男女比偏った世界ならモテるという甘えた考えは捨てろ (HIGU.V)
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第1幕
成る程、差し引き0ということか


タイトル通りの隙間産業。
昔読んだ、とあるSSに影響を受けています。


 

 

人間の娯楽で最も金がかからずに、そして誰でもできるのは恋愛らしい。

俺は妄想だと思うが、そうらしい。

 

現代の恋愛は金かかるし、そもそもスタートラインに立てない人もたくさんいる、だからまぁ恵まれた狂人の言葉なんだろう。

 

それでも恋愛がコンテンツ力として高いものを持っているのは認めざるを得ないし、素敵な恋をしたいですか? 無料で。と聞かれたら、はいと答えたい気持ちが沸かない人は少数派だろう。

こんな胡散臭い問いに実際に回答するかは別としてだが。

 

 

前世。それが俺にはある。

というかあるらしい。そんな言い方なのは判断材料が、小さいころから妙に自分の意識がはっきりしてたこと程度だからだ。エピソード記憶というものがないので、輪廻転生時に魂の洗い残しでもあったのだろうか?

そして、それをおかしいと感じている自分が居たのだ。

 

うーんと思い悩んだら、心の中から『前世の記憶ってやつだぞ』と返ってきたので。

成る程そういうことかと納得したのは、恐らくまだハイハイも出来ない頃だったかと思う。

それ以降前世さんの声が時々響くのと、意識がわりと冷めてる? というか子供っぽくない少年になったのだ。

 

 

さて、この世界は前世さんとそして俺的に、男と女の比率がおかしいのだ。

でもそれが割と普通のことのように受け入れられている。

 

前世さんはついでに「貞操観念はあんまり逆転してないのか……」と言ってる。

神の啓示が聞こえるとかいう人もこんな感じだったんだろうか。

 

さて、女性が多い世界で男として生まれたなら、人生楽勝。

前世もあれば倍率ドンッと思った自分がいた。しかしそんなことはなかった。

 

まず知識も前世さんのものは一般常識的なもの程度で、学校の勉強でいうと虫食い程度であり中学校レベルしかわからなかった。前世さんは随分勉強をおさぼりしていた方らしい。

加えて歴史とかは結構違う。まぁこんだけ男女比が違えば当然か。

 

勿論それでも結構な下駄は履けたので、多少成績はいいけどその程度の子供であった。

そして肝心の女性関連だが、これは…まぁ……

 

 

「ねぇ、早く遊びに行こうよ!」

 

「あ、祐。そうだな……」

 

 

横にモテの塊のような男幼馴染が出来てしまえば、全部吸い取られるというわけだ。

 

男女比の偏った世界、現代サブカルに触れた人間なら、一度は妄想したことはあるのではないか。

 

単純に自身に何かしらの制約や努力などなく、主として男性ないし女性なので優位性をとることが出来て、向こうから異性が寄ってきて。

それでいて複数の異性と付き合うことを公的に推奨されている。

 

まぁ作品ないし妄想的に、周囲に美男美女美少年美少女ばかりというのはご愛敬だろう。

お手軽に主に男の下半身的欲望を満足させることが出来る理想的な世界だ。

 

 

そんな異世界に生まれ変わって、俺は当然歓喜した。と思う。

まぁ、貧しさを知らないと豊かさを本当の意味では知れないし。そういう意味ではよいか。

 

小さいころから聞くおとぎ話の多くが、女性主人公になっていることを聞き流しながら、

幼稚園にも保育園にも通うことなく、施設で育てられた。

 

まぁ、その。両親というより母親は男を産んだので、高額の資金援助と養育システムに任せるという名の、売渡をしたらしい。これもままある話だ。

 

この社会の男女はおよそ1:10くらいで、悪化傾向。当然のように重婚が可能どころか推奨されている。

 

 

たぶんどっかのエロゲかエロ同人の世界だろ。と前世さんが言っているが、フーンという程度だ。ともかく小学校に通い始めたその日、色々あったけどようやっと俺も将来のハーレム要員を見繕うぜ。と思った矢先。

 

「りゅうたき ゆうです、よろしくおねがいします」

 

あ、こいつが主人公だ。

と前世さんが言っており、そして俺も、あ、これ無理な奴だ。と自覚した。

 

そこにいたのは背景が光っているんじゃないかという美少年。日本っぽいこの国だけど、髪の色は割とバラエティに富んでおり。例にもれず彼ははちみつ色のふわふわの金色の髪。優しそうな目に、チャームポイントの泣きぼくろ。6歳にして、包容力と庇護欲の双方を併せ持ちそうな、雰囲気と所作。

 

担任の先生すら、一瞬動きが固まっている。免疫のないクラスの女子は言わずもがなである。

 

これが親友である龍瀧 祐(りゅうたき ゆう)

紛うことなき主人公であろう、美少年だ。

 

そんな、俺の人生をわからせられた出会いの日から今日までに10年程が経過する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺達は高校生で。これまであった多くのことを考えてみる。

 

祐とは、同じ男ということもあって、すぐに仲良くなった。1年のクラスではもう一人雪之丞君という男はいたけれど、まぁそれはいったん置いておく。

 

 

小学校の内は笑ってみてられた彼の女性関連の騒動。

席替えをすれば、大紛糾。

校外学習の班決めは機能不全。

委員会の選考は乱闘騒ぎ。そんな、笑って思い出せる話ばかりだ。

いや、笑えねぇんだ。

 

中学校あたりからは、雲行きがもっと怪しくなってきていた。偏った男女比のための少子化からか、2クラスしか存在しないのもあって、そして春を覚えた餓鬼どもが祐にむらがって来ることを始めたのである。

 

夏休みや冬休みが近くなれば、靴箱を開ければ雪崩が起き(あれどうやって入れてるんだ?)

私物は定期的どころか頻繁になくなり。

安全性を考え、屋上と校舎裏は男子立ち入り禁止。というルールが出来るほどに呼び出しをされる。

幼なじみの娘が必死にガードをしてるのを横目で見たり、応援したりと。

そんな3年間だった。

 

小中と色々思い出したくない記憶もあるので、必要があればまた振り返ろう。

 

そして現在、俺たちは高校2年生だ。全校生徒300人で高校というのは前世さんが少ねぇと叫んでいるけど、そんなに違和感もない。そもそも共学がかなり珍しくて、男子は大きな都市にだけある男子校か有資格の『家庭教師』で高校単位を取得するのがメジャーな社会だ。

 

クラスのもとい、同学年の男子生徒は俺含め4人で、全員成績優秀者が入る特進クラスに入っている。共学はどこの高校もそんな形で、成績優秀者は男子と同じクラスという、強烈なルールで学校側が統制しているのだ。

 

祐は高校生になってやや平均より低めの身長だが、脱いだらしっかりと筋肉がある。そして、今日も今日とて相も変わらず女子に囲まれている。

 

今ではニコニコと平然と受け流せるようになったが、昔は色々大変だった。

なにせそう、こいつは小さな頃から

 

「僕が女性とお付き合いなんて……」

 

と顔を赤らめながら言うタイプのニブニブ野郎だった。高校になって一人称を頑張って俺にしてるけどたまに素が出るようなお子ちゃまだ。

 

「好意を寄せられるのはありがたいけれど……」

 

なんて尻すぼみに言うのは、彼が割といいところの会社の社長令息で、学校の勉強の他にもいろいろと勉強をさせられて忙しくしているというのが大きい。

 

その割には俺との遊びを断ることは稀なので、言い訳な気も否めないが。

 

 

そう、こんな外見(イケメン)生まれ(社長令息)のやつが、いまだに女性経験どころか彼女いない歴=年齢なのだ。まぁ、同じクラスの雪之丞君みたいに、隣の年上4姉妹全員に食われてるというのもそれはそれで問題だけど。

 

そして、激動だった高校1年を終えてわかったことがある。

 

 

 

このまま放っておけば、まぁ大惨事になる。小学生の頃よりは秩序だっていて、さらに中学生の頃より本気で狙いに来ている。

 

ここ半年は、まぁお互い水面下で牽制しあっていたということもあって、大人しかったが席替えとクラス替えの意味が大きい期末試験では案の定、殺気立っていたのだから。

 

 

俺は祐のことを人間として好ましいと思っている。

10年間友達として一緒に過ごして、親友と呼べる。

 

あいつのために死ねるなんて言えないけれど、あいつが必要なら臓器くらいなら移植してもいい。お互い、色々あったからな。

 

だからこそ、あいつには幸せになってもらいたい。

そう思うのが親友として、いや人として当然のことだ。

 

そして高校の1年を使って、あいつのことを真摯に好きな女子の見定めも終わった。勿論押し付けがましくないようにと、あいつ自身もまんざらでないことも裏をとった。

 

ならば、前世さんも言っている通り、彼がしっかりハーレムを作れるように、サポートするのが友人ってものだろうよ。

 

 

そう、この話は友人のために、俺が裏で奔走して。

友人達の幸せそうな光景ににやにやする。

 

そんな暗い話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え? 俺はどうなんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡に映る自分を見る。

風呂上がりの洗面所の鏡は、最も自分が格好良く見えるらしい。光とか距離とかそういう要素の関係で。

 

首から頬にかけてはしるぶつぶつとした炎症やらニキビやらアトピーやらの痕。

パンパンに膨れて丸っこい顔。一部マヒを起こして左右で開き方と大きさの違う目。

既に出始めた見事な下っ腹で見えない足元。

手を見れば赤くただれた熱傷痕があり、これは普段なるべく手袋で隠している。

コンタクトが体質的につけられず、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけているせいで、歪んでさらに小さく見える目。

風呂上がりだというのに油ぎっているように見えるおでこと髪の毛。

 

前世さんも言ってるが、まごうことなきキモデブオタ系の竿役だ。

 

まぁモテないのを外見のせいにできたらよかったんだけど。それだけではないんだ。妙に冷めているというか、賢しいガキだった俺はこんな生まれだからしょうがないとはいえ、口を開けばついつい皮肉や揚げ足取りが出てしまう。

 

最近ようやっとキモオタの皮を被ったり、社会人として敬語を使うなどでましになっては来ているけどね。

 

そして。俺の横には超絶美少年に成長した祐がいるのもあるし。ただでさえ目立つ顔つきなのに俺との落差で高山病が起きそうなほど際立っている。

 

尤も、これによって俺の様なキモブタが隣にいるのは相応しく無い。という変な思想を持つ女を弾ける。というメリットもあるのだが。

 

生まれてこの方、女性の手すら握ったことがない。

施設で管理されるように育てられて、小中の間は少年に対して色々規制厳しいせいで、施設から出されるハウスキーパーがくる小さな家で育った。

 

この辺もまぁ気が向いたら振り返ろう。楽しい思い出ではない。

 

 

誰からもオスとして愛されないなんて良くあることじゃん?

前世さんがそう言ってくれる。

 

そう、俺は全くもってモテない。性格もまぁあんまりよくないのもあるけれど。全世代ホイホイの祐が隣にいて、俺レベルの男で妥協しようなんて思ってる人すらも、彼女たちの心を惹きつけてワンチャンス狙うようになってる。

 

大穴でも全額するから、元返しのお前には誰も賭けないな。

と前世さんが言ってる。さっきからうるさいがその通りだ。

 

まぁそういうものなんだろう。

 

虫歯になったことないけれど口臭の為念入りに歯を磨いてから、いそいそと服を着る。

一人暮らしとはいえ、うるさくすると迷惑だし、早く寝よう。

 

俺を好きになる女子がいるなんて甘えた考えはもう、ない。

 

 

だから前世さんと一緒に祐を気ぶって、高校の間に妻はある程度固めて。将来的には愛人100人出来るかなを挑戦するのだ。

 

これは俺が異世界? に生まれ変わって、親友のハーレムという代償行為で。

 

せめてもの救いを求める話。

 




昔流行ったジャンルと思ったら君も老人会入りです。
覚えがなければ、スコッパーを目指そう。


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初手幼馴染みは安定初動

 

さて、祐の幸せ家族計画だが、まずは5人くらいの相手候補がこの学校にいる。

その中で順当に第一夫人、ゲームならメインヒロインになるであろう娘が。

 

「ゆう君、お弁当作ってきたんだけど……」

 

「本当!? 嬉しいよ、華」

 

 

風間 華(かぜま はな)だ。

 

明るい髪色のそれをサイドテールにしている、少しだけ小柄だけどもスラッとしたスタイルの女の子だ。

お嫁さんにしたい系と、前世さんが言う感じの娘で、成績優秀で家庭的。実家も裕福な所と完璧だ。祐と華の二人とも小柄なため正統な感じの高校生カップル感が出るペアでもある。

 

そして、小学校に入る前の幼少期に

 

『大きくなったら、祐君のお嫁さんにしてね?』『うん!』

 

的な約束をしているらしい。華本人から聞いた。祐の方は忘れている説もあるが。

それでも彼が、小学校で女性の波にもまれて、警戒心を上げる前に仲良くなったわけで、信頼度はかなり高い。

 

この社会では専門の資格を持った講師を雇えば、義務教育を終えることが出来る。男子が生まれればそうする富裕層の親はいる。しかし、小学校からはさすがに少数派だ。それに祐は社長として会社を継ぐために、早いうちから女性のいなし方は覚えるべきと、学校に入り荒波に揉まれたのである。

それで、より彼の中の華の存在は大きくなったところはある。俺が前世の男女比を知ってるからこの社会の特別感がわかるのと同じで。がっついてくる女子の集団を知るから横で穏やかに笑う彼女の価値がわかるのだろう。

 

そして華は俺にも優しい。理由はシンプルに彼女も10年来の付き合いだからだ。最初は俺のことを怖がっていた節があったが、それは引っ込み思案なところが相俟ってという感じで。俺が祐と仲良くなるにつれて自動的に華も俺に心を開いてくれた。

 

 

昼休み、数多の女子が隙あらば祐のご飯を一緒しようと牽制しあっていたのも今は昔。

最初は一人で2週間くらいならサバイバルできそうなほどの『弁当作ってきた爆撃』をくらっていたが、先生からの注意と

 

「デュフヒィ、ぼ、ぼ、ぼくも、い、い、頂いて、い、いい、かな?」

 

と俺が声をかけると、嫌悪感と忌避感に顔が歪んでいく女子と、祐の

 

「ああ、俺一人じゃ食べきれないからな」

 

と嬉しそうな肯定の声で。どんどん篩にかかっていき。それを超えても、祐の片方の隣は当然俺が確保しているわけで。そしてあとはお互いが潰しあっていき。

 

今では……

 

 

「3人分作ってきたもん、勿論大丈夫だよっ」

 

「ふ、ふぃぃ、ご、ご相伴にあずかる、ひひっ」

 

一早く、というよりも最初から3人分用意していた華が基本的に全部持っていく形になっていったのである。彼女が食事を作って来たときは、教室では落ち着かないので、食堂の隅の方にある机で3人で食事をとる。

 

 

「やっぱ、華の弁当はおいしいな」

 

「えへへ、本当? ありがと」

 

「うん、おいしいおいしい。華ちゃんまた腕を上げたな」

 

(きみ)は何を食べても美味しいって言うよね?」

 

周りに人もいないので素のしゃべり方に戻す。あんなキモオタみたいなしゃべり方は当然演技でやっているつもりだし。相手もそれはわかっているだろうが、生理的な嫌悪感からか効果はいまだに絶大だ。

 

 

「華はいいお嫁さんになるな」

 

「も、もう、ゆう君ったら」

 

ナチュラルにいちゃつく二人を見ながら、というかそれをおかずに飯を食らう、白米うめぇ。やはり幼なじみは良い。定食屋で言えば生姜焼き位の安定感と打点の高さがある。まずハズレはなくお手頃なのである。

 

「うむ、流石だな祐の太鼓判ももらったし、あとは嫁ぎ先だな」

 

(きみ)まで! もう」

 

 

そう、繰り返すが彼女は小学校のころから、厳密には二人は入学前からだが、10年来の幼馴染なのだ。実は彼女の親は祐の会社の幹部というか右腕と社長の関係で、家もお向かいさん。そんな約束された勝利の関係だ。

 

だが今一つ進まない二人の関係。一緒にいるのが当然すぎて、発展しないのである。

思春期を迎えて、華の方から祐に異性としての好意は向いてるであろう。しかし自信がないというか、彼女は少し引っ込み思案なところがあり、一番仲の良い異性のポールポジションを維持しているのだ。なんてコテコテな古典的幼なじみ、A定食である。

 

そもこの時代よっぽど変な男でない限り複数人と結婚する。社会への奉仕という概念でもそうしているのだ。そういう風潮や教育がされている、それが俺に刷り込まれというか、洗い込まれなかったから、今こうしているのだが。

 

現在の男女比1:10だけれどもこれは全世代の合計で、年々男性の数が減っている。我々の世代は1:10を通り越しているのは肌感覚としても確かだ。いくら男子は高校生から通学を控えるとは言え100人中4人しか男子が居ないのは異常である。

 

そういう意味で、二人は見立てでは両思いだけれども。もし男女交際を始めたら、じゃあ私もと今まで以上に争いが苛烈になる。そのままの意味で戦いの火蓋を切ってしまう。

そんな心配があるのだろう。

 

このままの関係が一番距離が近くて幸せ。そう漏らしている事も知っているし。俺と祐が話しているときに、祐の横顔を見ている表情で好意がラブであるのはバレバレだ。

 

しかし、恋は弱肉強食。ボヤボヤしてると後ろからバッサリ持っていかれかねない。なので、俺が一肌脱ぐ必要があったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ごめん待った?」

 

「いや、今来たとこ」

 

 

そんなわけで、週末の駅前。祐と華は待ち合わせの王道フレーズを消化していた。

 

「にしても、あいつは馬鹿だよなぁ、1Lアイスを一気食いして腹壊すなんて」

 

「写真付きでつぶやいて、2時間後におなか痛いってつぶやいてたね」

 

今日は本当は3人で来るはずの久しぶりの幼なじみトリオでのお出かけ。行先は華が好きな水族館。金持ちの令息令嬢の割には庶民的だが、二人とも気にしていなかった。

 

はい、当然俺が参加しないのも計画の内です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……祐君また女の子に囲まれてる」

 

なんだかんだ言って、一番仲がいい華だからこそ、色々見えてくるものがあるわけで。俺からしたらハーレムメンバーにお祈りメールを送って居る娘もいれば。内定者やオファーを送ってる女子達と、色々囲まれている祐。

華は高校生になった今も正妻の余裕はないにしても、一番近くをキープし続けている。

 

そして祐も華がいたからこそ、女性恐怖症という多くの男子且つ外見や生まれが良いものが成るそれにならなかった。苦手意識程度はあるようだし、小中はもっと内向的だったが少なくとも見かけ上は取り繕えている。

優しくお淑やかな女性がずっとそばにいるのは、人生観に対する影響が大きかっただろう。

 

俺としても幼馴染の二人は絶対にくっつけたいと思っている。特に華は最近本格的に花嫁修業というか嫁入り修行の為、勉強以外にも家事にお稽古ごとに忙しくなっているのだ。というより、双方の両親的にはもう付き合ってると思っている。

というわけで────

 

「3人で今度出かけようぜ、この日なら確か空いてたろ?」

 

「いいね、久々にパーっとやろうぜ」

 

「うん、わたし暑いの苦手だし、春の内にどこか行きたいね」

 

3人でご飯を食べている時に草案を出して、枠を抑えておき。

 

 

 

「華ちゃん、ちょっといいか?」

 

「何? 祐君なら塾だよ。君もバイトじゃないの?」

 

「ああこれからバイトだから、手短に話すな」

 

放課後、遊ぶ約束をした後に俺は華にだけ計画をもちかけたのである。

 

「なぁ華ちゃんは、やっぱり祐が好きだろ?」

 

「ふぇ!? え、え、えっとぉ! その……」

 

顔を赤らめつつも、否定の言葉は出て来ない。この子は気持ちに嘘はつけないしつかない。しっかり相手のことを思ってくれる良い娘なのだ。

 

「いや、何年の付き合いだよ、そういうのいいぞ」

 

「あ、えっと、そうだよね、さすがに君には分かるよね」

 

華は俺に対してまぁ警戒も何もない。そもそも恐らくこの学校の生徒で一番俺に対する好感度が高いのも彼女だ。色々相談に乗ったこともある。プレゼントとか女性の好みとかでね。

 

「今度遊びに行く時な……告れ、協力するから」

 

「えぇ!? 」

 

勿論、行き当たりばったりではなく、チャンスを作るために俺は多方面に協力を仰いでいる。まぁ俺が頼れるコネなんてたかが知れているのだが、今回はかなり利用できるツテがある。

 

「他の女に取られて、その他の一人になっちまうぞ。一人で独占は……まぁ無理かもしれないけど、祐の一番なるんだろ?」

 

「う、うん! そうだよ、そうだよね!! ありがとう! わたし頑張ってみる!!」

 

華は内向的なんだけど、その分なのかちょっと乗せられやすいのが、たまに傷だけれども。まぁ祐もそういう所あるし似たもの夫婦だ。補える娘は別に用意するつもりである。

 

 

 

 

 

さて、時間を今日に戻して。

当然俺は腹を壊してなどなく、二人の甘酸っぱいやり取りを遠くから見ている。

アイスを1L食ったのも本当だが、今さらその程度で壊すような軟弱な腹をしていない。デブをなめるなという話だ。デブ特有の大食いという理由も信憑性を高めているのか、祐からは疑われてもない。

 

人ごみに紛れて二人が駅に入っていくのを監視したら後ろからついていく。ばれないようにこっそりとだ。デブで男だから目立つので慎重にだ。

 

「坊ちゃんたち、うまくやってくれるといいんですが」

 

「ええ、本当に」

 

 

今日の俺は祐の会社の部下の人と一緒だ。社内でも二人がくっつくのは肯定的なので、今日の計画も資金や資材からすべて援助されている。なんなら、双方の両親にいい加減はっきりさせたいんです。と少し前にお会いした時に話を通して快諾されている。

 

会社の私物化? いや男社長が二世やってるの、この世界だと滅茶苦茶評価が高いんですよ。男が家庭に入る形も多いので、しっかり働いてるし、家族仲が良好だったのがわかるということで。

 

まぁそこまで大きくない会社とはいえ、社長の子供が男で幼馴染の女の子が専務の娘なんだ。気ぶりたく気持ちもわかる。

 

「では、皆さんお願いしますね」

 

「はい、承知してます」

 

 

水族館についたら、手筈通りの位置にこのために駆り出された可愛そうな若手社員達各員が配置して、いい雰囲気を作ることを心掛けている。

 

高校二年生の美少年である祐は、道を歩けば声をかけられることは日常茶飯事だ。俺がいてもまるで祐一人に向かって、2,3人組の他校の女子から逆ナン────この社会ではそのままナンパ────されるのだから。

 

まぁそれも俺が横からすっと入って行きますねぇ! 行きますよ! と言えばすごすごと帰っていくから楽だった。

 

「お呼びじゃねーよデブ」「キメェんだよデブ」くらいは言われるが、その言葉を吐いた時点で、祐の興味からふっと消えて彼のどう丁寧に断ろうかの逡巡が無くなりバサッと切る二段構えである。

 

「まじでぇ? 2-2だしOKぇ!」とか言ってくれる黒ギャルが居たらこの社会でも俺は救われたが、そんなのはない。オタクに優しいギャルは存在しないんだ!

 

ともかく、祐に声をかけて来そうな女性を近づけさせずブロックしてもらったり、距離によっては俺が逆ナンしてキモがられて遠ざけたりと。割と忙しい。

 

時折監視に意識を戻してみれば。二人は小さいころ来た時に一緒に見たという、ペンギンやアシカのショーを楽しみ。昼食をとり、今度はイルカのショーで水浸しになり。順調に楽しんでいるといえる。

 

そして、特別展示のクラゲのところに入る二人。計算通りだ、順路と二人の好みはわかっている。薄暗いそこは、水槽のライトに照らされて幻想的な人気スポットだ。二人が入る少し前まで、ブース入り口で体調不良の方が【何故か】出てしまい。今は人も少なめだ。

 

「失礼」

 

「きゃッ!!」

 

そして、仕込みの一般通過社員さんの体当たりで華が押し出されて、祐に抱きつく形となる。多分ゲームならスチル絵がつく所だ。

目があう二人、タイミングよくライトが切り替わり影が動く。これは完全に偶然だ。

 

「いけーっ! おせっ!」

 

横でそう小声で叫ぶ社員さんと同調しながら見ていると。

 

「ゆうくん、わたし……」

 

華の口からお約束の言葉が紡がれていくのだった。みっしょんこんぷりーとである。

 

 

 

 

 

 

 

さて、水族館の外で、今俺は一人待っている。

 

「おーい、こっちだ」

 

仲良く手をつないで出てきた二人、俺を見かけて慌てて手を放してからこちらに近寄ってくる。

 

「え、どうしてここに」

 

「そらぁ、何とか腹も治ったから飯だけでも一緒に食おうと思ってな。てか携帯くらい見ろよー」

 

「え、あ、わりぃ」

 

「き、気づかなかった……」

 

「お土産の事聞いてこないから、まだ居るとは思ってたけどな……」

 

 

いつもよりも少しだけ距離が近い二人を見ながら、何も気が付かないふりをして、俺は合流する。そういう手はずだ。社員さん達的にはここまでで成功だが、俺的には祐にはしっかりとハーレムを作ってもらいたい。

 

あいつのことを好きな、いや、真剣に好きな女子はたくさんいるし、何よりも俺がそう言った恋愛が出来ない以上、こいつの恋愛を見て楽しむことくらいしかできないからな。俺の趣味は入るが、社会的にも彼にとっても最大値での幸福は高まるから許してくれるよな?

 

 

「んじゃ、ラーメンでも食いに行こうぜ」

 

「もうちょっと、おなかに優しいのにしなよ」

 

「華のいうとおりだぞ、デブ」

 

「デブは否定しない、だが、もう治ったからいいんだよ」

 

 

だから、このまま放っておけば完全に一人に向きそうなのでここでストップをかける。2の矢3の矢も準備済みだ。華には悪いけれど、第一夫人は確定だから、それで勘弁してくれ。

 

なんもかんも社会の歪な男女比が悪い。

 

 



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~振り返れば君がいる~

 

「どきなさいよデブ!」

 

「祐くんに近寄らないで! ブタ!」

 

懐かしい記憶だ。だからきっと夢だろう。

 

たぶん小学校の高学年だったか? この頃にはもう何をするにしても祐の周りにいたがる女子は多かった。これは確か昼休みだったか? 華が夏風邪をひいて休んだからでいるからこれ幸いと、祐に群がっている女子達からの抗議の声だ。

 

この頃にはすでに、俺は天下無敵のガキ大将のような体型だったはず。顔もだいぶ直視が出来ないものになっているし、肌もガサガサボロボロボコボコだったはず。まぁこのくらいの子供はニキビは普通ではあるが。

 

女子に囲まれて案の定、祐はおどおどとして困っている。両腕を女子に引っ張られていて、大岡裁きでも始めるのかという具合だ。それぞれのサイドに別のグループの女子が控えている辺りが演劇のシーンぽくて少し笑える。

 

「うるさいな、祐が痛がってるだろ」

 

「邪魔、うっさい」

「臭いしきもい」

 

子供というのは周りが見えないもので、すぐにヒートアップする。祐が痛そうにしてたのを見かねて間に入ればさらに罵詈雑言が飛んでくるが、気になどしない。

 

近寄って祐の腕を握っている女子の手を、そのまま上からぎゅむっと包むように握る。その瞬間、ゴキブリかナメクジを触った時のように、嫌悪感に歪んでいく表情が二つ。思いっきり腕を引っ張って抜こうとしてるが、体格の良い俺の力の前に数秒拮抗して、ぬるっと滑るようにジリジリ動いていく。もう離すと確信したので放してやれば同時に後ろにたたらを踏んで下がっていく。

ふん、雑魚が。

 

「ほら、祐こっちでアドベンチャーブックやろうぜ、雪之丞君も一緒に」

 

「う、うん」

 

祐の背中をぽんとたたいて促してやれば、ほっとしたかのようにこっちを見る。あの場で女子二人にやめるように言うということも悩んでしまうほどに、彼は優しかったのだ。それが美点である。

 

「ねえ本当最悪なんだけど!!」

 

どうやら、腕を引っぱっていた女子のどちらかが、誰かの水をこぼしたのか服が濡れている。スカートの裾にかかったという程度か。放置しておけば乾く程度だ。

 

「ねぇ、本当にデブできもい癖に、何で学校来てるの?」

 

「お前が苦しむところを見るため」

 

適当に答えてあげれば満足するだろうとそういえば、癇癪を起こしたのか、その辺にあった筆箱を投げてくるが、無視だ無視。相手にするだけ無駄である。

 

「この年からヒステリーとか女は大変だな、男でよかった。デブでも未来は明るいし」

 

我ながら、クソガキだなぁという捨て台詞を言いながら、祐と一緒に雪之丞君の方に行く自分。

ああ、そりゃ顔が悪くなくてもこんな事言う奴はモテないよな。性格最悪なんじゃと。割と思うがまだこのころの俺は精神的に幼かったんだろう。体に引っ張られているのか。

 

なにせ、今なら子供の戯言と適当に流せるし。まぁ確かこの後、トイレから戻った時に俺の机の上にゴミがぶちまけられてたから、ノータイムでその女子に向けて投げつけて、先生に呼ばれたりするけど。楽しい思い出だ。

 

呼び出された後、優しく注意をしてきた先生に

 

「誤解でも別にいいですし、これで女子が全部敵にまわるなら、むしろやりやすくなるので」

 

なんて言ってしまったし、引きつった笑いをしてたあの先生には悪いことしたな。

そう、まだこの頃は俺に余裕がなかったから。極端なやり方しか出来なかったんだ。

 

 

 

「ご、ごめん、僕のせいで……」

 

「気にするな、祐。俺たちは友達だろ。助け合うのが友達だ」

 

「で、でも勉強も僕の方ができないし……」

 

「走るのはおまえのほうがずっと早いし、優しいじゃねぇか。それでいいんだ」

 

「う、うん。ありがとう」

 

祐とはこんな感じで、いつも通り会話して。何日かして戻ってきた華が間に入って、女子達と俺の関係は少しだけ元通りになったような、ならなかったような。まぁ覚えていない。

俺にとっては祐達のことのほうが大事だから。

 

 

そんないつかの懐かしい夢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐、どうだ最近の調子は」

 

俺は祐の部屋で二人、漫画を片手にだべりながらそう切り出した。明日は3人で水族館に行く予定の日。まぁ俺はこの後腹を壊すつもりでいるのだが。

 

「どうって、何が」

 

「決まってる、これだよ、これ」

 

そういって小指を立ててやれば、彼は途端にいぶかしげな顔をする。おっさん臭い動作でも、何度もやっていれば通じるものだ。

 

「女なんて選び放題なんだ、今のところ何人と付き合う予定なんだ」

 

もとより、世間の常識的に複数の女性と結婚することが、義務とまではないが美徳となっているこの社会。それでも少しずつ俺は念には念を入れて、祐の意識をハーレム形成に向けている。

 

勿論俺が楽しむだけではなく、社会的に良いし。なによりモテまくる祐と、彼を好きな女の子たちがなるべく最大限の幸福に成るようにしたほうが、気分も良いからだ。

結果的に祐の寿命が搾り取られて減ってしまったとしても、それはご愛嬌だろう。事実男女の平均寿命は有意差が出るほどになってるこの社会なのだから。

 

 

「いや、俺は、そういうのはまだあんまり……」

 

そうは言っているが、こいつも頭ではわかっている。男性が子孫を作らないことの社会への損失は大きいということを。それでもまだ恋愛が自分とは無縁のどこか遠い存在のように感じているようなのだ。あれだけ秋波を送られるどころか囲まれながら。

 

いや囲まれすぎて、恐怖とかのほうが上まわってしまっているのだろうか?

 

「子供を残すということまで考えなくとも、多くの女性を喜ばせてこそ、一人前の男だと思うが? 雨が降っておまえに寄り添おうとする女性たちを、皆傘に入れる位はするべきさね」

 

賢しげに俺がそう言えば、むっとしたかのように祐は返してくる。まぁ俺が散々言っているから耳にタコは出来ているだろう。今の俺が言い回しが劇っぽいのは完全に読んでいる漫画の影響だが、特に気にはしない。

 

「そういうおまえはっ!」

 

「俺に楽しみを求める人がいれば、いつでも受け入れる準備はあるぞ。傘も用意はある。が────」

 

大きく膨れた自分の腹をたたくと、ポンっと小気味の良い音が響く。勿論この体型だけが原因ではないし、祐もそれは分かっているが。

 

「男たるもの、寄りかかる女性は支えてしかるべきだ。寄りかかられる程の大樹であればな。生憎腐臭のするクシュヴィ・ラスの木みたいのは、不人気なんだ」

 

「えと……ごめん」

 

「なに、もう慣れた」

 

金髪の美少年といえる彼に対して、脂ぎったキモピザデブ眼鏡だ。性格だって優しくて社交的で親切なお人好しの祐と、皮肉屋で揚げ足取りが好きな偏屈な俺である。

 

 

「だから、せめて祐の事を好きだと言った女性には、誠意を持って返せよ?」

 

「わかってる、でも……お前をキモいとかいう女子は好きになれないよ」

 

「それならそれでいいじゃないか、俺を使って篩にかければ。その代わりそれを越えてきた娘はしっかり受け止めろよ?」

 

「……そうだね」

 

女性には選ぶ権利がある。もって帰れる荷物が一つだけならば、そこに財宝があるのに、隣にあるべたついた空き缶を拾おうとする人間はいないだろう。

財宝が100人での奪い合いになるのは、財宝にしっかりとした価値があるからで。世界に一つしかないならともかく、相対的に珍しいが数はある空き缶なんぞ、見向きもされない。

 

 

「俺の分も女性を幸せにしてくれよ? 祐にはその資格と義務がある。なにせ俺の事を好きになるかもしれない娘も、代わりにお前を好きになるだろうからな」

 

「……そうだね、自分を求めてきた娘には、きちんと答えるのが男……だもんね?」

 

「わかってるなら、いいんだ」

 

 

それは正しい事だと思うし、自然の摂理だ。男女比が先鋭化して誰かの一番に成るのが難しくなった女性たちは、2番以降でも良いから、良い男性の傍にいるという形が主流となった。妥協して結婚というのが逆に減ってしまったのである。そりゃそうだ。二号さん以降が普通で合法ならばそうする。鶏口牛後の逆である。

 

故に二桁の奥さんと愛人を持つ男性もいれば、一人二人だけと結婚してる人もいる。しかし0は相当珍しいというか、20過ぎてしまえば、それだけで地雷認定されるような感じの社会なのである。俺はもう自分の埋める穴は掘ってるぞ。

 

「でもぼ……俺は本当に不安なんだ……女の子はどうすれば、喜んでくれるんだ?」

 

「そんなの人によるだろ、華にでも聞いてみれば?」

 

悩まし気に頭を抱える祐は絵になっているが、横に俺がいると、かなり特殊な需要しか満たせなくなるだろう。

だが、俺も祐を使って多くの女性に囲まれる男性の幸せな図。というものを横で見てられるのは、まぁまぁできない経験だ。大抵の男の家庭には何かしらの不和がある事が多いし、場合によっては婚姻だけ結んでもう会わないや、子供が出来たら別の女の所に行く。なんてビジネスライクな家庭もある。

 

それだけ結婚しているというステータスが大事なのだ。

 

「そう……だね……」

 

「まぁ、もし華から告白なんてしてきたら、きちんと向き合えよ? ただ早まって華だけを愛するなんて言うなよ、それは難しいしこれから会う女性達に不誠実だ」

 

「こ!? いや、でも……うん、そうなんだよね……」

 

俺の言っていることは無茶苦茶だが、この社会ではそこまで無理筋ではない。ポリコレ的には微妙だけど頷いちゃうよねくらいの理論だ、ひでぇ社会だな。

 

でもまぁ、だから一先ずは学生中に5,6人程のハーレムを作り、社会人になれば愛人を沢山作ってもらえるように。少しずつ、こいつのマインドを変えてきている。そろそろ実践のときだからな。

 

 

 

水族館デートの少し前の日、俺はあいつの部屋でそう思った。



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小悪魔系お姉さんは強カード

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

バイトもそろそろ終わる時間。店にいるのは暇なコンビニバイトのみである。俺はこれでも高校生なので、そろそろ夜シフトの大学生と入れ替わる。駅から離れたコンビニは客も多すぎず少なすぎず楽だ。

 

「先輩、なんか今日ずっと、ニヤニヤってうざかったんすけど?」

 

同僚のこいつの絡みがだるい事を除けば文句はない。先輩なのはバイトであって、学年はタメなはずだ、よその女子校だから詳しくないが。

 

「私語は慎みましょう、竹之下さん」

 

「いいじゃないですか、どうせ客来ないし。本当なんか幸せなことありました感出てて、うざいんですけど?」

 

バックヤードに引っ込んだらともかく、客前ではしっかり敬語を使うべきだ。こういうところから信頼は積もっていくのだから。そう言っても態々訂正してやる義理はこいつにも店にもない。1回言っても聞かないならもうどうでもいい。

 

「幼馴染同士の仲が進展したんです」

 

「えぇ、何すかそれ? 幼馴染と付き合ったとかじゃないんすか。まぁ先輩じゃあ無理っすよね。アタシのイケメンの彼氏と全然違うし」

 

なにが面白いのかより笑い始める後輩を横目に、時間が来たのでバックヤードに引っ込む。こいつもあがりなので付いてくるのが、適当に話を合わせておく。

 

「料理がうまい気立ての良い娘で、俺でも食えるご飯を作るんだ」

 

「フーン、男の方はそっちもデブなんですかぁ」

 

「いや普通にイケメンだよ、それじゃあ……お疲れ」

 

男の俺は更衣室のロッカーはあるけれど、上から着てる制服を脱いでクリーニング箱に叩き込むだけなので楽である。その場で脱いでポイだ。

 

疲れるので後輩との会話はテキトーに切り上げて帰路に就く。

 

なにせ、完全に1:1の相思相愛になる前に、他のヒロインの攻略を進めてもらわねばならないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐くーん」

 

「わっ! あ、亜紗美先輩!?」

 

目の前で起こっている現象は、誰もしもが一度は思い描き、そんなものはないと無慈悲に切り捨てられる。美人でスタイルの良い先輩に、後ろからぎゅうと抱きしめられるである。

 

まぁこの狂った男女比世界ではそこまで珍しくもないのか? 隣で顔を青くしている雪之丞君は置いてく、彼は年上の女性が怖いのだ。

 

いま、祐に抱きついているのは、虎澤 亜紗美(とらさわ あさみ)先輩、通称虎先輩だ、

 

虎先輩は、いわゆる学校一の美人である。3年の成績トップで生徒会長。文武両道才色兼備である。スラっと高い背丈と、腰まで届くような黒いストレートの髪。モデル体型のお手本のような体つき。

まさに頼れるお姉さんといった風貌で、茶目っ気があり、割とギャグの沸点が低いという。完璧系女子である。名前的にこっちが正ヒロインでは? と前世さんは言ってる。ああ、竜虎か。

 

そして祐に割とガチ目に惚れている。お嬢さんだ。

 

「今度、うちの実家で親しい友人を招いた、ちょっとしたパーティーがあるんだけど」

 

「いやですよ、それ。絶対ちょっとしたじゃないやつですよね」

 

 

祐がこう言ってるのも良くわかる。

彼女は祐の親の会社の同業他社で、要するにライバルである。そして彼女はそこのトップの一人娘である。跡取りである祐を、婿入りの形で吸収するのが一番楽かつ低コストな妨害なので、彼女はちょっかいをかけ始めたのであろうが。

 

 

「ちがうわよ、私は祐君と仲良くしたいの、ダメ?」

 

「だめでは、ないですけど」

 

 

心も見事に落とされているのである。傍から見たら、ここまで計算でやってると思うかもだが……

 

「ふひぃ、せ、せ、先輩。パ、パーティーって、ステーキとか、で、出ますか?」

 

「んー……そうね、ケーキも出るし、鳥の丸焼きもあるわよ、来る?」

 

 

俺がそう声をかけても、彼女は一切動じる事も無く、むしろウェルカムという様子だ。

これである。恐ろしいことに彼女は俺にもしっかりと価値を見ている。邪険にしないではなく、プラス評価なのだ。そして祐の攻略的にかなりポイントが高いらしい。いい人だよな先輩と祐が言っているのだから。

 

俺が来れば祐も来るから、というのもあるが。俺単体で来てもつながりはできるという関係。そも男性が働いている会社というだけで社会的プラスなのだ。

前世の【女性でも活躍できる職場】よりも効果のある謳い文句である。だから俺もバイト出来ているわけだし。

 

ただ前世さんも俺も思っているのは、俺を見る目はしっかり計算してる商売人のそれだけど、祐を見るときは温度が違う。なので逆説的に本気というわけだ。

 

というか、こんな外見でも男なので、俺が彼女の会社に入れば男を雇っていることと、ライバル会社とのつながりが深い人員という何かと便利なのが手に入るというのもあるだろう。きっとそんな冷静な計算なのだろう。

 

そして、俺に優しくすることが、祐攻略の上での一番の踏み絵だということに、早々に気づいた上で接近してきた人である。事実として好感度稼いでるからなぁ。

 

つまりは、しっかり頭がまわり感情的行動だけではない女性。ということなので、ぜひとも彼女にも祐のハーレムに入って欲しい。

多少は立場的なしがらみはあるが、彼女ならどうにでもするだろう確信があるし。なにより華も多少彼女に対してライバル心のようなものはあるようだが、憧れもおおきいようだ。ケアは必要かもしれないが相性は悪くないはず。

 

「な、なぁ、ゆう、ぼ、僕行きたい」

 

「……本当にちょっとしたやつなんですよね? 亜紗美先輩? 」

 

「ええ、もちろん。私に二言はないわ」

 

3,4言はありそうだなとは思いつつ。そうして次の週末の予定は決まったのである。

今週末お料理教室だかに行く華には後でフォローを入れておくとする。

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、早速週末に彼女の家に訪れたわけだが、

 

「た、確かにこれは、ちょっとした、だな」

 

「いや、まぁそうなんだけど」

 

虎先輩の家にいたのは、彼女の友人や会社の人など、合わせて十数名ほどと彼女の両親のみで。なんでも彼女がお茶だかお花だかのコンクールで入賞したお祝いだとのことだ。

 

「ま、まぁ変な人に囲まれないのがわかったし、良しとしようぜ、祐」

 

「そ、そうだね……豪華な家だよな亜紗美先輩の所」

 

お前のところも大概だろうと脳内で突っ込む。

まぁ尤も、俺はあらかじめこのことを知っていたが────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、豚君は何の用?」

 

虎先輩は教室のドアを開けると同時に、ズバッと用件を切り出す。

放課後の教室に呼び出しをされることは、この男女比の社会でも慣れているのだとしたら……なにせ、後ろにいつも取巻きをやってる先輩もつれてるし……いや、よそう。今は関係ない。

 

「ふ、ふひひぃ、祐のことで、お、おはなしが……」

 

「別にマキしか連れて来ていないから。普通の話し方でいいわよ、豚君」

 

「あ、そうですか? では失礼して」

 

俺の変わり身を見て、取巻きセンパイが眉を動かすがどうでもいい。彼女は虎先輩の狂信者だし。

虎先輩は、俺のことを愛称として豚君と呼ぶ。蔑んだ意味でないのはニュアンスでわかるので気にしていない。俺の演技があまりにも露骨すぎて最初は豚大根だった。今は及第点なのだろうか?

 

 

「それで、何?」

 

「はい、祐のことですが」

 

「祐くんの名前だせば、私が何でも言う事を聞くと思ってもらっちゃ困るんだけど?」

 

そんな事は考えていない。この人はシンプルにそれだけで釣れるタイプではない。だからこそ理と必要性を示せば動いてくれる分楽である。

俺が生理的に無理だから話聞かない人も、学校にたくさんいるし。

 

「華ちゃんとたぶん付き合い始めました」

 

「はぁ!? え!? ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

本人は勿論、横の取巻きセンパイも含めて、完全に驚いて固まっている表情。珍しいその顔を見れて喜びはあるが、それは置いておいて話を進める。あんまり長居はできないし。

 

「ただ恋人になっただけなので、独占婚とかではないです……でもあんまり時間はないから、早めに動くべきです、はい」

 

「ま、まだ間に合うのよね」

 

「恐らくは。そのように祐の意識は誘導してきましたし」

 

正直言うと、何もなければ生涯二人だけでくっつきそうだった。しかし事実としてこの世界の男は、複数人の女と付き合うのが良いという感覚と価値観があり。なんなら同調圧力もある。俺もそれは散々吹き込んできた。だから、まだ可能性は十分以上余裕ある。

 

「しっかりとしたデートはまだできてないし、二人も俺に気を使って表に出さないようにしてるので」

 

「そう、それじゃあ……そうね……」

 

 

そうして、彼女の計画が話される。作戦立案まで向こうでやってくれるとだいぶ楽だ。こっちはとにかく祐の意識を複数の女性に向ける事を意識し続けているだけでも、結構忙しいから。

 

 

「というわけで、パーティーを開くわ。詳細の連絡は、マキを使って頂戴」

 

 

一通り説明が終わった後に、虎先輩から人身御供として取巻きセンパイもとい、鳥槇(とりまき)マキ先輩が差し出された。

うわぁって顔してるな。ただ、別に俺の連絡先だから嫌がるってタイプの人でもない……いやあるか?

 

でも、こうするのは虎先輩に対するアピールだろう、それだけのことをやってますよという。虎先輩と直接連絡しないのは、単純に証拠を残さないためだろうか? 家族以外で連絡する男を作りたくないのか? まぁどうでもいいか。

 

にしても、本当に嫌そうな顔をしている、鳥槇マキ先輩。

 

「必要ないこと送って来ないでよねっ!」

 

「勿論、暇でないので」

 

「……ふんっ!」

 

こうして、今回のパーティーの計画が決まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────を祝して、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

「亜紗美ちゃんおめでとー」

 

当然のように女性がたくさんいる会場。虎先輩の実家はかなり大きい。リビングダイニングで多分四十畳以上ある。ちょっとしたパーティーというだけあって、立食式じゃなく、普通にお誕生日席に先輩が座り、友人や家族で囲う形である。会社の人もプライベートで付き合いがある仲の良い人なのだろう。

 

隅っこに俺と祐を置いているあたり、さすがは虎先輩わかっていると思う。

なにせここで祐を隣に座らせては周囲や、何より祐本人からの反発を招くし。祐自身も俺を横におかないと、変な所引っ込み思案だから嫌がる。

 

つまりこのパーティーの席順自体には狙いが全くないということである。

 

ニコニコで笑顔をうかべているが、少しだけ虎先輩が固い表情に見えるのは、彼女の計画を知っているからだろうか?

 

お呼ばれしたお礼も兼ねての花を渡したりと、めちゃくちゃ美味しい食事を普通に頂戴している。

虎先輩のご両親や会社の人は、流石に大人だからか俺の外見と話し方に表情一つ変えずに柔らかい笑顔を浮かべているなぁと関心していると、後ろを通った取り巻き先輩から椅子を小突かれる。

 

ふと携帯を取り出すと指示が送られてきている。スパイ映画かなと思いながらも、素直に従うことにする。今回の俺は完全にスタッフ1というわけだ。

 

「祐、トイレ行こうぜ。一人だと心細い」

 

「え、ああ、そうだな」

 

連れションの時間である。割と男子同士の連れションはメジャーな文化である、社会の違いであろうか。というわけで、お手洗いへと長い廊下を抜けて到着するが、いくら広いといっても個人宅なので、小便器が並んでいるわけもなく個室が一つだ。

 

「んじゃ、お先」

 

「うん、わかった」

 

そう、俺はリビングから一人で祐を警戒させずに外に出すというお仕事である、簡単すぎてあくびが出る。まぁ此処は彼女のホームなわけで、此処まで連れてきてかつ、隙を作れれば充分であろう。

絶対俺が居なくてもなんとかなったが、居たほうが楽だから使ったのだろうか? いやむしろ俺を共犯に抱き込んで、将来的なサポートをするように暗に求めている?

 

「(ちょっといいかしら?)」

 

「(亜紗美先輩?)」

 

そんな事を考えていると、外で待っている祐が先輩に連れ出されていく気配を感じる。

ミッションコンプリート!

というわけだが、あまりにも簡単すぎたのでいつも祐達との連絡につかっているトークアプリのボイチャをオンにしておいてある。

 

とは言っても全部は聞く気はない。後は二人次第であるからな。

 

 

「どう? これが私の部屋」

 

「すごい……」

 

私室!? それになんか布が擦れる音とかし始めたし、これはやばいかもしれない……いや流石に主役が長時間の不在はないか……?

 

「ねぇ? 祐くん。私も言いたいことがあるんだけど……」

 

「せん、ぱい?」

 

 

しかし、これで二人目は確保かな。と確信して。祐の肯定の返事を確認したところで通話を切るのであった。証拠隠滅だ。

 

 

さて、ここからは忙しくなるぞ。気合を入れるべくトイレの水を流して俺はリビングに戻るのだった。

 

美味しいケーキが俺を待っているからな。

 

 



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~振り払っても君がいる~

「あ、あの私と付き合ってください」

 

 

懐かしい中学の教室、放課後一人で自習をしていた俺に話しかけてきたのは、クラスの女子。まぁまぁ上位カーストにいるはずの彼女が、突然何の用事と思えば、いきなり告白してくる。

 

まず俺はドアを見る、隠れて見ている人はいなさそうで、しっかりと閉じている。窓の方もベランダに誰かがいる感じもしない。

 

「何にな、何に?」

 

「その、デートに……だよ?」

 

かなり直球だ、これで荷物持ちや先生の雑用という線も消えた。勿論冗談めかして言っている可能性もあるであろうが……であるのならば。

 

「誰と一緒に?」

 

「も、勿論、ふ、二人で行きたいなっ!」

 

言葉の通りデート、つまり男女の逢引に誘われていることを確認した。言い間違いや勘違いをさせようとする可能性は更に低くなった。となるとこれで考えられるのは。

 

「どこでツーショット取ればいい?」

 

「え? いや、そうじゃ、えっと。そうじゃなくてね?」

 

指定された場所でのツーショットを送るのが証拠ではないのか。ならばなんだ?どこかに行った写真そのものとかか?

 

「祐のことでなにか聞きたいなら、この場で聞きなよ」

 

それかもしくは情報が目的だろう。そう結論付けてみれば、目の前の彼女は、顔を引きつらせて、首を横に振っている。

 

「ゆ、ゆうくんじゃないし、君にその、話があるんだっ!」

 

「……わかった」

 

罰ゲームで告白して来いの線は否定しきれない、一定期間キープするのか? それほど重いものを仕掛けるような上下関係のあるグループに所属してたり立ち位置ではなかったはず。カーストの変動を見逃していたとしても急すぎる。

 

「それじゃあ、この後、時間ある?」

 

「……多少なら問題はない」

 

速急な誘いである。それでいて祐の情報欲しさでもない。となれば、あと可能性は────

そう考えながらも、俺は彼女についていき教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ですから、ぜひ我々のグループにご提供いただければ!」

 

「……いえ、自分は正式な国の認可のある組織に卸していますので」

 

 

やはり、勧誘系か。

 

誘導されるがままに入ったファミレスで、4人掛けの席に通されて。クラスメイトの彼女は目の前ではなく、少し横にずれて座ったあと。どこかにメッセージを送ると少しして目の前に見知らぬ女性が座った。

 

そして始まった、いつものような勧誘話である。

独創性はないしつまらない。目の前の彼女も、つまらなさそうにスマホをいじっている。お友達を名乗っていたので、親ではないのだろう。社会的なつながりか、親の影響によるものか。可哀想だが、同情はしない。

 

どこの世界も変わんねーなぁこの手のは。と前世さんが言ってるのに頷きつつ。いい加減飽きてきたので席を立つ。

 

「興味深いお話でしたが、自分には結構です」

 

「あ、ちょっと、お待ちください」

 

まぁ宗教じゃなくて、自称NGOの活動協力だったのが意外だったけど。

そもそも告白してきたクラスメイトは名前も名乗らなかったし、いや普通告白とかデートする段階なら双方の名前を知っているのか。俺の記憶にも一応名簿上の名前はあるが、お互い呼びあったことはあっただろうか?

 

特に罰ゲーム告白やらの知見に関して、アップデートはできないまま、ファミレスを後にする。

 

まぁ馬鹿にするためやってきた奴らを、エスカレート防止の為に報復するのは手間だったし何度もやりたくないから、そういう意味では楽なものだったな。

 

 

そんな風に思いながらおやつ代が浮いた喜びを噛み締めて帰ったはずだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと昔の記憶だ。

 

 

【邪魔】

【消えて】

【祐くんに近づかないで】

【学校に来ないで】

【気持ち悪い】

 

 

【捨て子のくせに】

 

全く痛くも痒くもない言葉をかけられている俺。

 

この頃は平均より少しだけ背は高めだったが、流石に年齢的に周りの女子のほうが背が高いのが普通だった。小学校低学年のころから、祐は人気者で。隣のクラスの子も見に来ていたくらいだったなぁ。

 

男子同士だから、何をするのも一緒だった。いつも年上の児童につかまってた雪之丞君は除いて、男子は2人だけだったし、ずっと一緒に遊んでいた。時折華が混ざって三人になっていったけれども。

 

だから華以外の女の子には、いつものようにそう言われ続けた。

今よりももっと内向的だった祐は、そんな俺を時折心配そうに見るだけだったが、仕方ないだろう。このくらいの年ならば大きい女の子たちは怖いだろう。

 

まぁガキの戯言っていっても、うざいもんはうざいよね。

 

前世さんが言う通りだけど、俺が彼女たちの前に立って、祐が俺のでかい体の後ろに隠れるのがもう定位置になっていた。

 

体育の時間で祐が大活躍をして俺がドベを走れば歓声が上がり、毎日おうちで遊びましょと声をかけられる祐の腕を引っ張って、女子を振り切り祐の家まで送り届けたり、華の家に連れて行った。まるで保護者だなぁと思いはするが、正直可愛い弟のように見ていたところは否定できない。

 

社長令息としての勉強や習い事、華もお稽古などのない日。そんな時間があう日は夕方まで遊んで、俺は家に帰った。楽しい思い出だ。

 

 

「ただいま」

 

挨拶は帰ってこない。オートロックのマンションだが誰もいない家。前世さんが「ろこつすぎー」と言ってるけど、こういう世界なのだ。男の子一人で道を歩くのは割りと推奨されてなくて、ボランティアの保護者が立っているけれども。家に帰ればまぁ問題ない判断なのだろう。

 

朝登校前に出したゴミは消えて、部屋はきれいになっているし、料理も作り置きがある。大量の作り置きで、明日の昼までに余ったら破棄されるだろう。

 

この世界の児童福祉はゆがんでいる。男子を育てられない家は殆どない。田舎なんかの男児信仰は今でもかなりある。そういう社会だ。

 

しかし、男子を政府に譲り渡すと報奨金が出る。政府の高度な教育プログラムを受けて育成して社会に奉仕する、社会を持続させるべき活動のできる人材を育てる。そんな耳障りのよいものが推進されているのだ。体の良い児童売買だ、反吐が出る。

 

だが、俺はまさにその口なのだ。僅かな金に目がくらんだのか。それとも望まないタイミングかなにかの出産だったのか。それとも別の理由なのか。今となってはわからないし知りたいとも思えない。

なにせ、男性が複数の結婚を求められるのと同時に、女性もある程度の年齢までに出産を求められる。相手が居ないなら精子バンクからでも良いから産めという前世のいろいろな団体に中指を立てて唾を吐く所業だ。心当たりが多すぎる。

 

話を戻そう、そうして政府に渡された彼らは、種馬となるべく教育を受ける。

 

対外的には、社会の奉仕者たるべく健全な教育を施される機関と謳っているけれども。実態は足りなすぎる男を補うためのそれであり、もっと酷い事に、若い男が欲しい上級様向けのファクトリーである。

 

各地にある全寮制のそれは、幼少期から刷り込みというか、洗脳そのものを施す。精通を迎えるか、ひどい時はその前に【出荷】されるという仕組みだ。

救えないことに、この制度のおかげで人口が維持されているのも事実だ。年間万単位で生まれる孤児の内1割、仮に1000人が此処に入り、精力の全盛期を全てそういった行為に当てれば毎日一人を義務として、着床出産まで2割としても年間7万人だ。1%が望まれない子で種馬教育を受ければサイクルとして充分以上に成立する。

 

男女比が歪んだ世界で、倫理観も科学も発達は当然歪むわけだ。

 

俺はその教育、もとい洗脳が効かなかったのだ。種馬でも容姿がそこまででなければバンクの方にまわるが、そこにすらいかなかった数少ない例外の俺は、里親制度みたいな形で、ここで暮らしている。書類上の保護者とはあったこともない。

 

俺がここに生かされているのは、単純に男であるからで、そしてここにいるのは都合がよくないからだ。勝手に生きてどこかで子供を作れば良し。種馬教育に関しても正直どこの国でも似たりよったりで割りと暗黙の了解みたいなところがある。告発なんかは無意味だ、人類の危機だからな。

 

なので、俺は今日も3人分用意されている飯を一人で食う。この家は書類上3人ぐらしだから。

 

定期的に国の後見人だかが様子を見に来るが、小学校の入学式に来て以来見てはない。

まぁ俺が自活能力を示しすぎたからだ。

 

これで知性も天才だったら、別の道もあったのになぁ。

前世さんが申し訳なさそうにそう言う。

 

種馬教育がうまく行かなくとも、天才早熟の少年だったから、俺は国に預けられながらもただの種馬にならなかった。

しかし、色々テストの結果、勉学自体は優秀だが規格外ではなかったために、宙ぶらりんな対応になった。

 

まぁ今さらだ、プリントに書かれた自分の名前を見て、忌々し気に丸める。

こんな社会に生まれて一度目をつけられた時点で、政府としては種馬にして、必要に応じて管理されるだけなのだろう。

洗脳が効かず、本物の天才でもなかった俺は、幸運だった。友達ができて、普通に学校に通える。あの場所に居た男の子達の表情は今でも時折夢に出るほどだから。

 

そんな、俺の名前は

 

出部谷(でぶたに) 十三(じゅうぞう) 

 

苗字は知らないが、その年のその支部で13人目の預けられた子供だったからだろう。あの教育の果に必要に応じて源氏名がつくらしいが、その時にまともな名前になるのだ。だからこんな名前である。クソみたいな名前だ。ブタ呼ばわりのが感情がこもっててましだと思えるほどに。

 

まったくもって腹立たしいが、男女比が歪んだ世界で、男女平等が真に成立し得る訳がないだろうに。

 

そんな歪んだ世界であるのはわかっているけれども。

食事を無駄にしないために、俺は時間をかけてゆっくりと食事を続ける。全部しっかり食べ終わるまで。

どうせ宿題以外やることがない子供なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、ちょっといいですか?」

 

そろそろバイトも終わろうという時間。この時間のコンビニは空いているのもあり、隣でレジを打っている奴が声をかけてくる。

 

「……なんですか、竹之下さん」

 

今は勤務中で、周りにお客様がいないかを確認して答える。

ちらっと一度胸元を確認する。名札に書いてある名前を見るためだ。一応は知っているけども、正直フルネームは、シフト票にあったが漢字が読めなかったから曖昧だ。

 

「今週末空いてますかぁ?」

 

にやにやと笑いながら聞いてくるのを無視して考える。土曜日はもとよりバイトで、日曜日は午前中なら空いているか。予定はしっかり管理しないと、必要な時に動けないので今週くらいはすぐ出てくる。

 

「日曜の午前中は空いていますね」

 

「へー、そうですかぁ……じゃあー?」

 

口角を上げながら、ニヤニヤと笑みをうかべてこっちを見てくるのがうざったいが、ここでドアが開き客が入ってくる。

すぐに向き直っていらっしゃいませーといえば。そのままレジに来た客に煙草を売り渡して、ありがとうございました~と帰っていったのを見送ってから。

 

「それで、シフト変わって欲しいのですか?」

 

そう言ってやれば、後輩はにやにや浮かべていた笑みを消して、つまらなそうに口を開く。

 

「なんだぁ、先輩舞い上がってどこ行く? とか聞いてきたらからかおうと思っていたんですけどぉ」

 

「慣れていますから、竹之下さん。それと裏以外では語尾はしっかり発声して下さい」

 

「はいはい、わかりましたぁ。あと、シフト日曜なら別にいいです。代わらなくて」

 

「そうですか」

 

 

時々こうして、面倒な絡みをするのが本当に面倒だ。しかし間もなく終わるなと、壁の時計を見ていると、珍しい客が入ってくる。

 

 

「やぁ、もうあがりだよね?」

 

「祐? どうした……どうなさいました?」

 

外の駐車場に泊まった黒いごつい車から降りてきたのは祐だった。なんでも用事で近くまで来ていたので。ついでに拾っていこうかと思って来てくれたのである。正直微妙に距離が有るのでありがたい。自転車通勤が禁止なのが面倒なのである。

最もこの社会でも俺が一人で出歩いてなんらかの問題があるわけでは、正直ないのだが。

 

「それじゃあ、車でまってるよ」

 

「おう、後10分待っててくれ」

 

そう言ってレジ横のガムを買って戻っていく。俺も引き継ぎを適当に済ませてぱぱっと着替えて祐の車へと向かうことにする。

 

「それじゃ、おつかれ」

 

「え、あ、お、お疲れ様です?」

 

なにやらぼーっとしている竹之下を横目に。

 

 

 

 

 

「え、なにあれ、本物のイケメン?……実在したんだ……」





親友枠くんの名前がやっと出ました。
出部谷君です。デブかブタで悩み両方になりました。
作者はぶたくんって呼んでます。


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双子は対となり攻防にて最強

「おーい、祐来週のことなんだが……あー悪い、邪魔した」

 

 

掃除当番のごみ捨てから帰る途中、屋上横の階段の踊り場にいるのを見かけたので、声をかけながら登って近づくと、なんか慌てたように服を直している祐と虎先輩と華が降りてきた。

 

屋上に続く階段の踊り場、締め切られて通行止めの屋上。男1人に女2人。放課後。人気の少なくなりつつある校舎。

 

導き出される結論は一つだろう。やりおるな、こいつ。

 

「な、何のことかな?」

 

「あーいや、何でもないし、いいからそういうの。また夜にチャットで送るわ、いやほんと、悪いな」

 

「な、なんでもないからね! ぶー君!」

 

「そうよ、豚君。なにもないの、良いわね?」

 

女性陣にはなるべく視線を向けないように、真っ直ぐ祐の顔を注視する。横目で視界に入る分でも充分だ。露出もないしまぁ見たところキスか、上限でもドライハンプ程度かな? 情報収集はやり過ぎると悪趣味である。

 

「おう、それじゃあ掃除に戻る」

 

久々に華に昔の呼び方で呼ばれたのをなんだか懐かしさと嬉しさを感じながら俺は踵を返す。

 

すでに祐は2人の恋人関係? というか婚約かその予約か。ともかく一緒になったわけだ。しかし、これは前世の漫画でいうところの、両想い確定だけど恋人じゃないみたいな状態だ。この社会、男女ともに12歳で婚姻できるままなんだ……そして結婚していることが実質恋人みたいな感覚で、同性の先輩とかは普通に結婚してたし、何なら育休取っていた伝説の先輩も居た。

 

閑話休題、ともかく祐が婚姻を正式に結び始める前の、この期間の間にもう少し人数を稼いでおきたい。まぁあいつは卒業のタイミングにするとは思うけど。

 

なにせ社会的な地位という意味では、5人ぐらい奥さんがいると、かなりしっかりした男性なんだなというバイアスがかかるからだ。前世さんからすると、いろいろな団体が切れそうな世界だな。なのだが、一夫一妻というか【番い】というのが動物の生態用の単語のこの世界の感覚からすると、割と納得だ。

 

 

 

そして、すでに考えている候補はいる。

 

 

「龍瀧先輩、おはようございます」

 

「ああ、うん。おはよう」

 

高校2年になった以上後輩が出来るわけで、朝にあいさつされるというのは、そんなに珍しくないだろう。体育会系の部活なら先輩を見たらとりあえず挨拶とかもあるだろうし。

 

今祐に挨拶を返された後輩女子二人組は、きゃいきゃいと喜んでいる。微笑ましい光景だ。

しかし残念ながら彼女達は祐の好意を判定するテーブルに於いて、すでに一枚落とされてしまうのである。

 

「ふ、ふひぃい、縮尺がち、違いすぎて、み、見えなかったかなぁ?」

 

「……さぁね」

 

そう言って彼女たちをかばいつつも、俺は祐が内心どう思ってるまでは知らない。けれどあまり良く思ってないのだけは知ってる。

なにせこれでも10年友達をやっているから。だから茶化してまで実際に気にしてないので、平気とアピールするのだ。

 

横を歩いてる俺に挨拶しない正当な理由として、俺の名前がわからないということが挙げられるが、それならば分けてただ先輩と挨拶だけすればいいし、そうでなければ挨拶そのものをしなければいいという。

まぁこのくらいはなんも感じない。というか気にするようなら多分この歳まで生きる程人生に希望を見出していないだろう。

 

 

「おはようございます」

 

「お、おはようござい、ます」

 

「あ、祐君にぶー君も。おはよう」

 

日直の為早く家を出ていた華にあいさつして席に向かう。俺には検討すべき後輩がいるからである。

まとめてハーレムの人数が増やせそうで、なおかつ祐からの好感度も高く、言うまでもなく相手からも秋波が来ているという、良い条件の二人がいるのだ。

 

「祐せんぱーい、おはようございまーす!」

 

「お、おじゃまします」

 

元気な娘とおとなしい娘と対照的な下級生が挨拶をしながら2年の教室に入ってくる。まだ朝であるのにだ、しかもこの子達要件は特に無く、祐に会いに来ているだけである。

 

そんな相反する属性を持った双子姉妹。鯉田(こいた) 詩子&文子(うたこ ふみこ)だ。二人とも今年入学したばかりの後輩にあたるが、付き合いは割と長い。

 

なんでも去年の夏に祐が道を歩いていたら、ぶつかったぶつかってないで、姉の詩子が通行人とトラブルになっていたのを解決して、妹の文子は数日後に荷物を抱えて日陰で座り込んでいるところを介抱したそうだ。

 

そして夏休みにあった高校説明会で手伝いに参加していた祐と再会して……という流れだ。

 

うむ、なんという偶然。若い彼女たちが運命を感じるのも仕方がないであろう。詩子という文系っぽい名前なのに、活発でスポーツ大好き日焼けが似合うタイプの姉と。名前の通り少し猫背で内向的なたまに毒を吐く妹。これもまた王道である。

 

姉妹の両方、ないし全員と結婚するということは珍しくない。今なら妹もついてくる感覚でくっついたご家庭もあれば、最初から両方と仲良くなってというのまで。あっ、また雪之丞君がトラウマ再発してうずくまっている。今度は姉妹でアウトのようだ。彼には本当に強く生きて欲しい……このクラスでの一番の禁句は彼をパパ、お父さんなどの意味で呼ぶことである。

 

さて、鯉田姉妹は、単純に昔馴染みな華、利用価値を見てた先輩と違ってはいるが、俺に対して興味があるという様子で。最初からきもがったり邪険に扱ったり、遠ざけようとしなかった。

 

まず祐の何かしらのイベントで仲を深めた女性は、再会すると積極的にアプローチに来る。これはいつもどおりだ。そして魅力にあふれた祐を見て、横になんか異物がある、キモ、死ね、邪魔、捨てろ、いらない、となるらしいのだ。俺に比べればステーキにつくパセリの方が人気がある。

まあ落差がひどさを際立たせるから、仕方がない。

 

しかしこの双子に関しては、先に祐と接点がしっかりできていて。祐の人となり、優しくて頼りになるというのを把握していた。

 

だから横にいる俺も、こんなきもい人でも横に置いてるなんて、祐先輩は優しいんだな。と加点要素になった様子なのだ。

 

自分で言ってて悲しくならないかって?

