.hack//G.U. 俺たちはココにいる (舞@目標はのんびり更新)
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Re:Birth

 

きっかけは単純なもの。

ロクに話もしたことがないクラスメートたちが、とあるネットゲームの話題で盛り上がっていたから。

 

『The World』

プレイヤー人口1200万人以上の大人気オンラインゲーム。

 

亮もその存在を知っていたし、スマホに登録してある数少ない友人に紹介されたこともある。だがプレイしようと思ったことはない。

この時までは。

 

 

 

遠くで、吹奏楽部がチューニングする音が聞こえる。

奏でられる雑音の中に紛れる、ハ長調ラ音。

 

 

 

その日のうちに、亮は『The World』のアカウントを制作した。

PCネームは『ハセヲ(haseo)』。

 

 

 

 

 

 

 

そうして世界に、新たな産声が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は巡る。

 

 

 

 

 Δ隠されし 禁断の 聖域

 グリーマ・レーヴ大聖堂

 

 

ハセヲの姿は今や初めてログインした時とはまったく違う。

 

今やハセヲはレベル133の魔人。

器用貧乏と呼ばれ評価の低かった錬装士(マルチウェポン)の名を一気に知らしめたPKK『死の恐怖』。

人を寄せ付けない刺々しい鎧に、ディスプレイ越しにでも伝わりそうな圧倒的な存在感。

 

それはまるで、狂気の具現化。

 

ハセヲの歩む道は誰にも理解されない、理解されることを拒否する道。或いは世界を敵に回す行為。

しかしそれでも構わない。

 

三崎亮(ハセヲ)は、良くも悪くも生真面目だった。

だから目の前で起きた事を素直に受け止め……受け止めた結果、狂気に墜ちた。

 

全ては伝説のPK三爪痕(トライエッジ)を探すため。

未だ意識の戻らない志乃を救うため。

 

「どこだ! 三爪痕!」

 

半年ぶりに出会った、かつてハセヲ所属していたギルドのマスター。

 

ハセヲは彼のことを信頼していた。

 

たとえ本人が変わり者だとしても。志乃が消えたときにいなかったとしても。

ハセヲは彼を、オーヴァンを信じて疑うわけがない。

 

だから、ハセヲはここに来た。

オーヴァンが教えてくれた情報を頼りに、思い出深いこのグリーマ・レーヴ大聖堂にやって来た。

 

 

 

 

 

まるでハセヲの叫びに応えるかのように、聖堂の祭壇に蒼い炎が生まれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと身を起こし、若干痺れの残る手を軽くスナップ。

スマホの画面で日時をチェックすると、ほんの数分だが意識が飛んでいたらしい。

「俺、は……」

思考が定まらないまま、のろのろといつの間にか電源の落ちたFMDを起動させる。

すると、まず最初に目に飛び込んできたのは『全システム初期化処理終了しました』という文字。

「初期化だと!?」

鈍っていた頭が瞬時に覚醒した。急いでメールボックスを開いてみるものの、今までの送受信データやアドレスまで全て空。

「一体、どうなってるんだ?」

急いで、The Worldにログインする。

 

――――――捕まえた。

 

画面が切り替わる瞬間、赤い3つ目の死神を幻視した。

 

 

 

 

 Δ悠久の古都「マク・アヌ」

 

いつもの癖で(・・・・・・)、ハセヲは右手をスナップする。

「……え」

その行為に違和感を感じるも、ハセヲのステータス画面を見てそれも吹き飛んだ。

「何だこれ!?」

装備が初期装備に変わっている。というかアイテム欄が空っぽだ。メンバーアドレスも。

……志乃の、メンバーアドレスも。

ハセヲのレベルが1になっているよりも、そちらの方がショックだった。

 

志乃。

ハセヲの大切な女性。今は白い病室で、原因不明の病で昏々と眠り続ける人。

 

志乃が意識不明となったのは、The Worldにログインしている最中で……三爪痕と呼ばれるPKにHPをゼロにされてからだ。

 

それから6カ月。

必死に強くなった。苦手なボタン操作だって必死に克服し、レベルも100を超えた。

 

だというのに歯が立たなかった。あんなにレベルを上げたのに、ハセヲの攻撃は一切通らなかった。

まるで、オブジェクトを相手にしていたかのような。

 

(……アイツ、三爪痕の仕業か)

「クソッ」

膝から崩れ落ちそうになるのを、奮い立たせる。

相手が仕様外なのは最初から分かっていたことだ。

 

何せ三爪痕は、ゲームでHPをゼロにした相手を未帰還者を生みだしているのだから。

 

それを考えると、初期化程度で済んだのはまだ僥倖だったのかもしれない。

まだハセヲは戦える。

そう新たに決意して、マク・アヌのドームを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来ならプレイヤーが立ち入ることの出来ない、ドームの上。そこに異形の銃戦士がいた。

その隣に現れたのは、漆黒の双剣士。

「随分と面白いことすんね」

「お気に召したかな」

「興味にゃ~いwww」

座り込み、切れ長の目で双剣士はちらりと銃戦士を見上げた。

「そうか」

「そ」

 

この双剣士は、ハセヲと特別な縁がある。

そのことを知っているからこそ、銃戦士は双剣士のことを警戒していた。しかし当の双剣士は、ニヤニヤとハセヲがPC2人に引きずられるようにしてドームに入っていったのを見送るのみ。

「だって~、ボクちんには関係のない事だし~」

間延びした声。しかし口調とは裏腹に双剣士の視線は鋭い。

「で・も~……リアルでは、ちょっかいかけないでよ。俺、楽しめないからさぁ……手、出したら殺すぞ」

 

一転して冷徹に言い放ち、返事も聞かず双剣士は姿を消した。

 

あの双剣士が素の表情を出すことはほとんどない。だというのにハセヲには興味を示さず、三崎亮(ハセヲのプレイヤー)のみに対し牽制した。

「……ああ、勿論さ。俺の目的は現実世界では果たすことが出来ないからな」

ぎちり、と左腕の拘束具が鳴る。

あの双剣士は、銃戦士にさえ晒していない手札がある。しかし無理にカードをオープンさせ、逆鱗に触れることもない。既に計画は止まらないところまで進んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




.hackシリーズ20周年記念展を祝して投稿します。
元々はハセヲと楚良とスケィスが同時に活躍する話が読みたいという一念で書き上げました。細々とした活動になると思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


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1-1

 

確かに今のハセヲはレベル1だ。初心者と間違えられても仕方ない。

仕方ないとはいえ……納得できるかどうかは別。

 

 

 Δ麗なる 先導の 巣立ち

 

 

オーヴァンらしき人がいたというPC同士の会話を聞き、ひたすらマク・アヌを歩き回った。しかし見失い……とある獣人PCとぶつかったのまではいい。

 

適当に相槌を打ちながら、ハセヲは条件反射のようにモンスターを倒していく。

「飲み込みが早いじゃん!この調子で行こう!」

「すごいんだぞ、ハセヲ~。このままじゃ、すぐに追い抜かされちゃいそうだな~」

(よくもまあ、他人にそこまで積極的に関われるもんだ)

 

ギルド『カナード』

初心者サポートを目的として設立されたこのギルドのメンバーに、ハセヲは初心者と間違えられたのだ。

そりゃあもう、何度否定してもこの2人は聞き入れない。挙句の果てに強引にハセヲをこのエリアに連れてきた。戦闘のレクチャーというおまけ付きで。

 

斬刀士(ブレイド)のシラバスと魔道士(ウォーロック)のガスパー。

ギルドと言ってもメンバーはこの2人だけしかいなく、弱小もいいところだ。2人のレベルも今のハセヲより少しましという程度。

それでも、今のハセヲよりレベルが高いことは確か。今は大人しく、少しでもレベルを上げることに専念すべき。

 

そうでなければ、あいつに勝てない。

 

8カ月ぶりに回式・芥骨を持ち、スキルを用いモンスターを屠る。

最低レベルに最弱武器では、モンスターが雑魚であっても与えられるダメージは限られる。本来なら瞬殺だというのに、もどかしい。

 

「このダンジョンは初心者向けだから、強い人はいないと思うけど……初心者を狙ったPKもいるから気を付けてね」

「……ああ」

 

ハセヲも、初ログインの時に狙われた。

獣神殿の宝箱を開けたところで、ぐっさりと。抵抗する間もなかった。

 

そこを助けてくれたのがオーヴァンだった。

そしてオーヴァンに誘われ、ギルド『黄昏の旅団』に入り……志乃と出会った。

初心者であるハセヲの面倒を見てくれた志乃に、ハセヲはいつしか恋をした。

 

しかし、志乃は殺された。

だからハセヲは復讐の為、志乃を助ける為に三爪を追い……今はこうして惨めな姿を晒している。

 

「強い敵と出会ったときは、逃煙玉ってアイテムを使えば戦闘は回避できるんだぞ」

「そうだ! ハセヲにも渡しておくよ」

シラバスから逃煙玉と、平癒の水までプレゼントされる。

「……貰っとく」

今はアイテムも貴重品だ。大人しく受け取ることにした。

「とにかく、PKに会ったら逃げる! 相手の方が基本レベルが高いからね、敵いっこないもん」

「中にはぁ、カオティックPKっていって、賞金がかかったPKもいるんだぞ。全部で7人いるんだけど、全員すっごく強いんだぁ」

「賞金を手に入れるためにはクエストをクリアする必要があるんだけど……まだ適正レベルまで遠いね」

「でも、カオティックPKじゃなくても強い人は強いからね。それこそあの『死の恐怖』とか……」

「『赤い稲妻』って人とかぁ……」

「あと『黒い……』……なんだっけ?」

「どうでもいいだろ」

嫌な名前を聞いてしまった。最近ログインしていない男のことを思い出し、ハセヲは嘆息する。

「さっさと奥、行こうぜ」

ハセヲには無駄話に付き合う暇はないのだ。

そもそも、わざわざ初心者を助けようとする2人の活動理念も分からない。

(……面倒事を増やして、意味なんてあるのか)

