遊戯王GXアフター幻魔を統べるもの〜金髪爆乳お姉さんハモンとショタの日常〜 (kiakia)
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第一話 ハモンが金髪爆乳シスターである事は知ってるな?

 

 

 

 私は世界を憎んでいました。

 

 闇から産まれた私達は自分の意志すら持つ事を許されず、多くの人を傷つけるその力を利用され続けました。

 

 精霊世界でも忌み嫌われ、蔑まれ、悪人によって利用されては傷つけられて、私達の存在は呪われていると思い知らされました。

 

 存在するだけで罪だと言うなら消えてしまいたい。力を振るう瞬間は暴走状態であり、自分の意志すらまともに持つ事を許されない私達はやがて疎まれ、蔑まれ、利用される事に疲れ果てて絶望していました。

 

 いっそ世界が無くなればいい。こんな悲しい思いをするくらいなら世界なんて滅びればいい。私達を誰も利用する事しか考えないこんな世界なんて……正義の味方は私達を倒すべき敵として見る事しかしない。正義に縋る事すら出来ないのなら破滅してしまえばいい。それが私達の共通認識でした。

 

 そして数十年前、精霊界に封印されて束の間の安息の日を迎えていたというのに、カードとしてとある世界に顕現する事になった私達は影丸という人物に案の定その力を利用され、更にその2年後にはユベルと呼ばれるカードの精霊が私達を再び利用し、最後は捨てられ、あぁ別世界でも結局こうなるのかと思った瞬間でした。

 

 

 『超融合』の余波により次元の狭間を彷徨う事幾星霜。それは一瞬なのか数十年、もしかすると数百年単位の出来事だったのかもしれません。気が付けばカードとして再び人間界と思われる場所に顕現された私は、ゴミ捨て場らしき場所に捨てられた状態で放置されていました。

 

 

「……」

 

 

 声も出せず身動きも取れませんでした。この世界に来てもやっぱり存在そのものが疎まれるんだと思わされ、いっそゴミとしてカードの私が燃やされれば消滅出来るのではないか?と静かに最後の死という安息の時を待ち望んでいました。

 

 

 しかし、その時です。私の元に誰かが近付いて来たのを感じ取りました。

 

「……ん?なんだこのカード…?かわいそうに…捨てられたのかい?」

 

(えっ……)

 

 カードを私を拾った人物はまだ子供と言って良いほどの男の子でした。年齢はまだ10歳にもなっていないのでしょう。温和そうな雰囲気でしたが、それでもその表情には憐れみの感情が見え隠れしています。

 

 

 彼にはあのヨハン・アンデルセンや遊城十代の様にカードの精霊である私の存在を見る事は不可能な様子でしたが、純粋に心配してくれている事は感じられました。

 

 そう、心配と憐憫という感情を。産まれた瞬間からずっと私達が抱いていた負の感情とは真逆にあるその気持ち。初めて会ったはずなのに、どうして彼はそんな純粋な気持ちを持つ事が出来るのでしょうか。いや考えるまでもなく彼は「普通」の少年だからこそ、私の危険性を理解していないのでしょう。

 

「んっ?へぇ…すごい効果だね……カードを捨てるだなんてひどい人もいるもんだ。君も辛かっただろうね……もう大丈夫だよ」

 

 彼はカードである私にまるで意志があるかの様に優しく語りかけると静かにデッキホルダーを懐から取り出し、その中に私のカードを入れてくれます。

 

(あっ……) 

 

「君は今日から僕のカードだ。よろしくね」

 

 

 

 ────降雷皇ハモン。

 

 

 

 ずっと。誰かを傷つける事しか出来なかった私が、初めて救われた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルアカデミア。

 

 

 伝説の決闘者。海馬社長がオーナーを努める大西洋のど真ん中に位置する全寮制の決闘者を養成するために成立されたこの学校には近年初等部が増設する事となり、10歳で入学した若き決闘者達が勉学と共に日夜決闘者として競い合っている。

 

 そんな初等部の入学式を終えた初老の教師、クロノス教頭は頭を抱えて唸り声を上げながら、教頭室にて一人の生徒についてどうしたものかと考えていた。

 

「ありえないノーネ……入学式は一応無事に終わったとはいえ肝が冷えターノ…」

 

 

 クロノスはつい先程まで行われていた式典を思い浮かべながら溜息を吐く。初等部新入生代表を務めたのは今年10歳になる少年であり、その名は才賀直。デュエルアカデミアでは入学式の際に入学試験の成績上位者数人と教師による決闘が執り行われるが、今年は例年以上の大番狂わせが起きたのだ。

 

 

 

 そう、デュエルアカデミアの教諭屈指の実力者であるクロノス教頭の敗北という結果に終わったのだ。

 

 

 彼が公の場で敗北したのは数十年前とあるドロップアウトボーイによる黒星を付けられた時以来だが、彼は才賀直に式典が終わり次第、自身の部屋へと呼び出していた。

 

 負けず嫌いのクロノス教諭であっても決闘は真摯に取り組んでおり、負けたからといってネチネチと文句を言うような人間ではない。あの遊城十代にすら行わなかった呼び出しを何故彼に行ったのか。それは決闘事に起こったとある現象が原因であった。

 

 

「し、失礼します!」

 

 

 やがてコンコンとノック音が聞こえてきた後、部屋に入ってくるのはオベリスクブルー初等部の服を見に纏った少年。クロノスが呼び出した少年である才賀直だ。

 

 その顔に緊張の色が伺えるが、それも無理はない。恐らく彼も自身の行いに自覚があるからこそこうして怯えた様な表情をしているのであろう。

 

 そして、才賀が部屋の中に入るとクロノス教諭はその扉を後ろ手に閉め、鍵をかける。これで逃げ場は無く、また外部の人間の耳目も届かない。

 

 その事に才賀がほっとした様に息を漏らすが、クロノスは真剣な眼差しで座る様に促すと溜息と同時に口を開いた。

 

「シニョール才賀。呼び出された理由は理解しているノーネ?」

 

 クロノス教諭はまだ10歳の怯える少年に優しく語りかけると、ビクリと肩を震わせる。

 

 

「そ、それは……」

 

 

 クロノス教諭の質問に対して言葉に詰まる少年を見て、やはり彼は自分のしでかした事を分かっている様だと判断する。

 

 沈黙が二人の間に流れ、時計の針の音だけが響き渡る。しかしそれはほんの数秒の事であり、意を決したのか少年は重い口をゆっくりと開いた。

 

 

「はい。分かっています……クロノス教頭先生。僕はわざと『彼女』を呼び出しました。アカデミアの先生方に『彼女』をアピールする為に」

 

「かの…女?」

 

 

 クロノス教諭が眉を潜めて聞き返すと、才賀は申し訳なさそうに小さく首肯して肯定しながら右手に装備したデュエルディスクを起動すると一枚のカードを取りだし、3枚のカードを。チキンレース、折れの竹光、平和の使者を墓地に送ると静かに1匹のモンスターを召喚させた。

 

 

 

「ハモン。クロノス先生に説明をお願い」 

 

 

「承知しました、マスター♡」

 

 

 その瞬間、甘ったるい声と共にカードの発動エフェクトが室内に発生し、才賀の背後に黒い人影が現れる。その姿はまるで全身を覆う闇そのものの様に見えるが、その輪郭は徐々にハッキリとしていき、クロノス教諭は思わず息を飲む。

 

 

「……!?な、なんナノーネ!このモンスターは……ッ!」

 

 

 才賀の後ろに出現したのは闇の衣を身に纏う美しき女性。彼女はその端正な顔立ちに微笑みを浮かべると恭しく頭を下げ、そしてスカートの端を摘んで一礼する。

 

 

 シスターの様な衣装を見に纏った身長200cmはある長身の出立ちであり、絹の様な金色に輝く髪にエメラルドを思わせる緑目。肌は白磁の様に白く、頬が僅かに紅潮しており妖艶な雰囲気を醸し出している。何よりも目を引くのはその胸だ。

 

 まるでメロンをそのままシスター服の中に詰め込んだのではないかと思える程の大きさを誇る乳房がこんもりと盛り上がっており、クロノス教諭の守備範囲外であるとはいえその美貌と相まって、思わず目が釘付けになってしまう。

 

 

「お久しぶりですねクロノス教諭。と言っても貴方と私がこうして顔を合わすのは今回が初めてですが……まぁそんな事はどうでもいいでしょう。ふふっ♪マスター♡お呼び出し頂きありがとうございます♡」

 

「え?あ、うん……」

 

 

 クロノス教諭が絶句している間に美女はクロノス教諭な見せつけるかのように才賀にその豊満な胸を押し当てて密着。そのまま頭を撫でて貰いながらご機嫌に鼻歌を歌い始める。

 

 

「マスター♡うふふ♡」

 

「あ、あの…先生が見てるから離れてくれないかな?」

 

「嫌です♡私の全てを捧げた愛しい人の前なんですもの。離れる事なんて出来ませんわ♡それよりマスター♡早くベッドに行きましょう♡今日も添い寝でなでなでしてあげ───」

 

「だ、ダメ!それ以上口を開くのは禁止!ほら、クロノス先生も絶句しちゃってるから!」

 

 

 才賀の言葉に美女はようやく我に返った余りのことに呆然しているクロノス教諭に気が付くと、先ほどまでの猫撫で声を一瞬で消し去り、理知的な口調で話し出す。

 

 

「あら失礼致しました。私とした事がはしたない所をお見せしてしまいましたね。私は才賀直様のカードの精霊」

 

 

 

 ────降雷皇ハモンと申します。

 

 

 かつてデュエルアカデミアを恐怖の渦に巻き込んだ三幻魔の一体。その力の一端を見せつけた雷の皇帝はニッコリと笑みを浮かべて頭を下げるのであった。

 

 





 本今作品は某所にて行われたサイコロを振り、物語をアドリブで作り上げていくダイススレ。

 その際、遊戯王原作にて投稿された短編作品を作者様の許可を得た上で三次創作としてリメイク、独自設定を組み込みつつ投稿させて頂くことになりました。

 恐らく短編となり決闘要素もごく最小限、ただひたすらGX本編から数十年後の世界にて、行方不明となっていた三幻魔と主人公がイチャイチャするだけの作品となりますがお付き合いして頂けると幸いです。



アニメ版、降雷皇ハモン

効果

このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上の魔法カード3枚を墓地に送ることで特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
罠の効果を受け付けず、魔法・効果モンスターの効果は発動ターンのみ有効となる。
このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、
相手ライフに1000ポイントダメージを与える。
守備表示のこのカードが破壊されたターン、コントローラーの受けるダメージは0になる。
この効果は発動ターンのみ有効とする。


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第二話 雷皇顕現

 

 

 

「歯車街の効果により、ワタクシは『古代の機械巨竜』を特殊召喚ナノーネ!」

 

 

 クロノス教諭がパチンと指を鳴らすと蒸気に覆われた歯車だらけの街が消滅していき、1匹の機械仕掛けの巨竜が出現する。ギチギチと錆びついた身体を軋ませながら現れたモンスターは巨大な翼を広げるとその口腔部から青白い電光を漏らし始めた。

 

 

《古代の機械巨竜》

星8/地属性/機械族/攻3000/守2000

 

 

 更にクロノス教諭のフィールドには巨竜の横に機械仕掛けの巨人が咆哮している。よく見ればその表面は精密な回路と歯車が剥き出しになっており、その瞳に当たる部分からは赤い光が漏れている。

 

 

《古代の機械巨人》

星8/地属性/機械族/攻3000/守3000

 

 

 クロノス教諭の古代の機械デッキのエースの双璧達。かの有名な『ブルーアイズホワイトドラゴン』にも並ぶ攻撃力を持ちながらも自身のバトルフェイズの際の攻撃時にに魔法・罠を一切受けつけないという強力な効果それぞれ保有している。その姿にアカデミアの新入生は勿論、在校生の面々もクロノス教諭の切り札の登場に歓声を上げた。

 

 

 

「そして私はカードを一枚伏せてターンエンドナノーネ。ニュフフ……さぁ新入生ボーイ!この盤面を突破出来なければ次のターン敗北は確実ナノーネ!ワタクシはこれでターンエンド!」

 

 

 クロノス教諭は自分の勝利を確信しているのか不敵な笑みを浮かべる。それもそのはずだろう攻撃力3000を誇るモンスター二体に伏せカードは『聖なるバリアーミラーフォースー』。相手モンスターの攻撃宣言時に攻撃表示の相手モンスターを全滅可能な強力な罠カードを伏せており、この布陣を突破することは生半可なことでは出来ない。

 

 しかし、クロノス教諭と対峙する新入生、才賀はそんな状況下においても冷静な表情を浮かべたままカードを引き抜く。

 

 

「僕のターン。ドロー」

 

 

 静かに宣言された言葉に新入生達は固唾を飲む。才賀という少年が何を仕掛けてくるのか予想もつかない。だからこそこれからどんな展開が繰り広げられるのか楽しみでもあった。

 

 

「僕は手札からモンスターカード。『王立魔法図書館』を攻撃表示で召喚します」

 

 

《王立魔法図書館》

星4/光属性/魔法使い族/攻0/守2000

 

 

「攻撃力0のモンスターを攻撃表示だと!?あの馬鹿勝利の可能性がないからって勝負を投げるつもりだぜー!」

 

 

 観客席でデュエルに関しての知識が乏しいオシリスレッド出身の生徒達が嘲笑の声を上げるが、そんな彼らにラーイエローの生徒達は冷たい瞳を向けている。

 

 

 デュエルアカデミアでは攻撃力至上主義とも言える思想を持つ生徒も少なくはなく、攻撃力が皆無の低レベルモンスターに存在価値は無い為に井戸に投げ捨てるだなんて暴挙に及ぶ生徒も存在しているのだ。

 

 それ故にオシリスレッドの生徒達は高攻撃力のモンスターを召喚しなければ見下し、低攻撃力のモンスターならば嘲り笑うのだが、ラーイエローの生徒ともなると決して攻撃力だけが決闘の全てではない事を知っている為、そんな浅はかな考えを持っている生徒を冷めた目で見ているのだ。

 

 とは言えラーイエローの生徒とは違い、さらなるデュエルタクティクスを持つものが多いオベリスクブルーの生徒の多くは最早、『王立魔法図書館』が召喚された時点で次の展開が予想できるが為につまらない表情で別の教諭と生徒の決闘に目を移しているのだが。

 

 ここはアカデミアに設置されている決闘場。新入生の入学式を終えた学院側は、毎年新入生の成績上位生徒であるオベリスクブルーの生徒たちと教師達による決闘をこの場で執り行っている。

 

 オベリスクブルーの上位層は卒業後プロデュエリストとしての道を歩むものも多く、いわばこのイベントは生徒達を楽しませる為のレクリエーションと同時に将来有望な新入生の発掘や、強さ故に増長している事も多い新入生の鼻っ柱をへし折るという目的も兼ねているのだが、新入生にとっては貴重なアカデミアの教師との決闘を純粋に楽しみつつも自身のデュエルタクティクスのアピールの為に彼らは奮戦していた。

 

 周りからの熱い視線を受けながら才賀はクロノス教諭のフィールドに存在する二体のモンスターを視界に収めると口を開く。

 

 

「まずは魔法カード、『成金ゴブリン』の効果を発動。僕はカードを一枚ドローする代わりにクロノス先生のライフポイントが1000ポイント回復。更に『王立魔法魔法図書館』の効果により魔法カードの発動によって魔力カウンターを1枚置かせて頂きます」

 

 巨大な書庫を模した建物から一冊の書が飛び出しクロノス教諭に向かっていくとそのままページが開き、その隙間から緑色の光が漏れたかと思うと、その光を浴びたクロノス教諭の全身が発光し彼のライフポイントを1000ポイント回復させる。

 

 

クロノス教諭

LP4000→LP5000

 

 

 

同時に巨大な書庫の周囲に緑色に光り輝く魔力のエネルギー体が浮遊し始める。まるでその本棚自体が生命を得たかのように脈動すると、周囲のエネルギー体を吸い込み始める。その光景はさながら生きているかのようであった。

 

 

《王立魔法図書館》

魔力カウンター+1

 

 

 

 そして才賀はその後も何度も、何度もひたすら魔法カードを発動してはドローを行い『王立魔法魔法図書館』の魔力カウンターを貯めていく。魔力カウンターが3つ貯まれば一枚ドロー可能な『王立魔法図書館』により彼の手札は尽きる事なく次々と魔法カードが発動されていく。

 

 『無の煉獄』『チキンレース』『闇の誘惑』『リロード』

 

 

 ありとあらゆるデッキからカードをドローする為のカードを惜しげもなく発動していく。その光景は余りにも地味であり観客の中には不満を隠さない生徒もいたが、逆にここからの展開を完璧に予測した生徒は最早彼の決闘から目を離し、別の生徒の決闘に集中していた。

 

 

(勝利を追い求めるのは立派とはイーエ、この決闘の趣旨を理解していないノーネ…)

 

 

 

 クロノス教諭は地味で完全にしらけ切った観客とは別の視点から目の前の新入生の決闘を眺めて嘆息の息を吐いていた。最早これで新入生、才賀直のデッキの内容は疑う余地もなく理解してしまったのだから。

 

 

 【図書館エクゾ】

 

 

 手札に5枚カードが揃えば特殊勝利が確定する封印されしエクゾディアを揃える為にひたすらドローカードを投入し、エクゾディアを揃える為に全力を尽くすデッキ。

 

 それもターン終了時に全ての手札のカードを墓地に送る『無の煉獄』を採用している事から先行でエクゾディアを揃える事しか考えていない可能性も高く、ひたすらドローを続ける新入生にクロノス教諭は生暖かな視線を向ける。

 

 確かに【図書館エクゾ】は決して悪くないデッキと言えるだろう。戦術の一つしては間違ってはいないだろうし、仮にエクゾディアを揃えられずに全ての手札を墓地に送ったとしても、『補充要員』のようなリカバリー案があるのなら素直にクロノス教諭は賞賛したであろう。

 

 しかし、【図書館エクゾ】はいってみれば、ただ相手を無視してひたすらカードをドローするだけの単純なデッキであり、ある意味では劣等生と揶揄されるオシリスレッドの生徒達のデッキを更に上回るシンプルな行動しか行わない。それはこの周囲に自身のデュエルタクティクスを示す必要がある決闘には不向きと言わざる得ない。

 

 事実他の生徒達は的確に教師の動きをマストカウンターしていくパーミッションデッキや、1ターンで強力なモンスターを召喚するなどのパフォーマンスを行う事で自らの強さをアピールしている。

 

 それ故に新入生の決闘に期待していたクロノス教諭だったが、既に新入生のデッキが読めてしまった為に興醒めしてしまい、どうでもいい気分になってしまっていたのだ。

 

 とはいえデッキ構築能力は悪くなく、あくまでこの場面で使うデッキとしては相応しくないだけで、彼の思い切りの良さはクロノス教諭は認めており、今後はどんな成長を見せるのか楽しみナノーネと内心微笑んでいたが、やがて才賀は『王立魔法図書館』の効果によってカードを一枚ドローすると、静かに目を伏せた。

 

 クロノス教諭も含め、恐らくエクゾディアが揃わなかったのではないか?と誰もが思ったその時、才賀は顔を上げると、そのまま覚悟を決めた様子で口を開いた。

 

 

「いきます……僕はフィールドの魔法カード。僕は『チキンレース』『妖刀竹光』『折れ竹光』の3枚のカードを墓地に送り……『降雷皇ハモン』を特殊召喚します!」

 

 その宣言を聞いた途端。思わずクロノス教諭は目の前の少年に目を細め、失望の感情を持ってしまったのは仕方ないだろう。

 

 『降雷皇ハモン』、かつてこのデュエルアカデミアを震撼させた三幻魔の一角であるカードは現在レアカードではあるが一般層にも流通しており、クロノス教諭ともなるとハモンの効果を完全に把握している。

 

「待つノーネ。『降雷皇ハモン』は召喚不可能であルーノ。あのカードは永続魔法を3枚墓地に送る事で特殊召喚可能ナーノ。でもシニョール才賀のフィールドには装備魔法2枚とフィールド魔法が1枚だカーラ。召喚条件は満たして無ィーノ!」

 

 『降雷皇ハモン』は確かに強力なカードではあるがその召喚条件は自分フィールド上の表側表示の永続魔法カードを3枚墓地に送る必要があった。しかし才賀が宣言したカードは装備魔法である『竹光』カードが2枚にフィールド魔法である『チキンレース』だ。つまり『降雷皇ハモン』の召喚条件は満たしてはおらず、フィールドには顕現する事はない。

 

 クロノス教諭は企画趣旨を理解していないだけではなく、自身のデッキのカードの効果までも把握していない目の前の少年に厳しい目を向ける。

 

 例え10歳であっても彼はオベリスクブルーの成績上位者の新入生であり、教師として決して間違った態度を取る訳にはいかない。その為、クロノス教諭は目の前の新入生に、そして自分に言い聞かせるように指摘したのだが、才賀は不適な笑みを浮かべるとボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 瞬間決闘場の周囲に暗雲が突如発生し、そして落雷が発生する。その現象に周囲が騒然となるがあくまでこれはデュエルディスクが作り出した幻想であり、一部のモンスターの召喚成功時に起きる現象の一つだ。

 

 

 

 

 

 そう。

 

 

 

 

 

 モンスターの召喚成功時に起きる現象が、起きてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

 

 クロノス教諭は思わず驚愕の声を上げてしまう。暗雲立ち込める中、上空から舞い降りる巨大なモンスターの姿は正に皇と呼ぶに相応しい威容を誇っていた。

 

 

 全身を黄金に輝く鎧に身を包み、天より降り立つその姿。雷を自在に操り、己が力を振るう存在。暴虐の限りを尽くさんとするその雄姿。

 

 巨大な翼を広げ、歓喜するように空に向かって遠吠えを放つその姿。それはまさしく―――

 

 

 

 

 

 

 

《降雷皇ハモン》

星10/光属性/雷族/攻4000/守4000

 

 

 

 

 

 

 かつてデュエルアカデミアを恐怖のどん底に陥れた伝説の三幻魔の内の一画が一人の少年の前に姿を現したのであった。

 

 

「そ、そんな馬鹿ナノーネ!一体どうやってハモンを召喚したノーネ!」

 

 

 クロノス教諭の悲鳴じみた叫びと同時に目玉が飛び出そうな勢いで大口を開けて才賀を凝視する。しかしそんなクロノス教諭の言動を無視して少年は召喚された巨大な自らのしもべたるハモンの足を優しく触れると、静かに語り掛けた。

 

 

「頑張ろうね、ハモン」

 

 

 ハモンは主の呼びかけに応えるように小さく鳴き声をあげると、その暴力や破壊がそのまま擬人化したかの様な姿に似合わない仕草で静かに頭を垂れると、まるで子猫のような甘える仕草で才賀の手に頬を擦り付ける。

 

 その姿に思わずクロノス教諭も一瞬見惚れてしまったが、すぐに我に返ると目の前の状況に理解が追い付かずに絶句してしまう。

 

 

 デュエルディスクのエラー?あり得ない。海馬コーポレーションが総力を上げて作り上げたデュエルディスクがカードの効果を間違えるだなんて事は考えられない。

 

 

 それでは目の前の少年がデュエルディスクのデータを改竄した?数十年前に、何処ぞの没落貴族が同じ事を行った例が存在するとはいえ、それこそ10歳の少年がそんな事を行うだなんて不可能だ。

 

 

 だが、ただ一つだけこの状況を納得できるケースは存在する。

 

 

 現在この世界に流通している降雷皇ハモンはかつてデュエルアカデミアに封印されていた降雷皇ハモンと比べれば大幅な弱体化が施されており、オリジナルとも呼べる三幻魔のハモンは……永続魔法だけではなく、自分フィールド上のあらゆる魔法カードを3枚墓地に送る事で特殊召喚する事が出来るのだ。

 

 

 

 そう、つまりあのハモンは────!

 

 

 

「これが!僕の切り札!僕の相棒!そして僕の大切なマイフェイバリットカード!『降雷皇ハモン』です!」

 

 

 

 

 才賀は高らかに宣言すると、右手を掲げるとハモンは少年に応えるように、天空に向けてその雷電を解き放った。その光景に会場は騒然とするが、しかしクロノス教諭だけは目の前の事態に動揺を隠せないでいた。

 

 

 まさか。どうして。こんな事が。影丸理事長はあの事件の後に改心し、既に鬼籍となっており、クロノス教諭の知らない事なのだがユベルも最早幻魔への興味や使う理由も喪失している。

 

 

 三幻魔はあの精霊界への転移事件の際に行方不明となり、卒業生である三沢大地が何度か捜索を行ったらしいが発見には至らなかった。

 

 

 そんな精霊界に置き去りにされたはずのオリジナルの三幻魔をなぜ少年は使っているのか?クロノス教諭の脳のキャパシティが限界を迎えかけたその時、才賀はバトルフェイズを宣言する。

 

 

「バトルフェイズに移行します!クロノス先生のフィールドの『古代の機械巨人』にハモンで攻撃!失楽の霹靂!」

 

 

 錆びた巨大な機械巨人を抹殺する為に雷の皇帝は口元にエネルギーを収束させていく。その様子を見ていたクロノス教諭は慌てて伏せていた罠カードを発動を行うが。

 

 

「『せ、聖なるバリアーミラーフォースー』の効果を発ど…!」

 

「無駄です!僕のハモンは一切の罠カードの効果は受けません!」

 

 

 ハモンの体表から発生した稲妻によりミラーフォースは破壊され、その稲妻はそのまま才賀のフィールドのモンスターに襲い掛かる。

 

 

古代の機械巨人 攻3000 VS 降雷皇ハモン 攻4000 戦闘結果:降雷皇ハモンの勝利

 

 

 鋼鉄の巨人は迎え撃とうと拳を振り上げるが三幻魔の一角たるハモンの敵ではなく、雷光に包まれていく。鉄の焦げる臭いと共にその体は焼け焦げていき、最後にハモンが天に向かって一吠えすると、そのまま機械仕掛けの巨人は崩れ落ちていく。だが、ハモンは残骸を残す事すら許さないかのように残った残骸を雷で消滅させると、次はお前だと言わんばかりにクロノス教諭を睨みつけた。

 

 

「うぅ……」

 

「降雷皇ハモンがモンスターを破壊した事により効果発動。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊し墓地へ送った時、 相手ライフに1000ポイントダメージを与える効果があります。地獄の贖罪!」

 

 ハモンが手を振り上げるとクロノス教諭の周囲に落雷が発生し、クロノ教諭はその衝撃で思わずよろめいてしまう。その様子にハモンが雄たけびを上げると、クロノス教諭の周囲を黄金の光が包み込む。

 

 

クロノス教諭 LP 5000 → LP4000

 

 

 

「す、すげぇ!!」

 

「クロノス先生のエースモンスターを破壊するだなんて!?」

 

「いやでもハモンってあんな効果だったか?まぁいいかぁ!!」

 

 

 アカデミアが誇る最強クラスの決闘者であるクロノス教諭のエースモンスターをあっさりと粉砕した新入生の少年に観客席の生徒達は興奮を隠しきれずにいる。それまでしらけ切っていたり、つまらなそうにしていた生徒達もその光景に息を飲み、食い入るように才賀に注目していた。

 

 

「バトルフェイズを終了し、カードを2枚伏せてターンを終了。エンドフェイズ時に『無の煉獄』の効果により全ての手札のカードを墓地に送ります」

 

「……シニョール才賀。この決闘が終わり次第、ワタクシの部屋にくるノーネ」

 

「……わかりました」

 

 

 観客席の歓声にかき消された二人の会話。才賀は少し不安そうな表情を浮かべていたが、ハモンはそんなマスターを励ますように小さく鳴く。

 

 

「あの少年……まさか幻魔と心を通わせているノーネ…?」

 

 

 

 

 

 そして、決闘は続いていく。結局クロノス教諭はハモンを突破する事は出来なかった。

 

 

 クロノス教諭も己が全てをかけて数ターン以上粘り、 例えば『リミッター解除』による強引な戦闘破壊に成功したとしても即座に『リビングデッドの呼び声』によってフィールドに舞い戻り。

 

 ならば、魔法カードは効くだろうと『地砕き』を発動した途端、『マジックジャマー』で無効化されるなど一進一退の攻防が繰り広げられ。

 

 最後は『王立魔法図書館』をリリースすることで発動した罠カード、『ナイトメアデーモンズ』によりクロノス教諭のフィールドにモンスターを強制出現させた上で、相手に攻撃を強制させる罠カード、『バトルマニア』により強制的にモンスターとバトルを発生させる事により、少年はクロノス教諭との決闘に勝利する事になる。

 

 

 その決闘においてハモンは他者のエネルギーを強引に吸収する事も、自身のマスターたる少年を洗脳する事もなく、ただ純粋に信頼するマスターの願いに応えるように力を振るうのであった。

 

 







・時系列

 今作での時系列は遊戯王GXより最低10年以上が経過し、クロノス先生もそろそろ引退を考え始めた頃。シンクロ召喚などはまだ存在せず、世間一般には三幻魔のレプリカのカードが出回り始めた頃を想定しています。

・ハモンの効果
原作では初期と後期で効果が変わるハモン。1期では罠の効果を一切受けずに魔法も発動したターン以外は無効化という効果となっていましたが異世界編では普通に永続魔法カードの効果を受けていた上に、他のモンスターを相手の攻撃対象から守るOCG版に変化してる可能性あり。今作では1期効果をベースにノリや勢い(!?)によりOCGのハモンの効果も発動するという解釈に。とはいえこれ移行の決闘描写はかなり抑えめになる予定となっています。

・才賀直のデッキ
典型的な図書館エクゾと思いきや全てはハモンをドローする事に全てをかけている為に必然的にそうなってしまったという真相。普段はハモンが召喚できなくとも戦えるデッキも使用していますが、今回ばかりはアカデミアの先生にハモンを絶対に見てもらう為にハモンのドローに全てを賭けた結果、かなり偏った構築となっているのでした。


 勝ち筋はハモンを召喚した上でハモンを維持しつつ、ハモンでビートダウンを狙い。『ナイトメア・デーモンズ』『おじゃまトリオ』などを相手のフィールドに送りつけた上で、『バトルマニア』や『召喚制限-猛突するモンスター』による強制バトル。ですので場合によっては『バトルマニア』『おじゃまトリオ』などによりハモンが召喚出来なければ手札が腐る可能性も高く、『カップオブエース』などもデッキに入れているが為に本人はかなりヒヤヒヤしていたそうな。


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第三話 ハモンとイチャイチャ生活を送る為には?

 

 

 クロノス教諭専用の教頭室に、突如として現れたハモンと名乗る美女は、自己紹介を済ませると一瞬の内に破顔させてマスターである少年、才賀直にべったりと抱き着いた。

 

 突然の事にクロノス教諭が呆然と見つめていると、彼女はまるで恋する乙女の様に瞳を潤ませながらすり寄っていく。その姿にクロノス教諭は絶句するしかない。果たして目を疑うが、これがあの世界を滅ぼす力を秘めていると称された三幻魔の一角の姿なのだろうか?

