CODE GEASS 霧散の血潮 (REDALERT)
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CASE-1 売られた少年少女

 

皇暦2010年8月10日、世界唯一の超大国神聖ブリタニア帝国は日本と地下資源サクラダイトを巡って対立し宣戦布告、日本に侵攻した。日本はたった一度を除いて勝利らしい勝利を挙げることもできずに敗北、占領され、ブリタニアによって【エリア11】と呼称され支配されることとなった。日本人は【イレヴン】と蔑まれ、ブリタニアの総督により自由を奪われ抑圧される日々を迎えることとなる。この戦いにおいてブリタニアは【ナイトメアフレーム(KMF)】と呼ばれる人型機動兵器を実践投入し、既存の陸上兵器を上回る性能を発揮、その力をもってブリタニアは今や世界の3分の1を支配下に収めていた。

 

 

 

 

皇歴2017年、浦城京介は17歳へなろうとする少年だった。7年前のブリタニアの侵攻が起こるまでは威厳ある日本国軍人だった父と、欧州に起源を持つユーロ・ブリタニアの没落貴族であった母の下、八つ上の年の離れた姉と共に何不自由なく生活していた。どちらかと言えば無鉄砲で反骨心の塊のような少年であったが、友人や下級生の面倒を良く見、横柄な上級生に対し真正面から食って掛かるその姿を慕う子供達が数多くいた。それでいてハーフであることが影響したのか端正な顔立ちと子供にしてはがっしりとした体格を持ち、将来は軍人として父の下で日本の為に戦うのも悪くないと考えるやや短絡的な思想も持ち合わせていた。

 

 

だがブリタニアの侵攻に際し日本は敗北し、父は抵抗運動の為に母と離縁、入隊したばかりだった姉と共に地下活動を行うようになる。しかし京介は、ブリタニアにより日本がエリア11として支配されるようになった後も、母の連れ子としてブリタニア人として生きていく為に母方の姓を持ってケイス・ユーラックとして生きていくことになっても、自分にも出来ることがあるとイレヴンが住む町(ゲットー)に多数存在するレジスタンス組織への協力を行うようになっていった。それは京介がケイスとなり、15歳の誕生日を迎え、母がブリタニア本国から来た輸入業を営む男と再婚した頃から始まっていた。ブリタニアの総督府が存在するトウキョウ租界に敷地を構える私立アッシュフォード学園に転入し、租界の情報をレジスタンス組織へ流し、そのレジスタンス組織がブリタニア軍によって壊滅させられれば次の組織へと移り……といった日々を送るうちに、彼の行動はふとしたきっかけで不仲であった継父に知られてしまう。

 

 

アッシュフォード学園の高等部へと進学し1か月程経った後、京介はその学園の敷地内でブリタニア軍によって拘束された。レジスタンス組織への協力、国家反逆罪として死刑は免れない重罪だった。継父の通報によって全てが明るみに出たことを至った京介は、激しい無力感に苛まれながら、周囲からの侮蔑の視線を受けながら、兵士達に連行されていった。1年近く前の出来事で今でも彼の脳裏にこびりついているのは、野次馬と化した生徒達の中で一人物悲しそうな視線を送ってくる赤毛の少女の姿だけ。

 

 

連行された後の京介はただ銃殺刑を待つばかりだと思っていたが、一つだけ幸運だったと思えたのは日本を統治していたブリタニア軍の一部が腐敗していたことに他ならなかった。同時期に拘束されていた同年代の少年少女達と共にある日牢屋から連れ出され、京介はある貴族の下へ軍から売り飛ばされた。違法な手段で、公には死んだ人間にされたことで。その貴族は民間に卸されたKMFを使用したスポーツ興行を実施する裏で、違法なKMFによる地下闘技場を運営していた。現在でも軍で使用されている第4世代型KMF【グラスゴー】を用いた、選手の命に金銭を掛ける殺し合い。それに出場する選手として、少年少女達は買い叩かれていたのだ。勿論一部の少女達は闘技場での慰み者として買われたに過ぎず、嗜虐性を隠そうともしないスタッフ達に連れ出されたかと思えば、数日後には麻薬中毒で錯乱して戻ってくることなどザラだった。

 

 

1か月間みっちりとシミュレーターを用いてKMFの操縦技術を叩き込まれ、脱落すれば生身でKMFと戦わされる人間も出てくる中、京介は自身と同じブリタニアとのハーフやクォーター達と知り合い、遂にデビューを迎えた。対戦相手は借金と薬物に溺れ軍を追放された哀れな男、従来の格闘競技に合わせて互いが赤と青にそれぞれ塗装されたグラスゴーを駆り、京介はデビュー初日にして勝利。興奮する観客の歓声を受けながら帰還した京介に渡されたのは、僅かなファイトマネーと、その殆どを食い潰すKMFの経費と自身の買取金額が書かれた書類だった。勝てば僅かな金を手に入れ、それが買取金額に達すれば自分で自分を買い戻すことが出来る。そういう契約になっていた。

 

 

そこから現在に至るまでの事を、京介はあまり覚えていない。連日連夜行われる殺し合い、自分とは違い敗北してしまったことでファイトマネーを没収され絶望するか、或いは試合に負けて死亡してしまう他選手達の姿、運良く生き残れた同じ境遇達とチームを組み、一人ひとり死んでいく。麻薬はやらなかったが、安酒を飲み回し、煙草を吸い回すようになった。当初は十数余人いた仲間達は今では自分を含めた五人まで減り、京介は今では地下のトップ選手の一人となっていた。

 

 

 

 

 

 

「------黒の騎士団?」

 

 

居なれた地下闘技場のKMFの格納庫、その一角で紫煙を口の端から吐き出しながら浦城京介は聞き返した。ボロボロの作業着を油で汚し、金を払わなければシャワーも浴びられないお陰でややべた付いた短い黒髪、疲れ切った端正な顔立ちを歪ませながら。

 

 

「スタッフ連中が話してたの聞いてねえのかよ、河口湖のホテルを日本解放戦線の連中がジャックしてよ? それを鎮圧して人質を救出した新手のレジスタンス組織!」

 

 

同じく口の端に紫煙を吐き出しながら煙草を咥えている少年・軌道新(きどうあらた)が、やや大げさに腕を振って答える。京介と同じ日本とブリタニアのハーフ、やや長めの黒髪を旋毛の辺りで小さくまとめている。KMF戦の実力は京介に次いで高い。

 

 

「知るわけないだろ、そんな連中」

 

「そうか? 武器を持たない全ての者の味方! 国を問わず悪人なら情け容赦無く断罪するっつースタンスで、結構ゲットーでも人気らしいぜ? なんでもリーダーのゼロって奴ぁ黒いマントに仮面を付けててよ、例のクロヴィス暗殺事件の犯人ってよ」

 

「じゃあ俺達の先行きが怪しいのはそいつの所為じゃねーかよ。ゼロって奴がクロヴィスを暗殺した所為で、代わりに来たブリタニアの魔女が睨み効かせてここの運営が危なくなってるんだ」

 

「そりゃあそうだけどよぉ……」

 

 

フィルター近くまで灰の溜った吸い殻を空き缶の灰皿に押し込んで、京介は作業着のポケットからレッドアップルと描かれた煙草のソフトケースを取り出した。残り数本まで減ってしまった中から一本を取り出し、口に咥えたところで軌道が差し出した電熱式ライターの先端にそれを押し付ける。ジュッという音と共に火のついた煙草をライターから離し、軽く煙を口内に貯めてからスッと息を入れて肺に煙を送り込む。やや薄暗い天井の古ぼけた電灯を見上げながら紫煙を肺から追い出すように吐き捨てると、京介は現状について朧気ながら振り返った。

 

 

元々エリア11となったこの日本では、クロヴィス・ラ・ブリタニアと呼ばれる皇族が総督として統治されていた。派手なパフォーマンスが好きな金髪の優男で、闘技場の外で起きた情報ですら時折金を払わなければ手に入らない環境でも、その無能さは知れ渡っていた。度重なる日本人(イレヴン)の虐殺、腐敗した軍部による違法取引の横行。自分達が処刑されずに地下で良い様に扱われているのも、その無能さの象徴とも言えた。そんなクロヴィスがある日突然暗殺されたという情報はエリア11内外を問わず駆け巡り、後任としてやって来たのがクロヴィスの異母姉であるコーネリア・リ・ブリタニアという女傑だった。詳細は知らないが苛烈で武人然とした性格であることは聞きかじっており、軍部の綱紀粛清を図ったことで腐敗した軍部と繋がっていたこの闘技場の運営も怪しくなっているようだった。

 

 

と、天井を見つめていた京介の口元からひょいと煙草が取り上げられた。視線を横にずらせば京介や軌道と同じ汚れた作業着に身を包んだ少女がその手に煙草を持ち、半分程溜まった灰を床に落としてそのまま吸い始めた。その後ろには同じ作業着姿で、頭部を短く刈り込んだ少年と、長めの前髪で片目を隠した少年が、最近料金が跳ね上がった食料品の入った箱を抱えて立っていた。

 

 

「裏、取ってきたよ」

 

 

京介から煙草を取り上げて吸っていた少女・昴みゆきが紫煙を吐き出して言葉を紡いだ。京介達男連中と同じように汚れた服、一度だけ金を掛けて金色に染め上げた頭頂部から黒くなり始めているべた付いた髪、サイズの合っていない作業着に押し込まれたその肢体が煽情的に見えるのは、その肉体が実際に年齢と環境に対しては豊満であることを示していた。

 

 

「上の連中、手前らの持ち分だけ持ってさっさとトンズラこく気らしいぜ」

 

 

片目を隠した少年・甲斐龍馬が軌道から受け取った煙草に火を付けながら問いかける。口数は少ないがよく気を回すタイプで、常に自分達に有益になる情報を何処からか金を使わずに仕入れてくる強かさを持っていた。一方その隣にいた髪を短く刈り込んだ少年・東翔は運んできた物資を床に置きながら、緊張した面持ちで京介に問い掛ける。気は弱いが決してKMF戦の実力は低くない、京介本人としては評価している相手だ。

 

 

「どうすんだよ京介……こっちも早めに行動しないとやばくないか?」

 

「分かってらぁ。甲斐、今日の試合はどうなってる?」

 

「一応やるにはやるみたいだ。もうアリーナには客も入り出している」

 

「相手は」

 

「ザックの連中だ、ワンオンワン」

 

 

みゆきに取られた煙草を奪い返して一度吸い直してから、京介は自分の仲間達に指示を出し始めた。段々と集まるようになりチームとして活動するようになってから、京介がリーダーの立ち位置に収まったのは極々自然の流れだった。

 

 

「どの道今日の試合は俺の当番だ。お前らは自分のグラスゴーを必要最低限動けるようにしとけ、場合によっちゃ暴れるだけ暴れて抵抗してやる」

 

「あいよ、そん時やぁ任せたぜ。京介」

 

「分かってるさ」

 

 

それぞれが自分の持ち場へと移動していく中、京介もまた背後で膝をついた待機状態の愛機に振り返った。

 

 

RPI-11グラスゴー、ブリタニアの開発した人型機動兵器の一つで第4世代と呼ばれるグループに属する。かつて日本に侵攻した際に実戦投入された機体でもあり、現在は後継機からのフィードバックを受けつつ使用されている息の長い機体だ。現在では後継機として誕生したサザーランドと呼ばれる機体が軍の主流らしいが、警察機構でもグレードダウンした機体が使用されている。噂では日本の抵抗勢力にも流通しており、独自のカスタムが施されたコピー機も存在しているという。闘技場で使用されているグラスゴーはスタントンファと呼ばれる近接装備を両下腕部に装備しており、闘技場ではもっぱらこのスタントンファで殴り合い決着をつけることを常としていた。KMFは4m程の大きさで、胸部に当たる部分からはブロック状のコクピットブロックが背面に飛び出る形で装着されている。緊急時には機体から強制排出されロケットモーターで戦場から離脱しその後パラシュート降下する脱出装置となっているが、これも闘技場の機体では動作しないようにされていた。

 

 

京介は待機状態のグラスゴーの背面に回り、コクピットブロックの後部ハッチが開いて迫り出しているシートに身を置いた。シートが前面にスライドし、それに連動して後部ハッチが上部に跳ね上がって密閉される。コクピット上部には緊急時に使用する戦車のキューポラに似た突起があるが、密閉されたコクピットは薄暗く、正面と左右にあるモニターを除けば一部の計器類が稼働していることを示す明かりしか手元を確認する術が無い。KMFの起動に必要な起動キーをスロットに差し込んでOSを起動、両手でそれぞれトラックボールが付いた操縦桿を握り、両足は左右のペダルへ乗せる。コクピット内部の明かりが強くなる頃には、京介のグラスゴーは何時でも動かせる状態になっていた。

 

 

(チェック……ランドスピナー異常無し、ファクトスフィア正常、稼働率87%……やっぱり左腕の関節が戻りきってねえな)

 

 

モニターに表示されている機体各部の状態を確認し、踵に装着されているKMFの高速移動を可能とする可動式ホイール、機体頭部に搭載されている大型センサーに異常が無いことを確かめる。しかし修理パーツすら買い上げなければいけない状態のため、機体の何処に異常が残っているかを頭に叩き込む。

 

 

(モーションパターンチェック……どれも何時も通りだ、コントロールスティックに問題無けりゃ負けることはねえ)

 

 

モーションパターン、機体OSに登録されているKMFの大まかな動きを登録したプログラムのことで、操縦桿、ペダル、トリガーを組み合わせたコマンドを実行することで様々な戦闘機動を行うことが出来る。いくら技術が向上したと言っても、二つの操縦桿とペダルで人型のロボットを動かすにはまだ課題が多いということだった。モニターに表示されている現在時刻はグリニッジ標準時刻16:45を示しており、今日の闘技場の開催まで残り3時間を切っていた。

 

 

 

 

 

 

端的に言えばその日の試合は滞り無く行われ、京介はいつも通り対戦相手をスタントンファで薙ぎ倒した。殺してはいない。殺してしまうのは、相手が死にたがっているか、打ち所が悪かった時程度なのだ。観客の数が普段より少なめに見えたが特に異常も無く、京介は自分達の格納庫まで戻ることが出来た。機体の損傷も少なかったため、ファイトマネーの大幅な減少は避けられるなと思いつつ、京介はグラスゴーから降り立って軌道達の出迎えを受ける。

 

 

「上の動きは?」

 

「何も。DJも普段通りだったし、VIP席もほぼ満員だった。少なくとも今日中にどうのこうのっては無さそうな雰囲気だったぜ」

 

「……そうか」

 

 

軌道からタオルを受け取って汗を拭い取りながら、京介は何処か不穏な空気を感じ取っていた。何かしらの確信がある訳ではないが、一種の勘のようなものが汗で身体に張り付いた作業着を内側から押し広げるように気持ち悪さを演出していた。甲斐と東が先程まで動かしていたグラスゴーに取り付いて損傷具合をチェックしていくのを視界の隅に捕らえながら、京介は取り出したレッドアップルを口に咥えて火をつける。その時だった、京介達を買い叩いた悪徳貴族の男が格納庫に現れたのは。

 

 

「今日もご苦労だったな」

 

 

オーダーメイドの紫色のスーツ、黒いYシャツはその醜く太った腹部で押し上げられており、悪趣味な貴金属が付けられた右手には葉巻を持って、その男はガチガチに固めたオールバックの金髪を左手で撫でつけた。

 

 

「……わざわざアンタがここまで来るなんて珍しいな」

 

 

紫煙を曇らしながら不機嫌さも隠そうともせず、京介はそう答えた。最初の頃は態度がなっていないとよく鉄拳制裁を受けたものだが、少なくとも結果を出し続けていれば多少の事は多めに見るような器量の良さを持っているその男は、自らも葉巻の煙を吐き出しながら、スッと京介へ近づいてきた。

 

 

「何、たまには大事な選手を労おうと思ってね。それに今日は大事な話があるのさ」

 

 

言いながら京介の顔面へ葉巻の煙を吐き捨てる男に対し、京介もまた同じように紫煙をその顔へと吐き捨ててやる。すると男は懐に手を伸ばしたかと思えば、その手に持った拳銃を京介の眉間へと押し付ける。

 

 

「京介!」

 

 

「じゃかあしい!」

 

 

思わず声を上げた軌道を制止すると、京介は動じることなく自身の眉間に向けられた銃身をその手で掴み取って額へと押し当てた。

 

 

「撃ちなよ。トンズラこいてくのに邪魔な連中を根こそぎ始末しに来たんだろう?」

 

「お前は本当に物分かりが良いなぁ、ユーラック。もう少し尻尾の振り方が上手けりゃ飼い続けてやっても良かったんだが」

 

「生憎手前で追い掛けるのに夢中でな。……犬小屋は何個増えた」

 

「7から8ってところだな。お前達のような雑種を入れる箱は無いが……おい!」

 

 

男の叫びに合わせて、突撃銃を持った闘技場のスタッフ連中が格納庫へ流れ込んできた。何かあればすぐにグラスゴーに乗り込もうとしていた甲斐達をけん制するように銃口を構え、京介達は退路を断たれた形となった。下手を打った、と京介は内心舌打ちする。以前から怪しい動きをしていると察知していたにも関わらず、時期を伺っている間に既にどうにもならない状況へと追い込まれていたのだ。これは正直、閉じられた世界で暮らしていたが故の視野の狭さというものに直結している。高々十何年の生しか享受してこなかった人間にとって、大人の狡賢さ等というのは読み切れるものではない。だから出来ることと言えば、格好付けて諦めて、精一杯強がることなのだ。

 

 

「稼ぎを無くすのはちと痛いが、捕まるのはもっと嫌でね。お前らは処刑される時期が伸びただけだ」

 

 

「そうかい、なら最期の一本くらいゆっくり吸わせてもらうぜ」

 

 

言いながら溜まった灰を男の紫のスーツに飛ばし、京介は一気にフィルター近くまで燃える煙を吸い込んだ。過度に熱せられた煙を肺に送り込めばその熱が喉を焦がし、過度なニコチンが脳の酸素を奪って少しばかり視界を揺らがしていく。そしてその煙を再度男の顔面に吐き捨ててやれば、京介の視線は少しずつトリガーを引く力が込められていく人差し指を捉えていた。が、次の瞬間には格納庫内の電灯の火が一瞬にして喪失し、真っ暗闇の世界がその場に居た全員を包み込む。

 

 

「なんだ!? 停電か!」

 

「予備電力はどうなってる!」

 

「ライトを! ガキ共をKMFに乗せるな!」

 

 

銃を構えた男達の混乱する怒声が響き渡る中、京介は口元の煙草の火の向こうに動き回る何かの姿を見た気がした。

 

 

「茶番はそこまでにしてもらおうか」

 

 

唐突に響き渡る、エコーがかった男とも女ともつかない声が闇の中に響き渡る。そして次の瞬間には格納庫内の電灯が一斉に灯り、京介の目は眩しさから自然に瞼を下ろしてしまう。そして次に目を開けた時には、自分達を囲むスタッフ達に対して更に銃を向ける第三勢力が現れていた。

 

 

黒いジャケットを羽織ってバイザーで顔を隠しているその集団は、手早くスタッフ達を武装解除させると拘束し、軌道達の保護に移った。手際の良い者、手間取る者、洗練されていないのだと一目で分かる。だが京介を含めた男達の視線は、ある一人の人物に向けられている。金の縁取りがされた黒いマント、黒い服、大仰な仮面を付けたその人物に。

 

 

「ゼロ……まさか、黒の騎士団!」

 

 

貴族が喚く、その瞬間に銃を持った手が混乱のせいか緩んだのを京介は見逃さなかった。即座に両手で銃を包み込み、スライドが動かないように力を込めながら手首を外側に捻らせて銃を奪い取る。そのまま銃口を貴族の方へ向け直しつつ、京介はゼロと呼ばれた人物を視界に捉える。かつて父親から手解きを受けていた技術が身を結んだ。ニコチンで促進された神経伝達物質が死に対面していた感覚を薄れさせ、初めて見るゼロという人物への印象を冷静に判断する。背丈は自分とそう変わらないように見えるが、胡散臭さを極限にまで詰め込んだその見た目は不信感を覚えさせるのには十分だ。その仮面の視界を確保しているのであろう紫色の楕円形の部分が、僅かながら京介の方へと向けられる。

 

 

「初めまして、ケイス・ユーラック君。それとも……浦城京介と呼んだ方がいいかな?」

 

「何でその名前を……」

 

「必要だったからな、君達の存在が。……さて、ルドウィック卿は随分と資金や装備を取り揃えてらっしゃるようだ」

 

 

ゼロは京介と僅かばかりの言葉を交わしたかと思えば、脂汗を搔いている貴族の男に向き直った。狼狽えているのが容易に伝わるが、ゼロがズイと近寄った時、京介はそのマスクからカシャッという何かが開くような音を耳にする。

 

 

「この施設は我々黒の騎士団が制圧した。大人しく降伏し------()()()()()()()()()

 

「……分かった。降伏する、金も何もかも全てお前達にやろう」

 

「何……?」

 

 

ゼロの降伏せよという言葉、それに対する貴族の返答が自分の知っている男とはまるで思えないもので、京介は思わず声を上げていた。

 

 

「懸命な判断だ。すぐにここを撤収する、必要なものは全て持ち出せ! KMFもだ! 客人も丁重にお連れしろ!」

 

 

そうゼロが指示を飛ばすと、いつの間にか虚脱状態となっていた貴族を黒の騎士団のメンバーが後ろ手に拘束し、他のスタッフ達と連れ立って格納庫から連れ出されていった。その間にも残っていた黒の騎士団の面々は次々に格納庫にあるグラスゴーに取り付き、足早に持ち出していく。だがその内の一機------東翔のグラスゴーが、歩き出したかと思えばそのままバランスを崩してしまう。

 

 

≪おわぁっ! 何だこいつ!?≫

 

 

外部スピーカーを通じて、少なくとも落ち着いた性格ではないことが見受けられる声が響き渡ると、京介は思わず声を荒げていた。

 

 

「翔! ちゃんと動かせるようにしとけっつったろうが!」

 

「パーツが足りないんだよ! 俺が動かす分には問題無いんだ! 他人が乗ることなんか考えてねぇって!」

 

「だったらそこの黒の騎士団の馬鹿を引き摺り下ろせ! おい!」

 

 

怒鳴りつけながら東翔のグラスゴーに近づくと、開いたハッチからシートが迫り出し、乗っていた黒の騎士団員が------短い髪をガシガシと掻きながら------口の端から泡を飛ばしながら叫ぶ。

 

 

「誰が馬鹿だってぇ!? こっちはお前らを助けに来てやったんだぞ! そんな言い方あるか!」

 

 

「それが助けに来た奴の態度か! さっさと変わってくれ、うちの奴に運ばせる!」

 

 

悪態をつきながらも案外素直にグラスゴーから降りた男と入れ替わる様に東がシートに滑り込み、再度立ち上がったグラスゴーは黒の騎士団に誘導されて格納庫から出て行った。その間に近づいて来ていた軌道が、京介にそっと耳打ちする。

 

 

「良いのかよ京介、本物の黒の騎士団みてえだけどよ……」

 

「助けに来たって言ってたろ。だったら連れ出してもらおうじゃないの」

 

「スカウト……って訳じゃないよな?」

 

「さぁな」

 

 

機体に続いて資材を運搬していく黒の騎士団を手伝うように、甲斐やみゆきもそれぞれ行動していた。軌道もそれに続き、気が付けば京介の周囲には誰も居なくなっていた。がらんどうになった格納庫、物が減ったことで少しばかり眩しさを増したような電灯の下で、京介は手に持ったままにしていた拳銃を作業着の大き目のポケットに押し込んだ。そうしてから、再びレッドアップルのソフトケースから一本取り出して口に咥え、自前の電熱式ライターで先端に火をつける。

 

 

「……ふぅ」

 

 

肺から煙を吐き出しながら、吸い過ぎだなと独りごちる。が、このたかが十数分程の間に目まぐるしく変化した状況を整理するには、無理矢理にでも落ち着こうとするしかなかった。

 

 

「よく吸うのね、貴方」

 

 

と、そこで背後から京介に語り掛ける声があった。振り返れば、一人の少女が立っていた。黒の騎士団のジャケットとバイザーで顔は分からない。が、跳ねた赤毛、若い声色、そしてジャケット越しでも分かる膨らんだ胸部。抑圧された環境に押し込まれた青少年には酷で淫靡な身体つき、それは京介にとっても同様だった。

 

 

「もうすぐここを出るわ。貴方と仲間達は私達の拠点まで案内するから、そこでゼロから話があるはずよ」

 

「……ああ、分かった。すぐに行くさ」

 

「ええ、それじゃ、また後で。……ところで、貴方------」

 

「すぐに行くって言ってるだろう」

 

「分かったわよ……じゃ、待ってるから」

 

 

そう言って去っていく少女の引き締まったヒップが揺れて去っていくのを視界に収めながら、京介は半分程吸い終わった煙草を床に投げ捨てる。そして一時、あの少女の臀部の柔らかさはどうなのだろうかと思いを馳せた。人殺しも童貞も大事な人間の死も全て今居る場所で味わい、捨ててきたが、人間として、或いは男としての欲求というものはふいに浮かび上がってくるものだった。だが京介の男としての一物は湧き上がらない。疲れ過ぎているのだ。眠りたい、休みたい、そんな欲求を素直に脳裏に思い浮かべながら、京介は頭を振って視線を挙げる。そして薄汚れた靴の底で火を踏み消すと、仲間達の後を追うように大きな一歩を踏み出すのだった。

 



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CASE-2 打算

 

黒の騎士団に救出された京介達がトラックの荷台に押し込まれるように乗せられてから、既に一時間近く経過したように思えた。荒廃したゲットーの中をどう進んでいるのか分からないが、頻繁に左右に曲がっているところを見ると軍の目を避けるために大回りしているのだろう。荷台の中の様子も様々だ。全員が不衛生な環境からそのまま出てきたお陰で、荷台の中は油や汗の臭いが充満し、同乗している黒の騎士団のメンバーは背中を向けて黙りこくっている。単純に臭いのだろう。だがそんなストレートに嫌悪の感情を表に出せるということは、少なくとも黒の騎士団はある程度の衣食住は確保出来ていることの裏返しであることを示している。自分達の間では臭い等気にすることもない環境にあるから、他人に対しては反射的に行動してしまうのだ。

 

 

京介は目の前で大物ぶって寝転がっている軌道の姿を一瞥すると、そのままその隣で腕を組んで胡坐を掻いて俯いている甲斐、不安そうに手指をモジモジさせている東、そしてうつらうつらと自分の隣で船を漕いでいるみゆきを見やった。東のグラスゴーから降りてきたガラの悪い黒の騎士団は自分達を助けに来たと言った。なぜ助けに来たのか。トラックに乗り込む前、自分達以外に救出された、選手をやっていた人間は皆無だった。誰も居ない、自分達五人だけだ。それは何故か。端的に共通点を上げれば、日本人の血が入っているのはこの五人だけだったからだ。純粋なブリタニア人はいらないということなのか、当然だろう。ブリタニアに対し攻撃を仕掛けるテロリスト------レジスタンスだ。自国に恨みを持つ人間が全く居ない訳ではないと思うが、それでも虐げられている人種の感情の方が、強い力を発揮すると思われる。

 

 

「……駒が欲しいんだ」

 

 

思わず口からポロリと言葉が零れ、その独り言に京介は自身を納得させてしまう。敵はKMFを扱う巨大な組織だ。KMF自体が極端に言えば馬鹿でも扱えるとはいえ、実戦となるとある程度の練度は必要とされる。ブリタニアの貴族では、KMFの操縦は必須技能だからだ。その点自分達五人で言えば、闘技場の中だけで戦っていたとは言え、操縦とある程度の戦闘ノウハウは持っている。KMFを動かせて、対ブリタニア感情を煽り易い存在、それが自分達だ。おまけに人員は兎も角闘技場に存在したKMFを十機程、更に各種部品も根こそぎ回収しているのを目の当たりにしている。一レジスタンス組織の規模で言えば驚異的と言えよう。必要な武器と人材、そして貴族から巻き上げたであろう資金、それが黒の騎士団の目的だったのだ。

 

 

しかし京介としては一つ、どうしても引っ掛かることがあった。初めてゼロと対峙した時、たった一言で貴族は抵抗することを辞めて完全に降伏してしまった。自分が銃を奪っていたとはいえ、普段の彼奴ならばあんなあっさりと降伏するなんて考えらないことだった。あの時ゼロの仮面から聞こえた謎の音、それが何なのかは不明だが、催眠術や暗示の類でも使うのだろうか。非現実的ではあるが、京介としてはそれ以上何かあったということに考えが辿り付くことは無かった。

 

 

(漸く解放されたとは言え、結局はブリタニアと戦えとくりゃあどうしたものか……)

 

 

直後に訪れるであろう自分達の今後の身の振り方について考える、が、京介自身としては特に黒の騎士団に参加することについては問題無かった。公には死んだ人間であるし、元々帰る家も戻るところも無い身、ブリタニアを敵対視していることに変わりはないし、今まで抱えていた鬱屈とした感情を戦いで発散できるのなら悪いことではない。それに今更母と自分を売った継父の下に戻るつもりなど毛頭無い。少し前に眉間に銃を突き付けられたことで死への感情が沸き上がったのも、久々のことだった。過酷な生活で薄れていた人間らしさというものが思い起こされたのか、それともKMFという鎧に守られていたことに脳が勘違いを起こしていたのか。兎にも角にも、自分独り戦いに赴くのは吝かではないが、軌道達の事をどうするのかというのが悩みだ。

 

 

どの道軌道達四人も自分と同じ居場所が無い人間であることは間違い無く、最終的には本人達の選択を尊重するしかないのは確かだ。だが、京介自身としては無理に戦いに参加することはないと思っている。ブリタニアとの戦いが闘技場でのそれと比べて死ぬ確率は遥かに高いことは確かだ。ゼロがどういう戦術を持って戦いを進めていく人間なのかは分からないが、それでも犠牲の出ない戦いなど無い。だが考えても仕方のないことなのかもしれない。結局は本人達の意思を確認するしかないのだろう。と、ここで京介の脳裏には格納庫で出会った赤毛の少女の姿が浮かび上がってきた。若い女だ、大人ではない。レジスタンス組織に子供が参加しているというのも珍しい話ではない。京介自身も捕まる前までは、同じように組織と繋がっている同年代の姿をよく見かけていた。大体は自分のように体の良い駒として使われているか、抵抗活動にかこつけて大人の肉欲の道具にされているかだったが。

 

 

彼女もそうなのだろうかと、ふいにそんな考えが頭を過った。余裕の無い人間の行動は獣と同義だ。反骨心に溢れている間は良い。だが少しでも精神に余裕が出てくると、自分の行動に陶酔して邪な心が牙を剥く。俺は崇高な戦士だと勘違いしている内に、支配欲と嗜虐心を拗らせて自らに都合の良い人間を手元に置いて保身に走る。少なくともあの少女は、見た目と態度で言えば性的欲求に忠実には見えなかった。裏の顔がどういうものかは、他人が考えたって仕方がない。だがもし表の顔と正反対の裏の顔があるとすれば、それがどういうものであれ、お近づきになってみたいというのが京介の感想だった。欲情したからではなく、久方ぶりに遭遇した同年代への思いとして。そしてもう一つ理由付けをするとすれば、かつてアッシュフォード学園の敷地内で捕まった時に自分を見つめていた赤毛の少女、その赤色が黒の騎士団の中で咲いているあの赤と同じものに見えた気がしたからだった。

 

 

(本当……疲れてるな)

 

 

トラックの揺れが心地良く感じるようになってしまっては終いだ。京介は僅かに重たくなってきた瞼を思わず閉じそうになり、そしてその瞬間から、トラックのスピードが緩やかになった。到着するのだ。そう気づいた瞬間、京介は自分がやるべきこと、確かめることを感じ取った。黒の騎士団の目的が自分達のスカウトであるのなら、まだ交渉の余地がある立場にあるのでなら、精一杯享受出来るものは享受させてもらう。赤毛の女も言っていたではないか、ゼロから話があると。

 

 

停車したトラックの荷台が開かれ、薄暗い照明が視界に入った途端、飛び降りた京介は周囲に居た黒の騎士団に叫んだ。

 

 

「風呂と着替えくらいは用意してあるんだろうな! 飯も食うぞ、話はそれからだ!」

 

 

 

 

 

 

控え目に言って、黒の騎士団の拠点は生活する上では何も問題は無かった。ゲットーの廃墟に存在する大きな町工場、そこに隠すように駐車された居住区画付の大型トレーラー、それが彼らの現在の拠点だ。簡易シャワーもあれば、眠るにも申し分ないソファーが幾つもある。到着早々啖呵を切った京介だったが、逆にそうしてくれと言わんばかりに一人ずつシャワーに押し込まれたのが現実だった。汚れ切った身体をシャワーで洗い流し、それぞれを使い過ぎと言わんばかりにソープやシャンプーで清めていく。京介がシャワーを浴びる前には脱ぎ捨てた作業着の下に奪った拳銃を置いていたが、シャワーから出た時には作業着ごと無くなってしまっていた。

 

 

五人全員がシャワーを済ませ用意されていたヨレヨレのTシャツとジーンズに身を包んだ後、居住区画にある一際大きい長方形上のテーブルに並べられていたインスタントや出来合いの料理、更には手作りらしいおにぎりやみそ汁を見るや否や、全員がそれを流し込むようにがっついていた。酷い時には乾パン程度しか口にすることが無かった生活から、突如フライドチキンだのパスタだの、果ては手作りのおにぎりやみそ汁まであるとすれば、とても食べ合わせ等考えることもなく貪るしかなかった。兎にも角にも、美味いのだ。京介本人にとっては、塩味の効いたおにぎりが最高だった。

 

 

「水もあるから、喉を詰まらせないようにね」

 

 

紙コップに水を注ぎながら、黒い長髪をした女性が声を掛けてくる。大人の女だ、バイザーも付けていない、日本人の顔。相手の言葉に「どうも」と短く言葉を返し、再びおにぎりを押し込んでみそ汁で流し込む。赤味噌の味、白味噌の方が好みだった。軌道達も手当たり次第に皿を空にしては水を飲み込んでいく。そして全ての料理を食べ終わった直後、まるでタイミングを見計らっていたようにゼロが現れた。

 

 

「持て成しとしてはこの程度しか出来なかったが、満足頂けたかな」

 

「……ああ、ご馳走さん」

 

「それは良かった。では早速本題に……と行きたいところだが、食後の一服は必要かな?」

 

「俺は構わない。先に俺と話せ」

 

 

言いながら立ち上がると、京介は軌道と視線を合わせる。小さく頷くと、軌道は他三名を連れてトレーラーから出て行った。それに合わせて残っていた黒の騎士団のメンバーも空気を読んだのかその場を離れ、トレーナーには京介とゼロだけが残った。ゼロはそのままソファーの一角に座ると、手の動きだけで京介にも座る様に促す。京介は座ると同時に中身の残っていた紙コップに手を伸ばしてそれを飲み干すと、ゼロを見やる。その一連の仕草を見てから、ゼロはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「単刀直入に言おう。我々黒の騎士団に参加して欲しい」