シラバスとガスパーは、根っからの善意でやってくれているのだろう。……だからこそ、ハセヲにはそれが余計なものに思えた。

「よし、じゃあ次のバトルいってみよっか! 次はハセヲが指示出してみてよ」

「はぁ? んなモン、適当にやってりゃいいだろ」

「でもクエストによってはパーティ組むのが必須だったりするし……そういう時の練習だと思って」

「……チッ」

丁度良くゴブリン3体の群れも見つけてしまったし。ハセヲは早くこのパーティを解散したいのだ。反抗するよりも、指示に従ってさっさと終わらせる方が労力は少ない。

「……じゃあ、俺が不意打ちするからガスパーは直後に攻撃スキル使用。シラバスはそれで吹き飛んだヤツの止めってことで」

「了解!」

「分かったぞぅ!」

モンスターの死角から、カーソルを合わせる。まだ気付かれていないことを確認してから、バトルを開始した。

不意打ちの判定が入り、ゴブリンAを吹き飛ばす。そこにガスパーのリウクルズ(水魔法)が命中した。

「よしっ!」

「行くよ!」

シラバスが流影閃を発動する隙を、ゴブリンBが狙う。

「させるかよ!」

「ハセヲ!」

「ガスパー、Cの足止め!」

「了解だぞ!」

「シラバス、そいつが終わったらCを! こいつは俺がやる!」

「分かった!」

再度ガスパーがリウクルズを発動。少し手こずったもののAにとどめを刺したシラバスが、ゴブリンCへ走る。ハセヲの方は攻撃力が足りないものの、双剣の強みである手数の多さでゴブリンBを圧倒した。

「……ま、こんなモンだろ」

「凄いぞ、ハセヲ!」

「うん、フィールド全体見れてて凄いよ! ボスレイドのイベントとか、リーダーの指示が下手でぐだぐだする場合もあるし……ハセヲ、才能あるかもね」

ストレートに褒められ、ばっとハセヲは顔を背けた。

「……んなこと、ねぇよ」

「あ、もしかして照れてる?」

「バッ、照れてねえ!」

それ以上追及されたくなくて、マップを頼りに奥へと走り出した。

「あ、ハセヲ~」

「ま、待ってくれよぅ!」

 

幸いにして獣神殿はそう遠くない。パーティが自動的に解消される程離れることもなく、ハセヲは最奥の扉を開けた。

 

「ま、待ってくれよぅ……」

「獣神像に到着したね(^^;)」

 

初心者(仮)であるハセヲに、サポートの2人。

この状況に、嫌でもPKされたときを思い出して、そっと唾を飲む。

 

「ほら、ハセヲ。あれが宝箱だよ」

「早く開けるんだぞ」

促され、仕方なしにハセヲは宝箱にカーソルを合わせ……宝箱を開ける。

中に入っていたのは斬刀士用の武器。ハセヲでは装備できないものだ。

「あっ……残念だね」

「でも、おめでとうなんだぞ」

2人は警戒するハセヲを他所に、拍手のモーションで迎えてくれる。

ようやくハセヲは、緊張していたことに気付いた。

 

神殿の宝箱を開けるなんて、数えきれないくらい行ってきた。

だというのに、レベルが1になっただけでこんなにも神経質になっている。

 

「……やる」

「え?」

「どうせ俺じゃ使えないし」

どうせ売ったところで二束三文にしかならない。アイテム欄の肥やしにするよりかは、シラバスに渡した方が有効活用してくれるだろう。

「あ、ありがとうm(_ _)m」

シラバスに入手したばかりの刀剣をプレゼントし、ハセヲは踵を返した。

 

過敏になっている所為か、滝の水音や草の擦れる音がやけにはっきりと聞こえて。

だからだろうか。ハセヲはいち早く接近してくるパーティに気付いた。

 

「久しぶりだねぇ~ハセヲくん♪」

嘲るような声。

見なくても覚えてる、ボルドーとネギ丸、グリンの3人。最近付き纏っているケストレルに所属するPKだ。

「何だってこんなときに……」

マク・アヌにいたのは見かけた。しかし、わざわざ追ってくるとは。

「こいつら……ケストレルだ!」

「え? え? なんなのこの人たち?!」

「PKだよ、有名な!」

「しばらく見ないうちに、ずいぶんしょぼくれちゃったのねぇ? 『死の恐怖』サマだと気付くのに、時間かかっちゃったわよぉw」

「えぇっ!? 本物~?」

「ホントーにホントーの『死の恐怖』?」

こそこそと話し合っていた2人が突然声を上げた。

どうやらボルドーの言葉を聞いて、ようやく2人はハセヲが本物の『死の恐怖』だと気づいたらしい。

「……だから、言っただろうが」

ハセヲは何度も言った。初心者じゃないと。バグの所為でレベルが初期化されてしまったと。その度に笑われた。

だがまさか、ボルドーのお陰で理解してくれるとは思わなかった。その点だけ、ハセヲは感謝することにした。

「こんなところで出会うなんて、スッゴイ偶然♪ もしかして、私たちって赤い糸で繋がってる?」

「はっ、そんなのこっちから願い下げw」

「こっちもだよバーカ! 匿名のメールで教えてくれた人がいなきゃ、わざわざ来なかったっての! さあ……夢にみるほど忘れられないくらいに、ズタズタに愛してあげる!」

嘲笑も怨嗟も、レベルダウンする前なら関係なかった。全て叩きのめすことができたから。

だが今のハセヲはボルドー(雑魚)にすら反撃することが出来ない。

先ほど貰った逃煙玉を使おうにも、マク・アヌに戻るためのプラットホームへの道は塞がれている。直接プラットホームに転送する為の道具は持っていない。

「ななな、なんだかよく分からないけど……。乱暴なことはやめ――」

頭を抱えながら、無謀にもガスパーは刀を抜いたボルドーを止めようとした。

しかし容赦なく、ボルドーは刀を振る。

「あひゃあっ!」

「ガスパー!」

「邪魔するからさ!」

たった1撃で、ガスパーのHPが0。悲鳴を上げたシラバスが、慌てて黄泉返りの薬を使った。だが使ったところでまた倒されるのがオチだ。僅かに寿命が延びただけ、殺される回数が増えただけに過ぎない。

「……気に食わねえ」

 

 

――――――ああ、同感だ。

 

 

ハセヲの呟きに、答えるはずのない声がした。

 

 

――――――俺たちは『死』を貰う側ではない。与える側だ。

 

 

 

だが、その力は喪われた。

森の奥底で得た力は、葬炎により焼き尽くされた。遺されたのは無力な抜け殻のみ。

 

 

――――――そんな事はない。『力』はここにある。

 

 

『力』は喪われていない。相も変わらずここに在る。ただ引き出すことが出来なかった。……否、引き出すのを恐れていただけ。

口では求めながら、その実恐れているだなんて、なんと滑稽だろう。

 

 

――――――なら、どうすれば良いか分かるだろ?

 

 

ビリビリと、肌が痺れる。

まるでボルドーが放つ殺気がハセヲ(三崎亮)の肌を叩きつけるみたいに。

 

 

――――――さあ、連中に『死』を刻みつけろ。

 

 

 

ハセヲの意志に従い回式・芥骨が具現する。

レベル1用の、最弱の双剣。とても貧弱な武器だが、それでも武器。相手のHPを1でも削ることが出来る。

「はっ、やろうってのか?」

最弱の武器を見て、ボルドー達が大きく嘲笑した。

 

 

――――――さあ、今すぐその首を刎ね脊髄を啜り脳を喰らおう。

 

 

『ハセヲ』が哂う。

 

必要なのは相手を殺すという一途な意思。

そして現実と仮想を混じり合わせる狂気。

 

 

 

――――――俺たちが、『死の恐怖』だ。

 

 

忌まわしくも懐かしいハ長調ラ音が鳴り響いた。

 

 

赤い3つ目の死神が降臨し、鎌を振り下ろす。

 

 

「待ちなさい」

 

その寸前。

望まぬ第三者の声が割り込んだ。

 

「随分と、楽しそうね?」

 

はっと、ハセヲは我を取り戻した。

そして愕然とする。

 

アレはどんな生物でもまず最初に求めるもの……生への渇望と対極にあるもの。

7年前に生まれ、そして2年前にデータの海に散逸した死神。

ずっと亮が見ることのないように、奥深くに封じ込めた存在。

 

それを自らの手で、檻から解き放とうとしていた。

 

「どうして……」

耐えきれずFMDをむしり取る。

そこは見慣れた自分の部屋。獣神殿のフィールドでも、洞窟のダンジョンでもない。

 

他に誰もいない。

だが間違いなく、死神はここにいる。

他ならぬ三崎亮(ハセヲ)の内側に。

 

死神を縛り付けていた鎖が緩んでしまった。

もうハセヲには、あの死神を縛り付けておくことは出来ない。

 

「……大丈夫だ。ここは現実、あの世界(The world)じゃない」

嫌でも激しい動悸を深呼吸をすることで落ち着かせ、再びハセヲはFMDを被り直した。

 

 

やって来たのは、露出度の高い衣類を身に纏った女闘拳士だ。

「何だお前? 一緒にPKされてぇのかぁ!?」

PK3人にも怯まず、闘拳士は嘲った。

「いいのかしら、こんな事しててw」

「あ?」

「貴女たちPKが一番嫌っているギルドが、ここに向かって来てるかもしれないのに……」

「『月の樹』か! てめぇ……通報したな!?」

「さぁ、どうかしら?w」

「どうするよぉ……」

不安そうにネギ丸が窺うと、ボルドーが舌打ちした。

「あいつらと揉めると後が面倒だ! お前、覚えてろよ!」

瞬時な判断は褒めるべきだろう。

 