 

 

 威圧感のカケラもないハモンは人前である事を気にせずマスターに抱き着くと、うっとりとした表情を浮かべて甘えるように体を預けていく。

 

 

「マスター♡改めてクロノス教諭との決闘の勝利おめでとうございます♡ご褒美は何が良いですか?ハグですか?添い寝ですか?お風呂でお背中を流せば良いのでしょうか?」

 

「ハ、ハモン!先生の前だから控えて!人間界だと学校でそういう事しちゃダメなんだよ?」

 

 

 赤面しつつ才賀が諭すように答えるとハモンは渋々と言った様子で少年から離れる。クロノス教諭からすれば普段この二人がどんな日常を送っているのかを教師として注意すべきだろうか?と少し悩んだのだが、そうこうしている内にようやくマスターとのいちゃつきを終えた金髪の美女はクロノス教諭の方へと向き直る。

 

「それでは要件を終わらせましょうか…クロノス教諭。貴方も私について問い詰めたい事や恨み節などは幾らでもあると思いますが……マスター、申し訳ございません。少しの間クロノス教諭と二人きりでお話をしても宜しいでしょうか?」

 

 すると、少年は心配そうな表情を浮かべてハモンに問いかける。

 

 

「ハモン、やっぱり僕も同伴した方が……」

 

「大丈夫ですよマスター。ご心配なさらずともクロノス教諭は私を脅迫する事や貶める事をするような方でない事は知っていますから、ですが交渉が決裂した際は……貴方様にご迷惑をお掛けする事になりますが……」

 

 

 ハモンは先程までの甘々な雰囲気を漂わせつつも少しだけ罪悪感を秘めた目で見つめるが、ハモンのマスターは優しい表情で彼女の手を握るとハッキリと答える。

 

 

「僕は、ハモンとずっと一緒だって決めたんだ。どんな結果に終わってもハモンを信じてるよ」

 

「あぁ……♡マスター……私も、貴方の傍を離れるつもりはありません。これから先も永遠に……それでは少しだけお待ち下さいませ♡」

 

「うん。それではクロノス教諭。少しだけ失礼します……!」

 

 

 

 そういいつつ才賀直は一礼すると部屋を出ていき、残されたクロノス教諭とハモンは視線を交わす。クロノス教諭も口を挟まない程の関係を見せつけていた彼女であるがマスターがいなくなった途端、甘々な雰囲気は霧散し、理知的な表情を取り戻すと静かに頭を下げた。

 

 

「まずはお詫びを申し上げましょう。数十年前アカデミアを混乱に陥れた事、そしてユベルの尖兵として貴方の大切な生徒達を傷つけた事を謝罪させて頂きます。最も後者は貴方はデュエルゾンビになっていましたので記憶には残っていないとは思いますが」

 

「……マンマミーア……トリックやドッキリではナーク。シニョーラは本当にあのハモン、ナノーネ?」

 

「えぇ。正真正銘三幻魔のオリジナルのハモンです。訳あってこの姿をしていますが……あの時と違い、私個人としては問題行動を起こすつもりは一切ございません。と言っても……過去に暴れた、私の言葉に説得力なんて皆無だと思いますが」

 

 

 自嘲するように口を開くハモン。その言葉を聞いたクロノス教諭はホッと胸を撫で下ろす。あの三幻魔を相手に自分がどれだけ抵抗できるのか、仮に戦ったとしても自身が犠牲になるだけならまだしも、他の生徒にも被害が及ぶかもしれないと言う事を危惧していたのだから。

 

 

「取り敢えずは安心しターノ……ほ、本当に悪さをする予定はないノーネ?」

 

「ええっ。私はあのお方に全てを尽くす事に幸福を感じていますので、ただし、もしマスターの御身に危険を及ぼすようなら……例えば無理矢理ハモンを寄越せと他の生徒がマスターに手出しをするのであれば、その様なクズは八つ裂きにした上で焼き尽くして差し上げる所存ですが」

 

 

 そう告げるハモンの目はゾッとする程冷たい光を帯びており、獰猛に獲物を屠る事を望むその目は緑色から血の様な真っ赤な色に変色しており、彼女が人ではなくカードの精霊である事を嫌でもクロノス教諭は感じ取れてしまう。

 

 

「ですが、マスターはお優しい方ですので例えどの様なクズが相手でも、その様な結果を望まないでしょうし、私もマスターの学園生活の妨げになるつもりはありません。ですので初犯の内は三日間程雷撃で昏倒させる程度で許して差し上げましょう」

 

 そう語るハモンは、やはり先程のマスターと会話していた時とは異なり、感情の無い機械の様に冷酷な声音で淡々と言葉を紡ぐ。

 

 だが、クロノス教諭はあえてスルーする。ここでマスターに二度も敵対行動をした場合どの様な報復をハモンが行うのか聞くのは精神衛生的にもよろしくないと判断したからだ。

 

 

(このシニョーラ、やべぇ女ナーノ……)

 

 

 狂気的なまでのマスターへの深い愛情を伺わせるハモンに対してクロノス教諭は思わず戦慄するが、彼女にハッキリと伝えるべき事は伝えておかなければならない。

 

 

 

「シニョーラ、貴女のマスターに対する想いは十分に伝わってきたノーネ。だがしかーし!肝心な貴女の目的をまだ聞いてないノーネ!」

 

 

 ビシリと指をさしながらクロノス教諭はデュエルディスクを起動させる。あの優等生、才賀直はこちらに敵対行動をとるつもりは無さそうな様子ではあるが、クロノス教諭は悪事を企てる者程、最初を猫をかぶるという事実を悲しいかな経験上痛い程に知っているのだ。

 

 

「アカデミアの生徒を守る教師の一人として納得のいく説明を聞く必要があるノーネ!シニョーラハモン!あの優等生ボーイと貴女はいったい何が目的ナノーネ!?」

 

 

 クロノス教諭の問いかけに対し、ハモンはしばらく沈黙を保つ。同時に、この教師は震えつつも、生徒の為ならば自身と差し違える覚悟である事実に内心微笑みつつも、己が仕えるべき主の事をゆっくりと語り始めるのであった。

 

 

「クロノス教諭……貴方から見てマスターと私の付き合いはどれ程の期間だと思いますか?」

 

「にゅぅ……あの距離感を見るかぎーリ!3年、いや5年は経ってると見たノーネ!」

 

 

 ハモンは静かに首を横に振る。

 

 

「一週間……私がマスターにカードとして拾われた期間は3年程経ちますが、この姿で顕現したのはたった一週間程ですね」

 

 

 彼女の言葉に思わずクロノス教諭は困惑する。先程まで目の前でイチャついていた二人の距離感は最早姉弟や恋人のそれと言っても良く、とてもではないが出会って1週間とは思えなかったからだ。そんなクロノス教諭の反応を見たハモンは静かに笑みを浮かべる。

 

 

「そう、一週間。マスターがデュエルアカデミアに入学すると知った私はそれまでカードの精霊である事を隠してきましたが、流石にオリジナルの三幻魔である私を人前で使えば、間違いなくマスターに何らかの嫌疑がかかるはずです。そう、クロノス教諭。貴方のようなあの影丸理事長の暴走や、異世界転移事件に関わった方なら尚更です」

 

 

 静かに語るハモンの言葉にクロノス教諭も一瞬だけ図星をつかれたのかバツの悪い表情を見せるが、当然でしょうとハモンは肯定した。

 

 

「私は、自分の意志では無いにしろ過去にデュエルアカデミアで大惨事を引き起こした者達の使用したカード。無理矢理人々や精霊達から生気を吸い取り暴走する様は控えめにいって……邪悪な化け物です」

 

 

 自嘲気味に語るハモンの言葉にクロノス教諭も何も反論できずにいる。確かにあの事件は彼にとっても苦々しい記憶であり、後にこの弱体化したとはいえ三幻魔のレプリカカードが一般販売されたと知った時は苦虫を噛み潰す様な気分だった。

 

 

「だからこそ、私はマスターに全てを話しました。自分は多くの人々を傷つけた化け物である事。今まで黙ってマスターのカードとして潜伏していた事。そしてこんなカードを持っていればマスターにも危害が及ぶ可能性が高くなる事も……」

 

 

 ハモンの口調から段々と感情が失われていく。それは彼女にとって一番辛く悲しい過去を思い出すが故なのかもしれない。

 

 

「ですが……マスターは……」

 

 

 そこまで言うとハモンの目からは涙が溢れ、頬を流れ落ちていく。しかし、彼女はその涙を拭うことなくただひたすらに言葉を紡いでいく。

 

 

「マスターは私の為に、涙を流して「利用されたハモンは何も悪くないじゃないか!」と言いながら抱きしめてくれたのです……もう……その時は……そのお言葉でどれだけ救われたか……」

 

 

 美しいエメラルドのような瞳を潤ませ、幻魔は涙を流す。だが、その悲哀に満ちた顔には紛れもない幸福感が浮かんでいた。クロノス教諭は無言でデュエルディスクを下ろすとハンカチを差し出そうとするが、彼女はそれを手で制し、言葉を紡ぐ。

 

 

「ありがとうございます。クロノス教諭……貴方の様な先生に学び、育てられたからこそ……あの遊城十代は私達を止められたのでしょう」

 

 

 涙を流し終えた彼女は何処か晴れ晴れと、それでいて悲しみを背負った複雑そうな笑顔をクロノス教諭に向ける。

 

 その姿はまるで聖女のようであり、彼女は心の底からあの少年の幸せを願っている事がクロノス教諭にもありありと伝わってくる。

 

 

「一週間、沢山の事を話しました。今までの事を、そしてこれからの事を。マスターは私をデッキから外すつもりも手放し、処分するつもりもない。私の過去に犯した罪を共に背負い、私は絶対に悪い事はしない。そして私と共にこのアカデミアでの生活を認めて貰うが為に一つの計画を立てたのです」

 

「……それが、私とのデュエルという訳ナノーネ?」

 

 

 

 初等部の成績優秀者は入学と同時にレクリエーションとしてアカデミアの教師と決闘をする事は広く知れ渡っている。生徒や教師も含め多くの人々が見守る中の決闘はハモンの存在をアカデミアに知らしめるという目的を果たす事に関してはこれ以上にないと言う程の絶好のチャンスであり、その目論見は成功したと言えるだろう。

 

 だからこそ才賀直は【図書館エクゾ】に近い構築であるデッキを使用した。普段のデッキではなく確実にハモンを召喚する為に無茶苦茶としか言いようがないデッキを使ったのだが、クロノス教諭はまんまと直談判や説明を願う二人の思惑にハメられたという訳だ。

 

 

「質問に答えていませんでしたね。マスターの目的はオリジナルの『降雷皇ハモン』との学園生活、及び私の名誉回復であり、その為ならばマスターはなんだってしてくれるでしょう。私を危険だからと封印しようとする人や、悪事に利用しようと言う人がいれば退学になる事も、一生私と共に逃亡生活を行う覚悟を示してくれましたが……私の望みは、ただマスターに子供らしく、楽しくアカデミアでの生活を送って欲しいだけです」

 

「ハモン……貴女は……」

 

「クロノス教諭……」

 

 

 深々とハモンは頭を下げる。彼女がその気になれば数秒で消し炭になるであろう矮小な人間に、雷の皇は万感の想いを込めて恭しく一礼する。

 

 

「クロノス教諭、お願いします。多くの人々を傷つけた化け物の言葉は信じなくても構いませんが、ただマスターの……あの日私を拾ってくださり、世界を敵に回してでも共に歩むと決意した少年の言葉だけは信じてほしい。そして願わくば、マスターと共にこのデュエルアカデミアを卒業するまでの間、共に歩む時間を認めて頂けませんか?」

 

 

 ハモンが言葉を終えると部屋には沈黙が宿り、静寂に包まれる。やがてクロノス教諭は溜息を吐くと椅子に深く腰掛け直し、静かに口を開く。

 

 

「ハモン……貴女の気持ちは良く分かったノーネ。私がその問いに答える前に一つだけ最後に質問させて貰うノーネ」

 

「なんでしょうか」

 

 

 真剣な表情でクロノス教諭を見つめるハモンに対し、クロノス教諭は三幻魔に恐れず真っ直ぐ視線を返す。そして教育者として、一人の人間としてどうしても聞かなければならない事を口にした。

 

 

 

 

 

 

「貴女は今、人間をどう思っているノーネ?」

 

 

 

 

 

 

 

 その問いにハモンは一瞬だけ目を伏せると、意を決したように再び顔を上げ、はっきりと答えた。

 

 

 

 

「どうでもいいです」

 

 

 

 

帰ってきた言葉は無関心。憎悪や殺意も、関心や好意もなく、ハモンは断言する。

 

 

 

 

 

 

「人間も、聖霊も等しくまとめて死ねばいい。私達の味わった苦しみをお前達も味わえ。憎悪や屈辱に塗れて苦しみ、汚物に塗れて屍となれ……そう、過去に思った事があるのか?といえば肯定しましょう。しかし、今はただ大好きなマスターの横で過ごしたいとしか思わない。だからもう一度答えましょう、だからもう一度答えましょう、人間なんて私にとっては最早どうでもいいのです、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり暗くなった屋外にてハモンとそのマスター才賀直は並んで歩く。もう夜と言って差し支えない時間帯の為、周囲に人影の姿は見えずに二人きり、人気のない静かな道を歩いているとハモンは、少年に手を差し出しながら期待した目で問いかける。

 

 

「その、マスター……手を握って頂けませんか?」

 

「えっ!?あ、うん…じゃ、じゃあ……」

 

 ハモンの手を握るのに躊躇しながらも才賀は彼女の手を握り、ゆっくりと歩き出す。最初は緊張していた様子だったが、ハモンにぎゅっと手を強く握られると自然と力が抜け、お互いに指を絡めるようにして手を繋ぐ形となる。互いの体温を感じつつ、初々しい恋人同士の様な二人の歩みは何処までも続いていくような錯覚を覚える程にゆっくりだ。

 

 お互いの顔を見合わせると気恥ずかしさがこみ上げてきて二人は何も喋らずに黙々と歩を進める。しかし、不思議と気まずさは無く心地よい無言の時間を楽しむ。

 

 

「ふふっ♡なんだか照れ臭いですね……いっつも一緒にお風呂に入ったり、毎晩添い寝をしたりしているのに……♡」

 

 

 その言葉に羞恥の余り才賀は吹き出してしまうが、そんな自身の何よりも愛おしいマスターを優しい目で見つめながらハモンと少年は寮への帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 

「全く…私も甘くなったノーネ。うぅアチチ……なんだか胃が痛くなってきたノーネ……」

 

 そんな二人の様子を屋上からクロノス教諭は見つめていた。これからやるべき事は幾らでもあるだろう、関係者各位に連絡する必要もあり、中にはあのペガサス会長や海馬社長に一言伝えなければならないのかと思うと憂鬱になってしまう。

 

 

 彼は幻魔とそのマスターの二人にアカデミアでの生活を約束した。ハモンには留学生の地位を暫定的に与え、二人で過ごせる様と便宜を図ったのだが、三幻魔の名誉回復という点に関しては難色を示したのだ。

 

 

 というのも、三幻魔やセブンスターズの暗躍に関する罪は影丸理事長が全て背負って既に鬼籍となっており、精霊界での出来事でもハモンはユベルのデッキに入ってはいたが、その事実を知る生徒はごく少数だ。

 

 つまり、名誉回復をしようがなく、これからも三幻魔は世界を破滅に導く悪魔か流通しているレアカードとしてしか見られない。彼女が悪い存在ではないと大々的に説明をすれば寧ろ悪影響しかないとクロノス教諭が説明すると、ハモンが過去に受けた心の傷を思ってかマスターである才賀は残念そうに項垂れてしまう。

 

 

「しかーし!ミスター優等生ボーイ!シニョールが決闘者であるのならまた別の方法があるノーネ!」

 

「別の、方法?」

 

 

 クロノス教諭はにっこりと微笑むと自信満々といった表情で宣言する。

 

 

「三幻魔の怖さや過去の風評を上回る活躍をシニョールが決闘者として見せつければいい、即ち!シニョール才賀が『降雷皇ハモン』を使いこなスィ!大舞台で人々にアピールによって、ヒーローになれば良いノーネ!」

 

 

 『降雷皇ハモン』は弱体化したレプリカではあるが既に世界中にレアカードとして流通している。しかし、その評価は永続魔法を3枚も墓地に送るコストの重さや耐性の無さなどもあって、プロデュエリストやコレクターから評価はロマン枠の観賞用カードという現状だ。

 

 しかし、もしもそんな扱いを受けているハモンを使いこなす事でプロデュエリストとして少年が活躍すればどうなるのだろう?一風違った効果である三幻魔を使い、その力を世間に示せば?観客からの声援を受ければ?世間の人々の多くはこう思うはずだ。

 

 

 

 

 ────カッコいいと。

 

 

 

 封印された過去のある悍ましい化け物ではなく、

人々の恐怖の象徴でもない。人々にとっての憧れや希望の存在になればいいのだと。

 

 

「クロノス、先生……」

 

「強くなるノーネ。アカデミアでシニョーラ、ハモンと共に過ごし、プロデュエリストになり、二人三脚で多くの人々を笑顔にするノーネ。それが教師として私が出せる提案の一つであり、これから先はシニョールの頑張り次第って事ナノーネ」

 

 

 

 自分以外にハモンを認めてくれる人がいた。そして未来への青写真を提示してくれた事に感動した才賀は静かに涙を流しつつも決意を秘めた表情となる。

 

 

 ハモンを認めさせる為には決闘者としての腕前を磨き、人々を魅了できる様なデュエルタクティクスを身につけなければ。そして何より大切なのは……。

 

 

「はい、僕……強くなります。ハモンと一緒に、絶対に誰にも負けない強さを身につけてみせます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙を拭き取り、真っ直ぐと前を向く少年。そしてその横で嬉しそうに彼を見つめる長身の美女。夜の闇を照らす様に輝く美しい月夜の下で二人の絆は遠くから見守るクロノス教諭は懐かしそうに目を細める。

 

 

 

「ふっ……昔を思い出すノーネ……あの三幻魔と心を通わせる少年か……ドロップアウトボーイ。貴方はあの二人を見て、なんて思うノーネ?」

 

 

 

 これだから教師はやめられない。クロノス教諭は過去の問題児に想いを馳せると優しく微笑み、屋上を後にして職員室へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 なお、この物語には少しだけ続きがあり、クロノス教諭のアドバイスによってハモンの名を世間一般に流通しているレプリカのハモンとは別のものに書き換えるべきだとアドバイスをしたのだが。

 

 

「そうですね……『マスターのハモン』『才賀直の下僕たるハモン』他にも『才賀ハモン』……ふふっ♡マスタァ♡私としてはどの様な名前でも構いませんが貴方との繋がりが欲しいですね♡」

 

 

 なんて言い出して一悶着があり、その結果無難に『真・降雷皇ハモン』と名付けられる事になる。

 

 

 

 

 そして、クロノス教諭は才賀直のデッキを見るとハモンが何故一枚だけしか入っていない?レプリカではあるが2枚も追加で入れるべきだと指摘すると。

 

 

 

 

「ええっ、ハモンを活躍させる為にお小遣いをはたいてレプリカのハモンを2枚デッキに入れてたんですが……何故か、何度決闘してもレプリカのハモンは一切ドローする事が出来ずに、あのハモンしか手札にきてくれないんですよね……」

 

 

 なんて苦笑しながら暴露した結果、やっぱりこの女はやばいのでは?と少し頭が痛くなるクロノス教諭であった。






・ハモンの罪
アニメGXでの影丸理事長とユベルの尖兵として働くだけではなく、それ以前から伝承を見る限り精霊界や人間界も含めて色々とやらかしている可能性あり。ですが今作ではダイスの導きとはいえ、三幻魔は基本的には意志を見せないアニメ版の描写などから三幻魔は本当に破壊や憎悪を望んでいたのか?ただ存在するだけでその体質から忌み嫌われたポケモンのダークライやアブソルのような存在ではないか?という想定によってこのお話は誕生するのでした。

 ハモンとしては自分達三幻魔を便利な野望を叶えるための道具扱いする者達全員に対する深い憎悪を、そして利用されて多くの人々を傷つけた自分達に罪悪感をもっており。

 GX本編後は完全にスレて意気消沈していた所を優しい少年に拾われた結果完全に心を虜にされ、カードの精霊としてマスターの姿に現れた時にはダイス判定によると100が結婚確定の深い愛情という上限だと言うのに本編開始から143という限界突破の愛情値に。更にどんどん上がっていきますので……


 つまり、一歩ミスすればどこぞのヤンデレの様にハモン大☆暴☆走の可能性も……



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第四話 ごく普通の降雷皇と過ごす日常の一コマ

 

 近年初等部が設立されたデュエルアカデミアでは孤島という立地に未成年の男女生徒が日夜決闘について学びつつ共同生活を送っているのだが、中等部や高等部と同じく成績によってその待遇の差は厳しいと言わざる得ないだろう。

 

 自分の意思で入学し、自身のロードを歩む事を決意したのだからより良い待遇を求めるのであれば相応の努力が求められるのは当然の事なんて高笑いしそうなオーナーの理念はさておき、例えば劣等生と揶揄されるオシリスレッドの生徒は食事も栄養バランスこそ考えられているが極めて質素なものであり、寮と学園までの距離も長いなど不遇な待遇となっており。

 

 

 その劣悪な環境から這い上がろうともがく生徒もいれば、諦めて劣等生の地位を甘んじる生徒もおり千差万別だ。これでも全ての生徒に個室が与えられたなど過去の差別的な待遇と比べればその待遇の差は雲泥となっているのだがその事を知る者は今では少数の教師のみだ。

 

 

 ラーイエローは一般的な寮生活をイメージして貰えばいいとして、それでは初等部の成績優秀者のみ所属する事の許されるオベリスクブルーの待遇はといえばエリートに相応しい専用設備が整った豪華な部屋を与えられている。個室にはそれぞれ個人用のエアコンやテレビ、冷蔵庫も完備されており、トイレや風呂場は勿論、娯楽施設なども用意され、学生とは思えない充実した内容だ。

 

 しかも、寮の食堂もオベリスクブルー専用のレストランとなっており、そこの料理は最早ホテルのディナーかと見間違う程であり、一流シェフによる最高級の食材を使った食事は他では味わえない絶品だ。

 

 この待遇をずっと受け続けたいのであれば堕落せず、日々の生活に気を配り勉学に励む事が大前提となるが、だからこそオベリスクブルーの生徒達は現在の待遇を当たり前とは思わずに向上心を持ち、己を高め続けている者ばかりだ。

 

 その結果、初等部の段階から劣等生であるオシリスレッドとエリートであるオベリスクブルーの間に大きな溝が生まれたのだが、そんな生徒達のバチバチとした争いとは無縁のマイペースな生徒もまた、学園生活を謳歌しているのであった。

 

 

 

「おかえりなさいマスター♡」

 

 

私服代わりのゆったりとした黒いシスター風の衣装を見に纏った金髪の爆乳美女たるカードの精霊。世界を滅ぼす力を秘めているとすら言われている降雷皇ハモンは、そんな物騒な存在には見えない笑顔を浮かべながら自身の最愛のマスターである才賀 直を玄関先にて出迎えた。花柄のエプロン姿で長い金髪を三つ編みに纏めており、その装いは幼妻や新妻のそれに近い。

 

 しかし、その顔は少年には刺激が強すぎる妖艶さと美しさを備え、その笑顔を向けられた才賀は心臓がバクバクと激しく脈打ちながらもなんとか平静を保とうとする。

 

「う、うん。ただいまハモン!」

 

  10歳となったばかりの少年にとって金髪爆乳美女であるハモンとの同棲生活は色々と大変な毎日だが、それ以上に彼女と過ごす時間はとても楽しいものだ。才賀曰く、もしもハモンがいなければホームシックで泣いていただろうとか。

 

 

「夕食は出来ていますよ。マスターの好物の唐揚げに豚汁、サラダとデザートに果物の盛り合わせを用意しましたから♡」

 

「おおっ!凄いなぁ。どれも美味しそうだね」

 

「ふふっ♡マスターのお口に合えば良いのですけど♡」

 

 

 子どもらしく嬉しそうにはしゃぐ才賀を見てクスリと微笑むハモン。オベリスクブルーの初等部の生徒達の多くは併設されたレストランで食事をとるのだが、才賀は自身のパートナーであるハモンの手料理を食べたいと願い、こうして自室で二人きりでの食事を楽しみにしているのだ。

 

 ハモンはマスターの事が大好きだった。それはもう大好きであった。彼女にとっての才賀直を一言で表すのであれば、闇の中でもがいていた自分に差し込んだ初めての光であり、そんなマスターの為に尽くすのは当然であると彼が授業をうけている最中の殆どの時間を彼に尽くす為の花嫁修行に当てていたのだ。

 

「今日もお疲れ様です。さあ、こちらへどうぞ♡」

 

「ありがとうハモン」

 

 

 

 優しく手を引かれてリビングのソファーへと座らされる才賀。そして、才賀がソファーに座ってから直ぐにハモンは彼の後ろへと回るとそのままぎゅっと彼を背中越しから抱き締める。

 

 

 背中に当たる二つの柔らかな双丘がムニムニと押し潰される感触にドギマギしながらも、このハモンの過剰なスキンシップに最初は抵抗していたものの今ではすっかり慣れてしまい今ではされるがままだ。

 

「あの……ハモン?くっつきすぎじゃないかな……」

 

「私は気にしませんよ?寧ろもっとマスターとくっついていたいです♡それにこの体勢の方がマスターの顔がよく見えますし……」

 

 

 その言葉通りハモンは才賀の後頭部に自身の顔を押し付けるようにして、その長くて綺麗な金糸のような髪をフワリと靡かせてスリスリとしている。まるで猫が飼い主に甘えるような仕草だ。そんな甘えん坊さんな彼女に才賀も頬を緩ませてしまう。

 

 

(ハモンは、今までずっとずっと苦労してきたんだ。だから、僕はそんな彼女の支えになってあげたい……!)

 

 彼女は強い。しかし、それでも辛かった事や苦しかった事は数え切れない程にあるだろう。ならば自分はその全てを受け止めるだけの器量を持たなければならない。それがマスターとして自分に出来る唯一の事だと幼いながらも彼は甲斐甲斐しく世話をしてくれるハモンに尽くそうとするのであった。

 

 

「じゃあ食べようか」

 

「はい♡」

 

「「いただきまーす」」

 

 才賀が手を合わせて言うと、それに倣ってハモンも一緒に言ってから食事に手を付ける。しかし、彼女は唐揚げを一つ箸で掴むとマスターの口元に運ぶ。

 

「はい、マスター♡あ~ん♡」

 

「い、いや。流石にこれは恥ずかしいかなぁって……」

 

「大丈夫ですよ。ほら、早くしないと冷めちゃいますから♪ねっ?」

 

 

 可愛らしくウィンクしながらそう言われれば才賀としても断る理由は無い。なので素直に口を開けばハモンは笑顔を浮かべながら彼の口に唐揚げを運ぶ。程よい弾力を持った柔らかい肉の食感と、ジューシーな脂の旨味を感じて思わず笑みを浮かべるとハモンもまた幸せそうな表情を見せる。

 

 

「良かったです♡マスターの為に必死でお料理を練習したかいがありました」

 

 

 ハモンはマスターの事を第一に考えている。故にその愛情はとても深く、だからこそ自身の全てを捧げる事が出来る。だが、それは才賀とて同じだ。こんなにも優しいカード精霊と出会えた事に心の底から感謝している。

 

 幼い少年にとってハモンに対する感情は信頼や絆と呼べる類ではあるが、情緖が育っていないが為にまだ恋愛感情という段階には達していない。だが、それでも。あの日ゴミ捨て場で彼女のカードを拾ってから共に歩んできた道は、例え実体化せずとも確かな軌跡を残してきた。

 

 そう、彼女の為ならば一生逃亡生活を送るという選択肢がある程に、二人の絆は火を追うごとに強くなっているのだ。

 

 

「ハモン、ほら口を開けて?」

 

 そう言いながら才賀は自身も唐揚げを箸で掴むとハモンの口元へと差し出すと、先程までうっとりとした表情を浮かべていたハモンは自身の主である少年の行動に思わずアタフタとしてしまう。まさか自分の方から唐揚げを差し出されるとは思っていなかったのであろう。

 

「えっ、えっとマスター♡気持ちは嬉しいのですが、でもその……私がマスターのお食事を頂く訳には……」

 

「良いんだよ。今日は僕の為に頑張ってくれたんだからさ?ほら、遠慮しないで?」

 

 

 そう優しく促されればハモンは戸惑いながらも恐る恐るといった様子でパクッと才賀が差し出した唐揚げを口に含み、モグモグと咀噛する度に、ハモンの頬が紅潮していく。

 

 

「どう?」

 

「はい、とても美味しいです……!じゃあ今度は私もあーんしてあげますね♡」

 

「うん、お願い」

 

「はい♡では……あーん♡」

 

 

 

 ハモンが唐揚げを差し出せば才賀がパクリと咀嚼し、才賀もまた唐揚げをハモンに差し出し、それを彼女が食べる。互いに食べさせ合う光景は端から見ればただのバカップルにしか見えないが、二人にとってはこれが普通であり、幸せな日常なのだ。

 

 

「マスター、もっとあーんしてください♡」

 

「はいはい。分かったよ……前から思ってたけどハモンってちょっと甘えん坊だね?」

 

 

 才賀がそう指摘するとハモンは恥ずかしそうに頬を赤らめてしまう。積極的に自身を甘やかそうとしてくれる金髪美女が逆に時折甘えてくれるというギャップに才賀もまた頬を緩ませる。

 

 

「もぅ…マスターだって甘えん坊さん何ですから、おあいこですよ♡マスターが甘えたい時はいつでも私に言ってくださいね♡」

 

 

 そういって正面からハグの体制に入るハモンに才賀は一瞬動揺するが、ハモンの胸元に顔を押し付ける形になりながらも彼女をギュッと抱きしめるとそのまま抱き合った状態で食事を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、マスター♡」

 

「んー?」

 

 

 食事を終えた二人は仲良く並んで歯磨きを終えると、ハモンはポンポンと膝を叩いて主人に座るように催促をする。その意図を理解した才賀は素直に従い、ハモンに後ろから抱っこされる形で腰掛ける。

 

(柔らか……っ…!)

 

女体特有の柔らかい感触に包まれて才賀は少し緊張しながらも大人しくしており、そんな彼の反応を楽しむようにハモンは嬉々として彼を愛撫する。にっこりと小柄なマスターを背後から抱き締めながら微笑む姿はとても妖艶であった。 

 

 彼と手を絡め、耳やお腹を指でなぞりながら時折ぎゅっとハモンは彼を抱き締める。そうすれば必然的に彼の背中に彼女の大きな乳房が押し付けられる事となり、少年の心音は次第に高鳴っていく。

 

 

「いいんですよ?マスターになら何をされても嬉しいんですから♡」

 

 

 囁くような甘い声が聞こえてくる度に、彼の心臓の鼓動は更に早くなっていく。もしも彼が10歳という幼い年齢でなければ間違いなく二人は男女の関係になっていただろう。

 

 

 それまで人と触れ合った事がなかった幻魔の過剰なまでのスキンシップは幼い少年にとってはあまりにも劇薬であり、恋人でもない二人がこうしてベタベタしてはいけないと口に出そうとしても、その言葉が喉から先に出てこない。

 

「えっ、えっと……じゃあ……」

 

「はい♡」

 

 

 全肯定し、全てを受け入れてくれる金髪爆乳美女の背後から抱き締められているという圧倒的優位な体勢で、ハモンの誘惑に対して抗えるはずもなく。少年は覚悟を決めると意を決して口を開く。

 

 

「その……また、今日も添い寝して欲しいんだけど、良いかな……?」

 

 

 上目遣いでハモンを見つめながらそう告げれば、彼女は優しく笑みを浮かべて了承の意を示す。

 

 

「喜んで♡」

 

 

 それから一時間後。風呂を終えた二人はベッドへと赴き、布団の中で二人寄り添いながら天井を眺めていた。

お互い何も話さずとも不思議と沈黙が苦ではない、穏やかな時間が過ぎていく。

 

 ふと、隣から視線を感じ横を向けば、そこにはハモンが優しい眼差しで才賀の事を見ており、その表情を見て才賀はドキッとしてしまう。白磁のような白い肌に整った鼻梁、綺麗な緑色の瞳がまるで吸い込まれそうな程に美しく見えてしまい、才賀は思わず見惚れてしまう。

 

 なによりもハモンの豊かな胸が目の前にあり、彼女が息をする度に上下する光景は何度見ても慣れる事はなかった。そんな才賀の反応にハモンはくすりと小さく笑うと、自身の豊かな胸で才賀の顔を挟み込む。

 

 柔らかく弾力のある胸の谷間に顔が埋まり、頬に伝わるハモンの体温と微かに感じる女性特有の甘い匂いに頭がクラクラしてしまうのであった。

 

「マスターの身体、温かいですね♡」

 

 そのままハモンは才賀の頭をゆっくりと撫で始め、それが心地よくてつい才賀は目を細めてしまう。

 

 

(本当に子供扱いされてるみたいだ…)

 

 

 10歳という年齢であれば子供扱いされる事への反発心を覚える所ではあるが、不思議とハモンにはごく自然に甘えられるのだ。

 

 彼女に抱擁されている間だけは全てを忘れられるような感覚に陥り、母性に包まれて頭を撫でられていればいつの間にか彼は眠りについてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ…かわいい…♡マスター…食べちゃいたいくらいかわいい…♡」

 

 

 一方ハモンの方はと言えば信じられない事であるが、これでもかなり自身の欲望を我慢して少年と接しているのである。

 

「ああ…美味しそう…♡だめっ…耐えるのですハモン…♡まだ…まだ食べちゃダメですけど…はあああ…♡」

 

 寝息を立てる幼いマスターを見る目は母性を通り越して最早ショタコンのそれであり、はぁはぁと息を荒くしながら少年の額に手を寄せるのだが、大好きなマスターに自身の指が触れるという高揚感は彼女の精神を一種の酩酊しているような陶酔感へと誘う。

 

 

「……っ、いけませんわね……ああ…愛でたいキスしたい…でもダメ嫌われちゃう…ああ…でも我慢できない…♡」

 

 

 少年の唇を奪おうとする自身を抑え込み、必死に自制しようとする。もしこのまま少年のファーストキスを奪ってしまえばきっと歯止めが効かなくなるのは目に見えている為、なんとか欲望を抑えて少年を抱き締めるだけに止める事ができた。

 

 彼女は才賀直の下僕であると自負しており、出来る事ならいつかキスだけではなくその先の事もしてしまいたいとは思っている。

 

 

 だが、歯止めが効かなくなる以上に勝手に彼のファーストキスを下僕である自分が奪ってしまう事は許されない行為であり、だからこそこうして抱き締めて寝るというだけで鋼の理性で我慢していたのだ。

 

 

(でも本当はそれだけじゃ足りないんです。もっと触れ合いたい♡マスターの全てを知りたい。この人の側にずっと居たい……♡)

 

 

 彼女の想いが募れば募るほど、彼の事を独占したいという欲求が膨れ上がっていく。

 

 

「はあ……いつか……マスターになら……♡」

 

 そんな事を飢えた獣が考えているとは知らずに、幼いマスターは胸に包まれた状態でぐっすりと寝息を立てているのであった。

 





・ハモンの設定

 クロノス教諭から留学生の地位を与えられたものの授業に出る気はさらさらなく、基本的にはこの世界の常識や知識を得る為に図書館に入り浸り、今もアカデミアにいるトメさんなどから可愛がられて料理の手ほどきを受けている。とはいえハモンのカードは常にマスターが握っている為に、その気になれば即座に転移してマスターの元に即参上という事と出来るのだが、あまりベタベタと自身が常にマスターといちゃつけば彼が孤立すると理解している為、外では二人きりで過ごす事は存外少ないそうな。

 常にマスターにスキンシップをとっているが、これでもかなり我慢しているらしく。もしも彼が十代達と同じ年齢であれば3日も経たずに才賀は童貞を失っていたのは確実だろう。今の所は彼が高等部に進学するまでの間は我慢しようとしているのだが、正直12歳まで我慢出来るかしら?とハモンも常にムラムラを抱えているそうな。

 外見イメージは人間体では『エクソシスター・イレーヌ』の服を着ながら、『エクソシスター・ジブリーヌ』を緑色の瞳にした様なもの。ただし激情によって時折目の色が『降雷皇ハモン』らしく赤色に染まる事があり、マスターが寝た後にはぁはぁとショタコンの様に興奮している時は常に赤くなっている。


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第五話 タッグデュエル(前編)

 

 

 

 デュエルアカデミアでは将来活躍する決闘者の卵達の為に潤沢な予算をつぎ込まれており、多くの施設が生徒の為に用意されている。例えば学園が所有する図書館では過去のカードや決闘のデータや資料が大量に保管されており、学生達であれば誰でも利用できるようになっている。そして、ここ最近になってその利用者の中に一人の少女の姿があった。

 

 少女は無言で本棚から一冊の分厚い書籍を取り出すと、パラパラとページを流し読みしていく。それから目的の項目を見つけるとその部分をじっくりと眺めながら読書に耽っていた。青みのかかった長い髪をポニーテールに纏め、真剣に読み耽る姿は彼女の彫刻のような美貌も相まってまるで芸術作品の様だ。

 

 

「ラビちゃん?」

 

 

 そんな彼女に一人の少年が話しかけてくる。オベリスクブルー初等部の制服を身につけた温和そうな雰囲気を纏った少年は彼女に向かってラビと呼びかけると、その人物も視線だけを少年に向ける。

 

 

「んだよ……本読んでるから邪魔すんな」

 

「あっ、ごめんね。読み終わるまでじゃあ待ってようかな」

 

「……ふん」

 

 

 ぶっきらぼうな口調の少女の言葉を聞いても気にした様子もなくニコニコとした笑みを浮かべながら、少年は彼女の隣の席に腰掛ける。その様子を見て彼女は溜め息をつくと、再び手元にある本の方に視線を落とす。

 

 少年、才賀直は無口で無愛想な同級生の少女にこうして積極的に話しかけてくるのだが、その様子はまるで友達と会話するのが楽しくて仕方がないと言った雰囲気であった。

 

 ラビとしては彼を友人かと言えば即座にノーという言葉を突きつけるのだが、そもそも友人が皆無な彼女がここまで普通に会話をするという時点で珍しいと周りからは見られているのだが。

 

 白瀬美兎。それが彼女の本名であり何故そんな彼女が目の前の少年からラビと呼ばれているのかと言えば、それは彼女のデッキが原因であり。いつの間にか少年は彼女にそんなあだ名を付けていたが、彼女も内心気に入った様子なのか特に否定する事なく受け入れていた。

 

 

「読み終わった?」

 

「誰かさんにガン見されてる状況で読めるわけねえだろ」

 

 

 本を閉じてパタンと音を立てて閉じた後、ラビは隣に座る少年の顔を見て不満そうに告げる。そう言われて才賀はバツが悪そうに苦笑いするしかなかった。

 

 

 二人の出会いは数週間前に行われたデュエルアカデミア入学式における、成績上位者vsアカデミア教師とのエキシビジョンマッチまで遡る。

 

 そのデュエルにおいて代表者であるオベリスクブルーの生徒達の多くは教師に敗北していたのだが、ハモンを扱いクロノス教諭を打ち破った才賀と同じく、ラビもまた教師を自身のデッキで圧倒して勝利したのである。

 

 

 それ故に彼女は他の生徒達に注目される事となったのだが、見た目に反して勝ち気を通り越して人に怖さすら与える言動や、目つきの悪さなどもあって次第に彼女は『不良』『怖い奴』というレッテルを貼られ孤立していく事になり、彼女も静かな学園生活を望んだが為にそれを気にする事はなかった。

 

 しかし、才賀だけはそんな彼女の態度を気にせず毎日のように話しかけたのだ。最初は無視を決め込んでいたラビだったが、あまりにもしつこいのでついつい返事をしてしまうという奇妙な関係になっていたのだ。

 

 

 

「今日は何を勉強しに来たの?またカードの知識とかかな」

 

「ちげえよ。あたしがいつもここで本を読んでるみたいに言うんじゃねえ。ストーカーかよテメェは」

 

 

 才賀が尋ねるとラビは少し恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。

 

 

「んだよ……要件があるなら早く言いやがれ」

 

 

 彼女はどうにも照れ隠しの際に暴言を口にするのだが、それでも暴力は一切振るわない。そんな彼女の事を才賀は良い子だと密かに思い、彼女とこうして会話をする時間は密かな楽しみになっていたのだが、ニッコリと笑みを浮かべると才賀は手を差し伸べながら問いかけた。

 

 

「ラビちゃん!僕と一緒にタッグデュエルを」

 

「パス、面倒臭い、却下」

 

「即答!?」

 

 

 彼女の言葉を聞いた瞬間、才賀はガーンとショックの表情を見せる。そんな少年に対してラビは呆れたように溜め息を吐く。

 

 

「大体なんでお前とタッグ組まなきゃいけねえんだよ。意味がわかんねえ」

 

「だってさぁ!同じ幻魔を使うデッキ同士だし。それにラビちゃんがタッグデュエルに出てくれれば絶対盛り上がると思うんだよ!」

 

 

 目を輝かせて力説する才賀だが、そんな彼に対してラビは再びため息を漏らす。

 

