに依頼したいことがある」

「何を頼むんですか?」

「"ある人物"をその村まで送り届けてほしい」

 

 ネモの話を聞いて「そこまで言うのなら…」とフォーサイトの面々は承諾し、遺跡調査はキャンセルすることにした。それが後に魔導国の保護下に入り、自分達にとって幸せで最良の道であったと感じたのは少し先の話。

 更に数日後にはナザリックに侵入したワーカー共が全滅して、鮮血帝が冷や汗かきながら謝罪する様子を内心ゲラゲラ笑いながら見るのであった…。

 

 

 

―――大虐殺まで、あと3ヶ月。




なんでワーカーってこんなおバカな人が多いんですかねー

【次回】王国の間抜けな作戦会議を実況してみた。


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滑稽な戦争準備

祝50話突破!
FGO周回も落ち着いたので、投稿頑張ります!


ナザリック地下大墳墓 第9階層映画館 アルシェ

 

 白亜の城を彷彿とさせる荘厳と絢爛さを兼ね備えた世界。見上げるような高い天井にはシャンデリアが一定間隔で吊りさげられており、広い通路の磨き上げられた床は大理石のように天井からの光を反射して輝いている。ここ第9階層は、主にの住居としての私室やメイドの部屋が多い階層だ。

 

 私が初めて来たときの反応は面白かったらしい。まるで天国へでも来たように目がキラキラしていたのは今でも忘れない。ここのところ、休みの日は主にツアレと一緒につるんで散策していたとか…映画館もその一つである。

 最初は「えいが?すくりーん?」と聞き慣れない単語に怖気づいていたが、初めての映画体験に感動したのは間違いない。今まで資料や絵本など動かない絵ばかりしか見ていない人が、まるで人が劇をしているかのようにきめ細かく動く絵に驚愕し、更にその場にいるような大迫力の音量に大興奮していたのだから。

 

「やあ二人とも、待っていたよ」

 

 しかし、本日はまごうことなき仕事の日だ。指定されたスクリーンルームに辿り着くと、既に客が一人…アインズ様が挨拶をする。

 

「さて、二人を呼んだのは他でもない。密偵からの情報で…本日リ・エスティーゼ王国に、帝国からの戦争勧告が届くと連絡が入った。二人には、その様子を見てもらいたいと思ってな」

「成程、本日だったんですね」

 

 例年より遅い帝国からの戦争勧告。こちらが引き起こしたゲヘナ作戦により、王国は準備が遅れて戦争に間に合わないという不安感があったかもしれないが順調に復興しているらしい。尤も…国の命令とはいえ国民がそれを納得しているかどうかは分からないが、例年の戦争行為にお二方は「くだらない」と一刀両断した。

 

 戦争という行為自体は招集された民・貴族同士が殺し合う。土地や覇権、あらゆる利権を手に入れるために人々は争う。お二人にとっては、それ自体が意味がなくお遊びにすぎないと断言した。確かに経済を発展させることもあるが、互いの命を奪い合う行為に他ならない。

 

 実際に経験したわけではないのだが…お二人がいた国は約200年前、たった一つの恐ろしい兵器が投下され一気に何十万人も死した国で生まれたのだから。それ故の戦争の悲惨さというのを教えてやらねば気が済まないという気迫だった。

 

「いつもの会議室ではつまらんのでな…今回は趣向を変えて、スクリーンで見ようと思ったのだ」

 

 原理は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)をそのままスクリーンに投影するだけだ。現地の状況と音に関しては、既にアサシン達が潜伏している為気づかれることはない。どうやって潜伏できたかはこの際聞かないでおこう。

 

「…よし、そろそろ時間だ。始めてくれ」

 

 伝言(メッセージ)からの合図で、スクリーンに何かが投影される。それと同時に誰かが話している声が聞こえてきた。

 

 

『…帝国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王を率いるナザリックなる組織を国家として認め、同盟を結んだことをここに宣言する。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』

 

 スクリーンに映っていたのは…王国で主力である王族・六大貴族を始めとした名の大きい貴族たちが、帝国から来た使者が喋っている勧告内容に耳を傾けている光景だ。ここからは心に思ったことを遠慮することなく語っていこう。

 

『元々エ・ランテル近郊はゴウン魔導王の土地であり、リ・エスティーゼ王国は本来の所有者に返還しなくてはならない。帝国は、ゴウン魔導王に協力し王国に進行して領土を奪還する。これは正義の行いであり、不当な支配から解放するものである』

 

 いきなりの無茶苦茶すぎる声明に、ほとんどの者が困惑したのは間違いない。王国側からしてみれば、なんせ見たことも聞いたこともない無名の者がいきなり統治者を名乗っているのだから。しかも、それを帝国側が認めている事実。根も葉もない根拠だが、ガゼフ戦士長とレエブン公だけは難しい表情をしていた。この中でこちらを知っているのはガゼフ様しかいない。

 

『王国の歴史において、アインズ・ウール・ゴウンなる人物がエ・ランテル近郊の領土を支配していた史実はなく、この要求の正当性も当然ない』

『狂人の戯言ということですな』

 

 この声明の信憑性なんて当然ないと語るランポッサ三世に、それを狂人の戯言とぬかすボウロロープ候。どうやらこれだけ名の知れた貴族にも知られていないところを見ると、セバスさんの王国潜入任務は文句なしの合格点と言える。

 

『恐らく帝国は毎年攻め入るためのネタに困ったのでしょう』

 

 そう言ったのはリットン伯。いやいやネタじゃないですよ、ネタだったらもっと上手い言い訳を書くでしょ…。そのすぐ後にレエブン公が『どうでしょう?』と半信半疑に語った。

 

『しかし…その名前はどこかで聞いた覚えがありますな、ストロノーフ戦士長殿』

『私を助けてくださった魔法詠唱者(マジックキャスター)殿で間違いないでしょう』

『なるほど、自分の民と勘違いして助けてくれたわけだ』

 

 勘違いの極みだと、この一言で周りの数人の貴族がクスクス笑う。確かにあの時は村に流されたばかりであったが、我々が来なければカルネ村は全滅していた。本来であれば王国側が助けるべき案件だろうに。その為にガゼフ様を派遣したのであろうが…まるで村なんて、最初からどうでもいいような陰気な口調だ。その言葉に此方はムッとする。言葉が出る前に『控えよ。王の御前だ』と、ウロヴァ-ナ辺境伯が制した。

 

『まぁ、そんな魔法詠唱者(マジックキャスター)などどうでもよいではないか』

 

 次に発言したブルムラシュー侯の言葉に目を見開く。一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。いやいや絶対に見逃してはいけない案件でしょう!?

 王国側に魔術なんて文化は全くと言っていいほど浸透していない。その証拠に、エ・ランテルに点在している魔術師組合には国からの支援なんて皆無だ。どちらかと言えば、騎士道による武術が圧倒的に占めている。魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人いるだけで警戒するというのに……これほどまでに重要視されていないとは、「だから帝国と差が出るんだ…」と言葉が出ないほど思い呆れる。

 

『発言をお許しください。かの皇帝の宣言を受け入れるのは困難…故に戦争しかありますまい』

 

 次もとんでもない爆弾発言をしたのは、六大貴族では一番若いぺスペア候。

 

 いやいや!何その「宜しい、ならば戦争(ク〇ーク)だ」と言わんばかりのノリと勢いで戦争開始に発展するトントン拍子な言葉は!?もう少し慎重になるべきなのではないか!?今年の戦争もいつも通りだと思い込んでいると思ってもらった方がこちらとしては嬉しい誤算なのだが……なんだろう、ここまでくると滑稽の言葉以外見つからない。これには全員口を開いたまま唖然としている。ていうか、カルネ村の件でガゼフ様からの報告を聞いていないのか!?まあどうぜ平民だからと言って無視したんだろうけど。

 

『それは…!』

『我が戦士長よ、何か意見があるなら聞かせてくれないか?』

『しかし…』

 

 ここで待ったをかけるはやはりガゼフ戦士長。だが、この会議の場で意見を出すことに抵抗しているようだ。ガゼフ様言ってください!この馬鹿貴族達に警告して…!

 

『…恐れながら申し上げます。今回の戦争、例年の小競り合いで終わると考えてはなりません』

『その理由は?』

『彼の大魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンの存在です。王よ、エ・ランテル近郊を帝国…いや彼の魔法詠唱者(マジックキャスター)に差し出すことはできませんか?』

 

 おお!ガゼフ様にしては一番最善と言える作戦を提案した。無条件降伏…こちらとしてはそれが最も早い終わり方だ。お互い無駄な犠牲が出ずに済むし…

 

『勇猛果敢な戦士長殿とは思えぬ発言だな』

『しかし悪くない案かもしれません、たった1つの都市を渡すだけで戦争を回避できるのですから。民の嘆きを前もって回避するのも王の役割。己が体を引き裂いてでも民を悲しませまいとする御方こそ、まさに真の王なのでは?』

『あの土地は王の直轄領、敵に渡せというのであれば己の領土を渡せばよかろう』

『戦士長殿、そのような発言は無用の疑いを招きますぞ』

 

 しかし、それすらも小馬鹿にする間抜けな貴族たち。エ・ランテルは王の直轄領…確かに敵においそれと渡すわけにはいかない。だがこれは、この国を想っての発言なのだ。決して邪な案ではない、そもそもガゼフ様が土地を持っているとか聞いたこともないし。それよりも、直轄領であるなら全力で全貴族が協力して守るべきだというのに…まるで自領以外どうでもいいような捉え方、とことん腐っている。

 

『我が戦士長は決して私を裏切るような人間ではない、それだけ彼の魔法詠唱者(マジックキャスター)が脅威なのだろう。だが、お主の提案でもそれだけはできん。矛を交えずに領土を渡すなど統治者の行いではない』

『陛下、私の愚かな発言をお許しください』

 

 やはり国王も引き渡しに否定的だ。

 そんな変なプライドを引きずっていたら後悔することになる。しかし王国の歴史上、今まで自分達が最強だと思い込んでいるのは仕方ないが。こんな対応されたら、こちらも本気の対応で文字通り分からせるしかない。

 

『そろそろ現実的な話をしましょうか…陛下、帝国の侵攻は確定ということであれば我々も備えなくてはなりません』

『レエブン侯それは陛下のみで…』

『お待ちを』

『それでもし陛下の軍が敗れた場合、帝国はどこまで侵攻してくると思われますか?私は自分の領土を守るために、全力で陛下に協力させていただきます』

『ふっ、己の利益ばかり言いよって。戦とあらば、先陣を切るのが貴族である我らの務めであろう』

 

 いいえレエブン公、貴方達は100%必ず負けますよ。と言っても、こちらとしては現状エ・ランテルを手に入れるだけで十分だ。その後どうするか、腐った貴族共を料理するのに本気を出したら1日で終わってしまう。それは面白くない、元々勝負にもならない。

 それにブルムラシュー侯、貴方が帝国に情報を売って金にしているのを知っていますからね? 絶対にこの場に居る貴族が我先にと尻尾巻いて逃げますからね?

 

『同じく』

『若輩の身なれどご助力したいと思います』

 

 貴族たちのこれ程の自信…恐らく、ヤルダバオト演じたデミウルゴスを撃退したことが大きいのだろう。しかしここまで滑稽とは……哀れだ。

 

『よし、戦いは決まった。帝国への返答はできるだけ遅らせるように』

『かしこまりました。開戦まで2ヶ月は稼げると思われます』

 

 

「タイムリミットは2ヶ月か―――――暇だな

暇ですね

 

 この一言で私はズッコケる。まあ、だってこっちは数時間後でも転移門でも使ってすぐに準備できるのですよ?

 

『帝国から宣戦布告が届く前に兵をエ・ランテルに集めよ。当然私も出る』

『父上、私も同行させていただきますぞ』

 

 国王は確実に戦場へ出るとして…ここで、バルブロ第一王子も名乗り出た。

 

『いやいや、王位継承権1位である兄上が出るまでもないでしょう。ここは私が…』

『いらん!』

 

 ザナック第二王子の制止も空しく、意地でも戦場で功績を上げたい思惑が見え見えだった。大方ゲヘナ作戦時の遅れを取り戻して支持を集めたい気持ちだろうが…いや、下手に介入したら死にますって。

 

『バルブロ王子…貴方は大事な王の世継ぎ、そして我が娘の婿殿でもあらせられる』

『まさか反対だというのではあるまいな?』

『なっ……男なら遺産は戦場で立てるもの。王子には我が最強の兵の一部、4千をお預けしましょう!いかがでしょうか?王よ』

『ふむ、よかろう』

『ありがとうございます父上!エルニクスの首はこのバルブロが斬り飛ばして見せますぞ!』

 

 ボウロロープ候からの戦力提供に喜んでいるバルブロ。誰もジルクニフが出るとは一言も言っていないのに…それに、こちらから見ればレベル1の雑魚をたったの4千だけって、一瞬で終わるほど少なすぎる。そんなこんなで戦争会議は終了した。あまりの滑稽に全員が頭を抱えている。

 

「正直、ここまでとは思ってもみませんでした…」

「う、うん…しかし開戦前に十分な時間を取ることはできた。アルシェの提案した竜王国との交流、その他諸々の諸事情。やるべきことはやっておくべきだと思いますアインズさん」

「そうだな、まずは竜王国の問題を先に解決させるとしよう…」

 

 

―――大虐殺まで、あと2ヶ月。




もう愚かな人ばっかで救う価値がないと呆れております。

次回はそんな寂れた内容を吹っ切れた、感動の再会編をお楽しみに。


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竜王国へ

お待たせしました。
今回から魔導国誕生編に入ろうと思います。


「よし、もうすぐ目的地に到着できるぞ」

 

 カルネ村に近づく4人の人影。帝国のワーカーチーム"フォーサイト"がある人物の護衛の任に就いていた。

 

「助かりました。一人だと、心細かったもので…」

 

 その人物は、かつて漆黒とジェスターに助けられた冒険者兼魔法詠唱者の"ニニャ"と呼ばれる人間だ。常識であるが、街同士を移動する際道中は危険だらけだ。最悪、モンスターの軍勢に襲われても不思議ではない。

 

 しかし、オルタから依頼によりその不安も村に近づくと同時に薄くなっていく。護衛する人物が一度村に訪れていることと、魔法詠唱者(マジックキャスター)だったことが幸運だった。偶然にも罪悪感なのか当人がエ・ランテルにいたことは幸運であった。オルタに久々に会った時はお互い大変に驚いたとのこと。

 

「今回はニニャさんのおかげで助かったぜ」

「いえいえ、僕なんて道案内とちょっとした魔法しか使えませんですから…」

 

 お互いにオルタに信頼された影響か、打ち解けあうのに時間はかからなかった。

 彼もとい彼女にも仲間がいたが、暗殺者に襲われて心細かった経緯を聞いたときはフォーサイトは全力で守ろうと決心したのだから。

 

 

 

 

 

「………ここで、合っているんだよな?」

 

 王国の会議より数日前、カルネ村の入り口に3人の冒険者がいた。彼らは帝国を拠点に活動していたワーカーのフォーサイト。この度は冒険者オルタからの紹介により、村を護衛する自警団を請け負う事になった。

 3人は初めは不満と不安でしかなかった。敵対国である王国領エ・ランテルに拠点を移したとはいえ、ワーカーと自警団…二足の草鞋を履いたからといって稼げるかどうかは話は別だ。

 

 住食が提供されるその分の支出は抑えることが出来るが、収入がそれを上回らければ生活することはできない。それよりも、その移住する先が心配である。なんせ情報では小さな村なのだ。収入よりもやりがいを求めるロバーデイクとイミーナは兎も角、ヘッケランは終始落ち着かなかった。金持ちである国や貴族様の領地の方が希望が持てる……そう、この村の現状を見るまでは。

 

 目の前に現れたのは、高い木製の砦だ。どこかの国と勘違いして着いてしまったと地図で現時点と何度も確認をする。後ろを歩いて二人も同じ反応だ。

 

 

「何者だ?このカルネ村に用か?」

「「「!?!?」」」

 

 誰かの声が聞こえたと思えば、上を見た瞬間に驚愕する。本来、遠くの敵を確認する為に作られたのであろう高見台に居る人物に驚いたのだ。そこに居たのは人間ではなく、ゴブリンだったのだ。ワーカーの職業がてら、自然と武器に手を出す反応をしてしまう。自分達はモンスターの住む集落に放り込まれたのではないかと…。

 

「どうするヘッケラン?」

 

 イミーナからの質問に少し動揺するヘッケラン。ここでダンマリしてしまえば、敵として殺されかねない。

 

「お、俺達は、この村の守護に来たワーカーの"フォーサイト"だ!冒険者オルタから頼まれてここに来た!!」

 

 自分達の要望を、見張りのゴブリンに大声で思い切りぶつける。

 

「"フォーサイト"?…ちょっと待ってくれ、族長に確認する」

 

 そう言ってゴブリンは見張りから消える。彼が言う族長に確認する為に降りたのだろう…待っている間でも3人は警戒を解かなかった。他のゴブリン達が見ているかもしれないし、何よりこの村に受け入れてくれるかどうか心配であったからだ。

 

グググ…ギギギ…

 

 

「「「ようこそいらっしゃいカルネ村へー!」」」

 

「「「………へっ?」」」

 

―――眼前の光景に3人は唖然とする。

 

 目の前の入口付近の広場では見渡す限り、村人たちが歓声を上げていた。しかも出迎えているのは村人だけではない。その中には何人かの屈強なゴブリンやオーガ達も混ざっていた。

 

「お待ちしておりましたフォーサイトの皆さま。私は案内役のエンリ・エモットと申します、皆様のご到着を心待ちにしておりました!」

 

 この後の展開は早かった。

 これから住む住居を初め、村のあちこちを紹介される。その隙にロバーデイクは何時の間にか村の子供たちと仲良くなっているし、イミーナも同じ女仲間であるブリタとゴブリンのジュゲム達と親しく話している。

 

「何か分からないことがありましたか?」

 

 そう思っているうちに、エンリがヘッケランに話しかけてきた。

 

「あぁいや、すげえ村だなと思って…」

「はい!これも、アインズ様とネモ様のおかげです!」

 

 過去にこの村は帝国兵士に扮した法国軍に襲われたらしい。その時にその二人に命を救われて以来、この村は少しずつ自主的に防衛や魔物との共存に励んでいる。

 

「うむ、よくぞ無事に着かれたな」

「!?」

 

 ヘッケランたちは驚いた。

 後ろから突然、その明らかに人間の形ではあるが異形に驚いた。

 

 その人物は…正しく、天使…いや悪魔というべきか。

 魔法に精通していない自分でも分かるほどの威圧感、圧倒的強者…この村を守っているゴブリン達の比ではない存在感を放っていた。その姿に気づいたエンリが「ネモ様!」と丁重にもてなしている。

 

「私が護衛を依頼した"ネモ"だ。この姿を人前に晒すわけにはいかず、冒険者オルタを伝手として依頼を出させてもらった。……君が冒険者のリーダーかね?」

「あっはい! ワーカー"フォーサイト"のリーダー ヘッケランと言います!」

「そう緊張せずともよい。報酬などの件は、中に入りゆっくり話そうじゃないか…まずは…」

 

 そうして、手で制するネモ。

 すると、彼の後ろからひょこっと女性の顔が見えた。メイドのような服装をしているので、彼の従者なのではないかと思ったが…

 

「姉、さん…?」

「セリーシア…?」

 

 こちらが護衛してきた、魔法詠唱者(マジックキャスター)と顔を会わせた瞬間、すぐさま驚きの表情へ変わる。しかも、ニニャのことを別の言葉もとい名前で呼んでいた。

 

「ほ、本当に…ツアレ姉さん…?」

「セリーシア、だよね?」

 

 お互いが恐る恐る名前と容姿を確認する。そして、全てが一致した時…

 

「まずは、感動の再会を祝おうじゃないか」

 

 ネモが締めたその瞬間、二人の大切な姉妹が泣き叫ぶ声がカルネ村に響いたのであった。

 

 

・・・

 

 

 数日後…

 

 その日、ビーストマン達はいつも通りの一日が続くと思っていたのであろう。

 

 竜王国へ通ずる獣道に迷い込んだ人間達から攫ってきた食料を食らい、腹を満たして生を謳歌できると思っている。自分達は強者だから…優れた力を持っている自分達は奪う者であり、弱者である人間達は奪われる者。それがビーストマンの考えだ。

 

 今日も、数人のビーストマンがその獣道の傍にある木陰に隠れながら、獲物である食料を待つ。そして遠くで馬の足音と馬車の車輪が回る木材の音が聞こえてきた。獲物がやってきたと内心昂っている衝動を落ち着かせ、襲撃する場所に到達するまで待つ。

 

「……ナンダ?」

 

 初めに違和感をおぼえたのは、一番前に居座っている若いビーストマンの男だ。この集団の中で一番の視力を持っていたそのビーストマンが、奇妙な光景に最初は目を疑った。

 

 その馬車は通常よりもかなり高級そうで見たことのない旗を掲げている。しかも、引いている馬は双角獣(バイコーン)なのである。馬に負けない体格で、動物の類というより魔獣の雰囲気を漂わせていた。ビーストマン達は呆気にとられるがそれも最初だけだ。自分達がこれから狩る獲物に変わりはない。

 

 しかし、その油断が―――既に手遅れと化す。

 

 

「――ガァ?」

 

 間の抜けた声が男の口から溢れ出た。視界がガクンと揺れ、自分の意思とは違う真下の方向に視線が向いてしまう。立て直そうと体に力を込めてみるが、全く反応が返ってこない。チカッと何かの小さい光が照らされた後、気づけばこのようになっていた。そうして彼が最期に見たものは、膝から崩れ落ちていく首の無い胴体と、同じように体から血が吹き出ている同僚達の姿だった。

 

 

竜王国への獣道 ナザリック一行

 

「ナイスだアルシェ、グラディウスであっという間だったな」

 

 道に留まっている双角獣(バイコーン)に繋がれた馬車の窓から身を乗り出し、今は目の前で死体と化し標的を仕留めたアルシェにネモは褒める。何のことはない…数分前までは揺れている馬車の窓から身を乗り出し、100m先にいる標的を正確にグラディウスで貫いたのだから。

 

「このゴミクズはどうしましょうかアインズ様?」

「いつも通りにアンデッドの実験材料だ」

 

 死体となったビーストマンをどうするかと質問をしたナーベラルに対し、アインズさんはそう答える。今回はジェスターと共に、竜王国への訪問である。彼は"アインズ・ウール・ゴウン"として竜王国に入るのだ。その目的は当然、魔導国(仮)との同盟協定を結ぶためである。

 

 王国との戦争が確定となった今では、帝国からの勧告が周辺国へ行き渡っている時期である。この時点でアインズさんの名前は当然、ナザリックの名と存在も公になったのだ。いきなり実態も分からない組織に困惑するだろうが、あの一大国家である帝国が同盟を結んだのだ。帝国が興味をそそられる程の組織であれば気になるはずだが、どこにあるのか? 本当に存在する組織なのか? 真実と虚構が交わり、血眼になってナザリックを探すだろう。

 

 しかし、それだと時間がかかりすぎるのは目に見えている。ならば、こちら側(ナザリック)から気に入った国や組織を選定すればいいだけの話だ。こちら側からしても、何でも同盟や属国にするわけにはいかない。王国のような無能であれば兎も角、法国や評議国は論外。消去法として竜王国や聖王国のように問題を抱えている国が一番だ。その問題ごと解決してしまえば、魔導国に対する忠誠が絶対になるのだから。

 

 かといって、アポなしで国に接触してしまっては面倒なことが起こる。その為、竜王国には先にある物(・・・)を帝国に頼んで届けている。こちらも訪問の際にそれと同じ物を見せてやれば、間違いなく国のトップへ一気に近づくことが出来る。後はその場の交渉次第だ。

 

「アインズ様、ネモ様…竜王国が見えてきました」

 

 アルシェからの声で顔を上げる。窓には国を覆っている石の城壁が見えてきた。竜王国の旗をなびかせている為間違いない。

 

「そこで止まれ!この竜王国へ何用か!」

 

 見張りをしているであろう鎧の兵士に10mも前で止まられる。双角獣(バイコーン)の馬車なんて正気ではないと、見張りの兵士は悟った行動なのであろう。こうなってしまっては行くしかない。

 

「それではネモさん、頼みましたよ」

「了解です、皆はここで待っててくれ」

 

 冒険者オルタの姿で馬車から降り、兵士たちに自分は冒険者であると冒険者プレートを見せながら慎重に近づく。ビーストマンとの戦争で竜王国全体の空気がピリピリしているようであった。十分に近づいたというのに、兵士たちは携えている槍を下ろそうとしない。

 

「冒険者チーム"ジェスター"のオルタだ。竜王国の女王との対談の為、アインズ・ウール・ゴウン様の護衛をしている。書類もこのように用意している。確認した次第通してくれるか?」

 

 手を挙げながら通行書類を差し出し、それを兵士が恐る恐る手を伸ばして確認する。こちらは両手を挙げて、いかにも手は出さないことを必死にアピールするしかない。「す、少し待て!」と目を見開きながら、自分達では判断できないと思ったのか慌てて警備の詰め所に走っていった。その瞬間、仮面の裏でニヤッとした。

 

「確認いたしました。ようこそ竜王国へ、遠いところからご足労おかけします!案内の者をご用意いたしますので、馬車のまま王城へお向かいください!」

 

・・・

 

「ここが、竜王国の首都?」

 

 アルシェは生まれて初めて、竜王国の首都へと足を踏み入れる。しかし、帝国とは真逆に一国の首都とは思えない程、王国の裏路地並みの活気の無さに唖然とした。道を歩く住民達の顔に生気はなく、まるでこれからの未来に絶望しているようだ。

 

 無理もない、今にも異種族に滅ぼされようとしているのだ。生まれた国とはいえ、未来の事を考えているならば自分の意思で居座り続ける者はそう多くない。人間同士の戦争ならばまだしも、竜王国と戦争をしている相手はビーストマンだ。人間を文字通り食料としか見ておらず、腹の中にいる赤ん坊さえもご馳走としている種族である。そんな者達が相手では、他国に亡命する者がいても不思議ではなかった。

 

 これほどまでに荒んでいる国と同盟を結んだとしても、ナザリックが受ける恩恵は多くない。むしろ、国や国民にとっては支配下として吸収された方が良いように思える。少なくともビーストマンの脅威に怯えることは無くなり、まともな生活を送れるはず。

 

 反対に道を歩く住民たちは、大通りを進む双角獣(バイコーン)の馬車に驚いている様子だ。入り口の兵士の態度と同じく、ほとんどの者が不思議そうに見つめており馬車が去った後でも目で追っている。察しの良い人であるなら、方角的に王城に向かい、どのような人物が乗っているのであろうかと思っているだろう。

 

 そうこう考えているうちに、女王がいる王城へ辿り着く。女王とは、どのような人物なのであろうか?

 ナザリックとしては二度目となる対談が―――今まさに、始まろうとしていた…。




オマケ

「ネモ様…今一度、お届けに上がろうと思っておりました」

 これからアインズさんと一緒に竜王国への旅。その少し前…デミウルゴスが大事そうに金属製のアタッシュケースをゆっくりとテーブルに置く。鍵を外し、差し出されたネモに中身を見せる。

「ほぉ…これは?」

 中にあったのは、一丁の銃だ。しかもただの銃ではない、銃身が異常に長いマグナムタイプだ。

伝説級(レジェンド)アイテム、対神(たいしん)戦闘用13mm魔銃(ハンドキャノン)『インフェルノ』。今までの9mmパラべラム改造弾使用ではなく、初の専用弾使用銃でございます。全長38cm、重量9kg…もはや人間では扱えない代物です」

アタッシュケースから取り出す。職人が丹精込めて制作した銃…ガンプレイを混ぜながら、その感触を確かめる。


「専用弾は?」

「13mm炸裂恐怖徹鋼弾」

「弾殻は?」

「純フルメタル加工弾殻」

「弾頭は?炸薬式か?魔法式か?」

「固有結界付与魔法済み、魔法弾頭で…」


 命中した相手の中で固有結界は暴走し、体内から無数の暴走する武器とエネルギーを突き出す必殺の銃。ある程度の説明を受け、一言。




「―――パーフェクトだ デミウルゴス」

「感謝の極み」

 ガチャ…

 ここで、扉が開かれる。
 「失礼します」と、アルシェが真剣な顔で部屋に入ってきた。

「アルシェか。その顔…要件は、あれか」

 彼女の顔を見て、何かを確信したネモは問いただす。
 そして、彼女は言い放った。



「―――……はい。"スイクン"をゲットしても、宜しいですか?」


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捕獲卒業試験

お待たせしました。
バトル描写は久々で、いよいよアルシェが伝説へ挑みます!


『スイクン!』

 

 嗚呼、またか。

 

 美しい神獣…スイクンはそう思った。

 きらきらと目を輝かせている人間の女と対峙をしていた。

 

 繰り返し、繰り返し。

 彼女は自分を追い掛けるのを止めない。きらきらと子どものように目を輝かせ追い掛けて来る。そうしてまた、名前を呼ぶ。

 

 初めて出会った時人間の子は、アルシェはまだ年端もいかない少女というものだった。不安と、スイクンに出会った始まりの日に目を輝かせ、きっと掴まえてみせると思っていたのは想像に容易い。

 

 そして始まったイベントは長くなった。

 初めはすぐに諦めるだろうと思っていたスイクンも、気付けば何度もアルシェと出会い、また走り去るという繰り返しをしていた。

 

 北風の化身とさえ謳われ、世界の隔たりさえ関係なく走り翔る自分にどうやってか食らい付き追い掛けてくるアルシェの姿に、少し驚いていた。

 

 初めは煩わしいとばかり思えてならなかったこの繰り返しも、回数を重ねる毎にスイクンは《面白い。》と感じ始めている事に気付いた。

 

 だからと言って、珍しいからと罠を仕掛けたり数で押さえ付け手に入れようとする人間のようではなく正々堂々と対等に向かい、伝説だから欲しいのではないと自分を前に告げた素直な彼女が、スイクンは愛おしかった。

 

「……。」

 

 嗚呼、けれど、彼女は違う。アルシェは違うのだ。

 それは、スイクンは本能的に感じていた。

 

 きらきらと目を輝かせ、青春時代の全てをスイクンという存在を追い掛けてくる人間の子を愛おしく思えても、違うと直感が感じていた。

 

 神獣という存在は古来より恐れられていたが、近年に至っては人間の知恵と力が近づいてきており、珍しさから多くの人間から狙われる。野生の状態だった時でさえ人間はスイクンという希少価値の高いポケモンを手に入れようと醜く汚い感情を現わにして襲ってきた。だからこそ、対峙する勇者を求めた。

 

 強く優しい、才能ある人間。自分を手に入れたとしても大丈夫な強き者。

 

 そして出会ってしまった一人の若い魔法詠唱者にスイクンは直感する。粗削りだが強く、自分を掴まえたとしても決して負けない才能を持った人間である、と。

 

 

『…あぁ、そうか。お前は…――。』

 

 

・・・

 

 

 私は今、スイクンと対峙をしている。

 

 そして、召喚する魔獣はゴビットだ。何故ゴビットか。相手は水タイプ、ならばここは電気タイプのロトムを場に召喚するべきであろう。

 地面タイプも含まれているので相性は悪い。しかし、それでもアルシェの決意は揺らがなかった。

 

 戦闘開始時はやはりと言うべきか、素早いスイクンの方が上手だ。

 ゴビットもレベル42に上げられたので、ゲヘナ作戦前よりも格段に強くなっている。素早さで捕らえるのが難しいのであるならば、私自身がサポートをすればいい。

 

 これは本来の魔獣(ポケモン)バトルではない。

 野生の獣との戦闘に、人間はついていくのがやっとであろう。こちらの手持ちを失ってしまえば、最悪逃げるか命を差し出すしかない。

 

 スイクンはそこを突いてきた。指揮官であるアルシェを失えば、士気が下がって魔獣は戦いどころではなくなる。

 

「くっ!」

 

 スイクンからの突進を、どうにか魔法防壁で護った私。あの赤い目を魅せられた時、一瞬竦んでしまったかもしれないが…

 

「サンダー!」

 

 カウンターとして、雷撃魔法を放つ。スイクンは北風のごとく素早い。こちらとしては、動きの止まった一瞬を突くしか方法がなかった。ネモ様やコキュートス様との特訓で、それを披露するだけだ。

 

「ゴビット!"くさむすび"!」

「くぅお!?」

 

 ここで草タイプの特殊技"くさむすび"の発動に成功することができた。

 この技は対象者の体重が重いほど効果が高い。おまけに、草や蔦が絡み合って、なかなか抜け出せないのがネックだ。

 

「なっ!?」

 

 しかし、スイクンはそれを承知の上だったのだろう。相打ち覚悟の強力な技を発動するのが見えた。"ハイドロポンプ"だ。

 

「避けっ…!!」

 

 みずタイプ屈指の、大量の水を激しい勢いで噴射して攻撃する技。

 その威力は強力であり、格下相手ならば一撃でダウンされることもある。命中率と発動回数(PP)に難があっても、それを気にしないほどの大技だ。

 この状況なら、こちら(アルシェ)も巻き込めることができる"なみのり"を使用するかと思ったが…

 

「ゴビット!!」

 

 最悪な予感は的中。ハイドロポンプをまともにくらい、ゴビットは大ダメージを負ってしまった。下手をすれば瀕死状態に陥ったかもしれないが、自前のタフさでなんとか凌いだ。

 

 しかし、状況は最悪だ。私が回復魔法をかけても、少量でしか効果がない。

 怪我を負えば負うほど疲労で動きなどで相手にますます追いつけなくなってしまう。どうすれば……っと、考えていたその時だ。

 

 

シュゥゥゥゥゥゥウウウウ!!!

 

「「!!」」

 

 突如として、ゴビットの体が光り始めた。

 この光景はフォッコの時の…!

 

 光が収まったとき、そこにいたのはゴビットではなかった。

 巨人…いや、正確に言うならば"石像"か。まるでゴビットの何倍も大きくしたかのようなゴーレムがそこに立っていた。

 

『"ゴルーグ"に進化したロト!』

 

 あれほど小さかった石人形が、今や私をも遥かに上回る大きさに進化したゴビットもといゴルーグ。こちらにチラッと顔を向けたその時、「大丈夫だ、まだいける」と言われたようなそんな気がした。

 

 ここで、ようやくスイクンがくさむすびからの呪縛から解き放たれ接近戦を仕掛ける。しかし、ガンッ!!と鈍い音が響くも体重が倍近くに進化したゴルーグに耐えられるのだ。

 

「かみなりパンチ!」

 

 カウンターといわんばかりの"かみなりパンチ"がをお見舞いする。

 大きくなった鉄の拳は、巨体であるスイクンの横から腹に直撃させて簡単に吹き飛ばしてしまった。更にこれも奇跡か、低確率ながら痺れるような仕草を見せている。

 

『麻痺状態になったロト!』

 

 状態異常になってしまえば、捕獲された際に抵抗する力も抑えられてしまう。

 

「いけ!"ハイパーボール"!」

 

 チャンスはここしかない。狙いを定め、スイクンに向けて勢いよくボールを投げた。捕まえられてボールが数回も揺れる。この短い間の時間が長く、長く感じた………そして。

 

 

 

ポンッ☆

 

 

「「!!」」

 

 軽い音が鳴ったと同時に、ボールの揺れが収まった。

 

「や、…やった…っ!!」

 

 アルシェは、緊張の糸が途切れたようにその場にへたり込む。

 主のために戦いつくしたゴルーグも、大きな音を立ててその場で蹲った。ゲットが成功したアルシェの勝利なのである。

 

「ゴルーグ…本当にありがとう、お疲れ様」

 

 ゴルーグに回復魔法をかけ、ゆっくりとボールに戻すアルシェ。そして、スイクンを捕獲したハイパーボールにも回復魔法をかける。

 

 この瞬間が信じられなかった。ネモ様からの入れ知恵とはいえ、自分の力で捕獲に成功してしまうなんて、微塵にも思わなかったのだろう。そう考えているうちに、ボールからスイクンが飛び出してきた。

 

「スイクン…」

「クゥゥン」

 

 今までアルシェに向けられた声とは全く違う、厳しくも優しい甘い鳴き声に私の興奮は止まらなかった。思わず頬に触れるも、全く嫌がる様子はない。それどころか、フッと少しだけ笑ったような横顔が見えた。

 

「クルルル」

 

 改めて見ると……なんと、なんと美しい神獣なんだろう。

 天使とは違う神々しさ、獣でありながらそういった禍々しさは一切感じない。先ほどのバトルも手加減はしていない。目つきを見ればすぐにわかるからだ。

 

 スッ

 

 スイクンが腰を下ろす。こちらに背を向けるように…乗れと言っているのか。

 

 私はその背に乗る。馬や鷲獅子(グリフォン)とも違う感触。まるで羽毛に乗っているような心地よさ。心配してきてくれるも、私は大丈夫と笑顔で答えた。

 

「!」

 

 いつの間にか、二体の神獣が私たちの目の前にいた。確か…ネモ様の言っていた仲間"らいこう"と"えんてい"…って言ってたっけ? スイクンに乗っている私を見て、軽く会釈した後に走り出していってしまった。

 

「お願い」

 

 私はスイクンにそう言い、走り出した。

 

 戦闘の疲れを癒してくれるような、走り出した風が心地よかったのは言うまでもなかった。




「ネモ様、これでよろしかったのでしょうか?」
「何がだ、デミウルゴスよ」

 スイクンがゲットされ、心配してくれるデミウルゴス。デミウルゴスの疑問は知れている。大切にしていた伝説の魔獣を、アルシェに捕獲されてもよかったのかと。

「構わん。スイクンも、それが本望だ。それに、私自身が許可しているのだ。異論はあるまい?」
「はっ!」

 手に入れた新しき力と共に、一行は竜王国攻略に向かうのであった。

 そして…

「…。」

 彼の階層で、奥底に眠っている つぎはぎだらけの竜が 目覚めるのを待っていた…。


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対談

竜王国に全く焦点が置かれてないのが悔やまれます。
竜王国の設定に関しては完全オリジナルに近いので、お許しください。


竜王国王城 ドラウディロン・オーリウクルス

 

 王城にある玉座の間。その王座に似ても似つかない少女、竜王国現女王の"ドラウディロン・オーリウクルス"が緊張した顔で待ち構えていた。現在この国は、昔から度重なるビーストマンからの侵攻に晒されていた。

 最近では、ビーストマンが大攻勢を仕掛けてきて三つの都市を落とされた。今のところはなんとかアダマンタイト級冒険者を中心に彼らを撃退しているが、数の差は圧倒的で侵攻軍を止めるには至っていない。このままでは不味いと…周辺国の中で大国である法国に支援を要請しているのだが、度重なるビーストマンの侵攻で軍事費が圧迫している。

 

 その費用も半端なく、下手をすれば国家予算レベルなのだ。そのせいで国の経済が回っておらず、民から笑顔が消えていった。それに、その結果も冒険者の時と同じく撃退しただけで結果も著しくよろしくない。明日にでも国が滅ぶのではないかと何度も思ったほどだ。もはやこれまでかと…しかし。

 

 それは唐突の事であった。

 ある一通の書状が、帝国から竜王国へ届いた。

 

 内容は―――ビーストマンに対抗する為、『ナザリック』なる組織との同盟・戦力投入である。

 

 これには最初は困惑する。そんな組織は聞いたことがないと。

 しかし最近になって、その組織が帝国と同盟を結んだ事は聞いている。驚くべき点は…あの慎重な若き有能ジルクニフ鮮血帝と、大陸最強の魔法詠唱者であるフールーダ・パラダインが認めている筆跡があった。元々竜王国の将来は暗闇のままだ。国存続の為ならば、僅かな希望の光でも藁にでもすがりたい気分だ。

 

 それほどまでの組織なのか…国どころか、この世界を巻き込むほどの力を持った組織なのか?その異種族集団を纏めている"アインズ・ウール・ゴウン"殿とは一体何者であろうか?

 

「女王、彼らが到着いたしましたが…お連れしても?」

「…あぁ、通してやってほしい宰相」

 

 双角獣の馬車が到着し、あと数分で対面する。未だに不安感が拭えない。

 書状の内容から、これから会うのは異種族だ。長年、ビーストマンによって苦しめられているこの国だ。政府が認めたとしても、国民が納得するかどうかは別だ。ひょっとしたら、今よりも苦しめられるかもしれない。最悪、奴隷として自分の命を懸けてでも国や国民を守る覚悟をしなくてはならない。滅びの運命だったとしても、それが現竜王国の女王としての責務だ。

 

数分後 ナザリック一行

 

 王城に到着したアインズとネモ達は、警備を担当していた兵士に取次ぎをしてもらい、城の中から慌てて出てきたメイドの女性に城内を案内される。こちらの奇抜な格好のせいなのか…そのメイドも護衛の兵士たちも同じく緊張している。視線があちこちを行ったり来たりしていて、あまり落ち着きがないように感じられた。

 

「こちらにどうぞ! 中で陛下がお待ちです!」

 

 玉座の間へと通される。

 王国のとそこまで変わりない造りであったが…その中央にある玉座に、少女がちょこんと座していた。彼女こそが竜王国の女王であるのは間違いない。

 

「わざわざお越し頂き感謝する。私がこの竜王国の女王である"ドラウディロン・オーリウクルス"だ」

「お初にお目にかかる、ドラウディロン女王。私がナザリック地下大墳墓の主人"アインズ・ウール・ゴウン"だ。こちらこそ、お会いできて光栄である」

 

 まずはお互いの長が丁寧に挨拶を交わす。ドラウディロンから見て、アインズの初対面の印象は…絶対的なる支配者だと悟った。奇抜で派手な装飾や呪いの仮面…魔法詠唱者としては見たこともない類。何より、先の挨拶での声高での威圧に圧された。

 

「そして、彼らが私が護衛を依頼した冒険者"ジェスター"の面々だ」

「確か、帝国では死の騎士を退けた最強の冒険者チームであると…!成程、この国へ無事に辿り着いたことには納得であるな」

 

 アインズからの紹介で、ジェスターとナーベラルがお辞儀をする。一方のドラウディロンも、あの有名な冒険者チームが信頼する御仁で少しばかり安心した。しかしそれも一瞬、次に真剣な眼差しを向け危険を承知で気になることを口にする。

 

「既に承知であると思うが、現在我が国はビーストマンの脅威に晒されている。こちらで兵士や冒険者を雇ってはおるが、未だに侵攻は止まっていない。帝国からの書状では、其方たちであれば侵攻を確実に止めて、この竜王国に平和をもたらすとあったが……真なのか?」

 

 ほらきた、とアインズとネモは同時に思った。いくら書状とはいえ、本当にビーストマンを撃退するかと怪しまれているのは当然だ。この場で手っ取り早いのは力を証明することだが、場所が場所である。だからこそ、当然のように対抗策も練ってある。

 

「ふむ…確かに、あなた方の嫌疑は尤もだ。それでは、本日は記念すべき日だ…それなりの"状況"をお創りして見せよう」

 

 そう言って、アインズは手を上げる。その動作にドラウディロンと周りの兵士も身構えた。パチンと指をスナップすると、王城の窓という窓から光が差し込まれる。一体何が始まったのかと慌てふためいた。

 

「女王様、空をご覧ください!晴れております!!」

「何ッ!?」

 

 宰相に促され空を見たドラウディロンは驚愕した。何のことはない、先程まで国を覆っていた曇り空が一瞬にして晴れたのだ。青空一面が広がり、輝かしい太陽が国中を照らしている。これは自然ではなく、間違いなくアインズの魔法が発動したのだと。自身の知っている限りだと、天気を操る第6位階魔法"コントロール・ウェザー"だと思うが、時間と効果がそれ以上だと感じた。

 

「…わかった、場所を変えよう…」

 

 ドラウディロンは呆れたようにそう言い、会議をする為にナザリック一行を会議室へ案内する。彼女に着いていく道中、死の騎士を玉座の間で召喚しなくて本当によかったとアインズが反省していたのは別の話だった。

 

 会議室へ場所を移し、ナザリック一行と女王、宰相と護衛兵士数名だけになる。そしてその二人に、これからアインズとデミウルゴスで考えた魔導国建国計画を打ち明けることにした。

 

 この世界の全種族の共存、冒険者の育成と保護を目的とした国家が運営する冒険者育成機関…。その他諸々のあり得ない話に、二人は終始唖然としてしばしば互いを見ることもあった。そんなのは夢物語であると口では簡単に言える。しかし、先程の魔法と言いこの威圧感と言い…それがあながち嘘でもないように思えるのも事実であった。

 

「アインズ殿は、そのような国を本気でお創りになられるのですか?」

「当然。ですが、いきなりは難しいと思われる。理想を実現するのに時間がかかるのは承知の上…その理想を少しでも近づけるように、その為に竜王国の復興に協力したい所存である」

 

「我々ジェスターも、アインズ殿のその素晴らしい理想に全面的にご協力致し成就させたいと思っております。これはまだ誰にも話していませんが…王国との戦争後は、その育成機関に加担し魔導国所属の冒険者として支えようと考えております」

 

 宰相からの真偽にアインズは真剣に答え、そこからネモの援護射撃で舌戦による絶対的な信頼を見せつける。最強に近い魔法詠唱者、最強と謳われる冒険者…この2名が育てる未来の冒険者は、今の時代よりもとてつもないものであろう。

 

「成程…同盟を結ぶならばこちらとしても賛成だ。その為にも、貴殿が保有している力や技術を拝見してもよろしいだろうか?互いの国の将来を見越して…」

 

 ドラウディロンはここで、ナザリックの保有する戦力がどれくらいなのかを確認したい手段に出る。アインズからの恰好と能力から察するに、金銭・地位・軍事力に魔法技術…自分達の持っているどんな財でもアインズ・ウール・ゴウンの心を動かすことは難しい。過剰すぎる戦力を持っているのであればそれを国に向かせないようにし、何も知らない他国に警告することも出来る。

 

「それは構わない。ビーストマンなんぞの雑魚を余裕で蹴散らすことを約束しよう」

「ビーストマンを雑魚とは…話を戻そう。こちらとしては、当分はビーストマンの撃退と国の復興をお願いしたいが……代わりに、こちら側からは何を差し出せば宜しいか?早速望むことがあれば、聞かせてくれないだろうか?」

 

 ビーストマンを既に雑魚扱いしていることに戸惑いながらも、次の質問を投げる。問題はここだ。協力した代償に何を犠牲にするかだ。絶対的強者、圧倒的優位な立場の者ならば従属を要求してくる可能性が高い。もしくは我々でしか知らない技術や情報を差し出すかもしれない。

 

「そうだな、まずは貴殿とすぐに連絡を取れる手段を確立したい。その為にジェスターを暫く滞在させたいと思っている。ビーストマンの殲滅であるならば彼らで十分。大規模な攻勢ならば私の持つ戦力を投入しよう。疲弊している竜王国からいきなり従属やら、何かを奪う程狭量ではない。我々が欲しいのはあなた方からの"信頼"だ。我々の保有する戦力を確認してからでも構わない。貴殿の言う通り、将来を見越しての魔導国と竜王国の信頼を確固たるものとしたい」

 

 希望する内容はドラウディロンを更に困惑へと誘う。ナザリックの立ち場からみれば、竜王国の戦力は全く期待していない。技術や情報は二の次で確固たる信頼…それが従属になる工程に一番近いものだと判断した。

 

「左様か。ならば、其方達との信頼を今この瞬間約束してほしい。当然であるが、私はこの国と民を愛している。民の未来を裏切るような真似はしたくない。故に…魔導国と竜王国の繁栄に尽力すると」

「ああ、良いぞ。では――〝アインズ・ウール・ゴウン〟の名において誓う。我々は竜王国の繁栄に尽力する、とな」

 

 あっさりと承諾するアインズに、ドラウディロンはその言葉の真意を完全に読み取ることが出来なかった。彼らの被っている仮面のせいか妙な安心感さえ感覚えてしまい、不気味に感じている。『アインズ・ウール・ゴウン』の名にどのような価値があるのかさえ分かっていないし、今は口約束に過ぎないのでいつ破られてもおかしくはない。強者が弱者を切り離すのは簡単だ。

 

「では、話し合いも纏まったようであるし、私はこれにて失礼させてもらう。後は彼らに全て任せる」

 

 話し合いが纏まり、帰り際に見えるアインズの背中が、より一層大きく恐ろしく見えのは言うまでもなかった。



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女王との信頼

大変遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした!
実をいうと、世間で騒いでいるあれに苦しめられ自宅療養を余儀なくされておりました。体調面から小説投稿ができず、最近になってようやく活力を取り戻せました。他人事ではないとつくづく思い知らされました。書き留めも減ってきたので投稿スピードは遅くなりますが、今年中は3期エンドまで頑張りたいと思います。皆様もお気を付けて!
でわどうぞ!


「さて、それでは今日から数日間だけですが…よろしくお願いしますね女王殿」 

 

 アインズさんと宰相が去った後の会議室、残ったネモがそう挨拶をする。この国の事情は裏の裏まで調べ尽くしてある。

 

 冒険者というのは元来、国家間の争いに介入する戦士ではないのが常識だ。

 だが、この竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者である『クリスタル・ティア』は、度々発せられる王女からの要請に対して、いつも快く首を縦に振っているらしい。それ自体は非常に喜ばしいことだと思う。竜王国の軍は、法国や帝国と比べると圧倒的に戦力不足であり、騎士と反目することの多い貴族が権力を握っていることで悪名高い、リ・エスティーゼ王国の騎士団にすら及ばない。

 

 そんな軍しか有していないために、アダマンタイト級冒険者である『クリスタル・ティア』の助力によって国が救われた回数は、数えるだけで軽く数十を超えるだろう。しかし、彼らはあくまで冒険者だ。命令を出せば即座に動くことの出来る軍隊と違い、民間からの依頼などで国から出てしまえば、戻ってくるまで戦力に数えることは出来ない。

 

「うむ、こちらこそよろしく頼む」

 

 しかし、今はそれに同等の…いや間違いなくそれ以上の戦力である「ジェスター」がこの竜王国にやってきたのだ。この冒険者2名の偉業は他国にも知れ渡っており、ビーストマン達を倒せる希望の光なのだ。当然彼らとは友好な関係を築きたいのだが…彼の者らは動物を使役するという。その辺りが少し心配であった。

 

「…しかし、そちらの魔法詠唱者(マジックキャスター)なんぞ初めて見た。名は何と申すのかな?」

「アルシェと申します」

「よいよい。それを言うなら、こちらの方こそこんな年端もいかない私を女王だと、初見で認めるのは中々難儀であると宰相から判じられている。形式上こそ竜女王であるが、畏れずともよいのだ」

 

 200年の年月を生きた竜女王にとって最大の武器は『会話』だ。

 『始原の魔法(ワイルドマジック)』以外は普通の人間と変わらない戦闘力しか持たないため、長く重ねた歳は知略と会話力に蓄積されている。

 

「オルタ殿。差し出がましいようであるが、仮面を取ってはくれないだろうか? 顔が見えなければ話も進むまい」

 

 ドラウディロンはオルタに面を取るように言う。こうした話題を出したのは、相手の弱点を探る為でもある。基本、生物は自分の弱いところを隠したがるものだ、それが致命傷であるならば尚の事だ。

 

「宜しいのですか?初めに申しますが、この仮面には私の魔力を防ぐ効果があります。完全に外してしまうと、周りにいる魔力に精通する者にどのような影響を及ぼすか分かりません。それでも…深淵を覗くのであればやぶさかではありませんが…」

 

 ネモが面に手をかけたところで、ドラウディロンは先程の言葉に違和感を覚える。そして、次の瞬間その答えがハッキリと解った。

 

 「(な、なんじゃこの溢れ出ている魔力は!量だけでなく、質も明らかにおかしい!……これは位階魔法に用いられる魔力だが、ワシが使える始原の魔法(ワイルドマジック)に用いられる生命力とも異なる!)」

 

 まだ顔が見えていないというのに…仮面を僅かにずらしただけで、その隙間から漏れ出る異常な質量の魔力。そしてドラウディロンには、『深淵を覗く』という言葉の意味が読めた。無用な詮索は己が身を滅ぼすという忠告が。

 

「申し訳ないのですが、この魔力は生まれ持った時からのものです。故に、このまま素顔を見るのであればこの魔力の噴出は止まりません」

「……わかった。顔は隠しておいてもらって構わない。しかし、なぜそのような仮面を?魔力に精通している者ならともかく、その他の者には関係がないのでは?」

 

 警戒を解いて心を開いた冒険者など、ドラウディロンにとってみれば容易な獲物に過ぎなかったが……この者達は、それよりも遥か上手だった。

 

「自分へのイメージや象徴を大きく見せることにより、本来の立場と身を守る(・・・・・・・・・・)ためです。今の貴方のように(・・・・・・・・)ね?」

「(い、『今のワシのように』じゃと!?……一体どこまで見抜かれてしまったのだ!?いや、それよりも嘘を見抜くマジックアイテムでも身につけているのか!?)」

「答えは簡単です。今の貴方のお姿自体(・・・・・・・・・)が、ですよ」

「…私の姿が?」

「えぇ。本来王族というのは、ご高齢の方が多い。大半は最もリーダーシップに長けた人材ですが、ある時は若い方がその玉座に座っています。このご時世です。その人物は何かしらの理由…先代が病気やら支持貴族の多数決やらで王にならざるを得なかったか、もしくは、ある特殊な力を持っているか。貴方の場合は後者の可能性が高い」

 

 ここでドラウディロンはしまったと心の中で後悔する。彼らは帝国の最上級冒険者である為、要人と太いパイプで繋がっている可能性もあるのだ。思えば、書状でも鮮血帝とフールーダから認められているのだ。うっかりこちらの事情を話せば、他国に弱みを握られることになる。ここでアルシェが介入する。

 

「ご安心ください、あなた方竜王国の弱みを帝国に売り渡すような真似は致しません。…確信に至った経緯は先程の会話です。貴方はさっき『こんな年端もいかない私』と申しましたが、あれは嘘ですね? 帝国の書類を確認したところ…おおよそ二百年前くらいから同姓同名の女性が王を名乗っています。しかも今日に至るまで王を辞めた形跡がない。今のお姿とこの矛盾が、答えを導いてくれました」

「……完敗だ。私の──いや、もう偽る必要も無いな。ワシの負け、大負けじゃ。これでも駆け引きには自信があったのだが、貴殿らには全く適わんな」

 

 一瞬の隙も見当たらない完璧な推理と理論を見せつけられる。ドラウディロンは諦めたとばかりに苦笑を漏らし、諸手を上げて降参を示した。

 

 そして二人の話題は戦争に移る。

 周辺諸国の立場と関係、直近半世紀ほどの戦乱の歴史をドラウディロンから伝えられ、竜王国の現状についても子細な説明が行われた。現状としては、まずはビーストマンを撃退して奪われた領土を取り返さなければならない。「では、私は先に冒険者組合へ向かいます。」と言ってネモも会議室を去っていった。

 

「あの、一つ質問をしてもよろしいですか?」

「構わない、答えられる範囲でならなんでもよい」

「…何故、そのような姿をしておられるのですか?もしかして、元々は(ドラゴン)であったとか?」

「ぷっ、アハハ!いやいや流石にそれはないぞ?確かにワシは竜の血を引いているが、生まれは人の姿じゃ。人に比べると遥かに長い寿命に加え、外見年齢を操作することができる。同年代に見えるのはそのせいじゃ。尤も、本当の姿はこう、いわゆる『ぼん・きゅっ・ぼん』のオトナの女じゃな」

 

 外見年齢を変えることができる…世の女性たちが聞いたら欲望そのものだ。そう言い、彼女がそこにあった広いテーブル敷きを広げてそのまま自身に被せる。いきなり不可解な行動を取ったドラウディロンが、一体何をするのかと注目していたルシェだったが、やがて現れたドラウディロンの姿を見て、口と目を大開きにした。

 

 先ほどの少女から―――成人のドラウディロンが、そこにはいた。体のラインに薄いテーブル敷きの布がまとわりつき、妖艶な雰囲気を漂わせている。顔は確かに少女の面影を残しながらも、外見の成熟さとミスマッチな可愛らしさを引き立てていた。腰から尻、そして腿に至るまでのラインは芸術的な曲線美を生み出している。この世の美の結晶…女神と呼ぶに相応しい艷女に、変化したのである。

 

「…どうだ?これが大人のワシだ。簡単に言うと、この姿は男性受けは良いが女性受けが悪いのでな…万人受けを期待して少女形態をとっておるのだ」

 

 これほどまでの絶世の美女だというのに、齢250と言われてもまだ信じられないというのが、彼女の本音である。竜王国を救うためならなんだってする彼女の本質である。だが…

 

「…どうであろう?体が変化する女王なぞ、気持ち悪い以外の何物でもない」

 

 人間とは一線を越えた異種族、そして女王という立場が彼女を一人にした。常人であれば近寄りがたい存在と思われてもおかしくない。現に今、ジェスターからもそう思われても不思議ではない。

 

 

「―――それが、貴方の本気なんですね?私は受け入れます」

「………へっ?」

 

 拒絶の言葉が来ると思ったドラウディロンは呆気にとられる。振り返ると、真剣な眼差しでこちらを見ていたアルシェが何も動じずじっとしていた。

 

「私もそうでした。帝国出身で忌み嫌われるのではないかと…でも、それを受け入れてくれる人がいました。だったら私は…その人のように、同じ苦しみを持った他の人を自分のように救いたいんです」

 

 転生してくれた際に受け入れてくれたネモとアインズ様、ナザリックの皆。その時、いずれ来るであろう人間と異種族との共存の懸け橋となりたいと思った。現にそれ以上の異種族に出会っている彼女達からしてみれば、ドラウディロンの変化など生易しいものだ。

 

「…良いのか?こんな私を、認めるのか?」

「―――はい!」

 

 まぎれもない肯定の返事に、ドラウディロンは俯く。まさか事実を知った者の中で、ありのままの自分を受け入れてくれるものがいるとは思ってもいなかったんであろう。余りの懐の深さに涙腺が緩みそうになるが、踏み止まる。

 

「そうか……そうだ。私は今や女王だが、この地位が災いして同年代の友人がおらぬのだ。良ければ、お主たちが友になってくれないだろうか?」

「えっ!?そんな恐れ多い…」

「事実を知った今、私と距離を感じて接するのか?それはちと寂しいのだがな」

 

 ドラウディロンが笑うと、アルシェは恥ずかしそうに照れ笑いをした。

 

「……そこまで言われてしまっては、貴女のことを『女王陛下』と呼ぶのは難しいですね。どのようにお呼びすればいいですか?」

「ドラウディロン、もしくはドラウでよい」

「わかりました。では、これからはドラウさんとお呼びしますね」

 

 アルシェは年頃の少女らしい笑顔を浮かべ、出した手を握りあった。

 

「…ところで話は変わるのだが、貴公らは魔獣をてなづける集団と聞いておる。もしよろしければ、其方の魔獣を見せてもよろしいだろうか?」

「はい、それは構いません。アルシェ」

「はい、それでは……スイクン」

 

 ボールから出てきたスイクンにドラウディロンは腰を抜かす。

 アルシェの所有している魔獣の中で一番インパクトがあり、それは最早魔獣を飛び越えて神獣の領域に達しているというのが彼女の感想だ。

 

「な、なんと…」

 

スイクンのあまりの神々しさ、力強さに齢200ほど生きたドラウディロンも圧倒されるのはいうまでもない。しかも、主人としてアルシェが手を挙げても嫌がるどころか受け入れているところを見ると、この時点で二人の差が歴然であるというのを知ることとなった。



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新たな仲間と討伐開始

突然ですが、メンバー追加します!
新メンバーの使役するポケモンも次回で登場します!


