たきなと一緒に左遷されたリコリスが飯を食べる話 (ケーズ電雷)
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焼きおにぎり


 切った張ったの世界の住民が美味しいもの食べてる姿が好きなので書いてみた


 

 

 おいしい焼きおにぎりの作り方。

 

 和風だし、みりん、醤油、ごま油を混ぜたお手製タレを、ごはんに混ぜ込み形成。

 こうしてできた7個の三角型おにぎりをクッキングペーパーに並べてトースターで焼き上げる。

 

 これだけ。簡単そうに見えるでしょう?

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

 最大の難関は最後に待っていた。

 焼きの工程でおにぎりの両面を交互にひっくり返す必要があるのだが、これがくせもので、加熱されたことで香り立つ醤油と和風だしのハーモニーが私の胃袋を直撃。

 しかもひっくり返すごとに強く香ばしくなる芳香が波状攻撃を仕掛けてくるのです。

 

 私は断固として、この誘惑と戦わなくてはなりません。

 喫茶リコリコの新メニューを開発するためにキッチンと食材をお借りしているのですから、完成前に焼きおにぎり全滅などという失態は犯せません。

 

 鋼の意思で焼きおにぎりを完成させました。

 出来上がった6個の焼きおにぎりを、すぐにでもかぶりつきたいという欲求をこらえてお皿に並べます。

 こうして完成品を並べてみると感動もひとしおで、ここまで我慢した甲斐があったというものです。

 

 それもこれも、途中で焼きおにぎり全滅の危機を察知して一つを犠牲にすることを選んだ私の英断の成果と言って過言ではないでしょう。

 コラテラルコラテラル。

 

 では、ひとつ目を手に取りまして。

 

 

「いただきま―――」

 

「試作品いただいてんじゃないわよこのチビ!」

 

「―――ぐへっ」

 

 

 いざ実食、というところで邪魔が入りました。

 人の頭に手を乗せて、あまつさえ焼きおにぎりを横取りしたアラサーの名前は中原ミズキ。27歳独身で大雑把なO型です。

 

 

「ふむ、外はカリカリ中はもっちり。美味しいじゃない。クック○ッドのレシピ丸パクリとは思えないわ」

 

「ひとこと余計です。大体、自分は試作品食べてるじゃないですか」

 

「アンタひとりで食わせると焼きおにぎりが全滅するでしょうが、この暴食チビ」

 

「……こんな遅い時間に食べると太りますよ、独身貴族さん」

 

 

 何が気に入らなかったのか、ぐっと人の頭に全体重を乗せてきました。

 

 ので、私はその手首を掴んで垂直に持ち上げて対抗します。

 

 

「何か言ったかしら、この馬鹿力チビ!」

 

「肥って嫁の貰い手がいなくなるって言ったんですよ、この飢えたハイエナ」

 

「「ぐぬぬぬぬ〜っ!」」

 

「……お前たち、厨房で喧嘩はやめろ。危ないだろ」

 

「あっ、店長」

 

 

 そこへやってきたのは、謎多き和服の黒人男性、店長ことミカさんです。

 

 私は掴んでいたナマモノを脇に放ると―――ぐぺっ、とカエルの潰れたような音がしましたが無視して―――店長に焼きおにぎりの皿を差し出します。

 

 

「試作品ができたので、食べてみてください。

 さっき途中で食べましたが美味しかったですよ」

 

「いい香りだな、どれ。

 ……初めて作ったにしては上出来じゃないか」

 

「本当ですか?

 なら醤油味は、これをベースにしてよさそうですね。

 それと味がひとつでは物足りないので、みそ味と、季節ごとに入れ替わる3個セットがいいんじゃないかと思うんです」

 

「や、焼きおにぎりの3個セット?

 それは重くないか」

 

「そうですか?

