怪しい訪問販売買った骨董品は実は恐竜の卵でした!? (k9suger)
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この卵返品できますか?

 日本には特定商取引法という物があり、販売業者と購入者の間で色々と問題が起きやすそうな類の取引に関して規制や解決のために必要な制度を設けている。

 

 そんな特定商取引法のなかで、我々一般ピープルに関わるものと言えばクーリオング・オフに代表される契約解除権だろう。

 

 学校の家庭科とか社会科とかで一度は聞いたことのあるクーリング・オフ制度、具体的な内容は訪問販売や電話勧誘、マルチ商法などの取引は一定期間内であればその契約を解除して返金を求めることが出来るというものだ。

 

 なので、例えば悪質な業者が訪問販売で白くて丸い骨董品を売りつけてきて、その勢いに圧倒され断れずにその骨董品を購入したとする。

 

 それから数日経って「やっぱりいらないなぁ」と思い返品しようと電話を掛け「いやぁ既に購入された物の返品は受け付けていません」と言われたとしても、このクーリング・オフ制度を活用すれば法律を盾に返品できるということだ。

 

 

 

 ......しかしこの骨董品が実は何かの卵で、適当に放っておいたら中から謎の生物が産まれてきた場合、この生物はクーリング・オフの対象になるんだろうか?

 

 

 

『いや、その前に骨董品って名目で謎の卵売りつけてきたんでしょ? それなら特定商取引法以前に詐欺罪とか景品表示法とかでアウトな気がするけどなぁ』

 

 このどう対処して良いのかよくわからない事態に、俺は昔からの幼馴染で、今は大学で法律を勉強している橋塚(はしづか)日毬(ひまり)を電話で頼ることにした。

 

『でも、私はそっちの方面に明るくないからちゃんと調べたほうが良いと思うよ』

 

「わかったありがとう。ごめんな時間取らせちゃって」

 

『うんうん大丈夫......そう言えばその卵の値段ってどれぐらいだったの?』

 

「あぁ、それなんだけど意外に安くて3万円」

 

『それ安いの? スーパーで売ってる卵なんて1パック10個入って210円だよ』

 

「まぁ確かに日毬の言うとおりだけど、骨董品の訪問販売って10万もする壺とかをお勧めしてくるイメージあったから3万円って安いなぁ......みたいな」

 

『もーそういう感覚だから拓也(たくや)は勢いに負けて変な卵買っちゃったんだよ』

 

「ご指摘の通りです」

 

『まぁ取り敢えず、その業者に電話した方が良いと思うよ。もしかしたらクーリング・オフとか使わなくても普通に返品できるかもしれないし』

 

「おっけー」

 

『じゃあね、進展あったら聞かせて』

 

「わかった」

 

 まぁ確かに日毬の言うとおりだ。こうやって色々悩むよりも業作に電話をかけてこの卵の話をしないと何も始まらない。

 

 俺は卵と一緒に渡された名刺に書かれた番号に電話する。

 

 

 

『お掛けになった電話番号は現在使われて........』

 

 

 クソっ逃げられてる。

 

 でもまぁ考えてみれば変な卵を買わされてからもう既に三日が経過している。そういう悪質な業者なら住所とか電話番号とかコロコロ変えるって言うもんな。

 

 まぁ3万円ぐらいなら良い社会経験をしたと思って水に流すのもありか。でもこの鳥を今後育てるとなると三万円以上の出費が必要になるよな......

 

「ぴぃっぴいっ」

 

 そんな事を考えていると、この問題をややこしくしている張本人が目を覚ます。

 俺の家には鳥小屋とか飼育ケージとかはないので、ダンボールに毛布を広げただけの簡単な飼育箱で今は面倒を見ている。

 

「どうした、そんなに俺の手が好きなのか?」

 

 そしてこの鳥だが案外可愛い。

 

 見た目はまだ赤くて毛が生えていない少しグロテスクな感じだが、もたつきながら歩く姿は見ていて癒やされる。

 

 最悪この鳥を山とか近くの空き地とかに捨てることも考えたが、指を近づけるとすり寄ってくる姿が愛おしくてその選択肢はすぐさま消え去った。

 

「もうあんまり(つつ)くなよ。くすぐったいだろ」

 

「ぴぃぴぃ」

 

「どうした、遊んでほしいのか?」

 

 ぐっすり寝ていた先程とはうって変わって、今はよく歩いているし凄く活動的だ。沢山寝たから元気になったのかもしれない。

 大きく口を開けて俺の指を咥えようとしてくる......

 

「って俺はバカのか?」

 

 大きく口を開く雛を見て、俺はこの雛に一度も餌を与えていなことに気がつく。

  産まれてから多分3時間ぐらいが経過している......鳥の食事事情は知らないが、産まれてから何も食べずに長時間過ごせるはずはないだろう。

 

「えっと餌はどうすりゃ良いんだ?」

 

 スマホで雑に[ ヒナ 餌 ]と検索する。いちばんうえに出てきた[鳥の育て方を丁寧に.....]みたいな名前のサイトをタップして内容を確認する。

 

「えっと産まれたばかりのヒナは青虫や小さく柔らかい昆虫などが適しています。日の当たる草原などで葉の裏についている幼虫を探して......」

 

 って大学生にもなって俺は虫取りしなきゃならんのか。もっとこう普通の家にもあるようなもので代用とかは出来ないのか?

 

「難しいようであれば、ペットショップで餌を購入......そう言えば近くにあるな」

 

 俺は財布を握りしめて家を飛び出す。鳥の餌がどれぐらいの値段なのかは知らないが3000円ぐらいあれば足りるだろ。



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まったくお前はなんの鳥なんだ?

