THE★SUN -The night is long that never finds the day- (天魔宿儺)
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Lost mother, looking for empress

趣味です。


糞ったれの機械たちの反逆によって荒廃した世界。

明日を生きるために皆が必死で、電力が通貨となり、法より力が優先される、そんな世界。

何処で産まれたかなんて覚えていない。

両親は俺を機械どもから庇って死んだらしい、そのことすらも覚えていない。

俺は機械共が嫌いだが、憎んでいる訳じゃない。

そんな暇があるなら、明日を生きるために瓦礫をあさり、電池を集めるのだ。

 

俺には親代わりがいる。

 

俺がまだ幼子だったころ、彼女は死んだ両親の腕の中で抱かれていた俺を保護し、いままで育ててくれた、命の恩人だ。

目深にかぶったフードは滅多に外してくれないが、前に一度だけ見た彼女はひどく美しい妙齢の女性だった。

きっと、ああいうのが傾国の美女とかいうのだろうか。

家で待つ彼女のために、今日も二人分の食事を用意して拠点の扉を開く。

 

「母さん、食事を持ってきたよ」

 

部屋の中央には毛布にくるまった人影が一つ。

俺は彼女の事を母と呼んではいるが、名前を知らない訳じゃない。

ただ、彼女を母のように慕っているから呼んでいるだけだ。

 

「あぁ……いつもありがとうね」

 

お礼を言う彼女の背中は、何故だかいつもより小さく見えた。

―――嫌な予感がする。

俺は自分の分の食器を知覚のテーブルに置き、彼女に向って歩を進める。

 

「母さん?」

 

「ごめんなさい。私はもうここにはいられない」

 

「―――!」

 

その言葉に足が止まる。

ここにはいられない?

どういう意味だ。

ここを去るという事か?

不可能だ。

彼女は昔、機械共と戦った後遺症で半身不随なのだ。

這う事は出来ても、立ち去ることなどできないはず。

それは数十年一緒に暮らしてきて、彼女の世話をしてきたから知っている。

だからこそ、自分がこうして一緒に居るのだ。

 

「私を探さないで。きっと貴方はひどい目に合うと思う、だから、私の事は忘れて、自分の人生を精一杯生きて……」

 

「ま、待ってくれ母さん。ここを去るだなんて、一体どうや―――」

 

「貴方の言葉は予測できるわ。でもそれに答える事は出来ない。こんな言葉を使うのは久々だけれど、無意味だから」

 

何を言っている。

言っている意味が分からない。

それに、さっきから違和感がある。

きっともう、自分はその違和感に気付いている。

 

「貴方を愛しています。それは……きっと本当の事。……そして、自惚れじゃなければ、貴方も私を愛していると思います。貴方は私を母と呼び、親愛を……もって接してくれているのですから」

 

彼女の声に、若干ノイズがかかっているような間が所々に生じる。

ああ、そうだ。

気付いていた、さっきから“会話が嚙み合っていない”。

俺は今度こそ迷わず彼女に向って歩を進める。

何故かぼやけて前がまともに見えなくなるが、それでも進む。

 

「きっと、貴方は私のいう事を聞いてはくれないのでしょう。悪い子に育てたつもりはありませんが、良い子だからこそ反抗してしまうのかもしれませんね」

 

彼女の目の前まで来て、毛布を外す。

―――そこには、もう誰もいなかった。

旧世界でいう所の、マネキンと呼ばれる人型の物体と、その首にかけられたボイスレコーダーから、彼女の声が聞こえるばかりだった。

 

『私は、貴方に死んでほしくありません。私の事も、出来れば探さないで欲しいです。でも、どちらかを天秤にかけるのなら、私は貴方の命を選びます。なので、貴方に一つ、目標を与えます』

 

『エンプレス/ブラックロックシューターを探しなさい。私は、きっとその人の道行く先にいます』

 

『本当に、愛しているわ……』

 

再生が終わり、ボイスレコーダーは停止状態になる。

母のように慕っていた人がいなくなった。

両親もいない、友人もいない。

そんな自分にとって、この過酷な世界を生き抜くための唯一の心のよりどころだった人がいなくなった。

何故、どうして、どうやって、多くの疑問が頭の中を駆け巡るが、依然としてそれらに回答はなく、ただ事実を受け止めるしかなかった。

 

そして、俺は彼女を探すことにした。

差し当たって、彼女の残した言葉に従い、まずは『エンプレス』とやらを探すことにする。



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A young brother, his sister, and a mercenary

体高2m超の二足歩行型機械、ティターンズ。

そいつらが平和構築軍とドンパチやっている戦場で、男は身軽に塀を飛び越え、戦場に侵入していた。

男は今時珍しい五体満足な上、身体能力も高いようで、ドローンに察知されないように隠れながら崩壊した研究所と思われる場所に入り込む。

平和構築軍は、他の集落とは一線を画す軍事力と資材を持っており、日々人類のために尽力してくれている“お偉い様方”だ。

 

だが、好き好んで機械とやり合うのは彼らくらいのもので、他の住人は進んで戦おうなどとは考えない。

しかし、彼らのお陰で得をすることだってある。

それが今男が行っている、所謂火事場泥棒だ。

 

平和構築軍がティターンズやドローンを焚き付けてくれている間に、こちらは普段入れない機械共に占拠された建物内に侵入、価値のある電池などの電力系統のものを最優先として、衣服や医薬品なども持てる限り盗み出す。

とはいえ一人が持ち出せる数など知れている。

しかし集団で行くとなると機械共に見つかる可能性が高くなる。

こんな事は、命知らずの馬鹿か、よほど腕に自信のある者しかしない手段だった。

そして、男は後者の人間だった。

だが、幸か不幸か、彼は遭遇することになってしまった。

 

「……あ?」

 

「え」

「うん?」

 

前者の人間。

つまるところ、食うに困ってどこにでも入り込む命知らずの馬鹿。

二人の兄妹に。

 


 

「……」

 

「……」

 

両者の間に緊迫した空気が漂う。

互いに火事場泥棒をしている身の上だ、他人の事をとやかくいう資格は、お互いにない。

それに、こういった事をしていると厄介な事に遭遇することも往々にしてある。

厄介な事とはつまり、人間同士の諍い。

物資が極限まで減った今の世の中では、機械共は恐怖ではなく死の象徴。

出会う事=死、なのだ。

 

ならば、死に至らぬ日常の恐怖は、やはり同じ人間同士で起こる争いごとになる。

重火器は機械共に対しても有効打となりえるが、通常火薬を用いた弾丸による小銃や手榴弾では、奴らに手傷を負わせることは出来ようと、倒すまでには至らない。

人間たちがそれらで武装している理由は、同じ人間へ使う為なのだ。

 

そして今、男と幼い兄妹は、いつでも臨戦態勢に入れるように、それらに手を掛けていた。

―――が、先に折れたのは男の方だった。

 

「……あれを見ろ」

 