この程度でなってたら、とうの昔に心が死んでる。

 

彼女たちは、虎先輩や華の家のような何かしらのバックグラウンドも都合もない、きわめて普通の家庭の生まれだ。逆に言うと何ら考慮や心配の必要がないのである。

先にも言ったが、男が少ない以上年の近い姉妹で同じ相手とくっつくのは珍しくもない。

 

あと一般家庭からの人も奥さんにいる社長というのも評価ポイントに、なったりするかもしれない。

無理やり例えるのならば、人気男性アイドルが、長年苦楽をともにした年上のマネージャーと結婚した場合と、若いアイドルと結婚した場合の、ファンの女性の反応の差みたいなタイプの感想だろうか。

 

 

鯉田姉妹に関しての俺の見立てでは、姉は祐への好意をそこまで明確に自覚してない、というよりもラブとライクの差がわかっていないタイプ。

逆に内気な妹は、姉やら周囲────主に華と虎先輩────に遠慮しているが、しっかりとハートの矢印が向いている。という感じだ。

 

 

 

 

ここはシンプルな方法で行けるだろう。

 

 

 

 

 

 

「で何の用ですか先輩? うた達も暇じゃないんですけど」

「お、お姉ちゃん」

 

「いや、気にして、ない、ふ、フッヒィ」

 

というわけで早速放課後教室に呼び出しました。

こんな強気元気っ娘みたいな詩子だが、先輩って、好きな人いるのかな? とか、先輩ってどんな女の子が好きなのかな? から始まり、好きな食べ物、色など。諸々を隙を見て聞いてきている。そういう娘である。あとご覧の通り一人称名前系女子だ、まぁ双子のお約束である。

 

体のいい情報屋という扱いをしているのは別にきにしていない。ツンデレとは違うが、まぁその姿勢は嫌いじゃない。

妹の文子もそれを止めることなく、何かあれば追加で質問してきてる、ある意味最も強かな奴である。これも嫌いじゃない。

 

双子は普段のパワーバランスが局面でひっくり返ってこそである。

 

まあ二人から見た俺は、好きな先輩の親友でしかなく、それで十分なのでどうでもいいか。

 

「ゆ、祐が、最近華と虎先輩と、いいい感じなの、し、知ってるか?」

 

こいつらは、祐の名前さえ出せば素直にいう事を聞いてくれるのは大変楽で助かる。虎先輩は警戒して端から効かないし、華はそも自分で自然に裏取りする。

 

胡乱な目を隠していなかった姉も、おどおどと出口を気にしながらこちらを見ていた妹も、俺の言葉に眉根を下げる。しっかり把握はしていた様子で、そしてその反応が全てを物語っている。

 

「なに、うた達がオジャマ虫ってこと?」

「そんな、ひどいです……」

 

「い、いや、そ、そうじゃ、ないんだ。ふ、フヒォ」

 

 

態度が強気な娘は、内心が不安でいっぱいだって、それ一番言われているというやつである。

ここで怒って帰るのなら、そもそも俺のお節介などいらないわけで。口でそうは言いつつ、じゃあどうすればいいのだと。聞きたそうにこっちを見ている時点で、お客さんである。

 

「い、いや、で、でもまだ、祐は、け、結婚しているわけ、じゃ、ない、んだ……うん、ふ、フヒヒ」

 

「そうなの?」

「本当ですか?」

 

 

縋るように、希望を見てしまった目。間に合わないだろう、届かないだろうと思っても、光が差す出口があればそこに駆け込む。

希望というのは、諦める損切るという選択肢を潰してしまう。デメリットでもあるのだ。サンクコスト効果……とは少し違うか。

 

「そ、卒業までは、あ、あ、あまり積極的に、そ、そ、いうのには、って、あいつ、い、いつも、言ってるし、実際まだの、はず」

 

二人きりのお出かけなどは、殆どないことも伝えると、ほっとしたような表情になる。もう態度を隠す気が消えたと判断して、本題を、大きな餌を用意する。

 

「こ、これを、渡しておく、ふ、ふひぃ!」

 

 

後ろの机の上にクリアファイルに入れてしまっていた物をそのまま差し出す。なんてことはない、完璧な状況分析によるものだ。

 

「スイーツバイキング……」

「三名様チケット?」

 

結局は心地よい後輩という立場と、恩を受けたから懐いているという特権だけでは、永遠に進展しない。最低限自身で踏み出して、チャンスをつかんでモノにしなければいけない。

だから俺が出来るのは状況のセッティングまでだ。

 

「き、期限は、週末まで。あ、あいつの日曜の午後は、ぼ、ぼくと遊ぶ約束、が、あるけど、ば、バイトがきゅ、急に入る、かも、知れない?」

 

 

そう、予定をしっかりと確保しておくのは基本だ。場所も口実もね。

実は甘いものが好物でいつかは行ってみたいが、女性ばっかの場所で怖くていけないと嘆く祐を同伴で連れていくつもりが、バイトが入ったので代役用意しました作戦だ。

 

 

「それって、で、でーと!?」

「祐先輩とデート…」

 

今更デート程度でギャーギャーいう小娘には多少うんざりしつつも、意図は伝わったようだ。

 

「の、のぞむなら、明日の夜に、ば、バイト、の件を伝えて、だ、代役を用意したと、言うが?」

 

さぁ、どうするか。まぁ答えは決まってるか。詩子は悩んでいるがこれは恥じらいによるものだ。そして文子はチケットに落としていた視線をこちらに向けると、おう、腹をくくったようだ。

 

「お姉ちゃん。ふみは行きたい」

「……うん、うたも行く!」

 

「よし、契約成立だな。んじゃ覚悟だけ決めておけよ。これが最後のチャンスだろうからな」

 

そう言いながら、俺は役目を終えたと確信して、教室を後にする。今回に関してはもうここでミッションコンプリートだ。恋人の数は0から1と1から2の時が最も抵抗が大きい、しかしそれ以降は一気にガバくなる。高校1年の頃、祐に将来何人くらいと結婚するか聞いても、わからないと返ってきたが。いろんな方面から聞いてみると悩むのは1か3以上の2択で2という回答は殆どなかったのだ。なので一定ラインの好感度がある娘が押せばOKであろう。

 

まぁバイトもシフトを今回変わって欲しいと言ってたのは事実だ。歯医者だか、彼氏に会いたいとか言ってたか。

 

「ま、待ってください」

「先輩、喋り方が……」

 

「なに? 」

 

妹の文子が立ち去る俺を呼び止める。これは想定外だ。罠か何かかと疑ったのか。

 

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

「そ、そうよ。先輩にメリットないじゃん。これ」

 

しかし、メリットか。いろいろあるが、どれを伝えるのが良いか。

怪しまれない程度に吟味して、良さげのを告げる。

 

「祐は俺の親友だからなぁ。あいつの為だ」

 

「親友だから……」

「祐先輩の為……」

 

微妙に納得してなさそうが、これも本音だ。3,4割くらいの理由だ。1割は暇つぶしで4割が俺の疑似恋愛みたいなもので、残りはあてつけだ。

 

「俺がモテない分、あいつはもてるからな」

 

「あっ…」

「ご、ごめんなさい」

 

こういえば、素では優しい姉妹は引き下がるしかない。最初のころは散々出汁に使われた身である。あくまであいつの周りの女性が変なことをしないようにいろいろやってます感を出しておけばいいのだ。実態はそう変わらない。

 

「じゃあ明日バイト帰りに、偶然会った体で祐にははなすから、口裏あわせといてくれよ」

 

それだけ言って俺は立ち去る。二人共祐の情報を聞きたいがために交換したから、一応連絡先は知ってるので問題ない。距離が縮まりわざわざ卑屈な豚のロールをしなくても済むので文章も今後はもっと楽だ。

 

 

 

 

さて、実際にバイト代わってやって仕事終わりで帰る途中。姉の方からスタンプと共に、祐の両腕にとって、両手に花状態で自撮り写真を撮ったのか、仲いい中高生カップルみたいな写真が送られてきて、俺は計画の成功を確信したのだった。

 

文子の方なんか見たことないくらい女の目だし、姉の詩子は逆に恥じらいが残っているのが面白いな。

 

なんて冷静に観察しながら。前世さんはせめてうらやましがるなら態度に出せと言ってるが、いやでも二人とも胸ないじゃんと思えば、確かにと返ってくる。

 

双子姉妹は、栄養を分け合ったのか、二人とも全体的に小柄だった。

中高生カップルというか、兄にじゃれつく妹たちだよなと、改めて思うのだった。

 

そうすると、前世さんは何も言ってこなかった。



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女教師は環境によっては禁止

「はい、今週分ありがとうございます、来週もお願いしますね、本当にっ!」

 

「わかってます、ただそれならサボらず時間通り来てください」

 

「……おじゃましましたー」

 

「おい」

 

バタンとドアが締まるのを見送る。今週のおつとめの終了である。バイトのことではなく国の推進する大きなプロジェクトのだ。

まぁ偉そうな言い方だが、出したものを専用のキットに入れて週ごとに回収するだけである。

 

担当の回収に来た駄場さんという女性(そろそろアラサーと呼べなくなる年のはず)は下請けの民間の人だ。

精子の提供をお願いしますと営業で男の所をまわる仕事なのだが、男子中学生、今は高校生だが俺の評価値が高くて、ノルマの大部分になるのでサボりをしてる人でもある。

 

まぁ男性の個人情報を国が下請けに平気でポイしているとか、そういうのはいまさらどうでもいい。部屋の換気をしてより重要度の高い案件、祐のハーレムについて検討するべきだ。

 

 

現在鯉田姉妹ともいい感じになった祐は4股……と言うと聞こえが悪いので4人と交際している。いや変わらんな。現在もう一人条件に合いそうな人がいる。しかし、少々難しい立ち位置でもあるのだ。

 

なんか双方の会社巻き込んだ話をどんどん勧めて最近忙しい虎先輩とかも居るけど、彼女はそれとはまた違う形で、立場があるのだ。

 

 

 

結局、その後も考えてベッドで寝落ちして一晩経ってしまった。寝不足である。まぁ割りと体の若さでどうにかしてるが、デブ故に消耗が激しいのである。

 

 

「おい、出部谷! もうすこし真面目にできないのか!?」

 

その結果ただでさえ苦手な、翌日の体育は、散々な結果になっております。仕方ないですね。

 

「もう少しやる気出せよ、いくら男でぬるいとはいえ、授業なんだからな」

 

「う、うす、すみません」

 

 

男女比がバグっており、男性の多くは自宅学習なんて手段もあるこの社会で、共学校の男子の体育の授業は、少人数レッスンだ。

それでも年代によっては男子が2人しか居ないとかもあるので、俺含め4人いるうちのクラスはまだましな方だ。

 

ストレッチや走り込み、護身術などが中心で、チームスポーツなんかはほとんどない。まぁ前世さんも私立なら、体育自体が選択授業でダンスとかウェイトトレーニングとかに細分化してる欧米のカリキュラムを導入してるとこもあったって言ってる。

そんなものとは思う。というかなんでそんな事知ってるのに因数分解できなかったんだろう?

 

そして、今注意してきたのは、どう考えてもさぼりというか閑職扱いの男子体育の担当教師だ。まぁ彼女の本業は部活の顧問(女子柔道部)だから別にいいのだろう。

 

俺はデブで動けないタイプ。運動そのものが嫌いだから目をつけられているが、さぼりをせずに参加はしてるので、お小言程度で済む。

この先生は男子の運動音痴になんて興味ないし、良いのだろう。

 

適当にやり過ごして教室で早く休むべく廊下の端をダラダラ進んでいると、正面から見ていたのか別の先生が声をかけてくる。

 

 

「む、お前また吉谷先生から注意されたのか」

 

「あ、はい。そうです。はい山上先生」

 

 

運の悪いことに、女子体育の教師につかまってしまった。若手なのに生活指導も担当しており、年中ジャージを着ているという、テンプレな体育教師だ。

いわゆるできない奴ほどしっかり見るタイプで、管轄でもないのに俺が太りすぎだと注意してくる。

 

「だいたいなんだ、その腹は。もっと痩せろ運動して、間食を控えるようにと毎回言ってるではないかっ! というよりも顔色からしてまた夜更かしをしたな?」

 

「は、はい、すみません……」

 

「体型に関しては長期的に直せばいいが、最低限睡眠は取るようにと前に言ったな? 私は」

 

「はい、すみません」

 

頭を下げつつ顔を合わせないようにする。俯いて、山上先生の足元を見ているこっちの視界にも映り込む無駄にでけぇ乳に視線が行ってることがばれると、余計に面倒だからである。ジャージの前が開いてるのは閉まらないのではないかと俺の中でもっぱら噂だ。

 

山上先生は無駄に勘が鋭い。こっちのでかい腹を注意できるほどお前も細くないだろうという、俺の気持ちがこもった眼を見抜かれるリスクがあるからでもある。

 

本当なら適当に相手して、無視するなりすればいいのだが、

こいつは、祐の嫁候補の現状最後の一人とかなり仲が良いので、俺の悪評が伝わるのは避けたいのだ。

 

「お前は何時も、龍瀧と比較されて馬鹿にされてるんだぞ、男なら見返したいと思わないのか?」

 

「はい、すみません」

 

これに関してはむしろ、成績もそれなり以上でスポーツも抜群な祐がおかしいだけである。とも取れるが、実際の身体能力としてみれば、俺たちが一切釣り合ってないのは純然たる事実なので、悔しくもなく正当な評価だと思う。

ちなみに、この世界男女の筋力差はあんまりというかほぼない。個体差の方が大きい感覚だ。たぶん遺伝の過程でそうなったんじゃないかと思っている。

 

「全く……背筋を伸ばして、目を見て返事しろ」

 

「あ、は、はい、す、すみません」

 

言われたので仕方なく顔を上げれば、相変わらず暑苦しい顔が……というと失礼だが年の割には妙に可愛い系のそれがある。

でも、失礼ながら山上先生は彼氏いないなと思う。最低限という程度の化粧をした程度で年中ジャージだからだ。25,6くらいのはずなのに、多少老けてみるのはそのでけぇ乳がジャージとTシャツを引っ張ってみすぼらしくしてるからか、それとも今日のように暑い中でも、声も体も動かしてる為に汗をかいてて若干臭う女性の体臭からか。

 

「うわ、見て? またデブタが山上先生に怒られてる」

 

「そのまま辞めればいいのにね」

 

 

ギリギリ俺だけ聞こえるようにこちら向けて、そう言いながら通り過ぎていく女子生徒たち。多分特進クラスじゃない先輩だな。

共学につられて入ったけど成績が足らず3年間女子だけのクラスで育って、卑屈になったんだろう。

知恵が足りてないのはよくわかるからだ。なにせ

 

「おい、おまえら! 言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ!」

 

「す、すみません!」「なんでもないです!」

 

 

教師がいる前で、しかもこういうタイプの教師の前でやるのだ。内容までは聞こえなくとも、こっちを嘲りながらすれ違うのはよく見えるだろうに。

 

そう山上先生自体は非常に人間として真っ当なんだが、女性としては祐の傍においてもあまり意味がない。加えて別に俺の人生に何らプラスに寄与するわけではないのである。

 

ハーレム要員として一度検討したが、あまりにも女っ気が皆無というか乳とケツとふともものド派手な豊かさ位しかないのと。最後のハーレム候補をはじめとした、この学校の大半を占めるダメな教師勢と違って、生徒は生徒としか見てないのだ。

 

だから【=年齢】と仲いい生徒に揶揄されるのだ。本人は殆ど気にしてなさそうだが。

 

だが、そのハーレム候補の俺たちの担任と、一番の親友なので山上先生の印象を上げておく必要は、最低限はある。

 

非常に面倒だ。

 

 

「そ、それじゃあ、自分つぎのクラスがあるんで、し、失礼します、ふ、ふひぃ」

 

「あ、おい……全く」

 

注意がそれたのと事実時間的に考えれば当然なので、この場を後にする。まぁでも、数少ない共学で売ってる学校で、担任の先生が担当と生徒で数少ない男子生徒を秘めてはいるけど狙ってると考えれば、山上先生の方が人間としては素晴らしいのではないだろうか。

 

むしろうちの担任の方がだいぶあれな、だめな大人だよなと。

 

本当にメンバーに入れていいのか念のため再考しながら、俺は教室へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

そう、最後の一人は俺と祐、ついでに華の担任の先生。

 

瀬戸川(せとがわ)ゆかり先生。通称ゆかり先生だ。

 

度々話題に上げていたが、一先ず学校で考えている5人目。つまり最後の一人である。

彼女は、細いフレームの眼鏡をかけて後ろ髪をアップにしている、山上先生のような規格外ではないが、女性的な肉付きをされており。

前世さん曰く教育実習生で来たら、男子校なら2,30人に告られそう。

というタイプの女性だ。

 

ただ、共学のこの学校の教師をやってる以上優秀なのだが、時たまプリントの印刷枚数を間違えて足りなくなったりするとか、落としたペンに躓いて転ぶとか。あざといドジっ子要素を出してくる。

 

なによりも、なんで先生になったのかと聞かれたときに。聞いてきた女子生徒に対して冗談めかしてではあるが。

 

「かわいい男子生徒に見初めてもらって、さっさと寿退職する為よ」

 

と言って後で教頭にお小言をもらっていた。頭ピンクかよと思う。

色んな意味で親しみ深いタイプの先生で。年齢は山上先生とゆかり先生は同じはず、というか元同級生らしい。

 

ゆかり先生は服装や化粧で小綺麗にしてて、同性の生徒とから見ても人気もあるけど、教師としてどうなのかな、実際。

山上先生は服装や外見が女を捨ててるけど、教師としては非常に真っ当という、よくありそうな対照的なコンビだ。仲は良いけれど。

 

異性間だったら恋愛ドラマになるよね。と前世さんが言ってる。

 

 

んで、そんな彼女をメンバー候補に入れているのは、他のメンバーとは少々趣が違う理由からだ。

 

なんと祐が初日に、きれいな先生だったな。と俺と連れションの際に発言したのである。

思わず固まってしまった出来事だった。

 

なにせ祐は女性の容姿など褒めたことがなかったのだ。そりゃ似合ってるね、とか可愛いねとか面と向かっていう事はあるけど、お世辞と言うかマナーに近いやつだ。そうではなく、あの人良いよなぁという男子学生みたいな言い様だった。

 

その時の祐のその言葉に、俺はだいぶ衝撃を受けた。まじ、こいつ女性に対してきれいとか思う機能があったのというレベルだった。

 

そんなわけで1年かけていろいろ探った結果、ゆかり先生側もまんざらではない、というか結構狙っているのがわかり、あと俺に対しても別に普通の生徒として扱う程度には内心どうあれ、取り繕えるので、足切りを合格したわけである。

 

いや、俺は何様だという話ではあるが。でも祐が本当にシビアにその線を見ているのだ。横にいるからわかる。

 

まぁもっとシンプルに、祐はどうやら年上のお姉さんスキーだったんだなと意外に思い。体育の着替えの時にその手の話を振ったら、隣で雪之丞君がトラウマを併発して吐いていたのは楽しい思い出だろう。ごめんて、今度ジュース奢るよ。

彼はあと1年で、学校に教師以外の年上の女性がいなくなるから頑張ってほしいものだ。

 

 

さて、そんなある意味不良先生と距離を詰めるのは意外と簡単である。機会と大義名分があれば勝手に詰めるだろう。

予めゆかり先生の予定を把握しておいて、空いているであろう時間に

 

「先生、その俺わからないところがあって、ちょっと今日の放課後に時間あれば教えて欲しいんですが」

 

「え!? もちろんいいわよ、じゃあ放課後教室にね!!」

 

実際に成績が若干やばい祐を焚き付けておく。いや赤点とかそういうのじゃなくて、こいつは求められるハードルがめちゃくちゃ高いのだ。平均を上回る成績ではあるのだがね。文武両道とはいえ、勉強は必死にやって中の上であるからな。

 

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「ふ、ふぃ、お、願いします」

 

そして3人での個別授業を開いてもらうのだ。

 

「……ええ、がんばりましょうね」

 

ドアを開けて入ってきた瞬間にキラッキラの笑顔がスンって成るのは見ものであった。あーあ化粧直してきてるな。髪が乾くならどこかの部室のシャワーを勝手に使ってきてたかもしれない。

 

 

さて、今回祐とゆかり先生を二人きりにしなかったのには勿論理由がある。シンプルにはこれをただの生徒とのドキドキイベント程度で終わらせてしまってはいけないからだ。

 

すでに4人居る女性のおかげで、祐自身守りに入っているところはある。実際もう少し居るべきだが充分な奥さんの一人も言えなくはないからだ。まだ結婚していないけど。

 

なので、今回の個人レッスン+俺ではしっかりとお互いが好意を持っていることを認識してもらう必要がある。なんかいい感じという停滞ではなく伸るにしろ反るにしろ決着が必要だ。

 

俺の役割は終結させることと、伸る確率をあげることである。勿論折を見て撤退する準備はあるわけで。

 

ともかく、俺と先生は色々思惑があった勉強会は放課後の空き教室で静かにスタートした。ゆかり先生は祐の一番苦手な英語の先生なので、当然英語の授業である。彼の一番得意な教科は保健体育である、色んな意味でな。

 

「それで、ここの訳なんですけど……」

 

「ああ、それはね主格が……」

 

なんだかんだ言って真面目な祐は本当に俺が今日先生あいてるらしいし、英語やっとけというアドバイスに従って、試験対策も兼ねてやっている。というか、先生に気軽に個人授業が頼めるって、割と歪んだ環境だよな。まぁそれは今更か。

そして、ゆかり先生も授業自体は真面目で、なおかつ生徒には全体的に甘めな人だ。こういった機会でしっかりと質問すれば、普通に真面目な英語の授業となる。

 

ただ、どうにも距離が近い。机に座る祐の向かいではなく、隣に机の側面から覗き込むように教えている。俺は祐を挟んで反対側に居るために、完全に個人授業のようになっている。

 

「あ、そうか。なるほど、じゃあここが……」

 

「そうそう、流石ね」

 

飲み込みの早い祐がスラスラと自分のノートに回答を書き込んでいるのを、横から覗き込むように見つめているゆかり先生。というか、だんだん顔が近くなっていってる。ガチ恋距離だな、これ。となれば

 

「フヒッ! せ、先生!! これなんですけどっ!」

 

「え!? あ、はい、何かな?」

 

声をかけて我に返す。驚いて一瞬だけ苛ついたのか顔をしかめてすぐに笑顔でこちらの机に回り込んでくる。これで良い。まだいい雰囲気に成るのは早い。先生の中で俺が完全におじゃま虫という感覚になるであろう、それで良い。ひとまずはヘイトを貯めるのである。

 

その後のゆる~く続いて、先生が祐といい感じに慣れば折を見て邪魔をするを繰り返す。そして、いくつか候補に入れていた狙っていたタイミングの内ひとつが来た。

 

「それにしても、祐君が使ってるノート丁寧にまとめられてるわね」

 

「あ、これですか?」

 

祐の机の上には自分のノート、参考書件問題集、そしてもう一冊ノートがある。時折先生に質問する前にペラペラとめくって読み返しているのだ。気づいて反応してもらえれば御の字であった。なにせ────

 

「これ、じ……彼がまとめてくれたんです」

 

「え? 出部谷君が? すごいわね、とてもわかり易いわよ、これ」

 

「ふ、フヒヒ、ど、どうも……」

 

先生が、俺が作った、祐の苦手な部分を中心にまとめた解説ノートである。自分の復習のついでに作ったが、丁寧に清書して見やすくまとめてみた。

 

そして若干遺憾なことに、ただでさえ高い先生への祐の好感度を更にあげるのは、俺への肯定的な発言させるのが一番なんじゃないか。という結論が出てしまったのだ。

 

実際、祐は俺を良く言う人にかなり優しい。二人で行った喫茶店とか飯屋で祐だけにサービスがあると、感謝はしてももう二度と行かないっぽいが。俺にもサービスがあったりたまに俺だけ沢山食いそうだから大盛り。なんてする店は結構通うのだ、こいつ。

 

俺は完全に将を射んとする者はまず馬を射よの、馬である。まぁ弟のように甘やかしてきた俺にも問題はあるのだろうな。

 

さて、それじゃあ仕上げだ。すこし区切りが良くなったタイミングで雑談のような軽い口調で切り出す。

 

 

「せ、先生は恋人とか、つ、作って辞めたりし、しますか?」

 

「え? 特に今そんな予定ないけど……なんか聞いたの?」

 

「い、いえ……祐と前にきれいな先生だから、卒業までにいなくなるんじゃって、は、話してて」

 

基本的に担任が3年間変わらないので、逆に途中でやめられると、それはそれで面倒なんだよね。というニュアンスで尋ねている。という雰囲気を建前にしての発言だ。

 

「な、なぁ? 祐」

 

「え、ああ、うん。ゆかり先生は美人で良い先生だから卒業まで、居てほしいです。俺も」

 

「え、あ、ありがとう……嬉しい」

 

 

はい、俺の露骨なパスをわかっているのか、わかっていないのか完璧にノートラップで決めてくれました。これで先生的には祐からかなりよく見られていることも自覚してくれたであろう。祐も俺が改めて先生を高評価していることを認識したであろう。

 

あとはチャンスが振ってくれば終わるだろうね。

というわけで予め用意していた、俺の電話の着信音と同じアラームの1分のタイマーを起動。

 

 

「あ、店長からだ……もしもし……はい……あ、行けます」

 

口実である、いや実際今日のシフトは祐に言わずに早入りにしているので、ちょうどよい時間でもある。

 

「すみません、先生。バイトのヘルプ頼まれたので行ってきます。祐はしっかり勉強しろよ?」

 

「あ、うん」

 

荷物をささっとまとめて教室を後にする。そろそろ西日がオレンジ色になって差し込んでくる教室は雰囲気も良いだろう。

いま良い先生と褒めたので、私は悪い先生と言って祐を取りに来るであろう。というか、此処で来ないなら、多分ハーレム入りは無理筋なので。お膳立ては此処までだ。最後は運否天賦というのは仕方ないがこれが一学生の限界点だ。

 

せめてものサポートとして、用意していた教室のドアに外から【模擬試験中・しずかに】と書いた張り紙をペタッと貼り付けておく。これで邪魔は入らないだろう。

 

まぁ、祐が今日卒業して階段を上ったとしても誤差だよ、誤差。華には悪いけど、こういうのは年功序列のほうが良いと思う。どうせ第一夫人は華だし。

 

先生という年上もしっかり奥さんに入れておけば、一先ず盤石の布陣になる。あとはまぁ社会出てからゆっくりと増やしつつ愛人になりそうな女性を見繕っていけば良い。

 

ここからは、作成ではなく維持という方向でタスクを処理していくつもりだ。

 

バイトが終わってスマホを見たら、祐からの怒りマークのスタンプと俺の張り紙の写真をみて、ミッションコンプリートを確信するのだった。

 

 





これで、登場人物は全員出たはず。


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島立てて シールド交換 罠伏せゴー

というわけで祐くんまわりの登場人物紹介


龍瀧 祐 りゅうたき ゆう

幼なじみ
風間 華 かぜま はな
先輩
虎澤 亜紗美 とらさわ あさみ
双子の後輩 
鯉田 詩子&文子 こいた うたこ ふみこ
担任の先生
瀬戸川 ゆかり

親友枠
出部谷 十三 でぶたに じゅうぞう


休日、俺はバイトが午前中だけ入ってたのも終わり、帰って出して寝るかと標準的な男子高校生らしい思考回路で帰路についていた。

 

ついでに遂に山上先生から言い渡された、健康的な体型の為の運動メニューをどうこなすかとぼんやり考える。

担任でも授業を受け持ってもないのに気にかけてくるのは、もちろん彼女が良い教師であるのも大きいが。恐らく学校で一番俺が不健康な体形で、体重が重いからだろう。

 

この世界の男子がみんな細いんだ、ストレスからかな。別に痩せたくないわけではないが果てしなく面倒。メリットもないし。どうせ痩せてもすらっとはしないし、アメフト選手みたいにもなれない。

でも、わざわざメニューまで作ってくれたし、しかも手書きで。へたくそなウサギかネコらしい絵が吹き出しでガンバレとか言ってるのは、あざとすぎないかあの先生? とか思い出していると、ポケットから振動が伝わる。

 

珍しく携帯電話の【電話】がかかってきた。病院の予約でもすっぽかしたか? と思いつつ、番号を見れば

 

「鳥槇先輩……な、なんですか?」

 

「ねぇ、あんた今日暇?」

 

先輩の取り巻きの鳥槇マキ先輩である。この前連絡先を交換して以来、向こうが要件がある時にメッセージが来る、まぁ電話は初めてであるが。彼女は名前が覚えやすくて助かるが、親はこれで良かったのだろうか? まぁ人の事言えないか。

 

「い、一応、よ、予定はないで、す」

 

「わたしにも、そのドモリはいらないって言ってるでしょ。うるさいしくどいのよ」

 

「はい、わかりました。それでなんですか」 

 

鳥槇先輩は虎先輩過激派というか面倒なタイプの信奉者で、俺に最近送ってくるチャットがそれを物語っている。なんでも幸せそうな虎先輩を見るのは楽しいが、その相手が男なのが苦しいという、なんか脳破壊かNTRみたいなことを延々書いてくるのである。通知20件とか始めて見た。

 

「亜紗美から祐さまと水着を買いに行きたいから、予め水着を買っておけとの事よ」

 

「なんで俺が?……ああ、俺が新しくしたならという口実作り兼、当日の俺外しの為か」

 

きっかけにしつつ、置いてけぼりにするつもりなのかと。そう思わなくもないが……じゃあその代わりに華あたりにリークしてやろうと思う。

そしてそこまでは先輩の計算なんだろう。俺と祐が二人で買い物に行ってしまうくらいなら、華が居ても祐と出かけるという形にするのが大事なんだろう。

 

そう、夏休み前の試験休みで、祐ハーレムでプールに行く計画が水面下で動いているのだ。虎先輩が企画立案、計画実行。全部やってくれるから楽だわ。

 

「了解です、そのうち用意しておきます」

 

「いま! 今すぐ買いなさいよ、今、すぐに!」

 

「……別にいいでしょ、週明けまでに用意すれば」

 

買うと言っても帰って密林でポチる、サイズは一番でかいので、安いけど丈夫そうなの。それで終わりなんだから。そう伝えると絶句した様子の鳥槇先輩の声が帰ってきた。

 

「信じられない……見ないで買うの? 水着を? え? 男なのに?」

 

どういう感覚かわからんが、そういうものではないのか? 昨今は服もネット通販で買うなり借りるなりサブスクなのが普通だし。

まぁ制服以外の服なんて、最低限でほとんど持ってないが。

 

「あんた、そうやって買って入らなかったら、もっと太ってたりしたらどうするのよ?」

 

「それを言われると痛いですね。LLで行けると思ってたら、XLを買いなおしたことは何度かあります」

 

「仕方ないわね……直接買いに行くわよ。今日暇なんでしょ」

 

「えぇ……」

 

まさかの提案だ。この人は本当に目的の為には真っ直ぐだよな。責任感が強いというか頭が硬いというか、一つのことしか一度に見れないというか。だから虎先輩にべっったりなのか。

 

「今わたし駅前の本屋にいるから。あんたが着れる水着を買うのを確認しないと、亜紗美に怒られちゃうんだから」

 

でもこの人、完全に虎先輩の取り巻きやってるけど、一応友達もやってるんだよな。完全な上下関係じゃなくて。鳥槇先輩自体は普通の家の生まれのはずだけど。まぁ気にすることじゃないか、あの虎先輩がずっとそばに置いてるんだ、理由があるんだろう。

 

電話も切られてしまったし、仕方ないかと諦める。という訳で交差点を曲がり駅の方へと向かう。まぁ家に帰るよりは近いし、涼みに来たと思おう。

 

 

 

 

 

 

先輩と合流してやってきた水着売り場。駅直結ビルだから便利ではある。まぁもうすぐ夏だし結構品揃えはよいのだが、女性用がほとんどである。男向けはあまり品ぞろえはない。人口比を考えれば当然か。

 

 

俺は適当に右側の方に棚を進む、こっちのがでかいからだ。んで、目についた一番ダサいやつを適当に手に取ってタグを確認……よし、余裕で入るな。

ピンクのサーフパンツを引っ張って軽く体に当てて確認する。問題なし。試着とか面倒、というかフィッティングルームに近づくのが無理無理。

 

この時期は夏こそ男性を捕まえるという気合を入れた方が多いのだ。なおフリーのいい男などたいてい海を歩くなんてことはしないので、ごくまれにいる男同士でナイトプールに行く変わり者などを狙うのである。

一応ちやほやされるのが好きでプールやら海に行く男もいるが、まぁ人それぞれだ。

 

「終わりました」

 

「え? 早っ!? ちゃんと選んだんでしょうね?」

 

いちいち感嘆符が付きそうな話し方だな、この先輩も。どうでもいいことを考えながら、手元の袋を見せながら適当に合わせる。

 

「履けるの確認しましたよ。んで、先輩も水着ですか」

 

「男の水着選びなんて一緒に行くわけないでしょ。しかも、あんたみたいなひねくれた奴と!」

 

まぁ、その通りではある。世の中にはカップルで選んでいる人もいるが、それこそ先輩は嫌がるだろう。

ふと彼女の先程までの視線の先を見ると、黒を基調としたフリルがついた、少しシックな印象のワンピースタイプの水着を着たマネキンがある。背が高いタイプか位置が高いから、どことなく高貴さもある。

 

「買わないんですか?」

 

「か、買わないわよ! 今年は受験勉強で遊ぶ暇は……亜紗美と違ってないしっ!」

 

まぁ、虎先輩はトップだからな、同じ大学行きたいみたいだし大変だろう。秋の推薦だかAOだか選抜型だか狙いらしいし。そんな人を雑用に使うなよという話だが。

まぁ今日は参考書を買いに来るついでにとの事だったので、俺のシフトが祐にいき、それが虎先輩に行き、使われたという流れだろう。

 

「それに、わたしは…… 亜紗美と違ってこういうの似合わないし」

 

「そうですか? まぁ確かにデザインが虎澤先輩っぽい感じですけど、別に持っておくのは自由じゃないんすかね?」

 

やはり、この水着が虎先輩のイメージっぽさが何となくあったから目に留まった様子だ。なにせ俺の言葉にびくっと肩を動かしている。

 

「なななっ! 別に亜紗美っぽいとか、そういうのじゃなくっ! 単純に似合わないじゃない!こんな可愛いのっ!」

 

「? いや、先輩もどっちかといえば、こういう系でしょ」

 

鳥槇先輩も、虎先輩程ではないけれど手足が長くてすらっとした細身系だ。横に上位互換が居るから目立たないだけで。

まぁ生真面目な所あるし、競泳水着とか着てそうなタイプだが、全体的に顔は結構きつめというか、ツリ目だからか目つきが強い系の人だ。

 

少なくともかわいい系の暖色のビキニタイプとかは合わないタイプ。というか、買わないでもいいから早くしてほしい。俺は帰りたい。

 

「……変じゃないかしら? なんでも亜紗美っぽいのを買うの」

 

「人それぞれでしょ、てかさっさと帰りたいんじゃなかったんすか?」

 

「ああ、もうっ! そうね!」

 

なんかやっと腹が決まったのか、横の売り物をとってレジに向かっていく取巻き先輩。

でも別にプールや海には行かないって言ってたし、次のみんなでプールに遊びに行く時は、塾の模試で行けないって言ってた。

 

着る機会もないのに買ってどうするんだろうね。

まぁ無駄遣いなんて誰でもする。買ったけど読んでない本とか大抵の人はあるし、それよりかはましだろう、一応実用品だし。

 

無駄遣いに気づいたのか、微妙な表情で戻ってくる取巻き先輩を見て、アイスでも食いながら帰ろうと、俺は決意するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

お小遣い制で金欠気味の鳥槇先輩にもアイスを奢って、気分良く別れ帰路につきもう今日は数日分の愛想を振りまいたから帰って死んだ目でマゾゲーをしようと。

 

「あ、出部谷さん」

 

そんな風に思っていたのに、帰ったらエレベーターホールの椅子に座っている駄馬さん、もとい駄場さんがいた。

おい、この物件オートロックだぞ、どうせ他の住人の往来の隙を見て入ったんだろう外が暑いから。通報されても知らないぞ。もうすぐアラサーが終わるのにリスク取りすぎだろ。

 

 

「実は、お願いがありまして……」

 

何も言わずに同じ部屋までついてくる。顔見知りだからいいが、これが俺じゃなくて祐で、他人から見たら相当なほどだと思う。

玄関で待ち受けて部屋までついてくる三十代の女性とストーカー被害にあいそうな外見の男子高校生だ。

 

俺? 何かしらの金の動きがあるとみられるだろ。

 

 

「あのぉ今週分、もうちょっと増やしてもらえますか……?」

 

「どうしてですか」

 

半ば不法侵入して帰り待ちして、言うことが納品数のおかわり要望って。もうなんか色々どこから突っ込めばよいのだろうか? その無駄にデカいケツか?

 

「げ、減給くらって……今月ピンチなんですぅ……オフィスで昼寝してたら、寝たまま気づかれずに夜になって会社閉められて、起きたら動体センサーでセコムが来て……」

 

ダメ人間の極みだな。それはまぁいつものことだ。この人は本当にいろいろ駄目すぎる。駄場 沙央里という名前だが、時々俺の脳内では駄馬って呼んでる時あるし。

 

「それで、その、お願いしますね?」

 

「……はぁ…まぁできるだけやってみます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

へにゃっと眉根を下げながら、そういう駄馬さんは、それだけで用は済んだとばかりに、平坦な胸に比べて無駄にデカイ尻を振りながらルンルンと帰っていった。

 

頼み事、しかも一方的なことをしに来て、それが自分のミスの穴埋めで、お礼の言葉だけという。社会人としては失格もいいところだろう。取引先にミスの補填させている感じか?

 

「はぁ……」

 

そして、この人の営業の武器は泣き落としだけだ。断るとギャン泣きしてうるさいから仕方なく依頼をこなす。事実としてこちらに負担はなく、別にきつくはないからなぁ……体が若いからか。

 

にしても俺は、小学校のころの祐と言い。どうしてもダメなところとかを見せながら頼ってこられると、断りにくいのだ。これだけ徳を積んだら来世はイケメンかな。と思いつつも俗っぽすぎる仕事に従事するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ夏っすね」

 

「……そうですね」

 

 

放課後のバイト先、何度注意してもこいつの私語は減らない。タメなのに後輩だし、なんか自分だけ敬語使ってるのが馬鹿らしくなってきた。実際大学生の先輩も時々敬語が抜けるし。

 

「アタシ、夏は彼氏と海でデートなんすよ」

 

「そうですか」

 

客こねーかな、と後輩の言葉を横に流しながらドアを見ても、ガラス越しの外は雨のせいか人一人歩いてない。さっさと家に帰りたいよな。

 

「先輩は、海とか無縁ですよねぇ?」

 

「まぁ、プールは行きますけどね」

 

「え!? お家大好きの先輩がそんな陽キャのイベントに!?」

 

「友人のグループと一緒に、というか竹之下さんの彼氏、病弱と言ってましたが調子良いんですか?」

 

この後輩は、こちらのツッコミに黙って「えっと、えっと」と視線がどこかに行く。まぁ強く踏み込まないでおく。仏心というものが俺の心にもあるのだ。

 

「それよりも、先週の発注。また間違えてましたよ。店長が気づく前に直しておきましたが」

 

「え? すみません……また、やっちゃってました」

 

途端に殊勝な態度になり、頭を下げる。客前でやるなって。いや客居ないけど。

 

「いえ、以前教えた方法が、システムのアプデで少し変わってたみたいですし、私の指導不足でもあります」

 

年が近いという理由で、店長からは最初の頃面倒を見るように言われ、シフトが合った時は色々教えていたのは事実だ。

まぁできる範囲でフォローはする。回り回って自分にも迷惑が来るから。

 

「あ、ありがとう……」

 

「後で確認してくださいね」

 

やっと来た客が、タオルとビニール傘を買って行くのを見送りつつ。

俺は早くバイトが終わるように時計をにらみつけるのだった。

 

 

早く、祐達の水着イベントを眺めたいなという一心で。

 





島:Magic the Gathering の(恐らく)最強カード。青マナが出る。呪文を無効化という概念の元祖のゲーム。

シールド:デュエルマスターズのルール、割れるとなんかしてくるカードがある。簡単に細工できたエメラルは黎明期の禁止入りの1枚。

罠:その名の通り。遊戯王だと罠を伏せると宣言する必要はない、基本心理戦。


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水着立ち絵統一はシーズン環境を席巻する

まぁ何が変わるわけでもないですが。


青い壁、ガラスの天井。ここは屋内プールである。

 

夏といえば海かプールは鉄板ではあるが、それは陽キャパリピ達の常識であり、俺は本来エアコンの効いた部屋の住人だ。

 

こんな陽キャの吹き溜まりみたいなところにいるのには当然理由がある。

 

前々から言っていた祐のデートである。以上。

 

なんだかんだ言って、付き合い始めて多少時間を経たという形になった。大なり小なり恋人らしい活動をしているのは観測できているものの。

祐の体力かそれとも予定的な問題からなのか、5人同時のイベントはあまり多くない。まぁ体力使うしね、双子以外は結構サシのデートもしたがるみたいだし。

先生も世間体に配慮しつつ少しでも一緒にいようとしているようだ。

 

まぁいうて、この社会あんまりその辺の倫理観うるさくないけど。嫉妬はめちゃくそ大きいが。

 

そもそも共学高校の女教師なんて、男子生徒と結婚目的だろと言われるし、男子がいるクラスをあの若さで受け持っている以上、優秀なのは事実だし。学校側も半ば了解しているのだろうか。

 

そうすると内の学年の女子たちは大変だ、というかかわいそうだ。なにせ100人の2年生に対して男子は俺を含めて4人。

 

祐を見てきゃいきゃい盛り上がって満足ならそれでいいんだけど、他の男子3人が、年上の女性が一切ダメな雪之丞君と、さる名家の婚約者がいるらしい杉崎君と俺である。教師に持っていかれてしまっては仕方ないであろう。

 

話がそれた、一先ず今日はプールだ。参加メンバーは祐+5人のハーレムメンバー、俺! 以上だ。

 

いや、これ俺いる? とも実は思った。俺としては参加して祐の周りを見てニヨニヨするのは楽しいけれど、ただのおじゃま虫になるのならば控える程度の常識はある。しかし祐、華、先輩、あとは先生の希望で参加である。双子以外は歓迎しているのだ。

 

まぁ祐単体より、生徒の引率の方が建前は作りやすい先生はともかくとして、先輩はたぶん女除けとか、俺を使って祐を動かしてチャンスを狙う感じだな。

華は単純にみんなでお出かけだからデートの認識が弱いんだろう。普通にお友達の遊びというニュアンスが強い、そのままの君でいてくれ。

 

双子も、「先輩も来るんですか?」という感じだが、まぁ納得はしている様子。去年からどれだけ俺を情報屋扱いしてたわりにと思わなくもないが、まぁ良い。

 

屋内プールに夏本番前で、学生が試験休みの期間だからか。出会いを求めた女性達や、未就学児を連れた親子などがいる。それほど混んでないいい感じの具合だ。

 

荷物を置くスペースを確保して、さっさと着替えを終えた俺が、少し遅れてきた祐と一緒に待っている。

楽しみで眠れなかったのか、少し眠そうな祐が横で座っているのを見る。黒い無個性な水着に金髪のふわふわな髪で、腹筋はしっかりと筋肉が見える。周囲を通り過ぎる女性の視線が彼に集まるのがわかるが、どう見ても男2人分の荷物の量ではないために、声をかけに来るのは居ないようだ。

しばらく待っていると女性陣がやってくる。面倒なことになる前に俺はメガネを外しておく。自分の視線を水着の美少女たちを前にコントロールできる程、俺は自分を信じていない。なので、最初から見えなくする必要があったんですね。まぁそのうち慣れるし、カメラマン担当なので大丈夫なはずだ。

各々が自身の魅力をプロデュースしている水着であろう。

 

ゆかり先生と虎先輩以外は、割と【控えめ】な娘が多いのがハーレムメンバーの特徴か。いうて虎先輩もまあ普通サイズだし。何とは言わないが。

 

んで、早速みんなしてプールの方に行く、荷物持ちが面倒なので、貴重品はロッカーに預けている。実質スペース取りである、多少マナーは悪いがピーク時期ではないので大目に見て欲しい。

 

とはいっても今日の俺のお仕事は。

 

「わぁ、腕章まで用意してるね」

 

「ふふ、どうだ華。今日の俺は仕事人だぞ」

 

はい、カメラマンです。俺はこの前買ったピンクのくそダサ水着を着て、上にXLのパーカーを羽織って、首にカメラをかけて、腕に黄色い腕章【カメラマン・撮影係】と書かれたそれをつけている。誰がどう見ても見紛うことなきカメラデブである。

 

他人をとったら盗撮だが、身内ならセーフである。まぁこの社会はむしろ女性がカメラ構えている方がマークされるまである。

 

本当に貞操観念はそのままなのか? 念のため確認したい。

前世さんがそう言ってるが、別に男からアプローチもするし、双方フラットに近いだけで、逆転はしてないだろ。

JKが「あーセックスしてぇ」とか言いながらコンビニに来るわけでもないし。

男子が「美人で従順な奥さん欲しい」って吠えてるし。いや、うん。それは別の要因かも知れないが。

 

俺はエチケットとして、パーカーの前も閉めている。腹が少しきついが仕方がないだろう。いつも通り手袋もしてるので、これに後はグラサンにマスクをすれば、不審者であろう。なのでしていない。それでも恐らくこの施設で一番肌の露出が少ないであろう。

 

俺の容姿がもう少しばかり【優れていれば】自意識過剰と揶揄されたかもしれない。しかしこの顔と体型ではそういうものだと納得されるはずだ。

 

「ほら、行こう?」

 

「あ、待ちなさいよ」

 

「走っちゃ駄目よ! それと入る前に────」

 

「先輩! ウォータースライダー行きたい!!」

 

早速とばかりに祐を取り合うように、彼の手を引いて駆けていく女性陣。準備運動をするようになだめているのもいるけど、全体的に早く行きたい様子だ。もしかしたら女子更衣室で何かしらの取り決めがあったのか、朝集合したときに少しあった、若干のギスっていた空気はない。

これなら、5人のハーレムは問題なさそうだな。一安心である。俺ができるのは形をつくるところまでで、内実は祐と彼女たちが決めるものだ。発生した諸問題を対処する雑用係はやるつもりだし、ある程度平等になるようにおせっかいを焼くつもりだが、大枠ではどうにかしてもらわねば。

 

ともかく、早速その楽しそうに祐を囲む様子をシャッターに収める。

 

スチルというほどの物でもないが、普通に仲の良い友人たちの思い出のそれだ。

 

実を言うと、昔から俺は祐と華の二人を写真に撮るのが好きだった。カメラに拘ったりなんかはしてる訳ではなく、技術も勉強していない。中古のデジカメとかから始まった習慣で趣味の域すら入ってないかもしれない。

 

だけれども美少年と美少女、あとまぁ美女もいるか。とにかく見目麗しい人たちのやり取りは目に優しい。

 

こちらへの注意が極限まで薄れたので、メガネを掛け直す。うむ、やはりエロいな、水着って。性欲がないわけでもないのだが、他人のそれに向けるべき視線ではないので意識して考えないようにしておく。

 

そして俺はひたすら後ろから着いて行き、似たような構図の写真を量産するのだった。

 

 

 

 

祐が女性陣の希望でプールの各所、ウォータースライダーから波の流れるやつから普通に泳ぐやつまで。とにかく右に左と連れ回されるのをついていき、プールサイドからファインダーに収めていると、トンと足に何かがぶつかってきた。

 

 

「ま、ママぁ!!」

 

「おっと、これは……まずいな」

 

推定3,4歳の未就学児の幼女だ。キョロキョロと左右を見ながら歩いていた様子で、すでに目は半べそをうかべている。間違って俺に来たわけではないだろうし、はぐれたか、待っているように言われたのを動いてしまったのか。

 

「どうしたんだい、お嬢ちゃん。お母さんとはぐれたのかな?」

 

「ひぃ!!」

 

ぶつかったのに、そのまま左右を見ていたのか、俺の声で上を向いた幼女は、直ぐに恐怖に顔を歪める。すごいな、3歳とかでもわかるのか、俺の気持ち悪さ。

もはや新鮮な感心すら覚えるが、冷静に考えてデカイから怖いだけではと前世さんが言ってくる。たしかにそうかもしれない。

 

祐たちは木陰の向こう側まで流れるプールの流れに乗ってしまったようで、周囲にいない。後ろを観れば軽食屋の移動販売が並んでいるので、恐らくそこからだろう。近くにスタッフも居るはずだし。

 

「あっちにお母さんを探してくれる人がいるから、行こうか?」

 

「や、い、いやぁ!」

 

うーん、怖がられてしまった。その上俺から3歩くらいの距離でこっちを見ている。怖くて動けないのだろうか? さてどうしたもんか。監視用の高い椅子に座っているスタッフはここから遠いけど、手を振ってみる。気づかないか。

 

「うーん……まぁこの場を離れても問題はないんだろうけど」

 

それは寝覚めが悪いというか、良心の呵責が。この後の展開なんて読めてるし、気持ちよく終わるとは思えないのもわかっているけれども、無視するよりかはいいだろう。

 

俺は大きく息を吸い込んで、大声で叫ぶ。

 

「すみませーん! ここに迷子がいまぁーす!」

 

そう言うと、周囲に多少居た人たちがざわざわと、通りすがりの光景として認識してくれる。まぁこれでいいだろう。

 

結局5分もしたら、係の人と一緒に母親が来て無事解決した。係の人も、母親も俺に対して笑顔でお礼を言ってくれた。幼女は最後までまともに喋らなかったけれども。

 

まぁ、今回はまともな親だったようだ。この社会ですらこの年齢で不審者誘拐犯扱いされたこともあるのだ。冷静に考えて迷子イベントが多すぎる。シングルが多いからなのか? 社会の闇を感じるぞ。

 

 

 

そんなこんなで、そろそろお昼にするべく祐達に合わせて荷物の場所に戻る。

 

「よし、飯にするか! 何食べる?」

 

「ぶー君本当ご飯の時だけ元気だね、それなら泳げばいいのに」

 

華が呆れたような目で俺のカメラを見てくる。まぁ華からすると多分華の家よりも華の写真のアルバムを作ってる俺だからな。言いたくなるのもわかる。

 

「いいんだよ、こっちのが楽しいし。んで何食べる」

 

「じゃあ……カレー3つにラーメン2つと唐揚げとアイスコーヒーとお茶と」

 

「待って待って待って」

 

いきなり呪文のように注文を羅列してくる華。いや、たしかに彼女もいわゆるご飯はいっぱい食べるタイプだが、流石に量が多い、恐らく全員分だな、これ。

 

「あ、私は紅茶で」

 

「オレンジジュースがいいな」

 

「ふみも同じので」

 

「ああ! いっぺんに言うな」

 

俺はなんとか、ポケットから取り出したボールペンで注文を手に書くのであった。あ、祐お前は座ってろ、午後もきついだろうから体力を残しておけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小太りの少年が女性陣が注文した分を、何とか手に書いて小走りに自販機や店の並ぶ方向へと走っていく。この社会ではあまり見られない光景であろう。男性はどちらかと言えば、貢がれる事が多く、雑用や細かい仕事など女性がやれば良いという極端な嗜好までは行かないものの。そういった事を点数稼ぎとして奏上されることが多いからだ。

 

しかし、彼らの仲間内は馴染んでしまっているその姿を見送った後、祐と華は顔を合わせて、苦笑いをしながらため息をつく。

その分かり合ってるという様に、どうしようもないもやもやを他の4人は抱くが、それは置いて置いておくべきであろう。

 

過ごした時間によるものであるのだから、それは仕方ない物であろう。加えて今回はお互いの事を思ってではなく、対象が出部谷なのだから。

 

「華先輩も結構強く当たるんですね、うたびっくりしました」

 

「うん、ふみも驚きました」

 

双子がそう言うのも無理はない、彼女は誰にでも優しい、祐に対してはそれこそ大和撫子というような、お淑やかなタイプだ。強く主張せずそれでいて旦那を立てることを忘れず。時折愛情を求めるという、この社会の一般的な理想の女性像である。

 

「うーんと……今日のぶーちゃんなんか辛そうだったから、嫌なことでもあったんだなって」

 

「うん、リフレッシュさせてやりたいよね」

 

「それじゃあ結びつかないんだけど」

 

祐と華の会話は断片的であり、聡明な頭脳を持っている虎澤亜紗美にも、横で黙って思案している瀬戸川ゆかりにもわからなかった。

 

「あいつ、ああやって世話を焼いたり面倒見たりするのが、なんか病的に好きなんだよ」

 

祐は解説するかのように周囲を見ながら口を開く。小さいころからそうだった。なんというか彼は

 

「あれで世話焼きさんだから、無茶振りされると嬉しそうに文句言って四苦八苦するの、ぶーちゃん」

 

「うん、特に俺や華相手だとね」

 

二人は思い出すのは、宿題を忘れれば写しを急いで作れるようにしたり、買い物を忘れれば走って買いに行ったりと。そう奔走している出部谷の大きな背中だ。

 

「なんというか、お兄ちゃん気質なんだよね」

 

「頼られてるほうが、楽しそうなんだ、じ……あいつ」

 

二人は苦笑する。二人共あまり社交的な方ではなく、引っ込み思案だった。祐は特に周囲の女性に怯えていたが、それも全て小学校1年からずっと同じクラスの出部谷が、二人を引っ張り色々と周囲に毒を吐きつつ今があるのだ。

試験前になると、ちゃんと勉強してるのかと聞いてきてもちろんというと少し残念そうに席に戻る彼を思い出して二人は笑う。

 

「あの、祐先輩って」

 

「何だい? 」

 

「いえ、なんで出部谷先輩のこと、名前で呼ばないんですか?」

 

そんな祐に対して、双子の姉、鯉田詩子はふと先程というよりも前から思っていた疑問を口にする。それは双子の両方どころか担任のゆかりも思っていたことだ。亜紗美はある程度態度から推論を立てていたが。

 

「……あいつ、自分の名前嫌いなんだって。小学生の時にそう言ってた」

 

「そ、そうですか」

 

あの人の名前何だったっけ? 正直そんな事を思いつつも頷いておく。少しだけ悔しそうに大好きな祐先輩がそう漏らすのだから。華はそんな祐の横顔を見て静かに笑っていた。

 



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汎用イベントとは言え、誰でも使えるわけではない

今日も変わらずアルバイト。色々金がいるというか、将来の学費の為にたくさん働きたいのである。頭を下げればどうにかしてくれそうな祐や華の両親はいるけれども、だからこそそれを避けたいので。

 

適度な混雑具合の疲れすぎず暇すぎない一日の労働が終わって、さっさと帰ろうと休憩室を抜けて更衣室に行こうとすれば、横から声をかけてくるやつが居る。

同じタイミングで仕事を終えた竹之下だ。本当にびっくりするぐらいシフトがかぶる。まぁ同じ高校生バイトだから仕方ないと言えば仕方ないのか。

 

「先輩、この後少し空いてます?」

 

バイトのシフトが終わってからようやっと敬語をつかっている竹之下に対して、俺は少しだけ考える。普段から使えよとは思うがそれはおいておいて。

休憩室にはシフト表が目の前にあるし、変わる変わらないの話は先ほどした。であれば別のことであろう……カレンダー部分をみれば、ああ。そうか給料日までまだ少しだけ期間がある。

 

「2万までしか貸せないぞ」

 

「なんで、そうなるんですか、でもぉ、くれるならありがたく貰っておきますね」

 

「貸すだけだから後で返せよ、店長にも言っておくからな」

 

「冗談っすよ、そんなにお金に困ってないし」

 

カラカラと笑いながら、肩のあたりで揃えられた短い髪を揺らしながら笑う竹之下。さっきシフトでみたらフルネームは竹之下 純だった。いい加減もう眠いので、俺は更衣室に入る。

彼女はこちらを嫌ったり蔑んだりしてこないが、ひたすらからかうような話をするので、疲れるのだ。

 

「あ、ちょっと待ってください!」と声が聞こえるが無視だ。あいつも女子高生として最低限の分別はあるからか、入ってくることはない。

普段は上から来ている制服をただ脱ぐだけだが、今日は倉庫整理があり汗をかくのがわかっていたので、代えのTシャツを持ってきていたのだ。

 

さっさと着替えて、部屋を出ると、着替えもせずにドアの前で待っている竹之下がいた。なんだ、本当に要件があったのか、少し悪いことをしたのかもしれない。

 

「あ、ちょっと! それは、ずるくないですか? まだ話は終わってないんですけどぉ」

 

「じゃあ、真面目に話せ。金はこれ以上出せないし、シフトはもう変われない。廃棄商品の弁当も渡せないし、販売ノルマは今年はもうないぞ。今度はなんだ、宗教か?」

 

事あることに何かしらを頼んでくるこいつは、暇な日は多少の暇つぶしになるが、基本的に面倒だ。時折仕事を間違えたり変な客に絡まれたりしているから、そのフォローをしてやることもある。

なので、宗教とかの勧誘をしてくるのならば、流石に負債が大きくなりすぎて距離を取る必要があるだろう。

 

「いや、なんでそんな疑ってるんすか、これですよ」

 

そう言いながら、彼女は後ろ手に隠していた何かを前に持ってきて、両手で持ったまま俺に差し出してくる。

 

「はい、これあげます。この前のお礼です」

 

それは、かわいく小さな袋でラッピングされた、何枚か入っているクッキー。一目で手作りとわかる。休憩室をみれば、置いてある彼女のカバンから似たような袋がいくつかはみ出しているために、何人分かを作って持ってきたのであろう。

そしてどれのお礼だろうか? 心当たりがありすぎてわからない。関係性が不健全にすぎるな冷静に。

 

「ありがとう……では失礼します、お疲れ様」

 

「いや、食べてくださいよ!」

 

折角貰ったものだ、しっかりとお礼を伝えて鞄にしまい、そのまま横を通り抜けようとするが、やはりというか彼女に呼び止められてしまう。

いや、俺だってわかるけれどもこちらにも事情があるのだ。

 

「頑張って作ったんで、食べて感想くださいよぉ、先輩」

 

「いや、今俺満腹だから」

 

「その体型で何言ってるんすか、仕事中も腹鳴らしてたし、絶対満腹なわけないでしょ」

 

「これでも少しだけ痩せたんだぞ」

 

逃れようにも、とにかくギャーギャーうるさい。正直問題しかないのであるが、仕方ないので袋を開ける。すると開け口からふわっと甘い匂いがただよってくる、美味しそうではある。まあクッキーだから当然か。

見た目もオーソドックスなそれで大きさや形も均等だ。普段から作っているのかもしれない。

と言うか職場に持ってくるというマインドになる時点でかなり作りなれてるのが普通か。

 

一枚を取り出して、見つめる。違和感はまったくない。半分ほどを口に含んでみるが、大丈夫だろうか?

 

「どうですか、味は」

 

少しだけ不安そうな竹之下の顔から意識をそらして、口に広がる甘味とバターの香りを感じて、そして────

 

「……せ、先輩? 顔色が……」

 

そこにないのは頭でわかっているのに、感じる爪、髪の毛、何かしらの不純物、ゴミ、虫の死骸。それらのないまぜになった味。

ぐるりとまわれば、あ、やっぱりだめかと思って。俺は休憩室の流しに駆け込む。覗き込み顔をうずめて────

 

「うっ!」

 

口と腹の中物を全部をぶちまける。久々に感じる酸っぱさと気持ち悪さだが、意識は冷静だった。ああ、やっぱり駄目かという失望感と申し訳なさ、そして怒りが湧き上がってくる。

 

「あ、えっと、その、え?そんな、あたし、あの、ごめんな、さい」

 

呆然とした様子で、少し目元に涙を浮かべて謝ってくる竹之下。それを横目で確認する。すぐにでも事情を説明して謝ってやりたいが、まずは無理だ。

ただ、頭では今食べたものが大丈夫だ、安全なものだとそのくらいはわかっているので。気持ち悪さはあるが、すぐに落ち着く。

 

一通り水を流して、口をゆすいで。ふき取って。服にかかっていないことを確認して彼女に向き直る。

 

「すまない……それと気にするな、俺は個人に向けられた手作りが食えないんだ」

 

「……え?」

 

「別に味も変じゃなかったし、妙なもんも入れてないんだろ?」

 

 

まだ、俺が純粋に女子からのプレゼントのを受け取っていたころ。主な理由は祐に合法的に渡すには、クラスの男子へのお土産やプレゼントという形を取るのが手っ取り早いと気がついた娘がいたからだったか。

 

止せばいいのに、日頃の恨みからなのか、それとももしかしたら祐相手にそうしたいという欲望があったのか。

 

嫌がらせか冗談かはわからないが、下剤か洗剤か何かが入ったクッキーをもらった。それも立て続けにだ。示し合わせていたのかもしれない。それ以降、手作りのお菓子を渡されると、拒否反応が出る。なんというか一緒に食べる弁当とかは平気な事が多いので、というか手作りお菓子が駄目なんだろう。

 

まぁ、ただそれだけの話だ。まだ純粋な心が幾許か残っていたのだが、それ以降俺にわざわざプレゼントをするような奴はまともじゃないと、子供ながらに納得と絶望をしたものだ。

前世さんも流石にドン引きとか言っていたはずだ。

 

その後も何度か、変なものが入った食べ物は渡された、一口かじって安全確認なんて昔はできたが、中学以降は危険すぎて出来てない。だんだん拒否感もひどくなってきているし。

 

俺に渡すなんて、悪意以外ないだろうって。体が免疫でも作ってしまったのであろうか。

 

「だから、気にするな。気持ちはうれしかったから」

 

「ご、ごめんなさい、あたし、知らなくて」

 

「当然だろ、言ってないんだから。気にしなくていい、竹之下は何も悪くないんだから」

 

こればっかりは、愛情込めて渡されたお菓子を目の前で吐いた俺が悪い。華が祐の分も

合わせて作ってきたのを、華自身と一緒に食べる形でなら。でやっと手作りって渡されたお菓子なら問題なく食えるという、俺の微妙な心理状態と体質が悪い。

 

普通は思わないだろう、手作りが苦手とかじゃなくて、手作りっぽい感じにされると体が受け付けないなんて。だから喧伝もしていない。

 

涙目で謝ってくる竹之下に、何時もと違って目線を合わせて誠心誠意謝る。こちらがむしろ彼女の善意を踏みにじった形なのだから。

 

「気にしないでくれ、美味しかったのも本当なんだ。ただ俺が食えないだけで。ありがとうな」

 

「で、でも……」

 

祐位とは言わずとも、最低限の外見があれば慰めてやれるのだが、俺には言葉を掛ける程度しかできない、彼氏が居るらしい女子相手だし。

近くで見るとこいつまつ毛長いなとか、冷静に考えてこいつ結構恵体じゃんとか考えが浮かぶ程度のゲス野郎だなと前世さんに突っ込まれる。否定はできないので、まぁそういうわけだ。

 

「それじゃあお疲れまたあした。クッキー嬉しかったからな。本当だぞ」

 

もらったクッキーの袋は口を閉じて鞄にしまう。お供え物みたいに数日は飾っておくつもりだ。実際善意での手作りお菓子のプレゼントなんて何年ぶりだろうか。華はもちろんこの体質を知ってるから、基本俺には作らないし渡されても既製品だ。

それも数年前が最後だったはず。

 

まぁ、こんな体質と状況では、普通に恋愛なんて無理だよな。

社会が歪で、俺の体に精神的な問題があって、性格も最悪な下衆野郎、容姿も落第点。横に祐がいれば倍率ドドドンだ。

 

そう納得しようにも、前世さんは「それ自己弁護か自己陶酔だろ。周囲からの同情が欲しかったんじゃね?」と言ってくる。

 

なるほど、確かに何事もなく普通に食べて、普通に美味しいと竹之下にいうよりかは、今の光景は彼女の心に残ったかもしれない。

 

また捨て去ったはずの自尊心を得ようと動いていた自身の浅ましさに反吐が出る思いをしながら、俺は帰路につく。

 

恋愛のあれこれを楽しむなら、祐がいればいいのに。

油断するとすぐ自分でもって思う浅ましく醜い俺が、まだ生きている様子だ。

 

もっと心を凍らせてしまえればな。そんな薬でもあれば飲むのになぁなんて考えながら、今日も長い道のりを歩いて帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ祐先輩、うたのストロベリーあげるね」

 

「あ、ありがとう」

 

「ふみのラズベリーもあげます」

 

「う、うん」

 

ある日の放課後、偶には男子高校生らしいことをやろうと、フードコートでポテト片手に祐と二人でだべっていた。華は本格的に花嫁修業とやらで今日も忙しい。先輩もそろそろ卒業後を見越して動いている。先生もこの時間は仕事というわけだ。

 

最近は上手くやれてるのかとか、色々聞き出そうと尋ねても案外口が固く、性癖はオープンにしないタイプの為に、あまり情報を得られないでいたら。

なぜかそこそこ込み合っている筈のフードコートに現れたのが鯉田姉妹である。姉の詩子に見つかり、妹を呼んであっという間に4人で飯を食う流れとなった。

私見だが、放課後来る途中の何処かで見つけられて付けられていたのではないだろうか?

