名探偵ファイン ~消えたティアラの行方~  (甘党むとう)
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緋色のティアラ 1

 今日の私はダメだ。

 

 他のウマ娘との合同練習を終え、寮に戻ってきたダイワスカーレット。

 彼女は手に持っていたカバンをベッドへ放り投げると、相部屋のウオッカと共同で使っている洗面台の前に移動した。日頃なら乾いているはずのシンクが、今日はまだぬれたままだった。

 ウオッカが使った後、拭くのを忘れたのだろう。いつもの私なら小言を一つ、二つこぼしている。だが、今日は何も言えない。だってこれは、私のせいだから。

 

 今朝、私はウオッカと喧嘩をした。

 喧嘩の原因は些細なことで、ウオッカが朝からバイクの動画を流したことだった。

 ウオッカはよく、大事なレースの前にバイクの動画を見る。相部屋になった始めの頃は、私は彼女のスマホから響いてくるブルルン、ブルルンという排気音を不快に感じていた。だが、聞いているうちになれてきたのか、今では気にならなくなり、逆にその音を聞くと私も心地よさを感じるようになっていた。

 

 でも、今日は違った。聞き慣れたはずの排気音は、今日の私にとっては騒音でしかなかった。私はついウオッカに、この胸の中で渦巻く不愉快なものをぶつけてしまった。いつもと違う私の反応に、戸惑いを露わにするウオッカ。だが、難癖をつけられてただ黙ってる彼女じゃない。ウオッカはすぐに「くそかっけぇだろ!」「いつものことじゃねぇか!」と声を荒げて反撃してきた。そんなことは分かってる。私だって嫌みを言いたくて言ってるんじゃない、と私は心の中で叫んだ。でも口から出るのは本心じゃない、安っぽい悪態の言葉ばかり。それから私は、ウオッカの目を一度も見ることなく、逃げるように部屋を出た。ごめんなさい。浮かんでは泡のように消えていくこの言葉を、何度も反芻しながら。

 そのまま参加した合同練習は、見るに堪えない悲惨な結果になってしまった。

 

 スカーレットは鏡に写る自分を見ながら、髪をとかしていく。

 

 どうして今日の私は、あんなにイライラしていたのだろう。

 合同練習に不満なんて一切なかったのに。

 エアグルーヴ先輩にカワカミ先輩、ファインさんにド-ベルさん、フラワーにスイープ。あんな豪華なメンバーと走れるなんて願ってもないことだったはず。昨日だって、あんなにワクワクしてたのに。

 なのに、どうして?

 

 ここ最近のスケジュールを頭の中で確認する。

 だが、原因は何も思いつかなかった。

 

 ダメダメ。

 うじうじ考えても仕方ない。

 午後はタキオンさんがお茶に誘ってくれてるんだ。

 こんな情けない姿なんか見せられない。

 

 スカーレットは両手で自分の頬を強く叩き、活を入れる。

 そして、大きく深呼吸をして鏡に写った自分を見た。

 

「……あれ?」

 

 鏡に写る自分に、何か違和感を感じる。

 

「……え」

 

 突如、氷のように固まるスカーレット。

 だが、それは少しずつとけていき、代わりにスカーレットの顔が見る見ると青くなっていった。

 

「……ない。……ない! ……ない!!」

 

 首を激しく動かし、周りを確認するも見つからない。

 彼女は、慌ててベッドの上に放り投げたカバンの下へ走った。

 ベッドの上に水筒やタオルが乱雑に積み上がっていく。

 しかし、空っぽになったカバンも虚しく、あれはどこにもなかった。

 

「ティアラが、ない!!!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 麺屋極極。

 

 店主にいつものを頼んだトレーナー、ファインモーション、SP隊長は揃って空いてる席に腰を下ろす。

 

「お疲れ様、ファイン」

 

「ありがとう、トレーナー!」

 

 午前中に他のウマ娘達との合同練習を終えたファインモーション。

 エアグルーヴにメジロドーベル、ダイワスカーレット、カワカミプリンセス、更に、ニシノフラワーにスイープトウショウという、錚々たるメンバーが集まって行われた今日の合同練習には、さすがのファインも疲労が溜まったようだった。

 本来、三人(主にファイン)は合同練習が終わった後、激辛担々麺に挑戦しようという計画を立てていた。だが、練習後に珍しく、ファインがやっぱり麺屋極極に行きたいと言い出したので、トレーナーと隊長はその意見に賛同した。この時、嬉しさの余り口元が緩んだトレーナーの足を、隊長が思いきり踏んづけたことをファインは知らない。

 

「今日はずっとわくわくしていた気がするよ!」

 

 ファインが嬉しそうに笑う。

 練習メニューが同じでも、レベルの高い相手と共に行う練習は、より多くの負荷がかかる。その負荷は肉体だけでなく、精神にも多大に影響する。今日の練習は日頃の練習の倍はきつかったはずだ。

 それでも笑顔でこう言ってのけるファイン。

 トレーナーはあらためて、ファインの強さを垣間見た気がした。

 

「私はヒヤヒヤしましたがね」

 

 隊長が慣れた手つきでおしぼりを使う。

 

「特にあの二人。

 カワカミプリンセス様にスイープトウショウ様。

 ゲートを壊すわ目前で暴れるわで、殿下の御身が心配で心配でなりませんでした。

 今日のような練習はもう止めていただきたい」

 

 そう言って、隊長はコップの水を一気に飲み干した。

 トレーナーとファインは、それを見て、顔を合わせて笑った。

 

 今日の練習、一番はしゃいでいたのは紛れもなく隊長だった。

 ファインが他のウマ娘より速く走るたびにファインを褒めちぎる隊長。ことあるごとに写真を撮り、最後の模擬レースでは誰よりも声を出していた。

 たしかに今日のファインは絶好調で、トレーナーもテンションが上がらなかったといえば噓になる。が、一眼レフ片手に、トレーニングコースを駆け回る隊長ほどではなかった。

 

「トレーナー様、これからは重々気をつけてください!」

 

「……はい」

 

「ーーはいよ。淡麗塩3つ、大盛りね」

 

「待ってましたぁ!」

 

 机の上にラーメンが運ばれてくる。

 そこには、大盛りのコーンとメンマがトッピングされていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ん~、美味しかった!」

 

 お店を出た三人を涼しい風が包み込む。

 やはり麺屋極極は良い。膨れたお腹をさすりながら、トレーナーはほっと息を吐いた。

 何度来ても飽きないおいしさが、麺屋極極にはある。

 

「この後はどうしますか?」

 

 隊長が二人に問いかける。

 本来なら激辛担々麺を食べる予定だったので、ラーメン屋の後の予定はない。

 

「五時からファルコちゃんのライブを見に行くから、それまでには学園に戻りたいね!」

 

「ならば、学園からできるだけ近いところが良いですね。

 トレーナーさん、どこか良い場所はありませんか?」

 

 鋭い視線がトレーナーに向けられる。

 トレーナーは馴れたようにその視線を受け止め、答えた。

 

「そうだな……。

 前に謎解きのイベントをしていた場所はどうだろう?

 あそこなら、違うイベントが開催されてるかもしれないし、ショッピングも出来る」

 

「わぁ、いいね!

 そこにしよう!!」

 

 王族のファインモーションがとれる行動範囲は限られており、トレーナーと隊長は常にこのことで話し合っていた。安全でSPが自由に行動できる、かつファインが楽しめる場所。

 一度、遊園地に行きたいと言ったファインに、トレーナーが賛同したことがあった。あの時の隊長を、トレーナーは未だに覚えている。メジロブライトの父親が遊園地を経営していたので、慌てて連絡をとり、SPをこっそり配置することに成功したのだが……。トレーナーと隊長は三日ほど眠れず、隊長は鬼の形相でトレーナーに指示を飛ばし続けた。いや、あれは鬼だった。

 

「今日はどんなイベントをしているのかな?」

 

 すでにラーメンからショッピングモールへと気持ちが切り替わったファイン。ワクワクが堪えきれないのか、スマホを取り出し目的地のショッピングモールを検索にかけている。

 

「わぁ! フードコートのラーメン、美味しそう!!」 

 

ーーーーーーーーーー

 

 簡単に目的地が決まり、三人はさっそく麺屋極極を後にしようと動き出す。

 時刻は一時過ぎ。フードコートのラーメンは三時のおやつとして食べることが決定してしまった。

 

「いた! ファインさーーーん!!」

 

 突然響いた、ファインを呼ぶ声。

 三人は思わず声が聞こえる方へ顔を向ける。長いロングの髪を左右に揺らしながら、一人のウマ娘がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 ファインの名を呼ぶ彼女は、見覚えのあるウマ娘なのだが、はっきりと分からない。

 ウマ娘とファインの距離が縮まっていく。

 すかさず隊長が、そのウマ娘とファインの間に入った。

 トレーナーも警戒を怠らず、ファインの腕をいつでも引けるように身構える。

 

 だが……。

 

「あれ、スカーレットちゃん?

 そんなに急いでどうしたの??」

 

「「えっ!?」」

 

 走ってきたのは、さっきまで一緒に練習をしていたメンバーの内の一人、ダイワスカーレットだった。

 たしかに、よく見るとダイワスカーレットだと分かる。髪型が違うだけでここまで印象が変わるのか。いや、髪型だけじゃない。何かが足りないような……。

 ファインがトレーナーと隊長に目配せをする。トレーナーと隊長は慌てて警戒を解いた。トレセン学園内のウマ娘、特に友好のあるものには警戒態勢とらない。これはファインと隊長達が交わした約束の一つである。これに関して、ファインは留学前から父親と交渉していたらしく、隊長達も認めている。

 

 息を切らし、汗を拭うダイワスカーレット。

 彼女はファインの前で立ち止まると、勢いよく顔を上げた。

 

「あ、あの、ファインさん。

 私のティアラ、知りませんか!?」

 

「ティアラ……?

 スカーレットちゃんがいつもつけてる……あのティアラ?」

 

「はい! あのティアラです!!」

 

 ダイワスカーレットがファインに一歩近づく。

 よく見ると、ダイワスカーレットの頭にはいつも着けてるティアラがない。

 なるほど。違和感の正体はこれか。

 

「うーん、私は知らないなぁ。

 トレーナーと隊長は知ってる?」

 

「いえ、私も知りません」

 

「俺もだ」

 

「そ、そんなぁ」

 

 上気していたダイワスカーレットの顔がいっきに青くなる。

 

「このままティアラが見つからなかったらどうしよう。

 ママから貰った大切なティアラなのに」

 

 どうやら、あのティアラはダイワスカーレットにとって、とても大切な物のようだ。

 いつも元気な彼女の姿は消え、落ち込んだ表情からは、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。

 

 ファインが不意にこちらを見る。

 その眼差しから、確固たる決意が見て取れた。

 

 トレーナーは、大きくため息を吐いた。

 こうなってしまったファインは、もう誰にも止められない。

 隊長も理解したのか、視界の端で同様にため息を漏らしていた。

 

「トレーナー、この状況って……」

 

 ファインがトレーナーに顔を向ける。

 トレーナーは、全てを理解した。

 

「彼女が大切にしていたティアラ。

 それが合同練習中に無くなった。

 ……つまり、これは事件だな」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべると、ありもしない帽子のつばをぐいと持ち上げた。

 

「ふっふっふ。となるとこの事件……。

 どうやら名探偵ファインの出番だね!」

 

「「名探偵ファイン??」」

 

「スカーレットちゃん。

 あなたのティアラは私の麺色の脳細胞で、必ず見つけだしてみせましょう。

 さあ、行くよ! トレーナー……じゃなくて助手くん!!」

 

 嬉々として歩み始めたファイン。

 トレーナーはいつものようにその背中を追う。

 ファインが無茶をしないよう、しっかり手綱を握らなければ。

 

 数秒後、状況を把握したのか、ダイワスカーレットの顔に笑顔が戻る。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 後ろからついてくる二つの足音。

 だが不意に一つの足音が止まり、トレーナーの腕が後ろに引き寄せられた。

 

「あなたに助手の地位は、渡しません!!」

 

 そこには、助手の地位をとられた悔しさからか、顔を真っ赤にした隊長がいた。



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緋色のティアラ 2

「まずは状況の確認からだね!」

 

 トレセン学園に戻る道中、人差し指をピンと立てたファインが、ダイワスカーレットへ顔を向ける。

 

「ティアラが無くなったことに気づいたのは、いつかな?」

 

「合同練習が終わって、自分の部屋に戻ったときです。

 ティアラを外したのは坂路コースでのトレーニングだけだったので、一緒にトレーニングをしたファインさんなら知っているかな、と……」

 

「そういえば、坂路トレーニングが終わった後も一緒にスタートの練習をしたよね。

 今思うと、あの時スカーレットちゃんはティアラをつけていなかったような」

 

「はい。私もそう思って、ティアラが無くなったことに気づいた後、真っ先に坂路コースを調べに行ったんです。でも……」

 

「ティアラは無かったんだね。

 ……むむむ。

 これは難事件の予感だよ」

 

 眉を寄せ、顎に手を当てるファイン。

 

 トレーナーはこの時、探偵のふりをファインにしてしまったことに、若干の後悔を覚えていた。

 

 ショッピングモールで開催されていたリアル謎解きで、ファインは探偵役を楽しんでいた。トレーナー室が荒らされたときも、名探偵ファインとなって犯人である猫を捕まえていた。だから今回も、探偵になって楽しく問題を解決できるだろうと思っていたのだが……。

 

「名探偵ファイン様。ここはもう一度、現場を確認するのが良いのでは?」

 

「……そうだね。

 さっきまでのスカーレットちゃんはだいぶ動揺していたから、何か見落としがあるかも。

 うん、ありがとう! 隊長!