ただし、ボルドーたちは勘違いをしている。

あの闘拳士は通報などしていない。来る「かも」と言っただけだ。つまりブラフ。

 

「あの……助けてくれてありがとうございます」

ポリゴンの『ハセヲ』は三崎亮の感情を映しはしない。だから誰も、『ハセヲ』の異変に気付かない。

「助けてくれて、ありがとうなんだな~」

礼を言うガスパーを他所に、女性はハセヲを見つめる。

「アンタがハセヲね?」

その視線が勘に触る。

高圧的で、意見を押し付けてくるような大人はハセヲも嫌いな人種のひとつだ。だから反射的に喧嘩腰になる。

「あんたみたいな奴に名乗った覚えはないんだけど?」

でもそのお蔭で、幾分調子を取り戻し、口が滑らかに動く。

「へえ……噂通りのきかん坊って感じね」

「何、アンタ俺のファン?w」

「残念ながら、ガキは趣味じゃないの」

「あっそ。そりゃよかった。俺もオバサンには興味ない」

「オ、オバ……」

分かりやすいほどあからさまな反応。

そこまで年嵩ではない、だが年齢を気にしているということは20代後半か……30代前半くらい、だろう。

「『きかん坊』とか『趣味じゃない』とか、言い回しがどっかオバサン臭い……w」

そして年齢を意識しているというのなら、そこを突かない手はない。

「失礼ね! こう見えても私は……!」

「私は?w」

「………」

どうやら勝利のゴングはハセヲに鳴ったようだ。相手は沈黙し、嘆息した。

「……出直した方がよさそうね」

そして相手もそれを悟り、踵を返した。これ以上は冷静な対応を取れないと判断した辺り、引き際は弁えているらしい。

「ご勝手に」

どうやら拳闘士はハセヲに用があったらしい。だからこそこのフィールドまで追いかけてきたのだろう。

これは嫌でもまた顔を合わせることになりそうだと、そっと嘆息する。

「ひとつだけ忠告しておくわ」

あくまでそこにいるのはキャラクター、ただのポリゴン。

しかしハセヲは、その目には感情が宿っているのを見た。

「ハセヲ……あなたのPCには『危険な力』が秘められている」

「『危険な力』……?」

「自分のPCから巨大な『何か』が生まれるような感覚を覚えたことはない?」

その言葉に反応するかのように、内側でずくりと『何か』が蠢く。

 

あの闘拳士は、『ハセヲ』の内に潜む死神の事を知っている。

 

「……まぁいいわ。じゃ、また会いましょう」

(面倒。もう関わるな)

踵を返した闘拳士の背中を、ハセヲはそっと睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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1-2

「どうして俺だと分かったんだ?」

志乃と同型のPCが、ハセヲの声に振り返る。

「だって、ハセヲさんはハセヲさんじゃないですか」

その言葉がハセヲの胸を抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 Δ従順なる 怒涛の 万妖

 

 

只管、ハセヲは胸中で後悔していた。

敵も雑魚ばかり、しかも1度倒したらなかなか再出現しない。今は少しでも経験値を稼ぎたいのに、これでは時間の無駄だ。

こんなエリアに来ることになったのは、とあるPCに誘われたからだ。

 

志乃と同型PCの「アトリ」。

 

アトリが視界に入るだけで、ハセヲの心に波が立つ。

 

ハセヲは、志乃に思慕の情を抱いていた。

初めてログインしたとき、初心者を標的にするPKから助けてもらったオーヴァンに父の。

オーヴァンに誘われギルド『黄昏の旅団』に入団したハセヲの世話係となった志乃に母の面影を見た。

 

しかしオーヴァンは失踪し、志乃は未帰還者となった。

ハセヲが現実(リアル)を投げ捨てThe World(仮想世界)にのめり込むようになるには、それだけで充分すぎる理由だった。

 

そうしてハセヲはPKK『死の恐怖』と呼ばれる魔人になった。

 

「ご迷惑じゃありませんでした?」

(そう思うなら、最初からメールしてこなければ良いのに)

「そう思うなら、最初からメールしてこなきゃいいだろ」

心の声と、ハセヲの言葉が重なった。

「ぁ……」

「……嫌だったら、最初から来ねえよ」

居心地の悪さを誤魔化すため、ハセヲは続けた。

「ほら、さっさと行こうぜ」

「……はい!」

嬉しそうに、アトリが返事をする。

「ハセヲさん。このエリア、私のお気に入りなんです。今夜は月が、いつもより綺麗」

「いつもよりって……んなわけないだろ。ゲームだぞ、これ」

釣られてハセヲも空を見上げるが、いつも通りの夜のグラフィックによく分からない星が瞬いているだけ。

「ハセヲさんは、お気に入りのエリアってありますか?」

そう質問されて、ハセヲは言葉に詰まる。

 

思い浮かべたのはロストグラウンドのひとつ、グリ―マ・レ―ヴ大聖堂。

あそこは良い思い出も、悪い思い出も詰まっている場所。

 

「……いや、ねぇよ」

しかし、ハセヲはそれを言わなかった。教えたところで共感など欲しくなかったから。

「そうなんですか。じゃあ、一緒に探しましょう!」

「必要ねえ」

適当に答えておけば良かったと少し後悔して、思い直す。どうせ次の約束を取り付けられるだけだろう。

「私、よく『月の樹』の人たちと色んなフィールドも回るんですけど……」

「その割にはレベル低いよな」

必死にレベル上げして、ようやくハセヲのレベルは、もうすぐ10に届くくらい。対しアトリのレベルは4。明らかに低い。

「はい、なんで逃煙玉はいつも沢山持ち歩いているんです」

「……あ、そうかよ」

どうやらアトリにはモンスターとバトルする気がないらしい。そこそこログイン歴は長そうなのに、レベルが低いわけだ。

「あ、ハセヲさんは『月の樹』というギルド名の由来はご存じですか?」

「興味ねえ」

「まあまあ! 聞いておいて損はないですよ、ハセヲさん!」

拒否したというのに、アトリは構わず続ける。

「『月の樹』は『七枝会』という幹部会で運営されています。榊さんのこと、覚えてますよね? 榊さんも幹部の1人なんですよ」

「チッ、聞いてらんねえ……」

「あ、ちょっと、ハセヲさん! 待ってください!」

ハセヲは月の樹が嫌いだ。弱いクセに群がって、秩序と安寧を求めるとかで自らの理想を押し付ける。だから宗教と揶揄されるのに。

アトリだってそうだ。綺麗事をこちらに押し付けて、仲良しこよしを求めてくる。

 

そんなもの、ハセヲは望んでいないのに。

 

双剣を握る手に篭る力を意識して抜き、ハセヲは何度も深呼吸をして気分を落ち着かせる。そうしないと大人げなくアトリに怒鳴り散らしてしまいそうだから。

アトリの言葉に耳を傾けず、すべて聞き流す努力をする。それでも、1つ1つの単語が引っかかる。

 

「……っと、モンスターだ。行くぜ!」

こちらに気付かずフィールドを周回しているキノコ型モンスターを見つけ、アトリが何か言う前に不意打ちを仕掛ける。

苛立ちの分、力が籠ったのだろう。モンスターのエフェクトが、普段よりも派手に散ったように見えた。

「……え?」

 

ハセヲは只のアバター。リアルで対応するボタンを入力するだけで、その通りに行動する。

しかし今、ハセヲは亮の意思に従って動かなかったか?

 

今度は意識して、通常攻撃のボタンを押す。対応ボタンの通りに攻撃をするPCに、そっとハセヲ()は息を吐いた。

 

「ハ、ハセヲさん!」

「アトリ、リプス(回復)!」

「え、えと、あの! ちょっと待ってください!」

被ダメ覚悟でハセヲは攻撃し続け、アトリが狙われないよう動く。結局アトリの回復魔法が発動したのは、2体目のモンスターを倒したときだった。

「お待たせしました!」

「もう1度!」

「は、はい!」

ハセヲもスキルを発動。そのまま連続攻撃をして、3体目のモンスターも倒した。

「やりましたね、ハセヲさん」

2人に経験値が入り、アトリのレベルが上がった。

「あ」

「……良かった、な」

他人のレベルアップを祝うのも、何カ月ぶりだろう。ずっとソロで活動していたハセヲにとって、それは本当に久しぶりのことで。多少の照れくささもあり、少しぎこちなくなってしまう。

 

武器を収め、無意識に右手首をスナップする。

 

「あの……ハセヲさん……」

「何だよ?」

「あっち……。あっちの方から、何か聞こえませんか?」

「……そうか?」

耳を澄ましてみるが、ハセヲにはフィールドのBGMしか聞こえない。だがきっと、アトリの言う『音』とはこれの事ではないのだろう。

「はい。こっちです!」

「あっ、おい!」

ハセヲが止める間もなく、アトリが走っていってしまった。

「糞っ」

本当なら、ここで無視しても良かった。

だが何故かアトリを放置して帰る気分にもなれず、後を追う。

 

向かった先は、獣神殿の裏。普段なら目にも留まらないだろう場所。

だがハセヲの目は、そこに引き付けられた。

 

獣神殿の裏に刻まれていたのは。

 

三爪痕(トライエッジ)が、ここに……?」

夜のフィールドで、禍々しく光を放つ三角の傷。

「トライエッジ……? そういう名前なんですか……?」

 

最初、ハセヲは地震が起きたのかと勘違いした。

だがここはゲーム。イベントならいざ知らず、一般フィールドで地震が起きる仕様なんて聞いたことがない。

傷跡(サイン)に、アクセスできる……!?」

まるで吸い込まれるように。

 

2人はフィールドから転送された。

 

そして辿り着いた先に広がっていたのは、巨大な地底のホールだった。

「ここは……?」

「ロスト・グラウンド、でしょうか……こんな地底湖があったなんて」

 