竜王国宿屋 

 

 冒険者組合での一件の後、ネモ達は街で一番豪華と言われている宿屋に部屋を取っていた。ドラウディロン女王から、この街で一番綺麗な宿はここだと紹介されたのだ。

 

「普通の宿でも良かったんだが…帝国で泊まってた宿と同じくらい綺麗だな。街の様子からあんまり期待していなかったけど」

 

 部屋を見渡し、ネモは満足そうに言う。実際、帝国で常宿にしていた所とさほど変わらない。最悪外で野宿だけは避けたかったので問題なかった。

 

「それよりも遅かったな。女子会は楽しかったのか?」

「初対面でいきなり女子会はないと思います…というより、会話が弾んだだけですよ」

 

 アルシェはそう答える。どうやらドラウディロン女王と友好な関係を築けたことが何よりの朗報だ。それよりも、先に組合に挨拶したら竜王国で一番実力のある冒険者に絡まれたのだ。確か、クリスタル・ティアのセラブレイドとか言ってたな…

 

「私達は会わなかったけど、そんなに嫌な奴なんですか?」

「あぁただのチンピラと遜色ない」

 

 ああいういい加減な奴には実力で分からせた方が手っ取り早い。何よりまずは女王と他の冒険者、それから竜王国の民に自分達の名を売らなくてはならない。

 

・・・

 

「…アンタ、本当にいいのか?」

「何が?」

「あんさんが噂のジェスターだってのは知ってる。けど、あいつの実力は本物だぜ?この国の冒険者チームの中で、一番ビーストマンを狩っているからな」

 

 竜王国の冒険者が話しかけてくる。

 ふぅん、ご忠告どうも。だけど、俺から見ればアダマンタイトなんてお飾りな雑魚だ。"竜王国の英雄"なんてもてはやされているが、あのような性格では国よりも自身の為に戦っている野心家に見える。他の冒険者から、そんなに慕われていないような雰囲気がコイツとの会話で確信した。ここでセラブレイドよりに何倍も功績を上げれば、すぐさま立場が逆転するだろう。

 

「気にするな。俺から見れば雑魚に過ぎない…ビーストマンなんて余裕で蹴散らせるさ」

「随分な自信だな、それがアダマンタイト様の見解か?あっ俺はワーカーのオプティクスってもんだ、これから竜王国の為に力を貸してくれるか?」

「まぁ王女様から直々の頼みだからな。最低限の事はするさ…それより、もし俺たちを応援してくれるなら数日後にはアイツの泣きっ面が拝められるぞ?」

 

・・・

 

 そう言って組合を後にし現在に至る。セラブレイドとの勝負は組合長が合意し、それぞれに同じ条件を突き付ける。

 期限は本日より5日間。討伐証明として、ビーストマンの尻尾を期日までより多く組合に提出すること。尻尾一本につき銀貨10枚を報酬として支払い、より多くの尻尾を納品したチームには追加報酬として金貨20枚を支払われる。

 

「どこでビーストマン狩りを? やっぱり今落とされそうな都市ですか?」

 

 ビーストマンの侵攻で、既に竜王国の3つの都市が落とされている。そして今にも落とされそうなギリギリの都市が複数あった。普通に考えれば侵攻が激しい箇所にビーストマンが多くいるので、討伐数を競うついでに冒険者の援護と救助をするなら、自分達が向かうべきはそういった激戦区だとルシェは考えたのである。

 アインズ様からの情報で既に知っていたが、ビーストマン達の住むところはかつて人間が住んでいた街だ。その規模はほとんどが一つの村と同じで、一番大きいところでも帝都よりは小さい。

 

「いや、そっちは他の冒険者に任せよう。俺達が挑むはビーストマンが最も多い場所だ。こういった場合は元を叩くのが一番良い。既に、アウラの魔獣と恐怖公の眷属が索敵で判明している」

 

 恐怖公の名前が出た時点で、アルシェの顔は険悪になった。その気持ちは分かると同情する。

 

「最も多い場所…まさか本拠地?」

「まだ断定はできない。だが報告だと、その廃都がビーストマンの出入りが多いらしいんだ」

「…どれくらい狩る?」

「そうだな…―――ざっと 4ケタ は狩っておきたいな」

「ブ――――――!?!?!?」

 

 そのあり得ない目標討伐数を聞いたアルシェは、口に含んでいた飲み物を思いっきりぶちまけた。

 

「心配するな。何も俺たちだけでやるとは言ってないぞ?」

『ネモ様、聞こえますか?』

 

 ここでアウラからの通信が入る。どうやら、アインズさんからビーストマン討伐の作戦の許可が下りたようだ。それと同時に…ある人物の特訓が完了されたとの連絡が入る。そして宿の一室に作られた転移空間から、その人は現れた。

 

「よくぞ来てくれた、シズ」

「シズ・デルタさん…!」

 

 プレアデスの一人、C Z 2 1 2 8(シーゼットニイイチニイハチ)

 初期メンバーであったガーネットさんが残してくれた、ナザリックでは数少ない良心の一人。狙撃手という貴重な人材で、アウラと同様にビーストマン討伐の助っ人として駆けつけてくれたのだ。

 

「アルシェ…お待たせ…」

 

 アルシェの姿を見つけて、少しだけだが精一杯の笑顔を見せるシズ。どうやら、プレアデスの中では一番アルシェと良好な関係を持っていると思われる。流石にそれ以上はプライバシーになるまで黙っておこう。

 

「シズよ。お前がこうして訪れたということは…成果は成功した(・・・・)と認識してよいのだな?」

「はっ、ネモ様。仰せの通り、クラスを獲得することに成功いたしました」

「どういうことですか?」

 

 俺とシズとの会話にいまいちピンとこないアルシェに、俺はビッグサプライズの爆弾を投下することにした。

 

「喜べアルシェ。我がジェスターに新メンバーの追加だ」

 

 

 

とある廃都 アルシェ

 

 翌朝、冒険者組合で狩猟受諾をして浮遊魔法でその廃都近くまで向かう。道中、対戦相手であるセラブレイド達から妨害を受けるのではないかと心配したが、その場にいたオプティクスの話によると朝から意気揚々と狩りに行ったらしい。負けたくないプライドと余程の自信があると見える。

 

 廃都を一望できる丘から双眼鏡を使って様子を見る。かつては人間の町であったはずだが、ここで暮らしていたと思われる人間の姿は一人も見当たらない。居るのは二足歩行をしている凶暴そうなトラやライオンだけであり、数だけで言えば情報通り千体くらいはいるように見えた。

 

 対するこちらは私とネモ様、アウラ様、ハムスケさん…そして、急遽新メンバーとしてシズさんも導入されることになった。シズさんが投入されたきっかけはハムスケさんと同じだ。レベルアップやクラス取得の成長実験として武技習得の訓練を開始し、それが成功する。

 

 そして、今度は部下を使用しての段階に入りそこにシズさんが抜擢されたわけだ。

 最初は反対もあったそうだが、シズさん自身の能力とやる気という本人の意思を尊重する形で特訓を開始した。

 結果は成功。プレアデスの中でも一番レベルの低いシズさんに"ビーストテイマー"のクラス取得が可能となった。そしてネモ様から、お祝いとして私のように何体か魔獣をプレゼントされたと聞く。

 

「シズちゃん羨ましいっす!!」「流石の学習能力の高さ」と、他のプレアデスたちから賞賛を受けながら、戦場活躍の機会が訪れたのだ。ゲルダ作戦時に姿を見せているため、ヤルダバオトから引きはがして部下にしたカバーストーリーも完璧である。

 

「ネモ様…アウラ様の魔獣が到着しました。いつでも、作戦を開始できます」

「そうか、じゃあ早速始めるとしよう。アルシェも心の準備はいいか?」

 

 そう言ってネモは、未だ表情に硬さが残るアルシェに視線を向けた。

 

「大丈夫です。私は自分の成長のため、竜王国の為なら頑張ります…!」

 

 やはりビーストマンがあれだけ集まる場所に突っ込むのは、今でも尻込みしてしまうらしい。表情どころか身体の動きが普段よりも格段に硬かった。練習で発揮しているような動き出せれば切り抜けられる場面でも、このままでは思わぬ怪我を負ってしまう可能がある。当然、こんな所で死なせるつもりは微塵もない。

 

「そう心配するな。お前達が担当するのは俺が討ち漏らした奴だけだ。それに、今回はアウシズシズも居るんだから、死ぬ可能性はほとんど無いだろう?」

 

 そう言いつつも、ネモ様が本気で攻めればレベル10台程度しかない彼らでは碌な反撃もできずに全滅することは間違いない。故に、残飯が残りの二人を対象できるくらいの数を調整し、わざと討ち漏らす予定だ。

 

「それじゃ、作戦の説明をするぞ」

 

 皆が一斉にネモの言葉に頷く。

 

「まず…作戦開始時にアウラの魔獣たちが、ビーストマンが占拠しているあの街に消音結界を張る。その結界は時間が過ぎるまで効果が切れない。先に俺が突入して別の場所で奴らを引き付けている間に、お前達が入ってこい。そこからは、ただひたすらにビーストマンを刈り取るだけ。制限時間は、結界の効果が切れる2時間だ」

「その結界ってどれくらいの強度ですか?」

 

 一度戦闘状態に入ってしまえば、他の場所から増援が来る可能性が高い。あり得ない話かもしれないが、もしビーストマンの中に魔法を使えるものがいたら厄介なのではないだろうか?

 

「第7位階魔法以上の魔法を、数発撃ち込まれたら壊れる。ま、ビーストマンだから力任せで破壊することは不可能だろう…」

 

 ビーストマンじゃなくても無理であろう。自分の中の常識では、そもそも人間が扱える魔法は師匠であったフールーダでも第6位階魔法までが限界なのだ。それ以上は大規模な儀式を行なってようやく発動する、あるいはかもしれないというレベルである。

 

「それに、この両眼で試したいことがあるしな…」

「?」

 

 ネモがどういった方法でビーストマン達に制裁を加えるのか不明だが、これだけははっきりと言える。ナザリックを治める力を持っているネモが味方にいる時点で、ビーストマン程度には恐れる必要がない。

 

「―――よし、作戦開始だ」

 

 

 

廃都 入り口付近

 

 結界を張った後…ネモは、見張りのビーストマン数人を瞬く間に切り捨て、そのまま街に侵入する。

 門を潜り抜けると、そこには内側の警備兵士と思われる多くのビーストマン達が待機しており、一斉に彼の方に視線が集まる。

 

 まさか人間が一人でやって来るとは考えていなかったのか、ネモを見た彼らは驚愕の表情を浮かべた。何故こんなところに人間がいる?そんなことを考えているのだろう。しかし、すぐにその顔は喜びに満ちた表情に変化する。人間を食料とするビーストマンからすれば、食料である人間の方からわざわざ食われにやって来たのだ。歓迎は当然、怯える理由などひとつも無い。

 

「ニンゲン、ニンゲンダ!ショクリョウ!」

「ニンゲン!ムコウカラ、ヤッテキタ!」

 

 ダラダラと口から涎をこぼす節操のないビーストマン。これならば、普通の獣の方がまだマシと言えよう。それに野生の獣であれば、一人で来る人間に不安と警戒が募るはずだが、そんなことよりご馳走を(しょく)する欲が勝ってしまった。例え武装していようが、確実に殺せるだけの自信がその欲を助長させてしまう。今彼らの頭の中にあるのは、どうやってこの人間を食うかという考えだけである。

 

「全く…これ程までに、獣からコケにされたのは久しぶりだ」

 

 呆れたネモの一言に、ビーストマン達は耳を貸すどころか一斉に襲い掛かって来た。しかし……

 

「―――なら、遠慮なくこの眼の犠牲になってくれよ?」

 

 刹那、ネモの周りに竜巻が発生する。

 それもただの竜巻ではない。血のような…真っ赤な色の竜巻が彼を守るように現れる。一番先に居たビーストマンが上空に吹き飛ばされ、それを見た他のビーストマン達も足を止める。

 

 

「―――降臨せよ、我が愚者(ロキ)…!」

 

 ビーストマン達はここで初めて警戒した。竜巻の発生源は、間違いなく真下に居る彼だ。そこから、巻かれながら何かが形成される…。

 

 

 ―――それは、巨人だった。

 

 詳しく言うのならば…その冒険者がしている面と、同じ顔をしている巨人の上半身が現れたのだ。両手には10mはある刀を持っている。先程の竜巻で吹き飛ばされたビーストマンが、その巨人の高さまで落ちてくると…その刀で一刀両断した。

 

 辺りにばら撒かれる、同胞の死体と吹き出る血液。そして、それを他所に、その冒険者は言った…。

 

 

 

「―――小便は済ませたか? 神様に祈りは? 戦場の隅でガタガタ震えて、命乞いをする心の準備はOK?」




これを機にアンケート内容も変更いたします。


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外伝 ちびっ子達のクリスマス

本日はちょっと趣向を変えて、温まるエピソードを。
年末まで戦争は間に合わないので年始から、その後聖王国編に入りたいと考えてます。どうぞ。


「クリスマスというのは何でしょうか?」

 

 ふと、アルシェから聞かれた。

 

 クリスマスとは…イエス・キリストの誕生を記念する年中行事で、主に12月25日に世界中の何十億人もの人々の間で宗教的・文化的に祝われるものである。キリスト教の中心的な祝祭であり、多くの国で祝日となっている。大多数のキリスト教徒が宗教的に、また多くの非キリスト教徒が文化的に祝う。

 

 クリスマスは誰と過ごすか…

 家族と過ごす人、恋人と過ごす人、友人と過ごす人、家で独りで過ごす人など、クリスマスの過ごし方は様々である。ざっと見てクリスマスと言う日があって、ケーキやらローストビーフやらを食べて祝うものなのである。また子供たちにとってはサンタクロースがプレゼントを持って来てくれる嬉しい日である。

 

 しかし、近年ではアインズやネモの暮らしていた時代では、そういった文化的価値が下がっている。しかし、サンタクロースという老人が子供たちにクリスマスプレゼントを配っているという知識は辛うじて言っているのだ。

 

 だが知識として知っているだけで、実際はどういったものなのかはユグドラシルのイベントを通してそういう雰囲気しか知らない。この間、階層守護者たちが全く休みを取らない事で趣味の事などを相談されたが…二人ともユグドラシルしかしていなかった。

 

「サンタクロースと言われた老人が、子供達にご褒美を……なんだか、心が温まりそうな催しですね」

 

 そもそもアルシェが何故そういったイベントを質問してきたかと問うと、どうやらアウラに子供が喜びそうな催しがないかどうか相談したらしい。この様子だと、階層守護者たちも俺達と同じユグドラシルの知識をそのまま持ってきたのだなと確信する。しかし、基本的に人間嫌いな彼らでは間違った解釈をせざるを得ない。

 

 そういえば、この世界に関する軍事情報に気を取られて文化的な事は全く触れていなかった。いい機会だ。これを機に、少しは世界の文化でも学ぶ必要性を考慮しておこう。

 

 送り主はカルネ村の住民たち。それぞれに合ったプレゼントを用意しよう。大人たちは食料や衣類、子供には喜びそうな玩具だ。アインズさんにも使い捨てのアイテムを配る許可を得たし、周辺を警戒しているジュゲム達に事前に知らせておけば問題ないはずだ。

 

 しかし、いきなり村に赤い服を着た老人に忍ばれたら怪しさ全開でゴブリン達に捕縛される。なのでその時の見張りはゴブリンだけにしておき、フォーサイトを含む人間達はそのまま眠っててもらおう。

 

・・・

 

カルネ村 深夜

 

 わたしはネム。カルネ村にすんでいるこどもです。

 

 みんながねているよる…わたしは、こっそりとめがさめた。

 

 でも、かんたんにめがさめたわけじゃない。

 

 きこえたんだ…シャン、シャンって、スズみたいなおとが…

 

「ネムちゃん」

「クーちゃん、ウーちゃん…」

 

 どうやら、ふたりもおとにきづいておきちゃったみたい…

 おねえちゃんにきづかれないように、こっそりといえのとびらをあけて、なんのおとなのかをさがしてみる。ほんとうはあぶないとおもうけど…

 

 

「あれなんだろ、クーデリカ」

「なんだろうね、ウレイリカ」

 

 ふたりのめせんをおう。じぶんの目でみているもの、それがしんじられなかったとおもった。

 こういう時はすぐさまジュゲムさんとかにしらせないとと思った。でも、わたしはふしぎとそれに見とれてしまっていた。

 

 なんだろう、みずいろのいきものがいて。

 そのせなかにだれかいる…しろいつばさがまぶしくて、きょうかいのえとかにでてくる…

 

「てんし様…」

 

 えほんのおはなしできいたことがある。

 わたしをたすけてくれた、あいんずさまのようなかみさまのそんざい。ふと、わたしとめがあったような…

 

 そのあとどうなったかはわからなかった。でも

 

 

 つぎの日のあさ…「なんだこの食料は!?」「ゴウン様の恵みかい!?」というおとなたちのたべものにたいするかんしゃと、「みてみてこれおもちゃ?」ときぞくさましかかえなさそうなこうきゅうなおもちゃによろこんでいるむらのすがた。

 

 ふぉーさいとのおにいちゃんやおねえちゃんも、なんだかものすごくつよそうなぶきがおかれていたらしくて。

 

「みてクーデリカ! これかわいい!」

「うん!」

 

 わたしたちも、おにんぎょうさんやらみたこともないおもちゃで大はしゃぎだった。

 すぐさまおねえちゃんがジュゲムさんたちをよんで、なにかおかしなことはなかったのかときくと、だれもあやしいひとはみていないらしい。だから…

 

「てんしさまがいたんだよ!」

 

 わたしたちは、みんなのまえでそういってしんじた。




一方その頃、ジュゲム達は…

ガチャガチャガチャガチャ!!!

「なんだこれおもしれー!」
「陣地に弾いれないだけなのにずげえ!」
「超かいかーん!!!!」

 煩わしい音ながらも、みたこともない玩具にどハマり(超エキサイティング)していたのであった。


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経験値超大量

残りもあとわずか、年末にちょっとだけ追加します。どうぞ。


ビーストマンの街 都市部

 

「そっちに行きましたハムスケさん! 絶対に逃がさないでください!」

「任せるでござる!」

 

 背を向けて逃げ出したビーストマンを、ネモ様以外の4人+αで追い詰めていく。

 普段はばらばらであったがこの戦いによって連携がかなり強化され、驚くほどスムーズにお互いのカバーしている。徐々に時間が経つにつれて危なげない戦いができるようになっていった。

 

 それはビーストマンを大量に討伐したことでレベルが上がり、能力が底上げされたことも理由のひとつだろう。なんでも"がくしゅうそうち"なるもので経験を振り分けているんだとか…ただ、何よりも私と他のメンバーの連携が上達したことが最たる理由なのは、息の合った戦い方を見れば明白だった。

 

「シズさん!」

「『ガーディ』、『モンメン』…!」

 

 その中でも顕著だったのは、プレアデスの一人シズさんだった。

 ネモ様から授かった魔獣、ほのおタイプのガーディとくさタイプのモンメン。彼女の性格を思っての授かった魔獣らしいが、いつもは無表情の彼女はそれはもう失神ものだったらしい。

 

「お命頂戴するでござるっ!」

 

 そして台詞と共に、ハムスケが長い尾を使ってビーストマンを背後から仕留める。アルシェの魔法によって既に瀕死に近かったそのビーストマンは、その一撃によってあっさりとした最期を迎えるのだった。

 

 これでもう彼女達の周囲には敵は居ない。

 他の区画にいるビーストマンは、アウラ様と配下の魔獣が担当しているので何の心配も必要なかった。むしろ自分達が圧倒的すぎてビーストマンが可哀想なくらいである。

 

 なのでようやく二人はホッと息は吐き、気持ちを落ち着かせることができた。するとパチパチという手を叩く音が聞こえてくる。

 

「中々やるじゃないか。レベルも結構上がっているみたいだし、二人の連携も悪くない」

「ネモ様!」

 

 私はキョロキョロと周りを見渡し、彼を視界に捉えるとそんな嬉しそうな声を上げて一直線で駆け出した。

 

「大した怪我もないみたいだし、見違えるほど強くなっているぞ」

 

 ネモ様は率直な感想を送ったくれた。

 

 取得経験値が全員に行き渡り飛躍的上昇する効果を持つ"がくしゅうそうち"と、装備だけではなく同じ効果があるポーションを事前に飲まされている。ポーションはあくまで一時的な効果しかないが、その分補正される数値も高い。そしてその状態で大量のビーストマンを討伐しているのだ。それでこの二人が強くなっていない筈がなかった。

 

「シズの方はどうだ? 魔獣との連携は上手くやっているか?」

「はっ。私どもに魔獣の恩恵だけでなく心配など…感謝の極みでございます」

 

 彼女の言葉を待っていなくても、ネモ様はシズさんの顔を見て戦闘は良好だと判断する。

 私と彼女達の関係はいじめっ子といじめられっ子のようなものだと思ったのだが、外界からやってきた人間とのコミュニケーションによりいち早く信頼をみせている。

 彼女自身も他社との交友に積極的であり、いずれかは来るであろう多種族との交友のために勉強に勤しんでいるとか。その真剣ぶりにユリさんも舌を巻いているほどだ。

 

「ところで、アウラはどこに居るんだ?」

「アウラ様ならそろそろ戻ってくると……あ、噂をすれば」

 

 視線の先に顔を向けると、そこには返り血ひとつ無いアウラの姿があった。

 

「お疲れ様ですネモ様!先ほどハムスケがトドメをさしたビーストマンが、この街にいる最後のビーストマンになります」

「そうか、皆ご苦労だった。後始末は俺とアウラで事足りるから、お前たちは休んでいて良いぞ」

 

 ネモ様の言葉に甘えさせてもらおう。

 人間種ならばとっくに限界を迎えている戦闘時間を悠々と超え、数時間もビーストマンを借りつくしていたのだ。周りから見れば私とハムスケは一目で分かるほど疲労の色が濃いと言うほど、今にも眠りについてしまいそうなほどの疲労がある。

 

「…私に休息など不要です。勿論、最後までネモ様にお付き合い致します」

「その気持ちは嬉しいが、できればシズにはコイツらの側に居てやって欲しい。そろそろ限界みたいだ」

「かしこまりました」

 

 本音を言えば、シズさんもできるだけネモの側に控えていたいのだろう。

 彼女の本分とは冒険者ではなく、あくまでも部下とメイドだ。主人であるネモ様の側に常に居たいというのは何らおかしな事ではない。

 

 ただ、そのネモ本人から命令であるならば断れる筈もなく、努めて不満を顔に出さないように了承した。

 もっとも、それは彼から見れば……いや、この場にいる者であれば明らかに不満を持っていると一目で分かる程度の演技だったが。それよりも気になったのが…

 

「はぁ…早く帰ってシャワーでも浴びたいでござる…」

 

 数時間にもわたる戦闘を行っているため、私とハムスケさんには所々ビーストマンの血が付着していた。集めてこられた。千にも及ぶビーストマンの死体。そこから発せられている強烈な死臭が、鼻を鈍くしている。

 

「大丈夫ですよハムスケさん、私の魔法で綺麗にしますから」

「かたじけないでござる」

 

 ハムスケさんは本当にオンとオフの差が激しい。ついさっきまでビーストマンを長っ太い尻尾で葬ったというのに、今では顔をへにゃ~とゆるキャラのような仕草を見せていた。

 

「ハムスケのモフモフ、体感したかった…」

「シズさん、それは流石に汚くなってしまうので我慢しましょ?」

「…我慢する」

 

 モフモフが好きなシズさんも、流石に汚れてしまったハムスケには抱き着くのを抵抗した。もっともハムスケさんはそれでもかというくらい躊躇っていたが…。

 

「よし、ここからは俺とアウラで本拠地を絞る」

 

 

・・・

 

 斬る、撃つ、斬る、斬る、命令する……。

 

 周囲を大勢のビーストマンに囲まれながらも斬ることをやめない。

 

 もはやビーストマン達が、どれだけ斬っても無限に湧き続けるリポップモンスターにしか感じなくなってきた頃、他のビーストマンよりも大きい個体がネモとアウラの前に姿を現した。

 

「キサマ! ナカマ、オオゼイ、コロシタ! ダカラ、コロス!」

 

 その個体はライオンタイプのビーストマンであり、片目にざっくりと深い切り傷がある。

 そして視線だけで殺せそうなくらいの殺気を迸らせながら、ネモを睨みつけていた。

 

「オウサマ、キタ! コレデ、オマエ、オシマイダ!」

「ナカマ、カタキ! オマエ、コロス!」

 

 周囲にいるビーストマンも彼の登場で心を持ち直したようで、ここぞとばかりに自分の心を奮い立たせていたのだった。

 

「うるさい」

 

 そんなネモの声と同時に、ライオンの首が宙を舞った。

 

 その辺りのビーストマンを殲滅し奥へ進むと、そこには物々しい監獄のような建物があった。

 この廃村には不釣り合いなほど巨大な監獄で、ビーストマンに占拠されてからまともな修繕がされていない状態が、更に不気味さが増していた。まるで幽霊屋敷だ。

 

 尤も、前世でも幽霊といった超常現象は未だに数多く存在している。しかし、自身の生活とそれとは全く関与すらしていない。リポップモンスターでそういったものはあったが、所詮ゲームだから全く怖くないと思ってしまっていた。

 

 しかし、科学が発展していた前世の世界とは違い、こちらの世界では幽霊も立派なモンスターなので当然倒すことができる。むしろネモにとっては強ければどんなに恐ろしいモンスターであっても大歓迎だった。

 

 こういう如何にも呪われていそうな場所には負のエネルギーが溜まりやすく、強いアンデッドモンスターが生まれやすいとアインズさんの研究結果で判明しているので、今のネモは怯えるどころか嬉々として足を踏み入れようとしているのである。

 

「そのうち、ゾンビゲームとか商業をやってみるのも良いかもしれないな」

「シズだったら間違いなく喜びそうですね」

 

 外の不気味な雰囲気と同様に内部も荒れ果てており、とてもじゃないが好んで住みたいと思うような場所ではない。だが、こういった場所はサバゲープレイヤーは心の奥底から楽しむだろう。

 

 屋内の探索を続けていが、人間どころか生物の気配が一切ない。残るは階段下に通じている地下だけであった。視線の先にあるその薄暗い階段には灯となるものが全く無く、数メートル先は完全な暗闇である。

 

 だが、二人にとっては何の問題もあるまい。

 ネモはスキル目を、アウラはレンジャースキルで瞳は完全な暗闇であっても問題なく見通せる。流石に太陽の光がある所と比較すれば見にくいが、それでも十分に暗闇の中でも視界を確保できるのだ。

 

 そして、ほとんど一本道の地下通路を進んでいくと、一際大きな空間に出た。

 するとそこには……

 

「…やはり手遅れだったか」

 

 目の前に広がっているのは人骨の山だった。そして、手入れされた石のテーブル。

 どれくらい腐蝕しているかはわからないが、数日前までは確かに生きているかもしれない。おそらくその間にビーストマンによって綺麗に肉だけを食われたのだろう。

 

 完全に骨だけになっているので正確な人数は不明だが、感じただけでも百人ほどの人間がここに居たはずだ。最後の晩餐として食われたのか、仲間を虐殺された怨みをこの人間達で晴らそうとしたのかは不明だが、どちらにせよ殺された彼らは文字通りただの(しかばね)だ。食料として食われるなど想像するだけで恐ろしいことなのだから。

 

「ビーストマン共は我々が殲滅しておくから、お前たちは安らかに眠れ。その遺骨は、きっとアインズさんが有効活用してくれるだろうさ。アウラ、人骨の回収を手伝ってくれ」

「畏まりました!」

 

 綺麗な状態の死体の方が質の良いアンデッドが生み出せる、それはアインズの実験によって判明している。しかも、これだけの数の骨があれば死の支配者であるアインズなら有効に扱えるはずだ。

 

 殺された者達からすれば、死後であっても自分の骨を妙なことに利用されるのは嫌かもしれない。

 だが、もはや骨だけとなってしまった彼らにはどうすることもできない。まさに死人に口なし。我々に見つかった時点で、これからのナザリックの繁栄のための(いしずえ)になる未来しかないのだ。

 

「ネモ様、テーブルにこんなものが」

 

 アウラに声を掛けられ、急いでテーブルに目を向ける。

 そこにはボロボロな羊皮紙が数枚あったのだが、何やら奇怪な文字やら絵が描かれている。それに丸印に向けられた矢印…その中央にあったのは、竜王国の旗の文様を表していた。これはつまり…

 

「成程、竜王国へ直接攻め込むつもりか…あまり時間が残されていないようだ」

「如何いたしますか、ネモ様」

「ふむ…アウラよ、先ほど殺害したビーストマンの王らしき奴を復活させよ。そこから尋問して、吐かせるのだ」




次回、進撃のガルガンチュア。


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進撃のガルガンチュア

あけましておめでとうございます(激遅!

年末にアップするはずが、実家の年賀状作りに巻き込まれてしばらくPCに触れず正月を過ごしてしまったことをお詫び申し上げます。



「ビーストマンが、我が国を攻める計画を立てているだと!?」

 

「はい、作戦室を思わしき場所を捜査したところ、そのような作戦書のようなものが置かれていました。加えまして、何体かのビーストマンを尋問したので、ほぼ確定かと…」

 

 ドラウディロンはこれ以上にないほど焦っていた。

 自身は兎も角、守るべき人間の民たちより身体能力が格段に上のビーストマン、それも数万体が本気で竜王国を攻め滅ぼそうとしているのだ。

 

 幸いこのことはまだ国の上層部しか伝えられていない。下手に広められては、民たちは大パニックになるのは明白だ。女性や子供は戦闘に参加できないので、戦える者をかき集めても同じ数程度しかない。それなれば敗北、竜王国の滅亡である。

 

「ですが女王様、ご安心ください。只今、我が主であるアインズ様とネモ様が作戦を固めております」

「だが…数万体のビーストマンだぞ!? それを…蹴散らせるというのか!?」

「はい。ですので、竜王国の兵士や冒険者たちは、戦場へ出させないようお願いします。巻き込まれてしまっては大惨事になりますので」

「!……頼む!!」

 

 ドラウディロンはこれ以上にないほど、床に額を擦り付けて土下座をした。

 それに驚いたアルシェだが、同時に彼女からの悲痛な願いに同情していた。

 

 

『『…といっても、ガルガンチュアを暴れさせるだけだけどな』』

 

 

・・・

 

 

ガルガンチュア…

 

 ナザリック地下大墳墓、第四階層『地底湖』の階層守護者。

 他の階層守護者とは異なり、プレイヤーによって創られたNPCでは無い。元は《ユグドラシル》のシステムに元から存在する戦略級攻城用ゴーレムに階層守護者の地位を与えたもので階層守護者で唯一自我や意思を持たない、純粋な兵器である。

 

《ユグドラシル》では相手ギルドの拠点攻略戦でしか使用出来ず、巨体故に置き場所に困った《アインズ・ウール・ゴウン》のギルメン達によって、地底湖の底に沈められる形で保管されている。

 

 蜥蜴人(リザードマン)への試験運転と示威のため起動され出撃、自身の巨体程もある巨大なブロック石を軽々と持ち上げ、遥か遠くに投げ飛ばす程のパワーを見せ付けた。素の総合ステータスだけならばシャルティアをも上回って守護者最強を誇るが、その存在の特殊性から戦闘力番付からは除外されている。

 

 蜥蜴人(リザードマン)の時は単純に試運転と大岩を投げる程度に終わったが、今回ばかりはいよいよ本格的な始動になる。尤も、その命令(・・)もものすごく単純だ。何故なら…

 

Seid ihr das Essen Nein,wir sind der Jager(奴らは獲物、我は狩人)

 

 ただ、ビーストマンたちを殲滅(・・)するだけなんだから。

 

・・・

 

 竜王国国境周辺、その日は凄く静かであった。

 森の中から風で葉がそよぐ音も、鳥の(さえず)りすら聞こえない。

 

 ザッザッザッ…

 

 あるのは、何千をも超える行進の足音…

 

 その正体は、ものの数万を超えるビーストマンの群れだ。

 竜王国の各地を制圧し、今日この日を持っていよいよ首都を攻め落とすためにやってきた。これから目指す場所は、目線の通り首都陥落だ。

 

 基本、ビーストマンは頭が悪い。しかし、身体能力は人間の何倍も上。

 言葉による意思疎通は不可能。単純に、彼らは己の腕力のみで種族を繁栄させてきたのだ。逆らう者は全員敵、しかも人間は自分たちより弱い種族だと知っている。

 

 だから、負けるはずはなかった。勝利だけを確信していた。

 

 この時までは…。

 

 

「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」

 

 地平線の彼方まで広がる同志たちが、自分たちの勝利を確信した雄叫びを上げる。それは勝利をした後の宴でも変わらないだろう。しかし…

 

 

「「「!?」」」

 

 

 森を抜け、平地での戦場に来たところで…彼らの前に"何か"が出現した。

 

 それは、穴だった。まるで、闇へ通じる扉のような。

 

ズン…ズン…ズン…ズン…

 

「「「!!」」」

 

 その穴から、出てきた。石で出来上がった、巨人が目の前にいた。

 

 最初はその大きさに圧倒されるだろう。現にそれが現れてから数秒後に、ビーストマンたちは一斉に沈黙した。しかし、それは数秒だけ…

 

「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」

 

 その巨人が敵の手先だと信じたビーストマン全軍は、迷わず襲撃した。大した大きさだが、所詮は石の作り物。自分たちの腕力で打撃を与えれば壊れる。例え一撃でなくても、何度も何度もやれば瓦礫になる。

 

 そう信じて疑わないビーストマンの戦士たちは、ゴーレムの足元まで辿り着くと自身の拳や武器を思うがままに振りぬいた。ところが…

 

 バシバシバシ!!!

 

 聞かされる音は石を砕いた音ではなく、ビーストマンたちが弾かれる音だった。最初は戸惑ったが、続けさまに何度も攻撃を加える。それに対し巨人は…

 

「…。」

「!!」

 

 赤い目で、こちらをじっと見ていた。

 よく見れば薄気味悪い目だ。まるで、目から怨念の如く血が流れているような…

 

スッ…

 

「?」

 

 突如、空が暗くなった。次の瞬間…

 

ズドォォォォォォォォォォン!!!!

 

 なんてことはない、あの巨人がいつの間にか片足を上げてビーストマン数十体を軽く踏みつぶしたのだ。ぐちゃぐちゃぐちゃ…と、恐怖を音がその場を支配し、踏みつけた場所には彼らの同志が一体はおろか、誰の肉かもわからないものに変わり果てていた。

 

 そこから先は、文字通り地獄の阿鼻叫喚の嵐だ。

 巨人の下にいた者は容赦なしに踏みつぶされ、奇跡的に避けた者は巨人の振るう大岩のような腕になぎ倒される。

 

 それは、最早…蹂躙(じゅうりん)と言わざるを得なかった。

 

 

 

 その日、獣ども(ビーストマン)は思い出した。

 

 奴に蹂躙された屈辱を…

 

 (いにしえ)に支配されし恐怖を…

 

 こうして、クアゴアよりも質の悪い獣人ビーストマンは、突如現れた巨人によって2桁になるまで殲滅されてしまったのであった。

 

 

・・・

 

 

「ふう、上手くいってよかったですね」

 

 事の顛末をアインズとネモと一緒に見ていたアルシェは、今後の竜王国の安寧に胸を撫で下ろしていた。ガルガンチュアを見た通りに直感した、圧倒的なパワーに興奮と戦慄を覚えてしまったのは言うまでもない。

 

「ああ、それに竜王国もナザリックに協力をせざるを得ないだろう」

 

 蹂躙した戦場を見てしまったドラウディロン女王は、即ナザリックとの交渉に応じてくれた。まぁあのゴーレムの圧倒的な戦力を見てしまっては、あれがもし自国に向けられてしまってはそれこそ終末の日であろう。

 

「そろそろ、王国との開戦ですが…一つお伺いしてもいいですか?」

「なんだアルシェ、そんなに改まって…」

 

「ネモ様は、ひょっとしてガゼフ様を仲間に引き入れるおつもりですか?」

 

 ピタっと主の手が止まる。

 この瞬間だ。なんでも相談していいとは言ったが、入りすぎている質問をしてしまう緊張感だけはどうしても拭えない。

 

「…そのつもりだ。問題は、奴本人次第だが……難しいだろうな」

 

 ホッとしたと同時に、すぐに息をのむ。

 難色が私でも手に取るようにわかる。ガゼフがナザリックに加入してくれるかどうか…恐らく半分半分だろう。

 これからナザリックが作るであろう全種族統一の新国家。それに、人間代表としてガゼフを選出している。しかし、当の本人は王国に絶対従順だ。ちょっとやそっとでは揺れ動かすことすら叶わない。

 

「ネモ様。当たり前のことですが、例えガゼフ様が我々に敵対したとしても、私自身は意を問うことは致しません」

「アルシェ…」

 

 例えガゼフが敵のまま殺されたとしても、私がそれに関しては何も追求しないことを先立って約束する。私はまだまだ新参者で、元々そのような権力なんてない。今はナザリックの皆さんにお役に立てることしかないのだから。

 

「アルシェ、心配するな。私もアインズさんも同じ気持ちだ。仲間にできるよう、全力を尽くす」

「はい!」

 

 私は嘘偽りのない瞳を見せるだけで、精一杯だった。




ガルガンチュアの出番、もっと増やしたいですね。


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カルネ村大防衛

「カルネ村に王国軍が来た?」

『はい。第一王子バルブロが、兵5000を率いてカルネ村に現れました』

 

 王国との開戦前日、カルネ村を監視しているルプスレギナから報告が来た。やはりと言うべきか、カルネ村に第一王子バルブロ含む兵5000が訪れた来たらしい。

 

 それにしても、前日の作戦会議の盗聴している時点で分かっていたが…流石に過剰戦力すぎる。一刻も早く戦場へ戻りたいのであれば、10分の一くらいまで減らして斥候部隊でも作ればいいのに。あの王子はどこまで馬鹿なのか…

 

「目的は?」

『表向きは報告通りアインズ様と縁故がある村の調査ですが、その実は彼らを人質にしてアインズ様を降伏させようという目論見のようです』

 

 ルプスレギナの言葉に溜め息が出る、あの暴君ならやりかねない。

 いかに王国の兵が弱いとはいえ5000という数は強大だ。多少のゴブリンやオーガ程度では敵わない。今のところ降伏や戦う様子はないようだが…

 

「私はリ・エスティーゼ王国第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ様の使者として来た者である!この門を開け我々を入れよ!」

『う、牛の糞が辺りに散らばっているのです!そんな中王子様に入っていただくわけには…』

 

 リーダーであるエンリは意外と冷静である。これもデミウルゴスの策…そんなわけないよな。彼女とは会ってもないんだし…

 

「ルプスレギナよ、カルネ村の様子を監視し逐一報告せよ」

『かしこまりました』

 

 一旦、ルプスレギナとの通信を終えアインズさんは俺と向き合う。

 

「ネモさん、この状況どうでしょうか?」

「不味いですね。せっかく魔物との共存の道を代表する村として紹介したいのに…」

 

 ここでカルネ村の重要性を再確認する。

 あの重要人物たちがバルブロに捕らわれるのはよくない。下手をすれば、ポーション製造のレシピ等情報を抜き取られてしまう。なんとかして脱出させたいが、裏門にも兵士を回しているというのだ。戦いは数だと、向こうも猿並の知識は持っているようだ。

 

 アインズさんにとっては、重要人物たちが無事であるならばまだよいという考えだが、内心迷っているのが本音だ。"アインズ・ウール・ゴウン"という"アバター"に引っ張られている影響なのか、当初はカルネ村を見捨てる選択肢もあった。

 

 しかし、ここで見捨てるのは反対というのが傍にいたネモの見解だ。まだ人の心を持っている彼からしたら、この先の人間と魔物の共存を見据える世界ならばサンプル(カルネ村)を見せたほうが納得がいくからだ。いきなりアインズが世界征服を乗り出してしまえば、人間たちは恐怖に駆られてしまうだろう。

 

 いや、最初はそうなのかもしれない。しかしカルネ村があるようにナザリックの恩恵を見せることができれば、人間側もこちらに戦いではなく言葉で交渉を持ち込める手を考えるのだ。しかし、こちらから手を下すのはよくない。下すチャンスがあるとするならば、向こうから先がこちらとして分がある。

 

「(一応ルプスレギナに録画するように命令しているが、どうなるか…)」

 

・・・

 

『アインズ・ウール・ゴウンは王国に仇なす反逆者である!直ちに門を開けて取り調べを受けよ!さもなくば王国に歯向かうものとみなすぞ!』

 

 一方バルブロは、内心躍起になり焦っていた。国王である父上からの命令でアインズ・ウール・ゴウンの弱点を探るべく、聞き込みを早く終わらせたい感丸見えだ。人質として戦場へ戻ろうと考えているかもしれない。

 しかしそんなことをせずとも力でねじ伏せる脳筋王子は、こちらにいつまでたっても応じない住民たちに苛立っている…

 

『奴らを反逆罪として断定する!燃やし尽くしてやれ!』

『お待ちを!今直轄領の民を殺せば全軍の士気に関わります!』

 

 しかし険悪な雰囲気に押された。あーあ、とうとう物見(やぐら)に火矢を放ってしまったよ。これはもはや、向こうからすれば戦闘開始の合図だ。

 

「なんで、俺たちを殺す気か…!?」

「ゴウン様はこの村を救ってくれた恩人だぞ」

「あの御方を裏切るなんてできないわ」

「アイツらは敵だよ!俺は戦うぞ!」

「そうだ!奴らを1人でも多く道連れにしてやる!」

 

 このように村人たちは全滅を避けるべく立ち向かうつもりだ。命を懸けてでも反対して王国と戦うという方に全員が参加しすが、数では圧倒的に不利だ。どうするつもりだエンリ達は…

 

『では戦いましょう。私たちは戦います。アインズ・ウール・ゴウン様に恩義を返します。ジュゲムさん作戦をお願いします』

『アンタらは立派だよ。しかしだ、死ぬのは俺たちやフォーサイトでよくないか? だからこそ、まずは正門を開けて敵を全部こっちに引き付けるんだ。陽動と悟られても、こちらの攻撃が強ければ奴らも兵を集めざるを得ない』

 

 トブの大森林まで逃げ切れば、森の知識を持つアーグやブリタを中心に森で生きていける算段か。それに、もしものことを考えればナザリックまで行ったことがあるンフィーレアたちがこちらに救助する予定…見事な二段構えな考えだ。村人たちも決心がついたようだが…

 

 それでは、我々が彼らとの約束に反してしまう。

 

『見ろ!王家の旗をあのようにされたのだぞ!もはや何が何でもあの村は滅ぼさなくてはならん!裏門に回っている兵も集めろ!火矢を放って村を焼き払え!逃げる者は全員殺せ!』

 

 痺れを切らして、とうとう皆殺し宣言を発動しやがった。致し方ない…

 

『アルシェ、我々の出番のようだ』

 

 

・・・

 

 カルネ村の戦闘は、過激化した。しかし、それは最初だけだ。

 最初こそはバッタバッタと平民兵士を薙ぎ払っていたが、圧倒的物量と連戦の疲労からペースが遅くなり戦線が崩れていく。

 

「くそ…これが、国を代表する王族のやることですか!」

「イミーナ!ジュゲムたちを援護してくれ!」

『だめ!数が多すぎ…うわ!』

 

 手練れでもあるフォーサイトも、それは変わらなかった。

 ただの盗賊ならまだしも、まさか王族がここまで横暴なことをするとは…いや、バルブロに関しては悪い噂しかなかったので嫌な予感が的中したと言っていい。圧倒的な数に成す術がなかった。

 

「ジュゲムさんたちの陽動のおかげで、こちらの兵も正門の方に行ったみたいね』

 

 一方此方は、子供達を逃がしているエンリ達。大人達が陽動しているうちに、村からの脱出を図るが表情が重い。法国部隊の襲撃を経験している彼らは、2度とこのような悲劇を生み出さないよう必死だった。

 

「大丈夫だよ二人とも、アインズ様なら助けてくれるから」

 

 怯えているクーデリカとウレイリカを励ますネム。しかし、そんな彼らに最悪にも兵士達が迫っていた。ポニータとラルトスを召喚するも、足止めくらいしかできない。笛を使おうとするエンリ、それと同時に。

 

「"ふぶき"!」

 

 自分達の頭上を何かが超えて、あっという間に目の前にいる兵士を馬ごと凍り尽くした。それは、水色の神獣に跨った面影がある人物…

 

「お姉、さま…?」

 

・・・

 

『私はこの軍を指揮をお任せいただいておりますゴブリン軍師です。我々が参りました以上、1人でも命を落とされては我らの恥』

 

 それと同時に現れた、王国軍と同じ数のゴブリン部隊。アインズもネモもこれには驚いた。

 ゴブリン将軍の角笛は、低レベルのゴブリンを十数匹しか召喚できないアイテムだ。それは最初にエンリが使った効果で間違いない。アイテム自体の性質が変わったとは考えにくい…となると何か隠し要素や条件があったのだろうか、いずれにせよこれは好都合だ。テレポートで村の入り口付近から出現する。

 

「な、何者だ!」

「何者…だと? 名を聞く前に自分から名乗るのが貴族の流儀だと聞いた。それすらも分からないのか、無能な王族」

「無礼な!! 誰に向かってそのような口を!」

「わかっているさ、リ・エステリーゼ王国のバルブロ王子。しかし、その実は吐き気を催す邪悪な男だったとは。そんな男に名乗るなら…そうさな、私はアインズ・ウール・ゴウンの部下、これくらいで十分だろ?」

「弓兵隊、構え!!」

 

 敵だと知るや否や、後方の弓兵部隊に命令を出す。

 一斉に放たれた百本ほどの矢。しかし、ネモから見ればまるであくびが出るようにものすごく、遅く進んでいる。それらの前に手を翳し、ピタッとその矢の大群を止めた。その場に居る全員が、口があんぐりとしている。

 

「そらよ、お返しだ」

 

 ヒュッ

 

「え?」

 

 弓兵のほとんどがそんな感想だ。自分の放った矢が止まったかと思えば、ゆっくりと方向を変えて消えた。次の瞬間、気づいた時には自分の胴体を貫いていた。そして、地面へと倒れた。なんてことはない、スキル《カウンターアロー》で矢を全て返したのだから。全て倒された光景を見たバルブロは恐怖する。

 

「殿下 奴はただ者ではありません!何卒撤退を!」

「愚か者!あの軍勢を放置するのか!?あれがエ・ランテルに攻め込んできたらどうするのだ!」

「あぁ心配するな、あいつらを戦争の道具に使うつもりはない。それより早く撤退しないと、お前らの仲間がどんどん減っていくぞ?」

 

 優秀な部下の的確なアドバイスだというのに、何をチンタラしているだかと呆れるネモ。そして轟音とゴブリン大軍団と共に、村の奥から何かが飛び出す。それは…人間を遥かに超えた獣だ。いや、神獣だ。

 

 圧倒的な身体能力で兵士を蹴散らしていき、兵士達が勇敢に剣や槍を突き刺そうにも弾かれる。また、ゴブリンと同じく豪炎を、雷を、吹雪を撒き散らす。

 

『グルル…』

「ひっ!?」

 

 そして、王国の司令官が誰なのかをわかっているかのように唸り声をあげて睨みつけた。自分達の圧倒的な軍勢はことごとく減らされ、最早戦意すら喪失していた。そして、それはバルブロを撤退という答えに導かせる。

 

「アルシェさん!みんな!」

 

 王国軍が撤退してきたところ、避難の途中だったエンリ達と合流する。ゴブリンの大軍団に礼をいい、スイクン達を神獣かの如く崇めた。

 

「「おねえちゃーん!」」

「もう大丈夫よ、心配しないで」

 

 カルネ村壊滅という最悪の展開を免れ、妹達や共と抱擁を交わすアルシェの姿がそこにあった。

 

・・・

 

「クソが! この俺が、たかがゴブリン如きに…!」

「自分だって数で攻めようとした癖に何言ってるんだか…」

「なっ!?」

 

その日の夜、俺は撤退したバルブロ達を追う。当然ながらその目的は…

 

「まだ俺に何か用があるのか!?」

「いやいや、ここに来た理由なんて1つしかないだろ?…皆殺しだ」

「はぁ!?お前は何を言ってるんだ?私は王国の第1皇子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだぞ!」

「いやそれは知ってる。………だからなんだよ。」

 

 この男、今どういう状況なのかも理解してないらしい。怒りを通り越し、呆れも飛び越え哀しくなってくる。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様の計画に、お前は必要ないだけ。だから殺す………アンダースタン(お解り)? 安心しろ、部下ともご一緒だ」

 

 王族だろうと平民だろうと関係ない。平等に死ぬ…それが戦いだ。

 さて、これ以上無駄口はいらない。暗殺部隊…と言っても名ばかりのモンスターを引き連れてくる。ハブネーク、ザングース、マニューラ…などなど凶暴なやつばかりだが。

 

 満月の夜、悲痛な叫びと共にバルブロ軍団は全滅したのであった。




戦士長の心に迫る勢いで、長く執筆いたします!
稀にみる超シリアスモードにご期待ください!


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対峙

フレッシュトマトがなんなのかを調べたら笑いましたw

でわこちらは、オバロ界のフレッシュトマト話を開始します。どうぞ。


 遂に始まった、リ・エスティーゼ王国との戦争。

 数キロ先には、地平線の彼方まで王国軍の兵士が集まっている。その数は約24万、こちらの4倍近くもだ。

 

 誰もが帝国軍の負けだと笑うだろう。現に、王国貴族たちはもう勝ったも同然だと高笑いをしているだろう。あーあ、これから起こる悲劇を目の当たりにするというのに…なんと哀れか。

 

 先日のカルネ村の件、そのせいで俺の慈悲心は王国の民に対してすっかり枯れ果てていた。それにこれは戦争だ。人が大勢死ぬ…今までとはスケールが違う。アインズさんならともかく、自分の性格はアバターに引っ張られていないだろうか。いや、引っ張られているからこそ、人の心がまだ残っているのでなかろうか。

 

 しかも皇帝様から、開戦の一撃をお願いしたいというオーダー付きだ。最早ナザリックを世界の敵として、世間に認知させる魂胆がバレバレである。だがお望みというならばやってやろう。元より此方は、全種族を統一する世界征服が目標なのだから。

 

 アインズさんが超位魔法の発動準備に入る。

 

『ネモさん、大丈夫ですか? これから人が大勢死にますが…』

『大丈夫です。心配してくれてありがとうございます』

 

 こんな時まで心配してくれるアインズさん、少しだけ心が和らいだ感じがする。

 っといけない、集中しなければ…ユグドラシルでは超位魔法を発動しようとする者は最初に狙われる。王国軍にプレイヤーの存在はいなかったため、もはや囮になる必要もない。

 

「黒き豊穣への貢!イア・シュブニグラス!」

 

 戦闘開始と同時に左翼陣が一斉に攻め始める。確かあそこは、ボウロロープ候が指揮している部隊か。全く、噂の通りの猪突猛進さだ。これほどの魔法陣を相手に臆する事なく攻めてくるとは。無謀と無知は恐ろしい。

 

 複数の魔法陣から放たれた黒い風、いや闇のオーラという表現が正しいか。此方に向かってくる兵士に当たると同時に、成す術もなくバッタバタと王国兵が倒されていった。それは広範囲で兵士たちを即死させ、一番後ろで指揮していたボウロロープ候まで当たった。人・馬問わず我々から見える景色は"即死"で埋め尽くされる。

 戦闘開始からわずか数十秒で、左翼陣7万の命が終わったのである。

 

「す、素晴らしい魔法です。まさか…まさか7万人を一瞬で…」

 

 これにはこちら側で見ていたニンブルも、その圧倒的な魔法に度肝を抜いただろう。だが、勘違いしてもらっては困る。

 

「ハハハハ!」

「な、何かご無礼を!?」

「いやいや違う違う…”素晴らしい魔法です”、とその言葉自体は嬉しいが、ただ私の魔法はまだ終わっていないぞ」

 

 アインズさんの言った通りだ。まだ彼のバトルフェイズは終了しちゃいないぞニンブルさん?

 

「これからが本番なんだ。黒き豊穣の母神への贈り物は、子供たちという返礼をもって返る。可愛らしい子供たちをもってな」

 

 王国軍は大量の死体に驚いて固まっているように見える。しかし、その死体の山の頭上に…それはあった。

 それは、黒い太陽だ。ゆっくりと、ゆっくりと地面に落ちていき、水しぶきをあげるが如く液状になって死体の兵士達を飲み込んでいく。この時、王国側は第六感で危険と判断すれば救われたかもしれない。だが誰も動かなかった。この瞬間に、絶望はもう始まっている。

 

 その黒い水は、みるみるうちに形を作っていく。そして、それはこの世とは思えない動物であった。無数の口と触手…人間の何十倍もある巨大な怪物の出来上がりだ。

 

「フハハハハ!素晴らしい!最高記録だ!恐らく5体も召喚できたのは私しかいないぞ。やはり、あれだけ死んでくれたのに感謝しなくてはならないな」

 

 表向きとして、アインズ・ウール・ゴウンの強さを諸国に宣伝する目的は達せられたが、このまま消してしまうのはもったいない。というより王国側が全く動いていないのだが…早く逃げた方がいいぞ?

 

「追撃の一手を開始せよ!可愛い仔山羊たち!」

 

 あーあ、追撃コマンドを発動させたアインズさん。もうこれは俺でも止めるのが難しい。

 

「あれは…夢だよな…?」

「なぁ夢だよな!?」

 

 ほとんどの兵はそう思っただろう。

 自軍の4分の1があっという間にやられ、その死体がとんでもない怪物に生まれ変わった事を。

 自分たちでは敵わない怪物が此方に向かっているのを。

 そして、その怪物に殺される未来しか浮かばないことを。

 

 そんな者の為に、私から一言言わせて貰う…。

 

 

 

 

 

「(ところがどっこい!これが現実でぇぇぇーーーーすぅぅ)」

 

 

 そこから先は、文字通り阿鼻叫喚の嵐であった。

 あれほど余裕綽々であった王国軍は悲鳴と嘆きに変わっていった。黒い子山羊(名状し難い怪物)たちが王国軍を片っ端から踏みつぶしていく。ぐちゃ、ぐちゃ…と潰れたトマトが一瞬にしてケチャップへ早変わりするかのように。運よく避けられたとしても、極太の黒い触手に蹴散らされてミンチになる。

 

 眼前に広がるのは数えきれない『即死』の二文字と、数字の羅列だけ…っと、逆にあまりの恐怖で動けない軍団もいるようだ。

 あそこは確か、帝国に情報を流していると噂のブルムラシュー侯か。おいおい、そんなダサい木の()で防げれないでしょ早く逃げっあっ踏まれた。

 この様子だと、追撃の一手は必要なくなってくるな。帝国兵もさぞかし楽になるだろう……ん?