 

「そうだろうと思ったさ。KMFをまともに動かせる駒が欲しいんだろう?」

 

「大事な戦力として、だ」

 

「何が違う?」

 

「違わない……が。少なくとも私は無駄に戦力を消耗させるようなことはしない」

 

 

ふぅん、と京介が息を吐く。

 

 

「我々は幾つか、ブリタニアへの奇襲攻撃を計画している。詳細はまだ明かせないが、その中で君達には作戦の中枢を担ってほしい」

 

「随分と買われているんだな。気に入らねえ」

 

「何か問題でも?」

 

「救出した見返りに命を張れって言うのは、釣り合いが取れてねぇんじゃないか?」

 

 

成る程、とゼロは仮面の顎の辺りに手をやる。

 

 

「では何か望みでもあるのか?」

 

「……金だ、俺達五人は黒の騎士団と契約を結ぶ」

 

「契約?」

 

「吹っ掛けるつもりはねぇ。だが俺達は公には死んだ人間だ、だが金さえあれば何とか出来ることもある。金を貰う代わりに、俺達は前線に立つ」

 

「傭兵と言うことか」

 

 

ゼロはそう言うと、考え込むように黙り込んだ。今の京介自身が考え得る最善手がこの傭兵契約。協力はする、だがそれには条件がある。完全な支配下に下るということにはまだ抵抗がある。ゼロという人間を知らなさ過ぎ、黒の騎士団という組織を知らなさ過ぎる。自分達の心の避難場所というものを、無理矢理にでも確保する必要があった。この交渉が決裂した場合、自分達がどうなるのかまで考える余裕は無いが。暫しの沈黙があった後、ゼロは立ち上がった。そしてそのマントを大仰に広げて見せると、スッと右手を差し出してくる。

 

 

「良いだろう。契約書はこちらで用意する、暫くは客人としてここに居ると良い」

 

「随分あっさりと受け入れてくれるんだな。良いのか?」

 

「無論だ、今は少しでも使える戦力が欲しい。それに……君達が死んでしまうことがあれば、そこで契約は終了になるからな」

 

「上等」

 

 

京介も立ち上がると、差し出されていた右手をグッと握った。手袋越しの感触ではあったが、その細くて長い指と力の弱い掌、戦う手では無いなと思ったのが正直な感想だった。その後ゼロはトレーラーを離れ、京介は軌道達に事の次第を伝えた。独断で決めたことに多少の反発でもあるかと思っていたが、特にそういう事も無く、今後行われる契約書を用いた話をした際に、彼らも自分達の今後を決めるということだった。気が付けば時刻も深夜に掛かろうとしており、ゼロからトレーラーの寝具やソファーを好きに使って良いと言伝を受けていたのか、黒の騎士団のメンバーから簡易毛布を受け取った軌道達は久々の歯ブラシの感覚に文句を言いながらも、すぐに寝入っていた。

 

 

一方の京介は一人、トレーラーの外で膝程の高さの空コンテナに腰掛け、レッドアップルの最後の一本を吸っていた。手元にはまだ中身のあるソフトケースがあるが、それは軌道の荷物からくすねてきたものだ。紫煙を吐き出しながら、光量を抑えられた仮設電灯の下で暗闇を見つめる。久々のシャワー、満腹になるまでの食事、苦みの無い水、自由に使える寝具、その全ての存在が京介自身にも強烈な眠気を齎していた。ただ久々に行えた歯磨き後の口内の感覚がやや落ち着かなく、磨いた意味が無くなるとしても今日一日を振り返るために一服したいと思っただけである。黒の騎士団達も常日頃からこのトレーラー付近で暮らしている訳ではなさそうで、周囲に人の気配は全く無かった。水を飲むのに使っていた紙コップに灰を落とす。煙の熱が通った喉に焼けるような感覚が浮かぶ。と、ふいに眠気に振り回されていた三半規管に小振りな駆け足の音が聞こえてきた。それと同時に、少女の愚痴を漏らす声も。

 

 

「------全く扇さんったら、電気の消し忘れが心配なら自分で見てくれば良いのに……って、貴方?」

 

 

言いながらトレーラーの陰から現れたのは、あの赤毛の少女だった。イレヴンじゃ持つことを許されない携帯端末を片手に、驚いた表情で京介を見つめている。服装は黒いジャケットのままだったが、青い目が露になっている。バイザーを外していたのだ。京介は相手の目に射抜かれたような感覚を覚え、同時に見てはいけなかったものを見てしまったような気がして、視線を手元の煙草に移した。

 

 

「よぉ」

 

 

「眠れないの?」

 

 

精一杯の強がりで言葉を掛けるも、相手はスッと近づいて来て京介の傍に立った。距離感が近過ぎる、周囲に人の気が無いというのによく知らぬ男に不用意に近づくなんて。生娘か、ふと脳裏を過った言葉を誤魔化すように京介は紫煙と共に吐き出す。

 

 

「ちょっと一人になりたかっただけだ。もう寝る」

 

 

「そう。……ねぇ、ちょっと良い?」

 

 

そう言って赤毛の少女は、まだスペースのある空コンテナに腰掛けた。煙草の臭いに交じって、シャンプーだけでは出せそうに無い甘い匂いが鼻孔を突く。深呼吸をする振りをして、京介はすっとその匂いを肺が一杯になるまで吸い込んだ。煙草の煙を吐く時よりも深く息を吐き捨てて、視線を目の前の暗闇に飛ばす。

 

 

「何だ?」

 

「貴方、ケイス・ユーラックって言うんでしょう? 知ってるのよ、私」

 

「何が!」

 

「去年までアッシュフォード学園に居て、ブリタニアに捕まった男の子でしょ」

 

 

少女の口から紡がれた言葉を耳朶に受けた途端、京介はポロリと手から吸いかけの煙草を取り落としてしまった。予想していなかった思わぬ言葉に、身体が素直に反応してしまっていた。そんな京介の姿を見ること無く、少女は言葉を続ける。

 

 

「貴方が捕まった日、私も学園に居たの。見てたわ、軍人を二、三人叩きのめしていたでしょう?」

 

「じゃあ、あの時俺を見てた赤毛の女は……」

 

「あら、見られてたのは私もってことかしら。……紅月カレンよ、よろしく」

 

 

赤毛の少女------紅月カレンと言った------が差し出した右手を、京介は反射的に掴んでいた。ただの握手だが、その手指の柔らかさはゼロと手を交わした時よりも京介の心に大きく絡みついてくる。心臓の鼓動が早くなったような気がして、そこで漸く自分が煙草を取り落としていることに気が付いた。既に根本まで燃えていて、崩れた灰の塊にフィルターがくっ付いているだけになっているそれを、京介は握手をした手を放してそのまま拾い上げた。そしてそれを紙コップの中に放り込むと、京介は右手に残った感触を確かめるように握り締める。

 

 

「……浦城京介だ。ケイス・ユーラックは好きじゃない」

 

「ブリタニア人としての名前だから?」

 

「親父に付けられた名前じゃないからな。……で、お前のもう一つの名前は?」

 

「私?」

 

 

軌道からくすねたレッドアップルを咥えながら京介がそう問い掛けると、カレンは不機嫌そうに眉を潜めた。それを無視するように、京介は煙草に火をつける。

 

 

「それ、必要な情報なの?」

 

 

「------ふぅ……人の嫌いな名前を一方的に知っておいて、自分はダンマリってのは不公平じゃねえか?」

 

 

紫煙を吐き出しながら言い返し、京介はどうすると言わんばかりにカレンを一瞥した。別に何て事の無いただのちょっかいだ。ただの冗談。アッシュフォード学園には純ブリタニア人だろうが、日本人が行政機関に申請することで国籍を鞍替え出来る名誉ブリタニア人だろうが関係無く通うことが出来る。表向きは人種差別など無いとのたまっていたが、裏じゃその人種差別が陰湿に横行していた学校だった。名誉ブリタニア人と名前を変えても、純ブリタニア人からしてみれば自分達のテリトリーにノコノコと入り込んで来た異物でしかないのだ。

 

 

「……それもそうね。カレン・シュタットフェルト、それがもう一つの名前よ」

 

 

何の意味も無いやりとり。それだけでも、京介の心の臓は思わず口から飛び出しそうだった。

 

 

「最初にゼロから地下闘技場の話と、貴方達の顔写真を見せられた時はびっくりしちゃった。てっきり殺されちゃったのかと思ってたから」

 

「そんなに好印象だったのか?」

 

「私みたいなハーフが居るのは知っているけど、同じようにレジスタンスをやっている子なんていなかったから。まさか純粋なブリタニア人が学生をやりながら抵抗運動なんてする訳無いって思ったしね」

 

 

言いながらカレンは立ち上がると、背を向けたまま大きく両腕を組んで天に伸ばした。引き締まった臀部が目の前で揺れ、京介はそれを網膜に焼き付けるかのように見つめながら煙草を進めた。

 

 

「けど良かったわ、今まで黒の騎士団には同年代の子って居なかったから。勿論遊びで戦ってきた訳じゃないけど……ほら、なんかそういうのってあるじゃない?」

 

「こっちは減るばっかりだったからな……」

 

「大変だったんでしょう? 分かるわ」

 

「そんな簡単に分かられてたまるかよ」

 

 

吸い殻を紙コップに投げ込み、京介も立ち上がるとカレンに並んで同じように身体を伸ばした。この後身体を横たえるソファーの柔らかさを考えれば、多少のコリは解しておきたかった。そしてカレンの横に立った時、その頭頂部は京介の視線の少し下にある。最初に嗅いだ甘い匂いが再び鼻孔を突き、京介は煙草を吸った時とは違う眩暈を感じた。

 

 

「けど、これからは一緒に戦ってくれるんでしょう? だったら、私は歓迎する」

 

「ああ……まだ、ゼロと話し合ってる途中だけどな」

 

「そっか。けど、ゼロは凄いのよ。ゼロと一緒なら、きっと私達はブリタニアから日本を取り戻せる!」

 

 

そう力を込めて言ったカレンの姿に、京介は何処か苛立ちのようなものを覚えてしまった。ブリタニアを日本から取り戻すことではない、ゼロという得体の知れない存在に心酔しているかのようなその態度が、気味が悪かったのかもしれない。或いは、気になっている同年代の異性が別の男に好意を向けているのを知った時のような------嫉妬のような感覚だったのかもしれない。だから気が付いた時には、京介は左手をカレンの顎に添えてその唇を奪っていた。

 

 

「------ッ」

 

 

唇越しにカレンの身体が硬直するのを感じ取り、一瞬だけだったがすぐに京介は顔を放した。煙草の味に染まった舌下と唇に、明らかに毛色の違う甘い味が広がっている。当のカレンも少しばかり呆けた顔を浮かべた後、すぐに困惑一色に染まった表情で声を荒げた。

 

 

「いっ、今! 今アンタ、私に何をしたの!?」

 

「何って、これからゼロと一緒に俺達の手で日本をブリタニアから取り戻すんだろう?」

 

「あっそうか……じゃなくてさぁ! 私初めてだったんだよ!? 初めてが煙草の味なんて……いや、それはこの際どうでも良くて------この馬鹿!」

 

 

京介の惚けに一瞬困惑した様子だったが、すぐにカレンは顔を髪の毛のように真っ赤にして京介に怒鳴り込んだ。急ぎ過ぎたかと一瞬思ったが、京介としてはやってしまったものはもうどうしようも無かった。

 

 

「責任を取れって言うなら幾らでも取ってやるって」

 

 

「だったら一発殴らせな!」

 

 

怒りの表情で右腕を振り上げたカレンだったが、その拳は軽く躱されたことで大きく空を切った。バランスを崩したカレンを京介は肩に手をやって受け止めるが、すぐにお返しとばかりに物凄い速度で飛んできた左のビンタに思い切り頬を叩かれる。乾いた音が周囲に響き渡り、京介はその威力に目の裏で大量の星が飛んでは墜ちていくのを見た。KMF同士の戦いでも滅多に感じない衝撃だった。

 

 

「あっ、ごめ……」

 

 

無意識の行動で思わず勢いがつき過ぎてしまったのか、怒って当たり前のはずのカレンが困惑した表情を浮かべて京介の顔を覗き込んでいた。何故だがその仕草が嬉しくて、京介はヒリヒリとした痛みを感じながらも別の紅葉を顔に咲かせていた。

 

 

「いや、正しい怒り方をした。ビンタ一発で美人の唇付きだ、悪くない」

 

「……不思議な人ね、貴方って」

 

「捻くれてると思ってくれて良い。そういう生き方をしてきたからな」

 

「なら、そう思う事にするわ。------今日は帰るわ、また明日」

 

「ああ」

 

 

そう言って小走りでトレーラーの陰へ消えていったカレンを見送った京介だったが、すぐに彼女はまた姿を現した。少し気恥しそうに、点きっぱなしの仮設電灯の傍へ歩いていく。そういえば、と京介も最初に彼女が電話で話していた内容を思い出した。

 

 

「……ここの電気、全部消していくから」

 

「ああ、気を付けて帰ってくれよ」

 

「何時もの事よ。……お休みなさい」

 

「ああ、お休み」

 

 

そう言ってトレーラーの入り口に身体を向けると、背後の電灯が消えて闇の中に反響する駆け足の音が耳朶を打つ。そうしてトレーラーの中に戻った京介だったが、中では起きていた軌道がソファーの上で胡坐を掻いて座っていたのだ。途中で眠りを起こされた、不機嫌そうな顔で。

 

 

「起きてたのか?」

 

「ああ……ちと騒がしくてさ」

 

「悪い」

 

 

軌道の座っているソファーとL字で繋がっている別のソファーに腰掛けると、京介は何度目か分からぬ深い息を吐いた。その様子を見ながら、軌道がまた言葉を掛けてくる。

 

 

「あんま良く聞こえなかったんだけどよ、随分盛り上がってたな」

 

「ああ……ちょっと顔見知りが居てな」

 

「へぇ、凄いな。ところで俺の煙草知らねえか? 荷物ン中に無くてさ」

 

 

そう言われて、京介はジーンズのポケットを探してレッドアップルのソフトケースを引っ張り出す。だがよく見てみれば、もうその中身はライターだけしか入っていなかった。自分のものだ。きっと軌道のレッドアップルは外のコンテナの近くに転がっているだろう。だが自分が煙草をくすねたことを軌道は知らない。だから京介はそのソフトケースを軌道の前で軽く振って見せると、悪びれも無く答えるのだった。

 

 

「さあなぁ、どっかに落としちまったんじゃねえのか?」

 



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CASE-3 恥辱の開花

 

翌朝、京介が目覚めた時には既に時刻は朝の9時を回っていた。トレーラーの外では既に誰かしら活動を開始していたのか、ガヤガヤと騒がしくなっている。起き抜けに顔を洗って歯を磨き、久々に柔らかい寝床で眠れた所為か凝り固まった身体を伸ばして解しながら京介は外へ出た。

 

 

日の光が差し込む工場の中で、何人かの黒の騎士団のメンバーが備え付けのクレーンを使用して闘技場から回収したグラスゴーの両腕を取り外している。青く塗装された機体が一瞬自分が乗っていた機体かとも思ったが、その思考は横から投げかけられた言葉に中断された。

 

 

「よく眠れた?」

 

 

振り返れば、そこに居たのは昨日水を入れてくれた女性だった。その手にはプラスチックのプレートに載ったおにぎりと小分けにされた卵焼き、水のペットボトルがある。その腕に下げたビニール袋には、紙皿や箸が入っているようだった。

 

 

「久々にぐっすりと、世話になります。朝飯ですか?」

 

「そうよ、そろそろ起きることだろうと思って。これから中に運ぶけど、貴方の分だけ取り分ける?」

 

「出来れば」

 

 

そう言うと、女性は昨日京介が腰掛けていた空コンテナにプレートを置いて紙皿と箸を取り出し、一人分の量を取り分け始める。そこで京介は漸く、昨晩置きっ放しにして忘れていた軌道の煙草が女性の足元に転がっているのを見つけた。

 

 

「朝からKMFの整備なんて、精が出ますね」

 

 

等と言いながら煙草を回収し、京介はプレートが除けられた空コンテナに腰掛ける。紙皿の上にはおにぎりが三つ、卵焼きが二切れ、後は水だ。女性は再びプレートを両手に持っていて、トレーラーに身体を向けながら京介に答える。

 

 

「今は少しでも戦える力が欲しいから。KMFが一機あれば、それだけ生身で戦う負担が減るもの」

 

「そういうものですか」

 

「ええ、後で中にあるお味噌汁も温めて持ってくるわ」

 

「すみません」

 

 

そう言って女性がトレーラーの中に消えると、京介は一先ずおにぎりを一つ掴んで口に放り込んだ。鮭の身と塩味が効いた美味いもの。その次に齧った卵焼きも甘すぎる気がしたが、それでも十分美味しかった。ブリタニア人の母の料理はどうしても向こう側の味付けが多く、嫌いではなかったが、かつて父に連れられたヒロシマの祖父母の家で食べた味の方が気に入っていたことを京介は思い出した。その後、温め直したみそ汁を紙コップに入れて持って来てくれた女性------井上と名乗った------から受け取り、京介は久方ぶりに安寧に塗れた無垢な朝食を得る。やはり、赤味噌より白味噌の方が好きなのは変わりないようだった。

 

 

そうして腹ごしらえを終えた後は、普段の癖で煙草に火をつけて咥えたまま、整備されているグラスゴーの傍へと近寄っていた。既に右腕は取り付けられていたが、左腕の結合部に異常があるのか眼鏡を掛けた男が大柄な男と何かしら言葉を交わしている。他には機体の足元に居る青い髪をした男が、強奪してきた修理用のパーツの幾つかを選定していた。ジッと機体を見上げている京介の姿に気づいたのか、声を掛けてきたのは青髪の男だった。

 

 

「よお、おはようさん。しっかり眠れたか?」

 

「おはようございます。御陰様で」

 

「そいつぁ良かった。ところでこのグラスゴー、どんな奴が乗ってたか分かるか? 左腕部の損耗だけ激しくてさ、接続部は問題無いんだけど……腕の方は丸ごととっかえた方が良くてさ」

 

 

左腕部の損耗、という言葉で京介が思いつく人物は一人しか居なかった。

 

 

「それだったら、多分その機体は俺が乗っていたやつです。機体のモーションパターンを利き腕に合わせて調整していたんで、それの所為でいつも左腕だけすぐ壊れるんです」

 

「へぇー、モーションパターンの設定までやってたのか。吉田! 南! そいつの腕は新しいのを使おう!」

 

「分かった!」

 

 

そう言葉を交わして整備に戻る二人の男を尻目に、京介は工場の中を見回した。昨晩は気が付かなったが、闘技場から運び出したKMFがズラリと並べられ、同時に持ち出した資材のコンテナも一角に纏められている。見ただけで損傷が酷い機体は既にパーツ取り用としてバラバラにされており、京介が思っていたよりも黒の騎士団というのは手際が良い集団だと思えた。そしてその工場の中で、一機だけ見慣れない機体があった。闘技場の物とは違う赤色に染められたグラスゴーのような機体、頭部のファクトスフィアの形状が角ばっており、胸部には機銃のようなものが増設されている。両腕部にもスタントンファではなくナックルガードのようなものが装備されており、ブリタニア風に言えばグラスゴー擬きとでも言うのが正しそうな機体だった。

 

 

「あれは……」

 

 

「無頼だ。元々グラスゴーだったんだけどやられちまったもんで、キョウトからの支援で新しく手に入ったんだ。君らの機体が来るまではアイツが俺達の生命線だったんだぜ?」

 

 

青髪の男が無頼と呼んだ機体、その名前自体は京介も聞き覚えがあった。ブリタニアが使用しているグラスゴー、それを鹵獲・研究した日本でコピー生産されたKMFだ。かつて協力していた組織では運用されていなかったから、見るのは初めてだった。

 

 

「黒の騎士団にもKMFがあったのか……。アレはアンタが?」

 

「まさか、カレンが乗ってるんだ。うちのエースなんだぜ? って、カレンっていうのは------」

 

「昨日話しました。……あいつ、KMFに乗るのか?」

 

 

それから二つ三つ言葉を青髪の男------杉山と言った------を交わした後、京介は扇という黒の騎士団の副司令と会う事となった。癖のある髪をリーゼント気味にした背の高い男だ。軟弱かもしれない、それが無礼ながらも京介の受けた第一印象だった。

 

 

「上手く馴染めてくれてるようで良かった。細かいところはゼロに任せてしまってはいるが、良い関係になれることを願ってるよ」

 

「こちらこそ。……ゼロは普段は何を?」

 

「何かあった時は携帯で連絡するようにしている。普段姿を現す時は夕方……と言うよりは夜だな、そこで今後の活動について話し合ったり、行動を起こしたりするんだ」

 

(学生みたいな事をやっている? 昼間に顔を出せないなんて……何かあるのか)

 

「多分今夜も来るとは思うが、日中は可能ならKMFの整備を手伝ってくれると助かるんだが……」

 

 

言いながら困ったような表情を浮かべる扇に、京介は存外この組織は甘いのだと感じた。司令官をゼロとすると、そのゼロから自分達がまだ客人の扱いであることも聞いていなさそうだ。信頼関係が結ばれているのかいないのか、それとも黒の騎士団という組織自体がゼロの駒のようなものなのか。京介としては今時点で判断出来ないと頭では分かっているものの、どうしても邪推してしまうのを止められなかった。

 

 

「まあ……良いですよ。飯の礼もありますし」

 

 

言いながら京介は吸わない間にフィルターだけになっていた吸い殻を捨て、杉山達が修理をしている自分のグラスゴーに取り付いていく。少し時間が経てば漸く起きて飯にありついた軌道達も加わって、複数のグラスゴーへの修理が始まったのだった。

 

 

 

 

 

日が落ちてきた頃、既に四機のグラスゴーの修理が完了していた。汗だくになった京介や軌道、杉山達もタオルで乱雑に拭うかトレーラーのシャワーで流すなりにして、休憩を取っている。途中カレンもやって来たが、何処か機嫌が悪そうだった。扇から聞いた話では普段は病弱を装いつつ学生生活も続けているそうだが、学園や租界での現状にハーフとして何かしら思うところがあるのだろうと京介は自分を納得させる。だから昨夜の出来事があったにしろ、特に自分からアクションを起こすことはしなかった。

 

 

トレーラーの外で夕飯を平らげたのと、ゼロが現れたのは同時だった。開口一番に武器とKMFを二機、更に運搬用のトレーラーを用意しろと告げた後、京介達にトレーラーに来るようにゼロは言い、中に入ってすぐにブリタニア語で記載された契約書を取り出した。

 

 

「これがこちらから用意した契約書だ。契約金代わりとしてだが、全員分の新規IDを用意した。これで租界内でも変な動きをしなければ問題はずだ」

 

 

さらりととんでも無いことを言い放ったゼロに軌道達は閉口していたが、京介はすぐに契約書の一枚を手に取って内容に目を通した。ゼロの言った通り契約金は無いが、新規のIDカード------恐らく偽造した? ------を渡し、一度の戦闘行動で参加した一人につき10万ポンド、そこから戦績により増減がある。KMFの修理・弾薬代は基本キョウトからの支援や敵対勢力から奪取するために経費として徴収されることは無い。死亡した場合は------墓くらいは建ててくれるそうだ。

 

 

「財源は?」

 

「暫くは君達を救出する際に確保した資金がある。今後も心配しなくて良い」

 

「羽振りが良いんだな」

 

「金銭を積むだけでブリタニアに勝てるのなら、既に誰かがやっているだろう」

 

「それもそうだな……分かった」

 

 

言いながら、京介は手にした契約書に署名した。どの道決めていたことであったため、そこに抵抗は無かった。ただ署名した契約書をゼロの前に差し出した後、京介は軌道達に視線を移す。

 

 

「俺は乗る。けど……お前達がどうしたいかはお前達自身で決めてほしい」

 

 

軌道達もそれぞれ自分の契約書を手に持っていたが、すぐに誰かが言うでも無く全員が署名をした。皆心の奥底で考えていることは一緒のようだった。

 

 

「ずっと一緒にやって来たんだ、今更一人だけ抜けようたって考えられねえ」

 

 

軌道新がそう言って書類をテーブルに置く。

 

 

「そうそう。それに今までブリタニアに良い様に扱われてきたのよ、派手に嚙みついたって良いじゃない」

 

 

昴みゆきも手の指でボールペンを回しながら応える。

 

 

「……命と飯の礼もあるし、俺達が今まで何とか生きてこられたのも京介が引っ張ってきてくれたからだ。お前が着いていくなら俺も行く」

 

 

甲斐龍馬が腕を組み、目を閉じながら静かに言葉を繋げる。

 

 

「何時死ぬか分からない状況だって言っても、仲間が増えるんだ。それだったら怖いことなんかないさ」

 

 

最後に、東翔が崩れた笑顔を浮かべながら最後の書類をテーブルにそっと置いた。

 

 

その様子を見てから、ゼロは言葉を紡ぐ。仮面に隠れて表情は見えないが、何処か笑っているように京介は感じた。微笑んでいるのではなく、口の端を吊り上げるようにして。

 

 

「決まりだな。ようこそ黒の騎士団へ、歓迎しよう」

 

 

その後は早かった。ゼロに連れられるようにトレーラーの外に出た京介達は、改めて黒の騎士団に参加することを扇達に告げられた。歓迎ムード一色になる扇や杉山、がさつな態度だった男------玉城と言った------達にもみくちゃにされている中、京介はふと集団から離れて立っていたカレンに視線が向かった。最初は何処か考え事をしている様子だったが、すぐに京介の視線に気づき、そして正式に黒の騎士団に参加したことが伝わって、彼女は今までの表情の全てを拭い去るように笑みを浮かべていた。そんな団員達を前にゼロが今晩の作戦行動を告げるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

夜中、トウキョウ租界中心部からやや離れた倉庫群の一角に京介達はやって来ていた。カレンの乗る赤い無頼と京介の乗る青いグラスゴー以外は、軌道達も歩兵としてその手に銃を持っている。ゼロから告げられたのはリフレインと呼ばれる麻薬の製造工場の襲撃だった。接種者に過去に戻った幻覚を起こさせる常習性が強いもので、京介も闘技場で廃人になるまで使用した人間の末路を何度も見てきた代物だ。ブリタニアに支配され蔑まれてきた日本人達には魅力的に映る所為か常習者も多く、非合法組織の間で大きな稼ぎになっている。

 

 

京介はグラスゴーのコクピットから迫り出したシートに腰掛けながら、足元で言葉を交わしている玉城達の声を黙って耳に入れていた。その太腿には、受領したばかりの黒の騎士団のジャケットが掛けられている。

 

 

「何考えてんだゼロの奴は! ブリタニアを倒すって言ってた癖によぉ、やってることは警察の手伝いじゃねえか!」

 

「例えそうでも、リフレインを潰すことは日本人を助けることに繋がるんだ。無駄じゃないさ」

 

「そうそう。ネットじゃ俺達英雄になってるからな」

 

「ケッ!」

 

 

扇や杉山に宥められるも納得のいかない様子の玉城を尻目に、京介は無頼のコクピットハッチの上で座り込んでいるカレンを見やった。肩からジャケットを羽織り俯いているその姿を後ろから見ながら、何となく自分もジャケットに袖を通す。その時カレンは何事か呟いていたのだが、それが京介の耳に入ることは無かった。やがて先に侵入していたゼロからの合図が光り、各々は襲撃準備を整えていく。京介もまたグラスゴーを起動し、モニターの映像が暗視モードに切り替えられることを確認する。

 

 

準備が整ってからは早かった。カレンの無頼がシャッターをアサルトライフルの弾丸で撃ち破り、突入した部隊が手当たり次第に銃撃を敵に叩き込んでいく。先に突入した無頼を尻目に、京介は後詰として破壊したシャッター間際に待機する。正義を成していると言わんばかりの快哉代わりの銃声が、スピーカー越しに京介の耳朶を打った。このまま何事も無く終わるかと思っていたが、突如工場の中から爆発音が響き渡る。

 

 

「ッ、何だ!?」

 

 

直後、中に居た軌道から通信が飛ぶ。

 

 

≪京介、ナイトポリスだ!≫

 

「ナイトポリス!?」

 

≪繋がってるってことだろ! 無頼がやばい!≫

 

「退いてろ! 轢き殺すぞ!」

 

 

通信に答えながら即座に機体を切り返し、京介も工場内へと突入した。最初の撃ち破ったシャッターの先にはリフレインを箱詰めしていたところのようで、そこかしこにブリタニア人の死体が散乱している。それらを一瞥しながらも京介の視線はその先の更に破られたシャッターに向かっており、そこではゼロや扇達が明かりの無い薄暗い空間を覗き込んでいた。

 

 

「下がってろ!」

 

 

ゼロ達が道を開けるのを見ることも無くグラスゴーをシャッターの向こうに曝け出した瞬間、機体の足元に左側面から銃弾が飛来した。見てみれば、サイドモニターに青と白のKMF------グラスゴーを再利用した警察仕様の------ナイトポリスが二機、シャッター付近に居たゼロ達を狙っていたのかKMF用のマシンガンを構えている。カレンを襲ったのとは別の機体か、正面には破壊された無頼の右腕が転がっている。

 

 

「下衆がァ!」

 

 

言うが早く、京介は機体を反転させ、左手に持ったアサルトライフルを乱射させながら突っ込んでいた。致命傷にならずとも真正面から銃弾を受けて怯んだ様子を見せたナイトポリスに体当たりを喰らわせると、機体のサイドモニターが至近距離に居た別のナイトポリスの姿を映していた。荷物の陰に隠れていたせいで、見えていなかったのだ。壁とグラスゴーに挟まれたナイトポリスのコクピットブロックが歪に潰れていくのを正面モニターに捉えながら、京介は右腕部のスタントンファを展開し、フック気味に横に居た敵の頭部に叩き込む。直撃したそれは頭部を抉り潰すように振り抜け、体勢を崩して露になったコクピットブロックにマガジンに残っていた全弾を撃ち込んだ。

 

 

即座に二機を沈黙させた後、京介は機体にマガジンを交換させながらその奥に広がる広い倉庫の中を見やる。暗視モードに切り替わった視界の奥に、カレンの無頼が居た。少なとも死んでは無さそうだったが、全体的に損傷しているようだった。背後から撃たれたのか、倒れこんだところを上から襲ったのであろうナイトポリスが棚の金属フレームに突き刺さる形でコクピットを潰されて沈黙している。スラッシュハーケンを上手く使ったのだろう、傍に何処か呆けた様子をした女性が座り込んでいた。

 

 

(民間人を守ったのか? それでナイトポリスを一機……)

 

 

グラスゴーを動かしカレンの所へ向かおうとした時、京介はふいにモニターの隅に映り込む何かを見つける。自機と無頼の間の通路部分、そこから銃口のようなものが飛び出ていた。

 

 

「紅月ッ!」

 

 

言うや否や、京介は操縦桿のトラックボールを親指で思い切り弾いていた。連動したランドスピナーが超高速で回転し、グラスゴーの身体を一気に加速させる。全身に掛かるGに歯を食いしばった京介の機体が飛び出るのと、隠れていたナイトポリスの銃口から火を噴いたのはほぼ同時だった。庇う体勢で飛び出たグラスゴーの右背面、コクピットブロック付近に着弾し、火花が京介の目の前で飛び散る。そして同時に損傷した装甲の一部が跳ね回り、その衝撃共々右半身に突き刺さった。それでも京介は右手の操縦桿を引き、左足のペダルを押し込むと同時に左手でトリガーを引き絞る。煙を噴いたグラスゴーの身体が右足を起点に身体を滑るように回転させ、視界の正面に捉えたナイトポリスに銃弾が吸い込まれていく。爆炎に塗れたナイトポリスが崩れ落ちた後、そこで京介は漸く右の脇腹に刺さっていた金属片に気づくと、にべもなくそれを引っこ抜いた。鮮血が一瞬溢れ出し、Tシャツと貰ったばかりのジャケットがジワジワと鉄の臭いと共に濡れて重くなっていくのを感じる。

 

 

「地上、索敵!」

 

 

ファクトスフィアを展開しながら乱暴に吐き捨てると、京介は無頼のコクピットからカレンが出てくるのを見た。

 

 

「今ので最後だ! 機体は大丈夫か!?」

 

 

そして地上の誰の声とも判別がつかない報告を受けると、京介はコクピットを解放しながら声を荒げた。基部に損傷は受けていたが、思ったよりもシートは滑らかにその身体を外部へと曝け出す。

 

 

「こういう時はパイロットを心配するもんだろうが! 乗っているのは人間だぞ!」

 

 

そして地上へ身を下ろすと、一気に脇腹の傷が痛んだ。だがそれを無視して、京介はカレンの近くへと寄った。周囲では慌ただしく仲間達が銃を手に倉庫内を警戒しているが、カレンは茫然とした様子で先程の女性の傍に居た。知り合いなのだろうかと、それならば納得できた。

 

 

「紅月、怪我は? そっちの女性も……分からないか」

 

 

上から言葉を掛けてみるも、女性の方がリフレイン中毒でまともに会話も出来そうにないのは一目瞭然だった。カレンは名前を呼ばれて漸く気づいたのか、視線だけを京介の方に向けながら口を開いた。

 

 

「こっちは二人共大丈夫よ。……庇ってくれたんでしょう? ありがとう、ごめんなさい」

 

 

「いや、無事なら良い。それにしても、その人は……うっ?」

 

 

再度問い掛けようとした時、京介の脇腹に尋常じゃない痛みが走った。戦いで分泌されていたアドレナリンが薄くなってきた所為なのか、抉り続かれているような痛みと気持の悪い生暖かさが傷口を中心に広まっていく。

 

 

「浦城君?」

 

 

カレンがそう言って振り返るのと、京介が膝をついてから仰向けに倒れこんだのはほぼ同時だった。床についた背中がビチャリと嫌な音を立て、打ち付けた後頭部がジンとした痛みを発する。真っ暗な天井が歪んで霞み、一気に呼吸が荒くなっていく。

 

 

「京介! 翔、機体見ろ! 京介、大丈夫か!」

 

 

歪んだ視界にカレンと軌道が入り込んでくるが、京介は特に言葉を返すことが出来ない。京介が文字通り血の気が引いていく中で、みゆき達が止血に掛かっている。いよいよ耳まで遠くなっていく中で、京介の目が最後に捉えていたのは自分を覗き込むゼロの仮面だった。

 

 

 

 

 

京介が目覚めた時、そこは見慣れない部屋だった。壁の色や調度品の感じから黒の騎士団のトレーラーの中だろうかと想像はついたが、その疑問はすぐに部屋に入ってきたゼロの姿によって解消する。

 

 

「漸く目が覚めたか」

 

「拠点まで戻ってこれたのか……?」

 

「既に三日経っている。が、異常な回復力だ。あの日重傷を負った後すぐに私のツテを使って病院へ運び治療を受けさせた、流石にずっと入院させる訳にもいかずに先程引き取った訳だが……」