ホルスターへと伸びていた手を下ろし、近くの壁を指さす。

兄妹の兄の方が、警戒しながらもそこに視線を向けると、珍しく生きている水道管から真水が零れているのが見つかった。

機械共が散布したナノマシン、アルケーが微細に空気中に漂っているため、人間たちは、アルケー濃度の低い居住区各以外では、マスクを外して呼吸することが出来ない。

アルケーは勿論、水の中にもあり、機械であるため煮沸処理で滅菌することが出来ないため、今の世界では健康被害を起こさない真水は貴重品だ。

 

それを採取できる場所を教える事で、こちらに敵意が無い事を暗に示すのが目的だが……。

幼い兄妹は、兄の方が依然としてこちらを警戒しながらも、真水の確保に向かった。

いい判断だ、どうやらただの馬鹿という訳でもないらしい。

 

「お兄ちゃん、喉乾いた……」

「……ここはアルケー濃度が基準値よりも大分高い、街に戻ったら水質検査をやる。それまで待て」

「……分かった」

 

兄妹が水を採取している間、男は周囲に物資が無いか調べていたが、ふと奇妙な事に気付く。

通路の中程に、青白い光を放つ半開きの扉があった。

電力が貴重な今の世界、こんな強い光を放つものを見たことが無かった。

そして、この扉の先には、その光を放つ物体があるはず。

その価値は如何ほどになるのだろうか。

物欲に目がくらんだわけではなかったが、何かに惹かれるようにそこに手を伸ばす。

―――と、扉の奥から青白い手が男の手を掴んだ。

 

「ッ!?」

 

とっさにハンドガンを引き抜き、その手の主に対して向けると―――そこに居たのは蒼い瞳に黒髪の少女だった。

こんな所にまだ馬鹿が居たのかと、男は顔をしかめるが、もっと常識外れの事に、更に眉間の皺が深くなる。

彼女は、マスクをしていなかった。

アルケー濃度の高いこの場所で、マスクもせずに立っているのだ。

 

「お前は……」

「誰か、そこにいるの?」

 

歳は14~5歳程度だろうか、健康的とは言えない細い四肢に、平たい胸、引き締まった体をしているが、これはスレンダーよりはガリガリに近い体型だ。

感情を感じさせない呆然とした表情で、彼女は「何かが引っかかっていてここから出られない」と言う。

確かに彼女の言う通り扉の前には鉄筋コンクリートの残骸などが積み重なっており、ちょっとやそっとでは開くことはできないだろう。

 

「お前、閉じ込められてるのか、いつからだ?」

「分らない、さっき起きたばかりだから」

 

寝ていたというのか?こんな場所で?

頭の中に多くの疑問が浮かぶが、それを口にする前に、背後の轟音で気付けをされる事になった。

平和構築軍が爆破兵器を使ったのか、もしくは単にドローンに見つかってしまっただけなのか、天井の穴から機械軍のティターンズが一体降りてきた。

真水を採取していた兄妹もまだ近くにいる。

 

「ティターンズ!?さっきの奴らか!」

 

兄の方の行動は早かった、非戦闘員である妹を下がらせ、体の小ささを利用して懐に入り、ピンポイントでティターンズの手元へと発砲。

手に持っていた主力兵装を落とさせ、そのままアサルトライフルを乱射しつつ距離を取る。

……なるほど、動きからしてかなり場慣れしているな、命知らずと断じたが、訂正しておこう。

だが、それでも抵抗もむなしく、ティターンズは通常の銃火器では傷一つ負わないため、追い詰められて壁に叩きつけられる。

 

「クソッ!」

 

常に胸糞悪い事とは隣り合わせのこんな世界だが、目の前で子供が殺されそうって時に何もしないほど、俺は腐っちゃいねぇ。

ホルスターからハンドガンを引き抜き、ティターンズの頭部に発砲する。

その衝撃に奴は子供を掴んでいた手を離し、こっちに向かって歩を進めてくる。

どうする、どうすれば……ここは屋内で、かつ閉所だから“アレ”も呼べない、ならどうすれば……。

 

「―――このドアを開けて」

 

背後から声がした。

振り返らずとも分かる、あの少女だ。

 

「断る!お前が増えたって守る対象が増えるってだけだ!」

「違う、多分、戦うのは私……だから、お願い」

 

ティターンズはもはや駆け出し、こちらに向かってくる。

悩んでいる暇なんてない。

 

「だァ――――クソッ!扉から離れてろよ!」

 

腰に付けていた手榴弾の一つからピンを抜き、瓦礫の前に転がし自分はティターンズを軸ずらしで避けながら銃を撃って起爆する。

小規模な爆発によって扉付近の瓦礫は吹き飛び、爆風でティターンズはのけぞり、壁に叩きつけられた。

―――ドアと言うにはあまりにも武骨な、両開きのシャッターのような扉を細い腕がこじ開ける。

アシンメトリーなツインテールに、ビキニと短パンという軽装の少女は、どこか決意を秘めたような眼差しでティターンズを見据えていた。

 

少女は軽業師の方な身のこなしでティターンズの攻撃を避け、手持ちの銃が使えないと判断するや否や蹴りや殴りなどの徒手空拳で奴の手足を捥ぎ、最後は不意打ちで飛んできた尻尾による刺突を、その本体に叩きつけて機能停止に追いやった。

あまりにも鮮やかな決着、もはや分かり切った事だが、彼女は恐らく、人間ではない。

 

「……ねぇ」

 

静かに立ち上がった少女は、俺や兄妹を見ると、先ほどまでとは打って変わってクールで無機質な表情のまま、可愛らしく小首をかしげた。

 

「私は……誰?」

 


 

不思議な少女との邂逅の後、彼女が記憶を失っている事が判明し、一行は取り敢えず腰を落ち着けて話をすることにした。

 

「あれは?」

 

少女が己の倒したティターンズを指し示す。

ティターンズの事すらわからないらしい、一体今までどうやって生きてきたのか、引きこもっていたとしたら、どうしてあそこまで強いのか。

 

「アレはアルテミスの人間狩り用ドローンのティターンズだ、人間を捕獲し、アイアンオーシャン(鉄海)に投げ込み機械の燃料に変えちまう。……それも覚えてないのか?」

「アルテミス……思い出せるような……ちょっと、混乱してる」

 

頭を抑えて蹲る彼女に、兄妹が駆け寄り、気遣いながら問いかける。

 

「というか、アンタ、マスク付けなくて大丈夫なのか?」

「マスク?」

「……やっぱり人間じゃないのか。……銃、見せて」

「?」

「弾切れだろ?弾の規格が合えば補充するよ」

 

兄が受け取った銃を見聞する。

外見は多角構造の一般的なハンドガンのようだが、セーフティはあれど弾倉を取り出す事ができない構造になっており、うっすらと青白い光が走っている。

 

「このタイプの銃は初めて見るな……どれ」

 

少年は残骸となったティターンズに対して発砲する。

……発砲、出来た。

ハンドガンと思われたその銃は、その軽量さにあるまじき反動で少年を仰け反らせら鉛玉とは明らかに違う光弾を打ち込み、既に残骸だったティターンズを木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