 

 

「こんなのもう戦ではない…!」

 

 ここで、自軍のおかしい様子に疑問を持った。

 圧倒的に帝国軍が優勢だというのに、なぜ怯えているのだろうか? それどころか、ニンブルに至っては目の前の光景に胸が締め付けられるように憐れむ顔を見せている。

 

 

 

何言ってるの? これが戦争だろ?(・・・・・・・ ・・・・・・・・)

 

「さて、そろそろかな…」

 

 アインズさんが仮面を外し、ついにその骸骨顔を見せる。

 

「喝采せよ!!」

 

 この一言で、自軍から拍手喝さいが湧き出る。といっても、乾いた拍手程度だ。

 唯一、俺とマーレが力強くしているのに。うんマーレかわいい。しかしそれも束の間、黒い子山羊の一体がこちらに近づいてくると、ニンブルを除く全ての帝国兵が逃げ出してしまった。うるさっ。

 

「本来であれば私が魔法を1つ叩きこんだ後、帝国軍が突撃を加えるということになっていたはずだが…君たちがあの中に突撃して踏みつぶされたら皇帝に申し訳ないからな。君達の分も私が働くとしよう……マーレ、一応警戒を怠るな」

「は、はい!お任せくださいアインズ様!」

 

 王国側はもう意気消沈だろうが、こちらは一切手を緩めつもりはない。

 

「まだ殺したりないと…!?あなたは悪魔か!」

 

「ハハハ! これはこれは、ニンブル殿は面白いことを言いますね?」

 

 ここで、俺も羽織っていたローブを勢いよく脱ぎ捨てる。

 ローブから放たれた姿は、他から見ればそれはもう神々しいと感じただろう。背中から勢いよく白い翼が生まれ、この世とは思えない人らしき生物がそこにいるのだから。

 

「ニンブル殿、これは戦争(・・)ですよ? 老若男女、ありとあらゆる生物が平等に不条理に命が失うものです」

 

 とある誰かの言葉を使うとするならば…

 戦いとは、双方に死と、傷と痛みを伴わせるものだ。殺害、暴力、破壊、無慈悲、弱肉強食…それら全てが押し寄せてくる。世界のため、愛や勇気のためという綺麗ごとは無に等しい。死に意味を見出そうとしても…あるのは痛みと、どこにぶつけていいのかわからない憎しみだけしかない。

 

 だからこそ、我々はそれを回避するために勧告を行った。

 無条件降伏…無意味な戦いと死を回避するために。だが王国の無能貴族共は、そんな我々の意図を軽く踏み躙った。自分たちが負けるはずがないと。

 

 だが、逆を言えばそれは自分たちが負けてもいい(・・・・・・)死ぬ覚悟がある(・・・・・・・)という意趣返しだ。

 

「戦争とはこういうものです。怒りや憎しみ、悲しみと嘆き…それら全ての負を生み出す業そのものです。それは歴史上で無数に争っている。小さな村から大きな国まで、あなた方だってやっているではありませんか?」

 

 それを例年…まるで祭りか何かと勘違いをしているように、王国と帝国はしているのだ。戦争という、本来の意味を忘れているように感じた。それが誠に遺憾だ。

 

「例え小競り合いだったとしても、死者が出る。家族や友人…昨日まで隣にいた者がいなくなっている。その悲しみや憎しみの連鎖を、貴方達は無駄に繰り返している。貴殿らを侮辱する気はありませんが、例年の戦争なんて我々から見れば温いものです」

 

 戦争とは悲しいものだ。だからこそ、争いという概念を終わらせていく。

 人々は上辺だけな言葉よりも、目の前に起きている現実・事象を認知しなければ、心も身体も動くことは叶わない。

 

 これが、ナザリックから世界に向けてのメッセージだ。

 

 ゴミのような死と、永久に続く憎しみと、癒えない痛み。

 

 それが、戦争なのだ。

 

『ネモさん。目的の人物も発見できたようなので、一緒に行きますか?』

『賛成です。では、軽くツーリング(残党狩り)しますか』

 

 アインズさんからの言葉を受け、俺はその場でレシラムを召喚する。突然ドラゴンを召還したことに腰を抜かしているニンブルさんは放っておいて、跨り空へと飛び立った。

 

 

・・・

 

「元気そうだな、ストロノーフ殿」

「ゴウン殿か…元気といってもいいのだろうか? あれから人間をやめたということであれば、失礼にあたってしまうからな」

 

 戦場、王国軍の自陣深くに目的の人物は居た。

 ガゼフ・ストロノーフ王国騎士団長。カルネ村以来の再会である。さっきまでたった一人で黒い子山羊に一人で挑んで生きている辺り、なんという男なのだ。隣にいるのは、黄金姫の護衛をしているクライムという少年と、実力者であるブレイン・アングラウスがいた。

 

「ハハハハ!あの時から私は変わっていないよ!」

「久しぶりだな、ガゼフ殿」

「ネモ殿も、元気そうで何よりだ」

 

 質素ない挨拶。お互い、まさかこのような場所で再会を果たすとは夢にも思っていないことだろう。

 

「…それで、一体どんな要件か聞かせてくれるか? まさか、知人を見つけたから会いに来たというわけではないのだろう?」

 

 ここでガゼフの方から切り出した。

 

「まぁそうだな。言葉を飾るのは好きではないが単刀直入に言おう………私の部下になれ」

「!」

 

 ヘッドハンティング。案の定、ガゼフは驚いている。敵として再会したら無慈悲に殺されると思っていたようだが、そこまで我々の器は小さくない。むしろ大歓迎だ。

 

「もし部下になるというのであれば…」

 

 パチンッ…とアインズさんが指を弾くと、黒い子山羊たちはまるで時が止まったかのように動きを止めた。その光景に3人はまたもや驚く。

 

「なるほど、動きを止めてくれたのか」

「これは一時的なものだ。この後は君の答え次第だな」

 

 ここまで言えば、流石のガゼフも予知するだろう。

 断るのであれば仔山羊たちに再び命令を出し、動き始める。その内容に関しては…言うまでもない。

 

「どうしたガゼフ・ストロノーフ、私の配下となれ」

「…断る。私は王の剣、王から受けた恩義にかけてこれを譲ることはできない」

 

 案の定、ガゼフは断った。だが、その程度の言葉でこちらは引き下がれない。

 

「結果、より多くの民の命が失われてもか? お前はカルネ村を救うために、己の命すらも投げ出して戦いに挑んだ。そんな男が、救えるはずの命を投げ出すと?」

 

 このまま断ってしまえば、こちらは怪物たちをエ・ランテルに攻め込むだけだ。圧倒的に王国側が不利だというのに。いくら王国戦士長でも、自分の命と王国の民たちを想うのであれば破格の条件を投げ出すようなことはしないはずだ。

 

 だが、此方の思惑とは裏腹に…ガゼフはとんでもない事を言い出したのだ。

 

 

 

「御二人に恩義を受けた身で無礼を謝罪する。ゴウン殿、汝に一騎打ちを申し込む!」

 

 剣を向けられ、この場にいた全員が驚く。

 

『アインズさん、後は俺に任せてもいいですか?』

『わ、わかりました。プレゼン、お願いします!!』

 

 今ここに、最大の味方勧誘の交渉が始まった…!




普段よりも長いため、分割します。


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残る者と降りる者

この瞬間だけ、ビーストテイマー要素一切なしをお許しください。
オバロ話でこのシリアス回だけは、真剣に絶対に外したくない話にしたいです。真剣に悩みました…生かすかそのままか…
最後までお楽しみを。
でわ、どうぞ。


『『本気か?』』

 

 それが、俺とアインズさんの心の言葉そのものだ。

 今彼は何と言った? アインズさんに決闘を申し込む意思を伝えたぞ!?

 

「無論」

「死ぬぞ」

「間違いなくそうなるだろうな」

 

 言い出したガゼフは、剣を仕舞うことなくこちらに向けている。

 何を考えている? 自らの敗北を確信しているように見える。それとも、部下の二人にこちらの弱点を握らせるつもりか? どちらにしても無意味だ。そんな無意味な作戦を、この男が実行に移そうとしている。

 

「何故、そのような事を言ったのですか?」

「敵の王が目の前、剣の届く距離に来たのだ」

 

 成程、ごく自然の流れか。確かに向こうからしてみれば、敵の総大将の首を討ち獲れるチャンスでもある。

 

「確かに物理的な距離は近い。だが…」

 

 その瞬間、アインズさんが乗ってきた黒い子山羊の触手が、ガゼフの真横の地面に直撃した。向こうは反応が遅すぎた。当たっていたらミンチ確定である。

 

「反応すらできないではないか。あまりにも圧倒的な開きがあるように見えるが、それでも勝つ可能性があるとでも?」

「かもしれないぞ、ゴウン殿」

 

 心の中で俺は思う。そんな事は、そんな未来なんて万が一でもありはしない…!

 

「私が殺さないと言ったから図に乗ったのか?」

「そんなつもりはこれっぽっちもない。私は王国の戦士長としてすべきことをしたい、そう思っているだけだ」

 

 こうなってしまっては平行線だ。アクションを仕掛けるならここだ。

 

「アインズ殿、代わってもいいだろうか?」

「うむ『プレゼンお願いします!!』」

 

「横槍のようで失礼する、ガゼフ殿」

「ッ!…それは構わない、ネモ殿」

 

 ガゼフに会話に入れてくれることに感謝する。ここで、二人に無意味で無慈悲な決闘をさせるわけにはいかない。

 

「ガゼフ殿、私は貴方の考えていることがわからない。ここで我々の首を取ろうとしても、貴方の勝利は絶対にありえない…はっきり言って、貴殿は返り討ちに会い無駄死に終わる」

「…」

「それに、こちら側が貴方の提案に乗る必要もない。この場でさっさと気絶させて誘拐し、それこそ行動を制限し無理やり従わせる手もあるぞ?」

「…それこそ、貴殿が最もやりたくない手なのでは?」

 

 やはり、幾度の戦場や交渉に慣れている彼にこの手の揺さぶりは通じないか。それどころか、無理やりな手をやりたくないこちらの心情も捉えている。

 

「さっき貴方は言った。王国戦士長として、すべきことを全うしたいと。確かに筋は通っているが、貴方自身…"ガゼフ・ストロノーフ"としてはどうなのだ?」

 

 彼自身の願い、それは十中八九王国の平和と安寧だろう。

 だからこその提案だが…それは、王国戦士長としてだ。彼自身としてはどう思っているのかを俺は問いただしたい。

 

 

「結論から話そう……我々の目標は、『全種族統一の世界征服』だ」

「「「!」」」

 

 この戦争のように、いつの時代も各地で人間や種族同士で小競り合いが続いている。そこで勝った国や部族が支配し、負けた方は滅ぶ。我々から見れば、そんなくだらない世の中を終わらせたいのだ。

 

「腹を割って話そうガゼフ殿。この戦争は最早我々の勝利だ。その後は貴族どもがどう思うか勝手だが、こちらに従ってくれるのであれば…お前の言う"平和"を叶えてやることも可能なんだぞ? 当然人間たちも奴隷としてでなく、他種族と同じく平民として扱うことを約束する」

 

 王国だけでなく、世界を救う…それはなんと夢のある事か。

 たとえ何年かかっても必ず実現させる。最初はアインズさん筆頭に恐怖による政治になるかもしれないが、そればかりは時間で解決することができる。ナザリックには、それほどの財がある。

 

「それとも、王国でなければいけない理由があるのか? 確かに貴方はランポッサ三世(現国王)を慕っている。王国の平和を願いながら今日まで剣を握り続けてきた。だが、どのような恩恵を受けたかは知らないが、今の王国はそれに釣り合うお釣り(・・・・・・・・・・)と言えるか?」

 

 広がる格差社会と貧困、無能な貴族の圧政…ガゼフの思い描いた未来とは真逆だ。

 何とかしようにも彼自身は宮廷での政治闘争とは一切関わりを持とうとせず、貴族位も与えられていなかった。悪く言えば、責任逃れに等しい。

 

「だからこそ、先程の質問に答えろ。ガゼフ・ストロノーフとして…お前は本当に王国としての"正義の味方"になりたいと思っているのか?」

「「ッ!」」

 

 これに反応したのは、後ろにいる二人だ。

 それは当然だと言いたいが言える雰囲気ではない。しかしその言葉自体も無意味だ。それは王国戦士長として、外部から抑圧された言葉であり決して彼のための言葉ではない。ここからは、ガゼフの心に問う。

 

「言葉で理解ができないのであれば、見せてやろう。私の、ほんの一部の力を…」

 

ゴウゥ!!

 

「これは…」

 

 先程とは違う景色、固有血界のステージに3人は唖然としていた。

 交渉術にとって有利なのは、言葉ではなく実力を示す。それはアインズさんが召喚した子山羊と同然だ。

 

「そう、絶対にならなければならない。何故なら、それは貴方にとって唯一の感情だからだ。例えそれが、自身の内から表れたものでないとしても」

 

 もしかしたら、ガゼフはただランポッサ三世に憧れただけなのかもしれない。

 あの国王が、彼を自身の剣として任せた顔があまりにも幸せそうだったから。それに対し、責任が強い自分はその期待に応えるようにそうなりたいと思っただけなのではないだろうか…。

 

「部下が上司に憧れるのは当然だ。だがそれと同時に、王は貴方に呪いを残した」

 

 ガゼフはあの時、王国としての"正義の味方"にならなくてはいけなくなった。

 だがそれは借り物の理想だ。忠誠心のみならず、平民はすぐに裏切るという悪評で平民出身者が不利益を被る事を危惧したことを想っただけ。彼自身の目指した人生の答えではない。

 

 そしてその時点で……彼の人間性は、最早"偽善"であるということを。

 

 

「ランポッサ三世という王が取りこぼした理想、彼が正しいと信じたものを真似ているにすぎない」

 

 それが、(ネモ)の想ったことだ。

 

「民に慕われる王国戦士長だと? 笑わせるな。誰かの為になるとそう繰り返し続けたお前の想いは、決して自ら生み出したものではない。そんな人間が他人の助けになるなどと…思い上がりも甚だしい!」

 

 そして、自身の思ったことを全力投球でガゼフにぶちまけた。

 

「そうだ!…お前はただ、"誰かを助けたい"と言う願いが綺麗だったから憧れただけだ! 故に自身から零れ落ちた気持ちなど何一つもない!これを偽善と言わず何と言う!」

 

(ネモ)の真意を確かめるように、(ガゼフ)は訝しげに見つめてくる。

 

「この身は誰かの為にならなければと、脅迫観念に突き動かされてきた! 例えそれに騙されたとしても、傲慢にも走り続けた!」

 

 自分でも、知らないうちに熱くなっていた。元とはいえ同じ人間として、彼にこれ以上の間違いを犯せたくないとの願いが言葉として突き動かしていた。

 

「だが所詮は偽物だ、そんな偽善では何も救えない!否、元より何を救うべきかも定まらない!…見ろ!!」

 

 ここで世界は、元の戦場に戻る。

 ところどころにある人の死体、血の海が出来上がったカッツェ平野。それは、ガゼフがこのままの道を歩めば、待ち受けているのは破滅の二文字という現実だ。

 

「その結果がこれだ!…初めから救う術を知らず、救うものを持たず、醜悪な正義の体現者が…お前の、そして国の成れの果てだ!」

 

 その理想自体が破綻しているのだ。

 自身より他人が大切だという考え、誰もが幸福であってほしい願い…ただの一人の人間がそれを叶えるには必ず限界がある。カルネ村のときかまさしくそれだ。それでも全てを、自分自身も助けるのであれば、その者は最早"人間"ではない。神の御業だ。

 

「それに、平民が貴族からの不評の存在であることは、お前自身がよく知っていることだろう!それどころか、たとえお前どんなに願っても腐り果てた(貴族)らが今更心変わりなどするわけがない!」

 

 だからこそ、ガゼフは真っ先に無条件降伏を進言した。だが、それは踏み躙られた。

 

これ(・・)を見ても、同じことが言えるか!?」

 

 俺が取り出したものにまたもや3人は驚く。それは、カルネ村に向かっていたバルブロ王子の首だったのだ。しかしそれは最早血の気を失い、所々から血が流れて絶望している表情で亡くなっている。

 

「お、王子…」

「この馬鹿が一体何をやらかしたと思う? こちらの情報を聞き出すつもりが、命令無視してかつてお前が守ったカルネ村を大虐殺しようとしたのだぞ? こちらが介入したから破滅は免れたが、それでもあの王国に仕えるとでもいうのか!?」

 

 首を無難に放り出し、俺はガゼフに手を差し出す。

 

こちら側に来い(・・・・・・・)、ガゼフ・ストロノーフ! お前はここで終わっていい人間ではない!無に行ってしまう前に、人として果たすべきことを思いだせ!!」

 

 暫しの静寂が流れる………。

 

 

 

 

 

「…… 不思議な気分だな」

「!」

 

 ガゼフは静かに瞼を閉じ、優しげに語り始めた。

 

「こう言ってはなんだが…まるで、同じ人間と語り合っているように感じる。俺のことを、ここまで案じてくれるのは嬉しいのが正直な気持ちだ…だが、それでも俺のやるべきことは変わらない」

 

 その言葉で…アインズとネモの中で、何かが崩れた音がした。

 

「そうか…残念だ。コレクターとしてレアであるお前を殺すのは、本当に惜しい」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王殿!我が名はリ・エスティーゼ王国 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ!汝に一騎討ちを申し込む!」

 

 それでも…その道を行くというのか、お前は…。

 

「受け入れていただけるのであれば…魔導王殿、この2人を一騎討ちの見届け人に指定したい」

「ま、待て! 待ってくれ! 魔導王閣下お願いだ! 厚かましいことは承知しているが心からの願いだ! 俺たち2人を同時に相手してくれないか!? 貴方なら苦では…!」

「『黙れ』」

 

 見苦しい言い分をするブレインを黙らせる。

 

「折角の拾った命を無駄にするか? 心配せずとも、すぐに後を追わせるぞ」

「すまないネモ殿。ブレイン・アングラウス、俺の戦士としての覚悟に泥を塗るのをやめてくれ」

 

 その瞳は前も見た。死を覚悟して進む人の意思、憧れる強い目だ。

 

「蘇生されることを俺は望まない。死体はここに投げ捨ててくれても構わない」

 

「いいだろう…」

 

「それでは始めよう。2人とも、俺の最後の戦い見届けてくれ」

 

 いや、見届けることすら叶わないだろう。アインズさんが、決闘で何をするのかいくつかのパターンは予想できる。アインズさんに対抗するには、魔法の力が弱い武器では傷付けることはできない。しかし、ガゼフの持っている剣では可能だというのが見解だ。それでも…

 

 両者が睨み合い、構える。

 クライムがベルを鳴らし、決闘が始まろうとした瞬間…。

 

 

 

 ガゼフは、アインズさんに捕まりながら仰向けに倒れてしまった。

 

「一体何が…」「分かるか!」

 

 突然の出来事に何があったのかを把握出来てない二人。

 あの距離を一瞬で詰められ、ましてや何処で攻撃されたかも判らない。そう、例えどんなに致命傷を与えられる武器であっても…それが当らなければ意味がないのだから。

 

「どうした!立てガゼフ!」

「無駄だ………もう、死んでいる」

 

 俺の一言に信じられない表情をしながら、決闘を終えた二人の元へ駆け寄る。

 

「…ッ!」

 

 一瞬だ。一瞬だった。

 あのガゼフがするはずもない、生気を失った混沌の眼を見てしまった。この姿が、先程まで強い瞳を見せていた同じ漢なのか。それは咄嗟にアインズさんが手で瞼を閉じさせた。

 

「勝算のない戦いに挑んだ彼を見て、あの時を思い出した…彼への敬意としてこれ以上の黒い仔山羊たちによる追撃はよしておこう。死体は清めた上でそちらに届ける」

「いや、そいつには及ばない。俺らでガゼフは連れて帰る。アンタの手は借りん」

 

 ブレインは此方の手を煩わせるのを拒みたいのか、意地でも彼を連れ帰ろうとした。そちらが筋だ。納得できない部分もあるが、ここは我慢だ。

 

「そうか。私が使った即死魔法"トゥルー・デス"は低位の蘇生魔法では蘇らせることはできない」

 

 クライムが悔しい顔を見せる。

 今となっては愚かに見える。だがら言っただろう、勝算なんてありはしないと。ましてや、勝つ姿を想像していたのか? 腹立たしいにも程がある。

 

『それと王国の民に告げておけ。私に恭順するのであれば慈悲を与えようと。近日中にエ・ランテルを速やかに引き渡すのであれば、この者たちが王都で暴れることはない。王にそう告げよ』

 

 先にアインズさんが飛び去る。そして、俺も言いたい事を吐き捨てる。

 

「お前達も、今のうちに王国とは縁を切った方がいい。あの国に関わっていれば、ロクな末路にならんぞ…」

 

 こうして、戦争は幕を閉じた。

 

 

・・・

 

「うっ…うっ…」

 

 同時刻。自室で事の成り行きを見ていた少女に、大粒の涙が溢れる。

 

 そして、知らぬうちに心の奥底で"ナニカ"の復讐心が、芽生え始めていたのであった…。




次は新章に入るので、1週間後の予定です。


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他国外交編
ドワーフの国へ


予定を変更し、先にドワーフを助けます。
だってフロストドラゴン欲しいし(はなほじ
どうぞ。


 王国との戦争が終わり、それから早1ヶ月が経過した。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 かつて王国の支配下であったエ・ランテルとその付近を占拠し、ナザリックが表舞台に上がった国の名前がそれだ。

 あの戦争は自分にとって、何もかもが衝撃だった。

 王国軍18万人の死、その戦場を見るだけで吐き気と涙が止まらない。

 

 王国側は間違いなく史上最大の大打撃を受けた。

 多くの兵士と有力貴族、王国第一王子…そして、右腕だった王国戦士長の死亡。

 情報によれば、国王は主に前述の二人の死が一番堪えたとのこと。何としても復活させようとしたが、アインズ様の高濃度即死魔法を破る事は出来なかった。当然だ。ただでさえ魔法に詳しくない国家が死者を復活させるなんて、そんな芸当が出来るはずもない。怒り狂った国王はその場で怒鳴りつけ嘆いたとのこと。そこまで大切に想っていたのであれば、ガゼフ殿のいう通り無血開城を了承していれば戦争の犠牲は無かったはずだ。蒼の薔薇の人たちが可哀そうに思えてきた。こうなったら何が何でも仇を取ろうとアインズ様とネモ様に刺客を送るかもしれない。

 

 尤も、この魔導国に無事に入ればの話だが。

 普通の道から地下道、秘密の抜け道まで完全網羅されては蟻の一匹も侵入することは出来ない。

 オマケに民からも恐れられている死の騎士(デス・ナイト)が、警備用に何体もいるようでは侵入できてもその場で血祭りだ。

 

 それよりも気になったのが、あの時のガゼフの行動だ。

 王国の情勢が最悪なのは分かっていたはずなのに、何故あんな行動をとったのか…。

 自身の立場や自傷や自殺なんて以ての外、私であれば文句なしに引き受けていた。その考察が、心と身体にまるで靄のようにずっと引っかかる。

 

 いや、今はナザリックの為に自分が役に立たなければいけない。

 舞台に上がった以上、これから色々な国に外交を仕掛ける時だ。それで最初に選んだのが…

 

『アインズ様御自ら、ドワーフの国に行かれるのですか?』

『うむ』

『では早急に軍の準備を』

『いや戦いではない。此度は、あくまでも友好的に事を進めようと考えている』

 

 アゼルリシア山脈の内部に点在する都市に住んでいる、ドワーフたちの国である。

 鉱物資源と優れた技術などによって栄えた国と本で読んだことがあるが、アインズ様の狙いはドワーフが有するルーンの技術だ。それに匹敵する高性能な武具や貴重な鉱物を手に入れたいとのこと。

 

 護衛はアウラ様を筆頭に、副官にシャルティア様とその配下を連れていく。

 私も人間代表として外交官の一人として選出された。そしてもう一人、ドワーフの国を知っているリザードマン…

 

「その者であれば御前に。ゼンベル」

「はい」

「ゼンベルよ、ドワーフの国まで道案内はできるか?」

「それは可能なんですが…陛下は、友好関係を築くというのは本当なんですかい?」

 

 ゼンベルさんはアインズ様の案に疑問を持っていた。かつてリザードマンの集落を襲ったこちらから見れば疑うのも無理はない。コキュートス様から怒られるが、それすらアインズ様から赦された。

 

「ゼンベル 先程の言葉は本当だ。しかし、相手の出方次第で争いになることはあるかもしれない。それは仕方がないことだと納得してもらえるか?」

「あいよ!」

「ムッ!」

 

 ゼンベルさんの言葉遣いにまたしても納得のいかないコキュートス様。

 ネモ様が「自然体のままでいい」と赦さなかったらとんでもない事だけど、次の行動には目を疑いました。

 

「せいっ!」

「何の真似だ、コキュートス?」

 

 突然コキュートス様が、土下座をするように前屈みになる。これからアインズ様がドワーフについて説明を受ける矢先、一体何を…?

 

「かつてシャルティアがこのようなことをしたと聞きました、お話が長くなるので"椅子"が必要かと」

「いやあれは罰を与えるためだ」

「ならば私が支配しているリザードマンがアインズ様に無礼な言葉を!」

「それは忘れろと言ったはずだ」

「しかしながら…!」

 

 まさかコキュートス様自ら椅子役を! 最終的にアインズ様が折れてしまい、ちょこんと座る風景を目の当たりにしてしまった。アウラ様と同様、私も唖然としてしまう。心なしか、喜んでいるように見えるのは錯覚だと願いたい。

 

 そんなこんなで、ドワーフの国へ出発した。

 旅自体は快適と言ってもいい。道中に敵は存在せず、アインズ様が建てた立派な塔に泊まれ野宿なんて皆無のものだった。

 

「ここだ。陛下、ここが入り口です…だが見張りの姿がねぇな」

 

 ゼンベルさんの先に洞穴がある。あそこがドワーフの国への入り口らしいが、人の気配がない。そこで斥候部隊の"ハンゾウ"さん達を呼び出した。もしかして、蒼の薔薇のあの二人と同じなのかな?

 

「アインズ様、都市内に動く者の姿はありません。ですが、坑道の奥から何者かが鉱脈を掘る音を確認しました」

 

 どうやら都市部はもぬけの殻らしい。こうなった原因は恐らく、内部からの崩壊か外部からの攻撃だと思うが…

 

「うむ、それがドワーフかどうか分からないが…アウラ、アルシェ」

「「はっ」」

「その掘っている何者かと接触せよ。ドワーフならば交渉を、他の者であるならば殺さずに捕らえよ」

「アインズ様は一緒に行かれないのですか?」

「ん? まあ、そのなんだ…洞穴でこのような格好で会うというのは…」

 

 案の定、第一村人であるゴンドさんに物凄く恐れられてしまった。

 

・・・

 

「アンデッド…いや失礼。陛下が人間たちの国を治めていると?」

「そうだ。君らドワーフの国とも友好的な関係を結びたくてやってきたのだ。それと、ルーン技術について聞きたい事がある」

「ルーン…何が知りたい?」

「私が知っているルーン文字と少し違うようなので興味を持ってな」

「陛下もルーン文字を知っているのか!?」

 

 歩きながらアインズ様とゴンドの会話は進む。

 ルーンの事となると、この人は熱弁が止まらないのだと他の3人は思った。

 

「たしか…」

「おぉ!それはたしかに、中位文字の1つ"ラーグ"じゃな!他に何を知っている?」

 

 アインズ様は、そのルーンが彫り込まれた魔法の武器に興味がある。しかし百年ほど前から帝国、人間の国に流れてこなくなった事に疑問を抱いていた。

 

「当然じゃな。ルーンを彫り込めるルーン工匠はどんどん減ってきておるからのう…」

 

 ルーン技術開発家という肩書きをもつゴンドさんが言うには…

 かつて、ドワーフのマジックアイテムはルーンを使って作られていた。しかし、200年前にマジックキャスターによる魔化という魔法で強化を付与する技術が入ってきたのだ。

 同じようなものがルーンを彫るよりずっと短い時間で作れる。であれば、マジックキャスターになった方がいいと考える者が多くなってしまった。つまりは、伝統工芸が廃れたということだ。

 

「じゃがルーン技術にもいいところがある。なんといっても金がかからん」

「それは素晴らしい。優れたマジックアイテムほど材料費が跳ね上がるからな」

 

 それは確かに朗報だ。失われた技術を復活し、ルーンでしかできない技術を開発できればその価値は更に増すかもしれない。

 だがゴンド本人はルーン工匠としての才能がない。自身よりも優れた父の出がらしだと自負している。この感じ、なんだか私と似ているような…

 

「それでも、ワシはルーン技術の素晴らしい可能性を信じておる。他のヤツらは皆諦めて飲んだくれておるが、祖先の技をこの目で見てきたワシには分かる。研究は困難を極めているが絶対にできないことではない。何よりワシは祖先の残した技術を後世に伝えたい。輝かしい父の名が歴史に消えていくのはまっぴらごめんじゃ」

 

 輝かしい名か…。

 一体いつの日からだったのだろうか。私の元名家の名が廃れたのは…

 

「ではそのサポートを私が…いや魔導国がしよう」

「はぁ!?」

「まずは資金と技術者もいるな。ドワーフの国から全てのルーン工匠を引き抜きお前のもとにつけよう。ゴンドよ、私に魂を売り渡す覚悟はあるか?」

 

 ゴンドさんは躊躇いなくそれを了承した。この時点で、私と同じく約束された未来が確定した。そんな予感がしたのであった。



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ドワーフとの交渉

あと4,5話で聖王国に入ったら、急転直下で終章に入ります。
一応王国滅亡まで頑張ります。どうぞ。


 ゴンドさんを保護し、ドワーフの国の状況を理解する我々。

 どうやら、彼らは今土掘獣人(クアゴア)の襲撃に困っているようであった。

 

 アゼルリシア山脈に生息する、モグラに似た姿をした亜人。

 上述の通りモグラの様な姿をしていて、ずんぐりとした体格をしている。視力は人間よりも鋭く、金属武器への耐性を有しており、幼少の頃に希少な金属を食べた者程大人になった時に強くなり、金属武器の耐性をも高くなる。だから、ドワーフたちの作った武器では歯が立たないのだ。

 

 このままでは自分たちは、ただ食料として殺されるだろう。しかし、そんな絶望も最早終わりだ。急いでシャルティア様とハンゾウさんが近くの都市に居座っている土掘獣人(クアゴア)軍団を拘束する。こちらが率いるアンデッドを認識していない面を見ると、外の世界にはそこまで詳しくはないらしい。

 敵のリーダーを魅了魔法で尋問すると、彼らはこっちに逃げてきたドワーフを殺す別部隊らしい。そして、彼らの本隊がどうやら主要都市を攻め滅ぼそうとしているのだ。

 

 これは急がなければと、ゴンドさんの案内で戦場近くの作戦本部がありそうな場所へ辿り着く。

 

「私は魔導国の王 アインズ・ウール・ゴウン魔導王である」

「わ、私は軍の総司令官です」

 

 隙間からこちらを見ているのは土色のドワーフだ。

 こちらに少し驚いているが、冷静に話を続かせる。

 

「総司令官とは恐れ入るな。クアゴアの方はいいのかね?」

「…魔導王陛下は全てご存知のようだ。今のところ何とかクアゴアたちの侵攻を押し止めてはいますが、援軍の当てもなく都市の放棄を検討しています」

「私はお前たちと国交を開くためにやってきたのだ。滅びてもらっては困る。どうだ?私の手を取らないか?」

「…上の摂政会の判断を仰ぐ必要があります」

 

 事前の情報より、ドワーフの国には王がいない。

 現在はそれぞれの分野の八人の摂政会で政治を行っており、話し合いと多数決で決定を下している模様だ。しかし、こうしている間にも敵は攻めてくる。悠長な時間なんてあまりない。

 

「待つのは構わない。だがよくあるな。会議は踊るされど進まずということが…」

「…わかりました。魔導王陛下、貴殿の国のお力を貸していただきたい」

 

 

・・・

 

 

 

『何っ!?』

『どうしましたアインズさん!』

 

 待合室へ案内された直後、この場にいる全員から信じられない言葉をアインズ様は口にする。

 

「…私の生み出した死の騎士(デス・ナイト)2体の存在が消失した」

『えっ!?』

 

 アインズ様の召喚された死の騎士(デス・ナイト)、それも2体同時に消滅したのだ。1体だけでもその脅威はわかっている。だが念のためと複数体の召喚だったのだが。それが個人によるものであるならば、最低でも45レベルは必須。

 これは、お二人と同じ存在を見つけたかもしれない。

 彼らと同じ存在"ぷれいやー"と呼ばれた逸脱した存在。もしかすると、シャルティア様を洗脳した…

 

「この件は一旦お開きにするぞ。向こうがお呼びになったようだ。」

 

 

 

「よくぞ参られました魔導王陛下。まずはそちらにお掛けくださいますか?」

 

 会議室に通され、代表である8人のドワーフ達と対面する。

 こう言っては何だが、双方は随分と個性的な軍団で多方面から見れば随分と異色な光景だろう。それにしては、こちらを警戒どころか意外と落ち着いているように見える。アンデッド、吸血鬼、ダークエルフ、堕天使、リザードマン…これくらいの種類であれば、他種族統一国家として認められるはずだ。

 

「最初にこの国を代表してお礼を申し上げたい。もし陛下がいなければ、この国は滅びていたでしょう」

 

 まずは向こうから礼を言われる。もう世事にしか聞こえないかもしれないが、アインズ様は困ったときはお互い様だと軽く流す。

 

「総司令官からは…陛下は我が国と国交を開き、交易を求められていると伺っておりますが」

「その通りだ。貴国では手に入りにくいという新鮮な野菜や食料品、それに人間の国や魔導国の酒に興味はないかね?」

「それで魔導王陛下は、この国の何が欲しいのでしょう?」

 

 まずは結論として、お互いに出し合う"商品"の提示を行う。ここからはもう既にテーブル上で舌戦が始まったのだ。

 

「まずは鉱石だ。我が国は埋蔵量が少ない。それと武具も欲しいところだな。ドワーフの武具は非常に優れていると聞いている」

「クアゴアを撃退してくださった魔導王陛下には感謝の言葉もないが、即答はしかねる問題だ」

「無論構わない。さて、そのクアゴアだがこちらが発見したゴンドと、別動隊の情報で彼らの侵攻は私の方で勝手に対処させていただいた」

 

 まさか地上へ逃げようとしたら、待ち構えているなんて思いもしなかっただろう。

 

「陛下の存在と情報がなければ、大扉が破られ市民を動員しての都市決戦になったでしょう。しかし、このフェオ・ジュラはまだ完全に平和を手にしたわけではない。大裂け目を迂回する道が見つけられた以上、またクアゴアたちは襲ってきます」

「私としても貴国が滅びるのは困る。どうだ、私の力を使わないか?我が国力であれば貴国が暫く攻められないような状況ぐらいは作れる」

 

 それどころか、今では土掘獣人(クアゴア)がねぐらにしている"フェオ・ベルカナ"…かつてのドワーフの王都を奪還することが可能だ。

 

「それはいくら陛下でも危険です。今のクアゴアたちは8つの部族を束ねる氏族王が立ち相当な力を持っています」

「そもそも王都に行くのは無理じゃよ。恐ろしい3つの難所があるからな」

「運良く辿り着けたとしてもあの恐ろしいフロスト・ドラゴンもおるんじゃぞ」

「ほぉ!ドラゴンとな!?」

 

 ここでネモ様が目を輝かせる。

 すぐに「あっ失礼…」と座り直したが、もしかしたらアウラ様も同じようなことを言ったかもしれない。咄嗟に翼も出てきたので、ドワーフ達は目を見開いていた。

 

「陛下と、そちらの魔導国の軍隊はそれでも可能だと仰られるのでしょうか?」

「可能だ」

「話がうますぎる!なぜそこまで手を貸す!?それで何を欲している!?」

 

 ここで鍛冶公房長から待ったが出る。それもそうだ。向こうからすれば、契約したら最後の悪魔の書類をサインしていると思っているだろう。尤も、悪魔を超えたアンデッドの魔王ですが…

 

「おい、言葉が過ぎるぞ」

「まるで知らんヤツから美味い酒を出されて、お前は何も裏がないと思うのか!?」

「当然の疑問だな。理由の1つは、土掘獣人(クアゴア)たちにより常識や取引という言葉が通じる貴国と国交を開きたいと考えているからだ。それに勝ちに入った相手と負けかけている相手、どちらに力を貸した方が感謝が大きい?」

「…フンッ」

 

 なんとか納得してくれたようだが、アウラ様とシャルティア様の殺気を我慢させるこっちの身にもなってほしい。ネモ様、念話でのお手伝いありがとうございます。

 

「そして、感謝を言葉ではなく物品で支払ってほしいというのが2つ目の理由だ」

「なるほど。報酬ということです』」

「この全てのルーン工匠を我が国に招きたい」

「なんじゃって!?まるで奴隷にするつもりか!?」

 

 流石に交易を求める相手の国民を奴隷にしてしまえば、力で押さえつけたとしても将来では信頼の底に尽きる。刻まれたアイテムを最優先で売る案もあるが、こちらとしてはリターンが少なすぎる。ルーン技術を我が国に独占させる。これが王都を奪還する代価として欲しているものだ。

 

「成程。では陛下、これは先の話になりますが…同胞がどのように扱われているか知るために、将来魔導国に調査団を派遣したいのです。許可していただけますか?」

「もちろんだ。魔導国は調査団を受け入れると約束しよう」

 

 それくらいであるならば構わないと、アインズ様は承諾する。ここで…

 

「…一つ、よろしいだろうか?」

 

 ネモ様が手を挙げる。

 

「補佐をしているネモと申す。我々は君たちドワーフ達の他にも、様々な種族を今後魔導国に引き入れるつもりだ。それを知った上で、質問をしたい」

 

 ネモ様は一呼吸を入れて、口に出す。

 

「その中には、君たちがこれまで敵対していた種族もいるかもしれない。今では、土掘獣人(クアゴア)霜の竜(フロスト・ドラゴン)も可能な限り引き受けたいのだ」

「「「!!」」」

「…もし我々が部族の引き入れに成功したら、君達は復讐(・・)を望むか?」

 

 今後魔導国は多種多様な種族を引き入れる。

 しかし、いきなり皆仲良くというわけにはいかない。この世界の歴史上、その歴史に積まれた種族同士のいざこざは決して避けられない。いくらアインズ様の政治であってもそれすら投げうって暴動を起こしてしまう恐れもあるからだ。

 

 ドワーフ達は黙った。彼らにもこれまでの戦いがあった。

 土掘獣人(クアゴア)霜の竜(フロスト・ドラゴン)。この二つの種族に、自身の同胞や家族、親友や兄弟を殺されたものは少なくない。その動機にはこちらが口を挟む余裕もない正道な理由だ。

 

「…いえ、私はそれを望んでいません」

「総司令官!」

 

 総司令官が立ち上がり、嘘偽りのない瞳をこちらに向けてくる。過去に起きた惨劇は決して許されるべきではないが、それを行ってしまえば自分たちも敵を同じであると言うことだ。

 過去に目を向けるよりも、これからまだ見ぬ種族の明るい未来に全力を注ぐべきであると、他の長達に訴えた。その熱意に押され、一人また一人と頷く。

 

「ふっ。どうやら、私が思っていた以上にドワーフはガッツがあると見た」




おまけ

「さて、すぐに答えを出すとドワーフ達は言っていたがどんな風に思われているか聞いてみるか」

 ネモ様が壁にラピッド・イヤーを付けると…

『な、なんじゃありゃ!?』
『どえらいバケモノじゃないか!』
『ワシ漏らすかと思ったぞ!』
『絶対にアイツ悪じゃぞ』

 ぶふうううーーー!と、突然吹き出すのは驚いだのであった。


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幕間 氷竜(キュレム)と出国

「そうか、魔導国に行くんだな…」

「寂しいですね…」

 

 魔導国誕生の少し前。

 バハルス帝国で名を馳せた魔獣使い冒険者チーム"ジェスター"は、帝都正門前で今や3人になった帝国四騎士のバジウッドとレイナース、後輩のジエットにお別れを告げていた。

 

 此度の魔導国、並びにアインズ・ウール・ゴウン魔導王の名は世界に広まることになるだろう。

 リ・エスティーゼ王国との戦争で半分以上の貴族・兵士、バルブロ第一王子、そして王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの討伐。魔導王の挙げた戦果は史上最大といってもいい。

 

 アインズ魔導王は、最早ただのアンデッドという枠には治まらない。

 圧倒的な力と魔法、常に先を見据える頭脳、他の化け物を導くカリスマ性…今まで歴史の影、裏に隠れてきた圧倒的存在が産声を上げたのだ。それを、帝国と敗戦国である王国が身をもって知った。

 

 周辺諸国はこぞって何かしらの対抗策を練ってくるだろう。

 しかし、ナザリック側はそれも計算済みだ。元々全種族の統一国家を目指しているのだから、何かしらの敵や障害なんて気にしていない。寧ろバッチコイっと立ち向かうことだろう。

 例として、バハルス帝国の初手は"ジェスター"を王国最強アダマンタイト冒険者"漆黒"のモモンと同じ、旧エ・ランテルに住んでいる人間から守るための抑止力として派遣することだった。

 

 魔獣使いという名目上、化け物軍団に対抗でき魔導王の恐怖から守ること。そして、帝国との同盟で結んだ繋がりをつかず離れず守り続ける案だ。これはリーダーのオルタが、直接ジルクニフ王に提案したものだ。これには有無も言わさず承認せざるを得ない。

 鮮血王としてはこちらのスパイとして、魔導王と部下の弱点を探ってほしい案もあったが即座に却下された。バレれば自身のみならず帝国、下手をすれば全世界の人間の命を失いかねない。元々こちらはナザリック側だが、敵だらけの状況は作りたくない。

 

「ええ、今までお世話になりました」

「ま、とは言ってもあちらさんの住民を守るためなんだろ? 行動に縛りがない以上、マシといえるか」

「ではバジウッド、貴方が行きますか?」

「勘弁してくれ、俺には陛下とこの帝国を守る義務があるんでね」

 

 レイナースがそう茶化すと、バジウッドはバツが悪そうに軽く流す。

 もう一人のニンブルさんはここにはいない。きっと、陛下に報告でもしているのだろう。といってももう既にこちらは有力な双腕(レイナースと師匠)が裏で回っているので、何も問題はない。

 

 そうこう話しているうちに、魔導国行きの馬車がやってきた。

 自身の生まれ故郷から離れていくとなると、なんだか感慨深いものがある。しかし、今の私と妹たちの家はナザリックとカルネ村だ。どちらかというなら、ネモ様との出会いによって救われた色々な思い出の方だろう。それにこれが今生の別れではない、帝国に帰れるときは帰ればいいのだ。

 

「それじゃアルシェ、向こうのほうでも元気でね」

「はい、いつか来ることがあれば手紙でお待ちしています」

「アルシェお嬢様、お時間でございます」

「先輩!」

 

 こんな時でも、私を慕ってくれて一緒についてくれるジャイムスに感謝の言葉しかない。ゆっくりと馬車に乗り、扉を閉めて正門から出発する。表向きとして、二度目の覚悟と決意をもちながら魔導国へ向かったのであった。王城の一点の窓に映る人物を見ながら…。

 

 

『私は何処でも見ています。もし、妹達と村に手を出せば…国の機密情報を流します』

 

・・・

 

 

 (ドラゴン)

 

 数ある生物の中で、個としては最強に近い生物だ。

 人間の何倍もある大きさを持ち、鋭い爪と牙を併せ持つ。大きな翼で空へ飛び、口からまともに受ければ無事では済まないブレスを放つ。その最強の生物としての自負なのか、奇跡的に出会えたとしても単体しか存在しないことが多い。

 ドラゴンは通常巣立ってしまえば、家族でも生存権を争う敵同士になることが一般的である。一族の中で最強の長を選ぶことは、争いによってその個体が死んでしまう可能性がある。

 

 しかし、霜の竜(フロスト・ドラゴン)はその限りではない。

 

  自分達が最強の種族であることに強い自負を持っている。世界を生き抜くには強さこそが必要であり、生とは強くなること、逆にそうしないことは生の否定と考えている。自分を中心とした霜の竜(フロスト・ドラゴン)の群れを作り、霜の巨人(フロスト・ジャイアント)に対抗するという賢さも持ち合わせている。

 

「アルシェ、お前は本当によくやっている」

「えっ?」

 

 ネモ様からいつものようにお褒めの言葉を頂いた。

 シズさんと一緒に魔獣の成長と、自分達魔獣使い(ビーストテイマー)として世界に更なる活躍を目指している。今後は様々な国への外交を仕掛けるところだ。

 

 そして、ネモ様がとある物を見せてくれた。

 

 それは、(ドラゴン)だ。

 

 しかし、レシラム様でもない。自分の思っている(ドラゴン)とはイメージが少し離れている…異質で(いびつ)と言ってもいい。

 

 ガラスの向こう側にいたソレは、冷気を放っていた。

 黄色い眼が特徴の前傾姿勢で手が生えている。首は長いがアウラ様が持っている魔獣のような外見で、頭頂と顔面が露出した兜と翼の生えた鎧を装備している。

 翼の部分は、まるでつぎはぎのような恰好だ。刺々(トゲトゲ)しく、空を飛ぶ機関を失ったような寂しさを感じる。

 

 私を見た瞬間、喜びそうな顔でガラスにピッタリと張り付いてきた。

 今の私は魔獣使い(ビーストテイマー)として異例のスキルを身につけているとネモ様が言った。確か…"愛される者"?と。

 

 心無しか、まるで昔の自分と重なって見えるようになる。

 

 そう、ーーーーー 抜け殻のような。

 

魔獣使い(ビーストテイマー)としての、最終試験だ。この"キュレム"に相応しい器をテイムせよ」

 

 まさしく、最大の試練が訪れようとした。




次回から2,3話、久々のバトル要素入ります!


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霜の竜(フロスト・ドラゴン)

遅くなって大変申し訳ありません。
先々週から仕事場の残業が半端なく、プライベートの投稿時間があまりにもなかったので長引いてしまいました。今週から再開させていただきます。
プロットもなくなってきたので投稿感覚が長くなりますが、ご了承をお願いします。


 ドワーフの摂政会により、魔導国との同盟の話は成功した。

 それからの行動は早かった。早速、襲撃から逃れる際に閉めていた扉の開錠・迎撃に出る。その前に、ネモ様が「全員鼻を押さえたほうがいい」と言ったがその通りであった。

 

 扉の向こうは、まさに地獄絵図といってもいい。

 そこにはあれほどドワーフ達が苦戦していた土掘獣人(クアゴア)の死体の山があった。やはり、死の騎士(デス・ナイト)の相手ではなかったようだ。一応、アインズ様からリーダーらしき人物は殺さず捕える命令を与えられているはずだが、この惨状から見るに怪しいものである。

 

 ゴンドさんからの道案内で、かつての首都"フェオ・ベルカナ"に向かう一行。途中恐れられていた3つの難所も、アインズ様たちから見れば子供の遊び同然だ。

 なんせ飛行(フライ)したり毒の無効化と最短の道案内で難なく突破したのだから。そして、その道中にいた。

 

 あれが、霜の竜(フロスト・ドラゴン)だ。

 元師匠の話と図鑑でしか見たことないが、その迫力は流石は竜といったところか。きっとここにいるということは部下か下っ端だろう。その竜が、こちらに話しかけてきた。

 

「ここより先は私たちドラゴンのねぐらだ。貴方は…皆さんは何用で来られたのだ?」

「お前が王都を根城にしているという霜の竜(フロスト・ドラゴン)か? それにしては、かなり小柄なようだが」

「わ、私は霜の竜(フロスト・ドラゴン)の息子だ!」

 

 まさかの子、これには驚く。

 いや…一族自体の数が少ないため、生まれたからには誰もが王族の子扱いなのだろう。

 

「ふむ。お前がどの程度の(ドラゴン)か調べるとしよう、心臓掌(グラスプ・ハ)…」

「お待ちをぉぉぉぉぉ!」

 

 次の瞬間、その(ドラゴン)は頭を低くし、如何にもお辞儀のような姿を見せたのだ。まさか、アインズ様の魔法に気付いたのでしょうか…

 

「私はヘジンマールと申します。貴方様のお名前をいただけないでしょうか?」

「私はアインズ・ウール・ゴウンという。お前のそのポーズはなんだ?」

「ははぁ!これは最大の敬服のポーズでございます!ゴウン様がただならぬ御方だと一目見た瞬間に分かりました!」

「服従するというのか?ドラゴンは肉・皮・牙・鱗と用途が色々とあったんだが…ん? お前ちょっと起き上がってみろ」

 

 アインズ様はそう言って、目の前のヘジンマールさんを立たせる。

 そこにはブヨブヨとした柔らかい肉塊(形容)がある。あれ、確か霜の竜(フロスト・ドラゴン)ってもっとスリムだったような。こういった寒い地に生きる(ドラゴン)は皮下脂肪を蓄えるのか。

 

「親兄弟の中でも私だけこういった体格でして…」

「ほう。それはつまりレアということだな?」

「かもしれませんゴウン様」

「では殺すのはもったいないか、他に(ドラゴン)はいるのか?」

「はい。私より大きな(ドラゴン)が4匹、同じか小さいのが15匹ほど」

 

 これで霜の竜(フロスト・ドラゴン)一族の全体が把握できた。後はどうやって同盟に加えようか…

 

「その前に、こそこそと隠れている者は誰なのかを把握しないとな」

 

 ここで、ネモ様が捕縛する魔法を放つ。

 すると、数秒後にそれに捕縛されてきた土掘獣人(クアゴア)3体が陰から現れた。ヘジンマールさんも驚いているところから察するに、彼が用意した伏兵ではないようだ。

 先ほどのようにシャルティア様が洗脳尋問すると、どうやら土掘獣人(クアゴア)のボスがこちらと相打ちに仕向けるよう様子見していたらしい。ほほぉ、これは両族のボスとやらに是非とも挨拶に行かなければ。

 

「さてヘジンマール君。君が長と慕っている親父さんの所へ案内してくれるだろうか? もし、変な真似をしようものなら…」

 

 ネモ様の言葉と同時に、アインズ様が土掘獣人(クアゴア)1体に狙いを定め…

 

「こうなる❤」

 

 その瞬間、土掘獣人(クアゴア)1体の心臓が握り潰された。全身から滝のように流れ出した血飛沫に、ヘジンマールは漏らしてしまったのは言うまでもなかった。

 

・・・

 

 ここで、シャルティア様とアウラ様は土掘獣人(クアゴア)族との交渉のため別れることとなる。ヘジンマールさんに案内された"フェオ・ベルカナ"の王城は、とても素晴らしいものだ。地下だというのに、その輝かしさは引けを取らない。

 

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)の長というものは、余程見栄を大切にしたいらしい。ヘジンマールの父上は城を破壊することを禁じているらしいので、建物自体にそれほどの破壊された証拠が見当たらなかった。

 

「偉大なりし陛下…こちらの部屋に一番強い私の父"オラサーダルク"、と3匹の妃がいます」

「妃ということはお主の母親もおるのか?」

「え? はい」

「のぉ陛下、この者の母親ぐらいは助けてやれんじゃろうか?」

「アインズ様、私からもお願い致します」

 

 相手は融通の利かない(ドラゴン)だ。戦闘は避けられない。

 もし戦うのであれば、長だけが仕掛けてくるだろう。そのあたりに関しては、アインズ様とネモ様も理解している。

 

「うむ。できるだけ心がけよう、だが無駄だと判断したら正当防衛させてもらう」

「ありがとうございます、偉大なりし陛下」

「その偉大なりし陛下というのは少しあれだな。今後は魔導王、もしくはアインズで構わないぞ」

「はっ!それでは魔導王陛下!」

 

 勢いよく扉が開かれる。

 目の前に広がる光景を整理する。金銀財宝の山の上にいる一番大きな竜が長である"オラサーダルク"だろう。傍には雌竜が3体いて、全員がこちらを見てギョッとしている。

 

「ヘジンマール!そいつ等は誰だ!」

「私の上におわすはアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下!これより、この地を統べドラゴンを使役する王であられる!」

「狂ったか小僧!」

 

 いきなりそんな事を言われれば、いくらなんでも長だって激昂する。

 

「ドラゴンの王よ、私の配下となるのであれば生きることを許してやるが?」

「なんだ貴様は、スケルトンか?」

「ふむ、これほどに愚かな相手と喋るのは苦痛だな」

 

 明らかに自身よりも力も魔力も上の存在であるのに、長のオラサーダルクは気づいていないのかアインズ様は不快感を表す。ネモ様は言っていた、一流であるならば出会う前か直後で己と相手の力量が分からなければならない。

 

「痴れ者が!お前を殺して…」

心臓掌握(グラスプ・ハート)!」

 

 そういって、心臓を握りつぶされたオラサーダルクは財宝の山の上に力尽きる。

 糸の切れた操り人形のように垂れてしまった元長はあっけなく殺され、その様子を見ていた3体の妃は唖然としていた。

 

「ヘジンマールよ、お前の母親というのはどいつだ?そいつ以外は殺して有効活用だ」

「「「私です!!」」」

「なんだ?生みの親・育ての親・そして温めの親でもいるのか?」

「そ、その通りでございます陛下。私の母親は3匹でございます」

「そうか。それは残念だが約束は約束だ。お前たち…この城の全てのドラゴンを集め、私がお前たちを支配すると伝えるのだ」

 

 自分より立場が上であるものが、簡単に殺されて普通なら混乱するかもしれない。

 しかし、この方法が竜社会にとって手っ取り早い方法なのだろう。力あるものが強い、魔物である場合は話し合いよりそちらが良いこともあるのだ。

 

「アインズ様、誰もいないうちに宝物庫も開けてしまいませんか?」

「ふふっ。アルシェ、お主も悪よのぉ」

「さて、あっち(クアゴア交渉組)はどうなったのかな…」

 

 

・・・

 

 

「魔導国って何なんだよ…。あれほど強いんだったら最初に言ってくれ…!なんで…なんで教えてくれなかったんだ!」

 

 アインズさんらと別れた(ネモ)は、シャルティアとアウラの土掘獣人(クアゴア)交渉組が上手くいっているか様子を見る。

 ヘジンマール君の所へ伏兵を仕掛けた際、こちらに戻ってこない長の様子から二人が凶暴な様子でも見せない限りは成功するかもしれないが…その淡い欲望は、目の前の惨劇によって打ち砕かれた。

 

 数万にも及ぶ土掘獣人(クアゴア)たちが、一斉にシャルティアを襲っている。

 しかし実力差は歴然。策なく突っ込む土掘獣人(クアゴア)たちは、完全武装したシャルティアによって無慈悲に殺されつくした。総数1万まで減らす約束をしていたのだが…そうか、我らが慈悲を与えたにも関わらず愚かな者たちだ。

 

「それはお前自体が無能だからだ、土掘獣人(クアゴア)の王よ」

「!?」

 

 シャルティアとアウラに気づかれないよう、俺は項垂れている土掘獣人(クアゴア)の王に話しかける。いつの間にと驚く相手だったが、そこに伏兵だった3体の土掘獣人(クアゴア)の死体を投げつけた。それと同時に、そばにいた部下らしき仲間も切り伏せる。その時点でようやく自身のおかれた立場を理解したのだろうが、もう遅い。

 

「全く。どいつもこいつも、魔族というのは何でも力で比べたがる文明なのだな。我々の提案を即座に飲まなかったというお前の罪は、お前の同族が流した血によって償われたと考えよう」

「な、何を…」

 

 俺は長の頭を掴み、虐殺しているシャルティアの方へ向ける。

 

「お前たちだって、なにも罪がないドワーフ達をあんな風に殺しつくたのであろう? この世全ての命は平等だ。そして、己のやったことは遅かれ早かれ巡りに巡って自身に返ってくる。よく見ているがいい。三流の愚かな長、己の罪をその目で焼き付けるがいい」

 

 目を、耳を閉じることは許されない。我々ナザリックに従わなかった愚かな土掘獣人(クアゴア)の王の清算に愉悦を感じた堕天使がそこにいたのであった。




次回、アルシェがテイム&融合


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この世で美しき愛と家族

これは、一匹の竜が新しき愛を見つける話である…。
ちょっと百合注意です。どうぞ。


 霜の竜(フロスト・ドラゴン)並びに土掘獣人(クアゴア)一族と、ドワーフ一族による長きに渡る対立関係は、突如としてやってきた魔導国の神の軍団による一瞬にして全てが平等に終結することになった。

 

 ドワーフ一族が他族への復讐心はなく、頂点に立っていた霜の竜(フロスト・ドラゴン)一族の王"オラサーダルク=ヘイリリアル"が魔導国国王アインズ・ウール・ゴウンによって倒された。

 最も恐れたのは霜の竜(フロスト・ドラゴン)一族だ。その王が3体の妃の目の前で息絶え、あろうことか反抗した1体の息子も同様に殺された場面を一族全員で見ているのだから。

 

 土掘獣人(クアゴア)一族の王"ぺ・リユロ"も同じ気持ちだ。尤もあちらは、シャルティア様による一騎当千を間近に見てその凄まじさに圧倒されるだけであった。オラサーダルクの死体を見せた時、今まで自身の恐怖の対象がこんなにもあっさり死ぬなんて思いもしなかっただろう。

 器の小さきものであるならばざまあみろとほざくところだが、目の前にいる 死神(アインズ様) がそれを打倒した本人の手前、下手に機嫌を損ねてしまえばオラサーダルク以上のしっぺ返しを食らうに違いない。一方で山脈のカースト最上位で勢力争いを続けていた 霜の巨人(フロスト・ジャイアント) も支配し、こうしてアゼルリシア山脈一帯は平和となった。

 

 後驚くことといえば、彼らが溜め込んでいた財宝だろう。

 オラサーダルクが溜め込んでいた財宝…流石は竜と言われるほどで、ゴンドさんが見たところ金の殆どが自然金であるらしい。

 溜め込んだ財宝は相当な量であり、その中にはかつて山脈周辺を支配した人間国家の金貨や武器があった。その宝物庫を見たアインズ様は私と同様感嘆の声を漏らした。これで暫くは魔導国の財政は安定するだろう。

