黄金の精神で怪奇現象を切り抜ける話 (聖剣エクスカリバー)
しおりを挟む

Battle1:幽霊屋敷

 俺の名前は井之頭勇也。

 夏のやけに涼しい日だった。ちょっとした休暇が出来たから、久しぶりに叔母の旅館に行くことにした。その旅館はとある田舎の駅の近くにあり、代々受け継がれてきた風情を感じさせる。とても大きいとまでは行かないが、普通の旅館よりは大きい方だと思う。

 都会の中学校に進学するまでは、俺もこの田舎に住んでいた。この旅館に泊まるなんて、もはや「喉が渇いたからジュースでも買おうかな」ぐらい日常茶飯事なことだった。そのお陰で、間取り、装飾品、敷布団の敷き方が分からない方向けの解説紙の位置まで未だに鮮明に覚えている。

 

 中に入ると、何とも言えない懐かしい香りが俺を包み込んだ。この木の香りは好きという訳でも、嫌いという訳でもない。ただ、懐かしい香りだ。

 

「すみませーん!」

 

 この旅館では、常に受付の人がいるだろうから、適当に待っていれば良いだろうなどという甘ったれた精神は通用しない。それが通るのは、都会のホテルのみである。

 少しすると、小走りで俺と同じくらいの女性がやってきた。もちろん、彼女は俺の叔母ではない。叔母は俺より25歳ほど歳上だ。

 空き部屋を確認すると、意外にもあと一部屋しか空いていないとのことだった。危ない。どうせ空いているだろうと思って予約していなかったが、思ったより繁盛している様だ。

 

 手続きを済ませ、階段を登る。俺の部屋は203号室だ。確か、あの部屋は景色が一番良かった筈だ。

 そこで、少し引っ掛かる。あの部屋の景色が素晴らしいことは、昔から有名だった。しかし何故、“その部屋だけが”空き部屋になっている?もしや、何かが起こったのでは……?

 ……いや、考え過ぎか。評判等をよく知らない団体客がたまたまそこを残して滞在しているだけだろう。こんな細かいことを気にしている様では、せっかくの休暇の脳ミソが心配でふやけちまう。

 

 部屋に着いてから暫く、贔屓の作者の新刊を読んでいた。視力悪化を防ぐため、たまに外の景色を眺めることも忘れない。夜食を食べた後も少しだけ読んでから、やっと俺は床に就く準備を始めた。

 もはや体で覚えているため、敷布団を敷くのに時間はかからない。布団に入り、虫の鳴き声に心を傾ける。次第に意識が……。

 

 

『コロシテヤル…』

 

 今……!今、確かに聞こえたぞッ!!

 喉の奥から搾り出す様な、男の声。何処から…?!

 

ドッ…ドッ…ドッ…ドッ…

 

 ゆっくりと、しかし確実に階段を上がって来る音だッ!!まさか、この2階に上がって来ているとでも言うのか…?!まさか怪奇現象?!いやそんな馬鹿な…!!

 永遠かと思う時間が経ち、遂に音は俺と同じ高さになった。

 

ドドドドドドドドドドドド………

 

 その音は廊下を走ったかと思えば、この部屋の目の前で、キャッチャーに掴まれたボールの様に急停止した。

 おいおい!?まさか、お前の目的はこの俺だってぇんじゃあネェだろうなぁ〜?!冗談じゃねぇぞ?!お願いだから、別の部屋に行ってくれ!!

 

『コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル』

 

 その男は、狂った様にドアをノックし続けている。

 怖い!!恐ろしい!!助けてくれ!!こんな事になるなら、来るんじゃなかっ…………あ゛?!

 

 怖い…?恐ろしい…?助けてくれ…?

 

「ムカついて来たッ!なんでくそったれの『幽霊』のおかげで、俺がおびえたり後悔したりしなくちゃあならないんだ!!?」

 

俺はいつの間にか布団から飛び出し、扉に向かって叫んでいた。

 

「五月蝿いノック音で、ますます『ムカッ腹』が立って来たぞ………なぜ幽霊のために俺がビクビク後悔して『お願い神様助けて』って感じに逃げ回らなくっちゃあならないんだ!!

 

『逆』じゃないか?

 

どうしてここから無事で帰れるのなら『下痢腹かかえて公衆トイレ探しているほうがズッと幸せ』って願わなくっちゃあならないんだ……?

 

ちがうんじゃあないか?

 

おびえて逃げ回るのは『幽霊』ッ!きさまの方だァァーーーーッ」

 

 ノックの音はとうに鳴っていない。勇也は即座に周囲を見渡して武器を探すが…素手しかない!!

 扉を一気に開けると…そこには誰も居なかった。

 

「まさか……後ろかッ?!」

 

 そう!幽霊男は既に、勇也の背後に回っていたのだッ!!

 男の助走を付けた噛みつきに対し、咄嗟に左手で庇う勇也。左手の奥深くまで、歯が食い込む…!

 

「グッ…!」

 

 ここで、常人は噛まれた手を振り解こうとする。しかし勇也は…寧ろ逆!!

 体ごと回転しながら、噛みつかれた左手をそのまま地面に叩きつける事で、男を地面に押し倒したッ!!

 

『?!?!?!?!』

「お前はバカ丸出しだッ!ゴルァ!!

 

ズガァン!!

 

 渾身の右ストレートを叩ッこまれた男は怯み、その隙に左手の自由を得る!

 

『グァ…』

「お前…『俺』に『噛み付いた』よな…?てことは、“お前は俺に触れられる”…。つまりよォ…“俺はテメェをぶん殴ってぶっ殺せる”ってぇのは、リンゴが木から落ちるよりも当たり前の事だよなァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その幽霊には、迫る拳が“あの時”の様にとてもゆっくりに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユルシ――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラ!!!!!ゴォォーーーーーゥルルルァァアアアアアア!!!!!」

 

『ゥ…ァ…』

 

 その幽霊は、サラサラとした粉になって空気に還っていった。

 

「済まないが…この部屋は俺が予約済みだぜ」

 

 

☆★☆

 

 

 朝起きると…いや、正確には無理矢理起こされた後、俺は二人の人物の謝罪を受けることになった。昨日の受付の女性と、俺の叔母だ。

 やはり俺が泊まった部屋は曰く付きの様で、昔この部屋から飛び降りた男がいたらしい。打ちどころが悪く、即死だそうだ。それ以来、この部屋に泊まった人に恐ろしい事が訪れていたらしく、怪我人まで出たため、この部屋を使用禁止としていたとの事。

 しかし、叔母は昨日おらず、事件を新人の女性は忘れていたため、誤ってあの部屋の鍵を渡してしまった様だ。

 

「「本ッ当にごめんなさい!!」」

「いやいや大丈夫、なんにも起きなかったから。」

 

 正確には、昨日左手の大怪我の為、病院に行く羽目になったのだが。

 

「そうだ…叔母さん。」

「はい?」

「多分もう、幽霊出てこないと思うよ」

「……はい?それって――」

 

 じゃ、と手を振って、俺は旅館を後にした。

 今日は暑い日だ。喉が乾いたからジュースでも買おうかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle2:くねくね

 自宅のアパートのベッドに腰と荷物を下ろし、昨日の出来事を思い出す。あれが夢でないことは、左手の痺れと傷跡が証明しているというのに、俺はまだ信じ切ることは出来なかった。もしかすると、あれは唯の夢で、自分に噛み付いただけなのか…いや、どちらにせよ友人との話のタネにはなるだろう。

 俺はつい最近大学を卒業し、有名科学者の助手になったばかりだ。あの事を先生に話したら、絶対に碌な事にならないだろう。もし俺が超常現象を信じるドリーマーなファンタジストだと思われたらたまったものではない。

 いつまでも悩んでいては仕方がないので、俺はオムライスを作ることにした。まずは米だ。これがないと何も始まらない。早速準備を始めようとした時。

 

prrrrrrrrrrrrrrr…

 

 固定電話の音が鳴り響く。俺の気分が少し落ち込んだのは、十中八九、急な電話は先生から「やっぱ休みはなし」と宣告されることを意味するからである。全く、こっちのプライベートも考えて欲しいものだ。

 腰を上げ、受話器を取り上げる。

 

「もしもし。」

『・・・・・・』

 

「先生ですか?」

『・・・・・・・・・』

 

「…おいアンタ、何か喋ったらどうだ?口に間違えてピアスでもくっつけちまったのか?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 ……はぁ、イタズラ電話かよ。受話器を置き、振り返った直後。

 

prrrrrr

「おいテメェ、ふざけるのも――」

『ちょ、僕だよ僕。』

「この声は…沼田じゃあないか!すまない、先程イタズラ電話にあってな。」

 

 内容は、折角の休暇だから実家に遊びに来ないか、ということだった。勿論承諾した俺は、駅前で待ち合わせることにした。

 彼とは小学校からの友人で、今では同じ先生の助手として働いている。長い間苦労を共にしてきている点で、俺と彼はとても仲が良かった。

 

 

 友人と合流し、二人で自転車を漕ぎ出す。

 

「そういえば、昼食は食べたか?もしよければ、あの噂のレストランに行かないか?」

「ああ、あそこ?ごめん、親に勇也が来るって伝えたら、アイツら張り切っちゃって。家で食べる事にしよう」

 

 建物の密度が段々と減り、緑が多くなってきた頃、一面に広がる田んぼが目の前に現れた。友人の実家は農家なのだ。

 

「あそこに見えるのが僕の実家だよ」

「分かった、ありがとう」

 

 田んぼを眺めながら自転車を漕ぐ。今日はよく晴れた日で、この素晴らしい景色は今日の楽しみの一つでもあった。これで、この生暖かい風が無ければ完璧だったのだが。

 しかしながら、俺はあることに気づいた。いや、“気づいてしまった”。

 

「あれは…何だ?」

 

 遠くの田んぼに、人くらいの大きさの、くねくねと動く白い物体がある。二人で自転車を止め、よく目を凝らすがここからではよく見えなかった。

 カカシ、なのだろうか。それにしては揺れ方に違和感があったが、それ以外のものが思いつかなかった。

 

「カカシ…?」

「でも、あんな種類のは…ちょっと、双眼鏡取ってくるよ。」

 

 友人が取りに行っている間、少し奇妙な事が起こった。あの風が止んだにも関わらず、アレは未だくねくねと動き続けているのだ。風に煽られていたから揺れていたのではないとすると、一体……いや、考えすぎか。あそこからここは距離があるから、あそこではまだ吹いているのだろう。

 

 友人が帰ってくるのにあまり時間は掛からなかった。流れで双眼鏡を持ってきた友人から見る事になる。双眼鏡を持つ手には力が入っていた。

 そして、覗き込む…!!

