なぜか無限に勘違いされるんだが (雷電双丘の狭間)
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第一話 プロローグなんだが

初投稿です


 

 

原神、というゲームを知っているだろうか?

美しい世界、どこまでも続くような冒険、解き明かすのに魅力的すぎる謎の数々。もし、行けるとしたら行ってみたい世界筆頭と言っても過言ではない。

 

「だからと言って、この見た目は無いよな」

 

私の見た目は元の冴えない日本人男性のものから、彫刻のように精悍な顔立ちになり、黒かった目は黄金でハイライトを失っている。髪は黒から燻んだ金色に。

 

ぱっと見、成長してやさぐれた空くんだ。

 

「はぁ……どうしようか。行く当ても帰る場所も無いしなぁ…」

 

別に、私はチート能力を持っている訳でも、特殊な出自でも何でもない。転生する際に見た目を自由に決められたのだが、私はデフォルトの金髪金眼を適当に選択しただけに過ぎない。

だから、あの兄妹とは何の関わりも無い。

 

「というかここは……モンドなのか?七天神像を見つけない事にはどうにもな」

 

周りを見渡すと、視界いっぱいの草原と遠くに見える雪山がある。恐らくモンドか璃月周辺なんだろうが…いくらゲームの知識があったとしても実際に歩くのとゲームをプレイするのは別だ。

 

つまり、何もわからない。

 

「まぁ、クヨクヨしてても仕方ないか。行動しなきゃ何も始まらないしな!」

 

私は自分に喝を入れて歩き出す。幸い身長は同じだったのでバランス感覚はそのままで済んだ。暫く歩いていると、人工物らしき物を見つけた。

 

「あれは…ヒルチャールの巣…か?武器も持ってないし、避けるべきだな」

 

私はそのままヒルチャールの巣を迂回しようとする。しかし、ヒルチャールはそんな私を目敏く発見し近寄ってきた。

 

「Dada! Opa gu ya!(何だこいつ!?)」

「Yaaaa!? nunu laga!(うおおっ!?敵か!)」

「Vuba nasini me ye(でもこいつ武器無いぞ)」

 

ヒルチャールは口々に意味のわからない事をほざいている。次第にヒルチャール達は武器を下ろし始め、私に色の抜け落ちた神の目を渡してくる。何しろってんだよ。

 

「Ei ya! moi qawsefugikolp(何にも反応しない)」

「Jaba sup lic to(敵じゃない?)」

「Un ti co ng(迷子かな)」

「Kar sawa tac hil(かわいそうだな…)」

 

突然ヒルチャール達の雰囲気が柔らかくなる。すると、一匹のヒルチャールが巣の奥からこの辺りの地図と銀の剣を渡してきた。いや本当になんなの?怖すぎるんだけど。

 

「Fai na lfan ta(人間はこれ必要って聞いた)」

「Yali mass ney(やりますねぇ!)」

 

私が困惑していると、ヒルチャール達が手を振っている。まるで迷子を親元へ送り出すみたいじゃないか?私はそのままヒルチャール達の元を離れていくと、丁度街道に出た。

 

「助かった…これで町か村に行ける」

 

私は剣を持って街道を歩いて行く。途中、猪が突っ込んできた時は死を覚悟した。ヒルチャール達はまだ話が通じそうだったからマシだったが、ハナから対話が不可能な猪はヤバかった。幸い、一撃で殺せたから難を逃れたが。

原神世界の動物は強いのか弱いのかよくわからなくなってきた。

 

「長かった…漸く着いた、モンド城」

 

俳句になってしまったが、ともかく私はモンドへ到着した。早速冒険者登録をして生きれるようになろう。

 

「冒険者協会へようこそ!依頼ですか?登録ですか?」

 

「登録を頼む。それと登録料は必要か?すまないが無一文なんだ」

 

「料金は必要ございません。はい、これが冒険者証です。無くした場合再発行に500モラ頂きますのでご注意下さい」

 

「わかった。ありがとう、キャサリンさん」

 

「星と深淵を目指せ!」

 

さて、これで私も晴れて冒険者だ。早速依頼をこなしに行こう。まぁ神の目が無いからゲームみたいには行かないかもしれないが、スライムぐらいなら倒せて欲しいものだ。

 

「しかしなぁ…ヒルチャールは言うほど悪い奴らでは無さそうなんだよな。武器もくれたし」

 

「Con ohen ney(冒険者だ!)」

「Uma irarm enya(どうする!?)」

「Ar lasi insyo(戦うか…!?)」

 

「あー…えっと、冒険者協会から来たんですけど、私に攻撃の意思はありません。お話しませんか?」

 

「Fa!?!?!?(ファッ!?何だこいつ)」

「Oioi(武器をしまったぞ!戦わないのか?)」

 

「私はあなた達と同じヒルチャールに命を助けられています。私達は分かり合えると思うんです」

 

「Nnya pi...(けどなぁ…)」

「Abiss lo gam(アビスさんは殺れって)」

「BBA(よし、オレが行こう。)」

「Ofa!?!?!?(そマ?頼んだわ)」

 

私が待っていると、1人のヒルチャールが出てくる。あれは確か、ヒルチャール・暴徒だったか?

 

「おデ、すこシ、ニんゲンのコトば、わかる。なニしに、ここ、きた」

 

「私、キラキラ、指輪、探す。あなたたち、持ってる、それ、ほしい」

 

「おマえ、あの、ゴミの、もチぬし?なラ、はやク、もっテ、いけ。じゃマ」

 

交渉成立だ。私はヒルチャールから指輪を受け取ると、頭を下げてお礼を言った。

 

「おマえ、ニンゲンに、しては、いイ、ヤツ。まタ、こい」

 

「ありがとう」

 

ヒルチャール暴徒と握手し、私はその場を立ち去る。願わくば彼らが他の冒険者に殲滅されないよう。

 

 

 

「あぁ!ありがとう!もう戻らないと思っていたんだ!これは、妻の形見だったんだ…ヒルチャールに驚いて失くしたきりだったんだ!この感謝はどう伝えたら良いか…!」

 

「礼か…なら、食事をくれないか?今日一日、何も食べてないんだ」

 

「────貴方という人は、全くもって素晴らしい…!ここまで無欲な人は初めてだよ!あの栄誉騎士ですらしっかり報酬の水増しを要求してくるのに!」

 

「栄誉騎士?」

 

「知らないのか?最近モンドに来たのかな。栄誉騎士っていうのは、あの風魔龍を退けた旅人の事さ!いやあ、女の子なのに良くやるよ」

 

なるほど、この世界の主人公は蛍ちゃんなんだな。良い事を聞けた。この人には感謝をしないとな。それはそれとして、依頼主さんに『鹿狩り』でご飯を奢ってもらった。肉が美味かった。

 

「さて…寝床だが。教会は受け入れてくれるだろうか」

 

私がモンドの長い長い階段を上がり、風神像前広場を歩いていると、突然知らない人から声をかけられた。

 

「──────あのっ、もしかして…蛍、という人物に心当たりはありませんか?」

 

「……あるとも。そう言う君は、恐らくアストローギスト・モナ・メギストスだね?」

 

モナだった。私よりも背が低いから、恐らく私の身長は長身男キャラと同じぐらいなのだろう。というか、何だこの格好。寒く無いのか?

 

「なぜわたしを…?いえ、今はいいです。それよりも、貴方は蛍さんの関係者では無いですか?水占の盤でも貴方の存在は予見出来なかったので、恐らく蛍に何か関係があるのでは、と思ったのですが」

 

「残念ながら、私は蛍の関係者では無いよ。それとモナ、君は少し喋りすぎだね。君は私に情報を与えすぎだ」

 

「───っ、なら、貴方は誰なんですか?」

 

「そうだね──────私は、異世界からの来訪者。名前は……『DISASTER』。この世界ではそう名乗っていた」

 

無論、プレイヤーネームの事だ。カッコいいだろう?

 

 

 ─────────★─────────

 

 

モナは困惑していた。ディザスター、と言えばモナの師の友人であるアリスが口を酸っぱくして言っていた単語だ。

 

「ディザスターと言うのは、厄災そのものを指す言葉。もしそう名乗る人物が現れたら注意しなさい。少なくとも、ロクな奴ではないから」

 

当時は与太話として無視していたモナだったが、実際に目の当たりにして非常に頭を悩ませていた。確かに、「異世界からの来訪者」などという世迷いごとを簡単に信じるほどモナは馬鹿では無い。

 

(しかし…あの人が碌でも無い人には見えなかったのですが…。彼をもう一度尋ねてみるべきでしょう)

 

モナが熟考していると、友人である蛍とパイモンがフィッシュルを携えてやってきた。そこでモナは思い出す。彼らと一緒に冒険の打ち上げを行う事を。

 

「あ、そうです。蛍、貴方に伝えておきたい事があります」

 

「………?モナ、どうしたの?」

 

「あら?この私すら知る事を赦されぬ深き策謀を張り巡らせているのかしら?そう言う事なら私はその天命を待とうかしら?」

「お嬢様は、『隠し事なら、私は離れている』と言っておられます」

 

「いえ、そんな大それた事ではありません。先程、蛍と似た人物を見かけたので何か助けになればと思いまして。」

 

「本当!?どんな人だった?」

 

「確か…男性で、蛍と同じ目と髪の色をしていて、背は高かったですね。彼は自らを『ディザスター』と名乗っていました」

 

「………もしかしたら、お兄ちゃんかもしれない。その人は今どこにいるの?」

 

「さぁ…私ですら彼の星を見る事が出来ませんでしたから。彼は蛍とは関係無いと言っていましたが、真実は定かではありませんね」

 

「蛍!オイラもうお腹ペコペコだぞ!また明日探さないか?そんなに急ぎたいなら、ご飯食べ終わった後でも良いから!」

 

「パイモン…」

 

「我が親愛なる友、蛍。この皇女が付いているのよ?この風の大地ならば、我が従者オズが駆けて行き、その者との邂逅を早めるでしょう。だから貴女は果報を待つと良いわ」

 

「微力ながら、私も手伝いますよ。私は天才ですので、必ず見つけて差し上げましょう。まぁ、多少の時間はかかるかもしれませんが」

 

「モナ…フィッシュル…ありがとう」

 

 

そして夜が更け、朝の雲雀が鳴く。



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第二話 配達なんだが

 

昨日は教会が宿になってくれて助かった。

ロサリアさんが「床で寝るなら良い」と言ってくれたので、喜んで床で寝ることにしたのだ。空調がちゃんとしていたので快適に寝る事が出来た。

 

「ふあぁ……おや、君は…」

 

「バーバラだよ〜!初めまして、私、シスターとアイドルやってるんだ!」

 

「これはご丁寧にどうも。私はDISASTER、気軽にディと呼んで欲しい」

 

「分かった!えーっと、ディ君はどうして床で寝ていたの?言えば寝室くらいあるのに」

 

「あぁ、ロサリアさんの好意でね。案外良いものだった」

 

「ロサリアが?む〜っ、言っておかないと!」

 

「ははは、勘弁してあげてくれ。彼女だって疲れていたんだろう。さて、私はここでお暇させて貰おうかな。」

 

「あ、ついでなんだけど頼んでも良い?ドラゴンスパインに居るアルベドって人に物資を届けて欲しいの。いつもは誰かがやってくれるんだけど、たまたまその子が居なくて」

 

「構わないとも。」

 

バーバラから運ぶように指示されたのは、いくつかの画材や火のアゲートだった。後々知った事だが、火のアゲートはどうやら暖を取れるらしい。僥倖と言ったところか。

 

 

「ふぅ、案外重くないものだな。バーバラが重そうにしていたからそれ相応の重さかと思ったんだけどな。」

 

当然、ワープポイントは使えないため徒歩だ。だが苦にはならない。むしろ調子が良いぐらいだ。道中、ヒルチャール達がこちらを見ていたが挨拶をしたら手を振り返してくれた。

恐らく、私の話が他の集落のヒルチャールにも伝わったのだろう。

 

「……ヒルチャールでも会話する意思は持てると言うのに、君たち宝盗団はヒルチャール以下なのかい?」

 

「ヒャッハー!金を寄越しなァ!」

「よく見たら綺麗な顔してんなァ!」

「マワそうぜ」

「金だァーーーー!」

「そういうの良くないと思う」

 

「意思を統一しなよ君たち…」

 

「「「「「ヒャッハー!」」」」」

 

そこに落ち着くんだ。しかし参ったな、テイワットに来てからというもの…いや、元からそうなんだが、私は戦いの経験が無い。

 

「試しに、やってみようか…?それっ」

 

「うわぁーーっ!?突風!」

 

私が剣を振るうと、目の前でナイフを舐めていた宝盗団が吹き飛ぶ。珍しい事もあったものだ。

 

「何しやがった!?」

 

「何って…剣を振っただけだが……」

 

「舐めやがって!【カミソリ男】の異名を持つ俺の斬撃を喰らえ!」

 

「カミソリ男だと…?何だそれ」

 

「クク、教えてやろう。あれは俺が間違えてカミソリを飲み込んだ時の話…」

 

「しなくていいわ!」

 

私がツッコミのつもりで剣を薙ぐと、カミソリ男が吹っ飛び、盛大にコケる。何なんだ一体…?うわ、額にカミソリが刺さってる…痛そう。

 

「くそ…!こいつ、神の目持ちなのか!?」

 

「生憎、神の視線は頂けて無いものでね」

 

「フン!それならこの俺様に任せて貰おう!」

 

そう言って出て来たのは、妖しく光る神の目を持った男だった。色は赤、炎元素か。神の目をもつ人間は原神になりうる可能性を秘めた奴らだ。凡人の私に勝てるだろうか?

 

「行くぞォ!邪眼・炎舞ゥ!!」

 

「!!!」

 

速い。慌てて剣で受けるが叩き折られてしまう。剣はそのまま私に向かってくると…突き刺さらなかった。

 

「な、固い…!?まるで岩を斬っているみたいだ!」

 

「……何か良く分からないけど、取り敢えずパンチ!」

 

私がパンチを繰り出そうとすると、身体の内から何かよくわからない力が溢れ出してくる。あ、これはマズイ。何か知らないが、取り敢えずパンチを外さないと!

 

「ひいっ!お、俺様の邪眼が…!?」

 

私の拳は赤いなモヤを纏い、神の目を粉砕した。しかし、パンチのエネルギーは止まらずその先にあった岩を灰にする。

 

「お、お前一体…何なんだ!?」

 

「DISASTER…そう名乗っている」

 

「た…頼むっ!命だけは!許してくれ!」

 

宝盗団全員が綺麗な土下座をしてきた。土下座とかされても困る。何せ、私は小心者だから。だから、その、対応に困る。

 

「そこまではしない。だが誓え、私に二度と近寄らないと」

 

「それで良いのかっ!?ありがとうっ!」

 

「じゃあ行け。それと、部下の回収を忘れるな」

 

これで後願の憂は無くなったな。それにしても、私に宿るこの力は一体…?いや、もしかしたら誰かが私にバフでもかけてくれたのかもしれないな。

 

「見つけたわよ…厄災の申し子にして、遥か幽夜浄土より到来せし使徒。今こそ汝、運命の皇女フィッシュルたる私を幽夜浄土に導きたまえ!」

 

おや、この独特な口上は。

 

「フィッシュルか…。すまないが、私は君を幽夜浄土へと連れて行くことは出来ない。私とて幽夜浄土への道を知らないんだ」

 

「嘘…!?コホン、メギストス卿は貴公が確かに異界からの来たと言っていたわ。来たのなら戻れるのは道理でしょう?」

 

「生憎、道理の外から来たものでね。私にはどうする事も出来ないよ。それこそ、天上の神ぐらいしか知らないんじゃないかな」

 

「っ、貴方は一体…!?」

 

「モナから聞いていなかったのかい?私はDISASTER。今は冒険者をしている」

 

「ディザスター…ね、覚えておくわ。」

 

その後、フィッシュルはすんなり帰った。もう少しゴネられるかと思ったが、案外素直に行くものだ。

 

「さて、さっさと依頼を完了しないとな。ドラゴンスパインでアルベドの居るところは一つしかないもんな…居なかったら置いていけば良いかな」

 

しばらく歩いて、ようやくドラゴンスパインに辿り着いた。朝早くに出発したのだが、もう正午過ぎだ。ワープポイントが使えないのは痛いな。

こういう時、早袖や夜蘭のように高速移動出来たら良いんだけど。

 

「おい兄ちゃん、そんな格好で雪山に挑むつもりか?死ぬぞ」

 

「でしたら、松明か何かを頂けませんか?」

 

「おいおい、そんなんで良いのか?防寒具とか貸すぞ?」

 

「いえ、大丈夫です。とりあえず炎の力があれば良いので」

 

その後も、親切なおじさんは私に色々くれようとしたが、そこまでしてもらう訳にはいかないので無理矢理走ってドラゴンスパインに入った。

ドラゴンスパインは危険な場所だ。イノシシにアビス、ヒルチャール氷冠の王などの危険性の高い奴らが居る。

 

何よりファデュイが一番怖い。だって、何か良からぬことを企んでいるに決まっているから。なので私もファデュイを避けようとした…のだが。

 

「おうアンタ、度胸あるな!一人で雪山とは、モンド人にしておくには勿体無いぜ!」

「ここまで大変だったろ?飯食ってけよ」

「ちぃとばかし時間が掛かるが、風呂だって沸かせられるぜ!何せ俺たちには邪が…神の目があるからな!」

 

「あ、ありがとう…ございます……」

 

私はいつの間にやら、ファデュイの歓待を受けていた。どうやら彼らの任務はドラゴンスパインの調査らしく、わざわざ敵でも無いのに襲いに行かないとの事だった。

 

「アンタ名前は?」

 

「DISASTERです。よろしくお願いします」

 

「おうよろしくな!俺はヴァジム。この調査隊のリーダーやってんだ。雷元素の力を使えるぜ」

 

「へぇ〜凄いですね。私は神の目を持っていないので元素力が使えるのは羨ましいです」

 

「アンタも使いたいか?なら稲妻に行くと良い。そこのファデュイのメンバーに『力が欲しい』って言えば貰えるぜ?」

 

邪眼か。いやしかし、アレを使うと老衰しちゃうんだよなぁ。そういえば、私は歳を取るのだろうか?曲がりなりにも転生特典だ。歳ぐらい取らなくてもバチは当たらないんじゃないか?

 

「考えておきます。あ、そうだ。私ドラゴンスパインに配達しに来たんでした。早く届けてあげないとなぁ」

 

「おっ、それなら部下を付けてやるよ。見たところ武器も無えみてえだし、暖を取る手段は限られてるだろ?アントニー、お前ついていってやれ」

 

「ウス。アントニーっス!ディザスターさん、よろしくお願いしますっス!」

 

「何から何までお世話になります…本当にありがとうございます」

 

「良いんだよ。ここには執行官殿も居ねえし、夜だからあの金髪のガキも来やしねえ。山頂に行くんでもなきゃ、すぐ戻ってくるだろうしな」

 

もしかしたら、ファデュイはいい人達かも知れない。そうだよ、ヒルチャールとも仲良くなれたんだから、同じ人間のファデュイと仲良くなれない理由なんて無いんだ。

ただし宝盗団、てめーらはダメだ。

 

私は派遣で来たミラーメイデンのイエヴァさんの作ったご飯を食べ、そのままアントニーさんと共に出発した。

 

 ─────────★─────────

 

 

氷風呂帰りのエウルアが上機嫌でモンドへ向かっていた時、彼女は驚くべきものを見た。

 

(あれは…ファデュイ?そしてその隣を歩いているのは…蛍、に似ているわね。でも、性別や身長が違うわ。何より、目が違う)

 

実際のところ、DISASTERの目は死んでいる。別に、疲れているとか心が壊れているとかでは無い。デフォルト設定でハイライトはついていなかったのだ。

本来、胡桃のように特徴的なハイライトにも出来たはずなのだが、DISASTERはとにかく早く転生したがった為に完全デフォルトになったのだ。

 

(あの目…恐らく、何人か殺しているわね)

 

DISASTERが「やさぐれた空くん」と言ったように、全体的にぶっきらぼうな雰囲気をDISASTERは持っている。なので、こう言った見当違いのことを考察されるのも無理はない。

 

そして、DISASTER一行が向かう方向に問題があった。そう、アルベド宅である。それが一層DISASTERの怪しさを増やしていた。

 

「貴方たち、この先で何をするつもりかしら?場合によっては、ここで倒れてもらう事になるわ」

 

エウルアは正義の人だ。それに、西風騎士団としての責務もある。故にDISASTER一行に立ち塞がるのは道理である。

 

「ディザスターさん、下がってくださいっス!この女…かなりやりますっス!」

 

「アントニーさん…大丈夫。私が話をつけます」

 

「……随分と余裕みたいね?私と貴方達に話し合う余地があるとでも思っているのかしら?恨むわよ」

 

「おお怖い怖い…私はDISASTER。此度はアルベドさんに教会からの依頼で届け物をしに来たんですよ」

 

「信じられないわ。教会が貴方のような怪しい人物に頼み事をする筈ないもの。それとも、脅したのかしら?」

 

「────困りましたね。どうにも信じて貰えなさそうです。どうしても通してくれないというのなら、然るべき所へ連絡させて頂きますが」

 

(…!増援を呼ぶ気!?いやでも、然るべき所って何かしら…?)

 

エウルアは、まさか自分が冒険者の依頼の邪魔をしているとは考えもしなかった。何しろ、ファデュイと一緒にいる人相の悪い男が善人である事など、普通ならありえないからだ。

 

「増援を呼んだって無駄よ。私は西風騎士団遊撃小隊隊長、『波花騎士』エウルア。命が惜しかったら逃げ帰る事ね」

 

「はぁ。しょうがないですね…では、エウルア。これを貴方に預けます。中身は画材と火のアゲートです。アルベドに渡してください、彼はきっと待っているでしょうから」

 

そう言ってDISASTERはファデュイのアントニーを連れて行ってしまう。残されたエウルアは渡された荷物を検分する。

 

「───本当にこれしか入っていない…。だとしたら何故これを……?」

 

エウルアの中で謎は深まるばかりであった。



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第三話 何もしてないんだが

ほんの少しだけ独自設定がありますが、物語の流れに大して影響はないので石をしまって下さい。


 

昨日は夜も遅かったのでファデュイのテントにお邪魔させてもらった。寝袋だったが、何かの技術が使われているのか適温だったおかげでぐっすりだ。

 

それにしても、だ。

ファデュイと一緒に歩いているだけであそこまで疑われるとは思いもよらなかった。ファデュイって見えてないところでよっぽど悪いことしてんのかな。

 

「──────って事があったんだけどさ。どう思う?ヤルプァ」

 

「そノ、人間、ディのこト、わかってなイ」

 

「だよなぁ。流石に酷いと思うよな」

 

「オれが、王になっタ、時、そいツ、やっつけテ、やる」

 

「ははは、ありがとうな。さて、私はもう行かなくては。依頼人がそろそろ痺れを切らす頃だろうからね」

 

「オウ、頑張レよ」

 

ヒルチャール・暴徒のヤルプァとは気の置けない仲になった。元々ヤルプァ自身が人間に関心があったのと、私との以前の握手から今ではすっかり親友だ。

 

「全く…遅いじゃない!アタシの料理を味見する約束だったでしょ?」

 

「すまないね、少し運動して腹を空かせて来たんだ。君の料理を楽しむのに、空腹というスパイスが欲しくてね」

 

「………もうっ!言葉が上手いんだからっ!」

 

今日の依頼人は、清泉町の奥さん。内容は新作料理の味見。夫にサプライズで作る料理を精査してほしいそうだ。

私はこれでも繊細な舌を持つ元日本人だ。よほどキツい味でない限りは食べれるだろう。

 

「では頂こうかな……ん?何だ、この…何?」

 

「やっぱり気づいた?璃月の香菱さんを見習って、隠し味に風慕のマッシュルームを入れてみたの!どう?おいしい?」

 

はっきり言って、マズい。と言うより、奇妙な味がする。文字通り風を煮込んだような味。それに焼肉の香りがするものだから酷い。

 

「──────美味しいよ。うん」

 

私は嘘をついた。奥さんの期待に膨らんだ純真無垢な顔を歪ませる訳にはいかなかった。許せ、旦那さん。私は悪くない。

 

「本当!?そう言ってもらえて嬉しいわ!はいこれ、報酬!」

 

「いや、要らないよ。その気持ちだけで十分だ」

 

「で、でも…悪いわよ」

 

「気にしないで」

 

報酬なんて貰ったら、罪悪感が半端ないから。むしろ、タダ飯を食らえた事に感謝しないといけないな。

 

「貴方って人は…なんて無欲なの。貴方に風神様のご加護がありますように。」

 

私は片手を上げてそれに応える。

早くこの場から逃げたかった。

 

モンド城に戻ってきた時、私のよく知った顔が見えた。金髪金眼に端正な顔、そしてそれに付随するようにふよふよ浮かぶ白い幼女。明らかに蛍とパイモンだった。

 

「あーーーーっ!」

 

「? どうしたのパイモン…あっ」

 

「────────。」

 

とうとう出会ってしまった。この世界の主人公、蛍を。私としては、原作の流れを壊したくないのであまり関わりたくはないのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

「お、おいっ!待てよ!」

 

私が無視して素通りしようとすると、パイモンが静止の声を上げた。やっぱり無理かぁ…

 

「何だ。私に何の用だ」

 

「蛍っ、この人は違うのか?」

 

「違う…お兄ちゃんじゃない…けど、何か近いような気がする」

 

「………もう行って良いか?私は忙しいんだ」

 

「待って!お兄ちゃんは何処にいるの!?貴方なら知ってるはず!お兄ちゃんと波長がよく似た貴方なら!」

 

波長って何だよ。まぁ、知らない事は無い…というか、呼び出し方は知っているけど。でもそれには、ダインスレイヴの協力が必要だ。決して私では無い。

 

「…もし仮に、知っていたとして。君に教えると思うのか?」

 

「なっ…!?やっぱり、知って…」

 

「悪いが、君に言うことは無い。余計な詮索は不幸を招くと知ると良い。君もだパイモン。蛍と離れて私を尾行しようだなんて考えない方が良い」

 

「「…………!」」

 

精一杯のハッタリを仕掛けて私は教会へ帰る。はぁ、何というかドッと疲れたな。今日はもう寝ようか。

 

 

 

翌日。私は騎士団の面々に囲まれていた。

 

「お前はファデュイとの繋がりがあるとの報告が入った。騎士団本部までご同行願おうか?」

 

「困ったな…まさかガイアが来るとは」

 

「俺の名前をよく知っているな。お前はモンド城に来てからまだ数日しか経っていない筈だが?」

 

「親切な人が居てね。その人がモンドに関する事を全て教えてくれたんだ」

 

「ほぉ?それは良い事を聞いた。ぜひ会ってみたいものだな」

 

それ私なんですけどね。或いは原神のゲームそのものとも言う。ここで逆らっても無駄だし、そもそも勝ち目が無いからな。大人しくついていこうか。

 

「素直に連行されてくれるとは、俺も思っていなかったぜ。ファデュイの連中はここまで聞き分けが良くないんだがなぁ」

 

「何、彼らもそこまで悪い人たちでは無いさ」

 

「…案外素直に認めるんだな。ファデュイと一緒に何をして、何をするつもりだったかこの調子で言っちまえば、早くスネージナヤに帰れるぜ?」

 

「生憎、私の故郷には既に帰れないからね。行く当ても帰る場所も無いんだ」

 

「ほお…?」

 

騎士団本部はゲームで見るよりも綺麗だった。私はジン団長の目の前で拘束されていた。私悪い事何にもしてないのにどうしてこんな事に…

 

「……さて、君がファデュイの関係者であるという報告が入ったのだが…本当か?」

 

「ジン団長、こいつはさっき俺の前で『ファデュイはそこまで悪い奴らじゃない』と言い張った。確定と見て良いだろう」

 

「そうか。まぁ、今ここで問題なのは『君がモンドに害する者か』と言う事だ。もしそうなら、私は君を追放しなければならない」

 

「答えなさいディザスター。貴方がファデュイの関係者であると分かった以上、容赦はしないわ」

 

 

「────フ、くくっ…アハハハハ!」

 

「なっ、何故笑う…!?」

 

滑稽だ。面白すぎる。たかが一般人相手に、この厳戒態勢。幾ら何でも馬鹿馬鹿しすぎる。今、私がしなければならないのは、「誤解を解く」事だけ。それなら簡単だ。ヒルチャールと友達になるよりずっとな。

 

「これが笑わずに居られるか?君達は固定観念に囚われ、目の前にゴールがあるというのに道に迷っている。長く騎士なんてやっていると、騎士道精神よりも猜疑心が成長するのかな?」

 

「何が言いたいっ!」

 

「風を司る国の騎士たらんとするならば、風のように柔軟に物事を考えるべきだ。正義と悪に境など無い。」

 

「────っ、貴様らファデュイは!このモンドで何をするつもりだ!言え!」

 

「雪山の調査だ。」

 

「へ?」

 

「雪山の調査。聞こえなかったのかな?」

 

「いや、まさか。そんな訳…!だって、ファデュイだぞ?」

 

「そういう所だよ。まぁ良いや。ガイア、私は目的を言ったぞ。早く解放してくれないか?ここは狭苦しくてね」

 

「おいおい、俺の氷のような心はまだお前を疑っているぜ?────本当なのか?」

 

「私はそのように聞いている。しかし気をつけるんだね、あそこには黒龍の…いや、やめておこう。あとは君たちが知る楽しみを得るべきだ」

 

「貴様は…一体……?」

 

「DISASTER。そう名乗っている」

 

私はカッコつけて名乗り、騎士団本部を後にした。モンド城も居心地が悪くなってしまったな。街中の人たちが私を胡乱な目で見てくる。暫くはファデュイかヒルチャールのお世話になろう。

 

「さて、次は何処に行こうか…」

 

 

 ─────────★─────────

 

蛍が騎士団本部を訪れた時、本部は大慌てだった。謎の人物「DISASTER」の調査、またファデュイの「調査」の詳細などの対応で忙殺されている。

 

「うわわ…皆忙しそうだぞ!」

 

「どうしたんだろう…騎士団にお兄ちゃんに似た人の事を聞きたかったんだけど…」

 

蛍とパイモンが不思議そうにしていると、アンバーが小走りで近づいてきた。非常に緊迫した表情をしており、物事の緊急性をよく表している。

 

「蛍じゃない!どうしたの?」

 

「あの…お兄ちゃんに似た人を見つけたんだ。わたしと同じ金髪金眼で…」

 

「えっ!?それって、今私たちが探している人じゃない!?」

 

「騎士団もか!?アイツ…何者なんだ!?」

 

「その人の名前は?」

 

「えっとね、確か…ディザスター。特別協力してくれてるモナさん曰く、『厄災』って意味なんだって。」

 

「『厄災』…ディザスター…まさか!」

 

蛍にはこの単語に聞き覚えがあった。

はるか昔、蛍達兄妹がテイワットとは別の世界にいた頃。とある世界に於いて、「ディザスター」とは世界の崩壊そのものであった。

「ディザスター」が現れるだけで海は割れ、地は裂け、あらゆる生命体が苦悶の声を上げながら死んで行った。

その事を知っている者なら、ディザスターなどという不穏な名前は名乗らないのが普通だし、好き好んで口に出したいとは思わない。

 

だが、DISASTERは日本人だったのでそんな事つゆも知らない。それが結果的に警戒を招くのだが。

 

「蛍…?どうしたの、そんなに顔を青ざめさせて」

 

「今すぐにディザスターを捕まえないと…マズい。最悪、テイワットそのものが危ないかもしれない。」

 

「ええっ!?大変、早くみんなに知らせないと!」

 

早速、アンバーの迅速な報告により再び集結した騎士団の精鋭達。その表情は緊張に彩られていた。

 

「蛍…どう言うことか説明してくれる?」

 

「うん。私がいた所では、『ディザスター』というのは『全てを喰らう星』という意味だったの。古い詩には、『それは全てを焼き尽くすもの、それは全てを押し流すもの、それは全てに裁きを与えるもの』とあって…まぁとにかく。アレをほっといたらマズいの」

 

「成る程な…そりゃあファデュイと繋がるはずだぜ。連中が世界を滅ぼそうとしてたっておかしくはないからな…」

 

ガイアはもっともらしい事を言うが、本心ではDISASTERとアビスの関わりを疑っていた。DISASTERの言っていた「固定観念」という発言。これがアビス教団やその後ろにあるナニカとの繋がりを示唆するものでは無いのか。

そう考えずにはいられなかった。

 

「先輩…いや、私がしっかりしなくては。全騎士隊に通達!ディザスターと名乗る人物の討伐、もしくは捕縛を命ずる!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

歯車は見当違いの所で動き出そうとしていた。

 

 

 

「へっくし!誰か私の噂でもしているのか?」

 

「そうかもしれないっスね!」



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第四話 小旅行なんだが

ヒルチャール語は適当です。
また独自設定を生やしました。石を持ってください。


 

折角テイワットに来たのだからモンド以外の所にも行ってみたい、と思うのは普通だと思う。私はヤルプァと共に璃月に行くことにした。

 

「おレ、もうスぐ王にナれると思ウ。ディがくレた石をノみこんだラ、もっト力が増えた。」

 

「そりゃあ良かった、おめでとう」

 

「ディのおかゲだ」

 

「ははは、ありがとうな」

 

私がヤルプァと談笑しながら石門に向けて足を進めていると、突然ヤルプァが辺りを見渡し始めた。何だろうか、遺跡守衛でも居るのかな?

 

 

「あーーーっ!見つけました!人間と友好的なヒルチャール・暴徒!」

 

「………ディの知り合イか?」

 

「名前は知っているけど…会ったことは無いね」

 

まさかのエラ・マスクだった。ヒルチャールとの交流に命と魂をかけている少女、エラ。彼女の好奇心は凄まじいもので、obaの集落に良く現れて意味不明の言動をしているらしい(jaja集落のヒルチャール談)

 

「あなたは───ってええっ!?人相書にあった男の人…!?」

 

「おや、私は指名手配でもされているのかな?だとしたら面白い冗談だね。私は何もしていないのだから」

 

「えっえっでも……」

 

「おイ人間のメスの子供!おれ達にナんのヨうだ」

 

「ふえっ!?ヒルチャール・暴徒が私に話しかけてる!?はぁ、もうマヂ最高かわいい…」

 

ヤルプァが悪寒を感じたのか少し震えた。大した奴だよエラ・マスク。ヒルチャールの中でも王に近いヤルプァをビビらせるなんて、普通の人には出来ないぞ。

 

「えーーっと…指名手配犯さんは、このヒルチャール・暴徒とお友達なんですか?」

 

「そうだね」

 

「あはは、なんだ!それなら悪い人じゃないですね。ヒルチャールと友好関係を築けるほどの人格者なら、犯罪を犯すことはありませんから」

 

「はぁ…私がアビス教団だという可能性は考えなかったのかい?」

 

「いやぁ、アビス教団はみんな変な格好をしていますが、貴方は普通の冒険者らしい格好ですから。その可能性は無いかなと」

 

うーん賢い。少なくとも私よりは数段賢いね。まぁ私自身がそこまで賢いかと聞かれれば「No」なのだが。

 

「あなた方はこれから何処へ?」

 

「璃月に行こうと思っているよ。ヤルプァ…このヒルチャールの武者修行兼、私自身の観光旅行ってとこかな」

 

「ほへぇ〜…あ、あの…もし、良かったらなんですけど。私も一緒に連れて行ってくれませんか!?」

 

「良いよ」

 

断る理由も無いしな。それに、旅の仲間が増えるのは嬉しいから、歓迎する気持ちこそあれ追い出すことなんてしたく無い。

 

「あ、そういえば。ディザスターさんでしたっけ?貴方はモンド城に戻らない方が良いですよ。騎士団による厳戒態勢が敷かれていますから」

 

「ご苦労な事だね。無実の男の尻を追いかけ回しても楽しくないだろうに」

 

「言えてますね。ヒルチャールのお尻を眺めていた方がよっぽど有意義です」

 

「小娘、やメロ」

 

「はぁい…」

 

そんなふうに駄弁りながら歩く。まぁ、モンドから凛月は遠いが二日三日で着く距離だろう。それに、石門にファデュイの人たちがいるらしいので、彼らを頼っても良いだろう。

 

「あーーーーっ!見つけたぁっ!」

 

またエラ・マスクのような人が来るのか?と思ったが、違った。赤いリボンに快活そうな瞳。引き締まった脚は健康美を醸し出している。

 

アンバーだ。

 

「アンタ、何かヤバい人なんだってね!動かないで!私の弓の方が早いよ!」

 

「おお、怖い怖い…」

 

え何?指名手配か…にしたって、ここまで警戒される事あるかな。折れた銀の剣しか持っていない一般成人男性が神の目持ちの騎士に勝てるわけ無いだろうに。

あ、もしかしてヤルプァを警戒してるのか?

 

「安心してくれ。ヤルプァ…彼は危険なヒルチャールではない。彼は私友人でね、気のいい奴なんだ」

 

「っ、ヒルチャールを配下に…!?まるでアビス教団じゃない…!」

 

「配下だなんて、ヤルプァに失礼だろう?彼は私と対等な友人さ。安心して欲しい、君が何もしない限り誰も何もしないさ」

 

「ん〜〜っ…!優しそうに言ったってダメ!とにかく、騎士団本部に来てもらうんだから!今なら何もしないから、お願い」

 

な、なんて頑固な子なんだ…!こうなったら、奥の手を使うしか無いのか!?うおお、唸れ謎パワー!当てないように調節して…!

 

「何を…元素反応!?嘘、神の目も持ってないのに!?」

 

「何だかよくわからないけどパンチ!」

 

私が拳を振り抜くと、私の腕が薄緑色に光り突風が吹き荒れる。アンバーは遠くまで吹っ飛ばされたようだが、風の翼を使ってうまく受身を取っている。

 

「……?おイ、ディ。風ノアゲートが一つチリになっタぞ」

 

「風の…?ハッ!そういう事かぁ!」

 

どうやら、私の謎パワーはアゲートを消費して放つ技のようだ。何ともコスパの悪い。アゲートは買えるとは言っても、出費が嵩む。これからは使用を控えよう。

 

「追手は…無さそうだな。さっさと行こうか」

 

 

 

その後すんなりと石門に辿り着いた。

石門ではお迎えのミラーメイデンさんが待ってくれていた。それにしても、ミラーメイデンさん…刺激が強い!チェリーボーイの私にとって、テイワットに来てから一番緊張した。

 

「ごめんなさいね、わたくしの力では一人しか通れないの。でも道案内は任せて頂戴?公子様のお供で良く通る道だから、覚えているの」

 

「ハ、ハイ!」

 

「…………フッ」

 

ヤルプァに鼻で笑われた気がしたが、気にしないでおこう。しかし良い匂いだ…おっと、変態みたいになってしまったな。自重しよう。

 

「貴方の事は弟のアントニーから聞いているわ。とっても良い人だって」

 

「い、いやぁ…そうですかね?ありがとうございます」

 

「うふふっ、そう謙遜しないで。そっちのヒルチャールさんももっと近くに来て、お話ししましょう?」

 

そんな風に話していたら、いつの間にか望舒旅館に着いていた。日はもうじき落ちようかと言った所で、今日はここに泊まっていこうと言う話になった。

 

「いやその…そこの方、ヒルチャールですよね?」

 

「丘々人で『人』って付いているので人です」

 

「いや、でもその人危なくないですか?」

 

「危なくないです。もし彼が暴れ出す時は、襲われた時か余程彼の気に障る事をしたかのどちらかだと思います」

 

「そ、そうですか…そちらの方は、ファデュイの…?」

 

「はい、ミロスラーヴァと申しますわ。今は彼らを璃月港まで案内する役割を請け負っていますの」

 

「は、はぁ…そちらのお子さんは?」

 

「ヒルチャール学者の、エラ・マスクよ。ヒルチャールについて知りたかったら私に聞いて?答えられる範囲で答えるわ」

 

「………くれぐれも、問題は起こさないようにお願いしますね。如実に!」

 

「そこまで言わなくても大丈夫ですよ。私たちは良識人なので」

 

「(ヒルチャールとファデュイ連れてる人は良識人かなぁ…)わかりました」

 

何やら失礼な事を考えられている気がしたが、気にしないでおこう。何しろ、これから私を待ち受けているのは大料理人言笑さんの料理だ。

あの降魔大聖すら魅了するその味、是非とも堪能したい!

 

「おまちどおさま。カニとエビのポテト包み焼きと、チーズたっぷり鶏肉丼と、望舒旅館特製麦酒、4人前だ。そっちの子にはリンゴジュースだが良いか?」

 

「サービスドリンクも付いてくるとは…なんと素晴らしい…!」

 

「はっはっは!客に美味い飯を食わせるのが料理人だからな。それに、ヒルチャールの客だなんてこれとないチャンスだ!」

 

「と言うと?」

 

「ヒルチャールが俺の飯を美味いと言ったら、俺の飯は人間以外にも通用する事になるだろ?つまり、いずれ世界中の連中に飯を食わせられるようになるって事だ。そんな時が来りゃあ、料理人冥利に尽きるってもんよ」

 

何という事だろうか。言笑さんはこれ程までに素晴らしい料理人だったとは。その野望、是非叶えてほしい。どうにか出来ないだろうか?

 

「ン、メシか。どレ、一つ頂こウか…こ、コれは!?ウマい!おレが今マで食ってキたモノの中で一番ダ!」

 

「ごくり…で、では…私も頂こうかな……えっ?な、何だ…この美味さは…知らない、知らないぞこの美味さは!?」

 

私は前世で、幾らかの高級店などで食事をした事がある。だが、この料理の美味さと言ったらそれら全てを超えていると言っても過言ではない。

とろけるチーズの舌触りは滑らかで、プリップリの鶏肉とご飯がとても良く進む。唯一残念なのが、米の質だ。これはまぁ仕方ないとしよう。

日本人の血と汗の結晶は料理の質ではどうしてもカバーしきれないのだ。

 

「あらあら、そこまではしゃぐ事ですの?確かに、わたくしが普段食べている物よりは美味しいのですが…」

 

「そうね、そこまで騒ぐほどじゃないわよ」

 

「「あなた方(お前ら)は黙ってて(ロ)!!」

 

普段からこんな良いもん食ってる連中に、私達の気持ちはわからないんだ。『鹿狩り』の料理は何というか普通だったのだが、これは別だ。

この一皿一皿に、言笑さんの努力と誇りが宿っているように思える。

 

「うおっ、兄ちゃん!そんなに泣くほど美味いのか?」

 

「えっ、私泣いてましたか?」

 

「おう。こう…つぅーっと一条の涙がな」

 

気がついたら泣いていたらしい。

やっぱり、料理は人の心を動かすね。

 

その後も、私は食べながら感極まる事を繰り返した。

 

 

翌日。私は璃月港に到着していた。

 

 ─────────★─────────

 

ウェンティは今、とても困惑していた。

自分が酒場で酔い潰れて寝ている間にモンド城中が大荒れしていたのだから。

 

慌ててウェンティがバーテンダーに何があったか聞くと、バーテンダーは「ヤバいのが出たらしい」とだけ言った。

 

(ヤバいのってなんだろう…?もっと他の人に聞いてみようか。)

 

ウェンティが情報に詳しそうな人物を探していると、丁度ウェンティの目線の先に蛍とパイモンがいた。

 

「ちょうど良いや!おーい、旅人!ちょっと聞きたいんだけど良いかな?」

 

「あっ、吟遊野郎じゃないか!どこ行ってたんだ?」

 

「えへへ、ちょっと酔い潰れちゃってて…それはともかく。今、風の噂で『モンドにヤバい奴がいる』って聞いたんだけど…どういうこと?」

 

「ディザスターと名乗る人物が現れたの。」

 

「ディザスター?ふぅん、そんな事する奴居たんだ。ボクが本当に『厄災』か確かめてこようか?」

 

「えーーーっ!?吟遊野郎、死ぬ気か!?いくらお前でも、世界を滅ぼせる相手に無茶だぞ!」

 

「あははっ、そんなの居たらとっくにテイワットは無くなってるだろうね。だって君たち、そのディザスターをどう扱ったんだい?」

 

「確か指名手配にして生死問わず連れて来いって命令が出されて…」

 

「そんな事したらディザスターがいくら懐が深くたって少しは気分を害するとは思わないのかな?ボクが知ってるディザスターはね…とにかく怒りんぼうだったんだ。」

 

「彼を知っているの?」

 

「そりゃあそうさ!だってボク達魔神は、初めの方はアイツに怯えていたからね!いやあ、いつカミナリが落ちるか怖くてさ。目の前を横切っただけでチリに変えられた魔神も居たしね」

 

「はわわ…!そんな奴に指名手配なんてしたら…!」

 

「だろう?だから今回現れたディザスターは『厄災』じゃないと思うなあ。それに、彼の本拠地はスメールだった筈だし」

 

「な、なら…あのディザスターは一体?蛍のお兄さんに似てたらしいぞ?」

 

「それも含めて、ボクが調べてこよう。大丈夫、神の心を失ってもボクはボクだからね」

 

「待ってウェンティ。わたしも連れて行って」

 

「おや旅人、君も来たいのかい?それなら一緒に行こう!旅は楽しい方が良いからね!」

 

そうして、ウェンティ達は璃月へと旅立った。

途中、何体かのヒルチャールが武器も持たずに近寄ってきて、蛍を見て何かを言っていた。

 

「Chi nchi npelo(アイツ…見たことあるぞ)」

「Unc hi bur ibur(ヤルプァ様の友人の?)」

「Miu la dai(待て、アイツはメスだ。ディザスターくんじゃない)」

「Sen pa ye(でも似てるぞ!兄妹か何かじゃないか?)」

 

「…っ!ヒルチャール!」

 

「Faa!?(ファッ!?コイツ剣構えて来ましたよ)」

「Sor da yo(やっぱ戦闘好きなんすね人間って)」

「Bac ah ooo!(おい誰か人間語喋れる奴連れて来いよ)」

「Shuw acha n(ちょっとアビスの人呼ぶわ)」

 

「何を…っ、アビスまで…!」

 

「Con ohen ni(アビスさん、アイツと対話って出来ます?」

「出来ない訳ないだろう!?オレ様を何だと思ってるんだ!」

「Uma irar men(頼んます)」

 

「アビス…!覚悟!」

 

「うォいちょっと待て!話をしよう!」

 

「アビスと話す事なんてない!」

 

呼ばれてやってきたアビス炎術士は早くも泣きそうになっていた。手下のヒルチャールから緊急応援要請を受けて飛んできたというのに、これではあんまりであった。

 

「まあまあ…旅人、話を聞いてみようよ。もしかしたら良い人かもしれないだろう?」

 

「おお!話がわかる奴がいて良かった!…それで、何話せば良いんだ?」

 

アビス炎術士は近くにいたヒルチャールに問いかける。しかし、誰も思い付いてはいなかった。何故なら、DISASTERと似ているから話しかけてみようと思っただけで、これと言って話すようなことも無かったからだ。

 

「……lulu sh vi brita nia(そうだ、ディの事聞けば良いんじゃないか?)」

 

「何?ディ…?ディって誰の事だ。ルピオブ、説明しろ」

 

「Su zak tuch oaji。Yarpha Dy nak yos(この間来た人間だよ。ヤルプァとディは親友なんだ)」

 

「何だと!?人間とヒルチャールがか!?もしかしたら、仲間に引き入れられるかもしれないな……おっとすまない、じゃあアンタらには用はなかったって事で。無闇にヒルチャールを襲うと痛い目みるぜ、じゃあな」

 

蛍が発言する前にアビス炎術士は立ち去ってしまった。それを契機に、ヒルチャール達もぞろぞろと引き上げていく。

 

「…ね?」

 

「ね?って何だよ!?ありゃ何だよ吟遊野郎!アビスも、ヒルチャールも襲ってこなかったぞ!これじゃまるでオイラたちが怖い奴じゃないか!」

 

「そうは言ってもね。ほら、よく言うだろう?『事実は小説より奇なり』ってさ」

 

「……………。」

 

騒ぐパイモンを他所に、蛍は一人考察していた。

 

(さっきのアビスが言うには、ヒルチャールと友好的な関係を結んだ人間がいる……。もしかしたら、万が一にでもその人がお兄ちゃんであるかもしれない可能性を否定しきれない。お兄ちゃんは優しいから、きっとヒルチャールとも仲良くなれる…)

「ウェンティ、パイモン。知性あるヒルチャールを辿ったら、お兄ちゃんへの可能性へ繋がるかもしれないの。だから協力してくれる?」

 

「ボクは構わないよ。どうせ暇だしね」

 

「オ、オイラは……う〜ん…怖いけど、協力するぞ!」

 

「ありがとう。二人とも。」

 

いつしか旅はDISASTERを追う旅から、謎のヒルチャールの調査になりつつあった。



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第五話 璃月なんだが

体調を崩したので遅刻しました


 

ついに璃月港にやってきた。

ここならファデュイも多いし、何より結んだ契約さえ守っていれば安泰な国だ。心置きなく観光を楽しもう。

エラ・マスクによると、どうやら私は指名手配されているらしいので熱りが冷めるまで璃月に居させてもらおうと思う。人の噂も七五日と言うぐらいだし、すぐに忘れてくれるだろう。

 

「しかし、ヤルプァが多少法に抵触するやり方でしか入れないのはやるせないな」

 

「仕方ないですよ。ヒルチャールが案外友好的だなんて、まだ誰も知らないんですから。第一、門番の人もヒルチャール学者のこの私が大丈夫と言っているのだから素直に通せば良いんですよ」

 

「だが、仕方ない事だろう。普通の人はヒルチャールが気のいい奴らだなんて事、信じたくもないんだろうさ」

 

「全くです!凝り固まった偏見と言うものはこれだから良くないんですよ。あり得ないなんて事はあり得ないんですから!」

 

「…どっかで聞いたようなセリフだね。まぁ、後でヤルプァとは合流できる手筈になっているんだ。人間関係というのは、スパイスがあった方がいいらしいからね」

 

ヤルプァとの合流は約三日かかると言われた。それまでに拠点の確保と、仕事を見つけなきゃいけない。冒険者になっておいて良かった、これがあれば仕事を楽に探せる。

 

実際にテイワットに来てみて分かったのが、冒険者というのはとても世知辛い職業だという事だ。殆どの冒険者は探偵業と傭兵業を混ぜたような仕事しか貰えない。

未知を発掘し、真の友を知る冒険は上位の冒険者にしか許されていない。まぁ、少し考えれば妥当な判断だというのはわかるのだが。

 

「さて。今回の依頼は…『猫の捜索』『犬の捜索』『子供の喧嘩の仲裁』…ん?何だこれ?」

 

私が手に取ったのは、手書きで掲載されている明らかに地雷臭のする依頼書。これ冒険者協会ちゃっと通してるのか?