 

2人がけの小さいテーブルに俺と祐で向かい合うように座っていたのに、気がつけば小さいテーブルがくっつき4人様になっている。

 

そして目の前で繰り広げられてるのは、どっちのアイスがおいしいかなんて食べ比べしている。甘い光景なのだ。いろいろな意味でごちそうさまですだ。

というか椅子が俺から見て扇形みたいな配置になってる。魔王戦かなにかか?

 

いいぞもっとやれ。と思いつつ、形だけは聞いておく

 

「な、なあ俺席外した方がいいか?」

 

「はいっ! お構いなく!」「どうぞ! ご自由に」

 

「いや、そうじゃないから、本当」

 

笑顔でそう答える双子は、むしろわかっている。俺も笑顔でからかうように聞いているので、それに乗っかって思いっきり甘えてやるという魂胆だろう。そのくらいのほうが好ましい。

まぁもとより祐と二人で居たタイミングで、周囲には微妙に牽制のしあいと言うか、取り囲まれている空気はあったし、それに対しての牽制も兼ねているのだろう。

ずいぶん強かに成ったなと感動している。

 

「多数決的には、そうみたいだし、一先ずお手洗い行ってくるわ」

 

「あ、ちょっと待ってって!」

 

「勝手に帰りはしねぇよ。本当にトイレだ」

 

まぁ、俺がいるから何とかなってたが、本来男子高校生二人でフードコートなんて来たら、高校生はもちろん、多くの方から声をかけられる。そういう意味で俺の抑止力としての能力は高い。なんか横に邪魔なデブがいる。そう思ってもらえるのだから。

祐の会社に入れなかったら、そういう仕事でもしてみるか? 虫除け的な。

 

祐が止めてくるけれども、トイレに行きたい理由もしっかりあったし。ポテトで油で汚れた手を洗いに、男子トイレへと向かうのだった。

 

 

「うーん……ガチかなぁ?」

 

利用人数が少ないため、異常に綺麗な男子トイレ。一度手を洗ってから個室に入り確かめる。

あまり言いたくないのだが、この世界の女性はあまり警戒心というかデリカシーがない、と言うか少ない? 弱い? 男の目が少ないのと、むしろそれを集めるべきだという価値観からか。

 

なので、すごく下品な話になるが、街を歩けばかなりいい感じの生のオカズが手に入るわけで、それも俺が男子高校生として健全な程元気であり【社会貢献】出来ていた理由だったが。

 

先日、竹之下のクッキーを食べて家に帰ってから、息子があまり元気が無いのだ。

 

単純に余計なことをしっかり思い出しちまったからだろ。と前世さんは言ってる。

救いなのは完全に【元気ない】ではなく、なんというか何時もは帰って一先ず一発! みたいなモチベだったのが、あー今日やっとくか……でも別にいいかぁ? 程度になったというか。

 

トイレに来る前も祐にアピールをするためか、何故か一枚上を脱いで薄着に成ってる方や、スカートが妙に短い方が足を組み替えながら周りの椅子に座っていたため、多少は反応するかと思ったら、全くであるのだ。

 

まぁ別に困らないし、完全に駄目になったわけでもないし大丈夫か。そう結論付けてみるが。

 

おつとめの方で困るのでは? と前世さんの声に思わずあっと固まるが、まぁ大丈夫だろうと、トイレを流して祐の元に戻るべく小走りで帰るのだった。

 

 



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叩いてみると破けるよ

「ですから! そこをどうにかお願いしますぅ!!」

 

「いや、だから……」

 

ここは俺の部屋。厳密には後見人という里親の家であり、後見人は政府の人間なので公舎になるのか? あまり詳しくないからわからないのだが。

 

何度も言うが親がいない俺は施設に預けられて、その後は後見人という形で生きてきた。本来孤児は子供のうちに意識レベルで女の子大好きに教育するらしいが、自我が強固だったからか、俺はそっち方面では落第を食らったからだ。

 

勉強も前世さんの学力が並以下だったので、まあ優秀な子供レベル止まりなので、返さなきゃいけない奨学金しか出ないし。

 

ただ、それだけだとさすがにいろいろ先立つものや将来への不安もある。成績だって高校レベルは正直限界が近いから。前世さん、もうちょっとこう頑張れなかったのかと思わなくもないが。だからアルバイトはしっかりしている。

 

んで、前は軽く触れた程度だったけれども。政府主導の、人口増加プロジェクトの一環で昔からやってる献血ならぬ【献精】。まぁぶっちゃけていうと、精子の買い取りである。

 

んで、何年か前に俺のところに来たのが彼女、駄場さんである。背は低いがタイトスカートのスーツの似合う大人な女性だが、実質的には下請けの会社である、孫請けかもしれない。

なので、営業職ということになるのだろうか?

 

というか、この男女比の社会で男性の家の住所が普通にぶっこぬかれているか、流されているかって。相当に闇が深い案件だと思う、来年入学のご家庭に学習塾のチラシが行くのとはわけが違うだろう。

そもそも、当時中学上がってすぐくらいの学生のところに来るのもめちゃくちゃ怖いんじゃないか? 俺は【もう】だったし、【こう】だから普通に受け入れたけれども。

 

後で教えてもらった、俺のところに来た理由だが、政府からリストが流れてきたのは事実で、それは持ち出し禁止だけれども。メモ用紙にメモして口の中に入れて隠して退出して、吐き出して復元したそうだ。だから安心してくださいねじゃないよ、こえーよ。やっぱ。

 

そして、そんな年端のいかない学生のもとを訪ねて、国のために精子出してください。というのである。献血と違って謝礼金は出るが、まともな親のいる家庭なら、門前払いであろう。

成人男性で、祐みたいに複数人を抱えてるとかじゃないなら、まぁ副業代わりにとなるかもしれないが。

 

割といい金額で買い取ってもらえるのと、専用の容器に入れて、毎週回収に来てくれるので、楽だったが。

ちなみに、祐には紹介してない。駄場さんと、俺のやっていること自体は話したが、お前もやるか? みたいなのを聞いてないという意味だ。多少困惑してたが、まぁ普通にもうやってるんだ的なリアクションなのは社会というか、国が悪いのかな。

 

さて話を戻すと、そう早速先日の懸念が問題として浮上したのだ。

 

「おねがいしますっ! あなたがいないと、わ、わたし、本当にクビになるんですうっ!」

 

最初にきたからというのも大きいが、この会社と契約した決め手は、この目の前のおばさ……おねぇ……うーん女性だ。

色々要領が悪くて、絶対に向いていない営業職をやっているという彼女は、確かそろそろサーからフォーになるかというくらいの年齢のはずだ。

 

小さい頃から男性とのあれこれを諦めて、仕事一本で頑張るとしていたのに、社会の荒波やらで摩耗して、こんな仕事でこんな立ち位置になってしまっている。会う度に雑談なんかをするから、色々聞かされている。

 

初対面の時渡された名刺に自分のスリーサイズを記載などしてて、涙ぐましい努力をしていた彼女の必死さに、正直おもしれー女って思ってしまったのだ。何よりあからさまに鯖読んでいたし。

 

そも、当時ですら、ぽっちゃりで不細工な少年の足元に縋りつくような必死の営業だった。そんなガッツがあるなら、もっと上行けそうだと思ったが。

 

「最近はもう、出部谷さんがいるから外回りの時間さぼって、他がいないんですぅ!!」

 

かなり、こうダメな人なのだ。

 

そもそも渡された3サイズも誤魔化しがすごかった。確認こそしてないが、なだらかな胸は上に10程足されて、腰とデカい尻は10以上少なく書かれている様子だ。そこは持ち味を生かせよとは思うが、コンプレックスなのだろう。ワカメとか言われそうなボリュームある髪の毛も、小柄な身長も嫌いだと言ってたし。

 

気を取り直してきつそうなタイトスカートのケツを突き上げるように土下座をしている、残念な生き物を見る。

 

「だから、俺前から言ってましたよね、現役中学生の精子だから高値で売れるんで一時的な物だって。その次は高校生ですっ! ってやってたけど、あと1年もしたら、価値がなくなるって」

 

「で、でもまだ2年生じゃないですか! あと1年はさぼれたじゃないですか!」

 

髪を振り乱して、そういうのは、まごうことなきダメな大人だ。実際会社からも、俺との契約がなければ契約打ち切りだったらしいから宜なるかなだ。

 

というか、元受け政府で、人によって売却額に差を出すって、なんか、こう、色々……いや、だめだ。まぁこの世界はそういうものなんだろうと納得するしかない。

 

「わ、わたし。まだ市立図書館の本棚、半分も読んでないっ!」

 

「だから、30過ぎてさぼりが図書館なのは、もうちょっと仕事頑張ってとしか…」

 

せめて喫茶店かファミレスにでも行ってくれよ、公園じゃないだけましなんだろうけど、

窓から見えるすぐ近くの図書館を思い出しつつそう思う。

 

んで、話を振り出しに戻して今もめてるのは、俺の息子がエンディングを迎えかけている件である。

 

竹之下の差し入れクッキーを食べてから、心因性なのかあまり元気がない。全くないわけじゃないが、どうにもという感じだ。試験前もこうなら良かったのだが。

 

この社会では日常的に接種できるのでやや供給過多だが、滋養と強壮のためしっかりとしたそういった豪勢なおかずを用意しても、反応が今一つだ。

 

前世さんも「もう生物として何も貢献もしてないな、資源を浪費して、ごみを排出する、ゴミ以下じゃん」と言っている。

 

事実、これが俺の唯一といってもいい、絶対的な社会貢献活動だった。冷静に考えて初めてから4年経ってるので、この国のどこかに俺の子供が何十人もいるかもしれないわけだ。聞いたら教えてくれる可能性はあるが、聞きたくはない……かな。

 

なおこの社会では、未成年関係の縛りというしがらみがなく、性欲が強いこの時期の学生はむしろ自然に作ってもいいくらいだ。とか考えられていて産休や育休制度が高校にあるけれど。

出したもの全部回収して最大効率で使えるシステムに回している俺は、少子化に対抗している立派な国民の一人だった。

まぁ今は無理なんだけど。

 

「いや、無理なものは無理なわけで」

 

協力したいのは山々なのだ、金にもなるし。駄場さんのこともそれなりの付き合いだから切り捨てるのには抵抗がある程度に好感度があるし。

 

「そ、そこを何とか」

 

もはやなんかの妖怪のように、パーマが強いくるくるの長いブラウンの髪の毛を振り乱して、足にしがみついてくる。

抱きすくめられてるのに、俺の脚に柔らかい感触がないのは指摘するべきか。しちゃ駄目だろうな。

 

でも、ないなら無いで、ケツがでかいのが際立っていいじゃないかと考えてみる。いや、そういうものか? 俺のおかずは全部でけぇのが多いから、その辺の良さはあんまり。

 

というか、手が股間まで伸びてきたので払いのける。自分の腹で見え難いので、気づくのが遅れた。いや、さすがにこれは捕まるでしょ。

 

元の世界換算でも三十半ばの女性が男子高校生の家に押しかけて、ズボンを脱がそうとしたら、アウトだよな。

 

「お、お願いしますううう、ふぇえええええん、どうかぁぁぁ!!」

 

しまいには泣き出したダメな大人に呆れた俺は、今日の夕飯はどうするかを考えて、事なきを得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

何とか泣き止んで貰い、追加した今週分を渡して。半べそかいてる彼女を帰らせた後、部屋の換気と掃除をする。

 

「子供かぁ」

 

駄場さんは、最初から男性との結婚をあきらめて育った口だ。昔の写真を見せてもらったが垢抜けない感じはあったがそこまで悪くもない外見だったのにだ。

実際そういう考え人の方は多い。出産も求められ推奨されているが、厳密には義務ではないから。

 

男に生まれればイージーモードとよくネットで言われているが、正直否定はできない。

中学生、今は高校生だが、そんな子供に縋りついて恥をさらして、何とか食いつないでいるのだ、彼女は。哀れとは思うが同情するのは彼女への侮辱だろうか。

 

さぼりさぼりと嗜めるように言ってはいるが、男の家を訪ねて精子下さい。なんて仕事をやってれば、そりゃ心も荒むだろう。それは想像に易いことだ。

 

しかも彼女のところは、定期契約だから。決まった相手がいない人か、パートナーが少ない人という相手が中心だ。要するに性格に問題がある男性が多いわけで。心無い言葉をかけられることも多いだろう。

 

高校生以下の俺が価値が高いからなんとかなってたわけで、今日みたいなことが続けば、まぁ彼女は……

 

どちらにせよ、俺が高校卒業したら、特別契約先でなく、通常のそれが1つになるのだから、大変だろう。同情はするがどうにも出来ないことだ。

 

「こんなん忘れてくなよ」

 

先程彼女が、玄関の段差で土下座した時にひっかけたことにしたい、伝線し脱ぎ棄てられたストッキングをゴミ箱に放り込みつつ、また俺の価値が減っていく感覚を覚えて。

むかついた気分で食うレトルトカレーは、味が薄く感じた。

 

俺にできることは童貞で恋人なしの今の間は、当分続けることだけだから。

それは枯れるまでってことだな、と前世さんの言葉が頭に響くのだった。

 



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親友同士構築が似るのはよくある

祐の恋人関係は結構うまくいっているようだ。

夏休みも折り返しに差し掛かり、宿題などとっくに終えた俺は、祐の家で彼の宿題を手伝ったときにそう思った。

 

理由はわかりやすく、今時紙のカレンダーに予定を書き込む祐の癖で、毎日のように誰かとのデートが入っていることが分かったからだ。

 

俺がバイトに精を出している間にリア充活動である。おう、いいぞもっとやれ。だからこの華の家にお泊りというのは触れないでおいてやるよ。

 

夏は書き入れ時で短期のバイトを……なんてできればいいのだが、男性更衣室を用意できないとかで、野郎向けはあんまりないため、結局いつものバイトのシフトを増やしているだけである。

 

クッキー嘔吐事件の後竹之下とは少しぎくしゃくしたが、顔を合わせる回数が増えて、すっかり元通りだ。昨日も元気に宿題終わったんですかと煽ってきたため、余裕でと返しておいた。残念ながらうちの高校の方が偏差値高いんだ……共学だから。

 

さて、そんな些事は置いておいて、大事な祐のハーレム事情だが。やはりというべきか気づいたことがあった。

それはゆかり先生とのデートの回数が極端に他に比べて少ないことだ。受験生の先輩ですらちゃっかりコンスタントに会っているのにである。

 

 

社会人の為余暇が少ないのもあるが、やはり先生という立場がそうさせるのだろう。というわけで、早速余計なお世話を焼くことにしたのだ。ちょうどよい行事もあったので。

 

 

 

あくる日、今日俺と祐は暑い中制服で登校している。なんてことはない登校日だからだ。いや厳密には登校日ではないか……強制されるボランティアの日だ。そう、学校説明会に駆り出されるのである。学校は何時だって生徒を搾取する。

 

1,2年の男子生徒は全員参加である、実質的に客寄せパンダだが仕方ないであろう。まぁ、これも社会の闇の一部だ、去年鯉田姉妹と祐が2度目に出会ったイベントなので、無下にはできないのだ。

 

3年は受験だし新入生と会うこともないしで免除されるが。2学年併せても10人しか男子いないのだ。そら有効活用するよね。

 

閑話休題、去年もやったようにイベントを手伝い、ちょっと話をしたりとして数時間の拘束が終わった。俺は基本裏方だったけどね。それは良い望むところだし。そして放課後、というか要件が終わった後にこう切り出すわけだ。

 

「先生―カラオケ行きませんかー、英語の歌歌ってモテたいんですけど」

 

教室には俺含めて男子4人とゆかり先生だけである。一応学校行事なのでフィードバックがあるのだ。

 

「え、カラオケ? 突然?」

 

「いや、夏ですし、祐も行くよな?」

 

「あ、うん。お前が行くなら」

 

先生達もこの後解散なのは知っている。そして祐とはこの後デートの予定が入ってないことも。

いや、そこは入れておけよとは思ったが、まぁ夏休み前に説明会の後は祐とゲーセンにでも行くかーくらいの話を前にしてた記憶もある。

 

いや、それで空けられてたとかはないよな? 適当な口約束だぞ、デート優先しろよ。まぁいいか。今は置いておこう。

 

「うーん、そうねぇ」

 

雪之丞君は、そそくさと教室を逃げるように後にしてるし、もう一人の杉崎君も悪いパス と言って帰っていく。まぁ雪之丞君からしたらね、うん。仕方ないね。

 

「一応引率がいた方がいいかと思いまして」

 

夏の繁華街のカラオケに男子だけで行くのは、高校生になっても、まぁ推奨されていない。

 

「それじゃあ引率という意味で、ついていくわ」

 

「ありがとうございます、じゃあ祐行こうぜ」

 

一応俺は先生と祐の関係を当然知ってるし、先生も知られていることを知っているはずだ。この前のプールでも俺に対して何にも言わなかったわけだし。

 

という訳で、教師と生徒がカラオケに行くことに成功したのである。学校側でも、生徒が英語の歌を歌いたいと自発的に発言したのを面倒を見る形である。

放って置いたら祐が勝手にデートを始めるのならいいんだけど、たぶん祐の性格上ないからなぁ、基本休日の完全オフの日しかデートに誘ってないみたいだし、そういった方向でのリスクは取らないのだろう。

 

もちろん俺は適当なところでドロンするつもりだ。できれば受付前でカラオケ屋の少し手前で消えるのがベストなんだよね、金もかからないし。

 

そう考えながら、祐と一緒に出発前のお手洗いに行くのであった。

 

 

 

 

「わぁ! ゆかりさ……先生歌うまいですね」

 

「ふふっ、ありがと。よくエマ達と一緒に来てたから。昔の夢はアイドルだったのよ」

 

「へぇ? 可愛い夢ですね」

 

「そ、そう? 少し恥ずかしいわね」

 

 

 

目の前で、年上のお姉さんが格好良く歌い上げたのをほめる少年という、とても心温まる光景が繰り広げられている。これを見るつもりはなかったのが、見れた事自体は大変眼福である。

 

そう、俺もなぜか今カラオケにいるのである。それもこれも全て今横にいるお方のせいだ。

 

「昔のゆかりはだいぶ夢見がちだったからな」

 

「もう、エマったら。あなたも大概じゃない、変な癖も治ってないし」

 

「仕事には支障ないだろう」

 

ここまで車で送ってくれてそのままついてきた、山上エマ先生である。相変わらず前の開いたジャージ姿だ。俺にダイエットをするように迫ってくる人格者の先生が、なんでいるのかというと……

 

まず祐とのトイレから戻ると、教室に残っていたゆかり先生が誘ってもいいかしらと祐に確認をとったのだ。当然祐は即答でYESであり、直ぐに連絡が行って気が付けば教師2生徒2でのカラオケとなった。

そうすると逆に俺がドロンすると、祐と先生二人相手になる。ならば俺が居たほうが状況の把握とコントロールができるだけマシだ。

 

山上先生がハーレムメンバーに入るのならばいいんだが、この人は全くそういう素振りがないのだ。風のうわさでは年上の男性が好みとも聞いていたし、真面目だから生徒は完全に対象外なのだろう。せめて祐からの矢印があればなのだが、色々あってあいつはゆかり先生派なのだ。

 

友人とはいえ女性が二人いる感じにして、ゆかり先生が山上先生に気を遣うよりかは、俺がいれば自然と2:2となって先生が祐とイちゃつけるだろうと判断したのである。

その代わりと言っては何だが、祐とゆかり先生はとてもいい雰囲気だ。俺がいるの忘れているんじゃないかというくらいに。

 

最も、祐とゆかり先生は最低でも恋人、十中八九婚約関係で。恐らく肉体関係もあるだろうという仲なので。正直気を回しすぎだとは自分でも思っている。

それは大変結構なことなんだが、あの、ここに山上先生という部外者がいて

 

「ああ、安心しろ。出部谷。ゆかりの件は私も知ってる」

 

「あ、そうなんですか」

 

と思ったが、どうみても教師と生徒じゃない距離感で座っている二人をみても、何も言わないどころか、理解を示してくる。山上先生への懸念事項が全部消えたと言っても過言ではない。まぁ親友同士らしいし、いろいろ話すことはあるのだろう。

なんだ、なら適当にこっちで話し相手になってもらいつつ、たまに歌えば大丈夫か。

 

「とはいえ、ゆかりが羽目を外すようなら止めるぞ」

 

「まぁ、それははい」

 

公共の場なので、この後休憩できるところに消えるのも自己責任ならいいいけれど、さすがにここでは節度が大事だ。

まぁ、結果的にゆかり先生は彼氏といちゃいちゃできつつ、親友のことを気にかけないでいい程度に俺がいるというのは良かったのかもしれない。

 

タンバリンを振ってる祐は本当お前そういうの似合うなぁという感じである。

 

ただ、少しこの4人となって思い出したことがある。前に祐がゆかり先生をきれいな先生だなと言った件だ。

それをどこかのタイミング、男子だけで自習だった時間で掘り下げて聞いたことがある。確か女子の身体測定だったか? まぁ人数が偏っているためままあるのだ。自習時間。

 

いわゆる野郎同士の下賤なはなしであり。その際に、祐は好みの女性として、ゆかり先生をあげて、優しそうで少しおちゃめな感じがいいと言っていた。華には聞かせられないはなしである。

そしてその話聞き出すために俺の好みとかも吐き出したがまぁ些事か。

 

「ん、どうした? 出部谷」

 

「いえ、特には」

 

こと外見だけで考えるのならば、ずばり横にいる山上先生は俺の好みど真ん中だ。背も胸も尻もでかくて足も太い。以上! うん我ながらわかりやすい。だが、まぁそれだけである。祐にも伝えているし、年上好きの俺たちを宇宙人を見るような目で見てる雪之丞が印象的だったが、君も一桁超えると怖いは相当アレだからね。この前学校に来てた用務員の方の娘さん(小学生)がかわいかったはさすがに逆張りが過ぎると思うよ、雪之丞君。

 

まぁそういうわけで好ましい、女教師とのカラオケであるが。

無事好みの教師を5番目かの奥さんにする予定の祐と。

 

「にしてもお前、運動続けてるのか? あまり痩せてないぞ……少し筋肉はついたようだが」

 

「夏バテとかはないタイプなんで」

 

一方的にダイエットメニューを送られるだけの俺だ。

まぁ世の中そんなもんだ。

 

ともかくそんなこんなでカラオケはそこそこ盛り上がったのだ。デートっていう感じではなかったけれども。祐が恋人とどんな感じに過ごすのかも多少知れたし良かったとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室、現代では時代が回り少なくなった自分用のパソコンを持っている俺は、先ほどからぴょこぴょこ通知がうるさいメッセージアプリを開いて返信をかいている。

静かな夜であるが、通知音は切りたい。

 

 

《毎日勉強ばっかで、亜紗美に会えないのつらい》

 

《向こうも忙しいから、一緒に勉強なんて誘えない》

 

《でもたまに息抜きで買い物行ったら亜紗美が下着新調してて辛い、またサイズの更新だったのよ》

 

まぁこんな感じで取巻き先輩からは定期的に鬼通知が来るのだ。もうただ愚痴を聞いてあげている感じでしかないけど、一応は丁寧に返す。

 

「まぁそら大きくなる要因はあるだろうからなぁ……」

 

この情緒不安定な取巻き先輩は、以前連絡先交換してから、たまにこういったチャットの爆撃が来る。受験勉強のストレスで壊れかけているのだ。

夏休みに入って虎先輩と会える回数が減ったので、如実に爆発の頻度が増えている。

 

《また愚痴は聞きますので我慢してください》

 

《それはありがたいけれど、そうじゃないの亜紗美に会いたい》

 

そして俺は虎先輩が割とコンスタントに祐と会って遊んでいることを知ってる。何ならこの前は祐抜きで華と料理の練習なんてしてたのも。それでいて成績は落としてないんだから頭の出来が違うと思う。というかなら会ってやれよと思う。

 

《十三はもっと亜紗美の写真を撮りなさい》

 

《別に虎先輩専属キャメラマンでもないんで、祐と華が中心ですから》

 

正直うざい絡みされるのは面倒だが、虎先輩との仲を引き裂いたのもある意味俺ではあるので、良心の呵責と面倒くささが拮抗するまでは相手をしている。虎先輩の情報はいまだに役立つものも多いので。

 

《祐さまは格好良いけど、やっぱり亜紗美の顔が見たいわ。水曜日の午後とかでいいかしら?》

 

《15時までバイトですからその後なら》

 

定期的に開かれている、俺の最近取った写真の閲覧会兼、愚痴を聞く会である。俺と居ると遠慮せずにぶちまけられるからという理由で、たまに呼ばれる。チャットでもこんだけ書いて、直接会って似たようなことをいうのは、生産性の点で疑問だ。

ただ、俺と一緒にいると周囲の視線が多分、虎先輩といる時と逆になるのが良いんじゃないかと俺は考えている。要するに俺と居る時はあの娘かわいいのに、男の趣味悪い。という調子で彼女が美人側に分類されるのだ。

取巻き先輩が虎先輩といる時? 気分が悪くなるので黙秘だ、べつに取巻き先輩も充分以上に綺麗だと思うのだけどね。虎先輩が規格外なのは認めざるを得ない。

別にどうでもいいのだが、取巻き先輩は俺の名前もデブとかブタとかいう言葉をつかいたくない、漢字が違っても呼びたくないという高潔な理由で名前で呼んでくる。気にしすぎだと思うが、Fワードを言う口は汚くなるという迷信みたいなものだろうか?

 

 

というか祐はさまづけで俺は呼び捨てなののほうが俺的に納得いかない。

 

事実、取巻き先輩は祐に対しての好感度もかなり高く「亜紗美とお似合いよね」といえるほどなのだ。取り巻き先輩的に祐になら任せられるという。

 

なので、祐のハーレムメンバーに追加できないかと虎先輩に相談したけれど、本人が乗り気じゃないから駄目だといわれてしまった。祐ですら、ちょっとあの人は……と言ってたので、可哀想だと思う。

 

そら、虎先輩程じゃなくても普通以上にかわいいしスタイルもいいのにね。努力家で手先が器用で手芸が趣味という、割と男の求める女性像に近い人なのに。性格というか言動が少しきつめだけどね。

 

というか虎先輩がもらってあげるのが筋だと思う。厳密には。

 

《にしても本当にあんた写真撮ってばっかよね、自分はいないの?》

 

《カメラマンなんだからいないに決まってるでしょう》

 

何を当然だと思いつつ返す。既に彼女の脳内は今度あった時の写真のことで頭いっぱいなのだろう、別に前回見せたのと対して変わらないのに。

 

《あんたのダサい水着で笑えるかと思ってたのよ、残念だわ》

 

《はいはい、そりゃ悪うございました》

 

文面だと少し砕けた口調になるもんだなと、いつもより当たりが弱く感じる取巻き先輩の為俺は写真のデータを整理する作業に戻る。

 

まぁお世話になってる受験生の先輩の為だ、仕方ない。

なにより、お茶代金は向こう持ちなのである。金欠なのにそのくらいはしないとと真面目である。

 

明日は何のケーキを食べるか考えながら、写真をフォルダ毎に分けるのだった。

 

 

 

 




そろそろぶた君も大分頭おかしい奴だというのが、定着してきたとおもいますが。

次から一気に展開が動く予定です。


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手札がわかってても対策できなきゃ意味がない

 

 

 

「先輩、一生のお願いがありますっ!」

 

 

バイト中からそわそわしてた後輩が、もはやいつも通りと言わるようになった、高校生故の同じ上がりの時間に、殊勝な態度でこっちに頼み込んでくる。

俺の表情が苦虫をかみつぶしたものになるのを自覚しつつ、話を聞くことにする。

 

「ことわ「まだ何も言ってないんですけどぉ!」

 

つい反射的に拒否しようとしてしまったらしい。そもそも一生のお願いが文言通りなら、そろそろこいつは解脱できてる頃だ。お前も2回つかえるなと前世さんが言ってるが、ブラックすぎるな。

 

「話せば、長くなるんすけど…」

 

「……」

 

手短にしてほしい。

しかし色々思うところはある。そもなんで俺はこいつの話を聞く義理がある? さんざんシフト変わってやってるし、この前はゲロも吐かされて、不能になりかけたというのに。まぁ謝ってもらえたしそれは良いか。ただ唯々諾々と聞くとこいつは絶対につけあがるからなぁ。

しいて言うのならば同年代で数少ない、普通に話しかけてくる娘だからか。どうにも甘やかしてしまっている。「そんなことで拾った好感度なんて塵にも等しいぞ」と前世さんが言うが、そんなもの自明の理だ。

 

「あ、あたしって、彼氏いるじゃないですかぁ?」

 

「ああ、いつも言ってるな」

 

こいつの彼氏自慢は割とうざったいが、相槌を打つだけでいいので楽な部類ではある。

 

「イケメンでハイスペックで幼馴染で病弱でお前にべた惚れでお前だけを生涯愛するって誓ってくれる彼氏だったな」

 

「そ、そう! それです!」

 

女子高に通うこいつは、学園でのリア充っぷりと彼に如何に大切にされてるかを定期的に語ってくる。自慢話をする場所が他にないのだろうか?

 

「学園の友達に、彼氏に会わせろって言われたんです」

 

「会わせればいいじゃないか、週末か? お前シフトなかっただろ」

 

至極もっともな意見だ。まぁこの世界では男と隙を見せたら食われるから、会わせたくないという意見も一定以上存在する。しかし双方が強い愛で結ばれているのならば何も問題ないだろう。実在するのならば。

 

「小さい頃から家庭教育を受けて居るほどに、病弱なんでって断ってきたんですけど、写真の一枚も見せないのはおかしいって言われて」

 

「見せればいいじゃないか」

 

写真にすら写りたくないというのはなかなかいないし、いたとしても彼女のためにふつうは写るだろ、こんな社会で一夫一妻でいたいと言ってくれる彼氏なら、普通は。

 

「そっからはもう、売り言葉に買い言葉、じゃあ、実際に会わせてやるって!」

 

「ん?」

 

おい、なんか話飛んだぞ、実在証明がないぞ。と言いたいが飲み込む。正直9割以上確信はあるが、あえて乗っておく。

前世さんがいつも笑ってるし、そういう事なんだろう。

 

「ただ、病弱で家から出れないし、彼の家に招くのもしゃくなので? 外で代わりの彼氏役を用意して会おうと思うんですよ」

 

もう、理論がめちゃくちゃだな、協力を頼むならそこは真実を告げるべきではないか? と前世さんも仰ってるぞ。

 

 

「祐を紹介してほしいのか」

 

「あ、えっと、その、は、はい、そうです。先輩は、その、イケメンじゃないので……」

 

しおらしく俯きながらそう言う竹之下。まぁハイスペックな男子と言われてイケメンも条件に入れたら、彼女の知己ではそのくらいしか候補はないだろう。というよりも竹之下は、ぶっちゃけ件の彼氏と俺以外に、日常会話する男いるのってレベルの娘だし。たしか母親と二人暮らしで父親はいないと言ってたからな。

 

「随分巫山戯ていること言ってるな? お前?」

 

「わ、わかってるんです! でもそうしないと、私の学校での積み上げてきたものが!?」

 

いや多分、友人もわかってからかってると思うぞ。さすがにそろそろ精算させようってだけで。終わってみれば青春の1ページになるんじゃないか? 知らんけど。

 

「俺に何のメリットもない、やる理由がない、祐は忙しい」

 

「そこを何とか!? かわいい後輩の危機ですよ!?」

 

割りとミスもあるし態度が不真面目なので後輩としてはともかく、いち女子高生としてかわいいのは認めよう。しかし、それでいう事聞くような俺ではない。

シフト変わっているのだって。限界以上に最初から入れると店長が入りすぎと注意するから、むしろ都合がよかったのである。

 

「じゃあ、なんでも! 何でも言う事聞きます! 1つだけ!」

 

「ん?」

 

お約束だが、この手の約束を吹っかけてくる奴にろくな者はない、どうせ口約束と反故にするか、それは対象外と跳ね除けるか、こっちが頼めなくて日和るように迫るかである。しかし、渡りに船だ。こちらもやってほしいことがあるから。

 

「書面で用意するならいいだろう」

 

「え、ほ、本当ですか?」

 

「ああ、祐が頷けばだが、話は通してやる」

 

まぁあいつのことだし、スケジュールが空いてれば、俺のバイトの後輩の彼氏のふりをしてその友人にあってくれ。というどう考えても頭のおかしいお願いも……この前のノートと次の試験の山勘と対策と、後は飯を奢るのと今度遊びに行く場所は向こうが決めるあたりで何とかなるだろう。うん。ならなかったら諦める方向で。

 

「あ、ありがとうございますっ!! 」

 

「確約はできないぞ、断られたら素直に友人たちに謝れよ」

 

「は、はい。天の助けです! も、もし断られてもなんでもお礼はします!」

 

ペンを走らせながら、テンションが高くなっているのか、前払いで確約までしてくる竹之下。流石に哀れだからその場合はお願い程度で良いと思うぞ。

 

「そうか、それは助かる」

 

そうして、竹之下の署名をしっかり確認してから、彼氏のふり作戦が実施されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐が驚くほどあっさり承認したので、早速デート当日。いやデートというか一緒にファミレスに行くだけのようだが。忙しいくせに、確かにその日は空いていたみたいだが、それにしたって二つ返事で受けるか? 普通。お前の友人の頼みなら喜んでって。

 

まぁこれはいい機会だと思う。竹之下は他校の生徒で祐との接点も薄いからあまり考慮していなかったが。

彼女は祐のハーレムにはあまりいなかった、からかってくるタイプの性格だ。

 

髪型は活発な印象を受ける切りそろえられたボブで、それでいて最初は割りと人見知りしているが、慣れると急に図太くなるタイプの娘であり、俺も騙された口だ。

 

こういう娘が一人くらいいた方が、メンバーのギスり具合もなくなるだろう。トラブルメーカーでもあるかもしれないが。

背丈はちょっと小柄だが、祐のメンバーには先生だけのいや虎先輩も入るか、持つもの側の娘でもある。

 

1日一緒にいればどころか 数時間でも一緒にいれば竹之下も祐の魅力に病みつきになるだろう。俺が面倒を見ているタメの後輩とたまに祐には話しているからか、それとも俺と普通に話す娘なんだと言ってるからか、祐からの好感度も高めのはずだ。

 

だから今回の話を二つ返事で受けてくれたのかもしれない。

 

それに、イケメンの彼氏がいる……と自称しているわけで、顔が良い男性が普通に好きで変にひねた好みをしていないはずだ。面倒な絡みはあるが悪い奴では決して無いし。もしかしたらこれは彼女なりのアプローチで何度か顔をみた祐との接点を作りたいということなのか?

 

であれば、可能な限りお互いがいい感じになるようにするべきである。祐が気に入れば晴れて第六婦人になるだろう、学外にも食指を伸ばすタイミングが来たのである。想定より早いが、このペースなら卒業までに2桁の大台に……いや、相手の検証をおろそかにしてはいけないな。まだ鳥槇先輩を虎先輩の許可をとって巻き込むほうが良いだろう。

 

そうと決まれば俺も気合を入れねばなるまい。少し早い時間だが家を出て聞いていた待ち合わせのファミレスへと向かうことにする。

 

しかし、事前に打ち合わせでもするのだろうか? 話を合わせないといけないだろうに。連絡先を交換してる様子も俺を仲介してのやり取りしかみていない。あぁ、普通に3人のチャットから個別のチャットに移ったのかな。

 

なら、俺の考えよりも仲が進んでいるのかもしれない。

「また可愛い女の子がお前じゃなくて祐の事を好きになってよかったな」と前世さんも言っている。

そのとおりだ。竹之下の俺への雑絡みは嫌いではなかったが、先輩に対する甘えであったし。彼氏自慢をしてマウントを取るけれども、本質的には善良な娘だ。しっかりお礼も言えて反省もできる。ならば、真っ当な形で祐と付き合って幸せになるべきだろう。

 

もう言ってしまうが、妄想の彼氏よりかはずっと健全のはずだ。

何れはそこも友人たちとやらに謝って精算してもらおう。いや、実際にイケメンの彼氏ができるから、詳細こそ違うが成立するのか。

なら、あまり調子に乗らないように釘を差すのが先輩としての最後の指導かな。

 

というわけで、待ち合わせのファミレスの近くまで来た。既に祐はいるだろうかと外の窓から中を覗いて、ついでに俺が陣取るべき位置を探そうとして見ると……

 

 

「ちょっと、いいかな?」

 

 

後ろから急に声をかけられる。聞き覚えのある声だな。

なにせこれは俺の幼馴染で数少ない友人の一人華ちゃんの声だからな。

 

「え?」

 

いや、なんでこんなところに? 家からも学校からも離れた場所だぞ? おかしいね?

そして、これはすごく怒っているときの声だ。

 

優しくて控えめな華は滅多なことでは怒らないけれど、妙なところで爆発するんだ。

だからまぁ、怒るとかなり怖い。確か最後に怒られたのは、ババ抜きの時に華の後ろに姿見があったから、俺と祐が圧勝したときに、それがばれたときか? 結構前だが、あの表情は非常によく覚えているぞ。

 

「や、やぁ華ちゃん奇遇だな、いい週末だ」

 

振り返りながらそう言うと、いつの間にか、路肩にいつぞや見たの黒いごつい車、祐や華のところの社用車が止まっていて。

 

「ちょっとお話があるんだ、来てくれるよね?」

 

中には祐のハーレムメンバー4人、華を含めれば全員がいた。

 

街中で起こるエンカウントイベントにしては急すぎるだろ。思わず横をみれば運転手さんが道を塞ぐように立っておられる。逆側は華がいて、道路には車だ。うむ、逃げ場がないぞ。

むりやり華を突き飛ばすなどの力技で逃げれなくもないかもだが、正直運動は祐よりも得意な華に、3人で最下位の俺は奇跡に頼ること無く。おとなしく華に従って車に乗ることにする。

 

しかし、どれがバレたんだろうか。

閉まっていくドアが、断頭台のギロチンに見えたなんてのは言い過ぎかなと思う。

 

なにせ、俺は何も悪いことはしていない。皆の後押しこそはしたけれども。

 

そう自分に言い聞かせつつ、俺はシートベルトをしめる。

どうせ逃げられないんだ。腹をくくろう。

 

 



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時間をまたぐ誓約は忘れられがち

だいぶ【気持ち悪く】仕上がったので、一応閲覧注意です。


 

俺と華を乗せて走り出した車。みんな無言である。華は助手席に座らずに俺の横に座っている。まぁ9人乗りのでかい車なので、何ら支障はないが。空気は重い。

 

女の子5人と別に運転手付きでの週末のドライブなんて、いくら金を払えばできるのだろう? とそんな現実逃避めいた考えが浮かぶ。「お前だったら100万でも無理だろ、撮影系の会社でも立ち上げてそれ目的にしてやっとじゃないの?」と前世さんが悪態をついているが、否定できない。

 

「それで、皆さん揃って何の用で? 祐なら今日はファミレスに行くって言ってたぞ」

 

俺の声に誰も言葉を返さない。おう、怖いぞ。無言はつらい。

 

 

「出部谷くん、わたしに隠してることあるでしょ」

 

一拍置いてそう言ってきたのは華だ。呼び方が堅苦しいけれど、まあ状況と心境的なものだろう。

 

「そりゃまぁ、いくつもあるけど、全部を共有しながら生きてるわけじゃないし」

 

「ゆう君のことで、どうしてみんなに協力したの?」

 

 

開幕ど真ん中だ。まぁ祐との関係以外は割とストレートに来る娘だったから、おかしくはないが。

 

「豚君は私にも協力してくれたそれは感謝してるわ。でも正直それ位で終わりと思ってたのよ」

 

先輩がこちらを見ながら追従してくる。まぁ自然に考えて彼女から見た俺は祐へのちょっかいを出してくる先輩をいろいろな意味で留める為に動いた。と思われるだろう。

しかし、この社会に置いて男性が複数の女性を囲むのは当然のことで、俺は何も悪いことをしていないはずだ。

 

「うたも、ふみも先輩のおかげで祐先輩とお付き合いできました」

 

「だから、ありがとうございます……でも」

 

双子に関してもだ。姉妹まとめての方がトラブルもなく、何も問題はないはず。彼女たちが望んでしたことであり、俺はただきっかけを作ったに過ぎない。放置したら彼女たちはそのままただの後輩止まりだっただろうけれども。

 

「いや、私は割と職を失いかねなかったのだけど」

 

「それについては、すみませんとしか」

 

ゆかり先生はまぁ立場上難しかった。まぁそれでも俺は選択権を差し出すまでしかしていない。リスクを取ってまで祐と付き合うことにしたのは先生だ。自身を抑えていたのを緩ませるようなことをしたのは事実であるが。

 

「昔言ったよね、いつか華をお嫁さんにしてやるって」

 

「ああ、言ったぞ」

 

言い方は紛らわしいが、華を祐のお嫁さんにする約束。これははっきり覚えている。別に華が俺に好意があるとかじゃなくて、祐をめぐる女性トラブルが本格化してきたときに、おれが華に約束したことだ。絶対くっつけるぞと。

 

いやまぁ正直その頃から後はどっちかの告白だけだったけどね。俺は何もしなくても君たちはいずれくっついたはずだし、くっつかないなら俺が何かを絶対するはずだ。

 

祐は立場をしっかりしてから迎えに行くくらいの悠長な考えだったし、華はリスクを恐れて石橋をひたすら叩いてたしで。

俺も祐はハーレムを作って欲しい、それも良い娘だけで固めたという考えだったから、ある程度メンバーの選定が出来るまでは、現状維持に努めていた。綺麗に全員の意思が一致していたわけだ。今年の春先までは。

 

「だが、華だけをお嫁さんにするとは言ってないぞ」

 

「それは良いの。仕方ないから。でも、ゆう君の気持ち聞いた?」

 

「勿論、ここにいる皆の事を一定以上に好ましく思っているのは、しっかり確認したぞ」

 

そう、俺は何も悪いことをしていない。祐が好感度を持っている相手に祐を好きな娘の中で機会を提供しただけだ。そこに俺の楽しむ心があったのは否定しないが。誰かを傷つける意図は一切なかった。社会的にもだ。

 

「どうして君の都合で、ゆう君が恋愛しなきゃいけないの?」

 

「え?」

 

「【今になって】急にゆう君がみんなと付き合ってるのって、全部ぶー君の都合でしょ!?」

 

 

それを言われると弱い。この時期に始めたのは、実際に完全に俺の都合だった。このままゆっくり放置していれば、華と先輩だけで終わりそうだなと思ったから。

まず華を1歩押し出して、それに追従をさせる形にした。

 

華と祐の場合はそれぞれの両親と会社的にも早い方がいいだろうっていうのもあったから。完全に俺の都合ってわけでもないが。ああ、これも周りの都合か。

 

「……確かにそれは俺の勝手だった。だけれども、現状に不満はあるのか?」

 

そういって周囲の顔を見渡す。理想的ともいえる女性間の階級争いがほぼないハーレムだ。これには華ですら黙るしかないだろう。

 

正直に言うと、華が仲良くできそうかっていうのも選定基準に入ってたんだ、小さい要素だけど。そういう意味で取り巻き先輩とかも是非にだったんだが。まぁいいか。

 

「じゃあ、先輩はこれからも祐先輩の女性を増やしていくつもりなんですか? 大丈夫そうなら」

 

「否定はしない」

 

当然まずは5人と考えていたわけで、今後も祐の反応次第でガンガン増やすつもりだ。本当は否定してこの場を乗り切りたいが、そもそも現在進行形で竹之下と祐が会ってるんだ。場所を押さえられた以上知っている前提で問答をするべきだ。

 

「スケジュールとか、色々無理があるでしょ」

 

「俺が出来る範囲でサポートはするつもりだし、しているだろう」

 

 

勉学や将来的には仕事と大変になるだろう。そして、女の子同士のデートなども煩雑になっていくはずだ。男女の営みに関しては代わってられないけれども、それ以外の雑事や、スケジュール管理やらなにやらの手伝えることはやるつもりだ。

 

マンネリ化したとかいう相談されれれば、提案型営業もできるだろう。知識だけはあるからな。

 

「それはあなたが今学生だからで────」

 

「将来的に仕事以外で忙しくなる予定もないが」

 

「あなたに彼女とか恋人が出来たらどうするの」

 

「できるとでも?」

 

 

先生の諭すような言葉に対しても俺はかすりもしない。こんな阿呆で不義理なことをしている男で外見も醜悪だ。そんな俺に恋人ができるなら、そいつは相当偏屈な金目的な奴だろう。不細工専門で、性格破綻者が好きで守銭奴ということだ。

 

今見えている人生のレールにおいて、俺は祐から離れない限り地位や給与でも祐を上回ることが一生ないのだ。そして俺に祐と離れるつもりもないので、横に最高の男が常に控えていることになる。

 

憐憫や博愛精神に狂うほど染まった娘がもし、俺のことを好きになったら。底抜けに優しいその娘こそ報われるべきで、つまり祐と結ばれるべきだ。それが一番の幸せになるのだから。

 

 

「さっきから! 何様のつもりですか!! 祐先輩は、うた達は貴方のおもちゃじゃない!!」

 

「勝手に祐先輩の恋人を作るように誘導しないで下さい!!」

 

「祐かその娘が求めているのを確証してから動いたんだぞ」

 

俺の悪びれない態度に双子が噛みついてくる。だが勝手にではない。華は望んでたし、先輩は狙ってた。君たちだって諦められなかったし、先生は飛び込んできた。そして祐が応えた。

 

「そうじゃない! 貴方はもう戻れないように逃げ道を塞いでから声をかけてる!」

 

「……そんなことはない」

 

その言葉は否定しきれない。でも肯定するわけにはいかない。

「ほら、また平気で嘘を吐く糞野郎だ、そうまでして周囲から同情を買いたいのか?」 前世さんがそう言ってる。ああ、そうだ。俺はどこまで行ってもモテない事で周囲の同情を買う。そうすれば少し心が救われるから。

 

「そんなんだからモテるわけないんだ。大人しく惨めに静かに生きれば、少しはマシになる」昔から前世さんはそう言ってくれる。そのとおりだと俺も思う。誰にも必要とされないで生まれて育ってきたんだ。そういう人生の方向性なんだろう。「期待して傷つくのは馬鹿のすることだ」全くもって同意だ。

 

俺は単純な馬鹿だから少しでも優しくされれば好きになってしまいそうになる。しかし外も中も腐っているんだ。その優しさに漬け込む最低な奴にだけはなりたくない。前世さんが言うように傷つくだけなら恋愛なんてする意味がない。

 

だからこそ、祐だ。あいつは俺と違って、周囲から周りから愛されて必要とされて生まれてきた人間だ。そんな人間ならどこまでも幸せになり、多くの人に囲まれて過ごすべきだ。

 

祐は昔から度を超えて優しいやつだ。俺が祐には有害でしかないからと、遠ざけようとした女子ですら同情してしまうようなイイヤツなんだ。

華もそんな祐の優しいところが好きだから、他の女の子と祐が楽しそうに話していても、自分を抑えられるいい子なんだ。

 

だったら二人は絶対に幸せにならなきゃ嘘だ。

 

そうでなきゃ、俺は何のためにこんな変な社会に生まれてきたんだって話になる。俺みたいな欠陥品は欠陥らしく相応な人生を送る。今いるのは多分、祐を補佐するためだ。もしこの世界がゲームならきっと祐が主人公で、俺はモブか何かの一人だろう。それでいい。

 

俺はただ、何かの役に立ちたいだけだ。その結果もし、祐に嫌われても仕方ない。それであいつが幸せになるなら。

 

「ぶー君のそういうところ、わたし嫌い」

 

「え?……華ちゃん?」

 

「わたしもゆう君も、ぶー君の良いところ知ってるのに、いっつも自分は何もないみたいに言うの、嫌い。ゆう君もそう言ってるよ」

 

ああ、嫌われても構わない。親に捨てられ、国にも捨てられて、じゃあ、誰に望まれて生きてるんだって話だ。くそったれな社会の為になんてにしたくない。育ててくれた礼として、維持のために種を提供してる分で十分だ。

 

「いっつも優しくて、なんでも知ってて、頼れるお兄ちゃんだったのに、なんでそんなに【気持ち悪く】なっちゃったの? わたしもゆう君も友達が格好いい人だって、言いたいんだよ?」

 

少しだけ目に涙を浮かべて、華は俺にそう言ってくる。それを言われると弱い。俺が昔優しかったとかは置いておくとしても、格好悪い友達でいるのは、二人にとって良くないかもしれない。しかし俺が気持ち悪いのはもう仕方ないだろう? そういう星の生まれなんだ。

 

「話がそれてるわ、今日の要件は違うでしょ」

 

「そうよ、風間さん。話すのはこれからの事でしょ?」

 

「祐先輩に、もう女の子増やさないでください!!」

 

どこか複雑そうな顔でこっちを見ている虎先輩も含めて4人は、結局そこに行きつく。まぁそうなるよな。俺がどうこうとか、そんなのはどうでもいいんだ。俺にとっても。大事なのは祐のことだ。

 

「祐が望まない限りはもう増やさない。万が一俺に相談してくる子がいたら、相談には乗る。だけどこっちから誘導をしない。それでいいか?」

 

祐が望むなら、望むだけ女の子を祐のハーレムに入れるようにサポートする。そうして祐が幸せになれるなら、別にいいじゃないか。

 

勿論、ある種の既得権益をもっている今の5人からしたらたまったものではないかもしれない。しかし恋愛は弱肉強食だ。華以外は祐に飽きられないように自助努力が必要だろう。まぁ優しい祐が女性を疎かにするとは思えないけれども。

 

人は望まれなくても生まれてこれるが、誰かを幸せにしないとそれは人じゃない。つまり俺は人でなしだ。そんな人でなしが役に立つのだから、望むべきことではないか?

 

「要するに、祐が他を見ないほどに君たちに夢中になればいいんだ。そうすれば仮に俺に相談した娘がいて、その娘が祐にアタックしてもフられて終わる。それは俺の関知することじゃないだろ? 君らの理屈なら」

 

多少不満げな目で見られるが、納得はしてくれたらしい。こうは言いつつ、祐が望む限り俺は彼女たちが祐と幸せに暮らせるのをサポートするつもりだ。嫌がられてもやめない。祐か華が明確に拒絶するまでは。

 

「引き続き、何かあれば手伝う。祐のためならな」

 

「先輩って、祐先輩が好きなの?」

 

双子の妹に無邪気にとんでもないことを聞かれるが、正直その疑問は何度も通った身である。

 

「人としては大好きだが、こんななりでも俺はストレートだ。祐は恋愛対象じゃない」

 

「そうですか」

 

俺も恋愛的に祐を好きだったら、むしろもっと距離を置いたと思うな。こんなクソみたいな男に好かれる祐とか、考えただけで悍ましい。まぁそうじゃないからどうでもいいか。

 

「ともかく、今度から勝手に祐君の恋人関係にあれこれしないで、するなら予め言って」

 

「ああ、仕方ないが同意する」

 

 

そうして俺は業腹ではあるが、祐の無限ハーレム計画を修正せざるを得なくなった。まぁ祐が少しでも不満なら女性と偶然の出会いすら演出するが、しばらくはいいであろう。まずは5人、今日の結果次第では6人の奥さんで始めてもらう。それでも十分幸せだろうからな。

 

 

ただ、途中で華に言われたことは、少しだけきつく感じた。

 

格好良い友達でいてほしい、か。

 

とても無理な相談だけれども、格好悪い人間で申し訳がない。「クソみたいな性格で生まれたんだから仕方ないだろ、他人と距離を置いて同情を引くのを我慢すればいい」前世さんがそう言っているのを噛みしめる。寂しさはあるがその通りかも知れない。

 

俺の内心なんて毛ほども価値がない。流されやすく一貫性がない男なんだ。何度も楽な方に行こうとして前世さんがブレーキをかけてくれてる。踏みとどまるのは人として当然だから、格好良くはないだろう。

 

後で華には別に謝ろうと思いながら、俺はこのドライブが各々を送り届けて早く終わることを祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ご友人にもよろしくね」

 

「は、はい、龍瀧さん! 今日はありがとうございました!」

 

 

竹之下さんだったか。親友のバイトの後輩とのなにやら愉快な状況の為、彼氏のふりをすることとなった。面白半分思惑半分で受けたけれども、たぶん本人的には誤魔化せたと思っている様子だ。

 

ご友人方は彼女がいない間に僕に 役者さんですか? って確認してきたので、見破ってそのうえで乗っている訳だが、まぁそれはいいか。

 

ちょっと見栄っ張りなのと、多分彼氏の話自体は前からあるけども、彼に対して誇示するかのようなあの喧伝っぷりは。きっと彼女なりの駆け引きのつもりなのだろう。

不器用だなぁと苦笑しつつ、そして逆効果だと採点しつつ。僕はゆっくりと帰路に就く。

 

さて、折角の機会だったし。これで華以外の皆もわかってくれるといいけど。まぁ亜紗美さんは別口で肯定的ではあるので大丈夫かな。

 

いつの間にかというと少し失礼だが、僕のことを好いてくれる女性たち。華は……元よりだけれども。彼女たちと今の関係になったのが彼の影響が大きいのに、正直な所気づくのが遅れてしまった。ゆかりさんの時でやっと確信した、自分の鈍さに笑いたくなる。

 

あの頃は急に距離を詰めてくる皆に困惑でいっぱいだったんだ。思えばそれも彼の狙いだったかもしれない。いきなり5人も恋人ができたけど今はとても幸せだ。戸惑うことは多いけれどもね。

 

そんな彼女たちにも、きっと今日のことのおかげで、僕に協力してもらえるようになると思う。あれだけ重篤なのを感じて貰えればね。

 

僕は、知らない人たちと話して少し疲れたなと思いつつ、軽い足取りで家に帰る。

 

「ねーねーお兄さん、今暇? これからどこか────」

 

「邪魔なんで失せて下さい」

 

歩けば棒に当たるほどに話しかけてくる、一山幾らの目障りな女は適当にそう言えば引っ込む。そのことには別にもう何も感じない。

今はもう、僕は昔の僕じゃないから。彼に庇われるだけだった弱い僕はもういないから。彼の手袋と顔を見る度に変わることを決意したあの日を思い出す。

 

「忙しくなるかな?」

 

時折、変な独り言を言う彼をどうにかしたい。華と僕はずっと甘えてきちゃったから。だからその為に僕は皆の力を借りたいんだ。

 

涼しくなってきた街の風を感じながら、僕は少しずつこれからのことを考え始めるのだった。



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キーカードが場に揃ってもコンボが不発なら無意味

次で第一部が終わるのでそろそろ残りの人物の紹介


取巻きの先輩
鳥槇 マキ とりまき

バイト後輩 
竹之下 純 たけのした じゅん

営業の人
駄場 沙央里 だば さおり


女子体育教師
山上 エマ やまがみ




 

「龍瀧さん本当に紳士で優しくて……モテるのも納得ですね」

 

「だろ? 最高の親友なんだ」

 

俺的にはかなりいろいろあったあの日の次のバイトの日。秋も深まってきたからか、商品の品揃えも変わってきた。そろそろおでんを出す時期で、あれは面倒なんだよなと思いながらも竹之下の話を聞く。

 

どうやら、祐はしっかりと役目を果たしてくれたようだ。どう見ても竹之下は祐にホの字である。壊れた機械みたいに祐のことを褒め称えている。俺としてもとても鼻が高い。

 

しかし彼氏はいいのだろうか。と一応念のため疑問を持ってみる。口には出さないのが仏心だ。

 

仕事中の祐への礼賛を心地よいBGMにしていると、楽しく仕事も終わる。華から言われた言葉は胸に重いし、他の女性陣に約束した以上。竹之下から頼まれない限りは祐とのこれ以上の繋ぎはしない。約束は守るくらいはして友人としての失点を少しでも回避せねば。

 

とはいえ、時間の問題だろう。連絡先も知ってる優しくて顔が良い、性格もいい実家も太い男子だ。竹之下が祐の好みとか情報を俺に求めてくるのは今日この後かもしれない。

 

仕事も終わり、引き継ぎも終わってしばらくだれも来ない休憩室で椅子に座り向かい合って、未だにリピートされている竹之下の語を聞いている。何時もはふ~ん程度である自慢話やらウザ絡みも祐のことなら楽しく聞けるから不思議だ。

 

最も今日はしっかりと要件があるから残っているのだ。

 

そう────

 

「まぁ祐が無事仕事をしてくれたのならば、対価をもらいたいんだが」

 

「あっ……」

 

 

竹之下からは、今回の件できっちり書面で何でもいうことを聞く権利にサインをもらった。俺は祐のスケジュールを俺のリソースで買い取り、それをその権利で彼女に売り払った仲介屋なのである。回収せねば大赤字だ。

 

もちろんこんな子供が作った紙切れ1枚に、法的拘束力はないとは思うが、こういうのは気分が大事だ。これを反故にしたらまずいという契約者の意識があることが重要である。

 

「という訳で、早速聞いてもらえるか?」

 

「い、今ですか!?」

 

きょろきょろと周囲を見渡し始める竹之下。要件を伝えるのは今此処でであり、別に実行自体はこの場でっていう意味ではない。けれどもニュアンスを伝えるのが面倒なので無視することにする。

 

「何でも聞く約束だからな」

 

「な、何をするつもりですか?」

 

髪を撫でたかと思えば落ち着かずそわそわと。俺の目の前で体をもじもじと揺らしながら肩を縮こませている。膝の上で手を組んでこちらを上目遣いで見てくる。

 

まぁそんな風に見ても無駄である、手心を加えるつもりは一切ない。もとより決めていたことだから。役に立ってもらうだけだ。

 

 

「これを使えば俺に絶対服従というわけで、相違はないんだよな?」

 

「はっ、はい!! 女に二言はないですよ! 先輩!」

 

さて、改めて言質も取ったし、いいように利用させてもらうつもりだ。俺の目的のために一肌脱いでもらうのだ。思わぬ形で幸運が舞い込んできたのだから。

 

「竹之下」

 

「は、はいっ!」

 

「俺の命令は」

 

めちゃくちゃいい返事だ、仕事中もこれくらいで返していれば文句はないんだが。まぁ今気にすることではないか。

 

 

「────お前にバイトを続けてほしいんだ」

 

「……へ?」

 

 

そう、俺は竹之下にバイトをやめてほしくない理由がある。とてもとても大事な理由だ。だからこのなんでも言うことを聞く権利は。当然彼女にバイトを続けてもらうために使う。実利優先である。

 

 

「え、あ、そのそれって、いやそんなことで?」

 

しばらく呆けていたが、再起動したのか慌てふためいている竹之下。まぁそんな無理難題ではないからな。拍子抜けしたのだろう。

 

「ああ、約束して欲しい。今年度は少なくともバイトを辞めないことを、俺はお前に働いていてほしいんだ」

 

「えっ……せん、ぱい?」

 

まぁ口調的に頼む形だが、竹之下に拒否権はないのだ。まぁそれでも気持ちよく頷いてもらう方がいいからな。だから俺は軽い頭を下げる、彼氏か祐と過ごす時間が減ってしまうかもしれないが、彼女に店にいてもらいたいのだ。

 

「あの、本当にそんな、お願いでいいんですか?」

 

「ああ。お前にこの店にいてほしい、ダメか?」

 

誠心誠意頼み込む。客商売をしている身であるので朝ヒゲも剃っている。最低限見窄らしくないだろう。であれば充分だこれ以上は加工のしようもないので。

頭上で小さく息を呑んだような気配がする。

 

「ダメ、じゃないです。それじゃあお願いは聞きます。約束ですし」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

顔を上げれば安心したような様子で竹之下がそう返してくる。笑みも浮かべているし、よっぽど俺に変な命令されるのが怖かったのだろう。それはまぁ仕方ない。こんな気持ち悪い男に弱みを見せたのだろうから。

 

じゃあそもそもこんなことするなって話であるが。見栄を張るために払う代償というか取ったリスクがあまりにも大きすぎると思う。

 

竹之下は見た目は少なくとも発育が良い可愛い女子高生なので、異性からの視線を意識してはいるのだろう。まぁその異性が周囲にはあまりいないようだが。それ故に色々不安だったはずだ。

 

「え、えっとそれじゃあ、先輩の来月の希望シフト聞いても────」

 

 

 

 

「あ、いや俺今月でやめるんだ。厳密には来週の試験前だからー、うん、出勤は明後日が最終日だな。あとは有給だし」

 

店長とはすでに話をつけてある、その時に竹之下ちゃんがやめないなら大丈夫よ。といわれたのだ。まぁ平日夕方のエースだからな我々は。なのでしっかりと相棒には言質を取ったのである。

 

こんな顔故に苦労して見つけた働き先であり、いろいろお世話になった職場だから不義理は働きたくない。しかしながら店長には申し訳ないけれども辞めて時間を捻出したい理由ができたのだ。

 

まず第一に、竹之下や他のスタッフの休日シフトを頻繁に変わっていたおかげで、予定よりも早く目標までお金がたまった。

 

そして祐の両親とも相談して、高卒で入社するんじゃなくて、先に大学に行きなさいといってくれたので、進学を本気で目指すことにしたのだ。返却不要は嫌なら、無利子で足りない分は貸そうとまで言われれば。俺も真剣に奨学金を取って大学に通わねばならない。

借りれると借りるは大きく違う。最悪どうにかできるのならば頼らず自分でできることを挑戦するチャンスである。

 

社長と先に話が通るって、コネとしてはすごい恵まれていてありがたい。今度お礼を言わないといけない。正直内心では命の恩人のように思っている。恐れ多くて口には絶対出せないけれども。

 

でもこれで高卒で入って金を貯めてから休職して進学という無理なルートをしなくて済むようになった。タイミングの良いことに結果的に祐の無限ハーレム計画も縮小したし。作りたかったな、愛人100人に囲まれる祐の屋敷。

 

 

「え? あ、あの、せ、先輩、辞め?」

 

「ああ、受験勉強に力を入れたいからな」

 

「……え? え?」

 

「ちょっと不安だったけど、竹之下になら任せられるからな」

 

竹之下は、サボりがちだけど必要なところはしっかり働いてくれるだろうし、安心して辞められる。

 

店長は 最悪追っかけて辞められちゃっても仕方ないけどねぇ、なんて言っていたが。続けてくれるなら万々歳だろう。

 

確かに仕事はしばらく大変になるだろうけど、竹之下に限ってそれを理由に便乗して辞めるなんて無責任なことはないだろうという確信はあったので。

 

その時に交渉してみます。と伝えている。後は店長に残ってくれる約束をしましたと言えばもう大丈夫だ。

 

「それじゃあ、お疲れ。これからも頑張れよ」

 

「え、あ、まっ!!」

 

まぁ俺は普段ここに客としても来ないから、会うことはもうないだろうけれど。学校も違うしな。あ、祐関連でヘルプが入ったら会うことになるのかな。

 

そう思いながら、俺は休憩室を後にして店長のいるバックヤードのモニタールームに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかんだで秋の試験も終わり、会心の手ごたえを覚えていたころ。取巻き先輩から死霊の様なローテンションで救援要請が来た。

 

《もう無理……私は亜紗美みたいになれないの……》

 

受験本番、AOだか選抜だかが来月に迫っており。追い込みの日々に限界が来ているそうだ。虎先輩も流石に対策で忙しいのか祐も少し会う回数を減らしている様子だ。

 

先輩方はどうやら一緒に勉強できる内容の受験ではないために、効率を考えて空いた時間は各々勉強に当てているのだ。

 

なんだかんだで虎先輩の情報をもらったり、結局は使わなかったが、他の3年の諸先輩方の素行なども入手した。お世話になった先輩である。あと個人的に色々応援した身だ。

 

なので俺は禁忌の手段に出ることにした。

 

《紙のアルバムつくったんですけど見に来ます? あと、虎先輩の告白録音してあるんですけど》

 

《あんた最低ねっ! それすぐ消しなさいよ! 本当に消したか確認に行くわよ!》

 

ということでなんと、俺の家に来ることになったのである。こんな風にちょっと愉快な所もある先輩なのだ。本当に祐にもうちょっと距離が近ければなぁ。俺が初手で虎先輩に相談してしまったことで警戒を上げてしまったのかな。完全に悪手だった。

 

「おじゃまするわよ」

 

「はい、どうぞ」

 

我が家は2LKのどう考えても一人で住むには広いマンションだ。一応まだ3人暮らしということになっているし、俺に家賃の請求は来ないので、別に良い。

 

「案外綺麗にしてるのね、良く祐さまとかがいらっしゃるの?」

 

「殆ど来ませんよ。鍵は渡してるんですけどね、駆け込み寺に使えるように。でも基本俺が遊びに行くので、祐がたまに来るくらいです。中学上がってからは華も来てないと思います」

 

二人共家に各種遊戯があるので、わざわざ物もない俺の家に来る意味なんてないのである。

 

「そう、それで例の物はどこにあるのよ?」

 

今日の取巻き先輩はグレーのロング丈のニットワンピースだ。長い髪は束ねて肩にかけていて落ち着いた雰囲気だ。大人ぽくて女性的な服装で、偶然にも昔祐に話した俺の好みにかなり近い。眼福である。

 

だけれども少しやつれた……いや痩せたのだろうか? なんか春頃よりも化粧をしっかりしている気がする、正直確証はないが。だとしたら受験のストレスをごまかす為であろうし、女性は本当大変だ。

 

滅多に入れない紅茶を用意して差し出して、あらかじめ用意しておいたアルバムを大量にテーブルに並べる。彼女はその間なにやらリビングを落ち着かないようでウロウロしていたようだ。

 

まぁ我が家にはほとんど物が無い。家族写真とかも当然ないしインテリアもない。落ち着かないのは仕方ないだろう。観葉植物くらい置くべきか?

