無職さんのデンドロ履歴書 (リリアーナを照れさせ隊)
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美人姉妹の救出 上

息抜きに書いた。反省していない()


 □■王都アルテア南門前

 

 空から少年が落ちてきた。

 

 それはあなたがアルター王国の首都に入ろうと意気込んだ直後のことであった。

 出会いはいつも突然と言うものの、デンドロ歴の長いあなたでも初めての経験に戸惑いを隠せない。

 槍や鉄砲が降ってきたことはあるのだが。

 スカイダイビングはする方なら体験したことがある。

 

 起き上がった少年は周囲を見回している。

 着地寸前に減速したので怪我はないようだ。

 初期装備と左手に埋められた孵化前の<エンブリオ>を見るに、ゲームを始めたばかりのプレイヤーらしい。

 

 黙って見ているのも薄情なので、あなたは尻もちをついたままの少年に手を差し伸べた。

 

「あ、すいません。ありがとうございます」

 

 頭を下げる少年に、気にすることはないと返す。

 ルーキーには優しく。ゲーマーとして当然の心得だ。

 プレイ人口が減ったMMOは衰退する。

 このゲームに限ってそんなことはあるまいが、新しい風は歓迎しなければならない。

 

「俺はレイ・スターリングです。見ての通り始めたばかりで……あなたは?」

 

 その点、少年はとても礼儀正しい。

 どうかそのまま善良なプレイヤーに育ってくれと願いながら、あなたは簡単に自己紹介をした。

 

「ええと、もう一度いいですか?」

 

 どうやらあなたの名前が聞き取れなかったようだ。

 レイが聞き取りやすいようにいつもより大きな声で、滑舌に注意して、あなたはプレイヤーネームを繰り返す。

 もし言いにくいのであれば好きなように呼んでくれて構わない、と後に続けた。

 

 とはいえ初対面の人間にニックネームをつけるのも勇気がいることだろう。

 そこであなたはフレンドにどう呼ばれているかという具体例を挙げることにする。

 

 無職、レベル0、ぷーたろう、バカ。

 だいたいこんな感じだろうか。

 

「それでいいのか!?」

 

 驚きでレイの口調が崩れる。

 こちらが彼の素なのだろう。これでフランクな関係に一歩近づいたといえる。

 独特だとか皆無と表現されるあなたのコミュニケーション能力も案外捨てたものではない。

 

「ああ、冗談か。……冗談だよな?」

 

 胸を撫で下ろしたレイは知らない。

 先の呼び名はどれも実際に使われているものだ。

 が、レイには刺激が強かったようなので口にはしない。

 彼が汚れる必要はこれっぽっちもないのである。

 

 ともあれ。

 デンドロ内の友人関係に面倒なあれこれは不要。

 目と目があったらフレンド登録……とまではいかないにしても、気軽に友人を作れるのはゲームの利点だ。

 これも縁ということで、あなたはレイと行動を共にすることにした。最寄りの街を目指すレイにあなたが便乗する形だ。

 

 あなたの目的地が王都アルテアと知り、レイは少なからず疑問を抱いたようだった。

 

「見るからに強そうだからな。その格好、和服……こっちで言うところの天地風だろ。とても最初の街に用事があるようには見えない」

 

 たしかにあなたの装備は天地で買い揃えた品々だ。

 さすがお目が高い。強いと言われて悪い気もしない。

 あなたは意気込んで装備の自慢をしようとする……前にはたと思いとどまった。

 ベテランに装備自慢をされてレイは楽しいだろうか。

 否、急に語り出したぞこいつ……となるに違いない。

 

 あなたはそれなりにコミュ力が高いと自負している。

 ゆえに自制してこう答えた。

 

 その通りだ、と。

 

「…………いや、えっと、その、え?」

 

 どこかおかしかっただろうか。

 今の受け答えはあなた史上最高に場を弁えた発言だったはずである。

 なぜかレイが黙ってしまったので、あなたは話題を提供するために自分の身の上を語ることにした。

 

 あなたは各地を旅する<マスター>(プレイヤー)だ。

 アルター王国にはこの国でしか就職できない固有のジョブがあり、それを目的としている。

 以前は天地に滞在していて、はるばる海を越えてきたのだと説明すると、あなたの脳裏に過酷な旅路の光景が思い浮かんだ。思い出すのも嫌なので記憶に蓋をする。

 あなたは修羅の巣窟から抜け出したのだ。もう二度とあそこには戻るまい。

 

「なるほど職探し。それで無職……いやまあそれは置いといて……このゲームってレベル上限とかジョブの制限はないのか? 俺よく知らないんだけど」

 

 もちろん制限はある。

 就けるジョブは下級職六つと上級職二つ。

 ジョブごとのレベルは下級職の上限が五〇、上級職が一〇〇で、合計レベル五〇〇になると育成止まり(カンスト)になる。

 これが普通にプレイする場合の限界だ。

 ちなみにレベルを最大まで上げ切る<マスター>の数はそれほど多くない。

 古来よりRPGのレベル上げは苦行なのだ。

 カンストした後に、更なる強さを求めてジョブ構成を練り直すパターンもある。当然ジョブを入れ替えた分のレベルは下がってしまうが。

 

 あなたはカンストなので後者ということになる。

 

「そりゃそうだよな。目当てのジョブがあるなら教えてくれないか。俺も参考にしたい」

 

 なるほど、ルーキーにとって最初のジョブは重要だ。

 あなたの発言でレイのデンドロ生活が決まると言っても過言ではあるかもしれない。

 責任の重大さにあなたは緊張している。

 

 やはり王道の前衛戦士だろうか。

 アルター王国は正統派ファンタジーな騎士の国だ。

 レイは顔立ちが整っているから、聖騎士の真似事をすればさぞ映えるだろう。

 

 しかし魔法職も捨てがたい。

 リアルでは存在しない魔法を使う感覚を一度は味わってほしい気持ちがある。

 柔和な雰囲気の彼には、攻撃魔法より回復魔法がおすすめできそうだ。となると司祭か。

 

 もちろんそれ以外でもいい。

 王国の主流からは外れるが、銃や機械を使うジョブ、そして生産職という選択肢だってある。

 後々になって王国に不便を感じたら、自分のジョブに適した国に移籍しても良いのだから。

 

「そこまで真剣に悩まなくても……でも親身に考えてくれてありがとう」

 

 なんと爽やかな笑顔か。

 まさに好青年を地でいくレイ君である。

 これは老若男女問わず人気が出るだろうなと、あなたはレイの人たらし度にレベルEXの評価をつけた。

 

「しかし随分とジョブに詳しいな。話を聞く限り、そっちはどれにするか決まってないみたいだけど」

 

 レイの推測は正しいが間違っている。

 あなたがジョブに詳しいのは事前に調べたからだ。

 特にこれから就職する予定の王国のジョブはしっかりとまとめて頭に叩き込んでいる。

 そしてどのジョブにするか決めていないのは……ひとつに絞る必要がないためである。

 

 あなたは全部のジョブに就いてみる(・・・・・・・・・・・・)つもりだと言った。

 

「いやそれは……さっき制限があるって言ったし。今のジョブとの組み合わせだってあるだろ? 極端な話、戦闘職と生産職の両立が大変そうだってのは俺でも分かるぞ」

 

 普通のMMOならレイの言うことは的を得ている。

 そして、ことデンドロに限ってはそうでもない。

 むしろ生産職の方が化け物の如き戦闘力を誇ったりすることが往々にしてあり得る。そういった頭のおかしい例はだいたい全部<エンブリオ>のせいだ。

 生憎とあなたはその例に当てはまらない。

 

 閑話休題。

 

 あなたはジョブの組み合わせを気にしない。

 気にする必要がないとも言える。

 レイが見ている隣であなたはメニューを操作する。

 

 ジョブを全てリセットした。

 

 あなたは無職になった。

 

「な!?」

 

 これであなたはレイと同じレベル0だ。

 好きなジョブを選べるようになった。

 ステータスの低下に伴い自慢の装備が解除されてしまったが、致し方ない犠牲である。

 

「せっかく強かったのにいいのか? レベル上げるのだって大変だったんじゃ……」

 

 何の問題もない。

 レベルはまた上げればいいだけだ。

 それよりも新しいジョブに就けない方が困る。

 

 あなたは多くのジョブに就くことを目的としている。

 正確には様々なお仕事を体験することを。

 レベル上げは苦行で、もったいないと思う気持ちはあるが、それでも経験はあなたの血肉として刻まれている。

 

 あなたの頭を占めるのは次にどのジョブを選ぶかという一点のみである。

 

 そんなあなたに、レイは奇人変人を見るような眼差しを注いでいた。

 あなたが慣れ親しんだいつもの空気だ。言葉にするなら『こいつちょっとおかしいんじゃないのか』となる。

 もちろんオブラートに包んだ表現でお送りしている。

 誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたが半裸のまま門に突撃しかけ、レイが必死に引き止めるという出来事があったものの、これといって問題も起こらずにあなたたちは王都入りを果たした。

 

「……いや問題あっただろ。どうしてあの格好でいけると思った」

 

 とんと理解が及ばない。

 あなたとて、公衆の面前に披露して良いものと悪いものは区別がついている。

 だからきちんと要所は隠していたというのに。

 

「ほとんど下着だったじゃないか」

 

 あなたは力強く首を振る。

 あれは下着ではない。水着である。

 たしかに布面積は極小だが防御力を兼ね備えた一品だ。

 水着を着て外に出ることの何がおかしいのか。

 

「おかしいよ。海やプールならともかく」

 

 あなたは不承不承に水着をしまった。

 この世界にはビキニアーマーのような、水着と同程度かそれよりも防御力の低い装備だってあるのだが。

 甚だ遺憾ながら、レイの主張に折れたあなたは初心者用の装備を身につけている。

 アイテムボックスから適当に選んだ一式だ。

 他の武具は装備条件のレベルを満たさないので、ほとんどが使いものにならない。

 今のあなたはレイと大して変わらない状態だ。

 

 あなたたちは南門から道を直進する。

 レイが兄と落ち合うというので、ひとまず待ち合わせ場所の噴水に向かうことになった。

 一緒にゲームを遊ぶところを見るに兄弟仲は良好らしい。一人っ子のあなたは少々うらやましいと感じる。

 

 などと、考え事をしていたことが裏目に出る。

 

 あなたは走ってきた女性に轢かれた。

 横の路地から飛び出した女性に、不幸にもあなたの隣を歩いていたレイが吹き飛ばされ。

 彼らに巻き込まれる形であなたは宙を舞った。

 お手本のような玉突き事故である。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 青い顔で駆け寄った女性は回復魔法を使った。

 あなたたちの傷がみるみるうちに塞がっていく。

 一瞬で生と死に直面したことで、あなたの心はどこか懐かしさを覚えていた。

 あなたは安らかな表情で静かに目を閉じる。

 こんなにも暖かい光に包まれて……

 

「どうして? 魔法は発動したはず……目を覚ましてください! そんな、こんなことって……いくら急いでいたとはいえ、私、人を……」

「おい聞こえるか!? 起きてくれ! なあ!」

 

 レイの悲痛な声が聞こえる。

 あなたの手を握り、回復魔法をかけ続ける女性。

 控えめに言ってお通夜の雰囲気である。

 これ以上ふざけると、ちょっと洒落にならないのであなたは起き上がる。

 

「生きてる?」

 

 あなたは頷いてガッツポーズを取る。

 元気もりもり力こぶ。体力は全快である。

 ぽかんと口を開けた二人に、あなたは不謹慎な行為だったと深く謝罪する。

 つい普段のノリでふざけすぎてしまった。

 まだ天地の悪癖が抜け切っていないようだ。あの国の修羅であれば、介錯と称して容赦なく追撃してくるのだが。当然あなたは死んだふりを止めて返り討ちにする。

 乱世のならいは病のようなもの。あなたはこの国で療養しなければならぬと決意が漲った。

 

 あなたの毒された思考はさておき、女性は何やら急ぎの様子だったがここで話していてもよいのだろうか。

 

「そうでした。実は妹が家を飛び出してしまい、探している最中だったのです。この子をどこかで見かけませんでしたか?」

 

 あなたたちは一枚の写真を覗き込む。

 目の前の女性とよく似ている少女が写っていた。

 ちょうど女性を幼くしたら写真の子になるだろうか。

 

 レイは見覚えがないようだ。ついさっきゲームを開始したばかりなのだから当たり前だが。

 もちろんあなたにも心当たりはない。

 これほどの美人は一度見たらそうそう忘れることはできない、残念だが力にはなれないと答える。

 

 なぜかあなたを見る女性の目が冷たくなった。

 世界は不条理で満ちている。

 

 女性はレイに平謝りして連絡先を教えると、門の方角に向かって走り去った。

 レイは渡されたメモに首を傾げている。

 内容が気になったあなたはそのメモを見せてくれないかと頼んでみることにした。

 

「別にいいけど。……あの人NPCなのかよ」

 

 メモには女性の名前と職業が書いてある。

 彼女はリリアーナ・グランドリア、アルター王国近衛騎士団の副団長らしい。

 道理で吹き飛ばされるわけだ。国の騎士とレベル0の無職がぶつかったら無職は死ぬ。自明の理である。

 

 あなたがメモを裏返したタイミングで、視界にメッセージが表示された。

 

【クエスト【探し人――ミリアーヌ・グランドリア 難易度:五】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 これはあなたにとって、王国で最初のイベントだ。

 つまりは――お仕事(クエスト)の幕開けだった。

 

 To be continued



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美人姉妹の救出 下

 □■<旧レーヴ果樹園>

 

 レイと別れたあなたは単独で街の外に出た。

 受注ほやほやのお仕事を達成するためだ。

 現場はおおよその目星がついている。

 あなたの予想が正しければ、王都南門のすぐそばに位置するダンジョン<旧レーヴ果樹園>が目的地である。

 

 リリアーナのメモは裏側に妹の書き置き……メタ的な視点から見るとクエストのヒントが書いてあった。

 文面を以下に引用する。

 

『おねえちゃんへ

 レムのみがおみせになかったからとりにいってきます。

 むしよけのおこうももっていくのでだいじょうぶです。

 たのしみにまっててね。

 ミリアより』

 

 グランドリア姉妹の仲睦まじさと、ミリアーヌのかわいらしさが窺えるメモだ。

 あなたはさらにいくつかの情報を読み取った。

 

 レムの実は王国で取れる高級フルーツのこと。

 とても美味しいらしい。あなたも気になっていたので、一度食べてみるつもりだった。

 

 王都近辺でレムの実が収穫できる場所は二ヶ所ある。

 ひとつは王都内の果樹園だ。籠単位で五千リルの参加費が必要になるので、子どもは手を出せないだろう。

 もうひとつが<旧レーヴ果樹園>。レベル二〇相当の虫型モンスターがうじゃうじゃと湧く、『初心者殺し』として悪名高いマップだ。

 虫除けのお香を持っていくという文面を読むに、ミリア嬢はここに向かったと考えて間違いない。

 なんともアグレッシブなお子さまである。

 

 前もって王国の情報を調べておいて大正解だ。

 そうでなかったら、あなたはどこに向かえばいいのか判断できなかっただろう。

 

 手持ちの虫除けを焚いてダンジョンを突き進む。

 先程から、あなたは一匹の虫すら見かけていない。

 やはりゴールドなスプレーは効果が違う。

 敵は可能な限り避けて急ぐつもりなので、エンカウントが無いことは喜ばしい。

 

 とはいえ、あなたも戦闘せずにクエストが終わるとは考えていない。

 今回のクエスト難易度は五。ただの人探しにしては数字が高い。依頼主が国の主要人物(ネームドNPC)であることを含めてもだ。

 加えて、進行方向から戦闘音が響いている。

 恐らくは先行したリリアーナだ。リリアーナとミリアーヌの二人を守りながら街に帰ることがクエストクリアの条件だとあなたは推測した。

 

 レイを連れてこなかったのはこのためだ。

 ゲーム開始直後のルーキーにこのクエストはいささか荷が重い。せめてレベル五〇はほしい。

 話を聞いた限り、レイの兄は戦力になりそうだったが、デンドロはクエストに時間をかけるとNPCが死ぬという大惨事が普通に起こり得る。この点はクソゲーである。

 

 一応レイの兄が察することを期待して、リリアーナのメモはきちんと返却しておいた。

 後は援軍がやって来ることを期待するばかりだ。

 

 あなたがレムの実畑に到着すると、押し寄せる虫をリリアーナがばったばったと薙ぎ払っていた。

 ちなみにバッタ型のモンスターはいない。

 ミリアーヌを背中に庇いながらだが、リリアーナの戦いは危なげない見事なものだった。

 柔らかな髪をなびかせる彼女は可憐な一輪の華。

 虫ケラが何匹集まろうと、両手持ちした長剣は棘のように敵を貫いている。

 

 どうやらあなたが出る幕はなさそうだった。

 

「そこの貴方ッ! 見ていないで助力をお願いします!」

 

 怒られてしまった。むべなるかな。

 もちろんあなたは手伝うつもりでやってきた。

 受けたお仕事はきちんとこなすのが自慢なのだ。

 

 あなたは剣を手にして、手近な虫を斬りつける。

 あっさりと弾かれた。

 反撃であなたは吹き飛ばされた。

 

「何しに来たのですか!?」

 

 瀕死のあなたをリリアーナが庇った。

 彼女は呆れた顔で、あなたを妹のそばに引きずる。

 

「ミリアをお願いします。……くれぐれも手を出さないでくださいね」

 

 今のであなたの信頼は地に落ちたようだ。

 こんなのでも妹を一人にするよりはまだマシ、という感情がはっきりと伝わってくる。

 そう、たとえロリコン疑惑をかけられた無職でも肉の盾くらいは務まるのである。

 幼子に捕食&スプラッタを披露する羽目になるので最後の手段だが。少女にトラウマを植え付けるのはごめんだとあなたは思う。可哀想な(そういう)のは泣ける。

 

 ひとまずはミリアーヌを守ることに専念する。

 あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 周囲に虫除けを焚いて、リリアーナが妹を守りやすい位置に陣取った。

 万が一、リリアーナをすり抜けたモンスターがいたらどうしようかと考えながら。

 

 

 ◇◆

 

 

 結局、あなたの心配は杞憂に終わる。

 

 遅れてやってきたクマが、手にしたガトリング砲をぶっ放して虫ケラの包囲網を木っ端微塵に殲滅したのだ。

 着ぐるみの彼はレイの兄、シュウだった。レイはあなたの期待より早く援軍を連れてきてくれたのだ。

 スターリング兄弟が現れるまで、リリアーナは見事にミリアーヌを守り切った。

 ちなみにあなたは何もしていない。ガトリング砲の流れ弾が数発かすった程度である。

 

 ……しかし。

 

『レイ、クエストはまだ達成されてないな?』

「あ、うん。特に何も変化ないけど」

 

 警戒するシュウの言葉に、あなたも違和感を覚える。

 難易度五のクエストにしては簡単すぎる(・・・・・)と。

 モンスターはリリアーナ一人で耐久でき、シュウの火力であっさりと全滅する程度の強さしかない。

 あなたは、自分とレイがレベル0だから難易度が跳ね上がっているのではないかと考えていたが。

 

【NPCがパーティに参加します】

【リリアーナ・グランドリアが加入しました】

【ミリアーヌ・グランドリアが加入しました】

 

『クエストの途中でリリアーナが加入した。つまり、このクエストは合流してからが本番。“リリアーナと合流した上で難易度:五”のクエストって訳だ』

 

 直後、全長三〇メートルの巨大ムカデが『四体』、地中から姿を見せた。

 亜竜級のモンスター【デミドラグワーム】だ。

 敵を前に、意気揚々と戦意を漲らせるシュウ。

 そして何かする前に新手の【デミドラグワーム】四体によって、地面の下に連れ去られてしまう。

 

 頼りになるクマ兄貴が戦線離脱して、残ったのはあなたとリリアーナ、ミリアーヌ、そしてレイの四人。

 敵の【デミドラグワーム】は四体。

 なるほど、一人一体倒せばいい計算だ。余りが出ないから小さい子どもにも分かりやすい親切設計である。

 

 問題は個々の戦力がまるで足りていないことだが。

 あなたとレイ、ミリアーヌはレベル0。

 リリアーナはさっきの防衛戦で疲労している。

 

「……私が時間を稼ぎます。その間に、どうか妹を安全なところへ連れて行ってはもらえないでしょうか?」

 

 リリアーナの提案は苦渋に塗れていた。

 いくらリリアーナでも一体で上級職一人と同等の【デミドラグワーム】四体は相手にできまい。

 だから抑えるとは言わない。ほんのわずかでも妹が逃げる猶予を作るための、死兵の遺言だった。

 

 レイは自分が足手まといになることを理解したのだろう。ミリアーヌの手を引いて駆け出した。

 

「貴方も早く逃げた方がいいですよ。あまり長い時間は持ちそうにありませんから。……<マスター>は死んでも生き返れるのですよね。今この時ばかりは羨ましいです」

 

 リリアーナの瞳は絶望に閉ざされている。

 守るべき人がこの場におらず、二度と会えないかもしれない状況。死神が手招きする窮地で彼女は荒んでいた。

 吐いた弱音は、精神的に追い詰められた結果、つい愚痴のように口からこぼれてしまったというだけ。

 

 それでもリリアーナは逃げ出さない。

 逃げ出せるはずもない。

 背を向ければ全て終わる状況が。

 亜竜級モンスターと戦えるだけの実力が。

 聖騎士として抱いた願いが。

 何より彼女の心が、諦めることを許さない。

 

 暗闇でなお、尊い輝き(もの)を、そこに見た。

 

 それは遊戯(つくりもの)だとしても――だからこそ――あなたが持ち合わせていない、美しいもので。

 

