RE:千恋*万花 〜桜の約束〜 (紅葉555)
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1話 始まり
望み叶わず散っていった者がいた。
己の宿命に戦い散っていった者がいた。
信じる家族に未来を託して散っていった者がいた。
破壊と創造の繰り返しが続く歴史。
生と死の繰り返しで見えてくる未来。
数多の悲しみがあった。
数多の死があった。
そしていま……二つの最後の希望がこの地に降り立った。
冬も終わりを告げ、暖かな春の日差しが差し込み出す頃。桜は舞い塵り、各々が新たな一歩を歩み始める季節────『春』。
俺、
くだらない毎日の中、何とかアルバイトで貯めたお金を奮発して、嫌気がさす日々を忘れる為にはるばるここまで来たのだ。
なぜ繰り返される毎日が下らないかと思うと……俺は昔から『霊感』が強かった。物心ついた時には既に世に言う『幽霊』というものが見えており、子供ながらに純粋な心を持っていた俺は、当時の友達にあんなのがいる、こんなのがいると言ってしまったんだ。
それをきっかけに地元では不気味な化け物扱い。子供たちやその子の親たちからは奇異の目で見られ、指を刺されて生きてきた。
だから……まだ幽霊の方がまだマシだったのかもしれない。見た目こそ半透明な奴がいたり、腕がなかったり身体が欠けていたりとグロテスクな奴がほとんどだったが、理不尽に襲うような奴はいなかった。
むしろ数分間限定の友達と言ってもおかしくは無いだろう。だから、特別幽霊は嫌いにはなれなかった。
そんな俺にも家族はいる。それがとある孤児院で働いているじいちゃん。
そう、俺は孤児。父親変わりであるじいちゃんの話によると、当時赤ん坊だった俺は雨の降る夜に、あの孤児院の玄関に捨てられるように置かれていたらしい。
様々な対応をしてもらったようだが……結局引き取り手や実親は見つからずに優しいじいちゃんが俺を育ててくれた。
だから色んな辛いことがあったりはしたけど、別に誰も恨んだりはしていない。
とまぁ、そんなこんなで気分転換の旅行。せっかくだから俺の好みな場所を探すことにしたのだが……その結果見つかった場所はここ、『穂織』。
古き良き風習というか、和心を忘れないこの町並みに一瞬で心を奪われ、一目見てここに決めたんだ。
でも想定外の不便さが…………それは────
「移動手段がなさすぎるッ!」
思わず道端で叫んでしまうほどに、交通手段が圧倒的に足りていないのだ。
電車やバスは近場には通っておらず、タクシーですら最寄りの駅から数時間という始末。もはや最寄り駅なんてものはない。
山に囲まれた場所だとはいえ、今どきこのレベルでの不便さが残っているのは思わなかった。
それでも観光客で賑わっている以上は、この不便さを加味してもここに来たいという魅力で詰まった場所なのだろう。
なんか異常に観光客が多い気もするが……まぁそんなことは気にしない。
それよりも問題なのが今夜泊まる宿をしっかりと取っていなかったことだ。初旅行に浮かれ過ぎていて、交通手段も調べてなければ宿もとっていない。
コイツ本当に旅行する気はあるのだろうか。
「つっても…………ウダウダ言っててもしゃあない、とりあえず適当にブラブラ歩いて民宿でも探すか」
座りっぱなしで固まってしまった身体を背筋を伸ばしてストレッチし、ランランとした気分で穂織の町への第一歩を────
その瞬間に気がついた。自分の片足の靴の紐を踏んでしまっていたことに。つまり…………
「はぶっ!?!?」
踏み外した。
まさかの顔面から地面にどついてしまい、観光するどころか看病してもらいたくもなりながら、自分の気の緩さに後悔する。
「もう帰ろうかな…………」
なんて呟いていると……
「あの……大丈夫ですか?」