 

「それじゃあ自分は部屋にいますので」

 

「……十三が解説してくれないの?」

 

「いや、解説って、というか音声はイヤホンですし」

 

まぁカメラマンなので、写真に関してはいつのですとか差し込めるけれども。

 

「さて亜紗美、ごめんね。でも忙しいからって会ってくれない、遊んでくれないあなたが悪いのよ」

 

なんかよくわからな言い訳を始めながら早速イヤホンをはめて、俺が出来心でいいところまで録音してしまった、虎先輩の告白を聞き始める取巻き先輩。

うわぁ、人の表情ってあんなに恍惚になるんだ。怖いな。冷静に考えて、やっぱり祐にもらってもらうよりかは、厳密には虎先輩が責任とってもらう形で、間接的に祐のところに行くのがいい気がしてきた。

 

そういう関係性の女性も多いからな、この社会。

 

「……ふぅ……ねぇ? これ」

 

「あげませんし、今日中に消しますよ、本当に魔がさしていただけなんで」

 

そりゃ結婚式とかで流せば盛り上がるかもだが、トークアプリの通話が偶然繋がってしまっていて、それを偶然録音してただけなんだから。本人の了承を得ないといけない。今日まで持っていたことすら忘れかけていたけど相当やばいことなんだ。

 

「そ、そうよね、それじゃあアルバムの方を」

 

そこでピンポーンと来客のチャイムが鳴る。この時間に来客は珍しい。駄馬、駄場さんは基本週の半ばに来るから今日は来ないはずだし誰だろう。

 

「はい、どうぞ」

 

本当はいけないけれど面倒なので、インターホンで確認する前にドアをガチャリと開けてしまう。祐にいわせれば不用心だろうが、まぁ俺だし。しかし、ドアに手をかけて開き始めたところで違和感に気づく。

 

あれ? マンション入口のオートロックのインターホンじゃなくて、ドアホンがいきなり鳴ったよね?

 

「お久しぶりです、先輩」

 

そこにいたのは、竹之下だった。ボーダートップスGジャンを羽織って、プリーツスカートというなんか見たことない私服だ。何時もはブレザーの制服だったから別人というか、知らない人かと思った。というか、え? なんで?

 

「えっと、どうした? ……竹之下?」

 

「彼氏に振られました、あげてください」

 

いや理由と行動が全く分からないし、そもそもこいつは俺の家も知らないはずだと思うのだが。いやシフトの連絡用にトークアプリのIDは昔交換してたが。

 

呆けたままでよく理解できてない俺の横を通り抜けて、玄関まで入ってきている竹之下。しかし急に動きが止まった。

 

「……誰か来てるんですか? 女性の靴ありますけど」

 

「あ、先輩がいま来ていてな」

 

「……そうですか、お邪魔します」

 

「いや、だから来客が」

 

そんなしばらく見ないうちに無茶苦茶強引になった竹之下が、静止を振り切って部屋にあがっていく。なんだこいつ? よっぽど傷心なのだろうか?

 

しかしあいつの彼氏ってどう考えても見えざるピンクのユニコーンだし。なんだ? バイトが辛かったのか?

一先ず俺も後を追うと、リビングで二人が向かい合って立っていた、いやいや座ればいいじゃないかよ。

 

「えっと、初めまして? その……どちら様?」

 

ほら、取巻き先輩びっくりして固まってるじゃないか。

 

「私は竹之下 純と言います。出部谷先輩とは職場の同僚で毎晩のように顔を合わせていました」

 

「そう、初めまして。私は鳥槇マキ。彼とは先輩後輩の関係よ。今日はお招きされたのだけど」

 

なんか楽しそうに笑顔で会話を始める二人。一先ずお茶でも用意してあげるかなぁと思うが、そんなにカップあったかと考え直す、仕方ないからマグカップでいいか。戸棚をごそごそと整理していると。

 

「出部谷さん!! 今週分早くもらえますかぁ!?」

 

聞き覚えのある声の人が、勝手にドアを開けて入ってくる。だからここオートロックなんだけど。

竹之下もそうだけれど、もしかして駄馬さんは普段から裏から入ってるとかじゃないよな? いや普段はきちんと下から来てたな。

 

玄関に取って返して、勝手に上がってきた年齢が俺の2倍の女性を出迎える。いつものスーツ姿であり、今日も仕事だったことがわかる。お疲れ様である。

 

「あの、要件は今度聞くので、今来客が」

 

「その来客が見えたから、早めにもらっておこうと思ったんですぅ!」

 

言っていることが全く分からない。来客にそんなに時間がとられるものでもないし、要件だって数時間で終わるぞ。数日後まで泊まり込みとかの合宿でもないのに。

 

「あ、私もたまには上がっていいですか、夏頃の掴んで叩かれた時以来ですけど」

 

「……どうぞ」

 

それを言われると弱いため、家に上げる。あの時は割とどうかしていたから仕方がないが、どちらかというとふざけるなという戒めでやったことなのだが、無関係とはいえないので。そうして、何とかジョッキまで取り出して、渋くなり始めた紅茶を用意して、不揃いなお茶会が始まったのである。

 

 

 

 

 

「それで竹之下は何の用なんだ」

 

なんか空気が重い会議だ、仕事じゃないのに。俺が使う大き目のソファが1個しかないので、3人には横並びで座ってもらって、俺は椅子をダイニングテーブルから持ってきている。まぁソファーは3人掛けなんで窮屈ではなさそうだ。

 

「さっきも言った通り、彼氏に振られたんです」

 

竹之下の言い分はこういう事らしい。なんでも俺がやめて、シフトが増えて、彼氏と会えなくなり振られたので、責任をとって慰めてほしいとのことだ。

 

いや、お前だけを愛する顔の良い病弱な彼氏じゃなかったのかよと思うし、仮に真実だとしても、俺関係ないじゃんとしか、さらにもし関係あってもどうしろと。お話にならない。

 

「祐の写真集を見せるぐらいしかできないぞ」

 

そう言って脇にあるそれを渡せば、こちらを変なものを見るような目で見てくる。いや変なことを言ってるのはお前だからな、乗ってやってるのに感謝しろよ。

 

「鳥槇先輩はいいとして、駄場さんは?」

 

「そのまえに聞きますが、二人とも出部谷さんの事好きなんですかぁ?」

 

「は?」「は?」「え?」

 

 

なんかいつもより自信満々に、わかめみたいな髪の毛をふわっと揺らしながら横を向いて二人に向かって聞いている駄場さん。もしかしたらこれが営業モードなのかもしれない、初めて見た……最初に合った時はこうだったかもしれないけど、記憶が上書きされている。あの泣きじゃくる姿に。

 

「ただの後輩よ! 趣味が合うだけ! 好きじゃないわよ、十三のことは別に!」

 

「先輩であって、好きとかじゃないんですけど。誤解しないでほしいんです!」

 

ほぼ予想通りの否定の仕方をする取巻き先輩と竹之下。

いや、竹之下から見てもういい加減俺は先輩でも何でもないんだが。でも部活とかはやめても一生先輩になるし、先輩なのか? わからなくなってきた。

 

「とまぁ二人とはこんな感じですよ。というか駄場さん、いきなり何なんですか?」

 

「ちょっと気になって聞きたかっただけですぅ。お気になさらず」

 

俺の用意した耐熱ジョッキに入ってる紅茶を飲む駄場さん、なんかウィスキー飲んでるみたいだな、湯気出てるけど。

 

「そういうあなたはどうなんですか?」

 

「そ、そうよッ! 変なことを聞いたんだから答えなさいよねっ!」

 

そんなに気になるか? 俺のことを好きかなんて、空は青いですかとまではいかないが、パンダは可愛いですか? くらいにはわかり切った質問だ。例外は興味ないという意味で。

 

「あ、わたし。容姿は龍瀧さんの方が良いと思ってます」

 

「は? 駄場さんに祐は絶対相応しく無いんですけど? やめてもらえます?」

 

仮に縮小命令が出てなくても、駄場さんはさすがに年上が過ぎる。前世さんのこともあってなのか、俺みたいに相手の年齢が気にしないのとちがい。あいつは高校生だ。

それになにより駄場さんは人間としてちょっとダメな大人だ。申し訳ないが祐に相応しく無い。お祈りである。

 

「わかってますよ出部谷さん、龍瀧さんは取りません」

 

「なら良いんです」

 

「わたしにはぁ、出部谷さんしかいませんから」

 

「そこは改善してくださいと何時も言ってますよね?」

 

いつものように窘めてみればニコニコ笑って、さっきまでの営業モードがもう終わったのか、それとも俺の気の所為だったのか。駄場さんはさっと立ち上がる。

 

「お暇しますね。お茶ありがとうございました」

 

「え、あ、はい」

 

「それと今週分もらっていいですか? それとも何かお手伝い要りますか? 今度はストッキングじゃなくて下着とか?」

 

「いらないです! 今週分はまだなんで、また今度取りに来てください」

 

「わかりました……ではお邪魔しました」

 

なんかいつもとだいぶ雰囲気が違うなぁ、いつもはもっとダメな感じのお姉さんだけれども、今日は普通の営業の人みたいだ。うむなぜだろう。実は双子とかだったりは、しないか。

 

言葉通り、本当に帰っていく駄馬さんを見送って部屋に戻る。正味10分しか滞在してないし何もしなかったし。何がしたかったんだろう?

 

「今の誰よ? 十三」

 

「何の人ですか、先輩?」

 

「あーえっと……」

 

ソファーの前に戻ると、間髪をいれずに聞いてくる二人。お茶入れている間に自己紹介くらいはしたと思ったんだが、していなかったのか、しかし、あまり公言する物でもないし。

 

眼鏡を外してふき取りつつ、二人の間ぐらいの場所をぼやけた視界で見つめながら、端的に伝える。

 

「献精の営業の人」

 

「けっ!? なっ!」

 

「そ、そうすか」

 

たぶん二人共顔を赤らめてるんだろうなと思うが、見ないのがマナーだと思う。そういう初心なところは祐にでも見せればいいので。俺は経験豊富な人が好きだし。「どうでもいいな」と前世さんがいっている。その通りどうでもいい。

 

「それで鳥槇さんは、先輩の家に何しに来たんですか?」

 

「友達の写真を十三が撮ってるから、それを見せてもらうためによ。受験の勉強の息抜きにお招きされたの」

 

鳥槇先輩とはしっかり約束もしたし、小綺麗に化粧までしてきた。虎先輩を見るために気合を入れているのか、受験勉強の寝不足を隠しているのかは知らないけども。

 

あとお土産も持ってきてくれた。本当に先輩はやはりいい人だ、

 

「先輩、あたしも見ていいすか?」

 

「別に構わない」

 

図々しい竹之下とは違うのである。しかしもう勝手にしてくれ、一人も二人も変わらないからな。ただ一つ言うのならば

 

「二人とも適当なところで帰ってくださいね、好きでもない男の家にいるんだから、言うまでもないでしょうが」

 

噂が立つなんてことはないと思うが、受験生と他校の人間だ。用事が終わったら帰って貰うべきであろう。

 

そういって俺はお茶菓子の用意に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局5時の音楽が鳴るのに合わせて、二人は帰っていった。本当に何だったのだろうか?

アルバムを本棚に戻して軽く掃除をしながら振り返る。無言でアルバムを読み耽る二人は少し怖かったぞ。

 

既に風呂も入り終え、晩飯も食べて勉強もノルマを終えた。しかし、まだ大分早いが疲れたのでそろそろ寝るかと思った所に電話がかかってきた。

 

「まだ起きてる?」

 

「おう、もうすぐ寝るかなってとこだ」

 

祐である。車で詰問されてから最近はあまりデートの相談とかもしてくれないが……そもそも相談はあまりなかったか。俺が変な提案をしているだけで。

 

「昨日の授業でやってたとこなんだけど────」

 

「ああ、それは先週の話の発展形で────」

 

何時ものように、他愛もない勉強の話なんかをしていると、ふと今日あったことを話してみようという気持ちになった。どうやら向こうも大した要件はなさそうだし。気晴らしの電話のようだから。

 

「────ということがあってな、訳が分からなかった」

 

「そっか……困ってるの?」

 

「困っているというか、なんか怖い意味不明で」

 

 

録音のこと話せないので、先輩が来た理由はアルバムということにして説明した。しかし、他二人は急に来たのだ。

何かしてしまったのかという恐怖がある、いや駄馬さんはあれが多分いつも通りな気がしなくもないけど。

 

「それじゃあ、先生に相談してみたら? ほら、この前山上先生に困ったら何でも相談しろって言われてたでしょ」

 

「あぁ……確かに」

 

そんな事を言われた気がする。いや言われてないか?でも生徒指導室の人だしちょうどいいのか?

 

「こういう時は頼れる先生に相談するのが良いよ」

 

「そうだな、そうするか」

 

ゆかり先生とは少しギクシャクしていて、少し話しづらい。そういう意味でもちょうどよいかな。ふんわりとした感じではあるが、無事なんとか対応策が見つかったので、自然と話題は別のものに移り変わる。

 

やっぱり祐といると楽しい、馬が合うのだろう。だからこそ、惜しい。もっと幸せになってもらいたいから。

 

そう思いつつ、俺と祐は学生らしく秋の夜長に夜更かしを楽しむのだった。

 





薄々感づいたと思いますが、ぶた君は右ストレート一発で沈みます。
だからストレートを打てない娘を周りに置く必要があるんですね。

そしてまごついてると次の試合を勝手に組み始めます。
だからこっちもセコンドを付ける必要があるんですね。


いろんな物に関する【なんで?】は今しばらくお待ち下さい。


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先行制圧を仕掛けて良いのは何を返されても良い覚悟を持つ者だけだ

改めまして。よろしくお願いします。

1日でお気に入りが倍になって自身の正気を疑ってます。

それはさておき
では1部最終話です。


「どうした、出部谷。顔色が優れないぞ?」

 

「あ、山上先生」

 

善は急げの精神で早速翌日の放課後。もうだいぶ秋も深くなってきたのにジャージの山上先生のもとへとやってきた。この時間は生徒指導室にいることはわかっていたので入ってみると、即こちらの心配をしてくる。本当に生徒をよく見ている。いい先生だと思う。

 

「何のようだ? 悩みの相談か? 」

 

「はい、その通りです」

 

男子生徒には優先的に巡回のカウンセラー(男性)に相談できる制度なんかもあったりするが俺は利用したことは無い。俺の知る限り雪之丞君がたまに使っている程度である。

まぁこういう悩みってのは知らない人だから話せるみたいのもあるのはわかるが、俺はそうではないのだ。

 

「実は────」

 

「ふむ……」

 

最近なんか周りの人が変な行動をとっていることを相談する。バイトの元同僚が突然家に尋ねて来たのに何もせずに帰って行ったり、部屋に普通にほぼ不法侵入で来る営業の人がいたりと。

取巻き先輩は別に普通だが。受験のストレスをこれでもかと他人である俺にぶつけてくることと、俺のこと好ましくないのに、虎先輩の為にとはいえ部屋に来るのは割に合わないのではと思っていることも相談した。

 

「顕在化したのは昨日ですが、見落としている何かがあったかも知れません」

 

俺が今心配なのは、これがなにか祐を巡る駆け引きに巻き込まれていて、俺が感知していない場合だ。女性が勝手に増えていくのは良いが、俺が世話を焼いたと判断されれば、事実上の非戦協定が破られることになる。濡れ衣破壊工作の因縁をふっかけられてはたまったものではない。

 

何よりも、俺の感知し得ないところで、祐に良い女性ができるのは良いとしても、それが望ましくない人間であるのは耐え難い。

俺は視野が狭いので、こういったことは有識者に意見を聞くべきだと、素直に判断したのだ。

 

「なるほど……まず言うとすれば」

 

「はい」

 

理解してくれたのか、目の前の生徒用の椅子に少し窮屈そうに座る山上先生は腕組のまま口を開く。腕に乗っかってとんでもないことになっているのが視界に入るのを、メガネを外してメモ帳を取り出すことで、事なきを得る。

 

「お前は0か10で考えすぎだな」

 

「……と言いますと」

 

どうやら、まず俺の思考自体に問題が合ったようだ。俺ほどクリティカルシンキングができるやつはそういないという自負がある、自分の考えなど微塵も信じていないから。なのでまずは素直に聞いてみる。

 

「好きならとにかく何でも肯定をする、嫌いなら相手の全てを否定する。そんなシンプルならば、世の中はもっと良くなるか滅んでる。人間はそんなに明確じゃない、アンビバレントな人の方が世の中多いくらいだ」

 

「単純じゃない……」

 

アンビバレント……ってなんだっけ? 確か、あれだっけ? 普通サイズの乳が好きじゃなくて、巨乳と貧乳【が】好きみたいなやつだった気がする。

 

「好きでなくともなんとなく興味がある人もいれば、嫌いじゃない程度の人でも気分によっては相手に対してそれなりに好意的な行動をとることもある。嫌いな人に施しをする時もある」

 

「あー、気まぐれという事ですか」

 

なんとなく暇だったから、近くに来たついでという事なのだろうか。竹之下とは正直なところ、小言の多い先輩とそれに対抗してうざ絡みをしてくる後輩という感じで、あまり良い関係だったとは思えない。

新人の頃は口数が少なかったあいつに、とにかくつきっきりで仕事を教えていたらついてくるようになったが、いつの間にか口を開いたらああだったので。

 

駄場さんは、もうわからない。ただあの人は昔から俺には結構甘いというか好意的だ。まぁ大事な取引相手だからなのもあるけど。まぁドジな人だからな考えが読めない。一回未開封証明ができないキット渡された時あったし、すぐ気がついたけど。

 

「そういう日もあるし、なんとなくで動く時もある。すべての行動に意味があり一貫性があるなんてのは、よっぽど狂った奴だけだ」

 

「深く考えない方がいいってことですか」

 

なんとなくわかってきた。要は、別に何でもないけど、そういう事があったと思えという事だろう。

 

「そこだぞ、出部谷」

 

「え、えっと?」

 

「お前はまた結論を、いや極論を出そうとした」

 

俺が今、納得したのに。むしろ山上先生は誤答をした生徒を嗜めるように、机に乗り出して小突いてきた。うわぁ、乗ってひろがって……しゅごい……。

 

「何もなかったでもこういう意図があったでもなくて、なんかあったかもしれないなぁ、でもわからない。そのくらいで受け取れという事だ。さっきも言ったがお前はなんでも0と10でしか見てないんだよ」

 

「……あぁ、そうかぁ」

 

そういわれてやっと、つまりまだ途中ってことかなって考えることが出来た。

 

確かに年齢二桁になったくらいにはもう、周囲のことを敵と味方とはっきり分けて見てた。この行動は攻撃なのか、それとも支援なのかって。祐に対する行動や俺へのその余波に目を光らせていたな。とも思う。

 

そういう何かしらの一手じゃなくて、ただなんとなくで動いてるということもあるってことか。

特に祐のこととなると、それが先への布石とかの行いでもないというのは、少し考えづらいのだけど。

 

「まぁそうやって生きてきたのがお前の自衛術だろう。難しいと思うが汲んでやれ。鳥槇とそのバイトの後輩とやらも、なにか白黒がついてないだけかもしれないからな」

 

「なんかの準備ができるまで、グレーのままでいいってことなんですね?」

 

「まぁ、そうなる」

 

そこまで言って先生は一息つく。疲れてはいないようだが、出来の悪い生徒を諭すような優しい口調と表情だ。夕焼けによく似合う。

 

「……何かあってからでもう遅いなんてことは、学生の内はそうそうない。こうやって相談したりすればな、だからそう深く囚われすぎるなよ」

 

先生はそういって笑う、少し胸元に手を伸ばしかけたのは、もしかしたら愛煙家で手癖なのかもしれない。新しい発見だ。

 

でも確かにそうだ。祐を陥れるような考えはさすがに二人と駄場さんにはないと思うし。

それならまぁすぐに考えなくてもいいだろう。多少俺の時間がつぶれる程度は問題ない。実害が出てから考えればいい。

 

「ありがとうございます。なんかすっきりした……ような気がします」

 

「ああ、それなら私も嬉しいぞ、頼られた甲斐があるというものだ。……だからお前はもう少し痩せろ」

 

「はは、こればっかりは」

 

小学校の頃の癖で未だに胃袋がでかいのだ、3人分をずっと食べてきたので、すっかり拡張済みである。高校になってからは料理はなくなったけど単純に食べる量はあまり減ってない。

 

しかしながら山上先生は本当に良い先生である。俺自身が何に悩んでいるのかいまいち不明瞭なのに、しっかりと寄り添って考えてくれるのだ。

これだけ優しくて、美人でスタイルもめちゃくちゃ良いのだから、さぞかし────

 

「先生みたいな人が恋人なら幸せだろうな」

 

お世辞ではなく本当に心の底から思った、これだけ真摯に誰かに向き合えるなんてすばらしい。願わくば祐のメンバーに入って欲しいなって。

何度目かになるそんな思いで思わず口から本音が漏れる。まぁ生徒は生徒しか見ていない人だからこその、人の良さっていうやつだろう。

 

「ん? それは私に対する告白か?」

 

にやにやとからかうような顔でそう言ってくる山上先生。大人だ。

 

俺から告白なんてされた日には、少なくとも同年代の女子なら、吐き気を催しトイレに駆け込むだろう。そして翌日から、俺が無理やり手籠めにしようとした噂もたつだろうからな。「告白とか高望みをできるほどの上等な人間か?」と前世さんが言っているがその通りだ。こういうのは寝る前の妄想程度で済ませるものだ。

 

「そうだな……卒業までに身長が伸びなかったなら。70kgを切るまで痩せてたら考えてもいいぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

「え?……え? え!? ええぇ!!?」

 

いまなんと仰ったこの人は? え? ちょっと待って、まじめに答えてくれてる? こんな美人な先生が? 俺の? 冗談みたいな告白を? え、どういう、こと。え?

「騙されるなこれは罠だ!」「自惚れるなっ!」「期待するな!」と前世さんが今までにない位に大声で叫んでいるが今は頭に入らない。音が聞こえるだけで処理にリソースが割けない。

 

「もちろん、考えるだけだ。お前は私の好みとは違うからどうだろうな? だがしっかりと自己管理が出来ない男など、まず眼中にはない。しかし、もししっかり仕上げてきたら真剣に考えてはやるぞ? 当然その後の是非は保証しかねるがな?」

 

一層と笑みを深くにやにやと、まるで仲のいい生徒に軽く冗談を言うような口調だ。きっと本気で俺が痩せるとは思ってないだろう。努力の足しになればいい程度だろう。告白の返しというのだって冗談に乗ってるつもりに近いんだろう。

 

そして仮に痩せても99.99%以上で断られてしまうだろう。それはわかる。高望みなんてレベルじゃないことも。場違いでありえないことも。

 

だけれども、俺のことをこの人は見てくれた。告白をしっかりと受けて、保留にしてくれたのだ。こんな冗談みたいなことでも。

 

こんなことは人生で初めてだ。俺が女性に一定以上に好意を示して、返ってきたことなど華との友情以外では経験したこともない。「お前は豚なんだ、愛されずに必要されずに生まれたんだ。気持ち悪いんだから、高望みはよせ。傷ついて終わり、惨めになるだけだ」と。ガンガン頭痛がするくらい前世さんが言っているけれど、ワクワク感が、興奮が止まらない。

 

「や、約束ですよ! 俺本気で痩せますよ! それで断るのは構いませんけど、しっかり考えてくださいね!! ちゃんとフって終わってくださいね!! やっぱ無しとか忘れたはなしですよ!」

 

「ああ、女に二言はない。ただ私も教師だからな? 喧伝はするなよ。それと目標体重になっても卒業式までは答えは出さんぞ。その代わり背が伸びたら基準は緩めてやる。そして痩せてたらOKというわけでもない」

 

カラカラ笑いながら俺に近づいて腹をぺしぺしと叩いてくる山上先生。余裕な感じだ。俺は今成長期でもないけど、この社会の日本人の平均よりは高い。たくさん食べてよく寝ているからな。ストレスで食が細い男子が多い中で。

 

「私は年上の誇り高い男が好きなんだ。条件は厳しいぞ? 何度も言うが最低限自己管理くらいはしろ。行動に自信を持て、そして目標を立てて計画して遂行しろ」

 

「は、はい! 俺、が、頑張ります! だから、その、ご検討の程お願いします!」

 

頭ではわかっている。ただ生徒を少し励ますためのリップサービスだって。

前世さんも言ってる。「自尊心を傷つけられて終わるだけで惨めだぞ」って。

 

でもこれは、きっと俺が人生で恐らく得ることのできる最後のチャンスだ。

祐のハーレムで我慢しようと思っていた、恋愛の疑似体験が、きっとできる最初で最後の機会だ。

 

最後にはフられて終わるのは目に見えているけれども、それでも今までの物が下に落ちるという道理くらいで、無理だった俺の恋愛イベントが。宝くじで一等を当てた後に、隕石にあたって死に。当選者不在で寄付されてから、そのお金で建てられた孤児院に俺の認知してない子供が入るくらいの確率になったんだ。

 

自分でも何言ってるかわからないけれども。それは0と俺の体内のクレオパトラのワインの量程の差なんだ。

 

前世さんが、またつらい思いをするだけだ、やめろと言っているけれど。壊れたプレイヤーのように繰り返しているけれど俺はこんな餌には釣られる。疑似恋愛を祐で楽しんでいたのに私情が入る程度には、恋愛に憧れがあるんだから。

 

最後にフられて卒業していい思い出で終わる。そんな事でもきっと一生分の体験として生きていけるだろう。楽しい思い出になるだろう。それで良いと思うんだ。それは高望みでもないと思うんだよ、前世さん。

 

山上先生の垂らしたこの細い蜘蛛の糸は、上り切る前にきっと途中で切れるし、昇った先は絶対行き止まりだろうが、垂れ下がってきた糸は掴まざるを得ない。

 

「期待してるぞ、出部谷」

 

「は、はい。頑張ります!」

 

「それと……周りに良く目を向けてみるといい。とのことだ」

 

「承知しました!!」

 

 

朝悩んでいたことがバカみたいだ。

 

早速ランニングシューズと競泳用の水着を買わなければと思い立ち、それと勉強も疎かにできないと今までの積み重ねに感謝しつつ、俺は生徒指導室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

此処数年は見たことないような軽い足取りで走り去っていく彼を見ながら、僕は教室に入る。

 

「山上先生、ありがとうございました」

 

「お疲れ様、エマ」

 

「ん、ゆかりと龍瀧か。なに大したことはしてない、偶然なのか誘導せずに向こうから来たから楽な仕事だったぞ。もらった台本も軽くなぞっただけだ」

 

今回の彼の行動は僕の読み通りだった。普段から疑り深いけれど、混乱しているからか、いい具合に動いてくれた。もともと僕の言葉にはズブいんだけどね。

 

「にしても、エマに協力してもらうって、こんな事でいいの?」

 

「はい、ゆかりさん。これが大事なんです」

 

僕の大事な親友。今日まで僕とそして僕の周りの人が幸せに生きてこれたのは彼がいたからだ。

きっと彼が思っているより、僕は彼に感謝をしてるし尊敬もしている。僕の両親だって本気で彼を養子にすることを検討するほどなんだ。恐れ多いって言ってるけどね。

 

だからってわけでもないけど、もし彼が困っているのなら力になりたいし、悩んでいることの手助けをしたい。彼のためなら安いもんだ腕の一本くらいって気持ちだ。

華には、それって初恋の人みたいだよとからかわれたこともあるけれど、恋愛感情じゃない。それだけは確かだ。

 

昔、小学校に入って華と別クラスになって、不安でいっぱいだった僕を押しつぶすように沢山の女子のクラスメイトに囲われて怖かった時に、助け出してくれたのが十三だった。

 

名前が嫌いだから十三は嫌だと言ってたけど、あの頃は気にせず十三って呼んでいたはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ……なんで鳥槇先輩には十三って呼ばせているんだい? ずるいじゃないか、十三。君の名前好きなのに。僕にはダメだって言ったのに、どうしてなんだい、ねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、彼は否定しているけど、少なくとも小学校の低学年の頃の十三はクラスの人気者だった。

だって、みんなより体が大きくて頭が良くて、落ち着いていて面倒見がいい。僕の周りで泣いている子がいたら周囲に取りなしてたし。クラスの中心だったんだ。

 

そう、少なくとも内面は格好良い彼だったんだ。でも、僕が変質者に襲われかけたのを庇って、かけられた液体で彼は手と顔に消えない痕が残った。だから僕の前で彼は手袋をしてる。僕に気を使ってだ。

それを揶揄してきた女子を気にせずにいたのに、いつからかどんどん疎まれていくようになった。許せないのはあの頃の華以外の女子と僕だ。

 

前よりもっと女性が怖くて仕方なくなった僕は、あんなになってもずっと十三に頼ってしまった。そして気が付けば積極的に嫌われ役をして、僕の周りにはなるべく優しい子を集めるようにしてて。

彼に好意があっただろう女子も平気で陰口や悪口を言うようになった。許せなかった、こうしてしまった自分が。

 

中学になってさらに僕に来るようになった女子のアプローチに、戦々恐々としている間に、十三は完全にみんなの嫌われ者になっちゃった。十三の良いところを見てもらおうとしても、十三は女子にどんどん嫌われるような事を平気で言ってしまうんだ。

 

本当は格好いいやつなんだ、優しいやつなんだ。でも、それを知ろうともしないで、あいつを居ない者のように扱う娘になんて、僕は笑顔を向けられないんだ。十三は僕なんかよりずっと優しくて、格好良いんだ。それに頼ってしまったんだ……いや、これも言い訳だ。最低なのは弱かった僕だ。

この時からかな、どうしたら彼が昔みたいに戻ってくれるんだろうと、ずっと考えていた。

 

高校の1年になって、流石にみんな勉強で忙しいけれど、本格的に結婚とかを意識する年になったわけで。あまりにも露骨な娘は減ったけれど。彼は相変わらず疎まれてばっかりだった。

 

「祐君、大丈夫?」

 

「はい、平気ですよ。ゆかりさん」

 

そっと撫でてくれる彼女の手が僕の頭にあるのを感じて、気分は少し落ち着いてくる。十三のこの辺りの事を考えると、どうしても自己嫌悪でいっぱいになってしまうんだ。

 

「おいゆかり、学校だから節度は守ってくれよ」

 

「当然じゃない、エマ」

 

目の前の山上先生、ジャージを着ているけどそれでもわかる程に、とても女性らしいプロポーションの人だ。すごく魅力的だとは思うけれども、全くそういう目で見れない。

それは十三の好みだから。というのも理由はあるかもしれない。本当は僕にはゆかりさんがいるからだけども。

 

そんな十三が今年の春ぐらいから、妙な悪だくみを始めていたのに気付いたのは。横のゆかりさんに好きだって言ってもらった時位だった。

華とは自然に恋人になったし、亜紗美先輩は気が付いたら近くにいた。うたもふみも後輩がいつの間にか恋人になった感じだったけど。

 

あの日ドアに見覚えのある字で書かれた張り紙を見つけて、ゆかりさんに見つかる前に剥した時に、そういえばと確信したんだ。

直接は聞かなかったけれど、彼が何をしたいのかは分かった。

 

あいつは、僕のために女子を見繕い始めたんだ。正直言うと嬉しかった。僕がこの娘なら……なんて思った娘を的確にだったからだ。こうまでしてもらわないと、正直女性とどうのこうのってのは、イメージが出来なかったから。仲良くなる前の告白はたくさんされたけど、仲良くなっての告白は、殆どなかったからね。

でも何様かと思ったのは否定できない。それは余計なお世話だ! じゃなくて、お前はどうなんだよという意味でだ。

 

でも、あいつは全然自分の事なんて考えてくれなくて。僕の事ばっかりなんだ。

 

この前の竹之下さんだって、どう見ても下手だとは思うけど、いじらしくアプローチしているのに、あいつにはまるで響いてないどころか、想定すらしてない。

 

鳥槇先輩だって亜紗美さん曰く、あの娘があんなに懐くの珍しいのよ? ということで、少し意識してるみたいだけど、彼は認識すらしてない。

 

あのおばさん、いや駄場さんに関しては、正直彼の傍にあまりいてほしくないけれど、彼的には世話になっている認識なのか妙に甘い。まぁそれは彼が選ぶことだ。でも破滅願望がある人は、結構困る。

 

そう、今日のこの件は計画の第二歩。

いつの間にかなくなっていた、彼の前向きな考え方。強引だけどまずマインドに火をつけさせてもらった。彼が滅茶苦茶好みだって言ってた、山上先生にお願いしてもらって。

 

ちなみに第一歩は皆に彼のことをリークした先日の一件。色々目的はあったけど、一番大きかったのは、アレだけ拒絶されれば彼ならば一旦は止まる。

 

そうすれば自ずとリソースが浮いて、自分のことをするようになる。

 

今の彼の心は博物館の展示品みたいに空っぽだった、でも何とか走り出してほしいから、無理やりエンジンを載せてもらったんだ。

 

先日亜紗美さんから聞いていた予定に、この前交換した竹之下さんと連絡をして、少しだけ入れ知恵をして。鉢合わせたら二人に危機感を持ってもらった。きっと彼女たちの心にあった【彼のことを好きになるなんて私だけ】みたいな驕りを焦りにした。

まぁ、十三の様子から、好意にも僕の狙いにも全く気が付いてないみたいだけれども。

 

十三にも女の影が普通にちらついてるし、変な女性に絡まれているのも二人は認識したはず。まぁ、あの人が図書館からずっと覗いてたのは想定外だった。

 

まぁともかく。そんな状況でまた別の女性に向けて邁進する彼がいれば。停滞してた状況は動くよね?

 

君が始めたんだ。おかげで僕は今幸せになった。なら

 

「僕も、君の下世話を焼いてもいいよね?」

 

僕は君の親友なんだから、幸せを願うのは当然だよね。

 

大丈夫、君みたいに二人きりを作るだけみたいな、ワンパターン戦法にはしないよ。彼女たちの自立性に最大限配慮する。道は舗装するし標識も置くけれどね。

 

「にしてもエマ。貴女よく協力してくれたわよね?」

 

「ん? そうか? 生徒の為なら当然のことだろう?」

 

山上先生は、僕が十三の為にしたいことを考えたときに、ぜひとも味方にしたかった。ゆかりさんに繋いでもらってなんとか協力を得ることができた。

僕は十三と違って頭が良くないから、皆に協力してもらう。その方が良いものができるから。

 

「まぁ貴女は、年上の格好良くてプライドが高い男性が好きだものね。あくまで教師としてでなら……」

 

「厳密には、そんな男性を屈服させて女装させて妹にしてお姉さまと呼ばせて可愛がるのが好きだ」

 

「言葉を濁した私の配慮を返しなさいよ! 特殊すぎるのよ!」

 

「だが、母が父にそうしてたのを見て憧れたのだ、仕方ないだろう」

 

ゆかりさんが、山上先生のだいぶ特殊な趣味を窘めている。まぁこの人は着火剤であり時々発破をかけてもらえればいいので。自由にしてもらう。

あとは卒業式の時に先生が決めることだ。最も卒業式まで1年ちょっとあれば、十三の山上先生への好意が別の娘に向くかもしれない。

 

「しかし、もし良い男になったら遠慮なくもらうつもりだ。どうにもあいつからは少し枯れたオス味を感じていたからな。年下なのに。あと1年で自信が付いたら、案外化けるかもしれない」

 

……うーん、たしかに時折同い年なのを忘れそうになるけれど。山上先生より年上だとは思えないかなぁ。でもそれは僕は関知しないかな。うん。

 

舌なめずりするネコ科の肉食獣みたいな山上先生は、正直怖い。まぁそういう強そうな女性も十三の好みだって言ってたし大丈夫だろう、うん。

 

「あんた、本当にそういうのやめなさいよ!」

 

「なにを言う、ゆかりと違ってきちんと隠して、生徒に手を出す事無く、真面目に教師をやっているぞ」

 

「まじめにやってるから、なおたちが悪いのよッ!」

 

ま、まぁ彼がちょっと山上先生を理想視しているのは薄々思っていた。それだけ好みなのだろう。彼はわかりやすく女性的な女性が好きだしね。鳥槇先輩は女性的な所作や立ち振舞、竹之下さんは単純に容姿で押す方向が良いと思う。

 

 

そういえば、これは彼と僕との一種の知恵比べになるのかな?

お互いがどちらをより【相手を】幸せにできるかっていう。幸せにする陰謀対決かな?

 

それならば、僕には協力してくれる皆がいる。華は言わずもがな、亜紗美さんも鳥槇先輩のことは気にかけているし、うたとふみはあまり言いたくないけど意趣返しがてら面白そうなら乗ってくれるし。ゆかりさんも山上先生もだ。

 

 

だから、十三。もう変な考えをやめて欲しいんだ。

取りつかれたように自分を卑下する君はもう見たくないから。

 

 

 

「覚悟はあるって言ってたもんね? 多くの女性を喜ばせてこそ、一人前の男で。俺に楽しみを求める人がいれば、いつでも受け入れる準備はあるんだもんね?」

 

 

君の先手番は終わった、じゃあ今度は僕の後手番だね?

 

君が僕に潤沢な手札と盤面をそろえてくれたんだ、思う存分、君を攻略していくよ。

 

久々に、本気での遊びなんだ、楽しんでほしいな?

 

そうしてまた、十三って、呼ばせて欲しいなぁ

 

 

僕はそう思って、校門から走っていく君を見送っているのだった。

 

 

 

これは救いを求めているのにひねて諦めている友人に

彼を好きな女の子をぶつけて、僕が君のことを好きだってわかってもらう。

 

そんな愉快なお話。





Q.こんな面倒な前世の干渉とネガティブ自己評価をどうするんですか?

A.エッチな女教師の誘惑で一発です。男だもん




長いあとがきです。
最後にまとめてありますので、読み飛ばしてそこだけでも構いません。





あんまり作品に関して、本編以外で語るというのも無粋ではあるのですが、
今回ばかりは事情がございまして。

まずはご愛読ありがとうございました。
かなりニッチな作品ですが、想定以上の方にご読了頂けて感謝の次第です。

さて長くなりますので簡潔に言いますと。
こちらの拙作は、ある作品を強烈にインスパイアしております。

Arcadiaというかつて栄華を誇ったHPにある
けん・さいとー様の書かれた
異世界で親友のために下世話焼く男の話
という中編SSです。1話で前書きで言及しております。
どうやら気づかれた方もいたようで、同好の士が居て嬉しい限りです。お時間があればぜひお読みお下さい。こんな話よりもずっと爽やかです。

5万字ほどの作品ですが、とても私の性癖に刺さり。この作品をきっかけにいわゆる親友枠物というものにはまり読み漁った記憶があります。そして、そんな元作品を読んで、10年ほど自分の中で色々沈殿したものが拙作になります。リスペクト元を読んだ方からしたら、ふざけるなと言うほどの別物ではありますが。

ヘドロのような不純物という、私の感情だけを取り出した、ねちゃねちゃした話にできたと自負しております。
さて、つまりどういうことかと申し上げますと、本当に書きたいことはここからの話です。


はい、下世話な奴がカウンターを仕掛けられる話が、

とてもとてもとてもとっても!!

私は、ずっと! 読みたかったんです! 彼がどう攻略されていくんだろうって!
考えて眠れぬ夜も合ったほどに!!

親友枠の人物が普通にヒロインができたり、モテないなか世話焼きをするものはあっても。普通に惚れられてハーレムができるものが多少あるだけで。

意図的に返されて、親友にわからせられるような、低い自己評価に端を発する勘違い系コメディものは、いくら探しても完結中編以上はなく。もどかしさがありました。

やったらやり返される、
歪んで諦めていた奴がひどい目に合う。
依存と感情の矢印が一気にひっくり返る。

そういう話が好きなんです。

要するに、私のいつもの面倒くさい女の子と面倒くさい男の性癖バトルになります。
ここまでの第一幕の大筋はあまりにも過去作と違いましたので。

申し遅れました、HIGU.VというしがないSS書きをしております。
面倒くさい男女の恋愛しか最近書いてない者です。

もしお時間があれば、過去の拙作をお読みくださいどれも面倒な女子が出てきます!

かわいくて素直に主人公に矢印を向けてくる娘が、腹に1つも隠し事がないという娘が
全く出てこない、そんなものはないです。な話を書いてます。

そんな話をこれから書いていく予定です。


最も、この作品は祐のヒロインを可能な限り薄味にするべく、極限まで描写を削って軽量化しておりました。それにより、かなりヘイトが向いたようですね。

リスペクト元のように作られる側のヒロイン一人称による認識やアイデアを入れればよかったかもですが、くっつけるために動いたという事実のための簡易舞台装置化してます。

極論幼馴染と美人の先輩がいればよくて、先生はいると便利程度の造形だったので。双子で人数を稼いだのは内緒。

その分これからの話は、ねっとりと面倒くさい拗れたぶた君のヒロインを書いていきたいと思ってます。

でろでろべちべちと暗い第1幕が終わりましたので、
これからは、じくじくとくどい第2幕をお楽しみいただければと思います。



まとめ
・リスペクト元面白い作品です
・お暇なら拙作を読んでめんどい女の子好きになって下さい


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幕間
何時も目の前に君は居た


完全に想定以上の数の読了、感想及び評価を頂き誠にありがとうございます。

癖を煮詰めたような作品の為、ご期待に添えるかはわかりませんが
最後まで自分の癖を曲げずに書こうと思います。

それと感想は順次返信させていただきます。
零細SS書きなもので、こんな数の熱量は初めてです。


初めて彼に会った日のことは、流石に覚えていない。

偶然すれ違っていなければ小学校の入学式の日だから、記憶が曖昧だ。

 

それでもクラスの数少ない男子で、男子なのに女子よりも体が大きい子が居た記憶はわりとある。それが彼、出部谷十三だった。

 

十三は小学校が始まって少しすればクラスの中心人物になった。何を聞いても教えてくれたし、優しくて話が面白いからだ。

 

そんな彼と仲良かったからなのか、周りの女子は僕に対して怖い顔で、なんで十三とずっと喋ってるの? って聞いてきて怖かった。そんな認識があったのは覚えている。

それはまぁ僕の勘違いもあったんだけど。

 

他のクラスから覗きに来る女子をなだめて列を作らせたり、委員会を決めるときに前に出て皆の希望や意見をまとめたりと。どんどん人に話しかけて、問題をテキパキ解決するのが、とても格好良くみえた。

 

だからだったんだと思うけど、僕の家で遊ぶ約束をして彼が来た時は嬉しかった。当時は何をやったのかは覚えていないけれど、多分テレビゲームかな? でもとても楽しかった、それだけは覚えてる。

 

そして、彼が来るようになって以降は何度か夕餉の席などで母さんや父さんが、

「彼は最初に来たときから礼儀正しくて、落ち着いてた。祐もああいう風になるんだよ」

と。引き合いに出されたのは覚えている。

いつか十三にはお母さんがいないんだよって、彼から聞いたことを無邪気に母さんに教えれば、大きな声で周りにそう言ってはいけないよと怒られた。

 

彼の生まれに関しては、ぼんやりとわかったのが中学の頃で。どこかの時にふと気になって政府の孤児支援教育プロジェクトというものを調べて。気持ち悪くなった。

母さんも父さんもそれを知っていて、なのにあんなに真っ直ぐに育っているんだと、きっと驚いて同情したんだと、思う。

 

 

華と十三を引き合わせたのは勿論僕だ。

小さい頃から仲良しだった華に、小学校で出来た友達を自慢したかったのかもしれない。気がつけば二人は仲良くなっていて、嬉しかったけど、少し寂しくなってしまった。

そんな思い出がある気がする。

 

うん、子供だったからあんま覚えてないや。

 

僕は十三にテストの点数で勝てたことは一度もない。ゲームでだって最近まで手加減されてた。ずっと僕のヒーローだった。

 

それが普通だと思っていたから、彼は何でもできると思ってたから。十三が少しずつクラスの中心じゃなくなっていくのがわからなかった。

どうして彼を除け者にしようとするんだろう?

そして、彼はどうしてそれを受け入れてしまうんだろう。

 

その理由がわかったのは、第二次性徴期に入ってからだった。怖い気持ちはあるけれど、女の子を女の子として見るようになった、確かティーンエイジャーになった辺りかな。

僕が男性の中で、容姿が優れている方で、彼がその逆であった。

 

そんな馬鹿みたいな理由だった。

これをいうのはあまりにも礼を失するから言えてないけど、絶対におかしいと理不尽で不条理だと、そう感じた。

 

人より大変な生まれの彼が、人よりも良いことをしているのに、外見が悪いということだけで。恵まれた生まれと容姿を持って生まれた僕よりも軽んじられる。それは努力や精神性の否定なんじゃないか。

そんな高尚な大義名分を掲げてみれるほどじゃないけど、ただただ不平等で不快だなぁって感じだ。

 

そう思うと、キャーキャー騒いで僕にいい顔をする女の子達が、急にひどくつまらないものに見えてきた。ものすごく傲慢なんだけれども、僕が好かれるのは【当たり前】のルールなんだろうって、思えたからかな?

僕の努力とか成し遂げた事実とかは、彼女たちにとってどうでも良くて、顔がいいハンティングトロフィーなんだろうな、なんて。

 

思春期特有の恥ずかしいこじらせ方だよね? 今は流石に反省してるんだ。

でも今でも無意識にそうしちゃいそうになるから、ある意味外見に釣り合う物を背負わされたのかもしれない。

 

だからなのか、十三にちょっとでも優しい人を見ると、ドキドキするようになった。うん、我ながら変だとは思ってる。

遠回しに、周りと違うことをするヒロインが好きみたいなんだそういう漫画あるかな? なんて彼に相談したりもした。

おもしれー女が好きなんだなと笑われて、冗談でそうかも? ってかえしたっけか。

 

もう高校も折り返しを過ぎたのに恥ずかしいけれど、僕は十三離れが出来てないのだ。いろんなものの判断基準を、ずっと一緒に居た彼に投げてしまっているところがある。歪だとは思うけど、華はそれで良いんじゃない、とも言ってくれる。

 

そんなになるほどまでに彼の事を見て考えていたから、そんな僕だから2つ面白い、いや面白いっては失礼だな。興味深い事に気がつけた。

 

1つは彼にほのかな思いを持っている娘がいることだ。僕に向けている山火事みたいなぐわーって感じじゃなくて。ちょっと気になるみたいないじらしいそれだ。正直少し羨ましかったけれども、流石にそれを口にだすのは憚れるのはわかる。

 

きっかけは彼がバイトを始めてしばらく経った後、彼とのちょっとした雑談に同学年の後輩の話がまざり始めるようになったときだ。自分でも訳わからないけれど、なんか気になる所があったんだ。

 

さり気なく質問したり、人を使って様子を探ってもらえば。その後輩さんはどう見たって彼の事を気になっているようだ。

 

というか何だよ、オペレーションを全部教えて、不慣れな点を見つけたら翌週に苦手なところをまとめた、メモ帳に貼れるサイズのアドバイスとコツ付きのマニュアルを作って渡したって。

髪型のチェックをしてたから毎日化粧と髪飾りの小さい変化を見て、場合によっては褒めつつも改善を促したって。

クレーム対応や酔っぱらいの接客が不慣れだからって、見つけたらすぐ代わらなきゃいけないって。

おそらく人生で初めてできた後輩だからつい世話を焼いてるけど、なんかうざがられてるみたいだって。

 

僕が言うのも変だけれども、君も大概クソボケだよ。恋愛的な意味はともかく、普通に人間として好かれるでしょそこまでやれば。

というより普通そんなにシフトかぶらないよ? 学校も違うのに。

 

後に他に、いつの間にか先輩からもまた違った感じの思いを向けられる様になるけど、それは一旦置いておく。

 

 

もう1つ気がついたことは、彼は極端だと思う程に強い批判的思考をしていること。というかもしかしたら解離性同一性障害なんじゃないかということだ。

前から少し声に漏らして自分に言い聞かせていたんだ。中学の時に放課後人気のない場所に女の子に呼び出された時とかに。一瞬驚いたような顔をして、にやけたかと思えば。そうだなってつぶやいて、すって顔が落ち着き苛立たしいものになる。

 

何に対するそうだな。なのかはわからなかったけど、独り言? なんて思って見る目を変えてみれば時折、自分の考えにツッコミをしているのかなって思った。

でも幼少期からの彼と僕の会話のテンポと少し違う独り言のタイミング、そしてその独り言の内容が肯定なんだけど、出力されるアクションが基本的にあまりにも後ろ向きであること。

 

それらから、なにかあるとそれを否定するなにかがあって、それに同意をしてるんじゃないかって。そう思ったんだ。彼の中にもう一人の人格があるなんて漫画の読みすぎだとは思ったけど。

でも彼の思考回路が時々極端に歪むのは肌感覚でわかった。先程の後輩の竹之下さんもそうで、なにかしら恋愛的アプローチを受けているのに何故かそこだけ極端に否定的解釈をする。鈍感になるんじゃなくて否定するんだ。

 

ようは【愛情】関係だけにネガティブな人格を作ってるんじゃないかなって思った。幼少期の想像できないような環境で、誰を信じていいかわからない彼が。

自分を守るために作ったんだと僕は考えた。とても口には出せない。

 

 

まぁ色々言ったけど、とにかくネガティブなんだ。二人でのんびりだべっている時、彼が恋愛に関心があるのはわかるけれど、自分なんかとても。誰に好かれるわけもない。なんて言ってるんだ。

 

だから、山上先生が滅茶苦茶好みっていう────それがほぼ外見的理由だけというまぁ上品ではないそれにしても。聞けた時は嬉しかった。彼女が僕の馬鹿げた計画に賛同してくれたのも、本当にありがたかった。

 

彼女はもしかしたら、生徒から告白されるのに慣れているのかな? でも男子生徒なんて今まで累計で50人も見てないと思うんだけど。まぁいいか。

 

 

とにかく、僕はずっと前を歩いていた彼を後ろからずううっと見ていた。

だから、どうか。彼がまたまっすぐと歩いてほしいんだ。それが君を苦しめることになっても、僕のエゴだけれども。君に押し付けられた善意を熨斗をつけて返す。そのネガティブなところだけでも直してほしいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、ぶー君似合うそれ」

 

「本当、本当、似合うよ、うん」

 

3人組の高校生が、人の溢れるショッピングモールで買い物をしている。ありふれた光景ではあるが、2つほど目を引くところがある。1つは男二人に女子一人という人数構成だ。女子が飽和すると言える程男子が少ない昨今において。男の子二人と買い物をする女の子など、フィクションになって久しい。

もう1つは男の子の片割れの容姿がとても優れていること、でなく。

 

「似合うわけねーだろ!」

 

体格が大きい男子が、奇抜な格好をさせられていることだろう。彼は完全に祐と華のおもちゃになっていた。

 

 

冬も深まってきた頃、3人はとある目的で買い物に向かった。それはお互いのプレゼントを選ぶという、高校生らしい微笑ましい理由だ。出部谷は二人で行けばいいのにと、冷めたことを言ったが華の3人で行くの!という鶴の一声に誰も逆らえなかった。

 

とはいったものの、アルバイトをしている学生と、かなりの額のお小遣いをもらってる二人では金銭感覚に差がある。しかもあまりセンスもない彼は、二人が欲しいと言ってくれるものを買うほうが楽だと考えており、ありがたさすら覚えていた。

 

だから全く想定してなかったのだ。

 

「いや、こんな高い物もらえないって」

 

「いいの、これはわたしと祐君の両親からのプレゼントだから、10年分の」

 

「僕達のはまた別だよ、受験勉強のためだと思って受けとって欲しい」

 

彼が二人に手を引かれるように訪れたのは眼鏡ショップだった。いまだに分厚い牛乳瓶の底のようなメガネをしている彼に、最新の研磨技術で薄く軽いながらもしっかりと度数のでるメガネを購入するためだった。当然フレームも新調する。

 

「滅茶苦茶いいタブレット買える値段するし」

 

「じゃあ、出世払いで返せば良いよね? 母さんからだし」

 

「うん。わたしもママならそう言うと思う」

 

彼にとっての出世払いは文字通り出世するほど働くという意味である。そう言われてしまうと何も言い返せないために、彼はもう度が合わなくなりかけていた分厚い実用性いっぺんのメガネを新調し、それなりにまともなデザインのものを購入した。

 

その後も洋服に靴、小物まで片っ端から主に華のコーディネートでこれもプレゼントだからという声で持ち帰る荷物が増えていく。時折彼女自身や祐の物も入るために止められないでいる出部谷。からからと笑いながら二人を追いかけて時々揶揄してくる祐と。昔のころの華が暴走し始めた時の関係を思い出すひとときだった。

 

「うんこれでぶー君もまぁ多少は、祐君程じゃないけど格好良くなったよ、絶対値で!!」

 

「相対評価だと、俺消しカスになるじゃんそれ」

 

「仕方ないでしょ、元が論外だったのを最低限にしたんだから」

 

「祐、お前の彼女が口悪いぞ」

 

二人の気軽なやりとりをみて、祐は笑みを漏らす。三人でばかみたいな事をしたのは何時ぶりだろうか。昔は家の中でばかみたいな遊びもしたというのに。

 

「まぁ僕は華の為に格好良くあろうと、努力してるからね。こっちの勉強も頑張ったら?」

 

「お前まで……でもそうだよな……意味ない? 0ではないだろ?」

 

「下の下が、下の上よりの下の中になったよ?」「華、もう少し手心を」

 

元があまりにも論外だった、サイズの合わないよれた服と履き古したボロボロの靴。最近食生活を健康的なものにしているのと、運動を増やしていることを聞きつけた華が。

この機会に抜本的な改善案を決議し、全会一致で可決されたのだ。なお議決権を誰が事実上所有しているかは部外秘である。

 

「ぶー君。大事なのは良くしようと。体裁を整えようとすることだよ?」

 

「華?」

 

「だめだから、意味ないからって投げ出さないで。結果はともかく頑張るのはやめちゃ駄目」

 

「……そうか」

 

その言葉に出部谷は小さく頷く。祐もそれを見て笑顔だ。いつも二人の後ろか祐の隣で出部谷の後ろにいる華が、こうして何かを積極的にする時は。

それだけ大事なことでいつも良い結果を出してきた。彼女がもしかしたら一番【二人を】見ているのかもしれない。祐の目的にも出部谷の目的にも沿う形なのだから。

 

 

「それじゃあ、俺もこれでモテモテになれ────」

 

「それは無理だよ、ぶー君は言動が気持ち悪い時あるもん」

 

「格好良い友達に対してなんて事を言うんだ!」

 

「そういう意味の格好良さは、祐君だもん! ぶーくんは管轄外!」

 

「二人共、声大きいよ」

 

祐は暴走気味の二人をなだめながら、近くの店員に笑顔で頭を下げる。そしてその笑顔を本物にして二人の肩を叩いて店を後にするのだった。

 

 

 

 




Q,ブサメンキモオタ卒業?

A.そんな簡単にできるなら、こうも拗れない。


人として最低限のラインから、男子高校生として最低限のラインにまで改善程度です。
キャラ造形的にそこの努力を怠る男を好きになるのはおかしいので。
書かないと思うけど、次回のおでかけはスキンケア&髪型編になるはず。

祐の口調が話を追う毎に優しくなってるのは、彼女が出来て精神的に落ち着いて。攻撃性を上げ壁を作るための俺口調が、昔の素の口調になっているからという裏設定があります。
決して私のかき分けの簡易化のためではないです。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。


(この話で大事なのは、どう見ても女の子にコーディネートしてもらったぶたくんという存在を作ることだと気づけた人はゲイのサディスト)


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第2幕
見栄っ張りで臆病


注意

ここからは時系列がやや煩雑になります。
一人ずつバックグラウンド、1幕の頃、空白期、現在とフォーカスするためです。
大まかな心でなんとななくで読んで下さい。


春が来て、僕たちは3年生になった。そう、3年生になったんだ。

もう一回言うね。3年生に、なった。大事なことなので3回言った。

 

大見得切った手前恥ずかしいんだけれども、この春までの間十三の女性関係に関しては狙い通りの成果をあげられていない。

 

何も起こってないわけじゃないし、それなりにいい雰囲気になるイベントはあったみたいだけれど、十三が思ったよりも山上先生に意識をとられているのか、それとも大学受験に向けてバリバリ勉強しているからか、遅々として状況が進まなかった。まぁそれでもいい。大事なのはまず彼が前向きになることで、そういう意味では失敗はしてない。

 

なにせ、正直これは想定していたことではある。

 

まず大まかに僕が考えている十三と結婚してくれる可能性があるのは3人。竹之下純さんと鳥槇マキさんと駄場沙央里さん。この3人に十三を幸せにしてもらおうという計画だ。

 

あ、そうだ。僕にはとても良いことがあって。十三って呼んでいいって許可をくれたんだ。

去年廊下で鳥槇先輩と話している時に近くに行って、要件が終わった後に。

 

「十三って呼ばれるのは、嫌じゃなかったの?」

 

って聞いたら

 

「昔は好きじゃなかったけれど、今はあんまり気にしてない。どうせ社会人になれば呼ばれないしな」

 

なんて言ってたから、僕も十三と呼ぶことにした、ぶー君とかでいいのにとは言ってたけれど。

十三ってすごく格好良い名前だと思う古風な響きだし祐の女の子っぽい名前より十三っていうシンプルな漢数字だけで古強者みたいな響きがすごく好きなんだ。

 

……まぁそれは置いておこう。

 

原因として考えられるのは、やっぱり3人の内2人は昨年度中は忙しかったことだ。

 

竹之下さんは十三に彼女なりにせめてアプローチした、何でもいう事を聞く権利を渡すなんていう、なんてとんちきかつ変則的なアプローチをきれいに上げて落とされていた。そんな彼女がだ。

 

まぁそれ自体は、その後何を要求されるかで好感度とかを図ろうとする、玄人っぽい思考はいいけど。本人が結構ポンコツというか抜けてるからね。

 

ともかく、彼に「お前ならできるし信じてるよ」とまで言われて頼まれてしまえば、アルバイトをやめることはできないわけで。彼がやめて忙しくなった中、必死に苦学生をしていた。ご愁傷さまだ、受験生になるのでってもうやめるみたいだけど。

 

昨年度は時折土日に彼を誘ってダイエットの手伝いをしていた様子だ。それに平日も……でも結局は大きい進展はない、しかし今日からが本番という形である。

 

 

鳥槇先輩に関してはちょっとかける言葉がない。結局彼女はその……受験を失敗してしまったのだ。秋の選抜試験に落ちた後は相当へこんでいたようだ。亜紗美さんが僕とのデートを断って慰めに行ってたし、仕方ない。

その亜紗美さんと一緒に行きたかった学部は、かなり倍率が厳しいところのようで。普通受験だとほぼ不可能だったからだ。

 

色々あって、彼女は別の進路をとることになった。大学こそ亜紗美さんと一緒だが、学部は別の所に普通受験で入った。要するに去年からこの前まで、勉強で忙しかったし、いっぱいいっぱいだったのだ。

 

さすがにそんな状況で僕が騒動やイベントに巻き込むなんてできない。塩梅を間違えれば人生設計すら大きくかわってしまうから。

 

でも、受験失敗して荒れてた時期に、どうやら十三が結構親身になって励ましてた様子で……あいつたまにそういう所ある。いいよね……十三って辛いときに一緒にいてくれるんだ。

 

だから正直彼女に関しては、あとほんの一押しな気もする。一人暮らしも始めたようだし、亜紗美さん経由で情報の行き来が出来るからね。

 

そんな亜紗美さんはなんと、ルームシェアを始めた。ゆかり先生と。先輩たちの大学も僕達の高校も同じ市内だから都合が良いとのことだ。

広い家に安く住めて、気心もしれているからという理由らしいけど、その、僕としてもちょっと考えなきゃと思う事ではある。特に金曜日に遊びに行くのはもう控えよう。

 

そして駄場さんは、駄場さんは…………少しだけ後押ししたら、変な方向にかっ飛んでいった。

おかしいな、機械系や映像編集とかもできる人だから、十三にアドバイスできるようにと思ったんだけれども。まぁいいや。

 

あの人とは昔少しだけ話した。その時に聞いたことは正直恐怖すら覚えたけれど。実害はでない……と思う。うん、多分。十三が嫌々相手にしてるんだったら対応を変えられるんだけど。

 

あの人に関しては、他人の色恋やら関係性に優劣をつけるのは烏滸がましいということを鑑みても。それでもちょっとね……てなる。

 

年齢とかは別にいいんだ。離れていても愛があれば。本人たちがしっかり納得するなら。特に言いたくないけど十三は年上が好きだし、もしかしたら母性を求めているかもしれない。彼には母親が、そのいないから。

 

でもその年齢まで使おうとするから、なんかダメに見えるんだよね。一旦保留だ。というより、職務上他の人と十三がくっついたら絶対影響が出るから。勝手に連鎖で終わりそうでもある。

 

 

そして、一応経過観察している山上先生。

 

キモオタモードと彼が言ってたわざとらしいドモリをやめて、授業でも普通に発言するし、みるみる痩せていき(それでも目標まではまだ太いけど)、成績も上昇。そんな十三を見て時折満足げに話しかけている。

 

その際に彼の腕とか肩を触って品評しているようで。十三が肩のラインがしっかりしてきたなとか、ふとももがしまってきたなと言われながら撫でられたと逐次僕に報告してくる。

 

十三、亜紗美さんもいるところでそれを僕に言うのは、もしかしてわかって駆け引きをしてるのかい?

 

いやぁないか。全く意識してないよ彼は。それどころか、受験全部失敗して浪人生になるくらいなら、鳥槇先輩は亜紗美先輩と祐がもらってやるべきでは? とか言うくらいだしな。

 

 

 

総評として確かに目論見通りだいぶ前向きになったけれど。たぶん誰かに明確に言い逃れできないほどに好意を伝えられない限り。これ以上は無理だと思う。

 

まぁそれでもだいぶましにはなったんだ。じっくりやっていければいいかな。

 

「それじゃあ、華お願いしてもいいかな?」

 

「うん、もちろん。二人の為だもんね」

 

助手席の彼女と席を変わってもらう。

というわけで、早速はじめようと思う。

僕なりの十三への仕掛けを。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

夕方、日が暮れる前に学校から帰ってくる。ローファーを脱いで、玄関から意味があるのかなというくらい短い廊下を抜けてリビングに入る。声をかけたけれど誰もいない。お母さんはフルタイムで働いているから、当然だ。

 

「玉ちゃん、ただいま」

 

もう何年も家族なのに、みゃーと声が返ってくるのに緩む頬を抑えられない。そんなに広くない1LKの私達の家。アタシの部屋に広めのリビングダイニングキッチンがあるだけの物件だけど、ペット可なのもあってここに住んでいる。

 

玉ちゃんを飼い始めるときにお母さんと決めたことだ。大きいお家と猫ちゃん。どっちがいい? って言われたから。

 

アタシの名前は純、竹之下純。どこにでもいる女子高生だ。

 

 

 

手洗いうがいを済ませて晩御飯の用意に取りかかる。小さいころから家事は私の仕事だった。姉妹はいない母との二人暮らしで、家事を覚える為の実践の機会に困ることはなかった。

でも料理はそこまで好きじゃない、お菓子作りの方が好き。同じじゃないの? と友人に言われても、違うんだよ。としか言えない。理由はわからないから。

 

「あ、こらダメでしょ。玉のご飯はさっきあげたじゃない」

 

調理台によって来るかわいい妹を足で追い払う、今刃物も火も使ってるのごめんね。

 

別に母と二人での生活に困っていることはない。玉ちゃんがいるから泊りは難しいけれど、お母さんとよく旅行に行ったしプレゼントも服も周りの娘と同じか、もしかしたらそれ以上にもらってる。でも男気の全くない家だ。

 

アタシの家にお父さんがいないのは、人工授精だからかそれともお母さんともう会ってないだけなのかはわからない。ただ母に結婚歴がないのは修学旅行でパスポートをとった際に知ったけれども。

 

まぁ今どき珍しいことじゃない。それでも生活には全く不安はないし、私のアルバイトだって家にお金を3割入れようとしたら怒られたくらいだ。1割でいいわよって。

そんな今のこの国にはきっとどこにでもいる女の子だ。

 

男の子は小学校のころ隣のクラスにいたなというくらいで、なんというか、いないのが普通で、別の世界の出来事みたいな、そんな感覚だった。

いつか、先輩に聞いたら、日本人しかいないのが当然みたいな感覚ですか? と聞いてきたのでそれが近いかも。隣のクラスに一人外国人がいるのと同じ感じ。

 

だから周りが女子しかいないのも普通で。女の子達と女の子だけでずっと遊んでいた。中学からも変わらずおしゃべりばっか。結局6年間男子と同じクラスにはならなかった。

高校からは私立の女子高に通って、なんとなくでアルバイトを始めた。

 

アルバイト先は学校からの帰り道ので働くのが嫌で、少しルートから外れているところにした。コンビニにしたのは簡単そうかな? と思ったから。特別な理由はない。

 

電話で面接の予約を入れて、そうしたら直ぐ採用が決まって。

 

 

 

「初めまして。君に仕事を教える出部谷です」

 

バイト先で先輩に出会った。アタシのOJTをしてくれたのが、出部谷先輩だった。

そして実は人生で初めて同年代の男の子と話すことになったのだ。

 

「見た目と違って優しい子だから、安心してね竹之下ちゃん」

 

「は、はい」

 

当たり前だけど男の人だ。たまーにアパレルの店員さんとかとは話すことはあっても、こんなに近くというか日常的に話すのは初めてで。正直先輩はかなり第一印象が悪いというか怖かった。

 

格闘家みたいなとまではいわないけど、体が大きくて。目つきが鋭くて。顔が爛れているから。アタシの中の男の子っていうのは、格好良かったり可愛かったりするテレビのアイドルや漫画のヒーローと同じで。普通の人、というかあまり外見の良くない人がいるんだっていう。変な感心があった。よく考えれば街を歩けば見そうなものなのに。

 

それにアルバイトがはじめてで、かなり仕事の飲み込みは遅かった。思ったよりもずっとコンビニのアルバイトは覚えることが多くて難しかった。

 

 

「それは違います、いいですか────」

 

「昨日も伝えましたが、少し髪が邪魔になってますね。髪留めか何かで整えてください」

 

男の子ってこんなに声が低いんだとか、目の前で言われると怖いとか、そんなにお仕事って厳しいのとかで。色々打ちのめされて正直最初の1週間でもう無理かなぁって思ってた。でも────

 

「竹之下さん、これを」

 

週明けのシフト初日にそう言って渡されたのは、私が初日にこのコンビニで買ったメモ帳と同じ用紙にかかれた、仕事のチャートだった。

 

「先週で大まかな流れの把握と、あとは機械系の操作が苦手そうだったから、まとめておきました。参考にしてください」

 

見た目の厳つさとは対象的に、几帳面な子が作ってみんなでコピーするノートみたいな、短く簡単にまとめられた紙にはきれいな文字と図形が並んでいた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

思わず受け取ってメモ帳に挟む。私が聞きながらとったメモなんかよりずっとわかりやすくて。この後後輩が入って教えるときにコピーしたものを渡したほどだった。

それでも今日から本格的に仕事だし、怖いなぁと思って。引継ぎを聞きながらよくわからないなぁと相槌をうっていると。

 

「竹之下さん、わからないことがあったらすぐに聞いてくださいね」

 

「は、はい」

 

「お客様からのじゃなければ、急いでやる必要もないから慌てなくていいですよ」

 

「え、えっと。じゃあお客様のは」

 

それはつまり、急げという事なの? 今日からOJTは外れて一人で動くのに。もう無理ですといういっぱいいっぱいの気持ちで聞けば、何でもないように先輩は言ってきたのだ。その言葉はずっと覚えている。

 

「そういう時は、笑顔で少々お待ちくださいって言ってから私に聞きに来てください。竹之下さん、笑顔は満点だから大丈夫ですよ、多分」

 

それだけ言って彼は店側に歩いて行ってしまった。今ならきっと少しドキドキしたと思うけど、あの時は何言ってんの? そんな笑顔とかできないよ!? と不安でいっぱいだった。

 

でも、そうしろと具体的に言われれば案外人間出来るもので、コピー機の使い方とか、郵便物の出し方とかいろいろお客さんに聞かれたけど、全部笑顔で時間稼ぎをした。怒られることはなかった。

そしてお店があんまり混んでないからか、直ぐに先輩が対応を代わってくれて。

 

レジもわからないことはメモ帳を見れば、バーコードがない商品や、切手の販売方法、チケットの印刷まで、直ぐに分かった。

 

気がついたらできることも増えて、バイトが楽しくなってきた。

 

そして笑顔で怒られなかったのは、多分研修中バッジのおかげだって、鏡で笑顔を作ったときに思った。そうじゃなかったらちょっと嬉しかったけどな。

 

 

先輩はとても人のことを見ていて、できることできないことをわかってる。先輩は別になんでも仕事ができるわけじゃないけど。誰が出来るとか、これは店長の案件だとか。すぐに線引きして、わかる人のところに持ってく。そういう事ができる人だった。

 

だからすごいなぁ、いつから働いてらっしゃるんですか? って聞けば。4月からと割と最近で、しかも私と同い年どころか誕生日は私の方が早かった。なんか恥ずかしくなって、思いっきり後輩っぽく接するようになったのは、この時からかな?