 

 ロストグラウンド 

 死世所 エルディ・ルー

 

 

悠然と聳え立つ純白の樹大樹フラドグドがいっそ怪しささえ醸し出す、幻想的なフィールドだ。

ハセヲは人並み以上にロストグラウンドのことを把握しているが、ここの存在を今日初めて知った。

物珍しげにアトリが周囲を見回していたが、やがて視点がフラドグトに固定される。

「……ハセヲさんっ! あそこに人が……!」

アトリの指し示す先。フラドグドの根本にいる青年は。

 

仕様外の猫を肩に乗せ、身に纏わりつく黒い泡を指先で弄んでいた。

 

「なんだろ、あれ……とっても綺麗……」

恍惚とするアトリに、ハセヲは戦慄した。

あれは、The World(この世界)にとっての異物だと直感する。決して相容れぬものだというのに、それを受け入れるあの青年にも、呑気なアトリにも。

「……聞こえる……。『音』……あの人の方から……」

アトリが湖に1歩踏み出すより先に、青年は姿を消した。ハセヲたちなど気にも留めていないのだろう。一瞥すらしなかった。

「待ってください!」

「おいアトリ!」

慌てて走り出そうとするアトリを、とっさにハセヲは呼び止めた。

「……え?」

水面から湧き出た大量の黒い泡が、明確な敵意を持ってアトリへと襲い掛かった。

 

泡から出てきたのはまるで、微生物のようなモンスターだ。ただし、サイズは一般PCの数倍はありそうなほど大きい。

 

そのモンスターが吠える。

腹の底から響くような、おぞましい鳴き声。生理的嫌悪で、鳥肌が立った。ハセヲでさえそうなのだ、それを至近距離で聞いてしまったアトリがただでいられるはずもなく。

 

 

「アトリ!」

アトリのPCが力なく倒れる。

 

 

その姿が、志乃と重なって。

 

 

とっさにハセヲはアトリを背に庇い、芥骨を抜いた。

 

敵うはずがない。頭では理解しても、ハセヲにはアトリを置いて逃げるという選択肢はない。

それは、志乃を見捨てるのと同義。

だから立ち向かわなければいけない。

 

――――――さあ、俺を呼べ。

 

 

ハセヲの奥底から、声が聞こえた。

 

ぎくり、とハセヲの身体が固まる。

死神を解放させまいと意識を割いた瞬間。微生物が触手のようなものから光線をハセヲに向けて。

 

「無事か!? 下がってろ!」

割り込んできたPCがその光線を防いだ。

 

 

ハ長調ラ音が響く。

 

 

「いっけえ! 俺の『メイガス』!」

PCを中心として、新なエリアが構築される。

全てのテクスチャを剥ぎ取った、The World(世界)の中でありながらThe World(世界)の外にある空間。

 

そこにいたのは、下半身を植物のように葉を連ねたような。

「……メイガス?」

 

その名をハセヲは知っている。

 

メイガスは微生物の光線をものともせず弾き飛ばし、左腕から幾何学模様の円陣を展開した。

それはさながら、黄金の腕輪。

 

 データドレイン

 

真面にそれを受けたモンスターがただで済むはずがない。

いつの間にかエリアは元に戻り、メイガスも消えていた。

「無事かい? お2人さん」

「………」

「なんか、あんまり歓迎されてないみたいだな」

歓迎するわけがない。

 

メイガスに呼応するかのように、心臓がバクバクと高鳴る。

内から解放しろと喚く死神を無理矢理押さえつけ、ハセヲは武器を収めた。

 

「……まあ、いいや。そっちの子は、大丈夫?」

あの微生物が倒されたからだろう。アトリが起き上がるのに、それほど時間はかからなかった。

「あれ……? 私……どうしちゃったんですか?」

「覚えて、ないのか?」

「えっと……変なモンスターに襲われて……凄い音がして、びっくりして、記憶飛んじゃったのかな……なんて」

「気を、失ってた? リアルで?」

(未帰還者に、なるところだった?)

 

志乃は今も眠り続けたまま。でもアトリは無事に立ち上がった。

その事に安堵し……同時にやるせなさを感じた。

 

「何はともあれ、間に合って良かった」

「貴方は……?」

「俺? ああ、ええと……実はCC社の調査員なんだ」

「GMさんってことですか?」

「ま、似たようなもんかな。このエリアのバグ通知を受けて、飛んできたんだけど……」

「あのモンスター、バグデータだったんですか?」

「そう、データが修復されるまでここには近づかないでね」

嘘だ。

あれがバグデータなわけがない。

普通のバグは、リアルにまで影響を及ぼさない。

 

あれは三爪痕と同種のモンスターだ。

 

「……行くぞ、アトリ」

「あ、はい!」

 

あの黒い泡は、BBSでも噂になっていた怪談話の正体だろう。ならそこから情報を集めていけば、三爪痕に辿り着けるかもしれない。

そうと決まれば、これ以上エリアに滞在している理由がハセヲにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか……すごいことになっちゃいましたね」

マク・アヌのカオスゲートに戻ってきて、アトリが微笑む。

事態を理解していない、その態度がハセヲの気に障った。

「お前……のほほんと笑っている場合か! 1歩間違えばお前……!」

あの時、クーンとかいうPCが駆けつけていなかったら。

何故かメイガスの力を宿すPCが、あのモンスターをデータドレインしなければ。アトリは。

 

  『泣かないで……男の子、でしょ……?』

 

ハセヲの脳裏に、志乃の姿がフラッシュバックする。

 

あの時、1歩間違えればアトリも未帰還者になっていた。

 

しかしそれを指摘したところで、アトリは信じようとしないだろう。

(どうせ、信じちゃくれない。なら言う必要もない)

「……ハセヲさん?」

「……何でもない」

だからハセヲも沈黙する。

「……でも、こんなことになって、迷惑かけちゃいました……よね? あの……もう1度、チャンスを貰えませんか?」

 

  『瞳、逸らさないで。伝わるよ』

 

アトリの真摯な目を……ハセヲは直視することが出来ない。

志乃とアトリが別人なのは頭では分かっている。所詮は同型PCだ。探せばごまんと出てくる。

「……次誘うときは、経験地稼ぎのできるエリアにしろ」

それだけだというのに、邪険に出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

FMDを外し、亮はベッドの上に倒れこんだ。

ほんの数分だというのに、酷く疲労を感じる。

 

耳の奥で、ハ長調ラ音が鳴り響いている。

 

「メイガス……」

その名を呟いたとたん、亮の中で『何か』が疼いた。

同じ母から生まれた兄弟。或いは息子か。

 

禍々しき波、第三相『増殖』メイガス。

姿こそ違っていたが、亮が間違えるはずがない。

「……はぁ」

 

あの世界は1度、炎に包まれた。

女神を屠るために遣わされた死神もまた、世界から離れる……はずだった。

 

しかし人間は死神を支配下に置こうと手を伸ばした。アレが、大人しくしているわけがないのに。

結果死神は散り散りになり、今も世界をさ迷っている……はずだった。

 

しかしクーンと名乗った、CC社の人間を自称するPCは間違いなく第三相メイガスを操っていた。

つまりCC社は、再び死神を支配しようとしている。そして亮と接触するだろう。

第一相スケィスの適合者に最もふさわしいのは、亮なのだから。

「……面倒な」

パイという拳闘士が言っていた危険な力。メイガスもその内のひとつ。

「……スケィス、お前なんだな」

 

――――ケケッ。

 

内に眠る死神が嗤う。

 

「……死ぬより辛い事、か」

 

7年前。

地母神の怒りに触れた(楚良)はその代償として、世界の虜囚となった。

死神の中で人々が殺して(殺されて)いくのを見せつけられて。

 

亮は、壊れてしまった。

 

残骸から無理矢理形を整えて出来上がったのが、今の(ハセヲ)

そうして(ハセヲ)は現実に帰還し、(楚良)は『世界(楽園)』に取り残された。

 

だから(ハセヲ)は7年前のことを知識として有してはいるが、記憶にはない。

それでも死神(スケィス)の危険性は知っている。

 

このまま寝てしまったらスケィスに捕まってしまうのだろうか。

そんなことさえ考えながらうつらうつらとしていると、スマホの音で目を開けた。

手を伸ばしたところで、コール音はすぐに切れる。ワン切りした相手の名前を確認し……息を吐く。

 

最後に会ったのは2年前……亮が入院した時に見舞いに来た時。最近ではメールのやり取りすら途絶えていた相手からの電話。まるで狙ったかのようなタイミングに、監視されているのではないかと疑ってしまう。

無視したいのを堪え、仕方なしにリダイヤルのボタンをタップした。

「……何の用?」

『いや、どうしているのかと思ってね』

「元気、とでも答えておけば良いか?」

素っ気なくなるのも無理はないだろう。リダイヤルしただけでも有難がってほしいくらいだ。

「近況確認ならメールでも良いだろ。何もないなら切るぞ」

『そうだな……近々、会って話をしたい』

「気が向いたら、な」

本当に用件はないらしく、速攻で電話が切れた。

 



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1-3

 

マク・アヌの傭兵地区にある@ホーム前でクーンという銃戦士が待っていた。

「や、ハセヲ」

「………」

「……あ、あれ? そんな怖い顔してどうした?」

「別に」

「なんか、俺嫌われてる……? (-_-;)」

「気のせいだろ」

エルディ・ルーで出会ったCC社の社員(仮)クーンから、所属しているギルド『レイヴン』の@ホームにハセヲを紹介するとメールが来た。

これが只のギルド勧誘なら、ハセヲは断っていただろう。しかしハセヲは既に、レイヴンのギルドマスターと顔を合わせることを決めていた。

「……それにしてもハセヲ、やっぱり憑神(アバター)見えてたんだろ?」

憑神(アバター)?」

「メイガスのこと。てっきりあの場で質問攻めにされるもんだと思ってたのに、何も言ってこなかったからさ」

「……あの場に、アトリがいただろ」

気にならないと言えば嘘になる。だがそれよりもアトリの救助を優先させただけ。

 