 

 家の近くにあったペットショップに駆け込むと、まず最初に可愛い子犬や子猫が俺を出迎えた。ボールかなんかで遊んでいる様子は可愛かったが、そんなのには目も呉れず店の奥にある鳥のコーナへ行く。

 

「小鳥用の餌はこれなのか?」

 

 色々棚に並んでいてどれが良いのかわからない。大学で一人暮らしをするまで住んでいた実家が動物禁止だったので鳥はおろかペット自体飼育したことがない。

 

 そんな俺が棚の前でどの餌が良いのか悩んだって正直時価の無駄だ。

 

「あの、すいませんヒナ用の餌ってどれが良いですか?」

 

「ヒナですか、種類は?」

 

 そう言えばあのヒナの種類ってなんだ? そもそも大人になった鳥の種類もわからない俺が産まれたばかりのヒナを見て種類がわかるはずもない。

 

「それが知らなくて......友人から譲ってもらった物で」

 

「それなら御友人に話を聞いたほうが良いかもしれませんね。種類によっては餌が合わず食べてくれないこともありますから」

 

「いやその友人なんですけど昨日沖縄に引っ越しちゃって、しかも音信不通で連絡もつかないんですよ。夜逃げみたいな奴で最後のヒナを俺に託して......」

 

 自分でも何を言っているのかわからない適当な嘘を並べてなんとか店員さんを納得させる......というか丸め込んだ。

 

「なるほど種類がわからいのは不安ですが......これが良いと思います。使う時はお湯に溶かして小さいスプーンで口に流してくださいね」

 

「わかりました」

 

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

 

「温度は完璧......後は食べてくれるかなんだよなぁ」

 

 餌に付いてきた説明書を頼りに、粉状の餌をお湯に溶かしてからヒナが食べられる温度になるまで冷ましていく。

 説明書によると適温は40℃前後だそうだ。

 

「待たせてごめんな......ほら御飯だぞ」

 

 ヒナの口に餌の液体を着けたスプーンの柄を近づける。焦っていた為餌やり用の小さいスプーンを買うのを忘れていたが、これでも何とかなりそう。

 慎重にヒナの口元に近づけると、口をパクパクして餌を飲み込む。

 

「良かったぁこのまま食べなかったらどうしようかと思った」

 

 俺が御飯を忘れていたせいで、お腹がかなり空いていたらしくヒナは適量よりも少し多く餌を食べ、ひと通り食事を済ませたら、そのまま眠ってしまった。

 

「ふぅ取り敢えずひと安心だな......さてこの鳥の種類調べるか」

 

 今は何とかなったが、今後こいつを育てていく上で種類を知っておかなければ、適切な飼育方法などが調べられず、万が一の事態に繋がる可能性がある。

 

 俺はインターネットでオウムやインコのなどの可能性がありそうな鳥の雛の姿を片っ端から確認する。特徴とかが一致していればそのヒナである可能性がある。

 

 

 

 

「これも違うなぁ......こっちも違うなあ」

 

 ヒナ調査はかなり難航していた。

 

 卵から生まれたヒナは一見文鳥やカナリアなどヒナに似ているが、よく見るとおしりの部分がこれらの鳥よりも長い。

 

 もしかしたら本当は文鳥とかだけど、個人差ならぬ個鳥差のせいでお尻が長いのなのかぁとも思ったが、それにしても長く、まるでトカゲの尻尾みたいだ。

 

「わからん!」

 

 1時間ほどスマホの画面とにらめっこをしていたが、それらしい鳥は探すことが出来なかった。そもそも情報量が少なすぎるのだ。

 もう少し時間が経って体毛が生えてくれば色とかで大方の予想はつくだろう。

 

「まったくお前はなんの鳥なんだ?」

 

 と小さく寝ているヒナに呟いたところで大切なことを思い出した。

 

「まずい、このヒナに名前つけてないじゃん」

 

 折角ペットとして育てようとしているのに、名前を着けずに「鳥」とか「ヒナ」とかで呼ぶのは少し違う気がする。

 

 鳥だからピーちゃん......というのは安直すぎるな。訪問販売で買ったからホ―......いやダサい名前になる未来しか見えないからこの路線はやめよう。

 

 うーん種類もわかんないからなぁ......

 

「あっ尻尾長いよな」

 

 尻尾が長い......尻尾が長い......尻尾が長い......長尾? いや高校の時の友達の名前を思い出してどうするんだよ。

 もっとこうセンスがいい名前はないのか?

 

 と、頭を悩ませていると小学生の記憶が蘇る。小学校の時俺は飼育係で、教室の隅にある小さな水槽で飼っていたメダカの飼育当番だった。

 

 確かその時にメダカにつけた名前は、全体的に体が黄色いのがキイ、背びれの部分に切れ込みがあったのはオス、頬が赤かったのはアカ、だったような気がする。

 

「俺には子供の時から絶望的にネーミングセンスがないのか」

 

 でもなぁ人に頼って付けるのも嫌だしなぁ......なんか良い名前ないかな。この尻尾が長いのをいい感じに表すには......蛇みたい? スネーク......

 

 いや、鳥のことスネークって呼んだだら紛らわしいだろ。

 

 でもまぁ方向性は悪くない。

 

「あっ尻尾が蛇の鳥みたいなモンスター居たよな?」

 

 昔見た漫画の記憶を頼りに調べる。

 

 コカトリスかぁ......格好良いけど可愛いイメージだからなぁ。

 

 略してコカ......コカト......コカトリ......全部微妙だ。トリスもなんか違う。

 

「あっコトリ! 可愛いし特徴そのまんまだし......」

 

 いや、結局最初と同じ呼び方じゃねぇか。

 

「ダメだ名付けは保留にしよう」



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まさかなぁ......

