どうも、修理屋です (にゃんさん)
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依頼1 東都水族館大観覧車

***

 

 

「はぁ~い、どうも修理屋で~す、御用件は~?」

 

 

 薄暗い打ちっぱなしのコンクリートが貼られたその部屋に、ひと際彼女の声だけが良く通る。乱雑に置かれた傀儡のような置物、棚に積みあがる薬品の数々、種類も言語もバラバラな蔵書。生活感とは一体なんだろうか。彼女の部屋には生活スペースというものが存在しなかった。

 いつからついた寝癖かも分からない爆発頭の彼女は、気怠そうにその異空間の中で電話対応を続ける。

 

「はいはい、え?観覧車の修理?ゴンドラの窓が壊れたとか動作不良ですか?見積取りますね~。は?観覧車が転がって大破したから直してほしい?いやいやお客さんご冗談を~あはは~」

 

 そう言いつつ彼女はスマホを片手にニューストピックスを開く。その一番上に出て来たものは紛れもなく耳にしたばかりの観覧車が転がって隣の水族館に激突した映像だった。

 「え、ま?」流石に信ざるを得なくて、顔色だけはどんどん悪くなっていく。

 

「お、お客さん、自分一人で店やってましてねえ、生憎この観覧車を一人で直すなんてなあ~....」

 

 そう冷汗を流しながら、自分の根底にある「無理なもんは無理」を突き通していく。そこからはただただ長かった。電話相手から詳しく個人情報を聞いたりしていない為どのような人物か分からない。だが、ここまで大破した戦場のような跡地は、心の底から猫の手も借りたいほどの人手不足だと半泣きで語られた。

 ああ、そこまで頼りにされてしまうと頷くしかないじゃないか。

 大の大人がたかが一人の小娘に縋りつくこの様子、しかし彼女にとっては優越感のような高揚感のようなものがあった。

 

 彼女は、一つ条件を出した。

 大がかりな作業になる為、跡地に人を近づけないこと。

 たったそれだけだ。

 

 目立たないラフな格好に身を包み、ポケットには傷だらけの銀時計を仕舞った。堂々と歩きスマホをしながらその戦場へと向かう。キーワードには、東都水族館・観覧車・構造。

 ふむふむ、なるほど、これは、一般の修理業者に頼んだら間違いなく解体作業になるだろう。いや、その前に明らかに嫌な顔をされてできないと言われるだろう。

 キャップを被り直しながら画面に目を向けていれば、自分より約一回り背の低い子供たちが通り過ぎた。どうか一回りは背が違うことを祈りたい。

 

「あ~あ、結局観覧車ちゃんと乗れなかった~」

「何を言うんじゃ、2回も乗ったじゃろうに」

「でもよお!てっぺんまで行ってもまともに景色みれなかったじゃんかよ!」

「しょうがねえだろ、特にオメエは生きてるだけでも感謝しろ」

 

 『観覧車』というワードに歩いていた足が止まった。もしかしたら転がった時に乗っていたのだろうか、いや、もしそうならこんな街中でうろついている場合じゃないだろう。

 

「次、いつ乗れるのかなあ?」

「あれはもう無理ね。解体するしかないわよ」

「そんなぁ、博士~直してよ~、、」

「ワ、ワシにも無理じゃよ」

「もう僕達乗れないんですかぁ?」

「さあね、2回も乗れたことに感謝するのね」

 

 クールな女の子の言う通りだ。見てみないと分からないが車軸が外れてホイールが転がったのだ。あれはもう壊すしかないだろう。しかもリニューアルオープンしてすぐに爆破事件が起きたそうじゃないか、どうなってるんだこの町は。生まれた土地に帰りたくなる気分だ。

 ただその会話の発端であるカチューシャを付けた女の子は今にも泣き出しそうな表情だった。ああ、そういう表情にはめっぽう弱い。

 

 被っていたキャップとスマホに付けていたストラップ。

 あの子、猫耳とか似合いそうね。

 ゆっくりとその女の子に近付き、ふわりと帽子を被せた。

 

「....へ?」

「きっと直してくれるよ観覧車、だから待っててね」

「!!この帽子可愛い!うさ耳付いてる~!!」

 

 猫耳や。

 

 キャッキャとはしゃぎ始めた女の子。付き添っていた博士と呼ばれる彼はホッとしていた。

 

「すまんのお、助かりましたわい。外国の方ですかな?これまた見事な金髪で」

「ええまあ、そんな感じです。ではでは急いでますので」

「ねえ、お姉さん。お姉さんがこのうさ耳の帽子被ってたの?」

「猫耳言うてるやろ」

「お姉さん!ありがとう!大切にするね!」

「もう泣いちゃダメだぞ~」

 

 手をヒラヒラと振りながら颯爽とその場を後にした。我ながらイケメンだったぞ、自分。表情筋が上がるのを止められず、ニコニコしながらいざその現場に着けばまず表情筋がお亡くなりになった。ああ、返せよ、たった一つの表情筋。

 

「アホやん、なんそれ」

 

 現場は思っていた以上に悲惨だった。いやもう本当に何があったんだレベル。爆発があったと聞いてはいたが、思った以上に粉々だった。この国は、平和だと聞いていたんだが。

 

「こりゃ車放置して貰って正解だったな」

 

 人払いは事前にしてあったが、手ぶらで現場に訪れた彼女は勿論道具も材料も何もない。ただ、放置してもらったショベルカー、ブルドーザーは有り難い。いい材料(・・・・)になるだろう。

 足元を見れば、弾丸のようなものまで転がっていた。いや、マジで何してんの?日本というものを疑った瞬間だった。車軸まで歩きながらもその弾丸を拾い集めた。撃ち終わった弾丸を拾い集める所から始めるってなんなんだろうこの時間。ガラガラガラと車軸の周りにそれを集めれば、やれやれと掌を合わせた。コーンと、鐘のような音が聞こえる。

 

 さあて、やりますか。まずは観覧車から。

 

 その瞬間、青白い光がチリチリと駆け巡ったのである。

 

 

 

 

***

 

「風見」

「.....はい」

「一体、どんな修理業者に電話したんだ」

「すみません、手当たり次第に電話をしたものですから、やはり無理だと言われましたか?」

「風見、ニュースを見てみろ」

「はい?ニュースですか?」

 

 上司の言葉通り彼はパソコンでニュースの画面を開く。その一番上はきっと昨日と同じ観覧車が大破した画面だろう。何を今更と思いつつそのページに目を向ければ、彼もまた表情筋が死にかけた。流石公安、ちょっとやそっとじゃ死なないのだ。

 

「降谷さん」

「....なんだ」

「個人的に調べてもよろしいでしょうか」

「....ああ、そうしてくれ。名前は言ってなかったか?」

「確か、ノアと名乗ってました」

「ノア、か」

 

 『一瞬にして瓦礫の山となった東都水族館は、一夜にして元通りに!?』

 きっと一番驚いているのは泣きながら頼み込んだ彼、風見という男だろう。若い女の声はやる気というものが感じられず、無理なもんは無理と業者らしからぬ発言を続けていた。それでも最後はなぜか折れて、分かったとりあえず人払いはして欲しいと頼んできた。しかも隣にある水族館も元通りになったのである。

 いや、元通り、の割には少しばかり趣味の悪い色合いになったような気がするのは気のせいだろうか。うん、気のせいだよな。頼み込んでおいて文句を言うのは止めよう、人として。

 

 

 ネットでたまたま見つけたその修理屋『armstrong』というヤバそうな名前の店に彼は泣きながら電話をしただけだ。まさか、こんなことになるだなんて。

 

「風見、僕にいい考えがある」

「奇遇ですね、降谷さん。自分も同じことを考えていました」

 

 庁舎内の騒がしいオフィス。きっと昨日の事後処理やらなんやらで忙しいだろう。この2人も例外ではない。ただ彼らはそんな忙しさも具合の悪さも忘れるほど高揚感に満ちていた。

 2人は珍しく声を揃えて言った

 

 「「rx-7の専属修理屋にしよう」」と。

 

 

***

 

 

「ぶぇ~くしゅん!!!あ"~さむ、頑張り過ぎたわ~」

 

 よろよろとハンバーガー片手に貪る彼女、ノア。目の下には可愛くない隈を連れ帰って来たらしい。なんともいい迷惑だ。徹夜明けの濃いハンバーガーが染みますなあ。行儀というものを知らない彼女は口いっぱいにそれを頬張った。

 

「あ!昨日のお姉さん!」

「お?やあやあ少年少女達よ、お出掛けかい?」

「うん!知り合いのお姉さんがね観覧車のチケット取ってくれたの!」

「ほ~、昨日言ってたやつかな?良かったじゃん」

「お姉さんの帽子も一緒だよ!あゆみとっても嬉しい!」

 

 柄にもなくなでなでとその可愛らしい頭を撫でてやった。いい仕事をしたものだ。それじゃあ、行くね、とニコニコしながら向かっていく彼女を筆頭に、同じ年頃の子供たちが後を追いかけていく。その中の一人がノアの前で立ち止まった。

 

「....お姉さん、機械の匂いがするね。切削油かな?」

「へえ~、良く知ってるねえ」

「あの大規模な爆発を受けた場所が、1日で戻る訳がないんだけどお姉さん何か知らない?」

「お姉さん、行ってないから分かんないなあ」

 

__ブチッ

 

 ハンバーガーを持っていない手はポケットに突っ込んでいた。そのポケットから何かが潰れる音が聞こえた。その音とともにコナンもましてや灰原も驚いた表情を浮かべる。

 

「なっ!?」

「町も物騒なら子供も物騒に育つもんだねぇ。手を汚すなよ~少年」

 

 そう言って昨日のように去っていく彼女を2人は黙って見つめた。

 金髪ストレートでボブカットの彼女は、最後の一口を頬張った。

 

 

_pipipipi pipipipi

 

「は~い、修理屋『armstrong』で~す。車の修理ですか?は~い喜んで~。ああ、でも徹夜明けで修理してたんで、夕方からでもいいですか~?は~い、ありがとうございま~す。お名前はえーっと、降谷さんですね~、それではまた後ほど~失礼いたしま~す」

 

 




誤字指摘ありがとうございます。
感謝感激雨嵐です。


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依頼2 rx-7

お陰様で続きました


 

***

 

「はいどうも~、お世話様です。修理屋『armstrong』で~す。早速始めますね~」

「....ああ、電話をした降谷だ。よろしく頼む」

「は~い、いやあそれにしても随分派手に事故りましたねぇ~」

「あー、ちょっとぶつけられてしまってな...」

「いやあ、この間も似たような理由で修理に来られた方がいましたよ~」

「.....」

「確か、その方も珍しい車でしたねえ....あれ?降谷さんの車の破損は右側のボディで、この間のお客さんは確か、左側.....」

「すまない、あまり思い出したくないからその話はしないで欲しい」

「Oh....とりま始めますね~」

 

 日没間近の見知らぬパーキング、場所を指定したのは降谷だった。気怠そうではあるが、ぐっすり眠ることが出来たノアは可愛くない隈を放し飼いすることに成功したようだ。

 

 ガチャガチャと馬鹿でかい道具箱とともに登場したノアを見て降谷は目を丸くした。女性だとは聞いていたが、どう見ても修理屋だなんて泥臭い仕事をする子には思えなかった。自分とは違う艶めかしい金色の髪をした彼女はそれに見合った白い肌をしていた。全体的に華奢なシルエットで、どこからどう見ても昨日の跡地を元通りにしこれから車の修理をする人間には思えないのだ。

 

「...君は本当に、あの大観覧車と東都水族館を直したのかい?」

「やだなあ、そんな訳ないじゃないですか~、ちゃんと別の業者に引き継いだんですよ~」

「電話では、徹夜で修理していたと」

「あー、お手伝いしただけですよ~。さてと」

 

 それ以降彼女は昨日の話を聞いてくれなくなった。なぜなら、ポケットから取り出した紙とペンを両手に持ちズラズラと書き始めたからである。車体をまじまじと観察しながらぶつぶつ独り言を続ける。

 

「はあ~、rx-7ってマイナーチェンジしたんだよなあ。エンジンを希薄燃焼方式に変えて、排ガス浄化方法もサーマルリアクター式から触媒方式に変わったと。それで燃費も良くなったわけね、実際に見ると面白いなあ。空気抵抗係数も従来の0.36から0.34に減らしたのね~、見た目も良くして車体の軽量化も成功したと、ん~面白いねえ」

 

 車体をニヤニヤと見つめながら殴り書きと独り言を続ける彼女は、凛とした見た目からは想像も出来ないほどだらしない顔をしている。流石の降谷もドン引きだった。しかし、自分の愛車を褒められているようで正直降谷は気分が良かった。(愛車ぶっ壊れてる)

 

 ・ ・ ・ 1時間後 ・ ・ ・

 

「う~ん、こんなところかな。さて直しますかあ」

(...やっとか)

 

 器用に彼女は手に取った工具をガチャガチャといじり始めた。車の修理って、手作業だっただろうか。いや、ここはお手並み拝見といこうじゃないか。彼女が居れば、この希少な僕の車を安心してぶっ壊せ...おっと違う違う。安心してカーチェイスを...いや、これもどうなんだ?そうだ、安心して組織を追うことが出来るのだ。

 

 それにしても、凄まじい集中力だった。無類の車好きなのだろうか?いや、しかし話している内容は科学的な理論や数式ばかりで、僕にも理解できない内容が多かった。最後の方、「今度ADASの原理勉強しよ~」って言ってなかったか?修理の技術を上げるためにこうやって知識を蓄えているのだろうか。見た目は若いが店を一人で切り盛りしていると言っていたから、学生ではない。よし、思い切って聞いてみるか。

 降谷は、会って間もないその少女に興味が沸いていた。 

 

「修理屋さん」

「はい~?ノアでいいですよ~」

「ノアは、家が修理屋か何かなのかい?」

「呼び捨てかい。いいえ~趣味の延長的な感じです~。まあ、家も機械オタクの集まりですけどね」

 

 趣味....

 

「へ、へえ、そうなのか。修理が趣味とは珍しいね」

「修理が趣味な訳ないじゃないですか~、一応これでも女の子ですよ~」

「じゃあ、なんだい?」

「読書ですよ~読書。本を読むのが好きなんです」

 

 なるほど、それで知識欲が人並み外れている訳か。

 

「うちの実家機械だらけだから、オイルの匂いはキツイしベアリングは煩いしで散々でしたよ。まあ、機械いじりはお陰様で上手くなりましたけどね、っと!」

「気になってはいたが、ノアの出身は?」

「ん~、諸事情により内緒です~。おりゃ!」

 

 ガチャリ。金物が擦れる音が響く中、懐かしむように彼女は語った。その修理をする様は、無駄な動き一つなく達観としている。しかし、力任せにパーツのネジを固定する時の声は、年相応で可愛らしかった。そんな車体の下に潜り込み作業を続ける彼女だったが、「やべ、部品足りね」と、可愛くもない声で呟いた。

 

「忘れ物か?時間はあるから、大丈夫だが」

「いやあ、電話で聞いていたより酷かったもので」

「...君はもう少し言葉を選ぼうか」

「お構いなく~。あ、ちょっと喉乾いたんでジュース買ってきて欲しいんですけど~」

「まったく、普通客にジュースを買わせないぞ」

「え~、これだから日本はお堅いんですよ~、けちー」

「...何が良いんだ?」

「コーヒー牛乳一択で!」

 

 

 お金を渡す前に降谷はコンビニへと歩いて行った。なんだかんだ優しい日本人のようだ。

 さてと、来ないうちにやっちゃいますか~!

 

 ・ ・ ・

 

 戻ってきた降谷は、その愛車を見て表情筋がお亡くなりになられた。

 隣で美味しそうにコーヒー牛乳を飲む彼女。

 降谷の右手にはスチール製の缶コーヒー。

 

「ノア、僕の車の色はなんだった?」

「へ?何色でしたっけ?ああ、でも今のカラーも素敵じゃないですか~、サービスですよサービス!」

 

 ガゴン!!!

 

 ボタボタと流れる黒い液体。ノアは思った、まさか上手く出来た合成獣(キメラ)なのではないかと。ゴリラと人間をこうも上手く組み合わせるだなんて、日本の技術はやはり侮れない。

 

「なんでよりにもよって赤なんだ!?さっさと元に戻せ!!!」

「はっ!はいー!!すんませんでしたー!!!」

 

 一瞬で修理は終わったはずなのに、降谷に見張られながら再び作業を始めた彼女はズルをすることなく予定の5倍時間をかけて塗り直したとかしないとか.....



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休業日

ハガレンとは?


 

***

 

「お母さん、久しぶり!」

「蘭、元気だった?コナン君も久しぶりね」

「うん!」

 

 数か月ぶりに妃法律事務所に訪れたのはコナンと蘭だった。蘭は母である英理にポアロ特製ハムサンドを差入れとして渡した。一番喜んでいたのは英理の秘書である栗山緑である。

 

 そして始まるマシンガントーク。いつぞやの観覧車に放たれた弾丸の雨並みに恐ろしいのだ。コナンは思った。おっちゃん、さっさと素直になってくれ、と。しかし、他人事のように聞いていたその話は、ついにコナンにも降りかかってきた。例の彼はまだ帰ってこないのか、いっそのこと捜索願を出すべきなのではないのか。流石法廷のクイーン、言葉の一つ一つが重い。傍から見たら関係ないが、コナンにとっては他人事では無い。その前に彼は本人である。

 

「?コナン君どうかした?」

「い、いやあ、べつに?」

 

 不穏な会話もなんとかハムサンドの美味しさによってどこかへ行ってしまったようだ。安室さん、ありがとう。久しぶりに来た事務所を、コナンはハムサンドを頬張りながらきょろきょろと見渡した。間違い探しのように正解を導き出した彼は、英理に問う。

 

「あれ、おばさん。このパソコン新しいのに替えたの?」

「どれ?ああ、それね。この間修理してもらったのよ」

「修理?これって最新機種じゃない?」

「コナン君よく知ってるね。それね、修理を頼んだはずが最新機種に替えてくれたのよ」

 

 それは数週間前の事。いつものように捜査資料やら証拠やらを集める為、パソコンで作業していた緑が突然悲鳴を上げたのだ。英理が慌てて駆けよれば、彼女のデスク、正確には彼女の使用していたパソコンから黒い煙が上がっていた。誰も悪くない、ただ運が悪かっただけである。次の裁判まで1週間を切っていた平日の昼過ぎ、二人は呆然と立ち尽くした。

 

 ・ ・ ・

 

「お邪魔しま~す、修理屋『armstrong』で~す」

 

 ・ ・ ・

 

「....で、その修理屋さんが直してくれたの?」

「直ったというより、前より良くなった、かしら」

「あの時は、壊れた時と同じくらいびっくりしたよ~。私がお茶を用意していて、妃先生が少し席を外している間に直ってるだなんて」

「え!?凄い、なんだか魔法みたいですね...」

 

 その時のことを熱く語る緑は、もはやファンの域だ。しかし、英理もそれを否定することはなく、あの時は本当に助かったと心底安心したような顔をしている。

 

「ねえ、ホームぺージとかある?そのお店の」

「あるわよ、ちょっと待ってね」

 

 カタカタとその最新機種のパソコンに緑は打ち込んでいく。『armstrong』と。コナンは思った、なんだそのネーミングセンスは、と。しかし、彼の正体を知っているものは口を揃えて言うだろう。お前が言うな、と。

 だが、その壊滅的なセンスは店名だけで終わらない。いざホームページを開けば上半身裸体の筋肉質な男性がボディビルさながらなポージングをとっており、もはや何のホームページかも分からない。むしろボディビルダーの大会のホームページだと言われた方が納得する。そして、コナンは思っていたことを口にした。

 

「ね、ねえ、なんでこの業者に頼んだの?」

「それは勿論口コミの評判の高さよ!」

 

 そう話す緑は口コミの欄をクリックする。ズラリと並んだ口コミには、思った以上に様々な案件を取り扱っていたということが手に取るように分かる。もはや、修理であればなんでも屋の勢いだ。中には、「軽い態度で最初はどうなるかと思ったが、新品並みに修理をしてくれた」だとか、「見た目の割に仕事ぶりはなかなかだった」など気になる部分はあるが、修理の腕は確かだとそれを見れば分かる。ほとんどの口コミに共通しているのは、目安時間が他と比べて断然速いということ。恐らく二人はここに目を付けたのだろう。

 

「時間が無い中一瞬で、しかも爆発したパソコンが最新機種の性能に変わるだなんて魔法でしかないわよね!!!」

 

 あれ、緑さんってこんなにテンション高いっけ...

 

 そう熱く語る緑の横で、英理が冷静に呟く。

 

「でもあの子、スマホを片手に入ってきたのに、帰りに連絡先を聞こうとしたら「持ってない」って言ったのよね」

 

 流石に修理時間が短すぎたのが英理は不信感を抱いた。後で多額の請求を訴えられるかもしれない、また壊れた時の為に保証してもらわないといけない、とにかく連絡先だけでもと話したらしい。しかし、修理に来た業者は「あ、忘れたんでメモでもいいですか?」と、紙切れを渡したそうだ。深く考えることではないが、なぜ忘れたと嘘をついたのだろうか。

 

「まあ、直ったし今のところ問題も無いようだから結果オーライね」

「それにしても可愛い子でしたよね!最初は、学生のバイトさんかと思いました」

「へえ、どんな方だったんですか?」

 

 綺麗な金髪ボブの瞳の色が青い女の子だよ!

