SPREAD BLUE~最強能力者の無双生活~ (ベルカ_りじぇくしょん)
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『S』ランクの転入生

 「第2学年のクラス張り出しは、と……」

 

ポケットからwPhoneを取り出して確認する。進級に伴うクラス分けに関しては各生徒に割り振られたIDとパスワードを入力すれば学校ホームページにアクセスが可能になっており、前年度からの生徒は校門を入ってすぐの場所に設置されている掲示板を見なくても自身のクラスと配席がわかるようになっていた。

 

「……あっ、2-Aだ!」

 

 IDとパスワードを入力すると表示される座席表は『2-A』とタイトルが振られてあり、前から5列、合計30人分用意されている席のうち、最後方窓側の席に名前が表示されていた。

 

桐嶋 花楓(きりしま かえで)

 

「やったー!」

 自身の名前を確認した少女、桐嶋花楓は校門入ってすぐ、それほど人がいない掲示板の前で誰が見てもわかる程の小躍りをしていた。そのままスキップするように3つ並んだ校舎の1つ、真ん中の校舎へと入っていく。

 

「あ、花楓ちゃんじゃん。やっほー」

 

 クラス移動の間に話しかけてくる女子生徒に手を振りながら自分のクラスへと移動する。特徴的なダークブルーの髪の毛を揺らしながら教室に入ると、既に見知った顔が数名席に座っていた。花楓はその中からとある人物を目線で探し、見つけると嬉しそうに駆け寄っていく。

 

「京香ちゃ~ん!」

「お、花楓!今日はちゃんと遅刻せずに来れたんだな」

「ひど~い!私だって新学期くらいは遅刻せずに来るよ~」

「それをちゃんと卒業まで続けられたら、先生たちは評定を決めるのがもうちょっと早かっただろうにな」

「あ、え~っと……それは、あんまり皆に言わないでね……」

 

 照れ臭そうに笑う花楓と、その花楓に京香と呼ばれた少女はくっくっと笑う。

 

「ま、アタシも評定結構ギリギリだったんだけどな」

「京香ちゃんは本当にすごいよ~。私なんか日常生活の欄がE付けられてたんだから~」

「2年連続Aクラスに席用意してもらえてるんだから、ちゃんと結果出してるって事だろ。アタシなんか能力の欄は3学期全部Cだったぞ?」

「でもいっぱい努力してたでしょ~?やっぱり京香ちゃんはすごいよ~」

 

 花楓や京香が去年度、及び今年度在籍することになるAクラスは、彼女達が所属する『天原学園(あまはらがくえん)』は、数々の能力測定と、転入生であれば転入前の学校での評価も高くなければ配席されないクラスである。在校生は総合評価が「A」以上の生徒のみが配席されると言われているが、「A」より上の総合評価である「S」は天原学園創立以来1名しか獲得したことがない。そのため、実質的に「A」評価がAクラスに配席されるための条件であった。

 

「……当然だけど、見知った人ばっかりだね」

「まあ、1年の時から顔ぶれなんてそう変わるもんじゃないだろ。変わるとしたら、アタシたちの頃の1-Aの頃の誰かが落ちて、1-Bの頃の誰かが上がったくらいなもんだろ。それでもCもDも優秀な生徒しかいないんだし、むしろ花楓がBに落ちてないことの方がびっくりだ」

 

 彼女、薬師寺京香(やくしじきょうか)と桐嶋花楓が所属する天原学園は、創立10年にして優秀な能力者を多数抱える高等学校である。全国から優秀な能力者を集めて創られたこの学校は、そもそも入学の関門が非常に高いことでも有名である。そのため、各学年ごとに『A』『B』『C』『D』の4学級が存在するが、一番上である『A』と一番下である『D』の所属する学生は皆基本的に優秀な生徒ばかりである。無論能力が強い生徒は必然的にクラスの高い学級に配属されることになるが、それでもDクラスでも成績優秀な生徒は多い。

 

「も~、すぐそういうこと言う~」

「いやだって、成績はともかくとして日常生活が……」

「あ~あ~!」

「週に3回遅刻する……」

「あ~!あ~!」

 

 京香が淡々と告げる事実に耳を塞いで大きな声を出す花楓。教室の何名かは声に反応して2人の方に首を向けるが、やれやれいつものことかと首を元の方向に戻してしまう。

 

「……それを言うなら京香ちゃんだって、頭悪いじゃん」

「それでもテストの点数は高いだろ?」

「授業中は寝てるくせに……」

「しょ、しょうがないだろ。毎日ギリギリまで勉強とかしてるんだから」

「まあ、京香ちゃんの努力は私が一番よく知ってるからね~……」

 

 京香は大きく口を開けて息を吸う。彼女が大きな口を開けることに抵抗がなかったのは、そこにいたのが皆見慣れた生徒たちばかりだったからである。

 

「あれ、そういや花楓の席どこなんだ?」

「私?あそこだよ」

 

 花楓はピッと指を指し、その方向を京香は見る。5列目窓側。

 

「……青空授業?」

「一番後ろだよ!!!」

「は?なんで」

「なんでってなんで!?ほら見て!」

 

 懐疑的な目を向ける京香の疑いを晴らすべく、花楓は自身のwPhoneの画面を京香に見せつける」

 

「……マジで?」

「大マジ」

「ホームページの不具合じゃない?」

「どうあっても私の席に納得してくれないんだ!?」

「いや、だって……なぁ」

 

 京香が今座っているのは1列目真ん中。教壇の丁度前に当たる席に運悪く配席された京香と違い、花楓は窓側後方というまさにベストポジションを手に入れていた。

 

「アタシより授業態度、いいか?」

「いいと思うよ」

「このクラスの誰よりも、いいか?」

「それは……ちょっと自信ないかも」

「この世界の誰よりも、いいか?」

「私を否定するために世界まで遡っちゃった!?」

 

 花楓がツッコミを入れながら自分の席に座ると、今度は京香が立ち上がって花楓の席の隣に移動してくる。

 

「まじか~……羨ましい」

「ふふ~ん、いいでしょ~」

「で、お前隣は誰なんだ?」

「え?」

 

 京香の発言を聞いた花楓は、はっとして自身のwPhoneを見る。基本的にホームページで確認できるのは自分の席と、自分の席の前後左右に座る生徒の名前である。花楓の場合、窓際後方に配席されているため後方と左側に名前はなく、前方及び右側の席に名前が表示されているはずである。

 

「……あれ?」

 

「……ないな」

 

 wPhoneを覗き込む花楓と京香。花楓の席の前には、前の学年でも一緒だった生徒の名前が表示されていたが、右隣の席には名前が表示されていなかった。

 

「……やっぱりバグなんじゃないか?」

「え、えぇ~……」

「まあ、新設校だしそういうこともあるさ。元気出せよ花楓」

「う、うぅ~っ!!!」

 

 番犬の如く吠える花楓だが、京香にはそれがポメラニアンの威嚇と見分けがつかなかった。

 

「……ま、先生来たら聞けばいいだろ。仮にバグだったとしても、窓際から1個離れてる以外は一緒なんだし」

「う、う~ん……」

「元気出せって。それに普通は席は中途半端に空けないだろ?やっぱバグなんだって」

「そ、そうなのかなぁ……」

 

 段々と自信を無くしてきた花楓の肩をポンと叩く京香。教室のドアが開かれたのは、そのタイミングと同時だった。

 

「はい、席に就け~」

 

 教壇に上がる、wPadと呼ばれるタブレット型コンピュータを携えた女性。気だるげなその声に合わせて、立ち話をしていた生徒たちが自分の席に座る。

 

「ホームルームを始めるぞ~。まずはお前ら、無事に進級おめでとう」

 

 教壇に立つ女性は適当に手を叩いて目の前に座る29名の生徒の進級を祝う。一見すると不真面目そうに見えるその態度に、声をあげる生徒は誰一人としていなかった。

 

「去年からAに進級したやつもいるだろうから一応自己紹介しとくぞ。東堂桃花(とうどうとうか)だ。去年に続きAクラスを担当することになったんで、今年も1年よろしく」

 

 桃花と名乗る教員は、wPadの画面と目の前にいる生徒を2、3度見ると、名簿を教卓を置く。

 

「……はい、29名ちゃんと遅刻無しで登校できてるなえらいぞ~。花楓はこれが来年の4月まで続くことを祈ってるからな」

「が、頑張りま~す」

 

 後頭部を掻きながら照れ臭そうに答える花楓。花楓の反応を見た花楓はため息をつく。

 

「……あ、先生~。一つ質問があるんですけどいいですか~?」

「なんだ花楓。言っとくが登校の定刻は伸ばしてやらんぞ」

「えっと、それじゃなくて……私の隣の席なんですけど……」

 

 花楓が席に指を指そうとする前に、花楓が言いたいことを理解した桃花は話し始める。

 

「……そうそう、今日のホームルームはその件で一つ話すことがあったんだ」

 

 クラスの全員が桃花の言葉に耳を傾ける。

 

「喜べ、花楓の隣の席は空席じゃない。『転校生』の席だ」

 

 その言葉に教室内がざわめき始める。「転校生……?」「嘘だろ……」「天原学園に……?」等、桃花の言葉に疑問を持つ声が上がっていた。

 

「はーい静かに。私を疑う気持ちもわかるだろうが事実だ。ちゃんと能力の測定も行われているし、クラスも合ってる」

 

 手拍子を打ってクラス内のざわめきを鎮める桃花。桃花は続けて言葉を発する。

 

「……しかもただの転校生じゃない、スーパー転校生だ。喜べ、我が校で2人目になる、『S』クラスの生徒だ」

 

 その言葉に、先ほどよりも大きなざわめきが教室内を満たした。驚くのも無理はないだろう、創立10年にして1人しか存在しなかった評価『S』の生徒が、このクラスにやってくるのだから。

 

「まあ驚く気持ちもわかるが、あんまりお前らがざわめいてると転入生の子も委縮するだろうし、さっさと紹介させてもらうぞ」

 

 桃花は生徒から向かって教壇の左側に移動すると、教室のドアに向かって少し声を張って告げる。

 

「入ってきていいぞ」

 

 その言葉を置いて数秒後、教室のドアが開けられる。そして、ドアを開いた生徒が教壇に上がる。

 

「……!!!」

 

 1年から進級した生徒たちとは違う、新調した汚れひとつないブレザー。教壇に立つ桃花が猫背なのもあるが、彼女よりも高い身長。整った顔立ち、身体つき。桃花の話を少し眠たそうに聞いていた花楓だったが、教室に入ってきたその転校生の顔を見てできちゃった結婚をしそうだった上の瞼と下の瞼が開かれる。

 

「……はい、先ずは自己紹介をしてくれ」

 

 桃花はwPadの画面を何度かタッチする。そして教壇の後ろに設置された大きなモニターの真ん中に、転校生の横に並ぶように名前が表示される。

 

真田 蒼介(さなだ そうすけ)

 

 名前が表示されたタイミングとほぼ同時に、青年が言葉を発する。

 

「……初めまして。今年度から天原学園に転入した、真田蒼介と言います。これから2年間の間、よろしくお願いします」

 

 真田蒼介。それは、この世界に破壊と再生をもたらす、歴史に名を残す男の名前だった。



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幼馴染とその親友

広い教室だというのが、彼が教室に入って抱いた初めての感想だった。前の学校よりも一回り二回りずっと広い教室の中に、合計15脚の長机。一人一つ席を設けられていないが、長机はそれなりに大きく、前の学校の机と比較しても、生徒ひとりが使う面積は明らかに広かった。

 

「蒼介は普通の高校から来ている。天原学園独自の校則については疎いだろうから、皆でサポートしてあげるように」

 

桃花の言葉に生徒全員「はい」と返事を返す。まあコイツらなら大丈夫だろうと首を縦に振る桃花。

 

「蒼介、喜べ。お前の席は教室最後方の席だ。隣に座ってるやつはまあ……ちょっと学習態度は悪いかもしれんが、まあ困ったことがあったらあの子に聞くといい」

「わかりました」

 

蒼介は桃花の言葉に頷き返事をする。そして教室最後方、窓際に設置された長机を見る。窓際に座る女生徒の隣、誰も座っていない席がある。

座って見て思うが、やはり教室はかなり広い。長机を並べてあるが教室全体に敷き詰められているという訳ではなく、5列並べられた机の後方は何も置かれていない空間がある。

 

「さて、今日のホームルームは終了だ。新学期最初の登校日だし授業も特にないからこれで終わりだが、くれぐれも問題行動は起こしてくれるなよ。まあ、お前らなら大丈夫だと思うがな。それじゃあな、気をつけて帰れよー」

 

そう適当そうに告げ、桃花は教室を去っていく。教室のドアが閉じられると同時に、クラスメイトの何人かが転入生と親睦を深めようと席を立ち蒼介の方に向かってくる。その中で、誰よりも早く蒼介に話しかけた人物がいた。

 

「そーちゃんっ!!!」

「えっ、うわっ!?」

 

なんだか懐かしい名前で呼ばれた気がして、蒼介は窓際に座る少女の方へと身体を向ける。と、同時に思い切り抱き着かれた。

 

「そーちゃんだよね!?嘘じゃないよねっ!?」

「そーちゃんって……お前、花楓か!?」

 

強く強く抱き締めてくる女の子の自身への呼び方から、彼女の名前を頭の中で探し出す蒼介、導き出したのは1人の名前だった。

 

「そうっ、そうだよ!!!そーちゃんたちと一緒に遊んでた花楓だよ〜!」

「わ、わかったわかった!花楓、わかったから!抱きしめる力が強い、折れる折れる!!」

 

自分を抱きしめる少女の肩を叩いてなんとか離れさせようとする蒼介。自身の胸板に押し付けられるふくよかな感触は青少年としては嬉しい事だったが、抱きしめる力が余程強いのか、苦しそうに声を上げていた。

 

「ご、ごめんっ!でも、ホントにそーちゃんだ……!」

「ああ、本物だ」

「そーちゃん、嬉しいよ〜…!これからまた一緒に遊べるね!」

「おいおい、俺たちはもう高校生だぞ?また昔みたいに遊べるなんて……」

「おふたりさ〜ん?」

 

長机をバンと叩く音にビクッと反応した2人。音の方向である教壇側を見ると、花楓の親友がそこにいた。

 

「感動の再会もいいんだが、ラブコメは余所でやってもらっていいか?」

「……あっ!ご、ごめんね京香ちゃん!」

 

自分の一連の行動を思い返した花楓は顔を赤くして自分の席へと戻っていく。やれやれとため息をつくと、京香は蒼介の方に向き直す。

 

「……改めてようこそ、蒼介。アタシは薬師寺京香ってんだ。よろしくな」

「ああ、よろしく」

「まさか転校生ってのが花楓の幼馴染なんて思わなかったよ。しかも聞いたけど、お前評価『S』を貰ってるらしいな?」

「ん?あ、ああそうだな。入学試験の面接の時、面接官の人がびっくりしてたけど……」

「そんだけすげーんだよ、評価『S』は。この学校はまだ10年ぽっちの新設校だが、評価『S』を獲得できるってのはそれだけすごいやつなんだよ」

 

京香のその言葉に花楓含めたほかのクラスメイトたちもうんうんと頷く。蒼介はあまりその凄さをわかっていないのか、「お、おぉ」と少し困惑の表情を浮かべていた。

 

「品行方正、成績優秀、且つ能力の判定も高い水準じゃないといけないんだ。この学校に転入してくるくらいなんだから大したやつだと思ってたが、まさか評価『S』とはな……」

 

蒼介が以前所属していた高校は、なんてことのない普通の高校であった。能力者の能力判定こそあったが、能力者養成に重きを置いた学校ほど優れた設備ではなかったと記憶していた。

 

「……なあ蒼介。評価『S』ってことは、お前強いんだろ?」

 

まるで品定めをするように蒼介の顔を覗き込んでくる京香。その京香の次に放つ言葉が理解出来たのか、花楓が制止する。

 

「……だ、ダメだよ京香ちゃん!」

「いいだろ別に。いずれ戦闘訓練することになるんだ、実力を知っておくのは早い方がいい」

 

花楓の制止を無視して、京香は言葉を続ける。

 

「転入前に聞かされてるだろうけど、戦闘に特化した能力を使えるやつは戦闘訓練っていう授業に出ることになる。お前、評価『S』なんだから戦闘くらいは出来るんだろ?」

「……ああ、できる」

「そーちゃんっ!?」

 

慌てる花楓を余所に、京香は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「…だったら、アタシと勝負しようぜ?本当に『S』を貰ってんのか、アタシが試してやる」

 

不敵な笑みを浮かべる京香。その京香の瞳を、蒼介は見つめ続けていた。



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VS薬師寺京香

メインヒロイン兼ライバルである薬師寺京香との勝負になります


3つ並んだ後者の向こう側にある大きな体育館のようなドーム型の施設。幾つかの施設が内包されているようで、その中の一つにバスケットコートほどの大きさの施設があった。

 

「……やっぱ新年度初日だけあって誰も使ってなかったな」

 

施設の受付らしき場所で、京香は受付担当の男性と話をしていた。使用時間、使用目的、使用者等、必要な事項を用紙に書いていた。専用の施設ということもあり、教師立会いの下で無ければ使用できないと蒼介は思っていた。

 

「軽く流すだけだ。別にそれなら制服でも問題ないだろ?」

 

円形のステージの上、唯一そこに立っていた京香と蒼介はお互い離れて向かい合っていた。観客席と呼ばれるようなものもあるようで、少し高い壁の上に2-Aのクラスメイトたちが座っていた。

 

「ああ、大丈夫だ」

「OK。それじゃあこれ、付けてくれ」

 

京香が離れている蒼介に何かを投げる。蒼介は受け取ったソレを確認した。

 

「……なんだこれ?」

「使用者が受けた衝撃に反応して自動的に身体の表面に"翼力"の壁を作る装置だ。それが無いと戦闘訓練では絶対怪我するからな」

 

京香から渡されたそれは、ブレスレットのような装置だった。少し大きめになっているので腕に嵌めてみると、蒼介の手首の細さにまで自動的に収縮する。

 

「おお」

 

以前の学校には無かった最新設備に目を輝かせる蒼介に呆れる京香。

 

「……言っとくが、これで驚いてたら今学期中に驚きすぎで死ぬぞ?まだまだお前の知らない設備は沢山あるんだからな」

 

蒼介が京香に目線を向けると、京香はもう既に準備を終えているようで、軽いストレッチに移っていた。

 

「んんっ……ふう。勝敗の方法は簡単だ。バリアー装置の翼力分の衝撃を相手に叩き込めば勝ち。残量が少なくなったらうっさい音が鳴るから、それで確認をする」

「わかった」

「それじゃあ……準備オーケーなら始めるぞ?」

 

 京香はそう言って構えを取る。利き腕と思われる右腕を腰に当て、左手を突き出している。

 

(……なんだ、この構え?)

 

 京香の構えに応えるように、蒼介も構えを取ったが、その構えは京香に疑問を抱かせる構えだった。左脚を後ろに下げ、半身の姿勢を取っている。が、京香のように腰を落とすわけではない、棒立ちという程ではないが、脚を少しだけ曲げているだけ。左手を握って胸に当て、右手は斜め下に伸ばし、手の平を少しだけ開いて見せている。

 

(あれで構えを取ってるつもりなのか?舐めやがって……)

 

 蒼介の構えから、彼が自身の事を侮っていると考えた京香。勝負において手を抜かれるなど、彼女にとっては屈辱以外の何物でもなかった。

 

(『S』だからって調子に乗ってんだろうが、そうはいかない……花楓の幼馴染だかなんだか知らないが、その鼻っ柱をへし折ってやる……!)

 

 強い能力者に対し、京香はコンプレックスを抱いている。それは、親友である花楓の幼馴染である蒼介に対しても、例外ではなかった。

 二人が構えを取ると、会場内にブザーの音が流れ始める。3度ブザーの音が流れ始め、4度目の長いブザー音と共に、京香が動いた。

 

(……先手必勝だ!)

 

 京香の脚が、"雷を纏って"ステージの床を蹴る。瞬きの間に蒼介との距離を詰めた京香の、今度の右腕に雷が走る。

 

「……シッ!」

 

 蒼介に接近、そこから京香が右ストレートを放つ一連の動き。1秒はおろか、その10分の1に満たない時間で行われるソレは、本来であれば認識することも不可能な程素早い一連の動き。

 

「っ……!?」

 

 しかし、蒼介はその一連の動きをしっかりと見ていた。放たれる拳に対し、上体を反らして躱す。

 

(だったらっ……!!)

 

 雷を纏う拳を引き、今度は右足に雷を纏わせる京香。美しく円を描いて、雷を伴った右足が蒼介の顔面を砕かんと迫る。

 

「……」

 

 しかし、その強烈なハイキックに対しても蒼介は正確に対応する。頭部を覆うように斜めに構えた左腕の前腕で威力を相殺し、脚の下をくぐるように身を屈めて対応する。

 

「くそっ……!」

 

渾身の打撃が2回連続で受け流されたことが想定外だったのか、両脚に雷を纏わせ瞬時に後退する京香。

 

「なっ……!?」

 

 瞬間移動にも等しい速度で蒼介から距離を取る京香だったが、自身の眼前に映る光景に愕然とする。距離を離したはずの蒼介が既に目の前にいて、胸に構えていたはずの左腕が、"光を纏い"振りかぶられていた。

 

「くっ……!!」

 

 打撃が来る。そう思い、顔の前で腕を交差させ迎撃の体勢を取る京香。しかしその腕に衝撃が伝わることはなく、衝撃を感じたのは、ガードされていない腹部だった。

 

「かはっ……」

 

バリアー装置のおかげで肉体的なダメージはないものの、腹部への強烈な膝での一撃を受けて吐唾してしまう。しかし蒼介の攻撃は膝蹴りだけでは終わらない。瞬きも終わらぬ一瞬の間に、今度は左脚のフロントキックが京香の顔面に飛び込んでくる。

 

「ぐっ、うぅっ……!!」

 

 これはまだ、ガードをしていた頭部付近から腕を下ろしていなかったこともあり間一髪ガードに成功する京香だが、衝撃で後ろに大きく後退させられる。

 

「……今のでバリアーの耐久はどのくらい削れるんだ?」

 

 強烈な蹴りを繰り出した蒼介は既に最初の構えに戻っていいた。蒼介に打撃を2度防がれ、それどころか強烈な一撃を受けた京香は呼吸が整ってはいなかった。

 

「っ……一撃目の打撃が強烈だったからな、3割ってとこだろうな……」

「そうか、じゃあ今のをあと3回繰り返せば勝ちなわけだ」

「っ……!!!舐めやがって……!!」

 

 侮られていると感じた京香。再び雷を脚に纏い、蒼介に向かって跳躍した。

 

 

 

「……まじか」

 

 蒼介と京香の戦いが激化していく。その様子に、観客席に座っていた2-Aの生徒の1人がぽつりと呟いた。

 

「京香の打撃、アイツに当たったか?」

「わからねぇ……」

 

 その言葉に、自信なさそうに答える男子生徒。観客席から見ている28人のうち、ほとんどの生徒は打撃の応酬を理解できていなかった。

 

(……すごい)

 

 そのほとんどに含まれない生徒、花楓は蒼介と京香の打撃をしっかりと認識していた。

 

(……京香ちゃんをあんなに一方的に……)

 

 正確に言えば、花楓は2人の格闘戦を完全に認識しているわけではなかった。見慣れている京香の打撃はともかく、それ以上の速度と正確さで繰り出される蒼介の打撃を、完全には認識できていなかった。

 

(そーちゃん、あの頃とは全然違う……能力をコントロールしてる……)

 

 自らの記憶とはまるで違う、蒼介の打撃の数々。

 

(そーちゃん……)

 

 花楓は無意識に、自身の左手人差し指に嵌められた指輪を右手で触っていた。それは幼い頃に、彼女が幼馴染の少年から譲りうけたものだった。

 

 

 

「はぁっ、はぁ……!!!」

 

 想定外、というのが正直な感想だった。確かに京香は『A』ランクの評価を受ける天原学園の生徒だった。その身に宿す翼力は少なくとも、同じ『A』ランクでも京香は頭一つ抜けた実力を持っていた。雷を操る能力を持った彼女の打撃は、その纏った雷の力も相まって、人間では到底目視困難な程素早く正確に放たれる。学園内でも彼女の打撃に対応できる生徒は少なく、対応できたとしても完全に対応できる生徒はひとりもいなかった。