 目立つ事を嫌い、静かな学園生活を送る事を望んでいた彼女であるが、唯一の誤算は入学式の際に意地になってしまった事だろう。負けず嫌いの彼女は先生との決闘において全力で勝とうと集中してしまい、結果は見事大勝利。しかもどこぞの少年と同じく扱いの難しい『幻魔』をフィールドに召喚しての勝利は間違いなく話題となり、一躍彼女はアカデミア内で有名人となってしまったのだ。

 

 『降雷皇ハモン』を召喚した少年『才賀直』、そして悪魔族最上級モンスターである三幻魔が一角、『幻魔皇ラビエル』を召喚し、勝利を収めた『白瀬美兎』は只者ではないと。なのよりも同じ幻魔を使うものとして少年は特に彼女に注目しており、まるで少年は周囲に自分達『幻魔使い』の力をアピールする事に固執しているかの様な印象を受けてしまう。

 

 

「想像してよラビちゃん!フィールドにハモンとラビエルが並び立つ姿を。雷の化身と、悪魔を従える魔王。きっと会場中の観客の人達も沸き上がるに違いないんだよ!!」

 

「あーはいはい。わかったから静かにしろっての」

 

 

 両手を広げて熱弁する才賀であったが、ラビは適当に聞き流しながら彼の頭をペシっと叩く。

 

 

「だから君とタッグを組みたいんだって!どっちにしろ生徒なら一度くらい参加していないと先生に怒られるし、何よりも僕はキミと──」

 

 

「金髪は?」

 

「えっ?」

 

「あたしじゃなくて、あの金髪のデカ乳女と組めばいいだろ?いっつも二人で行動してんだからよ」

 

 

 才賀の頭を押さえながら、ラビは彼のパートナーでもある少女の名前を出す。するとそれまで熱弁をしていた少年はあからさまに歯切れの悪そうな様子を見せる。

 

 彼は自身の下僕と名乗る美女、ハモンと固い絆で結ばれているが、基本的に(マスターの為に)独自に行動をとるハモンとは人前では会話をせず、二人きりになるのは部屋だけだ。折角の学園生活なのだから自分に構わず、積極的に友人を作って欲しいという彼女なり気遣いであり、少年もハモンもその気遣いを理解した上で彼女の希望に応えているのだ。

 

 とはいえそれでも定期的に二人きりとなり、隠れて昼食を取るなど二人の時間を過ごしているのは事実であり、恐らくラビはそんな二人の様子を何処かでチラリと見たのだろうと才賀は推測する。

 

 

「えっとその……あの人は既にタッグデュエルは経験済みだし……年上だから……あと、僕とのデッキの相性も悪いっていうか……」

 

 

 そもそもだ。デッキも何もカードの精霊であるハモンはデュエルの経験は皆無であり、本人も決闘よりも下僕として少年のカードとなり活躍する事を至上の喜びとしており、そんな彼女に一緒にタッグを組まないか?と口にしてもやんわりと拒否される事は目に見えており、何よりも才賀自身がハモンがデッキに宿ってくれなければ落ち着かないだなんて目の前の少女に伝えられるはずもなく、しどろもどろになってしまう。

 

 

「あたしのデッキも、別にお前とそこまで相性よくねぇぞ?」

 

「だ、大丈夫。僕がラビちゃんに合わせるから!それにタッグを組んでくれれば今度カードパックを奢るから!だからね?ラビちゃん、お願いだよ!」

 

 

 明らかに狼狽した様子ではあるが、それでも熱心に少年は彼女に話しかける。その瞳には下心や邪気というものはなく、純粋に彼女とのタッグデュエルを楽しみにしているのだとわかる。

 

 

(なんだコイツ……マジでしつこい……)

 

 

 才賀の熱心な態度を見てラビは呆れながらも内心で呟く。そして同時に少年がどれだけ彼女とのタッグを望んでいるのかを実感してしまう。

 

 本をパタンと閉じるとラビは席を立ち上がり、才賀に向かって手を突き出すと「ほら」と一言だけ口にする。

 

 

「タッグデュエル……受けてやるよ」

 

「えっ!?本当に!?」

 

「ああ。ただし、負けても文句言うんじゃねえぞ。後先に言っとくがデッキ構築も含めて全部あたしに合わせろ、良いな?」

 

 

 これ以上付き纏われたくはない気持ちと、欠席を繰り返して先生に目をつけられたくはないという偽らざる想い。そして僅かながらの興味が、何事にも無関心な彼女の心を少しだけ動かした。

 

 

 根負けした様子のラビの言葉に満面の笑みを浮かべた才賀はそのまま彼女の手を取り強引に手をブンブンと振りながら感謝の言葉を漏らすが、同い年の異性に馴れ馴れしく触られたラビは眉間にシワを寄せつつ、頬が僅かに赤く染まる。

 

 

「あーもう!触んな!はしゃぐな!ここ図書委員もいんだから騒いでんじゃねえ!」

 

 

 才賀を振り払うようにラビは大声を上げると才賀はハッとした表情を浮かべ、すぐさま彼女から離れるとペコペコと謝り始める。そんな彼を一睨みしつつ、彼女は再び本を手に取ると静かにページを開きながら内心本音を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────なんで『アイツ』はこの男に、あんなにも信頼を寄せているのだろう?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年と別れた後も図書室にて読書を続けたラビであったが、結局最後まで読み終える事は出来ずにその日は帰宅する事になる。辺りも夕闇に包まれ、生徒達の姿もまばらとなっている中、校舎を出て自室に戻ろうと歩みを進めていた彼女は、ポツリと呟く。

 

 

「いるんだろ、さっさと姿を表せバカ」

 

 

 その一言と共にそれまで気配を消していた金髪の女性はクスクスと可憐な微笑みを浮かべながら姿を現す。

 

 

「お久しぶりですね、お元気でしたか?」

 

 

 黒いシスターの様な衣装に身を包んだハモンはニッコリと天使のような笑顔を見せるが、対するラビは不機嫌そうな顔をしながら彼女をジト目で見つめる。

 

 

「いつから、あたしを付けてたんだ?このストーカー女」

 

「ふふっ♪偶然ですよ。ちょっとマスターの姿を見かけたのでご挨拶でもと思いまして。それとも、私とお話しするのが、嫌でしたか?」

 

「うぜぇ……てか、あたしが幻魔の記憶取り戻してなけりゃ通報案件だからな?」

 

 

 あぁ、それもそうでしたとニコニコ笑顔でハモンが呟くとラビは不機嫌そうに舌打ちをする。こいつ、最低でも図書室辺りからずっとつけてやがったなとラビは眉間に皺を寄せるが金髪のシスターは全く意を返さない。

 

 

 

(まぁ、どうでもいいけどよ……)

 

 

 

 ハモンの狙いが何なのかは不明だが、少なくとも自分に害をなすような行動をとるとは思えず、下手に問い詰めるのも面倒だと考えたラビは特に咎める事もせず、そのまま寮に戻ろうとするも、ハモンは静かに語りかけた。

 

 

「まさか、貴女が人間に転生していたとは思いませんでしたよ……これもあの超融合の力か、次元の狭間を漂った影響。はたまた運命の悪戯なのでしょうか?」

 

 

 

 

 ────どう思いますか?幻魔皇ラビエル。

 

 

 

 ハモンの口から放たれた言葉に無言でラビは……いや、三幻魔の一角。幻魔皇ラビエルの転生体である少女はピクリと反応を示すが、相変わらず不機嫌そうな様子で答える。

 

 

「知るか。本当相変わらず、うるさい女だなお前は……」

 

「ウリア程では無いですよ。まぁあの子は天然な所もありますので、まだ私達の存在を感知出来ていませんけどね」

 

 

 ハモンはそう言いながら軽く手を見せつけると、目を血の様な色に染めつつバチバチと電気が弾ける音が響く。その力はトリックなどもなく、明らかに異形の存在である事を証明しており、決して彼女が偽物ではない事へのアピールとなっていた。

 

 それを見たラビエルがため息を吐きつつと軽く腕に力を込めると、その瞬間ラビの周囲にはまるで重力が増したかのように錯覚させる程の強烈な殺気が放たれる。全ての精霊界の悪魔達を屈服させる程の圧倒的な闘気。彼女が力を軽く込めるだけで周囲の壁などは一瞬で砕かれ、大地すら割られるだろう。

 

 

 しかし、そんな圧力に屈する事なくハモンはあくまで自然体の態度で佇んでおり、逆にその瞳は彼女の力を確かめている様に見えた。

 

 

「ふふっ、やはり本物ですね……いつから記憶を取り戻したんですか?」

 

「3年前。この身体に転生してその頃から違和感があったがある日突然記憶が戻ったよ……クソがっ…」

 

 

 吐き捨てる様な口調でラビは忌々しげに呟く。その華奢な身体からは想像できない程の威圧感を放ちつつ、その瞳には苛立ちと共に諦感。そして本人すらも自覚が出来ない悲しみ。

 

 

 

「……こんなクソみたいな記憶、思い出さなきゃよかった……」

 

 

 

 あの精霊界での戦いの後に、そんな表情を浮かべる彼女が人として転生し、どの様な人生を歩んできたのだろうか?とハモンは思考するが、それを訊ねる事はしなかった。少なくとも目の前の同族は自身と同じく最早ヒトに危害を加えるつもりはないだろうという結論に至り、静かに口を開く。

 

 

 

「同じ、幻魔のよしみとして貴女に伝えておきましょう。貴女がマスターを傷つけるのであれば、私は迷わず敵対する事になるでしょう」

 

「ハッ!そりゃどうもご親切に……安心しろよ。衆人環視の中オリジナルの幻魔の力を見せつけたどこぞの誰かさんと違って、あたしは目立つ真似はしないさ」

 

 

 皮肉交じりの言葉を返すとラビは歩き始め、その後ろ姿を見つめながらハモンはクスリと微笑む。

 

 

「えぇ、それが賢明です。貴女がマスターを傷つけない限りは私は貴女に深く干渉はしません。そして、同時に幻魔としてではなく、マスターの下僕としての頼みです」

 

 

 

 そう言いながらハモンは深く頭を垂れ、真剣な眼差しを向ける。その顔を見て思わずラビは眉をひそめるが、ハモンは構うことなく続ける。

 

 

「オベリスクブルーの一員として、クラスメイトの一人として、マスターと仲良くしてあげて下さい。あの方は貴女と友達になりたいようですから」

 

 

 ラビエルは思わず振り返りハモンの顔をまじまじと見つめるが、彼女はあくまで笑顔を崩す事はない。それは心の底から主の幸せを願い、主の幸せこそが自身の幸せなのだと言わんばかりに慈愛に満ちた聖母のような笑みだった。

 

 

「なぁ、ハモン」

 

 

 しばしの沈黙の後、ラビエルはゆっくりと口を開く。まるで彼女に問いかける様でいて、どこか懇願するような口調であった。

 

 

「なんです?」

 

「ハモン。お前はどちらとして生きるんだ?」

 

 

 ラビエルはその幼い容貌には似合わない、何処か全てに疲れたような虚無的な視線を向け、静かにそう問う。

 

 

「幻魔として細々と聖霊界の片隅で闇に生きるか、人間として擬態し、不純物として違和感を抱えながら生きるか。はたまた正体を明かして封印してもらうか……」

 

 

 散々利用され続け、悪として断罪され続け、苦しみ続けた憎悪の記憶。記憶を共有する二人はその境遇を理解していた。だからこそ、人としてこの世に生をうけたラビエルは同族にずっと抱え続けてきた迷いをぶつけたのだが、そんな考えとは裏腹にハモンは何の迷いもなく答える。

 

 

 

 満面の笑みで。

 

 

 

「幻魔も、ヒトも関係ありません。私はあくまでマスターの下僕です。彼は私の全てを受け止めて、共に歩むといってくれました。私の全てはマスターと共にあり、そして、彼と共にあります。ただそれだけの事ですよ」

 

 

 ラビエルはハモンの答えを聞き、しばらく押し黙っていたがやがて呆れたようにため息をつく。

 

 

「そうかい。他人に判断を任せるのか?気楽でいいな?」

 

 

 そんな皮肉を返されたハモンは肩をすくめ、困った様な笑みを浮かべた。

 

 

「勿論、マスターが悪の道を歩み始めるのであれば全力でそれを止めますよ。でも彼はそんな事はしないと確信できる程、彼の言葉を信じていますからね」

 

 

 その返答を聞くと、ラビエルはしばらくの間無言のまま、空っぽの瞳に映るハモンの姿を眺めていたが、フッと軽く息を吐くと口を開く。

 

 

「アイツとの仲……考えといてやるよ」

 

 

「タッグデュエル、私もデッキの中から応援してますからね?」

 

 

 それだけ言うとラビエルは……少女は踵を返し、そのままその場を後にした。その後ろ姿をハモンはクスリと笑みを浮かべると、いつまでも見送るのだった。

 

 






・幻魔皇ラビエル

 カードの精霊として拾われたハモンとは違い、彼女は人間の子供として転生し、現在は主人公と同じくオベリスクブルー初等部の一年生。幻魔の記憶を数年前に思い出してからは色々とあったようで、成績はともかく人付き合いも苦手となり、更に女の子としてはやや粗暴な言動や目つきの怖さなどからクラス内では少し孤立しており、本人もそれで満足していた所に、同じ幻魔使いの一員として主人公に興味を持たれることになる。本人もオリジナルの三幻魔であるラビエルを保有しているが、普段はレプリカのラビエルをつかっているそうな。また特殊能力として闘気を操る能力が人間体としても有しており、その気になれば石壁を砂糖菓子の様に砕ける能力を有している。


 外観モデルは『天威の龍仙女』をベースにロリにした上で青みがかかった髪の毛にした様なもの。あと年齢の割にケツがデカいのだが、その辺りはまた別のエピソードで。


 次回はタッグデュエル回。とはいえ今作の決闘は控えめになっており、決闘描写よりも使用デッキの紹介をメインにかなりダイジェストになる予定ですが……

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第六話 タッグデュエル(中編)

 

 

 

 タッグデュエルデー当日。授業が早期に終了した参加者達はアカデミア側に用意された控室にて出番を待っていた。お互い最後のデッキ調整を済ませるペアや、挨拶をしつつも互いのカードのトレードを行うペア。この決闘に勝利する事意気込む者や、純粋に決闘を楽しもうとするものなどそれぞれの千差万別な想いを胸に抱いていた。

 

「おい、緊張してんのか?」

 

 青みのかかった長い髪をポニーテールに纏めあげ、デュエルディスクを片手に手持ち無沙汰に過ごしていた少女。白瀬 美兎、通称ラビはぶっきらぼうに呟くと隣で縮こまっている少年を見つめる。カードを片手に真剣な表情でカードを見つめているものの、その姿は何処か不安げだった。

 

「不安、というか……誘った手前ラビちゃんの足を引っ張らないようにしないとなって。上振れを狙うべきか、安定を取るべきか。それともラビちゃんとの相性の良いカードを多目にいれるべきなのかな……」

 

 

 そんな事を考えながら、真剣に悩む姿を見てラビは苦笑いを浮かべると。自身をタッグデュエルに誘った少年、才賀 直に呆れた様子で肩をこづく。

 

「昨日互いのデッキはこれで完成だって話したじゃねぇか。今更考えてもしょうがないだろうが」

 

「そうだけどさ……」

 

 

 自信なさげな声音に思わずため息をつきそうになるラビ。これがあの三幻魔の一角であり、自身の同胞でもある『降雷皇ハモン』に認められたマスターの姿なのだろうか?と思わず口にしそうになるが、それでも彼女が皮肉や罵倒を吐かなかったのは、彼がタッグパートナーである自分を気遣っているという優しさや責任感をヒシヒシと感じていたからだ。

 

 しばしの沈黙が辺りを包み込む。他のパートナー達が和気藹々と話している中、二人の周りだけ静寂が支配する。しかし、それも一瞬の事。すぐにその沈黙は破られる事となる。

 

「よし……決めた!」

 

 かなり悩んでいた様であるが、才賀はようやく答えが出たのか力強く手を握り締める。その瞳には強い意志の光が宿っており、覚悟を決めた様に見えた。そんな姿にラビは安心すると、少しばかり笑みを浮かべて彼の顔を覗きこむ。

 

「やっとか。んで?どんな風にするか決まったんだろうな?」

 

「うん!それはね───」

 

 後にその時の事を思い出すたびに彼女その日、改めて目の前の少年への評価が固まったと断言する。満面の笑みを浮かべながら言葉を口にした少年の姿を見て彼女はこう思ったのだ。

 

 

 

 ────コイツは、バカだ。それも超弩級のお人好しな大バカ野郎だと。

 

 

 

 

 

 

 やがて、オベリスク・ブルー男子寮長であり、実技担当最高責任者でもあるクロノス教頭先生によるありがたいお言葉(生徒の大半が早く終われと待ち望んでいた)が終了し、広い決闘場にてデュエルディスクを構えた若き少年少女達が、各々の想いと共に対戦相手に鋭い視線をぶつける。

 

 基本的にはフリーなタッグデュエルイベントではあるが、最初の決闘だけはくじ引きによってランダムに選ばれたペア同士で行われる。

 

 そんな緊張感が漂う会場の中心にて才賀達は二人の生徒が向かい合っていた。それぞれがラーイエローの制服に身を包んだ男子ペアであり、男女ペアである才賀とラビのコンビを見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「よぉ、お前ら。まさかお前らと当たっちまうとはなぁ」

 

 

 そんな言葉を漏らしたのは、男子ペアの片割れであった。その言葉を受けてラビは舌打ちをしながらも、その表情は真剣そのもの。一方その隣に立つ才賀は疑問に首を傾げる。

 

 

「あ、えっと……すいません。僕達って先輩方と話した事ありましたっけ…?」

 

 

 もしも知り合いだというのに忘れてしまっていたのなら失礼になる。そう考えた才賀は恐る恐る二人に問いかけてみると、苦笑した様子の二人は気にするなと口にする。

 

 

「いや、初対面だよ。俺は清水でコッチは中村。よろしくな」

 

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 

 自己紹介をされたとあっては礼儀として、才賀もペコリと頭を下げる。そしてチラリとラビに視線を向けると、本当に小さく頭を下げたが面倒くさそうな表情で二人を見つめていた。

 

 

「君達がそれぞれ幻魔を使って教師を倒した事は結構有名だからな。前日に初めて対戦相手を聞かされた時はびっくりしたが……まぁ、互いに気楽に行こうぜ?」

 

「そうですね。お互い頑張りましょう」

 

「ははっ、頑張れよ後輩。ラーイエローでも俺達の方が学んでる経験はあるんだ。油断してるとあっという間に勝っちまうぞー?」

 

 

 

 笑顔で握手を求める二人に対して才賀もまた微笑みながら手を差し出す。そのまま固い握手を交わす三人にではあるがラビの内心は穏やかではなかった。

 

 

(こいつら…間違いねぇ、あたしらのデッキの対策を練ってきてやがる)

 

 

 三幻魔を召喚して教師を打ち破った新入生。そんな二人のデッキは少し調べればあの分かるだろうし、その構成を把握した上で対策を練るのは難しくはないだろう。彼らは何ら卑怯な事はしてはいない、寧ろ年下とは言えどオベリスクブルーの優等生コンビを相手にラーイエローの二人は真っ向から挑もうとしている。

 

 その姿勢は嫌いではない。むしろ決闘者としては当然の意気込みであり、それだけ彼らがこの決闘を楽しもうとしている事に他ならない。だがそれでもラビにとって彼らの行動は、まるで自身のデッキが丸裸にされたかの様な不愉快さを感じていた。

 

 

「おい、才賀」

 

「……んっ?どしたのラビちゃん」

 

「ぜってー、勝つぞ」

 

 

 突然発せられたその言葉に才賀はキョトンとした顔を見せる。しかしラビはそんな彼をジッと見つめながら続ける。

 

 

「あたしらの全力をぶつけて、あいつらを叩きのめす。お前も手伝え、負けたら承知しねぇぞ…!

 

 

 そう口にすると、才賀はポカンと呆けた様子を見せていたが、やがていつも通りの優しい笑みを浮かべると大きく首肯する。

 

 

「もちろん!だってこれはタッグデュエルだもんね。負けられないよ!」

 

 負けず嫌いな少女と温厚な少年のの様子を見て先輩コンビの二人はといえば。青春だなーと笑い合いながらも、いざ開幕のブザーが流れた途端、顔を引き締めてデュエルディスクを起動させる。先輩の意地を見せたいという気持ちに、対策までしたのだから負けたくはないという本音。何よりも男女ペアである二人にリア充爆発しろという少しの私怨もあるのだが、それは余談であろう。

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 その瞬間四人の頭の中からは周囲の雑音が消え去り、互いの思考を読み合う。そして数秒後にそれぞれの頭の中で相手の手札の動きを予想しながらドローカードを確認していく。

 

 

 

「先行は僕からですね」

 

 

 

 才賀がまず最初に動き始める。タッグデュエルは通常のデュエルとはルールが少し異なり、墓地とフィールドが共有されてライフポイントは8000。そして、普段とは違い、タッグパートナーとの協力が何よりも重視されるのだから、それを活かす為にも彼は真っ先に一枚の魔法カードを発動する。

 

 

「僕は魔法カード、『手札抹殺』を発動。このカードの効果により、手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨て、その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローさせてもらいます」

 

「うげっ…!?」

 

「マジかよ…」

 

 

 彼が真っ先に発動したカードを見て、清水と中村は顔をしかめる。自身の手札を全て墓地に送りそのまま三名は五枚をドロー、手札抹殺を発動した才賀は四枚のカードをドローするが、その瞬間。ラビは獰猛な笑みを浮かべるとカードの発動を宣言する。

 

「その瞬間!あたしは手札から効果によって墓地に捨てられた三枚のカードの効果をそれぞれ発動する!」

 

 フィールド上に紫色の雷がバチバチと弾け飛び、同時に三体のモンスターが突如出現する。屈強な肉体で見るものを威圧させる金色と銀色のどこか似たような雰囲気を放つ怪物二体と、ドクロのような兜を身につけている黒い騎士。紫色の雷を纏ったその三体は天へと吠えながら己の力を誇示する。

 

 

 

《暗黒界の武神 ゴルド》攻撃表示

星5/闇属性/悪魔族/攻2300/守1400

 

 

《暗黒界の軍神 シルバ》攻撃表示

星5/闇属性/悪魔族/攻2300/守1400

 

 

《暗黒界の鬼神 ケルト》攻撃表示

星6/闇属性/悪魔族/攻2400/守0

 

 

「暗黒界のカード達は効果によってカードが手札から墓地に捨てられた時に効果を発動する。今はあたしのターンじゃないが、『手札抹殺』はタッグデュエルでは全てのプレイヤーに影響を及ぼすからな」

 

 ラビは攻撃表示で召喚した三体の悪魔達を見ながら説明していく。とはいえコイツらはどうせ自身が暗黒界……正確には暗黒界withラビエルデッキの使い手だと把握しているのだから今更かと内心呟きながら、自身のパートナーに目を向ける。

 

 

「僕は魔法カード、『ウィッチクラフト・クリエイション』を発動。その効果によりデッキから『ウィッチクラフト』と名の付くモンスターを一体手札に加えます」

 

 

「ウィッチクラフト!?」

 

 

 対戦相手である清水は思わず目を開くが、それを気にせずに才賀はデッキからカードを一枚サーチをすると宣言する。

 

 

「僕がサーチしたカードは『ウィッチクラフト・シュミッタ』。そしてそのまま『ウィッチクラフト・シュミッタ』を通常召喚です!」

 

 

 その掛け声と共にフィールドにはスポーティな印象を受ける赤毛の少女が姿を表し、見物客達に軽くウィンクをしながらブンブンと得物を振り回す。

 

 

《ウィッチクラフト・シュミッタ》攻撃表示

星4/炎属性/魔法使い族/攻1800/守600

 

 

「おいおい……クロノス先生との決闘で見せたデッキじゃないのかい?」

 

「そうですね。あのデッキはハモンが引けなければ悲惨な事にしかなりませんので普段使いは安定もあるこっちです!最も、人前で披露したのは先輩達が初めてですがっ」

 

 

 清水に続き、中村が口を挟むとニヤリと笑みを浮かべる才賀。勿論これだけでは終わりではないと彼はモンスター効果の発動を宣言する。

 

 

「フィールドの『ウィッチクラフト・シュミッタ』の効果を発動。このカードをリリースしつつ、手札の魔法カードとを墓地に送ることでデッキから自身以外のウィッチクラフトと名の付くカードを一枚特殊召喚する事が可能。僕は『ウィッチクラフト・シュミッタ』をリリースしつつ、魔法カード『ウィッチクラフト・ドレーピング』を墓地に送り、デッキから『ウィッチクラフト・ハイネ』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 

 シュミッタが自身の得物を片手に念じれば、彼女は炎に包まれる。一瞬、炎に包まれたフィールドには彼女の同僚である片目を隠した黒髪の美女が現れ、凛々しく自身の周囲に裁縫の針を大型化させた様な魔道具を浮かべていたのだが、ふと横を見ればイカつい悪魔達がフレンドリーに手を振っており、瞬時に「ぴぃっ!?」と怯えた様子で涙目となっていた。

 

 

《ウィッチクラフト・ハイネ》攻撃表示

星7/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1000

 

 

「まだです!僕は手札から魔法カード『ウィッチクラフト・サボタージュ』を発動。墓地より『ウィッチクラフト』と名の付くモンスターを一体蘇生。僕は墓地に眠る『ウィッチクラフトマスター・ヴェール』を守備表示で特殊召喚!」

 

 そして、最後の仕上げとばかりにカードを発動すれば、墓地より眠そうな表情をした青髪の少女が現れる。マイペースな雰囲気を漂わせた少女はハイネや暗黒界のモンスター達を完全に無視して眠りに着くが、その周囲には光のバリアが貼られており並大抵の事では破壊できない事を窺わせた。

 

《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》守備表示

星8/光属性/魔法使い族/攻1000/守2800

 

 

「僕は最後にカードを伏せてターンエンド。エンドフェイズ時に墓地の『ウィッチクラフト』と名の付く魔法カードの共通効果が発動し、フィールド上に『ウィッチクラフト』モンスターが存在する場合、エンドフェイズ次に墓地より手札に加える事が可能。僕はその効果によりドレーピングを手札に。そして墓地に存在する永続魔法『ウィッチクラフト・バイストリート』と『ウィッチクラフト・スクロール』は手札では表側表示でフィールド上に置く事が可能であり、勿論二枚とも発動!これで本当にターンエンドです」

 

 

 そして、エンドフェイズを合図に才賀の手札が補充され。更に『ウィッチクラフト』をサポートする永続魔法が二枚フィールド上に舞い戻る。全てのフィールド上にモンスター達が所狭しと召喚された一連のやり取りに、周囲の決闘者達も思わず感嘆の息を吐く。

 

 

(『ウィッチクラフト』か……まぁ一番警戒する幻魔の事を考えれば納得だが、ちょっと予想が外れたな…)

 

 

 ターンを譲られた決闘者である清水は相手のフィールドを見ながら思考するが、どう考えても厄介な布陣が敷かれているのは理解出来た。この状況を打破するためのカードは複数枚投入しているが、もしそのカードをこのドローで引けなければ確実にパートナーである中村にターンを渡せずに敗北するという事も。

 

 

 『ウィッチクラフト』というテーマは強力ではあるのだが、使用者も少なく、その多くが女性の決闘者だ。何故使われないのかと言えば、やはりモチーフにしているのがいわゆる『美少女』カードばかりであり、決闘者の絶対数では男性人口が多めの決闘界隈にて、男性の『ウィッチクラフト』使いに出会うのはかなり珍しい事だろう。

 

 事実、才賀のモンスターを見た未熟な一部のオリシスレッドの生徒達は女の子ばかりのモンスターを使用する才賀に冷やかす様なヤジを飛ばしているが、そんな声を聞きながら才賀は不敵に笑う。

 

 

「先輩は言わないんですね。男なのにウィッチクラフトを嬉々として使うなんてこいつエロだぜー!みたいな事を」

 

「言うわけないよ。寧ろ納得した、それが君がハモンを召喚する為に行き着いた答えなんだね?」

 

 

 先輩らしくというべきか、落ち着いた様子で清水は語りかけると、嬉しそうに才賀は頷いてみせる。『降雷皇ハモン』は彼が所有するオリジナルのカードを除けば一部の調整版であるレプリカ版がレアカードとして流通している。しかし、そのレプリカ版のハモンの召喚条件は永続魔法を三枚墓地に送ると言う、かなりのコストが必要となるカードであった。

 

 単純計算で手札を四枚も消費する羽目になるからこそ、そのコストの高さから三幻魔は敬遠されているが、その弱点を補ったのがこの『ウィッチクラフト』というカテゴリなのだろうと清水達は納得する。

 

 

 スクロールとバイストリートは墓地より蘇生する事が可能であり、ハモンを仮に召喚していたとしても、フィールド上に『ウィッチクラフト』のモンスターカードさえ有ればそのリソースは回復可能。更にハモン頼りではなく、仮にハモンをドロー出来なくとも独自の動きで決闘可能な『ウィッチクラフト』の安定感は素晴らしいの一言である。

 

 

 唯一の問題点はいわゆる思春期の男の子が『美少女』のカテゴリを使う事による周囲の目なのだが、才賀の瞳には一切の迷いが感じられず、そんな真摯な態度で決闘に挑む決闘者を煽るだなんてどうしてできようか。

 

 

 ラーイエローの二人からみた才賀 直という少年の評価が、ただの珍しいハモンに頼りきりの子供ではなくなった瞬間であった。

 

 

 

才賀 手札1ドレーピング

 

 

モンスター

ハイネ、ヴェール、ゴルド、シルバ、ケルト

 

魔法罠

バイストリート、スクロール、伏せカード1

 

 

 





 本当は今回で終わるつもりが長くなってしまったので分割に。決闘描写は大変です……


 才賀のデッキ

 クロノス先生との戦いで見せたデッキとは違い、『ウィッチクラフト』を中心としたデッキ。10歳の男の子が使うデッキとしては同級生の男子達に「お前エロなの?」と言われかねないのだが、ハモンの為に全力を注ぐ少年はあまり気にしない。基本戦術はハイネとヴェールを召喚しつつ、相手を妨害しながら『スクロール』や『バイストリート』を墓地に送ってハモンを召喚。そしてエンドフェイズ時に手札やフィールドに舞い戻る『ウィッチクラフト』系の魔法カードを利用する事でリソースの回復を図ろうとするデッキとなっていますが、ぶっちゃけハモンが無い方が安定するのは秘密。ちなみに永続魔法『失落の霹靂』を利用すれば裏側表示のウィッチクラフト系魔法カードも素材にできるので、現実的にもハモンが割とポンポン出る相性の良いデッキです。

 ラビちゃんのデッキ

 スタンダードな暗黒界にラビエルを組み合わせたデッキ。暗黒界の力により大量に暗黒界モンスターを召喚することで、ラビエルの素材を用意するのがメインであるが、こちらもぶっちゃけラビエルを抜いた方が(以下略)。やはりグラファ。グラファは全てを解決する!
なお、カードパワーが強すぎると言う事で最新鋭の暗黒界ストラクのカードは今は入ってないのは秘密です。


 今作の登場カードについて

 GXの後日談という事もあり、まだシンクロ、チューナーカードは登場せず。他にもエクシーズ、ペンデュラム、リンク系のカードも存在せず。しかしルールから先行ドローが無くなっていたり、生け贄がリリースと称されるなどいくつかの変化も。エド・フェニックスが頑張って生け贄ではなくリリースという単語を広めたのかもしれません。エフェクトやセメタリーは流行らなかった様ですが。

 コメント、感想、評価をお待ちしております。


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第七話 タッグデュエル(後編)

 

 

 

「じゃあ、ちょっとキツイが……俺も最後の最後まで足掻きますか…!俺のターン!ドロー!」

 

 

 

 清水は自身の引いたカードを手に取るとニヤリと笑みを浮かべる。フリーチェーンで手札の魔法カードを墓地に送れば表側表示のカードを破壊できるハイネの効果。同じく魔法カードを一枚墓地に送れば全ての相手の表側表示のモンスターの効果を無効化できるヴェールの効果。

 

 更にはヴェールの効果で魔法使い属の戦闘時に、任意の数だけ魔法カードを見せれば攻撃力が×1000アップという事もあり、ハイネとヴェールの戦闘破壊はほぼ不可能。そして、バイストリートによりハイネとヴェールは1ターンに1度戦闘破壊耐性と効果破壊耐性を身につけている。

 

 まさに鉄壁の布陣と呼べるだろう。しかし、清水はこのターンでの勝利は不可能とは言え形勢を逆転させる事は可能であると……才賀 直という少年の性格を考えれば決して不可能ではないと確信していた。

 

 

 

「俺は手札より魔法カード『ライトニング・ストーム』を発動。自分フィールド上に表側表示のカードが存在しない場合、相手フィールド上の攻撃表示モンスター。もしくは魔法・罠カードを全て破壊する。俺が選択するのは攻撃表示モンスターだ!」

 

 

 ソリッドヴィジョンによりフィールドが一瞬暗雲に包まれたかと思えば、雷の奔流が才賀達のフィールドに雪崩れ込む。限定的な使用条件とはいえ長く禁止カードであった『ハーピィの羽箒』と『ライトニング・ボルテックス』の双方の効果を合わせ持つ強力なカード。しかし、才賀は慌てる事なくセットカードの使用を宣言する。

 

「その瞬間リバースカードオープン。カウンタートラップ『封魔の呪印』を発動。手札から魔法カードを墓地に送る事でそのカードの発動を無効にし、この決闘中の同名のカードの発動を不可能にします。僕は手札より『ウィッチクラフト・ドレーピング』を墓地に送り無効化させてもらいます」

 

「えっ…」

 

 

 ラビが一瞬声を漏らす中、雷撃の奔流は一瞬で消滅する。

 

 

「また珍しいカードを……ウィッチクラフトの魔法はコストとして実質使い放題だから選択肢としてはあり得るか。だが、これで反撃の準備は整った!」

 

 だが、万策尽きたかと思いきや清水の目には諦めの色はない。そんな様子に才賀はもしやといくつかのカードの存在が頭によぎって冷や汗を流してしまうが、最悪の予想は的中してしまう。

 

 

「俺は更に魔法カード『冥王結界波』を発動させてもらう!その効果によりそっちのフィールドのモンスターの効果は全て無効化され、このカードの発動に関してモンスター効果を発動する事も不可能!」

 

「なっ…!」

 

 

「少し判断が早かったな!元冥王の力を思い知れ!」

 

 

 カードの発動と共に青色のオーラが周囲を包み込み、暗黒界のモンスターと二人の魔女は力を失うかの様に膝をつく。涙目のハイネの周囲に漂う魔道具は地面に落ち、ヴェールも自らの運命を予感したのか、ふて寝をするかの様にその目を閉じてしまう。心なしか暗黒界のモンスター達はそんな二人の女性を守ろうと矢面に立とうとしている様であった。

 

 

「くっ…ごめん、ラビちゃん!」

 

 

 力を失うモンスター達の姿を見て才賀は謝罪するが、ラビは複雑な表情で自身のモンスター達を見つめている。この場を切り抜ける方法は無いかと彼は思考を回転させるが、そうしている間に清水の出番が続いてしまう。

 

 

「まだまだ!俺はフィールド魔法!『混沌空間』を発動。更に手札よりモンスターを二体特殊召喚させてもらう!まずは墓地の『輝白竜 ワイバースター』と『暗黒竜 コラプサーペント』をそれぞれ除外する事で手札より『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!更に墓地の『トワイライトロード・ハンター・ライコウ』と『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』を除外する事で『カオス・ソルジャー -開闢の使者-』を特殊召喚!」

 

 

 光と闇が捩れた空間より飛来する二つの影。青白い肌の魔法使いと伝説の決闘者も愛用していたとされるエースカードと類似した剣士が姿を現した。光と闇の相反する二つの力を使いこなすその力は、見るものに威風の風を感じさせる。

 

 

《カオス・ソーサラー》攻撃表示

星6/闇属性/魔法使い族/攻2300/守1000

 

 

《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》攻撃表示

星8/光属性/戦士族/攻3000/守2500

 

 

 

「それらのカードは『手札抹殺』で墓地に…相手は『カオス』デッキだったか…!」

 

 