 

「………。」

「……おい?!」

 

 何という事だ!!

 一瞬の硬直の後、彼の顔はみるみるうちに青くなっていくではないか!双眼鏡を手から滑り落としてもなお、アレを凝視し続ける。

 

「い、一体アレは――」

 

 大量の汗をかきながら、彼は俺に背を向け、自らの実家を向いた。

 

「わカらナいホうガいイ……」

 

 それは、既に彼の声では無かった。

 

「おい待てッ!!」

 

 ヒタヒタと帰ろうとする彼の肩を追いかけて掴んだその時。

 頬に、友人の平手が打ち込まれた。

 

「な………」

 

 そこに彼の意志は無かった。彼はただ――狂ったように笑いながら、まるであの白い物体のようにくねくね、くねくねと乱舞し始めたのだ。

 

「何ィィィィイイイイイイ?!?!?!」

 

 間違いない!!アレは、狂気の代物だッ!!知るべきでは無かった、いや、知ってはならなかったのだ!!

 目の前が真っ暗になる。あの時、俺が見つけていなければ。こんな事には、こんな事には…!!

 

 後悔の念が俺の心を埋め尽くしかけた時。それとは全く違う、別の感情が勇也に押し寄せた。

 そう、最も親しい友人をこんな風にした、その元凶に対し「許さねェ」とキレる、紛う事なき復讐心であるッ!!!

 

 自転車に跨り、一つ一つ漕ぎ出すッ!!

 

「テメェに勝つのに難しい工程なんていらねェ!!①はっきりと見ないようにする ②殴る それだけだッ!!」

 

 距離を半分まで縮めたころ、自転車を捨てて道を覚え、視界の殆どを隠しつっ走る勇也だったが、ギリギリまで近づいた後は、完全に目を閉じた。

 ……地面が、ゆっくりと揺れている?

 

『ナンダヨ?』

「テメェがどんな姿してるのかは知らねェけどよ~、たとえ神でも容赦はしないぜ?テメェを殺して沼田が助かるかもしれねェならなッ!!!」

 

 声がした方向に助走をつけて殴りかかる勇也。吹き飛ばした確実な感触を感じ取った直後、右拳が――

 

「お…俺の手が…くねくねと動き出しただとォ?!?!」

 

 そうか、分かってきたぞ…!!地面が揺れているのも、俺の手がくねくねとし始めたのも全部、コイツが触れたからだッ!!

つまり、コイツに触れたものは漏れなくッ!くねくねと動く様になるということか…!!

 

『コナイナラコッチカラ』

 

 近づいてくる音に反応して、咄嗟に右腕で体を守るが、強い衝撃に遠くまで吹っ飛ばされる。左手を地面に付けて止まれたものの、もはや右腕は使えない…!!

 

「クソ、長袖を着てくれば良かったぜ…」

 

 どうやって闘う?目が見えない今、脚を使って攻撃するとバランスを崩しかねない。しかし、腕で攻撃したら、もう二度と使えなくなってしまうッ!

 

 再び走り迫ってくるくねくね。それに対し勇也が取った行動は――。

 

「逃げるんだよォォォーーーーーッ」

 

 まさかの逃走ッ!!

 しかし、闘いを放棄したのではないッ!!久々に目を開けられた勇也は、ある物を持って再び戻ってきたッ!!

 

「これなら…テメェに勝てるぜ!!」

 

 そう!勇也が持ってきたのはカカシだったのである!

 

『ソウカ、ソレナラボウギョコウゲキトモニカノウ…!!』

「そういうこった!!ゴルァ!!

 

 カカシを左手で持ち、野球バットの様にフルスイングする。

 

『バカメ!!』

 

 だがしかし、現実はそう甘くない!勇也の利き手は右手であり、どうしても左手では遅くなってしまうッ!そのため、避けられて大きな隙が出来てしまった!!

 

『シネイッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブゥァ~~~~ッカ」

 

 なんと、それまでくねくねと動いていた右手が、背中からデカい布を取り出し、攻撃する瞬間のくねくねに覆い被せたのだ!!さらに、バランスを崩したくねくねを、完全に布で包み込む事に成功したッ!!!

 

『ナ、ナ、』

「ふぅ~、やっとこれで目が開けられるぜ。テメェのクソにまみれた顔面も見ずに済むしよォ。ま、差し当たって二つ疑問があるだろうから、教えてやるぜ。ゴルァ!!!

 

『グゥ…』

「まず、何故右手が動くのか。テメェはいつも中心にいたから知らねぇかもしれねェが、この物質くねくね化には射程距離がある。何故なら、テメェから10m以上離れた所の地面は揺れていなかったからだ。だから、10m以上離れるだけで、右手のくねくねを解除出来た!!ゴルァ!!!

 

『グボァ…』

「次に、この布は何か。田んぼには、大量のカカシがいるからよォ。そいつから服をもぎ取って繋げた、それだけだッ!!ゴルァ!!!」 

 

『グェ…』

「さ~て、じゃあやりますか。」

『ヤ、ヤメ「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラ!!!!!」

 

 連続パンチに怯んだ隙に、止めの一撃としてさっきのカカシを掴む。

 

「ゴルァ!!!!!!!」

 

 布の隙間から光り輝く粉となって、くねくねは天に還った。

 

「……結局、アレって何だったんだろうな……。」

 

 

☆★☆

 

 

「う、うぅ……」

「沼田、起きたのか…!」

 

 あの後、倒れていた友人を実家まで連れて行ったのだが、無事そうで良かった。もしアイツを倒せていなかったら……もしかすると、彼はアレと同じになっていたのかもしれないな。

 

「何かあった気がするんだけど…僕、何で気絶したの?」

「覚えていないのか。……自転車で倒れたんだ。傷は無かったが、頭から落ちたから。」

 

 結局アレの正体は謎のままか。まぁ、知っても良い事なんて無いだろうけどね。

 

「それより、早く飯を食おう。折角作って貰ってた料理が冷めちまうぞ。」

「はは、そうだね。」

 

 オムライスが出た時は少々驚いたが、なかなか美味しかったので、作り方のコツでも聞いてみようか。

 

 

 

 …その日の夜の夢。

 

「もしもし。」

『オイ』

 

「先生ですか?」

『オマエ』

 

「…おいアンタ、何か喋ったらどうだ?口に間違えてピアスでもくっつけちまったのか?」

『キコエテイルンダロウ?!』

 

 ………。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle3:髪女

 あの濃厚な二日間から、5日間が経過した。

 くねくねと動いていた怪異との闘いから、怪奇現象というものはもう認めざるを得ないだろうという結論に至った。という事は、この世界ではそれ以外の奇妙な現象もあるのかもしれない…が、俺の知った事ではないな。

 

 それよりもまずは、この漫画に集中しよう。絵柄がかなり独特だが俺は好きだし、この濃厚なストーリーや戦闘は他では味わえないだろう。最近になって知ったのだが、もっと早くから読んでいれば良かった。

 読み終えた頃には丁度良い時間になっていたので、寝る事にした。しかし、椅子から立ち上がった時、妙な違和感を感じた。俺が座っていた椅子の上に、長い髪の毛が数本落ちている。それらは俺の髪の毛よりも圧倒的に長く、色も少し違っている事から、明らかに他人のものであろう。しかし、最近他人を家に招き入れた覚えはない。

 ……そうか。この家の中で外と関わりを持つのは、俺とその服だけだ。つまり、ズボンに他人のが引っ付いていたのだろう。

 

「汚いな」

 

 端っこをつまむ様にして持ち上げ、ゴミ箱の中に入れてしまう。どこの誰のかも分からない様な毛髪なんて、はっきり言って不快でしかない。

 

 大きな欠伸をかくと、俺は部屋着に着替えて、それぞれの部屋の電気が落ちているかを確認した。俺の先生は一応有名だから、俺の部屋はまあまあ大きい。

 これで眠りにつく事が出来る。今日も仕事があったため、疲れは溜まっていたから、簡単に俺は眠りに落ちてしまった。

 

 

☆★☆

 

 

 夢を見た。

 目の前にいるのは、見たこともない恐らく二十台の女。彼女は…俺の首を絞めている。

 

苦しい…

 

苦しい…

 

苦しい…

 

 まるで本当に首が絞められている様な苦しさに思わず目を開くと……部屋の天井が目に“入らなかった“。何故なら…まるで満潮の海のように、うねった髪が埋め尽くしていたからである。

 

「ゴハッ…グ…」

 

 さらに俺は、首に髪の毛を巻き付けられ、てるてる坊主の様に吊るされていることを自覚した。

 まずい…意識が…ッ!!

 

 しかしそこは勇也ッ!髪を掴んで体制を変え、天井を蹴って自分が回転することで、髪の毛の拘束を解いたッ!!

 

 床に着地すると、髪の大海の中から、頭がひょこっと覗き出てきた。左目はドロドロに溶け、髪は血でべっとりと頭に張り付いていた。

 

『ァァ…アトチョットダッタノニ…』

「くそっ! 寝てる途中だってのに変なものみせやがってッ!!」

 

 勇也は段々と意識がはっきりしてきた。同時に、高速で頭が回転し始める。どうすればこの迷惑極まりない怪異を、この世から出禁に出来るかということに…!!

 

 天井の髪の海からは、太い髪の束が蔦の様に幾本も垂れ下がっている。その一本一本が、今度は発情期のチンアナゴの様に勇也に向けられた。

 

 瞬間。

 その何本かが勇也を貫かんと、高速で飛び出してきた。身を捻る様にして避けるが、避けた先に狙いを定めていた髪に左腕を切られ、血が流れ出た。

 

「畜生、そっちが本命か…ッ!!」

『フフ…』

 

 再びやってきた髪を横に跳んで躱し、今度は2回目の攻撃も躱す事に成功したが、3回目は避けきれず今度は頬を切られる。

 そんな勇也にはお構いなしに、次々に髪が発射されていく。

 

『ソラソラ!イチドモヨケレテイナイゾ!マヌケガァ!』

「クソ…!」

 

 何度も繰り返す内に、体は傷だらけになり、息もかなり切れてきた。そして遂に体力の限界が訪れたのか、台所に寄りかかったまま動くことが出来ず、脇腹に髪が貫通したッ!!

 

『カッタッ!ナイゾウクソミテェニマキチラシテシネ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめー、頭脳がまぬけか?」

 

 見れば、突き刺した髪が激しく燃え盛っているではないか!勇也の背後にあったのは、ガスコンロの火だったのだッ!