と視界外から声をかけられた。
多分女の人だろうけど……誰だろう? 知り合いなんているはずないから、多分ただの優しい人だろうけど……声をかけられて返事を返さないのは失礼だ。
「あー、大丈夫、大丈夫……ちょっと派手に転んだだけッス」
ムクリと顔を上げて人影が出来ていた方を見ると……
綺麗な着物姿の女性がこちらに手を差し伸べてくれていた。
「随分と派手に転んじゃってましたけど……大丈夫ですか?」
「あぁ、いや、大したことじゃないので」
一瞬見とれそうになった。いや、ぶっちゃけほんの数秒だけ見とれてしまった。
それほどまでに美しかったのだ。桃色と檸檬色の着物をそつなく着こなし、優雅に立ち振る舞う彼女が。
さし伸ばしてくれた手を取り、その場に立ち上がる。
「わざわざすんません、助かりました」
ぺこりと頭を軽く下げ、ぎこちない形のお礼をする。
「怪我がないのでしたら、良かったです」
「へのつっぱりはいらんですよっ」
「……??」
あ、はい。言葉の意味は全然伝わってませんねこれ。いや、仕方がないんだけどさ。
「あー、えっと、親切ついでに聞きたいんですけど…………この町にどっか宿とかないっスかね? 観光に来たんスけどすっかり忘れてて……」
「観光の方だったんですね、道理でこの辺じゃ見ない格好だ。それなら…………オススメは志那都荘ですよ」
志那都荘……覚えておこう。この人オススメって言ってるし、最悪探しきっても見つからない時はまたその時に誰かに聞けば見つかるだろう。
「良かったら案内しましょうか?」
「いや、いいッスよそこまでしてもらわなくても、道だけ教えて貰えれば何とか行ってみます」
「まぁそんなに遠くはないんですけどね、そうですね……ここからなら────」
と、そんなこんなでラッキーな事に偶然知り合った女性の方のおかげで宿に辿り着いた俺は、すぐさま部屋を借りられるかの確認をした。
それに追い打ちをかけるように、偶然にも一部屋予約されていたのがキャンセルされたようで、俺はその部屋を借りられることになったのだ。
さっき躓いて転んだ反動なのか異常なほど運がいい。今日はいい一日になりそうだ。
そして女将との挨拶の中で、この穂織の町の大型イベント、『春祭り』なるものが開催されているらしい。
色々と長々説明を受けたけれど、正直長すぎてあんまり覚えられませんでした、ごめんなさい。
まぁ要約するとこの『春祭り』っていうのは、数百年前の戦国時代に、穂織に攻めてきた大名を討ち取った伝説の刀、《
そしてその伝承になぞり、この町の巫女姫様が舞を奉納する神楽舞とメインイベントである巨大な岩から刀を引き抜くイベントが行われているようだ。
とりあえず神楽舞にはもう間に合わなかったみたいだから、また明日にでも見るとして…………まずは刀関連のイベントに顔を出してみるか。
そう思って俺は宿から出ようと一歩踏み出す。すると…………
「おわっ!?」
今度はちょっとした石畳の段に躓いて転んでしまった。
そして歩くこと数十分、例のイベントがある健実神社へとたどり着いた俺は、その迫力ある建物に圧巻され、つい言葉を漏らす。
「すっげぇ…………立派な神社だ」
肌で感じる神聖な雰囲気。
そして俺の感覚にビシバシと伝わる霊気。
たったそれだけで神社という存在感の大きさを魂の芯から感じ取ることが出来た。
ここの神社はマジでヤバい。なにか特殊な結界でも張り巡らせているんじゃなかろうか? そう思ってしまうほどに霊力が強い。
「流石巫女姫様が舞を奉納しているだけある。この土地に住んでりゃ幽霊なんてもの見ることは無いだろうな」
しかしそんな中、霊感とは別に感じる妙な雰囲気。
あの量の観光客に対して、町の住人が口を揃えて言っていた春祭りのビックイベント、その会場に誰一人として人がいないのだ。
