全てはやがて通り過ぎて行く泡沫の夢…
生、希望、死、絶望……
誰しもが胸に抱き、やがて迎える物……
始まりは存在していた。
だが、誰もそれが始まりだと気付いていなかった。
焼け爛れた田畑、崩れ落ちた家々、降りしきる雨……そして沢山の死体の山。
空は暗く濁り、いぶり出された煙が天を覆う。
嘗ては豊かな国だったが今は見るも無惨な地獄絵図だ……生き残っているのは恐らく、俺一人だろうな…
…否…俺も直に死者の仲間入りをするだろう。
手足は失われて、腹も抉られている……もう長くは持たないな…
俺の国は戦いに敗れて今、滅びに瀕している。
…これが人同士の戦なら、まだ諦めもついたかも知れないが……戦ったのは人では無い……この地に眠っていた怨霊どもだ。
奴等は人の負の情念を食らい力を付け、そして俺達に牙を剥いた。
…俺達は奴等が力を付けているのに気付かず、ずっと人同士で争い続けていた……愚かにもな…
あの方が女王になり争いは収まったが、もうその時には手遅れだった。
あの方は女王につく前から、この事態が起こるのを恐れ俺達に争いを止める様に説いていたが……俺達は聞く耳をもたなかった。
…この分ではあの方も助からないだろうな…
俺はあの方の為に全てを捨てて今まで戦ってきたが、このザマとはな…
いや、捨ててはいけない物まで捨てた挙げ句がこのザマだったんだろう。
…せめて、あの方さえ生きていれば……いや、もう全てが今更だ。
それに……俺も…
「…死にたくないか?」
死を覚悟した時、不意に頭上から声が掛けられた。
「…生きたいか?」
再び声を掛けられた。
俺は閉じかけた目を開き、声を掛けた者を見た。
そこに居たのは人では無く、一匹の年老いた狐だ。
だが、これは只の狐では無い……狐とは思えぬ巨大な体躯、人語を解する頭脳……そして九本の尾…こんな狐、初めて見る。
「お…前は……誰だ?」
俺は声を絞り出す様にして狐に聞いた。
「…我はここより遥か北の大陸より渡ってきた者だ…もっとも、貴様と同じで遥か昔、戦いに敗れこの地に逃げて隠れ住んで居たのだかな…」
「…か…くれ…住んで…居た?」
「そうだ……もっとも、貴様等がアレを起こしたせいで我もアレと戦う羽目になったがな」
よく見ると狐の体には幾つもの傷がついていた。
「…お陰で残り少ない寿命が今尽きそうになってしまった…」
「…俺…逹…を…恨んで…いるのか?」
「恨む?…それはお前逹人間の下らん感情では無いか…」
狐は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに溜め息をついた。
「だが、あの娘…この国の女王には借りがある、せめて命だけでも助けたかったが……残念だが、もう手遅れだ」
「…そう…か…やはり…あの方は…」
予想していたが、それでも俺は耐えきれず涙を流した。
「人間よ、悔しいか?…だが、全ては貴様等が招いた事……自業自得だな」
「そう…だな…」
この狐の言ってる事は正しい、俺達は道を誤った……そして、その報いを今受けた。
…口惜しいのはその報いに、あの方を道連れにした事だ。
「とは言え、あの怨霊は狡猾にして悪辣……その計略に掛かり、互いに争うのも無理からぬ話……まぁ、我もあまり人の事は言えぬがな」
「!!…それは…どう…いう…」
「お前逹が争ったのも、全て奴の仕業だったと言う事さ……互いに疑心暗鬼になる様、影で煽ってな」
「只の…怨霊が…か?」
「あの怨霊には首魁が居るのさ……大怨霊とでも言うべき首魁がな…お前逹人間が想像してるより遥かに高度な知能を持ち……そして遥かに邪悪だ…」
狐は吐き捨てる様に言った。
「教えて…くれ…その…者の……名を…」
「名なんて無いさ……そうだな、敢えて呼ぶなら…全てを怨み葬る者……葬怨とでも呼ぶべきかな」
「葬…怨!!」
俺は憎しみを込めてその名を叫んだ。
全ての元凶を……葬怨を恨んだ。
「…許さない!!…例え、このまま朽ち果てる身であろうと…奴だけは許さない!!」
国を…友を…家族を…あの方さえも奪った奴を俺は断じて許さない!!