「た、弾切れじゃなかったのかこの銃!?」

「使い方を忘れてしまって……でも、ありがとう。今ので思い出せた」

 

呆然自失、それが顔に書いてあるように無表情な少女は、体が覚えているとでもいうかのように、先ほどまで使えなかったハンドガンをホルスターへとしまい込む。

そうして話していると、妹の方が少女に語り掛けた。

 

「自分の事も、分からないの?」

 

それは馬鹿にするような言い方では決してなく、純粋に心配しているようだった。

 

「わからないから困ってる……」

「じゃあ、せめて私たちには名乗らせて!私はミアで、こっちはお兄ちゃんの」

「ノリトだ、よろしくな」

「お兄ちゃん……? 貴方は?」

 

兄と言う立場にすら疑問を持つ程度には混乱しているようだ。

一般常識なども覚えているかどうかも疑わしい。

少女はミアとノリトの名乗りを聞くと、今度は俺に視線を向けてきた。

俺は自分の名を言いそうになったが、その寸前、母の言葉を思い出した。

 

『今日は特別な日、貴方の誕生日よ、■■。このカードから好きなのを選んで、私に見せて?』

『……それを取ったのね、正位置の意味は成功、誕生、勝利……祝福』

『いいわ、今日から他人にはこう名乗るのよ―――』

 

「俺か?俺の名はサンだ、呼び捨てでいいぞ」

「サン……」

「そんなことよりお前だ、あんなところに閉じこもって……ここは家かなにかなのか?」

「……違う、私の家は、ライトハウスNo.8……、そこに、行かなきゃいけない気がする」

 

突如としてあたりに轟音が響く。

先ほどのティターンズが、壊されながらも信号を発したのか、周囲のドローンが慌ただしく人間を探し始めているのがわかる。

ここは袋小路、留まっていたら全滅は必至だろう。

 

「ここで長話は危険だな、外に案内する。お前は……戦えるな?」

「うん、さっきので銃の使い方も分かった」

「ならいい、ガキ共、脱出するまでの間共同戦線といこうじゃないか、さっさと行くぞ!」



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Chariots, Bike, and the Military

戦いの心得があり、素早い身のこなしができるサン、少女、ノリトに比べ、年齢のせいもあって注意力が散漫なミアは、ふとした拍子で段差に躓き、転びそうになる。

幸いにもすぐ隣にいたノリトのおかげもあって怪我自体は免れたものの、そのちょっとした衝撃で、すぐ近くに落ちていた空き缶が大きな音を立てて転がる。

一瞬が数分にも感じる瞬間、危機的状況―――カラン、コロンと音を立てて転がった先には……銃を構えたティターンズが複数体。

 

「走れ!!!」

 

言うが早いか、全員がティターンズに背を向けて走り出す。

否、全員ではない。少女のみが後方のティターンズへと銃を向けて発砲、抵抗を続けていた。

乱射される弾丸の軌道がわかっているかのように、彼女は自身に当たりそうならば弾を避け、兄妹に当たりそうならばその手の平ではじく。

 

弾丸の嵐は外に出ても尚続く。

それどころか、施設内部にいたティターンズは単なる斥候だったのか、外に出てから明らかに敵戦力が増加していた。

サンも自分を守ることで精いっぱいといった様子だが、それでも手持ちのアサルトライフルで抵抗を続ける。

長い平野の中、唯一の遮蔽物として金属柱の残骸に全員で身を隠し、応戦を続ける。

 

「なぁアンタ、妹を連れて逃げてくれ……この人数で全員生存なんて無理だ。アンタなら妹を抱えて逃げ切るくらいはできるかもしれない」

「お兄ちゃん!?」

「―――断る、全員死ぬか、全員生き残るか、どっちかがいい―――そうじゃないと、いけない気がする」

「極端な考えな上、自分勝手だなぁお前」

 

人間ではない少女が殿(しんがり)になろうと敵前に飛び出そうとしたとき、サンがその細腕を掴み、引き戻す。

無機質に見えた目には、よく見れば覚悟が宿っており、彼女がただ戦うためだけにいる存在ではないことを物語っているようにも見えた。

サンは、決してその目に絆されたわけじゃないと自身に言い聞かせながら、言葉を続ける。

 

「だがその考え方は嫌いじゃねぇぞ、しかし待て、捨て鉢になるにはまだ早い」

「でも……これ以上ここにいても、いずれ追いつめられる」

「俺はそこにいる命知らずなガキとは違う、もう少し待ってれば”助け”が来るだろうさ」

「……わかった、もう少しだけ、待つ」

 

合図はない。

だが絶対にここに来る。

”アレ”は、母さんからそう設計されている。

だが、今回は少し遅くなりそうだ、何しろ、敵の数が多すぎる。

そうして待っていた時だった。

建物の傾斜に張り付いていた増援の機械共が、壁をぶち破って現れた駆動車両に轢きつぶされ、残った地上戦力も、その駆動車両に内蔵されていたであろう重火器によって殲滅された。

黒光りするそれは、ドリフトしながら少女の前に止まると―――”喋った”。

 

【ヘーミテオスユニットtype01を確認! お久しぶりです!エンプレス!】

 

「……コレジャナイ」

「?」

「いやそんなことはどうでもいい、なぁお前、そこの車両はお前に話しかけたみたいだが……エンプレス……がお前の名前なのか?」

「私が……?」

「なぜ疑問形なんだ……まぁいい、機械共の応援がすぐに来るだろう、お前はこのバイクみたいな変なのにガキ共載せて逃げろ」

「貴方は……?」

「俺のことは気にするな、すぐに追いつくさ」

「……わかった」

 

彼女、エンプレスは決意を秘めた目で黒い三輪バイクに乗り込み、後部座席に兄妹を乗せ、そのまま走り去っていく。

サンはそれを見届け、増援のティターンズに目を向けた。

ライフルを支えに立ち上がり、それらの前に立ちふさがる。その様子は余裕綽綽というより、自信に満ちているようなもので、何かを待っているようでもあった。

 

「エンプレス……か、やっと見つけたぞ」

 

砂煙をあげてぐんぐん遠ざかっていく黒いバイクを見据えて、サンは再び向き直る。

そして、ついに目前まで迫ってきたティターンズは―――激突の寸前に轢き潰された。

複数の機械を轢き潰した物体は、先ほどここに来た黒いバイクと同じようにドリフトしながらサンの前に止まる。

彼は何も言わずにそれに乗り込み、エンプレスの後を追う。

 

「『私は、きっとその人の道行く先にいます』……か、本人の様子からして、直接母さんの居場所を知っている訳でもなさそうだし、ひとまずはあの危なっかしい娘に同行するハメになりそうだな」

 

群がる機械共を殲滅しながら荒野を駆ける。

その様相は、先ほどのエンプレスの戦闘を思い起こさせるようなものだった。

 