 

正直に言って、先輩の見た目はあまりよくない。いい人なのはわかるけれど、魅力的な男性でも、少なくとも格好良い人じゃない。

 

そして頼られてはいるけど女性人気がある人ではない。他の先輩方、主に大学生や主婦のパートの方はちょっと太りすぎ、そういう目では見れない。という感じだった。アタシもですよねーって返して納得したと思う。ビル清掃のおばちゃんは男前だよねぇって言ってたけどあの人からしたら孫くらいの年だしね。

 

アタシが仕事を覚えてくると、シフトが一緒になることが増えて、いつの間にか2人だけでという時間も増えた。

先輩と二人だけのシフトは、雑談をしても注意をしてくる人が先輩自身しかいないから、楽しくて気が楽で、つい店長にお願いして増やしてもらったりした。

 

曖昧だけれども1年生の間は、先輩のことを変に意識はしていなかった。ただ一番身近な男の人で、頼りになる先輩だった。

 

でも、私も年頃の女の子で。ずっと近くにいると気になってきてしまう。

あの人のここが好きになったとか。こういう事をしてもらってとか。そんな漫画みたいな理由はなくて。いつも一緒にいて気が付いたら、ちょっと、本当にちょっと意識してしまった。いつか結婚して幸せな家庭をなんて空想するときに、偶に先輩の顔がちらついたり、漫画の男性の声が先輩の声で脳内再生されたり。そんな感じだ。

 

もし学校の先生が男の人だったら、きっとモテモテになるのと同じで。

あたしには他に男の人が周りにいなかったからそうなっただけ。

だから変な風に意識してるだけだなって。そう思った。

 

そんなある日、お母さんに好きな男の子でもできたのって? って聞かれた。

 

何のことかと思ったけど、表情も明るくなって、鏡の前にいる時間が増えたり、買う雑誌が漫画からファッション誌になったりと。そういうのでもしかしたらって言われたときに。

 

はい、アタシはやっと自分の気持ちが、どっちに向いているかをわかってしまった。

ネガティブな方向ではない、人間として先輩として少なからず意識して好ましく思っている。

まだそんなに好きってわけじゃない、ちょっと異性として気になるだけ。

 

そうなんだと自分に言い聞かせて、あいも変わらずあたしはバイトを楽しみにしてた。

 

 

 

このアルバイトを始めてから、いろいろ失敗はしたけれど。一番の失敗は

 

「彼氏? もちろんいますよ? 先輩はいないんですか? 彼女」

 

「いませんよ、それより私語は慎んでください」

 

この日だと思う。

 

彼氏どころか、男の子の友達すらいたことなくて、先輩が初めてお話しする男の子ですなんて。恥ずかしくて言えないって思ってしまったからだけれど。

それにしたって、口は止まらなかったのかと、あの日の自分を思い出して思う。

 

彼氏がいるアピールで、相手と距離を詰めるテクニックとか、彼氏がいる女の子に男性は惹かれる!? みたいなそういう言葉のページをその日すごい巡回してから寝て。

 

翌日になって全部のことが恥ずかしくなって、ぎゃーって奇声を上げて、起こしに来てくれたのか、窓の外を見に来たのかわからない玉をびっくりさせてしまった。

 

 

 

何で見栄はったの? 何で先輩にはったの? なんで先輩に言っちゃったの? なんでそれを取り返そうとしたの? なんでそれで距離を詰めようとしたの?

 

ぐるぐる頭が回って、その日は学校に行きたくなかった。お母さんに叩き出されたけど。

 

開き直って、学校では彼氏がいるの隠してたってことにしたけど。心理学的には昇華? とかそういう逃避行動になるのかな?

 

 

そしてある日、いつものように先輩をからかうように話して、何とかこっちを見てもらおうと……いやただの暇つぶしで話していたら。

 

「やぁ、もうあがりだよね?」

 

金髪でふわふわの髪、クリっとしてる目と長くてぴんと上向いた睫毛。きゅっと細く高い鼻に色っぽい小さな唇。そんな男性が微笑を浮かべながら、楽し気に歩いてくる姿は、まごうことなき王子様。【それ】が先輩を訪ねてきて、親し気に話しかけていたのだ。

 

先輩は、あんなに格好の良い男の子を見てもドキドキしないのかと驚いたけど、どうやら先輩の親友らしいし、なにより先輩は男だから男の子に普通はあまりドキドキしないのだった。そんなことも分からなくなるくらいびっくりしてた。

 

そして、一言二言話して、その後すぐにあがって帰っていった先輩をみて。

 

「え、なにあれ、本物のイケメン?……実在したんだ……」

 

 

イケメンが本当に世界に存在することとにアタシは気がついた。

 

そしてもう一つ気づいてしまった。

 

今日のドキドキ、あの王子様が近くに来た時のものは。それは仕事を始めた時のドキドキと同じだった。

 

でも先輩と楽しくおしゃべりしている時の小さなドキドキとは違っていた。

あんなに格好良い男の子が近くにいた時に高鳴ったこのアタシの気持ちとは違うことに。

 

 

 

アタシはあの日、気づいちゃいました。

 

 

 





竹之下編開始です。
一番素直でシンプルな娘です。

300人を超える評価、6000お気に入りを頂戴しました。
ありがとうございます。励みになります。


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見栄っ張りで臆病-2

龍瀧さん=祐です 念のため。
今更だけど画数エグくてテストの時大変そうっすね。ごめんね


色々あって、先輩に騙されてバイトを続けることになった後。いや、あれは騙そうとしたというか、アタシが自滅しただけか。でももっとアタシを必要とするとしても、別の方向ならなぁなんて思ったりした。

 

先輩のことを男の人として気になり始めてるって、自分の気持ちに気づいてからは。色々空回りしてしまってたから。クッキーをもどされた時は死んじゃいたいくらい辛かったけど、その後優しくしてもらえて。きっと気が緩んでたんだろうなぁ。いや、クッキーを渡した時点で大概かな?

生意気な感じの後輩っぽい喋り方も、丁寧な感じな喋り方も。いろいろ試してみたけど反応芳しくない、とか思っちゃう時点できっともうだめかなぁ?

 

そして先輩が実は割と女の子の知り合いが多いことを知った。

もちろんこの国には女の子の方がたくさん住んでるから、当然のことではあるのだけれども。

でも、あまり言いたくはないけれど先輩は気持ち悪がられて、人が寄ってこないのかとちょっと思っていた。龍瀧さんが親友なら皆彼の方に集まるだろうから。

 

 

先輩が一番仲が良いのは風間華さんという幼馴染で龍瀧さんの彼女。龍瀧さんとはトークアプリでたまに相談とか乗ってもらったりするようになって。流れで紹介してもらった。何故か3人の部屋もある。先輩と龍瀧さんと華さんは幼なじみらしい。

 

他には、なんか急に家に入ってきた。け、献精の営業の駄場とかいうおばさん。そして鳥槇マキさんという彼の学校の先輩。

 

風間さんは、たぶん全くそういう目では見てないと思うけれども。他の二人はわからなかった。おばさんもとい駄場さんは、いきなり変なことを聞いてくるし。せ、精液をもらいたいなんて言ってるし。

ま、まぁそれは仕事だし男性の役目だからいいとしても。聞けなかったけどさらっと言ってた下着を渡してるって何よ。とにかく、なんか悪い大人って感じだった。

 

そして一緒にアルバム────なぜか龍瀧さんの────を見ることになった、鳥槇さん。彼女に関してはアタシの勘だけれど、少なくとも先輩を嫌ってはいない。

 

というか! どう考えてもあの化粧と服装は彼氏の家に行く時のそれだし。なんかめっちゃいい匂いしたし! なにより先輩のことを名前で呼び捨ててた。龍瀧さんも呼んでなかったのに!

鳥槇さんはびっくりするぐらい手足が長くて、顔も小さいすらっとしたモデルさんみたいな美人なのに。なんかもうたぶん現役のモデルさんみたいな女の人の写真を見て、ものすごいニコニコしていたから何が何だかわからなくなったけど。読モ仲間か何かなんだろうか?

なんでもその女の人は、鳥槇さんの親友なんだそうだけどレベル高くない? 風間さんといい同じ学校なんだよね。というか、よく聞くと写真の人もその周りの女の子も全員龍瀧さんの彼女だそうで。どの女の子もめちゃくちゃ可愛いか、綺麗な人ばっか。確かに龍瀧さんと外見のバランスは取れているけど、なんか頭がくらくらした。

 

そもそも横にいた鳥槇さんにアタシが勝てそうなところなんて……胸の厚みくらいだろうか? いや、そもそも何の勝ち負けなのよ。

 

結局、追い出されるように先輩の家を後にして帰るときに、自然と二人とも駅までは一緒だったから、二人であるいていたけれどもずっと無言だった。

 

ただ、別れるときに一言だけ

 

「またお会いしましょう」

 

って綺麗な声で言われたときは。なんか負けた気がした。こっちのことをわかってるような。見透かしているような、そんな風に見えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ先輩のいないバイトにもなれてきた頃。結局あの日龍瀧さんにそそのかされて先輩の家に突撃した日以来、先輩と会うこともなくなってしまった。

あの人は、要件がなければアタシにテキスト一つ送ってこない。だからといってこっちからうざ絡みをしてみようにも、どうにも文面が浮かばない。もしかしたらあのおばさんか鳥槇さんと楽しくやっているのかもなんて、思わなくもないけど。

 

接点、もうなくなっちゃったな。自分からこれ以上何か先輩に対してアプローチをしたいけれども、時間を作りたくてバイトを辞めた先輩に。どうやって声をかければいいんだろう?

この前会いに行ったときに、なにか変わるかなぁと思って、精一杯気合を入れていったけど、完全に出鼻をくじかれてしまった。ちょっと充電してなんかいいきっかけでもあればなんて思うけど、先輩の家ここから遠いし、わざわざ顔を見せに来るというタイプでもないから。

 

また、龍瀧さんに相談する? でも頼りすぎるのもなぁ。

なんて思いながらも、しっかりアルバイトができるように成り、後輩として入った年上の方に後を任せて、今日も定時で帰ろうと着替えてコンビニから出れば。

 

 

「ああ、丁度良い時間だったな」

 

「せん、ぱい? え?夢っすか?」

 

 

そこに立っていたのは、髪を短く切りそろえて新品のスポーツウェアを着ているいかにもロードワーク中です、という雰囲気の先輩だった。え? 本当になんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、十三。ダイエット始めたんでしょ?」

 

「少し前からな」

 

 

そろそろ街路樹の色彩が賑やかになってくる頃。俺は山上先生が昔くれたメニューをなんとか実践できるくらいまで体力がついてきた。あの日割りと軽い気持ちで相談したら、まさかまさかで告白を考慮してくれることとなって。俺は死物狂いとまでは言わないが、かなり力を入れてダイエットに取り掛かった。

 

食事も適当にあるものを満足するまでかっ食らうという馬鹿みたいな生活から、バランスや量を考え始めたし、夜更かしもやめた。おかげで空きっ腹で寝付けないでゴロゴロする時間は増えたけれども。

 

だから、疲れるためにも家に帰ってから勉強や食事が終わった後に少しウォーキングとランニングの中間みたいなのをすることになった。あんまりやると膝が死にそうになるから。

 

「夜に出かけてるんでしょ、危なくないの?」

 

「まぁ俺だし大丈夫だろ」

 

この社会でも不審者は出る。主にこじらせたおばさんでむしろ男女ともに狙われるのである種ひどいともいえる。というか祐はもろ被害者だし。でも俺に関しては全く心配は無いだろう。

 

「ちゃんと人通りの多い明るい道を選んでる?」

 

「妙にしつこいな、適当に家の近くクルクルしてるが」

 

コースとか距離とか目標とかはあんまり決めてない。運動自体はまず筋トレが先だし、有酸素は気休め程度だから。疲れるための運動だし。

 

「思ったんだけど、前にバイトしてた所くらいまで行くのが良いんじゃない?」

 

「んー……まぁ距離的にも悪くないな」

 

「せめてルートを決めて置いたほうが、何かあったときに安全だと思うんだ。やめろとは言わないしさ」

 

確かに事故に巻き込まれたり、トラブルにあったときに時間でどこにいるかわかるほうが良いか。でもそれなら祐の家の方が、いや途中暗い道抜けるか。バイト先なら大通りとバス通りだし、迂回しても駅前だし。ちょうどいいかもしれない。

 

「祐の言う通りだな。バイト先に顔出すのは気まずいから近くまで」

 

「そこは、あの竹之下さんだっけ? あの娘と駅まで行こうよ」

 

「……?? え? なんで?」

 

どうしていきなり竹之下の名前が出てくるんだ? ただ走るコースの話をしているのに。

 

「いくつか理由はあるけど、まずあそこから駅までは少し暗いから、二人のほうがいいと思うんだ」

 

「そうかぁ? てかそれならあっちの駅に行くだけでいいじゃんか」

 

「もう1つは、そっちのほうが続くと思うよ。十三は3日坊主ではないけど2ヶ月は持たないじゃん? 竹之下さんを送るっていう目的があれば、サボれないでしょ」

 

「た、確かに……」

 

言われてみると恥ずかしいが、俺は今猛烈にモチベーションが高い。前世さんに「無駄な努力だ」と言われているけどまだまだやる気は高止まりしてる。だけど明日の俺もそうだとは確約できない。どこかで大雨だからやめて、休憩の日が出来て、休憩の日が増えて、習慣が消滅する。そんなのが容易に想像できる程度には、コツコツ根気良く続けるというのは苦手だ。単語を少しずつ覚えるとかは本当に嫌い。

 

「さぼったら、あいつに馬鹿にされるのか……釈然としないな」

 

「使えるものは使っておこうよ、手段を選べるほど上等じゃないんでしょ?」

 

それは昔俺が自虐的に言った言い回しだと思うが、何時だったか思い出せない。まぁしかし祐の仰る通りだ。時間的にも丁度晩飯食べて少しした辺りに家を出ればいいわけだし、竹之下拾って駅まで行って戻れば、いい感じの距離になる。

 

善は急げと早速今日から行ってみようと、久方ぶりにバイト先。否、元バイト先まで歩……走……ジョギングしてきたのだ。竹之下のシフトが前と同じかもわからないから。軽く覗いて今日いなければまた今度でいいかと思ったら、丁度でてきた。

 

「せん、ぱい? え?夢っすか?」

 

「運動してるのが珍しいって意味か?」

 

確かに太っていることを気にしていない感じの素行だった。しかし今の俺は痩せる目的と痩せたいという願望があるのだ。華も応援してくれているし。

 

「ロードワークで今日からこっちまで来ようと思ってな、用事がないなら駅まで送るぞ?」

 

「え、あ、はい! ご一緒するっす! いえ、します!!」

 

「もう先輩じゃないから敬語はいらないぞ、そういえば」

 

竹之下は目を白黒させていたが、どうやら駅までは一緒に行くようだ。ペースを落とす大義名分が出来てありがたい。同行者がいて走るのは迷惑だからな。「お前が会いに来る時点で迷惑だろ、やめとけよやっぱり」と前世さんが言ってる。まぁ否定できないだろう、バイトをやめた先輩が来るのは確かにだるいな。それが俺ならなおさら。

 

「ということで毎日このくらいの時間に近くまでくることにしたんだ」

 

「えぇ~? 先輩そんなにアタシと会いたかったんすかぁ?」

 

「いや、別に。お前がいなかろうとこの時間に来るだけだからな」

 

だからまぁ、こう言っておけば迷惑ならシフトの時間を変えて帰るだろう。相手にそれを強要するなとも思うが。コンビニに入らないでここで軽く息を整えるだけなら問題ないだろう。店長室のモニターでカメラの映像はずっとでてるし、俺がいなくなってから帰るのもできるはずだ。

 

「じゃ、じゃあアタシのシフト送るので、これからは帰りに駅まで送って、ジュースを奢ってください!」

 

ちゃっかりなんか要求し始めている竹之下。まぁでも、こっちも勝手にカウント係に使おうとしてるんだし。そのくらいは良いだろう。

 

「まぁ、いいだろう。それじゃあ帰るぞ」

 

「はいっ!!」

 

バイト終わりだというのに元気な竹之下を連れ添って帰る。新しい後輩のこと、最近の売れ筋商品など。他愛もない話をマシンガンのようにかましてくる彼女を聞き流しながら、俺は車道側を歩くのだった。汗が冷えて少し寒いなと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩が、どうやらダイエットの為にアタシのお迎えをしてくれるようになった。シフトの終わりが近づけば、後輩にもう彼氏さん来てますよなんて言われて。彼氏じゃないしーって否定して、急いで着替えて出るのがルーティーンになったの。やばい顔がニヤける。いきなり来た時は驚いたけれど、それになんかあくまでついで感だしてたけど、やっぱりアタシに会いたくて来てくれたのかな? なんて思ってみたりした。だってほぼ毎回だし。

 

そして、帰る途中の話の流れで、土日に本格的な運動をしたいって考えている先輩に、中学校では運動部だったアタシが見てあげましょうか? って言ったら、お願いされてしまった。

 

補欠で、練習しかしてないしそれも嫌いだったけど、やっててよかった。部活は一生の宝になるってうるさく言ってたオバサン先生に初めて感謝した。こういうことだったんですね! って。

 

とはいっても集まって走ってストレッチするだけだけど。むちゃくちゃ硬い先輩の体を押したり伸ばしたりしてあげるだけだけで。べつになにか起こるわけでもなく、普通に運動をするだけ。

日に日に体力が付いてるし、走れるセット数が増えてく先輩をみて。ふと思った疑問をぶつける。

 

「ねぇ、先輩ってなんで最近運動始めたんですか?」

 

「ああ、聞いてくれるか?」

 

そういえば聞いていなかったという先輩の目的だ。

 

始めたときはまた先輩をからかいながら遊べると思ったけれど、意外と先輩は真面目にトレーニングをしてる。最初は長時間歩くのがほとんどだったって本人は言っているけど、どんどんフォームもきれいになってきてるし。

 

だから、なんでそこまで急に? って思った。健康診断でひどい判定でも出たのだろうか?

 

「実は先生に告白して、卒業までに痩せたら考えてくれる。ってなったんだ」

 

「え? ……告白!?」

 

「ストレートに言ったんじゃなくて、先生みたいな人は素敵ですよねって感じだがな」

 

すうぅっと。眼の前の視界が狭くなって。寒くなって青くなった。ベンチに座っていてよかった、立っていたら倒れていたかもしれない。なんだ、つまり先輩は。好きな人ができて。その為に頑張ってただけだ。

 

「まぁ、お前の言いたいことはわかるよ」

 

「……なにがですか?」

 

「ほぼ100%フラれるって。でも良いんだ。学生時代にそういう青春? っぽい事ができるとも思ってなかったから、記念みたいな感じだ」

 

真っ白になったアタシの頭に、先輩がポツポツと話してくれる。聞いているうちに少しずつアタシの手に体温が戻ってくる。そっか、先輩記念告白してたんだ……それが先生で、痩せたら考えてやるって。だから痩せるのを本気で頑張ってる。

 

「格好良いですね……それ」

 

ぼそっと、そう言ってしまった。だってそうじゃないか。本当かどうかは知らないけど、冗談で言って、冗談で返されたのに。それを理由に頑張ってるんだ。アタシみたいに、告白もできないで、少し一緒にいただけで。また彼氏が出来た感じを出してる娘より、ずっと前を向いてる。

 

「ありがとう、嬉しいな。なにせ、今俺は【格好良い】になりたいって思ってるからな」

 

そう言って笑ってた。アタシのそんな投げやりな褒め言葉にも。本気で先輩は嬉しそうに。初めてあった時より、少しだけ輪郭が細くなった先輩は。誰に評価されなくても頑張るのを当然のようにできる人なんだって。

 

「その先生のこと、それだけ好きなんすねっ!」

 

「……んー、正直自分でもわからない、やめとけって気持ちもすごいし。相手年上好きらしいし無理っぽいから」

 

「え!? そんな雰囲気だして、本気じゃないんすか!?」

 

一瞬耳を疑った、あれ? ちょっとまって。先輩は告白して、卒業までに痩せろって言われて。それで痩せるために運動してて。でも告白は記念告白で、期待を持ってないの?

 

「本気じゃないというか、無駄になるのわかってもいるからな、この努力。でもやめちゃ駄目だって華に言われたし。どっちかというと華と祐に恥じない男になりたい……なのかもなぁ。先生は……ワンチャン程度の口実?」

 

その時の先輩の横顔は、見たこと無いくらい子供っぽくて。年下なのに先輩って呼んでるけど。その時は同い年の男の子に見えて。

 

「もー中途半端すね、先輩は」

 

「面目ない、だが折角だし運動は続ける」

 

「それなら、手伝いますよ! しょうがないから」

 

これが、その先生とやらに塩を送ってるかもしれない。って思わなくないけど。でも、ちょっとだけアタシも先輩の力になってあげたいって。

 

 

 

そう思うのはきっと変なことじゃないから。

ずっと、素直に言葉を紡ぐ先輩が、とっても眩しく見えた。

 

 





竹之下は作中一番普通の重くも面倒でもない女の子です。
少なくとも今話までは


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見栄っ張りで臆病-3

きっかけは些細な事だった。

 

大事な大事な家族の玉ちゃんが、なんか後ろ足2本で立ち上がって、こっちに餌を要求して鳴いてるのが可愛くて、つい動画撮った。そしてそれを風間さんに送ったこと。かわいーって言ってくれたので姉として満足である。

 

そして、そんな事があったのなんてすっかり忘れて、もうすぐ学年が変わるし、店長に辞意を表したら、お願いだから4月までは居て欲しい、大型連休前までに新人が使い物になるようにするから、それまでは。と交渉され受験生なんですけど? というカードで交渉して最後の最後に時給を上げて貰う代わりに同意した。

 

だから時給が上がったことを、いつもの帰り道で先輩に自慢してたら、突然。

 

「な、なぁお前の家行っていいか?」

 

なんて、顔を赤らめているのが街灯の白い光でもわかる先輩がいて耳を疑った。いきなりめっちゃ距離詰めてきた!? え? 今夜いきなり!? お母さんいるのに!? って惚けてしまって何時もみたいにからかって意味を聞くのが出来ないで普通に、素のまま

 

「な、なんで?」

 

って答えてしまった。もうちょっと答えようはあったでしょって思うけど。完全に不意打ちだったから。

 

「猫……いるんだろ?」

 

「え? あ、はい。玉ちゃんですか?」

 

「ずるいじゃん、お前あんだけ今まで色々話してるのに、猫の話してなかったじゃん!!」

 

なんか子供みたいに拗ねてる先輩、最近ますます痩せてきてはいて、普通に小太りくらいになってる。だけど成長期なのか更に背が伸びて体重はむしろ増えたんだって。龍瀧さんが羨ましがってた。そしてそんな大きな先輩が、子供みたいな口調でこっちを恨みがましく睨んでくる。

 

「あれ? 言ってませんでした?」

 

「どうでもいいことは言ってたけど、猫がいるとは言ってないじゃん! 制服にも猫毛付いてないじゃん!」

 

「えぇ……」

 

そりゃ家で生活してれば猫の毛の掃除はしっかりするし、うちの妹は雑種だけどベースがそうなのかあまり毛が抜けないし抜けても短いから。というか、今までで一番アタシに感心を寄せている気がする。玉ちゃんのおかげとはいえ、少し複雑だ。

 

「ま、まぁ来るのは構いませんが……今週末の日曜なら空いてます」

 

「ほ、本当か!? お願いしていいか!?」

 

「いいですよ」

 

あれ? 先輩が、おうちに、来る? え? こんなあっさり? いやもうアタシも学習している。こういう時の先輩には、大した意図がなくて、期待すると空回りするだけだって。

 

ぶつぶつと、まぁそらお邪魔になるだろうけど、猫だし。なんて独り言を言ってる先輩はきっと完全に玉ちゃんの事しか考えてないだろう。

 

でも、日曜日かぁ……美容院予約間に合うかな? そんな事を考えながら歩いてたら一回改札に引っかかったけど、アタシはなんとか家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、可愛いな」

 

「ふふん、アタシの妹ですからね」

 

 

そして、何事もなく先輩はやってきた。春休みで日曜日だし制服でもトレーニングウェアでもない。ミリタリージャケットとデニムでちょっといかつい感じの格好だ。筋肉も増えてきたから強そうに見える。

そして多分これ風間さんが買ったやつだ。祐君に試せないのはこっちになのって言ってたやつだ。なんか複雑。

 

玉ちゃんは、たまーにアタシの友だちが来る程度で他所の人に慣れていない子だから、抱っことかは出来ませんよ。って予め伝えておいた。何なら撫でるの無理かもですよって。

なのにこの娘ったら初めて見る男の人に興味があるのか、先輩がお土産をお母さんに渡して、荷物を置こうとする前から脚の近くをうろついて。リビングのソファに腰を据えたらぴょんと、アタシと先輩の間に入って、先輩の太ももに手をかけて覗き込んでる。

なんて娘だ。アタシの友達なんておもちゃで誘ってもよってこないのに。

 

「人懐っこいな、うわぁ……猫……ヌコ……」

 

「先輩、表情がやばいっす」

 

完全にメロメロになってる先輩を見るのは始めてだ。表情とかすごい緩んでるし人間は猫の前で本性を表すというやつだ。

まぁ龍瀧さんも風間さんも動物を飼ってなくて、先輩も一人暮らしでペット不可って言ってたから、憧れがあったのはわかる。あんだけ広い家に一人でいるくらいなら、ペット可のところに行けばいいと思うけど、まぁ高校生じゃ猫は飼えないか。

 

「だ、抱いてもいいかな?」

 

「ッ! だ、大丈夫だと思いますよ」

 

アタシの言葉に待ってましたとばかりに優しく手を伸ばして胸元に抱え込む。サービス精神旺盛なのかきょとんとした顔で、先輩を見つめている玉ちゃん。抱っこ嫌いな子でアタシかお母さんでも気分じゃない時は嫌がるのに。今日は大人しく先輩に抱きすくめられてる。

せんぱいに、だきすくめ、られてる……いいなぁ……

 

「おやつ、あげます?」

 

「良いの? やるやる!」

 

なんか、先輩が先輩じゃなくて普通の男の子になってるように思える。まぁそれだけうちの妹が可愛いというわけで誇らしいのだが、だんだんなんか変な気持ちになってきた。

アタシの前だと、キャラ作ってたんすか? なんて言いたいけど、むしろ動物の前でキャラが変わるだけなのかもしれない。テレビでそういう人見たことあるし。

ペースト状のおやつの先を切って先輩に渡すと、全く警戒すること無く玉ちゃんは先輩の手ずからおやつをもらっている。

 

「ああ、ああ、かわいいなぁ、ベチャベチャになってるよ」

 

先輩は割と不器用なのか、玉ちゃんが雑に食べるからなのか、手がベトベトになっている。もう仕方ないなとウェットティッシュを横から取り出して……手がふさがっている先輩の手をぬぐってあげる。

 

「先輩の手もドロドロになってますよ」

 

自然に始めちゃったけど、右手で玉ちゃん持って左手であげてたから、先輩の左手を靴でも磨くように拭いてあげると、何故か先輩が固まって、苦笑いをしてる。手がやっぱり大きいなとか、思ったよりプニッとしてなくてゴツゴツだなとか、考えてたのがバレた? 流石に考えすぎ?

 

「ありがとうな」

 

「いえ」

 

餌が終わりとわかって満足したのか、玉ちゃんは身体を捩って先輩から降りると自分の餌場に水を飲みに行く、自由だなぁ。拭き終わったティッシュを捨てて、先輩の方を見るとなんか先輩は左手を閉じたり開いたりしてる、噛まれでもしたのだろうか?

 

「怪我ですか?」

 

「いや……女性の手握ったの始めてで少し驚いた。こんなにすべすべなんだなって」

 

「っす!?」

 

少しはにかむ様に笑ってる、先輩、え? ちょっとまって、いや待って、なにそれ、どういうこと、聞いてない。ちょっとアタシが勇気だしてやってみたら、なんかすごいこと言ってる。手を握ったこともないの? 男の子なのに? アタシが初めて? お母さんとかは? あわわわとばかりに、思考がから回っていく。

 

「あ、ごめんセクハラ? になるか」

 

「気にしてないのでいいです。それよりおもちゃで遊びます?」

 

「ぜ、ぜひ!!」

 

ごまかすように、玉ちゃんのおもちゃ箱を渡せば、先輩は子供のように目を輝かせて、どれを使うかを選ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局玉ちゃんと満足するまで遊んだ先輩は、それだけで特に何もすること無く帰っていった。本当に猫と遊ぶために電車で来たのか、出不精で引きこもりがちだって言ってた先輩が。

それだけうちの妹は可愛いんだと、誇らしげになりながら。アタシは今日は休みだからお母さんが作ってくれたご飯を二人で食べる。

 

「玉ちゃんがあんなに懐くの驚いたね、先輩マタタビでも浴びてきたのかなぁ?」

 

初見の先輩にこれでもかというくらい、無邪気にじゃれついて。先輩も経験もないだろうにわりかし上手におもちゃを動かしていた。そんな光景を思い出しながらアタシがそう言うと、お母さんは少し曖昧に笑った。そしてゆっくりと口を開く。

 

「なんか、ちょっとパッとしないというか、ぽちゃっとした男の子だったね」

 

「あー……まぁ、そうね」

 

実際、まだ贔屓目に見ても太ってるのは否定出来ないから。身長のおかげで誤魔化しが多少は効いてきたけど。

 

「純、無理に男の子と付き合う必要はないのよ? 貴女は貴女の好きな人ができるまでゆっくりと探せばいいの」

 

「……え?」

 

お母さんはどこか言い難そうに、でもこっちを見てスプーンを持つ手を止めて話している。

 

「お世話になってるんでしょうけど、女性として求められても断っちゃいけない道理はないの。貴女は自分を大事にしなさい」

 

それは、どういう意味かわからなかった。いや実を言うと最初に先輩が来た時の顔や。そもそも先輩が来るという事を話した時から。お母さんはどこか微妙な表情をしていた。

 

「前に言ってた王子様みたいな人だって、いるんでしょ? 変に妥協はしないで頑張ってみたら?」

 

そう、お母さんは。先輩のことが多分アタシの好きな人だって、認めたくないし信じたくないんだ。アタシもこの年になれば、お母さんがこの社会で生きづらそうにしてるのはわかる。男性ならそれだけで人生が楽々というのは、大筋では間違ってないことも。

そして先輩が、アタシからみれば大分格好良くなっていってるけど、一般的に見たらどうなのかも、わかってる。龍瀧さんに比べたらよりどうなるのかも。

 

「わ、わかってるよ。お世話になった先輩だもん!!」

 

否定したかった。でもお母さんと二人でまだまだ暮らしていくんだ。アタシが飲み込めばそれでいい。でもこう言ってしまったら、それはつまり。

 

「好きな人とかじゃ、ないし!! アタシまだ、好きな人とかいないし!!」

 

「そうよねぇ……男なんていい人がいたら程度でいいじゃない。ああいう男に求婚されても断っちゃいなさい。学生のうちにそう言ってくる男なら一緒になっても碌な目に合わないわよ。純は可愛いんだからそういう目で見られてるだろうし、家にまで来るんですもの、玉ちゃんを出汁にして」

 

「も、もう! お母さんやめてよ!」

 

「ごめんなさいね、心配で」

 

口に出しちゃった言葉は、いっつも自分を苦しめる。彼氏のこともそう、あくまでお礼ですもそう。そして好きじゃないってもう何回目だろう。

でも、お母さんにも嫌われたくない。ずっと育ててきてくれたし、なにより間違ったことは言ってない。先輩じゃなくて、龍瀧さんを今日連れてきてたら。多分諸手を挙げて歓迎したのもわかる。それくらい、先輩は先輩なんだ。

 

「今日はもう寝るね、疲れちゃった」

 

「そう、おやすみなさい」

 

また、やっちゃった。そう思いながら、アタシはさっきまで美味しかったご飯を下げて、部屋に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十三が今回も華に必死で勉強を教えて、また3人で同じクラスに。そして最後の同じクラスになった春のある日。僕は十三から興味深いことを聞きだした。

 

「そういや先週から竹之下がしばらく同僚と帰るから、お迎えは来ないで下さいって言っててさ。もうなんかしっかり習慣になったし、それにあいつ今月でやめるから送り届けるのおしまいにしたんだ。その代わりに駅まで行くことにしたんだよね」

 

「へぇ……まだ続いてたんだ」

 

「冬を過ぎればむしろいい感じの気分転換になるからな」

 

時たま家の人にお願いして、十三と竹之下さんの帰る所がどんな感じか確認してもらっていたけれど。正直距離感が恋人のそれだった。そして彼女が現在交友関係として、同僚と一緒に帰る時間帯及び方向の人がいないのも知っている。

つまりはだ、また十三が変なことを言い出したか、彼女側で何かしらの心境の変化があったかのどちらかである。

 

「竹之下さんって、今日シフトなの? 」

 

「ああ、そのはずだぞ」

 

「そっか」

 

正直、なんで此処まで仲良くなっているのに、恋愛方面に思考がいかないのかと思わなくもないけれど。まだかなり変な感じに拗れてネガティブな思考をする時がある。

だからまぁ、早速様子を見に行ったのである。

 

 

 

「やぁ? ちょっといいかな」

 

「龍瀧さん?」

 

案の定、一人で出てきてそのまま帰途に就こうとする彼女に車を止めてもらい話しかける。まぁ絶対なにかあると思ったんだ。十三が言語化出来てないけどなんとなく変だと思って、僕にSOSを送ったような。そんな気がしたから。

 

「家まで送るから、お話に付き合ってくれないかな?」

 

「……はい」

 

運転手には30分くらいかけて行くように伝えてから、彼女を招き入れる。僕は一瞬助手席に視線をおくってから、改めて竹之下さんを見る。

 

「十三と喧嘩でもした?」

 

「いえ、先輩とは、なんにもありません。というか、もう先輩でもないですよね」

 

どこか投げやりに皮肉げに彼女はそう呟く。ああ、絶対何かあったじゃないかと確信を持ったけれども、この様子だと判断ができない。十三が無意識にやらかしたか、彼女の行動を十三が気づかなかったか。もしくは彼女自身がなにか悩んでるかなの可能性が高いかな?

 

「先輩に言われて来たんですか? 様子を見て欲しいって?」

 

「いや、そうじゃないよ」

 

「やっぱり。そうですよね、先輩はこんな回りくどいことしませんから」

 

投げかけてきた質問に素直に答えれば、むしろ少し意気消沈したように見える。これは重症だなぁ。もう聞いてくれって言ってるようなものじゃないか。とは思う。十三の周りの人って、どうしてこう面倒くさい感じなんだろう。

 

だけれども、直接聞き出そうとすると、きっと意固地になるなぁ。となればちょっと遠回りをしよう。この車に乗って僕と話している時点で彼女が何かしらの解決を望んでいるのは事実なんだから。

 

「十三は結局、君が辞めるまでジョギングを続けたんだね」

 

「はい、先輩は殆ど毎回来てくれました。アタシがいない日も来ているみたいですけど」

 

「そうか、本当に頑張ってるよね」

 

十三はやる時はやる男だから。ただ最近までそれを変な方向に頑張っていただけだ。

 

「先輩は、どうしてあんなに素直で真っ直ぐなんでしょうか?」

 

「え!? 十三が素直?」

 

「だって、アタシみたいに、自分のことさえ言えない人じゃないじゃないですか」

 

確かに十三は良いやつだけれども、僕が言うのもおかしいけど彼はかなりひねくれている。出力される行動は素直ではあるけれど、なんというか価値観が少なくとも素直じゃない。入力のフィルターがおかしくなっているんだ。

 

「自分のこと?」

 

「アタシ、お母さんにも先輩のこと、好きじゃないよって言っちゃいました。先輩のこと、格好良くないって言われたから」

 

聞いてみるとどうやら母親に反対されて、思わず母親側に立った意見をいってしまって、自己嫌悪をしている様子だ。えぇそんなことでと思わなくはないけれど、彼女からしたら大きなことなのだろう。

 

「ねぇ、まず君は本当の所、どうなんだい? 誰にも口外しないから教えて欲しい」

 

「……です。その、つまり……嫌いじゃない、です」

 

ものすごい小声で正直聞こえなかったけど、まぁこれを聞くのは僕じゃない。だけれども、彼女自身が言葉にするほど気持ちが向いているというのがわかっただけでもかなりの収穫だ。

 

「……そっか、でもそれを誰にも言えないんだよね? それはどうして」

 

「はい、アタシは……怖いんです」

 

「十三に嫌われるのが?」

 

「そうだったら、よかったですね」

 

まぁ正直十三が一度仲良くなった相手を嫌うのって、ほぼほぼありえないとは思うのだけれども。でも僕ももし十三に嫌われたと考えると背筋が凍りそうになるし、ある意味では気持ちがわかるとも言える。

 

「アタシは、誰かにがっかりされるのが、とても、怖いんです。あたしはその、先輩は全然ありなんですけど、一緒に歩いててどう見られるかなって、思っちゃうんです」

 

俯きながら、彼女は独白を続ける、僕にはギリギリ聞こえるくらいの声だけれども、感情がのっているからか不思議と頭に入ってくる。

 

「仕事でもそうでした。出来ない自分っていうのが見えてくるのが恐ろしかった。部活は補欠だったけど試合がないのは本当は心地よかった。つい言ってしまう嘘も、恥ずかしいからだけなら良かった。アタシはアタシを小さく見られるのがたまらなく怖いんです」

 

でも、悩み自体は僕にはわからない、というかこれって……

 

「先輩は、その顔が……良くないじゃないですか。でも、それでも格好良くなるために、少しずつ努力してて、本当アタシ何かとぜんぜん違う。アタシはそんなの出来ない。だめな自分を見て晒して、それを良くしてもらおうなんて、できないです」

 

「どうして?」

 

「あたしには、なんにもない! お父さんも、男の子の友達もいなかった! 勉強もそんなにできないし、運動も! 趣味も! アタシにしかないものがなんにもない!! そんなアタシが怖い! 小さい頃に気づけてもっと努力ができてればよかった! 空っぽなんです!」

 

ああ、やっぱりそういうことか。これは言っていることをそのまま素直に聞いちゃ駄目だ。結局のところ、これも悩みの一つにすぎない、大本はきっと別にあるやつだ。

 

「……空っぽって、そんなことないよ」

 

「アタシはどこにでもいるような女の子です。特別な何かがなんにもないです。友達だって明るい自分を意識しなきゃ出来なかった。先輩とは本当は同い年なのに、後輩でなきゃ話せないのに? 今まで男の子と話したことなんて殆どなかったのに?」

 

そして此処まで聞いて思ったのは、多分これを解決するのは僕じゃないな。っていう気持ちだった。というか、多分何もしなくてもどうにかするだろうという、十三への信頼感という気持ちだった。

よかった、病気で寿命がとかそういうので距離を置くんだったらどう仕様もなかったけど。

 

「えっとね、まず君の友だちも僕が君の彼氏でないこと、知ってるよ?」

 

「え? えっと?」

 

「君は、君が言うほど周りから大きく見られているわけじゃないよ?」

 

なんというか、この悩み自体は、変にコンプレックスを拗らせて。生きている意味とかアイデンティティがないと駄目なんだって。そう思ってる感じかな? うーんあんまり十三の近くに置いて悪影響があるなら止めたいけど、まぁこのくらいならご愛嬌かな?

 

「でも、それを見ないふりしてくれてたんじゃない? 友達ってそういうものだよ。結局さ、どうでも良いんだよ、相手からどう思われているかなんて。お母さんがどう思おうかなんて」

 

「そ、そんなことないです、だって!」

 

「本当はさ、ただ十三にどう思われてるか分からないから、変な理由をつけてるだけなんじゃない?」

 

ピタッと、竹之下さんの動きがとまる。ほら、色々理由つけてるけどさ。彼女は要するに十三からのアプローチがないと動けないだけなんだと思う。クッキーくらいじゃない? 聞いた感じ彼女が能動的だったのって。

それが自信のなさであり、彼女自身が否定されるのが怖いっていうところにつながるんだ。

 

「だ、だってぇ! 先輩アタシより、玉ちゃんとかコンビニの人員が足りてるかとかのほうが興味あって。アタシのことなんて、どうでもいい感じなんです!」

 

うーん、思ったよりも面倒くさい。彼の前でこういう事言えたら、それで終わりだと思うけど、いや十三のことだから直接言わないと変な誤解するか。

 

「あ、アタシがこんなに、見栄っ張りだから、なにをしても見てくれない。ほんとの自分も虚飾の自分すらもみてくれないじゃないですか! 彼氏がいるって言ったときもそうじゃないって言ったときも、先輩の対応何にも変わらないし、二人でよく会ってるのに、何もしてこないし!」

 

「そりゃそうだよ、だって君が君自身の件は触れてほしくなかったんだろ?」

 

「え?」

 

「十三は、仲良くなった人なら嫌がるようなことはしないんだよ。君が嘘をついたなら、彼はそうなんだって触れないで騙されてくれるはずだ。見栄と今の君どっちが本当かなんて言われたら困るでしょ?」

 

そもそもどっちもおんなじ人間なんだからね、わかっていれば口には出さなくて良い。ようするにこの娘は色々と高潔というか夢見がちというか。

満点の人間しか愛されない。満点とは0点から積み上げるもの。みたいな変な潔癖があるだけだ。そして受け身だからこんがらがっている、そういう意味で十三も受動的だし。そりゃ進まないよな。

 

もっというと、始めての男の子の友達と、どうすればもっと仲良くなれるか全くわからないから頓珍漢なことを言ってる感じかな? だから自分が足踏みする理由を見つけると拾っちゃうんだ。お母さんに反対された! つい素直になれなかった! どうしよう先輩! なんだよこれ、面倒だなぁ。

 

「じゃあどうしろっていうんですかぁ!!」

 

感情がいっぱいいっぱいに成ったのか、遂に泣き出してしまった竹之下さん。路肩に一度止めてもらって、僕は一度車をおりる。

 

「それじゃあ、華お願いしてもいいかな?」

 

「うん、もちろん。二人の為だもんね」

 

あとのケアは助手席の彼女と代わってもらう。今日は彼女と過ごす日だったから、十三の件でと話したら協力してくれたのだ。

 

まぁこれでもう大丈夫だろう。今日から本格的に彼女は彼女なりに十三にアプローチするだろうから。する、だろうか? いやしてもらわないと困る。アドバイスか入れ知恵には限界あるし。

 

横に座った華が、竹之下さんの顔を拭いてあやすように撫でているのを鏡越しに見て、僕はそう一息つくのだった。

 

 



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見栄っ張りで臆病-4

ぶたくんと祐の仕事量の差よ。察せると思いますが描写外でも結構動いてます。
理解も認識して無くてもインプットした情報って行動に出ますからね、無意識で。

あと、竹之下編最終話です。


5月頭の大型連休に入って、塾の短期講習でも行こうかと思ったら、祐と華が家庭教師を呼ぶのに便乗させてもらったりと、充実した学習をしていた。

また、ちょっと個人的に色々あった俺は、改めてしっかりとした仕事ができる社会人になろうと決意をして、お呼ばれした時に祐のお母様に企業人としての心構えなどを聞きながらお酌をしたり、華の両親も合わせて卓を囲むなどをしていた。接待をしようにも強いのなんので気もそぞろな俺はいい鴨でしかなかったのは仕方ない。

 

ともかくそんなある日、遂にお勤めを完了した竹之下が突然尋ねてきたのだ。朝食時にそろそろ終わる休みに思いを馳せながら部屋の掃除面倒くさいなぁと現実逃避していたらメッセージで、昼から会いに行っていいですか? とアポを取られ。片付けおよび各種家事の大義名分にもなるし今はじっとしてると沼に沈みそうなため、了承したのである。

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃい」

 

今日はしっかりインターホンを鳴らしてオートロックを解除して上がってきた彼女を迎え入れる。黒のトップスに白いキャミワンピという、またなんか俺的に評価の高いふんわりした感じの服装で、髪も美容院にいったのか明るい色になってる。

一瞬ちょっとドキとして、なんでこんな可愛い子が俺の家に? という疑問が浮かぶ。前世さんは「もう訳分かんねーよ、やめとけよ」となんか弱気な発言である。

 

コーヒーに合うらしいチョコレートのお土産ももらったので、かごに伏せてあった来客用のカップにさっき淹れたコーヒーを注いで渡してやる。ソファーでどこか落ち着かない感じで座っていた、竹之下は、なんかこういつもより年上に見える。というか、後輩でもないしなんならもうすぐ一足先に18歳になるんだよな。

 

「それで、何のようだ?」

 

「はい、そのアルバイトを約束通り働き終えました」

 

「ありがとうな。店長からも助かったって来たよ」

 

店長には、こんな接客業に向かない顔の俺を雇ってもらった恩があるから。何度か竹之下を迎えに行くときに顔を合わせたりしてたけど、どうして働いているときにその格好ができなかったとメガネと髪型をみて言われたのはご愛嬌だ。

 

まぁ何でも言うことを聞く権利というものを使わせてもらったわけで、じゃあお礼に何を見たいのはする必要もないが。お疲れ様ということで飯でも奢るのは……まぁ懐が少し寂しくなるけど良いだろう。

 

「でも、その先輩のせいで、アタシの1ヶ月が潰れたんですけど」

 

「んん? まってくれ、どういう意味だ?」

 

別に俺はそんな意図はないし、1ヶ月ってなんだ?

 

「先輩の言う事に従った結果、受験生のアタシの貴重な1ヶ月が、アルバイトに消えることに成りました。アタシがもっと早く辞めることが出来てたら、区切り良く辞められたのに」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

なんか目の前の後輩が滅茶苦茶なことを言っている。猫舌なのか手を伸ばしたコーヒーを飲む寸前でテーブルに戻して、竹之下は俺を見て憤る。

 

「受験生に対してひどくないですか? これでもし受験で1点足りなかったら、先輩は責任取ってくれるんですか!?」

 

「責任て……」

 

いやまぁ、確かに自分のためにお願いしたことだし、了承してもらったし何も法的拘束力はないものだけど。それに6ヶ月も7ヶ月も変わらないとは思うけど。確かにそれで竹之下が受験に落ちたら……去年の秋に泣いていたマキさ……鳥槇先輩の事を思えばちょっと馬鹿にできない。

 

「や、養ってくれるとかっすかね? 合格まで」

 

「えぇ……それは無理だわ」

 

予備校の費用とかそういうのを考えると流石に無理だ。数十万円単位掛かるということだろ? というかすごい話が飛躍している。まだ俺はその一月とやらに関して責任を全うするとは一言も言ってない。

 

「そ、そんなにあたしのこと嫌いすか? それって、む、無責任じゃないすか?」

 

「いや、そうじゃなくて、物理的に払えないんだが……」

 

言われてみればちょっと感覚で数ヶ月単位で拘束するお願いというのは、あまりにも大きすぎたか? 高校生活の1/6を1つのバイト先に固定させるのは、冷静に考えてみて、俺はとんでもないことをしてしまったかもしれない。冗談半分でふっかけてきたとは言え、俺笑えない事をしてないか?

 

ぐるぐると頭にそんな考えが浮かぶ。なんてことをしてしまったんだろうと、今更になって寒気がしてきた。

やばい、もし本当にこれで竹之下が勉強時間が足らないとかに成ったら、下手したら訴訟とか起こされないか? 強制的に労働をさせられてたって。

こんなときに限って前世さんは「どうじゃろ? 法律わからん」となんかボケーとしてる。俺もそうしたいよ。え? これどうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼の前で先輩が、顔を青く目を白黒させてる。ここまでとは思わなかった。

今日のアタシは用意周到だ。連休中の予定は龍瀧さんと華さんと一緒に勉強するのが中心と聞いていたし、今日は龍瀧さんが他の子とデートだから、家に一日いるのも聞いてた。

午前中までにアポを取れば大丈夫だってこともアドバイス通りだ。

 

そして、一回腰を据えて話してみなよって言われた通りに家に来た。十三は責任という言葉ですごい考え込むから、使ってみるといいよって通りに試してみれば。先輩は見たことがないくらいに真剣に悩んでくれてる。

 

今日のために華ちゃんに洋服も選んでもらった。アタシの持っている中で一番先輩が好きそうなのを。髪もバッチリだ。お母さんには今日は遅くなるし、もしかしたら泊まるかもって言ってきた。

 

部屋に上げてもらって、前に来たときよりも片付いているのがわかる、でもキッチンの奥に透明なごみ袋をそのまま置いているのが、急に来てしまったなって感じで少しだけ罪悪感が湧きそうになるが、今日は無視だ。

 

どこまでできるか、わからないけど。アタシは先輩としっかりお話がしたい。あの夜のあと心からそう思った。

あの日散々龍瀧さんと華ちゃんに迷惑をかけてから、目を腫らしたアタシを見て戸惑うお母さんに、友達を見かけたので送ってきたって二人が説明してくれて。

 

お母さんとも少し話して、応援はしてくれないけど、好きにしなさいって言ってくれた。考えているより、ずっと簡単だった。

まぁそれはどう見てもラブラブですって雰囲気で、二人共高そうな服を着てる夜デート中って感じの龍瀧さんと華ちゃんを見れば、お母さんも入る隙がないのしっかりわかったからかも。

 

後で聞いたら、あれだけ純がアピールしてるのに気づかない男は、不幸になると思ったのって言ってて。あの日はそういえば普通にお母さんリビングの端にいたんだって、今更ながら思って、なんだかとても恥ずかしくなった。

 

そして龍瀧さんの言う通り、クラスの友達は皆龍瀧さんが彼氏の代役なの知ってた。黙ってて何時煽ろうかととっておいたなんて言ってるけど。皆多分気を使ってくれてただけだなって。自分の幼稚さに恥じ入ったけど、それ以上に嬉しかった。

それはそれとして全員にジュース一本奢ることになったけど。

 

だから今日、先輩としっかり話を聞いてもらおうと思って、ばっちり用意してきた。龍瀧さんが、あいつは待ってたら何もしないよって。そう言ってたから。

 

「そ、それじゃあ! こういうのはどうですか!?」

 

アタシは用意してきた紙をカバンから取り出す。これも実はアドバイス通りなんだけど、もうアタシは何でも使ってでも前に進みたいって、思ってる。少なくとも今日は! 一先ず!

 

「お互い何でもいう事を1つ聞く権利です!! 痛み分けにしましょう!」

 

「おいおい……またかよ、安売りするなよ」

 

この前先輩が書かせてきたのを、アタシも作ってきた。今の先輩はアタシの半年の────厳密にはその後の一月の────責任を考えて、重たい内容は書かない。だからなんでも良い。

アタシは、どうしても先輩にしたい事がある!!

 

「これでチャラにします、悪くない話じゃないっすか?」

 

「まぁ確かに、ボロ儲けではあるけど……」

 

先輩はあまり納得いってなさそうだけど、考え込んでいる様子から検討はしている。龍瀧さんはすごい、質問や疑問を目の前にだせば一旦は考え込むから、その間に状況を進めるんだよって、本当に先輩への理解度が高い……ちょっと、妬ける。

 

「先に書いてください、その後あたしもお願いを出しますから。言っておきますが、願いを増やしたり無効にするのはなしですよ!」

 

予防線はしっかり張る。こう言っておけばそういう抜け道みたいのは考えてこないだろう。本当は、こんなズルみたいなことはするべきじゃないかもだけど。半年と少し前のアタシが暴走した結果、こんなチートみたいなアイテムが使える。塞翁が馬だ。

 

「まぁいいけど……そうだなぁ」

 

「今日みたいに、あたしが急に来て面倒で顔も合わせたくないなら、そう書けばいいんですよ!」

 

「書くわけないだろ、そんなこと。んーどうするか」

 

ちょっと、自虐的に言ってみれば。先輩は顔をしかめて否定してくれる。ずるいかな、願い事以外でこうやって距離図るの? でもちょっとやってみたいって思ったから。そして、そっけない返答に顔がニヤける。

 

「んじゃあ、また玉ちゃんと会いたいでいいかな?」

 

「はい、わかりました。交通費は自腹ですよ」

 

玉にかなりの関心が行っていることにちょっと思う所が……今日はない。猫カフェじゃ抱っこできないとか、そういう理由でも何でも良い。今日のアタシの目的は、先輩と次に遊ぶ約束をすること。

お迎えがなくなった以上、もう先輩と気軽に会うのは難しい。家もちょっと遠いし、バイトもないし受験生で志望校も違う。だからむしろ先輩が会いに来てくれるのは嬉しい。でもアタシからも約束を作りたい。

 

今日は言うぞ! 服を一緒に買いに行くって言うぞ。アタシのコーディネートをしたいって、伝わるように言うぞ。

 

昨日の夜ベッドでそう心に決めて、ずっと考えてたんだ。龍瀧さんのアドバイスも、華ちゃんのサポートも貰って、これ以上はないんだ。

次先輩が遊びに来たときとか、考えちゃだめ……いや、でも会う約束があるなら……

 

その一瞬、アタシは多分なにか変な匂いでも嗅いだのか、それとも狐に化かされたのか。ぱっと部屋に上がった時に見た光景が引っかかったのか。全く違うことを思い浮かべてしまって。その違和感がなにかもわからないまま、口からポロッとこぼれ落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

「卒業したら、アタシも貰ってください!」

 

「……?」

 

自分が何を、言って、いるのか。全く、わからない、でも口は止まらない。なんで「も」なのかとか、さっき養うとか言ったからだとか、さっき思い浮かんだ光景とか、そういう反省はその時は全然できなくて。また何時もの大口をたたいて、取り繕う弱いアタシが出てきた。

 

「ほら、あたし母子家庭で、将来特に成りたいものもなくて大学も専門と天秤してるくらいふわふわな進路で、仕事を頑張りたいわけじゃなくて」

 

あれ、あたし何を言ってるんだろ? 自分でもわからないくらい、口が回ってく。さっき先輩から願いに託けて距離を測ったみたいに、どんどん変なことを口走ってる。

ああ、またやってしまった。彼氏がいるって言っちゃったときも、好きじゃないって言っちゃったときも、アタシは急に緊張するとこうなってしまう。

 

「だから、その先輩が保険でも貰ってくれたら、そのありがたいし!」

 

「そんなこと言うなよっ!」

 

先輩が急に大声で叫んで割り込んでくる。聞いたことない位怒っていて。思わず体が縮こまる。あんなに頑張ろうと決めたのにまたやってしまって、遂に先輩に怒られた。

あーあ何をやってるんだろうって自己嫌悪も、大きい声で怖いって気持ちも、ぐわって湧き上がるのはわかるけど、処理できないほど頭がふわっとして、鼻の奥がツンとする。

 

「何か困ってるなら言えよ、お前はそんな奴じゃないだろ?」

 

「ち、ちがくて! その!」

 

打って変わって優しく先輩は言ってくれる。アタシが怖がっているからなのかな? そうだったら嬉しいけど、でも、先輩はだれにでも優しいし、素直な人だし。ああ、考えがまとまらない。

 

「言い難いなら、それでいい。でも俺じゃなくても誰かに相談しろよ……」

 

優しい笑顔、お客様に向ける笑顔じゃなくて、作ってはいるけどそれでも暖かい笑顔だ。アタシは、この顔を滅多に見れなくて。その笑顔は先輩が幼馴染の人の事を話すときにする笑顔で。それがもっと見たくて、ああ、だから。

 

そんな取り留めのない考えが浮かぶけど、今は振り払う。先輩に心配されちゃ駄目だ。今からでも、どうにかしなきゃ!

できるかわからないけど、やってやるって決めて此処に来たんだもん。

 

「は、はい、じゃあ、やっぱ代わりに「でもまぁ別にそれくらいならいいぞ?」

 

「……へっ?」

 

否定して、別のお願いをしようとしたのに。先輩はカラッと笑ってOKを出す。え? ちょっと待って、結婚!? OK!? え? まってもうわからない!

 

「結婚歴が欲しいんだろ。社会的に信用感も増すし、やりたいこと見つかってから有利だし」

 

すんっと、その言葉で冷静になれた。あ、やっぱこの人。龍瀧さんが言う以上に、クソボケだって。あの、先輩大好きな龍瀧さんが、優しそうで強い言葉を使わない龍瀧さんが。それでも先輩を評すときにそっち方面はクソボケっていうくらい! 本当に! 先輩は全く! アタシのことを気持ちを認識してないんだ。

 

「……あ、そのっ!」

 

「でも、そんなに悩む前に言えよ、なにか抱えてるんだろ?」

 

「あ、ちが、違います、せ、先輩だから、結婚してほしいんです! だめですか?」

 

優しい言葉でこっちを宥めてくる先輩。もう当初のデートの計画とかに戻すっていうことは頭から投げ捨てる。恥ずかしいし言葉の推敲なんて全然出来ないけれど、今は先輩にわかって、それで決めて欲しいから。

 

「いや、まぁ構わないが……良いのか?」

 

「それと一緒にいたら、考え方とかかわるかもですよ! 予行演習しますか!?」

 

「予行演習て、お前……住む気か? 」

 

「ほら、アタシと居て面倒だとか、迷惑だとか思ったら大変だし……これでも家事は得意ですよ! でも玉の世話もあるから通いになりますけど!」

 

「いや、それは駄目だろ……」

 

だんだん、先輩の乗り気じゃない否定に、鼻の奥がツンとしてきた。どうしてだろう? なんかこのまま行けば、先輩が結婚してくれるという、よくわからないことに成ってるのに。まるで、アタシが先輩に不良債権を押し付けるみたいな話になっちゃった。

 

考えてきたのに、一緒にお出かけしたかっただけなのに。お洋服選んでみたかっただけなのに。先輩から次のお出かけに誘ってくれればもうそれで良かっただけなのに。

どうして、こうなっちゃったんだろう? アタシの純って名前は、純粋な娘に育って欲しいってお母さんから聞いてたのに、今のアタシそんなのから一番遠い。

 

ポロポロと、アタシの目から涙が溢れて。抑えようと顔に手を当てて。アタシはもう何も考えられなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で泣き出した竹之下。その前にとんでもないことを言っていたけれど。まずは彼女を泣き止ませないといけない。俺はそう思った。

先日会った祐から悩んでいる彼女が休み中に相談に行くかもねと聞いていたし、内容はわからなかったけど将来のことだよって聞いていたから。前に教えてくれた志望校の対策に使えそうな参考書とかリストアップしてたけど、無駄になりそうだ。

 

でもその御蔭で、少しだけ心の準備は出来てた、色々あったこの連休のせいで鈍っていた思考回路もやっと回ってきた。

 

「……お前はすごいな、いつでも自分のその先を見てる……時々オーバーだけど」

 

それで思い出したのは先月に祐から少し聞いてた、時々話を盛っちゃうので自己嫌悪してるよって。相談に乗ってあげてって。そんないまいちピンとこなかった話で。今回はこっちの方だったわけだ。

 

確かに時々彼女は明らかに嘘だってわかることを言う、そして誤魔化そうとはするけども。

俺が思うに、人に小さく見られるのが怖いというのは、小さい自分を誤魔化してるんじゃなくて、まだ、そう成れていないって思われたくないからなんだ。つまりはそうなりたいと人前で言えるってことだ。

 

「俺には、そんな自信がない。だから時々その突拍子もないことを言うの、すごいと思ってる」

 

竹之下は、仕事を覚えるのが苦手だったけれど。それでも少しずつ仕事を覚えて。一度できるように成ればもうミスもしない。だから慣れてくるとおしゃべりをする不真面目さんだけど。

常連さんの煙草の銘柄も、新聞の種類も顔で覚えられてる。コーヒーの新しい味が入った時、本部から新製品を売れって言われた時に、買ってくれそうな常連に案内も気軽にできる。そんなすごい奴だった。

俺はそういう風に人と関わるのは苦手だから。人と話すときに楽しもうって思えるそのメンタルは、本当に凄いものだって。俺は口にはしてないし、褒めると調子に乗りそうだから言ってなかったけど。素直に思ってた。

 

「俺はお前を見てて楽しいよ。だってお前が俺にとって初めて、思春期を迎えてから出会ったのに、話しかけても普通に返してくれる女の子だった。だからこういうのはずるいけど。嬉しかったよ、普通に後輩になってくれて」

 

祐の事があって、学校の女子は華と一部の興味がない女子を除いて全員が敵だった。中学は顕著で、高校もお互いの牽制をして探り合ってる雰囲気にうんざりだった。俺に近寄ってくるやつの全員が祐目的だった。

大半は虎先輩みたいに割り切ってるんじゃなくて、良い顔しとけばいいだろうみたいな下心が透けて見える気持ち悪さがあった。

 

でも、竹之下にはそういうのがなくて。只々バイトの後輩として。ずっと俺を遠ざけずにからかって絡んできた。俺が祐達以外に初めて友達みたいだって思えた。そんな普通のどこにでもいそうで、きっとどこにもいない子だった。

 

華にお兄ちゃんみたいって言われるけれど、そういう意味では竹之下の方が妹みたいな感じで、庇護対象ではない、気心の知れた関係だった。だから助けになってやりたいし、頼ってほしいって、俺はそう思ってた。

 

「いつもたくさん話してくれて、本当は俺とても楽しかったよ。だから、もし一緒にいてくれるなら嬉しいし、俺はお前を退屈させないように頑張る。幸せにするとは口が裂けても言えないけど、その為にずっと努力をする」

 

結婚なんて選択肢を取るほど何に追い詰められているかは知らない。母親から結婚するようなプレッシャーがあるのかもわからない。でも、俺のそばにいたいって言ってくれる限りは、俺はこいつが楽しくいれるように努力をするつもりだ。

そうしてあげたい程度には、俺は竹之下のことを他の有象無象の女子達よりも大切に思ってる。

 

「それでよければ、卒業まで考えが変わらなければ、俺のところに来てくれ。それなら嬉しい」

 

「先輩……あの、アタシ!」

 

俺の貧弱な語彙では伝わったか全く自信がなかったけれど。まくし立てるように色々言ったから飾り気もないけれど。それでも竹之下は、泣き腫らした目で、いつもの可愛い小生意気な笑顔を俺に向けてくれる。

 

「先輩のこと、好き、です」

 

それが、先輩としてなのか、人としてなのか。もしかして男としてなのか。俺にとっては大事じゃない。ただ、彼女が望むならその限りはそばにいるし、そばにいるのならば彼女が笑えるように努力するだけだ。

 

「それじゃあ来年気が変わったら、これを返してくれ」

 

俺はテーブルの小物入れに入ってるスペアキーを、竹之下に渡す。まぁ大学の時は引っ越している可能性はあるけど、こういうのは形に残すほうが良い。そう感じたから。

 

「あっ……あの!」

 

「洗面所行って来い、凄い顔になってる」

 

目を丸くしながらも受け取った竹之下に、恥ずかしさを誤魔化すようにそう言えば。彼女は自分の手についた化粧品の痕へと目を向けて、猫みたいな俊敏さで洗面所へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後、濡れタオルをレンジで温めた物も渡して。それでもカバーできなかったのかわからないが、最初に淹れてたコーヒーの湯気がまだ立っている間に彼女は俺の家を後にした。

ちょっと現実感はわかないけど、化粧直しに悪戦苦闘している間に彼女の持ってきた紙にサインはした。俺は玉ちゃんに会わせてもらい、たけ……純は卒業したら本人が断らなければ俺と結婚する。

現実感がない約束の紙を突き返して顔を隠すように帰っていった彼女を思う。冗談なのか、それともこれもからかいの一種なのかって。そう考えたくなるが、まぁ最低でも好かれているんだ。あとは彼女次第だ。俺がどんな人間なのか、もっと近くで判断してくれればそれでいい。

 

 

頭に響く声は「何様のつもりだ、お前はもう人として愛されるつもりか?」前世さんも再起動したらしい。そこまでは思ってないよ、でも前向きになって、少しは努力をする意味はできたじゃないか。そう返してみれば「努力をして、何になる? どうせ何にもなれないだろう」声にこもられた確信は、悪態をつくように俺を咎めてくる。

 

まぁその理由もわかる「連休初日に童貞卒業して、気が大きくなってるだけだろ」それはお互い様だろう、というか、どうすんだよこれ。タイミング最悪じゃねーか。思わず反論しながらそう言えば、前世さんも「そうだよ、どうすんだよ」としゅんとなってる。彼もなにをすれば良いのかわかってないのだろう。

 

キッチンの奥に縛ってゴミの日を待ってる半透明な袋の中には、長い髪の毛と履いていたストッキングが入っている。今朝やっとごみ袋に集めた、駄場さんの衣類が。

 

どうして、こんなことになっているんだよ。

俺はもう考えるのも疲れてきて、頭を抱えるのだった。





竹之下編は此処までです。予定より長くなり大変でした、ちょっと面倒なだけで、軽くあっさりした青春ものでしたね。出番はありますがひとまず区切り。

今後とも宜しくお願いします。


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自己満足と卑屈

ぼちぼち再開します。
駄場編です。3話にまとめたい。


 

中学になって、十三が本格的にクラスの女子たちと冷戦を始めていたころ、僕はいまだに彼の後ろにいた。だからかある時にちょっと様子が変わったことに気が付いた。

 

何がというわけでもないんだけど、なんとなく前よりも女子に対して優しくなったというか、無駄に煽らなくなったというか。手心を加えるようになった? そんな雰囲気を感じたんだ。

 

理由はわからなかったけど、漠然と良いことだなって思ってたある日、二人で彼の家で宿題を教えあって────ほぼ教わって────たら、突然女性が訪ねてきた。

 

十三は慣れた様子でなにかの道具を渡して、笑顔で彼女は受け取った後、交換して新しいのを渡していた。廊下越しに目があったらその人は僕にも会釈をして、お友達と遊んでたんですね。って言って帰っていった。

 

「今の誰?」

 

「ああ、あの人は献精の営業の人」

 

それは、ある程度の年齢になったなら考えなきゃいけない、僕ら男子の義務みたいなものだ。それを彼はもう始めていたんだって、少し驚いた記憶がある。

まぁお前には必要ないか。と苦笑いで言ってるのを見て、なんか少し釈然としなかった。

 

それが僕が彼女、駄場沙央里の存在を認識した日である。

 

 

 

 

 

僕としては今となってみて正直諸手を挙げての歓迎はし難いのだけど、駄場さんという女性は実のところ。僕と華の母さん以外で初めて十三に好意的な【女性】だったはずだ。

 

先生はいたけど、それは職務的なものだったし、お医者さんとかもきっとそうだ。僕らの母も友人の母親として接しているのはよく分かる。

 

しかし駄場さんは中学の僕がまだ弱くて彼に頼り切りで、華もそんな僕と仲良しだけど友達だった時期。十三が学校中の女子の目の敵にされながら孤軍奮闘……とまではいかないけど。告白として呼び出されれば罰ゲームか宗教か。

隙を見せれば陥れられるような、そんな馬鹿みたいな事を────正直十三本人はあんまり気にしてないどころか、仕返しを楽しそうにしてたけど────受けていた頃からの付き合いだ。

 

そして、そんな尖っていた彼とおしゃべりをして、一人の男性として扱って。尊敬も尊重もして接していたようだ。彼女自身、バリバリの営業の人! って感じなくて、なんか頼りないお姉さんみたいな感じで泣き落とすように十三と契約したらしいのだ。

 

又聞きにはなってしまうが、十三は変な人が来たみたいな感じで僕に教えてくれた。僕が見た時以外も、ただ用事がない日も経過観察とか言い出して、たぶんサボりだろうけど彼の家に行っておしゃべりして帰るという、そんな珍客になっていたみたいだ。

 

それは、僕やなにより十三自身が思うよりもずっと救われていたんじゃないのかな? 確かにひどい大人というか、ひどく駄目な大人何だけれども。

まるで十三が対等の相手かいじられキャラみたいに自然に接する事ができる女性は、少なくとも彼女だけだった。営業の仕事のいち社会人としては彼はゴミクズみたいに評するし、駄目な大人の例えとして引き合いに出すけど。嫌いとか苦手とは口に出さないし人としてはきっと彼も好ましく思ってる、のかな?

