俺は基本ソロの剣士なんだが、自称凄腕の盗賊とバディを組まされている。~お兄さんってぇ、陰キャのぼっちですよねぇ~ (これ書いてるの知られたら終わるナリ)
しおりを挟む

第一巻 燐光と銀鱗
酒場にて


 メスガキシーフを分からせる話の連載版です。

 連載するに至って、実験として極限まで削っていた描写を全部戻しました。
 違和感、読みにくいとかあれば指摘お願いします。

(とはいえたぶんこの雰囲気のまま書き進めるけど)


 雨が降りしきる中、俺はぬかるむ道を歩いていた。

 

 目に見えるほど刃こぼれし、曲がった剣を杖代わりにして。あるいは、大きく口を開けて空気を取り込もうとし、時折自分の汗とも雨とも分からない雫を気管に入れて咳き込みながら、その道を進んでいる。

 

「はぁっ……はぁっ……っ!!」

 

 呼吸が乱れている。先程まで追いかけてきていた魔物は撒いたようだが、今ここでへたり込んだら、二度と立ち上がれない予感があった。

 

 戦いの中で呼吸が乱れるような動きをしていては、長生きは出来ない。それを教えてくれた人は、この場にはいない。

 

「っ!? ぐっ……! あぁっ!!」

 

 膝の力が抜け、倒れそうになったのを何とか奮い立たせて立ち上がる。その時、雨に揺れる水溜りの中で、自分の姿が見えた。

 

 身体は返り血と自らが流す血に汚れ、黒い髪は泥と雨に汚れている。新調したてのレザーアーマーは修理も不可能なほどに壊れていたので、先程脱ぎ捨てた。だから、今はアンダーシャツにズボンという何ともみすぼらしい姿だった。

 

 どんな小さな怪我でもそれは致命傷に繋がる。それを教えてくれた人も、一人前になったんだから、その古びた装備じゃカッコつかないだろ。と言ってくれた人も、この場にはいない。

 

「がんばれっ……戻るんだ……っ」

 

 次の一歩が踏み出せない。既に体力は使い果たしている。立っているだけでもやっとだ。それでも前に進むため、言葉を口にして自分を奮い立たせる。

 

 それを教えてくれた人も、この場にはいない。

 

 誰も彼も、この場にはいない。俺は独りで、彼らは俺を捨てた。だから、街には自力でたどり着かなければならない。

 

 雨で煙る遠景の先に、おぼろげながら街の入り口が見えてきた。足に活力が満ちてくる。一歩一歩、踏みしめるように進んでいく。水溜りを踏み抜いたが、冷え切った足は何の感触も寄越さなかった。

 

「――、――!」

 

 遠くで門番の二人が何か叫んで、こちらに走ってくるのが見えた時、思わず安堵から膝の力が抜けてしまう。雨音に混じって聞こえてくる二人の声が、酷くおぼろげに聞こえた。

 

 もう身体は動かない。

 

 剣を握っていた両手も、身体を支えていた足も、雨水が浸食するように冷たく、感覚が消失していた。二人が何かしら声をかけてくれているが、それはもう、俺の耳には届かなかった。

 

 

――

 

 

 蒸留酒を口に含むと、豊かな木の香りが鼻腔をくすぐった。酒に酔う趣味はないが、この味を再現できる飲み物は酒しかないので、これを飲んでいる。

 

 冒険者ギルドに併設された酒場は、その街の経済状態を示している。穀倉地帯が近く、気候が安定しているこの町は、経済がかなり発展していた。

 

 照明は魔法灯が使われ、その光をガラス細工の調度品が暖かく反射している。今腰掛けているカウンターも、上等な素材に丁寧に加工が施されたものだし、カウンターの向こうにある棚にはいくつもの銘柄が所狭しと並んでいる。テーブル席の方も丁寧に磨かれており、静かで理知的な雰囲気を持っている。

 

 とはいえここは冒険者ギルド。ドレスコードなんてものはあるはずがない。だからこそ、この酒場は鼻持ちならない金権主義的な雰囲気も、スラム街一歩手前の、騒がしく喧嘩の絶えない雰囲気も存在しなかった。

 

 もう一度蒸留酒を口に含む。グラスの中で大人しくしている氷が、自己主張をするように転がって、その音につられてグラスに映る自分が目に入る。

 

 黒髪碧眼、仏頂面で年齢より年を取って見られるが、俺自身は二十四歳だ。この歳でソロ冒険者をしていられる人間はそう多くはない。俺は自分の実力に対して、それなりの自負はもっていた。

 

「ギャハハハハ!! 今日も簡単な依頼で助かったぜ!」

 

 静かな雰囲気を壊すように、ギルドへの連絡扉が開かれる。丁度俺と同じくらいにこの町に来た冒険者パーティで、リーダーの騎士と、剣士が三人、魔法使いが二人、そして弓手が一人とかなりの大所帯で、数に物を言わせた討伐任務で荒稼ぎをしているのが遠くから見ていてもうかがえた。

 

 彼らは大声で給仕を呼び出すと、人数分の安酒と味の濃い肉や芋料理を注文して、大テーブルを占領した。

 

「銀等級に上がって依頼も受けられる幅が広がった! 俺らに怖いもんはねえよな!」

 

 銀等級は、冒険者の等級としては上澄みに分類される実力だが、決して強いわけではない。いっぱしの冒険者として、信頼のおける実力だという証明程度である。

 

 実際のところ、金等級の魔物に襲われれば、生き残る確率は七割程度、銅等級以下と比べれば生存率は高いものの、やはり戦力としては金等級に及ばない。

 

「あーっ! お兄さんまた一人でお酒飲んでる!」

 

 うるさい奴が増えた。

 

 視線を向けると、にやにやと嘲笑を浮かべる細身の女が居た。起伏の少ない身体をビキニトップとホットパンツで着飾っている。何とも防御力の低そうな衣服だが、彼女の職業的に重装備をするわけにもいかない。

 

「ねえ、お友達いないのぉ? この町について一週間くらい経ったけど、お兄さんが誰かと一緒にいるところ、見たことないんですけどぉ?」

 

 そう言いながら、女は隣の席に座る。黒いツインテールが揺れて、微かに甘い匂いが鼻を掠めた。

 

「あ、ワタシもお兄さんと同じやつ飲んでいいですか? もちろんお兄さんのおごりで」

 

 気に入らないが、酒一杯程度でケチをつけるほど金に困ってはいない。バーテンダーにもう一杯頼んで、女の前においてもらう。

 

「じゃ、カンパーイ」

 

 グラスを突き合わせる。軽く涼やかな音が指先を伝わり、身体の芯に響く。

 

 彼女の名前は何だったか、聞いたような気もするが、そんなに興味もないので忘れてしまった。呼びかける時も「おい」で終わらせているし、そもそも話しかけることが少ないのだ。

 

 基本的に、俺はソロで依頼をこなすことが多く、こいつは俺の後をついて火事場泥棒的に物品を漁ったり、ごくまれに討ち漏らしを処理している。

 

 俺が剣士で、こいつが盗賊。そういう関係性で今までやっている。

 

「それじゃあ……明日はどうします? 難易度が高い大型の魔物を倒しちゃったり?」

 

 蒸留酒を二口ほど飲んでから、女は問いかけてくる。酒に弱いわけではないが、こいつは酒を飲むとすぐに顔が赤くなるタイプだった。

 

「あっ、でもぉ、お兄さんって陰キャのぼっちだから、複数人でチームを組む大規模討伐任務は――」

「煩いな」

 

 そう呟いて、俺は背負った両手剣を手にする。長大すぎるため、鞘ではなく革のバンデージで包んでいるそれは、大体俺の身長と同程度の刃渡りを持っていた。

 

「ひぇ――……?」

 

 身を竦める女をスルーして、先程入ってきた七人組のテーブルに向かう。両手剣にはバンデージを巻いたままだ。

 

 余程大型の武器でない限り、街中で武器を抜身で持つのはご法度だ。それはどこの国でも共通で、時と場所によるが、最悪の場合そのまま牢屋に入ることもある。

 

 テーブルの近くまで行くと、俺は剣の先端を床に思いっきり叩きつけた。

 

「なっ……!?」

 

 一瞬で店内が静まり返る。それを確認した後、俺はリーダー格の騎士に向かって、静かに語りかける。

 

「静かに酒飲みたいやつもいるんだ。気遣ってくれ」

「何だお前はよぉ、こっちに指図するんじゃねえっての」

 

 騎士の脇で下品な笑い声をあげていた剣士が立ち上がる。酒を一気に呷ったのか、それほど時間が経っていないにもかかわらず、既に目が据わっていた。

 

「俺たちを知らねえのか? 銀等級の――」

「おい待て、黒髪にその両手剣……まさか『白閃』?」

「そう言われる事もある」

 

――白閃(びゃくせん)

 

 いつからか、俺はそんな名前で呼ばれるようになった。

 誇らしいとは思わない。重荷だとも思わない。俺は常に独り、ソロ冒険者だから他人の評判などを、意に介すつもりはない。

 

「えっ!? あ、あのっ!! すいませんでした!」

 

 全員が頭を下げる。さっきの威勢のいい剣士は、リーダーに無理やり頭を下げさせられていた。

 

 先程の銀等級に上がってはしゃいでいる姿が、こうもしおらしくなると少し哀れだった。

 

 席に戻る途中、給仕を呼びつけて七人分の代金を俺に請求するように伝える。あいつらはあいつらで、夕飯の気持ちいい時間を台無しにされたのだから、このくらいはフォローしてやらないとな。

 

「お兄さんこわーい。そんなんだから友達出来ないんじゃないのぉ?」

 

 女がにやついた顔で挑発してくるのを無視して、俺は彼女の隣に座る。俺に仲間がいないのは、それもあるだろうが、俺自身が仲間を作ろうとしていないからだ。

 

 仲間を作れば裏切りを警戒しなければならない。それを考える位なら、一人で良い。現に今まで一人でやってこれている。

 

「ホント、ワタシが居て良かったですよねぇ」

「そうか」

 

 適当に相槌をして酒を呷る。氷が溶けだして随分薄くなっていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎竜討伐1

 翌朝、依頼掲示板を眺めていると、丁度よさそうな依頼を見つけた。

 

「炎竜討伐ですかぁ? お兄さんにそんなことできるんですかねぇ」

 

 隣で挑発するような物言いを続ける女を無視して、俺は掲示板から依頼書をはがす。

 

 依頼書は本来、はがすことは禁じられている。依頼書番号を受付に申請して、受注確認を取る形式なので、大量の納品依頼や、複数体の討伐依頼は貼り付けておかないと依頼側も受注側も困る事になるのだ。

 

 だが、その中でもはがすことが認められている依頼がある。魔物単体の討伐で、なおかつ高難度で、受注者が絶対に達成できると宣言する場合だ。

 

 これはつまり同業への「俺の獲物に手を出すな」という宣言であり、依頼者に「この依頼はすぐに達成されるから安心しろ」という意思表示だった。

 

「頼む」

 

 受付に依頼書とギルド所属票を提示する。銀と金色で装飾されたそれは、最上級の等級を示していた。

 

「畏まりました白閃様。炎竜討伐ですね」

 

 何の感情を動かすことなく、受付職員は依頼書と所属票を預かり、判を押す。受注はそれだけで終わりだった。

 

「同行者は――」

「あっ、ワタシでーす」

 

 居ない。と答える前に盗賊女が声を上げる。まあいつものことだ。もう訂正するのも面倒なので、職員が彼女の名前を記入するのを黙って見ていた。

 

「良かったですねぇ、凄腕でやさしーいワタシが一緒に受けてくれて」

「足は引っ張るなよ」

「とーぜん。お兄さんもワタシの実力分かってるでしょ?」

 

 ……とりあえず、こいつは簡単に死にはしないという事は分かっている。

 

 さて、こいつはいいとして、防火系の装備を整えてからだな。たしか、荷物の中にあった古いものは、捨ててしまったはずだった。俺は何度か通ったことのある武具屋にあたりを付けてギルドを出る。

 

「あ、白閃さん!」

 

 出たところで、昨日のパーティリーダーと出くわした。どうも朝早くからトレーニングをしていたようで、薄手のシャツとズボンを着て、手拭いを首にかけていた。

 

「昨日はありがとうございました!」

「別にいい。お前らも水を差されて気分が悪かっただろう」

 

 後輩に頭を下げられるのも居心地が悪い。早いところこの場を離れてしまおう。

 そう考えて、俺は若い騎士の横をすり抜けて先へ進む。

 

「後輩にいいとこみせられて御満悦ですねぇ」

「そうでもない」

 

 後ろから追いかけてきた女を適当にあしらいながら、道を歩く。

 

 路地を曲がって、少し奥まったところにその武具屋はあった。少々薄暗い店内だが、腕は確かで、ギルドからの紹介だけあって、対人用装備よりも対魔物用装備が多いのが良い。

 

「店長さんこんにちはぁ」

 

 不愛想な店長の脇を通り抜けて、防火装備の棚を物色する。火傷用の軟膏と、回復スクロールは数本持っていたほうがいいな。あとは耐火マントと手袋、髪の毛が燃えないようにするジェルは必須か。

 

 必要そうなものを次々に手に取っていく途中、ふと女もののロングコートが目に入った。耐火、耐溶解、耐寒……一通りの耐性を持っている中々に上等な防具だった。

 

「炎竜ってぇ……とりあえず耐火ジェルだけあれば大丈夫ですよね?」

 

 危機感の無い女に頭の痛くなる思いだった。仕方なく俺はそのコートも手に取る。安物ではなかったので、値段は張るが、仕方ない。目の前で丸焦げになられても困る。

 

 会計を済ませて、収納袋に回復スクロールと軟膏を丁寧に詰めて、防火用の装備に手を通す。

 

「うわぁ、お兄さんってば買いすぎ。そんなに自信ないなら依頼書はがさなければ――わぷっ!?」

「着ろ」

 

 コートの値札をナイフで切って投げつける。毎回こいつは見通しが甘すぎて肝が冷えるな。

 

「え、これって……」

「防火用コートだ。ジェルを薄く塗った程度じゃ、五秒も持たないで丸焦げだぞ」

 

 それを聞いて、女は変な顔をした。嬉しいようながっかりしたような、そんな顔だ。

 

「あ、あははー、そうですよねぇ、お兄さんがそんな気の利いたことできませんもんねぇ」

 

 台詞の元気がないが、俺は気付かない振りをしつつ話を続ける。

 

「それと、手袋が無いならナイフは握れないと思え、金属製アクセサリーもだ」

 

 炎竜は凄まじい熱量を周囲に放っているため、金属はすぐに火傷してもおかしくない温度まで熱されてしまう。素手でナイフなんて握ろうものなら、その形に皮膚が爛れてしまうだろう。

 

 

――

 

 

 女がコートを羽織り、俺がマントを身につけたところで、俺たちは一度冒険者ギルドへ戻った。

 

「白金二五八番倉庫にこれを頼む」

「承知いたしました」

 

 冒険者ギルドは依頼の受注のみをしている訳ではない。併設された酒場の運営もだが、セーフハウス、宿屋、各種商店の紹介、冒険者向けの銀行等、様々だ。

 

 その中でも独自性の強い業務として、貸倉庫がある。技術的にはどうやっているのか想像もできないが、各支部で預けたものは、別の支部でも引き出せるようになっている。

 

 俺は今までの旅装を預けて、討伐用の装備に身を包む。新品特有の硬さは残るものの悪くはない。

 

「あ、あのぉ、お兄さん」

 

 準備を終えたので、向かおうかというときになって、盗賊女がおずおずと話しかけてきた。

 

「これ、私に買ってくれたのって、何でですか?」

 

 二、三歩彼女に歩み寄り、ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!!! いきなり何ですか!? 何なんですか!?」

「いや、元気がなかったから」

「引っ張ったら明るくなる魔法灯じゃないんですから!!」

 

 実際引っ張ったら明るくなったけどな、とは言わなかった。

 

「……同行してきた奴が黒焦げになるのは見たくないだろ」

 

 ズレた衣服を涙目で元に戻している彼女に、淡々と告げる。

 

「炎竜を舐めるなよ、白金等級の魔物を甘く見た結果、死ぬ奴なんて金等級冒険者にはよくあることだ」

「え、えっと――つまり、お兄さん的には私が死ぬと嫌だって感じですか?」

「敵でもない知ってる奴が死んで喜ぶ奴は、そういないだろ」

 

 淡々と答える。こいつが期待していることはよく分からん。

 

「ふ、ふーん、そうですかぁ、そうなんですかぁ……」

 

 よくわからんものの、どうやら期待していた反応を返せたらしく、満更でもないような反応だった。

 

「じゃあ、行きましょ――」

「白閃!!」

 

 出発しようとした時、俺を呼ぶ怒声が聞こえた。何事かと思ってそちらを向くと、昨日の威勢のいい剣士が自分の得物――鞘に入ったままの片刃剣を構えていた。

 

「昨日のは納得がいかねえ! 俺と勝負しろ!」

「おい、落ち着け。あの時は流石に、俺たちが周りを見てなかったのが悪い」

「それに昨日奢ってもらったじゃない。忘れたの?」

 

 周囲のメンバーは制止しているものの、剣士が引き下がる雰囲気は無かった。そういう跳ねっかえりが強い奴は嫌いじゃない。

 

「構わない――相手をするから表に出ろ」

 

 しかし、随分と威勢のいい物言いだ。ギルド内での立ち回りは周囲の迷惑になるので、冒険者ギルド前の広場で相手をすることにした。

 

「あの……白閃さん、すみません。あいつ、昨日のことがまだ納得できないみたいで」

「構わない、丁度肩慣らしをしておきたかったところだ」

 

 申し訳なさそうにするリーダーの騎士に声を掛けつつ、広場に出ると、俺も背負っていた両手剣を構える。

 

「どちらかが武器を落とすか、参ったと言った時点で勝敗を決める――それでいいか?」

「ああ、それで大丈夫だ。いくぞっ!!」

 

 間髪を入れず、剣士は自分の武器を構えて突貫してくる。確かに勢いはある。そして鍛錬も怠っていないのだろう。だが、経験がまだまだ少ない。

 

 大上段からの振り下ろしを半身になって避ける。その振り下ろした位置から、切り上げるようにして逆袈裟に切り込んできたのを剣で弾き、前蹴りを入れてお互いに距離を取る。

 

「我流か」

 

 突貫の勢いと、攻撃に対する執念は確かに目を見張るが、相手を見て行動することと、体捌きがまるでなっていない。

 

「それがどうした!! ああああああああっ!!」

 

 再び芸の無い突貫で突っ込んでくる。俺は無造作に彼の喉元に剣先を差し出した。

 

「っ!?」

 

 全くの想定外だったのだろう。彼はすんでのところで急所を外したものの、首に大きな擦過傷を作って倒れ込んだ。

 

「おいっ! 大丈――」

「近づくな、まだ武器を落としていない」

 

 駆け寄ろうとしたパーティメンバーを言葉で制す。そうだ、こいつは武器を落としていないし戦意も喪失していない。

 

「っ……はぁっ、くっそぉ……」

 

 立ち上がり、闘争本能のままに剣を再び構えなおす。諦めの悪い性格も相まって、いい師匠に出逢えれば、こいつはもっと強くなるだろう。

 

「うおおおっ!!」

 

 また代わり映えの無い正面からの突貫、底は見えたな。

 

 俺は彼の軌道を見切り、両手剣を軽く振って彼の剣を弾き飛ばした。

 

 そして返す動きで相手の肩に切っ先を軽く当てる。それ以上は必要なかった。

 

「ぐあああっ!!」

 

 自らの勢いで肩に剣を食い込ませた彼は痛みにもんどりうって倒れる。直接刃が刺さったわけではないので血は出ないが、それでも肩を脱臼してもおかしく無い衝撃だったはずだ。

 

「武器の間合いを考えろ、考えなしの突進だけじゃいつかは負けるぞ……戦いは終わりだ。治療してやれ」

 

 肩を抑えてうずくまる彼と仲間たちにそれだけ言って、俺は炎竜討伐へ向かう。

 

「お兄さんやっぱ強いですねぇ、もしかして陰キャでぼっちだから、そのぶん修行いっぱいできたんですかぁ?」

 

 走り寄ってきた盗賊女の声を無視して、俺は歩き続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎竜討伐2

――炎竜(ファフニール)

 竜種、と呼ばれて真っ先に浮かぶであろう存在、それが炎竜だ。

 

 爬虫類じみた赤黒い皮膚に、鋭い爪と角、その全ての表面温度は数百度に達しており、羽ばたきによって巻き起こる風は、砂漠の熱風よりも熱い。

 

 体内を流れる血液は絶えず泡立ち、火打石のような牙は、噛み合わせることで可燃性の唾液に着火して、火炎の塊を吐き出すこともできる。

 

「ちょ、ちょっと、まって……」

「休めば体力を持っていかれるだけだぞ」

 

 五〇度に届こうかという熱気の中、俺と盗賊女は熱源へと歩いていた。この熱気は太陽からのものではなく、炎竜が発するものだ。現に周りに生えている木々は、温暖な気候のもので、高温地帯のものではない。今は形を保っているものの、一週間もたてばこの辺りは枯れ果ててしまうだろう。

 

 炎竜は本来、火山地帯が住処であり、人里近くまで降りてくることは少ない。食性も火炎蜥蜴(サラマンダー)や溶岩巨人(ラヴァゴーレム)が中心で、人里まで降りてくることはそう多くない。

 

 だが、例外はある。竜種は老齢にさしかかるあたりで巣を作り始めるが、それまでの間は住処を探しに各地を転々としている。彼らは食性にあった地域を中心に移動し、住処を探すが、ときおり縄張り争いに負けた弱い個体が、人間の文化圏にまで追い出されることがある。それを狩るのが今回の依頼だ。

 

「風すら熱いってどういう事って感じぃ……」

「あまりしゃべると喉が焼けるぞ」

 

 収納袋から回復スクロールのうち一つを取り出す。これらには種類があり、体力回復から状態回復、各種防護など、使い捨てながら便利な魔法が収録されていた。

 

 スクロールを破くと、青白い光が俺と彼女をつつんで、防護魔法が発動する。

 

「あ、あれ?」

「耐暑の防護だ。これで少しは楽になるだろう」

 

 身体の周囲を涼しい空気が取り囲んだように感じる。熱気からしばらくの間身体を守る魔法だった。

 

 効果時間自体はそこまで長くないものの、短期決戦で済ませるつもりなら十分な性能だ。

 

「……あっ」

「あ?」

「ふ、ふふーん、熱さが我慢できないなら早く使えばいいのに、ワタシの前だからって我慢しなくて――」

 

 コートの内側にあるビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!! 何なんですかさっきから! また美少女のおっぱい世間様に開陳させて!!!!」

「いや、ちょっとイラっと来たから」

「何ですかその理由! ムラっと来たなら百歩譲って許せましたけど!!!!」

 

 今この状況でムラっと来るのは性欲有り余りすぎだろ。とは言わなかった。

 

 彼女が衣服を元に戻すのを待って、それから俺は口を開く。

 

「スクロールを使ったのは理由がある」

「何ですか? 熱さが耐えられなくなったんじゃ――」

 

 盗賊女の非難するような言葉は、上空から吹き付けるすさまじい風に遮られた。

 

 その風は防護越しでもわかるほど熱気を孕んでおり、それ無しでは肌を焼かれていただろう。俺は背負った両手剣を構えて、バンデージの留め具を外した。

 

 勢いよく金具が跳ねて、ベルトのようなバンデージが地面に落ちる。手に残ったのは直線だけで構成された無骨な両手剣だ。神銀(ミスリル)を惜しげもなく使い、強度を高めるために波紋状の酸化被膜――ダマスカス加工を施したそれは、強度と切れ味、継戦能力すべてにおいて最高峰の武器だった。

 

「こういうことだ」

 

 見上げた先には、赤黒い身体に、怒気のような燐光を備えた巨大な竜がこちらを睨みつけているのが見えた。

 

 それが竜種の中でも最上級の危険度を誇る竜王――炎竜だった。

 

「えっ、あ……」

 

 女が炎竜を認識し、行動するよりも早く、炎竜は口腔から火炎弾を放つ。

 

「っ!!」

「ぎゃんっ!?」

 

 俺は呆けている彼女のコートを掴んで引き下げると火炎弾をマントで受ける。燃えているとはいえ、結局は分泌液だ、防火素材であればそこまで警戒するものではない。

 

「ガァアアアアッ!!!!!」

 

 爆発音のような咆哮が聞こえた後、炎竜が急降下する姿勢のまま飛び込んでくる。音速を超えた大質量ゆえに、その衝撃波は凄まじい威力だ。

 

 盗賊女を近くの茂みに投げ飛ばし、両手剣を構える。すれ違いざまに翼を折らなければ、こちらの勝ち目は薄い。

 

「おおおっ!!!」

 

 声を上げて、身体が引きちぎられるような衝撃を受けながら翼の根元に剣先を突き込む。金属同士が爆ぜるような音を響かせて、両手剣は翼の腱を切断した。

 

「グガァアアアアッ!!!!」

「っちぃ……!!」

 

 勢いを殺せないまま地面に激突し、遥か後方で体勢を崩す炎竜を尻目に、俺は急速回復のスクロールを破る。

 

 衝撃波でボロボロになった肉体を鮮緑色の光が包み、時間が巻き戻るように回復していく。回復薬や軟膏ではこの速度で肉体を再生させるのは難しい。

 

「グルルルゥ……」

 

 片翼を力無く垂れ下げている炎竜を見据えて、俺は再び両手剣を構える。

 

 幾つもある炎竜の攻撃方法、それらは全て致命傷になりうる攻撃だが、中でも最も警戒すべきは灼熱の顎門による噛みつきだ。

 

 炎竜の唾液は可燃性であることはもちろん、揮発性もかなり高い。一度気化した唾液に引火すれば、口腔近くの酸素が消失し、強力な陰圧が発生する。それは身をかわす際に障害となり、回避を難しくする。

 

 噛みつかれれば、灼熱の体温が肉体を焦がし、岩をも砕く咬合力で噛みちぎる。そうなれば並大抵の防具では意味を成さないだろう。

 

 だが、それを恐れていては戦うことはできない。俺は強く踏み込んで炎竜との距離を縮める。

 

「ガァッ!!」

 

 火炎弾が口から発射されるのを、最低限のステップと上半身の動きでかわして、炎竜に肉薄する。

 

「っ!!」

 

 口から息を僅かに漏らして、両手剣に遠心力を乗せて顔面に叩き込む。竜鱗は顔面が最も厚く、強度もあるが、その分傷付けられれば大きなダメージとなる。

 

「ガァアアアアアアアアッ!!! ガァッ、ガァアアアアッ!!!!!」

 

 悲痛な金属音と共に、顔面に深いひび割れが入った。痛みにのたうつ炎竜に向かって、さらに両手剣を打ち込んでいく。

 

「ガッ!! グガッ! ガァアアアアッ!!」

 

 動きを封じるように腱や筋を狙って両手剣を叩きつけるたび、爆裂音のような鳴き声と、鉄火が舞うような金属音が響く。

 

 金等級以上の竜種は、生半可な武器では傷すらつけられない。身体の組成は人間とさほど変わらないというのに、表皮は金属と同等か、それ以上の硬度を持っているのだ。先ほどから攻撃を加えるたびに響く金属音はそういうわけで、ダマスカス加工が施されていなければ、もう既に武器がボロボロに崩れていただろう。

 

「ガッ!!」

「っ!?」

 

 とどめを刺すために頭部へと両手剣を振り下ろした時だった。金属音が響いて両手剣が止められる。顎門でがっちりと刀身を受け止められて、片方の眼と視線が交錯する。

 

――捕まえたぞ。

 

 獰猛な瞳がそう語っているような気がした。俺はとっさの判断で、炎竜の頭に足をかけて両手剣をひき抜こうとする。

 

 その瞬間、牙と両手剣のあいだで火花が散る。

 

「しまっ――」

 

 耳をつんざくような爆音に、上下の感覚が消失する。

 

 咄嗟に目を瞑ったので完全には眼球を焼かれなかったが、防護魔法を貫通されたので、全身が高熱で焼かれた感触がある。陰圧に抵抗して炎竜から遠ざかるように転がって、なんとか噛みつきやそれ以上の追撃は避けられたものの、それでもかなりのダメージは避けられなかった。

 

「ガアアアアアアッ!!!」

 

 炎竜は威嚇のように咆哮を上げる。俺はぼやける視界を頼りに、高熱にひりつく手を動かして、スクロールを二枚、一度に破り捨てる。

 

 急速回復と防護魔法を再展開し、ふらつきつつも両手剣を構えなおす。急な反撃だったが、武器を落とさなかったのは不幸中の幸いだった。

 

「っ、あああっ!!」

「ガアアアアッ!! グガァアアアアッ!!」

 

 俺は再び両手剣を振り上げて懐めがけて走り込み、炎竜は咆哮と共に突進を行う。

 

 炎竜の口から火炎弾が吐き出される。俺はその攻撃を避けることはしなかった。耐火マントを頼りにそのまま走り、勢いを殺すことなく炎竜に肉薄する。

 

「おおおおおおおっ!!!」

 

 両手剣を振り上げ、全力で炎竜の頭に振り下ろす。教会の鐘が半分に割れたような音が響き、それと同時に俺の手に確かな手ごたえが帰ってくる。

 

「ガ……ァァ……」

 

 力なく、炎竜は自らの身体をしぼめていく、それは魂が抜けていく瞬間とも言えた。




できれば隔日投稿かなーという感じです。
よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎竜討伐3

 炎竜を殺した段階で、周囲の温度上昇は収まっており、風が吹く度に気温が下がっていくのを感じる。

 

 防護魔法の効果が切れ、蒸すような暑さを感じていた俺には、ありがたい風だった。しばらく経てば、炎竜によって発生していた熱気と上昇気流により、まとまった雨が降り始めるはずだ。

 

「出て来て良いぞ」

 

 両手剣のバンデージを巻き終わったところで、盗賊女を放り投げた辺りに声をかける。

 

「あ、あれぇー、ワタシが倒れてる間に終わっちゃいましたかね? 炎竜も結構弱――」

 

 おずおずと出てきた盗賊女は、俺の側にある頭を割られた炎竜を見て言葉を失う。こんな上位種の死体は、そうそうお目にかかる事は無いだろう。

 

「一撃目で翼を使えなくしたのが大きかったな」

 

 通常、炎竜は上空から火炎弾を吐き出したり、上空からの急降下による爪撃や嚙みつきなど、機動力を発揮するタイプの戦い方をする。その上表皮は金属質な竜鱗で覆われているため、弓の攻撃など届くはずもない。魔法で飛行能力を奪おうにも、元々の体力と耐性が高いため、雷属性の魔法が多少効く程度だ。通常のパーティでは飛行能力を奪うのにも多大な犠牲が必要になるだろう。

 

 だが、俺の打ち込みの早さと、両手剣の強度によって、それらを無理やりねじ伏せたわけだ。

 

 討伐証明の逆鱗を採取する為、頭部を改める。ひびを入れた一撃目と同じ場所に打ち込んだため、大きく真っ二つに割れた頭は、その切り口から赤い脳漿を散らしていた。

 

「うげー……きもちわるー」

「ギルドの回収部隊が来る前なら素材をとってもいいぞ」

 

 金等級以上の魔物素材は、かなりの高値で取引される。ギルドはそれらを買い上げて売却することで利益を出しているのだが、討伐者の特権として、めぼしい素材は先に採取していい決まりになっている。

 

「ワタシ的には素材よりお金が欲しいかも」

「奇遇だな」

 

 盗賊女が肩をすくめたのを見て、俺は魔導文をギルドあてに送る。事前準備とコストがそれなりに掛かるが、一瞬で本部に連絡を送れるのは便利だ。

 

 これでしばらく待てばギルドの回収部隊が来るわけだが、しばらくはハイエナ――討伐した魔物の素材を横取りする人間や魔物から守るため、身動きができない。

 

 こういう時はソロの不便さを感じるな、大規模パーティであれば、持ち回りで待機当番を決められたりするんだが。

 

「ねー、お兄さん。やっぱりパーティ組みましょうよ」

 

 同じことを考えていたのか、盗賊女がそんな事を提案してきた。

 

「回収部隊が来るまでこのまんまとか、普通に面倒じゃないですかぁ、せめて雑用係とか――」

 

 俺は立ち上がり、バンデージを巻いたまま両手剣を持つ。

 

「何が目的だ」

「あ、いや、そのー……ほ、ほんのちょっと出来心というかー」

 

 彼女は急にしどろもどろになり、視線を逸らす。

 

「出てこい」

 

 俺が彼女に構わずそう言うと、茂みの奥から感じていた気配が動いた。がさがさと音を立てて隠れていた人間が姿を現す。

 

「どうした、今朝のリベンジか?」

 

 姿を現したのは、町を出る前に軽く相手をしてやった若い剣士だった。片手剣を手に、こちらを睨みつけてきている。

 

 剣士は首を横にふり、剣を鞘にしまう。どうやら戦いに来たわけではないらしい。

 

「仲間はどうした?」

「抜けた。あいつらとはもう会わねえ」

「ははーん、分かりましたよぉ、お仲間に入れてほしいんですねぇ? じゃあまずは魔物の死骸を見張るところから始めていただきましょうか」

 

 盗賊女は放っておいて、剣士を見る。今までは特に気にしていなかったが金色の髪が目を引く、まだ若い少年だった。

 

「仲間なんてなるつもりはねえし、さっきの戦いを見る限り今の実力じゃ、リベンジなんて無理だ」

 

 意外にも、少年は彼我の実力を見誤るようなことは無かった。思わず息を漏らすと、少年は激昂したように俺を指差す。

 

「俺は、いつかあんたを超える。俺の力でだ。今日はその宣言しかできねえけど、いつか超える。絶対にだ」

「なるほど、それは楽しみだ」

 

 俺はそれだけ応えて、炎竜の死体を見る。頭部の損傷と、片翼が根元から折れているのに加え、両手剣による傷がそこかしこにある。

 

 俺は傷口近くから鱗を引きちぎる。斬撃によりずたずたに裂かれた組織から摘み取るのは、そう難しい作業ではない。竜鱗は部位によるが、大きいものなら手のひらほどの大きさがある。それを一枚、少年に手渡してやる。

 

「自分でこれと同じものを取れるようになったら教えてくれ、その時もう一度相手をしよう」

 

 銀等級――いや、六人以上のパーティから抜けたから振り出しからか、五人以下のパーティでは各々の実力のほかにパーティ全体の等級評価が存在するが、六人以上に増えるとパーティ全体の評価のみになる。

 

 数に物を言わせたパーティの極致である白金鶏旅団を例に挙げると、よく分かる。あれは五〇人ほどのパーティだが、各々は在籍だけしている等級なしの冒険者である。

 

 等級を分ける基準は勿論実力はそうなのだが、それ以上にギルドからの信頼がどれだけあるかによって付けられる。よって「白金鶏旅団は信用できるが、そこから抜けたお前は信用できない」という判断が下されることになる。

 

「ああ、首を洗って待っとけよ」

 

 今まで銀等級の大人数での依頼に慣れていたこいつにとって、ゼロからの出発はなかなか難しいだろう。

 

 だが、町での一騎打ちで素質は見えた。這い上がれるかどうかは、後は運だろう。

 

「ああ……一応名前を聞いておこうか」

「カインだ」

「そうか、また会おう」

 

 遠くに回収部隊の馬車が見えたことに気付いて、俺は両手剣を背中に差した。

 

 

――

 

 

 夕刻になって町に戻り、討伐証明を窓口に提出して俺の依頼は終わった。耐火装備といつもの装備を倉庫で入れ替えて、俺は併設されている酒場のカウンターで夕食を取る。

 

「結構先輩らしいことしたんじゃないですかぁ?」

「何がだ」

 

 報酬が銀行へ振り込まれたことを確認しつつ、俺は盗賊女に応える。ちなみに報酬は彼女と折半されていたが、夕飯は俺の奢りだ。

 

「いやいや、後輩の成長を願って餞別を与える姿、さすが白金等級! って感じでしたよぉ、陰キャで友達一人もいないお兄さんにもそういう所あるんですねぇ」

 

 なんか妙に媚びたことを言ってくるな。なにが目的だ……?

 

 不審に思いつつも、とりあえずは無害なのでそのままにしておく。夕食のステーキは歯切れも良く、赤ワインによく合った。

 

 町に着いたとき、あの少年が元居たパーティから彼を見なかったか聞かれた。素直に教えたが、彼は引き戻されるだろうか、あるいは、一人の冒険者としてやっていくだろうか。最悪の結果になったとしても、彼は何とかするだろう。なんとなく、そんな気がする。

 

「で……えっとぉ……」

「どうした?」

「や、今日ワタシ全然戦わなかったですけど、見捨てたりしませんよね?」

 

 何か含みはあるとは思ったが、そんな事だとは。

 

 俺は呆れつつ、彼女のビキニトップを引っ張った。簡単にズレる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!! 何なんですか!? 人が真面目に凹んでる時に!!!」

「いや、いつになくしおらしいなと」

「その感想と動作全く関係ありませんよね!?」

 

 いつもの調子に戻ったな。とは言わないでおいた。

 

「そんな事を今更気にしていない。というか、お前の名前も知らないし」

「名前知らない!? 結構前に自己紹介したじゃないですか! ワタシの名前は――」

 

 ギャーギャー騒ぐ盗賊女を肴に、俺はまたワインに口を付ける。さっきよりもずっとおいしく感じた。




とりあえずここまでで一回休載します。カクヨムの方の長期連載もちまちま書かないといかんので! 続きは向こうが詰まったらッてことで一つ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市街地防衛1

 やらかした。

 

 魔法灯の下で、私は自分の過ちを反芻している。

 

 雪が外套に触れて、溶けることなく滑り落ちていく。鼻腔や唇の先に引きつったような痛みを感じて、私は思わず両手を顔の前に持ってきていた。

 

「はぁー……」

 

 身体の中に燻ぶっていたもやもやした気持ちと一緒に、肺に溜まった空気を吐き出す。一瞬だけ暖かな湿った空気にあてられて、痛みが和らぐ。

 

 外套を直すと、私は歩き出した。

 

 周囲の人通りはそこまで多くなかった。もう既に日没から時間が経っているので、歩いているのは冒険者崩れの夜盗と娼婦、後は仕事が遅くまでかかった傭兵くらいしかいない。

 

 それにしても寒い。一人で居ることがこんなに寒いとは思わなかった。私はもう一度両手を顔に寄せて息を吐く。

 

「……あ」

 

 暖かな光を求めて、自然とギルド併設の酒場へと足が向いていた。私はそのことに、入り口の前まで気付かなかった。

 

 お金は無い。あの人たちは、私に何も持たせてくれなかった。当てはないけれど、この寒さに耐えることはもうできそうになかった。

 

 出入りする他の冒険者に紛れて中に入ると、暖かな空気が身体をつつむ。暖炉の近くで身体を温めている集団が居たので、私は彼らに交じって暖を取り始める。

 

 隣に座っていた冒険者が、髪に掛かった雪を見て、暖かい場所を譲ってくれる。何でもない優しさだったはずなのに、私はその温かさに涙が出そうになった。しばらく当たっていると、ツインテールと外套についていた雪が、じんわりと溶けて身体を濡らしていく。

 

 それが気持ち悪くて、私は外套を脱いだ。素肌が外気に触れて身震いするけれど、それは一瞬のことで、すぐに暖かい空気が身体をつつむ。

 

 私の服装はホットパンツにビキニトップ。かなりの薄着だけれど、私のクラス的には最適の服装だった。それに、この服には体温をある程度調節する効果があるので、見た目よりはずっと暖かい。見た目通りの涼しさから、厚手の長袖を着るくらいまでを調整してくれるようになっている。

 

 身体がじんわりと温まってくると、パーティごとの楽しげな会話が聞こえてきた。

 

 例えば、今日の依頼はきつかったとか、楽だったとか、そういう話をしながら、お酒を飲んだり、食べ物を食べたりしている。それをなんとなく羨ましいな。と思っていると、別の方向から大きな笑い声が聞こえてきた。

 

「ガハハハッ!! 今日は運が悪かった! 飲んで忘れようぜお前ら!」

「失敗がなんだ! 死ななきゃチャンスはある!!」

 

 依頼に成功するパーティもいれば、失敗するパーティもいる。それは分かっている。だけど、失敗しても笑っていられるパーティがあるのは、私は知らなかった。

 

 暖かく、優し気な空気に触れたいと思って立ち上がりかけるけど、私の脳裏にパーティを追い出されたときの記憶がよみがえる。

 

 もう、パーティの皆から叱責されるのは嫌だった。

 

 暖かい空気も、信頼し合える仲間も、うるさいくらいの笑い声も、全部が恋しい。けれど、二度と私はその中に入れない。入ってはいけない。

 

 きっと、いつかみんなを失望させてしまうから。

 

 そうこう考えているうちに、私以外の冒険者は明日に備えるために酒場の二階へ上がっていく。私は、酒場に居る人が徐々に少なくなっていくのを、恨めしく見ている事しかできなかった。

 

 人が徐々に減ってくると、静けさと共に、一人で居る自分が、だんだんと周囲から浮いているような気がしてくる。

 

 どうしよう、どうしよう。

 

 左右を見渡しても、私と同じように一人で居る冒険者はいなかった。

 

 こんなに人がいる中で、私は誰一人として知り合いがいない。それが心細かった。身体が温まったからと言って、心の奥が冷え切ったままでは、身体が動かない。

 

 酒場のフロアに誰も居なくなるまで、私は一歩も動けなかった。

 

 

――

 

 

 炎竜を討伐した俺たちは、次の街へと向かった。

 

 山を二つ越え、川の畔にあるその街は、前の街ほどではないが、近くに川が流れているだけあって、水運を主とした交易で栄えている。

 

 そういう訳で、この街の酒場もかなり栄えている。木目を基調とした落ち着いた雰囲気の店内で、冬の入りだというのに、暖炉に火がくべられていた。

 

「お兄さーん、またいつもみたいに飲んだくれてるんですかぁ?」

 

 盗賊女が隣の席で、カウンターによりかかってニヤニヤと笑みを浮かべている。ホットパンツにビキニトップといういつもの格好は変わらないが、その上から先日買ってやったコートを羽織っているので、シルエットはかなり変わっていた。

 

「前回の炎竜討伐から、ろくに依頼をこなしてないじゃないですかぁ」

 

 あまり着ている時間が長いと、摩耗も早いので必要のない時は脱ぐように言った。しかしどうも気に入ったらしく、その上、丁度これから寒くなるという事なので、彼女のしたい様にさせている。

 

 俺はこいつの言う事を無視して、蒸留酒を口に含む。果実のような匂いが鼻から抜けていき、ため息が漏れた。

 

「白金等級って言ってもやっぱりピンキリですよねぇ。常に忙しなく依頼を受けて、人の役に立つ冒険者も居れば、こんなところで、お酒ちびちび飲んでるお兄さんみたいなのも白金等級なんですから」

 

「キサラ」

 

 俺は盗賊女の名前を呼ぶ。

 

 ついこの間まで忘れていたが、こいつがあまりにもうるさいので覚えなおした。まさか山を二つ越える間、ずっと言われ続けるとは思わなかったが。

 

「何ですかぁ? お兄さん」

「追加でデザートが欲しいならそう言え」

 

 カウンター近くを通りがかった給仕に、二言三言伝えて、バニラアイスを二つ注文する。

 

「えへへぇ、分かってるじゃないですかぁ」

 

 しばらく後、小さな器に盛られたアイスが二つ、俺とキサラの前に置かれる。

 

――バニラアイス。

 牛乳とバニラの種子、そして砂糖を原料として氷属性魔法で仕上げた逸品だ。流通や原材料の関係で決して安いものではないし、珍しいものでもあるのだが、俺には少し試してみたいものがあった。

 

「それにしても、お兄さんってそんな外見なのにスイーツが好きなんてキモいですよねぇ」

 

 そう言いながら、キサラはスプーンでアイスを一掬いして、それを口に運ぶ。目を閉じてほれぼれとした様子でため息をついたのを見て、俺はバーテンダーに琥珀色の蒸留酒をショットで注文し、それをバニラアイスに垂らした。

 

 あたたかな色をした流れが冷たく白いアイスに触れて、琥珀色を白く濁らせていく。蒸留酒の温度で溶けたアイスを掬って口に運ぶと、アルコール特有の苦みとアイスの甘く冷たい感触が混ざり合い。味覚を楽しませてくれる。

 

「あ! お兄さんおいしそうな食べ方してる! ワタシもやりたい」

 

 昔、どこかの酒場でちらりと聞いた「おいしい食べ方」を実践できたことに満足していると、キサラが甘えるような声を出してきたので、俺はショットグラスに残った蒸留酒を手渡してやる。

 

 彼女は喜々としてそれを受け取ると、恐る恐るアイスにかけて、それを口に運ぶ。その後、嬉しそうに目を細めていたので、キサラにとってもこのアレンジは成功だったらしい。

 

 彼女の嬉しそうな反応を見つつ、俺は元々あった蒸留酒を飲み干す。アイスの冷たさに麻痺した喉は、アルコールが焼ける感触も残さずに、臓腑へと落ちていく。空のグラスを机に置くと、中に入った氷が涼しげな音を立てた。

 

「っ……」

 

 蒸留酒とアイスの組み合わせを楽しんでいると、いつの間にかキサラが俺の外套を掴んでいた。一体どうしたのかと声をかけようとしたが、その手が震えていることに気付いて、俺は思わず言葉を飲み込んだ。

 

 周囲を見回すが、そこには冒険者しかおらず、何におびえているのか見当がつけられない。

 

「あ、あの、お兄さん、ちょっとお部屋に戻りません? ワタシ、ちょっと酔っちゃったみたいでぇ」

「……ああ」

 

 キサラは基本的に酒を飲まない。強いほうではないというのは確かにそうではあるが、アイスに掛かった蒸留酒程度で気分が悪くなるはずがない。

 

 俺は立ち上がり、バーテンダーにギルドの口座を教えて代金を付けておくように言うと、キサラを連れて二階の階段へと向かう。

 

「あ? おい! お前、キサラじゃねえか?」

 

 階段に足をかけた段階で、背後から声が掛かった。外套を握る手がぎゅっと強くなり、俺は足を止めた。

 

「へっ、久しぶりだな、まだ冒険者を続けていられるとは驚きだ」

 

 キサラの手は小刻みに震えている。俺は彼女の雰囲気を察して、足を再度進める。どうやら会いたくない相手なのは確かなようだ。

 

「おい待てよ兄ちゃん!」

 

 しかし、声の主は俺を呼び止めた。どうやら余程こいつに恨みがあるらしい。ため息をついて振り返ると、髪を短く刈り込んだ男が、椅子に座ったまま赤ら顔をこちらへ向けていた。

 

 装備から見るに弓手か、武具の手入れ具合から、あまり練度は高くなさそうだ。

 

「親切心から忠告してやるぜ、そいつは役立たずだ。早いとこコンビを解消することをお勧めするぜ」

 

 周囲の空気が一段階冷える。他人のパーティメンバーを貶すことは、宣戦布告に等しい。それが酒に酔った勢いだとしてもだ。

 

「忠告助かる。だが、それは大きなお世話だ」

 

 とはいえ、こんな場で大立ち回りをするほど喧嘩っ早くはない。俺は外套をはだけて白金等級の印章を見せた。

 

 周囲がざわつく、それはそうだろう。白金等級の冒険者に喧嘩を売る馬鹿などそうはいない。

 

「っ……」

 

 弓手は歯噛みして俺を睨む。酒の勢いとはいえ、喧嘩を売った相手があまりにも悪すぎた。しかし、引っ込みがつかないのだろう。彼はさらに言葉を続ける。

 

「あー、なるほど! そういう趣味なのかお前は! こいつは参っ――」

「馬鹿っ! お前なんてことを言うんだよ! ……すいません! うちのリーダーが変なことを!」

 

 近くにいた男が弓手の口を塞ぐ。さすがに白金等級相手に喧嘩を売るのは不味いと思ったのだろう。必死な顔を見て、俺は思わずため息が出た。

 

「酒の勢いで言うなら、そもそも酒を飲むな」

「はい! すいません! よく言っておきますっ!!」

 

 弓手の男は未だにもごもご言っていたが、俺は相手にしなかった。キサラの背中を押して、割り振られた部屋へ向かう。

 

「ロウエン! 何やってんだ!!」

「許してもらえたからいいものの……」

「次やったら俺達も庇い切れないからな!」

 

 背中にそんな会話を聞きつつ、俺は扉を開けた。

 

 

――

 

 

 あてがわれた部屋は複数人向けの部屋だったが、部屋の仕切りは無く、簡素なテーブルと椅子が二脚、そしてベッドが二つ並んでいるだけだった。

 

「調子が悪いなら寝ておけ」

「……うん」

 

 俺はキサラをベッドに座らせると、椅子に座って装備をテーブルに並べ始める。

 

 革のバンデージを巻いた両手剣を立てかけ、採取用のナイフ、外套、常備薬等が入った収納袋をテーブルに並べる。収納袋から道具箱を取り出して、一つ一つの装備を確認する。ほつれや欠けがあれば修繕か買い替えの必要があった。

 

 魔法灯の光を反射させて、採取用ナイフの刃こぼれを確認していると、小さな歪みがあった。両手剣はともかく、採取用ナイフは消耗品だ。あまりに目立つようなら買い替えも視野に入れていいが、このくらいなら砥石で何とでもなるだろう。

 

 手入れの必要なものを別にして、他のチェックへ進む。幸いなことに、回復薬の使用期限が迫っている以外は問題無かった。

 

「で、どうした?」

 

 キサラに声をかけつつ、道具箱から砥石・油・布の三つを出して手入れしはじめる。彼女は部屋のベッドに腰掛け、浮かない表情のまま動こうとしない。

 

 大体の見当は付く。あいつは元パーティメンバーで、何かしら仲違いをして追放なりなんなりされたんだろう。

 

「まあ、話したくないならそれでいい。ただ、俺はお前が何だろうと気にしない」

 

 ゆっくりと反射を調整して、歪みが無いことを確認していく。歪みが無いことを確認して、俺は油をしみこませた布で全体を拭いていく。

 

 刃物の油は多すぎれば刃が滑り、少なければ刃が通らないし、刃こぼれも起こりやすくなる。微妙な調整が必要で、これは人ごとにベストな量が違う為、自分で見つけていくしかない。この手入れをどれだけやってきたかが、冒険者としてどれほど優秀か計る指標の一つだった。

 

「あいつ……昔、私が居たパーティのリーダーなんです」

 

 手入れを終え、荷物の整理を始めた段階で、キサラがようやく口を開いた。

 

「私のミスで依頼が失敗して……えと、頑張ったんですけど……でも罠に気付かなくて、死人は出なかったんですけど……」

 

 ぽつりぽつりと語るその調子は、消え入りそうなほどで、いつもの挑発的な物言いからはとても想像できなかった。

 

「そ、そう! あの時のリーダーが酷くて、ワタシの言い分何にも聞かないで、それで追い出したんですよ! それって酷く……ないのかなぁ……みんなすごく怒ってたし」

 

 外套をドア近くのフックにかけると、俺は全てをしまい終えた収納袋と、両手剣を持ってベッド脇の壁に立てかける。明日出発する時はこの二つを持てば大丈夫だろう。

 

「やっぱり私、お兄さんと組むの迷惑ですかね? こんなダメダメな盗賊じゃ……」

 

 寝る準備を終えた段階で、俺はキサラに向かい合うように腰掛けた。

 

「迷惑だと思ったことは無いな、あと、もう一度言うが、俺はお前が何だろうと気にしない」

「えっ、じゃあ――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!! 何ですか!? 今完全にこれをやる流れじゃなかったでしょ!!?」

「いや、元気が無いなと」

「おっぱい他人に見られて元気になる女の子がどこに居るんですか!?」

 

 随分元気になったように見えるが。とは言わないでおいた。

 

「っ……何にしても、お兄さんにそういうこと聞くこと自体が間違ってましたね。陰キャでぼっちなお兄さんに構ってあげる人なんて、ワタシくらいしか居ませんし?」

「ああ、そうだな」

 

 俺はそう答えると、背を向けてベッドに横になる。古びたスプリングが、少し過剰なほど身体を優しく包み込んだ。酔うほど飲んではいないはずだが、今日はぐっすりと眠れそうな予感がする。

 

「そうですよぉ、お兄さんはもっとワタシに感謝――え? ちょ、ちょっとお兄さん」

 

 キサラは俺の言ったことが気になるのか、背中越しに声をかけてくる。しかし俺は鬱陶しいので無視を決め込んだ。

 

「いや、そうは言っても白金等級だけあってパーティを組もうとかそういう話もあったんじゃないですか? ほら、お兄さんも冒険者生活長いですし」

「……」

「え、嘘っ? もう寝てるとか寝つきよすぎないです?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市街地防衛2

 翌日以降も、難度の高い依頼は張り出されることはなく、俺達はただ掲示板とにらみ合う日々が続いていた。

 

「あっれぇ? お兄さんってば依頼を選り好みしてるんですかぁ? 腕が立つからってお高くとまり過ぎじゃないですぅ?」

 

 キサラの言う事は半分は当たっている。冒険者と魔物に等級があるように、依頼にも革から白金まで等級がある。俺はその中から金等級以上の依頼しか受けないことにしていた。

 

 理由としては後進の育成機会を奪わない配慮など、いくつもある。その中で、下級の依頼は誰でも受けられるが、金等級以上の依頼は受けられる人間が限られて来るから、というものが最も大きい。

 

 加えて、金等級の依頼は緊急性も高く、即応することが求められる場合が多い。依頼を出したが受けられる人間がおらず、守るべき集落が破壊される。などという状況には、極力陥らないように心掛けなければならないのだ。

 

「そもそもワタシと二人なんだから、受けられる依頼がそもそも……」

 

 キサラが言葉を切ったのを不思議に思い周囲に気を配ると先日のパーティが依頼を物色していた。確かリーダーはロウエンという男だったか、等級は銀で、この間見たギルド登録者目録では、中堅あたりの評価だったはずだ。

 

「依頼番号『銀ー〇一〇四』を受注したい。パーティの識別票は……」

 

 彼は俺たちを気まずそうに一瞥した後、この町近郊で発生した豚鬼の討伐依頼を受注したようだ。黙りこんで震えているキサラを撫でてやりながら、それとなく視線で追うと、彼らは俺たちに構うことなくギルドを出発していった。

 

「もういいぞ」

「……」

 

 頭を二、三回小突いてやると、キサラは周囲の様子を窺ったあと、大きく胸を張った。

 

「ふ、ふふふ、お兄さんってば、ワタシへの気遣いができるようになったじゃないですかぁ。この調子なら友達の一人くらいは、なんとか出来るんじゃないですかぁ?」

「要らないな」

 

 パーティを組む利点は考えるまでもない。総合火力、対応力、弱点補完……むしろこれらの利点はソロで活動するデメリットをありありと示している。

 

 だが、俺はソロを貫いてきた。欺瞞に満ちた会話や薄っぺらい信頼を信じたところで、最終的に待っているのは裏切りや追放なのだ。俺に言わせれば結局のところ、実力がものをいう冒険者稼業では、他人という不確定要素は、足枷でしかない。

 

「うえぇー、お兄さんって陰キャでぼっちな上にコミュ障じゃないですかぁ、もしかしてコミュ障だから陰キャでぼっちになったんですかぁ?」

「否定はできないな」

 

 小馬鹿にしたような調子でキサラが俺をなじるが、言い逃れができないので、そのまま受け取る事にした。

 

「クスクス、お兄さんかわいそー……っ!?」

 

 そのまま俺への嘲笑を続けていたキサラだが、何かに気付いたように自分の外套をぎゅっと着なおした。

 

「どうした?」

「また上着ずらされるかと……」

「今そんなことするわけないだろ?」

「いやいや、お兄さん結構やりますよ……」

「そうか?」

 

 キサラの話はともかく、俺は今日も身体を動かした後に酒場へ向かう事にしたのだった。

 

 

――

 

 

 集落から近い森の中、少しだけ開けた場所に、俺たちのパーティは野営の準備を進めていた。

 

 日が落ちそうな夕方、俺は剣を構えている。剣自体は片手半剣程度の大きさで、大人であれば楽に扱えるものだった。しかし、俺には少々重量があり過ぎて、何とか両手で扱えるギリギリのものだ。

 

 一歩踏み込み、剣が交わる音が響き、俺は再度距離を取る。目の前にいるのは壮年の剣士。片手剣を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべている。

 

「おい『――』、また息が上がってるぞ、体力配分を考えろ」

「っ……すぅー、はぁっ」

 

 剣士に言われて、俺は呼吸を整える。

 

――戦いの中で呼吸が乱れるような動きをしていては、長生きは出来ない。

 

 彼に直接口頭で教えられたのは、そのことのみだった。あとは気の遠くなるような回数の打ち合いと組み手、息が乱れれば即座に指摘され、その度に俺は深呼吸をする。

 

 汗は引かないが、呼吸は落ち着いた。俺は再び剣士と距離を詰める。

 

 俺のあらゆる攻撃は、いなされ、撃ち落され、弾かれる。すべての攻撃が無意味なのではと思うほど、彼の剣技は素晴らしいものだった。

 

「くっ……!」

 

 あまりに長い時間握っていたからか、握力が弱っていたところに武器へ強烈な打撃を与えられて、俺は剣を落としてしまった。

 

「はい、これで終わりだな?」

 

 武器を拾おうとした瞬間、鼻先に剣を突き付けられて、俺と剣士の組手は終了した。

 

「……参った」

「へへっ、だから言ったろ、木剣なんか必要ないって」

 

 訓練とはいえ、実戦用の剣を使うのはやめたほうがいい。そう言った俺に対して、剣士は鼻で笑ってそんな必要はないと返した。

 

 実際その通りで、俺は一回も打ち込みが成功したことは無かった。

 

「訓練で息が上がる程度の実力じゃあ、俺に一発入れるのは無理だ」

 

 実際の戦闘では、ベストコンディションからどんどん下がっていく。その下降曲線をどれだけ緩やかに出来るか、それを考えて立ち回る必要がある。それが彼の考えだった。

 

「よし、じゃあ次は走り込みと基礎体力作り、型と芯のブレに気を付けろよ」

 

 剣士は大きくあくびをして、背を向ける。俺は彼の言葉に従うほかなかった。

 

「待って、『――』」

 

 走り込みに向かおうとした時、俺を呼び止める声が聞こえた。振り向くと、美しい金髪を持った柔らかな雰囲気の修道女が小走りでこちらへ向かってきている。

 

「肘、怪我してるでしょ。見せなさい」

 

 見ると、確かにどこかで引っ掻いたのか、赤い線がかすかに入っていた。

 

「いいよ、これくらい」

「ダメよ、どんなに小さな傷でも致命傷に繋がるわ」

 

 痛みもないし血も止まっているので、治療の必要もないと思ったのだが、彼女に却下され、治癒力強化の魔法を掛けてもらう。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして、夕飯までには戻ってくるのよ」

「『――』、夕食後にちょっとだけ時間あるか?」

 

 治療の終わった俺に、リーダーである騎士が話しかけてきた。

 

「そろそろ本格的に依頼について来てもらうし、お前もそのヨレヨレのレザーアーマーじゃカッコがつかないだろ、採寸して新しいの買ってやるよ」

「ああ、わかった」

 

 その言葉を聞いて、俺は喜びで跳びあがりそうになるのを何とか抑えた。

 

 走り込みと腕立て、腹筋、スクワットを各々一〇〇回三セット。俺は浮ついた気分のままそれらをこなしていった。

 

 

――

 

 

「くかー、くかー……」

 

 懐かしい夢から目覚めると、周囲は未だに暗かった。隣のベッドではキサラが暢気に寝息を立てている。

 

 寝直そうかと布団を被るが、一度覚めてしまった意識は眠りを拒否してしまう。俺は仕方なく布団をどかして起きることにした。

 

 寝る前にも確認した収納袋と両手剣の位置を、もう一度確認して、俺は窓を開けて東の地平線を見つめる。川を挟んだ先に山が連なり、その輪郭は赤みが掛かったように光を蓄えていた。

 

「んぁ……あれ、お兄さんまだ起きてるんですか……?」

 

 肌寒い早朝の空気が部屋に入ってきたのか、キサラが目をこすりながら起き上がった。

 

「ああ、少し眠れなくてな」

 

 今は早朝で、俺は今起きたところだ。そういうのは簡単だが、日も登っていない今、その説明をするのは面倒だった。

 

「ダメですよぉ、ワタシみたいに、しっかり睡眠を取らないと……お肌に悪……ふぁあぁ……」

 

 無防備にあくびする彼女を見て、小さく息を吐く。少し力が入り過ぎているのかもしれない。

 

「分かった。眠っておこう」

 

 眠れないとしても、布団の中で目を瞑っていれば身体も休まるだろうか。そう考えて、俺はベッドに戻ろうと窓際から離れる。

 

「……」

 

 ふと、ドアの向こう側で人が歩く気配を感じた。忍び足ではない。かといって俺のような人間が、朝の散歩に出かけるようでもない。取り繕う余裕もなく、ただ速さのみを考えた足運びだ。

 

「白閃様! 緊急の依頼です!」

「わきゃっ!?」

 

 案の定、ドアが乱雑にノックされ、名前を呼ばれる。俺は収納袋と両手剣を背負って、跳び起きたキサラを横目にドアを開けた。

 

「起きてください! 起き――」

「どうした?」

 

 騒ぎ続ける訪問者の言葉を遮るように、俺は扉を開ける。そこにはギルドの職員が立っていた。

 

「あっ、その、おはようございます! 緊急の依頼でして……詳しくはこちらを!」

 

 ギルド職員は、読み上げる時以外は依頼内容を口にしない。それは口頭で説明した結果、齟齬が発生するのを避けるためだ。俺は職員から依頼書を受け取り、内容を確認する。

 

――市街地防衛依頼

 この町の近郊まで、豚鬼を中心とした金等級の魔物を含む群れが接近中との情報が入った。今回、市街地の被害を抑えて魔物を討伐する事が依頼となる。集合場所はギルド前広場であり、作戦開始は本日太陽が昇った瞬間。

 報告によれば金剛亀や竜種の存在も確認されており、参加者の等級は最低でも銀以上に限定する。

報酬:結果と成果を勘案し、金貨一万枚を分配。

 

「なるほど、受けよう」

 

 俺は内容を確認すると、依頼書を巻いてキサラに投げつけた。彼女は内容を確認すると、慌てて身支度を開始する。

 

 職員は感謝を述べて、次の部屋を乱暴にノックしていく。緊急の依頼はこういった形で出されることが多い。

 

「……キサラ、行くぞ」

 

 俺は外套に袖を通し、準備に手間取っている彼女に声をかける。

 

「わっ、とと……ふふーん、お兄さんもワタシの重要性に気付いたようですねぇ?」

「お前も金等級の盗賊だろうが、人手はどれだけいても困らないからな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市街地防衛3

 作戦開始時間までに集まったのは、金等級パーティが一組、銀等級が三組、白金等級は俺一人だった。早朝という事もあり、準備を終えていない奴らもいる事だろう。今の時点でこれくらい集まれば上出来と言っていいだろう。

 

 白金等級から銀等級までの人数比率は白金を一とした時、金等級が五、銀等級が一〇〇となる。銅等級以下は全てをひっくるめて二〇〇〇程度か、この比率を元に考えれば、これから先、金等級以上のパーティが加勢に来ることは無いだろう。そう判断して、俺は金等級を中心とした防衛線を構築させ、自分とキサラは金等級以上の魔物討伐を担当することにした。

 

「よく考えましたよねぇ、コミュ障じゃ連携が必要な防衛線には参加できませんし」

「行くぞ」

 

 あおるような言葉をささやいてくるキサラに声をかけて、俺は両手剣に巻き付くバンデージの留め具を弾いた。

 

 ばらけるようにして刀身を見せた無骨な両手剣を握り、魔物の群れが迫る方向へと駆けていく。

 

「よーし、頑張っていきましょう。どうせお兄さん一人いても、防衛なんて連携が必要なお仕事できませんしねぇ」

 

 キサラの言葉は正しい。

 

 俺が一人で町の一角を守ったところで、大勢は変わらない。局所的な戦果では大局を動かすことはできない。俺の戦力を最大限生かすならば、取りこぼしがあることが前提で、最前線で可能な限り魔物の勢いをそぐことだ。

 

 街道まで出たところで、暁の薄明りの中、視線の先にくすんだ色の塊が見える。魔物の集団だ。俺は治癒力増強と持続治癒のスクロールを破り捨て、足を速める。

 

 回復役も騎士役も範囲魔法もない自分には、回復をしている時間がない。持続的な回復を先にかけておき、怪我に備えるのが最良の対応だった。

 

 魔物一匹一匹の姿を視認できる距離で、なおかつ道幅が広く、足元の安定した場所を選び、そこに陣取る。視線の先には豚鬼――醜悪な豚の頭を持った魔物が武器を手に雄叫びを上げている。

 

「歯を食いしばれよ」

「はぁー? お兄さんは誰に口きいてるんですかぁ? 凄腕のキサラちゃんにそんなこと言うとか、舐めすぎじゃないです?」

 

 接敵の直前、キサラに声をかけたがいつも通り自信に満ちた応えが返ってきた。どうやら背中の心配はしないでよさそうだ。

 

「そうだった――なっ!」

「ブグギャアアアアアアッ!!」

 

 雄叫びと共に迫りくる豚鬼の先兵を、袈裟口から反対の脇腹まで一刀両断して、戦いは始まった。

 

 最初の一匹を切り殺したからと言って、集団の狂気に染まった魔物たちは止まる事は無い。だから俺は切り捨てた直後に一歩踏み込み、大きく横薙ぎに両手剣を振る。

 

「ブギィイイイイイイイイイ!!!」

 

 数匹の豚鬼が断末魔を上げ、首や腕が宙を舞う。そこで初めて集団の先頭あたりが足を止める。

 

――仲間が殺された。

――こいつは強い。

――殺さなければ。

 

 豚鬼たちの思考としてはその程度だろうか。という事はつまり、俺に敵意を向けている存在ばかりという訳だ。

 

「ブギィッ、ブギィイイッ!」

 

 案の定、俺に向かって豚鬼たちが殺到する。

 

 豚鬼は銅等級の魔物、束になって掛かってこられたとしても、それはたかが知れている。俺は両手剣を思う存分振り回して、なるべく目立つように戦いを続けていく。

 

「ブギャオ! ブギギィッ!」

 

 戦いを続けるうち、豚鬼の一部が声を上げて、俺を迂回するようにして先へ進もうとする。道幅が広い場所に陣取ったのは、足元が安定しているからというのもあったが、最大は俺を避けさせるためだった。

 

 街の防備は金等級が中心となっているし、銀等級はまだ増えるだろう。豚鬼程度ではたとえ一〇〇匹単位だとしても市街地に近づくことすらできないだろう。

 

 ……そう、豚鬼程度なら。

 

 俺はそうなるように動く必要がある。相手が向かってくる状況は体力も考えればなるべく避けたい。加えて、豚鬼よりも等級の高い魔物を探し出して、町に近づく前に倒さなくてはならない。豚鬼という雑魚が俺を避ける状況は、俺自身にとっても好都合だった。

 

「ふっ……」

「ブギャッ!?」

 

 距離を置き始めた豚鬼に飛びかかり、その顔面を踏みつけて周囲を見渡す。豚鬼の体格はそれなりに大きいが、金等級の魔物は大体が豚鬼よりも大きい。探すなら高い場所からのほうがいい。

 

「……居たな」

 

 視線の先に一つ目の巨大な魔物、単眼鬼を見つけて居る方向へ両手剣を振り回す。既に彼我の力量差を認識していた豚鬼たちは、俺を避けるようにして道を開けていく。

 

「はぁっ!」

 

 横方向へ一閃。単眼鬼の首を刎ね飛ばし、次の標的を探す。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、小さな影が足元を駆けて行った。視線で追うと、赤い頭部が見える。レッドキャップ――赤小鬼だ。

 

 大きさとしては鉄等級の小鬼と大差なく、人間の子供程度の身長だが、その危険度は小鬼などとは比較にならない。

 

 残忍な性格で、身のこなしが早く、知能も高い。赤小鬼数体に銀等級のパーティが複数個全滅させられたという話もあるほどだ。

 

 どうにかして赤小鬼を町に到達する前に討伐しなければならないが、この密集した上に混乱している豚鬼の群れの中で追いかけるのは難しいだろう。

 

「グギャッ!?」

「くすくす、お兄さんのミスをカバーしてあげたんだから感謝してくださいよぉ?」

 

 赤小鬼が首筋からナイフを生やし、倒れる。キサラの投擲したナイフが正確に首筋を捕らえていた。

 

「ありがとう。助かった」

「ま、まま……ま、まあワタシに掛かればこれくらい楽勝――ぴぇっ!?」

 

 両手剣をキサラの頬を掠めるようにして突き出す。切っ先には豚鬼の顔面が刺さっていた。

 

「想像よりも豚鬼の数が多い。銀等級以上を狩りに行くぞ」

「は、はい……」

 

 微かに震えた声で彼女は答えると、切り開いた道を付いてくる。

 

 大型の高等級魔物を俺が、小型をキサラが処理をする。俺たちは最初に決めたセオリー通りに、魔物の勢いをそいでいく。実際に町を守る奴らの負担を下げるのが、俺達の役割だ。

 

 

――

 

 

 両手剣で金剛亀の甲羅ごと両断すると、もう俺に向かってくる魔物はいなかった。銀等級以上の魔物はすべて倒しきったはずだし、キサラも小型の銀等級以上と相当数の豚鬼を倒しているはずだ。

 

「一区切り、って感じですねぇ」

「ああ」

 

 金等級の魔物を倒され、戦意喪失し逃げ出す豚鬼も少なくはなかった。あの量であれば、町の防備は十分すぎるだろう。

 

 スクロールの魔法が切れたのを確認し、両手剣を地面に突き刺すと俺は一息つく。討伐証明や素材採取は……まあいいか、めぼしい魔物はいなかったし、唯一値段が付きそうな金剛亀の甲羅は半分に砕けている。ギルドの報奨金を当てにしたほうがいいだろう。

 

「ま、ワタシの敵じゃなかったですね。凄腕の美少女盗賊キサラちゃんには簡単すぎ――ぴゃあっ!?」

 

 キサラのすぐそばを掠めるようにして、魔導文が飛んでくる。

 

 魔導文は受け手となる魔法陣へ、対応した印章のある手紙が飛んでいくという仕組みで、一枚一枚に魔力を込める必要があるため、製造にそれなりのコストがかかる。

 

 だが白金等級の冒険者には、時折緊急の連絡が必要となるため、印章には魔導文の受け手としての役割も存在していた。コストに見合う効果が見込めるという訳だ。

 

 とはいえ、設置型と異なり小型で、なおかつ移動もするため、距離制限の存在しないギルドや領主館の魔法陣とは違い、せいぜい一〇キロ圏内に居る時にしか使えない。緊急用のものだった。

 

 腰を抜かしたキサラは放っておいて、俺は内容を確認する。下半分には赤丸で印が付いた地図、上半分には簡潔に指示内容が書いてあった。

 

――救援依頼

 昨日より、近郊にて豚鬼の討伐を行っていたロウエン率いるパーティが孤立している。町の防衛が優先であるが、余力があれば下記のポイントへ向かい、彼らの救援をお願いしたい。

 

「……キサラ、どうする?」

 

 俺は彼女に魔導文の内容を見せる。距離的には今からでも十分間に合う。それに、ひょっとすると蹴散らした豚鬼のうち数匹が、そちらに向かって良くない影響を与えている可能性もある。

 

「え、どうするって――」

「お前が望むなら、町へ向かった豚鬼の追撃に行くこともできる」

 

 相手は彼女にとって因縁の相手だ。助ける義理は無いとまではいわないが、キサラが嫌だと言えばそれに付き合うつもりではいる。勝手についてきた奴とはいえ、パーティメンバーを貶してきたのだ。俺としては助けることに少しの抵抗がある。

 

「はぁ? お兄さん性格悪すぎ」

 

 しかし、キサラの返答は予想外というか、思っていたよりもいつも通りの彼女だった。にやついた表情で、俺をおちょくるように指差してくる。

 

「確かにあいつら嫌な奴ですけどぉ、見殺しとかワタシ頭の中に選択肢も無かったですよぉ? 陰キャをこじらせると性格まで捻じ曲がるんですかぁ? そもそも――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! 反論できないからってセクハラはやめてくださいよ!!!!!!!」

「いや、想像以上に元気だったから」

「会話噛み合ってないの理解してます!?!?」

 

 無理していないか。とは聞かないでおいた。

 

「さて、じゃあ救援に向かうか」

「了解でーす。ちゃっちゃと終わらせましょ?」

 

 俺達は地図の印がある場所へと走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市街地防衛4

 地図で示された場所は、昨日の依頼が出された集落から、すこし離れた位置にある崖の下だった。

 

「ふっ……!」

 

 短く息を吐き、数体の豚鬼をまとめて両断する。キサラの方も的確に急所を突くことで豚鬼の数を減らしている。

 

 地図で示された場所へ向かった俺たちが見たのは、崖を背にして囲まれ、動けなくなったロウエン達だった。

 