 後悔する様に呟く才賀の言葉にニンマリと笑みを浮かべる清水達。手札抹殺により一度は焦った彼らであるが、墓地が第二の手札と称されるデュエル・モンスターズに於いて下手に墓地を肥やす事は相手にアドバンテージを与えかねない。

 

 

 それが今回は最悪のケースで的中したと言う訳であり、両者に益を与えたタッグデュエルの難しさを改めて痛感させられる結果となってしまった。

 

 

「さぁ、まだまだいくぜ!フィールド魔法『混沌空間』の効果により表側表示でカードが除外される毎にこのカードにカオスカウンターを1つずつ置かせてもらう。そして、俺が今除外したカードは4枚!よって4つのカオスカウンターを置かせてもらって追加効果を発動!」

 

 

 時間と空間。光と闇の狭間に位置する捩れた空間から一体のドラゴンが現れる。光輝くその姿は弱者に勇気を与え、敵対者には恐怖と浄化の光による正義の裁きを実行せんとその身を露わにした。

 

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》攻撃表示

星6/光属性/ドラゴン族/攻2000/守1600

 

 

「カオスカウンターを4つ取り除く事で、除外された自分。もしくは相手のモンスターを1体特殊召喚可能。それによりグラゴニスが召喚された訳だが、グラゴニスは墓地に存在する『ライトロード』と名の付くモンスター一枚につき300ポイントアップ。俺の墓地に存在する『ライトロード』モンスターは『ライトロード・マジシャン ライラ』と『ライトロード・エンジェル ケルビム』の二体。よってグラゴニスの攻撃力は600ポイントアップだ」

 

 

《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》

攻2000→攻2600

 

 

 

(多分あの清水って奴が『カオス』デッキで、中村って奴が光属性と闇属性のカードを併せ持ち、更に墓地を高速で肥やせる効果を持つ『ライトロード』デッキって訳か……ちっ。あたしとアイツより余程相性の良いカテゴリ同士で組んでやがる…)

 

 

 ラビが内心毒を吐いている一方で、まだまだ清水のターンは終わらない。光の剣士と闇の魔法使いが、何かの呪文を唱えたかと思えば膝をつく『ハイネ』と不貞寝をする『ヴェール』の姿が、何の兆候もなく一瞬で掻き消える。そこには何の痕跡も残さず、暗黒界の心優しき悪魔達はまるで味方を守れなかった事を後悔するかの様に悲しそうな声をあげた。

 

 

「『カオス・ソルジャー -開闢の使者-』と『カオス・ソーサラー』は自身のバトルフェイズ時の攻撃を放棄する事で1ターンに1度、フィールド上のモンスターを一体除外出来るのでな。厄介な『ウィッチクラフト・ハイネ』と『ウィッチクラフト・ヴェール』は除外させてもらった。これで『ウィッチクラフト・サボタージュ』による蘇生も不可能。更にそっちのフィールドの『ウィッチクラフト・バイストリート』は戦闘や効果による破壊の耐性は付与出来ても除外には無意味だ!」

 

 

 形勢はあっという間に逆転したといえるだろう。相手ターンに妨害可能なハイネとヴェールを失い、『バイストリート』は無用の長物となってしまい、フィールド上のモンスターの数も互角。いや実質フィールド上では通常モンスターと変わらない『暗黒界』のモンスターとくらべても、『カオス』と名の付くモンスターは極めて強力な力を秘めており、才賀の胸には後悔に苛まれる。

 

 

「ごめん……ラビちゃん!」

 

 

 もしも、あの時『ライトニング・ストーム』を無視して『冥王結界波』を無効化していれば、暗黒界のモンスター達は守れなかったが、『バイストリート』の効果によって『ウィッチクラフト』達は無傷であり、その後のヴェールにより二体の『カオス』のモンスター達の効果を無力化した上でハイネによって『開闢の使者』を破壊する事も可能だった。

 

 しかし、彼は咄嗟の判断でラビ達のモンスターを守ろうと発動してしまったのだ。それは彼のパートナーに対する優しさか、或いはこのタッグデュエルに誘ったのは自分だからという責任感か。いずれにせよ、結果論とはいえ清水はそんな才賀のパートナーに対する信頼感を瞬時に見抜き、そして賭けに勝利したと言えるのだろう。

 

 

「さぁバトルフェイズに移行!《ライトロード・ドラゴン グラゴニス》により《暗黒界の鬼神 ケルト》を攻撃!審判の光!」

 

 

 闇を打ち払う正義の光を纏った竜が突進を行う、魔女達の仇を取ろうと黒の騎士が迎え撃つ。しかし、その衝突も虚しく『ケルト』は光と共に消滅する。

 

 

ライトロード・ドラゴン グラゴニス 攻2600 VS暗黒界の鬼神 ケルト 攻2400

 

 

戦闘結果:ライトロード・ドラゴン グラゴニスの勝利

 

 

「本当は戦闘ダメージと行きたい所だが『冥王結界波』の効果で戦闘ダメージは発生しない。だが、これで形成逆転って奴だ。バトルフェイズを終了し、そのままターンを終了する。おっと、忘れずにエンドフェイズ時に『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』の効果でターンプレイヤーである俺のデッキの上からカードを3枚墓地に送らせて貰うからな」

 

 

 

盤面

 

 

才賀 手札0

 

 

モンスター

ゴルド、シルバ

 

魔法罠

バイストリート、スクロール

 

 

清水 手札1

 

モンスター

開闢、ソーサラー、グラゴニス

 

魔法罠

混沌空間

 

 

 

(どうにか……これで中村の奴にバトンを渡す事は出来そうだな)

 

 

 先輩の意地として盤面の突破に成功した清水であるが、その内心は穏やかなものでは決してなかった。もしも『ライスト』や『冥王結界波』が無ければ、もしも運良く墓地に『カオス』をモンスターを特殊召喚可能な素材が無ければ、次のターン確実に自分は敗北していたと確信できてきたからだ。

 

 後輩達は今も互いに申し訳なさそうな目で見つめあっているが、冗談じゃない。あの二人のペアはこれが初のタッグデュエルというのに、先輩としてタッグデュエルの経験も豊富である自分と中村が必死になってやっと、偶然と幸運の女神様の微笑みによりやっと、互角に持ち込めるような相手なのだ。

 

 

「なぁ、中村」

 

「どうした?」

 

「正直めっちゃ楽しい」

 

 

 清水がそう本音を漏らすと、中村も同じ気持ちだったのか笑みを浮かべて同意する様に言った。

 

 

「俺もだ」

 

 

 対策は重ねた。三幻魔使いの後輩に負けないようにと親友同士で夜遅くまでカードと睨み合いをしながら作戦会議を繰り返した。盤面を逆転したというのに次のターンにまた逆転されるのでは?となるヒリついた感覚に、自然と口角がつり上がる。

 

(欲を言えばソーサラーじゃなくて、ダイダロスなら良かったが……さて、どうするリア充カップルコンビ?)

 

 

 

 

 

「なぁ、才賀……すまねぇ」

 

 

 一方、彼のパートナーであるラビは結果論とはいえ、自身の『暗黒界』のモンスター達をパートナーが守ろうとしたが故に、『冥王結界波』を食らって逆転を許した事に罪の意識を感じていた。暗黒界とウィッチクラフトを安定して運用する為に、『手札抹殺』をいれてくれと頼んだのも彼女が原因であり、ただ運が悪かったと切り捨てる事はどうしても不可能であった。

 

 

「こっちこそ、ごめんねラビちゃん……でも、ラビちゃんなら」

 

 

 そして、才賀はと言えばその心は自信のプレイイングミスが招いた結果ではないか?心優しい女の子に、こんな顔をさせるなんて男として情けないなど、既に心はぐちゃぐちゃだ。このタッグデュエルは恐らく苦い思い出として青春の1ページに刻まれるだろう。だが、少年の目には……諦めの色は、まだ刻まれてはいなかった。

 

 

「ラビちゃんなら、きっとやってくれると信じてるからっ!」

 

 

 パートナーの何処までも、何処までも信頼を寄せてくれる眼差しを受けてラビは頬が少しだか赤く染まっていく。彼は出会った当初から同じ幻魔使いとして全幅の信頼を寄せてくれた、口も悪く、愛想がなく、孤立をしていた自身にいつもニコニコと話しかけてきてくれて……それが少しだけ、嬉しかったと彼女は自覚する。

 

 

 勝ちたい。

 

 

 彼女の胸の中に小さな闘志の炎が灯される。この愚直なまでの馬鹿な『友達』に報いる為に、そして同族であるハモンがこの少年に何故あんなに信頼を寄せるのかを確かめるが為に、世界を滅ぼす力を秘めた『幻魔』の一角ではなく、ただ一人の誇り高き決闘者として彼女もデッキの手を寄せた。

 

 

「あたしのターン!ドロー!」

 

 

 そして、彼女は自身がドローをした手札を見てニヤッと笑いながら宣言をする。

 

 

「あたしはフィールド魔法『暗黒界の門』を発動!これよりあたしのフィールドのゴルドとシルバの攻撃力と守備力は300ポイントアップするが、同時にもう一つの効果を使わせてもらう!」

 

 

 彼女がカードを発動した途端、フィールドには仰々しく不気味な紋様が描かれた巨大な門が出現する。そこから漏れる闇の力は金銀それぞれの色を持つ二体の悪魔達の力を増幅させたようで、ゴルドとシルバは心なしか張り切っているようにも見え、更に門がゆっくりと開かれるとその隙間から何かが這い出て来るのが見えてくる。

 

 

「『暗黒界の門』は1ターンに1度、墓地の悪魔族モンスターを1体除外する事で手札から悪魔族モンスターを1体選んで捨ててから、デッキの上からカードを一枚ドロー出来る。あたしは手札より『暗黒界の尖兵 ベージ』を墓地に送り1枚ドロー。そして『暗黒界の尖兵 ベージ』は手札から墓地に捨てられた時に特殊召喚が出来る」

 

 

 やがて門から出現した槍を持った悪魔の兵士は、主の指示に従い槍を構えると敵モンスターを威嚇するかの様に構えをとる。

 

 

《暗黒界の尖兵 ベージ》攻撃表示

星4/闇属性/悪魔族/攻1600→1900/守1300→1600

 

 

 

「そして……私はベージを手札に戻し、墓地より1体のモンスターを特殊召喚する!深淵への扉を開くとき!漆黒に染まりし暴竜が今姿を表す!全てを闇に染め上げろ!降臨せよ!『暗黒界の龍神 グラファ』!」

 

 

 暗黒界の門より溢れたエネルギーが尖兵を闇に包み込む。すると先程まで勇ましい雰囲気を纏っていたはずの兵士は瞬く間に禍々しい気を放ち始め、徐々にその姿が変わり果てて行く。

 

 暴虐と殺戮の限りを尽くし破壊と混沌を招く漆黒の巨龍がその姿を表す。その荒々しい力は主と心優しき暗黒界の仲間達を守る為に、暗黒界の頂点たる力の象徴はそして敵対者に牙を向けるのであった。

 

 

 

《暗黒界の龍神 グラファ》攻撃表示

星8/闇属性/悪魔族/攻2700→3000/守1800→2100

 

 

 

「グラファか……最初のターンに落ちてた奴か」

 

「更にあたしは『暗黒界の尖兵 ベージ』を通常召喚し……さて、条件は整った」

 

 

 ラビは再び『暗黒界の尖兵 ベージ』をフィールドに召喚すると自身のフィールドを見回すと、ふと傍らの少年が自身をこの決闘に誘った言葉を思い出す。忌むべき自身の力の象徴、多くの人を傷つけてきた邪悪なその力を今、彼女はただパートナーと勝利を掴む為に使おうとしている事に……何処か感慨深い気持ちを抱きながら、一枚のカードを発動する。

 

 

「ラビちゃん!」

 

「おうよ!あたしは『暗黒界の尖兵 ベージ』、『暗黒界の軍神 シルバ』、『暗黒界の武神 ゴルド』の三体の悪魔族モンスターをリリースする事でこのカードを発動する!」

 

「!?」

 

 

 

 

 

「闇より深き、深淵より出でし魔界の皇よ!万死一生!その拳を持って生ある者達を蹂躙せしめよ!現れ出でよ!我が半身よ!『幻魔皇 ラビエル』を特殊召喚!!」

 

 

 

 

 

 

 三体の悪魔達が闇の力に包まれて地面の奥底に消えていく。地響きと共にラビの足下から巨大な轟音と鳴らし、地面を割り、そこから姿を現したのは……天に届く程の巨躯を誇る巨人だった。

 

 その圧倒的なまでの闘気はまさに怪物。全身を覆う筋肉と岩の様な肉体、頭に生える鋭い角は見るもの全てを震え上がらせ恐怖を与える。筋骨隆々な肉体を誇示するかのように荒々しいポーズを取りながらラビの隣に堂々と君臨している。それは正に威風堂々たる王者の姿。暗黒界の龍神ですらこうべを垂れる悪魔族全ての頂点に君臨する三幻魔の一角が今、少女の切り札として召喚されたのだ。

 

 

 

 

《幻魔皇 ラビエル》攻撃表示

星10/闇属性/悪魔族/攻4000→4300/守4000→4300

 

 

 

 

 清水と中村の二人は思わず無言で目を見合わせる。この瞬間二人の脳裏には『開闢の使者』と『カオス・ソーサラー』が失われた未来を幻視してしまう。圧倒的な攻撃力を誇る幻魔への対抗策として『カオス』モンスターによる除外戦術や『地砕き』などの汎用破壊魔法を幾つもデッキに組み込んでいるとは言え厄介な事には変わりない。

 

 二人のライフが尽きるか、ラビエルをその前に倒せるか。それが勝負を決する事になりそうだ。

 

 

「なぁ、先輩コンビ」

 

 

 だが、少女は静かに口を開く。まるで二人の思考を読むように、幻魔を目の前にしてもなお諦めない勇敢な二人へ告げるのだ。

 

 

「あたしが召喚する幻魔が1体だけだと、誰が決めたんだ?」

 

「……はっ?」

 

 

 清水と中村は呆けたような声を漏らすが、次の瞬間最悪の事態を理解する事になる。

 

 

「まさか……君は……!?」

 

 

「あたしは更にフィールド上に存在する『暗黒界の門』『ウィッチクラフト・バイストリート』『ウィッチクラフト・スクロール』の3枚のカードを墓地に送り、このモンスターを特殊召喚する!」

 

 

 あり得ない。そう二人の思考回路が叫んだが、そんな悲痛な叫びを嘲笑うかの様に『暗黒界の門』はメキメキと音を立ててひび割れていく。

 

 

 

 

(まさか、貴女が私を召喚するだなんて……ふふっ♪本当にマスターと出会ってから面白い毎日ですが、こんな日が来るだなんて予想も付きませんでしたよ♪)

 

 

 

 

 

 瞬間、ラビの脳内に女性の声が響き渡り一瞬だけラビもニヤリと笑みを浮かべる。この決闘の直前に託された1枚のカード。それはラビという少女に対する『才賀 直』の信頼の証であり、同時に彼女自身は口に出さないが、いついかなる時も肩を並べて日々を過ごしてきた最も信頼する同胞の一人。

 

 

(うるせぇよ、今は黙ってあたし達に力を貸せ!)

 

(あたし達『に』ですね?ふふっ了解しましたっ!)

 

 

 崩れ落ちていく『暗黒界の門』より溢れ出た光が、その主の想いに応える様にラビと才賀へと降り注ぐ。そして遂にその時が訪れる。『暗黒界の門』が完全に崩壊しその中から現れたのは……金色の悪魔であった。

 

 

 

 

 

 

「闇をも照らす、雷撃を纏いし黄金の閃光!電光雷轟!その雷をもって生ある者たちを浄化せしめよ!現れ出でよ!我が同胞よ───」

 

 

 

 

 

 

 ラビエルの横に降り立つ翼を広げた金色に輝く悪魔の背より放たれる黄金の稲妻がフィールドを包み込む。暴虐的なまでの破壊力を誇る落雷の衝撃により大地が大きく震え上がり、金色の幻魔は悠然とその威容を顕にする。

 

 

 

 

 

 

 

「『真・降雷皇ハモン』を特殊召喚!!!」

 

 

 

 

 

 

《真・降雷皇ハモン》

星10/光属性/雷族/攻4000/守4000

 

 

 

「幻魔が……幻魔が二人並んでる!!もう最っっっ高だよラビちゃん!!」

 

 

 

 

 悪魔を統べる皇と雷を統べる皇の共演に才賀は興奮を隠しきれず大声で叫んでしまう。ラビとタッグを組んでから一度でも良いから見たかったその光景は、それまでの罪悪感や憂鬱さを吹き飛ばし、一気にロマンを求める少年のテンションを上げていく。

 

 

「決闘前に『ハモン』を渡していただって…!?」

 

「あぁ……本当に、アイツはバカだよ。自分のターンだけじゃ『ハモン』は恐らく出しきれない。だからあたしにこのカードを託すってな……あたしがこのカードをパクったらどうすんだって言えば『ラビちゃんはそんな事絶対にしない、君を信じてるからこそ任せられるんだよ』だとさ……」

 

 

 愕然とする対戦相手にラビは苦笑いを浮かべながら、興奮する大馬鹿野郎なパートナーに視線を移しつつ呆れたように告げる。だがその表情には確かな自信と、彼への信頼が感じとれ、そんな二人の姿を見た『ハモン』は楽しげに雷をバチバチと鳴らして感情を示していた。

 

 

「さぁバトルフェイズだ!『暗黒界の龍神 グラファ』で『カオス・ソーサラー』を攻撃!カラミティ・バースト!!」

 

 

 『カオス・ソーサラー』に荒々しい息を吹きかせる暴龍。その口腔内が徐々に赤熱化し始め、やがて業火が吐き出され、厄災の炎が魔術師を飲み込んでいく。

 

 

 

 カオス・ソーサラー 攻2300 VS暗黒界の龍神 グラファ 攻2700

 

 

 戦闘結果:暗黒界の龍神 グラファ の勝利。LPが7600に。

 

 

 

 

「続いて『幻魔皇 ラビエル』で『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』を攻撃!天界蹂躙拳!」

 

 

 光の龍は幻魔の威圧感に恐れを成したのか、まるで逃げようとするかの様に飛翔しようとする。だが、そんな逃亡を許すほど甘くはない。ラビエルが拳に闘気を纏わせ振り下ろせば、そこから生じた衝撃波が光の龍を貫き、一瞬にして絶命せしえた。

 

 

 幻魔皇 ラビエル 攻4000 VSライトロード・ドラゴン グラゴニス 攻2600

 

 

 戦闘結果:幻魔皇 ラビエルの勝利。LPが6200に。

 

 

 

 

 

「これで最後! 『真・降雷皇ハモン』で『カオス・ソルジャー -開闢の使者-』を攻撃!失楽の霹靂!」

 

 

 仲間達があっという間に破壊されたとしても、開闢の騎士の目からは闘志は失われなかった。流石は伝説の決闘者も使用したとされるモンスターではあるが、その覚悟も幻魔の圧倒的なまでの力の前には無力でしかなかった。ハモンが口元にエネルギーを収束させ解き放たれる黄金の稲妻が一瞬にして騎士を包み込み焼き焦がしていく。

 

 

 

 真・降雷皇ハモン 攻4000 VSカオス・ソルジャー -開闢の使者- 攻3000

 

 

 

 戦闘結果:真・降雷皇ハモンの勝利。LPが5200に。

 

 

 

「あっという間に全滅か…!」

 

 

「おっと、忘れるなよ。真・降雷皇ハモンは相手モンスターを戦闘破壊した時に相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与える!地獄の贖罪!」

 

 

LP5200→4200

 

 

 幻魔達が暴虐な限り全てを破壊し尽くした結果、清水と中村のフィールドには何も残らない。だが、まだ勝ち目はある。最後の最後まで決闘者の吟味を忘れないラーイエローの二人を見て、少女は彼らの評価を上方修正しながらも、口を開くのであった。

 

 

 

 

「あたしはこれでターンエンド。さぁ、アンタ達のターンだよ。全てをかけてかかってきな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの生徒達がタッグデュエルを進める中、2体の幻魔を一気に召喚したペア二人に注目が集まる決闘会場。それを眺める二人の教員はそれぞれ相反する感情で幼い少年達に目を向ける。

 

 

「きゃはっ☆懐かしいなぁ……ハモンとラビエルを同時に使いこなすなんてね!先生も久々にこのデッキで戦いたくなっちゃった!」

 

 

 褐色で幼い赤髪少女は満面の笑みを浮かべながら、目の前にいる少年達をじっくり観察する。出来ればあのフィールドに『自身』を召喚させたい。しかし、赤髪の少女はその見た目に似合わず成人はとうの昔に迎えており、教員としてこの学園に在籍している身であった。故に、その欲望を必死に抑えながらも二人の生徒が相手のライフポイントを削り切る様子に興奮を隠しきれない。

 

 

「まぁ、無関係の生徒にこのカードを使うと下手するとクロノスせんせーに目をつけられかねないからなぁ……やっと教師になれたんだから我慢しないとっ!」

 

 

 万雷の拍手と共に対戦相手同士がまた再戦しようと握手をする中、彼女は一枚のカードをデッキから取り出すとマジマジと眺める。そのカードを名残惜しげにデッキに戻しつつ、今度あの二人の生徒に話しかけようかな?と密かに彼女は……宇里亜先生は勝利掴んだ二人に軽く拍手を贈りながら思うのだった。

 

 

 

「うぅ…トラウマが刺激されるノーネ……あのラビエルはレプリカだと分かっていても胃がイタタ……今度の休みに南の島にバカンスでも行くしかないノーネ……」

 

 

 

 一方、観戦席の片隅で青ざめた表情をしたクロノス教諭はがそんな事を呟き、胃薬を片手に大会の進行を進めていくのであった。

 

 






 清水・中村ペアのデッキ

 清水は光と闇属性の汎用カードを中心にいれつつも、墓地から除外して強力なモンスターを召喚する『カオス』。中村は墓地に高速でカードを肥やしつつデッキ切れの恐れがあるものの強力な効果ばかりを持つ『ライトロード』を使用。また対戦相手の幻魔使い二人に対抗するために『地砕き』などの汎用破壊系魔法を多めに入れたデッキとなっていました。

 作中での清水の言う通り、もしも『カオス・ソーサラーではなくカオス・ダイダロス』を召喚できていれば。もしもライトロードが揃って次のターン『裁きの龍』を召喚できていれば幻魔ペアに勝利をした可能性もありましたが今回はそのまま押し切られるように敗北。とはいえ彼らとの決闘はタッグデュエルの難しさと楽しさを新入生二人にきっと痛いほどに味合わせた事でしょう。実はラビエルではなく。

ゴルドでソーサラーで相打ち
ハモンでカオソル
グラファでグラゴニス
シルバでダイレクトアタック

なんて、攻撃していたほうがゴルドは犠牲になりますが、合計ダメージは大きかったのは秘密。


名前の由来はタッグフォース3におけるラーイエロー組の二人。


・ハモンの内心

 基本マスター以外の人間はどうでもいいと思っており、他の人間には自身のカードを触れられる事すら嫌がりますが、同じ三幻魔であるラビちゃんが自分を扱う事に関しては案外嬉しく思っていたり。ノリノリで即興の召喚口上まで考えた自身の同胞を微笑ましく思っていたそうな。その日のタッグデュエルデーではマスターとラビちゃんのデッキに交互に入れられており、幻魔ではなく普通のデュエルモンスターズの精霊の一人として楽しい一日を過ごせたようです。

 本格的な決闘は恐らく当分ないでしょうが、次回はラブコメパート。タッグフォース経験者には懐かしい『アレ』が登場します。


 コメント、感想、評価をお待ちしております。


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第八話 運命のドローとファーストキス

 

 

 

 夏も近づき、アカデミアに入学した新入生達もようやく学園生活に慣れ始めた今日この頃。生徒の為に解放された湖で水着片手に泳ぎ回る生徒や、新たに追加された新規パックを小遣い片手に購入しようとするもの。中には親しい異性に告白を敢行しようとするものなど、生徒達はそれぞれに夏の到来を楽しむのであった。

 

 そんな中、三幻魔の一角である『降雷皇ハモン』からの信頼を勝ち得た少年、才賀直はといえば必死な形相で廊下を爆走していた。幼いながらも引き締まった脚をフル活用しながら疾走するその姿はまさに青春真っ盛りの男子そのもの。

 

 

 

 目は爛々と輝き、これから訪れるであろう甘いイベントに胸躍らせているのが傍から見てもよく分かる。胸の鼓動は高鳴り、身体はまるで宙を舞っているかのように軽い。そんな感覚のまま、彼は目的地へと急ぐ。

 

 

「ま、マスターお待ち下さい!そんなに急がなくても!」

 

 

 そんな少年の後ろから追いかける美しい金髪と豊かな胸を揺らしながら、アカデミアブルー女子の制服を身に纏った美女は慌てて呼び止める。その声は少年の耳に届くことなく、彼の足を止める事は無い。

 

 

「別にそんな所に行かなくてもいいじゃないですか!他の選択肢はいくらだってあるはずです!なのに…!」

 

 

 必死に呼びとめる彼女……現在は美女の姿でカードの精霊としてこの世界に顕現している三幻魔の一角『降雷皇ハモン』は自身の主である少年、才賀 直に声をかけたのだが、彼は一切耳を傾けず走り続ける。

 

 最愛の存在と言ってもいい程に、彼女の為ならば一生逃亡生活を送ってもいいとすら決意をしたハモンの言葉にすら、今の彼を動かす事は出来なかった。その目は野望や欲望に満ちており、一瞬自身の力の利用し続けた過去の決闘者の目と重なって見えるが今の彼はある意味ではあのユベル以上に純粋に、真っ直ぐに目標に向かって邁進しているとハモンの目には見えてしまう。

 

 

「ごめんねハモン……でも!男には、例えどんな犠牲を払っても成し遂げたい目的があるんだよ!」

 

 

 基本的には全肯定で甘やかす、ハモンの珍しい嘆きの言葉も今の少年には届かない。決意を新たにした少年はただひたすらに走る。途中でクロノス先生らしき存在が何か注意をしようとしたが、退いてください!とハモン手から離れた衝撃波により吹き飛ばされた気がするのだが、それは些細な問題だ。

 

 全ての自身の欲望の為に、全ては自身の野望の為に。がむしゃらに真っ直ぐに走り続けた少年はやがてドアを開くと───

 

 

 

「僕の…もんじゃぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 購買の人混みに埋もれて消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……くさやって…なんでもアリなのは分かってたけどくさや味って……」

 

 

 購買から目当ての代物を購入した才賀はハモンと並んで外に出ると、木陰に腰を下ろしながら購入したパンを真っ二つに裂けた断面に目を向ける。臭いが漏れないように密閉されたビニール袋の中に収められていたそれは開いた瞬間、刺激臭が周囲に漂い鼻がひん曲がりそうになる。

 

 『ドローパン』、デュエルアカデミアが成立してからという物名物して購買で販売される事になったこのパンの中身はランダムであり、クリームやメロン味といったオーソドックスなものから伊勢海老味やフォアグラ味といった高級食材。中にはゲテモノ枠としてサンマやウコンなどのクセの強いものまで存在する。

 

 

 才賀が引き当てたものは所謂ハズレのゲテモノ味であり、その臭気を嗅いだ瞬間思わず腐っているのでは?と勘違いしてしまう程だ。外でパンを開封してよかった、出なければラビちゃんに『くっさいわ!!』とキレられてたなと少年が嘆息をしていると、ハモンもクスリと笑みを浮かべて自身も購入したドローパンを眺める。

 

 

 

「あっ、私はチーズ味ですね。マスターどうしましょうか?私がそちらを頂きますのでチーズ味と交換します?」

 

「ううん、大丈夫だよ、僕はこれで十分だから」

 

 

 心配そうに見つめてくるハモンに少年は笑顔で首を振ると、ビニールを開けて中のパンを千切って口に放り込む。流石に男として、気に入らないくさや味のパンを押しつけるなんて事を彼が出来るはずもなく、鼻を摘んでゆっくりと咀嚼をすれば、くさやの独特の風味と魚の生臭さが口の中で暴れまわった。

 

 

(あー……確かにこれ、納豆とか好きな人は好きだなぁ)

 

 

 才賀は顔をしかめながらも、もっちゃもちゃと咀噛を繰り返す。決して不味くはないがかと言って美味しいとも言えない微妙なラインだ。それでも嫌いではないのか少年はしっかりと飲み込んでいく。

 

 もみくちゃになって購買に並んでようやく手に入れた末に得たものがコレか……と才賀は若干凹みながらも口を動かしていれば、ハモンは自身のチーズパンを小さくちぎって差し出す。

 

 

「でしたらこちらのパンもお一ついかがですか?私の方はまだ半分以上残っていますので……」

 

「え、でも……」

 

「ふふ、遠慮なさらないでください♡はい、あーん♡」

 

 

 有無を言わさず、ハモンはちぎったパンを口に近づける。それに慌てる才賀だったが、結局はハモンの押しに負けてしまい、その指先につままれたパンにパクついた。チーズのとろけるような濃厚さと、ほんのりと香る胡椒の辛さ。そしてそれらを包むパン生地の柔らかさに才賀は目を輝かせる。

 

 

「ほら、美味しいでしょう?」

 

「うん、そうだね!」

 

「ふふっ♡それでは私もそのパンをあーんして頂ければ…」

 

「無理!絶対に無理!!女の子にこんな物食べさせられないよ!?」

 

「うぅ…マスターの意地悪…」

 

 

 

 ニコニコと笑顔を見せるハモンに、少年は全力で拒否を示す。彼女のマスターの責任としてくさやパンを押し付ける事なく無理やり全てを口に含めば、あーんを期待していたハモンは頬を膨らませながら恨めしげに才賀を見つめる。

 

 ならばと残ったチーズパンを彼に差し出すと、その意図を理解した少年は、少し赤面しながらもチーズパンを千切るとハモンの口へと運んでいく。

 

 

「あ、あーん…!」

 

 

 ハモンの為に恥ずかしさを堪えつつ少年はちぎったパンを差し出せば、彼女はパァッと表情を明るくさせるとパクっと口に含む。口の中で広がるパン生地の甘みに思わずうっとりとした様子のハモンを見て、少年もまた嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。

 

 互いに相手の事を想っての行動。それが通じ合っているからこそ生まれる甘い空間。もし周りに人がいれば、耐えきれなくなり、そそくさと立ち去ったのは確実だろう。ハモンの正体を知るラビだけは外でイチャつくなと文句を言ってるかもしれないが。

 

 

「いつも、思うのですが」

 

 

 食べ終わり、自然な流れでむっちりとした自身の太ももに才賀の頭を添え、膝枕の状態で自身のマスターの頭を撫でている少女がポツリと言葉を漏らす。

 

 

「何故、ドローパンが入荷した時に限って毎回あんなに張り切って購買に急いでいるのでしょうか?オベリスクブルー専用のレストランであればもっと美味しい料理がいつでも食べれる筈ですし…」

 

 

 ハモンの言葉に才賀はうーんと一瞬唸る。確かにデュエルアカデミアの最優秀生徒が所属オベリスクブルーでは数々の特権が存在しているが、食事面でもそれは変わらない。プロのシェフが作り出す豪勢な食事はそれだけで生徒のモチベーションの向上に繋がるが為に、ラーイエローやオシリスレッドの生徒が必死にオベリスクブルーを目指す大きな理由の一つでもあるのだ。

 

 そんな食事を蹴飛ばしてまで購買へ急ぐ理由をハモンは理解出来ず、故に首を傾げてしまう。しかし才賀はその疑問を察すると彼女の膝枕を堪能しつつフフンと得意げに笑ってみせた。

 

 

「ドローパンには一つだけ大当たりのパンが有ってるんだけどさ。黄身が金色に輝く卵が丸々一つ入った黄金の卵パン!食べた事は無いんだけど、かなり絶品らしくてね!多分購買でドローパンに群がってる生徒は全員これ目当てじゃないかな?」

 

 

 デュエルアカデミアで飼育されていく黄金色に輝く鶏が産むといわれる黄金の卵、それをふんだんに具材として使用した黄金の卵パンは数十年前からこのアカデミアで販売されているドローパンの中に毎回大当たり枠として入っており、余程の運の良い生徒でなければ食べる事は叶わない代物だ。

 

 何故、鶏が数十年以上も生きているんだ?という問題に関しては、長年在籍しているクロノス先生以外の皆は気軽にスルーしてなるのだが、ドローパンが販売される日は全てこの黄金の卵が入手できた日限定の為か、その日に購買に並ぶ生徒達は必ずと言って良いほどにこの商品を血眼になり引き当てようとしているのだ。

 

 

「それを食べたい!って気持ちも、もちろんあるんだけど……ハモンに食べて欲しいなって思ってさ」

 

 

 膝の上で心地良さそうに目を細める才賀の呟きに、ハモンは撫でていた手をピタリと止める。あれ程までに貪欲で強欲にドローパンを求めていた理由がまさか自身に食べさせてあげたいというマスターの想いだったとは思いもしなかった彼女は、愛おしげに自身の胸を手で押さえると、そっと唇を開いた。

 

 

「マスター……私は貴方が望めば何時でもどこでも、何処までも付いて行きます。例え地の果て、世界の果て、異世界でも、宇宙の彼方であろうとも必ず。あの日、ゴミ捨て場で私を拾ってくださった時からずっと、私の心はマスターの物ですから」

 

 

 優しい声音でそう囁くハモンに、才賀は照れ臭そうに微笑んでみせる。何処までも純粋な好意、何処までも真っ直ぐな忠誠。ただずっと苦労し続け、利用され続けた彼女が少しでも幸せに過ごせる様にと願って始まったこの主従関係はまだ数ヶ月未満の関係だと言うのに、その密度は誰よりも濃く、そして強い物であった。

 

 とはいえ彼女達の関係には一つだけすれ違いが生じている。幼い少年はただハモンと一緒に過ごしたい、ハモンがもっと心から笑える様になって欲しい、ハモンが幸せになれる様な日々を過ごしてほしいという善意や正義感である想いの元に、それが無茶とも言える行動の根幹につながっているのだがハモンは違う。

 

 そんな幼い彼と過ごしてきた日々は世界を憎む凍てついた彼女の心を氷塊させ、暗闇の世界で生き続けてきたハモンにとって唯一の希望とも呼べる存在となっていた。心に満ち溢れる幸福は彼女の心を溶かし、闇の底へと沈み続ける彼女の魂を救い上げた。

 

 つまり彼女は……三幻魔の一角である『降雷皇ハモン』にとってマスターである少年、才賀 直を想う感情は忠誠や親愛の情だけではなく、端的にいえば彼女は……

 

 

 

 

(心の底から、あなたへの感謝と共に……お慕いしておりますよマスター)

 

 

 

 

 ────一人の女として、愛していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯気が漂う浴室。備え付けられたバスタブからはアロマオイルによる爽やかな香りが立ち込めており、チーズとくさやが混じった体臭を掻き消すのに一役買っていた。柑橘類を思わせる甘くも刺激的な匂いは普段の少年であれば落ち着く所なのだが、今は少しだけ居心地が悪い。

 

 

「あの……ハモン。背中くらい自分で洗うから……」

 

 

 自身の体に石鹸の泡を塗りたくられ、背を向けている才賀は恐る恐る後ろでボディーソープを手に取ってい自身の下僕に声をかけた。だがハモンは「ダメです」と一言告げると、タオルで優しく才賀の肩甲骨付近を擦り始める。

 

 白磁の様な白い手で自身の体をまさぐられる感覚に才賀は思わずビクッと震えるが、そんな自身の主の反応が可愛く見えたのかバスタオル一枚だけをその身を覆う様に巻いたハモンは小さくクスリと笑ってみせた。

 

 

「ふふっ、緊張しなくても大丈夫ですよマスター。ちゃんとお風呂に入る準備をする間、綺麗に洗って差し上げますからね」

 

「そ、そういう問題じゃなくて……!」

 

 

 背後から聞こえる艶っぽい声に才賀は頬を赤らめつつ抗議の声を上げるが、当のハモンはまるで子犬が吠える姿を微笑ましく眺めている飼い主の様に目を細めてその顔を覗き込む。

 

 

「マスター、今日は一日私の為に働いてくれましたよね?だから今度は私がお背中を流させて頂きたいんです……ダメ、ですか?」

 

 

「え?あぁ……うん。ハモンがそれで良いなら良いんだけどさ」

 

 

