邪神ちゃんドロップキックin真・女神転生Ⅲ (五十貝ボタン)
しおりを挟む
第1話 全裸対上裸
どこからともなく重厚なパイプオルガンの音が流れ、冷気なんだか湯気なんだかわからないスモークが足元を漂っている。
東京受胎――
古き世界を終末に導き、新たな世界の因子を封じ込められた東京*1には「邪教の館」と呼ばれるうさんくさい施設がいくつもできていた。
そこでは日夜、悪魔と悪魔を合体させてより強い悪魔にするという、神をも恐れぬ儀式が行われていた。
「む……? 予期せぬ悪魔が生まれたようだな」*2
うさんくさい邪教の館のうさんくさい主がうさんくさく言った。
スモークがはれると、そこには……
「邪神邪神ちゃんですの。今後ともよろしく!」
下半身はヘビ(というかコブラ)、そして上半身は
ちなみに上半身には何も着ていない。アクセサリーは髪のリボンだけ(おしゃれだ)。下半身にも何も着ていないが、それを気にする人はいまい。
その姿はまさに悪魔!
「……」
悪魔合体を行った当人がリアクションしづらそうに立ち尽くしていた。
こっちは上半身に何も着ていない少年である。体に黒いラインが走り、首の裏からは邪魔そうな突起が生えている。*3
着ているものはハーフパンツだけ。
こちらも見るからに悪魔なのだ!
「ほう……お前、やるな」
下半身がヘビの悪魔こと邪神ちゃんが、ニヤリと笑った。*4
「――?」
ハーフパンツの悪魔こと人修羅(と呼ぼう)が、いぶかしげに見つめ返した。金子一馬デザインの悪魔にしては珍妙だと思ったのかもしれない。
「服を着ないのは強者のあかし。つまり全裸がいちばん強い。その証拠にわたくしは全裸ですの。お前は
「……」
全裸の悪魔が上裸の悪魔に対してマウントを取っていた。
「あーっ、こいつ、ハズレ引いたと思ってやがりますの!」
邪神ちゃんは地団駄踏んで暴れ始めた。脚がないから正確には地団駄を踏むと言うより下半身をうねらせている。
「この私のプリチーな姿を見て油断するのは仕方ない。だが悪魔にとっては力こそが全て! 自分より弱い召喚主の仲魔*6にはなりませんの!」
邪神ちゃんは蛇腹を器用に折りたたんで勢いをつけ、空中へ飛び上がった!
「二次創作でもこれがなきゃはじまりませんの! 食らえ邪神ちゃんドロップキーーーーーック!」
集中線を背負いながら、空中から斜めに軌道を変えて頭上から尻尾の蹴りをお見舞いする、邪神ちゃんの必殺技だ!
果たして尻尾を使ってもキックなのか、本当に必殺技と言えるのか。数々の疑問を地上へ置き去りにして、邪神ちゃんは舞う!
召喚されていきなり敵対に走る傍若無人*7。これには人修羅も身構えた。
その時!
「こらーっ! 邪神ちゃん! あんたまた人を襲ってるわね!」
邪教の館に誰かが飛び込んできた。左目に眼帯、巻き毛のツインテール、描くのが面倒そうなフリルだらけのゴスロリに身を包んでいるにもかかわらず、邪神ちゃんの滞空中に一気に駆け込んでくる。
「ゲッ! ゆりね!」
邪神ちゃんが露骨に怯えた表情を見せた。
「ちょうどよくそこで拾った無銘の刀があってよかったわ」
ちゃきっ、とゆりねが日本刀を構えた。ゴスロリに日本刀。退廃の美である。
「ねぇーだろ真Ⅲには! 武器は!」
邪神ちゃんは空中で取ったドロップキックの構えをどうにか変えられないかと苦心した。だが、一度放った必殺技は途中で解除しようとすると大きな反動が技をかける側に与えられる。*8
結果、邪神ちゃんは尻尾の先からまっすぐに日本刀の刃へと突っ込んでいった!
「み゛ゃーーーーーーっ!」
真っ二つになった邪神ちゃんが床に転がる。邪神ちゃん(左)は助けを求めるように空中に手を伸ばし、邪神ちゃん(右)は諦めたように胸に手を乗せていた。
「……」
とつぜん襲われたかと思ったら助けられた人修羅が、気まずそうにその姿を見下ろしている。
「ごめんなさいね、うちの悪魔が迷惑をおかけしました」
ゆりねは日本刀を拭ってちゃきっと鞘に収め、深々と頭を下げた。
「……」
起きた事故は仕方ない。人修羅は肩をすくめてから邪教の館を出ていった。合体素材になる悪魔を探しに行ったのである。
残されたのは、ゆりねと邪教の館の主、そして邪神ちゃん(左・右)だけであった。
「ちょうどよかった、これとこれを合体させてください」
邪神ちゃん(左・右)を合体素材として放り込み、「はい」を選ぶ。儀式は(今度は)何事も無く執り行われ、悪魔合体が完了した。
「邪神邪神ちゃんですの。今後ともよろしく! ってゆりね! なんでここにお前がいるんですの!」
「なぜもなにも、あんたは私が召喚した悪魔でしょ。何を勝手に召喚されてるのよ」
そう! 邪神ちゃんはこの女子大生・花園ゆりねが人間界に召喚した悪魔である。魔界に帰るためには召喚者であるゆりねを殺さなければならないため、邪神ちゃんは四六時中ゆりねの命を狙っている。*9
「くっふー! 合体事故に紛れ込めばどさくさでゆりねとの契約から逃れられると思ったのに!」
「相変わらず悪知恵だけははたらくわね……」
「てゆーかここはボルテクス界! 東京受胎で人間が滅んだはずなのになんでゆりねがいるんだよ!」*10
「知りたい?」
「当たり前だろ!」
少女、花園ゆりねはニヒルな笑みを浮かべた。
「説明は長くなるから次回ね」
「イヤだーっ! せっかくの魔界でゆりねと一緒なんてイヤですのー!」
邪神ちゃんの叫びが魔界と化した東京にこだまするのだった。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第2話 キーワードは太字
ここは東京・神保町……と言いたいところなのだが、どこが神保町なのかは判然としない。
ここはボルテクス界。『東京受胎』によって生み出された魔界である。
「どうなってるのかしら、これは」
ツインテールに眼帯、ゴスロリ衣装の少女・花園ゆりねはあっけにとられたように上を見上げていた。
頭上に見えるはずの空は見えない。世界は東京受胎によって球体となり、その中央に『カグツチ』と呼ばれる発光体が浮かんでいる。
すなわち、まばゆい光の向こう側には、やはり東京の地があるのだ。
「ピンポン球の内側に何もかも閉じ込められているみたいだわ……」
「誰かがとんでもない儀式をして世界を文字通りひっくり返したんですの」
上半身は
「とんでもない儀式って、何をしたらこんなことになるのよ?」
「なっちまったもんは仕方ねーですの。ゆりねだって私を召喚したんだから、何が起きても不思議はないんですの」*2
「大学もボンディもなくなっちゃったわね」
カグツチを見つめる少女の顔には、一抹の
「ある日いきなり知り合いもいない世界になってしまうなんて、考えもしなかったわ」
「ようやく私の気持ちがわかりましたの?」
「そうね……」
邪神ちゃんはゆりねによって魔界から召喚され、人間界での生活を余儀なくされていたのだ。ゆりねが召喚に使った魔導書には帰還の呪文が記されていなかったのだ。
(も、もしかして……ゆりねは私を召喚したことに今さら罪悪感を覚えているのでは!?)
ここで邪神ちゃんのマウンティングセンサーが発動した。マウントができそうな時には見逃さない、悪魔としての本能である。
「そうさ。今まで私はお前によって人生を奪われてきた……」
「人生って、あんた悪魔じゃない」
「言葉のあやですの」
「でも、そうね。たしかに邪神ちゃんは私が呼んだせいで家族や知り合いに会えなくなったんだものね……」
砂塵まじりのつむじ風が、ゆりねの黒い髪をたなびかせた。
(ゆりね……)
ここで邪神ちゃんのごくわずかな良心が発動した。邪神ちゃんの良心が発動する確率はPF戦姫絶唱シンフォギア2の初当たり10ラウンドと同じ確率だと言われている。*3
「ま、まあ、私の場合はメデューサやミノス*4が会いに来てくれたし、ゆりねを殺せば帰れたんだから、今よりはマシでしたの」
「邪神ちゃん……」
フォローを入れた邪神ちゃんを、ゆりねが物珍しそうに見つめ返した。
「あんた、あのふたり以外に友達いないじゃない」
「うっせー!」
邪神邪神ちゃんがキレて暴れ出した!
▷なだめる
ほっとく
殺す
「まあいいじゃない、これからどうするか考えないと」
「くっ……!」
「ちょうどいいところに悪魔がいるわ。話を聞いてみましょう」
偶然にも地霊スダマ*5が一匹あらわれた。
「うわあ、ニンゲンだ!」
スダマが驚いて飛び跳ねる。
「人間がそんなに珍しい?」
「トーキョージュタイでニンゲンはみんな死んじゃったのに、どうしてお姉さんは生きてるの?」
「私も気になってたんですの。受胎のとき新宿衛生病院にいた人間しか生き残ってないはずですの」
「私にもわからないけど、魔よけのブレスレットが効いたんじゃない?」
「そんなもんで防げたら苦労してねーですの!」
「まあ、そのことはもういいじゃない」*6
「お姉さんは悪魔使いだね!」
「たしかに、邪神ちゃんを使役してるからそうともいえるわね」
「一方的に呼び出されてこき使われてるだけですの!」
邪神ちゃんが地団太を踏む。いや、足がないので踏んではいない。この場合どうやって描写すればいいんだろうね。
「ニヒロ機構の総司令と同じだね!」
「ニヒロ機構?」
「ソシキを作って威張ってるやつらだよ! 静寂な世界を作ろうとしてるんだって!」
「なんでも知ってるわね」
「ゲームを遊べばわかることをいちいち謎めかしてられませんの」*7
「そのニヒロ機構の総司令が、受胎を起こしたのかしら」
「そうらしいよ! ミロク経典っていうすごい本を使ったんだって!」
「ほんとになんでも知ってますの」
「キーワードは太字にしてくれてるし」
「ニヒロ機構の氷川総司令はガイア教団の幹部だったんだけど、今はギンザの南西にあるニヒロ機構本部でコトワリを啓くためのマガツヒを集めてるらしいよ!」
「多い多い! 情報量が多いですの!」
「とにかく、その人が何か知ってそうね」
スダマは一通り語って満足したらしい。くるくる回っている。
「……よく見ると、丸っこくてかわいいわね」
「ありがとう! お姉さんも眼帯がかっこいいね!」
「あら、わかってるわね」
ゆりねはまんざらでもない様子だ。
「おいゆりね、こいつは悪魔だぞ。どんな見た目でもろくでもないやつに決まってますの」
「あんたも悪魔じゃない」
「そうだ。説得力あるだろう」
邪神ちゃんが胸を張る*8。胸を張るようなことじゃないが。
「ねえ、ぼくをお姉さんの仲魔にしてよ!」
「仲魔?」
「つれてってほしいってことですの」
「そうねえ……一匹くらい増えても変わらないかしら」
「おい、私を『匹』で数えたな!」
「いいじゃない、半分はヘビなんだから」
「きーっ! ここが私の故郷の魔界だったら訴えてるところですの!」
「……」
スダマはその様子を見て*9、何か思うところがあるようにくるりと回った。
「やっぱり、仲魔はやめた。かわりにこれあげるね」
ゆりねは百円玉を手に入れた。
「マッカ*10じゃなくて百円玉とか」
邪神ちゃんはウケている。
「ありがとう。でもいいの?」
「うん! ついていったらその悪魔に延々絡まれて面倒そうだから!」
「おい、誰が面倒だって!? だいたいこの女は――」
邪神ちゃんがゆりねを指さした瞬間。
スパンッ!
一瞬でゆりねが抜き放ったマチェットが邪神ちゃんの人差し指を切り飛ばした。
「ギャーーーー!?」
「指さされるのが嫌いだって何度も言ったわよね?」
「格ゲーの世界大会級の反応速度で切り飛ばしやがった……!」
断面を押さえて邪神ちゃんがうめく。
「ちょうどいいわ。お返しにこれをあげるわね」
ぽとりと落ちた邪神ちゃんの指をゆりねがさしだした。
「い、いらない!」
スダマは逃げていった。心なしか青くなっていたという。*11
「人の目がないからゆりねの暴力からためらいがますますなくなってますの……!」
「どうせ次回までには指くらいくっ付いてるわよ」
マチェットをしまい込みながら、ゆりねは湾曲した地面が覆う東京を見上げた――もしくは、見下ろした。
「ここって、邪神ちゃんの故郷なの?」
「似たようなものだけど、厳密にはちょっと違いますの」
「じゃあ、帰還の呪文を見つければ邪神ちゃんを故郷に送り返せるわね」
「ゆ、ゆりね。お前、まだその設定を覚えてたのか……」
「当たり前でしょ。ミロク経典がそんなにすごいなら、きっと送還の呪文も載ってるわ。他にやることもないし、ニヒロ機構に行って読ませてもらいましょ」
「ゆりねーーーーっ!」
感極まった邪神ちゃんが抱きつこうとしたその時!
スパパッ!
超スピードの二連撃が邪神ちゃんの両腕を切り飛ばした。
「血がつくでしょ。着替えもないんだから」
「指だけで済んでたのにーーーーーっ!」
地面に邪神ちゃんの血がしみこんでいく。畳と違っていくら汚しても安心だ。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第3話 チュートリアル邪神ちゃん
ここはトウキョウ、イケブクロ……
ニヒロ機構本部を目指すゆりねと邪神ちゃんは、情報収集のため悪魔が集まる街にやってきた。
「思ったより賑やかじゃない」
あたりからは喧噪が聞こえてくる。しょっちゅう悲鳴や破裂音、爆発によく似た音が聞こえてくるが、ゆりねにとっては日常茶飯事だ。*1
「悪魔ばっかりの光景なんてここ十年も見てないからなんだか懐かしい気分ですの」
「何言ってるのよ、邪神ちゃんが人間界に来てからまだ一年も経ってないでしょ」
「えっ?」
「えっ?」
「い、いや、でも邪神ちゃんドロップキック連載十周年のお祝いをして……」
「十年も経ってたら、私が大学を卒業してるじゃないの」
「十周年記念の展示会も……」*2
「悪魔は長生きだから、時間の感覚がおかしくなっちゃうのね」
ゆりねがため息をついた。
「正月を祝ったのも一回や二回じゃねーですの……」
混乱している邪神ちゃんをよそに、ゆりねは行き交う悪魔たちに話しかけた。
「こんにちは。少し聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ、生きてる人間とは珍しいな!」
のしのしと往来を歩いていた妖鬼オニ*3が足を止めた。
「大きい悪魔ね」
「おうよ! 強い悪魔は大きくなるもんなんだよ」
「らしいけど」
「大きさにこだわってるうちは強くなれませんの」
「なんだとぉ……」
オニがギラッと
「やれやれ。強さの違いも見抜けないとは、これだから下級悪魔は困りますの」
「邪神ちゃん、あんた今日はずいぶん強気じゃない」
「こいつは妖鬼、私は邪神。種族の格が違いますの。メガテンでは常識ですの」
「邪神……だと!?」
「ノリがいいわね」
オニが驚きと畏怖の目を邪神ちゃんに向けた。
「邪神といえば魔神や魔王に並ぶ最強クラスの種族。こんな街中を歩いてる悪魔なんぞとは比べものにならない超強力な悪魔なんですの」
「まーたすぐそうやって権威を笠に着る……だいたい、あんた名前に邪神ってついてるだけでしょ」
「ちっちっち。ステータス画面にも『邪神邪神ちゃん』と書かれてますの」
邪神ちゃんが指を振る。ゆりねの目がピクッと険しさを増した。
「また指を落とされたいの?」
「今のは指さしてるんじゃないだろ!?」
「おい、オレを無視するな」
「ごめんなさい。ちょっとしつけがなってなくて」
「強い悪魔ほどわがままになるものだからな」
オニは邪神ちゃんの肩書きにおそれをなしたらしい。少しだけ態度が縮こまっている。
「やーいやーい、妖鬼なんてしょせんAUTO戦闘要員か鬼神の合体材料にしか使えませんの」
悪魔同士の煽りなので、現実の種族などを差別するような描写には当たりません。ご了承下さい。*4
「ぐぬぬ……くそっ、しかし邪神相手に逆らっても返り討ちになるのがオチだぜ……」
悪魔は自分より強いものには逆らえないのだ! 強いものには従い、弱いものは虐げる。それが一般的な悪魔である。
「やれやれ、悪魔は醜いものですの」
「それ、ブーメランじゃない?」
「ブーメランは投げた人にぶつかってくる道具じゃありませんの」
遊ぶ時には周囲の安全を確かめよう!*5
「それで、なんだって?」
「実は私たち、行きたいところがあるのよ」
「人間と邪神がこのボルテクス界でどこに用があるんだ?」
「ニヒロ機構ってところに」
「なに? ニヒロだとぉ!?」
オニが大声を上げて、持ち歩いている金棒を振り上げた。
「ここはニヒロと対立しているマントラ軍のお膝元だ。ニヒロの味方と聞いちゃ黙っちゃいられねえぜ!」
「さ、さっきと気迫が違いますの! 邪神が怖くないのか!?」
「悪魔には戦うしかねえ時があるんだよ!」
「くっ……メガテン特有の強すぎイデオロギーですの」
「ウオオオオオオ!」
妖鬼オニが1体あらわれた!