 だったらミニサイズのかわいい焼きおにぎりにしますね。

 これ、たきなたちにも食べてもらってきます」

 

 

 私は残り4つの焼きおにぎりの皿を抱えて、店の奥に入りました。

 

 

 ☆

 

 

「……DAで育った殺し屋が、すっかり喫茶店の店員になっちゃってまぁ」

 

「言ってやるな。いくら訓練したところで、生まれ持った気質は変えられないもんだ」

 

「けっ」

 

 

 ☆

 

 

 隠し階段を降りると、そこには喫茶店に似つかわしくない施設があります。

 喫茶リコリコの裏の顔。

 DA(DirectAttack)の殺し屋であるリコリスの拠点、それがこの地下射撃訓練場です。

 

 そして射撃レーンには、私の同僚の姿がありました。

 名前は井ノ上たきな。

 非常に戦闘能力が優秀なリコリスです。

 

 もう一人の同僚の姿はここには無く、どうやら先に帰ってしまったようです。

 皿に残った焼きおにぎりは残り3個なので、ちょうど3人で分けられると思っていたのですが仕方がありません。

 仕方がないので私がふたつ頂きましょう。

 

 

「たきな、お疲れ様です。

 お夜食ですよ」

 

(かのと)

 それは、営業中に言っていた試作品ですか」

 

「はい。頑張って作ったんですよ、食べてください」

 

 

 たきなは視線をホカホカと湯気を立てる焼きおにぎりと私の顔の間で往復させ、

 ……それから、顔を背けました。

 

 

「すみません、まだ訓練があるので」

 

「えっ、でも」

 

「私には、あなたに甘えている時間なんて許されないんです」

 

 

 たきなはそう言って、イヤーマフを着け射撃レーンに入ってしまいました。

 

 ……仕方ないので、焼きおにぎりは3つとも私が食べることにしましょう。

 射撃訓練場の壁に背中を預けると、その場に座り込んでちびちびと時間をかけて焼きおにぎりをかじります。

 やっぱり気が変わったとなった時に、たきなの分がなくなっていてはかわいそうですからね。

 

 

(さっきの反応、焼きおにぎり自体は欲しそうにしてましたよね?

 やっぱり嫌われているのでしょうか)

 

 

 私は、たきなの左遷に便乗してDAから逃げ出しました。

 喫茶リコリコに配属されてからというもの、たきなとのコミュニケーションを試みているのですが、ことごとく避けられてしまっています。

 

 左遷をもぎ取るために上部批判を繰り返したことは、DAへの忠誠心が強いたきなにとって業腹でしょうし、何より我が身可愛さに戦場を逃げ出した臆病者と思われているに違いありません。

 仲間を見捨てて逃げた者など、もう見向きする価値も無いということでしょう。

 

 

「……私もたきなも、育ててもらった恩の分だけ切った張ったをしたのですから、そろそろ普通の暮らしをしても良いと思うんですが。

 ままなりませんね」

 

 

 結局たきなが焼きおにぎりを求めることはなく、すっかり冷めてしまった3つ目の焼きおにぎりを口に詰め込んで、私は射撃訓練場をあとにするのでした。

 

 

 ☆

 

 

 井ノ上たきなが小山辛と出会ったのは、DA関東本部・東京支部に移籍したその日のことだった。

 

 新入りに対する通過儀礼、あるいは度胸試し。

 そういうものがあったとして、たきなには周囲に実力を認めさせるだけの自信があった。

 だからその内容が『握手』だと聞いた時は内心ほくそ笑んだものだ。

 

 その『握手』の相手が、自分と同い歳とは信じ難いほど小柄でひ弱そうなサードリコリスだと知るまでは。

 

 辛の姿を見た時、馬鹿にされていると怒ればいいのか、それとも陰湿ないじめに加担させられることを嘆けばいいのか迷ったものだが、この時、たきなは見事に辛の外見に騙されていた。

 相手として周囲の人垣から押し出されるようにやってきた辛を見て、適当に痛がらせて脅せば相手からギブアップするだろうとたかをくくった。

 その顛末は、相手を甘く見たリコリスが支払う代償としては安いものだったと言える。

 