「どうしたロープ、あんまり食べないのか?」

 

 孵化してから二週間ほど経ち、ヒナがいる生活にもだんだんと慣れてきた。

 

 体の大きさは生まれたての頃と比べると、ふたまわり程大きくなっている。まだ完全ではないが段々と毛が生えてきて体色は白や灰色といった感じだ。

 

 因みにあの後名前は色々と迷った末ロープになった。由来は尻尾が長くロープみたいだった為なんだが......今思うと安直だ。

 

「ぴぃぴぃ」

 

「うーん食べないわけじゃないんだよなぁ」

 

 そして、そんなロープだが最近食欲が落ちている。決してご飯を食べないわけではないが育ち盛りのヒナとしては微妙な量だ。

 

「調べてみるか」

 

 なにか病気などで食欲が落ちている可能性もある。ペットを育てた経験がないので、こういう時どうすれば良いのかがわからない。

 

「あぁ成長したらスプーンじゃないのか」

 

 インターネットサイトによると、最初は口元にスプーンを近づけて餌を与えていたが、成長したら針のない注射器で口から餌を流し込むらしい。

 よく燕の子育てとかでよく見る、親鳥が子供の口に自分の嘴を入れて餌を流し込むのを注射器で代用しているのだろう。

 

「買いに行くか注射器」

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―< 

 

 

「これもダメかぁ......」

 

 残念なことに注射器の餌も受け付けなかった。正確には少しだけは受け付けるが、適量とされている量を流し込んだとしても、その大半は吐き出してしまう。

 ペットショップの店員さんに聞いたことや説明書を頼りにしているので、決して間違った方法ではないはずなんだが......

 

「うーん、指に噛みつくから食欲がないわけではないんだよなぁ」

 

 最近知ったのだが、ロープが俺に指に噛みつく時はお腹が空いていて餌がほしいというサインだ。他にも擦寄ってきたら遊んで欲しいサインとか色々とある。

 

「口に合わないのかなぁ......あっ」

 

 俺の指に噛みつくロープなのだが、口を大きく開いた時に口の奥に小さな歯のようなものが見える。俺は間違いじゃないか調べるために口を開けさせる。

 

「小さいけど歯だよな......」

 

 確かにロープの口の中には歯があった。小さく可愛らしい感じだったけど形は三角形で先は尖っているしっかりとした形だった。

 

「まさかお前......肉食だったのか」

 

 あぁすべての事態に納得がいった。そりゃいくら調べても鳥の種類がわからないわけだよ。普通家で飼育するペットは肉食とは言え昆虫などがメインで、いわゆる肉を食べているわけではない。

 俺はそういう方面の鳥だと思って検索してたけど、実際は違ったらしい。

 

 肉食の鳥となると、鷲とか鷹とかフクロウとかそこら辺だよな?

 

「まぁ取り敢えず原因わかったし肉与えるか」

 

 俺は今日の晩御飯になる予定だった豚肉を冷蔵庫から取り出して、小さく切ってから包丁の刃で切り刻んでたたきのような物を作る。

 適当にな皿の上にそれを載せてからロープの近くに運んだ。 

 

「肉だけど......食うか?」

 

 ただ皿を置くだけでは、食べないらしい。

 

「じゃあこれはどうだ?」

 

 小さい切り身をスプーンの柄に載せて口の近くまで運ぶ。するとロープは全盛期の食べっぷりで豚肉のたたきを食べ始める。

 

「やっぱりお前は肉食かぁ......となると種類も限られてくるな」

 

 そう考えていると、携帯電話が振るえる。画面を見ると日毬からだった。

 

『ねぇ拓也、あれからどうなった?』

 

「あぁその事なんだけど、もうどうでも良くなったんだよね」

 

『どうでも良くなったの? もしかして業者に逃げられでもしたの?』

 

「まぁ業者にも逃げられたんだけど、ロープ育ててたら3万円払った甲斐あったなって思えてきちゃって」

 

 ぱっと調べてみたのだが、鷲や鷹などの猛禽類は安くても20万円ぐらいの値段で取引されている。そんな猛禽類を3万で買えたのならお得だ。

 でももまぁ損得感情以前に、ロープが可愛いくてそんな事は正直どうでも良い。

 

『まぁそれで拓也が良いならいっか。今度私にもロープ見せてね』

 

「おっけーまだ小さくて鷲とか鷹っぽい見た目じゃないけどヨチヨチ歩くのとかめっちゃ可愛いから速いうちに見に来いよ」

 

『わかった。というかよく拓也は鳥の種類が猛禽類だってわかったね。鳥のヒナなんて、みんな見た目は同じ様な感じなのに』

 

「それなんだけど確かに見た目はロープもかのヒナとあんまり大差なくて種類はわからなかったんだけど、最近になって小さいけど歯が生えてきたんだよ。それでもしかしたら猛禽類かなって思って肉あげてみたら凄くよろ......」

 

『まって、ちょっと待って......歯が生えてるの? 鳥に?』

 

「うん、ロープには歯が生えてるよ小さいけど」

 

『本当? 鳥だよね? トカゲじゃないよね?』

 

「いや鳥だよ。トカゲって産まれた時からトカゲの見た目してるだろ?」

 

『まぁ確かに......流石に鳥とトカゲは間違わないか』

 

 日毬が変なことを言い出すので、俺はスマホでロープを撮影してラインで日毬のスマホに写真を送る。流石にこの写真を見れば納得するだろう。

 

『確かに鳥みたいに赤いけど......尻尾長くない?』

 

「俺も思った......でもまぁ鷲とかって尻尾が長い奴いるじゃん」

 

『確かに居るね』

 

「そういう奴なんじゃないかと思って」

 

『なるほど......私は詳しくないからなんにも言えないけど、多分拓也の鳥って結構珍しい種類だと思うよ。もしかしたら絶滅危惧種かも』

 

「そんなわけないだろ」

 

『まぁもしかしたらの話ね......ごめんこの後講義だから電話切るね』

 

「おっけー心配してくれてありがとな」

 

『じゃあね』

 

 そうかロープは珍しい種類の鳥か......確かに歯が生えてる鳥なんて身の回りでも聞いたことないし尻尾が長い鳥もあんまり見ないよなぁ。

 日毬の言う通り絶滅危惧種とかだったらどうしよう。

 

「でもまぁそんなはずは......あ?」

 

 俺の視線はロープが糞をしても大丈夫なように、テーブルに広げていた新聞の広告に目が留まる。広告の内容は新しい本の宣伝で『新・恐竜図説』と書いてある。

 

「恐竜って、そんなまさかなぁ............」

 

 そんなはずないと思いながらスマホで[ 恐竜 子供 ]と検索して画像を見る。もちろん現存しているのは骨しかないが、インターネットに落ちている化石の画像とロープの姿を見比べる。

 