 

「キャサリンさん、この依頼を受けたいんですけど…」

 

「依頼目録の中には登録されていませんので、もしDISASTERさんがこの依頼を受けたとしても報酬の保証は出来ませんが、よろしいですか?」

 

「大丈夫です、この内容的に差し迫った状況の様ですから。きっと何か見返りがあるはずです」

 

「そうですか。では、行ってらっしゃいませ」

 

 

依頼内容は「おねえちゃんをさがして」だ。

あまりにも抽象的過ぎてどうすればいいかわからないので、まずは依頼人と思しき人を探しに行く。

 

「すいません、この辺りで姉を探している子供を見ませんでしたか?」

 

「もしかして袁坊の事かしら?ずーっと花初お嬢様を探していたわね。あなたその徽章からして冒険者みたいだけど、もしかして袁坊を手伝うつもり?」

 

「そうですが…何か?」

 

「やめておきなさい、あの子は花初お嬢様を殺したって話なんだから!子供だと思って舐めていると痛い目を見るわよ」

 

「こ、殺し…!?子供がですか?」

 

「そうよ!あの恥知らず、手を真っ赤に染めて泣きながら笑って『僕が殺したんだ!』と繰り返していたのよ!?袁坊はあんなに花初お嬢様にお世話になっておきながら!」

 

随分ときな臭くなってきたな…いざとなったら、殺傷力の低い水のアゲートを砕いて拘束するしかないな。

 

「それで、その袁坊とやらはどこに居るんです?私は冒険者ですので、簡単にはやられません。教えていただけませんか?」

 

「最後の目撃場所は確か…北国銀行の近くだったかしら?」

 

「ありがとうございました。行ってきます」

 

北国銀行という事はファデュイだ。信じたくはないが、ファデュイの悪い方の人たちが何かしたのかもしれない。信じる為にも、話を聞いてみよう。

 

「────それで、わたくしの所へ来たと?随分と血の気の多い話を持ってきましたわね」

 

「ミロスラーヴァさん…すいません」

 

「良いんですのよ。それに、貴方よくここにわたくしが居ると分かりましたわね?開口一番に『ミロスラーヴァさんいますか!?』って。これって運命かしら?」

 

「きっとそうですね。私はそう信じたいです」

 

「おばか。たまたまわたくしがオフの格好でしたから良かったものの、仕事服でしたら一発でアウトでしたわよ」

 

「はい、本当に反省してます。ミロスラーヴァさんに会えると思って浮かれてたのは事実です」

 

「口がお上手ね。今日はそのお口に免じて許してあげるわ。それで、その袁坊の事についてだけれども、わたくし達はまるで関与していない。とだけ言っておきますわ」

 

「…………!」

 

「なぁにホッとしていますの。問題が振り出しに戻っただけでしょう?」

 

「あ、はは。それもそうですね!」

 

 

「……アンタ達いつまでやってんのよ。私暇なんですけど。ヒルチャール観察してきて良いですか?」

 

「あぁ、ごめんエラ。じゃあ、石門まで行こうか」

 

「ファッ!?」

 

花初とその死で思い出した。石門にいたカップルの女の方。その名前が確か花初だったはずだ。彼女が生きている事を知れば、袁坊からの依頼も成し遂げられるだろう。

 

 

「────おや?ミロスラーヴァ、君でも知らない人と喋るんだね。仕事とプライベートは別という奴かな?」

 

「あっ、こ…公子様!お早いお戻りで…」

 

「そこの冒険者と子供は知り合い?それとも協力者?」

 

「弟の友人ですわ、公子様。ドラゴンスパインで弟にお世話になったそうで」

 

「どうも、初めまして。DISASTERと申します」

 

「よろしくね?(どれぐらい強いのか興味があるね…少し遊んでみようか)」

 

今凄いゾワっとした。脊髄に冷えたナイフ突きつけられてるような嫌な感覚。これが殺気という奴だろうか。改めて、戦える人たちは凄いと思う。こんな恐ろしいプレッシャー浴びながらよく動けるものだ。

私なんて、蛇に睨まれた蛙みたいに動けない。

 

「──────フ、はははっ」

 

恐怖のあまり思わず笑ってしまう。そういえば笑いとは本来、警戒心を表す為にあるそうだ。前世で猿の強烈な笑顔を見たのを覚えている。

 

「へえ?(殺気を浴びながら笑うなんて)面白い人だね」

 

「こ、公子様、それにディさんも…落ち着いてくださいまし……」

 

「…………確かに、ここで暴れたら後が面倒だ。君、ディザスターとか言ったっけ。ファデュイに協力する気はあるかな?」

 

「それが、悪でないのなら」

 

気づけば、口が勝手に言葉を放っていた。この身体の、この脳の、この魂の全てが生き残る為ににじり出した言葉。それがこれだ。これしか無かった。

 

「他の執行官はともかく、俺は悪い事はあまりしないタイプだ。君も納得出来ると思うよ」

 

「そう、か───」

 

「うん、これから宜しくね?ディザスター。おっと、その前に。君、そこの彼女の他に知り合いはいる?」

 

「まぁ…居ますけど」

 

「そうか…その彼らには顔と名前が割れているわけだ。よし、なら君が璃月でファデュイとして活躍するための名前と仮面をあげよう」

 

「それは?」

 

「そうだねぇ。『堕岩(ドゥォイェン)』だ、それにしよう。仮面はこれで良いかな?」

 

そう言ってタルタリヤが渡してきたのは、獣に引っ掻かれた傷跡のようなスリットの空いたフルフェイスメットと革色のコートだった。正直、暑いかと思ったがそうでもなかった。

 

「それには氷元素を多量に含む珍しい鉱石が使われているから、暑くはない筈だよ。元素力をすこし動かすだけで温度調節が出来るから、うまく活用してね?」

 

「助かるよ」

 

非常に良いものを貰った。籠る熱気を適温に変えてくれているのを感じる。すっごく快適だ。

 

「ディザスターさん貴方…すっごいイカしてますよ今!」

 

「本当かい?あぁあと、今後はこの姿でいる時は私の事を堕岩と呼ぶように。でないと恐ろしい双剣使いがやってくるからね」

 

「そんなのどこに居るのよ」

 

「さてね。よし、じゃあ袁坊の捜索再開といこうかな。タルタリヤ…様、私達はファデュイとは別件で子供を捜索しているんです。なので、任務はそれが終わってからでも構いませんか?」

 

「────ははっ、気にしないで良いよ。俺は待てる人間だからね」

 

よし。タルタリヤの許可も得た事だし、花初を捕まえて袁坊が探している事を伝えよう。そしたら袁坊だって花初の位置がわかるし、安心できる事だろう。

 

 

 

 

「にしても堕岩、報酬出るかもわからないのによくここまでやれますね。堕岩がたまたまファデュイになったから軍資金は得ましたが…お人好しなんですか?」

 

「そういう訳でもないさ。私はただ、一度始めた事を最後まで成し遂げたくなっただけさ。他にすることも無いしね」

 

「暇で羨ましいですね。私はこの辺りでヒルチャール観察してますので、終わったら呼んでください」

 

そう言うとエラ・マスクは近くにあったヒルチャール集落へ足を進めた。せっかくだから話しながら行こうと思ってたんだけどな。

こうなったら仕方ない。

 

「一人しりとりでも…おや?」

 

遠くの方が少し騒がしい。少し気になって見に行くと、宝盗団が子供を虐めていた。やっぱり宝盗団はクソだな!(短絡的)

 

「宝盗だぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 

「うおっ何だ」

 

「何やってんだお前ェ!」

 

「何だコイツ!?げふっ!」

 

子供を踏みつけていた宝盗団をタックルで退かす。事情は知らないが、とりあえず宝盗団は碌でも無い連中だ。欲望だけで動く連中なんて底が知れている。

 

「な、あ…身体が、凍っていくよぉ〜!?」

 

「……?」

 

私に吹き飛ばされて水に落ちた宝盗団がそのまま凍り付く。あれもしかして、この服…元素攻撃出来るのでは!?これは良い閃きだ、早速活用しよう。

 

「お前たちまとめて千岩軍に連行だ!」

 

「「「ギャアアアアアアス!!!」」」

 

 

あの後、割と一瞬で降伏してきたのでとても楽に鎮圧できた。それから30分間ほど人の物を奪うことの罪深さを説教した。これを機に宝盗団には反省してほしいものだ。

 

「あ、あの…助けてくれて、ありがとう…」

 

「何、当然の事をしたまでだよ。それより君、親か兄弟はいないのかい?お兄さんがそこまで連れて行ってあげよう」

 

「ぁ、あのっ!」

 

「何かな?」

 

「花初お姉ちゃんを、探してくださいっ!」

 

 

お前かよ袁坊。

 

 

 ─────────***─────────

 

 

蛍一行がモンドでの捜索を終え、いよいよ璃月に辿り着こうとしていた時、ふとパイモンのお腹が鳴った。

 

「オイラお腹すいたぞ…蛍、少し休んでいかないか?」

 

「ボクも賛成っ♪旅人の料理、食べてみたいしね?」

 

「もう…わかった。ちょっと待ってて」

 

蛍が石門の茶屋に置かれていた鍋を使い料理を作る。その手際は非常に良く、見る者を魅了するような華麗さを持っていた。

 

「はわぁ…!この肉の焼ける香り…待ちきれないっ!」

 

「パイモン、時には待つことも大切だよ。蒲公英の綿毛が最適な風を待つように、物事には最適の瞬間というものがあるんだ」

 

「う〜っ、それなら仕方ないぞ!」

 

3人が談笑していると、茶屋にいたカップルの片割れの女の方がウェンティに話しかけてきた。女性は何やら上品な振る舞いで扇子を仰いでいる。

 

「坊や達、どこへ行くの?」

 

「ちょっと璃月にね」

 

「そう…なら、少し頼みごとをしても良いかしら?璃月港にいる、袁坊という子に私の息災を知らして欲しいの。あの子には悪い事をさせてしまったから」

 

そう言って女は遥か遠くの璃月港を見つめる。しかし、その時間も長くは続かなかった。女は遠くからやってくるモノを見てしまったからだ。

 

「うそ…あれ、何?」

 

「はわわわ…怖い兜の奴が海凍らせて来るぅ!?蛍、やばいぞ!」

 

その男は、幽鬼の如く爛々と光る目を獣に裂かれたような隙間から覗かせ、一歩一歩を怒りに任せて踏み砕いている。しかし、男が足場にしている氷は破壊されるたびに再生し、その足跡を着実に残す。

 

「っ、あれは!袁坊!?どうしてここに…!?」

 

男の背後には、申し訳なさげにその跡を付いてきている袁坊がいた。その表情は期待と絶望を交ぜたような貌であった。

 

「何者!?花初の彼氏、彼女をつれて逃げて!」

 

「あ、ああ!いくよ、花初!」

 

「あなた…」

 

「待て」

 

男は仮面のせいかぐぐもっている声で静止させる。その声には何故だかとてつもない威圧感と迫力があった。それ故に、花初は転んだ。

 

「痛…あ、ま、待ってあなた!行かないで!」

 

哀れ。家と親を裏切り、愛の逃避行に身を窶した女は信じていた男に捨てられてしまった。

 

「おお、オイラが、相手だ!こっちに来い!ヘンテコ仮面!」

 

「君、初対面の人には名乗るのが礼儀だと思うよ。ボクはウェンティ、吟遊詩人さ!君は?」

 

 

 

「──────私の名は、堕岩。

    幼気な少年の心を守る男だ」

 

石門で、何かが起きようとしていた。




おめでとう DISASTER/堕岩は いあつかん を おぼえた!

初めての主人公ブチ切れ回です。
大丈夫、安心してください。シリアスではありません。
だから石を投げないでください


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第六話 ミッション完了なんだが

筆者がコロナで倒れていた為更新出来ていませんでした!本当に申し訳ありません!今後は前の投稿ペースに戻りますので、何卒応援していただければ幸いです!


 

 

 ー数十分前ー

 

 

「花初お姉ちゃんを、探してくださいっ!」

 

お前かよ袁坊。こんな所に居たんじゃ、そりゃあ璃月港で見つかるはずもないわな。にしたって、何故こんな所に?

 

「良いとも。ただその前に、なぜ君が『花初を殺した』という事になっているのか聞いても良いかな?」

 

「っ、それは…花初お姉ちゃんが、みんなを驚かせたいって言ってて…それで、僕が殺したって事にしたら、みんなもびっくりするって…けど、気がついたら花初お姉ちゃんはいなくて…ワ…ぁ、あ……」

 

とうとう泣き出してしまった。

成る程?つまり袁坊は花初に騙されて、一方的に不名誉な肩書きを押し付け、自分は恋人と逃げたと言うことか。

 

幼気な少年の心を踏み躙るとは…許せんっ!

これは、地獄から来た男になる必要があるな。

 

「お、兄ちゃん…?顔、怖いよ…?」

 

さっきは、服に宿った氷の力を使って攻撃出来た。それなら、海や川だって凍らせられるのは道理だ。試しに水溜りに足を踏み入れると、水溜りが凍った。

 

「袁坊、花初は石門にいる。私の後をついて来なさい」

 

「う、うん…わぁ!川の水が凍ってる!すごいや!」

 

「私の行く先に花初が居る。奴は君を騙し、自分の欲望を満たす為だけに君を人殺しに仕立て上げた。だから、奴は報いを受けなければいけないんだ」

 

「で、でも…ううん、僕は自分の目で見たことを信じるよ!」

 

偉いなこの子。けどまぁ、花初は死亡騒動で親を悲しませ、挙句の果てに幼気な少年の心すら踏み躙った。タダでは許さないぞ。

 

 

そして、袁坊がついて来れるようにゆっくり歩いて石門まで向かったら蛍とウェンティが居た。ウェンティと会うのはこれが初だ。あんまり悪印象を持たれないようにしよう。

 

「君、初対面の人には名乗るのが礼儀だと思うよ。ボクはウェンティ、吟遊詩人さ!君は?」

 

「私の名は堕岩。幼気な少年の心を守る男だ」

 

これで正義アピールも出来たし、好感度アップ間違い無しだろ。何しろ、少年の心を守るとなれば正義の味方確定だ。

 

「へぇ、それで君はボク達に何の用だい?」

 

「お前たちには用はない。そこで転んでいる女に用事がある。奴は報いを受けなければならない」

 

私がそう厳格に言い放つと、花初は心当たりがあるようで袁坊に縋りつこうと這いつくばりながらにじり寄って来る。

 

「袁坊、この女をどうするかは君が決めなさい」

 

「袁坊ぉ…!私は、私は悪くないのよぉっ!全部、逃げたあの男がいけないのよぉ!そ、そうだ!堕岩さん、あの男をやっつけて頂戴!?」

 

花初は袁坊に抱きつくと、惨めで醜い責任転嫁を始めた。こいつマジでここで痛い目見せるべきじゃないのか?幸い、氷元素で凍った物はそのものの命が尽きないかぎり凍り続けるからな。

 

「お姉ちゃん…」

 

「そうよ、お姉ちゃんよっ!わかってくれたのね!?良かったわ!」

 

「わかったよ……おまえが、本物のクズだって事が!」

 

「!?」

 

「堕岩さん。お願い…さよなら、お姉ちゃん」

 

私は花初を掴んで川に投げ入れると、私自身も川の中に入り花初を水中深くに叩きつけ、氷の力を発動させる。

花初は水中で物言えぬ氷像となる。これで暫くは、少なくとも袁坊の気持ちに整理がつくまでは凍り続けるだろう。

 

「袁坊、迎えがきている。彼女について行くと良い」

 

そう言って私は指を刺す。その先にはおそらく心配でついて来てくれたであろうミロスラーヴァさんが立っていた。彼女なら確実に袁坊を璃月まで送り届けてくれるだろう。

 

 

「ほ、蛍っ!あいつ、人を…!」

 

「しかもファデュイ…!」

 

さて、私も璃月に戻るとするか。もうじき夜だしな。怒ったらお腹も減って来たし、今日は万民堂に行ってみようかな?

それにしても、正義アピールが出来て良かったな。弱きを助け、邪悪を挫く。これは好印象間違いなしだろう。

 

「待って、どうして殺したの?彼女はそこまでされるような事をしたの?」

 

「……いいや、死んではいない。少し長い眠りについているだけだ。業腹だがな」

 

「永い眠り…?どう言う事!?」

 

「全身を凍結させた。碌な抵抗力も持たないような奴では目覚めるのは程遠い未来になるだろう。もっとも、その時奴に生きていられる場所があるとは思えないが」

 

袁坊の誤解を解く為に真相を話せば、もう璃月では生きていけないだろう。それに、たった一人では冒険者や力ある者以外はモンドにはたどり着けないだろう。少なくとも、冒険慣れしていないとな。

 

「貴方は…一体……」

 

「ファデュイ……堕岩。覚えておくと良い」

 

また会うかもしれないからな。

 

 

 

璃月に帰ると、私はニッコニコのタルタリヤに出迎えられた。何?私何かしたかな。

 

「堕岩、君やるね。まさかファデュイになってから1日も経ってないのに俺たちの友達が狙ってたターゲットと宝盗団を始末するなんてさ!アハハッ!素質あるよ、君」

 

「はぁ、ありがとうございます…?」

 

「そんな君に朗報だ。この手紙を往生堂という所に届けてほしい。まぁ、定期連絡のような物だから、あまり重要な物ではないんだけどね」

 

「ええ、構いませんとも。何だってやらさせて頂きます」

 

だってタルタリヤ怖いもん。この人が私と戦った時、100:0で私が負ける。そしてそのまま殺されてしまうだろう。

 

早速夕飯がてら往生堂に向かうと、堂内の明かりが消えていた。このまま扉の下に挟んでも良いが、誰かに取られた時に洒落にならないから店の中に入って手紙を置いておこうかな。

 

「お邪魔しま〜す…北国銀行の者ですが、鍾離先生はいらっしゃいますでしょうか…」

 

返事はない。それどころか、どこでも騒がしそうな胡桃の声と気配すらない。出かけてるのかな?なら話は早い。さっさと手紙を置いて万民堂行こう。

 

 

「たっだいま〜!」

「胡堂主、少しはしゃぎ過ぎだ」

 

あ、帰ってきたのか。よし、じゃあ手紙を鍾離先生に手渡しで…いや待てよ。もしかしなくても、今の私ってすごく怪しくないか?

獣に裂かれたような兜に、ファデュイ御用達のコート。そんな奴が自宅の暗がりにいるわけだ。完全に不審者です。

 

「ん〜?誰?」

 

「────私の名は堕岩。今宵は、鍾離殿に御用があり参上した。以後お見知り置きを」

 

「俺にか?何用だ。」

 

「これを」

 

私は震える手と声を必死に抑えながら、鍾離先生に手渡した。鍾離先生はその手紙の中身を一瞥すると、「そうか」と言って手紙を裂いてしまった。

そんなに機密情報だったのだろうか。

 

「それでは私はこれで。」

 

「少し待て。お前は今までの使者とは違うようだが…彼女はどうした?」

 

「さてね、私には何のことやら。言いたいことはそれだけですか?ではさようなら。また会う機会があればいずれまた」

 

私の胃袋はもう空腹で限界だった。私はダッシュで万民堂に向かうと、満腹になるまで飯を食った。言笑さんの料理に負けず劣らずの美味さで、またしても泣きながら飯を食った。

 

 

 ─────────***─────────

 

 

鍾離は一人考察していた。

堕岩と名乗る男の正体、そして以前の使者ミロスラーヴァの所在。特に、堕岩の正体についての考察は鍾離を悩ませる事になった。

 

「…堕岩、と言う名は岩を堕とす、つまりは岩神モラクスを…ひいては璃月そのものを堕とすという事だろうな。しかしどうしてそんな名を名乗る?」

 

堕岩と言う名前は、単にタルタリヤが『璃月めちゃくちゃにできるくらい頑張ってね』くらいの勢いでつけた名前である。奇しくも、モラクスまで堕とす事以外は正しい解釈であった。

 

「ふむ…少し、外で考えてみるか」

 

鍾離が街へ繰り出し暫く歩いていると、万民堂の方が何やら騒がしい事になっていた。不審に思って鍾離が見に行くと、そこには人だかりが出来ていた。しかし、集まっている人々は皆涙を流しており、その視線は一人に向けられていた。

 

 

「かたじけねェ…!美味え…美味えよぉ…!」

 

「そこまで喜んでくれるたぁ、嬉しいねえ…」

 

「素敵…」

「これが、料理人と客の絆…!」

「涙を流しながら食うなんて…そんなに美味いのか」

「きっと、今まで碌なご飯を食べれてなかったのよ」

「まあ…可哀想っ…ぐすっ」

 

そこにいたのは、兜を外した堕岩だった。

 

 

鍾離は、先程まで自身が抱いていた疑惑がバカらしくなった。涙を流しながら美味しそうに飯を食える人間が、璃月を堕とそうなどと考える筈が無いからだ。

 

「おそらく、ミロスラーヴァ殿には別の任務が与えられたのだろう。さて、帰るとするか…」

 

 

そして、それを見ていたのは鍾離だけではなかった。万民堂の一人娘、香菱もその光景を眺めていたのだ。

 

「お父さんはやっぱり凄いや…アタシも、人を感動させる料理を作れたらなぁ。いけない、あの人見てたら貰い泣きしちゃいそうだよ」

 

香菱は乗っていた屋根から飛び降りると、街に繰り出した。香菱が「最高の料理」について考えていると、いつの間にか香菱の隣には大泣きしている辛炎がいた。

 

「うえっ!?辛炎、どうしたの!?」

 

「うォおン…!!最高に、情熱的だぁッ!!!万民堂の近くで渦巻いていた感情の奔流!熱いぜ!!!」

 

「あはは、辛炎もアタシとおんなじ事考えてたみたいだね。よーし、アタシも頑張らなきゃ!」

 

「? おう!頑張ろうな!うおおおおおっ!やるぜえええええ!!!!」

 

この日、璃月に一つの物語が生まれた。

その名も、『泣き飯の男』である。

 

この物語はあっという間に流行し、璃月でその話を知らない者はモグリとまで言われるほどになった。

結果、万民堂の売上はかつての五倍になり、堕岩が泣いているのを見ていた者達の中で『泣き飯ファンクラブ』なるものが結成された。

 

堕岩は着実に璃月に馴染んでいた。




少し重い話を挟んでしまったのでプレ飯回を挟んでおいたよ…"これはコメディ小説だった"…とね


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第七話 不名誉な渾名なんだが

宝盗団許さん


 

最近、私を見てヒソヒソ話をする人達が増えたように思う。私が道を通るたびに奥様方が変な目でこちらを見るのは少しくすぐったい。

 

「…気にしていても仕方がないな。今日は待ちに待ったヤルプァとの再会日だ。久しぶりすぎて私だと分かって貰えるだろうか…」

 

「バカにしてます?ヒルチャールの記憶力は意外と高いんですよ?」

 

「惚気てみただけだ」

 

「まあ!」

 

私が集合場所に着くと、送り届け人のファデュイの人が慌てた様子で私に詰め寄ってくる。一体どうしたのだろうか。

 

「ちょ、ちょっとアンタ…え?あれぇ…?ディザスター、さんですよね?」

 

「そうだが…あぁ、今兜を外そう。私も先日ファデュイの一員になったのでね、公子様からこの仮面と堕岩という通り名を賜ったのさ。それで?どうしてそんなに慌てて?」

 

「それが…まぁ、見てもらった方が早いですね」

 

そう言ってファデュイの人が大きい物に覆いかぶさっていた布を取ると、そこには立派なヒルチャール・雷兜の王に成長したヤルプァがいた。

 

「─────む、もう歩き回って良いのか?グぁァ…おお、その顔は我が友ディザスターではないか!そう日は経ってはいないが、久しく感じるな!」

 

雷兜の王になったおかげかヤルプァはとても流暢になっていた。これならギリギリ巨漢として誤魔化せそうだな!

 

「久しぶり、ヤルプァ。随分と強そうになったじゃないか。私も友人として鼻が高いよ」

 

「ディも、何やら借り物とはいえ自衛ぐらいは出来る力を得たではないか。これは進歩と言っていいだろう」

 

「ははは、しかし所詮は借り物だからね。私も自分だけの力が欲しいものだけれど。そうはうまくいかないんだこれが」

 

こんな風にヤルプァと話していると、遠くから叫び声が聞こえた。野太いから男だな、何かあったんだろうか。

 

「ひ、ヒヒ、ヒルチャール雷兜の王が、璃月港内に…!?」

「だっ、誰か!応援を呼んでくれ!」

 

そうだった。みんなはヒルチャールが全員怖い奴らだと思っているからパニックになるのか。しょうがない、ここは私が一肌脱ごうじゃないか!

 

「皆、そう叫ぶんじゃ「『泣き飯』さんが人質に取られている!?」…何て?」

 

泣き飯?何だそれは。

ひょっとしてアレか?この間万民堂で飯食った時に泣いてたのが末端兵士にまで広まったって訳か?情報が早いなぁオイ。恥ずかしいじゃないか。

 

「『泣き飯』さんが…そんな!」

「くぅっ!おれの無力を許してくれ…!」

「応援はまだか…!?」

 

意外と好感度高いのなんなんだよ。

やだよそんなカッコ悪いあだ名。せめてさ、こう…【邪王心眼を持つ狂王】とか、【黒き夢の痕】とかさぁ…そっち系にしない?

私は厨二系の方が好きだぞ!

 

「おおっ!刻晴様が来てくださったぞ!」

「刻晴様!『泣き飯』さんを助けて下さい!」

「刻晴様!」

 

「……人質の救出と、ヒルチャール・雷兜の王の討伐ね。少し分は悪いけど、大した仕事じゃないわね…」

 

「ちょっと待たないか」

 

「…?貴方人質なんでしょう?だったら素直に助けられてなさい」

 

「別に、私は人質というわけではない。君たちは何か誤解している。彼は…そう、稲妻人だ。君たち、見た事無いだろう?稲妻人」

 

「稲妻人か…」

「なんだそうだったのか…」

「稲妻は危険なのでは?」

 

良かった、皆納得してくれたみたいだ。

稲妻の皆さんごめんなさい、反省はしません。

 

「そんな詭弁で私を誤魔化せると思っているの?貴方には稼業人との繋がりも噂されている。さぁ、答えなさい。そのヒルチャールを使って何をするつもりだったのか」

 

「観光。」

 

「フン、だろうと思ったわ。だけど残念ね、絶対にそれは敢行させないわ」

 

ヤルプァをソレ呼ばわりされた!?刻晴めぇ、顔と声とスタイルと性格が良いからって…くそ、最高じゃねえか!

 

「双方落ち着け。まずは冷静に話し合うのが良いだろう。友よ、お前も少しは落ち着かないか」

 

徐々に渾沌としつつあった場は、ヤルプァによって収められた。私は友人からの忠言で、刻晴はヒルチャールが流暢に嗜めてきた事に驚いて静止した。

 

「……今、そのヒルチャール…喋ってたわよね?」

 

「元々体系化された言語があるのだから、話せても不思議では無いだろう。それと、彼に失礼な態度を取るのはやめて貰おう。私の友人だ、悪いようにはしない」

 

「でも、その…ヒルチャール?は人間じゃないでしょ?他の人が見たら不安がると思うのだけど」

 

「その方、安心してくれ。オレは友かオレ自身に一方的に危害が加えられないなら暴れない上に、示威もしない。不安であれば契約でもすれば良いだろう」

 

「っ、契約…!わかったわ、もし契約が破られた時には、そこの胡散臭い泣き虫ごはん諸共処罰よ!」

 

「泣き虫ごはん…ブフッ」

 

エラ・マスクよ。お前には今後1ヶ月ヤルプァへの接近を禁ずる事にしよう…まぁ鼻で笑いたくなる気持ちも分かるが。

 

千岩軍や刻晴が撤収した後、私は決めた。

まずは汚名返上からだ。璃月で生活するにしたって、ファデュイとして活動するにしたって面目が丸潰れだったらどうしようもない。

それに、袁坊に「幼気な少年の心を守る男」なんて言った手前、カッコ悪くちゃしょうがない。

 

 

そう、決意したのだが。

 

「わぁー!凄いよ『泣き飯』さん、ヒルチャールとお友達だ!」

「めっ!見ちゃいけません!」

 

だの

 

「きゃーっ!『泣き飯』様よー!」

「あの仮面の下の燻んだ貌…素敵!」

「私と付き合ってー!」

「ちくわ大明神」

 

だの散々だ。あと最後のは絶対稲妻人だろ、感性が私寄りだったぞ。何より問題なのが、勝手に私の顔や仮面を使って商売をするバカだ。

 

「安いよー安いよー、『泣き飯』仮面に『泣き飯うちわ!どっちも今なら1500モラ!」

 

地味に高いし。ここは一つ、ガツンと言わないといけないな。

 

「おい。」

 

「へいらっしゃい…って『泣き飯』本人じゃねえか!へっへ、俺にもツキが向いてきたな?これで本人公認だぜ!」

 

「逆だ、大馬鹿者。今すぐその下らない商売をやめろ。さもなくば貴様を璃月新名物人型アイスゴーレムにする」

 

「はぁ?いくらアンタに言われてもやめるわけ無いでしょ!こーんなボロい商売他に無えよ!」

 

「…なるほど、よほど飾りの一つになりたいようだな。良いだろう、覚悟しろよ…手加減はしない」

 

「はんっ!泣きながら飯食うだけのバカを商品化してやったんだ!感謝してもらいたいくらいだね!」

 

少しカッとなって気づかなかったが、私の後ろに立っているヤルプァから急に雷前の匂いがし始めた。何か知らないがまずいな、さっさと片をつけないと。

 

「──────君たち、何を揉めているのかな?法律の事ならこの煙緋にお任せあれ。話は何となく聞いていたとも。」

 

「げっ、法律家…!?て、テメェ卑怯だぞ!」

 

「貴様を氷漬けに出来そうになくて残念だ…」

 

「ふむふむ、今回の件は璃月民法典第二十章『肖像・著作に関する方』の第六条に記載されている『その肖像本人に無断で商品を作り、売ってはならない』と第七条『他人の著作物や肖像を利用した商品を名誉毀損目的で製造、及び販売してはならない』に違反している。確か商品の君の名前は策溺だったな?もし君が仮にこの商品の製造又は販売をそこの仮面の彼に無断で行っているのだとすれば、それは立派な犯罪だ。非契約による一方的な搾取、そして正しい筈の製造販売の撤回要求を拒否した。これは【岩裂きの刑】は免れないが…そこは示談次第でどうにかなる範疇だ、頑張りたまえ」

 

「い、岩裂きっ…!?嫌だ!それだけは!」

 

「…煙緋殿、岩裂きの刑とはどんな物だ?」

 

「一言で言うなれば、片足と片腕に岩をくくりつけ空中に体が浮くように固定するんだ。とても苦しいと聞くぞ」

 

「そうか、ありがとう。お代はコイツが不当に儲けた額全てで良いか?」

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…よし、額は足りているな。しかし良いのか?私の方から首を突っ込んだ形なのに金を払ってもらって」

 

「何、困ったときはまたよろしくという事だ。助かった、ありがとう」

 

「毎度あり。では私はこれで」

 

そう言うと煙緋は行ってしまった。法律家ってめちゃくちゃ頼もしいな、長引きそうだと思ってた問題があっという間に解決してしまった。

 

 

「おいディ、逃げようとしていたから捕まえておいたぞ」

 

「ヤルプァ!助かった。ありがとう!」

 

「おお、お前ら、少し考え直せって!金、そうだ金!金ならやる!だから見逃してくれ!」

 

「私はね、自分だけの醜い欲望の為に下劣な行いをする奴らが嫌いなんだ。だから…選ばせてあげよう。」

 

「……ぇ?」

 

「一つ、そのまま岩裂きの刑。二つ、氷像の刑。三つ、ヒルチャール式処刑法。どれが良い?」

 

「ど、どれも嫌だっ!」

 

「ディ。オレたちの処刑法は屈辱を与える事だ。オレ達は仮面を外される事を恥じている。この仮面は誇りでもあるからだ。つまり、この男がヒルチャール式を選んだ場合、こいつには恥をかいてもらう事になるぞ」

 

「へえ、そりゃあ良いや。で?どうするんだよお前は。早く選ばないと氷だぞ」

 

「ひ、ひっ!ヒルチャール式が、いい、ですっ!」

 

よし、そうと決まれば早速処罰開始だ。示談で本来岩裂きの刑の所を大恥に変えてあげたんだから寛大な方だろう。まぁ子供のヒーローが人を氷漬けにするのとか…なくは無いな!

 

閑話休題。

 

私は不埒者を腰布一枚で磔にし、謝罪をさせる事にした。因みに、ヤルプァ曰く恥をかく事を拒否した場合は火で炙るらしい。怖いね。

因みに、無いとは思うけど謝らなかった時は氷漬けにする契約に決まった。あって欲しくないけどね!

 

 

「お、おいアレ…」

「散禄さんのとこの出涸らしの…」

「なんで全裸?」

「おい、あそこに立ってるのって…」

 

「皆、聞いてくれ!この男は今日、許されざる罪が発覚した!それは、勝手に私の顔を使い、勝手に私の商品を売った事だ!」

 

「皆が私を『泣き飯』と呼ぶのは、少し屈辱ではあるが、それでも皆が好んでくれるのなら笑顔で認めよう!しかしだ!」

 

「この男は肖像権を持つ私がやめてほしいと言ったにも関わらず!あまつさえ私を侮辱し、止める気は無いと言った!」

 

「その大罪を今、彼の口からハッキリと懺悔してもらう!これは彼との契約だ!他の者は口を出さないで貰おう!」

 

私が言い切ると、いつのまにか集まっていた人々が歓声を上げた。中からは本気の罵倒や雑言が飛び交っている。

 

男の懺悔を今か今かと待ち侘びる民衆。

男はゆっくりと口を開くと……

 

 

「あ、謝んねぇよ、ば〜〜〜か!」

 

何かがキレる音がした。

 

 

 ─────────***─────────

 

 

男が謝らない宣言を大声でした途端、璃月港全体の気温が下がった。それは、誰かの怒りだったのかもしれないし、ただの気温異常だったのかもしれない。

 

だが、そこにいた人々に分かったのは一律

「『泣き飯』がキレた」と言う事である。

 

堕岩の被っている兜の獣に引き裂かれたようなスリットからは冷気と共に飢えた獣のように煌々と光る瞳が覗き、足元から放たれた冷気によって足場が凍っていく。

 

「もういい」

 

「どうせ宝盗団と変わりはしないのだろう?」

 

氷は荊棘となって男に纏わりつく。荊棘は段々と檻のような形を形成していき、男を封じ込めんと巻き付く。

 

「ヒッ、ヒィイイイ!!!!助け、助けてぇええええ!!誰かっ、早く!死ぬ!死んじまうっ!」

 

「死ぬ事はない…ただ、眠るだけだ。」

 

氷の支配者は心まで凍ったかのようにそう言い放ち、男を完全に包み込もうと荊棘の勢いを増す。拒否しようとする男の手を、「お前が選んだ道だ」と嘲笑うように遮る氷の薔薇は、

 

「──────閉じろ」

 

その開花を以て、封殺を完了した。

 

 

「さっきは凡人だと思って見逃してあげたけど…貴方何者!?その元素の力…まるで自然由来のものだわ!」

 

「あぁ…自己紹介がまだだったね。私は悪しき心を砕く者。堕岩!フフ、地獄から来ても良かったのだけどね」

 

堕岩が名を名乗ると同時にその幽鬼のような目が光る。堕岩という名前と地獄という単語に動揺する有識者達は泡を食って質問する。

 

「地獄とはどういう事だ!?」

 

「おふざけのようなものだよ」

 

有識者達は戦慄した。人を氷漬けにするのもおふざけの範疇だというのか、と。そうだとしたら、という風に妄想が妄想を呼び、さらに最悪の未来が脳内で構築されていく。

 

「こんな騒ぎを起こして…説明してくれるわね?」

 

「勿論だとも。そもそもこれは、私と氷像の彼との契約でもあったんだ。素直に謝れば許す、謝らなければ氷漬けとね。これは彼が選んだ道だ。あぁ安心して、気温は私のせいではないから。」

 

 

「ぁ、雨雲…」

 

丁度秋時雨が降る直前であった。

 

 

 ──────────***────────

 

 

その後日。

 

「「「きゃーっ!堕岩様よ!」」」

 

「コイツらは変わらないんだね」

 

私の評価は7:3で友好的なものに変わっていた。

単なるマスコットではなく、しっかりとした人間として接してもらえるようになったのはデカい。

 

 

「アハハッ、堕岩!君凄いじゃないか!初めは少し疑問に思ったけど、こういう事だったんだね。それと、悪しき心を打ち砕く者…だっけ?イイねぇ、最高だ。楽しみにしテルヨ…?」

 

おい最後殺気隠しきれてないって。

何とかしてタルタリヤと戦わないようにしないとな!



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第八話 迎仙儀式なんだが

体調が完全に戻っておらず、投稿出来ませんでした。
本当に申し訳ありません!


 

今日はあの迎仙儀式だ。そう、あの。

私は今、ヤルプァとエラ・マスクとミロスラーヴァさんと共にその開始を待っている。この後岩王帝君は死ぬだろうけど、心配はない。

 

なぜなら、ヤルプァが社会的に認められているからである。私がタルタリヤから渡される雑務を楽しんでいる間、彼は人を助けて回っていたようだ。

そのおかげでこうして皆で迎仙儀式を見ることが出来るのだから、ヤルプァには感謝だ。

 

「それにしたって…凄い人だかりだ。端の方に居ておいたのは正解だったね。この熱気は凄まじいものだから」

 

「ええそうね…私なんか潰されてしまいますよ。それに、私はヤルプァさんの肩に乗れて幸せ気分ですのでこのままで良いですね」

 

「うふふ、エラさんは本当にヤルプァさんの事が好きなのですわね。学者様なら当然なのかしら?」

 

「そりゃあ好きよ!こんなヒルチャール、興味が尽きる事が無いわ!」

 

などと話していると、会場内から「あーー!」とかん高い声で叫ぶ声が聞こえた。その方を見遣ると、パイモンが私たちをみてアワアワしていた。ちょっとかわいいな。

 

「これより、迎仙儀式を執り行うわ。」

 

儀式はつつがなく進行していき、いよいよ岩王帝君を迎える所まで差し掛かったところで異変が生じた。璃月民の前にその壮健な姿を見せるはずの岩王帝君が死体となって堕ちてきたのだ。

 

「おい、アレって…まさか」

 

「儀式は中止よ!この場にいる人間は残って、事情聴取を受けなさい!…あなた達は仙体を。早く!」

 

やっぱりこうなったか。

事情聴取は…一番最初だよね、そらそうだ。一番怪しそうなんだもの。冤罪をふっかけられても面倒だし、さっさと終わらせてしまおうか。

 

「堕岩、あなたの仕業?」

 

「そんなわけ無いだろう。私がやったのだとしたら、死体は今頃凍っているはずだ」

 

「そうよね…行っていいわよ、全員」

 

えっ?ヤルプァとかミロスラーヴァさんとかは?やっていないとは言え、一応怪しそうな部類に入ると思うんだが。

 

「ヤルプァはそんな事しないのは分かっているわ。そう怪訝な顔をしないで、次の人に代わってちょうだい」

 

おもくそ疑われると思っていたのだが、肩透かしを食らったような気分だ。まぁ良いか。疑われないというのは良い気分だからな。

 

「一人逃げたぞ!」

「追え、絶対に逃すな!」

「容疑者は金髪の少女と白くて小さいのだ!」

 

蛍とパイモンが逃げ出したか。さてどこに居るかな…っと、見つけた。階段の下で千岩軍に囲まれている。助けるのが道理なんだろうが、タルタリヤが何とかしてくれるでしょ。

 

「そこの少女、じっとしてなよ!」

 

ほら来た。それなら私はさっさと退散するとしよう。いても邪魔だろうし、早く帰りたいし。

 

と、思ったのだが。

みんなと別れてから一人ほっつき歩いていると、タルタリヤに見つかった。そしてタルタリヤに私は「仕事だよ」と瑠璃亭の会食に出るように言われてしまった。

 

 

そして一日後、私は鍾離先生と二人きりでタルタリヤと蛍を待つ羽目になった。前の不法侵入もあって、かなり警戒されているだろう。

 

「…時に堕岩殿、もう万民堂の一人娘である香菱の作る食事には手をつけたか?あれは良いものだ、彼女が料理を手がけている時は食べてみると良い」

 

「鍾離先生ほどの方が言うのであれば間違いはありませんね。今度食べてみたいと思います」

 

「それが良い…さて、客人が来たようだ。」

 

タルタリヤが蛍を連れ立って瑠璃亭へ入ってくる。

 

「……!どうして堕岩がここにいるの」

 

「堕岩は俺の部下だからね、居るのはおかしくないだろ?それとも、いたらマズい事でもあるのかな?」

 

「公子!こいつはオイラ達の前で人を殺した、とっても悪い奴だぞ!」

 

「アハハ!そういえば堕岩はこの間も公開処刑してたね」

 

「殺してないですよ、公子様。私はただ凍結させただけです。死なせたら反省しないではないですか。悪い事をしたのに謝らないからそうなるんです」

 

「あれ死んでないんだ。あぁすまない旅人、では本題に移ろうか?ここにいる鍾離先生は稼業人でね、往生堂の客卿をしているんだ」

 

「鍾離だ。話は聞いている、仙体に会いたいのであれば送仙儀式に協力して貰おう。近頃は迎仙儀式のみを重要視し、大切な送仙儀式を蔑ろにしている。これは許されざる問題だ。どうか、力を貸してほしい」

 

「お兄ちゃんを探すためなら仕方ない、協力する。」

 

「何か困った事があったら、この堕岩に言うんだよ?そしたら大体何とかしてくれると思うよ。堕岩は顔が広いからね」

 

実際、知り合いが多いのは事実だ。だからそんな疑いの目で見ないでほしい。もし詮索されて『泣き飯』とか知られたら凄い恥ずかしいから。

 

「堕岩だ、よろしく頼む。以前覚えておけと言っておいて良かった。腕に自信は無いが、人脈は広い方だ。何かあれば力になろう」

 

「……………よろしく。」

 

まぁ私ができる事なんて値切りに交渉ぐらいだ。戦いなんて以ての外、神の目を持った超人についていける訳ないでしょ。だがまぁ、蛍と協力して事に当たれば大概うまく行くので大船に乗ったつもりでいよう。

 

その後、タルタリヤからお金を受け取って四人で送仙儀式の為の準備を行う事になった。夜泊石は大きな鍋が必要だったので、私たちはモンドのダダウパの谷まで来ていた。

 

ワープを使わず歩いてきたため、少し骨が折れた。

 

「Yo.che kera(おや、この匂いは)」

「Ara ara ara(ディの気配がする!)」

「Wek api po(帰ってきたのか!)」

 

「やぁ、少し鍋を借りて行っても良いかな」

 

「Rhy sum(もちろん)」

「Hea ven gorl den(お前の頼みならしゃーない)」

 

「ありがとう」

 

肯定する気配を感じたので有り難く使わせて貰おう。

ふと、皆の方を見遣ると私のことを驚愕したような目で見ていた。

 

「堕岩殿はヒルチャールとの交流もできるとは。永く生きてきたが、こんな事は初めてだ」

 

「アビス…?」

 

「彼らとて争いが好きな訳では無いんだ、きちんと誠実に当たればそれに応えてくれるものだ。むしろ、お前達が固定観念からヒルチャールを敵視するから敵になるのであって…これ以上言っても仕方ないな、作業に取り掛かるぞ」

 

夜泊石の選別が終わったので、これから璃月に戻り霓裳花を選別する。ワープポイントが使えたら楽なんだけどな。おっと、その前に石を買っておかないとな。

 

「これで良いんですか?」

 

「あぁ、それにしてくれ。岩王帝君の送仙儀式に使うものだから、一番良いのが欲しくてな」

 

「そんな!岩王帝君の為でしたら、お安く致します。半額でどうですか?」

 

「よし、それで「ちょっと待った。」…どうなされた、堕岩殿」

 

「私の個人的な知見だが、夜泊石にはそこまでの価値は無い。現に私は、夜泊石の鉱脈がどこにあるかを既に記憶済みだ。取るのには手間はかかるが、これ程の金を支払わなければならないのなら自分達で取ってきた方がマシだ。」

 

それに、だ。

 

「もし仮に君がこの夜泊石を半額で売ると言うのなら、その額が君の岩王帝君に対する忠誠心という事になるが…良いかね?」

 

「うぐ!し、しかし…こちらも商売でしてね。秘密の鉱脈から掘っているんですよ。」

 

「侵入禁止の廃坑からだろ。まったく…」

 

「だぁー!わかりました!安くしますから!だから言わないで!」

 

それで良いんだよ。

一悶着あったが、結果的に8分の一の値段で買えたからトントンだろう。その代わり、私は鍾離先生からの呆れた目線を頂くことになったのだが。

 

解せぬ。

 

 

 ─────────***─────────

 

 

「やった!やりました!流石です私!」

 

薄暗い研究室の中で、偉大なる占星術師モナは歓喜に打ち震えていた。以前はどれほど環境を良くしようとも見ることの叶わなかった『厄災』の星座を見る事に成功したのだ。

 

「ふふっ、それでは…彼はどんな星座をしているのでしょうか…?何々、これ…はと…なんですか、これ。絡み合う二つの輪に巻きつく自らの尾を喰らう蛇。どうしましょう、見たことありませんよこんなの」

 

「ですが、知識とは基礎の応用から成るものです。この輪の紋様は円環、蛇の方は…暴食?それとも自滅でしょうか。いえ、これは自身を喰らい自身を生み出している…?つまり転生を表す?円環と転生、この二つを合わせると…」

 

 

「ディザスターは何者かの転生体?」

 

しかし、と呟きモナは考察を再開する。

 

「一つの個体から生まれるものはどこまで行っても同じモノである事には変わりはしません。であれば、『厄災』は元から『厄災』であった。それでも暴走しなかったと言う事は、力が大幅に減少している可能性が高いですね」

 

モナがふと外を見ると、既に夜の帳が下りていた。夜ふかしはいけませんね、と言いながらモナの一日が終わっていく。

 

モンドの空は平和そのものであった。




DISASTER/堕岩
星座: 転生座(神の影響を表す円環の輪+
       転生を表すウロボロス)


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第九話 正体なんてないんだが

体調の優れなさは治り難い


 

「岩王帝君の仙体は…おっと、ここではやめておくか。ついて来い、次は香膏の材料を買いに行くぞ」

 

地味に今、大事なことを言おうとしていたな。いや、本来の流れならここで仙体が黄金屋にある事を知るはずなんだけど、ファデュイの私がいるせいでズレたのか。

 

「香膏に必要なのは霓裳花だ。幾つかの種類の霓裳花を買い、その中から岩神が選んでくれるだろう。」

 

「値切りは…する必要は無いとは思うが、入り用なら呼んでほしい。タダ同然の値段で仕入れて見せよう」

 

「…堕岩殿、人々の岩王帝君への忠誠、信仰を盾に値切りをするのはあまり褒められた事ではないぞ。無論、堕岩殿が送仙儀式の為に尽力しようとしてくれているのは理解しているが」

 

「わかりました。しかし、予算も限られていますので」

 

「…?まぁ良い。店主、一番良いのを幾つか頼む。送仙儀式に使うのでな」

 

「送仙儀式ですか!それならお代は結構です」

 

普通ならこの反応が璃月人として正しいはずなのだが。石商の奴は忠誠心が足りてないよ。まぁ死んだ神に何の忠誠を誓うんだって話ではあるけど。

 

「旅人、この霓裳花を春香窯の鶯に渡してきてくれ」

 

「えーっ!?鍾離も女性に花を贈るのか!?」

 

「そう言うことでは無い。彼女は香膏作りの方法を熟知している。きっと俺達の役に立ってくれる事請け合いだろう」

 

蛍とパイモンが行ってしまうと、鍾離先生は徐に私の方を向くと話し始めた。

 

「岩王帝君の仙体がどこにあるか、知りたくはないのか?俺が先程言いかけた際、何か気にする素振りをしていたようだが」

 

「別に…」

 

もう知ってるし。わざわざ知ろうとしなくても、どうせどこかから漏れるんだから知ろうと知るまいと関係無い。

 

「何故そこまで興味が無いのか、寧ろ気になる所ではあるがまぁいい。堕岩殿は以前、何をされていたのだ?」

 

「私…そうですね、冒険者をやっていました」

 

「そうか。鉱脈の発見はその時に?」

 

「いや…そう、あれは私が旅人であった頃…煙緋の育成で死ぬほど必要でなぁ…毎日湧くたびに走り回ったも、あ」

 

「それで?」

 

しまった。鍾離先生が話し易すぎてゲームの方の話をしてしまった。この人、聞き上手のお爺ちゃんみたいな雰囲気あるから何でもかんでも話してしまいかねない。自重しないと、格好だけでなく素性も不審になってしまう。

 

「堕岩殿の見識はどこから来るものかと思っていたが、以前に来ていたと言うのなら納得だ。しかし少し疑問なのだが、あの閉鎖された鉱脈は少なくとも数十年前には閉鎖されていた筈。それなのに採掘していた、と言う事は堕岩殿は案外歳をとっているのか?」

 

「………歳など、既に数えるのをやめてしまって久しい。悪いが、その質問には答えられそうにも無い」

 

こう言って誤魔化しておけば、余計な詮索は避けられるだろう。前世バレは要らん争いを生みかねない。例えば、未来の知識を巡っての血を血で洗う凄絶な戦いが起こってもおかしくはない。

それに、巻き込まれるのは私だけじゃない。

 

主人公である蛍ちゃんも巻き込まれる羽目になる。それはいくらなんでも忍びない。

 

「……魔神へウリアを知っているか」

 

「知っているが、敢えてここは答えないでおこう。考古学や博物史は私の専門では無い故な。余計な事を言って混乱させるのは私とて好きではない。」

 

「ほう?よく彼女が既に亡き者であると知っていたな。もしや、生前の彼女を知っていたのではないか?」

 

「鍾離先生より深くは知りませんよ。さ、もう蛍達が来ます。私達も用意しなくては」

 

鍾離先生の伝説任務で見て聞いた事以外は知らない。それは本当だ。だからそんな疑いの目を向けてこないで欲しい。如実に!