何よりも、スケィスから目を逸らしたかった。

 

「へぇ、優しいんだ」

「誰がだ」

ハセヲが優しいわけがない。PKだけでなく一般PCからも散々恨まれ、恐れられているというのに。

「いいからさっさとギルドキーくれ」

レイヴンの@ホームに入るには、ギルドキーが必要。それを持っているのはギルドメンバーのみ。ハセヲが@ホームに入るためには、ギルドメンバー、この場合はクーンからギルドキーを貰わなければいけないのだ。

「……分かったよ」

ハセヲが急かされ、ようやくクーンはギルドキーを渡した。

 

 

 

 

 

 

『レイヴン』の@ホームに入ると、わざわざ先回りしたクーンが出迎えた。

「さて、と。改めてレイヴン……もとい『G.U.』へようこそ、ハセヲ」

「『G.U.』?」

「レイヴンってのは『The World』に登録されてるギルド名。CC社のプロジェクトの正式名称は『G.U.』っていうんだ」

「へぇ……あ、この前のオバサン」

「!??」

そこにいたのは、ボルドーたちに絡まれたときに割り込んできた拳闘士。彼女がいることは、ハセヲの想定内だ。

「あれ? 知り合いだった?」

2人の間にわだかまる不穏な空気をあえて無視し、クーンが割り込んでくる。

「知らないわよっ!」

「はは……(^_^;) 彼女はパイ、『レイヴン』のメンバー。で、パイ。彼が」

「成程ね。最初から俺を勧誘するつもりだったってわけだ。でもオバサン、俺をお色気で誘っても……年が年だけに無理w リアルを想像すると萎える」

「なっ……! ちょっと、クーン! こいつ叩き出して! いくら『適格者』だからって――! こんなヤツに、私達の仕事は任せられないわっ!」

「それは八咫(やた)が判断することだろ?」

「八咫様の手を煩わせる必要は――」

何か言いかけたパイだが、口を噤む。

「……はい、来ております」

どうやらショートメールではなく、直接声のやり取りをしているらしい。恐らくはそのヤタ、という人物と。

「え? 1人で!? よろしいのですか? でも、彼は……。……判りました」

どうやらパイの方は反対らしい。しかししぶしぶながらも同意し、ハセヲを促した。

「いらっしゃい……八咫様がお会いになるそうよ」

パイが示すのは@ホームの奥。ギルドによって内装は異なるとはいえ、マク・アヌの@ホームの大きさは変わらない。

にも関わらず、レイヴンはもうひと区間を与えられている。

「この先に八咫様がいらっしゃるわ」

「……分かった」

ハセヲは1つ頷き、奥の間へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

そこは神殿のような荘厳さと、研究室のような無機質さを感じさせる奇妙な部屋だった。

両方の壁にはいくつものモニターが浮かび、ルートタウンやダンジョン、そして冒険するプレイヤーたちが映し出されていて、思わず息を呑む。

「知識の蛇にようこそ、ハセヲ君……」

そんな部屋の、一段高くなった場所で待ち構えていたのは妖扇士の男性。この男が『レイヴン』のギルドマスター、八咫。

「長い間、待っていた……。君がこの場に来るのを」

本来なら監視されていたのだと怒るか。三爪痕や黒い泡を見逃しているのかと嘆くか。

しかしハセヲはどちらの反応でもなく、

「……うわぁ、マジで監視してやがったのかテメエ」

引いた。それはもう、盛大に。

 

世界が一新され、7年前の勇者たちは次々と世界を去った。

その中でも賢者は世界を見守り続けていくことを選んだ。

 

火野拓海。

ハセヲと同年齢の癖にアメリカで大学を飛び級した、CC社の筆頭株主。

 

八咫がリアルでも交流のある人物だと、ハセヲは初見で見抜いてしまった。というよりログインする前に電話をしてきた辺り、隠す気はなかったのだろう。

「フ、当然だ。私がハセヲ(三崎)の動向を気にかけないわけがないだろう」

「ハラスメントで訴えるぞ」

「残念、私がその管理者側だ」

「相変わらずCC社って碌でもねえ」

そう毒づき、大きく八咫に見せつけるようにハセヲは嘆息をした。

「つか、早くねえか。電話切って速攻だったぞクーンからメール来たの」

「遅いなら、それはそれで文句を言ってくるのではないか?」

「違いねえwww」

八咫が段を降りる。PCの身長のせいで見上げる形になっているのに変わりはないが……これは、八咫なりの意思表示なのだろう。

 

『G.U.』の責任者八咫ではなく、今この場限りはただの友人としてハセヲ()の正面に立つ。だからこそハセヲも幾分か親しみを滲ませた。

 

「……そんで、俺に何をさせたいワケ? あの黒いバグ? つかアレ、本当にバグか?」

クーンはバグと称していたが、ハセヲはそれを信じてはいない。

あれは、PCを貫いて現実世界に影響を及ぼす異邦のモノだ。

「そうだ。あれは本来、『The World(この世界)』には有り得ないはずの事象だ。我々はそれらを総称してAIDA(アイダ)、と呼んでいる」

「アイ、ダ……」

呟いてもハセヲの言葉は変換されなかった。

ユーザーの言語を自動変換する辞書には登録されていない。つまりは仕様外の存在であり、CC社が公に認めることはないのだろう。

「Artificially Intelligent Date Anomaly」

「人工的な、知的データ異常……?」

「今はまだ一般ユーザーには知られていない。現段階においてはその程度のレベルだがな」

「……三爪痕はAIDAなのか?」

「可能性は、否定できない」

それについては、まだ調査中なのだろう。だからこその曖昧な言い方。或いはハセヲに誤認させ、都合良く動かしたいのか。

「で、CC社は未帰還者を公表せず、事件を隠蔽してるってわけか」

「危険は排除するのではなく管理(コントロール)するものだ」

隠蔽体質のお蔭でハセヲはThe Worldで犯人捜しを出来ている。それは有難いのだが、釈然としない。

7年経ったというのに、この会社は変わらないらしい。そして八咫はそれを利用し、この地位に就いたのだろう。

「で、スケィスも管理したいってわけか」

「その通り。クーンやパイもその1人だ。AIDAに対抗できるのは、現状、『碑文使い』をおいて他にない」

黄昏の碑文に連なる力を与えられたPC。それが碑文使い。

全部で八あるうちの第一相『死の恐怖』スケィスを扱えるのは、三崎亮(ハセヲ)以外にあり得ない。

 

だからこそ八咫は常にハセヲの動向を監視していた。

 

「この俺に、また死神の鎌を振るえっていうのか」

やけに感情の籠らない、平坦な声だった。

はっとして八咫はハセヲを見るが、ただPCが佇んでいるだけ。

「三崎……?」

「……俺がスケィスを使えるようになる保証ないぜ」

1度見た、メイガスの姿を思い出す。要はクーンと同じことを出来るようにしなければいけないのだろう。

だが、メイガスとスケィスでは前提条件が違う。

スケィスは、既に三崎亮の一部なのだ。

「君なら……いや、君にしかスケィスを御することはできない」

八咫は知らない。FMDの向こうで亮がそっと嘆息したことを。

だから、簡単に言えるのだ。

(やっぱり、面倒事だった)

着信があった時から、薄々そんな気はしていた。

この世界を誰よりも愛する賢者が、世界を破滅へ導こうとした死神を放置しておくわけがなかったのだ。

「……いいぜ、アンタの思惑に乗ってやるよ。手始めにAIDAと未帰還者、それに碑文使いの情報全部寄越せ」

三崎亮(ハセヲ)は特殊な事情があるとはいえ、ただのいちプレイヤー。多少はハッキングも出来るが、CC社の目を掻い潜るような技術はない。だから三爪痕の捜索が難航し、地道に情報を集めるしかなかった。

けれど八咫(火野拓海)が協力してくれるなら、その手間も省ける。

「それと、俺を管理下に置けると思うんじゃねーぞ」

「肝に、銘じよう」

「八咫様、やはり危険です! このような人間を……」

「お呼びじゃねえってさ、オバサンwww」

タイミング良く、パイが割り込んできた。丁度良いとばかりに話を切り上げる。八咫(火野拓海)ハセヲ(三崎亮)との関係性を伝えている様子はないし、ハセヲも伝えるつもりもない。だからこの場でもう会話することはない。

ディスプレイ越しに伝わる敵意と苛立ちを背に浴び、ハセヲはレイヴンの@ホームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八咫様……」

パイの懸念も尤もだろう。第一印象が悪すぎた。

パイの中では、ハセヲは自分をオバサン呼びした小生意気な今時の若者と設定されたことだろう。

「心配することはない」

「そうでしょうか」

すぐに同意しかねるパイに、八咫も内心で苦笑する。

 

ハセヲは生真面目だと称したのは、もう1人の友人だ。

 

生真面目だからこそ、未帰還者を救う為に他のものを簡単に投げ捨てられる。志乃を救うために現実を顧みず、三爪痕を追うことに執念を燃やす。

本当に一途で、生真面目なのだ。

 

「彼は、我々の協力がなければ情報を得ることが出来ない」

「ですが……危険すぎます。碑文の力を得たハセヲが、何をしでかすか……」

「……第一相スケィスは、彼以外を選ばない」

だから、待っていた。

八咫の悲願の為にも、スケィスは必要不可欠な存在だ。

「……彼の碑文は既に目覚めつつある。開花の時は、そう遠くない」

八咫は、無数に映るモニターの中のひとつに目を向けた。

 