不思議に思いながらも中へと歩いていくと…………なにやら声が聞こえてくる。
「ちょっ、お前っ、俺に押し付けようとすんな! つかこっちくんな! 俺は関係ない!」
「いやいやいや! 言ったじゃないか! 固くてビクともしやしないって言ったじゃないか!」
青年の様な声が二つ外まで聞こえてくる。
どうやらなにか揉めているようだ。
そんな声たちを不思議に思い、神社の中へと入っていくと…………
「刀……折れてね?」
建物内に入った瞬間に漂うやっちまった感。その正体は、今からは抜けてしまっているものの、その刀身は見事に真っ二つに折れてしまっている『刀』だった。
そしてそれを眺める同じくらいの年齢の青年。彼は目に涙を溜めて俺を申し訳なさそうに見てくる。
これが
「どちら様です……か……? って、もっももも、もしかしてもうお金を支払わないといけませんか!? 待ってください! これは事故で……あぁそうだ! 一旦話をしましょう! 地下は嫌なんですゥゥ!! ペリカも嫌だァァァ!!!!」
ジタバタと暴れる青年。
「ちょ、違うから! 俺は別に変な取り巻きじゃないから! 黒服じゃないしグラサンもつけてないだろ!?」
とてもじゃないが落ち着いているって言葉とは遠い場所へ行ってしまっているこの青年に、現実を突きつけるように確認をする。
「とりあえず、まぁ……それってやっぱり例のイベントのアレ……だよね?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 楽しみだった所をぶち壊してしまって本当にごめんなさいぃっ!!」
明らかに動揺しているところを見るにマジっぽいな。彼がこの事件の犯人のようだ。
まぁでも不幸中の幸いというか、なんというか……俺以外の観光客がいない状況で首の皮一枚繋がったんじゃないだろうか? 今からでも代用の何かを用意すればこのイベントは続行出来るだろうし……
怒られるのは間違いなさそうだが。
「俺は別にいいんだけど……神主の人には?」
「祖父ちゃんがこのイベントの関係者で、俺が刀を折るところを見たあと、大人しくしていろとだけ言われて奥の方へ…………」
「あー……なんだ、その……ご愁傷さま……」
きっと彼はその祖父ちゃんに対して物凄い恐怖を覚えているのだろう。あれだけ動揺をしていたのに今はその恐怖からか尋常じゃないほど静かになっている。
そんな彼をそっとするように、イベントがないのならと諦めて背を向け、その場から立ち去ろうとした時に、背後から不思議な声が聞こえてきた。
「そなたが吾輩のご主人か?」
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2話 翠の幽霊
「そなたが吾輩のご主人か?」
幼さが目立つやや高い声が背後から聞こえてくる。しかし恐らく、それは俺に向けられた言葉ではない。
一瞬無視してその場を去ろうかとも考えたが、違和感を感じまくるセリフだからか、俺の身体はくるっと振り返っていた。
そしてその視線の先にいたのは…………何度も見慣れたような、見慣れないような光景。ふわりと宙を浮く翡翠色の髪をした少女が、あの青年に話しかけていた。
明らかに異様な光景。人が空を飛ぶなんてことはありえない、間違いなくあの子は現世に存在しない類のモノだろう。
ここは一応この場に残っておくか。あの青年の身が危ない。
「おーい、聞こえておるのか? そんなキョロキョロとせずに上を見よ」
未だその存在に気が付かない青年に、その少女は語りかける。
「ん……? うぉっ!?」
「うむ、その反応を見るにしっかりと聞こえておるようじゃな」
「ひっ……! 幽霊!?」
あの青年は初めて霊的存在を見たらしい反応をし、少女に恐怖し驚く。