 最初から手を貸すつもりだとか、小難しい理由とかは抜きに……あなたのやる気は爆上がりした。

 

 覚悟を決めた女騎士、超かっけえ。

 身も蓋もない言い方をするとそんな感じである。

 

「……あの。人が死ぬ気で戦おうとしているのにキラキラした目を向けるのはよしてください」

 

 それにしても。

 今のところ、あなたは全く活躍していない。

 与えられた仕事はこなしていると言えなくもない。

 だが、あなたの働きはあまり関係ないわけで……やはりお仕事としては落第点だ。

 

 あなたが受けたクエストは人探し。

 ミリアーヌはレイが守ると信じて……あなたは依頼主のリリアーナを無事に帰す必要がある。

 そうしなければクエストは失敗扱いになり、報酬が受け取れない。それにミリアーヌが悲しむ。

 

 あなたは悲劇も嗜むが、やはり喜劇の方が好きなのだ。

 

 依頼主からの評価を落としたままというのも、あまりよろしいことではない。

 今後のお仕事に差し支えては大変だ。ここはひとつ、本当のあなたを披露する時ではないだろうか。

 

 心配はいらないとあなたは声をかけた。

 脳内に勝利用BGMが流れる。嗚呼、あなたにスピーカーが付属していないことが残念でならない。

 どこかに人体改造を施せる技術者はいないものか。仮にいても絶対に頼まないが。

 

「貴方、何を」

 

 あなたはリリアーナの背後に立つ。

 死角から仕留めるという意味ではなく、彼女に背中を預けて戦うということだ。勘違いしてはならない。

 どんなにリリアーナが隙だらけであっても、彼女は依頼主である。無防備な白いうなじを昆虫から守るのがあなたのお仕事だ。違った気もするがまあヨシ。

 

 先程はレベル0であることを忘れて遅れをとった。

 汚名返上するためにあなたは動き出す。

 

 左手の紋章から一冊の本が顕現する。

 

「<エンブリオ>……この状況を打開する策が?」

 

 リリアーナが微かに希望を取り戻す。

 使えないどころかお荷物でしかないと思っていたあなたが、奥の手を隠していると考えたようだ。

 心なしか長剣を握る手に力が増す。

 

 あなたは首を横に振った。

 残念ながら、あなたの<エンブリオ>は戦闘においてクソを拭き取るちり紙よりも役に立たない産廃である。

 比較するのはちり紙にもクソにも失礼なレベルだ。ちり紙はトイレのお供であるし、クソは肥料にしたり目潰しにと使い道がいくらでもある。

 なんなら百科事典の角で殴った方がよっぽどダメージを出せるに違いない。あの重さと厚みは人を殺せる。小指に当てたら確実だ。

 

 あなたに策などない。

 一発逆転の必殺技もない。

 

 あるのは……積み上げた経験だけ。

 

 開いた本には職業の名前が書かれている。

 【天職才人 グリゴリ】が記載するのは、あなたが就職可能なジョブの一覧だ。

 あなたは目当てのジョブを探し当てると、その頁を勢いよく引きちぎった。

 一動作でジョブチェンジは完了する。

 

 あなたのジョブは【失業王(キング・オブ・アンエンプロイメント)】。

 この世界で、最も不名誉とされる超級職だ。

 

 これであなたはただの無職から、やればできる無職に進化した。ジョブに就いている無職とはこれ如何に。

 今世紀最大の哲学問題にならないかもしれない。

 

 ともあれ。

 今のあなたはリリアーナに引けを取らない。

 実力を証明するために剣を振るい、近寄ってきた【デミドラグワーム】の首を刎ねる。

 

 ――あと三体。

 

 虫の首を掲げて、あなたは不敵に笑う。

 

 小学生だってできる算数のお時間だ。

 クソムカデが三体います。

 リリアーナに一体を任せます。

 あなたは残り何体を相手にすればいいでしょうか。

 

 動きが止まった【デミドラグワーム】の片割れを両断する。

 

 ――あと二体。

 

 なんということでしょう。計算が合わない。

 あなたの受け持ちは残り一体になってしまった。

 

 ――あと一体。

 

 いつの間にかクソムカデの死体(ポリゴン)が増えている。

 もちろんあなたが切った個体だ。

 まあ構わないだろう。ついでに残りも倒してしまえ。

 

 ――はい、おしまい。

 

 しめて四体の【デミドラグワーム】を討伐したあなたは、ホクホク顔でドロップアイテムを拾い集める。

 お金とアイテムはいくらあってもいいものだ。

 クエスト中の臨時収入は十割あなたの懐行きである。

 

「えぇ……?」

 

 リリアーナは目を白黒させている。

 目の前の光景に頭がついていかないらしい。

 気がついたらクソムカデは死んでいた。

 オールオッケー。世は全てこともなし。

 

「いえ何ですか今の、さっきとはまるで別人ですよ!? どうしてもっと早く……!」

 

 リリアーナは怒り冷めやらぬ様子だ。

 別に出し惜しみしていたつもりはない。

 あなたは依頼主を尊重する、とてもよくできた有能な<マスター>だ。

 

 リリアーナは確かにこう言った。

 『くれぐれも手を出すな(・・・・・・・・・・)』と。

 

「はい?」

 

 あなたはこれを、可能な限り戦闘に参加するなという意味で捉えた。

 緊急でやむを得ない状況だったとはいえ、依頼主の言いつけに背いてしまったことは心底遺憾である。

 だがしかし、あなたはリリアーナの窮地を救ったのだ。差し引きプラスの働きぶりは花丸ものだと考える。

 あなたはドヤ顔で胸を張った。

 

「貴方は……いえ、助けられたのは事実です。でもそれならそうと言ってくれれば他に方法が……【デミドラグワーム】に襲われる前にここから脱出できたと思うのですけどこれって私のせいですか……?」

 

 リリアーナは複雑な表情を浮かべている。

 言いつけを破った点がお気に召さないのだろうか。

 しかし、あなたとしてもこれは譲れない一線だった。

 

 あなたは様々なお仕事を体験したい。

 そのためにはどんなジョブにも就く。

 そして誰の依頼だろうと、必ず成功させる。

 今回のクエストはリリアーナとミリアーヌのどちらが欠けても達成できない内容だった。

 あなたにはクエストNPCを守る責任が生まれる。

 ついでに言うと、近衛騎士団との伝手ができたら【聖騎士】に就職する際に都合が良い。

 以上を簡潔にまとめると。

 

 リリアーナとミリアーヌは、あなたにとって大事な(ティアン)なのである。

 

「!?」

 

 なぜかリリアーナの顔が真っ赤に染まった。

 やはり怒り心頭、頭に血が昇っている。

 どうにかして説得しなければ報酬がパーになる。

 

 慌てたあなたは、頭の片隅から弁舌に長けたフレンドの助言を呼び起こした。

 

 ――君はいつも言葉が足りないんだよねえ。

 

 ――思っていることを素直に口に出したらどうだい?

 

 ――そして褒めること。美点を指摘されて気分を害する人間ってそういないからさ。

 

 ――ああ、それと。ボディランゲージを組み合わせるといいよ。相手の目を見たり、握手とかね。気持ちが伝わると思うぜ。

 

 なるほど。さすがは口八丁で人を丸め込む天才だ。

 あなたのコミュニケーション能力と組み合わせたならば鬼に金棒、虎に翼で百人力である。

 

 あなたはリリアーナの手を取り、目線を合わせた。

 そしてリリアーナがいかにあなたにとってかけがえのない存在であるかを真剣に力説する。

 合間に彼女を褒めることも忘れない。

 幸いにもリリアーナは素晴らしい女性なので話のネタには事欠かない。容姿、声音、精神性、立ち振る舞い、戦闘センス……思いつくままに述べたので最後の方は美点ではなかったかもしれない。

 

「っ、あ、貴方の気持ちは分かりました。よく分かりましたから。ええ、はい。ですからもう結構です! フリじゃありません! ええと……そこまで慕っていただけているのは嬉しいですよ? でもいきなりで驚きましたし、段階を飛ばしているような気がします。私たちは今日出会ったばかりですから、関係を築くには順序というものが必要だと思うんです。……貴方のような<マスター>はまた異なる価値観を持っているのでしょうか? それとも今時は皆これくらい……恥ずかしながら私はこの手の話に疎いものでして……違いますよ? ただ機会と相手に恵まれなかったと言いますか……やはり腕っ節はないと駄目だろうと父の影響がありましてそれにミリアがどう思うか」

 

 リリアーナは一息にまくし立てると、ハッと一時冷静さを取り戻した。

 

「そうですよ……貴方はミリアを、その、恋愛対象として見ているのではないですか?」

 

 何を言っているのか分からない。

 ミリアーヌはたしかに美人でかわいらしいが、それは子どもに向ける普遍的な愛情だ。まだ幼いミリアーヌに、あなたが恋愛感情を抱くことはない。

 どちらかといえばミリアーヌよりもリリアーナの方があなたのストライクゾーンに近い。

 なのであなたは毅然とした態度で断言する。

 

 恋人にするなら断然リリアーナだ、と。

 

「……うぅ」

 

 最後の一言が決め手となったのか、リリアーナは膝から崩れ落ちた。

 あなたのコミュ力が勝利した瞬間である。

 やったねダーリン。明日はホームランよ!

 マーベラス、実にマーベラスだ。これでクエスト報酬は五割増。あなたの未来は明るい。

 

 

 ◇◆

 

 

 その後、顔色は戻ったがどこかぎこちないリリアーナと共にあなたは<旧レーヴ果樹園>から脱出した。

 ミリアーヌとレイ、レイの<エンブリオ>として生まれたネメシス、クマ兄貴ことシュウを含めて全員が無事王都に帰還できたので、あなたとしても今回のお仕事は大満足の結果になった。

 

 さて、待望のクエスト報酬だが。

 あなたが手に入れたのはミリアーヌが収穫したレムの実がひとつだった。市場価格は五〇リル。

 心無い者はこれだけなのかと問い詰めるだろう。苦労に比べてかなりしょぼいと感じるのは致し方ない。

 

 しかし、これはミリアーヌが大事に……【デミドラグワーム】に襲われても決して手放すことのなかった、彼女の努力と行動力の結晶だ。

 それと「ありがとう」の言葉を受け取るなら、あなたの働きではむしろ足りないくらいではないだろうか。

 

 あなたはもらったレムの実にかぶりつく。

 初めて口にした果実はとても甘くて、ほのかに酸っぱい味がした。

 

【クエスト【探し人―ミリアーヌ・グランドリア】を達成しました】




好評なら続くかも?


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聖騎士叙任

書けました


 □■王都アルテア

 

 王国で初クエストを達成した翌日のこと。

 あなたはリリアーナの自宅を訪れた。

 理由は簡単。【聖騎士】に転職するためだ。

 

 騎士団関連の主要人物から推薦を受ける、という条件の達成には彼女の助力が不可欠だった。

 あなたは王国にやって来たばかりの住所不定無職。

 役職持ちティアンの知り合いなど他にいない。

 そしてリリアーナは近衛騎士団の副団長だ。

 推薦人としては文句なしの壱百満点である。

 

 姉妹の疲労を慮り、日を改めた。

 手土産も持参したので抜かりはない。

 あなたは気遣いのできる遊戯派なのだ。

 早朝深夜問わず突撃する廃人ゲーマーとは訳が違う。

 

 玄関先で呼びかけると、扉の隙間からミリアーヌが顔を出した。

 

「はーい……あ! いらっしゃい! おねえちゃーん! きのうのひとがきたよー!」

 

 あなたの顔を見るなり、ミリアーヌはぱたぱたと家の中へ駆け出していった。

 無防備な背中を見せ、あまつさえ家宅に侵入を許すとはなんとも不用心なことである。

 ここが天地であれば辻斬りや追い剥ぎに襲われても文句は言えない純粋さだ。

 

 あなたは殺伐とした思考を振り払う。

 ミリアーヌの態度は信頼の証だ。

 あなたが行動で掴み取ったものであり、それを裏切るなど普通は鬼を通り越して悪魔の所業だろう。

 やはり修羅の精神汚染は深刻だ。

 早急にどうにかせねば、あなたの常識人としての立場が揺らいでしまう。

 

 などと考えているとリリアーナが姿を見せる。

 仁王立ちでグランドリア宅の玄関を死守するあなたの意気込みを目の当たりにして、彼女は「……どうされたんですか?」と腫れ物を触るような扱いで出迎えた。

 誠に遺憾である。あなたは防犯上の観点から、家主に代わって気を配っていたというのに。

 顔見知りとはいえ簡単に扉を開けてしまうのはいかがなものかとあなたは忠告した。

 

「だいじょうぶだよ? ちゃんとわかってるもん」

「昨日のことがあったので、ミリアにも言い聞かせてはあるんです。あるんですが……やっぱり心配だわ」

 

 リリアーナの懸念は理解できる。

 ミリアーヌであれば人攫いに引く手数多だろう。

 

 なぜかリリアーナが警戒してミリアーヌを抱き寄せた。

 まるで不審者から妹を守ろうとするように。

 あなたは振り返るが背後には誰もいない。

 

「いえ、あなたです。あなた」

 

 はて、リリアーナは何を言っているのだろう。

 あなたは訝しんだ。

 

「……その格好は?」

 

 なるほど。ようやく得心がいった。

 流石は近衞騎士団副団長だ。

 あなたは鍛え上げられた肉体を自慢げに誇示する。

 

 肌色、そして水着である。

 必要最低限の布地で要所を覆い隠した装い。

 生まれたままの姿に限りなく近い、しかし公共の場で活動するに何ら問題のない格好だ。

 

 ちなみに水着は体温調節機能付きだったりする。

 

「服についての説明を求めたのではありません!」

 

 では何だというのか。

 こちらも説明を要求する。

 

「<マスター>はそういう存在だと知ってはいますが、どうして、その、服を? 昨日は普通でしたよね?」

 

 おかしな事を言うものだ。

 あなたとしては失笑を禁じ得ない。

 知人の家を訪問するのだ。<マスター>とて、それなりに礼儀作法には配慮すべきだろうに。

 

 これこそは真の正装だ。

 あなたは力強く断言した。

 

「は?」

 

 布切れ一枚で立つは、全てを曝け出す心から。

 隠し事をせず、後ろめたい事も抱えず。

 余分な防具を装備しないのは相手に信頼を示すため。

 歓談するだけなら身を守る鎧は不要。

 加えて、相手に害意を持っていない証明にもなる。

 水着では暗器や毒を隠し持つことは困難だ。

 アイテムボックスから武器を取り出す際は一拍の間が生じる訳で、生粋の修羅はその隙に逃走なり迎撃なり準備を整えることができる。

 

「おかしいですよね? いくら遠い国の話とはいえ、そんなの聞いたことがありませんよ?」

 

 リリアーナの指摘は正しい。

 徒手空拳にこの論理は通じない。

 天地では、一端の武芸者は必ず体術を修めている。

 つまりは心構えの話でしかなかったりする。

 

「いえそうではなくて。あの、聞いてます? ……もしかして私が知らないだけ……流石にそんなはずは」

 

 まあ冗談なのだが。

 

「…………(ジト目)」

 

 あなたは装備を通常のものに切り替える。

 水着が正装の世界線などあってたまるものか。

 いくら水着に全幅の信頼を寄せるあなたでも、そこまでトチ狂ってはいない。

 

 これはあなたなりの気遣いだ。

 素性不明の眼鏡野郎に騙され、危うく死にかけたリリアーナとミリアーヌは疑心暗鬼に陥ってもおかしくない。

 故にこそ、開放的でフリーダム、ウィットに富んだ小粋なジョークを挟んでみたのである。

 

 掴みはバッチシ。

 目論見は大成功といえるだろう。

 

「考えがあっての行動だと理解はしました。ですが」

 

 満足げなあなたを睥睨する近衛騎士団副団長。

 

「二度としないでくださいね。特にミリアの前では」

 

 この後もめちゃくちゃ怒られた。

 

 閑話休題。

 

「ところで私に御用ですか? まさか、ふざけにきただけということはないのでしょうし」

 

 リリアーナは長い説教を切り上げて首を傾げる。

 用事の半分は冗談と言えなくもないわけで、しかしそれを口にした場合はせっかく鎮火した火種に油を注ぐことになるのは目に見えていた。

 口は災いの元。沈黙は金である。

 なので、あなたは深々と頷いた。

 

「ええと?」

 

 あなたの深謀遠慮が通じない。

 やむなく訪問の目的を説明すると、今日初めて、ようやく、リリアーナはあなたに対する警戒を緩めた。

 

「そうでしたか、あなたも推薦状を。ええ、あなたたちには助けていただきましたから、お安い御用で……」

 

 紙とペンを取り出したリリアーナは動きを止める。

 彼女はあなたを静かに見つめた。

 これまでのあなたの素行を思い返すかの如く。

 やがてリリアーナはそっと目を逸らした。

 

「すみません。少し考えさせてください」

 

 なぜなのか。

 

 あなたの首筋に冷や汗が伝う。

 全く心当たりがないが、どういうわけか、リリアーナの好感度が平均以下になっている。

 一応これでもあなたは命の恩人なのだが。推薦状を渋られるとは想定外の事態だ。

 このままでは【聖騎士】に就職できない。

 

 無論、恩を傘に着るつもりはない。

 だがしかし。この扱いはあんまりではないだろうか。

 かくなる上はあなたのコミュニケーション能力を駆使して説得する他ないかもしれない。

 

 覚悟の眼光を浴びて、リリアーナが後ずさる。

 器用にミリアーヌを庇いながらだ。

 じりじりと接近するあなたに最大限の警戒を保つ。

 

「っ!?」

 

 一瞬であなたは間合いを詰めた。

 取り出したるはとっておきの賄賂(くもつ)

 無理を言って【天上料理人】に作ってもらった最高級のレムの実ケーキを二人分だ。

 至高の甘味を捧げて、あなたは頭を下げる。

 一糸乱れのない理想的な座礼。

 床に平伏して頸部を曝け出し、相手に生殺与奪の権利を握らせる服従の姿勢。

 

 これ即ち、土下座である。

 

 あなたは誠心誠意懇願した。

 何卒、何卒お頼み申すと。

 

「あの、頭を上げてください」

 

 いいや上げぬ。てこでも動かぬ。

 推薦状を手にするまでは。

 

「おねえちゃん。このひと、かわいそう」

 

 図らずもミリアーヌから援護射撃。

 一日に満たない付き合いだが、リリアーナが妹に弱いことをあなたは見抜いていた。

 これで勝つる。あなたは内心でほくそ笑む。

 

 数秒後、リリアーナは深いため息を吐いた。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたは喜色満面でスキップしながら転職に赴いた。

 手にはリリアーナの推薦状。

 やはり交渉は粘った者勝ちなのだ。

 受け取る際に「くれぐれも問題を起こさないでくださいね? 絶対ですよ?」と念押しされたが。

 リリアーナはあなたを何だと思っているのだろう。

 ちなみにそれは前振りかと尋ねて、彼女の血管が数本千切れてしまったのはご愛嬌である。

 

 あなたは騎士系統のジョブクリスタルの前に立つ。

 既に転職条件は全て達成済みだ。

 これで王国の騎士になることができる。

 

 あなたは【聖騎士】になった!