 

 

 

***

 

 

 

『毎度~、修理屋『armstrong』で~す。本日は定休日となってま~す。ということで、私の一押しの修理業者を紹介いたしますね~、まず車は〇〇....』ブチッ。

 

「はぁ....」

 

「どうした?ゼロ」

「...ヒロ」

「いや、例の彼女を協力者に、と思っているんだが」

「ああ、そういえばこの前言っていたよな。腕のいい修理屋に会ったって」

「あれ以来連絡がつかなくてな、何日か店を休んでいるらしい」

 

 律儀にアホみたいな留守電を毎日聞いている降谷のことを当然店主は知らない。一度最後まで聞いてみようと思ったらしいが、種類ごとに細かくオススメを紹介しているのか如何せん話が長い。オーブントースター専門の修理業者まで聞いて切った。なんだ、オーブントースター専門って。

 留守電の内容をふつふつと思い浮かべながら、降谷は幼馴染である諸伏に向き直した。

 

「そんなことより、お前今日休みだろ」

「少し顔を出しただけさ」

「そうか。たまにはゆっくり休んだらどうだ?」

「ゼロにだけは言われたくないけど、そうさせてもらおうかな」

 

 お言葉に甘えて久しぶりの休日を満喫しようと、諸伏はとある場所へ向かった。

 そこは日本でも東都でも大きくない、小さな図書館だった。

 

 少し古びたブロック塀の建物。童話、児童書、雑誌等の本はほとんどない、そういう図書館である。新聞コーナーを抜け、奥の専門書の並びへと進めばだんだんと人の数も少なくなる。とあるスペースを自分の住処のように陣取り、邪魔者が入らないように分厚い本を壁のごとく積み上げる人物。それこそが諸伏の会いたかった人物だ。

 

「やあ、久しぶり。やっぱりここにいたんだね」

「......」

「ノ~ア~ちゃん!」

「わああおお!!!びっくりしたあ......誰だっけ?」

「諸伏だってば、いい加減覚えてよー」

「ごめんごめん、興味ある事ならすぐ覚えるんだけどさあ~」

「毎回思うけど言葉を選びなさいって、まったく」

 

 黒縁の眼鏡を掛けて、真新しいノートブックにズラズラと書き綴る彼女こそが、諸伏の会いたかった人物である。

 

「いつもながら、暑苦しい格好だねえ。日本の気候を舐めているのかい?」

「そうかい?君の生まれた場所は、そうでもないのかな?」

「そうやって私の事を聞き出そうとしても無駄だよーん」

「バレたか」

 

 あからさまに嫌な顔をしながらも彼女の視線は再び分厚い本に移る。『三次元CAD』?今度は何に興味を持ったのだろうか。いつものように、なぜこの本を読んでいるのか聞いてみた。

 

「この前珍しい車を見る機会があってね、何百キロもスピードを出せるスポーツカーとADASを掛け合わせられないかなあと考えた結果、まずは基礎から読み直そうと思って」

 

 車内前方に装備されたステレオカメラで前方を監視し、障害物 を三次元的に認識することで、自動ブレーキ、アダプティブ・クルーズ・コントロール等を制御する「運転支援システム」、ADAS。

 

 一昔前の高級車とADASを掛け合わせたいという夢のような、けれどスポーツカー好きからしたらとんでもない発想を喋り出した彼女。きっと自分の幼馴染が聞けば苦い顔をするに違いない。

 だからと言って三次元というものから理解する必要があるのか?いや、やめよう、そんなこと今更彼女に聞いたところで「本を読む理由なんて、読みたい以外ありますか?」って真顔で答えられてしまいそうだ。

 

 彼女と出会って約二年。たまにこうして図書館に顔を出しては彼女の真剣な顔を見る時間が癒しでもあった。当の本人は、そんなに前から出会っていることを覚えてすらいないらしい。実際、衝撃的な出会いだったんだけどなあ、と諸伏は不満に思う。

 

「....今何時?」

「今?16時を過ぎたよ」

「ゲ、まじか。気付かなかった~」

「?スマホ忘れたの?」

「いやあ、この前壊しちゃってさあ」

「はやく新しいの買いなさいよ」

「それな~、仕事もあるしなあ」

 

 本に目を通し、右手ではペンを走らせ諸伏と会話を続ける彼女。なかなか器用な真似をする。少しずつ本の山も崩れていく中、見慣れない新聞が目に入った。

 

「?珍しいなあ、新聞読むの」

「あー、そうね」

「『アメストリス国』?ヨーロッパの大国か?」

「あれ、米国の新聞かと思ったら間違えて持ってきちゃったなあ」

「ふーん」

 

 上の空の彼女に思うこともあったが、その新聞の見出しに目を見張る。

 

 

 

『イシュヴァール殲滅戦、未だに爪痕が残る.....』

 

 

 

「...さあて、帰りますかね」

 

 その話題を口にしようとした瞬間、彼女は今まで読んでいた本をテキパキと片付け始めた。一瞬固まったが、何分閉館時間も間近に迫っていた為仕方がない。しょうがないからと新聞記事をもとの場所に返そうと動くが、係の人に止められた。

 

「あれ、そちらの新聞は取り扱っていない筈なのですが....」

「え、そうなんですか?でもさっきノアが借りたやつだって....」

 

 なぜ、嘘をついた?

 やれやれと、再びノアの元へ戻る。新聞の経緯を聞こうかと手を挙げながら呼びつけたが、何か嫌な予感がした。ノアがいつにも増して黒い笑みを浮かべていたからだ。彼女の悪知恵は犯罪者も警官も泣くほど恐ろしい。

 

「お嬢さん、またこんなに借りるのかい?持って帰れないでしょ?」

「大丈夫ですよ~。ここに立派な足が居るじゃあありませんか~」

「はい?」

「ねえ、もろふしさん?」

 

 こういう時だけ名前で呼びやがって。

 泣く泣く彼女の言いなりになりながらも阿保みたいに重いその本達を眺め立ち尽くした。

 右手にはクシャクシャになったアメストリスの新聞。

 

 次の日、諸伏の腕は筋肉痛で使い物にならなかったとか。

 

 




ほとんどの人が生き返ってます。
夜な夜な人体錬成しました。
おかげで私の体はほぼありません。
文字を打つ手だけは残しましたので、続きを楽しみにして頂けると幸いです。

ノアちゃん↓
【挿絵表示】

*なっこ式*女子メーカー様より作成しました。


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依頼3 ハンググライダー

⚠︎ミステリートレインと純黒の悪夢の時系列合っておりません。申し訳ないです。


 

***

 

pipipipi pipipi...

 

「はいどうも~、修理屋『armstrong』で~す。御用件は~?」

 

『あ、ノア?オレオレ、あのさー』

「え~おひさ~。あ、ちょっとお金貸してくんない?」

『え、逆に?いや、オレオレ詐欺じゃなくて』

「まあ冗談はこの辺にして、今仕事で立て込んでおりましたので失礼しま──」

『おい待てって!仕事の依頼だってば!』

「もーしょうがないなあ、話だけ聞いてあげるよ仕方ないから」

『お前よくそれで店やってんなあ……』

 

 今日も今日とて仕事に励む修理屋店主ノア。

 

 先日、急遽PCの修理を頼まれたはいいが、なんと、オーバーフローをした挙句爆発したパソコンが目の前に。え?これ修理しろって?最近はこんなことばかりだな。いや、壊れたものを修理するのが我々修理屋であって、何も間違ってはいないのだけれど度が過ぎているのではないか?観覧車の修理を頼まれいざ現場に行けば瓦礫の山。パソコンの修理を頼まれいざ来てみれば黒焦げの炭。

 

 引きつりそうになる顔を何とか堪えながらも、材料やら工具やらが入った箱を取り出す。そしてノアは思った。ああ、また材料が足りない。そして、それを補う唯一の材料こそが握っていたスマートフォンであった。泣きながらも紅茶を淹れる女性、裁判までの日程を伸ばして欲しいと懇願するもう一人の女性。ああもう、しょうがないなあ、最近まともな修理をしていないじゃないか。

 

 そしてノアは、泣く泣くして手を合わせたのだった。

 

 それから、数日。仕事用のスマートフォンをお釈迦にしたノアは、これを機に趣味に没頭した。万が一の為の留守電の内容は、ノア一押しの修理屋紹介特集にしてある。これさえあれば間違いない。

 何日かいつもの図書館にお世話になった時、よく遊びに来ていた男が久々に顔を出した。いつも名前をど忘れしてしまう彼とは結構な付き合いになるらしい。確か、テレビの修理の帰りに街を歩いていたら、たまたま修羅場に遭遇したんだっけか。この街に来たばかりの事だった、随分物騒なところだなあと思い始めてから早2年。未だにこの町が物騒なのは変わらないようだ。

 

 あれ以来その男──諸伏は、異常なくらいノアに懐いた。たまたま、本当にたまたま図書館で居合わせた二人。「あの時は本当にありがとう」と諸伏は必死にお礼を述べるが、ノア自身は何をしたのかよく覚えていない。けれど諸伏は語る。

 

「あの時ノアちゃんがいなかったら、俺は今頃死んでいた」

 

 そう、修羅場から潔く退散しようとノアは外に出て階段を降りていた時だった。知り合いと思われるその人物は声を荒げてノアに問う。

 

「このビルで黒髪の猫目の男に会わなかったか!?」

 

 帽子を被ってスパイのような恰好をしているその男。暗がりだったせいかノアもその男もお互いの顔が良く見えていなかった。真に迫る彼に向かって、ノアはめんどくさそうに呟いた。

 

「え~いましたよ~。なんか訳アリっぽいですね~。イケメンカップルの修羅場かしら、世の中の女子はこぞって見に行きそうですねえ」

 

「壁ドンなんかしちゃって、随分お熱いカップルですわ~」と、言いながら男の横を通り過ぎた彼女。「てかあなたも加わったらガチの修羅場っすね、だるいだるい」と面倒事から逃げるように彼女は去っていった。降谷だけ一瞬時間が止まったような感覚に陥っただろう。

 気を取り直して「スコッチ!スコッチ!」と叫びながらその場に到着すれば、愛しの幼馴染と癇に障るその男が距離を縮めているではないか。まさか、本当に修羅場になるとはな。

 しかし、自我を失った彼が名指しで叫んでいなければ、諸伏はあの引き金を引いていたかもしれない。そんなことノアが知る由もないのだが。

 

 

 さて、昔話もここまでにして、今日の仕事の話をしよう。

 

 

***

 

『今、一応修理してる途中だから手短にね~』

「おー了解。実はさ、俺の私物のハンググライダーが壊れちまって」

『....ハンググライダー、だと?』

「ノア?」

『君、今すぐ私の城に来たまえ』ブチッ。

 

「は?おい!なんだよー、まあ、直してもらえるならいいか」

 

 ボロボロになりながらも電話を掛けたその男こそが今日の依頼人である。とんだ厄日だ。女物の服を脱ぎ私服へと着替える彼は途方に暮れた。何度か訪れたことのある彼女の家を思い出しながら、彼女の好きな味の濃いハンバーガーと瓶に入ったコーヒー牛乳を片手に目的の場所へと向かった。

 

 シンプルな鼠色の建物。コンクリートが打ちっぱなしなのが格好良いと、この家を選んだらしい。火が着いても簡単に燃えないでしょ?とも言っていたな。一体家でどんな生活をしているんだ。

 重たいその扉の前に快斗は立った。覗き穴も、インターフォンもないこの家を空けてもらう手段は彼女の私物のスマホを鳴らしてあげること。ただし、一回で扉が開くとは限らない。

 

 1回目、開かない

 2回目、開かない

 3回目、……開かない

 

 ガチャ。 

 

「やあ、遅かったじゃないか。快斗君」

 

 4回目のコールを掛ける寸前、その重い扉は開いた。珍しく生気があるその顔を見て少しだけ安心したのは内緒だ。この間は飲まず食わずで何かを直していたらしい。口コミの高さは伊達じゃない。

 いざその部屋に入れば、モクモクと怪しげな色の煙が宙を舞い、行き場を失ったそれらが逃げ出すように家の外へと飛び出している。一体何をしていたんだ。「……ライブ会場か何かか?」と問えば、「いぇーい、盛り上がってるー?」と棒読みでノアは答えた。ノリが良いんだか悪いんだか。

 

「さてさて、そのハンググライダーとかいうものを出したまえ!」

「やけにテンション高いな」

「君はいつも面白そうなものを手にしているからね!お、このハンバーガーとコーヒー牛乳は差入れかな?有り難く受け取ろう」

「へいへいどうぞ」

 

 薬品と古い本の匂いが入り混じったこの空間で、ノアはテレビに映るタレントのように口いっぱいハンバーガーを頬張る。彼女だけ見る分には食欲が沸いてくるが、如何せんこの独特な匂いと生活感の欠片も無い部屋が邪魔をする。

 差入れとは別に持ってきた大きなアタッシュケースから例の物を取り出せば、ノアはキラキラと瞳を輝かせた。ああ、せめて食べ終わってから出すんだった。予想通り食べかけのハンバーガーは、テーブルの上で寂しそうに食べてもらうのを待っている。

 

 快斗はやれやれとため息をつき、いつも通りその部屋を物色し出した。

 

 ノアの部屋は物が多い。それさえなければ、だいぶ広い部屋なのではないか?本棚は壁紙のように鎮座しているから、もはや打ちっぱなしのコンクリートの役割を果たしていない。廊下にはずらりと並べられた薬品やら実験道具やらがたくさんだ。一階のその部屋しか知らないが、恐らく他の部屋も似たようなものだろう。

 

 小難しそうな本を手にしてペラペラとページをめくっていれば、薬品の匂いが染み付いた白衣を着たノアがやっと口を開いた。いつもの殴り書きタイムが終了したようだ。

 

「ねえ、これ本当にハンググライダー?」

「なんで?」

「だってハンググライダーって畳んでも5mくらいあるでしょ?なんでこんなに軽量化も小型化もしてんの?日本の技術どーなってんの?」

「そりゃあれだろ、俺様の頭脳とひらめきが」

「いやあ、日本様様ですわ日本万歳」

「おい、無視すんなよ」

「えーっと、この部分はアルミニウム合金とカーボンファイバー製のパイプかな。それなら……」

「ったく」

 

 

 真剣な表情で直していく彼女を見るのは2回目だった。

 何時ぞやの中森警部と次郎吉との対峙後、その日は今彼女が直しているハンググライダーが手元になかった。警官達が蔓延る街中でどうにか逃げ切ろうと愛車の元へと向かっていた。そうして、彼女と出会った。

 相棒のGSX250Rと、その横で魔改造に励む彼女。追われていたことすらも忘れていた。その場に近寄ればスパナ片手にきょとんとした顔で「誰?」と呟く彼女。いや、逆に誰?

 

「ねえ、これ君のバイクかな?」

「……そうだけど」

 

 自分のものだと言い返せば、彼女はやれやれとため息をついた。

 

「君さあ、もうちょっとメンテナンスとかしてあげなよ〜。この子しくしく泣いてるよ?分かる?」

「はあ……?」

 

 なんでも自分のバイクに対するメンテナンスが甘かったらしい。スパナを工具箱にしまった後はチェーンメンテナンスを始めた。ルブを振り掛け調節するその表情は、先ほどのとぼけた顔とは違い至って真剣な顔つきをしている。魔改造とか言ったことを心の中で謝った。「よしっ!」と満足そうに微笑めば、彼女は笑いながらヘルメットを被った。

 

「さあ、メンテナンスのお礼に家まで送ってちょーだいな」

「……私のことご存知では無いのですか?レディ」

 

 そう、俺は今怪盗キッドの格好だ。

 ついさっきまで、この格好をしていたことすら忘れかけていたが。

 

「えー知らんよ。そういえば何その格好、おもろい」

「……」

 

 天下の怪盗キッド、撃沈。

 キッドという皮を被ることすら馬鹿馬鹿しく感じた。バサッと、得意の早着替えをして見せれば「おーー」と物珍しそうな顔をして快斗よりも先にバイクに跨る彼女。駄目だ、調子が狂う。

 お馴染みのサイレンが近くまで迫ってきたところで、ブオオンとバイクのエンジンを鳴らす。「しっかり掴まれよ」と声を掛ければ、「Yes sir!」と発音の良い英語が返ってきた。

 

「俺は、黒羽快斗。アンタは?」

「ノア、最近修理屋を始めたよん」

「へえ、道理で手際が良いわけだ」

「そりゃどうも」

 

 警察に追われているのに淡々と自己紹介をする異常な二人。終いには快斗の持っていたトランプ銃を弄り出す始末だ。怪盗キッドという存在について興味の欠片もないノアに快斗も呆れたが、彼女の独特な雰囲気がなぜか居心地良く感じたのは確かだ。

 

 

 

 それからはバイクの点検でお世話になりつつ、たまに彼女に手土産を渡す。

 彼女の好物と、もう一つ。

 

「そういえばやけに今日はボロボロだねえ。髪の毛もチリチリしてるし、その顔の絆創膏はどうしたんだい?天下のキッド様とやら」

「うっせぇ、巻き込まれ事故だ」

「キッドキラーとかいう少年にでも邪魔されたかい?」

(あながち間違ってねえ……)

 

 目的のミステリートレインに乗車した今日。まさかの探偵坊主御一行と鉢合わせした瞬間思った。ただの下見に来ただけのはずが面倒事に巻き込まれそうだ、と。

 

「生憎、その目的の列車は爆弾でドカンだよ」

「えーやば、本当物騒でやんなっちゃう」

「それはこっちの台詞だ」

 

 骨組みの軸をガチャガチャと直していたのも終わりに近づいたのか、ノアの修理は最終段階に入った。

「こんなもんかな」と一言添えて快斗にそれを渡す。ここで試すわけにもいかないので、とりあえず受け取ったハンググライダーをケースへと仕舞った。

 ノアは冷たくなってパサついた食べかけのハンバーガーを口にし、どこか遠くを見つめながら呟いた。

 

「……見つかったかい?パンドラは」

 

 珍しく芯のある声でノアは問う。

 黙ったまま首を横に振れば、「そっか」と素っ気ない返しをされた。

 これがもう一つの彼女との約束だった。

 

 もしその赤く光る宝石が見つかったら、一度見せてくれないか。

 

 その理由は未だ教えてくれない。いつになく真剣な彼女のお願いだった。「まあ、私の知ってるのとは違うと思うけど」と話す声は絶対に別物であって欲しいという気持ちが溢れているように感じた。彼女のためにも自分のためにも、そして父のためにもビックジュエルを見つけねばと快斗は意気込むのであった。

 

「そういえばさ、キッドキラーってどんな子なの?」

「あん?ただの餓鬼だよ」

「ほうほう、『キッドキラー』っと……うわっ、コイツあの時の」

「ノア?」

 

 スマホでキッドキラーと検索したノアの表情はあからさまにげんなりした顔だ。

 

「快斗君、この少年だるいっしょ」

「うん、マジでだるいよ」

「やっぱりね〜、私もなぜか発信機付けられたことあるもん」

「は?お前何してんの」

「いや、そんなの私が聞きたいよ〜」

 

 願わくばもう会いたくないなあ〜。と声に出し、コーヒー牛乳を飲み干した。

 

***

 

 そう語るノアの切実な願いは届かなかった。

 やはり神なんてこの世にいないのだ。

 祈り信じよ、さすれば汝が願い成就せり。

 アホか。そんなわけないやろ。あかん、顔引き攣るな、顔引き攣るな。我慢我慢。

 

「あっれれ〜やっぱりお姉さんが修理屋さんだったんだねえ〜〜??」

 

「あっれれ〜こんな猫被りな男の子あたし知〜らな〜い」

 

 勘弁してくれと、心の中で叫ぶノアの声は誰にも届かなかった。

 落としそうになった工具箱をもう一度握りしめ、ノアはその事務所へとお邪魔した。

 

 




新OP、公安組の後ろに立つキャメルに対して降谷がネチネチと悪態つくまでがデフォ


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依頼4 壁穴

 

***

 

 ガシャン、ガシャン、ガン!ガン!ガン!ガン!