獣神殿の上。

立ち入り禁止エリアに寝そべる漆黒の双剣士と、モニター越しに目が合った……気がした。

 

「……では、ハセヲに連絡してボス討伐タイプのフィールドで」

碑文を開眼させるには、生命の危機を感じさせるのが手っ取り早い。レベル130超えだとエリア選定も手間がかかるが、幸いにしてハセヲのレベルは低下し、まだ10にも満たない。

適当なエリアをチョイスしようとしたところで、八咫が止めた。

「いいや。その程度では足りないだろう」

「八咫様?」

「かつてハセヲは、50も超えないレベルで『痛みの森』に挑戦し……突破した」

今は閉鎖された『痛みの森』。その適正レベルはカンストの150。攻略には最低でも135が必要だ。だというのに、ハセヲは独力で突破した。

そのクリア報酬で手に入れたのが、かつてのレベル133とイベントを経由しないジョブエクステンド。

「……ハセヲを、ルミナ・クロスへ向かわせる」」

八咫の発言の意味するところを、パイは正確に察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハセヲ、初めて接客業を体験する。

 

もちろん本意ではない。

レイヴンの@ホームを出たところで、ガスパーに突撃された。そうでなければ無視していたというのに、何故わざわざぶつかってくるのか分からない。

何でも『カナード』が運営するギルドショップ『どんぐり』に出品する道具が足りなくなってしまっていたため、あたふためいていたらしい。足りないならNPCショップで買えとハセヲがアドバイスをすると、何とガスパーはハセヲに必要な品物を分担して購入しようと言い出し、有無を言わさずGPを押し付けて行ってしまった。突き返そうにもガスパーはさっさと行ってしまい、こうなったらさっさとお使いを済ませ、後からやって来るシラバスに押し付ける。そう決めたまではよかった。

 

だというのに。

 

問題なく頼まれたブツを購入し、シラバスに渡したところでガスパーが道に迷っていると連絡が来たらしい。シラバスはそのままガスパーを迎えに行くため、ハセヲに店番を任せて行ってしまったのだ。

最早何度目か分からぬ呪詛を吐き、ハセヲは決められた場所に立ち続ける。

こんなの放り出してログアウトしても良いのだが、その後でまた煩く言われるくらいなら一時を我慢した方が遥かにマシだ。

「しっかし……」

商品の設定値段を確認するが、どれもが良心的で赤字覚悟なのだろう。おまけにお世辞にも商品が豊富とは言い難い。

「あのぅ……」

「いらっしゃいませ~!」

こうなったらもう自棄だ。どうせ実際に笑顔を浮かべるのはモーションの設定されたハセヲだ。亮はただコマンドを入力するだけ。

しかし、ハセヲの視界に声をかけてきた客がいない。

「……?」

いや、いた。身長が低いせいでハセヲの目に入らなかっただけだ。魔導士(ウォーロック)の少年が、躊躇しがちにハセヲに声をかけてきたのだ。

「あの……ぼく、ほしいものがあるんだけど……」

舌足らずで、外見同様中身も若い……というより幼そうだ。

「『シロタエギクの花』……。あります?」

言われてハセヲは商品リストを確認した。

「……1つだけあるな。6000GPだ。どうする?」

「あ……お金、足りない……」

所持金を確認して、少年が肩を落とす。

「欲しいもんがあるなら、ちゃんと貯金しときな」

「ためてたんだけど……。なくなっちゃったみたい……」

「なくなったって……。自分の金なら、使い道くらい覚えてるだろ?」

「わかんないよ! ……きのうまで、朔のばんだったもの」

「朔のばん?」

「朔はおねえちゃんだよ。……このPC、きのうまで朔がつかってた」

「……要するにお前ら、1つのPCを姉弟で交互に使ってるわけか?」

「うん……」

時々あることだ。

兄弟で同じPCを使っていたり、親が昔使っていたPCを子供が継ぐというケースが。この子供もそうらしい。

「そんで、お前が貯めてた金を姉ちゃんが使い込んじまった、と……。ひでぇ姉ちゃんだなw」

「……ううん、いいの。どうせ朔のたんじょうびにプレゼントをかうつもりだったから」

「誕生日?」

「ふたごだから……ぼくのたんじょうびでもあるんだけど……」

「誕生日……」

 

真っ暗な部屋で迎える、1人ぼっちの誕生日。

食べ飽きたコンビニ弁当。会話のない食事。親の顔すらまともに見ない日が続いて。

ホールケーキを食べたことはない。食べるのは亮だけで、親はそんな暇があったら仕事をするから。

いつしかケーキを買うのも億劫になって……誕生日という記念日はなくなった。

 

でも、この姉には誕生日を祝ってくれる弟がいる。

「……仕方ねえな……まけてやるよ!」

「ほんとにいいの!?」

「ああ……姉ちゃんによろしくな」

「うん! ありがとう!」

シロタエギクの値段設定を下げ、交渉成立。受け取った少年は、満面の笑みを浮かべた。

「ぼく、望っていうんだ! たりなかったぶん、きっとかえすからね、ハセヲにいちゃん!」

弟が望。姉が朔。

月の満ち欠けを表しているのか……八咫と会話したばかりだからか、第四相『策謀』ゴレのことが脳裏に過ぎった。

「……まさか、な」

ゴレにも二面性があったなと思考を飛ばし……。

「こんにちはっ♪」

「いらっしゃいませー!」

ついつい笑顔のモーションを入力してしまった。

 

そこにいたのはアトリだった。

 

「お前……」

「なんか意外ですねぇ……ハセヲさんって、絶対こういう事をしないタイプだと思ってたのに」

「………」

「あ、でも、さっきの挨拶なんか笑顔がサマになってましたよ♪」

予め決められた行動なんだから、サマになるも何もないだろうに。

「実は、リアルで接客業してたりして! バイトでコンビニ店員さんとか?」

「うっせえな……買う気がないならあっち行けよ!」

「失礼ですね、買いますよぉ! ちゃーんと『ショップどんぐり』に貢献しますから!」

「全っ然、嬉しくねえのは何でだろうな……」

リアルでもがっくりと肩を落とすハセヲだった。

 

「……ほらね、ギルドショップってやつはなかなか品揃えがいいんだよ」

「わ~、ホントだ~♡ NPCショップより全然安いですね~♡」

「ほんとはキミたちを連れていきたくはなかったんだけどね」

「えぇ~、ど~して~?♡」 

「だって、キミたちの目が俺以外のものに釘付けになってしまうじゃないか。俺は一分一秒でも長く、キミたちの目を独占していたいんでね……」

「いやぁん、クーン様~♡♡」

「心配しなくても、ローズの目に映るのはクーン様だけです~ぅ♡♡」

 

「………」

そんな中ギルドショップにやって来たのは、女性PCたちを連れたクーン。

「嗚呼、そんなに情熱的な目で見ないでおくれ。キミたちの美しい視線に縛ら、れ……しば……しば……」

ようやく、クーンはハセヲが店番をしていることに気付いたらしい。

「………(滝汗)」

「………」

「しばらくぶりだねぇ、ハセヲ君!」

「おう、しばらくぶりだなぁ『クーン様』w」

ハセヲは左程持っていないはずの嗜虐心が疼く。

「随分と、お楽しみのようでwww」

「いや、これは、その……」

「不特定多数との不純異性交遊……いーのかな~」

「クーン様ぁ~!」

「早く遊びにいきましょうよぉ♡」

そこにようやくやって来たシラバスと、ガスパーが突進する。

「マスターだぁ\(°∀°)/」

 

「……クーンさんって、すごい人気ですねぇ……」

「人気っつうより軟派って感じだけどなwww」

アトリすら、その様子に呆れをみせていた。

 

「……あ、うん、判った! あとでみんなにメールするから!」

そしてクーンが選んだのは敵前逃亡。

「じゃ、そういうことで!」

「クーン様ぁ~!」

「待って~♡」

「マスター!」

ドームへ向かったクーンを女性たちが慌てて追いかける。これでシラバスとガスパーまで追いかけてたら、ハセヲは店番を放棄していたところだ。

「……お前ら、クーンのこと知ってるのか?」

「うん、僕たちのギルド『カナード』を元々設立したのが、クーンさんなんだ。カナードっていうのは、飛行機の安定翼のことなんだよ。初めて『The World』にやってきたプレイヤーが、ゲームを安心して楽しむ為の支えになる……僕らのギルド名には、そんなクーンさんの想いが込められているんだ」

「迷子になってたおいらを、助けてくれたのはクーンさんだったんだ」

「ほら、何事も初めが肝心っていうじゃん? あの頃にクーンさんに会ってなかったら、きっと僕ら、こうしてプレイしてないと思う」

「……ふーん」

 

ハセヲが初めてログインしたときにオーヴァンに出会わなければ。志乃と出会わなければ。三爪痕が、AIDAがいなければ。

こうして何も知らずに笑えていたのだろうか。

(……無理だな)

三崎亮(ハセヲ)の人生は、7年も前に破綻している。The Worldにログインしなかったとして、多少命運が伸びた程度だろう。

 