 

 歴史的名作RPGのサウンドを口ずさむ。

 もう無職とは言わせない。

 騎士とは言わば公務員みたいなものであるからして。

 

 忘れてはいけないのが、あなた独自の一手間。

 左手の紋章から一冊の本を取り出す。

 あなたの<エンブリオ>、【天職才人 グリゴリ】だ。

 かざすだけでグリゴリはクリスタルを登録した。

 これで今後はいつでもどこでも騎士系統のジョブに転職可能となる。

 

 準備は完璧に整った。

 早速レベル上げ。そしてジョブクエストを受注しよう。

 いざ、お仕事体験である。

 

 逸る心を抑え切れずに踵を返すと、浮かれるあなたを取り囲むように、見知らぬ男たちが立ち塞がった。

 

「止まれ」

 

 六人の<マスター>だ。

 いずれも剣呑な雰囲気を漂わせている。

 すわ天地からの追手かと怯えるあなただったが、彼らの装備は西方産。刺客ではないらしい。

 となると街角インタビューだろうか。

 あなたは何しに王国へ? なるほど興味深い。

 

 顔は隠してもらえるだろうか、と質問してみる。

 

「何を意味の分からないことを」

 

 どうやら見当違いらしい。

 王国の魅力を熱く語るVTRは不要と見える。

 

「貴様は状況を理解していないようだ。よろしい、知らぬと言うなら教えてやろう」

 

 筆頭らしき男は誇らしげに胸を張る。

 

「我々は<AETL連合>所属リリアーナファンクラブ!」

「一輪の華を愛でる者!」

「あわよくば手折りたいと望む者!」

「でも抜け駆けは許さない!」

「鉄の掟に叛いた者は?」

 

「「「粛清! 粛清! 粛清!」」」

 

「然りッ! 我々リリファン精鋭六名、これより卑しい抜け駆け豚野郎に制裁を加える!」

 

「「「異議なし!!」」」

 

 あなたは困惑した。

 ここまで意味不明で支離滅裂な因縁をふっかけられたのは天地以来だ。

 理知的で紳士的なあなたは、人違いか、それとも何かの間違いではないかと説得を試みた。

 

「ぬかせ! 貴様がリリアーナ家の軒先で半裸になっていたという確かな目撃情報があるのだ!」

 

 否定はしない。それは紛う事なき事実である。

 強いて訂正するなら水着を着ていたという点だろう。

 

「そして、貴様がこれ見よがしにリリアーナの直筆サインを手にして歩いていたということもな! 我々の目は誤魔化せんぞこの豚野郎め!」

 

 これも間違いではない。

 あなたが入手した推薦状にはリリアーナの署名があり、捉えようによっては直筆サインと言えなくもない。

 しかし手で持ち歩いていたとはいえ、書面を広げて見せるような真似は断じてしていない訳で。

 彼らリリファンは遠目から僅かに覗く筆跡だけを頼りに、推薦状の書き手を言い当てたことになる。

 

 あなたはドン引きした。

 

「サインは我々が押収する。こちらで堪能……もとい責任を持って保管させてもらおう」

「流石は同志オルランド! 俺たちが考えても言わなかったことを平然と言ってのける!」

「一生ついていきます同志オルランド!」

 

 士気を高めたリリファンが抜剣した。

 漲る敵意に、あなたの視線は絶対零度を下回る。

 

「所詮はジョブに就いたばかりのルーキー。一斉にかかれば手も足もでまい! 懺悔して死ね、異端者ぁ!」

 

 下衆外道さながらの言動で切り掛かるオル何某。

 理知的で紳士的、平和主義かつ常識人のあなたは身に迫る危険を目前に……肩をすくめた。

 なんとマナーのなっていない連中だろう。

 見た目初心者に対して、容赦なく追い剥ぎを仕掛けるような野盗がこの国にも存在するとは。

 同じMMOプレイヤーとして情けない限りだ。

 人のものを奪ったら泥棒という言葉を知らないのか。

 

 あなたは野盗が嫌いだ。PKが嫌いだ。

 理由は簡単。やられるとムカつくからである。

 勝てど徒労、負ければ散財。

 逃げても潰しても湧いてくる。

 鬱陶しいことこの上ない。

 

「な……防いだ、だと!?」

 

 故にあなたは襲われた際の対処法を決めている。

 やられたらやり返す。暴力には暴力だ。

 弱い敵は死ね。文句があるなら襲ってくるな。

 

 あなたはリリファンの攻撃を次々と受け流す。

 力任せの斬撃をいなすだけなら安物の剣で十分だ。

 バランスを崩した者は順に足で蹴飛ばした。

 

「こいつ絶対にルーキーじゃないです同志オルランド! 下手すりゃ俺らより強い……!」

 

 倒れたリリファンがうめき声を上げる。

 デスペナにするつもりで足蹴を入れたのだが。

 精鋭というのは誇張ではないらしく、個々がジョブとビルドを選び抜いたカンスト勢であるようだ。

 それもあなたから見れば大した事はない。

 

 なにせ、あなたのステータスは五桁に届く(・・・・・)

 

 グリゴリには『過去に修めたジョブのステータスを保持できる』というスキルがある。

 リセット済みのものを含めれば、あなたはゆうに数百を超えるジョブに就いてきた。

 積み上げた経験は、次の職業にも活かせるのだ。

 ちなみに無職のレベル0では効果が発揮されない。働かない無職に人権はないのである。嗚呼無常。

 

 ともあれ。

 リリアーナの推薦状(サイン)をあなたがちらつかせる以上、リリファンは過激な攻撃を行えない。

 殲滅攻撃か<エンブリオ>の初見殺しがなければ、あなたが手球にとって遊べるレベルの敵だ。

 

 本気で攻撃してみるがいい。

 リリファンの手元が狂った瞬間が、彼らとあなたの心が悲しみでひとつになる時である。

 そんな未来は来ない。

 

「おのれ小癪なァ」

 

 オル何某は憎々しげに歯軋りする。

 だがしかし。彼は周囲を見渡して態度を一変させた。

 

「まずい! 撤収! てっしゅーう!」

「逃げろ逃げろ!」

「急げ! 捕まって推しに迷惑をかける気か!?」

 

 リリファンは散り散りに駆け出していく。

 引き際の潔さは実に見事で手慣れたもの。

 あなたはつい呆気に取られた。

 

 接近する靴音であなたは我にかえった。

 これは衛兵の歩調だ。あなたとリリファンの諍いを聞きつけたに違いない。

 逮捕されては面倒なことになる。これでリリアーナの推薦が取り消されては目も当てられない。

 

 あなたは全速力でその場を離脱した。

 

 

 ◇◆

 

 

「……という騒ぎがありまして。一人がこんなものを落としていったそうですが、本当に心当たりがないと?」

 

 あなたはリリアーナの前で縮こまっていた。

 

 彼女が持っているのは騎士団の推薦状だ。

 リリアーナ直筆の推薦状である。

 当然、所持している人間は限られる。

 

 きっと別人の仕業だろう。

 あなたは嘯いた。

 

「レイさんには先に確認しました。目撃証言と照らし合わせても、彼でないと裏付けが取れています」

 

 流石は一国の首都。優秀な捜査網が敷かれている。

 それにしても失態だ。痛恨のミスである。

 まさか逃げる時に推薦状を落としてしまうとは。

 

 しかし、これは絶対にバレている(なんとしてもごまかさねば)

 

「お渡しした推薦状を拝見してよろしいですか?」

 

 それはできない相談だ。

 あなたの手元にないのだから。

 今、リリアーナが手にしているのがそうだ。

 

「誤解があるようなので訂正しますが、別に我々は<マスター>同士の問題に口を出すつもりはありません。ただ、今回は石畳が多少破損しているために捜査が進んでいまして。そこにこの推薦状です」

 

 本来は衛兵だけで担当するところ、犯人とリリアーナの関係を示す証拠が出てきた。

 なのでリリアーナは近衛騎士という立場でありながら小さな事件の捜査に駆り出されたというわけだ。

 

 なんとも災難な話だ。完全にとばっちりではないか。

 同情に値する。

 

「あなたのせいなんですけどね」

 

 だが自白するわけにはいかない。

 前科がついたら推薦が取り消されてしまうかもしれず、その場合あなたは【聖騎士】に就職できなくなる。

 大丈夫だ問題ない。バレなければ罪は立証されない。

 

「残念ですが《真偽判定》に反応有りです。それと、推薦状にはあなたの名前が書いてあるんです」

 

 ガッデム。

 つまり心証を悪化させただけではないか。

 もうおしまいだ。推薦状は効力を失い、王国からは指名手配されてしまうのだ。おのれ司法め。

 あなたは地面に拳を叩きつけた。

 この慟哭は海より高く山より深いのである。

 

「……あの、そんなに悲観されなくても大丈夫ですよ? 私の口からおおっぴらには言えませんけど、この程度なら金銭で解決可能ですから」

 

 マジで?

 

「まじです」

 

 あなたは復活した。王国万歳。超チョロい。

 やはり世の中は金だ。マネー・イズ・パワー。

 現金と言われようが知ったことか。金だけに。

 

「はあ……これもお返しします、けど!」

 

 意気揚々と伸ばしたあなたの手が空を切る。

 リリアーナが推薦状を引き上げたのだ。

 

「あれだけ言ったのに、どうして問題を起こすんですか。それもまさか一日と経たずに街中で」

 

 致し方あるまい。あの行動は正当防衛だ。

 考えれば考えるほど、あなたに罪はないと断言できる。

 襲撃してきたリリファンはあなたの大切なものを無理矢理に奪おうとしたのだから、むしろあの程度で済んだことを幸運に思うべきだろう。

 

「大切なもの? 何ですかそれは」

 

 もちろん、リリアーナ直筆のサイン(推薦状)だ。

 

「っ……い、いえ。ふざけるのはよしてください」

 

 ふざけてなどいない。

 それを奪われたら、あなたは生きがいを失ってしまう。

 具体的には【聖騎士】の条件がクリアできず、自由に転職できなくなってしまうのだ。

 

 どのように表現すれば理解してもらえるだろうか。

 例えるなら、そう。

 あなたにとって命よりも大切な、この世でたったひとつしかない宝物なのである。

 あなたは真摯に力説した。

 

「そ、そうですか。……そうですか」

 

 なぜかリリアーナの語気が弱まった。

 顔と耳がほのかに赤みを帯びている。

 もしや風邪を発症したのだろうか。

 心配になったあなたは触診を提案した。

 

「結構です! はい大丈夫です問題ありません」

 

 返答はとても力強い。

 遠慮しているわけではないようだ。

 

「もし推薦状を紛失したら、また私にお声がけください。改めて一筆したためますから……そんなに必死になる必要はありませんからね。嘘じゃありませんよ。その代わり、もう問題を起こさないでください。お願いします」

 

 リリアーナは疲れ切った様子で懇願するのだった。




・リリファンの皆さん
無職さんの告げ口で全員お縄についた。
無職さんに怒ったがそれ以上に号泣して感謝した。
後日、この件で他のメンバーから制裁を受けたそうな。
抜け駆けダメ。絶許。


【近衛騎士団副団長の推薦状】
リリアーナの直筆サイン入り。
リリファン垂涎の一品。
無職さんは厳重なコーティングを施して貴重品用のアイテムボックスに保管した。


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営業・事務・お茶汲み

メインの方は筆が進まないのに……


 □■王都アルテア

 

 あなたは至極真っ当で勤勉なる労働者だ。

 経験値を得るため、ついでに生計を立てるため、今日も労働に精を出す。

 

 デンドロに限らず、大半のMMOにおいてレベルアップの方法は一つではない。

 

 最も一般的な手段は敵性エネミーの討伐だ。

 敵として登場するモンスターを倒して入手できる経験値とアイテムでプレイヤーは己を強化する。

 所謂ハックアンドスラッシュである。

 

 他にはクエストが馴染み深いだろうか。

 依頼を達成することで、これまた金銭や経験値、アイテムといった報酬が手に入る。

 一口にクエストといっても内容は様々だ。

 決められた数のモンスターを狩る『討伐(スローター)』。

 依頼主の求めるアイテムを納品する『調達(おつかい)』。

 指定場所に荷物や人を届ける『配達(しけ)』と『護衛(介護)』。

 上記以外にも多様かつ細分化された分類があるとかないとかエトセトラ。ここでは割愛する。

 

 先日あなたが達成したグランドリア姉妹救出のようにランダムで発生するクエストもあれば、冒険者ギルドやジョブ専門ギルドが発行するクエストもあり、そこらじゅうにクエストは転がっていると言えなくもない。

 

 レベル上げとお仕事体験。ついでに人助け。

 あなたにとってみれば一石三鳥だ。

 趣味と実益を兼ねたライフワークのため、あなたは王都を駆け回り、片っ端からクエストをこなしていた。

 

 今日も一日がんばるぞい。

 

「帰ってください」

 

 あなたは門前払いされた。

 営業終了だ。まだ朝なのに。

 

 いくら無職の名をほしいままにするあなたとて流せる言葉と流せない言葉がある。

 至極真っ当で勤勉な、世のため人のためお国のために働く労働者としては承伏しかねる。

 

 あなたは王国騎士団詰所の扉をノックした。

 抗議の意味を込めて強めにだ。

 聞こえていない可能性を考慮して大声で呼びかける。

 頼むから開けてほしい。さもなくば。

 

「さもなくば?」

 

 …………。

 

「どうして黙るんですか!?」

 

 半ば悲鳴と同時にリリアーナが飛び出してきた。

 これは幸先が良い。

 特に何かをする前に開いたのでヨシ。

 

「アイテムボックスにやった手を離してくださいね! 何をするつもりかは知りませんがダメです」

 

 まるで危険人物のような扱いに不満を抱く。

 あなたは善良な遊戯派だ。一人の無職でもある。

 街中で火薬を放り出したり、市民を辻斬ったり、大通りに野菜を植えたりはしない。

 ただ適切な文句が思いつかなかっただけだ。

 どうやらリリアーナとは一度しっかりとお互いの認識について話し合う必要がありそうだった。

 後で対話の場を設けようとあなたは心に決める。

 

 それはさておき。

 なぜリリアーナが騎士団の詰所にいるのだろう。

 あなたが疑問に思うのは当然のこと。

 アルター王国は近衛騎士団に加え、常備戦力としての騎士団を擁している。

 

 当然だが規模は普通の騎士団の方が大きい。

 日常の治安維持やモンスター討伐が主な仕事だ。

 騎士系統に就いた<マスター>に対するクエストの手配も、彼らの詰所で行なっている。

 要するに【騎士】の職業ギルドというわけだ。

 

 一方で近衛騎士団は精鋭中の精鋭。

 所属する騎士は全員がレア上級職の【聖騎士】。

 普段は城内で王族を護衛しているはず。

 リリアーナはそんな近衛騎士団の副団長だ。

 現在は団長が空席で彼女が実質的にトップとなり。

 

 こんなところで油を売っていていいのだろうか。

 

「……あなたがそれを言います?」

 

 なぜかリリアーナに睨まれた。

 理由はとんと見当がつかない。

 

「分かりませんかそうですか。あなたが原因で呼ばれたんですけどね! 自覚がないようで結構です!」

 

 なるほど完璧に理解した。

 あなたは頭を抱えて舌を出す。

 自分、また何かやっちゃいました?

 

「やってくれましたよ、ええ! あなたがクエストを大量受注したせいで騎士団の業務が立ち行かなくなっているんです! 何をどうすれば書類仕事で全員が忙殺される事態になるんです!?」

 

 クエスト達成を報告した段階では何事もなかったが。

 

「みな呆然としていたんですよ! 一体なんです、たった三日で九〇〇件って!」

 

 そこまで騒ぐようなことではないだろう。

 長期間に渡って塩漬け(ほうち)されたクエストを含め、難易度が高すぎたり、報酬が手間に見合わない面倒な内容の依頼が混ざっていたにせよ。

 一部の討伐系や調達系は依頼目標が共通していたので、まとめて達成したに過ぎない。

 とにかく数字ほどの労働はしていない。

 だから労基は立ち去るがいい。税務署もだ。

 

「しかも半分は自分で依頼を見つけてきたそうですね! 迷子のペット探し、下水道掃除、酒場の給仕にご老人方の話し相手まで……これ聖騎士の仕事ですか?」

 

 リリアーナにそこまで褒められるとは。

 照れ臭さを誤魔化すためにドヤ顔をして胸を張る。

 

 騎士団のジョブクエストをあるだけこなしたが、【聖騎士】のカンストまでは到底届かないと知った。

 モンスターを倒してレベルを上げても良いのだが、あなたはグリゴリの恩恵でジョブクエストが最も経験値獲得効率が高かったりする。

 

 そこであなたは考えた。

 無いものは増やせばいいのだ。

 依頼がないのなら、営業をかけて集めてやろうと。

 

 クエストと並行して王都を奔走したあなたは、合計五百九十六件の新規依頼を発掘することに成功した。

 ちなみに誓って強要はしていない。純粋に困っている人々が数多くいたというだけの話だ。

 まあ確かに依頼内容は多少、ほんの少しばかり聖騎士のジョブクエストから逸れていたかもしれないが……詰所に持ち込んで書類を作成さえしてしまえばこちらのもの、正式な手順に則り発行されたジョブクエストが爆誕する。

 

 あなたはレベルが上がる。

 人々は悩みが解決する。

 そして騎士団の評判はうなぎ登り。

 これぞうぃん・うぃん・うぃんの関係だ。

 

 ちなみに。

 なぜか【聖騎士】のレベルはあまり上がっていない。

 

「悪びれもしないんですね……お陰で騎士団は大騒ぎですよ。クエスト達成後の報告書作成に加えて、今朝は街の方から依頼が殺到しているんです。騎士団は便利屋ではないのですが……」

 

 向こうから経験値(クエスト)が飛び込んでくるとは。

 足を使って営業をかけた甲斐があったというものだ。

 その依頼は全てあなたが請け負うので問題はない。

 

 しかし、あなたの浅慮によって騎士団の負担を増やしてしまった点は玉に瑕だ。

 世間一般の基準に照らし合わせても善行に励んだあなたは己が言動を後悔しないが、騎士団の運営が麻痺する事態に発展しては元も子もない。

 あなたは依頼主だけでなく、仲介者にも配慮ができる有能な<マスター>なのだ。

 

「はい……? 書類作成も自分がやると?」

 

 あなたは頷いた。

 無論、部外者が手伝える範囲内にとどまるが。

 軽く目にした限りでは報告書の文面作成くらいは<マスター>が代行しても大丈夫だろう。押印前に、どうせダブルチェックにかけるのだから。

 その他の手が回らない雑務も任せてほしい。

 これでも、あなたが淹れたお茶は美味いと天地でもそれなりに評判だった。お茶汲み係には一日の長がある。

 

「ありがたい申し出ではあるんですが、そもそも事の発端はあなたなんですよね」

 

 またリリアーナからの好感度が下がった気がする。

 どうして。真面目に働いているだけなのに。

 

「ところで、後ろにいる方はどなたですか?」

 

 リリアーナはあなたの背後に視線を向ける。

 先程から黙って会話を聞いていた人物。

 祭服に身を包んだ小柄な【司祭】は、

 

「いや〜、あのぅ」

 

 あなたが連れてきた客人で。

 

「今の話を聞いちゃったから頼みづらいんだけど〜……クエストを依頼したいんだよね」

 

 あなたと同じ、<マスター>だった。

 

 

 ◇◆

 

 

「あなたが頭のおかしな聖騎士サン?」

 

 詰所の椅子に腰掛けてあなたと向き合うなり、【司祭】バーベナは失礼極まりない質問を投げかけてきた。

 

 当然あなたは否定する。

 誰が呼んだかは知らないが、あなたは常識人だ。

 そのような名前の人物は知らない。

 

「ならイカレポンチ露出狂と、むっつりバーサーカーと、目がイっちゃってる仕事人」

 

 ……本当に誰だ。そんな呼び方をするやつは。

 心当たりがない上に悪意に満ちている。

 もしや、あなたのフレンドを超えるセンスの持ち主が王国には存在するというのか。

 あなたは事実無根の風評被害だと主張した。

 

「そうなんだ。ごめんね? ちなみに何でもできる無職っていうのは合ってる?」

 

 それならばあなたのことで間違いないだろう。

 

「わぁ〜食い気味」

 

 正確に表現すると『何でも』はできない。

 あなたができるのは、あなたができることだけ。

 仮にあなたでは達成不可能と判断した場合、依頼は断らせてもらうことになる。お互いのためにも。

 もちろん余程の内容でなければ心配はいらない。

 

「しかも自信家なんだ。いいね、それくらいの方がこっちとしては安心できるもの」

 

 組んだ腕に顎を乗せたバーベナ。

 しなをつくり、小悪魔然とした笑みを浮かべる。

 キャラメイクもかなり手が込んでおり、造形の整った顔面は西欧風美少女のようだ。

 総じて美男美女ばかりの<マスター>でも上位にランクインする容姿は街行く人の視線を独り占めするだろう。

 事実、初対面ではタチの悪い男に絡まれていた。

 

「ほんと困っちゃうよね。あっち行けオーラ出しても付き纏う空気読めないやつを相手にするわけないじゃん。……コホン。でもあなたが助けてくれてぇ、バーベナはピンときたんだ。『あ、この人いいかも』って」

 

 前置きはいい。本題に移ろう。

 

「……うっわこいつ超つまんね」

 

 バーベナは表情を歪めて舌打ちした。

 そして指摘する間もなく、一瞬で笑顔に戻る。

 

「そうそう! とっても強いと評判の聖騎士サマを指名でお願いがあるんだよね〜」

 

 よろしい。話を聞こう。

 そのために詰所まで連れてきたのだから。

 あなたは依頼書作成の準備をして耳を傾ける。

 

「あなたは初心者狩りって知ってる?」

 

 はて。何のことだろうか。

 頭の片隅にそんな話を聞いた記憶が……あるような、ないような。やはりなかったかもしれない。

 なにせ昨日一昨日はずっと街の中にいたのだ。ログインしっぱなしなので市井の噂話しか入手していない。

 

「今、王都周辺の初心者用狩場はPKに占領されててね。そこに足を踏み入れた初心者の<マスター>は全員PKの手でデスペナになってるの。何がしたいのかは知らないけど、バーベナも襲われてさ……」

 

 物騒な話だ。天地を彷彿とさせる。

 デンドロで初心者をPKするメリットは皆無だ。

 しかし外道に堕ちた修羅はそんなもの気にしない。

 とりあえず殺す。合意があれば殺す。どっちもどっちで似たような人斬りどもである。

 あの国は街を一歩出たら鮮血が飛び交う殺戮圏。

 というか街中でも命の保障はできない。

 気を抜いたら頭上から瓦と油壺が落ちてくるし、刀が勝手に抜けて切り掛かってくる。

 

 修羅の話は忘れよう。

 あなたの記憶が確かなら、王都に近い初心者用狩場は東西南北で四つほど。

 

 東に<イースター平原>。

 西は<ウェズ海道>。

 南の<サウダ山道>。

 北が<ノズ森林>。

 

 ざっと考えても広すぎる。

 たかがPK如きで占領できるとは思えないのだが。

 

「聞いた話じゃ、それぞれ別のグループなんだって。バーベナよくわかんないけど〜」

 

 複数のPK組織が連携して包囲を固めていると。

 そういう手口なら納得だ。

 代わりに別の問題も浮かんでくるが……どうやら今回の依頼には関係無いようなので捨て置く。

 あなたのお仕事は治安維持ではない。

 そういうのは国と騎士団がやることだろう。

 

 あなたは続きを促した。

 それで、バーベナは何を依頼する。

 デスペナ分の損失補填か。他国への亡命か。 

 それとも……

 

「復讐したい」

 

 バーベナの答えは至極真っ当だった。

 

「あいつらにやり返したい。ぎゃふんと言わせたい。バーベナを殺したやつらが、何もできずに死んでいく姿を見てざまあみろって笑いたい。だって……」

 

 その次に来る言葉は予想通り。

 

「だって……ムカつくから(・・・・・・)

 

 当然だ。

 誰だって、いきなり殺されたら腹が立つ。

 それが理由もない理不尽なら尚更。

 