「ねえ、お姉さん」

 ガガガガガガガ……

 

「お姉さんってば!!」

「聞こえナーイ」

「なんでこの前発信機に気付いたの?」

「発信機?ナニソレ。あたし知ーらナーイ」

 

 アホみたいに煩い電動ドライバーとアホみたいに煩い犯罪者予備軍と思われる少年。何で自分から発信機とか言っちゃってんのかねこの子は。服の袖を掴みながら構ってくる小さな少年は、傍から見れば可愛らしい坊やにしか見えないかもしれないが、ノアからしたらただのめんどくさい餓鬼でしかない。もうその仕草は発信機をつける為のポーズにしか見えんのだよ。

 やれやれと、頭一つ入りそうなくらい開いた壁の穴を修理していく。久方ぶりの一般的な修理依頼でスムーズにその作業をこなしていく。それにしても一体何があって穴など開いたのだろうか。これコンクリだぞ。ボロボロだった穴の周りを補修した後は、パテ板に持ち替えて素早くその穴を埋めていく。

 

「いやあ、派手にやったねえ」

「すみません……連絡してすぐに来て頂き助かりました」

「なんのその仕事ですから~」

「まさか壁を軽く殴っただけで穴が開くなんて思わなくて……」

「……はい?」

「もしかしたら、元々老朽化が進んでいたんだと思います!」

「いや、バリバリしっかりした作りでしたけど……」

 

 え、壁殴ったら穴開いたの?いや、そんな剛腕一人居れば十分よ。落ち着け落ち着け、こんな細腕の可愛らしい女の子が、まさか、ね。あまり深く考えないようにパテをぬりぬりしていると、ついに少年がぶっこんできた。

 

「蘭姉ちゃんは空手の都大会で優勝してるよ?」

「え、あ、そうなんだ。す、凄いっすね~」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 え、何、都大会優勝する人って壁に穴開けるの普通なの?てか、まだまだ上いるってこと?この町本当どうなってんの?見知らぬ女に発信機付ける小学生と壁に穴開ける女子高生?よし、早く帰ろう。それに尽きる。1.5倍速に作業スピードを上げれば、みるみるうちにその穴は埋まっていった。後は乾けば大丈夫だろう。

 

 乾かしている間は、怪力少女もとい蘭ちゃんがコーヒーを入れてくれた。「ブラック飲めなくて」と伝えれば、ほぼ牛乳と砂糖の甘々カフェラテを作ってくれた。おお、これぞコーヒー牛乳!怪力少女から女神へとレベルアップした蘭ちゃんにお礼を述べれば、座ってホッと一息つく私に前屈みになって質問を始めた。

 

「ええっと、修理屋さん、あの……」

「ノアでいいですよん」

「ノ、ノアさん!私の母の事務所のパソコンも修理して下さったんですよね!?その話を聞いてノアさんに頼んだんです!」

「お母さん?ああ、あの弁護士さんの?」

(ああ、あの黒焦げの炭か)

「はい!母も一週間後の裁判に間に合って、とても助かったって言ってました!」

「それは良かった~。蘭ちゃんも依頼ありがとうね~」

「こちらこそ、何もないですがゆっくりしていって下さいね」

 

 ゆっくりしてと言われるとそわそわ落ち着かなくなるのは私だけだろうか。つまらないテレビのニュースを眺めながらコーヒーを口に運んだ。音のノイズとジリジリ砂嵐の混じる画質が少し気になっていた時、事務所の扉が開いた。

 

「ふぅー疲れた。帰ったぞ」

「お父さん、おかえりなさい」

「お、おう」

 

 ノアは察してしまった。壁に穴が開いたのは親子喧嘩だなと。隣でブラックコーヒーを片手に座る少年は呆れた顔で笑っていた。てか君、ブラック飲めんの?解せぬ。

 

「おじさん、今日の依頼は何だったの?」

 

 少年は、気まずい空気を断ち切るように笑顔で問うた。君、空気も読めるのか。

 

「目暮警部に頼まれて今日は捜査協力に行っていたんだがな、あれは事故としか言いようがないものだったな」

「詳しく聞かせて!」

「お前には言わん!めんどくせえ!」

「え~、ちょっとでいいから教えてよ~おじさ~ん」

(うっわ、猫被るの上手すぎ)

「そうよ、お父さんよりコナン君の方がいつも活躍してるじゃない」

「お、おい、蘭」

 

 ガヤガヤと流れ出す会話に流石のノアも気まずくなってきた。チラっと壁の様子を確認しても、塗ったばかりのその壁は乾いてくれない。2対1となった口論の勝敗は、恐らく親子喧嘩で落ち度があったのだろう父親の完敗に終わった。

 約束通り彼は事件の詳細を話したのだった。

 

「亡くなったのは農業を営む夫婦の妻。椎茸を栽培していたんだとよ。ビニールハウスには加温用に練炭コンロが置いてあった。そのビニールハウスに足を踏み入れて妻の女性が一酸化炭素中毒で死亡が確認された」

 

 語り始める彼、毛利さんの声はどこか諦めているような声色だった。現場検証が行われたが、いくら調べても事故としか疑いようもないものだそうだ。換気を怠った不注意としか言いようがない。現場に訪れた警察も、夫も途方に暮れたと毛利さんは話す。

 顎に小さな手を当て考え込むコナン君は次々に疑問をぶつけていく。

 

「旦那さんは何か資格とか持っていたりしないの?」

「ボイラー技士だとよ」

「ビニールハウスに変わったものはなかったの?」

「ダニ用の殺虫剤ならあったが」

「他には!?」

「それ以外ねえよ!しつけえなあ!」

「......」

 

 ふうん、ダニ用殺虫剤(・・・・・・)ねえ。

 

「毛利さん、毛利さんや私もちょいと質問いいですか?」

「お、おお。きな臭い話をして悪いな、なんだ?」

「匂い、とかどうでした?」

「匂い?そりゃ炭の焼ける匂いだったぞ。ああ、一瞬酸っぱい匂いならしたかもな。ビニールハウスに入ってすぐのほんの一瞬だったが」

 

 ニヤリと不敵に笑うノアとハッとひらめいた表情を見せる少年。どうやら、二人の意見は合致したらしい。

 

「一酸化炭素は硫酸とギ酸があれば作れるんですよ~。まあ、その殺虫剤の中身を調べてみれば良いと思いますよん。硫酸は手に入りやすいですけど、ギ酸はなかなか手が届きにくいですからねえ」

「だが、一酸化炭素を作った証拠がないぞ」

「証拠なら毛利さんが感じた酸っぱい匂い、かな。上手く練炭コンロで誤魔化そうとしたんでしょうけど。もう少し調べた方が良いかもしれませんよ~?まあ、小娘の戯言ですけどねえ」

「……」

 

 黙り込む毛利さんはすぐにデスクへと向かい、警視庁へと連絡を入れた。証拠品になるかもしれない、購入履歴を見直した方が良い、と真剣な顔で電話口へ叫ぶ。甘々な液体を一気に流し込むと、じっと見つめられているような気がして隣に視線を移した。

 私とは正反対の表情で睨みつける少年が口を開く。

 

「……ねえ、お姉さんって何者なの?」

「『armstrong』店主、ノアだよん。てか、君こそ何者?」

「江戸川コナン、探偵さ」

 

 硫酸とギ酸並みに混ぜるな危険な二人は、調子の良い笑みを浮かべる。ノリノリで自己紹介したノアだったが、後悔するのはそう遠くなかった。

 

 夕刻を過ぎ、壁がしっかりと乾燥して出来上がったのを確認したノアは、「また壁壊したら言って下さいな」と悪ノリとともに頭を下げて帰ろうとドアノブに手を掛けた。それを阻止したのは、なんと毛利さんだった。

 

「お嬢ちゃん、君何歳なんだい?」

「へ?ええっと……」

「英理から聞いてはいたが、まだ未成年じゃないか?」

「あちゃ~、実は19歳で~す」

「え!?私とほぼ変わらないのに、お仕事されてるんですか!?」

「ちと、訳アリでねえ」

 

 あはは~と笑いながら逃げようとするノアだったが、生憎現役空手女子に腕を掴まれてしまい恐怖のあまり立ち竦んでしまった。コナン君は相変わらず呆れ顔だし、毛利さんは読んでいた新聞を置いてこちらに向かってきた。

 

「蘭、今日の晩飯5人分な。英理も後から来るそうだ」

「!!うん!ノアさん何が好きとかありますか!?なんでも作りますよ!」

「え、い、いやあ、せっかくの家族水入らずってやつですから、私は」

「食ってけよ。家族で世話になったんだからほんのお礼だ。親に連絡しとけよ?」

 

「……そう、ですね」

 

「ノア姉ちゃん?」

「なんだいコナン君」

「い、いや別に」

 

 コナンだけが彼女と会うのは2度目だった。発信機を潰された時もついさっき事件の真相に助け舟を出した時も、その余裕そうな表情を崩さなかった。掴み処の無い飄々とした雰囲気が今一瞬崩れたような気がしたのだ。それに気付いたのは初めましてじゃなかったコナンだけだっただろう。

 

「ノアさん好きな食べ物とかあります?」

「ハンバーガーとコーヒー牛乳!」

「ふふっ、家庭的なご飯とかあまり得意じゃないですか?」

「今何で笑ったのかな蘭ちゃん。まあ、強いて言うなら……」

 

 クリームシチューかなあ。

 その一言から今日の夕食が決定した。

 

 ・  ・  ・

 

「ごちそうさまでした~!美味しかったです~」

「また、いつでも来なさい」

「遠慮なんてしないで、何かあったら大人を頼るのよ?」

 

 ちょっぴり狭いちゃぶ台を囲んで、蘭ちゃんの美味しいクリームシチューを頂いた。表情を崩さないように人懐っこい笑みを貼り付けて事務所の階段を下りていく。お見送りの面々が居なくなったのを確認して、もう一度探偵事務所のドアノブに手を掛けた。

 

 薄暗い事務所で、コツコツと自分の足音だけが響く。

 

「……お礼をするのは、私の方かもしれないなあ」

 

 パン!と軽快に手を鳴らし、昼間気になっていたお目当てのテレビに手のひらをくっつける。キラキラと反射音が聞こえてきそうなほど綺麗になったテレビ。満足そうに微笑めば、ノアは毛利探偵事務所を後にした。

 

「『大人を頼りなさい』か……」

 

 冷たい風が染みる寒空の下、ぽつりと漏らしたその声は誰にも届かなかった。

 ただ、自分に言い聞かせるようにその言葉を頭の中で繰り返した。 

 ポケットの中の銀時計を握りしめながら。

 

 

***

 

 

 後日、毛利探偵事務所の下にある喫茶ポアロに、蘭ちゃんとコナン君とランチをするため、足を運んだ。メニュー表を見ながら、二人はその後の事件の真相を話してくれた。

 

 結果的に捕まったのは夫だったそうだ。

 毛利さんが警視庁へ連絡してすぐの事、亡くなった女性には数千万円を超えるすさまじい金額の生命保険がかけられていたことが生命保険会社の連絡により発覚した。徹底的な捜査の結果や、数々の薬品や機材の購入履歴から事故ではなく事件として扱うことになったそうだ。

 

 犯人である夫は、数々のネズミによる実験を繰り返し、作成したガスにはネズミを即死させるだけの効力があることも確認していたようだ。保険金という後押しが無ければ、完全犯罪として闇に消えていたかもしれない。

 

「ノア姉ちゃんの言った通りだったね」

「たまたまよ~」

「お父さんも褒めてましたよ、またいつでも遊びに来てくださいね!」

 

 探偵事務所に遊びに行くなんて、考え難い話だな。

 まあ、そんな重い話はあま~いカフェラテで流そうじゃないか。辛気臭い雰囲気など関係なくズコーっとストローを啜っていると、カランとドアベルが軽快に鳴り響いた。

 

 淡いミルクティーな髪色、褐色の肌、自分より薄い青い瞳。

 

「...ふるやさ」

「いらっしゃいませ。初めまして、安室透です」

「へ?ふるやさ」

「安室透です」

 

 目の前に立っていたのは、かつて私の口コミサイトに初めて5段階中2の評価を付けた男だった。ニコニコと笑う彼とその名前を聞いて、ノアはすぐにスマホで検索にかけた。

 ドッペルゲンガー、と。

 

 




皆様、来年のコナンキャスト陣見ましたでしょうか?
キャスト発表をあつ森から発信するって画期的ですよね。


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休業日②

※馬鹿の一つ覚え小説になってしまいました。


 

***

 

 

 ドッペルゲンガーとは。

 自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象。

 聞いたことはないかい?ドッペルゲンガーにあったら死んでしまうと。

 つまり...

 

「ちょ~っとお手洗いに行ってきますわん、オホホホホ」

 

 疑問に満ちた二人の顔を無視して、ノアは席を立った。

 トイレの前にあるデッドスペースで、目的の人物に電話を掛ける。めげずに繋がるのを待ったが、留守番電話に接続されてしまった。しょうがない、とりあえず用件だけでも伝えよう。ああ、私はなんて優しいのかしら。

 

「あー、降谷さんですか~?いきなりですが、降谷さんは双子だったりします?ああ、それなら問題ないんですけどね。ん?苗字違う時点で問題なのかな?まあ、どっちでもいいんですけど、ついさっき降谷さんのそっくりさんとお会いしましてね~。昔読んだ本にドッペルゲンガーに会ったら死ぬとか書いてあったの思い出しまして。てなわけで、気を付けて下さ~い"っっだぁ!!!」

「誰がドッペルゲンガーだ、誰が」

 

 すぐに後ろを振り返れば、ドッペルゲンガーさんが木のお盆を片手に呆れた顔をしていた。もしかして、そのお盆でスパンと頭を殴ったのかい?しかも、留守電の内容は保存されずに消えてしまった。まったくどうしてくれるんだ。

 

「説明しなかった僕も僕だが、まさかドッペルゲンガーという発想になるとは思わなかったよ」

「はい?どういうことですか?」

「僕は安室透という名前で探偵業をやっているんだ。降谷零という名前は訳あって隠している。なぜ君にわざわざ教えたかというと...」

「ストップ!はい、ストップ!」

 

 ペラペラと良く回る口、無駄に整ったその顔で微笑む安室さんもとい降谷さん。半ば強引に会話を止めて二人の待つ席へと戻ろうと背を向ける。仕事用のスマホの着信履歴に彼の名前が大量にあったのをふと思い出した。ああ、何か嫌な予感がする。昔からこの手の勘だけはよく働くのだ。

 微笑むままに肩を押さえつけられれば、綺麗な顔と壁のサンドイッチ状態になってしまった。

 

「実は、君に頼みがあってね」

「あ~、聞きたくないです~。絶対めんどくさい、もう降谷でも安室でもこの際どっちでも良いです~」

「酷いなあ。まあ、ここで話すのも良くないから、シフト終わるまで待っててくれるかい?」

「付き合ってられませ~ん。せっかくの休みなのに~」

「つれないなあ、何度も連絡したのに」

 

 おかしい。なぜ彼は一歩も引かない?こちらとしては、彼の本名を知っている優位な立場なはずなのになぜ彼は余裕の表情で笑っていられる?どの範囲で彼の名前が認知されているのかはまだ分からないが、探偵というシビアな職をしているのに本名を知られるなんて痛手でしかないだろう。

 まるでこちらの弱みを握っているかのような....

 

「よく分かってるじゃないか」

「はい?」

 

「ノア。確定申告って知っているかい?」

 

 キラキラと効果音が見える破壊力抜群な笑顔。反対にノアの顔は一気に曇った。

 

「ついでに開業届も出した方がいいぞ。延滞税もきちんと払わないとなあ、あとこの国にはそもそも無申告加算税というものもあってな」

 

 耳が痛い、耳が痛い。流石探偵とでも言うべきか。

 めんどくさがりに磨きがかかったノアにとって、この手の手続きは大の苦手。「今なら僕が手続きの書類一式を用意しよう、君は印を押すだけでいい。簡単だろう?」と耳元で囁く。なんて色気のない内容だ。ある意味鳥肌がゾワリと立つ。

 

「...悪魔だ」

「分かったなら、僕の話を....」

 

 

「きゃああああ!!!!」

「「!?」」

 

 部屋中に響き渡る悲鳴と騒めく胸騒ぎ。二人は急いでフロントへと走り出し、蘭とコナンが座っている席の隣に目を見張る。

 小奇麗な女性が口から血を吐きだして白目を剝いたまま倒れ込んでいた。

 床に広がっていく赤黒いしみ。店内は騒然としていた。コーヒーのいい香りの中に錆びついた匂いが混ざってきた。

 

 探偵である安室は厨房にいるもう一人の店員へ救急車と警察を呼ぶように電話をお願いした。隣に座っていた小さな探偵は、怯える素振りも無くまじまじと遺体を観察していた。蘭は「お父さん呼んでくる!」と店を出る。

 

 

「......」

 

 生気を吸われたような色の無い目、口から流れる赤黒い液体。

 じんと心の底に沈んでいくような感覚。もう、忘れたはずなのに。

 いや、忘れてはいけないのだろう。

 震える手と背中に感じる冷たい汗の感覚が気持ち悪い。

 忌まわしいあの日の記憶。あの日から私は、一生出られない檻の中だ。

 

 

 フィルターが掛かったように店内の騒ぎが聞こえなくなっていた。ただ、呆然とその遺体を眺めるだけ。

「ノア?どうした、大丈夫か?」と、降谷に肩を揺すられ、ようやく戻ってこれた。

 

「あ、すみません。あまり、こういう現場は慣れてなくて」

 

 下手くそな笑みを貼り付けて、ノアは言い返す。

 コナンの元へと向かったノアは、一目散にテーブルの上のティーカップに目を向ける。

 いつもの飄々とした笑みを取り戻して。

 

 

***

 

 

 降谷は思った。慣れていないなんて嘘だと。

 もしそうなら食い入るように遺体を見つめないだろう。怯えている訳でもない彼女の目は、逆だ。何度もその光景を見たことがある様な、そんな雰囲気を感じた。当の本人は、先ほどと別人のようにコナン君と遺体の様子を確認している。

 ってこらこら、コナン君。また勝手に捜査をしてはいけないぞ。

 ノアも少しは怯えてみるものだぞ。蘭さんを見習え。

 

 降谷が止めに入ろうとした時、別の人物が二人の首根っこを掴んでいた。

 なるほど、今日はこの二人か。

 体格の良いその二人によって、小さいコナン君とノアは見えなくなった。

 

「おい餓鬼ども。捜査の邪魔だ、アッチに行ってろ」

「お、いつもの探偵坊主か?久しぶりだな」

 

「松田刑事!伊達刑事!こんにちは~!」

「ねえ、ほんとに君の声帯どうなってんの?猫被りスイッチでもあるの?」

「ノア姉ちゃん、ちょっと黙って。うるさい」

「辛辣」

「なんだ?坊主んとこの少年探偵団の新入りか?」

「あたしもうすぐ成人なんですけど」

 

 いつの間にか規制線が張られていて、遺体は救急車で運ばれた。赤黒い血痕は僅かに固まり、捜査一課の面々や鑑識が捜査を進めていた。錆びた鉄のような匂いが残らなかったのは、店のコーヒー豆のお陰だろうか。

 

「よう、安室サン。アンタも大変だな」

「お久しぶりです松田刑事。風評被害が出ないうちに、すぐにでも事件を解決して頂きたいですね」

「はっ、任せとけ」

 

 店内に残った客、顔馴染みの捜査一課と小さな探偵、修理屋。色々な意味で濃いメンバーだなと降谷は思った。毛利先生を呼びに行った蘭さんが戻ってこないということは、昼間からアルコール摂取に勤しんでいるのだろう。

 鑑識が現場をくまなく調べている中、松田は事件の概要を話し始めた。

 

「被害者は杯戸町に住む会社員の女性。26歳。それで今日は久しぶりに会った貴方方3人と被害者である女性の4人で、ここ喫茶ポアロでお茶をしていた、と。」

「ええ、そうよ」

「まさか、私達を疑っているの!?」

「ぅ...あかりぃ......」

 

 その時の現場の状況としては、コナン、蘭、ノアが座る席から通路を開けて4人の女性が座っていた。友人には悪いが一緒に座っていた3人が怪しまれるのは必然だろう。と、降谷は店のカウンターから見守っていた。

 

「ボクとノア姉ちゃんで遺体を確認したんだ」

「こら、私の名前を出すんじゃない。頼むから巻き込まないで」

「一目散にコーヒーカップ確認しに帰って来たくせに」

「そういえばアンタ見ない顔だな。学生か?」

「よくぞ聞いてくれました。私は修理屋『armstrong』のノアで~す。以後お見知りおきを~」

 

 殺人現場内とは思えない軽い口調で同期の二人に名刺を配るノア。きっと筋肉ダルマみたいな男がポージングをとるおかしな名刺だろう。コナン君は内心「おいおい」と呆れているに違いない。

 

「まあいい。坊主、ここからは警察の仕事だ。ここには殺人を犯した人間がまだいるということを忘れるな?」

「は~い」

 

 珍しくコナン君は理解が早かった。洞察力が優れている松田が居るから、大丈夫だろうと確信したらしい。二人は大人しくその場を離れようとしたが、友人の一人が荒々しく声を上げた。

 

「ちょっと貴方」

「へ?私ですか?」

「貴方、朱里が倒れる前席立ったわよね。どこに行っていたのかしら」

「お手洗いですけど」

「貴方なんじゃないの?トイレに毒を流したかもしれないじゃない」

「はっ、確かに。出来るかもしれない」

((おい))

 

 ノアが席に立ったタイミングは確かに怪しいと感じるだろう。だが、初めて会った面識のない客がそんなことをするだろうか。ましてや相手はノアだ。トイレに入る前に引き留めた僕が証明するしかないな。おもむろに口を開ければ、僕が声を出す前にノアが話し始めた。いつもの緊張感のない声で。

 

「お姉さん、馬鹿ですねえ」

「はあ?」

「だって~要らないこと言わなければ、まだバレなかったんですよ?」

「な、何のことよ!」

 

「え?言っちゃっていいんですか?お姉さんが犯人ってこと」

 

 にっこりと安室スマイルに負けない営業スマイルを見せつける。

 なにか間違ったことでも?と言わんばかりの顔だ。

 

「「...は?」」

「ノ、ノア姉ちゃん?」

 

「すみませんふるじゃなかった安室さん」

「なんでしょう」

「今日ペペロンチーノの注文はありましたか?」

「....そちらの女性だけ、ですね」

 

 僕がそう答えれば、またより一層ノアの笑顔は増す。もはや悪役のようだ。コナン君も同期二人も呆気に取られている。もちろん僕もだ。

 

「お姉さん、貴方は私にトイレに毒を流したのではとおっしゃいましたね。確かに朱里さんの死因は毒殺です。ですが、なぜはっきり毒だと思ったんですか?遺体を隅々まで見たわけじゃないのに、おかしいですねえ」

「そ、それは、、」

「なんか盛り上がって来たんで全部喋りますね。恐らく毒は砒素でしょう。砒素は独特なニンニクのような匂いがします。安室さんに先ほどペペロンチーノの注文を聞いたのはその為です。コーヒーカップに混ぜても分からないようにペペロンチーノを注文してカモフラージュしたんでしょう」

「...もうやめて」

「次に、貴方は食前にメイクパレットを広げて化粧を直していましたね。通路側に座っていた私からは見えてしまいました。黒々とした違和感のあるカラーのアイシャドウ。頑張って抽出したんですかねえ、乾燥ひじきとか使ったりして」

「もういいわよ!!!」

 

 アイツのせいなの、全部、アイツのせいなの!!!!!