 

『アアアッ、ク、クルナ!!』

 

 抵抗虚しく、火は天井の髪の海にまで到達してしまう。そうなってしまえば、もう何をしても無駄だ。

 

『ギャアアアアアアアアア』

「髪ってのはなァ、空気を含んでるから酸素があるだけでなく、タンパク質も含まれてるからクソ燃えるんだ。テストに出るから覚えとけ」

 

 耐えきれなくなった髪女は、頭を切り離して床に降りようとした。しかしそこに居たのは――

 

「予測出来たぜ…テメェが火から逃れようと、しょっぺぇリンゴみてぇに頭を落っことすことはよォ!!」

 

「ラッシュヲタタキコムキカ!?シカシ、タンパクシツニハ“イオウ“ガフクマレテイル!ソレガモエタトイウコトハ、“ニサンカイオウ”ガハッセイスルッ!ツマリ、オマエモミチズ「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラ!!!ゴルァ!!!!」

 

 吹き飛ばされ、髪女はガラスに大穴を開けた後、空気に還りながら落下していった。

 

「取り敢えず、これで換気穴は出来たな」

 

 

☆★☆

 

 

「本ッ当にすみませんでした!!」

 

 あの髪女との闘いの後、俺は電話で、全力で大家に謝罪していた。髪女が死んだ後に髪が消え去った事と、このアパートが耐火性に優れていたために火災にはならなかったものの、部屋に大量の焦げ跡が残ってしまった。

 とんでもなく価値が下がってしまったため、弁償は多額になった。今病院にいて、脇腹の手術もあるし、保険分を引いても、痛い出費である。

 

 新聞を読んでいると、やはりというべきか、この町で交通事故による死者が出たそうだ。“運悪く”、この人の毛髪を家に持ち込んでしまったために、あのような事態になったのだろう。

 そんなことを考えていると、どうやら見舞いが来た様だ。

 

「やぁ、勇也くん…。」

「沼田か、ありがとうな」

 

 やけに浮かない顔をしているな。そんなに心配――

 

「やあやあ井之頭ちゃん、元気かい?」

 

 ……先……生……?!

 

「おい沼田、なんでコイツが居るんだよッ!」

「ごめん、無理矢理付いてきたんだよ…」

「おっと、隠し話とはいただけないねェ!」

 

 はっきり言って、この女は変人だ。助手試験の時はあんなにまともに見えたのに、いざ働いてみれば酷いものであった。明らかにおかしい時間労働させたり(まあその分給料はかなり弾むが)、実験だとか言って町に繰り出しては、動物の死体集めを命じられたりするのだ。実績は素晴らしいのだが、それ以上に悪評が轟いているので、その助手の俺たちまでも変人扱いされるので堪らない。

 

「ああそう言えば、火事の弁償と手術費、全部支払っておいたよ。仕事に支障が出ちゃあ困るからね。待ってるよ、優秀な助手クン」

「あ、ありがとうございます…。」

「ホントに早く帰ってきてよ!それまで、君の負担が僕に集中するんだからね!」

 

 複雑な心境ではあるが、まあ、めでたしめでたし…である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle4:テケテケ

 私の名は白羽 滝。褒めて頂いて結構なのだが、かなり有名な科学者である。

 今日は私の助手、井之頭勇也の見舞いに来ている。脇腹に穴が開いて内側を若干火傷、体にはかなり多くの切り傷があったそうだ。また、勇也の部屋の主に天井が丸焦げになっているようだ。本人に何故なのか聞いても、「覚えていない」の一点張りで、事件性を疑ってしまう。…もしや「アレ」の……。今後も本人が話さない様なら、知人に相談せねばなるまい。

 

 勇也と沼田に出会ったのは1年と少し前。都会の大学を卒業した2人は、私の研究所にメールを送ってきた。私が助手を募集していたことと、沼田の実家がこの町にあったことが理由らしい。

 早速軽く面接や試験をしてみると、勇也は行動力があって頭も良く、沼田は少し性格が控えめだがとても正確に実験をこなすことが出来るようだった。

 私は直感めいた確信により、この2人を採用した。これまでの助手は一か月もてば良い方だったのだが、まだ続いていることからあの確信は正しかったのだと分かる。文句こそ言うものの、2人ともこの仕事にやりがいを感じてくれている様だった。

 

 その為、勇也を失う訳にはいかないから、金関係は私が全て解決した。あとは怪我が早く治ってくれれば……まあ、“最終手段”はあるにはあるのだが。

 

 話を終え、沼田と共に研究所に向かおうと思った時。周囲の様子が変わっていることに気づいた。部屋の光はいつの間にか青っぽくなっており、窓は完全に閉まり、外の様子が曇って見えなくなっていた。さらに加えて、経験したことがない程の悪寒が全身を包んでいる。

 この事に2人や周囲の人々も気づき始めた様で、多くが無言で震えていた。

 

「やれやれ、こんな時に…」

「せ、先生!一体――」

 

 無言で沼田の首を手刀で叩いて気絶させ、廊下への扉を開ける。

 

「お、おい!1人でどこへ!」

「おとなしく待っててね、井之頭ちゃん。」

 

 扉を閉め、周囲を見渡すと、すぅと息を吸った。

 

「『ブレイク・フリー』」

 

シュウウゥゥゥ……

 

 唐突だが、私は生まれつき、奇妙な能力を持っている。ある人から聞いた所によれば、『スタンド』と呼ぶらしい。尤も、実生活において使用したことは殆ど無いのだが。

 つまり何が言いたいのか。私の背後に現れた、この白い煙に目が生えたものは私の『スタンド』だ。

 

 さて、そろそろ敵のスタンド使いと相見えたいところだが…見当たらないな。ゆっくりと、青い廊下を歩いていく。……が、そのうち赤く染まった曲がり角を発見した。

 

「…ッ!!」

 

 ゆっくりと覗き込むと、曲がり角に私が目にしたのは、下半身が切り離された死体だった。目は死神を目にしたかの様にかっ開いており、内臓も飛び出していた。

 

(早く倒さなければ…!!)

 

 何が狙いだ?私か?それとも虐殺行為自体か?それとも――

 

メギャン!!!

 

 その瞬間、凝固し、人型となった『ブレイク・フリー』が、背後からの攻撃を弾き飛ばした。

 

『キャキャ…アタシの攻撃に気付くとは、やるじゃない』

 

 振り返るとそこに居たのは、下半身のない少女だった。両手で地面に立っており、醜く顔を歪ませている。

 

「私の『ブレイク・フリー』を霧散させて、探知していたのだよ。…目的はなに?」

『教えるぅ?そんなことを敵にするか!真面目に考えろボケナスッ!!』

 

 口の悪い少女は、手で移動しているとは思えない程の加速を見せ、高速で腰に手刀を放ってきた。

 

「そんな手刀など…?!」

 

 スタンドのパンチで迎え撃とうとした手刀が、いつの間にか鎌に変化している?!

 しかし、速すぎて手の形を変えることが……

 

「グッッ!!!!」

 

 鎌は拳を縦に真っ二つにし、前腕の途中までを切り裂いた。

 

『キャキャキャ!ナスには切れ目を入れねェとナァ〜〜ッ!!』

 

 少女は地面を叩き、離れていく。

 

『さア叫べ!それが貴様の死に声だッ!!』

 

 これまでに経験したことがない程の痛みに襲われる。しかし――

 

「怯む……と!思うのか……

 これしきの……これしきのことでな!!」

 

 白羽は煙を輪状にして、右手を固定した後、ニヤリと笑って見せた!!

 

《な……なんて精神力!!アタシならとっくにションベン漏らしてるぜ…!!》

 

「私は――『今からお前の攻撃を一度も受けずに屋上へ行く』」

 

『…ハッ!やはり逃げるのか!私に恐れを出したな腰抜け!!』

 

 振り返り、階段に向かって走る白羽。しかし、その速度はテケテケより圧倒的に下だッ!追いかけるテケテケから逃げられる筈が――

 

『何?!急にドアを開けて部屋に入ったぞ!不味い、方向転換は苦手なのに!!』

 

 グッと地面に力を込めてやっと止まったテケテケは、部屋にゆっくりと入って行く!そこに居たのは、慌てた顔をした白羽だった!!

 

『貰ったッ!!…何?!攻撃がすり抜けただトォ?!コイツは偽物かッ!!

 あ!!天井に穴が空いているぞ!!そこから登ったのがバレバレだぞマヌケがァーー!!』

 

 床からひょっこり出てきたテケテケの頭の横にあったのは、『ブレイク・フリー』の拳だった。

 

「……残念なオツムだな。」

 

 ゴミを見る様な目と共にラッシュが叩き込まれ、テケテケは逆に二つ下の階まで床を破りながら落ちていってしまった。

 

『グハッ……ま、不味い…このままでは屋上に辿り着かれてしまう…!!』

 

 この時、テケテケは既に“目的”を忘れていた。代わりに脳を埋め尽くしていたのは、『宣言されたこと』を達成させてはならないという使命感、それだけだった。

 

 テケテケが必死こいて急ぎ、屋上に辿り着いた頃。既に屋上には、風に煽られ、白衣をはためかせる白羽が居た。

 

『あ……ア……』

 

「遅かったな」

 

 今までの幾倍もの速度、そしてパワーで、反撃する間もなくラッシュをその身に食らったテケテケは、粉になりながら落下していった。

 

 白羽 滝のスタンド、『ブレイク・フリー』は煙のスタンドである。相手に宣言したことを達成すると、その難易度に応じて力を得ることができるが、相手は必死にそれを阻止しようとする様になる。

 

 

☆★☆

 

 

「「せ、先生!!」」

 

 元に戻った病室で待っていると、先生が扉を開けて帰ってきた。かなりの時間いなかったが、どうやら無事だった様で、“傷一つなく”帰ってきた。

 

「やあやあ君たち、そんなに私の事が心配だったのカナ?」

「え、あっはい。」

「あ、はい。」

 

 …ま、そんなことが言える様なら、安心だろう。

 

「それより井之頭ちゃん。聞きたいことがあるんだが…いいかい?」

「…はい。俺も話したい事があります」

 

 一気にこの場に緊張感が漂う。

 

「あの僕は…?」

「あー…研究所に行っててくれたまえ」

 

 ………沼田が去った後、周りに聞こえない様小声で、先生が話しかけてきた。

 

「昨日の件だ。本当に覚えていないのかい?」

「……先生は、さっき出て行った後、何をして来たんですか?」

 

 質問を質問で返してしまうが、まずこれを聞かないと答えられない。

 