 

 ここから先は、本格的な他国との交流が始まる。

 次に目を付けたのは"ローブル聖王国"だ。リ・エスティーゼ王国の南西に位置する半島にある人間の国。東側にある多数の亜人の紛争地帯であるアベリオン丘陵を警戒して、大きく長い城壁で国土を囲っている。そのため、大昔から亜人との戦いが絶えない国だ。

 

 アインズ様とネモ様はそこに目を付けた。

 戦いが絶えないのであれば、第三者が乱入して戦いを根本から終わらせればいい。これには私も賛成だ。ただ、今回とは少し違い"両方の戦力に加担する"という案をデミウルゴス様から申された。所謂裏だけの不正マッチポンプというものだ。

 

 一方に加担してしまっては、この先のお二人による全種族統一の意味を成さないからだ。人間と魔物、その共存としての魔導国なのだから。この際に聖王国サイドでは何百人もの人間が死ぬかもしれない。それくらいの総定数だ、だが魔物よりは数は少なめだ。しかし、平和に犠牲はつきもの。聖王国住民には申し訳ないが、偉大なるお二人の考えに異論はない。

 

 そこて、ここからは何人か協力することになる。当然、私も参加する。それにあたり…

 

 

 

「あなた方の中から、魔導国の外交官を決めようと思っています」

 

 私は、目の前にいる霜の竜(フロスト・ドラゴン)の3体の妃の皆さんにそう言った。3体とも非常に面を食らった反応をしている。どう反応すればよいのかわからない顔をしていた。

 

 だが、不安になる気持ちはわかる。

 (アルシェ)はいまやナザリックの一員だ。あの元竜王を一撃で死なせた魔導国国王の部下なのだから、奴隷のようにこき使われると思っているのだろう。しかし、ここで全員が断ってしまえば殺されるかもしれない。そういった勇気と恐怖の板挟みにあっているのだ。

 

「ご安心ください。既にアインズ様とネモ様には許可を得ています。もし承諾していただけるのでしたら、霜の竜(フロスト・ドラゴン)の皆様の待遇を更に改善できるようこちらが務めさせていただきます」

 

 私自身、もしこのビーストテイマーとして道ならば望んでいたかもしれない。

 史上最強の種族、竜を相棒にしてネモ様と駆けることを。それが、もうすぐ現実になろうとしていた。

 

「どうか……私と共に、魔物との共存の道を協力して、歩んでくれませんでしょうか?」

 

 私は精一杯に頭を下げる。自分たちより立場の上、しかも下等だと思っていた人間風情に頭を下げられるとどうなるかは分からない。こちらが先に恐怖を与えてしまった以上、何かしらの非難を受けても不思議ではない。

 

「…… 一つ、宜しいかしら?」

 

 ここで妃の1体が質問をする。私はどうぞと言った。

 

「外交官になる…ということは、あの魔導国の直属の部下になるというのかしら? それとも、個人的に貴方の部下になるということなの?」

 

 それを言われると難しい質問だ。

 外交官となれば確かに国としての直属の部下になる。しかし、個人的にアルシェの部下になるというのは少し表現が違う。ネモ様からは任務外であるならどんな関係でも構わない(・・・・・・・・・・・)と言われているのだ。

 

「ある意味どちらとも言えます。私個人としては、皆様と仲良くなりたいと思っています…!」

 

 私は力強く言った。そして悟った。

 

『あぁ…私は、ずっと…』

 

「この件について、私たちでこれから話し合ってもいいでしょうか? 時間は取らせませんので、何卒…!」

「ミアナタロン! 貴方は一体何を言ってるの!?」

 

 一体が話し合いで決めようとするが、他の妃が驚く声を上げる。こちらとしては、誰でもいいので話し合いの猶予は想定していた。

 

 

・・・

 

 

 私は、誇り高き 霜の竜(フロスト・ドラゴン)元妃(・・) ミアナタロン=フヴィネス。

 一族の王、オラサーダルク=ヘイリリアルに仕えていた妃だった。

 だがそれは過去の話。いつものようにドワーフとの戦いを楽観視していた時に、突如私たちの前に魔導王となるスケルトンがヘジンマールの背に乗って現れた。

 そして、目にも止まらぬ速さで竜王を殺して見せたのである。あれほど畏怖の対象だった竜王が一瞬でだ。他の妃と一緒に思った、このスケルトンは只者ではない。

 

 それから 霜の竜(フロスト・ドラゴン)の一族は魔導国の傘下となった。あれほど互いに憎しみあっていた土掘獣人(クアゴア)とドワーフを一気にまとめ上げて見せた。おまけに私たちですら苦戦する 霜の巨人(フロスト・ジャイアント) も支配したのである。

 

 まだ魔導国の全容を見たわけではないが、彼らは想像以上の化け物だ。

 そして、そのうちの一人の人間の少女が…我々に周辺諸国の外交官として協力してほしいと申し出た。

 頼まれたときは何か裏があると読んでいた。目の前にいる人間は、同じ妃のライバルでもある"キーリストラン"が魔法詠唱者(マジックキャスター)と判断した。しかも驚いたことに、こんな小さな身体でその魔力の量と質が我々竜種よりも遥かに上回っているというのだ。

 

 あんな化け物スケルトンで、元竜王を殺して見せたのだ。彼のスケルトンに及ばずとも、この少女の実力は我々よりも上なのだろうと容易に察する。普通の人間ならば無下に扱うが今は違う。

 

 しかし、どうも気になるのが…何故我々に対し"話し合い"で決めようとしていることだった。

 もし決めるのであれば、そちらから力づくで決めればいい。我々竜は力こそ全てであり、同時にそれが多種族への畏怖そのものなのだ。

 だというのに、彼女は協力のために頭を下げた。それはつまり、我々に対してある一つの思惑(・・)が私の脳裏に浮かんだ。

 

「どうするのだ? あの人間の提案を受けるのか?」

「冗談ではない! 受けてしまえば最後、誰かが死体になるまで顎で使われるに決まっている! それこそあのオラサーダルクみたいにな!」

 

 キーリストランに威嚇するのは、オラサーダルクと領土争いを何度も繰り広げて敗北した鱗と力強さが目立つ"ムンウィニア"。確かに、彼女の言うこともおかしくはない。私たちは既に魔導国に服従した身だ。圧倒的力の立場が上の提案を吞んでしまえば、それこそ身の終わりだ。

 

 だが、このまま提案を拒めば強制的に誰かが奴隷のように駆り出される。恐れていたことが遅かれ早かれ現実になるのだ。

 

 それでも私の脳裏には、彼女が引っ掛かっていた。このなんとも言えない何か…

 

「キーリストラン! 貴様が受けろ! 魔法が使えるお前ならば真っ先に狙われるのは明白であろうが!」

「それを言うなら、腕に自信のあるムンウィニアでしょ! 嫌よ奴隷なんて!」

 

 目の前の二人は、自分が犠牲になりたくないがために擦り付けが始まる。そんなことよりも…私は…

 

「ミアナタロン! 貴様も何か意見はないのか! 話し合いを提案した手前…」

 

 

「――― 私が、受けるわ」

 

「「…………は?」」

 

 私は、あの少女のことが知りたかった。そして一呼吸して、二人に伝える。

 

「私が立候補する。そうすれば、貴方達は奴隷にならずに済むし一族を任せられる。あの少女や天使、魔導王に余計な懸念を払拭させることができるわ」

「どういうことなのだ?」

 

 私の考えに、二人は乗り出してきた。

 

「まずキーリストラン、貴方には感謝をしているわ。あの時、ヘジンマールの出した言葉(・・)を魔導王は信じてくれた。その息子が魔導王の部下に身を差し出した時点で立場が危うい」

「!」

 

 オラサーダルクが殺されたその時、本当であるならば殺されたところをヘジンマールの機転により全員を母親として説明した。本当であるならば、キーリストラン以外が素材として殺されたかもしれなかったのだ。

 しかも、ヘジンマール自身はダークエルフの部下として活動しているが悪く言えば人質を捕られたようなものである。迂闊な行動をすれば、ヘジンマールもトランジェリットのように殺される危険性がある。

 

「そしてムンウィニア、貴方のほうがもっと危ういわ。魔導王がどこまで我々のことを把握しているか知らないけど、貴方はオラサーダルクと何度も領土争いをしている。そして反抗的だったトランジェリットが殺された。下手に立候補すれば、向こうは最愛の元夫と息子の復讐に近づいたと感づかれる」

「ゔッ…!」

 

 汗だくで置かれた状況に、ムンウィニアは苦しい顔を見せている。

 一族を守るためならば自爆覚悟も止む無しだったが、逆に滅ぼされる危険性もある。だからこそ、自分には何もなかった(・・・・・・)。妃の中で一番若いが、特別扱いされたことがない。息子たちが反抗しておらず従順である。

 

「だが、お前が受けてしまえばお前は…!」

 

 ムンウィニアが、そう言って踏みとどまるよう説得する。

 あの時までは何年もいがみ合っていたライバルだったが、この時が初めての協力だったかもしれない。しかしそれが最適解なのだ。立候補すれば自分の身に何が起きるのか分からない。だが一族を滅ぼさせるわけにもいかない。

 

「わかってる。だからこそ、お礼を言わせてちょうだい。いずれこうなることはわかっていたかもしれないけど…貴方達と居て幸せだったわ」

「「ミアナタロン…」」

 

 自身が犠牲になることで命を救われる二人。しかし、それと同時にいがみ合っていたが家族の一人を失う喪失感が押し寄せた。

 

 そして、決断の時。一匹の雌竜が扉の奥へと消えていった…

 

 

・・・

 

 

「お待ちしていました」

 

 地面の下にある地下の空間だというのに、自然豊かな場所に案内されるミアナタロン。何もかもが驚きの連続に、これから自身に降りかかる恐怖が消されそうになる。

 

「先ずは自己紹介ですね。私はアルシェと言います、貴方は?」

「…ミアナタロンと申します、アルシェ様」

 

 兎に角、目の前にいる人間が自分よりも格上であることを忘れてはいけない。しかしここで、アルシェがクスッと笑った。その行動に肩を震わすミアナタロン。

 

「ご謙遜をしなくても大丈夫ですよ、ミアナタロンさん。私なんかよりも年上なのですから」

 

 これは彼女なりの気の使い方のだろうか? それ以前に、こちらに対して力で押さえつけようとしたり、高圧的な態度でマウントを取ろうとしていないのが不気味に思えた。

 さて、ここからが本題だ。外交官に立候補したからには、彼女の奴隷になることを覚悟しなければならない。だが、タダでなるわけにはいかない。ここで竜としての存在意義を見せつける時だ。

 

「アルシェ様! 無礼を承知に申し上げますが…私と、決闘してください!!」

「ふぇ!?」

 

 これにはアルシェも驚いた。

 だがすぐさま冷静になる。確かに力を示すのは、竜たちにとっての証明の一つだ。しかし、無駄に争いたくないのがアルシェの本音だが、それでは相手が不快を感じる。

 

「成程、そこまで言うのでしたら受けて立ちましょう。しかしその前に、私の本心を言わせてもらえないでしょうか?」

 

 ここでミアナタロンはキョトンとする。

 

「貴方様が勘違いしているかどうかはわかりませんが、私は貴方を無下に扱ったり奴隷にしようとは一切考えていません」

 

 アルシェは、目の前の竜に臆することなく堂々と宣言した。しかも、こちらに対して片膝をつきまるで敬愛するような仕草を見せている。

 

「今日初めて会った人間の言葉を信じるのには無理があるのは承知しています。私は、貴方様を部下でも奴隷でもなく…その、"家族"として私の元へ受け入れたいのです」

「………へっ?」

 

 ここで、ミアナタロンは混乱した。

 どういうことだ。外交官としてならば部下として、最悪こき使われる奴隷として受けるかと思った。しかし、この少女は今自分のことを"家族"と言ったのだ。ここで、アルシェは一つのボールを投げる。

 ミアナタロンは驚いた。光と共に、見たこともない魔物が飛び出してきた。しかしその魔物に戦闘の意思はない。

 

「私は 魔獣を使役する者(ビーストテイマー)。御覧のように魔獣を使役していますが、無下に奴隷のように扱ったりはしていません。彼らから私を護っているように、私は彼らを敬っています。…それが、人知を超えた種族であるならば猶更です」

 

 確かに、目の前の魔獣には傷一つ見当たらなかった。

 それどころか、アルシェのような人間を恐れず懐いているように見える。本当に嫌っているのであれば、生物の本能的に彼女を避けているはず。とてもではないがそうは見えなかった…。とりあえず、アルシェがミアナタロンを酷い様にしない意思は少なからず理解した。

 

「えっと…こちらを敬うことは理解しましたが、その、貴方の…人間の家族は??」

 

 個々の力は竜に遠く及ばないが、圧倒的に人間のほうが数が多いのはミアナタロンも理解していた。魔獣が自分の仲間なのは理解したが、彼女にも人としての家族はいるはずだ。しかし、この質問がいけなかった。

 

 アルシェは、首を横に振った。

 つまり、彼女に自分よりも上の血の繋がった人間はいない。いや、かつては居た(・・)と言うべきか。しかし、今は犯罪者に成り下がった下郎で彼女の汚点なのである。本当の家族は、自分より下の妹だけと付け加える。

 

 ミアナタロンはここで、ようやく理解した。

 彼女は人間社会に生きていたが、その"愛"を純粋に欲しかったのではないかと考察した。自身より年上でどんな種族でも構わない、自分の存在を認めてほしい…。子供と大人の中間、そんな彼女の年相応の願いだったのではないかと。

 

「私の主人、ネモ様もこのようにおっしゃいました。『例え種族が違っても、他者と触れ合い愛を育むことは罪ではない』。そのように私に求愛を申し出たのです。最初は私も驚きました、しかしとても嬉しい気持ちだったのは事実です」

 

 あの時、彼女に溜め込んでいた負は全て吐き出され、救われたのだ。

 例え人間と相容れない魔物であったとしても、心を持つものである以上その気持ちを共感することはできる。そして、全種族統一の志に惹かれたのだ。

 

「私はまだ子供で、精神的にもまだまだ未熟で、迷惑ばかりかけてしまうかもしれませんが…ミアナタロンさんが、"お母さん"になってくれたら、嬉しいのです」

「!」

 

 彼女からの、嘘偽りのない告白に…ミアナタロンはただただ驚くだけであった。

 常人にとっては理解しがたい領域だが、不思議と嫌な気分ではなかった。ミアナタロン自身は気づいていないが、これは彼女の能力が大きい。

 

 

 ・スキル"愛される者"

 

 彼女がナザリックで修業し得た一つのスキル。

 魔獣を使役する者(ビーストテイマー)として覚醒したのか、はたまた自身の愛される姉にして妹(知られざる称号)が昇華したのかは定かではない。

 彼女の生立ちを理解し、アルシェを守りたいと共感する想いが…彼女の説得が他者の心に響き共感して能力が増幅する。

 

 魔獣に、家族として愛されたい。そして互いに強くなれる。

 そんな感触が、ミアナタロンでも本能的に理解できた。そのアルシェの顔は、だんだんと自分の(・・・・)娘のように思えてきたのだ。

 最早現実でも幻でもどちらでもいい、一種の魅了といってもいいだろう。そして、それは本能的に彼女の全てを心の底から許したのだ。

 

「ほ、本当に良いのですか? 自分で言うのもなんですが私は竜で、大分年は離れて…それでも、敬ってくれるのですか?」

「勿論、です」

 

 笑顔で答えるアルシェ。これまで緊張で身体が強張っていた、ミアナタロンは力が抜けてリラックスした。

 なんという気持ちの良いものであろう。自分とは違う他種族、それでいて自身より矮小だが…同族より安心して気持ちを預けられる存在がこの世に存在しただろうか。

 

「あの…貴方に、触れても、宜しいでしょうか?」

「…はい、どうぞ」

 

 アルシェが頬を赤くしながら、触れたいと申し出る。ミアナタロンに断る理由がなかった。それどころか、今までの自分は彼女になんと失礼なことをしたのだろうと反省した。

 人の手が、竜の冷たい皮膚に触れる。少し驚いたが、ひんやりとまるで吸い付くようにミアナタロンに触れる。やがて、ミアナタロンの視界がアルシェの顔に埋め尽くされる。そして頬同士で、互いの愛に触れ合う。

 

 アルシェとしては自慢の母を、ミアナタロンにとっては自慢の娘を。

 

 

 

「では、コホン…これからは他人行儀の会話はなしにするわね」

「?」

「それでは、これからよろしく頼むぞ。私の、アルシェ(我が愛しき娘)よ」

 

アルシェ(我が愛しき娘)を見つめる。彼女は気持ち良さそうに眼を細め…

 

 

「はい、よろしくお願いします。【母様】」

 

 笑顔で答えるのだった。スイクンと対峙した際、その美しさに嫉妬したのは別の話…。




ミアナタロン、ゲットだぜ!!

そして、復讐の幕が上がる…。


まさかアプリ版イベントでは即死亡扱いに憤りを感じました…。
そしてあの屑親が生きているとは…あと少しで…
今後にご期待ください!!(やけくそ


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双子の闇と光明

原作・アニメ版…姉妹諸共死亡
web版…生存、但しアルシェが報われない。
アプリ版…アルシェ死亡、妹達が報われない。

やはりどちらも救わなければと思った所存で、アプリ版の扱いに関しては運営を恨んでやりたいと思っている腹黒で、その鬱憤を晴らしたいと思います。

今回は結晶塔リスペクトです。どうぞ。

「愛の欠如こそ、今日の世界における最悪の病です」―マザー・テレサ


 私たちの名前はクーデリカとウレイリカ。

 

 ついこの前まで、帝国という場所で育ったのですが…アルシェお姉ちゃんの都合で王国のカルネ村という場所で暮らし始めました。

 

 帝国の街に比べたら狭い所かもしれないけど、緑があって町の人たちは私たちを暖かく迎え入れてくれました。特にエンリさんの妹さん、ネムちゃんとは年が近いのか私たちを人一倍気遣ってくれました。

 

 国の外には怖くて出れなかったけど、こんなにも素敵場所があるだなんて知らなかった。もしお姉ちゃんのように大きくなったら、自分たちだけの足で出れるよう頑張らないとと決意しました。

 

 ンフィーレアさんも村長さんも、違う種族でもゴブリンさん達も…いっそのこと、この村でずっと過ごせたらいいなと最近はそう思ってきました。帝国なんていつでもいける。大きくなってお姉ちゃんみたいに強くなって、戦うことや魔法のことを勉強したら観光としていくも悪くありません。

 

 そんな私たちでも、まだ皆には言えない心の秘密(・・・・)があります。

 

「ねえクーデリカ」

「なぁに、ウレイリカ?」

「…アルシェお姉ちゃん、やっぱり私たちにあの事(・・・)気にしてるのかな」

 

 ウレイリカからの質問に、暗くなります。

 

 そう……私たちは、知っているのです。

 バハルス帝国を離れて、このカルネ村に移り住んだ真の理由を。

 

 

 あの夜、私たちはお姉ちゃんと父上が言い争っているのが聞こえたんです。

 いや…言い争っていることは、前から何回も何回もありました。

 

 その理由は、父様と母様が無駄遣いをしているということ。

 そしてそのせいで、自分たちにはお金がないことを話しているのを聞きました。

 

 お姉ちゃんは言いました。お金は大切に貯めて、必要な時にしか使ってはいけないことを。でも、お二人は見栄のために働いたこともないのに使い続け、ジャイムスが言っていた散財をよくしていました。

 

 だから、私たちはいずれにしても帝国から出ていくことは分かっていたのです。

 父様と母様は私たちはまだ子供だから知らないと思っているのでしょう。でも、お姉ちゃんとジャイムスのことから"やってはいけない事"だと教えてくれました。

 

 お金を稼ぐためには働くしかありません。

 でも、お二人は貴族だから働かなくていいのに、どうしてアルシェお姉ちゃんが学校を辞めて働くことになったのか…そこにおかしいこと、矛盾があります。

 

 もう家は貴族じゃないから。お姉ちゃんが支払うべきじゃないのに、父様と母様が他所様から借りたお金を返していること…それが答えでした。そして、アルシェお姉ちゃんが父様から虐められていました。その時は、オルタお兄ちゃんが助けてくれたと聞きました。

 

 でも、それと同時に恐ろしいことを聞きました。

 

 なんと父様は…アルシェお姉ちゃんと同様、クーデリカもウレイリカも"奴隷"のように売り捌く気だったのです。

 奴隷というのは、道端で耳の長いエルフという種族がボロボロの布切れを巻きながら鎖で繋がれ貴族に売られているところを見たことがあります。母様が驚いたということは父様の勝手に決めた独断だったのでしょう。

 

 怖かったのです。クーデリカもウレイリカも、あんな風に売り捌かれるのは。

 今に思えば、生まれてから父様も母様も一緒に遊んだことがない。遊ぼうと願っても、忙しいからとかまってくれませんでした。だから思ったのです。

 

あのお父様も母様も、偽物じゃない?

 

 それが私たちの正直な気持ちでした。

 でも、誰にもそのことを打ち明けることはできませんでした。知ったところでどうにもならないし、もう既に父様は帝国の兵士に連れて行きました。それから少し時間が空いたので、もうどうすることもできないでしょう。

 

 だからこそ、怒りがわきました。

 お姉ちゃんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないので、私たち自身も馬鹿にされないよう力をつけようと決心しました。

 

 だから今日は、誰にも言わず二人だけで薬草をとりにいこうと考えました。

 でも…好奇心だけで何も力がない私たちは、ただ子供だからって馬鹿にしないでというプライドがいけなかったかもしれません。

 

「グルル…」

 

 薄暗い森の中で、狼のような魔物と出くわしてしまったのです。

 あっちの方が足が速いし、私たちはその怖さのあまり足が掬ってしまった…

 

 しかし…神は私たちを見捨てていませんでした。

 

 

 

「「グォア!!」」「キャン!!」

 

 いざ私たちを狙おうと走り出そうしたら、横から来たそれ以上に大きな影に覆われて魔物の姿は一瞬にして消え去りました。何が起こったのかわからなかったけど、魔物を樹木に叩きつけた正体がわかりました。

 

 

「神獣様…」

 

 それは数日前、王国の兵士たちが襲ってきた時…私たちを助けてくれた、アルシェお姉ちゃんとともに現れた2体の神獣様でした。

 

 1体は獅子のような風格を持ち、全身は茶色の毛に覆われ背中には噴煙を思わせる鬣を持つ。もう一体は虎のような容姿をしており、勇ましく蓄えた髭や背中にある体毛は、雨雲を背負っているように見える。

 

 死体と果てた魔物を興味がないように口から放り捨てた後、目が合った私たちに向かってゆっくりと近づいてきた。村を守ってくれた存在とはいえ、自分よりも大きな獣の存在は委縮してしまう。

 

「「クゥ…?」」

 

 その神獣様達は、そのお姿に合わない優しい声を上げる。

 オルタお兄ちゃんから聞いたことはある。獅子と虎、姿や体格は全く違うのだが猫の仲間だと教えてくれた。

 すると、今度はこちらに胴体を向けて地面に体を揺さぶる仕草を見せる神獣様。これはペットを飼っていた子が見せた、背中が痒いことを示している行動と似ている。よく見ると、さっき助けてくれた時に枝や葉っぱが引っ掛かっていた。

 

 神の身体に触れることはご法度なのかもしれない。しかし、神獣様は困っている。周りには誰もおらず、自分たちでしか解決できない。しかし、苦しむ姿は見ていられない。罰を受ける覚悟で、手を伸ばして葉と枝を取り除いた。

 

"ありがとう"

 

「「!!」」

 

 二人の頭の中に、何かが響いた。厳格だが、優しい声が語られた。

 だが、周りには自分たち以外人間はいない。この声は…

 

 

 "エンテイ"、"ライコウ"

 

「クーデリカ、今の…」

「私も聞こえたわウレイリカ…」

 

 間違いなく、この神獣様たちの声であった。そうとしか言えない。

 それからは先程のお礼なのか…私たちを背中に乗せて、山という大地や自然を大いに駆け回った。今までの人生で見たことない景色に、ウレイリカとクーデリカは感動した。

 

 こんな景色を見せてくれたエンテイ様、ライコウ様に感謝しかない。

 たった二度の出会いだというのに、もう家族のように遊んでくれた。いっそのこと、神様が親だったらどんなに良かったか。

 

 お日様が傾いた時、お別れの時がやってきた。

 気がついた時には村に到着して、神獣様達はまるで風になったように消えていました。エンリお姉ちゃんから散々怒られたけど、神様に会えた事が嬉しかった。

 

 あの神様にまた会える。

 何故かはわからないけど、そんな気がした。

 

・・・

 

「ほう、血は争えないと言う事か。あの2人にいつかはプレゼントと思っていたが…これもまた運命か」

 

 夕日に照らされる双子を、空から堕天使が優しく見守っていた。




次回、竜の復讐。


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我、復讐する竜

復讐の題材は全く手が止まりませんでした。
まずは前菜として、竜の復讐からどうぞ。


「…ここは、一体どこなのだ?」

 

 霜の竜の王(フロスト・ドラゴン・ロード) オラサーダルク=ヘイリリアルは、ふと目が覚めた。身体を起こす。

 そこが自身の住処であった城でないことがわかる。そういえば自分は…確か、自分の玉座でヘジンマール(息子)が連れてきた失礼なスケルトンと会話したことは覚えている。

 

 スケルトンが何かの言葉を発した後、そこから先の記憶はなかった。

 あのスケルトンに何かをされたのであるならば、この風景は何なのだ? まさか、自分は既にやられ死んでいてこの風景が死後の世界とでもいうのか?

 それこそありえない。自分は竜の頂点に立つ者。下等なモンスター如きにやられるはずはないと…この声を聴くまでは。

 

 

「気が付いたかね、()竜王殿?」

 

 明らかに自分ではない声。振り返るとそこに、あのスケルトンの後ろにいた部下らしき翼の生えた人間が立っていた。その瞬間、戦闘態勢に入る。

 

「貴様は!」

「おいおい、そう身構えなさんなって。久しぶりの挨拶だというのに…」

「ここはどこだ!あのスケルトンを呼んで来い猿ゥ!」

 

 対するネモは呆れていた。

 やれやれ、折角蘇生(・・)させた張本人を目の前にして、それも自分よりも明らかに格上の存在に気付いていない目の前の弱小竜(トカゲ)の器の小ささに溜息が出る。

 

「はぁ…蘇生させてもスペックは弱小竜(トカゲ)か。これでよくもまあ 霜の竜の王(フロスト・ドラゴン・ロード) を務めれたものだ、我々みたいなサルでも出来る幼稚な役職とは…」

「ッ!」

 

 その人間に対し力任せに腕を振るう。しかし…

 ガキィン!と何かの強い力に強制的に止められた。オラサーダルクにとっては信じられない光景だろう。自分よりも矮小な人間に、別に苦労しているわけでもない涼しい顔で攻撃を止められたのだから。

 

「なっ!?」

「やはり暴力に手を出すか、おまえ自身の器が知れたな…ほいッと」

 

 一瞬にして世界が反転する。次の瞬間、背中に衝撃が走った。

 なんのことはない、竜の腕の攻撃を容易く受け止められそのままこちらの巨体を回転するような勢いで攻撃を受け流されたのだから。

 この瞬間、オラサーダルクの頭は混乱に陥った。勘のいい者であるならばここで気づいたであろう。目の前にいる人間は竜以上の存在であると。

 

「まあこんな風に一方的に弄っても面白くないし、今のお前に相応しい相手を紹介している。そいつらに勝てば、ここから出してやるよ」

 

 そういって、この闘技場の奥から誰かがこちらにやってくる。

 

「ミアナタロン=フヴィネス! 貴様、一体何の真似だ!!」

 

 当然その者に見覚えがあった。かつて、自身に仕えていた妃の1体"ミアナタロン=フヴィネス"がアルシェと共に姿を現したのだ。

 

「お久しぶりですねオラサーダルク様。こんなことを言うのもなんですが、元気そうなお姿で」

「これはどういうことなのだ! 何故貴様が、我々霜の竜(フロスト・ドラゴン) 一族の妃が敵対している猿と一緒なのだ!」

 

 オラサーダルクから見れば、これは見事な一族に対する裏切り行為だ。

 だがそれは、ミアナタロンの次の言葉で論破される。

 

「…オラサーダルク様、見てのとおりですよ。貴方様が殺された後、我々霜の竜(フロスト・ドラゴン) 一族はアインズ・ウール・ゴウン魔導国に忠誠を誓いました」

「血迷ったか! 忠誠なんぞ何を訳の分からないことを…!」

「…本当に気づいていないのですね。私は申し上げました、貴方は一度殺された(・・・・)と」

「なん…だと…」

 

 ミアナタロンは決して噓を言う竜ではない。そして、彼女の何とも言えない顔を見た瞬間に、頭の中で霧のかかった部分が一瞬にして晴れた。

 その時はっきりした。自分は、あのスケルトンに殺されたのだと。

 

「な、ならばもう一度あのスケルトンを…!」

「貴方は一度死にました、これが現実です。貴方を蘇生させた時点で、その存在は最早貴方を遥かに凌いでいます。それに、蘇生させたのは復讐するチャンスではなく他の理由があるのですよ」

 

 わざわざオラサーダルクを復活させた理由…それは…。

 

 

「…私に王位を譲らさせて貰うわよ、負け竜の元王様?」

 

 オラサーダルクは絶句する。

 この妃は確かに言った。自分から…王位を譲ってもらうと。しかし考えを整理すると、落ち着き払った声でこう言った。

 

「ふん! 貴様に王位を譲れだと? 我ら 霜の竜(フロスト・ドラゴン) 一族の(おきて)を忘れたか? それは即ち、この私を倒すと言っているのだぞ?」

「勿論承知しているわ。因みに、戦いは私の娘も出させるわよ」

「娘、だと…?」

 

 そこでオラサーダルクはキョロキョロした後、隣にいるアルシェを見てギョッとする。どちらかというと何を言っているんだこの女、というような顔だ。

 

「ハッ! たかが猿風情を娘に入れるとは、やはりお前は気が狂ったか!」

「言っておくけど、私の娘を嘗めないほうがいいわ。私よりも断然実力は上よ」

 

 こうなってしまった以上、実力で分からせる他ない。

 

「わかりました。ならば、最初から全力で相手をしてあげますね」

 

 アルシェは飛行(フライ)で空へ飛び、オラサーダルクと同じ目線になる。「私と同じ視線に立つな猿!」と、彼が冷気のブレスを浴びせてきた。まともに食らったが…パリン!と防御魔法をしたおかげで簡単に防げたのだ。

 

「次はこちらの番です」

「なっ!?」

 

 オラサーダルクはまたもや絶句する。

 何故なら自分の身体半分も覆うことができそうな、巨大な火球(ファイアーボール)を目の前で作らされたのだ。 霜の竜(フロスト・ドラゴン)は炎が弱点。ならば弱点を徹底的に攻めるのは当然だ。

 

「食らいなさい!」

 

 これが竜の悲鳴というものか。何とも言えない奇声を上げたオラサーダルクは、巨大な火球(ファイアーボール)をまともに食らい火傷になるほどの大ダメージを受ける。そこから間髪入れずに、オラサーダルクの顔に持っていたステッキをそのまま振りかざして殴ったのだ。その衝撃は、まるで大岩でもぶつけられたような確かな痛みがあった。

 

「な、なんだ!なぜこんなに…」

 

 オラサーダルク自身は魔法のことは詳しくない。力こそ全てだと認識しており、妃であったキーリストランから詳しく聞いていなかった。まさか、魔法がこれほど強大なものとは知らなかった。

 しかも、自身のテリトリー外からやってきた人間がここまで強いとは微塵にも思っていない。まさしく井の中の蛙…いや、洞穴の中の竜と言ったところか。

 

「あら、このままだと私の攻撃で止めを刺せそうね…」

「そのようですね。やっちゃってください、お母様」

「私に美味しいところを献上するなんて、なんて立派な娘なのかしら」

 

 アルシェを誉め、次はミアナタロンが前へ出る。

 

「見せてあげましょう。偉大なる神と、愛する娘から授かった"力"を…!」

 

 ここで彼女の姿が、強烈な光に包まれる。

 細かった身体の筋肉は膨張し、強靭な下半身は彼女の二足歩行へと進化させる。まるで元あった翼に、黒い鎧と氷の鎧が被さった。

 何よりも変わったのは尾だ。何十倍も膨れあがった尻尾は、バチバチと身体の中で雷を放つようになる。そこからのエネルギーを管を通して、背中に向けられる。

 

 ミアナタロンは、 愛する者と共に理想を司る竜(ブラックキュレム)に進化したのだ。

 

 そして驚いているオラサーダルクを尻目にタックルを入れ、ダメージを与える。体格差があるとはいえ、弱っている彼に攻撃することは造作もない。オマケに、向こうは一度死んでレベルダウンしている事実に気づいていなかった。

 

 これ以上の戦闘は無駄だと判断し、ブラックキュレム(ミアナタロン)は大技の準備に入る。それは雷の塊だ、それを自ら身に着け突進する準備に入る。

 

「や、やめ…」

「クロスサンダー!!」

 

 雷を纏ったブラックキュレム(ミアナタロン)が、満身創痍のオラサーダルクに直撃する。自然現象でした見たことのない雷を、そのまま食らったのだ。その威力は絶大で生身の人間であるならば灰と化すだろう。

 しかし、流石は完全なる上位の生命体の竜だ。意識を完全に失っているが、黒焦げにはなっていない。だが、既にこの勝負は決着がついていた…後は。

 

「…我が娘(アルシェ)。今から竜としての本性をお見せすることになるでしょう。だが、決してお嫌いにならないでほしい」

 

 それに対して、ゆっくりと頷いて了承するアルシェ。

 

「オラサーダルク…約束通り、その王位()を譲らせてもらうわ」

 

 一歩、また一歩とオラサーダルクに近づくブラックキュレム(ミアナタロン)。最早死に体であるオラサーダルクにできることは、その場で弱々しく身体を動かすしかなかった。

 

「竜種は孤独に死ぬ末路…ただ私の場合、私を受け入れてくれる娘と共に未来に生きますが」

 

 身体を押さえつけられたオラサーダルクは、目を細めたブラックキュレム(ミアナタロン)に睨まれる。口元には、獲物を前にもう我慢できない涎が出る。

 

 そして、がぶりと…残酷な牙を見せつけられ食い始めた。

 牙はまず肩肉に食い込み、ぶちぶちと繊維を切りながら奥へ、奥へ。それを味わうように血を啜るブラックキュレム(ミアナタロン)の顔は見えなかったものの、どんな表情が浮かんでいるかは容易に想像がつく。

 

 ぶちり。一際大きい音の後、肩から肉が離れていく。その口にはつい先程までオラサーダルクの一部だった新鮮な肉。それを彼女はもちゃもちゃと咀嚼する。その顔は肉食獣の歓喜か…体内を暴れまわる感情を押さえつつ食事を続ける。

 

 ブラックキュレム(ミアナタロン)が再び噛み付く。今度は胸元。確実に急所を狙った輝きは、一切の躊躇なく表皮を貫く。邪魔な皮膚は纏っている雷で焼き、その下を巡る命を現世に体現させた。赤い、赤い綺麗な血潮だ。

 

 力の限りに憎んだ獲物を食い荒らす彼女の口元から、鼓動を発した何かが出ていく。意味を為さない唯の吐息。命の消える、最後の瞬間だ。それはオラサーダルクの命そのもの。それを舌でコロコロと遊ぶように転がし歯を突き立てれば、新鮮な血飛沫が興奮と共に飲み込まれていく。こうして、真の竜の女王が誕生したのだ。

 

「ふふ、アルシェ(我が娘)。付き合ってくれて感謝する」

「いや、いいんですよ」

 

 儀式を終え、こちらへと駆け寄ってくる我が愛しの母君(ミアナタロン)

 彼女は家族になると引き換えに願った…"私を苦しませた者に復讐したい"と。ゆっくりと駆け寄ってきた母君の顔を抱きしめ、血に汚れた顔を拭いてあげる。そして改めて、その変わった姿を見回す。

 

「あの男に晒された姿では嫌だったが…ふふ、如何かな?」

「とても可愛いです、母様…」

 

 生命の死と輪廻に立ち合い、その行く末を見守ることができたアルシェは…

 

「さて、次は"貴方の願い"を叶えないとね…」

 

 そう言ってミアナタロンはアルシェに語る。

 その魂に宿る大いなる野望(殺意)を、最も憎き一人の外道(かつてのクズ親)に手をかけようとしている。世にも美しく残酷な再会まで、もうすぐであった…。

 因みにオラサーダルクはその後、スケリトル・ドラゴンと遜色ない姿になるまで死の輪廻地獄を味わったのは別の話。




いよいよ、大変ながらお待たせしました。
アルシェ達姉妹の元凶、70話目にしてあの外道と対峙します!
気合いを入れて書くので、少々お待ちくださいませ!
皆様のご期待に応えよう全力でPC画面と睨み合い、必ず投稿します。予定では1週間後くらいで、お楽しみに!

次回、復讐(訣別)の時…!


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我、真の外道を裁く者

大変お待たせしました。
いよいよ、屑親の裁きの時間がやってきました。
皆様がコメント欄で「屑親ざまぁw」と言わせるよう、色々考えました。

でわ、どうぞ!


 犯罪者の引き渡し

 

 元々、ナザリックもとい魔導国には法律が無かった。

 占領当初は王国と帝国の法律を利用し、それを独自に改正していた。

 

 当然、王であるアインズ様の権威を知らしめるために国法の第一章にそれを載せた。それと同時に、手本となった同盟の帝国に要求と対価を懇願した。

 

 軍事力の一部をアンデッドで補強、魔導王と側近の絶対性…そして、罪人の引き渡し。

 

 元々死刑に相当する罪人は、処刑後の処理も面倒だ。

 何も機能しなくなった肉体はただの生ゴミと化し、骨以外土に還るためには時間がかかりすぎる。しかし、そこにアインズ様は目を付けた。囚人を収容するにも牢屋の数に限りがある。どうせ死の運命の命だというなら、いくらでも使い様があった。ナザリックでの人体実験、魔獣の餌食…そのおかげで帝国の問題を見事に解決させた。

 

「(く、くそ…一体何処へ連れていくつもりだ?)」

 

 本日もナザリックから、一人の囚人を要求する。

 その者は、彼女らにとって自らの手で裁かなければならない運命であった。

 

 犯罪者の男は目隠しをされており、両腕も縄で縛られているので何処にいるのか自分がどのような状況であるかもわからない。兵士に嫌味を言いながらも渋々従っているこの男は、かつて貴族という名の道化…フルト家の当主だった男。しかし、今の彼からはその面影は消えており、薄い布一枚を着せられた犯罪者なのだ。

 

 そして、彼から目隠しが外される。

 その直後に見た目の前の風景に、驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

「お久しぶりですね、お父様」

「あ、あ……ア、ルシェ!?」

 

 兵士に捕まって以降、久しぶりに娘の姿を見た父親。さながら感動の場面であるのだが、この親子関係については因縁の再会と言えよう。

 久しぶりに見た元父親の姿は、今のこの男の肩書に相応しい格好をしていた。

 あれほど整っていた髪型はボサボサになり、身なりも貴族の身に着けていた服から一転、下半身がギリギリ隠すことが出来る布切れ一枚を羽織った姿だ。

 

「は、はは! なんだ!やはり脅しであったのか! あの裁判官め、儂を終身刑やらナザリックとやらに移送するとかぬかしおって! 目を開けてみれば我が娘が迎えに来たではないか!」

 

 どうやら元父は、自分の姿を見て釈放されたと勘違いしているようだ。そこで、この男を現実に目を覚めすよう…アルシェは冷たく言い放つ。

 

 

「何を言っているんですか? 貴方はこれから処刑されるんです……私の手で」

 

 この男は、と毎度の如く呆れるアルシェ。

 この男の頭の中身は、どうやらこんな犯罪者(状態)になっても未だに帝国貴族に戻れると信じているようだ。一般常識を備えているのであれば、犯罪者になった時点で前とは比べ物にならない悲惨な生活が待っているのが当たり前だ。頭の中身がお花畑にも程がある。

 

「む、娘の分際で、当主に逆らう気なのか!」

「ですので…もう貴方は貴族ではない!犯罪者と言うのが解らないのか!?」

 

 元娘の、今まで見たことのない迫力に元父は圧されてしまった。

 だがそれで黙る元父ではない。言葉で分からないのなら力で示すまで、昔から変わらないスタンスでと拳を振り上げる。しかし…

 

バキャ!

 

「ぐわぁ!?!?」

 

 一瞬、元父は何が起こったのか不思議だった。口の中で血の味がし、歯を2本ほど折られた。左頬に激しい痛みを感じる。なんてことはない、娘であるアルシェに力強くステッキで殴られたのである。

 

「本当に救いようのない愚か者ですね。これから"赤の他人"である私に処刑されるのに、未だに過去の栄光に縋ろうとは…」

「な"、な"に"ぉ…」

「もういいです。貴方のような頭のおかしい奴に、何を話しても無理だという事は理解しました。せめて楽にと思いましたが…それ相応に変更です」

 

 元父が状況を理解してないのにも関わらず、話を先に進めるアルシェ。

 ここで元父は、周辺の違和感に気づいた。「なんだここは…?」と小声で話す。そこは闘技場であった。しかし、帝国の造りとは全く違い空模様も夜になっていた。

 

「ああそれと、最後に私の新しい家族を紹介しますね…ご紹介します。私の新しい母君、ミアナタロン母様です」

 

 元父は呆気にとられる。

 娘の隣には、何倍もの大きさを誇るドラゴンが現れたのだ。流石に世間知らずな自分でも、恐ろしい魔物だというのは理解している。だが、その後の言葉が理解できなかった。今娘は、そのドラゴンを自分の母親だと言ったのだ。素体である氷竜と自身の精神、更に力を発揮する黒き球で進化した姿。

 しかもここは闘技場。闘技場といえば、数多の戦士が集い殺し合う場所だというのは理解している。だが稀に帝国の闘技場は捕まえた魔物を放ち、戦士と殺し合うショーも行っていると聞いたことがある。

 かつての娘が言い放った処刑という言葉、そしてドラゴン。ここまで御膳立てしておいて元父はようやく理解しただろう……お前は生贄(・・)だと。

 

「でもこのままだとつまらないので、私とゲームをしましょうお父様」

「ゲーム…だと??」

「簡単ですよ。罪人である貴方が助かる方法…このドラゴンを倒す事が出来れば、貴方は真に私の父親として敬いフルト家を再興するよう尽力しましょう」

 

 娘からの提案に、またしても呆然としてしまう元父。

 だがこのまま勝負しても結果は見えている。そこで「ご安心を」と、アルシェは闘技場の壁を指差す。

 そこにはありとあらゆる武器が飾られていた。そこで元父は少しだけ希望を持つ事が出来た。武器を使えばドラゴンを倒せるかもしれない。

 

「ハハ、なんだ気がきくじゃないか娘よ! やはり役立たずというのは訂正しよう!」

 

 元父から見れば、圧倒的絶望な地獄から救われる垂らされた蜘蛛の糸に手を伸ばせた気分だろう。早速強そうな武器を壁から剥がし、ドラゴンと対峙する元父。

 

「アルシェ!そこで見ておれ! このトカゲを殺してお前を調教してやる!!」

「…最後まで罪を認めないのですね。いいでしょう、ではどうぞ」

 

・・・

 

 

「おい娘よ!もっと良い武器はないのか!?」

「あぁ失礼しました。さっき申したのは、武器を含め己の能力だけ(・・・・・・・・・・・)でドラゴンを倒すと言ったのです。つい自分の感覚で言っちゃいました」

 

 元父とミアナタロンの戦闘、いやドラゴンから見れば戯れに近い。

 武器を使って立ち向かうが、新たな母君(ミアナタロン)の肌には傷一つもつかなかった。武器が壊れ、また拾い試して壊すの繰り返し。その様子にアルシェもミアナタロンも呆れるように欠伸をする。

 

「あれー? 可笑しいですね、お父様? どうしたのですか、私の目の前でドラゴンを倒すんですよね? 小さい頃、私に『自分一人でドラゴンを打倒した!』と話したではありませんか?嘘だったんですか?」

 

 苦戦している元父に対し、史上最大級の煽り(ねぇどんな気持ち?)を言うアルシェ。子供の記憶というのは、案外覚えているものだ。その時は子供だったこともあって、親の話に目を輝かせていたものだ。

 しかし、現実は残酷だった。蓋を開ければ、目の前の罪人(元父)は一度も戦場に出たことはなく、モンスターとも戦ったことがないただの浪費家。国・貴族以前に当主として家族を養う度量も努力もなかった。

 

「ひ、ひぃ…」

 

 武器もなくなり、後に残ったのは己自身のみ。

 当然この男に魔法の素養はない。残った選択肢は、体術か自決しかなかった。

 

「はぁ…お母様の手を煩わせるにもいきません。もう面倒なので、処分しますね」

「ま、待て…!」

電撃球(エレクトロ・スフィア)!」

 

 バチバチバチバチ!!!

 

「ぎゃああああああ!?!?!?」

 

 人間が受けたらまず間違いなく即死するであろう、大自然の雷で形成された球。元父の有無も言わさず、着弾後に余りの痺れと苦痛にダメージを受けた。そしてその場に残ったものは、人間一人とは思えないただの煙が上がっている灰だけであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――― はっ!?」

 

「どうされたのですか、お父様?」

 

 それだけでは終わらなかった。

 元父は目を開ける。気がつくと、目の前にアルシェが立っていた。今、自分は確かに自分の娘(アルシェ)に殺された。だが、殺されたはずなのに何故生きているのか。人間は一度死ねば天に召されると思っていたが、自分の身体に異常はなかった。

 

 しかし、それよりももっと混乱したのはアルシェが自分を問答無用に殺したことだ。自分の知っている娘は、当主である自分に嫌々ながらも従っていた女だ。そんな気弱な娘、こちらの意思関係なく殺す夢を見た。

 

「どうされたのですか、お父様? まるで嫌な夢でも見ましたか?」

 

 そんな様子に、アルシェは昔のように無邪気に言葉を言う。

 しかし、いつもなら不愛想に返す元父は、この時だけは初めて娘に対し"恐怖"を感じていた。

 

「あ、アルシェ…本気で、私を、殺すのか…?」

 

 恐る恐るアルシェに質問をする元父。返ってきた言葉は…

 

当たり前じゃないですか♪(・・・・・・・・・・)

 

 

ガブゥ!!!

 

 

「ぎゃあああああああああ!?!?!?」

 

 アルシェの返事と共に、身体全体に走る激痛。

 それと同時に何かに空中へ放り出されたように、身体が宙を舞っていた。よく見ると、先ほどまでアルシェが母君と呼んでいたドラゴン(ミアナタロン)に咥えられていたのである。

 

「さて、お覚悟はよろしいですね?」

「ま、待て!待ってくれアルシェよ!!なぜこんな事を!?こんなことをしてただで」

「別に? 当主でも何でもないただの犯罪者を処刑するのに、何かの罪があるのですか?」

 

 アルシェはつまらなそうに言い返す。どうせ「ただで済むと思うな」と脅迫をされることは目に見えていた。だが、貴族の位を剝奪された男に痛くも痒くも怖くもなかった。そして、目の前で娘が脅迫されたミアナタロンはこれ以上ない殺意を見せた。今すぐにでも食い殺したい、そんな感情がひしひしと伝わってくる。

 

「この場はこの私が(ルール)なのです。貴方はただ、自身のやらかした罪を清算してくれればいい。望むものは、それだけです」

「つ、罪だと!? わ、解った! 私が借金していたことを恨んでいるのだろう!? 確かに帝国貴族として、あるまじき行為だというのがよくわかった! だが安心してくれ! お前にも立派な見合いをさせる!だから」

「ブルムラシュー侯なら死んだのに、どうやって借金を返すのですか?」

「………へっ?」

 

 借金を返す当てを言い当てられた元父は、アルシェの言葉に驚き暴れ収まる。

 後に判明したが、この男は帝国の貴族では相手にされないとわかり…あろうことか敵国である王国貴族に自分たちを売ろうとしていたのだ。

 その中でも最も有力だったのがブルムラシュー侯であり、帝国へ情報を流し金を得ている外道だったのは本当だった。尤も、その貴族は因果応報の如く踏みつぶされ既にこの世にいないが。

 

「そんなことよりも。自分の力ではなく他者に頼り借金を返すその心構え、それに最も重い罪(・・・・・)を言わないとは…私をどこまで苛立たせるおつもりですか?」

「い、いだ痛い痛いイタイイタイ!!??!?」

 

 ミシミシと、骨の悲鳴を上げるように噛むミアナタロン。最早、娘に何を言っても無駄だという現実を認めたくない元父はバタバタと暴れるだけであった。そして…

 

グシャ…

 

 

 

 

 

「――――――― はっ!」

 

 またもや、目を覚ます。

 相変わらず先ほどと同じ風景の(現実)だ。今度はドラゴンに食い殺される(現実)を見た。目の前にはそのドラゴンを従わせているアルシェの姿。

 だが、ここで違和感を感じた。自分の身体は何ともなく、同じく死ぬ(現実)を見させられているのに……どうして、自分の着ている衣服に自身の血と焦げた痕があるのだ?

 

「私が貴方を許さない理由…もう、お分かりでしょ?」

 

 アルシェからそう冷たく言い放たれる。

 

「わ、悪かった、この通りに私が悪かった…! フルト家の当主を譲る…それで満足なのであろう? 偉大なるこの一族の復権を―」

「うるさい!!!」

「ヒィィィイイイ!!!」

 

 彼女の高圧的な怒りの一言で、元父は黙る。

 

「もうフルト家なんてどうでもいい! お前の最も重い罪は、私の…私の大切なあの二人を売ったことだ!その罪を自覚していない時点で、お前は万死に値する!!」

「な、ならせめて、クーデリカとウレイリカに会わせてくれ! あの二人を大切にしているお前のことだ、生きているのだろう!?」

 

 ここで元父は、双子に会わせるよう嘆願する。しかし、それすらも自身が助かりたいが為の策略だった。しかも、最後まで自分の道具として売り払おうとした二人を会いたいとは。アルシェを説得する魂胆に、もう我慢の限界であった。

 

 

「お久しぶりですお父様」

「お元気そうですねお父様」

 

 ここで、闘技場の奥からウレイリカとクーデリカ…双子の姿が現れた。

 自身の顔を引っぱたいて、今度こそ夢ではないと判断した元父は双子に向かって叫ぶ。

 

「おおおお!! 私のかわいいクーデリカとウレイリカ!会いたかったぞ!お前たちも寂しかっただろう!私を助けるよう、アルシェを説得してくれ!誠に遺憾だが、お前たちを信頼しているのだ!」

 

 だんだんと自分のほうに歩みを進めている双子に、元父は早口でそう宥めた。対する双子は、まるで汚物でも眺めているように見ている。

 

「どうするウレイリカ?」

「うーん、お父様(おバカさん)を信用するクーデリカ?」

「そうだねウレイリカ。じゃあ、私達の願いを叶えたら助ける」

 

「おうとも!なんでも言ってくれ!」

 

 嬉々として喜ぶ元父に、双子は言い放った。

 

 

 

 

 

「「お父様(おバカさん)、死んでください」」

 

 

「……………へっ???」

 

 冷たく言い放たれた言葉に、元父は固まる。

 そして、双子の後ろから彼らの何倍も巨体の魔獣たちが現れる。

 

「もう私たちに、お父様(クズバカ)はいらないの」

「だから、安心して…お父(エンテイ)様達の贄になって」

 

 双子にそう言われた瞬間、魔獣の口から炎で焼かれ3度目の悲鳴を上げて息絶えるお父様(おバカさん)。それだけでなく、目の前に上手に焼かれた獲物をお父(エンテイ)様達の贄となった。四股を引き裂かれ、身体の隅まで焼かれ食われる。

 神獣といえど、姉妹たちに仇なす者には凶暴な肉食獣と化すのだ。双子の目からは、異様な音を立てながらも食するお父(エンテイとライコウ)様には興奮を覚えた。それ以前に、双子は彼らにお願いをした…「自分たちを苦しめた愚か者をころしてください」と。この光景に、アルシェはそっと二人の肩に手を廻し優しく抱く。

 

「さて、無用で無能で無価値の貴方に最後のチャンスを与えましょう」

 

 ここでアルシェは一つのアイテムを取り出し、死体となった彼に近づく。手に持っていたのは、一つの魔法を封じ込めて発動する事が出来るマジックアイテム。そして、入っている魔法は"アンデッド作成"。

 

 本来であるならば、死霊系の魔法詠唱者(マジックキャスター)でなければ発動しない。しかし、そこはアインズ様の機転をきかせアルシェに手渡してくれた。

 

「あぁぁあ”あ”あ”…」

 

 予想通り、元父は生きる屍(アンデッド)となった。

 攻撃される隙を与えず、そのまま氷魔法で全身を閉じ込める。生気を失い、怠惰を貪り尽くした彼に相応しい末路であろう。そこに至るまで、彼は3つの罪と同時に罰が下った。

 

 アインズ様とネモ様から教わった言葉…「仏の顔も三度まで」。

 この言葉は過ちは三度まで犯していいと誤解されがちだが、正しくは3度目で完全に怒られていることを表す言葉だ。

 

「あ"あ"あ"ぁぁぁー!」

 

 例え言語能力を失っても、自分の姿が鏡のように映ったらそれこそ発狂ものかもしれない。アインズ様は死は慈悲と言った。しかし死ぬ事が出来ず操られ、自決する選択も与えられない。このまま彼は、半永久的に死の撒き散らす軍団の一員として償いを繰り返すしかないのだから。

 

 もしあり得たかもしれない世界(・・・・・・・・・・・・)だったら、ナザリックに敵対していたら問答無用で殺されている。だが、慈悲を与えられるだけまだ救いがあったかもしれない。

 だがこの男にはそれすらもない。その世界の娘よりも残酷な半永久の終身刑(アンデッド)を言い渡されたのだから。

 

「さようなら、お父様(私達の歪な過去)。私達は、ナザリックと共に未来に生きます」

 

 第6階層氷結牢獄に閉じ込められ、かつての肉親と見届けるのを最後に…アルシェと姉妹は、長きに渡る呪縛から解放されたのであった…。




ざまぁコメント随時受付中です!
次回から聖王国編に入りますので、1週間後の予定です。


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聖王国

お待たせしました。今回から聖王国編に入ります。
映画が楽しみですが、本編では不幸な彼らに乱入するとどうなるか…
でわどうぞ!