 

 

聞けば腹部に突き刺さっていた金属片は幸いにも内臓を傷つけてはいなかったらしく、だが出血多量によるショックで死ぬ寸前だったそうだ。

 

 

「それがここへ運び込んだ途端目を覚ました。運は良いようだな、工場でのKMF戦闘も見事だった」

 

 

ゼロの言葉を聞いてから、京介は自分の上半身が包帯でグルグル巻きにされているのを見た。身を捩ると少しばかり痛みが走るが、問題は無さそうだった。自分の身体のことは、自分がよく分かっている。

 

 

「幸い次の作戦までには少しばかり時間がある、その様子なら問題無いだろう。今回の作戦の報酬は既に用意した口座に送金してある。動けるようになったら君の仲間に詳細を聞くと良い」

 

「ああ……そうさせてもらう」

 

「君達を引き入れて良かったよ、軌道新達のKMFでの戦闘も期待している。君がリーダーだったのだからな」

 

 

そうしてゼロが出て行った後、京介は暫くの間天井を見つめて茫然としていた。死の危険を感じたことは今までもあったが、こんなあっさりとしたのは初めてだったからだ。KMFに乗った人間を殺した事は何度もある。が、それは基本的に近接戦闘に則ったものが多い。今回のように圧殺したり、射殺したりすることは無かった。それを今回勢い任せとは言えあっさりとやってのけてしまった事に、京介自身が驚いていたのだ。

 

 

そしてカレンを庇って敵の射線上に出たことも、その時に取った行動も、本能的に取っていたのだと思い返す。何か考えを挟む事無く、思ったままに行動した結果があのザマなのだ。後から適当に理由付けをするにしても、カレンに良いところを見せようとしたとかでは無い。ただ、守ろうと思ったから守っただけ。覚えている限りではカレンも彼女が守っていた女性も無事だったはずだが、先程のゼロとの会話を差し引いても、今はあの赤毛に彩られた少女の顔を見たくなっていた。

 

 

それから数分程ただの呼吸を繰り返した後、京介はゆっくりと上体を起こした。ベッドから両足を下ろし、きつく締まった包帯に辟易しながら、足元に置かれていたサンダルを履いて立ち上がる。全身が強張った感覚に、空腹も合わさって視線がふらつく。そこから同じように傍に置かれていた新品の黒の騎士団のジャケットを肩から羽織って、京介もゼロが出て行った扉から外へ出た。やはりベッドの置かれていた部屋はトレーラーの一室で、視線を左右に振れば何度か見たテーブルとソファーがそこにあった。

 

 

(飯……水……)

 

 

テーブルの上に何も載っていないのを横目に、京介はトレーラーの外に出た。仮設電灯が爛々と輝く工場の中に、大勢の黒の騎士団のジャケットを着た人間が動いている。一部が忙しそうに資材を運搬し、また一部は一角に並べられた見慣れないKMF------無頼------を前にやいのやいのと騒いでいた。玉城や井上の姿も見掛けたが、京介からすれば見慣れない顔つきの連中に何かしらのレクチャーをしているようだった。

 

 

(新入り? ここまで増えたのか、あの後で……)

 

 

黒の騎士団のジャケットを羽織っているとはいえ、上半身を包帯でグルグル巻きにしてサンダルを履いて歩いている人物は相当怪しいようで、京介は奇異の目に晒されながらも無頼の陰に見つけた甲斐に近づいた。それと同時に甲斐も京介の姿を確認したようで、すぐに立ち上がって傍に寄って来る。

 

 

「……気が付いたようで良かったよ。気分はどうだ」

 

「上等。……さっきからそこら辺うろちょろしてんのは、新人か?」

 

「ああ、入団希望者のテストが終わったらしくてな。先輩先輩と犬みてえに着いて来やがるのさ」

 

「金魚の糞ってかぁ? へへっ……ところで飯でも水でも良いんだがよ、なんか無ぇか?」

 

「……そうだろうな。待ってろ、持って来てやる。後、紅月はそこの赤いKMFの前に居るぞ」

 

 

思わず京介は、その場を去ろうとしていた甲斐の肩を掴んでいた。

 

 

「おい龍馬! 待てよ、何だってアイツの事を------」

 

 

「何でって、惚れてるんだろお前。新も翔も気づいてねえ、みゆきは多少鼻が利くからどうかは知らんが……見れば分かる」

 

 

頑張れよ、と声を掛けた上で甲斐は自分のレッドアップルのソフトケースとライターを京介の手に握らせた。茫然とした様子の京介を置いて何処かへと消えていく甲斐の後ろ姿を見つめながら、京介の身体は嫌な汗を掻き始めていた。

 

 

「惚れてる……? そうか、惚れてんのか俺は」

 

 

心の何処かで靄が掛かっていたところに、派手な暴風が吹いてきて全てを吹き飛ばしてしまったような感覚だった。初めてこの工場で言葉を交わして、ゼロを褒め称えるような言葉に嫉妬心のようなものを感じたのも、全部分かった気がした。だから自分の背後からひょこっと顔を見せたカレンの存在に、京介は気づかなかった。

 

 

「惚れてるって、誰に?」

 

「そりゃあ、お前だよ」

 

「っ、私ぃ!?」

 

「ああ……あぁ!?」

 

 

それぞれがそれぞれで大声を挙げたところだったが、周囲の視線はそれ以上の雑音に掻き消されていたのか二人に向けられることは無かった。予想外過ぎる出来事に、京介は困惑で震える手でレッドアップルを取り出して火をつける。一方のカレンも仮設電灯の明かりが生み出す陰の中に居ても分かる程に顔を赤くしながら、口をパクパクさせながらも言葉を吐き出した。

 

 

「そ、それより、それよりもっ、あの……その、無事で良かった。もう一度言うけど、助けてくれてありがとう、()()

 

 

「……おう、どういたしまして」

 

 

吐き出す紫煙の味も分からず、京介は天を仰いだ。名前を呼ばれたことの嬉しさ、不用意な独り言を聞かれてしまった恥ずかしさ、これらがごちゃ混ぜになった感情は、魂魄百万回生まれ変わっても晴れそうにないなと、京介はそう思った。そしてこんな状況であっても、たった三文字のカレンという言葉を紡ぎ出すのでさえ臆病になってしまうというのが、浦城京介という男の現在(いま)だった。

 



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CASE-4 ナリタ消失す

 

某日、浦城京介は愛機と化した無頼のコクピットの中で山道を登っていた。リフレイン工場での事件の後、日本各地のレジスタンス組織を支援しているキョウトから新規生産分の無頼や各種補給物資を送られたことで、損傷していたグラスゴーも併せて現地改修を受けたのだ。本来であれば無頼は黒と暗灰色で塗られているが、京介の無頼は濃い青と黒で塗り上げられている。これは別に京介自身が望んだことでは無かったのだが、軌道達の対抗心で行われたものだった。

 

 

キョウトからの支援で受領したKMFには無頼以外にもう一種有り、それが深紅に染め上げられているのだ。紅蓮弐式、中華連邦のインド軍区に属する技術者が開発した新型KMF。航空機にも使用されているグラスコクピットとバイク型のシートで操作性と視認性を高めてあり、右腕はクランク機能による伸縮性を備え、銀色をした右手は指の一本一本が鋭利な爪状をしている。何よりも特異なのはその右腕に装備された輻射波動と呼ばれる装備で、高出力のマイクロ波を掌から放出することで、敵機体を加熱し内外共にダメージを与えたり、応用として銃弾を防ぐことも可能となっている。他にもランドスピナーの形状と言った違いもあるが、兎にも角にもこのような機体がキョウトから黒の騎士団に送られてきたのは期待の表れであった。

 

 

この従来のKMFを凌駕する性能を誇る紅蓮弐式には、黒の騎士団のエースとしてゼロ直々にカレンが搭乗するように指示があった。その事自体には文句は無く、ただ紅月カレンが唯一のエース呼ばわりされる事に軌道達が納得いかなかったというだけである。京介本人からしてみれば、黒の騎士団になる前からKMFを駆って実戦で活躍していたという事実があるのだから、カレンをトップに据えることに何ら問題は無い。どの道、自分はまだ一回しか戦っていないのだから、実績も無いのに実力者だと誇張するような色持ちになるのは逆に恥ずかしくなってしまう。

 

 

無論、新規にKMF担当となったメンバーの訓練相手は積極的に務めたし、実際敗北することは一回も無かった。不慣れだった射撃戦も突発的に発生する近接戦闘においても、新たにモーションパターンを設定・調整して、自己研鑽に努めてきた。だが結局は、如何に実践で戦果を挙げるかだ。シミュレーションでの経験を基にどれだけ実戦で活躍できるかは、個人の素質に関わってくる。シミュレーションの結果が良くても、実戦でそれを発揮できなければ二流でしかない。死んでしまえば、勿論三流だ。自分よりも優れた者の動きや考えを学んで良いところだけを吸収し、自分に合わせて発散できれば良いのだが、最初からそれが出来れば苦労は無い。だから人は質問するし、教えも請う、それに対して解答をし、教えを授ける。人に教えるということについては、十の頃------ブリタニアの侵略戦争が始まった年------京介自身も、かつて父からある言葉を教わったことがあった。

 

 

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

 

 

世話になった日本海軍のある将校から教わったと言っていたが、当時は何を言っているのかよく分からず、結局その後、近所の跳ね返りだった子供の顎を喧嘩で砕いてしまい、固形物を暫く食べられなくさせた所為で鉄拳制裁を喰らったことを覚えている。京介が父から受けたこの言葉を理解し始めたのは、闘技場で戦い始めた頃だった。ただ他人より早くKMFの操縦のコツを覚え、ただ誰よりも先に勝利を挙げたことで、生き延びる為に誰かに縋りたがっていた軌道達に教え始めた。言葉遣いも良かったとは言えない、手取り足取り教えるほど面倒見も良くない、そう自覚しながらも、自分に出来ることはとことんやっていった。教えた相手が敵になることもあったし、自分の手で殺したこともある。

 

 

だが黒の騎士団では生き残るために逃げ回っていても罵倒で済んでいた時とは違う。全力で殺しに行き、殺されに行く世界なのだ。お題目として掲げている正義の味方という言葉に酔いしれて、自分達が何をするのかを分からずに参加している連中が多く見えるのが、京介が今まで見てきた新人達だ。勿論ゼロの課した入団試験はそれなりに難易度の高いもので、それを突破したということは皆何処か優秀な素養を持っているのだろう。だがブリタニア相手に日本を取り戻す為に戦うというのは、戦争をするということだ。ナンバーズだのイレヴンだのと自分達を呼んで蔑み、人以下の扱いをして虫けらのように命を奪っていく。情け容赦無く撃ってくる相手を、こちらから撃ち返すのだ。それが出来ないと言うのなら、さっさと死んで道端のゴミになるか、焼かれて灰になった方が良い。

 

 

そこで京介は、上部モニターを通じて背後の様子を確認する。十六機のKMFを二部隊に分け、それぞれ別ルートで千葉にあるナリタ連山を登っているのが現状だ。ゼロは軍事教練(ハイキング)と言っていたが、京介は扇と共に詳細を事前に聞かされていた。このナリタには旧日本軍の流れを汲む抵抗組織【日本解放戦線】の本拠地が存在し、そこを今日コーネリア率いるブリタニア軍が襲撃すると言うのだ。何処で仕入れた情報かは知らないし、知る由も無いが。そこで必要な武器・人員をトレーラーから切り離した荷台に載せ、それを二機の無頼で山頂まで運ぶのだ。京介は二台のトレーラーの間で銃を手に周囲の警戒を行っている。あるポイントまで移動すればゼロの指示を待ち、合図を受け取れば事前に指定されたポイントまで即座に移動する。

 

 

荷台に居る何も知らない団員達はやいのやいのと本当の遠足気分で腑抜けた面を浮かべていたが、それで言えば京介達に同行している二人のKMF乗り達の方がまだ訓練と言えども腹を括っている様子だった。殆どの訓練生達が実戦レベルでは無いということで歩兵に回されている中、主要メンバー以外にKMFに乗っている新人はかなりの上玉だ。おまけに普段の訓練から苛烈さ極まりとでも言うべき激しさで、言動も褒められたものでもない京介達に、当初の部隊割に挙手してまで自分達から同行する事を求めてきたのだ。

 

 

死なせたくないな、と京介は思っていた。勿論仲間の中から死人を出すのは好ましいことではないが、能力が追い付いていないのに高みだけを目指そうとする人間は、いつか自分にも他人にも取り返しのつかない害を齎すからさっさと死ねる内に死んで欲しいと思っているのも事実だ。軍人でなく、民間人からレジスタンスになろうとしているのだから、そういった人間が出て来易いことは経験上知っている。身の程を知れとは言わないが、今の自分に出来ることを少しずつやっていけば自然と道は開けてくる。それを無視して大股で進もうとするから、足元を掬われる。今の自分で言えば、それはKMFで戦うことだった。

 

 

やがて目的地の山頂に到着すると、既に別行動を取っていた部隊とゼロが到着していた。荷台で運んでいた連中が武器や資材を取って展開し、各地にある目的の為に調達した削岩機のような何かを各所に設置していく。京介も無頼のコクピットを開いて飛び降りると、何事か話し合っているゼロと扇に近づいて行った。

 

 

「遅れたか?」

 

「いや、問題無い。扇、話は以上だ。削岩機の確認を急げ」

 

「あ、ああ、分かった」

 

 

何を話していたのかを悟らせず、扇を追い払ったかのように見えたゼロは、目の前に広がる麓の町を見下しながら、懐に手を入れた。

 

 

「浦城、もうすぐ敵が来る。事前に話していた通りだが、今回も期待しているぞ。後は……これを返しておく」

 

 

そう言って差し出されたのは、救出された日に回収されていた拳銃だった。それを受け取ってズボンの後ろに差し込みながら、京介はゼロに問うた。

 

 

「有難く受け取っておくよ。で、勝てるのか?」

 

「勝てる、勝てないという話ではない。勝つのだ。いくら人数が増えたとは言え黒の騎士団は実戦経験の少ない烏合の衆、ここで経験を積み、余計な枷を切り捨てていくことが今後に繋がるのだ。最も、ここでコーネリアの身柄を確保できれば全てが終わるのだがな」

 

「だろうな。……来たか」

 

 

ゼロの言葉を聞いていた京介の耳朶を、別の轟音が殴打する。視線の遥か先、ブリタニア軍の大部隊が侵攻して来ていた。大型爆撃機にKMF輸送用のVTOL、地上からもKMFや戦車隊が巻き上げているのであろう土煙が遠くからでも見て取れる。ブリタニアは完全に、今日この場所で日本解放戦線に止めを刺すようだった。

 

 

「始まったな」

 

 

ゼロがそう言葉を零すと同時に、団員達もブリタニアの大軍に気づいたのか一気にざわつき始める。眼下で削岩機の近くに陣取っていた玉城が、こちらを見上げて大声を張り上げる。

 

 

「冗談じゃねえぞゼロォ!!! あんなんが来たんじゃ、完全に包囲されちまうじゃねえか! 帰りの道だって------」

 

「もう封鎖されている! 生き残るにはここで戦争をするしかない!」

 

「真正面から戦えって言うのかよ!? 囲まれてるんだぜ!」

 

「しかも相手はコーネリアの軍、大勢力だぞ!」

 

 

玉城や杉山が感情的に声を荒げるが、ゼロは意に返さずに淡々と言葉を返していく。

 

 

「ああ、これで我々が勝ったら奇跡だ。しかし、メシアでさえ奇跡を起こさなければ認めてもらえなかった。だとすれば我々にも奇跡が必要だろう」

 

 

「バッキャロー! 奇跡はなぁ、安売りなんかしてねえんだよ! やっぱりお前にリーダーは無理だ、俺こそ------」

 

 

尚も噛みついていた玉城が肩に下げていた小銃を下ろそうとした時、それよりも早くゼロが拳銃を構えた。照準は真っ直ぐに、玉城に向いている。一瞬緊迫した空気が走ったが、ゼロはすぐに手の中で銃を回転させて銃把を差し出して見せる。

 

 

「既に退路は断たれた。この私抜きで勝てると思うのならば、誰でも良い。私を撃て! 黒の騎士団に参加したからには、選択肢は二つしかない。……私と生きるか、私と死ぬかだ!」

 

 

ゼロの言葉によって沈黙が訪れ、やがて戦闘が始まったのか遠方から銃声や爆発音が響いてくる。既に戦争は始まっているのだ。

 

 

「どうした? 私に挑み倒してみろ」

 

 

既にこの後起こる事を確信しているのか、ゼロはそう言って全体に問い掛ける。

 

 

「……畜生! 好きにしろよ!」

 

 

「ああ、アンタがリーダーだ」

 

 

玉城を始め、各々がゼロをリーダーと認める言葉を口にする。それを横目に見ながら、京介は背後で固まっていた軌道達に目配せをした。頷いた後、新入りを含めた六人はすぐに自分の無頼やグラスゴーへと乗り込んでいく。

 

 

「ありがとう、感謝する」

 

 

ゼロはそう言うと、別途用意された専用の無頼へと向かっていった。頭部が赤く、頭頂部に金色の角の装飾がされたものだ。それを見て、京介もまた自身の青い無頼へと駆ける。シートが格納されて操縦桿を握った時には、外部スピーカーでゼロからの指示が飛び込んで来た。

 

 

≪よし! 全ての準備は整った! 黒の騎士団、総員戦闘準備! これより我が黒の騎士団は山頂よりブリタニア軍に対して奇襲を敢行する! 私の指示に従い第三ポイントに向けて一気に駆け下りろ!≫

 

「さぁて……」

 

≪作戦目的はブリタニア第二皇女コーネリアの確保にある! 突入ルートを切り開くのは紅蓮弐式だ! カレン、貫通電極は三番を使用する。一撃で決められるな?≫

 

≪はい!≫

 

 

快活な少女の返事が耳朶を打ち、京介は正面モニターで地面に突き刺さった筒状の物に近づいていく紅蓮弐式の姿を捉えた。輻射波動の熱量を地下水脈にダイレクトに与えるもので、紅蓮はその中の一つに異形の右手を載せる。

 

 

≪出力確認、輻射波動機構・涯際状態維持------鎧袖伝達!≫

 

 

紫電が迸り、紅蓮の周りの地表が衝撃で僅かに沈む。右腕から空になった専用カートリッジが排出され、飛んでいく。少しの静寂が訪れた後、大きな地響きが京介達の足元を揺らした。そして次の瞬間には、水蒸気爆発によって発生した大規模な土石流が黒の騎士団の足元から地上へ向けて流れていく。その巨大な奔流はブリタニアも日本解放戦線の区別無く飲み込んでいき、戦況は一気に混乱に陥った。

 

 

≪歩兵部隊は後詰の戦車部隊の排除! KMF隊は当初の予定通り二つに別れ行動する、我々はコーネリアへ向け直進! 浦城の隊は猟兵として敵陣を掻き乱せ!≫

 

 

「了解だ! 行くぞ手前ら、俺達ゃ愚連隊だ、見つけ次第ぶっ殺せ!」

 

 

ゼロの部隊が土石流の痕を駆け下りていったのを見ながら、京介も仲間達に指示を出して別方向に向けて斜面を駆け下りた。木々の間をすり抜けていき、ファクトスフィアが収集した情報がモニターに表示されていくのを確認し、土石流からギリギリ逃れたであろう部隊を発見する。ブリタニア軍の現在の主力機、第五世代KMFサザーランドが四機、機体の右手で合図を出せば、軌道ともう一機の無頼が先行して銃弾を浴びせた。右手に広がる爆発を尻目に更に京介達は前進し、次々と部隊の混乱を突いて撃破していく。

 

 

「広がり過ぎるなよ! 孤立したら集中砲火でお陀仏だ!」

 

 

≪りょ、了解!≫

 

 

すれ違いざまにサザーランドの顔面にナックルガードの付いた右腕を叩き込みながら、京介は新入りに声を掛ける。軌道達には態々言うまでも無く、あくまで緊張でガチガチになっているであろう相手に声を掛けることで出来るだけ緊張を解してやる必要があるのだ。とは言っても京介自身も全く緊張していない訳ではない。だが部隊を率いるという大役を受けている以上、自分が率先して行動するしかないのだ。

 

 

≪正面、敵戦車隊! ここの地上部隊は全滅だ!≫

 

「龍馬とみゆきで相手しろ! 正面からやり合うなよ?」

 

≪了解!≫

 

 

火力のある大型キャノンを装備した甲斐とみゆきの無頼が前方の戦車隊に背後から回り込むように転進し、京介は新入り二人を背後に回らせて自分と軌道で戦車隊の注意を引くように銃弾を放つ。東の無頼は下がらせた新入りの更に後ろで、背後からの敵に備えている。

 

 

スラッシュハーケンを地面に刺し、それを巻き取る勢いで浮かび上がった甲斐とみゆきの無頼が上空から四両の戦車に砲弾を叩き込み、そのまま車列を飛び越えて着地・反転後、京介達の機体に注意を向けていた先頭車両の後部に更に砲弾を直撃させる。戦車隊を先導していた装甲車を蹴り飛ばし、京介は一度部隊を集合させて状況を確認した。

 

 

「ここら一帯の敵は大体片づけたか? ゼロ! 聞こえるか!? そっちはどうなっている!」

 

≪コーネリアを追い込んだところだ、援護に回れるか?≫

 

「了解、急行する。こっちの連中を退路の確保に回すが、良いか!?」

 

≪任せる!≫

 

 

ゼロとの通信が一方的に打ち切られた後、京介はすぐにレーダーでゼロの居場所を確認した。距離としてはそう離れてはいない。山腹に抉られたように走る溝の周囲に展開していることから、その中にコーネリアが居るのだろうと予測をつける。

 

 

「翔とみゆきは新入りを連れて撤退ポイントの確保に向かえ! 歩兵部隊が居たら助けてやるんだぞ!」

 

≪そんな、まだ自分はやれます!≫

 

「今日の人殺しはもう十分だろう! 弾も殆ど残ってないはずだ、少しでも味方を助けてやれ。分かるな?」

 

≪ッ、了解!≫

 

≪すみません、ご武運を!≫

 

 

喰らいついてくる新入り達を宥めてから、京介は軌道と甲斐を連れて共にゼロの下へと向かった。道中、黒の騎士団のジャケットを着た何かが地面に転がっているのを見ながら、京介はレーダーの端に猛スピードで過ぎ去っていく何かに注意を向けた。死んで肉片になったモノを一々気にしていては、何も出来ないのだ。

 

 

 

(何だ……?)

 

 

それはそう距離の離れていない京介達には気づいていないのか、はたまた最優先目標の為に無視しているのか分からないが、猛スピードでそのままレーダーから消えていく。背後から来ていたように見えたが、京介達の背後には土石流の痕があったはず。一体何処から来たのか一瞬考え込んだが、すぐに思考をゼロの下へ向かうことに切り替えた。

 

 

「急ごう、嫌な予感がする!」

 

 

≪分かった!≫

 

 

そうしてゼロの下に辿り着いたのは良かったが、既に現場は混乱していた。両腕を破損したコーネリア機と思われるグロースターを守るように、白いKMFがカレンの紅蓮と戦っていた。白兜、ゼロやカレンから聞いていた強敵の名前だ。紅蓮と壮絶な応酬を繰り出し合いながらも、コーネリア確保に向けて突入した無頼にスラッシュハーケンで取り付いて撃破していく。カレンの紅蓮もそうだが、白兜も空中で身を捻ったり飛び蹴りをかましたり、通常では有り得ない挙動を平然と実行している。無頼では勝てない、そう京介は思わざるを得なかった。だがやがて紅蓮が白兜に押され始めると、そのまま崖から転落していった。

 

 

「紅月!」

 

 

叫ぶや否や、京介は既に味方の無頼が援護に向かっているのを見たにも関わらず、自らも飛び込もうとしていた。だがその動きを止めるかのように、その場に居た全員の耳に日本語による通信が飛び込んで来た。

 

 

≪この通信を聞いている全ての誇り高き日本人に告げる! 片瀬少将は既にナリタを脱出なされた! 各員、早急にこの場を離れるのだ。一人でも多く生き延び、明日の日本の解放へと繋げるのだ!≫

 

 

「何だ、解放戦線の通信? けど、この声は……」

 

 

その場に居た全ての機体が動きを止める中、その軍人は言葉を続ける。京介は何処かその声に聞き覚えがあった。

 

 

≪ブリタニアの支配から日本を解放する事こそが我々の本懐である! 一人でも多くの将兵の脱出を支援するべく、これよりこのナリタ連山に連なる施設を爆破する! だが約束して欲しい、人の本懐とは生き延びてこそ達成される! その為に命を無碍にするようなことはするな! このような形で死に絶えるのは、この浦城源之介唯一人とせよ! 一人でも多く逃げ延び、再び力を合わせ、その願いを化けさせるのだ! さすれば、勝つ!≫

 

 

「父さん……!?」

 

 

間違いではなかった。聞き覚えのある声、浦城源之介という名、それは七年前に姉の浦城夏希と共に離れ離れとなった父親のものだ。全身が強張る、喉の奥がキュッと音を立てて歪な音を立てた。それは久々に父の声を聞いたこともあるが、その内容にも問題があったからだ。自分自身の手で基地施設を爆破して可能な限りの敵を道連れにし混乱を生じさせ、少しでも味方が脱出する時間を稼ごうというのだ。それは自らの死を意味している。

 

 

「ダメだ……! ダメだダメだダメだ! 父さん、それだけは絶対にダメだ!」

 

 

父の居場所も分からず動き出そうとした京介の機体を、咄嗟に軌道と甲斐の無頼に止めた。無頼のモニターに軌道の困惑した表情が映り、声を荒げる。

 

 

≪何やってんだよ京介! 今の放送聞いてなかったのかよ、逃げろってことだろ!?≫

 

「けどよ新、あれは父さんなんだよ! 父さんの声なんだ!」

 

≪父さん!? けど逃げなきゃマズイって! おっつ、龍馬ァ! 手ぇ離すな、無理矢理にでも引っ張るぞ!≫

 

≪分かってる!≫

 

 

京介が二人の機体を振り解こうとしたところで、ゼロからの通信が入る。

 

 

≪全軍脱出地点に移動せよ! 撤退だ、すぐにここを離れろ!≫

 

 

見れば、白兜の方も放送を聞いた所為かグロースターを抱えて戦場を去っていく。そこで京介は混乱する頭の中で相手が日本語を理解しているという可能性を浮かび上がらせたが、すぐに味方に引き摺られたことで再び抵抗に意識を持っていかれた。そしてそこへ、最期と言わんばかりの父の声が響き渡る。

 

 

≪娘よ! この日の本の国の何処かに生きている息子よ! お前達が平和に生きられる世が来ることを祈っている! 去らば!≫

 

 

そうして次の瞬間にはナリタ連山が大きく震えだし、山の麓の方から少しずつ地下で発生した爆発によって地面が捲れ上がっていった。そこまで行って漸く、京介も抵抗を辞めて撤退せざる得なくなってしまう。その操縦桿を握る手には皮膚が真っ白になる程に過剰な力が籠められ、ズボンの太腿にはいくつもの水滴が零れ落ちていた。捲れ上がった土と小石が無頼を打ち、揺り籠代わりのその振動は、少年の感情をより一層逆撫でしていった。

 

 

 

 

 

 

日本解放戦線の自爆行為によって、ナリタ連山は内側から爆破されていった。黒の騎士団は全員脱出することには成功したが、その途中でゼロの無頼が逸れてしまう事態が発生した。幸い連絡が取れたことで一部の団員が回収の為に現地に残り、他のメンバーは拠点へと即座に移動することとなる。ブリタニア軍が混乱している今、街中を突っ切って撤退するにはタイミングを計っている余裕など無かったからだ。現場の指揮官として扇が残ることとなり、京介やカレンは乗機ごとトレーラーに押し込まれ、子供に崩された砂場の山のように崩れ去ったナリタを離れているところだった。

 

 

無頼がスタンバイモードになった状態の薄暗いコクピットの中で、京介は頭を抱えて震えていた。声にならない嗚咽が漏れ、瞼をギュッと瞑って涙を零す。久しぶりに父の声を聞き、そしてその父が死んだ。近くに息子である自分が居たというのに、その存在に気づくことなく、成長した姿を見せることも出来ずに永遠の別れを迎えてしまった。それは今までのどんな出来事よりも京介の心を傷つけた。別人だと思い込もうとしても、その無様さと情けなさがより一層感情を負のスパイラルに陥らせていく。

 

 

≪……京介?≫

 

 

そこに、同じトレーラーに同乗しているカレンからの通信が入る。京介はそれに反応を示すことなく、通信機のスイッチを切ろうと手を伸ばした。今は誰とも、話したくなかった。だがカレンはその様子に気づくことは無く、無言を肯定の意として捉え、言葉を一方的に続けた。

 

 

≪もしかして……もしかして何だけど、あの日本解放戦線の浦城って人は貴方の……≫

 

 

「止めてくれ!」

 

 

京介は思わず声を荒げてしまう。だがカレンは、それでも彼に言葉を続けた。しかし独り善がりのその歩み寄りは、その傲慢さは、少年の地雷を情け容赦無く踏み抜いてしまう。

 

 

≪……ねえ京介、泣いているの? 泣いているのなら、話してよ。家族を亡くした経験は、私にだって------≫

 

 

「ほっといてくれぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

それをにべもなく拒絶し、京介は通信機のスイッチを切った。父と共に過ごした十年間、離れ離れに過ごした七年間、その全てを脳裏に流しながら京介は慟哭する。それから拠点のトレーラーに到着するまで、何者も京介に触れることは無かった。

 

 

このナリタ攻防戦の結果、ブリタニア軍は黒の騎士団の奇襲と日本解放戦線の最後の自爆によって投入した戦力の殆どを失うこととなった。日本解放戦線もその拠点を失い、残存勢力は日本各地に散らばることとなりその戦力を大きく低下させる。黒の騎士団でも多数の団員やKMFを失う事となったが、生き残り達は強い結束と自信を手に入れることとなった。全てを失ったもの、運良く生き延びられたもの、その境界線が曖昧なまま、この戦闘は終結したのだ。

 

 

そして黒の騎士団はこの戦果を持って、キョウトから大きな期待を得ることとなる。それはこれからの戦いがより一層過激なものになることを示していたが、それを実感出来ていたものは極少数でしか無い。

 

 

そして浦城京介はこの後、黒の騎士団の拠点から姿を消した。

 



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CASE-5 尊属殺の罰

 

ナリタ攻防戦の後、浦城京介は一人トウキョウ租界の中を彷徨っていた。黒の騎士団のジャケットは何処かへ脱ぎ捨てて、ただ只管にある場所を目指している。それは母親と継父の住処で、京介も少しばかり身を預けていた家だ。戦争が終わって母が再婚するまでの間、京介は暫くの間父の親戚の家に預けられていた。二年もの間だ。幸い親戚は先のブリタニアとの戦争でご子息を亡くしたばかりで、京介にはよくしてくれていた。最も父の親戚であることから、その妻であるブリタニア人の母には裏で嫌悪感を露にしていたが。その申し訳なさが、二年の間に京介に親に対する無条件の愛情を渇望させる原因になっていた。そして少年にとっては長過ぎる時が過ぎ、連絡も寄越さないということは、自分は恐らく捨てられてしまったのだろうと京介自身も心の何処かで思い始めていた頃、とっくの昔に再婚していた継父と共にノコノコと平気な顔をして会いに来たのが母だ。平然と生んだ権利を口にして、戦争が始まるまでは日本で暮らし、日本人になろうとしていたはずなのに、戦争が終われば戦勝国民として昔の交友関係も全て従属関係へとシフトし切り捨てていった女だ。

 

 

だが幼かった京介にしてみれば、居なくならなかった唯一の肉親に必要とされたことは嬉しかった。だから親戚の止める声も聞かず、母と継父がトウキョウ租界に建てた醜い肉欲の館に飛び込んでしまった。その親戚も、気が付いた時には軍に殺されてしまっていた。継父は異物である京介を最初から嫌っていたが、母に嫌われないために表面上は良くしようとしていた。引き取られて初めて迎えた十二歳のクリスマスには、ブリタニア語の歴史書を渡されたのを京介はよく覚えている。その本を子供の感情に任せて無駄に広いリビングの暖炉に投げ込んで、よく燃えていた光景は今でもはっきりと思い出せた。裏で鉄拳制裁を受け始めたのも、その事実を継父が知ってからだ。

 

 

京介が捨てられなかったのは、偏に継父の種に問題があった点だろう。夫婦の間に子供が出来ないのだから、その社会的ステータスを維持するために残されたのだ。母は貞淑では無かったが、一度に複数の男を誘い込んで姦淫するような淫売でも無かった。メイドを数人抱えながらも、自らも家事を熟し夫を支えていた。そしてその裏でアッシュフォード学園に入学するために、粗末な継父の欲望を受け入れた肉壺の家庭教師共に知恵を押し付けられたのが、ケイス・ユーラックとさせられた少年なのである。全寮制の学園になんとか入学できたものの、京介は自宅からの通学を強要された。どの道自宅通学という手段を取ったことが、後の抵抗活動に繋がったのだから、皮肉でしかないが。

 

 

兎にも角にもナリタでの激戦を父親の自爆を持って終結させてしまった京介の精神は、ズタボロだった。自分の半分を生み出した存在があっさりと消えてしまったのだ。それも、自分の生き方に多大な影響を及ぼし、尊敬する存在が。だから自分のもう半分を生み出した存在の顔を、肉体を育てた胎を、吸った乳房の感覚を思い出したかったのかもしれない。例えそれが、自分を愛していなかったとしても。

 

 

トウキョウ租界でも外れの方にある住宅地の中に、ユーラックの家はある。門構えばかりが豪華な、屋敷とも言えない二階建ての家屋だ。門と屋敷の玄関までの間に庭があり、そこには小規模なプールがある。金ばかり掛けていても格式が伴っていないのだから、家には警備も居ない。かつて設置すると言っていた監視カメラも、まだ置かれていないようだった。京介はその懐かしい外観を見上げながら、門から柵に沿って家の周囲を歩く。そうして夜の帳が下りた中、プールサイドのベンチに動く人影を見ると、京介は柵に手を掛けて中へ侵入した。侵入者防止とクラシックなデザインを兼用した槍のように尖った部分に掌を傷つけるも、それを気にするようなことは無かった。柵の内側に生い茂る草木の陰で音を立てないように動きつつ、京介はプール近くの倉庫の陰に隠れた。その視線の先に居る人影、二つあるその人のような何かが自分が思っている通りなのかを確認する為に。

 

 

「それにしても、お仕事は大丈夫なんです? 最近は黒の騎士団の活動も活発になっていると聞きますし、貴方の管理している港湾倉庫の近くでも活動があったみたいじゃないですか」

 

 

気だるげな甘ったるい声、母だ。その声を聞いたのは一年以上も前だと言うのに、京介にはすぐに分かってしまった。

 

 