 近郊の衛星集落からは引き離すことはできたものの、物量に負けて身動きが取れなくなった。というところだろうか。

 

「あ、あんたは……」

「動ける奴は何人いる」

 

 彼らの場所まで豚鬼を薙ぎ払いつつ到着し、彼らを守るように両手剣を構える。地図でも確認したが、警戒すべき方角の少ない崖下を選んで、逃げ込んでくれたのはありがたかった。囲まれていたのは三人、装備からして魔法使いと剣士、そして弓手――ロウエンだ。確か以前見た時にはあと二人いた筈だが、はぐれたかもう死んでいるか……確認するのは後だな。

 

「ぅ……」

「矢は尽きた。魔力の残りも少ない……剣士は――」

「俺は……まだ、動ける」

 

 周囲を牽制しつつ、魔法使いと剣士を見ると満身創痍という言葉を、そのまま形にしたような姿をしていた。魔法使いは魔力切れによる昏睡状態で、剣士は壊れかけた鎧の隙間から、大量の血を流して青い顔をしていた。

 

「全員動けないな」

 

 腹部に受けた傷の様子を見るに、失血もかなりの量であるし、体力的にも限界だろう。攻撃手段の尽きた二人を守るために無理をしすぎたな。

 

 俺は収納鞄から回復用スクロールと回復薬をあるだけ出してロウエンに渡す。

 

「消費期限の近い薬だ。遠慮なく使え」

 

 気に入らない奴らではあるが、キサラが助けると言った手前、俺はこいつらを助ける。それは決定事項だった。

 

「待てっ、おれはまだ……」

「おい、補助武器も持ってきていないお前」

 

 なおも立ち上がろうとする剣士を一瞥して、ロウエンに声をかける。剣士がここまで無理をする羽目になったのはこいつの責任が多少なりともあるのだ。

 

「っ……」

「最低限、二人を守れよ」

 

 敵の数を減らし続けているキサラに倣って、俺は両手剣を構えなおした。

 

 

――

 

 

 防衛戦は日没には終わり、町にはほとんど被害を出さずに済んだ。ロウエン達のパーティも、犠牲者を出したわけではなく、単純にはぐれただけだったそうだ。

 

 俺は事務処理を済ませた後、明日装備品の補充をするリストと、両手剣の手入れを部屋で行っていた。

 

 砥ぎを入れる必要はないが、血糊や油を取り除かなければ、ダマスカス加工とは言え劣化を速めてしまう事もある。濡らしたボロ布で汚れを落とした後に、全体に油を差していく。これを買って以降、研ぎなおしをしたことは無い。規格外の丈夫さを持っているからこそ、俺はこれに全幅の信頼を置いている。

 

「……よし」

 

 魔法灯の灯りを頼りに刀身を観察し、問題が無いのを確認して革製のバンデージで巻いていく、この町でやる事はある程度済ませたし、そろそろ次の集落へ向かう頃合か。

 

 両手剣を立てかけると、俺はベッドに腰掛ける。隣のベッドにはキサラはいなかった。

 

――じゃあ、ワタシは元パーティのみなさんとはなしてくるんでぇ。

 

 そう言って別れたのは、事務仕事に取り掛かる前だった。討伐証明をほとんどとってこなかったので、作業が面倒なことこの上なかったが、武器の手入れを終えても帰ってこないのは、すこし遅すぎるような気もする。

 

「はぁー、お兄さんおつかれさまでぇす」

 

 様子を見に行こうか迷っていると、部屋の扉が開かれて、キサラが戻ってきた。その姿はいつも通りで、会いたくなかったであろう元メンバーと会ってきたようには思えなかった。

 

「遅かったな」

「ま、散々引き止められましたからねぇ」

 

 問いかけに応えつつ、キサラはベッドに飛び込んで枕を抱き寄せる。

 

「でもワタシはあいつらと違って金等級になりましたし? つり合いが取れませんよねぇ、みたいな?」

「……そうか」

 

 強がっているのか、それとも本当にそう思っているのか、判断がつかない。なので、彼女の話には相槌だけうつことにした。

 

「いやあ、でもいい気分でしたよ、ワタシが凄腕の盗賊になってる間にあいつらは銀等級で燻ぶってたんですから」

 

 くすくすと笑いを零す。俺は彼女を咎める訳でもなく、話しをじっと聞いていた。

 彼女はそのまま、堰を切ったように話を続ける。彼らから感謝され、そして追放したことを謝られた事。復帰を打診されたが、断った事。そして――

 

「あとロウエン……あ、あっちのリーダーなんですけど、お兄さんに謝ってましたね」

「そうか」

 

 顔を出さないのはどういうことだ。と怒りたい気持ちもないわけではなかったが、相手もあれだけ助けられて合わせる顔も無いだろう。俺も鬼ではないので、追及はしないでやる事にした。

 

「それで……えっとですね」

 

 話を聞き続けるうち、キサラは徐々に言葉数が減っていく。

 

「……あの、お兄さん」

 

 言葉が途切れたタイミングで、彼女は起き上がり、俺に向かい合ってこちらを見た。

 

「私、迷ったんですけど……お兄さんと一緒に行きます。きっと、あっちに戻ったら、またいつか、追放される気がするんで」

「そうか」

 

 まあ、古巣に戻ると言い出したら、ロウエンの所に行って釘を刺すところだった。それをしなくていいのは面倒がなくていい。

 

「ちょっとお兄さん聞いてます? ワタシが何言っても『そうか』しか返さないじゃな――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! いきなり何ですか!? 折角人が真剣に話してるのに!!!」

「いや、無事に済んでよかったなと思っていつものを」

「まあちょっと『いつもの』感があるのは否定しませんけど!!」

 

 これからもよろしくな。とは言わないでおいた。




これで一区切り、次のお話が浮かんだころにまたお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃屋調査1

「貴方に会ってから、初めて知ることばかりでした」

 

 満天の星空の下、彼の左頬を撫でながらそんな事を言う。人間にとっては凍えるような寒さのはずだが、彼は身震い一つせずに、じっとしていた。

 

 眼は閉じられ、聞いてはいないだろう。だが、それでもよかった。むしろ聞かれていたら、私は素直に感謝を伝えることもできなかっただろう。

 

 この男に教えてもらったものは、幾度となく星を見て、霜を踏んできた私にすら、知らない事ばかりだった。

 

 例えば、実際に会って話をしない事には、当人の資質は測れない事。

 極東には、独自の文化圏があり、倭服という美しい衣がある事。

 人間の肌は戦闘中で無くとも暖かい事。

 

 空に見える円い月は明るく、乾燥して澄み切った空気は青白く静謐な空気を宿していた。

 

 私は彼の身体を抱え上げる。手に伝わってきた感触に、力の抜けた人間はここまで重いのか、と私は驚いた。

 

「……ふふ、私を抱き上げた時、貴方は軽いと言っていましたね」

 

 力ではるかに劣る人間に「軽い」と評されて、そのとき私は酷く憤慨したのを覚えている。

 

――人間ごときが、真の姿を現せば、お前なんかすぐに逃げ出す癖に、舐めるんじゃないよ。

 

 不意にその言葉が思い出されて、私は笑った。あの時は燃えるような夕陽で、遠くに黒く分厚い夕立雲が見えていたのが印象的だった。

 

 彼を抱えたまま、村から離れるように歩き始める。夜でも、月は明るすぎるほどに木々を照らし、星は道を示している。少しも不安は無かった。

 

 青褪めた月光に、彼の顔が照らされる。

 

 酷い顔だった。大きな痣が右頬にあり、大きく腫れている。

 

 顔はまだ、この程度で済んでいた。身体はもっと傷ついている。恐ろしく冷たくなった身体を抱えていると、それが嫌というほど意識させられる。

 

「ああ、貴方が望んでくれれば、何の憂いも無かったのに」

 

 彼は、最後まで周囲を恨むことはしなかった。ならば、私が勝手な報復をしても、ただの自己満足になってしまう。それは嫌だ。

 

 瞋恚そのものである炎は私の身を焦がし、貪愛たる私の身は、冷たい氷に閉ざされているかのようだ。

 

 きっとこの苦しみは生涯消えないのだろう。きっとこの悲しみは、癒えることのない傷として、忘れ去ることは出来ても消すことはできないのだろう。

 

 彼の身体は、あそこに埋めよう。

 

 私と彼が出会ったあの場所で、いつかきっと、長い生を終えた私も、そこで眠りに付こうと思う。きっとそれは甘美で、安らぎに満ちた眠りのはずだった。

 

「いつか、一緒に暮らそうと言ってくれましたね……私も、その時はとてもうれしかったんですよ」

 

 もう届かない声、なぜもっと早くに伝えなかったのか、なぜ思ったことと違う事を言ってしまったのか、なぜ彼を前にすると言葉が詰まるのか、そんな事を考えたが、今更なんなのだ。という話だった。

 

 風もなく、雲もない、虫や獣のざわめきもない静寂の中、私は森の奥へと進んでいった。

 

 

――

 

 

――廃屋調査

 支部がある都市の衛星集落からの依頼。一年ほど前から村外れの廃屋に、魔物が棲みついているのが目撃されている。それの調査、解決を依頼されている。

 依頼自体は半年以上前からあるものの、銀等級以下の冒険者が複数回受注したものの未達成である。よってこの依頼を金等級依頼と分類する。

 受注した冒険者は全て未帰還、これ以上の失敗が続くようであれば、白金等級への引き上げも視野となっている。

 なお、状況に不確定要素が多く、銀等級冒険者が複数回失敗しているため、受注者の等級は最低でも金以上に限定する。

 

報酬:金貨一〇〇〇枚

 

「えー、お兄さんこの依頼クリアできるんですかぁ?」

 

 依頼書を受付に提出したところで、キサラが口元を抑えてくすくすと笑った。

 

「ぼっちなんですからぁ、こういう不確定要素の多い依頼はやめたほうがいいと思いますけどぉ?」

「とはいえ、誰かがやらなければならない」

 

 受注完了を確認すると、俺はそう呟いた。

 

 金等級以上の依頼には、極端に情報が少ない依頼がある。

 

 情報収集を含めての難易度だとか、単純に調査が進まない物とか、討伐対象が広範囲に動きすぎているとか、色々と理由はある。依頼文からはそのどれもが当てはまりそうになかったが、銀等級が複数回失敗していることからも、単純な依頼ではないのだろう。

 

「はぁ、お兄さんかわいそう、こんなところで死ぬ羽目になるなんてね」

 

 からかうようにキサラがウソ泣きをする。未達成者が複数人いて、それでもなお情報が更新されないのは、つまり帰還出来た人間がいないという事だ。

 

 依頼を受け、未報告かつ未達成のまま一ヶ月経過した場合には、ギルドは冒険者を死亡したものと判断し、冒険者の登録を抹消する。半年以内に生存が確認されれば復帰できるものの、俺が今までこの生活をしていて、復帰した人間を見たことは無い。

 

 それに加え、もし失敗報告があるとすれば、その旨が依頼書に書いてあるはずだった。つまり、この依頼は「受けた奴で未だ生きて帰ってきた奴がいない依頼」という訳だ。

 

 俺は依頼書を収納袋に入れて、ギルド支部の外に出る。冬の住んだ空気と、乾燥しているため真っ青になっている空が気持ちいい。この地域は夏の初めと終わりに多く雨が降り、冬の間はほとんど降らないという気候をしていた。

 

「……寒いな」

「ですねぇ……ま、ワタシはこの服とコートのおかげで全然大丈夫ですけどっ」

 

 そう言って華奢な胸元をチラつかせる。こいつが着ているほとんど下着のような服は、魔法付与によって体温を保持する機能があり、それに加えて俺が買い与えた外套が冷気を完全にシャットアウトしていた。

 

「お兄さんもワタシみたいに魔法服買いましょうよぉ、あっでもお兄さんにはファッションセンスがないから意味な――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! 何ですか!? 今絶対やる流れじゃなかったでしょ!」

「いや、ちょっとでも脱げると効力失うから、っていう説明に」

「だからそれ実演しなくても、言えば分かるんですって!!」

 

 言ったところで「それを理由にお洒落してない」云々言うつもりだろうが、と思ったが、口には出さなかった。

 

「行くか」

 

 喚いているキサラは放っておいて、俺は白い息を小さく吐いてから歩き始めた。

 

 

――

 

 

 衛星集落、というのは、なにも月に存在するわけではないし、空中に浮いているわけでは無い。

 

 ギルドの支部はある程度大きな都市にしか設置されない。そのためその周辺にある村や小さな集落はその支部まで依頼を出しに行かなければならない。支部のある都市に依存しているため、それを衛星にたとえてそう呼んでいるのだ。

 

 これらの集落は、当然ながら交通の便は悪い。加えて依頼者も経済的に弱者であることが多く、報酬を勘案すると、かなり効率の悪い依頼となっている。

 

 だが、そうなってしまうと受ける人間が少なく、人気の無い依頼となってしまう。しかも今回のように複数回の失敗を経て難易度が上昇すれば、受ける人間が誰一人いなくなってしまう。

 

 それを避けるため、ギルドは報酬に、地域と難易度に応じた係数を調整して、報酬の最低保障を行っている。これは討伐任務によって得られる素材の売却益や、銀行の投資収益によって成立している。

 

 それを踏まえて今回の報酬を見ると、ほぼ最低保障と言ったところだ。九九六枚を一〇〇〇枚という切りがいい数字にした程度なので、恐らく金等級依頼となってすぐと言ったところだろうか。もし俺が失敗すれば、報酬がつり上がって同じ依頼が張り出されることになる。

 

「それにしても、辛気くさい村ですねぇ、お兄さんみたいな顔した人ばっかりですよ」

「長い間、依頼が達成されていないんだ。塞ぎ込むのも当然だろう」

 

 周囲の家は固く閉ざされ、時折すれ違う人間も陰鬱な顔で俺たちを見るだけだ。家の上部を見ると、半ば風化したような屋根板が大きくたわんで乗っかっていた。

 

 今にも潰れそうな屋根たちを越えて、村の中心部にある村長の家に到着する。その家も屋根はたわんでおり、壁面も塗られた漆喰が所々剥がれていた。

 

「うわぁ……クソ田舎」

 

 心底いやそうな声を漏らすキサラを、軽くたしなめてからドアをノックする。家主は依頼者であり、この家は滞在中の宿となる場所だ。挨拶は通しておくべきだろう。

 

「依頼を受けてきた冒険者だ。開けてくれ」

「……ふん、ようやくまともそうなのが来たか」

 

 ドアを開けたのは、頭の禿げ上がった老人だった。痩せ細り、節くれ立った指がドアノブをつかんでいて、奇妙な植物が絡みついている姿が想起された。

 

 服装はどこか煤けていて、古書のような、古びた埃っぽい匂いが家の中から漏れ出ている。

 

「やってもらいたいのは、村の外れにある家をどうにかすることだ」

 

 老人は俺たちを家に招き入れると、最低限のもてなしをしてから早速本題を切り出してくる。いかにも突き放すような言い方で、友好的では無いのは明らかだった。

 

「どうにか、とは?」

 

 情報をこの老人から引き出すのは、少々骨が折れそうだったが、村の様子を見る限り、彼を逃せば情報は何一つ手に入らないような気がした。

 

「取り壊してくれるのが一番だが、燃やしても何をしてもいい。わしらの視界からあの家を無くしてくれ」

 

 何か忌々しいものを語るかのように、老人は口元をゆがめる。もしかすると、以前はそうでも無かったが、失敗が重なるうちに、こういう態度になっていったのかもしれない。

 

「いやいや、お爺さん。そんな簡単な依頼が、金等級になるわけないじゃないですか。なんか隠してますよね?」

 

 キサラが至極まっとうな質問をする。そう、村はずれの家屋を調査するだけなら、それこそなりたての革等級の冒険者でも出来ることだ。

 

「……数年前、この村には怪しげな呪術師が居てな」

 

 老人は少しの沈黙を経て、静かに語り始めた。

 

 呪術師はこの村に対して呪いをかけ、作物を育たなくし、飢えさせようとしていた。だが一年前、村の全員が団結して呪術師を倒した。それで救われるかと思われたが、呪いは未だに続き、その上呪術師の住処には、恐ろしい化け物が住み着くようになった。ということだった。

 

「とにかく、呪いをなんとかしてくれ。あの家さえなくなれば呪いも消えるだろう」

 

 老人はそう言い切って話を切った。

 

「え、でも――」

「分かった。数日中には何とかしよう」

 

 何かを言いかけたキサラを制して、俺は老人に返事をすると席を立つ。寝室を確認だけして、早速調査を始めることにした。

 

「ふん、お前たちでも無理なら、火を放って周囲の森ごと燃やしてしまおうか」

 

 村長の家を出る間際、老人はそんなことを口にした。その言葉を無視するように家を出たあと、俺たちは件の家へと向かうことにした。

 

「はぁー、何で言わなかったんですか? 作物の育ちが悪くなるような魔法はないって」

「言って聞くように見えなかったからな」

 

 天候不順や冷害をはじめとする異常気象……国家の首都近郊などでは、そんな大規模な魔法は存在しないことが知られているし、そもそも魔術云々ではなく連作障害などの可能性もある。

 

 残念ながらそういった知識は地方都市、しかも衛星都市までは届いていないのだ。そして知識をもたらして改善しようにも、そうも行かない理由がある。

 

「何にしても現場だ。土壌改善や原因究明は依頼に含まれていないからな」

 

 冬の乾いた畑を脇目に、俺たちは村はずれの民家へと向かう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃屋調査2

 村外れの民家、確かにそう形容するしかないが、そこは周囲の雰囲気から完全に浮いていた。

 

 村から離れた位置にある家は、屋根はたわんでおらず、壁面もしっかりと形を保っていた。建築様式も異なっており、倭とよばれる、ここからはるか東にある土地の建築様式に見えた。

 

「あ、すごいですね、まさかこんなところで倭の建物が見れるなんて」

 

 ギルド本部は倭に存在する。銅等級以上の冒険者は本登録のために赴く必要があるため、冒険者は大体の人間が知っているはずだった。

 

 この情報が依頼書に無かったのは、持ち帰る人がいなかったというのもあるが、それ以上に「依頼に差支えが無いから」ということだろう。

 

 俺は無造作に一歩踏み出して、その家に向かう。

 

 近づいてみると、想像以上に整然としていた。一年前後も居住者のいない家屋は、家事妖精でも居ない限りは埃や劣化が酷くなりそうなものだが、周囲から見る限り、人が暮らしているようにすら見えた。

 

「魔物が居るようには見えませんけど……」

 

 キサラが窓から部屋を覗き込む、それに続いて俺も部屋の内部と庭へ視線を走らせるが、静けさのみがあり、吹き抜ける冷涼とした風が、背丈ほどもある枯れ草を揺らしていた。

 

 ふと、揺らめく枯草の隙間に枯草ではない色が混じったことに気付く。

 

「昼間だから魔物も静――ぎゃんっ!?」

 

 咄嗟に俺は身を屈め、キサラのコートを掴んで引き下げる。次いで、俺達の頭上を何かが掠めていくのを感じた。

 

 両手剣をバンデージを巻いたまま手に構え、意識を枯草の向こうに見えた何かへ向ける。

 

「いたた……何なんです? お兄さん」

「一発で仕留められなかったのは、あんたたちが初めてだね」

 

 枯草のあいだをすり抜けるように、倭服に身を包んだ銀髪紅眼の少女が現れる。その表情は怜悧に研ぎ澄まされており、年相応には見えなかった。

 

「……え、子供?」

「キサラ、油断するなよ」

 

 俺は少女の右手が人間の物から燐光を放つ鱗に覆われたものになるのを見て、キサラに忠告した。

 

「さて、私の姿を見たところで、何も変わらない。死んでもらいましょう」

 

 その言葉と同時に凍り付くような殺気が俺たちを襲い、俺はそれと同時にキサラを後方へ投げ飛ばし、両手剣を地面に突き刺して盾にする。

 

 銀色に輝く爪が両手剣と交錯し、バンデージが千切れ飛ぶ鈍い音と共に、両手剣へ衝撃が伝わる。俺は弾き飛ばされないよう強く握って立ち上がる。

 

「キサラ、家探しは頼んだ」

「え? あっ……はいっ!」

 

 言葉はそれだけで十分だった。目の前にいる少女を俺が食い止めている間に、キサラが家の中を探る。現状取りうる最良の選択肢がそれだ。

 

 彼女が戦線を離脱して家に入るのを、気配のみで確認すると、俺は目の前にいる「魔物」に向き合った。

 

「神竜種……こんな所で出くわすとは」

 

 自分の不運を呪うと同時に、俺は銀等級以下で神竜種の相手をさせられた前任者たちを憐れんだ。

 

 

――

 

 

――神竜種

 白金等級の中でも最上位に位置する分類で、確認されているのは全六種。各々が高い知能を持ち、人語を解し、人間への擬態も可能だ。そして、人語を解するからこそ、共存不可能な他の魔物と違い、一定の距離を置いて共存関係を持つことが可能な種族だった。

 

「しっ!」

「ふふ、よくやる……でも、私たちの家に触れることは許さない」

 

 左右から迫りくる爪撃を紙一重でいなしつつ、相手を見つめる。

 

 怜悧で無感情な笑みを張り付けた倭服の少女。ただし、彼女の両腕は禍々しいほどに攻撃的な竜種の物に変化――いや、元に戻っていた。

 

 大きく右手が振りかぶられ、俺に迫る。その爪に合わせて、両手剣を切り上げる。

 凄まじい金属音と共に空を切った右手の死角を利用し、距離を詰める。この距離では防戦一方で徐々に不利へと傾いてしまう。

 

「っ! 冒険者風情がっ!!」

 

 肉薄した段階で、両手剣を振りかぶるが、神竜は後ろへ飛び退いて距離を取ることで攻撃を躱す。俺はそれに追いすがるように地面を蹴って両手剣を振り下ろす。

 再度金属音が響き、両手剣と爪の間で火花が散る。

 

「……」

 

 戦いつつ、俺は違和感を覚えていた。

 

 神竜種の表皮は硬質な鱗に覆われ、それは炎竜の比ではない。それは幾度もこの両手剣と打ち合った爪が、一切傷ついていないことからも分かる。

 

 だが、彼女は攻撃を受けることを避けた。なにか理由があるのか。

 

 それに加えて違和感があるのは、戦闘状態だというのに完全な竜化も、体温の上昇も感じられない事だ。

 

 通常であれば、敵対関係にある神竜種は、人の姿を取らない。圧倒的存在である自らの姿を曝して、戦意を喪失させるとともに、圧倒的戦力で蹂躙をする。それに加えて、神竜種は自らの身体を動かすために、炎竜を凌ぐ熱を体内に生成する。それらが無いのだ。

 

「っ!」

 

 両手剣で爪撃を振り払い。彼女の重心を崩して地面に倒す。倒れ込んだところで、俺は手を止めて両手剣を構えなおす。突きつけたところで、神竜種は炎竜さえもしのぐ竜鱗を持っている。脅しにもならないだろう。

 

「……よくも私に土を」

「神竜種とは言え、戦う意思の薄い相手に後れを取るような鍛え方をしていない」

 

 理由は分からない。だが、彼女は確実に本気ではない。少なくとも周囲が焦土になっていない以上、手加減をしているのは確かだ。

 

「何があったのか、教えてくれないか。神竜種は意志疎通ができるはずだ」

「信用できぬ」

 

 少女は銀髪を揺らし、俺に紅の瞳を向けたまま立ち上がる。

 

「あの人を殺した村人の尖兵など、信用する訳が無いでしょう」

 

 そこまで言われて、俺の中で一つの仮説が像を結んだ。

 

「……その倭服が戦えない理由か」

「っ!?」

 

 神竜種の表情が変化する。どうやら図星らしい。

 

 恐らく、この集落に居た「呪術師」が倭出身の人間なのだろう。着ている倭服は奪った物か、贈られた物か分からないが、大事なもののようだ。

 

 彼女が爪のみで戦っているのも、恐らくこの家を壊したくないからだ。そこまでわかって、俺は構えを解いた。この神竜とは戦えない。

 

「……何のつもりだ? 人間」

「話をしたい」

「お兄さん! ストップ、その子と戦っちゃ――ってあれ?」

 

 俺がそう言った時、丁度キサラも家探しを終えて同じ結論に至ったようだ。彼女は家の窓から顔を出して、こちらに気付くと言葉を切った。

 

「はっ、そうは言っても私はお前たちと話すつもりは無い。貴様らごときに負ける私じゃない」

「そうだ。だが、お前の大切にしたいものが分かった今、俺はそれを壊す選択ができる」

「っ……」

 

「お互い、悪くない取引だろう。会話するくらいは許してくれないか」

 

 長い沈黙が訪れ、緊張が続いた後、彼女は諦めたように両手を降ろした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃屋調査3

「……そうか」

 

 家に入って粗方の話を終えると、俺は状況を整理する。

 

 倭から農耕技術の伝達に来た男が、収穫量が増える新しい耕法を伝えるが、その方法は土地への負担が大きく、連作に不向きな耕法で、二毛作が必須だった。しかし、村人が単価の高い小麦のみを育てようと、無理矢理連作を開始。当然収穫量が落ちていき、首が回らなくなっていく。

 

 男は「忠告に従わないとどんどん悪くなるぞ」と言ったが、それは村人たちに「俺に従わないともっと収穫量を減らすぞ」と取られてしまい、反感を買ってしまう。その結果が私刑である。

 

 正直なところ、それはよくある話だった。

 

 知識を地方にまで浸透させるのが難しい理由がこれである。これと似た事件で、滅んでいった村は記憶の中にいくつもある。

 

「あの村人ども、はらわたが煮えくり返るほどだけど、あの人は彼らを恨まなかった。だから、報復はしない」

 

 神竜種――名前はシエルというらしい。彼女は歯ぎしりをして自分の憎しみを抑える。

 

 よくある話ではあったのだが、その彼がシエルと仲良くなっていたのがイレギュラーだった。

 

 調査であれば、ギルドに状況を報告し、対応を考えるのが通常だが、神竜がいるのであれば、それだけでは終わらない。支部へ魔導文を送り、専門の対応者が来るまで警戒していなければならない。

 

「復讐をしないのは凄いですね……話を聞いただけでもワタシ、絶対許せそうにないですもん」

「人間ならそうだろうね、でも、私はそんな下等生物じゃない。あの人がそれを望んでいなかったのはわかる」

 

 シエルはキサラの問いかけに、表情を変えることなくそう語る。

 

「一体そいつとどんなことを――」

「あの人との記憶は私だけのものよ」

 

 話を聞こうとしたところで、シエルは敵意を剥き出しにして俺を睨んだ。

 

「お兄さんデリカシーなさすぎ、そんなんだからパーティ組んでくれる人がいないんじゃないのぉ?」

 

 にやにやと笑いながらキサラが肩をすくめる。少し癇に障ったが、たしかに無遠慮な質問だったので、頭を下げた。

 

 何にしても、対応を聞くためにギルドへ魔導文を送る必要がある。既にかなり日が傾いているが、ギルドの業務は休みなく動いている。早ければ翌朝にでも返事が届くだろう。

 

 俺は魔導文の紙を一枚取り出して、状況を書いた後に発動させる。鳥が飛び立つように魔導文は飛んでいき、最寄りのギルド支部へと飛んでいく。

 

「なんにせよ、ギルドからの回答待ちか、村長の家に向かうぞ」

「少し待って、あんたたちを信用したわけじゃない。討伐隊が組まれる可能性もゼロじゃないしね……」

 

 そう言われて、俺は納得する。つまり、人質として俺たちをここに縛るつもりだろう。

 

「分かったキサラを置いて行こう」

「ええっ!? ちょ、お兄さん!?」

「別にいいだろう? 人質なら死ぬ事もない」

 

「死なないですけど、ふつうこんなに可愛い美少女を一人にしま――」

 

 ブラトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! 今そんなことやってる状況じゃないでしょ!? 誤魔化さないで下さいよ!!」

 

「いや、引っ張れそうだったから」

「もし出来そうだったらマンドラゴラも引っ張るんですか!?」

 

 出来そうだったら引っ張るが、とは言わなかった。

 

「はは、なんにしても、私としちゃ、この小娘よりもあんたを人質にしたいね」

 

 キャーギャー喚いているキサラを宥めていると、シエルが口を開いた。

 

「ほらやっぱり! か弱い女の子を――」

「多分、あんたの方が小娘より数段強いだろう? 人質にする価値があるのはあんただ」

「えっ……」

 

 神竜の賛同を得たキサラは調子づいてそれに乗ろうとするが、人質として価値がないと言われて複雑そうな顔をした。

 

「なるほどな、二人で残ろう」

 

 この状況では、キサラを解放しても彼女は納得しないだろう。ならば、二人で残るという選択肢が一番無難だろう。

 

「そそ、そうですね! そうしましょう!」

 

 気を取り直したように、キサラは威勢よく同調した。

 

 

――

 

 

「倭には冒険者の本部がある。銅等級を越えている冒険者なら、一度は行ったことがあるはずだ」

「へえ、それで、どんなところなんだい?」

 

 神竜が俺を残したがったのは、どうやら人質の価値があるかどうかではないような気がしてきた。

 

 彼女は、呪術師と呼ばれていた男の故郷、つまり倭についての話を聞きたがった。距離としてはほぼ人類圏を横断する形になるため、この辺りでは馴染みが薄い。男の住居が倭の建築様式を踏襲していたのも、もしかするとこの悲劇の原因かもしれない。

 

「建築様式から分かるように、湿潤な気候で植生も特徴的だ。マツという針葉樹だとか、薄いピンク色の花を咲かせるサクラという植物があり、海に面しているため、漁業も盛んだ」

 

 俺は頭の中に入っている倭の情報を話していくと、シエルは嬉しそうに目を細める。その姿は先程殺し合いをしていた存在には見えなかった。

 

「あの人が言ってたのと同じだね、もっと話しておくれよ」

「あ、じゃあワタシからも話しましょうか、どうせお兄さん、倭で人づきあいしたこと無いでしょ」

「いや、酒について話したかったんだが……」

「神竜種相手にお酒は無意味でしょ」

 

 キサラが話に割り込んできたので、俺は黙る事にした。確かに、竜種以上の魔物は、通常の食事をとらない種も多い。

 

 特に今確認されている神竜種は、全て魔力を糧に生きており、アルコールや毒物に対する耐性も高かった。

 

「まあ、いいじゃないか、小娘の話を聞いた後に酒の話は聞こう」

 

 それにしても、シエルは上機嫌だ。

 

 「呪術師」の男とは親しい関係だったのだろう。彼との記憶は語ってはくれないが、それは彼女の倭服と、機嫌の良さから想像するまでも無いように思える。

 

 外はすっかり日が落ち、澄み切った空気と空に浮かぶ蒼い月が、窓越しに見える。室内には蠟燭の明かりがともり、魔法灯とは違った風情を出していた。

 

 俺はキサラの声を聞きながら、青褪めた景色の広がる外を眺める。遠くは無い距離に村の灯りがあるはずだが、木立に阻まれているのか、その光は俺たちの方まで届かない。

 

「――という感じでですね、向こうでは芸術家じみた職人が沢山いまして、その倭服もそういう人たちの作った物なんですよ」

「ほうほう、なるほど、この服にそのような価値が……あの人は一言も教えてくれなかった」

「なんだ、知らなかったのか」

 

 死んだ後に見つけて着たのではなく、送られたならば、てっきり男から説明をされていると思っていた。だから、俺は思わず彼女たちの会話に入っていた。

 

「倭服、しかもそれのように色鮮やかなものは、婚約の申し込みに使うものだ。渡されたとき何か言われなかったか?」

「えっ――」

 

 シエルの表情が固まる。思い当たる節があったらしい。

 

「え、あっ……あの人は、一緒に暮らそうって……」

「ああ、婚約の申し込みは受けていたのか」

 

 一緒に暮らそう。それは、倭では一般的な婚約の申し込みだ。

 

「いや、だが――」

 

 シエルが窓の外を見て、突然言葉を切った。何があったのかと彼女の紅い瞳を見ると、瞳の中に鮮烈な光の線が浮かび上がる。

 

「っ!?」

 

 慌てて振り返る。視線の先には、いつの間にかたくさんの松明が横一直線に並んでいた。

 

――『ふん、お前たちでも無理なら、火を放って周囲の森ごと燃やしてしまおうか』

 

 この家に来る前、村長が話していた言葉が思い出される。まさか、俺が帰ってこないことを失敗だと判断したのか!?

 

「ふふ……あちらから手を出さなければ、捨ておいたものを、余程死にたいと見えるっ!!!」

「シエルっ!!」

 

 シエルが倭服を脱ぎ捨てて窓から飛び立ち、銀鱗を持つ本来の姿に戻るのと、松明が弧を描いて次々と投げられるのは、ほぼ同時だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃屋調査4

 全てが手遅れだった。

 

「うわああああ!!!」

「ば、化け物……!」

「痛い、痛い痛いっ!!!」

 

 私の力は壊すことは出来ても、守ることはできないのだから。

 既に燃え広がった炎は、消し止めるにはすべてを焼き尽くすしかない。

 死んでしまったあの人に言葉を伝える方法はない。

 

 目の前にいる村人たちを殺したところで、私の気持ちが晴れることはない。

 

 それでも、私は殺し続けるしかない。瞋恚の炎を弱められるのは、炎よりも赤い血によってのみだからだ。

 

「ガアアアアアアアァァァァァッ!!!」

 

 雄叫びを上げて、心に溜まった感情を爆発させる。両手にべったりとついた血が、体温で沸騰してむせ返るような悪臭を放つ。足元には、村長と呼ばれていた老人の死体が、二つに裂かれて転がっている。

 

「も、もうだめだ……逃げろ、逃げるんだ!」

 

 一人の人間が叫ぶと、他の人間たちにも恐慌が伝わり、全員が散り散りになっていく。逃がすものか。

 

「ガッ!?」

 

 逃げ出す村人に、爪を振り下ろした瞬間。硬いものにそれが弾かれる。

 

「シエル! 止めろっ!」

 

 目の前に現れたのは黒髪の剣士、波紋状の酸化被膜が施された両手剣を構え、私の前に立ちはだかる。

 

「ガアアアアアアッ!!!!!!! ガアアアアァァッ!!」

 

 止めるな、止まるわけにはいかない。

 

 私は彼を吹き飛ばすべく爪で薙ぎ払うが、その一撃は切っ先を逸らされ、空を切る。

 

 だが、私はその攻撃では終わらない。すぐに第二撃を放つべく、腕に力を籠める。

 その瞬間、剣士は羊皮紙を持っていた。複雑な呪文が書かれたそれは、破り捨てるだけで効果を発揮する使い捨ての呪物――スクロールだった。

 

 

――

 

 

 研磨のスクロールを破り捨てる。これは武器の耐久度を著しく下げる代わりに、切れ味を上げる効果を持った魔法が記されていた。

 

 神銀製の武具は、魔力伝導効率が高く、魔法の効果をより高める仕組みになっている。勿論デメリット効果も受けるわけだが、ダマスカス加工を施しているだけあって、耐久度が減ったところで、普通の武器よりはずっと丈夫な刀身になっている。

 

「っ!!」

 

 弾き上げた腕が再度俺を襲おうとした瞬間、腕先の関節部――鱗に柔軟性があり、強度の低い箇所へ両手剣を撃ち込む。

 

「ギャアアアァァッ!! グガァアアァッ!!」

 

 肉が裂ける手応えが帰ってきて、神竜の悲痛な声が響く、焦げ付いた血液と、迸った自身の血液、そして周囲の炎に照らされて輝く銀鱗により、その体は赤黒く染まっていた。

 

「止まれっ! 殺すのはダメだ!」

 

 ギルドの規定により、民間人の保護は何においても優先される。

 

 このままギルド職員と合流し、顛末を話せば呪術師の名誉も、彼女自身も救われるはずだ。このまま殺戮を繰り返すならば、緊急対応として神竜を相手に命のやり取りをすることになる。

 

「ガアアァァッ!! ガアアァァァッ!!!」

 

 しかし、神竜は俺の言葉など意に介さないかのように、憎しみに染まった赤い瞳を光らせると、翼を大きく広げて飛びあがった。そして口腔を開き、内部に青い光を蓄え始める。

 

「まさか……極大熱弾(ギガフレア)か!?」

 

――極大熱弾

 神竜種にのみ許された極大広範囲攻撃、体内にある特殊な器官で製造された爆発性の物質を口内で合成し、熱量を魔力によって抑え込んで圧縮、そしてその圧力が臨界点に達した時点で解放することで、周囲を無に帰すほどの爆発を発生させる。

 

 以前この攻撃が行われた例は三つ、その全てで半径数キロのあらゆる動植物と構造物が失われている。

 

 俺は筋力増強と持続治癒のスクロールを一つずつ取り出して、破り捨てる。怪鳥など鬱陶しく飛び回る魔物相手や、両手剣での攻防に力負けしないための物だ。

 

「っ……ああぁっ!!!」

 

 心臓が大きく脈打ち、全身の筋肉が一回り大きくなったような錯覚を覚える。俺はしゃがみこんで力を溜め、それを一気に解放させて神竜めがけて跳ぶ。

 

 それの口腔内は青白い光が溢れんばかりに輝いており、網膜を焼かんばかりの光量だ。

 

「っ!!!!!」

「ガアアアアアアアアァァッ!!!!!!!!!」

 

 肩口に両手剣を叩き込み、金属音が耳を打つ。刀身は深々と食い込み赤い鮮血を迸らせる。しかし、ダマスカス加工が施されているとはいえ、研磨のスクロールで耐久度の落ちた両手剣では、それが限界だった。両手剣は根元から折れて、剣先が左胸に突き刺さったまま残ってしまう。

 

 だが、極大熱弾の妨害には成功した。俺は自分の攻撃がどの程度のダメージを与えたかを精査する前に、両腕で顔を覆った。

 

 それと同時に世界から音が消失する。

 

 極大熱弾の暴発は、神竜の体内で起きる。そのぶん威力は減衰されるものの、元々の威力が桁違いで、炎竜のブレスを生身で受けるような衝撃が全身を襲った。

 

「ぐっ……!」

 

 上下感覚がなくなり、全身に力が入らない。地面に激突し、激しい痛みが身体を襲うが、前もってかけていた持続治癒のおかげで何とか致命傷は避けられた。俺は手探りで高速回復のスクロールを破く。

 

 何とか歩けるまでに回復した段階で、俺は神竜に向かって歩き出す。周囲の村人たちはキサラが避難させているし、この光景を見て、近づこうとする人もいないだろう。

 

「……」

 

 両手剣を突き立てられ、地面に倒れ込む少女――神竜はその姿を取っていた。

 本来、神竜は魔物であり、さっきまで見せていた姿が本来の姿だ。しかし、彼女は人間としての姿を取っている。

 

「なぜ、止まらなかった」

 

 止まっていればギルドの法で対処することも出来たし、死ぬ事もなかった。なぜそれを捨ててまで、こんなことをするのかが分からなかった。

 

「今更、なんだよ……全部」

 

 全てを諦めたような、憎しみの果てにある感情を込めて、少女は血と共に言葉を吐き捨てた。

 

「なんで、もっと早く来なかった? 私が冒険者を殺す前に、あの人が殺される前に……あの人が、呪術師と誹りを受ける前に」

「……」

 

 答えられなかった。何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうし、それは事実言い訳でしかないのだから。

 

「まあ……いい……」

 

 そんな俺の考えを、シエルは理解しているようだった。疲れたように全身の力を抜くと、彼女は目を閉じて言葉を続ける。

 

「私を、森の奥に連れて行ってくれないかい?」

「ああ」

「安心して、場所は……私が伝える」

 

 何もできなかった無力感から逃れるために、俺は少女を外套で包み、抱え上げる。意外なほど軽く、頼りない感触だった。

 

 周囲の炎は猛々しく燃えている中、シエルが指示する先は不思議と火の手が回っていなかった。もしかすると、彼女の能力なのかもしれない。

 

 五分ほど歩いた先、背後には燃え盛る家があるが、その周囲だけは時が止まったように静謐だった。足元には粗末な木の板が突き刺さっており、墓を表す記号が掛かれている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ここで……寝かせてくれ」

「……ああ」

 

 説明は必要なかった。ここは呪術師の墓で、両手剣は心臓まで達していた。今際の時間をここで過ごしたい。という事だろう。俺は外套を巻いたまま、彼女をその場に横たえた。

 

「ねえ、冒険者……」

「後始末は任せろ、今更になって来た俺の、せめてもの責任だ」

「そうか……私はここを離れたくない。頼んだぞ」

 

 神竜種の亡骸は、俺達冒険者にとって、上質な素材ではあるが、それ以上に魔物たちにとって魅力的な食糧だ。彼女が言っているのは、彼女の亡骸を、ここで眠らせて欲しい。そういうことだった。

 

 シエルは目を閉じて、眠るように生命活動を停止させる。それと同時に、擬態が解け、彼女は薄汚れた銀鱗を持つ竜の姿になった。

 

 

――

 

 

「必要事項は以上になります。白閃様、お疲れ様でした」

「ああ」

 

 数日後、俺はギルドで依頼の報告書をまとめていた。

 

 書類をぱらぱらとめくって、受付員は確認を終えると口を開いた。

 

「しかし、神竜種すらも倒しきるとは、流石は白金等級ですね」

 

 その言葉に、俺は答えなかった。元より仕事を誇るような性分ではなかったが、今回の依頼は特に何一つ誇る気持ちにはなれなかった。

 

「村人が心配ですか? 村長を含め村人の七割が死亡、集落としての体裁が保てない為、住民は移住を余儀なくされる……そういう結果ですが、むしろ神竜が暴れて生存者がいる方が奇跡的です――そんな事より、今は神竜種を倒したことを誇りましょう」

 

 受付員は明るい声で言うが、俺は全くそれに同意は出来なかった。

 

「どうやったんです? 肩口の大きな傷と、腹部の内臓まで達した――」

「次の街へ向かう。神竜種の亡骸はしっかり封印しておけ」

 

 あの場所には魔物除けの結界を張らせている。加えてギルドの職員を常駐させ、彼女の身体が朽ちるまでは、誰もその場に侵入できないようにしている。

 

「え、あ、あのっ――」

 

 俺は受付員の言葉を無視して外套を翻す。向かう先には大きな包みを持ったキサラが待っていた。

 

「お兄さん、お疲れ様」

 

 さすがに今回は、彼女にとっても辛かったようだ。俺は詳しくは見ていないが、彼女は家の中でシエルと呪術師の想い出も見ていただろうから、俺よりも何かを感じ取っているのかもしれない。

 

「しっかり持ったな」

 

 ギルド支部を出て、街の門をくぐったところで、問いかける。彼女は手に持っていた包みを開き、その中にある物を俺に見せた。

 

 中身はシエルが着ていた倭服と、白く紡錘形をした大きな卵だった。

 

「シエルさん、怒りませんかね?」

 

 ギルド職員があの村に到着するまでの間に、俺は彼女の亡骸から卵を取り出していた。それはあと産むだけの状態で残っており、命を宿していた。

 

「怒られるとすれば、俺だけだから安心しろ」

 

 神竜は死ぬと同時に次世代の命を身体の中に宿す。ギルドの検視回収部隊は、腹部にできた大きな傷で、卵ができなかったと判断するだろう。

 

 実際、彼女との約束は反故にしてしまったような気もする。だが、あの場で子供が生まれれば、ギルドの管理下に置かれるか、最悪処分される事もある。そうなるのは「責任をとる」事になるのか、そう考えた時、俺はそう思えなかった。

 

「でも……リスクが大きいですよ、お兄さんに管理できるんで――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああっ!! 持ってるものが持ってるものなんですからそういうのやめてっ!!!!」

「いや、落ち込んでそうだったから」

「引っ張って上がるのは釣竿とか滑車くらいじゃないですか!?」

 

 もし何かあれば、俺が命に代えても解決する。とは口にしないでおいた。




はい、とりあえずここまで、次は続きが思いついたあたりにお会いしましょう。

ランキング上位ありがとうございます。感想は返していないものも含め、すべて読ませていただいております。今後も気づいたら更新してるなあくらいの緩い感じでお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅1

「……ったく」

 

 どうかしている。俺は俺自身に悪態をついた。

 

 川のせせらぎと虫の声が支配する夜の闇、その先に見える集落の灯りを窓枠越しに睨みつけて、何度目かもわからない舌打ちをする。

 

 苛立ちの原因は、現在俺のベッドを占領して、寝息を立てている。安らかな寝顔が腹立たしく、それを見て息をつく自分にも腹が立った。

 

 こいつを助けたところで、息子の代わりにはならない。妻が帰ってくるわけではない。だが、こいつは俺と同じだと直感的に分かった。

 

 大事な人に見捨てられて、独りになった人間がする目だ。

 

「はぁー……」

 

 大きくため息をついて炉に火を入れる。こいつが持っていた剣の修理くらいはやってやろう。なんにせよ、俺にはこれしか出来ることはない。

 

 だから、妻にも息子にも逃げられた。既に俺は若くないし、息子もいい年だろう。それでも会いに来ないという事は、思い入れも家族の絆とやらも、既に存在しないということに違いない。

 

 赤熱した剣を取り出して、金槌を当てていく。どんなボロボロに朽ちて曲がった剣も、芯に存在するのは上等な鋼だ。叩くごとに火花を散らし、それが徐々に表れるのが、たまらなく好きだ。このために俺は鍛冶屋をしているのかもしれない。

 

 ボロボロに朽ち、何もなくなったように見えても、その中には一つの芯がある。人間も、そういうものであってほしい。

 

 何度も叩き、形を整え、焼き入れをして、最後に水で急冷する。先程までの曲がり、欠けた剣には到底同じには見えなかった。

 

 鍛冶は魂を削り、それを鉄に練り込む作業。鍛冶師の間で信じられている概念だ。俺はそれが本当のことのように思えて仕方ない。

 

 心地よい疲労感と共に、椅子に腰かけていると、ベッドで寝ていた小僧が身を起こした。きょろきょろと周囲を見回し、不思議そうにしている。

 

「ようやくお目覚めか」

 

 俺のベッドを占領して眠りこけていたことを皮肉交じりに言ってやると、小僧は驚いてこちらに顔を向けた。

 

「……何が目的だ」

「おいおい、お礼の前にそんな言葉かよ」

 

 警戒心をあらわに睨みつける小僧に、俺は呆れた。

 

「っ、あ、助かった……ありがとう」

 

 そう言われた瞬間、俺は笑いそうになるのを必死で堪えた。まさか素直にお礼を言うとは。

 

「へっ、ただの気まぐれだよ、少しでも恩があると思うなら、明日から仕事の手伝いでもやってもらうか」

 

 こいつは嫌いになれそうにねえな、俺みたいに捨てられた奴だが、まだ人を信じる心が残ってやがる。死ぬまでの手慰みに、こいつと家族ごっこをしてもいいかもしれねえ。

 

「ま、なんにせよお前、何て名前なんだ? 小僧って呼ばれたいわけじゃないだろ?」

「あ……ああ、俺の名前は――」

 

 

――

 

 

 あの村から少し距離はあったものの、国境をまたがなかったのが幸いし、想像よりも短い旅程で移動を終えられた。

 

 春先の生暖かく、生命の息吹を感じさせる風を身体に受けて、薄青の空に映える赤い屋根の大通りを見渡すと、いくつか懐かしい顔もちらほらと見えた。

 

「ここが目的地ですかぁ……?」

「ああ、俺の武器を修理できるのはあいつしかいない」

 

 神竜との戦いで、俺の両手剣は折れてしまった。材料費からしてかなり高価なので、今も折れた状態で持っているのだが、ダマスカス加工はおそらく掛け直しになるだろうし、溶かして一から作る羽目になりそうだった。

 

「ここからまた少し歩くぞ、町外れの小屋が奴の家だ」

 

 そう言って俺は歩き始めるが、背後にいるはずのキサラの気配が消えていた。

 

「……キサラ?」

「むり……」

 

 彼女はうずくまってそう呟くと、そのまま動かなくなってしまった。

 

「どうした?」

「もう無理! つかれた! お風呂入ってベッドで寝たい! 宿とって明日行きましょうよぉ!」

 

 駄々をこね始めた。

 

「このくらい、いつもより少し長い程度だろ?」

「宿なしで徒歩のみ、夜間警戒付きはやったことなかった!」

 

 それはそうなのだが、それには深い理由がある。

 

 まず第一に、神竜の卵を持っているため、人目を避ける必要があった。収納袋に入れればバレないだろうが、入れている間に孵ったら笑えない事態になる。

 

 第二に、俺が全力で戦えない為、必然的に危機察知は早い段階で行わなくてはならなくなる。という事は、魔物の活動が活発になる夜間は特に警戒をする必要があり、交代で睡眠を取りながら旧街道を経由してきていた。

 

 そして最大の理由としては、人と会うのを極力避けて旧街道を使ったため、宿が無かったという事がある。

 

 旧街道、と言っても現在使われている道から少し外れるように通っている場合がほとんどで、それらは新街道と交わりながら網の目のように張り巡らされている。

 

 ということは、最短距離を選択した場合、偶然にも通り道に宿が一切存在しない。なんて事態が時折発生するのだ。

 

「分かった。早くいくぞ」

「無理でーす! ワタシもう一歩も動けませーん! 宿取るまで――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!! なんですか!? そんなことされても動きませんからね!?」

「いや、叫ぶ元気は残ってるのかなと」

「さっきから騒いでましたよねワタシ!?」

 

 騒いでる自覚はあったんだな、とは言わないでおいた。

 

「なんにしても、行けば分かる。歩くぞ」

 

 そう言って俺はキサラを小脇に抱えて歩き始める。

 

「えっ、ちょっ――ちょっと恥ずかしいんですケドこれ!?」

「だったら歩くか?」

「歩く! 歩きますんで!」

 

 暴れはじめたキサラを降ろしてやり、俺たちは目的の家へ向かう事にした。

 

 

――

 

 

「次こそは武器を作ってもらうからな!」

 

 山道を登り、ようやく小屋が見え始めたところで、俺は小屋から出てくる人影を見た。

 

 上等な鎧に金色の髪、いかにもという見た目の騎士だった。装備が使い込んでいるように見えない事から、所属は恐らく領主や国家権力が持つ騎士団だろう。

 

 彼の取り乱した様子を観察していると、彼の方もこちらに気付いたようで、憤慨した様子のまま近づいてきた。

 

「お前もあの偏屈ジジイに武器を作ってもらう気か?」

「……ああ」

 

 偏屈ジジイ、そう言われて吹き出しそうになるが、何とか堪えた。確かにあいつはそう言うしかない。とはいえ、鍛冶の神(ヴァルカン)とまで呼ばれる人間を、偏屈ジジイと呼べる度胸には感服した。

 

「やめておけ、無駄だよ、あいつは自分のためにしか物を作らない……町を守る騎士である僕に、武器を作らないとは……」

 

 何かぶつぶつと言いながら、男は山道を降りていく。

 

「うへえ……あの人かわいそー、鎧着てこの道を往復とかワタシ絶対やりたくないですもん」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 死にそうになっているキサラに、俺は同意する。

 

 基本的に流れ者の冒険者と違い、集落という決まった範囲を守る騎士団は、基本的に野戦を想定していない為、重厚な鎧に身を包んでいることが多い。

 

 一方、冒険者は基本的に軽装で、騎士職のみが板金鎧を装備している。キサラほどの極端な軽装をするのは盗賊くらいだが、剣士である自分も、急所をカバーする革鎧程度しか防具は存在しない。

 

「何度来ても同じだぞ」

 

 足を進めて扉をノックすると、ぶっきらぼうなしゃがれ声が、扉の向こうから聞こえてくる。懐かしい、聞き馴染んだ声だ。

 

「そういうなよガド。久々に帰ってきた俺に言う事か?」

 

 そう答えた瞬間、扉の向こうで何か重く硬いものが落ちる音がした。俺はその音が、金槌を落とした音だと知っている。

 

「小僧! 帰ってきおったか!!」

 

 灰色の髭に禿げ頭、大きな赤鼻の小柄な老人が勢いよくドアを開く。その姿は、俺が旅立ってから少しも変わっていなかった。

 

「ああ、ちょっと用事があってな……とりあえず、風呂とベッドを頼んでいいか? こいつがそろそろ死にそうだ」

 

 そう言って俺はキサラを指差す。町に帰ってきたというゴールを取り上げられたからか、必要以上に疲れているようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅2

 キサラが風呂に入っている間、俺はガドと話をする。話の内容は、今まで討伐してきた魔物の話で、金剛亀を両断したエピソードを、ガドは嬉しそうに聞いていた。

 

「がっはっは! 俺の剣はそんな相手でも通用したか!」

「それで……その両手剣がこんな状態なんだが」

 

 そう言いながら、俺は刀身が根元から折れた両手剣を取り出す。

 

「うおっ!? なんだ、折れてるじゃねえか。さっきの話はフカシか?」

「いや、別の相手に研磨の魔法を掛けて使った」

 

 ガドは「ふうん……」と唸って、断面と刀身をじっくり観察しはじめる。片目に拡大鏡を装着していくつかの箇所を観察すると、彼は俺にむき直って口ひげを揺らした。

 

「なんかすげえ硬いもんを二回切ったな? ダマスカス加工をした鎧かなんかか?」

 

 俺は静かに首を振る。確かにダマスカス加工を施せば、鎧の硬度は飛躍的に上がり、傷一つつかなくなる。だがこの両手剣は、それ程度の相手でも研磨のスクロールを使えば、傷をつけることができるようになる。

 

「神竜種相手に使った」

「ぶっふぉっ!?」

 

 ガドは勢いよく吹き出した。俺は唾が掛からないようにさっと身をかわして、言葉を続ける。

 

「前腕の比較的柔らかい部分と、肩口を袈裟斬りに、とはいえ、途中で止まって折れたわけだが、すまないな」

「ちょ、ちょっと詳しく聞かせろ! それ!」

 

 ガドは興奮した様子で俺の両肩を掴む。唾を飛ばしながらしゃべるので俺は顔をしかめつつ、話してやることにする。

 

 俺は時間を掛けて、シエルとの出会いと顛末をガドに話してやる。勿論、ギルドへの報告ではなく、実際に俺が体験したことをだ。

 

「そうか……するってぇと、あの嬢ちゃんが持っていた包みは――」

「ああ」

 

 ガドは興奮気味に聞いていたが、結末を聞いたところで冷静さを取り戻していた。俺が頷くと、禿げ頭をさすってため息をついた。

 

「面倒なもん持ってきやがって」

「悪いな」

「まあ、土産話と合わせてチャラだな」

 

 なんだかんだ言って、ガドは面倒見がいい。まあ偏屈であることは否定できないが、交友関係が少ないという事は、その分信用できるという事だ。

 

「で、両手剣の修理だが」

 

 バキバキと肩の関節を鳴らして準備を始めたガドに、どのくらいで修理が終わるのか問いかける。しかし、帰ってきたのは意外な答えだった。

 

「まあ、無理だな」

「何?」

 

 俺が聞き返すと、ガドは炉に火を入れて温度を上げ始める。

 

「ダマスカス加工を舐めるんじゃねえよ、溶かすのもやっとだ」

 

 ダマスカス加工とは、魔力を利用した金属強化法で、流し込んだ魔力量が多ければ多いほど複雑で緻密な波紋状の酸化被膜が発生し、強度も上昇する。

 

「そもそも魔力を込められる人間が今居ねえ、新しい奴を打ちなおしてやるから、首都――シュバルツブルグにでも行くんだな」

 

 シュバルツブルグは、近隣諸国の中でも最も学問の発展した都市で、魔物に対抗する魔法技術や冶金技術も、かなり先進的な内容を研究しているという話を聞いていた。

 

「現状じゃそれしかないか……」

 

 ないものをねだったところで仕方ない。ガドに打ってもらえるだけマシと考えよう。ダマスカス加工自体は、シュバルツブルグの方が精度は高そうだしな。

 

 そういう流れで同意し、ガドに紹介状を書いてもらえるように頼むと、俺は彼が折れた剣を溶鉱炉に放り込むのを見ていた。

 

 溶けるのを待つ間、ガドが淹れてくれた渋みの強い紅茶に、砂糖をこれでもかと入れて口にする。疲れた時にこの甘さがよく効くのだ。ガドがいつもやっている飲み方を真似しているのだが、彼がどこでこんな飲み方を教わったのかは知らない。

 

「お兄さん! 大変っ! 大変ですっ!」

 

 甘ったるい紅茶を楽しんでいると、キサラが神竜の卵を片手に飛び込んできた。

 

「おう、お嬢ちゃん。風呂あがったか」

「あ、どうも、頂きました……ってそうじゃなくて! なんか卵が動いてるんですけど!」

 

 動いていると聞いて、俺はキサラから卵を受け取る。確かに内側からノックするような感覚が手に伝わってくる。

 

「どど、どうしましょう!?」

「何にもしなくていい」

 

 想像よりも早かったが、シュバルツブルグで生まれるよりは随分いい。俺は卵をしっかりと持って、中にいる新しい命が殻を破れるように見守る。

 

 しばらく待っていると、乾いた音が卵から響いて、小さな亀裂が入る。その亀裂は徐々に大きくなり、内部から銀色の鱗が覗く。

 

「あっ」

 

 キサラが声を漏らすと、銀色の痩せた幼竜が姿を現した。

 

「クェ……?」

 

 その頭部は、なんとなく母竜――シエルの姿に似ている。それは俺の目を見て首をかしげると、身を震わせて口を大きく開いた。

 

「っ……」

 

 俺は軽い眩暈を感じ、周囲では火の勢いが一瞬弱まる。上位の竜種は魔力を主食とすることが多く、この幼竜は周囲の魔力を「食べて」腹を満たしたようだ。

 

 そして、それは光に包まれ、形を変えていく。

 

「ん……」

 

 光は徐々に一つの形に収束していき、俺の手の中で形を変えていく。

 

「あれ……? お兄さん、それ――」

 

 光が収まると、銀髪と紅瞳がまず目を引いた。肌の色は薄く、色素が少しも無いように見える。そして、手に伝わる感触は、頼りなさを感じるほどに柔らかだ。それは目を細めて微笑むと、愛らしい声で言葉を話した。

 

「とうさま、おはよう」

 

 シエルの面影を残す少女が、頭に殻を載せたまま放った言葉は、その愛嬌からは想像できない衝撃を、俺を含めた三人にもたらした。

 

 

――

 

 

――刷り込み(インプリンティング)

 例えば生まれたばかりの雛が、最初に見たものを親と認識するような性質のことで、それは魔物であろうと、どんな高等生物でも本能として刻み込まれているメカニズムだ。

 

「……つまり、それが原因でパパになっちゃったわけですか」

「まあ、そういう事になるな」

 

 妙に機嫌の悪いキサラと幼竜を連れて、俺は工房から少し離れたところにある薪割り場まで移動した。そっちには寝室や風呂がある小屋がもう一つあり、キサラは先程までそこで風呂に入っていた。

 

 魔力を糧とする存在が居ては、火加減の微調整が難しくなるという事で、ガドには鍜治場から追い出されていた。ああなると、どうせ真夜中まで帰ってこないだろうから俺も風呂や洗濯、できれば掃除くらいは済ませてやろうか。

 

「ねえ、とうさま、とうさまはとうさまじゃないの?」

 

 扉を開けて、埃っぽい室内に顔をしかめつつ箒を探していると、しっかりと身体にしがみついている幼竜が、上目遣いに聞いてくる。庇護欲に訴えかけてくるタイプの攻撃に眩暈を覚えるが、意志を強く持たねばならない。

 

「ああ、お前の父親と母親はもういない。だから、俺が責任をもって育てる」

 

 彼女には、シエルと呪術師の形見である倭服を着せてある。その姿は、余計に彼女と重なった。俺は不用品を移動させて箒を動かしながら、これからどう育てればいいか、ぼんやりと考えていた。

 

「あーあ、あんな安請け合いしちゃってよかったんですかねぇ、神竜の子供を育てるなんて、人づきあい苦手なお兄さんにできるんですかぁ?」

 

 キサラの言葉はもっともだ。出来る保障は一つもない。だが、シエルを殺さなければならなかった俺には、彼女を育てる責任がある。

 

 俺が答えに窮していると、身体にしがみついていた幼竜が、キサラの方を向いて口を開く。

 

「キサラ、うるさい」

 

 端的かつ想像以上に棘のある言い方に、思わず面食らってしまうが、それはキサラも同じ、というかキサラの方がショックは大きかったらしい。

 

「はぁー? 何言ってるんですかこのちびっこは? そもそもあなた名前もないじゃないですかぁ、トカゲから取ってゲーちゃんとか呼んであげましょうかぁ?」

「おい、キサラ――」

 

 赤ん坊相手にみっともないぞ。と言おうとしたが、それは幼竜の声に遮られてしまう。

 

「わたしは、シエル」

 

 その名前を聞いた瞬間、俺とキサラは身構える。なぜその名前を知っていて、なおかつ彼女自身の名前として名乗るのか。訳が分からなかった。

 

「神竜は、かあさまとおなじ名前なの」

「あ、ああ……そうなのか」

 

 それを聞いて、俺は納得するしかなかった。

 

 神竜種の研究はあまり進んでおらず、どのような倫理観をもち、どのように一生を過ごすのか、かなりの部分が謎に包まれている。どうやって母親の名前を知ったのかなどは、俺には理解の範疇を超える要素だ。

 

「ということで、よろしくね、とうさま」

 

 ぎゅっと強くしがみつく彼女に、俺はどう反応すればいいか分からず、キサラの方を向く。

 

「いや、ワタシを見てもどうにもなりませんよ、お兄さんが何とかしてくださーい」

 子供のお守が二人分に増えたような感覚だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅3

 溜まっていた掃除や洗濯などの仕事を終え、久々にベッドで眠った翌朝。俺たちは鍛冶場に集まっていた。

 

「ほら、これだ」

 

 ガドは以前と寸分たがわぬ形の両手剣と、既製品の両手剣を二本差し出した。

 

「ダマスカス加工はしてないから、こっちのは使うんじゃねえぞ。予備の剣はこいつだ」

「助かる」

 

 俺は二本の剣を肩にかけ、軽く体を動かす。重量は増えたものの、動きは制限されない。許容範囲だ。

 

「あれ、もしかして……おじいさんって結構腕がよかったりします?」

 

 俺の背にある両手剣を見て、キサラが恐る恐る聞く。

 

「んー、まあな」

 

 ガドは煮え切らない答えを返すが、自信満々に答えても良いほどの腕前だ。

 

「キサラ」

 

 しかし、本人が語る気が無いのはよく知っている。代わりに俺が説明してやることにした。

 

――鍛冶の神

 ガドの冶金技術を讃えて、いつしか誰ともなく呼び出した名がそれだ。彼が鍛えた剣は刃こぼれを知らず、装飾品は鉄でさえ輝くと言われており、作り上げた武具は高値で取引される。

 

「――って事だ」

「けっ、嫁と息子に逃げられたジジイに大層な名前を付けやがって」

 

 そう言いながら、ガドはまんざらでもなさそうだ。

 

「へぇーすごいんですねぇ、じゃあワタシにも武器を――」

「おいっ! 僕には作らないのに、どこの誰とも知らない奴に二本も作るとは何事だ!」

 

 キサラが言いかけたところで、騎士鎧に身を包んだ男が入ってくる。昨日に引き続き……もしかして、毎日来ているんだろうか。

 

「んー嬢ちゃんか、惜しいなあ、もうちょい育って――いでっ!?」

「悪いな」

 

 さらっと男を無視して、セクハラをするガドにチョップをしつつ、騎士鎧の男に謝罪する。ガドは信頼できる相手としか仕事をしない。鍛冶の神と呼ばれるようになって以後は特に、金に困ることが無くなったのでその傾向が強かった。

 

「僕は町を守る騎士団の一員だぞ! その僕よりこんな奴を優先するとは何事だ!」

「あーうるせえうるせえ、お前に槍一本渡すより、こいつに剣二本渡した方が人のためになるんだよ」

 

 ガドは椅子にどっかりと座って小指で耳をほじる。この格好をする時は、ガドは絶対に仕事を受けない。

 

「っ……じゃあ僕とこいつで決闘して、僕が勝てば作ってもらうぞ!」

「ん?」

 

 男は俺を指差し、ガドに喚きたてる。ちょっと待て、なんで俺に飛び火してくる。

 

「こいつと……か? がはははっ!!! いいぞ、気が済むまでやれ!」

 

 ガドは大声で笑い、囃し立てる。戦うのは俺なんだが……

 

「仕方ないな」

 

 俺は予備の剣に手を掛けて、男と一緒に鍛冶場の外へ出ることにした。

 

 

――

 

 

「勝敗は武器を落とすか『参った』って言うまで……でいいか?」

「ああ、勿論だ」

 

 薪割り場はある程度開けている。こいつの得物である槍を振り回すならちょうどいいだろう。

 

「とうさまがんばってー」

「さっさと決めちゃってくださいねぇ、弱い者いじめとか陰キャ丸出しなことやらないで下さいよぉ」

 

 それぞれの形の応援に、俺は予備の両手剣を構える。

 

「かかってきていいぞ」

「待て!」

 

 開始の合図をするのも面倒だったので、軽く手招きをすると、彼はそれを手で制した。

 

「決闘をするなら、まずは名乗りが必要ではないか!」

「……ああ、そうか」

 

 芝居がかった調子でそう宣言する目の前の金髪に、俺は頭痛を覚えた。もう好きにしてくれ。

 

「僕はアレン=デュフライト! 由緒正しいイリス王国西方騎士団分隊バウツダム領所属騎士だ! この鎧は三代前デュフライト家当主ユーグ五世の――」

 

 よくもまあ名乗りが沢山出てくるものだ。俺は呆れ半分感心半分に聞き流して、あくびを噛み殺した。

 

「――という訳だ。お前はどうなんだ冒険者!」

「白閃」

 

 五分ほど経って口上が終わって、相手が構えたので、手短に答えて一歩踏み込む。隙だらけの構えなので一発で終わるだろう。

 

 両手で構えている槍を思いっきり叩き落す。武装解除は片手で持った状態が一番やりやすいが、この程度の相手ならこれでも十分すぎるほどだ。

 

「終わったな」

「とうさますごい!」

「あー、本当に一瞬で決めちゃいましたよ。大人げなーい」

 

「……え? あっ」

 

 アレンは俺が指摘するまで全く気付いていなかったようで、両手に持っていたはずの武器が、地面に落ちているのに気づくと、慌ててそれを拾って俺から距離を取った。

 

「ふ、ふふふ、まだだ、今のは無効だろう。虚をつくとは卑怯で反則だ、冒険者よ。ここからが本番だ」

 

 彼は再び構えなおすと、今度は槍をしっかり握りなおしていた。一度叩き落しを食らったので、それに対する警戒なのだろうが、その姿は少しばかり滑稽だった。

 

「虚を突くのが卑怯って言うなら、そっちから打ち込んできたらどうだ?」

 

 ガチガチに固まっている奴を相手に、何を何回やっても結果は同じだと思うが、せめて相手が納得させるまでは付き合うとしよう。

 

「ふ、ふふ……その言葉にお前は後悔することになるぞ……でやああぁぁっ!!」

 

 気合の言葉と共に突進してくるが、俺は最低限の動きで躱し、足を払う。

 

「うわっ……ぃでっ!?」

 

 面白いように引っかかったアレンは、重い鎧を着ているというのに、綺麗な円を描いて地面に倒れた。

 

 俺はそんな彼に両手剣を突き付けてため息をつく。

 

「まだやるか?」

「っ……ああ、勿論だ!」

 

 アレンは槍を握りしめ、急いで立ち上がると、再び突進の構えを取る。何度来ても同じだというのに……負けん気が強すぎるのも問題だな。

 

 俺は両手剣を構えなおし、突貫してくる相手を刀身越しに見つめる。鎧ごと切り裂いた後回復スクロールを使えば納得する――

 

「っ!?」

 

 ある事に気付いた俺は、両手剣を引いて、彼の突貫をもう一度足払いで潰した。

 

「っ……まだまだ」

「おい、頭に血が上り過ぎだ」

 

 なおも立ち上がり、槍を構えるアレンに、俺は宥めるように声をかける。

 

「うるさいっ、冒険者ごときに三度も土を付けられたとあっては――」

「降参だ」

 

 なおも闘志をたぎらせるアレンに、俺は短く答えてやる。

 

「は……?」

「お、おいっ、小僧……」

 

 俺以外の全員が困惑していた。だが、全員にとってこれが一番いいのだ。俺はガドに向き直って、改めて宣言した。

 

「俺は降参だ。こいつは強い。槍を作ってやってくれ」

 

 

――

 

 

 武器には耐久度があり、ダマスカス加工はそれを飛躍的に上昇させる効果がある。

 

「つまり、あのまま戦っていた場合、ガドは武器を二本打つことになる」

 

 ガドの作った武器は精度も耐久力も一級品だが、同じ素材で出来ている以上、金属同士がぶつかれば欠けたり曲がったりするのは避けられない。木剣同士でももちろん同じことが起こるだろう。

 

「なんだ、嫌味とかそういう発言じゃなかったんですね」

「はぁー……そういう事かよ」

 

 窓枠に腰掛けて、足をぶらつかせているキサラが呟き、ガドは禿げ頭をボリボリと搔きながら、ため息交じりに鉄を溶かしている。

 

 アレンが絶対に降参しないであろうことは、簡単に想像できた。ということは、時間的にも労力的にもガドに一本作ってもらうのが手っ取り早い。

 

「随分賢い考え方するようになりやがって」

「悪いな」

「責めてねぇよ」

 

 アレンは俺に勝った後、意気揚々と山を下って行った。他の連中が俺も俺もと続々と来ては敵わないので、騎士団で自慢しないよう釘を刺したが、それはどこまで信用できるか分からない。

 

「それより、いつこの町を発つんだ? そんな長い間ここでダラダラするわけじゃないだろ」

「とうさま、どこか行くの?」

 

 話をしていると、シエルが口を挟んでくる。火加減が難しくなるからと昨日は入れて貰えなかったが、今日はガドに何も言われていないらしい。ガドのせめてもの抵抗か、それに気づいた俺は、思わず苦笑していた。

 

「シュバルツブルグっていう都市だ。魔法や工学の発展した大都市で、そこで武器を完成させに行く」

 

 彼女が太腿に手をまわして抱き付いてきたので、俺はシエルの頭に手を置いてやる。竜種の擬態はほぼ完璧で唯一の違いは虫や蛇のように体温が低い事だ。

 

「出発は……そうだな、この町で一つ依頼をこなしてからにするか」

 

 えへへと安心しきったような笑みを浮かべるシエルを見ながら、俺は考える。

 

 この町についてからギルド支部には顔を出していない。金等級以上の冒険者が貴重なだけあって、急を要さないものの、難易度の高い依頼は放置されがちだった。そういった依頼を一つ一つ潰していくのも、白金等級の責務という奴だ。

 

「そうか、まあお前に限ってそんなこたないだろうが、無理すんじゃねえぞ」

「ああ」

 

 ギルド支部へ向かおうと扉を開けたところで、違和感に気付く。

 

「とうさま、どうしたの?」

「……キサラ」

 

 彼女がついてきていない代わりに、シエルがついてこようとしていた。キサラの方に声をかけると、そっぽを向いて唇を尖らせる。

 

「おい、なに機嫌悪くしてんだ」

「べっつにー、シエルと一緒に依頼こなして来ればいいじゃな――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!! なんですか!? それやるとおっぱいまろび出ちゃうのまだ分かってないんですか!!!!??」

「いや、生まれたばっかりのシエルを連れていくのは気が引けるなと」

「これやっといて他の子の名前出します!?!?」

 

 お前はなんでシエルに嫉妬してるんだ。とは言わなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅4

――盗賊団殲滅

 町から離れた場所に、大規模な盗賊団の拠点が存在し、数日中に町へ進攻してくるという情報があった。現在騎士団と傭兵ギルドで対応予定だが、冒険者ギルドからも出向させる予定である。

 盗賊団の規模と冒険者ギルドの戦力を示威する為、受注はギルドの信任を得ている者に限定する。

報酬:金貨五〇〇〇枚

 

「ありがとうございます、白閃様がお受けになるのでしたら、だれも文句は言えないでしょう」

 

 手続きを済ませた俺は、受付員を一瞥して指定された待ち合わせ場所へ向かう事にする。

 

「はーあ、なんかいいように扱われてますよねぇ、お兄さん」

「本来なら受けたくもなかったがな、そうもいかないのが仕事だ」

 

 近隣での依頼はこれ以外、銀等級以下の物しか残っていなかった。無視してシュバルツブルグへ向かってもいいのだが、支部長まで出張ってきて頭を下げられたら、首を縦に振るほかなかった。

 

 冒険者ギルドには、当然ながら競合相手がいる。

 

 対人戦闘に特化した人材を派遣する傭兵ギルド。町の防衛に主眼を置いた騎士団。この二つが大きな競合相手となる。

 

 二つの組織は専門があり、その中で互いの仕事を奪ったり、奪われないようにしているのだ。現在盗賊団の殲滅には、町の防衛隊である騎士団と、町長からの依頼で傭兵と冒険者に依頼が回ってきていた。

 

「なーんだ、お兄さんの事だから報酬に目がくらんだんだと思ってましたよ」

 