 それでは助手くん、まずはトレーニングコースへ向かおうか!」

 

「くっ! 名探偵ファイン様の助手は、私がふさわしいのに」

 

 少し、いや、かなり面倒なことになってしまった。

 隊長はファインのこととなると、たまにもの凄くバカになる。

 隊長はファインに仕える身として、ファインのことを守っている。だが、隊長は主従関係を差し置いて、ファインのことが大好きだ。そのせいで、隊長はたまにトレーナーに変な絡み方をすることがある。そう、今回のような……。

 

「次こそは必ず!」

 

 ファインに助手と呼んでもらえるよう意気込む隊長。

 だが、それに気づかないファインは嬉々とした表情で、トレーナーを助手と呼び続けた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「スペさん。もう一度、坂路コースの周りを調べても良いですか?」

 

 トレセン学園に到着したトレーナーたちは、午前中に合同練習を行ったトレーニングコースを訪れた。現在、このトレーニングコースで練習を行っていたのは、スペシャルウィーク、ミホノブルボン、アイネスフウジン、ウイニングチケット、ナリタブライアン、トウカイテイオー、この六人のウマ娘だった。

 

「いいですよ! ティアラ、まだ見つからないんですね」

 

 スカーレットのことを心配しているのだろう。

 いつも明るいスペシャルウィークの表情は暗い。

 

「はい。ファインさんもティアラを知らなかったみたいで」

 

「そうですか……。

 でも、きっと見つかりますよ!

 ティアラは一人で動いたりしませんもんね!」

 

「そう、ですね!

 すいません。もう一度、お邪魔します!」

 

「はい! あ、そういえばスカーレットさん。ウオッカさんを見てないですか?」

 

 スペシャルウィークからの思いがけない問い。

 一瞬で、スカーレットの表情が曇る。

 

「あいつが、どうかしたんですか?」

 

「いえ、用事があるってどこかへ行っちゃったんですけど」

 

「あのバカ。せっかく昨日……」

 

「スカーレットさん?」

 

「あ、すいません。ウオッカは見てないです」

 

「そうですか。ティアラ、見つかるといいですね!」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 スペシャルウィークに礼を言って、坂路コースへ向かう。

 トレーナーは、ウオッカの名前がでたときのスカーレットの反応に、少し違和感を感じる。

 ウオッカとスカーレットがライバルであることは、この学園でも有名な話だ。

 だが、スカーレットはウオッカの名前がでればいつもあんな反応をするのだろうか? ライバルとはそういうものなのか?

 

 ふとファインが何か反応していないか気になり、トレーナーは横目でファインの顔をうかがった。

 だが、ファインに変わった様子はなかった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 坂路コースに着く。

 この坂路コースの特徴は、坂であることはもちろん、馬場材にウッドチップが使われていることだ。スカーレットは一度、ウッドチップが目に入り怪我をしたことがあるようで、それからはウッドチップでのトレーニング時にティアラを外すようにしていたらしい。跳ね上がったウッドチップでティアラが傷つかないようにするためだそうだ。

 つまり、今回の事件は、坂路トレーニングのために外したティアラを、スカーレットが置いたままにしてしまったこと、が原因だった。

 

 俺たちはウッドチップを掘り返しながら、懸命にティアラを探した。

 だが、ここは既にスカーレットが調べている。当然ティアラは……。

 

「見つからないね」

 

「名探偵ファイン様、こちらもありません」

 

「こっちもないな」

 

「おかしい、絶対ここにあるはずなのに」 

 

 探し始めてから三十分。

 

「そろそろここでトレーニングが始まる時間だ。

 一度、整備して引き上げようか」

 

 トレーナーの言葉にファインと隊長が頷く。

 だが、スカーレットは下を向いたまま動かなかった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 坂路トレーニングに来たスペシャルウィーク、ウイニングチケット、アイネスフウジンが、練習が終わった後みんなで探してみます、と約束してくれたことにより、ようやくスカーレットは坂路コースを後にした。

 

「ティアラ、壊れてたらどうしよう」

 

 トレーニングコースから出たスカーレットから、ポツリと言葉が漏れる。

 

「それは、どういう意味でしょうか?」

 

 隊長が反応する。

 

「もうティアラはないかもしれない。

 粉々になって、ウッドチップの中に紛れちゃったのかも」

 

「つまり、坂路トレーニングをするウマ娘に踏まれて、跡形も無くなった。ということですか?」

 

「いくらなんでもそれは……」

 

 ありえない、と言いかけてトレーナーは口を紡ぐ。

 実際、坂路コースにティアラは無かった。ウマ娘には、ティアラを粉砕できるパワーがある。今回は合同練習だったということもあり、トレーニングに集中してティアラを踏んだことに気づかなかった、という可能性がゼロではない。

 だが、それなら少しくらい、ウッドチップの中からティアラの欠片が見つかってもいいのでは?

 そう考えると、ティアラが踏まれたとは到底思えないが……。

 

「スカーレットちゃんは合同練習が終わった後、まっすぐ自分の部屋に戻ったの?」

 

 重くなった雰囲気を変えるためか、ファインがスカーレットに質問を投げかける。

 

「いえ。合同練習で上手く走れなくて悔しかったので、大樹のウロに寄りました」

 

「なっ!? それでは、大樹のウロで落とした可能性が!」

 

「それはないと思います。私、大樹のウロは使わなかったんです。

 その、先約がいたので」

 

「ふむふむ、なるほど。

 坂路コースに忘れていなかったとしたら、ティアラがなくなることもなさそうだね。

 やっぱり、ティアラが無くなったのは坂路コースで間違いなさそう。

 助手くん。私とスカーレットちゃんの後に坂路コースを使ったのは、誰だったかな?」

 

 トレーナーがポケットから手帳を取り出す。

 ページをめくり、今日の合同練習についてまとめたページを開いた。

 

「エアグルーヴ、メジロドーベル、ニシノフラワー。この三人だな。

 その後には、カワカミプリンセスとスイープトウショウも坂路トレーニングをしている」

 

「ということは、全員がティアラを盗むことが出来た。ということですね」

 

「そんな!? あの中に盗みをするようなウマ娘なんていません!!」

 

 隊長の発言に、思わずスカーレットが反応する。隊長も「あくまで可能性の話です」とスカーレットを説こうとするが、スカーレットも譲らなかった。

 

 トレーナーは考える。

 隊長の言い分はよく分かる。ここまで捜索しても見つからなかった。誰かが盗んだ、と考えるのも自然なことだろう。だが、俺もあのメンバーの誰かが盗みをはたらいたとは到底思えない。

 そもそも、ティアラが盗まれたと仮定して、その目的はなんだ? ティアラが欲しかったのか? スカーレットを困らせたかったのか?

 

 思考を巡らせるトレーナーだったが、これといった答えは見つからなかった。

 ぐるぐると同じところを巡る考えに、頭がパンクしそうになり、ふと顔を上げる。

 すると、ファインと目が合った。

 

「助手くんは、どう思う?」

 

 スカーレットと隊長が言い争いをする中、ファインの落ち着いた声が静かに響く。

 

「ティアラは、本当に盗まれたのかな?」

 

 いつも楽しそうに笑っている彼女の面影は、今は無い。

 その目はスカーレットを見ておらず、何か違うものを見ているようだった。

 トレーナーは、そんなファインを見て、優しく微笑んだ。

 

「あのメンバーの中に、盗みをするようなウマ娘はいなかったと思うよ。

 でも、もし盗んだのだとしたら、早く見つけてあげないとね。

 スカーレットの為にも、盗んだ犯人の為にも。

 犯人は今、とても後悔してるだろうから」

 

 ファインの目が大きく開かれる。

 

「そう。……そうだね!

 さすがトレーナーだよ!!」

 

 目を輝かせるファイン。そこにはいつもの笑顔が戻っていた。

 

「うん。そうと決まれば聞き込み開始だね!

 さあ、ついてきて助手くん。まずはグルーヴさんから行こう!!」

 

 ファインが元気よく歩き出す。

 やはり、ファインはティアラを盗んだ犯人を、見つけてしまった後のことを心配していたようだ。犯人は確実に罪をとがめられ、スカーレットとの関係も悪くなるだろう。それがはたして最善の選択なのか、ファインは悩んでいたのだ。

 

 だが、その悩みが晴れたようでよかった。

 やはりファインには、笑顔が一番似合う。

 

「隊長とスカーレットちゃんも早く。さあ、この難事件を解き明かそう!」

 

 ファインの明るさに面を食らう二人。

 トレーナーはそんな二人を気にすることなく、歩みを進めた。

 

「は、はい!」

 

「私が目を離した隙に、一体何が?」

 

 トレーナーは隊長に絡まれないよう、ファインの後ろをピッタリとついて歩いた。



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五人のウマ娘 1

 トレセン学園生徒会。

 

 皇帝シンボリルドルフを筆頭に、シャドーロールの怪物ナリタブライアン、女帝エアグルーヴといったウマ娘たちが在籍する組織。彼女たちは生徒達の模範となること以外にも、備品の管理やイベントの運営など、多岐にわたってトレセン学園を支えている。

『Eclipse first,the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)』を掲げる生徒会には多くの噂があり、中でも、生徒会室に直訴に行ったあるウマ娘が、「無礼るなよ」と言われ、一蹴されたという話はとても有名だった。

 

 ファインが生徒会室の扉をノックする。

 数秒後、「どうぞ」と威厳ある声が返ってきた。

 トレーナーは口の中にあふれ出る唾を飲み込み、ファイン、スカーレットに続いて生徒会室へ入る。多くの賞状や盾が視界の中に飛び込んでくる中、トレーナーの視線は正面に座していた皇帝シンボリルドルフに一瞬で奪われた。柔らかな笑みを見せているはずなのに、隠しきれない威圧感がこちらの自由を許さない。

 ふと、トレーナーの脳裏にファインの父親と話した時の記憶が蘇る。トレーナーは心の中で苦笑した。

 さすが、皇帝シンボリルドルフだ。

 

「失礼します。エアグルーヴさんはいらっしゃいますか?」

 

「今はいないが、もうすぐ帰ってくるだろう。何か彼女に用かな?」

 

「はい。実は……」

 

 ファインがこれまでのことをかいつまんで説明する。

 さすがファイン。シンボリルドルフと話しているのに、全く臆していない。隊長も同じく堂々とした立ち姿だった。やはりこの二人は、こうした状況に慣れてるのだろう。

 スカーレットは見るからに緊張しており、少し可哀そうだった。

 

「ふむ。つまり、無くなったティアラの情報を集めている、ということだな」

 

「はい」

 

「分かった。生徒会でも可能な限り情報を集めてみるとしよう。

 一陽来復、ティアラが見つかるといいな」

 

「お気遣いいただきありがとうございます」

 

 二人の会話が終わり、ファインが上品に頭を下げる。

 続いて隊長と俺、慌ててスカーレットが頭を下げた。

 その時。

 

「会長、畑から盗まれた野菜ですが……」

 

 生徒会室の扉が開いた。現れたのは、二枚の書類を手にした疲れた表情のエアグルーヴだった。

 彼女は扉の近くにいた俺と隊長を一目見た後、奥にいるファインとスカーレットを見つけると、

 

「ファインにスカーレット!? スカーレット、その髪型は……。

 これは、一体どういう状況だ??」

 

 珍しく、戸惑いを露わにした。

 いつも凛とした彼女からは、想像できない姿だった。

 

 ファインとシンボリルドルフが、今の状況と無くなったティアラについて説明する。

 エアグルーヴはすぐに落ち着くと、いきなり、スカーレットに向かって頭を下げた。

 

「「「えっ!?」」」

 

 今度はこちらが驚く番だった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「すまない、スカーレット」

 

「そんな、顔を上げてください! エアグルーヴ先輩!!」

 

 スカーレットが慌ててエアグルーヴに声をかける。

 トレーナーたちもよく分からないまま、頭を下げ続けるエアグルーヴを見る。

 

「説明してもらってもいいかな? グルーヴさん」

 

「む、そうだな」

 

 ファインたちが当惑していることに気づき、やっと顔を上げたエアグルーヴ。

 彼女はこれから話す内容を頭の中で整理するためか、数秒目をつむった後、口を開いた。

 

「私はドーベルとフラワーと共に坂路トレーニングを行っている最中、坂路コースの脇に置かれたティアラを見つけた。すぐに、先ほどまでここで練習をしていたスカーレットのティアラだと気づいた私は、練習を一時中断し、スカーレットの元へティアラを届けようとした。

 だが、その時スカーレットはファインとスタートの練習をしていたこと、また、ゲートより荷物置き場のほうが近かったこともあり、私はティアラを荷物置き場においてしまったのだ。

 もちろん、後でスカーレットに報告するつもりだった。だが、坂路コースでドーベルが想像以上にいい走りを見せてくれたことで、私は今の今までティアラの存在を忘れてしまっていた」

 

 己の失態を悔やむように、眉を寄せるエアグルーヴ。

 

「私がすぐ、スカーレットにティアラを渡していれば。

 本当にすまない。スカーレット」

 

 彼女はもう一度、頭を下げた。

 

 誰も、何も言わなかった。

 エアグルーヴがしたことは、正しいことだ。

 彼女はティアラに気づき、安全な場所へ移動させただけ。

 たしかに、すぐにスカーレットへ渡していれば、ティアラがなくなるなんてことは起こらなかっただろう。

 だが、練習を中断してまでティアラを渡そうとした彼女を、誰も責めることはできない。

 唯一、できるとするならば。

 

「ううっ」

 

 突然、スカーレットが両手で自分の顔を覆う。

 困惑する一同。特にエアグルーヴは女帝らしからぬ慌てようで、スカーレットに声をかける。

 そんな張り詰めた空気の中、スカーレットはその場に座り込むと、

 

「よ、よかったぁ~~!!」

 

 安堵の息を漏らした。

 

「ティアラが壊れてなくて本当に良かった~!