「何、連中は正義の味方なのだろう? 私はあくどいことは何一つしていない、善良な一市民だよ」

 

 

酒焼けした野太い声、継父だ。二人はプールサイドのベンチに水着の上からガウンを着て寝転がりながら、酒を片手に言葉を交わしている。家屋の方にも電気は付いているが、庭を一望出来る窓には全てカーテンが掛かっていた。

 

 

「子供を売り飛ばした男が、善良とは世も末ですわね」

 

 

母の言葉に、京介は思わず心臓が飛び上がりそうになった。言葉だけを聞けば、継父のやったことに納得の言っていない様子に見える。だが京介は、それ以上会話を聞いてはいけないような感覚に陥った。浮つくような声色から判断した直観的なものだったが、結果としてその感は間違っていなかった。

 

 

「何を言うか、元々あの男の証拠を見つけたのはお前だろうに。私はその情報を然るべきところへ通報しただけだ。他人は子供を売っただの血も涙も無いと言うだろうが、所詮アレはイレヴンの血が混じった紛い物だ。偽善者面をして誰かに取り入った訳でもないだろう? このエリア11で事件を起こそうとした人間を通報し、捕まえさせる。善だよ、我々は良きことをやっている」

 

 

二人してショットグラスに注いだ酒を煽りながら交わしていく言葉に、京介は目の前が真っ暗になった。自分と抵抗組織との繋がりを示す証拠を見つけたのは継父だと思っていた。だがそれは違い、実際は母親も一緒になって、自分を売ったのだ。自分の腹を痛めて生んだ子供を、容赦無く。それは京介側から見た一方的な感情であって、母親側の立場を考えていないものだった。けれど、子供と言うのものは良くも悪くも意固地で視野が狭いものなのである。傷心していた今の京介にとっては、猶更。

 

 

「それに今日はコーネリア殿下がナリタに巣食う害虫共を一掃したそうではないか。貴様の前夫もこれで終いだろう? とっくの昔に死んでいなければの話だが」

 

「そうでしょうね……馬鹿な人ですよ。娘でなく息子を連れて行って貰えれば、まだ婿養子を取って後に繋がったものを」

 

「それを言うでない。私と貴様の間に子が無いのは私の責任だ、養子は取る。飛び切り優秀な子をな。ハハハハハハ!」

 

 

父に対する侮蔑の言葉を、姉の尊厳を無視する言葉が耳朶を打った時点で、京介はもう何も考えられなくなっていた。ズボンに差し込んでいた拳銃を引き抜いて、音を立てるのも構わずズカズカとプールサイドの二人へと近づいていく。その音に気づいた二人が振り返り、継父が立ち上がって、その顔が、暗がりの中に浮かび上がった京介の顔を見たその目が驚愕に歪むのをハッキリと見た瞬間、京介はその眉間に銃弾を叩き込んでいた。発砲音の後に鮮血が飛び散り、趣味の悪いブーメランパンツを履いた小太りの肉体がガウンをはためかせながらプールへと落下する。重い水音と共に母の甲高い悲鳴が響き渡り、飛び上がった水飛沫が京介の足元に跳ねていく。

 

 

「ケ、ケイス……? ど、どうしてここに? 貴方は死んだはずじゃあ------」

 

 

「俺をその名前で呼ぶな!!!」

 

 

困惑した様子の母を怒鳴りつけ、京介は母に銃口を向ける。その背中越しに見える家屋の中で、誰かがこの騒動に気づいた様子は無かった。京介は恐怖する母を前に一歩踏み出し、喰いしばっていた歯を無理矢理開いて言葉を紡いだ。

 

 

「母さん、父さんは今日死んだよ。ナリタで、俺達を逃がす為に!」

 

「な、何を逃がすの? そんな事、今更言われたって……。それにどうして貴方が知っているのよ! 大体貴方は裁判抜きの極刑だったって話じゃあ無かったの!? あの時私が受け取った骨は誰のものなの!? 折角大金を出して引き受けたって言うのに……」

 

「アンタの大好きなブリタニアってのは軍が腐ってるからよぉ、そっから更に売っ飛ばされて色々あったのさ。……今じゃあ黒の騎士団でKMFに乗ってるんだぜ、俺」

 

「黒の騎士団……そう、結局貴方はあの人の息子ってことね! 噛みつく事しか知らない野蛮人! どうして今更私達の前に現れたの!? あの人も殺してしまって、そんなに自分の好きに生きていきたいの!? だったら好きにして頂戴! 二度と私の前に------」

 

 

パンッという乾いた銃声と共に、京介は母の眉間に銃弾を叩き込んだ。何の躊躇いも無かった。鈍い音と共に母の頭がプールサイドに跳ね、眉間に空いた両穴から鮮血が散り、鉄の臭いが塩素の香りと混じって異臭となる。肉の塊となった母の姿を見下ろして、張り裂けそうになる心臓に苦しみながら京介は叫んだ。

 

 

「余りにも身勝手じゃないか!!! アンタらは自分の都合だけで俺達を好き放題に言って、上から見下して……馬鹿にして! だったら何で父さんと結婚したんだ、最初からブリタニアで好きに生きていれば良かったんだよアンタは! 掌返して寄生する事しか出来ない阿婆擦れだったのなら、異人の血なんて欲しがるな!」

 

 

眉間に穴を開けて目を見開いた母だったものに叫びながら、京介は傍にあったテーブルの上のウォッカの瓶を勢いのままに取り上げた。封の空いているそれを一気に仰ぎ飲んで、そのままベンチに倒れるように寝転がる。そして震える手でポケットからレッドアップルを取り出して、一本を勢いのままに吸い切った。そこからの行動は完全に狂気の沙汰だった。テーブルの上にあった酒瓶を全てプールサイドに撒き散らし、特に母の遺体には念入りに振り掛ける。そして少しだけ火の残った煙草を遠くから投げ捨てると、プールサイドを中心に一気に燃え上がった。京介はその燃え上がる炎の中で母の遺体が焼けていく臭いを鼻腔に嗅いでから、その場を逃げ去るのだった。

 

 

 

 

 

 

一方黒の騎士団の拠点では、姿を消して数日が経った京介について様々な噂が飛び交っていた。その殆どは新入り達の間で臆病風に吹かれて逃げたというのが主流だった。幹部達はゼロからこの件について団員に話すことを固く禁じられており、更にゼロを含めた幹部がキョウトからの呼び出しに応え一時不在の状況があったこともあって、それが一層新入り達の陰口に拍車を掛ける形となってしまっていた。しかし、その新人達の間でも真っ向から反論する者も居た。

 

 

永瀬文(ながせあや)竜胆春道(りんどうはるみち)はその主流で、この二人はナリタ攻防戦において京介の部下として激戦を切り抜けたKMF乗りだった。新入りのKMF乗りで生き残ったのは極僅かで、その発言力は同期の中でもやや上回っている。ベリーショートの黒髪の少女と、ボサボサの茶色い髪をした少年の二人は、悪い意味で京介達の空気に影響されたのか入団当初と比べて兎に角手が早くなってしまっていた。おまけに敬愛の対象となっていた京介の悪口を言われているものだから、工場の一角ではファイトクラブさながらの惨状が起こってしまっている。ナリタ攻防戦で失ったものは人それぞれだ。連れ立って入団し友を失った者、良い仲になったパートナーを失った者、身体の一部を失った者、それぞれがブリタニアに勝利したという高揚感と、大切なものを失った喪失感で感情をごちゃ混ぜにしている。だからそれを吐き捨てる身近な存在が必要だった。ブリタニアに呪詛を吐くのは、今までも行っていたことだったから。新しい別の何かが。

 

 

「はぁ……はぁ、次に浦城隊長の事悪く言ってるの見たらぶっ殺すからね! アンタ達覚悟しときな、仲間だって容赦しないんだから!」

 

 

自分より大柄な男の前歯に肘を打ち込んで叩き折ってから、永瀬はそう吐き捨てる。隣に並ぶ竜胆共々肩で大きく息をして、足元に転がって呻いている仲間達を見下ろしていた。その透き通るような白い肌の頬には、誰かの反撃を受けたのか大きな青あざが浮かんでいる。

 

 

「けっ、けど実際浦城さんが居なくなったのは事実だろう……!? 帰って来てすぐのことだし、それにナリタ山を地図から消しちまった日本解放戦線の将校が父親だった話じゃねえか! 怖くなって逃げ出しちまったって思われても仕方ねえよ!」

 

 

「まだ言うかァ!」

 

 

床に倒れている団員の言葉に永瀬が足を上げて踏みつけようとするも、それを背後から肩を掴んで止める者が居た。件の存在、浦城京介だった。ボロボロのジャケットを肩から掛け、感情の欠落したような表情を浮かべて永瀬の顔を見つめている。煙草と僅かながらのアルコールの臭いを漂わせ、その上から男を主張する汗の匂いが永瀬の女の部分を打つ。

 

 

「浦城隊長……っ、ご無事で!」

 

「隊長は止せよ。ゼロは居るか?」

 

「ここに居るぞ」

 

 

しゃがれた声で問い掛ける京介の背後から、エコーがかった声が響く。その場に居た全員の視線が向けば、そこにはゼロが立っていた。その周囲には、扇や軌道を始めとする幹部達も揃っている。

 

 

「よく戻ってきた、浦城。極秘任務の遂行、ご苦労だった」

 

 

ゼロの言葉に、新入り達が一斉に押し黙る。極秘任務、当事者であるゼロと京介以外には分かりようがない、真っ赤な嘘だ。だがそれをそうと感じさせる間もなく、ゼロは言葉を続ける。

 

 

「報告は私の部屋で受ける、先に行って待っていろ。……諸君、我々黒の騎士団は常にブリタニアに対し常に策を張り巡らしている。その内容によっては仲間にでさえ詳細を明かすことは出来ない。時にはその行動から謂れの無い中傷を受けることもあるだろう、今回の諸君らのように------」

 

 

ゼロが新入り達に向けている言葉を背後に受けながら、京介はトレーラーに向かう途中で軌道達と顔を合わせた。怒りや困惑と言った表情様々だったが、代表としてか、軌道がズイと一歩前に出る。

 

 

「大規模作戦の直後に、お前一人で極秘任務だって?」

 

「……ああ」

 

「無事に戻って来てくれて嬉しいけどよぉ……もうこれからはダンマリは無しだぜ、京介。俺達の間で、嘘は無しだ」

 

「分かってる、すまない」

 

「なら良い。……行きなよ」

 

 

トンッと肩を小突かれてから、京介は軌道達の間を通ってトレーラーへと乗り込んだ。途中カレンとも視線が合ったが、特に言葉を交わすようなことは無かった。トレーラーにあるゼロの部屋、そこで暫くの間呆けていてから、彼奴はやって来た。

 

 

「今回の件については団員の間にも不満はあるだろうが、説得はしておいた。だが今後無許可での離脱は許すことは出来ない、契約違反だからな」

 

 

部屋に入ってくるなりゼロはそう言葉を掛けて、自らの椅子に座る。そして足を組んで息を吐くと、そのまま京介に言葉を続ける。

 

 

「それで、この数日何をしていた?」

 

「母親を、殺してきた」

 

「何?」

 

 

聞き返すゼロの仮面を真正面から見据えて、京介は返す。その顔には、何の感情も浮かんではいなかった。ゼロの仮面に、虚無な男の表情が写っている。

 

 

「母親と継父を殺して、母の遺体を焼いてきたんだ。薄汚れて、穢れていたから……焼いて綺麗にしたんだ。連中は父さんを侮辱して、姉さんの尊厳を踏み躙ったんだよゼロ。あの世に送るには、汚れ過ぎている」

 

「……だから殺したのか?」

 

「肉親だからって殺しちゃいけないってことはあるか? ゼロがどうかは知らないが、殺してやりたい程憎い肉親が居るってのは、悪いことか?」

 

「いや、私にもその気持ちは分かる、痛いほどな。……今日はもう休め、シャワーも浴びろ」

 

「ああ……すまない」

 

 

そう言って部屋を出ようとした京介を、ゼロは再び呼び止める。そうして京介が振り返ると、ゼロはただ、御父上の事は残念だったと言葉を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

夜中、京介はコンテナの積まれた隅で一人煙草をふかしていた。ゼロの話で自分を奇異の目で見る団員は居なくなり、軌道達も思うところはあっただろうが特に言及はして来ず、皆彼を一人にしてくれていた。母と継父を殺した事がニュースになっていた事は、トレーラーのテレビモニターでも確認出来た。皆そのニュースに特に反応することは無かったが、軌道達や扇と言った一部の連中は何かを察している様子を見せていた。それに対して京介は有難いと思うと同時に、いっそのこと怒りに任せて制裁してもらった方が楽だったのにとも思っていた。

 

 

「ねえ」

 

 

と、ふいに声を掛けられて振り返るとそこにはカレンが居た。何処か暗い顔をして、京介の顔を覗き込んでいる。薄暗闇に浮かぶ青い瞳が、ジッとこちらを見つめてきていた。

 

 

「ちょっと良い?」

 

 

「……ああ」

 

 

吸い殻を足元の空き缶に入れて、京介は胡坐を組んで床に座り直す。カレンはその隣に両膝を立てて座ると、その上で腕を組んで口元を伏せた。暫くの間沈黙が流れていたが、やがてカレンの方が小さく口を開く。

 

 

「ナリタの時はごめんなさい、私……しつこかったでしょう?」

 

 

言われて、京介はナリタからの帰りに彼女の言葉を拒絶したことを思い出す。

 

 

「いや、俺に余裕が無かったんだよ。紅月……カレンは悪くない」

 

「それでも、お父さんを亡くしたばかりって言うのに……。私ね、紅蓮でナリタを崩したことで友達のお父さんを殺し掛けていたの」

 

「え?」

 

「山の麓で仕事をしていたらしくて、避難が間に合わずに土石流に巻き込まれたって聞いたの。奇跡的に怪我で済んだけれど、私……もしかしたら取り返しのつかないことをしていたかもしれない」

 

 

震える声でそう告げた後、カレンは京介に振り向いてその顔を覗き込んだ。青い瞳が揺らいでいて、それはまるで波紋の広がる水面のようだった。

 

 

「けど、これが私の選んだ道だって言い聞かせて、正しいんだって信じて、このまま進むしかないんだって! だからっ、だから……」

 

 

青い目からポロポロと涙を零すカレンの顔を見て、京介は右手をその顔に沿わせて人差し指で涙を拭った。何とも言えない感覚が背筋を駆け上がり、京介は自分の欲望が隆起するのをズボン越しに感じる。自分の煙草の臭いと何度も嗅いだカレンの甘い女の匂いが鼻腔の中で混じり合って、目の前の少女を滅茶苦茶にしたいという肉欲を下半身に抱えながら、京介はまたカレンの唇を奪った。今度はすぐには離さず、両手でその柔らかい顔を包みながらグッと引き寄せる。両肩に置かれたカレンの手に一瞬力が込められて引き離そうとしたものの、結局彼女はその腕を京介の首に回して受け入れた。

 

 

一度唇を離して目を合わし、また何も言わずに身体を重ねて倒れ込んだ。固い床に身体をぶつけながら、互いを滅茶苦茶に求め合った。冷たい床で熱を持った身体を冷やしながら、京介もカレンも自分の受けた心の傷を曝け出し、舐め合って、失ったものを他人の膿で補完し合う。姉の事、兄の事、両親の事、仲間の事、思いの丈を舌先の動きで曝け出し、何も言わず、ただ受け止めて、相手の唾液を飲み込んだ。長く醜く、抑えの効かない感情に身を任せた道化芝居のような青年同士のペッティングが終わった後、カレンは息の上がった身体のまま倒れ込むように眠りに落ち、京介はその身体に自分のジャケットを掛けて少し離れたところでレッドアップルを吸っていた。

 

 

工場内を駆け抜ける夜風が汗で身体に張り付いたTシャツを冷やし、喉は煙草の煙で煤けたように熱を放っている。心臓はまだ高鳴っているが、頭の中はこれまで以上に冷静だった。母殺しの事を、京介はカレンに口にしなかった。言うのが怖かったのか、その必要も無いと思っていたのか、今となっては自分自身でさえ分からない。ただあの柔らかい肢体に触れられるのが嬉しくて、互いの気持ちの良かった頃の記憶と実際の行為を置換して、未熟にもそれで満足した。セックスをしようとまで気がはやらなかったのだ、最中には散々自己の硬さと熱量をアピールしていたソレも、今では落ち着いている。

 

 

(父さん、俺……馬鹿な息子かもしれない。現状は自業自得で、明日には死ぬかもしれないのに、こんな事をやってしまっている)

 

 

ナリタで聞いた父の最期の言葉がフラッシュバックする。父と共に抵抗運動に身を投げた姉・浦城夏希、父の口ぶりを考えれば、あの時点で唯一の肉親はまだ死んでいないように思えた。

 

 

(せめて姉さんだけには生きている内に会いたいよ……。母さんも殺しちまったんだ、知られていても誰にも言えない。言える訳無い……)

 

 

ジーンズ越しの内腿に落ちた灰の塊をジッと見つめながら、京介は何度目かも分からぬ紫煙を吐く。最後の見た姉の姿は、ボロボロでアイロンも糊付けも出来ていない陸軍の制服に身を包みながら、短く茶色い髪を下ろしたものだった。当時18歳という若輩ながら前線に立っては負傷して帰還し、その度に家に何てことの無い内容の手紙を寄越していたのを覚えている。日本の敗北が決定した日、父と共に最後の別れをして、その華奢な手で頭を撫でて貰ったのが最後だ。軍に入る前から豪快で、京介が喧嘩をしていれば相手が小学生であろうと喧嘩相手ごと全員をぶちのめして説教を垂れ、戦争が始まった直後にはブリタニア贔屓だった教師を叩きのめし、それで停学になればそのまま退学届けを校長の禿げ頭にメンコのように叩きつけて軍に入隊するような人だった。今にして思えば、周囲の人間からしてみれば碌な姉弟では無かったと思う。ただそんな碌でもない姉でも、碌でもない弟は懐かしさを感じてその存在を欲していた。あの時のように、何時かの時のように。

 

 

「誰か……俺を叱ってくれ……」

 

 

内腿の上に落ちていた灰の塊が、上から落ちてきた水滴のぶつかった衝撃で崩れ、生地に僅かに溶け込んでいく。それが汗なのか涙なのか、それを確かめることが出来る人物は、その場には居なかった。京介が眠り扱けるカレンの身体をトレーラーに運んだのは、それから一時間程経過してからだった。

 



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CASE-6 意気衝天の死に損ない

 

翌日の夕方、黒の騎士団はトウキョウ租界の港湾施設の一角に集合していた。外観からは分からぬように中身が空っぽにされた倉庫の中に、ゼロを始めとする幹部、戦闘要員、KMF乗りの全員が集まり、そのゼロの背後にそれぞれの無頼や紅蓮が並んで立っている。京介はその中でも自分の青い無頼の足元に座り込み、口許に火の点いていない煙草を咥えてプラプラさせていた。その周囲にはいつもの軌道達と、永瀬と竜胆の姿もある。完全にこの二人は、自分達と行動することを選んだようだった。京介達も、特にそれを咎めるようなことはしなかった。

 

 

「しかしこんな場所で集合って、ゼロは何をするつもりなんだ?」

 

 

同じように火の無い煙草を咥えながら、軌道は首を傾げる。ナリタの後キョウトからの支援で新規の無頼を始めとする補給物資を手に入れたのは良いものの、ゼロからは特に今後の活動について何の話も無かったのだ。それが唐突に集合ポイントと必要な装備のリストだけが扇に送られて来て、大慌てでKMFの運搬用トレーラーへの分解搭載や移動ルートの確認が行われたのがつい先程の事。

 

 

「さぁ……何でしょう。東先輩、何か分かります?」

 

 

首を傾げながら東に声を掛けたのが、竜胆春道だ。大柄な筋肉質、セットもされてない茶色の髪をボサボサに伸ばした少年。小柄な東翔と並べば、どちらか先輩か間違えてしまいそうな構図だった。

 

 

「俺が分かる訳ないだろ? まあ……ナリタの時の事を考えれば、ここでブリタニアと戦争するって気もするけど……むむむ……」

 

 

「何がむむむ、よ。ゼロの事だから、いつもの情報網で極秘の取引か何かを察知したから潰そうって腹じゃないの?」

 

 

腕を組んで唸り出した東をみゆきが小突き、あっけらかんと言い放つ。それに呼応するように、甲斐がポケットに両手を突っ込んだまま口を挟んだ。その長髪に隠された視線の先には、扇と何事か話し込んでいるゼロの姿がある。

 

 

「大体そんなところだろう。使えるKMFまで全機持ち出しているとなれば、予想はつく」

 

 

「だろうなぁ。……けど、ここでやられちまえば逃げ切れねえな」

 

 

甲斐の言葉に京介が言葉を返した時、その隣に立っていた永瀬が口を開いた。昨日同期相手にその手足を振り回していた時とは違う落ち着いた声で。その頬には、まだ青あざが浮かんでいる。

 

 

「……やっぱり隊長達は凄いですね。戦うかもしれないのに、凄く落ち着いてます」

 

「そりゃあこの浦城京介率いる俺達愚連隊は場数が違うからな! 電光石火で突っ込んで暴れるなんてのはしょっちゅうだったからよぉ、頭で思っていても、あんまり表には出てこねーのさ」

 

「誰が付けたんだよ、そのダセェ名前は」

 

「京介がナリタの時に言ったんだろうがよ、俺達は愚連隊だって」

 

「そうだったか? 新のセンスが移ったか……」

 

 

軌道と京介が雑な言葉を交わしていると、ゼロが京介を呼ぶ声が響いた。京介はすぐに立ち上がると、咥えていたレッドアップルに火を付けながら合流する。ゼロと扇の間で既に大まかな話はしていたようだが、扇の表情はやや不満げに見えた。

 

 

「これから今日の作戦について全員に伝えるが、お前の仲間達の様子はどうだ」

 

「様子? 様子ったって、気が付いたら新入りが二人増えてるくらいだ。問題無い」

 

「なら良い。お前は私の近くに居ろ」

 

「了解」

 

 

一服入れてから、京介はゼロからやや距離を取った。軌道達の方に軽く手を振ってから話が始まることを伝えると、ゼロは自分の無頼の前に積み上げられた瓦礫の山の上に取った。いつもの仮面とマントも合わさって、その姿はまるで独裁者でも気取っているかのようだ。

 

 

「諸君、我々はこの港から日本解放戦線の片瀬少将が中華連邦へ向けて脱出するという情報を手に入れた。既にその情報はブリタニア軍も耳にしており、マスコミでは報道特番の準備もされているという情報管理のお粗末さだ。コーネリアは自ら海兵騎士団を率い片瀬少将の捕獲を目論んでいる。我々はここでコーネリアの軍を叩き、その上で日本解放戦線の残存戦力を保護する!」

 

 

ゼロの言葉に、ワッと団員達が盛り上がる。ナリタでの戦いから数日、各地に散らばっていた日本解放戦線のメンバーが次々と捕まっているニュースが連日のように流されていた中で、その大本である片瀬少将を救出しようというのだ。もし片瀬少将を救出し協力関係を結ぶことが出来れば、まだ捕まっていない藤堂中佐や四聖剣も合流し、黒の騎士団は更なる力と支援を手にすることが出来るだろう。

 

 

「既にキョウトより救出要請は受けている。現在の片瀬少将は藤堂中佐及び四聖剣と合流できずじまい、戦力らしい戦力も無い。逃亡資金代わりの流体サクラダイトをタンカーに満載しているだけだ。ポートマンに船体に取り付かれれば、最期の抵抗として自爆も禁じ得ないだろう。だが我々がそうはさせない、我々はナリタでの忘れ物を今日! この夜に取り戻すのだ!」

 

 

後の団員の盛り上がりについては、もう言葉にする必要も無いだろう。途中今回の情報提供者としてディートハルトというブリタニア人のマスコミの紹介がされ、今回の作戦が終わるまでは扇を監視者として作戦に参加させるという。ゼロから作戦準備の指示を受けて団員達が行動を開始する中、京介はゼロがディートハルトと何か言葉を交わしているのを見た。ブリタニア人ということに引っ掛かるところがあるが、ブリタニア人の中にも主義者と呼ばれる反体制派の連中が居るという話も聞いたことがある。彼もその一人なのだろうと考えていると、ふいに京介のジャケットの裾が引っ張られた。振り返れば、カレンの姿がある。普段と同じ、腹部と背中の一部が開いた過激な服装の上から黒いジャケットを羽織っている。

 

 

「どうしたよ」

 

 

そこで言葉を発して初めて、京介はしまったと思う。何の気無しに返事をしてしまったが、昨晩の事もあって気恥ずかしさから今朝から彼女を避けるように行動していたのだ。僅かにしかめっ面をしていたカレンだったが、すぐに破顔したかと思えば京介の胸倉を引っ掴む。

 

 

「昨日散々エッチなことしてくれておいて、今日はほったからしってのは酷いんじゃない?」

 

「馬鹿野郎、恥ずかしくってまともに顔なんか見れる訳ねえだろうがよ」

 

「それは普通こっちが言う台詞なんじゃないの!? まあ良いけど……」

 

 

呆れたように声を上げると、カレンは手を離した。周囲の何人かが二人の様子を不思議そうに見ながら近くを通り過ぎていく。そうして、ズイとカレンは後ろ手に京介に顔を近づけた。

 

 

「ね、作戦前にさ、気を付けてとか頑張ろうなとか、言ってくれないの?」

 

「言って欲しいのか? 俺の女になってくれたって?」

 

「アンタが私の男になったんでしょ。……ダメ?」

 

 

そう言って首を傾げて見せるカレンに、京介はため息をついた後、何かを耳打ちするフリをして、そのまま彼女の頬に口づけした。思わず飛び退いた彼女の姿に笑って見せると、京介は帰ったら続きをしてやると言いながら、自分の無頼へと向かった。何時ものように、レッドアップルを吸いながら。

 

 

「たまには煙草臭くない事してくれたって良いじゃない」

 

 

そんなカレンの独り言は、聞こえていなかった。少なくとも彼女は、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

作戦開始を控えた夜、京介の部隊はブリタニア軍が展開している倉庫群を側面から攻撃できる位置に隠れていた。海側にはゼロやカレンを中心とした主力がKMFを格納できる突撃艇を改造した船舶で待機しており、合図を受け次第突入し挟撃するのが作戦だ。後は港湾全体にKMF隊を援護する戦闘員を配置し、大型クレーン上部には全体を監視する扇とディートハルトが配置されている。既に桟橋には水中用KMFであるポートマンを満載したトレーラーが偽装を施された上で待機しており、岸壁近くの物陰にもサザーランドが複数待機している。監視員の報告ではコーネリアを始めとする司令部は桟橋近くの倉庫内で待機しているようだった。片瀬少将の乗ったタンカーは港の奥に停泊しており、仮に出航しようとした場合は真横からブリタニア軍の攻撃を受ける位置になっている。だが、船に流体サクラダイトが積まれている以上、下手な攻撃は行えないだろう。だから海中からポートマンで取り付いて、無力化する必要がある。

 

 

≪何でゼロはまだ動かないんでしょう? 奇襲を掛けるなら今が絶好のチャンスだと思うのに……≫

 

 

ふと、待機状態の無頼の間に永瀬の通信が入る。それに応えたのは竜胆だ。

 

 

≪何か考えがあるんだろう? 相手はまたコーネリアだし、下手に動けないってことだよ≫

 

≪けど待っている内に機を逃したらどうするのよ! タンカーを拿捕されれば日本解放戦線は終わり、私達だって危険になるの!≫

 

≪俺に文句言ってどうするんだよ!? ギャーギャー言ったってどうしようもないだろ!≫

 

 

作戦開始前だと言うのに耳を劈く大声で言い争いを始めた二人に辟易しながら、京介はモニターに表示させていた時刻を確認する。既に待機を始めてから数時間は経とうとしている。ゼロにしろブリタニアにしろ、何を待っているのか分からなかった。と、京介は何処からか重い何かが水面に落ちるような音が聞こえた気がした。直後、今度は聞き間違えでない派手な爆発音と水飛沫の音が響く。漸くブリタニアの攻撃が始まったのだ。

 

 

「全機起動! 戦闘準備!」

 

 

まだ言葉遊びを続けていた二人を遮るように声を上げて、京介は無頼を起動させる。連なる六機も同様に自機を立ち上げ、甲斐と東の機体が倉庫の入り口へ陣取る。何時でもドアを破壊して飛び出せるようにするためだ。

 

 

「ゼロ! こっちは何時でも行けるが、どうする!」

 

≪待機だ、敵の動きが思っていたよりも早い。今飛び出せばお前達が囲まれる、合図を待て≫

 

「っ、了解!」

 

 

納得のいかなさを感じながらも、京介は無頼の手信号で隊形を組んだままで待機を命じる。既に機体の収音マイクが数多の銃声を拾ってきていた。外の様子を伺えないのがもどかしいが、待機を命じられた以上それに従うしかない。数分、或いはそれ以上も待っているかのような感覚を味わっていると、突如激しい爆発音と振動が地面を揺らした。同時の倉庫の上部にある窓から、激しい閃光が瞬く。

 

 

「何だ、地震じゃないぞ!?」

 

 

一拍遅れて収音マイクが激しく地面に水が叩きつけられるような音を拾ったかと思えば、再び衝撃が機体を襲い、倉庫の窓や硬く閉じられた扉から大量の水が流れ込んだ。喧騒にコクピットの中が散々蹂躙された後、通信機越しにゼロの指令が耳朶を打つ。

 

 

≪全機突入しろ! 日本解放戦線は虜囚より自決を選んだ! 我が隊はコーネリアのいる本隊に突入する、浦城の隊は展開している部隊を抑えろ! 結果は全てにおいて優先する! 日本解放戦線の血に報いたくば、コーネリアを捕らえ、我らの覚悟と力を示すのだ!≫

 

 

「やっとか……愚連隊、行くぞ! ドア開けろ! 手当たり次第ぶっ殺せ!」

 

 

ゼロの指示が終わると同時に京介は声を張り上げ、開かれた扉から真っ先に飛び出した。ランドスピナーで水飛沫を上げながら無頼が勢い良く飛び出し、京介は初めて外で何があったのかをその目で確認する。海に浮かんでいたはずのタンカーが跡形も無くなっており、周囲には多量の水が残っている。その中には、流されて転倒したのであろうサザーランドが数機コクピットを開いて放置されていた。

 

 

(自決……やっぱり流体サクラダイトを自分達で爆破させたってことか! 命を無駄にし過ぎている! だから父さんも!)