 …………どんな過酷な訓練にも耐えてきたたきなをして、手を握り潰さんばかりの激痛に叫びを上げたのは初めてだったが。

 

 

(あの時は死ぬかと思いました)

 

 

 射撃を繰り返しても握力が弱まらないほどトレーニングした右手を開閉しながら、当時の痛みを思い出す。

 あの力は、まさに万力のそれだった。

 

 それもそのはず、苦悶するたきなを一通り笑った周囲のリコリスたちが謝罪まじりに教えてくれたことによると、彼女は常人の数倍の筋密度を持つ特異体質らしい。

 その身体スペックは他の追随を許さず、身体計測では数々の新記録を打ち立て、銃撃戦で遮蔽物が足りなければ車を横に転がして運び込み、あるいは敵陣にドラム缶を投げ込んで制圧するほどの怪物っぷり。

 

 ついたあだ名が人間重機というのも頷ける話だった。

 

 もっとも、本人が1番活躍する場面を挙げるなら人型担架とでも呼ぶべきだろうが。

 辛は率先して負傷者救助や移送を引き受ける、心優しいリコリスだった。

 小さな両肩に負傷者を担ぎ、さらにもうひとり横に積んで駆け出す姿に、苦しい場面に立たされたリコリスたちはどれほど頼もしかったことだろう。

 

 

(そんな辛をDAに居られなくさせた私に、彼女の好意に甘える権利なんてありません)

 

 

 楠木に呼び出され左遷を告げられた時、司令部の扉を蹴破り現れた辛の姿はひどいものだった。

 彼女を引き止めたリコリスたちに掴まれただろう服装や髪は乱れに乱れ、なおしがみついてでも止めようとしたリコリスを文字通りに引きずってきたのだから当然だろう。

 彼女たちを力ずくで振り切ると、辛は楠木司令の前に立った。

 

 

「楠木司令、たきなを転属させるというのは本当ですか。

 だったら私も処分を受けます」

 

「……小山辛か。お前を処分する理由は無い」

 

「理由ならあります。

 私も勝手に発砲しましたし、司令部の命令は増援到着までの待機でした。

 命令違反は立派な処分理由です」

 

「だがお前は武器商人の一人の膝を撃ち確保している。功罪半ばだ」

 

「下っ端ひとり捕まえたところで、情報源にならなくては意味がありません。

 それも、たきなが機銃で注意を引いたからできたことです」

 

「それでも情報源そのものの抹殺は話にならん」

 

「そもそもの話をすれば、仲間を人質にとられたあの状況で司令部との―――」

 

 

 不思議な光景だった。

 部下が自らへの処罰を求め、上司が諌めている。

 普通は逆だろう。

 

 たきなの胸中には、庇ってくれていることへの嬉しさよりも戸惑いが先に立っていた。

 辛とたきなの間にはほとんど接点が無い。

 なぜこのような行動に出たのか不思議でならなかった。

 

 その理由を知っていれば、たきなは必ず止めただろう。

 

 

「―――私はこれ以上、リコリスの命を軽視するDAで戦うことはできません」

 

 

 そして、理由がわかった時には既に手遅れになっていた。

 

 

「発言を取消せ小山辛。これ以上、DAを批判する発言は看過しない」

 

「拒否します。私は上部批判を行っている自覚があり、その根拠となる問題が解決されない限り、撤回するつもりはありません」

 

「そこまで処分されたいか」

 

 

 鉛のように重たい沈黙が降りた。

 

 辛が引きずってきたリコリスの誰かが、ひっと息を詰まらせる。

 

 たきな自身、自らを処分するために呼ばれてさえいなければ、この場を辞して逃げ出したくなる。

 楠木の威圧を込めた視線を、辛は一歩も引かず真っ直ぐに見返していた。

 

 やがて、怒気を吐き出すようなため息とともに室内に充満していた重圧が解けた。

 

 

「……いいだろう。

 小山辛、貴様を命令違反と上部批判で処分する。

 荷物をまとめろ」

 

「ありがとうございます。

 失礼します」

 

 

 肩を怒らせて退出する小さな背中には、どこか悲しみが滲んているように見えた。

 

 

(辛がDAに不信感を抱いてしまったのは、私があのビルで犯人確保に失敗したからです。

 人質を取った犯人の腕だけを撃ち抜くことができていれば、私にもっと力があればそうはならなかったのに!)