 ううっ。エアグルーヴ先輩、ありがとうございます~~!!」

 

 スカーレットの言葉を聞いて、更に困惑するエアグルーヴ。

 感謝されたことに違和感を感じているのだろう。スカーレットが謝意を述べるたびに「いや」「しかし」と口ごもっていた。

 そんなエアグルーヴを見かねたのか、シンボリルドルフが立ち上がる。

 

「前途洋々。お茶を入れよう。

 少し、ゆっくりしていくといい」

 

 その言葉で、トレーナーたちはもう少し生徒会室にお邪魔することになった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「ふむ。私は荷物置き場にティアラを置いて以降、そこを訪れてはいないな」

 

「私とファインさんもスタートの練習が終わった後、直接模擬レースに参加したので荷物置き場には行ってません」

 

「となると、他のメンバーに聞いてみるのが一番よさそうだね!」

 

 スカーレットが落ち着いた後、エアグルーヴ、スカーレット、ファインの三人は荷物置き場に置かれたティアラがいつ無くなったのかを話し合っていた。

 生憎、ここにいるメンバーは荷物置き場に置かれた後のティアラを見ていない。そして、最後の模擬レースが終わった後も、ティアラを見ていないという。

 つまり、ティアラがなくなったのは、エアグルーヴがティアラを置いてから模擬レースが終わるまでの間、ということになる。

 三人の記憶を頼りに、模擬レースを始めるときに他のメンバーが集まった順番を思い出していく。

 

「私とスカーレットちゃんが一番早くゲート前にいたよね」

 

 頷くスカーレット。

 

「次に私だな。その後はドーベルだったと思う」

 

「私もそう思います。次にカワカミ先輩が来て、ゲートを少し壊しちゃって」

 

「ああ、そうだったな。そしてスイープが駄々をこねたんだ」

 

「確か、最後にゲートに入ったのはスイープちゃんだったけど、ゲート前に来たのはフラワーちゃんの方が遅かったよね?」

 

「はい。私はフラワーの隣だったので覚えてます。

 スイープが暴れてる中、遅くなってすいませんって何度も謝ってました」

 

「ということは、ドーベル、カワカミ、スイープ、フラワーの順番でゲート前に来たのだな」

 

 エアグルーヴの言葉にファインとスカーレットが頷く。

 どうやら、話はまとまったみたいだ。

 

「それじゃあ、まずはドーベルに話を聞きに行こう!」

 

 三人が立ち上がる。

 ティアラの手がかりを掴んだからか、スカーレットの表情は明るい。ファインも、先ほどまでのような険しい表情はしていなかった。そんな中、エアグルーヴだけが一人、沈鬱な面持ちを浮かべていた。

 

「二人ともすまない。私はついていけない」

 

 エアグルーヴの足が、止まる。

 

「私には生徒会の仕事がある。今はブライアンも練習でいない。

 だから、もし私まで生徒会を出てしまっては、会長にかかる負担が多くなってしまうんだ。

 私が原因だというのに、協力できなくて本当にすまない」

 

「そんな、謝らないでください。エアグルーヴ先輩のおかげでティアラは無事だったんです。

 こちらこそ、お忙しいのに協力してもらってすいません。生徒会のお仕事頑張ってください」

 

「ああ。一段落ついたら、私もティアラを探してみるよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「うむ、事件があってもくじけんな、だな」

 

「ふふっ」

 

 瞬間、全員の視線がシンボリルドルフ、そして隊長に注がれた。

 

「す、すいません」

 

 周りの視線に気づいた隊長がすぐに頭を下げる。

 だが、この時トレーナーは見逃さなかった。

 あの皇帝シンボリルドルフが、あふれんばかりの笑顔を浮かべていたことを。



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五人のウマ娘 2

 生徒会室をあとにしたトレーナー達は、メジロドーベルの部屋がある美浦寮をおとずれた。

 

「悪いがトレーナーは立入厳禁だよ」

 

 三浦寮の寮長を務めるヒシアマゾンが、トレーナーのまえに立ちはだかる。

 

「ですよね。すいません」

 

「残念。作戦は失敗だね」

 

 ファインが考えた、『自然に振るまえばトレーナーも寮の中に入れるかも作戦』。

 なんのひねりもないこの作戦は、あっけなく失敗した。

 

 安堵の息を漏らすトレーナー。

 失敗して当然。もし成功していたらと思うと冷や汗が止まらない。

 ファインのお願いがなければ実行になど移していなかった。

 

 本気で残念がるファインの隣では、同じく安堵の息を漏らすスカーレットと、待ってましたといわんばかりに胸をはる隊長がいた。

 

「フフフッ。残念でしたね、トレーナーさん。どうやらあなたの出番はここまでのようです。

 さあ! 名探偵ファイン様。真の助手である私と共に、この難事件を解き明かしに行きましょう!!」

 

 トレーナーがファインの側から離れるのがよっぽど嬉しいのか、珍しく尻尾を大きく振る隊長。

 トレーナーは、こんなに生き生きとした隊長を見るのは初めてだった。

 

 ここで隊長の機嫌を取っておくのも悪くない。

 

「隊長、ファインを任せましたよ!」

 

「ふっ。言われるまでもありません」

 

「何言ってんだい。ウマ娘寮は寮生いがい立入禁止だから、あんたも入れないよ」

 

「……へ?」

 

 ヒシアマゾンの唐突な言葉に、思わず動きが止まる隊長。

 

「特別な事情、もしくは生徒会の許可証がないとダメだ。

 それに、ファインも日頃、寮内はボディガードなしで生活してるじゃないか!

 ヒシアマ姐さんは甘かぁないからね。規則はしっかり守ってもらうよ!!」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

 トレーナーは半泣きになりながらヒシアマゾンに許可を求める隊長を横目に、コーヒーとニンジンジュースを求めて自動販売機へと歩き出した。

 

ーーーーーーーーーー

 

「隊長さん、あのままおいてきて大丈夫でしたか?」

 

 隣を歩くスカーレットが不安を露わに訊いてくる。

 

「トレーナーがいるから大丈夫だよ」

 

 笑顔でこたえるファイン。

 ファインは知っていた。隊長とトレーナーが、実は仲がいいことを。

 一度だけ、二人が話しているところを見たことがある。何を話しているのかわからなかったが、二人はとても盛り上がっていた。あれほど饒舌に話す隊長は、私もあまり見たことがなかった。

 私は嬉しかった。隊長とトレーナーが仲良しだと知って。

 でも、あのとき少しだけ胸がモヤモヤしたのはなんだったのだろう。初めての感情。でもそれはよくない気がして、私は今も、それを胸の奥底にしまっている。

 

「ドーベルさんの部屋はここですね」

 

 頼りになるウマ娘の情報によると、ドーベルは今、自室にいるらしい。

 相部屋のタイキさんは、トレーナーとショッピングに出かけているらしく、今はいない。

 できれば、ドーベルが合同練習の後なにをしていたか、タイキさんに聞きたかった。

 でもしょうがない。それは、ドーベル本人に聞いてみよう。

 

 ファインは頭の中に浮かんでいる考えをあらためて整理して、ドアをノックする。

「はい!」という返事の後、少しバタバタと音がして、数秒後、ドアが開いた。

 

「ファインにスカーレット。どうしたの?」

 

 白を基調とした私服姿に着替えたメジロドーベルが顔をだした。

 

「少し聞きたいことがあって。ドーベル、この後出かけるの?」

 

「うん。あと少し作業を終わらせたら出かけるつもり」

 

「その服、とっても似合ってます」

 

「あ、ありがとう。スカーレットもその髪型、似合ってるよ。

 それで、要件は何?」

 

 ファインとスカーレットがこれまでのことを話す。

 ティアラがなくなったこと。ファインがティアラ探しに協力していること。生徒会室を訪れ、エアグルーヴと話したこと。

 

「グルーヴさんがティアラを置いてから、模擬レースが終わるまでの間にティアラがなくなった、と思ってるんだ。ドーベルは、荷物置き場でティアラを見なかった?」

 

 静かに相づちを打っていたドーベルが頭をひねる。

 練習や模擬レースならすぐに思い出せるだろうが、いま知りたいのは休憩時間のことだ。

 ぱっとでてこないのも当然だろう。

 ファインとスカーレットは、黙ってドーベルの答えを待った。

 この答えで、ティアラが見つかる可能性はぐっと変わってくる。

 

「アタシは……」

 

ーーーーーーーーーー

 

「殿下は小さい頃から走ることが本当に大好きで、よく姉君と一緒に中庭を走っておられました」

 

 ニンジンジュース片手に、まるで自分の自慢話でもしているかのように、楽しげに話す隊長。

 

「簡単に想像できるよ。ファインはいつも楽しそうに練習をしているからね。フジのヤツが門限ギリギリでも、注意するのをためらっちまうっていってたよ」

 

「いつもすいません」

 

「ふふっ。さすが殿下です」

 

 トレーナーと隊長、そしてヒシアマゾンは、ファイン達と分かれた後、寮の前で各々ファインの思い出を語り合っていた。

 あの時、寮の前でみっともなくごねていた隊長は、「そういえば、ファインは寮でどんな生活をしてるんですか?」というトレーナーがヒシアマゾンへ投げかけた質問で、またたく間に正気に戻った。

 トレーナーと隊長が全く知らない、ファインの日常。

 ヒシアマゾンもおとなしくなった隊長を見て、トレーナーの意図を察したのか、快く話してくれた。

 

「ファインはよく、寮でパーティーを開いてくれるよ。今、寮で行われている『地元特産物パーティー』や『闇鍋ティータイム』もファインが始めたものだしね」

 

「「地元特産物パーティー? 闇鍋ティータイム?」」

 

「ああ。『地元特産物パーティー』は、ファインが祖国からの誕生日プレゼントを分けてくれたことがきっかけで始まってね。あの時は、贈り物の量が多すぎて急遽パーティーになっちまったのさ。残してしまうくらいなら、みんなで食べた方が送ってくれた人たちもきっと喜ぶ、ってね。たしか、ソーダなんちゃらに、ほにゃららロール、なんとかケーキに、ラム肉。他にもいろいろあったねぇ」

 

「ソーダブレット、フィグロール、ジャファケーキ、ですね」

 

「そうそう、それだ。あと『闇鍋ティータイム』。まあ、ただの闇鍋なんだが、あれはヤバかったね。一回目はファインがブラックプディングを入れたから、異臭騒ぎで大変だったんだ。まあ、二回目からはアタシも参加してるから、安全に楽しくやってるよ」

 

「そういえば、ファインがヒシアマさんのつくる料理が美味しくて、パーティーがとっても楽しくなったって言ってました。とっても感謝してるって」

 

「いやいや、感謝してるのはアタシの方さ。アタシはフジみたいにサプライズが得意じゃないし、パーティーの企画なんて全然できないからね。だから、美浦寮を巻き込んだパーティーや企画をしてくれるファインのおかげで、美浦寮のみんなも寮生活を楽しんでくれるようになったのさ」

 

 ヒシアマゾンの言葉に、隊長が大仰に頷く。

 

 たしかに、ファインには人を巻き込む力がある。それはきっと、ファイン自身がいつも全力で楽しんでいるからだろう。巻き込まれているはずなのに嫌な気にならないのは、ファインの天真爛漫な性格ゆえか。

 

「そういえばトレーナーさん。あんた、ファインの父親とタイマンしたんだって?」

 

 知らぬ間にトレーナーの隣に移動したヒシアマゾンが、肘でトレーナーの腕を小突く。

 

「こんなすぐに折れそうな腕で。やるじゃないか!