 ローブル聖王国はリ・エスティ―ぜ王国の南西にある半島を領土としている。

 信仰系魔法を行使する聖王を頂点とし、神殿勢力との融和によって統治されている宗教色の濃い国だ。

 

 この国は海によって国土が南北に分けられており、それぞれを北部と南部と呼ばれている。そして、この国の最大の特徴は…来たから南まで全長100kmを超える城壁があり、法国との間に存在している多様な亜人部族の侵略を防ぐためのものだ。

 

かなりの時間と国力を割いて建設されたぶ厚く立派な城壁は、亜人の侵略にどれだけ国が苦しめられて言えるかを物語っている。亜人と人間では、その能力に大きな開きがあるのは明白だ。

 

 人間よりも強靭な肉体をもち、魔力を備わっている種族も少なくない。

 亜人たちの侵攻を許せばどれ程の血が流れるか…だからこそ聖王国は防備を固めた。亜人達をこの国土に一歩も踏み込ませないために。彼らの土地でなく、奪うものなら死に物狂いで戦うと教えるために。

 

 しかし、その防壁も終わりの時を見せる。

 リ・エスティ―ぜ王国で散々暴れ、世界で脅威となった悪魔"ヤルダバオト"。その悪魔が様々な亜人を連れ、聖王国に大侵攻してきたのだ。その第一攻撃が、天を切り裂き城壁に光の速さで飛来した隕石が大爆発を起こす。一瞬、聖王国側は何が起こったのか理解不能だっただろう。城壁が跡形もなく打ち砕かれ、その場に生き残っているのはヤルダバオトと後方に下がっていた亜人達。

 

・・・

 

「そうですか。それではやはり、ここが戦場になるのですね…」

 

聖王国王女、カルカ・ベサーレス。

聖王国一の美貌と、10代で第4位階を行使できる程信仰系魔法詠唱者としての素質を兼ね備えている。優しすぎるというのが玉に瑕だが、失策をせず国を統治してきた。

 

「カルカ様の悲しみもわかります。しかし、民は覚悟をもって戦う事でしょう」

「そうです。それに非戦闘員は逃げましたし、被害は少ないはずですから」

 

 そうやって、王女を宥める二人の女性。

 歴代最強の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。

 神殿の最高司祭、ケラルト・カストディオ。

 

 共にカルカの親しい友人であり、共に聖王国を亜人の手から守って来た戦友だ。

 尤もその過程は尋常ではないが、平和を維持してきたことは間違いない。早速ヤルダバオト対策として会議を開くが、今回の亜人たちは良い武具を身に纏っている所に注目した。

 最も怪しんだのは魔道国だ。人間と亜人・魔族を含め全種族の共存を目指している国。

 

 バハルス帝国と同盟を組み、リ・エスティ―ぜ王国の兵士18万と王国戦士長"ガゼフ・ストロノーフ"を討ち倒した魔法詠唱者もといアンデッドの"アインズ・ウール・ゴウン"が治めている異色の国だった。

 聖王国は生者を憎んでいるアンデッドが国を治めているのには否定的だが、カルカだけは職務を全うし平和を与えている王であるのならば問題ないのでは、と変わった答えを見せている。

 

 だが、あの国ではつい最近リ・エスティーゼ王国から、アダマンタイト冒険者が人間の住民を守るための守護者として傘下に入ったと聞いた。冒険者でも撃退できたというのであれば、自分達でもなんとかなると思っていた。城壁の攻撃もたった一度しか撃たなかったので、大きな魔法攻撃は連発できないと考察した。

 

「それにしても、王国が屠ってくれれば問題なかったのだが…ガゼフ・ストロノーフは奴と戦わなかったのか?」

 

 レメディオスがこの話をすると、二人はキョトンとする。まるで何を言っているんだと言わんばかりに。

 ケラルトはその疑問をカルカにぶつけると、彼女は疲れたように笑った。当然王国での出来事は話しているのだが、レメディオスの頭には入っておらず聞き流したのか他の情報によって押し出された。

 そう、団長の前では絶対言ってはいけない事なのだが…レメディオスはすこぶる頭が悪い。悪く言えば脳筋、という典型的な力が取り柄の騎士だった。

 

 このように、身分が全く違うがこうして友と話し合っているだけでも癒される時間となるだろう。しかし、その時間も終わりだ。扉が音を立てて開き、参謀長が息を荒立てやってきた。

 

 理由を聞くに、都市内にヤルダバオトが現れたというのだ。複数体の悪魔たちと同時に暴れまわっており、更に亜人達も行動して進軍してきたというのだ。

 亜人達が目撃されたが近郊だったはずだが、斥候が騙されたか虚偽の情報を掴まれ想定を大きく異なったヤルダバオト戦が開始されることとなった。

 

 部下の聖騎士は500人ほど。多くがゴブリン以上のモンスターと互角に渡り合い、レメディオスのようなオーガ以上の強者と渡り合える最新鋭といえる者たちのチームを主軸に侵略者を倒していく。ただ、全ての兵を指揮するのはレメディオスだけでは無理だった。そこで、聖騎士団の副団長には二人ついている。

 

「ヤルダバオトが城壁を打ち砕く力は何度でも使えるものだと思うか? イサンドロ」

「何度でも使えるのであれば、使ってこない理由がありません。条件か単純に時間がかかるかでしょう」

 

 質問を投げた相手、同じ"九色"の"桃色"イサンドロは答える。もう一人、現在は城壁防衛にあたっている"グスターボ・モンタニェス"も同じことを言うだろう。

 

 本来であるならばグループで纏まって行動するべきだが、ヤルダバオトの謎の範囲攻撃を免れるため別々に移動している。もし何かあれば何かしらの合図を出し、問題なければ旗を揚げて無事を確認する。そして…

 

「お前がヤルダバオトか!!」

「おっと」

 

 目の前のボスらしき悪魔を切りつけようとした。しかし、こちらの一撃をいとも簡単に避けられたヤルダバオトにレメディオスは不快感を表す。更に切り上げに入るが、これも避けられる。

 

「はあ、牛のような女ですね。 赤い布でも振られましたか?」

「姉さま、無茶はいけませんよ?」

 

 ヤルダバオトの軽口を無視するレメディオスの視界に、カルカやケラルトが率いる兵たちが到着する。レメディオスの方向からは彼の無防備な背中が見えるが、例え見せても余裕があると戦士の感が告げていた。

 

「貴方がヤルダバオトですね?」

「いかにも、貴方の奴隷はいきなり襲い掛かってきましたよ。聖王国には言語を使用しない蛮族が騎士になっているとは…当代の聖王は変わった趣味をしている」

「…誉め言葉として受け取っておきましょう」

「カルカ様、ご指示を。こいつがヤルダバオトだと分かったなら後はぶっ殺して魔界に還すだけ。会話したら舌が汚れ」

 

 向こうがこちらとの会話で情報を聞き出そうとしていることは、ヤルダバオトはわかっていた。しかし、先ほどから襲ってきた騎士がところどころで会話を遮っていることに心の中で苦笑している。

 

「ヤルダバオト、貴方に聞きたいことがあります。ここに来た目的は何ですか? この国を蹂躙したいのであれば、一緒にいた亜人たちと行動しないのは何故? まさかと思いますが…」

「ああ、それ以上は結構。貴方の言いたい事は予測がつきましたが、別に交渉したくて私一人で来たわけではありません」

「悪魔などと交渉に応じるはずがないだろ!」

 

 ここでもレメディオスが会話の横槍を入れる。今は聖王女との一対一の会話だというのがわからないのかと、ヤルダバオトは呆れた。

 

「私が一人で来た理由は二つ。一つは…はっきりいって一人で行動したかったからです。勘違いしないほうがいいですが、あんな野蛮な者どもと私を同列に語らないでいただきたい。それに別れて行動したほうが効率がいいでしょう?」

 

 この言葉に唖然とする聖王国側。亜人たちと結成して攻めてきたと思っていたが、その仲間や部下たちをなんとも思っていない悪魔の言い分は本当であろう。

 

「そしてもう一つは、王国での失敗を避けるためです。 まさかあの地に私と同等の力を持つ戦士がいるとは思っておりませんでした。 だからこそ、この国にも同等の存在がいるのではないかを調べるためにね」

「いるかもしれませんよ?」

「断言できます、いませんよ。いるならこの国の最重要人物の傍にいるはずです。しかしながら、それらしき者は見受けられません。これだけ時間をかけたのに虚しい結果でした」

「お前! 我々がその戦士より弱いと言っているのか!」

「そう言っているのですが伝わりませんか? 知りたいことはそれだけですか?」

「…天使隊、前に!!」

 

 気迫を込めたカルカの声で、後方に包囲網を作っていた近衛や神官たちが召喚した天使が一斉にヤルダバオトを囲む。そこから先は乱打戦だ。ヤルダバオトに隙あらば、誰彼構わずヤルダバオトに攻撃を叩き込む。しかし、どの攻撃もヤルダバオトに効果的なダメージが与えられていなかった。どれほどの斬撃も魔法も、仮面の下はわからないが余裕を見せている。レメディオスの斬撃で民家に飛ばされたが、わざと自分から飛んでダメージを軽減しているとカルカは考察した。

 

「ふふふ、どうやらこちらも本気を出す頃合いのようだ」

「ほーう。だったらもっと早く力を出してくれればいいものを」

「レメディオス、油断しないで!」

 

 カルカは直感的に、危惧した。そして…

 

「そうか…ならば見せてやろう。―――調子に乗るなよ、虫けら共」

 

 刹那、地面が爆発する。そこに立っていたのは…

 

「……ヤルダバオト?」

 

 先ほどのヤルダバオトとはまるで、別の悪魔と入れ替わったと言えるほどの違う存在が姿を見せたのだ。しかしながら、あれほどの悪魔が何人も存在しているはずがない。

 

「神官たちよ! 天使を突撃させなさい!」

 

 ケラルトの命令に従って、神官たちは自分の召喚した天使たちを突撃させる。しかし、手に持つ武器で攻撃する天使をヤルダバオトは反撃することなく、黙ってその身で受け止めていた。攻撃されてもなんの痛痒も感じておらず、まるで子供が全身鎧を着た騎士に戯れているようである。

 

「愚かで煩い羽虫ども…消えよ」

 

 ぼん、と音と共に、レメディオスの前にいたはずの天使たちが消滅する。鍛え上げられた動体視力を持つ彼女の目ですら、一瞬の残像すら残らない桁外れの速度で、壁となっていた天使たちが消滅したのだ。

 しかし、ここで攻撃を終わらせない。すぐさま気合の入った声で吶喊するレメディオス。しかし、ヤルダバオトは防ぎも躱しもしない。そして、笑えるほど簡単に弾かれた。アダマンタイト並みの硬度を金属でできた剣を皮膚で弾くのだ。

 

 こちらの斬撃を尻目に、ヤルダバオトは歩き続ける。視線は自分に向いておらず、ただ何かを見ているように歩く。部下の兵士たちも切りつけようとしたが、その体に宿る炎に触れた兵士たちはたちまち大地に転がった。

 

「面倒だ―――上位転移(グレーター・テレポーテーション)

「な!?」

「しまった!きゃああ!」

 

 ここでヤルダバオトが突然消える。

 周囲を見回すと、その豪炎といえる手でカルカを捕えた。ここで、まさかの人質作戦に出るとは予想外であった。彼女らはその焼けるような拷問ともいえる熱さに声を押し殺している。

 

「どうすればいい、イサンドロ! カルカをどうすれば救える!?」

「わ、わかりません!」

「役立たずが! お前の頭はこういう時のためだろう!」

 

 打開する案がない光景に、ヤルダバオトは痺れを切らした。

 

「やれやれ、敵を目の前に喧嘩を始めるとは滑稽な人間たちだな。これ以上ここに居座るのは無意味、遊戯は終わりにしよう」

「何?」

「私の軍勢がこの都市に到着するころだ。早急に城門を打ち砕き、暴虐と殺戮の嵐を引き起こさなくてはならな」

「そ、そのようなことを我々が許すと思っているのか!」

「許す必要など結構。ただ、絶望を受け入れろ」

 

 ヤルダバオトがカルカを持たないほうの手を、求めるように空へと掲げる。

 何をするつもりかわかっているが、誰もが手をこまねいていて動くことができない。聖王女という人質がいるため、下手に攻撃すれば彼女の身体で受け止められ殺してしまう恐れもあった。しかし、レメディオス達の迷いにヤルダバオトは気にしない。

 

 

 

 これで全てが終わってしまう………その時だった。

 

ザシュ!!

 

 

「「えっ?」」

 

 一瞬何が起きたのか、レメディオスたちはわからなかった。

 しかし、ヤルダバオトのカルカを持っている方の手が、腕の付け根あたりから切られていたのだ。そしてそれを、何者かがカルカをヤルダバオトから離れさせる。その正体は…

 

 

「ここまで残虐を繰り返していたか、ヤルダバオト」

 

 

 熊の獣人とゴーレムを従えた、魔獣使い(ビーストテイマー)コンビ、魔導国の守護者"ジェスター"の姿があった。




レメディオスヘイト注意報。


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接見

この聖王国編は、レメディオスやらかし集になりそうです。
しかも久々のポケモン登場…でわ、どうぞ。


「(デミウルゴス様、いきなり隕石落下(メテオフォール)はないですよ…)」

「(アイツは後で反省会だな…)」

 

 ヤルダバオトと対峙する、オルタとアルシェはそう思った。

 

 聖王国侵略作戦。

 竜王国の問題が解決したナザリックと魔導国は、次のターゲットとしてこの国を選んだ。元々デミウルゴスからの情報で、この地に多くの亜人が住んでおり是非住民になってほしいとアインズさんと一緒に画策した。

 

 当然、聖王国に味方するのが一番なのだが…折角全種族の統一国家を目指している魔導国が贔屓してしまっては亜人軍団に怪しまれてしまう。

 だからこそ、敵である亜人集団にはデミウルゴスに向かわせた。彼の実力であるならば亜人たちを一纏めにできるし、王国で暴れて名を挙げた実績もある。

 

 突如、聖王国に現れた他国の冒険者。しかも、名が知られている有名な冒険者が現れたことに、聖王国側の人間は口をあんぐりとしながら驚いていた。おお、いい反応だ。たっち・みーさんの登場した時を思い出して内心ふっと笑う。

 

「貴様たちか、いい加減しつこいな」

 

 切られた腕を無理やり付け直し、こちらと相対しているヤルダバオト。

 いや…この様子だと配下の憤怒の魔将(ラース)か。だがアルシェの言った通り、いきなり隕石落下(メテオフォール)は危なかった。まあこちらが乱入する演出なのはわかってはいるので咎めることはしないが。

 

「ヤルダバオト、貴様だけは見逃さないぞ…シーゼ」

「…はい」

 

 腕ごと離されて落ちそうになった聖王女(お偉いさん)を、屋根つたいに走ってきた獅子の獣(ウインディ)の背でキャッチしたシーゼ(シズ・デルタ)に命令する。

 

「彼女をアルシェに治療させろ、奴とは俺たちで戦う」

「御意」

 

 その直後、オルタ・ウーラオス対ヤルダバオトのマッチングが始まる。

 今までとは比べ物にならない斬撃と、拳同士がぶつかり合い衝撃波を放ちあう戦場にまたもや聖王国側は唖然とする。そして、そこに隙あらば銃撃をお見舞いするシーゼ(シズ・デルタ)息の合ったコンビーネーション。一目で悟った、ここに巻き込まれたらタダでは済まないと。

 

「もういい、ここまでだ! 上位転移(グレーター・テレポーテーション)

「なっ!」

「きゃああ!」

 

 実力は互角だが、数には敵わないと悟ったヤルダバオトがまたもや上位転移(グレーター・テレポーテーション)を使ってどこかへ転移する。そこは神官軍団の後方、その重要人物でもあるケラルト・カストディオが捕らえられていた。場所が場所なだけに遠く、アルシェが一番近い位置にいるがカルカを治療している最中であったため反応が遅れた。

 

「さらばだジェスター!」

「待ちなさい!」

 

 アルシェの制止も空しく、ヤルダバオトは突如戦場から消えた。残ったものは暴れまわった瓦礫だらけの戦場と、パチパチと火が揺らめく光景だけになった。

 

「うっ…」

「! 大丈夫ですか!」

 

 聖王女の治療が終わり、無事に意識を取り戻せたアルシェは安堵する。しかし…

 

「!!」

 

 突如自分に向けられた殺意、その予感は的中する。振り返るとそこに、女の騎士が聖剣を力いっぱいにこちらへ振りかざしていた。最初の一撃は持っていた(スタッフ)で受け止める。

 

「ちょっと! いきなりなんなんですか!?」

「うるさい! カルカ王女を放せ!!」

 

 こちらは火傷を負っている人物を治療したつもりだったが、聖騎士のレメディオスから見れば召喚されたゴルーグ(ゴーレム)の手を診察台に使用したのだから、亜人軍団の仲間と勘違いをしてしまったのだ。

 

「おい! アンタ何やってるんだ!」

 

 そんな衝撃的な光景を見たオルタは叫び、残りの聖騎士達もレメディオスを数人がかりでなんとか引き剥がすことに成功するのであった。

 

 

・・・

 

 

「此度は私を助けていただき、誠にありがとうございます。私は聖王国聖王女のカルカ・ベサーレスと申します」

 

 ヤルダバオトが去った戦場をこちらも去り、なんとか機能している王城に案内されたジェスターの二人。目の前で頭を下げてお礼を言うこの方こそ、アルシェが治療していた聖王女本人で間違いなかった。

 ヤルダバオトに苦しめられた身体中の火傷は、アルシェの尽力のおかげですっかり元通りになり完全に目が覚めたためこのような場面になっている。

 

「貴方様が…挨拶が遅れて申し訳ない。私が魔導国冒険者ジェスターのリーダー"オルタ"です。そしてこちらがアルシェ、と新メンバーのシズ・デルタ(シーゼ)です」

 

 カルカ女王に対し、アルシェとシズがペコリと頭を下げる。ヤルダバオトから引き剥がし、尚且つこちらを治療してくれた彼らには感謝しかないだろう。しかし…

 

「今回の件、あなた方には深く感謝しております。早速褒賞を賜りたい―――」

「そんな事よりもケラルトを助けるほうが大切ですカルカ様!」

 

 しかし、その感謝の議を邪魔するものがいた。レメディオスであった。

 

「レメディオス! 今は大事な感謝を伝えるところですよ! 気持ちは分かりますが、今後のことはこの後お話しします! それに、勘違いとはいえアルシェ様を襲った謝罪がまだではありませんか!」

 

 あの後、無理剥がされたレメディオスはそれでも納得していない顔を続けていた。確かに亜人の侵攻に晒されている聖王国では無理もないが、それでもまるで自分は間違ったことはしていないといわんばかりの顔であった。その聖王女に咎められる彼女だが、この後更にとんでもないことを言い放った。

 

 

「お言葉ですがカルカ様! 彼らは冒険者とはいえ亜人を引き連れております。カルカ様が傷つけられるかもしれませんし、彼らはヤルダバオトとグルかもしれません!!」

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

 この場にいるレメディオス以外、全員が凍り付くなんの根拠もない発言に唖然とする。ジェスターといえば魔導国以前に帝国で名を挙げた冒険者チームというのは誰もが知っていることで、証拠にアダマンタイトのプレートや魔獣を引き連れている。それはカルカやレメディオス以外の聖騎士も分かっており、いつぞやの話していた内容をレメディオスは忘れていると即座に理解した。一方でジェスター側の3人は内心焦っていた。

 

「(ま、まさか…さっきの一戦を見ただけでこちらがマッチポンプしているのを見切ったというのか!?)」

「(不味いです!やはり聖騎士団長は優秀すぎるのでは…!?)」

 

 一応、味方同士だとバレないよう少し本気で打ち合ったのだ。

 王国での作戦時、少し手加減した戦いであっても誰もアインズさんとデミウルゴスが味方同士だったと気づく者はいなかった。

 

「団長! 流石に無礼ですよ!」

「そうです! それだと何故カルカ様を助けたのか分かりません!」

 

 しかし、遅れて到着した副団長の二人、イサンドロとグスターボはそんなことはありえないと急いで訂正する。だが、連れ去られた者が自身の妹であるならば正常な判断が難しくなる。

 

「レメディオス、憶測で場を乱す行為は聖騎士としてあるまじき行為です。一旦副団長と一緒に被害状況を探ってください。これは命令です」

「…かしこまりました」

 

 ここで一旦、カルカからの命令により副団長たち一緒に王室を出るレメディオス。しかし、出る際にこちらを睨んでいた。なんだ? こっちのマッチポンプとは言えそこまで悪いことをしたのか? とネモとアルシェは素直にそう思った。確かに作戦の画を描いているのはこちらだが、あの対応はあんまりである。ここに残ったのは自分達の他、カルカ様と一部逃げ切れた貴族達になった。

 

「申し訳ありません。国の代表として、代わりに謝罪いたします」

「いえ、家族が攫われたのであれば無理もありません」

「もし宜しければ、このまま共にヤルダバオトを倒す為ご協力を願いたいのですが、報酬であるならば望むものをお出しは可能です」

「それがいいでしょうな、それに出来るならば亜人たちの集落への強襲も可能ではないでしょうか?」

 

 どうやら貴族達は、国の防衛だけでなく亜人達を皆殺しにするまで俺たちを利用する気だ。だが、こちらは全種族を住民として迎える方針をもつ魔導国代表の冒険者だ。そんなことをされたらアインズさんや皆に顔を向けられない。

 

「お言葉ですがカルカ様、我々がその戦いに参加することはありません。私達は冒険者、人類の守り手です。侵略や虐殺に加担することはない、ですよね?」

 

 痛いところを突かれ、カルカは顔を渋らせる。オルタの言っていることは正論ではある。だが、貴族達は亜人の殺戮に関しては何の躊躇もないようだ。

 

「亜人に対する侵攻が侵略や虐殺だと?」

「そうではないか。我々はこの国に攻め込む敵から民を守るためなら何度でも戦おう。だが、こちらから亜人の集落を襲撃し、戦争に全く関係ない女子供まで虐殺するつもりはない。それは国の方針と魔導王との約束に反する。それに、この国に亜人を殲滅しきるだけの戦力はない。これ以上彼らを追い詰めてみろ、死ぬ気で抵抗してくるぞ。折角拾った命を無駄にするのか?」

「そ、その為の貴様達冒険者ではないのか!?」

 

 まるで自分達が関係ないような言い草は、王国の腐った貴族と一緒だ。貴重な聖騎士や冒険者が殺されるかもしれないのに、守るべき民を放置するような考えには納得いかない。即座にウーラオスとゴルーグを召喚し、貴族たちをビビらせる。

 

「そんなに亜人達を滅ぼしたいのであれば、そちらで好きにするといい。尤も、コイツらを倒し切れる力量があなた方にあるならば」

 

 部屋の中で突然現れた巨大な熊(ウーラオス)ゴーレム(ゴルーグ)に貴族達はタジタジだ。

 

「あなた方は納得いかないかもしれないが…逆に亜人達と和平を結ぶというのであれば協力しよう。我々のパートナーはそんじょそこらの亜人とは違う。調教でも奴隷でもない、真の友として行動している……2人とも、挨拶を」

 

 ここで、ウーラオスとゴルーグに命令する。

 すると、彼らはカルカに対し片膝をついて頭を下げる。その姿は、まるで誰がどう見てもお辞儀のポーズであった。カルカもこれには「まぁ…!」と小さく驚く。

 

「いずれにせよ、あなた方だけの力では現状を打破出来ないと申しておきます。ですので、我々から一つ提案があります」

 

 ここでアルシェから、カルカに一つの提案を進言する。

 

「…この戦争を止める為、"同盟"を結びませんか?」




次回、聖王国では忘れてはいけないあのキャラの登場です。

・変更点 聖女棍棒回避。


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アルシェとネイア

聖王国編はパパっと終わらせると思います。多分。


 ネイア・バラハは、普通の訓練兵(従者)だ。

 

 家族は聖騎士の母親と、聖王国九色の1人である父のパベル・バラハだ。

 

 聖騎士の母親からは何も受け継げなかったが、父親から鋭敏な感覚と弓の才能を受け継いだ。母に憧れ、聖騎士の道を選んだのだが…父親ですら「剣の才能はない」「娘に最も向いていない道」と陰で口にしていたのは覚えている。

 

 弓であれば、才能のおかげで訓練しなくてもそれなりに使うことが出来る。こればかりは父の遺伝に感謝するべきだが、聖騎士とは最も遠い存在になったような感覚もあった。

 誰かに教わりたいが、目付きの悪さのせいで初対面の相手の殆どに忌避されがちなため、子供の頃から友達は殆どいなかった。そういった事が多かったので良い人間関係を作る事が不得意になり、一人で何かをすることが好きなようになった。

 

 悪い意味で人目を引く父親譲りの目付きの悪さを持ち、吊り上がった細目に小さな黒目は常に睨んでいるような印象を相手に抱かせ、目の下にクマがあるせいでどことなく裏街道の住人のような凶悪さを漂わせている少女。それがネイア・バラハだ。

 

 今日も今日とて、アベリオン丘陵から亜人たちが攻めてくる。

 聖王国には国家総動員令があり、徴兵制が敷かれている。成人を迎えると、性別関係なく定められた期間は兵士としての修練を積み城壁に配属される。村や町も他に類を見ないほど堅牢で軍事拠点の役割を備えており、亜人に城壁を乗り越えられても国軍の到着まで村民が持ちこたえれるようになっている。

 

 だが、今回ばかりは何もかもが違った。

 

 それは、魔皇ヤルダバオトの存在だ。

 

 自分は見たことないのだが、その悪魔はたった一撃で今まで侵攻を止めていた城壁を破壊し、一気にカリンシャまで攻めてきたのだ。しかもたった一人で、戦闘のプロであるレメディオス団長や部下達を相手に余裕の勝利だったという。

 

 カルカ王女が連れ去らわれるかと思いきや、そこで現れたのは魔導国の冒険者"ジェスター"だ。その存在は聖王国でも知れ渡っていた。

 本来であるならば敵である魔獣を操り、主と共闘し魔族との争いに勝利を収めた唯一無二の存在。ケラルト様が連れ去られたのは痛いけど、彼らがいなかったら全滅だったかもしれない。それに探せば生存しているかもしれない。何事も弱気になってはダメだ。

 

 でも、そんな有名人と会話する機会なんて自分にはないかもしれない。

 もし戦場で一緒になったら会話できるかもしれないけど、訓練兵如きが一流の冒険者と会話するなんて図が高いと思われている他ない。それに、冒険者は国関係のいざこざに介入できない。きっとそんな話を含め王城へ行ってしまっただろう。

 

 今回はヤルダバオトが現れたけど、彼らは魔導国の冒険者だ。それこそ同盟でも結ばれればいいのだが、長いこと亜人と対峙しているこの国ではそれは難しいだろうな…。

 

 これから自分のこと国のことを思うと、ため息しかない。そんな時…

 

 

「貴方、大丈夫ですか?」

「…………へっ??」

 

 後ろから声を掛けられる。振り向くと、そこには…

 

「こんなところにずっといると、風邪ひきますよ?」

 

 さっきまでヤルダバオトと対峙していた、魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェがそこにおり、ネイアの奇声が響いたのは言うまでもない。

 

 

・・・

 

 

「それじゃネイアさんは、聖騎士を目指しているんですね?」

 

 作戦基地近くのテントスペースで、あろうことか魔法詠唱者(マジックキャスター)のアルシェに食事に誘われた。いやいやいや!? なんでこんなに簡単に会えるの!?そりゃ確かに会いたいとは思ったけど、まだ心の準備が済んでなかったよ神様!

 

 それにしても、アルシェさんは初対面の私にすごく優しくしてくれている。私の顔はそこまで恐ろしくないのだろうか。いや、常に強敵と戦い続けている彼らから見れば怖くなんてないのだろう。

 

「はい、両親(・・)の、影響、です…」

 

 緊張しながら答える。でも、一瞬だけ苦い顔をしたような…やっぱりそうだよねこんな目の下にクマがある怖い女性と一緒になりたくなんか…

 

「素敵な両親じゃない。それに、ヤルダバオトの襲撃に巻き込まれなかったのでしょ?」

 

 そう、ジェスターさん達のおかげでヤルダバオトは撤退した。

 そのおかげで救われた人たちも大勢いて、みな彼らに感謝している。私としても国を救ってくれた英雄には頭が上がらない。ただ、レメディオス団長だけはイライラしているように見えたけど…ケラルト様のことはこれから探せばいいし。

 

 ポン!っと玉の中から出てきた、狐の獣人の魔物に驚いた。

 火を巧みに操り、私たちに料理を提供してくれる。亜人とはまた違う存在に驚いたけど、彼らがこうして支えあう姿にこちらまで心が温まるような感じがした。

 

「ブイッ!」

「わ!」

 

 こんな風に、不思議な茶色い四足歩行の魔獣が私の顔を恐れずじゃれついてくる。その姿に不本意だが癒されてしまっていた。

 

 料理の方は、貴族様のような高級感とは程遠いけど…お湯を沸かして何かの固形物を入れる。すると、それはたちまち麵料理が出来上がった。味付けも好みで合わせあっという間の出来上がり…アルシェさんが言うには"いんすたんと"となる料理らしい。魔獣の方にもご飯を与え、彼らが本当のパートナーだというのは初対面でもわかる。ここでアルシェさんから話が続く。

 

「ここだけの話だけど…貴方は、『魔導国』に興味ある?」

 

 魔導国…事実上、アンデッドが支配した国とは聞いている。だがそれ以外のことは知らないというのが常識だ。アンデッドに支配されたというだけでイメージダウンとして人は奴隷のように働かされていると思っていた。アルシェさんも、やっぱりかーと頭を悩ませているようだ。

 

「そう思っても仕方ないわ。でもね、もし来たらその考えは彼方に忘れるわよ」

 

 上司であるレメディオス団長は、亜人や魔獣は悪だ。カルカ様の誰も悲しませない理想の害悪である他ないと言っていた。それどころか、状況を把握しきれていなかったのかアルシェさんを襲ったという開いた口が閉じないことに驚いた。

 

「ご馳走様でした。聖王国を守る兵士の一人として、このお礼は必ず」

 

 食事会はお開きになり、アルシェさんは私に別れを告げて去っていった。

 

 この時、彼女の中に一つの疑問が浮かぶ…。

 

 

 

「亜人はともかく…魔獣って、本当に"悪"なのかな?」



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幕間 裏の取引

ゲロイン役は他に手を回しました。


「ここは……?」

 

 ケラルト・カストディオは気が付くと、寝心地の良いベッドの上にいた。

 

 身体には何も異常がなかったのだ。魔皇ヤルダバオトの手によって焼かれた痕がない。自身の治療魔術でも再生が難しかったのに、誰かに高位の治療魔法が施されたのだと。部屋を見回してみれば、身につけていた武装や物も一式きちんと手入れされた状態で置いてある。今の自分は肌触りの良い寝巻姿をしていた。

 

「とりあえず、ここを出ないと…」

 

 少なくとも私はまだ死んでいない。幻ではなく現実であるならば、生きて国へ帰ることが出来る。生きているならあの悪魔に対抗する手段を見つけることが出来る、はず。

 

 だがヤルダバオトの事を考えると…身体が震えた。あれは絶望そのものだ。

 

 抵抗する手段なんて…そんなもの、思いつかない。あれはそういう次元の存在ではない。姉さまの馬鹿力も、私やカルカ様の魔術も効かなかった。

 唯一の対抗できたのは、連れ去られる前に間に割って入った魔獣使いの冒険者たち。今頃カルカ様は必死になって自分を探しているに違いない。

 

「痛みは無いか? 少なくとも、身体の怪我は治っているはずだが」

「!!おぷ…!」

 

 声がした方に顔を向ける。部屋の入口扉から入ってくる人物に驚いた。

 厳密には、その者が持っている魔力量に驚愕した。そのあまりにも神に匹敵する量に、ケラルトは少し嘔吐する。その威圧にあっているかのようなローブを羽織ったスケルトンだが、魔法詠唱者(マジックキャスター)としては自分とは天と地の差だ。そして信じられないが…

 

「落ち着かれよ、まずは自己紹介だ…私はアインズ・ウール・ゴウン。かつてエ・ランテルという王国の土地を支配し魔導国の王となった、といえば分かるかね?」

 

 ケラルトは混乱する。

 どうしてあのアンデッドの王が、自分の目の前にいるのか。一番確実なのは、魔導国とヤルダバオトが繋がっているかもしれないが、それならば何故冒険者と対峙しているのだ? 分からないことだらけで情報足りない。意識を切り替え整い、向き合う。

 

「は、はい、存じております。私はケラルト・カストディオ、ローブル聖王国の神官団団長であり、神殿の最高司祭です」

「ふむ…成程、今の言葉に嘘は偽りはないようだ。司祭としては戦闘用の装備もしているのは納得がいく」

 

 アインズ魔導王が、ケラルトの装備一式を見て顎に手を当て納得する。

 

「それではお互い自己紹介が終わったことなので、貴殿にこれまで何が起こったのかを説明しよう。 ケラルト殿は私とあのヤルダバオトとは仲間だと思っているようだが、それは見当違いだ。その証拠に我々が派遣した冒険者チーム"ジェスター"が対峙し、戦闘を行った。しかし、奴が上位転移(グレーターテレポーテーション) で逃げる可能性があった。そこで私が逃がさないよう、転移する空間で待ち構えていたのだ。まさか人質を取るのは予想外であったが、既に気絶していた君をヤルダバオトから引き離すのを優先してしまい奴は逃げた。第5位階まで魔法使用できる人材が死んでしまうのは勿体なく、今の君なら無理な報復も出来かねないからな」

 

 そして、現在に至る。

 話している間…自分の目の前に立っているのは、今まで相対したアンデッドとの中で、いやアンデッドとは別物…エルダーリッチ以上の存在だった。

 

 姉とは違い賢く理知的な性格…というのが他人から見たケラルトの評価だ。

 しかし…慈悲を与えるような微笑みの表情は演技に過ぎず、裏ではカルカや家族といった自身の大切にしている者達に敵対行為を働く者に対しては容赦せず、姉よりも好戦的となり激しい報復を行ったりしている。現に今でもカルカと敵対する貴族達を追い落とす機会をずっと狙っている。そんな自身の性格を、初めて出会ったアンデッドに見透かされていた。ギラリと不気味に光る赤い目に委縮してしまう。

 

「ここは魔導国とは違う、私のナザリック(本拠地)だ。君の待遇は客人であるが、もし外の空気を吸いたいのであれば魔導国()へ出してやろう。ただし、戦争が終わり事が済むまで見張りをつけ国外へ出ることは許せん」

 

 客人という対応だが、今度は魔導王の人質という状況になった。

 だが分からなかったのは、何故アンデッドである魔導王が人間の自分に対してここまでの待遇をしてくれるのか。人質であるならば、地下牢に閉じ込めて身なりも全て盗られ、最低限生きていれば問題ない過酷な環境にさせるはずだ。

 

「では、何故私を? ヤルダバオトに代わり、あなた方が聖王国を支配すると考えているのですか?」

 

 少し踏み込んだ質問だったが、それ以外考えられなかった。

 だがそんな質問に、アインズ・ウール・ゴウンは高らかに笑ったのだ。

 

「ふはは! そんな幼稚(・・)な考えで君を助けるとでも? よく考えてみるといい。2日も魔族に連れ去らわれた行方不明の人間…生存はほぼ絶望ものだろう。だが、実は秘密裏に救われていたと知れば…国の人間はどう思うかね?」

 

 魔導王の考えに、ケラルトはハッとする。

 この瞬間、自分の頭の中にあるアンデッドとして知識や常識を投げた。この化け物は力だけでなく、頭も回る。まるで自分を鏡で見ているような気分だ。

 

「それが国にとっての宝であるならば尚の事。私としては、貴殿の国とは友好関係を築きたいのだよ。今までの魔族の常識をすぐに捨てるのは無理かもしれないが、いずれは我々と友好関係を築いて幸福であったと自覚させよう」

 

 魔導王が話している内容を他所に、ケラルトは2日も経っていることに驚いた。

 国がどうなったのか、レメディオスは? ヤルダバオトは? カルカ様は?

 

 聞きたいことは山ほど出てくる。いつの間にか魔導王が呼んでいたメイドが、食事を運んでくる。この2日は何も食べておらず、空腹で限界であった。それが運んできた料理の匂いが襲ってくる。

 

「毒など入ってないぞ」と魔導王に言われ、はしたないと思いつつも料理の数々から目が離せない。飢えの恐ろしさというものを初めて味わった。カルカ様が掲げる提唱のように、民が飢えず富む国にしなければと決意を再確認にする。

 

 魔導王が、こちらが食事を食べやすいように少し席を外してくれる気遣いにも驚いたが、それ以上に食事が自国よりとてつもなく美味しかった。毒感知などはなく、ふわふわのパンや温かいスープ、汁があふれ出る焼き魚とどれも美味しく無我夢中で食べた。

 

 お腹も満たされたことで今後どうするか、まともに考える余裕ができた。置いてあった呼び用のベルを鳴らす。そこまで時間がかからないうちに、再び魔導王が部屋に入ってくる。

 

「ふむ、食事が気に入っていただけて何よりだ。では、先ほどの話の続きをしよう。君達聖王国は、昔から亜人との戦争が絶え間ないことは知っている。そこにヤルダバオトという最強の悪魔が支配した。このままでは聖王国は破滅するが、今はジェスターと共同で作戦を進めて拮抗しているところだ」

 

 ケラルトは真剣に、自分でも信じられないように失礼のないよう耳を傾けた。

 しかし、冒険者は国の戦争ごとに参加するのは違法なのではないかと思ったが、魔導王に許されているのでは即座に理解した。

 

「先程仰いましたが、事態が鎮静化すると見越しておられるのですね?」

 

 まさか、自らヤルダバオト討伐に乗り出すつもりなのか?

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国。国是はありとあらゆる種の共存、果ては平等と恒久平和を目指している。だが、君たち人間種も例外ではない。アンデッドがこういうのもなんだが、私が自国民と認めれば皆平等に"愛し合う家族"だと思っているよ」

 

 自虐を交えて、魔導王はこれからの国の方針を教えてくれた。

 アンデッドが愛と言っている時点で信じられないが、自身を遥かに凌駕している力と知識であるならばそんな夢物語を可能するかもしれないと思った。アンデッドは生者である人間を憎んでいる、という常識も投げ捨てる勢いだ。

 

「魔導王様、助けていただいたことはありがたく思います。ですが、私は聖王女の付き添いとして国に戻らねばなりません。それが、死ぬことになったとしても」

「それについては容認できんな」

「どうか!」

「貴殿が死んでしまえば、それこそ聖王国の軍事力はガクッと下がる。君の姉がいたとしても、だ。侮辱するつもりはないが、レメディオス(あんなもの)の存在などあってもなくてもその事実は変わらない。何より、聖王女の悲しむ顔を見るのが趣味なのかね?」

 

 正論だ。例え無事に戻れたとしても、ヤルダバオトとの戦いが残っている。今回は偶然にも助けられたが、また生きて帰れるとは思えない。それこそ親愛なるカルカ様が死んでしまったら廃人になるかもしれない。

 

「もどかしい気持ちはわかるが、今はまだそのタイミングではない。まずは我が魔導国という国を知ってからに他のことをすべきだとは思わないか? アンデッドが支配する国、それしか知らないだろう?」

 

 確かに、それ以外の情報を持ち合わせていない。

 

「我々を君らが敵対しているそんじょそこらの亜人集落と一緒にされては困る。調教や服従ではなく、真に多種族が手を取り合う楽園。それこそ、かの聖王女に自信をもって二度と見捨てることができない国と自負しよう…どうかね? 私の提案に賛同するかね?」

 

 現状、脱出ができない。

 ただ無為に時間を過ごすわけにもいかず、納得はしていないが受け入れるしかない。無下に断れば最後、力でねじ伏せられる。

 

 こうしてケラルト・カストディオは、監視付きだがナザリックと魔導国の滞在が認められた。因みに外に出るときは、ケラルトと分からないよう誤認識の魔術がかけられたと分かったのは後の話だった。




次はまた来週です。


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圧倒的な強者との邂逅

 カルカ聖王女は、魔導国に行く事を決意した。

 

 勿論、周囲からの反発もあった。

 特にもし亜人からの侵略に困るのであるならば、アベリオン丘陵の反対側にある法国が良いのだと貴族たちは意見した。

 しかし、いちいち徒歩による使節団派遣では余りにも時間をかけすぎている。おまけに全ての判断をカルカに任せる形になっているので、聖王国から離れるわけにはいかないのだ。

 

 そこでジェスターは、その場で転移の門を潜ってもらい一瞬で魔導国に来れると豪語した。流石に言葉では信じられないので、実際にネモがその場から転移された時は全員が腰を抜かした。

 

「お初にお目にかかるカルカ殿。私は、AOG(アインズ・ウール・ゴウン)魔導国の副官、ネモと申す。以後お見知りおきを」

 

 翼をバサッと羽ばたかせ、いきなり現れた偉大なる天使の前にただただ驚く聖王国陣営。

 どうして一介の天使が、あんな魔物軍団に加わっているのか?と疑問を抱くだろう。実際、天使と悪魔の概念は善と悪かもしれないが、どちらも人間よりも超常的な存在であることに変わりはない。という謎論破で何とか切り抜けた。

 

 そこからの展開はあっという間だ。

 ネモの種族が天使であって、かつ魔導王の行動を抑制ないしは監察を徹底した上で魔導国は成り立っているのではと貴族たちは半信半疑ながらもそう意見した。

 そして、魔導国における(ルール)をネモから徹底的に教え込まれる。向こうで亜人に襲われるかもしれないとレメディオス団長は「ご安心を! このレメディオス・カストディオ、亜人どもの指一本カルカ様には触れさせません!」と意気込んでいたが、「国に招く使節団を亜人の住民は襲ったりしない」とネモに宥められる。

 

 翌日、ジェスターと共に…カルカ王女並びに使節団は転移門を潜った。

 目の前の光景に聖王国側は驚いただろう。門を潜ったと思ったら、目の前には王国の領地であったエ・ランテルがあったのだから。

 

「私は皆様を歓迎するように任せられました、ユリ・アルファと申します」

「同じく、ルプスレギナ・ベータと申します」

 

 次に驚いたのは、街の風景だ。

 所々にアンデッドのモンスターがいる。使節団を襲うどころか、馬車の御者台に荷物を置いたり、楽器のようなものを張り上げて列整理を行う者などそれぞれの業務に励んでいてこちらに気にも留めない。待機所でスケルトンの馬が何体も大人しく待っており、列には商人も他国からの客もいるが列に従順している。

 

「これは…!」

 

 カルカ王女が驚く。使節団の乗る馬車は、まるで羽毛のような座り心地の良い絨毯とクッション、これでもかと備え付けられた明るい装飾の馬車であった。明らかに聖王国のものより断然いいものだ。

 移動している途中も驚くばかりだ。窓から覗く風景は、これまた信じられないものだ。エ・ランテルの住人なのか、人間と蜥蜴人(リザードマン)にドワーフが仲慎ましく話している様子を見た。それだけでなく、今まで人間に対して凶暴だと思い込んでいた亜人や異種族も同じく活気に満ち溢れているように交流している。商売から何気ない会話、振りでも演技でもないのは誰がどう見てもわかった。それだけでなく…

 

死の騎士(デス・ナイト)…!」

 

 1体がいれば、国に大打撃を起こしかねない化け物…死の騎士(デス・ナイト)が国の至る所で闊歩している。しかし、目の前に人がいても我々のような馬車が通り過ぎても何もしない。

 

死の騎士(デス・ナイト)? あのアンデッドのような騎士が強敵なのか?」

「1体でもいれば国が滅んでもおかしくない化け物ですよ団長…! それにこんなに大量の数…」

 

 部下たちも喜怒哀楽な表情を見せながら、魔導国を観察している。ここで、何かを感じたのか同行しているネイアがそっと、耳を澄ますような仕草をしている。

 

「これは……ドラゴンの声!」

 

 その場の地を振動するような、竜の咆哮。これには全員が慌てふためる。竜といえば厄災の象徴、人間が束になってかかっても倒すことが難しい強敵だ。

 

 

「落ち着いてください」

 

 武器を手にとって戦いの準備をしようか迷う使節団の騎士たちに、メイドは事も無げに告げる。

 

霜竜(フロスト・ドラゴン)は既に魔導国発展に貢献するよう同盟を結びました。襲われる心配はございません」

「う、嘘…」

 

 ネイアは馬車から身を乗り出すと、後ろから上空を滑るように飛行する白亜の竜が一匹飛んで向かってくる。太陽に照らされた霜の輝きを有する巨大な翼を広げ、空を悠々と舞うモンスターは、地上を行く馬車にまったく頓着することなくそのまま追い越していく。

 

 そうして、竜が向かった先は、魔導国の都。何やら巨大な箱のような荷物を持って降下していく影を、使節団は愕然と見送るしかなかった。

 

・・・

 

「ようこそおいでくださいました、聖王国の皆様方。僭越ながら、魔導国宰相を務めさせていただいております、アルベドと申します」

 

 城で出迎えてくれた人物は、これまたネモと同じく天使と見間違う程の絶世の美女だった。

 漆黒の翼で異種族なのは明らかだが、カルカ王女が負けるほどの本当に異種族なのかと怪しむほどの美しい人物だった。

 

「これはご丁寧にありがとうございます。私が聖王国王女のカルカ・ベサーレスと申します。この度は、本日は私どものためにお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」

「感謝など必要はございません。偉大なる陛下はそちらで起こっている事態に対し、深い憂慮を抱いております皆様のためにお時間を作ることは当然の事だと仰っておられました」

 

 宰相と軽く挨拶をすまし、一行は謁見の間に案内される。陛下に失礼がないよう武器を預けようとしたが、別に構わないとアルベド殿は言った。その理由は、聖王国を信頼しているとのこと。こちらを蔑んでいるわけでもなく、そちらから見ればこちらは異端の国と自覚している。なので持っていたほうが安全だと説明を付け加える。

 

 ここで大体を察するカルカとグスターボ。もしここで暴力を振るえば、絶対に自信をもって鎮圧すると遠回しに豪語していると読んだ。金銭、地位、権力、軍事力に魔法技術そして美女…聖王国が持っているどんな財でもアインズ・ウール・ゴウンの心を動かすことはできない。

 

 だが、此度は魔導国を見極めるため、手助けに値するかを判断するため代表として立っている、とカルカはこれから起こる出来事に自分を奮い立たせる。そして、ソレは現れた。

 

「(あれが神と言われる存在…)」

 

 気圧される威圧、魔法詠唱者(マジックキャスター)としては上位であると思わせる数々の装飾品を身に着けている。何より、離れた場所からでもわかるほど尋常ではない魔力。その全てにカルカは圧倒された。

 

「アインズ様、ローブル聖王国王女 カルカ・ベサーレス様が御目通りをしたいとのことです」

「よくぞ来られた、聖王国王女よ。私が魔導国国王並びにナザリック地下大墳墓の主人アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 挨拶から入り、国の現状を魔導王に噓偽りなく説明する。こちらが説明している時間が短いにもかかわらず、全員がこの重い空気になんとか耐えている。

 更に希望を言うのであれば、最強の冒険者であるモモンの派遣を要請した。しかし、これは無理だと。その理由は国民の安心にモモンの存在が大きかった。その代わりにアンデッドの軍勢であるならば好きに借りていいと条件を突きつけられるも、それは他国の軍隊を自国に呼び寄せる自体不安の塊であり、何より初めて見るアンデッドの軍勢に聖王国の民からは恐怖に怯えることは容易に想像できる。

 

 それならばこちらの聖騎士団が残り、モモンの代わりにアンデッドを信頼するように働きかける案も提示したがこれも難しいと言った。苦楽を共にした人物であれば信頼感があるが、突然現れた者がアンデッドは味方といっても信頼できないだろう。万策が尽き、どうすればいいかカルカが考えていた時…

 

 

「それならば、私が出向いたほうがいいのでは?」

 

 付き人であったネモ殿が、そう言った。これには陛下以外全員が固まる。

 

「貴殿ら国との間で友好的な同盟を結びたいんだ、将来を見越してね。それにアンデッドの軍隊より、天使の格好である私が赴いた方が体裁としてもいいだろう」

「それは…!」

 

 カルカは焦った。ヤルダバオト討伐のために助力は欲しいが、一国の王の右腕を連れて行ってしまってはどれほどの見返りを要求されるか。

 

「見返りは、先ほども言った通り貴殿らの国との友好的な同盟だ。別に何も生者の命のような生贄が欲しいわけではないのだカルカ王女。そちらの王族と判断し、我々が亜人とは違う同盟に値するために動くのだ。それにモモンを正式に派遣できるのは良くて数年後…今もヤルダバオトが暴れている状況で、そんな悠長なことはしていられないだろう。どうだろうか?」

 

 正論だ。これ以上にない答えだ。

 だが不安な事もある。絶対的な強者であるにもかかわらず、そんな簡単に他国のために力を差し出す行為に混乱した。そこに…

 

「大変申し訳ありません、魔導王陛下…!」

「…誰だ?」

「私は聖王国の聖騎士団従者を務めております、ネイア・バラハと申します。無礼を承知で申し上げますが、私はネモ殿の派遣に全面的に賛成しております」

 

 突然の発言に驚くが、その姿勢は聖王国のためになりふり構っていられないネイアの悲痛な様子が目に見えた。冒険者モモンが無理だったとしても、それ以上の実力者が国に協力してくれるのであればあとはこちらからの説明でどうにか貴族たちを説得できる。

 

「ネイア! 従者ごときが会話の横やりなど!」

「レメディオス、言葉を慎みなさい!」

 

 魔導王陛下は考える素振りを見せる。

 

「ふむ、どうやらネイア殿は我が副官を見て信頼に足ると考えたようだな。それであるならば、私は構わない。一刻を争う状況だ。良い部下を持ったな、カルカ王女よ…それでよろしいか?」

「ありがとうございます、魔導王陛下」




「ハンゾウよ、彼らはどう考えている?」

 会談が終了して数時間後、ネモからの問いに情報収集を終えたハンゾウがお辞儀をしながら報告に入る。
 あの後、従者であるネイアが会話に乱入したことでレメディオスはこれでもかと罵倒していたらしい。カルカ王女を始め、グスターボもネイアの賛成に後押しするよう庇ったとか。

 向こうとしてはモモンになんとしても来て欲しかったが、仕方がないと割り切っているだろう。しかし、あのレメディオスはとんでもない考えをしていたとのこと。

 その考えとは、戦争の最中に魔導王の右腕である私をどう使い潰そうかと考えたことを吐いた。これにはカルカ王女も切れたらしい。グスターボも「そこに正義はあるのですか!?」と問い詰めた。
 ハンゾウ曰くその場で殺したい気持ちを抑えて正解だと言った。あの馬鹿女の考えそうなことだ。これから本格的に聖王国との交流に、あの女は邪魔だ。それにあのすぐに手を出す性格…これは好都合な手はいくらでもあると読んだ。

「こうなったら、あの女には最強の絶望を味わわせないとな…」


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捕虜収容所解放作戦

ラティ兄妹が出ると聞いて、アルトマーレで感動しました。
でもゲットしないのは(-ω-;)ウーンと物足りなさを感じましたね…
ゴウはスイクンゲットしてるのに…


 遂に始まった、魔導国と聖王国の共同作戦。

 会談が了承した翌日、前回ネモ様が転移した場所へ早速使節団とともに舞い戻った。たった一日で会談が完了したので、早すぎる使節団たちの帰りに聖王国側はまたもや度肝を抜かれた。ひょっとしたら会談なんて行われず殺されて影武者ではないかとこちらが疑われたくらいだ。

 

「ネイア殿、気を楽にせよ。気持ちはわかるが、戦場で動かなくなってしまったら死あるのみだぞ」

「も、勿体なきお言葉!!」

 

 ネモ様(ドッペルゲンガー)とオルタ、アルシェにシズと一緒に乗っているネイアはこちらを気遣っているのか中々緊張感が解けていない。大方、上司のレメディオスに此方を上手く使い潰そうとお付け役に無理やり任命されたのがよくわかる。

 

 それでこちらから、折角お付け役で守ってくれる先行投資としてネモ様から、これまた豪華な弓『アルティメイト・シューティングスター・スーパー』が贈呈された。流石に貧相な武装で護衛させるわけにもいかないので、ネイアは渋々その弓を借りる。

 

 早速、カルカ聖王女主導で作戦が展開される。

 まずはヤルダバオトや亜人たちに捕らわれた捕虜の救出をするため、カリンシャから東北東に5日かからないくらいの場所にある、人口2万人以下の小都市"ロイツ"に向かう。そこに大量の捕虜を匿っていると情報があったので仲間を増やすことには賛成だ。

 

 しかしどういうわけか、作戦内容までは聞かされることはなかった。

 大方これくらいの作戦であるならば、こちらの力を頼らずとも遂行できる自信があるのかはたまたこちらをヤルダバオトの戦力として温存するつもりか…いずれにせよ、こちらは後方で援護してほしいという要望(オーダー)だった。 

 

「行くぞ!」「「「おう!」」」

 

 レメディオスと騎士団員達は収容所と化した村に一斉に馬で駆ける。

 襲撃方法神官達が天使を召喚し見張り台を制圧、その援護の受けた聖騎士達が破城槌を用いて門を正面突破するというもの。

 

「皆の者! これより、ヤルダバオトより我が国の民を取り戻す最初の戦いを始める! 我らに正義を!」

「(正義、ね…)」

 

 レメディオスの鼓舞に聖騎士達も一丸となり突っ込んでいく。

 ただ、戦闘になればすぐに村は騒がしくなる。一応奇襲にはなっているようだが間もなく見張り台にも迎撃兵の亜人が現れる。そこから矢が放たれるが、一団の先頭を突き進むレメディオスはその矢を打ち払い進撃速度を落とすことは無い。

 

 門に到達すると、聖騎士達が破城槌をぶちかます。門が大きく軋むが一度では破れない。こちらの正面突破に気づいた敵の亜人軍団は、そうはさせまいと城壁内から岩などを落とす。だが、許可はされていないが後方に待機していたこちらで遠距離から魔法等で仕留めていく。その隙に破城槌で繰り返される衝撃で門は破壊寸前の所まで追いつめられるが…

 

「下がれ!」

 

 そんな時、聖騎士団ではない大声が響き渡る。声の主は見張り台の上にいる亜人。今は天使達に制圧されていたはず。だが、この亜人種は険しい山岳地帯に住み城壁すらも簡単に踏破する能力を持つ"バフォルク"と呼ばれる種族だ。

 

「貴様! 卑怯な!」

 

 聖騎士達が叫ぶ原因はバフォルクが手に持つ少女(人質)のせいだ。首にナイフを押し当てられた少女はぐったりとしていて、見る限りでは生きているかどうかもわからない。

 

「我々も向かおう」「はい…!」

 

 近接戦闘に参加する予定が無かったネモとジェスターの二人に、ネイアを伴いレメディオスに合流しようとした。

 

・・・

 

「(人質を捕られているのか…!)」

 

 城壁付近まで近づくと、バフォルクが子供を人質に取り盾にされた光景にレメディオスと聖騎士たちは後退を余儀なくされていた。このままでは救援を呼ばれ、亜人の大軍を持って逆にこちらが殲滅されるだろう。引くという選択肢はすでに無い。だが…

 

「(あの人質の子供…まさか…!)」

 

 ネモとアルシェは気づいていた。

 

 あの子供は、既に死んでいる(・・・・・・・)

 遠目で夜なので常人では子供の状態はよくわからないだろう。しかし、魔眼持ちである二人はその子供の生命力を感じ取っていた。しかし、子供の身体には生命力を感じなかったのだ。となれば答えは一つしかない。

 

「くっ、あれでは攻められん! どうすれば…」

 

 そんなことはつゆ知らず、人質を盾にされレメディオスは後退を余儀なくされていた。彼女の信条から人質を無視して攻め込むこともできない。そして、人質が有効と見たバフォルクがどういう行動をとるか想像もしていなかった。

 

「レメディオス殿、あの子供は…!」

 

 こちらが合流してくるのとほぼ同じタイミングで見入り台上のバフォルクが、人質の少女の首を切り裂いた。激しく血しぶきを上げ、絶望と恐怖に目を見開いていたのかそのまま地に倒れた。

 

「き、貴様! 言うとおりにしたぞ! なぜ人質に手を出した!」

「お前達の動きが鈍かったからだ! さあ、次の子供もこうなってほしくなければ下がって動くなよ!」

 

 見張り台のバフォルクは死んだ少女を無造作に投げ捨て、別のバフォルクによって見入り台に引き立てられた少年を拘束する。あの少年は少女と違って今度こそ本当に生きている。

 

「二人目も殺されたくなければ言われるとおりにしろ!」

「(何やってるんだあの団長! このままだと中の大勢の捕虜も!)」

 

 そう叫ばれてはレメディオスも言われるままにするしかなかった。周囲からそれが悪手だと言われようとも、彼女の中では誰一人として見捨てることなくなされてこそ正義なのだ。

 

 しかし、ネモとアルシェは心の底から非難した。

 戦いと犠牲は切っても切れない縁だ。このままでは人質が有効とされて、中にいるバフォルクたちにこちらが捕虜を救出するためにやってきたと知るや否や皆殺しを決行するだろう。

 

「団長殿、このままでは奇襲の意味がなくなる。それに先程から門に木材を運んでいる様子もある。バリケードを作られたら余計に門の破壊時間が―――」

「黙れ! 誰かいいアイデアはあるか!? 誰一人として死なないで済む方法だ!」

『そんなのあるわけないだろ(でしょ)!?』

 

 鬼の形相で見つめられたこちらに、レメディオスは一喝する。

 それと同時に全く現実のない打開案が飛び出たことに、ネモとアルシェは心で突っ込み返した。こう言い争っているうちにも、少年の身が危ない。かといって、もうレメディオスに任せていられなかった。

 

「あぁもう仕方ない! アルシェ、シズ(シーゼ)!」

「てめぇらなn(ピュンピュン!)ガッ…」

「ゴルーグ!」

 

 レメディオスと聖騎士たちがしどろもどろしている間に、シズが死角となっていた場所から精密射撃でバフォルク2体の頭に風穴を開ける。そして間髪入れず、アルシェがゴルーグを召喚してあれほど苦戦していた門破壊を1発で終わらせた。

 

「全員突撃しろ! 捕虜の救出を急げ!!」

「きさm「団長!!」ッ!…ギギッ、突撃だ!!」

 

 レメディオスが文句を言おうとしたが、そんなことはお構いなしにジェスターは門の向こうへ突撃を開始する。その直後、グスターボからの喝で考えることをやめ命令に全てを委ねることとなった。

 

・・・

 

「…お疲れさまでした。ジェスターの皆様、ご協力に感謝します」

 

 作戦終了後、カルカ女王の待つ天幕にて捕虜収容所開放作戦の結果を伝えた。

 あの後の突撃後は、半分はジェスターが主体となって収容所を解放した流れで成功した。唯一の懸念は、捕虜収容所に備蓄されていた食料が少なかったことだ。

 

 これは亜人たちが捕虜に十分な食事を与えなかった事実と、規定日数ごとに亜人たちが近郊にある小都市より食料を運んでくるシステムを取っていたことに起因している。例えそこの亜人を全員殺害して強奪しても、小都市に帰還しなければ収容所でトラブルが発生したと判断されるのは時間の問題だ。

 

 聖騎士たちも連日の奇襲で疲労度が増しており、国側が確保した食料もヤルダバオトの襲撃によって分担されてしまい全員が満足に食事をとれない状況になるまで陥った。だが、ネモの魔法によって一人で騎士と捕虜分の最低限の食料確保できたことが救いだろう。

 

 だが、他にもいいニュースがあった。

 なんとあの収容所に聖王家の血を引いているカルカ王女の兄、"カスポンド・ベサーレス"が救出されたのだ。次期王位継承の血族同士の争いを好まず、自分よりも優秀な(カルカ)に譲って貴族社会で生きる知識を求めた人物だとか。

 

 カスポンド殿下も部下のグスターボから大まかな状況を説明してくれた上、その上でネモとジェスターの二人に感謝した。それは同じく天幕にいたカルカにグスターボ、ネイアも同じ気持ちだ。しかし…

 

「貴様ら! 何故、人質を助けなかった!」

 

 聖騎士団の部下を引き連れた招かれざる客、レメディオスを先頭に天幕に現れる。皆返り血に濡れ疲労の色が濃く顔に出ている。そんな様子で戻って来た彼女が最初にしたことは、拭い切れていない血に濡れた聖剣の切っ先をジェスターの二人につきつけ怒鳴りつける事だった。

 

 カルカもカスポンドも、グスターボもネイアも戦場から戻って来た聖騎士団員も…そして、ネモとアルシェすらレメディオスがそんな行動に出るとは思いもしなかった。

 

「最初から魔獣を嗾けておけば、あの人質が死ぬことは無かった!」

 

 余りの物言いに正気が疑われた。そもそも、こちらは作戦内容を詳しく知らず後方補助に専念するよう言ってきたのは紛れもなくレメディオスだ。

 

「レメディオス殿は気づいていなかったようだが、最初の人質は最初から死んでいた。我々の混乱を招く為にバフォルク達に一杯食わされたのだ。救えなかったのは残念だが、もしこちらの強行手段が遅れていたら、団長殿は囚われている捕虜たちの命を、責任もって助けられたのかね?」

「ぐぐぐ……」

 

 ネモの一言で、レメディオスは黙る。こちら側に死者は既に殺された捕虜数名程度で負傷者もゼロではないが限りなく少なくなった。それに我々が作戦内容を知っていれば、そもそもバフォルク達に人質という作戦時間も与えなかっただろう。

 

「カルカ殿の(こころざし)を目指していることはわかる。しかし、戦場はゲームのように簡単に上手くいかない。刻々と変化していき、最悪の展開も予想しなければ兵士たちの心も折られていくぞ」

 

 多くの捕虜に感謝を言われたが、その中で子供を殺された親だけは怒り狂ってこちらを責めているのが見えた。だが、こちらが収容所を奇襲しなかったら遅かれ早かれ自分たちも殺されたかもしれない事実に、ネモとアルシェはイライラした。ここはネモの威圧で黙らせたが。

 

「カルカ殿、戦いと犠牲は切っても切れないものだ。戦場に立ちそれがどういう意味か理解したはず。下手をすれば、カスポンド殿が亡くなっていたかもしれない。裁定者として、国の開放を望むここにいる全員は…誰も悪くないし、文句を言われるのは筋違いだ」

「貴様! カルカ様を侮辱する気か!?」

 

 カルカの(こころざし)は無理だとわかるや否や、レメディオスはネモに剣を突き付ける。対するネモは動じないが、ここでカルカが止めに入った。

 

「レメディオス、武器を下ろしなさい! こうなることは私も予想はついていました、なので彼らは責められません。それに、捕虜開放に協力してくださった恩人(・・)を無下にしてはいけません…!」

 

 キッと鋭い目線で睨まれると、レメディオスは部下とともに次の作戦のため乱暴に天幕を揺らしながら出て行った。

 

「此度の救援は本当に感謝しています。死者が出てしまったのは残念ですが、団員を代表して礼を言います。団長も今は気が高ぶっていてあんな物言いになっていますが国の為、国民の為必死なのです。どうか、気を治めていただきたい」

「だがグスターボ殿、あんな調子が続いてしまってはいつかはこちらに剣で切られかねないぞ。そうなってしまえば、カルカ殿が全責任を負うのは難しくなる」

 

 グスターボが感謝と謝罪を申すが、レメディオスの殺意は本物だ。もし作戦時に…ありえないかもしれないがこちらを斬ってくるかもしれない。そうなってしまったら、最悪今度は魔導国と戦争になりかねないとわかっているのだろうか。

 

「カルカ様は、貴方は…聖王国をどんな未来にしようとお考えですか?」

「アルシェさん…」

 

 アルシェがカルカに質問する。

 

「この国が亜人たちと憎しみあい復讐の連鎖で成りあっているのは承知の上です。しかし、このままですとこの戦いが終わったとしても…今と変わらない生活が続くでしょう。表面ではなく、元から断つべきです」

 

 カルカ自身も内心気づいていた。このままヤルダバオトから国を救ったとしても、残った亜人たちが再結成しまたぶつかり合う日常に戻ってしまう。疲弊している今の状態でそうなったら、今度こそ聖王国は終わりだ。

 そこで魔導国から、戦場で生き残った亜人たちをこちらで引き取り罪を償う形で引き取る案を密かに受け取っていた。カルカ自身、亜人たちは敵であるが話ができる分なんとかならないかと思っている。しかし、それで民たちを失いたくない葛藤に悩まされていた。

 

「貴方様の苦しみはわかりますが、今こそ決断の時です…どうか…」

「!!」

 

 ここでアルシェから一体の魔獣が飛び出る。その姿を見るや否や、カルカとグスターボは口をパクパクしながら見つめていた。

 魔獣ではない、亜人でもない…彼女の隣にいるのは神獣だ。こんな、人ならざる神秘的なものは見たことがなかった。それと同時に、彼女の中にあった汚れてしまった"本心"を洗い出してくれたのだ。

 

「私たちを……信じてくれませんか?」




次回から2回に分けて…
アルシェのビーストテイマー、2連戦です。
もう一度言いましょう…2連戦(・・・)です!