 

 

事前に報告を受けていたコーネリアの本陣がある方向からの銃声を耳に入れながら、京介は部隊と共にこちらに背を向けていたブリタニア軍を背後から強襲した。爆発によって起きた水流に巻き込まれたブリタニア軍の殆どが戦える状態には無く、ほぼ一方的な虐殺と化した戦場の中で、京介の無頼は遠距離から桟橋で救助されたのであろうポートマンや無防備なサザーランドに銃撃を叩き込んで撃破する。足元に散らばる脱出したであろうパイロット達も引き潰して殺しながら、京介の隊は次々と敵を撃破していった。時折発生する反撃の銃撃を無頼を右に左に動かして回避しながら往なし、ナックルガードの右手を胴体に叩き込む。そして頭部を引っ掴んで地面に叩きつければ、自動脱出装置が発動して飛び出したコクピットブロックが海上へ向けて飛んで行った。

 

 

「溺れ死んでも恨むなよ……! ゼロ! 状況は!?」

 

≪京介! ゼロが白兜に撃墜された! 作戦は失敗だ、撤退する!≫

 

「また白兜か! カレンは何をやってる!?」

 

 

ゼロに通信を飛ばせば扇から返答があり、その内容に京介は舌打ちする。考えてみれば、コーネリアの近くに圧倒的戦闘力を誇るあの白兜が居ない訳が無い。ゼロもそれを考えていなかった訳も無いだろうが、兎にも角にもまた黒の騎士団は白兜に邪魔をされた形になる。と、考えていたところで京介は突如背後から激しい衝撃に襲われた。見れば、半壊したサザーランドに組み付かれている。殺し切れていなかった。拿捕するつもりなのだろうか。

 

 

≪京介!≫

 

 

「構うな! 先に逃げろ、こいつは自分で何とかする!」

 

 

心配する軌道にそう答え、京介はサザーランドを引き剝がそうとランドスピナーを全力で回転させる。やや引き摺る形になりながらもサザーランドもそれに追従し、二機は倉庫の外壁に激突する。モニターが機体の異常を一斉に報告し始め、脱出装置が故障したことを知らせてきた。尚も組み付いているサザーランドに肘鉄を喰わらせつつ、京介はスラッシュハーケンを建物の屋根に突き刺して飛び上がろうとした。だが射出部分が故障したのか、スパークを散らしただけで、その先端が飛び出ることは無かった。しかし肘鉄でサザーランドの拘束は解かれ、京介は左足のランドスピナーだけを回転させて機体を翻し、そのままの勢いで敵の脇腹に拳を叩き込む。敵のフレームがナックルガードや拳ごと拉げていくのを衝撃で感じながら、京介は目の前のサザーランドが沈黙したのを感じた。だが直後、サイドモニターに銃を構える新手の姿を捉えた瞬間、京介の無頼に一方的な銃撃が加えられた。

 

 

「クッソ……!」

 

 

真横からコクピットブロックを貫通した弾丸と破片が肉体を傷つけ、京介は全身から血が一斉に噴き出すのを感じる。一気に強烈な寒気が全身を襲い、脳裏にカレンの姿が浮かんで消えた。レバーを踏む足にも力が入らず、視界が黒ずんでいく。操縦桿を無理矢理引いたものの無頼の腕は動かず、銃撃を受けてそのまま接続部から吹き飛んでいく。後部ハッチが破壊され、一気に外気が流れ込んでくる。その冷たさと潮の匂いと鉄臭さが混じり合い、僅かに京介の意識の覚醒を維持した。モニターはノイズ混じりだがまだ生きており、まだ三機の敵がこちらを狙っていることを示している。だが直後、先頭に立っていたサザーランドが画面外からの銃撃を受けて爆発した。そこへ割り込んでくるように一機の無頼が現れ、流れるように残りのサザーランドを撃破する。

 

 

≪隊……! ……事……すか!?≫

 

 

故障した通信機から飛び飛びの音声が飛び込み、京介は朧気になりつつある意識の中でそれが永瀬のものであると理解出来た。次の瞬間にはシートが無理矢理外部に引き出され、別の無頼の手にその身体が抱えられる。直後その無頼が手に持っていたマシンガンを何処かへと乱射し、即座に反転してその場を離れていく。揺れと急激に身体に叩きつけられる風に身体が更に冷え込んでいくのを感じつつ、京介は目を閉じた。口の中の血の味が、鬱陶しく思ったのが最後だった。

 

 

 

 

 

 

結果的に、永瀬と竜胆が指示を無視して京介の救出に来たのは正解だった。港から脱出するトレーラーの中で、以前よりも充実していた医療班から適切な処置と輸血を受けることが出来、一命を取り留めたのだ。そして何よりも、京介自身が持つ異常な回復力がその蘇生を手助けしていた。拠点に戻った後、翌日にはもう目を覚ましていた。左腕には点滴のチューブが刺さり、手足どころか全身にはギッチリと包帯が巻かれ、顔にもガーゼ等が貼られていたが、起き上がった京介が感じたのはリフレイン工場の時よりもマシだと言うことだった。自分がしっかりと生きていて、地に足をつけて立つことができることを確かめると、京介は点滴の針を自分で抜いてしまい、やや足を引き摺りながらも見慣れたトレーラーを出た。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

トレーラーを出るなり京介を出迎えたのは、玉城の悲鳴だった。やや赤ら顔をしてアルコール臭かったが、逆にその臭いがやや鈍っていた京介の覚醒を促してくれる。玉城は目を真ん丸にして包帯だらけの京介を爪先から頭頂部まで見回し、恐る恐ると言った様子で声を掛けた。

 

 

「お前もう起きたのか!? 大丈夫なのかよ、身体は!? 痛くないのか!?」

 

 

その大音量の声に他の団員の注意を引きながら、京介は掠れた喉から声を絞り出す。喉が少しばかり、乾いていた。

 

 

「アンタの声の方がよっぽど響いて身体が痛えよ……」

 

「あんま無理すんなよ……?」

 

「酒飲んでねえ時に言われてれば、アンタ……最高に格好良かったぜ」

 

 

引きつけのような笑いを見せてから、京介は玉城の傍を離れて拠点の中を見回した。今は工場近くの破棄された地下駐車場にトレーラーを移動させたようだった。天井と地面のライトが修理されて光を放っている中、空っぽの駐車スペースが見えている。団員はまばらで人も少なかったが、何人かは京介に気づいて気遣う言葉を投げ掛けてくれた。扇達の居場所を問うと答えてくれたので、言われた通りKMFの待機場所へ足を向けると、扇や杉山、井上といった御馴染の面子が揃っていた。その中には勿論、カレンの姿もある。

 

 

「あっ? 浦城!?」

 

 

談笑していた中で真っ先に気づいた杉山がそう声を上げると、全員の視線が一斉に京介に向けられる。真っ先に飛び出したのはカレンで、その勢いのまま両手を広げて抱き着こうとしたが、直前で止まってしまった。包帯だらけの姿で接触すれば痛がってしまうとでも思ったのだろうと、京介はそっと耳元で「後で」と呟くと、その場に立ったまま掠れ声を上げる。

 

 

「扇さん、うちの連中……どうしてます?」

 

「あ、ああ……全員無事だ。覚えてないかもしれないが、永瀬と竜胆が勝手に飛び出して行って、君を助けて帰ってきたんだ。今はゼロの指示でキョウトからの支援物資の受け取りに行っている。それよりも、まだ動き回っちゃダメだろう!」

 

「そうよ、傷口が開いたらどうするの!?」

 

「俺の事よりあの時どうなったかが心配なもんで……」

 

「それは自分の身体を治してから心配しなさい! 点滴まで自分で抜いちゃって、ほんとこの子はもう……。カレン、ベッドまで連れて行って見張って上げて。後でご飯持っていくから」

 

「あっ、う、うん!」

 

 

扇と井上から続け様に怒られた上で、京介はカレンに半ば抱えられるような形でトレーラーまで運ばれてしまった。思っていたより力が強いのだと呆けた頭で考えながら、気づいた時にはベッドの中に押し込まれていることに気づく。そして状況を確認する前にカレンから口許に水の入ったコップを当てられ、上体を起こしたままその中身を飲み込んでいく。飲み干した後、若干の静寂があったが、京介はベッドサイドに座り壁を向いているカレンの左手を、自分の左手で握る。幸いにもその手だけは、包帯が巻かれていなかった。

 

 

「心配したか?」

 

 

水を飲んでやや潤った喉から声が飛び出す。自分でも驚く程に、上ずっているように聞こえた。

 

 

「当たり前でしょう!? 無事だったから良かったけど、普通なら死んでたのよ! 無茶しないでよ、お願いだから……」

 

 

こちらに顔を見せること無く、カレンは慟哭する。握った左手は痛い程握り返されていたが、その痛みが逆に心地良かった。握った手を挙げながら、京介はベッドサイドに座り直す。寝ていろと言わんばかりの視線が飛んで来たが、それを無視して握ったままの手を胸元へと持って行った。

 

 

「焦ってたんだろうなぁ……」

 

「え?」

 

「ナリタの時に思ったんだ。無頼のままじゃ、俺は白兜に勝てない。だからあの時、あの程度のピンチくらい自分一人で何とか出来るようにならなきゃって、頭のどっかで思ってた。ナリタで初めてアイツを見た時から、俺は戦う前からアイツに負けてたんだよ」

 

 

手の中で相手の柔らかさを感じながら、京介はそう述懐する。適当な言い訳ではなく、本心からの言葉だった。グラスゴーからサザーランド、グロースターへとブリタニアのKMFが進化していっている中で、あくまでグラスゴーのコピーである無頼で戦い続けるには限界がある。今後もしかすればサザーランドのコピーも開発されるのかもしれないが、そんな後追いのコピーを繰り返していくだけでは必ずジリ貧になってしまう。少なくとも、カレンの紅蓮弐式のような技術革新を持った機体でもなければ、白兜のような存在には追い付くことは出来ない。

 

 

「それなら、紅蓮には貴方が------」

 

「お情けの言葉ならそんなものは要らない。それに、紅蓮はカレンが任された機体だ。忘れたか? 俺はあくまで傭兵なんだぜ?」

 

「けど、それじゃあどうするの? いくら黒の騎士団が大きくなったって言っても、KMFなんてそうそう新しい機体が作られるなんてこと……」

 

「そうさなぁ……キョウトと繋がっているインド軍区が良い機体を作ってくれるのを待つか?」

 

「ふざけたこと言わないでよ……。それまでに死んじゃったらどうするの? 私嫌だよ、そんなの」

 

 

重い沈黙が漂う中、京介はあっと何かを思い出したかのような声を上げる。それに反応したカレンが顔を上げると、その呼吸が、柔らかい感触に覆われた。数秒の間沈黙の種類が変わり、それが終わると、京介は気恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

 

 

「帰ったら続きしてやるって言ったの、忘れてた」

 

「馬鹿! そうやって誤魔化せると思わないでよ!」

 

「けど、煙草臭くなかったろ?」

 

 

言われて、カレンは完全に毒気が抜かれた顔をして大きなため息をついた。繋がっていた左手を振り解くようにして、目の前の男の身体を無理矢理ベッドに押し付けるように寝転がせる。

 

 

「兎に角傷が治るまでは大人しくしておくこと。それからの事は、みんなで考えましょう。……で、ちゃんと治るまで禁煙、分かった?」

 

「分かったよ。……ありがとうな」

 

「ん、どういたしまして」

 

 

結局その翌日、キョウトから戻ってきた軌道達が復活した京介に喜び勇んでレッドアップルを吸わせようとして、カレンの本気の拳骨を受けたのは言うまでも無い。しかしキョウトからの補給物資として配備されたKMFの中には日本解放戦線で運用されていた無頼改があり、乗機を失っていたこともあって、それが京介の機体となったのは至極当然の事だった。勿論、怪我から殆ど回復した京介が新しい乗機を始めて見た時点で、その全身が青と黒に塗り分けられていたのは、言うまでもなかった。

 



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CASE-7 鎧付き

 

浦城京介にとって、新しいKMFに乗り替わるということは非常に面倒な事であった。左利きということが災いし、より機体を自分の手足の感覚に近づけるには、デフォルトで設定されているモーションパターンや火器管制システム(FCS)の設定を全て反転させた上で調整せねばならないからだ。勿論本来の仕様のまま操縦することも可能だが、そんな妥協をして死んでしまうのは馬鹿のやる事だと思っていた。更に今回京介を躍起にさせたのが、廻転刃刀と呼ばれる新しい装備の存在だった。これは巨大な日本刀のような形をしているが刃の部分がチェーンソーとなっており、加速をつければKMFを一気に両断出来る優れものだ。しかし、逆にこれが厄介だった。

 

 

グラスゴーではスタントンファ、無頼ではナックルガードとほぼ腕を振るう形で使用出来たこれまでの武装とは違い、廻転刃刀は手に持って使用するタイプの装備だ。左右問わず使用出来たこれまでの装備とは違い、明確に手に持って腕を振るう様に扱う動作が必要とされる。京介は刀の扱い方は幼少期に父から教わったことはあったが、そんなものはもう殆ど錆びついてしまっていた。だから無頼改で追加された廻転刃刀を扱うモーションパターンをまず反転し、それをシミュレーターで微調整してから、その挙動を身体に覚えさせるしかないのである。ここで更に面倒だったのが、前回の港での戦いで乗機だった無頼を完全に破壊されたことだ。

 

 

闘技場時代から使っていたグラスゴーに改修を重ねて使っていたものだったから、その機体CPUには今まで蓄積してきた全てのデータが揃っていた。それを流用出来れば無頼改の基本動作の調整は必要なかったのだが、生憎全て失われてしまったことで、また一から作業を行わなければならなくなったのだ。生半可な調整を行えば、自分の死に直結する。だから傷が治って自由に動けるようになってからの京介は、ほぼ連日連夜徹夜でモーションパターンの調整を行っていた。

 

 

拠点の工場の中の一角に、片膝をついた待機状態の無頼改と、そのコクピットから伸びた大量のケーブルが繋がる端末が簡易テーブルに置かれている。京介はその卓上に冷えたコーヒーの入ったステンレスマグと吸い殻がこんもりと溜まった灰皿を並べて置いていた。シミュレーターモードのコクピットでコマンドを実行した動作を端末上の3Dモデルで確認し、その問題点を紙に書き殴って改善策を導き出す。そして一通り終わればまたコクピットに戻ってモーションパターンを設定し直し、また動かしては確認して、という気が遠くなる作業をずっと続けていた。

 

 

京介のその鬼気迫る雰囲気に、団員達は誰も口出し出来ないでいた。軌道達であれば止められたのかもしれないが、彼らはキョウトからの依頼で他レジスタンス組織の為に軍が新規受領する予定のサザーランドの強奪作戦に従事していた。永瀬や竜胆は残っていたが、隊の末端に位置する彼らに止められる訳が無いのは明白だった。扇の言う事も聞かず、気を利かせて持って来てくれた飯に対する礼を口にするのみで、煙草と汗の臭いに塗れた少年はたった一人で情熱を燃やしている。二足の草鞋を履いていたカレンが、今は学園での生活を優先して拠点に顔を出していないというのも、何処か関係しているのであろう。自分の独善的な使命感と女への性的欲求というものを、ニコチンで抑えつけているだけだ。こんな作業でもしていなければ、無為に性欲を持て余していた。

 

 

「京介! ちょっと良いか!」

 

 

と、空になったレッドアップルのソフトケースを握り潰していたところで、背後から扇に声を掛けられた。少し前に声を掛けられた時には忙しいと拒否してしまっていたから、仕方なく椅子に座ったまま振り返ると、扇以外にも四人の男女がそこに居た。全員が日本解放戦線の軍服を着ており、異様な眼光でこちらを見据えている。

 

 

「……何です? その方達は?」

 

「日本解放戦線、四聖剣の方達だ。キョウトからの紹介で、俺達に支援を求めて来られた」

 

「四聖剣!?」

 

 

扇の言葉に、京介は目を見開いて口に咥えていた煙草をポロリと地面に落とした。その火を靴の裏で踏み消しながら立ち上がり、姿勢を正す。四聖剣、それは日本解放戦線に属していた藤堂鏡志朗中佐の懐刀であり、ブリタニア軍からも一目置かれていた凄腕の戦士達だ。老齢の男性、細見で背の高い男性、眼鏡を掛け、顔に一筋の傷が走る男性、そして目つきの鋭い、隣に並ぶ男連中にも負けない覇気を醸し出している女性、この四人がそうだった。京介は一瞬自分の臭いやボサボサの髪を気にしたが、過酷な戦いを経験してきた彼らがその程度で気分を害すだろうかと自分の中で結論付け、挨拶を交わした。

 

 

「この様な身なりで申し訳ありません、浦城京介と言います。父は……ご存知であれば良いのですが、旧日本陸軍大佐、浦城源之介です」

 

「大佐殿の? 確かご子息はブリタニア人として暮らしていたと……。いや、挨拶が遅れましたな、仙波崚河と言う」

 

「卜部巧雪だ、よろしく頼む。大佐の息子と言う事は、夏希君の弟でもあるな」

 

「朝比奈省悟です。それはそうでしょうけど、まだ未成年のはずじゃ?」

 

「千葉凪沙と言います。見たところ、随分と大人ぶった事をしている」

 

 

仙波、卜部、朝比奈、千葉と名乗られた四聖剣が、京介自身の身なりと背後の卓上のだらしなさを見て、口々に言葉を漏らす。言外に、舐められているのだろうかと京介は思ってしまった。だから、四人の歴戦の勇士を前に言わなくても良い事まで口走ってしまった。

 

 

「ブリタニア人の皮を被って微力ながら抵抗運動の手伝いをしていましたが、実母と継父に売り飛ばされました。軍に処刑されるところ、腐敗に助けられたのか地下の違法施設でKMFのパイロットとして一年程、只管殺し合いの生活を。数か月前に仲間達と共に黒の騎士団に救出されて、今に至ります」

 

 

「彼は以前からの仲間と共に愚連隊としてKMFの別動隊を率いて貰っています。黒の騎士団の戦力の中核を担う、立派な男です」

 

 

嫌な雰囲気を感じ取ったのか、扇が京介と四聖剣の間に入ってそう言葉を続けてくれた。その内容も合わさってか、四聖剣の面々は重苦しい表情を浮かべてから、仙波が口を開く。

 

 

「これはとんだ無礼を、お許し頂きたい。日本解放戦線では浦城大佐には藤堂中佐含め色々と便宜を図って頂いた。ナリタ連山の戦いでは、立派な最期でした。お悔やみ申し上げる」

 

 

「いえ、結局直接会う事は叶いませんでしたが、最期の言葉は聞けましたので。……それで扇さん、どうして四聖剣の方がここに? 姉さん、いや、藤堂中佐は?」

 

 

そう言葉を続けると、扇がそうだと言わんばかりに表情を変えて京介の無頼改を一瞥する。

 

 

「ああ、その藤堂中佐がブリタニア軍に捕まってしまったんだ。四聖剣の方達を逃がす為に囮として。他にも何名か捕まっていて、処刑が今夜行われる」

 

「それを俺達で救出する?」

 

「我々も同行する。救出の手助けをして頂きたいのです。それに、捕まった者の中には浦城少尉……君のお姉さんも含まれている」

 

「何!?」

 

 

仙波の言葉に、京介は全身に一気に力が入るのを感じた。姉さんが生きている、信じてはいても証拠が無かったその考えに、唐突に確実な答えを差し出されたのだ。最早唯一の肉親となったその存在が救出対象に居る。その事に、京介は大きな懸念事項を抱えていたとしても、溢れ出る闘志を抑えられなかった。

 

 

「既にゼロには連絡をして、B13で指定ポイントに集合する手筈だ。軌道達にはキョウトから新型を運んで貰っている。京介の無頼改も投入したいが、行けそうか?」

 

「まだ詰め切れてない動きがかなりはあるけど……関係無い、詰め込んでくれ」

 

「分かった、合流場所でゼロから作戦の指示がある。三十分後に出発予定だ。貴方達はこちらへ」

 

 

扇に連れられて四聖剣の面々がその場を去った後、京介は無頼改に繋げていたケーブルを全部抜き取って、端末に保存していたデータを全て保存した。これでもし機体に何かあっても、次の機体に活かす事が出来る。積み込み作業に来た団員に機体を明け渡した後、京介は一先ずシャワーを浴びる事にした。お湯にすることも無く水のまま頭から被り、長時間の作業で疲弊していた頭を無理矢理覚ます。今までの作戦とは毛色が違う救出作戦、それも自分の肉親が関わっている。何としてでも助け出してみせると、強い覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

藤堂鏡志朗他数名が囚われているチョウフ基地の近く、トウキョウ租界を通っている高速道路の高架下に、ゼロやカレン、京介を含めた主力は集合していた。軌道達四人は別のポイントにおり、愚連隊としては永瀬と竜胆の二人が京介の手元に残っている。敵戦力を誘き出し混乱させる隊を複数と、直接基地に乗り込んで捕虜を救出する隊に別れて行動するのが、今回のゼロの作戦だった。

 

 

「救出部隊に参加したい?」

 

 

そのゼロの作戦に異を唱えたのは、今回が初めてだった。周囲のトレーラーでは団員達が出撃準備を進めており、事前にゼロが収集した敵勢力の配置図を記した地図を下に必要な人員の配置を話し合っている。そんな中で、京介は話があるとゼロを呼び出したのだ。

 

 

「珍しいな、お前がそんな事を言い出すとは」

 

「捕虜の中に姉さんが居るんだ。出来ることなら、自分の手で助け出したい。我儘なのは分かっている、けど……」

 

「個人の事情で作戦に変更を加えることは出来ない。だが……篠崎の部隊と配置を変われ、その方が基地に近い。イレギュラーが起きた場合の対応に回れるだろう」

 

「良いのか?」

 

 

想定していなかった返答をゼロから貰い、京介は目を丸くして問い返す。

 

 

「作戦に関わる士気の向上は必要だ。それで仕事を熟してもらえるのならば構わない」

 

 

「……すまない」

 

 

そうして扇達と情報交換を行い、京介の隊はチョウフ基地からそう遠く無い駐屯地の襲撃に配置されることとなった。配下としてKMFは永瀬、竜胆に他二人の計五機、後は十数人の地上部隊を抱えることになる。そして少しばかりの時間が経過し、いよいよ出撃前というところで、京介は見慣れない人物がその場に居ることに気づいた。白衣を着た褐色肌で長身の女が細見と太った科学者のような男を二人連れ立って、ゼロと何事か言葉を交わしている。気になって傍に行ってみると、紅蓮弐式を搭載途中だったトレーラーの傍に居たカレンの姿を見た。だがその服装が普段と違う事に気づき、またその背後から見ている玉城の視線に気に入らないものを感じると、すぐに駆け寄って自分のジャケットを上から投げるように羽織らせた。

 

 

「どういう格好してるんだよカレン、何だそれ?」

 

 

「何って……プロテクションスーツって言うんだって。生存率が上がるってラクシャータさんが」

 

 

そう言っているカレンは、完全に全身タイツとでも言った方が早そうな薄地な格好に身を包んでいた。カラーリングを合わせたのか赤を基調とした中に灰色の部分が混じり、膝や肩にはクッション性のようなパーツが付き、首回りから胸部にも灰色のパーツが羽織るような形で着こまれている。全身のラインが完全に出るようなタイト具合で、少なくともカレンのような女性が着ていれば、男は誰だって視線を奪われてしまうだろう。といったような事を考えていたところで、京介はカレンからの言葉に意識を戻した。

 

 

「で、何で上着着せたの?」

 

「玉城の視線が気に入らないんだよ!」

 

「俺かよ!?」

 

「最ッ低!」

 

「違うってぇの!」

 

 

玉城の悲痛な叫びを背後に、京介はカレンがラクシャータと呼んだ女を見た。煙管を持った気怠そうな女性で、額には紫色のビンディが描かれている。彼女は横から現れた京介を訝しむような眼で見ながら煙管を吸ってみせたが、すぐに合点がいった様子で破顔した。

 

 

「あぁ~、坊やが紅蓮の子の番犬? 腕が良いってゼロから聞いてるわよ」

 

 

間延びした声色で語るラクシャータに、京介は首を傾げて見せる。

 

 

「後で話そうと思ってたんだけど、アンタのところでうちの紅蓮の試作機を使って欲しいのよね」

 

「紅蓮の試作機?」

 

「そ。紅蓮弐式を作る最中に出来た輻射波動機構を使えるレベルで調整した機体があるのよねぇ。折角だからそれを使ってもらおうかって」

 

「へぇ……それ、ゼロには?」

 

「許可は取ってるわよ。少し先に話にはなると思うけど……、まずはデータ取りからってところね」

 

 

ラクシャータはそれだけ言うと、京介との会話は終わりと言わんばかりに背を向けて何処かへと歩いて行った。視線を追えばその先にはカレンとは色違いのプロテクションスーツを身に纏った四聖剣の姿があり、その傍にあるトレーラーには見覚えの無いKMFが格納されている。灰銀色をした、無頼とは全く違う、どちらかと言えば紅蓮に似ていると言った方がしっくり来る機体だ。

 

 

(あれは何だ? またインド軍区の------)

 

 

思考の殆どをそのKMFに持って行きかけられていたところで、京介は出発を知らせる団員の声にハッとした。既に殆どの団員が持ち場に着くべく行動を開始しており、紅蓮のトレーラーも後はパイロットを載せるだけのようだった。

 

 

「っと……カレン、お前救出部隊だろ。ちょっと良いか?」

 

 

「何?」

 

 

団員に搭乗を急かされるカレンを呼び止めて、京介はその青い目を見た。

 

 

「捕虜の中に姉さんが居るんだ。俺のたった一人の家族が」

 

「お姉さんが?」

 

「だから……必ず連れて帰って来て欲しい。勿論、お前も気を付けて」

 

「うん、分かった。その代わり、そっちも無茶しないでね。怪我、治ってからそんなに経ってないんだから」

 

「分かってるさ。じゃあ、また後で!」

 

 

気持ち少なく言葉を交わして、京介は自分の機体のあるトレーラーに駆けていく。その後残されたカレンは自分が彼のジャケットを着たままだったことに気づくも、それを返す相手の姿がもう消えてしまっていたので、それから漂う煙草臭さに何処か安心したような表情を浮かべて、愛機のコクピットの中にしまい込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

日も落ち掛けてきた頃、広大な敷地を誇るチョウフ基地周辺に在する各地の駐屯地に、黒の騎士団の陽動隊は一斉に攻撃を仕掛けた。強奪して無人化したトレーラーによる自爆攻撃、KMFによる制圧、地上部隊による占拠と攪乱放送。それが次々と行われ、チョウフ基地の通信回線は一気にパンクする。その間に基地へ直接ゼロ率いる救出部隊が突入し、捕虜を救出するのだ。京介の部隊が担当する駐屯地への攻撃も、順調に進んでいた。遠距離からの対戦車ロケットによる攻撃を起点に五機のKMFで乗り込んで、警戒に当たっていたか、まだパイロットが搭乗前の敵KMFを撃破していく。

 

 

青く塗り上げられた無頼改はサザーランドの銃撃を軽やかに回避してみせると、稼働して刀身が赤くなり火花を散らしている廻転刃刀でその胴体を真横に切り裂いた。装甲版に多少引っ掛かるような感覚を感じながらも京介は刀身を振り抜いて、真っ二つになったサザーランドは崩れ落ちると同時に動力となるサクラダイトがスパークに誘爆して爆発炎上する。既に地上戦力も制圧に乗り出し、受け持っていた任務はほぼ完了を迎えようとしていた。脱出したコクピットブロックから這い出た敵を撃ち殺し、最初の攻撃で破壊された監視塔から転がり落ちた死体が脳髄を飛び散らして京介の無頼改を空虚な目で見つめている事に気づく。捕虜とした兵士達も一か所に纏められつつあり、後は偽装通信を飛ばすだけだった。

 

 

≪案外あっけなかったですね≫

 

 

京介機の近くに竜胆の無頼が接近し、通信機越しにそう言葉を零した。永瀬の機体は地上部隊と共に捕虜とした兵士の監視についており、他の二機は駐屯地内の捜索を行っている。今は陰になって見えていない倉庫の周囲等を見回っていた。竜胆の言葉で死体から目を離した京介は、そう遠くは無い位置に見せるチョウフ基地の監視塔を見やった。

 

 

≪他の部隊も順調みたいですし、ゼロが動き出すのももう少し------≫

 

 

竜胆が言いかけたところで、突然大音量の悲鳴が通信機から溢れ出た。同行していた無頼に乗っていたパイロットに乗っていた男の声だ。続けて、二機の無頼が進んでいった倉庫の陰から、一機の無頼が転がるように飛び出してきた。

 

 

≪た、助けっ------≫

 

 

涙声で助けを求める無頼の背後から、見たことも無いKMFが飛び出してきた。サザーランドとは違う角ばって鎧染みた装甲に身を包み、脚部のランドスピナーは通常より大型化している。両肩の装甲も横に迫り出しており、その先端には大型のスラッシュハーケンのような物が見えた。その白に黒い縁取りがされたKMFは両手に持った槍斧------槍に斧と鉤爪が付いたハルバード------を振るい、背後から無頼を縦に真っ二つにして見せた。無頼が起こした爆炎の中から飛び出した白いKMFはハルバードを構えたまま、残る京介達をジッと見据えている。

 

 

「新型!? 聞いてないぞ、こいつぁ……!?」

 

≪隊長、どうします!?≫

 

「永瀬と援護しろ! 地上部隊は捕虜の監視、逃げちまったら殺しても良い!」

 

≪り、了解!≫

 

 

返事を聞くが早いが、京介は廻転刃刀を手に無頼改を真正面から突っ込ませた。白いKMF------鎧付きはハルバードを短く持ち、振り込まれた廻転刃刀をその斧部分で受け止めた。先程は気づかなかったが、その刀身部分はまるで赤く燃えているかのように輝いている。ぶつかり合った刃同士から火花が飛び散るも、京介は操縦桿越しに機体が圧されているのを感じた。

 

 

「力負けしている! 馬鹿力がッ!!!」

 

 

叫び、機体の左足を軸に即座に半回転させて脇腹を狙う。だがその刃が届く前に、鎧付きは刃が迫るのとは逆方向の方からスラッシュハーケンを飛ばし、一瞬にしてモニターから消えてしまった。

 

 

「速------ガッ!?」

 

 

直後、背後から強烈な衝撃に襲われ、京介は激しく頭部を揺らされながらも機体を持ち直す。シートから身体が飛び上がったことで頭部をコクピット上部に打ち付けて出血していたが、そんな事を気にしている余裕は無かった。背後に振り返れば既に鎧付きがハルバードを真横から振るっており、それを防ぐので精一杯だった。垂れた血が口許にまで流れ落ち、京介はそれを舌で舐めてその鉄臭さに意識を保つ。敵はこちらを休ませることなく、連続で斧や槍の部分を使って攻め立てて来る。遠くに永瀬と竜胆の無頼が見えるが、二人共接近戦を行っているというのもあって、撃つことが出来ないようだった。

 

 

(こんな奴が居るなんて聞いてねえぞ! 冗談じゃ------)

 

 

何度目か数えてもいない斬撃を往なし、京介は叫ぶ。敵は自分よりも大型だと言うのに、その動きは遥かに上でこちらを圧倒している。付け焼刃のモーションパターンが上手く動作していることは有難かったが、どちらにしてもこのままでは敗北は必須だ。定石を無視した捨て身の攻撃で活路を見出すしか無い。

 

 

「こんな戦い方で勝とうとするなんて、まともじゃぁぁぁぁぁ!」

 

 

槍での突きを何とか受け流すと、京介は回避行動を取らずにそのまま真正面から機体を敵に叩きつけた。衝撃で跳ね返されそうになるのをランドスピナーを全開にして踏み止まる。リーチの長いハルバートを躱し切るには、その刃が触れない距離で戦うしかなかった。だが鎧付きはその大型ランドスピナーから大量の白煙を吐き出しながら回転させると、こちらの妨害を物ともせずに無頼改を押し返し始めた。根本的に出力が違い過ぎるのだ。

 

 

「この------っ!」

 

 

廻転刃刀を振るも間に合わずに距離を取られ、鎧付きは無頼改を突き飛ばすようにしてハルバードを構え直す。そのタイミングを狙って永瀬と竜胆の無頼が銃撃を加えるが、鎧付きは少し角度を付けただけで特に回避行動すら取ろうとしない。それはその機体の装甲の厚さを誇示しているようで、事実銃撃が終わるや否や両肩のスラッシュハーケンで無頼の銃を弾き飛ばしてしまった。

 

 

(破壊しない? 何を考えて------あ?)

 

 

相手を破壊する攻撃を取らない鎧付きの行動に疑問を抱いていた京介だったが、モニターが捉えたある一点に気づく。鎧付きの背部、コクピットのハッチから何かが滴り落ちている。彩度を上げれば、それは赤い色をしている。血液だ。敵パイロットは、負傷していることの証だ。

 

 

「騎士らしく俺との一騎討ちで最期を締め括ろうとしている? 永瀬、竜胆! お前らは手を出すな!」

 

 

≪え、けど!≫

 

 

京介が発した言葉に、永瀬が疑問を挟む。どの道銃火器を失った無頼では胸の対人機銃か拳のナックルガードくらいしかまともな武器は無い。そんなもので目の前の鎧付きに勝つのは無理だ。

 

 

「こいつは最期の勝負に俺を選んでいる! だから邪魔をするんじゃねえ!」

 

 

京介の言葉に、永瀬と竜胆は押し黙って機体を後退させた。その意図が伝わったのか、鎧付きは構えを解いて京介の無頼改に向き合う。そして、外部スピーカーを通じて男の声が二機の間に静かに響いた。

 

 

≪……どうやらイレヴン……いや、黒の騎士団にも話の分かる戦士が居たようだな。お気づきの通り、私は既に死を間近に控えた身。最期くらい……騎士らしく戦いの中で果てる事を望んでいる≫

 

 

男の声を聞きながら、京介は額に流れていた血が止まっていることに気づく。顔面で乾いていた血の跡を腕で乱暴に擦って剥がすと、カスになった血の欠片がコクピットの床へと落ちていった。

 

 

≪もし私に勝つことが出来れば、この機体を……我が一族が心血を注いで完成させたこの鎧を差し出そう。破壊するなり拿捕するなり、好きにすると良い。敗者には不要なものだ≫

 

 

男の言葉を黙って聞く。ただ京介がやる事は、廻転刃刀を構えることだけだ。何故だか京介は、目の前の敵に対して不思議な感覚を覚えていた。先程までの生きる事に必死になっていた頭には無しかなく、一度冷静になってみれば、そこには男の最期の覚悟というものが流れ込んできている。男の要求通り戦えば、自分は殺され、相手もそのまま勝利の美酒を味わい死んでいくかもしれない。だから、勝ちたかった。闘技場でも、その後の戦いでも湧き上がらなかった勝利への渇望。生死の境を超えた先にあるその感情が、今の京介には芽生えていた。

 

 

≪話し過ぎたか……が、戦う前に貴公の名を教えてはもらえまいか。冥途の土産に、最期に戦った相手の名を知っておきたい≫

 

 

男の問い掛けに一瞬の逡巡を経て、京介は外部スピーカーのスイッチをオンにして口を開いた。

 

 

「……浦城だ、浦城京介」

 

 

≪ウラキ、キョウスケ……良い名だ。では参ろう≫

 

 

男は京介にそう答えると、ハルバードを構えた。大型のランドスピナーが煙を上げ、今から突っ込んでいくことを知らせて来る。操縦桿を握り締め、京介は廻転刃刀を上段から頭部の左側に構えて突きの体勢を取る。

 

 

≪我が名はオーギュスト・ゴダール! このエクター・ド・マリスの槍捌き、受けるが良い!≫

 

 

一瞬の超加速から、男------オーギュストはハルバードを袈裟切りに振り下ろす。それは無頼改の頭部から右肩に至るまでの部分を切断し、そのまま刃は地面へと突き刺さった。その間に京介は廻転刃刀を突き出していたが、その刃は動作していなかった。させなかったのだ。敵の鎧------エクター・ド・マリスの胸元に突き刺そうとした刃はその堅牢な装甲にぶつかった衝撃で中程から折れてしまっており、傍から見れば、無頼改の負けは明白だった。だが、オーギュストの口から零れた言葉は全くの逆であった。

 

 

≪脱出装置が作動せず……貴公の刃は我が胸を刺していた。見事だった≫

 

 

その言葉を聞きながら、京介はモニターが死んだコクピットを解放し、無頼改の上に立った。それから少し遅れて、エクター・ド・マリスと呼ばれたKMFのコクピットハッチも開き、シートが迫り出してくる。そこから出てきたのは、金髪の偉丈夫と言うべき若い男だった。ブリタニア製の白いプロテクションスーツを身に纏ってはいるが、その腹部は赤い血でべっとりと濡れている。見たところ、乗り込む前に負傷したが、そのまま意地だけで戦いに赴いたのだろう。小刻みに震えている身体を必死に抑えつけるように歯を食いしばり、オーギュストは京介の顔を見て僅かに微笑む。その茶色い瞳から色彩が失われたかと思えば、震えの止まった偉丈夫の身体はゆっくりと揺れ、そのままシートを離れて地面へと落下していく。

 

 

京介はただ、騎士としての人生を全うした男の姿を、黙ってジッと見つめていた。

 



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CASE-8 愚連隊

 

一騎討ちを終えた後、京介はオーギュストの遺体を生き残りのブリタニア兵達に引き渡していた。どいつもこいつも今にも飛び掛からんばかりの殺気を醸し出していたが、銃を一方的に突き付けられている状態ではそれも構わず、歯痒そうにしている。そんなブリタニア兵達を前に、京介はただ冷静に言葉を紡いだ。

 

 

「俺を殺したいのなら、明日の何処かの戦場で襲って来い! 俺はゴダール卿の遺品を貰い受ける、居所はすぐに分かるだろう!」

 

 

援護に来た他部隊のトレーラーに詰め込まれるように載せられて運ばれていったブリタニア軍人達を見送った後、京介の傍に永瀬の無頼がやって来た。コクピットハッチを開き、青あざの薄くなった白い肌の顔を外気に晒す。

 

 

「あのKMF、本来の予定を変更してここに運ばれてきたみたいです! 奥にあったトレーラーから輸送計画書と、見た事無い武器とか予備パーツがたんまり出て来ました! 大漁ですよ!」

 

「先に全部ここから運び出すようにしてくれ! 発信機の類にだけは注意だ!」

 

「分かりました! けど、そのKMFに乗って大丈夫なんです!?」

 

 

エクター・ド・マリスに乗り込もうとしていた京介はそう問いかけられると、シートにべったりと付着して乾燥した血液を気にしながらも、声を上げて返す。

 

 

敵味方識別装置(IFF)は切っておく! 竜胆に通達させろ、同士討ちは御免だからな!」

 

 

「そうじゃなくて! ああもう、分かりました! ハル!? 聞いてた!? 通信開けてんだから聞いてなさいよこの馬鹿!」

 

 

騒ぐ永瀬の声を聞きながら、京介はシートに座りコクピットに入り込む。コクピットの操縦機構(MMI)は特に変わりない様で、起動したままのそのOSはブリタニア語で表示されているのだが何の問題も無い。そして内装をざっと見回した時、京介は側面に血で何か文字が描かれていることに気づいた。それはKMFの起動キーに割り振られている識別ナンバーで、それが入力されなければ完全に機体を起動させる事が出来ないのだ。恐らくオーギュストが最期を迎える前に描いたものだろうが、それが京介に機体を使われるものを想定していたのかは分からない。だが整った施設があれば起動キーごと全てのデータを初期化して識別ナンバーの再設定が可能なため、京介はあの金髪の偉丈夫に気を遣われたのだと判断した。そしてそれ以上に、必ずこの機体を使いたくなるだろうという自信の程も。