☆☆
「面倒くさいわね……」
「ゆりね、よく聞くんですの。頭上に出てるアイコンは私たちのプレスターンですの」*6
「プレスターン? いきなり場面転換したのかと思ったわ」
「アイコンは行動できる回数ですの。2人だからアイコンも2つ」
「私も戦うの?」
「あったり前ですの! 何度私が殺されてきたと思ってんだ!」
「仕方ないわね……」
「攻撃がクリティカルするか敵の弱点を突けばアイコンが点滅してもう一度行動できますの。というわけで、クリティカルしてやりますの!」
バク転からのジャンプ。邪神ちゃんの必殺技発動ルーティーンである!
「必殺! 邪神ちゃんドロップキーーーーーック!」
頭上からの急襲! 大ダメージがオニを襲う!
スカッ!
オニが攻撃を回避した。
「てめーなに回避してんだ!」
「元から滅多に当たらないじゃない」
「まずいぞゆりね! アイコンを見るんですの!」
☆☆*7
「なくなってるわ」
「攻撃を避けられるとアイコンが2つ消えてしまうんですの。なくなったら相手のターンになってしまいますの」
◆
「そういうわけだ。オラッ!」
オニの暴れまくり!*8
オニが振り回した金棒が邪神ちゃんに命中した!
CRITICAL
「ぐえっ!」
金棒が邪神ちゃんの白いお腹にめり込み、数メートルほど吹っ飛ばした。ビターン! と地面に叩きつけられた邪神ちゃんは血の塊を吐き出してから起き上がった。
「この私の弱点が内臓の集中した腹部だと見抜いたというのか……」
「あんた全身弱点みたいなものでしょ」
「そ、それより、アイコンが……」
◆
「点滅してるわ」
「クリティカルしたから、あいつがもう一回動くぞ!」
「オラァッ!」
オニの暴れまくり!
CRITICAL
「ぐえーーーーっ!」
邪神ちゃんが二度吹っ飛んだ。
「なんで私ばっかりに攻撃が集中するんだよ! おかしいだろ!」
「ランダムに標的を決める技じゃ仕方ないんじゃない」
「二度クリティカルを食らってもまだ死んでねえとは、さすが邪神だぜ……」
「邪神ちゃんがしぶといのは強いのとはまた違うような気がするわ」
◆
☆☆
「こっちのターンになったみたいね」
「今度こそ私の必殺ドロップキックを決めてやりますの」
「いえ、私がやるわ」
ゆりねがちゃき、とどこからともなく取りだしたスパイクロッド*9を構える。*10
「はー? この下位悪魔に邪神の恐ろしさを思い知らせてやるんだよ!」
「あんた、さっき攻撃を外してるでしょ。『次に回す』しなさいよ」
「イヤだイヤだ! このSSの読者に私のドロップキックがぜんぜん当たらない技だと思われてしまいますの!」
「事実じゃないの」
「絶対にターンは譲りませんの!」
「そう、わかったわ」
「ゆりねにしては聞き分けがいいですの。それじゃあ食らえ必殺……」
ドガッ!
「がぺっ!」
その時である。ゆりねのスパイクロッドが邪神ちゃんの頭上に振り下ろされた。砕かれた頭蓋骨から真っ赤な血が噴き上がり、邪神ちゃんのリボンと髪を染めた。
「言うことを聞かないなら体でわからせるしかないわね」
「メガテンに味方を攻撃するコマンドはありませんの……」
どさぁっ。邪神ちゃんが地面に倒れ伏した。
流れ出す血で、「flower garden」というダイイングメッセージを残して……。*11
「お、オレの暴れまくりがクリティカルしても死ななかったあの邪神を一撃で……!?」
オニが青ざめた顔で叫んだ。*12
「と、とても敵わん! 許してくれー!」
金棒を放り捨てて、オニは逃げ出した。
「ああ……ニヒロ機構のことを聞こうと思ったのに」
逃げ出していったオニを見送って、ゆりねはスパイクロッドをしまった。*13
「邪神ちゃんも死んじゃったし、また次回にするしかないわね……」*14
その時だ。
ズシン、ズシン、と地響きがするほどの巨体が通りからやってきた。
「ニヒロ機構のことを聞いて回っている人間というのは貴様か」
巨体の悪魔がゆりねを見下ろした。迫力の余り、体から陽炎が発されて、まるで空間が揺らいでいるかのようだ。
「……そうよ」
さすがのゆりねもマジの顔になる。それほど、悪魔が身にまとう空気が恐ろしかったのだ。
「マントラ軍の領地でニヒロの味方をのさばらせるわけにはいかん」
「誤解よ。私たちはニヒロ機構の味方じゃない……」
「口ではなんとでも言える。自分の身の潔白を証明したいなら……」
悪魔の瞳が、いかづちのように激しく輝いた。
「この雷神トールの名において、決闘裁判を執り行う!」
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第4話 初期ミノス登場!
重い音を立てて、背後で格子が閉められた。
「マントラ軍のお膝元イケブクロにおいてニヒロの名を口にしたことは重罪である」
巨体の悪魔、鬼神トール*1が目を光らせながら述べる。
「ニヒロへの行き方を尋ねただけで、ニヒロの味方をしたわけじゃないじゃない」
「そうだそうだ! 殺された上に裁判にかけられるなんて無茶もいいところですの!」
邪神ちゃんを殺したのはゆりねなのだが、もう邪神ちゃん本人が忘れているようだ。*2
「静粛に。本来ならばその罪は万死に値するが……」
「邪神ちゃんなら一万回くらい死んでるんじゃないかしら」
「一万回生きた悪魔と言ってほしいですの」
静粛にする気が無さそうな女子を無視して、トールが続ける。
「マントラ軍においては力こそ正義。よって、決闘に勝利すればその罪を問わないものとする」*3
「うーわ、出たよカオスの理屈。なんでも暴力で解決しようなんて最低ですの」
「邪神ちゃん、あんた暗に別のモノを批難してない?」
悪魔は口笛を吹いて目をそらした。
「それで、あなたが戦うの?」
「いいや、ふさわしいものがいる。存分に戦うがいい!」
バチッ! と電光が閃いた。まぶしさに目を閉じた一瞬のうちにトールは消え去り、代わりに別の悪魔が現れる。
「目がー!」
閃光で目をやられた邪神ちゃんがのたうちまわる。
「あれは……!」
まぶしさで眩んだ目が慣れてくると、ぼんやりと見えていた悪魔の姿が鮮明になっていく……
「モォォォォォォォォッ!」
悪魔が両腕を振り上げて叫ぶ。びりびりと地面をふるわせるような大喝だ。
大きなツノを頭に生やした女悪魔。反らした胸が大きく弾んだ。
「ミノスじゃない」
そう、邪神ちゃんの幼なじみ、ミノタウロス族のミノスだ!
「なーんだ、ビビって損しましたの。おいミノス、事情がわかってるなら私たちに勝ちを譲りますの」
見知った顔の登場に、邪神ちゃんが肩を叩こうとするが……
「気やすく触るんじゃねぇ!」
ブン、と邪神ちゃんの手が振り払われる。いきおい、邪神ちゃんは回転しながら鉄格子に頭を打ち付ける。ガコン、といい音が鳴った。*4
「ミノス、どうしたの? けんかっ早いのは設定だけで、邪神ちゃんに暴力をふるうなんてことはなかったはず……」
「知ったこっちゃないね。今のあたしは悪魔の血がうずいて仕方ないんだ!」
「はっ……! わかったぞ! これは初期ミノスだ!」
復活した邪神ちゃんが叫ぶ。
「初期ミノス?」
「最初に出てきた頃のキャラが定まってなかったミノスですの!」*5
「このSS自体の時間軸がテキトーなのに、そんなこと言われたって分かんないわよ」
「きっと東京受胎の影響で属性が極端に調整されてしまったんですの!」
這い回りながら、邪神ちゃんはゆりねの隣に戻った。*6
「ゆりねちゃん。あのとき預けた勝負を着けてやるぜ!」
「来ますの!」
ミノスの突撃!*7
「くっ……!」
ゆりねはひらりとかわした。
「やるじゃねーか。それでこそだぜ」
ミノスは気合い*8を入れた!
「おい、回避されたのにスキルを使うんじゃねーですの! プレスターンはどうした!」
「強い悪魔は複数回行動するもんだぜ!」
「前回のチュートリアルは何だったのよ……にしても」
愛用のマチェット*9を構えたはいいものの、ゆりねは手が出せない。
「どうするのよ、ミノス相手に戦うわけにはいかないわよ」
「親友同士が引き裂かれて戦うことになる……メガテンっぽいですの」
「ちょっと、本気でやるつもり?」
「戦わないと前に進めないなら、やるしかないんですの。必殺……」
「邪神ちゃん!」
ゆりねが止めようとしても間に合わない。悪魔は即断即決なのだ!
「さらば友よ、邪神ちゃんドロップキーーーーーック!」
頭頂を狙って繰り出される邪神ちゃんの尻尾キック。しかし、ミノスは小脇に抱えて受け、遠心力でぶん回してから放り投げた。
ガコン!
「ぎゃーっ! 頭が割れるように痛い!」
鉄格子に再び激突した邪神ちゃんが血を噴き出しながらもがく。
「割れてるんじゃないかしら。どうせ失敗するから止めようと思ったのに……」
「邪神ちゃん、見損なったぜ。おめーがこんなに弱くなってたなんてな」
「ちくしょー、私にマウントを取るんじゃねーですの!」
「邪神ちゃんが攻撃したのにかえってダメージを受けてるなんて」
「あいつ、物理反射か!? ずりーですの、そんな悪魔がいたらレギュラー入り確定ですの!」*10
「うっしっし。こっちのターンだな!」
地面を蹴って予備動作で力を溜めて、ミノスが決闘場を走り回る!
「暴れまくり!」*11
ガガガガガッ!
「ぐわっ! ぐげっ! うぎゃっ! ごぺっ! がはっ!」
直撃を受けた邪神ちゃんが縦横無尽に弾き飛ばされ、鉄格子のみならず床や天井にも打ち付けられる。
「なんて恐ろしい攻撃……!」
「ゆりねちゃんには運良く当たらなかったみたいだけど、次は決めてやるぜ!」
ミノスが再び気合いを入れる。物理攻撃を繰り返す、単調だが恐ろしい戦法だ。*12
「おかしいだろ前回から! なんでゆりねを狙わねえんだよ!」
自分の血だまりから起き上がり、満身創痍の邪神ちゃんが叫ぶ。
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。攻撃が効かないんじゃ戦いようがないじゃない」
「こうなったら、ミノスの記憶を呼び覚まして元のミノスに戻すしかありませんの」
「邪神ちゃん、何か策があるの?」
「何の策もなくこんなこと言わないですの」*13
邪神ちゃんは鼻の下を擦ってから、さっと両手を広げた。
「嗅覚や味覚は記憶と結びつきやすいと聞きますの。さあ、私の香りに包まれて全てを思い出すのだ……」
聖女のような笑みをたたえて、邪神ちゃんがミノスを抱きしめた。
「邪神ちゃん……」
金色の髪からふわりと広がる香りを嗅いだミノスがはっと目を見開き……
「邪魔」
再びぶん投げた。
「ちくしょー! 友情が引き裂かれるー!」
滂沱と涙を流す邪神ちゃん。でも原作でもこんな扱いだった気がしないでもない。
「今日こそは正々堂々と勝負だぜ!」
闘牛のように鼻息を荒くするミノス。ターンを回してしまえば、次こそ勝負を決してしまうに違いない……!
(でも、ミノスの記憶を呼び起こすっていう邪神ちゃんのアイデアは悪くないわ……)
ゆりねは考えていた。物理攻撃を反射するミノスを倒すことはできない。
(ミノスの記憶を呼び覚ますようなものがあればいいんだけど。一緒に行った場所や、一緒に食べたもの……)
一緒に食べたすき焼き*14のことが思い起こされる。ミノスは生肉を豪快に食べていた。*15今となっては、平和な記憶だ。
「ミノスが食べたもの……」
「ちくしょー! ミノス! この薄情者! 七千年の友情はどうしたんだー!」
バタバタと蛇身を暴れさせる邪神ちゃんが叫んでいる。
「……あったわ」
きらん、とゆりねのマチェットが光った。
DROP KICK ON MY DEVIL!*16
「いやー、参ったぜ! すっかりマントラ頭になっちまってたな!」
生肉を食べるときについた血を拭いながら、ミノスが頭を掻いた。
「わりーけど、友達とは戦えねえわ。あたしの負けだ!」
「綺麗さっぱり忘れてやがったくせに……」
スライスされてなくなった下半身を押さえながら、邪神ちゃんがうめく。
「いいだろう。ミノスが認めるのであれば、罪を問うことはできん」
鬼神トールの声が響き、鉄格子が開いていく。
「やけに物わかりがいいわね」
「マントラ軍の悪魔は仲間と認めたら優しいんだよ」
さっきまで決闘で滾っていた血はどこへやら、けろりとした様子のミノス。マントラ軍全体が、こんな感じらしい。
「ミノスは……」
「あたしも悪魔だ。ここに残ってやんなきゃいけないことがある」
「……そう。元気でね」
「覚えてろよ! 二倍ダメージの恨みは忘れませんの!」
騒ぐ邪神ちゃんを引きずって、ゆりねが決闘場を後にしていく。
「……変わってねーのは、あの二人だけかもな」
その後ろ姿を眺めながら、ミノスが肩をすくめた。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第5話 ダラボンとカーペンター
一方その頃、ヨヨギ公園……
「ここはいったい、どこなのでしょうか……」
背中を丸めて歩いている悪魔……ではなく、天使がひとりいた。
「うう、主よ……ぺこらは人間界からも追放されてしまったのでしょうか?」
細い体つき、目の下には濃いクマ*1。不健康そのものに見えるが、これでも立派な天使である。
「ちょっとあなた、大丈夫?」
ふらふらと歩く様子を見かねたのか、一人の人間が駆け寄ってきた。きっちりセンターで分けられた黒髪。秘密を守る扉のように、襟が閉められている。
「あなたは……まさか人間ですか?」
東京の景色が一変してからというもの、ぺこらは人間の姿を見ていなかったのだ。とつぜんの出会いに驚くのも無理はない。
「ええ、私は
マネカタとは、ボルテクス界に暮らす「人間のようなもの」である。詳しい説明は長くなるので、ゲームで確かめてほしい。
「はい。ぺこらは天使なのです」
「天使? 東京がこうなってから私も何度か天使を見かたけど、翼を持って空を飛んでいたわよ」
「うっ……。それには事情がありまして」
痛いところを突かれた、という表情でぺこらが指をつつきあわせる。
「ぺこらは天使の力の源である、天使の輪をなくしてしまったのです」
「それって、なくせるようなものだったの?」
「ううっ! ……深い事情がありまして」
ますます縮こまるぺこら。それを見た千晶は、
(天使も色々なのね)
と思った。
「東京がこのようになる以前から探し回っているのですが、なかなか見つからず……」
「東京受胎が起こる前から? やっぱり、あの雑誌で読んだことは本当だったのね」
千晶はオカルトへの興味をもともと持っていた。その上、東京受胎を予告するような内容の雑誌を目にしたことで、『世界には超自然的な存在がいた』ことをより強く実感するようになっていた。
(もっとも、今となっては東京に悪魔が現れていても宇宙人が訪れていても、どうでもいいのだけれど……)
そうと知っていれば、かつての退屈な学生生活も違った彩りを見せていたかもしれない。繰り返す日常と、流行ばかりを追う人々に飽きていたところだ。
「あなたは私が知っている人間に雰囲気が似ていますね」
と言われて、千晶も驚いた。
「天使にも、人間の知り合いがいるの?」
「人間というか、魔女というか……その魔女も、変わったものを見ると喜んでいました。横暴なところもありましたが……」
「私が横暴だと言いたいの?」
千晶の冷たい瞳がぺこらを見据えた。
「い、いや、そういうわけでは!」
ぶんぶんと首を振るぺこら。すでにペースを握られている。
「まあいいわ。あなた、今は人間と変わらないように見えるけど。その天使の輪があればもっと強いのよね?」
「ええ。天使長として、たくさんの悪魔を狩っていましたから」
「そう……」
しばし考えてから、千晶は頷いた。
「私も一緒に探してあげる」
「なんと、ありがたい! 主がぺこらのために使わした救いの使者でしょうか?」
「天使の言うことではないわね」
肩をすくめて、千晶は周囲を見ました。ヨヨギ公園は、今や妖精の住まう妖精郷とも言える状態だ。
「悪魔は珍しいものが好きなようだから、知っているかもしれないわ。聞いてみましょう」
そういうわけで、ぺこらとつれたって妖精に話しかけることにした。
「へぇ~。その天使の輪ってどんな形なの?」
遊び回っている妖精も興味をひかれたらしい。
「丸い輪っかで、白というか黄色というか……そういう色をしていて、光っていて……」
ぺこらは手つきで説明しようとしているが、いまひとつ要領を得ない。
「うーん、みんなにも聞いてみましょう!」
「ありがたい!」
「なになに、どうしたの?」
「光る輪っかを探してるんだって」
「あー、知ってる。霧が濃いときに、カグツチの周りにできるやつでしょ」
「それを探すって変じゃない? でも霧といえば、昔の映画で……」
「あー、わかるー! ダラボンでしょ?*2」
「は? カーペンターでしょ*3」
小さな妖精達が何人も集まって話をはじめる。天使の輪のことを話していたはずが、話題はあっちに行ったりこっちに行ったり、ついにはケンカが始まってしまった。
「あわわわ……落ち着いてください」
空中を飛び回ってじゃれ合う妖精たちを見て、ぺこらは慌てるばかりだ。
(天使にしては、不器用ね……)
千晶はそんなぺこらを、冷めた目で見ていた。
(もし力が戻ったとしても、あまり頼りにならないかもしれない)
内心で考える。千晶がぺこらを助けてあげようと思ったのは、何も良心からではなかった。恩を売って、自分のために利用しようと考えてのことである。
「誰も、頭に乗るような大きさの白い輪を見ていないのね?」
とっとと話を切り上げてしまおうと声をかける。
「あ、それなら私見たかも!」
妖精のうちの一匹が手を上げた。
「なんと! どこにあったのですか?」
「公園の隅にあったよ。ニンゲンがいろいろとゴミ捨て場にしてたところ」
「天使の輪がゴミ捨て場に……」
さめざめと泣くぺこら。
(恩を売って損はないだろうし、確かめてみましょう)
打算的な内心を笑顔で覆い隠して、千晶はぺこらの肩を叩いた。元気づけるように。
「行ってみましょう」
「そうですね! これで天界に帰る……のは無理かもしれませんが、悪魔たちとも戦えます」
「案内してくれる?」
「いいよ、面白そう!」
こうして、妖精たちの案内でぺこらと千晶はゴミ捨て場に向かった。妖精たちはことあるごとにおしゃべりをしたり、寄り道をしたり、他の妖精に絡んだりするので、そのたびに千晶が先を急がせる。
「物怖じせずに悪魔と話ができるなんて、すごいですね」
「こうしなければここでは生きていけないだけよ」
すっかりぺこらは感銘を受けていた。*4
やがて、一行は数々の苦難*5を乗り越えて、屋外用のダストボックス*6に辿り着いた!