 小さい歯が並び、尻尾は細長く伸びている。そして最近の研究では恐竜にも羽毛のようなものが生えていたとジオグラフィックの記事には書いてある。

 

「いあやまさかな......いやでも」

 

 

 俺は高校の時クラスであだ名が「恐竜バカ」だった長尾誠司に電話を掛ける。クラスでは殆ど会話をしたことはなかったけど、ラインで繋がっていたので連絡を取ることは出来た。

 

「もしもし拓也だけど」

 

『あぁ覚えているよ織部拓也......それで僕になんの用だい?』

 

「いきなりで申し訳ないんだけど、これから会えるか?」

 

『......特に予定はない大丈夫だ』



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恐竜オタク

「久しぶりだな長尾」

 

 長尾とあったのは実に二年ぶり。一応高校3年生の時も委員会で顔を合わせたことはあったがその時は喋ることもなかった。

 

「久しぶりだな織部拓哉......それで僕をファミレスに呼び出してなんの用事なんだ? マルチ商法やサービス勧誘その他怪しい話はたいてい事務所近くのファミレスで開かれると相場が決まって......」

 

「待て待て待て、違うからそーゆータイプの話じゃないから」

 

「じゃあ金を借りにでも来たのか?」

 

「それも違う」

 

 思い出せば長尾はこんな感じの奴だった。声はそこまで低くないが話し方は平坦かつ猛スピード、オタク特有の早口らしい。

 ただ見た目は細くてジーパンに少しお洒落なTシャツを履いていてオタクっぽい見た目ではない。なんか全然変わってないな。

 

 そしてクラスでは少し浮いていたが、決して悪く浮いていた感じでもなくて、愛されオタクマスコットみたいな立ち位置でよく周りの人達と話していた。

 

「じゃあなんの用だ?」

 

「長尾って恐竜に詳しかったよな? 高校の時も机にフィギア並べてたし」

 

「恐竜に関しては未知の部分が多い。実際人間が確認できる恐竜は化石しか存在しておらず、得られる手がかりからは......」

 

「違う違う、そういうのを聞いてるんじゃない......俺よりは詳しいよな?」

 

「恐らくそうだろう」

 

「じゃあ質問がある。この写真を見て欲しい」

 

 俺は出かける間に撮影したロープの写真を見せる。

 

「ふむ......一見するとただの鳥だが通常の鳥には見られない特徴がいくつか存在しているな......これは何処から持ってきた写真だ?」

 

「俺の家で飼ってるペットの写真なんだ」

 

「ふむ実に興味深い。君がこんな冗談を言う人間だったとは」

 

「いや冗談じゃない......その実物も持ってきた」

 

「実物?」

 

 写真を見せてもよくわからない可能性があるので、俺は大きなボストンバックにダンボールで作った飼育箱を入れてロープをここまで持ってきたのだ。

 

「これか......君、これを何処で手に入れた?」

 

「あの、押し売りで謎の卵を買わされて......孵化した」

 

「孵化してから育てたのか?」

 

「うん」

 

「よくやった君は実に素晴らしい人間だ。見直したよ......さて今の気持ちをどう表せばよいのか僕にはわからない。喜びや興奮という言葉では収まりきらないこの感情を僕はどう表現し発信すべ......」

 

「ご注文は」

 

「......サンドイッチふたつ」

 

「俺も同じのでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 店員が去ったのを見届けて俺は長尾に尋ねる。

 

「なぁ長尾、こいつは鳥なのか?」

 

「いや鳥ではない......まだ種類は判断できないが、おそらくは恐竜だ。しかし6600万年前に隕石の衝突により姿を消したはずだ。まぁ正確には現存する鳥類に姿を変えて進化したがこの姿で生き残っているとは考えずらい。もし......」

 

「はい、サンドイッチです」

 

「ありがとう御座います」

 

「ごゆっくり」

 

 店員さんが去っていくのを見届けて俺は長尾に言う。

 

「あのさここじゃ人が多すぎる。俺の家で話そう」

 

「僕も同じ意見だ。早めに食事を済ませてここを去ろう」

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

「いい家に住んでいるな、しかし何故一人暮らしなのか疑問だ。大学は実家からでも通える範囲内に存在しているはずだろう?」

 

「一人暮らししたかったからだよ。親も案外簡単に許してくれたし」

 

「なるほど......それでもう一度よく見せてくれないか?」

 

「いいよ」

 

 俺はボストンバックから飼育箱を取り出して床の上に置く。長尾は興味津々でその飼育箱に入っている恐竜を覗き込む。

 

「手袋はないか? この恐竜に触れたい」

 

「ゴム手袋なら......でも素手で触っても大丈夫だぞ。噛む力も弱いし」

 

「いや、恐れ多いんだ。すべての恐竜好き及び恐竜研究者であれば一度ぐらいは“生きている恐竜をこの目で見て手で触れたい”と思うはずだ。こんな恐竜オタクの僕がそんな事をしても良いのかと思うと、恐れ多くて素手では」

 

「......いや良いだろ。お前も恐竜好きなら触れば良いじゃん」

 

「ふむ、飼い主がそう言うのなら」

 

 そう言って長尾はロープに手を伸ばす。ロープは最初見慣れない人間お手に怖がっていた、が俺のサポートもあって少し時間が経てば長尾の手に触れられても大丈夫になった。

 

「どうだ?」

 

「感動的だ......実に感動的だ」

 

「それは良かった......で、この恐竜なんだがどうすれば良いと思う?」

 

「どうすれば......難しいことを聞くな。恐らく一番良いのは権威ある研究機関に持ち込むことだと僕は思う。生きている恐竜が居るのであれば現在の恐竜研究は飛躍的に進歩するのは間違いないだろう。それに正直僕も君も素人だ知識のある人間に任せるべきだ」

 

「そうだよな......それで何処に持っていこうか?」

 

「恐らく一番良いのは 北海道札幌市北区北10条12番地西8丁目......北総合博物館へ行き大森教授を頼ることだろう」

 

「大森教授?」

 

「有名な恐竜学者で、北大学では教授も勤めている。むかわ竜という恐竜の発見に大きく貢献しディノケイルスの全身骨格も発見している」

 