「バーベナ的にはさくっとやり返したいんだ。嫌な気分のままでいるのも癪だしさ。ちゃちゃっと終わらせて、パーッとスッキリ。それでおしまい! でもすぐに強くなるのは難しいから……聖騎士サンみたいな強い人に〜あいつら全員ぶっ殺してもらおうと思ってぇ〜。ダメ?」

 

 あなたは静かに頷いた。

 

「やっぱり殺しはアウトな感じ?」

 

 そうではない。

 依頼は確かにこちらで請け負った。

 

「本当!? やった! 聖騎士サンさすがぁ!」

 

 バーベナは嬉しそうに抱きついてきた。

 やたら媚びを売るような触り方だ。

 花街の裏路地に縄張りを据えた娼婦を思わせる。

 

 ところで肝心の報酬についてまだ聞いていない。

 バーベナは初心者とのことだが何を支払えるのか。

 

「まぁまぁ! それより、あいつらについて説明させてよ。それと気をつけてほしいこともあるし」

 

 あなたの膝の上をバーベナは占領した。

 みじろぎで臀部を擦らせて髪を揺らす。

 さながら、こちらの思考を遮るように。

 正直に言って書類作成の邪魔になるのだが。

 

 そしてリリアーナの視線が痛い。

 机に釘付けされた近衛騎士団副団長は書類の山を捌きながら、あなたに恨みがましい目を向けている。

 

「いえ別に怒ってませんよ。ただ私が仕事に追われているのに、当のあなたは可愛らしい女性と仲睦まじくお話されているようで。いいご身分ですねと思っているだけです」

 

 リリアーナは勘違いをしている。

 あなたは誤りを訂正すべく口を開いた。

 

「聞こえませんね。ああ忙しい忙しい。猫の手も借りたいくらい……」

 

 猫の手より先に無職の手を借りるのはどうだろう。

 具体的には、リリアーナが確認した三枚前の書類に誤植が見受けられた。五段目の数字が一桁ズレている。

 

「何でその位置から見えるんですか!?」

 

 怒られた。誠に遺憾である。

 あなたが何をしたというのだろうか。

 ひとまず煎茶を点てて、お茶を濁すことにした。




バーベナたそはわからせ要員なので安心してね。


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森林火災の消火活動

(時系列が)逆だったかもしれねェ……


 □■王都アルテア

 

 夜半、あなたは仮宿で眠りにつく。

 

 労働で疲れた肉体を休めるためだ。

 とはいえ、今日は一日雑用だったのだが。

 

 バーベナから詳細を聞いたあなたがすぐさま討伐に繰り出そうとしたところ、リリアーナの静止が入った。

 これ以上仕事を増やすな、まずは今ある分をどうにかしろという圧に屈したのである。

 あなたは自分の尻拭いのため、書類仕事と並行して街を駆け回る羽目になった。

 バーベナの依頼は翌日に持ち越しだ。

 

 明日は楽しい野盗狩り。

 ゆっくりと休んで英気を養おう。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたは砲撃音で飛び起きた。

 窓の外、北の夜空が燃えていた。

 爆発&爆音でファイヤーである。こんな夜中に火遊びをする阿呆はどこのどいつだ。

 うるさくておちおち寝てもいられない。

 

 怯える宿屋の店主から依頼を受けて、あなたは原因解明と事態の収拾に乗り出した。

 

 どうやら敵国の侵略行為かもしれないと考えるティアンが多いようだ。

 王国と隣接するドライフ皇国は機械の国。

 そしてつい最近戦争したばかりの敵国だ。

 メカとロボで砲撃を仕掛ける可能性は十二分にある。

 

 せめて時間帯を考えてほしい。

 かくいうあなたも夜襲は十八番だが、それはそれとしてやられる側に立つのはごめんだ。

 

 北の城門からフィールドに出る。

 初心者用狩場のひとつ、<ノズ森林>は見渡す限りド派手にド炎上していた。

 既に砲撃は収まっている。何者かによる破壊工作、あるいは激しい戦闘が行われたと見て間違いない。

 

 あなたはスクリーンショットを撮った。

 気分は修学旅行のキャンプファイヤーだ。

 肉の焼ける香ばしい匂いが空腹を刺激する。逃げ遅れたモンスターのドロップだろうか。

 

 鉄串に刺したマシュマロをかざして炙る。

 夜食にはちょうどいい。

 焼きマロを手にもう一枚、記念撮影をする。

 

 写真の片隅に騎士の一団が写っていた。

 その内の一人があなたを睨んでいた。

 リリアーナだ。

 

「何をされているんですか?」

 

 近衛騎士団副団長は両手で焼きマロを頬張るあなたが放火犯ではないかと疑っている様子だ。

 濡れ衣だ。自分は今来たばかりである。

 あなたは力強く否定した。

 写真は調査の物的証拠を記録するためであり、断じて火事を楽しんでいたわけではない。

 

「そうでしょうね……どうやら、この火災は【破壊王】が戦闘した余波だそうです。彼の<エンブリオ>らしき戦艦が目撃されていますから」

 

 あなたの記憶がたしかなら、【破壊王】は正体不明な王国の<超級>ではなかったか。

 たった一夜で森林を焼き払うとは、やはり<超級>というのは頭のおかしい連中だ。

 

「あなたに言われたくはないと思いますが」

 

 なぜだろう。リリアーナの当たりがきつい。

 もしや空腹で気が立っているのだろうか。

 親切で人の心を慮ることができるあなたは、手にした焼きマロをリリアーナに差し出した。

 

「いえ結構です。いりません」

 

 遠慮は要らない。

 食べかけではない、加熱直後のほやほや焼きマロだ。

 それともマシュマロは苦手だっただろうか。

 他はチョコ入りか、干し芋とゲソしかないのだが。

 

「それどころではないんですよ! 王都に被害が出ないよう火を消して、それから後処理を……はぁ」

 

 近衛騎士団も大変そうである。

 

「他人事みたいに言わないでください。というか、あなたも【聖騎士】なら手伝ってくださいよ」

 

 それはつまり、お仕事(クエスト)だろうか。

 リリアーナが依頼するのならやぶさかではない。

 報酬は火災の調査報告で手を打とう。顛末を聞けば、宿屋の店主も枕を高くして眠れるはずだ。

 あなたは消火活動に協力することにした。

 

 ひとまずリリアーナに指示を仰ぐ。

 

「我々にできるのは木々の伐採と消火です。まずは火災が広がらないように、まだ燃えていない木でも切り倒してください。同時に水を運んで鎮火を試みます。……ああ、それと魔術師の協力を仰ぐ必要がありますね。魔法で水源を確保しなければ手に負えません」

 

 では水源確保を請け負おう。

 最低でも人手が集まるまではこきつかって構わない。

 リリアーナたち近衛騎士は全員【聖騎士】で水属性魔法が使えないだろうから。

 

「あなたも同じでは?」

 

 心配無用だ。あなたには考えがある。

 

 ジョブを全てリセットした。

 

 あなたは無職になった。

 

 そしてグリゴリでジョブチェンジ。

 これであなたは魔法使いの無職さんである。

 

 あなたは魔術師系統のジョブを一通り修めている。

 和・洋・中なんでもござれ。

 東西の魔法に精通したあなたに死角はない。

 とりあえず【蒼海術師】の魔法で放水しながら、バケツを水で満たしてみせた。

 入用なら【ジェム】の手持ちも提供しよう。

 

「……この際もう何でもいいです」

 

 リリアーナは部下に指示を出す。

 木々を伐採して火災を食い止める一団と、消火活動に励む一団。そして蛇口要員あなた。

 しばらくすると王都から他の魔術師や水を操る<エンブリオ>持ちが到着したので、彼らと連携を図りながら地道に火消しを進める。

 

 しかし<ノズ森林>は広大なフィールドだ。

 人手を総動員しても全域はカバーできない。

 今のペースで続けると、完全に消火を終える頃には夜明けを迎えてしまうことだろう。

 近衛騎士団は口に出さないまでも疲労が溜まっている様子だ。一部の<マスター>も同様に『ゲームの中でも徹夜だぁ……』とぼやいている。

 

 そんな中でリリアーナは懸命に働いていた。

 率先して動く彼女の勇姿を目の当たりにして、皆は疲れ果てた身体に鞭を打って奮起する。

 特にリリアーナファンクラブの面々はいいところを見せようと張り切っている。

 

 彼らを尻目に、あなたは埴輪を並べていた。

 

「働いてください!」

 

 近衛騎士団副団長の叱責が飛んできた。

 誠に遺憾である。サボってなどいないというのに。

 きちんと消防車の役割は果たしている。

 

 ティアンも<マスター>も人間だ。

 このままでは遠からず限界が訪れる。

 仮に気力と体力を維持できても、魔法職のMPは有限。自然回復量はたかが知れている。

 

 そこで埴輪である。

 正式名称は【埴輪】。リリアーナは知らないかもしれないが東方ではメジャーな代物だ。

 埴輪師系統が作成する使い捨てアイテムで、魔法コストを肩代わりしてくれる素敵なお人形だったりする。

 

 使い方は簡単。術者の近くに置けばいい。

 外付けのMPタンクとして使えるので、最大MP値より消費MP量がネックな式術師などが愛用している。

 なお、一部の修羅は生贄としても運用するそうな。

 

 とにかく効果があることは保証する。

 

「し、失礼しました。そうとは知らずに」

 

 何よりフィギュアとして使える点がいい。

 鑑賞してヨシ、遊んでヨシ。埴輪は最高だな。

 

「やっぱり遊んでませんか?」

 

 気のせいだ。あなたはお仕事に対する熱意だけは誰にも負けないという自負がある。

 受けた依頼はきちんとこなしてみせよう。

 今回は長丁場になることが予測される。ずっと気を張り詰めていては倒れてしまうから、遊んで息抜きすることも大事ではないだろうか。

 

「語るに落ちましたね。この両耳でしっかり聞きました」

 

 それはさておき。

 

「さておかないでください」

 

 リリアーナの考えを聞きたい。

 実際問題、このまま続けて大丈夫なのだろうか。

 

「……そうですね。大丈夫ではあると思います。あなた方<マスター>のおかげです」

 

 思案するリリアーナの疲労は色濃い。

 ひとまず解決の目処は立ったので安心できるが、そのために身を粉にして働く必要がある。

 睡眠時間を削ればどうにかなる。やるしかない……心情としてはこんなところだろうか。

 

 あなたは休憩を提案した。

 

「我々は近衛騎士団です。王国を守ることが使命ですから、休んでなどいられませんよ」

 

 自国の<マスター>に過労死させられては目も当てられないと思うのだが。

 

「ええ……それは本当に。ほんっとうにその通りです。どこかの誰かさんにも言い聞かせたいですね!」

 

 まったくだ。

 【破壊王】がどこの誰かは知らないが、少しはあなたを見習って人を思いやる心を育むべきだろう。

 近衛騎士団をはじめとするティアンに迷惑をかけるなど<マスター>の風上にも置けない野郎である。

 

 とにかくリリアーナの意思は固い。

 この様子では他の近衞騎士も同様だろう。

 あなたは職務に忠実な彼らを心から尊敬しているが、働き過ぎで倒れてしまっては意味がない。

 

 もし彼らが揃って病欠になった場合、ティアン専用のお仕事が回ってくる可能性はなきにしもあらずだが……あなたとしてはとても魅力的な仮定ではあるのだが。

 生憎と、そんな未来はやって来ない。

 あなたとしても人のお仕事を無理やりに奪うような真似は可能な限り避けたい所存である。

 

「【大賢者】様がご存命だったのなら、大雨でも降らせてくださるんでしょうけど。さすがにないものねだりが過ぎますね」

 

 これが天地ならば、雨を降らせて解決するだけの簡単なお仕事なのだが。

 社会の歯車として生きるのも楽ではない。

 あなたは思わずため息を吐いた。

 

「……今なんと?」

 

 ため息を、

 

「その前です、前!」

 

 社会の歯車と、

 

「分かっててふざけてますよね!?」

 

 冗談だ。なので詰め寄るのはやめてほしい。

 胸ぐらを掴むなどもってのほかだ。

 急に至近距離まで近づかれると困ってしまう。

 そうか、これが不整脈か。

 

 戯れは程々に収めておく。

 あなたは先の発言を一言一句、過たずに復唱した。

 『これが天地ならば、雨を降らせて解決するだけの簡単なお仕事なのだが』。

 

「それは本当ですか?」

 

 あなたは首肯した。

 希望的観測を含むが、この規模の火災なら降雨により消火することは可能だろう。

 

「一応尋ねますが……その手段を取らない理由は」

 

 あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 リリアーナが組織的に消火を行う方針を提示したので、あなたはそれに従ったまでのこと。

 指示に致命的なミスもなく、消火が間に合わないということもなかった。やはり彼女は有能な女騎士だ。

 故に問題はないと判断したが。

 

「今! すぐに! やってください! 私があなたをどうにかする前にっ!」

 

 イエス・マム。あなたは敬礼した。

 

 アイテムボックスから必要なものを取り出す。

 祭壇、刀掛け、等身大美少女埴輪だ。

 

「…………!?」

 

 背後から強い困惑と葛藤の気配がする。

 まるで質問したいのに状況がそれを許さない、コメディ作品のツッコミ役みたいな沈黙だ。

 リリアーナはいったいどうしたというのか。

 やはり疲れているようだ。そっとしておこう。

 

 あなたは黙々と準備を整える。

 祭壇に刀掛けを設置。祭壇を中心に円を描くようにして等身大美少女埴輪を並べる。

 疑問に思ったそこの諸君。等身大美少女埴輪一体で賄えるMPは、等身大美少女あなた四人分である。

 ちなみに等身大美少女あなた一人に含まれるMPは、通常あなたのMPに換算して二割五分だ。

 あとは各々で計算してほしい。

 

 最後の仕上げだ。

 あなたは愛刀を取り出した。

 

「まさか、妖刀……」

 

 然り。怨念を溜め込んで変質した呪いの刀だ。

 天地では鍛造された刀の約半数が闘争の末、妖刀に成るのだとまことしやかに囁かれている。

 この都市伝説にあなたは否定的だったりする。

 絶対にもっと多いだろう。あれだけ斬った張ったの殺し合いをしているのだから。どれだけ血を吸わせる気だ。

 

 閑話休題。

 

 あなたは愛刀を祭壇に飾る。

 一歩下がり、一礼。

 さらに一歩下がって跪いた。

 

 張り詰めた空気にリリアーナは息を呑む。

 周囲の人間も奇異の視線で見守っている。

 

 あなたは祈った。

 

 雨を。

 

 水を。

 

 奇跡を。

 

 ついでに世界平和と商売繁盛と子孫繁栄を。

 素敵な恋人ができますように。なむなむ。

 あと嫌いなやつが全員ハゲますように。

 

「……」

 

 愛刀はうんともすんとも言わない。

 やはり厳しいか。

 

「……」

 

 致し方ない。あなたは切り札を出すことにした。

 

 たまたま拾った、リリアーナの髪の毛を一本。

 もし雨を降らせたらくれてやろう。

 あなたは愛刀にだけ聞こえる声で囁いた。

 

「……!」

 

 手応えありだ。

 しかしまだ弱い。どうやらこの毛フェチ(妖刀)、未だ初恋に操を立てていると見える。

 ならば望み通り……彼女の髪の毛もくれてやる。

 あなたは一気呵成に畳み掛けた。

 

「……!!!」

 

 全ての埴輪が壊れて、MPが愛刀に注がれる。

 交渉成立だ。

 

 愛刀が特級呪物並み(当社比)の呪詛を解放した。

 あなたはジョブスキルを以てそれを支援する。

 使用するは陰陽師派生の天占系統、そして修験者系統が有する雨乞いの技。上級職では『降ったらいいな』から『一雨来そうだ』という段階までしか引き上げることはできないスキルだが。

 

 風を招き、雲を運び、上空に滞留させて。

 妖刀が嵐を呼び覚ます。

 

 雨垂れが頬を打つ。

 まばらに落ちる雫は、絶え間ない豪雨に。

 

 火災は消え、後には燻る荒地だけが残った。

 

 

 ◇◆

 

 

 濡れ鼠になったリリアーナが風邪をひいてしまいそうだったので、あなたはスリーサイズを尋ねた。

 

「はい、上から………………ん?」

 

 

 疲労で機能しない脳。僅かに遅れて、リリアーナは何を口走りかけたかに気づいた。

 みるみるうちに顔は茹でだこ。

 両手を交差させた体から蒸気が立ち上った。

 げに便利な体質だ。乾燥機要らずである。

 

 半殺しにされた。

 

 着替えを貸そうとしただけなのに。

 

 ちなみに男性の近衛騎士に同じ質問をしたら無言で距離を取られてしまった。

 今日も、世界はあなたに優しくない。




・無職さん
半べそで全員にタオルと雨具を配った。
リリファンは返り討ちにした。

・リリアーナ
セクハラはいけないと思います。

・愛刀
毛フェチ。自我がある。
由緒正しい曰く付きの妖刀。


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小鬼殺し 上

 □■<ウェズ海道>

 

 潮風は否応なしに東方の記憶を呼び起こす。

 逃げ場のない島国に蔓延る修羅。

 たとえ火の中水の中、草の中に土の中。

 雨の日も雪の日も、海の上まで追ってくるPK。

 

 許してはおけぬ。あなたは殺意が漲った。

 代わりに人間性を失った気はするが、今回のお仕事は討伐系のスローター・クエストだ。問題はない。

 

 バーベナが襲われたのはこの<ウェズ海道>だ。

 事情聴取で判明した特徴から、目標は盗賊クラン<ゴブリンストリート>で間違いないと思われる。

 相手にとって不足はない。

 やはり小鬼(ゴブリン)退治は新人冒険者の定番だろう。

 一度やってみたかったのだ。実に心躍る。

 

「おい待てバカやろぅ」

 

 バーベナの悪態が聞こえた。

 早々に化けの皮が剥がれているが、本人がいいのならあえて指摘する必要はない。つまり問題なしだ。

 

「問題ありありだけど。簀巻きにされたんだけど」

 

 足元に転がったバーベナを見下ろす。

 丈夫なロープで縛っているから身動きが取れまい。

 たぶん問題はないだろう。

 

「ヨシじゃない! こんなにかわいい依頼主を縛って転がすとか何考えてんの!? いきなり攫われたと思ったら街を飛び出すしさぁ!」

 

 頭のおかしい変人を見るような視線を向けられた。

 誠に遺憾である。あなたは常識人だ。

 

 しかし、この期に及んで何を騒いでいるのか。

 あなたとしては理解に苦しむところだ。

 これはバーベナが望んだ復讐だろうに。

 

 あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 『自分を襲った相手が死んでいく姿を見たい』と。

 数多くの奇人変人を見てきたあなたも納得の愉悦発言をしたから、こうしてバーベナも連れてきた。

 ご希望通りにASAPのなるはや超特急でだ。

 簀巻きは道中で激しい抵抗にあったからである。暴れて怪我をされてはたまらない。

 

「気づけ違和感! こっちはリスク負ってまで殺し合いの現場に居たくはないの! 安全な街中でくつろぎながら映像が見れたらそれでいいの!」

 

 バーベナは相手が苦しむ姿を直接眺めることも、鬱憤が晴れるまで痛ぶり、自らの手でとどめを刺すつもりもないらしい。随分とぬるい復讐だ。

 つまりここまで連れてくる必要はなかったわけで。

 どうやらあなたの早とちりだったようだ。

 それならそうと早く言ってくれればいいものを。

 

「言う前に口塞いできたのはそっち!」

 

 当然だ。舌を噛む恐れがある。

 感謝されこそすれ、非難される謂れは微塵もない。

 

 だが、これで依頼の難易度は格段に下がった。

 手心を加える手間が省けたからだ。

 

 意味もなく簀巻きにされたバーベナを、あなたは一抹の悪戯心で撮影する。

 これはこれでいい記念になるだろう。

 既にあなたはバーベナから、あなたのフレンドと同じ匂いを嗅ぎ取っていた。多少ぞんざいに扱っても平気なつよつよメンタルである。

 

 ともあれ。

 早速あなたは準備に取り掛かることにした。

 

 ジョブを全てリセットした。

 

 あなたは無職になった。

 

「ちょぉい!?」

 

 急に大声を出さないでほしい。

 敵が寄ってきたらどうするつもりなのか。

 

「今から戦うのにレベル下げてどーすんのバカなの!? それともジョブ無しでも強いのあんた?」

 

 何を馬鹿なことを。

 ジョブに就かずしてまともに戦えるはずないだろう。

 

「笑い事じゃないし! つーか服を脱ぐな! すっぽんぽんじゃんこの変態! 露出狂!」

 

 あなた如きが変態とは片腹痛い。

 人聞きの悪い表現は勘弁してほしいものだ。

 たしかにあなたは防具を解除したが。

 きちんと水着を下に装備しているというのに。

 

 断じてあなたは露出狂とは異なる。

 趣味嗜好でこのような行動に走ったわけではない。

 

 これがあなたの本気である。

 

「意味わかんな……待って。置いてかないで? どこに行くの? ねえどこいくの!? 一人にしないで! せめて縄をほどいてからにしてぇ!?」

 

 

 ◇◆

 

 

 ロープの結び目は相当に固かった。

 お陰で時間を大幅にロスする羽目になった。

 それでも依頼主を見捨てないのはあなたの底抜けの優しさであり美点だろう。

 

 潜伏するPKの感知範囲直前で地に伏せる。

 グリゴリの頁を破ってジョブチェンジ。

 あなたはメインジョブの【失業王】に転職した。

 就職条件さえなければ、わざわざジョブを全てリセットする必要もないのだが……それはさておき。

 