「この中に、ぺこらの天使の輪が……!」
「開けるわよ」
千晶が『⭕調べる』をして扉を開く。そこには、たしかに半透明の白い輪があった。
が……
「これは……どう見ても蛍光灯ね」
丸形蛍光灯だ。端子もしっかりある。
「そうですね……」
ぺこらは露骨にがっかりしていた。
「やはり、天使の輪はもう見つからないのでしょうか。主に見放されてしまったのでしょうか……」
胸の前で祈りの仕草をするぺこらを見て、千晶は心の中でため息をついた。
(こんな魔界に神がいるわけないでしょう)
だが、同時に、こうも思った。
(でも、天使はいる。しかも、こんなにチョロい天使がいるのなら、他の天使にもどうとでもつけ込むことができそう)
千晶の頭のなかで、急速にイメージができあがりつつあった……
(無秩序な悪魔たちと違って、天使ならきっと命令に従うはず。彼らが従いたくなるような大義名分と力があれば……私のために戦う軍勢ができるわ)
「それって、ニンゲンの道具?」
妖精のうちの一匹が、好奇心旺盛に蛍光灯を見つめている。
「そういうのを集めているマネカタが、銀座地下道にいるらしいよ!」
「これを見せたら、マッカを出してくれるかしら」
「うーん……たぶん?」
心の中では壮大な計画を立てながらも、おくびにも出さず千晶は蛍光灯を手荷物に加えた。*7
「ぺこら、短い間だけど楽しかったわ」
いい雰囲気で別れようとしている。実際は、もう付き合いきれないと思ったのだが。
「うう……ありがとうございます、橘千晶。ぺこらの助けになろうとしてくれたこと、きっと主は見ておられたことでしょう」
「そうね」
すさまじい温度差で結露ができそうだ。
「それじゃあ、私はこれで」
千晶は颯爽と歩き去っていった。
「ううー……天使の輪はどこに……」
ぺこらはまた、当てもなくうろつき始めるのだった。
(つづく)
しまった、今回ぜんぜんギャグじゃない!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第6話 精霊馬工作キット
「ギンザっていえば高級店のイメージだけど、悪魔だらけね」
トウキョウ・ギンザ――やはり世界は一変し、かつての一等地も悪魔が闊歩する魔界に成り果てている。
花園ゆりねは
「人間はもう滅びたんだ。ブランド店も寿司屋も意味ねーですの」
その隣を、蛇身をくねらせて歩く邪神ちゃん。
「一度食べてみたかったわ、お寿司」
「昔はこの辺は島になっててなー。鈴木って社長がいて……」
「それ本当に昔の話?」*1
前回までイケブクロにいたはずの邪神ちゃんとゆりねがなぜいきなりギンザにいるのか。
「それにしても、マントラ軍が攻めてくるって言ってたのにずいぶん静かね」
そう、ゆりねの言葉通りである。イケブクロを拠点とするマントラ軍が、ニヒロ機構の統治下にあるギンザへと攻撃をかけるという情報を聞きつけたからである。
「あの乱暴な連中が大暴れしてミロク経典とやらが破けたら私が魔界に帰れなくなりますの」
目下、二人はニヒロ機構が持つという魔法書(?)、ミロク経典を探しているのである。だが、それがどこにあるかはわからない。そこで、マントラ軍が動き出す前にまずはニヒロ機構に近づくためギンザへやってきたのだった。
地下街を歩いているうちにいかにも高級そうな扉が目に入った。
「ここはBarだぜ」
近くにいる思念体*2が、なぜか親切に教えてくれる。
「RPGでBarや酒場って言ったら、情報収集の拠点ね」
「せっかくだから入ってみますの」
扉を押し開けて、中に入って行く。Barはどこか退廃的な空気に支配されていた。物静かな悪魔や思念体たちが、ぽつぽつと店のあちこちにいる。
カウンターのなかには、背の高い女悪魔がいた。
「人間なんて、珍しいわね」
物憂げな色気を身にまとったBarのママ、夜魔ニュクスがつぶやくように言った。
「ここでは酒を飲んでいいんですの?」
ニュクスの背後に並べられた色とりどりのボトルを見て、邪神ちゃんが目を輝かせる。
「いえ、これは飾ってあるだけで飲み物じゃないわよ」
「じゃあこの施設は何なんですの……」*3
邪神ちゃんのうめきをサラリと流し、ニュクスはママらしく酒を注ぐ仕草をした。仕草だけだから、酒は注いでいない。
「ここは情報と語らいを求めて悪魔が集まるBar……」*4
そして、ゆりねに向き直る。
「あなたたち、何か知りたいことがあるんでしょ」
「ええ……。ニヒロ機構が持っているミロク経典について知りたいの」
店の中にざわめきが広がった。
「ミロクって……氷川から盗む気か?」
「しっ、聞こえないふりをしとけよ。関わるとろくなことがないぞ」
聞かれていないつもりらしいが、思念体の考えは丸聞こえである。
「氷川っていう人が持っているの?」
「そうね……ボルテクス界を作るのに使われたミロク経典、持っているとすればニヒロの総司令、氷川のものでしょうね。彼はこのギンザから南にあるニヒロ機構本部にいるはずよ」
「ありがとうございます。他の人にも聞いてみるわ」
「待ちなさい。あなたの素直さに免じていいことを教えてあげる」
「ゆりねは外面だけはいいんだよな……み゙っ*5」
「あの奥の悪魔……見えるでしょ」
ニュクスが指し示す方に目を向ける。マントと腰布だけを身にまとった悪魔が、奥の特等席を我が物顔で占有しているのが見えた。
「ほう、ほぼ裸とは……強いな、あいつ」
独特の邪神ちゃんの実力観も、今回ばかりは正しい。
「あれは魔王ロキ。この辺りで威張り散らしている嫌な悪魔だけど、実力は本物よ。でも最近、虫の居所が悪いみたいでね」
「何かあったんですか?」
「このBarの裏に勝手に宝物庫を作ってるんだけど、そこに強盗が入ったらしくてね。見張りの悪魔を無惨に殺して、宝石や千円札を盗み出したらしいわ」*6
「どうして千円札?」
「人間の道具を面白がって集めてるやつがいるんですの」
「ま、とにかくそういうことだから。あの悪魔には関わらないほうがいいわよ。ちょっと刺激したらかんしゃく玉みたいに暴れ出しそうだから」
ママニュクスが肩をすくめる。
「いまどきかんしゃく玉って」
邪神ちゃんがママニュクスのたとえの古さにウケている。
ゆりねはどうしたものかと、店の奥にいる魔王ロキを眺めていた。
(敵を作ったせいかもしれないけど、盗みに入られたっていうのはかわいそうね……)
同情か、それとも憐憫か。人間のいなくなった世界でも、他人を哀れむ気持ちが少しは残っているらしいことは、ゆりねにとってはうれしいことだった。自分にまだ心が残っていると感じられるからだ。
「でも、関わらないほうがよさそうね。私たちは先を急がないと。ニヒロ機構を探してるんだけど……」
「ニヒロ機構はここから南よ。堕天使や妖魔がたくさんいるわ」
「教えてくれてありがとう。行ってみるわ」
ミロク経典を求めて、ふたりはギンザを旅立つ――
「……あれ?」
訂正。いつの間にか、邪神ちゃんがいなくなっている。
「……またろくでもないことをするつもりね」
DROP KICK ON MY DEVIL!
ギンザの一画……魔王ロキが宝物庫にしている地下室。
いつもならロキの配下が見張りをしていて誰も立ち寄らないのだが、今日は違った。押し入り強盗によって見張りが倒されているのだ。*7
「思った通りですの。あとは、これをこうして……」
「こぉら、邪神ちゃん!」
部屋の中でこそこそ動いているところに大声を出されて、邪神ちゃんはビクンと跳ね上がった。
「あんたまた人の部屋に上がり込んで!」
「ゆりね、どうしてここが……!」
「あんたの行動パターンぐらい分かってるわよ」
いつの間にかいなくなっていた邪神ちゃんを追って、ゆりねはやってきた。直前に話していた内容からして、ここに来てるのだろうと当たりを付けたのだ。
「見下げた悪魔だと思ってたけど、まさか弱ってる人から盗むなんて……」
「ち、違いますの。何も盗んでねーですの!」
ゆりねが愛用のマチェットを構える*8。真っ青になって邪神ちゃんが首を振った。
「むしろかわいそうに思って、少しばかりの贈り物をだな……」
「贈り物って、何よ」
「これだ!」
邪神ちゃんが蛇腹のポケットから何かを取り出す。高らかに効果音が鳴った。*9
「
取りだしたのは、きゅうりと割り箸一膳である。ちなみに割り箸は使用済みのものを綺麗に洗ってある。新品を使うのはもったいないという、邪神ちゃんのエコロジー精神が反映されている。
「ぷっ……くくっ」
思わずふきだすゆりねの前に、邪神ちゃんがキュウリと割り箸を綺麗に並べておいてみせる。
「これを使えば簡単に精霊馬が作れますの。しかも、今回は特別に割り箸がもう一膳!」
もちろん使用済み。
「これで八本脚の精霊馬も作れますの。プレミアムキットですの」
「はぁ……まあいいわ」
どうやら本当に何も盗んではいないらしい。勝手に忍び込むのはよくないが、きゅうりと割り箸を置いていくのは悪魔のいたずらとしてはかわいいものだろう。*11
「ニヒロ機構って場所に行くわよ。はやくしないとマントラ軍が攻め込んじゃう」
「はーい」
思いつきを実行して満足したらしく、今度は邪神ちゃんも素直にゆりねについていく。
こうしてふたりはミロク経典を求めて、ふたりはギンザを旅立つ――*12
DROP KICK ON MY DEVIL!
だが、すでにマントラ軍の先遣隊はニヒロ機構本部へと迫りつつあった。
妖鬼たちがおのおの棍棒や槍といった武器を手に、円形の建物の前に集っているのだが……
「出て来いやニヒロの悪魔ども!」
「殴り合いなら負けねぇー!」
殺気立つオニの前で、扉が開く。ニヒロ機構の入口から、小柄な悪魔が進み出た……
「おいおい、こんな弱そうな悪魔で俺たちの相手が務まると思ってんのかぁ?」
「ご、ごめんなさい……足止めしないといけなくて。私の目を見てください」
ピカッ!
悪魔が顔を上げた瞬間、魔力が迸った。
直後、妖鬼たちは石に変わっていた。おそるべき石化の魔力であった。*13
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第7話 悪魔にみついで平気なの
ギンザで集めた情報で、ようやくニヒロ機構本部のありかへやってきた邪神ちゃんとゆりね。
そこには、マントラ軍の先遣隊が石と化した光景が広がっていた!
「こ、この能力は……」
十数匹はいる悪魔が石像と化して並べられている。その光景はさながら札幌芸術の森野外美術館。*1
そんな前衛的な光景を前に、邪神ちゃんはおののいていた。覚えのある魔力を感じていたのだ。
「悪魔を石に変えてしまう能力なんて、まるで……」
ゆりねが思案した時、ニヒロ機構本部の丸い建物から人影が現れた。
「邪神ちゃん!」
萌え声*2が呼びかける。90年代風デザインの大きな目の美少女。なぜか古代エジプト風の装飾を身につけた彼女は――
「メデューサ!」
邪神ちゃんの親友にして
「メデューサ、どうしてお前がここに!」
「私、ニヒロの悪魔になったの。シジマの世界になれば、もう邪神ちゃんが借金に苦しんだり、ギャンブルにハマったり、ガチャに生活費をツッパしなくてよくなると思って……」
「返す言葉もないわね」
「私はそれが楽しいんだ!」
ゆりねに冷ややかな目を向けられても、邪神ちゃんは折れない。
「マントラ軍がここを襲撃しようとしてることは分かってる」
メデューサの目が怪しく輝く。その視線には魔力が宿っており、見られたものは石になってしまうのだ。
「くっ……!」
邪神ちゃんは悪魔だから耐えられる……はずだが、ピリピリとした空気が肌にまとわりつく。本気になったメデューサが
「まずいわよ、邪神ちゃん。ミノスみたいにまた敵対することになったら……」
ちなみにゆりねは路上販売から買ったブレスレットの効果で石化に耐性がある。魔力無効である。
「待てメデューサ、私たちが戦う理由なんてどこにもないはずですの!」
メガテンらしい説得の言葉を投げかけてみる。果たしてニヒロの手先と化したメデューサに、言葉は届くのか!
「私、計画の準備が終わるまで誰も通すなって言われてるんだ。だから、もし邪神ちゃんが相手でも……」
ヤンデレじみたハイライトのない目で、メデューサがつぶやく。
(まずいわ。こうなったらミノスの時と同じように!)