 たしかに、この程度の依頼では、随分と破格の報酬だ。恐らく、町長の依頼金と、支部から追加報酬が加算されているのだろう。冒険者ギルドとしても、メンツをつぶされたくはないのだろう。

 

「じゃ、まあちゃっちゃと盗賊さんたちをぶっ殺しちゃいましょう」

 

 キサラは腰に差したナイフの頭を撫でる。ちなみにこいつのクラスは「盗賊」ということになっているが、正確には斥候(スカウト)という名前のクラスだ。

 

 何で盗賊なんて名前なのかというと、ダンジョン探索をする時に、魔物が収集していた宝物類を盗み出すのが最も実入りのいい斥候の仕事だからだ。

 

 始めのうちは当然ながら蔑称として定着していたのだが、蔑称を正そうとする前に定着してしまったため、流れでその通称が使われている。

 

 普通に暮らしている分には盗賊と出くわすことはそうそうないため、困る事は無いのだが、こういった冒険者の仕事から少し離れた依頼をする時は、時々混乱してしまう。

 

 町の表通りを歩き、一際物々しい、衛兵が左右に立つ建物へと向かう。入り口で依頼を受けた旨を話すと、憮然とした表情のまま、衛兵は建物に入ることを許可してくれた。

 

「ようやく来たか、冒険者ギルド」

 

 建物に入ると同時に声がかかる。奥まったところで腕を組んでいる彼は、恐らく騎士団長だろう。

 

 内部には同じ鎧に身を包んだ騎士たちと、それぞれの防具を付けた傭兵たちが既におり、どうやら俺たちを待っているようだった。

 

「冒険者ギルドからの出向で、白金等級の白閃と金等級のキサラだ」

 

 短く自己紹介を済ませると、騎士団長に作戦の詳細を聞く。

 

 今回の目標は一〇〇人規模の盗賊団を殲滅することで、相手は町から離れた位置にある洞窟を根城にしているらしい。周囲の村からは多数被害報告が挙がっており、騎士団が巡回することで、なんとか防衛をしている状況だった。

 

 しかし近頃動きが活発になっており、それに伴い被害報告が増加、騎士団と傭兵ギルド、そして冒険者ギルドで合同の作戦を実行することになった。ということだった。

 

「しかし、冒険者ギルドからは参加者が二人か、随分舐められているというか……」

「期待以上には働く、それと……周囲の地理を教えてくれるか?」

 

 騎士団長が持っているはずの、作戦地域の地図を見せて貰おうとしたが、なぜか彼は見せることを渋るように、一歩引きさがった。

 

「情報は既に我々が精査済みだ。冒険者はただ指示に従っていればいい」

「……わかった」

 

 騎士団長の態度に違和感を覚えたが、俺はキサラと部屋の隅へ向かい、具体的な行動指示が話されるのを待った。

 

 

――

 

 

 盗賊団は夜間に略奪をし、昼過ぎまで寝ていることが多い。その為、早朝に町を発ち、体力の消耗した盗賊たちを捕縛していくという作戦がとられた。

 

 そういう訳で俺たちはいくつかの部隊に別れて、盗賊が根城とする洞窟へと足を進めていた。

 

「……」

「どうしたんですかぁ? いつになく仏頂面じゃないですか、こんなに大人数で行動するの、コミュ障のお兄さんには無理でしたかねぇ?」

 

 作戦の内容について考えていると、キサラが顔を覗き込んでくる。日が昇る直前の蒼昏い雰囲気の中、彼女はいつも通りだった。

 

「キサラ、どう思う?」

 

 彼女のじゃれつきは無視して、意見を求める。俺の感覚が正しければ、少し厄介なことになりそうだった。

 

「んー、まあ、多分『いる』でしょうねぇ、詳しく調べないと分かりませんけど」

「そうか」

 

 大人数で生活する拠点を構えられるほど大きな洞窟、何かしらの魔物が生活している痕跡の可能性がある。

 

「おい」

 

 少し前を歩く甲冑姿の騎士――アレンに声をかける。

 

「どうした冒険者! 僕に用かい?」

 

 彼は少しオーバーリアクションな動きで振り返ると、兜の隙間からでも分かるような笑顔を向けてきた。

 

「少し進軍を遅らせられるか? キサラを偵察に出したい」

「ふむ……いや、その必要はない。事前に我々が偵察を行っている。むしろ手筈通りに動かなければ連携が取れなくて危険だ」

 

 アレンは自慢げにそう言って、手に持った槍を振り上げて見せる。

 

「それに、お前より僕は強いのだ。僕の指示に従っていれば安心だろう」

 

 ああ、なるほど、先程から妙に侮られている感があるのはそういう事か。こいつは強いと言っただけで、俺よりも強いと言った覚えは無いのだが、一体どこで勘違いしたのか……そもそも、ガドの家での件は黙っておくように言ったはずなのだが。

 

「そうか……魔物が居る可能性がある。あまり血は流さないでくれよ」

 

 少々釈然としない部分があったものの、今の状況で独断専行が危険というのには、同意せざるを得ない。基本的に俺がソロもしくはごく少人数で行動しているのは、こういう状況で即応できるためだ。俺は魔物が居た場合の注意喚起だけ行い。従う事にした。

 

「当然だ。我々は盗賊を殲滅するのではなく、盗賊団を殲滅するのだからな」

 

 盗賊団を殲滅という事は、盗賊団としての形態を保てないようにする。という事だ。つまり、人殺しを進んでしようという訳ではない。

 

「で、どうします? お兄さん」

「ひとまず予定通りに動く、俺達が抜けて余計混乱を起こすわけにはいかない」

 

 もし俺がここでキサラを偵察に向かわせた場合、彼女が盗賊団と判定される事もある。集団で動くという事は、仲間と敵をしっかり分けるという意図もあるのだ。

 

 口元をさすって当面の行動をキサラと共有すると、彼女は「なるほど」と頷いてから言葉を続ける。

 

「お兄さんには大勢を相手に何か言う度胸もありませんもんね」

「そういうことだ」

 

 予定のポイントに付いたので、俺は両手剣に手を掛けて身を屈める。ちらりとキサラの方を見ると、ブラトップをしっかり押さえていた。

 

「何をしている?」

「こういう時って、お兄さん引っ張ってくるし」

「そうか?」

 

 キサラの考えていることはよく分からなかった。

 

 

――

 

 

「第三部隊! 出入口の封鎖をしろ!」

「やべぇ! 早く逃げ――ぐあああっ!!!」

「抵抗する者は殺しても構わん! 一人も逃すな!」

 

 統率の取れた騎士団はもとより、傭兵たちも上手く連携を取り、盗賊団の捕縛と殲滅を行っている。

 

 周囲は夜明け前の青みが掛かった世界から、暁と鮮血の燃えるような世界へと変貌していた。そんな怒号が飛び交う場所で、俺とキサラは指示通りに洞窟の中へと分け入って、遊撃と妨害を行っていた。

 

「や、止めろ!!」

「投降しろ、死にはしないだろう」

 

 武装解除させた盗賊を後方部隊へ引き渡し、俺は洞窟の深部へと向かう。キサラは既に先行させているが、戻ってこないという事は、かなり大規模な洞窟か、戻ってこられない状況かのどちらかだろう。

 

 金等級の彼女がそこら辺に居る奴に後れを取るとは思えない。つまり、大規模な洞窟が広がっているか、盗賊以上に厄介な何かがあるという事だ。

 

「おい、冒険者」

 

 アレンが声をかけてくる。俺は先を急ぎたい気持ちを抑えて振り返った。

 

「なんだ」

「す、少し……休めないか?」

 

 舌打ちをする。連携の練度は高いものの、装備の重さから体力が無いのが、騎士の弱みだ。

 

 ここで放っておくのは、こいつを孤立させることになり、それはそれで危険だ。俺は少しペースを落とし、ゆっくりついて来るように促した。

 

 その時、鼻が微かな鉄臭さ――血の臭いを嗅ぎ取り、次の瞬間遠くで男の悲鳴が聞こえた。

 

「な、なんだ!? 今の声は!?」

「ちっ……!」

 

 短く舌打ちすると、俺は驚いているアレンを放って洞窟の先へと向かう。人間同士の交戦なら構わないが、今は血の臭いがしている。最悪の想定は必要だった。

 

 角を曲がりその先へ視線を向ける。甲殻類を思わせる無数の節足と、松明の灯りに照らされ、黒く光る連結した甲殻が見える。腐肉百足(キャリアン・センチピード)だ。

 

「ギシャアアアアァァッ!!!」

「う、うわああぁっ!!? なんだこいつ!?」

 

 大顎を開き、人間に襲い掛かろうとしているのを見て、俺は地面を蹴り、腐肉百足の頭を切り飛ばす。

 

「あ、たすか――」

「出口はあっちだ。早く逃げろ、こいつらは血の臭いに敏感だ」

 

 言いながら、俺は腐肉百足の頭に両手剣を突きさす。助けた奴は盗賊か傭兵か、区別はつかなかったがそれはもうどうでもいい事だった。俺はそいつに、屍肉を食べる習性のある魔物が現れたことを言って回るように伝え、出口へ向かうように指示をする。

 

「あ……うっ……すまん!」

 

 アレンの方向に彼が行くのを見届けて、俺は洞窟深部へ向けて駆けだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅5

――腐肉百足

 

 人里離れた環境で、腐肉や死んだ生物を食べることで生活する魔物で、腐肉甲虫や腐肉鼠などと一緒に腐肉漁り(スカベンジャー)と呼ばれる事もある。等級は付けられていないが、それには理由がある。

 

 性格は基本的に大人しいため、あまり人間が感知できない存在ではあるものの、血の臭いや腐臭があまりに濃いとその性格は一変する。攻撃性が現れ、死体を貪る存在から死体を作る存在へと変貌するのだ。よって、状況によって危険性が変化する為、画一的な等級分けが不可能となっているのだ。

 

 血液と神経両方に作用する毒液と強靭な顎、そして頭だけでも活動を続ける生命力。不用意な人間同士の戦いが、腐肉漁りを呼び寄せて小競り合いが大惨事に発展した例を俺は知っている。

 

 アレンには、既に撤退命令を出すように言ってある。ただ、腐肉百足の危険性を理解できていない騎士団や傭兵たちがそれに従うことは疑問だった。

 

「ギッ――」

 

 背後から百足の頭を兜割りにする。その先には膝をついたキサラが肩で息をしていた。

 

「はぁ……流石お兄さん」

「回復したら行くぞ、死人をこれ以上出すわけにいかない」

 

 彼女に小瓶と回復スクロールを渡して、両手剣に付いた体液を拭きとって次に備える。腐肉百足はコロニーを作ることが多く、洞窟がこの規模なら、上位種が居てもおかしくはない。なるべく早急に避難を終わらせなければ。

 

「りょうかーい……もう、お兄さんってば人使い荒いんだから」

 

 ぐちぐち言いながら、キサラは解毒薬を飲んだ後回復スクロールを破く。洞窟の暗がりで分かり辛いが、体内の毒素と体力の消耗は消えたようで、彼女はゆっくりと立ち上がった。

 

「じゃあ、避難経路の確保すればいいですか?」

「ああ、交戦は最低限にしろ」

 

 攻撃性が増したとはいえ、腐肉百足は屍肉食の魔物だ。ある程度の距離を取れば、その攻撃性は食欲に上書きされる。数も多く、厄介な腐肉漁りに対抗するには、この方法が最も安全だった。

 

「んっ……解毒にはまだ時間かかりそうですけど、とりあえずは動けそうですね。じゃあ手分けしていきましょう」

「頼んだ」

 

 念のためキサラに回復スクロールと解毒薬の予備を渡し、彼女が駆けて行った方向とは逆へ足を進める。

 

 洞窟――いや、腐肉百足の巣穴は複雑に絡み合った縄のように入り組んでおり、逃げ遅れた人間もいるだろう。騎士団には何とか対応を伝えておいたが、彼らも被害者となる可能性があるのを注意しなければならない。

 

「お、おい。冒険者」

 

 後ろからおっかなびっくりついて来ていたアレンが声をかけてくる。俺は剣先に刺さった百足の頭を払い落として振り返る。

 

「どうした」

「ぼ、僕達も逃げるべきじゃないか? さっきから、死人としか会わないじゃないか」

 

 確かに、今まで遭遇しているのは、凶暴化した腐肉百足に毒液で溶かされたものや、損壊した死体ばかりだった。

 

 だが、周囲の雰囲気からして、逃げきれていない人がいることは容易に想像できた。ならば、逃げる理由はない。

 

「まだ避難が――」

 

 そこまで口にして、思い当たる。そうか、騎士団は町を守っているのであって、人を守っている訳ではない。魔物対人間の構図で考えていないのだ。

 

「……魔物に襲われている人間が居たら助ける。それが冒険者だ。騎士団が守るのは何だ?」

 

 その言葉にアレンは口をつぐむ。

 

「ついて来ないのならば別に構わない。外の避難誘導に移れ」

 

 あっちなら、身の危険も無いだろう。こちらは俺とキサラだけでも十分対応できる。俺はさらに奥、人が居るであろう道を進み始める。

 

「ギギッ」

 

 進む先に腐肉百足が居たが、俺は足を緩めることなく進み、無造作に両断して先へ向かう。生命力が高かろうと、頭を潰せば死ぬのは当然として、脅威となる部位も頭部の毒腺と大顎に集中している。意外だが、気色のわるい見た目の胴体は、人間に直接害を及ぼすほどの脅威は持っていない。

 

 しかし、この数の多さは想像以上だった。次々に現れる雑魚を討伐しつつ、原因を考える。

 

 百人単位で暮らしていたのだ。糞尿を含め、排出されるゴミの量は相当な量になっていたはずだ。恐らく腐肉百足はそれらを養分とし、繁殖を続けていたのだろう。増えた腐肉百足が、盗賊団と鉢合わせなかったのは、それらが夜行性であることと、基本的に隠れて暮らす習性があるという事が大きい。あるいは、腐肉百足の生態を知っている一部の盗賊によって、一種の共生関係を築いていた可能性もある。

 

「……」

 

 そこまで考えて頭を振る。今はそれよりも生存者の確認だ。分析は生態学者にでもやらせておけばいい。 そう考えて、両手剣にべったりとついた体液を拭きとっていると、アレンがついてきていることに気付いた。

 

「どうした? こっちは一人でも大丈夫だぞ」

「っ……僕は、人を守るために騎士団に入団したんだ。お前が魔物を倒した後、生存者を安全圏に送り届けるのは……任せてくれ」

「そうか」

 

 声が震え気味だったことには触れず、俺はそれだけ返した。

 

 ガドにこいつの武器を作らせるのは、正解だったな。

 

 

――

 

 

「ひっ……く、くるなっ!」

 

何体もの百足を切り裂いて到達した先に、一際巨大な個体に迫られる盗賊が居た。俺は地面を蹴って頭めがけて両手剣を振り下ろす。

 

「っ!?」

 

 瞬間、手応えが消失する。視線の先には刃が刺さったままの頭部が見える。両手剣がついに折れたのだ。

 

 腐肉百足の体液と毒素は、金属を腐食し、強度を下げる効果がある。事あるごとに拭き取り、劣化を抑えてきたものの、既に限界だったらしい。

 

「ギシシッ……」

 

 頭から両手剣の刀身を生やした大百足が、憤怒の声を上げて振り返る。どうやらこいつが最も大きい個体のようだ。

 

「アレン、人間を連れて逃げろ」

「え、し、しかし……」

 

 こんな事なら、神銀で作った未完成品の両手剣も持ってきておいた方がよかったか、いや、あれを使うとガドが煩いな。

 

 そんな事を考えながら、折れた両手剣を構えなおす。幸い剣は中程で折れているので、戦えない事は無い。

 

「守る人間が居るとそちらに意識を割かなくてはならない。邪魔だ」

 

 大百足は威嚇するように大顎をかみ合わせている。残念ながら、初撃では致命傷を負わせることができなかったらしい。

 

「だが、お前――武器は」

「お前が丸腰で逃げるわけにもいかないだろう。冒険者を舐めるなよ。百足退治くらい折れた剣で十分だ」

 

 そう言った瞬間、大百足の身体がうねり、大顎が俺とアレンへと迫ってくる。

 

「走れっ!!」

 

 それを折れた両手剣でいなすと、アレンへの指示を叫ぶ。彼はそれに弾かれるように駆けだすと、身を竦めて動けないでいる盗賊へ駆け寄っていく。

 

 それでいい。俺は大百足との戦いにようやく集中できることに安堵する。魔物は攻撃をいなした結果、壁に深々と牙を突き立てていた。

 

 腐肉百足の生命力は見ての通りだが、その理由には神経構造が最も大きく関係している。

 

 百足の神経系は、背骨が無く一対の神経索が代わりに存在しており、梯子のようにつながり合っている。また、体内の臓器も節ごとに完結しており、そのお陰で切断や破壊に強い身体の構造になっていた。

 

「ギシュルル……」

 

 大百足が壁から牙を引き抜いて、こちらへ振り返る。生命力の強さゆえ、頭部を破壊しない限り延々と戦い続けることになる。

 

 俺がここまで倒してきた百足たちも、殺すというよりも「頭部を潰すことで攻撃能力を奪った」と表現する方が正確だ。

 

 地面を蹴り、うねる体幹を躱しつつ、大顎の片方へ斬撃を当てる。折れているため距離感を誤ったのもあるが、傷をつけるよりも、剣自体がさらに欠けてしまった。毒液の腐食がかなり進んでいることを直感した俺は、研磨のスクロールを破いた。

 

 耐久力が減るというデメリットは、既に耐久度が下がり切った武器にはデメリット足りえない。

 

 三たび大百足がこちらを向き、長く連なった甲殻をうねらせてこちらへ迫って来る。圧力さえ感じるような突進だが、俺は大上段に構えて接触する一瞬を待つ。

 

 剣の間合いはかなり短くなっている。いつもの感覚で振っては致命傷足りえない。ギリギリまで引き付け、鼻先まで牙が迫るのを感じた瞬間、俺は折れた剣を振り抜いた。

 

「――」

 

 手応えは重く、両断された大百足の頭部が地面にたたきつけられる。折れた剣は腐肉百足の戦闘能力を完全に奪い。その役目を終えて粉々に砕け散る。

 

 未だに胴体は抵抗するべくうごめいているが、その動きもしばらく経てば収まるだろう。俺は採取用のナイフで大百足の頭部を確実に潰しきり、合流するためにその場を離れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊団殲滅6

 ガドは「結局、二本武器を作る羽目になったじゃねえか」と笑っていた。

 

 悪いとは思ったが、腐肉百足を相手にするとは思っていなかったのだ。勘弁してもらうしかないだろう。

 

「ねぇ、お兄さん。いつまでこの町に居るんですかぁ?」

 

 隣でキサラが挑発するように笑った。

 

 夜、日付も変わろうかという時間に、俺はギルド併設の酒場で果実酒を嗜んでいる。客もまばらで、シエルは上の階で眠っていた。

 

「もしかしてぇ、支部長さんに滞在費を肩代わりしてもらえるからって贅沢三昧したいとか?」

 

 盗賊団殲滅の結果は、騎士団と傭兵ギルド内でも共有され、魔物の暴走がありつつも、盗賊を含めた被害者数を最低限に抑えた功績が評価されている。

 

 それによりこの国での信頼が上昇し、随分と仕事がやりやすくなったらしい。俺はそのお陰で報酬の金貨五〇〇〇枚と、数日間の滞在費を受け取っていた。

 

「ガドの武器が出来上がっていないしな」

 

 やるからにはこだわるのが、ガドの仕事に対する姿勢だ。槍と両手剣を一本ずつ、なんだかんだ魂を込めて作っている事だろう。

 

「失礼する。冒険者」

 

 板金鎧特有の、重々しい金属音に振り返る。その先には槍と鞘のついた両手剣を持ったアレンが座っていた。

 

「ガドからか」

「ああ、それと――」

 

 アレンは俺に両手剣とシュバルツブルグ王立魔法研究所への紹介状を渡すと、バーテンダーに酒を三杯注文して、そのうちの二杯を俺たちの前に差し出してきた。

 

「感謝しておこうと思ってな」

「え、ワタシたち代金は――」

「ありがたく貰っておこう」

 

 キサラの言葉を手で制して礼を言い。俺は果実酒を飲み干して次の一杯を受け取る。無理に格好悪いところを指摘することは無い。

 

「目が覚める思いだった。魔物の前では犯罪者も人間も同じ、その脅威から人を守ろうとするのは、もはや騎士団やそう言った枠組みから離れて考えるべきだ」

「……別に、無理にそうする必要はない。とっさの判断が必要になった時、自分の命を最優先にする人間が居てもいいし、最後まで自分の職務を全うする人間が居てもいい」

 

 金を稼ぐために冒険者をする人間も居れば、市民に対して威張るために騎士団に入る人間もいる。俺はそれを否定しない。だがこいつ――アレンはそういう奴とは違う。そういう直感があった。

 

 怖気づくこともある。だがそれで彼自身の目的を見失うのは、勿体ないと感じてしまった。

 

「だが、お前はそうしなかった。その気持ちを忘れるな」

「ああ――それと、少し僕の独り言に付き合ってくれないか」

 

 鼻から息を漏らし、俺は続きを促す。

 

「僕は、貴族の三男として生まれて、後継ぎにもなれず、政略結婚の駒としての役割しかなかった」

 

 アレンはそれを受けて、ゆっくりと話し始める。その内容は、周囲から期待されず、邪険にもされない。居ても居なくても変わらない。存在感が希薄な男の話だった。

 

 そんな彼はある時から、城を抜け出して城下町で遊ぶようになった。彼の行動を父も城の人間も咎めず、彼は楽しくその時を過ごしていた。

 

「ある時、スラム街の暴動で仲間が死んだんだ」

 

 暴動の原因は、町を流れる下水道で腐肉漁りが繁殖し過ぎたため、町の行政が冒険者ギルドへ駆除の依頼をしたが、その駆除内容はスラム街へ魔物を追いやるという、ずさんな対応だったのが直接の原因だった。

 

「その時なんだ。僕が騎士団に入ろうと決めたのは。舐められないように貴族の名乗りを上げ、ならず者と変わらないと、君達を見下していた」

「……実際、よくある話ではあるな」

 

 冒険者と傭兵は、ギルドが存在するものの、その実態は玉石混交だ。

 

 ピンからキリまで、食い詰めた人間がなる最後の職業が傭兵か冒険者と言われている。冒険者は身一つで木等級に登録できるため、等級が低いほどそういう人間は増えていく。

 

 銅等級以上になれば本部で登録作業をするため、そこまで変な人間はいなくなるものの、銅等級以上になれる人間はそこまで多くはない。

 

「冒険者は見下されても仕方のない人間たちだ。お前がそういう目で見ることを、誰も否定しないだろう」

「ありがとう、だけど、今回の件で思い直したよ」

 

 どうやら、騎士団の内部でも、対魔物戦のマニュアルが急ピッチで作られているらしい。冒険者ギルドの意見も聞きたいという事で、支部長が招聘されているらしく、機嫌が良かったのはそういう事か、と俺は一人で納得した。

 

「この町にはいつまでいるんだ?」

「明日の朝には出発する」

「そうか……君の話はもっと聞いていたかったけど、忙しいんだろうな」

 

 アレンの声は本当に残念そうだった。

 

「仕事をしていれば、また会う事もあるだろう」

 

 俺は、恐らくそれが果たされないことを予見しつつも、そう言って酒を呷った。

 

 

――

 

 

「お兄さーん、遅いですよぉ」

「とうさま、いこ」

 

 キサラは道の先で、シエルは俺の手を握りながら、旅路を促す。夏を予見させる熱く高く上った太陽が、じっと俺たちを見つめているようだった。

 

「ああ」

 

 俺はシエルの手を握りかえし、少しだけ歩調をはやめる。俺が二歩進む間、彼女は三歩進まなければならない為、シエルはとてとてと小走りになった。

 

 結局、ガドの所には顔を出さずに出てきてしまった。顔を出そうか最後まで迷ったが、アレンに武器を持たせたという事は、会って湿っぽく別れの挨拶をするつもりは無いという事なのだろう。ガドらしいというか、俺達らしいというか。

 

「次の街はシュバルツブルグですよね?」

「ああ、ダマスカス加工をしてもらう必要がある」

 

 幸いなことに、シュバルツブルグでもギルド支部があるため、預けておけば支部で引き出すことができる。ギルドの倉庫業務はこういう時に役に立つ。

 

「ねえ、とうさま、シュバルツブルグってどんなとこ?」

 

 シエルは俺を見上げる。瞳には俺しか映っていないようだった。

 

「そうですねぇ、とにかく大きいところですよ」

「キサラに聞いてない」

 

 ふいとそっぽを向くシエルに苦笑する。キサラもむっとしたようだが本気で怒ったわけではなさそうだ。

 

「……この子、お兄さんに似て性格ひねくれそうですね」

 

 幼い子供なんてみんなこんなものだろう。そう思ったが今ひとつ否定しきれないので、俺は曖昧な返事を返すだけにした。

 

「それにしても、ワタシも武器作ってもらえばよかったですかね?」

「ガドを説得出来たらそれも有りだったかもな」

 

 彼は非常に偏屈で、新規顧客はほぼ取らない。俺の紹介もあれば、数日頼み込めば受けてくれるかもしれないが、逆に言えば数日はここに拘束されるという事だ。

 

「あー……それはめんどくさそうなんで、やめておきます」

 

 予定調和というように、キサラは首を振る。なんだかんだガドに対する認識が、腕のいい鍛冶師から面倒なじいさんに代わったような気がして、俺は頬が緩むのを感じた。

 

「とうさま、それで、シュバルツブルグは?」

「ちょっ……私が教えたのに無視しましたよこの子!」

「でかい街だ」

 

 説明しようと思えば色々と話せるものの、シエルに理解できるのはこの程度だろう。そう思って俺は端的に行先の説明をした。

 

「そうなんだ、たのしみ」

「今の質問で納得するんですか!?」

「ふっ……」

 

 二人のやり取りがあまりにも滑稽だったので、俺は思わず息を漏らしていた。

 

「あっ! 笑いましたね!? 今の完全におかしいでしょ! ていうかお兄さんがロリコンなのは前から知ってましたけど、こんな時でも付き合いが長いワタシより見た目が幼い――」

 

 ブラトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!! ロリコンに汚されちゃううっ!!!」

「いや、ロリコンは『ぎゃあー』なんて悲鳴上げる女は、対象外だろ」

「誰がその悲鳴上げさせてるんですか!!」

 

 俺は思わず肩を揺らして笑い、キサラも不機嫌そうにしつつ、楽しげな雰囲気を醸していた。




 ここまでお読みいただきありがとうございます。これから先、主人公とキサラたちはそれなりの試練を乗り越えていくことを想定していますので、どうかお付き合いください。

 また、いつもブックマーク・評価ありがとうございます。更新頻度の遅い当作品に、辛抱強くお付き合いいただき、いつも感謝しています。引き続きブックマークリストのしみにでも置いておいていただければと思います。

 そして最後に、まだブックマークや評価をしていただいていない方々も、読んでいただきありがとうございます。よろしければ、高評価やブックマークをいただけるとモチベーションになりますので、ぜひよろしくお願いします。

 では、続きがしっかりと固まったあたりでまたお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行1

 ビッキーは私の自慢だった。

 

 だって、私にできない勉強が得意だし、食事の時も、私は何度も言われてようやく覚えたことを、すぐに出来るようになってしまった。

 

 どうしたらビッキーみたいになれるんだろう。直接聞いてみたことがある。彼女は困ったように笑って「私は姉さんの方が羨ましい」って答えてくれた。

 

 嬉しかったけど、どういうことなのか全然分からなかった。私なんか、何もできることはないのに。

 

 私は素直にそのことも聞いてみた。ビッキーは「そういう所ですよ」って言った後、溜息をついた。よくわからなかったけど「自分の劣等感を素直に言えるのはうんぬん……」という事みたいだった。それがどうやら褒められているという事を理解して、私は素直に喜んだ。

 

 いつまでも仲良くしていられたらいいのに。そう思ったけれど、じいやとか、家来の人はそうじゃなかった。

 

――青派と赤派。

 

 たしか、そんな呼び方だったと思う。私の味方が青派、ビッキーの味方が赤派。髪飾りの色でそんな名前がついたらしい。

 

 どちらがお母様の後継ぎになるか、そんなことで赤青に別れてみんなが言い争っている。私はそれが悲しかった。

 

 アネットはマナーを教える時は厳しいけれど、それは私にしっかりしてほしいからで、ジギーはいつも私を見張っているけれど、食堂につまみ食いをしに行くときは、時々目を瞑ってくれる。カレルにスミスも、城下に出るための抜け道をこっそり教えてくれる。

 

 それでも、一番はビッキーだった。他の誰に嫌われても、ビッキーにだけは嫌われたくなかった。

 

 

 

 私の姉は、嫉妬もできないほど優秀だった。

 

 彼女は人の心を掴むことについて、並ぶものが居ない。きっと、どんな凶悪犯でも、意志の疎通ができれば彼女を好きになるし、もしかしたら意思の疎通ができなくても、彼女が好きになるかもしれない。

 

 誰に対しても優しく、冬の分厚い雪でさえも、彼女の温もりを遮る事は出来ない。彼女は、まさにこの国を照らす太陽のような存在だった。

 

――それに毒が混じり始めたのはいつだろうか。

 

 いつもと変わらない彼女の周りに、彼女を利用しようとする家臣たちが現れた。彼らは、姉の優しさを利用して、実権を得ようとしていた。

 

 彼らがしようとしていることは、国家の転覆に他ならない。だけど、もしそうなったとしても、姉さんはそんな事を考えていないし、きっと知る事もない。

 

 だったら、私がすべてを守らなければ。

 

 姉さんを悲しませるのも、優しさを翳らせるのも、絶対に許さない。その為なら、私は何だってする。

 

 だからきっと、こんな振る舞いも許してくれるはずだ。

 

 

――

 

 

「あっつーい……」

 

 街の門を抜けると、キサラがぼやいた。この暑さで外套を着ているのは、服が体温調節機能を持っている恩恵だった。

 

「とうさま、大きい街だね!」

 

 肩車の上でシエル楽しげな声を上げる。神竜は変温動物で、戦闘時は今の気温とは比べ物にならないほど体温が上がる。このくらいの暑さなど、誤差の範囲だろう。

 

 太陽は真南を向いており、俺達の頭を焼いている。ちなみに俺は、あまりにも暑かったため、前の街で夏用の旅装に着替えていた。

 

「それにしても人が多いですねぇ、お兄さん、人ごみに慣れてないんじゃないですかぁ?」

「首都は俺以外にも白金等級が居ることが多いからな」

 

 人と物の往来が激しい首都は、依頼も難しいものから簡単なものまで多く舞い込んでくる。首都周辺で生計を立てる冒険者は、そういった依頼をこなしているわけだ。

 

 彼らは俺達みたいに地方をドサ周りするよりは、文化的な生活を送れるが、その代わりかなり緻密なスケジュールを強いられている。日没が近いし疲れたから早めに野営をしよう。なんていう暮らしは出来ないわけだ。

 

「なんにせよ、王立魔法研究所だな」

 

 表通りの凄まじい屋台の呼び込みと、市場を行き来する人の波に軽く眩暈を覚えつつ、俺は道を進み始める。

 

 この近辺で採取できる泥は暗褐色をしており、当然それを焼いて作った煉瓦は黒くなる。黒い都(シュバルツブルグ)という名前の由来がそこにあった。

 

 ちなみに、この国――イクス王国は北海から吹き込む季節風があるため、冬が厳しい。だからこそ日光をよく吸収する黒い煉瓦が役に立つのだが、夏はその分周辺より気温が高い。今感じている暑さは、シュバルツブルグ特有の物だった。

 

「えーっと、王立魔法研究所って、どんな建物でしたっけ?」

 

 キサラが街を歩きながら首をひねる。そういえば、ガドから何も聞いていなかったな。

 

「そこら辺に居る兵士にでも聞くか」

「おっ? そこのお父さん。迷っておられますか?」

 

 兵士の姿を探していると、若い女から声を掛けられた。

 

 ツーサイドアップのボリュームを感じさせる髪に、深い緑の瞳、人懐っこそうな顔は柔和に綻んでいた。

 

 その中でも、目につくのは青い宝石をあしらった髪飾りと、濃紺色の髪、見るからに高価そうな髪飾りだが、服装は動きやすさを重視した安物のように見える。

 

「ぷっ……お父さんだって、お兄さん老け顔ですもんねぇ、私が奥さん役なのは不満ですけど――」

「子供二人もつれて観光は大変でしょ? 私が案内したげよっか?」

 

 妙に嬉しそうに言葉を続けるキサラが凍り付いたのを見て、俺は苦笑する。

 

「……そうだな、助かる」

「よし、決まりだね。私はエリー」

 

 白い歯を見せて笑う彼女に、俺は右手を差し出した。

 

「白閃だ。冒険者をしている。こいつがキサラで、肩に乗ってるのがシエルだ」

「よっろしくぅ!」

 

 軽い自己紹介をして握手をすると、エリーは街の案内をするべく歩き始める。

 

 シュバルツブルグの印象は洗練されていて、しかしそれを鼻にかける様子もない。居心地の良さを感じられるものだった。他国の首都をいくつか回ってきたが、こういう印象を持つ場所は無かったように思える。交易で栄えている商人の国、エルキ共和国のルクサスブルグは、目も眩むような豪奢さが前面に出ていたし、圧倒的軍事力を背景に栄える国、アバル帝国のヴァントハイムは高い壁に囲まれた威圧感が強烈だった。教会権力と結びつきが強いオース皇国は、救いと慈悲を求める民衆でかなり雑多な雰囲気を醸していた。

 

「へぇー、親子じゃないんだね」

「そうですよぉ、こう見えてもワタシ、凄腕の盗賊なんですからね」

 

 調子を戻したキサラが、自慢げにエリーと話しているのを見ながら、俺は彼女の髪を留めている青色の髪飾りと、髪色が気になっていた。

 

――青い血(ブルーブラッド)

 

 イクス王国の王族は、青い髪をしている。そんな話を酒場で聞いたことがある。彼らは神に愛されているので、土くれと岩の色ではなく、空と同じ色を受け継いだ。そういう与太話だ。

 

 ……いや、与太話だと思っていた。が正しいか。実際に目の当たりにすると、不思議な感覚だ。パッと見たところで黒髪にしか見えないが、光に透かされると、鮮やかな青色が浮かび上がる。ここまで明らかに特徴が出ているとは思わなかった。

 

「エリーさん、あの大きなおうちは?」

「ん、シエルちゃん。よく聞いてくれたね、あそこが王立魔法研究所。お父さんが探してる場所だよ」

 

 シエルが指さした先に、巨大な望遠鏡が見えた。恐らく天体を観測するための物だろう。ならば、あそこを目指せばいいわけだな。

 

「じゃ、もうちょっとだから頑張っていこう! ――ぁ」

 

 意気揚々と走って前に出るエリーだったが、こちらに振り返った瞬間、フードを被った男が彼女の背後に迫った。右手には鋭く光るものがあり、明らかな殺意が見て取れる。

 

「っ!!」

 

 間に合うかどうか考えるよりも早く、俺は地面を蹴っていた。王族に近い貴族であることは既に分かっていたのだ。襲撃くらいは警戒するべきだった。自分の迂闊さに歯噛みしつつ、手を伸ばす。

 

「エリー様に何するんだいっ!」

 

 その声は、全く予想外の所から聞こえてきた。それと同時にフードの男がバスケットで殴打される。

 

「おい! こいつエリー様に手を出そうとしたぞ!」

「なんてやつだ! やっちまえ!」

「憲兵さん呼んでくる!」

 

 近くを歩いていたおばちゃんや、退屈そうにあくびをしていた青年、店で肉を量り売りしていたおじさんまでもが騒ぎ立て、あっという間に男はボコボコにされ、憲兵に連れていかれた。

 

「うわぁ……」

「不用心だとは思ったが……こういう事か」

 

 俺は襲撃者に同情の視線を送りつつ、王族であることを隠していない彼女が、無警戒に街を歩ける理由を知った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行2

「ごめんね、最近ちょっと物騒でさ」

 

 今起きたことを「物騒」で済ませられることに閉口する。王族が一人で歩いていることを含めて、今まで過ごしてきたどの街とも決定的に違うと、身に染みてわかった。

 

「さ、じゃあいこっか」

「姫様、出歩くのは控えてくださいって言ったはずですよね?」

 

 笑って歩き出そうとしたところで、エリーの腕を掴む男がいた。

 

「うげ、リュクス……」

「ただでさえ今は大事な時期だっていうのに、こんな事では赤派に隙を与えることになりますからね」

「だってぇ……」

 

 色素の薄い肌に金髪碧眼、大陸北部の出身に見える。この暑さで毛皮の上着を羽織っているので、肌着には恐らくキサラと同じ、魔法が掛けられたものを使っているのだろう。

 

「――で、お前らは? 観光にしては物騒なもん持ってるじゃん」

 

 一通り説教を終えた男は、俺の方を睨んで問いかける。俺はその眼をまっすぐに受け止めて返答する。

 

「冒険者だ。王立魔法研究所までの案内を頼んでいた」

「へぇ……」

 

 男は俺達を値踏みするようにじろじろと見た後、鼻で笑った。

 

「地方でドサ周りしてる田舎者どもじゃねえか、そんな奴が王立研究所に何の用だよ?」

「武器のダマスカス加工でな」

「はっ、お前らがそんな上等な武器持ってても――」

「リュクス!」

 

 エリーの口から鋭い声が発せられる。リュクスと呼ばれた男はその途端に身体を硬直させた。

 

「あなたの仕事は何!?」

「はいっ、エリザベス姫の護衛です!」

 

「私の評判を下げる事はその仕事に含まれてるの!?」

「いいえっ、含まれていません!」

 

「じゃあどうして私の友達に悪口を言ったの!?」

「はいっ、冒険者が気に入らなかったからです!」

 

 威厳のある声でエリーがリュクスを叱責している。呆気に取られていた俺達だが、それを差し置いて叱責は数分続いた。

 

「じゃあ、ちゃんと三人に謝って!」

「……悪かったな」

「え、いや、気にしてないからいい、デス、よ?」

 

 リュクスが頭を下げると、キサラがぎこちなくそう答える。その状況が滑稽で、俺は思わず頬が緩んでいた。

 

「――ってそうじゃなくて姫様! そろそろ会議の準備しないと!」

「ん? あー……やんなくても良いんじゃない? アレ」

「駄目ですって! また大臣に嫌味言われるんですから」

 

 困ったようにリュクスが懇願すると、エリーは小さくため息をついて俺たちに向き直った。

 

「ごめんっ! 用事できちゃったみたいだから案内ここまでで許してくれない?」

「ああ、構わない。場所は教えてもらったしな」

 

 むしろ、王族の仕事よりこっちを優先されても困る。両手を合わせて謝る彼女に、俺は気にしなくていい旨を伝えて、彼女を見送った。

 

 

――

 

 

 王立魔法研究所の内装は、いかにも魔法使いたちの居場所という感じで、天井まで伸びる本棚と、可動梯子で作られた壁の隙間に、遮光材で蓋をされた窓が並んでいた。日光は本を劣化させるため、これがベストなのだろうが、いささか不健康さを感じさせる作りだった。

 

 俺たちはギルドの支部で元となる両手剣と紹介状を引きだしてから、ここへ訪れていた。

 

「ご用件は?」

「装備品のダマスカス加工を頼みたい」

 

 眠たげな瞳の受付に、紹介状を差し出して両手剣を見せる。

 

「はぁ……? ここは市井の加工屋じゃないんですよ、そういう依頼は商工会議所の方で――」

 

 興味の薄そうな反応をしていた受付員だったが、紹介状の内容を見て、初めて興味を持ったように身を乗り出した。

 

「鍛冶の神……はぁ、断るわけにもいかないか」

 

 分かっていたが、俺の愛用する武器はやはり凄まじくコストのかかる品で、そしてガドも有名な人間だった。

 

「とりあえず、担当の者を呼んできます。応接室へどうぞ」

 

 さて、いくらかかるか……万一の積み立てはそれなりにあるつもりだが、金貨の上――白金貨まで出さなくてはいけないとなると、ギルドから借り入れをする必要があるかもしれない。

 

「わ、ふかふかしてる」

 

 案内された先の応接間で、シエルをソファに座らせる。彼女はその感触が気に入ったようで、寝ころんで頬ずりをしていた。

 

「それにしてもお兄さん、工賃払えるんですかぁ? 全然依頼やってないじゃないですか」

「ああ、足りなければギルドの借り入れを使わなければな」

 

 丁度考えていたことを指摘されたので、俺は頷いた。

 

 ギルドは冒険者に仕事をあっせんすることだけが仕事ではない。仕事を行うのに支障が無いようサポートすることもギルドの役割だ。

 

 なので、銀行や武具屋の紹介なども勿論行っている。併設酒場なども業務のうちではあるが、これらの利用権限は冒険者の等級で分けられており、特に金銭の絡む銀行業務は本部での登録が必須となる銅等級以上、さらに借入限度額は等級ごとに分けられている。

 

「うわぁ、利息えぐい奴じゃないですか、返済できないからって、ワタシに集らないで下さいよぉ」

 

 にやついた表情で挑発するキサラを横目に、扉の方向へ意識を向ける。扉の向こうで、人が動く気配がした。

 

「はぁ……全く、何でこんな忙しい時に……」

 

 そう言いながら部屋の扉を開けたのは、いかにも研究者といった出で立ちの男だった。

 

 ぼさぼさの焦げ茶色をした髪に、ヒビの入った丸眼鏡、その奥にある眼は深い青色をしている。目鼻立ちは整っているものの、猫背でよれた白衣を羽織っている姿は、どう頑張っても色男とは言えなかった。

 

「要件はダマスカス加工でよろしいですか?」

 

 男はソファにふんぞり返るように座って、視線だけを俺に向けた。細身の男がそんなことをしたところで、全く威圧感は無いのだが、やる気の無さだけはありありと伝わってきた。

 

「ああ、してほしいのは――」

「今してほしいなら、白金貨一五〇〇枚で引き受けましょう」

「せんっ!?」

 

 キサラが驚いてひっくり返る。俺も表情には出さなかったが、相場の一〇〇倍以上の値段だ。そんな金額があれば、小さい土地の領主にはなれそうだ。

 

「……理由は」

「今僕たちがしている仕事が非常に忙しくてですね、しかも国家の未来を左右するような大事な仕事なのです。それをほったらかしてどこの誰とも分からない方に、最高度のダマスカス加工をするのはかなりの負担となりますので」

 

 なるほど、そういう事か。なら、この街にしばらく足止めを食らうが、待つしかないだろう。

 

「仕方ないな、しばらく待つことにしよう」

 

 こちらは急ぐ旅ではない。無理に急かして適当な仕事をされても困るので、ここは予算をどうにかするためにも足止めを甘んじて受けることにした。

 

「まあ、数日のうちに終わるはずですよ。成否を含めて――」

 

 男はバキバキと関節を鳴らしながら答え、その途中で言葉を切った。どうかしたのか不思議に思って視線の先を見ると、シエルがソファで寝息を立てていた。

 

「その子は……」

「ああ悪い。今起こす」

「いえ、そのままでお願いします。そして失礼、少々席を外します」

 

 そう言って男はものすごい勢いで部屋を出て行ってしまった。

 

「何だったんだ?」

「ヤカンか何かを火にかけてたんですかね? もしくはお兄さんがロリコンの犯罪者に見え――」

 

 ビキニトップを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!! こんな所でやらないで下さいよ!!!!」

「いや、しばらくやってなかったなと」

「長旅中の髭剃り感覚でやるのやめてもらえませんかね!!?」

 

 俺は髭が薄いから剃る必要ないんだが、とは言わないでおいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行3

 しばらくしても、男は戻ってこなかった。

 

「遅いですねぇ、お兄さん忘れられてたりして」

「ありえるな」

 

 かれこれ三〇分は待っている筈だ。何か不測の事態が起きたにしても、その旨を話しに来る人がいても良さそうなのだが。

 

「すぅー……」

 

 シエルは寝息を立てている。シュバルツブルグまでは長旅だったので、疲れがたまっているのかもしれない。

 

「待たせてしまったようですね、すみません」

 

 探しに行こうかと思った矢先、扉が開くと同時に男が戻ってきた。

 

「いやはや、大事なお客様だったので、身なりを整えようと思っただけなのですが、厄介な人に捕まってしまいましてね」

 

 言いながら男は丸眼鏡のブリッジを抑える。眼鏡には先程と同じ場所にヒビが入っていた。

 

「……誰?」

 

 キサラの言葉に俺は同意する。丸眼鏡のヒビはさっきと同じ場所にあったが、逆に言えばそれ以外は完全に見違えていた。

 

 ぼさぼさだった髪には丁寧に櫛が通り、センターパートにきっちりとセットしてあり、よれて皴だらけだった白衣から滑らかなローブ姿に着替えている。眼鏡の奥にある顔はさっきと同じものの、やる気のない表情からしっかりとした意志を感じられるキリっとした表情になっていた。

 

「ああ、すみません。僕はヴァレリィと申します。貴方のダマスカス加工を担当させていただく者です。以後お見知りおきを」

 

 突然態度が変わった男は、そのまま俺の方へつかつかと歩み寄ってきて、片膝をついて俺の目をじっと見つめてきた。

 

「ところで、そちらに居るお嬢さんはもしかして……人間ではありませんね?」

「……いや、人間だ」

 

 唐突な質問だったが、動揺を悟られないよう冷静に答える。

 

「ふむ、視線が右に動きましたね。という事は、本当の事を言っていない可能性がある」

 

 それ以上の返事は出来なかった。だが、それは彼に真実を教えているような物だった。

 

「別に咎めるつもりはありません。むしろ僕としてはありがたい。神竜種なんて、この目で見られるとは思っていませんでしたので」

 

 ヴァレリィと名乗った男は、気持ち悪いくらいに親しげな笑みを浮かべて、言葉を続ける。

 

「もし、もしですよ、彼女を少しの間調べさせてもらえるなら、工賃はいただきません。どうでしょう?」

「いや――」

「嫌!? 正気ですか!? あなたの非協力的な態度で魔法工学が数百年は遅れることになるのですよ!?」

 

 いや、本人に聞かないと分からないだろ。と言おうとしたところで、掴みかからんばかりに顔を寄せて口角泡を飛ばしてくる。一体何がこいつにそうさせるんだ。

 

「ん、ふぁ……とうさま、おはよう」

 

 騒がしかったからか、俺の側で眠っていたシエルが欠伸と共に起き上がった。寝ぼけ眼を俺に向けると、えへへと笑う。

 

「とうさま……? まさか、貴方――」

「ヴァレリィ、そこまでにしなさい」

 

 彼が何かを言いかけた時、部屋の扉が鋭い声と共に開かれた。俺を含めた全員が視線を向けると、そこには町で別れたエリー……とよく似た顔を持つ、赤い髪留めの少女と近衛兵が立っていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は今大事な話を――」

「後にしなさい。早く連れて行って」

 

 エリーによく似た少女は、近衛兵の一人に指示を飛ばすと、ヴァレリィは彼に担がれて部屋の外へと消えていった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれぇ!」

 

 遠くからそんな声が聞こえてきたが、この場にいる全員がそれについて言及することはなかった。

 

「さて、ここからは真面目な話をしましょう」

 

 暗に今までは真面目な話をしていなかったことを詫びて、少女は対面のソファに腰掛ける。

 

「私はヴィクトリア・シュタイン=フォン・イクス。イクス王国の第二王女です」

 

 彼女は自らの濃紺色をした長い髪を弄いつつそう言った。エリーとは違い、ストレートに切りそろえられた髪は、肩にあたって広がると、透き通るような青い色を示していた。

 

「白閃と呼ばれています。第二王女にお目に掛かれるとは光栄です」

 

 俺は白金等級の印章を見せつつ名乗る。冒険者は印章以外の身分証明は無い。

 

「ワタシはキサラで、この子は――」

「シエルです!」

 

 二人の自己紹介も聞き届けた上で、ヴィクトリア姫はゆっくりと口を開いた。

 

「まずは、ようこそシュバルツブルグへ、私たちは貴方たちを歓迎します」

 

 柔和な笑みを浮かべる彼女だったが、その眼は冷静に俺たちを値踏みしているようだった。

 

「……なるほど」

 

 どうやら彼女の眼鏡にかなったらしく。ヴィクトリア姫は静かに語り始める。

 

「先程ヴァレリィも話したように、現在魔法研究所は多忙を極めているため、貴方の依頼にこたえることはできません。加えて、ここで最高度のダマスカス加工をするともなれば、繁忙期で無くとも白金貨数枚で足りる金額ではありません」

 

 彼女の口調は穏やかだったが、その実要求していることは剣呑だった。

 

 つまり、今現在起きている問題をどうにかする代わりに、工賃を免除しようという事だ。単純な厄介事であれば断るところだが、相手が王族であることと、工賃が足元を見られている可能性がある。受けるべきだろう、しかし……

 

「言いたいことは分かった。ただ、ダマスカス加工の工賃はそこまで高いとは思えないが」

 

 たとえ相手が王族だろうと、足元を見られているのは気持ちのいいものではない。

 

「ええ、少し調べましたが、鍛冶の神――ガドからの依頼で一〇年前に同じ依頼を受けています。その時は白金貨一枚で受諾した記録が残っていました」

 

 彼女が応接机の上に資料を置く、そこには俺が壊した両手剣の仕様が書いてあった。同じものを作るのであれば、白金貨は一枚でいいのではないか。そう思った俺に、ヴィクトリア姫は言葉を続ける。

 

「勿論、同じ加工を施すなら白金貨一枚――いえ、金貨八〇〇〇枚で受けましょう。ただ、シュバルツブルグは魔法の最先端を研究する都ですので、これと同じ加工は既に時代遅れ、現在は二段階上の加工法があります」

 

 彼女が合図すると、近衛兵の一人がナイフを三本取り出して、机に並べた。各々の刀身には微妙に違う形の波紋状酸化被膜が生成されていた。

 

「まずはこちら、正統進化させた形式ですね、硬度が約三〇%向上しています」

 

 彼女が手に持ったのは、右端にある目の細かい模様が浮き出たナイフだった。そして、それを置くと今度は左端のナイフを持ち上げる。こちらは波紋状というよりも、幾何学的な模様が浮き出ていた。

 

「こちらは硬度を下げることなく魔法の伝導率を上げるよう回路を組み込んだもの、武器への付与魔法が二〇%向上しています」

 

 まあ、両方とも白金貨三〇枚ほどのコストがかかりますが、と付け足した後、彼女は真ん中に置いてあるナイフを持ち上げる。

 

 そのナイフは普通のダマスカス加工をした物のように見えたが、彼女が強く握りしめると、その姿は一変した。表面が青い燐光を放ち、波紋状の被膜ではなくその燐光が波打っているようだった。

 

「そしてこれが、つい最近になって理論が確立され、試作段階の新ダマスカス加工です。魔法的な物質の固着により強度を上げていたダマスカス加工ですが、これは魔法的な固着と同時に生体による動力の確保が付加され、ほぼ別物というべきものです」

 

 そう話すと、彼女は金属製の置物に刃先を滑らせる。手つきからしても、あまり刃物を扱ってこなかったであろうことが想像できる。しかし、そんな動きでなぞったような動きだというのに、置物は滑らかな切断面を見せて二つに分割された。

 

「生体による付加があれば、これに切れない物はないでしょう。硬度も十倍程度にはなるはずです」

「つまり、その加工を格安でしてやるから仕事をしてほしい。そういう事か?」

 

 彼女は口角を上げ、ゆっくりと頷く。

 

 ギルドの窓口を通さない依頼は、危険度が増すものの、基本的には実入りのいい仕事となっている。通さない理由としては、事務作業を挟んでは間に合わない為、緊急で受けて欲しい。後ろめたい事があり個人的に受けて欲しい。金銭以外で報酬を払いたい。など、様々な理由がある。今回の依頼も、そんなところだろう。

 

「話を聞こう。書面で出してくれ」

 

 

――

 

 

――決闘代行。

 現在シュバルツブルグでは第一王女派である「青派」と、第二王女派である「赤派」の対立が続いている。貴殿ともう一人は五日後、闘技場にて行われる御前闘技に「赤派代行」として出場してもらいたい。

 青派の出場者は傭兵ギルド白金等級のリュクスと、彼の仕事仲間一人とのこと。

 なおこの戦いに必要であれば、王立魔法研究所は可能な限り支援を行う事とする。

 報酬:武器への最新鋭ダマスカス加工の工賃割引。

 

 

 酒場の二階に部屋を取り、俺は依頼書の確認をしていた。

 

 現在の預金は白金貨二五枚。ギルドから借金をすれば仕事を断っても良かったのだが、どうせ借金をするのなら、最新鋭の加工を体験してみたい。そういう訳で、俺は依頼を受ける事にした。

 

 とりあえずは、五日後までにどれくらいの準備をできるかだが、相手は対人戦に特化した傭兵ギルドの最高等級だ。金等級のキサラでは荷が勝ちすぎている。

 

 ということは、俺一人で二人を相手にする必要があるわけで、生半可な準備では死ぬ可能性があった。

 

 幸い、三日程度でダマスカス加工自体は終わるらしい。装備には問題無さそうだ。あとは、誰を相方にするかだが……

 

「とうさま? どうしたの?」

 

 シエルがベッドに腰掛けたまま、小首をかしげる。彼女は無理だろう。神竜特有の強固な鱗があるものの、戦いはまだ向かない。死ぬ事は無いだろうが、出来れば彼女は戦わせたくなかった。

 

「んんっ、あーなんかワタシ五日後くらいに体動かしたいなぁ」

 

 そうなると、冒険者ギルドに俺と同等級の助っ人を頼まなければならないのだが、五日以内にここまで来れる白金等級は、確認する限り居ないらしい。

 

「……仕方ないな」

「えぇー? お兄さん他に頼む人いないからってワタシに頼むんですかぁ? まあお兄さんが土下座するなら――」

「一人で戦うか」

 

 肩の屈伸をしていたキサラががっくりと頭を落とす。

 

「どうした?」

「いえ、薄々そうじゃないかなあと思ってましたよ、ワタシは……」

「白金等級の傭兵相手じゃまともに戦えないだろ」

 

 白金等級は、等級分類の最上位だけあって、どれだけ強くなろうと「白金等級」なのだ。昇格したてならまだしも、知らない相手で白金等級ならば、基本的に金等級以下は戦わないほうが良い。

 

「まあ、確かにそうですけどぉ」

「無理はしないから安心しろ」

「ホントですか? 死んだり再起不能になったりしないで――あ」

 

 キサラが言葉を切って、俺から視線を逸らす。

 

「い、いや、別にお兄さんがどうなろうと関係はないんですけどー……優しいキサラちゃん的には? お兄さんがそういう目に遭っちゃうのはかわいそうかなあって」

「そうか」

「そうですよ、別に心配してる訳じゃないですからね?」

 

 そういう事にしておいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行4

 新開発のダマスカス加工は、手法が部外秘なため、俺達は見ることができない。つまり、加工が終わるまでは無理に魔法研究所まで足を運ぶ必要はない。

 

「シエルちゃーん。僕と遊ぼうよぉー」

「ぅー……」

 

 俺はシエルに盾にされた状態で、動けずにいた。

 

 連日ヴァレリィから、何かと理由を付けて魔法研究所へ呼び出されている訳だが、その要件は早々に済まされ、このような状況が毎回続いていた。なおキサラはこの呼び出しがめんどくさくなったらしく、もう別行動をとるようになっていた。

 

「ヴァレリィ――」

「お父さん!!」

 

 シエルも怯えているし、止めておけ。そう言おうとしたところで、彼は俺に顔を寄せてきた。

 

「娘さんを僕にください! 工賃はタダにしますし何ならお金も払いますから!」

 

 ……こいつは一体、何を言っているんだろうか。

 

 見た目は幼い少女だが、それはあくまで擬態であり、銀鱗を持つ竜が彼女の本性だ。性愛を向ける相手ではない。

 

「とうさま、このひとこわい」

「……だそうだけど」

 

 シエルは更に引っ込んで、強く裾を握ってきた。俺を中心としたこの攻防は、ここに来るたび展開されていた。

 

 神竜種の素材は良質な武具になると同時に、最高級の魔法触媒となる。そちらの意味で「ください」と言っているのなら、許可するわけにいかないのだが、どうもそういう訳ではないらしい。

 

「でも、この提案は貴方にも有益でしょう! 何故断るんです!?」

「俺が責任を取るって決めたからな」

 

 そう言って、俺はシエルの頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細めると、シエルは腰に手をまわしてぎゅっとしがみついた。

 

「責任!? 正気ですか? 神竜種を育てることの意味を理解しているんでしょう?」

「当然だ」

 

 ヴァレリィが信じられないというように、両手を広げる。神竜種を育てる事の意味は、白金等級の冒険者として仕事をするなら誰もが知っていることだ。

 

「いつか本当に後悔しますよ? 後でにっちもさっちもいかなくなった時、泣きついて来ても知りませんからね?」

 

 彼は呆れたような、怒ったような表情で顔を背ける。毎度このやり取りで終わるのだが、次の日には元に戻っているので俺は少し辟易していた。

 

「用件は済んだな? 帰るぞ」

「はいはい、分かりましたよ。全く、折角こっちが譲歩してるっていうのに……」

 

 まだ何かぶつぶつ言っているようだったが、俺は気にすることなく酒場へと戻る事にした。

 

 できれば、簡単な依頼を二、三こなしておきたかった。ヴィクトリア王妃側が援助してくれるとは言え、加工賃はかなりのものだ。ギルドからの借金は少ないほうが良い。

 

「とうさま、これからどこに行くの?」

「そうだな……一応ギルドに戻って依頼があるかどうか確かめて、それでも無かったら観光をするか」

 

 なんだかんだ、俺は初めて訪れる街だし、シエルにとってもガドの居た町よりも大規模なここは、興味をそそられるものだろう。これから先の借金を考えれば、これは褒められたものではないのだが、彼女に社会勉強をさせるのも必要だろう。

 

 

 やはりというか、収入のいい仕事は大体が日数がかかる仕事で、数少ない短期間で済ませられるものも、他の金等級以上の冒険者が軒並み受注していた。

 

「あ、とうさまー、どうだった?」

 

 待合の椅子に座っていたシエルがこちらに走り寄ってくる。その動きは拙く、人間をはるかに凌駕する神竜の姿には到底見えなかった。

 

「依頼は無かったな、観光にしよう」

 

 俺が首を振ってそう言うと、シエルの表情はパッと明るくなった。

 

「やったー! とうさま、どこ行く?」

 

 そうだな、エリーが居れば案内してもらえたんだろうが、彼女は俺がいる陣営とは真逆、案内はまず無理だろうし、地位を考えれば接触することすら――

 

「あ! やっと見つけた!」

 

 と、思った途端に聞き覚えのある声がギルド支部内に響いた。

 

「ごめんね、あの後お城から抜け出すのが難しくなっちゃってさ」

 

 目立つツーサイドアップに、透かした髪から見える青、そして青色の髪飾りを付けた少女がこちらに手を振っていた。

 

「エリザベス殿下、数日ぶり――」

「あ、私の事はエリーって呼んでよ、変に距離取られるのは嫌いだからね」

「……分かった。エリー」

 

 その辺に居る町娘とそう変わらない仕草で、彼女は訂正する。まあ、俺としてもそちらの方がやりやすい。彼女はなんとなく、愛称で呼ぶ方が似合っている気がしていた。

 

 彼女は俺の答えに満足すると、にっこりと笑って言葉を続ける。

 

「どう? こないだ変なタイミングで町の案内終わっちゃったし、これから予定がないなら、その埋め合わせに観光案内とかしちゃおうかなって思うんだけど」

「ああ、それは……」

 

 ちらりとシエルを見る。彼女は丁度俺を見上げており、その機嫌を伺うような表情からは「行きたいな」という意思がありありと感じられた。

 

 俺は表情を緩めて、軽く頷くと、エリーに向き合って返事をする。

 

「そうだな、この間は施設を回るだけだったから、今回は観光案内を聞こうか」

 

 

 エリーに連れられ、最初に訪れた場所は市場だった。

 

「わあ、人がいっぱい」

「ふふん、ここはイクス王国で一番大きな市場だからね、人がいっぱいどころか大陸中からいろんなものが運ばれて来るよ」

 

 肩車されているシエルと、横を歩くエリーが会話するのを聞きながら、俺は市場に目を向ける。

 

 確かにエルキ共和国産の果実や、オース皇国産の金細工が雑多な露店に並んでおり、たしかに大陸中からあらゆるものが集まっているように見えた。

 

「イクス王国の特産は何なんだ?」

 

 店主に声を掛けられ、飴玉を一袋貰ったエリーに声をかける。

 

「はい、シエルちゃん。……ん、特産? そうだねー、冬に来てくれたらいろいろあるんだけど、今は時期じゃないからちょっと見つからないかも」

 

 そう言って、エリーは俺達より少し前に出ると、軽い身のこなしで魔法灯の上に登って周囲を見渡した。

 

「……あ、あった! 運がいいね! ちょっと待ってて!」

 

 身のこなしの軽さに驚いていると、彼女は目当ての物を見つけたようで、俺が返事をする前にするすると人ごみを縫って走り出してしまった。イクス王家の姫はどうも行動派らしい。

 

「とうさま」

「どうした?」

 

 シエルの声が少しだけ暗かったのを察して、俺は少しだけ柔らかい声音で彼女に返事をした。

 

「ここにいる人たちみんな、かあさまも居るんだよね?」

「……ああ」

 

 シエル――母竜の話を切り出されて、一瞬言葉が詰まる。神竜種は、その繁殖方法から母親と直に会えない子供が多い。

 

「いいなあ……」

 

 シエルが羨望の視線で彼らを見ているのを察して、俺は何もできなかった。俺が彼女にしてやれることは、あまりにも少ない。

 

「ねえ、とうさま、かあさまって――」

「おっまたせー! イクス王国名物、蒸留酒だよー!」

 

 シエルが何かを言いかけた時、丁度エリーがイクス王国の名産品をもって戻ってきた。その手にあるのは瓶に入った透明な液体で、一見して水のようであった。

 

「これはねーすごいんだよ、雑味が全然ないすっきりしたお酒でね、酒場に戻って飲んでみようよ! ……ってなんか変な空気?」

「大丈夫だ。酒場に行こうか。シエル」

「うん、とうさま」

 

 寂しげな雰囲気を纏っていたシエルだったが、気を取り直したようにしっかりと頷いた。

 

 

「まあまあ一杯……あ、シエルちゃんはお預けね」

 

 冒険者ギルド支部……の併設酒場に戻ってきた俺たちは、エリーがグラスに瓶の液体を注ぐのを見ていた。

 

 親指ほどの大きさしかないグラスに二、三センチほど、倭で見たような穀物酒だとすれば、すこし少ないくらいの分量だ。

 

「これはね、冬厳しいイクス王国の人たちが寒さをしのぐために作ったお酒なの、飲んでみて」

 

 そう言って、エリーはグラスの酒を一気に飲み干す。硬い音を立てて机にグラスを置くと、彼女は「っかぁー!!」と声を上げた。

 

 それにつられて、俺もグラスの酒を傾ける。

 

「っ!? げほっ、がはっ!!」

 

 口が焼けるような感触と同時に、冷たいものが喉を通り、そして一瞬遅れて喉から胃までが燃え上がるような錯覚を覚える。

 

 気道すら焼かれたようで、咳き込むほどに喉が染みる。それを見てエリーは大笑いして、シエルは心配そうに体を揺すってきた。

 

「っ……何だ、この酒」

「ん、蒸留酒だよ、度数は滅茶苦茶高いけどね」

 

 蒸留酒……? 木の香りも果実のような甘い匂いも何もなかったぞ……

 

「これが寒い時はよく効くんだよねぇ、ジュースとか紅茶で割る人もいるみたいだけど、そんな軟弱な飲み方はこれに失礼だよ」

 

 エリーはそのままこの蒸留酒の説明をしてくれた。

 

 これは気付けのための酒として昔から重宝されていて、アルコールと水分だけを丁寧に抽出したものだという事だった。たしかに、今胃の中が燃え上がっているような感触がある。しばらく経てば指先まで温まりそうな感触があり、確かにこれは気付けとして非常に有能だった。

 

「ふぅ、たしかに、すごい酒だ」

「でしょー?」

 

 すごい酒の意味が、俺とエリーの間で何か違うように感じたが、俺は変に突っ込むことはしなかった。

 

「ところで、さ……ビッキーは元気そうだった?」

「ビッキー?」

 

 ひとしきり笑った後、エリーはどこか真剣な面持ちで口を開いた。

 

「あ、ごめん妹、ヴィクトリアのこと、私の事、何か言ってた?」

 

 ヴィクトリア殿下の事をビッキーって呼ぶのか……まあ姉妹だから当然か、すこし彼女の発言を思い出して、エリーに話すことにした。

 

「特に何も言っていなかったと思うが……エリーとは対立していると聞いた」

 

 俺が答えると、エリーは額に手を当ててため息をつく。何かあったのかと聞くと、彼女は沈んだトーンで話し始めた。

 

「ビッキーとは仲が良かったんだ。だけど、いつからか喧嘩しがちになっちゃって……私は仲良くしたいんだけど」

 

 どうも、ヴィクトリア殿下側が、エリーを避けているというか、目の敵にしているらしい。母である女王が病に臥せってからは、特にその傾向が強く、遂には家臣の間で分裂が置き始めていた。

 

「えっと、それで、もしよかったら、ビッキーに伝えてほしいんだ。仲直りは無理なのかなって」

 

 確かに、エリーとヴィクトリア殿下を比べた時、どちらが人気があるかを考えれば、エリーの方に軍配が上がるだろう。きちっとした性格のヴィクトリア殿下としては、それは面白くないのも確かだろう。

 

「分かった。伝えておく。だが――」

「うん、仲直りできないのは覚悟しておく」

 

 言葉を言い終わるより早く、エリーはそう答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行5

 わたしには、かあさまが居ない。

 

 だけど、とうさまが居るから、大丈夫。時々かなしくなるけど、そんな時はいつでも、とうさまが気にかけてくれる。

 

 それにわたしには、キサラが居る。

 

 キサラは、時々うっとうしいけど、わたしの事をきらっていないのは、すごくわかる。もしかしたらおねえちゃんって、こういう物なのかもしれない。おととい見て回った市場で、わたしと同じくらいの子が、すこし年上の子にそう呼んでいた。

 

 かあさまが居ないのはさびしいけど、とうさまとキサラが居てくれるおかげで、わたしはがまんできた。

 

 このまちに来て、こわい人にも会った。

 

 わたしをじっと見つめて、とうさまに色々おねがいしたり、体にさわろうとしたりしてくる。とうさまがいつもかばってくれるから、わたしはこわい人からにげられている。

 

 でも、とうさまに守られてばかりじゃダメって、わたしは知ってる。だから、役に立ちたい。今日のあさ、とうさまがへやを出て行ったのを、わたしはこっそり追いかけることにした。

 

「どこ行くんですか?」

 

 とうさまが居なくなった後、追いかけようとしたわたしに、キサラが声をかけてきた。眠そうに目をこすってるから、むりに起きてるひつようは、ぜんぜんないのに……やっかいな人に見つかったなあ。

 

「とうさまがどこか行っちゃった――」

「お兄さんが? ははぁーん、シエルも子供ですもんねぇ、パパが居ないと寂しくて泣いちゃいますかぁ?」

 

 行っちゃったから、おてつだいをしに行きたい。そう言うまえに、キサラはわたしにいじわるを言う。すこしむかっとしたので、わたしはキサラをむししてとびらを開く。

 

「おっと、もう、しょうがないですねえ、いつも出掛けるのはお昼ごろなのに、今日だけ異様に早いのは気になりますし、ワタシもついて行ってあげましょう」

「べつにいい」

「そう言わずに、ワタシに任せておけばいいんですよ」

 

 じゃまだけど、わたしをしんぱいしてくれてるのは、なんとなく分かった。おねえちゃんってやっぱり、こういうものかもしれない。

 

 

――

 

 

 決闘当日、俺は朝の早い段階から、王立魔法研究所を訪れていた。

 

 理由はいくつかあるが、最も大きいものは加工を終えた両手剣を受け取るためだった。キサラは来ないだろうし、シエルもまだ眠っていたので、俺一人だけだ。

 

「これが依頼の品です」

 

 しかしヴィクトリア殿下直々に、両手剣を受け渡しに来てくれるとは思わなかった。

 

 木製のケースを彼女はテーブルの上に置き、俺はそのケースを開ける。中には波紋状の酸化被膜が施された両手剣と、丁寧に畳まれた革製のバンデージが入っていた。両手剣を手に取って立ち上がり、人の居ない方向へ振ってみる。神竜戦で折れた両手剣と重さは寸分たがわないように感じる。

 

 両手に力を込めて握りしめると、うっすらと両手剣が燐光を纏ったように見えた。新規格のダマスカス加工ということで、当然あるべき変化なのだが、その光は少し頼りないように思えた。

 

「……少し光が弱いように見えるが」

「私が持ったのはナイフで、貴方が持っているのは両手剣、質量の関係で同じように光らせるには、より大きな力が必要になります」

 

 ヴィクトリア殿下は表情を変えることなくそう答える。同じ力では光らせられないという事は……

 

「っ……!!」

 

 全力で握りしめると、根元のあたりから強い燐光が広がっていく。なるほど、力――生体エネルギーを籠めるほどに強く光るらしい。

 

 力を抜くと、少しずつ光も収まっていく。腕に少しの疲労感が残っているのは、剣にエネルギーを吸われたという事だろう。燐光が消えたのを確認して、俺は両手剣をバンデージで包んで背に掛ける。

 

「さすがですね」

 

 慣れ親しんだ重さが背中にある事に、すこしの安心感を覚えていると、ヴィクトリア殿下が呟くように言った。

 

「正直、この大質量で新規格のダマスカス加工を施すのは初めてで、研究員五人が握りしめて、やっと光らせることができた代物です。それを一人でここまで……」

「鍛え方が違うからな」

 

 俺はそう言いながら、椅子に座り直す。

 

「正直、この規格は未知の部分が多いです。恐らく使いようによっては、まだまだ潜在能力を引き出す方法があるでしょう。何かあれば魔導文を飛ばしてください」

 

 ヴィクトリア殿下が満足げに肩の力を抜いたのを見て、俺はエリーから預かった言伝を話すことにした

 

「ところで先日、第一王女――エリザベス殿下と話す機会があってな、言伝を頼まれていた」

「……聞きましょう」

「仲直りは無理なのかな、だそうだ」

 

 昨日の様子から見て、この対立の原因は、エリーよりもヴィクトリア殿下にあるような気がしていた。部外者である俺にはどうにかしろとは言えないものの、仲直りの橋渡し役にはなるつもりだった。

 

「はぁー……姉さん」

 

 だが予想とは違った反応が返ってきて、俺は眉をひそめた。俺が考えていたのは政敵と対峙する官僚としての態度とか、好ましくない相手に対する嫌悪の感情を発露させた態度だった。

 

 だが、今ヴィクトリア殿下がため息と共に頭を抱えた仕草には、悪意のような物は一切なかった。むしろ、出来の悪い子供に対する母親の態度のような、親愛の篭った振る舞いのように見えた。

 

「大丈夫です。この決闘が終わればすべて解決します」

 

 決闘が終われば、か……そもそもこの依頼は、思い返せば奇妙な部分が多かった。勝利が条件ではないし、報酬も前払いのような物だ。そこに関して、殿下から聞いてみてもいいかもしれない。

 

「そういえば、今回の依頼だが――」

「殿下、あの冒険者と一対一で話したいんで、今日来たらそうつたえ、て……」

 

 口を開きかけたところで、ヴァレリィが欠伸混じりに扉を開け、言葉を切った。

 

 彼は俺が居る事と、近くに三人以外が居ないことを確かめると、扉を閉じて咳払いをした。

 

「ちょうどいい、シエルちゃんがいない今、お前とちゃんと話しておきたかった。殿下、話をしても?」

 

 ヴィクトリア殿下は静かに頷き、ヴァレリィはそれを確認して俺に詰め寄ってきた。

 

「この決闘が終わったら、お前はシエルちゃんを置いてこの街から出ていけ、後の処理はしておくから」

「断る。何度も言わせるな」

 

 俺は母竜と「後は任せろ」と約束した。ならば、最後まで責任を全うするべきだ。

 

「頑固にもほどがあるだろう! 命あっての物種だぞ!」

 

 胸ぐらをつかまれ、引き上げられる。その程度で揺らぐなら、俺は初めから神竜の卵など持ち出していない。

 

 必死なヴァレリィの顔を冷静に見返す。その表情は必死そのもので、私利私欲によるものではないのが十分に分かった。だからこそ、爆弾は最後まで俺が持っていなくてはならない。

 

「いつかあの子自身に殺されるぞ! シエルちゃんの母竜を殺したお前は!」

「元よりそのつもりだ。あの子の復讐はそこで終わらせる」

「……っ!!」

 

 言葉を詰まらせるヴァレリィに、俺は静かに手を重ねて、手を離させる。みすみす死なせるような事を、彼自身もしたくはないのだろう。

 

「……とうさま?」

 