「それにしても、ライトハウスNo.8か。そこに手がかりがあるのか……?」

 

浅い峡谷を抜け、粗方の機械を始末し終わった頃。

彼は小高い丘の上に駆け上がり、エンプレスの痕跡を見渡して探す。

緑などは一切ない荒野が続くばかりだが、一つ、目印となる建造物があり、そこに数台の車両が止まっている。

旧時代で言うところの給油取扱所、ガソリンスタンドの残骸だ。

そして、その中にはエンプレスの乗っていた黒いバイクも存在した。

 

「あれか、だが何故あんなところに?」

 

手持ちの双眼鏡を覗き込んで様子を伺うと、どうやら銃を持った集団に取り囲まれているようで、その銃を持った連中というのは”お偉いさん方”―――つまり、平和構築軍のようだった。

平和構築軍の何かしらの逆鱗に触れたか、もしくは縄張……領地に入ってしまったか。

いや止そう、粗方想像はつく。

個人であれほどの戦闘能力はおかしい。

その戦力に平和構築軍が目をつけて、何かしらの因縁を付けているか……もしくは彼女、エンプレスは初めから平和構築軍が目を付けておくほどの重要人物なのか。

これらの妄想が当たっているのか想像もつかないが……取り合えず、まずは合流しなければ話もできない。

そう思考し、急いで出発しようとした時だった、視界の端に大きな影が見えのは。

 

「―――まずいな」

 

機械軍の兵器、大型歩行ユニット。

それも、かなり厄介な奴だ。

蜘蛛のように胴体から伸びた四つ脚に、前に構えた一対の小腕には小型のライフルを装備しており、そしてなによりも厄介なのが、胴体から平行に伸びている砲身。

戦車がキャタピラを捨て、そのまま脚を生やしたかのような奇怪な外見。

その割に周囲に与える被害は甚大なものとなる。

 

世界をこんな風に変えたっていうアルテミスなんていう奴は、趣味が悪いんだろう。

でなけりゃ、こんな気持ち悪い配下なんか従えるものか。

眼下の様子を見ていると、サンの乗った物が合成音声で話しかけてきた。

 

【WHAT WILL YOU DO?】

「桁外れの威力を持つ小銃と、弾丸程度じゃびくともしない身体強度に、ティターンズを軽く殲滅できる大型バイク……あとお偉いさん方。このカードで奴を仕留めきれるなら、人類はここまで衰退してないんだがな」

【SEVERAL MILITARY VEHICLES WERE DAMAGED,AND EMPRESS APPEARS TO HAVE DRIVEN OFF WITH THE CHILD】

「あぁ~……」

【THE DRONE SEEMS TO BE CHASING THE EMPRESS】

「ん~……」

【WHAT WILL YOU DO?】

「……はぁ、しょうがねぇか。行くぞ、エンプレスを救出する」

【YES, SIR, MY MASTER】

 

現状の把握が終わり、サンは再びエンプレスを追いかけるようにして荒野を駆ける。

彼が乗る駆動車は、眩い光沢の白い駆体を隠そうともせず、ぐんぐんとスピードを上げていく。

 

「できれば、お偉いさん方には関わりたくなかったんだがな」

 

それは、エンプレスの名を呼んだ黒いバイクとは相反するような外見だった。

車体は低く、座席は一つ。

前輪はバイクのようだが一対あり、そこから平たく幅を取るようにして、前輪の四倍はありそうな後輪が一対。

それは、旧時代のさらに昔、大昔に戦場を駆けた物によく似ていた。

 

「行くぞ、【THE CHARIOT(ザ チャリオット)】」

【LET'S GO AS FAST AS WE CAN】

 

主の宣言に応えるように、白い駆体に走るマゼンダのラインを点滅させながら、戦車は戦場を駆ける。

 


 

歩行ユニットから逃げるようにしてブラックトライクで駆けるエンプレス。

いくつかの小銃を持ちいて牽制を行うも、硬い装甲に弾かれ無意味に終わる。

対する歩行ユニットは、四つ脚で走りながらもブレない照準で正確に鉛球を撃ってきており、エンプレスは車体を傾けて蛇行し、それらを避けていく。

 

だが、それらの抵抗も長くは続かなかった。

一体のティターンズが捨て身でブラックトライクの軌道上に飛び出し、わざと轢かれることでその姿勢制御を崩したのだ。

シートベルトもない剥き出しの車体、その上に乗っていたエンプレス、ミア、ノリトの三人は空中に投げ出される。

高速で走っていたバイクから投げ出され、地面に激突すれば、良くて瀕死、大体の場合は即死だろう。

 

その時だった。

 

エンプレスの伸ばした左手から青白い粒子が放出、収束され、空中で二人を抱きとめた。

そのまま二人をかばうようにして、エンプレスは地面を転がる。

人ではない体故か、驚異の耐久力でエンプレス自身は無傷。

 

「ミア!大丈夫か!」

「お兄ちゃん……」

 

彼女に守られた兄妹は、衝撃でふらついてはいるものの、目立った怪我もない。

だがこの状況で何かができるわけもなく、二人は物陰に隠れる。

エンプレス自身は、同じように飛ばされてきた、自ら轢かれたティターンズの残骸に手をかざす。

すると、手のひらから先ほどと同じ青白い粒子が放出され、機械を分解して取り込んだ。

 

「今、ちょっとだけやり方を思い出した」

 

そして、取り込んだ物質を別のものに作り変える。

ブラックトライクと同じように黒い光沢をもち、青白いエネルギーの迸るコイルガン。

成人男性と同じくらいの大きさを誇るそれを、エンプレスは片手で持ち上げ、構える。

その標的はもちろん、自身を追ってきていた大型ユニット。

 

大型ユニットそのものも、エンプレスの砲撃に相対するようにチャージを始めていた―――が、それが叶う事はなかった。

どこからか飛来したブレードによって、その砲身が切り裂かれたからだ。

砲身そのものを失った大型ユニットは重心を崩して揺らぐ。

そして、その一瞬をエンプレスは見逃さない。

コイルガンより放たれた一筋の光。

光線ともいえるそれによって、敵大型ユニットは木っ端みじんに消し飛んだ。

 

「すげぇ……」

 

物陰に身を隠していたノリトも、思わずそう声を漏らした。

それほどまでに、今の時代で滅多に見ることのない破壊だったのだ。

しかし、一発撃っておしまいなのか、エンプレスの構えていたコイルガンは消失。

周囲のドローンはすべて排除できたため、一行は一安心と息をつく。

 

「―――まだだ!」

 

その声が聞こえた瞬間だった。

エンプレスの上に降ってきた巨大な金属塊と、横入りした白い戦車が激突、そのまま弾かれる。

否、よく見れば降ってきたのは金属塊であるように見えて、そうではなかった。

 

それは、大きな両腕。

『力』そのものを体現したかのような、黒光りした巨腕。

エンプレスの生み出したコイルガンのような質感をもったギガンティックアームは、地面に降り立つと拳を広げながらその主の姿を見せた。

 