ゆりねは即断即決のもと日本刀を閃かせ、邪神ちゃんを『邪神』と『ちゃん』に分解した。
「ぎゃーーーーー!?」
『邪神』部分が絶叫をあげる。『ちゃん』は声をあげられないのでビチビチとくねっていた。
「何考えてんだゆりね! 後ろから斬りかかるなんて!」
「メデューサを正気に戻すためよ。邪神ちゃんの肉を食べさせないと」
「どうしてそんな思考に……?」
親友が一刀両断される姿をみて、メデューサは青ざめて顔をそむけている。
「助けてくれメデューサ! また殺される!」
『邪神』が『ちゃん』を引き寄せてセロテープでくっつけながら助けを求める。もはや誰だ誰の敵やら分かったものではない。
「かわいそうな邪神ちゃん。でも、マントラ軍は私たちの敵だから……せめて石にして私の部屋に飾ってあげるね」
「マントラ軍じゃないわよ」
何やら怖いことを言い出したメデューサに、ゆりねがぼそりと突っ込む。
「えっ? でもイケブクロの方から来たから、私はてっきり……」
「誰があんなむさ苦しい集団の仲間になるか! だいいち、暴力で物事を解決しようとするやつにろくなやつはいませんの!」
「邪神ちゃん、あんたまた当てこすってるわね?」
ゆりねが愛用の日本刀を再び掴んだ。*4
「なーんだ、そっかぁ。じゃあ戦わなくていいね」
メデューサから立ちのぼっていた怪しげなオーラ*5が霧散した。
「よかった。邪神ちゃんと戦わなくて済んで」
「メデューサ! 私もだ!」
邪神ちゃんが蛇の下半身をくねらせて、無二の親友にひっしと抱きつきに行く。(切られたばかりだから継ぎ目が少しズレている)
「邪神ちゃん♡」
「メデューサ♡」
親交を温めるふたり。*6
「でも、マントラ軍じゃないならどうしてここに?」
「私たち、ミロク経典が欲しいの」
警戒が解けたことで、ゆりねも日本刀をしまっている。*7
「ミロク経典って、ガイア教の聖典? 東京受胎を起こすのに使われたっていう……」
その名を口にすることも恐ろしい魔書である。メデューサは思わず口を塞いだ。
「そうだ。それを使って、私は魔界に帰るんだ。その時はメデューサ、お前も一緒につれていってやってもいいですの」
「……」
楽観的なふたりの計画を聞いて、メデューサはしばし口をつぐむ。どこか同情するような視線を向けてから、こくんと頷いた。
「わかった。私は経典がどこにあるか知らないけど、知ってそうな人のところへ案内してあげる」
「いいのか!? やはり持つべきものは親友!」
わかりやすくはしゃぐ邪神ちゃん。だが、ゆりねはメデューサの躊躇に気づいている。
「何か言いたいことを隠してない?」
静かに聞くゆりねに、メデューサはゆっくり首を振った。
「邪神ちゃんとゆりねさんなら、本当にできるかも……ここでは何が起きても不思議じゃないですから」
石化した悪魔に砂塵が吹きすさぶのを見ながら、メデューサはつぶやくように言った。
「ここはいいのか? マントラ軍を止めないといけないってさっき言ってただろ?」
「いいの。もう準備は終わったから」
「準備?」
「邪神ちゃんは気にしなくても大丈夫だよ」
これからここで何が起きるのか、メデューサは分かっているらしい。マントラ軍の大軍勢が押しかけてくるというのに、焦った様子もない。
「私ももう行かなきゃ行けないところだから、ちょうどよかった」
「その知ってそうな人って、どこにいるの?」
メデューサは瞳を斜め上へ向けた。カグツチの光を受けて、
その視線のはるか先に、黒々とした巨塔のシルエットがそびえていた。
「オベリスク。創世のはじまる場所……」
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第8話 部屋着には向かない衣装
オベリスク――
受胎したトウキョウは真球の内側の世界だ。そのトウキョウ全土で、最も高い建物こそオベリスクだ。地上60階を誇るマントラ軍の本営よりも高くそびえ立っている。それはつまり、ボルテクス界の中心……カグツチに最も近づけるという意味でもある。
要するに、メチャクチャに高い。
「はぁ、はぁ……くっそー、どれだけ高いんですの……」
邪神ちゃんははやくも汗だくである。
ここはオベリスク103階。複雑に上下する構造の塔内を、ひたすら登り続けている。
「も、もうちょっとで頂上だから……」
隣で一緒に階段を登っているメデューサがフォローしようとしても……
「さっきも同じこと言ってただろ! ずーっと登り続けてるんだぞ!」
魔界で何千年も付き合いがある親友相手には容赦がなくなるタイプの悪魔はわめくばかりだ。
「私の下半身はヘビなんだぞ! 階段を登るのがどれだけ大変かお前にわかるのか!?」
「そ、そう言われても……」
蛇身を器用にくねらせてひたすら階段を登り続けることがどれだけの負担になるか、読者には分かるまい。*1
「だいたい画面の右上には『○○F』とか表示されてるけど*2、階段ばっかりのくせに階数数えてるの建築基準法的にあってるんですの!?」*3
「そんなことに文句言われても……」
ここぞとばかりにストレスのはけ口をもとめて叫ぶ邪神ちゃんに、メデューサは困惑の表情を浮かべるばかりだ。
「ほ、ほら、人間のゆりねさんもがんばって登ってるんだから、邪神ちゃんも頑張ろうよ……ね?」
一行はオベリスクの頂上にいるという『創世の巫女』を目指していた。だが……
「そういえば、ゆりねはどこなんですの?」
邪神ちゃんがぽかんと口を開けて周りを見渡した。どう見ても動きにくいゴスロリ服の少女、花園ゆりねの姿がいつの間にか消えている。
「あ、あれ? さっきまで一緒だったのに……」
「もしかして、落ちたのか?」
オベリスクは地上1階から104階まで穴だらけだ。落下防止ネットはおろか手すりもない。建築基準法的には完全にアウトである。一歩足を踏み外せば、どこまで落ちるか分かったものではない。
「どどどどどうしよう邪神ちゃん!?」
「ゆりねのヤツ、しぶといと思ってたけどこんなつまらない死に方をするとはな……お前と過ごした日々、悪くなかったですの……」
「死んでないわよ」
にゅ、っと床からゆりねの顔が生えてきた。
「ぎゃあー!?」
「邪神ちゃん、あぶない!」
飛び上がって驚く邪神ちゃんが落ちそうになり、メデューサが必死に掴んで食い止める。
「ぷっ。あんたが落ちかけてるじゃない」
そのまま、ゆりねが上へスライドしていく。よく見れば、正方形の足場に乗ってエレベーターのように上昇しているようだ。
「あーっ、そんな便利なものがあったら階段いらねーじゃねーか! ズルですの!」
「これを使って登る塔なんじゃないかしら」
「ちくしょー、3Dダンジョンだからって上下動するギミックばっかり仕込みやがって! クソダンジョン許せねぇ~ですの!」*4
「とにかく、そろそろ頂上みたいね」
上の階から下を覗きつつ、ゆりねが言う。オベリスクはカグツチに向かってまっすぐ伸びている。上に登れば登るほど、カグツチの光が強くなっていくのだ。
「邪神ちゃん。もうちょっとだから頑張ろう」
「もう一歩も歩きたくねぇですの!」
「遠足にきた低学年の生徒と先生みたいね」
ひっくり返ってふてくされる邪神ちゃん。困るメデューサ。笑うゆりね。
邪神ちゃんはカグツチが一周するまで文句を言い続けていた。
DROP KICK ON MY DEVIL!
オベリスク128階……
「オーホッホッホ……これ以上は進めませんわよ!」
とつじょ、声が響き渡った。
「何やつですの!?」
ノリだけはいい邪神ちゃんが叫ぶと、衝撃とともに悪魔の姿が現れる。長い糸を両手に捧げた、妖しい雰囲気を身にまとった女性悪魔だ。
「わたくしは鬼女ラケシス*5。このオベリスクはわたしたちモイライ三姉妹が守っているのですわよ」
「モイライ三姉妹っていえば、運命を操る悪魔……!」
「メデューサ、解説役までしてくれなくていいのよ」
「オーホッホ、その通り! 私たち三姉妹がいる以上、この塔を突破はできませんことよ」
「おい! 私と口調がちょっとカブってますの!」
「そんなにカブってないから大丈夫よ」
反応に困ったときはとりあえず攻撃的になる邪神ちゃんをなだめながら、ゆりねはラケシスに向き合った。
「でも、まずいわ。運命を決めることができるんだったら、この塔を登れない運命にされたらどうしようもないじゃない」
「その通り! あなたたちを永遠に塔の中でさまよわせることくらい、私たち三姉妹が揃えば造作もなくてよ」
「どうしよう邪神ちゃん!」
「騒ぐんじゃないメデューサ! それなら三姉妹が揃う前にヤっちまえばいいだけだ!」
さっきまでの疲労はどこへやら、邪神ちゃんは高く高く飛び上がった!
「邪神ちゃん、待……」
「食らえ長女か次女か三女! 邪神ちゃんドロップキーーーーック!」
スカッ!
「あっ」
案の定攻撃をかわされた。そして、キックによる落下エネルギーは空中では止めることができず……
「足場がないからキックはしないほうがいいよって言おうと思ったのに……」
涙ぐむメデューサの忠告もむなしく、邪神ちゃんは104階の床から飛び出していた。
「ああああああああああああああ……」
邪神ちゃんの叫びが下へと遠ざかる。あまりに遠すぎて落下音が聞こえなかったことを幸いと思うべきだろうか。
「なんと短絡的な悪魔。まだ運命を測ってもいないのに……」
「ということは、運命を測る力も絶対というわけじゃないのね」
邪神ちゃんが身をもって証明してくれた。ありがとう邪神ちゃん。邪神ちゃんフォーエバー。
「お、落ち着いてる場合じゃないですよ!」
「邪神ちゃんなら、次回には復活してるでしょ。それより……」
ゆりねがラケシスに向き直った。
「くっ……三人揃えばこんなものではなくてよ。さあ、来なさい!」
ラケシスが手に持った糸を辿る……が、いくら引っ張っても何も出て来ない。
「ラケシス姉さん?」
『まだ髪型がキマってない』
どこからか声が響いた。
「そんなややこしい髪にしてるからでしょう!」
ラケシスがツッコむ。彼女自身も人に言えた髪型はしていないが。
「アトロポス?」
『まだ着替えてないのよ。この服、ぴたぴたして部屋着に向かないのよね』
「衣装なんだから面倒がらずに着てなさいって言ったでしょう!」
どうも三姉妹には三姉妹なりの苦労があるらしい。
『仕方ないじゃないの。本当は私たちの出番はもっと後なんだから」
『そうだ。まだ人修羅はカブキチョウのあたりにいるんだぞ』
彼女らには運命が見えるのだから、ゲームの進行状況も分かっているのかもしれない。
「もぉ~~~~っ!」
ラケシスが地団駄を踏む。そして……
「まあいいわ。巫女を守るのが私たちの役目。だけど、あなたたちは巫女をどうすることもできない」
急に落ち着いた様子でつぶやくと、ふっと風のように消え去った。
「あ、逃げた」
「み、認めてくれたんですよ、きっと……」
いちおう同じシジマに属する悪魔として、メデューサがフォローを入れた。
「運命を操る女神まで配置して守っている創世の巫女……いったいどんな人なのかしら」
ゆりねがぽつりとつぶやく。最上階へのリフトはすぐそこだ。
「わ、忘れられてますの……」
モザイクだらけになった邪神ちゃんが、塔のどこかでつぶやいたという。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第9話 壁の穴を探してる客
「ゼェ……ハァ……」
邪神ちゃんは息を切らしていた。
ドロップキックの勢いそのまま、穴だらけのオベリスクの中を見事に地下2階まで落下し続けたのである。針の穴を100本以上連続で通し続けるような奇跡の落下コースを辿ったのだ!
「一瞬で戻れるのはクリア後だけにしてほしいですの」
そしてまたオベリスクを下から上まで登り直したその根性、さすがは悪魔というべきだろう。
そしていま、オベリスク最上階――ボルテクス界でもっともカグツチに近い場所へと辿り着いた。
頭上からはカグツチの白い光がさしこんでいる。そして同時に、トウキョウ全土から集められた赤いマガツヒが流れこんでいる。
静謐な神聖さと、身の毛もよだつような妖しさがともにある、この世のモノとは思えない場所だ。*1
「これが……創世の巫女」
その光の前に、花園ゆりねが立ち尽くしている。*2
「ナイトメア・システム……話には聞いていたけど、こんな方法でマガツヒを集めていたなんて」
メデューサはその光の中心を直視できずに目をそむけている。
「おいおい、私抜きで盛り上がるんじゃねーですの」
なんとなく無視されているような気がして、邪神ちゃんはやや不機嫌だった。
「こ……これは!」
でも驚くべきタイミングで驚く。まさに登場人物の鏡である。
白光とマガツヒが集まるオベリスクの頂上。そこには、一人の女性が浮かんでいた。
コートに細身のパンツ、ヒールの高い靴。まるで街中からそのままやってきたかのような服装だ。一見、どこにでもいそうな女性に見える。*3
だが、驚くべきはその角度である。
その女性は上下逆さまになって浮かんでいた。そして、すべてのマガツヒが彼女の足から入り込み、頭部を通って巨大なオベリスクへと流れこんでいるのである。その肉体と頭脳が、マガツヒ収拾のために酷使されているのは明らかだ。*4
「どういう仕組みになってるのかしら」
「ここからどかせばいいんじゃね?」
軽率さにおいて並ぶものはいないと言われる邪神ちゃんが手を伸ばすと……
キィン!
ジャストガード*5みたいな音がして、イキリ悪魔の体が吹っ飛ばされた。
「ぐえーーーー!」
ビターン! と壁に吹っ飛ばされた邪神ちゃんが壁にぶつかって崩れおちる。
「邪神ちゃん! よかった、ここは床があるから落ちなくて済んだね!」
「メデューサ、喜ぶことじゃありませんの……」
ぐったりしている邪神ちゃんに駆け寄るメデューサ。介抱する姿は、心なしかうれしそうにも見える。
『勝手に触らないで……』
どこからともなく、声が聞こえてきた。
「こ、こいつ、直接脳に!?」
『私の体はいま動かすことができない。でも、マガツヒの力で語りかけることはできるわ……』
「意外と便利なのね」
「気をつけろゆりね。セリフの最後が『……』になってる女はろくなこと言わないんですの」
『偏見ね……』
とにもかくにも、コミュニケーションだけは取れるらしい。
「あなたが『創世の巫女』で間違いないのね?」
『そう……私は氷川の計画のため、こうしてマガツヒを集めるためのナイトメア・システムの核にされてしまった……自分の意思では止めることはできない……』
「ナイトメア・システムのせいで邪神ちゃんが吹っ飛ばされたんですか?」
邪神ちゃんの止血をしながら、メデューサがおずおずと問いかける。
『いいえ……私には待っている人がいる……その人が来るまで、ここを動くわけにはいかないの……』
「自分の意思で拒否したんじゃねーか」
邪神ちゃんがぼそっとつぶやく。おおっぴらにツッコむと、また何かされるんじゃないかと思ったからだ。
「私たち、ミロク経典って本を探してるの。あなたなら知ってるんじゃないかと思って」
ゆりねがずばりと用事を切り出した。巫女は逆さまに浮かんだまま、微動だにしない。
『そう……あれは東京受胎の方法を記した書……今となっては無用の長物よ……』
「この世界……ボルテクス界の外に邪神ちゃんを送る方法を知りたいの」
『そう……なるほど……』
巫女はしばらく黙り、そしてまた語り出した。
『ドリルを求めるもの……本当の……目的は、ドリルを手に入れることではなく……すなわち、壁に穴を開けること……だから、本当に必要なものは……ドリルではないわ……』
「ベタなたとえ話を含蓄ある感じで語ろうとしてないか?」*6
「邪神ちゃん、いいところなんだから邪魔しちゃ悪いよ」
悪魔たちの茶々にもくじけずに、巫女は話を続ける。
『あなたたちに本当に必要なのは、ミロク経典ではないわ……』
「ミロク経典じゃない?」
『ボルテクス界は閉じた世界。外に出る方法はひとつだけ……混沌の終わり、すなわち創世……コトワリが啓かれたその時こそ、この世界から出る唯一の機会……』
「どういう意味ですの?」
もったいぶった迂遠な表現に、すでに邪神ちゃんの頭はパンク寸前である。
「今の世界は卵みたいな状態で、そこから孵化するためには、どんな世界を創るかを決めるルールや理念みたいなものが必要……って聞いたことがあるよ」
メデューサが付け加える。
「なるほど……」
邪神ちゃんは分かっていないが分かったふりをした。
『次なる世界の形を決める
「それじゃあ、けっきょく世界から出る方法はないってこと?」
『別のコトワリが勝利すれば……この世界に穴を開けて、外に出られるかもしれない……』
「シジマの世界が創世されたら、邪神ちゃんもゆりねさんも外に出られなくてずっと一緒にいなきゃいけない世界になる……ってこと?」
『そうなるでしょうね……』
メデューサの控えめな問いを、巫女はやんわりと肯定した。
「他のコトワリって、どうやって探せばいいの?」
『もう……疲れたわ……念話は気力を激しく消耗するから……』
巫女の声(脳に直接話しかけている)は徐々にかすれ、遠ざかっていく……
「まだ大事なところを聞いてないですの! 無責任がウリのキャラかてめーは!」
無理やり引き剥がそうと、邪神ちゃんが飛び掛かる!
キィン!