 その声が聞こえたのは、閉じられたはずの扉の方向からだった。鍵は掛かっていて、音は外に漏れないはずだが……

 

 視線を向けると、その疑問は氷解する。そこにいたのは、シエルともう一人、呆然と立ち尽くすキサラだった。

 

「え、お兄さん……死ぬ気で――」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行6

 神竜種の大多数は人間を見下し、軽蔑している。

 

 その理由はいくらでもあった。

 

 圧倒的な身体能力の差。寿命。欲望により自身を亡ぼす姿。そして、親の仇であること。

 

 神竜は生まれた時に目の前にいるものを、親と認識する習性がある。しかし、それには致命的な矛盾があった。母体の死亡と同時に生まれる命であるから、目の前にいるのは、親ではないのだ。

 

 そして、母体の死亡が自然現象や老衰であればいいのだが、神竜にとってそれが、どれほどあり得ない事かは自明だろう。

 

 この習性は遥か昔から、研究者や白金等級の、神竜種と関わる人間の間で知られている話だ。神竜を討伐した冒険者が卵を持ち帰り、卵から孵った子竜を息子として育てる。目的は戯れか、育てた結果もう一度殺し、素材を取るためか……

 

 そして竜が育ったある日、竜は真実を知り、騙されていた怒りから冒険者を殺す。その経験をした竜は、人を軽蔑するようになる。

 

 だからこそ冒険者ギルドでは、神竜種の卵は採取してはいけないことになっており、破壊が義務付けられている。

 

 俺はそれを承知でシエル――母竜から卵を採取した。

 

 幸いなことに、神竜種が人を襲うのは、あの村であった事件のように、執拗に刺激し続けた場合のみだ。殺すのは直接の仇のみ、神竜種の理性は、人間よりもはるかに優れている。

 

「後始末は任せろ。俺はそう言ったからな」

 

 立ちすくんでいる二人に、静かにそう告げる。卵を破壊されれば神竜種がこの世界から一匹いなくなる。それは人間にとって悪い事ではないが、神竜種を恐れている魔物たちにも利する行為だった。そして勿論、母竜も望んでいない事だ。

 

 規定を捻じ曲げることもできず、卵を破壊することもできない。俺は自分の命で母竜との約束を守り、真実を知られた時には、命を終わらせるつもりだった。

 

 ……まさか、こんなに早いとは思わなかったが。

 

「うそ、だよね? とうさまが、かあさまを殺したなんて」

「……本当だ」

 

 動揺を隠せないでいるシエルに、俺はなるべく感情を表に出さずに口を開く。弁明をすれば言い訳にとられるだろうし、事実あの村で神竜を殺すと選択したのは自分だ。

 

「なんで……」

「お兄さ――」

 

 キサラが言葉を言うよりも早く、シエルは俺の方に走り出して、その右手を白銀の鉤爪へと変化させた。

 

 冷たく、罪を糾弾するように光る爪が、俺の身体を捕らえ、その勢いのまま壁にぶつかる。壁にたたきつけられた痛みに息が詰まる。そしてシエルの、困惑と悲哀と怒りのすべてがないまぜになった表情が、身体に感じる痛み以上に俺を責め立てる。

 

「どうして、かあさまを……」

「憎いなら……」

「憎いんじゃないよ!」

 

 殺される覚悟はできている。と言いかけたところで、シエルの言葉が鋭く言葉を切る。

 

「なんで、どうして!? ちゃんと説明してよ!」

「シエル! 落ち着いて!」

 

 キサラが声を上げる。俺はそんな彼女を目で制した後、シエルにすべてを語る事にした。

 

「……分かった。まずは、俺が依頼を受けたところから話そう」

 

 本来なら、もう少し時間を掛けて、ゆっくりと受け入れさせてやりたかった。そして、人間側の立場として仕方なかったことだと分かって欲しかった。だが、彼女を目の前にして、その見通しが完全に自分本位だという事が分かる。肉親の仇は、そんな言葉だけで許せる相手ではないのだ。

 

 ゆっくりと、話が進むにつれてシエルの手から力が抜けていき、俺の身体に自由が戻ってくる。足に力を入れて立とうとすると、身体の骨が複数折れていたようで、眩暈のするような激しい痛みに膝をつく。

 

「――ここまでが、お前が生まれるまでの話だ。済まなかった。母親を助けられなくて、そして、黙っていて」

 

 話が終わった段階で、ヴァレリィが俺にかけ寄ってスクロールを破く。

 

「白閃、大丈夫ですか?」

 

 身体の再生が始まり、痛みが引き始める。彼に肩を借りて立ち上がると、俺は俯いたままのシエルに声をかける。

 

「仇を取るつもりなら、それでいい。俺はシエルの判断を尊重する」

 

 生まれてそれほど時間が経っていない彼女に、この言葉は重いかもしれない。だが、どのような選択をとっても、俺は受け止めるつもりでいた。

 

「……わからない」

 

 シエルはそのまま膝を折る。震える手を床に付いて嗚咽を漏らした。

 

「ヴィクトリア殿下、そろそろ決闘の時間です。闘技場へお越しください」

 

 扉が開かれ、近衛兵の一人が報告する。殿下はすぐに行くと答えた後、俺に向き直って口を開いた。

 

「申し訳ありませんが時間がありません。すぐに向かいましょう」

 

 奥歯を噛みしめる。出来る事なら、シエルの側にいてやりたかった。だが、それは出来ない。依頼があるからだ。ここで彼女を優先すれば、何故あの時私情を優先して母竜を助けなかったのかと、自分の行動に矛盾してしまう。

 

「……キサラ」

「分かってますよ、お兄さんは依頼をこなしてください」

 

 キサラは深く頷いて、シエルの傍らにしゃがみこむ。俺はそのそばをすり抜けるようにして部屋を出ていく事にする。

 

「黙ってたことの埋め合わせ、後でやってもらいますから」

 

 すれ違いざま、キサラが俺にだけ聞こえるようにつぶやいた。

 

「ああ」

 

 すこしだけ、彼女を安心させるように髪を撫でる。

 

「っ……」

「行ってくる」

 

 目を閉じて、気合を入れ直すと、俺はヴィクトリア殿下に付いて部屋を出て行く。

 

 

――

 

 

「決闘はどちらかが参ったと言うか、ペアの両方が死亡した瞬間に勝敗を決める」

「問題ない」

 

 立会人の提案に俺は短く答えて、バンデージの留め金を弾く。ばさりと覆っていたものが落ちて、微かな燐光を放つ両手剣をあらわにさせる。

 

「!」

「兄貴、あれ……」

 

 対するのは、リュクスともう一人、後輩か配下か、彼と同じような外套を羽織った傭兵だった。そちらは立ち振る舞いから見て、リュクスよりも一段低い実力のようだ。ダマスカス加工の刀身を見て、何かひそひそと話している。

 

「……ちょっと待ってくれ立会人。俺たちはこの二人でいいが、相手はあいつ一人だけか?」

「いや、もう一人はいる。すこし遅れているがな」

「遅れてる? トイレか?」

「そんなところだ。勿論このまま始めて構わない。その間は俺一人で戦う」

 

 これはブラフだ。増援などありえないが、それを悟られては不利になるだけだ。最低限相手の思考に増援の可能性を残したい。

 

「立会人もそれで構わないか?」

 

 俺が確認すると、立会人は無言でうなずく。あとはリュクスたちも了解してくれれば良い。

 

「俺達も大丈夫だ。そいつがトイレに行ってる間に終わらせてやりますよ」

 

 リュクスが両拳を突き合わせて籠手を鳴らす。どうやら自分の拳で戦うクラスのようだ。

 

「では、私がこの杖を倒します。地面に倒れた瞬間が開始の合図です」

 

 立会人が杖を手に持ち、地面に立ててゆっくりと離す。静かに杖が傾き、その速度を上げていく。

 

「っ!!」

 

 地面に杖が触れた瞬間全員が地面を蹴っていた。

 

 俺の目的は早い段階で一人を戦闘不能にすること、相手は増援が来る前に俺を戦闘不能にすること、相手の方に焦りがある分、俺の方が有利だろうか。

 

 剣を最小限の動きで振りかぶり、間合いに入ると同時に最高速で振り抜く。武器の間合いはこちらの方が圧倒的に長い。それを利用しない手は無いだろう。

 

「くっ!」

 

 リュクスはその剣を避けることはせず、腕で防御するような姿勢をとった。コートの下に鋼板でも仕込んでいるのか。だとしても、俺の一撃はそんなものでは防げない。

 

「っ!?」

 

 斬撃の手応えに違和感があった。竜鱗を加工したような硬質さもなく、ましてや装甲ごと肉を切り裂くような物でもない。刃が止まったとしか形容できない奇妙な感触で、俺の剣は止められていた。

 

 攻撃を止められた瞬間、俺はもう一人が拳を繰り出してくるのを察し、跳んで避ける。距離を取ってリュクスの姿を見ると、外套すらも切れていなかった。

 

「怖ええ……商売敵にこんなの居るとかマジかよ」

 

 リュクスは自分の子分に愚痴るように話しかける。その言葉の割には、あまり驚いていないように見える。

 

「牙折兎(ファングブレイカー)の毛皮か」

 

 毛皮の外套をみたときに、最初に考えておくべきだった。

 

――牙折兎。

 イクス王国の固有種である兎で、この兎の毛皮は特殊な加工を施すと、強い刺激に対して硬質化する特性を持っている。

 加工は難しく、時間もかかるが、神竜種の鱗がもつ単純な硬度以上に、素材が柔軟性を持ち、衝撃を吸収する性質を持っている牙折兎の毛皮は厄介極まりないものだった。

 

「おっ、流石は白金等級、俺らの装備にも詳しい」

 

 挑発しているのか、リュクスは軽快にステップを踏みながらそんな事を言う。牙折兎の毛皮は、あまり一般的ではないものの、高位の冒険者であれば多くの人間が知っている事だ。知っていることを褒めるという事は、相手がその等級に居るように見えない。という皮肉である側面もある。

 

「……ふっ!」

 

 軽く息を吐き、地面を蹴る。牙折兎の毛皮相手でも、やりようはある。俺は再び剣を振りかぶる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行7

 私とシエルは、町はずれの人気のないところにまで歩いていた。

 

 それは冷静な自分が、シエルが暴走した時、周囲の被害を最小限に抑えようと考えていたからで、こんな時でもそんな事を考える自分に、少し嫌悪を抱いた。

 

「……キサラ」

 

 シエルが弱々しく私の名前を呼ぶ。それに応えるように、私は彼女を抱きしめる。竜種特有のひんやりとした体温が、てのひら越しに伝わってくる。

 

「どうすればいいか、分からない……とうさまは大好きだし、かあさまが殺されたのは悲しくて……」

「……」

 

 その言葉には深く悲しみが満ちていた。

 

 私自身に、何か言えることがあるのだろうか? きっと、何を言っても響く事は無いと思う。私達は、この子の母親を殺してしまった。それはやむを得ない事情だったけど、仕方なかったなんて言えるほど、私は無神経じゃない。

 

 階段を見つけて、私はシエルをそこに座らせる。隣に並ぶようにして自分も座ると、何も言わずにただ寄り添った。

 

 日は高く上っていて、遠くに入道雲が見える。今日も気温が高くて蒸し暑いけど、ここは日陰で風通しもいいから、そこまで不快じゃない。

 

 闘技場ではお兄さんが決闘の準備を始めていて、もうすぐ試合が始まる頃だろうか。私はすぐにでも追いかけたい気持ちを抑えて、じっとシエルにくっついていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「キサラは」

 

 どのくらい一緒にいただろうか、私はシエルの呼びかけではっとした。

 

「こういう時、どうするの?」

「ん、ワタシですか?」

 

 すこしおどけて見せるけど、シエルは顔を俯かせたままだった。この姿を見ると、本当は人間よりも遥かに強い魔物であることを忘れそうになる。

 

「ワタシは両親ともいないですからねぇ……それでも、もしそうだとしたら――」

 

 少し考える。私を追い出した元パーティメンバーを助けた時。何を考えていたか、それを当てはめるようにして、私は答えを作る。

 

「いつでも仇を取れるなら、自分が納得できる瞬間まで保留しても良いんじゃないですか?」

 

 殺したいほど憎くても、殺したあとに少しでも後悔するのなら、殺さないほうが良い。だって殺した後で「やっぱナシ」はできないのだから。

 

 私は、あの人達の事を「死んじゃえばいい」と思っていた。だけどあいつらを見殺しにした後も、お兄さんと一緒に冒険できるかって考えたら、それは出来なかった。

 

 殺したら後悔するのが分かってるなら、殺さないほうが良い。それが私の答えだった。

 

「そっか」

 

 私の答えに満足したのか、シエルは気合を入れて立ち上がり、大きく伸びをした。

 

「ありがと、お姉ちゃん」

「へ?」

「っ!? な、なんでもないっ!」

 

 予想外の呼ばれ方に、思わず聞き返してしまった。そっか、シエルって私の事そんな風に見てるんだ。頬が自然と緩むのを感じた。

 

「じゃあ、お姉ちゃんと闘技場いきましょうねぇ、お兄さんの戦いぶりも見ておきたいですし」

「ち、違う! お姉ちゃんじゃない! キサラ! 話聞いて!」

 

 なーんだ、可愛げのないガキかと思ったら、こういう所あるんじゃない。

 

「はいはい、手をつなぎましょうか」

「だーかーらー!」

 

 つないだ手を振りまわすけど、それは見た目通りの力で、シエルが本気で嫌がっていないのが伝わってくる。私はその感触が楽しくて、べたべたとシエルに引っ付いて遊びながら向かう事にした。

 

 

――

 

 

「っ……おい、冒険者」

 

 先程とは真逆の表情で、リュクスは吠える。

 

「何なんだよ、お前は!」

 

 その身体には無数の切り傷があり、それらは全て俺が与えた傷だ。

 

「牙折兎の外套に頼り過ぎだ」

 

 通常、この毛皮は鎧の裏地や急所を守るために使うものだ。元々牙折兎が小さいのもあるが、それ以上に外套に加工してしまったのが相手の選択ミスだった。

 

 身体に沿わせて作らない鎧が無いように、強力な防具は簡単にズレないようしっかりと固定しておくべきだ。加えて牙折兎の毛皮は、軽く、柔軟性に富んでいる。という事ならば剣圧で振り払ってしまえばいい。毛皮が防ぐのは、打撃や斬撃などの物理攻撃のみだ。

 

「……」

 

 とはいえ、こちらも致命傷を与えられないでいる。いうなれば膠着状態、体力を考えればこちらが不利か。

 

「っ……兄貴、早めに決着を付けねぇと」

 

 来るはずの無い増援を警戒し、相手も焦れているようだ。俺の作戦としては、焦りから一か八かの攻めに出た二人を、冷静に対処して倒す方法だ。この作戦は、二人が焦れば焦るほど成功しやすく、俺の体力が残っているほど有利に働く。

 

「しょうがねえ……行くぞ!」

 

 来た! 二人は俺に向かって駆け出し、拳を構える。俺は一歩引いて両手剣を構えなおすと、呼吸を整えた。来るなら来い。

 

 二人は俺を挟むように位置取り、同時に殴り掛かってくる。俺は身体を捩ってリュクスへ剣を突き出すが、それは毛皮に遮られてしまう。

 

「っ!?」

 

 その瞬間、想定外のことが起きた。突き出した剣がそのまま押し返されたのだ。

 

 反動があるのは想定していた。しかし、押し込まれるのは想像していなかった。体勢を崩されそうになるが、足を踏ん張って耐える。

 

 ――それが相手の作戦だと気づいたのは、背中に打撃を受けてからだった。

 

「っ――、がっ……!」

 

 想定外の攻撃に、体勢を崩す。そして俺の視線の先には、両手剣の剣先を弾いたリュクスの拳が迫っていた。防げるか? いや、防御態勢を取るには重心がずれすぎている。

 

 拳が迫る中、俺の視界は鮮やかな倭服の柄に遮られ、金属が弾ける音が耳を打った。

 

「ちっ……増援かよ」

「兄貴、このガキの腕は――」

「とうさま、大丈夫?」

 

 揺れる銀髪。そして背中越しに見える白銀の鋭利な爪。ほんの少しだけ大きくなったような背中は、俺にとって見知った姿だった。

 

 なぜ彼女がここに? それを考える前に俺は体勢を立て直し、シエルと共に距離を取る。

 

「まだ……納得は出来ないけど、わたしはこれ以上知ってる人に死んでほしくないから」

 

 何かを聞く前に、彼女はそれだけ呟いた。その姿は少し大人びて見えて、母竜の姿とは違うもののように感じた。

 

「わかった。守ってくれ」

 

 相手もシエルを警戒して距離を取ったのを見て、俺は更に距離を取るよう足を運び、彼女の数メートル後ろで剣を構える。

 

 シエルは戦えるのか。母竜のことをどう折り合いをつけたのか、それらを確認はしなかった。作戦も確認しない。ただ、相手が警戒して攻めあぐねている今の状況を、利用しない手はなかった。

 

「任せて、とうさま」

 

 頼もしい答えが返ってきたところで、俺は両手剣を握る手に力を籠める。刀身の根元から青い燐光が増していき、全体をつつんでいく。

 

「おい、なんだあれ!?」

「ヤバそうっす!」

 

 背中に受けた打撃の痕がじくじくとした痛みを訴えてくるが、俺はさらに力を籠める。試しに光らせた時程度では、牙折兎の毛皮は突破できない。

 

 襲い掛かろうとする傭兵二人は、シエルの爪に阻まれてすぐにはこっちに来れない。撹乱するにしても、それをする時間を与えるつもりは無かった。

 

「くそっ、このガキ、いい加減にどきやがれ!」

「っ!? とうさま!」

 

 シエルの防御を縫って、弟分がこちらへ駆けてくる。準備の出来ていない段階ならば、警戒するべきだ。だが、既に両手剣の燐光はかなりの光量になっていた。ここまで光を溜めれば十分だろう。

 

「おおおっ!!」

 

 俺は迫りくる拳を迎え撃つように剣を振り下ろした。当然ながら、毛皮で防御されるが、俺は構わず肩口へと切り込む。

 

 最初に感じたのは、切れ味の悪い刃物で粘土を切るような感触だった。それをそのまま振り抜くと、赤黒い飛沫と共に相手が倒れた。

 

「なっ……に……?」

 

 毛皮が切り裂かれたことに驚愕している男を一瞥し、俺は油断なく剣を構えなおす。あと一人……

 

「まいった! 降参だ!」

 

 激昂し、襲い掛かってくるかと思えば、リュクスは両手を上げて負けを認めた。地面を蹴る脚に力を込めていた俺は、梯子を外されて姿勢を崩した。

 

「おい! 話が違うぞ!」

「勝てないならせめて死ぬまで戦え!」

「どうなってるんだ! 不正だ!」

 

 場外からヤジが飛ぶ、それは青派からの声で、太った男や老人など、多くは官僚らしい格好をしていた。

 

「あーあーうるせー! 俺は金で動く傭兵だぞ! こんな事に命かけられるかってんだ! それより救護班! 早く治療しろよ!」

 

 リュクスが叫ぶと、ほどなく回復属性の魔法を使える救護班が駆け寄ってきて、俺が倒した男を治療し始める。

 

「お前の顔、覚えたからな」

 

 リュクスは俺とすれ違いざま、そう言って弟分の場所まで小走りで向かって行った。

 

 

――

 

 

「かあさまを殺したのは許せない……だけど、とうさまが死ぬのは嫌」

 

 戦いを終えて、シエルが言ったことはそれだった。

 

「わたしはもう、大事な人が死んでほしくない」

 

 俺は今、決闘者の控室で戦闘後の傷を治療している。背中に受けた打撃は、段々と痛みを増しており、どうやら骨まで折れているようだった。

 

 回復スクロールを破けばすぐに終わるものの、スクロールもタダではない。闘技場の職員に軽い回復属性の魔法を受けながら、俺はシエルの言葉に耳を傾けていた。

 

「ああ、ありがとう」

 

 許してはくれないだろう。だが、俺たち人間の判断を理解する姿勢をみせてくれたのは、素直に嬉しかった。

 

 シエルの乱入は、俺のブラフが上手く作用して不正にはならなかった。決闘を終えて改めてシエルの姿を見る。

 

 倭服姿の銀髪は、母竜そっくりだが、どこか優しさを感じる雰囲気を持っている。以前のように笑いかけてはくれないだろうが、それでも母竜のように、最悪の結末を迎えてしまわないよう力を尽くすつもりだった。

 

 治療を終え、肩を回すと患部の痛みは全く無くなっていた。

 

「それと、助かった」

 

 職員が出て行ったのを確認して、俺は頭を下げる。彼女の助けが無ければ勝つことはできなかったし、もしかすると死んでいた可能性もゼロではない。

 

「別に、わたしは攻撃を防ぐしかできないし」

 

 彼女は、唇を尖らせて目を背ける。どうやら褒められたのがうれしかったらしい。

 

「それでも、だ。助かったのは事実だからな」

 

 攻撃を防ぐしかできない……か、母竜が聞いたら笑い飛ばすだろうか? それでも、母親と違う未来を予感して、俺は頬が緩むのを感じた。

 

「じゃあ……ん」

 

 ずい、とシエルは頭をこちらに寄せてきた。どうやら撫でて欲しいらしい。

 

 要望に応えるように手をかざして、優しく撫でると彼女はくすぐったそうに声を漏らし、そのまま近づいて俺の膝にちょこんと座った。仇と知っても、俺にこんな姿を見せてくれるのか。

 

「……あのー、お楽しみデス?」

 

 いつの間にか、キサラが部屋に入ってきていた。

 

「わっ! わぁっ! キサラ、居たの!?」

 

 シエルは弾かれたように立ち上がり、顔を真っ赤にして両手を振る。どうやら今の姿を見られたのが恥ずかしいらしい。

 

「いやあ、シエルちゃんもちょっと大人びたかなあと思ったらまだまだお子様――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! あんなことあった後だから流石にやらないだろうと思ったら普通にやってきたあああっ!!!!」

「いや、お前にもいつものをやっておこうかと」

「ワタシ相手の『いつもの』ってこれなんですか!!!!???」

 

 違うのか? とは聞かないでおいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘代行8

 シエルとキサラを宿へ返して、俺は殿下とヴァレリィの待つ部屋へと向かった。向かう途中で何人かの近衛兵が忙しそうにすれ違っていった。

 

「仕事は終わらせたぞ」

 

 扉を開けると同時にそう言って、殿下に確認を取る。彼女はソファに腰掛けて何かの書類を確認していた。

 

「白閃! ……すまない。僕が余計なことを」

「いや、いい。結局いつかはバレる事だった」

 

 ヴァレリィは頭を下げるが、正直なところ「どうでもいい」という感情が強かった。彼は俺を心配しての言動だったし、シエルは許すとも違うが、理解する姿勢を見せてくれた。俺にはそれで十分だった。

 

 むしろ、俺としては気になる事は別の所にあった。

 

「ヴィクトリア殿下、説明はしてもらえるんだよな?」

「ええ、勿論です」

 

 今回の奇妙な依頼と、エリーとの確執、気になる事はいくらでもあった。

 

「まず、今回の依頼については、本当に勝敗はどうでもよかった。という答えになるでしょうか」

 

 殿下は静かに手に持った資料を机に並べた。それにはいくつもの人名とその役職、そして不正の証拠が書かれていた。

 

「国を二分するような大立ち回りをして、決闘で雌雄を決する。そういう派手な展開でこそ、国賊は尻尾を出しやすい……という事です」

 

 つまり、赤派と青派で互いに代理を立て、決闘を行うという大きなイベントの裏で、敵対する勢力をあぶりだして処罰していたという事か。来る途中にすれ違った近衛兵は、つまりはそういう事なのだろう。

 

「実の姉を慕う貴族たちを処罰するとは、苛烈な事をするな」

 

 俺がそう返すと、彼女は首を横にふった。

 

「まさか、そんな理由でこのリストを作っていません。ここに載っているのは、姉さんに群がる獣たちです」

 

 殿下の言葉は穏やかで、敵対する相手への言葉には聞こえなかった。つまり――

 

「ビッキー!!」

 

 そこまで考えたタイミングで、部屋の扉が勢いよく開かれる。開いた主は、エリーだった。

 

「姉さん!?」

「もういいでしょ!? 貴方が勝ったんだし変な意地張ってないで仲直りしようよ!」

 

 エリーは真剣な顔でそう訴える。一方でヴィクトリア殿下は頭を抱えてため息をついた。

 

「ええ、そうね……」

「やったぁ! これからも一緒に頑張ろうね! ビッキー!」

 

 二人の様子を見て、ヴァレリィの方へ視線を向けると、彼はやれやれと言った具合に首を振った。つまり、そういう事らしい。

 

 姉妹の不仲はただの演出で、情勢が乱れることによって台頭する不穏分子をあぶりだす作戦だったのだ。

 

 二人の性格と周囲の評価を見るに、人としての評判はエリー、政治手腕としてはヴィクトリア殿下に軍配が上がるのだろう。

 

 ということはつまり、不正をする貴族たちにとって、殿下には失脚してもらった方が都合がよく、エリーが女王となれば動きやすくなる。という事だろう。それを見越して、ヴィクトリア殿下は罠を張ったという訳だ。

 

「こうやって話すのも久しぶりだね! 今日は晩餐会をひらこっか!」

「ちょ、姉さん……くるし……」

 

 顔色がどんどん悪くなっていく殿下を見て、俺とヴァレリィは慌てて二人を引き離すのだった。

 

 

――

 

 

「ふーん、じゃあただの茶番に付き合わされたって事ですか?」

 

 次の街へ向かう道中、シュバルツブルグの門から出て一時間ほど歩いたあたりで、キサラに事の顛末を話すと、そんな答えが返ってきた。

 

 表情は随分不機嫌そうだったが、頭を小突くと仕方ないといった感じに表情を緩める。当事者である俺が満足しているのだから、そんなに怒る必要も無いだろう。

 

「まあ、実際そうなんだが、加工賃の割引額を考えれば実入りのいい仕事だった」

 

 なんせ報酬は驚異の八割引きだ。足が出た分はギルドから借金をしたが、本来するべきだった金額を考えれば安いものだった。

 

「それに、シエルも成長できたようだしな」

 

 キサラの後ろに隠れているシエルも、今回の事で少し大人びたような感じがする。ある程度の人格までは、神竜種の成長は早い。それは時間よりも、起こった出来事に対して成長していくからだ。

 

「……とうさま」

 

 シエルが警戒心をむき出しにしてこちらを睨む。まだ俺を許してくれていないのだろうか。

 

「なんでこいつがいるの?」

「こいつとは酷いなぁシエルちゃん!」

 

 シエルの言葉に応えるように、俺の反対側で声が上がった。

 

「僕にはヴァレリィって名前があるんだよ? 親しみを込めてヴァっくんって呼んでほしいなぁ!」

 

 髪を掻き上げて、芝居がかった調子でヴァレリィは話す。彼はこのままついていきたいと言い出したので、仕方なく連れてきたのだった。

 

「まあまあ、荷物持ちか肉壁にはなるかもしれないですし」

「わたしちゃんと荷物持つし攻撃防ぐもん!」

「そんな! 僕は魔法研の元職員だよ? 回復属性は使えないけど、基本六属性はちょっとしたものさ!」

 

 キサラがなだめようとするが、シエルが反発し、ヴァレリィが芝居がかった様子で反論する。なんか……随分騒がしくなったな。

 

「悪いなシエル。置いて行こうと思ったんだが、勝手にでもついて来ると言い出して、連れて来ざるを得なかった」

 

 やろうと思えば、夜明け前に発って置き去りにすることもできたが、その場合こいつが大陸中を探し回ってのたれ死ぬ可能性があった。なんだかんだ俺たちに配慮していろいろしてくれた相手に、その仕打ちは酷いような気がして、俺はこいつと一緒に旅をすることに決めたのだ。

 

「……まあ、とうさまが言うなら我慢しますけど」

「ああーっ、シエルちゃんのすねたお顔可愛いっ! もっと僕に良く見せて! お父さんの言う事だから仕方なく、本当は嫌だけどしたがっちゃうときの顔かわいいよぉ!」

「でもわたしこいつ嫌い!!」

 

 媚びるように、舐めまわすようにシエルを観察するヴァレリィに、俺は頭を小突いてやめさせる。

 

「いやあ、ありがとうございますお義父さん! これでもっと彼女を見ていられる!」

「そうか」

 

 お前のおとうさんになった覚えはない。と言いそうになったが、言っても効かないだろうなと思いなおしたので、適当に流した。

 

 ……しかし、どうやらこいつの神竜種好きは演技ではないらしい。

 

「それにしても、最初はワタシとお兄さんだけだったのに随分にぎやかになりましたねぇ」

 

 キサラが唐突にそう言って俺の方を見る。

 

「陰キャのお兄さんにはちょっとキツいんじゃないですかぁ? 大丈夫です? 一言も発しない日が――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああああああああ!!!! 口で勝てないからって手を出さないでくださいよ!!!!」

「いや、やってほしいのかなと」

「おっぱい世間様に見せたがる美少女なんています!!!????」

 

 実際、俺自身は楽しいけどな。とは言わないでおいた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

皆様の応援のおかげで赤評価、5000ブックマークを達成して感無量です。感想もなかなか返せませんが、全て目を通しております。

さて、ここも割と重めのお話をしましたが、次回も軽くはないお話が続きます。というのも、次話で一区切りという構造を取るからです。

これから先もどうかお付き合いいただければと思います。私の連載は皆様の応援に支えられています。

最後になりますが、面白いと思っていただけたら高評価を、続きが気になると思っていただけたらブックマークを、まだの方はよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅団救援1

 俺達にはいつか、天罰が下るだろう。

 

「……」

 

 窓に叩きつけられる豪雨と暴風は、俺達の沈黙を紛らわせてくれるが、心の中にまでのしかかる罪悪感は、到底ごまかせるものではなかった。

 

 あいつが崖を落ちる瞬間の顔。それが脳裏に焼き付いて離れない。

 

 教えられることは全て教えてきたし、あいつ自身も全力でそれを吸収していた。だが、しかしそれらはすべて無駄になった。

 

「依頼は失敗、だな」

 

 リーダーがぽつりとつぶやく、暴力的な音が周囲を満たしていたが、それでもその声はしっかりと聞こえる。

 

 ――依頼は失敗。

 

 それは全員にとって漠然と感じていた事だった。事実、誰一人反論しようとする人はいない。

 

 失敗し、仲間を一人犠牲に生きのこった。冒険者を続けるうえで、それは日常的に起こりうることだった。

 

 だが、日常的に起こりうることだからと言って、慣れたことにはどうあってもなり得なかった。

 

 魔物の討伐は失敗、俺達は翌朝嵐が過ぎ去った後に街へと戻る。それがこの依頼に関して行える事だった。

 

 だが、それでもいつか、あいつのためにも仇討ちをしたかった。それがせめてもの償いだ。

 

「……絶対に、いつか倒す」

 

 俺の言葉に、全員がハッとする。言った俺自身も驚いていた。まさか、口に出ていたとは。

 

「そう、ね……やられっぱなしは、私たちらしくない」

 

 失意に濁っているパーティメンバーの瞳に、徐々に意志の炎が宿り始める。一人が立ち上がると、次々と立ち上がり、ついには三人全員が立ち上がっていた。

 

「まずは体勢を立て直す、そして……『シナトベ』を追いかけるぞ」

 

 リーダーの声に全員が拳を握って応えた。反省はするべきだがそれ以上過去を引きずって足を止めるのは、あいつも望んでいないはずだった。

 

 

――

 

 

 借金の返済には、いくつか方法がある。まず一般的なのは、割賦によって毎月返済をしていく方法だ。これは宝探しが主な業務になる斥候職の人間がよく行っている。依頼料よりも、魔物の巣で手に入った貴重品を売却したほうが、お金になる彼らに向いた方法だ。

 

 次に富豪や貴族に雇い入れられて、そこで働いて返す方法。これは集落に居ついた冒険者が主に利用している。依頼を求めて旅をしない彼らは、資産を持つ彼らとつながりを持ちたがるため、この方法を好んでいる。

 

 ただしこういった話は常にあるわけではなく、雇い主の希望も多岐に及ぶため、そう簡単な話でもないのが現実だ。

 

 貴重品の売却も、一つの街に留まることもしない大多数の冒険者がどうするかというと、依頼料の一部を返済金に充てる方法が採られている。

 

 つまり、俺はこれからほとんどタダ働きの依頼を、いくつかこなさなければならない。

 

「お兄さーん、ホントにあの依頼受けるんですかぁ?」

 

 俺とキサラは、ギルド併設の酒場で寝る前の軽食を取っていた。

 

 借金のある身で何をしているのか、なんてことを言われそうだが、衣食住と依頼に関する資金は別で計算しているので、このくらいは問題ないようになっている。

 

 ちなみにシエルとヴァレリィは早々に就寝していた。ヴァレリィは貫徹二日目、シエルは早寝早起きなので、流石に依頼前に仮眠を取らせないとまともに動けなくなってしまう。

 

「ああ、救援依頼は実入りが良いからな」

 

 

 ――旅団救援

 白金等級パーティ「レザル白金旅団」からの救援依頼。

 指定災害「シナトベ」討伐中に身動きが取れない状況になり、魔導文が到着。緊急依頼が発令された。

 現在のシナトベの位置と救援位置は別紙参照の事、可能な限り早い出発を希望する。

 

 

 短い依頼書の転写と二枚の地図を見るに、時間に余裕はなさそうだが、俺達はあえて仮眠をとった後に出発することにしている。

 

 その理由としては、救援の難しさが大部分を占めている。

 

 指定災害とは魔物の上位概念で、周囲への被害が甚大となる存在……人間の天敵とも言うべき存在だった。

 

「でもぉ、正直、シナトベってヤバいじゃないですか」

 

 指定災害は冒険者で無くとも知っている危険な存在だ。その中でシナトベは、暴風雨と共に訪れてあらゆる構造物を破壊して通過する生態を持ち、狐のような姿をした魔物だった。

 

「お兄さんは良くても、ワタシ達には荷が重いっていうかぁ」

「無理についてくる必要はないぞ」

 

 当然、俺が借金を返すための依頼なのだ。キサラたちが危ないと判断するのなら、無理に連れていく義理もない。

 

「またまたぁ、そうやって変に意地張るんですから、ワタシたちも鬼じゃないんですから、土下座さえしてくれたら――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何するんですか!? 人がせっかく心配してあげてるのに!!!」

「いや、つい」

「つい!?!?!!!?!? そんな衝動的に女の子の服脱がします!??!!???」

 

 心配してくれてありがとうな。とは言わなかった。

 

 

――

 

 

「レザル白金旅団?」

 

 意識を失っていた間、世話をしてくれていた修道士に、仲間の行方を聞いてみた。

 

 全身の感覚が消失し、立ち上がる気力さえも尽きていた俺は、なんとか一命をとりとめた。あの傷でシナトベと魔物の群れから逃げ切り、ここまで歩いて来れたのは奇跡だと修道士は言っていた。

 

「それなら君が行き倒れる前日に旅立って行ったよ。何か用があるならギルドで魔導文を――」

「いや、いい……です」

 

 待ってくれる。などという楽観視はしないようにしていたが、それでも見捨てられた事実に血の気が引いていくのを感じる。

 

「それはそうと君、名前は? 冒険者だとしても、ギルドの印章が無いから身元も分からないし、カルテの名前欄が『白紙』(ジョン・ドゥ)なのは面倒なんだが」

「俺の名前……あ」

 

 そこまで言われて思い至る。そうだ、革鎧も何もかもを失ってしまった。だから、ギルドの等級章もない。そして俺の事を知っている人は、俺を見捨てて町を出て行ってしまった。つまり、俺は俺である証明が何一つ出来なくなってしまった。

 

「……ふむ、そうか、まあ、何かあれば記憶が戻ることもあるだろう」

 

 俺の沈黙を記憶喪失と勘違いしたのか、修道士はそんな事を言う。

 

「なんにせよ、その若さで両手剣を持っていたのだ。腕に覚えがあるんだろうし、冒険者として登録すれば当面の生活には困らないだろう」

「はい……」

 

 元々鉄等級で、ギルド本部の登録も済ませていなかった。だから、また一から実績を積むことに、抵抗はなかった。

 

 俺は修道士に礼を言い。その足でギルド支部へと向かって、冒険者登録をすることにした。

 

 黒ずんだ茶色い羊皮紙に、白墨で名前を書き込もうとして手が止まる。

 

 今までと同じ名前を使うのは、辛すぎた。かといって、新しい名前は思い浮かばない。

 

「どうしました?」

「いや……その……自分の名前が分からなくて」

 

 ギルドの受付に不思議そうな顔をされる。嘘の事情を話すと、彼女は少し考えた後、解決策を提示してくれた。

 

「でしたら、横棒を一本お引きください。仮の形ですが、この街で活動するかぎりにおいて、冒険者活動を許可します」

 

 俺は受付に指示される通り、名前欄に白線を一本引いた。

 

 

――

 

 

 日の光が顔に掛かって、俺は夢の世界から引き戻された。気持ちのいい陽気で、今日も暑くなりそうな予感がある。そろそろ起き――

 ……いや、仮眠で夜明け前には出るはずじゃなかったか?

 

「っ!?」

 

 慌てておきあがると、縄で両手がベッドの柱に縛られていた。なんだ、一体どうなっている?

 

 何にしても、通常の状況ではない。緊急事態と判断して俺は両腕に力を入れる。するとベッドの柱がバキバキという音を立てて折れた。

 

 柱が折れたので、両手に残った縄をほどく。周囲を見ると俺の荷物は残っており、キサラたちの荷物が無くなっていた。家具の配置や間取りを見るに、俺だけが拉致された訳ではなく、俺以外の全員がどこかへ行ったようだった。

 

「……どうなってる?」

 

 この場合、冷静に状況を把握するのが最優先だ。そう判断して俺は自分の荷物を身に着け、持ち物を確認する。両手剣はもちろんあるし、収納袋の中身はそのままだ。

 

 安心しかけたその時、依頼書と地図が無くなり、その代わりに小さな紙切れが一枚残っていた。嫌な予感がしつつ、その紙を開くと、こんなことが書いてあった。

 

「ワタシ達で依頼は解決するんでぇ、お兄さんはゆっくりしててくださいね」

「あいつら……」

 

 俺は身支度を済ませると、ギルド支部の受付へと走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅団救援2

 レザル白金旅団の名前は、お兄さんから聞いたことがある。

 

 すこしだけ深酒をした時に、過去を聞こうとした時に出てきた名前がそれだった。

 

「へぇ、お兄さん昔はまともにコミュニケーション取れたんですね」

「見捨てられたがな」

「えっ」

「いや、何でもない。気にするな」

 

 その時はそれだけで終わってしまったけれど、そのやり取りで、私はお兄さんがどういう扱いを受けたのか察してしまった。

 

 寝る前の軽食に睡眠薬を混ぜたので、お兄さんは昼まで寝たまんまだと思う。だから、私たちで依頼をこなして、お兄さんがレザル白金旅団と会わなくていいようにするつもりだ。

 

 自分を見捨てた人たちを助けるのは、すごく抵抗がある。それは私が一番よく知っている。そういう訳で私は夜明け前にお兄さんを縛ってから二人を起こすのだった。

 

「ほらシエル、早く起きてくださいよ。それともお子様には早起きは難しかったですかね?」

「むぅ……起きる」

 

 寝ぼけた目を擦ってシエルが置きあがる。こんな挑発に乗っちゃうなんて、やっぱりまだまだお子様なんだと感じてしまう。

 

「今日の依頼はお兄さん抜きでやるんですから、しっかりしてもらわないと困りますからね」

「なんで?」

 

 シエルは寝ぼけ眼のまま、めんどくさそうな反応をする。

 

「ワタシ達だけで解決して、お兄さんに喜んでもらいましょう!」

「……うん!」

 

 適当に言い訳を取り繕ってみると、シエルは目を輝かせて大きく頷いた。特に深く考えなくても言いくるめられるから、本当にチョロい。

 

 そういうわけで、私は死んだように眠っているヴァレリィさんも起こすことにする。

 

「ぐぅ……」

 

 それにしてもこの人、さっきから動いてないけど、大丈夫だろうか。いや、寝息は聞こえるんですけどね。

 

「ほら、ヴァレリィさん。起きてくださいよ」

「ぅー……」

 

 反応が悪い。ただ、生きてはいるらしかった。

 

「シエル。ちょっとこいつの名前を呼んで」

「嫌」

 

 シエルが呼びかければすぐ起きるだろうと思ったけれど、シエルがヴァレリィさんの事を呼びたがらないことは想像できなかった。

 

「そんな事言わずに、これじゃ出発できないじゃないですか」

「嫌」

「嫌って言ってもワタシ達二人じゃ救助なんて無理じゃないですか」

「嫌」

 

 全く、このイヤイヤ期が今更発症したみたいな事を言って……

 

「もう、いい加減にしてくださいよ、お兄さんの為だと思って――」

「ヴァレリィ、起きて」

「なんだい? シエルちゃん」

 

 私が言い終わるか終わらないかくらいで、シエルはヴァレリィに声をかけて、彼は寝癖でぼさぼさの頭のままキメ顔で起き上がった。どうしよう。私以外全員バカだ。

 

「お兄さん抜きのワタシ達だけで、依頼をクリアしようって話ですよ、ヴァレリィさんも手伝ってくれませんか?」

「なんで?」

 

 ワタシが事情を説明すると、彼は心底嫌そうな顔をしてそう返した。

 

「普通に考えて、白閃は僕達のなかで最大の戦力だ。それをわざわざ欠いて依頼をこなす理由が分からない」

「それは……」

 

 私は、ヴァレリィさんに事情を話す。救出対象はお兄さんを捨てたパーティで、彼に負担を掛けたくないという事を。

 

 全て聞いた上で、ヴァレリィさんは腕を組んで考える。

 

「うーん、事情は分かったけど、彼はそれ承知で受けたんだろ? 覚悟くらいしてるんじゃないか」

「でも……」

 

 私はそれ以上言えなかった。私自身も、同じ状況だったら割り切っていただろうし、余計なお世話だって言うだろう。実際似たような状況では私もそうした。

 

 それでも、できれば他の人がやってほしいと思ったし、同じことがあった時に同じ答えを返せるかどうかは分からなかった。

 

「……シエル」

「ヴァレリィ、わたし達だけで行って、とうさまを驚かせよう」

「分かった! 任せてくれ!」

 

 シエルを肘で小突くと、彼女がおねだりし、ヴァレリィさんはあっけなく陥落した。楽ではあるんだけど、このメンバーは今更ながらすごく不安になってきた。

 

 

――

 

 

 お兄さんの荷物から依頼書と地図を取って、代わりに置手紙をして私たちは出発した。心配させるわけにもいかないので、なるべく明るい文体で書いておいた。

 

「っ……」

 

 それをほんの少し後悔している。指定災害の名前は伊達じゃなかった。

 

 私たちは強烈な風と、痛いほどに叩きつける雨の中、救難要請のあった地点へと山道を登っている。

 

 日はまだ高くにあるはずだったけど、分厚く渦巻く雲のせいで夜かと勘違いしそうなほどだった。

 

「いやあ、はっはっは、指定災害の危険性を甘く見ていたようだ」

「なんでそんな余裕そうなんですか!?」

 

 暴風と雨粒で髪がぐちゃぐちゃになっているヴァレリィさんは非常に楽しそうだった。

 

「だって、指定災害なんて神竜よりも出会える機会が少ない。一生に一度あるかないかの機会だよ? そりゃあテンションも上がる――痛ぁっ!?」

 

 跳んできた木の枝が頭にぶつかって、ヴァレリィさんはのけぞって倒れそうになる。それをシエルと二人で引き戻して、私たちは山道から転げ落ちないように踏ん張った。

 

「ヴァレリィ、目的が違う」

「え? あ、ああ、そうだね、別に会う必要はないもんね……」

 

 明らかにテンションの落ちたヴァレリィさんに、ちょっとツッコミを入れたい気持ちが沸いたけれど、私は堪えて先へ進む。元はと言えば、私が言い出したことで、ついて来てくれるだけでありがたいのだ。

 

 ただ、私としてはシナトベになるべくなら遭遇したくないと思っていた。それは当然、指定災害の魔物なんかと遭遇すれば、まずもって生きて帰れないだろうし、炎竜と戦った時の記憶が蘇ってくるからだった。

 

 あの時は、お兄さん一人で討伐をしてしまったが、近くにいるだけであれほどの影響があったのだ。周囲への影響力を考えれば、シナトベの脅威は想像に難くなかった。

 

「っ! 二人とも、止まってください」

 

 私が手をさっと翳すと、二人は身を縮めてその場に立ち止まった。

 

「キサラ?」

「……すみません、何でもありません」

 

 降りしきる雨の先に、何かが見えたような気がしたけれど、それは木々の間から見える岩肌だった。どうにも神経質になり過ぎているようで、私はため息と共に肩の力を抜くよう意識した。

 

「うん、合流地点まであと少しだ。キサラちゃんも頑張っていこう」

 

 ヴァレリィさんが私を気遣うようにそう言って、眼鏡の位置を直す。その所作は頼れる大人そのものだったが、すごいことになっている髪の毛と、それに絡まる木の枝のせいで、今ひとつカッコよく見えなかった。

 

 

 なんとか三人で滑落しないように、身を寄せ合って進んでいくと、視線の先に洞窟が見える。地図の位置と情報を総合的に考えると、その場所が合流地点になっているはずだ。私たちはようやく目的地に着いたと安堵して、洞窟の内部へと足を踏み入れる。

 

「ごめんくださーい……」

 

 控えめに、誰かがいるか確認すると、見るからに熟練そうな人たちが、身体を寄せ合っていた。

 

「救助……?」

 

 その中の一人、白い顔をした修道女さんが顔を上げる。私はその問いかけを肯定するように回復薬とスクロールを見せてあげる。

 

「レザル白金旅団の方々ですね? 食料も持ってきています。安心してください」

 

 ヴァレリィさんが私を引き継ぐように言葉を続けると、身体を寄せ合っていた人たちはようやく息を吐いて脱力した。

 

「こんな幼い子たちが救援で少し不安だったが、何とかなりそうだな」

 

 リーダー格の騎士っぽい格好の人、彼がレザルだろうか? 彼はシエルと私を一瞥すると、ヴァレリィさんの方を見てそう言った。

 

「悔しいけれど、今回もダメね」

「ああ……くそっ、もう少し、もう少しだったんだ」

「今回は誰も死なずに済んだんだ。それで良しとしようじゃないか」

 

 三人にどうも侮られている気がしてムッとしたが、白金等級として長年活動している彼らに、何かを言えるはずもなく、私はそれ以上のことはできなかった。

 

 私たちは彼らに魔力回復用の霊薬と、いくつかのスクロール、そして携帯食料を渡して体力を回復させる。

 

「ふぅ、助かった。このまま籠城するだけの体力は持ちそうだ」

 

 両手剣を持った剣士が伸びをする。この後、嵐が過ぎ去るのを静かに待って、シナトベが警戒域から離れたら下山する。そうすれば依頼は完了だ。

 

「あの」

 

 それでも、私には一つ、聞かずにはいられないことがあった。

 

「昔、なんで仲間を見捨てたんですか?」

 

 その言葉を口にした瞬間、私は質問をしたことを後悔した。

 

 和やかだった彼らの雰囲気が突然殺気立ったものに代わり、しばらくして憔悴した様子に変化する。

 

「もしかして、あの子の知り合い?」

「あ、まあ、そんなところです」

 

 修道女が口を開く。彼女は深いため息と共に、静かに言葉を続ける。

 

「そうね……見捨てたも同然よね、私達」

 

 彼女の言葉には、深い悔恨と罪責が混じっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅団救援3

「えっと、それって――」

「ああ……俺から話す」

 

 リーダーのレザルさんが言葉を引き継いで、話し始める。

 

「最初に自己紹介だけはしておくか、俺はレザル。このパーティリーダーだ」

 

 彼はしっかりとした動作で頭を下げる。私はその姿から、お兄さんを見捨てたパーティのリーダーだとはとても思えなかった。

 

「あいつを見捨てたのは……いや、何を言っても言い訳になるな、あったことを話す。それで判断してくれ」

 

 レザルさんはそう言って話を始める。

 

「あの時俺たちは、波に乗っていた。見習いをさせていたあいつも、ようやくギルドの正式登録ができるかくらいになっていたし、箔をつけるためにシナトベの討伐依頼を受けたんだ」

 

 シエルとヴァレリィさんも、そして他の二人もそれを黙って聞いている。洞窟には暴風雨の反響とレザルさんの声だけが聞こえていた。

 

「最難関の討伐をできれば俺たちの格も上がるし、それに同行したあいつの査定も高くなるからな。それが間違いだった……シナトベの強さは俺達の想定をはるかに超えていた。あの連続する雷と、聴覚を奪う暴風、呼吸さえままならない豪雨に俺たちは何もできなかった。」

 

 彼は小さく息を吐き、しばらく口を開く事は無かった。それでもぽつぽつと言葉を紡いでいく。

 

 シナトベの風と水、そして雷属性を纏った防護と攻撃に、手と足も出すに敗走した挙句、帰り道で暴風雨に阻まれて立ち往生した際に、お兄さんとはぐれてしまった。という事らしい。

 

「今でも覚えている。崩れていく山の斜面と、助けを求めるあいつの顔が……死体を探しに行くことすらできなかった。だから、俺達を恨むならそれでいい」

「じゃあ、今シナトベに挑もうとしていたのは、もしかして」

「ああ、そういう事だ。弔いのつもりでな」

 

 レザルさんは頷いてそう答える。私はどうにも彼と私で認識が違うように感じて、一つだけ確認しておきたいことがあった。

 

「でも――」

 

 彼は生きている。と言いかけたところで視界が漂白され、雷が落ちたと認識した瞬間に、大気を引き裂いたような轟音が響いた。

 

 それと同時にレザルさんと他の二人が立ち上がり、武器を手に取る。

 

「っ!! な、何!?」

「出来れば、このまま無事に帰りたかったんだがな」

 

 レザルさんがそう言って盾を構えると、一際風が強くなり、渦巻いた。言葉にするまでもなく、そのことだけで私は察した。シナトベが、近くまで来ている。

 

 洞窟内に誘い込んで戦えば相手の能力を大幅に制限できるかもしれない。でも、誘い込むことに成功するとは限らないし、相手が気づいていないことを期待して過ぎ去るのを待ったとしても、この規模で暴風雨と雷が連続する状況では、洞窟にいること自体が危険だった。

 

 雨でぬかるんだ山肌が崩れ、出入り口をふさがれることはもちろん、そのまま生き埋めになる事もある。そしてこの洞窟は入り口から下方向へ伸びているため、単純に水没する危険があった。

 

「外に出たくない……」

「そうは言ってもシエルちゃん、今の状況は洞窟内の方が危ないんだ」

 

 嫌がるシエルをヴァレリィさんは何とかなだめて、私たちは洞窟を出る。それと同時に針のような雨が私の身体にぶつかってきた。

 

「っ……」

 

 風もすごいけれど、雨がそれ以上にすごい。十メートル先も碌に見通せない。これは、もしかすると洞窟内に居ても外に居ても、危険性はそこまで変わらないかもしれない。

 

 私たちは接触を避けるべく下山を始める。天候が崩れている状態で降りるのは、自殺行為であると全員が分かっていた。だけど、あのまま死を待つよりはマシな選択だった。

 

 泥が跳ね、濡れた外套が汚れと共に重さを増していく。息苦しさすら感じるような雨の幕に、私たちは着実に追い詰められていた。

 

「……距離が縮んでいる?」

 

 異変に気付いたのは、ヴァレリィさんが最初だった。

 

「レザル、シナトベと交戦した結果、傷を負わせましたか?」

 

 周囲の状況が刻一刻と悪くなる中、風のうねりが更に荒れ狂っていることに気付いて、彼はレザルさんに問いかける。

 

「あ、ああ……なんとか一太刀――」

 

 そこまで話して、レザルさんははっとする。

 

「まさか……」

「どうやら、そういう事みたいだね」

 

 シナトベは、私たちを逃すつもりがない。傷を負わされた恨みを、その身をもって贖わせようとしているのだ。ヴァレリィさんの言葉から、私はそんな事を感じた。

 

 全員の足が止まる。逃走は意味がないと気づいたからだ。

 

「俺が残る。リーダーはこいつと救援部隊を連れて逃げてくれ」

 

 両手剣を持った剣士が絶望的な空気の中、修道女と私たちを指差してそう言った。

 

「傷を負わせたのは俺だ。それなら、俺だけ残れば追跡は終わるはずだ」

 

 この状況で、最悪の事態があるとすれば、それは逃げる私たちを追って、シナトベが町まで来てしまう事だ。それだけは避けなければならない。

 

「ちょ、ちょっと、そんな簡単に――」

 

 でも、だからと言ってこの選択は、早々に諦めすぎているように思えた。

 

「いや、白金等級になる時に、その覚悟はしているんだ。一般人に被害を出さない為なら、死すら厭わないって」

 

 だけど、私の言葉を遮るように、レザルさんはそう言って剣士の肩を叩く。それと同時に修道女もため息をついて、二人の側に寄り添う。

 

「レザル? それに……」

「よく考えろよ、シナトベがお前を殺しただけで満足するか? 絶対俺達三人がターゲットになってるはずだ」

 

 レザルさんに続いて、修道女が私たちに笑いかけた。

 

「あなたたちには無駄足になっちゃったかもしれないけど、報酬はちゃんと支払われるようにしておくから」

 

 三人は、ここで死ぬつもりなんだ。私は空気からそれを察して何も言えなくなった。せめて、お兄さんを連れて来ていれば、何かが変わったのかもしれないけど、私たちはそれをしなかった。

 

「ごめんなさ――」

「キュオオオオオオオオオオオンッ!!!」

 

 言いかけた言葉は、突然の閃光と轟音にかき消され、それと同時に上がった雄叫びは、死を予感させるものだった。

 

 雄叫びのした方向に目を向けると、周囲に球電を浮遊させた狐型の魔物――シナトベがこちらを威嚇している。

 

「仕方ない、か」

 

 ヴァレリィさんが杖――魔法を発動させるのに必要な触媒を構えて、戦闘態勢を取る。

 

「姿を見られてしまった以上、僕達が傷を負わせた奴の仲間だと思われる可能性がある。だとしたらもう、帰る訳に行かないですよね?」

 

 彼は私を見て、静かにそう話す。確かにそうだ。もう腹をくくらなければならない。

 

「あの世で、あいつに顔向けできるかな?」

「さあな、なんにせよ、会ったら土下座でも何でもするさ」

 

 レザルさんと剣士の会話の直後、シナトベが動いた。

 

「っ!!」

 

 雷のように早い突進だったが、シエルがその軌道に割って入り、いなすように攻撃を弾く。シュバルツブルグからの旅で、騎士職と似た動きができるようになっていた。

 

「土縛杭(アーススパイク)っ!」

 

 ヴァレリィさんの声に呼応して、ぬかるんだ地面が触腕のようにうごめいてシナトベを捕らえようとするが、相手の機動力が高すぎるため、尻尾すらも掴めない。

 

「キュォォオオアアアッ!!!」

 

 シナトベが一際高く鳴くと、両耳が黄金色に発光し、周囲に青白い光が漂い始める。

 

「っ、防壁(ウォール)っ!!」

 

 修道女が支援魔法を発動させるのとほぼ同時に、無数の雷撃が上空から襲い来る。周囲の木々はそれによってなぎ倒され、電熱による膨張と木々の折れる音が重なって、鼓膜が麻痺するような轟音が響く。

 

「ちょ、手傷負わせてもこの強さなんですかっ?」

「いや……傷を負わせたせいで凶暴になっているんだ」

 

 レザルさんから絶望的な事を聞いた直後、私は更に絶望的な事を、ヴァレリィさんから聞くことになる。

 

「まずいな、さっきの攻撃――もう一回撃たれたら防げないぞ」

「えっ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、シナトベの両耳が黄金色に発光する。

 

「魔法にはクールタイムがあるんだ。支援魔法は特に長い。そして、僕は支援魔法を使えない」

「え、じゃあスクロールは――」

「あるなら使ってるだろうし、僕らはシナトベと戦う気が無いからって持ってこなかった」

 

 そう話している間にも、両耳の輝きは眩いばかりになっていて、その臨界点へと達していた。

 

「くそっ、シエルちゃんはともかく、僕たちは耐えられ――」

 

 私が死を覚悟した瞬間、黒く大きい影と青い光が私たちの上を通過して、シナトベへと迫った。

 

「ケッ――キュケッ!?」

「――」

 

 その影は、シナトベの頭部へ青い燐光を放つ両手剣を振り下ろす。シナトベはギリギリでそれを躱そうとしたが躱しきれなかったのか、片耳を切り落とされて短い悲鳴を上げ、黒い影から距離を取った。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 威嚇するシナトベを警戒しつつも、黒い影は深呼吸をして、私たちに視線を投げた。

 

「後で事情は聞くぞ、キサラ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅団救援4

 シナトベ……いや、指定災害の研究はほとんど進んでおらず、弱点も特性も不明な点が多い。その中で遭遇経験のある俺は、今回の依頼に適任だった。

 

 魔物という範疇にすら入らないような存在だが、先程の手応えと、出血の具合から俺は確信する。死なない相手じゃない。

 

 現に俺が与えた傷以外にも、よく見れば脇腹に赤黒い液体が滲んでいる。おそらく、俺が来る前に与えた傷だろう。

 

「クルルルルゥ……」

 

 シナトベは喉を鳴らしてこちらを威嚇してくる。先程と比べると雨の勢いが収まっている事から、両耳によって気象を操作しているらしいことが想像できた。

 

「お前は――」

「依頼を受けて救援に来た白閃だ」

 

 レザル――かつてのリーダーに短くそう答えると、俺は手に持った両手剣を元師匠に投げる。

 

「っと……?」

「そっちの剣を使わせてくれ、あと……ヴァレリィ」

 

 詳しく説明するまでもなく、二人とも頷いてくれた。俺の使っている物よりわずかにずっしりとした、分厚さのある両手剣だった。

 

 俺はその両手剣を構えると、シナトベとの距離を一気に詰める。

 

「キュッ! キュオオアアァァッツ!!」

 

 狙うのは頭部、と見せかけて機動力を奪う為にも脚を優先的に攻撃し、頭部は可能なら、と言ったところか。

 

 シナトベが先程と比べ、威力の弱まった雷撃を打ってくる。俺はそれを外套ではじく。

 

 今着ている外套は、裏地は絶縁素材で、表には地面まで垂れる鉄線が編み込まれている。これにより外套の表面を通過しやすい道を作ってやり、地面に拡散させるのだ。

 

「――おおっ!!!」

 

 力を込めてシナトベの足へ斬撃を入れる。しかしそれは毛皮によっていなされ、本来の力を発揮できない。

 

 だが、それでいい。

 

 俺は致命傷を与えないまでも、機動力を奪う事でシナトベは弱り続けていく。そして相手に休む暇を与えないことで、大技を使わせる隙を作らない。

 

 この戦い方ができるのは、俺が強いからではない。それを知っている。レザルたちが手傷を負わせなければ、シナトベは怒ってここまで攻撃的にならなかっただろう。そして、ここまで攻撃的にならなければ、白金等級が混じっているとはいえ、六人ごときに溜めが必要な大技を使う事もなく、その隙を突かれる事もなかっただろう。

 

 全てが上手く行っていて、最後の仕上げが――

 

「ガッ!!」

「っ!?」

 

 振り抜いた剣に噛みつかれ、手が止まる。

 

 シナトベの片耳が不安定な光を発し、電撃の予備動作を確認する。

 

 そこで俺は、両手剣から手を放し、後ろへ跳んだ。

 

「お兄さん!」

 

 シナトベの周囲に複数回の落雷が降ると同時に、俺の耳に聞きなれた声が聞こえ、俺は腕を伸ばしてそれを掴んだ。

 

「っああああ!!!」

 

 手に馴染む感触。そして鮮烈に、青く輝く刀身。六人全員の力で解放されたダマスカス加工の刃は、能力を使った反動で、反応がわずかに遅れたシナトベの頭部へ食い込んだ。

 

 

――

 

 

「説明なしで伝わってよかった」

 

 暴風雨が降りやむと、わずか数分で空が快晴を取り戻した。俺たちは全身がずぶ濡れで、全員が靴の中の気持ち悪い感触を共有している事だろう。

 

 レザル白金旅団の面々は既にシナトベの死体と共にギルドの救護部隊が回収しており、俺達はゆっくりと下山しているところだった。

 

「こういう綱渡り的な……いえ、何でもありません」

 

 ヴァレリィはため息交じりに額を抑える。そもそも論として、独断専行によってパーティが分断され、危機に陥ったのだから強く言えないのだろう。

 

 俺は両手剣にバンデージを巻き終わり、それを背負う。

 

――「正直、この大質量で新規格のダマスカス加工を施すのは初めてで、研究員五人が握りしめて、やっと光らせることができた代物です。それを一人でここまで……」

 

 この両手剣を受け取った時、ヴィクトリア殿下から聞いていた言葉だ。

 

 つまり、光らせるのは誰が行ってもいい。そして決闘の時にもあったように、光っている時間は長くないものの、消えるまでのタイムラグはある。

 

 俺はシナトベ相手に、隙を作ることができないと判断した。

 

 判断したからこそ、師匠の両手剣と交換し、後方で待機している仲間に刀身を光らせることを任せた。

 

「とうさま、すごかった」

 

 興奮気味にシエルが話す。綺麗な倭服が汚れてしまったので、後でクリーニングをしよう。俺はシエルの頭を軽く撫でてやる。

 

「まあ、ワタシたちだとちょっと難しかったですけど、お兄さんはカッコつけす――」

 

 左手でキサラの頭を掴み、ギリギリと力を入れる。

 

「あいたたたたたた!!!! 割れるっ! 割れちゃうっ!」

「宿屋のベッド弁償と、依頼書の再発行手数料……お前の貯金から補填しろよ……あと、多分お前が首謀者だろ」

 

 置手紙の内容からして首謀者はこいつだろう。そして、依頼書の再発行にはそれなりの手数料がかかってしまう。

 

「で、でもお兄さんがこの依頼すると元メンバーと会っちゃうから……いたたたっ!!」

「依頼受注だけして不参加だと報酬貰えないだろうが」

 

 昔の話だが、依頼を受注して適当な奴に横流しをして報酬を中抜きする。そんな連中が出てきた時期があり、それ以来実際にクリアした人間にだけ報酬が支払われるシステムに代わっている。

 

「ああっ! 忘れてましたっ! ごめんなさいごめんなさいっ!」

 

 反省したようなので、解放してやる。

 

「だが、気遣いは受け取った。有難う」

「へ……?」

 

 まあ結果はこうだったとしても、俺のためを想っての事なのだろう。少し気恥しいが、その感謝を素直に伝えることにした。

 

「あと、俺を嘗めるなよ。お前にだってできるんだ。俺にでもできる」

 

 気恥ずかしさのついでに、俺はもう一つ感謝を告げる。自分を追放したパーティでも助ける。その姿を見せてくれたのは、他でもないキサラだった。

 

 彼女は言葉を聞いた直後は呆けたように口を開けていたが、すぐに自信満々に胸を張った。

 

「ふ、ふふん。陰キャでぼっちなお兄さんもワタシの溢れんばかりの魅力で少しは成長できたみたいですねぇ」

「ああ」

「この調子でもっと頑張ってくださいよぉ? コミュ障で仏頂面のお兄さんでも仲間が増えるかも――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! ちょっと褒めてあげたらすぐにこれやるんですから!!!!!!!!!」

「いや、仲間増えるかなと」

「一体お兄さんの中でこの動作の位置付けどうなってるんです!!!?!???!!!??」

 

 仲間が増えるのも悪くないよな、とは言わなかった。

 

 

――

 

 

 キサラたちが寝静まった後、俺は一人で蒸留酒を飲んでいた。救援依頼から数日、俺達は仕事の後処理に追われ、ようやく一通りの手続きが終わったところだった。

 

 救援だけならすぐに終わったものの、シナトベを討伐したため、それの報酬を按分せねばならず、その手続きに手間取っていた。

 

 なんせ指定災害の素材など、市場にまず出回ることが無いのだ。値段をつけようが無い。ふつうなら研究機関へ献体するようなものだ。

 

 だからこそ、結局は俺達が素材や商材として扱うことなく、実績と信用に変換することにした。ヴァレリィは最後まで渋っていたが、彼もシナトベの解剖に立ち会うという条件で納得してもらえた。

 

「改めて、久しぶりだな」

 

 今回の清算を頭の中で反芻していると、レザルが隣の席に座った。

 

「ああ……」

「あの時は、済まなかった」

「別に、構わない」

 

 既に事情は聞いていた。すぐに街へ帰還したがシナトベが居座っており捜索隊を派遣できなかった事。そして一週間が過ぎた時点で諦め、再起のために次の街へ向かった事。

 

 俺は木の実や薬草で空腹をごまかしつつ、旅立った後に街へ帰還した。そして名前を変えて、ソロの冒険者として活動を始める。

 

「まさか一人で白金等級まで上り詰めるとは思わなかった」

 

 俺はレザルの言葉に応えず、蒸留酒を口に含んだ。喉を焼く感触が胃の底へと流れ落ちていく。

 

「それに、良い仲間を持ったな。俺達にも負けないくらい」

「本題はなんだ?」

 

 遠回りするようなレザルの発言にしびれを切らして、俺は少しだけ語気を荒げる。彼は少しの沈黙を挟み、ゆっくりと口を開いた。

 

「引退、しようと思ってな」

 

 その言葉に、俺は少なからず動揺した。

 

「どうしてだ?」

「身体にガタが来てるっていうのが一番だ。それと二つ、シナトベの討伐って目標が既に達成されてしまった。そして、お前が生きていた」

 

 確かにレザルを含めたメンバーは、もう若くはない。そしてシナトベの討伐は果遂された。それは引退することに、何の瑕疵もない理由だった。

 

「どうして俺がその理由になっている?」

 

 しかし、俺が生きていたというのは、一体どういうことなのか。全く見当がつかなかった。

 

「良い後継者が見つかったからな」

「……そうか」

 

 つまり、後を任せるという事だ。ギルドの規定も何もないが、引退という事は、もう依頼を受けることはないという事だ。

 

「俺も、あいつらも、ようやく肩の荷が下りた気分だった。生きていてくれて、ありがとう。そして改めて、済まなかった」

 

 俺はその言葉を受け取りつつ、バーテンダーに蒸留酒を二杯注文する。

 

「乾杯、だな」

「ああ、そうだな」

 

「永遠となった誇り高きレザル白金旅団と」

「新しき新星旅団の誕生に」

 

 バーの片隅で、グラスのぶつかる涼しげな音が響いた。

 

 

――

 

 

 翌朝、俺達は次の街へ向かうために街道を歩いていた。

 

「はぁ、あれだけ死にそうな思いして、借金がチャラになっただけとか、割に合わなくないですかぁ」

「そうは言ってもね、キサラちゃん。指定災害の研究が進むのは、人類にとって大きな進歩なんだよ」

「そうならせめてお金をもっとくれるべきじゃないです?」

 

 キサラは未だに報酬の愚痴を漏らしているが、言葉以上に残念には思っていなさそうだった。

 

「とうさま、肩車」

 

 シエルが外套の裾を引っ張ったので、俺は彼女を持ち上げてやる。体力的には問題ないはずだが、まあ甘えたい年頃なのだろう。肩の上で上機嫌な彼女を感じつつ、そんな事を考える。

 

「ねえ、お兄さんもそう思いますよねぇ? 報酬少なすぎじゃないかって」

「だからその分、実績と信用に色を付けてもらったっていう話だ。ギルドも慈善事業じゃない。この辺りは受け入れるしかないだろう」

 

 未だに文句を言い続けるキサラをたしなめる。俺自身思う所が無いわけではないが、倉庫や依頼斡旋の手間などを考えれば、我慢するしかない。足元を見られていると言えばそれまでだが、許容範囲にある限りは黙っているつもりだ。

 

「ええー、もしかしてお兄さん、ギルドと交渉するの面倒だとか思ってます? やっぱコミュ障で言うべきことも言えない情けな――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!!!! ホンットにいつになったら止めるんですかコレ!!!!!!!」

「いや、うるさかったから」

「引っ張ったらうるさくなることすら学習してないんですか!?!!!???!?!??」

 

 うるさくしてる自覚はあるんだな、とは言わなかった。




 お読みいただきありがとうございます。加えていつもブックマークや評価、感想を下さる皆様、執筆のモチベーションとなっています。

 さて、今回で一応の一区切りとなります。大体10万字ちょいって言うとライトノベル一冊分といったところでしょうか。ちょっと充電期間をいただきたいと思いますので、お待ちください。

 そこで待っている間にも期待を持ってもらえるよう情報を開示しますと、来年あたりを目途に、ただのムトーさん(挿絵書いてくれた人です)に新規の挿絵を3枚依頼しました。挿絵合計4枚で10万文字、これ実質ライトノベルですね? 応援していただいた皆様のために、調整していますのでご期待ください。

 また、現在小説家になろうへ同作者名・同作品名で転載を行っています。そちらも可能であれば応援していただけると嬉しいです。

 では、単純に読んだ感想のほかにも、今後の展開で見たいキャラクターの一面などもお待ちしておりますので(これは期待に添えるか分かりませんが……)、評価・ブックマーク・感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二巻 魔物と皇国
要衝防衛1


前回までのあらすじ
ソロ冒険者の主人公は、盗賊のキサラと共に旅をしていた。
旅の途中に竜の卵が孵って生まれた子供、シエルの親代わりになったり、魔物マニアのヴァレリィと一緒になったりして、仲間も悪くないよね、と思い直すのだった。


――要衝防衛

 魔物の侵攻があるとの情報を、ギルドの斥候部隊が確認した。人のいる集落へ向かう途中、石橋が要衝となるため、防衛線を敷く。銀等級以上の冒険者には、この石橋を拠点として魔物の侵攻を防いでほしい。魔物の戦力は現地本部にて説明を受ける事。

 報酬金貨五万枚を成果により配分。

 

 俺は依頼書を再度確認すると、目の前にある巨大な石塔へ目を移した。その石塔は西日を受けて燃え上がるように赤く染まっており、所々に空いた穴からは、時折鎧を着た兵士がせわしなく動き回っているのが見える。

 

「む、誰だ!」

 

 一人で石塔へ近づこうとすると、同業者に道を阻まれた。俺は軽くため息をつくと、道を阻んだ冒険者に白金の印章を見せる。

 

「防衛依頼に参加する。前線まで通してもらおう」

「っ……! 失礼しました!」

 

 相手の等級がどれくらいかは知らないが、白金等級の数はそう多くない。あの態度と後方で見張りをしている辺り、恐らく銀等級だろう。

 

 俺はそのまま石塔へ入り、入ってきた方とは逆側の門を抜けてさらに歩く。

 

 この石橋の構造は、両岸に砦の役割を持つ石塔を建てて、石橋を実質的な関所として運用していた。さすがはイクス王国とアバル帝国の国境か、戦争になれば恐らくここは戦略的にも重要な拠点となるだろう。

 

 石橋の上でなにやら馬車から荷物を降ろしているイクス正規軍を避けつつ、反対側の石塔まで到着する。石塔の内部を見回すと、広いテーブルに地図を広げて三人が首をひねっているのが見えた。恐らく防衛本部はそこだろう。

 

「数が多いな、受け止めきれるか?」

「やはりこちら側の石塔を放棄して、石橋の上で迎撃するべきかもしれないな」

「だが、そうなると飛行する魔物への対処はどうする? 石塔一つでは火点が不十分だぞ」

 

 どうやら魔物の物量が多く、二本の石塔から弓で対空、地上援護を行うか、橋の上という閉鎖空間でボトルネックを利用した戦いをするかで意見が割れているらしい。

 

「白金等級冒険者、白閃だ。配置を聞きたい」

 

 なんにしても、俺は駒であり、将はこの三人と見ていいだろう。蹴散らすにしても、魔物の侵攻をせき止めるにしても、指示を仰がなければ話は始まらない。おれは再び印象を見せて、自分の身元を証明する。

 

「白金等級!? 助かる……!」

「なるほど、君が来てくれるなら動きやすくなる」

「ちなみに他に同業者は? いるならありがたいが」

 

「いるにはいるが到着が遅れている。作戦中には追いつくだろうが……不確定要素と考えてくれていい」

 

 シエルとキサラは準備に手間取っていて、ヴァレリィは死んだように眠っていて起きる気配がなかった。まああいつはここ数日シナトベの解剖資料と論文の作成で缶詰め状態だったし、キサラが来る前に起こすだけ起こしてくれるという事だったので、放っておくしかないだろう。

 

「……なるほど、では、白閃殿にはこの配置をお願いします」

 

 俺が三人に思いをはせている間に作戦はまとまったようで、俺は司令官の一人から説明を受ける。

 

「なるほど、了解した。ああ、それと――」

 

 俺は持ち場へ向かう前に、言伝を頼むことにした。

 

「俺の『仲間』が来たら好きにさせてやってくれ」

 

 

――

 

 

 作戦としてはオーソドックスなもので、俺が最前線で打ち漏らしを前提に暴れまわり、戦力を削ぐという作戦になった。ついこのあいだも同じ作戦で暴れまわったので、特に構える必要も無いだろう。