「クーンさんがいなくなって、『カナード』を纏める人がいなくなっちゃったんだよねぇ」

「なんでクーンは『カナード』を抜けたんだ?」

「よく判らないけど……「巻き込むことになるから」って」

「ふーん。俺はてっきり女遊びが過ぎて、退団させられたのかと思ったぜw」

恐らく、そのときにレイヴンの勧誘を受けたのだろう。

AIDAとの戦いに巻き込みたくない。だからクーンは設立したカナードを辞めた。けれどそれをハセヲが教えるわけにもいかず、わざと茶化した。

「あぁ……あれはクーンさんの病気だから、気にしてたらついていけないよ(^_^;)」

「成程、病気かwww」

「クーンさん、病気なんですか?」

こっちは天然は発動したアトリ。もう黙ってほしい。

「病気って……心配するようなもんじゃないんだけど(^_^;)」

「お前、まだいたのかよ」

「さっきからずっといましたよ。ね?」

「ハァ……買い物してかないなら、さっさと帰れ」

「ああ、そうそう。ハセヲ、店番ありがとう」

「ロクな商売にならなかったけどな」

これでようやく、店員の立ち位置から離れられる。

「そんな事ないよ」

「そうそう、ハセヲさんたらね。お店でこんな事あったんですよ!」

とたん、3人が沈黙した。

「お前ら、本人の前でチャットしてんじゃねえ!」

「おw 小さな男の子に誕生日のプレゼントかぁ。ハセヲ、いいとこあるなぁ!」

「いいやつだなぁ!」

「……ペラペラ余計なことを喋りやがって」

非常にいたたまれない。

キャラではない事をした自覚がある。だからそれを広めないでほしいのに。

「ね? 誰でも本当は、誰かに優しくしてあげたいんです。ネットは、リアルより自分の気持ちに素直になれる場所だと思うから」

毒気が抜かれていたからだろう。ハセヲはアトリに怒鳴るタイミングを逸してしまった。

ネットが素直になれる環境だというのは同意する。だがそれが善意に向くとは限らないというのに。

「……ねえ、ハセヲ。正式にカナードに入らない?」

「はぁ?」

「ハセヲ、結構リーダーシップあると思うんだよね」

「そりゃ~いい! ねえねえ、一緒にやろうよぉ」

「いいんじゃないですか、ハセヲさん」

「何で俺が……!」

断るのは簡単だ。

だというのに、

「……分かったよ。ただし、名前を貸すだけだ」

いつの間にか、ハセヲは了承していた。

「それじゃあ、手続きに少し時間がかかるけど、メールが行くと思うから……よろしく! 僕らのギルドマスター、ハセヲさん!」

「わ~い! ハセヲが新しいマスターだぁ!」

「おめでとう、ハセヲさん!」

「待て、何だギルドマスターって!? 俺は認めてねーぞ!」

3人が拍手する中、ハセヲが叫んだ。

「だから言ったじゃん! ハセヲはリーダーシップがあるって!」

「そうだハセヲさん。今日はトレード詐欺に遭った被害者たちの相談会を『月の樹』で行うんです。ハセヲさんも参加しませんか?」

「誰がするか!」

 

 



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1-4

かつてマク・アヌに置物と称される呪療士がいた。

何をするでもなく、日がな一日橋の上で景色を眺めているだけ。

 

しかし彼は唐突にログインをしなくなった。

 

所詮は互いのリアルも分からない環境だ。卒業したのだろうと人々は納得し、時間は流れていく。

 

その橋の上で、とある呪療士が置物と同じように景色を眺めていた。

 

たった1度だけ、呪療士はその置物の会ったことがある。置物の言葉は呪療士の心を動かすには至らなかったが、波風が立った。だからこそ呪療士は、再度この橋までやって来た。

 

「おんやぁ、めっずらしい」

ばみゅん、と独特の掛け声がして、呪療士の隣に双剣士が降り立つ。

「アンタがログインすんの、久しぶりじゃん」

ニタリ、と双剣士が笑った。

 

双剣士の名は「楚良」

呪療士の名は「ロアン」

 

これは、本来なら有り得ないはずの会合。

しかしロアンはこうしてログインし、楚良はマク・アヌにやって来た。

 

「ねーねー、何してんの? 教えてよ~」

しかしロアンは、楚良を一瞥するだけ。

口を開こうともしないロアンだが、楚良は気にしない。ロアンが無口なのはいつもの事だから。

「ほーんと、相変わらず。だんまり禁止~」

「………」

「ちぇー、いけずー」

もしここがフィールドだったら、ロアンは楚良にPKされていたかもしれない。だがそれでもロアンは気にも留めないのだろう。

 

ロアンは他者に何をされても、自分の事にすら基本無関心なのだから。

 

「んじゃあさ、アンタはどう考える?」

ずっと、楚良はロアンに聞いてみたかったことがある。

何が、とは言わない。楚良が言いたいことはロアンにも伝わっている。ただ言葉を発しないだけ。それが分かっているから、楚良も気にせず続ける。

「だってさ、怪しすぎじゃんwww」

 

ハセヲをグリ―マ・レ―ヴ大聖堂に呼び出したのも、ハセヲを恨んでいるPKKにタレコミをしたのも同一人物なんだろうと、楚良は疑っている。

 

それにハセヲにデータドレインを向けたあのPCのビジュアルは。

 

しかし、それを親切ご丁寧にハセヲに教えるつもりは毛頭ない。

ロアンもまた、それをハセヲに伝えない。

 

真面目過ぎるくらいに真面目。既にボロボロなのに、更に酷使して壊してしまっても構わないってくらいに他人の為に行動する。それがハセヲだ。

それはロアンにも、勿論楚良にも持ちえないもの。

 

もしも2人がハセヲに隠し事をしているのが露見したら、更にハセヲを追い詰めるだろう。それでも構わない。

楚良は「そちらの方が楽しそう」だから。

ロアンは「オーヴァンの思惑もハセヲの行動も関わるつもりがない」から。

 

「……楚良」

ロアンが言葉を発した。そのことに楚良は目を丸くする。

「スケィスのこと、どう思う」

ロアンの質問に、楚良はにんまりと笑った。

「僕ちんにとっては、どうでも良いよ。面白ければ、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日課となっている志乃の見舞いから帰宅すると、珍しく母親がいた。

「あら、お帰りなさい亮くん」

「……母さん、帰ってたんだ」

母親の顔を見るのも何日ぶりだろうか。父親に至っては思い出せないくらいに顔を合わせていない。

「ええ。でも、すぐに会社に行かなくちゃ」

「また、しばらく泊まり?」

「……ごめんね」

「別に。もう夏休みだし。家のことは大丈夫だから」

素っ気なく答え、帰りがけに寄ったスーパーで買ったゼリー飲料を冷蔵庫に入れる。

「……ねえ亮くん、学校の成績は?」

(そういう事か)

どうやら母親がわざわざ帰宅した理由は、亮の成績をその目で確認したかったかららしい。

電話で報告はしたというのに、わざわざご苦労なことだ。

「……ちょっと待って」

2階の自室に戻り、学校指定の鞄に入れっぱなしにしてある成績表を引っ掴んだ。

「はい」

わざわざ階段の下で待っていた母に、成績表を渡す。

「……成績、少し落ちたんじゃない?」

どうせ、ゲームのやり過ぎだと小言を言うんだろう。

「ごめんなさい。来学期から気をつける」

しかし亮は、母親のヒステリーに付き合って時間を浪費するつもりはない。

「そう……? 亮くん、もう高校2年生なんだから……」

「分かってる」

「本当に……? ゲームを止めてくれる?」

 

ネットゲームを、止める?

あの世界から離れる?

 

無理だ、という言葉はとっさに飲み込んだ。 

 

7年前。

亮が意識不明になった理由を、両親はウイルス性の麻痺疾患に罹ったと説明されている。

だから『The World』が原因とは知らない。しかしゲームのプレイ中に意識不明となったからと、この人は亮がゲームをするのをとても嫌がる。それとも単純に成績が下がったからか。

どちらの割合が多いのか亮には分からないし、興味もない。だが、FMDを取り上げられるのはとても困る。

 

「……ちゃんと、2学期になったら成績取り戻すから」

「亮くん……」

「ごめんなさい」

母の手から成績表を奪い取り、亮は自室に籠って鍵をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Ω闘争都市 ルミナ・クロス

 

 

 

アリーナ、つまり合法的にPKが許可された場所。

存在自体は知っていたが、今までここに来たことはなかった。八咫からのメールがなければ、わざわざ来ようとは思わなかっただろう。

「あれ? ハセヲ、こんなトコで何してるんだ?」

「ハセヲはよくアリーナに来るの? 参加したことは? あるの?」

なんというタイミングか、シラバスとガスパーと鉢合わせしてしまった。

ルミナ・クロスはサーバーメンテナンスが終了し、ようやく解放されたばかり。そのためにプレイヤーが集まっているのだろうが……何故鉢合わせするのだろうか。

「いや、ねーよ」

「ええ~? 本当に!? あの『死の恐怖』が?」

「PKKとアリーナバトルは関係ないでしょ (^_^;)」

「観客の見世物になってランク稼ぐなんて、俺の性に合わねぇし。……お前らはよくアリーナに来るのか?」

「そんなに来るわけじゃないよ。なんたって今日は……」

「あ! そろそろ、始まるんじゃないかぁ?」

「……タイトルマッチか」

「うん。行こ、ハセヲ」

何故か2人と一緒に紅魔宮のタイトルマッチを観ることになった。反対する理由も特にないので、溜息ひとつついて大人しくついて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

アリーナには紅魔宮、碧聖宮、竜賢宮という3つのクラスがある。

今日は紅魔宮の宮皇(チャンピオン)のタイトルマッチ。

挑戦者は最近頭角を現したランカーだというが、そこまでアリーナに興味があったわけではないので詳しく知らない。

観戦を申し込むと自動的に転送されるコロッセオ。すり鉢状のステージに、大歓声と共に現れたのが斬刀士……宮皇のエンデュランス。誰ともパーティを組まずに常勝する宮皇。

「……あいつ」

それはエルディ・ルーで見かけたあの青年だった。

「彼は変わり者で、タイトル防衛戦以外では滅多に姿を現さないんだって」

 

そうしてタイトル防衛線が始まる。

 

数で劣る中、エンデュランスは挑戦者たちの攻撃を避け続ける。

「いつもこうなんだ。まずは相手に攻撃させるのさ。まるで何かを見極めるみたいに」

舞うように。コントローラーの操作だけで、あそこまで鮮やかに動くことが出来るものなのだろうか。

 