 やっぱり、トレセン学園のトレーナーはひと味違うねぇ!!」

 

 眩しい笑顔を見せるヒシアマゾン。

 その言葉に、トレーナーは苦笑いしか返せなかった。

 

 この話題はファインのトレーナーになってから何度もしてきた。

『トレセン学園のトレーナーは普通じゃない』。合格倍率が異常なことにくわえて、トレセン学園のトレーナーに変わった人が多いからか、URA界隈ではこの噂が流れていた。

 そして、その普通じゃないトレーナーの中に、ファインのトレーナーはもれなく入っていた。

 たしかにトレセン学園のトレーナーには、謎の光を放ったり、ウマ娘のドロップキックを受け止めたりするトレーナーがいる。だが、あの人たちは例外だ。一緒にしてもらっては困る。

 

「あの時のトレーナーさんは凄かったですよ。

 私には、立っているのもやっとの状況でしたから」

 

「本当かい!?

 お前さん、見かけによらず凄いんだねぇ」

 

 急に、ヒシアマゾンがトレーナーの右腕を持ち上げる。

 どうやら、筋肉のつき具合を確認しているようだ。「こんなに細いのにねぇ」と言いながら、トレーナーの身体のチェックを始めた。

 当然、トレーナーに筋肉なんてものはないのだが、胸筋に触れたヒシアマゾンの「なんだい、これ! こどもかい!?」という言葉には、さすがのトレーナーも心に傷を負った。

 

「トレーナー?」

 

 ヒシアマゾンが左腕のチェックを始め、隊長がファインを護るためには強靱な肉体が必要不可欠、と論じ始めたときだった。

 聞きなれた声が聞こえて、トレーナーはぱっと顔を上げる。

 そこには、ドーベルから話を聞き終え、寮から出てきたファインとスカーレットの姿があった。

 

「ファイン。ドーベルから話は聞けたか?」

 

 やっとこの状況から解放される。

 ほっと息をつき、トレーナーはファインに声をかける。

 だが、珍しいことにファインから返事がない。

 よく見ると、ファインの視線はトレーナーの左手に集中していた。

 

「……ニンジンジュース、飲むか?」

 

「……うん! ありがと、トレーナー!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

「私までありがとうございます」

 

 深々と頭を下げるスカーレット。

 礼儀正しい子だな、とトレーナーは思う。

 

「全然大丈夫だよ。それで、何かいい話は聞けたか?」

 

 トレーナーがファイン見る。

 その時だった。

 

「わかったんです!」

 

 急に響いた快活な声に驚くトレーナーと隊長。

 意外にも、その声を出したのは、今日あまり元気がなかったスカーレットだった。

 

「何がわかったんですか?」

 

 隊長がスカーレットに問いかける。

 スカーレットは大きく息を吸い込み、吐き出した。

 

「犯人がわかったんです!!」

 



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五人のウマ娘 3ー1

 犯人がわかった。

 

 スカーレットが発したその言葉は、またたく間にトレーナーの脳内を支配した。

 

 犯人がわかった。ということは、ティアラを盗んだものがいる、ということか。

 濃厚なのはまだ聞き込みをしていない、カワカミプリンセス、スイープトウショウ、ニシノフラワー、この三人のウマ娘。いや、ドーベルがティアラを見ていないと発言したならば、エアグルーヴの可能性もゼロでなくなってくる。

 だが、簡単にバレる嘘をあのエアグルーヴがつくだろうか。

 そもそも、彼女はティアラの件でスカーレットに頭を下げていた。そんな彼女が、本当に盗むようなまねをするのか?

 

「犯人は誰なんですか?」

 

 隊長が再度、スカーレットに問いかける。

 スカーレットの表情は明るい。

 そのことに、少し違和感を覚える。

 

「犯人は……」

 

 トレーナーの頭の中で、合同練習にいたウマ娘たちの顔が浮かんでは消えた。

 

 本当にこの中に犯人がいるのか?

 何かの間違いじゃないのか?

 

 目まぐるしく回る思考から、答えを絞り出そうとするトレーナー。

 だが、どの答えも納得がいかなかった。本当に犯人がいるのか、この疑問が頭から離れない。

 

 そんなトレーナーをよそに、スカーレットが自信満々に答えた。

 

「猫です!」

 

 スカーレットの答えに、思わず「あっ!」と声がもれるトレーナー。

 

「猫?」

 

「はい! 犯人は猫だったんですよ!!」

 

 隊長に向かって一歩踏み出すスカーレット。

 

「私のティアラを盗んだのは、猫だったんです!」

 

ーーーーーーーーーー

 

「グルーヴさんがティアラを置いてから、模擬レースが終わるまでの間にティアラがなくなった、と思ってるんだ。ドーベルは荷物置き場でティアラを見なかった?」

 

 静かに相づちを打っていたドーベルが頭をひねる。

 ファインとスカーレットは、黙ってドーベルの答えを待った。

 

「アタシは……」

 

 スカーレットがツバを飲みこむ。

 

「見てない、かな。水分補給をしただけだから、あまり覚えてないけど」

 

 これはよくない。ファインは思った。

 頭の中のティアラが少しずつぼやけていく。

 

 スカーレットちゃんの荷物は一番手前にあった。荷物置き場を訪れれば、誰もが必ず目に入る位置。そんなところにティアラがあれば、注視していなくても気づくだろう。でも、ドーベルは見ていないという。

 ドーベルが見ていないとなると、ティアラの捜索が一気に難しくなった。

 あの段階でドーベル以外、まだ誰も荷物置き場を訪れていない。それなのになくなったティアラ。この状況では容疑者は一人だけ。そう、ドーベルだ。でも、ドーベルが盗んだとは、私は思えない。

 

「そんな。どこいっちゃったの、私のティアラ」

 

 荷物置き場に置かれたティアラ。

 その荷物置き場を訪れることができたのは、合同練習をしていたウマ娘だけ。

 トレーナーたちは常に、コースレーンの側にいた。模擬レースをみにきたウマ娘たちが、荷物置き場を訪れることもない。

 無理矢理おとずれたとしても、目立ちすぎる。生徒会で目撃情報を集めれば、すぐにバレてしまうだろう。

 そう。誰もあそこを訪れることはできない。

 合同練習をしていたウマ娘以外は、不可能だ。

 やっぱりドーベルが犯人……。

 

 

 ……あれ?

 

 なにか違和感を感じて、ファインはもう一度、考えを整理する。

 

 ウマ娘以外? 不可能?

 

 ……もしかして。

 

「ねえ、ドーベル。その時、近くに何かいなかった?」

 

「何かってなんですか? まさか、私のティアラは幽霊に持っていかれたって言うんですか!?」

 

 頭を抱えるスカーレット。

 

「そんなこと、ありえないですよ」

 

「たぶん……、いたと思う」

 

「えっ!?」

 

 ファインは静かに目を閉じた。 

 

「アタシが荷物置き場に行ったとき、茂みがガサガサッて動いたような気がしたの。しかも、誰かに見られているような感覚がずっとして。だからアタシ、怖くて水分補給をした後、すぐにそこから離れた」

 

 ということは、犯人は。

 

「まさか、不審者が犯人!?」

 

「その可能性もあると思うけど、私は猫だと思うな」

 

 スカーレットとドーベルの声がそろう。

 

「「それだ(です)!!」」

 

ーーーーーーーーーー

 

 スカーレットがメジロドーベルとの会話をトレーナーと隊長に伝える。

 

 トレーナーは自分の頭の悪さに、思わずため息がこぼれた。

 

 このティアラ探し、最も難解だったのは犯人の動機だった。

 なぜ犯人はスカーレットのティアラを盗んだのか、もしくは盗まなければならなかったのか。

 容疑者だった合同練習をしていたウマ娘たちは、スカーレットのことを嫌っているようなそぶりを見せなかったし、ティアラを狙う様子もなかった。

 何度も言うが、俺はあの中の誰かがスカーレットのティアラを盗んだとは到底思えなかった。

 だからわからなかった。犯人の動機が。動機さえわかれば、ティアラを見つける糸口がつかめると思っていたのに。

 

 だが、その考え方が間違っていた。元から、犯人に動機なんてなかったのだ。

 ただそこにあったティアラをとっただけ。ただそれだけ。

 

 瞬く間にクリアになる視界。

 ならば、次に向かうのは……。

 

「ニシノフラワーか」

 

「さすが助手くん。正解だよ」

 

 ファインは振り向き、人差し指をピンと伸ばした。

 

「な、なにが、ニシノフラワーなんでしょう?

 殿下は当然として、トレーナーもわかっているというのに。

 くっ。まだ、私に助手の地位は早いというのか」

 

ーーーーーーーーーー

 

 トレセン学園内にある花畑。

 そこは美化委員や有志のウマ娘たちが管理する、多くのウマ娘が癒やしを求めて訪れる場所。白、赤、黄色。色とりどりの花が咲きほこるその光景はまさに絶景で、花畑と道をつなぐなだらかな坂では、ひなたぼっこをするウマ娘や人がよく見られた。

 そんな花畑を一望できる道。なだらかな坂とつながるこの道が途切れた先の、舗装されていない地面を更に進むと、突然、大きな木が一本現れる。

 そこに、ニシノフラワーはいた。

 

 ファインの言うとおりだ。

 ファインは、頼りになるウマ娘がいるんだ、と言っていた。

 そのウマ娘曰く「推しウマ娘ちゃんのスケジュールは、全て頭に入っているのがオタクの常識」なのだそうで、だいたいのウマ娘の現在地がわかるらしい。

 ちょっと怖いな、と思ったが協力してくれているのだ。優しいウマ娘なのだろう。

 

「すみません。私もティアラは見てません」

 

 これまでのことをニシノフラワーに説明して、一応、ティアラを見ていないか聞いてみる。

 返ってきたのは、予想通りの答えだった。

 

「スカーレットさんの髪型がいつもと違ってびっくりしました。そんな事情があったんですね。

 エアグルーヴさんが荷物置き場にティアラを移動させたことは覚えてます。でも、私もティアラのことを今まで忘れていたので、その後のことはあまり覚えていません」

 

「模擬レースで頭がいっぱいで」と言うニシノフラワーに、ファインとスカーレットが首を大きく縦に振った。

 

 今日行われた模擬レースは、芝二千の内回り。

 逃げたスカーレットを追う形で、ファインとフラワー、その後ろに、ドーベル、グルーヴ、カワカミ、最後方をスイープという形でレースがスタート。序盤、中盤と激しい位置取りが繰り広げられ、第四コーナーカーブで各ウマ娘がいっせいに仕掛ける展開となった。逃げるスカーレット。だが、一人、また一人と、スカーレットを置き去りにゴールへと駆けていく。最終直線の熾烈なデッドヒートが終わった頃には、みにきたウマ娘たちはみな、自然と歓声をあげていた。

 

「みなさんとても速くて、ついていくのが精一杯でした」

 

「そんなことないよ。フラワーちゃんも速かったよ」

 

「私なんか、みんなに置いてかれて」

 

 模擬レースを思い出したのか。

 明るさを取り戻していたスカーレットの表情が、また、みるみると暗くなっていく。

 

「今日は調子悪かったね。

 何かあったの?」

 

「な、何もないですよ」

 

 両手を体の前で左右に振るスカーレット。

 その動作が、トレーナーには少しぎこちなく感じた。

 

「フラワー、何かあったの?」

 

 レースの話で重くなった空気が、急に脳天気な声で切り裂かれる。

 大きなあくびをしながら、木の陰からセイウンスカイ顔を出した。

 

 トレーナー達がここにきた目的。それは、猫に詳しいセイウンスカイに会うことだった。

 頼りになるウマ娘曰く、今日の模擬レースで負けてしまったニシノフラワーをセイウンスカイが慰めているだろう、ということだった。更にそのウマ娘曰く、ニシノフラワーと話していれば協力してくれるかもしれない、ということだった。

 

 ここまで正確だと恐ろしいな。

 トレーナーは、後でファインに気をつけるよう言っておこう、と心の中で誓った。

 

 先ほどまで芝生の上で寝ていたセイウンスカイ。

 彼女はまたも大きなあくびをしながら、スカートについた芝をはらう。

 

「スカイさん。もしかして、起こしちゃいましたか?」

 

「いやぁ~、全然大丈夫だよ。うたたねだったからね。

 それより……ずいぶん長く話してるけど、どうしたの?」

 

 セイウンスカイがフラワーの隣に立つ。

 あまりに自然な動きに、思わず感心してしまうトレーナー。

 

 ふと、視線を感じて顔をあげる。

 そこには、いつの間にかファインの斜め後ろのポジションを確保した、ドヤ顔の隊長がいた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「なるほど。それでティアラを探してるんだ」

 

 フラワーの説明を聞いたセイウンスカイが、一人頷く。

 

「ティアラならあるよ」

 

「本当ですか!?」

 

 スカイの言葉に、フラワーの表情がキラキラと輝く。

 

「うん。はい、フラワー。

 目、つむって」

 

「は、はい」

 

 疑うことなく瞳を閉じるフラワー。

 それを見たセイウンスカイは満足そうに微笑むと、フラワーのピンと伸びた耳に当たらないよう、少しずつフラワーの頭にティアラを近づけていく。

 

 手を離すセイウンスカイ。

「もういいよ」という言葉で、フラワーは目を開け、自分でティアラの位置を整える。

 そこにあったのは、ティアラではなくシロツメクサで作られた純白の花冠だった。

 