 

 少し前に陽は落ちて、背後の石塔では灯りがともっている。夜は魔物の動きが活発になるのと同時に、視界が利かなくなる。つまり、今の状況は俺たちにとって、不利に働くことになる。

 

 久しぶりに周囲に人がいない状況で、魔物を待ち構えている。それに気づくと同時に、そんな事を考える自分を自嘲的に笑う。

 

 視線の先には深い闇と、その中にある小さな光が無数に見える。魔物の眼球が、明るく照らし出された石塔を、映しているのだった。

 

 魔物は人間への敵対心が強く、暴走した集団となった時には、人がいると分かっている場所に向かって、進攻する特徴がある。この石塔は絶好の的となっているのだ。

 

 俺は収納袋から持続治癒と暗視のスクロールを取り出し、破り捨てる。小さな光点が輪郭を持ち、魔物の姿を取ったのを確認すると、俺は両手剣を構えて、バンデージの留め金を弾く。

 

 吹き飛ぶように金具が外れると、丈夫なバンデージが地面に散らばり、ダマスカス加工の施された武骨な刀身が露わになる。

 

 刀身の表面は波紋状の酸化被膜が覆っていて、その上を滑るように青い燐光が揺れている。強く握れば握るだけこの光は強くなり、それにつれて剣自体の切れ味も上昇する。

 

 両手剣を強く握りしめ、光量を上げる。陽動と撹乱を行うなら、魔物たちに俺の姿を認識させたかった。

 

「ギャオギャオッ」

「ピギャギャッ」

 

 見える範囲に居るのは、小鬼と豚鬼の混成軍と、大鬼や単眼鬼などの巨大な銀等級以上の魔物。どうやら人型が中心の編成らしい。ならば、あまり対空戦力に警戒する必要はなさそうだ。人型で飛ぶのは石鬼(ガーゴイル)と夜鬼(ナイトゴーント)だけだから、それは石塔の火力だけで対処できるはずだ。

 

「ふっ……!」

 

 襲い掛かる魔物と交錯する瞬間、俺は両手剣を無造作に横薙ぎする。それだけで数体の魔物が上半身と下半身を分かたれる。

 

「ブギッ!?」

 

 その光景を見たからと言って大勢は止まらない。しかし、周囲にいた魔物は違う。唐突に隣にいた存在が二つに断たれた光景は、ショックと混乱を与える。

 

 俺はそれを見逃さず、一瞬でも止まった豚鬼をはじめとする雑魚や、近くにいる大型の魔物を両断して赤黒い飛沫をあげさせる。

 

 市街地を防衛した時と違うのは、背後にあるのは石橋――砦という事だ。つまり戦力を削ぐ必要はあるが、被害を出す心配はしなくていい。ならば、俺がやるべきなのは戦意を挫くことだ。

 

 魔物は、同族ならまだしも、お互いの生死についてかなり無頓着だ。とはいえ「かなり」である。完全に頓着しない訳ではない。とくに目の前で魔物を殺されれば、流石に「次は自分かもしれない」という認識を持たざるを得ない。

 

 だが、それでもかまわずに、むしろ自分の強さを誇示するようにこちらへ攻め込んでくる魔物も存在する。

 

「グオオォォォオッ!!!」

「しっ……!」

 

 襲い掛かってきた単眼鬼の両腕と頭を切り飛ばし、前蹴りを入れて仰向けに倒す。金等級の、しかも耐久力のある魔物がいともたやすく倒されたことで、空気が少し変わる。

 

 このタイミングから、俺は魔物にとって「倒すべき敵」から「避けるべき障害」に変化する。だが、それは魔物にとって致命的な間違いであった。

 

 敵意の無い魔物は、俺にとってはただの巻き藁にも等しい。

 

「グギャァアアアアッ!!」

 

 相手も選ばず。ただ青い燐光を湛えた両手剣を夜の闇を切り裂くように振り回し、血の飛沫をいくつも上げる。魔物は夜目が利くので、通常であれば俺の方が不利なのだが、暗視のスクロールを使っている限り、それは互角以上だった。本来ならば暗く、見えないはずの血の色や、魔物の表情までもが容易に見て取れる。周囲を気にするまでもなく、後方で響く剣同士が打ち鳴らされる音はまばらで、俺の食い止めが想像以上に功を奏していることが察せられた。

 

「ガ……アアアァァァアアアアッ!!!」

 

 対魔物戦では、いつも理想的な展開が続くわけではない。

 

 獅子の下半身に人間の上半身、背中には巨大な棍棒を担いだ巨大な魔物、大業魔(グレーターデーモン)が周囲の魔物を蹴散らしながら、こちらへ突貫してくる。

 

「っ……おおおっ!」

 

 俺は渾身の力を込めて両手剣を振りかぶり、袈裟口に切りかかる。しかしその刃は、分厚い筋肉と強靭な骨に阻まれて致命傷には至らない。燐光がすでに消えかけており、鋭さが落ちていた。

 

「グガァアアアアっ!!!」

 

 魔物が反撃に拳を振りかぶったのを認識して、俺はすぐさま飛び退いて距離を取る。大業魔相手に純粋な力比べは避けるべきだ。

 

――大業魔

 単純な戦闘能力と強靭さで、白金等級に分類されている魔物だ。それに加え魔法に似た能力を持ち、極大の火球や大型武器の使用を得意としている。

 

「オオオォォ」

 

 切り傷を気にすることなく、大業魔は両手を前にかざし、低く唸る。それと同時に両手に炎が発生する。火球による攻撃を察した俺は射線から外れるように地面を蹴り、円弧を描いて大業魔に接近する。大業魔は正確に俺の方向へ掌を向けながら、炎を大きくしていく。

 

「ちっ」

 

 ギリギリで躱して関節部を狙って肉体破壊を狙う。それが俺の作戦だったが、距離とため動作の早さから、それは不可能だと悟り、俺は両手剣の峰と外套で防御姿勢を取る。耐火加工はしてあるものの、大業魔の火球に耐えられるかどうかは不明だが、そうするのが最善策だった。

 

「ガアアァァァァッ!!!」

 

 炎が臨界点に達し、目の前が光に漂白される。全身に熱風を感じて、俺は歯を食いしばる。

 

 しかし、しばらく待ってもそれ以上のことは起こらず、熱が冷めていく。

 

「とうさま、おまたせ」

 

 その言葉に防御姿勢を解くと、俺と大業魔の間に、倭服を着た銀髪の少女が立っていた。

 

「シエル、助かった」

 

 彼女の名前を呼ぶと、シエルは嬉しそうに笑う。

 

「早く片付けよう」

 

 両手剣を構えなおそうとすると、背後で魔物の断末魔が上がる。

 

「間一髪って感じですねえ、お兄さん大業魔相手に戦うなんてちょっと無理し過ぎじゃないですかぁ?」

 

 魔物の血を滴らせたナイフを片手に、厚手の外套とビキニトップにホットパンツを合わせたツインテールの少女がにやにやとオレを覗き込んでくる。

 

「ま、そんなお兄さんの為にこのワタシ、キサラちゃんが――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 命の恩人に何するんですか!!!?」

「戦場で無駄口叩くと死ぬぞ」

「誰が無駄口叩かせてるんですか!!??!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

要衝防衛2

 キサラと軽口を交わしつつ、俺は改めて両手剣を構え、大業魔を警戒する。

 

「シエル、キサラ」

「うん」

「仕方ないですねぇ」

 

 二人に声をかけると、彼女たちは各々に反応を返す。詳しい作戦の説明は必要なかった。

 

 大業魔は極大火球を撃った後、少しの隙が発生する。相手が動き出すよりも一瞬早く俺は地面を蹴る。

 

 両手剣を振りかぶり、再び同じ箇所へ刃を振り下ろすが、大業魔が手にした巨大な棍棒によって防がれてしまう。

 

 通常であれば硬く太いとはいえ、木製の武器が破壊出来ないはずもない。だが、大業魔の技量はそれを可能としていた。刃筋に対して垂直方向に動かしているのだ。

 

 どれだけ柔らかい物であろうと、斬るという行為をするには、刃筋と水平方向の力を加えなければならない。大業魔はそれを理解しており、刃が食い込んだ瞬間に力を別方向へ逃がすことにより、その力を発揮できないようにしていた。

 

「っ、ああっ!」

「ガァアァッ、ガァッ!!」

 

 生木に斧が食い込むような音を立てつつも、大業魔の棍棒は壊れる気配がない。これほど打ち合いができるのは、白金等級の中でもそうはいないだろう。

 

「オオオオオォォッ!!!」

 

 俺が両手剣を取り落とさず、かといって決定打に欠ける状況は、大業魔も焦れていたのだろう。大きく振りかぶり、俺に向かって渾身の一撃を大上段から振り下ろす。

 

 俺はそれを見計らい、大業魔と距離を取る。それと同時にシエルが俺がいた場所に入れ替わり、致命的な一撃を銀色の爪で受け、弾き飛ばす。

 

「ガァァッ――ヒギッ!?」

 

 大業魔は体勢を崩しつつも、俺とシエルへの殺意を絶やさず襲い掛かろうとするが、その動きは果たされることなく、ひきつけを起こしたように痙攣して、白目をむいて倒れ込んだ。

 

「お兄さん、お疲れ様でぇす」

 

 キサラが大業魔の首筋に刺さったナイフを引き抜いて笑う。人型の魔物は比較的知能が高いものの、それと同時に急所が人間と同じ箇所にあるのだ。

 

 頸椎の間に刃を差し込み、その刃を捻る。いくら鍛えていようと、ピンポイントに急所を狙われてはその身体能力を生かすことはできない。

 

「数を減らすぞ、シエル、キサラと動け」

「はい、とうさま……また怖いのが居たら助けに行くからね」

「りょうかーい、あ、ちなみにヴァレリィさんですけど、何とか起こしましたんで、今頃走ってると思いまーす」

 

 大業魔を倒したことで、魔物の軍勢はかなり勢いが弱まったように感じる。だが、だからと言って安心はできない。魔物は可能な限り殺しておかなければ、別の場所で同じような被害が起きる可能性があるのだ。

 

「ギャギャギャッ!」

 

 それに、闘志を失わない魔物もいる。現に俺に襲い掛かってきた小鬼が好例だ。俺はそいつを両断しつつ、魔物が密集している方向へ走る。

 

 小鬼、単眼鬼、豚鬼、赤小鬼……ひたすら斬って数を減らしていると、魔物たちも戦意を喪失していく。俺は暗視のスクロール効果が切れるまで存分に暴れまわる。

 

「はぁ……」

 

 周囲にとりあえずの脅威が無い事を確認した後、スクロールを再び破き、状況を確認する。

 

 周囲には戦意を持った魔物はおらず、逃がしては不味い魔物――例えば多くの魔物を呼び寄せる喚鬼(サマナー)などがそうなのだが、それらはキサラとシエルが追撃する手筈になっている。

 

 一通り状況を確認し、石塔の方向を見る。頻繁に魔法や弓矢が飛んでいるものの、想定以上に数が多いらしく、苦戦していた。

 

「仕方ない、か」

 

 冒険者たるもの、遠近の得意不得意はあっても、どちらにも対応できなければならない。どうやら石鬼や夜鬼は、地上で行われた圧倒的な戦いに対して、無関心だったらしい。俺は筋力増強のスクロールを破いて、要衝――石塔へ向けて駆けだした。

 

 

――

 

 

 神竜と戦った時も使用したが、筋力増強は攻撃力増強のためだけに使うものではない。

 

「キィ、キ――」

 

 地面を蹴り、高く飛び回る石鬼の翼を切る。跳躍距離の伸長と、姿勢制御のための体幹筋の強化により、機動力が格段に上昇するのだ。

 

 石塔の壁面に張り付くように着地して、地表へ向けて跳びつくように動き、石塔からの攻撃を躱して迫ろうとする魔物を優先して倒す。

 

 とはいえ、数が多い。本来この数を相手するような物ではないし、あまり跳び回って弓手や魔法職が委縮してしまっても困る。俺はとりあえず危機的状況ではないのを確認して、防衛線を作っている冒険者たちの列に加わる。

 

「あ、あんたは……」

「危険な魔物は倒しきった。あとは物量がある雑魚だけだ。押し返すぞ」

 

 近くにいる同業者を勇気づけるように言って、俺は荒れ狂う波のように押し寄せる魔物を狩っていく。一か所にとどまらず、遊撃するように移動して、魔物たちに俺という脅威を認識させないように戦う。

 

 しかし、数が多い。魔法職が広範囲魔法を撃ってくれてはいるが、単体火力に偏重した魔法使いが多いらしく、頻度は多くなかった。

 

「……現状、俺がいる必要は無いな」

 

 一体一体の強さはそこまでではない。ならば、俺は一兵卒以上の活躍は出来ないだろう。なら、あいつを迎えに言った方が早いな。

 

 俺はそう判断して、石塔の中に入り、周囲の人間が資材を運んでいるのをすり抜けて対岸へ渡り、外に出る。キサラは起こしたと言っていた。ならば少なくともこちらへ向かっている筈で、近くまで来ているはずだ。

 

「白閃!? どこへ――」

「仲間を迎えに行く」

 

 声をかけてきた冒険者に短く返すと、俺は戦いの音を背に暗闇へと走り出した。彼は拠点としている町への道中で見つかるはずだ。

 

「ひぃ、ひぃ……」

 

 目当ての相手はそこまで苦労せずに見つかった。

 

 顎を上げて息を切らして、ぼさぼさの寝癖に丸眼鏡をかけた魔法使い。ヴァレリィだ。

 

「ようやく起きたか、出番だぞ」

「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっとまっ――」

 

 ヴァレリィには悪いが、休んでいる暇はない。幸い彼は体重が軽いほうだから、担ぐという選択肢があった。

 

「えっ!? わわっ、嘘でしょっ!?」

「着くまでに息を整えておけ」

 

 彼を担いで来た道を引き返す。

 

「敵の軍勢は強くはないが数が多い。何とか出来るか?」

「ま、まあっ、そういうとき用のっ……魔法はっありますがっ」

 

 俺の肩の上で揺られながら、ヴァレリィは答える。あるなら何とかなるだろう。

 

「魔法を撃つのに最適な場所は?」

「最前線っ、です! そこで、詠唱するのでっ、守ってくださいっ」

 

 石塔が見えた段階で、俺は足に力を籠める。戦況は膠着状態に近いが、冒険者側の体力が心配だった。

 

「白閃! そいつが――」

「仲間だ。通るぞ」

 

 行きで引き留めてきた冒険者に声をかけて、橋を渡りもう片方の石塔も通り抜けて魔物と戦っている最前線の十メートルほど先にヴァレリィを降ろす。

 

「うっ……ぷ」

「吐きそうになってるところ悪いが、頼む」

 

 俺は両手剣を背中から引き抜いて、周囲を警戒する。前線という強固な壁に守られていない人間は、魔物にとって格好の標的であり、必然的にこちらへ攻撃が集中しがちになる。俺はそれを見越した動きで、魔物をヴァレリィまで近づかせないように武器を振り回す。

 

「天空より来たる雷よ……」

 

 呼吸を整えた彼が、静かに魔法を詠唱し始めたのを聞いて、俺は一層魔物を近づけないよう立ち回る。

 

 詠唱は、本来必要のない行為だ。

 

 発動時の魔法名を言う必要も特には無い。スクロールを破くだけでも発動するのだから、当然と言えば当然だ。

 

 だが、スクロールという一定の効果が保証されているものと違い、人間が扱う魔法はそれでは威力が出ない。

 

 その理由にはいくつかあるが、俺は昔、酒場で聞いたとある魔法職の言葉を信じている。

 

――詠唱っていうのは、自分がこの魔法は強いんだって信じるためにある。

 

 その話は傍から聞くと馬鹿馬鹿しく、事実周囲の魔法職から笑いが漏れていたが、なかなかどうして真実を端的に表しているように思えた。

 

 魔法は、自分の中で理論が固まっているほど強力で、その理論を口にすることで自己暗示を行い、威力を増強する。詠唱の意義の一つがそれだった。

 

「来たれ、拡散操電(スプレッドエレキ)っ!!」

 

 豚鬼の首を刎ねた瞬間、俺の背後で声が上がる。

 

 そしてその声に呼応するように大気中の魔力が飽和し、結晶化、そしてそれが無数の球電になる。

 

「グゲァッ!?」

「ブビッ!?」

「ガアアアッ!?」

 

 球電は周囲にいる魔物に次々と飛んでいき、それは空中にいる魔物にすらダメージを与えていく。

 

「ふぅ……敵味方の区別を付けなければいけないので、極大火球(フレイムグローブ)や雷帝降臨(ライトニングカイザー)は使えませんのでこれで我慢してくださいよ」

「いや、十分だ。再使用までどれくらいだ?」

「ギリギリ三十秒」

 

 体中から煙を吹いている死にかけの魔物にとどめを刺しつつ、俺は「上出来だ」と答える。視線の先にはまだまだ魔物がいるようだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

要衝防衛3

 痛む身体に鞭を打って起き上がる。昨日の防衛戦では無理をした挙句救護班の世話になってしまい、恥ずかしい思いをした。

 

 部屋を出て階段を降りる。既に一階のギルド併設酒場では、昨日の防衛戦成功を祝って他の冒険者たちが酒盛りをしていた。昼だというのに暢気な事だ。

 

「ぐっ……痛ぅ……」

 

 昨日は戦闘後の興奮で、痛みを感じていなかったが、今思えばこの体でよく楽々と階段を上がれたものだ。階段を一段降りるだけで全身に激痛が走り、手すりに寄りかかっていなければ、姿勢を崩して転げ落ちていただろう。

 

「おっ、昨日の英雄様が起きてきたぞ!」

 

 髭面の、調子のよさそうな戦士が声を上げると、全員がこちらを向いた。

 

「お前、銀等級だって? すぐにでも昇格出来そうなのにもったいねえな、よし、回復魔法をサービス――」

「要らない」

 

 それだけ言って、俺は手近な椅子に座る。このうるさい中で食事はしたくないが、物を腹に入れておかないと、自力で回復するための体力も確保できない。

 

 俺が回復を断ったのは、馴れ合いが嫌いなのもあるが、回復魔法はダメージの回復を行う為、超回復が為されないからという理由が大きかった。

 

 強くなりたければこの痛みに耐えて、機能回復をしなければならない。俺は運ばれてきた硬いパンと薄いスープを食べ始める。

 

「あの」

 

 話しかけてくる同業者を遠ざけるように受け答えをし続けて、声をかけてくる人も居なくなったころ、一人の少女が話しかけてきた。

 

「なんだよ……」

「えと、昨日のこと、謝っておこうと思って」

 

 そう言った少女は、黒髪に琥珀色の目をしており、ビキニトップにホットパンツという服装からして、盗賊だという事が分かった。

 

「何かあったか?」

 

 しかし、謝るとは何だろうか? 何か俺に迷惑をかけたような素振りだが、俺にはそんな心当たりが何もなかった。

 

「その、私がもう少し豚鬼の群れを引き付けておけば、お兄さんも無理しなくて済んだのにって」

 

 ……一体何を言ってるんだこいつは。俺は素直にそう思った。

 

 騎士職でもない人間が捌くができる魔物の数なんて、せいぜい数体であり、あの状況では数体減ったところで誤差も良いところだ。こいつの話は、常識的ではない。

 

「気にしてない」

「で、でも、こんなボロボロになってるじゃないですか」

「これは俺が弱いのが悪いだろ。一人でどうにかできるなんて自惚れるな」

 

 そう言って、俺はパンにかぶりつく。口の中を怪我しなかったのは不幸中の幸いだったな。

 

「え……でも、私……」

「とにかく気にするな。勝手に自分のせいだって思い込んで謝ってくるな。鬱陶しい」

 

 そう言って俺は席を立ち、二階へ戻る事にする。食事を終えたなら、もう自分の部屋で寝ていたかった。

 

「あ、あのっ! 私、キサラって言います! また一緒に冒険してくれますか?」

 

 背中にかけられた言葉に、俺は手を上げてため息交じりに答える。

 

「……勝手にしろ」

 

 

――

 

 

 陽の光が顔に掛かるのを感じて起き上がる。昨日の防衛戦は、特に危なげなく成功していた。

 

 部屋の中にある残り三つのベッドには、既に誰も寝ていなかった。どうやら俺が一番最後らしく、少し気恥しい。

 

「んっ……」

 

 眠気覚ましに伸びをすると、肩がバキバキと鳴り、頭が急速にすっきりとする。どうやら存外疲れていたらしい。俺は昨日の寝る前の事を思い出す。

 

 清算の時にはギルドの職員を含め、同業者から白金等級が参加してくれたおかげで、安定して防衛戦を行えたと、何度も頭を下げられた。

 

 しかし、正直なところ俺一人だったら危なかっただろう。だからこそ、俺たちは清算金の分配率を下げて受け取ったのだった。

 

「あ、お兄さん。おはようございまーす」

 

 階段を降りると、先に降りていたキサラが、手を上げて俺を呼んだ。

 

 ギルド併設の酒場、その二階は冒険者向けの宿になっている。一階が真夜中過ぎまでうるさいので、人気はないが一部の仕事熱心だったり金の無い冒険者が利用している。

 

「とうさま、おはよう」

「ああ」

 

 シエルの頭に軽く手を添わせてから、俺は四人掛けのテーブルに着く。既に座っていた三人の顔を見回すと、ヴァレリィだけが俯いた姿勢で固まっていた。どうやら一度起きて降りてきたはいいが、また眠ってしまったらしい。

 

「起こさないで」

 

 彼の身体を揺すろうとしたところで、シエルに止められる。

 

「起きてるとうるさいから」

「とはいってもな……」

 

 まあ、うるさいのは確かだ。だが、これから飯を食べるというのに、寝かせたままなのはかわいそうだろう。

 

「わたしが無視し続けて、ようやく寝たの。ヴァレリィは――」

「呼んだかい!?」

 

 シエルの言葉に反応して、ヴァレリィは跳び起きた。起こした張本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていて、それが妙に滑稽だった。

 

「呼んでない!」

「えぇー、本当かなぁ? 確かに僕の名前を呼んだ気がするんだけど」

 

 目やにを付けたまま、ヴァレリィはシエルの顔を覗き込もうと体を動かしている。止めようかと思ったが、まあなんだかんだ言って、シエルが本気で拒否するなら擬態を解いて攻撃するだろうし、ヴァレリィもシエルに嫌われたくは無いはずなので、二人特有のコミュニケーションなのだろうと思う事にした。

 

 二人のじゃれ合いを眺めながら、次の町までどのルートを通ろうかと考えていると、朝食が運ばれて来る。サンドイッチにベーコンエッグ、そしてスープが人数分運ばれて来ると、俺たちは思い思いに食事を始める。

 

「で、お兄さん。ギルド本部にはどう行くか決めました?」

 

 サンドイッチを片手に、キサラが口を開く。

 

「ああ、エルキ共和国とオース皇国の首都を経由しようと思う」

「えー滅茶苦茶遠回りじゃないですかぁ、いつもみたいに最短距離――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何で今やったんですか!?」

「いや、シエルにいろんな場所を見せてやろうと思ってな」

「この動きにシエルちゃん関係――話そのまま進めないでもらえます!!!?!????!?」

 

 シエルは今、イクス王国の風土しか知らない。これから生きていくにあたって、いろいろな国を見せてやりたかった。

 

「それに、ヴァレリィはまだ俺たちのやり方に耐えられないだろう」

「確かにそうですけど……」

 

 釈然としないながらも、キサラは理解してくれたらしい。

 

 金等級以上の冒険者は、地理的なものをすべて無視して、直線距離で目的地へ向かう事が少なくなかった。冒険者という名前がついているからには、新規の通行路を策定するのも仕事のうちであり、それを専門に行うクラスもあるくらいだ。

 

 ちなみにイクス王国からギルド本部までは、直線で向かうなら国境を二つ通過するだけで済むが、今言ったルートを使う場合、三つ通過する必要が出てくる上に、かなりの遠回りとなる。

 

 そのかわり、道はかなり平坦で、上手く行けばエルキ共和国の移動中は毎日宿に泊まりながら向かえる可能性すらあった。

 

「ま、しょうがないですねぇ、そのかわり、宿はそれなりに高級なところを――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何するんですか!?」

「いや、まさか二連続でやられるとは思わないだろうなって」

「確かに思わなかったですけど!!!」

 

 少しは観光を楽しみながら行けるといいな。とは言わなかった。




 お読みいただきありがとうございます。今回の話から、ライトノベルで言うと第二巻のお話になるので、キャラクター性の再確認という事で単純な分かりやすい話を書いてみました。いかがでしょうか? 楽しんでいただければ幸いです。

 ここから先もやはり牛歩な更新となりますが、引き続きお付き合いいただければと思います。

 また、ブックマークや評価を入れてくれる皆様にはいつも感謝しております。また、もしまだ入れておられない方がいれば是非、高評価・ブックマークをよろしくお願いします。感想もお待ちしておりますので是非。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐1

 僕の祖父が生きていると聞いたのは、魔法研究所への就職が決まった直後だった。

 

「まあ、ばあさんは滅茶苦茶嫌ってたけど、お前も大人だ。一人でどうするかくらいは考えられるだろ」

 

 久々に帰ってきた父は、僕に祖父の事を伝えて、そう続けた。

 

 正直なところ、驚きはあるが困惑の方が強かった。元々いないものとして認識していた存在が、今更生きていると言われても、実感がわかないというか、特に何の感動も起こらない。

 

「ええっと父さん。いきなりそんな事言われても、特に何とも思わないんだけど」

 

 祖母は確かに、祖父の事を良く思っていないのは知っていた。だから祖父に会いたいとか、そういう感情が湧かないのかもしれない。

 

「そもそも、魔法研究所は結構な激務でしょ。わざわざ初対面の肉親とか気にしてられないと思うけど」

「まあ、そうだろうな、父さんもばあさんの手前もあるし、必要性も感じなかったから会いに行ってない」

 

 父はあっけらかんとそんな事を言う。僕はその言葉に肩透かしを食らうとともに、安心もした。もし「父さんは会いたいけど旅をするには体力が無いから、代わりに会ってきてくれ」なんて言われたら、どんな顔をしていけばいいかわからない。

 

「ただな、父さんがお前に教えたのは、後悔してほしくないからだ」

「後悔?」

 

 父の口から、意外な言葉が漏れた。

 

「ああ、うちのじいさんは、仕事一筋で山奥に籠ってるような偏屈家でな、父さんもあんまり好きじゃなかったし、お前もそりが合わんとは思う。ただ人から聞いて好きになれないっていうのと、実際に会って気に入らないって思うのは全然違う」

 

 その言葉を聞いて、僕はフィールドワークの重要性と同じような事だなと思った。

 研究資料をいくら見ても、実際の魔物を間近で見なければ、それらを本当に理解したとは言えないだろう。

 

「……うん、確かに」

 

 肉親という数少ない存在を考えた時、会える時に会っておくと考えるのは、悪くは無い。会った事もない存在に、もう会えないと思いを馳せるよりは、実際に一度会ってしまった方が、いい方向だろうと悪い方向だろうと、すっきりするはずだ。

 

「というわけでこの話は終わりだ。国立魔法研究所に就職おめでとう。今度就職祝いにレストランにでも行くか」

 

 そう言って父は笑う。僕は溜息をついて「どうせ次帰ってくるのは半年後でしょ」と呟いた。

 

 

――

 

 

「すまない、思い出すのがもう少し早かったらよかったんだが……本部に向かう前に寄りたい町があるんだ」

 

 ヴァレリィが話したその言葉一つで、俺たちは来た道を引き返していた。

 

 向かったのはガドの居る町。遠くは無いものの、国境近くまで来ていたので少しの徒労感はあった。ため息の代わりに空を見ると、蜻蛉が俺たちを先導するように飛んでいく。枯れた草木もいくつか見える事から、彼らの姿が見れるのも、あと数週間くらいだろう。

 

「それにしても、あのおじいさんのお孫さんだったんですねえ」

「ああ」

 

 要件を聞いて驚いたのが、ヴァレリィがガドの孫だという事だった。世間は狭いというかなんというか……だが、ヴァレリィの祖母と父親からは、彼が嫌われていると聞いて、口元が緩んだのは確かだ。

 

「いやぁすいません。ギルド本部に行くのは僕らのためだって言うのに」

 

 ガドの家までの山道を登りつつ、ヴァレリィは話す。昨日は麓の支部で宿をとって昼過ぎまで休息をとったので、体力は十分にありそうだった。

 

「構わない。急ぐ旅でもないからな」

 

 俺達がギルド本部へ向かっている理由は大きいものが二つある。

 

 まず一つ目は、シエルとヴァレリィの冒険者本登録だ。

 

 簡単な登録は支部で行えるものの、それでは革等級からのスタートとなり、等級を上げるのに時間がかかる。そこで技能テストや面接により銅等級以上の格付けを行えるギルド本部へ向かうのだ。

 

 俺の勝手な見立てでは、二人とも金等級以上の実力を持っている筈なので、支部で登録するよりも本部でそれを行った方が、何かと手間が少なくて楽だ。シエルに関しては特に、神竜が人間社会で活動するのならば、冒険者ギルドの後ろ盾は必須となるため、向かわなくてはならない。

 

 次に二つ目だが、シエルに倭を見せてやりたいのだ。

 

 母竜が夢を見た呪術師の故郷。俺の勝手な干渉と言われればそこまでだが、その国を彼女に見せてやりたかった。

 

「ええーワタシは早く行って白金等級に――」

 

 ブラトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何で引っ張るんですか!?」

「いや、昇格できるといいな、と」

「それ言葉で十分じゃないです!!?!???」

 

 シナトベの一件が査定に反映されれば、キサラが白金等級に昇格するのは間違い無いだろう。昇格は基本的に支部でも可能だが、鉄等級から銅等級と、金等級から白金等級の昇格は、本部での手続きが必要となるため、キサラにも一応の理由はあった。

 

「とうさま、ガドおじいさんと会うの楽しみだね」

「ああ、もうすぐ到着するはずだ」

 

 シエルは俺の手を握って笑みをこぼす。さて、そろそろ家が見えてくるはずだが。

 そう思って視線を前に向けると、丁度懐かしい小屋が見えた。扉からは、いつかと同じように人影が出てきた。

 

「んじゃ、注文の武器お願いしますよー……ん?」

 

 それは女性で、あの時出てきたアレンとは真逆の存在だった。年齢は二十歳前後だろうか、だが猫背で卑屈に笑い、目の下に隈ができている姿を見ると、実年齢より高く見えるのかもしれない。

 

「おや、あなた方も鍛冶の神にご用事で?」

「こいつが孫でな、国を離れる前に挨拶をしに来た」

 

 そう言って、俺はヴァレリィを指差す。見るからに怪しい風貌だったが、別に隠す事でもないし、ヴァレリィ自身隠したいわけでもないだろう。

 

「へぇ……」

 

 見るからに不健康そうな女性は、ヴァレリィの姿をじろじろと見た後、首をかしげる。

 

「あのおじいからこんな美形の孫産まれるんだ。ウケる」

 

 くっくっと笑いを漏らして、女性は今出てきた家の中に向かって声を掛ける。疑いや悪意は感じなかったが、何とも直球な物言いに、俺とヴァレリィは顔を見合わせて苦笑した。

 

「ガドじいさーん。お孫さんが訪ねてきたよ」

 

「ああ? こないだも言っただろうが、俺は嫁に逃げられて、天涯孤独だっ……て」

 

 半笑いの女性がガドを呼ぶと、顔中に煤を付けた懐かしい顔が、家の奥――鍛冶場から覗いた。

 

「おっ! どうした小僧! 武器はちゃんと加工してもらえたか?」

「なんとかな、それと――」

「それにしてもお前が孫とはな、ガハハハッ!」

「いやそういう訳ではなく」

 

「……白閃」

 

 訂正しようとしたところで、ヴァレリィが耳打ちしてきたので耳を傾ける。

 

「本当にこいつが僕の祖父……ガドなのか?」

「一応な」

 

 言葉に隠しきれない疑惑の色が混じっているのを感じ、俺はそれに同意しつつ、溜息をついた。

 

「それで? 今日はどうした? そっちの若造は……」

「ヴァレリィです。祖母の名前はミナで父の名前はギィ、名前に聞き覚えはありませんか?」

 

 その言葉を聞いた途端、ガドはさっきまで浮かべていた笑みを凍り付かせた。

 

「あ? するってぇと……」

 

 彼は、感情が脳の理解よりもはるか先に行ってしまったように、鈍い反応を返す。しかし、それは数瞬もすれば思考が感情に追いつき、再び表情に現れる。

 

「僕自身、あまり実感は無いのですが、貴方が祖父のようですね」

 

 その表情を見て、ヴァレリィはいつになく冷静な声でそう言った。

 

 

――

 

 

「そうかそうか、二人とも元気か!」

 

 ガドは酒で真っ赤になった顔をくしゃくしゃにして大きく笑った。

 

 俺達はガドの強引な誘いによって、豪勢……と言っても高い酒を呷るだけだが、そんな夕飯をとっている。

 

「ええ、父は忙しそうですが、祖母は母と一緒にシュバルツブルグで暮らしています」

 

 ヴァレリィはガドの質問に答えるようにそう言うと、眼鏡の位置を直す。

 

 俺はそんな二人の姿を見ながら、ガドが隠し持っていた高級な蒸留酒を少し口に含んだ。鍛冶の仕事で大金を貰っているだけあって、なかなか上等な酒だ。

 

 ガドは以前、出て行った家族の事を気にしても仕方ないと笑っていた。だが、今の姿を見るとそうでもないらしい。

 

「いやあ、ガドじいさんがこんなに楽しそうなのは、ボク初めて見たなぁ」

 

 そう言って、さっき家の前で会った女性は俺と同じ酒を飲む。俺たちと会った時は、まさに帰るところだったと思うのだが、何とも要領のいい性格をしている。

 

 彼女の名前はティルシア。巡回修道女だ。彼女たちは教皇庁所属で大陸全土を歩き回り、人々を癒したり不死系の魔物を倒す事で実績を積んでいる。

 

 今回ガドの家まで来たのは、聖水を納品する為だそうだ。

 

 剣を打つ際、急冷させる水は基本的にただの真水で構わないのだが、聖水を使用することで不死系魔物へのダメージが増える。どうやら騎士団と冒険者ギルドが、今度は不死魔物の討伐を実施しようとしているらしい。

 

「それに、白金等級のパーティが合流してくれたのがありがたい。仕事は楽なほうがいいですからなぁ」

「何の仕事もせずにこの町を離れるのも、どうかと思っていたところだ。こちらとしても渡りに船といったところだな」

 

 嬉しそうなガドと、どうすればいいか分からなくなっているヴァレリィを肴に、俺とティルシアは酒を飲む。

 

「とうさまー……」

 

 声に振り向くと、シエルが眠そうに目を擦っていた。そこまで話していたようには思えなかったが、どうやら夜も遅くなってきたようだ。

 

「シエルちゃんはもうおねむなんですねぇ、こんな酒臭いところじゃなくて離れに行きましょうか」

「ああ、二人とも寝るか、俺も行く」

 

 ヴァレリィにも声を掛けようかと思ったが、ガドの嬉しそうな顔を見ると引き離すのは憚られた。

 

「くふふ、じゃあ白閃さん。明日のギルドでお会いしましょう」

 

 去り際、ティルシアが手を振って見送ってきたので。俺は手を上げて挨拶を返した。

 

「ああ、また明日」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐2

――不死系討伐

 以前盗賊団が根城としていた洞窟でアンデッドが発生している。現状、対応に急を要する事態にはなっていないが、教皇庁の巡回者がこの町を訪れているため、事態が深刻になる前に討伐を行う事となった。なお、今回の討伐はギルド支部長の信任を得た者に限定する。

 報酬:金貨一〇〇〇枚。

 

 職員から手渡された依頼書には、そんな事が書いてあった。

 

「まさか白閃様がまたタイミングよく訪れてくれるとは、助かります」

 

 手渡した職員が深々と頭を下げたので、俺も軽く頭を下げて、仲間たちのいるテーブルへ向かう。

 

「あー、やっぱりアンデッド発生しちゃいましたねぇ」

 

 キサラが依頼書を覗き込みながらそんな事を言う。

 

 アンデッドは、多数の生物が死んだ場所で発生する魔物の総称だ。その意味では、盗賊団殲滅で多くの血が流れたあの場所で、アンデッドが発生するのは当然ともいえるだろう。発生の原理は無念の死を遂げた人間が云々のような事がまことしやかに話されているが、実際の所はよく分かっていない。

 

 ヴァレリィに聞けば、長い蘊蓄と共に色々と聞けそうだが、彼はガドの家に置いて来ていた。アンデッド程度では、広範囲魔法の世話になるとは思えなかったし、なるべくガドと一緒に居て欲しかった。

 

 彼自身はどう接していいか分からない様子だったが、ガドはあからさまに嬉しそうだったので、ヴァレリィには悪いとは思いつつ、半強制的に孫の役割をしてもらう事にしている。

 

「大丈夫ですかぁ? お兄さん、お化けが怖くて戦えないとかやめてくださいよぉ?」

「ああ」

 

 キサラの物言いは適当に流して、教皇庁からの巡回者――ティルシアの姿を探す。ギルド支部で会う。という約束を昨日したので、恐らくここに居るはずなのだが。

 

「おや、君達の方が先に付いているとはね、待たせちゃったかな?」

 

 声がした方を向くと、すぐ近くにティルシアが立っていた。どうやらついさっき到着したところらしい。

 

「ああ、今依頼書を受け取ったところだ。待ってはいないから安心してくれ」

「それは良かった……ところで、昨日と比べて一人少ないけど」

 

 彼女は椅子に腰かけ、キサラとシエルを一瞥した後、ヴァレリィがいないことに気付く。

 

「ああ、あいつはガドと一緒にいる」

「なるほどね、そうなると二人でやらなきゃいけないのかぁ」

「ちょっとちょっと、ワタシこう見えても金等級なんですけど?」

 

 侮られたことを察して、キサラが頬を膨らませる。シエルは話の内容をいまいち理解できていないようだったが、キサラの言葉で意図を察し、彼女に続いて不機嫌そうに唸った。

 

「えぇ……嘘でしょ?」

「いや、本当だ。キサラは金等級だし、シエルは登録をしていないが、肉体の強度で言えば、俺よりもずっと強靭だ」

 

 疑いの目を向けるティルシアに、俺はそう言ってキサラたちのフォローをする。シエルに関しては、流石に部外者へ正体を明かすのは、リスクがあるので詳しくは話せないが。

 

「うーん、白金等級の君が言うならそうなんだろうけど、自分の身くらいは自分で守ってよね」

 

 彼女は信用しきれないという雰囲気だったが、一枚の地図を取り出す。それをテーブルに広げると、彼女は白墨で丸をいくつか打った。

 

「ま、作戦会議はじめよっか、それで、今丸を打った場所が入り口だね」

 

 地図を見ると、確かに盗賊団が根城にしていた場所が正確に地図に起こされていた。どうやら殲滅任務が終わった後、腐肉漁りを調査するために冒険者ギルドが地図を作成していたらしい。

 

 内部構造まで書かれた精密な地図をもとに、経路の説明をするティルシアの話を、俺達は真剣に聞いていく。

 

 

――

 

 

「じゃあ、決行は明日の午前中。日中ならアンデッドの活動も弱いからね」

 

 作戦会議はティルシアのそんな言葉で幕を下ろした。

 

 キサラはガドの家へ向かい、アンデッドへの特攻を持つナイフを作ってもらえないかの交渉をするらしい。

 

「とうさま、何処に行くの?」

「騎士団詰所までな」

 

 シエルの問いかけに、俺は答える。

 

「ここまでアンデッドが押し寄せてくることは、普通は無いと思いますけど、村の防備は考えておく必要あるんですよね」

 

 ティルシアが俺の言葉を引き継いで続ける。彼女も騎士団へ聖水の納品があるため、同行していた。

 

 武器にアンデッド特攻を付与するには、三つの方法がある。ガドが今しているが、武器を作る際に聖水を使用する方法がまず一つ、聖職者専用の支援魔法が二つ目、そして武器に聖水を掛ける方法が三つ目となる。

 

 それぞれにメリットとデメリットがあるが、聖水を掛ける方法は、既存の武器を使える代わりに、効果時間が少なく、聖水のコストもかさむという特徴がある。なので、平常時にはアンデッドの相手をしない集団が、アンデッドと戦わなくてはならない時に使用している。

 

「何用だ」

「明日、盗賊団の根城跡に発生したアンデッドの討伐に向かう。町の周囲に影響が出るかもしれないから、その報告と聖水の納品だ」

 

 不愛想な衛兵に淡々と事実を告げて、俺達は詰所の中に入る。内部は以前来た時よりも幾分か整理されており、簡素ながら受付用のカウンターまで作られていた。

 

 カウンターで手続きを終えると、聖水の受け渡しが行われ、処理は順調に終わった。実質的に、万が一に備えてくれと伝えただけの申請だったので、まあこのくらいの軽さで終わってくれた方が、こちらとしてもやりやすい。

 

「さて、じゃあボクは――」

「白閃!」

 

 今日は何か料理を買って帰ろうかと思った時、騎士の一人が声を掛けてきた。

 

「アレンか」

「あ……ひさし、ぶりです」

 

 シエルは俺の陰に隠れるが、軽く背中を押してやると、様子を窺うように身を傾けた。そう言えば、アレンに対する印象は最初に決闘した時の印象しか無いはずだったな。

 

「こっちに来ていたのか、知らせてくれれば会いに行ったのに」

「無理に付き合う必要はないぞ、仕事も忙しいだろう」

「ああ、いや、今日くらいなら早めに帰れる。ガドの家に泊まっているんだろ? 今晩飲まないか?」

「……遅くならないならな」

 

 アレンは、最初にあった時とは全く違った様子で、人懐っこい笑みを浮かべて俺の手を握った後、鍛錬に戻っていった。どうやら、俺が居なくなった後も努力し続けているらしい。

 

「とうさま……」

「アレンとはもう仲良くなったんだ。安心していい」

 

 シエルにそう言って、頭を撫でる。彼女は安心したように目を細めると、くすりと笑った。

 

 俺はそのまま詰め所を後にする。夕飯はどうしようか、流石にガドの家にある保存食中心の食事は、昨日だけで十分だった。

 

 自然と足が市場に向かい始めた時、ティルシアが付いてきていることに気付いた。どうやら今日も夕飯を共にするつもりらしい。

 

「しかし、君は顔が広いね、さすが白金等級」

「仕事上の交友はどうしても増えるからな」

 

 市場で食料を物色していると、ティルシアが誉めているのか事実の指摘なのか分からない事を言った。それは事実であり、謙遜するような事でもないので、俺は否定しなかった。

 

 白金等級にまでなると、依頼で関わる人間は少なくない。少し前までソロをメインに活動していたとはいえ、完全な一人で行う依頼はかなり少なかった。それこそ、単純な討伐依頼でも武具屋だとか、自警団や騎士団と筋を通したり交渉する機会は多い。

 

「へぇ、じゃあ人間じゃないこの子を連れてるのもそういう関係?」

 

 ティルシアの表情は変わらず、半分閉じた気だるげな視線がじっとこちらを見つめている。だが、その眼の奥には確かな知性の光があった。

 

「ああ、そうなるな」

 

 さりげなく、シエルを俺の陰に押し込んで、店から新鮮な食糧を買う。収穫期に差し掛かっているだけあって、様々な食材が安価で売られている。

 

「ああ、警戒しないでほしいな、僕は見た目通り、そこまで熱心な聖職者じゃないからさ」

 

 イクス王国、エルキ共和国、アバル帝国、オース皇国、人類の暮らしている四大国家すべてに、多数の信者を擁する教会。その役割は人類の発展と保護を目指すもので、その目的上、魔物に対して敵対する立場をとっている。

 

 熱心な聖職者じゃない。というのは、魔物がいようと気にしないという意味だろう。

 

「何が目的だ?」

 

 必要であれば、ガドの家まで走りそのまま町を後にしてもいい。教会に敵対することになろうと、俺はシエルを守り抜くつもりだ。最悪でも冒険者ギルドの庇護さえあれば、教会権力が大っぴらに彼女を襲う事もないはずだ。

 

「……くふ」

 

 シエルが剣呑な雰囲気を察して俺の裾を掴んだところで、ティルシアは薄い唇から息を漏らした。

 

「別に何をするつもりもないよ。ボクはただ、君達が一緒にいる理由が気になっただけさ」

 

 彼女は肩をすくめておどけて見せる。しかし、その動きがどこまで本心か分からなかった。

 

「それに、君は腕が立つ。面と向かって敵対するような事を言うと思うかい? 考え過ぎだよ。ボクの狙いは君たちの夕飯にご相伴するにはどうすればいいか、それだけさ」

 

 俺の警戒をよそに、ティルシアは「あ、できれば辛いものは止めてね」と付け足して鼻歌を歌い始めた。

 

「とうさま?」

 

 彼女は信用できるのか、信用に足る人物なのか、判断材料は少ないが警戒しなければならない。果物を物色しているティルシアから目を離さず、俺はシエルの肩に手を置いて、彼女を安心させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐3

 夕飯はボクの要望を聞いてくれたようで、濃厚なルーを使ったクリームシチューだった。秋の野菜と鶏肉を煮込んだそれは、今日みたいに冷える夜には丁度いい。

 

 シチューを口に運びながら、夕方の市場で交わした会話を思い出す。彼は、魔物の擬態だと分かったうえでシエルという子供と一緒にいる。

 

――魔物は不倶戴天の敵。

 

 ボクが魔物の子供を匿って育てていた時、教会の師匠(せんせい)が言っていた言葉だ。どれほど無害に見えようと、いつか必ず牙を剥き、我々人間を脅かす。彼らをかばうのは、聖職者として、してはいけないことだと。

 

――「かえして、かえしてよ」

 

 そして、小さな狼の姿をした魔物は、敬虔な信徒だった両親に連れ去られてしまった。その場で殺さなかったのは、引き離され、泣きじゃくるボクへの優しさだったんだろうか。

 

 それにしても、この子は一体どんな魔物なのだろう。人間に擬態し、違和感の無いように振る舞える魔物なんて、そうそういるものではない。

 

 白金等級の冒険者が連れているのだから、間違いなく強力な魔物であることは疑いようもない。しかし、シエルの姿をいくら観察しても、それが何なのか見当もつかない。

 

「どうしたの?」

「いえいえ、可愛いなあと思いまして」

 

 気付かれないように注意していたが、どうやら考えに耽り過ぎたようだ。ボクは曖昧な笑みを顔に張りつけて手を振った。

 

 うーん、正体は……まあ気にするだけ無駄かな。分かったところでどうしようもないし。

 

「ティルシアさん!」

「ぅおうっ!?」

 

 とりあえず、仕事をこなしてさっさと次の町に行ってしまおう。そう思っていたら、ガドの息子さん――ヴァレリィが肩をがっしりとつかんだ。

 

「そうですよね! シエルちゃんかわいいんですよね! いやあ最高だなあ、僕と同じ感性を持ってる人がいるなんて! 素晴らしいですよね、銀色に輝く髪に深紅の瞳! そして真珠のように白い肌! 明らかに人間を超越しているような美しさですよね!」

「え、あ、うん」

 

 昼間に見た理知的な姿とは打って変わって、早口で余裕なくまくしたてる姿に困惑し、毒気を抜かれてしまった。いったい彼の何がそうさせるのだろうか。

 

「ヴァレリィ、うるさい」

「えぇー、そんなぁ、シエルちゃんの可愛さを共有していただけなのにぃ」

 

 くねくねとシエルに向かって媚を売る姿に、ひそかに深い息を吐く。彼に対するスマートで油断ならない男というイメージは、ボクの中で完全に壊れてしまった。

 

「ヴァレリィ。食事をしている時くらいは大人しくしろ」

「そうですよぉ、特に今日はシチューなんですから」

「がっはっは、まあいいじゃねえか」

 

 二人がヴァレリィを嗜めて、ガドが彼をかばう。人と人との暖かなつながりを感じて、私は思わず口元を緩めていた。

 

 

――

 

 

「っ……はぁ……」

 

 水滴が落ちる音が聞こえ、ボクはベッドから飛び起きる。

 

 ああ、またか。夢を見るのなら、もっとしあわせな夢を見ていたかった。それだけこの記憶が自分の脳裏に染み付いているという訳か。夕食の暖かな空気に浸かっていたのに、いきなり冷や水を浴びせられた気分だ。

 

 外は暗く、作戦開始までは時間がありそうだった。それでもまた眠りに落ちるのは恐怖が勝る。ボクは仕方なく、ベッドから降りた。

 

 ガドとヴァレリィは離れの方で眠っている。白閃は町の方で宿を取るらしい。そういうわけで、こちらの小屋では女性がまとまって眠っている。隣では、キサラとシエルが寝息を立てていた。ボクは彼女たちに気付かれないよう、静かに小屋の外へ出た。

 

 露で湿った地面と、木々の隙間から見える輪郭の曖昧な月は、息苦しさすら感じる淀み、湿気た空気と共に、ボクの身体をつつむ。裾を濡らしながら少し歩くと、眼鏡をかけた魔導士――ヴァレリィが切り株に腰掛けていた。

 

「……おや、貴女も眠れませんか?」

 

 彼は何をするわけでもなく月を見上げていたが、ボクに気付くと、にこりと笑って声を掛けてきた。

 

「くふ、まあそんなところですよ」

 

 眠れない、というのと寝るのが怖い。というのは、大体同じで厳密には違う。だけど、ボクは無理に訂正をしなかった。なにも、彼に本心を話す必要はない。

 

「明日のアンデッド退治は、今までで一番大きくなりそうでしてね、少し緊張しているという訳ですよ」

 

 適当にそれらしい言葉を使ってごまかすと、ヴァレリィは「そうですか」とだけ返して笑った。

 

 事実、明日の討伐は今までにない規模だ。ボクが今までやったのは、せいぜい墓地に現れたアンデッドを数匹駆除するくらいだったし、その時はアンデッドも最下級の存在しか現れていなかった。緊張しないという方が不自然だろう。

 

「そうですか、僕は祖父との話を思い出していましてね」

 

 ガドとの話……彼は妻と息子に逃げられたというのは聞いていた、それに関係する話だろうか。

 

「祖父は非常に喜んでいましたが、正直なところ、僕にはまだピンとこないところがありましてね。どんな顔で接すればいいのか、分からないんですよ」

 

 困ったように笑うヴァレリィに、ボクは愛想笑いを返す。愛情をもって接してくれる相手なら、自分もそう返すほかないだろうに、何を戸惑っているのだろうか。

 

「ティルシアさんはご両親との関係は?」

「ふへへ、聞きたいですか?」

 

 相手が頷くのを確認して、ボクは言葉を続ける。

 

「最悪ですよ、早く死ねばいいのに、あいつら」

 

 言葉の調子を崩さずに、どれほどあいつらが最低かを丁寧に伝える。ヴァレリィは唖然としていたが、徐々に内容を理解し始めると、表情が徐々に曇り始めた。

 

「ボクが何か気に食わないことをするとですね、叩いたり地下室に閉じ込めたりするんですよ、魔法灯もなく、じめじめして虫の這い回るような場所に」

 

 身を焦がすような憎しみは無い。それはもう既に通り過ぎた。今あるのは焦げ付いて取れなくなった殺意と恐怖心だけ。

 

「昼間なら、隙間から差し込む光で周囲を見れましたけど、問題は夜中ですよね。平気で丸一日閉じ込められたりもしましたから、月明かりでうっすらとしか輪郭が見えない場所で、どこかから定期的に聞こえてくる水滴の垂れる音、そういうものが、両親の記憶」

 

――だから、無条件に好いてくれる親族がいるヴァレリィは恵まれている。

 

 そこまで言ったらさすがに身勝手かと思って、ボクは言葉を切る。

 

「……ま、こんなクソみたいな両親もいるって事だよね。ヴァレリィがどうするかは知らないけど、納得するまで悩むといいよ」

 

 ボクはそう言って、シエルたちのいる小屋へ戻る事にする。食事の時に感じた暖かさは、もう既に思い出せないほど冷え切っていた。

 

 

――

 

 

 蒸留酒を傾けると、涼しげな音を立てて、氷が転がる。

 

「君には本当に感謝しているんだ」

 

 アレンも、俺に倣って口を湿らせてから語り始める。

 

「君が大事なことを教えてくれたから、騎士団でも認めてもらうことができた」

「そうか」

 

 そう言われても、俺は何もしていない。彼が自分で学習して、自分で努力したのだ。だが、それを伝えたところで、彼は素直に受け取らないだろう。

 

「今は部隊長になるための研修中だ。鍛冶の神が作った槍を欲しがっていた一兵卒と比べれば、今の姿は全然違う」

 

 この町の酒は、昔から馴染みがあるだけに、俺の舌によく合う。それと同時に、俺自身の未熟な過去が思い出される。

 

 きっと、誰でも未熟な頃はあった。それから抜け出すのは、きっかけが必要だ。彼にとってそれが、俺だったという事だろう。

 

「それより、明日の防衛は頼むぞ、アンデッドが襲ってこない可能性の方が高いが、念には念をだ」

「ああ、勿論。この町の住民は誰一人として傷つけさせない」

 

 俺はそれを聞いて安心する。カウンターに立てかけてある穂先に鞘のついた槍は、以前と変わらない輝きを放っていた。

 

「ところで――聞きたいんだが、君は一体どうしてそこまで強くなれたんだ?」

 

 酒を飲む速度が上がってきて、アレンは少し顔が赤くなりながら問いかけてきた。

 

 俺はその言葉を聞いて、鼻で笑う。

 

「俺が強い、か……」

 

 俺は、シエルの母親を助けることができなかったし、シエルが助けてくれなければ、あの決闘で傭兵に負けて死んでいた。シナトベも、きっと俺一人では倒すことができなかっただろう。

 

 全ては、仲間がいたから、土壇場で助けてくれる人がいたからだ。それに気づいたのは――

 

「強いかどうかはともかく、昔話でもするか」

 

 そこまで考えて、俺は頭を振った。酒を飲み過ぎると、どうにも感傷的になっていけない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐4

 作戦としては、シエルとキサラが後方に待機し、アンデッドが町の方へ行かないよう守備に回る。彼女たちにはティルシアから聖水が渡されており、アンデッド特攻を常に発揮できるようにしている。

 

 ヴァレリィは俺達の予定通り、ガドと一緒にいる。何か話したいことがあるのだろう。彼自身からの申し出があったので、特に何も追求せずに承諾した。

 

「じゃ、よろしくお願いしますねぇ」

「ああ」

 

 俺の隣で、ティルシアが曖昧な笑みを浮かべた。彼女は相変わらず猫背で、不健康そうな顔色をしているが、調子は悪くないらしい。

 

 俺はティルシアと討伐に専念する。キサラたち二人と騎士団による守備で、それができるという訳だ。

 

 俺は両手剣の鞘代わりになっているバンデージの留め金を弾いた。青い燐光を微かに纏った刀身が露わになり、その表面に施された波紋状の酸化被膜が陽の光を浴びて自己主張をする。

 

「へえ、不思議な加工だね」

「まあな」

 

 イクス王国の最新技術です。と説明するには些か面倒事が多かった。今は依頼に集中したほうが良いだろう。俺は周囲を警戒しつつ洞窟へと向かう。

 

 アンデッドは自然発生的に出現する魔物だが、ここまで大規模だと彼らを取りまとめる強力な個体がいてもおかしくはない。俺とティルシアは、それを討伐することを主目標に魔物を倒していくつもりだった。

 

 洞窟の入り口近くまで来ると、死臭が辺りを包んでおり、俺は外套で口を覆う。入り口の周囲には骸骨戦士(スケルトンウォーリア)や、壊死百足(ネクロピード)が這い回っていた。

 

 死体が直接、不死系魔物になる事は少ないが、不死系魔物が発生する時は、何故かそこで死んだ個体と同じ種族で発生することが多い。

 

 原因や原理は分かっていないが、これを見ると、この世に未練のある魂が云々みたいな話を、信じてしまいそうになる。

 

「さて、始めるか」

「はいはーい」

 

 両手剣をティルシアの前にかざすと、彼女は刀身に手を添えて呼吸を整える。

 

「狩魔付与(エンチャント・エクソシズム)」

 

 ティルシアの魔法が両手剣に流れると、白い光が青い燐光をかき消した。魔法による付与効果は抜群だった。

 

「カカッ」

 

 その光に反応して壊死百足がこちらを向く。俺は無造作に地面を蹴り、頭から真っすぐ両断する。

 

 死臭すら切り裂くような光と共に、魔物の身体を切ると、それは腐汁をまき散らして動かなくなる。凄まじい悪臭だが、白く輝く刀身に触れると、それは白煙を上げて浄化されていく。

 

「ギシッ、カコッ、コッ」

 

 不死系魔物は、声を上げることはない。骨格のみとなった身体から、骨や甲殻がぶつかる音のみが不気味に聞こえる。普通の生物や、魔物とは根本的に違う為、不意打ちに気を付ける必要があった。

 

「いや、すごいね、さすが白金等級」

 

 入り口あたりにたむろしていた不死系魔物を、粗方討伐し終えた段階で、少し後方に控えていたティルシアが追いついた。

 

「並のアンデッドじゃ相手にならなそうだ」

「いや、狩魔付与が無ければ俺もここまで戦えない」

 

 不死系魔物は、胴体が千切れようと行動する。それは生命力が強いというよりも、既に死んでいるから痛覚もなく「これ以上死ねない」と言うのが正しい。

 

 通常の武器ではもうまともに動けない状態にまで、身体を損傷させることでなんとか討伐しているが、不死系への特攻を付与出来ていれば話は変わる。

 

 特攻状態の武器で切られた不死系魔物は、通常の魔物と同じように戦うことができる。腕を切り落とせばそう時間を隔てずに動かなくなり、頭を潰せば死ぬ。

 

 特に今は魔力伝導率の高い、神銀製の武器を装備している。たとえかすり傷であろうと、不死系魔物にとっては致命的な攻撃となるだろう。

 

「なんにせよ、付与が途切れないように頼む。洞窟内では離れすぎるな」

「りょー……ふへへ、今回の討伐は楽で助かりますな」

 

 油断だけはしないよう、ティルシアに声を掛けて、俺達は洞窟の内部へと入っていく。前回来た時点で把握していたが、内部は思う存分武器を振り回せる広さはない。部屋の中はそれなりに広かったが、通路で挟撃されると咄嗟の反応が遅れることもある。俺一人なら何とかなるが、今はティルシアがいる。警戒はしておくに越した事は無いだろう。

 

 

――

 

 

 僕個人の事情で旅を後戻りして、そのうえ今日に至っては僕の事情で依頼に同行していない。なんとも自分勝手なことをしている。そういう自覚はあった。

 

「おう、起きてきたか。小僧たちと一緒じゃないんだな」

 

 朝早くから鍛冶場で鉄を打つ祖父――ガドは、僕を見つけると髭を揺らして目を細める。

 

「ええ……少し話したいことがありまして」

 

 そう言って、僕は手直な椅子に腰かける。ガドの嬉しそうな表情にまた心が軋むのを感じた。

 

「なんだ、かしこまって、ここ二日くらいで色々話しただろ、まだあるのか?」

 

 不思議そうな表情をしつつも、彼は手を止めずに赤熱した鉄を冷水に浸す。作業が一区切りしたのを確認して、僕は改めて呼吸を整えた。

 

「正直に話すと……僕は、貴方を祖父だとは思えない」

 

 それが今まで話して――今朝ようやくまとまった結論だった。

 

「すまないと思っているし、僕自身、冷たい奴だとは思う。でも、初対面の人間を指して『おじいちゃんだから仲良くしましょう』なんて思えないのが正直なところなんだ」

 

 父が言っていた「会わずにそう思うのと、実際会って思うのは違う」という言葉が思い出される。なぜあんな事を言ったのだろう。会っても会わなくても、僕は祖父の評価を変えなかった。むしろ、わざわざ迷惑をかけた白閃たちに、迷惑をかけただけかもしれない。

 

 僕自身も、彼を面と向かって拒絶しなければならないという事で、申し訳なく思っている。祖父も、孫からこんな事を言われるのは嫌だろう。こんな事ならば、会わずにそのままでいた方がよかった。

 

「へっ」

 

 一晩悩み抜いた結果の答えを、祖父はあろうことか鼻で笑った。

 

「俺だって『孫が訪ねてきたからもてなさなきゃならねえ』なんて思ってねえよ。そもそも、出てった女房と息子ならまだしも、お前とは初対面だろうが」

「え……?」

 

 僕はその言葉に耳を疑う。彼は僕が孫だと言った時、確かに喜んでいた。その延長線上で僕に接しているんだと思っていたが、そうではないのか?

 

「確かに、孫が訪ねてきたと知った時は嬉しかったがな。俺がお前をかまう理由はそんなんじゃねえ、心意気――姿勢よ、魂と言ってもいい」

 

 祖父は、自分の右胸を親指で指差して、僕をまっすぐと見た。

 

「一度決めたら一筋、手前の仕事を一意専心で取り組む。俺も、お前の親父も、お前も、それを持ってるだろうが。血のつながりなんて動物にもある。それより強いのは魂よ」

 

 そう言われて思い当たる。僕がシエルちゃんを観察している時、ティルシアさんに彼女の美しさを説いている時、彼は僕を諫めなかった。

 

「……あの小僧も、お前と――いや『俺達』とおんなじ物を持ってる。だから武器を作ってやった」

 

 祖父は髭を更に膨らませて、その下にある頑丈そうな歯を見せる。僕はその表情を見て、何か言葉にできないあやふやなものが、あやふやなまま心の中で形作られたのを感じた。

 

「人間関係だとか、血のつながりだとか、もっともらしく考えてんじゃねえよ、俺達にそれはどうでもいい事だろ?」

 

 そうか、そういう事なんだ。僕はようやく理解できた。

 

「はぁ、暑苦しい……」

「お?」

 

 僕は頭を掻いて、もう一度目の前にいる男、ガドを正面から見返した。

 

「そうですね、貴方は鍛冶、僕は魔物研究、打ち込むものは違っても、そこにある心は違わない。祖父だとか孫だとか、そういうこと以前に共感する部分がある」

 

 父さんも、きっと父と子供として接していたから、ガドとそりが合わなかったんだと思う。会う前に相手はどんな存在か、それを決めつけて会ってしまうのは、視野が狭くなってしまう。きっと父さんが言った意図と違う形だろうけれど、僕は直接会ってその人との関係性を決めることの大事さを学んだのだった。

 

 

――

 

 

 狩魔付与を切らさずに戦う事は、意外と難しい。

 

 魔力の消費量が多い事もさることながら、更新時には集中と同時に武器に手をかざす必要がある。そのため、効果が切れるより前に魔物の来ない場所を作る必要があった。

 

「ふぅ……」

 

 狩魔付与のおかげで、不死系特有の悪臭はかなり抑えられているものの、通常の魔物とは違う手応えに、俺の体力は確実に削られていた。

 

「ねえ、そろそろ切れそうだからここで更新しようよ」

「ああ」

 

 足元の腐乱死体を跨いで、俺はティルシアに両手剣を差し出す。

 

「いや、君には驚かされるね」

 

 付与の掛け直しが終わったところで、ティルシアが声を漏らす。

 

「白金等級との仕事だから、期待してなかったわけじゃないけどさ、まさか付与魔法以外何も使わなくて済むとは思わなかったじゃん」

「元々、一人で戦っていたからな」

 

 彼女の言葉に応えて、俺は両手剣を構えなおす。

 

「え、ちょっとまってよ、そろそろ疲れてない? 回復魔法を――」

「不要だ。疲労を取るためだけの回復は必要ない」

 

 回復魔法は傷を治すだけではなく、疲労を回復させる効果もある。だが、それは疲労をなかったことにするのと同義で、それに頼り続ければ回復が前提の体力になってしまう。それはつまり、回復役がいなければ長期戦闘ができなくなるのと同義だった。

 

「いや、でも……」

 

 ティルシアが何か言いかけるが、それは襲い来る不死系魔物の不気味な音にかき消されてしまう。俺は彼女に危害が及ばないよう、両手剣で骸骨の身体を両断する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐5

 両手剣を存分に振れるよう、少し開けた場所に陣取ったのは失敗だった。

 

 通常、生物の肉体を攻撃する場合は「手応え」が帰ってくるのが当然であり、竜種などのように鱗が硬ければ固い感触が返ってくるし、スライムなどの不定形魔物のように、柔らかすぎる相手からは手応えがほとんど感じられない。

 

 今回の不死系魔物は、腐敗した甲殻や、乾いた骨相手に剣を振るようなもので、ほとんどの手応えが返ってこない。

 

「っ……はぁっ」

 

 硬いものを切る場合と柔らかいものを切る場合、疲労の蓄積具合で言えば、圧倒的に柔らかいものを切る場合の方が体力を削られる。

 

 硬い相手は勢いと重量を乗せて斬ればいいが、柔らかいものは勢いと重量が「余る」のだ。それを支えるために、必要以上の体力を持っていかれる。壁が近くにあれば、そこに打ち付けて余った威力を逃がす事もできたが、狭い通路では思うように両手剣を振るえない。俺は対応力の低下を嫌って、基本的に開けた場所で戦うようにしていた。

 

 それでも、この体力消費は想定外だった。特に不定形や不死系相手の戦いは、最近はスクロール任せか銀等級以下の依頼がほとんどだったので、この感覚を忘れていた。鍛錬の不足に俺は奥歯を食いしばった。

 

「ねえ、ねえってば!」

 

 目に見える範囲の百足や骸骨を倒し終え、額ににじんだ汗をぬぐうと、ティルシアが声を掛けてきた。

 

「……どうした?」

 

 静かに息を整えて向き直ると、彼女は俺をしっかりと指差して、言葉を続ける。

 

「疲労困憊じゃん、そろそろボクにも戦わせてよ」

「いや、しかし――」

「回復を拒否するならせめて休憩を挟んで」

 

 そう言われてしまっては、俺は従うしかない。そもそも俺のわがままで回復を拒否しているのだから、ティルシアの言う事にも、ある程度の譲歩をしなければ。

 

「分かった。頼む」

 

 俺は抜身の両手剣を肩の留め金にかけて、深く息を吐く、両手の負荷が無くなると、想像以上に強張った前腕に思わず苦笑が漏れる。

 

「――」

 

 先程までの軽薄な雰囲気から変わって、ティルシアは静かに口を動かし、詠唱を始める。

 

 その詠唱の意味を、俺は知らない。

 

 なぜかと言うと、冒険者の詠唱は「自分が放つ魔法の威力が高いと信じるため」に唱えているが、教会や学院学府の持つ独自の詠唱は「みんなが唱えている魔法は威力が高いと信じるため」に唱えている。

 

 その為には、教会の成立時点から一字一句同じ詠唱を行う必要があり、必然的に古代語をその通りに発音する必要があるのだ。

 

 たしか、そのことをヴァレリィが話していた。根本的には同じものの、独自の理論で構成された詠唱と区別する目的で、体系づけられた魔法詠唱を伴うものを魔術(クラフト)と呼ぶらしい。

 

 これは冒険者の物と違い、高威力になる代償に、威力の調節や効果の応用が難しくなるデメリットがある。だからそれを踏まえてヴァレリィは、独自詠唱とイクス王国伝統詠唱を使い分けているとのことだった。

 

 詠唱が続く間、静かなティルシアの声に紛れて、不死系魔物特有の物音が近づいて来る。音の雰囲気からしてかなりの数がこちらへ向かっているようだ。俺はもし襲ってきても対応できるよう背に掛けた両手剣の柄を握りしめる。

 

「――」

 

 壊死百足の大顎が道の角から顔を出し、続いて骸骨や緑色の肌をして崩れかかった死体がゆっくりと近づいて来る。しかしティルシアは変わらず詠唱を続けている。何を唱えるつもりだ?