 だから京香は、この現状を到底理解することはできなかった。今まで誰にでも通用していたはずの高速の打撃が、一度も彼に、蒼介にダメージを与えていないのだ。しかもその迎撃がただの一度も偶然ではないことを、他ならぬ京香自身が理解していた。

 

(見ていやがる……アイツ、アタシの攻撃を全部……)

 

 京香が放つ全ての打撃。ただの能力者では目視はおろか理解することすら難しい高速の一撃を、蒼介は攻撃を放つ直前の"構えの段階"から見ている。つまり、次に放たれる打撃がどこから、どこを目掛けて飛んでくるのかを理解しているのだ。

 

「……伊達に『S』貰ってないってことか」

「わかってくれたようなら何よりだ。雷の能力者さん」

 

 息絶え絶えの状態と対照的に、蒼介は息が荒いどころか汗ひとつかいていなかった。既にバリアー装置に表示されている残りバリアーも、京香の残量は2割というところまで減少していた。

 

「……悪いが、お前の打撃なら当たらないぞ?」

「……なに?」

 

 蒼介の放った一言が、京香の耳に届く。煽られていると感じた京香の返事には怒気が籠っていたが、蒼介は続ける。

 

「……打撃を放つ直前、攻撃を行う部位に電撃を纏っているのがわかる」

「……なに?」

「それとお前の視線を合わせてみれば、次にどこにどの攻撃が来るのかは予測できる。別に難しいことじゃない」

 

 蒼介に淡々とそう告げられる。まさかそんなと思う京香だったが、蒼介の言葉には確かに心当たりがあった。京香は相手の行動が見える前から、どこに雷を纏わせて攻撃するかを決めていた。翼力の性質を考えれば、自身が打撃を放つ前から雷が予兆となって見えていても不思議ではない。

 

「っ、だけど……それならそもそも、なんでお前はアタシの打撃が見える!?」

 

 京香の放つ打撃は、雷を纏って強化しているだけであり、雷と同等の速度で放たれるわけではない。しかしそれでも、本来では視認など不可能な速度で放たれるそれを、蒼介が見切れるわけがない。そう思っていた。

 

「……自身が持つ能力に合わせて、能力者個人の技能も向上するって話は知っているよな?」

「ああ。だからアタシの打撃は速さと正確さを……!?」

 

 京香が話し終わる前に、蒼介は京香の目の前まで移動していた、"一瞬にして"。そして、京香の顔面に自らの拳を当たらないギリギリの距離で止めた。

 

「……光を、操るのか」

 

 目の前で見る蒼介の拳は、眩しくて見ていられないとは言わずとも、光り輝いていた。蒼介は一瞬でその拳を引くと、元の位置にあっという間に後退する。

 

「そう。と言っても、光と雷は速度的にはほぼ同じだと言われている。能力によって個人の身体能力が強化されるのならば、お前が俺の打撃が見えずに対応が遅れるのはおかしい」

 

 蒼介は言葉を続ける。

 

「……打撃の瞬間だけ雷を纏うなんて戦い方、おかしいと思ったんだ。お前、その戦い方をしないと翼力が切れるくらい翼力が少ないんだろ?」

「っ……!!!」

 

 その言葉ににらみを利かせて返す京香だったが、反論をすることはなかった。蒼介の言葉に一切の間違いはなかったからだ。京香は元々その身に宿す翼力が少なく、蒼介の言うように全身に雷を纏わせて戦い続ければ1分と持たずに翼力が底を尽きてしまうのだ。そのため、攻撃の瞬間だけ雷を纏わせる戦い方をすれば、強力な打撃を連発しつつも翼力の過剰な消費を抑えられる。それは、彼女が学習し会得した戦い方だった。

 

「……っるさい!!!」

 

 蒼介の言葉にそれしか返すことができない京香だったが、再び蒼介に向かって構えを取る。

 

「お前がアタシの雷で攻撃を避けてるってんなら……それなら、避けても受けても関係ないくらい強力な一撃をお見舞いしてやればいいってことだろうが!」

 

 京香の構えは先ほどとは若干異なった。腰に置いていた右の拳が、顔の横で構えられていたのだ。

 

「京香ちゃん!」

 

 京香が何をするか理解したのか、観客席の花楓が声を荒げる。

 

「黙ってろ花楓!アタシにだってプライドがあんだよ……!!!」

 

 花楓の制止を無視した京香。その京香の右腕に、雷が帯び始める。

 

「何度やっても無駄……」

 

 呆れた風にそう言おうとした蒼介だったが、次に彼女が放つ一撃が、それまでの打撃とは一線を画すものだとすぐに理解できた。

彼女が右腕に纏う雷が、それまでは本当に帯びているだけだったものが、その右腕を中心に雷が周囲に走り始めたのだ。

 

「……アタシはこの技を、『雷穿拳(らいせんけん)』って呼んでんだ。受けられるものなら……受けてみろ、真田蒼介っ!!!」

 

 蒼介にそう言い放つ京香。彼女の言葉を聞くに、彼女にとっての最大最強の技であろうことはわかっていた。そして彼女が腕に纏う雷から、それが放てる回数は1度だけだろうとも、理解できた。

 

「……来いっ!」

 

 京香に対し、先ほどと同じ構えで対応する蒼介。そこからは、本当に一瞬の出来事だった。

 その場で京香の跳躍を目視できたのは、蒼介のみだった。雷を拳に纏わせた京香は蒼介の目の前まで近づき、左脚に踏ん張りを利かせる。そして、上体を捻りその反動で拳を放つ。強烈な雷を放つ、その必殺の拳を。

 

「……『雷穿拳』!!!」



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決着

タイトルどおりです


 その場にいたほぼ全ての人間が、何が起きているかを理解できていなかった。

 薬師寺京香の放った『雷穿拳』は、正確に蒼介の顔面を捉えていたはずだった。それまでの京香の劣勢が覆されることを2-Aのクラスメイト全員が信じていたのは、彼女の『雷穿拳』が、発動さえしてしまえば勝負が決していたからだろう。故に、彼らは自分たちが見ている光景を理解できなかった。

 

「…………」

 

 京香の『雷穿拳』は、確かに蒼介に向かって正確に放たれた。しかし、蒼介はその拳を右手で受け止め、身を屈めた状態で京香の脇腹に自身の左手を直撃させていたのだ。

 ビーッ、というバリアー装置のエネルギー残量が尽きた音と共に京香の身体が崩れ落ちる。蒼介はその京香の身体を左腕で支えた。

 

「……負けだ」

「……俺の勝ちだな」

 

 蒼介の肩に手を乗せ、立ち上がる京香。バリアー装置による防御があるとはいえ、脇腹に強烈な一撃を喰らっていたのであればそれなりにダメージがあってもおかしくはないはずだが、ピンピンとしていた。

 

「そーちゃんっ!!!」

 

 観客席にいた2-Aの生徒も、観客席から降りてきてステージに上がっていた。花楓は誰よりも早く蒼介に駆け寄り、抱き着いてきた。

 

「うわっ!?」

「すごかったよ~!!まさか京香ちゃんに勝っちゃうなんて~!!!」

 

 抱き着いたままぴょんぴょんと飛び跳ねる花楓を何とか引き剥がそうとする蒼介だが、抱き着く力が余程強いのか全く剥がすことができない。しょうがないので花楓の背中をポンポンと叩き、離れて欲しいという意思を伝えると、意図を察した花楓は顔を赤くして離れていく。

 

「ご、ごめんね……嬉しくて……」

 

 もじもじしながら俯いている花楓、耳まで真っ赤になっているのが可愛いと思ってしまった蒼介。

 

「……完敗だー。いやー、文句だしだよホントに」

 

 その圧倒的な力に感服したと言わんばかりに笑顔を浮かべる京香。

 

「……最後。どうやってアタシの『雷穿拳』を受けたんだ?」

 

 京香の疑問に合わせるように他の生徒も聞いてくる。

 

「そうだよ、どうやってあれを受けたんだよ!」

「一体どんな神業使ったんだよ!」

 

 その場にいる全員が期待の眼差しで蒼介を見つめていた。蒼介はこほんとわざとらしく咳払いをしたあと、その疑問に答える。

 

「……先ず、あの『雷穿拳』って技は、普通なら防御不可能だ」

 

 蒼介の言葉に、うんうんと頷く一同。皆あの一撃を受けたことがあるのだろう、激しく共感していた。

 

「あれだけの速度で放たれる一撃だ、大半のやつは何が起きたかもわからずにやられるだろう。仮に防御したとしても、あれだけの威力の打撃だ、受けた部位に関わらずバリアーの耐久力をごっそり持っていく構成になってる。そして、もしも拳を避けられたと仮定しよう」

 

 蒼介の言葉を、その場にいた全員が黙って聞いていた。蒼介は言葉を続ける。

 

「あれだけの電撃を纏っている以上、拳を避けても今度は電撃による追撃がある。回避も得策じゃない」

「だから攻撃を受けたのか?でも……」

「ああ、受けた。ただし、ただ受けたんじゃない。"翼力の防壁"を、拳を受け止める手に纏わせたんだ」

 

 蒼介はそう言って、京香の一撃を受け止めた手の平を見せる。その手の平は、蒼介の翼力を変換した光を纏っていた。

 

「翼力を一点に凝縮させれば強力な一撃を受け止める防壁にもなる。これでバリアーを削ることなく一撃を受け止めたんだ」

「後は翼力を使い切ったところに、一撃を叩き込むだけ……か」

 

 蒼介にそう付け加える京香。しかしいまいち納得のいっていない顔をしていた。

 

「言うのは簡単だけど……2-Aのやつらでもお前の言ったことを実行できるやつなんてそういないぞ?」

「まあ……多分そうだろうな。実際アレは必殺の一撃だ、分かってても対応は難しいだろう。俺が対応できたのは、京香が俺が対応するまでの時間を与えてくれたことだ」

「時間を?」

「ああ。翼力の充填から即発動だったら、多分俺は回避を選択してたと思う。受け止めようと思ったのは、お前の腕から雷が……」

 

 説明を続けていく蒼介だったが、なにかの気配を察知したのかステージ入口のドアの方に首を向ける。他の生徒は蒼介が説明を止めた理由を、扉を開けて誰かが入ってきたことで理解することになった。

 

「見つけましたよ兄さん!!」

 

 ずかずかと入ってくる小柄な少女。蒼介以外の全員が、その少女に見覚えが無かった。唯一蒼介だけはその少女に見覚えがあったのか、少女の勢いにたじろいでいた。

 

「今日は登校して軽く挨拶を済ませるだけですぐ終わると言っていたじゃありませんか!」

「あ、ああそうだったんだけど……」

「用事があって帰りが遅くなるならそう言ってください!お母さんはもう入学祝いの用意をしてるんですよ!」

 

 蒼介と比較すると花楓も、京香も肩くらいにその目線が届く身長なのだが、少女の身長はそれよりも低く、頭部が蒼介の肩にようやく届くほどの大きさでしかなかった。京香よりも髪は若干であるが長く、肩に髪がつくかつかないかくらいの長さ。そして目を引くのは、左右で違う赤と青の瞳だった。

 

「別に遅れるのは構いませんが、遅れるなら遅れると連絡してくださいと言ってるはずです!」

「ご、ごめんな杏奈……急遽決まった事だったからさ」

「全くもう……杏奈が兄さんのwPhoneに細工をして位置情報を杏奈のwPhoneに送信されるようにしていなかったらお母さんが今頃困ってましたよ」

「……おい」

 

 自らを杏奈と自称する少女は、蒼介に話しかけてばかりだったが回りの生徒のことに気づいたのか身を正す。

 

「……紹介が遅れました。私は羽鳥杏奈と申します。今年から1年生として入学することになります。よろしくお願いいたします、先輩方」

 

 丁寧に深々と頭を下げる杏奈に対して、一同も頭を下げて対応する。

 

「……さあ兄さん、行きますよ。皆さんも、兄さんがご迷惑をおかけしてすいません」

「あ、あぁ……」

「そ、そーちゃん!ま、待って!その子は?」

 

 杏奈と呼ばれた少女に手を引かれ連れていかれる蒼介に、疑問を投げかける花楓。蒼介はその疑問に対して答えてくれた。

 

「あ、えっと……妹、になるのかな?一応……」

「一応じゃありません。血のつながりはなくとも、杏奈は兄さんの妹ですから」

 

 そう言い残して去っていき、唖然とする2-Aのクラスメイト達だけが、ステージに取り残された。

 

「い、妹……?だってそーちゃんには……」

 

 記憶の中にある蒼介の記憶を呼び起こす花楓。しかし何度思い返しても、彼に姉はいても、妹がいるなどというのは聞いたことがなかった。

 

 

 

「全く、兄さんらしくないですね。新しい学校だからと言って浮かれていたのではないですか?」

「あはは……返す言葉もないよ」

 

 蒼介の手を引いて校門を後にする杏奈。蒼介はずっと手を引かれっぱなしだったが、蒼介がその手を振り払うことは無かった。

 

「ごめんな。でも、久しぶりに会ったんだ、友達と」

「……それは、兄さんが幼い頃の……?」

「ああ、11年ぶりになるのかな。なんだか嬉しくなってさ……」

「……そうですか」

 

 蒼介の少しだけトーンがアップした声を聴き、素っ気なくそう返す杏奈。兄の喜びとは真逆に、その顔には陰りが見えていた。

 

「……杏奈の知らない兄さん……」

「……ん?」

「いえ、なんでもありません」

 

本当に小さな小さな独り言。しかしその独り言が、蒼介の耳に届くことはなかった。



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入学式の日

 それは、何度も見たことのある夢の光景だった。

 その日は、あいにくの雨だった。でも、雨の日だからと辟易することは無かった。前日から、父さんと母さんは俺のためにいろいろな準備をしてくれていた。

 誕生日プレゼントを用意してくれた、お祝いに大好きな料理を沢山作ってくれた、蝋燭の立てられたケーキまで用意してくれた。

 父さんと母さんと姉さんは蝋燭だけの暗闇の中で、ハッピーバースデートゥーユーを歌ってくれた。ケーキの蝋燭も吹き消して、皆が拍手してくれた。4人で、楽しい誕生日パーティーだった。楽しかったんだ。

 

 そこで泣いている少年は誰だろう。

 

 そこで泣いている少女は誰だろう。

 

 少年の足元で横たわっている人は誰だろう。

 

 少女の足元で横たわっている人は誰だろう。

 

 先ほどまで見ていた光景はなんだったのだろう。

 

 テーブルに所狭しと並べられた料理の数々は?

 

 真ん中に置かれた、名前の書かれたチョコプレートが置かれたケーキは?

 

 いや、それを俺は知っていた。忘れられない、忘れたくても忘れる事の出来ない、脳裏に焼き付いた光景。

 楽しい楽しい誕生日パーティーは、ほんの些細な過ちから、血と死で塗り固められた生み出す地獄へと変貌を遂げた。

 まるで人形のように硬くなった父さんと母さんの身体。雨は止むことなく振り続けていた。父さんから買ってもらったお気に入りのTシャツも、母さんが誕生日プレゼントにくれたネックレスも、雨に濡れて冷え切ってしまっていた。

 それでも、俺は涙が止められなかった。傍にいた姉さんも、涙が止まることはなかった。だって、悲しかったから。父さんも、母さんも。もう戻ってこないのだということを、あの幼い俺は理解していた。だから悲しかった。悲しくて悲しくてしょうがなかった。でも、どうしようもなかった。

 あの日、楽しかった光景は。一瞬にして地獄絵図へと変貌を遂げた。

 

 

 

「……」

 

 目を開けると、映っていたのは見慣れた天井だった。掛布団を剥いで身体を起こすと、壁にかけてあった時計が目に入った。長針が1のところに、短針は6をほんのすこし過ぎた場所に位置している。

 

「……時間ピッタリの起床、というわけじゃないか」

 

 ベッドの傍のカーテンを開ける。飛び込んできた景色は、数週間前のソレとは全く異なる光景だった。

 

「……慣れていかないとな。『天原』の生活に」

 

 自らの生活拠点が変わったことを、窓から見える都市の光景を見て再認識する蒼介。そこは、自身がまだ足を踏み入れて間もない世界だった。

 

 

 

 リビングに降りると、既に蒼介よりも早く起きていた者が台所に立っていた。

 

「あら蒼介君、おはよう」

「おはようございます、路子(みちこ)さん」

 

 自分を養ってくれている女性に軽く挨拶を済ませる。テーブルには既に朝食である焼かれた食パン、ブルーベリーのジャム、野菜サラダ、コーンスープが並べられている。

 

「もう蒼介君ったら、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「あはは……」

 

 路子の愛想笑いを浮かべながら自分がいつも座っている席につく。手を合わせて「いただきます」と呟き、朝食にありつくことにする。

 

「……杏奈は、まだ寝てる感じですか?」

「そうなのよ。あの子、今日は入学式だって言うのに夜遅くまでゲームしてたみたいで……」

「まあ、いつも通りなのが杏奈らしいというか……」

 

 杏奈の部屋は、夜遅くまで電気が点いていることがほとんどである。蒼介が確認する限り、自身が起きている日付が変わる午前0時までは部屋の灯りが点いており、路子曰くその後もしばらくは灯りが消えないとのことだ。これは杏奈が趣味のビデオゲームをプレイしているからであり、夜遅くまでプレイしている影響で朝はギリギリになることが多いのだ。

 

「全く、高校生になるんだからその辺りはいい加減大人になってほしいんだけどねぇ……」

「中学から高校までは、楽しいことが一番楽しく感じられるって言いますからね。度が過ぎれば、勿論俺も注意しますけど」

 

 そんな話をしていると、リビングのドアを開けて話題の少女が入ってくる。

 

「……」

 

 如何にも寝起きですという感じで杏奈の髪の毛は爆発しており、寝巻もずれてしまっていて下着が見えてしまっていた。普段は曲がっていない背筋は猫背になっており、多少色っぽくはあるが、残念美少女という表現がよく似合う光景だった。

 

「杏奈、もうご飯出来てるよ」

「……ご飯……」

 

 杏奈は開いているかどうかすら定かではない瞼を擦りながら、ゾンビと見紛うような足取りで席に着く。

 

「……杏奈」

「……ご飯……」

「……そこは俺の膝の上なんだが」

 

 杏奈が覚束ない足取りで座ったのは、蒼介の膝の上だった。そしてそのまま、蒼介が手に持っていた食パンをあむあむと食べ始める。

 

「……もぐもぐ」

「……しょうがないやつだな」

 

 呆れた風に蒼介は、杏奈に食パンを食べさせる。困り顔で路子の方を見ると、どうしようもないという顔で首を横に振った。

 結局杏奈は蒼介の分の朝食を蒼介の膝の上で全て平らげ、杏奈の分の朝食は蒼介が摂ることになった。

 

 

 

 入学式は、新入生及び在校生とその保護者が一堂に介する行事である。全校生徒が保護者含め集まる行事は入学式くらいしかなく、学校でも特に大きなイベントのひとつである。

 在校生は事前に登校して、ホームルームの後クラス単位で入学式が行われる講堂へ移動する。既に3年生が集まっており、次いで2年生が講堂内に移動する。1年生の保護者一同は既に生徒たちの後方の席に着座していた。

 

「これより、天原学園入学式を執り行います」

 

 教師と思われる、スーツを羽織った男性による司会が進行する。能力者を養成することに重きを置いた新設校と言っても、入学式というものが他の学校と違うわけではない。新入生代表の挨拶、在校生代表の挨拶、学園長からの挨拶、それらがあって終わりだ。

 

「……私たち新入生は、偉大な翼神の意志を継ぎ、立派な能力者として大成することをここに誓います。新入生代表――」

 

 下ろしたてのブレザーに身を包む、新入生代表の1年生が挨拶を済ませ、自身の席に戻る。その後、司会の教師が進行を続ける。

 

「続いて、在校生代表挨拶。在校生代表、3-A、『鳳 花桜(おおとり かおう)』」

「はい」

 

 その言葉に凛とした返事を行い、席を立つ一人の生徒。長いダークグリーンの髪を靡かせて、壇上へ上がる。

 

「おい見ろよ、鳳先輩だ」

 

 蒼介の隣に座っている2-Aのクラスメイトがひそひそと声をかけてくる。

 

「有名なのか?」

「そりゃもう。品行方正、成績優秀。加えてあの容姿に誰にでも分け隔てなく接する性格の良さ……生徒会長やってるのも頷けるぜ。伊達にお前と同じ『S』は貰ってないって事だ」

「そうなのか。あの人が……」

 

 壇上に立つ鳳花桜を見つめる蒼介。蒼介はこの天原学園における2人目の評価『S』生徒であり、それはつまり既に10年の歴史の中で評価『S』の生徒が存在すると言う事だった。それが、あの壇上に立つ生徒、鳳花桜である。

 

「……新入生の皆さま。先ずはご入学、おめでとうございます。貴方たちの入学を、我々在校生一同、楽しみに待っていました」

 

 落ち着いた、しかし真の通った声がマイクによって拡声され講堂内に響き渡る。これだけの観衆が集う中での挨拶である、先ほどの代表新入生ですら声が固まっていたというのに、詰まらずハキハキと言葉を紡ぎ続ける。

 

「本校は皆さまもご存じのとおり、貴方がた新入生がこれまで通った学校とは違い、能力者の養成に重きを置いた新設校です」

 

 聞き心地の良い声を全く詰まらせることなく、鳳花桜は言葉を紡ぎ続ける。

 

「無論、これまでと異なる規則などに戸惑うこともあるでしょう。しかし安心してください、そう思ったのは何も貴方たちだけではありません。我々在校生も、同じように思いました」

「……この学校独自の校風や規則に触れ、貴方たちなりにどう過ごせばいいかを考えてください。大丈夫です、わからない時は我々在校生が、貴方たちの道標となりましょう」

「そして共に行事を楽しみ、喜びを分かち合いましょう。私達共に、充実した学園生活を送りましょう」

「……最後になりますが、皆様の充実した学園生活を祈り、代表挨拶とさせていただきます。在校生代表、3-A、鳳花桜」

 

 その言葉と共に、講堂内が拍手に包まれた。彼女の素晴らしいスピーチに蒼介も無意識に手を叩いていた。

 

 

 

「鳳先輩、凄かったね~!」

 

 入学式がつつがなく終了し、教室に戻った2-A一同。授業まではまだ時間があり、事実上の休み時間ではあるが、興奮冷めやらぬ感じで蒼介の隣の席の花楓が話しかけてくる。

 

「ああ。生徒会長もやってるんだろ?」

「うん!鳳先輩は2年生の頃から次期生徒会長だって言われてたね~」

「へぇ……2年の時から才覚を発揮してたんだな」

 

 蒼介が入学する前、即ち彼女が2年生の頃から、彼女はあのように振舞っていたらしい。

 

「私もあんな風になりたいよ~」

「なら、先ずは遅刻しないようにしないとな」

 

 蒼介と花楓の会話に割って入る京香。花楓は少し怒った様子で京香に反論をする。

 

「も、も~!今年こそは頑張るって~!」

「でも今日の朝、登校時間ギリギリだったよな?」

「うっ……」

「そういえば、食パン咥えてたな……あんなの漫画でしか見た事なかったけど……つまり、食べる時間もないくらいギリギリだったってことだよな?」

「う、うぅっ……そーちゃんまでっ……!」

 

 その場に花楓の味方をする者は誰も居なかった。過去一年の彼女を知る者は当然として、幼いころの彼女しか知らない蒼介も彼女の味方をしなかったところを見るに、余程彼女の遅刻とは信頼ある情報なのだろう。

 

「い、いいもん!絶対に無遅刻無欠席を貫いて、みんなを見返すんだから~!」

 

 涙目になりながらその場にいる全員にそう言い放つ花楓。その宣言が僅か1日で破られるだろうということはその場にいる花楓以外の全員が考えたことであり、その決意が水泡に帰した時全員がこう思った。

 

(まあ、花楓だからしょうがないかな)



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始まった学園生活

 それは、何度も見たことのある夢の光景だった。

 その日は、あいにくの雨だった。でも、雨の日だからと辟易することは無かった。前日から、父さんと母さんは俺のためにいろいろな準備をしてくれていた。

 誕生日プレゼントを用意してくれた、お祝いに大好きな料理を沢山作ってくれた、蝋燭の立てられたケーキまで用意してくれた。

 父さんと母さんと姉さんは蝋燭だけの暗闇の中で、ハッピーバースデートゥーユーを歌ってくれた。ケーキの蝋燭も吹き消して、皆が拍手してくれた。4人で、楽しい誕生日パーティーだった。楽しかったんだ。

 

 そこで泣いている少年は誰だろう。

 

 そこで泣いている少女は誰だろう。

 

 少年の足元で横たわっている人は誰だろう。

 

 少女の足元で横たわっている人は誰だろう。

 

 先ほどまで見ていた光景はなんだったのだろう。

 

 テーブルに所狭しと並べられた料理の数々は?