 

 

 この喫茶リコリコに配属されてから、たきなは己に厳しい訓練を課していた。

 通常の射撃訓練に加え、遮蔽物から顔を出しての早撃ち、複数の動ターゲットへの連続射撃、的の中央を人質と仮定して両肩を狙った曲芸撃ち。

 ミカをはじめリコリコのメンバーにオーバーワークを心配されるほど自身を追い込み、いじめ抜いた。

 

 だが、まだ足りない。

 

 きっとこの先、困難な状況はいくらでも起こる。

 理不尽な要求に応えなければならなくなる時がいつか必ずやってくる。

 どんな過酷な試練だろうと、乗り越える強さを身に着けなければならない。

 

 

(どんな状況だろうと、必ず仲間を救えるようになってみせる。

 私が、DAが求める理不尽を解決できるリコリスになる)

 

  

 それが叶えば、きっと辛はDAに、リコリスたちのもとに帰ることができる。

 

 震える手を堅い意思で抑え込み、たきなはターゲットに銃を向けた。

 

 

 

 僅かに香る焦げた醤油の匂いに、疲労した身体は刺激され空腹を訴える。

 だが、彼女を仲間のもとへ返すまで甘えるわけにはいかないと、たきな己の身体にムチを打ち、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 美味しいもの食べてる姿が好き(食べるとは言っていない)。


 なんか書いてたら、たきなさんが覚悟ガンギマリの思い込みコミュ障キャラと化していますが、きっとコミュ力極振りの最強人たらしリコリスがなんとかしてくれるので大丈夫でしょう。
 
 苦労するのは彼女だけなので事実上の悪影響はありません。



 最後に焼きおにぎりの誘惑に負けたオリ主のイラストをピクルーの『妙子式2』で作ってみたので置いておきますね。
 


【挿絵表示】







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団子三兄弟 500円


 リコリコのアニメ4話は世界平和のために永久無料公開すべきそうすべき。



 あと、読み返してて『辛(かのと)』って名前が死ぬほど読みづらかったので、今後オリ主の名前はたきなに習って平仮名表記の『小山かのと』にします。
 名前の由来は『山椒は小粒でもぴりりと辛い』です。


 ぴりりと辛い(激痛に叫びを上げるたきなさん)。



 

 DAとは。

 国を守るための公的機密組織であり、危険人物を暗殺する超法規的機関です。

 私たちリコリスはこのDAに所属し、暗殺、訓練、襲撃の日々を送っています。

 

 その日々に終わりはありません。

 あるとすれば、死あるのみです。

 

 DAはリコリスとして引き取った孤児の戸籍情報を抹消しています。

 当然、足抜けなんてできません。よしんば脱走できたとして、無戸籍の少女がひとり生きていく方法なんて殺し屋家業よりも悲惨な末路があるのみでしょう。

 

 私は運良く親切な誰かに保護されて平穏な生活が送れるなんて信じません。

 もし日本人の善性とやらがそんなに優れていたなら、DAなんて組織も、殺し屋として育てられる孤児も存在するはずがありません。

 

 所詮世の中は弱肉強食。

 リコリスという人材を消費することに躊躇いのない組織で、弱者で居ることは自らの首を締め、強くならねば敵に殺されます。

 ならば、DAという組織が整えた環境で、自分が食う側になるために牙を磨くことを選ぶべき。

 

 