 

「……いずれ、堕岩殿の口から聞かせて頂こう。さて、旅人よ。香膏はこちらで選別しておく。次に、ピンばあやの所に行き洗塵の鈴を取ってきてくれ」

 

「ん、わかった…それより、何の話をしていたの?」

 

「何でも良いだろう?さ、行きたまえ蛍。君にはやる事があるのだから。出来る事は早いうちにやる。旅人の鉄則だ」

 

「後で聞かせて」

 

「むーっ…!オイラはまだ疑ってるからな!」

 

「好きにしてくれ。叩いても埃は出てこないが、それでも叩きたいのなら叩くといい」

 

「行くよパイモン」

 

さて。次は確か凧を買いに行くのと人を雇っておくんだったな。予算を確認して…嘘だろ、倹約したのに足りそうに無いぞ。それも、たった50000モラが足りない。

タルタリヤに頼んで増やしてもらおうか。

 

「堕岩殿、どうかしたのか?しきりに財布を確認している様子だが。何かあったのなら言うと良い、互いに協力関係にあるのだからな」

 

「……モラが足りない。」

 

「そんな事か。それなら俺も少し出そう…む?すまない、モラを忘れてしまった。俺は普段からモラを持ち歩かないのでな」

 

「どうせそんなこったろうと思いましたよ。大丈夫です、初めからあまり期待はしていませんでした。どうです、立ち話もなんでしょうからどこかに食事でも。どうせ足りないのですからパーっと使ってしまいましょう」

 

「待て、その金はどう言った契約で渡されたものだ?」

 

「往生堂に支払われた全体的な支援金ですので、今回の件での名代である鍾離先生が許可するのであればどのような用途に使おうとも自由な金ですが」

 

「そうか、ならば良い。俺の一押しは三杯酔だ」

 

と言うわけで、全てファデュイの経費で落ちる事が確定した為絶賛食事中だ。感涙するほどではないが、これもまた美味い。上品でいてそれでいて豪快、スッキリとした旨さだ。

 

「それにしても、堕岩殿と旅人はどこか似ているな。堕岩殿は実は旅人の兄妹だったりはしないか?」

 

「しないな。私と蛍には何の関係もありはしませんよ。ただ…そうですね、彼女の知らない事と知りたい事は分かりますよ。微かに、ですがね」

 

「それは?」

 

「……どうせすぐ後で解るんです。言ってしまっても構わないでしょう。彼女…蛍は自身の兄を探しています。そしてその手がかりは…おっと、これ以上は野暮ですね」

 

酒が入って気分が良いので喋りすぎないようにしなければ。

 

「失礼、酔っ払いの戯言として受け取ってくださいな。さて、そろそろ蛍が来る頃でしょう。行きますよ鍾離先生」

 

「………その顔で酔っているのか?」

 

「私は酔ってますよ。多少歩けば酔いも覚めようというもの。先に行っていますよ」

 

私は凧屋の前で鍾離を待つ。鍾離先生は少し遅れてから蛍を連れてやってくる。丁度良かったみたいだな。私はマスクをつけている事を確認し、3人に近寄る。

 

「鈴は貰えたか?」

 

「ふんっ!お前になんか教えてやるもんか!」

 

「あとは何をすれば良い…?」

 

「凧を買う必要があるんだが…金が無くてな」

 

「俺もモラを忘れてしまった。」

 

 

 

 

「──────俺が払うよ」

 

タルタリヤが来てくれた。鍾離先生の財布とも目される人が来てくれればもう安心だ。心置きなく任せよう。

 

「公子殿。」

 

「鍾離先生は自分でも貧困の苦しみや、モラの重要性を誰よりも熟知している筈なのに『自分がモラを持っていない状況』と言うものが想像できないんだ」

 

「これは手厳しい。公子殿は相変わらず話が長いと見えるが?」

 

「それよりも、凧を買ったとしてそれは誰が揚げるんだい?人を雇った方が良いんじゃないかな。旅人、このモラを君に預けよう。これで人を雇ってくると良い。」

 

「わかった。」

 

「それと堕岩。話したい事がある。ついて来て」

 

何だろうか。まさか、経費で酒を飲んだ事だろうか?だとしたらマズい。きっとお冠だ、いざとなれば地位も名誉も何もかも投げ捨てて抵抗するしかない。そう、DOGEZAで。

 

 

「さて…ここなら良いだろう。堕岩、君は何者か…聞いても良いかな?正直に答えてくれ。長いことファトゥスをやっているとね、嘘がなんとなく解るんだ。嘘をついたら…分かっているよね?」

 

「私は堕岩です。他でもない貴方がそう定めた筈ですが。無論、私にもDISASTERという名前はありますが、それはあくまで便宜上名乗っているだけに過ぎません」

 

「では、本当の名は?」

 

「──────そんなもの、初めからありませんよ」

 

実際、転生する際に私は名前や家族、友人関係などの情報を失っている。持っているのは、前世の常識や知識、そして転生時の謎の光景のみ。DISASTERという名前も、前世で使っていた原神でのプレイヤーネームからだ。

 

「…そんなはずは無い。名前というのは誰しもが持つもの。親かそれに類するものは必ずいた筈だ。その人から名前で呼ばれないはずは無いからね」

 

「居ないんですよ。そんなもの。この世界にはそんな存在は誰一人としていません。それに私は人の腹から産まれ落ちた訳でもありませんからね」

 

「………どういう事かな?」

 

「私の生みの親は…いるとするならば、言うなれば世界。或いは宇宙、或いは天、或いは真理、或いは全。或いは一。そう呼ばれる存在の奇跡によって私という存在は生み出された」

 

「…はは、嘘は…言ってなさそう…だね」

 

「言っても仕方がないですからね。もう結構ですか?」

 

「待ってくれ、ここからは仕事の話だ。鍾離先生から仙体の居場所については聞いているかな?エカテリーナを付けて君たちの会話を盗聴していたのだけど、聞き逃してしまってね」

 

「聞いては居ませんね。ですが、どうせ後で知るのであれば今教えても良いでしょう。公子様、そもそも璃月に人間が隠し事を出来る場所は多くありません。そして、それが恥とあらば当然です」

 

「それで?」

 

「恥を隠す為に、天権は多くの人員を割く事でしょう。つまり、一番千岩軍が居る場所を探れば良いのです」

 

「……!分かった、情報提供も出来るなんて良い部下を持ったよ俺は。じゃあみんなの所へ行こうか。待たせているみたいだからね」

 

「はい」

 

意外と穏当に終わってよかった。

それにしたって、みんなして私の正体なんていう下らないものを聞いてくるのは何故だろう?大した中身じゃないってのに。

 

 

 ──────────***────────

 

 

タルタリヤが部下である堕岩の正体を探ろうとした時、タルタリヤはその類まれなる戦闘センスから気持ちの悪いものを感じとった。

 

(何だ…?この異様な気配は。俺が今まで相対して来た中でも一番奇妙だ。心のどこかから『コイツとは戦いたくない』という悲鳴が出てくるようだ)

 

タルタリヤが臨戦体制を整えようとしたその後、堕岩のセリフでそれが崩される。

 

「──────そんなもの、初めからありませんよ」

 

(ディザスターという名は本名では無い?だとしたら、本名は?)

 

「…そんなはずはない。名前というのは誰しもが持つもの。親かそれに類するものは必ずいた筈だ。その人から名前で呼ばれないはずは無いからね」

 

実際、このテイワットにおいて真実の名を持たない者は居ない。そんなもの自然そのものであるスライムぐらいである。ヒルチャールでさえ、個々人での名を持つのだ。それが無い人間など、存在してないはずなのだ。

 

「居ないんですよ。そんなもの。この世界にはそんな存在は誰一人としていません。それに私は人の腹から産まれ落ちた訳でもありませんからね」

 

(人から生まれた訳では無いだって?それはまるで、自分が人間ではないと言っているようなものじゃないか。だとしたらヒルチャール…?あのヤルプァとかいうヒルチャールは堕岩の親代わりか何かか?)

 

「………どういう事かな?」

 

すると、突如堕岩の雰囲気がどこか神聖で無機質なものへと変貌していく。気温は下がっていないはずなのに、タルタリヤはそれが冷えていくのを感じた。

 

「私の生みの親は…いるとするならば、言うなれば世界。或いは宇宙、或いは天、或いは真理、或いは全。或いは一。そう呼ばれる存在の奇跡によって私という存在は生み出された」

 

そう言い放つ堕岩の目は、完全に上位者(プレイヤー)のものであった。どこまでも無機質で、人などただの記号の集まりでしか無いと思っているような冷たい目。

 

(は、つまりコイツは…天理の『使徒』とやらか。思わぬところで本当の敵を見つけるなんてね。思いもよらなかった)

 

「…はは、嘘は…言ってなさそう…だね」

 

「言っても仕方がないですからね。もう結構ですか?」

 

やれやれ、と言ったふうな雰囲気に切り替わり、堕岩はタルタリヤを急かす。しかし、タルタリヤはまだ聞かなければならない事があった。

 

「待ってくれ、ここからは仕事の話だ。鍾離先生から仙体の居場所については聞いているかな?エカテリーナを付けて君たちの会話を盗聴していたのだけど、聞き逃してしまってね」

 

こうして、タルタリヤは心に女皇への忠誠心と堕岩への警戒心を抱きながら無実の男を疑うことになるのだった。

 

 

一方、鍾離は。

 

「────ええっ!?仙体が黄金屋に!?」

 

「ああ。これはあまり大声では言わないでほしい」

 

「分かった!絶対、ぜーったい言わないぞ!」

 

パイモンが口をキュッとしていると、徐に鍾離が口を開く。その口から出て来たのは、堕岩への考察だった。

 

「……堕岩殿が魔神戦争の生き残りかもしれないとはな…」

 

「? どういう事」

 

「聞こえていたか。実のところ、まだ確定した訳では無いのだが堕岩殿のその見識の深さは相当なものだ。かつて死んだ魔神へウリアの事を知っている様子だったからな」

 

「堕岩は長生きって事?」

 

「あぁ…しかし、俺の知っている限りでは七神以外の魔神はとうの昔に敗れ去り、封印か死の憂き目にある筈なのだがな」

 

「それなら…『厄災』が復活したのは知ってる?」

 

「──────何だと?」

 

「ウェンティは『彼の性格なら既にみんな死んでる』って否定してたけど、わたしは単純に弱っているだけだと思う。あの目は…人を記号か何かだとでも思ってるような目つきは『厄災』に違いないもん」

 

「そいつはどんな姿をしていた?」

 

そう聞きながら、鍾離は「あり得ない」と思う。何故なら、『厄災』は当時生きていた魔神全員で今までの諍いを忘れて一斉攻撃を仕掛け多数の犠牲を払いながら完全消滅させた筈だからだ。

 

「オイラ覚えてるぞ!えーっと、金髪で、死んだような目つきの金の目をしてて、背は鍾離くらいだ!」

 

(……まさかとは思うが、堕岩殿か?いや、食事をして泣けるような人間が『厄災』のはずがない。あの傍若無人天理崩壊絶対絶殺畜生野郎がそんな事をするはずがない。)

 

「それは本当に『厄災』か?俺の知る『厄災』は、赤い髪を怒り狂う獅子のように逆立て、その目を狂乱に光らせる鬼のような奴だったが」

 

「何だそれ…まるで悪魔じゃないか!」

 

「実際、悪魔のようなものだ。海を裂き、地を割り、三度の飯より血飛沫が好きな怪物だぞ?復活していたとして、その気性の荒さゆえに親すら食い殺すだろう。そんな者と会って、何もされないのはおかしい」

 

「それなら…違う…のかも」

 

鍾離たちが話をしていると、遠くからタルタリヤと堕岩が戻ってくる。璃月事件はまだ、始まったばかりであった。



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第十話 敗北なんだが

お久しぶりです、リアルが忙しくて更新出来ていませんでした


 

私とタルタリヤがおもちゃ屋の前に戻ると、既に蛍とパイモンと鍾離先生が待っていた。

すっかり話し過ぎたみたいだな。

 

「いやぁ、待たせてごめんよ?少し話し込んでしまっていてね」

 

「そう気にするな『公子』殿。我々も有意義な時間を過ごす事ができた。その事実にむしろ感謝すべきだろう」

 

「そぉ、そうだぞ!オイラ達、とっっても有意義な話をしてたんだ!な、蛍!」

 

「うん、堕岩が怪しいって話をしてた」

 

「おい!」

 

「私を詮索しても無駄な事だよ、蛍。意味の無いことをするのは人間の特権だが、それは価値の無い人間のする事だ。価値ある君には勿体ないと思うんだけどね」

 

気取った言い回しで詮索を回避する。

せっかく蛍の前でボロ出してないのに『泣き飯』カミングアウトしちゃったらマジで尊厳を失う。それだけは避けたい。

 

「話して良いか?次は『永生香』を買う為に『不卜廬』に行くぞ。あそこは璃月で最も有名な薬舗だ」

 

「おや、もう行ってしまうのかい?オレはもっと話してたかったけどね。堕岩、付いて行ってあげてくれるかい?」

 

「いえ、私は他にやる事を見つけたので遠慮しておきます」

 

やる事…それは、帰終機の修理だ。

正しくはその周りに潜んでいる宝盗団の殲滅だが。まぁ蛍達の邪魔になるし消しておいて損はないだろう。

 

「「やる事?」」

 

「公子様と鍾離殿は息がピッタリですね。私が知らないだけで意外と仲がよろしいので?」

 

あまりにもシンクロしていたものだからつい口に出てしまった。少し目を見開いて私を見る仕草まで一緒だから少し面白かった。

 

「先に不卜盧で用事を済ませておいてください。私は天衡山に行ってきます」

 

そう言って私はさっさと出かけていった。

これ以上絡まれても面倒だしね。仕方ないね!

 

 

 

さて、さっさと終わらせよう。

私の視点の先には宝盗団のグループが二つ。三秒でケリをつけてやろう。流石に三秒は無理だけど。

一応念入りに潰す為に監視役の奴に規模を聞いておこう。

 

「こんにちは、このグループの規模は何人ですか?」

 

「何だテメェ!?いきなり現われや「何人ですか?」ガッ!「何人ですか?」ごっ!「何人ですか?」ぐべぇっ!」

 

近場にあった岩に宝盗団の顔を叩きつけまくる。次第に顔が潰れてきて痛そうだけど、コイツらがしてきた事を考えると妥当ではある。

宝盗団殺すべし、慈悲はない。

 

「もうやべでぐれーっ!言うがら!60人だ!それ以上はいないっ!」

 

「そうか!ありがとう、お陰で助かるよ!」

 

「よ、よかった、許「すわけねぇだろダボがァーーーッ!」ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ふう。さっぱりした。

 

「さて…悪・即・斬で行こうか。剣持ってないけど」

 

私は氷で網を作り出し、軽く振りまわしてみる。

自分で作っただけあって振りやすくて良いな。

 

「お、オデの部下達が…何だお前は!?」

 

「地獄から来た男、堕岩マンだ!堕岩ストリングス!」

 

「Kiss☆SUMMER…!お前ら敵だ!であえであえ!」

 

「寝ている子を起こすなよ…マーベラー!」

 

なんて事はないただの蹴りを浴びせ、ついでに凍らせる。あとはなし崩し的に散り散りに逃げた宝盗団を凍らせて終わりだ。

 

チラリと生き残りがいないか確認すると、まだ元気そうなやつが一人うずくまっていた。なんか唸っているな。

 

「〜〜〜ッ!一緒このまま、負けたままで!生きたくない!お前に勝つ!へやぁっ!」

 

「───それは。ファデュイ製の銃?どうしてお前が…」

 

「射出!あ、あれ、出ない…おいマジかよコイツも使えねえのかよ!?あっ、ちょっとまってちょっと待って粉「イヤーッ!」グワーッ!」

 

危ない。少しタイミングが遅かったらまずい事になってた。

さて、宝盗団も片付けたし帰終器に行っておこう。

 

あ、血を流すの忘れてた。まあ良いか…洗うの面倒くさいし。それにしても遅いな、何をしているんだろうか。

暇だし料理でもして待っていよう。

 

 

 

「ひっつじ♪ひっつじ♪コッコナツヒツジー♪」

 

しばらく待っていたら、ウッキウキのパイモンと蛍が歩いてきた。丁度料理も出来上がった事だし、分けてあげるとしよう。

 

「待っていたぞ。蛍、パイモン」

 

「おいし…ひええっ!?血塗れだぞ…!こわい!」

 

パイモンが蛍の影に隠れてしまう。

そう怖がらなくても良いのに。私は今回に限っては完全に協力者なんだから、少しくらい心を開いてくれても良いと思う。

 

「何をしていたの?」

 

「邪魔者を片付けていただけだが。そうだ、君たちがここに来るだろうと思って料理を作ったんだがよし良ければ食べないか?」

 

私は二人に美味しそうな四方平和を差し出す。パイモンはその匂いに釣られてフラフラと出てきた。

おい、私の事を怖がっていたんじゃないのかよ。

だがむしろこれは好機かもしれない。パイモンとさえ仲良くなれれば、蛍もきっと私を警戒しなくなるはず。

 

「あぅ…その、食べていい…のか?」

 

「もちろんだ。好きなだけ食べるといい」

 

 

「──────待って」

 

蛍からストップが入ってしまった。やはり警戒されてまくっているようだ。仕方ない、これは私が後で一人で食べる事にしよう。

 

「それは私が食べる。毒味は必要でしょ」

 

「ほ、蛍…!」

 

「パイモンに変なものは食べさせない。それじゃあ、頂きます」

 

蛍は私から皿を受け取ると、あっという間に食べてしまった。その食べっぷりは凄まじく、まさしく「バクバク」といった擬音が似合うほどだった。

喜んでもらえて何より。

 

「ふぅ、美味しかった。パイモン、毒は入ってなかったよ」

 

「おい!お前が食べたかっただけじゃないか!」

 

「えへっ」

 

「おいっ!……堕岩、これしかないのか…?」

 

やめてくれパイモン、そんな捨てられた仔犬のような目線で見ないでくれ。勝手に身体が動いてしまうだろう。

私はいつの間にか松茸の肉巻きとおにぎりを用意してしまっていた。こ、こんなはずでは…うわーっ!

 

 

 

「わぁい!ごはんだ!いただきまーす!んーっ!おいしいぞ!堕岩は良い奴なんだな!」

 

ちょろい。私が本当に敵だったらどうするつもりだったんだ。まぁ実際ゲームシステム上毒は盛れないが、それでもベネット飯の前例がある。

人を傷つけられない飯がないわけではないのだ、用心するに越した事はないだろう。

 

「パイモン、食べ終わった?こっちはもう帰終器の修理終わったんだけど」

 

「流石は蛍!オイラが見てなくてもしっかりやる事をこなして偉いぞ!」

 

「ココナッツヒツジは見つかりそうかな?」

 

「何で知ってるの?」

 

「さっきパイモンが歌っていただろう」

 

危ない危ない、パイモンが上機嫌で歌ってなかったら私は無為に転生バレをかますところだった。こういうのは言わない方がいいというものだ。

それに、私が未来を知っていると知ったら利用しに来る奴らはごまんといるだろう。

それが煩わしいというのも理由の一つだ。

 

「あぁそれと…嘘つきには注意したまえ。彼は最初から君の味方ではない。全てが終わった時、初めて彼と友人になれるだろう」

 

鍾離先生は「淑女」との契約で璃月全体を混乱に陥れた黒幕とも言って良い存在だ。鍾離先生が悪い人?神では無いとはいえ、騙しているのは事実だ。

そして「全ての契約を終わりにする契約」、それを実行するために氷の女皇との契約を結んでいる。

ゆえに全てを盲信するのは危険だ。

 

「もぐもぐ…嘘つきってなんだ?」

 

「今はこれしか言えないな。これ以上は世界が危うい」

 

「世界が?」

 

「言葉の綾だ。要は、進むべき運命を変えてはいけないから言う訳にはいかない。と言っている」

 

シナリオブレイクしたらその余波で何があるかわかったもんじゃない。そもそも私はメインストーリーに関わる気は一切無かったんだが、なし崩し的に手伝うことになってしまった。

これが終わったら私の事を知るひとが少ないだろうスメールにでも住んでみようか。

 

「運命…あなたは占星術師なの?」

 

「違うとも。私はただのしがないファデュイさ」

 

私はその場から立ち去り、群玉閣を眺める。

アレが落ちるのかぁ。綺麗だし再建されるとは言え勿体無いと感じてしまうな。

どうにかしてオセルを群玉閣落とし以外で倒せないだろうか。

 

「しかし運命には逆らえない…落ちるべし、群玉閣」

 

ちょっぴり残念に思いながら、天衡山の頂上で空を仰いでいるとカッコつけたい気持ちになってきた。どうせ誰もいないんだ、例のセリフを言ってみても良いだろう。

 

「居るのは分かっている…私の眼前に出てきなさい」

 

「フ────恥ずかしがり屋さんめ。宜しい、私から目を合わせてあげるとしようか」

 

流石に居るわけないよな、と思ってカッコつけながら後ろを振り返ってみる。しかし、そこには私の予想とは違って驚愕の表情を浮かべている甘雨がいた。

 

え?今の聞かれてた?嘘だろ、恥ずかしすぎる。

 

「群玉閣を堕とすというのは本当ですか…?戯言にしては大言壮語が過ぎますよ…?」

 

正しくは“落ちる“なんだが、まあ良いだろう。甘雨はあまりストーリーには関係ないし、軽くなら説明してしまっても良いかな。

 

「あぁ、そうとも。群玉閣は堕ちる。たとえ私が何もしなかったとしても堕ちる。そう決まっているからだ」

 

だってストーリーでそう描かれてるし。しかし甘雨はやはり気に食わなかったようで、おっとりした目を鋭くしている。

 

「計画は盤石とでも言いたげですね。今私が貴方を倒してしまっても良いのですよ?」

 

武器も無しに?無理でしょ、いくらなんでも武器が無ければ元素スキルも元素爆発も使えるはずがない。

神の目をもってしても、不可能なことはある。

アゲートの力を使える私や蛍が特殊なのであって、武器が無い神の目持ちなんて怖くない。

 

だから、このセリフを言ってしまっても良いだろう。

 

「あまり強い言葉を使うなよ────弱く見えるぞ。それに、麒麟の血が流れているとは言え武器も持たない女子一人に拘束されるほど私も柔では無い」

 

「戯言を────」

 

うん?ちょっと待って、なんか氷が甘雨の手に集まっていってる。どういう事だ?使えないんじゃ無いのか?

 

「【風雪の縮図】ッ!」

 

「何ッ!?馬鹿な、なぜ戦える!くっ、氷よ!私を守れ!」

 

私は慌てて氷の力を引き出して障壁を作る。

 

「甘いですね!貴方を千岩軍へと連行しますッ!」

 

しかしその上からさらに氷が纏わり付き、私を凍らせ磔にしていく。あっこれマズい。本当にまずい。

などと慌てているうちに、私はすっかり氷に呑まれてしまった。ファデュイ謹製元素調節コートがなければ凍死していたな。

 

さて、凍死しないために氷の力を使っている以上、他の用途…脱出などには力を割けない。大人しく解放されたときに誤解を解くとしますかね…

 

暇だし寝てよう、ではおやすみなさーい。

 

 

 ─────────***─────────

 

 

甘雨はその日、珍しく暇を貰い天衡山でゆったりとしていた。空を見て風情に浸る。これほど気持ちの良い休日は無いだろうと甘雨が考えていると、人が来るのが見えた。

 

「いけませんね、少し休み過ぎてしまいました」

 

甘雨がチラリと来た人を見ると、その人物は革色のコートを身につけ顔を覆う程の兜を身につけて、全身から冷気を噴出しているようであった。

 

(ああ、あの人が『泣き飯』さんですか。ファデュイとの関係もある彼と接触するのは控えておきましょうか)

 

そう思い甘雨はその場を離れるが、甘雨にとって唯一聞き逃すことのできない言葉が風に乗って聞こえてきた。

 

「──────堕ちるべし、群玉閣」

 

(………ッ!やはり、ファデュイは悪でしたか…!弓は置いてきてしまいましたがこの半仙、ただの人間には負けません)

 

甘雨は池を凍てつかせながら堕岩へ近づく。

僅か三歩後ろに甘雨が立てども気がついていない素振りを続ける堕岩。

実際は本当に気がついていなかったのだが、厨二病スイッチが入ってしまった堕岩は要らないことを言ってしまった。

 

「居るのは分かっている…私の眼前に出てきなさい」

 

「ッ!?」

 

「フ────恥ずかしがり屋さんめ。宜しい、私から目を合わせてあげるとしようか」

 

そう言って堕岩は振り向く。そして甘雨と目が合う。数秒の硬直、先に動いたのは甘雨だった。

 

「群玉閣を堕とすというのは本当ですか?戯言にしては大言壮語が過ぎますよ」

 

「………あぁ、そうとも。群玉閣は堕ちる。たとえ私が何もしなかったとしても堕ちる。そう決まっているからだ」

 

「計画は盤石とでも言いたげですね。今私が貴方を倒しても良いんですよ?」

 

「あまり強い言葉を使うなよ────弱く見えるぞ。それに、麒麟の血が流れているとは言え武器も持たない女子一人に拘束されるほど私も柔では無い」

 

非常に舐めた態度の堕岩。悲しいかな、堕岩は原神のキャラは武器を持たなければ戦うことすら儘ならないと思っていたのだ。

しかしこれは現実。ゲームのように甘くはいかない。

 

「戯言を…【風雪の縮図】!」

 

「何ッ!?馬鹿な、なぜ戦える!くっ、氷よ!私を守れ!」

 

「甘いですね!貴方を千岩軍へと連行しますッ!」

 

甘雨の放った氷は堕岩の守りごと堕岩の仮面を破壊し堕岩を磔にし、身動ぎすら取れなくする。堕岩は驚愕の表情で固まっているが、

次第に諦めたような表情になると安らかな表情で眠るように目を閉じた。

 

「ふぅ…さて、仕事が出来てしまった以上は休日は返上ですね♪先に千岩軍へ行きましょうか、それともファデュイに対する強硬姿勢のための布石とするため凝光様に提出してしまうか…どちらにしましょう…」

 

少しの間甘雨は考え、先に凝光の元へ行く事を決めた。

 

甘雨が凝光に氷漬け堕岩を届けてから凝光に「蛍とパイモンを群玉閣に連れてくるように」と命じられ、甘雨は三杯酔で会話している蛍とパイモンを見つけた。

 

「な、なぁ蛍、堕岩の奴どうしちゃったのかな…あの後別れてから『公子』の奴も見てないって言ってたし…」

 

「鍾離先生も見ていないって言ってたね。でも彼って神出鬼没な所あるからどこかにはいるんじゃない?きっとわたし達が困ったらヒョイっと現れるよ」

 

「そうかなぁ…そうだな、天権へのお土産も用意したし!あとは迎えが来るのを待つだけだな!」

 

「(あの堕岩と知り合い、ですか…悪い人たちには到底見えませんが、一応警戒しておくに越した事はありませんね)蛍さん、パイモンさん、お迎えにあがりました」

 

極力感情を排除して甘雨は二人の前に姿を現す。

蛍はふと、甘雨から自然由来の氷元素を感知した。

本来自然由来の元素力は勝手に人には付かないものだ。それこそ、雪山や水中などの自然環境があってようやく成立するような微弱な力が自然由来の元素力だ。

 

(おかしい、雪は降っていないはず。だとしたらなぜ?そういえば堕岩の元素力は…)

 

蛍はそこまで考えて、ある恐ろしい結論に辿り着いた。しかし、確証がない。それ故に蛍は思わず聞いてしまった。

 

「堕岩はどこ?」

 

「…………それを答える義務が、私にありますか?」

 

「知ってるのは否定しないんだね。じゃあ質問を変えるよ。あなたは堕岩から何を聞いて、何をしたの?あの秘密だらけの彼のことだ、何か誰も知り得ないような璃月に不都合な情報を言ったんじゃないの?」

 

「頭が切れるようですね、さすがは天権に選ばれし客人。彼は確かに、『群玉閣を落とす』と言っていました。貴方達はおそらく彼に騙されて利用されていたのでは?」

 

「おっ、おい!お前ら何の話をしてるんだよ!?オイラぜんぜんついてけないぞ!」

 

「──────兎に角、仕事ですので。群玉閣へお連れします。それにあなた方は特段悪人という事でも無さそうですから」

 

甘雨が話を畳み、群玉閣に行こうとしたその時だった。突如として群玉閣が爆発した。爆音が地上まで聞こえてくるほどの大爆発だ。

 

「っ!?なぜ、堕岩は私が凍らせたのに…!」

 

「細かい話は後でするよ、行くよ!」

 

蛍が駆け出していき、それに追従するように甘雨も走る。迫りゆく客星はもはや止められない物へと変わり始めていた。

 

 

 

一方、群玉閣では。

 

「ふぅん、こんな男が群玉閣を…ねぇ」

 

『天権』凝光が氷の彫像を見つめている。その彫像は十字架に磔られたようであり、しかし破壊された仮面から覗くその顔は安らぎに満ちている。

 

「甘雨の強さは私も認める所ではあるけれど…甘雨すら打倒できない者が群玉閣を落とせるはずが無い。それに…群玉閣を落とすことが出来るのは現状この私だけ。不思議ね」

 

凝光が妖艶な笑みを浮かべながら氷像を眺めていると、執務室の外が騒がしくなっているのに気がついた。

何事かと法器を構えていると、5人ほどの男女が押し入って来た。

 

「堕岩殿、いや、我らが盟友ディザスター!君を助けに来たぞ!」

 

燃える銃を持った男を筆頭にゾロゾロとファデュイが姿を見せる。

 

「ファデュイ先遣隊…やっぱりこの子はファデュイだったようね。しかし驚いたわ。アナタ達にそんな度胸と仲間意識があったなんて」

 

「『天権』か。フン、貴様に興味は無い。我々は友達を助けに来ただけだ。邪魔してくれるなよ、俺も貴様を殺したくはないからな」

 

「あら怖い。ところで…アナタ達、ここからタダで帰れると思っているのかしら?」

 

「………っ!しまった、足が!」

 

凝光が会話中に仕込んでいた岩がファデュイ達の足を捕らえる。岩元素は凡ゆる元素力を結晶化する。

すでにファデュイ達の命運は凝光に握られていた。ファデュイ達は哀れにも氷漬けの男に声をかける。

 

「くっ、すまないディザスター…!俺たちが不甲斐ないばっかりに…!」

「頼むっ、目覚めてくれ…!また俺たちと同じ鍋の飯を食おう!」

「わたくしとまたお話ししましょう…っ!」

 

 

 

「「「だから…目覚めて!」」」

 

ビキリ。

 

その音とともに氷が割れていく。

中からは凄まじい熱気と共に一人の男が出てくる。目は幽鬼めいて爛々と輝き、立ち姿に隙は無い。

 

「そう、目覚めたのね────神の目に」

 

「ハハ、期待には応えないとね?」

 

 

男は静かに微笑んだ。

 

 



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第十一話 決意を固めたんだが

たくさんのコメントありがとうございます!
温かいコメントのお陰で意欲が湧いてきて励みになります!


 

 

なんか目覚めたら凝光とファデュイが戦ってるんだけど(困惑)どういうことだ?

確か私は、甘雨に氷漬けにされて脱出できそうに無いから諦めて寝ていたはず…

 

それに、氷も溶けかけてる。何事かと思って見てみると、私のコートに付いていた予備の温度上昇用の宝石が光り輝いている。

見るからに熱そうに輝いているが、熱くない。

 

『目覚めよ』

 

誰だろうか、私に話しかけてくる者がいる。これが璃月名物夢枕だろうか?だとしたら幸運だな、璃月名物を堪能できたのだから。

 

『目覚めよ、そして力を解放せよ』

 

おお、それっぽいそれっぽい!夢枕といえば、覚醒を促すものだからな!いやあ良いものを体験できた。この状況に導いてくれた甘雨には感謝しないとな。

 

『良い加減に目覚めないか。外の者の願いの力が貴様に力を与えたのだ』

 

力ねぇ、欲しいと思ったことは無いが。貰えるものは貰っておこうかな。

それで、どうやって出れば良いんですか鍾離先生。

 

『鍾離?誰だそれは…まぁ良い、今から儂が言うセリフを暗唱せよ。何、長くはないから安心せい』

 

頭の中にカッコいい系のセリフが流れ込んでくる。これなんか例の死神刀剣漫画の解号に似てるな。

 

『期待しておるぞ────・・・」

 

その声と共に気配ごと消える夢枕。

そうか、期待してくれているなら………

 

「焼け付く影となれ…卍華鏡」

 

「そう、目覚めたのね────神の目に」

 

 

 

「ハハ、期待には応えないとね?」

 

私はゆらりと立ちながら周りの状況を確認する。ふむ、何やら大変そうだな。ファデュイの足元が岩で固まってる。

 

「ディザスターさん!お目覚めで!」

 

「あー、その、すまない。君たちの願いを私が受け取ってしまったようだ。不本意ながら神の目を授かってしまった。本来は君たちが貰うべきなのだろうけど」

 

「良いのよ!それで、どうする?そこの女をどうにかしてから行きますか?」

 

チラリと凝光を見ると、臨戦態勢の凝光が目を鋭くして立っていた。コワ〜…やめとこ。

第一、私は原作キャラに対して攻撃したいわけでも嫌がらせをしたいわけでも無いので戦う理由がない。

 

「うん、逃げよう。私たちなら凝光は暗殺できるかも知れないが、意味のない事だ。もはやファデュイが璃月での立場が狭くなるのは確定している事だから、撤退してしまおうか」

 

「逃すと思っているの?」

 

「いや、君は逃さざるを得ないさ凝光」

 

私は炎の力を集めて小さな光球を作り出す。まぁ、簡単に言えば花火だ。色は爆発色だけどな。

理論的にはセフィ○スのフレアと同じようなものだ。

 

「私は今からこれを君に投げる。君は守る。その隙に私たちは退散させてもらうよ」

 

「っ!」

 

「そーれ、『焼き尽くせ────』」

 

光球を投げると共に私はダッシュで逃げる。後ろで大爆発の音が聞こえるが無視だ無視。

凝光が死んでない事を祈りながら群玉閣からダイブだ。

 

「ディザスターさん!死んじゃう!死んじゃうううう!!!」

 

「風の翼を使うんだ!」

 

さて、これで正式に犯罪者なのだがどうしたものか。とりあえずタルタリヤに報告か?それともエラ・マスクとヤルプァに逃げるように言うか?

 

そうだな、先に友達を冤罪から巻き込まないように逃そう。

 

「ディ!空から来るとは何とも勇ましいな。オレとしても誇り高いぞ!しかし驚いたな、爆発したあの高い建物から降りてくるとは!」

 

「あぁ、それなんだが…不味いことになった。実は私、指名手配の犯罪者になるかも知れない…というか既に犯罪者なのだが」

 

「ほう?つまりあのいけ好かん建物を爆破した犯人という訳だな?やるようになったな友よ!」

 

「ちょ、ちょっと!貴方が犯罪者ならその連れの私達はどうなるの!?このままじゃ千岩軍が私たちを捕まえにくるじゃない!」

 

エラ・マスクから正当なツッコミが入る。

 

「そう、だから逃げるように言いに来たんだ」

 

「オレは逃げんぞ。戦士として恥ずかしいからな」

 

「わ、私も…観察対象を置いて逃げる訳にはいかないし…」

 

「君たちは……何というか、本当に…バカだな」

 

思いの外深かった絆に少しだけ泣きそうになりながら私は精一杯強がってみる。

しかし、私の強がりなどバレているのか「やれやれ」といった風な表情を見せる二人。気恥ずかしいな。

 

「よし、わかった!私は今、都合の良いことにファデュイに属している。そして聞いた話によると、遥か稲妻ではファデュイの力が強く及んでいるらしい。行き場のない私達にとって、稲妻は熱りを冷ますのにうってつけの場所だ」

 

勿論、ファデュイの浸透状況はゲーム知識だ。しかし、潜伏するならもってこいの場所でもある。

だがその前に、やる事がある。それは「淑女」との交渉だ。

 

「淑女」の影響力は稲妻において強い。少なくとも御前試合に敗北する前はその力は絶大な筈だ。

これを利用しない手はないだろう。

題して「『淑女』のヒモになろう大作戦」だ。

 

「ヤルプァ、エラ・マスク。私は今からファトゥス第八位『淑女』シニョーラに会ってくる。その後、話がつき次第迎えにくる。だから今暫く待っていてくれないか?」

 

「友が考え、決めた事ならばオレも異論はあるまい。何、心配するな。この小娘はオレが何があろうとも護ってやる」

 

「ヒルチャールに護られるなんて経験、滅多に無いわ…!学術書が厚くなりそうね……オホン!ディザスター、あなた無理しないようにね。あなたが死んだら暴れるヤルプァを止められる人がいなくなるから」

 

「当然さ、私が死ぬ訳ないだろう?では、行ってくる!」

 

私は二人に見送られながらシニョーラ探しに出かけた。ついでに私を助けにきてくれたファデュイのメンバー達もヤルプァの所に匿ってもらう事にした。

ヤルプァはヒルチャール・雷冠の王だ。

生半可な敵には負けないだろう。

 

「居たぞ!堕岩だ!」

「捕まえろ!」

 

「千岩軍か…新しい力、試してみるか」

 

先程の甘雨との戦いで人は武器を持たずとも戦える事が分かったので、私も真似てみる。

凝光に撃ったギガフレアより威力を落としたメガフレアを千岩軍に向かって撃ってみる。

 

「少しは死ぬかもね?」

 

「なぁっ!?ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「どひゃあああああ!!!!」

「ひええええええっ!」

 

千岩軍は火の玉に巻き込まれて吹き飛び、地面と抱き合っていた。意外と威力が高いな。

これが鍛え上げられた兵士の千岩軍相手だから良かったものの、宝盗団とかに撃ったら消し炭も残らないぞ。

 

「あ、そういえば仮面を壊されてるんだったな。何か無いか────まぁ良いや。徽章さえ見せればシニョーラも対応してくれるだろうし」

 

 

 

「待て」

 

私の前に“見慣れた“石柱が立つ。

 

「おや、鍾離先生。どうしたんですか?」

 

「今、俺を見ずとも俺を俺と判断したな。この柱に見覚えがあるのだろう?堕岩殿…いや、魔神ディザスターよ」

 

は?魔神?どういう事だ。私は神の目を得て原神にはなったが、魔神にはなっていないぞ。魔神になるには一度死なないといけない。

 

「ははは、私が魔神ですか。面白い冗談を言えるんですね?」

 

「質問に答えろ。貴様は俺の出した石柱に見覚えがある。そうだな?」

 

「そりゃあ…ありますよ。ほぼ毎日見てましたからね」

 

ゲームでな。だがそう言う訳にもいかない。突然「お前らはゲームの存在だ」なんて言われたら発狂ものだろう。

バレないように言葉を選ばないとな。

 

「やはり、か。優れた戦士とは肉体に記憶を宿らせるものだ。そして貴様はかつて凶悪な戦士神『厄災』ディザスターであった。誤魔化しは不要だ」

 

そんなの居たのか(困惑)

いや私の知らない設定をお出しされてもよく分からないのですが。私はただのしがない転生者です…出自も無く、デフォ顔で転生してきた大馬鹿者ですが?

 

「鍾離先生が何を言っているのかさっぱりだが…まぁ良いでしょう。それで、何の用です?私はこう見えても忙しいのですが」

 

「貴様の企みを阻止しにきた。これから璃月は人の時代になる。邪悪な貴様の思い通りにはさせん」

 

「──────何か勘違いなさっているのでは?不本意ながら、私の本質は『泣き飯』ですよ。恵まれた環境にいた者はそれを失ってから初めてその大切さに気付く…私がこの地に来てから痛感したことです」

 

現代日本に比べてテイワットの何たる生きづらさか。物価は安いが、公共交通機関が存在しない。辛うじて船があるぐらいだが、それも法外な値段を請求される。

はっきり言って、テイワットの生活は現代人にとっては不便である。それを痛いほど痛感した後の現代でも通用する食事。

これに感動しないわけは無かった。

 

「だとしたら何故群玉閣を爆破した」

 

「本来はこうなる筈ではなかったんですがね。巡り合わせが悪かった、としか」

 

「璃月に何をするつもりだ」

 

「何かするのは私ではありませんよ」

 

「公子殿を利用しているのか?」

 

「いいえ。むしろ利用されている側ですね」

 

その後も質問の応酬が続いたので、大量に時間を食ってしまった。おかげで千岩軍に包囲されてしまった。

これが狙いだったのか?

 

「いたぞ!今度こそ捕まえてやれ!」

 

「はぁ、面倒だ…!良いだろう鍾離先生、私も楽しくなってきた!話に乗ってやろう!」

 

私を『厄災』とかいうのと勘違いしているのなら都合が良い。最大限そのネームバリューを利用させて貰うとしよう。

ごめんな『厄災』くん。私の茶番に付き合ってくれよ。

 

「クク、ハハハハ!我が名は『厄災』!岩王帝君の創りし璃月を堕とす者なり!命惜しい者は去るが良い!我が遊戯に付き合える者は即ち強者のみである!」

 

厨二スイッチ全開でいこう。こうなりゃとことん暴れてやるぞ。怪我しても知らないからな!

私は小さく「卍華鏡」と呟き元素力を解放する。

ついでにコートの氷元素も活用して一人溶解パーティだ。

 

「ひっ、怯むな!かかれ!」

「「「うおおおおおおおっ!!!!」」」

 

「勇敢な事だ……故に惜しい、ここでその命を散らす事がなぁ!蒼炎爆裂弾!」

 

青色まで高まった炎の球を投げつける。無論死なない程度に威力は抑えてある。これで弱めの兵士は全滅しただろう。

次に、私は片手に炎、もう片方に氷元素を纏う。

狙うのはラッシュ攻撃だ。俗に言うオラオラ攻撃。これで溶解反応を起こしてみよう。

 

「させるか!岩山破竹ッ!」

 

「ほう、もはや正体は隠さないのか?」

 

「貴様を生かしておくよりマシだ」

 

おお怖い。本気の鍾離先生、いやモラクスには私なんぞがいくら逆立ちしようとも勝てる筈は無いだろう。

だから私が取るべき最善の手段。それは…

 

「良いのか?私は腐れども魔神。私が死んだことによる余波は璃月中を覆うことになる。そうなれば…フン、楽しいことになりそうだな?」

 

「外道が…」

 

「好きに言え。元はと言えば貴様らが悪いのだ!私を一方的に封じ込め、謂れのない罪で私を長い眠りにつかせた!これに憤らずに何が人間だ!」

 

「何?待て、貴様…いや、堕岩殿。どういう事だ。説明してくれないか?」

 

「今更わかってもらおうだなんて思わないさ。しかし、話し合いの余地があるのなら私とてそれに応じよう。丁度邪魔な千岩軍も消し飛んだ事だしね」

 

急に態度が軟化した鍾離先生に戸惑いつつ、私はチラリと周りを見る。もはや周りには誰も居ない。

逃げるにはうってつけだ。

 

「さて…どこから話そうか────おや」

 

視界の端に蛍を捉えた。こっちに向かってきている。私は破損した兜を鍾離先生に投げつけ脱兎の如く逃げ出す。

せっかく蛍ちゃんと仲良くなれそうなのに機会を失ってしまう事になる。シニョーラ探しはまた後でだな。

 

 

 ──────────★────────

 

 

蛍は群玉閣で凝光から衝撃的な話を聞いた。

 

「堕岩って男に気を付けなさい。あの男は…危険よ」

その言葉が蛍の中で棘のように突き刺さっていた。

 

(本当に?わたし達に対してまるで敵意を出さなかった彼が?あまつさえ食べ物まで作ってくれた彼が?)