 

 真ん中に置かれた、名前の書かれたチョコプレートが置かれたケーキは?

 

 いや、それを俺は知っていた。忘れられない、忘れたくても忘れる事の出来ない、脳裏に焼き付いた光景。

 楽しい楽しい誕生日パーティーは、ほんの些細な過ちから、血と死で塗り固められた生み出す地獄へと変貌を遂げた。

 まるで人形のように硬くなった父さんと母さんの身体。雨は止むことなく振り続けていた。父さんから買ってもらったお気に入りのTシャツも、母さんが誕生日プレゼントにくれたネックレスも、雨に濡れて冷え切ってしまっていた。

 それでも、俺は涙が止められなかった。傍にいた姉さんも、涙が止まることはなかった。だって、悲しかったから。父さんも、母さんも。もう戻ってこないのだということを、あの幼い俺は理解していた。だから悲しかった。悲しくて悲しくてしょうがなかった。でも、どうしようもなかった。

 あの日、楽しかった光景は。一瞬にして地獄絵図へと変貌を遂げた。

 

 

 

「……」

 

 目を開けると、映っていたのは見慣れた天井だった。掛布団を剥いで身体を起こすと、壁にかけてあった時計が目に入った。長針が1のところに、短針は6をほんのすこし過ぎた場所に位置している。

 

「……時間ピッタリの起床、というわけじゃないか」

 

 ベッドの傍のカーテンを開ける。飛び込んできた景色は、数週間前のソレとは全く異なる光景だった。

 

「……慣れていかないとな。『天原』の生活に」

 

 自らの生活拠点が変わったことを、窓から見える都市の光景を見て再認識する蒼介。そこは、自身がまだ足を踏み入れて間もない世界だった。

 

 

 

 リビングに降りると、既に蒼介よりも早く起きていた者が台所に立っていた。

 

「あら蒼介君、おはよう」

「おはようございます、路子(みちこ)さん」

 

 自分を養ってくれている女性に軽く挨拶を済ませる。テーブルには既に朝食である焼かれた食パン、ブルーベリーのジャム、野菜サラダ、コーンスープが並べられている。

 

「もう蒼介君ったら、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「あはは……」

 

 路子の愛想笑いを浮かべながら自分がいつも座っている席につく。手を合わせて「いただきます」と呟き、朝食にありつくことにする。

 

「……杏奈は、まだ寝てる感じですか?」

「そうなのよ。あの子、今日は入学式だって言うのに夜遅くまでゲームしてたみたいで……」

「まあ、いつも通りなのが杏奈らしいというか……」

 

 杏奈の部屋は、夜遅くまで電気が点いていることがほとんどである。蒼介が確認する限り、自身が起きている日付が変わる午前0時までは部屋の灯りが点いており、路子曰くその後もしばらくは灯りが消えないとのことだ。これは杏奈が趣味のビデオゲームをプレイしているからであり、夜遅くまでプレイしている影響で朝はギリギリになることが多いのだ。

 

「全く、高校生になるんだからその辺りはいい加減大人になってほしいんだけどねぇ……」

「中学から高校までは、楽しいことが一番楽しく感じられるって言いますからね。度が過ぎれば、勿論俺も注意しますけど」

 

 そんな話をしていると、リビングのドアを開けて話題の少女が入ってくる。

 

「……」

 

 如何にも寝起きですという感じで杏奈の髪の毛は爆発しており、寝巻もずれてしまっていて下着が見えてしまっていた。普段は曲がっていない背筋は猫背になっており、多少色っぽくはあるが、残念美少女という表現がよく似合う光景だった。

 

「杏奈、もうご飯出来てるよ」

「……ご飯……」

 

 杏奈は開いているかどうかすら定かではない瞼を擦りながら、ゾンビと見紛うような足取りで席に着く。

 

「……杏奈」

「……ご飯……」

「……そこは俺の膝の上なんだが」

 

 杏奈が覚束ない足取りで座ったのは、蒼介の膝の上だった。そしてそのまま、蒼介が手に持っていた食パンをあむあむと食べ始める。

 

「……もぐもぐ」

「……しょうがないやつだな」

 

 呆れた風に蒼介は、杏奈に食パンを食べさせる。困り顔で路子の方を見ると、どうしようもないという顔で首を横に振った。

 結局杏奈は蒼介の分の朝食を蒼介の膝の上で全て平らげ、杏奈の分の朝食は蒼介が摂ることになった。

 

 

 

 入学式は、新入生及び在校生とその保護者が一堂に介する行事である。全校生徒が保護者含め集まる行事は入学式くらいしかなく、学校でも特に大きなイベントのひとつである。

 在校生は事前に登校して、ホームルームの後クラス単位で入学式が行われる講堂へ移動する。既に3年生が集まっており、次いで2年生が講堂内に移動する。1年生の保護者一同は既に生徒たちの後方の席に着座していた。

 

「これより、天原学園入学式を執り行います」

 

 教師と思われる、スーツを羽織った男性による司会が進行する。能力者を養成することに重きを置いた新設校と言っても、入学式というものが他の学校と違うわけではない。新入生代表の挨拶、在校生代表の挨拶、学園長からの挨拶、それらがあって終わりだ。

 

「……私たち新入生は、偉大な翼神の意志を継ぎ、立派な能力者として大成することをここに誓います。新入生代表――」

 

 下ろしたてのブレザーに身を包む、新入生代表の1年生が挨拶を済ませ、自身の席に戻る。その後、司会の教師が進行を続ける。

 

「続いて、在校生代表挨拶。在校生代表、3-A、『鳳 花桜(おおとり かおう)』」

「はい」

 

 その言葉に凛とした返事を行い、席を立つ一人の生徒。長いダークグリーンの髪を靡かせて、壇上へ上がる。

 

「おい見ろよ、鳳先輩だ」

 

 蒼介の隣に座っている2-Aのクラスメイトがひそひそと声をかけてくる。

 

「有名なのか?」

「そりゃもう。品行方正、成績優秀。加えてあの容姿に誰にでも分け隔てなく接する性格の良さ……生徒会長やってるのも頷けるぜ。伊達にお前と同じ『S』は貰ってないって事だ」

「そうなのか。あの人が……」

 

 壇上に立つ鳳花桜を見つめる蒼介。蒼介はこの天原学園における2人目の評価『S』生徒であり、それはつまり既に10年の歴史の中で評価『S』の生徒が存在すると言う事だった。それが、あの壇上に立つ生徒、鳳花桜である。

 

「……新入生の皆さま。先ずはご入学、おめでとうございます。貴方たちの入学を、我々在校生一同、楽しみに待っていました」

 

 落ち着いた、しかし真の通った声がマイクによって拡声され講堂内に響き渡る。これだけの観衆が集う中での挨拶である、先ほどの代表新入生ですら声が固まっていたというのに、詰まらずハキハキと言葉を紡ぎ続ける。

 

「本校は皆さまもご存じのとおり、貴方がた新入生がこれまで通った学校とは違い、能力者の養成に重きを置いた新設校です」

 

 聞き心地の良い声を全く詰まらせることなく、鳳花桜は言葉を紡ぎ続ける。

 

「無論、これまでと異なる規則などに戸惑うこともあるでしょう。しかし安心してください、そう思ったのは何も貴方たちだけではありません。我々在校生も、同じように思いました」

「……この学校独自の校風や規則に触れ、貴方たちなりにどう過ごせばいいかを考えてください。大丈夫です、わからない時は我々在校生が、貴方たちの道標となりましょう」

「そして共に行事を楽しみ、喜びを分かち合いましょう。私達共に、充実した学園生活を送りましょう」

「……最後になりますが、皆様の充実した学園生活を祈り、代表挨拶とさせていただきます。在校生代表、3-A、鳳花桜」

 

 その言葉と共に、講堂内が拍手に包まれた。彼女の素晴らしいスピーチに蒼介も無意識に手を叩いていた。

 

 

 

「鳳先輩、凄かったね~!」

 

 入学式がつつがなく終了し、教室に戻った2-A一同。授業まではまだ時間があり、事実上の休み時間ではあるが、興奮冷めやらぬ感じで蒼介の隣の席の花楓が話しかけてくる。

 

「ああ。生徒会長もやってるんだろ?」

「うん!鳳先輩は2年生の頃から次期生徒会長だって言われてたね~」

「へぇ……2年の時から才覚を発揮してたんだな」

 

 蒼介が入学する前、即ち彼女が2年生の頃から、彼女はあのように振舞っていたらしい。

 

「私もあんな風になりたいよ~」

「なら、先ずは遅刻しないようにしないとな」

 

 蒼介と花楓の会話に割って入る京香。花楓は少し怒った様子で京香に反論をする。

 

「も、も~!今年こそは頑張るって~!」

「でも今日の朝、登校時間ギリギリだったよな?」

「うっ……」

「そういえば、食パン咥えてたな……あんなの漫画でしか見た事なかったけど……つまり、食べる時間もないくらいギリギリだったってことだよな?」

「う、うぅっ……そーちゃんまでっ……!」

 

 その場に花楓の味方をする者は誰も居なかった。過去一年の彼女を知る者は当然として、幼いころの彼女しか知らない蒼介も彼女の味方をしなかったところを見るに、余程彼女の遅刻とは信頼ある情報なのだろう。

 

「い、いいもん!絶対に無遅刻無欠席を貫いて、みんなを見返すんだから~!」

 

 涙目になりながらその場にいる全員にそう言い放つ花楓。その宣言が僅か1日で破られるだろうということはその場にいる花楓以外の全員が考えたことであり、その決意が水泡に帰した時全員がこう思った。

 

(まあ、花楓だからしょうがないかな)



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天原学園生徒会長

「……はい、大丈夫ですよ」

 

 お盆を両手で持ったままの花桜を立たせたままでは悪いと、蒼介は花桜に同席を許可する。

 

「そーちゃん!?」

「構わないだろ?それに、同席を断る理由も俺たちにはない」

「ふふ、では失礼しますね」

 

 円形のテーブルの四方の内、蒼介の右側の席に座る花桜。先ほどまでニコニコ笑顔で食事を摂っていた花楓と京香だが、大物の同席ということなのか身体が固まってしまっていた。

 

「そういえば……そちらのお二人も、こうして話すのは初めてですね?」

「……!!」

「は、はい……」

 

 花桜に話しかけられる花楓と京香。ガチガチに緊張してしまっているのがはっきりとわかるくらい委縮してしまっており、返事の声も強張っていた。

 

「そんなに緊張をしなくても大丈夫ですよ。私達は同じ学び舎で学ぶ者同士なのですから」

「あ、ああえっと……は、はい」

「それに……貴方がたもAクラスの生徒なのでしょう?であれば、同じAクラスを踏み続けた者として、貴方たちの力になれます」

「まあ、それはそうですけど……」

「そう緊張する必要はありません。これから沢山の交流を交わして、貴女たちと良好な関係を築ければと私は思います」

「は、はいぃ……」

 

 花桜の落ち着いた声とは真逆で、ずっとガチガチの返答しかできない花楓と京香に思わずくすっと笑ってしまう蒼介。しかし今度は、花桜の興味が蒼介へと移る。

 

「……さて、真田蒼介さんでよろしかったですか?」

「はい。鳳先輩」

「下の名前で構いませんよ」

「……花桜先輩」

 

 2人に比べるとずっと落ち着いた態度で花桜へと返答をする蒼介。花桜の姿が珍しいのか、食堂にいた1年や2年からの視線がそのテーブルに注がれる。

 

「……あまり食堂では食事はとられないんですか?」

「はい。普段はお弁当ですね」

「それは……自作のお弁当を?」

「はい。あまり大した出来ではありませんが」

 

 そう言いながら食事をとる花桜。花桜が頼んでいるのはたまごサンドイッチで、2つのサンドイッチのうち一つの角を口に運ぶ。

 

「……んんっ、たまごが……」

 

 ぎっちりと卵が詰まっているせいか、端の部分を口に入れるだけで、切り口から卵が溢れそうになる。

 

「すいません……お見苦しいところを……」

「ああ、いえ……」

「サンドイッチと聞いていたので丁度良いかなと思いましたが、まさかこんなにぎっしりと卵が詰まっているだなんて……」

 

 溢れた卵の部分を指で掬い、舐め取っていく花桜。そのなまめかしい仕草に思わず目を逸らしてしまう蒼介。その様子に気づいているのか、花桜はくすくすと笑う。

 

「ふふ……すいません、はしたないところを見せてしまいました……」

 

 花桜は笑みを浮かべながらも謝罪し、卵を舐め取った指を皿に備え付けられていたティッシュペーパーで拭き取る。

 

「……俺たちに話しかけてきたってことは、何か用があるってことでいいんですか?」

「……そう捉えていただいて構いません。ですが、貴方がたと親睦を深めたかったというのも、また事実です」

 

 花桜はコップに注がれたお茶を口に付ける。軽く唇を湿らせる程度にしか飲んでいなかったが、コップから口を離すと話し始める。

 

「まずは貴方がたと親睦を深めたかったということ。そしてもう一つは……真田蒼介さん。貴方に興味があったのです」

「俺に?」

 

 一瞬以外に思った蒼介だったが、彼女が生徒会長だからということ、そして天原学園における1人目のランク『S』の生徒であることを思い出した。

 

「……同じ『S』ランク同士、仲良くできるかなと思いましたので」

「そういうことですか」

 

 入学式の時に聞いた、1人目のランク『S』の生徒の話。あれは鳳花桜のことだったと蒼介は思い返していた。そして花桜は、ついに2人目となる『S』ランクの自分に話しかけてきている。

 

「まだ学園生活が始まって間もないですから……わからないことがあれば、私にどうかご相談ください。貴方の力になります」

「ありがとうございます、花桜先輩」

 

 生徒会長自らの申し出に頭を下げる蒼介。彼女も学園内で唯一のランク『S』ということもあり、共感者が欲しかったのかもしれない。そう思いながら箸を進める。

 

「……そういえば、蒼介さん。貴方に一つ、訪ねたかったことが」

「なんでしょうか?」

 

 サンドイッチを1ピース食べ終わった花桜、その後お茶を口に含ませると、コップを離して蒼介に質問した。

 

「……蒼介さんは、かの有名な真田夫妻の実子、ということでよろしかったでしょうか?」

 

 

 

「大丈夫?そーちゃん」

「ああ、大丈夫……」

 

 食堂の帰り、先ほどまではガチガチに委縮してしまっていた花楓と京香に心配される蒼介。

 

「顔真っ青だけど、保健室いくか?」

「いや……いい。大丈夫だ」

 

 余程顔色が悪いのか、京香ですら素直に心配をしてくれている。しかし蒼介はあくまでも大丈夫だと誘いを断った。

 

「まあ、蒼介も鳳先輩相手じゃやっぱり緊張するのか。そうだよな、やっぱりお前でも緊張するよな」

「ああ、まあ……そういう感じだ」

「……」

 

 花桜との対談における緊張が後になって効いているのだろうと京香は判断していたが、実際はそうではないことを花楓は知っていた。故に、蒼介に対しそこまでの追究をしなかった。

 

「ごめん……ちょっと外の空気吸って帰るよ」

「大丈夫か?」

「大丈夫だって……」

「帰り道わかるか?」

「子供じゃないんだから!」

「ちゃんと一人で帰れるか?」

「子供じゃないって!!」

「……ま、そんだけツッコミが返せるなら大丈夫だろ」

 

 京香は蒼介の背中をバンと叩くと目の前を走っていく。

 

「午後の授業、遅れんじゃねーぞ!」

「あ、待ってよ京香ちゃ~ん!」

 

 廊下を走っていく京香を追いかける花楓だが、立ち止まり蒼介の方へと振り返る。その表情は、不安そうに眉を下げていた。

 

「……あのね、そーちゃん。あのことがそーちゃんにとって忘れられないことだって知ってる」

「……花楓」

「……もしどうしても辛くなったら、私に言ってね。できることはなんにもないかもしれないけど……そーちゃんのためなら、私……」

 

 俯いたまま、声が段々と尻すぼみになっていき、蒼介にも聞こえない声量になっていく。が、勢いよく顔をあげた時には、蒼介がよく覚えている笑顔の花楓になった。

 

「……待ってるね!」

 

 花楓も走っていく。蒼介は花楓のその姿が階段を駆け上がって見えなくなるまで、ずっと見続けていた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 中庭。大きな樹を囲むように設置されたベンチのひとつに座った蒼介は天を仰いでいた。

 

「……忘れられるわけがないよな」

 

 蒼介は昼休み、食堂で花桜に聞かれたことが未だに頭から離れなかった。

 

『……蒼介さんは、かの有名な真田夫妻の実子、ということでよろしかったでしょうか?』

 

 あの質問をされた瞬間の、花桜のまずいことを聞いてしまったかのような顔を覚えている。その後は会話が弾むこともなかった。

 

「……父さん、母さん」

 

 つい口に出してしまう。中庭には現在誰も生徒がおらず、蒼介の独り言が聞かれることはなかった。

 

「……ん?」

 

 校舎内の中の喧騒から隔離された中庭で、蒼介の耳に何かが入り込んでくる。

 

「……」

 

 のそっとベンチから立ち上がった蒼介は、声のする方へと足を進める。段々と声の発信源に近づいていくと、その内容を大まかにだが聞き取れるようになった。

 

「てめぇ!……んじゃねぇ!!」

 

 細部までは聞き取れなかったが、どうやら女子生徒が声を荒げているようだった。蒼介が歩を進めていたのは、1年生の校舎の裏だった。

 

「なにぶつぶつ言ってんだおい。わかんねーんだよ!」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」

 

 蒼介はついにその場面を目撃した。後者の一角、わざわざ誰も来ないようなその場所、袋小路。そこに追い込まれた1人の女子生徒と、その子を取り囲むように複数の女子生徒がいた。

 

「そこで何してる」

「あ?……ちっ」

 

 不機嫌そうに声を返してくる女子生徒。耳にピアスを付け、髪を金髪に染めていることから、あまり素行は良くなさそうな生徒であることはすぐにわかった。女子生徒たちの代表なのだろう、金髪の生徒は興が醒めたのか取り巻きの女子生徒を連れて蒼介の横を通る。

 

「……2年風情が正義の味方気取りかよ」

 

 すれ違いざま、そう呟きながら去っていく女子生徒。蒼介はその女子生徒たちを引き留めることなく、袋小路に立っていた女子生徒に歩み寄る。

 

「……大丈夫か?」

「ひっ……ぁ、えっ……と……」

 

 その女子生徒は、蒼介が近づくと後ずさりしてしまう。しかし背後には壁があり、蒼介から距離を開けることは叶わなかった。

 

「……大丈夫だ。何もしたりしないから」

「……」

 

 蒼介は優しく声をかけながらゆっくりと歩みを進め少女に近づく。少女も後ずさりはしなくなり、斜め下から蒼介の顔を見上げてくる。

 

「……っ」

 

 その少女は、髪の毛を肩にかからない程度にばっさりと切っていた。また、前髪は長く、少女の瞳からその表情を伺うことはできなかった。

 

「大丈夫だ、俺は君の敵じゃない。君を助けに来たんだ」

「……ぁ、ほ……ほんと、ですか?」

 

 少女は終始身体を強張らせながら蒼介に恐る恐る質問を投げかける。コミュニケーション能力に欠けるのか、声がところどころ詰まる。

 

「ああ。俺は真田蒼介、2年生だけど……今年から天原学園に入学したんだ。よろしく」

 

 蒼介はゆっくりと手を差し伸べると、少女もおずおずとその手に応えるように手を伸ばす。終始挙動不審で、本当に手を取ってもいいものか?という苦悩がその手の動きから伺えたが。

 

「……ぁ、えっと……か、春日井(かすがい)……美月(みつき)、です」

 

 蒼介が手を差し伸べてからおおよそ30秒。ようやく少女が蒼介の手を優しく握る。小さく、細い美月の手。

 

「………!?」

 

 その手を握った瞬間、蒼介の全身に何かが走る。

 

「……?」

 

 美月は目線を隠す前髪越しに蒼介の反応を伺っていた。蒼介は自身の身体に走った何かの正体について思考をフル稼働させ考えていた。

 

(今のは……まさか、こんな子が……でも……)

 

 蒼介の難しそうな顔を心配そうに見つめる春日井美月。

 

(こんな子が、まさか……"俺と同じか、それ以上の"能力者……?)

 

 手の平を握った時にわかるその異様さ。少女の翼力は、蒼介が今まで感じた事のある誰よりも濃密で、強大だった。



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春日井美月という少女

 翼力は、特殊な能力を使用するための燃料として、翼神、そしてその灰をその身に浴びた人間たちが使う力のことである。

 現在はその変換前の翼力の総量や質を測定する機械が存在するが、逆を言えばそう言った特殊な機械が無ければ個人の持つ翼力を測ることはほぼ不可能である。"強大な翼力を持つ者"であれば身体を接した際にその翼力を微弱ながら感じ取ることはできるが、基本的にそう言った例外なくしては翼力を感じることは不可能だった。

 

(でも、この子のこれは……)

 

 蒼介は今、手を繋いだ少女の翼力をその手で感じていた。偶然ではない、微弱ではあるが蒼介の手の平で感じられる他者の翼力。それは即ち、目の前にいる彼女、春日井美月がそれほどまでに膨大な翼力をその身に内包しているということに他ならなかった。

 

「ぁ、の……真田、先輩……」

 

 蒼介は美月に声をかけられて、自分がずっと美月と手を繋いでいたことを思い出し、慌てて手を離す。

 

「あ、あぁ……ごめんよ」

 

 蒼介が手を離すと、美月はぼーっとその握られていた手を見つめている。

 

「あ、あの……真田、先輩……」

「蒼介で大丈夫だよ、春日井さん」

「ぇ……あ、で……でも……」

 

 美月はもじもじと、なにかを言いたそうに時折蒼介の方を見たり、逆に顔を逸らしたりする。そして、20秒近く経過して、ようやく言葉を発する。

 

「……わ、私も……名前で……あの、呼び捨てでも……いいですから……」

「ん?あぁ……わかったよ、美月。これでどうだ?」

「~~~!!!」

 

 さすがにいきなり名前で呼び捨てというのはまずかっただろうかと思った蒼介。美月は呼び捨てで呼ばれ、顔を真っ赤にしてしまう。

 

「ぅ、えっと……その、よ……よろしく、お願いします……蒼介、先輩……」

 

声量が尻すぼみになっていき、最後の方は最早何を言っているのか判別がしづらい程に声が小さくなっていた美月だったが、嫌悪はされていないだろうと判断した蒼介は先程の状況について尋ねることにした。

 

「……さっきの連中は?」

「えっ、と……私と同じ、1-Dの……子、です……」

「……1-Dの?」

 

美月の言葉に疑問が浮かぶ蒼介。先程の女子生徒たちが1-Dだということが気になったのでは無い。美月が「私と同じ」と言ったことが気になったのだ。

 

「君は……美月は、1-D所属なのか?」

「……?は、はい……」

「……どうして?」

 

蒼介の疑問は尤もであった。蒼介が先程美月の手を握った時に感じた翼力は錯覚などではない。体外へ漏れ出てしまうほどの膨大な翼力を持つ美月が、入学時の能力測定で高判定を貰わないはずがない。翼力測定に使う機械は、それ自体が翼力によって作られた精密機械で、表示される測定結果は極めて正確である。仮に美月がこの体外へ漏れ出すほどの翼力を抑制する術を持っていたとしても、機械による判定を免れられるなど聞いたことがなかったのだ。

 

「ぁ……えっと……入学試験、は……筆記と面接、の後に……能力測定……なん、ですけど……」

 

美月はたどたどしくも、その理由について話し始める。

 

「め、面接で……き、緊張して、倒れ……ちゃって……」

「……」

 

なるほど確かに、と僅かにでも思ってしまった自分を蒼介は殴りたかった。蒼介はまだ美月と会って間もないが、彼女のこの性格ならば確かに極度の緊張から体調を崩すことはあるだろう、などと思ってしまっていた。

 

「じゃあ……天原学園に入学できたのは……」

「はい……えっと、筆記試験の成績が、良かったから、だと思います……それでも、総合評価は……一番、下の方だと……思います……」

 