「ぐえー!」
ジャスガで吹っ飛ばされた邪神ちゃんは、再び壁に打ち付けられた。
「消耗して疲れていたはず……」
「よほどあんたに助けられたくないのね」
ゆりねは噴き出すのを堪えるあまり、頬の辺りが引きつっていた。
「ふう……とにかく、他のコトワリとやらを探さないといけないみたいね」
これ以上ここに留まっても無駄だと考えたのだろう。
「あ……それじゃあ、オベリスクの出口まで送ります」
「メデューサは一緒に来ないのか?」
ぽかんとする邪神ちゃんに、メデューサは一瞬だけ思い悩む表情を浮かべてから頷いた。
「ほら、一応、ニヒロの幹部だし……責任があるから」
「そう」
ゆりねはあっさりと応えた。*7
「で、でも、影ながら応援してるから! がんばってね、邪神ちゃん!」
「お、おう……」
見送る気満々のメデューサに押されて、邪神ちゃんはしぶしぶリフトに乗りこんだ。
「でも、コトダマを探すってどうすればいいんですの?」
リフトが下降している間は何もすることがない。ぼんやりと斜め上を見あげながら邪神ちゃんがつぶやいた。
「コトワリだよ、邪神ちゃん」
「誰か他の人がなにか考えてるんじゃない。ギンザに戻って調べてみましょ」
「RPGみたいですの」*8
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第10話 踏まれノズチ
「ぺこらは……ぺこらはどこに向かえばよいのでしょうか……」
ボルテクス界をさまよう天使が一人。
不健康そうな見た目に反して、バイタリティに溢れたぺこらは、今日も道を見つけられずにいた。
代々木公園で千晶と別れてからも、天使の輪を探していたが、その道中で天使エンジェルと出会う機会があった。
(ぺこらの知っている天使ではないようですが……)
不思議に思いながらも話を交わしてみると、ボルテクス界にいる天使たちはこう告げたのだった。
「主はいない」
その発言はぺこらをおおいにたじろがせた。いかなる状況になっても、主・リエールが道を示してくれるはずだと信じていたのである。だが、力を失っていない他の天使たちにとっても、この世界では主の存在を感じないのだという。
「主の導きがない……となると、ぺこらは一体、何のために?」
人間界にいた頃は、いずれ力を取り戻して、元の天使の仕事に戻るものだと思っていた。ぺこらはもともと悪魔ハンターだ。天使の輪をなくすまでは、幾匹もの悪魔を倒してきた。*1
だが、このボルテクス界では狩っても狩っても悪魔だらけ。そもそも悪魔を倒すだけの力すらない。人間社会で生きていくために身につけたバイトスキルも無意味。
目的もない。手段もない。ぺこらの人生、いや天使生は今まで以上の暗礁に乗り上げていた。
その時、歌が聞こえてきた。*2
ボルテクス界の乾いた空気に似合わない、力強いアカペラだ。明るい歌声にあわせて、幾人かの
「この声は……まさか」
ぺこらにとっては、聞き慣れた声だった。
歌声のする方に歩いて行くと、人だかりができていた。いや、厳密にはそこに集まっているのは人ではなかった。
(たしか、マネカタたち……)
人によく似ているが、土から作られた存在らしい。生きる人形のようなものだと言われている。
とはいえ、彼らは人間に比べれば弱々しいものの、泣いたり笑ったりもする。感情から生まれるエネルギーであるマガツヒも持っている。
(人間といったい何が違うのでしょうか)
と、常日頃からぺこらは疑問に思っていたものだった。
「い、いえ。今はそれよりも!」
ぺこらの注意をひいたのは、マネカタたちが集まっていることではなかった。集まった彼らの視線の先である。
そこには――天使がいた。
「みんなー、今日はありがとー!」
マイクを手にして、大きく手を振っている。ウィンクからは星が飛び散りそうだ。
ボリュームたっぷりの金色の髪がきらきらと輝いている。その存在感は天使にしてアイドル。
「ぽぽろん!」
そう、ぺこらの元部下、ぽぽろんの姿があったのだ。
「……」
大声を出したぺこらのほうにちらっと目を向ける。だがそこはプロ、いきなりパフォーマンスを止めたりはしない。
「今日のライブはここまで。アサクサに向かうために、一致団結してがんばろー!」
マネカタたちが歓声を上げる。どうやら、ぽぽろんはこのマネカタのグループと一緒に移動している最中らしい。
マネカタたちがぱらぱらとあちこちに散っていく。最後にぺこらが残ると、今度はぽぽろんのほうがぺこらへ声をかけた。
「こんなところで何してんの、ぺこら様」
ステージ代わりなのだろう。ぽぽろんは一段高い場所に立っている。よく見れば、龍王ノズチ*3である。ぽぽろんに足蹴にされて乗られているわけだが、ちょっとうれしそうだ。
「ぺこらは、何も……ただ通りがかっただけです」
「通りがかっただけって、まさかこんな状況になってるのにうろうろ歩き回ってたの?」
「うっ……ま、まあ、そうですね」
「はぁ~~~、そんなことだろうとは思ったけど」
ぽぽろんが心底呆れた表情でため息をついた。
「知り合いかホ?」
空中からぽぽろんを照らしていた妖精ジャックランタン*4が降りてきた。どうやら、ステージの照明を担当していたらしい。
「まあ、腐れ縁っていうかね」
「忠実な部下だったのに……」
「昔の話でしょ。ぽぽろんちゃんは、過去にこだわらないの」
髪を整えながら、ぽぽろんがステージ(ノズチ)から降りる。ノズチは少し残念そうだ。
「ぽぽろんは、悪魔たちと手を組んでいるのですか?」
「世界がメチャクチャになったのに、天使とか悪魔とか言ってる場合じゃないでしょ。利用できるものはなんでも利用するの」
「利用して、いったい何を?」
ぽぽろんが、ふんと鼻をならして周囲を見回す。マネカタたちは、いつ悪魔が襲ってくるかと心配なようで、小刻みにぶるぶると震えながら周囲を警戒している。
「この人たち、アサクサってところに行きたいんだって。そこに行けば、マネカタが安心して暮らせる街があるって」
「そうだったんですか! マネカタの街があるなんて思いませんでした」
なにせ、マネカタたちは悪魔にマガツヒを搾り取られる存在である。ぽぽろんが連れているノズチやジャックランタンでさえ、その気になればここにいるマネカタたちを全滅させられるだろう。
「でもマネカタって弱っちくてしかも短慮だから、ほっとくとすぐバラバラになっちゃうの。逃げても意味ないのに」
「じゃあ、ぽぽろんがこの方たちを導いている……ということですか?」
「そんな大したことじゃないけど、こうやってればキャーキャー崇めてくれるし、ほーんと、チョロいよねー」
天使だったころのなごりで、ぽぽろんは人間やマネカタを見下すような言動をとることがある。だが、それが半分照れ隠しだということを、ぺこらは知っていた。*5
「まっ、天使の力が戻るまでアイドルとラーメン屋の二足のわらじを履いてたけど、力はまだ戻らないし、ラーメン屋はなくなっちゃったし……こうなったら、全力でアイドルやるしかないでしょ?」
「悪魔の力を使ってまでマネカタを勇気づけるなんて……なんて立派なんでしょうか」
「やめてよ。ぽぽろんちゃんは生き残りやすそうなやり方をしてるだけ。アサクサについたらもっとたくさんのマネカタがいるんだから、そこで地位を確立して安全に暮らすの」
「そうですか……」
行く当てもなくさまよっていたぺこらだが、ぽぽろんに出会ったことで光が差した思いだった。この暗闇のようなボルテクス界でも、できることをやっている……そう感じたのだ。
「そうだ! ぽぽろん、またシールド*6をやらせてください」
「シールドって……わかってんの? ここじゃ、悪魔が襲ってくるんだよ」
「マネカタよりは、ぺこらのほうが丈夫ですから……」
命も顧みない発言、と言っても過言ではない。ぽぽろんはますます呆れて肩をすくめてから、ひらっと手を振った。
「いいけど、一番したっぱだからね!」
「オイラがマネージャーのジャックランタンだホ」
「よ、よろしくお願いします」
「どんどんこき使ってやるホ。よろしくな、バイトホー!」
「こ、この扱いからは逃れられない運命なのでしょうか……!?」
こうして、ぺこらはぽぽろんとともにアサクサを目指すのだった。
(つづく)
ここまでがだいたい全体の半分です。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第11話 ヒゲロン毛ハット
ここはトウキョウ、ギンザ……
閉じられたボルテクス界から邪神ちゃんが帰るには、コトワリを見つけなければならないという宣託(?)を受けて、邪神ちゃんとゆりねはコトワリに関する情報を探していた。
「なるほどね」
BARのママ・ニュクスは、2人の話を聞きながら鷹揚に頷いた。悪魔にも色々いるが、どうやら彼女は単に世話を焼くのが好きらしい。
「たしかに、新しい世界のコトワリができつつあるというウワサは聞いているわ」
「本当ですか?」
手がかりを探していたゆりねが実を乗り出した。
ちなみに、邪神ちゃんは話に飽きて周囲の思念体に絡んでいる。
「お前達、足がないからけんけんぱもできねぇんでやんのー」
「足はあんたもないだろ……」
それは置いておいて。
「まず、ニヒロ機構の総司令、氷川が掲げるコトワリ、シジマ……これは静寂な世界で秩序を最優先し、個の感情や欲望をなくそうというもの」
「つまんなさそうな世界ですの」
「でも、争いや諍いに苦しむことはなくなる……というわけね」
「おいおいゆりね、なにインテリぶった顔してるんですの。どうせ分かったような顔で頷いてるだけ……ごぱっ*1」
「失礼、続けて」
「……わかったわ」
ギンザのBARのママとして、これぐらいでは動じないようだ。
「他にふたつの勢力の噂が聞こえてきてるわ」
「ふたつ……というと?」
「ひとつは、崩壊したマントラ軍の思想を引き継ぎ発展させた、ヨスガのコトワリ」
「マントラ軍って崩壊してたのか!?」
「私たちがあちこち行ってる間にいろいろあったみたいね」*2
「ヨスガは弱肉強食……どころか、弱者は積極的に淘汰して強いものだけで世界を作ろうという考えよ」
「それって選民思想じゃない」
「悪魔は強いものが好きだからな、どうせ悪魔みたいなヤツが考えたに違いないですの」
「最後に、弱い悪魔たちがすがっているムスビのコトワリ。自分以外と関わりをもたずに、それぞれが小さな世界の中で完結する世界……」
「他と関わらずにどうやって生きてくんだよ」
「それができるようになってしまうのが、創世ってことなんじゃない?」
「創世の時にはコトワリに従わないものがどうなるかは分かったものじゃないわ。マガツヒに分解されて消えるのか、世界と世界の間の闇の中へ追放されるのか……その時にならないと分からないわね」
ふぅ……と、ニュクスがタバコの煙を吐くような仕草をした。タバコは持っていないけど。
「こんなところね」
「創世の巫女の話によれば、シジマが作るのは閉じた世界だから、脱出するならヨスガかムスビに頼ることになるわね」
「どっちにしろ、お題目を掲げて集まる連中なんてろくなもんじゃねえですの」
「時には力に頼ることも必要でしょ」
この時、邪神ちゃんは「お前はいつも暴力に頼ってるだろ」という言葉を必死で飲み込んだ。
そして、お腹にできている青あざがいたんで声が出ないフリをした。
思ったことがすぐに口に出てしまう邪神ちゃんも、旅を通じて少し成長したのだ。*3
「ありがとう。他にも情報を探してみるわ」
「ええ、またね」
ニュクスに別れを告げて、ギンザの街へ出る。*4
「ゆっくり探索する時間もなかったし、せっかくだから街を見て回りましょ」
DROP KICK ON MY DEVIL!
ふたりがある扉を開けた時、そこには円筒形の奇妙な装置と、男がひとりいた。
「誰だ?」
「こっちのセリフですの。この邪神邪神ちゃんに名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ですの」
「名乗ってるじゃない」
「それは名前なのか?」
当然と言えば当然の疑問を口にしてから、男は首を振った。
「俺はヒジリ。このターミナルのことを調べている」
「ターミナル?」
「ああ。氷川がトウキョウのあちこちに設置したネットワーク装置さ。アマラを通じて瞬間移動ができるんだ」
ヒジリが傍らの円筒に触れる。装置の表面に刻まれた複雑な図形が光を放ち、グルグルと回りはじめた。装置を起動させたらしい。
「瞬間移動!? 人間の技術でそんなことが……」
「ニヒロが圧倒的な優位を得たのもコイツのおかげさ。……にしても、まだ人間がいるとは思わなかったぜ」
ヒジリがゆりねをちらりと見る。成り行きとして当然かもしれないが、悪魔使いだと思われているのだろう。
「私は花園ゆりね。その装置を調べて、どうするの?」
「ターミナルを通じてトウキョウに張り巡らされたネットワークには大量のマガツヒが流れている。マガツヒは悪魔の大好物だし、コトワリを啓こうって連中もこれを狙ってる。コトワリを啓くために大量のマガツヒが必要なんだ」
「都合よく解説してくれてますの」
「RPGってそういうものでしょ」
「俺は今はちょっとした用事でアサクサへネットワークを繋ごうとしてるんだ。俺の知り合いにはフィジカルなルートでアサクサに向かってもらってるが、ここから直にアクセスできるんじゃないかと思ってな」
ヒジリがどうやってターミナルを操作しているのか、傍目でみてもさっぱり分からない。だが、タッチパネルもキーボードもない装置に何らかの方法で働きかけているらしい。
「私たち、コトワリを啓こうとしている人に会いたいの。できれば、シジマ以外に」
「それならちょうどいい。ちょっと頼みを聞いてくれないか」
「なんで私たちが怪しいロン毛の頼みを聞かなきゃいけないんですの」
「まあ、話は最後まで聞くものさ。頼みっていうのは、ネットワークの中に入って、アサクサまでのルートを繋ぐことだ。アマラにも悪魔がうじゃうじゃいるから、俺じゃできない」
ヒジリの声音は落ち着いている。というより、どうせ悪魔使いに力ではかなわないのだから、開き直っているというところだろうか。
「なおさら危険ですの」
「その悪魔ってのは、ムスビのコトワリに惹かれて集まってるんだ。いま、ネットワークの中にはムスビの親玉が潜んでいる。そいつがマガツヒと悪魔を集めているんだ」
「つまり、あなたの頼みを聞けば、コトワリの指導者に会える……ということね」
「ターミナルの扱いに一番詳しいのは俺だ。俺の協力なしじゃ、引きこもりのムスビには滅多に会えないぜ」
しばし、狭い空間の中を沈黙が支配した。
「おいゆりね、初対面のヒゲロン毛ハットを信用するのか?」
「ヒゲもロン毛もハットも関係ないでしょ。それに、他に手がかりがないわ」
「一度断って準備してきてもいいんだぜ。もう一度この部屋に入ってきたら、同じことを聞くから」
「どうやら、必須イベントらしいですの」
「はい」を選んだらストーリーが進んでしまう選択の場合はだいたいNPCがこういうことを言うものだ。RPGの常識である。
「いいわ。私たちをネットワークの中へ送ってちょうだい」
「そう来なくっちゃな。それじゃ、始めるぞ」
ヒジリがターミナルを回転させる。表面の文字が妖しく輝き、光がどんどん強まっていく……
「あっ、その前にガチャガチャを回しておきたいですの」
「いいから行くわよ」
邪神ちゃんの首根っこをつかみ、ゆりねがターミナルへと進む。直後、ふたりの姿は光に飲み込まれて消え去っていた。
「あのお嬢さんたちと人修羅、どっちかが成功してくれればいいんだ。頼んだぜ」
ヒジリは低く呟き、光が収まったターミナルの表面を撫でた。
DROP KICK ON MY DEVIL!
気づけば、異様な場所にいた。まるで何かの管の中に入ったかのような場所だ。
床と天井には、赤いものがひっきりなしに流れている。それこそがマガツヒ、悪魔が求めるエネルギーである。
「体ごと入るなんて不思議ね……」
アマラ
「さっさと引きこもりのニギリを探しますの」
「ムスビね」
そんなやりとりで笑い合っていたとき……
「花園さんっ!!!」
飛び出して来た影が、ひしっとゆりねに抱きついた。
白い服にピンクの縦ロール。喜びのあまり涙をにじませているその人物は……
「あなたは……」
「ぴの! どうしてここに!?」
(つづく)*5
また説明ばっかりになっちゃった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第12話 円の動き
「うぁあああん、花園さん……ひっく……会いたかったですわー!」
ゆりねの足元にすがりついて泣きわめいているひとりの天使。
ピンクの縦ロールに白い服。その天使の名は……
「ぴの! こんな所で何してるんですの?」
元天界からの刺客にして、元・ゆりね達が住んでいたアパートの管理人、天使のぴのである。
なぜかむやみに元が多いが、東京が滅んだ今となっては元・なんとかばかりなのだから仕方ない。
「うぇえええ~~……」
「ほら、管理人さん。しっかりして」
子どものように泣いているぴのにゆりねがハンカチを差し出す。ぴのはこくこくと頷きながら溢れる涙を拭っていく。
「花園ざぁん……うぇえっ! ひっく……」
「話になりませんの。煌天かっつーの」*2
「ほら、これを飲んで」
ゆりねがさしだしたのはイワクラの水*3だ。
ぱしっ! ゴクゴク……
ひったくるように水を取ったぴのが、中身を一気に飲み干した。
「落ち着いてきましたわ……」
「だいぶ参ってたみたいですの」
人を困らせるのが大好きな邪神ちゃんがちょっとでも心配そうにしているのだから相当である。
「うう、実はわたくし、東京が丸くなってどうしていいか分からなくなって……」
元から精神薄弱の気があった彼女だが、以前から頼りにしていたゆりねの顔を見ると感情が決壊してしまったようだ。
「まーそうだろうな」
ヘラヘラしている邪神ちゃん。こっちはメンタルだけは強いようだ。
「ついに主が私たちを抹殺するために攻撃を開始したのかと思って、ストレスでお薬も飲みきってしまって……!」*4
「不安なのは分かるわ」
「花園さん……優しい……やはりわたくしを守ってくれるのは花園さんだけですわ」
ぷるぷる震える手でゆりねにしがみついている。すごい握力だ。*5
「外に出るのも恐ろしくて、ターミナルのある部屋で震えてたら気づくとこのアマラ
「待て! ……お前、今なんて言ったんですの?」
はたと話を止めて、邪神ちゃんがシリアスな表情を浮かべている。
「え? ですから、アマラ
「アマラ
「いや、アマラ
どこからか、声がした。先ほど、邪神ちゃんとゆりねをネットワークの中に送り込んだ男、ヒジリだ。
「そ、そんな……今までずっと
崩れおちる邪神ちゃん。*6
「どっちでもいいけど、そっちからこっちの様子が分かってるの?