 <ゴブリンストリート>は手練れ揃いと聞く。

 いくらあなたとて遊び半分では太刀打ちできない。

 特にオーナーの【強奪王】は要注意人物だ。野盗とPKは好かないが、彼の能力は十分評価に値する。

 まともに戦ったら勝率は三割を切るだろう。

 

 あくまでまともにやれば(・・・・・・・)、だが。

 

 立ち込める白煙に何人が気づいただろうか。

 約半数以上、やはり反応がいい。

 

「ぐわー!?」

 

 海道に断末魔の叫びが響いた。

 方々から爆炎が立ち上る。仕掛けは上々。敵が慌てふためく様子が目に見えるようだ。

 

 あなたは煙幕に紛れて敵陣に侵攻する。

 感知スキルの類は自他ともに阻害されているため、己の五感と直前の記憶だけが頼りだ。

 

 煙の向こうには右往左往する影。

 すれ違い様にひとつ、首を刎ねる。

 

「……そこか!」

 

 すぐさま付近の敵があなたを捕捉する。

 速い。遅い。空振りだ。嘘だ少し掠った。

 今はお前の背後に立っているぞ。

 

「二人やられた。敵は単独、ポイントBにて交戦中」

 

 口頭での指揮と同時に行われる念話。

 判断が早い。状況を端的に報告、加えてこちらの位置を明らかにして煙幕による混乱を防ごうとしている。

 優秀な指揮官だった。悲しいことにデスペナ行きだ。

 

「単独なわけあるか! あっちも襲われてる!」

「最低二人……もっといるな?」

 

 残念だが居場所を探ることに意味はない。

 運が悪かったと諦めてほしい。

 恨むならPKを働いた過去の自分を恨むべきだ。

 

 あなたは本気装備の愛刀を振るう。

 野盗死すべし。PK殺すべし。

 ゴブリンは皆殺しだ。

 今朝のかみきり丸は毛に飢えている。

 

 とはいえ、最初の哀れな数人以降はやすやすと不意打ちを許してくれる相手ではない。

 急所クリティカルの部位欠損で即死狙い。あなたの手口を読まれたら防御は必至だ。

 一撃を耐えた相手には反撃を許してしまう。

 

「範囲魔法ぶっ放すか?」

「馬鹿やめろ。敵味方の区別つかないんだぞ」

 

 ごもっとも。

 なお、その躊躇いが諸君の命取りになる。

 また二つの首が宙を舞った。

 

 痺れを切らした敵後衛が風属性魔法を唱えた。

 感知スキルを妨げる煙幕が晴れ、ついにゲリラ戦術を仕掛けたあなたの姿が露わになる。

 

「誰もいない?」

「スキルは反応してる。俺の<エンブリオ>で偽装を見抜いてやグワー!?」

 

 紙一重の差で必殺スキルの発動を許してしまう。

 使用者は仕留めたが、あなたの偽装スキルは一切合切が解除されてしまった。

 

「見ろ! 透明な、スケスケの水着だッ!」

「スケてる水着と刀が浮いてやがる!」

「いや何だこいつ」

 

 拍子抜けした数人の首を刎ねた。

 戦闘中に隙を晒す方が悪い。水着で何がいけないのだ。

 透明化したあなたを目視することは困難を極める。

 欠点は装備が対象外という仕様だが、偽装系のスキルで隠すか、元から透明の武具を装備すればいい。

 なにせスケてる水着は特注品だ。

 

 直後、あなたは死んだ。

 脳天にいい狙撃を一発。即死である。

 

「ニアーラさんだ! ナイショーッ!」

「ははっ! 私の熱源探知があれば透明人間だろうが関係ないのよグワー!?」

 

 むしゃくしゃしたので殺った。後悔はしていない。

 やはり<エンブリオ>は初見殺しが多過ぎる。

 おかげで分身がやられてしまったではないか。

 常套戦術がたった一人の<マスター>によって覆されてしまうのだから、警戒するに越したことはない。

 

 だが『目』の女性はいい仕事をしてくれた。

 今の攻撃で、あなたは隠れていた狙撃手の居場所を把握することができたのだから。

 さよならだ。ニアーラ(?)=サン。お返しにこちらもヘッドショットをくれてやる。

 

「隙ありっす! 《スティー……」

 

 盗賊の少女が手を伸ばした。

 目線はあなたの愛刀に向いている。

 さすが盗賊クランの人間だ、目が肥えている。真っ先に最も高価な装備品を狙ってくるとは。

 

 ――手癖の悪いゴブリンめ。

 

 野盗如きに愛刀をくれてやるものか。

 装備品はもちろん銀貨一枚、米粒ひとつも渡さない。

 あなたの装備とアイテムは正当な労働の対価だ。逆の立場ならさておき、奪われる側に回るのは腹が立つ。

 

 野盗死すべし慈悲はない。

 恨みはないが見せしめだ。十七分割にしてやろう。

 水の型、龍流舞。相手は死ぬ。

 足元の水溜まりが消えて動きやすくなった。

 

 それなりに数を減らしたはずだが、オーナーの【強奪王】は未だに姿を見せない。

 部下を捨て駒にしてあなたの能力を測っているのか。

 それとも今この場にいないのか。

 

「ぐわー!?」

 

 離れた地点から悲鳴が聞こえた。

 現在あなたは分身を一体しか出していないのだが。

 もしやゴブリン狩りの同志が現れたのだろうか。

 

 あなたは再び煙幕を焚いた。

 混乱する野盗を粛清しつつ現場に急行する。

 

 白煙を抜けると、そこはスプラッタだった。

 森の緑が赤くなった。クリスマスカラーである。

 具体的にはチャイナ服の北欧美女がワンパンで野盗だった血袋を破裂させている場面に遭遇した。

 

 なにあれ超こわい。

 

 あなたはチャイナ美女に見覚えがあった。

 スターリング兄弟の歓迎会で怪しい飲み物を配布していた人物だ。当然あなたは口にしていない。

 

「やばいぞ、“酒池肉林”のレイレイだ!」

「どうして<超級>が俺らを!?」

「畜生、オーナーさえいれば……」

 

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 臓物は飛び散り、空気が抜けて萎んだ風船のような人皮が垂れ下がる。すぐ光の塵になるのが救いか。

 あなたは実家より慣れ親しんだ血祭りの雰囲気に背筋が震える思いだった。

 

 やはり<超級>というのはどいつもこいつもネジがぶっ飛んだ頭のおかしい連中ばかりだ。

 あれと比較したら、あなたは地獄に舞い降りた仏のように慈悲深い聖人だろう。

 さすがに<ゴブリンストリート>が哀れになったので、あなたは助太刀することにした。

 

 手近な野盗を首ちょんぱ。

 彼らもグロテスクなミンチになるより、綺麗な体のまま死にたいだろう。これは善行。神様も言うておる。

 あなたには感謝の言葉を受け取る用意がある。

 

「そこにも一人いるねー?」

 

 レイレイさんに目をつけられた。これはいけない。

 野盗と<超級>を同時に相手取るのは厳しい。

 しかし会話による説得は躊躇われる。

 

 今回、あなたは正体を知られてはならない。

 依頼主のバーベナから念押しされた条件だ。

 理由は簡単。足がついたらまた復讐されるから。

 あなたは正体不明の誰かさんとして、天に代わり<ゴブリンストリート>を誅殺しなければならない。

 そのための透明人間であり、スケてる水着なのだ。

 

 <超級>と敵対するメリットは皆無。

 お仕事の内容としても、戦闘面でもだ。

 あなたはとりあえず野盗を切り殺して無害であることをアピールしてみた。敵の敵は味方作戦だ。

 

「んー?」

 

 警戒レベルが跳ね上がった。なぜなのか。

 死を予見したあなたは脳をフル回転させた。

 ここは自慢のコミュニケーション能力を披露する時。

 

 毒手が眼前に迫っていた。むりぽ。

 これだから強者は嫌いだ。話し合いの余地がない。

 まあ同じ立場ならあなたもそうするが。

 先手必勝、相手に口を開かせるな。

 

 あなたは咄嗟にアイテムボックスを投げた。

 ばら撒かれた中身がレイレイさんの顔面に命中する。

 べちょり。あなたは死を覚悟した。

 

 ……なかなかデスペナが訪れない。

 目を開けると、レイレイさんは動きを止めていた。

 顔と髪に何かが飛び散っており、それはそれはあられもない姿を披露しているのだが、彼女は気にせずに何かを舐めて舌鼓を打っている。

 

「おー。これおいしいねー」

 

 なんと、あなた秘蔵のおつまみだ。

 天地で釣った魚の内臓を漬けた珍味である。

 

「積荷は奪われたって聞いてたけど、君が取り返してくれたんだねー。ありがとうだよー」

 

 訳がわからないが、あなたは助かったようだ。

 あなたは残りの珍味も献上した。

 

「わー。嬉しいよー」

 

 こんなもので見逃してもらえるのならば、いくらでも調達してこよう。

 クエスト成功と引き換えなら安い取引だ。

 <超級>にも賄賂は通用する。

 あなたはまたひとつ賢くなった。

 

 野盗は二人でぶっ殺した。

 <ウェズ海道>の初心者狩りは収束に向かうだろう。




・《影分身の術》
忍者系統や隠密系統のスキル。
実体を持つ幻を複数作り出す。
数を増やした分だけ能力は頭割り。

・《煙遁の術》
【抜忍】のスキル。
敵味方の感知スキルを阻害する煙を撒く。

・スケてる水着
正式名称【不可視領域】。うっすら見える。
魔力を通すと透明になる希少素材を使用。
あまりに入手困難な激レアドロップのため、端切れを作れる量しか集まらなかった。

・《???》
【???】のスキル。
偽装系スキルではない肉体改造。


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小鬼殺し 下

 □■王都アルテア

 

 あなたは街に帰還した。

 レイレイさんに正体を悟られる前に逃げ出したのだ。

 あのお茶目チャイナ、隙あらばポーションをかけてあなたの透明化を見破ろうとしてきたので油断ならない。

 

 依頼主は騎士団の詰所で不貞腐れていた。

 

「あ、聖騎士サ……うゎ……ンン。だよね?」

 

 こちらに気づくなり、バーベナはすぐさま薄っぺらで媚びた笑顔を貼り付けた。

 

「バーベナ知ってる〜。それフルプレートアーマーっていうんでしょ。カッコいい〜!」

 

 どうやらまだ擬態を続けるらしい。

 あなたは直前のドン引き顔を見逃していない。

 全身鎧兜の何が悪い。透明になっている間は人型のシルエットを保つにも一苦労なのである。

 

 しかしそれは些細な問題だった。

 あなたは依頼主個人の趣味嗜好にまでとやかく言うつもりは毛頭ない。

 

 あなたは簡潔に報告を終えた。

 

「ほんとに一人であいつらぶっ殺したんだ」

 

 正確には<超級>という規格外もいたのだが。

 口頭での説明に限界を感じたあなたは、一部始終が収められた映像媒体を手渡す。

 バーベナは心を弾ませて録画を再生した。

 

「うぷ……おぇ……」

 

 バーベナは盛大にぶちまけた。

 気を利かせたあなたが袋を広げなければ、床に胃の中身がこんにちはしていたことだろう。

 

「グロいってぇ……なんでこの惨状が平気なんだよぅ……蛮族なの?」

 

 バーベナは何を言っているのだろうか。

 あなたとしては理解に苦しむところだ。

 このリアリティがダイブ型VRMMOの醍醐味だろうに。

 どうしても直視できない場合は、飛び散っているものをトマトだと思えばいい。

 スペインでは熟したトマトを互いに投げ合う祭りがあるという。だいたいあんな感じだろう。

 

「やめろやめろ! あーもうダメだトマト食べられなくなっちゃたー!」

 

 あなたは悪くない。

 スプラッタしたのは主にレイレイさんである。

 あなたは綺麗に首を刎ねたのだ。

 

 歓談に興じたところで、涙と鼻水と吐瀉物で汚れたバーベナに伝えなくてはならないことがある。

 

「ま、まだ何かあるの?」

 

 怯える必要はない。お仕事の話だ。

 あなたが受けた依頼内容は<ゴブリンストリート>に対する復讐代行だった。

 しかしオーナーの【強奪王】を筆頭に、不在だったメンバー数名をまだ討伐できていない。

 加えて今回はあなた単独の成果ではなかった。およそ半数はレイレイさんのキルスコアだ。

 

 とても依頼を達成したとは言いがたい。

 

 なのでバーベナに選択してもらいたい。

 

 一、復讐を完遂するために数日待つ。

 この場合デスペナが明けた野盗を含め、もう一度全員の首を刎ねて依頼達成とみなす。

 

 二、これでおしまい。

 お仕事としては落第点なので、あなたは報酬を全額受け取るつもりはない。手間賃だけ支払ってもらう。

 

 二番はさぞしこりが残るだろう。

 あなたとしては一番をおすすめする。復讐するからには徹底的に、恐怖と教訓を体に叩き込むべきだ。

 

「二番二番絶対に二番!」

 

 どうやらあなたの熱意は伝わらなかったようだ。

 非常に残念だが、依頼主の要望には従おう。

 

「ハイおわり! それじゃおつかれ! バイバ〜イ」

 

 あいや待たれよ。

 さりげなく立ち去ろうとするバーベナの肩を掴む。

 

 まだ報酬を受け取っていない。

 

「……え〜? そうだっけ〜? バーベナ難しいことはよくわかんな〜い」

 

 首を傾げても無駄だ。

 他の連中は知らないが、あなたにかわいいアピールが通用すると思ったら大間違いである。

 

 ……これはふと思い出した昔話で、バーベナとは全く関係ないのだが。

 あなたは過去に報酬を踏み倒されたことがある。

 依頼主を尊重する有能で心の広いあなたは、きっと何かの間違いだろうと平和的な話し合いの場を設けた。

 だが、依頼主はのらりくらりと言い逃れるばかり。

 最期の一言はたしか『そんなに欲しけりゃ鉛玉をくれてやる』だったか。

 

「ひゅぇ」

 

 安心してほしい。バーベナとは関係ない。

 繰り返すが、過去に報酬を踏み倒そうとした愚かな依頼主の失敗談でしかない。

 もらえるものをもらえばあなたは満足だ。

 

「か、かわいいバベちんの〜かわいい笑顔でお支払いしますぅ。にこ〜」

 

 かわいいバベちんに、親切なあなたは素敵な言葉を教えることにする。

 

 スマイルゼロ円。

 

「くそが!」

 

 バーベナは にげだした。

 

 しかし まわりこまれてしまった!

 

 あなたからは にげられない!

 

「いやああああああ!? 殺されるぅぅぅぅぅ!」

 

 つくづく失礼な依頼主だ。あなたとしても遠慮する必要がないので大変やりやすい。

 簀巻きにしたバーベナを持ち上げる。

 おらジャンプしろ。あり金を寄越せ。

 

「やなこった! ってごめんなさい怒んないで! 本当に手持ちがないんだよぅ! だから胴上げしないで天井にぶつかるぅ!?」

 

 嘘を吐いているようには見えない。

 初心者でPKに襲われたのだ。装備は壊され、なけなしのアイテムは死亡時にドロップしたのだろう。

 やはり野盗は悪い文明。

 

 あなたは初心者に優しい遊戯派だ。

 無いものを寄越せとは言わない。

 ただ、狩られた直後の初心者にしては妙に高品質な装備を着ている理由を説明してもらわねばなるまい。

 

「え? そりゃ適当な男にもらって……なにさ。別にいいだろ? これが一番手っ取り早いんだよ。別にたかりとか乞食はしてないからね。愛想よくしてたらお古をくれただけ。バーベナに貢ぎたい連中との需要と供給だしぃ」

 

 なるほど理解した。

 ではバーベナの流儀に従って手早く済ませるとしよう。

 その装備、駄賃代わりに置いていけ。

 

「い、いやだと言ったら?」

 

 身ぐるみ剥いでやろう。

 鍛え上げた《スティール》が火を吹くぜ。

 

「公衆の面前で服を脱がそうってか!?」

 

 あなたとしても不本意ではある。

 もちろんバーベナが裸体を晒して逮捕されないよう、最低限の配慮はするつもりだ。

 具体的には、あなたがもう着ない水着を提供する。初期装備のフルプレートと同程度の防御力を誇る品だ。

 バーベナにとっても悪い取引ではない。トータルで考えればむしろプラスだろう。

 

 以上のやり取りで分かるように、あなたは必ずしも利益を求めているわけではなかったりする。

 お仕事自体が、既にあなたの欲するもの。

 タダ働きでは同業者のお仕事を奪ってしまい、依頼主には信用されず、ひいてはあなたの評判にも影響が出るので可能な限り相場の報酬を受け取るようにしているが。

 

 仕事には正当な対価を。

 これがあなたのポリシーである。

 双方の合意が取れたなら、実はバーベナが支払う報酬の価値はそこまで重要ではない。

 気に食わないのはバーベナの舐め腐った態度だ。まるであなたに敬意を払っていない。実にいい根性をしている。

 

 余談だが報酬を多くもらえる分には一向に構わない。

 チップ最高。ボーナス最高。

 お金とアイテムはいくらあってもいいものだ。

 

 それにしても先程からリリアーナの視線が痛い。

 あなたは何もしていないが。

 

「当然じゃないですか。この忙しい時に、女性を脱がして強引に水着を着させようとするろくでなしが騒いでいるんですからね」

 

 今の会話をどう切り取ったら、そこまで悪意に満ちた解釈が生じるのだろう。あなたは訝しんだ。

 

「弁解する必要はありません。<マスター>同士の問題はティアンの私に関係がないので、どうぞご自由になさってください。こちらから言えるのは仕事の邪魔なので他所でやれ、です。……私は疲れているんですよ」

 

 言われてみれば、机に向かうリリアーナは目の下にうっすらとクマが浮かんでいる。

 例の森林火災が原因でまだ仕事に追われているらしい。昨晩は多少なりとも休めたと思うのだが、どうやら寝不足気味で不機嫌極まりない。

 

 あなたは手伝えるお仕事がないか尋ねた。

 少しでも役に立って名誉挽回せねば。

 

「ありませんのでお帰りを。そちらの女性とよろしくしてたらいいんじゃないですか」

 

 リリアーナは勘違いをしている。

 

 バーベナは男だ。

 

「………………はい?」

 

 そもそもの話。

 あなたと彼本人が、一度でもバーベナは女性だと明言しただろうか。いやしていない。

 たしかに中性的な容姿と言動なので誤解してもおかしくはない。本人もわざと誤解を招いている節がある。

 そこらの女性以上に整った顔面だが、悲しいかな、あなたの目は誤魔化せない。

 

 つまりは男の娘というやつである。

 

 リリアーナは信じられないというように、あなたと簀巻きのバーベナを交互に見た。

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。

 

「そーだよ、俺は男。確かめてみる?」

 

 バーベナは器用に股を広げた。

 リリアーナが悲鳴を上げた。

 あなたは瞬時に魔法でモザイク修正を加えた。やはり光属性と幻術は汎用性が高い。

 

 危ないところだった。バベちんのバベちんがご開帳してしまう寸前であった。

 このファインプレーは表彰ものだ。マーベラス!