 

「オイラ、信じられないぞ…アイツは絶対いい奴だ!アイツのご飯には優しさがたくさん入ってたんだぞ!」

 

「わたしもそう思う。とにかく、話を聞いてみない事には…」

 

群玉閣から降りた二人は顔を見合わせて話し合う。その直後、再び爆発音が今度は街中から聞こえた。

 

「行こう!」

 

「おう!」

 

しかし蛍がついた頃には時すでに遅く、道路は硝子化し商店は焼け焦げ、倒れ伏す大量の千岩軍の真ん中に鍾離が一人佇むばかりだった。

 

「鍾離!何があったんだ!?あと、その持ってる物は一体…?」

 

「あぁ…これは、堕岩殿のものだ。俺も今状況を整理している所だ。何かがズレているような気がしてならなくてな」

 

「ズレてる…?そう言えば、堕岩は『嘘つきに気をつけろ』って言ってたよね。その事が関係あるのかな」

 

「何…?(嘘つきだと?それは誰の事を───そうか、俺があの契約の事を黙っている事を知っているのか。確かに彼はファデュイだ…しかし、あり得ない。あれは氷の女皇と『淑女』しか知らない筈…)」

 

「鍾離先生、何か思い当たる事があるのか?」

 

「ああ。俺の推論が正しいとするのなら、堕岩殿には恐らく…『見通す力』が備わっているのではないかと思っている」

 

「「『見通す力』?」」

 

「そうだ。未来、過去、現在。その全てを見通す力があればこそのあの達観したような言動なのではないか?“全て見た”から感動も無い、“全て知っている”から先回りする。彼がどのような未来を望んでいるのかはわからないがな」

 

鍾離は心の内で「『厄災』にはそんな力はなかったな」と呟きつつ、その叡智を発揮する。

 

 

 

一方、タルタリヤはその会話を陰から全て聞いていた。タルタリヤはニヤリと笑うと部下達を呼び出す。

 

「各員に通達。ディザスター、コードネーム堕岩を確保してくれ。場所を見つけたら教えてくれるだけでも良い」

 

さて、と一息つきタルタリヤは歓喜する。

 

「俺が世界征服した未来はあるのかな───ああ、楽しみだ!」

 

タルタリヤは獰猛な笑みを浮かべながら駆け出し、任務も忘れて璃月中を双剣を持って暴れ回る。

 

タルタリヤが璃沙郊へ着いた時、休憩中の獲物…もとい堕岩が何者かの血で塗れた壁に寝そべっていた。

 

「見つけた♪おーい堕岩。起きるんだ、そうでなきゃ殺してしまうよ?」

 

脅してみるも、堕岩は唸りながら寝ているだけで反応はない。

仕方ないか、とタルタリヤが堕岩を担いで璃月港に戻ろうとした時、背後からふと声が飛んできた。

 

「シニョーラは死ぬ」

 

 

「──────何だって?堕岩、今なんて…」

 

「むにゃむにゃ……うん?タルタ、リヤ?なぜここに…」

 

驚いた風にタルタリヤを見る堕岩。タルタリヤの中での期待は確信へと変わっていた。

タルタリヤは堕岩を降ろし、双剣を出し見つめる。その顔は狩人のものだった。

 

「堕岩。君に聞きたい事があるんだ」

 

「ッスゥー…いや、あれは事故というか不幸なだけだったと言いますか…」

 

「シニョーラが死ぬって…本当かい?ああ、嘘をついたら殺すから」

 

脅され戦慄いていた堕岩は突如として落ち着きを取り戻すと、すっと目を細めた。その瞳はどこまでも人間を人として見ていない無機質な目だった。

 

「そうですね、死にます。死因は…言った方が?」

 

「言ってくれ」

 

「はぁ…『淑女』様には内密にお願いしますね?色々とまずいので。『淑女』は稲妻の将軍によって一刀の下斬り捨てられます」

 

「へぇ〜。あの女、あんな辺境で死ぬのか。それで?俺は君の見た未来では死ぬのかな?」

 

「言ってどうするんです?未来は変わらないというのに。それに、こういうのは知らない方が楽しいのでは無いですか?」

 

堕岩の指摘を受けてタルタリヤは少し考え、「別に良いや」と言い急かす。

 

「えっと…怒らないで聞いてくださいね?あなたは負けます。蛍に打倒され、計画は全て頓挫します。はぁ、もう良いでしょう!?私だって言いたくありませんよ!」

 

キレ気味で突っかかってくる堕岩をいなしながらタルタリヤはニヤリと笑い心の中で炎を燃やす。「それが運命なら受けてたとう」と。

 

戦士の挑戦が今始まった。

 

 

 ──────────★────────

 

なんか急にタルタリヤが来て原作知識を聞きに来た。原作改変は趣味じゃ無いから絶対に言いたくなかったんだけど、命の危機だったから言ってしまった。

 

「変わらないと良いが…そうもいかないな。今までみたいに見ているだけじゃダメだ。自分から動かないと…」

 

私は決意新たに今しがた見つけた星3武器の冷刃を手にする。宝盗団のアジトを殲滅した時に拾えてよかった。

銀の剣はいつの間にか無くなってたし丁度良い。

 

「さて…シニョーラ探しはどうしたものか。最悪の場合は渦の魔神オセル復活のタイミングで北国銀行に行けば会えるか…?」

 

いや、と思い直してみる。オセル復活までに私は千岩軍の目から逃れられるのか?タルタリヤにすぐ見つけられたぐらいだ、無理に決まっているだろう。

 

「まず逃げるという考えが間違っているんじゃないか?さっき自分から介入すると決意したばかりだろう…そうだな、まずは禁忌滅却の札からだ」

 

いざという時の保険…タルタリヤが完膚なきまでにやられて行動不能になった場合に私が代わりにオセルを復活させるために集めなければいけない。

場所は分かっているんだ、そこにいるだろうファデュイを訪ねれば渡してくれるだろう。堕岩の名前は売れているからな。

 

「しかし堕岩としての仮面を失ってしまった…仕方ない、代用品を使うか」

 

私は押収した『泣き飯』のお面を被る。まさかこんな所で役に立つとは。氷像にも価値があったみたいだな。

 

 

 

私がファデュイの拠点に着くと、何やら激しい戦闘音が聞こえた。まさか蛍がもう到着しているのか。

急いで行ってみると、やはり蛍が戦っていた。

 

「冷刃、試してみるか………纏え。」

 

私は冷刃に炎を付与し、片手に氷の力を纏う。視界の先では丁度ファデュイ・岩術士に止めが刺される所だった。

 

「させん!」

 

「っ!堕岩!?どうして…」

 

私はそこに割り込むと蛍に氷元素を付与し炎の冷刃で斬り払う。多少は効いたみたいだな。

流石は溶解反応、二倍のダメージ効率は強いな。

名付けて『溶解剣』。そのまま過ぎるな。

 

「ぐうっ…!やめて堕岩、どうしてこんなことするの!?」

 

「私にも立場というものがあるのさ!」

 

これで言い訳は十分だろう。口が裂けても戦闘訓練がしたかったからなんて言えない。

数回切り結んだ後、私はファデュイ先遣隊の面々が逃げ出したのを確認してから剣を降ろした。

 

「──────さて。君との戦いも意味は無くなったし談笑でもしようじゃないか?」

 

「っておい!今戦ってたのに切り替え早過ぎだろ!?」

 

パイモンからの鋭いツッコミ。耳が痛いね。

 

「まぁまぁ…それで、蛍。君は私に聞きたい事があるんじゃ無いか?」

 

この場を使って群玉閣爆破の事について釈明しよう。別に千岩軍のモブにどう思われようが知ったことでは無いが、キャラクターは別だ。

世界を動かすのは常に彼らだし、その運命は数奇な物語を生み出すのだ。

 

要するに、原作キャラに嫌われたくないだけだ。

普通に好きだからね。

 

「堕岩、あなた未来が見えるんでしょ?」

 

「未来は見えないな。未来というのは、私達人間が作っていくものであり変える事ができるものだ。未来が見えたからと言って、それにさして意味はない。だろう?」

 

「なら質問を変えるね。わたしのお兄ちゃんはどこ?知っているなら教えて」

 

蛍ちゃんが必死の形相で懇願してくる。これが他の事だったら二つ返事で了承してしまいそうだが、こればかりはダメだ。

蛍ちゃんはこの世界の中核に位置する存在。それを変えるということは世界の崩壊につながりかねない。

 

「断る。そればかりは君に教えることは出来ない」

 

「どうして!知っているんでしょう!?答えて!わたしのお兄ちゃんはどこにいるの!?」

 

「お、おい蛍…!落ち着けって!」

 

「止めないでパイモン。堕岩は絶対にお兄ちゃんのいる所を知っているんだ!」

 

「…こうなるなら初めから接触しなければ良かったな。良いかい蛍、君が兄を求めるのなら自分の手で手がかりを見つけるんだ。私に頼るのはチートだからね」

 

「“ちーと“?何語だ?」

 

「おっと失礼。つい母国…国?語が出てしまった。とにかく、私は君に空くんの居場所を教えることは出来ない。知る知らぬではなく、それが道理なんだ」

 

「あなたは…お兄ちゃんと面識があるの?」

 

「無い。だがあくまで一方的にだが知っている」

 

私は一息ついて禁忌滅却の札が詰め込まれた箱を見る。傷はついてないみたいだ。この中から幾らか持っていけば足りるだろうか?

 

「そもそもお前は何をしに来たんだ?ファデュイ先遣隊の援護か?」

 

「いや、そこな札を回収しにきただけだ。」

 

「その札…禁忌滅却の札か?なぁそれって魔神戦争中に仙力を使うために作られた物だろ?なんでお前が欲しがるんだよ?」

 

「そんなの決まっているだろう。璃月を滅ぼす為だ」

 

「ええーーっ!?やっぱり悪いやつじゃないか!信頼してたのに!」

 

「嘘だ。あくまでもこれは保険に過ぎない。全てが上手くいくために。或いは───」

 

全て何をしてもどうしようもなくなった時、これを使うことになるかもしれないな。そんな事起こらないようにする為に努力しないといけないんだが。

 

「嘘かよ!?」

 

「堕岩、『嘘つき』について聞きたいんだけど。あなたは誰を嘘つきと言ったの?『公子』?それとも自分の事を指して?」

 

「あぁ、その事か。その事については説明しなくとも近々わかる事になる。何、君たちに直接の被害がある訳ではない。ただ、嘘を嘘であると見抜いた時の衝撃を和らげてあげようと思ってね」

 

私は禁忌滅却の札がしこたま入った箱を担ぐと、「では私はこれで」と言って立ち去る。急がないとな、後もう少しで璃月事件のクライマックスだ。

 

「しかし、少し疲れた…紙しか入っていないとは言え荷物を抱えたまま黄金屋まで歩くのは酷だな…」

 

私が仮面を外し、空を仰いでいると私を覗く顔と目があった。そしてその人物は私の全くの想定外の人物だった。

 

「な、ダイン……スレイヴ…!?」

 

「空…?いや、彼はもっと幼げがあった筈…貴様は一体…」

 

「なぜこんな所にダインが居るんだ…モンドに居るんじゃ無かったのか?」

 

「モンド?貴様なぜ俺の行き先を知っている。その風貌に存在感。アビス教団の関係者か?」

 

今更になってようやく気づいた。そういえば私の顔ってやさぐれた大人の空くんじゃん。ダインからすれば怪しい奴筆頭じゃないか。

どうしよう。想定外すぎて何も考えてなかった。何とかして切り抜けないとな。

 

「アビス教団は私の敵だ、勘違いは程々にしてくれるか?『末光の剣』殿。ああそうだ、名乗っておこうか。私の名はDISASTERだ。よろしく頼む」

 

方針としては「訳知り顔の謎の人物」という立ち位置を確立する方向で行こうと思う。幸い、堕岩がDISASTERである事は蛍ちゃんにはバレてない。

顔を合わせても大丈夫な状況を作ってしまおう。

 

「なぜ『末光の剣』の事を…フン、まあ良い。貴様が何者であるかは追々聞くとしよう。俺の事は知っているようだから自己紹介は省かせてもらおう。何をしていた?」

 

私は璃月でしようとしている事を嘘を交えながら説明すると、急いでいる事を理由にその場を立ち去る。最後までダインの視線が突き刺さっていたのは心に来た。

日も落ち、夜がやってくる。急がないと戦いが始まってしまう。そう思い焦りながら全力疾走した。

 

 

私が黄金屋に着くと、既にそこは死屍累々だった。

既に始まっているかもしれない。

さて、ここからが正念場だ。

私も気合を入れないとな!




ダインのちょい見せです。


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第十二話 決戦なんだが

たくさんのコメント、ありがとうございます!


 

 

「────にしても、静か過ぎないか?」

 

黄金屋、その内部にて。

パイモンが辺りを不審がりながら蛍に問う。しかし蛍は真剣な面持ちで前を見据えるばかりだ。

ふと、パイモンが床を見るとそこには倒れ伏す千岩軍の姿があった。

 

「嫌な予感がする…早く仙祖の亡骸を確認しよう!」

 

二人は急ぎ岩王帝君の亡骸へ走る。蛍が亡骸に触れようとしたその時、諌めるように声が飛んできた。

 

「どうやら君達が『試練』だったようだね。『案内人』として役に立つかと思ってたけど、まさかの掘り出し物だったよ」

 

「だ、誰だ!?」

 

ゆっくりと階段を登ってくるのは、暴力の化身。その力のみで地位を獲得した天性の暴。軽薄そうな表情は今や嗜虐心を隠してもいないほど凶悪になっている。

 

「君達がファデュイなら、女皇から報酬を貰えたかも知れないが…まぁここで俺に倒されるんだ、関係ないよね?」

 

「『公子』…あなたの計画は必ず阻止してみせる」

 

「どこから話そうか。遠回りは俺のスタイルじゃなかったんだけど、まさか璃月についた途端に岩神が死んでその死体が隠されるとはね…しかも、未来の見える協力者も手に入るとは」

 

「堕岩…やっぱり未来が見えて…」

 

「態々遠回りしなくて済んだのは彼のおかげで間違い無い。いや、むしろ彼は俺に壁を越える機会を与えてくれたのかな?本当ならもっと早くにここに来れたんだけどね」

 

「まさか、お前も『神の心』を狙ってるのか!?」

 

「ファデュイの第十一位の執行官として俺は女皇の意志に従う。まぁそれはそれとして、君たちと今こうして相対してるのは俺自身の意思だけどね」

 

「っ、仙祖の亡骸には近づけさせない!」

 

「誰かの許しはいらない。本気なら俺を止めてみろ。平和に話し合いをする時間はもう終わった、女皇の為に我慢するのに苦労したよ……ここからは、もっと単純で楽しい事をしようか!」

 

「楽しい事…?」

 

「戦いだ」

 

凶悪な笑みを浮かべながらタルタリヤはその元素力を解放していく。タルタリヤの心の内にあるのはただ一つ。

 

「俺を打倒してみろ、運命とやら」

 

「運命…きゃっ!?」

 

タルタリヤは全力で蛍に切り掛かる。しかし蛍は未だ戦いの心持ちが出来ていないのか戸惑っている。

 

「せっかくのチャンスだ!本気を出して俺を楽しませてくれ!」

 

「くうっ、【荒星】ッ!」

 

「その程度か!?おいおい、ファデュイの執行官と戦えるチャンスなんて滅多に無いんだ、君は俺の壁なんだから、失望させないでくれよ?」

 

タルタリヤの双剣の乱舞が蛍を襲う。蛍とて熟練の戦士だが、明らかに対人戦闘の練度が違う。

実のところ、タルタリヤは初めから本気であった。堕岩の予言はタルタリヤの警戒度を最大限に引き立て、タルタリヤは最高のパフォーマンスを最初から見せる事になっていた。

 

「(強すぎる…これが執行官の実力!?)はぁっ!」

 

「その岩を落とす技、すっトロいなァ!ハハハッ、運命とやらはこんな弱い奴を選んだって言うのか!?」

 

「運命だかよくわからないけどっ…!喰らえ!」

 

蛍の鋭い剣がタルタリヤを狙う。しかしそれを読んでいたのか悠然と回避するタルタリヤ。

 

「剣が鈍…ぐっ!?蹴りとはっ…!」

 

回避した先には蛍の蹴りが置いてあり、脇腹に足が突き刺さる。

 

「余所見厳禁だよ!【荒星】!」

 

「フッ、やるじゃないか!それなら、これはどうかな!?【止水の矢】!」

 

「なっ、クジラ…!?」

 

蛍はこれを全力で回避する。しかしその先には意趣返しのようにタルタリヤが蹴りを置いていた。

 

「がっ…は、つぅ…!」

 

「そら、まだ終わりじゃないだろう!?俺を打倒する者よ!」

 

「塵となれ!はぁぁぁっ!」

 

「!」

 

蛍が大地を踏み締め、地面を割る。その余波はタルタリヤを満遍なく襲う。運悪くモロに全て食らってしまったタルタリヤは片膝をつく。

その口からは僅かに血が滲んでおり、打撃の凄まじさを物語っていた。

 

「ハハッ、やるね…さすがは運命。『淑女』が警戒するだけはある!やっぱり俺本来の力だけじゃダメみたいだ」

 

タルタリヤの周囲に雷の元素力が集まる。

邪眼は解放され、戦士はより素早く、強靭になる。そこからはもうタルタリヤのペースだった。

蛍の元素攻撃はまるで意にも介さず回避され、剣戟は全て往なされ、雷槍は蛍の肌に傷をつけていく。

 

「きゃあっ!」

 

やがて蛍は耐えきれなくなり、地面に転がる。

獲物を前にした狩人はゆっくりと槍を構えて前進する。

 

「わ、あわわ…や、やめろぉっ!お、オイラが、相手に…」

 

勇敢な白いふわふわが自らの相棒を守らんと小さな身体で立ち塞がるも、タルタリヤが手を払い退かされる。

 

「絶対に、退かないぞ!オイラは…蛍を守るっ!」

 

「邪魔だよ」

 

タルタリヤがペチンとパイモンを叩くと、パイモンは哀れにも悲鳴をあげて蛍と同じく床に転がる。しかしそれでも尚、小さな勇者は立ち上がる。

 

「ううっ、オイラが、蛍を…」

 

「闘争の邪魔をされるのはね、戦士にとって最も腹立たしい事なんだ。わかるかい?死にたくなかったらよすんだ」

 

「いやだっ!蛍には指一本も触れさせないぞ!」

 

「そうか────なら、覚悟しなよ!」

 

タルタリヤの凶刃がパイモンを襲うその時、蛍がパイモンの前に飛び出し風の力で護った。それと同時に蛍は地面から石柱を生やしタルタリヤに攻撃する。

 

「やったか!?」

 

「───先にやるべき事をやっておこうか」

 

「劣勢を利用して仙祖の亡骸に近づいた!?」

 

「新兵みたいに慌てるなよ。こんなの戦場のベテランにとって朝飯前だ。モラクスの『神の心』は俺が……何?」

 

タルタリヤがモラクスの亡骸に手を突っ込むが、そこには『神の心』はおろか、魔神の残滓すらなかった。

 

「なるほど…予想外だ。まさか先客が君たちの方とはね?悪くない、だが代価を支払ってもらう!」

 

タルタリヤが槍を呼び寄せ、その姿を変えていく。元素力による超硬質の鎧。それが魔王武装。

圧倒的な力を得る代償として生命力を大幅に使うが、タルタリヤの脳内にリスク管理の文字は存在しなかった。

 

「このままじゃ俺は良いとこなしだ。女皇に合わせる顔も、堕岩からの試練も達成出来ないようじゃあ戦士の名折れだろう!」

 

「試練…!?」

 

「そうだ!君たちは堕岩の選んだ『運命の使者』!俺を打倒すべく存在している壁だ!俺はそれを乗り越えることによって、更なる強さを得る!」

 

「堕岩が…ん?この力は…」

 

蛍は自らに何故か力が漲るのを感じた。

身体の奥底からでは無い、元素力でも無い。別の次元の力が蛍を覆う。蛍の持っていた禁忌滅却の札が光り輝く。

光は力の奔流となって荒れ狂う。

 

「魔王武装は体力の消耗が激しいからね。一撃で終わらせてあげよう!砕け散れ!」

 

「この力…行ける!力よ、我が元に集え!そして平伏せよ!はぁぁぁぁぁ!!!」

 

力と力がぶつかり合い、覇を競い合う。どちらかの力が優った時、片方の命の保証は出来ないだろう。それ程までに力は強く、拮抗していた。

だが、禁忌滅却の札の輝きは更に増し拮抗に終わりが来た。

 

「なっ、押され…そうか、これが運め──────」

 

力の奔流に飲み込まれるタルタリヤ。しかしその生命力は凄まじく死なずに気絶だけで済んだのはタルタリヤの強さを物語っている。

 

「はぁ…はぁ……勝った、の?」

 

蛍が安堵し、一息つけると思ったその瞬間、上空から一人の男が降りてくる。その姿はもはや蛍やパイモンにとって見慣れたものだった。

爪で引き裂かれた様な仮面に、革色のコートを纏うその姿は平時であれば変わった格好で済んでいたが、こと今に至っては黒幕にしか見えなかった。

 

「やぁ…蛍、また会ったね」

 

 

 ─────────★─────────

 

 

タルタリヤが負けた。それも完膚なきまでに。

保険を用意しておいて本当に良かった。これで何も用意してなかったらオセルは復活してなかっただろう。

一応生きてるか確認しに行こう。

 

私は風の翼を使いフワリと降りる。タルタリヤをチラッと見ると、多少は息があるようだ。伝説任務が出来なくなったら困るだろうからな。

 

「やぁ…蛍。また会ったね」

 

私の視界の先で何やら険しい顔をしている蛍ちゃんに挨拶し、禁忌滅却の札を取り出す。これでオセルを解放出来るはずだ。

 

「堕岩、何を…きゃっ!?」

 

「悪くは思わないでくれ。さあ来てくれオセル…古き魔神、その力をもって璃月を滅ぼすんだ」

 

私が禁忌滅却の札を天に掲げて語りかけると、札が震えて力を出している。どうやら成功みたいだな。

 

「嘘つき!せっかく友達になれると思ったのに!」

 

「何とでも言うが良いさ。私は為すべきを為す!それだけだ!」

 

パイモンの叫びが心にくる。でも止まっちゃダメだ。ここで止まったらタルタリヤの敗北に意味が無くなってしまう。

禁忌滅却の札は光を湛えながら円環状になり、上空へと飛び去る。すると同時に大きな揺れが潮の匂いと共にやってきた。

 

「旅人。君の行くべきはどこか…わかるね?」

 

「もう名前では呼ばないんだね」

 

「名前…?あぁ、確か…DISASTER、だったかな」

 

意識が朦朧とする。禁忌滅却の札を使った弊害か?私の目の前に“私“がいる。いや、正確には原神の主人公の旅人がいる。

駄目だ、記憶に整合性が無い。私がテイワットで過ごした記憶がある。これは誰の記憶だ?わからない、何か大切な事を忘れていくような感覚だ。

 

「卍華鏡……」

 

辛うじて出た言葉がこの始末だ。だが、この言葉が私を私たらしめているような気もする。そういえば神の目って、願いの具象化だったような……

 

ああ、もうだめだ、眠すぎる。

この意味不明な状況も寝れば解決するかな。

 

おやすみ。

 

 

・・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

 

炎が見える。

 

それは私の中で燃え盛り、何かから私を護る。

 

『目覚めよ』……声が聞こえる。

 

『お前は何の為に氷から這い出した?』

 

何の為って…決まっているだろう。それは……何だっけ?どうしよう、思い出せない。

 

『やはりか。凡俗の身でありながらその上位の力を使うからだ。良いだろう、お前の記憶をより戻そう』

 

これは……そうか、思い出したぞ。

私は、期待に応えなきゃいけない。助けに来てくれたみんなの、居場所をくれたみんなの、世界そのものへの期待に。

 

『そうだ。出来損ないの貴様だが、最後に我が力を呼んだのは正しかったな。では貴様にはやる事があるだろう?起きろ』

 

・・・

 

・・・・・

 

・・・・・・・

 

 

おはよう。さて、やる事は明確だ。

ズバリ!「蛍ちゃんを護衛しよう」の巻!

タルタリヤには悪いが、堕岩の名前は捨てさせてもらう。

これからは鍾離先生の言っていた『厄災』…その転生体の仮面を被ろう。名前はDISASTERで継続でいこう。

 

「おっ、苦戦してるね。駆けつけれて良かった」

 

私は黄金屋から飛び出して群玉閣での決戦場を見据える。視界の先ではファデュイ先遣隊たちが蛍ちゃんに対して苛烈な攻撃を浴びせていた。

前々から試したかった事をしてみよう。両手に炎元素を凝縮させて…放つ!名付けて…

 

「イレイザーキャノンッ!」

 

高熱の光線はオセルに突き刺さりその6分の1程を蒸発させる。効果覿面とはいかないが、妨害くらいは出来ただろう。

それと、ファデュイに恨みはないが勝たせるわけにはいかない。ここで倒れてもらおう。イレイザーキャノンの狙いをファデュイの出現ゲートに向けて破壊する。

 

MAP兵器を使っている気分になるなこの技。ついでに光球も追加で撃っておこう。

 

「なぁぁぁぁぜぇぇぇぇぇだぁぁぁぁ!!!!」

 

悪いねオセル。私が呼び出しておいて何だが、ここでまた封印されてくれ。あわよくば死んでくれ。君の片割れには用があるが、君はもう用済みだ。

 

「オォォオオオオ…ッ!」

 

少し無理をすることになるが、イレイザーキャノンを六本同時に射出する。私の視界が真っ赤に染まる。

 

「頼んだよ蛍ちゃん、チャンスは作っておくからね…がふっ!?」

 

六本のレーザーがオセルに突き刺さり、断末魔の悲鳴と共に群玉閣が落ちたのを見てから私はゆっくりと気絶した。

 

「全く…『厄災』とは思えないな」

 

ふと、声が聞こえた気がした。

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

「おいっ、蛍!堕岩が倒れちゃったぞ!?」

 

「意味がわからない…でも、やるべき事はわかるよ。パイモン、群玉閣へ行こう!」

 

「全然わかんないぞ!うう〜っ、もう知らないからな!」

 

蛍達が群玉閣へ着くと、そこは既に決戦ムードとなっていた。甘雨に刻晴、凝光などの戦える璃月七星メンバーは揃い、仙人達もやる気だ。

 

「蛍、来たのね。見て…あれが何千年前もの昔に岩王帝君によって封印された魔神よ。犯人はどっち?」

 

「堕岩。『公子』を倒したら保険だとか言って出てきた」

 

そう、と凝光は呟くと全員に号令を下した。

 

「ファデュイは璃月の敵となったわ。これからオセル討伐にあたってファデュイの妨害が行われる可能性が高いわ。良い?必ずファデュイを阻止し、帰終器を護衛なさい!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

数刻後、案の定ファデュイ先遣隊が現れた。彼らは今、とても焦っていた。公子だけでなく「何かあるだろう」と目されていた堕岩すらやられたのだ。

ここで負ければ国へ帰れず骨を埋める事になる。という覚悟であった。

 

「必ず目的を達成せよ!璃月七星、仙人が何するものぞ!かかれ!」

 

「「「おおおおおおおっ!!!!」」」

 

「凄い熱気…負けてられない!」

 

「あなた達!千岩軍の本気をファデュイの連中に見せてやりなさい!」

 

「「「ウォオオオオオオオオオ!!!!」」」

 

刻晴の号令によって千岩軍も奮い立つ。戦いの火蓋は落とされ、熾烈な殺し合いが起こる。

千岩軍の槍が蛍術師の胸を貫き、ファデュイ先遣隊の銃弾が千岩軍の隊を蜂の巣にする。流血は流血を呼び、そこは阿鼻叫喚の地獄となる。

 

「オォォ……!」

 

「まずい!オセルの攻撃よ!何としてでも防いで!」

 

流血地獄を洗い流すかのように莫大な水が降り注ぐ。甘雨が慌てて撃ち落とそうとするがその質量に耐えきれる筈もない。

 

「くっ、岩王帝君万歳!」

 

勇気ある千岩軍の一人…神の目を持っていた彼は持てる元素力全てを使い身を挺して帰終器を護る。

 

「莫迦者!人の子に護られるほど柔では無いわ!」

 

仙人達が目の前で若き勇敢な精兵達が死にゆくのを見て悲鳴に近い声をあげる。しかしそれを意に解さぬようにオセルの咆哮と共に降り注ぐ渦の災い。

 

「くっ、いくら倒してもどんどん湧いてくる…!」

「キリがないわね…!」

「どれだけ倒せば良いんでしょう…」

 

ファデュイの猛攻も止む事を知らず、仙人達の援護があれども強い「生きたい」という願いの前になす術もなく伏せられていく。

その時だった。

 

天衡山の頂上が眩く輝き、その直後白色の極太の光線がオセルを襲った。絶叫するオセル、その叫びは怒りではなく、痛みと恐怖によるものだった。

 

「この光線は…『厄災』っ!?」

 

かつて魔神戦争の際に『厄災』の放てし光線、それに酷似したものが人や仙人ではなく、魔神オセルに遺憾無く襲い掛かる。

『厄災』の恐怖を覚えている者なら誰しもが震え上がる裁きの砲撃。オセルはただただ恐怖していた。

 

(何故!何故『厄災』(ディザスター)が復活している!奴は憎き七神により封印されたのではなかったのか!?)

 

追い打ちをかけるようにオセルは砲撃を喰らい続ける。それと同時に帰終器の砲撃も始まり、オセルの命運は尽き始める。

 

「なぁぁぁぁぜぇぇぇぇだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

本心からの絶叫、魂から滲んだ叫びはもはや意味を成さず、その全身に六本の光線が突き刺さる。

 

「今よ!群玉閣を……落とすわ!」

 

凝光の号令で砲撃台が崩れ、逃げ遅れた旅人が落下するも護法夜叉によって救出される。オセルはこれ以上『厄災』の恐怖に怯えなくて良いことに僅かながら安堵しながら群玉閣の下敷となった。

 

これにて、渦の魔神の禍は終結を迎えた。

 

 

 

一方、鍾離は事の顛末を見守っていた。

 

「ふむ…自らが気絶してまでオセルを攻撃するとは…全く、『厄災』とは思えないな」

 

眼前で満足げに倒れ伏すDISASTERを前に鍾離は呆れたような口調で言った。

鍾離は本来、堕岩が璃月を本気で滅ぼすつもりならばモラクスとしての死など気にせずなんとしてでもモラクスとして降臨し、堕岩を殺すつもりだった。

 

しかし、DISASTERの顔をした堕岩が璃月を救う手伝いをしたことによって考えを改めた。

 

「さて。堕岩殿をどうするべきか…ファデュイなのだから北国銀行へ届けておこうか。俺も丁度契約の事で行くつもりだったからな」

 

鍾離はDISASTERを抱えて北国銀行へ赴く。

璃月の夜は明け、そこには朝日が差し込んでいた。



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第十三話 怪しいんだが

コメントでご指摘ありがとうございます!
応援メッセージに毎日ハゲ増されています、本当にありがとうございます!


 

 

「ここは…」

 

「目覚めたか、堕岩殿」

 

私は目が覚めると、見知らぬ北国銀行にいた。

え?何で?気絶しても大丈夫なように天衡山で戦ったのに。

 

「誰が私を運んだのです?」

 

「俺だ」

 

なんと鍾離先生が運んできてくれたらしい。余計なお世話じゃ、これからここに蛍ちゃん達が来るんだが?

仕方ない、この場で堕岩の名を返上させて貰おう。

 

「あら、モラクス?そいつは誰かしら。私たちの契約の事、知っているの?」

 

階段の上から「淑女」が降りてくる。格好が何というか…奇抜だな。ゲームで見てる分には普通なんだが、実際に見るとちょっと気圧される。

 

「『淑女』殿か。あぁ、この堕岩殿は未来や過去を見通す力を持っている」

 

「眉唾物ね。まぁ良いわ。徽章を付けているって事はファデュイの一員であるらしいし。それで?堕岩とか言ったかしら。あんた何者?」

 

「私はもはや堕岩では無い。DISASTERと呼んでほしい。私が何者かについては…そうだな、まぁ観測者とでも思っていてくれれば良い」

 

「あっそ。別にアンタなんか覚える気は無いわよ」

 

私が堕岩ではなくなった以上、蛍ちゃんと顔を合わせても大丈夫だ。幸い、堕岩としての顔面もまだ見られていない事だし。

まぁファデュイで無くなった以上徽章も付ける意味はないから外してしまおう。

 

「やぁ鍾離先生…ロザリン?何でここにいるのかな?もしかして俺の手柄を横取りしにきたとか?」

 

扉を開けてタルタリヤがやってきた。良かった、ちゃんと目覚められたようだ。あのまま寝ていたらどうなる事だったやら。

 

「アンタの手柄を横取り?違うわよ。最初からこれは私の手柄」

 

「それはどういう…あっ、堕岩じゃないか!いやあ、超えられなかったよ…残念だ。それで?次の壁はどこにあるんだい?」

 

「『公子』様。これからは私の事はDISASTERとお呼びください。もはや私は璃月に敗北した身。この名を使う気はありません」

 

「そうか。ならそうしよう。それで?ディザスター、俺は次に誰を倒せば強くなれるかな?」

 

「………その時になったらいずれまた」

 

凄まじい剣幕で迫ってくる物だから、思わず了承してしまった。どうしよう、スカラマシュでもぶつけるか?

正直タルタリヤならスカラマシュにも勝てそうな気がするし。外交力が無いだけで強さはピカイチだもんなタルタリヤ。

 

「アハハッ、じゃあその時を楽しみにしているよ」

 

「何?アンタ本当にこんな胡散臭い奴のこと信じてる訳…?ま、良いわ。それより『公子』、アンタとの“協力作戦“のお陰で事が上手く進んだわ。その点については感謝するわね」

 

む、外から近づく足音が聞こえる。どうやら蛍ちゃん達が来たみたいだ。話を遮るわけにもいかないし黙っておこう。

 

「ファトゥス同士の協力だって?よくも俺を騙して好き勝手やってくれたね」

 

「ふふっ、目的のためなら手段を気にしてはダメよ『公子』。アンタだって取引なんて無視して暴れてたじゃない。アンタらしいわね」

 

コッソリと扉を開けて蛍とパイモンが入ってくる。タルタリヤはいつもの鋭さを見せずに青筋を浮かべている。キレてて周りを気にする余裕が無いのかな?

 

「……客人だ、良い加減に喧嘩はやめたらどうです?」

 

「鍾離と『公子』だ!それにお前ら…あの時のファトゥスにディザスター…悪い奴ら勢揃いじゃないか!」

 

「『淑女』っ…!」

 

何気に鍾離先生と私も悪い奴カウントされているのが気に食わない。いやまあ確かに私は璃月においては悪い奴なんだが、こう…釈然としないというか。

 

「アンタ達、吟遊詩人の国で会ったわね?私の名前を覚えているなんてやるじゃない。褒めてあげるわ」

「まぁ────大切なものを奪われる友人の前で何も出来なかった訳だし、忘れるわけないわよね」

 

「今から奪い返しても遅くはない」

 

一触即発といった雰囲気だ。まぁ大丈夫だろう、ここで争いは起きないはず。何か起きたら何としてでも止めるが。

辛うじて蛍ちゃんくらいなら制止できそうかな?

 

「やあ蛍、黄金屋での戦いは実に楽しかったね。また会えて嬉しいよ」

 

「フン!お前がファデュイの執行官だって知ってたのに、お前を信用すべきじゃなかった!あの堕岩もだ!」

 

「まぁまぁ…確かに俺は君たちを襲ったけど、蛍に対して悪意はなかったんだよ…ま、最後は本気でやり合ったけど楽しかったからそれで良いじゃないか」

 

「お前は悪意がなくても仕方ないよな!でも堕岩は…アイツはお前が負けるのが分かってたみたいだぞ!『保険だ』とか言ってたしな!まるで悪の黒幕みたいだったぞ!」

 

「そういえば、黄金屋での戦いの後から堕岩を見ないけど…どこに?」

 

おっとこれはまずいな。とりあえず誤魔化しておこう、鍾離先生、タルタリヤ、シニョーラ、口裏合わせを頼んだよ!

 

「……奴は死んだ。私が始末する事に決めたからな」

 

「え…嘘だろ?なんでそんな事したんだよ!?」

 

「璃月港を渦の魔神によって崩壊させようとしたのは奴だ。私にとって都合が悪かったのでな、消えてもらった」

 

「…ふむ、確かに堕岩殿は璃月を堕とそうと企んだ大悪人だ。ディザスター殿は確か…暗殺、それも世に名を残すだろう悪人専門を使命としている。そうだったな?」

 

鍾離先生がノってくれた!ありがたい。これから私は正義の暗殺者DISASTERとして過ごす事になりそうだな。今のうちからエミュレートをしておこうか。

 

「そうだ。黙っていて悪かったな」

 

「なら、なんでそこのファトゥス二人をやっつけないんだ!」

 

「まだ何もしていないからだ。無論、『公子』が魔神オセルを召喚していたら始末する予定だった。しかし、堕岩というバカな奴がそれを行ったが故に始末した」

 

「お前っ…!」

 

「まあそうカッカしない。それでディザスター、堕岩を殺してくれた始末はどうやってつけるつもりだい?」

 

タルタリヤも乗ってくれた。まぁこれからの方針は「適度に介入」に変わりはない。ファデュイの立場を捨てたが、ファデュイに協力出来ないわけじゃない。

 

「では、詫びとして3回だけ全面協力しよう。何、どんな事でもしてやるさ」

 

「3回と言わず何回でも…と言いたいところだけど、君に逃げられてしまってはどうしようもないからね。君の気が変わって何度でも協力してくれる事を祈ってるよ」

 

「────なら、私にも協力してくれるかしら?アンタの“力”、興味があるわ。たとえ嘘でも構わない、私にアンタの真価を見せてみなさい?」

 

「それは命令権を一度使うという事で良いのか?」

 

「おい、俺とディザスターの契約に「ファデュイとディザスターの契約なのよね?」ちっ、上手いこと言って…」

 

「分かった。よろしく頼む、ロザリン・クルーズチカ・ローエフェルタ殿」

 

「アンタ……ふぅん、ほんの僅かに信憑性が出てきたじゃない」

 

こうして私はシニョーラと共に稲妻に行く事になった。しかしまだ私には大陸でやる事がある。それは第一章四節「俺たちは再会する」の観察と介入だ。

世界があるべき形になる為にはそれを鑑賞し干渉する必要があるだろう。

 

私は北国銀行を出ようとして一つ思い立った。蛍ちゃんにモンドへ行くように言っておかないとな。ダインスレイヴと出会う為にはあそこに行く必要がある。

万が一出会わなかった場合、蛍ちゃんは空くんと出逢えずじまいだ。それは可哀想だろう。

 

「モンドへ行け、そこにお前の兄の手掛かりがある」

 

「えっ、それはどういう…」

 

「また会おう。ではな」

 

蛍ちゃんに別れを告げ、ヤルプァ達の元へ向かう。これで漸く稲妻へ行く目処が立った。報告会と行こうじゃないか。

と思っていたら、シニョーラに呼び止められた。

 

「どこに行くつもりかしら?私は今からでも稲妻へ出発するつもりなのだけれど」

 

「知り合いもその船に乗せてくれないか?あと、私はすこしモンドの方に野暮用だ」

 

「そ。じゃあさっさと連れてきて?それと、別行動をするのならこれを渡しておくわ」

 

そう言ってシニョーラは私にプリズムを渡してきた。これミラーメイデンの素材じゃないか?これが何に役に立つんだ?

 

「これは古代遺物ワープポイントの技術を応用したもので、それを使えば私の所へ転移できるわ。野暮用とやらが済んだらさっさと来なさいね」

 

おお、それは便利だ。私はそれを受け取ってからヤルプァ達の元へ赴いた。

ヤルプァは既に結果が分かっていたのか、ニヤリと笑った(風に見えた)。エラ・マスクもサムズアップしている。

 

「見ていたぞ、ディが破滅の光線を放ち魔神を討伐せしめた所をな!やるではないか!流石我が友!オレも鼻が高いというものよ!」

 

「お手柄ね!これで指名手配からも逃れられるわね?」

 

「あー、その事なんだけどね…堕岩としての私は死んだ事にした。その代わり、『淑女』が稲妻まで二人を運んでもらえる事になった。私は野暮用があって少し遅れるが、まぁ割とすぐに会えると思う」

 

「ふむ…オレがもう少し人間の前に見せられる姿をしていたら良かったのだがな。相分かった、稲妻にてまた会おう。オレとしても人間と同じような生活をしているうちに何かを思い出させそうでな」

 

「ヤルプァ!その内容詳しく!もしかしたら私の仮説であるヒルチャールの起源人間説の確たる証拠を得られるかも…あっ、ディザスター。ヤルプァは任せておいて!」

 

学者スイッチが入ったエラ・マスクは強い。どれくらい強いかと言うと、ヒルチャールの中でも上澄みの強さを誇るヤルプァでさえ気圧される程だ。

 

「ああ、頼んだよ。それじゃあ行ってくる」

 

「「いってらっしゃい」」

 

こうして送り出されると言うのはなかなかどうして良いものだ。

私は上機嫌でアビスの基地を襲撃した。

 

「い、行け!ヒルチャールども!」

 

「unti buri buri buritania(って言ってもなぁ)」

「ole tachi ning enku(ヤルプァ様の知り合いだろ?)」

「mur dais enp ai(やめとこうぜ)」

 

「お、おい…どこへいくお前達!戻ってこい!待って!戻ってきてください!ホンマにたのんます!」

 

「………可哀想だな、お前」

 

「何で敵に慰められなきゃいけないんだよ…」

 

その後、友好的になったアビスの魔術師から穢れた逆さ神像の有無や「王子様」の存在などを聞いた。まあこれと言って新しい情報はなかったんだが。

 

「ん、あれは…ベネット?なぜこんなところに…」

 

私がアビスの尻を追いかけ回していると、何やらダンジョンでも無いのに大岩に追いかけられているベネットと遭遇した。

会えて嬉しい反面、今日はついてないと知って残念だ。

 

「おーーーい!お前、危ないから逃げた方がいいぞぉーーーっ!!!」

 

「卍華鏡…イレイザーキャノン!」

 

大岩を吹き飛ばしてベネットを救出する。余波でベネットがこちらにぶっ飛んで来るがまあ受け身くらいは取れるだろう。

 

「あたた…お前やるな!凄い威力だったぞ!」

 

「ありがとう。気をつけて行くんだぞ…そうだ。私は訳あってモンド城に入れない身なんだ。もし良ければ私を匿ってくれないか?エンジェルズシェアまでで良い」

 

実際問題、私はどうやらモンドのお尋ね者らしいので協力者がいなければ城に入れないのだ。

もちろん、神の目を手に入れた今門番程度なら打ち勝てるだろうがそれは頂けない。

 

「おう!これでお前に恩返しが出来るしな、任せとけ!」

 

「助かるよ、君のような凄腕の冒険者に手伝ってもらえれば千人力だ」

 

ベネットは炎神とも言われる程強力なキャラクターだ。不運な奴だがその不運から生き延びる実力はしっかりとある名実共に最強格のキャラと言っても過言ではないだろう。

 

「そうだ!行きがけの時間暇だろ?もし良ければなんだがさっきの技をオレにも教えてくれないか!?アレが使えれば色んな場面で役に立ちそうなんだ!」

 

「構わないとも。まず…」

 

私はベネットにイレイザーキャノンの構造を説明しながら道を歩く。教え終わったぐらいに丁度手頃な遺跡重機がいたので試し打ちさせてみる事にした。

 

「ハァァーーーッ…!天に召せ!」

 

ベネットの炎の剣が剣に凝縮され、蒼炎となったタイミングで勢いよく剣が振り下ろされる。炎の斬撃は斬撃波となり遺跡重機を襲う。

 

「ガガ──────ピ──」

 

遺跡重機は炎の剣によって真っ二つに斬られ、その断面は赤熱していた。流石はベネット、出来ると信じていた。

 

「よっしゃあ!一撃で撃破したぞ!こんなの初めてだ、ありがとう…えーっと、まだお前の名前を聞いてなかったな。何で言うんだ?お礼を言わせてほしい!」

 

「私は…そうだな、ディとでも呼んでくれ」

 

「おう!ありがとな、ディ!」

 

「こちらこそ、君のような強者に私の技を使ってもらえた事を嬉しく思うよ」

 

「そう褒めるなよ、まあ悪い気はしないけどな!ほら、そろそろモンド城につくぞ。この外套を渡しておく、これは凄い品でな?なんでも炎元素の応用で陽炎みたいに姿を隠すらしいんだ!」

 

「それは……凄いな。試しに着てみるから見えてるか確かめてくれ」

 

私はベネットから外套を受け取り羽織る。うおっ暑!慌てて氷元素の力で温度を中和すると何とか真夏直前の晴れの日みたいな温度になった。

これ、氷元素の力が無かったら普通の人は死んでしまうぞ。サウナより暑かったからな。

 

「おおっ!凄い、本当に消えてる!よく目を凝らすとぼんやり空気の揺らぎが見えるぐらいだ!さ、行こう!これで安心だ!」

 

その後、ベネットのお陰で無事にエンジェルズシェアまで辿り着いた。私は二階に陣取ると、ベネットにひっそりとお礼を言って別れた。

あとはダインスレイヴが来るのを待つだけだ。必要があればベネットから貰った外套を使って暗躍できる。良い貰い物だ。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「いつものをくれ。俺はいつもの場所で座っている」

 

おっ、渋い良い声の奴…ダインスレイヴがやってきた。早速コンタクトを取ろう。

 

「『末光の剣』…話がある、二階に来られるか?」

 

「その声…ディザスターか。分かった、行こう」

 

ダインスレイヴが私のいる席にやってくると、私は外套を外し素顔を晒す。ダインスレイヴと会うのはこれが二度目だ。

前回は通りすがりの物知りとして。今回は協力者としてだ。

 

「この間ぶりだね、ダイン。今日は訳あって君に協力しに来たんだ」

 

「協力…?アビス教団に関係する事で何か知っているのか?」

 

「私は少し先の未来が見えるんだ。そこである未来を見た。無論、予知夢のようなもので確定事項とは程遠いのだけれどね」

 

「構わん。人の夢とはその者の精神の核に最も近く、知識やインスパイアなどの源流でもあるからな。話してみろ」

 

「ああ、それで私が見た夢では…『王子様』とその妹が邂逅し、騎士がかつての旅の仲間と再会する…と言うものだ。そして物語の開始地点はここ、エンジェルズシェアだ」

 

「つまり、俺に暫くの間ここにいろと言う事か?そして彼の妹に会え…と言いたいみたいだな。分かった、良いだろう。しかしそれはアビス教団に関係があるのか?まさか…」

 

「おっと、それ以上は藪蛇だ。真実は往々にして一つとは限らないからね。自分の目で見たものを信じると良い」

 

「────そうか。しかし驚いたな、まさか空とこんなにも酷似している者がいるとは。貴様は本当に空の関係者ではないのか?」

 

「さぁ、そこまでは知らないな。私とて暗闇に向かって投げ出された身、彼との因果関係はハッキリしていないんだ。もしかしたら重大な事実があるのかも知れないがね」

 

実際問題、私の見た目はデフォルトで決まっていたものだ。そしてそれが空くんの外見を大きくしたものとなっている。

髪は初めから結われていたし、服装のデザインこそ違えど基本色は同じ白色だった。すぐに別の服に替えてしまったが。

 

実は本当に空くんと関わりがあるかもしれないと考えるのは不自然なことではない。が、私自身の記憶が関係ないと激しく主張している為恐らく関係は無いんだろう。

 

「さて…俺は元の位置に戻らせてもらう。ディザスター、また新たな情報があれば教えろ。俺も協力者として色々探ってみる」

 

「了解した」

 

そして二日後、蛍とパイモンがダインスレイヴの噂を聞きつけてエンジェルズシェアまでやって来た。

下の階でダインスレイヴが蛍に三つの質問を出しているのを私は眺めていたのだが、急にダインスレイヴが隠れていたはずの私を見て「降りて来い」という視線を飛ばして来た。

どうして急に呼び出すんだ…?ああそうか、予言が当たったから色々話すことがあるんだろう。

 

「──────協力者を紹介しよう、コイツはディザスター。予知夢の力を持っていて俺たちが出会う未来を予想していた」

 

「久しぶりだな、蛍。パイモン。そう言う訳だから私は今回協力者だ。誰も不和は望んでないから仲良くしようじゃないか」

 

「あなたは堕岩を殺した」

 