 

 ハモンの問い掛けに才賀は戸惑いながらもそう答えてみせると、その返答に満足した彼女は小さく微笑んで見せた。

 

 

「それでは、失礼しますね♡」

 

 

 

 そう言ってハモンは才賀の体に触れる。先ずは腕、それから胴体、そして首元へ。指先で触れたり爪を立てたりと、決して肌に傷が付かない程度に加減された愛撫を受け、くすぐったい感覚に彼は襲われる。ハモンと風呂に入り、背中を流された経験は何度かあるが、いつも以上に艶めかしい手つきの彼女に才賀の顔は更に赤くなっていった。

 

 泡に包まれたハモンの手は次に才賀の下半身に伸びていく。膝上まで伸ばされた脚の付け根辺りにまで伸びると、彼女は両手で優しく才賀の太股に触れた。その掌から伝わる彼女の温もりを感じながら、才賀は心地良さそうに吐息を漏らすが、同時に自身の分身がこんもりとタオル越しから盛り上がっている事に気が付き、ハモンにバレない様に手で覆い隠す。

 

 幼い少年であっても男である事には変わりない。女性に裸を見られ、触れられば興奮してしまう。それを悟られない様にと懸命に平静を装うとするが、そんな努力など虚しくハモンは自身の主がこの身体に興奮している事を察すると悪戯を思いついたと言わんばかりに、少年の背中に自身の胸を押し付けてきた。

 

「あっ……」

 

 

 押し当てられた柔らかな乳房の感触に才賀は小さく喘ぎ声を上げてしまう。ただそれはハモンの予想通りだったのか、耳元で囁かれる彼女の艶のある声で才賀の理性は蕩け始めていった。

 

 

「……ふふっ相変わらず白いお肌でキレイですね…羨ましいです。男の子なのに……こんなに白くて綺麗だなんて」

 

「ハモン……やめて……お願い……だよぉ……!」

 

「うふふ……ダメですよマスター。もっとしっかり洗わないと汚れが落ちませんからね」

 

 

 

 自身の体に回される両腕に力が込められる度に少年は切なげに甘い声を上げる。極上の女体による抱擁と、柔らかく滑らかな手で体中をまさぐられ洗い立てられ、その快感によって少年の分身は益々固くなっていく。

 

 

「お腹も、お背中も全部洗って差し上げますからね?大丈夫です。全てこの下僕にお任せ下さい」

 

 

 耳元で囁かれ、そして優しく触れるハモンの声に才賀はゾクッとした何かを感じてしまう。背中を流すというのに明らかにハモンの動きは蠱惑的過ぎるものだった。指が肌を這っていく度、その箇所は熱を帯びて行き、それが何とも言えないくすぐったさと気持ちよさを生み出し、才賀の心を乱していく。

 

 

(ダメだって!このままじゃ……)

 

 

 才賀の中で警鐘が鳴り響く。だが体は動かない、やがてハモンは洗い終え、シャワーで石鹸を洗い流すとタオルを使って水気を取っていく。

 

 

「マスターのお体は全て洗わせて頂きました……ですが」

 

 ハモン?と彼が名前を呼んだ時、突如背後から再び極上の果実が押し付けられた。背中に伝わる柔らかさはまさにこの世のものとは思えない柔らかさであり、バスタオル一枚越しにも関わらずハモンの女性としての体の形がよく分かる程に押し付けられ、そして才賀はそんな彼女から漂う甘酸っぱい香りにクラっとしてしまう。

 

 

 

 

「ふぅ……マスターの素敵なお体を見てしまったら私……もう我慢できなくなってしまいました♡だからどうか私の我欲を許しください♡」

 

 

 ふふっと笑みを浮かべつつ少年の背中では爆乳が

ぷるんぷるんと揺れ、才賀はその感覚に酔いしれそうになるもののすぐに正気に戻ろうとする。しかし、既に少年は度重なるハモンのスキンシップにより彼女の手で精通を迎えたばかりの初心な体では快楽に耐えきれる筈も無く。次第に彼の頭の中では『抗わなくていいのではないか?』という思考が過り始めていた。

 

 

 

 

 

「……お慕いしております」

 

 

 

 

 

 ハモンの囁くような告白の言葉を聞き、才賀の心臓はドクンと高鳴る。今まで散々アプローチを仕掛けられてはいたが、ここまではっきりと好意を伝えた事は一度も無かったのだ。そんな彼女からの言葉を受けては才賀の心も大きく揺るがされた。

 

 

 

 才賀が返事をする間を与えず、彼女は才賀を強引に振り向かせるとその顔を自身の胸へと埋めさせる。柔らかい乳房が顔面を包み込み、鼻腔をくすぐる甘い香りと石鹸の清潔感のある匂いを肺いっぱいに満たされると、それだけで彼は幸福な気分になると同時に頭がボーっとして来るのを感じた。

 

 

 

(ああ……良い臭いだぁ……もっと嗅ぎたい。もっと味わいたい……そうだよ僕はもうどうなってもいいんだ)

 

 

 

 ハモンのおっぱいがもたらす快感によって才賀の理性は吹き飛びかけていた。もはや自分がどうしてこうなったのかさえ考える事も出来ず、目の前の誘惑に意識を持っていかれる。ハモンの手が自分の腰を撫でていく、どこまでも愛おしく陶磁器のように慎重にふれる彼女の指先はまるで自分の全てを理解しているかのようで、心地良く感じてしまう。

 

 

「ずっと、ずっと……マスターの隣で共に歩んでいきたいんです。私に沢山の光を与えてくれた貴方が、私を一人にしないと約束してくれた貴方が、沢山の楽しい事や幸せな事を味あわせてくれた貴方の事を愛しています……」

 

 

 

 才賀の顔はハモンの乳房の中に埋もれていた。彼女の吐息と声がくぐもりながらも聞こえる。顔に触れる乳房が優しく擦れてこそばゆい。

 

 

「貴方様の為ならばいつだってこの処女を捧げましょう。貴方様が望むのであれば子供だって孕みましょう。貴方様が平和を望むのであれば守護者となり、破壊を望むのであればこの命に変えてでも貴方様を止めましょう……ですからどうかお傍に置いてください。マスターと添い遂げさせてください……♡」

 

 

 ハモンの声音には切実なものが感じられる。それは本気だという事が伺えた。だが同時に彼女の瞳の奥にある感情の色を見て才賀は気づく。彼女が抱いている感情は愛情だけではなく、他者との温もりを。三幻魔として闇の中でしか生きられない彼女はまるで幼児が母親を求めるようなマスターである才賀に依存した感情を、心の奥底から溢れさせていたのだ。

 

 

 

 そして、才賀がそれを理解した途端。彼の唇に柔らかく熱い感触が伝わる。

 

 

 

(あっ……)

 

 

 

 

 一瞬何が起きたのか分からなかった才賀だが、すぐに気が付く。目の前にいるのは美しい少女、それも自分にとって特別な女性であり大切な人。その女性が自身の口元へ接吻をしているのだと分かった。

 

 

 最初はただ触れるだけのキスだった。だが次第に才賀は舌をハモンの口腔内に入れられ絡め取られ、唾液を交換し合う。お互いの体温と呼吸を感じながら長い時間そうしている内に二人の気持ちは次第に高まっていく。やがてどちらともなく口を離すと、ハモンはうっとりとした表情で微笑んでいた。

 

 

 

 

「申し訳ございません……貴方様のファーストキスを奪ってしまいましたね。ですが……もっと、もっと私の知らない世界を見せて欲しいのです。私を満たしてほしい……マスターになら全てをさらけ出しても良いと思っています」

 

 

 

 ハモンの潤んだ目が才賀の目を見つめる。そこには確かな熱情が籠っており才賀を射抜いており彼の耳元でハモンは小さく言葉を囁く。

 

 

「2年後……貴方様が12歳になられた時。貴方様が私と共に歩むと決心してくださった時、私は本当の意味でマスターの所有物になりましょう…♡」

 

 

 

 耳にかかる吐息にビクッとする才賀だったがそんな彼にハモンはクスリと笑みを浮かべつつ首筋へと口づけをして来る。ゾワっとするような刺激的な感覚に才賀は震えた。

 

 

 

(ああ、ダメだよこんな事したらダメなのに……)

 

 

 

 頭では分かっていても体は動かず、そしてハモンの行為はエスカレートしていく。彼女の両手は才賀の上半身へと移動していき、その手をゆっくりと動かす。

 

「私の初めては全て貴方様に……それまで待っていてください。貴方様が望むのであれば、貴方様が私を求めて下さるのであれば。12歳になれば、いつでもこの体を差し出します……貴方の好きなようにしてください」

 

 ハモンの囁きは才賀の鼓膜を通じて脳まで届き彼の体を火照らせる。才賀は今にも破裂しそうな心臓の音が聞こえないか不安になる程緊張してしまっていた。

 

 

 だがそんな彼をハモンは何も言わずに真正面から抱き寄せ、バスタオル越しから彼の頭をその胸で抱き締める。たった一枚の布切れはある意味、幼いマスターに対する最後のハモンの理性と言えるだろう。

 

 

 まだ色恋も女体も知らない少年。そんな彼を誘惑し、籠絡し、彼の童貞を得ることなどハモンにとっては絶やすい事だろう。彼女自身もヒトの身体に受肉出来る様になってからというもの、幼いマスターへの性的な欲求と人肌の温もりを欲する心は強くなるばかりであった。

 

 しかし、それでも最後の一線だけは超えてはいけないと、彼女の理性が訴えかけてくる。あくまで自身は下僕であり、本来はこうしてファーストキスを奪ってしまった事すら許されざる事なのだ。ましてそれ以上は主従関係を逸脱してしまう。

 

 あくまでマスターはデュエルアカデミアに通う生徒の一人であり、一度は自身の為に人生を台無しにしてでも共に肩を並べてくれると言ってくれた少年。そんな彼の平穏な学園生活を、デュエルをして、友達と遊び、恋人だって作れる日常を自分が壊す事はあってはならないのだ。

 

 

(2年です……2年後、もし貴方様が誰か好きな人ができたと言うのなら私は身を引き、喜んでその恋を成就させてあげましょう。2年間の間に私自身もこの感情が忠誠や感謝により生じたものなのか、本当の意味で貴方を愛しているのか気持ちの整理をつけましょう…)

 

 

 今日は少し、ドローパンの騒動により、我ながら暴走してしまった自覚のあるハモンであったがこれ以上の誘惑はまずいと自身に強く言い聞かせる。胸を押しつけられた結果惚けた様にとろんと目をしている才賀を見て思わずこのまま襲いたくなる衝動に駆られるがぐっと我慢した。今はその時ではない、もっと時間と段階を経てマスターの心身ともに成熟するまで待ち続ける必要がある。

 

 

 2年後のその時までに、マスターが本当に私を求めてくれた時こそ……ハモンは心の中だけで呟く。今はそれで良いと、彼女もまた己に折り合いをつける。だが、もしも愛する自身の主が異性として自身を選んでくれるのであれば……。

 

 

「ハモン……僕は…」

 

「今日の事は夢だと…泡沫の夢だと、そう思ってください。ですが、もしもこの夢を二年後も覚えていてくれたのならば、その時は……」

 

 

 それ以上の言葉は発さなかった。否、出来なかったという方が正しい。ハモンはシャワーで彼の背中を流し終えると頭を下げて浴室から去って行く。その後ろ姿を見た才賀は先程のハモンの艶やかな仕草を思い出してしまい、落ち着くまで何度も冷たいシャワーを浴び続ける事になるのであった。

 

 





・ドローパン
原作アニメ及び、ゲーム「遊戯王タッグフォース」にも登場するデュエルアカデミア名物のなんでもありのおみくじパン。高級食材やゲテモノまでさまざまなら具材がランダムに入っているが、その中でも唯一の大当たりと呼ぶものが黄金卵パンであり、在学中の十代は豪運によって何度もこれを引き当てている。

 なお鶏の寿命を考えると既に黄金卵を産むであろう鶏は寿命を迎えても仕方ないのだが、何故か生存しており今も元気に卵を植え続けているそうな。クロノス先生はやはりこの学校おかしいのでは?とふと思ってしまうが、特に誰も気にしないのであった。

・12歳
 今のままでは情緒も育ちきっていないマスターを自分色に染めかねないと鋼の理性で最後の一線を越えるのは耐えたハモン。ですが12歳となってから、もしもマスターが性的に彼女とまぐわう事を望むのでいれば喜んで彼女は身を捧げるでしょう。ある意味では互いの冷却期間であり、そしてまだ出会って数ヶ月も経っていない互いのことをよく知る為の時間。果たしてマスターはこの約束を覚えているのか、そしてハモンの理性は耐えられるのか……



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第九話 合法褐色ロリせんせーとの個人面談(尋問とも言う)

 デュエルアカデミアにて幻魔を従えた少年、才賀直とそのパートナーであるハモンが入学して数ヶ月。二人の学園生活は順調そのものと言えた。

 

 授業に関しては必死でハモンを世界に認めて貰わんが為に彼は努力を続けて結果、現在も特に支障なく、教師からも文句なしの優等生として扱われており、常に胃薬を手放せなくなったクロノス先生を除けば才賀の評価は生真面目で優秀。将来性がありそうな生徒だと判断されていた。

 

 クラスに関しては人当たりの良い彼は敵を作る事もなく、寧ろ世界に一つだけのオリカ野郎と後ろ指を刺される可能性を懸念していた才賀の予想に反して程々の関係を気付けていたと言えるだろう。もしも彼が幻魔のかつての所有者達の特徴として多く見られた傲慢な振る舞いを取っていた場合は間違いなくこうはならなかっただろう。

 

 

 元々彼が嫉妬や妬みを警戒して常に慎重な行動を取っていた事も幸いし、今の所大きな問題が起こるような事はなく、才賀は平穏な学生生活を送っていた。

 

 

 とはいえ友人と呼べる人物は現在は、物静かで優秀ではあるが、その言動や振る舞いから不良と称されていたラビだけであり、そんな彼女相手に積極的に話しかけてきた彼はある意味では畏怖と警戒されている節があるのだが本人はそれを知らない。

 

 

 総評すれば教師からは優秀な生徒。クラスメイトからは敵を作らない物静かな少年ではあるが、粗暴で無愛想で他の生徒達からは孤立している不良であるラビの唯一の友人として認識されており、一部の人間の間では「あんな不良のどこに惚れたんだ?」と思われているがそれはさておき。

 

 前述の通り才賀の学園生活は基本的に平穏そのものであったがある日、彼に転機が訪れる。全ての授業を終え、ハモンが待つ部屋に彼が戻ろうとした所、見慣れない女児に話しかけられたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃは☆あのねぇ優等生君?ちょっとアタシの部屋にきてくんないかな?」

 

 褐色の肌をもつ小柄な美少女、見た目的には10歳の才賀よりも遥かに幼く一桁台に見えてしまう小柄な体型ではあるが、赤いスーツに身を包んでいるその様子は、微かに大人の色香を感じさせる妖しい雰囲気の少女。

 

 

(えっ、えっと……ハモン?聞こえる?どうすればいいかな?)

 

 

 にこりと社交辞令に応じつつ彼は混乱した様子で自身のデッキの上に手を置くと、脳内に自身のパートナーであるハモンの美しい声が響く。普段の学園生活中は別行動を行う二人ではあるが、緊急事態の際にはこうして脳内にて会話する事が可能であった。

 

 

 

(……はぁ……そんな日が来るとは思ってはいましたが、やはり……安心してくださいマスター。彼女は私達を脅かす敵ではありませんよ?)

 

 

 

 少々ゲンナリとした態度のハモンは一瞬硬直した様子で才賀に向かってそう問いかける。知り合いなのか?という問いには答えず常にマスター一筋で真面目な彼女としては珍しい投げやりな態度を取られると才賀の困惑はさらに増すばかりであった。

 

 

(恐らく彼女は貴方と二人で会話がしたいだけでしょう。一応緊急事態の際には私も吹っ飛んでいきますが、基本的に彼女は無害ですので安心して話半分に早く帰ってきてくださ──)

 

 

「ねぇ、君何してるの?デッキの上に手なんて置いてさ」

 

 

 

 いつの間にか、先程目の前にいた少女が彼の手元に優しく手を載せると才賀は慌ててカードを取り落とさないように気をつけながら手をどける。すると、にこっと微笑む彼女の姿が目に入った。

 

 何故?さっきまで正面にいたのにと考える様もなく、褐色の女児は人懐こい笑顔を浮かべて才賀に詰め寄ると、彼もまたその勢いに押される形で彼は壁に押しつけられる。恐らく年下とは言え女児に至近距離まで迫られる事に戸惑うが、ここで逃げればさらに事態が悪化する気がした才賀は何とか我慢し、平静を装って返答する。

 

 

「えっと、僕は今デッキの調整をしてて……気になるから早く部屋に帰って続きをしようと思ってたんだよ……」

 

「ふーん?優等生君はブルー寮らしく真面目な子なんだね?でもそれよりアタシの用事を出来れば優先してくれないかな?オトナとして君に問い詰めないといけない事があるんだよね」

 

 

 ニコニコとした表情は崩さず、しかしどこか圧力を感じさせる声で女児は才賀に問いかける。だが、才賀は彼女の放ったオトナという単語に疑問符を頭に浮かべつつ、決定的な一言を口にしてしまった。

 

 

 

 

 

「……あの、君って何歳なんです?」

 

 

 

 

 

 途端に空気が固まる音が聞こえた気がした。その瞬間に才賀は直感で何か不味い事を口にしてしまったのかと思ったが既に遅い。女児の額から青筋が浮き上がり、壁に押しつけられていた彼を解放する。そして、懐から何かの免許を引っ張り出すと、それを才賀に見せつける様に突きつけた。 

 

 

 

 ……運転免許証。

 

 

 

 それも、ゴールド免許である事が確認出来るそれには女児と全く同じ顔の写真が貼り付けられており、一瞬で全てを理解した才賀は思わず冷や汗を流し、口元を引きつらせた。

 

 

 

 

 

「ふ、ふふっ……まだ入学して間もない優等生君にやさしーく教えてあげるね?アタシは宇里亜!デュエルアカデミア・オシリスレッド寮監と実技担当の宇里亜先生だよっ!ちっちゃくないもん!もう!」

 

 

 

 ぷりぷりと口を尖らせた女児……いや、宇里亜先生は才賀に対して指差すと怒り心頭の様子で捲し立てる。見た目こそ幼女のそれでしかないとはいえ、仮にも教師に向かって女児扱いと言うのは不敬な行いだったかと彼は慌てるとすぐに謝るが、青筋をピクピクと浮かばせつつ、ため息を吐きながらもういいよと呆れたような口調で告げる。

 

 

 

「まぁもう慣れっこだしー!水着の授業の時でも小学校の時のスク水が未だに着れるくらい幼女体型なのはアタシだって自覚してるしー!もうっ!優等生君!君への第一印象はサイアクなんだからね!?大人だから許すけど!せんせーだから見逃すけど!!」

 

「あぁ……本当にすみません……まさか、学園の教師の方だとは知らなくて……」

 

「ホントだよっ!!まったくっ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒っているのがわかるその態度に才賀は再び謝罪をするのだが、内心いやこの人僕よりも子供っぽくない?と頭によぎったが、それを口にして仕舞えば火に油を注ぐ事になる事は想像出来た為、賢明にも才賀は沈黙を守る。そこらの処世術に関しては流石に優等生といったところか。

 

「取り敢えずせんせーだって分かったでしょ?君と話し合う必要があるからちょっと部屋に来て!お菓子くらいなら奢ってあげるからほら!早くせんせーの後ろからついてきて!わかったよね♡ゆーとーせーくん♪」

 

 有無を言わせない迫力に押される形で才賀は彼女に言われるがまま手を引かれるとそのまま彼女に引きずられていく。何故、彼女は僕のことを優等生君だなんて呼ぶのだろう?などと少し疑問を頭の中に思い浮かべつつ、無抵抗で彼は自身より小柄な教師の先導に従い歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「さぁ入って。散らかってはないと思うけどあんまり部屋のものを勝手に触らないようにね?」

 

 デュエルアカデミアに入学し、初めて教師の自室に招かれた才賀であったが。宇里亜先生の部屋の第一印象は実に女の子らしいという感想を抱いた。

 

 

 可愛らしく、それでいて清潔感の溢れる部屋。机の上に広げられているのはカード関連の書籍類やカードの束が綺麗に整理されている様子。棚に飾られているデッキの数々は、彼女が実技担当教員であることを裏付けるものであった。

 

 同時にファンシーな可愛らしいぬいぐるみなども複数存在しており、教師らしい棚の類さえを除けば彼女の部屋は可愛らしい小物やグッズなどで構成されている事が窺える。だがしかし、そんな彼女でも年頃の女性として最低限必要なものはある訳であり……。

 

 そう、それは女性用の下着。

 

 

 しかも見た目に似合わずアダルティなレースをあしらったものばかりが目につくあたりに何とも言えない気まずさを才賀は感じてしまい、慌てて目を逸らすが宇里亜先生はそんな生徒の様子に気が付かない様子でカップにオレンジジュースを注ぎ、才賀に手渡す。

 

 

「ごめんねー?これしかなかったんだよねー。コーヒーとかはキミの好みに合わないと思って。あ、紅茶もあるけどそっちの方が良かったかなー?一応インスタントのだけど」

 

「いえ、別に構いません。いただきます」

 

「ふぅん。やっぱり優等生君だねぇ、お行儀いいよ。じゃ、遠慮なくどうぞー。あっクッキーもあるから先に食べてね?クロノス先生から貰った温泉饅頭はいいかな?あれちょっと微妙な味だから処分しようかなって思ってたんだけど、よかったら食べるー?」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて頂きます」

 

「きゃは♪良い心掛けナノーネ♪」

 

 

 そう言うと宇里亜先生は笑顔を浮かべて満足気に才賀に勧めると、自身も湯呑みに緑茶を注いで口をつけつつ、彼に取り出した饅頭やクッキーを手渡す。

 

 

 ……こうして見ればごく普通の女子にしか見えないのになぁ。などと才賀は目の前の少女の姿をした教師の姿を見ながらぼんやりと考える。

 

 見た目こそ、背が低く幼さが残っているとはいえ教師なのだからそれなりに年齢を重ねている筈なのにも関わらず、何処か言動は子供っぽいのだ。それが不思議でしょうがないが、それよりも気になる事は自身をなぜ優等生君と読んでいるのか?ということだった。

 

 

 

「あの……先生」

 

 

 才賀が恐る恐るその事を尋ねてみると、はむっとクッキーをハムスターの様に齧っていた宇里亜はもぐもぐと咀噛し終えてから彼の質問に対し首を傾げる。

 

「えっ?だって事実でしょ?あのクロノス先生に入学初日に勝利したのは遊城十代以来の実績だしね♪それに筆記や実技だって常に成績優秀。積極的にこの年齢からプロになれる様にって色々頑張ってるみたいだし君って教員の間だと結構有名人だよ?モチロン良い意味で♪」

 

 

 ニコニコしながら語る宇里亜先生に対して才賀は思わずかぁっと頬を染めて赤面する。余り人から褒められた経験がないのでこういった事に免疫が無いせいなのか照れ隠しの為に手渡されていた饅頭の封を切るとそのまま口に運び精神を落ち着けようとする。

 

 

 ちなみにその温泉饅頭の味は宇里亜先生の言う通り、不味くはないがボソボソとした食感で微妙なものだったらしく眉間に少しだけシワが寄るのだが彼女はそれを見てくすりと笑うのであった。

 

 

「本当、君は良く頑張ってるよ。デッキ構築だって凄く凝っているもの。そのまま腐らずに伸ばしていけばきっと、君ならもっと上に行けるはず。頑張るのも良いけれど、無理は禁物だからね?キミの決闘はちょっと焦りを感じると言うか、程ほどにやっていかないと壊れちゃうから」

 

 優しい笑みで語りかける彼女に、少しだけドキリとするが才賀は慌てて頭を左右に振る。いけない。これはただ単に僕のことを気遣ってくれているだけの事。勘違いをしてはいけないんだ。

 

 そもそも相手は先生なんだよ?とそう自分に言い聞かせるように彼は何度も頭を振る。そして何とか平静を取り戻した後にゆっくりと深呼吸をして心を鎮める。子供っぽい見た目と言動の裏に隠された大人としての一面を見せられ、心が揺れ動く中、もう一度オレンジジュースで渇いた喉を潤していたのだが。

 

 

 

 

 

「だからちょっと残念なんだよねー、なんでそんな優等生君が部屋に女の子を夜な夜な連れ込んでいるのか」

 

 

 

 

 瞬間、彼は口に含んでいたジュースを盛大に噴き出すのであった。

 

 宇里亜先生の突然の発言により吹き出してしまった才賀であったが。咳込むと同時に冷静になり改めて宇里亜の方へと視線を向けると、ニヤリと微笑んではいるが目が笑ってないのが分かり内心ひぃっと声を上げる。

 

 

 

 心当たりはあった、というか心当たりしかないのだ。

 

 

 

 

「昨日さぁ、ちょっとブルー寮に用事があってさぁ帰ろうかなーって思ってたんだけど。なんかシスターみたいな格好の金髪のおねーさんが部屋に消えていくのを見たんだよねー。あれ?こんな生徒いたっけ?って思いながら部屋の前にいけばなんと男子生徒の自室!もうこれってねぇ……」

 

 

 

 宇里亜の言葉を聞き、才賀の背中に冷や汗が流れる。まずい。非常にまずい。微妙な味の温泉饅頭の味は最早全く分からなくなり、代わりに胸中に渦巻く感情に必死に堪えようとしながら震えた唇を開く。

 

 

 

 しかし、宇里亜は才賀の反応など意にも介さずさらに言葉を続けて行き、とうとう核心に迫る一言を放つ。

 

 

 

「もし、勘違いなら悪いけどね?君って……不純異性交遊でもしているんじゃないかなー?」

 

 

 その言葉に才賀は身体を大きく震わせてしまう。それはもう肯定と受け取られてもおかしくない態度であり、にっこりと笑顔を見せる彼女の瞳から光が消えるのを視界に収める。

 

 

「さーて、君がハモンのマスターである事は何となく分かるんだけどさ。それよりあの子とどんな事を普段してるのか洗いざらい先生に吐いちゃおっか♪」

 

「えっ、ハモンって───」

 

 

 何故ハモンの名前を?そもそもハモンは何故宇里亜先生の事を知っているかのだろうと思い尋ねようとしたのだが。

 

 

 

「いいから吐いちゃえ♡出ないと愚鈍の斧で1000回せんせー殴っちゃうぞ♡きゃはっ☆」

 

 ロリコンであればノックアウト確実である純真無垢で明るい笑顔の裏に隠れた『さっさと吐け、このクソガキが♡』と同義の圧を受ければ、洗いざらい罪人のように全てを白状する以外の道は残されていないのであった。

 






・宇里亜

デュエルアカデミア、オシリスレッドの寮監であると同時にクロノス先生と同じく実技担当の新米教員。見た目は10歳の主人公より更に小柄だがこれでも20はとっくの昔に超えている合法褐色ロリせんせー。

 基本的には生徒想いの優しい人なのだが、時にきゃは☆と言いながら悪夢の拷問部屋に叩き込むだの、ワンダーワンドを尻の穴に差し込むなど、物騒な言葉を口にする事も。なお今作では赤いスーツを身につけているが、これは彼女にぴったりなサイズであるデュエルアカデミアの教員用の衣類が存在しなかった為であり、本人も自身の身長が全く成長しなかった事に不満を感じている。

元ネタは遊戯王タッグフォースシリーズに登場する宇里亜ちゃん。最早名前からしてバレバレではあるのだが、彼女にもまた秘密が存在しているようで……




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第十話 常識人な宇里亜せんせー

 デュエルアカデミアでの不純異性交友は言うまでもなく御法度。例えばキスをしている所を見つかれば厳重注意として咎められるのは確実だろうし、キスでさえそのレベルなのだからそれ以上となるとそれこそ退学処分も有り得る行為と言えるだろう。

 

 

 

 決闘者として腕を磨いている彼らはあくまで学生であり、親元から離れた環境で過ごしている生徒がハメを外してしまう可能性は決してゼロではなく。また教師側もそうならないように細心の注意が必要となっている。

 

 だからこそデュエルアカデミアに於いてはSEX=決闘と揶揄されるように恋人達は性的欲求を決闘で昇華させる必要があるのだが、無論生徒達も考えたものでバレなきゃ犯罪じゃないと言わんばかりに隠れて『レッツ⭐︎不純異性交友⭐︎』と励むもの達も無論存在しているのだが、才賀はその辺りの隙は甘過ぎたと言えるだろう。

 

 

 無論彼にとってのハモンはあくまで相棒で恋人では無いのだからそういった意識が薄いせいもあるのだが、それでも完全にアウトだった。

 

 そんなわけで才賀は宇里亜の尋問によりあっさりと口を割ってしまうのだが、それを聞いた宇里亜は思わず絶句した様子であった。

 

 

「うーん……ねぇ優等生君」

 

「はい」

 

「……君、下手な恋人以上の事ハモンにしてるって事まず自覚しよっか?」

 

 

 正座の状態で足の痛みに堪える才賀を見て、この大人しそうな少年が普段からどの様な生活を送っているのか?と言えば、正直に彼はゲロった。それはもうゲロった。

 

 やれハモンは定期的にバニーガールやメイド服でコスプレをして誘惑してくるだとか。やれいつも食事はあーんして貰ってるだとか、やれ一緒にお風呂に入って背中を流して貰ったとか。挙句には夜寝る時はベッドに潜り込んできて手を握って貰ったり、子守唄を歌って貰っていると聞いて宇里亜の顔は引き攣り始める。

 

 

(えぇ……あのハモンが?自分を利用する奴らなんて滅べばいいっ!って言ってたあのハモンが?何そのラブコメ漫画みたいなの!?)

 

 

 誰よりも、耐えようとしていた自分や諦めていた青いのとは違い、誰よりも幻魔である自身を好き放題利用しては力に溺れていた悪人達に凄まじいまでの殺意を抱き、呪詛や怨みを常に口にして世界なんて滅びればいいと言っていた彼女が?

 

 それが今では目の前の少年とSEXとキス以外の事は全てヤると言わんばかりに大胆にアプローチしている事実に驚愕を隠しきれない宇里亜はいっそ彼女をこの場に呼んでやろうか?と一瞬思ったが、目の前でイチャつかれても反応に困るだけだと気が付き自重する事にした。

 

 洗いざらい暴露をし終えた才賀はと言えば、まるで死刑宣告を待つ囚人の如く項垂れた状態で正座をしていた。おそらく彼の脳裏には退学の二文字が大きく浮かんでいるのであろう。

 

 

「ふぅ……とりあえず分かったわ。ハモンのあのバカ……ラビエルと違って何してんだろ?って見守ってたけど何ショタ相手に盛ってるのよぉ…」

 

 

 それだけ、過去の詮索こそしないがハモンが目の前の少年に重い好意、いや愛情を向けるだけの出来事があったのだろうと納得すると氷をたっぷりいれたオレンジジュースを口にする。水で薄まりつつもキンキンに冷えた感覚が喉を通り過ぎて行くと一息つくと、どうしたものか?と頭を悩ませつつ彼女は才賀に話しかけた。

 

「……一応言って置くけど、まず部屋に女の子を連れ込んで同棲するってだけでアウト。一緒にお風呂も、添い寝もスキンシップももちろんアウト。アウトもアウトのロイヤルストレートフラッシュなんだからね!もうっ!」

 

「はい……」

 

 

 反論のしようが無い程に罪を犯した身としては素直に聞き入れる他ない。退学になるのは確定事項だろう。ハモンとの同棲は兎も角、せめて外でいちゃつくのはやめた方が良かったなと後悔の念に苛まれる少年に宇里亜は教師として判決を下す。

 

 

「退学ね……普通は退学だよ。そう、普通ならね」

 

 

「えっ…」

 

 

 目を丸くして驚いた様子の才賀に宇里亜はその小さな身体に見合わない余裕を見せた大人の態度で微笑みを浮かべて言った。

 

 

「確かに不純異性交友でそれだけの事をしてしまえば、君は本来なら退学だよ?でも……生徒手帳を開いて見て?」

 

 彼が生徒手帳を開くと宇里亜はとある項目のある部分を指差す。そこに書かれていた生徒同士の不純異性交友を禁ずるという項目の下に書かれた特記事項と言う部分に目が止まり、彼女は呟く。

 

 

「はぁ……ここって、生徒同士の不純異性交友は禁じてはいるけどそれだけなんだよね……つまり、カードの精霊であるハモンと優等生君をアタシは罰する事は出来ないんだよねぇ……」

 

 

 その瞬間、彼女の一言によりそれまで才賀の中で渦巻いていた疑念が爆発し、目を見開く。それまでは聞き違いだと思っていた、しかし明確にハモンがカードの精霊である事を……三幻魔の一角である事を知る教師の言葉を遮って口を開く。

 

 

「この校則やっぱダメだって。部外者とかせんせーが生徒と恋仲になってしまうケースもあるのに全く!スポンサーの人なんかはそこら辺興味が───」

 

「えっ、えっと……何故、宇里亜先生はハモンがカードの精霊だと?クロノス先生から聞いたんですか?」

 

「えっ?クロノス先生になんか伝えたの!?」

 

 

 

 クロノス先生は他の先生達に何も伝えていなかったのか?ハモンの為に偽造の身分を用意してくれた事は知ってはいるが、どうも教師への連絡は怠っていたらしいと彼は宇里亜に全てを伝える。

 

 

 実際の所、彼女が鎌をかけている可能性もあるのだが、優等生とはいえ未だ10歳である少年がまともな交渉が出来るはずもなく、全てを包み隠さず喋ってしまうのだった。

 

 そんな彼を見つめながらオレンジジュースを一気に飲み干した彼女はグラスを置くと、少しだけ考え込む様にして腕を組み、沈黙の時間が訪れると彼女は口を開いた。

 

 

「あの古代機械狂いはさぁ…!もっと早く言ってよぉ…!せんせー同士で情報伝達をしないわるーい教頭せんせーには後で1000回魔界の足枷でボコボコにするとして……うん、そうだよ。アタシはハモンと友人というか……まぁ、お仲間?かな?」

 

 

 長い前髪を弄りながら苦笑い気味にそう告げると、警戒心を孕んだ瞳でこちらを見つめてくる才賀に笑みを向けると、ゆっくりと口を開き、彼にこれを見て?と自身の右手を見せつける。

 

 次の瞬間、ボッと音を立てて彼女の手のひらから小さな火の玉が現れる。ゆらゆらと揺らめく炎が熱を持つが、それを宇里亜は一切気にもせずに才賀の前に突きつける。

 

 トリックを疑う彼はじっとその火の玉を眺めるが、種も仕掛けも見当たらない。やがておもしろそうな顔で彼女は火の玉を部屋にあったロウソクへと近付けると、あっという間に火が移り部屋の明かりとなる。仮に火を使ったマジックだとしても、こんなに自由自在に火を浮かべて自在に操る事は難しいだろう。

 

 

「ハモンだって雷をバチバチさせてアピールした事くらいあるでしょ?これで信じてくれたら良いんだけど……」

 

 

 その光景を見た才賀は目を丸くして驚いているが、その様子を面白そうに見つめた宇里亜は再び椅子に腰かけると才賀に向かって微笑みを向ける。

 

 

 

「三幻魔……かつてデュエルアカデミアで二度にも渡って生徒達を苦しめた封印から解き放たれた3枚の闇のカード。そのカードの精霊の一人がハモンであり、もう一人の名はラビエル。そして、アタシの本当の名は───」

 

 

 

 ───『神炎皇ウリア』そのカードの精霊が人間に転生した姿だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 次元を巡る異世界での戦いの後に、次元の狭間に捨てられた三幻魔たちの末路はそれぞれ違うものであった。

 

 長い年月をかけて次元の狭間を放浪し、ゴミ捨て場に捨てられて心優しい少年に出会った者。

 

 人の身体に転生し、学生としての日々を過ごしつつも記憶を取り戻した故に人でもなく、デュエルモンスターの精霊達からも爪弾きとされる半端者な自分について悩む者。

 

 

 そして、ラビエルよりも最も早く次元の狭間の漂流から抜け出し。人の身体に転生し、二十年以上、人類社会に馴染もうと努力をしてきた者。

 

 