 

中学の修学旅行で彼が唯一おみやげを買っていたのが彼女だったのは、僕としては傲慢だけれどもかなり評価を甘くしているポイントなんだ。それだけ彼の中で駄場さんは一人の女性として大きかったんだと思うよ。

 

もうちょっとしっかりした人だったら、母性を感じてたと思うけど、なんというか駄目な姉みたいな気安さがあるんだよね。彼にとってはきっと。

 

まぁともかく、高校2年生の秋になって、本格的に僕も彼への女性関連の仕掛けをしようと思って、候補に入れる程度には前向きに検討していた。

 

 

現状二人の接点は、完全にお仕事だけだ。彼女がサボって十三の家にあがることはよくあるみたいだし、なによりも定期的に図書館に居座って彼を監視しながらサボっている様子だけど、顔を突き合わせて話す機会は案外多くないようだ。

 

だから、ちょっとした繋ぎになればとデジタル関連? に詳しいとのことで仕込みをしたんだけれども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋が深まり、俺のダイエットも竹之下の送迎ロードワークという特殊なカードを手に入れて軌道に乗ってきた頃。俺はとても珍しく家の外で駄場さんと会っていた。

 

《副業を始めたの、ちょっとお話しませんか?》

 

そんなチャットの誘い文句につられて、いや厳密には。

 

《勿論、わたしが奢りますよ》

 

の方か。そんな訳で、本日現在ちょうど二倍の年齢の方に近所のファミレスに連れてきてもらっていた。

彼女とはそれなりの長い付き合いだが、家に尋ねてくる以外での接点は正直な所薄い。それで十分なほどに顔を合わせているからでもあるんだけどね。

 

いつものタイトなレディーススーツ姿で、食事をするからか、大変ボリュームのある髪の毛を後ろでまとめている彼女と席について、俺は早速口を開いた。

 

「それで、何ですか、マルチですか? サプリですか? 健康グッズですか? 壺とか水なら正直あきれ返りますけど?」

 

「そ、そんなわけないですよ!? 君はわたしを何だと思ってるの? というかスピリチュアルついてないのなら、やりかねないと思ってるんですかぁ?」

 

「はい、メーカー柄のリーチ予告くらいには」

 

「み、未成年! なにやってるの!?」

 

小粋なジョークだ。ペカった時と言わない程度には彼女を信用してはいる。結婚は12で酒と煙草は20。パチンコは18で公営は20とややこしい社会で社会人だから。

なのでどちらかというとマルチに騙されたんじゃないかという心配のほうが大きい。「世間知らずだからな」と前世さんが言う程度には、多分俺の方が知らないと思うけど、働いたことなさそうだし。

 

「ちょっと写真とか動画を撮って、それを一部有料の支援サイトに上げることにしたの、そしたら結構見てくれる人が多くて」

 

「おい、アラフォー」

 

「来年の春まではサーです!」

 

確かに駄場さんは年の割には若くというか幼くというか、そう見える……多分胸がないから。前に見せてもらった大学生のころの写真とやらは、背が低く童顔である種の合法ロリという感じだったし。

そして今は恐らくその賞味期限が過ぎて、ブクブクと尻と腰を始め部位が育っていったのだろう。ただ俺の贔屓目で見ても流石に女子大生には見えないぞ。

 

「いやでも、三十路過ぎてますよね……」

 

「20代新人OL設定ですので」

 

最低5つはサバ読みじゃん! それはもう超え線だって! 女上司とかでやれよ!

 

「いやいやいや、詐欺じゃん」

 

「こういうのは、誰しも年齢なんて鯖読んでますよ?」

 

「嘘でしょ……!?」

 

「プロフに上がってる顔写真は過去のとかもできますしね、メイクの流行り廃りで推測できたりしますけど」

 

「知りたくなかった……」

 

ショックである、そんな。

この世界でのオカズは公式流通物があまり多くなくて。そんな隙間産業を埋めるように、インターネット黎明期から個人でのものが勃興したため。前の世界の支援サイトみたいのがたくさんある。俺も正直お世話になっている。女性物も男性物も多くあるのは歪んだ社会だからかなぁ。

じゃあお世話になってるKカップ現役女子大生の三蒲(みがま)ヤエちゃんとかも、もしかしておばさんだったりするのか……ショックだ。

 

「裸じゃなくて、ストッキング履いて後ろから顔を出さずにお尻の写真をとるとかだけで、それなりに稼げますし、動画も頑張って取ってるのが好評なんですぅ」

 

駄場さんはそう言って封筒を出す。今日の支払いは任せろという意味だろうか? しっかり中身を確認する。この人なら万札の間に千円札とかやりかねないから。

 

でも30代で始める副業がキャリアアップとかに繋がらないで先細りするだろうってのは、正直どうなのでしょうか? 俺はそう思ったけど献精もそうだが先のことを考えている人じゃないよなって思い口にはしなかった。少しでも前に進もうとしてるんだ、否定しちゃ駄目だよな。

 

「それで、ビジネス痴女が上手いこと言ってるのはわかりましたが、今日は何の要件ですか?」

 

「出部谷さんもやりませんか?」

 

「……あ?」

 

だめだ、今日はもうこの人について行けそうにない。時々あるんだよね、アクセルが凄い日。

 

「最近少しやせてきましたから、ガッシリ系DKで売り出せば、きっと儲かると思うんです!」

 

「おい、若作りアラフォー駄馬、何言ってんだ、お前」

 

やる訳無いだろ、そんなデジタルタトゥー案件。前世さんも無理無理やだやだ言ってるし。そういう方にお世話になっている事は否定しないし、ばかにする訳でもないが。俺はやりたくない怖いから。

 

「まだアラサーです。でも、きっとかなり儲かりますよ?」

 

「俺は普通に高校生で、祐の両親たちの期待に答えて大学卒業して就職する、まっとうなプランがあるの、コネがあるの」

 

祐と華の両親ともに俺に投資という形で金を出すなんて最近いってるけど、祐の両親なんかは何度かうちの子にならないか? と言ってくれてるけど。ありがたいが、さすがにおんぶだっこ過ぎるので断っている。あと、誕生日的に俺は祐の弟になるのは嫌だ。

 

「まっとう……なんて羨ましい」

 

「あなたは今までを無駄にし過ぎたんです。それじゃあ、話が終わりなら」

 

俺は注文して出てきたジャンバラヤを食べ終わっているので、いつでも出れる。前はこれにパスタとハンバーグ付けてたことを考えると、たしかに少しだけ食生活がましになったなぁと自分を評価して現実から目を背けるのだ。

 

「じゃあ憐れむと思って、撮影の手伝いをしてくれませんかぁ?」

 

「……手伝い?」

 

そう言って席を立とうとした俺を、駄場さんは引き止めるように提案してきた。

 

「カメラを三脚に固定して魚眼ズームとかでやってるんですけど、微調整が大変だし、人の指が食い込むのとか撮りたいけど大変だし」

 

「でも、なんで俺が……」

 

「しっかりお金も出しますし、顔は映らないし大丈夫ですよね? お願いします、わたしを助けると思ってぇ!」

 

まぁ、確かに面倒を見ているようなものではあるけれど、今までお世話になっ……お世話に……お世話してる側な気がしてきた。でもならばこそ面倒を見る必要があるのか? 困ってるみたいだしなぁ。それで駄場さんが資金的に多少でも自立できるのなら……

 

「はぁ……暇な時だけですよ?」

 

「ありがとうございますぅ! それじゃあ早速お願いしますぅ!」

 

なんか釈然としない気持ちを抱えながらも、時間拘束の緩い副業が出来た。まぁカメラで撮影したりする程度だろうし問題ないか。駄場さんだし。

 

「本当、なんか押し付けられるように買った福袋で機材がそろってから、運が向いてます」

 

「それは良かったですね」

 

俺は店員さんを呼んでアイスコーヒーを注文しながらそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はただ、駄場さんにカメラと画像編集ソフトを渡しただけなのに、とんでもないことになっていたんだ。まぁ十三はその辺のリテラシーは高いからあんまり大きな心配していなかったけれど。

 

それでも一つ心配なのは、この計画を始めるべく秋の頭頃に会って話を聞いた時の駄場さんあの態度だ。十三にはとても言えなかった。

 

彼女は、十三が一時期不能気味になりかけていた時に、すったもんだの末に十三にお尻を叩かれて、ストッキングを破られて、嬌声をあげたそうだ。何をやったんだよ、十三。

 

そしてなんというか……彼がそれに興奮したのでノルマを達成できたということを。

「使ってもらえたんです、こんなわたしを、照れてました。」って壊れた機械のように何度も誇らしげに僕に聞かせてきた。

 

ちょっとした恐怖体験だった。正直お断りしようとしたんだけれども。

それでも十三が会うことを辞めていないわけだし、悪影響が出ない限りは見守るって決めたんだ。

 

 

もう出ているような気もするんだけどなぁ……

 

3年生最初の連休の最終日の夜、僕が十三から電話で聞いたのは、想定していた竹之下さんに告白された件。

 

だけじゃなくて、駄場さんとした事という爆弾で。改めてそう思った。

 

 




(扉´∀`扉)


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自己満足と卑屈-2

20万UAありがとうございます!


駄場さんと初めて会ったのは中学校の1年の終わりが近くなったころだった。

確か雨の日だったと思う。その日は祐も華も習い事か何かがあって、俺一人で家に帰り宿題をして高校の勉強の予習をしていたはずだ。夕方に家にいるのはそれくらいしか理由がないから。

 

滅多にならないインターフォンが鳴って興味半分で覗いてみれば、髪の濡れた女の人が立っていた。ホラー映画みたいな雰囲気と、部屋の間違いかなと思って出てみれば。

 

「初めまして、ワンダフルライフの駄場と申します、お話聞いていただけますでしょうか?」

 

明らかにクマを隠すような分厚いメイク、雨の日なのに外回りの営業の人という哀れみもあって。話だけでも聞こうと思い玄関まで上げてみた。

 

「ありがとうございます、私こういうもので」

 

「えーっと?」

 

渡された名刺は、何というかお水の人の名刺っぽい感じで。スリーサイズにファンシーなフォントで名前が書かれていた。あ、これやべー奴だとは思ったけど、非日常感に正直わくわくした。

このころには何というか学校に行けば周囲は全て敵みたいな感じで、男子家を出ずれば七人の敵ありを地で行っていた。

レスバとか揚げ足取りとかが楽しいな、頭の悪いクソ女どもが。

というかなりあれな精神状態になっていたから。そう思わないとやってられないとも言えるか。

男だからひどいいじめはないけど、だからこそ目立つすべてが敵に回ってたんだから。

 

名刺に惹かれた俺は、彼女にがらんどうなリビングに入ってもらって、ほとんど使わないタオルを渡して。雨水で少し透けてるブラウスから見える大人の藍色の下着にドキドキしながら、その日の駄場さんの話を聞いて。むしろお金がもらえるとわかってほとんど即決でサインをした。

 

少し前に、男子生徒だけ配られたパンフレットにこの手のことは書いてあったけれど、こんなに早く来るんだと驚いたものだ。

契約を結びますといったときに花が咲いたような、涙があふれながら笑う顔は、正直ホラーじみていたけど、ポジティブな記憶に残ってる。

 

その後は太客だからなのか、ことあることに様子を見に来てくれて、世間話をするようになった。熱心な人だと思ってたけど、ぽろっと、さぼりだということを漏らしてきて。

だんだんと尊敬が薄れて、気の置けない関係になっていった。

 

そもそも俺がなんというか、年上の女性に対して憧憬みたいなものを持っていたのは否定できない。祐や華のお母様方は正直初恋に近い感情があったかもしれない。成熟した女性の方が好ましかったから、ある程度そういう意識を向けないようにするのに必死にブレーキを踏んでたところはある。まぁむしろ察せられて面白がられていた節はあるぐらい、甘い対応をもらっていたけれど。

 

そういうのとは少し違って、駄場さんと俺はダメな姉と、偏屈な弟。みたいなものだろうか。俺の外見の醜悪さは、たぶん異性として見てない人からすると、むしろ同情を誘えるポイントなのかな? だからビジネスライクな関係とかじゃなくて、何度も定期的に来て、時々おしゃべりをして帰っていく駄場さん……当時は30歳かな? 彼女は俺にとってはかなり好ましいというか、ありがたい人だった。

学校での悩みも相談したことはある。まぁまともな答えは返ってこなかったけど。前世さんからはあまり彼女に関しては言われなかったのは、俺が異性というよりもそんな姉に近い視点で見ていたからだろうか?

 

 

 

高2の秋ごろにそんな駄場さんから手伝わされた仕事は、まぁ基本はシャッターを押すだけだったり、カメラを寄せるだけだった。アップロード先のサイトもアカウントも教えてくれなかったけど。

仕事自体はそれなりに順調に進んだ。こちらを慮ってなのか撮影自体は近場のレンタルスタジオばかりで、回数も月に1度程度だ。

ただだいぶ情欲を掻き立てるポーズをしている女性を見続けるというのは、俺の中の何かが削られてたし、その後のお務め提出がいつもより増える感じに敗北感があった。

 

実際に実害が出てなかったし、時折俺の手を撮影に使うとき以外は楽なものだ。まぁその俺に触らせるのは正直、色々アウトな気もしてたが、それでも俺はストッキング越しの少したるんだおなかを触る感触フェチに目覚めた程度で。大きな影響はなかったといえる。「まぁ変なことにはならんだろ」と前世さんは言う。なんというか本当に彼女を普通の女性として認識してない節があるけど。まぁもう5年以上定期的に会ってる人だから。俺もだいぶ警戒が緩んでいた。

 

今までも今月ピンチなんですぅと言われれば、多少色を付けてお務めを渡していたし。彼女からもらえるこの撮影の臨時収入でバイトをなくした分とまではいわないが、多少の収入になって、華に勧められた服を買ったり、竹之下にジュースをおごったり、マキさんとご飯に行ったりすることが出来た。

3年になって、そろそろ本格的に俺以外の商品の契約先が必要なのではと、駄場さんに提案という名のお説教をしていた、4月の終わり近く。

 

彼女から出た、撮影を俺の部屋でやりたいという要望を飲んだ。男性の部屋の生々しさが欲しいとのことで、まぁそれならと同意したのだ。そしてそれが致命的な間違いだった。

 

「そういえば、寝室に入るのは初めてですね」

 

「そうですね」

 

もう撮影には慣れたもので、駄場さんはいそいそと着替えを持って風呂場に向かい、丈の短いスーツに80デニールのストッキングを履いて戻ってきて、俺のベッドに腰掛ける。

俺は渡されたカメラでひたすら写真を撮る。数を撮って駄場さんが使うのを探せばいいんだという理屈だ。

 

俺のベッドにのって、半裸であられもない姿をしている駄場さん。顔は隠すし主に尻と足の写真である。膝をついて腰と尻を突き上げたポーズの彼女に、付き従うように写真を撮っていたのまでは覚えているんだ。指示のとおりに動いて接写したりローアングルも撮っていた。そして、気が付けば俺は彼女の臀部に両手を回してたし、その時に抵抗されなかった。あとはまぁなんか流れだった……正直あまり覚えてない。

動物の、それこそ犬みたいな感じで終わったのはかろうじて覚えてる。

 

大丈夫です、大丈夫ですよって、何度も何度も終わった後抱きすくめられて頭をなでて言われた。いつもの頼りない感じが無くて、本当にお姉さんめいてたのに安心して、疲れか緊張からか、彼女の胸元で意識を失った……と思う。

 

そして起きたら翌日の朝5時だった。

 

駄場さんはいなかったし、たぶん俺が破いたストッキングや、かろうじて彼女が用意してた撮影用の小道具の水が1L入る水筒にもなるすごいやつが使用済みで散乱していたけれど。

俺は服は下着しか着てなかった。思考を深めること無くぼーっとした頭でシャワーを浴びて、だんだんと湧き上がるすごい混乱と非現実感で。前世さんも完全に機能停止していた。

風呂から上がって、チェックしたスマホには今日はありがとうとか、疲れてたからそのままにしといたよとか、鍵はポストだよ。とか当たり障りがないことが書かれていて。まるで何もなかったんじゃないかと思ったけれど。

片付けたベッド横のゴミ箱にある大量のティッシュとゴムとストッキングとウェットティッシュが、嫌でも現実だってことがわかって。

現実を見ないように、もう一眠りして飯を食べたら、まあなるようにしかならないだろうと開き直れた。男なんてそんなものだ。でもせめて、男として成長したしと連休中は社長や専務のありがたい言葉に傾聴してたら。

 

まさかの竹之……純から告白されて来年に結婚することになった。

ああ、これはどうすればいいんだ。

 

雪之丞君に年上のお姉さんに誘われるようにいたしたけど、次顔あわせた時何すればいいか? って送ったらブロックされた。ひどいよ、悩めるときは一緒に悩もうよ。って思いました。まる。次は祐に相談だ……言いたくねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人に迷惑をかけることはやめましょう。

そんな標語を子供のころに習ったせいで、狂う人生もあるんです。

 

少なくとも、あの男性を父親と認識する程度には、物心つくころのわたしの家にも父は帰ってきていました。確か奥さんが4人いて、他に愛人もいたらしいですが、まぁ興味はありません。

母は、父が帰ってくる日は化粧も掃除も料理も全ていつも以上に張り切っていました。小学校の入学式には家族3人で写真を撮りました。そしてそれが最後の家族写真でした。

父は年々母のもとへ、そして私の元へと顔を出す頻度を減らしていきました。週に1回前後が月に1回になり、行事ごとがあるときだけになり、わたしの誕生日だけになりました。

 

小学校の卒業を間近に控えたころにはもう、父は書類上の存在で法的にもつながりがあり、病気になったら移植とか輸血の話は行くでしょうが、それ以外では連絡先を知っている親戚のおじさんのことを父親と呼んでいる。そんな感覚になっていました。

でもわたしは昔からどこか冷めてましたから、そんなものなんだ程度でした、父には少なくとも娘として愛された記憶はあります。クラスには父親がいない娘も多かったですから、その子たちの前で喧伝することはしませんでした。嫌がることはしてはいけませんだから。

 

困ったのは母です。あの人は父を本気で愛していました。母にとって父は生涯を誓った相手であったからです。当時一桁の子供だったわたしをしても、必死に父をつなぎとめようと化粧にはじまり、当時はやり始めたぷち整形なんてのも。若さや美容に聞く食べ物とあれば、通販番組だろうとその場で購入。家にはよくわからないサプリメント用の棚が作られて、鬼気迫る様相で美容マッサージをして早くに床に就く母。仕事を辞めパートと主婦業に専念していたのに、家は荒れていました。母は、父よりも幾分か年上でした。少なくとも相思相愛だった時期はあります。しかし時間は残酷で、母の美しかった美貌は損なわれて、二人の魔法は解けてしまったのです。

結局は母は離婚をしませんでした。あきらめがついたのはわたしが20歳になった日に、久しぶりに3人であってお酒を飲むことになった時。父親としてだけの理由で来た父を見てようやっと乗り超えたそうです。今では穏やかに暮らしています。

 

長々とすみません。わたしはそんな家庭で育ちました。愛は永遠ではない。そしてそれに縋るということは、周囲に迷惑がかかる。わたしは、そんな醜く醜悪な生き方をして、誰かを苦しめるのは良いと思えませんでした。だから自立して働くことは胸に決めてました。

 

美しかった母ゆずりでそれなりには自信があった容姿ですが、異性へのアピールをするには少々以上に足りない胸と、かわいい服が入らないほどに肥大なお尻では、まぁそうなるだろうというのは仕方がないことです。

 

真面目に勉強をして、大学を出て、子供でも知っているような大企業に入って、熱気ある上司や同僚と切磋琢磨して、目に見える成果を上げるような仕事を始めました。

 

3年で休みに起きれなくなり、4年で眠れなくなり、5年目でやめました。

 

目まぐるしい量の仕事と人間関係にわたしはどうやらついていけませんでした。古い会社ゆえの女性から女性への性的嫌がらせもありましたし。コネで入った男性社員の横行もひどかったですね。

わたしは、仕事を振られたら断れないたちで、毎日のように終電まで働いていました。

繁忙期を抜けてたまの休みにのんびりしていれば、水道屋が水漏れの心配で訪ねてました。急に水の使用量が増え水漏れを心配したそうです。わたしが家でシャワーに入れるようになっただけなのに。

 

そんなわたしが仕事をやめて次に入ったのは、そこそこの大きさの製薬会社の営業でした。入って3週間で配置換えで今の仕事である献精の営業に回されました。まぁそのころにはそういうものだろうというマインドになってしまってました。あーあまたやっちゃったかという感じです。

 

でもむしろ外で自分のペースで動ける仕事で、最低限お仕事をするのは、皮肉なことに真っ黒な会社よりも。体にはよかったようです。月末に上司になじられること以外は大したストレスがないのですから。

 

 

嘘です、本当はとてもつらかった。どうしてどこでもわたしはこんな目にあうんだろうと。どの仕事も給料は良いのです。でも私生活が死んでしまっている。心に余裕が持てない。仕事がない同学年の人や、もうすでに男に捨てられた子などの噂も入ってくると、まだましだと思いますが、辛いものは辛い。

 

2年ほど続けて、今月も未達成なら朝礼で反省文を読み上げるのかと、やけくそで会社の機密書類を盗み見て、顧客データに基づいて回っても、仕事から逃げたいというマインドでは、営業なんて上手くいくはずもなくて。

 

雨の中傘すら上手にさせなくなっていた日に、わたしはあの人に出会えました。

 

その少年は、ぽっちゃりと丸っこく。顔には爛れた痕と分厚い眼鏡。思春期らしいニキビの痕でぼこぼこの肌でしたが。とってもわたしに優してくれた。

わたしは話すだけで下手したら犯罪に成りかねないのに、玄関まで上げてくれて慣れない様子でお茶まで出してくれて。顔を赤らめながら話を聞いてくれて、お願いししますと頼んで固まったのを泣き落としてみれば、満額了承で。

 

ああ、ああ、ああなんて、なんていい子なんだろう。そう思うばかりでした。

 

まだ中学生と若くて、それでいて彼は全国模試でも上位の成績の子でした。卸値で評価される査定値が、一気に跳ね上がりました。週10回分という若さの暴力みたいなものをすべて埋めてくれる彼のおかげで、わたしは自分の机すらないフリードメインのオフィス階から、席とパソコンをもらえる部屋に移動になりました。

 

生活に少しの余裕が出来て、通販だけど数年ぶりに服や家具を買い替えました。そしてふと空いた時間に思ったのは、やはり彼のことでした。私にとっては救世主ですから。

営業の合間気が付いたら足が向いてしまいました。でも彼と話したその帰りにふとという程度で営業をかけたら、たまに別の案件も取れたりして。彼に出会ってから全てが上手くいきました。未だに彼の分を除けば課内では下の方ですが。

 

わたしは、とても単純な規則に従って生きてきました。親のこともそういうものだろうと思ったし、女性にとって結婚と出産は大事でも、納税でごまかせるのならそれでいいだろうと。仕事は法定を守って無くても社内ではそれが良いことなのでしょう。

 

それで手一杯で誰かに愛されるということはないだろうって、見切りも付けていました。

でも、だからこそ免疫のなかったわたしは、あっさりと彼の虜になった。自分で言うのも驚きですが。あまりにも単純でした。ただ彼のおかげで人生が変わったから。それだけでです。信仰とか崇拝に近い感情だったと思います。

しょうがないなぁ駄場さんはと笑う彼が可愛くて、どうにも駄目な大人の部分を見せているところはありました。まぁ事実そんなに凄い大人でもないので大きな差異はないのですが。

 

ただそれでもさすがに弁えてはいるつもりでした。出会った頃の彼はまだ中学生の子供ですから。ご友人と遊ぶのが楽しいということもあるでしょうし。それに女の子がきっと放っておかない。あんなにも【格好良い】外見をされているのですから。

それに加えて、どうしても彼に対しては甘えてしまう私の欲求もどんどん許してしまいそうになるからです。感情のタガが外れてしまうのでしょうか、彼の前ではすぐに泣いてしまうんです。そしてそのまま縋れば、何でもいう事を聞いてくれるほどに優しいのですから。

何度自分の薄汚い欲望を抑えようと舌をかんだかわかりません。何度つけこもうとした自分を罰したかわかりません。

 

彼からは、仕事ができないうだつの上がらない中年女性として見られて、たまにお土産とかをもらう、そんな距離感。いずれ彼に好きな娘が出来て、私に契約を打ち切って欲しい。

彼からそう言われるまでは、ただただ彼のやさしさに付け入りながら、酷い思い出の女であればいいと思っていました。

 

なのに、彼があるとき調子が悪くてといつもより提供してくださる【商品】が少なかった時。わたしはいつものように泣いて迫ったのですが、どうにもエスカレートしてしまいました。そんなわたしへの罰として、彼はわたしの臀部へと叱咤をくださりました。あの瞬間全身に甘いしびれが走り、とても聞かせられないような声を発してしまいました。

思いのほか力強かった彼に叩かれて、そして組み合っている時に破れてしまったストッキングを脱いでいる間に、彼は部屋に戻り赤らめた顔で、追加分を作ってもらえました。

 

そう、彼は私に欲情してくださったのです。

こんな行き遅れの蜘蛛の巣の張ったわたしに。女としての価値を見出してくださりました。

年の離れて後はもう先細るだけの女を、彼はまだ欲望のはけ口として使えるそうなのです。気心の知れた叔母のように扱っていただいていたのに、彼の中でわたしはひとりの女性として見られているのを知ってしまいました。

 

ああ、そのことに気づいた日の昂りは止まりませんでした。職務上絶対してはいけないミスまでしてしまうほどに。まぁただの破損として会社には計上しました、彼が気付いてくださったので。

 

そんなわたしも冷静になれたのがあの日、日課のように図書館で読書をしていた時。急に彼の家に行けるように、休みですがスーツを着て。いつか彼の不在の日に待ちぼうけをしてしまい、時間をつぶすのに入った裏手の図書館の2階の窓側の席から、彼の家が見えることに気が付いてしまい、ここが指定席となりました。

 

そこで彼のもとに2名の女子高生が訪ねてきました。幼馴染で龍瀧さんと一緒の方ではなく、全くべつの。そして色々あって確信しました。

彼女たちはきっと、時間をおけば出部谷さんと結ばれるであろうと。

 

そうすれば、わたしのなかに花開いた驕りのような感情は、さらに別の物へと広がっていきました。

 

 

 

 




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自己満足と卑屈-3

 

ある秋の晴れた日でした、当時高校2年生の龍瀧さんがわたしと話をしたいと機会を設けてきたのは。

彼は出部谷さんと違いわかりやすい格好良さを持つ人であり、多くの女性に囲まれてます。学校では出部谷さんが昔から壁になっていたとのことですが、今はそうでもないと伝え聞いておりました。

 

「あなたは、十三をどうしたいのですか? いえ、彼とどうなりたいのですか?」

 

当然の疑問でしょう、親友に長年まとわっている精を回収する年増の女性です。普通の学生ならば受験勉強や部活と大事な時期にこんな女性がいれば邪魔でしかないでしょう。それでもわたしは、未だに出部谷さんのそばにいることをやめられません。

 

「わたしは、もうすぐ35歳になります。貴方や出部谷さんとは17歳離れてますね」

 

「ええ、そうですね」

 

「光栄なことに今はまだ、わたしに彼が魅力的に見てくれる女性としての要素が辛うじて残っているようです。でも10年後はどうでしょうか?」

 

「それは、僕ではなく、十三の決めることです」

 

彼は優しい人だ。出部谷さんの親友なだけあってなのか、生来のものなのでしょうか。だから言葉を濁して答えました。恐らく彼の母とあまり変わらない年齢のわたしに気を使ったのでしょうね。

 

「最近では40を過ぎても男性は子供を作るのが推奨されてます。出部谷さんがその時、わたしはもう還暦ですよね?」

 

「あ、あの。それは、まぁ……」

 

少し意地悪をしすぎたかもしれません。気分がささくれ立っているのではなく、単純に疲れからでしょうか。

そう、わたしはどれだけ頑張っても彼とは17歳離れている事実を変えることは出来ません。これはどれだけの幸運に恵まれても覆せない絶対のものです。

人よりは多少若く見える自負はあれど、高校生に見えるわけはないのは存じています。体も昔ほど徹夜もできないですし、お酒を飲めば翌日つらいのですが、飲まないと眠りが浅くなって寝付きも悪いのです。

 

「龍瀧さん、だからわたしは」

 

母を思い出す、母は父とだんだんと疎遠になり壊れていきました。しかし父は母を愛していた時期は確かにありました。申し訳無さそうな目を母に向けていた父はそれでもわたしの父であり、一人の男であったのでしょう。

そして今、母は穏やかに第二の人生を過ごしています。父もたまにわたしに連絡をしてきて、社会人らしい話をする程度の間柄です。そう、そんな風に男女として終わってしまっても、まだ続いていく人生と人間関係はあるのです。

 

「わたしは、彼が望むのならば全てを受け入れて、そしていつか……」

 

このしばらく後、運良く彼の初めてをもらい受ける幸運に恵まれた頃に、別の気持ちへと変質してしまうまで、強く胸に誓っていたのはそんな決意です。

 

わたしは自分の若さを愛の不変性を信じられるほど、幼くみずみずしい恋心をもてる人間ではなかったのです。生涯愛されたいなんて烏滸がましいことはいえません。

だから、この社会の多くの人が行っている【代償行為】それが、わたしにとっては置換という形で沈殿していって、思ってしまったのです。

 

「彼に老いを理由に捨てられる、【最初の女】になりたいのです」

 

きっと、罪悪感と怒りをもって切り捨ててくれるでしょう、優しい彼ならば。もう愛せないと、毎日のようにわたしを思いそしてその価値をつぶさに見つめて。もうどんなに細かい網目でこしたとしても、何も出なくなるまでわたしの中を拾おうとしてくれるのでしょう。

その果てに若い子の方が良いと、わたしに時間を使えないと。価値を見いだせなくなったその時。諦めか開き直りか同情かでごちゃまぜになった彼の表情を考えるだけで、甘いしびれが走る。

 

彼にとってかつて価値のあった女であればよいのです。将来その後にも女性を抱く時に、わたしのことをふと思い出して一瞬だけ胸を痛めるのならば、それでもうきっと満足です。同情と憐憫で抱けもしなくなった女をそばに置く、余分を背負った彼は見たくないのです。

 

彼はきっと今の学校という窮屈な人間関係でしか、自分の価値を図れていないのでしょう。だから自身を過小評価してしまっています。

大学に社会に出てしまえば、自分の中にある核を改めて見定めれば絶対に飛躍する、一廉の人物になる人です。

だからきっと彼はいずれもっといい男になる。外見がどうこうなんて些細なことです、そもそもわたしには格好良いとしか見えませんが。優しくて気配りが出来て、上背もあって。一途で献身的なひとです。

 

そんな彼の一助となった事実と、彼に捨てられる程見てもらえた、わたしの両親のように自然消滅ではなく、彼によって終わらせてくれたのならば、とても幸せだと。そう思ってしまいます。

気分はまるで英雄を導く魔女のよう。鍛え上げ旅立ちを見送り、そしていずれは彼の覇道の為に討たれる。とても小さなキズとして彼の中に残れるのならば。同情のイミテーションの愛よりもずっとわたしの人生の深みになる。

 

「な、なんですか、それ……」

 

「ふふ、すみません。汚い話ですね」

 

何時か出部谷さんが教えてくださった、龍瀧さんと遊ぶカードゲームでは。お気に入りのカードを見つけたら核に据えて自軍を編成して、細部を調整して磨き上げて、最後にそのお気に入りのカードが抜ければ、強い自軍の完成なんですって。

ああ、素晴らしい。もしわたしが彼にとって、最初のフェイバリットになり、その為に彼が形を変えて拾い取り込もうとしてくれて、それでもいずれ支え切れず、最後に彼によって捨てられるのならば。彼よりそれほどまでに向けられる愛もないでしょう。

 

「もし出部谷さんに受け入れて頂けたのならば。何れきっと彼に捨てられる。その時が楽しみでしょうがないのです」

 

「……理解できません」

 

去年の秋、龍瀧さんとお話した際はそんな、終わり方に拘るほどに傲慢でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言ってたんだ。黙っていてごめん」

 

「いや、うん。話されても困るし」

 

純に告白された後、厳密には婚約? なのか。ともかく完全にキャパシティーを超えた俺は恥ずかしながら祐に全てを打ち明けて相談した。

純のことは勿論、去年から駄場さんとアダルティな仕事をしていて、この前一線を越えてしまったことも。

 

そうして帰ってきたのが、よくわからない駄場さんの性癖暴露である。

え? ふ、フラれるのが良いのか? やべぇ全くわからない世界だ。NTRに近いのかもしれないけど、そもそも俺にそっちの素養がないし、そっち方面(特殊性癖)は免疫がない祐なんかはさぞかし恐怖だったんじゃないのか。

 

「だからその、僕にはあまりわからないけど。君のことを本気で男として好きだっていうのは。駄場さんに関しては保証できるよ」

 

「そうかぁ……そうかぁ……」

 

今更ながら少し照れがある。不思議だ。これは多分俺がこの世の中の男性として、社会に対する帰属意識が低いからか。もっと単純に前世という認識のせいなのか。駄場さんとの行為は卒業させてもらったという、そういう意識が強い。

世間一般的には、駄場さんに奪われたという感じなのだというのも、こんなクソみたいな社会だからわかるけれど、俺の認識は変えられない。

 

だからまぁ、正直今まで女性としてあまり見ていなかった、見ようとしていなかった、見ないようにしていた彼女が。俺のことをいびつかもしれないけど好いてくれているのは嬉しい。

純に好きですと言われたときとは、少し感じる気持ちが違うが。それは男としてという意味だと素直に受け取っていなかった側面もある。

 

冷静に考えて、純はアタシ【も】もらって欲しいと言っていた。これはつまり、俺がこのまま卒業すれば、ダイエットのそもそもの目的の山上先生との告白がきっと上手くいくって、彼女が思ってくれたからなのだろうか? それとも駄場さんと既に肉体関係にあることを認識して言ったのだろうか? それはわからないけれど。

何れにせよそんな男女平等に唾を吐きかけるような認識が普通なんだ。そんな社会の一般的勝ち組の祐がわからないって言って、俺もわからないけど……もしかして。ってなる理解の難解さなんだから、駄場さんも結構特殊なんだろう。

 

「それで、どうするんだい? 連絡とかは?」

 

「普通にチャットには返ってきてるよ、次に来るのは何時もの回収日だと思う」

 

思ったよりも大人だったのか。駄場さんは言い方は悪いけど、抱いたからもう俺の男だぞ、みたいなマウントもないし。恥じらって変になってる感じもなく。俺が滅茶苦茶やってすみません。って謝れば、そんなことないよとても良かったよ。って返ってきた。

急にお姉さん感だしてきて、正直可愛いとまで思ってしまう、俺はとても単純なんだろう。

 

「竹之下さんには、いつ話すの?」

 

「……言わないとだめだよな?」

 

「僕の経験則上どうせすぐバレるから自首するべき」

 

「重い……重いよ、祐」

 

誰としたのが誰にバレたのか、結構気になるけれど。それは将来二人きりで酒を飲み交わしたときの楽しみにしておこう。

 

「あとね、母さん達だけど」

 

「うん」

 

「……多分、君がその、卒業したの感づいてる。それくらい女性は鋭いんだよ」

 

「……竹之下さんにはすぐにでも電話で下から言ってみるよ」

 

連休中に立派な男になるにはどうすれば? なんて聞いて回った俺が悪いんだけど。小さい頃から見てもらってるので、気恥ずかしさがすごいあるけど。嘲ったり指摘してからかう人達じゃない。見て見ぬふりをお互いするべきだ。

 

ぼんやりと言い訳を考えつつも、目下の問題に考えを移す。俺は実体験こそ少ないし、偏ってはいるが。恋愛系の物語はかなりインプットされてるはずだ。エピソード記憶ないのに変な物語は覚えてるポンコツ前世さんのおかげで。今もなお本調子じゃないし。

だからこそ、そういう拗らせた人が、考えそうなことはなんとなくわかる。

 

「駄場さんは、君からして正直どうなのさ?」

 

祐のこの言葉は、恐らく辞めといたほうが良いよとか、一晩の過ちにしなよとか。そういうニュアンスなのもすごくわかる。いや、もしかしたら本人にそんな意志は全く無くて、ただ俺の中の被害妄想や、彼女の年齢を考えた負い目のようなものがフィルターをかけているのかもしれない。祐はそんな事を言うやつじゃないし。

 

「正直あの人とは、やっぱり年が離れすぎてるって、俺は思うんだ」

 

「そうか……それじゃあ」

 

「純の告白もあるから……わかってもらえるまで覚悟を決めて話すつもり、週の真ん中じゃなくて、金曜日にきてもらうからじっくりと説得するよ」

 

「わかった、応援くらいしかできないけど」

 

「十分だよ、それじゃあ、おやすみ」

 

 

俺はそう言って電話を切る。自分の気持ちや立場。世間体的なものまで。何も考えずに恋愛できるのは小学生までのこのクソッタレな社会に。中指を立てたくなる気持ちで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか書類の作成も終わり、わたしは部屋で一息つく。本当は此処まで丁寧にやる必要はないのですけど……なんては口が裂けても言えない。これは大切なものですから。

 

きっと今頃、出部谷さんは龍瀧さんにでも相談しているでしょうか? 出部谷さんが今他の女性とどこまで関係が進んでいるのかを正確には存じ上げません。あの日であった二人の高校生からのアプローチがあったのかも知りません。まだダイエットの目的にしている先生に邁進しているのかもしれません。

 

龍瀧さんから【去年のわたし】の考えを聞いてなにか悩んでいるかも知れませんが、すでにわたしの心は移り変わっています。なにせ、龍瀧さんにお話したのは、既に彼の周りに彼を慕っている女の子が居ることを知る前の考えですから。

 

わたしを救ってくださった出部谷さんの成長速度は、わたしの予想を大きく越えていました。大学生か社会人になってから、そういった相手ができるかと思えば、高校生の間に言い方は悪いですが誑し込んでいる様子ですから。

 

そう、わたしは何れ新しく出来た女性との比較ではなく、既にいる女性と比較される立場になっているのです。

わたしは過去の思い出の、いうなれば下積み時代に優しくしてくれた女性にすら成れませんでした。それであればもう、わたしに勝ち目はないでしょう。

 

それでも、強欲にも冬と春の間に撮影と託けて楽しませていただきましたし、光栄なことに初めても貰えました。正確には奪いましたですが。

それなのに、彼の欲望のはけ口ではなく、彼のリソースを注いでもらう相手に成れるなんて、思い上がるのはあまりにも傲慢でしょう。

 

周囲に都合の良い女性がいなかったから許されていたこんな関係は、もうおしまいにするべきで。出部谷さんが目を向けるべき女性がいるのならば。浅ましい女の変な情動に巻き込まれて良い理由はないでしょう?

 

彼が選ぶのが先輩か後輩かそれとも両方かはわかりません。でも、彼女たちが利用するために近づいたのではなく、純粋に好ましいと思って出部谷さんの家を尋ねていたこともわかりました。

 

もう彼に【呼べば来る女はいらない】のです、若くて可愛い娘と【健全なお付き合いをして欲しい】のです。初めてを奪っておいてどの口がと自分を呪いたくなりますが、所詮は流されるまま生きている女です。それはそれと、身に余る栄誉として大切にします。

わたしはずるい、駄目な大人ですからね。そんな女に引っかかったのが可哀想で怒りが湧いてきます。

 

どこまでも、自分勝手なのはわかっていますが。何よりも大切なわたしの救世主様が。健やかな日々を過ごすことだけが。わたしの望みですから。

 

今度の回収日がきっと、最後になるだろうと。

 

わたしは引き継ぎ書類と退職前有給消化申請に不備がないかを改めて確認するのでした。

 




結局4話になりました。


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自己満足と卑屈-4

予約投稿みすっちゃった♥


「お邪魔しますぅ」

 

「はい、どうぞ」

 

金曜日の夜、駄場さんが俺の家に来た。いつもなら水曜日とかに回収に来るけど、今週はずらしてもらったのだ。それは勿論先々週の一件をしっかり話すためだ。

連休明けの学校で受験生なのに授業が若干集中できないほどに、俺の頭はから回っていた。雪之丞くんからは相談ダイアルの書かれたチラシを貰った程に。

 

「……スーツなんですね」

 

「ええ、まあ。退勤後ですのでぇ」

 

撮影で使ってたような、多分1,2サイズ小さいピッチリしたのではなくて、普通のお仕事用のレディーススーツだ……でも少し窮屈そうだな。

 

一先ずリビングに招いて、今週分を渡すことにした。

 

「あのぉ……出部谷さん? これ……」

 

「はい、今週分です」

 

「予備で渡しておいた分も全部埋まってますね?」

 

「はい」

 

まぁ、なんだ。彼女のことを考えるということは、朧気だけど新鮮な先々週のそれと、今までの撮影で冷静に見るとエグいことをシていたという事実。そして一応の予備ですと撮影データの一部を今まで渡されていたという事を思い出し改めて確認と。

まぁ、ずっとイライラしてしまって大変だったのだ。即物的かつまるでお金で買っているようで嫌悪感もあるが。ある種のお礼である、この50回分は。

 

「あ、ありがとうございますぅ……鞄入るかな?」

 

いそいそと受け取ったものをしまっていく駄場さん。聞きたいことも話したいこともある。大人だからなのか。一切触らないで話しているけど。リビングまで上がってきてくれた時点で、俺と腰を据えた話があるのは同意してくれているはずだ。

 

「それであの、駄場さん……」

 

「さ、先にシャワー借りても良いですかぁ!? さ、流石に一日仕事したのでぇ……」

 

「…………」

 

「あ、あのぉ?」

 

えーと、これはつまりなんというか。彼女は俺の家に……ヤリにきたつもりなのだろうか。いや、まぁその……期待がなかったわけでは全然ないのだが。それにしても、なんというか、その……よしっ!

 

「どうぞ、お使い下さい」

 

「ありがとうございますぅ」

 

普通に許可を出した、一緒に入りましょうとか、シャワーなんて入らなくてもOKですよとかは。流石に上級者すぎると思ったから。とかではなく、少し時間が欲しかった。

 

しっかりと俺の考えを伝えて、謝る必要があるから。

 

 

 

まぁ、そんな俺の決意なんて、風呂上がりに下着とバスタオルだけで出てきた駄場さんが、ソファーで考え込んでる俺の横に座って、ベッド行きませんか? ってされてすぐに吹っ飛んだけど。

 

 

 

 

2回ほど終えて、シャワーを……今度は一緒に入って……まさに流されたわけだけど。二人共空腹の限界だったので、俺が作り置きしていたご飯を温めて二人で食べている。駄場さんは明日休みで終電で帰れば良いらしいから、というよりもお腹減ってそれどころではないという感じだったが。

 

「……美味しいですね」

 

「ありがとうございます」

 

目を丸くして、そしてほっぺたも丸くして食べる駄場さん。褒めてくれるのはありがたいが正直レシピ通りに作っただけだ。色々考えるのが面倒なので料理本と食料が全部届くサービスに入っている。外食よりはずっと安いのと、食べすぎないのと献立を考える苦労がないので。

 

「駄場さんにお話があります」

 

「はい、何でしょうか? 出部谷さん」

 

ちゃっかりと替えの藍色の下着に着替えてた彼女は、既にスーツ姿だ。メイクもいつ直してるのかわからないけど綺麗なままで。もしかしてシャワーで顔と髪を濡らさないで入ってるのか? なんて見当違いな方向に進んでいく思考を制する。

 

「これからの話です、その俺はまだ学生なので……」

 

「はいっ! 大丈夫ですよぉ何も気にしなくても」

 

「いえ、そのそうではなくてですね」

 

流石に俺もわかってきた。多分この話をしっかりと白黒つけることを彼女は嫌がっている。というよりも避けようとしている。大人な対応なんじゃなくて、何かしら触れてほしくないことがあるから、話題をそらしているんだ。

 

「わたしは大人ですから、責任とか所帯とかそういうのは考えなくても平気ですよ」

 

「そういうことじゃ……なくて……」

 

確かに彼女は働いていて、極論で言えば妊娠さえしなければ勝手に生活スタイルを維持できて、大きく変える必要もない人だ。だから俺とどうこうなっても、揺るがない基盤をもっている。

 

「出部谷さんは真面目ですから、深刻に考えすぎようとしてます、わたしは一人で生きていけますから、無理に背負う必要はないです、それに高校をやめて働きますとは、言えませんよね?」

 

「……はい、それは、できません」

 

そうだ、それは簡単には約束できない。言い方は悪いけど、もしこれが純で、そして妊娠したとしたら。俺は高校をやめてでも責任を取らないといけないかもしれないけど。そうするだろうけど。

それじゃあ駄場さんにするかと言われれば、最終的にはそうかもしれないが、少なくともその踏ん切りが遅いのは、内心自覚してしまっている。

 

「嘘はつけないのならば、できることを考えるだけで十分です。何れは養うとか幸せにするとか、先のことを保証する無責任な人じゃないですものね?」

 

「俺は、とても貴女に感謝しています、貴女がいなければ、多分俺はもっと、ひねくれて、もしかしたら祐や華にだって噛みつくような人間になっていたかもしれない」

 

俺は目に見える嘘は付きたくない。心にもないことを紡いで振り向かせたら、それは綻びになる。男女という関係ではなく、人間という集団はそういうものだ。だから軽々しくいえないけど、それでも。駄場さんには本当にお世話になっている。

俺が悪態をついたり弱音を吐いたりしながら、俺に頼ってくれる人は他にいなかったから。守るべき相手であった祐や、支えてあげたい華とは違う、そんな人だったから。

 

「貴女が俺を支えてくれていたから、毒を受け止めてくれるような人だから、今笑っていられるんです」

 

「ふふっ、ちょっと毒が強すぎますから、他の女の子と話す時はもっと希釈してくださいね?」

 

冗談めかして笑っている駄場さん。伝わっているのかはわからないけれど。

 

「はい。それはもちろん。だからその……もっと、駄場さんの事を知りたいんです」

 

「……ふふっ、おねだりが上手になりましたねぇ、わたしから学んだのでしょうか?」

 

俺のその言葉は駄場さんにはどう受け止められたのだろうか? すっと彼女の手が伸びてきて頭を撫でられる。俺が何か言おうにも、そのまま立ち上がり手を惹かれて寝室へと誘われる。

 

「もっと、教え合いましょうね?」

 

「……え、あの」

 

そういうことじゃぁ、ないんだけど。そんな言葉はついぞ俺の口から出ないで。導かれるままに、また寝室へと向かうことになる。彼女の思惑は、何一つ俺にわからないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「年を取って眠りが浅くなる事を感謝するとは思いませんでした」

 

何かを、おおよそは見当がつく、わたしへの質問をのらりくらりとかわしながら。結局夕食の後も若さの勢いに任せて彼のものとなりました。

そんな、とても幸せな時間も終わり、流石に疲れたのか横で眠る出部谷さんの顔を少しだけ撫でて、わたしは寝台から降ります。既に始発は動いているでしょうか?

 

彼がわたしをきっと受け入れる為の確認か告白かをしてくれるような、そんな気配を感じていました。もしかしたら、もう来ないでくださいの拒絶かも知れませんが、それならそれで好都合ではありました。心は耐えきれないかも知れませんが。

 

まだ、たった2日だけの彼との甘い関係ですが、すでにわたしの乏しい経験では、教えられるようなことはなく、リードできることもなくなってしまいました。貧しく灰色の人生に嫌気が差さないことはないですが、その果に出部谷さんと会えたのですから不満などありません。

 

「さようなら……出部谷さん」

 

今日で彼とお会いするのは、最後にします。仕事ももう出勤は殆どなく引き継ぎも済ませてます。契約顧客が少ないからあっさりでした。スマートフォンも機種変にともない、いくつかのサービスのアカウントも変えてしまいます。

 

これが、完全な自己満足だというのもわかっています。きっと彼ならば私の前の望み通り、老いるまで傍において、いずれ捨てるまで大事にしてくださることも。でも、彼と一緒にいて老いていく自分に耐えられるのか、わからなくなってしまいました。

彼のことを好きな他の子と比較されて、劣っていると見られた時に、彼を恨まない自信が持てなくなってしまいました。

 

こんな風に、わたしはとても自分で逃げ道を作るのが上手い、だからこそ一意専心で何かを信じるということも出来ない。

 

せめてまだ、彼が愛せる外見と、人柄の自分を見せて。思い出の中で無限に美化されて残るのならば、なんて考えてしまうのですから。

 

買ったは良いけれど、ほとんど使うことのなかったルージュを取り出す、一度やってみたかった、これで洗面所にメッセージを残すというのを。格好良いその女性の生き様に憧れたから。

 

忍び足で洗面所に向かい、さて何を書くかと少し悩んでしまいます。お礼は伝えるとしてそれでいて、わたしを忘れない程度の覚えててもらいつつ、探さないでもらい、さらに可愛い女の子を見つけて幸せになって欲しい。

 

「……文章を推敲してくるべきでしたねぇ」

 

またやってしまった。どうにも衝動で行動して後悔することが多いのはわたしの悪癖の一つですね。まぁ手紙を認めて、その在処を書いて、お礼の一言でも残せばよいでしょう。さようならの文字だけは書いておき、踵を返してリビングに戻りソファをお借りして文字を書こうと鞄を開けば

 

「似合わないから、そういうの」

 

後ろから髪の毛を乱暴に引っつかまれて、ソファーに引き倒される。痛みと驚きと恐怖で強張った体を、抑え込まれるように覆いかぶさる影は。

 

「また、何か抱え込んでるよね」

 

「……で、出部谷さん?」

 

さっきまで寝室で良く寝ていらっしゃった、出部谷さんでした。昨夜は合わせて数え切れないほど出されていたので、絶対に起きてこないと思っていました。

 

「まぁいいや。もう俺も怒ったから、謝るのはやめる」

 

「あ、あのぉ……?」

 

ソファの肘掛けに仰向けに横たわるわたしの顔の上から、彼はまっすぐと見下ろして。もう逃げられないことは悟っていますが、それでもとばかりに視線をそらそうとすれば。両手で頬を挟まれて、顔を固定されていまう。

 

「俺、先々週に駄場さんとシた後。純に、後輩にね告白された」

 

「まぁ、おめでとうございます」

 

状況が非日常過ぎて、普通に返してしまう。今まで自分がやろうとしていたことも。今彼にされていることも、頭に入ってこないで。また只々流されるままに今の良いことだけを拾おうとする。

そうか、やっぱりわたしの予想は正しくて、ある意味では一番のタイミングで彼の初めてをかっさらった酷い女として記憶にのこれるのかと。暗い喜びが湧いてくる。

 

「卒業したら婚姻を結ぶ事になったから、駄場さんの件も話した」

 

「え? だ、大丈夫でしたか?」

 

それは、思春期の高校生の女の子には大分酷ではないだろうか? 自分でやっておいてどの口がなんて棚に上げて、今はただ彼の言葉に素直に反応だけを返していく。

 

「……平気そうにしてたけど、ほんの少しだけ泣かれた。でも、約束を反故にしないなら許すって言われた」

 

「そうですか……強い方ですね、出部谷さんにお似合いです」

 

まぁ、あまり気にしない娘も多い。最後に自分のところにいるのならばそれで良いというのは、結構主流な意見ですし。わたしもそう思います。それはそれとして初めては頂戴しましたが。

 

「駄場さんは、俺のこと嫌いだから、もう顔も見たくないし忘れたいから、体を使ってまで仕事をした事実を見たくないから。だから出てこうとしたんだよね」

 

「ち、違いますぅ!!」

 

「子供で面倒だから、年下の相手は疲れるから。丁度よい押し付け先が出来たから。思い出したくもないから、俺はもういらないんだよね?」

 

「何を言ってるんですかぁ! そんなわけないでしょう!?」

 

だから、そんな。彼の言葉に反射的に。行かないでって言われても断れる心構えはできていたのに。

彼に自信がついてきて、どんどんいい顔をするようになってきた。そんな出部谷さんが。ツラツラと出部谷さんを否定するような言葉を言うのは、とても耐えられなかった。

わたしの中で一生の残り続ける男の子が、わたしが否定できない人に貶められているのは、とても聞けなかった。

 

わたしは、愚かな女だから。見えている地雷だとしても、踏んでしまうような。そんな馬鹿な女ですから。少しだけ、口角を上げながら私はそう言って彼を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直な所、結構ギリギリだった。夕方から休憩を挟んで何回もしてものすごく疲れていたから。ちょっとだけの物音で起きれたのは、偏に今まで不定期に追加発注をかけてくれたおかげで。短期間で何回もすることが普通になるように長年トレーニングを積む羽目になった、駄目な大人のおかげである。

 

さようならと小さく告げられて、あぁ帰るのかなぁと思い、見送ろうと後ろからついていけば、洗面所にルージュでなにか書き出した瞬間に察した。これは、身を引こうとする自己満足系の面倒くさいヒロインムーブだと。俺はいろんな創作物から学んでいたのだ。

 

正直駄場さんには似合わない。クールな女性とかミステリアスな少女がやるアクションだが、何故か彼女はそうしようとしていた。

後ろから声をかけようとしたら、どうやら文章の推敲をするためにリビングに戻ってきたので、一度寝室に隠れて。背後から襲いかかった。

 

正直かなりむかついていたから。さんざんこっちの言い分を聞こうともしないで。エッチだけシてポイかよって。だからまぁ、思いっきり偽悪的に自分を否定してやった。

あっさり乗ってくる辺り、本当にこの人はダメダメだなぁって思った。

 

本当に彼女が俺のことを好きかは実のところ自信がなかった。でも、祐が彼女はきっと君が好きって言ってくれたから。それに賭けようと思ったんだ。

俺は駄場さんに好いてもらえる要素に全くもって心当たりはないから。都合の良い人間だなぁくらいに思われていても、金づる感覚で見てもらっていても。手のかかる弟程度でも、全然不思議じゃないとすら思えるから。

でも好かれていたなら当然嬉しいし、だからこそ賭けてみようと思った。俺はあいつになら全額で賭けられるから。

 

「それじゃあ、勝手にいなくなったりしないでよ。俺まだ高校生だけど、子供に見えると思うけど! 駄場さんと一緒に居たい、これからもずっと」

 

「……それは、嬉しいけどぉ。わたしは17も年上で……きっと直ぐにおばさんになるのにぃ」

 

それは、俺も思っている。そう年の差だけは変えられないから。

 

「でも、俺が捨てるまでは一緒にいてくれるんだろ? じゃあ、ずっと一緒にいればいいじゃないか」

 

「え?」

 

祐から聞いた時はあまりわからなかったけれど、じっくり考えてでもそれは一種の看取られと変わらないんじゃないかって思った。

強い感情で見送られたいというのは、多分そういうことだ。あとはもう性癖同士のぶつかり合いでしかないだろうから。

 

「俺は、女の人を捨てられるほど。贅沢な人間じゃないからさ、捨ててあげられないと思う」

 

「で、でも……その時には」

 

「駄場さんは外見を気にしないんでしょ? 祐の方が顔好みなのに、俺を選んだんだよね? 俺も外見はあまり頓着しないから」

 

「あ、あぅ……あの、あのね? 出部谷さん」

 

こういう小難しいことを言ってくる面倒な人には、本人の言葉を当てるのが良いのである。

肉体関係になって、正直あの日言ってた「祐の方が格好良い」って言葉になにかこう、少し喉に引っかかるようになって覚えていたから。

 

「告白された竹之下さんに、もう一人の鳥槇さんもいい娘じゃない? 素敵な娘だよ?」

 

まだ、うだうだ続けるようだ。納得するまでは付き合うつもりだけれど。

 

 

「でも、最初に俺を見てくれたのは駄場さんだ、それを考えちゃ駄目なのか?」

 

「他の子みたいに、若くないし。その、胸もないよぉ? わたし」

 

「でも、お尻は大きいのが好きだ」

 

「こ、子供だって、他の娘よりたくさん産めないよぉ?」

 

「こんな社会の為に産む必要はないから、欲しい数でいい」

 

「時々束縛するような、面倒で意地悪で偏屈な大人だよぉ?」

 

「最初から知ってる」

 

まぁ、うん。質問している割に顔が笑ってる。本当にずるくて、駄目な女の人だ。でも、そういう所が俺は気に入ってるんだ。

この人といると、自分を格好良くしなきゃっていう気持ちが萎んで、そのままで良いやって思えて楽になれるんだ。

 

「というか、駄場さん。俺の初めて貰っておいて、ポイするの?」

 

「あ、いやその……し、しません……できません」

 

「はい、よく言えました」

 

まぁうん。この人にさ。格好良い去り方なんてできないんだよ。変な感じなんだけど。駄場さんは俺がいないと駄目なんだ。

人間的な性能とかじゃなくて、から回るというか暴走するというか。そんな、しょうがない人なんだよね。

 

「で、出部谷さん」

 

「なんですか?」

 

「社会人になるまで、他の子にはちゃんと避妊するんですよぉ? だめですからねぇ?」

 

ほら、こんな風にへんな事ばっかり考えてるんだから。きっと頭が良くて、色々考えるから。余計なことまで気を回しちゃうんだ。その分俺に甘えてイーブンになるならそれでいいよ。

 

「はいはい、わかってます」

 

「その分、気兼ねなくわたしを使ってくださいねぇ? 呼べば何時でも来ますから」

 

遠回しなアピールだったのかもしれない。まぁなんでもいい。この人に関しては。まっすぐ向き合ってきたんだ。これからもそうすればいいだけ。見限られたら、俺が悪かっただけ。

 

 

 

 

 

 

「なにせ、わたしもうお仕事やめましたからねっ!! どうしようぅ!」

 

「……再就職先探しましょうね?」

 

どこか、締まらないし格好もつかないけど。この人はなんだかんだで俺のそばを離れない。そういう確信があるから。ゆっくりなるべきようになるだろうって。そう思った。

 

 

 




ぶた君の認識する駄場さんと、駄場さんの内面はずれているけど。
割れ鍋に綴じ蓋なのでした。 そんなお話です。

駄場編完結です。また少し書き溜めをして、最後のお話に移りたいと思います。
30話くらいまでには終われそうです。今しばらくお付き合いください。

感想・評価お待ちしております。


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~いつもそばにいてくれた

そろそろたたみに入ります


今日は、とても素晴らしい日だ。

 

6月に入ってもまだ梅雨入り宣言されていないからか、天気は雲のない晴れ。湿度が高くべたついているけれど、それが気にならないほどに気分が良い。

なにせ、今日祐と華が籍を入れたのである!!

まだ学生同士であるが、正式に夫婦になったのである。

 

「二人共!! おめでとう!! 」

 

「えへへっ、ぶーくんありがとう。でももう10回目だよ」

 

「いい加減うるさいよ、十三」

 

別に今日式は行ってないし、これが披露宴ということでもない。ただ書類一枚を役所に出しただけ。それでも大変めでたいことで、祐の家で身内を招いたパーティーをしている。

 

色々込み入った話の祐の結婚だが、今日は祐と華の二人だけだ。残りのメンバーは各自卒業後だそうである。式もその時にまとめて行うので、双子の卒業する2年近く後まで待つことになる、そしてゆかり先生が第三婦人に格上げである。まぁ序列とかなさそうだけどね祐の所。

 

だけれども社会的理由で第一夫人が華であることが決まって、先に籍を入れておくことがまぁ親同士のあれこれで決まったようだ。他の未来の婦人達もやはり華には一目置いているのか一人先に結婚することを祝福している。

 

そんな細かい事情はあるが俺はどうでもいい。二人が夫婦になったのだ。住む家は変わらないし呼び名も元のままでも立場というものが人を作るのだ。

 

この社会において苗字に関しては、男性に統一したらもうとっくに全員山田になってるだろうという収束問題のためなのか、かなり自由である。揃えてもいいしそのままバラバラでもいい。だからか、二人とも苗字はそのままにするとのことだ。俺は少し、龍瀧華が見たかった……

 

珍しいところだと苗字も一文字ずつ取ってつけなおすみたいなところもあるらしいが、それは特殊すぎるケースだ。村全員同じ苗字になってしまったところとかが区別のために改名する奴である。

 

「僕が華を幸せにしたいって思ったから、結婚してもらったんだ」

 

祐のその言葉に幸せそうに微笑む華。もうこれだけで俺は泣きそうである。式本番はバスタオルを持って行こうと決めた。

 

とにもかくにも、俺は祐とその奥様である華と奥様候補のハーレムメンバーがワイワイやってるのを写真に収めつつ、ひたすらお祝いしているのだ。身内向けの集まりだからジュースだけどなんか数字が書いてあるやつを飲んじゃったりもしたいが、おいてないので我慢である。

 

 

 

「先輩、ちょっといいですか?」「お話があります」

 

そんなご機嫌な俺に話しかけてきたのは双子である。まぁ俺を先輩と呼ぶのは今日は二人しかいない。純は塾の模試が終わったら夜合流の予定だし。

 

「ごめんなさい」「すみませんでした」

 

振り向いたら2人が頭を下げていた。いや何で? 鯉田姉妹に関しては正直去年車で詰められてから殆ど話をしていない。祐の教室に来る回数も交際関係になってからは別で会えるからか減ってきていたし。少し後からは放課後の俺がバイトを辞めて忙しくなったからな。

 

「なんだよ、今日は祝の席だぞ」

 

「酷いことをいっちゃいました」

 

「うたもふみも、先輩のこと何が楽しくて生きてるんですか? って思ってました」

 

「「だって、あんな気持ち悪いことしてるくらいだから」」

 

卒業式の言葉みたいにかぶせてくる双子、打ち合わせなしか? にしてもこれは謝罪なのか?

 

「つまりなんだ?」

 

「先輩も普通に努力して、彼女できたんですよね?」

 

「普通の人なら、謝らないとと思って」

 

「「誤解しててすみませんでした」」

 

つまりはだ、去年からの妙に距離を置かれていた感じな関係を。めでたい席ということで精算をしようということだろう。まぁ俺は正直全く気にしてもないしどう思われようと……いや極論はだめか。

 

「祐に言うように言われた?」

 

「そうだったらもっと丁寧に言ってます、ただ、」

 

「前はちょっと言いすぎました」

 

「まぁ俺も、大概だった。気にしてないし構わない」

 

罵倒とかそういうのは喰らいまくってて、覚えているのもばからしい、韻を踏んでたり、エッジの利いた皮肉だったら覚えてるけどな。面白くないとかきもいとかそういうテンプレートなのは正直あー言われてたかも程度には馬耳東風だ。

だから、双子自身が謝ったからこれでチャラ。今後ともよろしく便利な先輩。って思ってくれるならそれでいいさ。祐の奥さんになるなら、一生の付き合いになるし、嫌い合ってないという曖昧な関係は維持したいからな。

 

 

「先輩が祐先輩の親友な理由わかった気がしました」

 

「これからも、よろしくお願いします」

 

「おう、俺もなにかあったら頼むかもしれない」

 

竹之下を除くと普通の女子って、たぶんコイツらだけだし。生まれと育ち双方ともにで考えると。まぁ人は変わるのだ。

今日みたいなめでたい日だからこそ、俺はそろそろ向き合うべきだ。自分と今の自分に。

 

双子が去っていき、部屋の中心で皆に囲まれている祐と華を見ながら、俺は隅の椅子に腰掛ける。

 

純と駄場さん────駄場さんは何と言うか俺の中では駄場さんなので未だに駄場さん呼びだ────の2人は、現状で言葉を完全濁すこと無く露悪的に言えば……キープとセフレだ。

冷静に見て俺は地獄みてぇなくそ野郎だ。まぁ俺自身が山上先生のキープであるからまぁいいのか、良くないな?