「そう怖い顔をするな。私は飽くまで世界の均衡の為にやったのであって特別殺意があった訳じゃない。それによく言うだろう、獲物を殺すのは道具ではなく殺意だ…と」

 

「貴様らは面識があるとは思っていたが、そこまで険悪だったとはな。しかし任務に私情を交えるのは冒険者としては愚の骨頂だ。今は感情を抑えろ、一時的とは言え命を預ける仲間だからな」

 

「仕方ない…蛍、今はダインの言う事に従っておこうぜ。ディザスターは堕岩を殺した嫌なやつだけど、得体の知れないアイツを殺せる程の力を持っているんだ。協力しておこうぜ」

 

「パイモンがそこまで言うなら…でも、完全に信じた訳じゃないから」

 

「そこまでは私とて望まん。さぁ、アビス教団退治に行こうか?善は急げというだろう」

 

「それなら、早速現地に行こう…俺の仕入れた情報によれば、アビス教団は再びセピュロスの神殿に潜伏しているようだ」

 

ダインスレイヴとそこで落ち合う事に決め、私はダインスレイヴについていく事にした。欲を言うなら蛍ちゃんと行きたかったが、今は目の敵にされているので不可能だろう。

 

「そういえば────ディザスターというのは旧い魔神の名だったな。貴様と何か関係があるのか?」

 

「かつて私がそう名乗っていたからこの名前にしているだけだ。別に名前があるならそれでも構わない、本来の名前も失ってしまったしな」

 

「ふむ…人の記憶とは忘れたと思っていても魂の奥底に刻まれいるものだと言う。スメールの草神なら何か知っているかも知れないな」

 

「クラクサナリデビが…?あぁ、アーカーシャ端末を通じてなら出来るかも知れないな」

 

ダインスレイヴとは同じ真実を知る者だから知識のレベルを下げなくてもいいのが楽で良い。言い方を変えればお互いに世界の異端者であるからこそ合う話があるというものだ。

私はこの世界のイレギュラー。ダインスレイヴは呪いを受けながらも自我を保つイレギュラー。そして同じ金髪というのも同調意識を上げてくれる。

 

「着いたぞ。ここがセピュロスの神殿だ…確かに僅かながらアビスの気配がするな。ディザスター、未来はどうなっている?」

 

「変わっていない…ここに来ることが楔となっているからな。例えここに何も無くとも、ここに来ること自体に意味があり世界を繋ぎ止めている」

 

「そうか」

 

暫く待っていると、元気いっぱいな声と共に蛍とパイモンがやってきた。パイモンの片手には肉串が握られている。恐らく作ってもらったんだろう。

 

「おーいっ!ダイン、ディザスター!来たぞ!」

 

「人のいないこの神殿だが、アビスの痕跡が残っている。『西風の鷹』…風を操り空を飛ぶ。それは同時に神々の光による支配を意味する」

 

「何のこと?」

 

「何でも無い。中に入ろう」

 

遺跡の中はゲームで見たのと何ら変わり無く、ギミックも既知のものだった為スルスルと進むことが出来た。

途中で何体かのヒルチャールがいたが、対話によってそこを退いてもらった。

 

「ディザスターはヒルチャールと会話出来るのか…意味を理解できているのか?」

 

「言葉はわからないが意図は伝わるさ。何せ同じ────ああいけない。これはまだだったね」

 

元が人間だから話も通じるし理性もあるというのは、層岩巨淵のストーリーで明かされるものだ。今知ってしまっては時系列がズレてしまう。

私が異世界人と知られたら面倒事が起こるに決まっているんだ。言わぬが花だろう。

 

「む、構えろ────敵だ」

 

「何だ貴様ら…!?って、ディザスターじゃ無いか!オレだよ、こないだヒルチャールどもに逃げられてアンタに慰めてもらった!」

 

「……お前か!お前達の服装は似たようなものばっかりだから覚えにくくてな、すぐ気づけなくてすまない」

 

「へっ、良いんだよ。あの方がそうせよと言ったんだ、オレみたいな下っ端は従うしかないからな…」

 

「アビスも世知辛いな」

 

私がアビスの魔術師の知り合いと会話を咲かせていると背後からとんでもないものを見る目で見られている事に気がついた。

しまった、今はアビスの敵と行動しているんだった。

 

「ディザスター…そのまま剣を捨てて手を上げろ」

 

「アビスがあんなに気さくに話してるのオイラ初めて見たぞ…」

「私も」

 

「何も、アビス全てと分かり合えない訳じゃ無いだろう。現に私はそこなアビスの魔術師と知己だ。話し合いによる解決も出来ると言うことを覚えておくと良い」

 

「あー…ひょっとしてディザスター、オレのせいで立場悪くなってるな?すまんな、オレはもう退散するから。な、アンタら!コイツは悪い奴じゃねえよ、アビスのオレなんかの相談乗ってくれるくらいには優しいからさ!」

 

そう言ってアビスの魔術師はどこかへ転移してしまう。後には微妙な空気が流れていた。

ダインスレイヴからは殺気とも取れる空気が。蛍からは疑いの目が。パイモンからは純粋な感動の目が。

 

「釈明しておくと、私は特定の立場に着くことは基本的に無い───が、可能な限り対話による解決を図りたいと思っている。それに本当の敵はアビスだけじゃないからな」

 

遥か未来に天理との戦いを控えている以上、戦力となりうるアビスの勢力を削いでしまってはいけないだろう。

それに、神の心を奪って回っているスネージナヤと神の国を壊そうと画策しているアビスは似たり寄ったりな所がある。

 

どちらも最終的には天理と対決する事になるんだ。数は多い方が良いだろう。

 

「………なるほど、理解した。貴様がディザスターである理由もな。あの事件はアレが原因であった…そうだな?」

 

「恐らくは。しかしそれはそれとしてアビスは悪だ。その末端こそあんな感じとは言え、その中枢は明確に悪だ。人間の敵だ。」

 

「お、おい…何の話をしてるんだよ…?」

 

「結局ディザスターは敵なの?味方なの?」

 

「私はみんなの──「俺の味方だろう」ああ、そうだね。ダインスレイヴの味方で間違いない。まあ正しくは世界の味方…と言った方が良いのかも知れないが」

 

実際、この先でダインスレイヴや蛍ちゃんがどうなろうとも(出来れば仲良くしたいが)、私の立ち位置はどこまで行っても調整役だ。

故に決して物語の大筋を変える事は無い。もし自ら物語を書き換える時が来るとしたら、その時はきっと世界でも滅ぶ時なんだろう。

 

「世界の味方…それはファデュイと協力する事が世界の為になるって事?」

 

「彼らの理念は歪んでいるが間違いではない。神の心を集め、『計画』を達成する…しかし歪みは正されなくてはいけない。そしてそれを担うのは…私ではない」

 

実際、天理ってキナ臭いし正直スネージナヤの方針が間違っているとは思えない。哀切なアイスクリスタルのフレーバーテキストを見る限り、スネージナヤの女皇は彼女の正義に基づいているように思える。

まあやり方は問題があるが、それを正すのは蛍ちゃんの役割だ。決して私が出張って良い役ではない。

 

「お前ら難しいことしか言わないからオイラ付いていけないぞ…」

 

「いずれ理解する事だ、今はあまり気にしなくていい」

 

その後、私達は別れ別々にアビスについて捜索する事になった。しかし私には行かなくてはいけない所がある。

シニョーラの所へ戻らなければ。良い加減、ヤルプァ達を放置しておくのは私としても偲ばれる。親友と顔を合わせられないのも辛いしな。

 

「さて…これどうやって使うんだ?」

 

貰ったプリズムをいじくりまわしながらボヤいていると、突如としてプリズムが眩く白光し始めた。

 

次の瞬間。

私は天守閣の上にいた。文字通り上だ。

 

「おわぁぁっ!?落ちるっ、死ぬ!?」

 

手に握っているプリズムがそれを否定するかのように私の周囲にバリアを張り始める。そして私はそのまま天守閣へ突っ込み…

 

 

 

「────何者ですか?」

 

「…初めまして、雷電将軍。私はDISASTER、以後お見知り置きを」

 

天守閣の天井をブチ破り、最高に怪しい登場をしてしまった。




次回は一週間以内に投稿します
もしくはナヒーダと結婚できたら。


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第十四話 稲妻観光なんだが

ナヒーダと結婚出来たので投稿しました


 

 

「────何者ですか?」

 

「…初めまして、雷電将軍。私はDISASTER、以後お見知り置きを」

 

どうしよう、この状況。言われた通りワープしてきたら目の前に雷電将軍がいるなんて誰が予測できるんだ?

いや確かにシニョーラは稲妻に行くとは言ってたけどさ。

 

「アンタ…マトモな登場は出来なかったワケ?」

 

「貴女が渡してきたプリズムが壊れていたからだ。私はただ弄くり回していただけでこんな所まで飛ばされてしまった。責任は君にあるぞ」

 

「ちょっと!私がミスするはずないじゃない、アンタのミスに決まってるわ!」

 

「……『淑女』、これは貴女の差金ですか?」

 

「違うわ、将軍様。たまたま事故が起こっただけで、この男に害意は無いと言い切れるわ。何故なら、DISASTERは契約で私に協力する事になっているから。稲妻と協力したい私達にとって、今回のことは誰しもが不本意なもの。そうでしょう?」

 

シニョーラが私を肘でどつきながら睨んでくる。美人の怒った顔って怖いんだよな、と思いながら私は肯定する。

 

「そうですね…ええ、私は稲妻の在り方をよく思います。雷電将軍、貴女の永遠は摩耗せず永遠に続く事でしょう」

 

「フン。そうですか、では先ほどの話はここに締結されました。天守閣から去り、稲妻に滞在する事を許します」

 

私とシニョーラは天守閣から出ると、思いっきり溜息をついた。私はなぜかまたどつかれたが。解せなくは無いが、痛いからやめてほしい。

そう言えば、ヤルプァとエラ・マスクはどこにいるんだろうか。

 

「私の連れは?」

 

「あぁ、ヒルチャールの方は『強者と戦ってくる』とか言って居なくなっちゃったわよ。学者もそれに付いていったわ」

 

「………そうか」

 

あの二人を待たせたら悪いと思って急いで転移してきたのに…これじゃ雷電将軍に睨まれ損じゃないか。いや、美人だし悪い気はしないが怖いんだ。

 

「残念だったわね。それで、アンタはどうするのかしら?私達に協力する手筈になっている筈だけど…未来でも見て迫り来る厄災に対抗してくれるのかしら?」

 

「一応、共に睨まれたよしみで教えておこう。命が惜しいなら稲妻から去る事を薦める」

 

「フン…冗談も大概にしなさい?私が神如きに負ける筈ないでしょ?私はファデュイの執行官なのよ?」

 

立場が何の防御になるのかはわからないが、恐らく絶対的な自信を持つ何かがあるのだろう。

それは邪眼か、それとも陰謀か…それはまぁ追々調べてみるとしよう。私としても原神ファンであるからシニョーラの死の真相は気になる所だからな。

 

「私はまぁ…折を見て連れと合流する。このプリズムは何回でも使えるんだろう?」

 

「そうね。でも、欠陥があってそれを使った時一番近くにいた人間が転送地点として記録されるの。だから、それを使う時は私の近くで飛びなさいね」

 

「やけに親切だな。部下にはそうなのか?」

 

「違うわよ、アンタを雑な扱いしたら『公子』が五月蝿そうだから配慮してやってんのよ。感謝なさい?」

 

タルタリヤが私を守ってくれているのか。今度タルタリヤに会える機会があれば深境螺旋について教えてあげよう。タルタリヤもきっと喜ぶだろうから。

そうだ、今稲妻に来ているのだから折角だし蛍ちゃんやパイモンにお土産を買っていってあげよう。食べ物系が良いかな?

 

「少し買い物をしてくる」

 

「あっそ。好きになさい」

 

許可も貰えたので早速稲妻雑貨屋に顔を出しに行く。

道ゆく人が異人である私を奇異な目で見るが、金髪はモンド人にありがちな色だ。何か聞かれたらモンド人と言う事にしよう。

 

「九十九堂にようこそ。何かお求めですか?」

 

「土産物を買いたくてね、何か良いのはあるかい?」

 

「それでしたら、反物などが良いでしょうか。稲妻の反物は独自の発展を遂げているので、物珍しい上に綺麗ですよ」

 

「いや、長持ちする食事がいいな。何かないかな」

 

「長持ちする食べ物…そうですね、押し寿司などはどうでしょうか。酸味と米の甘みと魚の旨味が混じって美味しいですよ。酢で漬けてあるので長持ちもしますし」

 

「おお、それは良い!感謝する」

 

「ご贔屓に願います」

 

私は九十九堂を離れると、押し寿司を作っているという職人の所へ向かう。

しかし、途中で目を引くものを目撃した。

 

「荒瀧・天下第一・一斗のォ!お通りだァ!」

 

「親分が毎度すいません、きつく言っておくので…こら!落ちてるモノを食べるな!」

 

「流石は親分!落ちてるモンでも美味そうに食えるっ!最高だぜ!」

「親分カッケェ…!一生ついていきます!」

「フッ…ボクは初めから親分が最高だって知ってたけどね」

 

「お前らも囃し立てるな!」

 

「「「ウッス」」」

 

まさかの荒瀧一派が街を練り歩いていた。それも私の行く道を遮った状態で。はっきり言って邪魔だが、それよか愉快さが勝つ。

 

「ちょっと…通行の邪魔になってるだろ、道を開けな」

 

「ン…?おお!お前元気無さそうだな!俺様特製のおにぎりでも食って、元気出せよな!」

 

荒瀧一斗が私につやつやの米が使われたおにぎりを手渡してくる。一口食べてみると、懐かしい日本の米の味が口内に染み渡る。

美味い。日本人としての本能が刺激される。

 

「懐かしい気持ちになった…もはや思い出す事も出来ない母の握ってくれたおにぎりの味が想起されるようだ。ありがとう、荒瀧・負けるのは良いが決して負けを認めない漢の中の漢・一斗殿」

 

「おう!目はまだ元気そうじゃ無えが、とにかく元気になったなら良かったぜ!じゃあなァ!」

 

「親分がご迷惑をお掛けしました…これ、私の名刺です。何か有事であればご連絡下さい」

 

そう言って彼らは騒がしく行ってしまった。久岐忍の名刺を貰えたのは僥倖だ、何かに使えるかもしれないから大切に保管しておこう。

そういえば、九条沙羅と荒瀧一斗はセットみたいなモンだが今日は見なかったな。やはり抵抗軍との戦争激化が原因だろうか。

 

「ふむ…天領奉行に顔を出してみるか。一応ファデュイの協力者としての立場はあるから拒否はされないだろう」

 

私は途中で肉串を買いパクつきながら天領奉行へ向かうと、そこでは沢山の武士が訓練をしていた。凄いな、千岩軍とは違って心技体全てが洗練されている気がする。

やはりサムライとニンジャは実際ツヨイらしかった。

 

「む、何者か。ここは天領奉行訓練場だ。部外者は立ち入りを禁止されている」

 

「ドーモ、初めまして。DISASTER=デス」

 

「これはご丁寧にどうも。初めまして、ここの訓練長をやっている尚賢希典です。異人の方がここにいるという事は、おそらくスネージナヤの使節の方ですかな?」

 

「ウム、ジッサイ私はスネージナヤの使節団のフォロワーと言ってもオーバーじゃない。其方らのワザマエを見ていたら私のニンジャソウルが疼いてしまってな」

 

「忍者…稲妻の外にも忍者がいるのですか?」

 

「ニンジャとは心のありよう…即ちソウル!という事です」

 

「はぁ、異人の言葉はよくわかりませんが、とにかく見ていってくだされ。宜しければ模擬戦などもなさっては如何です?」

 

「いいですね」

 

という訳で私はサムライと模擬戦をする事にした。以前の私なら勝てなかったかもしれないが、神の目を得た今、ガトン・ジツやヒョートン・ジツを交えたカラテがある。

それを用いれば勝てるはずだ。

 

「東ィ〜!ディザスター!西ィ〜!稀木維盛ィ〜!いざ尋常にィ〜!かかれ!」

 

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「ヌゥーッ!」私のカトン・カラテがコレモリ・マレギの胴を打ち据える。「イヤーッ!」しかしコレモリは耐え、ウッド・カタナによる一撃を私にお見舞いする!ゴウランガ!何たる耐久力か!

「イヤーッ!イヤーッ!」私はサムイ・カラテとアツイ・カラテを交えたメルト・カラテで応戦!「ヌゥーッ!フゥーッ!」ワザマエ!コレモリはメルト・カラテをモロに食いアバる直前だ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」コレモリは痛みを噛み殺しながら私に斬りかかる!

これはミヤモト・マサシの名言にもある『キュー・ラットのキャットイーター』と正しく同じ条件だ!「ヌゥーッ!?」思わず呻き声をあげてしまった!コレモリのワザマエは窮地にあって尚衰えない!

「コレモリ=サン!次で決着だ、全力で来い!」「望むところだ、ディザスター=サン!コォーッ!」私はカメハメ・レーザーの構えをとりカトン・ジツを集結させる。コレモリはチャドーを整えている。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 

決着は一瞬だった。

私はコレモリよりも先にイレイザーキャノンを放ち、コレモリはこれを受け切り反撃。私はそのまま斬られてノックダウン。

コレモリもダメージの限界が来てノックダウン。

 

結果は引き分けに終わった。

 

「勝負アリ!勝者、稀木維盛!」

 

大きな歓声が上がるが、私にとってもはやそれはどうでも良かった。今はとにかく、強敵(トモ)との対話がしたかった。

 

「ぐ…こ、維盛殿…良い、太刀筋だ…思わず見惚れてしまったよ」

 

「フ…もはや我らは強敵(トモ)。堅苦しい呼び名はよせ、ディザスター。其方の拳もまた重く、芯に響いたぞ…!」

 

互いに拳を合わせ健闘を讃えあう。この瞬間こそ、戦った甲斐があったというものだ。

さて、汗をかきながら戦った後はする事がある。それは汗を流す事だ。それで漸く私たちは真の友情を手に入れるのだ。

 

「行くか…ON=SEN!」

 

「うむ!」

 

「ブフォーッ!」

 

「なんだ、鼻血出して倒れた奴がいるぞ」

「八重堂の作家さんじゃないか?」

「あぁ、あの衆道作家の…」

 

私は維盛と共に温泉で汗を流す。そういえば、この世界に来てから初めて湯船に浸かる気がする。今までは行水で誤魔化していたからな。人前で髪を解いたのもこれが初だ。

 

「ディザスターは髪が長いな、切らぬのか?」

 

「そうだな…切るつもりは無いな。適当とは言え私自身で選んだ髪の長さだからな」

 

「其方がそれで良いなら某も納得しようぞ。しかし、後ろ姿はまるで女子のようだ。其方のしなやかな肉体がそれを助長しているように感じるぞ」

 

「そうか?まぁ私はどこまで行っても男だ。声も低い」

 

「はっはっは!然り然り!さて、そろそろ上がるとするか。ディザスター、風呂の作法は知っているか?」

 

「当然だ」

 

「「上がった後には牛乳!」」

 

やはり稲妻人は日本人的感覚が強い。だからかはわからないが、稲妻は非常に馴染みやすい国だ。いっそここに永住しても良いが…まだその時じゃない。

私は蛍ちゃんの旅路が心配で仕方がないのだ。どこかで迷子になっていないか、どこかで腹を空かせていないか、どこかでのたれ死んでいないか。それが心配で心配で。

 

「あぁ、もうこんな時間だ。某は天領奉行へ帰る。ディザスターはどうするのだ?」

 

気がつくと、もう日は沈み月がその顔を覗かせていた。

 

「私もスネージナヤの使節団用の宿に行くとするかな。朝イチで行かなくてはならない場所があるから、出来るだけ休んでおきたい」

 

「そうか!では、また何れ手合わせしようぞ!ではな!」

 

「おう、じゃあな維盛!」

 

私は維盛と別れファデュイの宿へ行く。天領奉行のトップとズブズブだけあって、良い宿が用意されているようだ。

稲妻料理の夕飯を頂き、私は就寝した。明日はヤルプァの捜索をしたいが、蛍ちゃんは恐らく明日にもダインスレイヴと再会するだろう。

朝イチで転移し、アビスの前兆者を何とかしなければ。

 

「ふぁ…おやすみ」

 

 

 

 

翌朝。軽く旅支度をした私はシニョーラの部屋の前で転移した。何かが壊れた音がした気がしたが特に気にしなくて良いだろう。

 

私がワープすると、また猛スピードでバリアを張りながら落下していく。下を見ると、ダインスレイヴが何やらフィールドワークを行なっていた。転移先はダインスレイヴだったようだな。

 

「……ディザスターか。随分と派手な登場だな」

 

「どうにも欠陥品みたいでね。ワープの座標がズレてるのか上空に飛んでしまうんだ。お陰で稲妻と敵対するところだった」

 

「何があったかは聞かないが、この遺跡からアビスの気配がする。支度は出来ているか?行くぞ」

 

「その必要はない。じき待ち人が来る」

 

「そうか」

 

私たちが遺跡の外で待っていると、息も絶え絶えな蛍とパイモンが慌てたように出てきた。

あれ?こんなに疲れるようなことするっけ。そんな事ないはずだ。精々アビスの使徒と交戦したくらいだろう。

 

「はぁ…はぁ……ダイン?それにディザスター…」

 

「ダイン…そうだ!この遺跡の中が大変だったんだぞ!オイラ達、どうなるかと思ったぞ!」

 

「……まずは息を整えて、状況を説明しろ」

 

二人は息を整え、説明し始める。

 

「オイラ達が依頼でこの遺跡の中にアビス教団の物を狙う宝盗団がいるって事で退治にきたんだ!でも、遺跡の中には宝盗団の死体があって…」

「『大宝盗家』は祈りを捧げながら死んでた。そこに逆さ吊りにされた神像があって、それに触れた瞬間にアビス達に襲われた」

「蛍が倒しても倒しても現れるから、次第に蛍も疲れてきて…それで逃げ出してきたんだ!」

 

「それはおかしい!」

 

「「「?」」」

 

思わず叫んでしまった。

あり得ない事が起こっている。正史であれば出てくるのはアビスの使徒だけのはず。無限湧きする程アビスが出てくるなど無かったはずだ。

確かに、使徒と共に何体か出て来るだろうがそれでも倒しても倒しても現れるなんて事は起きない筈だ。どこかで何かがズレている。

 

「……『夢』か?本来起こりうる未来と違うのだな?」

 

「そうだ。しかし…結果は、結果だけは僅かに違えど殆ど同じだ。過程は既にめちゃくちゃだ、どこだ、どこでズレた…?」

 

「ともかく、千載一遇の好機だ。今からでも遅くはない。俺について来い、アビスの使徒を追い詰めるぞ。ディザスター、行けるか?」

 

「正直混乱しているが…大丈夫だ。行こう、アビスの企みを阻止しなくては…」

 

私たちがダインスレイヴについて行くと、遺跡守衛の周りでウロチョロしているアビスの魔術師達を見つけた。

どうせ目的は分かっているんだ。何も聞かずに退散してもらおう。

 

「そこの君たち、君たちの目当てのものはそこには無いぞ」

 

「何…?貴様アビスの計画を知る者か?」

「どうでも良い、早く教えろ!」

 

「層岩巨淵の最奥、そこに眠る遺跡サーペントの動力に使われている。急ぐんだな、アレは他の勢力も狙っているようだからな」

 

「何っ!?それはいかん!おい、お前ら行くぞ!」

 

アビスの魔術師たちは私の嘘を信じて転移していってしまった。余計な争いは時間の無駄だ、一刻も早く『順路』を辿らせないと。とにかく時間がない。

 

「層岩巨淵の件…あれは本当か?」

 

「嘘に決まっているだろう。最古の耕運機の目はあんな所にあるはずが無い」

 

「何故それを───まぁ良い。“観た“のならば疑う余地も無い。あぁ、説明しておこう…最古の耕運機とは、貴様らが『遺跡守衛』と呼ぶ機械の最も古い型番の事を指す」

 

「ええーっ!遺跡守衛って農業用の機械だったのか!?それなのにあんなに強いってどういう事だよ!」

 

「そうではない。これは500年前に滅びた故国カーンルイアの『領土とは血と鉄によって耕される』という理念に沿ったコードネームだ。とどのつまり、侵略兵器だ」

 

「カーンルイアだって!?それって、すごい古い国の名前じゃないか!あ、そうだ。蛍にも説明しておかなくちゃな!カーンルイアって言うのは──────」

 

「カーンルイアなら知ってる。そこにいた記憶があるから」

 

「………人は誰しも、何かしら秘密を抱えている。貴様が俺に深く聞かなかったように俺も貴様を深く聞くつもりはない」

「しかし、貴様に話す意思があるのなら聞こう。貴様が見たカーンルイアはどのような光景だった?」

 

ダインスレイヴが聞くと、蛍は何かを決心したような面持ちで話し始めた。恐らく、私とダインスレイヴがカーンルイアに関係する人物と踏んだのだろう。

まぁその内容は誰でも知ってる原神のオープニングムービーだったから聞き流す事に決めた。

 

「……あの時の話に、そんな経緯があったのか。オイラてっきり事の始まりは見知らぬ神からの遭遇だと思ってたぞ…」

 

「ふむ…この世界に来た時、いきなり地面に寝ていて兄から呼び覚まされたのか」

 

「どうやら、お兄さんの方が先に目覚めてたみたいだな…ん?どうしたんだディザスター。変な顔して…」

 

「地面に、寝ていた?今そう言ったんだね?」

 

「うん、そうだけど…」

 

おかしい。本来であれば蛍は隕石の中から目覚める筈だ。つまり、世界は初めから本来とは違った?どこだ、どこから違うんだ?

全ての事柄に因果関係がある以上、蛍が地面で目覚めたのには理由があるはずだ。思い出せ、何かがおかしいんだ。

 

「いや、何でもない。ともかく蛍はお兄さんに『カーンルイアの滅亡が天変地異を起こすからテイワットから逃げよう』と言われたんだね?場合によっては君のお兄さんを問い詰めなければいけなくなるからな」

 

「カーンルイアの滅亡?本当にそんな事を?」

 

「うん。確かに言ってた」

 

「貴様達が経験したそれは500年前の出来事だ。どうやらこの世界で初めて目覚めたのもそれと同じ時期のようだな」

 

「つまり、お前のお兄さんは先に目覚めてたから世界について良く知ってたんだな」

 

「そして、君たちはアイツに阻まれたんだろう?『天理』の奴に…本当、良い仕事っぷりだな。感激してしまうよ」

 

「あの神と知り合いなの?」

 

「さてね。面識が無いだけでお互い知り合いかもしれない」

 

天理が恐らく、変わりゆく歴史を修正したのだろう。本来隕石から目覚めることによって起こりうる事象を確実に起こす為に何かしたに違いない。そうだとしたら天理には感謝しないといけないな。

いや、天理を当てにするなんて業腹ものだが。

 

「物を調べるのなら、モンドの大聖堂に行ってみてたらどうだ?私は行く事ができないが、君たちならば出来るだろう」

 

「そうか!バーバラやロサリアなら何か知ってるかもな!ダインは来るのか?」

 

「俺も遠慮しておこう。俺は神を信じていない…あのような碌でもないものに頼ってしか生きれない人々を俺はあまり好まないからな」

 

「そっか!じゃあオイラ達は行ってくるから、どこで合流する?」

 

私はこれから稲妻に戻ろうと思っていた所だ。いい加減ヤルプァと顔を合わせたい。適当な理由でもつけて離脱してしまおう。

それに、調査には時間がかかるだろうからまた数日後戻って来れば大丈夫に違いない。きっと、遺跡突入前には合流出来るはずだ。

 

「私は然るべきタイミングで合流する。理由は聞くな、後悔するぞ」

 

「俺は途中まで付いて行こう」

 

私はプリズムを使用し稲妻へ飛ぶ。

いつもの如く空から落下するのだが、今回はタイミングが良いようで何やら同じところをクルクル回っているシニョーラの元へ落ちた。

 

「────戻ったぞ」

 

「戻ったぞ。じゃないのよ!アンタねぇ、私の部屋を爆破していくとか気が狂っているの!?見なさいよこの有様!私の部屋だけ全部めちゃくちゃよ!」

 

「待つんだ、何が起きたか私でも理解できていない。このボロ屋が『淑女』の部屋だって!?」

 

私の視界の先には、ボロボロになり何もかも焼け焦げ吹き飛んだ部屋があった。嘘だろ?一体誰がこんな事を…

 

「アンタのそのワープ装置、ワープ地点が自身の元素力の影響を多量に受けるのよ。それで、アンタの炎元素が大暴走してここを吹っ飛ばしたってワケ。今後はアンタの部屋使うから。これからは床で寝なさいね?」

 

「なん…だと……!?」

 

「味方が死んだ時みたいな顔するんじゃないわよ!全く…いい加減になさい。あんまりふざけていると氷漬けにするわよ」

 

「既に体験済みだ。ご遠慮願おう」

 

「アンタねぇ…ま、良いわ。ともかくアンタのベッド無いから」

 

まあこれからヤルプァに会う為に旅をする予定なので宿は使わないのだが。まぁ途中で手がかりでも掴んだら帰ろうかな。

そんな訳で稲妻城を抜け出しウェーブボートを召喚した。

 

「…これ動くのか?」

 

出てきたのはオンボロのボートだった。

動力は煙を上げ、幌には大きな穴が開き、蜘蛛の巣が張られてある。

正直こんなんで九条陣屋まで行ける自信がない。ヤルプァには学者のエラ・マスクがついているこら、恐らく交渉でもして渡れたのだろう。

もしくは、初めから稲妻城へは行っていなかったとかな。

 

「とにかく、乗ってみるしかないな…ゔっ、臭いがきつい…」

 

埃臭さを我慢しながらボートを動かしていると、暫く行った先で嵐にあった。しかも雷雨。

雷電将軍様、天井壊した事謝りますからライダー助けて!ああやばい船底がちょっとまってちょっとまって粉塵!(?)あああああ──────!

 

 

 

 

 

目が覚めると、見知らぬ天井だった。

 

「やっと目が覚めたか!ゴロー様、漂流者が目覚めました!」

 

「おお!目覚めたか!大丈夫か、意識はあるか?」

 

私の眼前にはワンコショタ…もといゴローがいた。私はどこまで流されているんだ。藤兜砦まで流されていてよく生きてきたな私。

誰か褒めてくれても良いんだぞ。

 

「私はどれぐらい寝ていた?」

 

「発見してから半日ぐらいだな、しっかりと受け答え出来ているなら大丈夫だろう。そういえばお前は稲妻人では無いようだがどこから来たんだ?」

 

「私はモンドから来た。私には色々な名前がある…その中でもDISASTERという名前が気に入っていてね。是非そう呼んでくれ」

 

「おう…待てよ、ディザスターだって?おい、ヤルプァ殿を呼んでこい!」

 

「ヤルプァがここにいるのか?」

 

暫くして、大きな足音が聞こえたと思った瞬間私のいた野営地が吹き飛んだ。しかし私は安心しきっていた。なぜなら、その気配はヤルプァのものだったからだ。

久々に顔を合わせた友人はその身に抵抗軍の鎧を纏っていた。

 

「友よ!よくぞ来た、待ち侘びていたぞ!」

 

「ヤルプァ、私も会えて嬉しいよ。それで?状況を説明してくれるかな?これまでの経緯を…」

 

「うむ。話せば長くなるが、オレとエラはこの島に厄介払いされてな。暫く放浪していたところ、抵抗軍と出会ったのよ。当初は警戒されていたが、オレの強さとエラの説得でオレたちは抵抗軍に入ることになった。エラの奴は下手に医療知識があったからそっちに回されているぞ」

 

「なるほど…私の方はまだ大陸の方に用を残していてね、あと1回ほど渡るつもりだ。それで全ての方がつく…その後はずっと稲妻にいれるかな」

 

「オレが手伝おうか?敵はどれぐらいいるんだ」

 

なんだ、ヤルプァには私がアビスと戦う事がバレていたらしい。それならもう隠しておく必要は無いな。

私はヤルプァにアビスと戦う事と、きっと死闘になるだろう事を話した。ヤルプァは深く頷くと、手を出してきた。その手を握り言う。

 

「今回は頼りにさせて貰うよ、ヤルプァ!」

 

「やっとお前のために暴れられるのだ、全力で行かせて貰う!」

 

「決行は…明日だ。この戦いは…恐らく熾烈になる。敵は本来、数体しかいない筈だが予想外のことが起こっている。倒しても倒しても湧いてくる敵の排除が私たちの目標だ」

 

そして、必ず蛍ちゃんと空くんを出会わせる。「俺たちはいずれ再会する」というのならその手伝いをしてやろうじゃないか。

私とヤルプァは遠く璃月の空を見つめながら決行まで備えた。

 

 

翌朝、私たちはゴロー達に出かける旨を伝えて飛び立った。遺跡の上からダインスレイヴのいる所へ向かって猛スピードで墜落する私たち。

しかし、今回は覚悟を固めてきている。

 

轟音を立て、私とヤルプァが広間に降臨する。

 

「貴様ら…何者だ!」

 

「「我らは死神の代行者…アビスに死を齎す者だ」」

 

戦いが今、始まろうとしていた。




次回は一週間以内もしくはレイラちゃんと添い寝できたら投稿します


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第十五話 喪失なんだが

ナヒーダを救っていました


 

 

「くっ、殺せ!」

 

「イレイザーキャノンッ!」

「雷王鋼斬波ァ!」

 

熱線が敵を焼き、雷の斬撃が敵を討つ。

私とヤルプァは背中合わせで戦っているのだが、ヤルプァはヒルチャール・雷冠の王としては珍しく巨大な斧を持っている。

 

「グランマルシアス様ァ!やつら強すぎます!」

「馬鹿者、元素シールドを貼り引き撃ちで対応せよ!」

 

「フレアッ!」

 

「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

「くそっ、埒があかない!イレイザーキャノン!」

 

「ディ!後ろだ!」

 

慌てて横に飛ぶと、私が元いた場所が大爆発する。過負荷反応が起きて連鎖爆発しているようだ。

私の手数は少なく、また一度に技を連発するとオーバーヒートを起こして気絶してしまう。それだけは避けないと。

 

「『王子』様の邪魔をさせるな!」

「聖なる恩顧を抱け…!」

「アビスよ、私に新生を!」

 

「グォァァアアアアアッ!雷光、一閃斬りィ!!!」

 

稲妻と共に一閃された斧がアビス達を砕く。私も加勢しなければと思いイレイザーキャノンをチャージする。一気に吹き飛ばすため10秒以上のチャージだ。

 

「ヤルプァ!10秒だけ持ち堪えてくれ!」

 

「誰に物を言っている!?オレはァ!丘丘人のォ!雷の王だァァァァ!!!!」

 

恐らく、このイレイザーキャノンを撃ったら私は気絶寸前にまでなるだろう。しかし残る敵残存兵力は多い。

ここで倒れるわけにはいかない。私は必ず、世界の末路を見届けて安住の地を見つけるんだ。その為に私はこの命以外のどんな犠牲でも惜しみはしない。

 

「どけっヤルプァ!イレイザァァァッ!キャノォオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!」

 

直線上に放たれる超極太の爆熱光線。それは遺跡を悉く破壊し地平線の向こうの山を粉砕して更にその向こうへと進んでいった。

攻撃範囲内にいたアビスは全員消滅し、薄暗い洞窟には夜の月明かりが差し込んでいた。

 

「はぁ……はぁ……っ!やった、のか…?」

 

「ああ、どうやら終わったみたいだな。ガハハッ!やるではないか友よ!あのような攻撃、まるで世界を滅ぼす破滅の黎明のようでは無かったか!?」

 

「あぁ、はは…確かに」

 

私達はすっかり戦勝ムードでいた。しかし、この油断が危機を呼び寄せた。

 

「さて、オレたちも帰るとしよ───グ!?なん、だ…これは!」

 

「ヤルプァ…どうしたヤルプァ!」

 

 

「ククク…油断したな!このヒルチャールの王は、アビスの手先になってもらおう…!」

 

「隠れていたのか…!」

 

マズい。このままだとヤルプァがアビスになってしまう。アビスになったが最後、死ぬまで戦わされこき使われゴミのように棄てられるのだろう。

そんな事許されていいはずがない。

 

「やめろ…ヤルプァに手を出すな」

 

僅かでも神の目を使えば私は気絶するだろう。

だから、“前借り“をする。

これは契約だ、私の大切なものをくれてやるから力をくれよ神の目!願いを叶える為にあるのだろう!?

 

「私の友達に!手を出すなァァァ!!!!」

 

私の神の目が太陽のように輝き、その力は奔流となってアビスに突き刺さる。すると直後、頭の中から何かが抜けていく感覚を覚える。

しかしそんな事はどうでも良い。今は友達の心配をしなくては。

 

 

何かがひび割れる音がした。

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

ヤルプァがアビスの呪縛から逃れた時、真っ先に目に入ったのがいつも以上に虚な目をしているDISASTERだった。

DISASTERの様子を見ると、その肉体には影響が無いように思われた。しかし決定的に違うものがある。

 

「神の目が…割れている……」

 

DISASTERの真紅の神の目はひび割れ、その色を薄めていた。そして物言わぬ岩のように固まっている友人を見て、ヤルプァは静かに涙した。

全て己が弱かったからだ、という悔恨の念がヤルプァを襲う。それと同時にヤルプァの思考にノイズが走る。

 

『───████様、お助けを…』

 

「煩い…静かに……」

 

『何故助けてくれないのですか、████様』

 

「やめろ…」

 

『だからまた失うのですよ。私と同じようにね』

 

「やめろォッ!」

 

怒りと混乱でヤルプァは頭がおかしくなりそうだった。しかし、ヤルプァは理性を働かせDISASTERの懐にあった転送プリズムを起動する。

 

「っ、その人を離して!」

「おお、お前なんか、怖くないぞ!」

 

「……断る。此奴はオレのだ」

 

「待っ…!」

 

蛍とパイモンの静止の声を無視してヤルプァは転移し、稲妻へと帰還した。その背中はとても小さかった。

稲妻へ帰還したヤルプァが初めにしたのは、友人を抵抗軍に匿わせる事だった。

 

「ヤルプァ殿、事情は相分かった。ディザスター殿は必ず我らがお守りしよう」

 

「助かる」

 

それから数週間が経った。

抵抗軍はヤルプァの参戦により一時巻き返したが、先見の明が足りずに結局後退を余儀なくさせられていた。

どこからかDISASTERが未来予知できるという噂を聞いた兵士複数名が救護所に詰め行った。

 

「おい!どうやったら俺たちは勝てるんだ!言え!言わなければ追い出すぞ!」

「そうだ、意識喪失だか知らないがタダ飯を食らいやがって!」

「気持ち悪いんだよ!」

 

口々に罵る兵士たち。彼らも度重なる敗戦でボロボロだった。

 

「…………………」

 

しかしDISASTERは何も言わない。

言うことができない。理解ができないのだ。

彼の中にあるのは、ただ漠然とした未来だけだった。

 

「ケッ、ダンマリかよ!」

「コイツを追い出すぞ。どうせ何も言わねえんだ、幕府軍に捕まっちまえばいい」

 

そのまま腕を引かれ、名椎の浜に置き去りにされるDISASTER。しかしその足取りは軽かった。

自身の目に映る『景色』を探し、彷徨うだけで良いのだから。

 

「おい兄ちゃん!海を泳いで渡ろうってか!?あぶねえからやめとけ!俺が船に乗せてってやるよ!」

 

「………………」

 

「な、なんでぇ不気味だな…しかし顔が良い分、迫力もある。あんた神の目取られたんだろ。俺には分かるぜ、そんな顔してる」

 

「…………かみ、の…め…」

 

「おっ、反応したな。そうだ、神の目だ。大方幕府軍に取られたんだろう。それでそんなに腑抜けちまったんだな?」

 

「………とも、だち…」

 

「友達を探してんのか?それなら社奉行まで連れてってやる。あそこは何でも頼めばやってくれるからなぁ。さ、乗れよ」

 

DISASTERは男の船に乗せられ、海へ出る。

道中、会話はほとんどなかったが男の小気味良い話がDISASTERの無くした心を温めていた。

男とDISASTERが社奉行に着くと、家令のトーマが迎えにきていた。

 

「仁さん!来たんだね。おや?その人は知り合いかな?」

 

「あぁ、コイツはどうやら神の目を奪われちまったらしくてな。意識がハッキリしてねえんだ。恐らく小さい時にもらった神の目だったんだろ。記憶が巻き戻ってんだ多分」

 

「また被害者が増えてしまったのか…分かった。この人はオレの方で預かろう。君、名前は言えるかい?」

 

「………………」

 

「分かった。それじゃあ君の事は『名無し』の権兵衛って呼ぼうか。権兵衛、君はどこから来たかわかるかい?見たところモンド人のようだけど。」

 

「モンド……」

 

ピクリと反応し、モンド、モンドと繰り返すDISASTER。そして何かを思い出したかのように語り出す。

 

「……かつての幼子、氷の意志に染まりし者、稲光舞う国にて滅国の罪を問われん。運命なる死は逃れ得ぬものと知れ」

 

不吉な文言を語るDISASTERの瞳は朱に染まり、金の毛先が紅に染まりゆく。その目の輝きは狂乱に満ちていた。

 

「────何だって?運命の死?不吉だな…まさか君、何か覚えているんじゃないか?何でも良い、何か覚えていることを全て教えてくれ」

 

「いずれ彼女らは再会し、諸人は知りうるだろう。雷光は永遠では無いことを。思い知るが良い、世界は我々の手には─────」

 

ぼうっと突っ立っていたDISASTERは捲し立てるように言うと、疲れたようで座り込んでしまった。そして再び静寂が訪れる。

朱に染まった瞳は元の空虚な黄金に戻り、何事も無かったかのように燻んだ金髪が戻ってくる。表情は以前と変わらず何かを失ったような表情だ。

 

「(権兵衛の正体について調べる必要がありそうだな…)裕香さん、オレの指定した書物を持ってきてくれるかな?」

 

トーマは近くにいた女性に幾つか指定した書物を持って来させると、読み耽り始めた。

タイトルはどれも難解で、『魔神大戰之游俠』だの『危險即旧神瞳概説』などの1000年以上前の書物だ。

 

「さっき彼が語り始めた時、髪が赤くなり瞳も赤くなった。これに合致する現象は………あった。魔神ディザスター。厄災の神。この眷属は時折万民にとって幸せな未来を予見し、それを破壊するために行動した…見た目は赤い髪に赤い目。ピッタリだ」

 

しかし、とトーマは考える。権兵衛が本当に『厄災』の眷属なのだとしたらなぜ神の目を奪われるような失態を犯したのだろうと。

何か理由があったのか。もしくは別の要因か。

 

「若の手を煩わせるのは気が引けるけど…意見を貰うか。それと、これはお嬢に知らせるべきではないな」

 

トーマが神里屋敷の神里綾人の部屋へ赴く。中では何やら神里綾人が一人でブツブツ言っている様子だった。

トーマが緊急連絡用のノックをすると、すぐに神里綾人が出てきた。

 

「何事かな?」

 

「旧き魔神の眷属と思わしき人物を仁さんが見つけました。現在はこの屋敷で匿っています。様子をみたところ、意識を失っているようでしたので危険は少ないかと」

 

「もしや魔神ディザスターの事かな?最近稲妻近海で不穏な動きがあると聞く。恐らくアビス教団による企みだろうね。私もかの魔神について調べていたんだ」

 

「御慧眼、心底脱帽致します。して眷属と思わしき人物の処遇ですが…」

 

「一先ずは経過を見よう。彼は意識を喪失している…つまり、私たち人間の手で不可能とされていた未来予知をさせることが出来るということだ」

 

「しかしそれは───」

 

「アレは魔神の眷属…人間じゃない。私たちが守るべき稲妻の民でも無い。ヒルチャールのようなものと考えて良いでしょう」

 

「御意のままに」

 

「解っていると思うけど、妹には知らせないように。もし聞かれたらただの客人として扱うように」

 

「御意のままに」

 

トーマは退室し、DISASTERの元へ戻る。相変わらずDISASTERは空を見上げ呆けている。その様子から「オレ達の会話は聞かれて無いな」と判断した。

 

「権兵衛、教えてくれないか。この稲妻にこれから何が起こるのか。待てよ…?さっき彼は単語に反応した。だったら、単語を言いまくれば反応があるんじゃないか?」

 

「………………」

 

「モンドで反応したから…璃月とかはどうだ?」

 

「りー、ゆえ…」

 

再び瞳と毛先が紅く染まり、その口は再び預言を語り始める。かに思われたが、出てきたのは意味をなさない言葉の羅列であった。

トーマは「仕方ないな」と一旦諦め、何か見ればもっとハッキリ話してくれるだろうと考え神櫻を見せにDISASTERと出かけた。

 

「八重宮司様なら何かご存知だろう。しかし権兵衛の髪は長いな」

 

アビスとの戦いによって結んでいた髪が解けてしまい、DISASTERはその長髪を風に靡かせていた。

DISASTERの容姿は元々空に似ている。さらに意識喪失中で無機質な表情をしているため、まるで精巧な人形のような出立だった。

 

「八重宮司様は居られますか?」

 

トーマが鳴神大社へ着きいの一番に八重神子のことを聞き出そうとすると、巫女達から「お引き取り願います」とだけ言われ取り合わせてもらえない。

 

「弱ったな…頼む、緊急事態なんだ!将軍様と親しい間柄の八重宮司様なら何か知っていてもおかしくはないはずなんだ」

 

「──────緊急事態とな?妾を呼ぶという事は相当の事でなければならんぞ?」

 

トーマが事情を説明すると、社から八重神子が嗜虐的な笑みを浮かべながら降りてきた。しかし、その笑みの中に愉快さは無くDISASTERを見て何かを察した様子でもあった。

 

「この人は魔神ディザスターの眷属で未来を見通す力を持っています。名前がわからないから便宜上権兵衛とよんでいます」

 

「何故殺さぬのじゃ?其奴はかつて俗世の七執政らによって封印され族滅された筈の魔神の民。血と悲鳴を好み、他人の不幸でしか満足することの出来ぬ穢れたものどもじゃぞ?」

 

「権兵衛の意識は喪失していて、その残虐性は失われています。上手くいけば我々に有利な未来を指し示させる事が出来るかもしれません。無論、殺せというのなら今この場で」

 

「やめよ。社を穢れた血で汚しては敵わん。そうじゃのう、妾がそこな眷属を監視してやろう。どうせ暇な身じゃ、それぐらい付きおうてやるわ」

 

「(権兵衛を取られるのはあまり好ましくはないが…下手に意識を覚醒させてお嬢を傷付けるよりはマシか)感謝します、八重宮司様」

 

「お主の黒い顔がダダ漏れじゃぞ?もう少し隠す努力をせよ。ではな」

 

バレてたのか、とトーマは苦笑すると一礼して去っていった。

後に残された八重神子とDISASTERは互いに見つめ合う。八重神子がDISASTERの割れた神の目を手に取り観察する。

八重神子が「ほう」と一言呟き、微笑む。

 

「おもしろい事になっておるのう───ああそれと、もう痴呆の真似事はせずとも良いぞ」

 

「────了承。謝罪、私、現在、言語野、異常発生。隙、見せる、私の口、少々、変」

 

「分かりにくいわ。紙を渡してやる。書け」

 

DISASTERは八重神子から紙を受け取ると、素早い速度で文章を書き始めた。

 

「ふむ、どれどれ…『元素力の使いすぎで脳機能が一時期低下していた。完全に治ったわけでは無く、言語に関する機能がまだ戻りきっていない。それと、紙をありがとう』…か。礼を言えるのは好感度が高いぞ?」

 

DISASTERはひと頷きし、紙にまたも書き連ねる。

 

『意識がはっきりしたのがつい先ほどで、鳴神大社に着いたあたりから困惑してばかりだった。私が魔神の眷属という話は聞いたこともないし、私の起源的に魔神というより天理に近いと思うのだが』

 

「天理に…それは今の段階で話せる内容か?」

 

『随分と変わった言い方をするな』

 

「ここ稲妻では娯楽小説が流行っていてのう。やれ未来予知ものだの、転生性転換高飛車お嬢様ものだのが流行っておるのじゃ。ゆえに、今回の件はそれに類推するものと見た」

 

『思考のレベルが1000年ほど進んでいる人がいるんだな。まずは八重宮司さんの知る天理について教えてほしい』

 

「そうじゃの…雷電将軍が知ること以上は知らぬな。逆に汝はどの程度知っておるのじゃ?」

 

『今はまだ言うべき時じゃないから言えない。いずれ時が来たら全てを明かして私も隠居するつもりだ』

 

「隠居…のう。皆の知らぬ事を知れる汝が楽に隠居出来るとは思わぬが…」

 

八重神子は「ほう」とため息をつくと腰に手を当て呆れた口調で言い、「いつ頃普通に喋れるようになるのじゃ?」と聞いた。

DISASTERは疑問に対して肩をすくめて答える。

 

「そう言えば汝には名があるじゃろう?汝が望むのなら権兵衛のままでも良いのじゃが…妾が娯楽小説作家達に頼みつけさせようかの。どうじゃ?」

 

『元から名前に執着は無い。好きに呼んでくれ』

 

「名と体を表わす…本当に良いのか?妾が面白いと思うた名にしてしまうぞ?先んじて言うのもなんじゃが、後悔する事になるぞ」

 

『何、璃月で“泣き飯“なんてアホらしい名前で呼ばれていた事もある。元の名も覚えていないし、立場や名前は多い方がいいからな』

 

「泣き飯…フッ、大方涙でも流しながら飯でも食ろうたか?良かろう、それに劣らずとも勝る名をつけてやろうではないか」

 

鳴神大社で男女が談笑する。

DISASTERの名前決めは後に熾烈な戦いを生んだのであった。

 

 ─────────☆─────────

 

気絶して目が覚めたら口が災の元になっていた。

どうやら今の私の状態は、神の目が割れて脳の機能が一部エラーを起こしている状態らしい。

それ故、私の口からは私の知りうる情報全てが漏れ出てしまうらしい。

 

辛うじて単語だけなら発話出来るため、いざという時は単語会話をすれば良い…のだが伝わりにくい。

それと、脳機能のエラーは元素力の暴走も引き起こしており、喋っていると身体の一部から元素エネルギーが放出される。

そのため一度話すと目は炎のように赤く、髪の先端は元の金髪が赤みがかるようになっているようだ。

 

「八重堂、作家一門!ここに見参しました!」

 

「うむ、よくぞ集まってくれたのう。今回汝らに頼みたいのは、そこな金髪の男の名をつけてやって欲しいのじゃ。此奴には名前が無くての、困っておるのじゃ」

 

「その…我々の感覚でつけて良いのですか?」

 

「無論じゃ。稲妻有数の文化人たる汝らの付けた名じゃ、きっと此奴も喜ぶに違いない」

 

八重神子との話の流れで私の名前を決める事になったらしい。所詮今の私は喋れないし身体も思うように動かせない木偶人形と変わらない。

それ故に何の意味も成さない名前など好きに付けさせようと言う事だ。

 

因みに意思を伝えるための紙は取り上げられた。

 

「うーん、無難に【邪王心眼を持つ狂王】とかは?」

 

「いやいや、ここは【五月雨を喰らう者ダークヴェルゼ】だろう!」

 

「分かってないな。【三神勇太】に決まっている。私の『転生したらヒルチャールだった件について』の主人公の名前だ!彼は人間形態の時金髪金眼の美少女だ!」

 

「何を…それなら私の『転生悪役令嬢様の復活記-農業ばかりしていたらいつの間にか雷電将軍の側近に!?-』の主役のアンネリーゼに彼はそっくりだ!アンネリーゼこそ相応しい!」

 

「ぶち殺すぞ貴様!彼は俺の『武闘神殿-レベル1だけど最強になって成り上がる!-』のロベスピエールに似ている!可愛げを増してロビンで決まりだろうが!」

 

「何だと!?この馬鹿量産型作家が!けつあな確定させんぞ!」

「うるせぇ!テメー璃月に余計なモン広めやがって!誰が男同士の恋愛なんて見るんだよ!」

「あー!お前言っちゃいけない事言った!この差別主義者がァ!」

「黙れ!小説に政治を持ち込むな馬鹿野郎どもが!」

 

「「「すみませんでした」」」

 

議論は白熱し、やがて取っ組み合いの喧嘩になる。彼らの感性は実に現代日本人らしいから、見ていて楽しい。

八時間ほど経っただろうか。心身共にズタボロの作家達が名前を提出して来た。

 

「ふむ……プッ、クク…!権兵衛、汝の名が決まったぞ…フフッ、ハハハハッ…」

 

私の名前が書かれた紙を見ると、そこにはとんでもない物が書いてあった。

 

「読み上げてやろう…汝の名はこれより、過ぎ去りし時を背負いし英雄《クロノス》の紋章を継ぎし者ダークインフェルノブリザードハイドラグーンラムセス8世、別名“刹那“…じゃ!」

 

は?長すぎだろ。意味わからなくなってるじゃないか。

 

「紙」

 

「何か言いたいんじゃな?ほれ、感想を述べよ」

 

『長すぎる。せめて七文字で抑えろ』

 

「じゃ、じゃあ…代案の【永遠の守護者†卍《刹那》卍†最強破壊神】でどうですか?呼ぶ時は『刹那』とだけ呼べば良いので…」

 

『形容詞多過ぎだろ、叙事詩じゃないんだぞ』

 

「な、なら!【英雄を継ぎし者“刹那“】…短過ぎませんかね」

 

『悪くない。今までよりはマシ。形容詞込みで名乗れば良いのか?』

 

「そうなりますね」

 

正直アホらしいが、拒まなかった私が悪い。甘んじてこれを受け入れよう。

八重神子は「刹那か…懐かしいのう」と言っているが、何かあったのだろうか?筆談で聞いてみると、「汝には関係の無い事じゃ」と言う。

 

『八重宮司、私はこれからどこへ滞在したら良い?』

 

「そうじゃのう。お主、刀は握れるか?」

 

『身体が動かしにくいが、戦闘は出来ると思う』

 

「であれば、浪人として稲妻を彷徨うが良い。旅装と刀はくれてやる。それと、誰かに会ったら挨拶を忘れるでないぞ。英雄を継ぎし者“刹那"?」

 

それが狙いか。大方、八重神子は私がアホみたいな名前を名乗らせその反応を楽しむつもりだろう。

まぁ良いか。稲妻観光も十分じゃなかったし、蛍ちゃん達が稲妻へ来るのもまだまだ掛かるはずだ。ゆっくり稲妻を楽しもう。

 

『楽しみだ』

 

「記録係として巫女を一人連れて行け。姫乃、ついて行ってやれ…刹那、決して手を出すでないぞ?」

 

『興味ないね…(クラウド)』

 

「くらう…分からん、その事についても今後話してもらうとしよう。さ、早う行け。行って妾を楽しませよ」

 

私と姫乃と呼ばれた巫女は鳴神大社を追い出された。まぁ良いか、とにかく今後しばらくは稲妻旅行を楽しむとするか!