 

 泣き崩れる女性に、ノアはニコニコと貼り付けた笑みを捨て真剣な表情で見つめる。

 声には出さずにぱくぱくと口を小さく動かしていた。

 あっという間に解決まで導いてしまった彼女は、どこか不服そうだ。

 

 饒舌なノアに違和感を覚えたのは降谷だけだっただろう。めんどくさがりなノアが自分から事件に首を突っ込み、推理ショーというよりはネタバレを暴露するように淡々と語る様は異様だった。

 ただ、鑑識が手荷物検査やらコーヒーの中身を調べれば一瞬で特定できただろう。何か理由があって、事件の捜査を終わらせた?そう考えながらノアを見れば、「疲れたからコーヒー牛乳作って」といつもの自分を取り戻していた。

 

「...ノア姉ちゃん、化学分野に詳し過ぎない?」

「ん~、昔憑りつかれたように化学の勉強したからねえ」

 

 いや、いつものノアじゃないな。

 コナン君が班長のところに行ったのを見計らって声を掛けた。

 

「君は相変わらず物識りだね」

「まあ、もう一つ言うなら吐血かな。普通毒殺で血は出さない。呼吸困難とかが無難だから。消化器官を損傷させるほどの物質は、砒素と辛うじてアマニチンくらい」

「ノア」

「はい?」

「顔色、悪いぞ」

「ああ、実は今日朝から調子悪くてですね。まさか気付かれるとは」

 

「それだけか?」

「......」

「君は表情を隠すのは上手だが、その額に浮かぶ汗は隠せていないぞ?」

 

 ついでに言えば、いつもより真面目なその口調が素なのかい?

 はらりとその重たい前髪をかき上げようとすれば、白くて小さい手によって阻まれた。

 可愛らしい顔からは想像も出来ないくらい怖い表情で訴える。触るな、と。

 

「...ノア?」

「凄いですね、探偵ってなんでも分かるんですか?」

 

 そう話す彼女は呆れたように笑った。

 これ以上深くかかわらないでと、そう言われた気がした。

 

「おーいお嬢ちゃん」

「はいはーい」

 

 タイミング良く声を掛けられた彼女は、そのまま班長のもとに向かった。預かっていた証拠品を返すらしい。荷物の少ない彼女から預かっていたのは、何の変哲もないスマホと財布。そして、傷だらけの銀時計。

 

「大事なものなのかい?年季入ってんなあ」

「全然ですよ~。今すぐ捨てたいくらいなんですけどね」

「?」

 

 その時はまだ誰も分からなかった。

 彼女の抱えていた闇も過去も境遇も何もかも。

 ただ、ノアも知らないことが一つある。

 降谷零が、公安警察のゼロであるということを。

 

 




面白いこと書きたかったのに、あれれ~おかしいぞ~。
なぜ私の推しは皆死んでいるのでしょうか。


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依頼5 スケートボード

※私の趣味を詰め込みました。
※スケートボードの修理はただの導入です。


 

 

***

 

「...あちゃ~、派手だねえ」

 

 ボロッボロに壊れた屋形船、月島の町。珍しく依頼の電話が来なかった平和な1日の最後に元を取るみたいに一瞬で瓦礫となった月島。治安が悪い癖にこれで怪我人が出てないんだもんなあ。よく分からない町だなあと自室でくつろぎながら生放送の特番を見ていた。

 そろそろ連絡でもしてみますかね。スマホの着信履歴の彼の名前をタップしてみた。

 

 pipipipi pipipipi pipipi_

 

「もしも~し。快斗君?やっほ~」

『ノア?珍しいな、お前から電話なんて』

 

 なんだかくたびれているその声に手短に終わらせてあげようと私の良心が働いた。

 

「いやあ、なんか派手にやってんなあと思ってさあ。そんだけ」

『は?』

「てかなんで月島の宝石店?あんな場所にパンドラないっしょ」

『...俺、今寝起きなんだけど』

「へ?」

 

 じゃあ、いったい誰が?完璧な変装、身のこなし、運転技術。非の打ち所がない動きだ。彼に言うつもりはないが、怪盗キッドなんてイリュージョンを成し遂げる人間は快斗君だけだろう。まあ、マジックやらイリュージョンやらは見る分には良いがトリックが気になり過ぎて黙って見てられないのが本音だけど。

 

 特番を見ていて1つ思うところがあった。

 キッドが拳銃を発砲。ワイプで抜かれたお馴染みの警部さんも動揺していたのが分かる。快斗君は拳銃を使わない、人を殺しはしないのだ。代わりにトランプ銃とかいう面白い武器だったり、鳥もびっくりなハンググライダーを使いこなしたりする。

 

『ノア~』

「なんじゃ」

『なんか悔しいから俺も盗むわ~京都行ってくる』

「酒足りないからコンビニ行ってくるわ~のノリやん」

 

 お土産何がいい?と聞かれ、抹茶以外と答えれば京都に謝れと怒られた。苦いものは基本ダメなのだ。ついでにハンバーガーのピクルスも無理。とりあえず頑張れ~とこれから犯罪を犯す怪盗さんを応援し電話を切った。

 

 pipipipi pipipipi

 電話を切ったのと同時だった。プライベート用のスマホではなく仕事用のスマホが鳴りだした。営業時間は多分過ぎているが、とりあえず出てみるかとタップした。あとで自分の顔面を殴ってやった。

 

「は~い、どうも修理屋で~す」

『もしもし!ノアさん?コナンだけど頼みたいことがあるんだ!』

「......ただいま、留守にしております。えーっと、ピーという発信音がなりましたら、お名前とご用件を、」

『いや今えーっとって言ったよね!?修理のお願いなんだ!助けてノアさん!』

「....も~、しょうがないなあ」

 

 電話を切り、一度深くため息を吐いた。我ながら思う、押しに弱いなあと。

 大丈夫、修理するだけ。面倒ごとに関わらなければ良いのだ。

 気を取り直して、メッセージアプリを開き軽快に文字を打つ。

 

『京都行くならバイク貸して♡』

 

 

***

 

 

「ねえ、なにコレ」

「ノア姉ちゃん、バイク乗れるんだね」

「そうそう友達が教えてくれてさ、ってねえどうしたんコレ話聞こか?」

「えっと、追いかけてた人の仲間に、こうスパン!っと...」

「......」

 

 颯爽とバイクで登場してみれば、行き場を失ったいつもの少年が橋の上で途方に暮れていた。真っ二つに切られた面白そうなスケートボードを持って、しかもボロボロの状態で。いや、まじで何があった。あはは~って笑ってる場合じゃないぞ?一瞬言葉を失った私は悪くない。それにしても、この切断部分、やばくない??

 

「切られた?何で?」

「刀」

「切れ味やばくない?なにこれテレビショッピングもびっくりだよ」

「ノア姉ちゃん?」

「コナン君には悪いけど、スケボよりも切った刀の方気になってきた」

「ねえそれどういうこと?」

 

 じと目で見つめられ、いかんいかんと工具箱を開けた。

 さっさと直して帰りましょうね~。

 ん?待てよ?

 

「ねえ、コナン君。部品落としたりしてない?」

「へ?粉々になってるわけじゃないから多分」

「そっかあ~、あ!あそこに怪盗キッド!!」

「何!?どこだ!?」

 

 パンッ!

 

 背を向けられている間に青白い光とともに直していく。快斗君ごめんね、君じゃないのにね。元通りになりしっかりくっついたところで不備が無いか確認していく。切断部分を繋げるくらい朝飯前だ。見た目は何の変哲もないスケートボードだが、小型のターボエンジンとマグネシウムの分量を増やして軽量化しているみたいだ。ん?これはソーラーボードとバッテリー?!この小さいスペースにどうやって仕込んだんだ!?この国の物づくりに対する熱量はやはり半端じゃない。

 

 乗ったことも無いスケートボードに足を置き、つま先でスイッチのようなものを踏めばとんでもない馬力で走り出した。うおお!怖い怖い!未だに血眼になって怪盗キッドを探すコナン君の横を猛スピードで通り過ぎれば、流石の彼も素で驚いていた。

 

「ちょ、ノア姉ちゃん!?危ないよ!?」

「だれかあああとめてええええ!!」

 

 未成年と小学生が路上で騒ぐその絵面は酷いものだった。せっかく直したのにまたぶっ壊す勢いで走行する口コミ4.5の修理屋を小さな探偵は呆れながら見ていた。

 

 反対岸で、ある人物がその様子を見ていたことも気付かずに。

 

「なぁ五ェ門。お前さんが切ったつまらない物あっという間に直っちまったぜ?」

「......」

「はるばる日本まで来てみりゃ、とんでもないお宝を見つけちまったみてぇだな」

 

 楽しそうな声色とともにポチャンと水紋が鳴る。

 錆びたバケツと魚とカラッと光るダイヤ。

 そして、遠くから聞こえる絶叫。

 赤いジャケットを羽織ったその男はニヤリと笑った。

 

 

***

 

 

 『海外の人気アイドル・エミリオが来日!!』

 

 パシャパシャとフラッシュが眩しい。騒がしいニュースをぼんやり眺めながら自宅でコーヒー牛乳を飲むはずだったんだが。ニュースとは別にガヤガヤと子供達の声が聞こえ、ソファに預けていた身体を起こす。

 

「また抜け駆けしようとしてたんですね!?」

「ずる~い!コナン君ばっかり!しかもお姉さんと一緒に遊びに行ってたなんて!!」

「い、いやあ別に遊んでたわけじゃ...」

 

 責められ続けるコナン君を無視して、のこのこ付いてきた阿笠研究所でくつろいでいた。よく分からないけどこの家面白い。まあまあと宥めているあの博士みたいな人がきっとスケボとか発信機を作ったのだろう。ビジュアルが博士過ぎる。The 博士って感じ。噂をすれば博士の方からやって来た。

 

「すまんのぉノアさん、コナン君を送ってくれてありがとう」

「いえいえ~、そんなことよりあのとんでもないスケボを作ったのは博士ですかい?」

「そうじゃが、それがどうかしたかの?」

「子供用の小さいスケートボードにあそこまで充実した機能を搭載できるなんて天才過ぎません?他にどんなもの作ってるんですか?見たいなあ!」

「君の方こそ、すぐにスケボを直してくれたそうじゃないか。研究室入ってみるかい?」

「え!良いんですか~!じゃあ、お言葉に甘えて~」

 

 満面の笑みで博士についていこうとすれば、もの凄い勢いでカチューシャを付けた可愛らしい女の子が飛びついてきた。確か歩美ちゃんだったかな。

 

「博士ずるい!お姉さんはあゆみと遊ぶの~!!」

 

 涙目になりながら訴える彼女に、博士も根負けしたようだ。

「研究室が気になるならいつでも大歓迎じゃぞ!」と、博士はノアに声を掛ける。

 だがノアの反応は無かった。

 

「......」

「ノアお姉さん?」

 

((「お姉ちゃん!あそぼう!」))

((「また本ばっかり読んで、たまにはお外であそぼうよ~!!」))

 

「どうしたの?ノアお姉さん。具合悪いの??」

「へ?あ、ああ、ごめんごめん。ぼーっとしてた!」

 

 歩美ちゃんと視線を合わせて、ごめんねと手を合わせる。何年も前のことを思い出してしまったみたいだ。「何してあそぼっか~」と声を掛けるが、その声に反応したのは仕事用のスマホだった。

 

 pipipipi pipipipi

 

「あちゃ~、電話だ。は~い、どうも修理屋で~す。あ、園子ちゃんだ。どしたの?あれ、今日だっけ?忘れてた~ごめんごめん。今向かうねん」

「ノアお姉さん、園子お姉さんとお友達だったの?」

「ん~、お得意様ってやつかな?ごめんね、今日予定あったのすっかり忘れてて、また今度遊ぼうね?」

「...うん、分かった!約束だよ!」

 

((はい、小指出して!約束だよ?お姉ちゃん!))

 

 無意識に小指を差し出せば、歩美ちゃんはパッと明るく笑った。遠い昔の記憶とリンクしているみたいで、私も微笑んだ。お邪魔しました~と博士に声を掛け、玄関から出ようとした時、コナン君が歩美ちゃんに負けない勢いでやって来た。

 

「ノアお姉さん!僕も連れてって!」

「え~、もう嫌な予感する」

「なんでだよ!」

 

 なんでだよって、ねえ?

 君がもの凄く怖い顔でテレビに釘付けになっているのを見ていないとでも?

 だがしかし、ここで言い合って他の子供達も行きたいと駄々をこね始めたらそれこそ面倒だ。しょうがないなあとヘルメットを被せ、エンジンをかけた。

 

「ねえ、ノア姉ちゃん」

「ん?」

「ノア姉ちゃんって、本当にただの修理屋なの?」

「何をいまさら、修理屋だよん」

「...修理っていうより、『魔法』みたいだよ」

 

 後ろでコナン君が何か呟いた気がした。

 聞こえていないフリでもしときますかね。

 

 

 

***

 

 

 

「あれ?見たことある人だなあ。会ったことありましたっけ?」

「ノア姉ちゃん、それ多分さっきのニュース」

「はっ、そういうことか。あれでも私最高級ハンバーガー食べに来ただけなんだけど」

「ちょっとノアさん!世界的大スターが目の前にいるのに、その反応はおかしくない!?」

「え~、だってハンバーガー...」

 

 園子ちゃんに怒られる中、その後ろから蘭ちゃんと毛利さんがやってきた。

 

「ノアさん!お久しぶりです!」

「やあやあ、蘭ちゃん。喫茶店以来だねえ」

「ちゃんと飯食ってっか?」

「ご無沙汰してます、毛利さん。もちろんですよ~。腹が減っては戦はできぬってやつですなあ」

 

 ケラケラと笑って答えれば、毛利さんは大きな手のひらを私の頭にのせた。「たまには飯でも食いに来い」ああ、そういうの弱いのでやめて欲しいです。隣では蘭ちゃんが「もしかして、家のテレビも直してくれました?!」と問い質す。はて、何のことでしょう。

 いや、そんなことより私は聞きたいことがある。

 

「あの~、なんで貴方が?」

「どうも~、毛利先生の一番弟子安室透で~す」

「ちょっとその言い方私の電話対応パクってません?」

「お、嬢ちゃん安室君と知り合いなのか?」

「んー、知り合い?」

「僕の友人なんですよ~。ね?ノアさん?」

「ヒッ、ハイソウデス」

 

 話を合わせろオーラが怖い。多分私しか知らない秘密が2つある。降谷零という名前が本名であることと、彼がゴリラと人間のハーフだということはきっと私しか知らないのだろう。いつ見ても良く出来た合成獣だ。

 しかし、なぜ彼がここに?探偵である安室さんと毛利さんがこの場にいるということは...

 ああ、嫌な予感が働くなあ。

 

「おお毛利君、よく来てくれたね。早速だが、エミリオさんに脅迫状が届いているんだ」

「なっ、本当ですか!?警部殿」

 

 泣きそう。

 内心帰りたくて仕方なかったが、毛利さんが気を利かせて別の部屋で待ってろと言ってくれた。とても有難い。こらこらコナン君、今また何か仕掛けたな?毛利さんたちがこの場を離れることは無いだろうから発信機ではない。まさか、盗聴器?でもコナン君はイヤホンをしていないなあ。もしかして眼鏡の縁から鼓膜に伝わって音を拾えるとか?まさかね。

 

「園子ちゃん。ハンバーガー」

「もうノアさんったら。エミリオに脅迫状が来てるのよ~!!はあ、心配だわ....」

「大丈夫だよ、園子姉ちゃん」

「何よ、ガキンチョ」

「きっと、とっても優秀なSPがついているからね!」

 

 しばらくして毛利さんや警部さんが戻ってきた。エミリオさんという有名人には警察の方でSPを付けようという話になったそうだが、コナン君の言う通り別で凄腕のSPを雇っているらしい。なんでも、ある国の軍事力を兵の教育だけで3倍にしたとされるカリスマ教官だそうだ。こーわ。言い出しっぺのコナン君も引いていた。

 

 毛利さん達はまた別室で脅迫状とやらを見ながら犯人を突き止めるらしい。大変ですなあ。ハンバーガーハンバーガー騒ぐ私がうるさ過ぎたせいか、園子ちゃんがついに折れた。エミリオからサインを貰ったりお話したりするのが目的だったみたいだが、こうなってしまってはそれどころじゃないだろう。まあ、私的には色んな意味で結果オーライ。

 

「ねえ、園子。ノアさんといつから知り合いだったの?」

「いつだったかしら?確か、去年次郎吉おじさまの美術館の外壁修理を頼んでからお世話になってるわね」

「懐かしいねえ。あれから園子ちゃんとも仲良くなってご飯食べに行くようになったねえ」

「そんなあ!ずるいよ~、園子」

 

「アンタそういうキャラじゃないでしょ」と突っ込む園子ちゃん。まあ、慕われて嬉しくないわけがない。一応私の方が年上だが、精神年齢が低すぎて二人の方がお姉さんみたいだ。

 エレベーターに乗り、私が閉のボタンを押そうとした時、一人の男性が駆け込んできた。こらこら危ないぞ?

 

「待って!乗ります!」

「え、嘘。エミリオ~!?」

「え、ちょっと、大丈夫なんですか!?」

「ねえねえ、コナン君いないんだけど~」

「ノアさん!今それどころじゃないでしょ!」

「あ、ハイ」

 

 年上の威厳が無さ過ぎるよお。それにしても本当にコナン君はどこへ?

 あれでも、彼がいないのなら大抵事件に巻き込まれないっしょ!安心安全!素晴らしい!!

 きっとホテルから出られなくてストレスが溜まっていただけだろう。

 適当に寄り道して帰れば問題無いっしょ!

 

 

 と思った私は馬鹿だった。

 ベルツリータワーの展望台へと向かった私達。お手洗いを済ませ皆のもとへ戻ろうとしたら、ガヤガヤと賑やかなお客さん達。お?今日はイベントもある日なのかい?エミリオさんも喜びそうだねぇ。

 人混みをかき分けてその様子を覗き見る。どれどれ?

 

 何百メートルもある高さのタワーの屋外でなぜか園子ちゃんが落ちそうになっている。

 蘭ちゃんとエミリオさんは?頑張って目を凝らしても私の目には見えなかった。

 私がお手洗いに行ってる間に何があった?どういうこと?色々言いたいことは山ほどあったがそれよりやることがあるだろう、自分。

 

「っ....園子ちゃん!!」

 

 幸いこのフロアの客はこの場所に集まっている。

 人気の離れたところでその分厚いガラスに触れる。10mmが2枚か?

 大丈夫。私なら、やれる。

 

 

***

 

Conan side.

 

 

 「エミリオといる!?」「エミリオがいない!?」

 

 大好きなレモンパイを目の前に一口も食べることは出来なかった。蘭たちと上手く別行動出来たかと思えば、今度はエミリオと一緒に居るとか言い出す始末だ。冷えたアイスコーヒーだけをズコーッと流し込み、「あ~美味しかった」とわざとらしく呟いてみる。

 

「エミリオはそっちに居るのか?」

「みたいだね」

「よし、ここは大人の取引といこうじゃねえか」

「ボク行くね!」

「......」

 

 まあ、ベルツリーに行く前にやることがあるのだが。後ろで「パパ、謝るから」と話すその男、次元大介。やはり、彼がSPとして雇われているということは、あの男が関わっているということだ。おっちゃんが珍しく途中までキレッキレな推理を見せた中にいた犯人、「ルパン三世」。

 

 お互い結局はベルツリータワーに向かうことになった。途中、灰原との電話で探偵団が何やら危ないことに首を突っ込んでいると言っていたが、そっちは灰原に任せよう。流石に博士も居るんだ。アジトにまで向かわせることはないだろう。多分。

 ホテルで見つけた証拠品や次元大介が持っていたダウジング。まだ何か足りない。ルパン三世が動くほどの重大な何かが。

 

「ほら、行くぞ」

「わ~い!パパありがとう!」

 

 あっという間に展望フロアまでたどり着いた。何やら、騒がしい。客はある場所に群がり、「大丈夫か!?」「危ない!」と声を上げる。眼鏡を望遠鏡代わりにその様子を確認した。

 

「なっ!?おっさん!このガラスに穴開けられっか!?」

「ぶら下がってるのはあの姉ちゃんか?」

 

 いつからあの状態なのかも分からない。はやくしねえと、蘭が!