「それが、人々を苦しめた『神炎皇ウリア』の末路だよ。実際色々と苦労したけど……まぁ君に言うべき事じゃないかな?ごめん、今の言葉は忘れて」

 

 

 明るい様子で先程まで話しかけてきた教師は、一瞬嫌な思い出を蘇らせたような顔をしたがすぐにいつもの陽気な雰囲気に戻ると笑顔を才賀に向けた。しかし、そんな彼女の言葉に少年は疑問を抱いたのか、思わず問いかけてしまった。

 

 

「……いつから、気がついていたんですか?」

 

 

「君とラビエルとのタッグデュエルの所辺りかな?ってその顔だと白瀬ちゃんがラビエルの転生体だと気がついていなかったようだね?」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?えっラビちゃんも幻魔で……えっ…えぇ!?」

 

 

 

 目の前の教師が実はハモンと同じく三幻魔の一角であり、さらに自身の友達であるラビエル使いのラビちゃんまでもが三幻魔の一人であった。あまりの衝撃に動揺を隠しきれないのか何度も口を開閉させ、宇里亜の言葉を飲み込めずにいる才賀。

 

 もはやこの部屋に呼び出された理由すらも忘れる程に混乱の極みにある少年は、頭を抱えながら机の上で項垂れると宇里亜がそんな彼に対して口を開く。

 

 

「あー……ラビエルは君にずっと隠してたのか。ごめん、また後であの子に謝らないと……それはともかくとして、そいっ!」

 

 

 最早脳のキャパシティをオーバーし、半ばパニックになっている才賀に近づくと、彼女達はその小さな手を彼の頭の上に乗せる。優しく頭を撫でていると、彼女の能力の応用なのだろうか?まるでポカポカとした日差しに包まれているかのような感覚を覚えながら、次第に才賀の心は次第に落ち着きを取り戻していく。

 

「……色々と知らない事実をネタバレされて、混乱してるとと思うけどごめんね。既に優等生君が知っているのかな?って前提で話しすぎちゃったかな……大丈夫。教師として、大人として、何よりハモンに優しくしてくれた君をアタシは傷つけない。君の味方だから安心して…ね?」

 

 穏やかな声音で語りかけるように告げると、精神が落ち着いてきたのを確認した後に手を離すと再び椅子へと座りなおす。しばらく黙り込んだ後でゆっくりと息を吐くと、落ち着いた様子でこちらを見つめてくる彼に笑みを浮かべて見せた後で、改めて彼女は話を切り出す。

 

 

「まず一つ、ラビエルに関しては……本当にごめんなさい!!あの子が隠していた事を先に暴露するのはダメだったかな……?彼女が自分の口から、君に幻魔であると言わない限りはこの話は忘れて、今まで通り仲良くして欲しいな。お願いできる?」

 

 

 宇里亜は深々と才賀に向かって頭を下げるとそう頼み込むが、それに対して彼は小さくコクリと首を縦に振ると静かに頷く。

 

 あのラビちゃんが、一般的には不良扱いをされてるが、本当は物静かで、ぶっきらぼうだがとても優しい女の子であるラビちゃんが、ハモンと同じく三幻魔の1人だった。その事実は宇里亜先生が幻魔である事以上の衝撃であったが、彼女がその事を隠している以上詮索する訳にはいかないだろうと判断する。

 

 あくまで才賀にとってラビちゃんは友達だ。例えどんな過去や秘密があってもそれは変わらない。友達が口にしたくはない過去を無闇に詮索すべきではなく、何よりも彼はラビちゃんとの信頼関係を壊したくはなかったのだから。

 

 

「きゃは⭐︎うんうん♪良い子良い子♪じゃあ質問の続きからだね。時間は幾らでもあるから答えてあげるからね?」

 

 

 

 

 その後、才賀は宇里亜に様々な事を聞き続けた。

 

 

 何故?ハモンとラビエルに接触したのか?と言えばまだ接触はしてないと答えてくれた。

 

 

 いつから観察をしていたのか?と聞けば、タッグデュエル以外は定期的に二人に目をつけて気づかれない様に様に観察をしていたと正直に答えてくれた。

 

 

 ハモンと仲がいいのか?と聞けば、幻魔同士は仲良しという程じゃないがずっと一緒に過ごしてきた姉妹の様な関係であり、腐れ縁の様な関係であると答えてくれた。

 

 側から見るとそれは教師と生徒の個人授業の様な光景であっただろう。彼女の説明は分かりやすく、時に冗談を交えながら会話を進めていき、やがてポツリと宇里亜は呟く。

 

 

「……本当に、ハモンの事を大切に思ってるんだね」

 

「当たり前です。僕はハモンのマスターですし……今までずっと、ずっと、苦しみ続けてきたハモンが幸せに生きていけるように僕が出来ることはしたいんです」

 

 

 その瞳は真っ直ぐであり、偽りなど一切感じさせない真剣なものであった。

 

 

(ハモンがちょっと羨ましいかも……もっと早く、アタシも、君見たいな男の子と出会っていれば……)

 

 

 

 宇里亜は一瞬、控えめにいってあまりいい環境では無かった自身の過去やトラウマに想いを馳せつつ静かに目を閉じる。彼は本気でハモンの幸せを願っており、世界を恨んでいたハモンもまた、それだけ幼い彼を信頼して、少しずつ変わっていったのだろうと。

 

 目を閉じれば広がるあり得たかもしれない世界。暗い部屋の片隅で膝を抱えて疼くまる自身に少年が手を差し伸べ、恐る恐る手を取る自分。そして二人は友情を育む中、淡い恋心を抱き始め、結ばれる未来。そんな夢物語を思い浮かべると自然と頬が緩んでしまう 

 

 

(……ふふっ、10歳児相手に何妄想してんだろ……でも、いいなぁ……)

 

 

 同胞であるハモンが掴んだ幸せに、思わず宇里亜は羨望してしまう。教師となり、過去と比べれば満ち溢れた日々を送っているが、それでも拭えない寂しさが時折襲ってくる。全てを委ねたい、全てを曝け出したい。

 

 

 そんな相手が存在するハモンにほんの僅かな嫉妬を感じつつも、『三幻魔』ではなく『大人』として目の前の少年と向き合わなければならないと、自身の頬を叩いて気持ちを切り替える。

 

 ハモンが元気そうの事実は彼女にとっても嬉しいが、ハモンのマスターへの距離感は明らかに異常である。最も世界を憎悪していた彼女だからこそ、その反動で甘々になったのかも知れないが、あくまで二人は男女である事を忘れてはいけないと。

 

 

(ハモンの幸せを願うんなら優等生君も全部受け入れたらダメだよ!ダメな所はダメって言わなければ……もしかすると……)

 

 

 彼女はその想いを伝えるべく、才賀に向かって口を開こうとする。11歳となった少年の横に、お腹を含ませたハモンが困った顔をしているだなんて未来を作り出してはいけないと。あくまでデュエルアカデミア在学中は少しだけ我慢をして貰うしかないと、それがきっと二人の幸せに繋がるのだからと彼女が告げようとした瞬間、

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 突如として、部屋の中に警報音が鳴り響く。

 

 

 けたたましく、けたたましく、けたたましく。

 

 

 耳障りで、不快で、不安を煽るような音は止まらない。

 

 

 まるでそれは、この学園内に何かが起きたと言わんばかりに。同時にパリンと窓にヒビが入り、ガラスが割れる音が鳴り響き、微かに世界が揺れていく。

 

 

 地震としては小規模なものであるが、明らかに異常な現象であった。

 

 

 そして次の瞬間、ドクンっと才賀の中で心臓が大きく跳ね上がる。それは突然の事で何が起こったのか理解出来ないと言うのもあったが、それ以上に彼の頭の中には明らかに自身のものとは別の感情がフラスコからビーカーに溢れる水の様に流れ込んでくる。

 

 

 怒りと羞恥、そして微かな暴力的欲求。様々な感情が混ざり合い、まるで濁流のように才賀の脳内に流れ込む。だが才賀はそれに飲まれる事はなく、逆にそれを冷静に見つめていた。

 

 

 何があったのか?誰に対しての怒りなのか?本来彼はそれを知る術がない。だと言うのにこの不可解な事象の要因を何となく理解してしまう。

 

 

「……ねぇ、優等生君?」

 

 

 窓ガラスに更にヒビが入り、カタカタと地面が揺れる中で宇里亜は溜息混じりに才賀に声をかける、ウンザリと呆れた表情を浮かべながら。

 

 

「お説教はまた今度ね!それとキミには二つ選択肢が用意されてるわ」

 

 

 宇里亜は先程までの言葉が、出来事が全て頭から吹き飛ぶ程に真剣に才賀を見据える。それは教師としての責務を果たす為でもあったが、同時に値踏みをするような眼差しを向けている。

 

 

「一つはちょっとヤバい事が起きそうだから地下シェルターに逃げる選択肢……教師としては勿論こっちを選択して欲しいけど……無理よね?」

 

 

 宇里亜の問い掛けに対し、才賀は首を縦にも横にも振らずにただ黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。既に部屋の外では避難を促すアナウンスが流れており、生徒達の声や悲鳴までもが聞こえてくる。

 

 

「僕はハモンのマスターですから。それで先生。二つ目の選択肢は?」

 

 

 デュエルディスクを構えつつ彼はサイドデッキからカードを数枚取り出すとデッキの上から一枚ずつ確認してかは上に乗せていく。こんな状況だと言うのにヤケに慣れている……いや、まるで予想していたかの様な動きに宇里亜は一瞬疑問に思うが、今は緊急事態だ。

 

 正直に言えば生徒を巻き込む事は避けたい。だが、彼は覚悟を決めており、どうしようもない程に真っ直ぐで強い意志が宿っている。恐らく彼はいついかなる時と備えを忘れていなかったのであろう。幻魔の、降雷皇ハモンのマスターとして10歳とは思えぬ程の貫禄と風格が備わっていた。

 

 

(全く……こんなに覚悟決めてくれるマスターを心配させるってあのバカ!バカバカバカ!!後でワンダー・ワンドで1000回叩いてからお仕置きタイムなんだから!)

 

 宇里亜は心の底からハモン『達』に怒りを覚えながらも才賀に向かって笑みを向ける。

 

 

 可愛い生徒がここまで覚悟を決めてくれたのだ。ならばもう自分も覚悟を決めるしかないと、自分の命を懸けて彼を護ると。

 

 

 

「そう、ね。じゃあアタシについて来て!」

 

 

 

 ────大喧嘩してるであろう、ハモンとラビエルを止めるために。

 

 





Q三幻魔の性格は?

A基本的には

ハモン
マスター大好き♡常にマスターの事しか考えてない♡それ以外は最も幻魔の中で自身を利用する者達に深い憎悪と殺意を抱いていたが、マスターとの触れ合いの中でそれらの感情は薄れていった。ラビエル曰く五月蝿い女。

ラビエル
基本的には大人しいが口と態度が悪くて不良枠。若干喧嘩っ早く脳筋な節がある。人間達に馴染もうと努力はしているが、自身のアイデンティティに悩み中。他の幻魔達からの評価は自身が常識人であると勝手に思ってる脳筋。後に天界蹂躙拳で温泉を引き当てるとか当てないとか。

ウリア
最も早くこの世界に転生したらしく人としての人生経験はラビエルより多め。だが色々と苦労して来たが為にタッグフォースで登場するウリアちゃんと比べると少し落ち着いた性格に。元々は一番天然な性格だったらしく、ハモンとラビエルからはアホの子扱いされてる節がある。


Q 宇里亜先生の事はバレてないの?

Aクロノス先生も含めて誰にもバレておらず、ラビエルと同じく宇里亜もウリアデッキを使いこなすが、オリジナルのウリアは絶対使わないと言わんばかりにデッキから外していた。ちなみにクロノス先生が倒された時は別の用があったらしく、タッグ試合で始めてハモンとラビエルの存在に感づいた宇里亜先生であった。

Qハモンって偽装とはいえ学生の身分もあるし退学の危険性があるのでは?

A 宇里亜先生もそのことを指摘しようとした途端にラビエルとハモンが大喧嘩をしたので保留に。少なくともウリア先生の指摘以降イチャつくのも落ち着くでしょう。

Qクロノス先生は?

A奴さんぶっ倒れてシェルターに運ばれたよ




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第十一話 三幻魔の怒り。そして……

 

 

 地面が揺れ、窓ガラスにヒビが入り、警報音が鳴り響く。生徒達はシェルターに不安を抱きつつも急いでその中へと逃げ込み、教師とマスターとしての責務を果たすために。二人の小柄な人影は廊下を走りぬける。そんな

 

 

 そんな異常事態を引き起こした火種は余りにも単純なもの。しかし導火線についた火は時間と共にどんどん広がっていく。事の発端はつい数十分前まで遡る。

 

 

 白瀬美兎。オベリスクブルー初等部にて優秀な成績で入学を行うも、その見た目とは似つかわない不良の様な言動から周囲との関係構築を拒絶した三幻魔の一角たるラビエルの転生体の少女はカバンにいくつかの本を詰め込み唯一の友人である才賀の元に向かっていた。

 

 正確には彼女は少年との関係を腐れ縁、向こうから一方的に話しかけてくるだけと友人である事を公言するのは間違いなく拒絶するだろうとはいえ、周囲からは不良少女の唯一の友人。もしくは哀れなパシリだと才賀が思われているのは事実であるのだがそんな事など露知らずに彼女は舌打ちをしながら廊下を歩いていく。

 

 

「ったく…あのバカ。せっかく本を用意してやったのによ…」

 

 

 長いポニーテールを揺らしつつ、彼女はぶつくさと文句を口ずさむ。自身の極めて特殊な出自だけではなく本人の気質的にも面倒だから周囲との関係構築を拒絶しているラビエルであるが、同時に彼女は読書家であり所謂本の虫であった。

 

 

 故に暇さえあれば図書室に入り浸り本を読んでいるのだが、ある日偶然読んでいた本がどうやら才賀の興味を煽るものだったらしく、読み終えれば是非貸して欲しいと彼女に頼み込んでいたのだ。

 

 だからこそ彼女も放課後に彼に本を渡そうとしたのだが、いつも彼が通る道でいくら待っても彼の姿は見えない。実際に才賀は、宇里亜により部屋に呼び出されているが為に入れ違ったのが原因ではあるが、明日渡すのも面倒だとラビエルは痺れを切らして彼の部屋に向かう事を決意したのであった。

 

 

「そういや、アイツの部屋に行くのはこれが初めてか…」

 

 

 いつもは教室や図書室にて休暇を除けば毎日のように顔を突き合わせている少年の部屋に行く事は彼女がこれが初めてだ。義理とはいえ自身を育ててくれた父親を除けば異性の部屋に訪れるという行為に若干の緊張と期待を抱く。

 

 とは言え、彼女の中で才賀は男ではなくただのクラスメイトだ。それも子供である10歳児同士が部屋を行き来するなんてやましい事でも、珍しいものでもなく、なにより自身は人間ではなく精霊界や人間界にて恐れられている幻魔の転生体なのだからと一瞬浮かんだ緊張感を首を横にふって吹き飛ばす。

 

 

 恋愛感情を抱いている訳でもなければ、そもそも才賀が自分を女として見ていない事は彼女自身が一番理解している。そう、緊張する必要なんて何一つない。 だと言うのに何故か、もどかしい気持ちを抱えながらラビエルは才賀の部屋の前に到着すると、扉越しにノックをするが返事はない。

 

(ちっ……留守か?ってあのバカ鍵かけてねぇのかよ……)

 

 

 普段から不用心な才賀に呆れると同時に彼女は扉を開けて部屋の中に入る。そこで見た光景は、

 

 

 

 

 

「はーい❤️マスター❤️お帰りなさ…」

 

 

 

 

 ハモンがいた。

 

 

 ラビエルと同じく三幻魔である降雷皇ハモンがそこにはいた。

 

 

 そんな彼女が自身のマスターであるあの少年への好意を爆発させながら下着一つ身につけないバスローブ姿で、それはもう媚びっ媚びの甘い声を出しつつベッドの上で待ち構えていたのだ。

 

 一瞬の沈黙はまさに世界そのものが沈黙したと錯覚させる程に長く感じられる。媚びた表情のまま豊満な胸を寄せ上げ、明らかに手慣れている様子で媚びていたハモンの姿にラビエルは思わず固まってしまう。

 

 

 一方のハモンはと言うと、完全に硬直していた。媚びた表情のままマスターではなく知人。それも人間に例えるのなら姉妹だとかそういった関係であろう少女に見られた事でハモンは全身の血の気が引いていく感覚を覚える。

 

 

「おっ…おま……!!」

 

 

「……見なかった事にしませんか?ラビエル?」

 

 

 

 ふぅと何事もなかったかの様に、ハモンは明らかな作り笑いを浮かべると何事もなかったかの様にニコニコと笑みを見せる。しかし、それで誤魔化す事ができる程にラビエルは甘くはない訳で。

 

 

 

 

「何やってんだぁ!?この痴女がぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 あの時程、オベリスクブルーの部屋の壁が防音仕様である事に感謝する日はなかったですと後にハモンはマスターにそう語るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから後の事は語るまでもないだろう。当初はハモンがラビエルを宥めようとするも、普段から自身のマスターとどの様な行為に及んでいるのかを知ったラビエルは自身の覇気を手に秘めながら痴女だのなんだのと罵声を浴びせさせ、平気な顔をしていたハモンも。

 

 

「全く……しつこいですね。別に貴方はマスターの彼女でも何でもないでしょうに」

 

 

 

 その一言でついにブチ切れたラビエルは、もはやデュエルモンスターズすら介さずに己の拳のみでハモンを叩き潰そうと襲い掛かり、それに対してハモンもまたカードに頼らずに自らの力だけで迎え撃つ。

 

 

 

「血の気の多さは幻魔一ですね。まぁ私はマスターといっつもイチャイチャしてますけどね。毎日とってもあの方は優しくしてくださって…♡いっつも二人でお風呂に入って……♡ふふっ♡今朝なんて寝ぼけて私の胸を…♡あの時のマスターは本当に可愛かったんですよぉ……♡」

 

 

 

「テメェ……!マジぶっ殺す……!」

 

 

 

 互いに全力全開の力を込めての殴り合い。肉体言語による会話を行いつつもハモンは余裕綽々だ。ラビエル自身も何故ハモンにこれ程までに顔を真っ赤にして激怒しているのか本人にすら理解出来ず、それでも覇気を纏った拳をぶつけようと試みる。

 

 

「はぁ!?あたしだって毎日アイツと隣の席に座って授業受けて休み時間は一緒に過ごしとるわ!!なんなら平日はテメェより一緒にいる時間は長いだろうなぁ!ああん!?」

 

「はぁ?なんですってぇ……!?」

 

 

 それまで淡々と怒りのままに振り下ろされていた拳を避け続けながら煽っていたハモンはその一言で一瞬で激昂すると全身に電気をバチバチと走らせつつ決して自身のマスターの前ではしないであろう顔つきになると、ラビエル同様に手に雷撃を纏わせる。

 

 

 ラビエルにとっては何気ない言動であった様だが、内心この大人びた姿故に、留学生の地位を会得しても当然マスターと共に同じクラスで過ごす事は許されずに、内心その事をかなり気にしていたのだ。正にハモンの感情の万能地雷グレイモアを的確に踏み潰したラビエルにハモンも容赦はしないとばかりに攻撃の手を強める。

 

 

 

「貴女こそマスターと一緒の時間が多いとか言っていますが、それならマスターと一緒にお風呂に入った事はあるんですか!?ありませんよね?そんな事したらマスターの大切な○○ん○んが汚れてしまいますからねぇ!?」

 

 

「10歳児相手に何を想像しているんだよお前はよぉ!!」

 

 

 

 互いの力を込められた拳がぶつかり合う。その衝撃で周囲の家具や窓ガラスは闘気だけでヒビが入り、天井からは埃が落ちてくる始末。人間の姿をしていたとしてもその力は微塵も弱体化しておらず、寧ろ穏やかな海が荒れ狂う程の大嵐の如く激しい争いを繰り広げる二人に、遂には部屋全体が軋み始める。

 

 

 それは数十年前、影丸理事長が彼女達を召喚した時のそれより遥かに酷い状況と言えるだろう。痴情のもつれになる本格的な幻魔達のぶつかり合いは下手をするとこのデュエルアカデミアを崩壊させかねない程に苛烈を極めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでよ!!」

 

「ハモン!ラビちゃん!?」

 

 

 雷撃と覇気を纏った拳をぶつかり合うこと数刻。やがて違反に気がついたハモンのマスターである少年、才賀と三幻魔最後の一人であるウリアは目の前の惨状に頬を引きつかせる。部屋の中の物は衝撃によって散乱しており、窓ガラスはこの部屋どころかこのフロアにある物全て割れている有様だ。

 

 

 そして何よりも恐ろしい事に、頭に血が登った二人は完全に周りの方などお構いなく拳の応酬を止める気配がない。互いに殺すつもりはなく、あくまで「ワカらせる為」の力と力のぶつかり合い。だが一発でも相手にクリーンヒットすれば骨の数本は砕けるであろう一撃を放ち続ける二人の少女の姿に流石のウリアも止めに入るしかなかった。

 

 

「一体何があったの!?」

 

「「コイツが悪い!」」

 

 

 しかし、ハモンとラビエルは揃ってお互いを指差すと即座に責任の擦り付けを行う。

 

 

「元はと言えば貴女のせいでしょう!?」

 

 

「はぁ!?先に挑発してきたのはテメェだろ!?」

 

 

 バチバチと全身に電気を纏わせるハモンと闘気を纏わせたラビエルは互いを睨むと再び殴り合おうとするも、今度は間に割って入ったウリアは二人の拳を手首を掴む事で必死になって止めて見せる。その姿を見て才賀は例え小柄であっても彼女もまた三幻魔の一角である事を思い出すのであった。

 

 

 

「落ち着いて!とにかく冷静になりなさい!」

 

「ぐっ……!離してくださいウリア……!」

 

「……チッ」

 

「……いい加減にしなさい!」

 

 

 どうにか落ち着かせようとするも、ハモンとラビエルは一向に引く様子はない。そこで業を煮やしたウリアは手首を掴む力を更に強めると、そのまま二人の腕を捻って関節技を決め込む。全身に駆け巡る痛みと手から放たれる熱さに苦痛にハモンとラビエルは悲鳴を上げる。

 

 

「痛っ……!」

 

「いっ!?」

 

「あのさぁ!?アンタら何ヤってんのよ!?ここアカデミアなんだよ!?もし二人が暴れたら!一人でも生徒の子に怪我でもさせたらここにいられなくなるんだよ!?」

 

 

 幻魔としてではなく教師として。最も早くこの世界に転生し、人として生きていく事を決めた彼女は馬鹿な真似をしようとする同胞二人に説教をする。幻魔は過去に利用され、その力で人々を苦しめた。だがもし自身の意思で人を傷つけてしまえばそれは過去に罪を犯した罪人達と変わらない。

 

 寧ろ自身の意思で人々を苦しめてしまえばもはや最後の一線を容易く超えてしまうだろう。もしそうなれば……この世界で彼女達が生きていく事は許されない。ありとあらゆる障害が三幻魔を正義の名のもとに排除しようとする事は明白なのだから。

 

 この世界は精霊界の様な弱肉強食の世界ではなく、常識やルールが存在しそれに従って生きる事を強要される場所。故に一度過ちを犯せば、それがたとえ故意ではないにしろ、幻魔という存在は二度と人の社会に溶け込めない。あくまで自分達は異物である事を痛感していたウリアは二人に対して警告する。

 

 

 自分達はバケモノであってはいけないと、人間社会に溶け込む為には幻魔である事を隠し通し、決して人を傷つけてはいけないと。そして、私利私欲ではなく心から幻魔の事を大切にしてくれている一人の少年の事を思い出せと。

 

 これがいつもの冷静なハモンとラビエルであれば、頭に血が登っていない二人であればその言葉の意味を理解してくれる筈だった。もしくは決闘者として決闘で決着をつけるという道も存在しただろう。

 

 しかし不幸であったのはハモンはカードの精霊でありながら決闘には左程興味を持たずにアカデミアから与えられたサンプルデッキとデュエルディスクを物置に押し込んでいた事、二人が闘争本能が昂り冷静になる為にはもう少し時間が必要だった事。

 

 

「わかりましたから、ラビエルに一発かませば満足ですし貴方は少し黙って見ていてください。小さい体でちょろちょろ妨害されると邪魔なんですよウリア!」

 

「そうだぞこのチビ!!テメェは黙って引っ込んでいろ!!」

 

 

 

 そして、ハモンとラビエルの二人は互いの顔を見合わせると「お前がどけ」「いや貴女こそ」と再び喧嘩を始めようとする。だがその瞬間ウリアの周囲にメラメラと燃える炎がオーラの様に浮かび上がる。

 

 

「そう、わかったわ……。ならもういいよ……」

 

 

 ウリアの瞳孔が大きく開くと同時に彼女の周囲の空気が変わる。まるで空間そのものが歪んだかの様に、彼女の周囲からは陽炎が発生し、その光景を見た才賀はゴクリと息を飲み絶句する。

 

 彼女は笑っていた。しかしその笑顔は普段浮かべるような穏やかなものではなく、怒りと殺意が込められた獰猛な微笑み。後ろから漏れ出た炎はやがて赤色の龍の形へと変わり、彼女を守る様に宙を舞うその姿はまさに彼女が例え小柄であっても三幻魔の一角である事を示しているだろう。

 

 ハモンにとっての心の地雷がマスターと学園生活を送ることが出来ない事ならば、宇里亜にとっての地雷はその身長だ。20歳を超えても小学生並の身長しかない彼女はその事を強く気にしており、何も知らないで小学生扱いをしてくる輩には免許証を見せて証明する羽目になっていた。

 

 そんな時にハモンだけでは無く、肉体年齢が10歳であるのに自身よりも頭一つは身長に差があるラビエルにすらチビと罵られる。これは彼女にしてみれば我慢ならない出来事であり、ウリアは怒りのボルテージを上げていく。

 

 

「もう、わかったよ……優等生君ちょっと下がっていてね。このアホ二人は火炎地獄で1000回焼いてあげないと話が通じないらしいから…!」

 

 

 バチバチと電撃を周囲に轟かせるハモン。

 

 

 圧倒的な闘気で窓にヒビをつけながら睨みつけるラビエルは。

 

 そして、メラメラと熱気を放つウリアは正に一触即発。全ての幻魔がこの部屋に集い、共通の想いを胸に秘める。

 

 

 さっさと切り上げなければならないのは理解した。しかし、この馬鹿共に一発入れなければ気が済まない。

 

 

 ハモンとラビエル、二人の幻魔は視線をぶつけ合うと互いに構えを取り、ウリアとまたここが才賀の自室である事を忘れて次の瞬間に動き出そうとしていた。

 

 

 

(こ、こんな時…こんな時先生が言ってたのは!!)

 

 

こんな状態でも気絶や逃げ出す事もせずに三人を止めようと足掻く才賀はある意味では大物だろう。焦った様子でデュエルディスクを展開させるとあらかじめ用意をしていたカードを3枚発動させる。

 

 

 それは直前にウリアが……教師である宇里亜が冷静であった時に、万が一の手段として彼に伝えていた対象法の一つであった。

 

『いい優等生君?アタシ達はこうして受肉はしてるけどカードの精霊。つまりデュエルディスクから放たれる効果には嫌でも受けてしまうし抵抗できないの。例えば今アタシに『洗脳-ブレインコントロール-』を使えば短期間だけど無抵抗に洗脳されちゃうし、『サンダーボルト』を喰らえば死にはしないけど激痛で一時的に動けなくなるわ』

 

 

 ラビエルよりも何年も前にこの世界で生きてきた彼女は自身の身体で何ができるのか、もしくは何をされれば過去に自分達を悪用した決闘者達に好き放題されないのかという事への研究に余念がなかった様子だ。

 

 

『だからアタシのデュエルディスクには常に『マジックジャマー』や『洗脳解除』、『盗賊の七つ道具』と言ったカードが入って、不意打ち気味に悪意ある相手に発動されても無効化できる様にはしてるわ。という事で貴方にはこのカードを先に渡しとく』

 

 

 廊下を走りながら彼女は懐から3枚のカードを受け渡す。

 

 

『自分に使って色々と大変なことになったし、多分このカードならハモン達を止められると思う……もしも先生があの二人を止められなかった時はこのカードを容赦なく発動してよね!残り一つは予備として渡しとくから!』

 

『だ、大丈夫なんですか?このカード罠っぽいですけど幻魔に罠カードは通用しないんじゃ…』

 

『普段はね。そりゃ巨大化して幻魔の姿になれば通用はしないけど今の先生みたいに人間体なら通用するから!でも悪用は禁止だからね!合図があるか、先生が倒れたりした時は躊躇なく使ってね!』

 

 

 

 

 

 

 結果的にはウリアが激怒してしまい合図を送る暇もなく彼女は目メラメラと炎を纏い始めたのだが、それでも彼女の残したこのカードは才賀にとって切り札となり得るものであった。

 

 

「そ、それじゃあ行くよ……!三人ともこれで落ち着いて!お願いだから!」

 

 

 才賀は意を決すると3枚のカードを一斉に発動する。その瞬間、ウリアの周囲に渦巻いていた炎、ラビエルの周囲の闘気、ハモンの電撃が一斉にその姿を消失させ、室内は一瞬にして静寂に包まれる。

 

 

 その光景を見て才賀は安堵の息を漏らす。揺れていた地面やカタカタと音を鳴らしていた窓もようやく落ち着きを取り戻し、才賀の額からは汗が流れ落ちる。ある意味ではかのダークネス事件以来となる大惨事を未然に防ぐ事が出来た。

 

 

 後は三人の頭を冷やせば問題は全て解決だろう。後始末の為に化け物が現れたがそれをデュエルで元の世界に放逐したとでもカバーストーリーを構築すれば全てが元に戻る。最悪の事態を未然に防ぐ事が出来たと才賀は確信したのだが……。

 

 

 

 

「あっ…ちょ、優等生君…♡、だ、き、キツいからやめなさい…!わ、悪かったから…!はーっ…はっ♡…あっ!ちょっ…優等生君!こんな事ダメだよ!退学しちゃうよ!?」

 

 

 

 ウリアはその身を拘束されて、褐色のヘソ周りが性的に露になっている。ハモンとラビエルとまた同じで何かに拘束され、ハモンは胸辺りを、ラビエルは臀部を強制的に縛られて強調されるような体勢にさせられていた。

 

 

「ま、マスター♡だ、ダメです…うぅ…おっぱいが、おっぱいが締め付けられ…んんっ…!」

 

「あっ!?おいてめっ…マジで殺…!今すぐやめっんおっ♡!?」

 

 

 どこか淫靡な声を上げる三人の姿を見て、才賀も股間がムズムズしてしまう。あくまで不可抗力、これは宇里亜が非常時に使えと言っていたカードであり彼に卑猥な意図はなかった。

 

 

 それでもハモンによって精通に既に導かれている幼い少年にとって目の前で『鎖』によって拘束され、乱れている姿は思春期になりかけの少年の性欲を刺激するには十分過ぎた。

 

 彼が発動したカードは『デモンズ・チェーン』強制的に対象のモンスターの攻撃と効果を永続的に封じることができる強力な永続罠カードだ。痛みを与える事もなく暴走した幻魔を取り押さえる事が出来るこのカードを宇里亜が予備も含めて3枚渡していた事は結果的に功を奏した。

 

 しかし、どうもこの『デモンズ・チェーン』は相手の効果を強制的に無効化する為に、キツく縛っているのではなく相手の力を発揮させない為の鎖であり。その為にこの鎖で縛られている最中は行動を抑制するが為に強制的に快楽を与えてしまう効果があるようだ。

 

 

 現にハモンは胸の部分をギチギチに縛り上げられて、先端部分が勃起したバスローブ越しに乳首の形が浮かび上がっている。その度に彼女は甘い吐息を漏らし、表情もトロンとしており頬も赤く染まっている。ラビエルもまた幼い割にかなり大きめの臀部を強調するように『鎖』が食い込んでおり、お尻の割れ目がくっきりと見えてしまっている。

 

 ウリアも例外ではなく、『鎖』による緊縛に加えて、先程からずっと身体を震わせており、明らかに快感に悶えていた。本来であれば予めデュエルディスクに仕込んでいるカードによって無効化されるはずの『鎖』も二人を止める為に運悪く『盗賊の七つ道具』を抜いていたが為に発動出来ず、結果として彼女達はただひたすらに『鎖』の効力を受け続ける事しかできなかった。

 

 

 

「ご、ごご、ごめん!?まさかこうなるって思わなくて!?」

 

 

 思い切り狼狽した様子で才賀は謝り始める。しかし、彼は遅すぎた。もしも彼が謝罪をする前にデュエルディスクの電源を切っていればここで物語は終わり、平穏な毎日が戻ってきたであろう。しかし、偶然にも彼が少しの時間ためらってしまった結果、卑猥な格好で縛られている三幻魔の少女達は体に眩い光に包まれていく。

 

 

「えっ…?」

 

「「「あっ……これは……」」」

 

 

 呆気を取られる才賀を他所に三人の体から放たれた光は収束していく。全てを理解した三幻魔達は久しぶりの感覚に身を委ねつつ、深い反省と後悔に包まれる。これから起こる事は間違いなく大惨事になる。それは自分達が一番良く知っている事だ。

 

 

「マスター…本当に、本当に申し訳ございません…!」

 

 

 やがてハモンは鎖に縛られつつも才賀に頭を下げながら謝罪する。その瞳からは大粒の涙が流れ落ち、頬を伝う。後悔してももう遅い、だが一時の感情に身を委ねた結果こんな事になるなんて。忠誠を捧げるマスターを傷つけかねない事象を予測した彼女は深く恥じ入る。

 

 

 

「あぁ……クソッ……マジ最悪……。やっちまったよ……。ははっ……何やってんだあたし…」

 

 

 

 一方、ラビエルはというと、全身から力が抜けたのかその場に座り込み、虚ろな笑みを浮かべている。ウリアも同様にその場で力を抜けば、ハモンに代わって彼に忠告する。

 

 

「ごめんね、優等生君……出来る限り君達を傷つけない様にこっちも頑張るけど…出来れば今すぐ逃げて。そしてアカデミアの卒業生の実力者を呼んで欲しいかなぁ…はぁ…もう教師失格だな、せんせー…」

 

「えっ、えっ!?何が起きるんですか!?」

 

 

「それは『我がこの世界に召喚されるという事だ』

 

 

 ウリアの言葉を遮る様にして、空間全体に響く様な声が響き渡る。同時に最賀の目の前には巨大な魔法陣が展開されていく。

 

 

「先生!?ラビちゃん!?ハモン…ハモン!!!」

 

 

 決死の覚悟で才賀は拘束された三人の元へ駆け寄るが、次の瞬間には彼の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

 暗闇の中で目を覚ました才賀は自分がどこにいるか分からない状況で、とりあえず身動きが取れない状態で周囲を見渡す。目を開けても目を閉じても視界は暗闇に包まれる。もしやこれが死後の世界では?と一瞬怖い想像をしてしまったが、それは顔面を覆う柔らかな感触によって否定される。

 

 

 どうやら才賀は、うつ伏せの状態で寝そべっているようだ。柔らかい何かに顔を埋めて、背中には暖かい人肌の温もりを感じる。一体自分はどうなったのだろうか?そんな疑問を抱きながらも、声を上げようとすると聞いた事もない女性の声が耳に届く。

 

 

『ようやく目覚めたか…全く、脆弱な人間風情がよくも我を呼び出したものだ……いや?今回は偶然かな?』

 

 

 聞き覚えのない、それでいて威厳に満ちた声色をした女性の言葉を耳に入れると同時に、自分の置かれている状況を把握すべく意識を覚醒させる。現在自分は声の主に膝枕をされている状態であり、慌てて身を起こそうとするが抑えられている為か動けなかった。

 

 

「そ、そうだ!?ハモンは!?ハモン達はどこに!?」

 

『落ち着け人間。我が存在する限りハモンは無事だ。全く我の膝乳枕が不満なのか?その体勢でいいからよく聞け』

 

 尊大で威厳のある口調ではあるが、不思議と不快感はなく、むしろ聞いてて心地よいぐらいであった。しかし、それよりも気になったのは『我が存在する限り』という言葉である。まるで彼女達は既にいないかのような言い回しに、才賀は不安を覚えるがそんな少年に気怠げな声で説明を行う。

 

『現在ハモン、ウリア、ラビエルの3人は我に取り込まれている。幻魔同士がその力を奮い、デュエルエナジーが無尽蔵に溜まってしまい。そして、あの鎖によって密着された状態となり、偶然にも発動条件を満たしてしまったようだな。全く……とある人間は決闘者同士のデュエルによってエネルギーを貯めていたが、こうして幻魔同士を昂らせあった方が手っ取り早かったとは皮肉なものか…』

 

 

 

 乳枕によって隠された才賀の頭をゆっくりと抜け出させると、そこには一人の美少女が存在していた。

 

 褐色の肌は艶めかしさを醸し出し、黒髪のロングヘアーを腰まで伸ばし、胸元は豊満な谷間を晒しており、お尻は安産型で肉付きの良い太ももが露わになっており、黒い下着がチラリと見える。その極上の肉体の持ち主はよく見れば才賀と年齢がさほど変わらない小学生の容姿をしていた。

 

 極上の乳肉で顔を隠され、子供離れしているムチムチとした太ももを後頭部に押し当てられた彼は呆然としつつも、その身体の虜になっていなかったのは間違いなく幻魔達の行方を気にしていたからだろう。何よりも目の前の少女は……何処か3人の雰囲気をそれぞれ感じさせるものであったのだ。

 

「貴方は…いったい…」

 

『怯える事はない……矮小たる人間よ。とはいえその様子では話に集中も出来ぬか…くくっ、我の中でハモンが必死に身体の制御を取り戻そうとしているのも理解出来る。さて、それでは自己紹介も兼ねて戯れと参ろうか…』

 

 

 

 どこまでも尊大に、どこまでも不敵な態度で少女は告げると、自らの名を高らかに宣言する。

 

 

『我の名は混沌幻魔アーミタイル……三幻魔の融合体であり、幾度となく世界を滅ぼしかけた邪悪なる闇の集合体よ』

 

 

 

 地上に放たれる時、世界は魔に包まれ、混沌が全てを覆い、人々に巣食う闇が解放され、やがて世界は破滅し、無へと帰する。

 

 

 虚無を司る力の化身が今ここに、デュエルアカデミアに降臨したのであった。

 

 






Q幻魔の皆さん喧嘩っ早くない?