 正直長尾が何を言っているのかは理解できなかったが、その大森教授が恐竜に詳しく、権威のある存在だという事は理解出来た。

 まぁ長尾の言う通り知識ある人に頼ったほうが良いかもしれない。

 

「じゃあ博物館に行くか」

 

「まて、先に電話をかけた方が良いだろう。博物館に言ったところで大森教授が居なければ意味がない」

 

「そうだな」

 

 俺は博物館に電話をかけ大森教授が居るのかどうかを、電話に出た学芸員の人に尋ねる。

 

 残念な事に学芸員の人曰く、大森教授は今海外へ出掛けているらしくあと5日間は帰ってこないそうだ。

 

「ふむ、あと5日間はこのヒナをこの家で保護しておく必要がありそうだな......織部拓也買い物へ行くぞ」

 

「買い物?」

 

「あと7日間このヒナを家で保護しておく際に、このような狭いダンボール箱で育てていくのはこのヒナにとって良くない可能性が非常に高い」

 

 確かにヒナも生まれた頃と比べれば大きくなっているし、このダンボールで育ていくのもそろそろ限界かも知れない。

 

「金は僕が払う」

 

「いや悪いよ」

 

「僕は必要な出費は惜しまないタイプなんだ」

 

「じゃあ半分は俺が出すよ。一応飼い主なんだし全部払って貰うのは悪いよ」

 

「わかったそうしよう。では行くぞホームセンターに」



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その言い訳苦しいね

「動物にはそれぞれ適した飼育環境や飼育場所の広さがある。よく動物園などで熊が檻の中に入っているが、通常熊の縄張りの広さは300㎡前後だ。そんな狭い環境で飼育していてはストレスが掛かり良い飼育体勢とは言えない」

 

 と長々と語る長尾と一緒にホームセンターのペットコーナーを見て回る。目的は今よりも広くてしっかりとしたケージを見つけることだ。

 

「そうだな」

 

「恐らくこのことは恐竜にも当てはまるだろう。今はまだ幼く行動範囲も狭いが大人になるにつれて行動範囲が大きくなり、より広い飼育環境が必要となる」

 

「なぁ長尾、言いたいことはわかるけどさ恐竜の種類すらわからない現状、適切な広さなんてわからないだろ?」

 

「言う通りだ、せめてもう少し大きくならなければ......最悪飼育環境の広さ以前に大人になった恐竜が飼育ケースに入るかどうかも未知数だ」

 

 確かにティラノサウルスとかだったら大きすぎてケージとかじゃな飼えないよな。それこそ動物園の檻とかに入れないと安全に飼育することすら難しいだろう。

 

「見たところ竜脚類のようには見えないことに加えて、卵があまり大型ではないという事を考えると、そこまで大型化するとは考えにくい......まぁ可能性はゼロではないな」

 

「これとかどうだ? 大きいし透明だからよく見えるだろ」

 

「悪くない。しかしただ入れるには床が硬すぎるから何か敷き詰めよう」

 

「敷き詰めるって何を?」

 

「砂や土だ......ただあの恐竜がどのような場所で生息していたのかが不明な現状どういう環境に似せれば良いのかがわからない」

 

「じゃあ今まで通り毛布で良くないか?」

 

「いや、それは避けるべきだろう。少なくとも6600万年前に毛布があったとは思えない」

 

「そうだな......じゃあこの広葉樹マットはどうだ? ここに鳥のヒナを飼う時に敷き詰めると良いって書いてあるし」

 

「ふむ、良いと思う。恐竜が鳥に進化した可能性は今のところ非常に有力な説だ。鳥のヒナに適した環境であれば恐竜に適している可能性も高い......それで行こう」

 

「おっけ」

 

 長尾が飼育ケースを抱えているので、俺は広葉樹林マットを買い物カゴに入れる。長尾の勧めで他にも、倒木やシダ植物なども買い物カゴに詰め込む。

 

「ねぇ、それで恐竜育てんの?」

 

 俺と長尾がレジに向かおうとした時、背中から聞いたことのある明るい声がかかる。振り返ると高校時代同じクラスだった四ツ谷杏が立っている。

 

「きょ、恐竜? 何を言っているのかよくわからないな理解不能だ」

 

 長尾がわざとらしく惚ける。

 

「いやなんか変な組み合わせだなぁと思って眺めてたらさ、恐竜がどうとか言ってるんだもん。あたししっかり聞いてたから知らないフリしても無駄だよ」

 

「なぁ拓也、その買い物カゴを床に置いて良いから、目の前に居る女を取り押さえておくんだ。絶対に逃がすなよ。僕はその間に会計を済ませておく」

 

「え?」

 

「あまり恐竜の存在について、多くの人間に知れ渡るのは安全保障上問題がある。恐竜の為にも取り押さえるんだ」

 

「よくわかんないけど、わかった」

 

 俺は杏近づき手首を掴む。

 

「え、何? なんで? ちょっと......」

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

「なんでここに連れてきたの?」

 

 会計を済ませて戻ってきた長尾も合流し、杏を取り押さえてから店から出て近くの人目に付かない路地裏へと連れていく。

 もちろんこれは俺が考えてやった事ではなく全ては長尾の指示だ。

 

 通りすがりの人に男子二人が路地裏で女子大学生を取り囲んでいる姿を見られたら、変に勘違いされそうで怖い。

 

「まず君は今聞いたことを全て忘れ誰にも言わないと約束できるか?」

 

「それって恐竜のこと?」

 

「そうだ」

 

「まぁ出来るけど......なんで?」

 

「なんでか......君が恐竜に対して特別な感情を持っていないのは理解している。だから君が恐竜の事を知ったところで危害を与える事はないだろう。ただ周囲の人間に恐竜の存在を伝えることで、悪意のある人間に巡り巡って話が伝わる可能性がある為だ」

 

「あのさ、なんか意味わかんないんだけど。恐竜に害を与えるってどういう事? 恐竜でも飼ってんの?」

 

 そう言われて俺も長尾をも杏から目を逸らす。先程までは威圧的だった俺たちふたりだが、痛いところを突かれて勢いが弱まる。

 