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アルシェ vs バザー

実は武王とアルシェを戦わせたらどうなるかの案を、別の形で採用しました。どうぞ。


 ヤルダバオト討伐戦争も、いよいよ終盤を迎える。

 こちらが収容所を奇襲したことにより、ヤルダバオトの怒りを買ったのか亜人側の攻撃も激しくなった。時には自爆攻撃さえしかけられるなど、勝利のためなら自分の犠牲も迷わないほどに。

 

 そして、都市部の一番広場でアルシェは出会う。

 一際体格の良いバフォルク。そしてそのバフォルクも、アルシェを見つけて首を傾げた。自分と違って異常な所が何もないただの人間。だが、ここは戦場でありひ弱な種族の人間、しかも雌がたった一人だけでいる事が異常だった。

 

 対するアルシェも、ここまで幾人の亜人を倒しながらやってきたのでそろそろボス格、幹部クラスが来るのではないかと身構えていた。そいつを見た瞬間にそれは確信へと変わる。ただこちらを待っている姿に、師であったコキュートス様みたいな武人だと一目で思った。

 

「貴方は、もしかして(リーダー)?」

 

 長と思わしき者は先ほどからこちら殺気をぶつけているが、気にもしない。相手は警戒を解かず、回答する。

 

「…そうだ。バフォルクを束ねる王、『豪王』バザーだ」

 

 さらに威圧する。だが(アルシェ)はこちらを恐れなかった。いや、今まで戦ってきた聖騎士のように無暗に突撃もせず静かにこちらの様子を窺っている。

 

「ではバザーさん。大人しく投降して、魔導国の民になりませんか?」

「…何を言っているのだ貴様」

 

 (アルシェ)の意見にバザーは首を傾げる。魔導国とは聞いた事があった。なんでもアンデッドの王が興した国だという。そんな国の傘下に加わればどうなるか想像に難しくない。

 

「アインズ様の国民は皆平等です。悪魔に一族を人質にされる事はありません」

「ッ!?」

 

 何故それを知っているのか。彼の中で警戒度が一気に上がる。上がるのだが、今まで殺してきた人間のように殺意が湧かなかった。警戒に値すると断じているのに殺すべきだと理解しているのに。

 このバザーは複数の部族を束ねている王だった。ところが、突然現れたヤルダバオトという悪魔に心が折られるまで負け、遂には大切にしている家族まで人質にされた。逆らえば命はないと、女子供は悪魔が支配するアベリオン丘陵で王の帰りを待っているはずと信じていた。

 

「本当に、無事だと思っていますか?」

「何、を…」

 

 まるで心の中を見透かされたような気分になった。表情は真剣そのものの分何か恐ろしいものを感じる。ただの人間の小娘のはずなのに、何なのだ、これは?とバザーはいつの間にか、あの悪魔と同じく恐怖していた。

 

「悪魔との約束は信用してはいけません。信用していいのは、きちんと契約を結んだ時だけです。そんな一方的な約束はすぐに捨てられるのがオチです」

 

 ギリッと歯が軋む。

 命令に逆らえず力が足りないからこそ彼はここにいる。虫けらのように蹂躙され命乞いをさせられたからここにいる。反旗を翻すとなれば、家族や仲間が殺される。そんな最悪な光景が現実になる事だけは避けなければならなかった。たとえ、悪魔が約束を守る気などなかったとしても信じなければならない。そうしないと王たる全てを投げ捨てひれ伏した意味がない。

 

「こちらを信用しないのはわかります。ですので、もし私が勝ったらどんな約束をしたのか詳しく教えてもらいますか?」

「何故貴様に教えなければならない? 例え教えたところで、あの悪魔には勝て」

「誰も私だけで挑むとは一言も言ってませんよ?」

 

 ここでバザーは察する。

 今の一言は間違いなく、目の前の女よりも強いやつがいるという確信の一言であった。確か情報では、魔導国の幹部が冒険者と共にこの戦争に参加していて収容所の戦いにも参加していたと報告があった。頭の中で全てが繋がった瞬間、部下に指示を出す。

 

「総員聞け! 今からこの人間を潰す! 見届けたら持ち場に戻れ!」

「ではこちらは、そちらが投降するまで何度でもお願いしますね?」

「貴様に屈すると思うか? 舐めるな人間!」

 

 両者が武器を持ち構える。少女の持っている杖で、バザーは少女が魔法詠唱者(マジックキャスター)だと判断した。それが正解だ。種族の体格差というハンデを覆してここまで来たのだから色々なマジックアイテムを隠し持っているのだろう。

 そして、その性能に絶対の自信を持っている。自分も複数のマジックアイテムを所持するゆえに理解した。手にした武器も何やら魔法を帯びているのがわかる。

 

 さっさと殺して全部奪ってやろうとそう決めた。今から行われるのは一方的な暴力だ。一太刀振るえばあの肉体は砕け散る。ここは戦場だ、死体を見るのは珍しくもない。だが、何故かその未来(ビジョン)が全く見えない。

 

「それが貴様の武器か。いいだろう、ここまで乗り込んできた貴様に敬意を表し先手はくれてやる」

 

 違和感の正体を探るべく様子を見ることにしたバザーは、己の剣"砂の射手(サンドシューター)"という魔法剣を地面に突き立て腕を組んで仁王立ちになる。どうみても明らかな挑発だとアルシェは悟った。

 

「わかりました……後悔はしません、ねッ!!!」

「!!!」

 

 バザーも、その場で見ていた部下たちも何が起こったのか…それはアルシェの攻撃から数秒後経過した現実に把握した。悲鳴を上げる事すらできず広場を通り過ぎ、民家の壁を破壊してさらに飛ぶ。壁をぶち抜かれた民家が3軒ほど崩壊する。

 

 周囲で見ていた部下も予想していなかっただろう。

 まさか…魔法を使う魔法詠唱者(マジックキャスター)がいきなり高速で近づいて持っている杖で打撃攻撃を行うなど。そして、恐る恐るといった表情で瓦礫の山となった民家を見る。

 

「きっさまぁ!!!!」

 

 次の瞬間、瓦礫が吹き飛びバザーが雄たけびと共に飛び出してきた。一瞬だけ歓声が上がるが、バザーの姿に息をのんだ。なんせ、頭からぼたぼたと流れる血が流れ、誰がどう見ても瀕死に近い満身創痍の様子だったのだから。

 

 立派な角は殴られた衝撃で片方ボッキリ折られ、胴に着ていた『亀の甲羅』という魔法鎧も所々にヒビが入っていた。

 

「…後悔しましたか?」

「ああ、後悔したとも! 己の選択の愚かしさを噛みしめているとも!!」

 

 魔法武器で攻撃されると認識しておいて、相手が人間の女で弱い魔法を放つを思い込んでいたこその後悔だ。選んだその選択の結果がこの体たらくである。体に鞭打って一足飛びに元の位置に戻り、刺さりっぱなしだった"砂の射手(サンドシューター)"を地面から抜く。

 

「いいだろう…!ここからは全力で相手をしてやろう!」

「では、参ります!」

 

 バザーが攻撃態勢に入る前、アルシェは既に詠唱を完了していた。

 彼女の後ろが光り紋様みたいなものが現れ、今度こそは魔法攻撃だと確信したバザーは防御態勢に入る。すぐに複数の強化火球(ファイアボール)がバザーを襲う。

 

「『要塞』! ぐおおおおおおおお!!!」

 

 ドドドドっとまるで嵐にあったかのような怒涛さに付け入る隙がなかった。いや、これが本来の魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦い方だ。近距離戦が得意の戦士から、射程距離に入られないようにするための遠距離からの一方的な攻撃。守っている頑丈な両腕も折れてしまうほどの衝撃に苦悶の表情を浮かべる。

 

「これを、耐えますか」

「ふぅ…ふぅ…!!!」

 

 強化火球(ファイアボール)を打ち尽くし、一時攻撃を中断したアルシェ。こちらへの情けなのか、いや断じてそれはない。彼女はただバザーをどうやって倒すのか、次の魔法準備に入った。このまま一瞬だけ待たせてしまってはバザーの身が持たない。

 

故に取れる行動は一つ。

 

「『能力向上』『素気梱封』『剛腕豪撃』!!」

 

 捨て身の特攻。立て続けに武技を起動させ、身体に激痛が走るが悉く無視し、それこそ生涯で最も速く地を駆ける。

 

「死ねぇぇ!!」

 

 バザーの全身全霊、命まで賭けた渾身の一撃。肉体の限界すら無視したその一撃を、上段から人の目に捉えるのが難しい程の高速で振り下ろされる斬撃を…

 

ガァン!!!

 

 

「………………はっ??」

 

 

 その全身全霊の一撃を、アルシェが受けることはなかった。

 

 受けたのは、彼女を守ろうとして自身の正面に立っているゴーレム(ゴルーグ)が受けた。だが、武器破壊の力をこめたこの一撃は相手がどんな武器・武具であってもダメージを受ける武技だ。しかし、目の前にいたゴーレム(ゴルーグ)はそれを真正面から受けきり、尚且つ破壊される様子も見られなかった。それどころか、衝撃を受けたと同時にこちらの砂の射手(サンドシューター)が、甲高い破砕音と共に砕かれたのだ。

 

「な、何故……何故砕けないのだ……?」

 

 粉々に砕け散り飛び散るのは己の武器、修復不可能なまでに刃を失った砂の射手(サンドシューター)ゴーレム(ゴルーグ)に守られたアルシェには傷一つついていない。

 

「ごめんなさい。このゴーレムは特別製で、私の魔獣なんです」

 

 武器と同時にバザーの中の何かが音を立てて砕けた。単純に、ゴーレム(ゴルーグ)とのレベルに差があっただけだ。しかし、その勝負に嫌な感じはしなかった。

 

「何が…目的だ?」

「先ほども言いましたが、投降して魔導国の民になってください。民になれば、アインズ様は捕らわれている家族救出に協力します」

「その、アインズ様とやらは強いのか?」

「今はこの戦場に居ませんが、いずれは世界を手中に治める方です」

「あの悪魔に、ヤルダバオトに勝てるのか?」

「皆を助けるために、この戦場に駆けつけてくれるでしょう…」

「……そうか」

 

 何か考え込むのかバザーは空を見上げる。そして、深呼吸を一つ。

 

「おい、各部隊に伝令を飛ばせ。この時点を持って戦闘及び捕虜を放棄。即刻全員我がもとに集結せよ!」

 

 バザーの言葉に部下達は戸惑いを見せる。

 

「早く動け! 我にこれ以上恥をかかせるな!」

 

 続く一喝で慌てて動く。広場に残ったのはバザーとアルシェだけとなった。

 

「これを飲んで回復してください。もうすぐ私の上司が迎えて、貴方を民にするかお言葉をもらえるでしょう」

 

 アルシェは敗北宣言をしたバザーに、回復薬を手渡す。一瞬躊躇ったが、例えこれを飲んで襲い掛かっても返り討ちにあうだけと判断したバザーは、黙って薬瓶の中身を飲み干す。飲み干してみて思わず笑いがこぼれた。アレほどボロボロだった身体が見る間に修復されていく。折れた角も全ての傷も淡い光と共に元通りになる。

 

「お前の上司というのも、アインズ様並みに強いのか?」

「ええ、もうすぐお見えになるので…実力は、わかると思いますよ?」

「…そうか」

 

 大群の足音が響き渡る。どうやら命令を受けたバフォルクの部下たちが周囲に集まって来た。命令通り持ち場を全て放棄してかけつけたようだ。少し遅れてネイアとネモ様が現れた。バザーはその姿を見て息をのむ。天使というこの世に超人的な存在であると、一目見ただけで察した。

 

「お前がバフォルクの長か」

「豪王を名乗っておりましたが…今、この時より放棄いたします。名はバザーと申します」

 

 この凶悪な天使を前に、王などと名乗れない。元豪王に倣い周囲のバフォルクもやはり戸惑いは隠しきれていないが膝をつく。

 

「ふむ、王を捨てるという事は私の元に、我が国の民になるという事で良いのか?」

「お許しいただけるのであれば、私の元に集う全バフォルクを御身の元に」

「…いいだろう。これよりバフォルク族は魔導国の傘下となる。アインズ・ウール・ゴウン、並びにネモ・クリムゾンの名において庇護を約束しよう」

 

 元豪王と魔導王の副官のやり取りに混乱するバフォルクも少なくは無い。聖王国との確執も確実に残っているので、その埋め合わせも考えなければならない。

 

「さて、まずは…そうだな。聖王国との事もある。バフォルクを全てまとめて一度アベリオン丘陵まで引け。しかる後我々は暗躍するヤルダバオトを討つ。お前には増援を回すので家族と土地と一族の尊厳を取り戻すのだ」

「ははっ」

「では、すぐに兵をまとめよ。可能ならアルシェと協力し亜人を説得し悪魔討伐の戦力とせよ」

「了解いたしました」

 

バザーが部下に指示を出すべく立ち上がった時、そいつはやって来た。




次回、イカレた聖騎士 vs ビーストテイマー


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アルシェ vs レメディオス

お待たせいたしました。
イカレた聖騎士はここから地獄を見る。ではどうぞ。


「一体何のつもりですか!?」

 

 豪王バザーが降参し、これから魔導国で罪を償う決意をした直後…レメディオスの容赦ない斬撃が彼に襲い掛かった。アルシェが杖で庇った事により寸でのところで止まったが、一歩でも遅れたら剣はバザーに突き刺さっただろう。

 

「おい冒険者! そこをどけ!」

「団長さん! 貴方は一体何をやってるんですか!」

「邪悪な亜人をこれから殺そうとしただけだが、それがどうした?」

「この豪王は既に降参致しました…!それに、部下と共にこれから魔導国の傘下に入ります! ですので手出しは無用です!」

「手出し無用だと? 本気で言っているのか冒険者。 その言葉自体を鵜呑みにするのか? その場凌ぎの嘘を言っているかもしれん。ならばここで殺した方が手っ取り早いだろう」

 

 レメディオス(この女)は何を言っているのだ? とアルシェは、彼女がカルカ王女からの言葉をまともに聞いていないのかと疑った。

 

「レメディオス殿。この豪王バザーはアルシェとつい先ほど戦い、そして膝を屈し負けた。そして私の前で魔導国の民になると忠誠を誓ったのだ。聖王国(そちら)との罪の償いはカルカ殿とおいおい…」

「魔導国の副官殿。こいつは我々聖騎士団たちを殺しつくした邪悪な亜人だ。そんな亜人をこれ以上見逃すわけにはいかない…こいつはこの場で裁きを受け入れるべきだ」

「それを踏まえて今後話し合うのだ。無抵抗の者を殺すのは、騎士道に反する事ではないのか?」

「こいつらは亜人だ、そんなのはどうでもいい」

「団長殿! ご無事ですか!? これは一体…」

 

 更に遅れてグスターボ達が到着する。

 聖騎士たちは、今のこの状況に少し困惑している所だ。ネモが一から丁寧に説明する。レメディオス(この女)の言っている一部は納得がいく。幹部クラスの亜人は多くの聖騎士達を殺した。その事実は変わらない。後は部下たちがどのような判断をするかだが…

 

「団長殿。ネモ殿の言っている事が真実であるならば、捕らえるだけにしましょう」

「副団長! 貴様気が狂ったか!?」

 

 驚いたことに、グスターボ達はこちらの意見に賛同したのだ。明らかに自分についてくれると勘違いしていたレメディオスに怒りを向けられる。

 

「狂ってる…それは、団長殿ではないのですか? カルカ様は我々に、誰も泣かない世界を目指すとおっしゃいました。それは即ち、これ以上の悲しみや血を流さないのが最適ではないのですか?」

「亜人のこいつらには関係ないだろ!! この天使の言い分を信用するのか!?」

「…なら何故このように戦意喪失しているのでしょう? 豪王ならば我々を蹴散らすのは容易のはず。本当に人質などとられていなければ喜々として暴れまわっているはずです」

 

 グスターボは状況を客観的に見て、レメディオスにそう意見した。

 これにはネモもアルシェも流石だと思った。双方の意見を聞いた上で第三者の立場で物事を理解する。目の前にいる力でごり押すゴリラ女とは大違いだ。これまでの戦いの経緯で、部下の聖騎士達はレメディオスの暴走に振り回されて内心嫌々になっていたのだ。それこそ、この女が本当に自分たちの上司なのかと疑うほどに。

 

「この者は既に我々の傘下に入ると口約束をしている。口約束だが、立派に法として我々魔導国の民として成立しているのだ。この者に手を出すという事はどういう事か…わかるだろ?」

「こいつは我ら聖騎士達を殺しつくしたのだぞ! 今更引けるか!!」

「団長!!」

 

 レメディオス(この女)は何が何でも自分達で始末しなければ気が済まない、そんな気迫が伝わって来た。対するグスターボ達は、魔導国に宣戦布告する言わんばかりに協力する国を侮辱する後先考えない彼女に悲痛の叫びをあげていた。このままでは話は平行線だ、故に…

 

 

 

「―――― 故に、実力勝負(・・・・)で決めようじゃないか?」

 

 ネモのこの一言で、その場にいた全員は唖然とする。それは即ち、決闘で決めるという事だ。

 

「この世は常に強者が全てを得る。私は裁定者として、この場に居る代表者の同意を得ての解決が一番だろう。こちらが勝てば民として罪を与え、そちらが勝てばこの場で処刑すればいい」

「それはいい、そちらの方が手っ取り早そうだ」

「団長!」

「あちらから発案したのだ。こちらはそれに乗っただけで文句は言われない。それで、そちらは貴様が相手をするのか?」

「…私がやります」

 

 アルシェが名乗り出る。レメディオスは完全にやる気だが、まさかの案にグスターボは心配する。ヤルダバオトがまだ討伐されていない今、レメディオスという馬鹿だが貴重な人材を失ってしまってはこの先どうなるかを聖騎士達は心配しているのだ。

 

「案ずるなグスターボ殿。例えこの決闘でこちらが負傷したり死亡したとしても、同意の上での決闘なのだからそちらには全く非がないし責任も追及しない。いやそれ以前に、そんな状況は絶対にこないがな」

「なんだと!!」

「私ではハンデがありすぎるからな。故にアルシェとならば…いい勝負になるんじゃないか?」

「…いいだろう、後で吠え面をかくなよ?」

「…。」

 

 双方がそれぞれ武器を構え、対峙する。

 お互いが一言も言わず静かに構えるが、両者は全くと言ってもいい程空気が違った。レメディオスは殺意を、アルシェの方は別の感情を表しているようだった。

 

「ふん、妹の足元にも及ばない魔法詠唱者(マジックキャスター)など聖騎士の敵では無いと思い知るが良い」

 

 ケラルト以下だと判断した開口一番、レメディオスは一気に距離を詰める。

 が、目の前に居たはずのアルシェが居なかった。

 

「…遅いですね。それで全力ですか?」

 

 レメディオスの後ろから声が聞こえる。それは、いつの間に後ろに回り込んでいたアルシェの声であった。すかさず振り返りながら剣を振るも、甲高い音ともにアルシェの持っていた杖と激突する。

 周りで見ているグスターボ達聖騎士は目の前の戦いが信じられなかった。いや、信じたくなかった。あの武神に従っているのだから、強いのは分かっていた。だが、その武神にましてや近接戦闘で勝る力量を見せられるとは思わなかった。

 

「ファイアボール!テールナー、かえんほうしゃ!」

「ぐぅぅぅううう!!」

 

 少しでも隙を作り距離をおけば、魔法を発動させレメディオスにダメージを与える。対する彼女は頭に血が上っているせいか、はたまたアルシェを剣で斬らなければ気が済まないのか近接戦闘へもっていこうと躍起になっている。防御も回復も忘れているかのように気が狂っていた。

 

「貴様! これは決闘だぞ! 亜人を召喚するなんぞ卑怯だぞ!!」

「私の本職は魔獣使い(ビーストテイマー)です。召喚して戦うのは当然です」

 

 アルシェが魔獣を召喚するのに愚痴を言うレメディオスだが、傍から見れば誰が見ても明らかなほど、アルシェとレメディオスの実力には差があった。邪魔だと判断したレメディオスは目標を火炎放射をしているテールナーに狙いを定めるが…

 

「戻れ! ロトム!」

「なっ!? ぐあぁぁぁあああ!!」

 

 斬られるタイミングを読み、ボールに戻される無敵状態(霊体)時間でレメディオスの攻撃を無効化すると、交代で入ったロトムの電気の帯びた体に当たり自爆する。ポーションにより回復しているが、戦争のこれまで無理な戦いを繰り返しているせいか、手から聖剣が離れレメディオスの膝が地に着く。本人に戦う意思はあるが、身体が追い付けないのは無理もない。聖騎士自慢の剣技が、魔法詠唱者のそれの、足元にすら及ばなかったのだから。

 

「貴方に一つ申しておきましょう。貴方の正義を、完全に否定するつもりはありません」

 

 アルシェがそう静かに語り始め、膝をついているレメディオスに静かに歩き近づく。まるで全てを悟ったかのように、見据えるようにレメディオスを見ていた。

 

「確かに、この世には様々な正義があります。私には、何が正義なんてわからないかもしれません。ですが冒険者として、ここまで旅をしてきていろんな人に会いました。その人たちはそれぞれが、それぞれ正義を語っていました。一つの正義に、皆が同調するには時間がかかります。しかし、例えどれくらいかかってもその同調を成し遂げます。寿命に限界が来たのであれば、誰かに、未来へ引き継がせます」

 

 レメディオスがどう思っているかわからないが、周りの聖騎士たちはまるでアルシェが輝かしい未来を語っているように見えた。あれこそが長にふさわしい姿と。アルシェはこの数か月、ナザリックで立派に成長を遂げた。心も体も。

 

「誰も泣かない世界を作る…成し遂げるまで途方に暮れる目標ですが、人間(・・)だけであるならばそれで限界です。人も亜人も魔獣も、言葉や文化も違いますがこの世に生きている生物です。群れなければ脆くなっていき滅んでいく種族に変わりありません。ならば、我々魔導国はそれ以上(・・・・)を目指します…!」

「そ、そんなこと…!」

「できます。そのために、これから行動で示します。貴方のような拒絶や破壊を繰り返す過去の人間ではない、未来を歩む人間代表として」

 

 アルシェは、レメディオスの手から離れた聖剣を見下ろす。聖王国が誇る正義を司り、その正義を力へと変える聖剣サファルリシア。それを魔眼で捉えると、以前よりも光が弱くなっているのを感じた。戦闘中、杖との鍔迫り合いで切れ味が悪くなっているのがどうもおかしいと感じていた。

 

 それを、アルシェは握りしめる。

 すると…戦闘で大量に消費していた魔力が漲るような感触を、まるで剣から流れ込んでくるように感じた。初めて握ったはずだが、使用者の魔力に合わせるよう還元しているのか。

 

「き、貴様! 貴様のような亜人に狂った邪悪な人間が…カルカ様より授かったその剣に触れるなぁ!」

「団長殿、善悪は時代によって違ってきます。新たな未来を認めようとしない、血に塗れた殺戮と破壊しか示さない貴方は負けたのです…自分自身に!」

 

 アルシェは握りしめたサファルリシアの剣先をレメディオスへと向ける。まるで剣がそうしろといっているようだった。

 

「なに!?」

 

 レメディオスが困惑の声を漏らす。アルシェの言葉と同時に心に呼応するようにサファルリシアが光を放ったのだ。その光は、かつて彼女が悪を斬り裂くために力を示した断罪の光、いやそれ以上の輝きだ。それは聖騎士たちも知っている。もし、おとぎ話のように…聖剣に意思が宿っているのであれば。今この瞬間、聖剣の主はアルシェを認めたのだ。

 

「な、なんだ。なんなんだその光は! 何故だ! 私には使えなくなったと言うのに…なぜ聖剣が…サファルリシアが…正義の光が、余所者のお前に応える!?」

「誰がどう見ても、聖剣が認めた証ではないのか? これは非常に興味深いが、聖剣に意思があるというならお前は見限られたということだ」

 

 淡々と分析するネモに、レメディオスは驚愕する。

 

「そんなことはない! カルカ様はそんなことは認めない!」

「貴方の許可なんてどうでもかまわない。このまま大人しく負けを認めてください」

「き、きっさまぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」

 

 自分が負けている現実を認めない、ましてや本気を出さないアルシェにレメディオスは近くにあった他の剣を握りしめてアルシェに突進する。もはや考えなしに突っ込んでくる様子は、まるで獣そのものだ。

 

 レベル差で上のアルシェは、レメディオスの行動が時が止まったかのように遅く見える。これまで自分を支えてくれた者たちに感謝を想いながら、向かってくる凶戦士(レメディオス)に対し、静かに構える。その構えは、かつてネモが見せたみねうちの構え。

 

「ぐふぅ…!!」

 

 もっている光を放った聖剣が、攻撃で無防備になっている腹に吸い込まれるようにレメディオスに当たった。その瞬間に、確かに斬撃はレメディオスに当たった。しかし、レメディオスの身体には何も異常がなかった。あるとするならば、暴走した聖騎士を鎮める衝撃波が身体中を駆け巡ったのだろう。

 

 静かにアルシェの横で倒れこんだレメディオスは、部下たちに無事なのを確認された後連行されたのであった。




次回…イカレた聖騎士は、自ら地獄へと落ちていく…。


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凶戦士の末路1

 ヤルダバオト討伐作戦に、ついに決着がついた。

 一言で申すなら、アインズ・ウール・ゴウン魔導王によって倒された。空を舞いローブをはためかせ、ヤルダバオトが待つ荒野に王者が行く。

 やがて、炎が先に空へ飛びあがり、追って闇が飛び上がる。戦場の雄たけびはもはやなく、両軍とも攻撃する手を止め、空の一戦を眺めている。

 

 誰もが理解していた。常人では踏み込むことのできない領域、神の世界での戦いに移行しているのだと。

 光が、闇が、炎や雷が…理解できない現象が何度も激突する。

 そして、炎が散り闇が下りてくるのを全員が目撃した。

 

 その光景は、当然聖王国王女カルカ、並びに北部と南部それぞれの貴族も目撃した。

 そこからの話は早かった。あの魔導王の戦いを目撃もしくは口伝で、野原に火が燃え広がるが如くほとんどの貴族が魔導国に興味を示し、副官からの同盟に賛同した。大方あんな化け物に暴れ回られたら今度こそ聖王国は終わりという恐怖心が支配したが、この瞬間でもあれほど対立していた北部と南部が賛同したことが新たな未来への第一歩と言えよう。その脅威は一度でも対峙しかつ魔法詠唱者(マジックキャスター)としての知識が備わっているカルカ王女の発言で納得がいった。

 

 魔導王が聖王国に招待された暁には、それはもうてんやわんやのいい意味での大騒ぎだった。ヤルダバオトを倒した英雄…というには遠い王の姿だが、貴族たちも近くで見るや否やその圧倒的な迫力に押し負けられる。そして、これから始まる両国の同盟についての会談に一層緊張が走る。

 

 当初恐れていたのは魔導王の力と魔導国の戦力だったが、魔導王の口から聖王国との交易と友好な関係を望んでいると自ら語った。それだけでなく、ヤルダバオトによる被害で発生した建築物の修復や途中の交易都市の建設に積極的に推してくれた。コストや人員に対しては、今まで忌み嫌われていたスケルトンによる実践を含めたプレゼンで完璧に計画されていた。

 それ故、エ・ランテルを始めとする領土内と帝国・竜王国との商業実績、それによる経済効果も具体的な数字を交えて説明される。全く異論を挟む余地が無い。魔法で見せられたエ・ランテルの現状を見たら分かる。既に確定された栄えある未来だ。

 

 更に魔導国は、霜の竜(フロスト・ドラゴン)を配下に加えたことにより、空輸が可能と共に…聖王国、いやどの国でも聞いたことがない"領空権"というものを定義したいと言ってきた。ドラゴンを使えば道の状況なんて関係なく、荷物を輸送することが出来る。それに伴い空での混雑や事故を防ぐため、魔導国の領空としたいと申した。

 

 それを含め、このことを国中に知らしめるためカルカ王女とアインズ魔導王は『公開署名』という形で、カスポンドとネモの副官両名に見守られながら無事に同盟を終えた。

 

 聖王国の民たちも、ヤルダバオトの脅威から救ってくれた魔導国に頭が上がらない。顕著だったのがスケルトンによる建築物修復の、異常な速さだ。スケルトンに命令したら文句も言わず休みなく働いてくれる。魔導王に襲われる心配をしていた民たちだが、魔導王を支援する組織の長"顔なし"の活動により、そんな不安は数日もすれば消えていた。

 

 だが、そんな状況に納得しない一人が…とんでもない暴走を引き起こす。

 

・・・

 

「…以上をもちまして、このように再興を目指しているのですが…何かご不明な点などありましたでしょうか?」

「い、いいえ…もう十分です…」

 

 聖王国再興と魔導国との同盟も、そろそろ終盤に入ったところだ。

 副官ネモと、護衛のジェスターと対峙しているカルカはこの怒涛の数日間に驚かされたままだ。それは隣で計画を吟味しているカスポンド皇子、部下として在籍しているグスターボも同じである。因みにあの糞団長は軽い軟禁状態になっているとか。カルカの友なので牢に入れることができなかったとはいえ、こんなことが耳に入れば即座に国を裏切っても反対するだろう。願わくはそのまま永久に寝ててもらっても構わない。

 

「それにしても…この子も、魔獣なのですね?」

「ピ?」

 

 書類確認の際、座っている自身の膝に乗ってきた1体の魔獣に不思議な顔を向けるカルカ。彼女の膝には魔獣というには聊か不気味とは正反対の、大人気の電気ネズミポケモン(魔獣)"ピカチュウ"が彼女の不思議そうな顔を見せる。基本的に敵意がないことがわかると、カルカは十分にお気に召したようだ。彼女は聖王女とはいえ、内面は人間の女性と何ら変わりない。このほっこりするような場面で、ネモはそろそろカルカに嬉しいニュースを報告しようとした。

 

『…ちょっと!この先は立ち入り禁止です!』

『何やっているんですか貴方は!!』

 

…のだが、扉の奥で兵士達が何やら騒いでいる声が聞こえる。咄嗟に反応を見れば、この場面で絶対に出くわしてはならないあいつの反応を捉えた。ああもうっ!なんでこんなタイミングで邪魔をしてくるのか…

 

 

「――― そこをどけッ! 私はカルカ様に会わなければならないッ!!」

 

 

 バタンッ!!と勢いよく扉が開かれる。

 

 入ってきたのは…所々に傷があるものの、ガラクタ同然の鎧を着こみいつも以上に強気で殺気立っているレメディオス・カストディオがズカズカと王室に現れた。咄嗟に臨戦態勢を構えたが、もう血が噴き出るほどの怒りの睨みを向けた後にカルカにも同じ顔を向ける。

 

「レメディオス殿! 今は大事な会議中ですぞ!!」

「黙れ! 貴様らに言われる筋合いはないッ!!」

 

 この招かれざる客に対し側近の兵士は構えながら注意をするが、そんなことはお構いなしにレメディオスも剣を抜こうとしていた。因みに今の剣は聖剣ではなく普通の剣だ。聖剣はすでに返還されている。

 

「団長! 一体何用か、即刻立ち去れ!」

「どうもこうもあるか! カルカ様! これはどういうことか説明してください! 何故アンデッドの支配する魔導国と同盟を結ぶのです!?」

 

 唾を吐き散らしながらカルカに説明を要求するレメディオス。まさか、会議中に乱入されるとは予想外であったが、カルカは冷静に呆れるように口にする。

 

「…この現状の通りです。我が聖王国はヤルダバオト襲撃によって、多大なる被害を被りました。このままでは北部と南部が対立しあえば、財政の全てが維持できずいずれにせよ滅亡してしまう。そこで、戦争を終わらせたアインズ・ウール・ゴウン魔導王に協力を要請したのです」

 

 淡々と説明したが、レメディオスは納得しないようだ。それもそうだ。今のこの女の脳内は亜人を殺すことしか考えておらず、国の財政なんて根性論くらいでなんとかしろとしか思っていないだろう。その誰も傷つかない夢を、ましてやアンデッドの王に譲った事に信じられなかった。カルカの口から、そんな(現実)は聞きたくなかった。カルカは、自分の聖王女はそんなことは言わない。

 

 

 その結果、レメディオスが出した答えが…

 

 

「これは聖王国の総意です。レメディオス、いくら貴方でm」

「貴様はカルカの偽物だ!!」

 

「「「なっ!」」」

 

 次の瞬間、目の前で信じられない光景が飛び込んだ。レメディオスが持っていた剣を、その剣先をあろうことか主君であるカルカに向けたのである。

 

「何をやっているのだレメディオス! 貴様、ついに狂ったか!?」

「黙れ副団長! お前はそのまま黙って見ていろ!!」

「ふざけているのはアンタの方だろ!!」

 

 グスターボもまさかこんな凶行に出るとは思わなかったが、彼の眼には最早かつての団長の姿には見えなかった。大事な会議に乱入し、あまつさえ救国になり得る同盟反対を強行しているのだから。しかもその相手が国のトップでなら反逆罪確定一歩手前である。

 

 聖騎士に守られているカルカとカスポンドは、変わり果てた騎士団長の姿に心が混乱していた。だが最悪な状況(現実)は変わらない。選択を間違えれば、その瞬間魔導国、凶悪な力を持ったアンデッドや亜人軍団が敵になる。

 

 緊迫な状況だが、その中で一人だけ。副官のネモだけが、慌てず騒がず、聖王国側が用意した紅茶を味わって飲んでいた。それを見ていたレメディオスに苛立ちが増す。

 

「ふむ…この場で聖王女を殺し、今度は我々を殺すつもりか? 世界に騒乱の種を蒔けば、今度は腕に覚えがある自分が王になれるとでも思ったか?」

「黙れ! 貴様のせいでケラルトが死んだ! 聖騎士達も皆死んだ! 全部お前のせいだ!」

「…そう思い込んでいるのはお前だけだ。それ(・・)が聖王国の答えかね?」

 

 確かにその通りだが…と思ったが、流石に口には出せない。それにしても、この女は魔法で操られているわけでもないのに逆恨みが過ぎないだろうか。いずれにせよ接触すれば最悪このような結末にたどり着くのは明白であろうに。

 

「副官殿、我が国にそのような意思は当然ありません」

 

 沈黙を破り話し始めたのは、カスポンドだった。そんな答えを言われたレメディオスが、今度は彼を睨みつける。

 

「貴殿にそんなに睨まれる覚えはないぞレメディオス。王家に連なるものとして、私は義務を果たす発言をしただけだ。国難に皆で立ち向かわねばならない時に、お前の軽率で自己満足な行動は害悪でしかない。救援にはるばる異国の地にまで来てくれた代表と民に度重なる暴力と暴言は、最早見るに堪えん…!」

「団長!彼らと敵対したらどうなるかわかっているはずだ…! アンタの頭にはそれすらわからないほどの脳みそしか入っていないのか!?」

 

カスポンドとグスターボの蔑みながらの発言に、レメディオスは困惑するような表情を見せる。ここまでくれば相違の見解だ。自分は聖王国に対する正義を実行しているつもりが、彼らから邪悪の権化としか見えていないのだから。

 

「…遂には私を偽物呼ばわりですか。 これを見て、そう言えますかッ…!」

 

 珍しく強気で怒りの声を上げるカルカは、携えていた儀礼用の短剣を抜き軽く自身の腕に振るう。その行動に驚くが、切り傷ができポタッポタッと血が滴る腕をこれでもかとレメディオスに見せつける。カルカ本人は、偽物であるならば血なんて出るわけがないと理解されたかったのだが、レメディオスは違った。彼女にはカルカが自分の身体を簡単に傷つけるはずがないと逆効果を生んでしまったのである。

 

「レメディオス、剣を下ろせ。これ以上罪を重ねても意味がないぞ」

「ピィカァ…!」

「ッ!」

 

 静かにオルタがカルカの前に立ち、それと同時にピカチュウが威嚇し電気を見せつける。ロトムの電撃で痺れた経験のある彼女はすくんだが、それでも剣を下ろさない。

 

「同盟に反対しているのはお前だけだ。そんなに同盟になる国を恨むなら、即刻立ち去ればいい。今ならまだ間に合う」

「貴様らが国を助けなければこんなことにはならなかった!」

「ならば、ヤルダバオトによる滅亡が好みだったか? カルカ様の同盟がなければお前だって今頃死んでいる」

「カルカ様を巻き込んだ貴様らのせいだろ!」

「「はぁ??」」

 

 ああ言えばこう言う。埒が明かない水掛け論に全員が呆れていた。

 

「…最終警告だレメディオス。お前は自分の意にそぐわない行動を国が取ったとして、己の欲望の為にこのような暴挙をやらかした」

「違う!」

 

 レメディオスは拒絶した。そして、オルタは呼吸を整え伝える。

 

 

「違わない。お前は自己満足の為なら何でも犠牲にする。お前はもう…ヤルダバオトと同じだ

「!!」

 

 ヤルダバオトと同じ――― その一言が、レメディオスの耳から入ったその言葉が全身を駆け巡った。そして、暴走して制御できない頭の中でその言葉を理解する。次の瞬間、彼女の中で出来た答えは…嘲笑、蔑み、差別、怒り。しかし、唯一"どうあがいても(オルタ)には勝てない"理性がストッパーだった。

 

 しかし、全てが思い通りにならない暴走は…言葉よりも先に、手が出たのだ。

 

 

 

 

「黙れええええええええええ!!!!!」

 

ザシュッ!!

 

「グッ…!」「!?」

 

 レメディオスは、目の前で起きた出来事に信じられなかった。

 オルタならば自分の斬撃を止めて反撃するかと思った。しかし…現実は、彼はカルカ王女を護る様に身体を大の字にして、レメディオスの斬撃を食らった。これでは最早…魔導国の民を護る冒険者に対する、魔導国への宣戦布告と周りからそう捉われた。

 

「団長!!」「なんてことを!!」

 

 聖王国側は悲鳴の嵐だった。すぐさま、アルシェがゴルーグを召喚しレメディオスを取り押さえる。地面に埋められそうな重さに苦しむが、カルカの声で無理やり立たされる。

 

バチンッ!!

 

 今度は会議室に乾いた音が響いた。

 その音の正体は…かつて友だったたった一人のカルカ()が、許しがたい暴挙に涙して力強くレメディオスを引っ叩いたものであった。そして、催眠術で眠らされる寸前で宣言される。

 

 

「もう我慢なりません! 聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ!今この時を持って聖騎士団団長を解任!並びに"九式(きゅうしき)"の称号を剥奪! 同時に国家反逆罪とし投獄します!」




恐怖公「次回、読者は『レメディオスざまぁw』…と言います」


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凶戦士の末路 〜真の絶望〜

大変お待たせしました!
いよいよ、この脳筋ヘイト聖騎士の裁きのお時間でございまぁす♪
本編で描かれていませんが、もしかしたらこんな処理だったんじゃないかと想像して気合い入れて書きました!最後までお楽しみください、どうぞ。


「……こ、っここは?」

 

 レメディオス・カストディオは目を覚ます。

 しかし、目を覚ましたという表現なのかどうかわからない。

 

 なんせ、自分の周り辺り一面が闇のような暗闇だった。

 自分の瞼は既に開いている感覚がある。だが、それでも何も見えなかった。

 

 変わったことといえば、他にもある。

 

 レメディオスは、拘束されていた。

 じゃりじゃりとチェーンで両腕を縛られ、両脚を真下に縛られている感覚があった。そして肌の感触も違う。

 完全な裸ではないのは確かだが、身に纏っていた鎧の重さを感じない。暗闇で分からないが、おそらく剣も没収されているだろう。そして、次に考えたことは…

 

「………。」

 

 気を失う寸前…友であるカルカ女王から言われた言葉を思い出した。

 聖王国騎士団団長の解任、九式(きゅうしき)の称号剥奪、国家反逆…

 

 考えれば考えるほど、理解ができなかった。

 何が悪かったのか、何を間違ったのか。自問自答するが、答えはわからない。

 正しいことをした筈の自分が、何故こんな目に会うのか。

 

 

「…目を覚ましたかね? レメディオス・カストディオ」

「ッ!」

 

 自分を呼ぶ声がする。同時に年季の入った、鉄製のドアが動いたような軋む音が聞こえた。ボオッと周りに火が複数照らされると、この場所の全体像と喋っている誰かの姿がはっきりする。

 

「ネモ・クリムゾンッ…!」

 

 自身を蔑んだ異種族の天使が、こちらに厳しい目線で見てくる。それ以前に、レメディオスは棺桶のような人間数人分が入る檻に囚われていた。これではもう犯罪者扱いだ。

 

「どうしてこんなところにいるのか、こんな仕打ちなのか…理解しているのだろ?」

「これは何の真似だッ!!」

 

 レメディオスは暴れるが、じゃらじゃらとチェーンの小さい金属音が響くだけだった。

 

「理解していないとは…何とも力だけしか取り柄のない奴の思考は、嘆かわしいな」

「答えろッ!!」

 

 レメディオスの強気な発言に、ネモは鋭い眼光で対抗する。そして何があったのかをつまらなさそうに答える。

 

「…ならば単刀直入に言おう。お前はあの後、騎士団長の解任並びに国家反逆罪として捕まった。本来であるならば、聖王国の牢屋で罪を認めるまで投獄だったのだが……『事情が変わり、魔導国に連行した』」

「なっ…!」

「因みに御覧の通り、カルカ王女にも許可済みだ」

 

 ネモの言っていることに、レメディオスは唖然とする。そして棺桶を隔てて、レメディオスに書類が見せられた。それは、レメディオスの処刑を魔導国に譲渡するものであった。そこにはきっちりカルカ王女の名前も書かれていた。

 

「ふざけるな! これは貴様らが偽造したものだろ!」

「残念ながら正真正銘、カルカ殿の文字だ。本当にお前は事の重大さをわかっていないようだ。簡潔に申せば…お前は聖王国から、カルカ殿からも見限られたのだ」

 

 これは夢だと思っているレメディオスに現実を叩き伏せる。既にオルタを切りつけた事実を認めず、それでも自分は国に必要とされていると勘違いをしているようだ。

 

「周辺国の要人への暴力行為、並びに度重なる失礼な言動…いいだろう。そこまで言うのであれば、お前の望みを現実にしようではないか…」

「!」

 

 またもや鉄製のドアが開き、誰かが入ってくる。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王。そして亜人、しかも神に仇なす悪魔の種族であると容易に確認できた。

 

「お初にお目にかかります、レメディオス殿。私は魔導王の補佐官を勤めております"デミウルゴス"と申します」

「久しぶりだなレメディオス殿…挨拶は不要かな?」

「ふん、悪魔に挨拶なんぞするかッ」

「…『(こうべ)を垂れよ』」

「!?」

 

 デミウルゴスからの挨拶が気に入らない瞬間、支配の呪言で頭を垂らさせる。自身の耐性でも抗えない力に歯軋りする。

 

「全く、偉大なる恩方の仰る通りです。これほどまでに邪悪な人間は、私の知っている限りでは2人目(・・・)。まあ前者とは違うベクトルで驚いていますが、相変わらず猛牛なお方だ」

「ほざけ! 貴様は誰だ!? 私の何を知っていると言うのだ!!」

「全て直に知っていますよ。あの国でイキリながらも何も成せなかった無能な戦士。今では己の行いで見捨てられた哀れな女…そうですよね?」

 

 レメディオスは驚愕する。

 初対面のハズだが、何故か耳障りな声に違和感を覚えた。

 

「さて、そろそろネタバラシとするか。デミウルゴス」

「はっ、それでは。まだ分かりませんか? それなら、これなら分かるでしょ?」

 

 デミウルゴスと呼ばれた悪魔は、懐からあるもの取り出してそれを顔に取り付ける。その風貌は、まるで……

 

「あ、ぁ…あぁあ…」

 

 ナニカを確信したその瞬間、レメディオスの何かが外れた。

 

 

「ぁあああぁぁぁああぁあぁあぁあああぁあぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 魔皇ヤルダバオトの正体に気づくや否や、周りに関係なく暴れるレメディオス。

 

「やれやれ、まるで獣だな。これではどっちが亜人かわからない。バカと天才は紙一重だというが、正にその通りだったな」

 

「お前ぇ!!お前がぁああぁぁぁああぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 正しく獣。外の者たち全員睨みつけ真実を目の当たりにした瞬間、もはや理性のタカが外されたように牢屋の中で暴れまくった。自身の都合のいい理想が本気で現実になり、その溜め込んでいた負の感情が爆発したのである。やはり自分の勘は正しかった。魔導国とヤルダバオトはグルだったと。

 

「相変わらず煩いですね。お姉さま」

「!?……け、け、ケラルト!!」

 

 今度は暴れるのをやめ、扉から現れた人物に驚愕する。

 その人物は、ヤルダバオトに攫わられ既に死んでいると思っていたケラルト・カストディオ本人であった。

 

「ケラルト! こいつらだ! ヤルダバオトだ!!殺せこいつらを殺せ、そして私をここから出してくれ!!カルカ様にこのことを伝えるのだ!!私は間違っていなかった。魔導王とヤルダバオトはグルなんだと!!!」

 

 ケラルトにそう命令するレメディオス。しかし、ケラルトは動かなかった。

 

「何をしているのだ妹よ!そいつらを殺せ!そして私をここから連れ出せ!!」

「…残念ですが、お姉さま。私は連れ出すことができません。例え牢屋の鍵を持っていたとしてもです」

「何を言っているのだ!?」

 

 ケラルトはレメディオスの言葉には従わず、ずっと姉を見ていた。しかしその目は、まるで汚物を見ているかのように、蔑んだ瞳をしていた。

 

「だって……貴方は、国を追われた大罪人です。もう戻るところなんてどこにもないのですよ」

「ケラルト!まさかお前も操られているのか、カルカ様みたいに!! 目を覚ませこいつらは…!」

「そんなことは百も承知です。私もカルカ様や国と同様に、魔導王の同盟に自ら推したのです」

 

 ケラルトの言葉にレメディオスは息を詰まらせる。淡々と話す姿は、操られていないという事実、そして自ら魔導国と手を組む事実にレメディオスはかつてない絶望感を味わった。

 

「いずれこうなる運命だったのです。相手側の立場になって考えろと何度も進言しましたよね? 彼らがそのまま敵として動けば、姉様を始め多くの民が反対したでしょう。しかし、魔導国は無駄な争いを好まない。だからこそ、互いの陣営を後押しする。このようなシナリオ、少し考えたらわかることです。それに、誰も口にしていませんが…もう疲れている(・・・・・)んですよ。我々聖王国も、敵の亜人達も」

 

 魔導国と敵対してしまえば、待っているのは滅亡あるのみ。

 そうならないように魔導国は慎重に、両陣営に加担(・・・・・・)したのだ。共存と亜人の確保、この聖王国という巨大な舞台を使って。その壮大なスケールの作戦にケラルトは恐れた。同時に魔導国の底力を目の当たりにした。その事実を同じくもう一人…

 

「団長殿」

「ネ、ネイア・バラハ!!」

 

 扉の奥からもう一人、かつての従者ネイアが現れる。

 

「ネイア・バラハ! 命令だ!魔導王諸共ここで始末しろ! 私をここから連れ出す様ケラルトを説得しろ!!」

「捕まった身になっても私に命令ですか…他人をなんだと思っているんですか? もう上司でもなんでもないので聞く気にはなりません」

「この役立たずがぁ!!!」

 

 レメディオスはそう叫ぶが、今のアンタには言われたくないと若干の嘲笑の意味を込めての視線を返すネイア。元々アインズとネモの凄さを間近で見ており、その偉大さに心から酔いしれた彼女は元から魔導国を支援していた。

 

「…さて、別れの挨拶は済ませたかな?」

「ほ、本当に私を殺すのか…? 聖王国の正義の象徴である私を?」

「正義だと? お前の行動の何処がだ? 言い忘れていたが…私はアンデッドながらも器の広い王と思われているが、それは勘違いだ。貴様と同じく自分の大切なものが傷つけられたら遺憾に思えるし、怒りだって覚える」

 

 レメディオスの疑問に、一同は沈黙で返す。ここには、レメディオスの味方はいないのだ。ガコンっと、レメディオスを捕らえている棺桶式の檻がゆっくりと沈んでいく。そして、自身の足元から何かの音が聞こえる。

 

「ひっ…!?」

 

 それは小型の虫だ。

 しかも数匹というレベルではない。レメディオスの檻だけでなく、周りのその処刑場を埋め尽くすほどの数千、数万以上の大量の虫蟲…恐怖公の眷属達で埋め尽くされていた。その光景は人間であるならば、男も女も関係なく悲鳴をあげたくなる。ユグドラシル時代ではあまりのショッキングに強制ログアウトは珍しくもなかった。

 

「そんなに暴れるな。 お前だって、亜人達を嬉々として殺しまくっていただろう? だから私だって…嬉々としてやってやるさ。どうせ行き先は同じなんだ。剣で斬られて死ぬのも、川に流され溺れ死ぬのも…幾万の蟲に食い殺されるのも大した違いはない………

 

 

 

    同じ()

 

「ヒッ!?」

 

 アインズの怒気と共に、不気味に光る赤い目に萎縮するレメディオス。内心強気だったとしても、超えてはいけない一線を超えてしまう行為…アインズ・ウール・ゴウンを本気で怒らせたと確信した。

 

「ふ、 ふざけるな!!私はこの真実をカルカ様に伝えなければぁぁぁ!!!」

「残念ながらお前の言葉は、どこにも届かないし誰にも聞こえない。お前にできる事はせいぜい、私の家族に無礼をしたことへの贖罪だろう」

 

ギギギギギ………

「ぁあ…あぁあ…!」

「では、恐怖公…後は頼んだぞ?」

「仰せのままに、至高の御方」

 

 ゆっくり、ゆっくりと…レメディオスを閉じ込めた鳥籠は、奈落の蟲たちに向かって降りていく。すぐには下ろさない。ゆっくりと、確実に恐怖を全身に駆け巡らせるように降ろしていく。

 

そして…

 

 

バキッ!! ジャラジャラジャラ!!!

ドザァァ!!

 

 支えていた鉄製のチェーンが、限界を超えたのか…奈落に落ちるまでもう少しでところで一気に蟲たちの元へ落ちたのである。

 

ズザザザザザザザザ!!!

ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!

 

「ぁあああぁぁぁああぁあぁあぁあああぁあぁぁぁぁああああ!!!!!」

 

 鳥籠の穴という穴から、無数の蟲達が高貴な餌であるレメディオスの身体へ雪崩れ込んで侵入していく。全身から食われる感覚が襲いかかり、レメディオスは人生で1番の悲鳴をあげた。これほどまでの彼女が怯え苦痛に満ちた様子は、ケラルトもネイアも初めて見る。あまりの光景にケラルトは顔を背け、ネイアは恐怖を感じながらも黙って見つめていた。

 

「痛い痛いいたいイタイいいいいい!!!!!」

 

 装備も何も身に付けていない。囚人の布のままでは、たとえ加護があってもすぐに消える。最後の抵抗と言わんばかりに全身で暴れまくり蟲たちを振り払うが…その間の隙間から、何十何百と蟲が食い込んでくる。

 

「ケラルトォ!! ネイアァ!! 私を助けてくれぇぇぇぇえええ!!!!」

 

「さよならです、姉様。何が悪かったのか、あの世に行くまで考えてくださいね…」

「さらばだ、レメディオス・カストディオ。我々ナザリックの真の絶望を、心ゆくまで楽しんでくれたまえ……[絶望のオーラ、レベル3(混乱)]」

 

 アインズがそう言い、こちらに背を向けてレメディオスの前から去っていく。それにケラルト、ネイアがレメディオスに対して一瞥した後に続き…ネモから興味がなさそうな顔で見られ、扉の奥へと消えていった。

 

ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!ムシャ!ボキ!ガツ!ガブ!

 

 許しを請う相手が消え、それと同時に処刑場の火の灯りも消えた…が、再び闇が支配してても、蟲達の歓喜な食事は止まらない。

 

「ああぁぁぁぁあ!!! カルカ様ぁぁ!! ケラルトおお!! ネイアぁあ!! グスターボォ!!……!?!?」

 

 闇の中、想い人の名を叫ぶ。

 しかし、それがいけなかった。その叫んでいる口から、蟲達が更なる肉を求める様に今度はレメディオスのナカへと雪崩れ込んでいく。

 

「ーーーーッ!!!!ーーーーッ!!!!!」

 

 喉を食いちぎられた痛みで、満足に声をあげることも出来なくなった。そして、アインズから受けた精神攻撃により、自分の周りにこれまで散々殺しまくった亜人や無下に扱った部下の幻影が見えた。複数の重なる負の連鎖に精神を削られ、蟲に食われる痛覚が段々と気にならなくなった。

 

「(どうして……どうして……)」

 

 徐々に薄れていく意識の中、レメディオスは最期まで考える。例え脳が焼き付いたとしても、信頼していたケラルトのアドバイスを思い出しながら…

 

 どうして、自分は賢くないのだろう?