良く入学できたなと思ってしまう。つまり彼女は筆記試験のみの結果でなんとか入学の座を勝ち取ったということになる。

 

「……さっきの子たちは?」

「えっと……1-Dでも、能力の強い方、の子達で……私、筆記しか受けられてないから……裏口入学だって、言われて……」

 

能力の強い者の一部は、能力の弱い、あるいは使うことが出来ない者に対してマウントを取りたがることがある、というのを蒼介は思い出した。Aクラスに属するような能力者であれば、概ね誰とでも分け隔てなく接することができるが、それ以下のクラスでは上のクラスとの力の差に劣等感を抱き、それより下の者をいじめの対象にしてしまう。

 

「……美月。君が強い能力を持っていることを、俺は知っている」

「ひゃっ……」

 

蒼介は思わず、美月の両肩を掴んでいた。思わずビクッと身体を跳ねさせる美月だったが、見上げた蒼介の目の真剣さに目を奪われた。

 

「君が現状に対してどんな感情を抱いているか分からない。でも、君がいじめられているという事実がわかった以上、俺としてはこの問題を黙認することなんてできない」

「ぇ、ぁ……ち、ちか……」

「お節介になるかもしれない、でも言わせてくれ。俺は、君を助けたい。こうして出会えたのもひとつの運命だと思う。だから俺は君を見捨てたりはしない」

「あ、あの……先輩っ……ち、ちか……」

「君を救うのを手伝わせてくれ。お願いだ」

「わ、わかりましたっ……わかりました、からっ……せ、先輩……近い、です……」

「……ん?あ、あぁ……!」

 

思わず熱が入り、彼女の前髪に隠れた瞳を覗き見るように話しかけていたことに気づく蒼介。慌てて離れるが、顔面が真っ赤に染まった美月の赤らみはすぐに冷めることは無かった。

 

 

 

「あるよ」

「あるのか!?」

 

授業の休み時間。気持ちよさそうに船を漕いでいた京香を叩き起こし、「能力の再判定によってクラス替えを行うことは出来ないか」について尋ねてみると、あっさりと答えが返ってきた。

 

「うるさっ……お前そんなキャラだっけ?」

「そんなのどうだっていいんだ。京香、クラス替えを行う方法があるってホントなのか?」

「ああ、あるにはあるよ。タイミング的にももうすぐだからな」

「……あー、そういえばそうだね」

 

京香の思い浮かべている事項と、自身が思い浮かべている事項が一致したのか、納得して首を縦に振る花楓。蒼介は、2人にその内容について尋ねる。

 

「教えてくれ。それは一体なんなんだ?」

「一学期に一回、腕利きの生徒たちが集う学内大会があるんだ。優勝賞品が豪華だからそれを狙ったり、自分の今のクラスに不満があったりするやつは基本的に参加するな」

「参加資格は?」

「この学校に所属している生徒なら誰が参加してもいい事になってる。あとチームを組んで参加も可能だ。その場合は3人までだな」

「学内大会とは言っても、能力者を全国から集めてる天原学園の大会だから、見応えがあるんだよ〜。そーちゃん、もしかして出たいの?」

「ああ、ちょっと出たい理由があってな」

 

蒼介は自身の実力を証明するためではなく、たまたま出会った強い翼力を持つ女の子により良い学園生活を送ってもらうために出場したいということを二人に伝えた。すると、二人とも少し困ったような表情を見せていた。

 

「……なるほど、Aクラスへのクラス替えか。となると、優勝か、最悪準優勝くらいは狙わないといけないんだけど……」

「何か問題があるのか?」

「うーん……そーちゃんの実力なら狙えないこともないと思うけど……実は、今回の学内大会には鳳先輩も出場するんだ」

 

花楓の言う鳳先輩というのは、言うまでもなく鳳花桜のことだった。蒼介も顔と名前が一致したのか、花桜について尋ねる。

 

「やっぱり強いのか?」

「半端じゃなく強いな。アタシや花楓の戦闘スタイルじゃ相性が悪いってのもあるけど」

「鳳先輩は、風と大地を操る能力者なんだよ〜」

「強くて且つ複数持ちの能力者か」

 

通常、ひとりが使用出来る能力は1つのみである。例えば京香が雷を操る能力しか使えないように、また蒼介が光を操る能力しか使えないように、基本的には一種類の能力しか使えないというのが常識である。しかし稀に、2つ以上の能力を操る能力者というのが存在する。2つ使えるだけでも滅多にお目にかかれないと言われるほどであり、3つ以上扱う能力者は『起源の灰』以降現れていないい。

 

艷災(えんさい)の花桜って言われるくらいには強いんだよ〜」

「ふ〜ん……そうなのか……」

 

花桜の強さを語る2人を余所に、蒼介は優勝のことを考えていた。おそらく自分一人では互角以上の戦いができるだろうということを蒼介は理解しており、そこに美月が加わればかの花桜であろうとも倒せる、と思っていたからだ。これは驕りではなく、蒼介が美月の能力を聞き、その強力さに蒼介も耳を疑ったからこそだった。

 

「……あ、そういえば」

 

ふと、蒼介は思い出したように声をあげる。その視線は、花楓の方へ注がれていた。

 

「俺、花楓の能力については知らないんだけど……なんなんだ?」

「え、わ、私?」

 

幼い頃を花楓と友に過ごしていた蒼介だったが、その花楓の能力に関して、本人から一度も聞いたことがなかった。花楓もそれに関して蒼介に披露したことは一度もないため、蒼介は花楓の能力を知らなかったのか。

 

「え、えーっと……」

「……別にいいんじゃないか?どうせ戦闘訓練の授業とかでバレるぞ?」

「う、うーん……わかった……」

 

花楓はあまり乗り気じゃなさそうに、筆箱の中から消しゴムを取り出す。

 

「……あんまり面白くないからね〜?」

 

花楓はそう言ってから、手のひらに乗せた消しゴムをぎゅっと握る。1秒ほどだろうか、花楓が握り拳を開いて中を見せてくれる。

 

「……うわ」

 

思わずそんな感想が漏れてしまう蒼介だが、蒼介の感想はある意味適切だった。花楓の手に握られた消しゴム、それは花楓の手のひらの中で"ばらばらに砕けていた"。

 

「手で力を込めた物体を粉砕する能力……なんて、女の子っぽくないよね」

 

蒼介はその光景に唖然としていた。京香の方に目線を向けると、「うんうんわかるよ私も同じ気持ちだったもん」と、首を縦に降っていた。



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天原学園最強能力者トーナメント1学期の部

 京香曰く「一学期に1回、腕利きの生徒たちが集う学内大会」ということなので、蒼介が想定していたのは、クラスメイトが学園内の施設を借りて行う小さな大会だった。

 

「……こりゃあ、すごいな」

「あ、あわわわ……」

 

 投稿日初日に京香と模擬戦を行ったステージと、同じ施設内にある別の設備。蒼介が京香と戦ったステージよりも一回り大きく、これから行われる戦いが蒼介と美月が思っている戦いとは比較にならない程荒れることを示していた。

 

『さーやってまいりました第25回天原学園最強能力者トーナメント1学期の部!実況解説は拡声能力を持った私、マイクマンXがお送りいたします!会場、あったまってるかーーーー!?!?!?』

 

 会場全体に響き渡るマイクマンXの煽りに、観客たちは次々に声をあげ歓声がステージを包み込む。会場のボルテージは最高潮に達していた。

 

『新年度ということも様々な命知らずや腕利きが多い今大会、いったい誰が優勝の座をもぎ取り、天原学園最強に輝くのか!25回に渡り実況を続けている私としても目が離せません!!!』

 

 蒼介は湧き上がる歓声の中、マイクマンXの存在について考察していた。25回全てで実況解説を行っているということはつまり、最低でも9年間この天原学園にいるということである。決して入学ハードルの低くないこの天原学園に9年間も在籍しているということは、少なくとも留年を繰り返している生徒ではないことは確実だろう。であれば教師という線が濃厚……

 

『さあ観客の皆さんもそろそろ我慢ができない頃かと思います!それでは第1試合を始めましょ~!』

 

 ということをぼーっと考えていたらいよいよ1回戦が始まるようだ。蒼介と美月は、マイクマンXの実況に合わせ、入場していく。

 

『記念すべき予選第1回戦!1回戦目から男女での参戦、しかし残念ながらこのステージの上では乳繰り合うなんて許されないぞ!新進気鋭の2年生真田蒼介と、1年生春日井美月ーーーー!!!!』

「「「「「わーーーーー!!!!!」」」」」

 

 全校生徒が集合しているんじゃないかと思う程生徒が多い。360度ほぼすべてに観客がいて、その生徒たちの観客席の一角の上方に、教師陣の席と思われる場所があった。

 

『対するは~、今年こそ優勝を狙って挑戦だ~!優勝候補の3年生3人組、通称トリニティサンダーだーーーー!!!!』

「「「「「わーーーーー!!!!!」」」」」

「わ、わ……」

 

 自分達の入場よりも、大きい声援に委縮してしまう美月。優勝候補というのも伊達ではないらしく、おそらく2年3年は全員彼らにかけているのだろう。

 

「そ、蒼介先輩ぃ……」

 

 自信が無くなってきたのか、涙目で蒼介の袖をつかむ美月。しょうがないと思いながら、蒼介は美月の頭に手を伸ばす。

 

「ぁ……」

「大丈夫だ。いざという時は、俺が君を守る」

「……」

 

 蒼介の言葉に、顔を赤らめて俯く美月。そのままゆっくりと手を離す。彼女のもう片方の腕には、一冊の本が抱えられていた。

 

「……なぁ、真田蒼介君だったか?」

「……はい」

 

 試合開始前に、蒼介の対戦相手である3年生3人組の、リーダーと思われる人が話しかけてきた。

 

「あんまりこういうこと言うのは良くないとわかってるんだけど……棄権しないか?この大会に出場を申請するということは何かしらの目的があるんだろうけど……こっちは3-Aの生徒3人。君が2-Aの生徒だとしても、"足手まとい"を連れて勝てる程、この大会は甘くないよ?」

 

 それは全て、彼の優しさからくる忠告だと言う事を気づいていた。彼らは、美月が1-Dに在籍する生徒であることを知っていた。足手まといとわざわざ卑下するようなことを言ったのは、ここで棄権してしまっても負けてしまっても君の事情を誰もが汲んで、君を誹謗したりすることはしないだろうという意味でもあった。

 

「……安心してください、彼女は決して足手まといなんかじゃありません」

 

 上級生に足手まとい呼ばわりされ震えている美月の頭に蒼介は手を置き、撫でる。前髪で隠れた目からは涙がぽろぽろと落ちていた。

 

「……宣言します。先輩方3人相手ですが、俺はひとりでも勝てますよ」

 

 別に、そう敵を煽る必要も彼にとっては無かった。美月は足手まといなんかじゃないというのは、蒼介がその場にいる誰よりも理解していた。だがしかし、蒼介は許せなかった。ともにこれから戦う仲間を卑下されたのが、許せなかった。故に宣言した、「ひとりでも勝てます」と。

 

「……言うじゃないか!その減らず口、いつまで持つか試してやる!」

 

 上級生3人組、通称トリニティサンダーが構えを取る。蒼介は美月をステージ外へ退避するように指示する。美月は、頭を下げてからステージ外へと降りた。

 

『さあ両者準備が完了したので始めたいと思います!制限時間はなし、先に対戦相手全員のバリアー装置の耐久値をゼロにするか、ステージ外へと放り出せば勝ち!装置の耐久値がゼロ、もしくはステージ外へと出された選手は再度戦闘に参加することはできません!』

 

 戦闘に参加することができないというのは、学内大会におけるルールで蒼介が事前に確認していたことだ。戦闘に参加できないということはつまり、攻撃される心配が無くなると言う事。特に複数人相手であれば、蒼介にとってはその方がやりやすかった。

 

『さあ運命の第一戦、勝利の栄光はどちらに輝くのか!間もなく試合開始です!!!』

 

 マイクマンXの声と共に会場が静まり返り、試合開始のカウントを告げるブザーが短い間隔で3回流れる。そして、長いブザーと共に試合が始まった。

 

ビーーーーーーーーーッ!!!!!!!

 

「ふっ……!!!」

「くらえ……!!!」

 

 開始と同時に左右に回り込んできた2人。そのまま、その手からそれぞれ巨大な火球と水球を飛ばしてくる。

 

(トリニティサンダーって言う割には2人は雷を使わないんだな……)

 

 そんなことを思いながら、自身の左右から迫りくる攻撃を地面を蹴って後方に躱す。水球が火球によって蒸発させられ、その水蒸気の中を突っ切るように先ほどのリーダー格の男が雷を纏いながら突っ込んできた。

 

「おしまいだ!」

 

 先ほどの攻撃を後方に避けられることを想定しての攻撃なのだろう。水蒸気を瞬間的な水のカーテンとして使い、不意打ちを行う戦法なのだろうが。

 

「……」

「な、ぐっ……!?」

 

リーダー格の男の右拳を屈んで避ける。そのまま右手首と男の胸倉を掴み、彼の勢いを利用して火球を放ってきた男の方へと放り投げる。

 

「そらっ!!」

「うわっ!!!」

 

 勢いよく飛んできた男を受け止めることができず、2人合わせて倒れ込む。蒼介はそのまま、今度は水球を放ってきた男の方へ向かって地面を蹴る。

 

「くっ!」

 

 慌てて小さな水球を連発してくるが、蒼介はその全てを回避しながら接近し、先ほどと同じ要領で、今度は態勢を立て直そうとしている2人目掛けて放り投げる。

 

「ぎゃっ!?」

「がっ!?」

「あがっ!!!」

 

 その声と共に、3人とも重なり合って倒れる。蒼介は投げた1人が2人に直撃する前に、左手を前に突き出す。

 

「翼力による遠距離攻撃ってのは……こうやるんですよ」

 

 蒼介の言葉と共に、彼の左手に蒼介の翼力が変換された光が集まっていく。まるで岩石によって噴出を妨げられた火山のように、それが限界までチャージされる。

 

「……光閃《こうせん》」

 

 会場内のほぼ全ての観客が、トリニティサンダーの勝利を予感していた。それは、これまでの大会の結果から見る順当な評価だったのだろう。

 それはしかしその予想は、蒼介が放ったそれによって瞬く間に塗りつぶされた。蒼介のその言葉と共に、手の平に凝縮された光が大口径のビーム砲となって前方へと放たれる。奇跡という言葉を使うのもおこがましくなる程の極大ビーム。なんとか態勢を立て直した3人が、それを見て慌ててそれぞれ自らの翼力を変換したシールドで対応する、が。凄まじい勢いと共に放たれたそれは、3人の身体を一瞬で呑み込んだ。

 

 5秒ほど照射されたその極大ビームによって姿が消えていたトリニティサンダーの3人が、蒼介が放ち続けていた光が消える事で再び姿を見せる。3人は3人ともぐったり横たわっており、それぞれが腕に付けていたバリアー装置からは、エネルギー残量が完全に無くなったことを示すブザーが鳴り響いていた。

 

『……な、な……』

 

 実況解説も、目を疑うような事態を前に一瞬動揺の声をあげていた。しかし我に返り、観衆の声と共に実況を再開し始めた。

 

『なんということでしょう!!!優勝候補と謳われたトリニティサンダーをなんとたった一人で圧倒、あっという間に撃破ーーーーー!!!!!これはとんでもない大番狂わせが起きてしまったーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおおおーーーーー!!!!!」」」」」

 

 あっという間の勝負だったにも拘らず観客がこれほどに湧いたのは、知名度のない、初出場の生徒が優勝候補と言われた生徒を倒したからに他ならなかった。番狂わせというのが、老若男女全てに分け隔てなく熱狂を与えた。

 

『最初からこんなに盛り上がってしまって大丈夫かーーーーー!?!?!?……はい、ええ……えぇ!?い、今入りました情報です!!!!!どうやら今回勝利した真田蒼介選手ですが、何とこの天原学園創立以来、2人目のランク『S』の生徒であるということです!!!!!』

 

 その実況と共に会場が再び歓声に包まれる。「まじかよ」「Sランクならあの強さにも納得だわ」「なんで女の子連れて出てるんだ?」「サイン貰いてぇよ」等観客席から声が飛び交っていたが、蒼介は我関せず、ステージ外に退避していた美月の元に駆け寄る。

 

「せ、先輩っ……!!!」

 

 興奮冷めやらぬと言った感じで蒼介を見上げている美月。蒼介は美月の頭に手を乗せると、髪が乱れないよう優しく撫でる。

 

「あ、う……」

「大丈夫だ。負けないさ、君の強さを証明するときが来るまではな」

 

 蒼介は美月を連れて控え室へと戻っていく。蒼介が戻っていくまでの間も、その会場内から歓声が消えることはなかった。

 

 

 

「あ、あの……先輩」

「ん?」

 

 これほど大きな施設だと、一度勝利すれば各出場者に1つずつ控え室が割り当てられるらしく、蒼介と美月はその大きな控え室に用意された椅子に2人きりで座っていた。

 

「私は……いつ、先輩にお役に……立てますか……?」

 

 美月は、蒼介の第1回戦の活躍を目の前で見ていた立場である。しかし、美月は観戦者であると同時に蒼介と共に参加している言わば仲間であり、本来であればステージ上で蒼介と共に戦っているはずなのだ。蒼介の指示があったとはいえ、ステージ外へ退避させられたことに少なからず思うところがあるのだろう。

 

「安心してくれ、美月。俺は、君が強い能力者であるということを知っている。その君がより良い環境を送るようにするためにも、まずは必要な舞台を用意するんだ」

「それは……」

「大丈夫だ。君の力を使う舞台は、俺が用意する。君はそれをその力で完膚なきまでに捻じ伏せればいい。時が来るまで、俺のことを信じてくれないか?」

「……!は、はい……!」

 

 蒼介の言葉に感動したのか首をぶんぶんと縦に振る美月。「俺のことを信じてくれないか?」、その言葉を、美月は噛み締めていた。

 

「お邪魔するぞー」

 

 蒼介と美月だけだった空間に、勝手知ったると言わんばかりに入ってきたのは、京香、花楓、そして杏奈だった。

 

「そーちゃん、さっきの試合見てたよー!」

「お前ら……控え室に勝手に入って大丈夫なのか?」

「出場者のクラスメイトか家族なら自由に入ってもいいんだよ。にしてもお前、まさかトリニティスターに勝っちまうなんてなぁ」

 

 蒼介の対面に座る花楓と京香。杏奈は当然とばかりに蒼介の隣に座る。長テーブルの片側真ん中に座る蒼介に対し、1年である杏奈と美月が挟む形となった。

 

「当然です、兄さんがあのような有象無象に負けるなどありませんから」

 

 無い胸を反らせながら自信満々にそう言う杏奈。

 

「はいはい、わかったから」

「杏奈ちゃん、本当にそーちゃん大好きだよね~」

「兄のことを嫌いな妹がいるはずがありません。妹というのは、いつになっても兄のことを愛しているものです」

「その自信はどっから来んだよ……」

 

 杏奈に呆れ顔を向ける京香。しかし杏奈は自分の発言に一切の迷いがないのか、特に恥ずかしがる様子もない。

 

「……え、っと……あの……み、皆さんは……?」

 

 一瞬にして控え室が知らない人物だらけになった影響か、すっかり委縮してしまった美月。美月の緊張を感じたのか、いつも通りの優しい声で話しかける花楓。

 

「私は桐嶋花楓!花楓って名前で呼んでくれていいからね~」

「アタシは薬師寺京香。アタシも名前でいいぞ」

「私たちはそーちゃんのクラスメイトなんだ~」

「か、花楓先輩、と……京香、先輩……」

 

 名前を確かめるようにそう呟く美月。続いて、杏奈の自己紹介が始まる。

 

「羽鳥杏奈です。兄さんと苗字も血も同じではないですが、真田蒼介兄さんの妹です」

「あ、杏奈さん……」

「……?」

 

 杏奈は、蒼介を挟んで向かいに座っている美月の顔を凝視する。何か気に障るようなことをしたのかとびくびくしている美月。

 

「……もう一度名前を呼んでもらっても?」

「……ぇ?えっと……あ、杏奈……さん……」

 

 杏奈の眼つきがより悪くなる。赤と青の瞳に貫かんとするほどに見つめられ身体を強張らせてしまう。

 

「……貴女は、兄さんによって1-Aにクラス替えをさせられる人です」

「……え?えっと……それは、まだ決まったわけじゃなくて……」

「いえ決まっています。兄さんがそう言ったのですからそうなります」

 

 卑屈な美月の発言を一蹴する杏奈。杏奈は続けて言葉を紡ぐ。

 

「1-Aに来るのならば、杏奈と美月はクラスメイトということになります」

「……?」

 

 突然の呼び捨てではあるが特に気にしないのか発言を許容する美月。

 

「ならば、美月はこれから杏奈と共に3年間を生きる学友ということです。学友ですよ?学ぶ友と書いて学友です。ならば、杏奈達は友達同士、それなのにさん付けというのは……友というには淡泊すぎる関係では?」

「……!」

 

 杏奈の言葉にはっとさせられる美月。それは、美月が杏奈の言葉に「確かに」と思っている何よりの証拠であった。

 

「わかったならば呼び方を改めるべきです。杏奈は貴女のことを美月と呼びます。なので美月も、私を呼び捨てくらいで呼んでくれないと」

「あ、ぁ……え、っと……」

 

 美月は口ごもる。自分なんかのことを友と呼んでくれる杏奈のことは嬉しいが、呼び捨てにするには少々馴れ馴れしいのではないか、という葛藤だった。そしてしばらくの間を置いて、口を開く。

 

「あ、杏奈………………ちゃん」

「……」

 

 杏奈は再び美月を凝視する。何かとんでもないことをしてしまったのかとびくびくしている美月だったが、やがて杏奈は諦めたように口を開く。

 

「……ま、ここが妥協点と言うことにしましょう。これから交流を深めれば、呼び方もいずれ変わるはずです」

「えっと……よろしく、ね……杏奈、ちゃん」

「……ええ。よろしくお願いします、美月」

 

 杏奈と美月が新たに友情の花を咲かせたところを、微笑ましそうに他3人は眺めていた。

 

『あーっとここでバリアー装置のブザーが鳴ったー!!!!』

 

 新たな繋がりが生まれた控え室に、今度はモニターから流れる実況解説が響く。

 

「あ、第3試合も終わったみたいだね~」

「つっても結果なんてわかりきってるけどなー」

 

 自らの背後に映っている様子に興味がないのか、花楓と京香はモニターを見る事すらしなかった。

 

「そうなのか?」

「3回戦は鳳先輩だろ?無理無理、対戦相手が誰だろうと基本勝てねーよ」

 

 見る必要すらないと机の上の残り少ないお菓子をかじる京香。モニターに映っていた光景は、まさに彼女が言うとおりのものだった。

 

『強い、強い、強すぎるーーーーー!!!!!これが6回に渡り優勝を続けてきた生徒会長の実力だーーーーー!!!!!』

 

 モニターに映っていたのは、天原学園生徒会長である鳳花桜と、その対戦相手と思われる選手だった。リプレイと思われる映像が、すぐさま流れ始める。

 

「……これは……」

 

 第1回戦の戦いも、間違いなく蒼介の一方的な展開による勝利、と言って差し支えない内容だっただろう。しかしながら、それは最早一方的という表現すら生ぬるい光景だった。

 試合開始と同時に、氷の礫を複数生み出してそれを飛ばす。夥しい量の氷の礫だったがそれが花桜の身体に直撃することはなく、全て彼女が生み出したステージ上を加工した岩壁に阻まれた。そしてその直後、対戦相手の身体を強烈な突風が包み込む。打ち上げられたその選手は空中で身動きを取ることができず、そのまま風と共に舞い上げられた、砕かれた岩壁群が直撃し、あっという間にぼろ雑巾のように力なく地面にたたきつけられ、試合が終わった。

 

『艷災の名はやはり伊達ではない!!!!!今年も優勝を我が物としてしまうのかーーーーー!?!?!?」

「……」

 

 唖然としている美月。自分はこれから、とんでもない存在に挑もうとしている。それを理解させられていた。

 

「……お前がどの程度までいくかはアタシもわかんねーけどよ」

 

 花桜の試合が終わり次の試合に実況解説が移ったタイミングで、京香は口を開く。

 

「やめるなら今だぞ?悪いけど、アタシはお前が鳳先輩に勝てるとは思えない」

「……私も。そーちゃんなら負けるわけないって思いたいけど、私も鳳先輩には勝てなかったから……その……」

 