 




次回は一週間後かタルタリヤのえっちベルトがはち切れたら投稿します


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第十六話 半年後、稲妻なんだが

ギリ遅刻では無いです。
スカラマシュとデートしてたらこんなになってました。


 

出立する前に装備の確認だ。

私の現在の装備は、顔を隠せる笠、稲妻風の旅装、凄そうな刀、割れた神の目、筆談用の道具と身軽なものばかりだ。

そういえば、同行者の姫乃さんは荷物とか大丈夫なのだろうか?

 

『荷物は大丈夫ですか?』

 

「大丈夫でございます。わたくし共巫女には各地に行脚用の補給地点が用意されていますので」

 

なるほど、それなら各地に巫女がいたのも納得だ。姫乃さんの荷物は各地にあるらしいので必要無いと。

だったらもう出発してしまおうか。

 

「刹那様…いえ、“英雄を継ぎし者“刹那様。まずはどこへ行かれますか?」

 

『ここからなら離島が近いだろう。そこに行ってみよう』

 

道中で野武士などに襲われるかと思ったが、どうやらテイワットの荒くれ者は仲間同士で攻撃しないらしく、こちらを一瞥するだけで特に争い事は無かった。

 

『しまった。モラが無い』

 

「なんと…無銭飲食を敢行されるのですね?」

 

『するわけないだろう。どこかでモラを稼がなければ』

 

旅商人から米を買おうと思ったら金が無かった。璃月にいた時は金が余るほどあったのに。

なので、働く必要が出来てしまった。稲妻特産品でも集めて売るか?

 

『そういえば、晶化骨髄の相場が急増しているらしいな。集めに行こうか』

 

「あら、そうなのですか?よくご存知で」

 

『離島で安く売り捌こう。少しは彼らの役に立つだろうから』

 

という訳で、離島へ行くついでに晶化骨髄を一箱ほど集めておいた。これで暫くは豪遊できるな。

取らぬ狸の皮算用と知っていてもウキウキしてしまう。

 

『一々筆談て商談をするのも面倒だ。姫乃さんに頼んで良いか?』

 

「ええ、わたくしにお任せください」

 

離島の紅莉栖の所に姫乃さんを行かせて、私は離島中央の広場で屯っていると、見覚えのある顔がいた。

星十字船団の船長北斗と、楓原家の浪人万葉だ。

そうか、これぐらいの時期に璃月に渡ったんだな。

 

「…何を見ているでござるか?」

 

おっと、ジロジロ見過ぎたな。慌てて目を逸らす…が、どうやら目をつけられてしまったようで此方へ迫ってきた。

 

「何やら怪しげな装い…見たところ浪人でござろうが、刀は嘘をつかぬ。ロクに握られていない柄を見るに刀を持ったのもこれが初めてであろう?」

 

「…………………」

 

困った。歴戦の武士とは一目でここまで見抜く者なのか?それとも万葉が凄いだけ?どちらにせよ、誤魔化さなければ。

今喋ろうにもまともな事は言えない。口が滑って要らぬことを言ってもしょうがない。

 

「………ちょっ……めてくだ…!」

 

遠くから姫乃さんの声が聞こえた。誰かに絡まれているらしい。チャンスだ、これを利用して万葉から離れよう。

私はすぐさま駆け出して姫乃さんの所へ向かった。

 

「そんなっ、ルートなんて知りません!離してください!」

 

「へへへ…良いじゃねえか、教えてくれたってよ…」

 

姫乃さんに下卑えた笑みを浮かべながら刀を突きつけている宝盗団…もといゴミどもの前に立ち塞がり、私は抜刀する。

 

「んなっ!何だテメェ!浪人じゃねえか、俺らと同類だろ!?わけ前はやるから──ギャッ!」

 

最後まで言う前に袈裟斬りを繰り出し宝盗団を斬り伏せる。流れるようにその手下を斬る。

良かった、身体は戦い方を覚えていた。それでも以前よりは動き難いが。神の目が割れた弊害だろうな。

 

「刹那様…ありがとうございます。お手数おかけしました」

 

私は首を横に振り「構わない」と言う旨をジェスチャーで伝える。姫乃さんは立ち上がると屋根上を見て眉間に皺を寄せた。

 

「黙って見ているだけとは、楓原家も堕ちたものですね」

 

「そう怒るなでござる。拙者も折を見て助太刀に参ろうと思っておった」

 

「よく口が回るようですね。そこにおられる“英雄を継ぎし者“刹那様がいらっしゃらなければわたくしは今ごろ暴漢に襲われて…ああ恐ろしや」

 

どの口が「よく口が回る」と言えたのだろうか。その後も小一時間に亘って姫乃さんの文句が万葉に浴びせられた。

途中で万葉から困った風な目線を向けられたが、状況が面白いので放置していた。

 

「おーい万葉!どこで油売ってるんだ!もう出航だぞ!」

 

「今行くでござるよ!…という訳で拙者はこれにて────刹那殿、また合間見えた時、此度の件を詫びさせてもらおう」

 

「………………」

 

「今度は、その声を聞いてみたい物でござるな。では!」

 

そう言うと万葉は飛ぶように走っていった。

風のように素早いな、流石は風元素の使い手と言ったところか?

さて、これからどうしようか。晶化骨髄で一儲けした事だし、離島を離れて別のところへ行こうか。

 

『姫乃さん、モラは集まったから別の所へ行こう。セイライ島とかどうだろうか』

 

「セイライ島ですか…あそこは今、とても不安定な状況ですがそれでもですか?」

 

私は首を縦に振り肯定の意を示す。

姫乃さんは何かを考え込んだ後、「あまり直接行くのはお勧めできません」と呟いた。

ウェーブボートを使えばすぐだと思うのだが、何か問題でもあるんだろうか?

 

「セイライ島へ行くには、それ相応の実力と功績が無ければいけません。現在、海乱鬼やフライムの異常個体が闊歩しているらしいのです。刹那様お一人ならともかく、か弱き乙女であるわたくしが行けば…」

 

なるほど。丸切りエネミーの私と違い、姫乃さんは体制側の巫女だ。腑抜けの鳴神島浪人と違って、本物の修羅達相手では何をされるか分かった物ではない、と。

万が一姫乃さんが傷つけられた時、恐らく私は八重神子に消されかねない。だからそれ相応の実力を身につける必要があるんだな。

 

『分かった。では功績を上げに放浪するとしようか。冒険者協会と社奉行の依頼を片っ端から片付けていけば功績は足りるか?』

 

「─────ふふっ、本気ですか?刹那様の仰っている事は…まるで英雄の如くですよ?」

 

『それしか方法が無いからな。仕方の無い事だ。それとも他に何かあるのか?』

 

「……いえ、ありませんね。そうと決まれば善は急げです。わたくしが良さげな依頼を見繕って来ましょう」

 

私はサムズアップして応えると、姫乃さんはニコリと笑って「行きますよ!」と声を上げる。

この日から、私の浪人ライフが始まったのだった。

 

 

 ─────────★─────────

 

 

稲妻には、ある噂がある。

 

とある男と、それに付き従う巫女の噂だ。

何でも、西に困っている者あらば助け、東に貧しい者あらば救い、北に飢える者あらば恵みを与え、南に悪人あらば征伐しに来る。

 

その者の名は───“英雄を継ぎし者“刹那。

 

シニョーラは、その噂を聞いた時嗤った。

「まるでおとぎ話の英雄じゃない」と。その嘲笑は偶像に惑わされる稲妻の民達を嗤ったものか、はたまた自身の幼い幻想を僅かにでも信じた余韻か。

兎角、シニョーラが刹那に興味を持つのは必然でもあった。

 

「『淑女』様。刹那が稲妻城に来ているそうですが…如何なされますか?」

 

「そうね────ま、偽りの英雄さんに会っておくのも一興かしらね」

 

そうして、シニョーラは稲妻城天守閣の一間を借り刹那を招いた。

招かれた刹那が巫女の方を少し見ると、巫女は刹那の目を見て何かを察したようでシニョーラに対して話しかけてくる。

 

「“英雄を継ぎし者“刹那様は気難しい方でして…わたくしが代わりにお話しさせて頂きます」

 

巫女が会釈をすると、シニョーラは怪訝な顔をしたが、執行官たる冷静さで真顔へ戻った。

シニョーラは「どうにかして男の方と話せないか」と考えを回しつつ巫女と対話する。

 

「ええ…じゃあ、アンタに質問するわ。アンタは確か、稲妻中を放浪して悪人退治に勤しんでいる────そうよね?」

 

「はい。“英雄を継ぎし者“刹那様はその強い義侠心から世のため人の為行動を開始されました。その者がどのような地位にあろうとも、仁義に悖る行いをした者を刹那様は許しません」

 

「ふぅん、御大層な事ね。それじゃあ、私達のような稲妻の貴賓がもし悪事を働いた時、その刹那様とやらが私達を退治しに来るのかしら?」

 

「無論です。刹那様は悪を絶対に許しませんから…ご存じですか?刹那様は宝盗団のような他人から物を奪い私腹を肥やす者をこれまで500人以上誅して来たと」

 

「(500人以上…フン、英雄だのなんだの言う割にただの大量殺人者じゃない。警戒して損したわ)…あら、それは凄いわね。でも、それは宝盗団のような地位も戸籍も無いような連中でしょう?私のようなスネージナヤの権力者は殺せるというの?」

 

「ふむ────刹那様、どうなさるのですか?」

 

巫女は刹那に尋ねると、刹那が小さな紙を渡した。巫女がそれを見ると、僅かに驚愕した表情を浮かべた後話し始めた。

 

「刹那様は、『どうせ死ぬのだから態々私手ずから殺してやる必要が無い』と仰っています」

 

「───何ですって?」

 

「そしてこうも仰っています。『お前達の謀りは既に見抜いている。大事に隠しているらしい工場の位置も把握済みだ』…と」

 

「っ、アンタ達…最初からそのつもりで…!でもね。勘違いしないことよ?アンタ達じゃ私には勝てないの」

 

シニョーラは元素力を荒れ狂わせながら妖艶に微笑む。しかし、それをそよ風でも吹いたかのように座っている刹那と巫女。

「根本的に見下されている」とシニョーラが気付くまでそう時間はかからなかった。

 

「言ったはずです。態々殺す必要は無い…と。それとも、行く末短い命をここで散らしたいのですか?」

 

「従者風情が…大口を叩く…!良いわ、かかってらっしゃい。アンタ達と私の力の差を見せつけてやるわ!」

 

シニョーラがそう言った瞬間、刹那が刀を抜きはなった。

一瞬、刹那の身体が消えたかと思うとシニョーラの背後には既に、刹那が刀を突きつけていた。

 

 ──────偽典の剣術五ノ型。

かつて刹那が見たガイア・アルベリヒの剣術を見よう見まねで真似し、それを実戦の中で自らの形にしたもの。

高い攻撃力と相手の背後を取るような素早い動きが特徴だ。

 

「ッ…!いつの間に…!」

 

「……………………」

 

「流石は刹那様!その剣で何人もの悪党を切り崩してきた実力は伊達ではありませんね!」

 

シニョーラは自身の背後で刀を向けてくる男に恐怖していた。

何も言わず、顔を隠しているが故の不気味さもさることながら、刀を持っているのに明らかにモンド流の剣術を使う刹那への奇妙さを感じていた。

 

「(コイツは危険…いずれファデュイに仇なす者になるかもしれないわね…!ならば…)ねぇ、アンタ…世界の“真相“に興味はない?」

 

「──────」

 

ピクリと刀が動き、刹那が明らかに動揺したのが見てとれる。これ幸いとシニョーラはファデュイの───スネージナヤの目標と氷の女皇の計画を話した。

刹那は話を最後まで聞くと、刀を下ろした。

 

「刹那様……まさか今の戯言を信じたのですか?」

 

「戯言?違うわよ、この世界の来るべき道。この世界が直面する未来よ!巫女のアンタは分からないみたいだけど、アンタのご主人サマは理解したみたいね」

 

シニョーラは嘲るように言うと、「さあ選びなさい?」と言い手を差し伸べる。

この手を取れば刹那はまたもやファデュイになり、その自由は失われる。しかしこの世界に生まれ、生ける者であれば必ずファデュイの手を取るのは必定だ。

 

だからこそ、刹那はその手を払い除けた。

「知ったことか」と。「それはお前達の問題だろう」と。そう言うかのように手を払ったのだ。

 

「なっ…!アンタ…この世界を見殺しにするつもり!?もはや人に500年前以上の発展はなく、ただ崩壊を待つだけの世界をより良くしようとは思わないわけ!?」

 

刹那は紙に何かを書き記したかと思うと、シニョーラに渡して来た。

シニョーラはそれを受け取ると、初めに「嘘だ」と言う顔をして、その後に確信を得たのか驚愕する。

 

「そんな…いや、確かにその可能性は『賢人』によって唱えられたわ……でもそれは『博士』によって否定されたはず。アンタ一体…」

 

「刹那様、わたくしにも見せていただけますか?」

 

姫乃が刹那に手を出し要求するも、刹那は首を横に振るだけで応えない。シニョーラも誰にも見せたくないのかその文書を懐にしまってしまった。

 

刹那は天守閣を出て姫乃と共に空を見上げる。

空には星々が煌めき、二人を見つめていた。一言、刹那が呟いた。

 

「────醜いな」

 

テイワットの星空は“あなた“を祝福する。

それがどのような意味か、刹那…いやDISASTERには理解できてしまっていた。

悍ましい真相と、スネージナヤの計画。

それが明かされる日は……まだ来ない。

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

シニョーラからファデュイの目的を聞いた。

まぁ概ね私の知っている目的と同じで、特に収穫は無かったのだが、私の中の何かがシニョーラに警告をせよと叫ぶので私の知りうる“真実“の一つを教えてやった。

 

半年以上エネミーを狩り、戦い詰めになっていたことでようやく私はこの世界の歪さに気がついた。

だが、これはまだ知られるべきでは無いしそうではない可能性もある。悲観的なことはあまり考えない事だ。

 

テイワットの星空は動かない。それはこの世界で生きる者なら常識なんだろうが、異世界人からしてみれば余りにも異常だ。

それは即ち、この星が静止している事に他ならないからだ。

 

「刹那様、先程のは一体何だったのですか?」

 

『ファデュイを責めないでやってくれ。彼らは間違っていないのだから』

 

少し前から私が寝ている最中に夢を見ることが出来るようになった。

今までは夢など見れなかったのだが、神の目が割れてからは薄らと。今でははっきりと明晰夢となって見ることが出来る。

夢は荒唐無稽なものだが、これに関しては違う。

 

私の知り得ない情報…即ちゲーム内で開示されていない情報。それを教えてくれるのだ。

今まで私は「キングデシェレトの知識」や「アビスより来る真実」などの悍ましい秘密を知らされてきた。

それとは別に、別の世界線の出来事も見ることが出来たりする。

 

例えば、

私が力に飲まれ殺戮の限りを尽くした世界。

私が力を以て皆の幸せを奪った世界。

私が死を用い全ての未来の芽を摘んだ世界。

 

それらは悍ましく、また甘美なものであった。

まるで私に「このようにしろ」と言っているかのように。

まあ私が私である限りそのような事はしない。したくない。

 

「ところで…言葉の方は……?」

 

「──────まだ、万全ではない」

 

失われた言語野は僅かながら回復しつつある。

と言っても、一行程しか喋ることが出来ないのだが。

 

「しかし、1ヶ月前よりは良くなっていますよ!この調子です。ですがマーケティング的には寡黙キャラの方が売れますよ!」

 

「そう…か───」

 

姫乃さんは私を描いた伝奇小説を書いて世に売り出している。

『英雄再誕伝』と言うらしく、1ヶ月毎に刊行されているそうだ。私としても良い小遣い稼ぎになるので放置している。

 

「─────敵だ」

 

「あら無粋…刹那様、頼めますか?」

 

私は無言で刀を抜くと、野伏衆に斬りかかる。

 

 

「鍔ァ……置いてけェ!!!!!」

 

夜の月の下、鮮血が舞った。




次回から第二章入ります
次は一週間以内もしくはティナリがモフらせてくれたらです


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第十七話 協力関係なんだが

ごめんなさい、遅れました。
理由としてはポケモンSVの発売と、魔神任務をしていたことが挙げられます。
それもあってか過去一長いかもです。


 

最後に蛍ちゃんに会ってから暫く経った。

私は今、定期的に行なっている八重神子への報告会を行なっていた。

 

「お主の名は稲妻中に轟いておるぞ…影の耳には届かぬようじゃが、少なくとも雷電将軍はお主を認知しておるじゃろうな」

 

『それは光栄だ。直近では幕府軍に勧誘された事ぐらいかな、これと言って面白いことは無かった』

 

「ほう?それでお主はどうするのじゃ?」

 

私はその問いに肩をすくめて応える。わざわざ国家権力に巻かれて自由を制限される謂れは無い。

話によれば、私の活動によって稲妻の治安が多少良くなり、民衆からは「何者にも染まらぬ救世主」などと思われているらしい。

 

「ほう…まぁそれも良いじゃろう。そうじゃ、左右加の奴がお主に取材をしたいと言っておってな。暇があれば応えてやると良い」

 

左右加と言えば、スメールのイベントで登場したNPCか。確か作家だったか?

それなら稲妻で噂の私に話を聞きたがるのも納得だ。まぁ雑務諸々は姫乃さんに任せているから、後で頼んでおこう。

 

「ふむ。妾の見立てでは…今宵の明けに社奉行の使者がお主を訪ねに鳴神大社へ赴くそうな。刹那の方の顔で出迎えよ」

 

私は首を縦に振り肯定の意を示す。

社奉行は常日頃から姫乃さんを通じてお世話になっている。ここは一つ、会って見るのも一興だろう。

 

 

 

そして明け方、トーマと社奉行の役人が鳴神大社へやってきた。

トーマ達は正装に身を包み、帯刀し畏まっている。随分と丁寧だな。これも私たちが頑張ってきた成果だろうか?

 

「お初にお目にかかります、刹那様。鳴神大社にてこうしてお会いできた事、誠に感謝しています」

 

私はそれに応えるために姫乃さんにアイコンタクトを送る。既に話す内容は決めてあるから、その内容に従って喋るように打ち合わせを済ませておいたのだ。

 

「刹那様に代わり、いつも通りわたくしが応対します。此度の要件は如何なものでしょうか?」

 

「は、刹那様に我ら社奉行の手伝いをして頂きたく参上しました」

 

「公開依頼に出さない…と言うことは何か裏があるのですね?」

 

「内容と致しましては、幕府へ反旗を翻すのに御助力頂きたいという旨を伝えておきます。そして会わせたい方が一人…」

 

「ふむ、幕府に反旗を翻すなどと言う戯言をよくも妾の前で言えたものじゃな。面白い、申してみよ。場合によっては“英雄を継ぎし者“が協力してくれるやもしれぬぞ?」

 

妖しく目を光らせながら八重神子がやってくる。どうやら私が協力しない未来は無いらしい、どうせ「面白いのう」とか言って私を巻き込む気満々だ。

しかしまぁ、大方抵抗軍に行く事になるだろうからいつの間にか逸れてしまったヤルプァとも再会できるはずだ。

蛍ちゃんが来るのは少し後ぐらいかな?

 

「して、待ち人というのはどこにいるのじゃ?此奴は妾の最終兵器と言っても良い戦力じゃ、そう易々と何処の馬の骨とも知れぬ者と引き合わせる訳には行かぬからの」

 

「─────噂をすればやって来ました。やあ旅人、そこにいるのが件の刹那さんだ」

 

鳥居をくぐり、太陽のように明るい金髪の少女が白いふわふわを連れてやってくる。

蛍ちゃんはトーマを見かけ笑顔を見せかけたが、辺りの物々しい雰囲気に当てられたのかキリッとした顔になる。

 

「お、おい…何でこんなにピリピリしてんだよ!お腹減ってるのか……?」

 

「パイモン」

 

「?」

 

パイモンが蛍に嗜められ、蛍が前にやってくる。

蛍は恐らく彼女自身が知っているテイワット流の礼儀の挨拶であろうモンド騎兵敬礼をした。

私もそれに胸に手を当てる仕草で応える。

 

「わたし達に協力して」

 

「おっと…それはいかんの、此奴は妾の最終兵器じゃ。おいそれと出す訳には行かぬ…調子に乗るな」

 

八重神子が嫌らしい笑みで素気無く断る。蛍は少しムッとした顔をした後、震える手で名刀の鍔を渡してきた。

恐らく、私が浪人達の鍔を集めているのが知られているのだろう。何で集めているかと言えば、子供達に提供する玩具の原材料で使うからなのだが。

 

「────受け取ろう」

 

私は蛍ちゃんから鍔を受け取ると、慣れた手つきで加工して【鳴神ネックレス】にして渡してあげる。

鳴神ネックレスとは、それぞれ異なる鍔の紋様を活かしつつオシャレもできるという女の子が喜ぶアクセサリーだ。

 

「くれるの?」

 

私は首肯し、それを蛍ちゃんの首にかける。

見立て通り似合っている…いや、素体が良いから何を着ても似合うのか。

 

「オイラには無いのか?オイラも旅人と同じのが欲しいぞ!」

 

「待て…しかして希望せよ」

 

私は懐から予備の鍔を取り出し、同じように加工してパイモン用のサイズにしてから渡した。

 

「わぁい!何かと物を貰えなかったオイラにもついにプレゼントだぞ!見ろよ蛍っ!似合ってるか?」

 

「良かったね、パイモン」

 

嬉しそうに飛び回るパイモン、それを微笑ましげに見る蛍。理想郷はここにあった。

私がニヤけていると、八重神子がコホンと一つ咳払いをした。本題に戻れとの事だ。

 

「一先ず、お主は旅人に協力する…という事で良いんじゃな?それは即ち、妾への反逆と見做すが────後悔はしない事じゃぞ」

 

八重神子は指パッチンをして私の周りに殺生桜を展開する。

無論、これは演出の一つだ。私と八重神子の間には「指パッチンをしたら演技だ」という合図が取り決められている。

 

「望む所だ────」

 

現状、一行未満しか話せない私は自分から話を展開出来ないので、このように話してくれるのは本当に助かる。

私も八重神子の演出に応えるべく、かっぱらってきた演出用の雷櫻の枝のカケラをバチバチさせる。

 

「おお、おいおい!お前たちが喧嘩してどうするんだよ!?」

 

「ここで争うのは得策じゃない」

 

蛍とパイモンからの制止が入り、私は八重神子を鋭く睨みつけた後、納刀した。

八重神子もそれを見てニコリと笑い「冗談じゃ」と言う。

 

「冗談が下手くそ過ぎるぞ!オイラ、ほんとにここで死闘を始めるんじゃないかってヒヤヒヤしたぞ!」

 

「ふふっ、すまぬすまぬ。お主らの焦る可愛い顔が見とうてのう、詫びとしては物足りんかもしれぬが、そこな刹那をこき使う権利をやろう」

 

「こき使うって…それじゃあ、例えば『焼きおにぎり作って』って命令したら作ってくれるって事か!?」

 

「うむ。それに安心して良いぞ、此奴は料理が上手い。本人は『一度に二個作れないのは欠点だ』とは言うておったが、妾の満足できる物を作れる程度には腕が良いぞ」

 

「おお…!蛍、期待出来そうだな!」

 

「パイモン…あなたは大事な助っ人にそんな事をさせるの?」

 

「う…確かにそうだな…刹那、気が向いた時に作ってくれるか?」

 

「承った」

 

「やったぜ!」

 

私としては、パイモンのように何でも美味しく食べてくれるのなら幾らでも作っても良いのだが、いかんせん私は料理を倍にしたりオリジナル料理を作る事が出来ない。

残念ながら蛍の役に立たないため必要な時以外、料理はしない方針だ。

 

「わたくしから宜しいですか?」

 

姫乃さんが手を挙げる。何か聞きたいことでもあったのだろうか?

 

「申してみよ」

 

「ありがとうございます。旅人の御二方にご質問なのですが、刹那様はどれほど貴女方に付き従えば良いのでしょうか──────まさかとは思いますが、永久に…などと言わないですよね?」

 

「わたしは、稲妻での目狩り令による惨状を見てきた。これ以上の被害を出さないために、わたしは戦わなくちゃいけない」

 

「………それは、答えにはなっていませんよ」

 

「だから。だからこそ、稲妻での有名人である刹那さんの協力が必要なの。稲妻の民達に英雄として慕われている彼の言葉なら、雷電将軍だって振り向くはず」

 

「────なるほど。確かに一理ありますね。つまり目狩り令を廃止するまで…と。失礼いたしました。トーマさんからは何かございますか?」

 

「オレ?刹那さんが協力してくれるなら特に言うことは無いかな。それじゃあ、オレ達はこれで失礼させてもらいますよ。あ、そうだ。八重宮司、権兵衛は元気にしてますか?」

 

「うむ。彼奴なら……そうじゃな、ファデュイに渡して治療してもらう事になったぞ。執行官が鳴神大社に来ての、権兵衛を見て『可哀想に!しかしこの症状、我々なら治せます!』と言うておった故、渡しておいた」

 

八重神子は適当な事を言ってトーマを揶揄った。しかしその言葉にトーマは青筋を浮かべ、「ファデュイに…?」と呟いた。

八重神子はその様子を見てクスリと笑い、「気になるのなら確かめてみれば良い」と挑発した。

……マズい、トーマの気性的に最悪の言葉だ。

 

「八重宮司…貴様────」

 

「おっと、勘違いするでないぞ。妾は勿論反対した。じゃが…権兵衛本人たっての希望じゃ、連れ戻したくば、ファデュイと権兵衛に直談判することじゃな」

 

「くっ…感謝しますよ八重宮司、オレに進むべき道を示してくれて。これでオレにも戦う理由が出来た」

 

なるほど、トーマをファデュイに焚き付けたのか。それにしたってやり方はあると思うのだが…まぁ良いだろう。

少なくとも、元の流れ───神の目を押収されかける───のだけは「戦えなくなる」として避けてくれるだろう。

 

「では、これで失礼します」

 

「あっ、おい待てよトーマ!」

 

トーマが退出し、それに続いて蛍とパイモンも退出する。私もついて行くべきだろうかと思い、八重神子に目線を配る。

八重神子は片目を2回瞑り、「二週間以内に帰ってこい」と合図を送ってくる。

 

「刹那様…わたくしも」

 

私は姫乃さんと共にトーマ達について行った。

 

 ─────────☆─────────

 

蛍がトーマに連れられて白鷺の姫君…神里綾華の住まう社奉行屋敷に赴いた時、えもいわれぬ緊迫した雰囲気を感じとった。

 

「神里府へようこそ、お客人方。お嬢が御二方をお待ちしておりますよ」

 

「お前がずっと言ってた白鷺の姫君だよな!どこにいるんだ?」

 

パイモンがそう訊くと、屏風の後ろから「コホン」と咳払いが聞こえた。その声は咳払いにしては可憐で、上品な気風が目に見えるようであった。

 

「屏風の…後ろ?」

 

「ハハッ、社奉行の御令嬢はいつもこうして客人と話をするんだ。百年も続く慣習なんだ、許してやって欲しい」

 

「なんかがっかり…」

 

蛍はあからさまにガッカリした口調でため息をつく。パイモンも「まあそうか」と納得していた。

 

「────海を渡り、長旅で疲れているでしょう。このような形でしか会う事ができない事をここに詫びます。御二方の話はトーマから聞いています。『形勢を変える力』がある事も確認済みです」

「昨今の目狩り令では、人々の願いが次々と踏み躙られています。社奉行は将軍様に仕えているとは言え、最も民衆から近い立場でもあります───元々、奉行の権力は民の信頼から来るもの。このような状況を見て見ぬふりをするなど、安心して眠る事もままなりません」

 

「旅人さん、貴女の力をどうか私たちにお貸しください」

 

「わたしは雷電将軍に会いにきただけ、反旗を翻しに来たわけじゃない」

 

蛍は素っ気ない態度で神里綾華に応える。

蛍としては、どうでも良い事より別れたばかりの兄を探したい上に雷電将軍と会える手段を探すのが先決だ。

 

それに、ダインスレイヴと共に相対した空は「そうか…あの使徒が俺たちのダインの排除を邪魔しているのか」と発言した事もあり、

いつの間にか戦った跡を残し消えてしまったDISASTERの捜索もしたいというのが蛍の本音だ。

 

「うぅ…」

 

「お嬢…このやり方はダメみたいだ。これじゃあ警戒される所か、まともに話も聞いてもらえないよ?」

 

「もう帰るよ」

 

「あぅ…その、雷電将軍に会う方法───無くは無いのです。私達の三つの願いを聞いてくれるのなら、その方法をお教えし必ずや将軍様に貴女を引き合わせるようにいたします」

 

「どんな願いなんだ?」

 

神里綾華が三人の神の目を奪われた人々にまつわる事を話し、「彼らに会えばきっと貴女も…」と呟いた。

蛍は嫌な顔をしてめんどくさがりながらも渋々了承した。

 

 

蛍は三人の神の目を奪われた人々の一人目である手島の元へ来た。

手島は老夫婦と話し込んでいるようで、その声は少し離れたところにいる蛍にも聞こえるほど大きかった。

 

「どうして出て行くだなんて…まさか、神の目を奪われたからかい?」

 

「子供達もまだお前さんと遊びたいと言っておる。刹那様もお前さんはここに暫くいるべきだと言っておったではないか」

 

パイモンは手島を指差し、蛍とともに話し合いの場に割って入った。

 

「お前が手島って人だな。どうしていきなりここを離れようだなんて思ったんだ?」

 

「俺か?そもそも、どうしてここに居座っているのかすら覚えていないんだ…みんなが頼りにしていると言ってくれるが、それは俺が残る理由にはならない」

 

手島は30年前に村に来て、それ以来ずっとこの村にいたがその理由すらも覚束ないようだ。

手島が神の目を奪われて以来、何もかもを忘れてしまったのだ。

 

幸い、老夫婦が手島のつけていた日記のことを思い出したため、蛍とパイモンはそれを探し出したがそこには日常の事しか書かれてはいなかった。

辛うじて手島の大切にしていた御守りが残っていたため、手がかりはあった。

 

「手島さんの残した元素力を辿ったら、こんな場所に着いたぞ…ここに何か隠してたから手島さんは村に残ったのか?」

 

パイモンは隠されていた物を掘り出すと、その中身を吟味した。しかし中にはパイモンの望む財宝ではなく、一通の黄ばんだ手紙があるのみだった。

 

『戦争で散り散りになったら、紺田村で待っててください。“英雄“様が建ててくれたあの家に行けば、きっと全てがよくなります』

 

「紺田村…ってことは、手島さんはここで人を待ってたのか?でももう30年も経ってるぞ…まだ現れてないなんて…とりあえず、これを手島さんに渡そう!」

 

二人が手島に物を届けると、手島は懐かしむような、思い出せなくて苦しむような顔をしながら語り始めた。

 

「どうしてこんな大切な事を忘れていたんだ?刹那様にも、まだ恩返しが出来ていない…愛も、彼女の事も、執念も…何もかも忘れてしまった」

 

「まだここを離れたい?」

 

「いや、こんなにも待ったんだ…もう離れる気はない。ただ、もし彼女に再会できたとして───彼女の名前を呼べなかった時、彼女は悲しむだろうか?」

 

「手島さんは悲しくないって言うけど…オイラはすっごく悲しいぞ…」

 

「悲しみの理由を失うのはもっと悲しい…」

 

「綾華とトーマが言ってた通り、神の目を失った人は願いとそれに関する記憶も失われるのかもな…」

 

沈痛な面持ちで俯くパイモンと、それを複雑な目で見る蛍を見て、老夫婦も流石に居た堪れなくなったのか、一つ閃いたように話した。

 

「そうだ、君たちの助けになるかはわからないが…先日、“英雄“刹那様が再びこの村においでなすったんだ。彼は自らを“英雄を継ぎし者“だと言っていたが、あの格好は間違いなく本人だった。もし、君たちが彼を探しているのなら困っている人と共にいると良い」

 

「そういえば、さっきから刹那って名前が出てたけど…どんな人なんだ?」

 

「そうさね…刹那様は一言で表すのなら『民衆の英雄』だ。東に困っている人あらば助け、西に飢えている者あらば救い、南に泣いている者あらば涙を払い、北に悪人あらば征伐する。そんなお方だ」

 

「っ、じゃあなんで、目狩り令に反対しないんだよ!?そんな良い人なら、とっくに動いていてもおかしくないだろ?」

 

パイモンがそう言うと、老夫婦は悲しげに目を伏せた。

 

「目狩り令が発令された直後の事だった…民達の願いを背負い、刹那様は自身が神の目を持たないのに雷電将軍へ刃向かって行った…」

 

「それで、どうなったんだ?」

 

「結果は惨敗。刹那様は雷電将軍の無想の一太刀で両断されてしまった………その光景はワシも見ていたが、あまりに凄惨で、絶望的だった…」

 

「じゃあ何で今になって…そうか、実はあの時死んでなくて、長い年月をかけて傷を癒したとか?」

 

「そうだと信じておる。きっとあの方は再びワシらの為に反逆の剣を掲げて下さるに違いない」

 

老人の目には絶望はあったが、それでもなお、キラキラと輝くような希望が芽生えていた。

そしてそれは他の稲妻人も同様であり、蛍とパイモンが神里綾華に頼まれたもう二人と、その周囲の人物も同じように希望を抱いていた。

 

 

神の目を奪われ、おかしくなってしまった剣術家の土門を連れて蛍とパイモンが鳴神大社へ赴くと、厳かな足取りで八重神子がやってきた。

 

「あの人が八重様か…凄いオーラを放ってるぞ。それに、さっきオイラ達のことを見てなかったか?」

 

土門の弟子が八重神子に邪気について聞くと、八重神子は「ふむ」と一間おいてから「邪気は無いのう」と言った。

 

「汝らの師匠がおかしくなった理由としては…神の目を奪われたことが原因じゃろう。神の目を奪われるという事は、つまり願いを失うのと同義じゃからのう」

 

八重神子は長い講釈を弟子達に聞かせ、「願いを奪われても平然としている者は彼奴しか知らぬ」とぼやき、クスリと笑う。

 

剣術家達の話がひと段落ついた所で、蛍とパイモンは帰ろうとしたが巫女に「八重様から話がある」と伝えられた。

 

「────やはり、気のせいでは無かった。『異郷から訪れる風、この海域に新たな望みを吹き付ける』…彼奴の話によれば、妾たちの出会いはまだ早すぎたかも知れぬ…じゃが、汝がこの島に訪れた時期は丁度良かったと言えるじゃろう」

 

「妾と彼奴の期待に応えられるよう励むが良い、童よ」

 

八重神子は悠然と笑い、二人を見送る。

実は八重神子は蛍が稲妻にやってくる事を予めDISASTERから聞いていた。

なんて事は無い時に、気が抜けたDISASTERがポロっと口を滑らせ『予言』をしてしまったのだ。

 

「あの八重様って人、お前に興味津々みたいだな。不思議な奴だな…さっきの言葉の意味は一体?ま、いいか!綾華の所へ戻ろうぜ!」

 

 

 

二人が神里綾華の元へ戻ると、屏風の裏にいた筈の神里綾華がいじらしい笑みを浮かべながら蛍に近寄った。

 

「『友人』達を手伝ってくれた事は、既に聞き及んでいます。お疲れ様でした」

 

「受けた傷を完全に癒す事は出来ない…」

 

「そうだぞ、神の目を取り返さない限り何をやっても効果が…えっと、そういえばどうして綾華は今回出てきたんだ?」

 

「ふふっ、あの三つの願い事の件から、私は貴女方の事を友人と見做したからです。トーマと同じように、簾越しに友人とお話しはできません」

 

「ふぅん。じゃ、オイラが友達になってやる!」

「友達になってあげる」

 

「ふふ、ありがとうございます…では本題に戻りますが、神の目を失った方々を見てどのように感じましたか?」

 

「────死ぬよりも辛い事なのかも」

 

「神である将軍様にとって、私たちは一つの生命に過ぎないのかもしれません。雷鳴、凄光、強風、驟雨は人間に配慮しませんから。しかし、貴女はどうですか?」

 

「………目狩り令に抗うことに協力するよ。でも、その前に雷電将軍に会う方法を聞かせて欲しい」

 

蛍としては、確かに被害者達には同情するし救ってあげたいとも思った。だが、蛍の第一目標は空に関する情報を手に入れること。

そこを有耶無耶にされてしまっては、どうしようも無いからだ。

 

「その事ですね。旅人さん、貴女は人々の話の中に“刹那“という単語が挙がっていた事に気がつきましたか?」

 

「なんかみんな、その刹那って奴を固く信じてるみたいだったな。『刹那様が我々を救ってくれる!』って感じで」

 

「パイモンさんの言う通り、刹那様は民衆の英雄です。幾年か前に亡くなったと聞いていますが、実情は生きていて、今でも活動を続けています…社奉行の依頼を一番こなしているのは実は刹那様なんですよ」

 

「その人が雷電将軍とどんな関係があるの?」

 

「話によれば、刹那様は稲妻城天守閣に招待される程には仲が良いとか。現在は、雷電将軍と最も近しい八重宮司の元で活動されています」

 

「八重宮司…って、八重様の事か?それならさっき会ったぞ!」

 

「刹那様は常日頃、稲妻中をその足で駆け巡り人々を救済して回っています。彼のお付きの巫女に聞いたところ、セイライ島に行くのが目的だとか。私は既に何度も巫女にセイライ島に行ける旨を伝えているのですが…どうやら、本当は行く気は無いようです」

 

事実として、姫乃はDISASTERに隠し事をしている。

既にDISASTERの功績は三奉行然り雷電将軍も認める所であるのだ。だが姫乃はDISASTERが人々を救済していく姿を見たいが為に鳴神島へと縛り付けていた。

 

「コホンッ…話を変えましょう。旅人さん、貴方に再び頼みたい事があります。神の目狩りの抵抗の一環として我々は『偽神の目』を手芸職人の正勝先生と協力していました。しかし先日、正勝先生は町奉行に捕まってしまったのです」

 

「その人を助ければ良いんだね」

 

「はい。幸い町奉行は人殺しまではしません。終末番の情報により、刹那様は現在鳴神大社に滞在しているとの事です。そちらへ向かった後、花火職人の宵宮さんと共に町奉行牢獄へ向かってください」

 

「旅人、オレは先に鳴神大社に行って話をつけてくる」

 

トーマは「任せておけ」と言う風に言った。

蛍は迫り来る嵐と、まだ見ぬ助っ人に思いを馳せながら鳴神大社を登ったのだった。

 

 ─────────★─────────

 

トーマ達に連れられて、私達は木漏茶屋に着いた。以前稲妻城に来た時は入らなかった…もとい入れなかったのだが、今は堂々と入ることが出来る。

八重神子に感謝しないといけないな。

 

「刹那様、今から作戦を説明させて頂きます」

 

トーマが厳かな口調で言う。しかしどうせこの後は町奉行にカチコミに行くだけなので説明は不要だ。

その旨を「不要」の一言で伝え、ジェスチャーでさっさと行こうと示した。

 

「わたしは宵宮を訊ねてみる。トーマと刹那さんは先に行ってて」

 

私とトーマは頷くと、町奉行牢獄の前に走っていった。

見張りを峰打ちで昏倒させ、中へ入っていく。

町奉行牢獄は特にこれといって危険なダンジョンでは無いので元素力が使えない私でも、楽々と攻略できるのだ。

 

「なッ!?刹那様…!?何故ここに…!」

 

「通せ」

 

「───っ、しかし…私は上の者からここを通すなと言われておりまして…」

 

「恩を忘れたか?」

 

「そ、それは………」

 

私と相対している武士は、彼の母親が疫病に罹ったというのでその特効薬を作ってやった男だ。

彼が仁義を持つ者なら此処を通してくれるはずだ。

 

「おいおい、君は刹那様からの恩を無碍にするつもりかい?それはちょっと後が怖いと思うよ?」

 

「確かに…すみませんでした。どうぞお通り下さい」

 

トーマの脅しもありすんなり通してもらった。

まぁどうせ後で蛍ちゃんにボコボコにされるのだ、私達が痛めつけるのも可哀想だろう。

 

私達が正勝先生の拷問現場に駆けつけると、そこには既に甚振られた正勝先生がいた。

爪は剥がされ、鼻は折れ、歯は何本か抜かれている。肋骨も数本折れていそうだ。

 

「これは…酷いな」

 

「なっ、何故ここに…!?くそッ、もう嗅ぎつけて来やがったか偽善者め!お前ら出逢え出逢え!奴をブチ殺してやれ!」

 

拷問をしていた彼らは恐らく、私が以前懲らしめた悪徳武士達だろう。前は「次からは悪事を働かないこと」を条件に見逃してやったが…

もう見逃してはやらない。確実に刈り取る。

 

「笑止」

 

「て、てめぇ…!この人殺しが、地獄に堕ちッ!?」

 

私に悪態をつこうとした武士は首から上を紛失した。彼は以前、老婆から金を巻き上げ家を燃やした悪人だった。

 

「ほ、本当に殺しやがった…!いやだ、死にたわっ!?」

 

「愚鈍」

 

私から逃げようとして袈裟斬りで両断された武士は、以前陰で子供達を殴り、痣が見えにくい位置を執拗に狙っていた悪人だった。

 

「頼む、許し───ッあ゛!ち、血が…血が止まんねぇっ!嫌だ!死にたくない!嫌だぁぁぁぁ!」

 

私に浅く腹を斬られた武士は、かつて人のペットを拉致し、殺害しその遺骸でインテリアを作っていた異常者だった。

 

「さて…残りは一人みたいだね?」

 

トーマの方も粗方片付けたようで、槍を片手に歩いてくる。

私は血で染まった刀を最後の一人に突きつけハイクを詠むように言った。

 

「はっ、俳句!?えーっと、ちょっと待ってくれ……よし!我が為 泣く母想い 黄泉へ逝く」

 

「見事」

 

最後に昏倒させた武士は、一度は不孝に走ったが私に倒された事によって改心し、母の涙の意味を変えた男だ。

故に彼は峰打ちで済ませた。しかし次は無い。

 

「おーいトーマー!刹那さーん!ってうええっ!?おいっ!何だよこれ!?何で皆血塗れで斃れてるんだ…?」

 

丁度蛍とパイモンがやって来たようで、元気いっぱいの声が聞こえて来た。

パイモンには少しショックが強すぎたかも知れないが、まぁ大丈夫だろう。

 

「遅かったね、旅人。こっちはもう片付けておいたよ。正勝先生はそこだ…ご覧、酷い有様だろう?」

 

トーマがズタボロの正勝先生を指す。パイモンは小さく悲鳴を上げ、蛍の陰に隠れる。蛍は顔を顰めて「誰がこんな事を?」と聞いた。

 

「そこの死体共だ」

 

「ああ、オレもなるべく殺さないようにしたんだけど、数人は自死を選んだようだ。残念で仕方がないよ」

 

そこで私は気づく、宵宮が見当たらない事に。

どこかで道草でも食っているのだろうか?それとも怪我をしたとか?