 

 

正面モニター下部にあるキーボート端末、そしてその下部のスロットに差し込まれている無骨な長方形状の起動キーを見て、京介はキーボードを操作して機体データを表示させる。【Hector de Maris】と機体名称が表示された後、各部の詳細な情報が正面と上部モニターに次々と表示されていった。固定武装は何度か見た両肩の大型スラッシュハーケン、両腕部にも手の甲の位置に小型の物が搭載されていて、後は腰部にも一基あるようだった。他は大きく出張った肩装甲の内、腕部とスラッシュハーケンの間、両腰、背面のコクピットブロック下に装備懸架用のハードポイントが備えられている。堅牢な装甲を盾に継戦能力を高めて切り込んでいく機体なのだろうと、京介は判断した。今は専用規格らしいマルチプルラックが両腰部にそれぞれ装着してある。

 

 

通常のKMFよりも大型のランドスピナーは実際に相手をして味合わされた驚異的な加速性を発揮している。それはこの通常の機体よりも重量のありそうなボディを俊敏に動かす為に必要なもので、互換性を無視して搭載されているということは、白兜や紅蓮弐式のように次世代のKMFを目指して開発された事が見て取れる。そして更に目を引いたのは、通常一基用意されている動力源となるエナジーフィラーのスロットが、機体とコクピットブロックに合わせて計六基存在している事だった。余程燃費が悪いのか、或いはこれも戦闘時間延長を目指してのものなのか分からないが、少なくとも先程の戦いを終えたばかりだと言うのに、上部モニターに表示されているエナジーフィラーの残量は全く減少していなかった。ただそれは言い換えれば、当たり所が悪ければ損傷したエナジーフィラーによる誘爆で一瞬で御陀仏になってしまうことになる。

 

 

「凄い機体だ……一族の悲願……全てを詰め込んだってことか……」

 

 

オーギュストの言葉を脳裏に反芻させていたところで、京介は通信機のチャンネルを黒の騎士団で使用されているものに変更しようとしたが、既に設定されていたブリタニア軍内のチャンネルを聞いてみることにした。案の定チョウフ基地周辺の混乱の対応に苦慮しているようで、指示を飛ばす司令部に対し状況を混乱させる通信が飛んでいるのが聞こえる。別の駐屯地を襲った味方の仕業だ。作戦は順調に進んでいる。後は救出部隊が突入して藤堂中佐を始めとする捕虜を救出するだけだ。そう京介が思考を巡らせた直後、チョウフ基地の監視塔の一つが爆発する爆音が響く。それと同時に、ブリタニア軍の通信で捕虜の脱走が伝えられる。

 

 

「始まったか!」

 

 

モニターの表示をファクトスフィアで取得したカメラ映像に切り替え、京介は遠くに見える炎上するチョウフ基地を視認する。既にゼロ率いる部隊は突入し、捕虜奪還に動いているはずだ。エクター・ド・マリスのIFFをオフにし、京介は目の前で朽ちた巨像となっている無頼改を見やった。たった一度の戦闘でしか乗らなかった機体だが、既に頭部と右肩を切り落とされ、損傷具合を見るに修理するにしても時間が掛かるだろう。その足元に刺さっているハルバードを拾い上げると、京介は機密保持と慣らしも兼ねて一思いに横薙ぎに振るった。一撃で胸部を寸断された無頼改は直後爆発炎上し、主を失った折れた廻転刃刀とその鞘が地面に転がっていく。十分過ぎる威力だった。

 

 

(しかし長いなこの武器は……何か機能は……)

 

 

手にしたハルバードをモニターで確認していると、先端に近い箇所にボタンを見つけた。それを押してみれば槍の真ん中部分が伸縮し、少しばかり短くなる。そうして腰の右側にあるマルチプルラックに柄を近づけてみれば、磁力で保持するようになっているのか吸い込まれるようにそこへ収まった。

 

 

「そうか、これで正解なのか……」

 

 

何の気無しにやってみた事が上手く行き、思わず京介は言葉を零した。その後は通信機を調整し、永瀬と繋がる事を確認してゼロからの連絡を待つことにする。予定では突入後十分が経過した場合、陽動隊は各自指定された方法で徹底することになっていた。その突入の合図である監視塔の爆破から、五分が経過していた。

 

 

 

 

 

 

突入から丁度十分が経過しようとしたところで、ゼロから撤退の連絡が来た。既にチョウフ基地に向かっているブリタニア軍の航空戦力が目視で確認出来る距離にまで迫っており、京介の隊は拿捕したエクター・ド・マリスのトレーラーに護衛の無頼を付けて先に送り出したところだった。奪った、というよりは譲り受けたと感じていたエクター・ド・マリスを実戦で使えなかった事を残念がった京介だったが、一先ず作戦が無事に完了したことに安堵していた。後は指定ポイントに撤退し、分散して拠点へ退去するだけ。姉と合流できた時、何を話そうかと京介は浮足だっていた。七年程離れ離れだったのだから、話したいことは沢山ある。父の事は勿論、自分で殺してしまった母親の事も話さなくてはならないだろう。姉の性格からして小言では済まないだろうなと脳内で考えながら、京介は愛機となった鎧の騎士を移動させる。

 

 

だが拠点の地下駐車場に辿り着いた時、そこに浦城夏希の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

「ゼロ……手前ぇ、今なんつったァ!!!」

 

 

持ち帰ったエクター・ド・マリスの珍しさに目を奪われていた団員達は、すぐに京介の怒声に意識を切り替えることになった。居住区画付きトレーラーの側面で、京介がゼロの胸倉を掴んでその身体を車両に押し付けている。ゼロの両足が宙に浮く程に力を込めて怒りを表している京介を、軌道やカレンが両側から止めようとしていた。一方のゼロも気道を塞がれ掛けている中で、苛ついたような声を上げる。

 

 

「藤堂中佐以外の捕虜の処刑は既に実行されていた! 生存者は居ない! 奇襲を掛けてすぐに牢の中で銃殺刑に処されていたのを確認したと言っている!」

 

「嘘だ、生きているか確認する時間はあったはずだ! 映像の一つくらい、取ってもねえ癖に!」

 

「お願いだから止めて京介! その現場は私も見たの、お姉さんの顔は分からないけど、あの時あそこに居た人達はみんな!」

 

「いい加減にしろ! 作戦の主目的は藤堂中佐の救出だった、それ以外は次いでだ!」

 

「言うに事欠いて……! 人の家族を何だと思ってやがる!」

 

 

扇が、救出された藤堂が、四聖剣が、団員の全てが二人のやり取りを聞いていた。ゼロの言葉にも、京介の考え方にも問題は有る。事前に訴えていた部下に対する配慮の無い発言、作戦行動に対する個人的感情の優先、軍隊であれば罰せられるのは京介の方だが、黒の騎士団は軍事組織では無い。助けられると思っていた存在が助けられなかった衝撃で激昂していた京介の怒りに震える手から少しばかり力が抜け、ゼロは文字通り地に足をつけてから、苛ついた様子で胸倉にあったその手を振り払う。

 

 

「頭を冷やすと良い。いっその事------()()()()()()------」

 

 

ゼロの仮面から、初めて出会った時と同じ何かが動いた音がする。見れば仮面の左目の部分だけが開いており、その中にゼロの肉眼が見えた。その妖しい雰囲気を醸し出す瞳に視線を奪われるよりも、ゼロが紡ぎかけた言葉が終わるよりも、家族の事などと言う言葉を雑に頭に入れられた京介はその左拳を全力でゼロの仮面に叩き込んでいた。最大限の力を込められたその拳はゼロの仮面を真正面から捉え、勢いのままゼロの後頭部がトレーラーの側面にぶつかる。威力のセーブされていない拳と車両に挟まれたその仮面は鈍い音と共に発生した衝撃を逃がし切れず、全員の目の前でその仮初の顔に大きなヒビが走っていった。

 

 

「仮面が……」

 

 

当初は衝撃にふらついた様子で何が起きたのか分かっていなかった様子のゼロも、カレンが思わず零した言葉にハッとした様子で自らの手で仮面を触り、ヒビが入っていることを確認した。

 

 

「っ……! 話は以上だ、全員事前に出した指示の下行動して解散しろ! ……浦城、今回の件は拿捕した機体の件も含めて不問とする。父親の件に続き、姉上まで亡くされた事は哀悼の意を表するが、今後は個人的感情で反発するのは止めてもらおう」

 

 

言いたい事だけを一方的に言い放ち、ゼロは居住区画付トレーラーの中へ消えていった。後に残されたのは左拳から鮮血を垂らし、憤怒の表情を身体全体に滾らせている京介と、そんな男の姿に何の言葉を掛けられない仲間達が残った。だが先に口を開いたのは、軌道だ。

 

 

「京介、取り敢えず手当しよう。誰か救急箱持って来てくれ!」

 

 

血塗れの左手を持ち上げながら声を上げ、軌道は京介をその場から離そうとする。そこでカレンが何事か声を上げようとしたが、それは制止された。

 

 

「あ……」

 

 

「悪いけど今は放っておいてくれないか。アンタが京介の何だろうが、今は邪魔なんだよ」

 

 

焦った様子で白い箱を抱えて持ってきた永瀬とみゆきに付き添われながら、京介は拠点の隅へと連れて行かれた。一人残されたカレンは扇達に促されるようにして、その場を離れるしかなかった。

 

 

端的に言ってゼロに対する京介の暴行は、ゼロ自身が不問にすると言っても黒の騎士団内では下の者への示しがつかないということで問題視され、藤堂以下四聖剣らの合流を経た組織再編を目前に、幹部一同による議論の下一週間の謹慎処分となった。謹慎と言っても京介は自分の家を持っていないことが問題となっていたが、そこはインド軍区経由でキョウトより新規に提供された大型潜水艦の話によって解決する。クジラやサメのような有機的シルエットしたそれは今後の黒の騎士団の移動基地として重要視されており、今後の運用も考えて偽装タンカーを用意していたヨコスカ港に入港したばかりだった。組織再編の発表に合わせて処女航海を行う予定だったため、出航準備の為に先んじて乗り込んでいた団員を監視役として、一先ず謹慎期間中はその中の一室で過ごすよう命ぜられる。結局ゼロから全体に下された指令は京介の謹慎、組織再編の実施、そして拿捕したエクター・ド・マリスの解析だった。

 

 

そうして一週間の間、京介は自分以外誰も居ない部屋で時間になれば運ばれてくる食事を食べている時以外は、殆ど眠らずに只管身体を鍛えていた。艦内で行われている作業による音が時折響く以外は殆ど無音の中だと、常に何かをしていなければ気が狂いそうになるのだ。姉の死に引き摺られて父の死まで思い出してしまい、会話が出来る仲間も居なければ抱ける女も居ない環境では日の光も浴びられないため、鬱にならざるを得なかった。そうして結局次に京介が仲間達に会えたのは、黒の騎士団主導による処女航海の日だった。

 

 

 

 

 

 

「少しは頭が冷えたか」

 

 

艦内の通路で出会い頭にそう言葉を投げ掛けたゼロに、京介はやさぐれた視線を投げ掛けるだけだった。髪はボサボサで目の下には大きな隈が出来、充血した目からギラギラとした眼光を振り撒くその姿に、ゼロの背後に居たカレン達は言葉を失っている。ゼロだけは仮面に隠れていてその表情は伺えないが、特に気にするような素振りも無くその場を離れていった。そうした後、軌道がジャケットのポケットに手を突っ込みながら京介に言葉を投げ掛ける。

 

 

「煙草、吸うか?」

 

 

「潜水艦の中じゃ問題になるんじゃねえか?」

 

 

軌道の言葉に疑問を返すも、彼から差し出された見慣れないソフトケースに京介は首を傾げる。白と赤の二色で分けられたパッケージに英字で【モスレム】と描かれていたそれを受け取ると、中身を一本取り出した。茶色いフィルターに紙巻きの部分が白い一見すると普通の煙草だが、本来なら中の葉が見えるはずの先端部分に封がされている。

 

 

「ラクシャータが持って来てくれたやつでよ、先折り煙草って言うらしいぜ。副流煙が出ないってんで、先端に入ってるカプセルを潰すと中身が過熱されて、フィルターの方のカプセルを潰すと鎮火すんだ」

 

 

「へぇ……」

 

 

言われながら、京介は普段の癖でフィルターを唇に挟みながら先端部分の中にある硬い感触の球状のものを指で挟み潰した。最初は吸っても何も反応は無かったが、やがて普段と同じように口内に煙が流れ込んでくる。肺に送り込めば、喉に刺さるような辛味が味覚を刺激する。だと言うのに、その先端からは副流煙となる煙が全く出ていなかった。だがそれでも久しぶりに取り込んだニコチンに身体は素直に反応し、若干の立ち眩みを生じされてくる。

 

 

「悪くねえな」

 

 

「だろ? ……ま、みんな心配してたからよ、時間あったら声掛けてやんな。今はお前の女優先してやれや。後これ、携帯灰皿」

 

 

そう言って円柱状の細長く黒いプラスチックケースも渡して来た軌道が、みゆきが、甲斐が、東が順々に京介の肩や腹を軽く拳で叩いて去って行く。最後に残ったのは、黒の騎士団のジャケットを両手に抱えたカレンだった。そこで漸く、京介はチョウフでの作戦で彼女に羽織らせたままだったことに気づく。カレンは一歩近づいてそのジャケットを差し出すと、京介はそれを黙って受け取って袖を通した。クリーニングでもされたのか、浸み込んだレッドアップルの臭いは全くしなくなっていた。

 

 

「眠れなかったの?」

 

「寝なかっただけだ。ここは時間も分からねえし、音も反響してうるさいからな」

 

「そっか。……ねえ京介、お姉さんの事だけど」

 

「もういい、終わっちまった事だから……もういい」

 

 

ぎこちない会話を通して、京介は伏し目がちだったカレンの頬を手の甲で撫でる。相変わらず目の輝きはギラついていたが、その仕草は優しかった。自分の頬を撫でているのが包帯の巻かれていない右手であることに気づくと、カレンは静かにその手を取る。

 

 

「包帯、取らないんだ」

 

「後で取ってくれよ。ダメか?」

 

「甘えてるつもり?」

 

「ああ」

 

 

少しばかり右手の筋肉をカレンに触らせていると、艦内放送が掛かった。それは艦の会議室に集合することを知らせるもので、ゼロから今回の組織再編についての人事が知らされる事を意味している。

 

 

「……行くか?」

 

 

「うん」

 

 

二人以外誰も居ない廊下を、二人は指を繋ぎながら進んだ。それは会議室に入る直前まで続いて、その時間は、この鬱屈した一週間を昇華させるには十分だった。だから京介は、自分はこの女を抱きたいのだと、心の奥底から望んでいる事を理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

「------それでは、黒の騎士団再編成による組織図を発表する」

 

 

主要なメンバーが揃ったところで、大型モニターの前に立っていたゼロが口を開いた。そのモニターにはキョウト六家の一人である桐原の姿も映っている。京介は直接会った事は無いが、現状ゼロの素顔を唯一見ている人間らしい。

 

 

「軍事の総責任者に藤堂鏡志朗、情報全般・広報諜報・渉外の総責任者にディートハルト・リート」

 

「ブリタニア人を責任者にするのか?」

 

「しかもメディアの人間だぞ」

 

 

ゼロの言葉に一部のメンバーから疑問が飛び、それを纏めるかのように扇が問い掛けた。

 

 

「ゼロ、民族に拘るつもりはないが態々ブリタニア人を起用する理由は?」

 

「理由? では私はどうなる。諸君らも知っての通り私も日本人では無い。必要なのは結果を出せる能力だ。人種も過去も手段も関係無い、この人事に問題があるのなら------」

 

「分かった! 分かったよ!」

 

 

ゼロの言葉を玉城が乱暴に遮り若干不穏な空気が流れるも、関係無いとばかりにゼロは言葉を続けた。

 

 

「副司令は扇だ、技術開発担当にラクシャータ。以上が主要な幹部となる。続いて戦闘部隊の発表に移る、零番隊隊長、紅月カレン」

 

「零番隊?」

 

「零番隊は私の直轄となる、親衛隊と考えて貰えれば良い。続いて、一番隊隊長に朝比奈省悟、二番隊隊長、仙波崚河、三番隊隊長に影崎絆------」

 

 

カレンの言葉を軽く往なし、ゼロは次々と各隊の隊長を発表していく。そして最後に第二特務隊隊長として玉城の名前が呼ばれたところで、言及されていないのは京介達五人のみとなった。他にも一人、黒の騎士団の中で浮いている存在の名も呼ばれていない。それは緑色の長髪をしたブリタニアの白い拘束衣を着た女で、カレン達からはC.C.と呼ばれている。噂ではゼロの愛人という話も出ているが、真相は不明だ。京介はいつも見掛けるだけで、特に会話もしたことはない。少なくとも、冷たさの中に包容力のある女では無いな、というのが京介の感想だった。

 

 

「------浦城京介」

 

 

と、ゼロから名前を呼ばれた事で意識を戻した。ゼロの仮面------今更気づいた事だがヒビは無い、新品だろう------がこちらをジッと見据えている。

 

 

「諸君らはこれまで傭兵として協力員の立場で居た。よってこの場を契約更改の場としたい」

 

「辞めるか、一員として続けるか?」

 

「辞めるという選択肢を取れるかどうかは、お前が一番分かっていると思うが?」

 

 

団員達を押し退けてゼロの前に立ち、京介は口に咥えていた新しいモスレムの先端を潰す。それに倣うように、軌道達四人も京介の横に並んだ。他にゼロの目の前で煙草を吸って見せたのは、軌道だけだった。

 

 

「浦城には作戦の要を司る新しい部隊長をやって欲しい」

 

「そう言って、子飼いにしようってんだろ?」

 

「そうでもあるが。……だが独自の指揮権を与えよう、お前には自分の部隊に対して自由に命令を下して良い。勿論、全体の作戦指示に則った上でだが」

 

 

煙草を咥えたまま口の両端から紫煙をゆっくりと吐き出して、京介は軌道達それぞれの表情を見やる。彼は一様に同じ表情を浮かべていた。今更何がどうなったとしても、京介と仲間達の考えている事は一緒である。

 

 

「……分かった、交渉成立だ」

 

 

「では今後ともよろしく頼む。浦城京介を特殊戦闘分隊の隊長に任命する。軌道新以下四名に加え、新たに十二人の部下を付ける。メンバーはリスト化した物を後で渡しておく。今後の黒の騎士団と日本の未来は諸君ら全員の活躍に掛かっている!」

 

 

ゼロのその言葉で、黒の騎士団の新しい門出は締め括られた。

 

 

 

 

 

 

「壮観だなぁこりゃ……」

 

 

ゼロによる発表の後、京介は仲間達と共に潜水艦内部の格納庫に足を運んでいた。新たに任される事になった部隊のKMFが集められているらしく、中に入った途端京介の目に飛び込んで来たのが四機の紅蓮だった。腕部や装備品等がカレンの紅蓮弐式とはやや違ったり、カラーリングが黒をベースに赤のラインが入っていたりといった違いはあったが、その殆どは紛れもなく紅蓮だった。

 

 

「ラクシャータさんがインド軍区から引っ張ってきた紅蓮の試作調整シリーズ、全機に試作段階だった輻射波動機構を利用した装備が付いてる。大変だったぜ? 俺達でもこいつを乗り熟せるって証明出来なかったら任されなかったからな」

 

 

そんな軌道の言葉を聞きながら、京介は紅蓮シリーズと呼ばれた機体を一機一機見上げて行った。両腕部を四聖剣が乗る月下タイプに換装しているが、前腕部が輻射波動機構を搭載しているのか太くなっているもの、同じく月下タイプの両腕だが背部から両肩に掛けて長い砲身のような物が付いているもの、右腕が紅蓮弐式のものよりも更に大型化した輻射波動腕部を装備したもの、最後の機体はブリタニアのグロースター等が装備している大型ランスを更にシャープにしたような槍を装備している。それぞれが、軌道の言葉を借りれば順に【伍式(ごしき)】、【陸式(ろくしき)】、【漆式(ななしき)】、【捌式(はちしき)】と言うらしい。

 

 

「この一週間で色々やったのか?」

 

「おうよ、紅月にも色々聞いてな。コクピットから何もかもが無頼とは全く違うから機種転換には苦労したぜ」

 

「だろうなぁ……俺の機体は?」

 

 

京介の言葉に、軌道は黙って格納庫の一角を示す。そこには大きな黒い布を掛けられたKMFがあり、その布越しにも分かる大きさと厳つさは京介にエクター・ド・マリスの存在を感じさせた。

 

 

「あのブリタニアの機体、俺のもんで良いのか?」

 

 

「ゼロ直々の命令でよ。まあ……誰もまともに動かせなかったから、使えんのはお前くらいだろうって。ブリタニアの機体に乗りたがらないってのも居たのが正直なとこだけどな」

 

 

機体に被せられている布を思い切り引っぺがすと、やはりその中にあったのはエクター・ド・マリスだった。だがその姿は、初めて見た時とは少しばかり違っていた。両肩のハードポイントには筒状の銃火器のようなものが設置され、右腰のマルチプルラックには短くしたハルバードが付いている。一番目を引いたのは左腰に付けられた折り畳まれた三本の爪のようなもので構成された砲身と基部で、正面からは良く見えないがその基部から伸びた太いホースのようなものがコクピットブロック下の腰のハードポイントにある何かと繋がっている。そして京介からして見れば、やはりと言うべきかその白い鎧は再び色を塗り替えられていた。だが、それは今までのような青色では無い。

 

 

「藍色か?」

 

 

「おう、塗料の混ぜが上手く行かなくて緑っぽさが出せなかったけど、お前の機体ならこっちのが良いだろうと思ってよ。それに、ブリタニアの虹に藍色は無いからな」

 

 

黒い縁取りはそのままに、白い部分は殆どが藍色に、頭部の二つ目の上にある鉢巻きかレンズの無いゴーグルのように見えるパーツが別途黒に染め上げられたエクター・ド・マリスに、京介はオーギュスト・ゴダール卿に何処か申し訳なさを感じつつも、興奮を隠し切れなかった。無頼系のKMFでは感じる事の出来なかった力の充足感が、そこにあるのだ。

 

 

「俺が戦った時とは違う装備が付いている! トレーラーにあったやつか!?」

 

 

軽々とエクター・ド・マリスの機体に取り付いていた京介は、機上から軌道に声を投げ下ろした。

 

 

「マニュアルと解析したデータを見る限り、それが基本状態みたいだぜ。腰の武器にはお前に合わせて左右入れ替えてあるけどな。それと、使えそうなモーションパターンをインストールしてある。お前が作ってた無頼用のやつだ」

 

 

「助かる! 他に何かあるか!」

 

 

左腰の火砲から伸びるホースが繋がっている先が弾薬箱のようになっている事を確認しながら、京介は再度問い掛ける。そうすれば、そう言えばと言わんばかりに軌道が声を張り上げた。その内容に、京介は耳を疑う。

 

 

「ラクシャータさんがそいつの登録名を変更しちまったぞ! 神讃(シンザン)だって!」

 

「シンザン!? 何でさ!」

 

「ブリタニアのままじゃダメって事なんだろう! 名前の由来は知らねえ!」

 

 

高揚した感情に冷や水をぶっ掛けられたような気分になりながら、京介は一先ず納得するしか無かった。どの道大事なのはこの機体が自分の物になったということで、名前と言うものは表面上のものでしか無いのだ。正直なところ、そうでも思わなければやっていられないと思ったのが正解ではあるのだが。

 

 

「マニュアルと起動キー、何処にある?」

 

 

神讃と名前を変えられた愛機から飛び降りてから、京介はそう言って頭を切り替えた。新しい玩具を買ってもらった子供のように、その目のギラギラとした光は意味のあるものへと変わっていたのだった。

 



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CASE-9 狂瀾怒濤の人間関係

 

「お前のネーミングセンスの無さはどうにかならねえのかよ、新」

 

 

半分に折り畳んだ食パンに挟んだソーセージにケチャップを大量に、マスタードは少量に掛けながら、京介はテーブルを挟んだ向かい側に座る軌道新にそう言葉を零した。黒の騎士団の再編が発表されてから数日、京介は新たに部下になったメンバー達との連携やチーム分けに注力していた。部隊長と言う事で勝手が分からないところも多々あったが、軌道達四人を副隊長に据えてそこに分散させることで、一旦は解決しようとしていた。軌道から部隊の愛称を決めようと持ち掛けられたのは、そんなある日だった。何処からか調達した和紙には墨で汚く【電光石火突撃愚連隊】と書き殴られている。そんな紙を昼食中に目の前に差し出されたものだったから、京介としては呆れる他無かった。

 

 

「他の部隊は零だの何だの格好良く数字分けされてんのによ、俺達だけ特別行動だか作戦だかじゃ示しつかないだろ? その点、この名前なら箔はつくし格好良いし問題無しってことよ」

 

 

同じように作っていた四角いホットドッグを頬張る軌道の姿に、京介はうんざりした顔で同卓についていた仲間達の顔を一瞥する。みゆきは興味無さそうに、甲斐は無表情、東は声を掛けないでくれと言わんばかりの虚無な表情を浮かべている。ならばと隣のテーブルに座っている永瀬や竜胆------彼らも当然のように京介の部隊に配属となった------に視線を向ければ、目を輝かせている竜胆は兎も角、永瀬は視線が合った途端に頬を赤らめて逸らされた。

 

 

「兎に角、それじゃ長いしダセぇし言い難い! 大体何だよ電光石火とか突撃って、ガキの発想かよ」

 

「そこは語感とノリに決まってるだろ? 元々俺達は敵陣に突っ込んで暴れるのが仕事なんだし、名は体を表すって言うしさ!」

 

「そういうもんか? ……ったく」

 

 

手製のホットドッグを頬張りながら、京介はうーんと考え込む。特に部隊名に拘りは無いが、部隊長を務める以上はあまり変な名前を付けられると、それを自分のセンスだと思われてしまうのが嫌だった。

 

 

「最初は紅蓮団ってのも考えてたんだけどさ? お前の機体は紅蓮じゃないし、紅月には一緒にされるの嫌だから止めてって言われるし」

 

「当たり前だろ、カレンまで巻き込むなよ」

 

「出た、独占欲か?」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

残っていたホットドッグを全部口内に押し込んでから、京介はまた新しい食パンに手を伸ばした。ここ暫く、京介は軌道達にカレンとの仲を揶揄われる事が多くなった。要は謹慎を明けてから漸く彼女と男女の仲に至る事が出来た訳だが、事後に連れ立って部屋から出て来るところを見られたのだ。所詮まだ十代の少年少女達に取っては戦い以外に騒げる何かが必要で、京介はタイミング悪くその燃料を提供してしまったのだ。露骨な表現で揶揄われる事は無かったものの、時折彼女の話題を出されては辟易する、そんな事が繰り返し起こっていた。軌道が手に取った食パンの表面に大量のマスタードを流し込み、悲鳴を上げる男を視界の外に追い出しながら、京介もまた間違えて自分のホットドッグにマスタードを大量に掛けてしまう。結局軌道が提案した【電光石火突撃愚連隊】の名称は正規に確定はしなかったものの、半ば公然と周囲に認められるようになってしまった。基本的には愚連隊だと誰もが口にするその部隊は、ゼロの言った通り黒の騎士団の中枢を担うようになっていくのである。

 

 

 

 

 

 

「式根島のブリタニア軍基地を襲う?」

 

 

立派に移動拠点の役目を果たしている潜水艦の会議室、そこでゼロから告げられた言葉に京介は疑問を呈した。

 

 

「そうだ。ユーフェミアが本国から来る貴族を出迎えにあの島へ向かう情報を得た。彼女の騎士である枢木スザクも共に居るだろう。あの島は戦略拠点では無いため敵戦力も限られている。これはチャンスなのだ」

 

 

ユーフェミア、枢木スザク、聞きなれない二つの人名に京介は何であったかと思考を巡らせる。ユーフェミアとはユーフェミア・リ・ブリタニア、ブリタニアの魔女コーネリアの妹で、エリア11の副総督だったはず。そして枢木スザクは、名誉ブリタニア人として初めてKMFに乗り、そして初めて皇族の騎士となった日本人だ。あのチョウフ基地での戦いでマスコミの都合で正体がエリア11中に広められた存在。京介はただ、チョウフの後のゴタゴタで聞き逃していただけだった。体力お化けの紅月カレンを文字通り身を削って朝まで愛したあげた後、窓から差し込む朝陽の中のピロートークで聞いたのを思い出す。その男が、アッシュフォード学園に通っている友人のような存在だったとも。

 

 

「チャンス? 殺すのか」

 

「その話題は……いや、お前はあの場に居なかったか。何故そう思う?」

 

「姉を失ったゴタゴタの恨みを、言葉通り八つ当たりしたい」

 

 

左拳をパンと右の手のひらに叩きつけて、京介は私怨を告げる。だがその言葉は、ゼロに一蹴された。

 

 

「作戦の主目的は殺害では無い。枢木スザクとランスロットの捕獲だ。我々は暗殺のような手段を取らず、戦場で勝って堂々と捕虜にする!」

 

「捕虜にしてから、その先は?」

 

「そこからは私の管轄となる。どの道奴の存在は体制派の日本人にとって希望となりつつある。その感情が大きくなれば、今後の黒の騎士団の活動にも影響が出るだろう。殺してしまったとすれば、それでは国内の大きな期待や支持を失ってしまう。日本の解放を掲げておきながら、成功した日本人を疎んで殺すのが黒の騎士団だったのかとな」

 

「……チッ。やりたい事は分かった、従ってやる」

 

「助かる」

 

 

ゼロから更に告げられたのは、作戦は少数精鋭で行うと言う事と、愚連隊からは京介と軌道の二人を参加させると言う事だった。

 

 

「軌道だけか?」

 

「紅蓮伍式の輻射波動防壁の実戦データをラクシャータが欲している。将来的に黒の騎士団のKMFに基本装備として組み込む予定なのだそうだ」

 

「分かった、用意させておく」

 

「突撃艇は一番から三番を使用する。浦城と軌道の二人は私やカレンと共に二番に入れ。藤堂は一番艇に他の無頼と、四聖剣は三番を使用して先駆けと殿を務めてくれ」

 

「承知した」

 

 

共に参加していた藤堂の返答を最後に、会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

作戦の開始は順調だった。式根島の防衛隊司令部に設置された銃座にミサイルを叩き込み、その隙に先駆け部隊が突入して待機状態の地上部隊を蹴散らしていく。藤堂含めた四聖剣達の五機の月下に続き、京介と軌道の神讃と紅蓮伍式が突入する。他は玉城の無頼が後衛に着き、ゼロを含めた残りの無頼は、基地を見下ろす位置の高台に位置していた。

 

 

「やっぱり良いな、この機体はッ!」

 

 

叫びながら、京介はハルバードでサザーランドを真っ二つにしつつ、左腰に装備されていた電磁投射砲の砲門を基地司令部へと向けた。真ん中からくの字に折れていたそれは今では三本の爪を正面に向ける形で展開されており、背面の弾薬箱から伸びた硬質ゴムで覆われたリンクベルトから弾薬が発射口に送り込まれてくる仕組みになっている。三本の爪は電磁棒となっており、送り込まれた金属の弾丸に電流を流して電磁力を発生させ、それによって弾丸を弾いて射出するのだ。圧倒的なエナジーフィラー容量を誇る神讃が生み出す電力は膨大で、それによって生じる電磁力は多大な威力を発揮させる。射程距離の減衰や連射の不可と言った問題点はあるが、それは大きな問題では無い。事実、電磁投射砲の直撃を受けた司令塔は土台を残して完全に吹き飛んでいたからだ。

 

 

離陸前の戦闘ヘリに機体正面を向け、操縦桿とトリガーでコマンド入力を実施すると、両肩のハードポイントに装着された散弾砲(サンド・バレル)からビー玉サイズの金属球が大量に発射された。銃身が長く無い事から拡散して飛び出した金属球が勢い良く戦闘ヘリやそのパイロットを損傷させ、一気に全滅させる。モニターの向こうに内臓を飛び散らせながら吹き飛んでいくブリタニア兵を捉えながら、京介は背後から突進して来たサザーランドの胸をハルバードの末端で突いた。そうして衝撃で動きの止まった敵機に紅蓮伍式のアサルトライフルが放たれ、爆風を避けるべく神讃は反転して距離を取る。

 

 

≪これでトドメ------おばぁっ!?≫

 

 

突如、通信機越しに玉城の悲鳴が飛ぶ。視線を向ければ、丁度玉城の無頼からコクピットブロックが脱出するところが映った。その先には、腕から放ったスラッシュハーケンを巻き取る白兜------ランスロット------の姿がある。距離のある港から接近していたのを見落としていたのだ。

 

 

「何が少数精鋭だ、アイツより使える奴は居るだろうに!」

 

 

愚痴りながら、京介は藤堂の黒い月下の隣に機体を位置させる。直後、事前に受けていた指示を実行するべく通信が飛んだ。

 

 

≪対象を確認した! 各機第三陣形を取りつつ指定ポイントまで後退せよ! 対象には手を出すな≫

 

「了解! 軌道、防御は任せた!」

 

≪あいよ!≫

 

 

高台に位置していたゼロの部隊とは別に、戦闘部隊は隊形を組んで戦闘領域を離脱する。僅かに生き残っていたサザーランドらから銃撃を受けるも、それは紅蓮伍式の両腕に装備されている輻射波動防壁によって防がれる。あからさまな撤退にランスロットは一瞬迷うような素振りを見せるも、すぐに高台に飛び上がって逃げるゼロを追い掛けて行った。この時点で、ゼロの考えていた作戦はほぼ成功していた。今回のランスロット捕獲作戦の要は、ラクシャータの制作したゲフィオンディスターバーだ。円盤状の装置を円形に配置することでその内部にフィールドを形成し、それによって発生した磁場によってサクラダイトに干渉して活動を停止させる。まだ試作段階だとラクシャータは言っていたが、それをぶっつけ本番で成功させようと言うのだ。

 

 

≪上手く行きますかね、あの作戦≫

 

 

指定ポイントまで遠回りに移動している最中、朝比奈の声が飛んだ。

 

 

≪失敗すればそれまでだろう。その時は戦うだけだ≫

 

≪ゼロが捕まって無ければ良いんだけどね≫

 

≪無駄口を叩くな。急ぐぞ≫

 

 

朝比奈と千葉のやり取りを打ち切らせ、藤堂の指示の下京介達は現場へ急行する。向かうは島の沿岸部にある砂地で、そこにゲフィオンディスターバーが設定されているのだ。レーダーを見る限り、既にゼロはランスロットを罠に嵌めているように見えた。事実、砂地地帯に繋がる森林を抜けると、砂地に作られた窪みの中でゼロの無頼に剣を向けたランスロットが動きを止めていた。その窪みの周辺には、起動状態のゲフィオンディスターバーが設置されている。

 

 

≪捕まえてる! やったぞ!≫

 

 

軌道の快哉を聞きながら、京介達は窪地を囲むように展開する。既にゼロとランスロットのパイロット、枢木スザクは機体を降りて顔を向き合わせていた。茶色い髪をした、白のプロテクションスーツに身を包んだ男だ。ゼロは味方のKMFに囲まれながら、銃を向けている。二人は何事か言葉を交わしていたようだったが、京介は敢えて収音マイクを切って会話を聞くような事はしなかった。単純に興味が無いのだ。ゼロがどのような言葉で枢木スザクを篭絡しようと、何故だか京介には失敗するとしか思えなかった。ただ生きていく事を赦されている名誉ブリタニア人から、皇族の騎士にまで成り上がった男だ。裏切り者とまでは思わないが、並々ならぬ覚悟を持っているはず。かつてゼロに命を救われているらしいが、多少言葉を交わした程度で鞍替えするのなら、逆に信頼なぞ出来る訳が無い。軍の中で白眼視されているであろう事は容易に想像出来るが、それでも居続けているには相応の覚悟と理由があるはずなのだ。

 

 

(……ん?)