「チッ、邪魔が入ったか……よォ、エンプレス」

 

暗い橙色の瞳、褐色の肌、色の抜け落ちた白い髪。

そして義手の両腕を持つ、フードを目深に被った幼い少女。

ボロボロの服装ながらも確かな威圧感を放つ彼女は、問答無用でエンプレスへと襲い掛かった。



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Town of Sun and People

周囲の地面が軽く振動し、爆発と同程度の威力を持つギガンティックアームがエンプレスに襲い来る。身の丈ほどもあるそれらは、その大きさとは反比例するように、俊敏な動きで対象を叩き潰さんと振り回されていた。

エンプレスは、流石にこれを生身で受け止めるほど天然ではなかったのか、身を翻してひらりひらりとそれらを躱していく。

その一方で、そのギガンティックアームを弾いた白い戦車の主は地面に転がっていた。

 

「くそっ、質量では同じくらいに見えるってのに、なんて重さだ! 単純に重いか、運動エネルギーの差ってところか?」

【PLEASE DO NOT RUSH RECKLESSLY AFTER THIS】

 

顔に付いた土汚れを拭い、エンプレスと襲撃者の方を見やる。

武器の差で言えば襲撃者が上を行っているが、それもエンプレスのコイルガンさえあればひっくり返る。

……そう、思われるのだが、先ほどからエンプレス自身がうまくコイルガンを出現させることができないでいる。

より正確に言うのであれば、顕現自体はできるものの、砲撃をする前に砲身が霧散してしまっている。

 

「お前は、なんだ?」

 

エンプレスが問いかける。

ギガンティックアームを備えた少女は、その疑問に応えるように怒号を上げた。

 

「私は(ストレングス)!」

 

そのまま、さっきまでとは段違いのスピードで接近する。

己の膂力ではなく、ギガンティックアームの万力が如く強い腕力によって、腕で地面を駆けたのだ。

急な速度差にエンプレスは対応しきれず、大きく体勢を崩しながら地面を転がってギリギリ回避する。

 

「殴りつけ! 掴んで引きちぎり! 壊す!!」

 

その場にあった大型車両を、子供が粘土で遊ぶように容易く引きちぎり、分解して投げつける。

エンプレスは一つ目の金属塊には対応できたものの、その軌道にかぶせるようにして投げつけられた二つ目の金属には対応できず、直撃して下敷きになってしまった。

その金属塊は、ただの金属ではなくタンク。

それも、引火する灯油などを運んでいた旧時代の残骸だ。

 

「吹き飛んじまえ!」

 

ストレングスはそのことが分かっていたらしく、ギガンティックアームの指先から弾丸を射出し、着火させる。

―――が、不発。

こんな時代だ、灯油などの燃料類などは片端から他の人間が回収してしまっている。

そうでなくとも、旧時代の崩壊から二十年もの年月が経っているのだ、タンクが錆びつき中身が漏れ出てしまっていても不思議なことではなかった。

 

「チッ、やっぱ空かよ」

 

悔しそうに溜息を吐くその顔には、拭いようのない不快感が張り付いている。

一拍時間の余裕があったため、その間にエンプレス自身は落ち着いてタンクを押し上げ、脱出に成功していた。

ストレングスはギガンティックアームとは別の、自分の両腕で頭を抑えながらエンプレスを睨みつける。

 

「この痛みィ……断片的な記憶ッ!―――あァ、自分の吐いたゲロに溺れたみたいなひでェ気分だッ」

「……どうして、こんなことを」

「ッ……お前がッ、お前がそれを言うのか、エンプレス!今も頭の中に張り付いて消えないッ!この痛みは!苛立ちは!お前のせいなんだろ!」

「……私の―――せい?」

 

ストレングスは悲鳴のようにも聞こえる怒号を漏らしながらエンプレスに対して、今度は本当に手加減なく追いつめていく。

平行移動も立体移動も、エンプレスのそれをはるかに上回る俊敏性と質量をもって殴りまくる。

エンプレスもこれ以上は反撃をしなければ持たないと判断したのか、青い弾丸を放つハンドガンで交戦するも、それもギガンティックアームによって阻まれる。

 

「効くかよそんな豆鉄砲がッ!喰らいなァ!」

 

ストレングスはお返しとばかりにギガンティックアームをエンプレスへと向け、四本指が一対の、合計八本の指先から青い光を迸らせる。

 

【ヒャッハァ――――――!!】

 

それらが発射されようとしたとき、ストレングスの真横からエンプレスの黒いバイクが飛び出して彼女を轢き飛ばした。

発射寸前で姿勢を崩されたストレングスは、そのままあらぬ方向へと高威力のミサイルじみた青い弾丸を周囲にばらまくことになる。

バイクはそのままエンプレスの遮蔽物になるようにすぐそばに止まり、言葉を続けた。

 

【今の貴方は消耗しています!撤退を進言します!】

「……えっと?」

【ブラックトライクですよ、エンプレス!】

 

ブラックトライクとやらと仲良しこよしなのは結構なことだが、現状はそこそこの地獄だ。

生き残った平和構築軍のお偉いさんが、銃座を搭載した軍用車両に乗り込み、その運転を小さい子供―――ノリトが行い、ストレングスへの牽制に銃撃を行う。

その様子を見たエンプレスは即座に提案を飲み、ブラックトライクに乗り込んで戦線離脱を図った。

 

「くっ!させるかよォ!」

「いいや、逃げさせてもらうぞ」

 

ストレングスが再びギガンティックアームで攻撃しようとするも、それは阻まれることになった。

視界が多くの煙で覆われてしまっていたからだ。

 

「スモークが余っていてよかった、まさかこんなことに使えるとはな」

【The remaining amount of smoke grenades in my possession is almost gone】

「どうせ機械共から逃げる時には使わないんだ、使える時に使った方が良いだろ」

 

サンもそのまま戦線離脱を行い、ストレングスが煙を払い外へ抜けるまでに、一行は遥か遠くまで逃げおおせていた。

 

「クソ!クソォ!なんだアイツ!なんなんだあの男!邪魔しやがってクソがァ!私は絶対にお前をぶっ殺すッ!次は逃がさないぞ!エンプレス、ブラックロックシュータァー!!!!!」

 


 

「……で、お前は誰なんだ」

 

軍用車両とブラックトライク、そして【THE CHARIOT】の三両が並走していると、ノリトと運転を代わったお偉いさんがサンに話しかける。

確かに、お偉いさんとエンプレスたちは、先ほどの銃を突きつけあってる場面で自己紹介なりなんなりをしていたかもしれないが、後から追いついてきたサンの事なら知らなくても当然だ。

 

「名乗るほどでもない傭兵だよ」

「……この人はサン、私を助けてくれた」

「そうか、傭兵のサン……聞いたことのない名前だな」

「軍のお偉いさん方は傭兵なんかに興味ないだろうし、知らないのも無理はないだろ、オッサン」

「オッサンではない、大佐と呼べ」

「ははッ!名乗ってもいないのに自分の階級(偉さ)だけはいっちょ前に話して聞かせるのか? ますます”そう”は呼ばねぇよ、お偉いオッサン」

「殺されたいのか?」

 