まぁ……そりゃそうだよな。俺だって初見で幽霊を見た時は似たような反応だったろうし。つーか普通に血みどろの姿で出てきた時は気絶してたし。
「違うっ! 吾輩は幽霊ではない!」
いや思っきし幽霊やろがい。
少女はあの青年に自分の存在を否定し続けるが、それがなんの意地なのか……明らかに幽霊だ。
それに…………ちゃんと『感じる』しな。
「吾輩の名はムラサメ。『叢雨丸』の管理者……まぁ『叢雨丸』の魂のようなモノじゃな」
じゃあ幽霊で合ってるじゃん。
とにかく、俺が出会ってきた中での幽霊は良い奴が多かったけど、実際悪戯に悪質なことをする幽霊も存在する。事実として人をも殺してしまう奴らも少なからずいるんだ。できるだけ霊的存在とは接触しない方が身のためだ。
助けといてやるか。
「それで……ムラサメだっけ? なんのつもりかは知らないけど、この人になにかするようなら…………許さねぇぞ」
さっきまで泣いていた青年の前に立ち塞がるように移動し、右足に『蒼い力』を送り込み、妖を祓う準備を整える。
「あ、足が光っ────」
「悪い、今は説明している場合じゃないんだ。まぁ何かあってもしっかり守るから安心してくださいな」
とはいえコレはあくまで保険だ。相手が敵対の意志を見せてきた時に素早く行動に移せるように準備をしているだけ。
出来ることならこんなことはしたくないし、何よりも俺は
「お主…………吾輩が見えておるのか?」
「ん……? あぁ」
あの幽霊は驚いている。それはこの青年には見えて当たり前だが、俺が見えるのはおかしいと言わんばかりの反応だった。
「なんと……だが何故……。叢雨丸に選ばれたのは間違いなくご主人のはず……」
「ブツブツ…………」
何かを呟き始めた幽霊を横目に、とりあえず足に込めていた力を解除する。
するとその光は風に舞うように綺麗に散漫し、線香花火のように消えていった。
「あ、あの……! あなたも見えているんですか? あの幽霊……」
「まぁ……はい。見えてます。昔から霊感は強くて」
とにかく彼は目の前に起こっていることを一から整理したいのだろう。とりあえず一番おかしなこの幽霊の件から。
「お主っ! 名は何と申す? それと吾輩は幽霊ではない!」
こんな時でも自分が幽霊だということを否定し続ける女の子。プクーっと頬を膨らまして拗ねかけている。
どうやら害はなさそうだ。
「そういや自己紹介がまだだったな、俺は蓮太。竹内蓮太。よろしく」
その挨拶の途中で隣にいる青年に手を差し出すように構える。すると彼は若干の戸惑いを見せながらもそれに答えるように握手してくれた。
「俺は
「とりあえず敬語じゃなくていいよ、俺も止めるからさ。つってもよくわかんないのは俺も同じなんだよな……ここは素直にあの子に聞いた方が早いんじゃないか?」
俺もよく分からない。その最大の理由は、今までに出会ってきたような幽霊たちとは全く違う不思議な力を感じること。
何となくこれは霊感。これは霊力、とか自分で名付けていたものがあったが、この少女から感じる力は体感したことないモノだ。
「それにしても……何をそんなに驚いているんだ? ムラサメ」
そりゃ確かに幽霊を見ることが出来る人間はそう多くはないだろうけど……現に将臣君も見えてるし、そんなに驚くことかね。
「驚くに決まっておるっ! ちょっと霊感があると言うだけで吾輩の事を目視できるなど普通はありえんのじゃからな!」
「じゃあ俺は普通じゃないんだろ」
パッと手を雑に振り、とりあえず状況を考える。もしこの幽霊が危険な存在なのならば、なんとか『祓う』ことの出来る俺がそばにいてやった方がいいと思ったが…………とてもじゃないがそんな気配は全くしない。
むしろ俺に似た、清められた神聖な気配だ。きっと叢雨丸という刀の霊なのは間違いないのだろう。
それならまぁ……安心かな?