「......それはノーコメントだ」

 

「なにそれ? でもその買い物を見た感じそーゆー事だよね?」

 

「いやそんな事はないんだ......ほらふたりでリクガメを飼う話をしてて、これはその為の道具なんだよ。だから恐竜は関係なくて」

 

「苦しいね」

 

「......」

 

 その言葉で俺達の弱まっていた勢いは完全に絶たれた。杏の言う通り恐竜を飼育する話をしていた事を聞かれているならば、この飼育道具を他の生物ものだと言い張るのは厳しい。

 それに俺の隣に居る長尾が恐竜オタクである事は周知の事実......逃げ切るのは難しい。

 

 少しの間があった後、長尾が口を開く。

 

「君の指摘のは正しい、僕と織部拓也は恐竜を飼育している。正確には織部拓也が飼育していて、恐竜に関する事を僕に尋ねてきた」

 

「へぇ」

 

「噂が広まり、恐竜のことが公になる事態は問題がある。だから君には恐竜のことを黙っていて欲しい......どうだろう?」

 

 そう言って長尾は頭を下げる。なので俺もそれに続いて頭を下げた。

 

「ちょっ頭下げなくて良いから......まぁ事情はわかったから恐竜に事は周りに言わない」

 

「ありがとう」

 

「でも条件がある」

 

「条件?」

 

「まずあたしの名前は四ツ谷杏だから“君”とは呼ばないこと」

 

「わかった。そして“まず”という事は2つ目の条件が存在するのだろう?」

 

「うん、2つ目の条件は......恐竜見せて欲しいなーって事」

 

「え?」

 

「いやいや“え?”じゃないでしょ。恐竜だよ、絶滅してるんだよ! 普通ならありえないじゃん生きてるなんて! だから、その目で確かめたい的な?」

 

「どうする長尾?」

 

「見せないで騒がれる方が問題だ。ここは素直に見せて提示された条件を満たした方が安全である可能性が高い」

 

「まぁそうだな」



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頭脳派恐竜

「可愛い〜めっちゃ付いてくるんだけど」

 

 あの後俺と長尾は渋々杏を家に招き入れ、ロープを見せることにした。杏は既に大人になった恐竜の姿を想像していたらしく少し残念そうだった。

 しかし、こうしてロープと楽しく遊んでいる様子を見ると、今はそんな事全く気にしていないようだった。

 

 そして杏がロープと遊んでくれているうちに俺は長尾とケージの準備をする。

 

「でかないなぁ......リビングが凄く狭くなった」

 

「そりゃそうだ、購入したケージは縦2m横2.5m高さ60cmの子犬用サイズ。リビングの1/4程度を占領する計算だ......とは言えこれは必要な犠牲だ」

 

 そう言いながら長尾はケージの床広葉樹にマットを敷き詰める。柔らかそうな細い繊維タイプの物も売っていたが、柔らか過ぎるのは不自然なので粒の大きい物を選んで購入した。

 

「なんか、良さげじゃないか?」

 

「悪くない......むしろ良いだろう。最悪転倒してもこの柔らかさなら怪我をする心配もないし、毛布と違い地面を踏む感触に近いだろう」

 

 シダ植物や倒木などはもう少し成長してから入れることにしたので、少し簡素ではあるが新しいロープの家が完成した。

 

「おぉほら新しいお家だよ」

 

 杏に抱えられていたロープが新しいケージに入れられる。最初は環境の変化で戸惑っていたのか顔を沢山動かしていたが数分もすれば慣れてきたようだった。

 

「ねぇこの恐竜って何? トリケラトプス? それともティラノサウルス?」

 

「わかんないんだよ」

 

「長尾でも?」

 

「あぁ不明だ。まだ幼くて体の特徴がしっかりと出ていない......でもまぁ今ある情報からでもある程度の推測はできる」

 

「本当か?」

 

「あぁ......まずこのフォルムから獣脚類である可能性が高いと考えられる」

 

「じゅうきゃく?」

 

「獣脚類。有名なもので言えばティラノサウルスやアロサウルスなどが挙げられる。肉食である点や二足方向である点、そしてこの後ろ足に対してあまり大きくない手は獣脚類の可能性を大きく高めている」

 

「それだけ?」

 

「他にもある。先程例を上げたティラノサウルスやアロサウル等の大型肉食恐竜ではない可能性が高い。卵のサイズは拓也の目測ではあるが8〜9cmニワトリの卵よりは少し大きいサイズだ。恐らく成長しても人間の体高を大幅に超えることはないはずだ」

 

「つまり簡単にまとめると?」

 

「小型から中型の肉食恐竜である可能性が高い」

 

「なるほど......」

 

「あのさーこの子写真とっても良い?」

 

「だめだ」

 

「なんで?」

 

「他人に見られたらどうする?」

 

「そん時はインターネット写真だって誤魔化すよ。あたしのフォルダーに恐竜の写真が入ってたって誰も生きてる恐竜が居るなんて思わないでしょ」

 

「たしかに、それもそうか......そう言えば拓也、今思ったんだがこれからは積極的に恐竜を撮影するべきだと思う。一日一枚は最低でも取ろう」

 

「なぁ良いけどなんで?」

 

「君の育てている恐竜には、もの凄く価値がある。この恐竜がどの様に成長するかを記録することで研究の助けになる可能性がある」

 

 長尾は恐竜研究の手伝いになるからと言うけれど、普通にロープの可愛らしい姿を写真の中に収めておきたい気持ちはある。

 今までも何枚かロープの写真は撮影してあるのだ。

 

「それに、記録があればこの恐竜が死んだ後も成長過程や食性などを見返して調べることが出来る。写真だけではなく記録もつけよう」

 

「まぁ良いけど......研究ってなぁ、俺はロープとは普通に接したいんだけど」

 

「それは“ペットとして”普通に接したいという事か? 君の気持ちはわからなくはないが、君は自分が育てている生物がどの様なものか今一度確かめたほうが良い。君の目の前に居るのは6600万年前に絶滅したはずの恐竜なんだ」