 京香も花楓も、花桜の勝利を絶対的なものだと思っているようだった。それほどまでに、彼女には絶対的な力があるということなのだろう。

 

「……勝ちますよ」

 

 そんな二人とは全く異なる意見を、隣に座る杏奈は抱いていた。

 

「例え兄さんが1人で戦っても勝ちます。お二人があの人の勝利を信じて止まないのは、お二人が本気の兄さんを知らないからです」

「それはお前も……」

「杏奈が仮にあの人の真の力を知っていても。兄さんが勝つと断言します」

 

 きっぱりとそう言い切る杏奈。どうしてこれほどまでに杏奈が断言するのかは知らなかったが、それでも花楓と京香は杏奈の言葉に動揺を隠せなかった。

 

「……あーもう、わかったわかった。蒼介が勝つ、これでいいんだろ?」

 

 蒼介のことでは頑固すぎる杏奈に根負けしたのか、京香は諦めたようにそう言う。

 

「……幼馴染の私が、そーちゃんの勝ちを疑っちゃだめだよね」

 

 そして花楓もまた、蒼介の勝利に賭ける。

 

「ふふん……分かればいいんです」

 

 その二人の勝利予想鞍替えに、杏奈は満足気だった。ただ一人、美月だけは、その胸に本を抱えたまま俯いていた。本のタイトルは『ultimate magic fantasy』と書かれていた。



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寡黙なる銃士と饒舌な銃士

「くそがっ……2年のくせに舐めやがって……」

 

 学内大会の予選が全て終了したその日の夜。トリニティサンダーと呼ばれた学園内でも有名な3人組のリーダー格の男は、天原学園の学内大会が行われる施設内へと忍び込んでいた。

 

「女の前で良い顔したさに出場したガキが……調子に乗るのもここまでだ」

 

 彼が向かっていたのは、施設内の控え室のひとつ。自身らが対戦した、真田蒼介と春日井美月に割り当てられた控え室だった。

 

「くっくっ……『大会へ複数人でチームを組んでの出場の場合、出場者のうちの何れかが出場不可能になった場合はそのチーム自体が出場不可能とみなし棄権とする』……要するにあの2年でもあの女でもどっちでもいいから出場不可能になればOKってことだ」

 

 彼がトリニティサンダーのリーダーであり、高い優勝候補と言われ続けた理由。それは、彼が自らが負けた対戦相手に毒を盛り、体調不良を誘発、ないし死亡させることで勝ち取ったものだった。自分達が負けた対戦相手を消し続ければ、いずれは優勝の座を勝ち取ることができる。他のふたりに黙って、彼が単独で行っていたことだった。

 

「雷の力さえあれば、施設に忍び込むくらい簡単なことだ……汎用的なこの能力が、まさかこんなに使えるなんてなぁ……」

 

 彼が、そして京香が使っている雷の力は、世界的に見ればありふれた能力のひとつであった。無論それは他のメンバー2人も同じではあったが、彼はその力を悪事を働くためにも利用していた。

 

「電子ロックなんてちょろいちょろい……」

 

 強い能力を持つ者は多いが、力を精密に扱える者は少ない。彼はその才能ともいえる繊細な翼力コントロールを、自らの私利私欲のために使っていた。

 

「お、ここだな……」

 

 ついに男は、目的の部屋を見つけた。昼間は真田蒼介と春日井美月がいたであろう部屋に入り込む。電子ロックなど彼にとってあってはないようなものだった。

 

「失礼、と……」

 

 電子ロックを破壊された扉は、簡単にノブを捻ることが可能になっていた。彼はそのまま室内に入り込む。

 

「……!?!?」

 

 部屋を侵入した瞬間の出来事だった。口元を何かに覆われる感覚に戸惑い、その次には呼吸ができなくなった。いや、彼からしてみれば"呼吸をしてはいけなくなった"という表現が適切だろう。

 

「……!!!」

 

 口元に手を当ててなんとかそれを引き剥がそうとする。口元に付着したそれの正体は、"水"だった。しかし彼の知っている水のように流動しておらず、口元に停滞し続けている。

 

「……貴方は兄さんの敵であり、私の友の敵でもあります」

 

 扉の裏から、何者かが姿を現す。が、暗闇のせいで何者かはわからない。

 

「溺死は、正確には溺死ではないと言われています。水中における呼吸を人体が行った場合、気道に水を詰まらせ酸素を肺に取り入れる事が出来なくなり、死に至ると言われています。要するに窒息死ですね」

 

 男は自らの口元を塞いでいると思われる相手に対して手を伸ばす。しかし、暗闇の中ではその姿もわかりづらく、捉えることはできなかった。

 

「……!!!」

 

 暗闇の中行方をくらます存在に、水中の中で追いかけっこをしているような状態。そんな状態が長く続くわけもない。やがて男はもがき始める。

 

「……大方その薬を使ってそれなりの人を殺めてきたのでしょう。いい機会です、己の罪をあの世で見返してきては?きっと次はゴキブリくらいには……と、もう聞こえていませんか」

 

 暗闇の中佇む少女はぐったりと横たわる男の顔を覗き込む。そして、片手で"火を灯して"灯りにすると、男の顔を覗き込む。

 

「……この学校での処分は……焼却炉があるみたいですしそこを使わせてもらいましょう。特に鍵なども設けられていないようですし、骨は砕いて粉にして川にでも流せばいいでしょう」

 

 少女は男の身体を漁り始める。最新世代のwPhoneとあるもの以外はこれと言って怪しいものは持ち込んでいない。

 

「……」

 

 少女は、男がポケットに隠し持っていたソレを見つける。小さいスプレーガンのようなもので、それがなんなのか察した少女は懐から手袋を取り出して嵌め、スプレーガンの蓋を開ける。

 

「……」

 

 扇いで臭いを嗅ぐ。少女はその臭いに覚えがあった。

 

「……やっぱり"W.o.R"ですか。天原程の都市なら流行っているだろうと思ってましたが、まさか一般生徒が持っている程とは……」

 

 少女はそのスプレーガンを炎の熱で変形させ蓋を接合し開かないようにするとバッグに放り込む。そしてその小柄さからは想像もつかない程簡単に男を肩に抱え部屋を出ていく。

 

「……『再会の影』のやり口には目を光らせておく必要がありそうですね。私と、兄さんの生活のために……」

 

 黒いパーカーを深くかぶる少女。その瞳は、赤と青にそれぞれ光り輝いていた。

 

 

 

『会場にお集まりの皆さん、あったまっているかーーーーーー!?!?!?!?』

 

 マイクマンXのその煽りに会場が声の波に包まれる。今大会は昨日マイクマンXが実況で話していたとおりトーナメント形式になっている。と言っても完全なトーナメント形式というわけではなく、くじによって決められた対戦表通りに対戦を行い、勝利した側の選手のみが正式にトーナメントに名を連ねる事が可能になっていた。

 

『予選にして既に様々なドラマが生まれた本大会ですが、それでもまだ予選!!!!!今日から始まるトーナメントこそが本番と言っても過言ではありません!!!!!お前ら、休んでいる暇はないぞーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーー!!!!!」」」」」

 

 昨日をも上回る会場の熱気に気圧される美月だが、蒼介は美月の緊張を和らげようと美月の頭を優しく撫でていた。

 

『あんまり焦らしても可哀相なのでさっさと試合を始めてもらいましょう!!!!第25回天原学園最強能力者トーナメント1学期の部、トーナメント戦第1試合を飾るのはーーーーー!?!?!?』

 

 その言葉と共に、事前に打ち合わせに合った通り蒼介と美月は肩を並べて登場する。その登場に、会場が沸き上がった。

 

『優勝候補だったトリニティサンダーを下したのは偶然か、それとも必然か!?ここでその実力が本物かを証明してもらいましょう!!!!!2年生真田蒼介と、その付き添いの1年生春日井美月ーーーーー!!!!!』

 

 会場が歓喜に包まれる。「奇跡見せろーーー!!!」や「彼女さんの前で恥晒すなよーーー!!!」等の声援が聞こえるが、蒼介はこれを全て無視していた。

 

『対する相手はーーーーー!!!!!その鉄面皮と陽気な顔は対極なる死神!!!!!2年生吉川怜治(よしかわれいじ)、同じく2年生菊池一(きくちはじめ)ーーーーー!!!!!』

 

 その言葉と共に入場してくる対戦相手。蒼介はその顔には覚えがあった。

 

「……まさか蒼介殿と対戦する事になるとは、運命とは残酷でありますな~」

「……」

 

 対戦相手のふたり、吉川怜治と菊池一。この二人は蒼介のクラスメイト、つまり同じ2-Aに在席する生徒であった。教室で何食わぬ顔で銃を手入れしている吉川怜治は何もしゃべらず、会話が一切弾まないこともあり蒼介も基本ノータッチで過ごしていた生徒なのだが、一だけは怜治に気さくに話かけていた。というのも、怜治と一は幼馴染で且つ交際をしているらしい。昼休みなどは一緒に食事をとっている姿を見かけるが、黙っている怜治に一がひたすらに話しかけまくるという会話が成り立っていないようにしか見えない状況が出来上がっていた。

 

「蒼介殿の実力は昨日と、京香殿との模擬戦で知っているであります。しかし、我々は負けるつもりなどないであります」

「……」

 

 一切喋らない怜治ととってもよくしゃべる一。怜治は今まで見たものと同じ、回転式拳銃をホルスターに入れていた。一方、一はというとストックの付いた長銃を携えていた。しかし、タクティカルグリップや外付けのスコープ、ドラム式のマガジンが付いていることを見るにどうやら自動小銃の類だろうと言う事がわかった。

 

「……こんなことを前にいった気がするけど、いいのか?そういうのを学校に持ち込んで」

「失敬な!ちゃんと許可はいただいているのであります!尤も、学校全域への持ち込みが許可されているのは怜治の銃だけで、私の場合はこの施設における用事がある場合のみ、この施設への持ち込みに限定して許可が下りるといった感じであります」

 

 ふんすと言った感じで一は銃を見せてくる。安全面に関しての問題が気になるところだが、多分大丈夫だろうと思い蒼介は追及はやめた。

 

『さあ両者の最後の会話が終わったところでそろそろ試合を開始していただきましょう!!!!!こっちはもう我慢の限界だぞーーーーー!?!?!?』

 

 会場内が既に温まっていることを蒼介たちは感じ取る。蒼介は美月にステージ外に退避するよう指示し、美月がステージから降りたのを見ると構えを取る。そして一もその自動小銃を構え、怜治はホルスターの銃に手をかけていた。

 

『さあさあさあさあお待たせいたしました!!!!!第25回天原学園最強能力者トーナメント1学期の部トーナメント戦第1試合、スタートです!!!!!』

 

 試合開始に迫る3度のブザー音。そして、長いブザーと共に試合が始まった。

 

「……」

 

 試合開始直後、目にも止まらぬ早業でホルスターから拳銃を抜いた怜治。そのまま腰だめの状態で地面に向かって6発の弾丸を放つ。

 

「うおっ……!?!?」

 

 うち1発は蒼介の足元に放たれる。特殊な弾丸なのか、弾速は目視で確認できる程の速度ではあったが、それでも銃弾ということもあり一瞬で弾丸が地面を穿つ。銃弾が撃ち込まれたステージは砕け、それが岩壁として姿を現す。

 

「……なるほどな」

 

 ステージ上に瞬く間に出現した6つの岩壁。おそらくはこれを遮蔽物として利用し、戦闘を有利に運ぶ算段なのだろう。

 

(どんな能力かはわからないが、気を付けて対処する必要がありそうだな)

 

 蒼介は出現した岩壁を自分の遮蔽物として利用する事にした。下手に顔を出せばハチの巣になると考え、すぐに顔を引っ込められるよう岩壁に手を当ておそるおそる相手の方を確認する。

 

「……うぐっ!?」

 

 顔を出した瞬間無数の弾丸が飛んでくる。慌てて顔を引っ込める蒼介だったが、肩にじんわりとした感覚があることに気づく。

 

「……一発貰ったか」

 

 手首に付けられているバリアー装置。そのメモリが減っている事に気づく。それは、蒼介がこの学校に来て初めての被ダメージでもあった。

 

(こっちの居場所は割れている……)

 

 蒼介は岩壁に身を隠しながら考える。それは、対戦相手である怜治と一の対処についての事だ。

 

(下手に顔を出せばやられる……仮に岩壁を破壊したとしても、2人の位置を正確に把握していなければどちらかに一方的に攻撃される可能性がある)

 

 つまり、蒼介に求められるのは2人の位置を正確に把握した上で岩壁を破壊し、2人をほぼ同時に撃破することである。それができない場合は負けを意味する。

 

(美月のためにも、負けるわけにはいかない……有効な方法は……)

 

 そう、蒼介が思案している時だった。

 

「……なっ!?」

 

 まるで蒼介の周りを取り囲むように、"軌道が変わった弾丸"が飛来してきた。

 

 

 

「……甘いでありますなぁ。対戦相手のことくらいは事前に予習しておかねば」

 

 蒼介とは対極の位置にある2つの岩壁の裏で、一は弾丸を撃ち切ったドラムマガジンを取り外す。一は皮手袋に覆われたその親指でその弾倉の入り口を覆うと、光に覆われ弾倉に次々弾丸が込められていく。

 

「翼力の弾丸を生み出す力と、弾丸に様々な効果を付与する力。私達の力が合わされば、怖い物なしであります」

 

 怜治の能力によって、強烈な破壊能力を伴った弾丸を地面に撃つことで岩壁を出現させ、顔を出してきた蒼介に弾丸を浴びせる。その後アクションを起こさないことで岩壁に隠れている蒼介に「岩裏は安全」という認識を芽生えさせ、蒼介に対策のために思案する時間を与える。

 

「そこに、怜治の能力で追尾能力を付与した弾丸を浴びせる、と。いやはや、完璧でありますなぁ」

「……」

 

 一の言葉に怜治は一言も口を開かない。彼女が怜治とコミュニケーションが取れているのは、怜治と一が幼いころからの幼馴染で、ずっと一緒にいるからというのが大きかった。決してそのコミュニケーションは一方通行というわけではなく、怜治からもアクションを起こす。終始無言ではあるものの、一にだけはその行動の真意がわかっていた。

 

「さて……蒼介殿のバリアーの耐久もおそらく限界でしょうなぁ。次のマガジン分で終わらせ……」

「……無理」

 

 ぽつりと。怜治がぼそっと呟く。一はその言葉に耳を疑い声を返すが、その語尾が崩れてしまっていた。

 

「……無理?私たちが負けるってこと?」

「……おそらく、蒼介は倒せない」

「まさか。いくら蒼介でもあの猛攻を防ぐことは……」

 

 一が説得するように怜治にそう告げる。しかしその直後、一の身体に衝撃が走る。

 

「うぐっ!?」

 

 それは肩の痛みだった。抑えた部位には何かが着弾した後として、バリアー装置の薄い膜がひび割れ可視化されていた。

 

「……一体何が……っ!?」

 

 怜治が上を指さす。一が怜治の指の先へ目線を向けると、信じがたい光景が広がっていた。

 

 

 

「礼はさせてもらうからな……」

 

 蒼介は手の平に集めた翼力の光の集合体を見ていた。蒼介が作り出したそれは、展開した場所から指定した方向に向かって無数の光弾を放つエネルギー球だった。蒼介が今回生み出したのは、下方へ光弾を放ち続けるエネルギー球。それを空中に向かって放り投げる。

 

「負けるわけにはいかないんでな……卑怯だなんて言わないでくれよ」

 

 これが蒼介個人での出場であれば必死に勝ちにこだわる必要もなかったが、今回は事情が事情である。

 

「俺は美月のために、負けるわけにはいかないんだよ」

 

 やがて、雨の如く無数の光弾が降り注ぐ。それは敵味方関係なく無差別に降り注ぐが、翼力の持ち主たる蒼介に直撃するとそのまま吸収される。

 

「……」

 

 蒼介の生み出した光弾の雨が、ステージを破壊して作られた岩壁に直撃し、次々破壊される。無論蒼介が遮蔽物として利用していた岩壁も破壊されることになるが、これは相手のバリアー装置を消耗させることに狙いがある。

 

(隠れたままならそのままバリアーの耐久を削りきれる。そうじゃないなら……)

 

 蒼介の思惑通り、最後の岩壁二つが壊れたタイミングで、怜治が勢勢いよく横に飛ぶ。一はバリアー装置の耐久が尽きてしまっているのか、その場に屈んでしまっている。

 

「……」

 

 遮蔽物の無い状態でのバトル。怜治は回転式拳銃を構え、蒼介に撃ってくる。

 

「っ……!!!」

 

 高速ではあるものの実弾とは違うのだろう、蒼介に避けられない弾ではない。そのまま放たれる弾丸を避けていく。

 

「……」

 

 そして怜治が6発目の弾丸を放った直後、蒼介は怜治に向かって勢いよくダッシュする。残り僅かであろう怜治のバリアー装置に止めを刺すためであった。エネルギー球による光弾の雨はもうないが、6発撃ち切った怜治に蒼介を迎撃する手段はない。

 

「……」

 

 しかし、怜治はその銃に弾丸を装填することはなかった。構えたまま撃鉄を起こし、そして引き金を引く。

 

「っ……!?」

 

 "7発目の弾丸"が、蒼介の額に目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

 会場が静寂に包まれていた。観客は誰一人として声をあげない。その結末を、固唾を飲んで見守っていた。

 怜治の回転式拳銃は、"撃鉄が起こされたまま"引き金に手がかけられていた。その銃口は蒼介の額に当てられていた。

 しかし、 蒼介の左拳は正確に、怜治の心臓部分に打ち込まれていた。

 

ビーーーーーーーッ!!!!!!

 

「「「「「うおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」」」」」

『決着ーーーーー!!!!!怜治一ペアの巧みな連携に翻弄されるも、起死回生の一手により勝利をもぎ取ったのは、真田蒼介ーーーーー!!!!!』

 

 怜治の身体が崩れ落ちる。怜治と一のバリアー装置が完全に耐久を削り取られていたのに対し、蒼介のバリアー装置は5割程度の耐久が残ったままだった。

 

「……どうやって、岩裏で私の銃弾を凌ぎ切ったのでありますか?」

 

 しゃがんだままの一。怜治はその一の肩を肩を担ぎ立たせる。一の問いに蒼介は答えた。

 

「迎撃した」

「迎撃した!?100発近い弾丸をでありますか!?」

 

 蒼介の返答に唖然とする一。事実として、蒼介は自身に飛んできた弾丸を迎撃した。無論急に現れた高速の弾丸100発を全て迎撃できるわけもなく数発はダメージを受けてしまった。そのダメージの後として、腕や脚にバリアー装置の破損を示す弾痕が残っていた。

 

「は~……やはり『S』ランクの生徒ともなると強さは別格でありますなぁ」

「……」

 

 蒼介の規格外の実力に簡単の声を漏らす一。怜治は蒼介をじっと見つめていたが、その怜治の視線の意味に気づいた一は蒼介に質問する。

 

「……怜治の弾丸が6発以上撃てること、気づいていたのでありますか?」

「予測だけどな。岩が破壊された瞬間に怜治が撃ってきたとき、弾が鉛玉じゃなくて翼力で出来た弾丸だってことに気づいたんだ。実弾なら間違いなく6発で装填が必要になるけど、もしもそうじゃなかったら6発よりも多く撃てる可能性がある。だから7発目の弾丸にも対応できるように警戒していたんだ」

「いやぁ、それを加味してもあの距離の弾丸を普通避けるでありますか……?」

「物理弾じゃないし、見えるヤツなら多分避けられたよ」

「簡単に言うでありますなぁ……」

 

 蒼介の強さに最早笑いしか出ない一。一と蒼介が会話をしている中、怜治は一言も言葉を発さなかった。



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春日井美月という能力者

 蒼介による快進撃は留まるところを知らなかった。

 同じ仲間として参加させた美月を場外に避難させ自分一人で戦うという蒼介の奇行とも言える行いには、「女のために見栄を張るやつ」「どうせすぐにどこかでぽろっと負ける」等散々な言われ様であった。しかし蒼介がランク『S』の生徒であることと、その評価に見合う圧倒的な強さであったことが蒼介の評価をみるみる変えていった。やがて「そりゃ女のひとりもできるわ」や「強ければなんでも許される」などと言った評価が蒼介に向けられるようになっていた。

 トーナメントバトルも、怜治一ペアとの戦い以降は何一つ苦戦を強いられることは無かった。いつものように美月を場外へ退避させ、対戦相手を蒼介一人で処理する。1対3だろうと蒼介は一切臆することなく、勝ちをもぎ取り続けていた。

 そして快進撃を続ける蒼介と同じように、鳳花桜も一切苦戦を強いられることなくトーナメントを勝ち上がり続けた。他の優勝候補たちを己が引き起こす天災地変によって捻じ伏せ、『S』ランクとしての威厳を見せつけ続けた。真田蒼介と鳳花桜による猛進はだれにも止めることはできず、決勝で2人が相対する未来を誰もが予想していた。そして、そのとおりになった。

 

「……って感じだ」

 

 控え室で蒼介の話を聞く美月。黙って蒼介の話を聞いていた美月だったが、蒼介の話が終わると焦った様子で蒼介に発言した。

 

「む、むむむ無理です!!!私なんかじゃ絶対……!!!」

「いや、できる。俺は美月のことを信じてる」

「ひ、ひえぇ……」

 

 蒼介の凛とした瞳に貫かれ自信なさげに声をあげる美月。蒼介が話した計画は、確かに美月にとっては自らを変える千載一遇のチャンスと言えた。しかし同時に、アガリ症には荷が重すぎるとも思っていた。しかし、蒼介にここまで強く言われ、ひょっとしたら自分なら、という感情が美月に芽生えていた。

 

「変わろう、美月。変わるなら今だ、今しかない。君の強さを、この学園のやつらに思い知らせてやろう」

「で、でも……」

「それに、杏奈と友達になってくれただろう?その友達が暗い顔で学園生活を送っていたら、杏奈もきっと悲しむ」

「う、うぅ……」

 

 蒼介が出してきたのは現在の自分の友であり、蒼介の妹である杏奈のことだった。どうやら杏奈は蒼介の計画のことについて知っているらしく、花楓や京香と共に控え室に遊びに来ては、

 

「大丈夫です、美月。貴方ならばやれます」

 

 と励ましの言葉をかけ続けていた。なお、花楓と京香には蒼介の計画は伝えられていない。

 結局計画に一切の変更なくここまで蒼介の力で駆け上がってきた蒼介美月ペアは、ついに決勝戦へと駒を進めることになった。

 

 

 

『さあさあさあさあやってまいりました、天原学園最強能力者トーナメント1学期の部!!!!!本日行われますのは大会を締めくくる決勝戦!!!!!お前ら、伝説の瞬間に立ち会う準備は出来てるかーーーーー!?!?!?!?』

「「「「「うおおおおおーーーーーー!!!!!!!」」」」」

 

 ヒートアップしている会場。熱気に気圧される美月の肩を抱き、その圧に飲まれない様彼女の心を支える蒼介。

 

「……」

「……大丈夫だ、美月」

 

 入場する直前まで、蒼介は美月に励ましの言葉をかける。彼女がアガリ症だというのはわかっている。それでも、彼女が変わるためにはここしかないと蒼介は踏んでいた。そして、その舞台がついに訪れた。

 

『さあ、まずはこの決勝の舞台を踏むことを許された選手の紹介だ!!!』

 

 マイクマンXの言葉と共に、会場内の証明が一点に集中する。それは、蒼介たちの入場口とは反対方向の入場口に当てられたものだった。

 

『過去6回に渡り最強の座をモノにしてきたこの怪物を止められるものなどいない!!!!!3年生、艷災の鳳花桜ーーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」

 

 会場内を歓声が包み込む。野太い男の声もそうだが、女の子の甲高い悲鳴のような声も入っており、男女ともに人気が高いことがよくわかる。

 

『彼女を負かしたことのある生徒は過去6回に渡って一度もいなかった!このまま無敗伝説を貫くことができるのか乞うご期待です!!!!!』

「……」

 

 花桜がステージ上に立つ。照明もあってか、その立ち姿すらも絵になる。会場の誰もが、花桜の姿に見惚れていた。

 

『対する相手はーーーーーー!!!!!最早女のために格好つけに来ただなんて誰も思っちゃいない!!!!!歴史を塗り替えるために力を振るえ!!!!!2年生真田蒼介と、1年生春日井美月ーーーーー!!!!!』