「……さっきの異変を生み出した相手と、闘ってきた。幽霊の様なものだ。」

 

 普通なら、冗談と受け取るだろう。しかし、勇也にはそれを信じる理由があった。

 

「では、質問に答えます。俺も、幽霊と闘っていました。髪の毛の幽霊です。」

 

 それを聞いた先生は、明らかに動揺していた。

 

「そんな、嘘だ……髪の毛の“スタンド使い”なんて彼女しかいないじゃない!!」

 

 俺は2つの要因で、驚きと困惑に呑み込まれた。先生が声を荒げる様子を初めて見たことと、あともう1つは――

 

「……先生………“スタンド使い”ってなんですか?」

「………ねぇ、勇也ちゃん。その“幽霊”ってのはどうなったの?」

 

 しかし、今度は俺が質問に質問で返されてしまった。

 

「倒しました。あと、多分アレは“スタンド使い”?じゃなくて“幽霊”ですよ。」

 

 先生は何処かに電話をかけ、少し話すと、ホッとした様子を見せた。

 

「じゃあ本当に……なら、今日本体が見つからなかったと言うことは……」

 

 考えを巡らせ、結論が出た様子なので、話を切り出した。

 

「まぁ、“スタンド使い”とやらの話は置いておきます。……俺が伝えたいのは…この仕事を辞めさせて下さい。」

「………え?じ、じょ、じょじょ、冗談、だよね…??ね?」

 

 先生は、さっきとは比べ物にならない程動揺していた。

 

「給料10倍にするから!!!」

「いや、そういうことじゃあ無いんです。実は、これで怪異に襲われるのは4回目なんです。しかも、全部ここ一週間で。多分、俺は怪異に狙われている。今日みたいに、迷惑を掛けてしまうなら……辞めた方がマシだッ!!」

 

 先生は一瞬驚いたが、少し考えた後、口を開けた。

 

「今までは無かったのに急に起こり始める。何かの変化には必ず原因がある。つまり、その原因を突き止め、潰せば…元に戻る。」

 

 先生は椅子から立ち上がり、窓の側で振り返った。

 

「……それに協力するから、諦めないでくれよ、優秀な助手クン。」

 

 陽光に照らされ、髪が煌めいていた。

 

「さて、さっきの質問に答えようじゃないか。『スタンド』とはッ!『パワーを持ったヴィジョン』であり、持ち主の傍に出現し、様々な超常的能力を発揮して、他人を攻撃したり持ち主を守ったりする守護霊のような存在であるッ!そして今ッ!私のケータイを持ち上げているのが、私のスタンドだッ!!まぁ、『スタンド』は『スタンド使い』にしか見えないから、勇也ちゃんには見えないと思うがね!これで怪異とやらと闘う!」

 

 ……これは!…信じるしか無いようだ。

 

「あの…俺、スタンド、見れてるんですが…。」

 

「…へ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle5:鬼ごっこ

 “何故俺にスタンドが見えるのか”は一先ず置いておいて、先に俺の傷を治すことになった。

 先生が再び誰かに電話を掛けてから幾らか待つと、その人がやって来た。

 

コンコン

 

 …ノックが2回だ。

 

「ウッス、あなたが勇也さんっスか?」

 

 扉が開き、見えたのは体格が良い学生で、頭の大きなリーゼントがどこか焼きナスの様に見える特徴的な髪型だった。

 

☆★☆

 

 漫画家、岸辺露伴が井之頭勇也とやらの話を聞いた時に何を考えたか。勿論、“漫画の役に立つぞ”のみである。

 ぼくは電話を切ると、康一くんの家から白羽の研究所に向かった。ちょっと山を買って破産したので、今は康一くんの家に転がり込んでいるのだ。

 玄関の鍵が開いていたので勝手に入り、エレベーターを上る。研究室に行くと、3人が話し合っている姿がドアのガラスから見えた。こいつらの内知ってるのは白羽……それにクソったれの仗助か。残りの1人が勇也だろう。

 どれ、盗み聞きでもするか。

 

「――から、スタンドが見えるんじゃないっスか?」

「…あまり信じたくない説だな。」

「まあ、その辺はすぐに確かめられると思うよ?ねぇ、露伴ちゃん。」

 

 チッ、バレていたか。

 扉を開けると、3人の姿がよく見えた。3人とも椅子に座っていて、この中では最年少の仗助が一番デカい様だった。まあ、白羽と勇也も高めだが。

 

「露伴って、あの岸辺露伴…?!」

「ああそうだ。…で?何で仗助も話し合いに参加しているんだ?」

「勇也を治す時に事情を聞いたからな…放っておける奴はいねーっスよ!」

 

 やれやれ、相変わらずお人好しだな。

 まあ、ぼくは勇也の記憶が読めればそれでいいがね。ぼくが『ヘブンズ・ドアー(天国への扉)』を使う流れになっているのはとてもありがたい。

 

「じゃあ、さっき聞こえなかったのだが、勇也にスタンドが見える理由は何なのだ?」

「これはあくまで説なんだが、勇也が…幽霊に近い存在かもしれないのだよ。」

 

 つまり、吉良の父や杉本鈴美の様なものか。

 

「俺には、死んだ記憶なんてこれっぽっちもない。だが…“違和感を感じている事”が無いわけでもないんだ。」

「それは一体…?」

「覚悟は出来てる。調べてみてください、露伴先生。」

 

 では遠慮なく…『ヘブンズ・ドアー』!!

 

「うえ〜…顔が捲れてきたぞ…」

 

 ペラペラとページを捲ってみると、最近遭遇した怪異の事が詳細に記されていた。

 

 

叔母の旅館で幽霊に遭遇

****年*月*日、叔母の旅館に宿泊しに行った時のことだ。読書を終えて電気を消し、布団に入って意識を手放そうとした瞬間、「コロシテヤル」としわがれた不気味な声が聞こえた。その声の主は次第に――

 

 

 ほうほう、これは中々――

 

「はぁ、怪異について読んでも良いが、後にしてくれないかい?露伴ちゃん」

 

 全く、人使いが荒いヤツだ。

 

「はいはい。」

 

 

先生がまたもや大発見!ボーナスがっぽり

 

 

「ピンクダークの少年」と出会う

 

 

大量殺人鬼逮捕!何故か貰えるボーナス

 

 

一流科学者の実態!!人生初の死体集め

 

 

美人一流科学者の助手に、見事合格!!

 

 

「……ない。」

 

「どうしたんスか?」

 

「ページが……ここで終わっているッ!!!」

 

 どういう事だ!?これはまるで…一定期間より前の記憶が、全て消し飛んでいると示している様なものではないか!!

 

「ろ、露伴先生!一体それはどういう意味なんですかッ?!」

「……みんな、悠長に話している時間は無い様だ。『来た』」

「「「!!!!」」」

 

 白羽が作り出した、煙の『見取り図』に、ゆっくりと動く『マーク』がある。それが、怪異を示しているという事だろう。マークは、俺が入った扉から、ゆっくりと1階からこの2階へのエレベーターに向かっている…!!

 

「仗助ちゃん!窓から脱出するよ!」

「おうよ!ドラァ!!」

 

 仗助の背後から現れた『クレイジー・ダイヤモンド』が窓を殴りつけるが、窓にはヒビすら入らない。あのパワーで割れないという事は――

 

「脱出不可能状態…!!」

「な、なんだこのクソ硬ェ窓はァ~~~?!」

 

 こうなったら、怪異本体と直接殺り合うしかない…!!

 その時、マークが突然エレベーターへの道を外れ、別の方向へと歩み出した。

 

「え…こいつ、どこ行ってんスか?」 

「み、みんな!下に…沼田が取り残されているッ!!」

 

 白羽がハッとした顔をする。沼田…?その沼田というヤツに、怪異が向かっているのか。

 

「行くぞ!!」

「うおおおお!!!!」

 

 3人が全力疾走で駆け出し、少し遅れてぼくもそれに続いた。

 

☆★☆

 

 俺は仗助と必死に走り、エレベーターを目指していた。間に合え、間に合うんだ!!

 エレベーターが見え、2人で中に乗る。『閉める』ボタンを押すが、残りの2人は…ダメだ、間に合わない!先生は足が遅いし、露伴先生は出遅れた!

 扉が閉まっていく――

 

「おい勇也さん!エレベーターの動作を待つのに、かなり時間食うぜ!」

 

 何か…!!何かが出来るッ!!

 俺が奇妙な存在である、そう自覚した時から、何かが出来る様になった、いや、『使えたが自覚していなかった』何かがあると直感が告げている……そうか!俺は、『機械や器具の性能を上げる』ことが出来る筈だッ!

 エレベーターの床を触ると、恐ろしい速さで扉が閉まり、一瞬で1階に到着した。

 

「行くぞ仗助ッ!!」

「よく分からねェがスゲェな!」

 

 走る、走る!俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ…だがそれ以上に、沼田を死なせたく無いッ!!

 開いている扉から、全く動けない沼田に斧を振り上げる怪異の姿が見えた!筋骨隆々で青白く、目しかないスキンヘッドの大男が怪異だ!

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』!!」

 

 スタンドが仗助の制服のボタンを外し、怪異が持つ斧に弾き飛ばす。見事命中された斧は、吹っ飛んで壁に突き刺さった。

 

「ふぅ、ネズミ退治ン時の経験が役に立ったぜ〜!」

「ゆ、勇也くん!と、……?」

「大丈夫か?!沼田ッ!」

 

 斧を引っこ抜かれる前に、硬直している沼田の元へ走り、仗助の後ろに引き寄せた。戦闘はスタンドを持っている仗助任せになりそうだが、俺も何か出来ることは…!

 

『…………。』

 

ドドドドドドドドドドド……

 

 その時だった。俺の後ろのエレベーターから、音が聞こえたのは。

 

「2人が来たか…!」

 

 曲がり角から頭を出し、エレベーターの方を見ると。エレベーターの前に居たのは、仗助と向かい合っている怪異と全く同じ怪異だった。そして、俺が聞いたのはエレベーターが開く音ではない。“壊す音”だったのだ。

 それは、とても綺麗で不気味な目で俺を見ていた。

 そして、分かるのだ。それが笑った事を。

 

「あ、ああ、ぁあ……。」

「仗助!もう一体居て、エレベーターを破壊しやがったッ!窓が破壊出来ないという事は、先生が床を破壊することも出来ねェ!つまり、俺たちだけでこの2体と闘うしかないぜッ!!」

「なら、さっさとコイツを片付けてやるっスよ!」

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』が出現し、勢い良く殴りつけた、その時。スタンドが、止まった。

 

「何をしてるんだ仗助?!そいつを早く殴っちまえ!」

「いや違ェんだ!動けねェ、スタンドを動かせねぇ!!」

 

 斧がゆっくりと振り下ろされる。このままでは仗助が!