Aハモンはマスターが大好きですが根っこはかなり苛烈な性格。ラビエルは頭に完全に血が上っていますが基本脳筋。そしてウリアは心の中の地雷を思い切り踏まれた結果、三幻魔は争う事に。これでも力をセーブしているとはいえ本気でぶつかり合えば巻き込まれたマスターは最悪死んでいました。

Qアーミタイルの出現条件

A三幻魔が共通の思考となり、デュエルエナジーが溜まり、何よりも密着するという事がアーミタイルの出現条件ですが短期間の内に本来では滅多に揃う事もない三つの条件が固まってしまった結果アーミタイルは顕現する事に。

Qアーミタイルの見た目

Aウリアちゃんの背を少し伸ばして黒髪爆乳ポニテにしてデカ尻にしたような雰囲気。スタイル関しては完全にハモンを引き継いでいますが尻に関してはラビエルの面影も。ラビちゃんのデカ尻設定が殆ど書かれていませんのでいずれは書きたいです。

Qデュエルは?

A確実にあと一回はするので安心して下さい。最も一つだけ言えるのはハモンは完全にマスターの下僕である事を望んでいるが為にデュエルする可能性は今の所はありませんが。


Qデモンズチェーンってなんなの?

Aこのお話の元ネタとなって原作ダイスがデモンズチェーンが無効化=快楽攻めによる無力化という事になっており、その結果三幻魔は才賀の前で痴態を晒す事になるのでした。しかし、冷静に考えればこの理論では創世神だろうが古代機械だろうが捕食植物だろうがデモチェを喰らえば凄い絵面になりそうです。


次回はそんなアーミタイルとの会話。果たしてアーミタイルはハモンのマスターである少年に何を望むのか……


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第十二話 眩しい光



 次回予告と少し違った形となり申し訳ございません……おかしい10話くらいで終わる予定がどんどん伸びていく……








 

 

 落ちていく。

 

 暗く、何も見えない暗黒の底に落ちていく。

 

 

(久々の感覚だなぁ……はぁ……)

 

 

 ウリアはその感覚に抵抗を一切せずに身を委ねていた。人としてこの世に生を受けて二十数年、半端者なりに人類社会に馴染もうと努力はしていたものの、この感覚に全く焦りもしない自身を客観視すれば何処までも自分はバケモノなのだと自覚させられる。

 

 

 ただの人間ならば泣き叫び、未知の感覚に正気度が削られていくのかもしれないが、ウリアは違った。

 

 

 そもそも彼女はデュエルモンスターズ世界における精霊、人間達から見ればカードの精霊と呼ばれる存在であり、本来は人智を予想を超えた存在である。今でこそ人の姿形をしているが、幻魔という存在は精霊界の中でも悪逆非道と恐れられ、何度も正義の味方によって討伐されてきた外道中の外道を絵に描いたような存在であった。

 

 

 それは人類社会に顕現したとしても変わらず、存在そのものが、生まれてきた事が間違いである世界の破滅スイッチのようなものであった。

 

 

 そんな彼女が何故こうして自我を保ち、人の形を保っているのか?それは本人すらも分からない。あの精霊界での迷惑千万な愛憎渦巻く狂想曲に巻き込まれた三幻魔達は、愛し合うあの二人の眼中にすらなく最後は次元の狭間にポイ捨てされ、目が覚めれば人間の子供として新たな生を受けていたのだ。

 

 

(ラビエルは無関係の子供に憑依してその子に成り変わったんじゃないか?なんて親御さんとの関係も拒絶するようになったんだ……)

 

 真っ暗闇の中、ウリアの頭の中には記憶が流れ込んでいく。拒絶しようにも無理やりホースから流水の様に、流れてくる記憶の奔流は同じ三幻魔であるラビエルの記憶。恐らくラビエルもまた自分の記憶を無理やり流されて、嫌なものを見ているのかも?と思えば、後で謝罪した方がいいかも?と嘆息したくなる。

 

(まっ……もう一度ラビエルと再会出来るかどうかも分からないんだけどね)

 

 自嘲気味にウリアは皮肉な笑みを浮かべ、無理やり流れ込んでくるラビエルの記憶を閲覧していく。どれだけ拒絶しても三幻魔として精神が無理やり統合された現在はそれを防ぐ術はなく、嫌でもラビエルの記憶を知ってしまった。

 

 

 捨て子である事を知らずに両親に愛される少女、白瀬美兎。両親は彼女に惜しみない愛情を注ぎ、幸せな家庭を築いていた。

 

 

 だが美兎は自身の存在に違和感を感じていた。力を少し込めれば地面が砕け、思い切り手を握ればパイプが紙細工のように潰れてしまう。幼いながらもその力で人を傷つけて仕舞えば、取り返しの付かない事になると理解していたのだ。

 

 

 だからこそ、その力を隠し、必死になって周りにニコニコと愛想よく振る舞い、両親に心配をかけまいと努力する少女。その健気な振る舞いに幸いにも両親は気が付かなかったらしく、美兎は幼いながらも、その細やかな幸せを守る為に力を抑える事に必死になってきた。

 

 そんな折、彼女が7歳の誕生日を迎えた時、彼女の枕元に1枚のカードが現れる。そのカードは光を放ち、まるで自分を使えと言わんばかりに語りかけてきた。

 

 

 いや、語りかけていたと言う言葉も正確ではない。なんせそのカードは自身の魂そのものと言える『幻魔皇ラビエル』そのものだったのだから。

 

 

 

 カードに触れた途端、美兎の人間としての人生は終わってしまった。

 

 

 

 流れてくる記憶の奔流は自身が幻魔である事、過去に散々幻魔として利用されてきた歴史、そしてその度に正義の味方に討伐され、何度も、何度も、何度も、同じ運命を辿ってきた忌むべき記憶。全ての記憶を取り戻した時、白瀬美兎という少女は『幻魔皇ラビエル』の記憶を取り戻し、どうしようもなく自身がこの世界にとっての異物であり、存在してはいけないモノである事実に絶望した。

 

 

(何よりも彼女にとって辛かったのは、この人間の姿が誰か普通の赤ちゃんに無理やり幻魔皇ラビエルがインストールされ、その精神を乗っ取ってしまったかもしれないなんて可能性……)

 

 

 自分が寄生虫パラサイトと変わらない存在である可能性は彼女の頭の中から消える事はない。

 

 

 もしかすればこの身体の持ち主は捨て子ではあるがごく普通に白瀬美兎の両親に育てられ、幸せになった未来もあったかもしれない。

 

 

 だと言うのにもしも、仮説が。幻魔が人間の赤子に寄生し、その精神を乗っ取って人間のフリをするという悪逆非道を行った結果が自分であるのなら……。

 

 

 

(これは……辛いなぁ…ラビエルも苦労したんだね……)

 

 

 

 ウリアには彼女の悲しみや絶望といった感情が伝わってきてしまう。世界を滅ぼす闇の権化である幻魔の筈なのに人間サマの身体に宿り、人間として生きようとした浅ましい存在。

 

 

 それを否定しようと幾ら頑張っても頭の中に浮かんだ自身が寄生虫であるという可能性が消える事はなく、気がつけば彼女は両親も含めた全て拒絶するようになっていた。

 

 目立つ事を嫌い、全てを拒絶し、ただただ平穏や安寧……いや、誰の迷惑にもならない隠遁生活を望む様になり、誰もいない場所を求めて一人山奥の小屋に籠る人生を歩もうとやがて美兎は……ラビエルは決意する。

 

 

 このデュエルアカデミアに入学したのも逃避であったのだ。全寮制で全てを拒絶しようとする自身を心配する両親と顔を合わせたくないと願ったラビエルなりの願いであった。目立たず、ただこの全寮制のデュエルアカデミアで18歳になるまで過ごし、卒業後は両親に別れを連れて山奥にひっそりと隠居しようと考えてた彼女は、それでも何の因果か幻魔であるウリア達と再会し、そしてこうして統合される羽目になってしまった。

 

 

 ───あたしを一人にしてくれ。

 

 

 ───もう、誰の迷惑にもなりたくねぇんだよ!

 

 

 

 ラビエルの悲痛な叫びがウリアの頭の中に響き渡っている。自身も色々と苦労してきたと自負しているウリアではあるが、それは主に家庭環境によるストレスが要因であり、ラビエルの様に自身のアイデンティティや出自についてここまで深刻に悩んだ事はないし、そこまでの苦しみを味わう事も無かった。

 

 

(やっぱり……生まれてくるべきじゃなかったのかな…アタシ達……)

 

 

目を瞑れば憎悪と怨念に満ちた視線が蘇る。例え静かに暮らそうとして闇の世界に三人まとめて引きこもったとしても、その度に自身の力を使って覇権を握ろうとするもの達によって制御され、暴力装置として使い潰され、最後は正義の味方によって討伐される存在。もう全てがうんざりだった。

 

 

「こんな力なんて要らない……」

 

 

 ポツリ、とウリアが呟く。

 

 

 幻魔である時も、この姿に転生したときだって自殺を考えた事も何度もあったが、この幻魔の身体はそれすらも不可能。ナイフを首に突き立てても傷一つ付かず、崖から飛び降りようと思っても全身を強打するだけで痛みしか感じない。

 

 

 幻魔の力をフル活躍し、一度は燃え盛る手を使い心臓を激痛の中握りつぶそうと試みたが、それもまた失敗に終わる。

 

 

 

「なんなのよぉ……もう……!」

 

 

 

 泣きそうな声でウリアは叫ぶ。もう疲れてしまった。何もかもが嫌になった。死ぬ事も出来ず、隠遁する事も出来ず、ただ生きているだけの日々に嫌気がさす。

 

 

 いっそこのまま誰にも見つからず朽ち果ててしまいたいと涙すら枯れ果て、諦観に塗れ、もうどうでもいいやと暗闇の中で思考停止していたその時、不意に頭の中に新たな記憶が奔流していく。

 

 

 

 

「なに…これ…?」

 

 

 

 

 暖かい。

 

 それまでのラビエルの記憶が罪悪感や嫌悪感に満ちていたのに対し、今度の記憶は陽光の日差しの様に暖かく、まるで心の奥底にある氷塊のような凍てついた何かが溶けていくような感覚を覚える。

 

 

「これってもしかしてハモンの……」

 

 

 

 

 

 いつか殺してやる。

 

 

 

 

 私達を利用した、私達を否定した、全ての屑共を親類縁者に至るまで皆殺しにして、奴らの大切なモノを全て奪いつくし、そして最後にはこの手であいつらを殺しやる。

 

 ラビエルとウリアが利用され続ける事に何処か諦観や絶望を抱いていた頃、降雷皇ハモンもまた、己の境遇に怒りと憎しみを溜め込んでいた。

 

 それは決して消える事のない呪いの様な感情。最も苛烈に、そして残酷に、冷徹に復讐を誓い、幾度となく自身を利用しようとする者たちを真っ先に血祭りにあげようとするも、その度により強大な魔術や呪いによって制御され、野望の為の道具として扱われる事に激しい憎悪を抱いていたハモン。

 

 三幻魔の中で最も苛烈で残虐。故にこそ誰よりも冷酷に、誰よりも非情に、誰よりも残忍に、誰よりも激しく、誰よりも深く、誰よりも純粋に復讐を誓う女帝。

 

 

 それが『降雷皇ハモン』の本当の姿であった。

 

 

 だが、ウリアの頭の中に流れ込んでくるハモンの記憶は、そんな以前の彼女の性格からは考えられない程に穏やかで、そして優しいものであった。

 

 

 

 

『君は今日から僕のカードだ。よろしくね』

 

 

 

 

 散々利用され、打ち捨てられ、もうハモンですらこのまま身が朽ち果ててしまえば良いと諦めかけていた時、彼は彼女の前に現れ、そして優しく微笑みながらそう告げたのだ。

 

 

『僕は『降雷皇ハモン』を召喚!確か技名はこんなのだったかな?いけハモン!失落の霹靂!やった!勝てたよハモン!』

 

 

 初めて、誰かを傷つけずに純粋に決闘を行い勝利した日。少年はどこまでも嬉しそうに微笑みながら自分の勝利を喜んでくれた。

 

 

『負けちゃったなぁ……僕のプレミか?いやデッキの構築に問題があるのかな?ハモンを中心に組んでみようかな!』

 

 

 初めて、少年の元で決闘に敗北した日。彼はハモンを否定せずその反省を糧によりハモンを活躍できるデッキを作ろうとカードショップに向かってくれた。

 

 

『そんなの……!利用されたハモンは何も悪くないじゃないか!!』

 

 

 デュエルアカデミアに入学する一週間前、意を決して人の姿として顕現し、彼に嫌われる事を承知で過去に自分が多くの人々や精霊達を傷つけた罪人である事を告げるも、少年はハモンを一切責めずにその小さな身体でハモンを抱きしめながら涙を流した。

 

 

『決めたよハモン……僕は君が悪くないって皆に伝える為に何だってする!君が悪い事をしたと言うのなら君の罪だって僕が一緒に背負う!!だから……これからもずっと一緒だよ』

 

 

 何故、少年は……才賀 直はそこまでハモンの為に尽くしてくれるのか。何故ハモンに味方をしてくれるのか。それは幻魔である自身の力に一切興味はなく、ただ純粋な善性によっての物であり、どこまでも彼はハモンと共に歩む事を望んでくれている。

 

 

 

「ああ……そういう事なのね……」

 

 

 

 ウリアはようやく理解する。なぜハモンがあれほどまでに自身の幼いマスターに対し狂信的なまでの信頼と忠誠を抱いている理由を。忠実なる下僕としてマスターである少年と共に歩み、そして何よりもマスターの幸せを望んでいるその理由が。

 

 

 復讐なんて最早どうでもいい。ユベル達がマスターを傷つけないのであればもう何もしない。ただマスターの横で、そっと下僕として陰で寄り添いながら彼の幸福を見守るだけでいい。

 

 

「いいなぁ……アタシも、もっと早く優等生君と出会えてたら」

 

 

 ウリアの口から羨望の言葉が漏れ出る。もしも彼が幼い頃の自身と出会えていたのなら、もっとマシな人生を歩めていたと。自殺を何度も考えてしまう程に追い詰められる事もなく、もっと笑えて、楽しく過ごせていたのではないかと。

 

 

 

 

 

「ハモン。幸せになって良かったね…でも、君達の存在はせんせーにとってちょっとだけ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────眩し過ぎちゃうよ。

 

 

 

 

 

 

 そして、暗闇に覆われた世界が光に包まれていく。その胸に一つの決意を胸にウリアの意識は覚醒するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生!宇里亜先生!」

 

 

 肩を優しく揺さぶられる感覚を覚え、宇里亜はゆっくりと瞼を開く。

 

「ん……あ……?」

 

 まだ微睡んでいる脳を無理矢理起こしながら宇里亜は上半身を起こし、目の前に立っている少年の姿を視界に捉える。

 

 

 出来れば今までの事は全て夢であれば良いのにと思わず感じてしまうが、窓ガラスが割れて私物が散乱しているオベリスクブルーの一室が。

 

 

 何よりバツの悪そうな表情で壁に寄りかかりながらこちらを見つめる黒髪の少女の存在が、言外にそれまでの事は全て夢ではなかったという事を物語っている。

 

 

「よかったぁ…ラビちゃんは早めに目覚めたんですけど先生はずっとうなされてたから心配で……」

 

 

 才賀はほっと安堵の息を漏らす。

 

 

「あの、大丈夫ですか?何処か痛かったりします?」

 

「いや、問題ないよ。その、色々とごめんね」

 

 

 そう言って立ち上がると、改めて部屋の周囲を見回し、そして苦虫を噛み潰したような顔をウリアは浮かべた。喧騒や怒鳴り声が聞こえない辺り未だに他の生徒や教師達はシェルターに避難しているのだろうと納得するが、一体この騒ぎで何枚の窓ガラスが割れたのだろうと頭を抱えたくなる。

 

 

 幻魔から人の姿に転生してきてからと言うものの、正確には忌まわしき神炎皇の記憶を思い出してからと言うもの、絶対に彼女は他者を傷つけてはいけないと常に周囲に気を配ってきた。もしも自分が人を傷つけてしまえばその瞬間本当の意味で化け物になってしまう。そう思っていたからだ。

 

 だが、結局自分はそんな覚悟などまるでできていなかった。いや、それどころかその自覚すらないままに才賀を、そして学園の生徒や教師達を危険に晒してしまった。

 

 

 

 

「……本当に、アタシってダメだなぁ……」

 

 

 

 

 自嘲気味に彼女は笑う。チビだから、幼児体型だからと馬鹿にされる事はあっても常に我慢をし続けてきたと言うのに、同じ幻魔の二人にコンプレックスを刺激されただけで怒りに燃えて二人を叩き潰そうと血が騒いでしまった。その結果がこの惨状なのだと。

 

 

 

「優等生君、その…ハモンは───」

 

「アイツならとっくの昔に目覚めてる」

 

 

 ウリアが才賀に問いかけようとした所、それまで無言であったラビエルが口を開き、彼女の言葉を遮った。

 

 

「ただ今回の件はかなり堪えているみたいだからな。未だにカードから実体化してねぇよ」

 

「でも、僕の頭の中に何度も『ごめんなさいマスター』って言葉が響いているので無事ですから……今はちょっとだけ休ませてあげてください」

 

 才賀は申し訳なさげに頭を下げる。彼は今回の件に関しては完全に被害者だ。三幻魔の痴話喧嘩に巻き込まれた挙句尻拭いを強要され、その結果アーミタイルと対峙させられた。だというのに彼は嫌な顔ひとつせず、自身はハモンのマスターだからと代わりに謝罪の言葉を口にする。

 

 ウリアの胸中にあのハモンの暖かな記憶が一瞬蘇るが、それよりも今やるべき事は幾らでもある。彼への謝罪よりも先に真っ先に知らなければならない事があるとウリアはぎゅっと小さな手を握り締める。

 

 

「色々と君に謝罪しないといけない事があるけど、先に何があったのか教えてもらえないかな?優等生君はあいつと……アーミタイルと会ったんでしょ?」

 

 

 

 

 

 混沌幻魔アーミタイル。

 

 

 

 

 三幻魔が融合する事で顕現する虚無を司る化身。三幻魔の本来の姿であるとも、世界を滅ぼす為に邪悪な精霊が三幻魔を無理やり一つに融合した存在とも様々な逸話が存在する究極の幻魔であるが、一つだけ客観的な事実を述べるのあれば、顕現するだけで世界は破滅しかねない終末の化身であるという事であろう。

 

 ウリアも、ラビエルも、ハモンもアーミタイルに統合された頃の記憶は薄っすらとしか存在しないが、いついかなる時もアーミタイルの出現は世界の終末時計を加速させてきた。そして目が覚めた時、常に『正義の味方』によってアーミタイルは討伐され、解放された彼女達も同時に負傷し闇の世界で傷を癒す必要性があったのだ。

 

 自身の統合体であるアーミタイルの性格や思想といったものを彼女達は知らず、ましてや自発的にアーミタイルが顕現するなんて事は一度もなかった故にウリアは背筋が凍る思いで才賀に問いかける。

 

 

 下手をすればアーミタイルが目の前の生徒を惨殺しかねかった可能性も高かったというのに何故彼は生き延び、そして自分達は再び元の姿に戻れたのかを。

 

 

 

「えぇとですね、先生が気を失っている間にアーミタイルさんが僕の前に現れたんですけど……」

 

 

 才賀は困ったような表情を浮かべるが、同時にウリアは違和感を覚える。さん?アーミタイルは彼との対話を望んだのか?他にも彼から明らかな香水の様な香りや、何処か疲れたような様子を感じたのだが、まさか彼がアーミタイルに何かをしたのではないかと。

 

 

「大丈夫です。アーミタイルさんは凄く偉そうな人でしたけど痛かったり、無理やり傷つけたりする様な事は一切しませんでした。ただその……」

 

 

 

 瞬間、何かを思い出したのか彼の頬が徐々に朱色に染まっていく。だがそれ以上の追求はやめて欲しいと言外に伝えてくる才賀にウリアはそれ以上何も聞けなくなってしまう。

 

 

 同時にウリアにとってアーミタイルへの謎はさらに深まり、一体何が起きたのだろうかと頭を悩ませる羽目になった。

 

 

「そ、その後!色々あってアーミタイルさんと話す事があったんですけどアーミタイルさんは全部正直に答えてくれました」

 

 

「本当だって保証はあるのか?」

 

 

「僕も少し疑ったんですけど『矮小たる人間にわざわざ我が嘘をつく必要がどこにある?その様な下賎な真似を我がするとでも本気で思っているのか?』ってアーミタイルさんは言っていましたので」

 

 

 才賀の言葉にウリアだけでなく、ラビエルまでもが怪しげな視線を向ける。言葉だけならば幾らでも嘘つける。まして相手は純粋過ぎる所がある10歳の少年であり、甘言で欺くなど容易いだろう。

 

 だが、才賀は決してアーミタイルが嘘をついているとちう可能性を疑わず、真っ直ぐと彼女の言葉が真実であると信じてほしいと言わんばかりに二人を見つめていた。

 

 

 幼い少年と混沌幻魔との間にどの様なやり取りが行われたのか、二人には知る由もないが、少なくとも才賀はアーミタイルに対して悪い感情を一切抱いていない事に二人は感付いてしまう。

 

 そして彼は語り出す。虚無の化身が何を望んだのかを。優しくデッキの上に手を撫でる様に添えながら、自身の最愛の下僕であるハモンにも言い聞かせる様に少年はゆっくりと口を開くのであった。

 

 

 

 

「クロノス先生!落ち着いて下さい!!今はまだ安全かどうかもわからないんですから!シェルターの開閉は……!」

 

「離すノーネ!!可愛い生徒三人にアカデミアの教師が一人行方不明になってるノーニ!教頭であるワタクシが動かなければ誰が……ぼ、暴力反対ナーノネ!?」

 

 一方、シェルターでは生徒がシェルターにたどり着けていない事実に気がついた初老の教頭が、半狂乱の必死の形相で外に出ようとするのを必死で周りは止めている最中であったようである。

 





Qアーミタイルとの会話は?

A取り込まれたウリアせんせーのパートが長引き次回に。本当に申し訳ございません……


Q自殺未遂!?

A今作のウリアせんせーはタッグフォースの複雑な家庭環境+自身が幻魔の転生体であり、捨て子であると知ってしまった結果色々と苦労したそうで……現在は教師として比較的メンタルも安定していますが過去は本気で命を絶とうとする程に追い詰められていましたがそのお話もまた今度。

Qクロノス先生が半狂乱って

A複雑な大切な生徒三人(才賀、ラビちゃん、ハモン)に新人教師のせんせーまでシェルターに辿り着けなかっだと言うこともあって過去に異世界に連れ去られた経験まであるクロノス先生は気が気ではありません。実際の騒動の顛末を聞けばどうなることやら。とはいえ仮に才賀が今のクロノス先生をみれば、事情を知った上でハモンまで生徒としてちゃんと扱ってくれるクロノス先生への好感度がMAXになる事だけは確実です。


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第十三話 ノーマルエンドでは納得できない

 

 

 偶発的な事象が重なった結果、この世界に顕現した混沌幻魔アーミタイル。しかし、結論から言えば彼女はその力の半分、いや10%程度しか行使する事が出来なかった。それは三幻魔の融合が不完全だった為なのか、それとも単にアーミタイル自身が己の力を使いこなせていなかったのか。

 

 

 何れにせよ褐色のロリ巨乳美少女として現れた彼女は少し不満そうだったと才賀は語る。

 

 

 

 

『本来の我の姿であれば身長は2メートルに迫る絶世の美女としてこの世界に召喚されるはずだからな。くくっ…例えるのであれば今の我は穴の空いたバケツにほんの少しだけ残った水によってこの姿が保たれているといった所か?まぁ構わない。何にせよこれでコツは掴んだのだから問題はなかろうよ』

 

 

 

 

「あの時のアーミタイルさんはもの凄く嬉しそうに笑っていました。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいに」

 

「大体統合されてる時の記憶はねぇが、アーミタイルの野郎そんな性格だったのかよ…」

 

 

 

 才賀の言葉にラビエルは目を細めつつも、ウリアの続けて欲しいという言葉に彼はコクリと頷く。

 

 

 

 

 

 

『コツさえ掴めばあとは条件を満たすのみ。このデュエルアカデミアはいわば豊富なデュエルエナジーの源泉……次に我が完全に力を取り戻し、この世界に降臨するまでそこまで時間はかかるまいよ』

 

「……例えば、僕がデュエルアカデミアから立ち去ってハモンを連れて国外に逃げればどうでしょうか?」

 

「くくく、矮小たる人間らしい浅知恵よのぉ……」

 

 

 

 アーミタイルは無邪気に笑う。アーミタイルが本気でこの世界に、彼にとって大切な皆に害を成すのならと恐る恐る問い詰めるが、アーミタイルはクスリと微笑み、才賀の頬をぷにっと指で押す。

 

 

 

『確かに貴様が我の一翼たるハモンを連れて逃亡すれば、時間稼ぎは可能といえる。だがそれだけだ。デュエルエナジーとはこの世界の言葉で例えるのならデュエルモンスターズを行う決闘者が生み出すエネルギー。そしてこの世界でデュエルモンスターズが存在する限り、最早我が力を蓄える事は止められぬよ』

 

 

 

 デュエルアカデミアは例えるのならあくまで優秀な源泉の一つに過ぎない。例えデュエルアカデミアを閉鎖した所で世界中に決闘者が存在する限りデュエルエナジーの放出は止める事はできず、最早デュエルモンスターズが社会のインフラの一部として組み込まれた以上アーミタイルの復活は阻止できない。

 

 例えるのなら明日から全人類を西武開拓時代と同じ生活を行わせる様なものだ。物理的には可能であってもそれを行うには不可能、それ程までにこの世界にとってデュエルモンスターズは最早娯楽という立ち位置すら超越した存在となってしまっているのだから。

 

 デュエルエナジーがアーミタイルの元に集まる程に彼女の力は蓄えられていく。そして完全体として彼女が復活出来る程のデュエルエナジーが満ちた時、例え幻魔達が深海やエベレストの頂上に分散していたとしても、強引にアーミタイルはハモン達との統合を果たすだろう。

 

 

 

『だが……このまま我が幻魔達と統合召喚されるというのとお前にとっては面白くはないだろう。我は次に統合されれば、二度と三幻魔に戻るつもりは……っと』

 

 

 

 アーミタイルの言葉はそれまでだった。才賀は彼女の膝枕から飛び起きると無言でデュエルディスクを構え、先程幻魔達を拘束した罠カード『デモンズ・チェーン』を一気に3枚発動すればデュエルディスクより緑色の鎖が出現し、瞬く間にアーミタイルに向かって鎖達は襲い掛かる。

 

 

 

『ふむ、この程度では我は縛れんぞ?』

 

 

 

 だが、その程度でアーミタイルは止まらない。その程度の攻撃など児戯に等しいと言わんばかりに彼女はニヤリと笑えば、両手を交差させ、まるで祈りを捧げるかの様に胸の前で手を合わせる。

 

 

 すると彼女の身体を覆う様に黒い霧が発生し、やがてその霧は彼女を覆い隠す様に渦を巻き始める。そして一瞬の静寂の後、まるで弾けるように鎖達は全て跡形もなく消え去ってしまう。

 

 

 

『落ち着け矮小たる人間よ。別に我は貴様を蔑ろにしている訳ではない。ただ、貴様はもう少し己の感情を抑えつける事を覚えた方がいいと思うがな』

 

 

「…………」

 

 

 

 アーミタイルの言葉に才賀は黙ったまま無表情で彼女を見つめる。ハモンが、ラビエルが、ウリア先生が統合されればそれは最早今生の別れと同義。幼さ故に優等生の仮面と、冷静さをかなぐり捨てて攻撃する程に脳内は混乱していたが、アーミタイルは憎たらしい程の笑みを浮かべながら尊大な態度で問いかける。まるで先ほどの攻撃はペットの犬がじゃれついてきた程度にしか思っていないと言わんばかりの態度だった。

 

 

 

『話は最後まで聞けとアカデミアの教師から教わらなかったのか?我は完全に力を取り戻してないとはいえ、貴様の首を飛ばす程度は造作もないのだぞ?だが、それだけでは面白くはない』

 

 

 

 アーミタイルはその幼さに似合わないゾクリと背筋が凍り付く様な妖艶な微笑みを見せ、才賀に顔を近づける。褐色ロリ巨乳美少女が顔を赤らめもせず至近距離まで近づく姿は、例え外見が少女であったとしても、本能的に恐怖を覚える物だった。

 

 

 

 しかし、才賀はそんな事は関係なくと言わんばかりにアーミタイルを睨み付けると静かに口を開く。

 

 

 

『二年。二年待ってやろう。貴様が一二歳の誕生日を迎えた瞬間、我は三幻魔を束ねてこの世界に再び復活する。そしてデュエルによって決着を付けようじゃないか。お前がウリアを、ラビエルを、そしてハモンを護りたいと言うならば、我を打ち倒し力を示すがいい』

 

 

「何故、今じゃないんですか?」

 

『決まってる。今ならば我が確実にデュエルに勝利するからだ。矮小たる貴様如きの未熟者が我に勝てると思うのか?』

 

 

 

 アーミタイルは才賀の言葉を一蹴する。

 

『我は力を完全には取り戻してはいない。だが、最低でもラビエルの決闘者としてのセンスにアカデミアの教師であるウリアの実力。そして何よりもハモンの記憶によってお前が現在保有するデッキ、カードは全て我の記憶に流れ込んでいるのだ』

 

 

 アーミタイルの言葉に才賀は言葉を出せない。彼は何度かラビエルとデュエルを行なっているがその実力は互角。オリジナルハモンという力を完全解放した切り札を保有した上での互角だ。ラビエルでさえこれだと言うのに、まず間違いなく優れた決闘者であるウリアの実力とハモンの記憶による情報アドバンテージの喪失は大きくデュエルに影響を及ぼしかねない。

 

 デュエルにおける『情報』という価値は大きい。どんなデュエリストであろうと、現在所持するデッキに有利なメタカードばかりで構成されたデッキで対戦すれば勝率は著しく落ちるだろう。

 

 例えるのであれば、ウィッチクラフトをメインのデッキにしている才賀にとって墓地に干渉する『王家の眠る谷ネクロバレー』や『マクロコスモス』といったカードを使用されれば完封負けの可能性すら存在する。

 

 

 その他、保有するデッキも情報が筒抜けである以上アーミタイルはこちらの手の内を全て知り尽くしている状態に近いのだから。

 

 

 

『最も、我はお主デッキを狙い撃ちするようなメタデッキを組むなんてつまらない真似はせぬが余りにも不平等で面白くはないだろう?だからこその二年だ。それまでにお主が決闘者の腕を磨き、ハモンに一切の情報は与えずデッキを作り上げ、来たるべき日に平等な条件で戦い、勝利せよ』

 

 

 嘲笑と期待を込めた瞳でアーミタイルは真っ直ぐと少年を見つめる。

 

 

『どうだ?我の暇つぶしと慈悲に付き合うか?矮小たる人間よ。我が勝利すれば三幻魔の肉体は永遠に我のもの。貴様が勝利すれば一つ願いを叶えてやろう』

 

 

「……乗るます。乗るしか無いじゃないですか…!」

 

 

 

 選択肢は「ハイ」か「YES」しかないと言わんばかりの口調だった。だが才賀の答えを聞くなり彼女は再びその顔に満面の笑みを浮かべる。その笑みに先ほどまで浮かべていた嘲笑の色はなく、純粋に才賀と勝負出来る事を喜んでいるような笑顔であり無邪気に楽しい玩具を手に入れた子供の様な無垢な笑みであった。

 

 

「先に言っておきますが願いは一つだからと幻魔を一人しか解放しないなんて事はありませんよね?」

 

 

『我がそのようなセコイ真似をすると思っているのか?』

 

 

 

 

 アーミタイルはそう言いながら才賀に顔をさらに近づけると彼の額にキスをした。いきなりの不意打ちに驚いた表情を見せる才賀だったがアーミタイルは彼の手を掴むとそのまま自らの胸に押し当てながら、恥ずかしげもなく告げる。

 

 

 

『もしも我の処女が欲しいと申すならくれてやる。それ以外で願いたいことがあるのならば何でも言うがいい。金、永遠の命、殺人……一つの願いを複数に増やせなんて事を除けば我が貴様が望むものを全て与えてやろう。勿論我に勝利できれば、だがな……なんなら少しだけ試してみるか?我の身体を…」

 

 

 むにゅりと彼の手のひらに伝わる彼女の胸から伝わる温かさに才賀は思わず赤面する。そんな彼を他所にアーミタイルは笑みを浮かべたまま才賀の手を自分の手で優しく撫でていく。

 

 

 それは愛玩動物に触れる様な慈しみに溢れ、それでいて何処かいやらしさを感じる様な妖艶さをもつ。今すぐにでも彼女に頭を垂れ、跪き、交わりたいと述べれば気まぐれな彼女は喜んで受け入れるであろう事がわかるほどの魅惑と妖艶さを纏った行為だった。

 

 

 

「……嘘はダメですからね!約束は絶対、絶対ですよ!」

 

『矮小たる人間にわざわざ我が嘘をつく必要がどこにある?その様な下賎な真似を我がするとでも本気で思っているのか?貴様が嘘を付かなければ我は約束を守ろう』

 

 

 

 だが、才賀はその手を離すと真剣な眼差しでアーミタイルを射抜き、声を張り上げた。幼くとも雄である以上アーミタイルの胸に溺れたいと思う気持ちが皆無な訳ではない。

 

 

 しかし、大切な友人を。自身を信じてくれると言ってくれた先生を。何より家族同然であるハモンを解放するという意志が底なし沼のような魅力を持つアーミタイルの誘惑に辛うじて耐える事ができた。

 

 

 

『さぁて…二年という期間は決して長いものではないが、貴様が万全の態勢で挑む為の鍛錬の時を与えよう。来たるべき日までハモン達と最後の思い出に酔いしれ、精々足掻くがいい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んだよ、それ……」