「「「「「うおおおおーーーーーー!!!!!!」」」」」

 

 その言葉と共に、蒼介と美月も入場していく。歩き方がたどたどしい美月とは異なり、蒼介の足取りは毅然としていた。

 

『初出場にしてここまで勝ち上がってきた実力を見せつけ、新たな時代の風を生み出してくれることを願っているぞ!!!!!』

 

 マイクマンX個人の感想だろうか、そんな実況が聞こえてくる。実況解説に個人の感情を入れるなんてと思った蒼介だが、考えてみれば彼はずっとこの大会の実況を務めている存在である。もしかすると、鳳花桜が何回にもわたって優勝を続けているという現状を変わって欲しいと願っていたのかもしれない。と、そんなことを思っていると、対戦相手である花桜が話しかけてきた。

 

「……食堂でのお話して以来ですね」

「はい。まあ……」

「あの時はすみませんでした。デリカシーに欠ける質問を投げかけてしまいましたね」

「ああ、いえ。それについては大丈夫です、気にしてませんから」

「そうですか?ふふ、それなら良かったです」

 

 蒼介と花桜の試合開始前の会話を、美月は黙って聞いていた。彼女にとっては初めて話す相手であり、この空間はランク『S』の生徒が2人向かい立つ場ということになる。蒼介の袖を掴みながら、震えていた。

 

「……さて、私は蒼介さんとこれから戦えることを非常に嬉しく思います。その上で、貴方に尋ねたいことがあります」

「はい、なんでしょう」

 

 花桜からの質問。その内容を何となく蒼介は察することができた。花桜の視線が蒼介ではなく、その後ろにいる美月に注がれたからである。

 

「……その子は、いったい何のために連れてきたのですか?」

 

 それは、その会場にいる蒼介、美月、そして観客席にいる杏奈以外の誰もが思ったことだった。トーナメントの予選からずっとステージの外から試合を眺めるだけの存在だった美月。ステージ外にはじき出された生徒は戦闘に参加することができないというルールが存在するため、美月は蒼介の戦いに一度も干渉しなかったし、これまでの対戦相手も美月には一切手を出したりしなかった。蒼介が本当に、気になる女の子にいい恰好を見せたいだけなのではという意見を持つ者も何人かいたが、少なくとも蒼介の前に立つ彼女、鳳花桜はそう思わなかった。

 

「これからわかりますよ」

 

 蒼介は美月の頭を優しく撫でる。頭を撫でられることが嫌ではないのか、蒼介に頭を撫でられても手を払いのけずされるがままの美月。

 

「ふふ……じゃあ、期待させてもらいますね」

 

 蒼介の意味ありげな発言に上品な笑みを浮かべる花桜。そして、2人の会話が終わるといよいよ実況席から声が聞こえてきた。

 

『さあ両者とも最後の会話が終わったところで、いよいよ始めていただきましょう!!!!!泣いても笑ってもこれが今回最後!!!!!』

 

 その実況と共に、花桜は構える。が、蒼介は毎回取っていたあの構え、左手を胸で握り、右手を突き出すあの構えを取らなかった。そして、花桜とは反対に歩き出し……

 

『天原学園最強能力者トーナメント1学期の部、スター……ト、です……』

「……え?」

「……」

 

 ……そのまま蒼介は場外へと降りてしまった。

 

『……えー、ルールによれば「バリアー装置の耐久値がゼロ、もしくはステージ外へと出た選手は戦闘に参加できない』と、ありますので……えー……』

 

 さすがの状況に実況解説のマイクマンXも動揺を隠せないのか、慌てて規則を確認する。その後、実況解説を再開する。

 

『……な、なんと真田蒼介選手!!!これまでは付き添って参加していた春日井美月選手を場外退避させていたはずが、この大事な大事な決勝戦で今度は自らが場外へと降りたーーーーー!!!!!なんとステージ上にはこれまで場外退避していた春日井美月選手が取り残されているーーーーー!!!!!』

 

 ブーイングが起こるわけではなかった。しかし会場内からは困惑の声が止まなかった。当然だろう、これまでのトーナメントは蒼介の個人技で上がってきており、美月はこれまで何もしていなかった。そのため、その場にいる誰もが「彼女は何もできない」と思っていた。

 

「……これは、今回の優勝は譲るという意思表示でよろしいですか?」

 

 さすがに納得がいかないのか、花桜すらも困り顔を浮かべていた。

 

「……」

 

 ただ。花桜の目の前に立つ美月と、その後ろで美月の背中を眺める蒼介、そして観客席の杏奈だけはこの状況に困惑していなかった。正確には、美月は最初から最後まで困惑はしていたが、覚悟が決まってはいるのか『ultimate magic fantasy』というタイトルの本を開いてじっと花桜を見ていた。

 

「……『ultimate magic fantasy』。世界最強最高と謳われる年老いた大魔導士が、10年後に復活する魔王を完全に討ち果たすべく、弟子たちに自らの大魔法を教えるファンタジー小説。それなりに部数の売れた名作だったと記憶しています」

 

 花桜は、美月が持っているその本について詳しいのか話始める。

 

「私も、その大魔導士のように様々な魔法が使えたらと思ったことがあります。ですが、現実には……1人2つが限界。その本に描かれている大魔導士のようにはいきません」

 

 花桜は悲しい顔を浮かべながら、自らの周囲に巨大な岩を浮かべる。ステージを加工して生み出した、人の大きさよりもずっと大きな岩。そんなものをぶつけられれば、バリアー装置があったとしても無事では済まないだろう。

 

「その大魔導士のようになりたいのですか?残念ですが……それは叶わぬ願いです。貴女は貴女が信じた者に裏切られたんですよ、春日井美月さん」

 

 その岩が、花桜が指を振るだけで美月目掛けて飛んでいく。それ1つが必殺の一撃となる岩が5つ、美月に襲い掛かる。

 

「……さようなら」

「『……』」

 

 開かれたページを見ながら何かをぼそぼそと呟く美月。その姿は、5回連続で彼女に直撃する岩が生み出した砂埃によって見えなくなる。

 

「……蒼介さん。同じランク『S』の貴方とは仲良くできると思いましたが……このような愚行を働くとは思っていませんでした」

「……ん?愚行?」

 

 ステージを回って花桜の傍にまで来ていた蒼介に花桜は話しかける。最早会場の誰もが花桜の勝利を信じて疑っていなかった。

 

「ええ。まさかあんな非力な子を戦わせるなんて……失望しましたよ、蒼介さん」

「……お言葉ですが、花桜先輩」

 

 ……しかし、蒼介は違った。蒼介は信じていた。美月の勝利を。

 

「……そういうのは、目の前の敵を倒してから言うべきだと思いますよ?」

「なにを……っ!?」

 

 蒼介の言葉の意味が分からなかった花桜、砂埃の中から飛来する何かに対する迎撃が遅れたのは蒼介の言葉の理解が追い付いていなかったからではなかった。

 

「っ……」

 

 ギリギリ暴風による迎撃は間に合ったものの、それでも防ぎきれず自身の脚に何かが直撃する。それによって僅かではあるものバリアーが削られてしまった。

 

「……一体何が……?」

 

 砂埃を、突風を起こして晴らす花桜。そこに映っていたのは、目を疑う光景だった。

 

「……!!!」

 

 一撃でも直撃すればバリアー装置を破壊するであろう巨岩を5回もぶつけたにも拘らず、美月はそこに立っていた。そして、その手は"何か"を放った後なのか緑色に光り輝いていた。

 

「『時に優しく、時に無慈悲に人を抱く風よ。その聖なる抱擁を以て我が身を守り給え……プロテクトウィンド』」

 

 彼女の詠唱を、花桜は良く知っていた。自身も読んだことのある本に書かれている台詞……というよりは、物語内の登場人物が使う呪文の詠唱。

 

「『時に優しく、時に無慈悲に人を抱く風よ。我が敵を切り裂く刃風となりて悪しきを祓え……ブレイドゲイル』!!」

 

 美月の手から何かが放たれる。今度は発動の瞬間までを目視で確認できたため、今度はその全てを防御することが可能だった。

 

「……それは」

 

 岩石を粉砕しながら高速で飛んでくる刃の風。岩石を複数重ねたことで、その威力は大幅に減衰され、花桜の元には届かなかった。

 

(威力の規模は小さいけど、間違いない……大魔導士の術……)

 

 それは、彼女が本で読んだことのある内容と同じだった。弟子の危機を救った大魔導士の一撃。敵の大軍を一撃で切り裂いた聖なる風。

 

「……わ、私は……戦います」

 

 目の前にいる少女。蒼介の背中を、ただ見守っていただけのはずの少女が、花桜にはとてもか弱い少女には見えなかった。そこに立っていたのは、自らが戦ったことがある誰よりも強い、そんな予感すらしていた。




8/10追記
しばらく実家に帰省するので投稿が遅れます。すいません…


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3人目の『S』ランク

期間が開いてしまいましたが、投稿を再開致します。さすがに毎日投稿は厳しいですが……


「……そ、それが……君の能力なのか?」

「は、はい……」

 

 生徒2名によって貸し切られた施設内。ステージ上に立つダミー人形に対して放たれた一撃を見て、蒼介は尋ねずにはいられなかった。

 

「……その、正確には……『読んだ文字を自分の翼力で再現可能なレベルで再現する』というものですけど……あ、あんまり得意じゃないですけど……」

「い、いやいや得意じゃないって……」

 

 彼女の言う得意じゃない、という発言を全く理解できない蒼介。確かに、戦闘に特化した能力や、逆に戦闘ではほぼ役に立たない能力など、この世界には様々な能力が存在する。だが美月のその力は、そう言った次元を遥かに超越する力である。

 

「美月は……自分の能力の凄さがわかってないのか?」

「す、凄さ……?」

 

 これほどの能力と、それを扱える翼力があるにも拘らず、美月の自己肯定感の低さは蒼介にとって疑問視する点であった。これだけの力があれば、自らクラス替えの為に動くくらいの気力があってもいいはずだ。

 

「君の能力は……おそらくだけど、過去存在する……どんな能力者よりも……いや、それどころじゃない。もしかしたら、太古に存在した翼神にも匹敵するかもしれないんだ」

「えっと……そんなはず……」

 

 ごにょごにょと俯いて声がみるみる小さくなっていく美月。ステージ上にあるダミー人形のバリアーの耐久値は、"一撃で"残量が空になっていた。これは蒼介の翼力にも匹敵する威力であり、彼女は能力の関係上同じことができる技を無数に内包している。

 

「……そ、その……口に出さないと発動できないから、蒼介先輩みたいな……私の能力の、発動前に攻撃ができる人には……勝てませんから……」

 

 美月の前に、蒼介は一度美月に自分の能力を見せており、その技は一撃でバリアー装置の耐久を全て削り取っていた。それは美月が携えている本に書かれている一文を読み上げるよりも素早く、正確に行われていた。

 

「相性はあるだろうけど……それなら、他の生徒と一緒に行動すればいいだろう?」

「そ、それは……迷惑かもしれませんし……」

「迷惑なものか。こんなに強力な能力を後ろから撃ってくれるなら、誰だって進んで前衛を買って出てくれるさ」

「で、でも……」

 

 何が彼女をここまで卑屈にさせるのか、蒼介には全く理解できなかった。これほどの能力を持ちながらそれをひけらかすこともない、それどころか自分は強くなどないと言っている。

 

「……大丈夫だ美月。君の能力なら、この学校にいる誰にだって勝てる」

「そ、そんなの……」

「絶対に勝てる。俺が保証する」

 

 強く、強く蒼介は美月にそう言い放つ。そこまで強く言われることがないからなのか、美月はごにょごにょと何かを俯いて言っている。

 

「……わ、私でも……勝てますか?」

 

 美月は、怯えた表情で蒼介にそう質問する。しかし、前髪で隠れたその瞳は、怯えともう一つ、強い心を宿していた。

 

「お、鳳……鳳花桜先輩にも、勝てますか?」

 

 それは、この学校の最強の存在の名前。誰にでも勝てる、そう言い放った蒼介の言葉が真実ならば、彼女にだって勝てる。

 

「……あぁ、勝てる」

 

 蒼介は、その美月の質問に、迷うことなく首を縦に振った。

 

 

 

 ほとんどの観客は、何が起こっているのかを完全に理解できていなかった。受ければ一撃でバリアー装置の耐久がお陀仏な必殺技の応酬、その程度にしか認識していなかった。

 

「これほどの再現能力……すぐに翼力が尽きてしまうのではないですか?」

「っ……"これくらい"なら、まだ全然ですっ……!!!」

 

 暴風に巻き上げられた石片が美月目掛けて襲い掛かる。それ1つでは大した攻撃にはならないが、美月が展開した風の防壁は飛来する無数の石片を防御することはできず、1発2発はその身で受けることになる。

 

「『万物を焼き尽くす灼熱の炎よ。焔の剣となりて悪しき者の心を焼き焼き払え……フレイムソード』!!!」

 

 美月の詠唱と共に、美月が天に突きあげた手から巨大な炎の剣が生成される。美月はそれを花桜目掛けて振り下ろす。

 

(これほどの能力者が1年生にいるとは……)

 

 花桜はステージを隆起させて作り出した岩壁で炎の剣を受け止める。凄まじい熱量なのか、岩壁を溶かしながらゆっくりと炎の剣が近づいてくる。

 

(蒼介さんを、天原学園創立以来2人目の『S』ランクと言いましたが……この力はまるで……)

 

 突風で自らの身体を舞い上がらせ炎の剣を避ける。炎の剣が振り下ろされた場所はステージが溶けてしまっていた。

 

(……3人目の『S』ランク。しかも、そのポテンシャルは私や、蒼介さんを上回る程の……)

「っ……『母なる海よ。我を包む鎧となりて、悪しき力を退ける壁となれ……アクアアーマー』!!!」

 

 花桜の放った突風。しかしそれが美月の身体を巻き上げることは無く、生み出された水の障壁によって掻き消されていた。

 

(……貴女と出会えたことを感謝します、春日井美月さん。そして、貴方と出会えるきっかけを生み出してくれた真田蒼介さんには、更なる感謝を……あぁ、貴方とも対峙してみたかった……)

 

 花桜は、決して戦闘狂というわけではない。戦わずに済むのであればそれに越したことは無いという、平和的思考の持ち主である。しかしそれは、彼女の3年目の学園生活で本来あるべき感情を眠らせてしまっていた。強き者と対峙できるという喜び。それは、強すぎる能力故に相手を瞬く間に打ちのめし戦いを楽しむことなどできない彼女には感じられないもの。しかし今、春日井美月と対峙する彼女には戦いの喜びが沸き上がっていた。

 災害と言って差し支えない能力の応酬。歴代の教師たちが作り出した大規模なバリアー装置によって観客席は守られていた。

 

「アタシたちは……何を見せられてんだ」

 

 観客席に並んで座っている京香と花楓。あまりに非現実的すぎる能力バトルに思わずそんな声を漏らしてしまっていた。

 

「正直……そーちゃんがステージを降りた時は、絶対勝負にならないと思ってた」

「アタシもだ……」

 

 花楓と京香は、花桜の勝利を信じていた2人である。しかし、目の前に映る光景。花桜と比較しても全くそん色のない能力を放ち続ける美月に、ただただ絶句するしかなかった。

 

「……昔の翼神達の大戦ってのは、こんな感じだったのかもしれないな」

 

 そんな言葉を呟いてしまう。最早彼女らに理解できる範疇は遥かに超えてしまっており、超常の力のぶつかり合いをただ眺める事しかできなかった。

 

「っ、うぅ……」

 

 絶えず襲い掛かってくる、吹き荒ぶ暴風と迫りくる岩片。それらを全て防御しきるのは難しく、じわじわと美月のバリアー装置の耐久は削られ、ゲージ残量が僅かとなっていた。

 

「ふーっ、ふーっ……」

 

 同じく、花桜のバリアー装置の耐久も、残量が僅かとなっていた。美月が放つ攻撃は何れも必殺級の威力であり、如何に花桜でも完全に防御しきることは難しかった。

 

「……」

 

 ステージ外からその様子を眺めていた蒼介。蒼介は決勝戦については参加券がないため当然眺めている事しかできない。しかしステージ外にはバリアー装置などあるはずもないため、攻撃の余波は自らの翼力を使って防いでいた。

 

(……いいぞ、美月)

 

 蒼介の目論見は、成功したと言えた。全校生徒が集まる場で、美月の力を見せつける。対戦相手が鳳花桜という、誰もがその実力を認める能力者、それを相手に戦う事が出来れば先ず間違いなく彼女の今の環境が見直される事だろう。

 

(君は今、皆から注目される存在だ)

 

 誰もが彼女の力を見ていた。花桜と互角に渡り合えるほどの圧倒的な力。おそらく彼女をいじめていたあの女子生徒たちも見ている事だろう。

 

「……春日井美月さん。貴女に対面したとき、最初に貴女に言った事を撤回します」

 

 花桜は、手の平に風を作り出す。手の平に収まる、小さい風ではあったが。それがとてつもない力を持っている事くらい、会場にいる誰もが理解できた。

 

「……暴風を限界まで圧縮した塊です。解放されれば、辺り一帯を吹き飛ばす風の種……私の手を離れれば、これが解放され……貴女を、そして……この会場にいる人も吹き飛ばすでしょう」

 

 花桜の様子を見た教師陣は慌てて立ち上がりどこかに移動する。おそらく花桜の生み出した風の種の規模に驚き、観客席に設置されたバリアー装置の耐久値を回復させるために席を外したのだろう。その様子を見ていた蒼介はそう思った。

 

「……それなら、わ……私は……」

 

 花桜の只ならぬ圧を感じ取った美月は、それが壮絶な破壊を生み出す攻撃だと言う事を理解していた。これまで生み出した術では、花桜に対抗できないということも。

 

「……『爆炎よ。全てを灰燼へと帰せ……スーパーノヴァ』」

 

 自らの翼力を使い、その言葉を具現化する。美月の手には、花桜が生み出しているそれと同じ大きさの、炎の塊があった。

 

「……辺り一帯を焦土に変える威力の圧縮された火球です。花桜先輩なら……ご存知ですよね?」

 

 それは、『ultimate magic fantasy』に書かれた魔法のひとつ。あまりにも危険すぎて大魔導士が禁術とした魔法。凄まじい威力の爆炎を以て、周囲を焼き尽くす魔法。

 

「……ふふ。お互い周りのことを考えない技が切り札だなんて」

「す、すいません……先輩に対抗しようと思うと、この術しかなくて……」

「構いませんよ。私も、これに対抗できるのはスーパーノヴァしかないと思っていましたから」

 

 くすくすと笑う花桜。バリアー装置の耐久が限界に近づくほどの戦いをしていたというのに、何故だか穏やかに彼女は笑う。

 

「……いずれは、蒼介さんとも戦ってみたいものですね」

「えっと……きっと、花桜先輩じゃ蒼介先輩には……勝てない、と思います……」

「そうですか?それは……ふふ、楽しみですね」

 

 その会話が最後だろうとお互いに認識した後、2人が手を前に出す。彼女達の手のひらに作られた破壊を凝縮した塊が手を離れ、ゆっくりゆっくりと近づき。

 

そして、辺り一帯を破壊の波動が包み込んだ。

 

 

 

「……ふむ」

 

 モニターに映し出されていた会場の様子がノイズと共に見えなくなると共に、ドーム型の施設から離れた3つの施設のひとつ、3年生校舎の4階にあるとある一室にその振動が伝わってきた。

 

「……『S』ランクの生徒は2人と聞いていたが、こりゃなんだい」

 

 学園長室。そこに飾られた、額縁に入れられた賞状やトロフィーの数々。それらが、まるで地震が起きた時のようにぐらぐらと揺れていた。

 

「真田蒼介のチームが鳳花桜に勝つだろうというのは想像していた。しかし、それは真田蒼介が鳳花桜を上回る力を持っているからだ」

 

 学園長室の奥にある机に座す老婦は、立ち上がり、自身の席の後方にある窓の光景を眺める。

 

「だが……結果はそれを上回った。鳳花桜に土を付けられる生徒がこの学園には2人もいた……」

 

 トロフィーのひとつが、バランスを失い棚から今にも落ちそうになっていた。しかし彼女はその様子に目もくれない。彼女の視線の先にあるのは、生徒たちが集まっているドーム型の施設。

 

「間違いないだろう。春日井美月……3人目の『S』ランク……」

 

 トロフィーがついに、棚から落ちていく。落ちれば傷ついてしまうことは想像に硬くないソレが、床に叩きつけられる音が響くことは無かった。

 

「……未熟だが、"使える"かどうかは今後に期待だね。真田蒼介の方は間違いない……即戦力だ」

 

 そのトロフィーは、まるでなにかに持ち上げられるように綺麗に棚へ戻っていく。他のトロフィーや賞状も、振動によってズレた位置が次々元に戻っていく。

 

「真田夫妻の実の息子……その力、存分に奮ってもらうよ」

 

 天原学園、学園長『天原 ハル』。自身の後方で組まれたその手は、指ぬきグローブで覆われていた。



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勝者

 観客席にいた生徒たちに被害がなかったのは、両者が放った一撃が衝撃波を起こす直前に、観客席を守るバリアー装置の出力を最大を超えて限界まで引き上げたからだった。本来であれば破られることの無い堅牢なバリアーが、教師たちの翼力を全て注ぎ込んでようやくヒビが入る程度で抑えられた。逆に言えば、教師全員でようやく、生徒たちを守ることが出来たということであった。

 

「……どうなったんだ?」

 

 会場内を包み込む凄まじい轟音と振動。衝撃からは守られている観客席からは、土煙が舞うステージ上の様子は確認できなかった。

 

「わかんない……どっちが勝ったんだろ?」

 

 観客席から見ていた花楓と京香も例外ではなかった。この世のものとは思えないような凄まじい能力の激突に、彼女達の理解は全く追いついていなかった。

 砂煙が晴れ、彼女達の様子が確認できるようになった。砂煙を払ったのは、ひとつのそよ風だった。

 

「……」

 

 先に姿を見せたのは鳳花桜。その場に蹲ってはいたが、その瞳は真っ直ぐ正面を見つめていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 続いて姿を現したのは春日井美月。美月は花桜と違い、その場にへたり込み俯いていた。本を携える気力もないのか、傍に自らが使っていた本を落としてしまっていた。

 

「……」

 

 花桜はゆっくりと立ち上がる。美月同様にボロボロの状態ではあったが、その足取りは大地を踏みしめるがごとくしっかりしていた。試合開始前とは似ても似つかないほどに破壊されたステージの上を一歩一歩進み、美月との距離を詰めていく。

 

「……」

 

 ついに、花桜が手を伸ばせば美月に触れられるまでに距離が縮まる。花桜は、しゃがみ込んだ美月を見下ろしていた。

 

「……ひとつ、聞きたいことがあります」

 

 花桜からの問い。美月はゆっくりと顔をあげた。

 

「最後の一撃……アレを放った時点で、貴女の翼力はどれだけ残っていましたか?」

 

 その問いをする花桜。観客のひとりが、彼女に付けられたバリアー装置のエネルギー残量に気づいた。

 

「……お、おい……あれ」

「……」

 

 美しい瞳が、真っ直ぐに美月を見つめている。しかし美月はその視線から目をそらすことは無かった。前髪に隠れた瞳は、同じように花桜を見つめていた。

 

「……6割、です」

「……」

 

 少しどもりながらも、問いかけに対し自分の言葉を伝える美月。その言葉を聞いた花桜はため息をつき、そして笑みを浮かべた。

 

『……えー、あまりの事態に実況が止まってしまいましたが、ゲージの残量を見るにー……』

 

 マイクマンXの実況がようやく復活し、観客の声がどよめきに包まれる。しかし、そのどよめきは、やがて大きな歓声へと変わった。

 

「……完敗です。春日井美月さん、貴女の勝ちです」

 

「「「「「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」

 

 しゃがみこみ、美月へ手を差し伸べる花桜。そのバリアー装置のエネルギー残量は完全に底をつき、対する美月のバリアー装置は、僅かではあるがエネルギーが残っていた。

 

「……え?ぁ……」

 

 ただひとり、会場内でその結末を理解出来てない者がいた。花桜の前に座り込む、美月だった。

 

「……わ、私の……勝ち?」

「ええ。貴女の勝ちですよ」

 

 ボロボロではあるものの、屈託なく笑みを浮かべる花桜と、自らを讃える歓声に戸惑いを隠せない美月。差し出された手を取り、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「……美月っ!」

 

 ステージ外に降りていた蒼介は、勢いよくステージ上へ登り、美月の下へと駆け寄る。

 

「せ、先輩っ……!」

 

 自分のところへやってきた蒼介の勢いに押されてしまう美月だが、決して嫌がっているわけではなかった。

 

「よくやった……やっぱり君は素晴らしい能力者だった!俺が言ったこと、間違いなかったろう?」

「はいっ……先輩のおかげで勝つことが出来ましたっ……!」

 

 蒼介は美月の手を握る。喜びのあまり少し強く握ってしまっていたが、興奮からか美月はそれに痛みを覚えることは無かった。

 

「……完敗です。蒼介さん、美月さん」

 

 ボロボロのまま笑顔を見せてくる花桜。蒼介が花桜に真剣な表情で向き直ると、美月もまた花桜の方に向く。

 

「噂によれば、美月さんはDクラスの子だと聞きました。本当ですか?」

「えっと、はい……実は、入学試験の日に体調を崩して……」

「なるほど……それでクラス替えの権利を勝ち取るために大会に出場したわけ、ですね」

「ええっと、そういうわけじゃなくて……」

 

 ごにょごにょと声が小さくなっていき聞き取れなくなる美月の代わりに、蒼介は花桜に説明をする。彼女がDクラスに配席されたこと、クラスカーストの上位に位置していた生徒にいじめられていたこと、それを変えたいと蒼介が大会に誘ったこと。花桜はそれを黙って聞いていた。

 

「……なるほど、そういうことでしたか」

 

 話を聞き終えた花桜は納得したようにそう返す。

 

「……心配する必要はありませんよ。今の戦いぶりを見て、貴女をDクラスの生徒だと思う人はもう誰もいません」

 

 花桜はそう言いながら、観客席に向けてこう言い放った。

 

「……今この中に!彼女、春日井美月さんのAクラス編入を異議を唱える者はいますか!!!」

 

 美しく、しかし芯の通った声は、マイクを通さずとも会場内に響き渡る。花桜の問いに対して、異を唱える者は誰一人としていなかった。

 

「……では!彼女、春日井美月さんのAクラス編入に賛成していただける人はいますか!!!」

 

 その言葉に対し、会場内は応えた。割れんばかりの、拍手喝采を以て。

 

 

 

パチパチパチパチパチパチ!!!!!!