「……つまらないな」

エンデュランスの声がアリーナに響く。

「こんな戦いでは……『彼女』が退屈してしまうよ……」

 

長調ラ音が響く。

 

「これは……」

 

エンデュランスが光に包まれ……現れたのは。

 

「『誘惑の恋人』……マハ……!」

「どうかしたのか?」

横のガスパーの声も、ハセヲの耳に入らない。

「消えてくれ……キミたちはみんな、醜いただの人形だ……」

 

やけにエンデュランスの声が耳に残る。

 

そのままエンデュランスはマハの憑神で、挑戦者を一掃する。

あたかもエンデュランスが挑戦者をスキルで『瞬殺』していたかのように。

 

「すごかったねぇ」

「っていうか途中から、全然ワケ分からん、って感じ (-_-) あれが上級者の戦い方なんだよね、きっと」

「ハセヲは流石だなw ちゃんと判ってるみたいだし」

「そなの?」

「……あんなもん、戦いじゃねぇよ」

静かに、そうハセヲは毒づいて踵を返した。

「ちょっと……!」

「待っておくれよぉ!」

退席したハセヲを慌ててシラバスとガスパーが追いかけるが、ハセヲの知ったことではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘宮(アリーナ)を出たハセヲの視界に、見覚えのある青い銃戦士が入る。

慌てておいかけると、オーヴァンは闘宮の裏あたりで待っていた。

「……やあ、ハセヲ」

「やあじゃねぇよ」

「『三爪痕』。倒せなかったか……」

その言葉に思わずハセヲは唇を噛みしめた。

「どうやら、もっと強い『力』がないと、奴には勝てないようだ」

「………」

脳裏にメイガスの、マハの姿が嫌でもちらつく。

「闘宮でエンデュランスの戦いを見ただろう?」

「……ああ。あいつは一体」

ハセヲの知るマハ……いやミアはR:1ではあり得ない獣人型のPCだった。

 

だがミアは2年前。

 

「奴は満たされない想いを追い続ける者……。ある意味において、お前と同じだ。しかし、奴は……お前に足りないものを持っている」

「……なんだよ、それ」

「……その答えは、お前が1番よく知っているはずだ。……俺は、いつだって待っている。お前が――――」

「俺が……?」

「いや……」

「なんだよ?」

「……また会おう、ハセヲ」

「って、おい! 待てよオーヴァン!」

そう言い、オーヴァンがログアウトする。

「……チッ」

相変わらずの変人ぶりに舌打ちをする。

仕方なしにハセヲもログアウトしようとしたところ、背後から声がかけられた。

「ちょっと、アンタ……! こんなトコで何してんねん!?」

「お前は……望?」

「馴れ馴れしく話かけんといて。キショイわぁ!」

だが気弱そうな望と違って威勢が良い。どうやら姉の朔が今はPCを使っているらしい。

「……あ、判った! アンタもエン様目当てやろ! ダメ、許さへんよ! エン様はウ・チ・と赤い糸で繋がってるんやから!」

そして朔はエンデュランスの大ファンというわけだ。

「おーい! 急に走り出すからビックリしたよ」

「はふはふ~……ふぅぅ…… (-_-)」

わざわざシラバスとガスパーは、ハセヲの後を追いかけてきたらしい。更に人数が増えて、朔が眦を釣り上げた。

 

そのとき、壁からあの黒い泡が湧き出る。とっさにハセヲは警戒態勢を取った。またあの微生物のようなものが出てきたとき、すぐ対応できるように。

 

しかしそこから現れたのは、宮皇エンデュランスだった。

 

「エン様~♡ お疲れ様ですぅ♡♡ 今日もホンマ、最高の試合見さしてもらいました!」

あっという間にハセヲたちの存在を無視し、朔がエンデュランスに走り寄る。しかし、エンデュランスは朔の存在を気にも留めない。

「おいお前

「アンタ、何のつもりやねん!? エン様はアンタみたいなカスが口きける存在とちゃうんや! とっととそこどき」

エンデュランスの肩に乗る猫。まるで本物のように鳴く装備があるわけがない。

「随分と楽しそうじゃねえか。マハの力を使うのは、そんなに気持ちイイか?」

初めて、エンデュランスがハセヲを見た。

「……ふ~ん。キミにも『彼女』が視えたんだ。……だけどそれだけか。キミには『力』がない」

「なに?」

「『彼ら』を理解する心もない……。『視えた』ところで、大勢の中の1人には変わりない……」

ハセヲの頬にエンデュランスが触れてきた。

ざわりと、手袋越しの人肌の暖かさと……奇妙な冷たさが伝わってきた、ような気がした。

「キミは何もできないまま年を取って……。そして、死んでいくんだ……。可哀想に……かわいそう……カワイソウ……」

そんな哀れみを向けられて。ハセヲが黙っていられるわけがない。

 

だが怒鳴りつけるよりも先に。

真後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。

 

 

 

「……へえwww」

ハセヲ(・・・)が、エンデュランスの手を振り払う。

「この俺に、『力』が無いって?」

その反応にエンデュランスは僅かに小首を傾げる。

「この俺が、カワイソウだって?」

「アンタ……!」

朔が怒鳴りつけようとして……出来なかった。笑い出したハセヲに気圧されてしまって。

 

「ククク……ヒャハハハハハハハハ!」

狂ったように、あらんばかりの嘲笑と侮蔑を込めて。

 

「なら教えてやるよ! アンタに、死の恐怖をさ!」

 

体感温度が数度下がった。

シラバスやガスパー……エンデュラスさえも、それを感じた。

 

冷気の中心部にいるのは、ハセヲだ。

 

「覚悟しとけよ、俺は波の先駆け、第一相『死の恐怖』だ」

先程までの大笑いが嘘のように、ハセヲはエンデュランスを見据える。

「テメエらをこの鎌で刻んで、十字架に磔にしてやるよ」

「……させない」

ハセヲとエンデュランスが睨み合い……先に視線を逸らしたのはエンデュランスだった。飽きたのか、疲れたのか、どちらかは分からないが。

「……フン」

エンデュランスがルミナ・クロスのネオンに消えていく。その後をすぐに朔が追いかけていった。

 

 

 

「ハセヲ……無茶だよぅ」

「エンデュランスに、喧嘩売っちゃった……」

2人の情けない声がして、ハセヲは意識を取り戻した(・・・・・・・・)

それから、台詞の意味を咀嚼し……ゆっくり息を吐く。

「……タイトルマッチは今日終わったばっかだし、次までにランクを上げる」

言葉が震えないように。異変を感じさせないように。

「簡単に言うなぁ (^_^;)」

「レベルも上げないとキツいよ? パーティも集めないと……」

「パーティ組むつもりないからいい」

「ええ~!?」

そう告げると、大袈裟にガスパーが驚いた。

「ハセヲ……パーティのメンバーが少ないと不利だって知ってるでしょ?」

「1対多数は慣れてる。下手な奴と組んで足を引っ張られたくない。……それに、あいつは俺の手でぶっ飛ばす」

幸いにして夏休みに入り時間はたくさんある。今からレベルを上げ、アリーナランクの1位になる。

そして、エンデュランスと戦う。

「でも……ガスパーは極度の上がり症でアリーナはとても無理だけど……僕なら協力するよ?」

おずおずと、シラバスが申し出てくれた。しかしハセヲは首を振る。

「……元々俺はソロプレイヤーだし、ロクな連携を知らない。パーティなんて組めるわけないだろ」

「そんなことないよ! ハセヲとパーティ組んでると、指示が的確でやりやすかったし……!」

「……エンデュランスだって1人だろ」

「……とにかく、メンバーが必要になったらメールしてよ」

「ああ、必要になったらな」

恐らくメールはしないだろうと思いつつ、ハセヲはログアウトを実行した。

 

 

 

電源を消して、ベッドに倒れ込む。

頭が酷く痛む。しかし常備薬を取りに1階に行くのも億劫で、仕方なしに目を瞑って堪える。

スマホの明かりですら毒だというのに、こんなときに電話がかかってきた。仕方なしにスマホに手を伸ばすが、呼び出し音は3コール目で切れてしまった。

発信者は……火野拓海。

「……ハァ」

このまま無視することも出来ず、すぐにリダイヤルをした。

「んで、何の用?」

『エンデュランスの試合は見たか?』

「CC社は、エンデュランスのアカウント停止(アカバン)できないのか?」

『仮に、したくても出来ないのだとしたら』

「……止められないってことかよ」

なら、正攻法でエンデュランスを宮皇の座から引きずり下ろすしかない。

拓海はハセヲで闘宮に挑戦してもらいたくて、タイトルマッチを見せたのだろう。そしてその思惑にハセヲは乗ってしまった。

「なら、クーンとパイは?」

『彼女たちは既にパーティを組んで、アリーナに挑戦してもらっている』

「あっそ。俺は保険ってわけか」

『むしろ、君が本命だ。……期待しているよ』

「そーかよ。ならせめてハセヲを戻してくれよ」

武器の使い分けも出来ないし、何よりレベルが低い。どうせ闘宮ではレベル調整されるから、ハセヲのレベルが133まで戻っても問題ないはずだ。

『それは出来ない』

だというのに、拓海に拒否される。

「はぁ? 何でだよ」

『ハセヲのPCにはスケィスの因子が癒着している。外から手を加えることは不可能だ』

「あーそーかよ」

あのレベルがあれば確実にタイトルマッチまで進めたというのに。

いい加減頭痛が酷くて、通話を切った。

(……言う必要は、ない)

 

震える体を抱き込み、頭を埋める。

The World(電脳世界)で産声を上げた死神がリアル(現実世界)に這い出し……亮に憑りついた。

このままでは、いずれハセヲは乗っ取られるだろう。

 

「……いい加減、大人しくしてろよ」

――――やなこった。

内に潜む死神が、嘲った。

 

 



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