 どうして、仲間や部下を信じなかったのだろう?

 どうして、亜人を必要以上に痛めつけたのだろう?

 とうして、対話を望まなかったのだろう?

 

 どうして、自分のやった事に不快な顔で見つめるのだろう?

 

 亜人共には恨まれたが、今まで亜人を倒したら味方から称賛された。

 だけど…そんな称賛も、あいつらが来て失った。

 

 どうして…どうして…どうして…

 

 自問自答を繰り返していくうちに…闇から光が漏れ出した。

 おかしいなぁ。こんな闇の中で、火は消えていたのに……

 

「(そうか……これが……)」

 

 やられたらやり返す。自身の行為は、自身に帰ってくる。

 

 因果応報。

 

「(これが……私への、受ける…当たり前の報い…だったんだ)」

 

 こうして、レメディオス・カストディオは蟲の海に沈む様に地獄の底へ失墜した。皮肉にもその答えは、聖騎士になって最初で最期の自分で考え抜いた「答え」であった…。




ハ○ナプトラとかの大量の蟲に食われるシーンは、少しトラウマになっていました。こうして、ヘイトレメディオスに裁きを与えてスカッとしています。ざまぁコメント、沢山来てくれるかなぁ…

次回、最終章前編「アルシェの怒り」…の前に幕間を書きます。


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最終章前 王国崩壊編
幕間 蒼の薔薇の選択


ここから最終章前編を始めます。
クライマックスまでもう少しだけ、お付き合いをお願いします。どうぞ。


「…ねぇ、みんな。こんなお使い程度の依頼だったら私一人でも大丈夫だから、その辺で飲んできたら?」

「ラキュース、私たちが一緒に行ってはいけない理由でもあるのか?」

「そ、そんなことないわよ…」

 

 リ・エスティーゼ王国。アダマンタイト冒険者チーム"青の薔薇"が、その首都の東に位置しているとある貴族の領地へ向かっていた。

 彼女らは名もあり実力のある冒険者チームであるが、基本的には貴族からの特別なクエストを受けることもある。それが、何かと頼りにしている黄金姫の頼みであるならば断わり切れなかった。

 

 その依頼は『レエブン公の安否を確認してほしい』とのこと。

 

 王国と帝国と戦争。それは記憶に新しい。

 冒険者は国同士の戦争に加担してはいけないが、此度の戦争は何もかもが違った。

 

 魔導王"アインズ・ウール・ゴウン"の存在だ。

 かのアンデッドの王が、その戦局を全て覆した。王国の領地を即座に明け渡してほしいという無謀な勧告をしたら、戦場ではわけのわからない超と言わんばかりの大魔法を繰り出し、人間なんて目じゃない魔獣を召喚して蹂躙尽くした。

 王国側は18万人の戦死者を出し、王の右腕であったガゼフも一騎打ちの末敗れたとのこと。生き残り逃げてきた兵士たちが、怯える声でそう言ったのだ。

 

 この事実に青の薔薇の面々も、驚きを隠せなかった。死体の数は意外にも少ないのは魔獣の召還の際に贄にされたとのこと。生き残った貴族たちも大半が王都に帰還したが、その中でも有力であったレエブン候の姿が見えなかった。競り合っている派閥の中で生き残っているのはレエブン候しかおらず、王都への呼び出しにも消極的なのか表舞台に現れる様子がなかった。

 

 そこで、青の薔薇の面々の力も借りて、レエブン候の安否を確認してほしいとの依頼が出された。彼らであるならば実力で大抵の魔物であるならば蹴散らせる。もしかしたら、魔導国が生き残りを殲滅するために動いているかもしれない。そうなる前に、どうにかして助け出さなくてはならない。

 

「胡散臭い、この任務」

「同感」

 

 ティアとティナが、そう愚痴を零す。

 元々、ラナー姫のよしみで様々な貴族と知り合ってきた彼らだが、レエブン候に関してはそこまで良いイメージを持っていなかった。権力闘争を繰り返す王国でザナック第二王子といることが多く、王派閥と貴族派閥の間をさまようコウモリと思われている男だ。しかし、ラナーたちが八本指の拠点を襲撃するための助っ人として呼ばれるなど、有事の際は貴族の中で国に尽くしている数少ない実力者だ。

 

 しかし、そんな実力者でもカッツェ平野のあの大虐殺で心が折られたのか引きこもっているとのこと。ラナー姫を疑いたくないが、何かを匂わせる雰囲気がある依頼だと彼らは内心そう考えた。

 

「罠の可能性もあるってことか?」

「あぁ。単独行動は避けるべきだろう」

 

 馬車から降り、レエブン候の領地へと降り立つ。

 この時点でおかしいと感じたのは言うまでもない。本来貴族の領地には、そこを管理する者や農民がいても不思議ではない。

 しかし、自分たち以外にこの地には誰もいなかった。人か獣か、何かに襲われたのであるならば何かしらの痕跡が残るはずだ。しかし、それすらも見当たらなかった。こんな異常事態に面々は警戒する。送ってくれた馬車の人には、襲われないよう獣除けのアイテムを渡しているので問題ない。

 

「みんな、油断しないようにね…!」

「わかってる…!」

 

 ラキュースを先頭に、レエブン候がいると思われる屋敷に潜入する。まるで何日も手入れをしてない庭が目立つ。人の気配がまるでなかった。

 

「鍵が開いている…」

 

 庭に通ずる門といい、屋敷に入る玄関の扉にも鍵がかかっていないことにより一層緊張感が漂う。何かに襲われた説が濃厚だが、部屋の中は荒らされた形跡がなかった。まるで自分たちからこの領地を去ったような静けさだ。1階の全てのフロアを調べたが、使用人やメイドの姿もいない。そして、一行はいると思われる2階の領主の間の前に辿り着いた。だがすぐに入ろうとは思わない。盗賊たちが仕掛けた罠などの可能性があると思っていた矢先…

 

 

 

「中にいるぞ」

「「「「「!?」」」」」

 

 中から声がした。男の声だ。

 

「罠などない、入りなさい」

 

 二言の男の声、その声がレエブン候であると確信するラキュース達。そして、恐る恐る扉に手をかけ開けると…

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 青の薔薇一同は、その光景に目を疑う。

 領主の間にいたのは…少し痩せたように見えるが健康体であるレエブン候。その男に戦争にて護衛を任され死んだと思われていた元オリハルコン冒険者"ロックマイヤー"…そして…

 

 

「やぁ。久しぶりだな、青の薔薇の諸君」

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の副官"ネモ・クリムゾン"と、その護衛を務めているアルシェの異質な計4名がそこにいたのだから。

 

 

・・・

 

 

 青の薔薇一同はやはり混乱している。と、アルシェはそう見て取られた。

 罠なんてないと思っていたら、魔導国の重要人物が突然目の前に現れたのである。臨戦態勢に入ることは容易に想像がついた。

 

「気持ちはわかるが、武器を下ろしてほしい。こちらにいるネモ殿は、私がお呼びたてしたのだ」

 

 レエブン候が、今でも戦闘が始まりそうな緊迫するこの状況にも落ち着いて青の薔薇面々にそう告げる。しかし、いきなりそんなことを言われても信じられないというのが彼らの心情だ。

 

「…レエブン候。これは一体どういうことですか? 何故魔導国の副官を自身の領地へ? それに、領地の民たちは何処に……まさか……」

 

 ラキュースが恐る恐るレエブン候へ質問をする。

 領地に一人も民がおらず、そして何故敵側である魔族を引き入れているのか…語った傍から、面々は一つの答えに辿り着く。

 

 

 王国を裏切った。この男は、魔導国に何もかも売ったのだ。

 

「裏切った……確かに、傍から見ればそうだが少し違う」

「違うだと? なら何故民がいない!?」

「その理由はこれから話す。私が考えているのは…王国と魔導国の、今後についてだ」

「今後のこと、だと?」

 

 開き直った答えだが、レエブン候はいつも以上に真剣な顔でそう告げた。

 

「安心していい。民たちは、こちらにいるネモ殿の協力のおかげで安全な場所へ一時匿っているだけだ。レエブン候の奥方と子供も一緒だ。私が証人になろう」

 

 今度は隣にいたロックマイヤーがそう告げた。こちらも真剣な表情で、青の薔薇と対面している。

 

「…イビルアイ」

「…二人に何も異常はない。操られていることもない…信じられないが、正常だ」

 

 操られている可能性があったが、何もないとイビルアイがそう告げる。ここでアルシェが前に出る。

 

「事情はこちらでも把握しています。まずは落ち着いて、こちらのお話を聞いてもよろしいですか?」

「アルシェ殿…」

 

・・・

 

「まずは、前回の八本指に関する件については申し訳なかった」

 

 青の薔薇一同は唖然とした。

 魔導国側が戦闘をする意思がないと知るや否や、開口一番でその副官がこちらに頭を下げて謝罪してきたのだから。

 

「あの時は互いに事情を知らなかったとはいえ、貴殿らを傷つけたことに謝罪したい」

「い、いえ!その!頭をお上げください!!」

 

 あまりの行動にラキュースが上づいた声でそう呼び止める。レエブン候が見ているこの空間で、自分たちより格上な存在に頭を下げられる奇妙な光景の違和感に耐えられなかった。

 

「だが俺たちはまだ納得してないぜレエブン候。なんでアンタが、魔導国の副官と密会しているんだ?」

 

 ガガーランがレエブンに問い詰める。

 

「…そう言われても反論はしないよ。先ほども申した通り、王国と魔導国の未来について話し合っていただけだ。安心していい。ラナー姫から何か言われたかもしれないが、全てフェイクだ」

「あの姫サンもグルってわけか? ロックマイヤーもどうしてここに?」

 

 ロックマイヤーにも疑いの視線を向ける一同。重々しい雰囲気だが、勇気を出して男は語り始めた。

 

「私がレエブン候の護衛として、戦争に参加していたことは知っているだろう。だが結果は知っても通り、王国は惨敗した。戦死者の数も尋常ではない。そして……私自身も、一度死んだ(・・・・・)

「「「「「!?」」」」」

 

 突然の衝撃発言に面々は驚愕した。

 

「死ぬ寸前までは記憶がないが、一度死んだという感覚は嫌でも残っているよ。確かにあの化け物たちに何かをされた、ってね。しかし、数多くの戦死者を出してしまった魔導王も申し訳ないと思ったのか…ジェスターからの慈悲で私を復活させたのだよ」

 

 しかも、強さもそこまで変わらない状態で復活させたとロックマイヤーは話を続ける。その後は魔導王が提唱する冒険者育成に力を貸すという条件で、ここ暫くは姿を消していたというのだ。

 

「それで、一体ここで何の密会を? どう考えても魔導国が王国を攻め滅ぼす話しか見えてこないが?」

 

 イビルアイも立て続けに質問をする。そして、その答えはこの人に聞いてくれとレエブン候はネモに視線を送る。

 

「一同の疑問は尤もだ。だがしかし、こちらが王国に大打撃を与えたからと言ってそのまま攻め滅ぼすなどの下策はしない。我々が話したい相手は貴殿らだ。レエブン候は舞台を用意してくれただけだ」

「我々に? まさかと思うが、勧誘であるならば断わるぞ?せめてモモン様を連れてからにしてくれ」

「イビルアイ…!」

 

 イビルアイの強気な発言に、ラキュースは急いで黙らせる。敵対していたことは間違いないが、もし機嫌を損なえばどんな報復が来るかを心配していた。

 

「いや、勧誘ではない。貴殿らに私から直々に極秘の情報を渡したかったのだ。………八本指(・・・)に関する情報を、な」

「「「「「!!」」」」」

 

 一同は驚く。こちらは王国でのマッチポンプの最中、どれほどの犯罪組織なのかを調べつくした。言うならば青の薔薇でも知りえない情報をたくさん知っている。なかなか尻尾が掴めない一同からすれば、喉から手に入りたい情報だった。

 

「その情報と引き換えでも、我々がそちらに加担するとでも?」

「ハハハ、そんなことは微塵にも思っていないよ。まあこちらが計画している冒険者育成機関に協力してほしいの山々だが」

 

 そう言いネモは、一同に何かのファイルを見せる。

 

「これには、つい数日前に国内で悪事を働こうとしていた八本指の幹部を捕らえて尋問した内容が記載されている。なんなら、ここから転移して実際に事情を聴くことも許可しよう」

「!?」

 

 幹部を捕らえたと、嘘とも言いたいネモの発言に一同は顔を見合わせる。だが、これだけの面子で他人の耳に届かないような舞台で、自分たちは何をすればいいのかと見返りを求めていると思っていた。

 

「安心してほしい。こちらから君たちに関しては何もしない(・・・・・)。上に報告するもよし、敢えて黙っているのもよし。強いて言うならば、君たちの今後の選択に興味を持っていてね」

「選択?」

真実(・・)を知ったとき、人間がどんな反応をするかを個人的にな」

 

 もしレエブン候が魔導国と密会している現状を国に報告しても、そのまま二人を連れて魔導国に転移してしまえば手出しは出来なくなる。かと言って、ここで討つようであるならば返り討ちに遭うのは目に見えている。

 

 ただ、魔導国の話題に引っ張られているのか、八本指に関する情報は拠点襲撃時後は何もなかった。このまま解決したと思いたいが、その脅威は今も世界に浸透している事実は変わらない。せめてその被害を少しでも癒してあげたい、ラキュースはそう考えた。

 

「いいのかリーダー、虚偽の可能性も…!」

「慎重になるべきだ…!」

 

 ティアとティナもそう警告するが、ネモの言っていることも嘘とは思えなかった。おまけに、あそこまで自信満々に証人と尋問するチャンスをこちらに与えている。彼らは魔族であるが、その実力は本物であると内心認めざるを得なかった。

 

「…みんなの心配はわかるわ。でも、ここで逃してしまえばチャンスは二度とこない。責任はとるし、私の我儘に付き合ってほしい」

 

 ラキュースの悪党をどこまでも追う執念に、一同は諦めたかのように息を吐く。ラキュースはネモの差し出す書類に手をかける。

 

 妙に肌触りのいい紙を使用しており、何もないことを確かめるとパラパラと紙を捲りながらチーム全員でその資料を見る。最初は真剣に険しい表情で見ていた。しかし、それはすぐに変わった。ページを捲っていくごとに、それは驚愕の顔へと変わってく。

 

「(これは……そんな……そんな…!)」

 

 あまりにも信じられない内容に、額に汗が流れながらもパラパラと早くページを捲っていくラキュース。所々確認したいのか、読み返しする仕草も見せた。それは隣で見ているメンバーも同様だった。そしてこう思っただろう…。

 

 

「「「「「(そ…そんな、馬鹿な!)」」」」」

 

 

 正に、この世のパンドラの箱を開けた。

 決して開けてはいけない真実に、青の薔薇は届いた。

 

 

「ならば話そう。先の戦争、そして、王国と犯罪組織との関係…その真実を」

 

 先の戦争で何があったのか、そして…レエブン候を交えた王国の闇を語る。

 

 青の薔薇は、確かに真実に辿り着いた。

 しかし、その代償として…これまでの正義に傷が入った…。




結末に関しては、皆様に申し訳ありませんが…王国滅亡で終了したいと考えています。

・モチベーションが持たず長続きする自信がない
・今後のネタバレを考慮し、切りのいいところで終了したい
・他の小説が書きたい

上記の理由により、できるなら後10話ほどで完結させたいと思っております。
こんな駄作に600件のお気に入り登録してくれることに感謝しかありません。
誠に勝手で申し訳ありませんが、ご了承ください。

次回は1週間後まで開け、王国滅亡編を書きます。アンケートも最後更新します。


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飴か鞭か

お待たせしました。
アンケートも最後になりますので、是非お答えください。


それは突然だった。

 

「アインズ様、各階層守護者御身の前に揃いました」

「うむ皆ご苦労。さてアルベドよ、ここに全員を集めた理由を聞かせてもらおう」

 

 アルベド様が言うには…4日ほど前、聖王国に運搬途中の食料が王国内にて奪われましたとの事だ。しかもその犯人が、リ・エスティ―ぜ王国の貴族で手勢を率いて荷馬車を襲い食料を強奪したというのだ。

 

 運搬を任せているのは、ナザリックに服従した八本指が手配した商人だった。彼らは魔導国の旗を掲げている。それはつまり、王国は魔導国と正面切って戦うことを選んだという解釈で間違いない。

 

「状況から見ればそうだが…八本指が裏切る、わけがないか。そんな自作自演をするはずもないし手間もかかる。…アルベドよ、遠慮することはない。私に言ってみせよ」

 

 何やらアルベド様は苦い顔をしている。これはどうやら溝が深い案件だ。

 

「はい、アインズ様。王国を支配下に置くために、愚かな貴族を利用するという計画を覚えていらっしゃると思うのですが」

「あぁ、お前が何度か手紙をやり取りしていた」

「その愚か者が、今回の事件を引き起こしたのです。勿論、アインズ様もお考えの通り王国首脳部の謀略という線もございますが…」

「ふむ。だが、お前であれば既にその辺りは調べているのだろう?」

 

 アルベド様は犯人を決定づける証人を用意する。

 女の名前はヒルマ・シュグネウス。犯人であるその馬鹿貴族を管理していた責任者だ。話を聞く限りだと、どうやらその貴族の勝手な判断で襲撃したらしい。流石に絶対的な主人に逆らったらどうなるかを身をもって知っているが、信憑性に欠けるので支配の魔法を使っても結果は同じであった。

 

「なるほど。仮にお前の行動が間接的に関与していたとしても、それで罪に問うのは少し厳しいというものだ。シュグネウスは無罪だ」

「ですがアインズ様、部下の失態は上の者の責任ではございませんか」

「お言葉ですがあそこまで勝手な行動を取るとは!何度も言い聞かせ監視もつけておりました!」

 

 魔導国の旗を掲げた馬車を襲うなど、余程の世間知らずでなければするはずがない。

 先の戦争で大量の戦死者が出たのは国民全員が知っているはずだ。それともその犯人は余程の自殺願望者か?

 

「部下の失態は上の者の責任という言葉、それは私も同意するところだ。…しかしながら、それは上の者が部下の責任を取るために発する言葉であって、下の者に責任を押し付けるためのものではない。このシュグネウスの管理はアルベドだ。そして、アルベドの主人は私だ。ならばこの問題の最終的な責任は私ということか?」

「滅相もございません!アインズ様に責任があるなどということは決して!」

「そういうことだ。シュグネウス、再発防止の方策を用意しアルベドの採択を仰げ。それをもって罰とする」

「ははっ!」

 

 ここでアインズ様の器の大きさに感服する。事件を第三者視点で俯瞰し、かつ公正で公平な判断を下す、正に王の手本となる純粋な者なのだ。しかし、ここで問題が発生する。では、この事件の責任は誰になるかだ。シュグネウスら八本指が関係なくなるとするならば、王国しかない。

 

「もし、今回の件がバカ貴族を利用した何者かの陰謀であった場合…対王国戦略を大きく変更する必要が出てくると思われます。アインズ様のお考えをいただければと判断いたしました」

 

 対王国戦略"飴と鞭"。

 これは王国のとある人物からの提案であった。先の大戦で疲弊している王国内部を、内乱を引き起こし魔導国が一部の民衆に望まれる形で平和的に介入するもの。その鍵となるのが、今回問題になったバカ貴族を利用して王国への不満から謀反を起こさせる計画だった。だが、反対に魔導国に楯突く行動を起こしたのだ。

 

 こちらの行動を把握し、私達よりも上の知者が先に手を打った可能性がある。

 しかし、そんな凄い知者が突然現れるのかどうかが怪しい。もう既に王国で優秀な人材は引き抜いているし、残っているのは大した実力がないプライドだけが取り柄な貴族しかいないのだ。後考えられることは…

 

 

「その貴族が何も考えず行動しただけじゃないのか?」

 

 アインズ様が咄嗟に口にした言葉に、その場全員が固まる。

 

「アインズ様、いくら何でもそれはないかと思うのですが…」

「いや待ちたまえアルベド。私たちは知者の策を先回りする程度しかできないが、アインズ様は愚者の暴発さえも読み切る。もしかするとその可能性も…いや、その可能性こそが最も高いのではないかね?」

「でもそこまでバカだなんてありえるの!?」

 

 アルベド様の悲鳴は最もだ。目先の事を考えた結果、国に喧嘩を売る可能性を考えていないなんて愚者以下の存在だ。

 

「さてそれでは今回の件の落としどころですが、皆は魔導国…アインズ様の旗を掲げた馬車を襲った者への罰はどの程度のものが相応しいと思うかね?」

 

 他国が救援と言う善意行動に手を出したのだ。当然守護者たちからは…

 

「殺すべきだよね」

「王国全部に罰を与えるべきでありんす」

「その通りだ」

 

 文字通り死刑一択しかない。これには私もフォローできない。

 

「(こればかりは…もう腹をくくるしかないですよアインズさん)」

「(やっぱそうですか…)」

 

 アインズ様もネモ様も苦い顔をする。ここで、デミウルゴス様が言葉を出した。

 

「アインズ様はかつてこう仰いました。"力で支配するのは容易だ。それでは敵を作りすぎてしまう。廃墟となった国ではアインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう"と。アインズ様のお言葉を重んじる必要はありますが、今回の一件は軽い罰で済ませることもできません。ここで計画を一時中断か破棄、最低でも大幅な修正が必要となったのです」

「それには同意だ。だが、もし王国側に非が無かったとすればどうする? 真相を無下にすれば、それこそ世界中からこちらに避難されるのは目に見えている……そこで、我々の覚悟を王国に示さなければならない」

 

 このままでは王国は崩壊の道しかない。なんとか、この事件の真意さえあればまだ平和的解決も可能性はある。それを確かめる方法が…アインズ様がネモ様に顔を向ける。それは…

 

「私が赴き、事の真意を問いただす…という事ですね」

 

・・・

 

 ランポッサ三世は驚いたことだろう。

 自国に身に覚えがない魔導国の食糧が積んだ馬車への襲撃。あろうことか、高らかに貴族の名前を言い放った行動をしたという報告に驚くだけであった。

 

 魔導国から送られた各国の国璽(こくじ)がされている、こちらの慈善行動を妨害した事を認める書類。こちらを滅亡したい魔導国の陰謀だと思いたかった。しかし、ザナックを始め何人かはその貴族を怪しんだ。いくらなんでもこんな行動をとるはずがないと信じたかった。

 

「(愚かな…魔導国と戦えば結果なんて見えてるだろうに!)」

 

 そう力強く魔導国と戦うのを反対するザナックにたじろいだのは無理もない。国家の一大事として、ここは慎重にならなくてはならない。そこに、魔導国からの使者がやってくる。

 しかし、アルベド殿ではない。その者は愛した息子(バルブロ)を葬ったとされた副官殿が参られたのだ。一体どの様な者か、国王とザナックは緊張を緩める事なく対談に応じる。ガゼフが復活出来なかった時に狂った国王が、今度は身内を殺された犯人の前で平然を保つ事が出来るか不安である。

 

「お初にお目にかかる、ランポッサ三世。私がアインズ・ウール・ゴウン魔導国副官、ネモ・クリムゾンと申す」

「よくぞ来られた…今回は何用で、こちらに来られたのかな?」

 

 この魔族が息子を? 現れた魔族は天使のようだが、その神々しさゆえに一瞬だけ怪しんだのをやめてしまった。ここは外交の場、あのような虐殺を許可した魔導国の重鎮が残酷であることは間違いない。対するネモは、すぐに襲ってこない国王に静かに様子を伺っている。

 

「はい。我が国が聖王国支援のために運ばせていた食料を、貴国の者が奪った件です」

「…まず、その者の行いを王国の人間として謝罪させてもらう」

 

 これは意外だったとネモは思う。ランポッサ三世に対しては、自国が認めた罪として正式に謝罪を申した事に少しだけ好感が増した。

 

「顔をお上げ下さい国王殿。今回の件は、あなた方が指示した策略ではないと思いたいのです。逆に、あなた方が考えているかもしれないこちらの謀略でないことを証明したい。貴方は先の戦争で我々の脅威をご存じのはず」

 

 その事実を目にしている者が、このような安易な暴挙をするはずがない。それこそ我々とは全く関係ない第三者からの介入の可能性もあり、両国の亀裂を画策しているかもしれない。

 

「そこで。直ちに犯人の身柄をこちらに差し出せば…カルネ村で捕らえた捕虜と、八本指に関する情報をこちらから差し出す…というのはいかがでしょうか? 期限は2週間…14日もあればその愚か者を用意できるでしょう。いい返事を期待していますよ」

 

 双方の無実を潔白するための方法。

 これには国王の心も揺れ動くだろう。戦争で戻ってこれなかった部下と、不安要素でもある犯罪組織の情報を入手できるのだから。言いたい事だけを言って、ネモは王城から去っていった。




「父上、やはりフィリップ殿を確保するべきです…!」
「しかし…」

 ネモとの対談を終えたザナックは、王に伝える。彼の所感としては魔導国は嘘をついていないと判断した。堂々とした物言いもそうだが、何より状況から察し国王がそんな事をする筈がないと断言していた。

「それだけではありません。これは捕虜を取り戻せるチャンスでもあります! 多くの命を救えるならば…!」
「それについては、儂に良案がある」

 対する国王は何やら良案があると言うが、その表情は暗い。完全に首謀者と疑わしき貴族を守ろうとして自分を犠牲にする魂胆が見え見えだ。それだけはダメだ。もし父上を失い、このまま戦争に発展してしまえば支持の低いザナックの未来は闇のままだ。

 なんとしても愚かなフィリップを確保せねばと、公式に彼に対し秘密裏に王命で招集しようと画策したが…

「見ろ! 王族の使いっ走り! 俺はやってやったぞ! あの憎っくきアンデッドから食糧と旗を奪ったんだぞ! これによりあの国に大打撃を与えだんだ! 王命の前にこちらの領土と民を潤してから、と国王にそう伝えろ!」

 これまた事実が明後日の方向、おかしな方へ向いていると言わんばかりの言い分を…協力した貴族と民達からの反撃に遭い、逃げ帰ってきた部下からの報告にザナックとラナーは胃もたれを起こしたのだった。


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裁きの時 王国崩壊の序章

残りも少ないので、1週間に1ペースで進みます。最後までお付き合いください。なんとか直樹の倍返しムーブを感じながらお読みください。

絶望が始まったと思った時、そこは既に手遅れである。


 2週間後、副官ネモは再び王国の地に舞い戻った。

 圧巻の容姿は相変わらず貴族たちの度肝を抜かすが、今回はより一層緊張感が増していた、と第二王子ザナックは心から思った。

 

 結論から言えば、主犯格であるフィリップは王命に応じなかった。

 大した証拠も無しに、尋問するだけと言って連れて行くのだろう!と、謎の危機感を募らせたのか応じようとしなかった。王族という立場の元、何事も強制というわけにはいかなかった。事実、王国内の事件は殆どの貴族が魔導国の策略だと決めつけていたし、今後現国王である父上が退陣し、新たな王として君臨する自分の好感のこともあった。

 

 しかし、ザナックとラナーは真実を求めた。

 フィリップがこんな声明を出し、あまつさえ自分から魔導国の旗と食料と奪ったと自白したので最早強硬手段しかなかったのだが、そこは自領の住民を利用して徹底抗戦の構えを示した。なんとかして期間を延ばそうとしたが、父上がどうあがいても嫌な予感がする案の不安感を含め胃が痛くなる現状だ。

 

「では国王、身柄は抑えてくれましたか?」

「…申し訳ない、ネモ殿。貴国の条件を呑むことが難しくなった。しかしこのままでは、そちらの遺憾を拭えない。そこで…私の首一つで許してはもらえないかね?」

 

 玉座の間はざわざわとする。

 まさか、一国の王が謝罪として自身の首を差し出そうとしているのだから。

 

「…成程、それが答えですか。何故今更、犠牲の案を申したのです? あの男を失ったから?それとも、そちらの子どもの優秀さを知って変わったのか?今までの貴方であれば、そういった選択肢は選べなかったはずです」

 

 確かにその通りだ。外交では、王は威厳を示さなければ話にならない。それが王国の教えだ。しかし、先の戦争で魔導国の存在によってランポッサ三世の考えは、これ以上大切な部下を失わないよう自分より他者の意見を優先した。

 

「…そこまで仰るのであれば、今すぐに判断するのは難しいですね。それに…その覚悟を見せられたからには、こちらもそれ相応の対価を示すというのが筋です。であるならば、申しましょう。カルネ村の真実と、八本指に関する情報を」

 

 この覚悟が賢明だと判断した魔導国側は、王の首はいらない意向を示す。これには先ほどまで続いていた緊張感も少しだけ和らいだ。

 

 しかし、この後に待ち受ける残酷な真実が…彼らを、王国をそれ以上の絶望に叩き落そうとする魔導国の真意に壊されるのである。

 

「ですので、まずはこちらが捕らえた捕虜を返還致しましょう」

 

 パチン!と指を鳴らすと、どこからもなく大きな穴が現れ、そこから何かが現れる。それは鳥籠だ。人間数人が入れそうな籠、その中に居た。

 

「!……あ、あぁ……お、お、王よ!!!」

「貴殿は…チエネイコ男爵!」

 

 その姿は酷くやつれていたが、先の戦争の前日にバルブロと共にカルネ村に赴いた、チエネイコ男爵本人で間違いなかった。キンキン響くような甲高い声は、自国の王を久々に見た光景は正しく光へ帰って来たと錯覚するように声を荒げる。

 

「さて、ランポッサ三世。この貴族を返還の前に、いくつか質問に答えていただきたい」

 

 ここで、男爵の前にネモが語り掛ける。

 

「この貴族はカルネ村付近で捕らえたのだが、貴方はカルネ村を滅ぼす(・・・・・・・・)命令を下しましたか?」

「な、何をおっしゃるんだネモ殿?」

 

 これにはランポッサも困惑する。確かに息子のバルブロと共にカルネ村に行けと命令したが、それは断じてアインズ・ウール・ゴウンの情報を得るために行ったものだ。

 

「ですが現に我々が捕らえた際、バルブロ王子達は5千の兵を率いて村を滅ぼそうとしておりました。命令か独断かわからなかったので、確認をとったのです」

「それは断じてない、あそこは我が国の直轄領。いくら何でも民を襲うなど…!」

「ところがどっこい、それが本当だったのですよ」

「王族を侮辱するつもりか!」

「世迷言を!」

 

 魔導国側の主張に、貴族たちは反発する。誇り高き王族の、ましてや王子がそんな非人道的なことをするはずがないと。対するネモは呆れていた。そこで「ならばご覧ください、これが真実です」と、水晶玉のようなものを取り出して巨大な何かが壁に映し出される。

 

 

『奴らを反逆罪として断定する!燃やし尽くしてやれ!』

『お待ちを!今直轄領の民を殺せば全軍の士気に関わります!』

『見ろ!王家の旗をあのようにされたのだぞ!もはや何が何でもあの村は滅ぼさなくてはならん!裏門に回っている兵も集めろ!火矢を放って村を焼き払え!逃げる者は全員殺せ!』

 

 

 映像で見せられたバルブロ王子の、衝撃的な出来事に全員に恐怖が走った。

 まるで悪魔と言わんばかりに、王からの命令を無視しあまつさえ直轄領の民を皆殺しにしようとしたのだから。これが自分の息子なのかと、ランポッサ三世は愕然とした表情で固まっていた。

 

「チエネイコ殿。このように、貴殿は王の命令に背き、バルブロ王子と共にカルネ村の民を抹殺しようとした事実は認めるか?」

「はい!認めます!お、王よ!も、申し訳ありませんでした!!」

「チエネイコ男爵! 貴殿は狂ったのか!?」

「申し訳ありません王! 私はあなた様の命令を無視し、バルブロ王子の命令で村を、民たちを殺そうとしました!嘘は言いませんし操られてもいません!!」

 

 映像で見せられたのは虚像であると思いたかったが、あろうことかその場で同行した貴族が簡単に認めてしまったのだ。咄嗟に"人間魅了(チャームパーソン)"で操られているかと思ったが、ここまでの必死すぎる謝罪は…妄想の半分が真実へと変わる瞬間でもあった。「それだけではありませんよ」とネモが申すと、同じ穴からもう一人の人間が現れる。

 

「き、君は…」

「初めまして、国王様。私はカルネ村代表の"エンリ・エモット"と申します。無礼を承知で申しますが…国王様は、私達が死んでも良かったと、本気で申しておられ、ますか?」

 

 まさかの村代表の人間が現れた事に息を詰まらせるランポッサ三世。いくら代表とは言え、子供の見せる純粋で悲痛な訴えに王の中の良心が少しだけ揺らぐ。対するエンリは、気がつけば玉座の間で貴族達に恐れながら勇気を持って質問をした。

 

「っ!それは………」

「沈黙は答えになっておりませんよ国王。被害者と加害者、双方に問おう。実際に、この貴族に襲われたか?この少女諸共、虐殺しようとしたのか?」

「はい!その通りです!!」「はい…間違いありません」

 

 大半がそんな馬鹿な!と驚くだろう。だが、双方の同じ答えにはなんら違和感はなかった。これで事実上、バルブロ王子はカルネ村を襲ったのだ。

 

「それともう一つ…八本指に関する情報ですが。チエネイコ殿、貴方はこちらでも相当やらかしていますね?」

「「ッ!」」

 

 ネモの発した言葉にチエネイコだけでなく、ザナックも反応する。次の八本指に関する情報で彼に何を聞くのか想像したのだ。

 

 その内容は、毎月王国に納めている金についてだった。

 例えば…その月では書面上では一定の金額を納付しているのだが、実際にはその6・7割ほどしか納めていないと巧妙に隠された業者の隠し資料によって判明された。それは業者側のミスではないかと思われていたが…

 

「それに、あぁらこれもひどい。翌月も同じように納めておいて、実際には半分程度しか納めていない。…それと同時期に、八本指へ流れたと思われるほぼ同等の金額の金が組織内に入っている。これはお前の独断か、それとも誰かに指示されたか? どちらにせよ詐欺罪からは逃れられないぞ?」

「そ、それは…」

「(な、なぜ奴がその情報を!?)」

 

 ネモが言及しているのは、かつて自分が兄であるバルブロを追い込むために八本指と癒着している計画そのものだった。犯罪組織との癒着による王位失墜、それをどうして他国の副官が知っているのか。ラナーではないとしたら、答えは単純。

 

 

「(……レエブン公! 裏切ったのか!!)」

 

「この際だ、全て吐け」

 

 ネモがチエネイコに迫る。

 

「やめろ男爵、やめるんだ…!」

「ザナック?」

 

「……吐けぇええええええええ!!!」

 

 痺れを切らしたネモが大声を上げる。そして…

 

 

 

 

「はぃいいい!!吐きます! ば、バルブロ王子です! 全て、バルブロ王子に指示されていました!!」

 

 チエネイコからの衝撃発言により、玉座の間は騒然とした。まさか貴族が、しかも国を代表している王族が…あろうことか、犯罪組織に金を流していたとは夢にも思わなかっただろう。場は荒れるに荒れ、一部貴族は単なる妄言だとネモを非難したが…

 

「ならば、疑いのある者を一人一人申しましょうか!? 叩けば埃が出るものなのですよ!!」

 

 直後、お返しと言わんばかりに八本指と関している人員リストをこれでもかと見せつけたネモに貴族たちは押し黙った。例え自分は無実であるとしても、「もしかしたらあいつも?」と周りからの嫌疑の視線が飛び交う時点で、王国貴族は疑心暗鬼に絡まれる。それと同時に、魔導国側の王国を混乱させる作戦は成功したのだ。

 

「さて国王、この現状をどう収めるつもりか? これでも家族愛として、自身の息子と貴族が犯した大罪を見過ごすつもりか…最早、貴方の首だけでは済まないのですよ」

 

 民への無慈悲な虐殺未遂、王族の犯罪組織との癒着…これが公に出てしまえば、世界で王国は完全に信用は失われ遮断される。尤も、各国も秘密裏に内情を把握しようとしてスパイなど送られて知っている部分もあるかもしれない。

 

「それと、国王…貴方自身にも が、あります」

「そ、それはどういう意味なのだネモ殿!!」

 

 ここまで衝撃的な真実に、唖然としていたランポッサ三世に語る。対する彼は、最早相手が他国の使者であるということを忘れているように内心激昂していた。

 

「…ガゼフ・ストロノーフ、の事ですよ」

「!」

 

 ネモは一呼吸置き、改めてランポッサ三世と向き合う。

 

「先の戦争、ガゼフ殿は我々を知っていた。だからこそ、王国側は負けると確信して貴方に無血開城として土地を差し出そうと提案した。しかしそれを、貴方は断った。そして、恐れていたこと(大虐殺)へと導いてしまった」

 

「ガゼフは最期まで貴方を、そしてこの国を信じて変わってくれることを願って……しかし、蓋を開けてみれば貴族同士のくだらない争いに疲弊し、平等で平和な国とは真逆の格差は広がるばかり。忠誠を誓った部下に対し、散々な見返りをしてくれた」

「ネモ殿、何を…」

 

 ランポッサ三世が語ろうとするが、ネモは躊躇わず話を続ける。

 

「世間では、ガゼフ・ストロノーフはアインズ・ウール・ゴウンに殺された。それは事実だが、違う。あの男は既に、身も心も枯れていった。王国の腐ったゴミの中に埋もれていく輝かしい宝石を、貴方は自ら手放した……まだ解らないか? あの男は…

 

 

 

 …お前が、お前が……お前がガゼフを殺したのだ!!!

 

 魔導国の副官、これまでで一番の威圧に王国貴族たちは恐怖した。

 ネモは単純に…ガゼフの信条と置かれた立場、何よりガゼフの存在そのものを訴えた。だが国王なら兎も角、貴族たちは何故怒りを向けられているのかわからなかった。そんな様子にネモは痺れを切らして伝える。

 

「こんな腐った国は最早国ではない。我々の要求にも答えず、あまつさえ保身を続ける貴国らには失望した。ならばこちらは当初の通り…魔導国は王国に対し宣戦布告をする!!」

 

 まさかの宣戦布告に驚くが、真の意味で絶望したのはザナックだけだった。

 

「兵を動かすのは丁度ひと月後の正午。だがそちらが先にエ・ランテル、魔導国領内に兵を進めてきた場合はその限りではないが、最後に」

「す、全ては貴様らの謀略だろう!」

 

 そう反論しようとした貴族は、ネモが手で何かの動作をすると黙った。それだけでなく、首を抑え何かにもがき苦しみながら宙を舞う。

 

「魔導王陛下のお言葉を伝えようとした私の言葉を遮るとは…人間、今ここで死ぬか?」

 

 無造作に魔法を中止さえ、再びランポッサ三世と向き合う。

 

「魔導王からは…「あの時のような大きな魔法を使うつもりはないので、じっくり楽しもう」との事だ。まさかとは思うが、我々と正面切って戦って勝てるなんて考えていませんよね?」

 

 そういってゆっくりと、ランポッサ三世に近づくネモ。すぐに護衛が動くが、そんなことは関係ないと魔法で即座に吹き飛ばす。そして、目と鼻の先まで近づいて話を続ける。

 

「あんなのはほんの前座に過ぎない。我々と本気で戦えば、そちらは次の日の太陽が昇った時に既に滅んでいる。はっきり言うぞ、我々を怒らせた貴殿らはおしまいです。お・し・ま・い…でっっっっすゥ(DEATH)!!」

 

 わかりやすい首切りポーズでこちらを完全に唯の老人と見下しているネモの行動に、ランポッサ三世は心の怒りとも思える口の中で歯軋りするような顔を見せる。そして軽蔑の眼差しをランポッサ三世に向けた後、仲間と共に背を向け去っていったのであった。




「どういう事か説明してもらうか姫さんヨォ!!!」
「ガガーランさん、落ち着いて下さい!」

 これが落ち着いていられるかァ!? と、乱暴に椅子を蹴飛ばすガガーランをクライムは落ち着かせようとするが、全くもって意味がなかった。他の仲間は暴れてはいないが、内心怒りがあった。
 その原因は、魔導国副官ネモとの対談である。数日前、内密に彼との密談で八本指に関する情報を得られた彼らだが…その真実に至っては半信半疑だった。だが部下の一人が犯罪行為を認め、疑っていた王族との関わりを証明された事は即ち…彼らが目指していた犯罪組織撲滅として信用していたスポンサー()に裏切られたと言ってもいい。

 それ以上に怒りの火が業火に変わったのは、カルネ村の件だった。
 バルブロ王子が横暴であったのは知っていたが、まさか自国領の民を虐殺しようとしていた事だ。人々を守る生業として、これは見逃せない案件だった。トップに近い王族が問答無用で行った外道な行為に耐えられなかった。姉妹は蔑んだ目を、イビルアイは俯いたまま。肝心のリーダーは、何が正しいのか黙って迷っている様子であった。

「リーダーよぉ、まさか国がこんなんなっても救うとか考えてないよな?」
「ガガーランに同感。このままでは私達の評価も地に落ちる」
「異議なし。完全にこちらを失望させた国の責任だ」
「待ってください! これは魔導国の陰謀です! いくらなんでも王族の皆様が…!」
「だったら今すぐにでもカルネ村に聞くか、あのエンリって奴に話を聞いてみるか!? それが真実だったら、どう説明するつもりだ!」

 すぐにでも事実確認をとりたいが、今の村に近づくのは危険だろう。カルネ村の住民は完全に王国を敵と見做している。冒険者であっても、襲われない保障はない。今まで世話になっていた分その失望は大きいものだ。クライムは最後まで無実を訴えようとしたが、確固たる証拠を提示した魔導国の意見の前では無意味に等しい。

「リーダー、お前だけ反対だったとしても俺達は無理やりでも連れて行くぜ。王国がどうなろうと、半殺ししてでも連れて行く」
「待ってください! 王国の民を見捨てるのですか!?」
「それは国でケジメをとるのが筋だ。我々は王国よりも仲間を救う…それでいいよな、リーダー」

 周りから圧されるが、それが現実的であった。
 どうあってもこのままでは王国は魔導国に滅ぼされる。かと言って加勢すれば、実力が足りない自分たちはあっという間に殺される。あの副官と手合わせした事が決め手だった。そして…

「本日をもって、我々"青の薔薇"は王国との契約を破棄、します。ラナー様、誠に…申し訳ありません。これ以上は…」
「いいのです、皆様。それが答えであれば、私は受け止めます」

 契約破棄の宣言、それにクライムは絶望した。王国一の冒険者チームが、人を守る使命を捨て生へしがみつく事を選んだのだ。

「クライム。お前も生きたいのであれば、姫を連れて国を出ろ。生きていればあとはどうにでもなる」

 姫と共に部屋に取り残されたクライムは、黙ってその背中を見るしか方法がなかった。もう彼らは守ってくれない、かと言って自分や兵士達では守れるのは難しい。しかし、このままで終わるわけにはいかないと扉に手をかける。

「クライム、どちらに?」
「冒険者組合に相談します。何人かの冒険者を説得すれば、なんとか国を救えるかもしれません…!」

 そう言って、ラナーの静止も聞かず城を飛び出るクライム。だがその組合にも、魔導国の手が先に迫っているとは知らずに…。

「あの必死な顔も、素敵ね。益々欲しくなっちゃう…」

 これから組合で起きる波乱に想像しながらも、愛する者の必死な姿にまたもや惚れてしまう男の背中を見て、魔女は微笑むのであった。


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離れていく心

この小説は、ただアルシェを救いたい一心で書き続けました。
オーバーロードは基本ダークであり、救われる者が救われず理不尽な悍ましい世界観である事を強調しなければならないと思いました。
アルシェにとっての幸せと、ポケモンが相棒であるのは単なる趣味ですがそれを通じての救い。逆に彼女自身が抱えた闇と復讐…アインズさんとオリ主ネモの元いた社会の闇に感化させたifになった事に後悔はありません。そんな小説を見続けている読者に感謝を。



魔導国から王国へ宣戦布告された3日後。

 

「久しぶりに来るな…王国の冒険者本部」

「ゲヘナ作戦以来ですから…」

 

 オルタ本人とアルシェが、冒険者本部に来ていた。ここに来た目的はただ一つ…冒険者たちの避難である。

 

 宣戦布告となれば、当然領土内は何処でも戦場になる。基本的に冒険者は国同士の戦争に介入することはできない。しかし…今回の件は少し違う。元王国内で出来た異質な国家"アインズ・ウール・ゴウン魔導国"との戦争なのだ。

 

 相手はハッキリ言って人間種ではない、異形種だ。ならば人間種を守る冒険者が加勢しても問題ないのではないか、というのが疑問の焦点だ。王国の民を異形種から守っている観点から見れば英雄そのものの姿だろう。しかし、それは愚者の思考である。その理由は、魔導王の軍団が圧倒的であるからだ。

 

 魔導王は先の戦争でガゼフ戦士長を含め、兵士約18万人を死に追いやったアンデッドだ。

 しかもたった一発の魔法で7万人、その後召喚した巨大な魔獣で壊滅寸前まで追い込んだのだ。それだけでなく、王の周りには実力に匹敵する優秀な異形種の部下が数名、更には街の防衛として数百体の死の騎士(デス・ナイト)を使役している。これだけで、魔導国に楯突くなど愚か以外のなにものでもない。

 

 例え死が待っていたとしても、立ち向かう冒険者はいる。それに反対しているのは、エ・ランテルで冒険者組合長をしている"プルトン・アインザック"と、戦場でその恐ろしさを知った"ロックマイアー"だ。

 

 アインザックはエ・ランテルが魔導国に譲渡されてからも組合に残り情報収集をしていたが、突如組合に現れたアインズ・ウール・ゴウン魔導王と直接会談を行った。彼の考えでは、魔導王は冒険者を奴隷のように扱うのではないかと考え、エ・ランテルに残っていた冒険者のほとんどを王都へと非難させていた。

 その行為で自分だけを罰するよう進言したが、魔導王はそれを赦した。組合長としての責任感と後輩冒険者たちを大切にするその慈悲に免じてのことだ。当然奴隷として扱うのではなく、従来の「対モンスターの傭兵」から、魔導王の提唱する「未知を発見する冒険者」という新しい冒険者の形に輝きを感じた。それだけでなく、冒険者の死亡率を極力減らすために、その育成機関の設置に感銘を受け協力を約束した。

 

 早速、王都の組合長に協力を申し出たのだが…向こうの言い分と余りにも食い違っていた。

 

 どうやら貴族たちは、ランポッサ三世が自分の首をもって謝罪をしたという話を各国に伝えようとしているらしい。昨日今日で判明できないが、それを現実にするために暫く国王は表沙汰に出れないだろう。

 魔導国側の4人は頭を抱える。このままずっと王都に居てしまっては、戦争に巻き込まれることは間違いない。かと言って数日前に気づけたとしても、王都に通ずる道は完全に遮断され魔導国の化け物共に蹂躙されるのは目に見えていた。なんとしても、今のうちに避難させなければならない。

 

 すぐに行動に移したが、ここで予想だにしない人物たちに出くわした。

 

「ブレインさん…クライムさん…」

 

 ラナー姫の側近であるクライムと、仲間であるブレイン・アングラウスが待ち構えていた。それだけでなく、魔導国の冒険者である我々が来たという情報が早く出回りすぎたのか、実力のある冒険者やそのチームが幾人か集まっていた。

 

「久しぶりですね、私達に何か用ですか?」

「そりゃあ滅多に来れないアダマンタイトが来たら、何事かと思うさ」

 

 ブレインが相変わらずの軽口だが、それぞれが受け流す。どうせここで嘘を吐いても意味がないので、正直に話した。

 

「正直に話します。王国の冒険者を、我々魔導国の冒険者としてスカウトする為に来たのです」

「なっ!?」

「スカウトする理由は、冒険者たちを助けたい一心だ。皆落ち着いて聞いてほしい。先日、魔導国がこの王国に対して宣戦布告を言い渡した」

 

 アルシェの一言で、一気に場の雰囲気が変わった。

 

「魔皇ヤルダバオトの事は皆も知っているだろう。そいつは魔導王に倒され、聖王国の蹂躙がついに収まった。暫くして救援として物資をこちらから提供していたが…どこぞのバカ貴族が、その物資を奪ったんだ」

 

 規約に違反し堂々と名を上げた貴族を差し出さなかったことに魔導王は怒り、ついに王国を滅ぼす算段をつけたと大々的に報告すると…一瞬にして恐怖と悲鳴、叫びが場を支配した。貴族たちは魔導王の許しを得たと言っていたのに、話が違う事に動揺を隠せない。

 

「それは魔導国の陰謀です!!」

 

 ただ一人、空気を引き裂いてそれに異議を唱える者がいた。クライムだ。

 

「…何を言っているんだ、クライム。我々はそれを知らせるためにここに来たのだぞ?」

「その魔導王かその部下が、王国の貴族を操った自作自演です!!」

「俺としては、組合に全く関係ないお前がどうしてここに居るのかが疑問だが?」

 

 周りに誰が居ようとお構いなしに、クライムは叫びながら剣の柄を握る。姫の側近がこうも反論するとは、余程真実を隠したいらしい。クライムがここに居る理由は、大方姫を守るための駒が欲しいというところか。

 

「…そう思うのは勝手ですが、宣戦布告したのは確かです。3日前より一月後、つまりは後27日ほどでこの王都は戦場になってしまいます。そうなる前に、皆さんには国の外へ避難してほしいのです」

「ジェスター達の言う通りだ。組合長プルトン・アインザックの名に誓って嘘は言わん! ここに来ているのも魔導王に許可を得ているからだ。そうでなくては、今日この時まで何百回も殺されている」

「一旦落ち着けクライム」

「ブレインさん!?しかし…!」

 

 嘘か本当かもわからない水掛け論になるも、ブレインは落ち着いてクライムを宥める。それと同時に、この場を仕切るカリスマ性が発生しているのか周りも収まり、全員の視線がブレインに集中していた。

 

「…俺個人としては、アンタらが嘘を言っているとは思えない。俺達を救おうとスカウトするのも理解している。…しかし、それでも俺は王国を出るつもりはない」

「何を言っているのだ!? 君は、あのガゼフの最期を目撃したのだろ!?」

 

 ロックマイアーからしてみれば、ブレインの行動は狂気の沙汰ではない。あの完全な王である魔導王に挑もうとしているのだから。八本指拠点襲撃で知り合った者として、せめてもの回避策だったのだが…

 

「もうこの先、誰がどんな選択をしようが自由だ。俺のようにここに残って戦うか、それとも魔導王に忠誠を誓うかを選べって事だろ? ここに居る全員、好きに選べばいい。どっちに転がったって俺は恨まねえから安心しな」

「ブレインさん! そんな裏切り者がここに居るわけ…!」

「儂らはブレイン殿についていくぞ」

 

 ここで、ブレインを後押しする集団が現れた。刀を携え和服を身に纏っている集団だ。

 

「ロックマイアー、彼は?」

「ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン、ガゼフを鍛えた師匠でもあります」

 

 なんと、あのガゼフを鍛えた師匠がいたとは。しかし実力は兎も角、半ば強引に道場へ引き込んで座学や剣技などを仕込んだとか。

 

「ロックマイアー殿、アインザック殿…お主らにまた会えたのは嬉しいが、これだけは譲れん。儂らは人を守るための冒険者じゃ。願わくばオルタ殿も我が道場に引き入れたかったが…魔獣を扱う者として、その心を魔導王に付け込まれたか?」

「そんな誘いは願い下げだ。古いしがらみに囚われた頑固ジジィの陰口に付き合うつもりはない」

 

 ヴェスチャーからの嫌味を真正面から返すオルタ。周りからは、元とはいえアダマンタイト級冒険者同士がバチバチと睨み合っている事に息を呑む。

 

「我々も、残るつもりだ」

「"四武器"のスカマ…」

 

 ヴェスチャーに賛同するように、今度はレイナースに負けないくらいの美人が名乗り出る。白髪の髪に鎧を纏っているその女性は、ミスリル級冒険者チームのリーダーであった。その女性はアルシェを見る。

 

「アルシェさんですよね? あなた方の行っている事は…"無実な王国の民を守る"冒険者の義務を放棄するようなものだと理解しているのですか?」

「民は兎も角…その王国の重鎮が、先の戦争で無実な村の民を虐殺しようした貴族が蔓延る国に、守る価値があるとでも?」

 

 アルシェはクライムに杖を向ける。4人以外は、カルネ村がバルブロ王子の暴走によって襲われたことを知らない。たとえそれが真実で話そうとしても、信じられないと聞く耳は持ってくれないだろう。

 

「確かに私たちは冒険者です。人々を守る義務はあります…しかし、全ての人を救う事は神にならない限りできません。情けない話ですが。それでも少しでも多くの人を助けられるなら…自分にとって助けたい人、それを選ぶ権利くらいはあります」

「関係ない人はどうなってもいいと? それを放棄と言うのでは!」

「怖いのであればこちらに従うか、街から逃げればいい。残るのであれば抵抗し続ければいい。私達は世間の母親ではないのですよ…!」

 

 ココから先は、ブレインの言った通り各々で本当の意味で未来を選択しなければならない。いつまでも他人に流されず頼りにせず。…ここで、一人の冒険者が手を上げる。

 

「お、俺は…魔導国に忠誠を誓う…!」

 

 裏切れば殺されるかもしれない空間を、臆せず堂々と言ったその冒険者に拍手を浴びせたい気分だった。

 

「お、お前正気か!?」

「だ、だって…怖えんだよ! お前らだって知ってるだろ! 魔導王はガゼフ・ストロノーフと兵士18万を殺したんだぞ! それに噂だと、あの恐ろしい死の騎士(デス・ナイト)を何体も召喚して、国を護ってるんだろ!? そんなのに一斉に襲われたら、それに異種族の部下も強いって……ほ、本当なんですよね!?」

「あぁ、全て本当だ」

 

 その冒険者の質問に嘘偽りなく即答する。それが、自分たちにとってどれほどの脅威なのか理解している者はいた。明らかに戦力差なんてレベルではない、敵対してしまえばそれが己の最期となる。

 

「…明日、我々はまた訪れる。魔導国に移住する者は明日まで決めてくれ」

 

 アインザックがそう締める。クライムがこれから国に告発するかどうかは分からないが、こちらには転移する方法が幾らでもある。一度言ったことのある場所ならば、戦争開始ギリギリまで魔導国に一瞬で移動できる。

 

「二人とも、本当にそれでいいんだな?」

「あぁ」

「当然です…!」

 

 去り際に、ロックマイアーがブレインとクライムに最後の確認を問う。それに即答で答えた二人の意思は固かった。

 

「…わかった。なら、ここで本当にお別れだ。短い間だったけど、楽しかったよ」

 

 この時点で魔導国に忠誠を誓った王国冒険者やワーカーなどの同業者7割は救われ、ヴェスチャー率いる残りの冒険者たちは無様な最期を遂げたことが確定したのであった。




次回、人間の世界を売った魔女。

GWはPCに触れる機会が少ないので、投稿が遅れるかもしれません。


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滅亡への足音

「セバスよ…かの者は、どうやら王国に残るそうだ」

 薄暗い執務室で、ネモは真剣に話を聞いているセバスにそう告げる。

「王国への侵略は既に始まっていることは貴殿も知っているが…少なくとも、数週間の猶予は与えた。しかし、お前の言っていた者は…義務を果たすために残ると言っている」
「…左様でございますか」

 ネモから放たれる言葉に、セバスは少し悲しそうな残念そうな顔をしていた。主に対して申し訳ないかもしれないが、ネモはそれすらも赦すと答えた。なんせセバスの想っている人物は、紛れもなく敵国の人間なのだから。

「お前が前回、王国での未報告の件についてはツアレニーニャの働きによって赦している。しかしながら、お前の存在がバレてしまったのは手痛い。しかもその場には、ブレイン・アングラウスも居たのだ。運よくこちらの実力に疑問を持っていなかったのが救いだが…これでもし、我々の存在がいち早く気づかれてしまえばどうなっていたか想像はつくだろう?」
「!」

 セバスは八本指の件で、何人かの人間に実力と共に目撃されている。
 一人は側近のクライムと、実力者であるブレイン。そして始末に動いた八本指の手下数人だ。もしギルド関係であるならば、何かしらの動きがあったかもしれない。だが向こうはセバスの実力に疑問を抱くことなく深追いしなかった。疑われてしまったら、計画は大幅に変更せざるを得なかっただろう。

「それに、こちらの正体がバレるのも時間の問題だ。…もし、今後心残りをしたくないのであれば、あの男とは縁を切るべきだ。あの人間の心情を理解すれば、お前が何をするべきか…」

 この戦争から逃れるために、ナザリックは協力者と手を組んだ。
 そして、その協力者にとって"あの男"は絶対に生かすと、本人の知らないところでその条件を吞んだ。それは、その男を快く想っているセバスも同じ気持ちだ。

 だからこそ、セバスは恐れていたのだ。
 あの人間に…自分の正体がバレるのを。その不安をネモは、少しでも取り除きたかった。その覚悟を、セバスは遂に呑んだ。


 王国がなくなるのは、正解かもしれない。と私は思った。

 

 冒険者組合からの一件から、予想通りに側近のクライムが姫に報告したのは間違いない。これで冒険者からの戦力補強に繋がると思っていたそうだが、そう簡単に上手くいかなかった。

 

 その原因はやはり、貴族による邪魔なプライドである。

 冒険者も同様に平民扱いされているのは周知の事実で、魔導王率いる魔導国を撃退するために平民の力を借りるのは恥以外の何物でもない。仮に魔導国を撃退してしまえば、これまでの貴族と平民の格差が無くなってしまう恐れがあるからだ。