 

 不審に思いつつ、俺は両手剣を構えて不死系魔物が近づかないようにする。牽制を行いたかったが、既に生きていない存在に牽制は無意味だった。

 

 緩慢な動きだが、悪臭と粘着質な体液が溢れる見た目は、実際の距離感以上に嫌悪感を催させる。

 

「不死反転(ターンアンデッド)」

「っ!?」

 

 俺が両手剣を振り上げるのと、魔法が発動するのはほぼ同時で、俺の目は鋭い閃光に焼かれ、視界が消失した。

 

「どう? ボクの魔法……って、あ、ごめん」

「いや、構わない」

 

――不死反転

 

 教会が使用する魔法のうち、範囲と効果が最も高いのが不死反転だ。これは不死系魔物にのみ効果がある魔法で、限定的な効果で負担を減らしているものの、消費する魔力と詠唱時間はかなりの負担になっている。

 

「まさか最初から不死反転なんて大規模魔法を使われるとは思わなかった」

 

 徐々に視力が回復していくと、周囲には塵の山がいくつもできていた。この魔法は一定範囲内の不死系魔物を浄化し、塵に変えるというもので、不死系魔物に対しては絶対的な効果となっている。

 

「くふふ、アンデッド相手にしか効果がないんだから、威力が高いのを最初から使うのは当然でしょ?」

「あ、おいっ」

 

 唇の隙間から息を漏らすように笑うと、彼女は無警戒に開けた場所から通路へと向かっていく。

 

 死角に魔物が待ち伏せしている可能性がある。俺は慌てて彼女を庇うように飛びだすが、その先の光景で彼女が無警戒だった理由を察した。

 

「ん、どうしたの?」

 

 通路には、さっきまで居た場所と同じく、いくつもの塵の山が出来上がっており、周囲に動くものは一切なかった。

 

「……気を付けろ、普通の魔物がいる事もある。それに消費も大きいだろう。使いすぎるのは注意しろ」

 

 少し気まずく感じて、俺はそう言って警戒態勢を解く。

 

「ふふっ、大丈夫大丈夫、不死反転は壁も貫通するんだから。この規模なら……そうだね、ボクがあと三回も唱えたら完全に浄化できるんじゃないかな?」

 

 俺の姿を見てティルシアはまた笑い、自慢げにそう言った。

 

「とはいえ、三回も唱えられる魔力を持っていないから魔力消費には注意するよ、だから君もちゃんと頑張って数を減らしてね」

 

 俺はその言葉に返事をすると、不死系魔物がさらに潜んでいる奥へと足を進めていくことにした。

 

 

――

 

 

 ある程度の雑魚狩りを行い、魔物が集まってきたところでティルシアが不死反転を唱える。周囲から不死系魔物特有の気配が消えたのは、それを二回ほど繰り返した後だった。

 

「はぁ、まあ何とか終わったね、ボクちょっと疲れちゃったよ」

「油断するなよ、不死系ではない魔物がいるかもしれない」

 

 不死系魔物の大量発生は、大概の場合一部の不死系ではない魔物も紛れている。大規模発生時に聖職者のみで依頼に赴かないのは、彼らのみだと対応できない魔物がいるからだ。

 

「くふ、大丈夫でしょ、今まで全然出てこなかったし、後は見回りをして終わりだよ」

 

 しかし、ティルシアは気の抜けた声で答えて、無警戒に道を歩く。後先考えずに大規模魔法を放つ戦い方や、身のこなしから、大規模な討伐作戦に参加した事は、どうやら無いようだと俺は判断した。

 

 ある程度長丁場になる戦いを経験した冒険者や似たような仕事をする人間は、最初から魔力全開で戦う事は基本的にしない。

 

 それは単純にリソースの消費を最初からガンガン行ってしまえば息切れするという事もあるし、初手から自分の最大火力を開示するのは、相手に知能の高い個体がいた場合、警戒させてしまう事になる。

 

 彼我の戦力差を見せつけるという意図があれば一概に悪手とも言えないが、それはハッタリが必要な局面であったり、その消費したリソースを回復できる見込みがある場合だけだ。

 

「まあ呆気なかったよね、数は多くても所詮はアンデッド、ボクら人間の狩魔魔法には――」

 

 自慢げに彼女が話す後ろで、骨と水晶を合わせて作られたような、奇妙な杖が振り上げられた。

 

「っ!」

 

 無警戒の状態では、不意打ちに対応できる筈もない。俺は手を伸ばし、彼女の服を掴んで引き寄せ、骨の杖に背を向ける。

 

「ぐっ!?」

 

 それと同時に肩口に衝撃を受け、思わず声が漏れる。急所は外したが、この感触は肩に力が入らなくなるかもしれないと、俺は経験から悟った。

 

 ティルシアを抱えたまま三歩ほど跳び、彼女を解放する。

 

「な、何……?」

「だから、言っただろ、警戒を怠るなと」

 

 痛みよりも痺れの方が強い。どうやら俺の経験則は間違っていないらしい。彼女にも見えるように身体をずらしつつ、襲撃者へ向き直る。

 

「ロロロゥ、ウロロロロロゥ」

 

 笛のような声と、頭から被った腐敗色の外套、そして醜悪な緑色の肌、骨と水晶で自作した杖は魔法の触媒としての役割があり、それは不死系魔物を操るために使われている。

 

「不死操者(ネクロパペッター)だ」

 

 予備のナイフを懐から抜いて、俺は目の前にいる魔物の名前を呼んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐6

――不死操者

 

 不死系魔物の大量発生時には、警戒しなければいけない金等級の魔物で、姿は人型をしており、小鬼や大鬼と同じように異常な体格と緑色の肌で人間と明確に差異がある。

 

 不死操者自身は不死系ではなく、通常の魔物に分類されており、理性の存在しない不死系魔物を統率することで活動している。

 

「ちょ、ちょっと待って! 今回復を――」

「無駄だ。不死操者の杖には回復阻害の付与が掛かっている」

 

 傷を負ったのが左肩で良かった。利き腕を潰されては俺一人はともかく、ティルシアを庇いながらの戦いは不利すぎる。

 

「ウロロロゥッ!!」

 

 声と共に、不死操者が杖を振ると、新しく壊死百足が三体現れる。こいつが金等級に分類されているのは、不死系魔物を大量に生み出す特性からだった。

 

「雑魚の処理は頼んだ。俺は親玉を狙う」

「っ……わかった。ボクが召喚を抑えるからその間に倒して」

 

 力が入らない左肩を庇うように立ち、ナイフを構える。

 

「――浄刹顕現(プロテクション・アンデッド)」

 

 短い詠唱の後、地面に白い網目が走りそれが強く発光する。その光を浴びた不死系魔物は塵となり、崩れていく。

 

 不死操者以外を倒した後でも、白い網目は消えることなくその輝きを維持している。ティルシアが魔力を流し込む限り、新規に不死系を呼び出すことはできないだろう。

 

 俺は地面を蹴り、不死操者へ肉薄する。左肩の傷が痺れと共に鈍い痛みを伝えてきて、俺はそれを無理に嚙み潰した。

 

「っ!」

 

 両手剣の間合いで戦わないのは久しぶりだ。俺は横薙ぎに不死操者の首を狙ってナイフを走らせる。

 

「ウゥッ!」

 

 しかし、魔物は骨で出来た杖を掲げてそれを弾く。両手剣の重量と勢いがあればすぐにでも壊せそうな杖だが、前腕ほどの刃渡りしかないナイフでは破壊力が足りない。

 

 俺は防がれたナイフをそのままに、左足を軸に下段蹴りを行う。しかしそれも魔物が跳び上がることで回避されてしまう。

 

 俺は蹴りの手応えが無い事が分かった時点で次の攻撃を繰り出す。ティルシアは不死反転を三回は使えないと言っていた。そして既に二回使っている。だとすればそれほど時間に猶予は無いはずだ。

 

「ウロロロゥ!!」

 

 不死操者の杖が突き出されて、俺は身体をよじって躱す。杖によってこれ以上傷つけられるのは避けなければならない。

 

 不死操者が作る杖は、不死系魔物を操作するためのものであるのは確かだが、それ自体にも魔力がこもっている。杖によって傷つけられた箇所は、回復阻害の呪いが付与され、特殊な手順を踏まない限り治療が無効になってしまう効果があった。

 

 特殊な手順とは、高位の聖職者のみが扱える解呪(ディスペル)という魔法で、あらゆる呪いや効果を消去する魔法だった。

 

 ただ、この魔法は使える人間が非常に少なく、教会が聖女・聖人と認定する際にはこれを習得しておく必要があり、最も難しい条件の一つと言われている。

 

 当然ティルシアのような巡礼者がおいそれと使えるはずも無い。治療が無駄だと言ったのはそういうことだ。

 

「ごめん、そろそろ……」

 

 ティルシアの声が聞こえると同時に、周囲の光が弱まるのを感じる。それを察してか不死操者は距離をとって不死系魔物を呼び出そうとする。

 

「しっ!」

 

 しかし、戦いの最中に隙がある能力発動を許すほど、俺は甘くは無い。一足で間合いを詰め、ナイフを突き込む。

 

「ロロゥッ!?」

 

 とっさに杖を突き出して防御しようとするが、俺は防がれたのを見計らってナイフを杖と平行にして、刀身を滑らせる。

 

「グロロロゥッ!!?」

 

 小さな手応え。しかしそれは致命的な効果をもっていることを俺は知っている。

 

 ぼとぼとと、腐った外套の袖から赤黒い血と腸詰めのような肉片が落ち、骨の杖が地面に落ちた。 杖は剣や槍と違い、切り結ぶことを想定していない。だから護拳や柄が存在しない。隙を突くとすればそこが最適解だった。

 

 不死操者は自分の指が切断された事実に狼狽え、一瞬俺から意識が外れた。

 

 無言で、言葉も発さずに、俺は最速でナイフを振り、辺りに血の飛沫をまき散らした。

 

 

――

 

 

「あっれぇ、お兄さんってば白金等級の癖に不死操者から攻撃くらったんですかぁ?」

 

 夕方、依頼を済ませてギルド支部へ戻り、二人と合流したところでキサラがここぞとばかりに嘲笑する。ここまで生き生きした姿を見るのは久々だ。

 

「調子乗って舐めプしてるからそうなるんですよぉ、ワタシとシエルは無傷で――」

 

 ビキニトップを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああああ!! 自分のミスなんですから私に当たらないで下さいよ!!!!」

「しかし、本部に向かう道中で聖女に会えればいいが……最悪オース皇国までこの状況は辛いな」

「せめてリアクションしませんか??!!!!?!?!!?」

 

 いつも通り騒がしいキサラは置いておくとして、俺は左肩の傷に手を触れる。

 

 内出血で傷口は開いていないが、それは些末な問題だ。不死操者に付けられた傷の本質は、あらゆる回復が阻害されるという事で、それは人体にある自然治癒力にも影響しているという事だった。

 

 さすがに全く治らないという訳ではない。内出血で腕から手首にかけて赤黒く変色しているが、痛み自体は拡がっていない。破れた血管が塞がるのに、通常より何倍も時間がかかっているという訳だ。

 

 人体の新陳代謝や自然治癒力は魔法よりもはるかに強力で、それを完全に抑えるなら、創世期くらいの魔法が必要になる。そんなレベルの付与を、魔物が行えるはずがなかった。

 

「でも、とうさま、どうしてケガなんてしたの?」

「それは――」

「っ……」

 

 言いかけて言葉を切る。側でじっとしているティルシアに少し目配せをして、俺は適当にごまかす事にした。

 

 主観的に言えば、あの状況では仕方なかったと言えるが、彼女がどう感じているかは別だ。特に今は魔力消費で体力も気力も尽きかけている。精神状態的にもいま負荷を掛けるのは避けるべきだろう。

 

「なんにしても、ヴァレリィと合流してルクサスブルグへの旅路を急がないとな」

 

 エルキ共和国、オース皇国、倭、この先経由する予定の国だが、オース皇国のどこかには確実に聖女、聖人が居るとして、そこ以前の旅路で会えるとすれば、エルキ共和国の首都であるルクサスブルグ以外には無いだろう。

 

 シュバルツブルグもなかなかに発展した都市だったが、カネとモノの流入量で言えば、大陸中心部を陣取るエルキ共和国には敵わないだろう。

 

「そうですねぇ、ルクサスブルグには色々と名産品がありますし、それを見てシエルが目を回すのを見るのも面白いかもしれませんしね、明日には出ましょうか」

「ああ」

 

 キサラはティルシアの状態に気付いているのかいないのか、素直に返事をするとシエルを連れてガドの家へ行くべくギルド支部の出口へと向かった。

 

「……気にするな、よくあることだ」

 

 俺はティルシアにそれだけ言って、足を一歩踏み出す。彼女はそれに追いすがるようにパタパタと足音を立てた。

 

 

――

 

 

 ヴァレリィとガドは、どこか共感できる場所を見つけたようで、俺達が戻る頃にはすっかり打ち解けていた。血縁のある者同士、仲良くする事には越した事は無いだろう。

 

「こないだは両手剣、今回は左腕……小僧、お前は依頼をこなす度に毎回何か壊してんのか?」

「悪いけど、呪いの除去は専門外だ。君の言う通り、エルキ共和国かオース皇国で解呪をしてもらう事になるね」

 

 あまり心配されていないような事を言われ、俺達は夕食を取って今晩は泊まる事にした。炎症止めの薬草を擦りこんで、患部を安静にすることで人体の治癒力に頼る形で治療を試みるが、治ったとしても回復阻害は残り続けるため、やはり早い段階で解呪をしてもらう必要があるな。

 

 俺以外が食事と風呂を済ませ、ベッドに入った頃、俺は一人で薪割り場に出てナイフの扱いを練習していた。当面は右手のみで戦う事になるので、片手剣かナイフの扱いはある程度慣れておく必要がある。体捌きを中心に、仮想の相手とナイフでの攻防を行う。

 

 両手剣は懐に入られない立ち回りが必要だったが、ナイフはむしろ懐に入る立ち回りが必要となる。そうなると必然的に傷を負う頻度も増える訳で、左肩を守りつつ戦うのは、一朝一夕で出来るものではなさそうだった。

 

 だとすれば、しばらくはキサラとシエルに頼る形で魔物との戦いを考える必要がある。片手で扱える投擲武器は、威力が弱いか連続使用に耐えない。魔法を使おうにも、魔法を扱うには天性の才能が必要だ。

 

「ふぅ……」

 

 慣れない動きを何度も繰り返し、息が切れ始めた段階で小休止を入れる。息が整えば再び身体を動かす。足腰が立たなくなるまでやりたいが、そこまですると明日の移動に響く。キサラたちにこれ以上の負担を掛けるわけにはいかなかった。

 

「えっと……いいかな?」

 

 呼吸を整えて、再開するかというタイミングで、ティルシアが声を掛けてきた。その目元には、相変わらず隈が刻まれていたが、気のせいかその色が少し深いように感じた。

 

「どうした?」

 

 てっきり寝ているかと思ったが、どうやら今日の討伐で思う所があったらしい。俺は休憩の延長を決めて、切り株の一つに腰掛けた。

 

「あのさ、君達の旅に、ボクも付いて行っちゃダメかな?」




連絡:決闘代行7に挿絵を追加しておきました。詳しい挨拶は次話で、今回は用件のみ取り急ぎ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死系討伐7

「……急にどうした?」

 

 俺は静かに問いかける。非難する意図は無い。依頼をこなす過程での負傷は各々の責任だ。

 

「ほら、君も肩に傷があって大変でしょ? それに、聖職者のボクがついて行った方が解呪を使える人を探すとき、何かと便利だし」

 

 確かに、肩の傷には回復が効かないとはいえ、聖職者がパーティに居るのは何かと有利だ。それに解呪を使えるのは聖職者だけ、同業者なら何かとコネクションもあるだろうし、断る理由が無いだろう。

 

「それは構わないが、左肩のことで負い目を感じすぎるなよ」

 

 冒険者にとって、仕事を続けられないほどの事態になることはよくあることだ。その状況で「私を守るために貴方はこうなったので責任をとります」なんて言い出したら、負債で潰れることになる。

 

 さらに言うと、わざとらしくゆすりたかりの口実にする冒険者もいるのだ。同じパーティメンバーならまだしも、つい先日会ったばかりの相手に、そういう考えを安易に持つのは危険だった。

 

「うん……ボクも軽率だった」

 

 ティルシアはそう言うと、言葉を続ける。

 

「今までは、墓地とかで発生した小規模なアンデッドたちを相手にしてたんだ。あそこまでの規模は初めてだったけど、数が多いだけで難度は変わらないと思ってた」

 

 偶発的に生まれる不死系魔物は、大体が数匹程度で簡単に討伐される。それを基準に考えてしまうと、大規模発生をした時に失敗をする。

 

 大規模発生はそうなる理由があり、その原因も様々だ。今回のように不死操者が居る場合もあれば、単純に戦場跡で偶発的に大規模となってしまった場合もある。

 

「それに気づけて死んでないなら、それでいい」

 

 冒険者を含め、各地の集落を転々とする俺たちみたいな存在は、簡単に死ぬし簡単に食い扶持を失う。その中で死なずに教訓を得ることが出来たのなら、それで十分だろう。

 

「そっか……じゃあ、気にしないことにするね」

「ああ、そうしてくれ」

 

 そう答えると、ティルシアは俺の背後に回り、覆い被さるように抱きついてきた。思わず身じろぎするが、左肩の痛みと唐突に感じた柔らかな感触に、脱力せざるを得なかった。

 

「今度は何だ?」

「ちょっとの間だから、さ」

「……そうか」

 

 返ってきた反応が、思ったよりもしおらしくて、俺は面食らう。どうやら観念してじっとしているほか無いらしい。

 

 身体を動かしている間は特になにも感じなかったが、じっとしていると頬をなでる風には、冬の気配が混ざっていることに気づく。そして、それと同時にティルシア自身の暖かさも。

 

 目の隈と姿勢の悪さから異性として意識していなかったが、こうも密着されると、考えないようにしても身体の柔らかさを意識してしまう。

 

「うん……ありがとう」

 

 どうするべきか、困惑しているとティルシアは静かに身体を離してくれた。

 

「気は済んだか?」

「くふふ、君って意外と朴念仁だね」

 

 いたずらっぽく笑う彼女に、俺は「そうだな」とだけ応えた。

 

 

――

 

 

「さて、次の目的地はルクサスブルグでしたっけ?」

 

 翌朝、町の出口を通ったあとでヴァレリィが旅路の確認をする。

 

「ああそうだな、通商路を辿っていくから楽な旅路になるはずだ」

「たのしみ、どんなところなの? とうさま」

 

 ヴァレリィとシエルはルクサスブルグを見たことが無い。人類圏で最も栄えている街をこれから見られるということで、二人はどこかそわそわしていた。

 

「……むぅ」

「キサラ、どうした」

「べっつにぃー」

 

 一方でキサラは、むすっとした表情で俺をにらんでいた。

 

「といってもな……」

「そうそう、どうせ旅するなら楽しく行かなきゃ、くふふ」

 

 俺の左肩をかばうように寄り添って、ティルシアが続ける。

 

「誰のせいで不機嫌なんだって思ってるんですか!?」

「だれだろうねぇ、くふふふふ」

 

 ……どうやら、俺の知らないところで俺の知らない戦いがあるらしかった。

 

「キサラ」

 

 一つ溜息をついて、不機嫌そうにそっぽを向いているキサラに声をかける。

 

「なんですかぁ?」

 

 キサラはそのまま、こっちを見ようとしない。仕方なく、俺は彼女に歩み寄る。

 

「っ……だって、勝手に新しい女の子――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!!!! 何考えてるんですか!???!!?!?!?? 今それをやる雰囲気じゃ無かったでしょ!!!!!!!!」

「いや、不機嫌そうだったから」

「どうしておっぱい開陳させたら上機嫌になると思ったんですか!!??」

 

 いや、いつも割と機嫌直さないか? とは言わないでおいた。




お読みいただきありがとうございます。ちょっと更新滞って申し訳ない。全てペルソナ5Rを買って今更ハマってしまった自分のせいです。

前回でも言いましたが決闘代行の辺りでまた挿絵を描いていただきました。欠いた人は引き続きただのムトーさんです。感想を送ってあげましょう。

次回以降、人数が増えたので日常回というか、コメディ寄りに書こうかなあって思ったり……

では、引き続き高評価・ブクマをよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収穫祭1

「まあ、しばらく滞在してもいいか」

「やったあ!」

 

 わたしはとうさまの言葉を聞いて、うれしさで跳び上がった。

 

 ルクサスブルグという街では、今ちょうど収穫祭っていうお祭りをしているみたいで、きれいな飾りとか、カラフルなお店が街のいたるところにあった。

 

「僕も丁度ルクサスブルグのヘルメス図書館でしばらく調べ物をしたいし、そうしてもらえると助かるよ」

「ああ、じゃあ別行動か?」

「そうなるかな、でも明日くらいは一緒に観光でもしようかな」

 

 とうさまはなるべく先に進みたかったみたいだけど、わたしたちがお願いして、お祭りの間はここで泊まれるようにしてもらったのだ。

 

「じゃあ明日は観光ですね、ワタシ的には街の真ん中にある噴水を見に行きたいですねぇ」

 

「そうか、じゃあキサラは別行動だな」

「はぁー? 何でそうなるんですかぁ? ぼっちの方が過ごしやすいお兄さんと違って、ワタシは――ぎゃああああああああああ!!! 何で今それをやるんですか!??!!?」

 

 とうさまがキサラに近づいて、何かをする。とうさまの影に隠れていて、なにをされたのか分からないけど、なまいきなことを言ってるので、何かおしおきをされたんだと思う。

 

 一度なにをされたのか聞いてみたけれど、キサラは「え、あれ、なんで見えてないんですか?」って訳が分からないみたいなことを言っていた。

 

「いや、別に一人が楽なのは確かだけど」

「じゃあなんで引っ張ったんですか!??!!!?!!?」

 

 言い方は怒ってるように聞こえてるけど、こうしているときのキサラはとても楽しそうだった。だから、何をしているのは分からないけど、本当にいやなことはしていないと思う。

 

「じゃあ、明後日はボクに付き合ってよ」

 

 ティルシアさんがとうさまの腕にしがみつく。わたしはすこしうらやましさを感じて、その姿を見ていた。自分の気持ちを素直に表現できるのは、すごいと思う。

 

「ああ、構わないが」

「お兄さん、なんかティルシアに甘くないです? やっぱりおっぱいには勝てないんですかねぇ」

 

 とうさまとティルシアさんの話に、キサラが割って入る。旅の途中でお風呂に入ったとき、ティルシアさんの身体を見ていたから、姿勢で隠れているだけで、わたし達とは違うゆるやかな体つきをしているのを知っていた。

 

「何を言ってるのか分からないが、お前もそう言えば良いだろう」

「え、じゃあワタシも明後日付き合ってほしいんですケド」

「ああ、じゃあ午前午後で予定を分けるか」

 

 その話を聞いて、わたしはとうさまの袖を引っ張った。怪我をしている方なのでなるべく優しく、それでも気づいてもらえるように気をつけて、何度か引っ張ると、とうさまが気づいてくれる。

 

「わたしも、一緒に遊びたい」

「そうか、じゃあ夜はシエルと一緒だな」

「うん!」

 

 やった。わたしはとうさまに頭をなでられて元気に返事をした。

 

 

――

 

 

――ルクサスブルグ

 人類圏の中央部に位置し、四方に広がる大街道は、世界のあらゆる場所へとつながっている。東西南北に構えられた門は、北方の門が最も堅固で、その理由としては大陸北部に存在する魔物圏に対する警戒からだった。

 

 南方の軍事国家、アバル帝国に対する脅威から南門の防備もおろそかではないものの、人類に対する最大にして共通の敵である魔物に、対抗する設備が最も重視されるのは当然とも言える。

 

「ねえ、とうさま。人がいっぱい!」

 

 シエルは俺の手を握って目を輝かせる。

 

「そうだな、今は収穫祭だから、特に人が多いらしい」

 

 四方に広がる街道は、人類圏全てとつながっている。と言うことはこの町にはあらゆる人や物資が集まり、取引されていることになる。

 

 これだけ人がや物が溢れていると、当然ながら経済が発展している。人類最大にして最も繁栄している都市と言って差し支えないだろう。

 

「初めて来ましたが、シュバルツブルグと比べると本当に華やかな街ですね」

「まあ、あっちは学術都市だからな」

 

 最も歴史ある、人類がこの地に降り立ってから初めて作った都市、アルカンヘイム。

 先進的な魔法工学を求め、魔物圏に食い込むようにして存在する都市、シュバルツブルグ。

 魔物圏から遠く、人類圏の覇者を目指す都市、ヴァントハイム。

 そして商業の中心地で、最も資本の集まる都市がここ、ルクサスブルグ。

 

 人類圏の四大国家は、この都市群を中心に発展しており、各々が誇りを持って人類圏を護持している。

 

「もー、折角普通の観光できるって言うのに、お兄さん平常運転過ぎ、ちょっとは浮かれるとか、楽しもうとか思わないんですかぁ?」

「そうはいってもな……」

 

 唐突に降ってわいた休暇では、何をするかすぐには浮かばない。大体普通の休みでさえ、寝るか鍛錬するかのどちらかなのだ。観光などほとんど経験が無い。

 

「だったら、そうだな、昨日お前が行きたいって言ってた噴水を見に行くか」

「えっ、ちょっ、駄目ですよ! 明日のお楽しみです!」

「そうなのか?」

「そうです!」

 

 どうもそうらしい。

 

 ならどうしようか、普通に収穫祭を見て回っても良いが、どうせなら目的があったほうが楽しめるはずだ。

 

「じゃあ、とうさま、わたし、あのお店が気になる!」

 

 すこし考え込んでいると、シエルが右手を引っ張って射的の屋台を指さす。なるほど、シエルの社会経験という名の遊びに付き合うのも悪くないか。

 

「ああ、わかった。行こうか」

 

 屋台の方へ五人でぞろぞろと歩いて行き、一回分の値段を主人に渡して、受け取った銀玉鉄砲をシエルに渡す。よく狙うように言い聞かせると、彼女は元気よく頷いて銀玉鉄砲を構えた。

 

「シエルちゃん頑張って! 僕応援してるよ!」

「うるさい」

 

 上機嫌に応援しているヴァレリィを一蹴しつつ、シエルは狙いを定める。どうやら大きめの、どこか不細工な謎生物のぬいぐるみが狙いらしい。彼女は慎重に引き金を引くが、軽快な音を立てて飛んでいった小さな銀玉は、景品からすこしそれた位置を通過していった。

 

「むぅ……」

「くふ、残念残念、次は当たるかな?」

 

 不機嫌そうに次の弾を装填するシエルに、ティルシアが楽しそうに声をかける。銀玉は銅貨一枚で十発、シエルは残りの弾数を数えつつ、慎重に一発ずつ撃っていく。

 

「あと一発……」

 

 手元に残った一つの銀玉を握りしめて、シエルはそれを鉄砲に込める。身を乗り出して狙い澄ますと、引き金をゆっくりと絞った。

 

「!」

 

 軽い音を立てて発射された銀玉は、ぬいぐるみの中心に当たる。しかし、当たるだけでぬいぐるみはすこし揺れただけで、じっとその場に鎮座していた。

 

「あー、残念ですねぇ」

「……とうさま! もう一回!」

 

 キサラが揶揄するように笑うと、シエルは俺に向き直ってムキになった表情で訴えてきた。

 

「それは構わないが……」

 

 見たところ、他の景品は袋に入った焼き菓子や木彫りの人形で、あのぬいぐるみだけ他の景品に比べて重すぎる上に安定感がありすぎる。銀玉の威力を見るに、あの景品を落とすのは難しいだろう。どうやら、あのぬいぐるみを狙わせて収支をプラスにするのが、この射的の作戦らしかった。

 

 ただ、無理だと学習するのも一つの経験か、俺はそう思って主人に銅貨をもう一枚渡す。シエルは銀玉を受け取ると、再び身を乗り出して引き金を絞る。

 

 今度は十発中三発は当たったが、それでもぬいぐるみは微動だにしていなかった。

 

「とうさま! もう一回!」

「シエル、それくらいに……」

 

 これ以上ムキになられて擬態を解かれでもしたら大事になる。彼女には悪いが諦めて別のぬいぐるみを買ってやることにしよう。

 

「あっ! すごい偶然! 貴方たちも来てたんだね!」

 

 シエルにどう諦めさせようかと考えていると、聞き覚えのある明るい声がすぐ後ろで聞こえた。振り向くと、濃紺のツインテールが鮮やかに揺れていた。

 

「それで、何してるの? 射的?」

「エリーさん!」

 

 シエルが嬉しそうに彼女の名前を呼ぶ、青い血特有の髪色と、人なつっこいカラッとした笑顔は、間違いなくイクス王国第一王女・エリザベス殿下の物だった。

 

「来ていたのか」

「イクス王国からの国賓としてね、ビッキーも来てるよ」

 

 確かに、考えてみればルクサスブルグの収穫祭は人類圏の中で最大の物だ。友好国では無いアバル帝国はともかく、イクス王国の次期女王候補である二人は呼ばれてしかるべきだろう。

 

「とうさま、もう一回やらせて!」

 

 シエルが改めて俺にねだってくる。

 

 どうするか迷ったが、まあ三回目くらいなら許容範囲か。俺は今回が最後だという約束をして、それから主人に銅貨を一枚渡した。

 

「ん、シエルちゃんが射的やってるんだ。何がほしいの?」

「あのねこさん!」

 

 そう言ってシエルは、あのだらっとしたぬいぐるみを指さす。しかし、改めて見ると結構な大きさだ。旅の途中は倉庫に預けておこう。というか猫なんだな、アレ。

 

「なるほど、難しそうだね。よし、私がやってあげよっか」

「できるの!?」

「もちろん! 小さい頃からこれは得意だったんだ。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 自信満々に胸をたたくエリーに、俺は銀玉鉄砲と弾を十発渡す。お手並み拝見というわけでは無いが、一体どうやってあの落としにくいぬいぐるみを落とすのか純粋に気になった。

 

「じゃ、いくよ」

 

 エリーは左手に弾を持ち、鉄砲を右手に持って身を乗り出す。

 

「こういう重い奴は連射と正確に同じ場所を撃つのが大事でね……」

 

 一息ついて、エリーが引き金を絞る。弾はぬいぐるみの上部に当たって、それがぐらりと揺れる。その揺れが収まる前にエリーは弾を装填して、再び引き金を絞る。

 

「おお……」

 

 シエルが感嘆の声を上げる。弾を撃つごとにぬいぐるみの揺れが大きくなり、十発目にして大きく揺れたぬいぐるみは、ついに棚から転がり落ちた。

 

「ふふふっ、どう? すごいでしょ」

「うん! エリーさんすごい! ありがとう!」

 

 苦い顔を隠しきれない主人からぬいぐるみを受け取って、満面の笑みでシエルはお礼を言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収穫祭2

 景品を受け取ったあと、俺たちはそのままエリーと合流して、屋台で買った鉄盾焼きに舌鼓を打っていた。

 

 鉄盾焼きとは、盾を模した鉄板で作った野菜炒めで、濃いめの味付けが特徴のアバル帝国の料理である。

 

「まさかここで食えるとは思わなかったな」

「さすがはルクサスブルグの収穫祭ですよねぇ、仮想敵国の郷土料理も屋台があるんですから」

 

 遠征時に食事用の鍋を壊してしまい、鍋の代わりに大盾を鉄板代わりにして野菜と肉を焼いたのが鉄盾焼きの始まりだと言われている。この濃いめの味付けも、遠征中で体内のミネラル分が不足していたためらしい。

 

「ちょっとこれ……しょっぱすぎません?」

「そうか?」

 

 ヴァレリィが半分ほど食べたあとに苦い顔をする。日常的にそれほど汗をかかない彼にとって、この味は過剰らしかった。

 

「私は結構好きだな、このくらい濃い方が『食べてる!』って感じするし」

 

 同じく汗をかかないはずのエリーは、この味が気に入ったらしい。しかしよく考えてみれば、彼女は警備の目を盗んで逃げ出したりで、めちゃくちゃ身体を動かしていそうだ。そう思うと当然とも言えるかもしれない。

 

 現に今、護衛もなしで目の前に居ることがおかしいのだ。王位継承権を持った人間がこの場にいることの異常さを、感じさせないのがエリーの長所であり、短所でもあった。

 

「ね、これから広場の方でオース皇国の――」

「やーっと見つけましたよ、姫様」

 

 エリーが何かを言いかけたとき、また聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「うげ」

「この人混みで単独行動って何考えてるんですか、またヴィクトリア様に小言をもらいますよ」

「だって、太ったおじさんと宝石でがんじがらめになってる女の人ばっかりの懇親会なんて、退屈なんだもん」

 

 金髪に色素の薄い肌、そして牙折兎の毛皮――白金等級の傭兵、リュクスだった。

 

「『もん』じゃないですよ、退屈なのも含めて仕事でしょうに……あ」

 

 頭を掻いて溜息をつくリュクスがこちらに気づく。俺は何か反応した方が良いかと思い、手を振ってみた。

 

「白閃、てめぇ、来てたのか!? シュバルツブルグのリベンジだ! 今すぐ闘技場で決闘を――」

「リュクス!」

「はい!」

 

 俺の友好的アプローチむなしく、喧嘩腰でまくし立てるリュクスに、エリーが叱責する。

 

「貴方の仕事は何!?」

「はい! エリザベス殿下の護衛です!」

「じゃあなんで喧嘩を売ったの!?」

「仕事に関係ないけれど気に入らない奴だからです!」

「自分の仕事に専念しなさい!」

「了解しました!」

 

 いつか聞いた二人の会話をまた聞くことになって、俺は思わず口元が緩んでいた。

 

「それに俺は今、戦えない」

 

 エリーと、彼女の叱責を受けて直立不動になっているリュクスに、俺は肩をはだけてみせる。内出血が止まりきっていないため、腕全体にバンデージを巻いてそれを防いでいる。

 

「え、それ、どうしたの!?」

「回復阻害の付与がされた武器で負った傷だ。解呪が出来る聖職者を探している」

 

 その姿を見て、エリーは心配そうにのぞき込んでくる。痛み自体は動かさない限りそこまでではない。ということは戦闘は出来ないが日常生活を送る限りは問題ないわけで、必要以上に心配されているように感じて、俺はすこし居心地が悪かった。

 

「そんなヘマしてんじゃねえよ、所詮は冒険者だな」

「リュクス」

「はい、すいません!」

 

 二人の会話で軽く笑ったあと、俺たちはリュクスに引きずられていくエリーを見送った。

 

「またシュバルツブルグに来たらよろしくねー!!」

 

 

――

 

 

 人類圏最大の収穫祭ということで、世界各国から興行が集まっているらしく、屋台の集まっている場所を抜けると、大きな柵とその中に居る道化師の化粧をした人たちが、様々な曲芸をしていた。イクス王国からの道化師が行っていた、魔法を使った曲芸にはヴァレリィはぶつぶつとケチをつけていたが、オース皇国の魔物を使った曲芸には言葉を無くしていた。

 

「すごい! 魔物をあんな風に手懐けられるなんて!」

「くふ、そうだよね、ボクも故郷で見たときは目を疑ったよ」

 

 以前も聞いたことがあったが、ティルシアの出身はオース皇国らしい。魔物絶滅主義の教皇と強いつながりを持つあの国で、魔物使いという文化が発生したのは違和感があるが、それには理由があった。

 

 元々魔物に対する姿勢は、距離を置いて関わらないというスタンスが一般的だったが、教皇が今の代になってから、急進的に魔物に対して排他的な思想になっていったらしい。

 

 教皇は即位して五十年。当時の年齢から考えれば、もうすでに百歳を越えていてもおかしくないはずだが、未だに健在でその椅子に留まり続けている。

 

 その結果、オース皇国の伝統である金細工と魔物調教術は、前者のみ保護され、後者は一つの集落に留まることすら許されず、放浪するように世界各地を渡り歩いていた。

 

「さあ! このリングに火をともします! そして、魔物達にはこれをくぐってもらいます!」

 

 タキシードを着た男がそう宣言すると、三つに連なったリングが勢いよく燃え始め、狼型の魔物が周囲を走り出す。

 

「ごくり……」

 

 俺のすぐ脇でシエルが息をのむ、俺はそっと肩に手を置いて、魔物たちの芸が成功するかどうかを見ることにした。

 

 魔物は一切恐れること無く炎のリングをくぐり、俺を含めて観衆は拍手を送る。こうしてみると、普通の狼や犬と同じような見た目をしているように感じる。

 

「すごいよねえ」

 

 続けて芸をしていく魔物達を見ていると、ティルシアがぼそりと呟いた。

 

「あんな風に魔物とも仲良く出来るんだ。ボクにはとてもじゃないけど無理だね」

 

 その表情は侮蔑や諦観では無く、羨望が宿っている。俺はすこし考えたあと、彼女に応えた。

 

「職業柄か?」

「いや、両親の方針だよ、ボクの家は敬虔な信徒だったからね。昔これを見たのも両親に隠れて見に行ってたのさ」

「苦労したんだな」

 

 そう言うと、ティルシアは「まあそのおかげで今この職業に就いてるんだけどね」と軽薄に肩をすくめた。

 

 正直なところ、教皇の方針に懐疑的な勢力は、それなりに多い。魔物は人間への敵意を持っているが、竜鱗や牙、角といった物は、武器素材であると同時に美術品としての価値もあるのだ。

 

 だから商人の意見が強いエルキ共和国や、武具や武功を必要とするアバル帝国は、魔物を管理飼育して素材を採取出来るように研究をしたり、強さを示すために闘技場に魔物を放したりもしている。まあ、独占したあとに希少価値を上げるために絶滅させるという考えもあるようだが。

 

 俺としてはシエルなど対話可能な魔物もいる点と、一部の魔物を狩り尽くしてしまうと、他の魔物が大量発生する恐れがあることから、魔物絶滅主義には懐疑的だ。

 

 とはいえ、人類圏最大の宗教がその方針であるのと、一般民衆の心情的に、魔物を一匹残らず絶滅させるべきという思想が、人々の中では主流となっている。

 

「さあ! 次は小鬼の玉乗りです!」

 

 俺はそんなことを考えながら、魔物使い達の曲芸を眺めていた。

 

 

――

 

 

 冒険者ギルド併設の酒場兼宿屋は、街の経済状況の指標となる。ということは、ここルクサスブルグの酒場が人類圏で最も豪華な酒場と言うことだ。

 

 天井からは数百キロはありそうな重厚にして華美なシャンデリアが五本の鎖で吊されており、床には赤い絨毯が敷かれている。テーブルには絹製の真っ白なテーブルクロスが掛けられ、その上にはブーケが飾られている。俺の目には、どこかのパーティ会場か何かのようにすら見えた。

 

「今日は久しぶりにゆっくり出来ましたねぇ」

「ああ」

 

 ヴァレリィやシエルは既に部屋に戻り、ベッドに入っている。起きているのは俺とキサラだけだった。

 

 こいつと二人でゆっくりするのも随分久しぶりのように思える。ちょくちょくあったはずではあるのだが、やはりパーティの人数が増えてくると、二人だけ、という時間は多くはとれない。

 

「それにしてもお兄さん、依頼を受けないなんて珍しいですねぇ、もしかして、怪我してから依頼をこなすの怖くなっちゃいました?」

「受けない。ということもあるが受けられる物がないって事でもあるがな」

 

 白金等級はギルドの顔とも言える等級だ。ということはつまり、依頼の達成率は九割九分以上を維持しなければならないし、受ける依頼も見られることになる。ここでもし怪我を理由に依頼を失敗したり、低級の依頼を受けた場合は、ギルドの名前に傷がつく可能性がある。

 

 それに加えルクサスブルグは人が多い。ということは、俺以外の冒険者も複数いることになる。だとすれば、俺がわざわざ受ける必要も無い。

 

 俺はバーテンダーにトニックウォーターと蒸留酒のカクテルを二つ注文し、片方をキサラに渡した。

 

「んー、おいしー……ってかお兄さん、男のくせにこんな甘いの頼んでるんですかぁ?」

「たまには良いだろ」

 

 アルコール特有の苦みとトニックウォーター特有の甘みと炭酸が喉を潤していく。蒸留酒ベースと言うことで、それなりに強いカクテルではあるのだが、この飲みやすさは深酒をしてしまいそうだった。

 

「明日はヴァレリィとは別行動、午前中はティルシアに付き合って、午後からお前だったか」

「おお、朴念仁の鳥頭なお兄さんにしてはちゃんと覚えててワタシ、感激ですよ」

 

 キサラはこのカクテルが気に入ったのか、かなり速いペースで消費している。首筋が既に赤くなっており、俺はこれ以上飲ませるのは危険だと考えた。

 

「それにしてもおいしいですねえ、バーテンダーさん、おかわりくださーい」

「キサラ――」

「止めないでくださーい。今日はワタシとことん飲んじゃいますんでぇ」

 

 俺は明日、彼女が二日酔いで大変なことになるのを予見した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収穫祭3

 翌日、ティルシアに連れて来られたのは、ルクサスブルグの教会だった。高い天井と大きく開いた窓に精緻なステンドグラスが印象的な聖堂内は、収穫祭時期という事もあり多くの人が集まっていた。

 

「わざわざ悪いね。でも、君を連れて来ないことにはどうしようもなかったからさ」

「構わない。俺も解呪を使える人間を紹介してもらえるなら助かる」

 

 国家の首都であれば、当然高位の聖職者が居るはずで、ティルシアはそれを紹介してくれるという話だった。

 

 大きな町では当然のことながら、教会も大きなものが建てられ、そこにいる聖職者たちも高位の人間が多くいることになる。上手く行けば、オース皇国まで行くことなく、左肩の傷を治せる人間が見つかるかもしれない。

 

 人類圏全土に受け入れられている教会だが、当然ながら受け入れ度合いは各国で様々だ。

 

 教皇庁のあるオース皇国はその中でも最も深く結びついており、それに次ぐのが隣国であるエルキ共和国だ。いくら解呪を行える人間が少ないとはいえ、エルキ共和国とオース皇国のどちらかには確実に聖女・聖人が居るはずだった。

 

 ティルシアが司祭に二言三言話すと、彼は俺の方を見て会釈をして歩み寄ってきた。

 

「初めまして、神の子よ」

 

 安心感のある。柔和な表情と声だった。背は低くないが、威圧感を与えてくるわけでもない。典型的というと少し失礼かもしれないが、そう言う印象を受ける人だった。

 

「話はシスター・ティルシアから聞きました。アンデッド討伐中に呪いを受けたそうで」

「ああ、そうだ。解呪を頼みたいのだが、使える人間を紹介してもらえないだろうか?」

 

 さすがに聖堂で傷口を見せるわけにもいかない。俺は患部をさするだけでその旨を伝えた。

 

「ふむ、しかし……実はこの教会にいる聖女は収穫祭期間中、エルキ共和国の都市を巡礼する事になっていましてな」

 

 司祭は申し訳なさそうに言う。

 

「彼女は今どこに?」

 

 しかしエルキ共和国の都市となると、かなりの数になる。追いかけて間に合うかどうかも不明だ。ならば収穫祭が終わるまで待てばいいかと言えば、収穫祭の終わるころまで待つならオース皇国のアルカンヘイムへ向かった方が早い。

 

「今は――そうですな、国土を反時計回りに回っていますから、イクス王国の国境沿いのどこかで滞在している筈ですが」

 

 そうなるとオース皇国とは逆方向か、シエルとヴァレリィの冒険者登録がさらに長引くのは避けたいな。

 

「わかった。アルカンヘイムあての紹介状を頼む」

 

 そうなると仕方ない。俺は当初の予定通り、オース皇国で解呪を頼むことにした。

 

 

 

「じゃあせっかくだし、お祈りでも捧げていってよ」

 

 スムーズに話が進み、時間が余ったので二日酔いでダウンしているキサラのために、霊薬でも買って行こうかと思っていると、ティルシアからそんな提案をされた。

 

「祈りか……」

 

 正直なところ、神に祈ったところで何があるのか、という気持ちが無いわけではない。だが、それをこの場で言うほど俺は愚かではなかった。

 

 ティルシアに促されるまま、聖堂に並んだ椅子に腰かけて両手を組んで頭を下げる。

 

 一体何に祈りを捧げるのか、今ひとつはっきりとしないが、格好だけでもそれらしくしていると、ティルシアが隣に座って両手を組んだ。どうやら彼女も俺と同じことをするらしい。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私は司祭の――」

 

 いつまでこの姿勢をしているべきか迷っていると、さっき話していた柔和な表情の司祭が話を始めた。聞くかぎり、この世界の創世神話だ。

 

 神がこの地に降り立った時、魔物も人間も動物も居らず、魔法すら存在しなかった。あるのは大量の水と砂、そこでまず神はエルフという種族を作り出し、ついで豊かな大地と動物たちを作り、最後に人間を作って、神自身は深い眠りについた。そういう話だった。神が眠りについてから、徐々に魔物が発生するようになった。だからそれを殲滅することが、神の意思に沿った事なのだ。という事らしい。

 

 実際オース皇国の中心部には、神が眠る湖として、人類圏最大の湖があり、オース皇国が最も古い歴史を持ち、教皇庁もそこにあることから、恐らく神話に準じた何かが実際にあったのだろう。実際に、淡水が大量に確保できる湖の側では、文明は発達しやすいはずだ。

 

「さて、収穫祭の期間中という事で、ここに来るのはお付き合いされている方が多いと思いますが」

「……ん?」

 

 創世の話を終えた司祭が、唐突に妙なことを口走った。周囲をひっそりと見渡すと、照れ笑いを浮かべる男女がほとんどで、そうではない人は、老齢にさしかかった、敬虔そうな人々だけだった。

 

 これは気まずい。そう思って隣を見ると、ティルシアと目が合った。隈の深い目元を少しだけ紅潮させて、曖昧な笑みを返してくれる。どうやら彼女も困っているようだった。

 

「収穫祭の時期、恋人と過ごす風習が始まったのは今から約三〇〇年前、聖ユリウスが始まりとされていて、彼はエルフの神官として、いくつもの婚礼を執行し、その中でも収穫祭の時期に行なわれた大規模なものは、多くの恋人たちを夫婦として認めるものだったと言われています」

 

 そんなものがあったのか、冒険者稼業をする以上、色恋や子孫を残す事を完全に諦めていたので、全く気にした事が無かった。

 

「いや、悪いね、そう言えばそんな時期だったよ」

 

 ティルシアが俺に耳打ちする。聖職者である彼女がこの事実を忘れている訳が無いので、間違いなく故意犯だろうと推測した。

 

「……故意だな?」

 

 しかしなぜ故意にこんなことをしたのか、それが分からなかったので、彼女に直接聞くことにした。

 

「うぇっ!? ……ま、まあ、そうだけど、そんな直球で言わなくても」

 

 ティルシアは唐突に言葉の勢いを無くし、顔を赤らめる。そんなに恥ずかしいなら、無理に座る必要も無いだろうに。

「……ダメ、かな?」

「いや、お前がそれでいいならいい」

 自爆みたいな恥ずかしいイベントは、俺達の思考とは別に厳かな雰囲気で進んでいった。

 

 

――

 

 

「少しはマシになったか?」

「頭痛いですけど……なんとか」

 

 午後、教会から戻った俺はある程度回復したキサラとシエルを連れて、ルクサスブルグの中心部にある噴水広場を訪れていた。

 

 ちなみにティルシアは帰り際、司祭に捕まって何かしらの仕事を手伝わされる事になったらしく。夕方まで帰ってこれないそうだ。あの自爆じみた行動に加えて仕事まで押し付けられるとは、つくづく運がない。俺はひっそりと彼女に同情した。

 

「とうさま、あっちのお店、すごくきれい」

 

 シエルが飴屋の屋台を指差して袖を引く。午前中はキサラの看病を任せていたし、そのお詫びもかねて買ってやろうか。

 

 店に並んだ飴玉は宝石を模したカットが入っており、気泡も少ないのでくすんだ宝石のようになっていた。舐めている間に少し溶けて宝石のようになることから、宝石飴というらしい。

 

 銅貨五枚で紙袋一杯に詰めてくれるらしく、俺はそれを買って三人で分けることにした。

 

「はぁ……甘さが身体に沁みますねぇ」

 

 しみじみとそんな事を言うキサラに苦笑しつつ、俺も口に含む。果実の匂いを移したシロップで作られているのか、甘さ一辺倒ではない味で、食べやすい飴だった。

 

「シエル、残りは貰って良いぞ」

 

 俺達はその一つずつで満足して、残りをシエルに渡す。彼女は袋を受け取ると、満面の笑みで「ありがとう」と言って飴を一つ口に放り込んだ。

 

 上位の竜種は基本的に物を食べるという事をしない。

 

 当然ながら炎竜のように例外はいるものの、魔力を食べることで彼らは生きている。魔力はあらゆる物質が少なからず持っているもので、大気中にも存在している。

 

 だが、彼らにも消化器官はあるし、味覚も存在する。俺たちにとっての酒のように、嗜好品として普通の食べ物を楽しむ個体も、魔物の中では観測されていた。

 

「とうさま、おいしいね」

「ああ」

 

 笑顔が微笑ましくて、俺はシエルの頭に手を置く。彼女はくすぐったそうに首を引っ込めて、えへへと笑った。

 

「むぅ……」

 

 シエルが上機嫌になっていると、今度はキサラが不機嫌そうにこちらを睨んでくる。いや、子供相手に対抗心を燃やすなよ……

 

「それで、随分不機嫌そうだが」

「べっつにぃ? 女の子と一緒のお出かけでコブつけてきた挙句にそっちといい感じなところとか怒ってませんけどぉ?」

 

 ああ、そういう事か。

 

 とはいえ、シエルを一人で宿に置いておくのは酷だろう。ヴァレリィはシエル本人が嫌がりそうだし、魔物に排他的な教会でティルシアと一緒というのもな。

 

「悪かった。それで、この噴水を見たかったのはなんでだ?」

「それはですねぇ、噴水に二人でお金を投げ込むと願いが叶うんですよ」

 

 なるほど、ゲン担ぎの類か。教会でもティルシアと祈りをささげたが、どうもうちの女性陣はこういう事が好きらしい。

 

 こういうことをするよりも、実際に出来ることを先にやるべきだとは思うのだが、キサラがやりたいというのだから、付き合うのも悪くないだろう。

 

「それで、何を願うんだ?」

「それを言っちゃだめですよ、言わないで二人とも願いが同じだったら叶うんですから」

 

 面倒な手順を踏むんだな。俺はそう思いつつ銅貨をキサラに渡し、タイミングを合わせて噴水へ投げ込んだ。銅貨は綺麗な弧を描き、水音を立てる。その下にはたくさんの銅貨があり、ちらほらと銀貨が混じっていた。ゲン担ぎに銀貨とは太っ腹な奴もいたものだ。

 

 さて、何を願おうか……左肩の傷はどうにかなる目星はあるから別に必要はない。となると、特に叶えたい目標もないのだが、キサラが熱心にここに来たがったという事は、彼女は何か叶えたいことがあるのだろう。

 

 俺はそう考えて「キサラの願いが叶いますように」とだけ願った。

 

「……願い叶うと良いですよねぇ?」

「そうだな」

 

 適当に返事をして、少し離れたところで飴を舐めているシエルを迎えに行く。彼女は甘い味が気に入ったようだった。

 

「とうさま、またたべようね」

 

 気に入ったなら、保存も効くだろうしもう一袋買ってもいいな。そう考えていると、キサラがまた頬を膨らませていることに気付く。

 

「どうした?」

「べっつにぃ? ワタシとああいうことやった後なのにまたシエルなんだ。とか思って――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!! 何するんですか!? その行動は流石に論外ですよ!!!」

「いや、構って欲しいのかと」

「お兄さんの『構う』って、おっぱい開陳させることなんですか!?!???!!?」

 

 いや、普通にそれ以外もあるが。とは言わないでおいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

収穫祭4

 夕飯はギルド併設の酒場でとる事にした。何の準備もなく、日が暮れてすぐに夕飯が食べられるのは、都市の特権だろう。

 

「ヴァレリィさんは?」

「真夜中過ぎに帰ってくるそうだ」

 

 なんでも、スクロールの小型化に関する文献を見つけたとかで、彼は生き生きとした表情で迎えに行った俺を追い返したのだった。自分の興味ある事になると、休憩も食事もとらなくなるのは、ガドの血筋を感じずにはいられなかった。

 

 ちなみにティルシアの方も、随分こき使われたらしく、食事もとらずにベッドへ直行してしまった。社会福祉というものは、多くの肉体労働とただ働きで構成されているらしい。

 

「とうさま」

 

 俺の膝上に座ったシエルが振り返ってこちらを見上げる。その声と柔らかな肌の感触は、子供そのものだった。

 

「あれ食べたい」

「そうか」

 

 俺はシエルが指さした蒸した芋を潰した料理を引き寄せてやる。夜は付き合ってやると言った手前、これくらいはしてやらないとな。

 

「とうさま、これおいしい」

「よかったな」

 

 口の端に付いた食べかすをふきんで拭いてやりながら、俺は周囲の視線を見返す。

 

 確かに、冒険者をやっていて小柄な女が二人いるのは目立つ、ましてや片方は精神的にも子供だ。子連れの冒険者はいないわけではないものの、珍しいのは確かだった。

 

「なーんかお兄さん、シエルにだけ甘くないです?」

 

 シエルが料理の味を楽しんでいると、キサラがじっとりとこちらを見て、不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「流石にシエルの見た目で対象にしちゃうのはナシだと思うんですよぉ」

「何を言ってるんだお前」

 

 シエルと同じものを口に運びつつ、俺はキサラにツッコミを入れる。こいつは時々訳の分からない事を言う。

 

「いやいや、ワタシは超絶美少女ですから、お兄さんがなびいちゃうのも分かるんですけどぉ、流石にお子様の見た目のシエルを対象にしちゃうのってぇ、ロリコンさんなのかなぁって」

 

 一体こいつは何を言っているのか、父親代わりなんて大それたことを言うつもりは無いが、このくらいの精神年齢相手なら、頼りになる存在が必要だろうに。

 

「そもそもぉ、ワタシのビキニトップ――」

「キサラ、うるさい」

 

 さらに言葉を続けようとするキサラに、シエルがぴしゃりと言う。

 

「はぁー? おチビは黙っててほしいんですけどぉ?」

「キサラもちっちゃいじゃん」

「私は実年齢の方がセーフだからいいんですぅー」

「そのくらいにしておけ、二人とも」

 

 周囲の視線が剣呑な物から憐憫に近いものとなり、痛くなってきたので俺は慌てて仲裁をした。

 

 

――

 

 

 真夜中を過ぎた頃、酒場の扉が揺れた。

 

「遅かったな」

 

 誰も居なくなったフロアで、俺はろうそくの明かりを頼りに酒を飲んでいる。たった今帰ってきたヴァレリィと話すためだ。

 

「白閃!? こんな時間まで起きてるなんて……」

「誰かが残っていないと、酒場の鍵を掛けられそうだったからな」

 

 酒場の従業員は既に誰もいない。酒や備品の番をする代わりに、鍵を開けておいて貰っていたのだ。

 

 俺が手振りで鍵を閉めるように促すと、ヴァレリィはそれに従い。鍵を掛けてからテーブルに着く。

 

「そうか、ごめん。思った以上に資料が豊富でね」

「まあなんにせよ、帰ってきてくれて助かった。少し頼みたいことがあってな」

 

 冒険者ギルドの紹介でいくつか探してみたが、どうしても俺の目当てとするものが見つからなかった。ここまで探して無いのなら、専門家に作ってもらうしかないだろう。

 

「僕にできる事なら構わないけど、一体何をするんだ?」

「支援魔法のスクロールを作ってほしい」

 

 これから先、しばらく両手剣を使うのに難がある状況が続くのであれば、ある魔法を使えるスクロールが必要だった。

 

 値段はともかく、スクロール自体は多くの店で買う事が出来るが、既製品は持続治癒や急速回復、防護などの回復系、研磨や筋力増強などのバフ系が、需要や供給の面から大多数であり、暗視などの冒険自体を支援する魔法は、コストや作成難度の観点から、支援魔法に適性のある聖職者や魔法使いに頼っていた。

 

「支援魔法、なんでまた?」

 

 怪訝な顔をするヴァレリィに、俺は説明をする。

 

 現状左肩を思う存分動かせない為、両手剣を扱えない事、そしてそれをカバーするためには、とある支援魔法が必要だという事、その二点を中心に、必要性をしっかりと伝える。

 

「――うん、君にとってそれが必要なのは分かった」

「そうか」

「でも、僕はそれを作る気にはなれないな」

 

 ヴァレリィはいつになく真剣な顔で言う。

 

「理由は三つ、第一に僕は支援魔法はそこまで適性が高くない。スクロールを作ってもそこまで強い効果は期待できない。第二にその魔法はかなり高度だ。すぐに出来るものじゃない。そして、これが一番大きい理由だけど……自殺するつもりなら君一人でやってくれ」

 

 彼の言葉はまっすぐで、正直に俺を心配していた。だが、残念ながら俺としても譲れない部分がある。

 

「心配し過ぎだ。使ったからと言って死ぬわけじゃないだろう。自分の身体の使い方くらいは自由にさせろ」

「そういう話じゃない。シエルちゃんはどうなるんだ? もう君の身体は君だけの問題じゃないんだ」

 

 言われて、言葉が止まる。

 

 ソロで活動していた頃は考えもしなかった。そう言えば、こんなしがらみを嫌ったっていうのも、ソロをしていた理由だったな。

 

「ああ、そうだな……悪かった」

 

 だが、実際にそのしがらみも、実際に目の当たりにすると、意外と心地の良い物だった。

 

「全く、僕を悪者にしないでほしいな。キサラちゃんが聞いたらなんて言いだすか……」

 

 なんにせよ、次の目的地はオース皇国だ。その短い期間で無理をすることも無いだろう。俺は少し早めにルクサスブルグを発つことを決めた。

 

 

――

 

 

「あーあ、もうちょっと収穫祭楽しみたかったなぁ」

 

 エルキ=オース国境への道すがら、キサラがため息交じりに嘆いた。

 

「うーん確かにあの蔵書量は魅力的だったけど、旅をこれ以上遅らせるのも白閃に悪いしね、仕方ないよ」

 

 ヴァレリィがキサラを宥める。なんだかんだ彼はこのパーティに馴染んできたように思えた。

 

「とうさま、オース皇国ってどんなとこ?」

 

 カラコロと飴玉を転がしながら、シエルがこちらへ視線を向ける。

 

「んー? シエルちゃん気になっちゃう感じ?」

 

 俺は質問に答えようとしたが、それはティルシアによって遮られた。

 

「なんもないところだよー、砂と岩だけって感じ」

「へー」

 

 正確には雨が降らず、土壌にかなり栄養が少ないため、あまり植物の育たない土地である。地下水の流入によって人類圏最大の湖、ヨルバ湖が国の中心に存在するが、そこ以外は湖に流れ込む川と水源沿いにちらほらと集落があるだけだ。

 

「シエルには少し不便がかかるかもしれないが、ギルド本部まで行くにはこのルートが安全なんだ。我慢できるか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 少なくとも冒険者ギルドの後ろ盾を得るまでは、教皇庁に目を付けられるわけにはいかない。集落に立ち寄るのは、なるべく控えるべきだろう。

 

「でもこの時期にオース皇国行けてよかったですよ、あそこってめちゃくちゃ暑いし日差しも強いじゃないですかぁ、ワタシ的には、冬のオース皇国はすごい助かるっていうか、夏はいく気がしないっていうかぁ」

 

 イクス王国が北からの風によって冬が厳しくなるのに対して、オース皇国は日光による日差しと照り返しが、遮るものが一切ない荒野に降り注ぐため、昼の暑さと夜の寒さが顕著に表れる。

 

 気温に関するメカニズムが違う為、オース皇国は季節に左右されず年中暑いのだが、暑い時にわざわざ暑い場所へ向かう人間はそう多くない。キサラが言いたいのはそういう事だろう。

 

「それで、とうさまの傷は治るんだよね?」

「オース皇国で聖女に会えればな」

 

 まあ、会えないなんて事は無いだろう。聖女・聖者は少ないとはいえ、冒険者で言えば白金等級くらいの希少さだ。そう考えれば、本拠地である教皇庁にそれらが居ないはずがなかった。

 

「ま、いいですけどぉ、お兄さん、聖女様相手にセクハラして教皇庁に喧嘩売らないで――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!! どうして今やったんですか!?!???!? やる必要なかったでしょ!!!」

「いや、セクハラってこういう事なのかなと思って」

「そりゃもう正解ですけど!! ワタシで実演しないで貰えます!??!?!!?」

 

 お前以外にはやらないから安心しろ。とは言わなかった。




 お読みいただきありがとうございます。そして更新頻度の低さに付き合ってブクマを外さないでいて頂けること、ありがたく思います。

 次の話から、またしんどい話を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!

 ……あ、あと3月8日までちょっと出張があって執筆ができません。約半月ほどですが、書き溜めかストーリーをしっかりと練っていきたいと思いますので、気長にお待ちください。

 では、引き続き評価・ブックマークをよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女奪還1

――人生はチョロい。

 

 ボクがそのことに気付いたのは、巡礼の旅に出る前、聖職者としての基本を教わっている時だった。

 

「シスター・ティルシア。貴女はこの修練で最高の成績を収めました。よってここに修了証とロザリオを与えます」

「はい。ありがとうございます」

 

 しわくちゃの老司祭からやたら豪華な紙切れと高く売れそうなロザリオを渡される。多分パパやママが見たらすごく喜ぶと思う。それこそ「手のかかる子だったがやっと真面目になってくれたか」とか言うかもしれない。

 

 ボクは魔法の素質が高かったようで、同期の中では初めに回復魔法を使えた。反発するのが面倒で教師には従順にしていたので、大人からは真面目な生徒と認識されていたみたいだ。

 

 そうだ、何も頑張る必要はないんだ。

 

 おかしいと思っても、別の方が正しいと思っても、黙っていればいい。何か異を唱えれば面倒なことになる。

 

 おかしいことを指摘すると、意見や要求を飲む気もないのに、大人はボクと「話し合い」をしたがる。その実態はあれこれ理由を付けてボクに「ゴメンナサイ」を言わせて自分の正しさを押し付けるものだ。

 

「君は優秀だ。このまま修練を積めば、解呪を使えるようになるかもしれない。そうなったら、聖女になる援助もするつもりだよ」

「ありがとうございます。修練を積みます」

 

 魔法担当の先生からそんな事を言われて、ボクは表面だけ繕って恭しく頭を下げる。修練などするつもりもないのに。

 

 適当に、五割くらいの力で謙虚にしていれば、誰も何も言わないし、責められる事もない。きっと習得できない時でも「覚えが悪くて出来の悪い聖職者」の振りをしていれば切り抜けられるだろう。だから、自分で考えて行動しない限りは、人生は簡単で右から左へ流れていくようなものだ。

 

「ティルシアさん。おめでとう」

「うん、ありがとう」

 

 自室の残った荷物を袋に詰め終わったところで、同室の修道女が話しかけてくれる。正直なところ、名前も定かじゃない。

 

「私も何とか卒業できたよ。ティルシアさんのおかげだね」

「君が頑張ったからだよ、ボクは手伝っただけ」

 

 ボクは彼女を心の中で憐れんでいた。何も考えず、ただ従っていればいいのに、彼女はことあるごとに教師に質問し、自分が納得するまで絶対に考えを改めなかった。

 

 正直なところ、馬鹿な事をしていると思ったことは一度や二度ではない。それらしくしていれば、目を付けられる事もなく卒業できただろうに。

 

 ボクは彼女に別れを告げて家に帰る事にする。一月後には巡礼の旅が始まるのだ。せめてそれまでは家でゆっくりさせてもらおう。

 

 

――

 

 

「あっっ……っつぅーい……」

 

 巨大な石塔の下に、アルカンヘイムの正門が見え始めた頃、キサラが限界に達したのか、かすれた声で呻いた。

 

「今って冬じゃないですかぁ、何でこんなに暑いんですかぁ……死んじゃいますよぉ……」

「この荒野だと日光が遮られないからな」

 

 とはいえ、俺と彼女は何度か訪れたことがある。夏場の殺人的な暑さよりは随分とマシなことは知っているので、ただ愚痴っているだけだろう。俺は砂漠用の旅装を正して、後ろを振り返る。

 

 今にも倒れそうなヴァレリィと、渋々それを支えるシエル、そしてこの熱砂の中で相変わらずの顔をしたティルシア、三者三様の表情がなんとも笑いを誘うが、俺の意識はそれよりも後ろ――遠くにあるアルカンヘイムとは別の石塔にあった。

 

 ひたすら何もない荒野を歩く場合、多くの場合は方位磁針や星を参考にするが、オース皇国ではそれ以外に集落ごとに非常に高い石塔が建てられている。

 

 水が少なく、動植物もほとんどないこの国では、遭難は死に直結する。その為、集落ごとに同じ高さの石塔を建てて、それを目印として旅ができるようにしているのだ。

 

 俺の視点からあの街の石塔と、アルカンヘイムの石塔を見比べ、距離を概算する。この調子なら夕刻にはアルカンヘイムに到達できるだろう。

 

 オース皇国に入って以来、集落は二、三ほどしか寄っていない。国を通過するまではこの旅が続くことになるが、アルカンヘイムでは肩の傷を含め、それなりに長く滞在することになる。ギルド本部までの後半戦、十分に英気を養っておく必要があった。

 

「キサラはともかく……ヴァレリィ、大丈夫か?」

「……」

「とうさま、ダメっぽい」

 

 本人は大丈夫のつもりで片手を上げたようだが、俺から見るとギブアップ宣言にしか見えなかった。シエルも同意見だったようで、首を横にふった。

 

 幸いなことに、視界の先に大きく突き出した岩塊が見える。そこでしばらく休憩を取る必要がありそうだ。

 

 キサラに先導を任せ、俺達は魔物が寄らないよう注意しつつ後に続く。幸い草も茂っていない荒野では、魔物の接近はすぐに分かるようになっていた。

 

「くふ、順調に進んでて何よりだね」

 

 岩陰に腰掛け、キサラとヴァレリィに水分補給をさせていると、ティルシアが俺の隣に座った。

 

「オース皇国は慣れていそうだな」

「そりゃボクの故郷だし」

 

 事も無げに彼女は答えて、息をつく。そう言えば、以前そんな事を言っていた気がする。

 

「ま、でも安心してよ、両親と会いたいとかそう言うめんどくさい事は言わないからさ」

 

 そう言ってティルシアは「くふふ」と笑った。

 

「それで、ティルシアは俺の肩が治ったらどうするつもりだ?」

「へ? 付いていくつもりだけど? 君の側に居たら楽できそうだしね」

 

 つかみどころのない調子のまま、彼女は言葉を続ける。その言葉は本心か建前か、今ひとつ判断がつかなかった。

 

 

――

 

 

 休憩をとったのもあり、アルカンヘイムに到着するころには、既に日が落ちてしまっていた。魔物や野盗を避けるため、門は固く閉じられており、翌朝まで開きそうになかった。

 

「門の外で一泊するしかないか」

 

 俺は城壁に沿って作られたあばら家の数々を眺めつつ、宿が無いかどうかを確認する。

 

 各国家の首都くらいの規模になると、街中だけで人間を住ませることができない。この住人たちは、経済を城内に依存しつつ、住むことができない行商人や貧困層が主となっていた。

 

 当然ながら治安も悪く、気を抜くことができないが、荒野のど真ん中で魔物に警戒して眠るよりは、いくらかはマシだった。

 

「やっぱりアルカンヘイムの壁街は他の国と違いますねぇ」

 

 家々を回りながらキサラは呟く。俺はその言葉に静かに頷いた。

 

 魔物やならず者から中の住人を守るのが壁の役割だが、アルカンヘイムは教皇庁があり、難民を多く受け入れているだけあって、外敵から守るための壁を取り囲むように、大規模な集落ができていた。炊き出しなども行われるので、食い詰めた傭兵や冒険者崩れが多数おり、それが治安の悪さに拍車を掛けていた。

 

「全く、お花畑だよね、教皇庁のお偉いさん方はさ。炊き出しをしていれば、人助けができていると思ってるんだ」

 

 ティルシアがぼやいて、ボロボロになった家の残骸を踏み割る。貧民街とも言えるような環境で、なんとか夜を明かせるような場所を探していたが、なんとかこの崩壊した家で雨風を凌ぐことは出来そうだった。

 

「今日はここで寝るぞ」

「はーい、まあ荒野で野宿と比べれば、結構上等じゃないです?」

 

 俺は荷物を降ろし、続いてキサラが巨大な布でタープを張っていく。シエルは俺から道具を受け取ると、瓦礫を積み木のように組んでかまどを作った。

 

「よ、ようやく……夕飯ですか?」

 

 ヘロヘロになって何とかついて来ていたヴァレリィが、消え入りそうな声でへたり込む。長旅に慣れていない彼が、ここまで何とかついて来れたのは、かなりガッツがあると評せざるを得なかった。

 

 火打石で着火して、火が安定してきたところで鍋を置く、水筒から水を注いだ後に干し肉や大麦、日持ちのする食材を全て入れ、蓋を閉じて煮る。

 

 待ち時間ができたため、それを伝えるとシエルはキサラを連れて周囲の確認に向かう。シエルだけなら心配だが、キサラもいるなら大丈夫だろう。

 

「なんとか食料は間に合ったか」

 

 旅をする上で、死活問題になるのが食料だ。今回は余裕をもって買ったつもりだったが、動植物の少ない風土では、想像以上に早く食料が無くなる。今回は特に大所帯だったので、食料の残りを見誤っていた。

 

「ボクを通して教会に言えば、簡単に分けて貰えたのに」

「そうもいかなくてな」

 

 ティルシアの言葉に、俺はちらりとシエルの方を見る。魔物に対して明確な絶滅主義を打ち出している組織に、彼女の存在は絶対に秘匿しなければならない。そう考えると、わざわざ教会に近づくようなことは、可能な限り避けておきたかった。

 

「残念ながらそうなんですよね、シエルちゃんを守るためには、教会とは距離を取らざるを得ません」

 

 少し復活してきたヴァレリィが、話に割って入ってくる。彼は俺と同じく、魔物とは別方面の警戒ができる人間だった。シエルとティルシアは話すまでもないとして、キサラも斥候として高い技術は持っているものの、政治や社会情勢には全くもって疎かった。

 

「へぇ、じゃあやっぱり人間じゃないんだ、あの子」

 

 ティルシアは薄い唇をさらに伸ばして笑みを作る。見た目は怪しいものの、これまでの付き合いで彼女の無害さはよく分かっていた。

 

「ああ、今は人間へ敵意は持っていないがな」

「これから先はわからない?」

「……そうなるな」

 

 ここで、俺がさせないとは言えなかった。人間への敵意を向けるとすれば、俺だけのはずだ。しかし、シエルがこの先人間に失望してしまう可能性はゼロではなかった。

 

 俺の返答に、長い沈黙が訪れる。ヴァレリィも、彼女のリスクを知っているからこそ即座に反論は出来なかった。

 

「ごめん、性格悪かったね」

 

 そう言って、ティルシアは頭を掻く。

 

「別に構わない、事実だ」

 

 俺も冒険者ギルドも、その可能性を限りなく低くする為に動いている。その為に俺たちは本部を目指しているのだ。

 

 本部でギルドの後ろ盾を得ることができれば、そう簡単にシエルが悲しむ状況には陥らないはずだ。ということは、彼女が敵対する可能性は低くなる。

 

 だが、実際その低い可能性が起きた時、俺はシエルを殺せるのだろうか? 俺がシエルに殺されることは仕方ないと思っているが、彼女が被害を拡大させようというのなら、俺は止めなくてはならない。

 

「さあ、それよりそろそろスープも煮えてくるころじゃないですか? 頂きましょう」

 

 重苦しい沈黙を破って、ヴァレリィが宣言する。しばらくするとキサラたちも戻ってきて、食事が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女奪還2

 月が東の空に登り始めた頃、ボクは火の燻ぶる薪を見つめながら、今までの旅を思い返していた。

 

 夜も遅く、既に起きているのはボクくらいで、他の人たちは静かに寝息を立てている。

 

――「今は大丈夫でも、これから先はわからないでしょ」

 

 ボクの母親は、そう言って拾ってきた魔物を憲兵に引き渡した。

 

 魔物は人間にとって不倶戴天の敵。教会の理念に忠実で、敬虔な信徒だった両親は、魔物を毛嫌いしていたし、当然魔物使いの一座が興行に来た時も、いい顔はしなかった。

 

 そんな両親と暮らしていたものだから、ボク自身もいつしかそう考えるようになり、そして、それに疑いを持つことが無くなった。

 

 それに違和感を抱くようになったのは、シエルという魔物の少女に出会った時からだった。

 

 今まで魔物は敵であると認識できていたのは、彼らが人語を話さず、襲い掛かってくる存在だったからだ。対話が不可能だからこそ、相手を殺すか相手に殺されるかという関係しか作れない。聖職者の修練を積むとき、ずっとそれを言われ続けてきた。

 

 では、対話可能な魔物がいるとすれば? 殺すか殺されるか以外の関係が築けるのではないか、幼少期の記憶と共に沸き上がったのは、そんな疑念だった。

 

 なぜ、考えなかったのか。魔物に知性があるという事を。

 

――これから先はわからない?