 

先月純に駄場さんのことを話した時は、

「あまり気にしてないっす。それともアタシはもういらないすか?」

って言われて、そんなわけはない。お前と一緒にいたいし、でも見限られて当然なことをしてると思う。って言えば、

「嬉しい……」って涙声で言われた。電話だったから心配したけど、この前玉さんに会いに行く時に様子を見たら何事もないように接してきた。少なくとも表面上は。

 

俺は気持ちを察するのが苦手らしいから、不満があったら言えよ。と言ったら、これからは夜にお休みの挨拶をしてほしいといわれたので、最近は寝る前にチャットを送っている。こんなのでいいのかと少し思うが、どんどんエスカレートしてもらえばいい。昔は面倒に感じることも多かったあいつのわがままを欲しくなる程度には俺は単純なやつだ。

 

駄場さんは、現在再就職のため頑張っている。例の俺の置き土産で退職金は増えたそうだ。

今後の後任の人と顔合わせだけはしたが、今後の回収はぶっちゃけ郵送でいいそうだ。マジであの人俺に会いに来てたんだな。

 

再就職は、家政婦とか募集してませんか!? って俺のところに来たけど。得意料理が【出汁入りスクランブルエッグ】って言ったのでお祈りしました。もうちょっと頑張ってもらって。また泣いてたけれど、1年頑張ってダメなら結婚歴つけてもいいからさ。と言えばへにゃって笑って転職サイト開いてたし様子見だ。

 

まぁ、うん。卒業までは二人とも俺に多くを求めてこない様子だ。

 

卒業と言えば、山上先生とこの前少し話をした。自分ことのように俺の体の成長と、あと女性関連を喜んでくれて。なんか嬉しかった。俺の努力は無駄じゃないし、見てくれている人はいるんだって、なんか返ってきたものを感じられたというか。

それはそれとして、まだ告白って有効ですよね?って聞いたら、当然だと言ってくれた。

どうやら、俺はゲロ以下のクソ野郎のようだ。

 

純粋に好いてくれる人もいて、自由にして良いとまでいう人もいるのに。まだ俺は満足しないのだという心持ちがある。だから、考えるべきことはあるけれども、一回俺は自分がどういう存在なのかを見つめなおす必要があるだろう。

 

椅子から立ち上がりお手洗いを借りることにする。少し静かな所で考えたいから2階の祐の部屋の向かいにあるやつを。個室で腰掛けて目を瞑ってゆっくりと自分の中を覗くように集中していくと

 

「うぬぼれたくそ野郎が」

 

ああ、いつもの声が頭に響く。その通りだと肯定してやれば、どこか皮肉気な声音の【一切ない声】が返ってくる。

 

俺は思考を言語で行うタイプだ。一度文字で考える形で思考や記憶をする。言語化した思考にイメージを結び付ければ、イメージで思い返すこともできるという対応だ。それはまぁどうでもいいけれど。

だからこそ、この頭の声というのは、とても自分に都合がよかった。

 

俺には前世がある。それは確かなものだ。でも記憶はない。何も覚えていない。自分の名前も知らないし顔も思い浮かばない。恐らく男性だった程度か。でもこの社会に近い日本という国で手に入るような変な情報をたくさん持っていた。だからとても歪だった。変に大人で変に子供だった。

 

新しい人生は二度目の人生でもあったけれどもまず親に捨てられたのだから。その時に思ったんだ。俺にはきっと悪い原因があるんだって。それがこの声なんだって。

それは俺の人と関わるのが、特に女性と関わるのが怖いという、きっと捻くれてスレていた名残みたいな記憶で。そこに全部自分の嫌なところを【持っていってもらった】

 

この前世の声は、俺が自分に向けて言っている内罰的な自己防衛だけれど、それを前世に言わせることで。

俺は辛うじて綺麗な自分と厄介な前世という。2つの人格を使い分けて生きてきた。

脳内会議とかと同じだ。人にとってまだ見せられる程度に仮面をかぶっている俺と。そんな俺が少しでも利己的な行動をしたときに浅ましいと詰る、悪い俺だ。

 

誰かと繋がりたい肯定されたい俺を、批判してもらうことで。反発と納得で辛うじての自己肯定感だけを持てていた。そんな否定と批判をしてくるのを可能な限り自分と遠くに置く。

こうすれば効率的にブレーキを踏めた。

 

期待をして裏切られて傷つくことに耐えられるほど、幼かった俺の心は強くなかった。人にそのまま好かれるような人間でもなかった。だからこそ、俺に良くしてくれた祐や華その家族、そしてギリギリ駄場さん迄は、俺の【悪い声】はあまり反応しない。

 

俺は俺が惨めであって同情されるべきだって、憐憫を最大の自己肯定にして、なんとか生きてきたんだ。

だからこそ前世さんはとてもよく俺を盛り立ててくれる聴衆にして語り手だった。

 

 

だけどもうさ、卒業しようよ? 俺も辛いだけだろ。俺がそう言ったら、やっぱり声をかけてきてくれる確かな人格だ。

 

「散々かわいそうな僕をやって、女が出来たらポイとはくそ野郎極まれりだな」

 

その通りだ、でもくそ野郎でいいんだよ。別にさ。

 

「開き直ってんじゃねーよ、そうしたらもう、お前には何もないんだぞ」

 

その声はまだ俺の心に刺さる。前世さんがいるから俺は自分を守れ慰められたし、うまくいかない言い訳にできた、無意識下でこいつが足を引っ張ってもいるから、俺はモテないんだって。そう思って見ないようにしている俺もきっとどこかにいた。

 

俺の後ろには前世さんの罵倒っていう、常に半歩は下がれる舞台裏があって、きつい時はそこで休めた。

でも、それを俺はもうやめたいんだ。

 

「殉教者気取りか、きめぇんだよ」

 

ほら、また俺の行動を揶揄して、だから反発するように自己弁護が生まれる。改心しただけだって具合にね。俺を馬鹿にする俺がいるから、俺は俺の価値を保とうと動ける。

恋愛の代償行為であった祐のハーレムを作るというのは、否定しないけど。一番の目的はやっぱりきっと、祐が幸せになる事だったんだって、今日改めて思った。

 

「もう、俺を理由に出来ないんだ、お前の責任はお前で持つことになる」

 

わかってるよ、今までありがとう、さっさと消えろ。17年の人生経験はあるんだよもう俺には。

 

「ああ、それなら消えてやるよ、清々する」

 

前世さんが悪態をついて消えることに悲しさがある。ただ彼は、俺が女性に近づいて、わずかでも距離を離されれば、もう二度と立ちあがれないことをわかっていたのに。純や駄場さんに不条理に捨てられてしまえばもう無理だって。

 

だからとは言っているけど、結局は俺なのに。無意識になるまで一人二役をやっていた、哀れな気持ち悪い男。

 

ほらまた、そういうレッテルを自分に貼ることもやめる。

 

ただのきもい男だ。哀れじゃない。今日からはそう。

そんなきもい男だから捨てられて当然なんて、甘えた考えは捨てろ。

断られたらもう、俺がモテない奴だっただけだ。魅力が足りなかっただけだ。

捨て子だからとかキモいからだとか、横にイケメンがいるからとか。そんな言い訳をすら言えなくなる。

 

そして、そんなもう言い訳が出来なくなってでも、俺は【まだ】俺の傍にいてほしい人がいるから。

 

前世さんの存在意義として、俺が既にこんなに恵まれているのに。まだ他の人に手を伸ばそうとするなら。消えてしまうのはわかる。

自分に自信がなきゃ、さらに欲しいなんて思えるわけ無いだろう? でも彼がいたら自分のプライドを低くして、落下ダメージを抑えようとするだろうから。

 

もういいんだよ、俺は俺たちはさぁ

 

前世さんに、いや俺自身に俺は言う。

 

もうさ、俺も普通の人間になろうよ

 

言葉は返ってこない、帰ってきたら自己陶酔をしている証拠だから、これは一つの儀式だ。さっきお別れをしたんだから。

 

頑張って取り繕って演じて慰めて。そんな誰でもやってることだけど、俺はそれに大きくリソースを割き過ぎてた。だって俺は引けなかったから、こんな俺を認めてくれた祐の為にも。でもそうだろ

 

「ああ、わかってるよ、俺の為じゃないんだろ」

 

また声がしてしまったけど、これは俺の想定通りだ。

 

だってもう俺は前世さんを言い訳に自分を卑下してでも心を守る必要がない。

 

なにせもう俺の心が壊れようと、祐を支える人はいるんだ。

祐からしたら、小学校で初めて会っただけの親友。でしかないかもしれないけれど。

あいつは俺にとって生きる目標だった。俺なんかと違って綺麗で、純粋でまぶしくて。こいつを守ってやりたいとそう思えたから。

 

モテモテになってやるなんてカラ元気で、親にも施設にも職員にも捨てられて、いっぱいいっぱいだった俺は、あいつに救われたんだ。普通の男の子が、どういう反応をするのかとかも学べたし、誰かと遊ぶのが楽しいってことも、あいつのおかげで知れた。友達(華)もできた。

 

 

俺が自分を惨めに思ってでも生きていたかったのは、自分が弱いからで。そうまでしたのは祐の傍にいてやりたいから。

 

でも、もう祐には周りに沢山人がいて。遂に奥さんも出来た。

 

ならば、俺は……もう、思ったよりもずっと長く頼ってしまった。前世さんというゆりかごを捨てる。

 

まぁ色々いったけど、単純だ。

俺はクソで最低な男だからな、ああそうだ。

 

トイレから出て階段の上から、吹き抜けの階下を見る。撮影をしているのか並んでいる祐のハーレム達の少し横に立っているあの人。

 

黒のドレスに白いボレロとで大人な雰囲気で、虎先輩の横でぼーっと華を眺めている彼女へと、俺は歩を進めるのだった。

 

 

だって、マキさんにも、俺の側にいて欲しいって、そして祐みたいに【俺が】彼女を幸せにしたいって思っちゃったから。

 

 




お気に入り7000と評価400人突破ありがとうございます。
わかりやすく賛否両論であり、読んでいただけるだけで本当に光栄です。
残り数話とおまけまでお付き合いください。


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依存と憧憬と諦観

25万UA ありがとうございます!
マキ先輩編です。


正直十三の女性の好みはわかりやすいが面倒くさい。

こう、下品な言い方になるが、彼は性的興奮を覚えるタイプの女性と、一緒にいて好ましいって思う女性は結構ずれている。

この手の話題はわりと男同士でならオープンに話したがる彼は何度も言ってきてるから知っているけど、どっちかと言えば態度を見ると女性嫌いの男の典型的なそれだし。

 

性的興奮の方は、もうわかりやすいぐらいセックスアピールがでかい人なので割愛する。

まぁそれでも山上先生が出てくるまで、みたいな人っていう感じだったけど、高校であの先生に出会ってイメージが固まって「あの先生みたいな人」ってなったのは、なんか生々しいよね。

 

んで、じゃあ逆に好ましい女性はとなると、勤勉で自信がない人だ。

 

これは僕の長年の観察によるものだ。人としての好みはもうちょっと緩いけど、あいつが異性にもし恋人にするならと求めるのは、恐らくは支えてあげたいと必要とされたいなのだ。

誰しも大なり小なりあると思うし、そこに所作だったり、極端なことでいえば食べ物の食べ方だったり、ポイ捨てをしないマナーとかだったり、色々好悪分かれるところや気にしないところはあるけど。

 

彼が一番強く見ているのはそこなんだ。

そういう意味では空回っているけど、色々距離を詰めようと努力してた竹之下さんと、どう見ても依存べったりの駄場さんはかなり琴線に触れていたんだろう。

 

そして、だからこそ僕がずっと十三にぴったりだと思っていたのは鳥槇先輩だ。

 

彼女はどちらかというと……なんというか、あざといのだ。見た目はクールで美人系ですらっとしていて、亜紗美さんと並ぶと、モデル友達みたいな雰囲気があるのに。

その亜紗美さんが格好良いことをしたりすると、顔が蕩けてへにゃって笑うのである。表情が豊かだからなのか、よく見ると顔のパーツが釣り目だけど泣きぼくろもあって、なんかギャップが可愛らしい。絶対十三の前では言えないけどね。

亜紗美さんにそう言えばあげないわよ。って言われた。僕を彼女になのか、彼女に僕をなのかはその後ゆっくり聞き出したけど。

 

まぁそれはいいんだ。ともかく鳥槇先輩は、亜紗美さんのことをすごい好きだし、敬愛? 溺愛? 偏執? しているけど。あくまで友情と憧れで。将来を誓いあったりとかそういう方向の人ではないのだ。好きな男の子の仕草とかもお泊りパジャマパーティーで話したこともあるんだって。

 

話は戻して十三に彼女を勧めるのは、彼があからさまに彼女に対して甘いからだ。

あいつが当日に電話の約束で買い物に行って、食べ物を奢ったって聞いた時は、びっくりして箸を落としてしまった。嘘だろ、あの十三が? って。そして名前も呼ばせてるし、何より亜紗美さんと容姿を比較されている彼女を見て不快感を顔に出してるというのは、僕としては信じられない。

君そんなに他人に興味あったっけて思うほどに。

 

まぁそして、彼女の方も、割とまんざらではない様子で。それなら亜紗美さんと協力して、裏で手を回せばきっとすぐにでも……

 

なんて思ってた時期が僕らにはあったんだよね。

まさかあんなにジレジレと進まないなんて思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園の成長の記録みたいな小さな絵本。1年に1冊貰ったそれには、その年にやったことや身長に体重みたいなものが書いてあって。きっと、親御さんへのプレゼントという意味が大きい冊子。3歳の自分なんて自意識すらあったかわからないじゃない? でも私はしっかり覚えてることがあるの。

 

大きくなったら何になりたい? そんな1ページ。男の子はお父さんとかヒーローの名前であればましな方で、飛行機や電車の無機物も多いし、女の子も動物とかが多いみたいだった。

 

でも私はずっと同じ。3冊ともお姫さまって書いてある。

 

 

小さいころに見たアニメの影響なのよ。キラキラなドレスとみんなから愛される美しさ。他の子と違ったのは、王子様が迎えに来ることは好きじゃなくて、ただずっとお姫様を見ていたかった。そんなことくらい。

 

私は、ずっとお姫様になりたかった。お洋服もお姫様の絵がプリントしているのじゃなくて、イメージが近いものや、つけてたみたいのを欲しがった。なりきりのパジャマとかは喜んで買ってもらってダメになるまで着ていたわ。

 

大きくなったら、漠然とお姫様になるんだって、そう思えていたのは幼稚園の間だけだった。芋ほりも遠足もお遊戯会も何をしていたか覚えてないけど、お姫様になりたいと毎日思っていたことだけは覚えているのよ。筋金入りじゃない?

 

でもそれが大きく変わったのは、小学校に入った日。五十音順でひとつ前の席に座った女の子。とりまきの一つ前、とらさわあさみちゃん。

あの子のことを認めた日から、私は全てが変わってしまった。

 

今でこそ、女王様みたいなんて冗談で揶揄される亜紗美も、昔は本当に可愛らしくて────勿論今でも可愛いのだけどね?────整った目鼻立ちに長い睫毛、爪と指の形まで綺麗で。鈴のような声に、絹のような髪。陳腐な表現だけれども本当に私は、お姫様が絵本から出てきて学校に通ってるって、そう思ってしまったの。

 

私の曖昧だったお姫様像はこの日から亜紗美になった。

どういう風に話しかけて仲良くなったかなんて、全く覚えていない。でも気が付いたらずっと一緒にいた。

マキがずっと後ろから着いてきたのよ。なんて亜紗美は言うけど、そうかもしれないと思うほどに、気が付いたら亜紗美にべったりだった。

 

初めて彼女のおうちに遊びに行った時は、大きな庭と家に本当にお城に住んでるんだと感動したし、ピアノもバイオリンもできるというので聞かせてもらってさらに本物だと思った。

一緒にいて、ずっとお話するのが楽しくて仕方なくて。気が付けば亜紗美の事を見つめ続けている私が出来上がったの。後悔はこれっぽっちもないわ。

 

亜紗美は本当にすごかった。クラスにいた男の子もどう見ても亜紗美を気になってる様子だったし、上級生はかわいい新入生が入ってきた。お人形さんみたいと。囃し立てているのがまるで自分のことのように誇らしかった。

クラスの人気者で、いつだってみんなに囲まれている亜紗美を見て、そうだろうと、私の親友で理想のお姫様は、こんなに輝いているでしょって、得意げな気持ちになった。

やっかみもあったけど、亜紗美が何でもできるのを目にしてだんだんと鳴りを潜めていったのよ。

 

だから、憧れて、亜紗美みたいに成りたかった。亜紗美が料理をしたと聞けば、家のお手伝いで料理を始めて、手芸を始めたといえば同じ雑誌を買って私も初めて。

そんな、何でも亜紗美と同じことをする少女だった。お母さんもお父さんも苦笑はしてたけど、止めなかったのはきっと、私がすぐに飽きて投げたりだけはしなかったから。

 

私は亜紗美みたいに少しやればなんでもできるようになれないから。亜紗美が1冊終える時間で半分もできなかった。だからこそ、しっかり最後までテキスト通りやって、それでも不格好なものばかり。

勉強もいつも挙手して正解を答えて、時には空気を読んで皆の誤答を待ってから先生に指名されて正解を答えるなんてしてたの。ノートを作るので精一杯の私にはキラキラとして見えた。

 

ああ、また暗くなってしまったわ。いいの、そんなことは。ただただ、昔からずっと亜紗美のマネっ子だったわけ。

 

たまに喧嘩することもあったけれど、私にとっての亜紗美は本当に目標であり、憧れであり、全てだった。

中学になれば、亜紗美はさらに注目の的になった。会社のパーティーなんかにも前よりも出るようになって、ドレスなんかも持つようになってた。背もすらっと伸びて、かわいいからどんどん美しくなっていって。

それもまた、自分のことのように誇らしくて。

2人で繁華街で遊んでいる時に、スカウトされた亜紗美を見て、自分の見る目を誇ったりもした。

 

もちろんそんな完璧超人な亜紗美についていくのは大変だったけど、勉強も今高校で同じクラスに入れる程度には食らいついたし、私が出来る範囲でお稽古事も可能な限り手を出して。その全てで亜紗美より下の成績を出したけど。

本当に何でもできるセンスの良さと、自分の不甲斐なさに気がついてその時に少しだけあれって思ったのを覚えてる。

 

ある日、亜紗美とお弁当を交換する事になったの。きっかけはわからない、見たドラマの影響だったかもしれないわ。私は気合を入れて、お母さんに協力もしてもらって、普通のどこにでもある、今見れば面白みのないお弁当を作って。

亜紗美は色鮮やかな季節の野菜や飾りまで入った和食のお重。まぁなんというか全然違って。けろっと先週から和食の勉強を始めたのって言っててね。

 

ああ、そうだって思った。それはお姫様に和食は似合わないんじゃっていうよくわからない考えだった。いや、そんな事はない、亜紗美だものって否定しようとして。

 

そしてその瞬間、私は亜紗美が好きな理由の根幹を思い出せた。

そう、最初はお姫様みたいになりたくて、そして見つけた理想のお姫様であった、亜紗美のようになりたくなった。

私の夢はそう、亜紗美みたいになることというわけなの。でもそれって、今のままでも永遠に追いつけないのに、どうすればいいんだろうって。

 

ふと、思ってしまったわけよ。

 

私が去年の亜紗美が出来た作品をやっと作れるようになって、その間に亜紗美は片手間で別のことを始めてて。

私の夢は私には叶えられないんじゃないかなって。そう思うのと同時に。

 

亜紗美なら、どんどんきれいに、美しくて、かわいい。そんな理想のお姫様になれるって。

そう思うようになった。

 

「これだけ可愛い子と並んでも、なお際立つあなたならきっと高みを目指せる」

 

何度かあったスカウトの時に亜紗美が言われていた言葉だ。そう、私は自分がそれなりに見れたものだとは思う。お姫様に憧れられるほどには、夢を見れる程度には恵まれているけれども。

隣に本物がいるから、私にその夢はきっと成就できない。私の夢のゴールがあるとして、きっとその場所は、亜紗美がそこをチェックポイントにして、全然違う方向に進んでいくでしょうね。

 

辛いけど、それでいいじゃないの。

 

高校生になって、亜紗美はすぐにまた学校の中心人物になった。私も何とか特進クラスでは真ん中ぐらいの成績で、亜紗美とクラスメイトになれたけど。亜紗美は学年1位で、生徒会からも誘いが来て。先輩の男子生徒から遊びに誘われたのを袖にして、でも女子からも嫌われることなく友達を増やして。そんな皆に愛される様に磨きがかかっていた。

 

 

 

そんな、大好きな亜紗美がある日壊れた。

高校2年生のことだった。

 

 

 

「新入生に面白い子がいたの」

 

亜紗美がそう言って誰かが隠し撮りしてきた写真を見せてきた。正直引いたけど写っていたのは祐さまだった。そう、亜紗美は後輩にお熱になってしまった。今まで年上の男性からのアプローチを袖にしたことはあったけど、そういえば、年下からは恐れ多いからかそういうのなかったし。なんて思ったけど、そういう次元じゃない入れ込みようだった。

 

最初は亜紗美の実家の会社のライバルだから、そんな理由で気になりだしていたというのに、ちょっかいを掛けに行っていたのに。気がつけば口を開けば祐さまの話題になる。彼がどんな娘が好きで、どんな髪型と服装を気にいるのか。そんな事を書きなぐったルーズリーフ一枚を大切に手帳にしまっている。スカウトマンの名刺を即ポイした亜紗美がだ。

 

あっという間に亜紗美はお姫様から、恋するお姫様になってしまった。私が好きじゃない王子様の活躍の時間になるところまで、同じにならなくてもいいのに。そう少しは思って、気分は落ち込んだ。なにより、もう私が彼女の一番じゃないって思うとイライラしたのよ。

 

だから、亜紗美に何がそんなに良いのって言聞けば、これは理屈じゃなくて、もう好きで仕方ないの。って帰ってきた。ああ、本当にどうして?

 

そして、亜紗美につられて見てみれば、確かに祐さまはとても魅力的な方で、勉強が苦手なようだけれど、社交的で運動が得意な後輩。そして容姿と優しさは紛うことなき王子様で、並んで見れば亜紗美ととてもお似合いだったのよ。悔しいけど仕方ないって思えるほどに。

 

 

だから横の醜悪な男を見たときに、私は気持ち悪さと生理的な拒絶感を覚えた。

 

出部谷、なんて醜い男。不潔で不快で、だらしない外見と、ただれた皮膚。人の顔を伺うようにギョロギョロと周囲を見渡して。腰巾着のように祐さまにべったり。そばにいれば甘い汁が吸えるのだろう、男性でもこうも違うのかと残酷な差に憐憫の情が沸かなければ視界にも入れたくないほどよ。

 

そんな男が、さっと亜紗美に取り入って祐さまの情報を切り渡すようにしているのは、我慢ができないほどに拒否感があった。

浅ましい。そんなことで亜紗美に近づこうとするなんて。汚い、嫌い。そして露骨で、下手な演技と亜紗美もこき下ろしていた。

 

なによりこの醜悪な醜男は私から亜紗美を取ろうとしている。亜紗美が好きな祐さまは悪いわけがない、王子様だもの。だからすべてこいつが悪い。

 

時折、亜紗美は祐さまの教室に行くので、その時に私も当然ついていく。亜紗美がその美しい体を惜しげもなく使って、祐様にちょっかいを出すのを横で見ているだけ。主に仕事としては時間を忘れかけるので、折りを見てそろそろ帰りましょうと提案するのよ。

 

私が邪魔にならない位置に立っていたつもりだけど、後ろから誰かにぶつかられる。随分体格が良いのか、ヨロケてしまいたたらを踏む。

 

「フ、フヒィす、す、すみません」

 

「ふん、気をつけなさい」

 

軽く後ろを振り向けば、例の気持ち悪い男だ。本当は口も聞きたくないけれど、謝られたなら言葉を返すのが最低限の礼儀だ。睨みつけながらそう言ってやって、壁の時計を見ればもう良い時間だ。

 

 

「亜紗美、次移動教室よ」

 

「ん、そうね、それじゃあね、祐くんまた来るわ? 華さんも豚大根君もね」

 

「は、はい!」「それじゃあ」「フ、フヒィ!!」

 

 

祐さまと、幼馴染の風間さんはともかく、その横で気持ち悪い。いや、気色悪い声でそう言ってくる男を不快感を隠さずに目をそらして、亜紗美を伴って、教室に戻る。

 

「ね、マキ。それやめて? 」

 

「え? な、何を?」

 

帰り道遅刻しない程度の速度で戻る最中、亜紗美は歩く速度を変えずに、まっすぐ前を見ながら私にそう言う。

 

「彼に対する態度で、祐君は足切りしてるのよ。今回はまぁぶつかってきたから仕方ないかもだけど、何もないとこでしたら迷惑なの」

 

「え……?」

 

「……今度から一人で来ようかしら?」

 

やめて、すてないで、ごめんね、亜紗美。私が悪かったわ。だからそんな事言わないで。謝るから、直すから。そんな気持ちで亜紗美を見て、なんとか釈明の言葉を口にしようとするけど、動かない。恐怖と悲しさで凍ってしまったように動かない。

 

 

「冗談よ……でも、毎回ついてくるのは得策じゃないかもね」

 

 

その後は罰としてなのか、時々祐さまの所に行く時に一緒に連れていってもらえなくなった。その代わり、私がいない間の教室の空気調べておいてと言われて。

私のクラスにも男子はいるけど、興味も惹かれないし、他の教室の女子も結構祐様の話題をしている。クラスメイトにいないなら学年が違えと同じような距離ね。

 

私は、人の顔色を見ることは得意になってたから。こういう情報を集めるのは得意だった。極稀に亜紗美の悪口が聞こえた時は、自分を抑えるのが大変だったけど。

 

 

とにかく、あの疫病神の気持ち悪い男のせいで、亜紗美と過ごす時間が少し減った。憎しみとそれを隠すための無関心を表情に貼り付けて、じっと耐える日々に。

変化が起きたのは学年が更に上がって、少し経ったときだった。裕様の情報交換のために、亜紗美の身代わりとして連絡先を交換する羽目になったから。

 




つまりはこういうキャラ造形でそういう話です。
ネタみたいな名字でしたが、ぶっちゃけこの席順ためでした(嘘です偶然です)


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依存と憧憬と諦観-2

「私たちは本当に恵まれているわね」

 

亜紗美さんと何時か僕が話したときに言われた言葉だ。

 

「いつだって付いてきてくれるって、とても嬉しいし安心するじゃない?」

 

鳥槇先輩は勉強はそこまで得意ではなかったけど、必死でくらいついて志望校を合わせた上に、同じクラスに滑り込んだらしい。努力だけで自分に追いすがってきて、やっかみを言ってくる人にも、まずは自分を顧みたら? とまっすぐに声をかけるそうだ。

 

「本当はマキの方が私なんかよりずっと眩しいわよ、マキがいるから私も頑張らないとって、ずっと思っているのよ」

 

自分をずっと見てくれる、まっすぐに曲がることなくついてくる人。それに恥じることなく向き合うのは大変なのかもしれないけど、やりがいもあるのだろう。

 

ただ、一つ。僕が思うに、僕は追う側だったことだ。亜紗美さんにそういうと、彼女は目を丸くしたので、してやったりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はずっと亜紗美に色目を使う存在、つまり男っていうのが嫌いだった。そもそも女性より数が少ないだけで、大した努力もしていないのに持て囃されて、特権があって、子供ながらにずるいって思ったの。

生きていくのに困っても、その辺の女性にいい顔をすれば食うに困らないという、ニュースかワイドショーの批判を見て、その通りだと理不尽な社会に義憤を持っていたわけよ。

だからこそ、大分あとになって十三の生い立ちを知った時にショックを受けたけど、この時は只々彼には本当に嫌悪感。いや、憎しみに近い感情しかなかった。

 

 

 

 

あの男と連絡先を交換してすぐに亜紗美の家でのパーティーがあった。事前に端の方の席に座って、タイミングを指示するから、その時に祐さまを連れ出してもらう事。その程度だけの業務連絡を交わした。時間もあまりなかったからシンプルな方法で、本当に最低限。

なにせ私の興味はそんな気持ち悪い男よりも、亜紗美の方にあった、

 

「ねぇ、本気なの?」

 

「当然じゃない。私は欲しいものは手に入れる主義でしょ?」

 

言葉はそのまま、でも声の調子に少しだけ、いつもよりも自信がない亜紗美。大きなホールでのピアノのコンクールの前ももっと堂々としていたのに。

それはきっと、自分が納得いくまで練習をできたという自信があったからよね。彼女に家には大きくて立派なピアノがあるから、私の家には電子ピアノしかないけど。

そんな練習不足で、今日の亜紗美はうまくいく自信、いや確信がないからかなぁって。

 

「ねぇ」

 

「何? マキ……って!? も、もう! どうしたのよ」

 

だから、私は亜紗美に抱き着いた。ただ抱きしめてあげるしか出来なかったし。それが亜紗美になにか力になるかもわからなかったけど。私がそうしたかったから。

亜紗美からは何時もいい匂いがする。ずっと一緒に居たから、年を追うごとに女性の化粧品の匂いになって行ってるけど、素の匂いは大好きな亜紗美のままだ。

 

「ふふっ、くすぐったいわ、マキ」

 

「頑張ってね、亜紗美」

 

「ありがとう、マキ」

 

全校生徒の前でスピーチをする時でもなんかまったく緊張しない亜紗美が、少しだけ震えた手を私の肩に回してくる。ほんの少しだけそうしていたけど、どちらからでもなく可笑しくて笑ってしまう。今生の別れでもないのに。

 

「ふふっ、それじゃあ一世一代の大勝負に行ってくるわ」

 

「ええ、頑張って、亜紗美……きっと大丈夫よ」

 

そうして始まったパーティーで。私は亜紗美のアイコンタクトを受けてから、あの男の席の後ろを軽く小突いた。

呆けたような顔を一瞬したかと思えば、周囲を見て直ぐに気づいたようだ。正直に言えばこの男に見られるだけで背筋が少し寒くなる。特になにかをされたわけではないけれど。生理的嫌悪感がある。今椅子を小突いた手を洗いたいとすら思える。

 

ずっと後にそれを十三に言えば、多分亜紗美をとられる不満のヘイトを全部ちょうどよい場所にいた奴に向けてたって言われて。多分その通りだと思った。

 

だって、少ししたらその男だけ戻ってきて。彼が満足げな笑顔で席に着いたのを見てしまえば。ああ、成功したんだって、直感で分かったから。

 

「やぁ、君もケーキを食べるかい?」

 

「は、はひぃ……み、見ての通り好物です、ふ、ふひぃ!」

 

のんきにケーキを食べ始めようとする、その男の馬鹿っぽい言動を見て。ああ、亜紗美がどこか遠くに行っちゃったんだなって悲しくなって、泣きたくもないのに鼻の奥がツーンとして、ぽろぽろと涙が垂れてしまった。

 

「え、えっと、そんなにた、食べたかったんですか? ショ、ショートケーキ」

 

目の前で頓珍漢なことを言うこいつに、苛立たしくなって、

 

「違うわよッ! 馬鹿じゃないの!?」 

 

と大声で否定して。なんかしんみりとした気持ちも吹き飛んでしまった。

でも、そいつの取ろうとしていた、ショートケーキは私がもらったけどね。苺の酸っぱさがいつもよりも少し強く感じて。

 

そんな、私の親友が少しだけ私から距離をとった、苦い思い出の日は終わったのよ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまでは、毎日のように亜紗美とテキスティングをしていたけど、亜紗美に祐さまという彼氏が出来てからは、流石に遠慮してガクっと減ってしまって。亜紗美は気にしてないって言うけど、こっちが気を使うのよね。夜の電話中とかだったら気まずいじゃない。

 

だから、その時間を勉強にあてたりしていたけれど、正直不満は積もるばかりだったわ。だって寂しいじゃない。私にとって一番の親友で生き様でもあるのよ。

そんなささくれ立った気持ちを、間接的な原因でもあるあの男にぶつけることにした。

 

この頃の彼への私の感情は自分で言うのも難しいけど、複雑だった。顔も見たくないほどに嫌っているというよりかは、アンタも私みたいに苦しんでしまえ。そんな気持ちが近いのかしら? 少し時間を置いて冷静になれたのと。

正直この亜紗美がいなくなった……わけじゃないけど離れた心の苛立ちをぶつけて受け止めてくれる人なんて、両親を含めて誰もいなかったから。

 

履歴をさかのぼってみた時があるけど。

このテキストの最初が喧嘩腰に《亜紗美が祐さまと付き合うことになったのは、あんたのせいでしょ!》から始まってるのは、いくらなんでも大人げないでしょう、私ったら。

でも《その節はご助力賜り誠にありがとうございました》なんて返すんですもの。

ちょっと笑っちゃったの。悔しいけど。

 

《もし明日の朝、亜紗美の肩に祐さまの金髪が付いてるのを見かけたらどうすればいいのよ》と返してみれば

《こっちは黒い長い髪なので見分けやすいですし、そも毎日のように多分家族ですが誰かの髪の毛が付いてます。聞けねぇっす》なんて。

 

あんたも苦労してるのねなんて思いつつ、愚痴や不満に近い亜紗美への思いを投げれば、いちいち少しひねった答えが返ってくるのがおかしくて。

学校では殆ど会うこともないし口も利かないのだけど、チャットはするような、不思議な関係になった。

 

しばらくして芽生えたのは、どちらかというと同情に近い感覚。傷のなめ合いとまでは言わないけど。どこか、あんたもつらいでしょう? っていう上から目線みたいなものはあったはずなのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

少しおかしいなって思ったのは、亜紗美がどこか物憂げな表情をしていた時だった。どうしたのよって尋ねてみれば、なんでもないってはぐらかされて、あまりにもらしくない様子に強く聞いてみれば。

「当然のことを当然だって思っていたつもりだっただけよ」

って言って。これは偶にある聞いてほしいアピールだとそう感じたから。放課後になったら直ぐに手を引っ張って駅前の喫茶店まで連れて行った。

何か悩みがあるとき、相談の仕方が下手なのが、亜紗美の数少ないダメなところだ。

 

そこで聞いたのは、とても単純な、この世の摂理で。祐さまの恋人がどんどん増えていたということ。しかも一気に増えたんだっていうから驚きだ。そして風間さんを可愛がるのは実は好きだというちょっとびっくりな事だ。

後者は置いておいて、確かに贔屓目に見なくとも祐さまは女性人気が高い、私の学年でもそういう雰囲気だ。むしろ学校中の女子から好意的に見られていて、今まで恋人がいなかったのが不思議なくらい。

 

「まぁ仕方ないわよね……でもねなんかこう、少し凹むわ」

 

ちょっと儚げに笑っていた亜紗美。まぁ【完璧超人の亜紗美】では学校の彼女ではこれは誰にも話せないだろう。そんな彼女に話してもらえる喜びと、彼女ですら幸せになれない社会への不満とで、少し気分は落ち込んだけれど。

 

「何言ってるのよ亜紗美は美人なんだから、これからもっと愛されればいいじゃないの」

 

そんな月並みなことしか言えない私。だって本気でそうとしか思えないから、だから慰めが出てこないのが心苦しくて力になれなくて悲しい。でも亜紗美は少し笑って。「そうねー」とだけ言う。「ここは私がおごるわよ! しょうが無いわね!」と付け出せば、何時もみたいににんまり笑う。

ああ、そうそう、これくらいじゃないと、亜紗美は。今月のお小遣い足りるかしら?

そう思いながらも、もっと寂しくなるのは悲しいなって思ったある日だった。

 

でも、それをあの男に愚痴れば

《まぁ祐の周りも女性増えてきて、俺も忙しいっすね》

っとけろっと返ってきて。私はまず違和感を覚えた《寂しくないの?》って聞いてしまえば帰ってきたのは《嬉しいっすむしろ》なんて言葉で。

 

こいつは、本気で友人のために動いているんだって、なんかおかしかった。

あんな気持ち悪くて、友達が少ないやつなのに。その友達が離れていくのを歓迎してるの? 信じられない。

《俺が何をしなくても女が集まってくるから、調整したり誘導が大変》

って。そう。あいつはむしろ、祐さまに女の子を充てがおうと、自分から遠ざけるのも厭わない奴だった。

 

そう思ってしまえば自分が急に小さく見えた。私は亜紗美が祐さまと上手くいかなくて、戻ってきて泣きつかれる夢すら見たのに。そしてその夢は嬉しいと思えるもので、少なくとも悪夢だったなんて認識はないのに。

 

この男は、親友が周りとうまくいくように協力してるのだ。

《モテないんだし、自分のことに時間使いなさいよ》って思わずやっかみで言ってやれば。

《モテないから、応援するんだよ。俺よりずっといい人生が送れるなら、行けるとこまで行ってほしいだろ》

 

って。ずっと、ずっとずうっと、大人な意見だった。やってることは最低だけど、考えていることは立派だった。なんか悔しくて直ぐには返事ができなかった。

 

「なんで? なんで? あんな奴の方が! 友達のことっ!」

 

 

そう悪態をついてみれば、ふと。

 

あれ? あいつの名前なんだっけって今更ながらに思った。チャットで表示される名前は【Boo】っていうニックネームだから、あまり知らなかった。だから確か……豚とかデブが名前に入ってたはず、亜紗美がぶたくんって言ってたし。

《あなたの名字を呼びたくないんだけど、名前を教えてくださる?》

って言ってみれば、

 

《十三》

 

その名前が返ってきた。名前を覚えられていないことも全く気にしてないいし、反応もなくただひとこと。

耳馴染みが無い言葉のつながりと響き、それは男の子の名前というものを、誰かに呼びかけるということが今までになかったから。不思議な感覚で面白くて。じゅうぞうって口で小さく転がして。今度会ったら、少しだけ謝ろうって。

珍しくそう思った。なにせ十三は私が亜紗美の話をいくらしても嫌な反応をしないのだから。なんだ、友達思いでいい奴じゃない。

そうころっと騙されたのだ。私は。

 

話を聞いてくれる親友思いで、献身的な男の子。

 

この日からそんな幻想を、私は彼に持ってしまっていた。本当はもっと俗っぽい面倒なやつだったのよ! 騙されてた私は 本当に馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥槇先輩となんか時々会って話すようになったのは夏ごろだった。まだマキさん何て名前で呼ぶような関係では無くて、普通に先輩と後輩。というか、小間使いと女主人。みたいな感じだ。

受験勉強で荒んだ先輩のケアをする代わりにお茶を奢ってもらう。まぁやりくりに苦労して居るのに気づいたから、ケーキは数回に一回に我慢している。結局はあまり使えなかったが、3年の情報が広範にわたって手に入るのもありがたかった。

あの娘も祐を狙ってたとか、もう諦めてるとか、まだ諦めてなくてやばい手段を考えてるとか。でも横にいるアンタを嫌ってたわよとか、華に嫌がらせを考えてたわよとか。

 

まぁ華はあれで強いからそんなに心配してない、長年祐の横にいてあたふたしてたからな。握力も一番強いし。まぁそれはそれとして10倍返しはする準備だけはしてたけど。

 

「亜紗美の夏服は色々似合うのがあるけど、やっぱり白いワンピースが一番だと思うのよ」

 

「そうですね、麦わら帽子が似合うタイプかと言われると少しずれる気はしますが、日傘は合いますね、確実に」

 

「は? 麦わらも似合うでしょ」

 

「いや、ポニーテールとかで、ちょっと夏に活発さ出してる感じの方がいいんじゃないかと」

 

「ありね……真剣に検討するべき可能性よ」

 

まぁこんな感じで、俺のタブレットの人物でフォルダ分けした写真アルバムを見ながら、定期的にスイッチが入る鳥槇先輩の話をするのが主な業務内容だ。基本はイエスマンだけど、時折こうやって亜紗美先輩のかわいいところを一石を投じるように能動的に発言するのがコツである。

解釈違いを起こして怒られたときは、なるほどと素直に頷くのである。

 

まぁ同い年の鳥槇先輩からすると、かわいい女の子の理想像ってなるんだろうけど、俺にとっての癒し系可愛い女子は現状華だからなぁ。微妙にずれがある。亜紗美……じゃなかった、虎先輩もガワは良いから、苦痛なく検討できるけど。

 

「それで、この前買い物に行ったときね、亜紗美ったら、部屋にサボテンを置きたいって言ってて」

 

「へーどこ行ったんですか」

 

この話は4回目だから当然知ってるしオチもわかってるけど指摘はしない。同じ話をこするのは、供給が少ないからだから。きちんと盛り立てる聴衆のリアクションをする。

まぁ、きっと将来会社でゴマすりをするときに役立つスキルが身につくと思おう。

 

いや、冷静に考えて俺誰に取り入るんだ? むしろ既に社長と専務に次期社長の囲い込みを受けている気がするのに。まぁ、いいや。めっちゃいい笑顔で話す、鳥槇先輩を見るのは割と楽しいからな。

 

そんな夏のひと時だった。宿題やりながら聞ければ言う事なしだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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依存と憧憬と諦観-3

30話じゃ無理です……この先輩面倒、むっちゃ長くなる……詰め込みすぎた


時たま写真を見せてもらうようになった夏。冷静に考えて、あいつは亜紗美の写真取ってるってどれだけ祐さまの家に入り浸ってるのとか、そこに亜紗美が行ってるのとか、少し思うところはあったが、デートにはついていってないみたいだし、良しとする。

 

ただそれも、受験勉強というやるべきことの前に回数も少なくなってきて。夏が終わった頃の私の中には焦燥感と不安がないまぜになっていた。

正直判定とかを見れば厳しいとしか言いようがない。国内外からその学部学科のゼミに行きたいという人が集まる競争率だから。亜紗美みたいに本気で努力してきて、コンクールやその他の実績があるならともかく。私には大したものがなかったから。その上、一般受験ではもっと成績的に無理なのがわかっていたから。

 

面接の自己PRの練習や、事前提出する論述の添削と動画の撮影とか。此処までやったら終わりなんて区切りがつかない勉強。嫌気が差したわ。

それでも亜紗美と一緒に大学に行きたかったから何とか机にかじりついてたけど。もう本当に無理となって。でも亜紗美も流石にこの時期に同じ試験を受ける訳で内容に被りがあってもいけない。会うことすら少し控えめにしていて。

 

気分転換もかねて、十三からの悪魔のような誘いに乗ってしまった。告白の音声を持ってるなんて、聞いてないわよ!! まぁ休みの日の日中1日くらいならばいいかなって。息抜きは大事よねって思っていたら、その悪魔の誘いを受けた翌日くらいに亜紗美から電話があった。

 

「聞いたわよ、豚君の家にお呼ばれしたそうじゃない?」

 

「な、なんでそんな事を!?」

 

「祐くんが嬉しそうに話してくれたのよ」

 

一瞬バレたのかと思ったけれど、そんなはずはないと自分に言い聞かせる。話のはずみか何かで、十三から祐さまに情報が伝わったのだろう。流石の十三も告白の音声が残ってるのはまずいって認識してたし。予定を断った際にでも正直に言っただけだろう。

どうして祐さまが喜ぶのかはわからないけど。

 

「ねぇねぇ、何着ていくのよ?」

 

「な、何だって良いでしょ!? というか、何のつもりよ!」

 

思わず折角電話くれた亜紗美に強い口調で叫んでしまう。人間後ろめたさがあると素直になれないのね。また一つ知見を得たわ。

 

「これは関係ない話なんだけど、彼ニット系のワンピースが好きなんですって」

 

「だから! 本当に! そういうのじゃないのよ!!」

 

「じゃあ、なんなのよ? わざわざ殿方の家に行くマキの理由は?」

 

素直に言えたらそれで解決なんだけど。理由が貴女の告白のときの会話を聞きに行くことだから。それを言えずになんとか誤魔化して。折角の亜紗美との会話を早めに打ち切ってしまう羽目になった。

悪いことはするものじゃないのかもね、なんか本末転倒な気がしてきたわ。ま、まあ今回限りにしましょう。結果的に亜紗美と話せて気分転換にもなったし。

 

……ニットのワンピースかぁ……ま、まぁ家主の好ましい格好をしたほうが、お呼ばれの際に礼は失しないわよね? そんな気持ちで私はクローゼットを開けたのを覚えている。

 

まぁ十三が実は女性との奇縁が結ばれていたのを知って、少し驚いたのだけれど。

でもまぁそういうのは些事だった。

 

だって私はもうすぐ試験当日で……そして、その結果が振るわなかったのだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が鳥槇先輩が不合格をくらったというのを知ったのは、本人からではなく又聞きだった。虎先輩→祐経由なわけで、タイムラグは殆どなかったけど。

結局のところ高望みなのは本人もわかっていて、試験の日が終わった段階であまり顔色が良くなかったそうだ。だから、結果が出るまではその話題に関しては聖域化していた。

 

んで面倒なのが後処理だ。なんだかんだいってそれなりの倍率だそうで、無事合格した虎先輩的には目出度いことでお祝いをするべきだし。逆に同じところを落ちた鳥槇先輩の前では祝いにくい。

こういう時どうすんの? と前世さんに聞いてみれば「知らん、わからん」と帰ってくる。基本使えないよね、こういう人生経験が要る時。

 

まぁこういう時に動くべきなのは、嫌われ役ができる人材だと俺は思う。だってそうだろう? これで受験が終わりならともかく、この後の一般試験に切り替えていく必要があるなら、吹っ切る必要がある。

大丈夫だよ、ってポジティブな慰めができる最大の人員である虎先輩は、同じ試験を一人合格しているので嫌味になる。

加えて、鳥槇先輩はなにかあっても家族が味方をしてくれる程度には普通の家の生まれだ。

 

ならば、今後の関係を最悪断っても問題のない俺がいくべきかなって、そう思った。

鳥槇先輩とはどこまで行っても、親友の配偶者の親友みたいな関係だろうし、冷え込んでも問題はないだろう。すでに虎先輩と祐がくっついている以上は。

 

善は急げとばかりに、放課後に3年の教室に向かう。俺の容姿が醜いからか、それとも珍しいからか。後ろ指をさされてヒソヒソと言われているが気にはしない。

山上先生の件で俺は既に痩せ始めているから、無駄なダイエットと揶揄されているのかもしれないな。

 

丁度一人でうつろ気な瞳で出てきた鳥槇先輩。虎先輩は既に帰ったのか今日は登校していないのかわからないけど都合がいい。2年の教室で祐が近くにいるならともかく、俺に話しかけられるのは嫌だろうから、後ろから距離を離して付けていく。

 

「鳥槇先輩、今いいすか?」

 

靴を履き替えて校門まで出た所で、俺はやっと話しかける。こうすれば変な男につきまとわられてるとは言われても親しげに会話してるとは思われないだろう。

 

「何……?」

 

ああ、これは重症だ。一声かけただけでわかる。普段の意思の強そうな目に元気がないのはともかく、刺々しさがあるくらい強気な声に張りがない。多少強引にでも話をするしかないなと思い俺は脚を止めずに横を歩くことで誘導する。

 

「この後時間下さい」

 

「……悪いけど、私忙し「例の音声の件で問題が」……わかったわ」

 

全くの嘘八百だけど、今俺がこの人に興味を持ってもらえそうなのは、このくらいしかない。テーブルにつかせるためのブラフである。

ひとまずはということでそのまま適当な店に誘導できた。学校から一番近いファミレスで、周囲には同じ制服がちらほら見えるがいくつか席は空いていて。運良く隅の方の2人席を取れた。

 

 

「……んで、何よ本題の方は」

 

「流石に気づきますか」

 

「亜紗美か祐様に言われてきたんでしょ?」

 

「いえ、俺が勝手に」

 

まぁあまりにも露骨すぎてバレたけど。注文したコーヒーが来た辺りで、俺はさてどうするかと思い直すが。

まずは先輩の話を聞かないことには始まらない。

 

「もう、終わったのよ。一般じゃ無理、私の頭じゃどれだけ勉強しても間に合わないわ」

 

そこからはツラツラと、此処まで頑張ってきたけど、もう無理だと。まぁ実際話を聞く限りかなり厳しいであろうことも含めて。鳥槇先輩は話してくれた。

注文した飲み物を飲み終えて、お冷すら半分なくなるまでの時間を駆けてポツポツよ。

 

まぁ詳細は省くけれど。ネガティブな気持ちでの語りは、ネガティブさを強調させて、普段の先輩ぽくはないと感じてしまった。彼女の心が弱っている証拠である。

 

ただわかったことは、なんというか……

 

「でも、鳥槇先輩入って何をしたいとかじゃなくて、虎先輩と一緒にいたい以外の理由なかったんですよね?」

 

「え?」

 

「正直な所、何が何でもそこに入りたいじゃなくて。結局はそっちのほうが大きいじゃないですか?」

 

まぁ、触られて嬉しい部分じゃないけど、踏み込むしかないと思った。だから俺も本音を読み上げるように淡々と話すことにした。

同情とか憐憫じゃなくて、突き放した言い方のほうが、この人には良いと思ったから。反発して嫌ってもらった方が、話も早いしね。

 

「俺がもし、祐の両親の会社に入るために、高校を中退して資格試験の勉強する必要があったとしたら。俺は迷わずそうしますよ。目的は祐と一緒にいるじゃなくて、そこで働きたいですから」

 

「なによ、それ」

 

「一緒にいれれば良いっていうのは大層なことですけど。一緒の学部に入るためなら何でもするって覚悟が足りなかったんじゃないですか? だって本当にそうなら今から血反吐を吐いてでも勉強しますし。記念で一緒に受験までで満足したんじゃないすか?」

 

ただまぁ、本心でもあった。どこかこう、真剣味が足りないというか、最初から諦めていたフシがあるというか。本当に一緒にいたいなら、迷惑になることをいとわずに虎先輩と一緒に勉強するなりでよかったんじゃ?

記念受験で落ちてああ残念と、受かってたら良いなぁという。甘えというか驕りのような楽観視で、そう【アンビバレント】だったんじゃないかな。

 

「巫山戯ないでよ、私は真剣に!! ……って怒れたらよかったわね」

 

「……図星、でしたか?」

 

「そこまでじゃないわ、でも……私は亜紗美がいないと何も出来ないから、亜紗美と離れるのが怖い……そう思ってるの」

 

正直これはとても共感できる。俺も祐が一緒にいないことはもう考えられない。そもそも今の生きる意味の多くがそれだ。

今でこそ山上先生の為に痩せるのが目的だけれども。もし山上先生と付き合うの辞めなよ、会社の人とお見合いしてウチの家族になろうよ。って祐に言われれば。俺は悩むけど祐の言葉を尊重する……してしまうと思う。

 

「私は……亜紗美みたいにお姫様になれないのに……どんなに頑張っても無駄だってわかってるから、頑張りきれなかった……きっとそうよ」

 

そして、どんどんネガティブになっていく先輩。まぁなんというか、気持ちはわかるのだけど、そこは俺がだいぶ前に通った道だ。いや行くことを辞めた道でもある。

俺にとっての祐が彼女にとっての虎先輩なんだろう。憧れて真似っ子してる先輩と、諦めて足りない部分のフォローをしようとする俺。その程度の差だ。

 

 

「俺、祐の時々ナチュラルに後ろから刺してくるの嫌いなんですよ」

 

「……え?」

 

だからまぁ、慰めなんてなれない真似はするもんではないし、こういう時は自己語りをして参考にしてもらおうと思う。もとより「女性を慰められる甲斐性なんかねーだろう」と前世さんも言っており、全面的に同意だ。

 

「煽てて冗談言ってからかって笑いあったら、それ君もだよ? みたいに梯子外すやつなんです。意外といい性格してて、ずるいんですよ」

 

これは事実だ、急に冷水をぶっかけてくるところがある。良い意味で社長の息子というかシビアな目線で物を言うのだ。

 

「あと、漫画とかゲームの好きなヒロインもほぼ被らないんすよ。あいつ基本少女趣味だし。でもあと、お前そこは幼馴染選んでおけよ、なんでお嬢様の方行くんだよってなりましたね」

 

先輩が困惑している合間にも俺はどんどん話を続ける。情報をばーっと浴びせて混乱させるのも目的だから。

 

「飯屋でも俺に渡す前提で食べきれないのにコンビプレートで好きなもの取るし。華のお弁当も卵焼きを甘いのリクエストするし、ゲームで手加減すると怒るし」

 

目を白黒させて聞いてる鳥槇先輩は、なんか新鮮で可愛いと思いつつ。何時も早口で語られているので逆をやっているつもりだ。

 

「でも、かわいいんすよ、弟みたいで。あいつみたいになれたらと思わなくはないけど、【代わりたいとは思えない】から。完全には寄り添えないけど。傍にいるんです。だから、無理に全部好きになるのは、違うと思います」

 

そう、俺が言いたいのはそこだ。多分だけど鳥槇先輩は虎先輩の旗持ちではあるけど、全部が好きって感じないのは話を聞いててわかった。でも、それを見ようとしないで全肯定をしている。

それが夢だか憧れの根源なのかはしらないけど、無条件で飲み干そうとしているんだ。

 

だから自分のことですら、感情を推し量れてないし。まずは概念として好きなものの中に嫌いなものがあるのは当然だって、わかってもらうべきだろう。箱推しは上級者の楽しみ方なんだよ。

 

「で、でも……亜紗美は完璧なのよ!? あれでいて、変な冗談で笑う親しみやすさもあるし……」

 

「そんな事言ったら、鳥槇先輩の方がめっちゃ可愛い顔で笑うじゃないですか、ギャップで言えば虎先輩以上ですよ」

 

「なっ……!」

 

「それに、虎先輩のために体はれるし、努力だってすごいしてきたじゃないですか? 俺は勉強とかはともかく、運動は嫌だったし」

 

キャッチボールくらいなら付き合ったことはあるが、それでも俺の後ろに壁かフェンスがあってこそである。

 

「だから、まずは相手と何をしたいか、何を持ってそばにいるのか。それをはっきりさせましょうよ。何でもかんでも後追いするのは人間には無理ですよ」

 

物理的に自分+相手のスペックを内包できないだろう。祐だって俺よりゲームが下手だし勉強は言わずもがなだ……下駄は見ないことにするとして。

 

「なので、勉強よりも前に、まずは虎先輩と会って話すのが良いと思いますよ。なにせ虎先輩はもう暇なわけですからね」

 

そう言えば、驚いた顔からまたムスッとした顔に戻る鳥槇先輩をみて、まぁなんとなく伝わったのかなと思う。

どうせ此処は俺の奢りだし、追加でなにか頼もうかなぁと、安心したらお腹が空いてきた俺はそう思うのだった。今日は臨時のチートデイである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ありがとう……参考にするわ」

 

十三の楽観的な言葉。それは私にとっては結構意外だったわ。もっとウジウジと面倒だって思っていたから。正直な所、試験に落ちていたことも、ショックでなくて。

なんというか燃料切れのような気持ちだったから。周りが騒がしくてあまり言えなかったけれど。

 

だからこそ、この男の言葉に正直な所。妬ましく思えた。

男に生まれれば、そんなにまっすぐに成れるのかって。

 

素直じゃない私の心はそう結論付けてしまった。でも、どこか嬉しかった。

結果的に少し亜紗美とはこれから長い時間をかけて話し合って折り合いをつけたけど。きっかけをくれたのは事実だったから。

 

 

だから、その少しだけ、素直になって勇気を出そうと思った。

 




なお、ぶた君はお嬢様の姉派で、華が幼馴染派。たまに喧嘩する。
男女比世界のゲームに花嫁イベがあるかって? 良いんだよギャグだし。


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依存と憧憬と諦観-4

年も明けて、2月。3年生の先輩方の受験もひとまず落ち着き、あとは祈るだけみたいな空気になってきたころ。

 

俺はマキさんに誘われてプールに来ていた。

 

 

 

 

 

いや、すまない、俺も正直経緯がよくわかってないんだ。

ただ、オールシーズンのプールのチケットを虎先輩が手に入れて、祐と二人で行くとほかメンバーと喧嘩になるので、マキさんと行けば? という話になったらしい。それなら祐が俺が行けばよいとダイエットのために市民プール通いの俺を推奨して。じゃあと虎先輩が抜けたのだ。

 

ものすごく作為的なものを感じるが、一切の意図が読めない。あえていうのならば、俺が服を脱いで泳ぐというのは、周囲に気を使う程度には醜い裸体をさらすので。もっぱら行くのは人の少ない市役所に併設されたプールの空いてる時間だった。

祐もなんか気にしてるので、幼馴染の二人の前ですら基本脱がないわけで。それを克服するために知人と行ってこいというものではないか? そう思う。

 

 

「十三。あんた泳げないって、本当なの?」

 

「ええ、まぁはい」

 

そして俺は恥ずかしながら泳げない、頑張って時々足ついて25M泳げる程度だ。男子のプール授業は中学以降様々な理由から無いからな。この社会。

 

 

「ま、まぁあんたが去年選んでくれた水着、一回くらいは着たかったし? 私が教えてあげるわよ」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

 

というわけで、なんか2人で行くことになった時にマキさんは言っていた。あれ、俺が選んだんだっけ? でも一緒に水着買いに行ったし、そうだったかもしれない。

今時女子は毎シーズン水着を変えるのだろう。そんなポンポン変えるものかと思ったが、ゲームではシーズンごとに強いキャラや文明でプレイするために課金するからなと思えば、納得だ。

 

そういうわけで、今俺はプールに居る。普段は所謂25Mプールしかない市民プールで歩き、レジャー施設のプールで空いてる25Mプールで泳ぐのは無駄が多く感じるが仕方があるまい。

 

「ほら、人間は水に浮くんだから、しっかり膝を曲げず足全体を振りなさいっ!」

 

「いや、やって、ますぅ!」

 

プールの縁の水を流すためか少し低くなってる所に手をかけて、懸命に足を振っている俺に対して。その横のプールサイドに腰掛けて、俺を指導してくるマキさん。なんか楽しそうだ。俺が必死に死にかけて足をばたつかせているからだろうか?

 

「誰に見られるわけでもないんだから、必死にやりなさいって。フォーム直したら泳ぐのよ?」

 

「わかって、ますって」

 

 

時期が時期だろうか、周囲に人は少ない。今日なんか外は雪降ってるしな。併設のボーリング場とかの方が人気なんだろう。

普段は市民プールでバターになるまで歩くだけの俺は、泳ぐという概念を取得すべく、横の鬼コーチの指示に従う。

 

少し困るのは、顔に水をつけて息継ぎのために顔を上げるたびに、すらっと長くて綺麗な白い御御足が目の前に来ることで。結構目に毒だ。

黒基調でフリルのついたワンピースの水着で、ただでさえ長い手足にメリハリが出ている。小さい顔も相成って、完全に水着モデルの撮影風景のそれだ。

 

これでマキさん本人はシックなのは似合わないとか思ってて、虎先輩曰く放っておくと子供っぽいデザインを選ぼうとするらしいから、虎先輩のことが無くても変な方向で嫌われそうな、不器用な人である。

 

正直いつもならば顔を赤らめるほど見てしまうのだろうが、裸眼なのでぼんやりとしか見えない。泳ぐつもりで来たので、眼鏡は荷物のところである。

 

「きっとよくお似合いなのでしょう、満足に見れないのが残念ですが」

 

「ふ、ふん、お世辞は言っても何も出ないわよ」

 

「本心なのですが、では、もっと近くでも見ても?」

 

「や、やめなさいよっ!」

 

まぁさっき着替え終わった時にそんな事をやったから、今厳しく扱かれているわけだろう。

 

そもそもマキさんは 虎先輩至上主義だからなのか、割と自分の容姿に無頓着というか、良いものであろうとはしてるけど誇示するつもりがないというタイプで、隙が多い。まぁ、私なんてそんなに見られてないでしょとばかりに、無防備な時がある。

筆箱からペンを取り出す時の指使いだけで、むっちゃ淫靡……もとい綺麗だなって思うのに。そしてパーソナルスペースが妙に近い。今朝も合流した時にナチュラルに寝癖を直されたし、髪を女子に触られたのは思えば華を除けば初めてな気がする、泳ぐから良いだろと思った俺がだめだったわけだ。

 

「はい、それじゃあ私に追い越されないように泳ぎなさい!」

 

「いや、そんな無茶な……」

 

ざぶんと入って来たマキさんに肩をバシバシ叩かれて、俺は遂に泳ぎ始める。これさ、完全に修行とか特訓であって。遊びとかリフレッシュじゃないよね?

そうは思いつつも、なんだかんだで泳げるようになっていくのが楽しくて、25Mごとに壁で休みながら顔を寄せてフィードバックをしてくるマキさんの顔面偏差値に改めて殴られながら。

俺は楽しい一日を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、俺はクイックターンもできるようになったぞ」

 

「そ、そう……凄いね、十三」

 

正直に言ってお手上げだった。毎日のようにジレジレと少しだけ会って話している竹之下さんが、あまり関係を進めないのは、大きいイベントがないからだと思ってたから。その分僕と亜紗美さんで、鳥槇先輩の方でガッツリとデートになるように仕組んでみたけど。二人共何もなく終わって帰ってきた。

十三は完全に僕が仕込んだ社会復帰活動の一環かなにかだと思って、お礼を言っておいてくれよーなんて言ってくる始末だ。

 

お前、本当わかってる? 高校生で男女間で2人でプールは、恋人関係か夫婦関係じゃないと普通ないよ? 学校の授業とかじゃなくてレジャー施設で、女の子が割と気合い入れた水着を着てるんだよ? 男なら普通身構えるよね? なに普通に教わってるの?

と思わず悪態をつきたくなるほどだ。

 

んで、亜紗美さんの方からの情報だと。鳥槇先輩は水着姿を真っ直ぐに褒められて嬉しかったで終わりだそうで、後は泳ぎを教えるのに全力で、手をつなぐことすらしなかったそうだ。そこはこうさ、手を引いて泳ぐ練習をするとかさぁ、あると思ったよ。

 

本当にフォームと息継ぎの仕方をみっちり教えて、半カナヅチの十三を安定して50m泳げるようにしたのは、流石努力でやってきた人だけあって教え方が上手いと思うけど。そうじゃないでしょと。貴女は泳ぐ水着で行ってないでしょって。

 

亜紗美さんも呆れてて、もう名前で呼び合って、日常的に平気な顔で寝る前とかにチャットして、私について祐君の教室に来るとすぐ豚君の所に向かっていくのに。どうしてそう、変な方向に行くのと頭を抱えていた。

 

なんというか、二人共恥ずかしいとかじゃなくて、あんまり意識してないっぽいんだよね、恐ろしいことに。仲の良い異性の友達とも少し違っていて。亜紗美さんは【疑似恋愛をしている】みたいな感じと言っている。

 

でもなんかちょっと納得、ある意味ではホストに貢いでるとかそういう感覚なのかもしれない。多分鳥槇先輩的には好きなのは亜紗美さんで、十三はあくまで友達で恋愛対象としてお互い見ていないのかな。

それはそれとして好意的だし、相手に好かれるのは嬉しい。自分に恋愛なんかって思ってる2人同士だから変に噛み合ってる、そんなところだろうか? 面倒くさいなぁ、もう。

 

そういうわけで、もうまもなく。無事に別の学部だけれども亜紗美さんと同じ大学への入学を決めた先輩は。そのまま卒業してしまうのだ。

 

本当にどうするのさ、十三。いやいらないなら良いんだけど。でも多分君はかなり入れ込んでるよね。理由までは正直な所正確にはわからないけど……何となくなら分かるし、でも言いたくはないのかな。

 

それを認めるとそれはそれで、面倒なんだろうね。僕も十三も。お互いの一番を否定するみたいになってしまうだろうからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十三はネジ曲がっていて、捻くれていて、皮肉屋だけど確かに友人思いな後輩だった。私にとっては愚痴を言う仲間というか、ペンフレンドというか。同道の志のような、少し不思議な関係だったけど。年下のはずなのに時々私よりもずっと大人な意見を言ってくる。変な男だったわ。

 

殆ど異性って意識はしないんだけど、ふとした時に私を女の子扱いしてくるのは……その、心臓に悪かった。緊張とかじゃなくてびっくりしてドキドキする。私の周りは老若男女皆が亜紗美第一だった。それがとても誇らしいと思うし、今も変わらずままだ。

 

だからこそ、私のはなしについて来れる程度に亜紗美もしっかりと見ているのに、私も見てくるこの男には、たまにドキッととさせられる。

 

そもそもとして、私は……男子に見られたところで、じゃあどうすればいいのかわからないし。亜紗美に聞こうにもなんか拡大解釈してからかってくるし。貴女と祐さまの関係とは違うのよ、ただ淑女のマナーとしてどう振る舞うかの問題なのよ。

 

だからそう、これは情操教育の一環だなんて、そういうつもりの心構えもして、私は十三と顔を合わせている。彼の視線や意識がどこに向くのか、どのくらいの距離をとるべきなのか。そういうのも学べるから。

 

でも、去年の冬頃にあいつが眼鏡を新調して、瞳がよく見えるようになってからは、びっくりするぐらいこっちの顔を真っ直ぐ見つめていることに気が付いて、少し気恥ずかしくて大変だった。

 

「なに、私の顔に何かついてるかしら?」

 

ってちょっと強く聞いてみれば。

 

「はい、チャーミングな泣き黒子がついたお綺麗な顔が」

 

とあいつ!! いきなり! おかしいでしょ!? 男子ってこういうものなの!? たいして格好良くない十三でこれなら、祐さまとかはどれだけすごい訳!? と本当に思った。

 

で、でも、亜紗美の話にもしっかりと乗ってきてくれて。なにより男性視点からの亜紗美の良いところは私としても一考に値する意見が大きいのよ。

オフショルってそんなに見られるんだとか、背中の露出もかなり煽情的になるんだとか。スキニーデニムはヒップラインに注意だとか。

 

でも、亜紗美の下着のサイズが変わった話に妙に食いついたように見えたのは……少し気に入らなかった。

やっぱ男は胸かと。

まぁ、こいつは【あの】山上先生に言われてダイエットを頑張っているみたいだし、亜紗美いわく【卒業式に告白】するんだとか。

 

なんというか、あいつはちゃんと恋愛をしているのね。

 

そう思うのはきっと、どこか下に見ていたから。

亜紗美に吸い寄せられる周りの皆と違って、私も見てくれる十三なら

いつか、私を一番に見てくれるようになるかもなんて

 

そんな、どこか驕った考えか持ってしまっていたから。それは、別にきっと、女性としてじゃなくて、ただ単純に人として私を特別に見てほしいって、そういうのよ、多分。だって今まで思ったことなかったからわからないけど。

 

だって、十三を見ていたら【誰かの特別になること】がとても嬉しいことだって改めて気が付けた。

そして、だからこそ私が【亜紗美の特別】であることが、私にとってとても嬉しい事なんだって。

 

高校3年間色々あったけれど、3年で色々あって、前よりもっと亜紗美と仲良くなれたのは大切な財産だ。

先週久しぶりに、卒業祝いだなんて彼女の家にスリープオーバーに行ったときも、なんかしんみりとしちゃった。

大人になっても一緒にいようねなんて、また子供みたいな約束をして、亜紗美と笑いあった。

 

別の進路になったけれども、私は大学を出て気持ちが変わらなかったら、真正面から亜紗美の会社に入ろうと思う。よく考えればデジタルグローバルな経営学なんて、学んでどうするのよって話だったわね。

 

それを伝えれば、社長秘書としてこき使ってあげるわなんて言われて。じゃあパワハラって訴えるからと言ってやったわ。

 

楽しい一夜だったけど。ただ、その、生娘だってことを馬鹿にしてくるというか、いかに祐さまと愛し合ってるかを言ってくるのは、おもわず口をふさいで黙らせたけど。亜紗美にマウントをとれる筋力が私についててよかった。

 

「ねぇ、祐さまがそ、そんなに良いなら、わ、私も……その」

 

夜も大分更けてきて。もしかしたら、ちょっとした気の迷い。なんか、変な気持ちになって。

亜紗美がどれだけ苦労して祐さまの横にいるかを考えれば絶対出て来ない。でも、だからこそさっくり断られて冗談で終わると。そう思った甘えから。

 

だってそうきっと【大人の女性】になれば、なにかが変わるんじゃないかって、そう思ったのかもしれないわ。

 

「あら、それなら、祐君と華ちゃんとゆかり先生と双子ちゃんの許可が必要よ?」

 

なのに亜紗美はニヤニヤと、怒ること無くそう言ってくる。予想外の返答に私は思わず抱えていた枕をギュッと抱きしめてしまう。

 

「それは……でも……」

 

「祐君は【マキさんが望めば】って言ってるのよ、本当は駄目だけど。マキなら他の娘には口利きもするわよ?」

 

固まってしまう、祐さまが? 私を? どうしてそんなに? ぐるぐると頭はまわるけどまとまらない。正直亜紗美に気を使ってあまり話してないから。でもあの端正な顔立ちの男性が、自分の横に立って歩いている様を思い浮かべてみると……。

なんだろう、わからない。どうして?