「ス、スカイさん。これはティアラじゃないですよ」

 

「あれ~、セイちゃん間違えちゃった」

 

 微笑みあうスカイとフラワー。

 

 これは……邪魔できない。

 

 この空間をけがしてはいけないと、トレーナーの中で何かが警告をあげる。

 ファインとスカーレットも同じように感じたのだろう。

 皆、あたたかい目で二人を見まもっていた。

 

 ただ一人を除いて。

 

「セイウンスカイ様。そのニシノフラワー様の頭に乗っているものの作り方、わたしに教えていただけないでしょうか。殿下ならきっと、世界一似合うと思いますので」

 

 さすが隊長。

 いつでもファインファーストのその姿勢、憧れる。



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五人のウマ娘 3ー2

「ファインさん、スカーレットさん。お二人とも、とても似合ってます!」

 

 隊長とフラワーがつくった花冠を、頭に乗せるファインとスカーレット。

 あの後、隊長の言葉に共感したフラワーが、隊長と共に二つの花冠を完成させた。

 シロツメクサの花冠。芝生やグラウンドに多く生えているシロツメクサをつかった花冠。

 その花冠は、シロツメクサの白い花が隙間なく並べられ、どの角度から見てもきれいな花が顔をのぞかせる。

 

「どうかな? トレーナー」

 

 首を少し傾けるファイン。

 

 トレーナーの心臓が、一瞬止まる。

 

 かわいい。確かにこれは、世界で一番似合っているかもしれない。

 ファインの花冠は隊長がつくったもので、スカーレットのもの(フラワー作)と比べると少し不格好だったが、そんなこと関係ない。

 ファインと花冠。これはもう、国宝ものだ。

 

 隊長と目が合う。ドヤ顔の隊長。

 トレーナーはそんな隊長に、最大級の賛辞を心の中で送った。

 

「とっても似合ってるよ、ファイン。あとは……」

 

 シロツメクサ。日本ではクローバーとも呼ばれている。

 そう、あのクローバーだ。幸運の四つ葉のクローバー。

 

 フラワーと隊長が花冠をつくっている間、トレーナーはある提案をスカイに持ちかけられていた。

 トレーナーはその提案を、二つ返事で了承した。

 その提案とは……。

 

 右手をファインの前に差しだす。

 

「わぁ! 四つ葉のクローバーだ!!」

 

「ファイン、少しかがめるか?」

 

「うん!」

 

 ファインが頭を下げる。

 トレーナーは慎重に、ファインの花冠に四つ葉のクローバーを差し込んだ。

 左耳の前。白い花と四つ葉。

 

 うん、完璧だ。

 四つ葉のクローバーを探して本当によかった。

 

 トレーナーは嬉しそうに笑うファインを見て、満足げに微笑んだ。

 

「ファイン、似合ってるよ」

 

「ありがとう! トレーナー」

 

 隣では、スカイがフラワーに四つ葉のクローバーを見せていた。

 フラワーの笑顔が光る。どうやら、むこうもうまくいったみたいだ。

 

 スカーレットにも見つけた四つ葉のクローバーを渡した後、花冠を頭に乗せた三人を、隊長が一眼レフのカメラで写真に収めていった。いっとき、みなティアラを忘れ、楽しい時間を過ごした。

 

ーーーーーーーーーー

 

「そうだね。思い当たるのは三カ所かな」

 

 犯人は猫ではないか、と考えを伝えたスカーレットにスカイが答える。

 スカイ曰く、トレセン学園内の猫にも縄張りがあって、荷物置き場を訪れることができる猫は三匹しかいないらしい。猫たちは盗った物を決まった場所に隠すので、その三匹の隠し場所にならティアラがあるかもしれない、ということだった。

 

 ファインの指示により、三組に分かれる。

 スカイとフラワー、ファインと隊長、トレーナーとスカーレット。

 

 尻尾を激しく揺らし、喜びを隠せない隊長をよそに、こうしてトレーナーたちはあらためてティアラ探しを始めることになった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 トレーナーとスカーレットが向かうのは、トレーニングコースから最も離れた隠し場所。ウマ娘寮に近いこの場所は、収集癖の強い猫の隠し場所のようで、ティアラのある確率が一番高いらしい。

 

「トレーナーさん。今日は本当にありがとうございます」

 

 目的地へ向かう道中。突然、頭を下げたスカーレット。

 トレーナーは彼女に顔を向ける。

 

「ファインさんとお出かけしてたのに、こんなことに付き合わせてしまって」

 

「全然だいじょうぶだよ。ティアラ、見つかるといいね」

 

「はい。早く見つけないと……」

 

 スカーレットがつぶやく。

 早く見つけて安心したいのだろう。その気持ちは分かる。

 

 スカーレットは模範的な優等生だ。勉学に励み、頼まれごとも率先して引き受ける。そして、レースも強い。今日の模擬レースは調子が悪かったようだが、彼女の実力が高いことは周知の事実だ。トレーニングを意欲的におこなうことにくわえて、日頃の態度の良さから、トレーナー間のスカーレットの評価はとても高い。

 スカーレットのトレーナーが、どうやったらスカーレットのようなウマ娘になるのか教えてほしい、と頼まれる姿は学園でも何度も見かけたことがあった。

 

「そういえば、スカーレットのトレーナーは今何してるんだ?」

 

 ピンッと伸びるスカーレットの尻尾。

 スカーレットの目は急に泳ぎ、「あー。えーっと」と口ごもり始めた。

 

 この話題はあまりよくなかったか。

 後悔するトレーナー。

 

 だがそんなトレーナーに気づくことなく、隠しきれないと判断したのか、スカーレットは話し始めた。

 

「私のトレーナーは、今。……休んでます」

 

 消え入りそうな声。だがそれは一瞬だった。

 

「すいません! みなさんには手伝ってもらってるのに。

 でも、本当は今日休みの日だったところを、私が無理矢理練習にしたんです。昨日の昼にグルーヴ先輩に無理言って合同練習に参加させてもらって。だから、トレーナーは休みを返上して付き合ってくれたんです。私のトレーナー心配性だから、ティアラが無くなったっていえばきっと休まず探しちゃいます。だからどうか、私のトレーナーには内緒にしてくれませんか。都合がいいのはわかってます。でもお願いします!」

 

 またも頭を下げるスカーレット。

 しかし、それは先ほどよりも深いものだった。

 トレーナーはそんなスカーレットを見て、間髪入れずに答えた。

 

「そうか。わかった。

 なら、今日中にティアラを見つけないとな」

 

 スカーレットが顔を上げる。

 そこには、笑顔があった。

 

「ありがとうございます!」

 

 優しいウマ娘だ。

 

 スカーレットは安心したのか、ホッと胸をなで下ろしていた。

 

 そんなスカーレットを見て、トレーナーはスカーレットのトレーナーのことを考える。

 基本的に、トレーナー業に休みはない。トレーナーは、担当ウマ娘のスケジュール管理やトレーニングメニューを考えること以外にも、様々な書類の整理や、次レースへの対策、メディアへの対応など、やるべきことが山ほどある。特に中央で活躍するウマ娘を担当するものの忙しさは計り知れない。

 おそらく、スカーレットのトレーナーは今、一日分の書類整理に追われているのだろう。

 

「本当にすいません」

 

「いいんだよ。その気持ち、わかるから」

 

 これはスカーレットのトレーナーの為にも、今日中にティアラを見つけなければ。



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五人のウマ娘 3ー3

 みんなと別れたファインと隊長。二人は猫の隠し場所に着くと、身を屈めてティアラを捜索した。トレーニングコースから最も近い場所だ。

 茂みをかき分けながら探す二人。といっても、何か危険があるかもしれないので、二人の距離は近い。隊長はすぐにファインを守れる位置で捜索を続ける。

 

ーーーーーーーーーー

 

 探し始めてから十分が経過しようとしていた。

 

 カサカサと葉がこすれる音。

 ファインの目の前の茂みがかすかに揺れ動く。

 

「ニャゥ」

 

「わぁ! かわいい!!」

 

 茶色い毛に黒い縦模様が入ったトラ猫が茂みから顔を出す。トラ猫はファインに向かってまっすぐ近づくと、ピンと伸びるヒゲが生えた頬を、ファインの足にこすりつけた。どうやらこのトラ猫は、ウマ娘馴れしているようだ。ファインも優しい手つきでトラ猫の頭を撫でる。

 

 隊長はこの光景を目に焼き付けながら、ファインがトレーナーと共に迷子の猫の飼い主を見つけた話を思いだしていた。

 

 これで私も殿下との猫エピソードができた。

 

 隊長は、あとでこのことをトレーナー様に自慢しよう、そう心に固く誓った。

 

ーーーーーーーーーー

 

 ティアラは無かった。

 

 トレーナーとスカーレットは一言も会話することなく、集合場所であるトレーニングコースへむけ、歩みを進める。

 何度かトレーナーはスカーレットに声をかけようとしたが、スカーレットの落ち込みようが激しく、口を塞ぐしかなかった。スカイから一番確率が高いと聞いていた分、ダメージも大きい。他の場所にあるかも、と軽々しく言える雰囲気ではなかった。

 

 トレーニングコースに到着する。

 スカイとフラワー、ファインと隊長の姿が見える。しかし、誰もティアラを持っていなかった。

 

「トレーナーさんとスカーレットさんのところにもなかったんですね」

 

 フラワーの言葉にスカイが続ける。

 

「この三カ所にないとなると、私もわからないなぁ。

 犯人は本当に猫なの?」

 

「猫が犯人である証拠はないです。

 でも、猫以外考えられません」

 

 スカーレットの答えに、皆、口を閉ざす。

 スカイも、フラワーも、ファインも、隊長も、そしてトレーナーも、誰もスカーレットに声をかけることができなかった。ただただ過ぎていく時間。短くて、でもとても長い静寂が、場を包み込む。

 

「あれ? スカーレットじゃねぇか。

 こんなところで何してんだ?」

 

 突如響いた声。

 

「ウオッカ!?」

 

 トレーニングコースの反対側から現れたウマ娘。

 泥だらけのジャージを身に纏ったそのウマ娘は、足を止めスカーレットの前で立ち止まる。

 

「って、こんな大勢で。

 皆さんどうしたんすか?」

 

 現れたのは、スカーレットのライバルであり同室のウオッカだった。

 ウオッカはスカーレットの後ろにいた俺たちを見て、驚きを露わにする。

 そんなウオッカに、スカーレットが詰め寄っていく。

 

「そんなことどうでもいいでしょ!

 それよりアンタ、今までどこ行ってたのよ!?」

 

「あ!? なんだよ。お前には関係ないだろ!」

 

 負けじとウオッカもスカーレットに向かって一歩踏み出す。

 だが、スカーレットも怯まない。

 

「あるわよ! せっかくの合同練習でしょ!!

 しっかりしなさいよ!!」

 

「うるせえなぁ。お前こそ、合同練習ボロボロだったじゃねぇか!」

 

 一瞬で喧嘩になってしまった。

 

「は、はぁ!? ボロボロじゃないわよ! ちょっと調子が悪かっただけよ!!」

 

「へぇ。レースも調子が悪けりゃ負けてもいいってか?」

 

「う、うるさい! 練習をサボるようなやつに言われたくない!!」

 

「な!? サボってねぇよ!!」

 

 周りの視線を気にすることなく、声を張り上げるスカーレットとウオッカ。

 当然注目は集まり、通りを歩いていたものから、談笑していたもの、挙げ句にはトレーニングをしていたものまで。多くのウマ娘と人が、二人を囲むように集まってきた。

 しかし、言い争いは激化するばかり。

 

 あまりに急な展開に、トレーナー達はただただ二人を見守ることしかできなかった。その間にも、二人の言い争いはさらに白熱し、人だかりがどんどん大きくなっていく。

 

「おい、これは一体どういう状況だ?」

 

 そんな中、人混みをかき分け、一人のウマ娘が姿を現した。

 長い髪を一つにくくり、一本の枝をくわえたウマ娘。

 そのウマ娘の登場で、スカーレットとウオッカの口が一瞬で塞がった。

 そのウマ娘は、トレセン学園生徒会副会長でありシャドーロールの怪物と恐れられる、ナリタブライアンだった。

 

「手短に説明しろ」

 

 ナリタブライアンが鋭い視線を飛ばす。場に緊張が走る。

 スカーレットとウオッカは、申し訳なさそうに互いに視線を合わせた。

 

「なんだ。いつものやつか」

 

 大きなため息を吐くナリタブライアン。

 だがすぐに顔を上げると、

 

「お前らも暇してないで散れ。

 これ以上騒ぎを大きくして、女帝様の仕事を増やすな」

 

 興味本位で集まったウマ娘と人に睨みをきかせた。

 ナリタブライアンに逆らえるものなどおらず、膨れ上がっていた輪は泡のように一瞬で消えてなくなっていく。

 ナリタブライアンの視線がトレーナー達を捉える。ちりぢりと散っていく群衆の中、動かないトレーナー達を不思議に思ったのだろうか。だがすぐに、どうでもいいというふうに、ナリタブライアンはトレーナー達から目をそらした。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

 群衆が完全にいなくなった頃、ナリタブライアンがスカーレットとウオッカに声をかける。

 先ほどとは打って変わって、少し柔らかい口調だ。

 

「そのー。今回もたいしたことじゃないんですけど……」

 

「ブライアンさん! ウオッカにひとこと言ってやってください!!