 

 その瞬間、怪異の腕が排気口に吸い寄せられ、張り付いた!勇也が咄嗟の判断で、排気口に触れたのだ!

 

「『排気口』の働きを強めた!お荷物にはならねーぜ!」

 

 仗助にタックルをして、怪異から引き離す。もしかしたらこれで――

 

「ス、スタンドが動かせる様になったっスよ!」

「良かった、予想が当たったぜ!アイツに触れるほど近づくと、動けなくなるんだッ!」

 

 この一体はもう動けないだろうから、残るはあと一体だ!

 

「おれに良い考えがあるぜ!ぶっ壊すことが出来ねぇならよ〜〜、直せばいいんじゃあねェか?」

「そうか、エレベーターを直せれば、先生と露伴先生の助けを借りられるな!」

 

 しかし、エレベーターに行くにはもう一体の怪異を乗り越えなければならない!

 

「仗助、聞いてくれ!今この状況を乗り越えるには…これしかない!」

 

 

 

 勇也はドアの外に飛び出し、怪異と向かい合った。

 

「引き寄せるぜ…限界までな…」

 

 そしてギリギリまで近づいてきた所で、『クレイジー・ダイヤモンド』の力を借りて飛び上がり、照明につかまった。

 

「その目に焼き付けやがれ!」

 

 直後、恐ろしい光が辺りを照らした。……だが!光が収束したときにあったのは、それをものともせず、勇也に向かって斧を振るう怪異の姿だった!その斧は勇也の腹めがけて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、プラン2だッ!」

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』から放たれたボタンの弾丸が、斧の軌道を修正する!その結果、斧は土台ごと照明を切り取ったッ!!

 

「てめー、エレベーターをその斧で破壊したよな?つまりそれは、てめーはこの建物を破壊できることを意味するぜッ!!」

 

 落下の勢いのまま照明を怪異に叩きつけると、ジュッと焼ける音がした。

 

「そして!『電球』の機能は光だけじゃねェ!今この電球は、真夏のコンクリートの何倍も熱くなっているぜッ!!」

『……!』

 

 そして、怪異が怯む間もなく、最期の瞬間は訪れる。

 

「ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァ!!ドラァ!!!」

 

 照明越しにラッシュを叩き込まれた怪異は、壊れたエレベーターに吹っ飛んで行った後に、粉となって空気に還った。

 一体目の怪異との戦いで、拳一つ分ぐらいが相手を硬直させられる範囲だと分かっていた。つまり、照明越しに攻撃すれば安全だというわけだ。

 

「グレートだぜ、仗助。」

「…ヘヘッ、お前もな!勇也!」

 

 これは2人が知るよしもないことだが、この怪異達の趣旨は『鬼ごっこ』。本来なら、逃げ惑うべき存在なのであった。

 

☆★☆

 

 暫く待っていると、3人がやって来た。勇也と仗助は“やってやったぜ”みたいな表情をしていたので、ぼくはちょっとイラッときた。

 

「ひどいじゃあないか勇也に仗助、ぼくを置いていくなんて。」

「あぁん?あんたを待っていたら、沼田が助からなかったんスよォ〜?」

 

 仗助との間に、ビリビリと電撃が走ったが、白羽と勇也に宥められた。

 

「ふん。」「ケッ!」

 

 エレベーターを降り、1階に向かい、案内された先には、動けなくなっている怪異の姿があった。

 

「実は、怪異は2体いたんです、露伴先生。もう一体は倒したんですげど…コイツ、どうにか出来ませんか?触れるぐらいまで近づくと、体を動かせなくなっちまうんですよ…。」

 

 ふむ、こんな姿をしているのか。スケッチブックを開き、紙の上に姿を写していく。

 

「ロ•ハ•ンちゃ~ん?何をしているのカナ?」

「これは譲らない。終わるまでぼくは仕事しないぞ」

 

 暫く心地よい沈黙が流れる。

 

「出来た。コイツを飼いたい所だが、まあやめておくか。『ヘブンズ・ドアー』」

 

 開かれたページは…残念ながら真っ白か。そこに、『大人しく成仏する』の文字が浮かび上がる。

 その直後、それは粉となって空気に還って行った。

 

「トンデモねぇスタンドだな…。あ!そういえば露伴先生!俺、『ピンクダークの少年』のファンなんですよ!」

「それは良い。ぼく達は波長が合うのだろうな。」

 

「あざっす!それに、露伴先生の『リアリティを大事にする姿勢』は素晴らしいです!尊敬します!」

「ふふ、じゃあ後で記憶を見てもいいかい?」

「はい!!」

 

 今日は良い日だ。素晴らしいデータと、素晴らしいファンに出会う事が出来た。問題も一先ず解決した様だし、めでたしめでたし、だな。

 

 

 

 4人の後ろで、下を向いていた沼田に幾筋もの汗が滴る。

 

 認めたくない。認めてはならない。

 

 だが、はっきりと――その目には、『スタンド』が見えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Battle6:血

「では帰る……が、本当に沼田は『記憶』を消して欲しくないのかい?」

 

 沼田が声を出さず、こくりと頷いて返事をしたのを見ると、露伴先生は気にしながらも帰っていった。

 沼田の様子がおかしい。ずっと下を向いていて、体はぶるぶると震えている。その情報だけから察するならば、まだ『怪異を見て怯えているだけだ』と判断出来ただろう。

 だが、違う。長年一緒だったからかは分からないのだが…彼の表情から感じるのは、『迷い』『苦痛』…そして『後悔』だ。

 

「なあ沼田…何故…何故記憶を消されたくないんだ?」

「…………」

 

 沼田が歯を食いしばり…そしてついに口を開けた。

 

「言えない…。だけど…言えることがある。」

 

 顔は暗く、しかしはっきりとした声で。

 

「僕達…の産まれた町に行くんだ。理由は、話せない。」

 

 沼田は立ち上がり、俺たちに背を向けた。そして唐突に走り出す。

 

「沼――」

 

 扉は閉められ、足音は素早く遠のいて行った。伸ばした手から、力が抜ける。

 

「……追わないんスか?」

「…追えねぇよ。沼田が話せないと言っているんだ…何か理由があるんだろうよ。」

 

 拳が固く閉じる。沼田が何故あんな行動を取ったのかは、分からない。…だが、一つだけ分かることがある。

 

「俺が育った塵場(じんじょう)村に、何かがある。俺は今からでも行くぜ」

 

「フ…なら、私も行くよ。まあ、勇也ちゃんは『迷惑を掛けたくない』とか言ってくるだろうからね、もし拒んだら無理矢理着いていかせてもらおうかな?」

 

「俺もっスよ、勇也さん!」

 

「みんな…ありがとな。」

 

 叔母の旅館がある場所。最初に怪異に襲われた場所。そして、俺と沼田の育った場所。

 これが終わったら…沼田とまた、笑いながら飯でも食いたいな。

 

 

☆★☆

 

 

『遂に来るか…この塵場村に。』

 

 1人の男に、もう1人の紅い男が跪いている。

 

『いきりくる?すりてれ、てちふめたひめすへるすなれせりくれなみねれけ?(どうします?同時にここで迎え討ちますか?)』

『言っているだろう。空気中の霊気を吸い尽くしてしまうから、怪異が同時に近くに居ても意味がないと。』

 

 大岩に座っていた男が、溜息を吐きながら男に振り返った。

 

『今、アイツらは車で移動している。ここに辿り着かせるな、トケトト。……時間が無い。真っ直ぐ向かえよ?』

『うらしるとゆし。(かしこまりました。)』

『僕の手下の中でも、お前は最強だ…。自信を持て』

『くむ。(はい。)』

 

 すぅと消えていった、“トケトト”と呼ばれた男に対して、もう1人の男は何を思っていたか。正解は、『何も思っていなかった』である。期待など、最初からしていなかった。

 だが、その『他人を信じない』という感情は、彼等の社会にとってはごく当たり前のものだった。その男は、『他人を信じない』ことで心の平穏を保っていたのである。

 

 

☆★☆

 

 

 月が照らす、夜の山道に、一筋の光が走っている。車に揺られている中の3人には、緊張の表情が浮かんでいた。

 

「…あと、どれぐらいで着くんスか?」

「あと一時間て所だな。アニメなら三本は見れるぜ。」

「お!じゃあアラレちゃんでも見ましょうよ!」

「君達な…第一CDが――」

 

 その瞬間。白羽はいきなりハンドルを回し、車は木に激突した。

 

「車から出るんだッ!!」

 

 全員が転がり出るように車から脱出した後、その車に何本もの鉄パイプが突き刺る。

 月明かりに照らされて前に見えるのは、鉄パイプが胸と両肩に突き刺さり、そこで呼吸をしている紅い男の姿だった。顔はなく、まるでドス黒い血の塊の様だ。

 

『いう。しゆせりきーじけ?(やあ。調子はどうだ?)』

 

 その言葉はあまりにも崩壊しているのに、何故か意味を理解することが出来た。

 

「気をつけろ!新手の怪異だッ!!」

 

 男は胸の鉄パイプを掴むと、奇妙なフォームでそれを投函した。だが、そのフォームからは予想できない程の速度で鉄パイプは飛来する。その狙いは勇也だ。

 

「勇也ちゃん避けて!!」

 

 瞬間左に飛ぶが、それは彼の右肩を串刺しにし、体は後方に吹っ飛んで行った。地面にぶつかる瞬間には、既に胸の鉄パイプは再生していた。

 

「は、速ぇ…!!」

 

 男は両肩の鉄パイプを掴み、白羽と仗助に投げつけた。それぞれのスタンドで弾くが、その瞬間には別の鉄パイプが飛来している。

 

「ク、クソ!奴に近づこうにも、パイプが多すぎるぞ!」

 

 勇也はその隙にポケットの中から輪ゴムを取り出し…放った!

 

「俺の輪ゴム弾きは、拳銃並みだぜ!!」

 

 輪ゴム弾は男の体に激突するが…貫通したものの傷ひとつつかず、怯みもしなかった。

 

「あり?」

「勇也さん!全然効いてねぇっスよ!」

「なら…これならどうだ!!」

 

 輪ゴム弾を何度も放つ勇也。しかし、ただ数を増やしてみただけではない!彼が狙ったのは…右肩の鉄パイプだッ!!