「じゃあな」
そうと決まれば俺はこんな所にいる必要は無い。イベントはすぐに開催しないだろうし……さっさと出ていった方がいいだろう。
「え? あっ、ちょっと!」
スタスタと外に出るように歩いていると、将臣君から呼び止められる。
「どこにいくの!?」
「とりあえず宿に。俺は無関係者だし、とりあえずこの場からはお暇するよ」
返事はするが振り返らない。
正直面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。
「おっ、お主! まだお主には聞きたいことが沢山────」
翠の幽霊からも声をかけられ呼び止められるが…………
「悪い……興味無いね」
と一言だけ残してその場を去った。
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3話 穂織の町に潜む影
「もう夜か……」
雑に別れを済ませたあと、俺はまたあの町中へと戻る。そして境内から外へと踏み出そうとした時…………女の子とすれ違った。
艶やかな銀色(つかほぼ白)の髪を靡かせ、凛とした仕草でゆっくりと歩みを進める彼女は、ぺこりと俺に深くお辞儀をする。
服装的にこの神社の巫女さんなのだろう。桜のように美しい。
「ようこそお参り下さいました」
「あ、いや……こちらこそお疲れ様っす」
ヤバい……霊気が凄い……! ここまで洗礼された霊気を宿すなんて……どれだけの鍛錬を積んだんだろう。1mほど離れているのにこっちの気が弾け飛びそうだ。
きっとこの人も霊感が強いのかも……? だからこそ巫女さんになったのか、それとも巫女さんになったから強くなったのか。どちらにしろ明らかに俺よりも強いな。
完全に練度負けしてる。
一旦深呼吸をして……………………
よし。
「観光客の方ですか?」
「はい、そうなんっすよ。今日は拝めませんでしたが……次回があれば、その時の神楽舞を楽しみにしてます」
「はい、是非またいらして下さい」
何気ない上辺だけの会話。中身の何も無いそんな会話の中、俺の『感覚』がピクっと反応する。
この感じ……怨霊……? やけに嫌な妖気だ。
「…………山の方か」
「……え?」
ボソッと発してしまった俺に一言にキョトンとしている巫女さんは、徐々に焦りを覚え始めて、何やら必死に頭を抑えている。
一体何してんだろう。
「あっ…………、なんでもないです、気にしないで下さい」
感じているこの妖気はなんだか嫌な感じはするが……正直かなり弱い。これなら勝手にこの町の清められた空間に負けて消滅するだろう。
まだ頭を抑えている巫女さんにそう言うと、その場から逃げるように宿へと向かった。
「はぁ〜…………いい湯だった」
旅館の飯を頂き、風呂も済ませて借りた部屋の中で、窓際の椅子に座る。
ホカホカな身体を冷ますように夜風にあたり、今日という一日を振り返る。
明日の夜には元の孤児院に戻る予定だが…………妙にここが心地よくて不思議と帰りたくないと思ってしまう。町ゆく人々は暖かく、それでいて賑やか。俺もこんな街で生まれ育ちたかった。
そんな事を思いながらボケーッと外の風景を見続ける。
「あの妖気は…………あまり感じなくなったな」
やっぱり予想通りに勝手に消滅したのだろう、若干あの巫女さんに変なこと思われたかもしれないが……まぁ向こうは俺の事なんてもう気にしてもいないだろう。観光客だって言ったし。
「何も無かったんなら良かった。さて…………寝るか」
電気を消して、敷いていた布団の中に入り込み、一日の疲れを取るために休養をするが…………しばらくしてから、俺の睡魔を吹き飛ばすほどの強力な妖気を感じ取った。
恐らく経過したのは十分弱。僅かその間に消えかけていたあの妖気は十分に危険と判断できるほどに強大になっていた。
流石にそんな槍で刺されるような感覚を感じたら、寝ている場合じゃない。