 

 

と、京介はモニターの中でスザクが右手を耳元に当てるのを見た。インカムが付いているところに手を当てているのを見ると、どうにも味方からの通信が入っているように見える。こう言った時に、ゼロの仮面姿は面倒だなと京介は思う。表情が見えない分、至近距離で通信音声が聞こえているだろうに反応が読めないのだ。だが直後、ゼロに銃を向けられていたスザクは一瞬の隙を突いてその腕を取り、そのまま銃を奪ってゼロを羽交い絞めにする形で拘束して見せる。同時に、神讃のレーダーが接近する熱源体を複数捉えた。

 

 

≪接近するミサイルを確認!≫

 

 

同じタイミングで熱源体を補足していたのか、通信機から千葉の報告が飛び、藤堂が忌々しそうに声を漏らすのが聞こえてくる。枢木スザクを------味方ごとゼロを殺すつもりなのだ。幾ら優れた実力を持とうと、類まれな性能を持つKMFであろうと、皇族の騎士であろうと、ブリタニア人の皮を被った異物ならその全てを容赦無く切り捨てる。ほんの少しばかりの同情が、京介の心に浮かんだ。スザクはゼロを逃がさないように、その身体を引き摺ってランスロットのコクピットに押し込んでいた。助けようにも、ゲフィオンディスターバーの磁場によってKMFで突入する事は出来ない。既にミサイルの輝きが目視出来る距離にまで迫っており、すぐにでも迎撃が必要な段階にまで迫っている。だと言うのに、突如カレンの紅蓮弐式が窪地に飛び込んで行ってしまった。勿論即座に磁場の影響によって紅蓮弐式はその動きは止めてしまう。

 

 

「あの馬鹿! 何やって------」

 

≪全機迎撃態勢を取れ! 全弾撃ち尽くしても構わん!≫

 

「------クソッ!」

 

 

藤堂の指示の下全KMFが弾幕を張り、ミサイルの迎撃に移る。神讃にはアサルトライフルのような装備は無い。連射の効かない電磁投射砲の代わりに散弾砲を全弾撃つが、接近戦での使用を目的としてそれの効果は薄い。ミサイル着弾までに何発撃てるのかと考えていたところで、京介は紅蓮のコクピットから飛び出したカレンに意識を持って行かれてしまった。何かを叫びながらランスロットに向かうその姿に、京介は酷くショックを受ける。そしてそのショックの原因を自分で理解する間も無く、頭上で広がる迎撃されたミサイルの爆炎が晴れた時、その白い船体は姿を現した。巨大な軍艦のような物体が、緑の蛍光色を底部から輝かせて砂地に展開する黒の騎士団を見下ろす形で上空に静止している。

 

 

「船が……飛んでいる……?」

 

 

思わず言葉を漏らした京介は、その船の底部から禍々しい光が瞬いたように見せた。全身に悪寒が走り、思わずチャージしていた電磁投射砲でゲフィオンディスターバーの一基を吹き飛ばす。これで窪地に居るKMFは動けるようになるはずだった。誰を助けようとしているのかも分からずに居た京介を嘲笑うかのように、直後、白い船体から赤黒い閃光が地表に拡散した。

 

 

 

 

 

 

京介が目を覚ました時、そこは黒の騎士団の潜水艦の格納庫の中だった。額に濡れたタオルが載せられていて、周囲は喧騒に包まれている。上体を起こしてそこで漸く床に転がされていた事に気づき、起き上がった事で床に落ちたタオルを拾って立ち上がった。格納庫には作戦に参加していた全KMFが揃っていたが、その全てがボロボロに損傷している。中でも神讃は右肩の装甲がスラッシュハーケンごと抉れるように損傷していた。整備員達が怒鳴り声を上げながら修理に勤しんでいるところを見つめていると、不意に大声で隊長と呼ぶ声を耳にする。竜胆の声だ。やけにその大声が、頭に響いた。

 

 

「隊長! 目が覚めたんですね!」

 

「っつ……何があったんだ? いつの間にここに帰って来た?」

 

「敵の新兵器からの攻撃を受けたんです。ラクシャータさんが言うにはフロートシステムとか言うので軍艦を飛ばしてって言う……、けど隊長、覚えてないんですか?」

 

「モニターが光でダメになったところまでは覚えてる……」

 

 

どうしても頭痛が酷くて、京介は壁際まで移動すると壁に背を預けて座り込んだ。着ていたジャケットのポケットからモスレムを取り出して、一本吸い始める。拡張した血管が収縮して、僅かばかりに痛みが和らいだ。

 

 

「軌道副隊長から聞いた話ですけど、敵の砲撃を受けた時に逃げ出したランスロットと斬り合ったのも覚えてないんですか?」

 

 

「斬り合った? 俺がか?」

 

 

言われて初めて、京介は断片的になって浮かび上がってきた記憶を手繰り寄せる。上空に居た敵の船から閃光が瞬いた後、確かに白い何かと戦ったような覚えがある。だがはっきりとは思い出せなかった。

 

 

「頭を打って記憶が混濁しているのかもしれませんね……医務室に連れて行きたいところですけど、何人か傷が酷くて今一杯なんですよ。軌道副隊長も軽くですけど怪我をしてて……」

 

「いや、大丈夫だ。俺は後で良い。カレンは……ゼロはどうしてる?」

 

「紅月隊長が保護しました。今は会議室に」

 

 

竜胆の言葉を聞いて、京介は神讃に視線を移した。ランスロットとやり合ったと言われて、漸くその損傷具合に合点がいったのだ。詳細はまだ思い出せないが、特に言及されなかったという事は自分は勝てなかったらしい。作戦は失敗し、敵の新兵器で大きく損害を受け、今は無様に逃げ帰っている。少しずつ現状を理解していくに連れて当時の記憶が蘇り、京介は理由も分からず無性に腹が立った。竜胆に軌道の様子を見るよう理由を付けて追い払って、モスレムに限界が来るまで吸い続ける。そうして吸い終わった吸い殻をズボンから下げていた携帯灰皿の中に押し込むと、京介は立ち上がって格納庫を後にした。濡れたタオルは、そのまま床に置き去りにして。

 

 

会議室に入ると、ゼロや藤堂、カレンと言った戦闘に参加していたメンバー以外にも扇や杉山と言った幹部が揃っていた。入って来た京介の存在に気づくと、ゼロが声を掛けてくる。その声色はエコーがかっていても分かる程、意気消沈しているように聞こえた。

 

 

「浦城、目が覚めたか」

 

「ああ……手酷くやられたな」

 

「仕方あるまい。敵はこちらの予想に反して卑劣な手段を用い、更に新兵器まで持ち出してきたのだ。死傷者を出さなかっただけ幸運だろう」

 

「だろうな。これからどうする? 拠点に戻るか?」

 

「それ何だが……京介に見て欲しいものがあるんだ」

 

 

唐突に扇に口を挟まれ、京介は首を傾げた。扇が合図を出すと会議室の大型モニターの表示が切り替わり、あるものが表示される。それは黒の騎士団の入団希望者のリストで、扇の持ったタブレット端末の操作に合わせて画面が動き、そのリストの中からある人物のものが映し出された。

 

 

「つい先程、俺達の拠点の一つ……カワサキゲットーの地下施設がブリタニア軍の襲撃を受けた。入団希望者のテストを実施していたところで、殆ど皆殺しにされてしまったんだ。幸い他の拠点に繋がる情報は置いていなかったから芋づる式にやられる心配は無いんだが、救援部隊が生き残りに話を聞いたところ、今回のテストより前に募集した入団希望者の中で脱走者が居た事が分かったんだ」

 

 

「脱走者……? けどこの人は------まさか、有り得ないだろう!」

 

 

表示された人物の顔写真を見て、京介は言葉を荒げた。日本解放戦線の軍服を来た女性のバストアップ写真、その顔はやや歳を取っていたが、どう見ても京介の記憶と一致する浦城夏希その人だった。名前も同じ、家族構成にもブリタニア人として生きる弟が居る事が記載されている。その弟の名前は、浦城京介。自分の事だ。

 

 

「藤堂中佐にも確認して貰ったが、この顔写真は間違いなく浦城夏希------君のお姉さんのものだそうだ」

 

「姉さんは死んだはずだろう!? それに、その言い方は気に入らない! 姉さんが裏切ったとでも言うのかよ!」

 

「京介、落ち着いて------」

 

「手前はすっこんでろ!」

 

 

扇に食って掛かった京介を止めようとしたカレンを言葉で拒絶し、突き飛ばした。尻もちをついたカレンの姿を見る事無く、京介は扇と藤堂にそれぞれ視線を移す。熱くなる京介を宥めるように、扇が口を開く。

 

 

「落ち着け! 実際に彼女の姿を見た訳じゃないらしいが、確かに入団テストの最中に脱走した人間が居るのは確かなんだ」

 

 

「だったら誰がこの顔と名前で申請したんだ!? それに俺の日本人としての名前を知っている人間なんて、もう姉さんしか居ないんだ! 死んだって言われたんだ、死んだって言われたのに……このザマは何なんだよ! 誰か説明してくれよ!」

 

 

肩で息をする京介を藤堂が手を上げて静止し、彼はその鋭い眼光をゼロへと向ける。

 

 

「私からも再度説明を求めたい、ゼロ。君はチョウフで私を救出した際、他の捕虜は全員処刑されていたと、確かにそう言ったな?」

 

「ああ、その言葉に偽りは無い。……だが、あの時牢に居た正確な人数まで把握出来ていなかった事は認めよう。実際にあの中に浦城夏希が居たかどうかまで確認する術が無かったのも事実だ」

 

「浦城少尉が共に捕虜になった事は事実だ。だが救出される直前まで脱走したと言う様な話は看守はしていなかった。裏切ったという話もだ。情報が錯綜していたという点を踏まえても……彼女は自力で脱出していたと考えられる」

 

「黒の騎士団による救出が行われる事は知りようが無かったからな。だがそうして脱出して我々と合流しようとしたとまでは読める、だがそれがどうして直前になって脱走したのか------その事実が今の今まで私に連携されてこなかった事も問題だ」

 

 

ゼロはそう言って、扇に関連する事象の調査を徹底的に行うよう指示を出した。今回の襲撃が------京介としては信じたくもないが------浦城夏希によるものだとすれば、その原因と対策を考えなくてはならない。厳しい審査を受けたはずの人間が、実はブリタニアと繋がっていた等と考えれば、今後も同じような事が発生しないとも言い切れないのだ。そんな話を聞いていた京介の情緒はグチャグチャで、藤堂は目の前の少年の背を撫でて落ち着かせる事しか出来なかった。結局その日の京介はランスロットに敗北し、作戦に失敗し、死んだはずの姉が生きているかもしれないと言う事と、更にその姉がブリタニアに内通したかもしれない疑惑を叩きつけられただけだった。自分に突き飛ばされて尻もちをついたカレンが茫然とした様子で立ち上がった事なんて、視界にも入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

ゼロによって拠点が襲撃された内情は他メンバーに口外しないように指示を受けて解散した後で、止せば良いのにカレンは一人出て行った京介を追い掛けていた。明らかに憔悴していたその背中を放っておけなかったのだ。だがその行動は明らかに楽観的で、悲劇的な結果を齎す事まではその少女に予測出来るものでは無かった。

 

 

「暫く放っておいてくれ」

 

 

そう言葉を零した京介に、でもとカレンは食い下がったが、それは彼の逆鱗に触れるだけだった。

 

 

「さっきの話を聞いておいて、よくもズケズケと人の心に入って来ようとするな」

 

「私はそんなつもりじゃ!」

 

「人の心配をする前に、後先考えずに突っ走る自分の馬鹿さ加減を心配しろよ! 式根島のあの時……ゲフィオンディスターバーの中に自分から突っ込んで姿まで晒して……何を考えてるんだお前は!」

 

「それは……私は零番隊の隊長で、ゼロの親衛隊で、彼を守らなくちゃいけないから!」

 

 

カレンの言葉を聞いて、京介は通路の壁を思い切り拳で叩いた。ドンッという激しい音の後に、京介は捲し立てるように言葉を続ける。

 

 

「枢木スザクは知り合いなんだろう! 学校の友達なんだろう!? あそこで正体がバレて、俺みたいになったらどうする!?」

 

 

「それは……っ、そうなったら、その時は刺し違えてでも!」

 

 

言った直後、京介の左手の平がカレンの頬を打っていた。乾いた破裂音が響き、その肌が赤く染まる。叩いた手を握り締めながら、京介は更に言葉を荒げた。

 

 

「そんな馬鹿な事しか言えないんだったらなぁ、俺を捨ててゼロの女にでもなっちまえ! 俺はもう御免だ、これ以上自分勝手な女に感情を振り回されるのは! 忠誠心と恋心を無謀で括っちまえるんだったら、最初から俺なんて選ぶな!」

 

「心配してくれているのなら、最初からそう言ってよ! 私は黒の騎士団の戦士だけど、けど、貴方の------」

 

「都合で自分の立場を使い分けようとするんじゃないよ! 男の感情を逆撫でして……クソッ、別の男の為に自分の命を使い捨てるような事をなぁ! 平気で恋人に言うのが今のお前なんだ! 分かるか!?」

 

 

カレンは胸倉を掴まれ、目の前で叫んだ男の茶色い瞳を間近で見つめた。京介はまだ何か言いたそうだったが、後は無言で手を放して背中を向ける。暫くわなわなと肩を震わせていたが、やがて全てを諦めたように脱力した背を向けたまま、その場を離れていく。後に残されたカレンは呼び止める事も出来ずに、遠ざかっていくその背を見つめることしか出来なかった。

 



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CASE-10 キュウシュウ燃ゆ

 

式根島での作戦失敗から一週間程経過し、黒の騎士団の潜水艦は太平洋上のブリタニア海軍の勢力範囲外を航行していた。新たに手に入れたVTOL機の飛行訓練を実施する為だ。ブリタニア軍で正式採用されているVTOL機【T4】、陸戦兵器であるKMFを迅速に空中から展開する為の航空機で、サザーランドやグラスゴーと言った機体を基部に固定する事で運搬とスラッシュハーケンによる降下を行う事が出来るのだ。ゼロの手腕で潜水艦に搭載出来る限界数である四機を手に入れた事で、今後行われるであろう大規模作戦を見据えてパイロットの育成を行っている。上空を二機のT4が編隊を組んで飛行している真下、潜水艦の発進口に繋がる格納庫の中で浦城京介は一機のリフトアップされたT4と神讃を前に腕を組んで、何かの確認作業をしている整備員の動作を見守っていた。

 

 

「やっぱりダメですよ浦城隊長、この機体じゃ肩幅があり過ぎてどうやっても横向きには固定出来ませんぜ!」

 

「ソケットに嵌められるスラッシュハーケンの規格は一緒なんだろう?」

 

「そこは一緒でさぁ! けど肩のやつはダメですよ、両肩を無頼の装甲に変えるか基部を延長して無理矢理突っ込めばどうにかなるかも知れないけれど、固定も甘くなるしその内VTOLの方が逝かれちまう! 両腕を前に出してそっちのスラッシュハーケンを接続するしか無いです! ワイヤーで懸架する形にするのが精々ですよ!」

 

 

言いながら前ならえのポーズを取る整備員の姿を頭上に見上げ、京介はその黒髪をガシガシと掻いてため息をついた。T4はブリタニア系のKMFは勿論、紅蓮や月下と言ったインド軍区製の機体でも工夫すれば固定する事が出来る。だが神讃------エクター・ド・マリスはブリタニア製でありながらその大部分が違っていた。内部パーツや手足の接続部は勿論共通規格だが、そもそもその手足やランドスピナーが大型の特注なのだ。ここで両腕------と言うより両肩のパーツがハードポイントと大型スラッシュハーケンの所為で大型になっている為、VTOLとの接続に不備が生じてしまっている。更に別の問題点を上げるとすれば、機体を奪取した際に予備パーツも同時に手に入ったのは僥倖だったが、今後の事も考えてパーツを複製する為に、内部駆動系を除いた全てのパーツがインド軍区に送られてしまっている。だから式根島の戦いで損傷していた右肩の装甲は取り外され、間に合わせで加工された無頼の肩装甲が取り付けられている始末だった。

 

 

「そんなんで飛べるのかよ!?」

 

 

「飛ばしてみないと分からんでしょう! パイロットが慣れてくれりゃあ何とかなりますって! ね! おい、三番機が戻ってきたら無頼を乗せて送り返してやれ! こっちの四番機ももう飛ばして良いぞ、パイロットを呼んでやれって!」

 

 

楽観的な返答を投げてから、その整備員は自分の仕事に戻った。自分の仕事以上の事には関わらないという事をはっきりと意思表示している。その姿勢自体は、京介に取っては好印象だった。だから仕方なく、帰って来たばかりのVTOLから取り外された紅蓮陸式から降りてきた昴みゆきに声を掛ける。その身体は、機体と同じ黒に赤のラインが入ったプロテクションスーツに包まれていた。

 

 

「乗り心地はどうだったよ」

 

 

「あんまり良くないかも? グラグラ揺れてもあんまり影響は無いけど、降りるまで下をずっと向いているのはちょっとね。紅蓮タイプのシートは只でさえ長時間の操縦には向いてないんだし。煙草ある?」

 

 

汗に濡れた染め直した金髪を掻き上げるみゆきにモスレムを差し出すと、ソフトケースから一本抜き取ったみゆきはそれを咥えながらプロテクションスーツの上着をホックを外して前を楽にしてから、正面のジッパーを胸元辺りまで下ろした。噎せ返るような女の匂いを胸元から撒き散らしながら紫煙を吐き出す彼女の姿を前に、京介は思わずため息をつく。ついてしまってから、それを誤魔化すように自身もまたモスレムを咥え込んだ。

 

 

「そう言えばアンタ、紅月とヒッドイ喧嘩したって本当?」

 

 

「はぁ?」

 

 

互いに紫煙を吐き出してから唐突に放たれた言葉に、京介は思わず上ずった声を上げてしまった。

 

 

「噂になってるよ? 式根島の後にすっごい怒鳴り合ってたとか、京介が紅月を思い切りビンタしたとかさ? 実際のとこどうなの?」

 

「どうって……別にお前には関係無いだろ?」

 

「じゃあ事実なんじゃんかーもう、さっさと仲直りしときなよ?」

 

 

言うだけ言って、みゆきは片手をヒラヒラとさせながらその場を離れて行く。後に残された京介はモヤモヤとしたものを抱えながら、飛び立っていくVTOLを見送った。事実、式根島での戦いの後、姉である浦城夏希の件で混乱していた京介は紅月カレンと喧嘩し、更にその戦いの中での彼女の行動に我慢出来ず手まで出してしまった。今にして思えば個人的感情と戦場での優先順位をごちゃ混ぜにしていた所為なのでは無いかと思っていたが、どの道彼女も自分も互いに避けるようにこの一週間程を過ごしている。だから今更どんな言葉を掛ければ良いのかも分からず、今回も地上拠点から逃げるようにVTOLの慣熟飛行訓練に愚連隊として参加したのだ。

 

 

「クソッ……」

 

 

悪態をついてからモスレムのフィルターを握り潰して消火すると、京介はそれを携帯灰皿に押し込んだところで団員の一人に声を掛けられた。一瞬その顔がモスレムの臭いに反応したのを京介は見逃さなかったが、基本的に格納庫内の独特な臭いに慣れていないのか、鼻をひくひくとさせている。

 

 

「浦城隊長、ゼロから通信が入っています! 会議室へ!」

 

「ゼロから? 要件は何だ!」

 

「至急との事です! 南艦長代理もお待ちです!」

 

 

一体何なんだと思いながら、京介は足早に会議室へと足を向けた。呼びに来た団員も続いてやや足早に格納庫を後にする。正直に言って、京介はその団員が仕方なく来たのであろう事も理解してはいたが、黒の騎士団の最前線に繋がる現場で自らの嫌悪感を隠そうともしない姿勢が嫌いになっていた。KMFでの戦闘以外にも、情報戦が重要と言うのは理解している。それぞれの団員が自分に出来る能力を発揮して、力を発揮出来るのが黒の騎士団だ。それでも命を張っているのは実戦部隊で、そのお台所に入っておきながら嫌悪感を示すと言うのは単純に失礼だろうと言う話だ。実戦部隊が全滅すれば、次に命を散らすのは自分になるのだから。気が付けば呼びに来た団員は姿を消していたが、京介は自分が考え過ぎではないと思いながらも、会議室へと入って行く。だだっ広い会議室の中では既に南がモニターに表示されたゼロと言葉を交わしており、京介が到着するや否や彼は本題へと話を持って行った。

 

 

≪今から一時間程前、キュウシュウブロックのフクオカ基地が中華連邦の戦力を中心とするグループに占拠された。代表は澤崎敦、戦争前の枢木政権で官房長官を務めていた男だ≫

 

 

モニターの中のゼロが小さなウィンドウに変わり、それが左上に動くと同時に放送されているのであろうニュース番組の映像が新たに表示された。黒いスーツに身を包み、広い額を持った瘦せ型の男が映し出される。その背後には、大量の中華連邦で使用されているKMF------そう呼ぶには貧弱な見た目の------鋼髏(ガン・ルゥ)が並んでいた。

 

 

≪黒の騎士団の活躍で生じた内情不安の隙を狙ったのか、中華連邦の曹将軍の協力を得て蜂起したようだ。フクオカ基地を中心に、独立主権国家日本の再興を宣言している≫

 

 

独立主権国家日本、一見すると聞こえの良い単語だが、背後に大国である中華連邦の影があるのなら、諸手を挙げて賛成出来るものではない。中華連邦の武力を使用している以上、その血を流して手に入れられたものは中華連邦のものだ。結局は、今のブリタニアの立ち位置に中華連邦が収まるだけ。民間人の立場も、そう大きく変わるものではないだろう。京介は素直にそう思った。曹将軍と言うのも中華連邦内での立場が低いものだから、自身の手柄を上げる為に今回の行動に同調したのではとも。

 

 

≪この蜂起はキョウトにも一方的な宣言を持って実施されたものだ。サクラダイトの採掘権に関する内容をな≫

 

「キュウシュウはこれから嵐だろう? ヤマグチやシコクからの陸路を抑えられたらブリタニアの進軍は……」

 

≪当然停滞するだろう、航空戦力も無力だ。その間にキュウシュウブロック全域を抑えられれば面倒な事になる≫

 

 

南に言葉を返したゼロに、京介は続け様に言葉を投げ掛けた。

 

 

「黒の騎士団としてはどうするつもりなんだ? 言葉遊びの延長線上とは言え、日本が立ち上がろうとしている。無視するのか、協力するのか」

 

 

≪そう、あの日本を我々は認める訳にはいかない。海洋部隊をすぐにヨコスカへ戻してくれ、必要な部隊は現在移動させている。合流後、主要な団員を集めて今後の目標を通達する。VTOLの訓練はどうなった?≫

 

「飛ばすだけなら全員、KMFを乗せて飛ばせるのは二人くらいだ。俺の機体を安全に飛ばすにはまだ時間が掛かりそうだがな」

 

≪分かった。すぐに部隊を回収し移動しろ、以上だ≫

 

 

そう言って通信が終わると、京介は南と顔を見合わせてから会議室にある内線電話に向かった。南は南で潜水艦をヨコスカへ向かわせる為の指示を出しに行き、背後でドアが閉まる音を聞きながら、京介は壁に貼られた内線番号表を見ながら受話器を取って、格納庫に繋がる内線番号を押した。何度かコール音が耳朶を打ち鳴らした後、間延びした男の声がスピーカーから響く。

 

 

≪格納庫―≫

 

「浦城だ。訓練中のVTOLを全機収容、KMFも指定の位置に固定してくれ」

 

≪訓練中止ですか?≫

 

「ゼロの指示だ、今すぐ動け! 作業完了後は艦長席に連絡、いいな! 急げよ!」

 

≪四番機がたった今出て行ったばかりなんですよ!?≫

 

「戻らないなら置いて行くから墜落しちまえとでも言ってやれ! 固定作業は暇しているパイロットが居るならそいつらも使え、軌道らが居るだろうに。俺も行ってやる! 以上!」

 

 

ダァンッと音を立てて受話器を基部に叩きつけるように引っ掛けて、京介はモスレムを一本咥えながら会議室を出た。ゼロの語る今後がどのようなものになろうとも、それは必ず戦火が上がるものになる。絶対とでも言うべき確信が、京介の心の中にあった。そして願わくば、その戦いの激しさが自身の抱えている悩みや問題を全て吹き飛ばしてくれないかと言う思いも。

 

 

 

 

 

 

ヨコスカ港に置かれている内部を繰り抜いた偽装タンカー内に浮上した途端、必要最低限と思われる月下や紅蓮、無頼が潜水艦内部の格納庫に送り込まれてきた。他にはバラバラの状態で搬入された機体もある。ゼロやラクシャータからガウェインと呼ばれている大型KMFだ。中華連邦がタンザニアでブリタニア軍から強奪した機体だそうで、その解析を任されたインド軍区がご丁寧に黒の騎士団へと横流ししてくれたのだそうだ。ゼロの指示で黒と金色に塗られたその機体は通常のKMFの二倍の大きさを誇り、更にフロートシステムと呼ばれる六枚からなる翼のようなパーツを装備している。式根島で見たあの空中戦艦と同じ原理で、これがあればKMFが戦闘機のように空を飛び戦う事が出来るらしい。だが京介が知る限りでは、複座型をしているそれを動かすパイロットはゼロ以外まだ決まっていなかったはずだった。

 

 

「ガウェインを使うのかよ! パイロットはどいつだ!?」

 

 

固定バンドで床と固定された神讃の上から、今まさに組み上げられようとしているガウェインを見ながら京介が声を荒げると、ヨコスカで合流して来た整備員が解答を持っていた。

 

 

「C.C.さんだそうですよ! ゼロの命令です!」

 

「C.C.? アイツ動かせるのか!?」

 

「少なくとも無頼の模擬戦じゃあ玉城さんには勝っていますよ! あれじゃあ愛人兼用心棒みたいなもんです!」

 

 

言うだけ言って自分の仕事に戻った整備員のむさ苦しい尻を向けられてから、京介はあの緑髪の女------C.C.の冷たい眼と表情を思い出していた。とても自分から何か行動を起こすようには見えなかったが、ゼロの傍には常にあの女が居る。拘束衣という目を引く格好の所為で下品な目で団員達に目を向けられていた事は知っていた。それを意に返していない事も、実際に手を出そうとした奴が憔悴した様子で精神的不調を訴えて医務室送りになった事もあった。カレンや四聖剣の千葉にそう言った実力行使が無かったのは、二人の実際の腕っぷしを知っていれば間違いを起こす気にもならないのは当然だ。だから一部の連中は目で見るだけで満足し、一人の時の自慰でその脳内に咲いた性的欲求を満たすのだ。C.C.に手を出そうとしたのは、余りにもその人格や背景が分からないと言う事もあったのだろう。但し、その後不祥事が発覚した場合にどうなるかまで考えられる頭は無かったのだろうが。

 

 

と、頭の中で余計な事を考え始めていた京介の意識を、東の声が現実へ引き戻した。声がした方向を見れば、格納庫の内線電話に取り付いている。何処かから連絡が入って、その相手が自分を呼んでいるのだろう。すぐに神讃の上から飛び降りて東の下へ向かうと、彼は京介に受話器を差し出した。

 

 

「南艦長代理から。積み込みが終わったから今から港を出て急速潜航、キュウシュウに向かうって」

 

 

「まだ固定も終わってねえってのに! 南さん、ガウェインの組み立ても終わってないんですよ! 機体の固定作業を優先させる、後五分は欲しい!」

 

 

東の持った受話器にそう怒声を飛ばして、京介は目の前の少年に今から五分後の予定を確認しておけと指示を飛ばした。どう言えば良いのかと戸惑う様子を見せた東に、京介はその頭を軽く小突いてから口を開く。

 

 

「そのまま!」

 

 

そしてさっと身を翻して作業中の整備員達を視界に入れると、肺に一気に空気を入れてから大きく叫んだ。人の掛け声と重機の音が鳴り響く喧騒の世界に、よく響き渡るように。

 

 

「後五分で移動から急速潜航だ! KMFの固定を最優先にしろ! ガウェインの組み立ては安定してからだ、急げよぉ!」

 

 

 

 

 

 

艦の運航作業から離れても支障の無い団員全員が会議室に集合するよう艦内放送が掛けられたのは、ヨコスカを発って三十分程が経過してからだった。急速潜航後に揺れが安定した艦内で再び始まったガウェインの組み立て作業を眺めていた京介はその放送で腰を上げ、今日何度目かの会議室との往復を実行する。既に会議室は多数の団員でごった返しており、京介はその人混みの間を縫う様にして前へ出た。既に大型モニターの前にはゼロが立っており、藤堂を始めとする幹部も勢揃いしていた。どうやら格納庫でえっちらおっちら大事な積み込み作業を監視していたのは、愚連隊だけだったらしい。人混みから出た段階で京介の傍には井上が居た。そしてその隣にはカレンの姿。気を利かせようとしたのかカレンと立ち位置を変わろうとした井上に、京介は咄嗟に袖を引っ張ってその場に引き留めた。怪訝そうな表情を浮かべた彼女にゼロの話を聞こうと言わんばかりに、京介は顎で正面に向くように示す。そんな滑稽にも見える京介の姿を見てから、全員が揃ったのであろうと判断したのか、ゼロはざわつく団員達を鎮めるように両手を開いた。

 

 

「諸君、よく集まってくれた。今から話すのは君達も知っての通り、キュウシュウで起きた澤崎敦による独立主権国家日本についてだ。我々黒の騎士団は------あの日本について関知しない」

 

「するってえと?」

 

「澤崎と合流はしない。あれは独立と言えば聞こえは良いが、実態は傀儡政権だ。中華連邦のな」

 

 

惚けた声を上げた玉城の声に対してゼロははっきりと黒の騎士団としての立場を口にする。だが今回は内容が内容の為、他の団員から事情を確かめるような質問が飛ぶ。最初に口を開いたのは、四聖剣の卜部だった。

 

 

「だが、あれは日本を名乗っているぞ」

 

「名前と主君が変わるだけだ。ブリタニアが中華連邦に挿げ変わるだけで未来は無い。無視するべきだ、あの日本を」

 

「その日本に対するブリタニアの行動はどうする? 放っておいて、また日本の名を掲げる存在を彼奴等に蹂躙させるのか?」

 

 

卜部の言葉に一瞬の静寂が訪れるも、それに口を挟んだ存在が居た。ディートハルトだ。このブリタニア人はマスコミと言う立場を活かして様々なツテから情報を手に入れ、黒の騎士団の人気向上や人員増員に役立っている。大きなやらかしと言うのも、先日のカワサキゲットーの入団試験施設の襲撃と壊滅くらいで、それも直接彼に責任が発生するものでは無かった。

 

 

「ゼロ、ここは組織としての方針を団員に対して明確にしておいた方が良いのでは?」

 

 

「そうだな。澤崎の件は置いておくにしても、当面の目標くらいは定めて置いた方が……」

 

 

ディートハルトに同調するように扇が声を上げると、ゼロはその言葉が言い終わる前に言葉を発した。

 

 

「トウキョウに独立国を作る」

 

 

その言葉に団員達は耳を疑ったのか、静まっていた会議室が一斉にざわつき始める。

 

 

「独立!? 今独立って言ったか!?」

 

「国を作るなんて本気かよ!」

 

「俺達がやるのか? 冗談だろ!?」

 

 

その混乱を纏めるかのように、困惑した様子の扇が声を荒げる。他の幹部達も困惑した様子で、それに続いた。

 

 

「待ってくれゼロ、いくら黒の騎士団が大きくなったと言ってもそれは……!」

 

「敵は世界の三分の一以上を占める大国だ」

 

「俺達だけでそんな事が出来るって言うのか!?」

 

 

困惑と混乱が肥大化していく中、京介は黙ってジッとゼロの仮面を見つめていた。元々ブリタニアから日本を取り戻す為に戦っていた黒の騎士団だ。その為には色々な考えがある。コーネリアやユーフェミアと言った皇族を人質に取り、交渉のテーブルに着かせる事。各地でテロを勃発させ、その勢いのままにブリタニアに日本から手を引かせる事。それらの為に日本とブリタニアを問わず悪人と呼ばれる存在を打ち倒し、軍を攻撃して来た。そんな中で、指導者であるゼロがブリタニアの支配下にあるこのエリア11の中に独立国を作ると言ったのだ。恐らく、澤崎のように外国の兵力に頼らずに。だから京介は、ゼロがこれから何を言おうとしているのかを待っていた。案の定、ゼロはざわつきを抑えるべく声を荒げて演説染みた言葉を発する。

 

 

「では諸君らに聞こう! お前達は何処かの誰かがブリタニアを倒してくれるのを待つつもりか? 誰かが自分の代わりにやってくれる、待っていればいつかはチャンスが来るとでも!? 甘ったれるな! 自らが動かない限り、そんな()()()は絶対に来ない!」

 

 

ゼロの言葉で会議室に静寂が訪れ、やがてポツポツと雨が降り始めたかのように賛同の言葉が降り始める。それはいつしかゼロの名を叫ぶ合唱と化し、大きな渦となって黒の騎士団を飲み込んだ。そんな中で、京介はただ一人無言で仮面の男を見上げていた。その目はこれからの黒の騎士団や日本の未来と言うよりは、その中で起きる戦いを見据えているようだった。結局ゼロは黒の騎士団の最終目標を掲げて賛同を得た後、澤崎の動向を見守る為にキュウシュウ近くまで潜水艦を移動させる事を発表する。十中八九ブリタニアに敗北する未来は変えられないだろうが、黒の騎士団としてどう行動するかはギリギリまで見極めたいと言う事だった。

 

 

 

 

 

 