ゆりねは当たりを見回してみる。経絡の名の通り、どこまでも続くような通路という印象の場所だ。血管のような天井と床を、無数の赤い光が流れている。
「ああ。ターミナルを通じて見せてもらっている。その人は知り合いか?」
「誰だか知りませんけど、花園さんは渡しませんわ!」
ひっしとゆりねに抱きついたまま、ぴのが叫ぶ。元気になったようだ。*7
「邪魔をしようって言うんじゃない。アサクサへの道のりを探しているんだ」
「アマラ経絡を通ってアサクサに入るつもり?」
「そうよ。頼まれてるの」
ぴのは大粒の涙を目の端に浮かべながら、ゆりねをじっと見た。
「い、いけませんわ」
「なんでですの。お前、ここにずっといたんだろ? 道順くらい分かるんじゃないか?」
「たしかに、アサクサまでのルートぐらいは分かります」
「だったらちょっとくらい教えてくれてもいいだろ?」
ぴのの回りをグルグル回りながらウザ絡みする邪神ちゃん。しかし、ぴのは断固として首を振る。
「あんた、さてはムスビの仲間だな?」
ヒジリの声。
「そ、そうですわ。ムスビのコトワリが成就した時には、誰にも危害を加えられない安全な世界にいられる……そのためならわたくしはどんな危険なことでもすると誓ったのですわ!」
「無茶苦茶ですの」
邪神ちゃんがヒくほどの錯乱ぶりである。
「今やアマラ経絡は
「その勇ってのが、ムスビのリーダーなんですの?」
ぴのはぷるぷると左右に震えながら、こくこくと上下に頷いた。*8
「ちょうどよかったわ。私たち、コトワリを啓く人を探していたの」
「お、恐ろしい方ですわよ。いくら花園さんでも、何をされるか……」
ぴのは青ざめながら胸を押さえている。動悸がぶり返してきたようだ。
「なーに、この邪神邪神ちゃん様がついてるんだ。この世は力! 強さにものを言わせて話を聞かせてやればいいんですの」
大口はドロップキックを命中させてから叩いてほしいものだが、邪神ちゃんなりにぴのを安心させようとしているのかもしれない。
「でも……もしかしたら花園さんなら……どっちにしろ、勝った方につけばわたくしだけは安全なのでは……」
ブツブツとつぶやくぴの。邪神ちゃんの言葉は耳に入っていないようだ。
「わかりましたわ!」
すっくと立ち上がったぴのが、道の先を指さす。
「まずは勇様のところへ。でも気をつけてください。いま、あの方はアマラ経絡を掌握しています。もし機嫌を損ねるようなことがあったら……」
「あったら?」
「アマラの迷宮の中を、永遠にさまようことになりますわ」
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第13話 すぐ通信不良
アマラ経絡……
ボルテクス界に張り巡らされた、マガツヒの通り道。そこでは物理法則が常に頼りになるとは限らない。
「おい、さっきから同じ所をグルグル回ってるような気がしますの!」
「ちゃんと進んでますわ。どこも同じような景色だからそう見えるだけ」
「ゆりね、△ボタンで地図を開け!」
「そんな機能ついてるわけないでしょ。地図アプリも効かないんだから」*1
「くっふー……頼りになるのはこいつだけか……」
「こいつとは失礼な。わたくしは花園さんをお連れしてるんですわ」
邪神ちゃんがにらみつけると、つられたようにぴのが言い返す。
アマラ経絡に不穏な気配がさざめいた。
『ケンカはやめろ。なにかの間違いでマガツヒの奔流に飲み込まれたら、同じ場所には二度と帰ってこられないぞ』
どこからか響くのは、ヒジリの声だ。邪神ちゃんたちをアマラ経絡に送り込んだ張本人である。今も、ターミナルを通じて様子を見ているらしい。
「そうよ。私たち、ムスビの指導者に会わないといけないんだから。たしか……」
「新田勇様ですわ」
ぴのがぽつりと言って、落ち着かなさそうにまわりを見回した。
「突如ネットワークのなかに現れたと思ったら、すぐにシステムを掌握してしまった恐ろしい方。わたくしが作り上げていた安全のための集いも今は勇様のもの……」
ぴのの顔がさっと青くなった。*2
「安全のための集いって?」
「悪魔がはびこるボルテクス界から身を守るために、思念体や精霊を呼び集めてわたくしを守らせることにしたんですわ。ただでさえアマラ経絡の中なら普通の悪魔は入って来ないし、いざとなったら迷路のようなアマラの中に逃げればわたくしだけは安全ですもの」
『なるほど。アマラ経絡に外道や幽鬼が集まってたのはそういうわけか』
「ここに隠れていないと、他の悪魔にいじめられるだけ。無理やり入り込んで暴れる悪魔さえいなければ、平和な場所なんですわ」
『そりゃ、悪いことをしたな。人修羅がさんざん暴れたから……』
「まったく、大迷惑ですわ! おかげで幽鬼たちが凶暴になって、集めたマガツヒを奪い合って……」
そんな話を、邪神ちゃんはぽかんと口を半開きにして聞いていた。
「あいつら、なんの話をしてるんだ?」
「分からないけど、後半になると敵のレベルが上がることの説明をしてるんじゃない?」
「RPGみたいですの」
「RPGだからね」
一行はいくつもの小部屋と小道を通って、マガツヒが滞留する部屋へとやってきた。
「そして、そんな乱れたアマラ経絡に現れたのが勇様。行き場をなくした怨霊たちをまとめ上げて、ほとんどを手下にしてしまったのですわ」
「どこでも同じですの」
「敵が集団になってしまったら、対抗するためにはやっぱり集まる必要があるものね」
マントラ、ニヒロ……そして第三の勢力としてムスビが生まれたのだろう。
『コトワリを啓くには、大量のマガツヒが必要なんだ。勇のやつはアマラ経絡のマガツヒが流れ着く場所を探してるんだろう』
と、ヒジリの声が言う。
「わたくしはここで安全に暮らせるだけで十分なのですけど、勇様はこれ以上の安全を求めているのですわ」
「他の悪魔が襲ってこないんなら、ここで隠れていたっていいじゃない?」
「誰かがコトワリを啓いてしまったら、ここも跡形もなく消えてしまう……そうなる前に、勇様はムスビのコトワリを啓こうとしているのですわ」
「テマキってコトワリができたらどうなるんですの?」
「ムスビは個人主義のコトワリですわ*3。それぞれの魂がひとつの世界を持ち、お互いに干渉しない……強いものも弱いものも、自分だけを追及することができる世界」
「でもそれじゃ、他の人と何かを共有したり、考えを伝えることもできないじゃない」
「それでも暴力や支配にさらされるよりはマシというのが、勇様の考えですわ」
「管理人さんはそのコトワリに賛成してるの?」*4
「……このまま悪魔が延々殺し合う世界でいるよりはいいと思ってますわ。でも……」
とつぜん、ぴのはぼろっと大粒の涙をこぼした。
「主に狙われることがなくなっても、誰にも褒められたり、使いっ走りさせたりできない世界なんてイヤですわ! まだリエール様に成り代わって三界*5を支配する計画の途中ですのに!」
錯乱してうずくまるぴの。また動けなくなってしまった。
「こいつそんなこと考えてたのか」
「ちょっと、落ち着いて」
なんとかゆりねがなだめようとするが、ぴのはイヤイヤと首を振るばかりだ。
『なるほどな。本音を聞かせてもらったよ』
……そこに、聞き覚えのない声が響いた。
「ヒジリ……じゃないですの」
『引きこもりの雑霊たちに好かれてるから見過ごしてやってたが、けっきょく俺に協力する気はないってことか』
マガツヒの流れが変化して、先ほどまで扉があった場所がつるりとした壁に変化している。
「おいヒジリ、閉じ込められてますの! なんとかしろー!」
『……ダメだ……接続が……不調……こちらからは……なんとも……』
「つかえねー!」*6
「あなたが勇?」
『そうだ。天使もどきが人間と悪魔を連れこんで何をするつもりなのか監視してたけど、けっきょくムスビに賛同するつもりがなかったとはな。がっかりだよ』
「あ……あなたよりも花園さんの方が頼りになりますわ! 花園さんは私を主からも守ってくれる人なのですわ!」
『天使の輪がないと力が使えないんだろ? 強がらないほうがいいぜ』
毅然と言い返すぴのだが、天使の力は失われている。能力的には、人間と変わりがない。
『悪いが、俺はアマラの行き着く先を探してるんでね。お前達に構ってるヒマは無い。そこで3人仲良く暮らしてくれ』
勇にとって、アマラ経絡の構造は好きに変えられるらしい。すでに四方すべてが壁に変えられている。どこにも出口がない状態だ。
「きー! 偉そうにするな! こんなやつに頼ろうとしたのが間違いでしたの!」
地団駄を踏んで*7悔しがる邪神ちゃん。
「でも、言い換えれば花園さんとここで一緒にいれば安全ですわ……」
はっとして泣き止むぴの。ゆりねの効き目は錠剤以上だ。
「そんなこと言ってられないわ。気が変わったらどうされるか分からないもの」
ゆりねがやれやれ……と言わんばかりに、日本刀を取りだした。*8
「ヒジリさんとの約束通り、アサクサに行くわよ」
シュパパパパッ! 閃光のように刀身が閃く。ゆりねの前の壁がバラッと崩れて、向こう側の通路が現れた。
「十三代石川五ェ門かお前は」
思わず冷静に突っ込む邪神ちゃん。
「またつまらぬ物を斬ってしまったわ」
案外乗り気らしいゆりね。
「す、すごい……やはり花園さんこそがわたくしを守ってくれるのですわ!」
ぱっと表情を輝かせるぴの。
3人は再び、アマラ経絡へと飛び出していった!
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第14話 モウリョウ避け
『アマラ経絡の支配者である俺から、逃げられると思ってんのかぁ!?』
新田勇の怒りの声が響く。
「なーにが支配者ですの! 外にいる悪魔に敵わないからこっちに閉じこもってんだろ!」
邪神ちゃんが指を一本だけ立てて言い返す*1。相手の姿が見えないから、とにかく虚空に向かって。
「花園さん、壁が!」
ぴのが叫ぶ。走る三人の眼前で、通路だった場所が壁に変わり、行く手を塞ぐ。
「仕方ないわね……」
ゆりねが愛用の日本刀*2を閃かせ、壁を斬りつけて崩壊させる。走るペースを落とさずに掘削する、ミスタードリラーもびっくりの早業だ。
『疲れて体が動かなくなるまでやるか?』
どこまでも変わり映えしない、無数に枝分かれした通路と小部屋の連続。アマラ経絡は一見するとそんな場所だ。
「ぴの! どっちが出口なんだ?」
「そんなこと聞かれても、知りませんわ!」
「使えねー!」
「わたくしは外に出るつもりなんてなかったんだから!」
勇が根城にしていた方向からは離れるように走っているが、どこから脱出できるのかを知る手がかりもない。五里霧中とはまさにこのことだ。*3
『聞こえるか? 俺だ、ヒジリだ』
その時、別の声が響いた。
「ヒゲロン毛ハット!」
『そうだが、口の利き方には気をつけてくれ。ネットワークを制御して、ターミナルから脱出できるように接続を組み替える』
目の前の通路が長く延びて、分かれ道が消えていく。無限とも思えた分岐路がまっすぐな道に変わった。
「ナイスですの! これで逃げられるぞ!」
『させるか!』
勇が叫ぶと、今度は道が狭まっていく。左右はマガツヒの奔流だ。
『気をつけろ、一歩でも踏み外せばマガツヒの流れに飲み込まれて永遠にアマラをさまようことになる』
「『気をつけろ』って言われる時は、だいたいどうしようもない時なのよね」
ゆりねがぼそりと呟きながらも、バランスを崩さぬようにまっすぐに走りつづける。
『行け、モウリョウ*4ども!』
勇の掛け声にあわせて、行く手から靄のような人魂が浮き上がり、体当たりをしかけてくる。
「危ないわね」
ゆりねがさっと身を低めて体当たりをかわす。
「うぎゃー!」
そして後ろにいる邪神ちゃんに直撃した。レベルの低い悪魔とぶつかってもバランスを崩すことはないが、痛いことは痛い。
「その調子ですわ!」
かばわれた、というより邪神ちゃんを盾にしたぴのが喝采の声を浴びせた。
「当たりたくて当たってんじゃねー! ゆりねが前にいるせいで前が見えねえんですの!」
「仕方ないでしょ、道が狭いんだから」
今度は足元を狙って低空飛行するモウリョウを、ゆりねが飛んでかわした。
「おぐっ」
邪神ちゃんの下腹部に直撃する。鍛え抜かれた腹筋も不意打ちでは意味をなさない。だが邪神ちゃんはひるまずにモウリョウを掴んでマガツヒの川の中に投げ入れた。
「刀で切ればいいだろうがよー!」
「こんな姿になっても人の魂でしょ。そんな恐ろしいことできないわよ」
「悪魔を殺すのは平気なんですの!?」*5
とにかく、3人はひたすらに走りつづけた。
『いいぞ。すぐ近くのターミナルに接続する。ボルテクス界に出現するぞ』
小部屋の中に飛び込んだ瞬間、体が浮き上がるような感覚。光に包まれたかと思うと、体ごと見慣れぬ場所に移動していた。
「アマラ経絡の外に出るのが久しぶりだから、体が……うえっ」
ぴのは真っ青になって吐き気を抑えている。役に立ちそうにはない。
「ここは……」
「なんだ、あれは……!」
邪神ちゃんが見上げるはるか情報に、巨大なピラミッドのようなものが浮かんでいた……しかも、上下逆に。大量のマガツヒがその中に蓄えられていることが一見して分かる。
『まさか、アマラ神殿……か?』
すぐそばに、別の姿が現出した。帽子をかぶり、ギラギラのシルバーバックルのベルトの少年。見とれるように、逆さまのピラミッドを見上げている。
「新田勇……?」
「てめー、よくも私たちを追いかけてくれやがって!」
「やめなさい、邪神ちゃん」
プスッ。(日本刀が邪神ちゃんの尻尾に刺さる音)
「の゙おっ!」
「……」
勇は胡乱げに邪神ちゃんたちを一瞥してから、ターミナルへ向けてあごをしゃくった。
「行けよ。もうお前達なんかどうでもよくなっちまった」
「むっきー! なんだよその言い様は! 人間ごときが悪魔に勝てると思ってんじゃねーぞ!」
「やめなさい」
ドスッ!(日本刀が邪神ちゃんのわき腹に刺さる音)
「ぐえーっ!」
「いいって言うんだからいいんでしょ。管理人さんも、行くわよ」
「花園さん、見捨てないで……」
よろよろと起き上がるぴのの手を取って、二人がターミナルへと飛び込んでいく。
「チッ……運がよかったな」
「お前なんかにはわかんねーよ。これで俺にも神が降ろせる……」
「こんなことになってまで人を頼りにするやつのことはわかりませんの」
そして邪神ちゃんもまた、ターミナルを通じてアマラ経絡へと戻っていった。
DROP KICK ON MY DEVIL!
それからしばらくして……
『よくやってくれた。その先がアサクサに繋がってるはずだ』
探索の末、一行は当初の目的であるアサクサターミナルへのアクセスポイントに辿り着いていた!
「まっ、これぐらい楽勝ですの」
「よく言うわ。血まみれになってたくせに」
「ゆりねが刺すからだろ!?」
「ハァハァ……もうわたくしはアマラ経絡の外では生きていけないのかも……」
ぴのは相変わらずふらふらである。ボルテクス界の空気がよほど肌に合わなかったらしい。
『小部屋の中に入ってくれ。あとは俺がアクセスして、アサクサに転送する』
「簡単まかせろバッチグーですの」
邪神ちゃんがマガツヒの集積地となっている小部屋の中に入る。すぐに白い光に包まれて、ターミナルを通じてボルテクス界のアサクサへと移動する。
「それじゃあ、私たちも……」
ゆりねがぴのの手を引いて、邪神ちゃんを追おうとしたとき……
「花園さん、わたくしと一緒にここに残って! でないと、わたくしは……」
ゆりねの足元にすがりついて、ぴのが叫ぶ。
「大丈夫よ。私や邪神ちゃんもいるし、そうそう悪魔に負けたりは……」
「でも、こんなことになったのは主の意向に違いありませんわ。きっと私たち全員を滅ぼすつもりなんですわ……」
「だからってここに残っても何もできないわよ」
「だったら私が落ち着くまで一緒にいてください!」
「やることがあるんだけど……」
コトワリの持ち主に会うことが今の目的だ。シジマもムスビもダメとなれば、あとはヨスガのコトワリを探さなければならない。
『だったら、俺と一緒にアマラ経絡のことを調べるのはどうだ。さっきの妙な場所について調べたいこともあるし、アマラ経絡の中で動けるパートナーがいれば心強い』
「それがいいわ。ただ隠れているだけより安全だろうし……外のことは私たちに任せて」
ヒジリの提案を受けてゆりねが小部屋の中に入ろうとしたとき……
「イヤッ! 一緒にいてくれないなら、いっそ!」
ドンッ!
ぴのがゆりねの体を突き飛ばす。勇の干渉によって狭まった足場はそのままだ。ゆりねの体はマガツヒの奔流の中に飲み込まれる。
「えっ……」
どうどうと流れる赤い光のなかでゆりねはもがくが、水の中のように泳ぐこともできない。あわれ、ひ弱な人間の体は押し流されて、アマラの深淵へと流されていく……
『なんてこった……』
ゆりねは深層へ、邪神ちゃんはアサクサへ……この旅が始まって初めて、二人の道が別たれたのだった。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第15話 一箭双雕
アサクサ・ナカミセ通り……
「みんなーっ、今日も集まってくれて、ありがとーっ!」
龍王ノズチ……あらため、龍神ゲンブ*1の背中で、天使が叫ぶ。
「のえるちゃーーん!」
「ウオーーー!」
「ボルテクス界でいちばんかわいいよー!」
マネカタたちがコールを上げ、オタ芸を打つ。中には地霊などの悪魔も混じっていた。
(すごい人気ですね、ぽぽろんは……)
その人だかりを押さえるシールドの仕事をしながら、ぺこらは内心でつぶやく。
ちなみに、「のえる」はぽぽろんが人間界でアイドルとして活動していた時の芸名だ。今でもそのまま使っている。「もしアイドル時代のファンが生き残ってたら気まずいし……」ということらしい。
アサクサは、マネカタたちの街になっていた。
かつて、マネカタたちはカブキチョウに作られた捕囚所に捕らえられていた。彼らを拘束していたマントラ軍の目的はマガツヒ*2を搾り取ることだ。だがマントラ軍はニヒロのナイトメア・システムによって壊滅。カブキチョウに残っていた軍勢も、ふらっとやってきた一匹の悪魔によって倒された。
そして、マネカタたちは生まれ故郷であるアサクサに集い、自分たちの手で街を、そしてコトワリを作ろうとしていた。*3
そんなわけで彼らは人間がいなくなった街を復興させようとしているところだが、煌天*4が近づくと、悪魔もマネカタもどこか浮ついた雰囲気になってくる。
そこで、作業の手を止めて思いっきり騒げるようにと、煌天の日にはぽぽろんのライブが定番となっていた。
マネカタたちを率いるリーダーも、どうせ煌天ではまともに作業にならないのだからと見逃してくれているようだ。
「今日はこれが最後の曲だから、思いっきり楽しんでいってね!」
「のえるちゃ! ホワッ! ホワーーーーーッ!」
興奮したマネカタが手足を振り乱して叫ぶ。飛び出そうとするマネカタがぶつかってくるのを、ぺこらは身を挺してかばい、食い止めていた。
(これでも、以前に比べれば……)
エレベーターで下まで降りては荷物を階段で運ぶ謎の苦役に従事していた頃を思う。食べることにさえ困っていた頃に比べれば、ボルテクス界では食事の必要がないのだから苦しむことはないのだが……
(でも、人間がいなくなってしまったのは寂しいですね……)
そんな感傷に浸っている間に、ぽぽろんのステージは終演を迎えていた。観客のボルテージも最高潮だ。
「今日は、お知らせがあるよ! なんとぽぽろんちゃんのワンマンライブが決まったの! ブンカカイカンで、カグツチが一周するまでずーっと騒ぎ続ける、最高のイベント!」
びしっ! とぽぽろんの指が彼方を指さす。おそらく、そっちにブンカカイカンがあるのだろう。ぺこらはトウキョウの地理に疎かった。
「ワンマンライブですと!?」
「これは東京受胎以来のビッグイベントですぞ!」
(なんと、ワンマンライブ……)
ぺこらも知らされていなかったことだ。もちろん、いつも何も知らされてなどいないのだけど。
「友達をみーんな誘って、一緒に騒ぎにきてね!」
アイドルらしい輝くばかりのスマイルで、ぽぽろんが告げる。
この大ニュースに、アサクサが騒然となったのは言うまでもない。
DROP KICK ON MY DEVIL!