 

「わかってるけどさ」

 

「良いか織部拓哉、この恐竜がいるという事はこの恐竜を産んだ両親がいる可能性がある。そうなれば兄弟やその他仲間が存在している可能性がある」

 

「うん」

 

「今後同じ様に恐竜が捕獲された場合、君が記録をつけていた事で適切な飼育が行われ、結果的にその種を保全する事に繋がるかもしれない。確かに研究のためと言うと聞こえは良くない......ただその研究がもたらす影響が良いものであることは理解して欲しい」

 

「わかった」

 

 長尾の言う通りだ。俺は自分のことしか考えていなかったのかもしれない。ロープやその仲間のことを思うのであればよりその恐竜について知識を深め、学んでいくことが重要になってくるはずだ。

 

「......ねぇ拓也この子変になった」

 

 俺と長尾が話している最中もロープと遊んでいた杏が突然そういった。ケージの中に居るロープを見ると、しきりに壁を叩いたり噛みつこうとしたりしている。

 

「出たいのかな? でもダンボールの時はこんな様子見せなかったのに」

 

「まて、恐らくは......」

 

 と長尾がなにか言いかけた時、ロープは突然壁に対しての興味を失ったらしく、近くで動いていた杏の指先へ歩いている。

 

「なぁ拓也この家に手鏡はあるか?」

 

「手鏡......はないかな?」

 

「あたし持ってるよ......はい」

 

 杏は鞄からピンクの四角い手鏡を取り出して長尾の渡す。長尾はそれを受け取るとロープが映る方向に鏡を向けて広葉樹マットの上に置いた。

 

「ぴぃぴぃ」

 

 鏡を見てロープが鳴き声を上げる。

 

「なにをしてるの?」

 

「恐らくさっきこの恐竜が活動的に動いていたのは、壁から出たい為ではなくガラスに反射した自分の姿に反応していた可能性がある」

 

「仲間だと思ったってこと?」

 

「もしくは、ライバルだと勘違いしたか......どちらかはわからない」

 

「でも噛みつこうとしてたし......ほら今だって」

 

 ロープは鏡に写った自分に噛みつこうと必死に口を開けるが、噛みつこうとしても鏡に映った自分なので、噛みつけるわけでもない。

 そんな事を何回か繰り返していると、ロープは一度鏡から離れて様子をうかがい、つたないジャンプしてみたりしきりに首を振ってみたりしていた。

 

 そこからもう少し時間が経ってから鏡の後ろに回り込んだ。

 

「おぉ素晴らしい」

 

 そして、鏡の後ろに何も居ない事を確認すると、鏡から離れて俺の方に近寄ってきた。

 

「たしかこれってIQ図る的なアレだよね?」

 

 杏は手鏡に付いたマットの欠片を手で取りながら長尾に尋ねる。そう言えば俺もテレビ番組でそんな様子を見たことがあったような......

 

「そうだ。動物の知能を正確に測ることは難しいが目星を付けることは出来る。例えばこの鏡を置いて、鏡だと理解できるのか? という実験は数多くの動物で行われ、その知能を測るために活用されている」

 

「で、ロープの知能はどれぐらいなんだ?」

 

「この世界でも上位に入る知能の持ち主だと考えるべきだ。この幼さにしてミラーテストを成功したとなると非常に知能が高い......」

 

「そんなに凄いのか?」

 

「あぁそんなに凄い......今までミラーテストを成功させた生物は僕が知る限りイルカ、シャチ、チンパンジー、オランウータン、アジアゾウ。それと鳥類ではカササギだけだ......ここまでの知能を有する恐竜であれば恐らくは......」

 

「なにかわかったのか?」

 

「あぁ、まだ予測段階ではあるがトロオドンである可能性が高い」



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情報量多すぎてよくわかんないや

【トロオドン(Troodon.傷つける歯)竜盤類.獣脚類】

 

 時期:白亜紀後期

 場所:アメリカ南部

 

 体のサイズに対して脳の容積が大きいため、知能の高い恐竜であったと予測されています。

 前方を向いて並んだ目は物を立体的に見ることが可能であり、獲物までの距離を正確に測ることが出来たと考えられています。

 

「これだ」

 

「これかぁ」

 

 長尾のスマホには大手の出版社が出している恐竜図鑑をデジタル化して情報を載せている、スマートフォンアプリがインストールされていた。

 流石は恐竜オタクと言ったところだろうか......

 

「で、なんでこの子がトロオドンだって思ったの?」

 

「まず知能の高さだ。それによく顔を見ると若干では有るが目が前の方に寄っているような形になっているだろ?」

 

「たしかに?」

 

「それとトロオドンの仲間には羽毛を有する物も居る......これとかだ、アンキオルニス......現代の鳥に似ているだろ。それにこの恐竜も成長の仕方はまるで鳥みたいだ」

 

「なるほど、ロープも成長したらこれぐらいの大きさになるのか......って意外とデカくないか? これ俺が襲われたりしないよな?」

 

 トロオドンのサイズは大体2m、背の高さは190cmぐらいある。

 

「可能性はある......ただ積極的に襲うかどうかは別だ。彼らの顎のサイズから考えて自分と同程度の体高を持つ生物に対し攻撃を行うかは微妙なラインだ」

 

「でも赤ちゃんとかなら」

 

「恐らくは捕食対象である可能性が高い」

 

「やっぱり大人になる前に預けたほうが良さそうだな......悲しいけど」

 

「しかし、それが一番無難な選択だろう」

 

 預けるとなると、こうして簡単に触れ合えたりする機会が減るのは確実だ。ロープと離れるのは悲しいが俺の家に狼みたいな存在をずっと置いておく訳にもいかないもんなぁ......