 コナンは必死な形相で頷いた。

 

「厚さは」

「10mm2枚」

「穴の大きさは」

「俺が飛ぶ!」

 

「12発だ」

 ダン!ダン!ダン!ダン!

 

 伸縮サスペンダーを柱に取り付け、飛んだあとのシミュレーションを頭の中で浮かべる。綺麗な円を描く弾痕。あと何発かで完成しそうなところで、突然音が消えた。

 

「おい!おっさん!」

「待て、坊主」

 

 銃を下げた次元は、窓からその様子を伺う。焦っていたコナンもその神妙な次元の様子に急いで窓の方へと駆け寄った。落ちそうになっていたであろう蘭とエミリオ。その真下には階段のようなものが出来上がり、二人はその足場を利用して助かったようだ。タワーに無いはずのコンクリートの階段のお陰で。

 

「ど、どういうことだよ」

「......」

 

 二人はその様子に驚愕するが、蘭と園子の背後から来る一人の人物に目を丸くした。

 飄々とした笑顔で登場したノアだった。

 




 後半へ~続く

 誤字報告ありがとうございます。


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依頼6 アルファロメオ

だいぶ大きく動いたような気がします(まさかのルパコナで)


 

 

***

 

 パシン!!

 

「ヒッ...」

 

 綺麗な顔の男の子、エミリオさんの顔面に蘭ちゃんの平手打ちが炸裂。あーあ、痛そう。もう赤くなってる。そういえば、園子ちゃんが落ちそうになっていたのではなく、蘭ちゃんとエミリオさんが落ちる寸前だったのだと近付いてようやく分かった。足場さえあればなんとかなるだろうと思ったが、予想以上に大活躍じゃん私。

 上から見て、園子ちゃん、蘭ちゃん、エミリオさんの順番で並んでいた。関係者以外は入れないその場所。そして、蘭ちゃんの激怒。馬鹿な私でもエミリオさんが自殺未遂しようとしたことくらい分かった。 

 

「あなたは、自分だけじゃなくて、周りの人も危険な目に合わせたんです」

「......」

 

 真剣なその声は、胸にじんと沁み込むようだった。日が落ちた暗い公園のベンチ。俯く彼は、もう迷わないというような目で話す。

 

「僕達を助けてくれませんか」

 

***

 

 ハンバーガー片手にエミリオさんの話を思い出していた。

 日本公演のライブの裏では、闇取引が行われる。ライブのプロモーターであるルチアーノという人物は密輸業者とマフィアの顔を持つ男だった。ライブ当日、何らかの形で取引が行われるということをエミリオさんは知ってしまったみたいだ。

 途中から合流したコナン君は、「あの脅迫状、エミリオさんが作ったんでしょ?」と話す。きっと私はきょとんとした顔をしていただろう。だが、コナン君の推理は全て辻褄が合っていた。「取引は絶対にさせない」と宣言する声は小学生とは思えないくらい頼もしかった。

 

「はぁ、物騒だなあ」

 

 どうにかライブを中止させようと自分に対しての脅迫状まで出したのだろう。それを必死に阻止しようとしていたプロモーターも話を聞いた後なら笑える。それにしても、ライブ会場で取引とは。なぜ、人の集まる場所を選んだのだろうか。んー、馬鹿な私には分からない。

 こんなことになるなら快斗君の京都旅行についていくか、少年探偵団と和気あいあいするかのどちらかにすれば良かった。園子ちゃんと蘭ちゃんはそのままエミリオさんとホテルに戻り、コナン君は真っ黒い見た目の怪しいおじさんについていった。コナン君、その人大丈夫そ?なんか、パパって聞こえたんだけど、ま?全ッ然似てないね?

 

 コナン君も本気を出し、警察関係者や探偵さんが頑張っているのだ。事情を知ってしまったが、もう一般人が首を突っ込むことではないだろう。公園に停めていたバイクに跨り、ヘルメットを被った。園子ちゃんに奢ってもらったハンバーガーを食べ終えゴミをポケットに押し込んだ時、背中に嫌な汗が流れた。

 

「......ない」

 

 銀時計が、無い。

 いつも入っている筈のズボンの右ポケットは、ハンバーガーのゴミ屑だけだった。

 

 

***

 

 

 何日かして、ノアは阿笠博士の研究所に再び訪れた。自宅でやることが多すぎて二日間くらいは家から出ない生活を送っていた。ふと、無くした時計に気付き、気分転換もかねてやって来たのだ。快斗君は全然帰ってこないからバイクはパクってる。

 

「お邪魔しまーす」と声を掛け、ガチャリと玄関のドアを押した。

 

「こんっのバカ!勝手に行くなってあれほど言っただろ!!」

「まったくじゃ!」

「は~か~せ~?」

「すみません...」

 

 怒鳴り上げる幼い声が耳に入りタイミング悪かったかなと再びドアを戻すと、がっちり引き戻され終いには博士に首根っこを掴まれた。涙目になりながら助けてくれと訴えかける博士。うげぇ、絶対めんどいやつじゃん。

 案の定入ってみれば、3人の子供達がちょこんと正座をし、その目の前には小さな探偵さんが怖い顔をして怒鳴っていた。そんなに怒る?小学生同士の喧嘩でここまで修羅場になることある?冷蔵庫のプリン食べられたとか、クリア寸前のゲームデータ消されたとか?まあ、確かに怒るわな。

 

「博士、私には無理です。今時の子供怖すぎますわ」

「ノア君、そこをなんとか...」

 

「お前等!睡眠薬じゃなかったら、もうこの世にいねえぞ!」

 

 え、めっちゃシリアス。マジでこの子たち何したん?

 という空気の読めない発言を私は口にしていたらしい。

 

「ノア姉ちゃん、ルパン三世って知ってる?」

「へ?誰それ」

「えー!お姉さん知らないの!?」

「常識だぞ!」

「ちゃんとニュース見た方いいですよ!」

「...お姉さん帰っていいかな」

 

 あれだけ怒鳴られていたにもかかわらず、子供達はルパン三世について熱く語り始めた。なんでも、世界的な大泥棒で今日本に来ているらしい。見分けがつかないほどの変装と頭の回転の速さで楽しむようにお宝を盗むそうだ。...あれ、何か引っかかる様な、まあいいか。

 そんな犯罪者のアジトを突き止め、子供たちは博士不在で乗り込んだみたいだ。凄くね?でもそれは、コナン君が怒って当然だなあ。

 

「外出禁止だからな!?いいか、絶対だぞ!!」

「「「...ハイ」」」

 

 早く私も用事済ませて帰ろっと。

 座っていたソファの周りなどを調べていると、コナン君が気になったのか話しかけてきた。

 

「ノア姉ちゃん、どうしたの?」

「いやあ、ちょっと大事なものを無くしちゃってね」

「何を無くしたの?」

「銀時計なんだけど」

 

 ソファの下や隙間を調べながら気の抜けた返事をすれば、コナン君は「それ一緒に居たおじさんが拾ってたかも」と話す。まじか。もしかして、ベルツリータワーで落としたのかな。

 

「まあ、別に無きゃ無くてもいいんだけどね」

「ボク今日そのおじさんに会うから一緒に行かない?」

「その心は?」

「えっと、ついでにバイク乗せて貰えないかなあ、なんちゃって」

 

 あはは~と笑いかける少年は先ほどまで怒鳴っていた子供と本当に同一人物かい?まあ、発信機やら盗聴器やらペタペタくっつけるよりバイク乗せてって遠慮がちに笑う今の君の方がよっぽど好印象だよ。その調子でお願いね。

 

「で?どこに行くんだい?少年」

「エミリオさんのライブ会場まで!」

「......」

「ノア姉ちゃん!はやく!」

 

 この間コナン君が一緒に帰ったおじさんこそが、エミリオさんを守る噂のSPだったようだ。

 結局自分から足を突っ込むのね、私は。 

 ライブ、今日じゃん。

 

 

***

 

 

会場に着けば、園子ちゃんが全身グッズまみれになっていたり、警察官にも負けない佇まいで蘭ちゃんが怖い顔をしていたりと突っ込みどころ満載だった。ああ、会場で取引があるんだっけ?コナン君を送り届けたものの、肝心のSPはクビになったらしい。なんでやねん。

 途方に暮れて会場の音漏れを駐車場でぼんやり聞いていれば、一台の車が通り過ぎた。外車?中の人間はよく見えなかったけど、ふくよかな男が乗っていたような気がする。

 

「ノア姉ちゃん!!」

「...鬼ごっこにしては、分が悪いんじゃない?」

 

 車vsスケートボード。負け戦じゃないか。スケボから降りたコナン君の頭にそのままヘルメットを被せバイクを走らせた。何が起こっているのかもどこに向かうのかもよく分かっていないが、今はコナン君に手を貸さないといけないんだってなぜか思ってしまった。

 

 着いた先は海の見える廃工場のような場所だった。もうすっかり日も落ちて、視界が良くない。用事を済ませてくるからとコナン君は去って行った。

 

「ごめんノア姉ちゃん。大事な銀時計、泥棒の手に渡ったかもしれない。ボクが必ず取り返すから」

 

 バイクを走らせている時に、小さい身体からそんな声が聞こえた。別に大したものじゃないって言ったんだけどなあ。羨ましいよ、その正義感。

 園子ちゃんを助けようとしていた時、君も助けようとしていたんでしょ?ダン!ダン!と銃声が聞こえていたし、帰りにもう少しで穴が開きそうな跡も見つけた。博士の発明品らしいサスペンダーが柱に固定されていて、まさかここから飛び降りようとしたの?って思うまで遅くはなかった。コナン君なら躊躇わずに飛んでいく気がしたからだ。

 

「大人に任せとけばいいのになあ...」

 

 って人のこと言えないか。

 近くにあった自販機で一番甘そうなカフェラテのボタンを押し、ゴクリと喉を鳴らした。うん、苦い。

 ホッと一息ついてすぐだった。

 

 ダダダダダダッッ!!!!

 

 あの時の銃声より何倍も多い音の数に、驚いて飲みかけの缶を落としてしまった。地面に落ちた缶から、カランコロンと音がしている筈なのに一切聞こえない。耳を塞ぎたくなるくらいの轟音だ。 

 借り物のバイクを放置して、全速力で音の鳴る方へ向かう。銃撃戦か?コナン君、巻き込まれたりしてないよね?本当に頼むよ、まじで。連れてきちゃったの私なんだからね? 

 

 海と陸の境目が分からない暗い岸壁で足早にコナン君が向かった場所を目指す。そもそも、取り返してくると言った時点で危ないことだって気付けよ自分。ああ、どうしよう。蘭ちゃんにボコボコにされる未来しか見えない。

 鳴り響いていた銃声は途端に止み、一気に静寂に包まれた。

 その代わりに遠くから聞こえるいつもの音。この町に来てから何度聞いただろうか。警察ももうすぐ到着するだろうが、コナン君の無事を確認しなければ私に明日は無い。

 

 薄暗いその場所でオレンジ色の明かりが灯る廃れた倉庫。無事を祈りながら近づけば、目的の彼は手を頭の後ろに組んで周りの大人とのほほんとしていた。とりあえず、私の無事も確定した。良かった、色んな意味で。

 よく分からないマフィアもどきと、取引先と思われる外国人グループはこの数分でお縄についていた。あれ?ライブ会場は?コナン君は警察よりも先に気付いていたってこと?まじか。彼に人並み外れた正義感が合ってよかった。大きくなっても犯罪に手を染めないことを祈っとくね。

 一安心したはいいが、コナン君の右腕が赤黒く変色しているのに気付く。止血だけでもしてあげないと。自販機でミネラルウォーターを買って、バイクに置いたままになっている筈の鞄を取りに行かねばと来た道を戻ろうとした時だった。

 

「おい、嬢ちゃん」

「...へ?おぉっと!危ない」

 

 振り向いてすぐに見慣れた銀時計がひょいっと飛んできた。咄嗟の出来事にノアの手は追いつかず、時計は硬いコンクリートの床に落下した。ガシャンと落ちる音とともに聞こえたのは「お、悪ィなあ」となんとも反省の色がない声色だった。

 

「ちょっと~、時計を投げるとはどういうつもりですかね~。時計に罪はないですよ?」

「ははっ、この距離だから取れると思ったんだがな、噂通りだ」

「あ、分かった。あなたがクビになったSPさんですね」

 

「その覚え方は酷いなァ」と咥え煙草をしながら目の前の男は呟く。ジャケットが少したるんでいる?ポケットに何か重い物でも入っているのかい?只者でないその雰囲気に足が竦む。「何をそんなに怯えているんだ?」と男は口元を緩ませる。黒いハットを深くまで被り込む彼の真意は読めない。

 

「お前さんの時計お飾りなのか?拾ったついでに使ってやろうと思ったんだがな。蓋が閉じていたぞ」

「綺麗な心の持ち主にしか開かない造りになってましてねえ」

「へえ、自分は心が綺麗だって言いたいのかい?」

「......」

 

 いつもの調子で言い返すノアも上手く躱せない。全て見透かされているような、気持ち悪い感覚だった。急いでバイクの元へと戻りたいところだが通してくれそうにない。後退る私に黒い男は「なあ...」と言葉を続ける。

 

「俺がなんでその時計はお前のだって気付いたと思う?」

「なんででしょうね~。コナン君が教えてくれたとかですかねえ」

「とぼけやがって」

 

 鼻で笑うその男とのやり取りに夢中で、背後から近付いていたもう一人の人物に気付く余裕も無かった。温度の無い硬い塊が頭の後ろでカチャリと音を出す。自然に両手を上に挙げれば、可笑しそうな笑い声が聞こえた。

 

「あんまりビビんねえんだな」

「それはそれは、物騒なこの町のお陰ですなあ」

 

 冷静さを保っているがいつもより脈が速い感覚がある。絶体絶命ってやつじゃん。待って待って、私何かした?右手には銀時計ただ一つ。手ぶらな私が叶うはずもない。正直、手汗で落としそうだ。

 

「ぶはっ!何も取って食おうってんじゃないのよ、ただお願いがあるだけさ」

「え~、お命頂戴ってやつですか?」

「だから違うって言ってるでしょ」

(...説得力の欠片も無い)

 

「簡単なことよ仕事の依頼さ。『修理屋』なんだろ?」

 

 はあ、と深いため息をつけば、銃を向けるその男はニヤリと笑っている気がした。

 

 

***

 

 

「あれ、なんかデジャブ?」

 

 ベッコンベッコンのボロッボロな外車を見て、今まで修理をした可哀想な車を思い出した。ちょっと今回は比べ物にならないくらい穴だらけなんだけどね。その悲惨さに真顔で眺めていれば、横から赤いジャケットを着た男が「ああ、俺のアルファロメオちゃん....」とボディに抱き着く。なんとも痛々しい。

 はあ、また車か。私は車屋か?ディーラーなのか?いや、修理屋だ。

 

「お嬢ちゃん頼むぜ!急いで直してほしいんだ!」

「は、ははは、、こうなったら特急料金たっぷり頂きますからね!!」

 

 渡された工具箱から道具を取り出し、ガッコンガッコン修理に励む。

 あ、そうだ。お客さんの名前聞いてなかったや。

 

「すみません、お名前聞いてませんでしたね~」

「あ?俺か?俺の名はルパ~ン三世、よろしくな修理屋ちゃん」

「......」

 

 快斗君、すまん。

 貸してはいけない奴に手を貸してもうた。

 

 *

 

 *

 

 *

 

 思った以上に原型が分からないなあこの車。スマホを取り出し、ネット検索にかける。あら、こんなに素敵な車なのね。ネットの画像と目の前にある廃車を交互に見比べ、とても同じとは思えない見た目に呆れてしまう。

 地味にパーツをちまちまと作る私を見て、ルパンさんは不貞腐れたような顔をする。

 

「あの、何か?」

「なんか思ってたのと違うんだよな」

「へ?」

 

 それ以上は何も言わない。ただ、私の作業をじっと観察している。何をそんなに期待しているのだろうか。この国では見ることのできないクラシックな見た目の鉄の塊が、着々と画像通りの見た目へと変わっていく。急いでるようだが、すまないねえ。やれる範囲だけでも手作業でやりたいのだ。

 

「なあ、そのどこにでもある工具一つでどうやってここまで直せるんだ?」

「え~、企業秘密でございます」

 

 ポケットに隠し持っていた銃を堂々と取り出しメンテナンスを始める男からの疑問に、さらっと流してやった。ルパンさんの仲間ってことで良いのかな?あの綺麗な円を作った男は間違いなくコイツだ。あと、もしかしたらテレビショッピングもびっくりな刀の人も仲間かな?

 

「世界一の大泥棒、ねえ...」

「お?修理屋ちゃん俺様の事知ってんの?」

「まあ、風の噂で聞きましたよん」

 

 泥棒やら怪盗やらユニークなクライアントしかいないのか。

 ガチャガチャと音を立てながら、おもむろに口を開いた。

 

「ルパンさんの盗む目的ってなんですか?」

 

 身近な怪盗さんは言っていた。父親を殺した奴への敵討ちをするのだと。そのため奴らより早くパンドラを盗まなければいけないのだと。賛否両論はあるが、彼なりに強い思いで犯罪に手を染めている。止めても無駄だなあってすぐに確信したくらいだ。なら、世界的大泥棒と謳われている彼の目的はなんだろうか。純粋に疑問が浮かんだ。

 

「俺はなあ、盗むまでの過程を楽しみたいのよ。退屈な人生なんてつまらないだろ?」

「はあ~、一般人には分からない世界ですなあ」

「ははっ、一般人(・・・)ねえ」

 

 気になる言い方だが、流しておこう。

 何事も知らないフリが一番だ。

 

「でもそれを聞いて一つだけ分かったことがありますねえ」

「お?なんだい?」

「この間の怪盗キッドの騒ぎ、ルパンさんですね?」

 

 気持ち悪い笑い方をする彼を無視して、修理の仕上げに入る。

 

「なんでそう思ったんだい?修理屋ちゃん」

「本物ではないと確信したのは、キッドが拳銃を発砲したことですね。彼は拳銃を使わなくても対応出来たんじゃないかなあって思いました。そもそも使わないですしね。ルパンさんだと確信したのは、あなたが盗むまでの過程を楽しみたいと言った発言ですかね。キッドはワイヤーでターザンみたいな使い方と掛け声はしませんねえ。気障なので」

 

 最後に嫌味を含んで言い放てば、ルパンさんは顔に手を当ててゲラゲラと笑いだした。どうやら、私の考えは当たっていたらしい。運転席の足元にモノクルが落ちていたことは内緒にしよう。そもそも変装のプロと聞いた時点でそんな気はしていた。的を得た発言のせいで「あの小生意気な餓鬼と知り合いなの?」と聞かれてしまったが、知らないフリをして「友達が大ファンなんですよねえ」と誤魔化す。いや、嘘は言っていない。あの面食いちゃんは相当なキッド推しだ。

 

 てか今更だけどそんな世界的な大泥棒がこんな目立つ車乗ってちゃ駄目でしょ?

 工具箱に物を仕舞いつつ、ルパンさんにさりげなく声を掛ける。

 そろそろ仕上げの準備だ。

 

「ルパンさ~ん。そこの倉庫の裏から物音しませんでした~?しましたよね~?ちょっと見てきてくれません?」

「お前さん心臓に毛でも生えてるんじゃねえか?この俺様を足に使うたァ良い度胸してるぜ」

 

 ぶつぶつ言いながらも彼は倉庫の裏の確認をしてくれるようだ。目深に帽子を被る、確か名前は次元さんだったかな?彼も帽子をアイマスク代わりに睡眠をとっている。今がチャンスかな。

 

 スマホで見たこの車の構造を思い出しながら、パンッ!っと勢いよく手を合わせた。

 毎度お馴染みのことだが、手作業ではやれることが限られるのだ。

 これくらいのズルは許してほしい。

 

 真っ白な光に包まれたその塊も、終わる頃にはピカピカと効果音が聞こえるような新車に生まれ変わっていた。心の中で、特急料金♬特急料金♬とセンスのない歌が流れる。

 念のため車体の中身を隅々まで確認し、不備が無いことを確かめた。我ながら良い出来だ。天才かな?