 

『かる?!(何?!)』

 

 強い衝撃により、鉄パイプは右肩を抉り飛ばしながら吹っ飛んでいった。

 

「今だ!!」

 

 走り出し、接近しようとする白羽と仗助!だが、抉り飛んだ肩が空中で舞い戻り、元の位置に収まった所を見て…………動きを止めることは無かった!!

 

「ドラァ!!!」

 

 男の腹を殴った仗助。だが、手応えがほとんどない。確かにパンチは貫通し、肉が吹き飛んだはずだが…いや、違う!肉ではない!!

 

「この匂い……てめえ、まさか体が血で出来てんのか?!」

『こをす。ねをちるとるうろとれち、するちりとるしるてるするッ!(そうだ!だれも私を傷つけることは出来ないし、無限に再生することか出来るッ!)』

 

 仗助の腕を引っ掻きながら飛び去って行った男の腹に、飛び散った血が戻っていく。

 

「アレは無敵なのか…!?」

「いいや…もう一回頼むぜ勇也ッ!!」

 

 輪ゴム弾により、再び怯んだ男に、仗助が接近して殴りつけた。それも、ただ殴っただけでは無い!

 

『てりにれ…きりて?!(身体が…縮む?!)』

「てめえの血の水分を、酸素と水素に直した!つまりよォ~~、てめえは今液体じゃあなく固体って訳だぜッ!!!ドラララララララララァ!!!

 

 大幅に体積が減少した男に、『クレイジー・ダイヤモンド』がラッシュを叩き込み吹っ飛ばした。……だが。

 

『つつ…ためけほけをォー!!おるしめつほせむきりうらくへしほそ?!へきゆ、いんかんいくるせるッ!!(クク…馬鹿者がァー!!怪異である私の固まった血の固さを舐めているな?!貴様は、逆に私を強化したのだッ!!)』

 

 目にも止まらぬ速さで移動し、小さくなった男は仗助と白羽を斬りつける。

 

『きるけ!きるけてりにれいん!!!(軽い!身体が軽いぞッ!!)』

 

 みるみるうちに2人に傷が増えていき、仗助がパンチを入れる事に成功するも、傷ひとつ着かない。

 

「やべぇ、やべぇっスよコレェーーーーーーッ!!白羽先生の『ブレイク・フリー』でなんとかしてくださいよォーーーーーーーッ!!!」

 

「言われなくとも!…そこの君ッ!」

 

『くをぉん?(ああん?)』

 

「今から私は…『二度と呼吸しない』」

ドンッ!!!

 

 それを聞いた男は一瞬疑問に思ったが、白羽の能力かと納得する。と同時に、どうしてもそれを阻止したくてたまらなくなった。

 白羽の能力が発動する条件は目標の『達成』だけでなく、『継続』も含まれている。つまり、呼吸をせずにいる限り、無制限に能力が上がっていくのだ。

 

『きゆせゆしんつれてるるて?!(出来ると思っているのか?!)』

 

 勢い良く放たれた拳が白羽を狙う。だが、男を輪ゴム弾が弾き飛ばした。

 

「俺を忘れて貰っちゃあ困るぜ。」

 

 男は何度も白羽に襲いかかったが、その度に仗助や勇也、時には偽物の白羽に阻まれる。狙いが分かっているため、防ぐのは容易だ。そして、約30秒が経過した瞬間。

 

「……!!」

 

 木の裏から現れた白羽が、『ブレイク・フリー』で高速のラッシュを叩き込んだ。だが、これでもまだ傷一つつかない。

 

1分。成果は全く見られない。

 

1分30秒。成果は全く見られない。

 

2分。小さなヒビが入ったが、瞬時に再生した。

 

 その時、白羽の頭上に文字が現れ、すぐに消えた。

 

《あと12分46秒だ》

 

「ハァ?!じゅ、12分46ゥ?!合計で14分46秒だぞ?!」

『せるにるそをう!うりけ!!(出来る訳がない!勝ったな!!)』

「せ、先生…!」

 

 その後白羽は攻撃せず、ただ逃げ回り始めた。

 

3分。

 

4分。

 

 白羽の体が真っ白になる。

 

5分。

 

6分。

 

7分。

 

『うりそ…!せをにるとゆきやせゆてりとり…?!(馬鹿な…!なぜまだ息を止めていられる…?!)』

 

 普通、長時間息を止める事はいくら意識しても出来ることではない。何故なら、『息を吸わなければ死ぬ』という本能に抗うことができないからだ。だが、白羽はそれを異常な精神力のみによって行なっていた!

 さらに加えて、4~6分息ができないと、人間は気絶すると言われているにも関わらず、運動しながら7分息を止められている理由。それは、彼女が脳と肺、そして心臓のみに血液の流れを限定し、さらに体をスタンドで動かしているからだ!スタンドは精神エネルギーなので、酸素を消耗することはない!!

 

8分。

 

9分。

 

10分。

 

『きりせん!!せりつれとりくるれにぬ、くれとりちれけりされけるーーー!!!(クソが!!さっさと息しやがれこのアバズレ女がァーーー!!!)』

 

11分。

 

 だがしかし!白羽も意識が薄れ始める!

 

12分。

 

13分。

 

「せ、先生!大丈夫かよ、本当に?!」

 

14分!

 

 もうほとんど、白羽の意識はなくなりかけている。

 

14分40秒!!!

 

『なぁ、なぁ、するちめこめくゆけるんすれきけん!くゆにるこをくるき!!!(ハァ、ハァ、やってられるかこんな闘い!!私は逃げるぞ!!!)』

 

 逃げ出そうとする男だったが、その瞬間、目の前に壁が出現した。そう、『クレイジー・ダイヤモンド』が、地面を再構築して作った土の壁だ!

 

『や(へ)――』

 

 

 

 『ブレイク・フリー』が出現し、通常の何十倍ものスピードのラッシュが叩き込まれた。その速さは、衝撃波により少し離れた勇也が吹き飛ばされる程。落雷を思わせる爆音が長くに渡って響き、再生不可能な程バラバラにされた男は、空の果てまで吹き飛んでいった。

 

 

 

 既に仗助に肩を治して貰っている勇也は、白羽に駆け寄る。

 

「せ、先生!!大丈夫ですか?!」

「勇也さん、これヤベェっスよ!!」

 

 白羽は、俯いたまま動かない。そして――ばたりと倒れた。

 

「先生ェーーーーーーーーーー!!!!」

「し、白羽先生!!」

 

 俺のせいでこんな事に…!!

 

「お、おい!息はあるし、気絶しただけっスよ!」

「そ、そうか…!」

 

 意識こそ失っているのの、命に別状は無さそうだ。とはいえ、まだ安心は出来ないだろう。

 俺は…本当に、これで良いのだろうか。自分だけのために、他人を犠牲にして。迷惑ばかりかけて。…良いはずがない。

 

「……仗助。先生を、病院に送ってくれ。俺は、1人で行く。」

「え?!何言ってんだ勇也さん?!」

「……頼む!!」

 

 勇也は、走ってその場を去ってしまった。仗助は追いかけようとしたが、気を失ったままの白羽を見て踏みとどまる。

 

「……クソ。」

 

 仗助は車を直し、白羽を担いで後部座席に寝かせた。幸い、近くの町には少し戻ればすぐに行くことができる。

 

「……誰が運転するんだよ……。」

 

 はやりスタンドで運んで行くことにした仗助だった。




次回最終回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Final Battle:幽霊

 …どれ程走っただろうか。木に寄りかかって、荒い呼吸を繰り返す。月に照らされた村がぼんやりと見えてからは、ゆっくりと誰もいない道を歩いた。

 この道は、沼田と共に自転車を漕いだことがある。たしか、近くの街の、ゲームセンターに行くためだった。初めてのUFOキャッチャーで、俺たちはお菓子ばかりを狙っていたな。運よく手に入り過ぎて、逆に食べきれなくなってしまったのも良い思い出だ。

 ……この記憶は、本当の記憶なのだろうか。

 

「……着いた」

 

 最初に怪異と出会った旅館が、遠くに見えた。辺りには、灯りの灯っていない家が間隔を開けて沈黙していた。

 

『……おい』

 

 ハッと振り返ると、自分より10m程後ろに、うっすらと人影が見えた。それはゆっくりと顔を上げ――

 

「ッ?!?!」

 

 そいつは、“俺”だった。比喩でも何でもない。自分と全く同じ顔、体格、声をしている。かろうじて違うのは、その身に纏った服だけだった。

 

「テメェ…?!ドッペルゲンガーか!」

『……どうかな』

 

 そいつは、すぅと闇に消えた。離れて見失った訳ではない。目の前には既に、誰もいなくなっていたのだ。

 

「!!どこだッ!!」

 

 周囲を見回した瞬間、頭に衝撃が走る。続いて肩、腹、背中と衝撃が走った。そして、その攻撃をしている物体は…!!

 

「腕が!?腕が空中から生えてきている?!」

『……!!!』

 

 ラッシュを喰らい、後方に大きく吹っ飛ぶが、着地の直後にポケットから輪ゴムを取り出した。

 どこだ?!どこにいるんだ?!

 

 懸命に敵を探す勇也に応える様に、それは姿を現した。

 

「喰らえ!!」

 

 輪ゴム弾が放たれ、それが直撃する直前。

 勇也の身体中に、幾つもの空気穴が開通した。

 

「…ごぶ…」

 

 ああ、そうだったのか。

 コイツの能力は――

 意識は暗く、暗く落ちていく。

 

 

☆★☆

 

 

「…うん…?」

 

 ゆっくりと目を開けると、白い天井が目に入った。ここはどこだ?

 

「……い……せ…い……」

 

 沼田の声だ。……沼田?

 

「先生!!」

 

 意識が完全に覚醒する。はっきりとした視界には、こちらを覗き込む仗助と沼田の姿が見えた。

 

「私は一体…?」

「気絶したんスよ、さっきの戦いで。」

 

 そうか…情け無いな。

 

「勇也ちゃんはどこに?」

「それが、1人で行っちまったんスよ!あの野郎!」

「そんな……いや、それなら早く追うぞ!!」

 

 ベッドから飛び降り、机に置いてあったメガネを取った。

 

「し、白羽さん!まだ安静にしていただかないと――」

「断る。仗助ちゃん、私が運転するよ。」

「ウス!!」

 

 看護師を避け、扉を開けた時。後ろから、予想外の声が聞こえた。

 

「僕…も!一緒に…行かせてください!!」

 

 

 

 

 

 車を飛ばしながら、私は沼田に話しかけた。

 

「沼田ちゃんは、いつ仗助ちゃんと合流したんだい?」

「…さっき、車で移動している途中、仗助くんが先生を運んでいるのを見たんです。」

 

 成程ね。この時間、この方向に意味もなくやってくる筈がない。

 

「私たちを追いかけて来たの?」

「…!はい…。」

「何故?」

「…いてもたっても、居られなくなったんです。やっぱり…僕には、勇也が闘っているのに、自分だけすやすやと寝るなんてこと、出来ません!!!」

 

 ……!