 勲一等を授与されてもおかしくはない。

 

「ははっ、うける! 冗談だって。そんな露出狂みたいな真似しないよ。バベちんはかわいいんだからさ。あんたもそう思うだろ?」

 

 あなたは頷いた。

 相当キャラメイクに時間をかけたに違いない。化粧にも力を入れているようだ。努力は認める。

 しかし調子に乗るのはよくない。今のバーベナは人を揶揄える立場ではないのだから。

 あなたは愛刀の鯉口を切った。

 

「ぴぃ!? あんた怖いよ! なんなのゲイなの!?」

 

 あなたは別にゲイではない。

 そしてバーベナの問いかけは愚問であると言わざるを得ないだろう。生憎と、あなたはバーベナを超える美貌の持ち主を見慣れている。

 

 ここにいるリリアーナだ。

 

「私ですか!?」

「はぁー? いや俺だって負けてないし」

 

 あまり人を比較するのは褒められた行為ではないと重々承知の上で言わせてもらえば、バーベナはリリアーナの足元にも及ばない。

 

 たしかにバーベナはかわいい。

 だがそれだけだ。深みがない。

 所詮は鼻水カピカピ坊主だ。

 

 リリアーナの美しさには凛々しいとかわいいが両立している。一見すると対極に位置する二つの要素が混ざり合うことで、化学反応の如きギャップが生じるのだ。

 発生するかわいさはビッグバン級。リリアーナは容姿だけで人類を救えるだけのポテンシャルを秘めている。

 

「あの、すみません……それくらいで……」

 

 外見だけではない。

 リリアーナは内面も非常に優れた女性である。

 真面目で責任感が強く、妹思いで心優しい。

 仕事にも熱心で、あなたのような得体の知れない住所不定無職の不審者にも分け隔てない対応をしてくれる。

 

 考えれば考えるほど双方の差が浮き彫りになる。

 比較することさえ烏滸がましいレベルだ。

 これでもまだ異論があるなら聞くが。

 

「ぐぅ……内面を指摘されたら何も言い返せない。俺がルックス極振りなばっかりに」

 

 そうだろうとも。

 これでリリアーナの名誉は守られた。

 心無い発言ひとつで推薦が取り消される事態に発展しては目も当てられない。

 あなたくらいできる遊戯派になると、ティアンの好感度管理だってお手のものだ。

 

 なぜかリリアーナは机に突っ伏しているが。

 あなたの好感度管理は完璧なはず。

 恋愛ゲームならハーレムルート一直線なコミュニケーション能力である。いやーまいっちんぐ。

 だから騎士団の面々から向けられた生暖かい視線は気のせいであり、あなたとは何の関係もない。

 

 話を戻そう。

 

 バーベナは素寒貧。あなたに渡す報酬がない。

 代わりに装備を差し出すつもりもない。

 となれば、解決策はひとつだけ。

 

 身体で支払ってもらうしかあるまい。

 

「そういうご趣味が!?」

 

 リリアーナが飛び起きた。今日一番の驚愕だ。

 あなたは試したことがないが、やってやれないことはないかもしれないしあるかもしれない。人間は無限の可能性で満ち溢れている。何事も決めつけはよろしくない。

 

「……否定しないんですか?」

 

 リリアーナの発言はさておき。

 あなたはバーベナに奉仕してもらうことにした。

 

「誤解の余地がありません!」

 

 それはそうだろう。

 あなたに他意はないのだ。

 

「なおさら悪いですが!?」

 

 何やら認識に齟齬が生じている気がする。

 コミュニケーション能力に優れるあなたもミスはする。この間違いに自力で気づけたのでヨシ。

 

 錯乱したリリアーナを落ち着かせるためにあなたは鎮静作用のあるアロマを炊いた。

 同じ過ちを繰り返さないためにも細心の注意を払って、穏やかな口調で真意を説明する。

 

 バーベナが報酬を物資の形で支払えないなら、時間と労働力を提供してもらえばよい。

 奉仕とは無私の労働。タダ働きのことだ。

 つまり、あなたと一緒にお仕事をしてもらう。

 いくつかクエストを回れば報酬額に見合うだろう。

 

「うぇ……こんな頭おかしいのと一緒にクエストとか絶対いやなんだけど」

 

 これはあなたができる最大限の譲歩だ。

 文句があるなら容赦はしない。

 

「わかったやるから! やりゃいいんでしょ!? だから刀をチャキチャキ鳴らすのはやめろぉ!」

 

 バーベナから言質は取った。

 後々になって話が違うと揉める心配はもうない。

 あなたは『勝訴』の紙をリリアーナに見せつけた。

 

「そういうことでしたか……私はてっきり……」

 

 はて。リリアーナは何を想像していたのだろうか。

 後学のために是非とも教えてもらいたい。

 フィードバックがあれば、あなたのコミュニケーション能力はさらなる高みに到達することだろう。

 

「え。その、ええと」

 

 リリアーナの目が泳いだ。

 口籠るばかりで答えるつもりはないようだ。

 あなたは《心理分析》のスキルを使用した。

 羞恥に焦燥……見える、見えるぞ。

 何を恥ずかしがっているのか知らないが、あなたアイがリリアーナの心を丸裸にしてくれよう。

 

「もう勘弁してください……」

 

 リリアーナは再び机に伏せた。

 紅潮した肌はリンゴのようで、誰が呼んでも突いても唸るだけの置物と化したのだった。

 顔が見えないとスキルが発動しないのに。

 

 

 

「俺は何を見せられてんの?」




どっちがゴブリンなんだか


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シスターヘリ

 □■王都アルテア

 

 これからバーベナとの初仕事だ。

 しかし約束の時間になっても彼は現れない。痺れを切らして捜索に繰り出したあなたが見たものは、街の男にちやほやされてご満悦気味なバーベナだった。

 

 あなたはバーベナを簀巻きにして掻っ攫った。

 

「もっと他にやり方があるだろぉ!?」

 

 あなたとしては穏便に事を運んだつもりである。

 

 痴情のもつれは厄介で恐ろしいものだ。

 男女間――今回は男男間ではあるが――では些細なすれ違いや心の機微が想像以上の問題に発展する。

 なので確保から離脱までを超音速起動で行った。誰の目にもバーベナが突然消えたようにしか見えないだろう。

 各方面への配慮は完璧だ。バーベナはあなたの心遣いに感謝して咽び泣いてもよい。

 あなたとしては下手にバーベナの取り巻きから疎まれる事態は避けたいのだ。面倒臭いから。

 

「最後のが本音だな!? あと全く配慮されてないんだけど! 全身ボロボロなんだけど! かわいいお顔と玉のようなお肌が傷ついちゃったよ! ほらここ目ん玉かっぽじってよく見ろ!」

 

 バーベナの体は生傷だらけだった。

 超音速機動の弊害だろう。ステータスを有するあなたは慣性を含めた影響を受けないが、他人が発揮する速度で振り回された側はそうではない。

 これでも気を遣った方なのだが。無配慮無遠慮の場合、バーベナは数秒と保たずにミンチと化す。

 

「ふざけんな慰謝料よこせー。いっしゃっりょー」

 

 ともあれ。

 僥倖にも負傷の類であれば簡単に解決できる。

 見ろ、芋虫バーベナが転がるのは教会の門前だ。

 ここでは回復魔法による治療が受けられるほか、司祭系統のジョブクリスタルを使うことができる。

 

「知ってるけど。俺も【司祭】だしぃ」

 

 既知ならば話が早い。

 あなたはバーベナを連れて教会に足を踏み入れた。

 今日のお仕事があなたを呼んでいる。

 

「バッ、こら足で転がすなよぅ!? ……いやだからって肩で担ぐのもやめろ」

 

 

 ◇◆

 

 

 国教。

 古来よりアルター王国をはじめ人々に広く信仰される、正式な名称すら存在しない宗教である。

 遊戯派の<マスター>間ではジョブ教、クリスタル教といった俗称で呼ばれることも多い。

 

 信仰対象は神ではなくジョブやスキル。

 彼らは与えられた力を敬い、そして人々を助けるためにジョブの力を用いることを教義としている。

 彼らは穏やかで博愛精神に満ち溢れており、滅私奉公を旨とする人間性はまさに聖人だ。

 代々受け継がれてきた司祭系統の超級職がとある新興宗教に奪われても笑って許してしまうほどである。

 人間が出来すぎていやしないか。

 

 とにかく『人々のためになるのならそれでいい』という生粋の善人が集まっているので、<マスター>が司祭系統に就職することも回復魔法の使い手が増えて喜ばしいと考えているとかなんとか。

 

「お人好しすぎない?」

 

 治療を受けたバーベナの第一声だ。

 教会に在籍するティアンの【司教】に体力を全回復してもらった彼は身体の具合を確認している。

 

「上級職になると骨折とかもすぐ治せるんだよね……すごいな回復魔法。しかもお金は一切取らないんでしょ。慈善事業でもそんなのないよ」

 

 メタ的に考えればゲームの都合だろう。

 デンドロはHP等の自然回復量が雀の涙だ。回復アイテムも割合回復タイプは押し並べて値が張る。

 実は回復ポーションだと下級品でも傷痍系状態異常を治療できるのだが、それはバーベナの感動を守るため口に出さない。あなたは初心者に優しい遊戯派なのだ。

 とまれ、MMOなら救済として無料の回復手段をひとつは用意してあってもおかしくない。

 

 本当に善意の設定なのかは甚だ疑問だが。

 国教の優しさにプレイヤーがつけ込んだ結果、最終的に教会そのものが潰れてしまう……という隠しルートが用意されていないとは限らない。つまりお布施は大事。

 

 デンドロの運営に常識を期待してはならないと、中級者以上の<マスター>は身に染みて理解している。

 アカウントの作り直し不可はまだしも、アバターの変更機能すら無しとはどういう了見だ。

 おかげで獣人エルフドワーフ小人ゲテモノ人外TSロリショタジジババといった多種多様な肉体で気軽にゲームをプレイすることができない。おのれ管理AI。

 あなたは何故だか無性に卵料理が食べたくなった。

 

「それで、お仕事って? もしかして教会のクエストを受けるつもりじゃないだろうな」

 

 あなたは頷いた。

 お察しの通り、司祭系統のジョブクエストである。

 レベルが低い後衛回復職のバーベナでも簡単にクリアできるお仕事を見繕ったのだ。

 

「バッカ野郎! ……言っちゃ悪いけど、教会のクエストなんてショボい報酬しかもらえないんだぞぅ。そのくせ延々つまんない話聞かされたり、怪我人の相手したりで、とにかく割に合わないんだって」

 

 運営母体が国教な時点で推して知るべし。

 ほとんどボランティアに近いのだろう。

 

 いいではないか。素晴らしい。

 あなたはやる気がもりもり湧いてきた。

 

「さてはマゾだなあんた」

 

 バーベナは侮蔑と哀れみが混在する視線を向けた。

 あなたは何もおかしな発言などしていないのだが。

 

「これはゲームだよ? 誰が好き好んで面倒なだけの仕事をやるんだって話。普通のクエストを受けるとか、モンスター狩りした方が楽しいし簡単に稼げるじゃん。ねえ時間の無駄だってばー。今からでも考え直せよぅ、さっさと強くなって俺つえーしたいのー」

 

 バーベナの言葉を否定はしない。

 大半の遊戯派は彼と同じスタンスだろう。

 しかし、あなたの目的は報酬や強さではないのだ。

 無論どちらもあるに越したことはないが。

 

 ついでに言うとバーベナに拒否権はない。

 文句があるなら報酬を支払うがいい。

 

「ブーブー」

 

 あなたは教会の依頼を受注する。

 手つかずで放置していた【司祭】に転職することも忘れない。レベル上げにはおあつらえむきだ。

 

 仕事内容は怪我人の治療。内勤か外勤のどちらかを選択できると教会の責任者は告げた。

 内勤は教会を訪れる怪我人に回復魔法をかける。同時に聖職者らしく懺悔を聞き入れ、心の悩みを晴らすカウンセリングの真似事も行うらしい。

 外勤は教会の外、街やフィールドで困っている人を探して治療と人助けを行う。MMO的なヒーラーのお仕事はこちらが近いだろうか。

 

「(どう考えても外勤一択でしょこんなの! ほら言え、外勤にしますって言え!)」

 

 バーベナは耳元で囁かないでもらいたい。

 何を言われようと、あなたの答えは決まっている。

 

 両方とも任せてほしい。

 

 とはいえ、いきなりこんなことを告げても依頼主は納得しないだろう。

 大言壮語ではないと理解してもらうため、あなたは己の能力を証明しなければならない。

 

 庭に出たあなたは薬瓶を呷った。

 

 あなたは教会になった。

 

「うわあああああああああああ!?」

 

 鼓膜が破けた。

 破れる鼓膜自体がないなったしているのだが。

 

「は? 小屋、え、何これどういうこと?」

 

 どうもこうも見ての通りだ。

 あなたは肉体を建造物に変化させた。

 走って跳べるプロペラ付きのミニ教会である。

 

 人々は教会を訪れる。

 ならば話は簡単だ。教会の方が彼らの下に赴いてやればいいのである。つまり出張版。

 こうすれば内勤と外勤の業務を同時にこなすことができるわけだ。あなたの頭脳は今日も冴え渡っている。

 お仕事はまとめて感謝は二倍、報酬も二倍。

 マーベラス。実にマーベラスだ。何の問題もない。

 

「問題しかないが? ティアンの人なんかおったまげて腰抜かしてるじゃん。いやマジでなんだよこれぇ……あんた本当に人間かよ。実はモンスターとか言わないよね」

 

 あなたは至極真っ当な人間の<マスター>だ。

 モンスターではないので安心してほしい。

 

 先程の薬瓶は【編幻似剤 ミスティコ】。

 服用すると肉体を自在に改造できる特典武具だ。

 かなり自由度が高い代わりに、再使用にはデンドロ内で一日の経過を待つ必要がある。

 透明化、モンスター化、オブジェクト化など多様な姿を楽しめるのであなたは普段から重宝しているのだ。

 

「今日一日は小屋のままってことじゃんかあ……やっぱり頭おかしいよぉ……」

 

 誠に遺憾である。あなたはお仕事に熱意を燃やし、依頼主のために尽力する常識人だというのに。

 

 ちなみに教会の責任者からは好評だった。

 これでより多くの人々を助けられるとのこと。

 やはり彼ら国教は人格者である。

 

「いや気づけ! 『まあ<マスター>だしな』って思われてるよねこれ! 違うからね!? これは<マスター>のなかでも例外ですからぁ!」

 

 なにやらバーベナが騒がしいがまあヨシ。

 あなたは彼を乗せて教会から飛び出した。

 

 アテンション・プリーズ。

 教会あなたは全速で悩める子羊の下に向かいます。

 シートベルトをしっかりと締めてください。

 

「ちょちょちょタンマ! 準備するから待って十秒でいいからってシートベルトないし……グヘぇ!?」

 

 十秒後、あなたは発進した。

 努力も虚しくバーベナは潰れた声を出していた。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたは王都各所を飛び回った。

 跳ぶ教会と美人シスター(男)の組み合わせはそれなりに受けが良かったので集客率、もとい迷える子羊の救済は順調に進んでいる。

 

「……いやもうムリ!」

 

 謙遜する必要はない。

 

「泣き言だよ!?」

 

 怒られた。解せぬ。

 あなたはバーベナの素晴らしい働き振りを心の底から称賛しただけなのだが。

 笑顔を絶やさず、相手を否定せず。

 親身になって傷を癒し、快刀乱麻を断つ勢いで悩みごとを解決していたではないか。

 

「みんなやれ怪我がどうの傷がどうの悩みがどうの相談がどうのこうのと! もーうんざり! 不平不満聞いてるとこっちまで病んでくるぅ!」

 

 それを一切表に出さない、見事な擬態である。

 

「擬態言うなぁ……」

 

 既にバーベナはMPが枯渇して魔法を使えない。

 精神面の疲労も考慮するとこの辺りが限界か。

 むしろよくぞここまでやったものだ。あなたの想定を遥かに上回る成果である。

 

 次で終わりだと告げた途端にバーベナは復活した。

 意気揚々と最後の訪問者を招き入れる。

 

「ようこそ〜。今日はどうされましたかぁ?」

「きいてほしいことがあるのじゃ! ここはなやみをうちあけるばしょときいたのじゃが……」

「はい喜んでぇ。このバーベナがお伺いしますぅ。もちろん秘密は口外しませんので安心してくださ〜い」

 

 営業モードのバベちんに促されるまま、まだ年端もいかない幼女が椅子に腰掛ける。

 あなたは幼女に謎の既視感を覚えた。

 目立つ容姿に特徴的な口調だ。一度見たならそうそう忘れるとは思えないのだが、どうにも記憶に靄がかかったようである。他人の空似で思い違いだろうか。

 

「うむ! これは“ごくひじこう”なのじゃが、じつはさいきんリリアーナのようすがおかしいのじゃ」

 

 聞き覚えのある名だ。

 どうやら王国では人気の名前らしい。まさかリリアーナと同名の人物がいるとは驚きである。

 

「ええと、その方はお友達ですかぁ?」

「よくわらわのごえいをしてくれるひとじゃ! このえきしだんふくだんちょうなのじゃ!」

 

 九割同一人物だった。

 そして近衛騎士団が護衛するこの幼女は即ち。

 

「それってぇ…… いや深入りするなよ俺……なるほど〜! その人のどこがおかしいって感じます?」

「きがつくと、かおをあからめてぼうっとまどのそとをながめているのじゃ。あたまをかかえたり、ためいきをついたりもする。わらわが『どうしたのじゃ?』とたずねてもなにもこたえてくれぬ。えがおとせきばらいでごまかされてしまうのじゃ」

「ふむ。それはぁ……恋煩い、かもしれませんね」

「こいわずらいとな?」

 

 恋とな?

 

 リリアーナに想い人がいるとは驚きだ。

 どちらかといえば恋より仕事を重視する印象を抱いていたのだが、それはあなたの色眼鏡だったらしい。

 真面目な聖騎士が初めて知る甘い恋……揺れる心に戸惑う気持ち、誰にも見せたことのない女の顔。

 悪くない。想像だけで胸がどきゅどきゅする。

 

 あなたは恋する乙女が大好物である。

 理由は簡単。綺麗でかわいいから。

 頑張る女の子は推せる。おかずにすればご飯三杯は余裕で平らげることができるだろう。いいぞもっとやれ。

 

 あなたは耳をそば立てた。

 

「恋は心の病と言いますしぃ。仕事が手につかない、なんてことも。もう君のことしか考えられない〜みたいな? バーベナもよく言われるんですよ〜」

「しらなかったのじゃ……こいとはそれほどにひとをとりこにするのじゃな」

「ぶっちゃけ人によりますけどね〜。だから周囲が口を出すのも良し悪しというか。もう少し情報があれば具体的なアドバイスができるんですけどぉ」

「そういえば、さいきんのリリアーナはいつもおなじことばをつぶやいていたのじゃ」

「それだ。何て言ってました?」

「たしか、そう」

 

 

 

「“むしょく”じゃ!」

「ガチぃ?」

 

 

 

 バーベナが教会あなたの床で足踏みする。

 あなたは否定の意を込めて椅子を揺らした。

 今のやり取りを言語化するとこうなる。

 

『あんたじゃねーか』

『全く心当たりがない』

 

 バーベナは天を仰いだ。

 どうやらあなたの抗弁は届いたようである。

 

「えーとね。まず、その言葉を口に出すのはやめた方がいいと思う」

「なぜじゃ?」

「王ぞ……淑女に相応しくない言葉だからだよ」

 

 本性が漏れ出すバーベナの圧に幼女は頷いた。

 

「そして心からのアドバイスね。多少無理やりでも、今すぐそいつとの縁を切らせた方がいい。そいつは常識外れで頭のおかしい鬼畜生だよ。間違いなくリリアーナは苦労することになる」

 

 あなたは想像した。

 頭のおかしい無職に恋するリリアーナ。

 惚れた弱みで、リリアーナは鬼畜生の要求を何でも聞き入れてしまう。

 根が真面目な彼女は相当に尽くすタイプだろう。金を貢いで好き放題されてしまうに違いない。

 そして生まれる女騎士のヒモ。

 果てはミリアーヌにまで手を出した無職は、遊ぶだけ遊んで傷ついた姉妹を捨てるのだ。

 

 許してはおけぬ。

 天地ですらそこまでの無体を働く輩はそういない。

 きちんと最期まで面倒を見るというのに。

 主に介錯と冥福を祈る的な意味で。

 

 幼女もさぞ不安だろう。

 ここはあなたが動かねばなるまい。

 

 ――聞いて……感じて……考えて……

 

「……? しらないこえがするのじゃ」

 

 ――二人とも……聞こえますか……今、あなたの心に、直接語りかけています……

 

「おお、そうなのか! もしやこのこえがバーベナの<エンブリオ>なのじゃ?」

「違わい」

 

 ――そこのあなた……これからもリリアーナの様子を観察するのです……悪い無職から、守るために……

 

 ――そして……異変を感じた、その時は……再びこの地においでなさい……

 

 ――このバーベナが……良き相談相手と、なってくれるでしょう……

 

「うぇ!?」

「わかったのじゃ。リリアーナはわらわにとってもたいせつなきしじゃ。まかせてほしいのじゃ!」

 

 なんとも頼もしい答えだ。

 この素晴らしい幼女様に仕えている限り、リリアーナの職は一生安泰であろう。

 

「あ、でも……わらわはおしのびなのじゃ。いつもじゆうにがいしゅつすることはできぬ。きょうも、たびじたくをする“きんじゅう”のめをぬすんできたのじゃ」

 

 ――では……あなたに、これを授けます……

 

「手裏剣、苦無、煙玉、鉤縄に水蜘蛛……っておい!? 女の子に渡すものじゃないだろぉ!」

 

 ――遥か東方の、忍者が用いる道具です……巻物には、忍法の奥義が……記されています……

 

 ――敵を騙し、欺き、惑わす秘伝……ですが、あなたはこれを正しく、活用してくれると信じています……どうか悪い無職から……リリアーナを……守っ……て……

 

「うむ、わかったのじゃ! ではさらばじゃ、バーベナとみえないこえのひと!」

 

 元気な笑顔で幼女は帰っていった。

 悩みが解消したようで何よりだ。あなたも晴れやかな気持ちになる。

 

 いい無職のあなたは出張教会を店仕舞いする。

 倒れて寝ているバーベナも看板を片付けるなり手伝ってほしいのだが、どこか具合が悪いのだろうか。

 

「別にぃ……どっと疲れただけでーす……」

 

 無理もない。バーベナはよく働いた。

 お仕事の後は報酬と休息が重要なのだ。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたは教会に戻る途中で寄り道をした。

 場所は王都近辺の初心者狩場。

 目的は追加のお仕事とスキル上げだ。

 

 怪我人を見つけたら気配を消して回復魔法。

 ピンチのルーキーの上空から急降下回復魔法。

 間違えて落としたバーベナをキャッチして回復魔法。

 

 そして気取られる前に離脱する。

 辻ヒールはお礼を言われたら負けなのだ。

 モンスターのターゲットを集めてもよろしくない。

 

 お陰でジョブクエストは大成功だった。

 アイテムはショボいが経験値はがっぽり。

 気絶から回復したバーベナも、レベルの上昇具合に目を白黒させたほどだ。

 

 やはり善行を積むと気分がいい。

 それがお仕事ならばなおのことである。




???「グリムズ! 空から女の子が!」
???「錯覚だバカ。現実を受け止めろ」


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お医者さんごっこ

 □■王都アルテア

 

 バーベナが意識を取り戻すまで待ってから教会を出ると、既に陽が傾きかけていた。

 一日も終盤に差し掛かろうという時間帯だ。しかし夜はこれからと言わんばかりに王都は活気が溢れている。

 特に繁華街は人通りが多い。仕事終わりに酒を浴びるティアンや、昼夜お構いなしにレベル上げに向かう<マスター>の姿が。ブラック企業も真っ青だ。

 