 

 何も無かったぞと言いたげな顔をしたルパンさんは、ピカピカになったアルファロメオを見て周りに花が浮かぶほどの笑みで車体に抱き着いた。いや、今まで車の修理頼んだ人みんなに言いたいが、そんなに車愛が強いならもう少し大事に扱ってはくれないのだろうか。

 そういえば、降谷さんの車の修理の時本人確認で免許証見せてもらったけどあの人ゴールド免許だったんだよね。絶対おかしいよね?金色の蛍光ペンでも用意して無理矢理塗りつぶしてるんじゃないかと思って必死に擦ったけど全然取れなかった。あの人絶対ヤバい人だと思うんだよねえ。

 

「修理屋ちゃん、マジでありがとうな!」

「へ?あ~いえいえ~、じゃあこの振込先までお願いしますね~。私はこれで」

 

 キラキラ光るアルファロメオが名残惜しい。私も飛びついて隅々まで観察したいところだが、犯罪者に手を貸したこの現状でそんな浅はかな行動は出来ない。さっさと帰ってしまおう。てか、コナン君大丈夫かなあ。急ぎ足でその場を離れようとしたが、ルパンさんに肩を掴まれ顔の目の前に何かを向けられた。

 

「え、あ、ちょっと」

「ハイ、チーズ☆」

 

 パシャリと電子音が小さく鳴る。見たことない構造のカメラだ。「びっくりした?」なんて彼は素で笑ってる。あなたみたいな人がそういう行動を取るのは心臓に悪すぎるよ。思わず手を挙げてしまったもの。ぼうっとしている私を他所に彼等は新車並みのその車に乗っていた。ブオオンと独特なエンジン音を上げるその車にホッとした。

 

「修理屋ちゃんまたな!」

「はは、次があれば良いですねえ泥棒さん」

「縁起悪ィなあ、じゃあな!あばよ!」

 

 呆気なく彼等は去った。恐らくパトカーの音が近くなってきたからだろう。不思議な人たちだったなあ。戻ってきた銀時計をふと見つめる。傷が目立つせいで、真ん中の紋章はもう分からない。

 

 

『退屈な人生なんてつまらないだろう?俺はなあ、俺に期待したいんだよ』

 

 

 自分に期待出来る人間なんてなかなかいない。

 自分を信じてるからこそあんなに格好良く言い放つのだろう。

 

 

「...私も頑張りますかね」

 

 ゆっくり歩いてバイクに向かえば、バイクに跨ったままコナン君がすやすやと寝ていた。初めて見たあどけない表情に自然と自分の顔も緩む。そっと頭を撫でてやれば「...蘭姉ちゃん」と呟いた。

 

 

((「お姉ちゃん!今日はシチューだって、ばっちゃんが言ってた!」))

 

 何年も聞いていない甲高い声は、あの子供の頃のままだ。大きくなっただろうか。

 本ばかり読んでいた私を無理やり連れ回そうとあの子は必死だったなあ。

 そういえば、仲良くしていた小生意気な幼馴染とはどうなったのだろうか。

 

「...あ、やべ寝ちまってた。ノア姉ちゃん?」

「お?起きたかい?帰るぞ少年」

「そんなことより、大丈夫!?服汚れてるけど何かあった!?」

「なんにもないよ~。さっさと帰るぞ~蘭ちゃんが怖いから」

 

 会話を遮るように、顔を見られないようにコナン君の頭にヘルメットを被せた。彼の右腕は不格好だが白い布で覆われていた。安心してバイクを走らせる。

 

「帰りにバーガーショップ寄ってもいい~?」

「嫌って言っても寄るんでしょ?」

「バレちった?大丈夫、臨時収入が入ったからお姉さんが奢ってあげよう!」

「ねえ、本当に何も無かったの?」

 

 今日初めて口に入れるであろう。ハンバーガーが恋しい。

 呆れるコナン君を無視して、この間園子ちゃんから聞いたバーガーショップを目指した。

 

「コナン君、あんまり無茶は良くないぞ」

「...ごめんなさい」

「素直でよろしい」

 

 *

 

 *

 

 *

 

 来日した時よりも調子がいい愛車に顔がにやけてしまう。途中で五ェ門を拾ってやれば彼もさすがに驚いたのか珍しく目を見開いていた。

 小型カメラに映る彼女の顔に目をやれば酷く名残惜しく感じる。

 

「ははっ、次も会うには捕まんねえようにしねえとな」

 

 次元が語るその言葉。一人の少年は「今度会ったら捕まえる」と、一人の少女は「次があれば良いね」と話す。何とも生意気な少年少女だ。

 カメラの画像を電子音とともに操作する。ピ、ピ、と音が鳴り、ノアの顔が映った画像の左端には『お気に入り』と文字が浮かぶ。

 

「修理屋『armstrong』のノアちゃんか...」

 

 ピロロロンとお気に入りリストに登録された効果音が車内に響く。

 次は器用に登録名をタップする。

 

 

 

「不二子ちゃんの情報網は恐ろしいねえ、いつものことだけど」

 

 

 

 ルパンはその名前を入力し、じっと画面を見つめた。

 

 

 

 

 

碧眼(へきがん)の錬金術師、ノア・ロックベル』

 

 

 

 

 

「また会おうぜ、修理屋の子犬ちゃん」

 

 

 





やっぱりルパコナ大好き。


私事ですが明日からハガモバリリースとのことでゲームに集中しようかと思います。
ゆるゆると書いていきますのでお付き合いくださいませ。
ヒューズ中佐当てるぞ!!!


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依頼?7 眼鏡

閑話休題。風見裕也の一日。


 

 

「これが僕の協力者から聞いたすべてだ。ルパン一味に関しては取り逃がしてしまったがね」

「...また例の少年ですか」

「ははっ、まったく恐ろしいよ。彼は」

 

 降谷の笑みが、風見にとっては賞賛をしているように見えた。脅迫状、ルパン一味の来日、闇取引。これだけ事件が重なれば公安も動かざるを得なかった。降谷さんが毛利小五郎の助手として潜入したお陰で、脅迫状やSPが次元大介である所までは突き止められた。取引先はエミリオ・バレッティのライブ会場。厳重な警戒態勢を敷き、裏では公安が指示をした。いつものように刑事課からは恨まれそうだと何度目かの決意を固める。そう思っていた時にはすでに会場全体が真っ暗になり、もう一度自身のインカムに手をかざした。

 

 ライブが始まった。何万人ものファン達は裏で取引が行われるなんて思いもしないだろう。抱えた事情の大きさにスタッフや今まさに観客を沸かせている彼は何を思うのだろうか。感傷的になりかけたその時、インカムから上司の声がした。焦りの効いたその声色に息を飲んだ。

 

『ライブ会場にもう奴はいない!至急この廃工場に急げ!』

 

 人員を確保しつつ、現場の公安部はいつも通りその言葉を信じて向かった。

 そしてその現場にいたのは、犯罪者のど真ん中で拳銃を構える一人の少年だった。メラメラと燃えるような瞳で対峙する彼に現役警察官はどよめく。

 対象は呆気なく確保。いつの間にか行方を晦ましたルパン一味の捜索に明け暮れた。

 

 銃撃戦になると見越した死人を出さない緻密な配置と、一発でこの場所を特定した人物はお願いだから降谷さんであって欲しいと願っている。これ以上恐ろしい人物を増やしたくはないのだ。

 風見は目の下に隈を付ける上司の顔を見ながらそう祈ったのだった。

 

「しかし...」

「まだ何か?」

「アラン・スミシーと呼ばれる者によってルパンのアルファロメオは廃車になるまでボロボロにされたんだ。最後に逃走した時には、彼は新品並みの車に乗っていた。妙なんだ。」

 

 頭の隅では少し前の大観覧車がぐるぐると回っている。あれ以来降谷さんはしつこく協力者への勧誘に励んでいる。コンビニに行っている間に赤色のrx-7になっていたと怒り狂っていたが、冷静に考えてその短時間で修理が終わるなど人間業じゃない。

 

 風見はもう一度願った。どうか、あの修理屋がルパンに手を貸していないように、と。

 

 

***

 

 

「クゥン...」

「大丈夫君のせいじゃない」

 

 申し訳なさそうにスリスリと歩み寄る目の前の子犬を見て、改めて賢い子だなと感心する。

 降谷さんが最近自慢げに話す彼、ハロという子犬。ついに一日彼の面倒を見てくれと重大任務を与えられた。犬というものは本当に賢い。初めて会ったときは、警察犬の匂いに反応して嫌われそうになったこともあったが、一緒に散歩をする仲にまでなった。

 

 昼食後に、いつものコースを散歩している時だった。ゆらゆらと飛ぶ蝶が気になったのかハロは勢いよくリードも忘れて飛び出してしまった。不覚にも体勢を崩してしまい、足を滑らすことは無かったが硬いコンクリートの上に掛けていた眼鏡が勢いよく落下した。割れたレンズを見ながら頭の中で上司の言葉が呪いのように再生される。『これで良く公安が務まるな』

 

 叱られた子供のように小さくなってしまった彼の頭を撫でる。全然大丈夫だぞと笑って散歩を再開させたいところだが、壊滅的な自分の視力に早々と歩き始める余裕はなかった。

 土地勘はあるが、外の景色は曇りガラスのように見えない。困ったものだ。ベンチの上で丸まる彼を見つめていると、軽い雰囲気の少女の声が聞こえた。

 

「?お兄さん、どしたの?話聞こか?」

 

 困っている人に声を掛けるというよりは、最近どう?と世間話をするようなその声。表情はパーカーのフードを被っているせいで見えないが、髪の色は金色だった。

 

「散歩中?ありゃ、眼鏡が割れちゃったのかぁ。それは災難だ」

 

 どこかで聞いたことのある様な声。可哀想にと微塵も思って無さそうな声。

 不思議なその雰囲気に、視界がぼやけているのも相まって思考すらも働かなくなっていた。そんなことも知らないハロは少女にじゃれ始める。おい、ぼやけているがしっぽの振り具合が尋常じゃないぞ。

 

「可愛いね~。でもお兄さん困ってるみたいだからさ、もうちょっと待てる?」

「ワン!」

「うん、良い子」

 

 犬の扱いに慣れている様子の彼女はベンチの空いているスペースに座り込み、ガサガサと紙袋を漁りだした。

 

「...なぜこの席に?」

「へ?だって空いてたから」

「わざわざここに?」

「犬可愛いから、つい」

 

 大人げない自分の発言もどうかと思うが、わざわざこの席を選ぶか?当の本人はハンバーガーらしき分厚いパンをもぐもぐと頬張っている。自分のペースが乱される感覚がした。

 

 pipipi pipipi pipipi

 

 スーツのポケットからは無機質なアラームが布越しに鳴り響く。まずい、もうすぐ降谷さんが帰ってきてしまう。こうなったらハロに道案内を頼むか?賢いハロなら本当にやってしまいそうだが、これでハロに何かあったりしたら.....

 

「お兄さん?大丈夫?」

「はっ、あ、ああ大丈夫だ」

「なに?仕事で病んでる感じ?この国の人は社畜だからねえ」

「い、いやそうじゃないんだ」

 

 わかるわかるよ~と隣に座る彼女は返事を聞かずに答える。人の話を聞かないタイプらしい。ハンバーガーと一緒に飲む予定だったのか、紙パックの牛乳を受け皿に注ぎハロの目の前に置いた。待て、受け皿など持っていないぞ?一体どこから.....

 

「私も最近やることが多くて困ってるんですよ~。皆なんでもかんでもやれやれ言うから」

「...そうなのか」

「無茶ばっかり言うクライアントにはもうこりごりですよぉ」

「まあ、確かに人間限度がある」

「!!なんか、久しぶりにまともな人に会えました~...」

「君の周りは一体どうなってるんだ」

「ゴリラと犯罪者予備軍と図書館の不審者と壁壊す女の子と、あとは...」

「いや、もういい大丈夫だ」

 

 いや、なんで世間話に付き合っているんだ自分。そんなことよりも、帰らなければ。

 

「すまない。用事があるからこの辺で。ハロ、行くぞ」

「クゥン...」

(クゥン...じゃない、、!!)

 

「お兄さん、お兄さんって近視?」

「あ、ああ。近くまで来れば見える」

「ならさあ、スマホのカメラ機能使って周りの景色写せばいいよ。あとはちゃんと眼鏡屋行ってね~。あ、オススメ知りたい?」

「いや、行きつけがある」

「ちぇっ」

 

 なるほど、その手があったのか。実際に操作すれば家に帰るくらいなら十分なほど見える。これなら帰れるぞ。「ありがとう、お陰で帰れそうだ」と言えば、「なんのこれしき~」とへらへらと笑っていた。画面越しに見る彼女は瞳の色が青くて、上司の面影と並んだ。肌の色は全然違うが。

 

「まあ、私も愚痴聞いてくれて楽しかったですよん」

「いや、本当に聞いただけだが」

「真面目ですねえ。そんなんで疲れません?」

「ははっ、余計なお世話だ」

 

 お、笑った!と声を漏らす彼女。失礼な、人間なんだから笑うさ。

 首輪にリードを繋ぎ、行くぞと再び声を掛ければ今度こそハロは「ワン!」と肯定してくれた。スマホのカメラを拡大し、なんとか見える具合に調整し彼女にありがとうと声を掛けた。

 立ち上がる自分に対面になるように立つ彼女は、楽しそうに呟く。

 

「ねえ、お兄さん目瞑って」

「?」

 

 なんとなくその言葉に従って目を閉じれば、閉じてすぐに鼻筋と耳に違和感を感じた。いや、違和感などではない。これは....

 

「お兄さん目の下の隈似合わないから、ちゃんと取ってね」

 

 ばいば~いとごみを纏めて去っていく彼女に声を掛けないで見送ってしまった。はやく行こうよとハロはリードを引っ張るがしばらく足が動かなかった。

 また会えるだろうか。お礼を言いたいのもあるが、彼女から感じる雰囲気は日ごろの激務を忘れさせてくれるような、受け止めてくれるような期待をしてしまう。

 

 ありがとう、と見えなくなった彼女に向けて呟いた。

 数分ぶりの変わらない景色に少しだけ頬を緩めて歩いた。

 無事家にたどり着けば、ブチ切れた上司が待っていた。

 明日も頑張ろう。

 




<おまけ>

 ピンポーン。
 ピンポーン。
 ピンポンピンポーン。

『うちにテレビはありませーん』
「俺だ、開けろ」
『なんだ快斗君か』
「行くってメールしただろ」
『ちょっと、今忙しいのよ。まあ、入っていいよ~』

 インターホン越しに了承を貰えば、同時にガチャっと鍵が開く音が鳴る。
 入った瞬間思った、なんだコレ。

「...ノア?」
「ちょっとした化学の実験をねえ」
「は?」
「いやあ、この前乾燥ひじきから砒素を抽出して殺人トリックに使った犯人さんがいてね?どれくらい時間かかるのかふと気になって始めたら鬱になりそうなくらい部屋がひじきだらけになっちゃった」
「バカ?」
「バカかも」

 前にはひじき、右もひじき左もひじき。そして薬品やら何かで抽出出来た砒素は試験管に入った小指くらいの量。やつれたノアの表情を見て、本気でコイツアホだって思った。

「まあ、良いんじゃね?この際ハンバーガー以外も食え」
「え、無理」
「お前、週何回ハンバーガー食ってんの?」
「週3?」
「そのうち週2くらいで飯食ってないだろ」
「....てへっ☆」

 軽い会話を交わすが、二人の視界に嫌でも大量のひじきが映る。
 バイクに乗って帰ろうとする快斗を取っ捕まえ、二人は黙々とひじきを食した。

※この後スタッフが美味しく頂きました。



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休業日③

修理しない日は休業日にすればいいと思ってるのそろそろバレるかなあ。


 

 

『腕の良い修理屋なんだ。少しばかり子供臭いけどな』

 

 ここ最近、コーヒー牛乳が大好きな女の子の話をよく聞かされる。どうにかまた修理をしてもらうために、わざわざカーチェイスをして犯人を追いかけると言った時は、流石に頭目掛けて拳骨をお見舞いした。なんでも一時話題に上った大観覧車が一夜にして元通りになったあのニュースは、修理屋である彼女が関係しているらしい。目の前の幼馴染は、手際良くrx-7を直してくれたと言っていたが、彼女の好きなコーヒー牛乳を買っている間に真っ赤に染まった艶々のrx-7へ早変わりしていたり、一夜にして瓦礫の山がテーマパークへ元通りになったりと疑問に思うことが多々あった。

 

 コーヒー牛乳が好きな女の子か...と諸伏景光は考える。NOCバレして以来知り合った人間などたかが知れている。ハンバーガー大好きっ子なら知っているが、彼女は本に埋もれて生きる人間だ。恐らく違うだろう。

 

 

『とても不思議な女性だった。彼女が無邪気に笑っていられる社会にしたいと思ったよ』

 

 クソ真面目な上司にはやはりクソ真面目な後輩がお似合いだ。ハロの散歩で遅くなった風見さんは、ゼロにしこたま怒られたあと普段あまり見ない安らかな顔で彼女の話をし出した。「周りに居ない不思議な雰囲気を纏う人だった。日常を忘れてただの世間話に付き合った時間、これこそが癒しだったんですね」と話す現上司の風見さん。少し、いや結構引いた。そこまでは良かった。聞いている自分もゼロも引きながら良かったなと声を掛けただけで、問題は次だ。

 散歩中に壊れてしまった眼鏡が彼女と話している間に直っていたのだと、彼は語る。それに反応したのは俺じゃない、ゼロだ。最近はもっぱら着信拒否をされ続け、一時期本気で悲しんでいたくらいだ。ズルいぞ、風見!と子供のように掴みかかるゼロに苦笑いを浮かべるしかなかった。しかし、偶然にしては凄い確率なんじゃないか?ゼロが協力者にしたい女の子と風見さんが散歩中に会うだなんて、こんなことがあるんだなと他人事のように流したその日、久しぶりに俺も癒しを貰いに行こうかと本に埋もれる彼女のことを思い浮かべた。

 

***

 

「で?また来たの?暇なの?やっぱりニート?え~っと、名前は、、んー、思い出せない...」

「...もうわざとでしょ?ノアちゃん」

 

 相変わらず本の山に埋もれる彼女は、珍しく青黒い隈が出来ていた。いつもより機嫌が悪く見えるのは気のせいだろうか。いや、比べられるほど顔を合わせていないから何とも言えないな。

 世間話をするように上司二人のやり取りを話せば、ノアちゃんはげんなりした顔で俺を見た。え、俺なんかした?何語なのかもジャンルすらも分からない本を片手に、殴り書きするもう片方の手だけは止まらない。器用な人だ。

 

「それにしてもその風見さんって人ご愁傷様だねえ」

「まあ、例の修理屋さんのお陰で乗り切ってるよ」

「例の修理屋さん、ねえ」

 

 悪戯な笑みを浮かべるノア。どこかの猫にやりたい放題悪戯をするネズミの顔が頭に浮かぶ。謎の文字をスラスラと紙に書き綴りながらも、暇を持て余した俺の世間話に付き合ってあげようと会話を続ける。

 

「お兄さんニートじゃなかったんだねえ。意外だなあ」

「相変わらずさらっと失礼なことを言うなあ」

「いやあ、それほどでも~」

 

 いつもの緩い会話。ノアがさらっと貶すいつも通りの会話なのだが、何か物足りないような覇気がないような気がするのだ。決して特殊な性癖を持っているとかではない。不思議に思っていれば、ノアは真顔で呪文のようにぶつぶつと唱えだした。いったい今日はどうしたんだ。

 

「チェダーチーズバーガー、セットにポテト。塩気の強い食べ応えのあるパティにレタスとトマトが多めで中和されている。バンズは表面が香ばしくそれでいて噛むとフワッとしていて万人受けする美味しさだ。とろけるタイプのチーズは女性ウケ間違いなし」

「...ノアちゃん?」

「ん?」

「ハンバーガー好きすぎて頭おかしくなった?」

「お兄さんもだいぶ失礼だよ」

 

 うん、彼女は至って真剣だ。もしかして今書いてるのって、と聞いてみれば、この間食べた店のハンバーガーを評価しているのだと真顔で答える。字が汚いのか達筆なのか何を書いているのか読めたもんじゃないが、この真剣な口ぶりから真面目に食レポを書いていたのだろう。

 今更だが彼女の行動は一周回って何をするか分からない。関係ないであろう周りの本はもう用無しだろうか。

 

「この周りの本は?読んでないなら片付けるぞ」

「それまだ使うんだけど」

「え?」

「え?」

 

 お互いが?を頭に浮かべながら、先に口を開いたのはノアの方で、「あ、あー、いいよ。もうそろそろお昼だし」と癖のある万年筆を机に置いて立ち上がった。どうやら今日は足にされるわけではないらしい。と思ったが、隣の席に置かれた山でも登るのかと突っ込みたくなる大きさのリュックを得意げに見せつけられ、この間の段ボール二箱よりリュックになっただけマシかと自分の心の広さに泣きたくなった。

 

「まあまあ、流石に今日はお礼するからさ」

「まだ、運ぶなんて言ってない」

「え?運ぶ気満々の顔してたよ?」

「不服だけどな?お礼の前に眼科に行きなさい」

 

 先ほどまでの真剣な彼女は、黒縁の眼鏡を外した瞬間消えてしまった。いつもの軽口を叩く人使いの荒い女王様へと戻ってしまったのだ。ちょっとでも心配した自分が馬鹿みたいじゃないか。まあまあ落ち着きなさいよとリュックを手渡すノアに思う部分もあるが、「お兄さんあんまりお出掛けとかしないからたまには息抜きでもすれば~?」と言われ肩の力が一気に抜けた。

 思えば、ここに来る以外は常に人目が気になって気分転換の足しにもならない。決して自意識過剰などではない。組織の人間が潜んでいてもおかしくないこの町では、心が落ち着く場所は本当に少ないのだ。失礼だが、万人受けしない専門書ばかりが集まったこの図書館は人の波が無くて心底安心するのだ。それも理由の一つに過ぎなくて、本音は別だ。

 

「この間仕事で臨時収入が入ってねえ。毎日お高いハンバーガーを食べれて幸せだよ~」

「マジで身体に悪いから違うもの食べよ?」

「もう私にとってはルーティーンなのよ。日課なの日課」

「それっぽく言ってるけどただの偏食じゃん」

 

 風見さんが言っていたこと、少し分かるかもしれない。忙しない日々でちょっとしたどうでもいい会話が日常を忘れられる。日の目に出ない危険な任務をしている俺等にとって、彼女のような存在は自分を認識させてくれる光なのだ。

 馬鹿みたいに重いリュックを背負いながらそんなことを考える自分の心が綺麗すぎるなあと思いながら彼女の背中を追った昼下がりだった。

 

 

***

 

 

 タイミングが悪いシャッター音。肩を並べて撮った同期との写真はもう無い。遺留品として発見されたスマートフォンは、俺の死を意味する弾痕と血痕が浮かぶ。辛うじて生きている俺だけど、アイツらは許してくれないだろうな。ハンバーガー1つで笑顔になる無邪気な彼女が命の恩人だなんてあの時は思いもしなかった。間接的にだけど。

  ノアが掛けていた眼鏡を借りて気持ち程度に変装をしていた俺が甘かったのか。

 今の俺はあの時と同じくらい動揺している。『焦りは最大のトラップ』だ?

