元少年兵支援室 (おっせさん)
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元少年兵支援員

「すみません、ちょっと通ります。失礼します。」

鉛色の空の下、私は集まっていた野次馬の人々合間を縫って現場へと向かった。第一報は50分前、警察より十代後半の女性が拳銃を手に倒れているから確認に来てほしいという事だった。きっと自殺、警察も私も既にそう見当を付けていた。ティーンの自殺自体は珍しくとも考えられない事じゃない。しかし、拳銃自殺となれば話は違う、ほんの数か月前までであれば。

「お待たせしました、元少年兵支援室の山之内です。その、ご遺体は…」

「あぁ、ご苦労様です。本所署の常盤です。遺体はこちらに。」

規制線を通らせてもらい現場を取り仕切っていた刑事に声をかけると、すでにストレッチャーに乗せられた遺体の元へ案内された。そこに寝転がっていたのはここにいる誰よりも若い体であった。

「詳しいことはまた先生の方で検分してもらい、正式に書面でお伝えしますが…この顎のあたりに黒く焦げた跡が有りますんで、多分自分で押し当てて引き金を引いたんじゃないかな。あとこれが彼女の所持物です。」

弾は顎の下から入り後頭部に抜けたようで、比較的顔面は綺麗な状態であった。一転して頭はあるべき輪郭を失っており、丁度弾が抜けたと思われる場所にクレーターが出来上がっていて、恐らく吹き飛んでしまったのだろう。遺体の様子を見るのも程々に、簡単な説明をしてくれていた刑事から遺留品を受け取った。そこには彼女の存在を唯一証明するリコリスの識別票が有り。

「ありがとうございます。彼女のことはこちらで照会をかけておきますので、確認できましたら追ってご連絡いたします。これらはこちらで預からせていただきますね。」

持ち物は他に携帯とかメモ帳とか化粧道具とか…特徴のない組み合わせだ。遺書の類は見当たらないが、携帯の中に一筆したためられたものがあるかもしれない。それらを調べるのはこちらの仕事で、残った銃器を管理するのは彼らの仕事だ。そして彼女の遺体は今から法医解剖に掛けられる。どうせ自殺だとはわかりきっているが、しかし人一人が亡くなっているのだから決して手を抜いた仕事なんてできない。包み隠すなんて以ての外だ。

「全く減りませんね、彼女たちの自殺も事件も。この辺は特に多い…その誕生日が正しいのなら、この子はうちの娘と二つしか変わらない。」

刑事はストレッチャーの上の子を見ながら吐き捨てるように言った。少女の拳銃自殺…そんな物を見せられて、何も思わないなんて事はできないだろう。今、我が国にはシエラレオネやパレスチナと同様の問題が暗い影を落としている。政治的混乱と国際的孤立と共に。



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或る心理士の手記

元リコリスのカウンセリングは誰もやりたがらない。

 

第一にその対象となる年齢が挙げられる。世の中の多くの精神科は18歳以上を対象とし、また児童精神科は15歳以下までとする医院がほとんどだ。16,17歳の多感で難しい時期の子を診ることは、それだけで多くの精神科医から忌避される。

 

第二の理由はその特殊な背後関係だ。彼女たちは前述した時期に、殺人などの刺激的な事象に触れそれが当たり前の環境で生活を送ってきた。それは正しく、ウガンダのLRA等の少年兵達と変わらない現代日本では考えられない境遇だ。いや、ひょっとするとそれよりも質が悪いかもしれない。

 

それが、第三の理由となる旧DAによる徹底した洗脳プログラムだ。ベトナム戦争を端に始まった兵士の精神的負荷とそれを軽減させるための研究は、現在に至るまで精神医学を取り巻く命題の一つである。戦場でのストレスとは例え精鋭の特殊部隊員であっても決して防ぎきれるものではなく、それによりPTSDを発症させた元米軍人の話は世間一般でも広く知られてることだろう。そして、その厄介な問題を彼らは最悪な方法で解決させてしまった。それが彼らがリコリスへと行った教育プログラム、もとい洗脳プログラムだ。

 

彼らが施した洗脳とは古典的ながらも確実なもので、自己否定と自己と組織の統合である。そしてこれがより強固になる条件が、彼女達の出自と自我の再確立がまだ済んでいない10代である事であった。まず前提として彼女達は全員孤児であり、DAによってその身を保護されることで入隊をする事となる。この経緯により既に洗脳の土台は出来上がっており、育ての親となるDAには教育が行いやすい精神状態が築かれていた。その上で、彼らは手始めに彼女達の自己の否定を教え込み自立性を失わせ、それと入れ替えるように組織と自己が同一であると依存させるべく教育を行った。彼女達にとってはそれは家族愛を教育されるに等しく、育ての親であるという事実を基に何の疑いもなくそれを受け入れた。それが済めば第二段階として殺人の正当性の刷り込みを行い、リコリスとして対象を殺害する事こそが育ての親であり自身と同一である組織に利する事なのだと植え付けた。この時点で殺せと言えば躊躇いなく殺人を犯せる、優秀な兵士として出来上がる。このたった二つの手順によって、彼女達は鉢のような集団意識を抱き、殺人を以て親となる組織に報いる事しか生きる術を知らない、殺すことでしか生きていけない者へと洗脳されていった。

 

以上のことは事が上手く行っている間はとても有効的に働いたに違いない。メンタルケアの必要も薄い、命令に忠実な兵隊として活躍してくれるのだから。しかし、そうは行かなかった。一連の事件によって彼女達の拠り所となっていたDAは解体され、今や見る影もない。そして彼女達のアイデンティティであったリコリスの資格は無くなり、今や彼女達の存在を担保するものはもはや存在しない。生きていく道筋を示すものさえも失われ、その存在すらも否定された彼女達にいったい何が残されたというのだろうか?

 

彼女達へ我々大人は重く大きい十字架を背負わせることとなってしまった。例えその顛末を知っていようがいまいが、そうなってしまったのは我々大人の責任に他ならない。だからこそ、支援室が立ち上げられてケアを行う医師と心理士が募集された際に贖罪の意思も込めて少なくない人数が手を挙げた。しかし立ち上げられてたった4か月の現在、既に立ち上げ当初のメンバーの1/3ほどしか此処には残っていない。それ程、彼女達へのケアは余りに困難を極めたのだ。何度も言うようだが彼女達の背負う十字架は余りに重かったのである。それを共に背負おうとした多くの同僚達が精神疾患を患い、職務からの離脱を余儀なくされた。そして内2名はストレスに耐えきれず、ついには自殺へと至ってしまった。だが悲劇はそれだけに留まらず、カウンセリング中に対象が自殺してしまう事故が4件も発生し、またその内の1件では担当であったカウンセラーも殉職する事件へと発展した。

 

とてもじゃないが必要なケアを十分に行える状況ではなかった。だが、そこに集まってきた彼らの実力は疑う余地のない物であった。我が国の精神医療の限界であったのだろう。



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