 そんな中で起こったのが、たきなの命令違反であり、そして左遷の噂でした。

 

 

 たきなはそもそも去年転属したばかりです。出戻りかといえば、どうやらそうではないらしく。DAにはいられなくなるという噂が波のように広まりました。

 

 DAにはいられない。

 それはつまり、DAではない外部組織への移籍を意味します。

 

 教官のひとりにそのことを確かめた時、私が感じた衝撃は筆舌に尽くしがたく、しばらく周囲に心配されるほど呆然としました。

 

 元より、後始末や工作を担当する部隊の存在は知っていましたが、そこに戸籍を消してまで囲い込んでいるリコリスが移籍できるという事実は、まさに私にとって青天の霹靂だったのです。

 

 私は死にたくありません。

 

 だから、たきなの左遷に便乗することにしました。

 左遷とは建前で、容赦ない殺処分が待っている可能性を考えると大いに賭けでしたが、どのみち危険な家業を続けていればどこかで鬼籍に入っていたことでしょう。

 ……無戸籍が鬼籍に入れるかはともかくとして。

 

 

「どれだけ酷くても、前世よりはマシでしょう」

 

 

 既に前世の没年は超えているのですから。

 そう気楽に考えて、命を賭けに投じました。

 

 

 ☆

 

 

 3色ある串団子から抹茶を選び、口に運びます。

 上品な甘さのお団子を堪能すると、その甘みを引き立てていた抹茶のほのかな苦味を、反対の手に持ったどら焼きバーガーで打ち消します。

 舌触りのよいどら焼きの生地に包まれた、ほんのり辛口のブルーベリーソースとリンゴのシャキシャキとした食感を楽しむと、口内に残った生クリームを煎茶で流し込みます。

 

 

「―――はふぅ」

 

 

 一息つくと、煎茶の熱とともに数多の甘味がもたらす多幸感が口から漏れ出すようでした。

 

 串団子の残りを根こそぎ口にすると、その串で桜色のおはぎを両断。

 季節の味を余すことなく味わい、次の獲物はどれにしようかと、私は内心舌なめずりを止められません。

 

 いま、私の前には喫茶リコリコのメニューが並んでいます。

 DAを追われた私とたきなが喫茶リコリコに配属された日、先輩リコリスが突然たきなを連れてお泊りすると言い出し、残った新人の私が急遽夜のシフトに入ることになりました。

 私はなんとか馴れない接客業をこなし、たきなも突発的に発生した民間人の襲撃事件を無事に撃退。

 その労をねぎらうことも兼ねて、今夜は喫茶リコリコで歓迎会を開いてもらえることになりました。

 

 そこで、店長のミカさんが信じられないことを口にたのです。

 

 

「今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べていってくれ」

 

 

 と。

 

 だから私は、遠慮なく言いました。

 

 

「メニューの端から端まで全部ください」

 

 

 と。

 

 そして私はリコリコのメニューを食べ尽くし、いまは折り返して2周目に突入したところです。

 

 

「ちょっと先生! こんなに食べさせちゃって大丈夫なの? お店潰れない?」

 

「だ、大丈夫だ。問題ない」

 

「声が震えてるぞオッサン」

 

 

 それにしても店長は実に太っ腹ですね。

 配属になるまでの経緯をかいつまんで話したのですが、とても親身になって聞いてくれましたし。DAに関わる大人とは信じられないくらい良い人です。

 

 おかげでこうして、何の気兼ねもなく好きなものを好きなだけ食べることができます。

 前々から1度はやってみたいと思ってはいたものの、サードのお小遣いじゃ確実に破産しますからね。

 

 命を賭けた転属の甲斐があったというものです。

 どうやら喫茶リコリコは怪しい取引現場に使われたり、二階で自由恋愛をしたりするお店では無いようですし。たきなから聞いたリコリスとしての仕事内容からも、追い出し部屋を兼ねた謎の部署ということは無いでしょう。

 

 