 マジでそれどころじゃない。

 

「諸伏景光クン?惚けても無駄だぜ?」

「何のことかなぁ」

「ったく、連絡一つ寄越さないかと思えば女とデートとはなあ」

「...ノアちゃん助けて」

「照り焼きチキンバーガーとベーコンレタスバーガーどっちがいいかなあ」

 

 ゼロ、ついに俺の正体が奴らにバレた。

 

 図書館から少し離れた場所にある彼女オススメのハンバーガー店。昼時を過ぎているにも関わらず店の外まで列が続いていた。小さな手帳を取り出しながらさあどれにしようかなと真剣に悩むノア。書類を捌いて、ゼロの破損報告書をまとめて、また書類を捌く毎日の俺にだって一つくらい普通の生活をしても罰は当たらないよなと自己完結し、一緒にメニュー表へと目を通した時だった。

 店の前のメニューが書かれた看板の奥から見える二人組。どこぞのヤンキーかチャラ男かと思った俺は悪くない。大丈夫、平常心平常心。幸いアイツ等は俺に気付いていない。やり過ごせやり過ごせとメニュー表をじっと見つめる。

 

「おい」

 

 世間的にはイケボというのだろうか?警察学校時代にやんちゃしていた野郎の声とは思えない。やばい、気付かれた。二人組と俺に挟まれるノアには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それでも何とかならないものかと聞こえないフリをしていれば、思ってもみない状況になっていた。

 

「お前、ポアロに居たよな?」

「へ?すみません私人の顔覚えるの苦手で」

「珍しいなぁ、陣平ちゃんがナンパなんて」

「黙れ萩原」

 

 ノアちゃん?もしかしてそこにいるおっかないお兄さん達と知り合いなの?いつの間に?てか、今松田ポアロって言った?それゼロの潜入先じゃん。何この子、無意識に知り合い増やしてて怖い。

 

「あの探偵坊主と一緒に居ただろ?」

「...ああ!あのひじき毒殺事件ですね!」

「毒殺!?危ないことに関わっちゃ駄目だろノアちゃん!」

「あ?」

「あれ、その顔」

 

(しまった...)

 勢いよく会話に横入りしてしまった。もう手遅れなのは確かにわかる。蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなのかなあ、と他人事のように天を仰ぐ。あ、まじで視線で殺されそう。こら、ノアちゃん。後ろの女性客に「修羅場?」とか言って他人のフリしないの。誰が修羅場だ誰が。

 

 こうして人気ハンバーガー店で地獄の取り調べが始まった。

 

 軽快なピアノのメロディと流れるように動くウォーキングベースが店内を彩る。ゼロもギターを弾きたいと言ってくれて自分がベースを弾いて、売れないバンドマンみたいな生活をしていた時期がもはや懐かしい。実際のところ流暢にそんなこと考えている場合ではないのだが。周りの客の声が一切聞こえないように何か細工がしてあるんじゃないかってくらい余裕はなかった。

 

「...ごめん。巻き込むのが怖かったんだ」

 

 自分でも情けない声を振り絞って呟く。自分の危険だけでない、巻き込んだ人間すべてが消される可能性だってある。必然的に警察である同期や兄に関わることは出来なくなった。ボンドでも接着剤でもくっつけられたんじゃないかってくらい口が開かない。そんな重たい空気もへらっと押しのける目の前の二人には本当敵わない。

 

「お前も、降谷もそういう部署に配属されたんだってくらい予想はつく。舐めんなよ?」

「でも、伊達のロッカーにあんな血生臭いスマホ入れるのはやめてあげな?あの伊達が男泣きしたぞ」

 

 そしてネチネチと嫌味を言われ続ける。

 言いたいことを言えてスッキリした二人は最後に声を揃えた。

 

「「おかえり」」と。

 

 

***

 

 

「なんか感動の再会の邪魔をして申し訳ないんですけど~、注文しません?」

 

 俺はここまで空気を読めない人間を知らない。メニュー表を見ながらぶっきらぼうに呟く彼女は図書館に居た時より不機嫌だ。ごめんね頼もうかと宥めるように話せば、「これでも空気読んで待ってたんだけど~」と伸びた声で話す。空気読んでたんだね、偉いね。

 

「ねえ、この子めっちゃ面白いんだけど諸伏の彼女?」

「違うよ、でも構いたくなる女の子ってやつかな」

「勝手にやってきて構って欲しいアピールするのはそっちでしょう?」

「分かった、店員さん呼ぶから許して」

 

 餌を前に待てを頑張った彼女はなかなか懐かない猫のようだった。お兄さんが悪かったから頼もうか。ほくほくした笑顔でハンバーガーを待ちながら、今日はひたすらメモ帳を片手に文字を綴っている。

 

「そうだ、なあアンタ。あの事件の日助かったぜ?ありがとうな」

「いえいえ、お仕事の邪魔になってないようで良かったです」

「ヒジキ毒殺事件だっけ?ねえ、ノアちゃんこの間くれた大量のひじきと関係ある?」

「やめて思い出したくない。軽くトラウマだから」

 

「まさか、乾燥ひじきがあそこまで増えるだなんて誰が想像できるか、だから料理は嫌いなんだ、しかもひじき料理なんて煮る以外思いつかないし、そもそもひじきは食べ物なのか?」と呪文を唱えだしたが、焼けたパンとBBQソースの食欲をそそる香りに今日一番の笑顔を見せる。

 

「待ってました!!!さあさあ食べましょ食べましょ!!」

「ノアちゃんはハンバーガーが好きなの?」

「ええそれはモチロン!馬鹿みたいに長い行列も意味わからん修羅場に巻き込まれても待つくらいの価値があります!」

「だから、もう少し言葉を選ぼうね?」

 

 そしてさり気なく萩原はハンバーガーに負けた。バスケットに盛り付けられたハンバーガーはチェーン店で出されるようなものとは比べ物にならないくらい分厚いバンズとパティだ。器用に両手で掴んだノアは、自分の口の3倍くらいあるハンバーガーにかぶりつく。

 かぶりつくその直前だった。

 

 

「全員大人しくしろ!!これが何か分かるよなァ!?」

 

 

 半分以上が女性客を占めている店内は頭に響く金切り声が止まらない。ガタンと倒れる椅子の音、氷がたっぷり入ったコーラは床に零れ甘い液体が染みる。いわゆるパニックという奴だ。

 これが何か分かるよなぁ?悲しいことにDYNAMITEとでかでか書かれれば分からない奴はいないだろう。

 犯人は爆弾を見せびらかすアホ1人、外で立ち塞ぐ馬鹿2人、そして客に紛れてハンバーガーを食っていた食いしん坊3人だ。さて、どう対処する?警察学校時代に班長とゼロが人質に取られ、チョリースとチャラ男を演じたあの日はもう何年前になるだろうか。今や目の前の二人は冷静に爆弾の中身を分析しているようだ。流石元爆発物処理班。

 爆弾片手に叫び散らす犯人のボスのような人物は真っ先に俺たちの座るテーブルに目を向ける。

 

「おいそこの女!お前これが見えてねェのか!?」

「ほぇ?ほぇんなひゃい、はむぁっへへふらひゃい~」

「何言ってるか分かんねえよ!」

 

 周りに気を取られ過ぎて、目の前の彼女が何事も無かったように食事に夢中になっていることすら気付かなかった。ああ、分かった、分かったから「それでよく公安が務まるな」って脳内に直接語り掛けないでくれ、ゼロ。

 

「松田、萩原。ゼロに応援を頼んだ、外の奴はすぐに片が付く」

「はっ、俺等は爆弾に専念しろってかァ?」

「頼りにしてるよ」

「俺と諸伏ちゃんは他の仲間を取り押さえようか、爆弾は松田に任せよう」

「了解」

 

 それから早かった。一般人に装ったバリバリの公安部が外の連中をあっさり取り押さえ、店内の仲間がそれに動揺を見せた隙に縛り上げて見せた。相手が悪かったなあとしか言いようがない。客も外へと誘導し、問題無いかと思われたが苦戦したのはまさかの爆弾だった。

 

「松田、やれるか?」

「うっせ!今やってるだろうが!クソ、なんであの頭無さそうな奴らがこんな面倒くさい爆弾持ってんだよ!」

「ありゃりゃ、これは無駄にトラップが多いな」

 

「ほい、ニッパー」

「おう、あんがとよ。まずはこの導線を切って、」

「あ、このバッファー水銀レバーの手前に噛ませてくださいな」

「おっと危ねえ、見落としてたぜ。って....」

 

 客は居ない、店員も外、犯人は取り押さえた。

 爆弾の前には、諸伏、萩原、松田だけのはずだったのだが。

 バスケットに入ったウェッジカットのポテトをもそもそとウサギのように食べる彼女。爆弾のカウントはもう5分も無いのに、3人の時間が止まったかのようにノアを見つめる。手術中の賢い助手のごとく工具を手渡すノアに、松田は冷たい視線を向ける。

 

「おい、なんで逃げてねえんだ」

「へ?だってここのハンバーガー屋さん吹っ飛んじゃうの勿体ないから」

「俺等が何とかするから引っ込んでろ!」

「へ~い」

 

「ちぇ、手伝ってあげたのに」と言葉を漏らすノアは、大人しく店の外へと向かっていた。厳しい言葉を掛けながらも松田の手は止まらず解体作業を続けている。「もうすぐ終わる、外で待ってろ」そう話す松田の声はいつもより焦りを含んでいるような気がした。

 

 1分。

 すっかり入れ替わった機動隊の面々が店の前を取り囲む。

 まだ爆弾がある、近づくな!

 自分は居ない筈の存在であることも忘れて、根っからのハムだなと内心笑う。

 

 30秒。

 周りの警備隊も避難した店の人間も野次馬も全員が緊張の糸を張りつめている。

 松田、松田...。

 祈るように手を合わせる、信頼も込めて。

 

 残り15秒を切っても、松田は現れない。居ても立ってもいられない萩原は警備隊に抑えられている。柄にもなく焦った素振りを見せる松田を思い出す。彼なりにいつもと違う爆弾を目の前に冷静さを失っていたのかもしれない。

 

 もうダメだと思ったその時だった。

 

 諦める俺の横を頭二つくらい足りない身長の少女が走り出した。掌を合わせながらぶつぶつと横文字を唱えていた気がする。呆気にとられた周りの人間も残り10秒を切ったその空間で自分を取り戻すことは出来ない。

 

「....ノアちゃん!!!」

 

 なぜこういう時に限って他人行儀になれない?

 君は一般人で、民間人で、失っていい人間じゃないだろ?

 

 もう後がない。瞼を固く閉じてから何秒立っただろうか。来て欲しくない爆発の瞬間は待てども待てども来ることは無かった。へたりと力が抜けその場に倒れ込む俺を他所に、萩原も安心したように深いため息を零す。

 

「ヒロ、どういうことか説明してくれるよな?」

「げ、」

「あれ?安室さんだ。おつかい?」

「ええ、丁度小麦粉の在庫が切れそうだったので。それより中にもう一人警官の方がいらっしゃるのでは?」

「そういえば、松田もノアちゃんも戻ってこないね」

 

 ピンクのベストを着込んだ甘いベビィフェイスの男が立っていた。俺と萩原の態度が全然違うのは気のせいだろう。そんなんでいいのか、潜入捜査官。不発したと分かってからだいぶ時間が経ったのに現れない二人を確認しようと店内へ急ぐ。

 様子を確認する諸伏と萩原の後ろで、降谷は小さく呟いた。

 

「...ノア?ノアが居るのか?」

「え、ゼロ?」

 

 店内の真ん中には解体に使ったニッパー、カッター、ペンチ等が転がっている。その隣には爆睡した松田も転がっていた。どういうことだ。

 

「...ヒロ、ノアって言ったよな?お前がよく町の外れの図書館に出入りしている理由はそれか?」

「う、」

「そうか、ヒロ覚えておけ。俺が協力者にしたい人間は、修理屋のノアだ」

 

 ピースが埋まったような、解けなかった数学の方程式が急にスラスラ解けるようになったような。

 やけに風見さんと話が合うような気もしていた。そういえば何回か彼女がコーヒー牛乳を口にしている所も見た。ゼロが言う子供臭いなんて、そのままじゃないか。

 

「ははっ、なるほどなあ...」

 

 ゼロの言う修理屋=ノアちゃんだと分かった今、俺は以前ゼロが話していたことを思い出す。

 

『彼女はあまり自分の話をしない。頑なに何かを隠している気がする』

 

 ここまで彼女に対しての考えが合うと、逆に怖くなってくる。幼馴染で親友の強みだろうか。

 確かに、ノアちゃんは何かを隠している。

 あの観覧車もrx-7も直して見せたのがノアちゃんだということに驚きを隠せないが、自分の膨大な知識を生かしたスキルだなと感心もした。

 

 ごめんね、ノアちゃん。

 俺はこれでも、公安警察なんだ。

 君の事に探りを入れるのはもう合法だ。

 

 転がった工具と松田。

 消えた爆弾とノアちゃん。

 

 彼女を公安の協力者へと導く人間がまた一人増えた瞬間だった。

 

 





一方その頃、ノアはというと...

「ふふふ、この面白い爆弾を改良してあんなことやこんなことを...」


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依頼8 子守


※映画ネタをいじっております
※時系列という名の時計は壊れました
※懲りずに映画ネタでストーリー動かそうとしています


 

 頭上から浴びるように怒号が聞こえる。

 これがクレーマーってやつか。いや、修理する前からクレーマーだなんてただの野次晒しだ。

 いつから私は壊し屋になったんだっけ?

 

「おい、嬢ちゃん!!なんてことしてくれるんだ!!ったく!!」

「...スミマセン」

「お父さん!皆無事だったんだからいいじゃない!みっともないからやめて!」

「あ"あ"ぁ、俺のレンタカーライフに終止符を打たせてくれよォ!!!」

「...なんか、スミマセン」

 

 はぁ、なんでこんなことになったんだろう。

 屋上のプールの上には、フォード・マスタング・コンバーチブルがぷかぷかと浮かんで気持ちよさそうだ。私もそうなりたい。

 小さな子ども達が得意げにはしゃいでいる様子を横目でチラッと覗けば、その奥は燃えまくっているビル。

 うん、もう一回言おう、なんでこうなった。

 

「ノアさん!今日という今日は説教よ!!覚悟しなさい?!」

 

 園子ちゃん、一ついいかな?

 ぶっちゃけ君がオープンパーティーに誘わなければこんなことにならなかったよ?ねえ、コナン君。他人事みたいにこっちを見ないでくれるかな?怒られてるのは君のせいだよ?

 

 ごめんね、もう3回目だししつこいけど言わせて、なんでこうなった?

 

***

 

『――次のニュースです。今日の14時、米花町の人気ハンバーガーショップで強盗が爆弾を使って脅迫するという騒ぎがあり、一時騒然としました。幸い、店内の勤務時間外の警察官が対処し怪我人は無かったそうです。』

 

「あれ?ここの配線どうだったっけなあ~。ここをこうして、、こう?ん~、違うな。あ、わかったわかった。火薬増やすか」

「なんでやねん」

「さてさて、硝酸カリウムと硫黄の瓶はどこだったっけなあ。炭素は確かここに...」

「なあ、ノア」

「へ?」

「その爆弾みたいなやつ、どっから持ってきた?」

「ん~、、拾った~」

「.....」

 

 話が早い人は好きだよ。そう声には出さなかった。快斗君は私の何倍も頭が回る賢い子だから。お互い深いところまで干渉しないのはもう暗黙のルールに近い。

 

 間一髪。あの時の事を思い返せば、間一髪という言葉がぴったりだ。残り5秒あったのかな、柄にもなく必死になって爆弾の構造を頭の中で組み立てていた。助けてあげたんだから、爆弾の一つや二つ許してほしい。お陰様で、だらしなくにやけながら爆弾を改造するこの時間は楽しい。あはは。

 

「俺のお手製催眠スプレーはどうだった?」

「うん、快斗君天才かな?って思った」

 

 なんだ、そこまで話が分かるのかい君は。彼の頭の中では、事件当時の状況が予想出来ているんだろう。呆れた目で見ないで欲しいけどなあ。催眠スプレーを使ったことも、爆弾を盗んできたことも快斗君の想像の範囲内であることがなんだか悔しい。

 でも、彼がよく使う催眠スプレーはなかなかのものだった。猛犬みたいな天パさんを一発で仕留められたのだから、悪い人たちは喉から手が出るくらい欲しいだろう。ハンググライダー直したお礼が催眠スプレーなのはちょっと治安が悪いけれど。

 

 快斗君がコンビニで買ってきてくれたアイスティーのカップは汗が滴って小さな水溜まりが出来ている。ゴロゴロ入っていた氷はほぼ溶けてしまった。え?アイスティーは飲めるのかって?紅茶って味はもちろんだけど私の中では香りを楽しむものだと思ってる。

 

「ノア」

「ん?」

 

 快斗君がソファに座りながら壁紙と化した本棚を見つめる。その中で隅に追いやられた小さな手帳が並ぶ列。こっちに来てから私が書き溜めた手帳だ。昔から自分さえ読めれば汚くても問題ないと思っていたから解読は誰も出来ないだろう。おっと、硫黄入れ過ぎた。

 

「お前、どっか行くのか?」

 

 入れ過ぎた硫黄を匙ですくっていたのにパラパラと零れた。

 

「なんでそう思ったの?」

「なんとなく」

「珍しいね。君がはっきりしないのは」

 

 薄くなったアイスティーのストローに口を付ける。

 最近までおもちゃで遊ぶ暇すらなかった。おもちゃじゃ無かった、爆弾だった。冷蔵庫直しに行ったら家に籠る、自転車直しに行ったら図書館に籠る毎日だった。実は快斗君と出会う前からこんな感じよ?