 合同練習に遅れるなんてありえないですよ!!」

 

 間髪入れずスカーレットがまくし立てる。

 

 トレーナーは右手に着けた腕時計を確認する。時刻は午後三時半。

 たしかに、昼に始まった合同練習に対して、この時間はいくらなんでも遅すぎる。ウオッカに何か事情があったのだろうか。真相はわからないが、ナリタブライアンもさすがに激怒しているだろう。

 

 しかし、返ってきたのは意外な答えだった。

 

「ああ、そのことか。それならウオッカから理由を聞いている。

 遅れた理由は言えないが、私が了承した。それで納得してくれないか?」

 

 諭すように、優しくスカーレットに答えるナリタブライアン。

 予想外の回答に、スカーレットは驚きを隠せない。しかし、さすがのスカーレットもナリタブライアンの言葉には素直に頷くようだ。

 

「そ、そういうことなら」

 

 まだ完全に納得していないようだったが、肩を丸めスカーレットは一歩身を引く。しかし、鋭い視線はウオッカを捉えて離さない。

 

 ナリタブライアンはそれに気づいていたようだが、スカーレットを見て静かに頷くと、トレーニングコースへ向けて歩き始めた。

 

「ウオッカ。遅れた分、取り戻すぞ!」

 

「は、はい! ブライアン先輩!!」

 

 元気のいい返事と共に、ウオッカがナリタブライアンを追ってトレーニングコースへ走って行く。

 スカーレットはそんな二人を、複雑な表情で見送っていた。

 

 

 

 

『ピロリロリ~ン』

 

 突如、スマホの着信音が鳴り響いた。

 

「うわっ!? すいませ~ん」

 

 どうやらスカイのスマホのようだ。

 スカイはスマホをポケットから取り出すと、皆から距離を取るため駆けていく。

 

 

 静寂が場を包み込む。

 

 

「ス、スカーレットさん。もう一度ティアラを探してみましょう」

 

「……はい」

 

 精一杯の笑顔で優しく声をかけるフラワー。

 だが、スカーレットの表情はうかないままだった。

 

 頼みの綱であった猫の隠し場所にティアラは無く、ウオッカとも言い争いになったスカーレット。重なる不幸に、彼女はだいぶダメージを負っているようだった。気分が沈むのも、当然といえる。

 

 トレーナーはもう一度、ティアラの行方に思考を巡らせる。

 

 ティアラは一体どこへいってしまったのか? 猫が犯人でないとなると、容疑者はやはり合同練習を共に行った五人になる。話してみてニシノフラワーはティアラを盗んだ可能性は低いと感じた。なにより、休みの時間を割いてまでティアラ探しを協力してくれる時点で、犯人の可能性は薄いだろう。エアグルーヴも嘘をついていると思わなかったし、メジロドーベルも犯人なら荷物置き場で視線を感じたというあいまいな証言は残さないだろう。

 そう考えると、残った聞き込みを行っていないカワカミプリンセスとスイープトウショウが、犯人である可能性が最も高い。だが……。

 

 

 

 

「皆さんちょっといいですか?」

 

 通話を終え戻ってきたスカイが、突然、大きな声を張り上げた。

 皆の視線が、自然とスカイへ注がれる。

 

「カワカミさんが行方不明だそうです」



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五人のウマ娘 4ー1

「カワカミさんが行方不明だそうです」

 

 皆の口がポカンと広がる。

 誰もその言葉の意味を、すぐに理解できなかった。

 

「カワカミちゃんが……行方不明??」

 

「カワカミプリンセス。今日の合同練習でゲートを壊したウマ娘ですね」

 

 隊長の言葉に頷くファイン。

 状況を理解したフラワーの顔が、どんどん青くなっていく。

 

「ど、ど、どうしましょう!?

 カワカミさんが行方不明だなんて!!」

 

「あぁー、行方不明と言っても……」

 

「不審者だ!!」

 

 大きな声にビクリと肩を震わすフラワー。

 叫んだのは、スカーレットだった。

 

「カワカミ先輩は不審者にさらわれたんですよ!

 きっとそうです!! そして、その不審者が私のティアラも……」

 

 スカーレットは続けてブツブツと何か呟くと、

 

「私、不審者を捕まえてきます!!」

 

 と言って、おもむろに駆けだした。

 

 あまりの急展開に固まる一同。

 スカーレットの姿は、あっという間に見えなくなった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「行方不明といっても、キングの早とちりですよ」

 

 残されたメンバーに、スカイがカワカミプリンセスの行方不明について説明する。

 

「キングがカワカミさんとお茶会の約束をしていたらしいんですけど、カワカミさんが約束の時間になっても現れなかったようで」

 

「それは、行方不明なのでは?」

 

「でも、約束の時間から、まだ十分しか経ってないんですよ」

 

「十分!?」

 

 予想外の答えに思わず声が出るトレーナー。

 十分遅れただけで行方不明と判断するのは、さすがに早すぎる。

 

「ほんと、キングは心配性なんだから」

 

 やれやれといった様子でため息をこぼすスカイ。

 だが意外にも、彼女はカワカミの捜索に前向きだった。

 

「まぁ、珍しいキングの頼みですからね。

 杞憂だと思いますが、カワカミさんを探してみます」

 

「そ、それなら私も。

 本当に行方不明の可能性もありますし、カワカミさんはティアラを見たかもしれません。

 それに、スカーレットさんも心配なので」

 

「たしかに。なんだか周りが見えてなかったような……。

 でも、いいの? フラワー、せっかくの休みなのに」

 

「はい! スカイさんにはいつもお世話になっているので!

 一緒にカワカミさんを探しましょう!!」

 

 スカイの顔が固まる。

 だが、すぐにいつもの柔らかい表情に戻ると、スカイはフラワーの頭を優しくなで始めた。

 

「ス、スカイさん!?

 みんな見てますよ! スカイさん!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

 スカイとフラワーはカワカミの捜索、ファインたちははぐれたスカーレットと合流、という形で話がまとまり、トレーナーたちはスカイ、フラワーと別れた。

 

「うーん。電話はつながらないね」

 

 ファインがスマホをポケットの中に戻す。

 スカーレットは未だ気が動転しているようだ。何度かかけ直したファインの電話がとられることはなかった。

 

「殿下、学園にいるSPにスカーレット様とカワカミ様を見つけ次第、連絡するよう指示を出しても構わないでしょうか?」

 

「ありがとう、隊長。よろしくお願いします」

 

 隊長は頷くと、携帯を片手にファインとトレーナーから離れた場所へ移動した。

 

ーーーーーーーーーー

 

 前の道を、買い物帰りの二人のウマ娘が「ウェイ、ウェーイ!」と叫びながら駆けていく。後ろからは、トレーニングコースで練習するウマ娘のかけ声が聞こえてきた。

 

 いつもと変わらない風景。

 トレセン学園の、穏やかな日常。

 

「助手君、ティアラは、今どこにあると思う?」

 

 ファインの翠色の瞳が、トレーナーを捉える。

 

 トレーナーは、この瞳に見覚えがあった。まっすぐで、でもどこか違うところを視ているような、儚さを感じる瞳。まだ、ファインがレースを憧れとして見ていた、あの瞳。

 

「わからない。学園内にはあると思うけど」

 

 トレーナーは顎先に指を這わせ、思考を深めた。

 荷物置き場から姿を消したティアラ。しかし、合同練習に参加したメンバーは、荷物置き場でティアラをだれも見ていないという。そこから考えられるのは、犯人がメンバー以外のものであること、もしくは、だれかが嘘の証言をしていること、この二つだった。

 だが、どちらの考えも、ティアラの居場所にたどり着きそうにない。

 

 視線を上げると、ファインと目が合った。

 ファインは、儚さを感じさせる瞳のまま、仄かに笑った。

 

 もしかしてファインは、ティアラがどこにあるのか突きとめたのか。

 なぜか、そんなありえない考えが、トレーナーの頭をよぎった。

 

「見つけたぜ~~~~!!!!」

 

 突如、背後から響いた叫び声。

 

 あまりに大きな声に、思わず肩をビクリと振るわせ、トレーナーは振り返る。

 突然、視界は真っ黒に染まり、トレーナーは身動き一つとれなくなった。

 

「トレーナー!?」

 

 ファインの呼ぶ声が聞こえる。

 だが、なぜか聞き取りづらい。

 

「お前のトレーナー、少し借りてくぜ!!」

 

 微かに聞こえる、謎の人物が発する声。

 直後、トレーナーの足が地面から離れた。

 

「よっしゃ、いくぞ~~~!!!」

 

 それからは、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような、されるがままに振り回される感覚が数分間、トレーナーを襲った。

 

ーーーーーーーーーー

 

 隊長は、SPメンバーに指示を出しながら、考える。

 

 ティアラを盗んだ犯人は、いったい誰なのか。猫が犯人である可能性は低くなった。ならば、考えられるのは、殿下とスカーレット様を除く、合同練習に参加していた五人のウマ娘だろう。ティアラを移動させたと話したエアグルーヴ様は、犯人ではないだろう。フラワー様が、彼女が移動させる姿を見ているのだ。もし、彼女がティアラを盗む気ならば、そんな失敗はおかさない。誰にも見られないようティアラを移動させ、ティアラを見なかったと嘘をつくはずだ。

 やはり、犯人の可能性が高いのは、エアグルーブ様のあとに荷物置き場を訪れた、ドーベル様か。彼女が盗んだのであれば、フラワー様がティアラを見なかったことにも説明がつく。では、なぜ彼女はティアラを盗んだのか。

 

「……隊長、聞こえていますか、隊長!」

 

 聞き慣れない声量に、思わず携帯を耳から遠ざける。

 内に閉じ込めていた思考が、解放される。

 

「すまない。少し考え事をしていた」

 

「珍しいですね。携帯が壊れでもしたのかと思いましたよ」

 

 携帯の向こうから、自身の冗談でクスクスと笑うSPの声が聞こえてきた。

 

 携帯が……、壊れる。

 

 なるほど、そういうことか。

 

「フフフッ」

 

 これならば、彼女がティアラを盗んだ説明がつく。さらに、それを皆に隠していることも。彼女は、このあと出かける予定があると、スカーレット様が言っていた。合同練習で疲れた身体でも、彼女は出かけざるをえなかった。そう、彼女は……。

 

「隊長、どうかなさいましたか?

 ……もしかして、本当に壊れちゃいました??」

 

「いや、なんでもない。

 先ほどのとおり、捜索をたのむ」

 

「はっ!」

 

「それと、もう一つの件も頼む」

 

「任せてください!!」

 

 頼りがいのある返事を聞いて、隊長は電話を切った。

 

 この推理を、早く殿下に披露したい。

 だが、この推理はまだピースが揃っていない。カワカミ様とスイープ様の話を聞かなければ。推理に間違いがなければ、どちらも同じ答えが返ってくるはずだ。

 

 はやる気持ちを落ちつかせ、隊長はポケットの中に携帯をすべり込ませる。

 

 この事件を解決すれば、殿下の助手はトレーナーから私に……。

 

 ファインが驚き、そして自分を褒め称える姿を想像する。

 

 助手の座は、もう目の前だ!

 

 隊長は緩む頬にビシッと喝をいれ、身体を反転させた。

 そして、ファインとトレーナー、二人に向かって一歩ふみ出した。

 

 はずだった。

 

 しかし、そこにトレーナーの姿はなかった。

 代わりに、足のはえた大きな麻袋を抱える芦毛のウマ娘が、全力で走り去る姿が見えた。

 



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五人のウマ娘 4ー2

「よーし! やっと着いたぜ!!」

 

 その声とともに、トレーナーは久方ぶりの地面を踏みしめる。

 未だ視界は暗いまま。底知れぬ不安と恐怖がトレーナーを襲っていた。

 

「うーん。ひじき煮にすっか、きんぴらにすっか悩むなぁ」

 

 目の前で誰かがしゃべっている。

 

「でもマヨネーズも捨てがたい」

 

 一体、何を悩んでいるのだろう。

 

「あ、忘れてた」

 

 突然、明るくなる視界。周りは木々だらけで、場所の特定が出来ない。

 めまいと若干の吐き気をもよおすトレーナーをよそに、目の前のウマ娘は満足げに微笑んだ。

 

「よぉ! ファインのトレーナー。

 お前に訊きたいことがあるんだ」

 

 訊きたいことがあるだけなら、さらう必要は無かったんじゃないか。

 トレーナーは目の前に立つウマ娘を見て、口から出かけた言葉を飲みこんだ。

 

 トレセン学園に関わるもので、このウマ娘を知らないものはいない。

 黙れば美人、喋ると奇人、走る姿は不沈感。その名もゴールドシップ。

 あの生徒会が手を焼く存在であり、トレーナー間でも要注意人物の一人にあげられているウマ娘だ。彼女の逸話に底はなく、ゴールドシップに担当ウマ娘の併走を頼んだあるトレーナーが、なぜか一日中潮干狩りをするはめになった話や、合同練習で一人、将棋を指し始めたかと思うと、模擬レースでぶっちぎりの一位をとった話は、トレーナ間でも有名だった。

 触らぬゴルシに祟りなし。このことは、トレーナー間の暗黙の了解になっている。

 

「ヒシアマが言ってたんだが、お前、ダイオウイカとタイマンしたって本当か!?」

 

 あふれんばかりの笑顔で尋ねてくるゴールドシップ。

 意味の分からない質問に、トレーナーの思考は一瞬でフリーズした。

 

「一度戦いたいと思ってたんだよなぁ、ダイオウイカ。

 なぁ、やっぱりイカスミはうまかったか!?」

 

 ダイオウイカ? イカスミ?