 

「フフ、やっぱり、沼田ちゃんは沼田ちゃんだな。……なあ。何故、君の“秘密”は言えないんだい?“秘密”が何なのかなんて、聞く気はない。ただ…言えない理由を、教えて欲しい。」

「……きっとこれを知ったら、勇也は悲しむと思うんです。傷つけてしまうと思うんです。そして――多分、僕に失望する。」

 

 沼田は俯き、表情を曇らせた。

 

「……沼田ちゃん。勇也ちゃんを……信じてやってくれないか?」

「え?」

「勇也ちゃんだけじゃない。君と彼の思い出や記憶。そして…友情を、信じてみなよ。」

 

 沼田は、より一層俯いて。だが、表情の曇りは少しだけ和らぎ。

 

「…はぃ。」

 

 握りしめた拳に、ポタポタと水滴がこぼれ落ちた。

 

 

☆★☆

 

 

「あっち行こーぜ!!」

「ま、待ってよ〜!」

 

 ある、夏の日。

 今日も日差しは強く、セミはミンミンと鳴いていた。雲一つない青空の下を、勇也くんと2人で駆けていく。

 

「おーい!勇也くんに越光くーーん!」

 

 声が聞こえた方を見ると、お隣の畑のお婆さんが手を振っていた。走って近づくと、水が入ったペットボトルを渡してくれた。

 

「今日はいつもより暑いから、ちゃんと休憩しなさいよ?」

「はーい!」

「おう!…けどおばちゃん!沼田は“越光”って呼ばれたくないって、前言ったよな?」

「ちょ!勇也くん!ごめんなさいお婆ちゃん!」

「あらあらごめんねぇ。忘れとったよ〜。」

 

 僕の名前は、沼田 越光だ。越光は『こしみつ』と読むのだが、読み方を変えると米の品種になってしまうため、それで虐められたことがある。だから、あまり名前は好きではない。

 

「まあ、水感謝だぜ、ばあちゃん!行こーぜ沼田!」

 

 勇也くんはサムズアップすると、キラキラとお婆ちゃんと僕に笑って見せた。

 思えば、僕をいじめっ子から助けてくれた後も、こんな顔で励ましてくれたっけ。

 

「うん!」

 

 再び2人で走り始めた。今日はどこに遊びに行こうか。

 こんな日々が、いつまでも続いてくれたらなぁ…。

 

 

 

「おい沼田、今日は森で遊ぶぞ!」

「えー、でも、お父さんから森では遊ぶなって…」

「獣のことだろ?大丈夫、そこまで奥には入らなねえよ!」

「それなら、大丈夫だね!」

 

 思えば、ここで無理にでも引き返すべきだったのだ。

 

 森に入って少しした頃、勇也くんがいきなり歩みを止めた。

 

「あ、あそこ…!」

「え?どうし――」

 

 勇也くんの視線の先に居たのは、手足の妙に長い化物だった。そのブドウの集合体のようなものは、四つん這いで坂道を下っていた。

 そして――目が合った。

 

「逃げるぞ沼田!!」

「……ぁ……ぁ」

 

 幼かった僕は、あの化物を見て動く事が出来なくなっていた。

 棒立ちする僕を余所に、どんどん化物は接近してきている。

 

「早く!!動け、動くんだ沼田ァ!!」

 

 もう、目の前まで――

 

 

ドンッ!!!

 

 

 身体に衝撃を受け、僕は坂道を転がり落ちていった。

 土と草にまみれながら、顔を上げると――

 

――はっきりと、僕たちが居た場所で、赤いものをもっさもっさと咀嚼している化物が目に入った。

 

 そして、理解する。

 

 僕の唯ひとりの親友。

 

 僕を救ってくれた親友。

 

 そして――大好きな親友。

 

 

 そう、勇也くんは――僕を庇って死んだのだと。

 僕が…勇気のない僕が……殺したのだ。

 

「ウワアアアアアアアァアアアアアアァァァ!!!!!!!!」

 

 何故か今になって動く様になった足は、化物に向かうことはなく。

 自分のためだけに、反対方向へと駆け出した。

 

「何で…!!何で今になって動けるようになるんだよォオオオオオオ!!!!」

 

 僕はこの先、この事を忘れることは決して無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やる気のない、堕落した日々が続く。

 いや、勉学を怠っている訳でも、生活が崩れている訳でもない。

 だが、確かにあの時から。俺は、ただ周りに流される、人形の様なものになってしまっていた。

 

 難関大学を卒業しても、それが無くなることはなかった。

 

 そして、久しぶりに実家に帰ることになった。と言っても、もう塵場村から両親は引っ越している。あそこに居ると、僕も両親も、勇也を忘れる事が出来ないと考えたからだそうだ。

 

 杜王町に到着し、改札を潜った。

 この町には、奇妙な噂がある。もしそれが殺人鬼の仕業なのだとしたら、いっそ僕を――

 

 その時、背後に鋭い痛みが走った。刺された様な痛みに振り返ると、背中に深々と“矢”が刺さっていた。

 

「な……!」

 

 直ぐに矢は溢れ落ちたものの、とんでもない苦痛にのたうち回る。

 それを、いつのまにかやって来ていた男が上から覗き込んでいた。

 

「……スタンドが発現しないな。駄目か。」

 

 その言葉が聞こえたのを境目に、僕の意識は手放された。

 

 

 

 

「お……ろ……おい、起きろ。」

 

 目を開けると、そこは病室だった。どうやら一命を取り留めたらしい。

 …だが、この男は誰だ?

 父さんでもないし、こんな友達がいた覚えもない。格好から、医師ということもないだろう。

 

「沼田…目を覚ましたか。」

 

 ……似ている。

 僕のたった1人の親友、勇也に…似ている!

 

「えっと…井之頭勇也さんの親戚ですか…?」

「ハア?何言ってんだ。目がまだボヤけてんのか?俺だよ、勇也だよ!!」

 

 勇……也?

 

「カカカ、勇也!今のはギャグに決まっとるだろうが!」

 

 反対側を見ると、父さんが腕を組んで笑っていた。

 彼の発言を聞いて、鳥肌が立つ。父さんは堅い人間だし、ドッキリなんか企画する筈がない。何より、そんなことは『勇也を侮辱すること』であり、寧ろ阻止しようとするだろう。

 それなら、本当に。これが夢でなければ本当に――

 

 いや……そうだ。

 僕は、何を勘違いしていたんだろう。

 怪異なんている筈がないじゃないか。

 勇也と今まで、一緒に過ごして来たんじゃあないか。

 勇也は――死んでなんかないんだ!

 

「そうだよ、ギャグギャグ!」

「はぁ?!つ、つまんねぇギャグ!!」

「カッカッカッカ!!」

 

 だが、心にはあの男が言った『スタンド』という単語がいつまでも残っていた。

 

 

☆★☆

 

 

 身体に幾つもの穴が開き、意識が完全に手放されかけた瞬間。

 

 強い衝撃が、走った。

 

 それと同時に、身体の痛みが完全に消失する。まさか、この能力は――

 

「間に合った…!」

 

 目を開くと俺は車の中にいて、そこにいたのは仗助と先生、そして…沼田だった!

 沼田が何故ここにいるのかは定かではない…が、多分俺に協力しに来てくれたのだろう。

 車は少しカーブしながら停止した。

 

「馬鹿お前ら、なんで来た!!」

「1人で勝手に先走りやがってよォ~~、おれ達に悪いとでも思ってんスか!?」

「だって俺のせいで――」

「おれは!!どっちかが困ってるなら助けてやる、それが友情ってモンだと思うんスよッ!!!」

 

 仗助…!!

 

「………すまない、悪かった。」

「分かればいいんスよ。…所で…ほら沼田さん!」

「は、はい!あの…勇也!!僕には、言わなければいけない事があるんだ…!!」

「お、おう!!」

 

 今日、出発前に沼田が『言えない』と言っていた事だろう。

 緊張で、額に汗が滑り落ちる。

 

「実は――君は、僕の『スタンド』なんだッ!!!」

「……へ?」

 

 え?俺がスタンド?確かに能力は発現したが…。

 あまりにも突拍子もない言葉に、俺は硬直していた。

 

「小学校の頃、僕達は怪異に遭遇したんだ。怯えて動けなかった僕を庇って…勇也は、死んだ。そして、僕が大学を卒業し、杜王町に来たときに『スタンド使いになる矢』を刺されたんだ!だから…君は、ここ一年程の記憶しか無いんだ。」

 

「お、おい!確かに露伴先生のページは途中で途切れていた。けど、ちゃんと小学校の記憶も、中学校からの記憶もあるぜ!」

 

「それは、多分僕の記憶だよ。だから、君が居なくなった中学校からの記憶は、かなりぼんやりとしている筈だ。」

 

「た、確かにそうだ。だけど、俺だけじゃあない!他の人の記憶も、記録もちゃんと――」

 

「それは、多分君のスタンドが出来る過程で起こったんだ。原理はよく分からないけど、多分『君が生きている』という現在の状況によって、『過去』が少し捻じ曲げられたんだよ。」

 

 しばしの間、沈黙が流れる。

 

 確かに、認め難いことだ。だが、そう考えれば全てに納得が行くことに気付いた。スタンドが見えるのも、記憶のページがほとんど無いことも。

 そして、それが正しいとするならば。――あの敵は、死んだ俺だ。ならば、彼がこの襲撃を起こしていたのだろう。同じ人間である俺を、殺すために。

 そこまで考えてから、勇也は顔を上げた。

 

「分かった。信じるよ。」

「本当?…失望、しないのか?」

「動けなかった事か?小学校のガキなんて、そんなもんだろ。」

「悲しく、ないのか?」

「俺が『スタンド』だったからって、お前との思い出が偽物になる訳じゃ無いだろ。まぁ、家に赤い変な虫がいたときよりは驚いたけどな!」

 

 そう言って、勇也は笑った。沼田には、その笑顔が昔と重なって見えて。

 

「うぅ、ぅ……」

 

 沼田は、心にずっと詰まっていたものが流れ出ていった事を感じた。

 

 

 

 

「さぁ………行くぞ!!!!」

「ウス!!」

 

 2人で扉から飛び降り、彼と向かい合った。

 勇也は助けられる直前、体の周りの空間に小さな穴が多くあり、その全ての穴から『自分』が見えていることに気づいた。そこから分かったのは、彼の能力は『空間を繋げる』類いのものではないか、ということだ。

 彼が途中見えなくなったのは、彼の目の前の空間が、別の空間と繋がっていたから。拳が飛び出して来たのは説明するまでもないだろう。そして、輪ゴム弾が増えて跳ね返ってきたのは、『入口』一つに対し、『出口』を多く設定したから、増殖したのではないかと考えられる……と、いう事を既に4人で共有していた。

 

 2人の姿を見ると、少しため息を吐いた後、彼は再び姿を消した。

 

「へッ、もうその手は気がねぇぜ!」

 

 白羽は、勇也と仗助のメガネのレンズの表面に地図を出現させていた。彼らのメガネは半メガネで、白羽のメガネをパキッと二つに割った物だ。これで、彼がどこに歪みを発生させたのか、どこに居るのかが確認する事が出来る。ただ、これをやっている間は白羽のスタンドが使えないので、白羽には車の中で待機してもらっている。

 

 勇也が輪ゴム弾を、敵とは反対方向に放った。そう、そこにも空間の捩れが生じていたのだ。つまり、そこに撃ちこめば――

 

『ッ?!』

 

 地図のマークがよろめいたのを見て、当たった事を確信する。攻撃が『別の場所』に瞬間移動させられるなら、その『別の場所』に撃ちこめば、攻撃を当てる事が出来る!!