「かのと、流石に食べ過ぎじゃないですか」

 

 

 口の中の甘味を店長肝いりのブレンドコーヒーでリセットし、おうどんををすすっていると、隣のたきなが話しかけてきました。

 

 

「いくらなんでもお店の食材を食べ尽くすのはどうかと思います」

 

「心配しなくても、たきなの分まで食べたりはしませんよ」

 

「いやそういうことじゃないです」

 

「私だって、奢りだからといって食べまくるのが非常識だということぐらい心得ています。

 ちゃんと腹八分目にとどめますよ」

 

「はらはちぶんめ……?」

 

 

 たきなは懐からスマートフォンを取り出すと、辞書アプリを起動して単語の意味を調べ、そして首をひねっていました。

 座学は得意だと思っていたのですが、どうやら国語は苦手分野だったようです。

 外見は大和撫子然とした美少女のたきなに、意外な弱点発見ですね。

 

 

「それに、あと一皿頼んだらそれで最後にしようと思っていたんです。

 店長さん、注文いいですか?」

 

「!

 ああ、何でもいいぞ。言ってみろ」

 

「お団子をお願いします。

 大きいお皿にピラミッドみたいに積み上げたお団子を食べるのが夢だったんです」

 

「………………………………………………………………。

 わかった、用意しよう」 

 

 

 店長さんは快く引き受けてくださいました。

 

 このように、喫茶リコリコは実にアットホームな良い職場です。

 ですが、懸念事項が無いとは言い切れないんですね。

 

 

「合掌」

 

「なむなむ」

 

 

 たとえば、店長さんの背中に手を合わせる先輩リコリスだとか。

 

 

 ☆

 

 

 私には前世の記憶があります。

 といっても大した前世ではなく、ただ恵まれない環境に産まれ、不幸なまま終えた人生でした。

 

 デキ婚で駆け落ちした両親のもとに産まれ、母親は貧乏暮らしに耐えられず蒸発。父親はコンビニ弁当を買ってくること以外は育児放棄。

 

 親は無くとも、とはいいますが。

 衣食住すら足りずに育った子供が、まともに社会生活を送れるはずもなく。

 

 小学校では髪が臭うとハサミで切られ、

 

 中学校では文房具欲しさに自販機の下とお釣り取り出し口を漁り、集めたお金を不良に遊ぶ金欲しさでカツ上げされ、

 

 高校生になったら父親が酒代のために身体を売れと言い、反抗したら酒瓶で頭をカチ割られて死にました。

 

 前世ではこうして理不尽と暴力に晒され、呆気なくその幕を閉じたのです。

 

 だから、私は死にたくありません。

 

 二度目の生は、きっと私の前世を憐れんだ神様がくださった贈り物ギフトなのでしょう。

 今世でも生まれには恵まれませんでしたが、DAに拾われたことは幸運でした。

 

 整えられた訓練施設。

 経験豊富な教官たち。

 行き届いた支給品。

 湯水の如く供給される消耗品。

 

 そして何より、常人ならざる筋力を持って産まれたこの身体。

 

 神様からの贈り物とDAが優秀なリコリスを育てるために投じたあらゆる資源を、私はひたすら自分の力とするためだけに費やしました。

 

 もう二度と理不尽な暴力に晒されないために。

 食われる側ではなく食う側になるために。

 今世こそ、死なないために。

 

 こうして私は、理不尽な暴力そのものになったのです。

 

 ―――だというのに。

 

 

「千束さんは、なぜ敵を殺さないんですか?」

 

 

 戦場でそんなことをしていたら、命がいくつあっても足りないじゃないですか。

 

 

 ☆

 

 

「千束さんは、なぜ敵を殺さないんですか?」

 

「へっ?」

 

 

 不意に投げかけられた問いに、千束は思わず相手の顔を見返した。

 たきなから聞いた、仲間想いの心優しいリコリスの印象とはかけ離れた言葉だった。

 