 

 この時点でアインズ様とネモ様は「くだらない」と仰った。

 そもそもこちらを倒すなんて可能性はなんてゼロだ。現に、開戦までこちらは着々と侵略を進めている。しかも、その事実を王国は気にしていない。これはこちらの情報封鎖が上手くいっている証拠だ。それどころか一部の貴族は、もし魔導国が攻めてきた時に無断で領地外に出ないよう制限をかけた。違反をすれば打ち首ものだと脅しをかけてまで。

 

 既に見切りをつけている優秀な貴族を引き入れ、誰一人として生かしていない状況から心苦しい気持ちはあるかもしれないが…これが戦争の悲惨さなのである。こちらがどんどんと王都に向かってくると分かった時にはなりふり構わず冒険者に助けを求めるも、スタッフを含め組合はもぬけの殻の絶望状態だった。

 

 それ以前に、内部の協力者(黄金姫)が国王や貴族に感づかれず上手く立ち回っているなんて誰も想像していないだろう。尤も、あの姫が国王に報告しているかどうかはわからないが。

 

 時が経つのは早いが、いよいよ王国との戦争が始まった。

 開戦から一月ほど経過したナザリック地下大墳墓に、各階層守護者とアインズ様とネモ様が集まる。勿論私もだ。ここまで王国の都市を問題なく陥落させている自体はいいのだが、東部を侵攻しつつ北上していくというものだ。そうすれば、王都のある西に一切進軍していないことにより援軍などで評議国や他国の介入を国境沿いで閉鎖させることができる。

 

 途中、謎の騎士や紅の雫の圧倒的な攻めには驚いた。これに、アインズ様とネモ様はこれまで以上に本気で対策を考えていた。紅の雫は兎も角、あの謎の騎士とは今後ともどこかで戦うかもしれない。このような強敵との戦いに備え、守護者様たちで一生懸命に作戦を考えた。

 

 そして、その作戦が私も一緒に本格的に開始された。

 

・・・

 

 

「敵襲!敵襲!!」

 

 王国北部のリンデ海に面した大都市エ・ナイウルに、見張り兵の大声が木霊する。

 空の向こうから、都市に向かってくる何かが見えたからだ。それは…

 

「あ、あれはドラゴン!?」

 

 図体の大きい生物、空の覇者である竜が近づいてきた。それも数体も、何かを抱えたまま向かってくる。すぐさま弓矢等の迎撃部隊が対応するが、夜襲ということもあって仕組んでいた防衛魔法も効かず人数の少なさからそこまで被害には至らなかった。

 

 今回の侵攻作戦で、アインズ様が目を引いたのはシャルティア様の作戦だ。

 シャルティア様の担当している空路の霜の竜(フロスト・ドラゴン)を用いた作戦である。ドラゴンブレスで一撃離脱するのではなく、魂喰らい(ソウルイーター)を数百メートル上空から投下。その後立ち上がった魂喰らい(ソウルイーター)は、オーラを展開して大量虐殺を行うという作戦だ。

 

 流石の魂喰らい(ソウルイーター)も上空から落下してしまえばそれなりのダメージを受ける。それどころか建物に激突してあらぬ方向へ飛んでいって追加ダメージを受けたり、家屋に挟まって身動きが取れない個体もいた。その実験を小都市で繰り返し、シャルティア様が考察した作戦をアルシェが現地で確かめるのだ。

 

 落とす場所が障害物のない道であること、防衛が集中している軍団の上で落とすというものだ。落下ダメージは受けてしまうが、自身を餌に防衛もしくは倒すためにやってきた人間をオーラで閉じ込め、その場で回復・迎撃するシステムを発案した。これが見事に成功し、昼間の戦いで疲弊しきっていたエ・ナイウルの戦士たちが次々とやられていく。ここを任されている有力な冒険者"四武器"も、あまり倒したことのない魂喰らい(ソウルイーター)の落下地点がバラバラで各自で動くわけにもいかなかった。

 

 この大都市で自分たち以上の味方はいない。だが、同じ都市を守る味方が次々とやられていく。昼間の出来事は本当に運が良かったのだ。しかし、この夜の出来事はそのお釣りといえよう。

 

「あなた達の相手は、私です」

 

 突如自分たちの前に現れる人物。天使でも悪ともいえる、翼の生えた異種人が現れる。

 それと同時に、轟音とともに彼女に従うかのように巨大なドラゴンが降りていた。

 

「貴様か、あの化け物を竜とともに解き放ったのは…!」

「母様、"れいとうビーム"」

 

 リーダーのスカマがそう言うが、敵の女は無視して何かを言った。そして、背後のドラゴンからブレスを放つように口が開く。

 

「ッ! 逃げ…!」「遅い」

 

 一瞬だった。軽い金属音が鳴った。

 スカマはこの時振り向かなければよかったと思った。水色の光線が仲間に放たれ、そこから一瞬で全身を宝石のように覆いかぶさった。クリスタルの中はまるで時が止まったかのように、仲間は微動だにせず止まっていた。そう、氷のように。それだけでなく、狙いがズレたのかその現象が自分の腰から下が同じようになっていた。

 

 目の前で仲間が死んで自身も身動きも取れない悲劇を嘆くが、悲劇は終わらない。肺から空気が押し出される。目の前にいた仲間は消えていた。否、スカマの顔が地面に埋まっていたのだ。超重量のナニカに押しつぶされるように叩きつけられた。前歯は砕けひしゃげた鼻からはとめどなく血が流れ出る。

 

「自分よりも仲間、ですか。ここは戦場、一瞬の判断が命取りです。母様、慈悲を…」

「ぎぁ……や、やめ、ろ!」

 

 ミシミシと響くのは骨が重圧に耐えかねてあげる悲鳴。上半身を押しつぶされていくスカマは必死に藻掻くが、霜の竜(フロスト・ドラゴン)の拘束を抜けることはできない。兜が砕かれたその顔には最早美人の面影はなく、無様に救いを求めた哀れな女の醜態が写っていた。

 

我が娘(アルシェ)に剣を向けるような暴挙、一度は許すが二度は無い(・・・・・・・・・・・)。」

「!?」

 

 自分や敵ではない何かの声にスカマは驚く。

 偽りとはいえ、アルシェは同じ冒険者として救いたい慈悲はあった。しかしそれは弾かれた。

 ゆっくりと圧力が増す。アルシェが傷つけられて怒り心頭のミアナタロンは許可が出たことで気兼ねなくこの人間を殺すことに決めた。ただ、簡単には殺さない。自分が何を敵に回したのか、十分に後悔するだけの時間を与えるつもりだった。それ故にゆっくり、細心の注意を払って足に力をこめる。

 

「残念です。さようなら」

 

 

グシャ…

 

 

…と。頭蓋と上半身が重圧に耐えきれず、爆ぜた。




次回、狗騎士の絶望と王国滅亡。

気合い入れて書きます。どんな絶望エンドか、お楽しみに。


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狗騎士の絶望

 アインズ・ウール・ゴウンはこれ以上にはないほど怒っていた。それこそ、周りに守護者たちがいれば卒倒してもおかしくないくらいに。

 きっかけは王国前まで進軍し、王都までもう目の前まで迫っていた時だ。
 王都内は大パニックになり、数日前からすぐさま職業を問わずありったけの人間をできるだけ集めた。しかし、焼け石どころか大量の溶岩に水をかけるくらいの無駄だ。

 それが叶わないとなると、今度は開戦前にザナック王子がアインズ様を指名し1対1の対談を申し出た。
 罠かもしれないがその可能性は低いと、アインズ様は王子との会談に臨む。特に変わった様子もなく30分ほどで終わったが、それでも王都を攻め滅ぼすことに変わりない。

 その直後だった…王国側の天幕に動きがあった。
 用件は、王国の貴族たちが魔導国に降伏するということだった。そして、手土産として……

「「「!!」」」

 少し前まで会談をしていた…ザナックの首がそこにあった。そして、我々と目が合った。「…丁重に葬ってやれ」と小さく言い、降伏する貴族たちを一瞥する。そして言い放った。

「成程、貴殿らが降伏したい気持ちは分かった。…ならばもう一つ、私の願いを叶えてくれたら、この王都から私を含め軍を撤退させよう」

 その言葉で、貴族たちに希望の光を見いだせたのは言うまでもない。「はい、なんなりをお申し付けください魔導王陛下!」と答えを待つ貴族に、魔導王は言った。

「簡単なことだ…… ガゼフ・ストロノーフ を連れてこい」

 貴族たちは呆気にとられる。何を言っているんだ? 戦士長は陛下が殺しただろ、と。自分たちは寝返るため助かりたいがため、このような行動に出た。しかしそれが、最悪の悪手であるとは思う頭はなかったらしい。

「よくもまあこんな、非常に不愉快な案を思いつくものだ。あれほど我が国に対して啖呵を切っておきながらいざ目の前まで来たら降伏するだと…?あれほど時間をかけて準備してきたというのに、これ以上にない不愉快がどこにあるか…どちらにせよ、戦争というのを舐めているとしか言えないな」

 自分たちが思っていた作戦とは裏腹に、魔導王の口はどんどん強張らせていく。何故こんなにもお怒りなのか、大将首を差し出すことで忠誠を示せば何とかなると考えていた。しかしそれは相手が国王ならまだしも、人並みの感情があるアインズにとって逆効果だったのである。

「まったくもって度し難い。その意志は詰まるところ、我が国の民になったとしても平然と裏切ると言っているようなものだ。やはり、貴様たちゴミは我が民にふさわしくない…せっかくだ、先に逝った者たちからの説教を心逝くまで堪能させてやろう」

 恐怖で唖然としている貴族たちに、アインズ様は無慈悲でも転移門へ押し出しニューロニスト様へのところへ転送させた。そこからの行動は早く、コキュートス様とマーレ様の中心に王都へ侵攻するのであった。

 勇敢に立ち向かった王国の騎士や民は無慈悲にも殺され、残ったものは僅かに残った死体と建物の瓦礫のみ。数十分もしないうちに、騎士たちの咆哮は収まってしまった。後に残るは疎開する手立てがなく、静かすぎる静寂に残らざるを得ない怯える住民たちの恐怖しかなかった。そしてそのまま王城へと侵攻した。


「ハロー!国王、ハッピーしているかい??」

 

 完全にドアを壊し飛ばす勢いで、玉座の間まで到達した我らアインズ様一行。

 そこは部下も家来もいない静かな空間に、覚悟を見てこちらを見ているランポッサ三世…そして、直前まで何かを話していたラナー姫がいた。

 

「お初にお目にかかる国王殿。私が、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ」

 

 魔導王とは、こうして直接会談するのは初めてだろう。

 今まではこちらがアルベドが宰相として担当していたのだから。そもそも、宣戦布告時から実際にザナックから監禁されていたので直前まで国どうなっているかはわからなかった。いや、ある程度洞察力があるならば予想はしていただろう。

 

 王国は、まもなく滅亡するのであると。

 

「飲み物も出せない私の不徳さを許してくれランポッサ三世。さて、我々がここにくる理由はわかるな? 本日をもって、リ・エスティーゼ王国は滅びるわけだが…その前に、貴殿に答えてもらいたいことがある」

「…お父様」

「下がりなさいラナー。…歓迎の宴もまともにできず申し訳ない魔導王。して、何がお望みかな?」

 

 目の前にいるガゼフの仇だが、ランポッサは静かに回答を待つ。

 大虐殺が終わった後は我を忘れるほど怒り狂っていた御仁が、国が崩壊する現実に心が病んでその気力も失せていた。ならば最後まで、この地を支配する征服者に対して失礼のないようにしなければいけなかった。

 

「簡単な話だ。ガゼフ・ストロノーフの遺体は何処にある?」

 

 アインズであるならば無理やりでも魔法で口を割らすのは造作もないだろう。例え死んだとしても、側にいる協力者に案内させればいいだけの話だ。しかしそれでも、ランポッサの真意をアインズは直接確かめたかった。

 

「…すまないが、それは教えられない。その代わりとは言っては何だが、王家に代々伝わる品々を…」

 

 返ってきたのは、拒絶の言葉。

 一瞬剣を交わると警戒していたが、そんな不安はなかった。

 

 シュン……ボトボトッ……

 

 「えっ?」と何かの違和感を感じて言葉を出すランポッサ三世。

 何かが空を切るような音が聞こえたかと思えば、腕に違和感があった。先ほどまで王家の品々に向けていた腕が…気が付けば、玉座の側の床に落ちていた。

 

 それと同時に、響き渡るランポッサ三世の苦痛の叫び。いっそのことこのままショックで死んだほうが幸せだったかもしれない。だが、すぐには死なないところが老体になっても国王としての覚悟の示しだったかもしれない。

 

「難聴で聴こえなかったのか? 私はガゼフが欲しいといったのだが…まったく、何故こうもして話を逸らそうとしているのか理解できん。直接的に言えば楽になれたものを、なんといったかな?『王国が魔導国と正面から打ち勝てばいい』だったとか?」

 

 全てを嘲笑する。そうしてアインズはランポッサの傍にあった王国に伝わる、王家に伝わる代々の品々の全てを王冠を含めて燃やし尽くした。その光景に、両腕を失いながらも「なんということを」と顔で必死に訴える彼に答える。

 

「貴様ら腐敗した王国から貰うものなど、何一つとしてない。何故なら、此方に既に揃っているからだ。無いとすれば、彼のような人間としての気高き魂だろう。まあ最期まで持っていたものもいたようだが…」

 

 そう言って、アインズはザナックの首と氷漬けになったブレインを見せつける。最早味方は誰一人として死んでいる。故に、その絶望がランポッサに襲い掛かった。そして、ガシッとアインズはランポッサの頭を掴んで顔同士を間近に近づけさせる。

 

「私をこれ以上苛立たせるな愚王。最後の情けとして、貴様の娘に介錯させてやる。先に逝った仲間や先祖から説教されることだな」

 

 乱暴に離され、次に瞳に映ったのは国宝であるレイザーエッジを持ったラナーの姿。彼女は戦士ではないのだが、重たい剣でも一回だけ振り回すことくらいは出来る。その瞬間、ランポッサはラナーも既に見限ったと半分確信した。自分の死が間近に迫っていたのか…

 

「(が、ガゼフ…?)」

 

 これは幻影なのか、ラナーの後ろに怒りの表情を浮かべたガゼフ・ストロノーフが背後に佇んでいた。

 

「ラナーよ。教えてくれ……私は、どこで、間違ったのだ…?」

 

 それでも、答えを見つけるためにラナーに問うランポッサ三世。その答えが…

 

 

全て(・・)ですよ。さようなら…お父様」

 

 

 振り下ろされる前に見たラナーの姿は、王国の姫ではなく…この腐敗した国の滅亡を願う魔女の姿だったのだから。

 

 

 

・・・

 

 

「入りなさい。この宮殿の最後の人間」

 

 そんな外で待たされている部下の言葉が聞こえ、最後の騎士が無残にドアが破壊された玉座の間に現れる。その男、クライムは目の前の光景に絶句した。目の前にはランポッサ三世が無残に殺され、自分が守るべきラナー姫は玉座の上空で宙に浮いていたのだから。

 

「これは…!」

「アインズ様の前で頭が高い。"平伏したまえ"」

 

 玉座の座っているのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王。傍には宰相アルベドと、堕天使副官のネモ・クリムゾン。その他は悪魔や図体が大きい昆虫がいた。直後に何かの魔法なのか、クライムが空気に押し潰される。

 

「あぁ今思い出した。ガゼフ・ストロノーフとの一騎打ちの時にいた奴か。安心しろ、国王は死んだが姫は生きている、今は気絶しているがな…呪言を解除せよ」

「"自由にしたまえ"」

 

 押し潰した空気が嘘のように無くなると、クライムは傍にあったレイザーエッジを手にアインズたちと対面する。その表情は当然のごとく憤怒であった。

 

「魔導王! お前がいなければ王国は平和だった!誰一人として死なず、姫様が悲しむこともなく!」

「ふふふ、おかしなことを言うなクライム君。それを言ってしまえば、お前は見ず知らずの赤ん坊に死ねと言っているようなものだぞ?」

 

 そんな怒りで我を忘れる寸前のクライムに、ネモが静かに声をかける。

 

「我々は現にこうしてこの世界に生まれた。だが、異種族である我々が人間が見たらどんな反応をするのは容易いだろう。だからこそ話し合いで解決しようとしたのに、無能な王と部下のせいでこうなった。全く、組織というのは大きくなりすぎると末端まで見ることが難しくなるな」

「それに君自身も可笑しくないのかね? 現に汚い犯罪組織と完璧なまでに癒着していたのは、紛れもなく王族のなのだぞ? そんな王族を最後まで守るその精神が理解できない。言っておくが、我々がこんな三流組織を手引きしていないからな。これくらいなら学のない君にも理解できると思うのだが…」

「魔導王!!」

 

 そんなことはお構いなしにレイザーエッジを構え、クライムは襲ってくる。咄嗟の判断で、アインズが守るように剣を召喚して応戦した。だが力量の差で斬撃は長く続かず、殴られたカウンターとしてクライムは捕まれる。

 

「最後まで話は聞くものだぞ? 物語であれば激情が眠っていた力を呼び起こし、この私を打ち破ることのきっかけとなるだろう。だがこれは現実だ。決してそんなことはない。…お前はここで死ぬ。お前には助けるほどの価値がない。特別な才も能力も持たないお前にはな」

 

 そのまま興味のないように投げ捨てられるクライム。彼からしてみれば、なんとかして隙をついてラナーを助けたいが実力も数も圧倒的に不利である。

 

「全く…どうして、ガゼフはこんな奴を気にかけていたのか理解に苦しむ。戦いに対する素養というのがまるでない」

「!!」

「特別な才も能力もない、あるのは姫の側近という肩書。学び舎にいたわけでもなければ、目の前の大切な者を護れず本質(・・)すら見抜けない節穴。現に怒りだけに身を任せて我々と対峙しているを見るに、貴様の器の底が知れたな」

 

 クライムには何を言っているのかわからないが、こちらを愚弄していることだけはわかった。

 

「だが嘆くことはない。世界は不公平だ。それは生まれた瞬間から始まる。才能を持つ者と持たざる者。裕福な家庭と困窮した家庭。運がよい者は恵まれた人生が、不運な者には不幸せな人生が与えられる。しかし、その不公平を嘆くことはない。なぜなら死だけは全ての者に与えられる平等。つまりこの私である。死の支配者たる私の慈悲のみ、この不公平な世界における絶対なる公平なのだ」

「ッ!ぶ、ブレインさん…!」

 

 ここで、背後にいたコキュートスがその大きい身体をどかすと、氷漬けにされたブレインの姿が現れる。それと同時にアインズが拾ったレイザーエッジの先をクライムに向け、もう一方の手にはザナックの首を見せつけた。

 

「最後のチャンスだ。この姫はくれてやるから、即刻ここから去るがいい。貴様も人の身、死は懇願したくないだろう? そのまま醜く生にしがみつく権利をやろう」

「貴様の指図など!私を殺したら次は姫の番か!?」

「フフッ…どうした方がお前は苦しむ? きっと一番よいのはその質問には答えないことだろう。怒りで全身を支配する前に、一度考えてはどうかな? お前の命と引き換えに姫の命を助ける…生殺与奪はこちらにあるのだぞ?」

 

 魔導王からの指摘は癪だが、クライムは一度対策を考える。

 このままでは自分は殺される。姫を助けたいが、自分の命と引き換えに約束を守るという保証はない。否、最初からない。だが、こんな悪魔に一矢報いてやらなければ気が済まなかった。だがどうすれば…

 

 そう考えているうちに、ある一人の執事の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「ふふふ…」

「何が可笑しい? とうとう気でも狂ったか?」

 

 不気味に笑い出したクライムに一同は警戒するが、あらゆる能力を用いてもこの状況から逆転できる可能性なんてなかった。ならばこれはハッタリだ。だが、クライムは確信がついたような勝ち誇った顔をしていた。

 

「いや、お前達は完全に滅ぶ。私は死ぬが、お前達を倒せる猛者を知っている」

「まさか、帝国が我らを裏切るとでも? そんな期待は無駄だ、あの国に関しては裏の裏まで調べつくしている」

 

 自分ではないが、自分たちを倒せる者を知っているという嘘か本当かどうかもわからないが、ナザリック一同を始めて動揺させたクライムを警戒した。その真意を確かめるべく、ネモは魔眼でその真意を確かめる。それに気づけた瞬間、ニヤリとした。

 

「成程、そういう意味か」

「!」

「ならば冥土の土産だ。最期に、ここでソイツに会わせてやろうじゃないか?」

 

 ここで転移門が現れ、一人の誰かが現れる。その姿に、クライムは驚愕した。ネモの思惑通り、その男こそがクライムとって魔導王を打倒してくれると信じた男。

 

 

「せ、せ、セバス、様…!?」

「久しぶりですねクライム君。できれば、こんな形では会いたくなかったのですが…」

 

 その姿は、以前八本指の手先から協力して助けてくれたセバス本人であった。いきなり想い人が現れたことに、動揺してしまうクライム。幻かと一瞬疑ってしまったが、こちらに靴でコツコツと歩いてくる仕草は本物だと確信した。

 

「セバス様!そこから離れてください!!」

「いえ、寧ろ離れるわけにはいかないのですよクライム君。私の尊敬する、偉大なお方の傍を離れるわけにはいかないのです」

 

「…………………は?」

 

 ありえない言葉を発する彼に硬直してしまうクライム。しかし、こちらには冗談なんてないという表情を見せるセバスに、クライムは力を失くすように笑う。そんな残酷な現実があるわけがない。操られているんだとクライムは考えた。

 

「は、ハハハ…冗談ですよね? セバス様が、こんな…こんな凶悪な悪魔たちに従えているなんて…」

「私は噓をつくのが下手なのですよ。誓って、本心を語っているまでです」

「冗談はやめてください!!私がすぐに自由にします!!」

 

 ここでクライムは持っていたアイテムの鈴を力強く鳴らすが…何も起こらない。「嘘だ!こんなのは嘘だ!!」と言わんばかりに鈴を鳴らし続けるが、この場にいる全員に何の反応もなかった。それ以前に罠専門などを解除するため、アイテムの効果が違うのか単純に効力が弱いかの違いだろう。

 

「ハハハ、さっきまでの威勢はどうしたのだクライム君? そんな鈴を鳴らすなんて、これから死ぬ自分への弔いの鐘のつもりか? それに私の部下の実力を間近で経験しているというのに、その強さに懸念(・・)どころか疑問(・・)にも思わなかったとは!セバスよ、本当に優秀な騎士なのか彼は?」

「あ、あぁ…あぁぁ……」

 

 そんな弱い声を吐きながらクライムは考えた。今にして思えば、人は鍛えなければ強くはなれない。ならば、その力の源は何か? 見た目の年齢から、長い年月をかけて無類の強さを得たと思っていた。しかし、仮にもし人間はなかったとしたら…その強さが、短期間で尋常ならざる者たちから授かったとしたら…

 

「セバス様ッ、セバス様ッ!!、セバス様ァァ!!!」

 

 涙を流しながら、必死に名前を叫ぶクライム。この悪魔を打ち倒せし、王国を救ってくれる救世主だと思っていた。再び転移門へ潜ろうとしているセバスは止まった。振り返り、そんな彼にセバスは言い放った。

 

 

 

「さようなら、クライム君。優秀だと思いましたが…どうやら、私の勘違いだったようです」

 

 

ボキッ!!!!!

 

 

 狗騎士の心が、たった今この瞬間…大木のように折れた。絶望の波が押し寄せ、どうすればいいかわからないクライムはそのままへたり込む。あるのはこんな悲劇を招いた魔導王、その全てにぶつける自分勝手な怒りしかなかった。

 

「さようならだ、狗の騎士」

 

 その言葉を最後に、クライムは心臓を潰されて地に落ちた。




次回、最終章『アルシェ・In・ビーストテイマー』

エピローグ数話の予定です。


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エピローグ
epilogue1 新世界へ


もうちょっとだけ続くんじゃよ。どうぞ。


大国 リ・エスティーゼ王国が滅亡した。

 

このことが世界中に知れ渡ったのは、国中を瓦礫の山と化した後から数日後のことであった。

 

「バカな…王国が滅んだ、だと?」

 

今まで敵対していた国が一瞬で崩壊し、その事実に恐怖する帝国。

 

「やっぱり、魔導王は凄いんだ!我々の仇を取ってくれたんだ!」

 

王族に襲われその身勝手すぎる言い分の国が滅び、アインズ・ウール・ゴウンにより忠誠を誓うカルネ村。

 

「王国が滅んだ。やはり、滅すために対策を立てねば…!」

 

 戦いが来たるべき時に備え、人種族が至高であると揺るがない異種族反対国家の法国。

 

「…争いで亡くなってしまった王国の彷徨う魂よ、救われたまえ」

 

 戦争の結果がどうなろうと、亡くなった者に祈りをささげる聖王国。そして…

 

「魔導王陛下、参りました。」

「よく来た、レエブン候。……それにしてもなんだ。息を整えていいぞ」

「見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません」

 

 魔導王陛下から招集された場所を見て、レエブンと幾人の貴族は落胆した。ここが…ここが、今まで何度も訪れた王国の姿だというのか。最早瓦礫の山、跡地と言ってもおかしくない。魔導王は待たされたというのに驚くほど親切な声だ。だからこそ、怖い。罠という言葉が脳裏をよぎるが見苦しい方がまずいだろうと考え、レエブン候はハンカチを取り出し、額の汗を拭う。

 

「わざわざ来てもらったのだ。本来であれば、苦労をねぎらうべきかもしれないが、私は無駄な会話はそれほど好きではない。だからさっさと話を終わらせてしまおう」

 

 レエブンは例え話している最中も、失礼のないよう頭を下げ続けた。これからも自分達が生き残るため、陛下のありとあらゆる案をほぼ全て呑んだ。

 

「それでは話は終わりだ。私やわが国に敵する愚か者がどうなるかを見せつけるために、この場所はこのままにしておけ。この地域が病原体等発生すると面倒だ。焼き払うために魔法をいくつか使用する」

 

 無駄な争いに犠牲は魔導王は好まない。まき込まれないよう、人を入れることのないようにと念を押す。

 

「さて、これで王国は完全に滅びるわけだが、1つだけ聞きたい。これで私に逆らうことの愚かさが多くの者たちに知れ渡るかな?」

「はい、偉大なる陛下に逆らうことの愚かさを。未来永劫、多くのものが間違いなく知ることになるでしょう」

 

 顔を伏せているために、王がどのような表情をしているかわからない。無論顔の肌がない陛下には表情は一切ないのだが、ただ返答に愉悦のような色が見えた。

 

「そうか。それはやった甲斐があったと言うもの。私はかなり満足しているよ」

 

 

・・・

 

「………………。」

 

 私、アルシェ・クリムゾンは…かつて国だった場所の、瓦礫の中を歩いていた。

 見渡す限りの乱雑に壊された建物の跡地、そこから何も感じない。いや、それは違う。悲しさと切なさ、哀れみ…そんな感情しか思い浮かべなかった。

 

 これが、豊かな土地で今まで好き放題してきたリ・エスティーゼ王国の末路だ。

 自分以外に人の生命反応を感じない。死体も、血も、初めから無くなっていたかのような静けさだった。

 

「これが、貴方の望みだったのですか…」

 

 私は天を仰ぐ。思い浮かべるは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 

 彼は平民と言う立場でありながら、薄汚い貴族と国との間に板挟みとなっていた。

 例え屈強な戦士だと周囲に演じて見せても、その心までは誰も読み取ることは難しい。あのアインズ様からの誘いを断ったように。彼自身が一番王国の繁栄を願ったはずだ。

 だが、そんな心を野心溢れる王族や貴族が踏みにじった。その膨らみに歯止めが効かず、内側から徐々に進行している癌のように蝕んでいった。こんな状況に、誰も頼れる人なんていない。

 

 だからこそ、ガゼフは…破滅(これ)が望みだったのかもしれない。

 もう治しようが無いのであれば、いっそのこと全てを無にした方がいいかもしれない。しかしそれでも、彼は最後まで国が心変わりしてくれると最後まで信じた。だがそれも終わった。

 

「アルシェ、そろそろ引き上げるぞ」

「ネモ様」

 

 アインズ様が貴族たちと話を終えたのか、引き上げの合図が出された。

 あの崩れた王城から、彼らがガゼフの遺体を見つけることが出来たが…私はそれを見る気はなかった。ネモ様が「最期まで我々を笑うか…」と、傷み具合はさておきそのような姿だったらしい。

 

「ネモ様、今後はどうなるのでしょうか?」

「これで暫くは大丈夫だ。しかし、我々は世界の歴史に干渉した。必ず、我らと敵対する者は近いうちに現れるだろう」

 

 これからの未来を見据える私の愛した人。ふと見ると、涙を見せたような…

 

「泣いているんですか?」

「…雨だよ。魔族は泣かないさ」

 

 それは嘘だと解るが、雨は降っていないと口にはしない。

 

 そうかもしれない。でも、他人のために涙を流せる魔族もいるかもしれない。魔導国の争いが抑止力になり、異種族との平和の為の一歩として歩めるなら…いつかあの涙を止められる。

 

 その決意を胸に、アルシェは帰路へ歩み始めた。




5月いっぱいで完結させます。
あと2話で、最後まで駆け抜けていきます!


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epilogue2 ありえたかもしれないエルフの未来

エピローグ2話目ですが、この話は書籍15・16巻のネタバレになります。
アニメ化されていなので、少しアレンジしているところがあります。それに伴い、おかしい部分がある場合は修正いたします。
でわどうぞ。


カルネ村郊外

 

 アルシェは村の郊外で、一つの墓に向かって祈りを捧げる。その墓には遺体が入っておらず、その聖像(イコン)はナザリックで預かったままだ。それでも、カルネ村はリ・エスティーゼ王国は恨んでいたが彼は別だった。できることなら生きた彼にもう一度会いたかったが、それはあの世で叶うことになるだろう。

 

 そんな墓地に、思わぬ客が現れる。それは獣だった。死者の魂を安らかに祈るこの場所には分不相応だっただろう。それが、ライコウに跨ったクーデリカでなければ。

 

「クーデリカ、死者が目を覚ますわ」

「ごめんなさいお姉さま、緊急の用事があって…」

 

「ん?」とただ事ではない雰囲気だと感じるアルシェ。

 どうやら、ゴブリンの集団が付近を調査したところもう既に息絶えている流れ者が発見されたとのことだ。とんでもない外傷だったことから、大勢で迫害されたかもしれない。

 

 何故なら、その人物は耳の長いエルフの少女だ。大方、ここに来る途中にモンスターにでも襲われたのだろう。しかし、いくら異種族ても少女に戦闘能力があると思えない。目立つものといえば…手に持っている"ハープ"ぐらいだろうか。

 なんとかネモの蘇生術で息を吹き返したが、蘇生された影響かはたまた目の前にいたネモの魔力に嘔吐してしまった。そして息を吹き返したところで、こちらに一言。

 

「あなた方は冒険者なんですか!?お願いです助けてください!!」

「…わかった、用件ならこちらが聞こう。緊急のクエストと言うことでよろしいか?」

 

 ネモがそう言ってエルフの少女を落ち着かせるため、外野をできるだけ離れさせるようにし話を聞くことにした。

 

「さて、まずは名前を聞かせてくれるかな」

「はい…私の名前はルーギと申します」

「ルーギさんか…成程。俺はネモ、こっちが仲間のアルシェとシズだ。それで、どのような依頼だろうか?モンスター退治か、薬草探しか?何でも構わない、言ってくれないか?」

 

 彼女の姿を見て余程の事だろうと考えた。こういった状況は組合に相談するより、ワーカーのように個人的なやり取りが得する。どのような依頼なのか…3人は少女の答えを持つ。そして、その依頼は驚くべき内容であった。

 

 

 

「―――お願いです!!我々の国の王を倒してくれませんか!?」

 

「「「…………は?」」」

 

 耳を疑った3人。それは即ち、この少女が住んでいるであろうエルフの国の王を倒してほしいということだ。

 

 その理由を聞いたところ、現在エルフの国は法国と戦争中だ。これには、現在治めている王が絡んでいるらしいが真意は分からないという。エルフの国はゲリラ戦で何とか凌いでいるが、対する法国が圧倒的な人員と魔法、更には天使などの召喚獣で俄然有利な状況である。

 それだけではない。しかもエルフの王様は、その戦争の指揮を執らず国に引き籠っていると言うことだ。本来であれば先陣を取るのが基本だと言うのに。噂によれば、その王様は国中の女たちを城に集め、自分の赤子を手あたり次第孕ませていると言うのだ。

 

 これには驚きを通して呆れる。しかも、今戦っているエルフの戦士はほとんどが女性だと言う。恐らく…男性のエルフはその王様とやらにやられ尽くされたのであろう。

 

「…それにしても、貴方はよくここまでたどり着いたね?お世辞にも平気…とは言いきれないけど」

「実は、私の持っているこのハープのおかげなんです」

 

 アルシェが治癒魔法で治している途中、ボロボロの彼女が手にしていたものを差し出す。どうやら、このハープには魔力が込められているらしい。外敵に襲われた際は魔法を、自身が傷ついた際には治癒魔法を使えるとか。そのおかげで、迫りくる法国の魔法兵士やモンスターの目を掻い潜り、ここまでたどり着いたと言うのだ。その幸運の高さに目を見張るものがある。

 

「お願いです!どうか私たちの国を救ってくださいませんか!お礼に、この魔法のハープを差し上げます!魔力が込められている道具は価値が高いと聞きました…!どうか…どうか…!!」

 

 ルーギは涙を流しながら、こちらに対して伏して深々と頭を下げるが…俺は顎に手を当て考える。

 

 依頼は抹殺、報酬はハープ…いや、この際いらないな。

 状況から察するに…その"狂王"と呼ばれる外道は、どれ程の実力者分からないが民からの支持は皆無と言ってもいい。ルーギさんが言うに、政治や政策にも全く興味がなく統制されていない。暗殺が成功すれば、エルフの民たちは王の圧政から解放されるが…何処の馬の骨とも分からないこちらを疑うかもしれない。例えるなら…クラスの中でいじめっ子を倒したからと言って、その倒した奴が新たないじめっ子になるかもしれないという不安だ。良くて、カルネ村の時と同じく英雄扱いされるところか。

 

 もう一つ問題がある。それは戦争中だという事。

 

 先も言った通り、国同士の問題に冒険者が関わることはタブーだ。もし我々がエルフの国に協力して、法国の兵士に危害を加えるようなところを目撃されれば、帝国出身の冒険者だと簡単に素性が割れてしまう。そうなれば外交問題に発展してしまい、表立った行動を制限されるか身柄を渡される危険性がある。

 

 こればかりは、こちらで勝手に行動するわけにもいかずアインズさんやナザリックの皆に迷惑をかけるわけにはいかない。一度、ルーギには断りを入れてアインズ様と相談する。

 

『ふむ…エルフの村か。話を聞く限り、余りにも殺伐としているな…』

『全くです。この世界のトップってなんでこんなアホな奴らばかりなのでしょう…』

 

 アインズ様も同じく呆れていたが、エルフという存在を救うこと自体には賛成のようだ。人間とは違う独自の文化・技術が眠っている可能性が高い。それが無かったとしても、今後の外交手段としてエルフの国を救うのはメリットがある。

 

『こちらは大丈夫ですよ。ただ、くれぐれも法国の連中に見られないように気を付けてくださいね。なんだったら死の騎士(デス・ナイト)100体で足止めしましょうか?』

 

 要は、こちらの姿を誰にも見られないようにすればいいだけの話なのだ。安全に事を進めるのであれば、戦争を一時的にストップさせるだけでも十分な時間を確保することが出来る。味方も敵も、そちら(・・・)に気をとられている隙にこなせばいいのだから。

 

 アインズ様との通信を終え、ルーギの元へ戻る。

 

「…とりあえず、話は済んだ。その依頼、受理しよう」

「本当ですか!?」

「…ただし、条件がある」

 

 依頼を受理されたことに喜んだルーギであったが、すぐにこちらが指を立てて制止する。

 

「まず一つ。報酬の件だが…そのハープは後回しで良いか?欲を言えば、そちらの国と今後友好な関係を築きたい。法国との絡みで人間が嫌いなエルフがいるかもしれないが、暫くはそちらの国を立て直したいと思っている。どうだろうか?」

「!そ、それは、こちらとしては嬉しいのですが……」

 

 先程の通信でアインズ様にナザリックとの同盟を許可したことを察した。対するルーギは、アダマンタイト級といえど国を復興させることができる財力なんてあるのだろうかと、少しばかり疑っている様子だ。

 

「それともう一つ…俺達の存在を外部連中に公表しない事。もしこれを破れば…今回の件を含め、例え法国から咎められたとしても、こちらは何も関係なかった事にして責任を負わない。この二つが条件だ」

 

 もう一つは、不測の事態に備えての裏切り防止対策だ。国同士の争いにタブーであることを含め、責任を全てエルフたちに押し付ける。こうすることで自分を含め、ナザリックの存在を悟られないようにする。数体だけ捕らえてデミウルゴスの実験か、残りは記憶を操作してカルネ村に住んでもらえればいい。

 

「は、はい!分かりました!狂王を倒してくだされば、私たちは喜んであなた方の奴隷となりましょう!!」

「…そこまで酷いことはしないが、奴隷になるかどうかはそちら次第だ。宜しく頼む。」

 

 

 

その日の夜 エイヴァーシャー大森林 ???

 

 宗教国家スレイン法国の南方に広がる森林地帯。既に闇に包まれつつある森林の中を…足音をできる限り殺しながら、木々の間を流れるようにすり抜け目的地付近まで向かう。

 

『法国の戦士を皆殺しにしてきてくれ』

 

 主人からのご命令を脳内で反復させながら、自身で作戦を考える。

 化け物である我々(・・)に対し、補助役である死の騎士《デス・ナイト》を100体程付けてくださった。つまり我々は主人から期待されていて、同時に信頼されているということなのだろう。そう考えると、全身により一層の力が漲るのを感じた。我が主の期待に応える為にも、ここでの任務を完璧にこなさなければならない。

 

 人間より何倍も大きいこの身体は、闇での暗殺などきめ細かい作業は無理だ。ならば、この巨体と自身のスキルを利用した戦略なんて関係ない真っ向勝負が基本であろう。いつでもそうしてきたのだから。

 

 目的地付近に到着し、その巨体をできる限り森へ隠す。どうやら標的数百名は基地を展開して、その張っているテントで野営をしているようだ。見張りの数も数名だけと少なぎる。奇襲をかけるならば好機だ。

 

 

「「グォォォオオオオ―――ン!!!」」

 

 

 我々は自身の身体に雷と炎を貯めながら、その拠点に雄たけびを上げながら突進する。余りにも唐突な出来事に、見張りの人間達は成す術もなく吹き飛ばされてしまった。恐らく即死であろう。騒ぎを聞きつけた兵士たちが何事かと慌ててテントから出る。こちらの姿を見るや否や、この世のあり得ない物を見るような目に変わった。

 

「なんだこの化け物は!?」「敵襲!敵襲!」と叫んでいるが気にしない。その巨体と雷を利用した攻撃手段に、人間の兵士たちは手も足も出なかった。ある者は体を走らせぶつかった衝撃で死に、ある者は雷に撃たれそのまま灰となっていく。

 

「天使達よ!奴を殺せ!!」とこの基地で一番偉そうな人間が、天使のような者に命令を出していた。空から持っていた得物で刺されようとされたが、自身の硬すぎる外皮に弾かれ折られる。鬱陶しいので雷撃を自身の周りに発動させ全滅させる。例え運良く避けられたとしても、すぐに死の騎士(デス・ナイト)が控えているので逃げられないだろう。

 

「撤退だ!全員逃げろ!この事を国に…!」

 

 これは敵わないと判断したのか、生き残った兵士たちは基地を捨てて逃げだす。そうはさせない…!我が主のからの命令により、この兵士たちは皆殺しをしなくてはならない。馬で走りだされる前に、それぞれにホーミングをした雷球・火球を複数放つ。余りの速さに、兵士たちは背中からその衝撃を受け灰に変わる。

 

 その結果、10分も経たないうちに『皆殺し』の命令は完了した。相手がこちらには遠く及ばないというのは知っていたが、まさかここまで脆いとは思わなかった。もっと暴れたいと鬱憤を晴らしたいが、敵はもういない。

 

 その代わりに良いものを見つけた。馬という生物だ、あの兵士たちが戦場で利用していたのだろう。主人たちである兵士たちが居なくなり、まだ木に繋がれていた数頭はこちらに怯えている。

 我慢できなかった。先程暴れたせいか、お腹も空いている。その内の一頭に飛びついて押さえつける。余りの巨体に数頭も巻き込まれたが気にしない。獲物の腹に皮ごとかぶりつく。悪くない味だ。

 

 そういえば主人は、私の食べる姿を見ると喜んでいるように見える。これから主人に楯突く愚か者は、問答無用に殺してやろう。そう思って最後に残った馬の首を咥えながら、その地を去る。

 

 この日、スレイン法国は他国への侵攻の要とも言える戦力を一つ失った。そして…偶然にも遠すぎる所から、その虎と獅子を見たエルフの民たちは一部の地域でこう噂をするようになった。この湖畔に、"守護獣"が現れたと―――

 

翌日 エイヴァーシャー大森林上空 アルシェ

 

 翌日…ジェスターと依頼主であるルーギはエ・ランテルの宿屋から出発する。街を出た後は浮遊魔法で一斉に飛び、そのままエルフの国へ向かう。道中、大陸南を陣取っている法国の連中に気づかれないよう索敵魔法でルートを変更しながら進んでいく。

 

「あわわわわ…!」

 

 因みにエリスさんは浮遊魔法は使えない為、私がそのまま彼女を抱きかかえるような形で飛んでいる。空を飛ぶということ自体、生物的には鳥類しか縁が無い。彼女は私の腕の中でビクビクと怯えながら蹲っていた。途中には法国が侵攻の為に作られた基地があったが、今では見るも無残な姿に破壊されていた。

 

「…見えて来たぞ!」

 

 ネモからの声で真っ先を見る。エルフ王国の民がスレイン法国の侵攻に対抗すべく、首都を囲むように築き上げた木製の防壁。それのすぐ前に4人は着地する。だが、こちらはミューギがいるとはいえ簡単に開けてももらえるだろうか。

 

「ミューギです、只今戻りました!お客様も一緒です!開けてください!」

 

 すると…元から設置されていた小窓が開き、一人のエルフの男が驚いた表情で目を見開きながら見つめていた。

 

「え、ミューギちゃん!?戻って来たのか!?」

 

 驚くのは当然だ。国中ではまだ法国と戦争中と認識しているのであろう。無傷ではないとはいえ、あの包囲網を潜り抜けただけでも奇跡と言ってもいい。

 

「はい、お連れした方々のおかげで無事に戻ってまいりました!この方たちこそ、あの狂王を倒すと申してくれた私たちの希望なのです!」

 

 ここで大々的にミューギから紹介されるジェスター。それを見たエルフの男は、何とも神妙な表情をしていた。面をした男にただの女性…常識的に考えて、自分達があの狂王に対抗できる勇者とはお世辞にも言えない。

 

「だ、大丈夫なのか彼らは…人間の冒険者なんだぞ?」

「俺達はお前らの横暴なボスである狂王を止めに来た…ここを開けてくれないだろうか?」

 

 ここを開けてくれと言われたエルフの男は顔を顰める。ここまで無傷で辿り着いた実力はあるようだが、あれと対等に渡り合えるかどうかは微妙だ。エルフのほとんどの住人が束になっても敵わないほどの恐ろしい敵なのだ。何処の馬の骨とも分からない人間に会わせるのは、案内したこちらの責任と命を取られかねない。

 

「…あぁもぉじれったいな!要は"力"を示せばいいのだろう!アンタを含め、この扉近くにいるエルフたち全員を離れさせろ!ここを素手で開けてやる!」

 

 以上の理由で自分達を入れさせるのを躊躇っていたエルフ達。ここで悩んでも無意味だと判断したネモは、目の前の10メートルはある門を片手で押し開けようとした。無茶だ!とエルフ全員が思った。このぶ厚い防壁の扉は一般人であれば20名程、どれ程屈強な男たち10人が力を合わせ漸く開けられる頑丈さを持っている。それを武器も道具も使わず素手で開けるなんて不可能だ…!そう思っていたが…

 

グググ…ギギギ…

 

 ここで自分達があり得ない光景を目にする。鈍い音を響かせながら、ぶ厚い城壁の扉が徐々に開き始めたのだ…!男は確かに片手で押しており、地に足が僅かにのめり込むほど踏ん張って開けようとしている。可能性があるとすれば魔法による補助だが、ここまで超人に変えさせる程の魔法なんて見たことがない。

 

 すると…半分ほど門が開いたところで、壁の内側で何人ものエルフ達が動き出す気配を察知した。恐らく迎撃のための陣形を組んだものだろう。声がひとつも上がらないのは、これから来る者に対する恐怖心か目の前の信じられない出来事に対して驚きか…そんな事はお構いなしに、門は完全に開いた。

 

 

エルフの国 王城

 

 

「こんちわぁぁああ―――!!!」

 

 

ドォォォォォ――――ン!!!

 

 エルフの王城に響く轟音。その音は、ハッキリと狂王が居座っている城内に響き渡る。

 

「な、何事だ!?何の音なのだこれは!?」

 

 そのような音が突然聞こえたら、誰だって何かしらの行動をやめて飛び出るものだ。最低限の正装を整え、慌てふためく狂王と呼ばれたオッドアイの男。聞こえた方角に走り、自分がそこまで居座っていない玉座の間を見て驚愕する。

 

「おやこれはこれは、貴方様が狂王なのですか?すみませんね〜挨拶をしようと思ってこちらに赴いたのですが、いつまでも待たせるのは性に合わないのでノックさせていただきました」

 

 煙と共に現れるは、狐の仮面を被った男。その男があからさまにいけしゃあしゃあと冗談を言う。自分のホームをめちゃくちゃにされた狂王は怒り狂った。

 

「貴様!一体何者だ!?よもやこの狂王に楯突くつもりかッ!?」

「初めまして狂王様。私はオルタ、しがない帝国の冒険者ですよ。本日は貴方様に法国との戦争の件についてご報告したいことがあって来たのですよ」

「冗談はよせ!貴様まさか、法国の使者か!?貴様と話すことなど何一つとしてない!」

 

 こちらの事を冒険者と偽った法国の使者と勘違いしているが、特に気にする事なく話を続ける。

 

「…はぁ、勘違いするのは結構ですが。実は、現在そちらと争っている法国の部隊"火滅聖典"ですが…こちらで全員を処分させていただきました」

「!?」「(!?)」

 

 話を聞いた狂王とエルフたちは同時に驚愕する。こちらを長年苦戦を強いられたゲリラ戦の部隊を、たったの1日で終わらせたと言うのだ。その証拠にその部隊が使用していたと思われる旗や道具を堂々と見せつける。エルフの国として朗報であろう。普通ならば、その偉業を成し遂げた者にはそれ相応の賞賛と褒美を出す。今後法国がどのような手段に出るのかは定かではないが、暫くは身動きが取れない状況であることに変わりはない。だが、この男は違った…。

 

 

「…………な」

 

「な?」

 

 

「―――なんてことをしてくれたんだ!?!?」

 

 

 その言葉自体が理解不能だと。戦争を止めてやったというのに、何故罵倒を受けなければならないとネモは肩を竦める。理由を問うと…女エルフたちを前線に出して、窮地に陥らせることで潜在的な力の解放を目論んでいたらしい。そんなルーボンゴラド的な場面で強くなれるならば苦労しない。

 

「…オルタ、もう殺ってしまいましょ。聞いてるこちらが恥ずかしいです」

「不愉快」

 

 女性の人権を完全に無視した狂王の考えに、もう聞いていられないとアルシェとシズが隣に現れる。

 

「うおッ!誰なのだその少女共は!良い!その女を我が―――」

 

黙れよ

 

 二人の姿を見るや否や、変態をしている眼で求めてきた。オイコラ、何勝手にうちの仲間に手を出しているんだこの変態王は。よし、このエルフは死刑確定だ。あちらから気分的に手を出してきたのだから文句はあるまい。「そこまで言うなら俺を倒してから」とつまらないように吐く。逆に変態王は鼻息を荒らしながら剣を持って襲い掛かって来た。

 

 しかし、当然相手にならない。そこらにいるエルフよりもレベルは高いのだが、特筆何かしらの能力を持っているわけでない。トロールの時と同じく、相手の剣が悉く弾かれ城内で鈍い金属音が鳴り響く。何回かをやり合ったのちに降りかかった剣を素手で止める。

 

「エルフの者…アンタは俺より断然弱い…」

「何故だ!?ひよっこの人間の冒険者の癖に!」

「フン…ひよっこな相手でなければ手に入らなかったんだろ?今の地位をさ。巣の中(国中)を食い尽くしたお前が、今度は逆に狙われていたのさ―――これから、天を制する堕天使にな」

 

 井の中の蛙大海を知らず、という言葉がこの男によく似合う。世間に対して目もくれず、自分の欲望だけに生きてきた狂王は本当の強者など知るはずもないのだ。くだらない利己的な理由で命を弄び、他人を玩具のように弄び続けてる。

 

「…これで終わりか?」

「く、クソォォォ!!(ボキッ!)う、ウギャアアアアア!?!?」

 

 バキっと素手で剣を粉々にされ、今度は力自慢に拳を突き付けた。しかし、こちらの圧倒的すぎる防御力にまるで頑丈な岩にぶつけたかのように変態エルフの拳が複雑骨折を起こした。余りの激痛に変態エルフは床を転げまわる。

 

「納得いかないか?なら、答えを見せようじゃないか」

 

 そう言って通常の姿に戻った堕天使姿のネモに、変態エルフが驚く。そして直感した、この狂王に最初から勝ち目などなかったんだと。

 

「エルフよ。お前の如何なる力を持ったとしても、我々の前では無力。どんな強者だろうが……俺の前では、誰等しく凡人に成り下がるのさ」

 

 さて、そろそろいいだろう…とネモは片手を上げる。すると、城を支えている柱の陰と破壊された入り口から、様々な年齢のエルフの住人たちがゆるりと姿を現す。

 

「お、おいゴミ共!我を助けよ!こいつらを始末しろ!」

 

 住民に対しエルフの王は命令するが、それでも構わず王の元へ近づいていく。その光景は、まるで死へ誘おうとしている亡霊のようであった。ここにいるエルフ達は、全員狂王の死を望んでいるのだ。度重なる圧政、虐げられた恐怖…それに耐えきれない者たちが近づいていく。

 

 目の前に現れた天の使いならば納得の姿と力に、本当にこの国の救世主なんだとエルフ達は確信した。尤も、当の本人はそんなつもりはなく、半信半疑で怯えた姿を想像していたが。

 

「お前のせいで、どれだけ国がめちゃくちゃになったと思っている!?」

「夫を殺して、私に望んでない子を産ませておいて!」

「自分は戦わずのうのうと生きてやがって!」

 

 中年のエルフが、国の現状を訴える。

 女性のエルフが、無理やり強姦させられた非情に怒る。

 若いエルフが、理不尽すぎる命令に涙ながら悲しむ。

 

 それら全てが、今や肉食獣に追い詰められた獲物に成り下がった変態王に降りかかる。ここまでの信用の無さは、流石に滑稽すぎて見ていられない。俺は真朱(しんしゅ)を発動させながら近づいていく。

 

「さて、この国は終わりだが住民たちは全員連れていく。これからお前がサボった色んなツケで忙しくなるからな。仮にも王を名乗ったのなら、相応の末路を晒して地獄に落ちろ…!」

 

 変態王が死に際に何かを喋っていたようだが、所詮は命乞いと変わりないものだと「朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)」を放つ。ピンポイントで心臓を狙われた変態王は、直線状に砲弾の速さで玉座に激突し、それを通り過ぎた後に城壁を突き破って瓦礫の山へ消えていった。

 

 ネモは玉座があった場所に立つ。死体と成り果てた狂王を鼻で笑い皆の方へ振り返った。空いた城壁の穴から差される夕日を背に、異形を象徴する翼と不気味に光る朱い目。それらは、これからエルフの未来を導いてくれる天の使いである事を主張するのに十分すぎる威厳であった。

 

「―――聞け!全エルフの民たちよ!」

 

 右手を前に突き刺しながら、叫ぶ。

 

「貴様らの元凶であった狂王は死に絶えた!これからこの国の全てを、我々ナザリックが引き継ごう!過去に置き忘れた、この国の平和と栄光を未来永劫繁栄させよう!このネモ・クリムゾンの名に誓って!」

 

 数秒の間の後、城内に響くは革命が成就したエルフの住人たち…ほぼ全員の歓声が響き渡る。ある者は祈りを捧げ感謝の意を、ある者は涙を流し喜びを示す。今日この日、唐突にエルフの国の歴史が動いたのであった。

 

 因みに…この数日後、知らせを聞いた自身の元凶を打ち倒しに絶死絶命ことアンティリーネは国に攻めたが、国中はもぬけの殻であの狂王の首がない身体が発見して発狂したのは別の話。




次回、最終話「Arche In Beasttamer」

番外次席とのフルバトルは……企画したけどボツ。
5/31の予定です。


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final epilogue アルシェ・In・ビーストテイマー

「…そうですか、今日にでも出発するんですね」

「えぇ。また長い旅になるけど、妹達をお願いしますね」

「大丈夫ですよ。どちらかというなら、ンフィーレアが監視される側ですから」

「こらエンリ!」

 

 太陽が昇っているカルネ村。

 その入り口で、ジェスターとエンリ、ンフィーレアが他愛ない話をしている。

 

 今日から新しい国に向けて、二人は出発するのだ。

 

 そこは、カルサナス都市国家連合だ。12の小国家で出来た共同体である。バハルス帝国の北東に位置しており、種族は様々で亜人の都市もありながら冒険者組合も存在しているのだ。元々は数百年前にあった巨大な国家が崩壊し、各都市が中心になった14の小国家が乱立。併合と分裂を繰り返し、「大議論」と呼ばれる討論が行われた結果、現在の12の小国家で運命を共にする連合になった。

 

 法国と評議国の問題はあるが、この国家にアインズ様は注目している。だから、先遣隊として私たちが挨拶として訪れるのだ。どんな反応になるかはわからないが、乗り切らないことには前へ進めない。

 

「それにしても、素敵な結婚式に招待してくれてありがとねアルシェ」

 

 エンリの一言に、アルシェは少しだけ頬を赤くする。

 

 アルシェは、遂にネモの申し出を受け入れたのだ。

 詳しく話すと恥ずかしいので省略するが、どちらかというならアインズ様が災難だった気がする。「ハーレムすればいいのでは?」とネモが助け舟として出した一言が余計だった。女性陣はこれでもかとアインズ様に猛アピールし、どんちゃんと大騒ぎになる羽目になったのだ。だが、これでよかった。祭りと言うのは盛り上がらなければいけない。

 

「ネモ様、どうかお気をつけて」

「ありがとうエンリ、土産を楽しみにしておけ」

 

 ここで召喚したのは、変わった二対の竜だ。一方は赤く小型で、向こうは青い大型らしい。

 ここで私はとんでもない光景を目撃した。その青い竜は急激に飛び去り、暫くすると赤い竜が何かを察知した。すると、先程まで村近くの風景が、いつの間にか知らない場所を飛んでいるような背景に変わっていたのだ。しかし、しっかりと地面を踏んでいる感触はある。

 

 ゆめうつし…この技の名前だ。

 街の様子が遠目であるが、確認することが出来る。しかもこちら側は光を屈折し透明になっているので、気づく事すら難しい竜なのだ。

 

『飛ぶくらいなら私で十分ですのに…』

「母様、流石に竜は目立ちすぎかと…」

 

 今回は別に戦争をしにいくわけでもないので、気軽な旅になりそう。ネモ様が言うには、国に狐のような獣人いるらしく、しかも彼と同じく刀の使い手だという情報を確かめるのも目的の一つだ。

 

「大丈夫…私も…ついていくから…」

「シズさん」

 

 獅子のようなポケモン"ウインディ"に跨りながら、こちらに安堵の眼差しを向けてくるシズさん。

 

「そうだアルシェ、俺達はビーストテイマーだ。一人じゃない」

「ネモ様…みんな…」

 

 乗り物のような竜に跨るネモ様、全部のボールがカタカタと動く。私にはパートナーたちが「任せて」と言っているように聞こえた。

 

「スイクン、お願いね?」

「クォン」

 

 笑って此方を見つめてくるスイクンに、私は跨る。

 

「それじゃ、出発だ…!」

 

 ネモ様の声で、私達3人は一斉に空へ飛び立った。

 

 そしてそのまま太陽の方角へと突き進む。

 これから訪れる、希望の光に向かうように…。




『アルシェ・In・ビーストテイマー』をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。

 偉大なる原作『オーバーロード』と、
 偉大なる原作者・丸山くがね様に、心からの感謝を。

 この場を借りて、ハーメルンという創作の場サイトを提供してくれる運営様にも、心からの感謝を。

 そして、ここまで読んでくれた皆様にも感謝を。
 これにて本編最終回です。
 ほぼ一年で連載終了です。

 今作を「お気に入り登録」してくれた方々。「評価や評価コメント」、「誤字報告」をしてくれた読者の方々。誠にありがとうございました。本編はこれにて終了しますが、不定期で何かしらの話を更新するかもしれません。結婚秘話とかetc…頑張って書きたいと思います。

 それでは次の作品でお会いしましょう!


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