 

 あの時、ボクの口から出た言葉は、ボクの中にある母親の言葉だ。楽観的な思考をしたい自分を戒める思考。今は大丈夫だとしても、明日はわからない。それこそ、次の瞬間にはシエルが本性を現して、ボクたちはおろか、壁街の人たちも巻き込んで殺すかもしれない。

 

 だけど、そうじゃないかもしれない。

 

 これから先、ずっとシエルは大人しくて、人を襲わないかもしれない。

 

 あまりにも楽観的な見通し、ボクなら――いや「ボクの母親なら」とても受け入れられないものだ。

 

「ん……」

 

 シエルが小さく呻いて寝返りを打ち、顔がみえる。透き通るような白い肌に、月の光を蓄えてきらめく銀色の髪、何処からどう見ても、美しい人間の少女だった。

 

「これが魔物だなんて思えないよねえ」

 

 誰かに話しかける訳でもなく、回答を求める訳でもなく、ボクは一人呟く。その声は誰にも聞かれることはなく、返ってきた反応は燃え尽きた薪が崩れる音だけだった。

 

 今は無理だけど、この子が本当の姿をさらす瞬間を見てみたい。純粋な興味として、そう思った。

 

 

――

 

 

 アルカンヘイムの門をくぐったのは、俺とティルシアの二人だけだった。シエルは当然くぐらせるわけにいかず、彼女を残すのなら、キサラとヴァレリィの二人も残しておいたほうがいいという判断だ。

 

 とはいえ、街中でそう危険な事は無いはずなので、患者である俺とコネクションを持つティルシアだけが向かっているという訳だ。

 

「相変わらずだな」

 

 俺は白色の砂岩で構成された建物たちと、表通りに並ぶ露店の数々、そして露店から少し離れた位置にいる浮浪者たちを眺める。

 

 オース皇国は木材などが乏しく、建材にはもっぱら石や砂泥が使われ、他の四大国家たちとは明らかに違う建築様式をしていた。

 

 また、石を切り出す際金属製の工具が必要となるため、冶金技術が発達し、特産品として金細工が作られている。この金細工は、特にエルキ共和国の貴族たちに好まれており、経済的な価値はもちろん外交手段としても重要な役割を持っている。

 

 そして、アバル帝国との関係は、直接的な利害関係が薄いにもかかわらず冷え込んでおり、帝国海軍では海路での侵攻計画があるのではないか、などという噂話すらも出ていた。もしそれが事実で、なおかつ成功したとしても、アバル帝国はオース皇国と隣接しておらず、エルキ共和国を挟んだ飛び地に支配領域を得ることになるため、兵站の維持は容易ではない。となれば、この話は荒唐無稽と言わざるを得ないだろう。

 

「さ、ついたよ」

 

 ティルシアが指さした先には、大きな聖印を掲げた建物があった。大聖堂だ。

 

 内部に入ると、驚くほどに豪華な造りになっていた。岩壁に石膏を塗り、天井を含めた全面に宗教画が描かれていて、通路の両脇には、精緻な金細工がいくつも並んでいた。

 

「ふへ、儲かってそうだよねぇ」

「……ああ」

 

 息を漏らすように笑って、自分の所属する本部を揶揄するティルシアに同意する。事実、儲かってはいるのだろう。

 

 教会が行っているのは慈善事業ばかりではない。金が何もないところから湧いてくるわけではないのだ。

 

 巡礼者という、修行中の聖職者であれば治療は無償で受けられるものの、未熟な腕前であるので強力な治癒は使えない。高位の治癒魔法を使えるのは、多くは教会所属の聖職者たちで、彼らは治療に金銭を要求する。

 

 また、古代技術の独占も行っており、魔力に頼らない動力の確保など、そういったものは教会が製造、管理を行って、手数料を徴収する形となっている。

 

 そして、多数の貴族からの寄付。特にオース皇国では、税金のうち数パーセントは教会に流れているという事だった。

 

「入りなさい」

 

 調度品の一つでも売れば、昨晩の壁街で集合住宅でも建てられそうだな、などと考えていると、ティルシアが一つのドアをノックし、返事が返ってきた。

 

「失礼します。オーストン枢機卿」

 

 彼女がドアを開けると、その先に居たのは白髪を香油でしっかりと固めている、端正な顔立ちをした老人だった。彼は窓を背に椅子に腰かけ、デスクに肘をついている。

 

「魔道文で話は聞いています、不死操者に肩を傷つけられたそうで」

 

 オーストン枢機卿と呼ばれた男は、理知的な笑みを浮かべつつ、話を続ける。一見して柔和な表情だが、それにはどこかうすっぺらさがあった。

 

「そうだ、治療を頼みたいのだが」

 

 俺は警戒しつつ、しかし不信感を露わにしないよう注意しながら、返答する。何か企みがあるにしても、曲がりなりにも相手は聖職者だ。よほどの無茶は言ってこないだろう。

 

「丁度一人、手の空いている聖女が居ます。一緒にこられますか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 

 一体何が表情の下にあるのか、俺はそれを警戒しつつ、ついていくことにした。

 

 

――

 

 

 聖女・聖者とは、教会で最高峰の実力を持つ者の称号である。

 

 教皇を頂点とした教会組織だが、枢機卿たちで構成される方針決定などを行う政治的な部分と、聖女たちによって纏められる実務を行う部分がある。そして、そのどちらも最高権力は教皇という事になる。

 

 つまり、今俺たちを案内しているのは、教会政治で二番目に偉い役職の男で、これから会うのは実務的な方で二番目に偉い役職の女性だった。恐らく、横にいるティルシアも巡礼が終わればどちらかのルートを辿っていく事だろう。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

 

 教会内の政治で成り上がっただけあって、彼自身にはアルカンヘイムの壁より外側への興味はないんだろうな、などと失礼なことを考えて横顔を見ていたら、声を掛けられてしまった。少し不躾だったと反省する。

 

「それにしても、私達はあなた方冒険者に少なからず感謝しているんですよ」

「感謝?」

 

 思わず聞き返していた。隣にいるティルシアも首をかしげている。

 

 冒険者は、一般的に言えば社会の最底辺である。浮浪者や野盗に比べればさすがにそれよりは上だが、金もなく、人のつながりも信用もない、食い詰めた人間が最後になる職業が冒険者か傭兵である。家柄や素質に恵まれ、泥を啜るような事とは無縁の聖職者とは、恩義やそう言った事とは無縁のはずだった。

 

「ええ、魔物を倒す事が生業でしょう? 聖職者はアンデッドのみしか倒せませんので、奴ら以外を殺してくれる冒険者にはいつも感謝しています」

「別に俺たちは絶滅主義じゃない。その感謝はお門違いだ」

 

 俺達が魔物を倒すのは、人間の生活圏を守るためという側面が強い。その目的のためであれば魔物を保護することもする。そういう行動原理となっていた。

 

「ふふ、感謝や恨みとは、自分が意識していなくてもされるものですよ」

 

 そう言って、オーストン枢機卿は一つの扉を開ける。それは木製ながら両開きで、重厚な雰囲気を持っていた。そしてその内部は、その扉に相応するように広く、いくつもの調度品に囲まれていた。

 

 その中心にあるテーブルには、一人の女性が腰かけており、扉を開けた俺たちを確認すると、軽く会釈をして口元を緩めた。

 

「御機嫌よう、オーストン枢機卿」

「ああ、元気そうで安心しましたよ、シスター・ライラ――さて、彼女は教会所属の聖女、そのうちの一人です」

 

 オーストン枢機卿は、俺とティルシアに椅子を勧めると、自分も席に着いた。そして俺たちの状況を聖女に伝えると、こちらに向き直る。

 

「解呪の条件は、喜捨を金貨三〇〇〇枚、そしてとある魔物の討伐を受けてくれることを条件としています」

 

 そう言って、オーストン枢機卿は羊皮紙を一枚俺の方へ差し出した。なるべく早くギルド本部へ向かいたいが、可能ならば、後で受けるという事もできないだろうか、そんな事を考えながら、俺はそれを確認する。

 

 

――神竜討伐

 オース皇国北部、魔物圏との境界付近に、神竜種が一頭存在している。今回はその討伐を依頼したい。対象の特徴は――

 

 

「論外だ」

 

 俺はそこまで読んで、羊皮紙を机に投げ出した。

 

「なっ!? 何故ですか!? 白金等級の白閃が、神竜種の単独討伐を成し遂げたという話は、我々も掴んでいるのですよ!」

「殺せるから殺すのでは、ただの殺戮者だ」

 

 現在確認されているシエル以外の神竜七頭のうち一頭は、このオース皇国北部の神竜だ。彼は人間と不干渉の立場を貫いており、あらゆる生物との接触を嫌っている。

 

「それに、間違いなくオース皇国にとって良くないことが起こる」

 

 神竜という強力な魔物がいることによって、オース皇国は北部からの魔物の侵攻を防げている。オース皇国の政府はおそらくそれを理解していると思われるが、教会にとっては、総本山のすぐ近くに神竜種がいるのが気に食わないのだろう。

 

「占術の類ですかな? 教会相手にそのようなことが――」

「視野が狭すぎる。神竜種を討伐させた実績を持って枢機卿としての地位をあげようとしたか?」

 

 俺は席を立つ、左肩の傷を治したいことは確かだが、殺す必要のない魔物、しかも神竜を殺すとなれば、話は別だ。ティルシアに目配せをすると、彼女は少し戸惑った後、俺に続くように席を立った。

 

「ま、待ちなさい! 教会以外でその傷を治せると思っているのですか!?」

「その神竜を倒した結果を考えれば左肩くらい諦めがつく」

 

 そう言って、俺たちは唖然としている聖女と枢機卿を置いて部屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女奪還3

「はぁー? お兄さん融通利かなすぎぃ、石頭も良いところじゃ――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!! 手を出すとか男として恥ずかしくないんですか!?」

「いや、イラっと来たから」

「だからムカついたからって、そういうことするなって言ってるんですけど!!???!?!??」

 

 正直なところ、俺自身も後悔している部分がある。交渉の基本としては、双方の希望を主張し合った上でどこで妥結できるかを考えるべきだった。だが、それ以上に名誉のためだけに情勢を無視する枢機卿に腹が立ったという事がある。

 

 今日の宿は、昨日と同じように壁街の中にある廃墟だ。ギルド支部が無いわけではないものの、あの支部は間違いなく教会の息がかかっており、枢機卿の不興を買った俺達が安心して寝られる環境ではなかった。

 

 そして――

 

「? どうしたの、とうさま」

「いや、何でもない」

 

 シエルの姿を見る。彼女を教会の権力が強い街中に入れるのは避けたかった。最悪の場合、彼女の身柄が教会に奪われる可能性すらある。

 

「ごめん、そもそもボクが油断しなければ……」

 

 ティルシアは俯いている。俺は気にしなくていいようにと、首を振ってその言葉を否定する。

 

「冒険中の負傷は全部自己責任だ。俺が勝手に助けただけ、そう考えておけ」

 

 そもそも、この傷が治らないわけではないのだ。

 

 魔法以外の方法、医術や自然治癒に期待することもできる。回復阻害の付与がされている以上、回復はかなり遅いが、不可能という訳ではない。

 

「僕としても、なんとか上書きできないか考えてみますが……上位のデバフ付与は上書きがかなり難しいので、あまり期待しないでください」

 

 付与魔法は、組み合わせにもよるが強力で特殊なものが優先される。

 

 練度の低い人間が、熟練の支援魔法で掛けた筋力増強を上書きしようとしても不可能であり、回復阻害などの特殊なデバフは、上書きが困難である。

 

「治癒力促進のスクロールを使ったとしても、通常時の一〇%しかない回復速度が二〇%になったところで、という話だしな」

「ええ、とりあえずは、本部に事情を話して、ギルド上層部に交渉をお願いするしかないでしょう」

 

 ヴァレリィの言葉に同意する。恐らく枢機卿の間でも、俺の情報は共有されている。これ以上事をこじらせる前に、さっさとギルド本部へ行ってしまうのが一番だろう。

 

「明日、少数民族同盟へ向かうための買出しをしておこう」

 

 少数民族同盟とは、オース皇国南部に位置する様々な国家が集まって出来た地域で、各々が独特な文化を育んでいる場所だ。

 

「分かりました。食料品はともかく、冒険に必要な消耗品で良質なものは壁街では手に入りませんでしたから、明日は僕たちが街に入ります」

 

 ヴァレリィがそう言って、俺は頷く。今回は少々強行軍な側面もあった。キサラも含めて、消耗品を買い揃える必要があった。

 

 となると、出発は明日の夕方という事になる。体力の消耗を避けるため、出発は夕方以降のほうが良いだろう。

 

 

――

 

 

「じゃあ、昼過ぎには戻るよ」

「久々のお買い物なんで楽しんできまーす」

 

 二人の歩いていく姿を見ながら、ボクはちらりと白閃の方を見る。彼は傷に負担を掛けないように、丁寧に包帯を巻きなおしている。回復が阻害されているとはいえ、ゆっくりと傷口は塞がっているようで、黒ずんでいた患部は、ようやく広がることを止めていた。

 

「とうさま、大丈夫?」

「ああ、気にするほどじゃない。本部につく頃には傷も塞がるはずだ」

 

 シエルとの会話を、それとなく耳をそばだてて聞きつつ、ボクは考える。

 

 もし、ボクが解呪を使えたら、こんな事をしなくても良かった。油断しなければ、彼が怪我を負う事もなかった。考えたくはなかったけれど、それは紛れもない事実だった。

 

 そして、ボクはこうも考えていた。なぜ僕が解呪を使えないのかと、何故あの時油断してしまったのか。それは、あの瞬間までそれでいいと思っていたからだった。

 

 だけどまだ、アルカンヘイムで彼の傷が治れば、その気持ちをごまかすことができた。喉元さえ過ぎればそれを忘れることができたから。

 

「どうした?」

「ううん、何でもないよ」

 

 彼が心配そうに声を掛けてくれるが、ボクは嘘をついてごまかした。彼はボクを責めることはしないし、他の人たちも、ボクのせいで苦労をかけていると言うことを何も言わない。

 

 これなら、責めてくれた方がいくらかマシだった。今更ながら、ボクはそんなことを考えた。だけど、叱る人も責める人も居ないのだ。

 

「あ、あの! 白閃様!」

 

 ボクの思考は、切羽詰まった声によって中断させられた。声のする方向を見ると、身なりの良い、金髪の若い聖職者が、息を切らしてかけてきている。

 

「白閃様! お助けください!」

 

 ボクは彼が昨日とは別人ではあるけど、服装から、その人が高位聖職者――枢機卿であることが分かった。

 

「何があった?」

「聖女が……賊に捕まって……!」

 

 聖女が賊に捕まる? ボクは訝しんだ。

 

 普通、聖女には護衛が複数ついていて、聖職者すらそう易々と会うことが出来ない。ましてや、ならず者が誘拐できるほどの隙を作るはずがないのだ。

 

「わかった。行こう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 枢機卿について行こうとする彼を引き留める。いくら何でもおかしすぎる。

 

「一体どうやって聖女をさらえたのさ、普通の人じゃ会うことも出来ないのに」

「それは……」

 

 枢機卿の男が言いよどむ、もしかしたら、依頼を断った腹いせにボクたちを罠にはめるつもりかもしれない。

 

「依頼と報酬の詳しい話や説明は道中で聞く。シエル、ティルシア、行くぞ」

「はい、とうさま」

「えぇっ!? 待って待って!」

 

 明らかに怪しい懇願を、彼は迷うことなく承諾する。ボクはそれに驚いて、おもわず声を上げていた。

 

「何でそんな怪しい話についていくのさ、そもそも昨日無茶な要求してきた相手に――」

「必要とされているなら行く、それだけだ」

 

 ボクの言葉に、彼はそう応えた。その言葉の裏には、絶対の自信があるように思えて、ボクはそれ以上何も言えなかった。

 

「無理についてこいとは言わない。自分で選べ」

 

 そう言われて、ボクの身体は反応する。

 

 自分で選ばなくてはならない。それが正解でも、間違いでも、誰も間違いを指摘してくれない。

 

「……ああ、もう!」

 

 なら、せめてボクがしたいと思ったことをしなければ、そう思って、彼の後を追いかけ始めた。

 

 

――

 

 

――聖女奪還

 アルカンヘイム近郊で、聖女が野盗に拉致された。身代金の要求は金貨五〇〇〇枚、教皇庁は身代金の支払いには応じない考えであり、教皇庁諜報院から野盗のアジトは特定されている。しかし現在即応できる教皇軍が存在しない為、冒険者に委託することにした。

 なお、この依頼は確実性を期すため、最低でも金等級以上の、現在アルカンヘイムにいる最高の冒険者が受注する事。

 

 

 文章に起こすとしたら、こんな感じだろうか? 俺は案内役の枢機卿とシエル、ティルシアと共にアルカンヘイム近くにある洞窟へと急いでいた。この辺りはごつごつとした、入り組んだ地形のため、身を隠すには好都合な地形だ。

 

 身代金の支払いには応じない。それは一度応じてしまえば、前例となって、それ目当ての人間が続いてしまう可能性があるから、当然そうするべき事なのだが、被害者の安全が脅かされてしまう諸刃の剣だった。

 

 キサラたちには置手紙を残しているし、距離を考えれば明日の明け方には戻れるだろう。旅の遅れはそこまでではないはずだ。

 

「とうさま!」

 

 シエルの呼びかけに足を止める。彼女が指さす方向には、男が一人立っていた。俺は昨日買っておいた片手剣を鞘から抜いて、左手を添える。力を込めなければ、問題なく動けそうだ。

 

 男は未だにこちらに気付いていないし、俺のいる反対方向を警戒している。有利を取るのは簡単だった。

 

「動くな」

「っ!?」

 

 叫ばれないよう、先に刃を首筋にあててから声を掛ける。相手は野盗である。必要ならば殺す事もできたが、可能ならば情報が欲しかった。

 

「ま、待て……殺すな……」

「素直に答えたらな、さらってきた女はどこにいる?」

「この先に、洞窟がある。そこの一番奥だ……団長と一緒に――」

 

 そこまで聞いて地面に引き倒すと、剣の柄で殴打して意識を奪う。少々痛いだろうが、まあ死ぬよりはマシと我慢してもらおう。

 

「最奥か……」

 

 少し考える。洞窟という狭い環境の、一番奥に行くとすれば、嫌でも相手に準備させる時間を与えることになる。間違いなく人質を取られることになるが、それ以上の事をしでかさない保証は何もなかった。

 

「ティルシア、シエル、二人はここに残れ」

「え――」

「うん、とうさま」

 

 少なくとも、不死系魔物相手以外には、簡単な支援と回復しかできないティルシアと、擬態を解くなら閉所に圧倒的な不利があるシエルは、連れていくわけにはいかないだろう。俺とついてきている枢機卿の二人で向かい、残ったティルシアをシエルが不測の事態から守るのが最適解だろう。

 

「ま、待ってよ、ボクも行く!」

「駄目だ。危険すぎる」

 

 こちらとしても、手負いの状態で全員を守り切れる自信が無いのだ。ここは分かって貰うしかないだろう。

 

「お願いっ! 絶対役に立つから!」

 

 しかし、ティルシアは俺の提案を拒否して、絶対について来ると言ってきかない。俺は溜息をつき、金髪の若い枢機卿に向き直る。

 

「仕方ない。シエルとお前の二人で残ってくれ……それと、聖女の人相を教えてくれ」

「え、あ、はい……では――」

 

 俺は聖女の人相を枢機卿から聞いて、その特徴を頭に叩き込む。

 

「それと――お付きは何人いて名前は何だ……って聞いてください。一人でハヴェルと答えるか、お付きはいないと答えるはずです」

「一人?」

 

 ハヴェル。というのは彼の事だろうか。しかし、聖女とあろう人間にしては、お付きと護衛が少なすぎるのではないか。

 

「ええ、彼女の名前はセラ――巡礼の聖女です」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女奪還4

――巡礼の聖女

 

 風のうわさで聞いたことがある。護衛もつけず、教会内でも最高峰の回復魔法と支援魔法を無料で施して回る聖職者がいるらしい。

 

 援助と寄付による対価で運営している教会にとって、彼女の存在は鬱陶しいものだった。彼女が行うのは、金持ちや権力者ではなく、浮浪者や誰も立ち寄る人のいない田舎の村が殆どであった。

 

 彼女の行動は教義としては正しい事だったが、その正しさは現在の教会にとって毒だった。彼女を支援し、肯定すれば現在の体制を批判する形になり、彼女を否定すれば教義そのものを否定することとなる。

 

 結果として、教会は彼女に触ることができない。下手に刺激すれば、教会の体制批判につながるため、黙って彼女の行動を見ているしかないのだ。

 

「ついてきているか?」

「う、うん……」

 

 野盗の喉に突き刺した片手剣を引き抜いて、後ろからついてきているティルシアを気にかける。相手が殺すつもりで来るのなら、ましてや今が緊急事態であるなら、相手の命を慮る必要はない。人を殺すのはなるべく避けたいが、避ける事に執着するつもりは全く無かった。

 

 赤黒い血糊を外套で拭うと、片手剣は再び松明の光を反射して揺らめくように煌めく。

 

 それにしても、存外洞窟は深く、大きかった。背にある両手剣も、左腕が万全であれば遠慮なく振り回せそうだった。

 

「な、何だお前は!?」

「くそっ、聖女の護衛か!?」

「早くボスに――ぐあああああああああっ!!」

 

 騒ぐ野盗たちを無造作に切り捨てつつ、洞窟の奥へと俺は足を進めていく。

 

 内部へ進むほどに違和感が増す。野盗のアジトにしては整い過ぎている。ハヴェルと名乗った枢機卿が助けを求める様子には、演技らしさを感じなかった。ということは、少なくとも聖女とその付き添いにとっては想定外の事なのだろう。

 

 偶然教会の聖堂で、俺がこの街に居ると知っていて、助けを求めに来た。昨日あんな形で交渉を決裂させたのだ、枢機卿間どころか教会内部では、当然情報共有しているだろう。

 

「……ん?」

 

 状況を考えつつ奥へと急いでいると、殺した野盗の胸元に、見覚えのあるタトゥーを見つけた。教会の十字架のようにも見えるが、一本線が多い。

 

「ティルシア」

「……え、なに?」

 

 こういうことは本職に聞いた方がいいだろう。後ろからついてきている彼女に、死体のタトゥーを見せる。

 

「この紋章に見覚えは」

 

「え……これは、深淵院(ダアト)の紋章だよ」

「深淵院?」

「うん、君が見覚えないのは当然だと思う。これは教会内部の人しか関わらない部署だから」

 

 異端審問や宗教裁判などを行う教会の自浄作用、それが深淵院という事だった。

 

「でも、なんでここで深淵院の人が……?」

「後であの枢機卿に聞けば分かる事だ」

 

 聞くまでもないことかもしれないがな。とは言わなかった。

 

 教会の腐敗は既にかなり進んでいる。巡礼の聖女が「野盗に攫われ、殺された」という事実が欲しいのだろう。そうすれば彼女は殉教者となり、教会が好きに扱えるし、それを前提に「聖女が巡礼をするのは危険である」と言い出す事もできる。さらに言えば死人に口は無いのだから、教会の不正を糾弾しようなどと言い始める危険もなくなる。まさに得しかしないという訳だ。

 

「ブオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 気分の悪い想像をしていると、奥から魔物の咆哮が聞こえてくる。洞窟全体を揺るがすような音に、ティルシアは思わず耳を塞いでいた。

 

 あまりの大きさに一瞬聴覚が消失する。俺はティルシアの服を引っ張ってついてくるようジェスチャーすると、洞窟の奥へと足を速めた。

 

 

――

 

 

 ついた先で見たのは、甲殻を持つ巨大な魔物だった。昆虫や爬虫類的な造形ではなく鼠が鎧をまとったような、奇妙な姿だった。ティルシアはまだ追いついていないが、それを待ってくれるほど相手も悠長ではなかった。

 

「行け! ぶっ殺せ!」

 

 野盗……のふりをした男が、魔物に向けて叫び、その場所をあとにする。そのそばでは純白の衣装を身につけた女性が倒れていた。この場で魔物を暴れさせて、聖女ごと殺すつもりなのだろう。人一人背負って逃げる余裕はない。ということなのだろうが、俺としてはありがたい判断だった。

 

「ブオオオオオオオッッ!!!」

 

 魔物は再び咆哮し、明らかな敵意を向けている自分へと向き直る。それを確認して、俺は地面を蹴った。

 

――鉱石喰い(クリスタルイーター)

 主に地中に生息し、鉱石を主食とする魔物だ。あまり凶暴な性格ではないため、銀等級に分類される魔物だが、侮れない存在だ。

 

 というのも、鉱石喰いは食べた鉱石を外殻の形成に使っており、その構造は複雑に絡み合っており、簡単に切り裂ける物ではなかった。

 

 口を大きく開き、岩を砕く強靱な牙をこちらへ向けて突進してくるのを紙一重で躱し、柔らかい口内へ向けて片手剣を突き出す。しかし咬合力はすさまじく、そして岩をも砕く口内は傷をつけられることもなく、片手剣を易々とかみ砕いてしまう。

 

「ちっ……」

 

 ほとんど柄だけになったそれを投げ捨てると、突進の勢いで距離の開いた魔物に向き直る。相手は俺を見逃す気は無いし、ましてや聖女を連れて返す気も無いようだった。

 

 だとすれば、俺が取る手段は一つだった。背に担いでいた両手剣を右手だけで抜き、左手でバンデージの留め金を外す。

 

 金属が爆ぜる音が響いて、波紋状の酸化被膜をもつ刀身があらわになる。片手でこの剣を扱うのは不安が残るが、丸腰で戦うわけにも行かない。「ブルルルッ……!」

 

 威嚇するように鼻を鳴らし突進してきたときとは違い、にじり寄るように距離を詰めてくる。

 

「ハァアアアッ……」

 

 息がかかるような距離まで詰めて、鉱石喰いは身体を起こす。鎧のような口角の隙間には、薄桃色をした表皮が見えていた。

 

「ブオオオオオッッ!!」

 

 雄叫びと共に、魔物が爪を振りかぶり連撃を放つ。俺は右手に力を込め、左手をかばいつつ両手剣で攻撃を受け、攻撃をいなしていく。

 

 刀身と爪がぶつかる度、金属同士がぶつかり、火花が散るような音が連続する。軋むように左肩が痛み、傷口が開いたのか、温かい感触が皮下でじわりと広がる。

 

「ごめん、遅れた!!」

「ブォッ!!」

 

 ティルシアの声が聞こえたので、俺は遠心力を利用し鉱石喰いに重い一撃を当てて距離を取る。

 

「ティルシア! 痛覚遮断を頼む!」

 

 そして声を上げ、支援を頼んだ。

 

「えっ……」

 

 痛みというのは、一種の防衛反応であり、これ以上傷を悪化させないためだったり、身の危険を知らせるものだったり、生きていく上で必須のものだ。

 

 だが、リミッターであるからこそ、手負いの状態では一〇〇%の力を発揮できない。自分自身の我慢では限界があるのだ。鉱石喰いと打ち合って分かったが、こいつは全力で打ち込まなくては装甲を破壊できない。

 

「……っ!!! わかった!!」

 

 その言葉と共に、身体に白い光がまとわりついて、徐々に体の痛覚が消失していく。俺は両手で剣を力強く握りなおし、燐光を迸らせる。

 

「っ!!」

「ブオオオオオオッ!! ブオオオオオオッ!!!!」

 

 体勢を立て直し、こちらへ向かってくる鉱石喰いへ向けて、俺は青い燐光を叩き込んだ。

 

 

――

 

 

 一刀両断された鉱石喰いの身体から、鮮血が溢れ出し、周囲を汚している。刀身にある燐光は徐々に勢いを失い、それと連動するように左手がどす黒く変色していく。

 

「助かった。まだ痛覚遮断は解くなよ」

 

 俺の呼びかけに、ティルシアは無言でうなずく。今、間違いなく左腕は凄まじい痛みを発している筈だった。さすがにこの痛みを痛覚遮断なしで味わうのは気が引ける。

 

「ごめん……ボクが筋力増強を実戦レベルで使えれば」

「無いものを嘆いたところで仕方ないだろう」

 

 筋力増強は初歩的な支援魔法だが、効果は使用者の練度に大きく左右される。ティルシアは対不死系魔物の魔法は強力だったが、支援魔法の習熟は初歩段階で止まっていた。

 

 その点、痛覚遮断は支援魔法の中で初歩的な物だった。何かを強化するのではなく、ただ痛覚を感じなくするだけなので、難度自体は高くないのだ。

 

「それに――何のあてもなくこれを使った訳じゃない」

 

 左腕をあげようとしても力が入らない。恐らく今、左腕は肩の腱が傷ついており、回復魔法無しでは後遺症が残るような怪我になっているはずだ。

 

 俺は痛覚の無い身体に気を付けつつ、倒れている女性に近づく。近くで見ると、蜂蜜のような深い金色をした髪が印象的な女性だった。年齢は丁度俺と同じくらいか。

 

「ん……」

 

 俺が近づくと、彼女は小さく呻いて体を起こした。あれだけ戦って目が覚めないとは、教会の方針に真っ向から反対するだけあって、なかなか胆力がある人のようだった。

 

「あなたたちは……」

「ハヴェル枢機卿から依頼を受けた冒険者だ。巡礼の聖女・セラを野盗から助けに来た」

 

 俺は依頼を受けた経緯と今までの事をかいつまんで説明する。

 

「そうですか……ありがとうございます。ところで、その傷は――」

 

 彼女は深々と頭を下げ、俺の左肩に視線を移した。

 

「回復阻害の付与が付いている。解呪と治療を頼みたい。報酬はそれで構わない」

 

 そう言って、俺は左肩を差し出す。

 

「分かりました。ですが人の治療をするのは当然の事です。報酬は別で用意させてください」

 

 巡礼の聖女――セラはそう言うと俺の左肩に触れ、短く解呪とだけ呟く。鎖が千切れるような音と共に、付与が解除され、左肩に燃えるような痛みが沸き上がる。回復阻害の付与と一緒に、痛覚遮断も解除されたのだ。

 

 セラはすぐに高位治癒を唱える。鮮緑色の光が身体を包み、傷と赤黒く変色した腕を治していく。

 

「ありがとう、助かる」

「後の話はここから出てからにしましょう……どうやらあの子も元気がないようですし」

 

 左手を動かして不調が無いことを確認しつつ、ティルシアの方を見ると、彼女は俯いて押し黙っていた。

 

「分かった。先導は任せてくれ、まだ残党がいる可能性もある」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖女奪還5

 薪木が弾けて崩れ、火の粉が茜色の空へ混ざって溶けていく。もうすぐ二人が返ってくるはずで、俺は膝の上で寝息を立てているシエルの頭を撫でていた。

 

「感謝します。白閃殿」

「こちらこそ、助かった」

 

 ハヴェルの感謝を素直に受け取りつつ、俺も感謝を述べる。解呪を使える支援魔法の使い手は本当に少ない。今回なんとかなったのは、僥倖としか言えなかった。

 

 彼と巡礼の聖女――セラは、教会に事件を報告することなく、俺と一緒に宿へついて来ている。

 

「しかし依頼をした時にも思いましたが、白金等級の冒険者がなぜこんな廃墟で?」

 

 今日の宿も昨日と同じく壁街の廃墟だ。住めば都とはよく言ったもので、案外悪いものでもなかった。

 

「少しな、教会の人間に目を付けられたくない事情がある」

 

 教会中枢の方針と対立する二人なら、シエルの事を話してもいいかと思ったが、ギルド本部の後ろ盾なしに彼女の素性を話すのは憚られた。

 

「……分かりました」

 

 その返答で、彼がある程度の事情を察してくれたことが分かった。

 

「それで、報酬の話だが、情報が欲しい」

「と、言いますと」

「深淵院についてだ」

 

 ハヴェルの身体が揺れる。あの組織の存在は、ティルシア―ー教会関係者しか知らなかった。俺としては、どうにもそれがきな臭いように感じてしまうのだ。

 

「深淵院は――教会内の不正を暴く自浄機関、そういう事になっています」

「聖女を攫うのが自浄作用か?」

 

 その事はティルシアに聞いている。だが、俺が欲しいのはそこではない。俺の予想と事実のすり合わせがしたいのだ。

 

 ハヴェルは大きくため息をつくと、観念したように全身の力を抜いて俯いた。金色の髪がしなだれて、顔を覆い隠す。

 

「あなたの予想通りですよ……すでに深淵院は、教会の暗部、実行部隊と成り果てています」

「そうか」

「私自身、セラと巡礼の旅をしなければ気付く事は無かったと思います……ですが、確実に今の教会はおかしい。私と彼女は何とか逃げ回りつつ活動を続けていましたが……」

 

 そこまで聞けて、情報は十分だった。こういった事は、今役に立たないとしても、いつかは役に立つ。長い冒険者生活で、俺はそれを良く知っていた。

 

「とにかく、今回は助かりました」

「まだ聖女として旅を続けるつもりか?」

 

 言外にそれ以外の道を勧めてみる。別にアルカンヘイムで腰を落ち着けろという話ではなく、冒険者として登録して、教会権力から距離を置く、という選択肢もあるはずだ。

 

「勿論、セラ――巡礼の聖女が望んでいる事ですから」

 

 しかし、ハヴェルの返答は変わらず、ある意味で予想通りだった。

 

「私達はすべての人を救う事は出来ません。なので、全ての人を救うために行動するのです――彼女の受け売りですがね」

「綺麗事だな」

「聖職者が綺麗事を言わなくて、誰が言うのです?」

 

 俺の揶揄するような言葉に、ハヴェルは顔をあげて口元を緩める。その表情は自嘲気味ではあったが、それでも意志を貫く強さがあった。

 

 

――

 

 

「私達はすべての人を救う事は出来ません。なので、全ての人を救うために行動するのです」

 

 人一人では、救える人間はたかが知れている。だとすれば、頑張ったところで何も変わらないのではないか。ボクの質問に、セラ様はそう答えた。

 

 白閃とハヴェル枢機卿は二人で何かを話しているみたいだった。ボクとセラ様は彼らとは少し距離を置いたところで話している。

 

「頑張ったことは無駄になるかもしれません。私の自己満足で終わることもあるでしょう。それでも、私は何かせずには居られないのです」

 

 その言葉は、行動に裏打ちされていた。だけど、ボクの考えも経験から導き出したものだった。彼女の考えを肯定することは、今までの自分を否定する事だった。

 

 彼女以外から言われたなら、そんな理想論を語ったところで、意味がないと切り捨てていた。だけど、セラ様はそれを実践している。

 

「ボクにはとてもできないですね」

 

 彼女が持つ、静かで強い意志の宿った目から視線を逸らして、ボクは自嘲気味に笑う。

 

 修練を積まず、慢心して、彼に深い怪我を負わせて、結局なんの役に立つ事もなく、セラ様だけの力で何とかなってしまった。結局、ボクは何もしない方が良かったのかもしれない。

 

「そんな事はありませんよ」

 

 考えを見透かしたように、彼女はボクの手を取った。

 

「誰にでも、どこかに譲れないものがあるはずです。貴女はまだそれが見つかっていないだけ、焦ることなく、静かに考えてみましょう」

 

 セラ様の手は暖かく、ボクは緊張がほぐれるのを感じた。譲れない物……あるとすれば、それは何だろう。ボクが大事だと思うものは――

 

 

――

 

 

 陽が沈み切ってしばらく経った頃、キサラとヴァレリィが戻ってきた。

 

「へぇーよかったじゃないですかぁ、ラッキーだったですねぇ、へぇーそうですかぁー」

「巡礼の聖女が近くに来ていたのか、それは幸運でしたね」

 

 ヴァレリィは水を大量に持っていた。どうやら昼間の暑い時間帯が相当堪えたらしい。

 

「じゃあさっさと出発しましょう。本部まで無駄な時間使いたくないで――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああ!!! 何ですか!? いきなり何なんですか!?」

「いや、心なしか機嫌が悪いなと」

「機嫌悪そうな相手にやることじゃなくないです!!?!?!!?」

 

 何か悪いことをしただろうか、そう思っていると、ヴァレリィがその理由を教えてくれた。

 

「キサラちゃんは包帯や湿布をたくさん買い込んでいましたからね、無駄になったのが癪なんですよ」

「えっ、ちょ……ちち、違いますよぉ、確かに買い込みましたけどぉ、お兄さんが使い過ぎたんで予備を買い足しておこうかなって」

 

 なるほど、それは悪いことをした。回復スクロールがあるとはいえ、衛生用品は多くあるに越した事は無いからな。

 

「それはそうと、ティルシアさんが見当たりませんが、彼女は?」

「ああ、どうやら巡礼の聖女と一緒に旅をするつもりらしい」

 

 彼女が何を言われたかはわからないが、出発する前の彼女にはしっかりと意思の光が宿っていた。ならば、俺が止めることはできない。

 

「えぇー、折角回復属性を使える仲間ができたのにもったいなくないですかぁ? 残念ですねぇー、折角回復スクロールの節約ができると思ったのにぃ、いやー残念ですねぇー」

 

 妙に機嫌がよくなったキサラは放っておいて、俺はシエルを起こす。夜の間動くので、今まで寝かせておいたのだ。

 

「ん……おはよう、とうさま」

「俺達も出発するか」

 

 旅を続けるなら、いつか名前を聞くこともあるだろう。それが旅をする人間にとっての再会になるはずだ。

 

 

――

 

 

 ボクはセラ様についていくことにした。

 

「いいのかしら? 貴女もあっちで一緒に旅をしたかったんじゃない?」

「良いんですよ、ボクはあの人達についていくには力不足過ぎます」

 

 みんなと旅をして、見ないようにしていた事実は、自分の能力の低さだった。修練で勉強した程度の事は、外の世界に出てしまえばだれでも当然持っているもので、それが優秀だからと言って、どうにかなるものじゃなかった。

 

「でも、いつか胸を張れるようになったら、また一緒に旅ができたらな、くらいには思ってますけどね、ふへへ……」

 

 せめて、守ってもらうだけのお荷物からは卒業しなきゃ、あの人達――白閃とは一緒に居られない。それに、ボクだけの譲れない物はまだ全然見つかりそうになかった。

 

「そう、でも……好きな人とはいつも一緒に居なきゃダメよ」

「うぇっ!?」

 

 思わず身体を跳ねさせる。その反応が答えになっていることに気付いて、ボクはそれ以上何も言わずに下を向いた。

 

「……どうしてわかったんですか?」

 

 彼女と一緒に居た時間はそんなに長くはない。それなら、バレてしまった理由が気になった。

 

「同じ匂いがしたから、かしら」

「匂い?」

「セラ! ようやく石塔が見えてきましたよ!」

 

 ボクが聞き返した時、ハヴェル枢機卿が偵察から戻ってきて、次の町が近い事を知らせてくれた。

 

「ええ、ありがとう」

 

 その時、ボクは彼女の顔を見て理解した。どうやらそういう事らしい。

 

 こっちについてきたことは失敗だったかな? 邪魔しちゃったみたいだし。ボクは皮肉を込めてそんな事を考えた。




 お読みいただきありがとうございます。思えば半年以上書いているので、ついて来てくれている方には感謝しかありませんね。

 さて、今回で別れてしまったティルシアですが、きっとどこかで再会することもあるでしょう。とりあえずは、お互いのやるべきことをやるという別れでした。

 そして、次回の話ですが、少し視点を変えた話を挟もうと思います。白閃もキサラたちもいない話ですが、きっと楽しんでいただけると思います。

 ではこれからも、見捨てずにお付き合いいただければと思いますので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王女捜索1

 ランカスト家は、代々剣士の家系で、こと一対一の決闘においては、アバル帝国でも並ぶ者がいないほどだった。

 

 浅黒い肌に燃えるような赤毛、それがランカスト家の誇りであり、剣を振るごとに熱を帯びたような旋風が巻き起こる。吟遊詩人の語る英雄物語では、一部を除いてランカストの血統をモデルにしたような主人公が、一種の定番となっていた。

 

「おい、出来損ない」

 

 赤毛を長く伸ばした男――戸籍上は俺の兄になる彼が、俺を呼ぶときは決まってそう呼ぶ。

 

「ブラド義兄さん。何か用ですか?」

「廊下を歩くときはフードを被れといつも言ってるだろう。その軟弱な見た目がうちの家系と見られるのは恥だ」

「ああ、それはすみません」

 

 俺をあからさまに見下したその言葉に、俺はローブを頭から被りなおす。アバル帝国の夏は高温多湿で、フードを被っていると暑くてしょうがないのだが、彼には逆らわないほうが良い。

 

「ちっ、飯の前だっていうのに嫌なもん見ちまった」

 

 そう言うと、彼は廊下を歩いていく。その姿が見えなくなったのを確認して、俺はフードを取る。彼以外にも配慮して被ったまま生活するのは、暑くてやっていられない。

 

 彼が俺を見下す理由はいくつもある。その中で最大の理由は、やはりこの見た目だろう。

 

 父が妾として囲っていたイクス王国出身の娼婦、それが俺の母親であり、彼女の持つ金髪碧眼に色素の薄い肌を受け継いだ俺が、この家に住む人間として加えられたのが気に入らないのだろう。

 

 俺は彼と……いや、ランカスト家の人間とは一度も食事を共にしたことはない。母は俺が小さいころに死んでいるので、ここ十数年は、一人で食事をとっていた。

 

 表面上は邪険に扱っていないのは、月に一度だけ父が顔を見にくることからも察せられた。だが、それは逆に俺の孤立をありありと示していた。

 

 父の瞳には、憐憫とも侮蔑ともつかない感情が込められており、厄介なものを作ってしまったという思考が透けて見えるほどだった。

 

 それでも俺は、殺されないことに感謝している。アバル帝国は軍事国家なだけあって、実力主義だ。殺そうとすれば殺せるだろうし、俺の存在が露呈すれば、間違いなく醜聞となる。むしろなぜ生かされているのか不思議なくらいだった。

 

「あ、兄様」

 

 声を掛けられて振り向くと、ランカスト家の特徴を色濃く受け継いでいる女がそこに居た。年の離れた義妹だ。

 

「シェリー様、私などを兄と呼ぶのはおやめください」

 

 俺は、彼女の親しげな表情から逃げるように視線を逸らす。逸らした先の調度品には、彼女と対照的な姿をした自分が映っていた。

 

「そんな事を言わないで、ねえ、兄様、わたくし、とても良い茶葉をいただきましたの、よろしければ――」

「剣の鍛錬がありますので、この辺りで失礼します」

 

 彼女の言葉を遮って踵を返す。以前この女の口車に乗って、父に顔が腫れ上がるほど殴られた経験がある。表面的な態度で心を許すのは、馬鹿馬鹿しい事だった。

 

 美しく、整った顔立ちの義兄と義妹は、ランカスト家の希望だ。

 

 この家は、剣術と軍事力で現在の地位を得た。だが、代々この血統は容姿には恵まれなかった。荒々しく剛毅そのものな風貌で、とても異性に好かれるような容姿ではない。吟遊詩人がこの家系そのものをモデルにしないのは、そこに理由があった。

 

 そんな中で生まれたのが、ブラド・シェリーの兄妹である。兄は成長するにつれ、武功や剣術大会で名を轟かせるようになり、妹は舞踏会の華となっていった。

 

 そんな二人の陰に隠れるようにして、娼婦の子供である自分は、ランカストの名も与えられないまま、屋敷で生活をしている。

 

「おう、来たか腰抜け」

 

 鍛錬場に向かうと、名目上の師匠からそんな事を言われた。

 

「昨日の今日でここに来たのは褒めてやろう」

「ありがとうございま――」

 

 言葉を言い切る事は出来なかった。

 

 防具を付けていない腹部に木剣が深々と食い込み、俺は肺の息を全て吐き出すようにしてうずくまる。

 

「よーし、じゃあ今日も鍛錬していくか」

「っ……はっ、よ、よろしく……お願いしま――」

 

 再び言い切るよりも前に脳天への振り下ろしが来る。勿論俺はそれに打たれて倒れこむ。

 

「へへっ、今日もどんどん行くぞー」

 

 誰かの命令か、単純にこいつの趣味なのかはわからないが、鍛錬場で俺は毎回足腰が立たなくなるまで打ちのめされる。

 

 剣の握り方など、最初に軽く教えられただけだ。あとはひたすら俺を木人に見立てた、こいつのストレス解消が続く。

 

 月に数度、義兄の鍛錬を地面に倒れ伏しながら見たことがあるが、彼は凄まじい勢いで上達を続けており、俺でストレス解消を行っているこの男も、彼相手の時は真面目に稽古をつけているように見えた。

 

 どうやらこの家は、俺をストレス解消用の人形か何かだと思っているらしい。

 

 殺すのが目的なら、秘密裏に殺せるはずだ。なぜここまで回りくどい事をするのか分からない。だから、殴っていい存在、虐げて良い存在として俺を置いて、家自体が円滑に回るようにしているのだ。

 

「ふぅ、今日はこのくらいにしておくか、御前試合もあることだしな」

 

 俺が立ち上がらなくなったのを確認すると、男は血の滲んだ木剣を放り投げて帰っていく。俺はその姿を地面にはいつくばって見ていた。

 

 

――

 

 

「姫様ー、妹君がお呼びですよ」

 

 俺はエリザベス殿下の部屋をノックする。廊下では侍女や文官が数人ぱたぱたと歩いており、それがシュバルツブルグ王城――ディ・ヴァイスの日常風景だった。

 

 ただ単に「白」というあまりにも抽象的な由来を持つこの城は、名前の通り純白の大理石で内装が彩られている。その城には、二本の塔があり、片方がデア・ブラウ、もう片方がデア・ロート、各々青・赤という言葉が語源となっている。

 

 青と赤……数か月前に王国貴族たちを二分した後継者争いの青派・赤派はこの塔が由来だ。姫様――エリザベス第一王女を中心とした派閥が青の塔に集まったから青派、妹君――ヴィクトリア第二王女を中心とした派閥が赤の塔に集まったから赤派。割と単純な名づけだ。まあ現在は赤派も青派もなく、政局も随分安定している。忌々しいが、あの冒険者野郎のおかげという訳だ。

 

 黒い都に白い城が立ち、城の中に青と赤の塔がある。暗褐色に統一された町並みがあるシュバルツブルグだからこそ、色に対する特別な思いがあるのだろう。

 

「姫様ー?」

 

 さて、それはそれとして、殿下の反応がない。周りにいる侍女たちも苦笑いをしている。つまり「いつもの」ということだ。

 

「入りますよー」

 

 そう言うと同時に、俺はドアを開ける。想像通りというかなんというか、咎める人はおらず、窓が大きく開け放たれている。

 

 一つ溜息をついて、窓の外を見る。下の植え込みを見ると、明らかに生け垣がへこんでいる。うん、脱走経路が分かりやすくていいな。

 

 俺は窓を閉じてカーテンの形を直すと庭師に修繕を頼んでから城下町に繰り出す事にした。

 

「あっ、リュクスさん! お疲れ様です」

 

 庭師がどこにいるのか探していると、侍女の一人が声を掛けてくれた。

 

「おー、お疲れ、休憩中?」

「はいっ! リュクスさんは……いつものですか?」

「はは、そうそう、元気なのはいい事なんだけどねー」

 

 姫様が城を抜け出して城下町へ遊びに行くのは、それこそ俺が彼女に仕え始めるよりもずっと前から、日常茶飯事の事だった。

 

「あ、そうだ。エリザベス殿下の部屋あたり、生垣を修繕するように庭師さんに言っておいてもらえるか?」

「いいですよ、あ、そ、それと……」

 

 何かを思い出したように、彼女はスカートのポケットを探り、可愛らしい包みを取り出して見せた。

 

「えと……余った食材で焼き菓子を作ったんです。良ければ食べてくださいっ!」

「お、いいねえ、甘いものは大好きだよ。ありがとう」

 

 包みを受け取って、内ポケットにしまう。とりあえずは庭師に声を掛ける必要もなくなったし、早いとこ城下町まで行ってしまおう。

 

「じゃ、一応急いでるからまたね。味の感想は今度いうよ」

「はいっ、よろしくお願いします!」

 

 妙に畏まった受け答えをする侍女に笑みを返しつつ、俺は城下町へ急ぐ事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王女捜索2

「あら、リュクスちゃん! またいつものかしら?」

「そうなんですよー、姫様にも困ったもんですよ」

 

 果物を売っているおばさんに笑いかけて、俺は頭を掻く。姫様の脱走が「いつもの」として認知されていることに乾いた笑いが漏れる。

 

 シュバルツブルグは治安がいい。それは俺が肌で感じていることだが、じっさい旅人からの話でも、そうらしいという事は聞くことができた。

 

 まあ国の第一王女が無警戒に城下町を歩いて、何の事件も起こらないのだ。それはもう、ここよりも治安のいい都市は無いと言っても過言ではないだろう。

 

「お疲れ、一応聞くけど、姫様見た?」

「見ていない――と言うように言われています。ちなみに少し前、市場に向かって歩いていくのを見ました」

 

 もう既に顔なじみになっている衛兵に、彼女の行き先を聞く。彼は彼で姫様に口止めをされているらしく、俺達は二人して苦笑いをした。あの姫様は、どこまでも手がかかるのだ。

 

 治安の良さを維持できる秘訣は、勿論衛兵たちが仕事をしているというのもあるが、俺は姫様が直々に、ほとんど抜き打ちチェックのように、市場や広場に現れるおかげだと考えていた。

 

 姫様がそこに行くということは、連れ戻すために兵士がそこに赴くという事で、そこでは悪いことができない。彼女自身、そんなことは全く考えていないのだが、結果としてそうなっているのだから、そういう意味では計算ずくのヴィクトリア殿下と対照的な、天性のセンスだけで暮らしている彼女なりの政治とでも呼ぶべきなのだろうか。

 

 市場の方へ向かって歩いていると、人だかりができているのが見えた。姫様が城下町でうろつくのは、そう珍しい事ではない。いや、アバル帝国とかオース皇国で為政者の子供がうろついていたら大事件なのだが、イクス王国に関しては全くそんな事はない。

 

 なので、あの人数が集まっているということは、姫様がそこにいるという訳ではなく、それ以外の事態が起きている可能性が高い。値切り交渉が難航しているとかだろうか?

 

「どうすればいいんだ……」

「とりあえず私の伝手で材料は今日中に集まりますが、技術は……」

「エリー様は手先が器用ですし、最悪工場の親方に教えてもらいながら……」

 

 集まっている商人たちは口々にそんな事を言っている。姫様の行方を知ってるかもしれないし、ちょっと気になったので、声を掛けてみることにした。

 

「すいませーん。姫様見ませんでした?」

「っ!?」

 

 俺が声を掛けた瞬間、全員が身構えるように俺と距離を取った。なんだ、嫌われる事でもしたかな?

 

「あ、ああ、リュクス殿か、エリー様は、えーっと……」

「さっきまでここに居たんですけど、用事があるみたいで魔法研究所の方に行きましたよ」

「そうそう、そっちに行きました!」

 

 ……怪しい。あからさまに動揺している彼らをいぶかしんだが、どうやら口を割る気はないようだった。仕方ないので、俺は彼らの誘導に乗る事にする。

 

「わかった。ありがとう。そっち探してみるわ」

 

 なんだかんだ。この街の住人は姫様の事を家族のように思っているし、同時に将来の為政者だという事も理解している。

 

だから、姫様に危害が加わるような事はさせないはずだし、彼女が希望したからと言って、目に余るような問題行動はさせないはずで、正直なところこの追いかけっこも、ヴィクトリア殿下にとっては織り込み済みなのだろう。

 

「はぁー……追いかけるこっちの身にもなってくださいよ、姫様」

 

 足を進めつつ、俺は誰に言う訳でもなく愚痴をこぼす。面倒だとは思いつつも、口元が緩んでいるのを自覚した。

 

 

――

 

 

 御前試合とは、アバル帝国皇帝が観覧に訪れる武道大会であり、それはこの国の娯楽のうち最大級の物だった。

 

「へっ……前哨戦だから、さっさと終わらせてやるか。おい出来損ない。痛いのが嫌なら早めに降参しろよ」

 

 俺と義兄の試合は、その大会で一番最初に組まれていた。正直なところ、後半の方がうれしかったのだが、まあそれは仕方ない。俺は奴に一度も勝てていないし、明らかな格下と戦わせて、調子を上げておきたいと言ったところだろう。

 

「よろしくお願いします。義兄さん」

 

 対外的には、俺は遠縁の養子という事になっている。だから、俺が彼を義兄と呼んでも違和感はない。

 

「では、どちらが参ったと言うか、気絶以上の状況になった時にこの戦いは終わります。双方それでよろしいですね?」

 

「ブラド様ー! 早く勝ち上がってー!」

「オッズはどうなってる?」

「馬鹿野郎、こりゃほとんどデモンストレーションだよ、賭けにならねぇから胴元も何も言ってねえ」

 

 ここにいる全員が、俺の敗北を確信している。俺はそれに満足して、今まで調べたことをを確認する。

 

 闘技場の入場口には誰も居らず。裏口まで全力で走れば、止められる事もない。闘技場を出れば、地下水路の点検口に逃げ込んで、スラム街まで抜けることができる。

 

 そしてスラム街には衛兵がほとんどおらず、入り組んでいる。そこまで行けば、追っ手を撒いた上でヴァントハイムの外へ出られるだろう。

 

 俺は籠手を嵌めた手で片手剣を握る。防具はこれ以外付けていない。逃げるときに邪魔になるからだ。

 

「さあ、いくぜぇっ!」

 

 気合と共に、彼は俺へと突進してくる。整った顔が妙に苛ついた。

 

 片手剣で何とか受けきり、続く連撃も紙一重でいなしていく。正面から打ち合えば、まず勝ち目がない。俺は慎重に、相手が気持ちよくなれるように試合を演出する。

 

「何の作戦だか知らねえが、防具もつけずに戦うとか舐めすぎなんだよ! 決闘中ならどうなっても事故で片づけられるのを知らねえわけじゃねえだろ!」

 

 その台詞と同時に相手は大きく片手剣を振りかぶり、俺から武器を弾き飛ばす。想像通りの試合展開に、俺は口元が緩むのを抑えるのに必死だった。

 

「ああ、知ってるよ」

 

 だからわざわざ、この瞬間まで握りたくもない剣を握っていたのだ。手から離れた瞬間に、俺は一歩大きく踏み込み、鎖帷子で守られた喉元へ拳を叩き込んだ。

 

「が――っ!!」

 

 喉を攻撃したのは、降参宣言をさせないため、そして籠手だけを付けていたのは、拳で戦うためだ。俺は体勢を崩した男に、殴った方とは逆の手で掴みかかり、顔面に力の限り籠手をもう一度叩きこむ。

 

 俺の母が死んだのは、こいつとランカスト当主夫妻が主犯格だ。

 

 当主夫妻――俺の父親と、こいつの母親が、常に母を鬱陶しそうに扱っていたのは気付いていた。そして、その雰囲気を察したこいつと、侍女たちが実行犯となって、母親を死に追いやったのだ。

 

 だから御前試合という大舞台で、こいつらの鼻を明かしてやろうと思った。剣術の才能が無いように振る舞い、陰で拳闘の鍛錬をする。屋敷の人間全員が、俺を居ないものとして扱っていたからか、誰にも気づかれることなく強くなることができた。

 

「ごっ……! っ……」

 

 拳に何度目かの骨を砕く感触があった時、俺は拳を収めた。本当なら殺してやりたいが、殺してしまえばランカスト家は俺をなりふり構わず殺そうとするだろう。それは避けなければならない。それに、効果は十分だった。

 

「……」

 

 息を整えつつ周囲を見回すと、観客は全員唖然としていた。皇帝家族ですら微動だにしていない。俺はそれに満足すると、踵を返して想定していた経路を走り始めた。

 

「……っ! 奴を追いかけろ! 逃がすな! それとブラド様の治療を――」

 

 冷静さを取り戻した誰かの言葉を背に受けつつ、俺は走り続ける。

 

 御前試合という大事な場面で、自慢の息子がボコボコにされた当主夫妻は面目丸つぶれ、皇帝の目の前で格下に負けた奴のプライドは根元から折れて、名声も地に落ちる。

 

 まあ本当に実力があれば、這い上がってくることもできるだろうが、少なくとも今まさに一杯食わせてやったという事が、楽しくて仕方なかった。

 

「ははっ」

 

 地下水路を抜け、スラム街をヴァントハイムの外へ向かって走っている時、俺の口から息が漏れた。

 

「はは、はははははっ」

 

 止めようとしたが、それは無理だった。浮浪者たちが俺を奇異の目で見るが、スラム街ではそう珍しい事でもなかったのか、すぐに興味を失って、元の生活に戻っていく。

 

「はははははっ、あはははははっ、はははははっ!!!」

 

 目立つのは避けるべきだというのはわかっていた。走り過ぎて、酸欠で頭がグラグラしていた。それでも俺は、声を抑えることはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王女捜索3

「はあぁーー……」

 

 見つからない。

 

 案の定魔法研究所では見ていないと言われるし、そうなると手掛かりがなく八方塞がりだ。

 

 恐らく魔法研究所がある東地区にはいないだろう。シュバルツブルグの外には出ていないはずだから、探すのは南北西のうちどれか、さっきまでいた市場は南側にあることから、広場や闘技場のある西地区か、工場のある北地区と言う事になる。

 

「となると、北地区か」

 

 市場の人々がこそこそ話していたことを思い出す。確か工場の知り合いがどうとか言っていたはずだ。俺はどうにも頼りない手がかりを元に、北地区へ向けて足を進める。

 

 東地区を候補から外せたのは助かった。東地区は最も古く、道が入り組んでいて最も大きいからだ。

 

 魔法や兵器の研究開発をし、子供への教育等も行うイクス王国の心臓部である東地区は、シュバルツブルグの中心として機能している。

 

 シュバルツブルグの地図は、かなりいびつな形をしている。東側と中心部が丸々東地区となっており、白城(ディ・ヴァイス)もここに含まれている。

 

 そして、それに張り付くように、南西北に各々の地区がある。これは、東地区を中心として都市が形成された歴史と深いかかわりがあり、北と南側に市場と工場が配置されているのもそういう事だ。南から入ってきた素材を解析し、北からの魔物に対抗するための兵器として加工する。そういう形で発展してきたという訳だ。

 

「あ、リュクスおじさんだ!」

「おークソガキ、次おじさんって言ったら泣かすからな」

 

 失礼な子供に返事を返しつつ、俺は東地区を後にする。まだ二〇代前半だぞ、ギリギリ。

 

 

――

 

 

 ヴァントハイムを出てからは、乗り合い馬車を利用して離れた土地へ向かい、傭兵ギルドに登録を行う事にした。

 

 食い詰めた人間が最後に行きつく職業という事で、特に問題なく登録できるはずだ。

 

「そういや、ランハルト家の子息が御前試合でボコボコにされたらしいな」

 

 受付で登録するための書類を書いていると、傭兵たちの会話が耳に入ってきた。

 

「へえ、あのブラド様が? 相手はどんな奴なんだ?」

「なんでも、ランハルト家の遠縁にあたる養子らしいぞ」

 

 彼らの話に耳を傾けていると、どうやら俺のやらかした復讐の事を話しているらしい。覚悟していた事だが、うわさが拡がるのが早い。そして、その名無しの中で興味深い情報があった。

 

「で、ランハルト家の当主はそれにカンカンでさ、今逃げ回ってる遠縁の親戚に懸賞金を出して追いかけてるらしい」

「ふーん、遠縁の親戚ねえ、ゴリラみてぇな赤毛なのかね?」

「多分そうじゃねえの、ブラド様とシェリー様の容姿が奇跡だって言うくらいだし」

 

 それにしても、ランハルト家は面目丸つぶれだな。と言って、傭兵たちは笑い声をあげる。

 

 この時ばかりは、ランハルト家の特徴を一切引き継がなかった自分の生まれに感謝した。周囲が赤毛の筋肉ダルマを想像してくれるなら、対照的な姿の自分はかなり動きやすくなる。俺は安堵の息を零しながら、登録用紙に名前を記入することにする。

 

「……」

 

 名前の頭文字である「RY」の文字まで書いて、思い直す。追っ手を確実に撒くつもりなら、偽名を使うべきじゃないか?

 

 そう思って、俺はそこまで書いた名前の隣に取り消しの意味で「X」を記入する。しかし、偽名など今まで考えていなかった。あそこまで逃走経路を考えていたというのに、この体たらくは、あまりにもまぬけで俺は笑ってしまった。

 

「『RYX』……リュクス様ですね。登録承りました」

「えっ!? あっ――」

 

 手が止まったのを、書き終わったと判断されてしまい。俺は思わず声を上げる。しかし受付嬢は首を傾げ、何を意図しているのか分からないようだった。

 

「……はい、リュクスです」

 

 どうせ偽名など思いつかないのだ。もういっそこのまま通してしまおう。

 

 

――

 

 

「いいですか姫様、ヴィクトリア殿下も鬼じゃないんで言えば城下町に遊びにいく位は許してくれますから、勝手に抜け出すのはやめましょう。中庭の植え込みだって直すのに労力掛かるんですから……」

 

 姫様は今、俺の前で正座している。

 

 北地区の彫金工場で、楽しげに話しているところを何とか確保し、今はお説教の真っ最中というわけだ。

 

「うー……だってぇ」

「まあまあ、リュクスさん。そのくらいで」

 

 工場のおっさんに宥められて、俺は深くため息をつく。全く、憎まれ役は損だね、こりゃ。

 

「エリーちゃんも、君のためにお城を抜け出してきたんだ。あんまり怒るのはかわいそうだよ」

「俺のため?」

「あっ、おじさん!」

 

 俺が聞き返すと、姫様は慌てて言葉を遮った。おっさんも「しまった」みたいな顔をしてるし、白城の外に抜け出すのが俺のため……? 別に仕事はきつくないし、白城の外に出たいわけでもないんだがなあ。

 

「えっと……リュクス。そろそろ私に仕えて四年じゃない?」

「そんなになりますかね」

 

 そうなると、あのクソみたいな生活から五、六年経ってるのか、そう考えると、やっぱり姫様には頭が上がらないな。

 

「で、これ、プレゼントしようと思って」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、兎と百合の意匠が刻まれた金属製のブローチだった。高そうなものには見えないし、言ってしまうとどこか不格好で、手作り感が溢れるものだった。

 

「へえ、手作りですか? 結構上手いじゃないですか姫様」

 

 ただ、市場の人々の話を聞くかぎり、これは彼女の手作りだろうという事は想像できた。

 

「でしょ? モチーフにも意味があってね、貴方が兎で、私が百合なの」

 

 俺が兎というのは、牙折兎の毛皮から取ったんだろう。しかし、王族の紋章と組み合わせるとは、文官連中に見せたら卒倒しそうなものを……

 

 イクス王家を継ぐ人間は、各々植物をモチーフにした印章を持っている。現国王は月桂樹で、妹君――ヴィクトリア殿下はアマリリスだったか、姫様の百合は先々代の女王と同じモチーフとなっていた。

 

「……どう? 気に入った?」

「ありがとうございます」

 

 勿論、彼女の厚意を無下にするわけにもいかないし、この印象が持つ意味なども教える必要はない。俺は彼女に仕え続けることが生きる意味なのだから。

 

「そっか、良かった! どうにかして今日中に渡したかったんだよね。ども、ビッキーにも協力をお願いしてたんだけど、タイミングが悪かったのかな」

 

 快活で太陽のような笑みを浮かべた彼女は、それでも納得していないように首をかしげた。

 

 恐らく、ヴィクトリア殿下は今の状況を予見して俺に指示をしたのだろう。姫様が今日渡したいと言ったから、絶対にオレが捕まるように指示をしたという訳だ。

 

「しかし、なんで今日なんです?」

「えっリュクス、今日が丁度私に仕えてくれるって誓ってくれた日でしょ?」

 

 姫様は、当り前のようにそう言って、俺の手にブローチを握らせる。

 

「はい、じゃあこれからもよろしくね」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女に、俺は膝をついて礼をする。他になびく気もないが、やはり俺は彼女以外に仕えることなど考えられそうになかった。

 

 

――

 

 

 腹部の出血から、自分の生命そのものがこぼれ出ていく感覚がある。元同僚――刺客の剣が俺の脇腹に深々と刺さっていた。

 

「悪いな、何も生きて連れてこいとは言われていないからな」

 

 元同僚は俺を見下ろしながら冷静に告げる。俺の想定が甘かった。そう言わざるを得なかった。

 

 御前試合で大恥をかかされたからといって、なりふり構わず国境を越えてまで指名手配をするほど、執念深いとは思わなかった。

 

 名前も知らない大都市の、古びた路地の奥で、俺は命を終えようとしている。空は分厚い雪のように灰色をしていた。

 

「さて、俺はお前の首を刎ねてランカスト家に持ち帰るが、最後に言い残す事はあるか?」

「……小物がよ」

 

 俺相手に負けようとも、あの義兄なら名誉を回復することもできただろう。だが、それだけでは気が収まらないらしい。実力主義を謳うアバル帝国で、面子にこだわる貴族など、小物意外に何と形容すればいいのか分からない。

 

「へっ、俺もそう思うがな、金さえもらえりゃ相手がクソみてぇな小心者でも構わないって訳だ」

 

 結局のところ俺も、俺の母も、ランカスト家に踏みつけられて終わりか。せめて一発噛みつけただけでも良しとするか。自嘲気味に笑うと、俺は先程まで脇腹に刺さっていた剣が、頭上にふり上げられるのを静かに見ていた。

 

「待ちなさい!」

 

 その動きが止まったのは、幼い少女の声が威厳と自信に満ち溢れていたからだ。少なくとも、俺にはそう聞こえた。

 

「『私の街』で何を勝手にしてるの!?」

 

 刺客も俺も、突然現れた少女に呆気にとられていると、彼女はずかずかと歩いて来て、自信満々に胸を張った。

 

「……えーと、何だこのクソガ――」

 

 刺客が何かを言おうとして、言葉を切る。そしてその表情が驚愕に変わり、武器を落として平伏する。

 

「っ……申し訳ありません」

 

 その様子を見て、俺は気付く。少女の髪が青みがかっていることに。つまり、この方はイクス王家に連なる人――

 

 こいつも金は欲しいが王家に逆らうような度胸は無いらしい。

 

「姫様! 一人で歩いてはあぶのうございます!」

「姉さん。あんまり執事さんを困らせちゃ……あら?」

 

 ゴチャゴチャと人が増え始めた。先程までの生きるか死ぬかの土壇場は抜けたようだが、脇腹からは相変わらず生命が流失し続けていた。

 

「だってこの人が街中で剣を抜いて人を殺そうとしてるんだもん! ビッキー、こういう人って牢屋行きでしょ!?」

「し、しかし、俺は仕事で……」

「言い訳しないのっ!」

「どうでもいいけど姉さん。ほっとくとその人死ぬわよ」

 

 先程までの緊張感はどこへやら、俺はそんな言い合いを聞きながら、意識を手放した。

 

 

――

 

 

「姫様ー、妹君がお呼びですよー」

「はーい、今行くからちょっと待っててー」

 

 ノックをすると、珍しく姫様から返答が返ってきた。さすがに昨日の今日で、城を抜け出すような事はしないようだ。

 

「あっ、リュクスさん!」

「おー昨日の」

 

 昨日焼き菓子をくれた侍女が声を掛けてくれた。

 

「昨日のクッキー美味かったよ、ありがとう」

「ホントですか!? 作ってよかったです!」

「ホントホント、姫様も大絶賛」

 

 あまりに絶賛していたので姫様が八割くらい食ってたことは本人の名誉のために黙っておこう。

 

「え、あっ……ありがとうございました。じゃあ、また作りますね!」

 

 侍女はそれを聞いて少し気落ちしたように見えたが、俺は気付かない振りをする。仕事をする上で距離感は大事なのだ。

 

 さて、姫様はそろそろ出てきてもおかしく無い頃だが、準備に手間取っているらしい。

 

「姫様ー? まだですかー?」

 

 ……返事が返ってこない。

 

 嫌な予感がして、扉を開く。目の前には昨日と同じ光景が広がっていた。

 

「はぁー……」

 

 頭痛に頭を抑えつつ、窓の下を見ると角材で簡易的な足場が作られていた。昨日話したのはそういう事じゃないんだよなぁ……

 

 仕方ない。いつも通り窓とカーテンを閉めて、俺は城下町へ姫様を探しに行くことにした。

 

 実際の所、この日常は嫌いじゃないとは口が裂けても言えないな。




 お読みいただきありがとうございます。ちょっとバタバタしててペースが落ちました。

 さて、今回はちょっと箸休め的なお話を挟んだので、次からはようやく白閃一行の話に戻ります。

 もう少しで第二巻も終わりかな? 終わったらちょっと別作品書きたくなってきたので、区切りがついたところで更新やすみたいと思います。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

判定試験1

 この人には勝てない。私は直感的にそれを悟った。

 

 一振りの両手剣を構え、私を牽制する姿には一分の隙も見いだせない。そして、私は得物――小太刀二刀の短さから不利を強いられている。

 

「……」

 

 揺らめくように、本当に何でも無いことのように、彼は一歩を踏み出し、瞬きほどの時間で刃を振り上げる。

 

 金属が激しく擦れる音と共に、私の服を切り裂いた両手剣が振り抜かれる。なんとか受け流すことは出来たが、その剣圧から複数回打ち合うことは出来ないと察する。

 

 これ以上受けに回っていては、どのみち武器の耐久値と体力から押し巻けるのは分かっている。ならばここで攻めに転じなければ勝機は無い。

 

 私は受け流しに使った小太刀を構え直し、相手の急所、つまり正中線に対して直角に刃を走らせる。しかし、その攻撃は両手剣によって止められ、激しく火花を散らす。

 

「っ!!」

 

 手応えに違和感がある。小太刀の耐久力が限界に近いのだろう。私は焦りと共に、攻撃を激しくする。

 

 遠心力を乗せ、全身の関節を利用し、私が出来る最大限の、神速の一撃を放つ。

 

「甘いな」

 

 言葉はそれだけだった。たったその一言だけが、私への言葉だった。

 

 中程で折れた切っ先は、円弧を描いて遙か後方の地面に突き刺さり、手元には小太刀の根元だけが残っていた。

 

 勝てない。まるで檻の中で獅子と一対一になった草食動物のように直感的に、私はそれを理解した。

 

「どうした?」

 

 捕食者である彼が静かに、しかし選択を迫るように問いかける。まだ戦うのか、それとも降伏するのかと。

 

「こ――」

「まだ、もう一本あるだろう」

 

 降参しようと口を開きかけたとき、彼はその言葉を遮るように、残ったもう一振りの小太刀を指す。

 

 そこで私は理解する。彼は私に選択を迫っているのではない。戦い続けるという前提の元、手を止めた自分に何をしているのか、と問いかけているのだ。

 

「……ま」

 

 私は、彼のようにはなれない。彼を上回ることは出来ない。絶対に。

 

「参り、ました……!」

 

 膝から崩れ落ち、地面に小太刀の落ちる音が響く。自然と両手の力が抜けていた。

 

 

――

 

 

 倭では、一年の初めに酒を飲む風習がある。

 

 麦と似た穀物を醸成して作る酒で、独特の風味があるものを湯煎して温め、アルコールと共にかぐわしい風味を立ち上らせるのがこの国の飲み方だった。

 

 この酒を露天風呂に持っていきたしなむのが、風流とか粋といったこの国なりのベストな楽しみ方らしい。年始特有の赤と白の装飾が施された町並みを歩きながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。

 

「ね、とうさま、わたしと同じ服の人がいっぱいだよ!」

「ああ」

 

 はしゃぐシエルの頭をなでながら、俺はギルド本部――正確にはそのとなりにある併設酒場を探す。何度か来たことがあるとはいえ、倭特有の建築様式は、今ひとつ見分けがつきにくい。

 

 教会でもあればすぐに分かるのだが、生憎倭が属している少数民族同盟は、全域にわたって教会の受け入れを拒否している。

 

 そうなるともちろん巡礼者もこの辺りに寄りつかない。では回復魔法が無いのかというと、そういうわけではない。

 

 少数民族同盟は、イクス・エルキ・アバル・オースの四大国家とは違う魔法体系を備えており、回復属性の魔法も教会が独占していないのだ。なので、そこら辺の町医者が回復魔法を使えるし、見慣れない魔法があちこちで飛び交ったりもしている。

 

「しかしすごいですね、そうか……魔導文はここの技術を応用しているのか」

「それはそうですよぉ、だって冒険者ギルドはここが本部なんですから」

 

 ヴァレリィが感心したように声を上げる。キサラの言うように、この地域で発展している「式神」という魔法体系が、魔導文技術の下敷きとなっている。詳しいことは分からないが、こちらの地域でいう魔導人形を、能力を限定的にして使い捨てにした代わりに出力を上げた物……のような感じらしい。

 

「……あったな」

 

 そうこう話しているうちに、視線の先にギルドの本部を見つける。ひときわ大きく、周囲の建物と同じく鈍色の屋根を持つそこは、中では職員達が慌ただしく事務処理や手続きを行っている。

 

「なんにせよ、まずは宿だ。ギルドマスターにアポイントを取るから今日は併設の酒場に泊まりだ」

 

「うん、わかった。とうさま」

「はぁー……それじゃ久々にお風呂入れるんですねぇ」

「風呂を上がったら僕はちょっとこの国の魔法職に話を聞きに行こうかな、式神とか五行とか、知識を増やせばいろいろ役に立つしね」

 

 三人はそれぞれの反応を返して、宿へ向かっていく。俺もアポイントを取ったら風呂を済ませて倭国の穀物酒を楽しませてもらうとしよう。倭の冬特有の済んだ青空を背に立つギルド本部へ向かいながら、俺はそんなことを考えた。

 

 

――

 

 

 ギルド本部の内装は、もちろんそれなりにこった作りとなっているのだが、受ける印象はそれ以上に雑多といわざるを得なかった。

 

 魔導文はひっきりなしに飛び込み、職員の怒声がそこかしこで上がり、列をなした冒険者達は続々と番号を振られて、待機用の椅子に座っている。

 

 俺はそんな彼らと一緒になって、おとなしく自分の番が来るのを待つ。番号が一つずつ近づき、自分の番が来たので俺は受付へ向かう。

 

「ギルドマスターと話したい。予定はいつ空いている?」

 

 白金等級の印章を提示して、受付員に用件を伝える。通常、ギルドマスターは会合などで多忙を極めているが、この印章さえ見せれば数日中に会うことが出来る。白金等級まで上り詰めた人間なら、ギルドマスターの忙しさは理解しているはずで、その忙しさを考えた上で会いたいというのは、緊急の要件だとギルド側も理解しているのだ。

 

「白閃様ですね、かしこまりました。今から最短ですと……明日の夜が最も近いですね」

「それで構わない」

 

 存外近い日程でアポイントを取れた。一応は魔導文で状況を説明してあるが、それでもある程度は、口頭で説明する必要があるだろう。シエルとヴァレリィの登録はそのあとだな。

 

「それと――白閃様宛にギルドマスターから言伝があります」

 

 今後の予定をまとめて、併設酒場で旅の疲れを癒やそうかと思っていると、受付員が俺を呼び止めた。言伝……まあ予想はつくが。

 

「『厄介事持ってきやがって、一発ぶん殴らせろ』だそうです」

「『疲れてるんだ勘弁してくれ』って返しといてくれ」

「かしこまりました」

 

 ギルドマスターの愛のある物言いに親愛を持って返すと、俺は併設酒場へと足を運ぶ。

 

「っ……」

 

 酒場の方は、本部とはまた違った喧騒が広がっていた。

 

 ガチャガチャと食器同士のふれあう音から、冒険者達の豪快な笑い声と罵声、まさしく荒くれ、食い詰めた人間が最後になる職業としてふさわしい雑多さだった。

 

 俺はその雰囲気を楽しみつつ、早めの夕食をとって居るであろうキサラ達を探す。

 

「まさか帰ってきていたなんてね、ここは私の街なんですけど?」

 

 喧騒の先、特徴的なツインテールを見つけてテーブルに向かうと、見慣れた顔が彼女に突っかかっていた。倭服に綺麗に切りそろえられた長い黒髪を持つ彼女は、挑発的な物言いでキサラと話していた。

 

「はぁー? ワタシがどこに居ようと関係なくないです? ていうか金等級の癖して『私の街』って……クスクス、ちょっと自惚れが過ぎるんじゃないですかぁ?」

「貴方も金等級でしょ! ていうか見た感じ、あの人にも見捨てられたみたいじゃない。まあそうよね、あなた弱いもんね」

 

 キサラに食って掛かっている長い黒髪の少女は、テーブルに手をついて挑発するように言葉を続ける。

 

「等級が同じ奴に弱いって言われたくないでーす。ていうか別に見捨てられてないですしぃ?」

「……相変わらずだな、レン」

 

 かすかに感じる頭痛を押さえつつ、少女に声をかける。

 

「えっ!? あっ! でたわね!」

 

 彼女は魔物でも出たかのように、俺から距離をとって拳を構える。そこまで警戒される覚えはないんだが。

 

「あなたに負けて五年! 鍛え直した私の実力を――」

「とりあえず牛乳で良いか?」

「えっ……あっ、はい」

 

 給仕に注文を伝えて、となりのテーブルから椅子を一脚拝借して五人で座る。キサラ達三人は既に各々の飲み物を注文しており、あとは食事が運ばれるのを待つだけとなっていた。

 

「とうさま、この人は?」

「よく聞いてくれましたおチビちゃん! 私は白閃の終生のライバル、その名も――」

「同僚のレンだ。倭に居た頃に何度か依頼をこなしたことがある」

「そうなんだ」

 

 レンの言葉に耳を傾けることなく、シエルは納得したように頷く。レンはというとがっくりと肩を落としていた。相変わらず騒がしい奴だ。

 

「ていうかぁ、ライバルって言うにはちょっと実力が見合わなすぎじゃないですかぁ? そもそも等級が違いますしぃ」

「ぐっ、それを言うならキサラもそうじゃないですか! あなたは白閃の相棒として実力不足ですよ!」

「お兄さんはワタシの実力をみて相棒にしてる訳じゃないですからねぇ、レンとは評価基準が違うんですよぉ」

 

 なんだかんだ、キサラとレンは仲が良い。二人がここまで饒舌になるのは、お互いの信頼あってこそだろう。

 

 テーブルで向かい合い、身を乗り出して言葉を交わす二人を見て微笑ましい気分になる。ヴァレリィから「これ大丈夫なんですか?」という視線が飛んできたので「放っておいて良い」という意思で頷いておいた。

 

「えっ……じゃあもしかして白閃って――」

「そうですよぉ、レンみたいに無駄に胸の贅肉がついてるよりも、ワタシみたいにスマートな体型が好きなロリコ――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああ!!!! 言ってるそばからこのロリコンはあああぁぁ!!!!」

「いや、もし俺がロリコンならなりふり構わなすぎだろ」

「だからお兄さんがなりふり構わないロリコンだって言ってるんですよ!!!!!!」

 

 あんまりロリコンロリコン叫んでると変な目で見られるぞ。とは言わないでおいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

判定試験2

「勝負! 勝負しましょう!」

「飯時くらいは静かにしてくれ、頭に響く」

 

 翌朝、俺はすこし深酒をしたせいで頭痛を抱えていた。

 

 倭の酒は飲み過ぎるとすぐに二日酔いが襲ってくるんだったな。随分久しぶりだから忘れていた。それに加え、この地域の酒は飲みやすすぎるような気もする。気をつけていこう。

 

「おはようございます……」

 

 ヴァレリィが階段を降りてくる。彼は彼で昨日は遅くまで式神についての文献を、読みあさっていたようだ。何でも魔力のみによる爆発力と、魔法の素養がほとんど無い人間でも、式神を作れる事がすごいことだと昨日熱弁していた。

 

 朝食として出されたのは、雑炊のような物で、海産物の匂いがほのかに香る食べ物だった。これが二日酔いの身体にしみるように浸透し、調子を整えてくれる。なるほど倭の酒は二日酔いしやすい代わりに、二日酔いをカバーする食べ物も倭にはあるんだな。俺は緑色をしたお茶を飲みながらそんなことを考えた。

 

「おはようございまーす」

「とうさま、おはよう」

 

 そうこうしているうちに、キサラとシエルが階段を降りてくる。二人とも体調に問題はなさそうだった。

 

「あれ、お兄さんもう朝ご飯済ませちゃったんですか?」

「そうだな、悪くなかった」

「じゃあワタシも同じ奴食べちゃおっかな」

 

 そう言って、キサラはシエルの分も含めて雑炊を二つ注文する。何でも「茶漬け」というらしいが、漬物はほとんど入っていないのに、なぜこんな名前なんだろうか。

 

「さて、じゃあ勝負ですよ、勝負! 私がどれくらい強くなったか……白閃! あなたに見せつけるときです!」

 

 全員が食事を終えたところで、レンが高らかに宣言する。まあ、夜まで暇だし、相手しても良いか。

 

「分かった分かった。相手してやる。ギルドの修練場でいいか?」

「はい! そこで大丈夫です! よろしくお願いします!」

 

 飯を食う間は待ってくれたり、受け答えはしっかりしてくれたり、なんだかんだ礼儀正しく常識は守ってくれる辺り、彼女は真面目なんだろうなあと、俺はなんとなく感じた。

 

「ああ、ヴァレリィとシエルもついてきてくれ、案内しておきたい」

 

 

――

 

 

 ギルドの修練場は、冒険者本登録時の実技試験でも使用する場所で、まさしく戦うための場所という雰囲気だった。

 

 何もない広い地面には砂が敷かれているが、足を取られると言うことはない。小細工が効かず、環境を利用した戦いには向かないが、裏を返せばフラットな環境での技量を見ることが出来ると言えるだろう。

 

 俺たちはギルドに修練場の使用申請を出して、立会人と共に修練場の中心に立つ。シエルとヴァレリィは、本登録時にここを使用する事になるので、よく見ておくように伝えておいた。

 

「じゃあ、どちらかが武器を落とすか参ったと言うまで……でいいか?」

「はい! 今回もですね!」

 

 何回目になるか分からないが、ルールの確認はしておくべきだ。確認しない結果、ただの力比べが殺し合いに発展することもある。

 

「とうさまー、がんばってー!」

「いつも通りお願いしますよぉ、まぁ、負ける事なんて無いと思いますけどぉ」

「君が負けるところなんて想像もつかないが、とにかく頑張ってくれ」

 

 三人の声援を受けて、俺は両手剣を構える。手元の留め具を弾いてバンデージを外すと、波紋状の酸化皮膜があらわになった。一方で、レンの武器は小太刀の二刀流で、各々金と銀の刀身を持っている。銀色の方が神銀製で、金色の方が魔金(オリハルコン)製の小太刀だった

 

――魔金

 魔金は神銀と並び、この世界で最も上等な金属の一つだ。魔力伝導性は神銀に劣るものの、単体での硬度は岩を切っても刃こぼれしないほどだと言われている。

 

 立会人が杖を地面に突き立て、ゆっくりと手を放す。杖はゆっくりと傾き、その速度を上げていく。

 

「っ!」

 

 地面にぶつかる音と共に、俺とレンは地面を蹴る。こちらは武器の長さと力で勝り、彼女は手数と軽い身のこなしで勝っている。

 

 ということは、必然的に俺の横薙ぎの方が早く相手に到達するが、相手もそれを理解している。彼女は姿勢を低く保ち、速度を殺すことなくこちらへ迫ってくる。

 

 懐に入られた状態で二刀の連撃をしのげるはずもない。俺は両手剣にかかった遠心力を利用して速度をつけて距離をとる。レンは俺に追いすがろうとするが、その時には既に俺の両手剣は構えの体制になっている。

 

「はああっ!!」

 

 彼女の放つ小太刀は雨のように絶え間なく、隙無く繰り出される。俺はそれを全て刀身で受ける。ダマスカス加工が施された剣と魔金では、当然ダマスカス加工の方が強度が高い。

 

 斬撃をいなしていると、レンの方から距離をとってきた。刀身にダメージの入る戦い方は相手の望む戦いではない。だから相手の方が優勢だとしても、攻撃を中断せざるを得ない。

 

「ふっ……」

 

 距離をとった彼女に追いすがるようにして、深く踏み込む。しかし、彼女もこちらの斬撃を警戒して小太刀をこちらに突き出す。俺はそこで、力強く「小太刀を」切り上げる。

 

「あっ! ……っ」

 

 想像以上に力強くはねのけられた小太刀が宙を舞い、激しく回転して地面に突き刺さる。彼女自身は弾き飛ばされた拍子にしりもちをついていた。

 

「勝負あったな」

「ま、まだっ――」

 

 レンは戦意を喪失していなかったが、事前に決めたルールでは、武器を取り落としたら負けである。それに加えて俺が切っ先を喉元に向ければ、それ以上戦う事は出来なかった。

 

「勝者・白閃!」

 

 立会人が高々と宣言したので、俺は構えを解いて地面に落ちたバンデージを拾い、ぐるぐると巻き付けていく。

 

「とうさますごい!」

「あーあ、あっさり勝っちゃって、レンも五年修行してそんな実力なんですかぁ?」

「……立てるか?」

 

 キサラとシエルの声を無視して、俺はレンを助け起こす。

 

「っ……はい」

 

 彼女は俯いたまま、俺の手を取って立ち上がる。五年間の修練がこんな結果に終わったことが悔しいのだろう。俺は少し気を利かせて、フォローをしてやることにした。

 

「強くなったな」

 

 事実として、五年前の最後に手合わせをした時と比べれば、格段に強くなっていた。彼女なりに精一杯の修練を積んだのだろう。

 

「まだ、追いつけない」

「俺も強くなってるからな」

 

 声は微かに震えていた。レンの負けず嫌いは、強くなるうえで確実にプラスへ働いている。勿論俺も止まる気はないが、彼女の成長には目を見張るものがあった。

 

「――……」

 

 しかし、負ける度悔し涙を流されるのは、なかなかに堪える。どうにかならないものかとキサラを見たが、彼女は助け舟を出す気はないようだった。

 

 

――

 

 

 レンとの戦いが終わった後、お兄さんはギルドマスターと話すために別行動をとる事になった。なんかわざわざ仕事を早めに切り上げてきたらしい。あの髭もじゃの事なので、多分結構長い話になるだろう。

 

「うぅ……負けた」

 

 私達はお兄さんの話が終わるまで、併設酒場で待つことになっている。なぜかレンも一緒なのは、彼女がめちゃくちゃへこんでいるので、指摘しないでおいてあげた。

 

「お兄さんは努力する天才ですからねぇ……」

 

 本当にお兄さんは強い。強いうえにそれに胡坐をかかないので、隙が無い。彼に勝つには、もう単純に実力か人数が必要になる。

 

「ライバルとしての立場が……」

「前々から思ってましたけど、何でライバルなんかにこだわるんです?」

 

 レンは本登録時とその前後で、少しだけ一緒に仕事をした関係だった。それなのに、わざわざライバルなんて言うポジションを狙う意味が解らなかった。先生とか師匠じゃないんだろうか?