 もちろんあなたはMMOを嗜むプレイヤーなので、二徹三徹で狩りに励むのはそう珍しいことではない。

 戦場では眠気に負けて意識を手放したが最後。襲いくる敵に寝首をかかれてしまう。

 天地でそんな無様なデスペナを披露しようものなら末代までの笑いものになる。人の噂も七十五日と申せど、事あるごとに擦られるとそれはそれは鬱陶しい。

 なので七十五日が経つ前にそいつをタコ殴りにする。言葉とて度が過ぎれば暴力。つまり暴力で返していい。負けた方が新たな笑いものだ。

 

 あなたは脳内の修羅を追い払った。

 精神汚染は未だ根強い。

 

 気を紛らわすため、あなたは三歩後ろを歩くバーベナに話を振った。

 

「一日で十二レベルか……でもなぁ……」

 

 苦渋に満ちた顔でうめいている。

 拾い食いでもして腹を壊したか。

 

「人を何だと思ってるんだよぅ。で、何?」

 

 初仕事を終えた感想を尋ねる。

 最後の方は乗り気になっていたようだが。

 

「二度とごめんだね。たしかにレベルは上がったけど、肝心の報酬はしけてたじゃん。まあどっちにしろー? 俺の懐には一リルも入ってこないんだけどぉー」

 

 悲観することはない。この調子ならクエストを四、五回こなせば報酬分の奉仕活動に値する。

 教会のお仕事より割のいい依頼を受ければ、リアルラックも絡むが、一回で十分な報酬を獲得できるだろう。

 

 あるいはバーベナの真新しい杖を差し出すか。

 教会で気絶していた彼に数名の<マスター>がアイテムを寄付する光景をあなたは目撃している。

 彼らがこっそりバーベナのパンツを覗いていたことも。さながら聖遺物を拝む敬虔な信徒であった。

 

「やだよ! この装備がないと戦えないだろ!」

 

 バーベナは杖を両手で握った。

 絶対に渡さないという強い意志を感じる。

 パンツと引き換えに錬成した杖なので当然だな。

 あなたとしてはどちらでも構わない。払うものを支払ってもらえればそれでいい。

 

 話は変わるが、この後は時間があるだろうか。

 

「待った。みなまで言うな。その文句を口にする時って、たいていご飯か宿屋に誘おうとしてるんだよ」

 

 さてはエスパーか。

 あなたはバーベナを夕飯に誘うつもりだった。

 

「ふぅ〜ん? そっかそっか。いかにも興味ないですみたいな顔しても考えることは一緒だなぁ? やっぱりかわいいバベちんは好きかオラ。このムッツリぃ〜」

 

 バーベナは挑発的な笑みで勝ち誇る。

 ついと弄ぶように指先で触れるのも忘れない。

 まるで自らのアイデンティティを認められて有頂天になる子供のようだ。実に微笑ましい。

 刀都の花街に巣食う女性のガワを被った魔性化生と比べたら、名状し難き神話生物とチワワである。

 

「でもぉ、答えはノー。あんたとご飯なんて絶対にあり得ませ〜ん。おとといきやがれぇ」

 

 残念だ。<天上三ツ星亭>のフルコースを奢る機会はついぞ訪れそうにない。

 純粋にバーベナを労うつもりだったのだが。

 

 後学のためにあなたは理由を尋ねる。

 労働者にとって福利厚生は最重要だが、人によって希望する待遇には差異が生じる。

 やはり現場の声を軽視してはならない。

 

「いや冷静に考えて小屋と食事はねーわ」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 

「知り合いだと思われたくないし、なんならこの絵面も建物に擦り寄る俺の方が変人じゃん」

 

 というわけで、バーベナと解散したあなたは選択を迫られることになった。

 あなたは適当な酒場で夕飯を摂ってもいいし、朝になるまでログアウトしてもいい。

 

 ただし備考のような注意点がひとつ。

 今のあなたはプロペラ付きのミニ教会だ。

 まず間違いなく、酒場で飲み食いする場合はちょっとした騒ぎになるだろう。聖職者が肉と酒を口にしていいのかという疑問があなたの中で渦巻いている。そもそもこの姿で座れる卓があるかも怪しい。

 ミスティコの効果は継続中。クールタイムが明けるまでリアルで待機するのもありだ。

 

 やはり人型から離れるとリスクが大きい。

 人間サイズの住民が多い街ではあらゆる施設の基準が一メートルから三メートル前後になる。小人妖精や巨人のロールプレイに挑戦した先達が心折れたのも納得だ。

 フィールドでは新種のモンスターと勘違いされて襲撃を受け、数パーティを退けたら、こともあろうに大規模討伐部隊が編成されたこともあった。あの時はさすがに死を覚悟した。<超級>がくるなんて聞いていない。

 

 などと思いを馳せていると、人混みの向こうに見覚えのあるシルエットがよぎった。

 聖騎士装備のリリアーナだ。忙しない視線は探しものをしているように見える。

 

 あなたは彼女に声をかけた。

 

「あ……あなたですか。すみませんが火急の事態でして、今は時間がないんです。お話なら後で聞きますから」

 

 何やらお仕事の匂いがする。

 あなたは手伝えることがあるか質問した。

 

「え、はい。そうですね……ええと、あれ……? どこにやったかしら……んんっ。実はこちらの御方を探しているのですが、どこかでお見かけしていませんか?」

 

 手渡された写真には少女が写っていた。

 金髪碧眼で活発な印象を抱かせる。

 王侯貴族が着るような仕立てのドレスで、王侯貴族が座るような椅子に腰掛けている。

 ミリアーヌと系統は異なるが、一度見たら忘れることのできない美少女である。

 

 ……さっきの幼女様ではないか。

 

「心当たりがあるんですね!?」

 

 あなたは肯定した。

 守秘義務があるので詳細は語れないが、幼女様を見かけた場所とおおよその時間を伝える。おそらく帰宅しているであろうということも。

 道中で何事もなければだが、心配は無用だろう。

 あなたは帰路につく幼女様を尾行する怪しい集団を目撃している。白金のフルプレートを筆頭に怪しげな連中だったが、あれは<AETL連合>だ。いくら好みの女児が相手でも犯罪行為は働かないはずである。

 

「そうですか、既にお帰りに。よかった……けほっ」

 

 リリアーナは胸を撫で下ろした。

 ところで、この幼女様は何様なのだろう。

 

「何様……!? いくら<マスター>のあなたといえども不敬ですよ! この御方はアルター王国第二王女、エリザベート・S・アルター殿下です!」

 

 冗談だ。さすがのあなたも滞在する国家の王族くらいは事前に調べてある。

 あなたは常識人であるからして。

 王国所属で王家の顔と名前を知らない<マスター>がいたら相当な非常識人か天然記念物としか思えない。

 

 しかしどうせなら『この紋所が〜』から始まるお決まりの流れを王国バージョンで聞いてみたかった。

 リリアーナに頼めば実演してくれるだろうか。

 

「…………」

 

 へんじがない、ただのせいきしのようだ。

 

 リリアーナの目の前で飛び跳ねてみる。

 

「……あ、なんでしょう? 安心したせいか、少しぼうっとしてしまって」

 

 遅れた反応と気の抜けた返事。

 先程から感じていた違和感が確信に変わる。

 

 リリアーナはおかしい。

 

 ここでのおかしいとは、普段あなたが受けている風評被害のように奇人変人という意味ではない。

 普段と異なる様子だということだ。

 

 夕焼けに染まり赤らむ頬。

 紫水晶の瞳は潤み、熱を帯びて。

 漏れる吐息が心なしか荒い。

 

 夢心地であるかのように足取りはおぼつかず。

 こちらに寄りかかる手は弱々しい。

 そっとあなたを見上げる顔は……映えあるアルター王国の近衞騎士団、その気高くも凛々しい一輪の華である副団長が浮かべていい表情ではなく。

 

「あ……れ……?」

 

 崩れ落ちたリリアーナを、あなたはすんでのところで抱き止めた。

 ジョブチェンジからの《変化の術》で人型に戻るナイスプレーである。SP消費がどうのと言っていられる事態でないことは、腕に伝わる熱さからも明らかだった。

 

 発熱、発汗、咳に喉の腫れ……間違いない。

 

 この女騎士は風邪をひいている。

 

「はは……けほ、何言ってるんですか。ENDが高いと【風邪】にはかからないんですよ?」

 

 リリアーナこそ何を言っているのだろうか。

 生きている以上は人間誰しも風邪をひくものだ。

 たしかにデンドロではENDで病毒系状態異常の耐性が上昇するが、それはあくまでかかりにくくなるというだけの話であって完全耐性ではない。

 

 デンドロ世界に何種類のウイルスが存在するかまではあなたも把握していない。なかには耐性を貫通する変異種がいるかもしれないし、仮に女騎士にのみ感染する疾病が発見されたとしても想定の範囲内である。

 

 また<流行病>というランダムイベントの存在も、よからぬ想像に拍車をかける。

 不定期に広範囲で発生するこのイベントではティアンだろうが<マスター>だろうが、無職だろうが<超級>だろうが等しく病に罹患する可能性がある。

 

 つまり、あなたが何を言いたいかというと。

 

 病気を。舐めるな。

 

「大丈夫です……少し疲れただけですから。それに、もし風邪だとしても【快癒万能霊薬】を飲めば治りますから安心です! ……こほっ」

 

 リリアーナのそれは虚勢だ。

 百歩譲って薬で治療できたとしよう。

 だが、それは根本的な解決にはならない。

 近頃のリリアーナは働きすぎだ。積み重なった疲労が一因なのは傍目にも明らかである。

 

 あなたはリリアーナを抱き上げた。

 ひとまず休める場所を探すとしよう。

 

「離してください……私が戻らないと、殿下にご迷惑をおかけしてしまいます……ゲホ、ゴホッ」

 

 だまらっしゃい。

 自力で立ち上がれないのにお仕事とは笑わせる。

 その様では足を引っ張るだけ。そんな当たり前のことすら正常に判断できないなら、いても無意味で迷惑だ。

 

「ッ! そんな、ことは……」

 

 あなたは自由気ままで自分勝手な遊戯派だ。

 なのでリリアーナがいくら泣いて喚こうが、あなたは彼女を手放すつもりがない。

 依頼主ではないリリアーナの意思を尊重する必要はどこにもないのである。

 

 あなたは足早に宿屋へと向かう。

 複数の候補で最も安心安全な選択だった。

 リリアーナの自宅ではミリアーヌに心配をかけてしまうだろう。騎士団の詰所は論外だ。ワーホリ聖騎士が大人しく寝ていられるとは思えない。

 その点、あなたの仮宿は静かで人気がない。壁が厚いので多少の物音は気にならないだろう。あなたとリリアーナの二人きり。朝まで誰にも邪魔される心配がない。

 

 宿屋の店主に精のつく食事を用意するように頼み、あなたは自室のベッドにリリアーナを寝かせる。

 武器と防具は剥いだ。邪魔なので。

 衣服は裂いた。構造が複雑で、どこを緩めればいいのか非常に分かりづらいのだ。よって時短である。

 後で怒られたら謝ればいい。幸いあなたは看病という大義名分によって守られている。

 

 ここで普段ならば治療に取り掛かるのだが、あなたは深刻な問題に直面する。

 《変化の術》を発動中は鍛え上げた医師系統・薬剤師系統のスキルを満足に使用できないのだ。

 変化を解こうものなら、リリアーナは一時の休息を、あなたは王国での仮宿を失うことになるだろう。

 

 ひとまず【快癒万能霊薬】で様子を見ることにする。

 ただリリアーナは頻繁に咳き込んでおり、ポーションを飲み干せる状態にはない。

 ……頭から振りかけるか、少量を口に含ませるか。

 どちらがより薬効を保てるのだろう。機会があれば是非とも検証してみたい内容だ。

 

 ちなみにあなたが取った行動は後者だった。

 病人の体を冷やしてはいけない。常識である。

 

 あなたは応急処置を終えた。

 一息ついていると、リリアーナが身じろぎする。

 

「どうして……」

 

 曖昧な問いかけに対する答えをあなたは持たない。

 しかしおおよその見当はついた。

 どうして自分を引き止めたのか。

 どうして面倒を見るのか。

 

 あるいは、もっと別の。

 

「どうして、私は……」

 

 リリアーナはうなされていた。

 熱で意識が朦朧とするなか、彼女は呪いのように自責のうわ言を繰り返す。

 

「何も……何もできないの。助けられないの。いつも助けられてばかりで……ちゃんとしないと、いけないのに……私が、みんなを守りたいのに……」

 

 あなたは耳栓をした。

 余人が聞いていい言葉ではない。

 

「それなのに、できないの。弱いから? ティアンだから? <マスター>ならよかったの? 私が、もっともっと強かったら……あの時、ちゃんとしていたら……お父さんは死ぬことはなかったの?」

 

 あなたは指で鼓膜を破った。

 これで物理的に聞こえない。

 

「がんばらなくちゃ……ちゃんとしなくちゃ、いけない。強くならないと……きちんとしないと、仕事も……だって……無茶ばかりしてるけど……それでも、私……あの人みたいに、強く……なれ、た、ら……」

 

 か細い声が寝息に移り変わる。

 布団は穏やかなリズムで上下していた。

 深い眠りに入ったのだろうか。リリアーナは落ち着いたようである。

 

 あなたは軽い罪悪感に襲われた。

 先のうわ言はリリアーナが隠しているデリケートな心理を浮き彫りにしていた。

 これがたとえゲームで、リリアーナの感情から背景事情まで全てがシナリオライターによるつくりものであったとしても、彼女が吐露した後悔と心の悲鳴は真に迫るほど精彩な感情を帯びていたからだ。

 

 あなたは裏話や隠された真相(こういうの)に弱い。

 現在進行形で肩入れするキャラクターの場合、より没入感が増してしまうのだ。

 

 あなたはこの場にいるべきではない。

 否……正確に表現するのなら、この場にいるべき人物はあなたではないとなるだろうか。

 

 リリアーナの病状は改善に向かっている。

 薬で【風邪】は回復した。まだ完全に熱は下がっていないが、それは疲労と体力の消耗ゆえと判断する。

 一晩寝て休めば、明日の朝には本調子に戻るだろう。

 あなたがつきっきりで看病せずとも問題ない。

 

 あなたは諸々の支度を済ませ、最後にリリアーナの目元に溜まった雫を拭い取る。

 

「んぅ」

 

 掴まれた。

 

 あなたはリリアーナを起こさないよう丁寧に彼女の指を解いて、部屋から離脱を試みる。

 

 掴まれた。

 抱き寄せられた。

 捕まった。

 

 あなた心の俳句である。

 

 これは非常にまずい事態だ。

 あなたの片腕にリリアーナの両手がしっかりと回されてしまい、中腰になったまま身動きが取れない。

 容易に引き抜けない強さで四方向からの圧力が加えられており、うち二つは年相応の曲線を描いた丘ないしは山と表現すべき弾力のある脂肪製胸部装甲つまりはいっぱいの夢と希望と幻想に満ち溢れた理想郷でありエルドラドにこれでもかと密着サンドイッチされているわけである同時に残り二方向から伝わる感触は他方面と比較して何ら遜色のない温もりと優しさが内包されているようであなたは以前伝え聞いた人体の上腕部に関わる都市伝説を鼻で笑ったことを思い出して切実に後悔したが過去の自分に対して僅かばかりの優越感と多幸感を抱いたその瞬間に直前の光景がフラッシュバックして肥溜めと溝に両手をついて逆立ちしたようなえも言われぬ不快感と己の醜さを実感して叫び出したくなった。

 

 結論。

 嬉しいけど素直に喜べない。

 そして不可抗力でどうしようもない。

 

 あなたは腕を切断するか真剣に考えた。

 考えた結果、思考を放棄した。

 もうどうにでもなあれ。

 

 ベッドが血塗れよりはマシだろう。

 

 

 ◇◆

 

 

 翌日の朝。

 

 リリアーナは鳥のさえずりで目を覚ました。

 徹夜したあなたとは対照的に、熟睡したおかげでだいぶ疲労が抜けたようである。

 

「え……………………っと」

 

 明晰な頭脳は元通り。

 起き抜け早々に処理落ちしそうだが。

 

 見知らぬ天井。

 自分のものではない服とベッド。

 どこの馬の骨とも知れない無職の抱き枕。

 

 無理もない。

 いくらお前には人の心が分からないとフレンドに忠言を受けるあなたであっても、さすがにこの状況が言い逃れできない誤解を招いてしまうことは理解できる。

 

 だからあなたはこう告げた。

 

 昨日は(いい夢を見れたようで)お楽しみでしたね。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

 

 声にならない悲鳴。

 早朝なのでご近所さんに配慮したのだろうか。モーニングコールとしてはちょうどよさそうである。

 あなたの腕も悲鳴を上げた。寝ぼけているのなら仕方ないが、関節はその方向には曲がらない。

 

「どどどどどどうしてあなたが!? え、もしかして……嘘でしょう? 嘘ですよね冗談ですよね? またふざけているだけなんでしょう!? そう言ってください!」

 

 ふざけてはみたが、この状況は弁明しようがない。

 あなたは正直に経緯を説明した。

 リリアーナを仮宿に連れてきたこと。

 寝る時に邪魔だったので衣服を脱がし、何度か流れる汗を拭って着替えさせたこと。

 薬を飲ませた後、あなたは夜通しリリアーナに抱かれていたこと。

 

「嘘じゃ、ない?」

 

 あなたは誓って嘘を吐いていない。

 一睡もしていないし、腰が酷く痛むが、あなたの脳と思考は正常に働いている。

 

 リリアーナの瞳から色彩が消えた。

 

「ふ、ふふふ……そうですか本当ですか。であれば私が何かを言うのは筋違いなのでしょうね、ええきっとそうですとも。私は婚姻前であるにも関わらずこのような事態を引き起こし、あまつさえ肝心の記憶を彼方に飛ばしてしまうような罪深い人間なのですから……ああ、どうかお許しください殿下……お姉ちゃんを許してミリア……」

 

 リリアーナはふらふらと窓枠から身を乗り出す。

 

 あなたは慌てた。

 早まってはいけない。残された人々はどう思うだろう。

 もちろんあなたも悔恨と自責の念に駆られる。

 リリアーナがそんなことをすれば、あなたが何のために看病をしたのか分からないではないか。

 

「今なんと? 看病?」

 

 リリアーナが正気を取り戻した。

 めでたしめでたし。

 

 

 ◇◆

 

 

 改めてあなたが説明をした後、ベッドの上には憤怒と羞恥で悶えるリリアーナの姿があった。

 布団にくるまって繭のようである。顔だけ覗かせているところはポイントが高い。

 

「ころしてください」

 

 生の『くっくろ』だぜアニキィ! ヤッフー! 

 あなたはテンションが上がった。

 それはそれとして、殺すのはNGだ。

 主にあなたの就職条件的な意味で。

 

「ならあなたをころしてわたしもしにます」

 

 前半は構わないが後半はいけない。

 それでは結局のところ同じである。

 あなたは不死身の<マスター>であるからして。

 

 ところで話は変わるのだが。

 

「あっさりしすぎじゃないですか!? もっとこう、恥じらいとか……私の気持ちを斟酌してもらえると大変ありがたいんですが!」

 

 だから話を逸らしたのだろうに。

 念のため、あなたはリリアーナに言っておく。

 あなたは今回の一件を何とも思わないし、口外するつもりは断じてない。リリアーナの経歴に傷をつける真似は決してしないとあなたは約束する。

 

 またリリアーナが精神的に深い傷を負ったというのであれば、あなたには記憶を消去する手段がある。

 しかしスキルによる精神操作はティアンにしか効果がないのが難点だ。リリアーナは自分の記憶にない痴態をあなたに握られてしまうことになる。

 その場合リリアーナが望むなら、あなたは現実で記憶消去に励む用意がある。鉄筋コンクリートに頭を叩きつけるか、最近のハイテク医療でどうとでもなるはずだ。

 

「そこまでしていただかなくても。どちらが一方的に悪いという話ではありませんし。吹聴されると困りますけど」

 

 問題ない。あなたは口が固いのだ。

 

「あなたに断言されるとそこはかとなく不安になるのはなぜでしょうね……いえ、分かりました。では二人の秘密ということにしましょう」

 

 本当の本当に内緒ですよ?