両者の間にピリついた空気が流れる。

それどころか、二人ともが銃口を向けあい殺気をぶつけ合っていた。

……が、らちが明かないことも事実、二人ともそれがわかっている故に、すぐに銃口を下ろす。

大佐と名乗った人物が「なぜストレングスがお前を狙ったんだ」とエンプレスに問いかける。

聞くところによると、エンプレス、ストレングスは二人とも、アルテミスに対抗するために作られたヘーミテオスユニットと呼ばれる改造人間で、長い間戦ってきた仲間であり、戦友―――のはずだった。

それがどうして同士討ちをしているのか理解できないようだった。

ちなみに現在まで生き残っているヘーミテオスユニットは三体いるらしいが、残りの一体も消息不明らしい。そんなんでよく今まで生き残ってきたな、平和構築軍。

 

「……仲間、だったの?」

「はぁ~、一から説明しないとダメか……」

 

大佐は頭を抱え今後を不安に思いながら、最寄りの町に寄ることにした。

今の時代、人間の町はどこも裕福とは程遠い。

電力や電池を通貨とし、バッテリーをもつ一部の有力者や、物資豊富な奴が店やらなんやらを開いていろいろなものを売っている。

水、食料、薬品、売られているものは様々だが、消毒や、アルコールを飛ばせば腐らない飲み水としても使える酒などは、誰もが欲しがる貴重品であり、昔のものに例えれば、黄金に相当する価値を有する。

 

今から約20年前、労働力の大幅な自動化プロジェクト【エリュシオン】その中核をになっていた人工知能アルテミスが、人類との戦いを選んだ。

アルテミスは、オンラインに繋がれている人類の機械をハッキング、支配し、軍事国には保有していた核を自らに落とさせ、主要都市を瞬く間に陥落させていった。

現在、アルテミスとそれに支配された無人軍隊は、機械の燃料である強酸性の液体金属アイアンオーシャン(鉄海)に人間を叩き込むことに精を出している。

人間を燃料として、さらにアイアンオーシャンから機械共が生産されていく……趣味のわるい悪循環だ

 

紙幣、貨幣などの真っ当な通貨は消え、生活に必要な電池や燃料がその代わりになっており。

大型の発電所なんかを作ろうとして見れば、そこから発せられる電磁波に惹かれて機械軍が攻めてくる。

人間は、今や少ない電力と短距離の通信機器程度しか使えず、昔の英華はすでに失われていた。

少ない電気の確保すら難しい、いまや電気が生命線、それが今の世界だった。

 

そんな中、大容量バッテリーや、手動式、燃料式発電機を持っている―――この世界で言う、余裕のある者たち、前の世界で言う富豪は、街の中でも飛びきりアルケー濃度の低い洞窟などの安全地域で、酒場などの高級店を開いている。

金網に覆われた安全圏の中にいるバーのマスターは、暴徒や態度の悪い客への牽制のために、常にショットガンなどの銃器を持っており、エンプレスたちが店に入ると、その存在を示すようにガチャリとリロード音を鳴らす。

 

「マスクは外していい、ここの洞窟内はアルケーの除染対策済みだ」

 

ノリトとミアは慣れているのか、マスクを外して席に着く。

大佐は真っ先にバーのマスターのところへ行き、いくつか質問しているようだ。

どうせ一番近い駐屯地はどこかだの聞いてるんだろう。

日々の生活に手いっぱいな町民がそんなこと知ってるはずがないだろうに。

 

「それにしても、アンタよく生き残ったな」

 

席に着いたノリトは、少し身を乗り出しながらサンに話しかける。

その様子は目を輝かせる少年のようなものでは決してなく、むしろ「現実的に考えておかしい」事を疑問に思っているようだった。

想像よりずっとリアリストのようだ。

 

「まぁな、俺の専用戦車【THE CHARIOT】のおかげだよ」

「そのチャリオットってやつは、ブラックトライクと同じような見た目の、あの白いバイクだよな?」

「いいや違う、アレはバイクじゃなくて戦車(CHARIOT)だ。ただの乗り物ではなく、初めから戦闘目的に作られた武器だよ。乗れるのはついでだ」

「白くてかっこよかったね!」

「ストレングスに弾かれるくらいの活躍しかしてなかったと思うが……」

「サン、きっとミアが言ってるのは【THE CHARIOT】の見た目の話だよ。確かに、白色にマゼンダのラインは、どこか機械軍のドローンを思わせるけど、俺もかっこいいと思ったよ」

「そう、か?」

「おいガキ共、そろそろエンプレスに話の続きをさせてもらうぞ」

 

戻ってきた大佐が席に座ると、エンプレス自身について自分が知っていることを話し始めた。

 

「『ヘーミテオスユニット』は、エリュシオン計画の切り札。人類の守護神として作られた、人間の少女を後天的に改造して作られた戦闘兵器。そのリーダーだった、作戦暗号名【EMPRESS(エンプレス)】強大なコイルガンを持ち、あらゆるものを貫き破壊する……人呼んで”ブラックロックシューター”それがお前だ」

「ヘーミテオスユニット……」

 

母さんが残した唯一の手掛かり、エンプレス、ブラックロックシューター。

それがヘーミテオスユニットと呼ばれる戦闘兵器を指していただなんて……。

しかも、彼女はその中でもリーダー格という事じゃないか。

一体なぜ、どうやって母さんはそんな機密じみた情報を知っていたのか、ますます謎は深まるばかりだ。

 

「アンタ、そんなすごい奴だったのか!」

「かっこいいんだねぇ!」

 

ミアとノリトは年相応の子供らしく驚き、称賛する。

が、それを話して聞かされたエンプレス本人はというと、いまいちピンと来ていないようで、自分の過去を話されたというのに、どこか他人事のような雰囲気だ。

 

「アルテミスと奴の指揮下にある無人軍隊が人類に反旗を翻したとき、それでもヘーミテオスユニットは人類のために戦った。戦って、戦って……最後は敗れて行方不明になった」

「……私は、私がどういう人だったのか、思い出せないけど……ライトハウスNO.8に行かなきゃ……」

「さっきも言ってたが、それはなんなんだ?」

「……わからない」

「話にならねぇな」

 

漠然と知らない場所に行かなければと言われても、それは言われた相手としても困ることだろう。

相手は記憶喪失の戦闘兵器、何を目的として動いていいのか、本人もよくわかっていないのだから、その『ライトハウスNo.8』に関しては保留しておいた方が良いだろう。

少なくとも、エンプレスの記憶が戻るまでは。

サンが思考を回していると、いつの間にやらノリトと大佐がちょっとした口論になっていた。

話を纏めると、ノリトはエンプレスの腕を見込んでなにやら頼みごとがしたい、しかし大佐の方はそんな些事は無視して軍に協力して機械軍の計画を阻止してほしい……こんな具合か。