 

「サイコーだったぞー!!!」

「今まで見た中で一番の試合だった!!」

「なんでDクラスなんかにいるんだーーーー!!!!!」

 

「……これが、天原学園の総意です。改めて、優勝おめでとうございます」

 

 喝采の中、花桜は蒼介と美月に対し深々と頭を下げる。戦いによる疲労や負傷で立っているのもやっとだろうに、それでも相手への礼を忘れない、礼節を重んじる彼女の行動をじっと見つめていた。

 

「……今度は、貴方とも戦ってみたいものですね。蒼介さん」

「構いませんよ、花桜先輩。ただ、やっぱりこういう大会行事じゃないと中々タイミングはないと思いますけど……」

「ふふ、私の権限なら授業の一環として行うこともできますよ?」

「……ちょっと遠慮しておきます」

 

 止まない喝采の中佇む3人の生徒。それは間違いなく、この学園最強の能力者の姿だった。



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祝勝会

「……ということで!蒼介及び美月の天原学園最強能力者トーナメント優勝を祝って!!!!!」

 

「「「「かんぱーい!!!!!」」」」

「か、かんぱーい……」

 

「いや何がと"いうことで"!?!?!?!?」

 

 思わずそんなツッコミを蒼介がしてしまうほど急に開催された祝勝会は、蒼介が現在住まわせてもらっている羽鳥家の邸宅のリビングにて行われていた。普段は4人用で使われているダイニングテーブルが、更に同じものが1つ追加され縦に並んでいる。そしてそのテーブルの上にはこれでもかと料理が並んでいた。

 

「は?これはお前のための祝勝会でもあるんだぞ蒼介、ツッコミ入れてないで座れよ」

「いや俺の質問に答えてくれよ!何がということでなんだよ」

 

 蒼介の当然の疑問にやれやれと言った顔をする京香、仕方がなく説明を始める。

 

「先ず、お前と美月はトーナメントを勝ち抜き優勝した」

「うん」

「じゃあお祝いが必要だよな」

「うん」

「じゃあお前ん家で祝勝会だろ」

「うん???美月の家でも良くないか?」

 

 そう。その場には同じ優勝者の美月もいた。優勝者の家で祝勝会を行いたいのであれば、美月の家で行うか蒼介の家で行うかを決めるところから始めるはずである。

 

「お前なぁ……女の子が一人で暮らしている部屋にパーティーのためとは言え男あげれると思ってんのか?」

「む……言われてみれば、確かに……というか、1人暮らしだったのか?」

 

 蒼介がそう言って美月の方に顔を向けると、俯きながらも首を縦に小さく振っている。

 

「えっ……と……私、両親が忙しくて……家では、基本一人で……」

「そういうわけ。だから消去法で、ここになったんだ。わかったら席に着け、祝勝会はまだ始まったばっかなんだから」

「むぅ……それならまあ、納得なんだけど……じゃあ、もう一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

 

 蒼介は、今度はある席に向かって指を指す。そこにいたのは、長い髪の女性が座っていた。

 

「なんで!祝勝会に花桜先輩がいるんだ!負けた人を祝勝会呼ぶってなんだよ、死体蹴りかよ!?」

「いやぁ……それに関しては花楓が連れてきたからアタシも……」

 

 用意された6つの席。向かい合う真ん中の席は1つ空いており、向かい側には美月が座っている。美月の左右には杏奈と京香が座っているのだが、蒼介の席の隣には花楓と、鳳花桜が座っていた。

 

「えへへ……実は、美月ちゃんと祝勝会をしてあげるって話をしてたら花桜先輩に聞かれちゃって……」

「ふふ、楽しそうだと思ったので混ぜていただきました」

 

 花桜は温かいお茶をすすりながらそう蒼介に微笑みかける。蒼介は半ばあきらめた表情でおとなしく席に着く。

 

「……まあ、先輩が良いなら良いですよ」

 

 自身の前に置かれたコップを手に取る。中に入っていたのは、炭酸がコップの内側に付着した飲み物。向こう側が見えない程濃い茶色がなみなみ注がれている。

 

「……こほん、では改めて……」

 

 京香がわざとらしく咳払いをするとコップを上に掲げる。それに合わせて、蒼介を含む他5人も自らのコップ(1名は湯呑)を上に掲げた。

 

「……蒼介、そして美月。天原学園最強能力者トーナメント優勝おめでとう」

 

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます……」

 

「正直アタシは……というか、会場の誰もが花桜先輩の勝利を疑わなかった。だから……美月、お前はすごいよ」

「……」

 

 京香に褒められ、顔を赤らめて俯いてしまう美月。

 

「それに、蒼介も。美月の実力を皆に認めさせるために、トーナメントを単身勝ち上がったお前の実力……本物だよ」

「……ふん」

 

 そんなこと私は初めから知っていましたと言わんばかりに鼻で笑う杏奈と、何故か自分のことのように嬉しがっている花楓。

 

「それと、鳳先輩も……やっぱり、先輩はアタシたちの憧れる先輩なんだなって、思いました。次のトーナメントの活躍……アタシ、先輩に憧れる一個人として、応援してます」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 優しい笑みを京香へと向ける花桜。

 

「……トーナメント、お疲れ様でした!!!今日は皆、楽しんでくれ!!!乾杯!!!!!」

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

 6人、コップをぶつけ合う。3人の労をねぎらうための会が、開催された。

 

 

 

「いやぁ……アタシ、今でも信じられないですよ。鳳先輩が……」

「美月さん。よろしければ、名前で呼んでもらえると嬉しいです」

「っ……か、花桜先輩……が、負けるの……」

 

 乾杯後の一杯を終えた後、口を開いたのは京香だった。

 

「……それについては、私もまだまだ若輩者だったということです。この世界は広く、私の知らない強者がいた……ただ、それだけのことですから」

 

 6回に渡って玉座を守り続けてきた花桜は、自らの負けについて納得していた。自らが弱く、相手が強かったという事実を反芻できていた。

 

「……余程の例外がない限り、王というのはその玉座を短い期間で次なる者へ明け渡すものです。言うなれば私の敗北は、必然だったと言えるでしょう……蒼介さんが舞台から降りた時は、さすがに目を疑いましたけど」

 

 苦笑しながらそう語る花桜。そしてその花桜の言葉に同調するように、美月も口を開く。

 

「んぐっ、ん……わ、私も……最初に蒼介先輩と決勝戦での打ち合わせをした時……む、無理ですって……」

「兄さんが信じられなかったと?」

「ち、違うよっ……」

 

 隣から注がれる全身を刺すような鋭い視線から逃れるように蒼介に助けを求める美月。

 

「杏奈」

「……失礼しました、兄さん」

 

 蒼介が杏奈を咎めると、聞き分けがいい飼い犬のようにすごすごと引き下がる杏奈。杏奈の呪縛から解き放たれた美月は再び話し始める。

 

「……や、やっぱり……私には早い舞台だったんじゃないかって……い、いきなり決勝戦だなんて……」

「言われてみれば……そーちゃん!いくら美月ちゃんの存在を学校中に認めさせる名目があったからって、いきなりすぎだと思うよぉ?」

「まあ……それについては、さすがにやりすぎたかなって思ったんだ。例えば、決勝までの試合は俺と美月の連携で勝ち上がっていけばいいとか、2回に1回は美月に戦わせたりとか……ほかに方法はないか考えてはいたんだ」

「じゃあ……」

 

 京香の言葉を遮るように、蒼介は言葉を続ける。

 

「……でも、考えてみて欲しいんだ。1回戦や2回戦でその強さがわかった美月だったら、決勝戦のあの番狂わせ感は出なかったと思う」

「それは……まあ、確かにそうかもしれないけど……」

「今回の大会は、美月をただAクラスに編入させるだけじゃダメだったんだ。もっと強烈に……美月の強さを、学校中の皆の目に焼き付けるくらいの衝撃を与える必要があった。そこまでしてようやく、美月をAクラスに編入させる意味があったんだ」

 

 蒼介は話しながら、初めて美月を見た日の事を思い出していた。強い力を持ちながら、実力が一番下のクラスに配席されそのクラスメイトからもいじめられる美月。彼女らは、仮に美月がただ優勝したとしても彼女へのいじめをやめなかっただろう。だから、その彼女たちに強く知らしめる必要があった。「お前たちが罵詈雑言を浴びせた相手がどれほどの力を持った存在だったのか」ということを。

 

「結果論だけど……美月が決勝で花桜先輩に勝ち、学校中にその力を知らしめられたこと……本当に良かったと思う。Aクラスへの編入も……間違いなく、美月が勝ち取ったものだ」

「……先輩……」

 

 髪の毛越しの瞳に涙を貯めながら美月は蒼介を見つめていた。そして、その様子を杏奈は横からじっと見つめていた。

 

「……美月。前から思っていたのですが……」

「……?」

 

 じーっと見つめる杏奈の瞳の先にあるのか、美月の顔。長い前髪によって覆われた顔の先にあると思われる瞳を、杏奈は凝視していた。

 

「……ちょっと失礼」

「え、あっ……ま、待っ……」

 

 美月の制止を完全に無視して、杏奈は手を伸ばす。その先にあるのは、美月の前髪。

 

「……ふむ」

「あ、あわわわ……み、見ないで……」

「……?」

 

 見ないで、という美月の前髪の向こう側の顔は、蒼介のいる席からは杏奈の手がカーテンとなって丁度見えないようになっていた。

 

「……花桜先輩、どう思いますか?」

 

 杏奈は、いつの間にか自身の方へと移動していた花桜に、自身が見たものを共有していた。花桜も杏奈と同様、美月の顔を覗き込んでいた。

 

「……これは、逸材ですね」

「え、見たい見たい~!」

 

 何を見ているのか気になったのか、花楓も、そして京香も杏奈の方へと移動する。

 

「一体何を……」

「兄さんはまだ見ちゃダメです」

「なんで!?」

「うら若き乙女の恥ずかしい姿を見たいなんて~……」

「誰もそんなこと言ってないだろ!?」

「お前……まじかよ……」

「そんなゴミを見るみたいな目で見るなよ……」

「変態だったんですね……」

「先輩まで……」

 

 6人中ただ1人の男ということもあり、多勢に無勢。台所で料理を作っている義母である路子でさえ、

 

(諦めなさい)

 

 という視線を蒼介に送っていた。

 

「すごくいいですね……」

「どうして隠しているのか疑問が浮かびますね」

「なあ花楓、ヘアピンあるか?」

「あるよ~」

「あわわわ、もう……やめ……」

 

 4人の女子が1人の女子の顔を覗き込み、あれやこれやしている。1人ハブられてしまっている蒼介は、仕方なく好物のハンバーグをもぐもぐと摘まんでいた。

 1分も経たないくらいに女子会は終わったようで、4人とも元の席に戻っていく。ただ、美月だけは蒼介に見えないように身体を横に向け、更に首を曲げて蒼介の目には後頭部しか映らないようにしていた。

 

「……美月」

「だ、ダメっ……」

「諦めてください」

 

 左右に座っている杏奈と京香が仕方なく、美月の身体を抑え蒼介の方を向かせようとする。

 

「観念してください」

「ダメ、ダメッ……私、顔なんて見られたら……」

「自信持ってっ、そーちゃんは可愛いって言ってくれるよ~」

「う、うぅぅ……」

 

 しばらくすると、観念したのか美月も蒼介の方へと身体を向ける。しかし顔は伏せたままのため相変わらずその様子は蒼介にはわからない。

 

「美月」

「…………う、うぅぅぅぅぅぅ」

 

 京香にまで催促され逃げ道を完全に失った美月は、ついに面を上げる。

 

「……」

 

 長く垂れ下がっていた前髪、それを2つのヘアピンによってまとめた美月。仮止めの意味合いが強いであろうそのヘアピンがした働きは凄まじいものだった。

 眼つき、輪郭、鼻、口元。どれを取っても「可愛い」を構成するのに十分すぎる程整っている。宝石のように美しいダークブルーの瞳は潤んでおり、蒼介を真っすぐに見つめている。

 

「あ、うぅぅ……み、見ないでぇ……」

 

 余程恥ずかしいのか最早泣きそうになっている美月。

 

「なあ……なんで顔を隠したりするんだ?滅茶苦茶可愛いじゃん」

 

 美月の顔を覗き込みながら改めてそう思い口にする京香。その京香に、たどたどしくも理由を離し始める美月。

 

「わ、私……自信がなくて……だから、地味にならないと……皆に、笑われて……だから、前髪で隠して……」

 

 生来のものなのだろう、その自信のなさは彼女の見た目に反映されていた。

 

「……可愛いと思うけどな」

「……!!!」

 

 髪留めによって露わになった美月の素顔。それを見た蒼介は、自らの率直な感想を口にした。蒼介は、正直なところそのギャップにときめきを覚えてしまっていた。

 

「……ぷしゅう……」

 

 蒼介から一言、賞賛の言葉を送られた美月。緊張と恥ずかしさが臨界点を突破したのか、蒸気を噴いて気を失ってしまった。

 

「あ、おい!」

「全く……」

 

 左右に座っていた杏奈と京香に介抱され、杏奈の部屋に運ばれる美月。彼女の目の前の料理は、綺麗に平らげられていた。



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あの頃みたいに

 蒸気を噴いて(比喩表現)倒れた美月を止むを得ず杏奈の部屋で休ませることになったが、祝勝会は続行されることになり、主役が1名欠席した状態の祝勝会となってしまった。

 

「人が煙噴いて倒れるの、フィクションじゃなかったんだな……」

「いやフィクションだろ……」

 

 感心しながらそう言う蒼介に的確にツッコミを入れる京香。祝勝会はそれなりに順調に進んでいて、全員それなりに食事を取り終え、現在はコップに入ったジュースを飲みながら談笑をしていた。

 

「話は変わるのですが……」

 

 5人で談笑している中、そう言葉をあげたのは花桜だった。

 

「蒼介さん、改めて伺いますが……貴方は真田夫妻の実子で……よろしいですか?」

 

 ハンバーグにフォークを伸ばしていた蒼介の手が止まる。それは、以前にも花桜が質問してきたことだった。

 

「か、花桜先輩それは……」

 

 花桜の言葉を制止しようとした花楓の言葉は、蒼介によって制止された。花楓の肩に手を置き、それ以上言う必要はないと意思を示す。

 

「……確かに、俺は花桜先輩の思う、真田夫妻の実の子です」

 

 蒼介は花桜の言葉に、頷きながらそう答えた。

 

「……そう、でしたか……やはり……」

 

 蒼介の言葉に驚きの顔を一瞬見せる花桜。とは言え初めからそうなのだろうと予想はしていたのか、納得した表情に変わる。

 

「……アタシは知らないんですけど……その、真田夫妻って人はそんなに有名なんですか?」

 

 唯一その中で、真田夫妻という存在についてよく知らない京香がそう花桜に問う。花桜は嫌な顔一つせず答える。

 

「そうですね……例えば」

 

 花桜少し思案し、京香にもわかりやすい説明を始める。

 

「天原学園最強能力者トーナメントで使用されていたバリアー装置」

「?はい」

「医療や災害現場でも使われる、翼力を使い制御するアーム型機械」

「……?」

「身体の弱い人の筋力を補強してくれる翼力消費型のマッスルスーツ」

 

 指を折りながら例を挙げていく花桜。花桜が次々挙げていくそれらは、京香でも知っている程この世界に革命をもたらした発明の数々であった。

 

「……今挙げたこれら全て、真田夫妻の手によって生み出されたものです」

「え、えぇ!?」

 

 言われたことに脳の処理が追い付いていないのか、周りを見る京香。蒼介、花楓、杏奈は京香に対して首を縦に振っていた。

 

「そ、そんなにすごい人だったのかよお前の親って……!?」

「あ、あぁ……まあ、そうなるかな……」

 

 興味ありげにじろじろと蒼介に視線を向ける京香。まるで身体に穴が開きそうな視線に目を逸らしていた蒼介だったが、ふと辿り着いた京香に疑問をかけられることになる。

 

「……あれ?でもなんで蒼介は杏奈の家にお世話になってんだ?」

「……」

 

 その言葉を発した瞬間、場の空気が重くなるのを京香は肌で感じた。まずい一言を放ってしまったと本能で理解してしまった。現に、あんなに明るかった花楓の表情が暗くなり、杏奈は京香をギロリと睨みつけていた。

 

「あ、いや……ご、ごめん。デリカシーがなかった」

「うん、いいんだ。もう昔のことだし」

 

蒼介は杏奈の視線を咎めるように指で合図し、杏奈は渋々と敵意の籠った目線を京香へと向けなくなる。杏奈が落ち着いたのを見てから、蒼介は話し始めた。

 

「……今はもう、いないんだ。この世に」

 

蒼介のその言葉を、杏奈と花楓、花桜は黙って聞いていた。京香も、先程の空気から凡その予想は立てていたが、まさか本当に死を迎えていたとは思わず驚いていた。

 

「……そう、か。そりゃ、災難だったな……」

 

つい数分前までは楽しい祝勝会の雰囲気だったというのに、話題ひとつ変えただけでその場はあっという間に通夜のように暗くなってしまった。その場の雰囲気を変えたのは、意外な人物だった。

 

「……はい、お待ちどうさま!蒼介君の大好きなハンバーグだよ!」

 

その言葉と共に机の上に置かれた、大皿いっぱいのハンバーグ。これは2皿目のハンバーグで、1皿目は既に無くなってしまっていた。

 

「そんな辛気臭い顔は似合わないよ。もっと笑ってくれないと」

 

笑顔でそう5人に言ってくれる路子。出されたハンバーグに最初に箸を伸ばしたのは蒼介だった。

 

「……んーっ、おいしいー!!やっぱり路子さんのハンバーグは最高です」

 

 1皿目のおよそ半分以上をひとりで平らげた蒼介だったがまだ食べ足りないらしく、2皿目のハンバーグにその手を伸ばしていた。

 

「……ずっと見てたけど、お前本当にハンバーグ好きなんだな」

「そうなんだよ~!そーちゃん、子供の時からハンバーグ大好きで~……」

「……興味があります」

「ふふっ」

 

 一皿のハンバーグ(正確には二皿ではあるが)によって笑みが広がる祝勝会。それは、気絶した美月が再び目覚めるその時まで行われた。

 

 

 

「送ってくれてありがとう、そーちゃん」

「ん、大丈夫だよ」

 

時刻は既に9時前となり、未成年が出歩くには少々危うい時間となった。単独でも数人の能力者を相手でも優位に立ちまわることができる『A』ランク能力者が複数いれば言うまでもなく安全ではあるが、念には念をということもあり、帰り道が途中まで同じの花桜京香美月の3人には路子が同行することになった。そして反対方向である花楓には、蒼介が同行している。

 

「……こうやって二人だけでうちまで帰るの、初めてだよね~?」

「ん?あぁ……言われてみたらそうだな」

 

 そう言いながら、2人は子供の頃の記憶を思い出す。

 

「……あの頃は楽しかったよね」

「……ああ」

「私と、そーちゃんとみーちゃんと、沙耶おねーちゃんと……」

 

 2人が思い出した記憶は、全く同じ光景だった。まだ幼かった蒼介がヤンチャして軽いけがを負って、それを見て泣いている花楓と、ヤンチャを叱る蒼介の実の姉、そしてそんな様子を楽しそうに眺める女の子。

 

「……もうあの頃みたいにはいかない、けど」

 

 蒼介と並んで歩いていた花楓は、蒼介の前に出れるよう歩みを進め、そして蒼介に向き直る。

 

「私、あの頃みたいにそーちゃんと一緒に楽しく遊びたい。おしゃべりしたいし、お買い物に行きたいし、一緒に映画見に行きたい」

 

 真っすぐに蒼介の瞳を見つめる花楓の瞳。それは普段、柔らかい雰囲気を纏う彼女のソレとは思えない程透き通った眼差しをしていた。

 

「そーちゃんがいなくて過ごせなかった、そーちゃんとの時間……私、大事にしたい。だから、ね」

 

 夜。月光によって淡く照らされた彼女の表情は、太陽のような明るい笑みの上から、ほんのり赤く染められていた。

 

「そーちゃん、改めてこれからもよろしくね。それで、楽しい思い出……いっぱいいっぱい作ろうね」

 

 昔とほとんど変わらない、しかし少しだけ大人っぽくなった笑みを向けられた蒼介。その瞳に、思慕の感情が宿っていることは蒼介も何となく理解していた。

 

「……ああ。そうだな」

 

 綺麗な月を見上げながら、夜道を歩く蒼介と花楓。住宅街の静けさに響く2つの足音は、それなりの時間続いた。

 

「……一緒に、作っていこうな」



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天原学園学園長

 全校生徒の注目を集めたあの大会から1週間が経った。最初は時の人だった蒼介と美月だったがそれも多少は落ち着き、元通りの学園生活が戻ってきた。

 とは言え大きな変化は当然あり、いじめられっ子だった美月のAクラスへの編入が行われ、彼女を取り巻く環境が大幅に変わった事が最も大きな出来事だろう。『S』ランク生徒である鳳花桜を単独で倒したともなれば編入先であるAクラスでも話しかけられるきっかけが生まれ、美月はDクラスにいた時とは比較にならない程多くの友人ができた。彼女をいじめていた生徒たちも、自分よりも遥かに強い相手に対して強くは出れなくなったようで、今は落ち着いているそうだ。

 

「……じゃあこれでホームルームを終了する。各自、寄り道せず帰れよ」

 

 蒼介が所属する2-Aクラスでは特に変わったことはなかった。元々蒼介が『S』ランク生徒だったということは全員に知れ渡っており、花桜以外の生涯はないだろうよ容易に予測されていたからだった。強いて言うなら女子生徒に告白されることが増えたことくらいか。今日も、いつも通りホームルームを済ませ東堂桃花はめんどくさそうに教室を後にしようとしていた。

 

「……あ、そうそう忘れてた。蒼介、後で職員室来るように」

 

 突然名指しされ少し驚いた表情を見せる蒼介。蒼介に限らず、他の生徒たちも蒼介のみが呼び出しを受けたことに対して驚いていた。

 

「……なあお前、何したんだ??」

 

 桃花が出て行った後の教室で、最初に蒼介に話しかけたのは京香だった。

 