ゼロの発言は作業の所為で会議室に集まれなかった団員達の間にも瞬く間に広がっていき、艦内は熱気という熱気で湧き上がっていた。大多数の人間がその胸に掲げて入団した思いである日本の解放が、遂にはっきりと示されたのだ。ゼロが居れば自分達はブリタニアに勝利出来る、今までも胸の内に抱いていたその思いが、遂に日本を取り戻せるという表立った感情に昇華したのだ。それは京介達愚連隊の中でも同様で、軌道達は兎も角永瀬や竜胆を始めとする無頼乗り達までもが、浮足立っていた。

 

 

「トウキョウに独立国家ねぇ……やっぱりブリタニア政庁を制圧すんのかな」

 

 

愚連隊に割り当てられていた寝室の中で、二段ベッドの下段に寝転がりながら軌道がそう言葉を零した。その足元には東が座っていて、その反対側のベッドにはみゆきと甲斐が肩を並べて座っている。京介と言えば、その軌道が寝転んでいるベッドの更に奥、部屋の中に三つある二段ベッドの一つを占領するように、頭の後ろに手を組んで寝転がっていた。

 

 

「そこが最終目的地にはなるだろう、あの場所を抑える事はコーネリアを捕らえる事に繋がる。後は占拠したトウキョウ租界に各地のレジスタンス達が集まり、防備を整えれば------」

 

 

「私達の日本が復活する?」

 

 

甲斐の言葉を引き継いだみゆきが締め括るも、東が不安げに言葉を投げ掛けた。

 

 

「けどそう上手く行くのかなぁ、今までの作戦だって奇襲が前提だったし。真正面からやり合って勝てる理由は……」

 

「今考えたってしょうがないだろう、翔」

 

「けどさぁ!」

 

 

甲斐とやり合う東の言葉を聞きながら、京介は足を組んで大きな欠伸をした。そして寝転んだ頭上から叩き付けられる子供の口喧嘩のようなやり取りに限界を迎えると、頭をガシガシと掻きながらベッドから立ち上がる。その姿が、全員の視線を引き付けた。

 

 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ。今は澤崎の日本に対してどう動くかが一番で、その先の事はまだどうでも良いだろう」

 

「そう言われればそうだけどさぁ、まあ、結局その時もゼロの作戦有りきってのは確かだけどよ」

 

「うだうだ考えたって気が滅入るだけだぜ。今は自分の仕事を考えろよ、翔」

 

「……分かったよ」

 

 

部屋の内線電話が鳴り響いたのは、丁度そのタイミングであった。立っていた京介が受話器を取ったところ通話先の相手はゼロで、内容はキュウシュウのフクオカ基地襲撃作戦への参加要請だった。

 

 

 

 

 

 

普段通りの黒の騎士団のジャケットの下に、藍色をベースに黒いラインの入れられた専用のプロテクションスーツに着替えた京介を格納庫で出迎えたのは、数時間前に整備員に言われたようにVTOLに前ならえ状態で接続された神讃の情けない姿だった。右肩は無頼の装甲のままで、コクピットブロックを解放し、無人のシートがパイロットを待っている。左肩のハードポイントは散弾砲から通常のアサルトライフルに付け替えられていた。よく見れば、グリップ下部から飛び出ているマガジンが通常の物より長い。多弾倉だ。他のKMFは床に固定されたままで、唯一組み上がった状態で片膝をついて前屈みになっているガウェインのコクピットだけが解放されて、その前部シートにC.C.が座っているのが見えた。普段の拘束衣では無く、プロテクションスーツでも無く、まるでゼロのスーツを白くしたような服装をしている。少しの間白に映えるその緑色の髪を見つめていたが、ガウェインの足元にゼロが立っている事に気が付くと、京介は慌ただしく移動している団員を避けながら彼に近寄って行った。

 

 

「ゼロ!」

 

 

京介の呼び掛けにゼロは振り向き、コクピットに登るワイヤークレーンに手と足を掛けながら返答を返す。

 

 

「敵航空戦力はガウェインで殲滅し、その後私は敵司令部を叩きに行く。その間に後続の地上部隊の足止めをやってもらいたい!」

 

「俺単機でやるには荷が重すぎねえか!? こっちの機体はガウェインと違ってステルス性が無い、空で撃ち落されたら終いだぞ! 対空砲火だってあるし、海上を飛ぶにしたって爆雷だってある!」

 

「当たらないように祈れ、VTOLのパイロットを信じれば良い! ナリタと同じ奇跡を起こすのだ! それに、鋼髏程度であれば神讃だけで十分だろう。黒の騎士団の意思の象徴として、ガウェインと神讃を使うのだ」

 

「分かったよ! 黒の騎士団は澤崎を徹底的に叩くって事で良いんだな!」

 

「そうだ!」

 

 

ガウェインにワイヤーで登っていくゼロを見上げてから、京介は待機しているVTOLに近づいた。既にパイロットは搭乗しており、出撃の時を待っている。京介は神讃のシートに座り、乗る前に整備員から手渡された母機であるVTOLとの通信の為のインカムを耳に付けた。格納庫の雑音の中でも、パイロットの声がはっきりと聞こえる。

 

 

≪ゼロからは時間差で出るように言われてます! 機体の接続が安定しないので揺れると思いますが、良いですね!?≫

 

「大丈夫だ! 俺を降ろしたら撃ち落されない内に戻ってくれ! ただ、降ろす前に落とされるなよ!」

 

≪勿論ですよ! ここで仕事を熟せれば、自分もVTOL隊で良い思いが出来るってもんです!≫

 

 

頼もしいパイロットの言葉を聞いて、京介は笑みを浮かべながらシートをコクピット内部に移動させようとした。だが直後、視界の下の方に赤毛の女が入り込んだ気がして、その動きを止めた。視線を動かせば、神讃の足元にカレンが居た。青い目でジッと京介を見つめている。出撃前と言うのもあって、やや苛立ちながら京介はコクピットの淵に手を置き、覗き込むように眼下に声を投げた。

 

 

「何だよ!? 危ねえから下がってろ!」

 

「一人で乗り込むんでしょう! 大丈夫なの!?」

 

「ブリタニアに殴り込むよりはマシだろう! 今更心配されるような事じゃない!」

 

 

地上から投げ返された言葉を投げ返すと、格納庫の中が一瞬大きくざわついた。視線を揺らせば待機状態だったガウェインが立ち上がり、発進口の方へと歩き始めている。整備員達や初めてガウェインが飛ぶところを見ようとする団員達の声で、格納庫内がごった返している。京介もガウェインのその大きな体躯で本当に飛べるのかどうか半信半疑だったが、直後に飛び込んで来た光景でそんな思いは吹き飛んでしまう。

 

 

≪ガウェイン出ます! ガウェイン発進!≫

 

 

インカムから飛び込んで来た誘導員の無線に一瞬意識を取られた後、京介の目の前でガウェインはまるで風に舞い上げられた木葉のようにふわりと浮き上がり、そしてそのまま嵐の晴れた夜の闇に向けて飛んで行った。本当にKMFが空を飛んだのだ、目の前で実例を示されても、錯覚だったのでは無いかと思ってしまう程の衝撃だった。暫し茫然とガウェインが飛び立った後の虚空を見つめていた京介だったが、VTOLのパイロットからの無線で現実に引き戻される。

 

 

≪そろそろ発進です! ご準備を!≫

 

 

「っと、分かった! カレン、これ持ってろ!」

 

 

言うが早く、京介はジャケットのポケットからモスレムのソフトケースを取り出して放り投げた。封を切ったところから一本飛び出し、宙を舞っていく。慌てた様子でカレンがそれらをキャッチしたのを見ると、シートに座り直しながら言葉を続ける。

 

 

「無事に帰ったら渡してくれ、怪我して帰ったらそのまま預かっていてくれよ、禁煙すっから!」

 

 

「無事に帰って来ても禁煙しなさいよ、未成年なんだから! 行ってらっしゃい!」

 

 

カレンの言葉を聞きながらシートがコクピットに格納され、京介は機体の各部チェックに移る。既にVTOLは動き出し、発進口へと移動している。何の気無しにやって見せた自分の行為に自分で驚きつつ、京介は自分も存外女々しいのだと自覚していた。喧嘩別れのようなダラダラとした行為をやっておきながら、咄嗟に自分の形見のようなものをかの女に渡してしまっている。それは出撃前に顔を見に来たカレンにも言える事ではあったが、結局の所双方共に未練があるのだ。言葉にしないと伝わらない事があると分かっていても、青少年故の意気地の無さと頑固さが和解の邪魔をしている。

 

 

≪発進しますよ!≫

 

 

「おう!」

 

 

VTOLが浮上し、京介はKMFをジャンプさせた時に感じていた重力に引かれる感覚を覚えなかった。居心地の悪い浮遊感に全身が包まれ、やがてその浮遊感はGとなって京介の身体をシートに押し付けようとする。普段とは何もかもが違う感覚に高揚感を覚えつつ、京介は次なる戦場へと向かって行ったのだった。

 



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CASE-11 骨肉之親の亀裂

 

戦場で自分以外の人間に無抵抗で命を任せると言うのは、思っていたよりも精神を消耗するのだと京介は実感していた。先行するゼロのガウェインが敵の戦闘ヘリを次々と撃墜していくが、地上からの対空砲火は容赦無くこちらを襲ってくる。直撃弾は未だ無いものの、その近接信管の砲弾が炸裂した事による爆発はVTOLを襲い、横殴りの衝撃が機体ごと京介の身体を襲った。

 

 

「こんな状況で降りられんのかよ!」

 

≪直撃してないだけマシでしょう! 向こうはガウェインを視認する以外で確認出来ませんけど、こっちはレーダーにばっちり映っていますからね!≫

 

「ガウェインのケツに喰らいつけよ! あれを盾にすればまだマシだ!」

 

 

フクオカ基地までもう少しと言うところで、京介はVTOLからのカメラ映像がリンクされた神讃の上部モニターを見る。飛行するVTOLよりやや上空で宙を舞うガウェインはその両肩にある新兵装のハドロン砲------式根島で敵航空艦から放たれた赤黒い閃光と同じもの------を地表へ向けて発射したところで、その先を見れば展開していた鋼髏を文字通り消し飛ばしたところだった。だが良く見れば、円になるように展開していた鋼髏の中央部分に何か白いKMFが見える。ランスロットだ。地表のコンクリートを抉っているハドロン砲の痕を見れば、ゼロがランスロットを守ったのは明らかだった。

 

 

(たった一機で敵基地に乗り込んだ? 皇族の騎士ってのはあそこまでやらなきゃならんのかよ……どうなってやがる)

 

≪ガウェイン降下します! こっちも降ろしますよ!≫

 

「応!」

 

 

パイロットの無線に応えると、京介は操縦桿を前に傾けてトラックボールを押し込んだ。前ならえ状態だった神讃の両手首からスラッシュハーケンが伸び、そこから神讃の全体がまるで空中ブランコに捕まっているかのように地表へ向けて揺れていく。その勢いに身体がシートに押し込まれながらも、京介はモニターからの情報で地表までの距離を確認すると、対空砲火の間を縫う様にして左肩の大型スラッシュハーケンを地表に飛ばして地表に固定した。

 

 

「接続解除!」

 

 

VTOLへ向けてそう叫び、京介は母機と接続していたスラッシュハーケンを外す。そうすれば機体は地上へ向けて落下していくが、続け様に大型スラッシュハーケンを巻き取る事で、その巨体は地面へ向けて一直線に飛んで行った。操縦桿の傾きを戻す次いでに後ろへ引き、跳ね上げられていたランドスピナーを降ろす。そして強制着陸が如き着地をした後、肩のスラッシュハーケンを巻き取りながら京介は機体をそのまま回転させながら勢いを殺し、ゼロのガウェインの傍へ寄った。その黒と金の機体は白いKMFと向かい合う様に立っており、その人の目の様なカメラ・アイがジッと神讃を見つめている。最も、そのランスロットからは剣を向けられていたが。

 

 

≪御武運を!≫

 

 

こちらが着地するまで見守っていてくれたのか、VTOLパイロットはそう無線を残して去って行く。その動きは神讃(重り)を無くした御蔭か素早い。どうやら、対空砲火の餌食になる心配は無さそうだった。直後、無線機からゼロの声が飛び出して来た。チャンネルを見ればオープンチャンネルで、それは通信範囲内に居る全ての人間に聞こえる事を示している。

 

 

≪枢木スザク、ランスロットはまだ動くか≫

 

≪その声、やはりゼロか!≫

 

(ゼロの奴、何を考えて……?)

 

 

京介がゼロの意図を汲み切れていないでいると、ゼロはガウェインの片膝を地面につけて言葉を続ける。

 

 

≪私は今から敵の司令部を叩く、が……君はどうする? 協力する意思があるのなら、新しいエナジーフィラーを渡そう≫

 

≪何!?≫

 

≪我々黒の騎士団としても、この日本を認める訳にはいかない。だから叩く。そしてお前に協力する意思があるのであれば補給を施す、代わりにブリタニアに対するメッセンジャーボーイをやって欲しい。浦城、神讃から未消費のエナジーフィラーを出せ≫

 

「はぁ!?」

 

 

京介はゼロの言葉にオープンチャンネルだと言うのに、素っ頓狂な声を上げてしまう。その視線をガウェインとランスロットで交互に移動させた後、京介は他人に聞かれるのも構わず声を荒げた。

 

 

「手前、ゼロ! その為に俺だけ参加させたんじゃねえだろうな!」

 

≪それもあるが、戦力として当てにしているのは本当だ。早くしなければ敵に囲まれるぞ。お前もだ、枢木。答えを聞かせて貰おう≫

 

「ッ、分かったよ!」

 

 

ゼロの言葉を聞きながら悪態をついて、京介は神讃の六つあるエナジーフィラーの内一つをガウェインに見えるように取り外した。専用のスロットから僅かに迫り出したそれをガウェインが取り出し、枢木スザクのランスロットへと差し出す。一瞬の静寂の後、その白い騎士は構えていた剣をコクピットの横に備えられていた鞘に納めた。

 

 

≪残念だけど、お前の願いは叶わないよゼロ。澤崎さんは、自分が先に叩かせてもらう≫

 

 

そう言ってランスロットはガウェインからエナジーフィラーを受け取ると、自身の空のそれと交換する。ランスロットの胸のファクトスフィアと見られるパーツが一瞬迫り出し、緑色に何度か瞬いた。そうしてゼロのガウェインが立ち上がったところで、京介は神讃のレーダーが新たに接近する敵影を捉える。反応は一機だけで、沿岸部に建築されているフクオカ基地に向かって海上を航行しているようだった。初めはブリタニアのVTOLでも来たのかと思ったが、そのスピードはVTOLの出せるスピードを遥かに凌駕している。何だ、と京介が思った時には、それは彼らの目の前に着陸する。

 

 

「サザーランド!? 空を飛んで来たのか!」

 

 

脚部や関節部と言った部分はオレンジ色に、他は全て白に染め上げられたそのサザーランドはコクピットブロック上部に赤い航空機の翼を思わせるユニットを装着していた。京介はすぐにそれがフロートシステムの一種だと理解したが、その着陸したばかりのサザーランドが持っていたアサルトライフルをガウェインに向けた為、咄嗟に左腰の電磁投射砲------レールガンを展開する。しかし、そのサザーランドの動きは手を伸ばしたランスロットにより制止される。個通のチャンネルで会話でもしているのか、サザーランドが露骨に機体を動かしてランスロットに向き直るが、やがて説得されたのか構えていたアサルトライフルを降ろした。

 

 

≪彼女は私の仲間だ。今だけは君達に手を出さないように説得した≫

 

≪感謝する。ではこれより私は敵の司令部を叩く。枢木は着いて来られるのならば着いて来るが良い。浦城は予定通り地上戦力の駆逐に動け≫

 

「オープンチャンネルで人の名前を……! さっさと行きな! そこのサザーランドも後ろから撃ってくれるなよ!」

 

 

一瞬ゼロにオープンチャンネルで苗字を話された事に激昂し掛けたが、すぐにレーダーでこちらに押し寄せる多数の鋼髏の機影を確認すると、京介は白いサザーランドに対して叫びながら右腰のマルチプルラックからハルバードを抜き取った。ガウェインは敵司令部に向けてさっさと飛び去って行き、枢木スザクのランスロットもまたその異常な機動力を発揮して黒い機体の後を追っていく。直後、基地施設の蔭から大量の鋼髏が飛び出してきたが、ガウェインの挙動を追っていたのか即座に反転しようとした。京介はすぐにそのまるで蛙が後ろ足で立っているようなずんぐりとした機体の背後に照準を合わせると、レールガンを一発お見舞いしてから爆炎の中へ機体を突っ込ませる。白いサザーランドもそれに追従するように動いたのを見て、京介は少なくともこの場では相手の方から自分に合わせてくれているのを感じ取って僅かに安堵した。

 

 

前後どちらの敵に注視すべきか迷っているような素振りを見せている鋼髏のボディを神讃はハルバードで次々と切り払い、突き、引っ掛けて放り投げていく。レールガンをチャージしている間は左肩のアサルトライフルで遠距離攻撃を実施し、数だけは多い敵陣の中を突っ切って敵を蹂躙していく。やはりKMF擬き相手では、神讃に敵うはずもないのだと京介は確信した。しっかりと着いて来ているサザーランドの動きに舌を巻きつつ、その背後に展開していた鋼髏数機をレールガンで吹き飛ばす。時折五月雨のようにやってくる鋼髏の銃撃に右肩の無頼の装甲が吹き飛んだが、右腕が問題無く動く事を確認すると、京介は一機の鋼髏に左肩の大型スラッシュハーケンを撃ち込んだ。容赦無くその装甲を貫通した切っ先を巻き取りながらランドスピナーで超信地旋回を行うと、ワイヤーに引っ張られた鋼髏は味方機を巻き込みながら潰れていき、それによってスラッシュハーケンの先端が外れるとそのまま機体が爆発を起こす。基部に戻る時にその先端から鮮血が舞っていたが、その事に京介は気づかなかった。

 

 

敵もゼロとスザクの攻撃によって司令部が混乱している所為か段々と増援が少なくなり、動きにも戸惑いが見られるようになっていく。更に目の前で見慣れない神讃(KMF)に暴れられていると言うのもあって、戦意も低下しているようだった。だがサザーランドに対しては別なようで、一斉に加えられた銃撃を上手く交わしていたその白い機体は幾つか被弾してしまい、コクピットブロックに付いていたフロートシステムのユニットがその形状を残したまま吹き飛んだ。

 

 

「手間ぁ掛けさせるな!」

 

 

バランスを崩したサザーランドを庇うように神讃の正面装甲で鋼髏の銃撃を受けきり、代わりに京介は左肩のアサルトライフルの砲火でその敵を吹き飛ばす。そのサザーランドも無事だったようで、体勢を立て直すや否や包囲しようとした鋼髏を撃墜してその健在ぶりを示した。その様子を横目に京介はモニターで神讃の状態を確認する。エナジーフィラーは一つランスロットに譲ってしまったものの、まだまだ余裕はある。問題は実弾兵装の方で、肩のアサルトライフルは今の銃撃で残弾無し、腰のレールガンも元々装弾数が少ない為残り数発となっていた。鋼髏程度ハルバードとスラッシュハーケンだけで対応出来る自信はあったが、何時までもこの堅牢な装甲が弾を防ぎ続けられるとは思わない。自分だけならまだしも、枢木スザクの味方であるサザーランドまで背後に抱えている状況では、彼女------確かスザクはそう言っていた------の安全にまで気を遣わねばならないのだろうと京介は頭の片隅に置いていた。鉄火場の最前線に居る自分達二人が生き残る事が最優先事項なのだ。しかし京介はあの白いサザーランドに乗る人間に対して一種の尊敬のような思いを抱いていた。ブリタニア軍人であって、名誉ブリタニア人の命令に相手の階級が上であれ従っていると言うのは、戦いの中に人種を持ち込まない出来た人間だろうとも予想する。

 

 

そうして自身の継戦能力について思考を張り巡らせていた京介の前で、白いサザーランドもまたアサルトライフルを単発射撃に切り替えて撃ち始めた。向こうも残弾に余裕が無いと言うのが一目で見て取れる。ゼロとスザクが攻撃に向かって数分が経過しているが、まだ時間が掛かると言うのであればジリ貧になるのは明らかだ。だが、逃げ出そうとした鋼髏を背後から真っ二つに叩き切ったところで、再びオープンチャンネルの通信が飛んで来る。それはゼロの声を掻き鳴らし、全てが終わった事を告げるものだった。

 

 

≪聞け! この日本の地に巣食う中華連邦の流れ者共よ! 諸君らの守るべき澤崎敦、そして曹将軍は我らが手に落ちた! 直ちに戦闘行為を止め、武装解除せよ! 諸君らの処遇はブリタニアの手に委ねられる! かの者達から人道に沿った保護を受けられる事を祈るが良い!≫

 

 

通訳として捕虜を取ったのかゼロの言葉の後に翻訳された中華連邦にとっての母国語の音声が流れ、そこで漸く京介達と対峙していた鋼髏達は抵抗を止めた。京介はそこまでの間に新たに三、四機の鋼髏を叩き切っていたが、軍人達の意気消沈した様子を見るに気概のある者は既に皆殺しにしていたようだった。

 

 

「終わったか……あのサザーランドは?」

 

 

戦闘が終わった事に安堵したのも束の間、京介はモニターから共闘した白いサザーランドの姿を探した。ここで探して死なれていれば、少しながら夢見が悪いと言うものだ。そうしてモニターの中で自分の近くに寄ってくる白いサザーランドの姿を確認し、京介は再び安堵する。だがそのコクピットブロックが解放されてシートが迫り出し、パイロットの姿が外気に晒されると京介のその心臓は大きく跳ね上がった。

 

 

相手が女だと言うのは聞いていた。かつて式根島で見た枢木スザクが着ていたような白いプロテクションスーツ。それに身を包んでいる女性は、汗に濡れた茶色いショートヘアを掻き上げてジッとその眼を神讃に向けている。何故だか京介はその視線が機体越しに自分が見られているような感覚に陥りながら、動揺を隠せないでいた。何故なら、そのシートから立ち上がりコクピットブロック上部に片足を置いている女の顔が、かつて見せられた浦城夏希の入団志望書の顔写真と瓜二つだったからだ。

 

 

「そのゴツイKMFに乗っている奴! (ツラ)ァ見せな! お前に話がある!」

 

 

神讃の収音マイクが拾い上げた女のがなり立てるような声。()()()で放たれたその言葉に、京介は迷わずコクピットを開け放って身体を外気に晒す。互いに機上で顔を見合わせた後、女は合点がいった様子でドンッとコクピット上部を踏み鳴らした。

 

 

「浦城! 浦城浦城浦城! 浦城浦城浦城浦城浦城浦城! 人違いかと思ったが違った! その顔! その目! アンタ浦城京介だろう!?」

 

「そう言うアンタはッ!!!」

 

「浦城夏希ッ!」

 

 

歪んだ笑みを浮かべたまま京介の言葉に絶叫で返した女------浦城夏希は、さもとても面白い事が起こったかのように腹を抑えて大笑いする。困惑、喜び、怒り、様々な感情が脳内で蠢いていた京介は、それを言葉にしてそのまま目の前の唯一の肉親に投げ掛けた。

 

 

「死んだと聞いた! 二度と会えないと思った! だがアンタは生きてそこに居て、ブリタニアの軍人をやっているな! だったら、カワサキゲットーの事件を起こしたのも……!」

 

「私は生きている! こうして面と向かって会えている! その疑問には肯定で答える! ()()()()()()()()()!」

 

「何でだァ!」

 

「手土産よ! 連中には私が私らしく動ける様になる為の生贄になってもらった! 黒の騎士団だけじゃないわ、他のレジスタンスの連中も知っている限りの情報は全て私がリークしたの!」

 

 

目の前で放たれる夏希の言葉に頭部を思い切り殴られたような衝撃を受けながらも、京介は何とか絞り出すようにして言葉を放つ。

 

 

「何の為に!? 姉さんは父さんと日本の為に戦っていたんだろう、何で裏切った!」

 

「私の目的はたった一つ! ()()()()()()!」

 

「何……?」

 

 

夏希の言葉に思考を断たれ、京介は感情に任せていた勢いを失ってしまう。そんな様子を見ながらも、夏希は言葉を続けた。

 

 

「けどそれは今じゃ無いわ! 枢木少佐の顔ってのも立てないといけないからね。私は私が考え得る最高のタイミングで奴を殺す! ゼロに……お父様を私から奪った報いを受けさせる!」

 

「父さんか……父さんはナリタで死んだ! 俺は最期の言葉を聞いたんだよ姉さん!」

 

「だったら話は早いわ! ブリタニア人として生きていたはずのアンタが黒の騎士団に居る事には目を瞑っていてあげる! あのナリタの戦いで黒の騎士団として日本解放戦線を崩壊に導いた罪滅ぼしをなさい!」

 

「罪滅ぼし!?」

 

「ゼロが戦場を掻き乱さなければ我々の戦線が一気に崩壊する事もなかった! 勝てなくとも脱出する時間は稼げたし、あの山を地図から消滅させるような自爆ショーをお父様がする必要も無かった!」

 

「それは……俺は知らなかったんだよ、父さんも姉さんもあそこに居るだなんて!」

 

「そうかい……そうだろうねぇ! ナリタを脱出して藤堂中佐と捕まった後、私は尋問の為に連れ出されたところで単独でチョウフから脱出したわ。他の仲間達を逃がそうとしたけれど、藤堂中佐はゼロに助け出され、一緒に捕まっていた仲間は殺された。だから合流しようとしたわ、私も黒の騎士団で日本を取り戻そうと! けどねぇ、私はカワサキで聞いたのよ。黒の騎士団の幹部が、ナリタでの戦いを声高らかに自慢するのを! 日本解放戦線をダシにして、父さんのやった事を無碍にする言葉を! そんな連中とは一緒に戦えない、戦える訳が無い! そんな人間達が日本を解放したって、そんなものは私達の知る日本じゃない別の何かなの!」

 

「だからゼロを殺すのか!? 父さんを無碍にされたから、日本の為に戦っている人達を裏切って、日本を支配したブリタニアに媚びを売って、この国がどうなろうかなんて知ったこっちゃあ無いなんて開き直るのが姉さんのしたい事なのか!?」

 

「媚びを売ったつもりは無い! 私はただ自分の身体に流れている忌々しいブリタニアの血を利用しただけ! 私を突き動かしているのはゼロへの怨念! この怨念は人間の感情の中で他の何よりも勝る力の源よ!」

 

「それで一体、何が手に入るって言うんだ!」

 

「力と、狡猾さよ! 日本の未来は、その後にでも考えれば良い! 私は大儀を捨てて、己の感情を優先する!」

 

 

ヒートアップしていく姉弟のやり取りの果てに、夏希は大きく息を吸って吐いた。そしてチラリと背後に視線を向ける。京介も釣られて視線を向けると、司令部のあった方向からゼロのガウェインがこちらに向かって来ていた。夏希はその黒と金に煌めく存在を視認すると、即座にシートに身を入れてコクピットに入り込んでしまう。それに合わせて、相手の声も外部スピーカーのそれに切り替わる。

 

 

≪時間を与えるわ! ゼロを、黒の騎士団を捨てて私のところに来なさい! 私達姉弟がお父様の仇を討つの! 何なら、奴を殺して来たって構わないわ。肉親のアンタになら、仇を横取りされても我慢が出来るってものよ。その後、黒の騎士団を殲滅する!≫

 

「姉さん! 俺は!」

 

≪そこに落ちている私のフロートユニットを持って行きなさい! 七年間渡せなかった、アンタへの誕生日プレゼントよ! おめでとうね!≫

 

 

それだけ言うと、夏希のサザーランドはゼロのガウェインとすれ違うようにしてフクオカ基地の奥へと消えて行ってしまった。京介は目の前に着陸したガウェインを見上げたが、外部に姿を晒しているその姿に違和感を持たれたのか、付けていたイヤホンからゼロの声が飛び込んで来る。

 

 

≪浦城、敵に顔を見せたのか? 何の為に?≫

 

「……いや、次に会った時には殺し合う相手の顔を互いに見ただけだ」

 

≪そうか。……これから撤退する、ガウェインのスラッシュハーケンで神讃を固定するが、行けるか?≫

 

 

ゼロの言葉を受けて、京介は地面に転がっていたフロートユニットと呼ばれた赤い機械を指さした。

 

 

「その前にあそこにある敵の新装備を持って行こう! あれを解析すれば、こっちのKMFも空を飛べるようになる!」

 

≪随分不用意な敵も居たものだな、施しでも受けたか。……いいだろう、あのユニットは神讃で持て。機体ごと固定する≫

 

「ああ、分かった」

 

 

言うが早く、京介は神讃のコクピットに身体を潜り込ませ、その両手でフロートユニットを抱えるように持った。その後ガウェインの両手の指------スラッシュハーケンが飛び出し、神讃の全身に絡みつく。この時京介が、ゼロの指先一つで自分はバラバラにされて死んでしまうのだろうなと思ってしまったのは、やはり先程の夏希とのやり取りが原因だった。機体ごと身体が浮遊していく感覚を味わいながら、同時に戦闘で高揚していた精神が不安定になっていくのを感じる。その感覚を脱ぎ去りたいと京介は羽織っていたジャケットのポケットを漁ると、歪んだモスレムが一本だけ見つかった。

 

 

(そうか、カレンに渡したんだったか……)

 

 

出撃前の赤毛とのやり取りを思い返しながら、京介はその一本を咥えて先端にあるカプセルを指で潰した。加熱されていく煙草の葉を唇で感じながら、プラプラとその白い紙の筒を揺らす。漸く煙とニコチンを吸い込めるようになってから、京介はだらしなく口の端から紫煙を巡らせた。そうしてから、彼の頭の中は一気に混乱の極みに達する。

 

 

(有り得ない……有り得ないだろ、こんな事!? 姉さんは生きていた、姉さんは日本を裏切ってブリタニアについた、姉さんはゼロを殺したがっている! 姉さんは……俺に黒の騎士団を裏切れと言った……? ゼロを殺せとも?)

 

 

目の前で燻っていた紫煙がエアコンの空気の流れに沿って流されていくのをぼうっとした目で見つめながら、時折不安定に揺れる機体の中で京介は震えている。夏希の言った事は到底受け入れられるものではない。理由がどうあれ、黒の騎士団はブリタニアから日本を取り戻す為に戦っている。その過程の中で日本解放戦線を壊滅させる一端を担ってしまったのは事実だ。それは京介も認めざるを得ない。ナリタでの戦いで広がっていた戦線を混乱させ、その隙を突く形で戦いを仕掛けたのだ。日本解放戦線に属していた夏希からしれみれば、確かに黒の騎士団は唐突に現れ、自分達を滅茶苦茶にした存在でしかないだろう。それがいざ合流しようとしてみれば、自分達をコケにしていたと言うのだからその怒りは図りしれない。

 

 

(カワサキに居た幹部……こいつは確かめる必要はある)

 

 

冷静さを取り戻す為に思考を切り替え、紫煙を巡らせる。どちらにせよ、京介からしてみれば黒の騎士団を裏切る事など出来ない。軌道達のような大切な仲間も居れば、父の意思を継いで日本を解放するという目的もある。それをゼロの死を持って失う訳にはいかないのだ。

 

 

(姉さんは完全に俺達の敵になった。何処かで必ず……戦う時が来る。俺が倒せるのか? 倒さないといけないんだ。それにこの話を誰かに言うべきなのか? 言えるのか? 言ってどうにかなるのか?)

 

 

戻そうとした思考回路が再び濁流に呑まれかけようとして、京介はそこで正面モニターに黒の騎士団の潜水艦の姿が映っている事に気づいた。ガウェインは徐々に降下していき、同時にゼロの声が耳朶を打つ。

 

 

≪浦城。神讃を先に降ろす、準備しろ≫

 

 

「あ、ああ……了解」

 

 

気の抜けた返事をして、京介は歯でフィルターのカプセルを嚙み潰して煙草の火を消した。操縦桿を握り締め、ゼロの合図を待つ。やがて発進口が近づいてきた頃、ガウェインが腕を揺らして神讃を固定していたスラッシュハーケンを緩め、フロートユニットを抱えた神讃は解放されて格納庫の中へ滑り込む様に帰還した。すぐに機体を指定の位置に移動させ、一先ずフロートユニットを持たせたまま京介はコクピットから出た。近寄って来た整備員達が赤い機械を物珍しそうに見上げているのを横目に、京介は遅れて帰還したガウェインを横目に声を張り上げる。

 

 

「敵の新装備だ! ラクシャータに解析させてくれ! 壊すなよ!」

 

 

「はい!」

 

 

ウィンチを運ぶ整備員を見ながらシートから飛び降り、京介は軌道達の姿を探した。口に咥えていた湿気たモスレムを指に持ち替えて、新しいニコチンを摂取したくなったのだ。だがそうやって振り返った時、真っ先に京介の視界に飛び込んで来たのは赤毛の女だった。

 

 

「京介!」

 

 

胴体に軽い衝撃が走った後、青い瞳が京介を見つめて来る。

 

 

「大丈夫だった? 怪我してない?」

 

「大丈夫だよ、何とも無い。怪我一つしてないさ」

 

「ああ……良かった」

 

 

胸元に摺り寄せられるカレンの頭に手を回して、京介はその赤い髪の毛の生えた頭頂部から漂う甘い匂いを鼻腔に思い切り吸い込んだ。何故だがその匂いが酷く安心出来て、悩んでいた所為で靄が掛かっていた思考が晴れていくようだった。

 

 

(ああ、そうか……悩む必要なんて無かったんだ)

 

 

カレンの柔らかさを感じて匂いを嗅いで、京介は目の前の女が自分のものである事を再確認する。軌道達のような仲間達が居て、カレンのような守り守られる恋人が居る。姉の夏希が敵になった事は悲しい運命を感じざるを得ないが、最初に決めていた事をブレさせる程京介の覚悟も半端な物では無かった。夏希が敵になると言うのであれば、それを踏み越えれば良いだけの話だ。

 

 

「なあ、カレン」

 

 

「何? ……んむっ」

 

 

後頭部に手をやってカレンの唇を奪いながら、京介は自分も単純な男なんだと考えていた。それに大儀の前に肉親の問題に心を乱していれば、エクター・ド・マリスを渡してくれたオーギュスト・ゴダールの魂にも無礼と言うものだ。夏希の誘いには乗らない。黒の騎士団も裏切らない。敵になるのであれば、彼女を倒すだけ。ただ京介からすれば、出来るのであれば唯一の肉親となった彼女の命を奪いたく無いとも思っていた。それが難しい事であると言う事はフクオカ基地での怨念に塗れた反応を見ていれば容易に想像出来るが、それでもどうにかしたいと言う肉親の情を完全に捨て去る事は出来ないのだ。ただ現状に置いてこの件を誰かに話すべきかどうかと言う問題については、すぐに答えを出せそうには無い。

 

 

ただ一つだけはっきりと言える事は、現実逃避の煙草は、今は必要無い事だった。

 



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