 

「俺には何か準備してるように見える」

「へえ、準備ね」

 

 なんか、、嫌だ。

 

「快斗君が何言いたいのかよく分かんないなあ」

「なあ、ノア。お前...」

 

~♬

 

 本に吸われた音は着信音じゃなかった。メールの送り主は園子ちゃん。こういう時に限って電話を掛けないのよあの子は。適当に理由を付けて快斗君を追い出そう。今日は君と話さない方が良さそうだ。

 無言でバイクのキーを差し出せば、雑な手つきで掴んで行った。私がこれ以上は話さないってことも理解してくれる数少ない友人だ。ただ君は、普通の友人じゃない。多分、私も普通じゃない。

 

 快斗君の長い指が私の目元をなぞる。それだけで言いたいことは分かる。

 

「あんま、無理すんな」

「りょーかい」

 

 バタンと重い扉が閉まれば、一気に静寂に包まれた。

 防音に優れたこの家のメリットでもありデメリットでもある。

 一人になった瞬間の虚無感にはもう慣れた。

 

 快斗君が見つめていた本棚の一番下の手帳に手を掛ける。もうすぐこの本棚は手帳専用になりそうだ。反対からページを開けば、そのまま小さい写真が床に落ちる。5人と1匹、いままで裏に挟んでいたことすら忘れていた。

 最後にちゃんと寝たのはいつだろう、一回シャワーでも浴びたいし、本当はストレートティーじゃなくて甘ったるいコーヒー牛乳が飲みたいなあ。

 

 目を閉じると、浮かぶ赤。

 

『俺はなあ、俺に期待したいんだよ』

 

 カフェインが詰まった飲料を取り込めば、眠気を邪魔するように言葉が流れる。別に私は退屈でいいよ、ルパンさん。退屈ってことは平和な証じゃないか。つまらなくなんかない、寧ろ私は退屈を求めているんだ。一番古かったその手帳を本棚に戻し、一番新しい手帳と分厚い本何冊かを机に広げる。

 踏みそうになった写真を拾い上げて、堪らなく声を漏らした。

 

「お姉ちゃん、頑張るよ?ウィンリィ」

 

 写真に写る小さい頭を指でそっと撫でる。残り僅かのライフを最小限に削りつつ、またボールペンを走らせた。あ、園子ちゃんのメール見てなかったや。

 左手でスマホを操作し、メールボックスを開く。ただでさえ静かなこの部屋が一段と無音になった気がした。

 

「__絶対、ハンバーガー奢らせる」

 

 

***

 

 

「「キャンプ♬キャンプ♬明日もキャンプ♬明後日も~!♬」」

「園子姉ちゃん来れなくなったんだってさ、ノア姉ちゃん」

(逃げたな、園子ちゃん)

 

 というわけで園子ちゃんのメールを要約すると『子供達の子守』をして欲しいそうで、私は家に籠りたいんだと声を大にして言いたかった。ただあの天下の鈴木財閥を敵に回すのは怖すぎるし、園子ちゃんに恩を売るのも悪い話じゃないだろうと重い腰を上げたのだ。

 

 オートキャンプ場に到着すれば博士はせっせとテントを張り、子供たちは薪を集めたり食事の準備を始めている。この国には余るほど文明の利器があるというのに、わざわざ手間のかかるアクテビティをする意味が私には分からなかった。

 いつもなら捻くれた思考に辿り着かない筈なのに、連日の疲れが溜まっていたのか頭の中が真っ黒だ。散歩でもするかとその場を離れようとしたが、小さな白い手が私のパーカーを引っ張った。

 

「アナタ暇なら少し手伝いなさい」

「...暇、じゃないっす」

 

 前から思ってたけど、このウェーブがかった茶髪の女の子、ちょっと怖い。

 

「働かざる者食うべからずって知ってる?」

「いやぁ、育ちが海外なもので、あはは」

「いいから手伝いなさい」

「...ハイ」

 

 こんなことになるなら、薪を大量に錬成した方が手っ取り早かったのに。

 普段、極力術に頼らない生活を心掛けているノアだったが、ここ最近はそんな余裕も無かった。キャンプ飯らしく定番のカレーを作るそうで、子供とは思えない包丁さばきで野菜の皮を剥く彼女。なんでピーラー使わないの?ピーラーの方早いじゃん。玉ねぎのみじん切りだるくない?ブンブンチョッパー使おうよ~。と心の中で抗議していた筈だったが、しっかりと口にしていたらしい。

 

「あのね、そんなに道具を増やしたら洗い物も荷物も増えるでしょ?」

 

 そんなことも分からないの?と、副音声も聞こえた。今時の小学生本当に怖い。やれやれと肉の塊を一口大に切り分けた。硬くて切るのが大変だなあという気持ちも込めて小さくため息を吐き、また私はいらないことを呟く。

 

「はぁ、一晩寝かせたカレーがいい」

「...なんですって?」

「あ」

 

 落ち着こう?話せばわかる。今にも睨み殺すんじゃないかってくらいドスの効いた鋭い視線は怖過ぎる。またネチネチ言われるんだろうなと心構えを決めれば、納得したように話す落ち着いた声が聞こえた。

 

「まあ、確かに分かるわ。そう思って飴色玉ねぎをペーストにして持ってきたし」

「へ?天才?」

「あら、どうも」

 

 その一言から打ち解けたようにお互いが持つ知識という名のカードを出し合う時間が続いた。玉ねぎのブドウ糖、果糖、ショ糖などの糖が炒めると濃縮されて甘味が増すんだよね。ブイヨンも一晩寝かせることで「冷ます」と「温める」が繰り返されて素材の旨み成分がよく混ざりあい、熟成が進むのよ。尽きないほどのカレー知識を話していれば、いつの間にか私は哀ちゃんと彼女の事を呼んでいて、カレーを食べる前から打ち解けた私達は不思議な関係かもしれないなあ、と思いながら美味しそうなカレーをかき混ぜた。

 

「どうした?新一」

「い、いや。科学者と雑学王の会話が思った以上にヤバかった」

 

 その様子を見るコナンが遠い目をしていたことなんて二人は知らなかった。

 

「このカレーすっげえうめえ!」

「お店みた~い!」

「な、なに入れたんだ?」

 

「「科学の力」」 

 

 

***

 

 

 滞りなくキャンプは終わり、帰りに新しく出来た西多摩市のツインタワービルを通ることになった。いつの間にそんな話になっていたのか哀ちゃんに聞いたら、アナタ行きの車爆睡だったわよ、と軽く言われて納得した。それにしても昨日のカレーは美味しかったなあ。

 294mののっぽな双子。間近に見れば、首が折れるくらい高かった。子供たちと同時に「うお~!」と叫ぶ私に、哀ちゃんもコナン君も呆れていた。だって、大きいんだもん。

 

 そろそろ帰るぞと博士が声を掛けた時、大きすぎるエントランスに一台のタクシーが止まった。私の役目は終わったしさっさと帰ろうとヘルメットを被る。子供たちはタクシーの乗客に目が留まっていた。

 

「...げっ」

 

 ヘルメットのせいでくぐもっていたけれど、その声だけは聞き逃さなかった。声色に冷や汗を感じるぞ?ヘルメットを被ったまま、タクシーの方に顔を向ければ焦った顔をした令嬢の姿を発見した。はは~ん?

 

「そ~の~こ~ちゃ~ん?」

「ノアさん怖い!ヘルメット被ったまま寄ってくるの怖いって!」

「次郎吉おじさんの付き添いで海外に行くって聞いてたけど何してるのかな~?」

「そ、それは、、」

「あれぇ?もしかして園子ちゃん、私に面倒事押し付けたかっただけ、とかぁ?」

「ごめんなさいごめんなさい!!今度うちのシェフに特製ハンバーガー作らせるから!」

「え?まじ?もうしょうがないな~、分かればいいんだよ分かれば~」

 

「ノアさんってチョロいのね」

「はは、只者じゃないオーラは感じるんだけどな」

 

 嘘をついてまで子守が面倒だったのか、泣きそうになっている園子ちゃんを脅すことに成功し、今までで1、2を争うかもしれないハンバーガーを作らせると言質を取った。いつも気取っている園子ちゃんを言い負かしたのはちょっぴり気持ちがよかったりもする。

 

 そして帰ろうとした私だったが、少年探偵団+毛利家に行く手を阻まれ気付けばツインタワービルの中へ足を踏み入れていた。このビルは常盤財閥というコンピューター関係の会社が8割方を占めていて、見れば見るほど興味をそそられるものばかりだった。なんでも、常盤財閥の令嬢さんが毛利さんの大学の後輩らしい。世間は狭いなあと勝手に関心した。

 正直に言えば帰りたかったが、私を帰らせまいと説得するかのように最先端のコンピューター製品が邪魔をする。ああ、博士、話し掛けないで。これ以上ホクホク顔で面白そうなものを持ってこないで欲しい。心の中では自重していたつもりだったが、なんと右手にはペン、左手には手帳。ああ、帰りたいのに。

 

「は、博士!これ見てください!」

「ノア君こっちも凄いぞ!」

 

 小学生にも負けないワクワクオーラ全開でフロアを見学しながら、社会科見学のごとく殴り書きを開始。ここにいるほとんどの人が初めましてのノアだった為、若干引いていた。

 

「園子姉ちゃん、あんまり驚かないんだね」

「あたしはもう慣れたわ、いつものことじゃないの?」

 

 あれがいつものノア姉ちゃんなら、ほどほどにしろと止めるべきなのでは?と思うコナンだったが、あれを止める方法など思いつかなかった。

 また、コナン君が失礼なことを考えているなあと思っていれば、水を差すようにスマホの着信音が流れた。ちぇ、良い所だったのに。

 

「は~い、修理屋のノアで~す。はあ、クーラーが故障したんですね~?いえいえ、こんな暑いときですからねえ、すぐ行きますよ~」

 

 通話を切れば、子供たちが寂しそうな顔で駆け寄ってきた。ついでに博士も寂しそうな顔をしていたから笑ってしまった。

 

「ノアお姉さん、お仕事?」

「うん、キャンプ楽しかったよ!また遊びに行こう」

「うん!もちろん!」

「ノア君!今度また遊びにおいで」

「あはは、面白いお話待ってますね!」

 

 そんな本気で寂しそうな顔をしないで欲しい。

 最初から私に居場所は無いのにね。

 ひらひらと手を振ってツインタワービルを後にした。

 そのビルの上から見下ろす悪に気付かずに。

 

 

 

 

「見ぃつけた」

 

 忌々しい金色と、見透かすような青い瞳。あら、右眼隠してるのね。

 あなたみたいな目立つ子、どうして見つけてあげられなかったのかしら。

 

 研究室に籠り切って机に噛り付いていたあの子は、今は小さな少年と笑っている。

 水すらも飲まずに死体を眺めていたあの子は、ジャンクなパンを頬張っている。

 会話も碌に出来なかったあの子が、人に囲まれて声を上げている。

 

 

「平和ボケも大概にしなさい?錬金術師」

 

 

 碧眼なんて笑わせる。あなたの目は澄んだ蒼い目じゃないわ、血塗られた赤よ。欲に飢えて、知識を取り込んで、心理を知りたいだけの独りよがり。人間は本当に、愚かだわ。今すぐ可愛がっていたグラトニーの餌にしてあげたいところだけど、殺せないのが惜しいわ。

 

「まさかあなたが、人柱だったとはね」

 




《閑話休題ってやつ》

「おい光彦!まだ米粒残ってるぞ!一粒でも残せばバチが当たるって母ちゃん言ってたぞ!」
「元太君たくましいなあ」
「元太君の言う通りじゃぞ。お米は農家さんが手間暇込めて作っとるんじゃ」

 日本人は律儀だなあ。こんなに小さいときからマナーを学ぶのか。私と哀ちゃんコンビで作ったカレーはみるみるうちに無くなり子供達も満足そうだ。さて、さっさと後片付けをしてしまおうと立ち上がる寸前に、博士が急にではここでクイズじゃ!と可愛らしく声を上げた。は、博士?どしたん?

「88歳を漢字で米寿と書くが、では、44歳は漢字でどうやって書くかなあ??」

「ヒントは漢字一文字にカタカナ三文字じゃ!寿はつけなくていいぞ~!」
 そう得意気に話す博士を子供たちはこれでもかと呆れた顔で見ている。なに、この空気。私も分からないし、子供達も考え込んでいるが正解は導き出せない。コナン君が横で「分かったけどすっげーくだらねえ」と零す。でも、なぞなぞってそういうものじゃない?

「それじゃあ答えじゃ!44は88の半分、88は米、米は英語で『ライス』。44はその半分じゃから答えは『半ライス』じゃ!」

「「「・ ・ ・」」」

 そっか~!なるほど~!といった歓声も無く、小学一年生の彼等はげんなりした表情だ。答えが先に分かっていたコナンもほらな、だから言ったろと苦笑い。ただ、一人を除いて。

「博士、それはヤバイわ」
「え、ノ、ノア君?」

 こんな若い女性にまで呆れられちゃあ、博士も自分のなぞなぞのくだらなさに気付くだろう。これに懲りて、自分のなぞなぞが白けた空気を作っている事を自覚するんだな。

「センスの塊過ぎるんだけど、え、天才?」
「は?」
「そ、そうじゃろ!?ほれ見たか、コナン君!」

 ノア姉ちゃん?まじかよ。
 
「やっぱりワシのクイズも捨てたもんじゃないのお!半ライス~♬三回よそえばサンライズ~♬」
「え、ちょ、待って博士。天才過ぎてついて行けない」

 いや、アンタらの会話について行けねえよ。


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依頼?9 デート

番外編のような本編のような
修理するモノが無くなったとかそんなんじゃないんだからね()


 

 

「えっと、、どうしたのかな?哀ちゃん」

「デートするわよ」

「へ?」

 

 成人手前で私、初めてデートに誘われました。

 

***

 

 蒸し暑い日が続く今日この頃、最近は専ら冷房や冷蔵庫の修理が多くなった。暑い暑い言いながら修理を終え、丁度博士の家の近くを通っていた私は、ちゃっかり涼もうと押し掛けた。案の定、キラキラした笑顔で発明品やらゲーム機やらを運んでくる博士に私も負けないくらい欲に満ちた笑みを浮かべて、博士に近付こうとした時だった。

 

「ノアさん」

「ありゃ、哀ちゃん!久しぶりだねえ」

「ちょっと付き合ってくれない?」

 

 ササっと現れた哀ちゃんが私と博士の間に立ち塞がる。「え、でも、発明品見たいから、、」と告白を断る様な雰囲気で話すと、「そんなものいつでも見られるでしょ」と悪気も無くぶった切った。哀ちゃん、後ろで博士が涙目になってるよ。

 

「ちょっと準備してくるわ」

「あ、ハイ」

 

 有無を言わさない哀ちゃんはそのまま自室へと向かった。ああ、スケートボードの馬力が増したらしいし、子供達がいつも遊んでいるゲームはクオリティが高いから気になっていたんだけどなあ。やれやれと発明品を抱える博士の表情は、哀ちゃんの厳しい発言を受けただけじゃない気がした。

 

「...哀君は、何を悩んどるんじゃ」

 

 ...博士、そういう気になることは、心の中で留めて欲しいなあ。

 

 

***

 

 

「ねえ、哀ちゃん。他の子達と行った方がさ、ホラ、年も近いし話しやすいんじゃない?」

「子供たちは今日、少年探偵団としての活動中よ」

「いやいや、子供たちって、哀ちゃんも子供じゃん」

 

 私よりもちょっと先を歩く哀ちゃんに、何かくだらない話でも良いからと会話を飛ばすが一方に続かない。いつもの賑やかな彼等は、少年探偵団という活動で汗を流してるそうだ。この間のツインタワービルで出会った人の一人が、どうやら殺害されたらしい。積極的に子供が捜査をする事に対して怒る大人は居ないのだろうか。頭の中で、この町の犯罪率を計算している自分がいる。

 

「哀ちゃんは参加しないの?」

「あたしはパス」

 

 何その台詞格好いい。その冷たい視線と雰囲気で「あたしはパス」なんて言われたら、「あ、そうっすよね」としか言えないよ。私も今度、快斗君に面倒事押し付けられそうになったら私はパスとか言ってみようかな。馬鹿にされる未来しか見えないけど。と、一人でくだらないことを考えていれば哀ちゃんが立ち止まった。

 

「着いたわよ」

「...映画?」

「ええ」

 

「それ以外に何があるのよ」と聞こえてくる私は被害妄想の塊なのだろうか。いや、口にはしてないけど絶対心の中で言ってるよこの子。それにしても、映画とはね。戦隊ヒーロー?美少女戦士?猫型ロボット?どれにする?と問いかけようと思ったが、流石の私も馬鹿ではない。どうみても、この子が子供向けアニメを見るとは思えない。

 

 妥協してホットドッグとコーラを買って席に着いた。哀ちゃんはアイスコーヒー。なんか悲しくなった。外を歩いている時も映画館の中でも彼女はフードを被っている。暑くないの?と聞いてみたが、別に、とそっけない返しをされた。それもそうだ、もうすぐ映画が始まるから。

 

 

<兄さん、、兄さん!!>

<俺は所詮、裏切り者だ。こうなる、運命だったんだ、、>

<っ、、兄さん!!!!>

 

 腐りかけの廃ビルで、兄は帰らぬ人となった。

 僕がもう少しうまくやれば、兄が死ぬことは無かった。

 手に伝う黒が、僕の心も黒に染める。

 どうすれば、、どうすれば、兄は、、

 

 *

 *

 *

 

 END.

(いや、重くね?)

 

 真っ暗だった館内が徐々にオレンジ色に染まる。ばれないようにチラッと哀ちゃんを見れば、無表情に今だスクリーンを見つめている。そこまでしてこの映画を見たかった?いや、この様子だと大して映画自体に興味がなさそうだ。博士の言葉が頭をよぎる。自分の滅多に働かない良心がこんな時に限って働くのだ。それだけじゃない、やっぱり彼女とは重なる何かがあるのかもしれない。

 

「哀ちゃん哀ちゃん」

「なによ」

「今度は私に付き合って?」

 

 きょとんとした顔の哀ちゃん。

 こんなんでも私お姉さんなんだからね?そんな意味も込めて、彼女の手を取った。

 

 

***

 

 

「で?また食べるの?アナタ意外に食べるのね」

「いやぁ、最近碌なもの食べてなくてさ、一回食べると止まんないね」

「隈も酷いし、不規則な生活はやめなさい?博士みたいになるわよ」

「わお、辛辣~。でも哀ちゃんに言われたくないなあ」

 

 哀ちゃんだって立派な隈さん飼ってるじゃん。そう呟けば哀ちゃんはプイッと顔を反らした。昼時を過ぎたCOWバーガーはいつもよりも混んでいない。一人でパパっと食事を済ませたいときはよくここに来る。「なんでも好きなもの食べていいからね~!」と気前よく言ったのに、哀ちゃんはアイスコーヒーしか頼んでくれないから無理矢理ポテトやらナゲットを買ったのだ。

 さて、ここからが本題だ。

 

「哀ちゃん、何を悩んでいるんだい?」

「あら、何の話かしら」

「惚けても無駄だよん。女の子同士なんだからさ、恥ずかしがらないでいいんだよ?」

 

 で?誰が好きなの?

 

「...は?」

「だ~か~ら~、コナン君?光彦君?元太君?誰で恋煩いしてるんだい?」

「なっ、アナタねぇ?!」

 

 いやあ、我ながら気を使える人間になりましたよ。自分から相談事をしやすい空気に持ち掛け、核心に迫る会話の始め方も文句無しだ。これがガールズトークってやつかあ。小学一年生で恋煩いだなんて早すぎる気もするけど、哀ちゃんは心も味覚も大人だから、まあ誤差の範囲内さ。そりゃ博士に言いたくないよね、分からないけど分かるよ~その気持ち。

 

「ほらほら、ここは大人の私が答えてあげるよ~」

「へえ、ノアさんはどういう恋愛してきたのかしら?」

「へ?あぁ~、ん~、言えないよう、な?」

「あら、詳しく聞きたいところね」

「え、、」

「ふふ、悪いけど勘違いしないで。別に恋愛に興味ないから」

 

 まじか、これ私が一番恥ずかしい奴じゃん。

 小学生相手に何やってんだ私は。

 な~んだ~、と項垂れる私を他所に、窓を見つめながら哀ちゃんは呟いた。

 

「私には、居場所が無いのよ」

「...」

「まあ、最初から在ったようで無かったかもしれないけど」

 

 ガヤガヤと陽気なBGMが流れている筈なのに、誰かが耳を塞ぐように聞こえなくなった。

 

<さあ、新しいのが入ったわよ。はやく解析しなさい>

<嫌だ、やめろ。頼むから殺さないでくれ、、お願いだ>

<弱者が偉そうにお願いなんかすんなよなあ?>

<ホラ、早く殺れよ。錬金術師さん>

 

 

「ノアさん?」

「...ん?」

 

 頭の片隅に留めていた記憶がどろどろと溢れる。咄嗟に右目を押さえ、そのまま自分の頬を撫でる。ねっとりした気持ち悪い液体の感覚は無くて、代わりにじんわりと汗が滲んでいた。

 

「顔、青いわよ、大丈夫?」

「はは、なんでもないよ~、哀ちゃん困ったらこの電話番号に連絡するんだよ...」

「そういう居場所が無いじゃないんだけど?」

「あれ?ならよかった」

 

 まあ君みたいな子がいじめっ子に負けるなんて想像できない。程よく塩気が付いたポテトを指でつまみ、口に放り込んだ。舌に乗る塩気と痛む右目が現実なんだと教えてくれる。私がこんなんだからだろうか、哀ちゃんは私を落ち着かせるように話す。これじゃあ、どっちが大人かわかりゃしないね。

 

「...大切な人を、失ったの。私のせいで。唯一の居場所だった人を失った。あれ以来、私が誰なのか分からなくなった。なんで、生きてるんだろうって、、」

「哀ちゃん哀ちゃん、なんで居場所が無いって思うの?」

「それは、、」

「博士は哀ちゃんのことを大切だと思ってるし、少年探偵団だって、居場所の一つでしょ?」

 

 もちろん、私もね?

 

 自分でも珍しいくらい優しい声で問えば、哀ちゃんはぱっと顔を上げる。

 彼女のこれまでを知らないくせに謎に確信した。

 目に見えない居場所を求める気持ちは痛いくらい分かる。

 

「ねえ、哀ちゃん。めっちゃ今更なんだけどさ」

「...」

「私達結構気が合う仲だと思うんだよねえ」

「...あら奇遇ね。私もそう思うわ」

 

 ホラ、居場所、見つかったでしょ?

 

 得意気にニヤリと笑って見せれば、哀ちゃんは呆れたように笑ってくれた。

 照れ笑いだったらいいのになって思う自分が居る。

 今ならアイスコーヒーなんて余裕で飲めそうなくらい甘い雰囲気で、

 哀ちゃんから一口貰った私は盛大に吹き出し、やっぱり現実なんだなと受け入れた。

 

「ノアさん、たまに電話してもいいかしら。アナタ化学分野に精通しているんでしょ?話を聞きたいわ」

「落ち着きたいから声を聴きたいって、言ってくれてもいいのになあ」

「あら、何のことかしら」

「素直じゃないねぇ、まったく」

 

 バンズ、パティ、レタス、トマト、丁度良く重なっている部分にかぶりつく。

 

「なぜ、化学分野に?アナタちゃんとすればそれなりの見た目なのに」

「生憎とうちの隈さんは頑固でねえ。んー、理由かあ」

 

_ただの自己満だよ

 

 生きる為ってのもあるかなと付け足せば、哀ちゃんは黙って目を伏せた。

 あの頃の私は、何が正しいとかを根本的に理解出来ていなかった。

 役立たずの私にも役が回って来たんだって、正当化していた。

 今でも私は、胸の奥の消えない罪を背負って生きるのだ。

 

 





「なあ、博士。最近灰原のヤツ電話多くなったよな?」
「相手はノア君らしいぞ。姉妹のようで微笑ましいのお」

 妹の方が強そうだな...

「まぁ、亡くなったお姉さんの声を聴くために電話してたあの頃よりはマシになったみてぇだな」



ただの自己満だよ(作者)


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