 

「花火屋の娘はどうした」

 

「宵宮の事か?アイツならすぐに来るぞ!」

 

パイモンの口ぶりからして無事なようだ。まぁ宵宮は☆5キャラだ、そう簡単に負けるような事は無いだろう。

さて、そろそろ九条沙羅がやってくる頃合いだろう。先に宵宮と合流しておきたいな。

 

「あっ!刹那さんやん、こんなとこでどない…何や…これ……?」

 

「正勝先生はここだ」

 

「うへぇ〜…ここ、えらい気味悪いなぁ。血まみれやんか────正勝先生っ!大丈夫かいな!?」

 

宵宮は倒れ伏す正勝先生に駆け寄り、急いで応急処置をする。それと同時に下駄の甲高い音が鳴り響く。

九条沙羅が来たようだ。

 

「貴様らっ!ここで何を……刹那殿?そうか、貴殿がここに居ると言うことはそう言うことなのだろうな。宜しい、此度は刹那殿の顔に免じて貴様らを見逃してやる。その者をしかと治療するように」

 

「…なんや、えらい優しいやないの。そんなら目狩り令も止めて貰えへんか?」

 

「それは出来ない。少なくとも…それは今じゃない。そうだろう?刹那殿」

 

「ああ」

 

私は以前、九条沙羅が天領奉行の過激派に襲われ、窮地に陥った時に横入りして命を助けた事があるのだが、その際の事を覚えているのだろう。

まぁその事は後で整理するとして。さっさとここから撤収させて貰おう。

 

「アンタら…何か含みがありそうやな。ウチら民衆の英雄の刹那さんの事を信じひんわけじゃないんやけど、ちときな臭いわ。後で話は聞くで?覚悟しとき」

 

「まぁまぁ…正勝先生は救助出来たんだ。帰るとしよう」

 

トーマの鶴の一声で私たちは町奉行牢獄を後にした。

町奉行を出た先には、姫乃さんが待っていた。私は姫乃さんと共に川辺に行き、血に塗れた装備を洗い流す。

 

「───誰か来る」

 

「すぐに隠れます」

 

川で洗い始めてから数刻が経ち、何者かの気配を感じたので姫乃さんを退避させ私は半裸の状態でその者を待った。

 

「ここ、どこだ…?あっ!そこのお前ー!道を…ええーっ!?お前は!」

 

「久しぶりだねパイモン」

 

「ディ、ディザスターじゃないか!どこ行ってたんだよ!オイラ達に黙って消えるなんて水臭いぞ!」

 

「ハハハ、あの後すぐに転移したからね」

 

「あ、そうだ!蛍がお前のこと探してたぞ、一緒に来いよ!」

 

どうしようか。何かあるか…?

 

そうだ。死んだフリ大作戦をしよう!

手順は簡単。敵が来たフリをしてやられた風にすればパイモンを誤魔化すことができるだろう!

 

「パイモン…敵だ」

 

「うえっ!?ど、どこにだ…!?」

 

「良いから逃げろ!」

 

「う、うんっ!お前も後で来るんだぞ!」

 

さて、ここから1分くらい待ってから…

 

「ギャァアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

これでよしっと。危うくバレるところだったぜ。

今の私はDISASTERでなく、侠客・刹那なのだからバレる訳にはいかない。

姫乃さんからも「バレないで下さいね」と言われているから尚更だ。

 

私は「もう良いぞ」と言って出てきた姫乃さんから装備を受け取り、蛍たちの元へ戻るのだった。




次回は一週間以内もしくはニィロウの公演チケットに当選したらです。


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第十八話 作戦開始なんだが

間に合った、私は間に合ったぞォォォ!
ちょっとぐろいです


 

 

私にとって、刹那殿は恩人である。

 

初めて彼を知ったのは私が抵抗軍との小競り合いを終え、戦況報告のため一時鳴神島に戻ってきた時の事だった。

 

「正体不明の義賊が出没している…だと?」

 

私が書類を整理していると、部下が出し抜けにそんな事を吹聴してきた。

なんでも、部下の不注意で宝盗団に盗まれてしまった重要宝物を、宝盗団の首と共にいつの間にか天領奉行の庭に返されていたらしい。

当初は「ただの猟奇殺人者ではないか」と思ったが、何件か報告が上がってくるうちに義賊は悪人のみを狙う事に私も気付いたのだ。

 

「───否、幕府の許可無しの殺人は法度だ…一度警告した後また殺すようならば、この私が素っ首叩き落としてくれよう」

 

心のどこかで「それは正しいのか?」と訴えかけてくる自分がいたが、私はそれを握り潰して稲妻中に触れを出した。

 

そして数日後、触れ書きを片手に刹那殿がやってきたのだ。

その日は激しい雷雨の日だったのをよく覚えている。恐らく土砂降りに降られたのだろう、刹那殿の服はびしょびしょで。しかしその返り血は拭えてはいなかった。

 

「───謝罪。約定、破綻」

 

刹那殿のその片手には、天領奉行が総力を挙げてでも始末したかった反乱分子“泰平組“の組長である見村嘉一の首が髪を掴まれぶら下がっていた。

普段なら、良くやってくれたと褒賞を渡していたのだが、刹那殿は人斬りを禁止されている身だった。

 

「…………仕方のない奴だ。だが、その者を始末してくれた事は感謝しよう。褒賞は…貴様の人斬りを解禁するのと、天領奉行の名誉武士になることでどうか?」

 

「疑問。九条沙羅、殺害、嫌厭?」

 

「いや、人死を厭う訳では無い。秩序なく正義が行われることが良くないのだ。それならば、貴様を秩序に組み入れて仕舞えば良い」

 

「………驚愕」

 

くつくつと笑いながら(笑顔は見えなかったが)腹を抱える刹那殿につられ、私も少し笑顔を浮かべていたのは今となっては良い思い出だ。

 

その2週間後、私が前線へ戻る事になった。

刹那殿とはそこで共に治安維持をして仲を深めた。しかし刹那殿は私の見送りには来てくれなかった。

その事を少し寂しく思いつつも私は部下400名を連れて前線へ出かけた。

 

しかし道中、あんな事が起こるなんて予想だにしなかった。

 

 

「九条様…いや、九条沙羅ァ…!ここで会ったが百年目ェ…死んでくれや…!」

 

私が任務で半殺しにしてその際に神の目を奪った旧家の元跡取り息子である翫蓮斬が襲撃してきたのだ。

初めに犠牲になったのは、勇敢で若い精兵だった。

 

「──────クジョウ、サラ…コロス…!」

 

「! 貴様、私の部下に何をした」

 

「くひっ、ひひひひっ!流石は邪眼だぜェ…!さァ、感染しろ…“道化師の舞踊(ピエロダンス)“ゥ…!」

 

下手人がそう唱えた瞬間、私の部下達が一斉に倒れ込む。慌てて声をかけるも、ピクリとも返事をしない。

やがて部下達が起き上がると、彼らは私の方を向き虚な目をしながら叫んだ。

 

「クジョウサラ、コロス!!!!!!!」

 

「………っ!」

 

私は慌てて弓を番え、敵を撃ち殺そうとする。しかし、彼らの顔を見てしまった。彼らの家族の顔が浮かんでしまった。

私に、もう彼らは殺せなかった。

 

「シネ!クジョウ!シネシネシネ!!!!」

 

(嗚呼…そうか、これが私の終わりか)

 

「くひひひひひっ!お前らまだ殺すなよ!コイツはボク様がァ…ぐちゃぐちゃに穢してからじっくり殺すんだからよォ!」

 

どうやら、私はまともには死ねないらしい。と思っていた矢先、一筋の光が下衆の前を通った。

下衆の後ろに立っているのは、ボロボロの笠を深く被り、血で染まった紅い羽織を身に纏い、全身から死の匂いを漂わせた男──刹那殿だった。

 

刹那殿はその手に何者かの心臓を握っていた。

 

「あ────ボク様の心臓、返し……」

 

「笑止」

 

刹那殿が心臓を握りつぶし、蓮斬の身体が斃れる。しかし奴に操られた部下達は枷が外れたかのように私に襲い掛かろうとする。

 

「────雷鳴流、風切」

 

その一声と共に部下達だったものが大地に散乱する。

刹那殿は盛大に返り血を浴び、全身が赤黒で染まっている。その姿はさながら、伝説の英雄のようであった。

 

「きれい…」

 

血が、肉が、散乱しているというのに。私の眼はその美しさにやられてしまったのだ。

数秒硬直した後、私の理性が戻り事の重要さを認識し始める。私を救ったとは言え、結果的に部下を殺した刹那殿をどうするか考えようと思ったその時、

 

「来い」

 

刹那殿は私の腕を引き、物陰へ連れ込んだ。

連れ込まれた先には人の気配などなかったが、明らかな生活の跡が残っていた。恐らくそこが刹那殿の拠点なのだろう。

 

「驚くなよ」

 

「?」

 

「───稲妻を治めし者、内に蛇を飼えり。我がこの後述べし戯言は全て偽りを持たぬ言葉なり。雷霆の守護者よ、心して聞け」

 

突如、刹那殿が饒舌に語りはじめた。その手元には『言葉に従え』と書かれた紙が持たれていた。

私は固唾を飲みながらその言葉を待つ。

 

「これより後の未来、天理に逆らいし愚人共の企てにより火蓋を切りし現人神の勢力、雷霆に刃を突き立てり。されどもそれを防ぐは偏に稲光なり」

 

「……抵抗軍が将軍様に刃を?信じられん」

 

「汝、運命の守護者たりうる覚悟はあるか?」

『稲妻のためだ』

 

刹那殿の言葉と書面から、彼が本気である事は確からしかった。

 

「分かった───私は何をすれば良い?」

 

「我が知識、その一端を受け入れよ……汝、為すべきは即ち“目狩り令“なる悪事の続行、及び火炎の守護者の目狩りである」

 

「づっ…!?な、なんだ…これは…!」

 

その言葉と共に私の目が激しく痛み、瞳の中に映像が流れてくる。

それは、最悪の未来だった。

異邦の旅人により将軍様が討ち倒され、その勢いで天守閣を占拠した抵抗軍に将軍様の首が取られる光景。

そして魔神を殺した余波によりテイワット全域に降り注ぐ滅びの嵐と滅びゆく稲妻。世界から雨が消え、生き残った人々は渇きを訴えながら死にゆく光景。

 

「これが…こんなものが…未来だというのか!?」

 

「────肯定」

 

いつ間にやら口元をキツく縛っていた刹那殿が目を紅く光らせながら紙に素早く書き込む。中には『それが起こりうる未来だ』と書かれていた。

 

「………私は、どうするべきなのだ」

 

『今君が見た未来、それは“天領奉行が失墜し稲妻の全てが雷電将軍の敵に回った時の未来"だ』

 

「そんな、事が…天領奉行が、負ける?義父上が敗北するはず…私だっているのだぞ?」

 

『君も見ただろう。三奉行の役人は皆首を切られ野晒しにされて死んでいる。三奉行に代わって政権を握った現人神も背信によって命を落としている』

 

「………何とか、ならないのか?この最悪の未来を見せて、お前は何をさせたい…刹那殿。答えてくれ」

 

『君には英雄になってもらう。天領奉行を君が失墜させれば民意は君に付くだろう。君の父親はファデュイと繋がり、悪意をばら撒いている。君がこの世界を救うんだ』

 

「義父上が…ファデュイめと…?そうか、成る程そうなれば民意は奉行を疑うだろうな。刹那殿、頼みがある」

「どうか私と共に、稲妻を救ってほしい!」

 

「肯定。実行」

 

刹那殿は大きな紙を取り出すと、そこに計画を書いていった。

私がこれからするべき事。刹那殿がこれからする予定の事。お互いの邪魔をしないように定期的に連絡を取り合う事。その他諸々のことを紙面で、言葉で話し合った。

 

 

そして現在。私は社奉行の家令を包囲していた。

モンドから来たと言うトーマという好青年を私は知っている。

仕事が出来、手先も器用で人柄も良い。しかし計画のために必要であるが故に彼には不幸になって貰わなくては。

 

「────社奉行家令トーマ。貴様は違法に神の目を所持しているな?貴様は目狩り令に反している。それ故に拘束する」

 

「へぇ?オレの予想だと君たちはファデュイに踊ら…ぐあっ!?乱暴だな、君は…!」

 

トーマが余計なことを喋りそうになったので矢で肩を撃ち抜く。すまない、これも世界のためだ。

 

「ハァ…ぐっ……こんな事して、タダじゃ済まないよ…!刹那さんが来たら、きっと君たちは殺される…!」

 

「小物らしいセリフだな。案ずるな、助けは来ない。刹那殿は海祇島へ襲撃に行ったと聞いているが?」

 

刹那殿がいないのは、私がトーマを拘束するタイミングで海祇島へイレギュラーを排除しに行くという計画が故だ。

その際、刹那殿自身が『私自身、イレギュラーのようなものだから』と言っていたが私はそうではないと思っている。

 

「なん……だと……!?」

 

「連行しろ!奴を百個目に嵌め込む神像の目としろ!」

 

「待て!どう言う事だ!刹那殿は、オレ達の味方じゃ無かったのか──────!」

 

騒ぎながら連行されていくトーマを尻目に、私は遠くの刹那殿を思い馳せる。どうかそちらもご無事であるように、と念を押しながら。

 

空は残酷なまでに青かった。

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

九条沙羅と取り決めた計画により、私は海祇島まで密航していた。

ヤシオリ島にヤルプァ達がいるのは分かっているが、会うわけにはいかない。何故なら、この計画には世界の命運がかかっているからだ。

 

初めに私が違和感に気がついたのは、稲妻の作家達があまりにも洗練されている事が発端だった。

姫乃さんに勧められて一冊娯楽小説を読んだ時、明らかに知っている内容があったからだ。

 

その小説のタイトルは

『サムライスレイヤー』。明らかにおかしい文体で描かれたその小説はサイバーパンクかつサツバツとした内容で、私が読んだことのある内容ばかりだった。

ヘッズであった私は一言一句内容を覚えていたので、すぐに「これは変だ」と分かった。

幾ら異世界でも、ここまで精密に書けるはずがない、と。

 

八重神子に聞いてみてすぐに分かった。

この筆者は最近突然現れ、妙なことを口走る癖があるらしく、何でも「稲妻に金色の旅人が現れたか?」と聞いて回っているそうだ。

 

彼の名は既に判明している。

“イイダ ユウジ“と言うらしい。成る程確かに稲妻なら気が付かれにくいだろう。

その時点で私は他の転生者の可能性を疑った。そしてその疑惑は間も無く明らかになろうとしている。

 

「てっ、敵襲ーーーっ!」

「ゴロー様はァ!?」

「居ねえよ!ユウジ隊長の提言で前線だ!」

 

「雷鳴流…濫乱菊」

 

「ギャア!オレの腕が!」

 

私は一人ずつ首根っこを掴んで()()していく。「ユウジはどこか」と。

それが十人ほど続いただろうか、一人が叫んで助けを呼んだ。

 

「ユウジ様ァーーー!!助けてぇーーーー!あたし殺されちゃうーーー!」

 

若い女の兵士に()()していた時だった。遠くから炎の球が私に向けて飛んできた。

私は咄嗟に掴んでいた女兵士を盾にしその場から離脱する。

爆煙が晴れ、火の玉を投げてきた奴の姿が露わになる。

 

「てめぇが俺を探してるっていう奴か?」

 

「──────貴様が…」

 

その男は、脂ぎった顔に脂汗をかいていた。

太く短い指で法器を持ちながらその醜悪な顔を愉悦に捻じ曲げている。

彼に合うサイズが無かったのか、隊服は今にもはち切れそうな程太っていて、度が強いらしい眼鏡はその汗で曇っている。

 

「ぶふー…俺がヒラメ8番隊隊長ユウジ様だ。海乱鬼がんでこんなとこにいんだよ…」

 

「っ、違うユウジ様!こいつは刹那、前話した英雄モドキの!」

 

「あぁ…?あー、いたんだこう言うやつ。バカだよね、結局抵抗軍が勝つのにさ。ま、いいや。俺の愛人に手ぇ出して生きて帰れると思うなよ?」

 

ぶひぶひ笑いながらユウジとやらはその手に元素力をチャージする。6秒チャージ、イレイザーキャノン程の威力があるならば少し危ないか?

私は改心させた野武士から教わった瞬歩でユウジの目の前に飛び斬りつける。

 

「ぐえっ!……い、痛え…!クソが!そんなに見たいなら見せてやるよ、俺のチート能力!」

 

「!」

 

やはりこいつ、転生者か。チート能力なんて単語、異世界人以外に使うはずがないからな。というか貰えるのかそういうの。

 

「【能力超向上】【元素支配】【思考多重高速化】【精霊使役・水】!これでどうだ!ぶひゃひゃひゃ!」

 

ユウジが何やらブツブツ唱えた瞬間、奴の力や存在感が格段に上がり、赤黒い鎖で縛られた純水精霊が召喚される。

 

『ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

「─────!」

 

さて、どう対処しようか。

恐らくコイツが世界滅亡の原因に違いないのだが、殺せそうにもない。かといって雷電将軍に引き合わせるのもそれはそれで嫌だ。

ならば殺せる方法を色々試してみれば良い。

今日の私は血に酔っている。私の口を借りてよく喋ってくる“私“もノリ気みたいだ。

 

「雷鳴流…炎匣鹿鳴ッ!」

 

拾っておいた炎のターコイズを活性化させ、刀に炎を纏わせて純水精霊を両断する。どうせ死なないのだから、好きに斬らせてもらう。

狙うのは当然召喚者だ。

 

「はっ、バカが!そいつは死なな…ぎゃあ!」

 

「雷鳴流…八廻怒濤!」

 

「ぎゃっ!いで!ぐええっ、くそ、ゴミが!【元素支配・炎】!」

 

瞬間的に8連撃をお見舞いしてやっても傷はすぐ治ってしまう。出血はしているが、傷がすぐに治ってしまうようだ。

明後日の方向を狙った炎の渦を軽々と避けながら続け様に斬る。

 

「やめ、やめろって!くそ、逃げるしかねぇ…!【転移】!」

 

「逃さん。汝は我が腕の中で冷たくなるのが定めよ」

 

気持ちが昂って、つい口を開いてしまう。

私は慌てて逃げようとする敵の首根っこを掴み敵と共に転移する。

そこが敵地であろうと関係ない。私はただ、コイツの不幸な未来を見られるならそれで良い。

 

「ぐえっ!た、助けてくれ心海ィ!」

 

「…!?伊井田8番隊隊長が何故…!?」

 

「クク、ハハハハハ…!殺してやる、その死に様を見せろ醜男!」

 

「それに“英雄を継ぎし者“刹那殿まで…!双方、一度矛を引きなさい!」

 

醜男…いや、ユウジくんはその醜い顔を苦しさと痛みで更に醜くしながら必死に珊瑚宮に助けを求める。

大丈夫だよ。君は簡単には殺してあげないから。

 

「………っ!まさか、ディザスターの眷属…!皆の者!伊井田8番隊隊長はこの場で諦めます!悔しいですが、これ以上被害を出さない為です!私たちはこれより、ヤシオリ島へ本陣を移動させます!」

 

「そ、そんな……まっでぐれ!俺は、俺は助けてくれないのぉっ!?ぎゃあああっ!?」

 

ほっぺたがモチモチしていたので引きちぎってみた。白い脂身が沢山出てくる。

すぐに治っちゃうから私としても引き裂き甲斐があってとても良い。

 

「見たでしょう!彼はもはや英雄ではありません!厄災の子、災厄の象徴、ウロボロスの神子!この場に於いては逃げるが最優先です!」

 

「そ、そんに゛あぁあああ!?いやだ!だずげで!じねない!おれ、死ねないんですぅっ!」

 

「………さようなら、伊井田8番隊隊長。あなたの事は決して忘れません。皆の者!撤収!」

 

「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

漸く騒がしいのが居なくなった。

これで二人っきりだね、ユウジくん…❤️

 

 

 

 

 

「全く、情けないな」

 

どこかで聞いたことのある声が聞こえた。

ああ、この声は……我が父よ。

 

「自覚があるのならしゃんとせい。全く…これでは子供とそう変わらないではないか。DISASTER君が侵食されてるでしょーが」

 

あ…ごめんなさい。何故私は謝っている?

 

「我が与えた神の目を勝手に割りよって…タイミングは最適だったが、あれは我の加護でもあったのだぞ?」

 

あ、えっと…その………元素力にかまけて近接戦闘の訓練をして来なかった私にとって、良い薬になったな。

 

「よし、だいぶ戻ってきたな。すまないねDISASTER、我が唯一の眷属よ。厄災の獣(こいつ)は昔作った簡単眷属作製キットなんだが、まさか遺跡に残ってるとは。回収しておくから安心せよ」

 

そんなもの作るなと私は言いたい。最悪だ、人の味を知ってしまったんだが?

それに、私の刹那としてのブランドが完全におじゃんだ。姫乃さんが私のグッズでひと財産稼ごうとしているのを知っている分、罪悪感がすごいんだが?

 

「すまんすまん、我としても最近復活したばかりでの。これぐらいしかしてやれん。にしても驚いたな、ソロモンの奴が動いていたとは」

 

ソロモン?あのソロモンか。居るのか。

いやまぁ、バエルやらバルバトスやらが居るのだから居てもおかしく無いが。

つまり、このユウジとかいうミンチはソロモンとやらの差金と言うことか?

 

「いんや、違うね。コイツの能力には制限があったろう?“名前を呼ばないと発動しない能力“。我ら魔神の中では名前は大切な指標なんだ。まぁ詳しいことは天理ちゃんに聞いてくれ。お前のお母さんだぞ?」

 

えっ。

 

「それじゃ、我は天星ん所…層岩巨淵で待ってるから。迎えにきてね」

 

おい、待て……と思考する前に声は行ってしまった。

改めて状況を整理しよう。

 

まず、私は厄災の獣とやらに侵食されていたらしい。これは良いとしよう。

そして、転生者と思わしき人物を惨殺してしまった。首を絞めて拘束した所までは覚えているが、そこからの記憶は無い。

目覚めた時にはソイツの臓物を咀嚼している途中だったから、気分は最悪だ。

 

それでもって謎の声。

いや、謎ではないな。私に神の目を渡してきた奴が話しかけてきたのか。

それで層岩巨淵に来いとの事らしい。

残る厄介そうな事柄は…私の母親問題。天理が母親だと?あり得ないだろ、アレからどうやって子供が生まれるんだ?

 

「くそ…口の中が気持ち悪い…ぺっぺっ」

 

私は口の中に残った血を吐き出しながら、とりあえずイレギュラーを片付けられたことを安堵する。

 

「刹那としては終わったな…どうするか。そういえばパイモンに姿を見られていたな?よし…」

 

決まりだ。謎の侠客・刹那には死んでもらおう。堕岩の二番煎じになるからそれはどうかと思うので、一応姫乃さんに相談してみようか。

 

 

私はとりあえず、鳴神島に帰ることにした。

血塗れの浪人装束を着て鳴神大社に戻ると、八重神子から嫌そうな顔で見られた。

 

「お主、臭いぞ…遠くから見ておったが、なんじゃアレは。獣と豚の捕食パーティーなど見とうなかったぞ」

 

「すまないな八重宮司。浴場と着替えを貸してくれるか?」

 

「………話せるようになったのじゃな。ふむ、憑き物が落ちたといって良いようじゃな…“英雄を継ぎし者“刹那としてはどうするつもりじゃ?」

 

「それを話し合いたい」

 

「ふむ、相分かった。お主が風呂に入っている間に作家陣を呼んで相談会を開いておく。着替えは姫乃に持って行かせるが故、気にせずとも良いぞ」

 

「助かる」

 

私は巫女さんに浴場まで案内され、身体を洗う。

かれこれ稲妻には長くいる。私がテイワットに来てからの大半はここにいる事になるな。

少しは身体も成長したようで、すっかり戦士の体らしく筋肉がついて来ている。

 

「ふぅ……さて、覗いているのは分かっているんだ。出てくると良い」

 

「…………!」

 

壁に微かに空いた穴から視線を感じた為、一応警告をしておく。しかしよく覗けたものだ。

ここは山の中にある秘境(ダンジョンではない)のような場所にある。ここまで来るのには相当手間が必要な筈だが。

 

「まだ、隠れているな。そこか!」

 

気配の強い壁を殴って破壊する。木造なので簡単に壊せる。

 

「こら、覗きは────んっ!?」

 

覗いていたのは、まさかの人物だった。

まさかそんな、君だけは違うと信じていたのに…!

 

 

「や、やあ…ディザスター…」

 

「パイモン!?」

 

覗き魔は、まさかのパイモンであった。

 




次回は一週間以内か雷電将軍の谷間に顔を埋めれたら投稿します


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第十九話 会議なんだが

ごめんなさい 遅れました。
リアルの方が忙しく、どうしても昨日投稿することが叶いませんでした。


 

「や、やあ…ディザスター…」

 

私の風呂を覗いていたのは、まさかのパイモンだった。

いや、どう言うことだ?何だ、何かのネタを振られているのか?

 

「やあ♦︎蛍は一緒じゃないのかい♠︎」

 

「なんだよその喋り方!なんか怖いぞ!それと服を着てくれ!」

 

「覗いて来たのはキミだよ♣︎パイモン」

 

思わずサイコピエロになってしまったが、無理はないと思う。幼女がどうして自分の風呂を覗くなんて考えるんだ?

とにかく訳を聞かなければどうしようもない。

 

「それで♦︎どうして覗いてきたんだい♠︎もしかして…私に興味があったとか❤︎」

 

「違ーーーう!そんなこと、絶対に!無いぞ!八重様に見てみろって言われたから!アイツ、オイラを騙したんだ!」

 

「あの女狐…♠︎なるほど、ありがとうパイモン。あとでじっくり“お話し“するからね」

 

「その話し合い、オイラも混ぜろよな」

 

私はピエロのモノマネをやめてさっさと風呂から上がり着替える。

衣装は刹那の物ではなく、包帯が所狭しと沢山巻かれた忍者のような服装だった。センスが高すぎて私には理解出来ないな。

 

パイモンと二人で八重神子の所へ突撃すると、そこでは既に厳かな雰囲気が漂っていた。

上座には八重神子が、下座には蛍ちゃんが。その付き添いか知らないが、宵宮と神里綾華が横に座っている。何でここに居るんだ?

 

「おお、戻って来たのか権兵衛よ。ファデュイはどうじゃった?」

 

「────あぁ、最悪だった。まさかファデュイが人造人型決戦兵器『公子ゲリオン』の建造を終えているとは…」

 

咄嗟に振られたので大嘘をついてしまったが、大丈夫だろうか?八重神子はクスクスと笑っているだけだ。

 

「ディザスター…?何でここに?」

 

「やぁ蛍ちゃん。元気にしていたかい?諸事情で私はここに泊まっているんだ」

 

「っておい!八重神子!オイラをよくも騙したな!?そのせいで、オイラはコイツの裸を見る羽目になったんだぞ!」

 

パイモンが激昂しながら八重神子に詰め寄る。ぷんすかと言った擬音が相応しいほど怒り狂っているのが伝わってくる。

 

「おや?妾は其方には“良いものが見れる“と言っただけじゃ。権兵衛の身体は戦士として引き締まっていてさぞ眼福であったろう?」

 

「野郎の身体なんかみたって、オイラ嬉しくないぞ!お前なんか…変なあだ名をつけてやる!そうだな…お前なんか『お稲荷』だ!」

 

「稲荷寿司は妾も好きじゃ」

 

「って違ーーーう!!!!」

 

パイモンの鋭いツッコミが炸裂したところで、神里綾華がコホンと咳払いをして「本題に入りましょう」と発言する。

そうだ、そもそも何で宵宮と神里綾華がここにいるんだ?

 

「先程、八重宮司様がお話になられていた転廻衆の事ですが…その実態と勢力についてお教え頂けますか?」

 

「うむ。現在妾が確認している転廻衆は三名…見分け方は簡単じゃ、神の目を持っている者に対して過剰な執着を見せる者…それが一番分かりやすくてよい」

 

「お、おい…何の話だよ?」

 

「パイモンは外で権兵衛と戯れておれ…話を戻すぞ。その内の一人、伊井田裕次は妾の指令で刹那に殺させた。残る二人はどこに隠れているのやら…否、ここで話した方が良いな。一人はスメールに、もう一人は璃月にいるそうじゃ」

 

私が殺した奴のような者たちを八重神子は“転廻衆“と呼んでいるらしい。

「生を転じて廻り還る」という古い稲妻の諺から来ているのだろうか。まぁそんな事はどうだって良い。

問題は別にあるのだから。

 

「八重神子」

 

「して────なんじゃ権兵衛?」

 

私は八重神子に詰め寄り、自身の内なる怒りを青筋として額に発露する。

 

「子供にいけないものを見せようとするな」

 

「そう怒るでない。お主は何も恥じるような身体をしてはいないのだから…「そうじゃないだろ」クク、そう憤るな」

 

八重神子の言い分では、私の肉体はそれはもう美しいのだから別に全裸でも恥じる必要は無い…との事だった。

なめんなよマジで。幼女に肉親や相棒でもない男の裸体など見せるものではない。絶対にだ。

 

「パイモン、ディザスターの裸見たかったの?」

 

「蛍っ!?違う、違うぞ!あれは罠だ!」

 

「そうだ。これは罠だ!八重神子が私とパイモンを陥れる為に仕組んだ罠だ!おかしいじゃないか?なぜ裸を見る必要がある?それが罠だと言う証拠!」

 

蛍がキラーパスを投げて来たので全力で回避する。粉バナナ☆と言う事だ。

その後の必死の説得によって、私は幼女に裸体を見せる趣味の変質者になってしまった。解せぬ。

 

「……そろそろ狩るか♠︎」

 

「いくら変質者呼ばわりされたからとて、変な気を起こすでないぞ。ブランディングを忘れるな」

 

「くっ、ガチピエロのモノマネは通じないかァ…!」

 

私が八重神子と戯れていると、宵宮が出し抜けに「刹那さんは帰ってこおへんの?」と発言した。しまった、ここにいるぞ刹那は。

君たち乙女の手によって変質者にされた刹那さんがここにいるぞ。

 

「そうじゃな…刹那との通信が途絶えた故、戦死したやもしれぬな。妾とて信じとう無いが…転廻衆は複数の魔神から力を分け与えられた存在。只人である刹那にはちと厳しかったかもしれんのう」

 

「っ!アンタ、そんな軽々しく…!ええか、刹那さんは死ぬ訳あらへん。あん人は、花火に撃たれても死なんかったんやから!」

 

「おかしいだろ!花火で撃たれたら普通死ぬぞ!?」

 

「それを可能にしてまうんが刹那さんなんや…」

 

そういえば、巨大花火を打ち上げる手伝いをした折に誤って大筒に入ってしまった子供の代わりに射出された事があったな。

あの時は本気で死ぬかと思ったが、落下地点にたまたま荒瀧・命の恩人・一斗が居てくれなければ死んでいただろう。

 

「第一、刹那さんが死んでみい。稲妻中が大騒ぎになるで?あん人はそんぐらいみんなの心に根付いてるんや。いくら八重宮司様でも軽々しくそないな事言わんことやな」

 

「じゃが…約定の時まで連絡が来ないのじゃ。つまりそれは討死を表すと言っても過言では無いのじゃ。ふむ…しかし、皆の祈りがあればこそ奴めも生きて帰ってくるのではないか?」

 

こいつ…まさかアレをするつもりか。

ヒーローショーなんて高度な文明を稲妻に生み出してしまうつもりか、この女狐はっ!?

発想力が段違いすぎる。私では思いつかない手法だ。

 

「──────」

 

「ふむ…」

 

私はエア筆談で「後で話がある。八重堂に来い」と伝える。エア筆談とは、私が自由に喋れない期間が長く続いたために開発した技術で、手の動きだけで意図を伝える役割を持つ。

意外と私は物覚えが良かったので、開発から数日で完全習得することが出来るようになった。

 

「……とにかく、八重神子。パイモンのような純真無垢な子供をその悪辣な唇で騙さない事だな。あの子は私の友人だ」

 

「そう睨むでない…わかったわかった、最早妾はパイモンを騙す事などせぬ。これで良いか?」

 

「初めからそうしていれば良いんだ」

 

私はエア筆談で「作家陣も呼んでおけ」と伝えつつ退室する。パイモンも飽きたのか、オイラもと言って私についてきた。

パイモンは部屋から少し離れた所で私に話しかけてきた。

 

「───なぁ、お前さっき八重神子と八重堂で待ち合わせしたよな?」

 

「………………!?!?!??!?!!?」

 

どういう事だ。パイモンにさっきのエア筆談が筒抜けだったのか?いや、そんな筈は無い。しっかり古代稲妻語でやりとりしていた筈だ。

まさかパイモンにわかる事は無いだろう。

 

「そ、そんな不思議そうな顔するなよ…。ほら、オイラは立派なテイワットの頼れるガイドだろ?だから各国の文字や文化には詳しいんだ」

 

「知らなかったな…それで、私と八重神子の会話内容を知った君はどうする?」

 

私はそれっぽく暗黒微笑を浮かべてパイモンを挑発してみる。さて、蛇が出るか鬼が出るか…

どちらにせよ私ではパイモンに手出しは出来ないのだが。あくまでこれは信条の問題なので、不可能では無いがな。

 

「どうって…お稲荷に文句言いに行くんだろ?オイラにも言わせろよな!オイラ、まだあいつに文句を言い足りないぞ…」

 

「君がパイモンで本当に良かったよ」

 

パイモンの発想力が子供程度で良かった。密談しているのだから何か隠し事を疑っても良いものを…まさか文句を言いに行くのだとは。

丁度良い、私も八重神子には言いたいことがあったんだ。この機会に存分に言わせてもらうとしよう。

 

「───え、ディザスターさん?」

 

八重堂に向かっている最中にファデュイの使節団の一人にばったり出会した。

そういえばコイツらをほっといて私は稲妻で半年も過ごしていたという事になるな。すっかり忘れていた。

 

「ファ、ファデュイが何でここに…!?ディザスター、こいつやっつけてやれ!」

 

「ちょ待てよ。どういう事だ?アンタ今までどこに行ってた?淑女様がブチ切れなさってたぞ。『ディザスターに刹那の対処をして貰おうと思ったのに肝心な時にいない』って感じで」

 

「ッスゥーーーーー…まぁずいなそれ。私殺されやしないか?」

 

「淑女!?淑女が稲妻にいるのか!?あんな奴、早くとっちめに行こうぜ!ディザスターは神の目を持ってるんだし、倒せなくはないはずだ!」

 

「淑女に炎は効かない…いや効かない事は無いが途中から使えなくなるからな。私が水とか雷元素なら良かったのだがね。いかんせん私は炎だ」

 

淑女を倒せる倒せないは置いておいて、私は約定により淑女に敵対することが出来ないのだ。どうせ死ぬんだ、それまでは付き合ってやらねばな。

 

私とパイモンはファデュイの使節団の男に別れを告げてから八重堂に到着した。

八重堂には既に誰ががいるのか明かりがついていた。どうせ作家陣か誰かだろう…

 

「こんにちは、刹那さん」

 

!? おかしい。なぜこの男がここに居るんだ。

 

「まさか巷を賑わす義賊の正体が貴方だったとは、流石に思いませんでしたよ」

 

優男の面に、今にも裏切りそうな声。男は静々と茶を飲むと、私の思考を読んだかのように「予想外でしたか?」と揶揄ってくる。

 

「神里…綾人……!?」

 

「こんにちは、刹那さん。おや、以前社奉行にいらしたパイモンさんもいらっしゃいますね。こんにちは」

 

誰だ、どこから漏れた。いやどうせ八重神子だろう。あの女狐ならそういうことする。それでもって私のテンパる反応を見たいのだろうな、分かってるんだぞ。

ならば私はその期待を裏切ってやろうではないか。

 

「……少々取り乱した、この非礼を詫びよう。して八重堂に何用か?ここはお世辞にも貴殿のような雅人が足を運ぶ場では無いと思うが」

 

「ええ、あなたに会いに来たのですよ。請け負って欲しい案件がありまして」

 

さも当然のように言い、書類を手渡してくる神里綾人に若干の困惑をしながら書類を読む。

内容は至ってシンプル。「半暴徒化している抵抗軍の鎮圧」だ。これに関してはヒーローショーで何とか解決できれば良いのだが。

 

「っておいおい、お前は何を言ってるんだ?こいつはディザスターで刹那さんじゃないぞ!」

 

「あぁ、そういうことですか。話しても?」

 

「パイモンにバレたところで計画に支障は無い。好きにしてくれ」

 

「オホン…パイモンさん、巷で英雄と言われている刹那さんの正体は実はディザスターさんだったのです」

 

「え?それはおかしいだろ!だったら何で、町奉行襲撃の時にディザスターが居たんだ?オイラと目が合った瞬間にどっか行っちゃったけど…確かにオイラとディザスターは町奉行で会ってるぞ!」

 

「馬鹿な…」

 

刹那の正体はこの私DISASTERだ。もう一人私のそっくりさんが居るはずがない。もしかしたら私のようにデフォルトの見た目で降臨した転生者か?

いや、それは無い。三十億通りのキャラクリができるのに態々無視してサッサと転生するような酔狂者は私ぐらいだろう。

であれば、考えられるのはただ一人。空くんだ。

 

「……パイモン、残念ながら君の認識は間違っている。君が町奉行で会ったのは、君の相棒の兄だ」

 

「えええっ!?それ、蛍に教えてやらなくちゃ!」

 

「待てパイモン!それは今じゃない」

 

「何で止めるんだ!あいつは、お兄さんにずっと会いたがっているんだぞ、相棒ならその想いを汲んでやりたいのがスジだろ!」

 

やはり言うべきでは無かった。こうなる事は分かっていたはずなのに。

こうなれば仕方ない、パイモンには黙っていてもらうために何でもするしかない!

 

「何でも!何でも言う事を聞くから…!どうか蛍に内緒にしていてくれ!内緒にしなくちゃいけない理由が確かにあるんだ!」

 

私は恥も外聞もかなぐり捨て、両手を差し出してパイモンに土下座した。

パイモンに危害を加えたくない私と、パイモンに何もしてほしくない私が同居しこのような事しかすることが出来なかった。

 

「ナイショ…ナイショ…何?」

 

「何でも?刹那さんの言う何でもって…「綾人。オイラが聞いてるんだ」…ッ!」

 

パイモンからとてつもない重圧を感じる。これが本当にあの天真爛漫なパイモンか?いや、そうか。

純真無垢だからこそ、蛍を想う澄み渡った心がこの重圧を生み出しているのか!

 

「ナイショニシナクチャ…って何だ?」

 

返答次第では私の秘密は暴かれ、世界の命運は全てめちゃくちゃになってしまうだろう。

だがどう答えれば良いか分からない。何とか絞り出して出た言葉は。

 

「蛍と空が出会ってはいけないんだ…そうなれば、君たちの旅が終わってしまう。それでは世界がおかしくなってしまうんだ…君たちの旅無しでは、世界は…」

 

私に出来る事は、偽らない事だった。

決して信じて貰えないかもしれない。だが、私の懸念する全ては彼女らの旅に掛かっている。

転廻衆(イレギュラー)の動向が分からない以上、同じイレギュラーである私が対応するほか無かろう。

しかしそれにも限度がある。大きな流れが乱れてしまえば、私は手の打ちようが無いのだから。

 

「全てが終わったその時、君たちの望み通りにする…!だから…待ってくれ」

 

「──────内緒にするって事か?ナイショニシナクチャって、内緒にしなくちゃってことか?」

 

更にパイモンの重圧が膨れ上がる。何という圧だ、周囲の元素が悲鳴を上げ軋み出している。この小さな体のどこにそんな力が…?

 

「……勝手なこと、言いやがって…!!勝手だお前は…!!畜生…!誰が、お前なんかの言う通りになんか…っ!」

 

「ッ、パイモンさん!お待ちください!刹那さんの言っている事は信じるべき根拠があります!」

 

「それで?」

 

「刹那さんがここまでして秘密にさせようとするのには、おそらく重大な理由があるはずです!彼は多分嘘をついていません!」

 

「……だから?」

 

「待ちましょう、彼が言うその時まで…」

 

「おそらく?多分?それで待つって言うのか!?待った後でコイツがオイラの望み通りにするってのもおそらくか!!!」

「ふざけるなよ、コイツはファデュイとも繋がってるんだ!そんな……そんな奴のことを信じられるのかよ!?信じられるわけ無いだろ!」

 

そうか。もう交渉の余地はないと言うことか。

これも、私が隠し事をしたりファデュイなんかと連んだりしたせいだろう。

自業自得だ。ザマァない…だが、それでも私には為さねばならない事がある。

 

「ッ─────!」

 

私は自らの刀を抜き放ち、ハラキリ・リチュアルをすべく服を脱ぎ半裸になる。

大丈夫、痛いのは一瞬だけだ。これで世界が救えるのなら構わない。

 

「ぐっ、あ゛…!フゥーッ!フゥーッ!」

 

「「!?」」

 

「頼む……ハァ、秘密に、フゥ、しておいてくれ…!頼む…!」

 

私のハラキリ・リチュアルの迫力に押されたのか、パイモンの圧が一瞬緩む。畳み掛けるのなら、ここしかない。

 

「望むなら…心臓まで……!私が気に食わないのならば、何度だって殺してくれ…だから秘密だけは…!」

 

「…………ッ、ずるい、そんな事されたら!ずるいぞ!時間は!時間はどれぐらい待てば良いんだ!」

 

よし、交渉成功だな。ハラキリ・リチュアルはニンジャの秘奥義。本来の効果とは違うが、覚悟を示す上では充分以上の効果を発揮する。

何せ腹を切って臓物を垂れ流しながらの交渉だ。人の心がある者ならば聞かざるを得ないだろう。

 

「少なくとも…ハァ…!蛍が、稲妻を出るまで…!そのあとは、好きなだけ喋ると良い…!」

 

「分かった…この件は覚えておけよ。オイラの望みを何でも叶えてもらうからな」

 

これで一安心だ。気が抜けたからか、意識が朦朧としてくる。そりゃそうだ、出血が酷すぎるからな。

では、次に目覚める時までおやすみ───…

 

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

パイモンは自身の目の前で出血多量で気絶している男を見て、ゾッとしていた。

 

(コイツがここまでして蛍とお兄さんを合わせたくない理由は何だ?世界がおかしくなるって、どういう事だ?コイツは、オイラ達も知らないオイラ達の旅の意義を知っているのか?)

 

パイモンがそう考察していると、八重堂の扉が勢いよく開かれる。

やって来たのは、八重堂の主人である八重神子だ。

 

「何じゃ…切腹とはまた懐かしい儀式をしているものじゃな。しかしのう、ここで此奴を失っては拙い。姫乃」

 

八重神子のそばに控えていた姫乃が自身の神の目を使い、掌から淡い光を出してニヤケ顔で気絶しているDISASTERを治療していく。

パイモンはそれを眺めながら、「オイラが蛍に蛍のお兄さんの事を伝えたら何か悪い事が起こるのか?」と八重神子に問う。

 

「そうじゃのう…彼奴は何か()()のやも知れぬ。知らぬようじゃから教えてやる。此奴はの、未来が見えるのじゃ。それ故重宝しておったのじゃが…さてはパイモン、何か知ったな?」

 

「………!(そうか、ディザスターは良くない未来を知っていたからオイラを必死で止めようとしてたのか!うぅ、だとしたら悪い事したぞ…)」

 

「姫乃。容体はどうじゃ?」

 

「意外と良い状態です。腹を切ったにしては内臓が傷ついていません。手慣れているとしか言いようがないほどに美しい断面なんです」

 

「ほう…どこぞで練習でもしておったのかも知れんのう。してパイモンや、妾に文句を言いたいらしいな?」

 

「ゔ…な、何でもないぞ…」

 

パイモンが気まずそうにしていると、それまで黙っていた神里綾人がおずおずと声をかける。

彼もまた、DISASTERが未来視できる事を知っている者であった。

 

「私から宜しいですか?これは好機であると見るのが良いでしょう。現在、刹那さんは腹を斬られて倒れている…と言う状態にあります。つまり、刹那さんの復活演出により力が入るかと」

 

「然り、姫乃や。治療は程々で良いぞ」

 

「しかし…」

 

「計画に必要な事じゃ」

 

「………はい」

 

姫乃の内心としては、DISASTERを完治させたい気持ちでいっぱいであった。それも無理はないだろう、かれこれ半年以上DISASTERと苦楽を共にしてきているのだ。

当然、情も湧く上に絆も芽生えるというもの。しかしそのDISASTER本人が文字通り心血を注いで成そうとしている計画の邪魔は出来なかった。

 

「さて、パイモンや。汝は旅人の元へ戻るが良い。権兵衛が傷を負う原因になってくれた事、真に感謝しておるぞ?」

 

「ッ!」

 

八重神子の挑発的な笑みに正義心を刺激されたパイモンだが、ここで暴れても無駄であるという事に気がつき、すぐにその昂りを抑えた。

神里綾人はその様子を見て、「正義とは美徳ですが」と一呼吸置いてから「時に大いなる正義を妨げてしまいます」と言った。

 

「フンだ!ディザスターとの約束だからな、お前たちの計画は黙っててやるぞ!でも、後でちゃんとオシオキするからな!」

 

パイモンはぷんすこしながら飛び去る。

八重神子と神里綾人は傷がまだ残るディザスターを尻目に計画を話し始めた──────

 

 

 

 ─────────★─────────

 

 

目が覚めたら、知ってる天井だった。

傍には俯き罪悪感に押しつぶされそうな顔の姫乃さんが座っていた。

その後ろには性悪に顔を歪めた八重神子。

 

「……姫乃さんに何をした」

 

多少威圧しながら言うと、八重神子は「くくく」と笑い「なんじゃろうな」と揶揄ってくる。

ふと腹部に違和感を感じ見てみると、私の傷は完治していなかった。

 

「お主には今から雷電将軍と御前試合をしてもらう…無論、負けたら死ぬ故勝たねばならぬのじゃが…対戦相手は何と将軍本人じゃ。喜ぶが良いぞ」

 

「私を殺す気か」

 

神の目が回復した今、善戦は出来るだろうが私は所詮人間だ。無想の一太刀で一撃で死ぬだろう。

そんな危惧を予見していたのか、八重神子は私に護符を手渡してくる。

 

「これは?」

 

「将軍の攻撃を一度だけ防いでくれる護符じゃ。無論、普通の人間であるお主が受ければ瀕死は免れんじゃろうが…命の保証はしてやる」

 

「……やはり!このような事はいくら八重様のご命令でも承服できません!別の手を考えるべきです!」

 

俯いていた姫乃さんが弾かれたように立ち上がり訴える。しかしそれも予見されていたようで、八重神子は理路整然とその反論を潰す。

 

「姫乃、お前に説明してやらねばな。現在の抵抗軍の状況じゃが、殆ど野盗と変わらぬのじゃ。そんな連中が旅人の助けを得て稲妻城まで登ってみよ。たちまち稲妻城は地獄の生き写しになるじゃろうなぁ」

 

「…それが刹那様と何の関係があるんですか」

 

「故に…じゃ。『刹那』という偶像を神輿にあげさせて統率を取らせ、天領奉行に代わるのじゃ。権兵衛には悪いが、百年ほど稲妻にいてもらう事になるがの」

 

は?嫌だが???