「はぁ、はぁ……今日も死ぬかと思いました……」
ステージを終えて……
ぺこらは地面に伏してぐったりしていた。
「まったく、だらしないんだから」
一方、ぽぽろんは晴れ晴れとした表情だ。マネカタたちの歓声を受けて、より元気になったのかもしれない。
「仕方ないではないですか。ひとりで食い止めるのは無理がありますよ」
マネカタたちは非力とはいえ、時には何人もがもつれ合ってステージに殺到しようとするのだ。体を張って止めていれば、消耗もする。
「もう一歩も動けません……」
「まったく……ほら、無給じゃなんだし、たまには施してあげる」
ため息をつきながら、ぽぽろんがぺこらの顔の前に何かを置いた。マッスルドリンコ*5だ。
「ありがたい……!」
両手でドリンコをしっかりと掴み、ぐっと飲み干した。
「ぐっ……!」
体力は回復したが、言葉が出ない。CLOSE*6だ!
「あはははっ! ぺこら様ってバッドステータスが似合う!」
楽しそうに笑うぽぽろん。ぺこらは(先に礼を言っておいてよかった)と思っていた。
「そういえば、ブンカカイカンのライブのことだけど……」
ぺこらがもがいている間に、ぽぽろんは髪を整えて顔をそらしながらつぶやくように言う。
「もっと強い悪魔を雇って警備させるから。ぺこら様は来ないで。せっかくのぽぽろんちゃんの晴れ舞台が、ドジなぺこら様のせいで台無しになったら困るから」
「!?」
「そういうことだから、もうついてこないで」
声が出ないぺこらをその場に残して、ぽぽろんは背を向けて歩き去っていく。
(どういうことですか……!?)
もがいている間に、何もない場所で転んでしまう。ぽぽろんは振り返りもせずにかけだしていった。
DROP KICK ON MY DEVIL!
(ようやくこの世界でもできることが見つかったと思ったのに……)
ぺこらは打ちひしがれて、裏通りをがっくりと肩を落としながら歩いていた。
マネカタたちは煌天のライブで元気づけられたらしく、すでに復興のための仕事に戻っているようだ。
(手伝うべきでしょうか。しかしぺこらにできることなんて……)
ちなみにCLOSEは直っていない。声は出ないままだ。
その時、ふと通りの先をボロ布をまとったカボチャのような悪魔が通っていった。
(……ん? あれは、たしかぽぽろんのマネージャーを名乗っていた……)
ジャックランタンだ。思いがけず、その後を追ってみると……
「ヒーホー! 計画は順調だホ!」
「ちょっと、大きい声出さないでよ。誰かに聞かれてたらどうすんの」
ぽぽろんの声だ。思わず聞き耳を立ててみると……
「ブンカカイカンのライブで集めたマネカタたちから一斉にマガツヒを搾り取る手はずは万端だホ」
「言ったでしょ? いちいち拷問なんて時間がかかるやり方をしないでも、ぽぽろんちゃんなら簡単にたくさんのマネカタを集められるって」
「まったくだホ! しかも、ブンカカイカンにマネカタたちを呼び寄せればアサクサの守りは手薄になる。その隙にチアキ様が攻め込むこともできる……まさに
「たくさんのマガツヒがあれば、もう一度天使の力を手に入れることができる……」
ぽぽろんの声には悲壮さがにじみ出していた。
「そう、ぽぽろんちゃんは天使なんだから。世界を正しく導かなきゃ。ヨスガのコトワリの通りに……!」
(……!)
ぺこらは思わず口を押さえた。
難しい話の内容ははっきりとは分からない。だが、マネカタたちからマガツヒを奪えば、そのマネカタは形を失ってしまう。それがわかっていて、やるつもりに違いない。
(ぽぽろん……なんということを!)
思わず駆けだしていた。声をあげられないことが、今は幸運だった。
(誰か、誰かにこのことを伝えなければ……!)
のんきに世間話をかわすマネカタたち。その平穏も、終わってしまうのだ。かつてはぺこらの部下だったぽぽろんの手によって。
(でも、誰に……? ぺこらが頼れる相手なんて、どこにも……)
そして、走り疲れて足を止めたとき……
「ったくゆりねのやつ、勝手にいなくなりやがって……」
がちゃ、と無造作に開いた扉から、見慣れた姿が現れた。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第16話 チェス盤ねんどろいど
「う……」
目を覚ますと、一面が赤黒い空間にいた。壁も床も、一定のパターンが繰り返す模様で埋め尽くされている。そのパターンは立体的だが変わり映えがなく、どこか不安を催すような気がした。
「花園さん! ああ、よかった……」
「管理人さん……?」
自分を上から覗き込むぴのの姿を見て、花園ゆりねは自分が仰向けに倒れていることに気づいた。
「ここは……」
「分かりません。アマラ経絡の流れに身を任せていたら、いつの間にかこんな所に」
「マガツヒの流れがどこかに辿り着いたのかしら。雰囲気が妙だわ」
ゆりねはゆっくりと身を起こして、服の裾を払った。さいわい、どこも破れたりほつれたりはしていない。眼帯までいつもの通りだ。*1
「邪神ちゃんとはぐれちゃったみたいね」
「ごめんなさい、花園さんが行ってしまうと思うと、どうしても不安で……ああーん、花園さんに嫌われたら生きていけませんわー!!」
ゆりねが目を覚ましたことで緊張の糸が切れたのだろう。ぴのが子供のようにしゃがみ込んで泣き始める。
「今さら気にしてないわ。管理人さんはムスビに残るのかと思ったけど」
「だって、あんな自己中集団がわたくしを守ってくれるとは……やはり頼れるのは花園さんしかいませんわ!」
ひしっとゆりねの下半身にしがみつき、てこでも動かない気構えを見せる。
「それじゃ動けないわ。邪神ちゃんを探さないと……」
「邪神ちゃんさんがいなくても、わたくしがいます!」
「このSSのタイトル、『邪神ちゃんドロップキックin真・女神転生Ⅲ』なのよ。ただでさえメガテンのキャラがあんまり出て来ないのに、邪神ちゃんまでいなくなったらなんの二次創作だかよく分かんなくなっちゃう」*2
「そういう話ではなく」
「まあいいわ。最後にちょっとだけ『その頃の邪神ちゃんは……』ってやれば、ノルマは達成できるでしょ」
「そんなテキトーな……」
「原作だってやってることだし」
その時である!*3
「おやおや……また何者かが迷い込みましたか」
ふと、その空間に別の声が響いた。
「誰ですの!? 花園さんは命にかえてもわたくしが守ります!」*4
ぴのがさっと臨戦態勢を取る。といっても、天使の力を失った今、ファイティングポーズから繰り出せるのはアッパーカットがせいぜいだ。*5
「名乗るほどのものではございません」
そこに立っていたのは、全身を黒い喪服に包んだ淑女だ。
「私はこの空間の主に仕えているもの。主は今お休み中です」
「あなたの声、どこかで……」
ゆりねは身を起こしながら淑女の姿を見つめた。だが、どうにもはっきりとしない。見たことがあるはずなのに、うまく思い出せない。デジャ・ヴ*6と言うヤツだろうか。
「私のことはどうでもよいでしょう」
淑女はすげなく言って、ゆりねに目を向けた。
「あなたは人間。本来なら、東京受胎で滅び、ボルテクス界にいるはずのない存在です」
「いきなり言ってくれるわね。でも、気がついたらあそこにいたのよ」
「妙なことです。ミロク経典にも、そのような事象は預言されていなかった……」
「ミロク経典を知っているの? その力で、邪神ちゃんを魔界に送り還そうと思っていたんだけど」
「無理でしょう」
きっぱりと告げて、淑女は首を振った。
「あなた方はいわば、チェス盤の上にとつぜん置かれたねんどろいどのようなもの」
「喩えがよく分からないんだけど」
「この世界のルールに反した存在です。おおかた、マナーの悪い誰かが『混ぜたら面白いぞ』と思って勝手にやったこと」*7
「私たちが世界にとって邪魔なら、早く出ていきたいんだけど」
「大量のマガツヒがあれば、あるいはあなたたちも戻れるかもしれません」
「邪神ちゃんたち悪魔だけじゃなくて、私も?」
「どうやら、あなたたちがいた東京は、このボルテクス界の元になった東京とは別の世界のようです」
「なるほど。どうもおかしな気がしてたのよ。2003年ぐらいの雰囲気だったから」
「自らの力で世界から脱するなら、コトワリと同じこと。コトワリを啓くには三つのものが必要」
淑女はぽつりと伝えた。
「ひとつはコトワリを啓く強い意志を持ったもの。ひとつは門を開くためのマガツヒ。最後に、異界より来てコトワリを授ける神」
「異界の神……?」
「その時が来れば分かること」
そして、淑女は疲れたように息を大きく吐き出した。
「我が主はあなた方がこれ以上ゲームに介入することを喜ばしく思っていません。お仲間を連れて、早くお帰りになりなさい」
「介入しているつもりもないんだけど」
「いいえ。すでに事態は進行しつつあります。あなたがたが連れてきた天使と悪魔が、ブンカカイカンで決戦へと挑もうとしています」
「天使と悪魔が?」
ゆりねは思わず、すぐ隣にいる天使を見た。
「ぺこら様が……そんなはずないですわね。ということは、ぽぽろんが何かしているのですわね。昔から思い込みが激しい子だから……」
「それ、あなたが言う?」
ツッコミは聞こえていないらしく、ぴのはやきもきしている。具体的な行動を起こすまでに時間がかかるタイプの天使である。
「ひとまず、元の場所……ボルテクス界に戻りたいんだけど」
「迷いに迷ってここに辿り着くとは、運がいいのか悪いのか……ターミナルを使って戻れるはずです。また事故でアマラの流れに落ちなければ……」
「脅さないでよ」
「お急ぎなさい」
淑女はそれだけ言って、どこともしれぬ闇の中へと消えていった。
「まったく世話が焼けますわね……」
「管理人さん、手が震えてるわよ」
不安で仕方ないらしいぴのの手を引きながら、謎の淑女が示したほうにゆりねは向かう。*8
「邪神ちゃんがむやみに問題を大きくしていないといいけど……」
いかにも漫画らしい前フリを添えて、アマラ深界を後にした。
DROP KICK ON MY DEVIL!
一方その頃邪神ちゃんは……
「本当に飛び降りるんですかぁ!?」
「人修羅にできて私にできねえことはねえはずですの! 人生の選択はいつも『はい』ですの!」
「エレベーターを使えばいいじゃないですか!」
「途中で乗り換えがあってめんどくせーんだよ!」
60階建てのビルから飛び降りようとしていた!*9
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第17話 卒業記念ライブ
トウキョウブンカカイカン、大ホール……
静天から始まったライブは歌あり踊りあり、バラエティコーナーあり、大いに盛り上がっていた。
「みんなーっ! 今日はのえるのために来てくれて、ありがとー!」
「ウオーーーーーーー!」
娯楽が途絶えたボルテクス界において唯一のアイドルであるぽぽろんの人気は留まるところを知らない。*1
2300人収容の大ホールにマネカタたちが収まり切らず、立ち見客までいるほどだった。
「でも、実はね……みんなに言わなくちゃいけないことがあるんだ」
スポットライトを浴びるぽぽろんの声のトーンが変わった。同時に、熱狂していたマネカタたちも変化を感じ、急速にざわめきが広がっていく。
「のえる、今日をもって……アイドルを卒業します!」
「そ、そんな……明日から何を楽しみに生きていけばいいんだ!?」
「推し活がない地獄なんて……単なる地獄じゃないか!?」
「のえるちゃ……ホワッ! ホワッ!?」
「俺はのえるちゃんの選択を尊重するぜ……」
会場のファンからは様々にリアクションが帰ってくる。
(好き勝手いってくれちゃって……最初から決まってたんだっつーの)
2500人のマネカタたちに、一斉に悲しみのムードが広がっていく。
「やめないで! のえるちゃん!」
「やめないで!」
「もう決まっちゃったことなの。だから、アイドルはおしまい。このライブは、卒業記念ライブとして一生の思い出にするね!」
あくまでアイドルスマイルのまま告げる。その表情の裏に隠れた悲壮な決意はいくばくか……なんてふうに勝手に解釈して、さらに悲しみをつのらせる。ファンとは恐ろしいものだ。
やがて観客席のあちこちから、ぽつぽつとエネルギーがにじみ出してきた。悲しみから生まれるエネルギー、マガツヒである。
(マントラ軍はいちいち拷問してマガツヒを搾り出してたみたいだけど、肝心なことが分かってないよね)
その光景を見て、ぽぽろんはほくそ笑んだ。*2
(マネカタをまず喜ばせてから、一気に奪えば簡単に手に入るのに☆)
マガツヒは観客席の頭上に漂い、うねりながら大きな塊に変わっていく。
搾り出されたエネルギーは、マネカタたちにとっては命そのものだ。マガツヒを失ったぶん、バタバタと倒れるものが現れ始めた。
「もういい……のえるちゃんがいないなら生きる意味なんて……」
「のえるちゃんの子に転生するわ……」
「は? のえるちゃんは結婚なんかしないんですけど?」
「アイドルがやめる理由なんかひとつしかないだろ。男ができたんだよプゲラ*3」
「誰が結婚なんかするか!」
思わず言い返さずにはいられないあたりがわずかばかりの人情である。
「まだわかんないの? あんたたちはぽぽろんちゃんがマガツヒを集めるために利用されてたの。ヨスガの魔丞・千晶様に取り入って、ふたたび天使のリーダーに返り咲くんだから!」
「やっぱりのえるちゃんは天使だったんだ!」
「わかってたぜ……!」
崩れかけていたマネカタたちが少し形を取り戻した。
「何元気になってんの! マガツヒを搾り取ったらもう用なしなんだから、さっさと崩れちゃってよ!」
「前から性格悪いと思ってたんだ」
「凶鳥のモー・ショボーの方がかわいい」
ファンの中に隠れていたアンチもなぜか元気になっている。
「やっぱり滅ぼすしかないよね!」
じゃきん! ぽぽろんがどこからともなく鉄バットを構えた。消滅しないマネカタは物理でわからせる(隠喩)つもりである。
「ちょーーーーっと待ったーーーーーですの!」
その時、大ホールの後ろにある扉が勢いよく開かれた!
下半身はヘビ(というかコブラ)、そして上半身は
「げっ……肉じゃが!」*4
「ぽぽろん、こんなことはやめてください!」
もうひとつの扉からも細っこいシルエットが現れた。
「なんだ、ぺこら様。けっきょく来ちゃったの? 邪魔だから置いていってあげようと思ったのに」
「あなたはこんなことをする子ではないはずです。ちょっと過激なところはありますが、優しい子だったはず……」
「知ったようなこと言わないで! ぺこら様こそ、わかってんの!? もうコトワリは啓かれつつあるんだよ。どれかにつかなきゃ、生き残れないの! 千晶様は天使の軍団を作ろうとしてる。だったら、ぽぽろんちゃんが生き残るにはこれしかないでしょ!」
「ぽぽろん、本当に……こんなに多くの人を犠牲にするつもりなんですね……」
マネカタたちの中には形を保っていられず、土塊に変わっていくものもいる。ぺこらは痛む胸を押さえてぽぽろんをにらみ返した。
「仲間だった相手との敵対……女神転生って感じですの」
邪神ちゃんはなぜか他人事である。
「ぺこら様こそ、悪魔と手を組んだわけ? それこそ堕落の証拠じゃない。ぽぽろんちゃんには、そんなやつよりずっと頼れるシールドがいるんだから!」
ぽぽろんがバットを振りかざして合図をする。直後、空中に魔方陣が描かれ、そこから3体の天使が現れた。
「プリンシパリティ! パワー! ヴァーチャー!*5 こいつらをつまみ出して!」
「うわっ! 本物の天使ですよ!」
「うろたえるなぺこら! お前も天使だろ!」
「い、今は天使の輪がないから力が……」
ぽぽろんに召喚された天使たちが力を放たんと手を振りかざす。
「こ、攻撃してきますよ!」
「ふっ……こんなこともあろうかと、手は打ってありますの」
天使たちが攻撃しようとした、まさにその時!