 

「それは――何にも気にしないでついていける貴方には分からないでしょ」

 

 聞き出せるかと思ったけど、そのまま否定されてしまった。私だって気にしていないはずがない。そう思ってシエルとヴァレリィを見る。

 

「シエルちゃーん。こっち向いてよぉー」

「やだ」

 

 今はふざけているけど、イクス王国の魔法研究所職員と、最上級の竜種の二人だ。私みたいな中途半端な盗賊が、本来出会うはずの無い存在だ。ただの金等級である自分が、そのことを一番わかっている。

 

「……そんなことに拘ってるうちは無理ですねぇ」

 

 それでもお兄さんは「お前が何であろうと気にしない」と言ってくれた。私はそれを信じたい。

 

「ちょっとそれどういう意味ですか?」

「言葉通りですよぉ、ライバルって立場でもどんな立場でも、お兄さんは全然気にしないんですから。ワタシ達が気にするのも馬鹿らしいくらいに」

 

 食って掛かるレンに、私は答える。お兄さんの側に居る資格だとかそういうのは、もう本当にただ自分一人の問題なのだ。

 

「で、でも……対等な存在じゃないと――」

 

 レンは私の言葉を聞いても、それを受け入れられないようだった。だから、私は彼女のそんな態度が気になった。

 

「なんですかぁ? 対等じゃないといけない理由なんて、どこにあるんですかぁ?」

 

 言いよどむレンに私は問いかける。一体何が彼女をそうさせているのだろうか。

 

「対等じゃないと、お嫁さんになれないですから……」

「は?」

 

 聞き捨てならない言葉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

判定試験3

 顔面を殴られた痛みは、殴られた瞬間よりもずっと後に訪れた。

 

「馬鹿野郎が、ギルドの規定を破ってやった事がこれか」

「神竜との義理を果たすなら、この選択は絶対だった」

 

 俺を殴った相手――スオウは、俺を見下ろしながらため息をつく。

 

 筋骨隆々の体躯に、たてがみのような灰色の髪と一体化した髭、どこからどう見ても荒くれのような風貌の彼は、一応は冒険者ギルドの最高責任者――ギルドマスターだ。

 

「はぁ……悪びれもしねえとは」

「神竜がうちの陣営として協力してくれるのは、良かっただろう?」

 

 鼻から垂れてきた血を拭って立ち上がると、俺は転がっているソファを直して座りなおした。

 

「そういう問題じゃねえ、白金等級がギルドの規定を違反してたら示しがつかねえだろ」

「だから殴られてやった」

「そういう事じゃねえんだよ……」

 

 鼻の奥がはれている感じがする。恐らく折れているだろうから、後で回復魔法を使う必要がありそうだ。

 

 スオウは俺に倣ってソファに腰掛ける。二人掛けのソファのはずだが、彼が座ると一人分のように見えた。

 

「魔物に対する悪感情はうちの中でも少なくない。実際問題として被害が出ているからな」

 

 俺達が暮らしている大陸は、実は半分程度しか人類圏が存在しない。大陸北部は魔物が支配する領域で、その境は辺境(フロンティア)だとか防衛線(マジノライン)と呼ばれている。

 

 冒険者の役割は人々の生活を魔物から守ることが主軸ではあるが、人類圏の拡大――辺境開拓も、依頼として出されることがある。それらはもちろん魔物との戦いがメインとなるので「魔物に対して悪感情を持っている冒険者は少なくない」というのは、当然の帰結だった。

 

「しかし、シエルは神竜だ。理性の無い魔物ではない」

「だからといって、周囲の冒険者がそれを納得するか? 暴走の危険は?」

 

 そこまで言われて、俺は考える。

 

 確かに、納得させるにはある程度の担保が必要になる。だが、その場合は彼女の身元を保証する人間が社会的に認められている必要があった。俺はそれをスオウ――ギルドマスターに頼むつもりだったが、彼が受けてくれなければそこまでである。

 

「どうすればいい?」

「そんなん決まってるだろ」

 

 そう言ってスオウは拳を胸の前で突き合わせる。

 

「ついでにキサラの奴も、昇級試験をやってやる」

 

 

――

 

 

「待たせたな……どうした? 二人とも」

「いえ、別に」

「何でもないでぇーす」

 

 スオウの部屋から戻ると、何故かキサラとレンの様子がおかしかった。恥ずかしがっているのか、あるいはお互いを牽制しているのか、今ひとつよくわからない。

 

 もしかすると、同じ金等級として張り合ったりしていたのかもしれない。と勝手に納得して、話を続ける。

 

「お疲れ様です白閃。どうでした?」

「とりあえずヴァレリィは銀等級からだそうだ」

 

 そう言って、俺はヴァレリィに銀色の識別章を投げてよこす。戦闘能力のみを評価すれば金等級の上位にも食い込める実力だったが、彼にとってネックとなったのは、旅をする技術、つまり体力だった。

 

「なるほど、確かに今まで一緒に旅をしてきましたが、総合力が必要そうですもんね」

「そういう事だ。それとシエルとキサラは、ギルドマスター直々に能力を見るらしい」

「わかった。がんばるね、とうさま」

「ええぇー……白金等級になれるんじゃないんですかぁ?」

 

 対照的な反応に息が漏れる。

 

「白金等級になるための判定試験だ。それと一緒にシエルの危険性も見たいらしい」

 

 少なくとも、シエルの戦闘面は心配していない。問題は、キサラがスオウのしごきに耐えられるかどうかだ。

 

「まあ、面倒ならシエルだけに受けさせることもできる。昇級試験自体はいつでも行えるから、気が向いた時に――」

「絶対今やりますからね」

 

 こいつの事だから、面倒な試験をやるくらいなら金等級で、と言い出すかと思ったが、そうではないらしい。妙にやる気があるようだし、すぐに予定を組むことにしよう。

 

「わかった、取れる限り早い段階で試験ができるように掛け合っておく。それにしても、お前がこういう面倒な事に乗り気なのは意外だな」

「えぇー、そうですかぁ? 凄腕の盗賊キサラちゃんはそろそろ白金等級になっておこうかなぁって思っただけですよぉ。別にお兄さんと一緒の等級になっておきたいとかそういう訳じゃないですからね?」

 

 妙に口数が多くなったのが気になるが、本人がそう言うのなら、それ以上追求するのはやめておこう。

 

「そうか、とりあえず俺はお前が金等級のままでも気にしない。自然体で受けてこい」

 

 とはいえ、肩に力が入り過ぎても失敗するだろう。リラックスさせるために、俺は落ちても良いようにフォローを入れた。

 

「えっ……つまり、ワタシが白金等級に上がっても上がらなくても興味が無いって事ですか?」

「いや、そうは言ってないだろ。落ち着け」

 

 これは必要以上に神経質になってるな、悪い方向に作用しなければいいが。

 

「白閃!」

 

 様子のおかしいキサラの心配をしていると、レンが大声を上げた。何事かと思って顔を向けると、彼女は椅子から立ち上がっていた。

 

「一生を誰か一人と共にするなら、対等な関係で居たいって五年前言っていたが、それは未だに変わらないのか!?」

「あ、ああ」

 

 この仕事をする以上、バディを一人しか選べないとすれば、俺と同程度の実力が欲しい。それはそうだろう。

 

「えぇっ!? じゃあワタシ白金等級にならないと捨てられるって事ですか!?」

「いや、そういう訳じゃ――」

「うわぁ酷い、お兄さんにとってワタシってそういう存在だったんで――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃあああああああああ!!!! 薄情! 鬼畜!!! ロリコン!」

「いや、落ち着いてほしかったから」

「他人様におっぱい見られて落ち着く女の子っています!???!!?!?」

 

 なんにしても、お前は焦る必要はないぞ。とは言わないでおいた。

 

 

――

 

 

『蘇芳殿 貴方を第八七代ギルドマスターに任命する』

 

 そう書かれている賞状が、ギルドマスター室の一番目立つ場所に掛けられていた。

 

 蘇芳とは、スオウの事であり、少数民族同盟の一部で使われている独自の文字だった。この文字は「スオウ」という音のほかに、倭独自の赤黒い色――血色を示す言葉でもあった。四大国家ではこの表現を再現できない為、白閃たちは発音のみを理解している。

 

――俺に机仕事は似合わねえんだよ。

 

 蘇芳(スオウ)はその賞状が飾られた部屋で、机にうずたかく積まれた書類の山と格闘しつつ、そんな事を考える。

 

 そもそも、彼がこのギルドマスターの仕事を引き受けたのは、周囲の推薦以上に、補助をする人員を増やすという約束の下、前任のギルドマスターから引き継いだ部分が大きい。

 

 書類仕事を手伝う人員がいるなら、この書類の山も幾分かやりやすくなる。もしダメだと言われようとも、ギルドマスターは最高権力者だ。他の役員からの苦言も握りつぶしてしまえばいい。

 

 そう考えていたのだが、現在蘇芳は書類の山を一人でこなしている。

 

「ちっ、騙しやがって……」

 

 誰に言う訳でもなく、愚痴をこぼす。書類の内容は、ほとんどがギルドマスターと当事者以外には、開示してはいけない内容であり、開示可能な内容は、既にギルド職員たちで分担して整理をしていた。

 

 つまり、業務を補助する人間をどれだけ増やしても、この仕事量は減らないのだ。これを騙されたと言わずに何と言うのか、前マスターが退任直前に見せた微笑みが今更ながら腹立たしく思えてきた。

 

 加えて今日は、白閃と会うために仕事を後回しにしていた。恐らくいつも通り、ギルドマスター室で眠る事になるだろう。

 

「あの、父上……夜分遅くにすみません」

 

 控えめなノックの後、長く切りそろえられた黒髪の少女が顔を出す。

 

「おお、どうした恋(レン)。お前がここまで来るのは久々だな」

 

 ギルドマスターの表情から父親の表情になる。彼は資料をめくる手を止め、彼女の方へ視線を向けた。

 

「ええと、白金等級の昇級試験はいつ頃してくれるのかなって」

「ふむ……」

 

 蘇芳は少し考える。実績としては昇級試験を行ってもいいのだが、白金等級になるという事は、依頼の危険度も上がるという事だ。親として、それはなかなか受け入れがたいものがある。

 

「まずは、手続きを踏むことからだな、ギルドマスターに直談判しろとは規定には書かれていないぞ」

「それはっ! 父上がいつまでたっても書類を受理しないせいではありませんか!」

 

 そう言われて、蘇芳は言葉に詰まる。確かに彼の独断で恋の昇級試験は先延ばしになっていた。

 

「そもそもだ、白金等級になるって事は、一人の人間としての幸せを諦める事と同義だ。父親として、お前には普通に恋愛して、普通に結婚してほしい」

「ならばっ!!」

 

 恋が机にまで近づいて、両手を叩きつける。

 

「私の恋路を邪魔しないでください。父上!」

「うん? ちょっと待て、どういう事だ?」

 

「あっ……」

 

 蘇芳が状況を読み込めず聞き返すと、恋はしまったと言うように両手で口を塞いだ。

 

「まさか、白金等級にお前の――」

 

 そこまで考えて、白金等級冒険者の目録の中で、彼女と関わりのある冒険者のリストアップが蘇芳の脳内で行われる。女性の冒険者と、個人として白金等級を拘る事が無い、旅団としての白金等級は除外して、その中の冒険者というと、彼の中で一つの答えが浮かび上がる。

 

「いや、いやいやいや」

 

 浮かび上がったが、蘇芳にとってそれは到底受け入れがたいものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

判定試験4

「白閃! 父上をけちょんけちょんにしちゃってくださいね!」

「あ、ああ」

 

 妙に気合の入ったレンに応援され、俺は先へと進む。

 

 キサラの昇級試験とシエルの判定試験は同時に行なわれることになり。二人は協力してギルドマスターに土を付ければいい。という事になっていた。

 

「というか、なんで俺がお前と戦わなきゃならないんだ?」

 

 なっていたはずなのだが、何故か俺は修練場で、シエルとキサラの隣でスオウに相対していた。

 

「なぁに、ハンデだよハンデ」

 

 彼の筋骨隆々の肉体から分かるように、彼はギルドマスターになる前は白金等級の中でも最強の部類に入っていた。それを考えれば、相手に手傷を負わせるだけでも、横にいる二人にとっては一苦労といったところだろうか。

 

 衰えたとはいえ、ギルド最強の冒険者の腕前、胸を貸してもらうつもりで戦おう。

 

「ちなみに白閃。お前、冒険者を引退する気はねえか?」

「……? あるわけないだろう。俺は死ぬまで続ける」

 

 唐突な問いかけに、俺は困惑する。そもそも白金等級の昇級試験後の面接で、そう答えた筈だ。

 

「悪い、気が変わったかと思ってな、じゃあ始めるぜ」

「あの……お兄さん」

 

 スオウが両手にダマスカス加工の施された手甲を装備したのを見て、キサラは俺に耳打ちしてきた。

 

「スオウマスターかなり本気じゃないです?」

「ああ、そうだな」

 

 短く答えて、俺も両手剣のバンデージを外す。ハンデというくらいなら手甲を外せと言いたいところだったが、恐らくギルドの業務でストレスが溜まっているのだろう。思う存分暴れたいという事なのかもしれない。

 

「えっと、とうさま、がんばるね」

 

 シエルがグッと拳を握る。俺は気負い過ぎないようにと笑いかける。

 

「ルールはどちらかが降参と言うか、戦闘不能になるまでだ。戦闘不能者が出た時点で試験は終了する」

 

 スオウの表情から感情が消え、人間らしい温かみが消失する。彼が戦闘態勢になった証拠だった。

 

「では――」

 

 立会人が杖を立て、手を放す。地面に杖がぶつかると同時に、蘇芳の身体が動いた。

 

「させないっ!!」

 

 手甲による攻撃が迫る中、シエルが擬態を解除した両手で攻撃を受け止める。俺はそれを確認して、その後ろから両手剣を突き出す。

 

「しっ!」

 

 しかし、スオウは手甲でその攻撃をいなすと、蹴りをシエルに入れて、二対一の状況から脱する。

 

 攻撃で片手、俺の攻撃の防御で片手、シエルを弾き飛ばした片足と、一本足で立っている無防備な姿勢となった彼に、キサラが短刀を構えて喉元――急所狙いの攻撃を行う。

 

「っ!?」

 

 キサラの短刀は空を切る。スオウは片足のみで高く飛び、空中で姿勢を整えるとシエルへ改めて拳を突き出す。

 

「っあああぁっ!!」

 

 シエルは拳を爪で受け止めていた。しかし彼女は顔をゆがめて姿勢を崩してしまう。俺はそれをカバーするように両手剣を突き出して二人の間に入る。

 

「ふんっ!!」

 

 スオウはそれに怯むことなく、俺に向けて更に踏み込んで正拳を突き出す。俺はそれを剣の側面で受ける。

 

「っ……」

 

 何とかしのいだが、衝撃がそのまま貫通してくるような打撃に、俺は奥歯を鳴らして耐える。

 

――勁(けい)

 体内の魔力を効率的に動かし、特殊な作用をさせる少数民族同盟独自の技術で、この技法の前にはどんな鎧も意味はない。スオウが装備している手甲は、武器ではなく、拳を破壊されることを防ぐ防具だった。

 

「試験……っていう戦い方じゃないな」

「なあに、本気で戦わないと意味がない――だろっ」

 

 スオウが距離を詰めてくる。俺はシエルを庇うように剣を構える。勁の前には、神竜の銀鱗だとしても、それは意味を成さない。

 

 金属が激しくぶつかり合う音と、殴っただけとは思えない衝撃が腕を伝ってくる。攻撃を凌ぎ、相手の意識を俺だけに向くように立ち回る。

 

 俺に意識が集中すれば、その分キサラたちが動きやすい。そうなれば、急所狙いの攻撃を得意とするキサラが隙を突いたり、シエルとのスイッチで相手のリズムを崩すことができる。

 

「っあああ!!」

 

 俺が大きく拳を弾き飛ばすと、それと同時にキサラが防具の薄い足首へと短剣を滑らせ、機動力を奪おうとする。しかしスオウはそれをやすやすと回避し、逆に蹴りをキサラめがけて放つ。

 

「キサラっ!!」

 

 それをシエルが間一髪のところで止め、蹴りを擬態の解けた腕で受ける。

 

「出来るじゃねえか」

 

 楽しそうに、俺達の実力を測るようにスオウは呟く。俺は距離を取り、攻撃に転じる。一撃の威力よりも手数を意識して剣を捌くとスオウはそれに呼応して手甲で斬撃を弾いた。

 

 俺とスオウの技量は拮抗しており、シエルは受けきるには耐久に不安があり、キサラは攻撃を読まれやすい。だとすれば、どうすればいいか。

 

「シエル、防御は任せた」

 

 俺の言葉にシエルは無言でうなずき、意思を伝えてくれる。俺はそのまま跳び退いて、キサラに目配せをする。情報はそれだけで十分に伝わった。

 

 キサラは俺の場所まで走り込んでくると、俺の懐に入って両手剣を握りしめる。続いて俺も力を込めると、両手剣が徐々に燐光に包まれていく。

 

 スオウのガードを崩すには、ダマスカス加工された手甲を何とかする必要がある。だが、俺一人が短時間で光らせただけでは、破壊までできるか不安が残る。

 

 ならば、キサラにも握って貰えばいい。俺たちは両手剣を力強く握りしめる。

 

「くぅっ……!」

「さあどうした!? 反撃しねえと潰しちまうぞ!」

 

 勁の篭った攻撃に、シエルは苦悶の声を上げる。しかしそれでも、潰れる事も擬態を解いて反撃に転じる事もない。俺達もなるべく早く力を込めなければ。

 

 青い燐光が根元から迸り、刀身全体を包む。だが一歩踏み出そうとした瞬間、更に変化が起きる。

 

「っ……!?」

 

 青白い光ではなく、回復魔法を使った時のような、鮮緑色の輝きが仄かに混じる。なにかおかしいと感じたが、俺はシエルがこれ以上凌ぎ切れないと判断して、キサラと別れて一歩を踏み出した。

 

「ようやく来るか白閃!」

「おおおっ!!!」

 

 シエルを庇うようにして剣を振り、それがスオウの手甲に防がれる。金属が爆ぜる音が聞こえ、手元に確かな手ごたえが返ってくる。

 

「何っ!?」

 

 ヒビの入った手甲を確認して、スオウは驚きの声を上げる。俺は距離を取ろうとステップを踏んだ彼に追いすがり、更に連撃を加えていく。

 

 拳と刀身がぶつかる度、手甲はボロボロに崩れていく。スオウは防御に回っているとはいえ、それでも勁による打撃は俺の腕に疲労を蓄積させていく。

 

「はあっ!!」

 

 右手の手甲を完全に破壊したところで、俺は両手剣を取り落とした。両手にしびれが残り、感覚が消失している。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 呼吸を整える。それ以上戦うつもりは無かった。なぜなら――

 

「降参だ。訳分かんねえ武器を持ちやがって……」

 

 スオウが両手を挙げて降参の意を示していたからだ。

 

 

――

 

 

 試験を無事に通過し、晴れてシエルは銀等級、キサラは白金等級の印章を受け取る。喜んで併設酒場へ向かった二人と別れて、俺はスオウと共にギルドマスター室に戻る。そこにはヴァレリィが待っていた。

 

「なるほどな、イクス王国の最新技術か」

 

 砕けた手甲を外したスオウは、ヴァレリィからの説明を受ける。

 

「ええ、魔力とは別に生命エネルギーを利用した強化法で以前の物以上の切れ味と強度を発揮できる物です」

 

 眼鏡の位置を直すと、ヴァレリィは言葉を続ける。離れているとはいえ、イクス王国の魔法研究所と冒険者ギルドは商売相手だ。北の魔物圏に近いイクス王国は、冒険者の終着地点としての側面も持っている。ヴァレリィが冒険者ギルドに営業を掛けるのも当然と言えば当然だろう。

 

「現在はかなりコストがかかりますが、研究が進めば量産化も可能でしょう」

「む、そういう事か」

 

 ヴァレリィの言葉の裏には「量産化の研究のために技術か資金の援助を頼む」という意図が含まれていた。スオウはそれを感じ取り、静かに納得した。

 

「何が望みだ?」

 

「勁の技術体系と式神の理論を」

「……分かった。イクス王国へ道師と陰陽師を派遣しよう」

 

 案外、交渉はすぐに終わった。恐らくここから使節団の編成や詳しい契約を結んでいくことになるだろう。ヴィクトリア殿下とスオウがその調整をするのだが、二人には頑張ってもらうしかないのだろう。

 

「ところで白閃よぉ、どんな育て方したんだ?」

「何がだ?」

 

 話を切り替えるように、スオウは俺へと向き直る。切り出し方からしてシエルの事だろうが、どんな育て方をした。とはどういう意味なのか。

 

「仕事柄、神竜種とは六体全てと会ったことがある。全員人間を何とも思っていない。傷つけることに躊躇の無い連中だ」

 

 確かに、俺の認識でも神竜種は実際行動に移す事は多くないが、他者の命を奪う事に躊躇の無い個体ばかりだった。

 

「だが、あの神竜はちげぇ、単純に技量が無い事を差し引いても、ブレス一つ吐かねえのは流石に変だ」

 

 確かに、シエルは攻撃的な行動は一切した事が無い。神竜は天敵もおらず、食事もほとんど必要ないため、必要以上に攻撃するような生態ではないが、必要であれば攻撃をする存在のはずだった。

 

 シエルがなぜそうなったのか、全く見当がつかないわけではないが、スオウに理解してもらうには、少々長い話が必要そうだった。

 

「……答えになるか分からないが、顛末を詳しく話していなかったな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

判定試験5

「ふふーん。どうですぅ? この白金等級の印章は」

 

 話を終えて酒場に向かうと、キサラがロングコートに付けた印章をレンに見せつけていた。

 

「ぐぐ……いいですよ、私もすぐに白金等級になってやりますから」

「お父さんがギルドマスターなのにずっと上がれないとか、かわいそうですよねぇ、実力ないんじゃないですかぁ?」

「むしろ父上が止めてるんですよ!」

 

 レンはテーブルを叩いて反論する。

 

「白金等級になると嫁の貰い手がとか! 人としての幸せがとか! 色々ゴチャゴチャ言ってくるんです!」

「へぇーそうなんですかぁ、そうですかぁ」

「あ、信じてませんね!? 実力で言えばあなたにも負けませんからね私!」

「そんなこといってもぉ、昨日お兄さんに負けたばっかりじゃ――」

 

 ビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああ!! お兄さんいるならいるって言ってくださいよ!!!」

「いや、気づいてないみたいだったから」

「だから口で言えって言ってるんですけど!!????!?!?」

 

 何にせよ、こいつは白金等級に上がったのだ。これからは「白金等級のお供に金等級と一般人がついてきている」のではなく「白金等級二人が所属する四人パーティ」として認識されることになる。複雑で難度の高い依頼も受けられるようになるし、権力者から直接の依頼も受ける機会が増えるだろう。

 

「あ、白閃! さっき聞きましたよ! 父上に勝ったそうですね!? 私もすぐに追いついてやりますから!」

「あ、ああ」

 

 妙に勢いづいて身を乗り出してくるレンに驚きつつ、返事をする。功を焦り過ぎて何か大きな失敗をしそうで少し心配だが、スオウが上手く手綱を握っている事だろう。

 

「なんにせよ焦るなよ、白金等級は堅実に実績を積むことも大事だ」

 

 キサラが今回昇級できたのも、シナトベ討伐の実績が大きく影響している。実力のみで昇級するのは、シエルやヴァレリィが銀等級なのを見ても、不可能だ。

 

「で、でも……キサラは白金等級に上がっていますし……」

 

 そこまで言われて理解する。なるほど、同年代だし負けたくないという気持ちもあるのだろう。口では俺とライバル関係みたいなことを言っているが、実際のところライバルはキサラの方なのかもしれない。

 

「一つ上の等級だろ、特にレンは実力だけ見れば白金等級と同じくらいの実力はある」

「え、それってつまり――」

 

 恐らく、彼女を昇級させないのはスオウの親心もあるのだろう。レザル白金旅団のような穏やかな引退はそうそうない。彼の事を考えると、レンを金等級に留めさせておくことに、俺は賛成だった

 

「スオウの願いも考えると、妥協も必要だろうな」

 

 レンには金等級で我慢する。という事を強いてしまうが、親心を分かってやるのも子の役目だろう。俺はレンの肩に手を置いて、諭すように言ってやった。

 

「あ、あのっそれでも、私は……」

 

 言う事を聞きそうにないので「我慢してくれ」というつもりで深く頷く。それだけで、レンはそれ以上何も言わなくなった。

 

「っ、分かりました。金等級のままで、いいです」

 

 何とか納得してもらえたようで、安心して視線を外す。

 

「分かってくれればいい。さて、これからだが――」

「では、私と白閃は恋人同士という事ですね!」

 

「……は?」

 

 レン以外の全員が全く同じ反応を返した。

 

 

――

 

 

「ふぁ……」

 

 夜遅く、ヴァレリィはイクス王国への魔導文を書いていた。

 

 隣では白閃が静かに寝息を立てており、聞こえる音と言えば、その寝息と魔法灯の微かなノイズだけだ。

 

 書く事自体はもっと早い時間に書けたのだが、なんだかんだスオウの勁について、理解するための書物を読んでいたためこんな時間になっていたのだ。

 

「さて、どう書いた物かな」

 

 伝えることはいくつかある。

 

 少数民族同盟より、道師と陰陽師がイクス王国へ使節団として送られる事。

 自分とシエルが冒険者として登録された事、神竜研究の進捗。

 エルキ共和国で見たスクロール小型化の理論。

 

 そして、試験中に起きた新ダマスカス加工の鮮緑色をした光。

 

 全てを伝えるには、スペースがあまりにも足りなすぎる。だが、せめて概要だけは纏めておかなければ。ヴァレリィの眠気に沈みかけた脳で、何とか言葉を紡いでいく。

 

 しかし、あの光は何だったのだろうか。ヴァレリィの頭に、疑問がよぎる。

 

 生命エネルギーを通したダマスカス加工には、青い燐光が宿るのは、ずっと確認してきたことだ。だが、あの色は一体何なのだろうか。

 

 鮮緑色であれば、回復魔法を思い浮かべるが、どうもあれはその色とは違うように感じた。うまく言葉にはできないが、回復という優しい雰囲気ではなく、初夏の植物のような力強さを感じる色合いだった。

 

 例えばだが、青い燐光の先があるような、そんな反応だった。

 

「っ……いけない、早く書いてしまおう」

 

 旅先では、どうしても情報収集ばかりが先行して、情報の吟味がおろそかになる。ヴァレリィはまた思考の海に落ちないうちに、報告用の魔導文を書ききってしまう事にする。

 

 一つ一つ、箇条書きに近い形で、分かりやすさを意識して書いていく。書き始めてしまえば早いもので、内容はすぐに埋まっていった。

 

「……ふぅ」

 

 書き上がると、ヴァレリィは窓から魔導文を飛ばす。昼頃にはイクス王国まで届く事だろう。

 

 魔導文が飛んでいくのを眺めていると、反対側の地平線が明るくなっていることに気付く。どうやら今日も貫徹に近い事をしていたようで、彼は思わず苦笑した。

 

 そういえば、旅の目標はとりあえず一区切りしてしまったが、次は一体何をするのだろうか。そんな事を考えながら、ヴァレリィはベッドへ身を投げ出した。




 お読みいただきありがとうございます。ここまでで第二巻の内容は終わりとなります。

 一巻部分は単体で終わるように書きましたが、第二巻はそれに加えて続く第三巻以降への準備という側面もあり、今ひとつ消化不良感があるのは悩みどころです。

 ただ、第三巻から更に世界観を広げるため、書いていきますので、よろしくお願いします。


 ……あと、ちょっと色々と思う所があるのと、三巻の執筆準備等で更新がしばらく止まりますので、思い出したころに見に来ていただければと思います。

 では、もしかすると公募向け作品を10万字書いた後になるかもしれませんが、ゆっくりとお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三巻
海路護衛1


これまでのあらすじ

 白金等級である主人公白閃は、盗賊キサラ、神竜シエル、魔法使いヴァレリィと共に旅をしていた。
 彼らはシエルとヴァレリィの冒険者登録を行い。次の町へ向かう事にする。どこを目指すとしても、少数民族同盟からは陸路でそのまま折り返す事になるうえ、かなりかかるはずなのだが……


「がっ……ぐぅっ……!」

 

 こいつは歪だ。

 

 拳を交えた時、真っ先に感じたのは擦り切れる直前まで研いだ刃物のような、危うい感触だった。

 

 地面に倒れ伏し、勝敗が明らかになった状況だというのに、彼はダマスカス加工を施した両手剣から手を離さず。声を上げて立ち上がろうとしている。

 

「おい、小僧。もう勝負は――」

「ついてないっ!!」

 

 俺の言葉は、地面にはいつくばって足掻く男に遮られる。

 

「まだ、死んでない……っ、俺は……俺はっ!!」

 

 どれだけ叫ぼうと、口だけではどうしようもない、歴然とした差がある。だが、こいつはそれでも戦意を無くさなかった。

 

 戦意を持ち続けることは、戦いの上では大切だ。それだけで評価をある程度覆せるほどに。だが、こいつの闘争本能は鬼気迫るものがある。普通の範疇に存在しない。

 

 高い闘志で等級評価を甘くつけることはあるが、ここまでの意志は――

 

「あ、あのっ! お兄さん!」

 

 白金等級への昇級試験、不合格で終えようとした時、ついて来ていた盗賊の少女が声を上げた。

 

「次! 次があります! だから……無理しないでください!」

 

 彼女の言う通り、引き際を見極められなければ白金等級としてやっていくことはできない。臆病風に吹かれてリスクをとらない冒険者は一流足りえないが、闘争本能だけで走り続ける冒険者も、一流足りえない。

 

「どうすんだ? あのお嬢ちゃんはああいってるが」

 

 あの盗賊は筋が良い。今は銀等級だが、こいつと一緒にいればじきに金等級への昇格も望めるだろう。だからこそ、前に進むことしか考えていないこいつを、どうにかしなければならない。

 

「当然……続けるっ!」

 

 両手剣を杖代わりにして、彼は血を吐くようにそう吐き捨てる。

 

「そうか――」

 

 じゃあ、どうするかは決まったな。

 

 俺は彼の隙だらけの身体に拳を一発、正中線を貫くように突きこむ。

 

「がっ――はっ……」

 

 肺の空気を全て吐き出した彼は、力なく倒れこむ。白金等級への昇格はまだ遠そうだ。

 

「お兄さんっ!!」

「嬢ちゃん。こいつをしっかり介抱してやんな」

 

 そもそもバディである盗賊の事を無視するような振る舞いが気に入らない。一人で強くなれる人間など存在しないというのに――

 

 

――

 

 

 冒険者ギルド本部があるという事で、倭はかなり治安がいい。

 

 今は書類仕事で忙殺されているものの、ギルドマスターのスオウは元白金等級、その上、昇級試験を受けに来る上級の冒険者たちが頻繁に出入りしているのだ。

 

「うーん、残念ですねぇ……せっかく白金等級のキサラちゃんが依頼を受けてあげようっていうのに」

「白金等級程度ならそこら中にいるだろう」

 

 銀と金色の印章をこれ見よがしに見せびらかしながら、キサラは俺の前を歩いている。よっぽど白金等級に上がったのがうれしいらしい。

 

「それで、これからアバル帝国に入るという事でしたが、道筋はどう辿るおつもりですか?」

 

 隣を歩くヴァレリィは、ようやく書類仕事が一区切りついたようで、目の下にある隈は随分薄くなっていた。

 

「海路でアバル帝国に向かう手が無いわけではないが、一度エルキ共和国へ行って、そこから陸路で向かう事になるか」

 

 ここからアバル帝国は、大陸から離れたいくつかの離島を経由すれば海路での移動は可能である。ただしその場合は、海に不慣れな俺たちに代わって、旅路を先導する人間を雇う必要がある。その一方でエルキ共和国はオース皇国から流れる大河の河口を挟んで対岸に位置するので、基本的に慣れた旅路を辿ることができるのだ。

 

「とうさま、お船に乗るの?」

 

 シエルが俺の頭上から声を掛けてくる。肩車をしてやると彼女は喜ぶのだった。

 

「そうですよぉ、といっても、エルキ共和国までですから、せいぜい三日くらいですけど」

「ふーん」

 

 俺の代わりにキサラが答えると、シエルは興味なさそうに声を漏らす。

 

「む、なんかワタシへの返答そっけなくないです?」

「そんなことない」

「……本当に生意気ですね」

 

 二人の会話をききながしつつ、俺は町の遠くに帆船のマストがあるのを見た。どうやらようやく港湾地区についたらしい。

 

「さて白閃、どれに乗るんです?」

「ああ、今見えてるのは帆の大きさからして長期航海用の大型帆船だから――」

「ここからもう少し歩いたところに、エルキ共和国領ベルメイ港までの帆船が停泊してるんで! それに乗ってください!」

 

 俺の言葉を遮って、背後から声がかかる。振り返るとレンが収納袋を片手に仁王立ちしていた。

 

「レン?」

 

 なんで彼女がここに? そう考えていると、彼女はつかつかと俺達の前まで歩いて来てからビシッと胸を張った。

 

「白閃!!」

「なんだ」

「『なんだ』――じゃないですよ! どーして私を置いて出発しようとしてるんですか!?」

 

 彼女は非難するように指差してわめきたてるが、俺はいまいちピンとこなかった。レンは元々倭で仕事をしている冒険者だし、親元を離れる訳にもいかないだろう。……あと、スオウが許すはずもないし。

 

「え、レンってば、もしかしてワタシ達に付いてくるつもりです?」

「むしろついて来ないと思った理由を教えてください! その……、――として! ついていくのは当然でしょう!」

 

 レンが少し言いよどんで一部を聞き取れなかったが、どうやら白金等級への昇格を諦めて、旅を始めるらしかった。

 

「はぁー?? いつアンタがそうなったんですかぁ? ボケボケ過ぎて流石金等級って感じですよねぇ」

「キサラ、最近まで金等級じゃなかった?」

 

 どうやらキサラは聞き取れたらしく猛烈に煽るが、シエルのツッコミに視線を逸らしている。

 

「白閃、どうします?」

 

 判断を仰ぐように、ヴァレリィが視線を向けてくる。なんにしても、ついてくるつもりなら別に拒否する事もないか。

 

「別に構わないだろう。それにレンは曲がりなりにも金等級だ。自分のことは自分で出来るはずだからな」

「……ふむ、確かに」

 

 どこか含みのある調子で彼は頷く。なんにしても、白金等級になるのを諦めて、どこかで花婿を探す事になるのだろうか。

 

 冒険者が甘ったれたことを、と言いたくなるような話だが、ギルドマスターの娘であればそのくらいの無茶は許してくれるだろう。

 

「そもそもその無駄についた贅肉でワタシ達の旅についてこようっていうのが甘ちゃんなんですよぉ」

「肉は関係ないじゃないですか! そもそもあなたみたいな幼児体型は白閃に相応しくないです!」

「ふふーん、お兄さんはロリコンの変態なので――」

 

 言い争っている二人の側まで歩いていき、キサラのビキニトップのひもを引っ張る。簡単にズレた。

 

「ぎゃああああああああああ!!!! ロリコンの変態が手を出してきたああああああ!!!!!」

「いや、止めないといつまでも話してそうだったから」

「口で言えば分かるんですよそれ!!!!!!!!!!」

 

 口で言っても結構無視するだろうが、とは言わないでおいた。

 

「レン。船まで案内頼めるか」

「――あ、はいっ! 了解ですっ! この先の倉庫が並んでる区画を通ってですねえ……」

 

 俺の呼びかけに、彼女は元気よく返事をして案内を始める。

 

「ところでキサラがさっき大声出してましたけど、何かしたんですか?」

「いや、何も」

 

 短くそう答えると、背後で信じられない物を見るような目でキサラが俺を見ているのを感じた。

 

 

――

 

 

 案内された先にあったのは、商船のような形をした中型の船だった。俺はその船の近くで積み荷の検品を行っている男に話しかける。

 

「五人なんだが、ベルメイまでいくらかかる?」

「あん? 冒険者か……そうだな、一人当たり金貨十枚、合わせて五〇枚ってところだが……護衛をしてくれるってなら五人合わせて三〇枚でいいぜ」

「金には困っていない。そして俺たちは自分が乗っているものが襲われて黙っている人間じゃない」

 

 俺は男にそう答える。つまり最初の提示額を支払った上で護衛も行う。という事だ。

 

「へぇ……金払いのいい客は大歓迎だ。いいぜ乗りな、金は船長に払えよ」

 

 乗り込むように身振りでも伝えられたので、俺たちは船に掛けられた木の板を使って乗り込んだ。

 

「久々の船旅ですねぇ」

「ああ、前は――俺が白金等級に昇級したての頃だったか」

 

 人類圏において海路はあまり発展しておらず、この少数民族同盟から出発する航路が最大規模である。

 

 大陸北部はほぼすべてが魔物の領域となっている関係上、港町同士の航海は隣を繋ぐものが殆どで、ここのように南部の離島や、国家間を跨ぐような長距離航海はそう多くない。

 

 それに加え、大量の荷物を運ぶならまだしも、普通に移動する分には通商路や街道を使った方がはるかに効率的となっていた。

 

「とうさま、海ってすごいね」

 

 しばらく静かだったシエルが、頭の上でそう呟いた。どうやら今まで黙っていたのは、初めて見る海に圧倒されていたらしい。

 

「そうだな――……四人とも、しばらく船室で休んでいてくれ、俺は船長と話をつけてくる」

 

 俺はシエルを肩から降ろして、船長室の方へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海路護衛2

「外の船員に言われてきた。五人でベルメイまで」

 

 収納袋に入っている金貨を五〇枚、船長の机に並べる。

 

「ほう、冒険者だってのにこの額か」

 

 船長はきらびやかな宝石類を身に着けて、更に隻眼で黒い顎ひげを蓄えており、歯が数本欠けていた。歯が異様に欠けているのは、喧嘩かそれとも瓶詰めの酒を口で開けようとしたか……まあ、一応は想定していた範囲の身なりをしていた。

 

「金を払っておかないと後が怖いからな」

 

 ここで金払いを渋ると、碌な事にならないのを知っている。俺はきっちりと一〇枚のコインタワーを五つ並べて、数をごまかしていないことを示してやる。

 

「なるほど、等級の分かるものを見せてくれ」

 

 歯がかけているため、少し聞き取りにくい声で言われて、俺は求められたとおりに外套の胸元を開けた。そこには白金等級を表す印章が付いている。

 

「ふひっひ、楽な航海になりそうだ。ようこそ、聖(サント)ゼイル号へ」

 

 特徴的な笑い声を漏らして、船長は鍵付きの引き出しへ金貨を収める。どうやら航海で得た利益はそこに一時保管しているらしい。

 

 海の人間は、陸の人間をあまり信用していない。南方の孤島郡のどこかにある漁業・海運ギルドを中心とした文化圏を築いており、交流自体も海産物や海運関係の取引をしない限り交わることも無いのだ。

 

「船長室ってのはここか?」

 

 俺が部屋を出て行こうとした時、丁度入ってきた男がいた。胸には赤銅色の印章があり、どうやらギルドの本登録を終えた直後の冒険者らしかった。

 

「ふぇっふぇ、この航海は客が多そうだ」

 

 俺はそのまま出て行ってもいいのだが、後輩がカモられるのを見過ごすほど無粋でもなかったので、銅等級の冒険者がやらかさないよう見守る事にした。

 

「おう、わりぃな兄ちゃん――で、船長はあんただろ? 冒険者三人、ベルメイまで、金は護衛するから負けてくれや」

 

 そう言って男は机の上に金貨をばらばらと落とす。それを数えて二十一枚、ぴったりと船長に差し出す。

 

「くふぇっ、本当に二十一枚でいいんだな? 三〇枚じゃなくて、護衛もするんだな?」

「おい」

 

 船長が上機嫌にそう言い始めたので、俺は思わず助け舟を出していた。

 

「三〇枚払った方が身のためだぞ」

「あ? 何だよ兄ちゃん、俺たちは銅等級の冒険者だぞ、そこら辺の雑魚とは違うんだよ」

 

 しかし、男は聞く耳を持たず、金貨九枚をケチろうとしている。俺の等級章を見せれば態度も変わるだろうが、船長からの視線は「これ以上余計な事をするな」と言っていた。

 

「……分かった」

 

 船長からにらまれては仕方ない。それに死ぬような事にはならないし、社会勉強にもなるだろう。

 

「チッ、出しゃばるんじゃねえよ」

 

 男はそう言いながら、部屋を後にする。

 

「ふぇっふぇ、いくらお客人でも俺らの商売を邪魔しちゃダメだ」

「悪いな、船室に戻らせてもらう」

 

 俺はそう言って部屋を後にする。外ではマストに帆が掛けられ始めていた。

 

 

――

 

 

 船室は、船の規模からみればそれなりに大きかった。

 

 丁度今いるところは、バーカウンターもあることから判断するに、ギルドの併設酒場みたいな位置付けだろうか。食料は限られるだろうが、いくつかここで買う事もできるだろう。この船室からは廊下が一本伸びていて、その先が乗組員や相乗りさせてもらう冒険者の、寝室となっていた。

 

「あ、お兄さんおかえりなさーい」

 

 船室にしつらえられたテーブルで、キサラが出迎えてくれた。彼女は白金等級を表す印章を外套の裏に隠している。

 

「ああ、金はしっかり言い値で払って来た。楽な航海になるはずだ」

 

 俺は船室にいる他の三人の姿を順番に見て、冒険者の等級が分からないようになっていることを確認した。これなら余計なトラブルや不要な仕事は避けられるはずだ。

 

「ね、ね、とうさま、お船ってすごいね、どうやって浮いてるの?」

「ああっ、シエルちゃん! 僕がさっき懇切丁寧に教えてあげたのに! いいよ、何回でも教えてあげる。海水に対して船の主な建材である木材の比重が――」

「ヴァレリィ、うるさい」

 

 二人の騒々しい会話を受け流しつつ、俺はその近くでどこか不満げなレンに話しかけた。

 

「どうかしたか?」

「……白閃、どうして実力を隠すんですか?」

 

 彼女が言いたいことは、恐らくなぜ自分たちの等級を隠させたのか、という事だろう。

 

「陸と海ではルールが違う。という事だ」

 

 海は危険である。何かの拍子に船から落ち、置いて行かれれば死を待つしかない。船という安全地帯を得ることで何とか人間は海を渡ることができる。

 

 そういう環境で生き抜いてきた海の人間は、陸の人間とは違う倫理観や文化を持っている。だからこそ「陸の上で俺はこんな偉い奴なんだぜ」みたいな姿勢でいると、船員たちから反感を買いやすい。

 

 特に自分たちが海で護衛の仕事をできると自信満々に言う奴ほど、船員たちに目をつけられやすいのだ。

 

「外様の人間が地位を堂々と見せつけるのは、周囲を刺激する。等級章を隠すように言ったのはそういう事だ」

 

 ちなみに俺が白金等級になった直後、同じように海路でエルキ共和国を目指していたが、その時は等級章を隠していなかった上に護衛の依頼を引き受けたので、大変な思いをした経験がある。

 

「うーん、そうなんですかね? 私はちゃんと見せたほうが――」

 

 レンが話しかけたところで、遠くの席で男たちが騒ぐ声が聞こえてきた。さっき船長と護衛の仕事をすると約束していた男たちが、昼間からジョッキで酒を呷っていた。

 

「本登録も終わったし、ルクサスブルグで仕事を受けられる! あそこは金持ちばっかで金払いがいいからな、俺達すぐに億万長者だぜ!」

「融資関係も解禁だしな、欲しい装備とかガンガン新調していこうぜ! 鉄等級以下とは違う、いっぱしの冒険者だから装備はしっかりしないとな!」

「船長からも『銅等級で護衛の仕事をしてくれるならありがたい』って言われたしな! やっぱそこら辺の冒険者とは違うぜ!」

 

 男たちは嬉しそうに酒を飲んでいる。その胸元には、全員赤銅色の等級章がこれ見よがしに輝いていた。

 

 話し方の違和感からして、どうせ俺たちに聞こえるように言っているのだろう。

 

「白閃……」

 

 レンが恨めしそうな顔で俺を睨む。どうやら金等級としてのプライドを傷つけられているらしい。

 

 俺は軽くため息をついて、船室の窓から外の様子を探る。どうやら陸からは十分に離れたようだ。そろそろか……

 

「まあ、少しこらえることを勉強しろ。冒険者なんて偏見を持たれて当然の職業だ。ギルド中心に暮らしていて、周囲が全員冒険者だと忘れがちだがな」

 

 俺がそう言ったところで、筋骨隆々で頭にバンダナを巻いた男が船室に入ってくる。彼らは物々しい雰囲気で同等級の男たちの方へ歩いていくと、拳をテーブルに振り下ろした。

 

「うおっ!?」

「てめえらいいご身分だな! 護衛の仕事受けたならさっさと甲板に出て仕事をしねぇか!」

 

 不意に怒声を浴びせられた男たちは面食らっているようで、三人ともがお互いの顔を見合わせていた。

 

「お、おい、俺たちは客だぞ!」

 

 ようやく状況を察した男が喚く。その言葉で我に返った冒険者の二人も声を荒げた。

 

「そうだ! 魔物が出たら呼んでくれりゃあすぐにでも役に立ってやるから安心してろ!」

「俺たちはいざというときにすぐ動けるようにここに居るからよ。普通の仕事はお前らの物だろ」

「はあ? 何言ってんだお前ら、金貨十枚で載せてやった奴を俺たちは金貨三枚で雇ったんだぞ? 給料分くらいは働きやがれ」

 

 俺が金貨十枚を払ったのはこういう事だ。海の護衛は、船の安全を確保する事、つまり雑用や軽作業が大量に降ってくるのだ。

 

「ふざけんな! そんなこと聞いてないぞ、俺らはそんなことしな――」

 

 男の言葉が途中で止まる。その首筋には片刃の鋭利な片手剣が当てられていた。

 

「おっさんさぁ、あんま無茶苦茶言うと首と胴体が泣き別れるぜ?」

 

 彼の背後には、いつの間にか別の船員が立っていた。彼は片手剣の角度を少し動かして、銅等級の冒険者を脅す。

 

「冒険者だか何だか知らねぇけど、船の上じゃ俺たちとお頭が絶対だからな」

「わ、わかった……追加で金貨を九枚払うから――」

「駄目駄目、金を貰ったところで契約は有効のまんまだ。重石つけられて船から放り出されたくなきゃ、大人しく仕事をした方が身のためだぜ」

 

 片手剣を持った船員は、静かにそう言って、男たちが頷く名を確認してから片手剣を鞘にしまった。

 

「じゃ、まずは出航に使った備品の片付けと甲板の掃除から始めて貰おうかな? ――で、銅等級だっけ? 陸の人間がどれくらい使えるのか見ものだな! けけけっ」

 

 先程の剣呑な雰囲気とは打って変わって、片手剣の男は朗らかにそう言うと、筋肉質な船乗りと二人で冒険者三人を船室の外へと連れだしていった。

 

「堪えることを知らないとああいう事になる」

「わ、わかったっす……」

 

 俺の隣で、レンは小さな声でそう答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海路護衛3

 航海自体はそう時間はかからない。

 

 まあほんの数日で着くわけではないが、馬車と歩きと比べれば、随分短いものだ。

 

「あの、すいません。この船に魔法使いか陰陽師は乗っていますか?」

「あん? 兄ちゃんよぉ、そんなもやしみてぇな奴は海じゃ生きていけねえんだよ」

 

 甲板ではるか先にあるはずのエルキ領ベルメイを見ようとしていると、ヴァレリィが休憩中の船員と話していた。

 

「海じゃ魔法なんて訳分かんねえものより、これが一番よ」

 

 そう言って、船員は力こぶを作ってみせる。あいつは確か、銅等級の冒険者を雑用に駆り出した片割れだったか。

 

「ああ、そうなんですか! それはよかった。僕が役に立つタイミングがあるんですね」

 

 そう言って、ヴァレリィは木製のジョッキを取り出す。どうやら船室から持ってきたものらしい。

 

「あ? そりゃどういう事だ?」

「思ってたんですよ。海水は塩分濃度が高く、飲み水として使えない。となると人間が活動するために必要な水はどうしているんだろう……って」

「へへ、残念だったな、船底に近いところに水の入った樽がいっぱいあるのさ」

「水精練(アクア・アポーツ)」

 

 男は得意げに言うが、ヴァレリィが魔法を唱えると、その表情は一変した。

 

 彼が持つジョッキにはなみなみと水が溢れ、船の揺れでその橋がこぼれるほどだった。ヴァレリィがさらに魔力を込めると、ジョッキからは完全に水が溢れ、甲板に水溜りを作っていく。

 

「お前さん……」

「これは空気中や近くにある水を飲料水として精製する魔法です。適性は必要ですが、非常に簡単に飲み水を確保できるので、良ければお教えしましょう」

 

 言葉を無くしている船乗りに、ヴァレリィは言葉を続ける。水精練はスクロールの中でも回復属性に次ぐほど人気がある魔法だ。それをこの船乗りが知らないという事は、それだけ陸と海の文化的隔たりが大きいという事だろう。

 

 魔法六属性のうち威力に特化した属性は炎・雷、威力は劣るものの術者の応用力によっては使い勝手が上下するのが氷・地、そして戦闘向きではないが応用の幅が大きいのが風と水属性だ。

 

 だから冒険者にとって大事になるのは、風と水属性以外の魔法で、これらの魔法にのみ適性がある人間は、町工場や芸術方面へ生活の基盤を持っている。

 

「……いや、兄ちゃん。こいつは使えねえ」

「どうして!?」

 

 これがあれば確実に便利になる。そう言った技術を提示したはずのヴァレリィは、予想外の事に思わずジョッキを取り落とした。

 

「何もないところから水を出すなんて、女神様が許しちゃくれねえよ」

「何もないところ!? ちがいますよこれは周囲にある水蒸気や海水から魔力によって水分を抽出、凝結させて……」

 

 彼は必死になって色々と説明をしているが、恐らくそれが実を結ぶことは無いだろう。陸の――特に都市部の人間は持ち合わせていないが、海の人間にとって縁起の良し悪しや、古くからの言い伝えというものは、利便性を失ってすら重要視されるものなのだ。

 

「なんにしてもダメだ。女神様の気が変わらねえうちにその魔法とやらを使うのを止めるんだな」

「そんな、だってこんな便利に――」

「ヴァレリィ、それくらいにしておけ」

 

 これらを迷信として切り捨てることもできるが、こういったものは、何かしら実際に必要な事だったりもするのだ。よくわからない場所の文化は、軽視し過ぎてはいけない。

 

「っ……分かりました。すみません」

「おう、折角言ってくれたのにわりぃな、兄ちゃん」

 

 彼は優しい。それは俺が一番よく分かっている。その優しさが独りよがりだとしても、彼を責める気になれないのは、それが純粋な優しさからの行動だと分かっているからだろう。

 

「はぁ、はぁ……ブラシ掛け、終わりました」

 

 話に区切りがついたところで、銅等級の冒険者三人組が船員の報告しに来る。随分こき使われているようで、額には汗がにじんでいた。

 

「おう、ようやくか、じゃあ次は調理室で食材の下ごしらえだ。駆け足で向かえよ」

「は、はい……」

 

 大の男三人が息も絶え絶えでみっともない。とは思わなかった。慣れない仕事、気を遣う事も多いだろうし、戦いと身体の動かし方が根本的に違うのだ。あの姿も温かく見守ってやろう。

 

 

――

 

 

「呼んだか?」

 

 次の日、船長に呼び出されて俺は甲板まで出てくる。彼は船の進行方向をじっと見つめて顎をさすっていた。

 

「魔法を船上で使ったのがまずいなら謝るが」

「ふぇっふ、そんな事はどうでもいい。そもそもダメだって言われてる理由も――いや、これは客人には関係ない事だな」

 

 船長は言葉を切って、歯の隙間から呼気を漏らしながら話を続ける。

 

「どうもお前さんたちに手伝ってもらう事になりそうでな」

「そうか」

「疑わんのか?」

「船長のいう事は絶対だからな」

 

 海を日常的に見ている彼が「調子がおかしい」というのだ。なにがあるかはわからないが、何かがあるのは間違いない。

 

「今日は風も弱く、波も立っていない。天気もいいから視界がよく通る」

「準備をしておけばいいか?」

 

 俺の短い言葉に、船長は頷く。

 

「こういう日は獲物がよく見える。俺達も、相手さんもな」

 

 なるほど、今は背の低い草原で無防備に歩いているのと同じ、という事か。

 

 俺が納得したところで、甲板に一人の男がふらふらと這い出してきた。銅等級の冒険者の内一人だ。

 

「ふぃー、やってらんね……あ」

 

 恐らく船内作業を抜け出してサボりに来たのだろう。悪態と共に溜息を吐いたところで、俺たちと目が合ってしまった。

 

「ちっ、ついてねえ……」

「ん? 仕事はどうした。用心棒」

「……」

 

 船長がそう尋ねると、男はばつが悪そうに眼を逸らす。

 

「っていうかよぉ、お前がやれよ、銅等級の俺がこんな疲れてていざというとき大変だろうが」

「いざというときは心配しなくていい」

「あ?」

 

 俺は男にそう答えて、背中にある両手剣の柄を握りしめた。

 

 その瞬間船が大きく揺れ、白くぬめぬめしたナメクジのような触手が甲板めがけて伸びてくる。

 

 俺はバンデージの留め具を弾くと、抜き打ちで触手を切断し、船長を船の縁から遠ざける。

 

「俺の方が強いからな」

 

 視線の先にはうごめく触手と共に、鳥型の魔物が十数匹見えていた。

 

 

「魔物だ!」

「砲兵急げ!」

「帆は畳むな! 可能なら振りきれ!」

 

 洋上での戦いは、地上のようにはいかない。

 

 どこにでも地面があるわけではないのはもちろんだし、自分の足場を守る必要もある。加えて帆やマストなどで視界が制限される事もあり、うまく立ち回るには熟練の技量が必要だ。

 

「ギャアッ!」

 

 間合いに飛び込んできた鳥型の魔物を切り落とすと、俺は船室の方へ視線を向ける。近接しか攻撃手段の無い今、俺は船と船員を守ることしかできない。

 

 相手から手を出されない限り、お互いに手出しできない状況は、集中を切らせない為体力を必要以上に消費する。投擲武器を扱えるキサラや、遠距離の魔法が扱えるヴァレリィが早く到着することを祈ろう。

 

「っ!」

 

 更に襲い来る鳥型の魔物を対処しようとしたところで、大きく船が揺れる。それと同時に白く塗らついた触手が甲板に叩きつけられ、木箱など甲板にある物が破壊される。

 

 俺は空からの攻撃を紙一重で避けた後、その触手を力強く叩き切る。やはり、相性が悪い。

 

「ギャア、ギャァッ」

 

 魔物は挑発するように鳴き声を上げると、羽ばたきの速度を上げ、抜け落ちた羽根をこちらへ向けて放ってくる。

 

 鳥型の魔物が持っているのは、するどい鉤爪だけではない。俺はその羽根を両手剣で受けきり、歯噛みする。今は散発的にこの攻撃が来るだけで済んでいるが、もしこの攻撃だけに絞るような事があれば、対処は難しくなるだろう。

 

「竜炎(ドラゴンブレス)!」

 

 今後の戦略を考えていると、背後で魔法が発動し、魔物が一匹火だるまになって海面に落ちた。

 

「白閃、お待たせしました!」

「はぁ、結局こうなるんですよねぇ、海の旅ってこれだからめんどくさくて嫌」

 

 視線を向けるとヴァレリィとキサラが戦闘態勢で甲板に出てくるところだった。俺は安堵の息を漏らして両手剣を構えなおす。鳥は二人に任せることができそうだ。あとは――

 

「うわっ!」

「また揺れる!?」

「っ……!」

 

 水面下にいる大型の魔物の対処か。俺は海からせり上がった白くぬらつく軟体の魔物に向けて、両手剣を構えなおした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海路護衛4

 こちらへ振り下ろされる触腕を、切り落とし、魔物の腕をかなり減らす事ができた。

 

「ブシュゥウウウ……」

 

 だが、それは決定打とならない。恐らくだが、こういう軟体の魔物は数時間で欠損した腕を生やし直す事ができるし、今まで与えたダメージは人間でいえば爪や髪を切った程度だろう。致命打には到底なり得ない。

 

 かといって、攻めることができるかと言えば、それは出来なかった。両手剣を持っている以上、海面に落ちるわけにはいかないのだ。

 

 金属の中でも軽量の神銀とは言え、さすがに水よりも比重はあるし、採取用ナイフや神銀製以外の装備には重さのある金属を採用している。沈んだら最後、上ってこれないだろう。

 

「ちっ……」

 

 それが頭をチラつき、積極的な攻めに出にくい。軟体の魔物からの攻撃をいなしつつ、隙があれば攻撃を合わせているが――正直なところ、解決の糸口が見えない状況だ。

 

「ブシャァアアアッ!!」

「っ!?」

 

 魔物本体の噴出口から黒い体液が放射される。俺はそれを外套で弾き、周囲を確認する。毒性や強酸性の体液では無いようだが、べたついており、顔面に掛かれば視界を奪われる可能性の高い攻撃だ。

 

「白閃、両手剣をこちらに!」

 

 俺が攻めあぐねているのを察したようで、ヴァレリィが鳥型の魔物からの攻撃の隙を突いて声を掛けてきた。

 

「っ!」

 

 何をする気だ。とは聞かなかった。そんな事を説明されても理解まで時間がかかるし、今の状況でヴァレリィが無意味な事をするはずがないという信頼があった。

 

「疾風付与(エンチャントウィンド)」

 

 魔法が発動すると同時に、両手剣が羽のように軽くなったのを感じる。

 

「仕留めてください! これで斬撃が『飛びます』!!」

 

 彼はそれだけ言うと、杖を構えなおしてキサラの援護へ向かう。説明はそれだけだった。

 

 俺はヴァレリィの言葉を信じて、両手剣を強く握ると海面に顔を出している魔物に向かって振り抜いた。

 

 手応えは無い。空を切っているのだから当然である。だが、視界の先にある光景は全く別の物を映していた。

 

「ギシャアアアアアアアア!!!」

 

 潮を吹くような叫び声と、大気そのものが切り裂かれるような音と共に、魔物の肉体が大きくえぐれ、傷口から青みがかった透明な液体が吹き出す。

 

 ……そういう事か。

 

 俺は両手剣を全力で握りしめ、青い燐光を迸らせる。

 

「ブシュルルルル!!」

 

 軟体の魔物は再び俺たちの船を破壊しようと覆いかぶさってくる。触腕ではなく体積に物を言わせた力押しだ。

 

 しかし、俺はそれよりも早く再び両手剣を振り抜く。

 

 風が渦巻き、突風のような音と共に、斬撃が飛び、先程できた傷とは別の箇所が大きくえぐれ、そして反対側の景色が見える。

 

 そしてしぶきを上げてゆっくりと、山のように大きい巨体は崩れていく。その姿は緩慢なように見えるが、それは魔物自体の大きさゆえの錯覚だった。

 

 

――

 

 

――疾風付与

 風属性の魔法は応用がかなり効く。それは他の系統と相性がいいという事でもある。

 

 魔法の基本となる他の五属性も当然だが、支援属性の魔法や回復属性の魔法とも相性が良く、組み合わせることができるという訳だ。

 

 今回使用したのは属性付与という支援魔法で、火属性なら傷口が燃える。氷属性なら切り口が凍り付くというような効果を付与する魔法だった。

 

 元々の属性付与が他系統と親和性が高く、風属性自体の特性、更には神銀の魔力伝導効率も合わさることで、超威力の斬撃を飛ばす事が可能となった。

 

 ……と、ヴァレリィからは説明された。もう少し詳しく話してくれたような気もするのだが、残念ながらあまりにも早口でまくし立てるものだから、聞き取れないし理解も難しかった。

 

「とうさま、おつかれ」

「ああ」

 

 シエルが一杯の水を持ってきてくれて、俺はそれに口をつける。海というのは不便なもので、海水は塩気が多すぎて口にすると余計喉が渇くのだそう。

 

「すみませんでした。僕が軽率に――」

 

 ヴァレリィが船長に向かって頭を下げている。どうやら原理は分からないが、彼の理論では先日魔法を使ったことが魔物を呼び寄せてしまったことにつながったらしい。

 

「ふぇっふ、何を言ってるのか分からんな、お前さんごときに魔物を呼び寄せる力は無いよ」

「しかし……あの水棲タイプの魔物は魔力の動きを観測する器官を持っていました。僕の魔法でそうなったとしたら――」

 

 まくしたてるヴァレリィに、船長は葉巻の煙を大きく吐き出して言葉を制す。

 

「あの時見つかってたら、襲撃はその時になったはずだ。お前さんの思い上がりも甚だしい」

 

 言葉は刺々しいが、船長の機嫌はそこまで悪くないように感じた。

 

「そもそも海上は頻繁に魔力の対流が起きる。水を少々湧かせたところで大勢に変化はない」

「し、しかし、ではなぜ魔法が船上では使えないのですか? 影響が無いのなら風魔法で船を動かす事も、大量の水を持ち運ぶ必要もないじゃないですか」

「それはな――」

 

 魔法を使える人間は限られる。少ないわけではないが、先天性の素養がそもそも必要であり、その上で修練を行った人間は限られる。

 

 そうなると人間を確保する必要があり、その人間は船を支配してしまう。そうでなくとも、その使い手を失えば船の上で干上がるのを待つ羽目になる。

 

 水や帆をしっかりと積んでおけば、最悪いくつか流されても生き残る確率は高い。そういった理由で船は魔法を使用しない文化ができている。とのことだった。

 

「――なるほど、リスクの低減という事ですね」

「ふぇっふぇ、そういうこった。だから、別にお前たちが魔法を使おうと気にしないのさ」

 

 そう言って、船長はヴァレリィの肩を叩く。

 

「そういう訳で、ちょーっとやってほしい事があるんだけどよ、魔法使いの兄ちゃん」

 

 船長が隙間の空いた歯を見せて笑い。ヴァレリィは困惑したような表情を見せ、俺はいやな予感がした。

 

 

――

 

 

「おう兄ちゃん! 魔法ってのは便利だな! また乗る時は頼むぜ!」

「ええもちろんです。人々の生活を便利にするのが魔法の本分なので」

 

 ヴァレリィと船員は上機嫌に話し合っている。予定の航海日数は五日だったところを、三日で渡り切ったのだ。当然その分の保存食や水を使う必要はなく、還元として俺たちは金貨五枚を受け取っていた。

 

「うっぷ……しばらく私、船には乗りたくないっす……」

「とうさま、地面揺れてない……?」

 

 船から降りたところで、レンとシエルは完全に参っている。船酔いではあるのだが、さすがに今回は俺もきつかった。

 

「なんなんですか、あのスピード……」

「ヴァレリィの魔法が優秀だったって事だな」

 

 船長からの頼みは、風属性の魔法で帆船を動かしてほしいという事だった。ヴァレリィはその頼みに全力で応え、その結果ものすごい速度と揺れでベルメイまでの航路を進むこととなり、ヴァレリィ本人と船乗り以外の全員がダウンすることになったのだった。

 

「うう……船に乗ると本当にろくなことないですよね、ワタシ達」

「ああ……まああいつらよりはマシだな」

 

 そう言って俺は船着き場のベンチで横になっている三人の冒険者を見る。

 

「生きてるって、いいよな……」

「なあ、銅等級って一端の冒険者だよな……?」

「ちょ、ちょっと気分悪いんでその話後にしてもらっていいっすか……」

 

 慣れない作業で疲れた上であの揺れを経験したのだ。しばらくそっとしておいてやろう。

 

「で、これからアバル帝国に行くんでしたっけ? すぐに出るんです?」

「いや……明日は休養しよう。エルキ共和国領内とはいえ、消耗した状態で旅はしたくない」

 

 俺たちはぐったりしたまま、唯一魔法を活躍させられて上機嫌になっている彼が会話を終えるのをを待つことにした。




ダークソウルリマスターをやってて更新期間が空きまくりました。すみません。
ここでちょっと掲載して止まってる『俺の物欲センサーが~』がなろう経由で書籍化するのでよろしくね、発売は11/2、ツイッターでも告知するからよろしく!

あとこの作品匿名にします!
滅茶苦茶悩んだんですけど、書籍化に当たって両親にペンネームが知られる事となり、ヒロインにセクハラかます主人公はおかあさんに見せられないというのが一番の理由です! ご理解ください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。