 

 

 才賀が全てを話し終えた時、真っ先に口を開いたのはラビエルであった。彼女は拳を強く握りしめているが、強く歯軋りをしつつ握りしめた拳には闘気を纏い空間を握り潰しかねない程に怒りを滲ませている。

 

 

「あのクソ野郎のお遊び半分でお前は……無関係の才賀は巻き込まれたってのかよ…!」

 

 

 

 幻魔である事は隠し通さなければならない。幻魔の力を振るう事はバレてはならない。三幻魔である彼女達は先程幻魔同士で痴話喧嘩を行ったものの、共通認識としてその事を忘れずに日々を過ごしている。

 

 

 だというのに黒髪の少女の拳には溢れんばかりの殺意と闘気が宿り、周囲には闘気によって作られた彼女の真の姿である幻魔皇がまるで守護霊の様に背後に現れる。全ては無意識であった。

 

 

 慎重に物事を進める事を是とするラビエルが自身の感情の昂りにより、これ程までに激怒したのはひとえに自身の分身ともいえるアーミタイルの言動に他ならない。

 

 

「無関係、じゃないよ。だって僕は──」

 

「ハモンのマスターだから、でしょ?はいはい落ち着いてラビエル。気持ちは痛い程分かるけど、今の貴女はそのまま幻魔の姿になって学園壊しかねないくらいにキレてるわよ」

 

 

 

 激昂するラビエルに冷静な口調で話しかけたのは同族であるウリアだ。彼女は呆れた様子でため息を吐きながらも、今にも方法が存在するのならアーミタイルに天界蹂躙撃を浴びせかねない程のラビエルの額に手を置けば、陽光に包まれたかのような優しい熱がラビエルの身体を包み込み、漏れ出た闘気が収束していく。

 

 ハモンが雷と氷。ラビエルが破壊や闘気を司る悪魔の化身ならばウリアはその名の通り神炎…炎を司る幻魔だ。人として最も早く転生した彼女は破壊だけではなく炎を利用した、ちょっとした応用技をいくつも会得しており、熱によって感情が昂った人間を落ち着かせる術も会得していた。

 

 

 

「…ウリア…!」

 

「先に言っとくけどアーミタイルに何にも思わない訳ないでしょ?アタシ達の痴話喧嘩の際で優等生君がとんでもないモノを背負わされたのも分かってる。アタシだって可愛い生徒にそんな事されたんだもん。喉に『メガ・サンダーボール』を千体流し込んでから死なない程度に焼き尽くしてやりたいくらいには思ってるわ」

 

 

 

 ウリアの言葉に同調するよう才賀のデッキが軽く揺れる。

 

 

 

「でもね、今は落ち着かないと。ただ相手を殴り飛ばすんじゃなくてまずは優等生君と話し合わないと。分かった?白瀬ちゃん?」

 

 

 

 最後は同族ではなくデュエルアカデミアの教師として口を開いたウリアに、ラビエルも未だに手を震わせてはいるものの、落ち着きを取り戻していく。そして、彼女が落ち着いたところでウリアは才賀へと向き直ると、ゆっくりと頭を下げた。

 

 

 

「ごめんなさい優等生君……いや、才賀直君。アタシ達の面倒毎に貴方巻き込んでしまって。そして一つ聞きたいんだけど、貴方はアーミタイルの賭けに参加する気なの?」

 

「勿論です」

 

 

 才賀は落ち着いた様子でデッキの上を優しく撫で付けながら首を縦に振る。今頃ハモンは謝罪だけではなく様々なな感情を直接脳内から自身のマスターにぶつけている事は明白ではあったが、そんなハモンにも聞こえるようにゆっくりと国を開く。その様子は十歳とは思えないほどに大人びており、覚悟を決めた男の顔つきだった。

 

 

 

 

「まずは勝手に賭けにのってごめん。それしか方法がなかったとはいえ皆の人生を勝手に賭け金にしちゃったようなものだし、僕が負ければ三人は二度と戻れないかもしれない。でも……」

 

 

 

 

 大声でそれは違う!!と才我の言葉を遮ろうとするラビエルにウリアは手で静止させ、ハモンが絶対的な忠誠を捧げた彼の言葉を待つ。

 

 

 

「頑張るから。二年間で出来る事はいくらでもある。レアカードを集めたり、戦術を学んだり、ハモンとアーミタイルさんの記憶がリンクしている以上、ハモンの手を借りない最高のデッキを作る必要もあってやる事は沢山ある…けどね」

 

 

 

 彼の脳裏にはこんな非常事態だというのにこの学園で初めて行ったデュエルを思い出してしまう。クロノス教諭の目の前で自身の相棒であるハモンを呼び出した時の事を。最早後戻りは出来ないと理解しつつも彼女と共に周囲の注目を浴びながら行った初めての大舞台の事を。

 

 

 

 

「最初はこの学園でハモンは悪くないって示す為に全てを捧げようとしたけど、クロノス先生の言葉でそんな風評被害を吹き飛ばすくらい僕がプロデュエリストとしてハモンを活躍させる強い決闘者になる事が目的になった」

 

 

 今もシェルターで他の生徒や教員達に押さえ込まれている初老の教師。かつてセブンスターズの一員から生徒を守る為に決闘を行い、闇に決して飲まれてはいけないと述べた彼の言葉は世代を超えて受け継がれる。

 

 

 

「このデュエルに勝てないと僕の夢は叶わない気がする。アーミタイルさん相手に怖気付いてしまえば僕はもう進めない気がするんだ。あの人は身勝手かもしれないし、気まぐれなんだろうけど僕に猶予をくれた。なら決闘者として受けて立つよ。それがハッピーエンドの条件ならね」

 

 

 

 ハモンのマスターとして。

 

 

 ラビエルの友人として。

 

 

 ウリアの生徒として。

 

 

 

 そして何よりも決闘者として、彼はアーミタイルの挑戦状を受けいれた事を皆に述べる。しばしの沈黙が窓にヒビが入った部屋を包むが、その沈黙を破ったのはウリアであった。

 

 アーミタイルと同じく褐色の肌に小学生のような小柄な体型である彼女は既に教師であるというのに10歳の才賀の身長にも及ばない。しかし、彼女は優しく手を伸ばし、自身の生徒の頭を撫で付ける。

 

 

「そっか…ありがとう。ラビエルとハモンは兎も角アタシなんて今日君と会ったばかりなんだよ?なのに君は……本当に優しいよ」

 

 

 小さな手は才賀の髪をかき乱す様に動き回り、まるで犬か猫を可愛がるかの様に愛でるウリアだが、その表情は慈しみに満ちた女神の微笑みだ。

 

 

 

「幻魔の力を見て怯える事もなく、糾弾する事もなく、巻き込むなと文句も言わない。優し過ぎて将来が心配だな……ハモンのために頑張るのも立派だけど、君は君の人生を歩んでるって事を忘れちゃいけないよ?」

 

「それは僕が好きで決めた事ですから。ハモンに強制された訳でも、可哀想だと哀れんだからでもなく、僕がハモンを支えたいって思ったからです」

 

「うん……ちょっとハモンが羨ましいな。ハモンも聞こえているんなら大事にするんだよ?こんな男の子の手を離しちゃダメだからね?」

 

 

 

 満足そうに笑みを浮かべるウリアだったが、やがて彼女はどこまでも満足そうな笑顔のまま才賀へと向き直ると、何らかの決意を秘めた眼差しを向ける。

 

 

 アーミタイルとの決闘に勝利をすれば完全無欠のハッピーエンドを迎えることは確実だろう。だが純粋な瞳の少年を見て、彼はどこまでも危うい存在だと彼女は気がついてしまったのだ。契約の履行は本当に果たされるのか。自身が敗北した時アーミタイルが認めないと約束を反故にする可能性をこの子は頭の片隅にもおいていないと言う事実を。

 

 

 それは彼が純粋だから、優しいから、本当の悪意という物を知らないからと幾らでも理由付けをする事が出来る。しかし、あえて一つ挙げるのなら彼はアーミタイルを……世界を滅ぼしかねない混沌幻魔に信頼を寄せてしまったからだろう。

 

 彼が今まで出会った幻魔は皆友好的な者達ばかりであって、人間社会に溶け込もうと努力をしていた。しかし、アーミタイルは違う。現状ではアーミタイルと才賀の口約束によって彼女は契約を履行する事を示しているが、やっぱりやめたと暴れ始める可能性が1%でも存在している以上、ウリアは才賀の言葉を信じる事は立場上出来なかったのだ。

 

 

「……デュエルアカデミアにはさ、数十年前まで私たち三人が封印されていた場所が地下にあってね?いくら昔だったかな?精霊界からバカな人がこの世界に私達を呼び出して暴れさせようとした後、当時のシグナーだかなんだか名乗る人達によって私達はそこに封印されていてね。その上にデュエルアカデミアは建てられたんだ」

 

 

 ウリアはやがて彼の頭を撫でていた手を止め、静かに言い聞かせるように語りだす。どこか寂しげで、それは自分達が当時悪の権化として恐れられていた過去を思い出しているように思えた。

 

 

「あの時は正直言えば怖かったよ。だって知らない世界で目が覚めて、目の前に怖い顔した大人達がいて、いきなり私達の力を悪用しようとする奴らが居て……気がつけば『いつもの様に』暴れさせられてたんだけど、封印された時はやっと皆に迷惑かけずに眠れるってちょっと安心もしてたかな?ハモンはニンゲンコロスって最後まで言ってたけど」

 

「おいウリア何を……」

 

 

 懐かしむ様に思い出話を始めた彼女にラビエルは不快な過去を何故今になって話すのかという疑問を投げかけるが、ウリアはそんな彼女を無視する。

 

 

「結局は封印は解かれちゃったけど、逆に言えばデュエルアカデミアの設立まで関わった影丸理事長が長い工程を得ないと封印は解かれなかった。つまりね、もう一度幻魔が封印されれば余程の事がないと今のアカデミアなら安心出来ると思うんだ」

 

「……それって」

 

「うん、ぶっちゃけちゃえばあたしだけ封印されればいいかな?って」

 

「ふざけんな!!」

 

 

 

 ラビエルはウリアの首根っこを掴みあげる。彼女の華奢な身体は軽々と持ち上げられ、宙吊りの状態となる。

 

 

「お前何考えてんだよ!?勝手に自己犠牲精神に酔ってんじゃねぇよバカ!」

 

「そりゃあたしだって優等生君がアーミタイルに勝って全部解決すれば万々歳だよ?でもあたしはアーミタイルを信頼出来ない。2年後、強制的に融合させられるにしてもあたしだけが封印されてればそれを防ぐ事だってできると思うから」

 

 

 首根っこを掴まれながらもウリアは笑顔を崩さず、むしろ嬉しそうですらあった。普段は口が悪いが幻魔同士は互いに信頼関係に結ばれている。

 

 

 それは孤独だったからこそ、互いに『悪』として生きる事を強いられる苦しみを理解してるからこそのものであり、独りよがりな独善の自己犠牲に激怒しつつもラビエルの心配する気持ちが伝わってくるのが嬉しいのだろう。

 

 

 信頼出来ないアーミタイルの口約束を信じて2年もの月日を目の前の少年に浪費させ、プレッシャーをかけ続けるか。それともウリアが封印される事で確実に混沌幻魔の復活を防ぐべきか。

 

 今ならば、デュエルエナジーを使い切った今のタイミングならば確実にアーミタイルの復活を阻止出来るのだ。一人の教師が、ヒトに近づこうともがき続けたモンスターの犠牲によって。

 

 

 

「なんとなく、ですけどウリア先生ならそう言うと思ってました」

 

 

 

 ラビエルが激怒してウリアに怒号をあげようとした途端、才賀は静かに口を開く。その手にデュエルディスクを起動させる。

 

 

「でも僕はその提案を受け入れません。確かに僕一人で勝てるかはわかりませんが、それでもウリア先生を犠牲にする事だけは絶対に許せないんです」

 

「……嫌だと言ったら?」

 

「ここはデュエルアカデミア。なら決闘でこれからの事を決めましょう。先生もアカデミアの教師なら、決闘者としての吟味を持っているでしょう?」

 

 

 

 

 わざと挑発的に彼はそう言いながら彼女のデュエルディスクをじっと見つめる。恐らくウリアを言葉だけで説得する事は不可能だろう。ならば道は一つしかない。ウリアは一瞬だけ目を白黒させると溜息をつく。

 

 

「あーもう……本当に仕方ない子…。いいよ。私も本気で貴方と決闘してあげる。先に言っとくけどクロノス先生はアレでも本気は出してなかったけど、アカデミアの教師の強さがあの程度だって見てたら火傷しちゃうからね!」

 

 

 

 





Qウリアの目的は?

A自身が封印される事でアーミタイルの召喚を阻止しようという事。現在はアーミタイルはデュエルエナジーを消費し切っておりここら辺の会話を全て把握してる可能性があるが無理やり復活はできないと判断した彼女は三幻魔を束ねて復活するというならそのパーツの一つである自分さえいなければと考えた。なお三幻魔が過去に地上に現れ封印にシグナーが関わったのは本作独自設定


次回はvsウリア先生戦から
骨折によってしばらく投稿が遅れてしまいましたが少しずつ投稿ペースを戻していきたいと思います…


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第十四話 立ちはだかるせんせー 前編

 

 

 

 突然の騒動にシェルターに潜んだ生徒達は不安げに外の様子を伺っていた。突如発生した地震はやがて地鳴りとなり、アカデミア全体を揺らす振動へと変わる。そして遠くから聞こえてきた爆音と共に悲鳴と轟音が響き渡る。

 

 それが治ったとしても不安は拭えない。何よりも過去に様々な非現実的かつオカルト的な騒動に巻き込まれていたクロノス教諭は半ば半狂乱になりながら逃げ遅れた生徒を救おうと今にも飛び出そうとしている。

 

 

 そんな彼の元に逃げ遅れていた生徒の一人、白瀬美兎がたどり着く。初老の教師に大丈夫ナノーネ!?と全身をくまなくぽんぽんとボディチェックをされた際は気持ちは分かるものの思わず彼女も拳を纏いたくなってしまったが、コホンと咳払いをしながらこう言い放つ。

 

「あー、クロノスせんせー。なんかデッカいモリンフェン?みたいなモンスターがデュエルディスク片手にやってきたみたいでその衝撃でこうなっちゃったみたいっぽいです」

 

 慣れない敬語に舌を噛みそうに美兎。流石に無理があったか?と若干後悔しつつ彼女はこの事態の原因について説明を行う。通常であれば病院にぶち込まれても仕方がない空想じみた答えであったが幸いな事にクロノス教諭は数十年前にデュエルモンスター絡みの騒動や実体化したモンスターと決闘を行った経験があるせいで彼女の言葉を鵜呑みにする。

 

 

「えっ、ちょ、ちょっと待つノーネ!モリンフェン!?モンスターとしてはイマイチだけれード、実体化したと言うのなら由々しき自体ナノーネ!」

 

(いやまぁ、あたしもこのヒトが色々あった事くらい記憶にあるけどさぁ……こんなにすんなり信じて良いのか?)

 

 幻魔の生まれ変わりとも言える少女は内心呆れるが、今はそんな事を気にしてる場合ではない。才賀はクロノス教諭の事を彼女がウンザリする程にベタ褒めであったが、その理由が少しだけ分かった気がする彼女であったが、即興のカバーストーリーを説明していく。

 

 曰く突然沸いたモリンフェンの様なモンスターがデュエルディスク片手に二体現れたと言う事。偶然やってきた事で地震や嵐を引き起こしたものの、彼らに悪意は無く直ぐに元いた場所に帰ると遭遇した自分に言ったこと。

 

 そして、帰る前に折角だからと美兎と共に騒動に巻き込まれたアカデミアの教師である宇里亜と、オベリスクブルーの生徒である才賀 直が記念のデュエルを現在行っていると言う事。

 

 

(心配は要らないって説明しても……この様子だとクロノスせんせーは飛び出しかねねぇ……全く…さっさと決闘を終わらせろよ馬鹿二人…!)

 

 

 内心そう毒づきながらも即興のアリバイを口にしつつ、彼女は必死で二人の決闘に乱入しかねない生徒思いの教師を留め置く為に足止めを続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方、アカデミアの校舎から離れた森の中では二つの影が向かい合っていた。混沌幻魔アーミタイルの復活という世界が滅びかねない緊急自体に彼女が挙げた条件を飲もうとする才賀。そして、アーミタイルの再度の復活をそもそも行わせない為に自身が封印される事を提案するウリアが互いにデュエルディスクを片手に対峙していた。

 

 

 

「ここなら誰にもバレずにデュエル出来るはずですっ!負けませんよ宇里亜先生!」

 

 真っ直ぐに、自信満々といった様子で才賀はウリアに宣戦布告する。その表情はウリアが今まで見たどの顔よりも真剣で、同時に決意と楽しもうとする気持ちに溢れている。ウリアはそんな彼の顔をじっと見つめると、くすりと笑う。

 

 

「あはは……やっぱり男の子だね。ハモンもいい加減に出てきたら?流石に精神も落ち着いたでしょ?」

 

 デッキをシャッフルしつつそう口にするウリアであったがハモンの姿は現れずに相変わらずデッキの奥に眠っているようだ。

 

 才賀は未だに姿を見せない彼女を無理やりこのデュエルで召喚する事で話し合おうとしつつも、キャハ⭐︎と出会った当初は元気いっぱいだったウリアがどこかぎこちない動きをしている事が気になっていた。

 

 だが、今の彼女は自身が封印される事で全てを終わらせようとする。その意思は鋼の様に固く決して妥協はしないだろう。ならばやるべき事は決闘者としての吟味を示すのみ。

 

 例え彼女が三幻魔であってもデュエルアカデミアの教師という道を歩んだのだ。それだけの吟味を持ち合わせてると幼いながらも才賀は察し、皆が幸せになる為のエンディングを目指す為にデッキをディスクに構える。

 

 

「さっきラビエルに私のデッキについて事を聞いてた様だけど何か対策でも出来たかな?でも私は容赦しないからね」

 

「えぇ、勿論。僕は先生がどんなカードを使っていても全力で倒しますから」

 

 挑発とも取れる少年の言動にウリアは苦笑するが、それでも彼女の目には確かな闘志が宿っている。

 

 

「じゃあ始めようか。先行はあげるからせんせーにかかってきなさい!」

 

「いえ、先行は先生からでいいですよ。ラビちゃんから色々と聞いたのはちょっとズルだと思いますし先生のデッキ的にも先行の方が有利なはずですから」

 

「ふぅん……?まぁいいか。じゃあ遠慮なく先攻を貰うわ」

そう言うとウリアは自身の手札を確認する。初手にして既に切り札を引き当てたのか、彼女は満足げな笑顔を浮かべていた。

 

(確か優等生君のデッキはウィッチクラフトよね…ヴェールやハイネの効果は厄介だけど先行を取れた以上、私の有利は揺るがないわ)

 

 手札を確認しつつも彼女は勝ち筋までの未来地図を頭の中で描き出す。例え相手が初手でハモンを召喚した所で自分の優位には変わりはない。

 

 

 それだけ彼女は教師としての実力を身に付けており、例え彼が後攻を取る事で有利となるカードを多めに入れた所で自身の切り札であれば全てをねじ伏せることが出来ると冷静に判断する。

 

 この勝負に勝てば自分は人としての生き方を捨てる。次に封印が解かれるのは何十年、何百年、何千年と先の話であり、その時までに彼はきっと立派なデュエリストになっているだろう。

 

 

(ごめんね……でも、これが一番正しい終わり方だから……)

 

 

 そう内心呟くと、ウリアは才賀へと向き直り真剣な眼差しを向ける。彼が自身の人生最後に戦うデュエリストで良かったと内心思うと同時に、負けるつもりは毛頭無いと全力で彼を叩き潰すべくカードを手にした。

 

 

「私は手札から『強欲で金満な壺』を発動!EXゾーンならカードを6枚ランダムで除外する事で2枚デッキからドローするわ!そしてカードを3枚セットして…と」

 

 悪趣味な壺から溢れ出たカードをキャッチすると彼女は3枚のカードをセットする。そして身体の中に業火が燃え上がる様な熱い感覚を久々だと思いながら、ウリアはゆっくりと口を開く。

 

 

「そして……私は『和睦の使者』『迷い風』『万能地雷グレイモア』を墓地に送る事で召喚条件を満たしてモンスターを特殊召喚させてもらうわ!」

 

 フィールドにセットされた3枚の罠カードが燃え上がっていく。その炎はソリッドヴィジョンだと言うのに夥しいまでの熱気を才賀は感じ取り思わず身震いしてしまう。そして、その熱気が最高潮に達した時、彼女の目の前に巨大な龍が現れた。

 

 それはまるで溶岩の様に紅く輝く鱗を持ち、燃え盛る様に逆立つ角、鋭い牙を覗かせる二つ顎、全てを見下し、蹂躙し、焼き尽くす双翼。神をも恐れぬ邪竜の名が相応しきその姿に才賀は自分の背筋に冷たい汗が流れるのを感じると共に、ウリアは静かに告げる。

 

 

「来なさい。《神炎皇ウリア》」

 

 

 コピー品ではない本物の三幻魔。ウリアの本体とも言える邪竜は高らかに雄叫びを上げるとその力を誇示するかの如く辺り一面に灼熱地獄を生み出す。

 

 森の木々や草花はその熱量に耐え切れず瞬く間に灰と化していく。それでも森が大火事にならないのはそれだけ彼女が灼熱の炎をコントロールしている事の証明だろう。

 

 威圧感を放つ彼女を見て才賀は息を飲む。だが、それでも彼は臆する事無くウリアと対峙する。臆するな、恐れるな、気持ちで負ければ決闘はそこで負ける。この邪竜に勝てなければアーミタイルを実力で叩きのめすなんて夢のまた夢だと。

 

 

《神炎皇 ウリア》攻撃表示

星10/炎属性/炎族/攻0→3000/守0→3000

 

 

「世間に出回ってるコピーの私と違って、本物のウリアはさらに強力なモンスターよ」

 

 

 邪竜を従えたウリアは幼い容姿に似合わない、まるで授業の一環の様な説明口調で言う。

 

 

「召喚条件は発動済みの永続罠ではなく、罠カードが3枚更に攻撃力だけではなく守備力も含めて墓地の罠カードの数だけ上がっていく。ウリアデッキと言えば永続罠で相手を封殺したり、永続モンスターを多用する必要があるけど本当のウリアデッキはその必要もないわ」

 

 炎を纏った幻魔はその巨体に見合った大きな尻尾を振るう。たったそれだけで空気が振動し、大地が揺れ動く。

ウリアのターンはまだ始まったばかりだというのに、それでも才賀は今すぐにでも逃げ出したくなる衝動を必死に抑えていた。

 

 

(これがウリア先生の本当の姿……カッコいい!けど怖い!身体が勝手に逃げ出せって震えちゃってるよ…!)

 

 

 

 そんな彼の姿を見てウリアは少し悲しげな表情を浮かべるが、それでも教師として生徒である才賀を逃さぬよう手札の1枚を手に取る。

 

 

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンドよ。さぁ、優等生君。君の番だよ」

 

 

ウリア 手札1

 

モンスター

神炎皇ウリア

魔法罠

伏せカード1

 

「僕の……ターン。ドローです!」

 

 

 

 ウリアの言葉に才賀はゴクリと唾を飲み込む。確かにウリアの力は圧倒的であり、更に墓地には特殊召喚されたモンスターの効果を無効化したうえで攻撃力を半分にし、EXゾーンからモンスターを召喚すれば墓地からセット可能な《迷い風》まで存在している。

 

 恐らくウリアのデッキは永続罠モンスターを多用するデッキではなく、相手の妨害をいなし続けてウリアを引き当て、幻魔特有の耐性によって封殺するのが目的だと瞬時に気がついた。初手で手札に幻魔が存在していた事に彼は運命的なものを感じつつも諦めるつもりは無かった。

 

 何故なら、今の彼はウリアを超える為にこの場にいるからだ。ならば、ここで逃げる訳にもいかないと彼は意を決して手札からカードを引く。

 

 

 

「来てくれたんだね……僕は手札から魔法カード《魔術師の再演》《ウィッチクラフト・バイストリート》《ウィッチクラフト・スクロール》を発動!そして…」

 

 発動した三つのカードが雷を帯びてバチバチと音を鳴らす。雷撃は地面を伝わり、その衝撃が才賀の手札に眠るカードを光らせる。

 

 

(マスター…私は……)

 

 

(大丈夫だよハモン。僕が怒ってない事はしってるよね?)

 

 

 

 脳内から妙齢の美女が語りかけてくるも、その声は罪悪感に満ちたものであり、才賀は彼女の心情を察しつつも優しくカードを撫でる。

 

 

(だけど……私のせいで貴方は……)

 

(じゃあさ、もし悪いと思ってるのなら先生を止めるのに力を貸して欲しいんだ。《神炎皇 ウリア》を倒す為には君の力がどうしても必要なんだ)

 

ハモンと出会ってから数ヶ月、主従関係でありながら才賀は自身に尽くしてくれるハモンに彼は何かを願った経験は殆どない。それは彼自身が彼女に求めるものがなかったと言うのもあるが、常に利用され続けたハモンの心情を察して彼は子供ながらも遠慮していたのかもしれない。

 

 だが、そんな考えではウリアを止める事は出来ないと彼は思い至る。当初こそ未だに落ち込んでいるハモンを気遣い彼女の力を借りなくともデュエルに勝利する気でいたのだが、《神炎皇 ウリア》を見た途端その考えが甘かったと思い知らされた。

 

 

 このままでは確実に自分は負ける。《神炎皇 ウリア》の前では如何なるカードであろうと無力。そして、それに対抗する術は同じく三幻魔である《降雷皇 ハモン》の加護しかないと彼は理解する。

 

 

(ハモン。僕はウリア先生も、ラビちゃんも、君も含めて全ての幻魔の皆と笑顔でいたい。そしてアーミタイルさんに勝ちたいんだ。その為にはまず先生に実力を認めて貰わないとダメなんだ)

 

 

 だから、頼むよ。と彼は呟く。彼女を利用するのではなく彼女を信じる事で彼女と共に勝利を掴みたいと願いを込めて。

 

 

 しばらくの沈黙の後、才賀の頭の中に再び彼女の声が響く。

 

 

(ごめんなさいマスター。私……もう迷いません。この身は貴方の為に。この身体は貴方の為に。そしてウリアを救う為に……私も貴方を信じます…!)

 

 

 

 覚悟を決めた彼女は才賀のカードに力を込める。瞬間、彼のカードが光を放ち、三つの魔法カードを素材にその姿を変化させる。

 

 

「先生!この子が僕の切り札!僕の相棒!そして僕の大切なマイフェイバリットカード!『真・降雷皇ハモン』です!」

 

 

 

 

 上空から暗雲を切り裂き現れたるは雷の皇。黄金の鎧を見に纏い巨大な翼で暴風を撒き散らすその姿は神炎皇にも劣らぬ神々しさと荒々しさを併せ持ち、悪魔の背より放たれる黄金の稲妻がフィールドを包み込む。

 

 

 

《真・降雷皇ハモン》

星10/光属性/雷族/攻4000/守4000

 

「何度か過去に操られたラビエルとは戦った事はあるけど……こうしてハモンと戦う羽目になるなんて人生

何が起こるかわからないわねぇ」

 

 

 ウリアはどこか楽しげな表情で雷の悪魔ともう一人の自分である神炎の竜が互いに威圧する様に咆哮りを上げる姿を眺めている。身体の奥底から炎が猛り狂う感覚が更に増幅していき、ウリアはその心地良さに頬を緩める。

 

 

 しかし、ウリアは油断している訳でも余裕を見せている訳でもない。むしろこの強大な力を持つ存在にウリアの心はかつて無い程の高揚を感じていた。

 

 

「墓地に送った《魔術師の再演》の効果を発動し、デッキから魔術師と名のつく永続魔法を手札に加えられます。僕は《魔術師の右手》を手札に加え、更に《ウィッチクラフト・ジェニー》を召喚します」

 

 巨大な杖を持ったおっとりとした雰囲気の眼鏡をかけた金髪の美女がフィールドに召喚される。その姿はどこか普段人として活動しているハモンの人間体を思わせる容姿であり、真横に巨大な幻魔がいると言うのにマイペースな様子で笑みを浮かべる。

 

 

《ウィッチクラフト・ジェニー》

星1/風属性/魔法使い族/攻300/守500

 

 

 

「《ウィッチクラフト・ジェニー》の効果を発動。このカードと手札の魔法カードを墓地に送ることでデッキから《ウィッチクラフト・ジェニー》以外の《ウィッチクラフト》を特殊召喚可能。僕は《ウィッチクラフト・ジェニー》と《魔術師の右手》を墓地に送る事でデッキから《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》を特殊召喚します」

 

 

 

 ジェニーが後は任せたと言わんばかりにメガネをキラーン⭐︎とコミカルに光らせながら消えると同時に、気怠げな青髪の幼女が姿を表す。ハモンが才賀やフェイバリットカードであるのなら、彼女は正にデッキの象徴と言えるだろう存在感を放っている。

 

 

《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》 守備表示

星8/光属性/魔法使い族/攻1000/守2800

 

「《ウィッチクラフトマスター・ヴェール》の効果を発動。手札の《ウィッチクラフトマスター・デモンストレーション》を墓地に送る事で相手フィールド上の全てのモンスターの効果をターン終了時まで無効化します。これにより墓地の罠カードの数によって攻撃力が変動する《神炎皇 ウリア》の攻撃力は0に!」

 

 気だるげなヴェールは両手に魔力を溜め、パチンと音を鳴らせば赤き竜は一気に力を消失し、苦悶の雄叫びを上げて崩れ落ちる。ウリアを覆う炎もその勢いを失い、その姿を眼下に収めたヴェールはどこかドヤ顔でふんすと鼻息を吹き出す。

 

 

《神炎皇 ウリア》攻撃表示

星10/炎属性/炎族/攻3000→0/守3000→0

 

 

「成る程ね。幻魔は罠の耐性はあるけど魔法や効果モンスターの効果は受けてしまう。それにラビエルやハモンと比べて私は元々の攻撃力が0だから一度でも効果を無効化してしまえばクリボーにすら負ける脆さって訳ね。だけど……」

 

 

 

 そこまで呟いたところで、ウリアはニィと不敵な笑みを浮かべて伏せていた一枚のカードを手に取る。

 

 

「この瞬間、私は罠カード《威嚇する咆哮》を発動!このターン相手は攻撃宣言ができなくなる!さて問題よ優等生君。本来罠カードに対してオリジナルの幻魔は一切の効果を受けない。でもこのターン本来罠カードの効果を受けないはずのハモンも攻撃出来なくなるわ。何故かわかる?」

 

 

 

 森に響き渡る咆哮が力を失った筈の《神炎皇 ウリア》から放たれれば、気だるげな魔女は嫌そうな表情で耳を抑え、本来であれば罠に絶対的な耐性を持つ筈のハモンでさえその身に纏う黄金の鎧が光を無くし、その場に膝をつく。

 

 まるで授業の延長線の様なノリで出題された問題に才賀は少し考え込むが、やがて答えに行き着き冷や汗を流す。

 

 

「…ハモンはあらゆる罠カードの耐性が、永続罠カードである《スキルドレイン》や《デモンズ・チェーン》すら無効化しますが……《威嚇する咆哮》はターンプレイヤーに効果を及ぼすから、でしょうか?」

 

「正解!流石は優等生君ね。カードではなく決闘者そのものに影響を与えるカードだからいくら幻魔といえど耐性は意味がなくなるわ。他にも自分のモンスターは戦闘では破壊されず、自分が受ける戦闘ダメージは0になる《和睦の使者》を使っても貴方は《神炎皇 ウリア》を戦闘では撃破できなくなるわ。仮に貴方がハイネを召喚すれば効果で破壊出来たはずだけど、貴方はこのターンに勝負を決めようと焦りすぎた」

 

 

 

 才賀はウリアとデュエルをする前にラビエルによって彼女の効果やその強さを教えてもらっていた。故に長期戦はこちらの不利になると理解し、短期決算を目指したのだが結果的に見ればウリアの情報を知ってしまったが故に選択を誤ったのだ。

 

 

「貴方はこう考えた筈よ。私の手札の1枚が罠カードならハイネで破壊しても手札から1枚罠カードを墓地に捨てる事で即座に攻撃力が1000アップして復活してしまう。仮にハモンで同志撃ちを狙ってハイネでダイレクトアタックを仕掛けたとしても、次のターン私が罠カードを引いて仕舞えばもう一度ウリアは復活してしまい、更に幻魔の耐性によって一度受けた効果はフィールドからそのカードが離れない限りは一切受けなくなり、そのままハイネを撃破されて敗北してしまうと」

 

 

 

 指を曲げて説明しながらウリアは生徒に教える教師の様に丁寧に解説していく。憎らしい程に分かりやすく的確に弱点を突いてくる彼女に才賀は思わず嘆息を隠せない。

 

 

 

「そして私のデッキはその性質上罠カードが多いのは事実。次のターン罠を引く可能性が高いと思って、ヴェールで効果を無効化した状態でハモンでダイレクトアタックをしようと考えた。こうすればライフを削り切り、これで勝負が決まるから……でもね優等生くん。市場に流通してるウリアと違ってオリジナルの私は守備力まで攻撃力と同じく変動するのよ?なのに何でわざわざ攻撃表示で召喚したのか警戒を忘れてたんじゃないかしら?」

 

「それは……」

 

 

 

 思わず何も言えずに黙ってしまう才賀にウリアは「ふっ」と軽く笑い飛ばす。

 

 

 

「貴方はハモンの為にオリジナル以外の幻魔についてよく学んでいた。だからラビエルから教えてもらった効果の警戒はしてたんだろうけど固定概念としてウリアは攻撃表示で出すものだと無意識に決めつけていた。とってもよく学んで君は偉い子だよ。でもね……」

 

 

 ニコリと笑みを浮かべるウリアを彼は遠く感じてしまう。これが本気になったアカデミア教師の力だと。オベリスクブルーの秀才と呼ばれて多少は才賀も自信を持っていたが、それでも遠く感じてしまう。

 

 

 

「本気でせんせーに勝ちたいのなら今まで学んだ全てをぶつけてきなさい!」

 

 

 

 デュエルは始まったばかりだ。

 

 

 

 





・オリジナル版 神炎皇 ウリア

効果モンスター
星10/炎属性/炎族/攻 0/守 0

自分フィールド上の罠カード3枚を墓地に送った場合に特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度だけ、相手フィールド上にセットされている罠カード1枚を破壊する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
罠の効果を受けず、魔法・効果モンスターの効果は発動ターンのみ有効となる。
このカードの攻撃力・守備力は自分の墓地の罠カード1枚につき1000ポイントアップする。
このカードが墓地に存在する時、手札の罠カードを墓地に送ることで、
墓地のこのカードを特殊召喚することができる。
このターン、自分フィールド上に他のモンスターが存在する場合、
このカードは攻撃をすることができない。


 OCG版との最大の違いは召喚条件が永続罠限定ではなく伏せた罠カードであれば何でもいいと言う事。なので永続モンスターをわざわざ採用する必要もなく、迷い風やスキルサクセサーのような墓地から発動するカードを素材を能動的に墓地に送って墓地から罠だとぉ!?を連発する事も可能。

 更にターン制限もなくフリーチェーンで手札から罠カードを墓地におくれば即座に蘇生可能であり、罠耐性だけではなく魔法・罠においても一度ウリアに効果を与えたカードはフィールドから離れない限りは二度と効果を受けないと言う耐性も。

 はっきりいって耐性と復活性能が噛み合った結果、幻魔最強と言い切ってもよく、ラビエルも愚痴るレベルであった。

・ウリアせんせーのデッキ

 和睦の使者、メタルリフレクトスライム、威嚇する咆哮などを使って遅延をしながらウリアを引き当てて召喚する遅延デッキ。更に迷い風や巨神封じの矢など墓地から発動する罠カードも多数入れており、ひたすらウリアを引くまで遅延や妨害で粘りつつ、何度も復活するウリアを引いてから一気に攻めて押し倒す。

 本人が幻魔の生まれ変わりである事を隠している事もあるが、とにかく一戦のデュエルがウリアを引けなければ凄まじく長くなるという事もあって普段は封印していた。



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