私はテイワット全土を旅して、安息の地で過ごしたいんだ。断じて稲妻を統べたい訳ではない。

 

「丁重にお断りする…私は稲妻に長く留まるつもりは無い。そもそもこの件に協力しているのはセイライ島に行くためだ。断じて善意からでは無い」

 

「決定事項じゃ。もはや変えられぬ定めと知るが良い」

 

そうか…そんなに言うならお兄さんファデュイに寝返っちゃおっかな。稲妻にスーパータルタルランド建設するぞ。

八重神子にはその覚悟があるみたいで結構。

 

「行く気は…ふむ、無いと見た。ではこうしよう」

 

八重神子は法器を姫乃さんに突きつけると「二択じゃ」と言って来た。

 

「姫乃が死ぬ代わりに貴様が解放されるか、姫乃を生かしておく代わりに雷電将軍と戦うか。選ぶと良い」

 

おお、ブッダよ。寝ておられるのですか!

姫乃さんにはとてもお世話になった。その恩をまだ返しきれてない。であれば私が選ぶべき選択は…

 

「分かった、戦おう」

 

「刹那様!?どうかご再考を、わたくしの命などどうだって良いのですから!」

 

「すまない。今からで良いか?」

 

「うむ。早う行け」

 

私は静止を振り切り、天守閣に駆け出した。




刹那さんのプロフィール(民衆視点)
・悪を絶対に許さない正義漢
・お付きの巫女さんとデキてる
・草笛が得意
・子供達に遊び道具を作ってくれる好漢
・不死身の男
・地獄から来た男(自称)
・宝盗団キラー(自称)
・親の愛子の愛、大切な心を守る男(自称)
・子供達の味方(自称)

次回は七聖召喚でグランドマスターになれたらもしくは一週間以内に投稿します


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第二十話 御前試合なんだが

筆が乗りました


 

 

一歩、また一歩と歩みを進める。

天守閣に近づくにつれて神の重圧をひしひしと感じる。

それに加えて、濃密なまでの雷の匂い。

 

「………やはり、生きていましたか。今度こそ息の根を止めましょう」

 

天守閣の階段をゆっくりと降りてくる雷電将軍からは必殺の念が飛んできている。私は八重神子から受け取った護符を握り締め、雷電将軍を見据える。

 

「目狩り令を…止めに来た」

 

「言葉は要りません。貴方は永遠の敵、ここで排除します」

 

一瞬、雷電将軍の元素力が膨れ上がったと思った瞬間私は自然と身体が動いていた。

 

「ぐッ…!ゲホッゲホッ…傷口に、堪えるなぁ…!」

 

私は炎元素で刀をコーティングし、雷電将軍の攻撃をガードし過負荷反応で吹き飛んでその場から離脱していた。

お陰で重傷を負わずに済んだ。

 

「…フン、手負いでしたか。手間が省けて良いですね。次は避けられぬと知りなさい」

 

「ふはっ…凄まじいな…」

 

彼我の戦力差は圧倒的だ。正直言って、これ以上抵抗できるビジョンが無い。

だがやるしか無いのだ。雷電将軍に挑んだ以上、善戦しなければ。

 

「剣よ…燃え盛れ!おおおおっ!」

 

私は雄叫びを上げながら刀を燃やし、雷電将軍に斬りかかる。しかし雷電将軍はそれを易々と避け、私を薙刀の柄で殴り飛ばした。

 

「ごあっ!…くっ、まだまだァ!」

 

「その剣術、我流ですね。まさか全力ですか?」

 

「悪かったな、我流で!」

 

一回も打ち合って貰えず、私は何度も雷電将軍に斬りかかる。雷電将軍はつまらなそうにその攻撃を避け、私に軽い反撃をしてくる。

その応酬が20回程続いた時、雷電将軍の目が光った。

 

「貴方の底は知れました。もう結構です…一太刀の下に終わらせましょう」

 

「舐めるなよバアルゼブルッ!」

 

「何故それを…貴方、何者ですか?どこで知ったか吐きなさい」

 

「誰が吐くものか…知りたければ私の脳内でも覗き見るんだな!フッフッフッフ!」

 

さて、こんな三下ムーブは程々にして、カッコよく負ける方法を考えよう。

一番は勝つことだが、それは無理なので前世で有名だったキャラクターを参考にしよう。例えば世紀末覇者とか、その弟など。雲のような漢でも良いかもしれない。

 

「邪念…」

 

「うおっと!危ないな、乙女がそんなもの振り回すもんじゃないぞ!」

 

「お黙りなさい。能書を垂れている余裕があるのなら、その余裕を削り取りましょう」

 

その言葉と共に、雷電将軍を中心に雷のフィールドが形成される。心なしか、雷電将軍の周りの元素力が歪み軽い爆発を起こしている。

これが雷電将軍の本気…いや、その三割と言った所か?まだまだ雷電将軍は遊んでくれるらしい。

 

「やっぱり良いよ…貴女は♥︎どわぁっ!背後からなんて卑怯じゃないか!」

 

「卑怯…?戦いに卑怯などありません。勝者こそ全てです」

 

「お喋りに付き合ってくれてありがとう…イレイザーキャノンッ!」

 

私は雷電将軍との会話中に溜めておいたイレイザーキャノンをヤケクソで放ち、そのまま炎を刀に宿らせ雷電将軍が居るであろう所に刀を振り翳す。

 

「笑止」

 

「何ィ!?」

 

雷電将軍は無傷で立ち、私の刀を薙刀で受け止めていた。魔神オセルが絶叫する程の威力をどうやって減衰したのだろうか。

いや、そもそも七神レベルになると無駄ということか?

 

「ここは離脱をッ…「逃げ道はありません」ぬわっ!!」

 

雷電将軍がスキルを使い始めた。まずいな、いよいよどうしようも無くなってきた。刀でガードしていなければ致命傷だったな。

大丈夫、護符はまだ残ってる。無想の一太刀を浴びて離脱。これさえ守れれば私は生きて帰れるのだ。

 

「ほう。今のを避けますか…攻撃のセンスは壊滅的ですが、逃げ足だけは一流のようですね。良いでしょう。では、不可避の斬撃を受けなさい」

 

稲妻が地を走る。雷電将軍の殊勝な御体はその余りある元素力から宙に浮き、その稲妻を惜しみなく具現化せんと胸部に集中する。

本来の時間の流れならば一瞬であっただろうが、命の危険を感じ極度の集中状態に陥った私にはそれがまさに永遠に感じた。

 

「是より──────寂滅の刻」

 

極限まで引き延ばされた時間の中、私は限界まで炎元素を刀に纏わせ相殺せんと刃を雷にぶつけた。

凄まじい音と共に私の身体に防殻が張られ、また崩れ落ちていく。しかしそれも僅か0.1秒しか保たずに霧散し、私の肉体を雷が傷つけていく。

灼けるような痛みを全身に受けながら、私は叫んでいた。

痛みによる絶叫ではない。心が折れない為の雄叫びだ。

 

雷が晴れ、眼前には驚いた顔の雷電将軍がいる。

私は自身の身体が最早限界である事は分かっていた。肉は裂け、血はあらゆる所から流れ出し、全身に酷い火傷を負っている。

しかし、眼前の敵を見逃すほど私の英雄としての経験は易いものではなかった。

 

「ヴ、オオオオァァッ!!!」

 

「…それが、貴方の覚悟なのですね。おいでなさい…」

 

私が雷電将軍の胸元に刃を突き立てようとした瞬間、世界が歪み私は一心浄土へと連れ去られた。

私の刃は瞑想中の雷電影にはまるで刃が立たず、そのまま弾かれてしまった。

 

「初めまして…いえ、お久しぶりです。刹那」

 

「……………」

 

弾かれたことにより、私に幾分か理性が戻ってくる。実際に無想の一太刀を受けてみて思ったが、あれは死ぬわ。というか死にかけたわ。

私は護符ありきで生き延びれたものの、護符が無ければ死んでいたに違いない。

 

「ああ、そうでした。瀕死なのでしたね…少々お待ちを。神子からもらった傷薬がここにあったはずです…」

 

「…………なるはやで」

 

「なるは…?なるべく早くの略語ですか。現代の人はそんな言葉を使うのですね。ありました、今掛けますからまだ死なないで下さいね」

 

雷電影は私にドバドバと傷薬を掛けていく。それと同時に私の傷口がどんどん塞がっていくのを感じる。

凄いな、あっという間に外傷が殆ど消えた。ハラキリ・リチュアルの跡も綺麗さっぱりだ。

 

「忠告しておきますが…今の貴方は戦える身体ではありません。傷は癒えたものの、蓄積されている疲労やダメージはまだ残っているのですから」

 

「ご忠告感謝する、バアルゼブルよ。ところで何故私が一心浄土へ?そんな謂れは無いと思うのだが」

 

「ふふっ、貴方なら既に分かっている筈ですよ。刹那」

 

????????

わからん。刹那と呼び捨てにされるような仲でも無いだろうに、何故雷電影は私にこんなにも親しげにしてくるのだろうか。

 

「さてな。私はついこの間まで意識を失っていた身。貴女との関係など憶えてはいないからな、わかる筈も無いだろう…」

 

「そうですか…私とあんなに蜜月を過ごしたというのに、忘れてしまったのですね。ですが、大丈夫です。思い出はまた作る事が出来ます」

 

「蜜月……」

 

なんだそれは。そもそもこれが2回目の対面だぞ。1回目は天守閣の天井からこんにちは。2回目は今。蜜月?している暇ないだろうが!

いや待てよ。もしかすると、私の他に刹那という人がいて、その人が雷電影と仲が良かったのかも知れない。

 

「バアルゼブル。もしかすると貴女は勘違いをしているのかも知れない。私の本名…まぁ本来の名前などとうに忘れてしまったが、私はDISASTERという者だ。刹那は人から貰った名前だ」

 

「ふふっ、貴方は元はディザスターというのですね。初めて知りました。刹那という名前は、私がつけたのですよ?憶えていますか?」

 

うるせ〜〜〜!!!知らね〜〜〜!!!ファイナルファンタジー…は置いておいて、やはり別の刹那さんがいたのは確定濃厚バレバレだろう。

どうにかして誤解を解こう。そうだ、私のこれまでの来歴を説明すれば別人だと分かってくれるのではないか?

 

私は自身が体験してきた事を何一つとして隠さずに伝えた。モンドから指名手配を喰らったこと、璃月でオセルをぶっ飛ばしたこと、稲妻でセイライ島に行くために頑張っていたこと。

それら全てを話し終わった時、雷電影は静かに頷いた。

 

「やはり…刹那、貴方は将軍に斬られた後死んでしまったのですね。しかしこうして私の下へ戻ってきてくれました。あれから、私も寂しかったのですよ?」

 

「いやだから、私はバアルゼブルの言うような刹那さんじゃない。そもそも…刹那という名前を私につけたのは八重堂の作家連中だ」

 

「神子には感謝しなければいけませんね。私の下へと刹那を導いてくれるとは。さぁ、刹那。私に永遠を約束したのですから、その約定を果たして下さい」

 

「────それは、どういう?」

 

「……私の口から言わせるつもりですか?」

 

おいやめろ、頬を朱に染めるな。

ダメだコイツ話を聞いてくれやしない。聞いたとしても自分の理論を押し付けてくる。

仕方ない。一心浄土から抜け出そう。こういうのはな、大抵結界を壊せば抜け出せるものだ。

 

「? 何を…いけません!まだ動いては…!」

 

「へっ…?ゴフッ…そんな、嘘…だろ…」

 

元素力を纏い、刀を振った瞬間に全身から雑に切り裂かれたように血が吹き出してくる。外面は綺麗だったから多少は大丈夫だと思ったが、ダメダメだったようだ。

 

「どうしましょう…一度、外に出る他ありませんね…」

 

雷電影は一心浄土を開けると、私を運んで天守閣を降りて行った。何やら将軍の方に状況を説明しているので、この隙に逃げるとしよう。

 

「ハァ…血が、止まらん…だが死ぬ気配も無いし…!逃げるんだよォー!」

 

私は血を垂らしながら何とか天守閣の外まで来た。運悪く、天守閣周りには何故か人が大勢群がっていた。その中には宵宮の影もある。

 

「イヤーーーーッ!」

 

絹を裂いたような叫び声が聞こえると同時に、周りを囲まれる。心配する気持ちはわかるが退いてほしい。

血まみれで現在も血が流れまくっているが、大事はないんだ。

 

「ッ!刹那さん!?どないしたんこんな怪我…!」

 

「宵宮ちゃん、刹那様は将軍様と戦って…ううっ」

 

「そんな…死んだらアカン!気張りや、今医者を呼んでくるさかい、ホンマに死んだらアカンで!」

 

まずい。医者なんて呼ばれたら追いつかれてしまう。というか雷の音が微かに聞こえてくる。雷電影がすぐそこまで来ている!

えーいこうなれば、当初のプラン通り派手に死んだフリ作戦を決行するまで!

 

「動いちゃダメです刹那様ぁっ!」

 

「…退け!」

 

前を塞ぐ民衆を威圧し、海へと逃げ込める崖へ歩みを進める。ようやく逃げられる、暫くは休ませてもらおう…具体的には、荒瀧・実は家庭的な一面もある・一斗の所に逃げ込もう。

荒瀧・実は私の事が好きなんじゃね?・一斗ならばきっと助けてくれるはず。

 

「お待ちなさい!」

 

「しょ、将軍様…!?」

「何でここに…刹那さんをあんな目に遭わせたんじゃ…」

 

「貴方は私の下に残り、私の下で生きなさい!これは俗世の七執政としての命令です!」

 

やばい。追いつかれた。今こそあのセリフを…!

 

「だ…誰が残るかーーーッ!私は雲!私は私の意志で動く!ざまあ見たか雷電影!私は最後まで自由の象徴!モンド人よ!」

 

私はモンドに出現したので、実質モンド人と言っても過言ではないだろう。

よし、これで気分良く逃げれるな。叫んだから血がいっそう吹き出して意識もちょっとヤバいし、海に落ちよう。

 

「ああああ──────!!!!」

 

誰かの悲鳴を聞きながら私は短い…およそ六時間くらいの眠りに着くのだった。

 

 ──────────★────────

 

「───刹那さんが、死んだ…!?」

 

蛍の耳にその訃報が届いたのは、蛍が藤兜砦でメカジキ2番隊の隊長として正式に着任した頃だった。

暴走したDISASTERによって、後衛ごと前線を上げる他なかった抵抗軍の士気は、多数の犠牲者が出た事もあり頗る低かったが蛍の参戦によってマシなものとなっていた。

 

「(これがアイツの言ってた『計画』って奴か…)エー!ナンテコッタ!オイラビックリダゾ!」

 

「……パイモン?」

 

パイモンはDISASTERとの約定により知らないフリをしたが、残念ながらパイモンはウソが下手くそであった。

しかし、事の重大さから抵抗軍の面々はそれに気づく由も無かった。

 

「…私たちに天命がついて参りました。後衛を海祇島に撤退させます!旅人さん、貴方には万が一の為の殿を頼みます」

 

「ちょっと待って。刹那さんは民衆の英雄じゃないの?その人が死んだのに、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

 

蛍はまるで仇敵が死んだかのようにはしゃぐ抵抗軍に苛立ちを覚えていた。その胸にはDISASTERから受け取ったネックレスが鈍色に輝いていた。

 

「話は後です。哲平は道案内役として旅人さんに同行を。宜しいですね?」

 

「了解ですっ!誠心誠意、励ませて頂きます!相棒、僕が道案内をするからね。任せておいてよ!近道があるんだ」

 

「質問に答えて。わたしは納得するまで任務に承諾できない」

 

蛍は善性の者であった。それこそ、森の民に好かれるほどには心の清い者であった。

故に自身と交流がある者の死が喜ばれているのが腹立たしかった。

 

「それに関しては僕が説明するよ。まぁ、僕も実は刹那様のファンなんだけどね…」

 

ひっそりと事の顛末を哲平は蛍に耳打ちした。

蛍はそれを聞くと、少し目を見開き小さな声で「嘘だ…」と呟いた。

 

「僕もそんなの嘘だって信じたいよ。だってあの人は僕の憧れでもあったんだから。神の目を持たないが、最強の英雄。そんな人に僕もなりたいなぁ」

 

そう語る哲平の顔はどこか寂しげであり、遠くの何かを見ているようであった。蛍は哲平もまた悲しみの中にいると気がつき、少しだけ哲平への好感度が上がった。

しかし事情知るパイモンは気まずいばかりで、自分が一言「死んだフリしてるだけだぞ」と言って仕舞えば全てが瓦解してしまう事を理解していた。

 

(…言えない!絶対に、何としても!ディザスターの気持ちが何となくわかった気がするぞ…今度、アイツに美味いもの食わせてやろ…)

 

「…パイモン?」

 

「いやぁ、何でもないぞ!それより、まだ着かないのか?オイラお腹すいたぞ!」

 

パイモンは誤魔化した。実際のところ、別にパイモンは空腹なではなかったが言わざるを得なかった。

結果的に、パイモンは食いしん坊の白いふわふわ呼ばわりされる羽目になるのだが、それはまた後の話だ。

 

「…ふぅ、やっと元の拠点に着けたね。相棒、少し休憩したら珊瑚宮様の所へ行こう。僕たちを待ってるはずだよ」

 

海祇島までついた一行は、珊瑚宮の所まで向かい無事を報告した。珊瑚宮はほっとしたような顔をして「おかえりなさい」と言って蛍に労いの言葉をかけた。

珊瑚宮はその後、メカジキ2番隊の隊長としての任務を幾つか蛍に言い渡すと、社へ引っ込んでいった。

 

「哲平はこれからどうするの?」

 

「僕は…そうだね。また前線勤務かなぁ。でも大丈夫さ、すぐにでも君に追いついてみせるよ。もし僕が隊長になったら、お揃いの制服を一緒に着よう」

 

しかし、この後哲平は“協力者“に掴まされた邪眼によって命を落とすことになる。DISASTERが介入せずとも、死んでいた運命に変わりはない。

ただ一つ、正史と違った所があるとするのなら。それは哲平の憧れた刹那が実は神の目を持っていたという事実を哲平が知ってしまった事くらいか。

 

降りしきる雨の中、蛍は邪眼により風前の灯と化した哲平を見ていた。

 

「──────やっぱり、僕じゃあ英雄には、なれなかったな…」

 

「哲平はもう、立派な英雄だよ」

 

「僕を気遣ってくれるのかい…?ありがとう、相棒…そうだ、僕たちのお揃いの隊服が出来たんだ…一緒に着てさ、それでさ…」

 

「哲平…」

 

「おいおい、そんな顔するなよ相棒……大丈夫、少し、休めば、すぐに元気に…」

 

「哲平!寝ちゃだめだ!おいっ!」

 

蛍は刹那の死を喜んだ抵抗軍があまり好ましくは無かったが、それでも哲平だけは友人として、相棒として大事に思っていた。

 

(雨が降っていて良かった。雨は色んなものを隠してくれるから)

 

蛍が永い眠りについた哲平から離れ、俯きながら、誰にもその表情を見せずにゆっくりと海祇島を出て行った。

理由は単純だ。哲平が死んだ以上、これ以上抵抗軍に居ても不愉快なだけであるし、哲平に邪眼を渡した相手にも心当たりがあったからだ。

 

「待て。その道行き、オレも連れて行け」

 

海祇島から出る直前、蛍は一人のヒルチャールのような男に声をかけられた。

男はヒルチャール雷兜の王を模した仮面を着け、2mはあるかと言った大男であった。しかしその身体はヒルチャールとは違い、やや黒ずんでいるのみで悍ましい魔物の気配はまるでしなかった。

 

「貴方は?」

 

「オレの名はギャラルホルン。抵抗軍から消えてしまった友人を探している。オレも貴殿らに同行したい」

 

「わたし達、これからファデュイの基地に攻め入るつもりなんだけど。貴方はそれでも良いの?」

 

「構わない。ファデュイならば我が友人もそこにいるやも知れぬからな」

 

ギャラルホルンは背に括り付けていた大剣を掲げ、地面に突き刺し誠意を見せた。仮面の中からは蛍の見覚えのある瞳が覗いていた。

当然、それに気づかない蛍ではない。すぐに不審がるのは自然な事だった。

 

「貴方のその瞳…どこかで見たことがある」

 

「ほう?貴殿は既に我が同胞に会っていたのか。息災であったか?…もっとも、理性を保てる同胞は少ないだろうが…」

 

「……まぁ、それは後で考えよう。ギャラルホルン、行こう」

 

一行は鳴神島へと向かい、ファデュイの待つ拠点まで行くのだった。

 

 ──────────★────────

 

「……ここは」

 

「おっ!ようやく目が覚めたか刹那!ここがどこだか分かるか?」

 

「…一斗がいるからアジトだろ」

 

「よく分かったな!ガッハッハ!!!おい子分ども、コイツに粥を作ってやってくれ!」

 

私は気がつくと、荒瀧・面倒見の良さは天下一・一斗のアジトに匿われていた。

なんでも、久岐忍が血だらけで倒れている私を見て急いで搬送したとの事。殆どの処置は久岐忍がやって、他のメンバーは必死に私を励ましていたらしい。

 

「しっかしよぉ、お前はよく血まみれになって来るよなぁ。空から降ってきて全身ボロボロになったり、腕が千切れかけの状態で『匿ってくれ』だなんて言ってきたりよ…俺様は心配だぜ」

 

「いやぁ、すまんすまん…私としても不本意なものが殆どなんだ。それに、私の犠牲で誰かを守れたのならそれに越したことはないだろう」

 

「馬鹿野郎。お前が死んだら忍が悲しむだろ?俺様も、子分たちも悲しむ」

 

「忍さんが?」

 

「あぁ、言ってたぜ?『何回も治療してれば愛着も湧いてきますよ』ってな」

 

そうだったのか。いつも治療してもらう時に「怪我する理由を他人に求めないでください」って結構辛辣な事言われて落ち込んでいるのだが、実は心配して言ってくれてたのか。

 

「失礼します…具合は良さそうですね」

 

扉がノックされ、久岐忍が部屋に入って来た。その手にはお粥が入った皿がお盆に乗っけられている。

香ばしい香りだ。香草でも使っているのだろうか?

 

「治療助かるよ、忍さん」

 

「治療するこちらの身にもなってください…しかし今回はお叱りは無しです。貴方の所業を聞き及んでいますので」

 

「凄えよなぁ、あの雷電将軍の無想の一太刀を受けて生きてるんだからよ。ま、次は俺様が受けきってやるけどな!ガーッハッハ!!!!!!!」

 

「やめてください。死んでしまいます」

 

さて。私はいつ復活すれば良いのだろうか。

もうじき蛍ちゃんが雷電将軍にカチこむ頃だろうか?いずれにせよ、八重神子と連絡をとっておかないと。

しかし傷が癒え切ってないのも事実。次に激しい運動を完治せずにしたらまぁ死ぬだろう。

 

「あ、そうだ。刹那さん、あなたあと3ヶ月は安静にしててくださいね。でないと全身から血を吹き出して死にますよ」

 

「3ヶ月!?そんなには待てない、せめてあと1ヶ月でなんとかならないか!?」

 

「なりません、これでも早い方です。良いですか?貴方の容体は深刻なんです。貴方は今元気に喋っていますが、本来なら喋ったら血を吐くぐらいには悲惨なんですよ」

 

「ぐ、具体的には…?」

 

「そうですね…まず、全身の筋肉断裂、複数箇所の複雑骨折、雷により内臓に損傷複数、無理矢理蘇生されたような再生跡が大量にあったのでそれを切除、無理に元素力を使ったのか体内の水元素が薄くなっています。正直言って、生きてるのが不思議なくらいです」

 

そんなにヤバい状況だったのか。雷電影に貰った傷薬、あれ外見しか効いてなかったみたいだな…そりゃ動けないわけだ。

いや、痛みはあまり感じないし、動こうと思えば動けるだろうが死ぬ。十中八九死ぬ。

 

「英雄の貴方には辛い事かも知れませんが…大人しくしていてください」

 

「くっ…!」

 

こうなった以上、もう暫くは私は動けはしないだろう。つまり、暇だ。娯楽小説でも読みながら時間を潰すしかないのか…

半年以上毎日ずっと人助けの日々だったため、とにかく動いていないと落ち着かない。どこかで困っている人はいないかと考えてしまう。

 

「あ、それと刹那さんの髪結は無くなっていました。探そうかと思ったのですが、今頃海の中でしょう」

 

「ああ、構わないよアレは。別に高いものでもないから」

 

しかし困ったな。髪結が無ければ長髪をそのままにしておくことになる。まぁ動かないし別に良いか。

まあ気掛かりと言えば気掛かりなので杖付きで歩き回る事だけは許可してもらった。勿論仕込み杖だ。

 

「相変わらず、街の人々は呑気なものだ…いや、それでこそ戦った甲斐があるというもの…」

 

アジトに運び込まれてから一週間ほど経ち、多少傷も癒えてきたので私は街へと繰り出していた。

街は以前と変わらず、平穏の一言に尽きる。しかし彼らの心の中は?

それがわからない以上、人助けをしてくれる人がいないといけないのは変わらないのだろう。

 

「徒然なるままに日暮…硯に向かはず、唯その瞳を以て民を見守る…か。フン」

 

「よお、そこの姉ちゃん。俺らと遊ばねえ?」

 

私が小高い丘の上で一休みしていると、如何にもと言った風貌の男達が話しかけて来た。

いや私は性別的にも魂的にも男そのものだが…

 

「断る。私はそもそも女ではない」

 

「え?いや、マジ?ちょっと服脱いでみてよ」

 

「構わない。ほら、これで良いか?」

 

私は衣服を上半身だけ脱ぐと、男達に私の肉体を見せつけてけてやる。そもそも彼らと私では戦士としての肉体的違いがあるため、見るものを圧倒するのが常である。

 

「……!なんて戦士として完成された身体…!武人として手合わせ願いたい!」

「お、俺も!武術家としてお相手願おう!」

「僕もお願いしても?久々に血が騒ぎますね…!」

 

「すまない、私は見た目上は治っているように見えるかも知れないが瀕死の身だ。私と戦いたいのなら、人を助け、困っている者たちを救ってからにしてくれ。私の代わりを果たせるのなら戦ってもいい」

 

我ながら妙案を思いついたものだ。私が動けないなら彼らに動いて貰えばいい。幸い、彼らも中々の実力者である事はわかる。

彼らに任せておけば基本大丈夫だろう。

 

「聞いたか?お前ら、人助けの時間だ!お、そうだ。貴方の名前を教えていただいても?」

 

「私のことは刹那と呼んでくれ。この国ではそれで通っている。あ、これは秘密だぞ?」

 

「…………え?」

 

「さあ行きたまえ!今の稲妻は表面上平穏そのものだが、その実暗雲が立ち込めている。君たちでなんとかするんだ。頼んだよ」

 

私は服を着直し、立ち上がって城下町の方へと歩みを進めた。背後から驚愕の声が聞こえてくるが無視だ無視。

 

その後、私は街で何度も女性と間違われ絶対に髪留めを買おうと決意したのだった。




次回は一週間以内か、アルハイゼンとデートに行ったら投稿します


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第二十一話 計画と決意なんだが

リアルの方でハプニングがありまして、投稿できる状態ありませんでした。遅れて申し訳ございません。


 

蛍は、ギャラルホルンと共にファデュイの工場に白昼堂々と侵入していた。

 

「くそっ!なんだコイツら…ぐわっ!」

「とにかく足止めしろ、コイツらをここから先に通すな!」

「ダメだ強すぎる!お前ら、退くぐらいなら戦って死ね!」

 

「風と共に去れ────!」

 

「黒蛇闘殺法…流水斬波ァ!」

 

「「「ぎゃあああああーーー!!!」」」

 

蛍が竜巻を起こし、ギャラルホルンが大剣から岩をも砕く水流を飛ばしファデュイ先遣隊の必死の抵抗を一瞬で崩壊させていく。

仮面の男が大剣を振るうと、数多くの戦士達の鎧が砕けて飛び散り、武器の破片が空を幾度も舞った。

 

「退け雑兵ども!命が惜しいのならオレ達の邪魔をするな!」

 

大男が吼え、兵士達を圧倒する。誰もギャラルホルンに近づく勇気は待ち合わせていないかに思われた。

だが、ファデュイの大佐グレードニキはその通りではなかった。

 

「グレードニキ、参る!」

 

大佐はギャラルホルンに対抗して自身も戦士の雄叫びを上げ、己を鼓舞する。

双剣使いのグレードニキは仮面の男へ果敢に飛びかかり、その武を示さんと剣を振るう。しかし大男は人ではなかった。

人でない以上、生物的な格差が双方には存在する。運命は猛きグレードニキには微笑まなかった。

 

「ぶふっ、こ、あぁっ…!」

 

「もうやめろグレードニキ。お前はじき死ぬ」

 

ギャラルホルンの大剣の殴打が大佐を捉え、その肉体は半分が潰れ、かつての好漢の顔は見るも無惨になっていた。

しかしそれでも、大佐であるグレードニキは矜持だけで立っていた。

 

「死ぬのは、怖くない…私の父も、その父もファデュイのために、世界の為に死んでいった!ここが私の死に場所というのなら本望!死ねぇい!!」

 

「愚か者めが!」

 

グレードニキは縦に割られ物言えぬ身体となった。

ギャラルホルンは先に行っていた蛍と合流すると、すでに蛍と工場長が戦闘を始めていた。

 

「ククク…見た事も無かろう?邪眼を三つ、同時に使う者などな!」

 

「確かに厄介だけど…貴方、もう長くないでしょ」

 

「……よく気付いたな。だがそれがどうした?貴様を殺せば!それで終いよォ!」

 

工場長が蛍に飛びかかり、その槍で蛍を射殺さんとするも蛍は悠々と回避し音よりも速い二連の袈裟斬りで戦いに終止符を打った。

実際のところ…純粋な元素力、それも神のものと同列の力を持つ蛍にとって、邪眼程度気にも留めるべきものではなかった。

 

「や、やったか!?」

 

「まだ。あと一人…いるんでしょ?『散兵』」

 

蛍がある方向を睨みつけると、「あらら、バレてたのか」と軽薄な笑みを浮かべながら笠の男が壇上から降りて来た。

ファトゥス第六位、『散兵』スカラマシュ。またの名を国崩。かつて三度裏切られ、その心を闇に染めた神の入れ物。

彼は意外そうにしながら蛍を褒め称えるフリをする。

 

「まさか君たちがここまで辿り着くとはね。やるじゃないか……面白い、久しぶりに再会したというのに今すぐにでも命のやり取りをしたそうじゃないか?」

 

「邪眼なんて粗悪品を抵抗軍に配るなんて…!」

 

「ああ、その事だったのか。一つ君は勘違いしている事がある。確かに僕はここに居るが、計画を実行するにあたりその代理人をしているに過ぎない。首謀者は他にいる」

 

スカラマシュは意地悪い笑顔で「凄腕なんだろ?」と蛍を煽る。普段の蛍ならばこの程度の事で怒ったりはしない。

しかし、蛍の精神は度重なる負荷によって限界が近かった。

 

「あらら、こんな()()()()()で怒っちゃったの?どうやら変わっちゃったみたいだね…情けなくて、小胆で、仲間一人も守れない弱っちいへなちょこに!」

 

「些細な事だって……!?」

 

蛍よりも先に、パイモンの堪忍袋の尾が切れた。

パイモンは心優しい空飛ぶ白いふわふわである。故に、スカラマシュの発言はパイモンの神経全てを逆撫でした。

 

「間違ったことを言ったかな…?浮世では、人の命なんて雑草と同じさ。ふふふ…邪眼が無くても彼らは死んでいただろう。少なくとも、邪眼は彼らの()()とやらを叶えてくれる機会を与えてくれたんだ」

 

「お前…!」

 

パイモンはDISASTERにそうしたように、その怒りで周囲の元素を歪めていこうとするも、大切な相棒()の前である事を思い出し、思いとどまった。

 

「目狩り令がどんな価値を持つか、君たちには分かるかい?これを実現するのは、僕たちにとって有益な事だからさ」

「現状を鑑みるに…その全てが価値のあるものだということがわかるね」

 

続くスカラマシュの言葉は蛍とパイモンの神経を逆撫でするものだった。だが、一人だけその発言を意にも介さない者がいた。

 

「貴様の話は長い。気分が高揚しているのか?それとも、それを遺言にするつもりか?」

 

「なんだお前…無礼者め。そんなアホみたいな仮面つけてる奴に物を言う資格なんて無いよ。それとも、僕に殺されたいのかな?初めからそう言って欲しいな」

 

ギャラルホルンは、ただ目の前で粋がるだけの少年などどうでも良かった。彼の記憶の奥底に眠る圧倒的な力と、全身を蝕む呪いの苦しみに比べればスカラマシュなど大した敵ではなかった。

蛍はスカラマシュから感じる謎の重圧の正体に気付けないでいたが、仮面の男は敏感にそれを察知していた。

 

(奴は何故だか知らないが、あの雷神と似た気配を感じる…クズの末裔としてはお似合いか)

 

「なぜお前がそんな目で僕を見るッ……!生意気だぞ!頭が高いんだ、ひれ伏せよ、僕に!」

 

「まるで子供の癇癪だな。付き合ってられん…が、聞きたいことがある。我が友ディザスターは何処だ。ここにいるはずだ」

 

「……DISASTER?あぁ、あの亜種降臨者かい?ふふふ!アイツは友達なんて作る奴じゃないさ。僕達ファデュイも、奴を危険視してるのさ!そんな奴をここに置くわけないだろう」

 

「そうか。居ないなら良い…旅人、あとは好きにしろ。オレはお前を手伝う」

 

ギャラルホルンはその場に座り込み、事の顛末を見守ることにした。

蛍はスカラマシュに「初めからお前達の計画だったの?」と問う。散兵はそれに応えて真実を述べた。

 

「永遠なんて、意味はないんだ…抵抗軍にいる君の友達のように、どんなに努力しても無駄なのさ。水中の泡のように、一度輝きを放った後はその美しさは破裂し、破滅が待っている」

 

「…………」

 

「失えば失うほど求め、無能であればあるほどそれに抗う!アッハハ!こういう茶番は、見ていて滑稽で、実に楽しいものだね!」

 

「哲平は…彼は無能なんかじゃない!」

 

蛍は剣を抜き放ち、三つの元素を纏い臨戦態勢になる。その顔は義憤に満ち溢れていた。

パイモンは慌てて蛍を宥めて、「オイラがとっちめるぞ!」と勇んで前に進む。だが、突如として蛍が苦しみ始めた。

 

「うふふ…アハハハハ!そうだ、怒れ!憤怒しろ!この工場にある魔神の怨嗟にとって、憤怒は最高のエサ!」

 

「どうしたんだよ、しっかりしろ!わぷっ」

 

「オレに掴まれ!」

 

ギャラルホルンの行動は早かった。蛍が倒れてからすぐに行動を開始し、蛍を抱き抱えパイモンを鷲掴みにし離脱を図る。

しかし、その行動は突如として飛来した雷によって阻害される。

 

「ぐッ…!この雷、このオレをしても強烈か…!」

 

「──────すまんのう。それは予定にないのじゃ」

 

「お前っ…裏切ったな…!?オイラ達を!」

 

「はて?妾は初めからこうする予定じゃった。無論、あの男の予言が無ければ…このような事、考えもしなかったじゃろうが」

 

下手人はクスリと笑い、スカラマシュと交渉する。パイモンは何もできない自分を恥じながら、ギャラルホルンは撃滅すべき敵を見据えながら、その光景を見ていた。

 

「……亜種降臨者の掌の上というのは腹が立つけど、有り難く受け取っておくよ。君、アイツが何を企んでるのか知ってるかい?」

 

「さてな。彼奴の思考など誰にも読めぬじゃろうて」

 

直にパイモンとギャラルホルンもさらなる雷撃を浴びせられたことにより気絶し、後には企む者達のみが立っていた。

 

 

蛍の目が覚めると、八重神子の大きな双丘が目の前に大迫力で置かれてあった。

 

「ようやくお目覚めのようじゃな?お主、魔神の怨嗟にやられて三日三晩寝ておったのじゃぞ?くくく、異邦の旅人といえどもこれにはお手上げか?」

 

「────パイモンは?」

 

パイモンと蛍は固い絆と信頼で結ばれている。であるので、蛍は確信しているのだ。

「自分が大変な時は必ずパイモンが近くにいて支えてくれる」と。そんな蛍からしてみれば、自分の目が覚めた瞬間に抱きついてくる相棒がいないのは不自然な事だった。

 

「パイモン…?あぁ、あの白いのの事か。妾の腹が減っていたのでな、喰うてしもうたわ……そんなに怖い顔をするでない。冗談じゃ」

 

「パイモンはどこ」

 

「彼奴なら…そうじゃなぁ、行方不明じゃ。あの工場からお主を助け出したのは紛れもなく妾じゃが、ちと目を離した隙に大男ごと何者かに連れ去られてしまったんじゃよ」

 

事実として、八重神子が散兵と交渉している間に足の速く、力の強い者がパイモンとギャラルホルンを運んでいってしまっていた。

蛍はその言葉を一旦信じると、八重神子に自分は何のために鳴神大社まで連れて来られたかを問うた。

 

「妾の見立てでは、お主では将軍に勝てぬ…魔神の怨嗟如きに屈するようでは、先が思いやられると言うもの。と、言うわけで特訓じゃ!喜ぶが良い、妾自ら指導してやる事など滅多にないのじゃぞ?」

 

「……お手柔らかに」

 

こうして、蛍と八重神子の特訓は始まったのだった。

 

 ─────────☆─────────

 

「刹那殿!刹那殿は何処に居られるか!」

 

暖かい陽気の降りしきる正午前、九条裟羅が二人の気絶している人たちを担いで連れてきた。

私は自分が重傷者の身である事、それゆえに暫くは表立って動くことができないと言うことを説明した。

 

「なんと言うことだ…!いやしかし、将軍様の無想の一太刀を受けて命があるのだから素晴らしい事だ」

 

「私の話はこれくらいにして、私に用があってきたんだろう?要件を言うと良い。大方、君が担いできた二人のことだろうが」

 

「ええ、話すと長くなるので省略すると、計画通り白い幼子が危害を加えられた為早急に回収、序でにそこに大男も倒れていた為連れてきました」

 

「ご苦労だった。君のお陰でこの2人の命が守られたのだからもっと誉めたいが、私はあまり言葉を持ちあわせていなくてね」

 

しかしそうか…パイモンにまで危害が及んだとなれば、ファデュイも本気だということだ。

これまでは基本、パイモンに攻撃は行かなかった。当然だろう、彼らも態々子供を攻撃したくはないだろうし、そもそもパイモンは緊急時はどこかに消えることが出来るからな。

 

「おそらく不意打ちか…」

 

「ところで、何故刹那殿は将軍様に?」

 

「私の話はもういいと…まぁ良いか、彼らが起きるまで暇だから話そう。端的に言えば八重神子の策略だ」

 

「八重宮司様の?」

 

「どうやら奴は私の事を本物の英雄か何かに仕立て上げたいようでな、全く無茶を言う…」

 

「…………刹那殿なら、成れますよ。本物の英雄に」

 

なぜかほんのり頬を赤らめながら九条裟羅がそう呟く。私は礼を言うと、既に起きているらしい大男に「寝たふりはもう結構だ」と言い立ち上がらせる。

大男はその図体とは裏腹に機敏に動くと私の顔を舐めるように見てきた。

 

「お、おお…!お前は!ディ!ディではないか!」

 

「…?その呼び方、まさかヤルプァか!?何だってそんなに縮んで…!?」

 

どうやら、この大男の正体はヤルプァだったようだ。いやしかしヤルプァはヒルチャール・雷冠の王だったはず。

それが今やどうだ、3m近くあった背丈は2m程に縮み、仮面の奥からはとても理性的な瞳が私を覗かせている。

 

「ディ、お前に伝えなければならない事がある」

 

「そう畏るなよ、水臭いな。なんだ?」

 

ヤルプァが語った内容は三つあり、大雑把に言うと

「ファデュイと八重神子が組んでいること」、「抵抗軍の最終作戦が決行されようとしていること」、最後の一つは「時が来たら言う」と言って聞かなかった。

 

「それと…オレは記憶を取り戻したぞ。オレの本当の名前と、オレの故郷のことだ」

 

ヤルプァは突然正座をして私に向き直った。

互いに気心の知れた仲なのだから、そこまで堅苦しくなる必要もないと思うのだが、ある種のケジメのようなものなのだろう。そう納得することにした。

 

「オレの名はギャラルホルン。かつての故国カーンルイアで黒蛇騎兵隊長をやっていた。ディ、お前もオレに正体を明かしてくれないか?」

 

ヒルチャールは元々人間だった…というのは知っていたから良いとして、何故私の正体など要求してくるのだろうか。

私はヤルプァには特に別に隠すことも無いので、九条裟羅に一次退室してもらい自分がある日突然このテイワットに降り立ったことを説明した。

 

「やはり…記憶喪失か。ディ、お前はカーンルイアについてどれほど知っている?」

 

「どうって…500年前に滅びた、神を持たない国だろう?一般教養とはいかずとも、多少知識のある者なら知っていて当然の話だが」

 

「そうではない。もしやお前、ダインスレイヴ殿と旧知の中なのではないか…?いや、質問を変えよう──────末光の剣についてどれほどで知ってる?」

 

「何も──「惚けなくてよい」…ダインスレイヴとハールヴダンの事についてだけだ。それ以外は知らない」

 

一瞬誤魔化そうとしたが、ギャラルホルンは許してくれないようだ。

こうなれば仕方ない。ギャラルホルンには悪いが嘘をつかせてもらおう。設定としては…

 

「何を隠そう、この私はかつて故国カーンルイアで王族として傷つき、死んで蘇ったのだ。思い出せ、ギャラルホルンよ。お前が守れなかった者達の中に、私はいた筈だ」

 

一から百まで全部嘘だ。きっとギャラルホルンが元カーンルイア人の王族であることをネタに適当でっちあげただけだ。

なぜ嘘をついたか?まさか現代日本からゲームの世界に転生したなんて言えるはずがないだろう。

 

「な………お、おお…!やはり、やはりか!その顔、忘れるはずもない…!『王子様』、良くぞご立派に成長なされて…!」

 

「うむ…」

 

そんなに私と王子が似ていたのだろうか。だとすれば空くんは本当に王子様であった可能性があるな。だって、私と空くんの顔って似てるし。

空くん本人の事を言っている可能性も考えたが、そうならもっと直接的に言うはずだ。

 

「さて、話はそれだけかギャラルホルン。あと私のことはこれまで通りDISASTERと呼ぶこと、私もお前のことはヤルプァと呼ぶ」

 

「……くく、どのような立場であれオレ達は友である事に変わりはない。そう言うことだな?」

 

「当然!私とヤルプァは対等な関係だ。これからもよろしく頼むぞ?」

 

「─────ああ!して、ディはこれからどうするつもりだ?身体が動かないのだろう」

 

「そうだな…その話をさっき九条裟羅としていた所だ。戻ってきてもらうか」

 

私は大声で九条裟羅を呼ぶと、0.1秒で私の背後に立たれた。流石は天狗、速い。私はヤルプァに九条裟羅を簡単に紹介すると、今後のプランについて思案を巡らせる。

実際、この後私が出来ることは余りにも少ない。そもそも私の身体は次に激しい運動をすれば死に至り、九条裟羅やヤルプァに頼んでも良いがそうすると八重神子の『私を英雄に仕立て上げる』計画は台無しだ。

であればどうすれば良いか?それが分かれば苦労しないのだが。

 

「────一先ず、私達のするべき事はこの稲妻からファデュイを撤退させ実権を他の誰かが握ることにある」

 

「八重宮司様の計画では、刹那殿がそれに値する人物である…と。刹那殿は嫌がるかもしれませんが、私もそう思います」

 

「しかしなぁ、私はこの体たらくだ。まともに刀を振えるのは何ヶ月後か…当初のプランが使えなくなった以上、私は誰かにその役目を任せたいと思う」

 

「ディよ、オレなら行けるぞ」

 

ヤルプァがそう申し出てくれる。確かに頼もしいが、ヤルプァには稲妻国民からの信頼が無い。私は紀行から、九条裟羅は立場から。それぞれ厚いものを受け取っている。

しかしヤルプァにはそれがない。

 

「────待て、それでは意味がないのだ。刹那殿が望んでいるのは私が九条家を乗っ取り、抵抗軍を鎮圧しファデュイを追放する事だ。立場のない貴様には無理だろう」

 

「では仕方ないな。いつ決行する?」

 

「刹那殿」

 

そんなものは決まっている。

蛍ちゃんが雷電将軍の元へ行く時だ。そしてそれには、九条裟羅による『淑女』との相対が必須だ。しかしそれでは人が足りない。

ではどうするか?これに関して、私の脳裏に一つ案が浮かんできた。

 

「金色の旅人…そこで寝ているパイモンの仲間が雷電将軍と対決する時だ。そしてそれには、九条裟羅。君の協力が必須だ」

 

「私は何をすれば?」

 

「君の義父を殺害し、ファデュイとの関係を断ち雷電将軍に直訴しに行ってくれ。死にはしないだろうが、怪我は負うかもしれない」

 

「……っ、義父を、ですか。殺さなければいけないのですか!?」

 

「君が殺したくないのなら殺さない方法を考えてくれ。確実に世界から消えてもらわなくては不安要素が残るからな…尤も、君が世界を滅ぼしたいのなら話は別だが?」

 

強い言葉を使って九条裟羅を詰る。いつどんな状況で邪魔をされるかわかったものではないのだ。そもそも、稲妻対しての裏切り者なのだからどの道雷電将軍に消される運命にあるだろう。

早いか遅いかの違いだ。九条裟羅には酷だろうが我慢してもらう他ない。

 

「────ッ、わかり、ました…!」

 

「すまない。これも稲妻の為だ、我慢してくれ」

 

苦虫を噛み潰したような顔で俯く九条裟羅に若干の罪悪感を覚えたが、私が動けない以上しょうがない。

もしどこかに傷を癒すスペシャリストでも居れば話は別なのだろうが…

 

待てよ、傷を癒すスペシャリスト?

いるじゃないか。抵抗軍に!決まりだ、私は珊瑚宮心海に治癒を施してもらう。

 

 

その後、プランを粗方ヤルプァと九条裟羅に説明し終わり、私はパイモンをヤルプァに預け抵抗軍へと向かったのだった。

 

 

 ─────────☆─────────

 

 

刹那殿は、私の恩人だ。

命ばかりか、稲妻や将軍様までも救おうとしている本物の英雄だ。

 

だから、私はきっと無意識のうちに信じていたのだろう。「刹那殿は義父上までも救ってくれるに違いない」と。

あの時…刹那殿が私に義父上を殺せと命じられた時の顔をよく覚えている。

どことなく超然的で、達観というには余りにも無機質な目を私に向けていたあの顔を。

 

「本物の英雄」とはああいうものなのだろうか。あの視線は人がなり得る英雄というより、むしろ上位者。将軍様のような神の視点ではないのか?

 

いや、私の考えすぎだ。そうだ!刹那殿に質問をしてみよう。私の事をどう考えているかを。そうしたらきっと、私の望む答えが返ってくるはずだ。

 

「────君の事かい?大切な仲間だよ」

 

やはりそうだ。私は間違っていなかった。

いや、もしかしたら刹那殿が私に特別な情を抱いている可能性もある。

刹那殿は稲妻の民のことをどう思っているのだろうか?

 

「別に?どうでもいい」

 

ドウデモイイ…()()()()()()、だと?

そんな事を刹那殿が言うはずがない、だっておかしいだろう?どうでもいいなら何故救う?何故手を差し伸べる?

冗談に決まっている。きっとそうだ。

 

「冗談?いや…どちらかと言えばまぁ計画(クエスト)の邪魔だから所定の位置から動かないで欲しいんだが…そうもいかないからな」

 

その時、私の中で何かがガラガラと崩れ去る音がした。

 

ああ、()()()は。英雄(コイツ)は。コイツは!

 

 

絶対に、生かしてはおけない

 

 



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