「いや、何も……成績も悪くないはずだし、特にこれといってなにかしたわけじゃ……」

「そーちゃんが悪いことするわけないよ~!」

「いやでも先生直々の呼び出しだぞ?よっぽど良いことしたかよっぽど悪いことしたかのどっちかだろ」

「うーん……特に何かした覚えはないんだけど」

 

 蒼介は記憶を思い起こして何か呼び出しを受けるような行いをしたかを思い返したが、何も該当が無かったため首をひねっていた。

 

「……まあ行ってみればわかるか」

 

 蒼介は立ち上がる。呼び出しを受けた場所、同じ校舎の1階にある職員室に足を運んだ。

 

 

 

「失礼します」

 

 一礼して2年生校舎の職員室へと入り、目的の先生のところへと移動する。

 

「言われた通り来ました」

「……おー、早かったな。今回の呼び出しの目的がわかっていたかのように」

「いや、普通に呼び出されたから普通にきただけです……」

 

 職員室でだらだらと過ごしている桃花の前に蒼介が立つと、面倒くさそうに立ち上がる桃花。

 

「……お前、学園長室がどこかわからんだろ?」

「え?はい……」

 

 桃花の問いに対して首を縦に振る蒼介。まだこの学校に来て間もないため、職員室や食堂と言った日常的に足を運ぶ場所は覚えてはいるが、プールなどの未だ利用したことのない施設については場所を知らないことが多かった。

 

 

「今回の要件は学園長直々の呼び出しだ。お前が場所がわからんと思って私が案内することになった」

「学園長からの……呼び出し?」

 

 存在自体は知っていた。入学式の時に学園長が挨拶をしていたのを遠目からではあったが見ていたためである。無論、面識などなかったわけだが。

 

「私が言われたのはお前の呼び出しだけだ。お前を学園長室まで連れてったら私は帰らせてもらうつもりだからな」

 

 そう小言を呟きながら職員室を後にする。蒼介はその後ろをついて歩き始める。

 

「……そういや、お前学園長のことをどのくらい知ってる?」

「どのくらい、とは?」

「例えば、名前とか能力とか……そんな感じだ」

「あー……」

 

 桃花にそう言われ、気づく。蒼介はこの天原学園学園長のことを何も知らない。天原学園のトップに立つ存在のことを存じ上げないと言うのはもしかして良くないことなのでは、そう思った蒼介の事を励ますように桃花は言う。

 

「ははは、知ってるわけないよな。学園長は滅多なことがない限りは表に姿を現さないんだ」

「そう、なんですか?」

「ああ。御多忙らしくてな、学園にもほとんどいない」

「意外ですね。じゃあ、入学式の時に見れたのは結構貴重だった感じですか?」

「ああ。私ら教師陣も直接顔を合わせられる機会は滅多にない。だからお前や、花桜がこうして学園長から呼び出されていることに関して羨ましいとすら思うよ」

「そうなんで……花桜先輩も?」

 

 桃花の口から気になる人の名前が出てきたよう気がしたため聞き直す蒼介。桃花は蒼介に問われると話し始める。

 

「ああ。去年までは、毎学期花桜が学園長に呼び出されていたと記憶しているよ。花桜のとこのクラスを持ってる先生は、花桜が学園長室の場所を理解しているから付き添うことはなかったんだが、今回はお前のおかげで学園長のところまでいける。役得というやつだ」

「そうですか……」

 

 桃花の言葉に返事を返す蒼介だったが、。今の蒼介には、桃花の言葉に気になることがあってまともに受け答えするだけの余裕はなかった。

 

 

 

「学園長。真田蒼介を連れてきました」

「おお、ご苦労だ。入っていいぞ」

 

 室内から聞こえる声を合図に、桃花は校長室の扉に手をかけ、開ける。扉を開いたまま蒼介にも室内に入るよう促すと、蒼介もそれに合わせて室内へと入った。

 学園長室は、なんてことのない一般的な部屋と変わらなかった。応接用のソファと机、そして壁には多くの賞状とトロフィー。おそらくこの学園の生徒たちが勝ち取ってきたものだろう。

 

「よく来たね。こうしてお前と顔を合わせるのは初めてだ」

 

 窓の外を見ていた、学園長らしき人物が振り向く。風格のあるその出で立ちは、初老と呼ぶには少々年老いすぎており、しかし老年と呼ぶには少々凛としすぎていた。褪せた白色の髪は後頭部で結ってある他、シャツにベスト、パンツスタイルと男装にも見える。老体にしては背も年齢相応に曲がっているわけではなく、総じて想像されるような女性の学園長とは思えない姿をしていた。

 

「ご苦労でした、東堂先生。あとは大丈夫ですので、戻っていただいて大丈夫です」

「……はい、わかりました」

 

 少し残念そうな顔をしながら、桃花は一礼し学園長室を後にする。そして、その場には蒼介と学園長のみになった。

 

「立ち話もなんだ、座ってくれ」

 

 学園長は蒼介にソファに座るよう手で誘導する。その所作もまた様になっていると思いながら、蒼介は頭を下げて座る。蒼介が座った後、学園長も何やら指を動かしながら対面に座る。

 

「……知っているとは思うが改めて自己紹介させてもらおう。私は天原ハル、天原学園の学園長をさせてもらっている」

「俺は……」

「知っている」

 

 蒼介の自己紹介を遮るように、そう言葉を紡ぐ学園長、天原ハル。グローブを付けた指を何やら小刻みに動かしながら、更に言葉を重ねる。

 

「幸則、藍子の実の子だろう?知っているさ」

 

 蒼介は、ハルのその話しぶりに違和感を覚えた。素早い思考の回転で、それを理解して口に出す。

 

「……父さんと母さんを、知っているんですか?」

「ああ」

 

 その確認は、決して高い知名度による自身の両親の存在の認知の確認ではなかった。自身の両親の知人であり、両親のことに関して詳しいのか、という確認であった。そしてハルもそれを理解しており、肯定の返事を返した。

 

「何を隠そう……私はあの子たちの学生時代の担任だったからね」

「そうなんですか!?」

「ああ、あの子らがまだ尻の青いガキだった頃から知っている。勿論、あの子たちが何を成してきたか。そして……」

 

「どんな最期を迎えたのかも、ね」

 

「……」

 

 ハルのその言葉に、蒼介はただ黙っていた。ハルに視線を向ける事もせず、ただ俯いていた。それ以外の反応を見せないことをハルも理解し話を続ける。

 

「……まあいい。それに関しては特に私は言及はしない。今回お前を呼び出した要件は別にある」

 

 ハルはそう言って指をずっと動かしている。蒼介が顔をあげると、ハルの視線は学園長室と扉一枚で繋がっている隣の部屋の入口に向けられていた。

 

「……ま、ゆっくりしていくといい」

 

 そう言いながら蒼介が同じ場所に視線を向けると、開いた扉から"浮いたカップ2つ"が運ばれてきた。

 

「コーヒーは飲めるかい?」

「……一応」

「良かった。私はコーヒーが大好きでね」

 

 音を立てることもなく机に置かれたコーヒーカップを手に取り口に付けるハル。蒼介もコーヒーカップに手を伸ばすと、それに気づいた。

 

(……糸……)

 

 凝視しないと見えない程度には細い糸が、カップに絡みついており解けていく瞬間。そしてそれが、天井を伝って巻き取られていくように戻っていく。その行先は、グローブを付けたハルの手だった。

 

「……ほう、これが見えるのかい」

「はい。目を凝らさないと全く見えませんが」

「それでも大したものだ。花桜でも最初は見えなかったというのに」

 

 ハルはそう言ってカップを持っていない方の手を握る。ハルのその行動と共に僅かな空気の揺れを感じた蒼介は室内を見渡す。

 

「……これは」

 

 蒼介の視界に映る、細長い、糸、糸、糸。映るという言い方よりも、視界を埋め尽くしている、という言い方の方が適切であろう。数十どころではない、数百、数千の糸。

 

「"今は"触っても問題ないよ」

 

 含みのある言い方をしながらも安全を保障してくれるハル。蒼介も手を伸ばしてみると、触り心地は天蚕糸に似ていると思った。

 

「これが、学園長の能力ですか?」

「ああ、翼力で糸を紡ぐことができる。生成に使った翼力が多ければ多い程強度が増していくが、生成できる本数は少なくなるというものだ」

 

 つまり天蚕糸程度の強度の糸であればこの程度の糸を生み出すくらい一呼吸するうちに、造作もなく生み出せるということである。

 

(先ほどコーヒーが入ったカップを一滴も零さず音すら立てずに机に運んだところを見るに……極めて高い精密性だ。翼力を流した量で糸の強度もあがるのなら、防御だけじゃない……どの程度この糸が硬化するかはわからないが、ひょっとすると攻撃にまで……)

 

「随分目が怖いな。安心しな、粗相をしてない自分のところの生徒をコイツで切り刻むことはしないさ」

 

 蒼介自身も気づかぬうちに目に力がこもっていたのか、申し訳なさそうに表情を崩す。

 

「そうそう。お前たちガキンチョはそうやって優しい顔してた方がいいのさ。まあ……それでもお前の表情はちょっと、"経験"を重ねすぎている感じがするけどね」

 

 くっくっと笑った後その表情から笑みが消えるハル。先ほどまで自分の生徒に向ける優しい眼差しとは似ても似つかない鋭い目で蒼介を見つめる。

 

「……蒼介。お前は、"W.o.R"を知っているかい?」

 

 ハルからの問いに目を見開く蒼介。ハルの問いが「知っているか」という問いではなく「知っているな」というものだったのは、蒼介がそれを間違いなく知っているからということによるものだった。

 

「……はい、知っています。翼力を使える者のみに効果を発揮する合成薬物、ですよね?」

「そうだ。正式名称は"Wing of Rage"。この国発で世界的にはまだ有名ってわけじゃないが、既にどの国も厳重に取り締まっている危険薬物だ。その危険性は……わかるね?」

「はい、父の書斎で呼んだことがあります。能力者は能力を使うために心臓のところにある目に見えない器官……翼力を全身に行き渡らせる"翼力核"が持つポンプとしての役割を促進させる薬。元々は医療のために作られた薬でしたが……それが正しい用途で使われることはなかった」

 

 ハルは蒼介の言葉に一度も首を横に振ることなく黙って聞いていた。そこまで話すと、今度はハルの方が言葉を紡ぐ。

 

「そう。ごく少量でも極めて危険な効果……翼力核の持つポンプの役割を、指先に付着した量を舐め取る程度ですら、全身から翼力を噴き出し、最後には……」

 

 ハルも蒼介も、言葉をそれ以上出さなかった。それを服用した人間がどうなるかは、両者ともに理解していたからだった。

 

「……でも、何故そんな危険な薬物が出回っているんですか?」

「うむ。実はお前……というか、学内大会で優勝した者に頼んでいるのはそれなんだ」

「……学生に、危険な薬物の調査を?」

「ああ。変な話だと思うだろう?これにはちょっと事情があってね」

 

 事情とは何だろうと思案する蒼介を余所に、ハルは話し始める。

 

「これまで学内大会で優勝し続けていたのが鳳花桜だと言うのは知っているね?」

「はい」

「お前は知らないだろうが、鳳花桜の実家は少々特殊な家系でね、裏社会の事情にもある程度精通しているんだ。だから調査を家の方に頼む傍ら、その報告を毎学期させていたんだ」

「なるほど……では、何故俺を呼び出したりしたんですか?」

「ん?」

 

 蒼介はハルに問う。何故「一般人でしかない蒼介をこの件に関わらせようとするのか」、それが理解できなかった。

 

「花桜先輩の実家の方で調査が進められているのなら、ただの一般人の俺が首を挟む理由はありません」

「ふむ、確かにそれは正論だ。だが私にはお前を調査に頼みたい理由があってな」

 

 ハルはコーヒーを飲み干すとカップを糸で繋ぎ、隣の部屋まで運ぶ。そしておそらくカップにコーヒーを注いでいるのだろう、指で糸を操りながら言葉を続ける。

 

「……結論から言えば、現在W.o.Rに関する調査が難航しているんだ」

「難航?」

「ああ。まず理由から話そう。闇市場にW.o.Rが出回っている理由として、これにはある組織が関わっていてね」

 

 ハルは隣の部屋から糸で運んできたカップを取り、カップに口を付ける。本当に飲んでいるのか疑わしいレベルでしか減っていないコーヒーの入ったカップを机に置くと、話し始めた。

 

「……その組織の名は、『再会の影』と言う」



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『再会の影』

「……さいかいのかげ?」

 

 思わず尋ねずにはいられない蒼介。ハルは蒼介が何に疑問を持ったのか理解し、注釈をつける。

 

「ああ。再び会うと書いて再会、そして影はそのまま光の当たらない場所に生まれる影だ」

「はぁ……なんでそんな変な名前を……」

 

 呆れ顔の蒼介に真面目な顔でハルは説明をしてくれた。

 

「ああ。どうやらそれにW.o.Rが関わっているらしくてな」

 

 ハルの言葉に呆れ顔で聞いていた蒼介は表情を戻す。蒼介が姿勢を正して真面目に聞く気になったのを確認したハルは再び話し始める。

 

「私の持つ情報では、再会の影の最終目標は『翼神をこの世界に再誕させること』らしい」

「翼神……って、伝承に存在する、能力者を生み出した存在のことですか」

「ああ、それで間違いない。それとW.o.Rがどう関わっているかまでは私の情報では調べ切れていないんだが、兎に角翼神の再誕にW.o.Rが必要らしい」

「……馬鹿げてる」

 

 話を聞き終えた蒼介が思わずそんなことを口走ってしまうが、その言葉にハルは同意する。

 

「ああ、私もそう思う。太古に存在した神を生み出すために現代の人間を犠牲にするなどという凶行を許すわけにはいかない」

 

 コーヒーを飲むハル。しかしその表情は少し暗いものになっていた。

 

「……が、奴らの行いを止めることができないというのが現状なんだ。悲しいことに」

「何でですか?」

「強いのさ」

 

 蒼介の問いに対してきっぱりとそう言い放つハル。淹れたての時よりは熱が抜けて飲みやすくなったコーヒーを一気飲みしてから口を動かす。

 

「……奴ら、どうも個々の戦闘能力が高いらしくてね。その戦闘能力の高さのせいで、下手な能力者では返り討ちに遭いかねない、つまり手を出せないんだ」

「花桜先輩は?」

「あの子もよく頑張ってくれたよ。2~3人であれば同時に相手は可能だそうだが……それ以上となると難しいみたいでね」

 

 蒼介は学内大会の花桜の戦いを思い出していた。あれほどの力を持つ能力者でも苦戦を強いられる程の能力者の集団であれば、調査が難航するのも無理はないと思った。

 

「そこで、お前に白羽の矢が立ったわけだ」

「花桜先輩以上に強いから、ですか」

「ああ。決勝では花桜とは戦わなかったお前だが、その実力は花桜を上回るものだと私は認識しているからね」

 

 大会の場にはハルはいなかったが、おそらくは中継か何かで戦う様子を見ていたのだろうと蒼介は思った。直接対決をしてはいないが、蒼介の戦いの様子から、ハルは蒼介が花桜以上の実力を持っているのだろうと考えていた。

 

「……それにだ、これはあくまでも私個人の直感でしかないんだが」

 

「……お前、裏社会の人間と戦った経験があるだろう?」

 

 ハルのその言葉に、蒼介は俯いて口に出さなかった。ハルは納得したような表情を見せる。

 

「……肯定、と受け取らせてもらうよ」

「どうしてわかったんですか?」

「直感だと言っただろう?私もそれなりに裏社会を知っている者だからね、お前の雰囲気からそんな感じがしたんだよ」

 

 ついにハルのコーヒーが3杯目に突入する。蒼介はと言うとようやく1杯目のコーヒーを飲み終えたところだった。

 

「追加はいるかい?」

「お願いします」

 

 ハルは蒼介の言葉を聞き、糸で絡め取ったカップを隣の部屋に運ぶ。そして今まで通り指を動かしながら、蒼介と会話を続ける。

 

「……それじゃあお前からの返事を聞く前に……ちょっと聞きたいんだが、どこで裏の連中と一戦交えたんだ?」

「それは……」

 

 蒼介はハルの問いに、答えるべきかどうか悩んでいた。その記憶は、蒼介にとっては全てを隠すには大したものではなく、しかし全てを晒すにはある者に了解を取らねばならないと思ったからだった。故に蒼介は、一部を話さないよう話し始めた。

 

「……実は7年前に、ある事情がきっかけで事を構えることになったんです。あの頃の俺はまだ未熟でしたけど……何とか勝つことができました」

「ふむ……その、ある事情っていうのは話してもらえないみたいだね?」

「すみません……」

「いや、いい。そこまで深く詮索するつもりはないからね。興味で聞いただけさ」

 

 運ばれてくるカップを手にとり口に付けるハル。蒼介は出された2杯目のコーヒーに口を付けなかった。

 

「それで、蒼介。協力してくれる気になったかい?」

「……断ったら、どうなるんですか?」

「どうもしない。今まで通り花桜に協力を仰ぐだけ。そして私も今まで通り日本国外でW.o.Rに関する調査を行う」

 

 それで普段学校にいないのかと合点がいく蒼介。いつ「学園長がやればいいじゃないですか」と言おうか迷っていた蒼介だったが、おれで余計なことを言わずに済むと思った。

 

「返事に迷っているなら、別に今じゃなくていい。wPhoneの連絡先を渡しておくから、決心がついたらここにかけてきなさい」

 

 ハルから一枚のメモを渡される蒼介。開いてみると、そこにはハルのwPhoneへ繋がる電話番号が書かれていた。随分アナログなやり方だと思いながらメモをブレザーの内ポケットに入れる。

 

(俺は……)

 

 答えに迷っていた。どうすれば良いか、どうすれば正解なのか。この回答は彼にとっては今の平穏からは程遠いものになるだろう。このような面倒極まりない依頼は断ってしまった方が良い。

 

(でも……)

 

 しかし考えてしまう。このような危険な組織を野放しにしてたら、自分の身の回りの皆に危害が及んでしまうのではないかと。平穏を脅かす可能性のあるものであれば、それを排除するに越したことはないのではないか。不穏の目を摘めば、平穏な日常が訪れるのではないか。

 

(これは、分かれ道だ……)

 

 学校の皆と、いつも通り楽しく過ごすか。"一度は覗いたこともある"暗黒の道へ再び足を踏み入れるか。再び日常へと帰れば、今度はこの学園長による支援ある、もう危険が及ぶ事はないだろう。

 しかし後者はどうだ。以前はたまたま足が付かなかった、逃れる事が出来たものの、彼女からの提案を受ければ今度はもう二度と普通の日常に戻ってこれない可能性がある。そうなれば、自身の身の周りにあるすべてが危険にさらされることになるのだ。

 

「……少し、お時間を頂くことになるかもしれません」

 

 学園長室を後にする蒼介は、少し弱弱しく彼女にそう返事をした。その様子を、ハルはただ黙って見送っていた。

 

「酷な選択になるかもしれないねぇ……でも蒼介、私らにはお前の力が必要なんだ。できることなら……首を縦に振ってくれることを願うよ」

 

 

 

「兄さん」

 

 他の生徒たちよりもずっと長く校舎に残っていた蒼介、校門を出る頃には既に辺りは暗くなってしまっていた。しかしそんな遅くなっていた蒼介のことを待っている少女がいた。

 

「杏奈」

 

 蒼介よりも一回り小柄な義理の妹が出迎えてくれたので、少し早足だった蒼介の歩みは彼女に合わせてゆっくりとしたものになる。杏奈は小柄なので、比較的長身の蒼介と比較して歩幅が小さく、足は遅かった。

 

「随分長いこと学園長とお話しされていたんですね?いったい何を話してたんですか?」

「それは……言えない」

「妹である杏奈にもですか?」

「……ああ」

 

 杏奈の問いに対し、答えることをしない蒼介。当然である、その内容はハルが自分という強い力を持つ者に託せるかもと思い話したものであり、それを身内とはいえ他者に話すのは彼女の信頼を裏切ることになるのだから。

 

「そう、ですか」

「ごめんな」

「いえ……いいんです。学園長直々の呼び出しと言う事は、それなりに重要な案件であるということは予想できます。兄さんが杏奈に話すことができないことも、理解しています」

 

 そう言いながら夜道で蒼介の隣を並んで歩く杏奈だが、街灯で影が出来て読み取ることが難しいその表情は、僅かに陰りが見えていた。

 

「もう危ないことは、やめてくださいね」

 

 暗い声で、杏奈は話し始める。蒼介は、口を開くことなくそれを聞く。

 

「あの日、杏奈を助けてくれた時から、杏奈の全ては兄さんのものです。だから、兄さんがいなくなってしまったら、杏奈はきっと……もう生きていけないかもしれません」

「杏奈……」

 

 それは、明確な不安の吐露だった。自らの心の中で存在が大きくなりすぎた蒼介がいなくなってしまったら、という不安。

 

「兄さん、お願いです……危ないことだけは、自分を犠牲に晒してしまうようなことは……」

「……大丈夫だ」

 

 杏奈の手を、蒼介は握る。自分よりもずっと小さな手が、震えているのがわかった。蒼介は杏奈が痛がらない程度に、握る力を強める。

 

「俺は、強い。あの頃よりもずっと、強い。もしかしたら、俺がこれから立ち向かおうとしてるのは、あの頃戦ったやつらよりもずっと強いやつらのかもしれない。でも、それでも俺は勝つ。必ず勝つ、買って見せる。だから安心してほしい、俺は俺は杏奈の前からいなくなったりしない。お前を全力で守る、大丈夫だ」

「に、兄さん……ちょっと、痛いです」

 

 話している途中に思わず力が入ってしまっていたのか、杏奈の顔が痛みで少し歪んでいた。蒼介は慌てて手を離すと、杏奈は掴まれていた手をもう片方の手で抑えていた。

 

「……そうですよね、兄さんは……そういう人だったって忘れてました」

 

 半ば諦めたような声を出している杏奈。蒼介からそのような回答が帰ってくることを思いだしたのだろう」

 

「……杏奈を守ってくれるのはいいですけど、自分も大事にしてくださいね兄さん」

「ああ。カワイイ妹の願いだ、言うこと聞くよ」

「かわ……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、顔まで真っ赤になってしまう杏奈。

 

「……杏奈?」

「か、かわわわ……!」

 

 突然の誉め言葉に思考がバグってしまう杏奈。

 

(か、カワイイ!?兄さんが杏奈をカワイイ!?か、かわわわわ!?!?!?杏奈がカワイイ!!!?!?兄さんが杏奈を、カワイイ!?!?!?)

 

 どうやら杏奈にとっては到底処理できるような言葉ではなかったらしく、あまりに過剰な情報量により顔面は真っ赤になり、蒼介から無意識に後ずさりするように動いてしまう。

 

「……?どうした杏奈、なにか……」

「ひゃ……」

 

 蒼介は杏奈の顔を覗き込んでくる。顔を覗き込む、それはつまり杏奈の顔が良く見える距離まで蒼介が近づいているということであった。蒼介の顔を覗き込んでくる蒼介、その距離は鼻が当たってしまうんじゃないかと言う程近くて。

 

「あ、あ……」

「……?」

 

「あああああああああーーーーーー!!!!!!!!!」

 

 蒼介に背を向け全速力で逃げ出す杏奈。

 

「ああっ、杏奈!?」

 

 土煙を巻き上げながら脱兎の如く逃げ出した杏奈を追う事もできず、すごい勢いで小さくなっていく杏奈の背中をただ見ている事しかできなかった。

 

「……まあ、杏奈は強いしあのままでも大丈夫だろ」

 

 杏奈を追いかけることはとりあえず諦め、ゆっくりと帰路につく蒼介。暗い夜道ではあったが、街灯が照らしてくれるため特に自分の能力で道を照らさずとも不自由はなかった。

 

「……再会の影、か」

 

 ハルから聞いた闇組織の名。そして、蒼介はその名を聞きながら、自身の記憶の中にあるある組織の事を思い出していた。

 

「……『翼神の再誕』か……」

 

 記憶の中にある組織。その組織もまた、同じことを言っていたと、思い出した蒼介。

 

『俺たちはぁ、偉大なる翼神様をこの世界に再び誕生させるんだ!!!』

 

「……いや、まさか……な……」

 

 心をよぎる一つの不安。そんなはずはないと自分に言い聞かせるが、その不安はぬぐい切れない。

 

「アイツらは、あの時……」

 

 記憶の中に存在した無数の敵たち。その者たちの発言を思い出す。それを思い出せば思い出す程、それは彼の不安を加速させていく一方だった。



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