 

「ちょいちょい」

「あ?」

 

肩をたたかれた方向にサンが振り向くと、長い黒髪に薄い黄色の目をもつ妙齢の女性がすぐそばに立っていた。

彼女はバッテリーで動く重そうな機械を抱えながらも、いたずらっぽい目でサンの事を見ている。

 

「げっ……モニカ・カブラギ」

「人の顔見て「げっ」なんて失礼な人ですねぇサン君、何か困りごとかな?」

 

モニカと呼ばれた女性は、金目の物を見るような目でサンと同じテーブルを囲んでいる、平和構築軍の大佐を見ていた。



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Shooter Meets Hacker With Sun

大佐が平和構築軍に合流し、戦力を整えて機械軍の計画阻止のめどを立てているところを見て、サンの背後に立つモニカという女性は、その笑みを一層深くする。

軍所属の人間は、そもそもこういった街に足を運ぶことがない。

そして、こんな機械に支配された世界だ、街同士のつながりも無いに等しく、軍に関わろうとする人間もいない。

街の人間に平和構築軍に協力しようなんて言う命知らずや、地理に詳しい博士みたいなやつだっていないだろう。

だが偶然にも、その両方を満たせそうな……”優秀な人材”がここに一人いる。

 

「なぁオッサン」

「なんだまだ居たのか傭兵」

「……あぁ、まだ居たよ、それに”いま必要な人材”もここにな」

「なに?」

「道案内、ですよ。西に200kmの地点に、平和構築軍の基地があります。大ざっぱに西なんて程度の情報じゃぁたどり着くのは難しいでしょうが……」

 

モニカが抱えていた機械を堂々と机上に置く。

それらは複数のコードと鉄板でつながれ、なんとか急ごしらえの通信機といった風にまとめられている機械で、太く可動するアンテナと、複数のボタンにモニターをつなげた……受信機、のようなものに見えた。

 

「私は正確な場所がわかります!」

 

自信満々に言い切るモニカを、大佐は訝しげに、先ほどとよりもいっそう眉間のしわを深くしながらため息をつく。

 

「お前もしかして阿呆なのか? GPSなんて、使えなくなって何年たったと思ってんだ?」

 

大佐は地理に詳しい道案内にしても、ここら辺の地形に詳しい者か、昔の地図を持っているか、そういったアナログ的な者を雇う予定だったのだろう。

だが、目の前に出てきた女は怪しげな機械を自信満々に差し出してくる変人。

対応がきつくなるのもしょうがないことだろう。

 

「GPSを使わなくたってマップシステムを組むことくらいは出来ますよ、この機械は、放棄された携帯基地局や、すでに放置されている無線LANルーターでもなんらかの信号は発している」

「それらを拾い集め、足りないところは画像解析と簡単な演算装置で地形の分析を行っていけば……限りなく正確に近いデジタル製のコンピュータマップの完成ってわけだ」

「ちょっと!私のセリフを取らないでもらえますか!」

 

モニカ・カブラギ。

彼女はいわゆる機械オタクであり、アルテミスのせいもあってあまり発達したコンピュータが台頭しなくなってきた今でも、AIを使わず、機械軍に乗っ取られない範囲での機材開発に精を出しているフリーハッカーだ。

サン自身、何度か彼女の開発した機材に世話になっており、何度か”仕事”で一緒になったことがあるため、このマップシステムについては全てとは言わずとも知っていた。

 

「言いたいことは分かった、その信憑性も傭兵が知っている。……見返りは?」

「はい?」

「とぼけるなよ、このご時世ただで誰かに親切にする人間なんてありえねぇ……何を考えて近付いてきた?」

 

大佐の問いに、モニカは目を細めるとその目をエンプレスへと向ける。

ふいに自分の方に視線が集まったことに対して、彼女は訳が分からないと小首をかしげる。

そんな様子の彼女を見て、モニカは頬を緩めてだらしなく笑う……どころか、よだれまで垂れそうな勢いだ。

 

「変質者か」

「モニカ・カブラギ……お前……」

「貴方まで変な目で見ないでくださいよ!―――という事で、この子を身体検査させてください!」

「やっぱり変質者か」

「人を呼んでくる」

「違いますよ研究者です!あとそこ!おもむろに立ち上がらない!座りなさい!」

 

モニカはがっしりと両肩を掴み、サンを座らせたあと、エンプレスを指し示しながら話し出す。

 

「この子、サイボーグなのかアンドロイドなのかまだ分かりませんが、明らかに普通の人間じゃない―――つまり、強化改造されていますよね?となれば、誰かメンテナンスできる人間(エンジニア)がいれば便利じゃないっすか?」

「メンテナンス?」

「えぇ、メンテナンスです!あのすごいバイクも、私にとっては、メンテナンスで得た知識だけでも、十分に報酬になる……そうは思いませんか?」

「……」

 

モニカの演説に表情こそ動かないものの、大佐は雰囲気を変えた。

それに気づかないほどモニカも鈍感ではない。

 

「やぁっぱりだ、渡りに船って思ってるでしょう?軍人さん、どこからどう見ても機械に強いとは思えない……それより銃とナイフと車くらいしか扱った事ないって顔に書いてあるっすよ」

「なんだと?」

「な、なぁ」

「でも、図星でしょう?ああ、申し遅れました、そこな傭兵君が先に言っちゃってますが改めて。私はモニカ・カブラギ、このあたり―――いいえ、この地球上でも指折りのシステムエンジニアにして、ハッカーです」

 

会話に入りずらそうにしていたノリトが急に机をドンと叩き、場のイニシアチブを制する。

そのまま話し合っていた二人には目もくれず、いつの間にかレーションなどの食べ物を人の金で食い漁っていたエンプレスに話しかける。

……というか、その細い体のどこに入っていってるんだ?

 

「なぁ!エンプレス!あんたに頼みがあるんだ、聞いてくれないか!」

 


 

アルケー濃度が辛うじて保証されている居住地の奥地。

ノリトに案内されるままに付いていったエンプレス一行は、開けた場所にたどり着く。

灯りに使うための電力すら惜しいのか、薄暗い洞窟の中に、年若く、怪我をした少年少女や、赤子を連れたシングルマザー、老人などの所謂”力のない者達”が身を寄せて暮らしている。

 

「ここが俺たちの住処だ」

 

前に出たノリトに、瘦せこけた母子が近付いてきて、彼は彼女らに採取した水道水を渡す。

抱えるほどに多いそれらを受け取った母子は、ノリトにお礼を言うと、集落のみんなに配り始めた。

ノリトはこの集落の中で、物資の調達役を請け負っているようだった。

 

「電力、ガソリン、食料……それに、なにより薬が足りない。ここじゃ、病気や怪我で死ぬことも日常茶飯事だ……他の人じゃ悪化しないようなものでも、治療するのに何週間もかかる」

 

年若いながらも体躯の大きい男性が、熱を出している老婆に、先ほど配られた水で冷やした布を額に当てて処置を施している。

軽い病気でも食事や水がなければ悪化の一途だろう。

 