 このウマ娘は、いったい何を言ってるんだ??

 

「なに黙ってるんだ?

 ここはゴルシちゃんしか知らねぇシャイニング泥団子を作る場所だから、誰にも聞かれることはねぇぞ。

 ほら、早く教えてくれよ!」

 

 シャイニング泥団子??

 どうしよう。彼女の言動が一ミリも理解できない。

 

 しかもここは、ゴールドシップしか知らない場所なのか?

 つまり、助けは期待できない!?

 

 いや、スマホで連絡をとれば……。

 

 トレーナは急いでポケットに手を突っ込んだ。

 右、左、胸。膨らんだポケットが一瞬でしぼんでいく。

 

 トレーナーの顔が、青ざめていく。

 

「おーい、聞こえてんのか?

 もしもし、もしも~~~し」

 

「どぉおおりゃぁあああーーー!!!」

 

 ひびく雄叫び。直後、目の前の茂みが激しく吹き飛んだ。

 驚きのあまり固まる二人。小枝や葉が、雨のようにトレーナーとゴールドシップに降りかかった。

 

「なんだ!? 火星人が攻めてきたのか!?」

 

 さっきから、このウマ娘は、何を言ってるのだろう。

 

「あら? ゴールドシップさんにファインさんのトレーナーさん。

 こんなところで何をしてらっしゃいますの?」

 

 吹き飛んだ茂みから、一人のウマ娘が姿を現す。

 トレーナーは、そのウマ娘を見て、思わず驚きの声を上げた。

 

「カワカミプリンセス!?」

 

ーーーーーーーーーー

 

「つーわけで、アタシがこいつを連れてきたんだ!」

 

 カワカミとの思わぬ出会いに、固まるトレーナー。

 そんな彼をよそに、ゴールドシップがこれまでの経緯をカワカミに説明する。

 

「それは……、拉致じゃありませんの?」

 

「ちげーよ! 力ずくで連れてきただけだ!!」

 

 それを拉致というんだが……。

 

「確かに。パワーは大事ですものね」

 

 頷くカワカミプリンセス。「分かってるじゃねぇか!」と嬉しそうに笑うゴールドシップ。

 そんな二人を見て、トレーナーはもう現状を受け入れるしかないと悟った。

 

「ところで、おめーはこんなところで何してたんだ?」

 

 ゴールドシップからカワカミへの質問。

 トレーナーはその質問に、慌てて聞き耳を立てる。

 行方不明だったカワカミプリンセスがなぜここにいるのか。もしかしたら、本当にティアラと関係があるかもしれない。

 

「実は……セバスチャンを探していましたの」

 

「「セバスチャン??」」

 

 初めて聞く名前だ。

 カワカミプリンセスには執事がいるのか?

 

「私の愛犬なのですが、迷子になってしまいまして」

 

「なに!? じゃあお前は、執事狩りをしてたのか??」

 

「執事狩り? はしてませんが、捜索をしていたところです」

 

 ゴールドシップの口角がだんだんと上がっていく。

 これは、まずい予感。

 

「こうしちゃいられねぇ!!

 アタシたちも協力するぜ!! 執事狩り!!!」

 

 やはりこうなったか。

 協力するのはいいが、その前に。

 

「ちょっと待ってくれ。

 せめて誰かに連絡を……」

 

「まあ! 協力してくださいますの!!

 なんて心の優しい方たちかしら」

 

 ダメだ。だれも話を聞いてくれない。

 

「よーし! 無人島だろうが海底だろうが、どこにいようとこの名探偵ゴルシ様が必ず見つけ出してやる!! 覚悟しとけよ羊野郎!!!」

 

 ゴールドシップが天高く拳を突き上げる。

 合わせてカワカミ、そしてゴールドシップによって無理矢理トレーナーの拳が突き上げられた。

 

「いたっ!!」

 

 思わず叫ぶトレーナー。

 

「なんだよ!? そんなに痛かったか?

 ゴルシちゃん、優しくしたつもりなのに。

 お前、ちゃんと肉食ってんのか??」

 

「違う、違う! ほら、あそこの茂み」

 

 トレーナーは自由に動かせる手を使い、二人に前の茂みを見るよう促す。

 そこには、泥だらけの犬が一匹、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 

「セバスチャン!!」

 

ーーーーーーーーーー

 

「くそっ! 全然捕まらねぇ!!」

 

 カワカミの愛犬、セバスチャンを見つけてから三十分。

 トレーナー、ゴールドシップ、カワカミプリンセスは泥だらけになりながらも、懸命にセバスチャンを追いかけていた。ゴールドシップが木に登り上から仕掛けたり、三人でセバスチャンを囲むように陣取ったり、と様々な策を弄した三人。だが、木々の多いこの場所と、遊んでくれると勘違いしたセバスチャンにより、トレーナーたちの奮闘は虚しくも、セバスチャンを喜ばせただけだった。

 

「こらっ! セバスチャン、めっ! ですわ」

 

「だめだ。完全に楽しんでる」

 

「くっそ~。羊の野郎、スカイダイビングしやがって!」

 

 額から噴き出る汗を拭いながら、トレーナーはその場に座り込む。

 犬やウマ娘と違い、トレーナーに無尽蔵のスタミナなどない。三十分も走り回れば、明日、全身が筋肉痛になることは確定だった。そもそも、こんなに泥だらけになって走り回ったのはいつ以来だろうか。まるで子どもの頃に戻ったみたいだ。

 

「こうなりゃ、奥の手を使うしかねぇか」

 

 ゴールドシップが呟く。

 この短い期間で、トレーナーはゴールドシップの言葉を真に受けてはいけないと、身を以て学んでいた。彼女の言動がかみ合うことは、奇跡に等しい。というか、まず何を言っているのかほとんど分からない。

 

「ファインのトレーナー、カワカミ、もう一度フォーメーションデルタでいくぞ!」

 

 フォーメーションデルタ。この言葉に特に意味は無い。ただ、セバスチャンを追いかけるだけだ。

 トレーナーはすでに悲鳴を上げている足に鞭を打ち、なんとか立ち上がった。

 その時、珍しく真剣な表情のゴールドシップに、自然とトレーナーとカワカミに緊張が走った。

 

「よし、いくぞ!」

 

 セバスチャンは三人を見て、また嬉しそうに尻尾を振り始める。

 まだまだ遊び足りないよ、とでも言いたげに、ビー玉のような目が爛々と光った。

 だが、それも一瞬だった。

 

「トゥルルルルル!!」

 

 突如響き渡る、異様に甲高い謎の音。

 トレーナーは咄嗟に周囲を見渡した。すると、ゴールドシップがその場で固まったまま、奇声を出し続ける姿が見えた。思わず、トレーナーの視線がゴールドシップに釘付けになる。しかし、ゴールドシップに釘付けになったのは、トレーナーだけではなかった。カワカミとセバスチャン、彼女たちもゴールドシップに視線を奪われていた。

 

 一瞬、トレーナーとゴールドシップの目が合う。

 なるほど。そういうことか。

 トレーナはゴールドシップに向かって、頷く仕草を見せる。

 

 セバスチャンは今、ゴールドシップに気をとられて、石のように固まっている。

 チャンスは、今しかない。

 

 奇声を上げ続けるゴールドシップ。

 セバスチャンの背後にまわり、一歩ずつ、慎重に近づくトレーナー。

 幸い、足音はゴールドシップの奇声にかき消されている。だが慎重に、木の枝や乾いた落ち葉を踏まないよう、細心の注意を払って、トレーナーは進む。セバスチャンの視線は、変わらずゴールドシップに注がれていた。距離は、着実に縮まっていく。

 

 セバスチャンと、ついに目と鼻の先の距離に。

 

「いっけぇええ!!!」

 

 ゴールドシップが叫んだ。

 トレーナーの手が、セバスチャンの腹をがっしりと掴んだ。

 

「捕まえた!!!」

 

「よっしゃぁああーーー!!!」

 

「すごいですわーーー!!!」

 

 逃がさないよう、セバスチャンを空高く持ち上げるトレーナー。

 ゴールドシップとカワカミが、そんなトレーナーの下へ駆け寄っていく。 

 

「やるじゃねぇかお前!! 見直したぜ!!!」

 

「まるで、闇に飲みこまれたプリファイを救う、王子様のようでしたわ!!」

 

 感情を爆発させ喜ぶカワカミとゴールドシップ。セバスチャンも二人が喜んでいることが分かるのか、トレーナーの腕で嬉しそうに尻尾を振った。

 

「今日の晩飯は黄金イカスミの炭火焼きだぁーー!!」

 

 相変わらずゴールドシップは何を言ってるのか分からない。

 トレーナーはセバスチャンに舐められ、ベタベタになった顔を拭いながら思った。

 今すぐベッドの上で横になりたい。

 

「これは……。一体どういう状況ですの?」

 

 突如、茂みをかき分けて現れた一人のウマ娘。

 彼女は異様に盛り上がる二人を見て、一歩後ずさる。

 

 そのウマ娘を見たゴールドシップの顔が、一瞬にして輝いた。

 

「マックイーン!!」

 

 そして、マックイーンと呼ばれたウマ娘の背後から、もう一人ウマ娘が現れる。生い茂る草木の中を通ってきたとは思えないような、優雅な姿が、そこにはあった。

 

「ファイン!?」

 

「トレーナー!!」

 



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五人のウマ娘 4ー3

 遡ること三十分。

 

「た、隊長! どうしましょう!?

 トレーナーが! トレーナーが!!」

 

 伝えたいことがまとまらないのか、両手をバタバタと動かし、目にうっすらと涙をためるファイン。どんな場面でも、常に毅然とした態度を崩さない彼女が、珍しく動揺を露わにしていた。

 

 隊長は急いで状況の確認に入る。

 

「先ほど、ウマ娘が抱えた麻袋から足が見えたのですが、まさかあれがトレーナー様ですか?」

 

 ありえないと思いながらも、一応聞いてみる。

 ファインは、首を大きく縦にふった。

 

「そんなバカな!?」

 

 衝撃的な事実に、思わず否定的な言葉がこぼれる。

 

「本当です!!」

 

 もちろん、隊長にファインの言葉を疑う気持ちは一切なかった。だが、これはあまりに荒唐無稽なこと。そう簡単に分かりました、と納得できるものではない。

 ……いや、待てよ。麻袋を使った人さらい。トレセン学園において、注意しなければならない要注意人物。

 

「まさか……、ゴールドシップ……」

 

 ファインが力強く頷く。

 

 やはり、避けては通れない存在だったか。

 隊長は気の緩みを自覚し、唇を噛んだ。

 

「どうしましょう! 隊長! トレーナーが!!」

 

 ファインの瞳から、一筋の涙がこぼれおちる。

 隊長はそのとき、自らの過ちに気づいた。

 

 今は、後悔などしている場合ではない!

 すぐに行動を起こさねば!!