「阿呆!!…先も言ったであろうが!!……全てはお前逹が招いた事だと!!…例え奴の計略が有ったとしても、それに惑わされるお前逹にも非がある……心の弱さに付け込まれて勝手に自爆しておいて何が許さぬだ!!…怨むなら先ずは己の心の醜さを怨め!!」
狐は俺の叫びを聞いて怒りを露にして怒鳴った……まるで俺達が全て悪いと言わんばかりに…
だが、俺は言い返さなかった……言い返す事が出来なかった。
「…ぐっ…」
俺はただ唸る事しか出来なかった。
「フンッ!!…………とは言え、お前一人を責めた所でどうしようもないな……それに、もう過ぎた事だ…」
狐はどこか自嘲気味に呟いた。
確かにな…それに、どうせ俺はもうすぐ死ぬ……後悔も怨みも何もかも遅い…
「過ぎた事を言うのはこの位にして、先の質問に答えて貰う……まだ生きたいか?」
「何を…言っている?」
「…質問を質問で返すな、まだ死にたくないか?」
「……当然…だ…」
俺は奇妙な質問をする狐にそう答えた。
…馬鹿馬鹿しい、それが叶うのなら…
「ならば、貴様に新たな生をくれてやろう」
「な?…そんな…事が…出来る…のか?」
俺は狐を仰ぎ見た。
「最後の力を振り絞れば出来る……もっとも、人としての生は終わりを告げるがな」
「それ…は…どう…いう…事だ?」
「お前はこれから、妖<あやかし>として生きる事になる……それでも良いのか?」
「…………」
「人としての生を全うしたいのなら、このまま死を受け入れても良いのだぞ?」
狐は厳かに言った……まるで、その方が幸せだと言わんばかりに…
「1つ…聞かせて…くれ………何故…俺を…助けようと…する?」
「別にお前の為では無い……本当なら、あの娘に問うつもりだったが既に死出の旅路についたから……代わりにあの娘の民であるお前を助けるだけだ」
成る程な、この狐は死ぬ前にあの方の借りを返したいだけの様だな…
ならば、悩む事など無い…俺は今一度甦り、必ず奴を…
「…どうやら答えが出た様だな……言っておくが、貴様が歩もうとしてる道は険しき修羅道だぞ?…それでも後悔しないな?」
狐は見透かす様に言った。
「構わん!!」
「…そうか、ならばもう何も言わぬ……我の力、生……受け取れ!!」
狐がそう言うと、その身から金色に輝く光の玉が現れ、俺の体に吸い込まれた。
「ふぐっ!!…ああぁあぁぁあぁぁぁ!!」
光の玉が俺の中に吸い込まれた瞬間、全身に激痛が走り俺は叫びながら、のたうち回った。
そして俺自身も金色の光を放ち、肉体が変化するのを感じた。
「ぐあぁぁああぁぁぁ!!」
俺は何時までも叫び、のたうち回った……そして…
「はぁ…はぁ…」
苦痛が去り、失われた筈の手足に感覚が蘇った。
見ると手足が再生していた。
俺は立ち上がり、近くの水溜まりを覗き込んだ。
そこに映っていたのは…17歳位の男性、金色の髪に紅い瞳、頭に狐の耳があり……そして、九本の尾が生えていた。
…これが、俺の新しい肉体…
「どうやら、上手く行った様だな…」
足元から声が聞こえた。
見ると、あれだけ巨体を誇った狐がすっかり萎びて小さな姿になっていた。
「これで貴様は立派な妖<あやかし>、人間だった貴様は今死んだ」
「…そうだな…」
「新たな生を受けた貴様には新たな名を付ける必要があるな……紅<こう>と名乗るが良い…」
紅……俺の瞳の色から取ったか…まぁ良い…
「…ふむ、これで借りを返せた……と言う事にしておこう………」
狐はそう呟くと、静かに目を閉じて息を引き取った。
「……先ずは力だ!!……奴を打ちのめす力を得る事が必要だ!!……そして奴に対抗すべく仲間が必要だ!!」
俺は無人の野となった故郷を翔て外の世界に飛び出した。
待っていろよ、葬怨!!…貴様は必ず俺が討つ!!
ここまで読んで戴いて有り難うございます。
シリアスな小説を書いてみたくて挑戦してみましたが、如何でしたか?…若干、中二病っぽいですがww
至らぬ点が多い所ですが、頑張って書いて行きたいと思います。
目次 感想へのリンク しおりを挟む