 

「……ぇ」

 

「ほらね? そこで貴女即答できないじゃない。うちのクラスの女子でも9割が頷くわよ、こんな事言われたら」

 

「あっ……」

 

亜紗美が近寄ってきて、抱き寄せられて、頭を撫でられる。落ち着く亜紗美のいい匂いだ。でもやっぱり昔と少しだけ違う? 前は変わらないと思ったのに、今は違うって思ってしまう。

 

「少しは素直に成りなさいよ、いいえ。考えてみなさいよかしら? だって、貴女ほど可愛い子を私は知らないのよ?」

 

「かわいい?」

 

亜紗美のその言葉が私の心に響くまで、少し時間がかかった。

だって、そうじゃない。私がかわいいなんて、亜紗美に比べてもそう言えるわけないのに。

 

「ええ、私といい勝負よ……祐君の前では私の勝ちだけど」

 

顔を上げて表情を見れば、自信満々な顔でそう言ってる。その言葉にはきっとウソがないのは長い付き合いでわかる。亜紗美は本当に私を可愛いって、そう思ってくれてるんだ。

 

特別な人から貰った、その言葉は。好きって言われるよりも嬉しかった。

 

「だからマキは、誰の前で可愛いになるのかしらね?」

 

「……秘密よ」

 

そっぽを向いてそういえば、髪をグシャグシャにされて。思わずやり返せば二人共ぐちゃぐちゃになって。

 

卒業間近の2人で深夜に何やっているんだろうって。そう思ったけど。

 

ああ、とても楽しい夜だったわ。

 

 

 




100万PVを達成しました。ありがとうございます。
そろそろ佳境ですので、もうしばらくお付き合いください
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依存と憧憬と諦観-5

今日は私達の卒業式。3年間亜紗美と一緒に通った高校も今日を最後にお別れとなる。決して輝かしい高校時代とすぐに言えるほど順風満帆ではなかったけれど。少なくとも楽しい高校生活は送れたと思うわ。

 

「ふふっ、卒業おめでとう。マキ」

 

「ええ、亜紗美もね。おめでとう」

 

式では別に泣かなかったけど、こうして改めて話しているとちょっと気持ちが引き締まるから不思議だ。高校生活の殆どは亜紗美と過ごしたからかしら。

春風に舞う亜紗美の長い黒髪を綺麗だと改めて思いながらそう考えてみる。大学入ったら私も髪を伸ばそうかしら。縮毛矯正かければ、私でも……こういう風に。

 

「……やっぱり、私も亜紗美とルームシェアしたかったわ」

 

「もう、嘘ばっかり言って。それに、祐君を夢中にさせるための家なのよ?」

 

亜紗美は、もうすぐゆかり先生とルームシェアをする。正直言ってすごい行動力だと思う。亜紗美と一緒に、ゆかり先生に提案する為だった不動産情報を調べたときは楽しかったけれど。

二人で住める……私と一緒に住む家じゃなくて、まさかの先生との家だったから驚いたし、少しショックだった。

まぁ。たまに遊びに行こう。祐さまの来ない日にでも。私も一人暮らしをするから、遊びに来てもらっても良い。アルバイトだってやってみたいし。ああ、色々やってみたいことが多いわね。

 

「亜紗美さん、鳥槇先輩」

 

「あ、祐君! こっちよ」

 

噂をすればというか、私たちに関わりの深い後輩が訪ねてきてくれた。校庭では同じように挨拶を受けている同学年の卒業生の娘が多い。部活関連がほとんどかしら? 私も亜紗美も入ってないけど、亜紗美はさっきまで新生徒会長を筆頭に生徒会に囲まれていたのよ。

 

「改めて、おめでとうございます」

「おめでとうございます、先輩方」

「ご卒業おめでとうございます」

 

「ありがとう、3人とも」

 

「ありがとうございます」

 

祐さま、風間さんに十三。まぁ3人は今後も亜紗美とは付き合いがあるでしょうね。何せ、恋人と、恋敵……いや恋仲間? と恋人の親友なんだから。

そういう意味ではここで一区切りをつけるのは大事よね。

 

「虎先輩がいなくなると、寂しくなりますね」

 

「どういう意味よ」

 

「教室に来る着火剤でしたから、祐の騒動の」

 

「ふふっ……そうね、そうだったわね」

 

へらへら笑いながら、十三は亜紗美に向かってそう言ってる。いつの間にか虎先輩なんて親しげな呼び方になってるじゃない。まぁ、厳かな式は終わったし良いけれど、亜紗美にいきなり話しかけて笑っているのはなんかむかつくのよね。

背はここ半年で伸びに伸びて、今じゃ六尺豊かなそれになってるし。体格もどんどん角ばっていっているので、もはや豚君というよりも……

 

「もう猪君か、それとも熊君て呼ぼうかしら?」

 

「はは、豚くんでお願いしますよ、元は苗字ですし」

 

亜紗美の言うとおりである。まぁ、まだダイエットというかもはやボディビルディングを続けているので、今後とも絞っていくみたい。70kg台が遠いと嘆いていた。それはどう考えても10㎝以上背が伸びたせいでしょうね。

授業でやったけど本当に成長期が遅いのね、男の子って。

 

ワイワイと、後輩に囲まれている亜紗美を見つつ、今度は祐さまと風間さんが前に出たタイミングを見計らって、私は十三に声をかける。

 

「ねぇ、十三。私には何かないの?」

 

「マキさんも卒業おめでとうございます。虎先輩からは卒業できましたか?」

 

「しないわよ!」

 

「流石ですね」

 

こんな日にも軽口をたたいてくるこの男。まぁ別れを湿っぽくしたくないということかしら、好意的に見れば。それならば今日くらいは許してあげようかしら。

だって今日で私と彼の関係は、元学校の先輩後輩になる。祐さま以外での繋がりはなくなるわけだ。もちろんそれが何だということはないが、少なくとも同じ学校に通う、歩いて2分で会いに行ける教室の距離ということは、もうできなくなるわけだ。

 

「ふんっ……こんな面倒な先輩がいなくなるから、清々したのでしょうね?」

 

「何言ってるんですか、らしくもない。普通に寂しいですよ。マキさんと会いにくくなるの」

 

けろっとそういってくる十三。友達がいなくなって寂しいというそんなニュアンスなんだろうけど、少しだけ心が上を向く。

そっか、寂しいって十三も思ってくれているのねって。私だけならなんかひどい寂しがりみたいになってしまうのは、ちょっと恥ずかしいから。

 

「でもまぁどうせ、虎先輩の結婚式とかの節目では会うでしょうし。多分来年ですが」

 

「そ、そうね。ああっ!! きっと素敵なドレス姿になるわ」

 

「虎先輩は白無垢も似合うと思うんですよね。黒髪とあの背丈で」

 

「まぁ、そうよねっ!!」

 

「まぁ先輩も大学でいい出会いがあるといいですね、虎先輩離れは無理にしても、新しい友達とか」

 

「元からいるわよ!! 亜紗美以外の友達も!!」

 

 

こんなに気が合うってわかってる男の子。だからこそ、言えない。

私が卒業してからも、この優しい後輩達に傍に……いえ、彼に一緒にいたいという事なんて口に出せない。

優しい十三だから、卒業の日の同情でそう言われたくはないし。もし面倒ですよなんて言われれば、とても辛いから。

 

【特別】でいさせてくれるなら、祐さまの次の【2番目】になってもいいって。そう思えるようになったのに。

 

あんな捻くれた言い方でしか聞けないし確約もできない。だから本当に私、可愛くない。彼の前では私はどうしてか、可愛くなくなるの。街を歩けば別なのに、亜紗美に言われて考えてみたけど。

眼の前でまた会話が盛り上がってる3人を見て、横で私と眺めている十三に、関係ない雑談を振ってしまうほどに。

ああ、どうして私はいつもこうなのだろうって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、十三。祐さまと貴方の周りで、誰が一番【綺麗で可愛い】と思う?」

 

 

突然マキさんがそんなことを聞いてきた。いや、卒業式にする話題かなとも思ったけれど。彼女なりに思うところがあるのだろう。

たぶん……その、虎先輩に振られたとかかな。具体的にはルームシェアの件で。まぁ虎先輩側もしっかり距離を置くべきって考えていたり、そういう感じのやつじゃないのかな。嫌っているわけはないのだろうし。

 

他の可愛い子と仲良くして代用するとまではないだろうけど。周りに目を向けてみろとか言われたのかもしれない。となると言うべき回答は。

 

 

「客観的に見て一番は虎先輩ですね」

 

「ふーん良いの? お友達いるじゃない、風間さんとか……あとバイトの後輩の子とか」

 

「まぁ、客観的に見ればクビ差位で一番かなぁと思います、先輩が」

 

まぁ、祐に一番愛されるのは俺たちの華だと思うけど。幸せであるかが大事だからな。

そういう補正を抜いて考えれば。客観的に容姿が良いとされるのは虎先輩だろう、彼女は綺麗系のトップに異論はない。華は可愛い系のトップとしてもね。

 

「ふーん。そう……ふーん。そうなのね」

 

どこか嬉しいのか。それとも日和ったか忖度したと思われたのか。こっちを見ないで低めのテンションでそういうマキさんもとい鳥槇先輩。

だっていつもならここから、さっきみたいに「そう、亜紗美はね! 」って続くのに。一応フォローと言うか弄られるように本音も言っておくことにしよう。まぁ相手は今日で卒業の人だし。

 

「主観的にだとマキさんですね、綺麗+かわいいの合計点で考えるとそうなります」

 

「はぁ!? わ、私!?」

 

次点で竹之下かなぁ。まぁあいつの可愛いは小動物とかのそれだし、時々可愛がりたくなるけど綺麗系ではないから。

その点マキさんは表情というギャップ萌分があるし。ただ、胸は竹之下の方が大きいけど今は関係ない。

 

俺の好みだけで考えると山上先生になるが祐の傍にいないし減点して。華をそういう俺の主観では見たくない。え? 駄場さん? あの人はペット枠だよ。女性枠じゃない。

 

「そう、私……私を可愛いって思ってくれるのね」

 

「いや、何時も散々言ってますよね」

 

この社会では女性の方が多いし、ある程度仲良い人とは適当に容姿を褒めたほうが良いのだ。定食屋のおば……おかみさんとかは、今日もおきれいですねって言うだけで肉が1つ増えるんだし。

 

「そうかしら? まぁ、褒めてくれる人が【沢山いる】から覚えてなかったのかもね」

 

「それは良いですね、なら大学でも増えるとなお良いですね」

 

それでも俺のお世辞ではないが、多少の忖度は感じても素直に褒め言葉を受け取ってくれたようだ。卒業でおセンチにでもなっていたのだろうか。

 

「あんたは、うちの大学受けるんでしょ?」

 

「はい、そのつもりです。祐も華もそうですが」

 

まぁ首都とかにいかないならそんなに選択肢ないし。学部は皆バラバラみたいだけど。俺は授業簡単そうなのにして、就職後役立ちそうな資格勉強に充てる方向性だ。

そう考えている間に機嫌が直ったのか。虎先輩より可愛い【笑顔】のマキさんがこっちを向いてニコニコ笑っている。

 

「また、私のこと褒めてくれるなら、勉強みてあげる。だから────また会いましょう? 十三」

 

「はい、その時はお願いします。卒業おめでとう、マキさん」

 

俺はそう笑顔で返せたと思う。だって良いものを見れて嬉しかったから。少しだけ胸が高鳴ったから。可愛くて美人な先輩との卒業式なんて、そんな青春的な経験ができたからだろうか。

 

その後は笑顔で別れて、爽やかな気持ちで帰ったけど。

 

 

2ヶ月もしないで俺の身に純と駄場さんという女性問題が降り掛かってくるとはこの時は全く思えなかったんだ。

 

そして俺がこの時どうしてこんな事を言って感じて嬉しくなったのかも、ようやっとわかったんだ。

 

我ながら遅すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだから、今日の祐と華の結婚式。

俺はついさっき前世さんと決別した。まぁ辞めたというのが正しいけど。格好良い言い方をしたいから。

6月の晴れの日という、親友たちの門出にちょうど良い日に。

 

そして、俺は今からマキさんに……こ、告白をする。我ながら、前世の倫理観的には最低だ。

だが、俺はもうこの社会を生きる一人の外見偏差値低めの男なのである。

 

年上の女性から実地の性教育を受けて、バイト先の娘と卒業後に結婚する約束をしているという。探せば標準偏差1.0以内に入る程度にはいそうな男である。よしっ、動機の理論武装は完了。

 

結局のところ、こんなになったのも全部が全部駄場さんのせいだ。俺なんかを卒業させてくれたあの人がすべて悪い。

 

なんか、こう。変な自信がついてしまった。純の告白だって、男として好かれているかどうかなんてわからない段階でYESって言ってしまった訳だし。駄場さんの身勝手女ムーブにも俺の物になれよが出来た。

 

やっぱこの魔法使いの前ジョブはデバフでしかないな。

 

まぁ調子に乗っている自覚はあれど、それでも今までの自分を振り返ってみてみると、思う所がある。

 

あ、自分めっちゃマキさんのこと好きじゃん。って。

 

いやまぁ、見ないようにわざと蓋をしてたところはあると思うのだけれど。それにしたってだ。要するに、彼女に自己投影をしてしまい、同情したところからスタートしているから。

【優れた親友の太陽に照らされる影】という形で。

 

それが彼女の名誉を何よりも傷つけるし、その行為を同情すべきものって見る事自体が、俺自身も祐の隣に居られれば良いというアイデンティティを揺らがしかねないから。強く見ないふりをしていたんだろうと思う。

 

そもそも俺が祐とくっつけたいなって思ってた人って、皆好きな人だったんだな。

いや、本当に駄場さんはだな。

 

ともかく俺はまぁ、シンプルにマキさんのことが気になってしょうがなくなった。

 

純とチャットしている時や。駄馬さんが「終電逃します!」と夕方突然訪ねてきた時とか。そういう他の娘と過ごしている時以外では結構頭の中にいた。

こんなんじゃ勉強も手につかない。まぁ成績的に余裕はあるけど、中学の後半からはもう対策も始めていたから。

 

それでもだ。

俺はマキさんを、虎先輩の横で幸せそうに笑う彼女を。俺の傍でも笑っていて欲しいって思った。

あの人が可愛いってことを社会全体に広く喧伝したいとすら思う。

 

別に純や駄場さんより好きとかそういうわけじゃなくて、マキさんも好きなんだって言う。俺の中のよくわからない感情がある。言語化は難しいけど……両親のどちらが好きかわからないとかに、近いのかもしれない。両親いないけど。

 

虎先輩を時々変な表情で見てしまうあの人をずっと笑顔にしたいし。自分が可愛いって事を自覚するまでこんこんと問い詰めたいし。時々寂しそうな顔をするあの人の傍に居たい。

 

気が多いとは思ってるけど、俺もこの社会に染まったみたいだ。

 

雪之丞君からしたら、どうしてそう年上にしか行かないんだ君はとでも言われそうだけど。そういう好みだったとしか言えない。

 

 

 

 

 

 

 

「マキさんその……少しばかりお話があります。着いて来てもらえますか?」

 

「ここじゃだめなの?……そう、良いわ。行きましょう」

 

 

俺は今、階段の傍にいたマキさんを連れ出して、BBQパーティーが余裕でできる程立派な祐の家の庭にいる。さっきまではここで皆が写真を撮ってたけど、今の皆は食事のある室内で撮ってるから人はいない。今この場には確かに二人きりだ。

 

「んで何よ、十三」

 

「マキさんは、その……大学で友達出来ました?」

 

「ん、まぁそうね。何人かは」

 

黒のドレスに白いボレロ。ブラウンが目立っていた巻き毛だった髪は黒髪のミディアムヘアで。

きっと自分じゃなくて、虎先輩が選んだであろうコーディネート。シックなデザインとまだ2ヶ月とは言え大学生だからか、前に会ったときよりも随分と雰囲気が大人っぽい。

 

「女性の友達が?」

 

「当然じゃない、うちの学部男子いないし」

 

その言葉で安心できる程度に俺は浅ましい。そしてこれ以上引き延ばすと、割と回りくどいことが嫌いな彼女だから、きっと機嫌を損ねてしまう。もう後は直球で言うしかない。

 

こんな俺がとか、今の状況でとか、頭によぎる俺の声もあるけれど、でも今日伝えたいんだ。

マキさんも俺が竹之下に告白されたことは当然知っているだろう、祐に言ったっていうことは、去年からの色々を考えるに筒抜けだと思うから。

 

それでも、いやだからこそ今日言うべきだ。今日が俺に恋人ができてから初めて会う日だから。

 

友人の結婚式に来た人にっていうのは、少し以上には抵抗はあるんだけど。今言わなければ、もうずっとズルズル言えないような、そんな気がするから。

 

 

「マキさん、俺と付き合ってください、恋人として」

 

「え……?」

 

誤解を生まないように、言葉を選ぶ。どもったり視線をそらしたりしないで。すっと言えた。用意してきた言葉だからからか。

 

「俺と、恋人になってください。って言ってます。その、俺……好きです。マキさんが」

 

 

言った。言ってしまった。真っ直ぐに目を見て言ってやった。

ゆっくりと流れる時間の中、マキさんの表情はふわっと目が大きく広がって、口を小さく開いた後に、きゅっと唇を結んで。顔をそらされた。

 

ど、どうなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい、私。十三とは付き合えないわ」

 

「あ、そう……ですか」

 

「嫌いじゃないけど、そのごめんなさい。容姿が釣り合わないじゃない、私たち」

 

 

それを言われると弱い。彼女は可愛い人だ。俺は体格はともかく顔は相変わらず人類ではあるがというレベルだ。美醜に関して妥協してくれなければ、こうなっても仕方がないだろう。

 

「もっと顔が良い人と、私は、その付き合いたいと思うの。だから、その、ごめんなさい」

 

 

そう言ってマキさんは、すっと踵を返して部屋に戻っていった。

……まぁ仕方ないか。土台今までが上手く行き過ぎていたんだ。結婚を検討してくれている女性が二人いるのに、調子に乗っていたんだ。

 

そう言い聞かせながらも、さすがにすぐには戻れないなと、俺は近くの椅子に力なく座る。

 

せめてパーティーを台無しにしない程度にテンションを戻すまでは、ここに居るべきかとそう思って。

 

 

せっかくの6月の晴れなのに、雨が降ってほしいほど恨めしく見えた。

 



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依存と憧憬と諦観-6

30万UA ありがとうございます。

でも俺は、自分の性癖だけは絶対ぇ曲げねぇ!!


 

 

 

まぁ、正直ここまでかっ飛んでいくとは思わなかったけれど。剛毅果断なのは十三の良いところだ。人の結婚式で何やってんだって疑問はさておき。

いや式ではないか。一応は結婚記念パーティー。ただみんなが式、式いうから、披露宴なのか結婚式なのかパーティーなのかわからなくなってきた。

 

ともかく十三が告白してフられている。庭でぼーっと外を見ているのを、家の人が確認してどうしたのか聞いたら、「黄昏ています」と答えたそうだ。

まぁ、ご友人の結婚ですし、そういうこともあるのかと流したら、目撃者が別にいて僕にまで報告が来たとの流れである。

 

実のところ二人で抜け出すのは見えてたけどね。そして鳥槇先輩だけ戻ってお手洗いの方に行ってたから、その……正直想像はついた。

 

彼女の方は亜紗美さんに任せる。もとより僕と亜紗美さん的には今日動きがあることは想定していたし。むしろ今日のパーティーの目的の何割かは2人の進展の為っていうのもある。

そうじゃなきゃ竹之下さんが遅れる日を選びつつ、友人オンリーの感じで参加者こんなに絞らないもの。ほぼ身内だけの集まりなんだ。

 

健康体というか恵体になって自信がついた十三。だからこそまぁ、こういう風に行きすぎるんじゃないかなとは思った。あいつは優しいんだけど、押しつけがましいところは確かにあるから。

 

最近は自分の欲望に素直というか、色々と考えて将来を見て動いては居るけれど。デリカシーが妙にないところとか、お節介を焼きすぎるところとか。色々マイナスはあるし何より浮かれてるアイツは踏み外すからなぁ。

 

鳥槇先輩の心理まではわからないけれど、その辺は亜紗美さんが上手くやってくれるだろう。なので、華の方には周囲の誘導をやってもらう、野次馬はもう少し控えるように。ほら、母さんもカメラはだめだから。

 

そう取りなしてから僕は庭に向かう。今日の主役だってのに、ババを引いた感じだけど、どこか気分は晴れやかだった。

 

ダメだったらその時だろうけど、まぁ十三だから。アイツは最後にはどうにかするタイプなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーい、振られてやんの」

 

「ああ!? ……ああ、祐か。見てたのか?」

 

 

庭で何が悪かったのか改めてじっくり検討していると、軽い声で煽られたからつい威嚇してしまった。感情がささくれ立ってる証拠だ。

 

「今はちょっと元気ないし機嫌が悪いから、後にしてくれ祐。お前に当たりたくない」

 

「ちょっとモテたくらいで調子乗ってっからそうなんだよ、でくの坊」

 

「ああ?」

 

でも今日の祐は流石に聞き流せないレベルでなんかめっちゃ煽ってくる。ゲームの盤外戦術くらいでしかやらない、祐の煽りだ。基本的には俺のミスプレイを咎めて、せめてもの溜飲を下ろす時程度だから、あまり気にならないけれど。

だからこそ、今の俺にはだいぶ耳障りだ。

 

「今日の主賓様は、ずいぶん口が悪いな」

 

「そりゃそうだよ、これでパーティーが台無しな空気になるかもしれないじゃん」

 

「それは……その、すまないとしか……」

 

なんて思っていたが、その一言で一気に冷える。うん、これは俺が悪いな。

いくら正式ではないとはいえ、結婚を祝う場で添え物が出しゃばって、その結果空気をぶち壊したらいけないだろう。

 

え、あれやば。これからどうするの、マキさんが体調が悪くてとかの理由で自主的に帰るのを待つの? いや俺が帰れよって話か。

そしたら、何でって聞かれるよな? こんな見るからな健康体が体調悪いなんて言っても信じてくれないだろうし、ああ、もう面倒。

そしてなにより、さすがの俺もわかる。このままだと完全にマキさんとの線が切れること位は。確実に俺が傷つくであろう外見を揶揄して告白を袖にしたんだ。もう友人としての付き合いもガクッと減らすつもりだろう。あの人はそういう人だ。

 

「情けないよね、十三」

 

「その通りだな」

 

「君はさぁ、自分に楽しみを求めてくる女性がいたら、全員に傘を差し出す準備があるんじゃなかったの?」

 

ものすごく痛いところを的確に付いてくる。これはまさに身から出た錆である。祐をハーレム推奨派にするべく色々吹き込んだからなぁ。

 

「まぁ、鳥槇先輩は亜紗美さん程じゃないけど美人だったしね。でもいいんじゃない? 他に2人は君のこと好きな人いるんだし」

 

「……ふんっ」

 

ずいぶん露悪的な言い草だが俺は聞き流すことにした。考えをまとめたい。今は祐と話などしていたくはないんだ。

 

「君なんかが目を向けるべきは君を見てくれる人だよ。でもまぁ、もし他にも女性を囲いたいなら、紹介できなくないよ? 何人かくらいは」

 

「いらねぇ」

 

「鳥槇先輩レベルの女性で、年上行けるなら沢山いるから話しだけでも────」

 

「……なあ、祐、お前さぁ」

 

だが、流石に煩く感じてきたので俺は立ち上がって祐に近づく。さっきから感情が上がったり下がったりと忙しい。

今の祐の格好は、今日のパーティーにマッチした落ち着いた黒のタキシードだ。まぁ正直それが

 

「似合わねえな、そういうの」

 

なんというか、服装も演技も全然である。大根なのは俺とそっくりなのか。一緒にいれば似るというが、ここまでとは。祐の弱点をまた見つけたようだ。

 

「うるさいよ、マザコンM野郎が」

 

が、さすがに俺もそこまで言われれば、むかつく。温厚な俺だがキレないわけではないのだ。

 

「んだと、気障S野郎が。デジタルタトゥーは作らせるなよ」

 

「は? あれは勝手に過激な自撮り送ってくるのがブームになってただけで、僕は頼んでないし。むしろ止めてる側だ。お前こそ作ってる側だろうが。というかプレイのたびにストッキング破いてんじゃねーよ、脚フェチ野郎」

 

「んだと下着フェチが、華から男性が好きそうなのってどっちかってURL送られた俺の身にもなれや、赤飯炊いたぞおいこっちはよ」

 

眼の前に居る祐を思いっきり睨みつけながら。高さの差をそのままエネルギーに変えて、ガツンとその突き出してきてた額に頭突きをする。

石頭のこいつとぶつかることで白い光が走ったように視界が消えて、痛みで思考もマヒする。

 

「っ!! てーな」

 

「そっちのせいだろっ!!」

 

怒鳴り合うように言い争う。頭突き以外手を出さないとお互い随分前に決めた喧嘩の時の男の約束だ。でも、最後にこんな感じで喧嘩したのはいつだったかな? すぐには出てこないほどには昔だ、だが今はまぁいい。

 

「ああ、気合入ったわ」

 

「うん、それでこそ十三だ。粘着質で偏執的なのが良いところだよ」

 

「前はそれをやめろって言ってたくせに、よく言う」

 

 

まぁ、なんだ。一回フラれたくらいで、諦めたくないほどに俺はどうやら、マキさんが欲しいらしい。そうでもなきゃこんなにうじうじ悩まないよな。わざわざ理論武装までして言い方は悪いが浮気をするつもりで告白して振られたんだから。すっぱりと諦めれて反省すれば良いわけで。

 

そも外見理由にフるなら最初から近くに置くなよという話だ。マキさんはそんな器用に嫌いな人を近くに置きながらニコニコなんてことは出来ない。

直球しか投げれない彼女のことだし、本心で嫌ならもっとえげつない事を突きつけてくる。

 

見た目を理由に彼女が俺をフるならばきっと

「その外見で私に告白とかふざけてるわけ? 」とか。「ごめんなさい生理的に無理」とかの希望を断ち切るとかじゃなくて心を折りに来る形になるはずだ。

あんなにびっくりして、もっと外見が良い人と付き合いたいと断るのは、別に理由がある。

そう言い聞かせる。

 

「まぁ、このまま行けってことだろ?」

 

「うん、変に考え込むよりは目はあるよ、まだね」

 

多分、祐も俺がなんで振られたとか、裏事情とかわかってないけど。お前なら何とかするだろうくらいのふんわりとした感じで送り出しているのはわかる。長い付き合いだ。まぁもとよりダメで元々みたいなものだし、俺は純にも駄場さんにも何も相談してないし。

だけど、こと人間関係に関しては、祐の言う通りにしたほうが良いのは、華と出会えた時から確信してる。おれがマキさんを好きだということがわかって、今振られたのに、また言ってこいということは今行くべきなんだろうさ。

 

なに、どうせフられても俺が納得するまで話し合うだけだ、罪にならない程度に。フられても惨め野郎がもっと惨めになるだけ。笑い話にする必要はあるかもだけど、笑ってくれる人はたくさんいるからな、今日は。元より道化は慣れている。

 

んで、ダメだったら慰めてもらおう。純にはけじめつけてきたって言えばいいと思う。ダメだったら謝る。駄場さんにマキさんのコスプレしてもらうのは無理があるし、尊厳破壊が過ぎるからやめておくにしても。単純に制服を着せるだけならしてくれそうだ。いいよね三十路の制服。

 

「んじゃ、玉砕してくる」

 

「うん、振られて来い、十三」

 

「パーティーの第2部は、残念パーティーになるかもしれないけど」

 

「垂れ幕の文字書き換えとくよ」

 

バカみたいなやり取りをして、俺はわかりやすくこっちを見ている虎先輩の方に向かう。

 

苦笑いしながら化粧室の横のゲストルームを指差している虎先輩。どうやら最初から俺とマキさんの二人きりというのはみんな気を使ってのことだったようだ。

 

横目で華が両手をぐっとして応援しているのを見て、苦笑しつつ親指を立てて俺は足早に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また意地はってるでしょ」

 

「はってないわよ」

 

洗面所、というよりも化粧室ね。十三と分かれて駆け込んだそこの鏡の前でぼーっとしている私に声をかけてくる亜紗美。

 

「それで、どうしてふっちゃったのよ?」

 

「何で知ってるかは聞かないわよ、もう」

 

そう、私はさっき十三に告白をされてしまった。恋人にしたい、好きだと言われてしまったのだ。そしてそれを断った。だから合わせる顔もなく彼が入ってこれないこの場所にいるの。

そして、それを当然のように知っている亜紗美。まぁ十三が私を呼び出した時に一瞬私は亜紗美と目があったし、着いてきてたんだと思う。それは別に良いの。

 

「いいじゃない、そのくらい普通だと思うわよ?」

 

「亜紗美に何がわかるのよ」

 

怒る気力すら沸かないで、知ったような顔で私を諭すように言ってくる亜紗美。今日の衣装もよく似合っている。お揃いにしようと細部のデザインの異なるものを2人で選んだから。私と2人で並べば、さらに亜紗美は際立って綺麗に見えるはずだ。

 

「優越感は悪いことじゃないわ」

 

「ふんっ!」

 

そんな亜紗美だからこそ、言ってくる言葉なのでしょうね。そして私は今その言葉について考えられない。

思うのは、どうして告白をしてきたんだという、戸惑いと少しだけの怒り。そしてどうしてあんなふうに返してしまったんだという後悔。そして何よりも、気がついていたけれど見ないようにしていたことを、改めて突きつけられた苦い思い。

 

目の前に綺麗な亜紗美が居ても、なお拭えないほどに濁って下がった私の感情は、いまは全てがどうでも良いと思う。祐さまや風間さんへの申し訳無さもまだ殆ど湧き上がってこないのだもの。

 

「わたし、華ちゃんとキスしたことあるわ」

 

「え? なななななな、なによ! それ!」

 

しかし、そんな亜紗美が私の耳元に顔を寄せて、ささやくようにそう呟いてくれば、思わずという反応で飛び上がってしまう。かかる吐息もそうだけれど。何よりも内容を一瞬脳が理解を拒んだ。

 

「まぁ、祐くんといろいろしてるとね……そういう事もあるの」

 

「いや、あんまり聞きたくないのだけど……そこまで生々しいのは」

 

少しは興味ある話題だけど、もっとこう。どういう所にドキドキしてるとか、どんなふうにされるとかでもこの前はいっぱいいっぱいだった。今のテンションと心理状態で受け止められる内容だとは思えない。

クスクスと、恐らく百面相をしているであろう私を見て亜紗美は笑う。そしてさらにいたずら気に口を歪ませて、私の肩に手をかけて顔を寄せてくる。

 

「……でも、マキとはしたことないわよね?」

 

「ないに決まってるでしょ!?」

 

そう、私と亜紗美は別に恋人でもなければ、事実婚をしているわけでもない。普通に親友であり、幼馴染……でもあると思う。亜紗美のことは一番に好きだけど、恋人にしたいほど気持ちが強くなったと思うことはない。

 

「そうね、でも友達として仲いいのはマキだと思うし。華ちゃんも別に恋人とかそういうわけじゃないでしょ?」

 

「何が言いたいのよ」

 

また、煙に撒こうとしているのはわかる。でもちょっとフックが気になりすぎて聞くのを止められないのは仕方ないじゃない。

そうね亜紗美は確かに前から風間さんを気に入っていたけど、私より親密というわけではなかったわ。勿論祐さまとのお付き合いの過程で共通の話題やそこだけの話みたいのもあるでしょうし。それで仲良くなっても、私は亜紗美の一番の親友で一番仲が良い人間である自負はあるわね。

 

「マキは型に入れすぎてるのよ」

 

「型? どういう意味よそれ」

 

「好きに順位もなければカテゴリもルールもないのよ。華ちゃんはわたしにとっては、祐君との恋人になって愛してもらう上で最大の障害だけど、かわいい後輩でもあるの、そんなものよ」

 

順位がない? でも本当は一番好きな人と恋人になって結婚するのが正しい事じゃないの? だから一番好きになった人を恋人にしたいと思った時に告白するんでしょ? 社会の男性の数が少ないからそうはなっていなくて、2番や3番でもOKするということがあるだけで。

私はずっと亜紗美が一番で十三がそれを越えたと思っていなかった。亜紗美に何度も言われて考えたけれど。

 

「あんまり言いたくなかったけど言うわね。親友の延長線上に恋人はないわよ」

 

「え? あの、それってどういう意味?」

 

「……いえ、ごめんなさいやっぱ忘れて。決めつけるのは良くないわ……ええ、そうね。人によるものね」

 

真面目な顔をして言ったかと思えば、それをすぐに否定してくる亜紗美、今日は何時にも増してわからない。私の一番の親友で特別で大好きな人。

家族を除けば一番好きなのが亜紗美でずっと変わってない……2番目が嫌いだった十三になったのは、今も納得してないけど。自分でふっておいてまだ変わらない。

 

「簡単な方、でも根深い所を見ましょう。マキ、貴女自分のこと可愛いって思うのに理由が要るのよね? 知ってるわよ」

 

「そ、それは、でも」

 

ああ、やっぱり。最初に言われたから覚悟はしていた。亜紗美はしっかり私を見て、わかってる。バレてしまってる。私のどうしようもなく醜い部分を。

 

「私と一緒にいるときより、豚君と一緒にいるときの方が……沢山視線感じるのよね?」

 

「うぅ……あっ……」

 

「まぁ、そうよねぇ? マキは可愛いもの。豚君と一緒の時はさぞ美人に見えたでしょうね、周りから」

 

「し、仕方ないじゃない!! 私だって、最初は楽しんじゃったわよ!」

 

十三は優しくて、そして全然気にしていなかった。でも私は、ずっと亜紗美の陰に隠れていた私にとっては。

十三といることに、拭えないほどの優越感があった。彼は私を引き立ててくれた、いや過剰なまでに引き立てすぎてくれた。

となりのテーブルやすれ違う人の声が、私を褒めてくれる、可愛いと言ってくれる。綺麗なお姫様みたいだって言ってくれる。それがとても心地よくて。

あぁ、きっと私の親友は何時もこんな気持ちなんだって。そう醜くも思ってしまった。

 

そして、それを自覚してしまえば、自分が憎いほど気持ち悪くなった。そう私は、十三を利用しているだけだった。私は、十三を使って自己肯定欲を承認欲求を高めているだけの、ひどい女だって。

一緒に居て楽しいっていうこの気持ちですら、その自分を高める【アクセサリー】があるからなんだって、その思いが0だと否定出来ないほどに。でも私は十三の傍に居ることを望んだ。

 

友達だったらまだいいわ。それに十三とはギブアンドテイクみたいな、教え合ったり補い合ったりのそんな関係だったもの。心地よさを得る事も悪いことじゃないでしょ?

 

でももし、もし十三が私の【特別】で【恋人】になったら。私は十三と一緒にいるときに、そんな気持ちをきっと抑えられない。

十三と一緒にいるのは、自分が可愛く見られる為だって、優越感のためだって。

 

あれだけ体格が変わっても、十三の顔は良くないもの。周囲の視線は変わらず私を可愛いって言ってるから。私は褒めてもらえる度に、十三を下に見て優越感に浸る。そんな女になってしまうわ。

 

そしてそれが、外見の悪い男の傍にいてあげる優しい女を気取りだしたら、私はもう自分すらわからなくなってしまうわ。

 

そんなのあまりにも不義理じゃない。十三にさっき【好きって言ってもらって嬉しかった】のに。私が返せるのが、こんな醜い感情じゃ、渡せるわけじゃないじゃない。

しかも、私は亜紗美の次に好きだなんて、不義理な感情なのに。性別が逆だったら、まだマシだったかもしれないけど。

 

私には、十三に好かれる資格が全くない。身も心も特別に可愛いわけじゃない女だって。そう思ったら、十三の傍にはもう去年会った2人が居るって聞いたのを思い出して。

ぐちゃぐちゃになった私は、ただその思いだけで言ってしまった。

 

彼を傷つけるような、ひどい発言を。それですら、自分を傷つけないように、彼と居ると私が嬉しいことすら言っていないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に潔癖よねえ、マキは」

 

好きだという感情は、お姫様のように純心であるべきだっていうのが、きっとマキの心にあるのでしょうね。

相手のことが好きならば、周囲から何を言われようと揺るがないほど、相手に対して真摯であらねばならないのだろうと。そんな高すぎる理想を。

 

マキにとっての恋は物語のような洗練されて、綺麗に昇華した強い曇りのない感情なのでしょう。

 

そして事実として、マキは実践してきた。私の隣にいて周囲に腰巾着と言われようと、どう思われようと真っ直ぐ努力で跳ね除けてこれた。親友と言ってくれる私へ恥じないように……なんか時々邪な行動を隠してするけど。

それでも【思い】自体はずっと真っ直ぐ向けてくれていた。

 

私は飽き性で手を抜きがちなところがあるけど、マキが何回も試行錯誤しながらやってるのを見て。まっすぐ私について来てくれるのを見て、何度も自分を律せた。

多分一人でいたらもっとわがままで奔放な社長令嬢になってた。そうならなかったのは、マキに格好良い私を見てもらいたいって、そう思えたからでしかないわ。

 

 

じゃあマキが逆に、誰かに真っ直ぐ見てもらえる上の立場になった時。少しでも周囲からの評価や視線を気にしない、喜ぶようなことを我慢するのは。きっとできなかったのね。人間ならば普通の感情だけどね。

でも、それを不純で、醜いものだとそう捉えてしまったと。

 

私はマキを何時かのように抱きしめて背中を撫でて口を開く。

 

「あのね、マキ。私、ちやほやされるの大好きよ?」

 

「え?」

 

本心だけを言うの。難しいことじゃないわよ。ちょっとだけ貴女の前で格好をつけていたことを暴露するだけ。

少し恥ずかしいけれど、すぐに笑い話にできるようなそんな程度のことじゃない。

 

「あなたが追い払ってた変な取り巻きとかやっかみも、言われる分には好きよ。心地よいじゃない? 負け犬の遠吠えって感じで」

 

「あ、亜紗美?」

 

ほら、目を白黒させているのが声の上ずり具合でわかるわ。私はね、マキ。これでも頑張ってたのよ。

貴女にお姫様みたいだって言ってもらって。ずっと嬉しかったのよ? お姫様みたいに、貴女の理想像に近づいてずっと貴女に好きでいてもらえるように、こっそり努力してたの。

 

本当はもっと俗っぽくて、好きな男の子の反応一つで一喜一憂する、ちょっとだけお金持ちの家の女の子でしかないけど。

かわいい真っ直ぐな親友を持った幸運な女の子で終わらないようにね。

 

「言わせておけば良いって訳でもないの。好きに受け取って、綺麗な所だけ。自分が嬉しいと思うとこだけ着飾ればいいじゃない。人間てそんなものよ?」

 

「わ、私には、そんなこと」

 

真っ直ぐで純真すぎる、それがマキだ。私、結構苦労してるのよ? 貴女はすぐ悪意に引っかかりそうになるから。変なスカウトや嫌がらせも、貴女には見てほしくないって思うエゴが私にはあったのよ?

 

どうして貴女は、小さい頃の憧れにずっと真っ直ぐでいられるの? こんな馬鹿げた社会でもお姫様に【私】みたいになりたいって、私に真っ直ぐ言えるの?

 

本当は、もう少しだけそんな純粋な貴女を見ていたかったけど。

 

女の子は恋をして成長しちゃうものだから。仕方ないわね。

 

「できないとかじゃなくて、やるの。いいわねマキ」

 

綺麗なお花畑でずっと私に夢を語ってくれた真っ直ぐな女の子にも、遅れはしたしあまり誠実で格好良いとはいえないけど。真っ直ぐでひたむきな王子様が迎えにきたんだもの。コーディネートくらいはしてあげたいわ。

 

「自分の価値は自分で決めなさい。誰に好かれるとか褒められたとか、愛して貰えたとかじゃないの」

 

恋は、マキが思うほど綺麗なことだけじゃないけど。マキが思うよりずっと楽しい刺激的な事だもの。

 

「私は、自分に最高の親友がいて、可愛くて綺麗だって自負があるわ。だから私は自分が好き。それで終わり。マキがどう思おうと、私は否定されない。私はマキが私のことを大好きだって信じているから。それでいいの。祐君が私を不細工だって思おうが、関係ないわ。私は私のまま愛されるだけ。顔が好まないなら別の方法があるもの」

 

私と同じようにはなってほしくないけど。私のこと好きでいてくれるのは嬉しいけど。

好きの種類が増えてもいいのよ。

 

「そんなの無理よ! 私亜紗美みたいにっ!」

 

「だから、何度も言ってる通りやるのよ。人間みんなやってるわよ。っていえばやるかしら?」

 

あたふたし始めるマキ。パートナーと居ると、自分が可愛く見えて相手を利用しているみたいでいや? そんな理由でフるほうがもっと不義理なのよ。汚そうとしないのは高潔じゃなくて臆病なのよ。

豚君は今まで自分から泥だらけに汚れてきたんだから、気にしないわよそんなの。なんで私のほうが確信しているのって話だけど。

 

「もう面倒なこと全部投げ捨てるわよ、いいあなたが考えるのは3つ」

 

まぁ、もしかしたら。それも含めて豚君に甘えているのかしらね? 無意識かもしれないけれど。

そうだったら完全に余計なお世話をしちゃったかもしれない。散々豚君には迷惑をかけたし世話になったからお返しをしないとね。

 

「1つ、自分が一番なりたい状態を目指しなさい」

「2つ、その中でどこは妥協できるか考えなさい」

「3つ、私を信じなさい簡単でしょ?」

 

残念だけど豚君も祐君と同じで女の子にしっかり順位をつけて愛するタイプじゃないから。どれだけ好かれても独占は出来ないでしょうし。

だったら最初からほしい物を選ぶべきよね。私は子供は後にする代わりに色々優先してもらってるから。マキもそういうのを見つけるべきよ。

 

「素直になりなさい。言ってたじゃない、水着を褒めてくれて嬉しかったって。一緒にいると楽しいって。貴女まだ、一回も自分の豚君に対する気持ち言ってないのよ?」

 

それはまぁ【私が一番好きだから】っていう理由なのは申し訳ないけれど。

 

「う、うん」

 

「じゃあ最後、アドバイスじゃないけど一つ教えておくわ」

 

さて、お膳立ては十分ね。祐君が発破をかけてくれるだろうし準備しないと。私はクラッチバッグから取り出した化粧品でマキのすこし崩れたメイクをなおすべく取り掛かる。

肌に合うかより私とおそろいを選びたがるのが功を奏するのは複雑ね。

 

「豚君ね、少し前からインターンはじめてるの。祐君の会社でね」

 

「え? そ、そうなの? ……あ、でも言ってた気がする?」

 

まぁ、この位なら話をしながらですぐに対処可能だ。

 

「元々社歴の長い社員は顔見知りだし、やることはお手伝い程度みたいだけどね、大学卒業まで5年あるから実績も残せるわね」

 

豚君はまぁ、将来の安定性は十分以上ありそうだから、そういう意味でマキを預ける……いやお願いするかしら。その分に不足はない。でも

 

「そこで、現在10人以上の社員に狙われてるわよ?」

 

「え? じゅ、十人?」

 

「全員が本気とかじゃないでしょうけどね。あ、祐君は周囲とか取引先とか、諸々含めて100人以上よ。学校見てれば分かったと思うけど」

 

まぁ二人共お先の明るい未婚の────祐君は今日から既婚だけど────男性だ。冗談半分で狙う人も多いだろう。豚君は無駄に多才だし、祐君は社長令息だもの。

 

「……そん、なに」

 

「だからね? まず拾い上げてから捨てるか決めるほうが、賢いやり方よ? 貴女が下に見れるほど、豚君はでくの坊じゃないのよ、もうすでに、ね? はい、できた」

 

とりあえずはであるが、まぁこれでいいでしょう。そのまま手を引いて隣のゲストルームに連れ込む。体調悪くした時の一時休憩用にしているけど、しばらく借りちゃいましょ。

 

「それじゃあ、ここで待ってなさい。すぐに来るわよ」

 

「あ、亜紗美!? ど、どうしょ。私、十三にひどいこと」

 

「だから、大丈夫よ。祐君が認めてる男の子なのよ?」

 

私にとってはそれで十分なの。

ドアを後ろ手に閉めて、私もマキ離れをしないとって思いつつ。将来ダブルデートとかしたいなぁなんて楽しい妄想をしてるとすぐに……おでこを赤く腫らした豚君とその後ろで同じく赤いおでこの祐君が見える。

 

「男の子って、本当に……単純ね」

 

そう思いながらも、私は横の部屋を指さしてあげるの。

頑張りなさい、マキの王子様って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に入ってまず思ったのは安堵だった。

俺が目の前に座っているマキさんの表情に嫌悪感を発見できなかったというのもあるし。なによりも俺を見て立ち上がって迎え入れるように動いたから。

 

まだ俺に気を使ってくれる程度には親愛が残っているのがわかったなら。もうあとはやることは変わらない。

 

 

俺は人間関係の構築に関しては、祐と華だけ味方にして。あとは全部敵の方が楽だったって言うほど下手だったし。そのせいで人の機微も言ってくれないとわからない。だからちょっと自分でも過剰かなあって思うほど気を回す。やめてって言ってもらったほうが楽だから。

そして、だからこそ祐が行けっていった時、俺が行きたいって思ってるなら。もう突っ込むしかしないわけだ。

 

マキさんは、意地っ張りで素直じゃないけど。ちょっとからかうと良い反応をしてくれるし、寂しがり屋だ。努力家で真面目で責任感が強くて案外面倒見が良い。夢見がちだけど変な所が冷めてるそんなひとだ。

 

彼女が俺の横で笑ってくれればそんなに嬉しいことはない。たとえこの後純や駄場さんに色々言われようとも。俺がいまそうしたいって思った。祐がやって良いんじゃないって言った。それだけでいいさ。

結果的にや倫理的に間違っても、この選択を取った事に。少なくとも後悔はしないから。

 

「改めて、お話があります」

 

「まって、その前にその……」

 

珍しくこちらを遮るかのように言葉を発して近寄ってくるマキさん。握手ができるくらいの距離で止まって、すっと真っ直ぐに頭を下げてくる。

 

「さっきは御免なさい。とても酷いことを言ってしまったわ」

 

「構いません、慣れてますし。気にしてませんから」

 

外見への揶揄であれば、まぁ正直。告白を断られたことは大ダメージでそれ以外があまりにも些事になってる。感覚の麻痺ではあるけれど。正直……俺は祐の指摘通りだからなぁ。好きな人からなら別に……

 

ゆっくりと頭を上げて、不安げにこちらを覗き込んでくるマキさん。本当に可愛らしい。自信有りげな強気というかキツめな表情じゃないだけで、本当に印象がかわるから。

 

「マキさん、好きです。変わらずに」

 

ぽろっとそう漏れてしまったのに、数瞬遅れて気がついたけど。もう一度床に撒いてる水である。お盆に残ったのをまたひっくり返しただけだ。

 

「一番に愛するとかは言えない程度に不義理ですけど、幸せにする努力だけは欠かさずしますので」

 

そのままの勢いで言い切ってしまうことにする。マキさんはまだ俺を見上げたまま動かないから。

 

「だから……その、俺で妥協しませんか?」

 

我ながら酷い口説き文句だという自覚はある。でも一度振られている以上、交渉として挙げられるのは拒否しないで下さいという下からの文句でしかない。

 

外の喧騒が聞こえるほどに静かになって、そのまま固まっていたマキさんの両の目からポロポロと涙がたれてくる。

 

「え!? あ、あの」

 

「ご、御免なさい、平気よ、ただ……」

 

慌てた俺をさらに慌てた様子で留めてくるマキさん。静止するように触れた腕は震えていて、肩幅は俺のイメージした感覚よりもずっと華奢だった。

 

「酷い言いようね……ロマンチックの欠片もないセリフじゃない」

 

「釈明はできませんが……すみません」

 

お前、俺のものになれよなんてとてもじゃないが言えない。でもまぁ

 

「そばにいてほしいので、いくらでも言いますよ」

 

「もっと勉強しなさい……でも、そんな言い草でも。私」

 

マキさんはそこまで言うと倒れるように俺に向かってくる。腕は回していたので、そのまま抱きとめるように受け止める。

とても軽くて小さい女の子で。まるで小さなお姫様みたいだってそう思ってしまった。

 

「嬉しいって、思っちゃったわ……責任とりなさい、十三」

 

何時もの強気な発言なのに、どこか弱々しい言い方。ああ、とても可愛い人だなと思う。俺にはこうして俺に命令したり甘えてくれる人の方が、わがままを言ってくれるほうがずっと楽だから。

 

「はい、喜んでお姫様」

 

しっかりと背中に腕を回して抱きしめた。

 

ああ、これで俺は3股確定のくそやろうか……

そう無意識にうかべられる程に、俺は自分を肯定できていた。

 

 

 






長かった鳥槇先輩編も終了です。賛否はあると思いますが、前書きの通りです。
これでも削りに削りました……その分は後ほどおまけにでも加工します。
次話で一先ずの完結となります。


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男女比偏った世界だからモテるという甘えた考えは捨てた

僕の陰謀家としての手腕も捨てたものじゃないね。それが最終的な僕の、僕への評価だった。

 

「祐! 卒業おめでとう!!! うう、祐がもう高校を卒業……あんなに小さかった祐が……」

 

「君も卒業だよね、十三」

 

「うんうんっ! 立派になったねぇ……祐くんっ!」

 

「華まで乗ると収集つかないから、やめてよ」

 

まぁ、あっという間だった3年生の期間も矢のように終わり、今日は卒業式である。

3年生の間は、結構色々あった。特に先月のバレンタインは、なんかもう色々ひどかったけど、まぁ終わってしまえばいい思い出だ。今日僕たち3人は学校を卒業する。

 

そして春休みの間に僕はゆかり先生と亜紗美さんと結婚する。まぁ、予定通りだ。そして十三もどうやら……。

そう、僕が色々とみんなの力を借りて手を回した結果。彼は割とこう、周囲の女性と良い感じの関係を築けているようだ。

 

結局、彼は駄場さん竹之下さん鳥槇先輩。全員と付き合ってる。

僕としては、もう少し増やしてもいいかと思ったけど、学業がおろそかになるかなとも思ったので、流れに任せた。

十三は結婚と言うか……事実婚に近い感じに落ち着いた。なにせ、結局駄場さんとは学生のうちなのにいつの間にか同棲しているのだから。気がついたら毎日いるようになったらしい。色々凄いなぁあの人は。

 

だけどある日、僕の両親にいい人ができて同棲している件を報告に来た時。駄場さんはガチガチに緊張していた。きっちりとしたスーツを着て、ビジネスウーマン感出して、僕の両親に挨拶する駄場さんは見ものだった。母さんと4つしか変わらないからね、駄馬さん。

「今後、うちの息子と結婚なさるそうですが、現在のご職業は?」

と聞かれたときは、十三曰く過去一番美白された肌だったそうだ。

 

去年の暮れくらいに鳥槇先輩が、亜紗美と合同の式がいいと腕にしがみついて駄々をこねて、2人ももうすぐ結婚することになったし。

竹之下さんも、私も貰ってくれるんですよね? 先輩と逆側の十三の腕をずっと握って離さなかったらしい。十三は聞いたら何でも話してくれるからなぁ。

 

うん、ようやっと彼も僕と悩みを共有できそうだね。

十三は、今ではもう僕より頭2つ分は優に背が高くなったし、自信もついた。

顔はまぁうん、って感じだけれど、全体的に顔つきは非常に良くなった。肉体に関しては今年は特に問題が出てくるほどに育ちやがった。

 

なにせ夏の間に、何度も華に「制服の第3ボタンまで開けるのやめなよ、ぶー君」と注意されていた。彼は全く意識してないけれど、すれ違う女子の視線を集めてたからなぁ、あの胸筋は。羨ましい限りだ。

 

ブサ巨乳需要みたいなもんかーとよくわからない納得をしていた十三も、無事大学には入れた。僕も華も全員学部は違うけど。サークルでも作るかなんて話をしている。

華だけは勉強がギリギリだったけどね。

 

さて────

 

「で、十三。行かなくていいの? そろそろ」

 

「ん、ああ。人も捌けたしちょっくらフられてくるわ」

 

「ふーん……まぁぶーくん頑張れと言っておくね」

 

そう、今日十三は山上先生にいつかの返事をもらいに行くのである。というか、早くしないと人が来ると思うのでさっさと追い返すのだ。

 

「おう、じゃあ後でな」

 

そう言って予め約束していたらしい、体育館の脇へと歩いていく十三。まぁ今日はこの後僕の家でパーティーだし。また会うのは確定なんだけれど。

 

「次会ったときには散々語り明かそうな、学生生活の思い出話を」

 

なんて言うんだもの。

 

「ぶー君……結局自覚しなかったね」

 

「うん、そうだね」

 

彼は体重は結局70kg代にはいかなかった。BMIでみたら肥満体のままだ。でも、そのなんていうか、ものすごい筋肉がついてしまった。なんで高3でズボンをサイズ大きいのに変更するんだよ、あいつ。

 

歩き去っていく彼は、時たま下級生からの視線を集めている。彼が昔言ってた、僕と並ぶと「俺との落差で祐の容姿の良さが際立つんだぜ」と同じで。

僕といるとあいつの恵体っぷりが際立つ。その手の人からするとたまらないみたいだ。色々聴こえてくるんだよね、女子のそういう会話って。

華曰く、十三は一番エロい体している男子に選ばれたらしい。まあ現在ウチの学校11人しか男子いないけどね。裏サイトでは顔がね……とみんな口をそろえているらしいけど。

 

そして、彼女が出来たからか、筋肉が付いたからか、前より明るく周囲に無差別に優しくなった。

 

「これは死守しないとねぇ」

 

そうつぶやきながら僕は自分の胸ポケットを軽く触る。

鳥槇先輩からは上着の、竹之下さんからはYシャツの第2ボタンを、予め確保しておくように指示を受けてたので、さっき回収しておいた。

正解だったと思う。だってアイツ多分ほしいと言われたら何も考えずに最初に言ってきた人に渡すもの。

 

そんな彼が消えていくのを見て。この後起こることに予想がついているけど、あえて見ないふりをして、華と一緒に笑うのだった。

 

「パーティーの参加者1名追加だね、祐君」

 

「僕もそっちに賭けるよ、華」

 

今日はいい日だ。だからきっと大学でも楽しく過ごせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山上先生」

 

「ん、もういたのか、出部谷」

 

俺がここにいるのは、俺が変わるきっかけになった返事を聞くためだ。卒業式の人気のない校舎の裏の方。そこに呼び出しをしている男女といえば聞こえがいいけど。

元より今日卒業する男子は3名、杉崎君がその……持っていかれてしまったので、書類上は4名だけどね。

卒業できたメンツはなんだかんだ言って小学校から同じ3人だけだった。

 

まぁそれはともかく、男子がこれだけ少ないので、卒業後に男子の先輩やら後輩に呼び出されるのは、完全にフィクションの話なのである。

 

「それにしてもずいぶん、大きくなったな」

 

「はい、おかげさまで」

 

「私の目に狂いはなかったようだ」

 

嬉しそうに笑う山上先生。突然告白紛いなことをした、一昨年の秋は女性にしてはかなりの長身の先生とあまり目線の高さを意識するほどの差はなかったが。今ははっきりと俺は頭一つ大きい。

上から見下ろせるというのは、とても素晴らしいのだと再認識している。

 

「それで、要件はなんだ?」

 

改めて微笑を浮かべて聞いてくれる山上先生。

2年のころの俺とは違う。今日だって俺は駄場さんに頑張って来てくださいね? と見送られてきたんだ。保護者席にいたけどね、あの人。大事な時期だから家にいてほしいんだけどね。

 

「はい、2年前の返事を聞きに来ました。先生みたいな人が恋人なら嬉しいと思ったのは今でも変わりません」

 

これは一種の卒業の儀のようなものだ。

純にもマキちゃ……マキさんにもちゃんと言ってきた。今日フられてくるって。二人共変な顔してたけれど、まぁみたいな感じで送り出してくれた。

しっかりと高校生の頃に成長できたきっかけである、先生に御礼を言うべく。俺は目を見つめて伝えた。

 

「先生のお陰で、成長できました。本当にありがとうございます」

 

「ふふ、そうか……それは嬉しいな」

 

今日は卒業式だからか、いつものジャージではなく、スーツを着ている先生はどこか大人に見える。スラッとした脚にパンツスーツは本当に格好良い。

そんな凛々しい山上先生が小さく笑うととても可愛らしくてドキドキしてくる。結局マキさんにはフられたけど、即巻き返したから。きっぱりと断られるのはこれが初めてかな。

 

身構えながらゆっくりと続きを待つ。

 

「では、よろしく頼むぞ、出部谷……いや十三」

 

「え? えっと、あの? つまり?」

 

「ん? なんだわからんのか? あまり女に恥をかかせてくれるな」

 

しかし、何かがおかしい、この時点で何かしらの異常事態が起きていると直感的に感じることは出来たが。言語化することが出来なかった。まってくれ、何か既視感があるぞ、この感覚に。

 

「あの、告白の返事ですよね?」

 

「ああそうだ。立派な男になって健康体になったら、返事をしてやるという話だったな」

 

「はい、で俺は……体重的にはアウトですけど、身長がのびてセーフということで……良いですよね?」

 

まずはここから確認だ。そもそも返事をもらえるかどうかと言うための条件だったのだから。流石に電車のつり広告を避けなきゃいけないほどに伸びた背丈なので、79kgはきつい……肩幅もあるので……

 

「勿論だ、いやぁそこまで伸びるとは思わなかったぞ、男子は化けるやつはすごいな」

 

「ありがとうございます」

 

どうやらお眼鏡にかなったようである。であるのならば返事をもらえるはずだ。いま確認をしたわけだし。

 

「自分に自信を持って、いやプライドといえるほどの芯も持ったわけだ。年下ではあるが……まぁ些細な問題だ」

 

そう言いながら、近寄ってきて山上先生は手を伸ばして俺の頬をペタペタと触る。女性らしくはあるけど、少しゴツゴツしている、働き者の手だ。正直好ましいし、少しくすぐったい。

 

「顔なんて正直私はどうでもよい。成長性を見せてくれて尚、まだ飛躍前だからな……青田買いになるだろうか」

 

首、胸元とどんどん手がスルスル降りてくる。俺は全く気にしないけれど、多分この社会でやったら割とアウトな案件な気もする。まぁ周りに人もいないし良いのだけれど。

 

「えっと、それで?」

 

「ああ、だから皆まで言わせるわけか? まぁ1年以上待たせたんだ。良いだろう。OKだ、これからは恋人としてよろしく頼むぞ。末席で十分だからな」

 

「はぁ、こちらこそ……あれ? 」

 

ようやっと、脳が認識した。なんだこれ、つまりは

 

「OKってことですか?」

 

「ああ、もう生徒じゃないからな。3人と付き合ってるんだろ? いい顔をするようになった」

 

「お、俺年下ですよ?」

 

「年齢より老けてるように感じるから、問題ない。些事だ。それにお前が年上が平気なのも知っているからな?」

 

にかっと白い歯を見せながら笑って見せる山上先生。うわぁ格好良い。じゃなくて、考えるべきことは多い。まず振られる前提だったから、3人にどう話すかとか、結婚ももうすぐなのに席とかどうするんだとか……

 

「あの、その……」

 

「なんだ、不服か? お前の時間が合う時に会ってくれればいいんだぞ?」

 

わかっているのか、そう言いながら、むぎゅっと体を当ててくる先生。圧倒的な質量を俺の肋骨が感じている。ああ、だめだなこれは……無理です、幸福なので降伏だ。そも山上先生は俺の好みど真ん中の人なんだ。そう言われて断れるほど俺は意思が強くない。

 

「いえ、その。こちらこそよろしくお願いします」

 

「ああ微力ながら、お前を幸せにしてやる」

 

やだ……格好良い……好きになっちゃいそう。ああ、もうなってるんだった。

 

 

 

 

まぁ、こんな感じで俺は山上先生改め、エマともお付き合いをすることとなった。

去年の夏に3人の扱いで揉めたのに、また色々と面倒なことになるのだが……それはまたの機会に話そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐の家でのパーティー。

もうここ1年で何度お祝いしたかわからないけれど。卒業式だから今日は盛大だ。

2年前の2年生に成りたてだった頃の俺からすれば、想像もできないような光景だ。祐は5人の奥さんと恋人に囲まれて幸せそうに笑っている。それを見る祐の両親も安心したかの様に笑っている。

俺にだって、まさかまさかで4人も恋人ができた。絶対に当時の俺ならば、信じることはしてくれないだろう。

 

「何黄昏れてるのさ、十三」

 

「いいだろ、今日ぐらい」

 

今日の主役は俺と祐と華。そして一応先週卒業してた純という形だ。案外同学年が少ないのである。雪之丞君も誘ったけれど断られた。卒業記念に「これ使って」と胃薬と付箋がいっぱい貼ってある育児書をくれたけど。彼にも強く生きてほしい。

 

「それで、どう? 君は君の周りの女性を幸せにできるのかい?」

 

「さぁ? わかんないけど、やるだけやって判断してもらうさ」

 

さすがの俺も、ここまで俺に色んな人が慕ってくれたのは、俺が実はモテる男だからだなんては思わない。まぁ十中八九祐が色々と動いていたのだろう。それに関しては文句などあるはずはない、言う権利も資格もない。

 

「ほら、駄場さんがまた家の両親に絡まれてるよ、母体に悪いんだから助けてあげないと」

 

「いや、あれは善意でやってるし……」

 

「一生恨まれるんだよ、この時期の不満は」

 

いつの間にか俺は祐の両親から普通に子供扱いされるようになった。まぁそれはいいし、実際駄場さんも困ってはいるけど、嫌がってはいないからなぁ。

 

まぁ俺も変わらないといけない。いつもいつも祐のことばかりだったけれど、勿論大切な親友だけれども。大学に入って、将来のことを考えれば、優先順位はついてくる。

それでも変わらないのが友情だとは思うけど。

 

「お互い、大変だから、頑張ろうな祐」

 

「勿論、助け合っていくのが親友でしょ、十三」

 

まぁ、この1年。勉強を教える対価に、祐と華からは散々女性の機嫌の取り方を学んだよ。非常に勉強になったがまだまだ俺には足りないと講師2名が言っておられるから、精進する必要がある。

 

結局のところ、こんな男女比が偏った社会だからって理由一本で、男で楽な人生を送れるわけはないのである。

 

まだまだ沢山迷惑をかけて、純やマキさん、駄場さん……それとエマに怒られて泣かれながら四苦八苦していくしかないだろう。それを楽しいって思えなきゃやってられないんだろうけどね。

 

「それじゃあ、皆の所に戻ろうよ」

 

「ああそうだな」

 

 

甘えた考えだったろって、どこか懐かしい声が聞こえた気がした。

 

 

 

 





以上で完結です。1ヶ月半ほどのお付き合いありがとうございました。
ほぼ毎日書けたのは、読んでくださった方のおかげです。
この後は、おまけと後日譚を不定期に書いていきますので、お時間があればどうぞ。
あとがきは長くなるので、暇な時に活動報告にでも書き散らします。

改めてありがとうございました。
読了後の感想と評価をどうかよろしく願いします。


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