 

「まずはSPメンバーに連絡をいれます。

 殿下は、エアグルーヴ様に事情をお伝えしてください。生徒会副会長の彼女なら、すぐに適切な対処をしてくださるでしょう。

 学外に逃げた可能性も考え、SPメンバーの一部は市内を捜索させます。

 大使館にも連絡をいれて、捜索の範囲を広げましょう」

 

 隊長の言葉を聞きながら、何度も涙をぬぐうファイン。

 顔を上げる頃には、いつもの毅然とした姿が、そこにはあった。

 

「……ありがとう、隊長。

 わかりました。大使館には私から事情を伝えるので、隊長はSPの方々へ連絡をお願いします」

 

「はっ!!」

 

 隊長の背筋がぴんと伸びる。

 

 二人はそれぞれスマホを取りだし、ロック画面を解除した。

 連絡先を開き、著名人の名前が羅列する画面をすばやくスライドさせ、目当ての連絡先を探す。

 二人の人差し指が、画面に近づいていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!!」

 

 突如、ファインと隊長の前に、一人のウマ娘が割って入ってきた。

 彼女は、スマホ画面と数センチの距離にあった隊長の指を、止めるように隊長の腕を掴む。

 

「あなたは……」

 

「マックイーンさん!?」

 

 メジロマックイーン。名門メジロ家のウマ娘にして、最強のステイヤーの一人として名高い、気品と実力を兼ね備えたウマ娘。ファインともお茶会をしたり、共に飲食店に行くなど、交流のあるウマ娘なので、隊長もよく知っているウマ娘だった。

 

「危なかったですわ。もう少しで大変なことに……」

 

 思わず安堵の息を漏らすメジロマックイーン。

 ファインと隊長は、揃って首を傾げる。

 

「すみませんが、連絡を取るのは少し待って頂けないでしょうか?」

 

 戸惑いを隠せない二人に、マックイーンはここにゴールドシップが来たか、という質問を投げかけた。その質問に頷くファイン。それを見て、マックイーンは溜息を吐き話し始めた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「わたくし、今日はゴールドシップさんと昼食を食べにいく約束をしていたのですが、待ち合わせの時間になっても、彼女がいっこうに現れず。……しかたなく、探しに行くことにしましたの」

 

 ファインと隊長が電話をかけるのを、阻止したマックイーン。

 まあ、いつものことなのですが、と自虐気味に言葉を続ける。

 

「周辺を探していると、息をきらしたヒシアマゾンさんと出会いました。彼女はわたくしを見つけると、突然こうおっしゃいました。ゴールドシップが目を輝かせて走って行ったんだが、なにか問題を起こさないか、と」

 

 マックイーンが顔をしかめる。

 

「わたくしは、十中八九、問題を起こします。と答えました」

 

 それからマックイーンはヒシアマゾンから、ゴールドシップに今日、ファインのトレーナーと会話した内容を話してしまったこと、それを聞いたゴールドシップが目を輝かせ、走り去ったこと、をファインと隊長に伝えた。

 

「大丈夫です。ゴールドシップの行き先には、心当たりがあります」

 

ーーーーーーーーーー

 

「それで、マックイーンさんのおかげでここに来れたんだ」

 

 ファインが、これまでの経緯をトレーナーに説明する。

 横ではゴールドシップが、マックイーンに泥団子の作り方を伝授していた。

 

「これ、道に落ちてたよ」

 

 斜めにひびの入ったスマートフォンと黒革の長財布。どちらも、元々はトレーナーのポケットに入っていたものだ。やはり、ゴールドシップに担がれている最中に落としたらしい。

 

「ありがとう、ファイン。ところで、隊長はどこに?」

 

「それが、マックイーンさんに隊長を見たゴールドシップさんが何をするか分からないから、森の外で待機していてほしいって言われて」

 

「森の外にいると……」

 

 たしかにゴールドシップのことだ。隊長を見つけてSPと戦ってみたかったなどという、訳の分からないことを言いかねない。メジロマックイーンは、よくゴールドシップのことを理解している。

 思わず感心してしまうトレーナー。

 その時だった。

 

 

 カシャ!!

 

 

 背後から、シャッターを切る音が響いた。

 そして……。

 

「待ちなさい!! ゴールドシップーーーー!!!!」

 

 森が震えるような怒号。

 訳も分からず振り返ると、そこには、メジロマックイーンが逃げるゴールドシップを追いかけ、森の中へと消えていく姿があった。それと同時に、セバスチャンを抱きかかえたカワカミと、目が合った。

 

「わ、わたくしは何も見ていませんわ!!」

 

 慌てて目をそらすカワカミ。

 

 ゴールドシップがまた何かやらかしたな。

 

 トレーナーは服についた土を軽くはらいながら、自然とメジロマックイーンの無事を、心の底から祈っていた。

 

ーーーーーーーーーー

 

 ファインの指示に従いながら、トレーナーを先頭に三人は入り組んだ小道を進んでいく。

 

「殿下、ご無事で何よりです」

 

 森を抜けると、片膝をついた隊長が三人を出迎えた。

 隊長の足下には、何度もその場を行き来したであろう無数の足跡があった。おそらく、ファインが心配でたまらなかったのだろう。

 

「トレーナーの救出は成功しました!」

 

「さすが殿下。何も心配していませんでしたよ」

 

 滅多に見せない柔らかな笑みで頷く隊長。

 だが、それも一瞬だった。

 

「トレーナー様には、もっとしっかりしていただきたいものです」

 

 すっと立ち上がり、隊長は鋭い視線をトレーナーに向ける。

「すいません」と謝るトレーナー。その姿を見て、隊長はやれやれといった様子でため息を吐いた。

 

「でもでも、ファインさんのトレーナーさんはカッコよかったですわよ!」

 

 それまで、ファインとトレーナーの陰に隠れていたカワカミプリンセス。

 彼女はトレーナーの勇姿を伝えようと、セバスチャンを高々と持ち上げる。

 

「セバスチャンをがっしりと捕まえた時なんて、それはもう……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 カワカミを見て、思わず彼女の話を遮る隊長。

 あまりの勢いに、せわしなく動いていたカワカミの口が塞がった。

 

「あの……。一つよろしいでしょうか?」

 

 隊長の言葉に頷くカワカミ。

 

「行方不明であるはずのカワカミ様が、なぜここに?」

 

「私が、行方不明??」

 

 訳が分からないといった様子で、首をかしげるカワカミ。

 その腕の中で、セバスチャンが「ワンッ!」と鳴いた。

 

ーーーーーーーーーー

 

「みぎゃぁぁぁぁ!!!!

 どどど、どうしましょう!! 完っ全に忘れてましたわ!!??」

 

 キングヘイローがあなたを探している、という隊長の言葉を聞いて、顔面蒼白になるカワカミプリンセス。彼女はいきなりセバスチャンから手を離したかと思うと、近くの木に向かって頭突きを始めた。

 

「私のバカ! バカ!! バカ!!!」

 

 鈍い音が響き、木が揺れる。

 慌てて止めに入るトレーナーと隊長。しかし、カワカミの頭は止まらない。

 焦るトレーナー。このままでは、カワカミが怪我をしてしまう。

 そう思った矢先、木からミシミシという音が聞こえてきた。

 

「カワカミちゃん! キングさんから連絡きたよ!!」

 

 大きな声で、カワカミを呼ぶファイン。

 どうやら、カワカミが頭突きを始めたときに、キングに連絡を入れたようだ。

 カワカミの動きが、一瞬で止まる。

 

 ファインのスマホ画面には、『カワカミちゃんを見つけたよ!』というファインのLANEに対して、キングからの返信が映されていた。

 

『ありがとうございます。カワカミさんは無事でしょうか?』

 

「そんな……。キングさん、こんな私の心配を」

 

 カワカミの目に、涙が溜まっていく。

 

「まずはキングさんのところに行ってみよう」

 

 ファインの言葉に、カワカミは静かに頷いた。

 



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五人のウマ娘 4ー4

「ご迷惑をおかけしました」

 

 キングヘイローが深々と頭を下げる。

 

 カワカミと共にキングと合流したファインたち。

 キングの横には、同じく行方不明になっていたスカーレットと、ファインのSPがいた。

 

「皆さんにはなんとお礼をいえばいいのか……」

 

「気にしないで。わたしたちもカワカミちゃんに聞きたいことがあったから」

 

「聞きたいこと……ですか?」

 

 キングの言葉にファインが頷く。

 

――――――――――――

 

 黄金色に輝くフィナンシェを囲むように置かれた、四つのティーカップ。「カワカミさんを見つけてくれたお礼もかねて、お菓子はどうですか?」というキングの提案を受け、ファインとスカーレットはお茶会に参加していた。

 

「これ、とってもおいしいです!」

 

「お茶ともよく合ってるね!」

 

「ありがとうございます。それで、カワカミさんに聞きたいこととは?」

 

 キングの言葉で、スカーレットがカワカミに向き直る。

 スカーレットの真剣な表情に、カワカミは背筋を伸ばす。

 

「カワカミ先輩、今日の合同練習中、わたしのティアラを見ませんでしたか?」

 

「スカーレットさんのティアラ……ですか?」

 

 スカーレットが、これまでの経緯をカワカミとキングに説明する。

 

 記憶を探るように眉をよせ、黙り込むカワカミ。

 トレーナーには、期待を込めた眼差しをカワカミに向けるスカーレットと、厳しい表情をしたファインが見えた。

 

 これまでティアラを探してきたが、今はこれといった手がかりがない。どんな情報でも欲しい現状において、スカーレットがカワカミに期待をよせる気持ちは十分に分かる。だが、初めに荷物置き場を訪れたドーベルがティアラを見ていないことから、カワカミも十中八九、ティアラを見ていないだろう。それは、スカーレットも分かっているはずだが……。

 

「見ましたわ」

 

「えっ!?」

 

「スカーレットさんのティアラなら、荷物置き場で見ましたわ」

 

「本当ですか!?」

 

 机から身を乗り出すスカーレット。

 トレーナーはカワカミから発せられた予想外の答えに、思わず驚きの声が漏れる。

 

「ええ。わたくしの鞄の上に置かれていたので、スカーレットさんの鞄の上に置き直しましたもの」

 

「まって。カワカミちゃんの鞄? グルーヴさんはスカーレットちゃんの荷物の上に置いたんじゃなかったっけ」

 

「いえ、名探偵ファイン様。グルーヴ様はティアラを荷物置き場に持って行ったとおっしゃいましたが、スカーレット様の荷物の上に置いたとは言っていなかったかと」

 

「それなら、どうしてグルーヴ先輩はカワカミ先輩の鞄の上に、わたしのティアラを?」

 

「わたくしも、それを不思議に思っていましたの。スカーレットさんの荷物はわたくしの荷物と離れていましたし、あのグルーヴさんが置き間違えるとは到底思えませんでしたから」

 

 たしかに。あのエアグルーヴが置き間違える、というミスをするイメージはできない。 

 思わぬ展開に、トレーナーは思考を巡らせる。

 

 ではなぜ、エアグルーヴはスカーレットのティアラをカワカミの鞄の上に置いたのか? まてよ。カワカミの前に荷物置き場に訪れたドーベルが、スカーレットの鞄の上にあったティアラを移動させた可能性もある。そのことを隠すために、視線を感じたというあいまいな証言をしたのか? いや違う。移動させただけなら、嘘をつく必要がない。カワカミがティアラを見たのなら、ドーベルがティアラを盗ることは不可能だ。そもそも、ティアラを盗るのではなく、移動させることにどんなメリットがあるんだ。

 

「あの、少しよろしいでしょうか?」

 

 皆が移動したティアラについて話し合っているなか、唐突にキングが手をあげた。

 

「電話で直接、エアグルーヴさんに聞いてみては?」

 

ーーーーーーーーーー

 

「はい、ありがとうございます。お忙しい中すいません」

 

 スカーレットが電話越しに頭を下げる。

 通話を切り、スカーレットはファインにスマホを返した。

 ティアラがないことに焦り、彼女はスマホを部屋に置いてきてしまっていたらしい。

 

「エアグルーヴ先輩はわたしの鞄の上にティアラを置いたって言ってました」

 

「ということは、グルーヴさんがティアラを置いてから、カワカミちゃんが荷物置き場に訪れるまでの間にティアラは移動したってことだね」 

 

「動かせるのは、ドーベル様しかいませんね」

 

「でも、ドーベルさんはティアラを見てないって」

 

「ならば、どうやってティアラはカワカミ様の鞄の上に?」

 

 隊長が視線をカワカミに移す。

 

「カワカミ様。ティアラは本当にカワカミ様の鞄の上にあったのですか?」

 

「……は、はい」

 

 詰問するような口調に、気圧されるカワカミ。

 

 たまに忘れてしまうことがあるが、隊長はSPとしての訓練を受けたエリートの中のエリートだ。ファインが遠く離れた地で、ここまで自由に生活ができているのは、祖国から信頼されている隊長の存在が大きいと、ファインから聞いたことがある。

 

 そんな隊長が、真剣な表情で詰め寄ってくるのだ。

 気圧されるのも無理はない。

 

「自分の鞄とスカーレット様の鞄を間違えた、という可能性はありませんか?」

 

「……それは。……ない、と思います」

 

 どんどん身を縮こませていくカワカミ。

 

「ふむ。では、最後の質問です。今までの証言に、一切嘘はありませんか?」

 

 カワカミが口ごもる。

 視線はとどまらず、動揺しているのは明らかだった。

 

 このままでは、カワカミの意図しない形で本意とは違うことを言ってしまう。そうなってしまっては、なにが正しい情報なのか分からなくなり、ティアラの捜索がより困難になるだろう。

 

 焦りを覚えたトレーナーが隊長を止めようとした、その時。

 

「失礼、ひとつよろしいでしょうか」

 

 カワカミの隣に座っていたキングが立ち上がった。

 鋭い視線が、カワカミからキングに移る。

 しかし、キングは怯むことなく、その視線を真っ向から受け止めた。

 

「たしかに、カワカミさんは少しおっちょこちょいなところがあります。

 ですが、彼女は嘘をつくようなウマ娘ではありません。まっすぐで、とても芯の強いウマ娘です!」

 

「キ、キングさん!!」

 

 珍しく面を食らった顔をする隊長。

 しかし、すぐさまいつもの真面目な表情に戻ると、一歩後ずさり、隊長はカワカミとキングにむかって頭を下げた。

 

「失礼しました。ティアラを見つけるという目的があったとはいえ、最後の質問は不躾でした」

 

 軽く頷き、座り直すキング。

 

 隊長とキング、二人のやりとりを見ていたファインが立ち上がる。

 

「気を取り直して、次はスイープちゃんに話を聞きにいこう!」

 



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