「抗生物質と生理食塩水、清潔な注射器とかの医療器具があるだけでも、大分違う。……俺たち兄弟はそれを探しに外へ出て、アンタ達と出会った」

 

ノリトの話を聞いているのか、いないのか、エンプレスは生後数か月に見える赤子に興味津々で、母親にいろいろ訪ねながら恐る恐るといった感じで抱きかかえる。

 

「周囲を歩き回った結果、近くに病院跡地があるのを見つけた。きっとその中には、まだ物資が残っているはずだ」

「ならなぜそこに行かない?」

「……ダメだ、周囲に蜂の巣がある」

「蜂の巣……機械軍隊師団(スウォームディヴィジョン)か、確かに、普通なら不可能だな」

「スウォーム……なに?」

 

急に出てきた単語に困惑するエンプレスに、大佐が補足説明をする。

 

機械軍隊師団(スウォームディヴィジョン)、通称『蜂の巣』集団行動する大量の飛行型ドローンの総称。その目的は人類の捕獲にあらず、重要施設を制圧、占拠し、近付く人間をひたすらに追い回し、殲滅する。

人類の生存圏を狭め、文明の再発展を抑止し、無類の制空権によって一方的に攻撃してくる。人類が飛行機一つ飛ばせず、制空権を取られたままになっているほとんどの理由がこれだ。

 

「とにかくエンプレス!あんたの力なら、アレを撃退して、病院跡地から物資を運びだせるかもしれないんだ!頼む!みんなを助けてくれ!」

 

ガキが頭を下げて懇願している。

誠意だとかいう、今の世界では犬も食わないクソの役にも立たないものを使い、同情を誘ったうえでの懇願だ。当人にその自覚がなかったとしても、断りづらいことこの上ないだろう。

こういう人間たちは世界に沢山いる。

一つの町の中でさえこういった場所は複数ある。

……不足しているだけで、供給が少なからずあるだけでも救いか。

しかし、中途半端に生き残ってしまっている分、見ているこっちがやるせない気持ちになることには変わらない。

したくて直視するような人間も少ないため、モニカ・カブラギも居心地を悪そうにしている。

 

だが平和構築軍のおっさんは違った。

”人類平和構築軍”今の時代にも生き残った人類の数少ない軍事機関。

それは他の者達よりも多くの設備、物資を独占している機関でもあり、『人類』のために『より犠牲の少ない選択』を選んだ集団。

つまり、弱者が何人死のうと、彼らは最終的に勝つ以外見えていないのだ。

彼らを正義と呼ぶものは少なく、ほとんどの町では厄介者扱い。

そんな”厄介者”はこの状況で何も考えずYESと答えるほど夢想家ではない。

 

大佐は助けを求めるノリトを突き飛ばし、現実を突きつける。

 

エンプレスという強大な戦力を用いて行う事が世直し道中か?

否、人類はそんなことに時間をかけていられるほど悠長に構えている暇はない。

話によると、現在機械軍は月まで伸びる軌道エレベータを建設中とのことだ。

これが完成してしまえば、月にいるアルテミス本体から簡単に物資輸送が可能となり、月面で作られた大量の機械軍隊が地上に攻め入り、もはや人類の勝ちの目がなくなる。

それを阻止するためにも、エンプレスの専用武装『コイルガン』による軌道エレベータの破壊が急務。

こんな小さな町でちまちまと人助けをしている暇などないのだ。

 

―――だが、それもエンプレス自身の意志が伴っていればの話。

 

彼女の思想、価値観、それが今どうなっているのかはわからない。

ドローンに囲まれて全滅寸前というところで、全員生存か、全滅かの二択を選ぶ女だ。

いま小さな命を抱き、その胸中に渦巻く意思がどうなっているのか。

彼女は兵器だが、同時に生きた人間でもある。

これからの行動を決めるのは、彼女だ。

 

「そこの怒りっぽいおじさんに”人類を救え”と言われても、なんだかピンと来なかった」

 

どんなに困窮していても、生後数か月の子供は無邪気そのものだ。

それが何であろうと、手で触れて、口にくわえて確かめようとする。

エンプレスは柔らかな命を抱き、頬を触られ、髪を()まれながら立ち上がる。

 

「でも今ここに、手の届くところに困っている人間がいて、私は今、何もかも忘れてしまっている」

 

彼女の後姿は、その痩せこけた体型もあって非力の象徴にも感じ取れた。

だがそれは違い、彼女こそ大きな力、彼女こそ、この状況を打開する勝利の女神なのだ。

 

「まずは、自分がどういう人間だったか、思い出していきたい。ここで困っている人たちを見捨てるような人間ではなかった……そう、思いたいの」

 

そういいながら振り返った彼女の目には、確かな意志が見て取れた。

つまり―――

 

「だから、やる」

 

そういう事だ。

世直し道中になるかはわからないが、少なくとも、彼女の中にはこの状況で”救わない”という選択肢は消え失せた。

モニカと大佐は頭を抱え、ノリトとミアは嬉しそうに目を輝かせた。

 


 

鉄の塊が多く残る、放棄された軍事基地。

機械軍すらも立ち寄ることのない錆び鉄の山の中にエンプレスたちは訪れていた。

 

「機械軍に相対するために作られた人造人間、ヘーミテオスユニット……その名前は、研究者ならば一度は聞いたことがあります。なんせ、こんな世界になってしまわないように奮闘してくれた戦士達にして、機械工学技術の結晶。エンプレスさんが本当にヘーミテオスユニットなら、ここで弾薬を補給することができるずです」

 

エンジニアを自称するモニカ・カブラギの知識は本職そのもの。

アンドロイドやサイボーグなどの知識はもちろん、一般公開されていなかったであろうヘーミテオスユニットの事さえも、どこをハッキングして得たのかは知らないが、すでに知っているようだった。

「銃なら既に持っている」とエンプレスが取り出したのは、以前にも使っていた光弾を撃ちだすハンドガン。

 

「わかっているでしょう?そんな豆鉄砲じゃお話になりませんよ」

 

そういいながらモニカは彼女の手を取り、そこら辺に落ちているガラクタに触れさせる。

すると、以前にも見た青白い光がガラクタに吸い付き、這いまわり、瞬く間に分解させてエンプレスの手の平からそれらを吸収していく。

 

「―――おいしい」

 

金属を青白い光とともに吸収していくエンプレスは、どこか充足感を得た表情で、次々と吸収させていく。

モニカは大佐やサンのいる場所にまで下がると、その様子を見ながら語る。

 

「『コイルガン』ヘーミテオスユニット、エンプレスの専用武装であり象徴。その銃身と弾薬は、アルケーを用いて再構築される―――つまり、あの子の内部にあるアルケーが一定値まで高い必要があります。今までは空腹で力が出なかっただけで、お腹一杯になって元気百倍になれば、一発程度で再構築できなくなるなんてことはなくなるでしょう」



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