「ペトラアイ!」*6
WEAKPOINT
3体の天使が空中で石へと変わる*7。しかも……
「弱点ついたらもう一回ですの!」*8
「暴れまくり!」
猛烈な勢いで突入してきた悪魔が、天使たちを粉々に打ち砕いた!*9
「よくやったぞ、メデューサ! ミノス! イケブクロまで探しに戻った甲斐がありましたの!」
「邪神ちゃんが頼ってくれたから……それに、ヨスガの計画じゃ見過ごせないよね」
「マントラにいるのはよかったんだけど、今の天使たちのやり方には馴染めなかったんだよな。やっぱり思いっきり暴れられるほうがいいぜ!」
ペトラアイを放ったメデューサと、また初期のキャラ付けに戻りつつあるミノスが邪神ちゃんの横に並んだ。
「4対1なんて卑怯だと思わないの!」
「メガテンはそういうもんですの」
ステージ上のぽぽろんと、観客席通路にいる4人が対峙する。BGMもバトル曲になっていた。*10
DROP KICK ON MY DEVIL!
一方その頃ゆりねは……
「うまい! もう一杯ソーマおかわり!」
「ボルテクス界に戻れるはずじゃなかったの?」
「変なところに繋がってしまったみたいですわ」
ぴのとともに、謎の老人のためにソーマを汲みにいっていた。*11
(つづく)
ぽぽろんが好きなので敵役になってもらいました。歪んだ愛情……。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第18話 大天使ぽぽろん
「言っとくけど、悪魔が3人集まったところでぽぽろんちゃんには勝てないよ」
ステージの上。金の髪をたなびかせてぽぽろんは余裕綽々の笑みを浮かべている。
「あの、ぺこらもいるのですが……」
「ぺこら様が戦力になるわけないじゃん」
「ええ……」
がっくり凹むぺこらをよそに、ぽぽろんは金属バットを掲げてみせた。
「さっきの天使たちを倒したからって調子に乗らないでよね」
「天使の輪がなけりゃ人間と同じくらいの力しかないこと、忘れましたの?」
ブンカカイカンの広い観客席を降りながら、邪神ちゃんが「やれやれ」と肩をすくめる。
「あたしたちはボルテクス界でむしろパワーアップしてるくらいだぜ」
鼻息荒くミノスが拳を掌に打ち付けている。
「私は、戦うのは好きじゃないんだけど……」
メデューサはきょろきょろしつつも、ステージににじりよっている。観客席からステージを包囲する構えだ。
「まだ分かってないの? ぽぽろんちゃんは単なる天使じゃないの!」
ぽぽろんがバットで上を示した。そこには、マネカタたちから搾り出したマガツヒがぐるぐると飛び回っている。
「ぽっぽーろん☆」
くるりとバットで円を描くと、マガツヒが徐々に縮んでいく。いや、凝縮されているのだ。
「ま、まさか……!」
「よく言うよね。夢は待ってても叶わない、つかみ取るものだって」
アイドルスマイルを浮かべるぽぽろんの手の中で、凝縮されたマガツヒが輝くリングとなってきらめく。
「あれは……天使の輪!」
ぽぽろんが頭上に輝く輪をいただく。その背から、白く輝く翼が現れた。二対の白い翼は、それぞれがぽぽろんの細い体よりも大きいほどだ。体がふわりと浮き上がり、ステージの中空で敵対する悪魔たちを
「大天使ぽぽろん、降臨!」
「光輪だけに」
邪神ちゃんのジョークに笑う余裕があるものはいなかった(ゆりねがいれば笑っていただろうに)。
聖なるオーラが会館を包み、弱い悪魔ならすぐさま昇天してしまいそうだ。
「やめてくださいぽぽろん、天使の力は正しいことに使わなければ!」
「悪魔を倒して世界を粛正してあげようっていうの。これが正しいことじゃなければなんんなの!」
カッと光輪を輝かせ、ぽぽろんは掌を掲げた。
「話が通じる状態じゃねえ、ねじふせて言うことを聞かせるしかないぞ!」
大天使の威圧に臆せず、最初に動いたのはミノスだった。
「メデューサ、サポート!」
「う、うん!」
メデューサの瞳から発せられる魔力がぽぽろんの体にまとわりついていく。並の悪魔なら力が抜けてへたり込むような力だ。
「
涼しい顔のぽぽろんに、ミノスがツノを突き出して突っ込んでいく。
「地獄突き!」*1
ガッ!
だが、溢れる威光を身にまとったぽぽろんは、ミノスの全力の突進を涼しい顔で受け止めていた。
「なにっ……!?」
「マハンマオンであっという間に殺してあげちゃってもいいんだけど、せっかくだから力の差を分からせてあげる☆」
「くっ……! ボス級だとしたら2回行動が来ますの!」
「なに言っちゃってんの。大天使が2回で済むわけないでしょ!」
ぽぽろんの瞳が妖しく輝いた。
「獣の眼光!」*2
そして、ミノスのツノを両手で掴んで体ごと持ち上げた。一見細い腕が、体格のいいミノスを軽々と持ち上げるのは異様な光景だ。
「げっ、馬鹿力のミノスをパワーで持ち上げてますの!」
「馬鹿力って言ったの聞こえてるからな、邪神ちゃん!」
「今の力なら、悪魔の一匹ぐらい最後列まで投げ飛ばせる!」
ぶおんっ!
風をうならせて、ミノスの体を思い切り投げる。ミノスは観客席を巻き込みながら、ホール奥の壁にぶつかった。
「ぐあっ……!」
「ミノス!」
メデューサが口元を押さえ、心配げに叫ぶ。
「人の心配してる場合?」
そのすぐ横から声。瞬間移動したのかと見まごうスピードで、ぽぽろんが接近していた。
「復活した光の剣なら、二階席まで!」
カキーン!
光の剣*3によるフルスイングがメデューサを打ち据えた。
「きゃっ……!」
メデューサの体は魔力のバリアで守られているからケガはないが、軽い体は紙切れのように宙を舞い、ブンカカイカンの2階席まで吹っ飛ばされていった。
「ミノス! メデューサ! 死ぬな、プレスターンが減るだろ!」*4
「まだやられちゃいないけど、なんてパワーだ……!」
粉々になった観客席の破片を振り払いながら、ミノスが首を振る。
「どどどどうしよう邪神ちゃん、勝てっこないよ……!」
二階席の手すりから顔を覗かせ、メデューサがぷるぷると震えている。
「泣くなメデューサ、私はあいつに二回も勝ってるんだ!」*5
「そういえばあんたには簀巻きにされて海に投げ込まれた恨みがあったね」
ぽん、と煙を立てて、ぽぽろんの手の中にバズーカ砲が現れた。
「これならどこまで届くかな?」
「やめっ……」
バゴーン!
ロケット弾が邪神ちゃんの腹に直撃し、その体を一気にふきとばす。
悲鳴をあげる間もなく、爆発は五階席を砕き、邪神ちゃんの血が会場じゅうに飛び散った。血煙と呼ぶにふさわしい。肉片も残さぬ爆発だ。
「やったー、五階席! いちばん上まで、ちゃんと見えてるからね♡」
血に染まった五階席に向けてピースサインを送りながら、ぽぽろんははしゃいだ声をあげた。
「邪神ちゃん!」
「そ、そんな……」
水風船のように弾けた邪神ちゃんは返事することもできない。五階席がどうなっているか、下からはよく見えないのは幸いと言えるだろう。
「ぽぽろん、こんなことをするなんて……」
「悪魔退治はもともとぺこら様の仕事でしょ? 代わりにやってあげたんだから、感謝してほしいぐらいなんですけど」
「思いやりをなくしてしまったんですか!」
腰に下げたムチを手にして、ぺこらが語気を強める。
「天使の輪がないぺこら様が、そんなムチひとつで勝てるつもり?」
冷たい目で見下ろして、ぽぽろんが笑う。
「やれるもんならやってみなよ、大天使ぽぽろんちゃんに敵うと思うならね!」
邪神ちゃんとともに吹っ飛んだ天井から、カグツチのギラギラした光が差し込んでいた。
(つづく)
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
最終話 邪神スーパー邪神ちゃん
カグツチの光を浴びて、ぽぽろんの髪と四枚の翼が煌めく。天使の輪にたたえられた大量のマガツヒが、威光となって体から溢れ出している。
「ぽぽろん、もうやめてください!」
ぺこらの手にはデビルハンター時代から愛用しているムチが握られている。だが、大天使となったぽぽろんの前ではあまりにか弱い。
「抵抗をやめるのはぺこら様たちのほうだよ。この世界はいずれ新しく生まれ変わるのはもう決まっちゃってるの。だったら、誰かと一緒に創世を目指すしかないじゃない」
「やけにスケールの広いことばっかり言って」
「知らない漫画の最後の方の展開だけ読んだ時みたいになってるね」
二階席から降りるメデューサをミノスが受け止めて並び立つ。
「すごい力が溢れてくる! 見なよ、翼からはマハザンダイン!*1」
ぽぽろんが振りかざした
「これじゃ近づけない!」
ミノスのパワーをもってしても、両足で踏ん張って吹き飛ばされないようにするのが限界だ。
「指先からは破魔の雷光*2!」
ピカッ!
「あぶない!」
ぺこらが前に飛び出して、ぽぽろんが放つ雷光を受ける。服が焼け焦げ、ぼうっと体から煙があがる。
「ぺこらちゃん!」
「て、天使として破魔には強いので……」
そう言いながらも、一撃で満身創痍だ。半減ダメージでもこの威力。もし悪魔たちに直撃すれば……。
「加護を失って、どんな能力が残ってるっていうの? まさか丈夫なだけなんて言うんじゃないよね」
「あ、あとは……」
ぽぽろんを見上げる。かつては彼女のほうこそ、ぺこらにかしずいていたはずなのに。
「あとは勇気だけです!」
「ぺこら様、みっともなくておもしろーい! じゃあ勇気でどうにかしてごらんよ!」*3
「大天使って、なにか弱点はないのかよ?」
「天使の輪です! あれを奪えば、また力を失うはず……」
「アハッ! ぺこら様ったら、人間生活が長すぎて忘れちゃった? 油断してなきゃ、天使の輪は弱点でもなんでもないの」
悠然と構えるぽぽろんは、頭上の輝きを指さした。
「たしかに天使の輪が奪われたら力は失われる。でも、人間や悪魔に天使の輪っかを狙うことなんてできないの。なんでか分かる?」
「なんでって……」
メデューサの瞳の魔力も、今は通じないようだ。にらみつけて魔力をこめても、動きを鈍らせるのがせいぜいである。*4
「今のぺこらの力でどれだけ通じるか……ええい!」
勇気ひとつを共に、ぺこらが突撃しながらムチをふるう。
パシッ!
が、ぽぽろんの細い手があっさりとムチを掴んだ。
「弱すぎ」
ぐいっ、とぽぽろんがムチを引っ張ると、ぺこらは体ごと引っ張りあげられた。
「ああーっ」
長く尾を引く悲鳴をあげて、ぺこらはステージの上に引っ張り上げられ、ごろごろと転がって壁に激突した。
「天使の方が上にいるから、頭の上になんて攻撃できないの。わかった?」
ステージの中空に浮かぶぽぽろんが嘲るように見下ろしながら笑った。*5
「あたしが飛びついて引きずり下ろせば……」
「力比べは、さっきやったと思うけど?」
ミノスの体を投げ飛ばす力を発揮したのは事実だ。
「なんとかして隙を突かないと」
「隙なんてあるわけないでしょ。この状況で不意打ちできるもんならやってみなよ」
「その言葉、忘れるんじゃねーですの!」
突如、声が響いた!
「肉じゃが!? さっき爆散させたはず!」
「私は話が変わると復活するんだよ! 第3話に書いてあっただろ!」
「知らないよ!」
「邪神ちゃん!」
ぱっとメデューサの顔が輝く。はるか頭上の5階席から、カグツチの光の前に影がのびた。
「ここで主題歌をかけますの!」*6
逆光の中から、尾を伸ばしたシルエットが飛び出した!
「さっきは天使が上とか言ってたなあ! 5階席まで飛ばしてくれたおかげで、今は私の方が上ですの!」
空中でぐるっと回転して勢いを付け、尾を伸ばしたその体勢は……
「邪神ちゃんドロップキーーーーーック!!!」
スカッ!
「不意を突いたはずなのに、なぜ!?」
「あんなにべらべらしゃべってて不意打ちはないでしょ」
あっさりドロップキックをかわしたぽぽろんは、心底軽蔑した目を向けていた。
「くそーっ! このままでは床に激突しちまうー!」
その様子を見ながら、ミノスがぼそりとつぶやいた。
「キックで落ちてるはずなのにしゃべりすぎじゃないか?」
「漫画ってそういうものだから……」*7
一方、邪神ちゃんが落下しつつあるステージの上では……
「ううっ、一瞬気絶していたようです……」
転がっていたぺこらは、はたと目を覚ました。その顔の横にきらりと光るものがあった。
「これは、百円玉? どうしてこんなところに……」*8
「もったいない……」
と、ぺこらがかがみ込んだその背中に向けて、まさに邪神ちゃんが落下していく!
「ナイスだぺこら! 行くぞ、合体攻撃!」
「えっ? うぅーっ!?」
ぺこらが曲げた背中を踏み台にして、邪神ちゃんが再度上空へと舞い上がった。
「かわしたんだからもうターンは終わりでしょ!?」
「まだ私の攻撃は終わってねえですの! さらなる改良を加えた邪神ちゃん第二の必殺技をくらえ! 対空式ロイヤルコペンハーゲン!」*9
「っ……!」
アゴを狙った上昇攻撃に、ぽぽろんは思わず身を反らした。スウェーバックの結果、頭上の天使の輪は一瞬だけ遅れ……
「もらったーっ!」
邪神ちゃんが突き上げた拳が、はっしと天使の輪を掴んだ!
「しまっ……!」
「くるくるしゅたっ」
効果音を口で言って、邪神ちゃんは着地。その手には、輝く輪が握られている。
「こ、この私が悪魔なんかに……」
力を失い、ぽぽろんの翼がさらさらと崩れていく。空中に留まることができず、ぽぽろんは落ちていった。
「ぐえーっ!」
邪神ちゃんに思い切り蹴飛ばされてノビていたぺこらの上に。
「すごい! さすが邪神ちゃん!」
目を輝かせるメデューサに、自信満々の邪神ちゃんが胸を張る。
「そう。私はすごい。そのうえ強いのだ」
「やれやれ。はやくマガツヒを返してやんねーと、ほんとにマネカタたち死んじまうぞ」
観客席はめちゃくちゃだが、まだ形を保っているマネカタもいる。もともと土なのだから、マガツヒさえ戻せば形を取り戻すものもいるかもしれない。
「……いや……」
ニヤリ、と悪魔が笑った。
「これはもう私のもんだ! 考えてみれば私こそ世界の外から呼び出された神! だったらこのマガツヒで、私のためのコトワリ『イキリ』を啓いてやりますの!」
「何言ってんだ。コトワリは人間にしか啓けねえんだぞ」
「だったらあとでゆりねを見つけて、力で従わせてやる!」
奪った天使の輪を2つに割って、邪神ちゃんは噛み砕いた!*10
「やめて邪神ちゃん、そんなことしたら……」
「安心しろメデューサ、私に忠誠を誓うなら次の世界でも生かしてやりますの!」
「邪神ちゃん! 力におぼれて自分を見失っちまったのか!?」*11
変なときにだけ思い切りがいい邪神ちゃんを止めることができず、今度はふたりの悪魔と対峙する……
「はーっはっはっは! 今度こそ、邪神スーパー邪神ちゃんとして覚醒する! ボタン連打なしで確定ですの!」*12
ゴオオオッ!
邪神ちゃんの体が光を放ち、邪悪なオーラが全身から放たれる!
その時……
「やめなさい」
ズバッ!
邪神ちゃんの胴体がばっさり切り裂かれた。
「ぎゃああああああ!?」
邪神/ちゃんの『邪神』部分がさけびをあげる。『ちゃん』部分がビチビチとうねる。『/』部分からは大量のマガツヒが噴出し、飛び散ってマネカタたちに吸収されていく。
「ゆりねさん!?」
「私が異次元に行ってた間にずいぶん大騒ぎしてたみたいね」
ゴスロリ衣装に眼帯。花園ゆりねである。
「わ、私の遠大な計画が……」
『ちゃん』からこぼれ出すマガツヒを無念そうに見つめる『邪神』。やれやれとゆりねが首を振った。
「計画なんてほど複雑なこと考えてなかったでしょ」
いっぽう、ゆりねと共にあらわれていたぴのも驚きの声をあげた。
「ぺこら様! ぽぽろん! どうしてふたりとも気絶して……」
さすがに元同僚のことは放っておけないらしい。様子をうかがうためステージに走って行く。
「みんなにも迷惑かけたわね」
「いいえ、邪神ちゃんはむしろ止めてくれたほうで……」
「さっきまではな」
同じ悪魔からも呆れられる破天荒ぶりだ。*13
「くっふー! 私のコトワリが遠ざかって行く!」
「どうせ無理よ、私たちがコトワリを啓くなんて」
「でもゆりね! せっかくのクロスなのに、他にどうやってオチをつけるんですの」
ゆりねは邪神ちゃんを上下分割した刀をしまい*14、邪神ちゃんを見返した。
「簡単よ。SSなんてね、最後に『(おわり)』って出たら終わるんだから」
「それじゃあ、コトワリの争奪戦は!? アサクサを襲撃した伏線は?」
「ゲームの内容はゲームで見てもらうのが一番でしょ」
「そんなーーーー」
ボルテクス界の行く末は、君自身の手で確かめてくれ!*15
(おわり)
ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。
読んでいただけるのが一番の喜びですが、もし感想や評価をいただけたら、さらに嬉しく思います。
終わらせたついでにいろいろ書きたいことがあったのですが、さすがにここで書き連ねると長くなるので、活動報告に書かせていただきます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=287872&uid=177741
興味ある方だけ読んでください。
目次 感想へのリンク しおりを挟む