「マジかよ……余裕ぶっこいてる暇はなさそうだなっ!」
俺はできるだけ音を立てないように、部屋の窓から飛び出して気配の感じる方向へと走る。
正直、このレベルでの強さの妖気は感じたことがない。だからこそだろう。対抗する手段を持っている俺が何とかしなければならないと思った。
これは昔、幽霊に聞いた話だが…………怨霊として生まれた霊は、あまりにもの強すぎる怨みを抱くと、無差別に人を襲い始めるらしい。本来ならば個人を狙う怨みでも、暴走に近い形で人々に恐怖を与えるのだという。
そんなことをさせる前に何とかして止めないといけない。そう思いながらたどり着いた場所は、暗い山の中だった。
月明かりすらも侵入を許さない暗闇の森。虫たちの鳴き声が不安を唆す。
そしてそんな山の中を無造作に走っていくと…………
「なっ……!?」
ぶくぶくと身体中から泡のような物を何度も何度も出現させ、ドロドロに溶けたスライムのように地べたを這い蹲る化け物。
真っ黒に染まったその身体の頂点からは、赤く光る瞳がこちらをぎょろぎょろと睨みつける。
『ごがぁぁぁぁ………………』
「気持ち悪ぃ…………」
見るからに存在しちゃいけない化け物だ。それでも決して臆していないのは、日々見かける幽霊達のおかげだろう。
いやそのせいなのかもしれない。俺が『逃げる』という選択をしなかったのは。
まさかまさかの初日にこんな化け物と出会っちまうなんてな…………
と、その時、目の前の化け物が溶けた身体から触手を出して、鞭をしならせるように俺に襲いかかる。
「────ッ!?」
咄嗟に身体を後方へとジャンプして移動させ、ギリギリのところでその触手を躱す。
振り返るとあの触手が触れた部分は、クーデターのように抉られており、その『破壊力』の高さを表していた。
「オイオイ……ふざけんなよ……、あんなもんまともに食らったら怪我どころじゃすまねぇぞ……!?」
さすがに俺もこんなものを目の前にしたら心の底から恐怖する。
この状況が死と隣り合わせという事を突きつけられてから、明らかに逃げの本能が働いていた。
でも……仮にここで俺が逃げたとしても、コイツが町に下りてきた瞬間にゲームオーバーだ。どの道俺はこいつと闘わなきゃいけないだろう。
『ギュゥゥゥゥ…………』
「アレがどこまで効くか知らねぇけど…………やるだけやってやる……!」
ちょっとした悪霊程度なら、この力で何度も祓ってきた。決して慢心している訳じゃないが、俺が対抗出来るとしたらこの力しかない。
覚悟を決めると、俺は右足に『蒼い力』を纏わせる。
原理は分からない。けれどこれは、俺が『化け物』と呼ばれることになった第一の原因だろう。
この不思議な力のおかげで俺は一人になったし……人生を狂わされた。
そして再び、あの触手が俺に真っ直ぐ伸びてきて、襲いかかる。
けれど今度は攻撃を躱さずに、右足を盾にして受け止める。
「……ッ!? なんだコレ…………重ッ!?!?」
今まで感じたことの無い強力な衝撃に負け、数メートル後ろへと吹き飛ばされる。
ゴロゴロと身体の所々を地面に打ち付けて、痛みを我慢しながら吹き飛ばされていると、その辺に生えていたデカい木に身体をぶつけて、勢いを殺される。
「痛っ────」
強く身体を打ち付けたせいで反応が遅れ、俺は目の前の化け物の攻撃に気が付かなかった。
そしてそれに気がついた瞬間はもう遅く、こちらへと伸びてくる触手が俺の身体を貫くと思ったその時────
「えいっ!!」
と鈴の音と共に聞こえてきた短剣のような白刃が、その黒い触手を切り落とした。
そしてそれを扱う美しい銀髪の女の子。俺はこの人を見たことがある。この人は…………
「巫女……さん……!?」
「危ないところでしたね、ここは私に任せて下がっていてください」
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