 

 自らを隠す事を無意味だと悟ったのか、彼は空間の歪みを消し――いや、居ない!!後ろからのナイフ攻撃を仗助と共に避け、後ろの存在を視認する。『彼』が2人に増えている…!

 

『避けるか』

 

「まさか、自分を増やすことも可能なのか!!」

 

 攻撃が外れるとすぐさま、元の『空間の歪み』へと戻って行き、再び別の場所から現れる。それを何度も繰り返し、3人、そして4人にまで増え、さらに加えて空中からナイフまでも飛来し始めた。

 

「ふ、防ぎ切れねぇ…!!」

 

 最初は左目の地図によって辛うじて避ける事が出来ていたが、どんどん上がっていく攻撃のテンポと、不意打ちのナイフによりどんどん切り傷が増えていく。

 

「ドラァ!!」

「ゴルァ!!」

 

 隙を突いてなんとか2人を弾き飛ばしたが、どちらも吹き飛ばされた先に歪みが出現し、次の瞬間には別の歪みから出現してきてしまう。状況はどんどん不利になっていく一方だったが…!!

 

「仗助!弱点を発見した!!」

「おれもっスよ!!そして、それを突く方法もな!!」

 

 仗助はスタンドで、勇也は強化済のガムテープで、攻撃してくる敵の内の2人を動けない様拘束した。すると、もがいていた敵がすぐに消滅したのだ!!

 2人は、投げられたナイフが全て『5秒後』に消滅しているのを発見していた。そして、攻撃してくる敵も全員、『5秒以内』にもとの歪みへ戻っている。つまり、『増やされたもの』は、5秒以内に戻らないと消滅してしまうのだ!

 

 今攻撃していた敵が戻ってから再び出現した時、それらは全員大きなダメージを負っていた。それもそうだ、自身の2分の1が消失したのだから。

 その負傷を負ったまま素早く動けるはずもなく――

 

「ドラララララララララララララララララララララララララララララァ!!!!」

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラ!!!!」

 

 全員がラッシュを全身に浴び、吹き飛ばされた。歪みに入ることには成功したものの、本体に大きなダメージが入っただろう。

 勇也達から5m程離れた場所に彼が出現すると、仰向けにばったりと倒れた。もう闘う体力は残っていないだろう。

 

 ゆっくりと近づくと、彼は既に諦めの表情をしていた。

 

『……早く殺せよ。』

 

 勇也は複雑な心境だった。自分を、殺す。だが、彼は本当の意味の自分ではない。いや、寧ろ彼のほうが“自分”なのかもしれない。

 

「……最後に何か、言い残す事はあるか?」

『……ない』

「そうか」

 

 拳が振り上げられ――

 

「待ってくれ!」

 

 振り返るとそこに居たのは、車から飛び出してこちらに走ってくる沼田だった。

 

「沼田、危険だから――」

「勇也!!……行かせてくれ。」

 

 真剣な眼差し。沼田は彼と親友だったのだ。話したい事が、無いわけがない。

 勇也は沼田に頷き、道を開けた。沼田は仰向けに倒れている彼の横に立ち、そして座った。

 

「……()()()()?覚えてる?」

『沼……田……。』

「あの時は、動けなくてごめん。そして、聞かせてほしい事があるんだ。」

 

 彼は、顔を少し傾けて沼田と目を合わせた。

 

「人を…殺した事はある?」

『……あるさ。この前の病院で……僕の手下が1人殺した。』

「違うよ。“君”が殺したことだよ。」

『……ねぇよ』

 

「じゃあ…何で、勇也を殺そうとしたんだ?」

『……最初、僕は唯の弱い地縛霊だった。だが、一年程前にいきなりこの能力を手に入れたんだ。しかし、薄々感じていた。このままでは、『僕の存在が消滅』することに。それが何故なのかは分からなかったのだが…最近ここを訪れて幽霊を退治した男を見て、理解したんだ。つまり、彼が生きる限り、僕は死ぬ運命にある。』

 

 それを聞くと、沼田は勇也に振り返った。

 

「勇也は、どう思う?僕は…やっぱり彼が完全に悪い人間になったとは、思えないんだ。」

「…今の話を聞いて、俺もそう思った。怪異の社会なんて知らねぇけど、きっとロクでもない社会だろう。その中で、ある程度は不殺を貫けるんだぜ。少なくとも…『なにも死ぬことはねぇ』と思う。もう死んでるけどな。」

「なら、決まりだね。仗助くん!」

「お、おれぇ?」

 

 仗助は今の流れから、唐突に自分が呼ばれたことに少し戸惑ったが、直ぐに理解した。

 

「ああ、そういうことっスか…!!」

 

 勇也は倒れている彼の首元を掴むと、自分と同じ高さまで持ち上げた。

 

『……な…にを?』

「今から、()()()()()()に取り込ませるんだよ。」

『……良いのか?僕が何するか分からないのに?』

「僕は………君を、信じるッ!!!!いつも笑顔で僕を助けてくれて、毎日一緒に遊んだ君をッ!!!!」

『……そうかよ。』

 

 その顔からは、先程までの諦めは消え失せていた。登りゆく朝日に照らされ、代わりに煌めいたのは――

 

 

「ドラララララララララララララララ――

 

 

☆★☆

 

 

 朝日が、眩しい。うっすらと目を開けると、そこには見慣れた天井があった。いや、朝日ではない。もう時計は11時を回っていた。

 そういえば、朝早くから仕事を始めていた叔母に頼んで、泊めさせて貰ったのだ。流石に白羽先生は別の部屋だが、沼田と仗助は同じ部屋で寝ていた。

 

 欠伸をかきながら服を着替え、扉を開ける。セミが大きな声で鳴いていた。階段を降り、叔母さんに声を掛けると、再び部屋に戻った。

 

「2人とも、起きろ。昼食が来るぞ」

「ふぁ〜あ、今何時?」

「11時11分だ。」

「ぉおっ、ゾロ目っスね~。」

 

 少しすると、昼食が部屋に運ばれて来た。

 ……人間らしい食事なんて、いつぶりだろうか。

 

「こりゃうめぇ!鯖に味がよォ~~く染み込んでるぜッ!!」

「だろ?ここは飯だけは一級品だからな。」

「はは!トイレとか、掃除してないんじゃないかってくらい汚いも――」

 

 沼田の顔に、大量の汗が流れる。

 

「も、モノカルチャーショップもあるもんね!それに比べて、ここは綺麗だよ~!まるで天使のトイレか!!ってね!!はは…は……」

 

 沼田の視線の先を見ると……じーっと、叔母さんが隙間から鬼の様な形相で俺達を見つめていた。

 

「うわぁ!!」

「旅館では、静かにしましょうねぇ~!!」

「「「は、はい!!!」」」

 

 扉がバンッと閉められた。

 それと同時に、小声で仗助が呟いた。

 

「…ホラーよりホラーっスよ……こいつはァ……」

 

「……そ、それはそれとして!後で先生も誘って、4人で散歩行こうよ!」

「いいな!」「良いっスね!」「良いなそれ!!」

「せ、先生ーーーーッ?!か、壁がァーーーッ!!!」

「仗助ちゃん、直してくれたまえ!!ハッハッハッ!!!」

 

 今日は、いままでずっと居た筈の塵場村がとても輝いて見えた。




 ここまで読んでくださり、ありがとうごさいました。完結まで書き切ることが出来たのは、皆さんの応援のお陰です。この後なのですが、機会があればこの物語とは別の闘いを投稿するかもしれません。その時はどうぞ宜しくお願いします。

 あと、疑問がある人も居ると思うので、ここである程度は補足します。


「1.スタンド名やステータスは?」
 
白羽 滝:『ブレイク・フリー』
破壊力A スピードA 射程距離B 持続力B 精密動作性A 成長性D

沼田 越光:『イエスタデイ』
破壊力C スピードC 射程距離∞ 持続力∞ 精密動作性C 成長性C

井之頭 勇也(幽霊):『エヴィルウィンド』
破壊力E スピード∞ 射程距離C 持続力C 精密動作性B 成長性E
ただし、本編での勇也(霊)は弱体化しています。本来のスタンドステータスは、
破壊力E スピード∞ 射程距A 持続力A 精密動作性B 成長性E
となっております。


「2.勇也(霊)について」

 まず、『勇也(スタンド)が生きる限り勇也(霊)は存在が消滅する運命にある』というのは、勇也(スタンド)が、勇也として完全に作り出されたからで、分かりやすく言うと『別の世界から生きている勇也を連れてきた』ようなものだからです。ここから下に6部のネタバレを含む解説があるため、気を付けてください。

















プッチ神父の『メイド・イン・ヘブン』の最終段階で世界が一巡した時、生きている生物が新しい世界に送られます。その過程で、その生物の情報を元に過去が作られます。つまり、『現実』から『過去』が作られているのです。















 だから、『勇也』の存在は少しずつ過去を侵食していました。そのため記憶のみならず、勇也の幽霊という存在さえも消えかかっていたのです。
 また、勇也(霊)の能力は先述の通りスタンドです。勇也(スタンド)の影響を受け発現しました。


 とりあえず、これで終わりにしたいと思います。
 改めてまして、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。