 小山かのと。

 井ノ上たきなと共に転属してきた小さなリコリスは、ひとことで表すと小動物。あえて加えるならマスコットのような少女だった。

 

 可愛いというより綺麗な顔立ちでありながら、ぶかぶかのリコリス制服で袖を余らせている姿には、姉の制服を背伸びして着ている子供ような微笑ましさがある。

 特に、リコリコのスイーツを堪能している姿など……本人の名誉のために「とても可愛かった」としておこう。

 

 とにかく、かのとが喫茶リコリスに来たことは、千束にとって嬉しいサプライズだった。配属されるのは一人と聞いていたので、思わず頬ずりしたほどといえば、千束の喜び様が伝わるだろうか。

 

 どこか思い詰めた様子のたきなと無事に打ち解け、さてもう一人の新人と仲良くなろうと開いた歓迎会。

 先輩を調理と配膳で忙殺してくれた大型新人は、ちょうど千束が更衣室で下着姿になったところに入るや衝撃の一言を口にした。

 

 

「千束さんは、なぜ敵を殺さないんですか?」

 

「二度も言わなくていいから!」

 

「私たちに武器を向ける敵をわざわざ生かしておくなんて、無用な危険を増やす行為です。どうしてそんなことを?」

 

「どうしてって、そりゃあ気分が悪いからだよ。敵だって死にたくないだろうし、私も殺したくない。

 ホラ、みんなはっぴー」

 

「……千束さん、ちょっと屈んでもらえますか」

 

「えっなになに? こう?」

 

「もう少し」

 

 

 ぐい、と思いのほか力強く肩を降ろされ、

 そして、かのとの右手が滑るように千束の首を掴んだ。

 

 

「忠告しますが、私は片手で人の頚椎を握り潰せます」

 

「ちょっ、まっ」

 

 

 反射的に距離を取ろうと屈めた膝と背中を伸ばそうとするも、その動きは左手一本で抑え込まれた。

 

 細い首にかのとの指が食い込む。

 気道も動脈も圧迫せず、けれど直接背骨を鷲掴みにされたような嫌な感触に、千束の心臓が幻肢痛じみた高い脈を打った。

 

 訓練で身体に染み付いた習性が、殺られる前に武器を取ることを求めるが、生憎と今の千束は丸腰だ。

 

 

(こいつ人が無防備になったタイミングで奇襲したな!?

 他のリコリスには理解できないこだわりだって自覚はしてたけど、そこまでするかフツー!)

 

 

「もう一度だけ聞きます。何故ですか」

 

「……わかったよ、降参。

 ちゃんと話すから脊髄を素手で引っこ抜くのはやめて」

 

「そこまで言ってません」

 

 

 出来ないとは言わないらしい。

 

 こうしてDA最強のリコリスは、下着姿で両手を上げるという屈辱的な姿で制圧されたのだった。

 

 

 





 ぐへへ。

 ↑ぶっちゃけこれがやりたかっだけ。


 以上、オリ主を掘り下げていったらいつの間にかやべー奴になってたの巻でした。


 千束って伝説のリコリスの立場を確立してなかったら、絶対に周囲と揉める主義してますよね。

 例えば新人として配属された『秩序/善』属性の千束が「暗殺者だけど、できれば敵も助けたいのです!」と言って周囲と衝突しながら成長していくストーリーとかが思い浮かんで、よくよく考えたらうちのオリ主との折り合い悪くね? となって書いたのが今回でした。

 次回でちゃんと百合するので許してくださいなんでもしまかぜ。




Q1.もし左遷先が殺処分場や懲罰大隊的な特攻隊だったら?

A1.たきなを唆して反逆 → 二人で逃避行。
  これはこれで百合としては有り?


Q2.オリ主が理不尽な暴力とか標榜していいの?

A2.暴力の対象が自分以下の理不尽な暴力なのでOK。
  なお、どれだけ大きな理不尽だろうと、自分より大きな暴力には立ち向かわない模様。



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