 そう言って、リリアーナは唇に指を当てた。

 あなたはたとえ死んでも秘密を守ると心に刻んで決意が漲った。<マスター>なので軽い。

 墓場まで持っていくの方がよさそうだった。

 

「そうです、秘密といえば! ……寝ている間に私、変なことを口にしていませんよね?」

 

 あなたは首を横に振る。

 不意打ち気味で一瞬だけ硬直してしまったが、リリアーナには悟られていないようだ。

 

「それを聞いて安心しました。おかしな寝言やいびきだったら黙っていてもらわないといけませんから」

 

 意図しなかったとはいえ、リリアーナの心の奥底に触れてしまった事実を覆すことはできない。

 だが、わざわざ真実を口にして彼女の笑顔を曇らせるという選択肢はどうにも憚られた。

 

 あなたはリリアーナに謝罪した。

 十割自己満足だが、しないよりマシだろう。

 

「おかしな人ですね。どうしてあなたが謝るんですか?」

 

 言い訳は用意してある。

 治療のためとはいえ、リリアーナにはきつい言動をとってしまったことがひとつ。

 無理やり服を脱がせたことがひとつだ。

 

「こ、後半はともかく。私を助けてくれたあなたの行動を非難するつもりはありません。むしろ私こそ、ご迷惑をおかけしてすみません。あの時は冷静さを欠いていました。いけませんね、私……これでは近衛騎士失格です」

 

 リリアーナの表情が憂いを帯びる。どうして。

 曇ったリリアーナも絵になるが、やはりかわいそうという気持ちが先に来る。

 繰り返す。あなたは悲劇より喜劇派である。

 あなたのフレンドのような、性癖の煮凝りならまた話が異なるのであろうが……ハッピーエンドと称してメリバを持ってくるんじゃあない。見るけど。

 

 あなたは徹夜明けでハイテンションになった思考に喝を入れる。まだ一徹でしょ? せめて三徹はしないと話にならないよ。いや知るかそんなの。

 カフェインを欲する脳細胞に舌打ちしたあなたの結論は次のような寝言だった。

 

 最初から完璧な人間などいない。

 誰しも生まれた時は真っ白な赤ん坊だ。

 そこから生きていくうちに経験を積み、経験から学び、人は成長する。

 

 未知は危険ではなく可能性だ。

 失敗は瑕疵ではなく材料だ。

 だから恐れる必要なんて欠片もない。

 

 あなたは、そしてあなたやリリアーナの先達は、そうやって一歩ずつ前に進んできたのだから。

 

 才能と実力を兼ね備えた完璧な人間がいるとして。

 生まれた時から何でもできましたという顔で、天賦の才能を誇っていたと仮定しよう。

 案ずるな。そう見えるだけである。

 天才だってあんよができず、ママのミルクを飲んでいた時期があるのだ。

 

 今が完璧でないからといって、一歩先の未来が完璧でない保証など何処にもない。

 

 可能性は無限大である。

 

 リリアーナは望む近衛騎士像になれる、などとあなたは無責任に断言できないが。

 可能性を目指す過程で積み上げた経験は人生の糧だ。

 たとえば誰かに助けてもらうことだったり、近衛騎士団副団長と縁を結んだり。

 

「頭のおかしい無職に看病されたり」

 

 その通り……なのだが待ってほしい。

 まさかリリアーナまでそう呼ぶつもりか。

 誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。

 

「冗談です。でもですね、あなたは常識人ではないと思いますよ? 私を助けてくれたのは普通の人みたいなところもあるんだなと感じましたけど。手段は置いておいて」

 

 あなたはどうにも釈然としない。

 だがリリアーナを助けた理由は無職の善意、いやさ無償の善意ではなかったりする。

 

 以前も言ったがリリアーナは大事な(ティアン)だ。

 彼女の好感度如何でジョブひとつの進退が決まる。

 

 そして、あなたにはリリアーナをこんな体(風邪)にしてしまったという責任がある。

 

「もう、また! すぐそうやってからかうんですから。さすがに私も慣れてきましたよ」

 

 揶揄ってなどいない。

 十中八九リリアーナが体調を崩した理由は慢性的な過労と、雨で濡れた体を冷やしたせいだろう。

 大量の仕事を生み出した人物。

 王都でも珍しい豪雨を降らせた人物。

 はてさて。いったいどこの無職だろう。改めて考えるとあなたに責任はないような気がする。

 

 悪いのは騎士団の人材不足。

 悪いのは森林を燃やした【破壊王】。

 きっとそういうことである。

 

 とぼけて三面相をするあなたがツボに入ったのか、リリアーナは吹き出した。

 

「ふふ……ありがとうございます」

 

 礼を言われるようなことはしていない。

 今回のあなたはお仕事を受けていないのだ。

 自分勝手な善意の押し売りが、必ずしも最良の結果に繋がらないとあなたは知っている。

 

「だからこそです。友人が助けてくれて、嬉しかったから感謝の気持ちを伝えるんですよ」

 

 なるほど。

 あなたはまたひとつ賢くなった。

 

 朝日に煌めいて揺れるプラチナブロンド。

 秘密の微笑みに込められた親愛の情。

 友人との穏やかな時間。

 

 たまには、こういうのも悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝食まで用意してくださったんですか? それではお言葉に甘えて……はむ……んん……?」

 

 お気に召しただろうか。

 海竜種の白子。

 

「ぶふううううう!?」

 

 リリアーナは吹き出した。

 あなたの顔面に直撃した。

 もったいない。港町から直送してもらったのに。



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踊る交通誘導員

 □■王都アルテア

 

 リリアーナと一夜を共にしたあなたは、身支度を整えて仮宿を後にした。

 

 あなたは定職に就かない無職である。

 よって決められた予定は存在しない。自由な時間を過ごせるのはフリーランスの強みだ。

 その代わりにあらゆる事柄は自己責任なのだが、あなたはグリゴリの恩恵でジョブの範疇ならたいてい何でもできてしまう。極めたスキルは個人主義を加速させる。

 人生とはソロプレイと見つけたり。南無南無。

 

 そんなあなたでも人の心は持ち合わせている。

 病み上がりのリリアーナを見送ろうとしたのだが、心ばかりのサービス精神は受け取ってもらえなかった。

 

「お気持ちはありがたいのですが、急いで仕事に戻らないといけないんです。あなたが隣にいると、その、どう説明したものかという話でして……昨日は同僚に断りも入れずこんな事態になってしまったので……」

 

 リリアーナの悩みは杞憂だろう。

 こんなこともあろうかと、あなたは昨夜のうちに近衛騎士団へ事情説明と言伝を届けておいた。

 

「なんですって」

 

 あなたは誇らしげに胸を張る。

 これでリリアーナの早退は咎められない。

 報連相は大事。組織でお仕事をする際は必須である。

 あなたは気配りのできる遊戯派なのだ。

 

 もちろん返信はしっかりと保管している。

 あなたは文面を読み上げた。

 

 曰く、予定の時刻に騎士団は王都を発つ。

 曰く、指揮権はテオドール・リンドスが預かる。

 曰く、復帰次第ギデオンを目指すこと。

 追伸、あまり羽目を外しすぎないように。

 

 リリアーナは膝から崩れ落ちた。

 あなたはすんでのところで受け止める。

 まだ体調が万全ではないのかもしれない。

 

「大丈夫です、はい。リンドス卿には感謝しないといけませんね……後で口裏を合わせなければ」

 

 長剣を握る両手に力がこもる。

 いざとなったら武力行使を辞さない覚悟がひしひしと伝わり、あなたはリリアーナに親近感を抱いた。

 

 ところでギデオンに向かう予定とは何だろう。

 

 単語自体はあなたも聞き覚えがあった。

 決闘都市ギデオンは王都の南に位置する街だ。

 文字通り決闘による興行が盛んで、バトルジャンキーが日々鎬を削っているという。

 

 あなたの脳裏に忌々しくも懐かしい修羅の国での思い出が蘇るが、天地の決闘は決闘ではないので頭の片隅に記憶を追いやる。なぜ闘技場を使わない。

 

 閑話休題。

 

 近衛騎士団が決闘に参加するとは思えない。

 王族が家族旅行でもするのだろうか。

 王族が決闘に参加する線も十分にあり得た。

 

「違います。近日中にギデオンで開かれる催しに、第二王女殿下がご出席されるんですよ。我々近衛騎士団は護衛として殿下の供を仰せつかりました。準備のために一足早くギデオンを訪問する予定だったのですが……出立間際に殿下が城を抜け出……こほん、深いお考えがあったのか単身お忍びで街に下りられて……騎士団総出で捜索にあたっていたところ、あなたが現れたというわけです」

 

 その後の経緯はあなたの知る通り。

 リリアーナが倒れている間に、第二王女と近衛騎士団はギデオンに向かって旅立った。

 熱で置いていかれる近衛騎士団副団長。字面に起こすとなぜだか哀愁が漂っている。

 

 ともあれ、事情は把握した。

 リリアーナは急いでギデオンに向かうべきだ。

 王都から馬を飛ばして一日弱。旅程を工夫すればもう少し時間を短縮できるだろう。

 あなたは準備体操をして体を温めた。

 

「え? あなたもついてくるんですか?」

 

 あなたもついていくが。

 なぜリリアーナは寝耳に水と言わんばかりの表情であなたを見ているのだろうか。

 

 リリアーナは病み上がりで本調子ではない。先程も倒れかけていたではないか。

 街中ならまだしも、フィールドでは僅かな隙が命取りになる。それとも、またクソムカデが群れを成して襲ってきたらリリアーナは対処できるのだろうか。

 

「思い出させないでくださいよ……亜竜級四体は普段でも大変といいますか、そもそも普通はあり得ないですから。あれが何度も起こるはずないでしょう」

 

 今回の看病はあなたの独断だ。頼まれてもいないお節介という自覚はあるので強要できない。

 しかし中途半端に投げ出してリリアーナに万が一のことがあったら、あなたの苦労は水の泡となってしまう。

 

 一番はクエストを依頼されることなのだが。

 リリアーナは安全にギデオンまで辿り着ける。

 あなたは彼女を送り届けるという大義名分を得る。

 まさにうぃん・うぃんである。

 

 あなたは説得を試みた。

 

「私としては、これ以上あなたにご迷惑をお掛けするのは心苦しいですよ。道中のモンスターなら囲まれても平気です。愛馬で駆け抜けてしまえばいいだけですし」

 

 今回あなたが提示するメリットは時間だ。

 やはりデンドロの馬は速度に限界がある。

 だがしかし。あなたに依頼した場合、三倍以上の速さで目的地に到着してみせよう。

 手間は取らせない。十秒、いや五秒でいいのであなたの天才的なひらめきを聞いてほしいものである。

 

「はあ。とりあえず聞きましょう」

 

 まずリリアーナには奴隷になってもらう。

 

「却下ですッ!」

 

 怒られた。

 あなたはただリリアーナを【ジュエル】に入れて運ぼうとしただけなのに。

 

 

 ◇◆

 

 

 あなたはリリアーナからお叱りを受けた後、『リリアーナのことを気にせず普段通りに過ごすこと』という戒めか禁則事項のような依頼を受注した。

 

 非常に遺恨が残る結果だが、お仕事に貴賎はない。

 たとえ窓際仕事の閑職であろうとこなしてみせる。

 あなたは依頼主を尊重する有能な<マスター>だ。

 王都の冒険者ギルドでこれはと思うクエストを引き受けたあなたは、せっせとお仕事に精を出す。

 

「……どうしてあなたがここに?」

 

 あなたは馬上のリリアーナに挨拶した。

 先刻ぶりの再会である。

 

「まさか後を尾けてきたんですか。あれだけ大丈夫ですと言ったのに」

 

 あなたは笑って否定した。

 依頼内容に背いた行動は取っていない。

 

 会話を中断したあなたは、リリアーナの馬を山道の端に移動させる。立ち話をしては邪魔になるからだ。

 お手製の誘導棒(そこら辺で拾ったいい感じの木の棒を魔法で光らせたサイリウムっぽいやつ)で指し示す先は馬車と騎獣が作る列の最後尾だ。

 

「え? はい、そこに並べばいいんですね」

 

 あなたは誘導棒を華麗に回して一礼する。

 聡明なリリアーナは既にお分かりのことだろうが、あなたが受けたお仕事は<サウダ山道>の交通誘導だ。

 

 ここ<サウダ山道>は王都の南に広がる初心者狩場のひとつで、ギデオンに向かうルートでもある。

 PKの王都封鎖テロが解消された今、旅人や商人の行き来は再び活発になるはずだった。

 しかし先日の豪雨で道の状態が悪化。ぬかるみに車輪を取られた馬車が横転するという事故が多発していた。

 それだけならまだ良かったのだが、なんと今朝方に山道が土砂で埋まってしまった。

 悪いな。ここから先は通行止めだ。

 

 現在は道路工事の最中で、完全な復旧にはもうしばらく時間がかかる見込みだ。それまで交通量を調整するためにあなたは雇われた次第である。

 

 なのでリリアーナをストーキングしたわけではない。

 これは偶然、たまたまクエスト目的地が重なっただけなんだから勘違いしないでよねっ。

 ツンデレ風になってしまったが他意はない。あなたは世のため自分のために依頼をこなす遊戯派なのだ。

 

「つまりあなたは仕事をしているだけ……事情は分かりました。しかし道が通れないのは困りものですね」

 

 そうでもない。

 リリアーナはここを通ることができる。

 

「通行止めなのでは?」

 

 交通誘導と規制はニュアンスが異なる。

 山道の土砂は撤去が進んでいるが、大型の騎獣や馬車はぎりぎり一台が通れるか通れないかの道幅だ。

 上り下りの往来を確認してから、ぬかるみに気を配って徐行運転で進んでもらうことになるため、このような待機列が形成されている。

 

 徒歩の旅人や小型の騎獣ならすぐにでも通行可能だ。

 具体的には一人乗りのテイムモンスターまで。

 

 早速あなたはリリアーナを先導する。

 

「え〜まだ進まないのぉ〜?」

 

 とある幌馬車の横を通り過ぎる時、御者に不満を漏らす乗客の声が聞こえた。

 

「ねえ御者さん、なんとかならない? その馬を貸してくれたりとかぁ」

「俺が立ち往生しちまうよ。それにお嬢さん、こいつに乗れるのかね?」

「ぐぬぅ……運がないよぉ! 一刻も早く王都から離れないと、またあいつに捕まっちゃうのにぃ。さすがに他の街までは追ってこないはずだけど」

 

 聞き覚えのある媚びた声だ。

 他の乗客はこぞって声の主を励ましている。

 

「大丈夫だお! そいつがどんな酷いクソ野郎でも、おらがバベちんを守ってみせるお!」

「いーやバーベナたそを守るのは俺だね」

「いざとなったら僕を囮にしてくれバーベナきゅん!」

「フフ……安心して、ね……バーベナちゃ……DVサイコ銭ゲバ無職から、逃してあげる、わ……」

 

「ありがとぉ〜! ひどい人にいじめられてバーベナ泣きそうだったけど、みんなのおかげで頑張れる!」

 

 どうやら追われる逃亡者とその護衛らしい。

 釈迦如来に匹敵する仏心を発揮したあなたは、現世の業に苦しむ衆生救済のために幌馬車を覗いた。

 偶然そちらの話が耳に入ったのだが、随分と災難な目にあったようで身勝手ながら同情した。

 

 ときにそこの男シスター。

 お前を虐めるのは、この顔か。

 

「げぇ!?」

 

 あなたを見るなり、バーベナは脱兎の如く逃げ出した。

 幌馬車から転がり出て全力疾走。

 凄まじい足の速さだ。AGI型上級職並みである。

 

 あなたはバーベナを簀巻きにした。

 ついでに護衛も蹴散らした。

 

「くそがよ! あんた何でこんなところにいるのさ!? まさか俺の夜逃げに気がついて……?」

 

 たまたま、お仕事中だ。

 あるいは職業神の采配だろう。

 報酬をばっくれる不届き者に裁きを。

 汝にクリスタルの加護が有りますように。

 

 あなたはバーベナを脇に抱える。

 くだらない作業でリリアーナを待たせてしまった。早くお仕事に戻らなくてはならない。

 

「あの、バーベナさん噛みついてますけど」

 

 問題ない。レベル五十に満たないルーキーでは、あなたの防御力を突破できないからだ。

 

 新たに愉快なバーベナを加えたあなたたちは土砂で塞がれた地点にたどり着いた。

 人足と数名の魔術師が共同で工事を行なっている。

 土砂を削って運び出す作業は力自慢の人足が。

 魔術師は地属性魔法で全体の補強をしていた。掘削中の崩落で生き埋めになる恐れがあるからだ。

 

 傍目に観察した限りでは集まった魔術師の数が不足しているようである。そして上級職は一人だけ。

 あと二、三人揃えば土砂ごとぬかるんだ山道をならして終わりそうだが、そう都合よくはいかない。どうしたってお仕事には人気の差が生じてしまう。

 

 社会の残酷さをひしひしと感じていたところ、あなたの《殺気感知》が反応した。

 同様にリリアーナも気配を感じ取ったようだ。長剣の柄に手をかけて警戒している。

 

「近づいてきますね。敵は一体……ここは私が」

 

 あなたは制止した。

 遠目に見た限りでは山道のボスモンスターだ。

 所詮は初心者向けの狩場に湧くお山の大将である。リリアーナが戦うまでもない。

 

 前に出たあなたは《ルアー・オーラ》を使用する。

 モンスターの注意を集める囮系統のスキルだ。

 あなた目掛けて一直線に猪突猛進するボス熊。どう見ても熊なのに猪とはこれ如何に。

 

 首を刎ねて瞬殺してもいいが、あなたの両手は誘導棒とバーベナで埋まっている。

 そして今のあなたは交通誘導員だ。

 というわけで、相応しい方法で対応することにした。

 

 ただの木の枝と化した誘導棒で熊の注意を引く。

 間違っても他にターゲットが移らないように、ヘイトスキルは継続して使用する。

 回避に専念してダンス・ダンス・ダンス。社交ダンス、タップダンス、オタ芸。さあどれがお望みだ。

 あーいけませんいけませんよお客様! こちらの誘導に従ってください!

 

「俺を持ったまま遊ばないでくれるぅ!?」

 

 相変わらず失礼極まりない発言だ。

 あなたは真剣にお仕事をしているというのに。

 

 ところで、そんなバーベナに質問がある。

 先程のあれ(・・・・・)は自分以外に使えるのだろうか。

 

「よく見てるなあ……一応できるけどさ。やるなら縄を解いてくれないと無理でーす」

 

 解いた。邪魔なので一回投げる。

 

「ちょっと!? 扱い雑ぅ!」

 

 何やら騒いでいるが気にしない。

 戦闘の片手間に、工事現場の責任者から許可を得たあなたは掴んだバーベナをボス熊に振りかざす。

 

「あーもうっ、どうとでもなれこんちくしょー!」

 

 バーベナは手にした粉塵をばら撒いた。

 ボス熊の全身にムラがないよう、微細な粉末状の粒子をコーティング。攻撃を受ける前に二人で離脱する。

 

 ボス熊が早送りになった。

 

 加速した肉体に反応が追いつかず、ボス熊は勢い余って土砂に激突。首の骨が折れて即死した。

 誘導無視にスピード違反を重ねたのだ。暴走車には当然の末路であるといえる。

 ついでに土砂は衝撃で四方八方に爆散、晴れて山道を塞いでいた障害は粉微塵に砕け散った。

 めでたしめでたし。

 

「……これを見てもそう言えますか?」

 

 背後を振り向くと、泥まみれのリリアーナ並びにその他アザーズが呆気に取られていた。

 

 あなたは怒られた。

 誠に遺憾である。事前に許可は取ったし、問題をまとめて解決する素晴らしい妙案だと思ったのだが。

 

 

 ◇◆

 

 

「では、私はこれで」

 

 飛び散った土汚れを落とした後。

 出立前のリリアーナに声をかけられた。

 あなたは誘導棒を振ってそれに応える。

 言われた通りにギデオンまで同行するようなお節介は慎むが、道中の安全を祈っていると。

 

「ありがとうございます。ところで……彼をどうなさるおつもりですか?」

 

 彼女の視線は下に向いている。

 正確にはあなたが腰掛ける簀巻きのバーベナに。

 程よい弾力があって座り心地は悪くない。

 バーベナには椅子としての才能がありそうだ。

 

「そんな才能いるかぁ! ねえ頼むから許してよー。ちょっと魔が差しただけなんだってぇ」

 

 一度ならず二度までも報酬をちょろまかそうとしたバーベナに情状酌量の余地はない。

 今この場で耳を揃えて滞納分を支払ってもらう。

 補足すると、あなたはこれ以上ないほど良心的な対応をしている。ボス熊のドロップ分は差し引いたのだから。

 

「ううぅ……丸裸はいやだぁ……」

 

 だというのにこの調子である。

 いくら寛大で初心者に優しいと評判のあなたでも、これ以上の譲歩は不可能なのだ。

 いっそ殺してドロップアイテムをせしめるか。

 愛刀も美髪を前に殺る気十二分なことであるし。

 

「ひゃわぁ……た、助けてリリアーナ!」

「きちんと報酬を支払えばいいのでは?」

「正論は聞こえない! 頼むよおおおおおおお! 一生のおねがいだからあああああ!」

 

 心優しいリリアーナに泣きつくとは、なんと社会を舐め腐ったバーベナだろう。ここは一度徹底的に叩き直した方が世のため本人のためかもしれない。

 やはり誅殺。天に代わって成敗してくれる。

 

「ええと、それでは僭越ながら。私からバーベナさんに依頼を出したいと思います」

「……ふぇ?」

 

 抜刀の寸前、リリアーナは言った。

 

「私は急ぎギデオンに向かわないといけません。ですが何分まだ体調が万全とは言いがたいので、単独だとその人に心配されてしまうんですよ。ですからバーベナさんに同行をお願いします」

 

 悪くない提案ではあるだろう。

 バーベナは護衛としては心もとないが、いざという時に一人よりは二人の方がマシだ。熱がぶり返したとしても最低限の処置が可能である。

 バーベナは<マスター>なので肉の盾にするなり囮にするなりしても全く問題ない。

 

「あの粉はバーベナさんの<エンブリオ>……ですよね。馬の足も速くなるでしょうか?」

「うんうんなるなる任せてよ! 感謝感激ありがとう! リリアーナマジ天使ぃ!」

 

 ……是非もないか。

 あなたは舌打ちして愛刀を納める。

 

 リリアーナがバーベナに報酬を支払い。

 バーベナが受け取った報酬をあなたが回収する。

 このやり方で三者の合意は得られた。

 

「受け渡しはギデオンに到着してからですね。あなたのことをお待ちしています」

「それじゃーねぇー!」

 

 あなたは今日のお仕事が終わり次第、追ってギデオンに向かうことを約束した。

 調子に乗るバーベナの背中には鯉口を切った。

 

「お、脅かすなよぅ! 怖いんだけど!?」

 

 切り火の代わりだ。つまり厄除け。

 火打ち石を妖刀にしてもなんら問題はない。




・無職さん
この後、魔法で道路整備を手伝った。
兼業で報酬ゲットだぜ。

・リリアーナ
無事ギデオンに到着した。

・バーベナ
クエスト達成直後にとんずらした。
これで自由だ! あとは二人で勝手にやってね!


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