 

 そんな事を思っていると、俺のスマホにメッセージが届く。

 

「あっ、忘れてた」

 

「どうした拓也?」

 

「あのさ俺の幼馴染にロープのこと話してて......って言っても恐竜じゃなくてその時は鳥だって思ってたから、幼馴染も別に恐竜って......」

 

 焦っているせいか、全然上手に日本語が出てこない。

 

「あのさ全然話まとまってないんだけど......ひと言で説明して」

 

「えっと、その......幼馴染が俺の家に今から来る」

 

「じゃあ早くこの子隠さないと」

 

 そう言いながら杏はロープを手に抱え、長尾はロープの餌や糞をまとめたビニール袋等のロープに繋がる証拠を消そうとしている。

 

「それなんだけど......幼馴染ロープを見に来るんだよね」

 

「え?」

 

「は?」

 

 俺は日毬にクーリング・オフの相談をし、その時に鳥の話を話題に出したことで今度その姿を見に行くという流れなってしまった事を大雑把に説明する。

 

「ありゃ逃げ道ないね」

 

「どうにかして隠し通せないかな?」

 

「まて拓也、その幼馴染に写真を送ったと言っていたな? 他にも歯の存在や尻尾が異様に長いという特徴なども伝えたんだろう?」

 

「うん、そうだけど」

 

「それならいま隠し通せたとしても、その写真や恐竜らしい特徴を有している生物の存在を他の人に伝える可能性がある」

 

 確かに長尾の指摘の通り、日毬が他の人に「ねぇ友達がさ変な鳥飼ってるんだけど」と言いながらあの写真を見せる可能性がある。

 というか、日毬の性格から考えるとそういう事をするのが予想できる。

 

「ねぇ幼馴染なんでしょ? 事情を説明して黙っててもらえば?」

 

「うん、そうしてみるよ。多分日毬も説明すればわかって貰えると思うし」

 

『ピーンポーン』

 

「話をすれば......」

 

「じゃあ出迎えに行ってくるわ」

 

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

 日毬を家に招きテーブルに座らせて、冷蔵庫に入れてあった冷えた麦茶を出し丁重に持て成す。そして最近の近況等について話した後予想通り「鳥見せてよ」と日毬は頼んでくる。

 

 

 もともと鳥を見せに来るという目的で家に来たのだから変に言い訳はできないので、俺はロープを日毬に見せ、これが恐竜である事を伝え周りの人たちには教えないように要求した。

 

 一応ただ頼むだけでは物足りない可能性があるので、渾身の土下座に加えて隠れていた長尾と杏も姿を表して三人で一緒に日毬に向かって頭を下げる。

 

「......という事で黙っていては貰えませんでしょうか」

 

「でしょうか」

 

「お願いします」

 

「えっとその......情報量多すぎてよくわかんないや。まずキッチンの奥から飛び出してきたふたりはどちら様? それでロープちゃんは本当に鳥じゃないの?」

 

 動揺と混乱を隠せない日毬に今起こっている事をもう一度最初から最後まで時間をかけて説明する。その間長尾と杏にはロープと遊んでもらっていた。

 

 三十分程時間を掛けて説明した結果、日毬はところどころ不明な部分が有るようだが、大方の話は理解してくれて恐竜のことを周りに言わないと約束してくれた。

 因みにロープの話を誰かにしたり、写真を見せたりしたことはないそうだ。

 

「......なんか拓也色々と大変だね」

 

「まぁそうだな」

 

「私になんか手伝えることある? 久しぶりに御飯とか作ってあげようか?」

 

「いや、そんなに気を......」

 

「あたし日毬ちゃんの手料理食べたい!」

 

「僕も丁度お腹が空いてきたところだ。何か食べられるものがあれば嬉しい」

 

 何故か話に参加していなかったふたりが妙に積極的だ。とはいえ時計を見ると、もう既にお昼を過ぎていてサンドイッチしか食べていない俺も少しお腹が空いている。

 

「じゃあ作って貰おうかな」



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相次ぐ発見

今後色々な恐竜が出てきますが、恐竜の行動や生活などには様々学説があります。筆者的にこれは納得できると思う学説で話を勧めていきたいと思います。(SFみたいなぶっとんだ学説は採用しませんのでご安心ください)


『もしもし、当然すいません博物館の者なんですが大森教授がご帰宅になったので折り返し連絡させて頂きました』

 

 ロープが産まれてからはや三週間。最初は“少し尻尾が長くて口には歯が並んでいる変な鳥のヒナ”みたいな見た目だったが、今では長尾に見せて貰った写真のようなトロオドンの見た目に近づいてきている。

 ジャンプもするし早く走れるし、小さいがもう立派な恐竜だった。

 

 そんなロープが成長したある日俺のもとにそう電話が掛かってきた。

 

「あぁわざわざすいません、大森教授と会えるんですよね?」

 

『はい、いま博物館にいらして頂ければ』

 

「わかりました。直ぐ向かいます」

 

 俺は長尾に電話をかけてからロープをボストンバッグの中に入れる。体も結構大きくなったてきたため今のロープには少し狭いだろう。

 

「行くぞロープ......でも、このままお別れとかになったらどうしよう」

 

 もちろん最終的には施設とかで保護して貰いたいが、まだ幼い今の状態であれば俺の家でも飼えるので、今直ぐロープと離れ離れになるのは望んでいない。ただ恐竜発見が大きく騒がれ厳重に保護されてしまったりした暁には......

 

『落ち着け拓也......流石に見せてすぐ隔離されるなんてことはないはずだ』

 

 長尾は電話越しにそう言うが正直不安だ。

 

『取り敢えず僕は君の家へ向かう。その後タクシーを手配して博物館へ行こう』

 

 

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

 

「初めまして織部拓也です」

 

「長尾誠司です」

 

「初めまして大森新市です」

 

 印象は、少し失礼な表現だが“どこにでも居る優しそうなおじさん”みたいな雰囲気で、イメージしていた恐竜学者とは少し印象が違った。

 

「それで何か私に見せたいものがあるんですよね?」

 

「そうなんですが......ここではちょっと難しくて」

 

 博物館のバックヤードみたいな場所で話しているので、周りにお客さんは居ないが学芸員の人や、その他研究員の人たちが忙しそうに歩き回っている。

 あまり恐竜の存在を明かしたくないので、人通りが多いこの場所で教授にロープを見せる事に少しだけ躊躇いがある。

 

「そうなんですか......じゃあこの部屋で見せてもらいましょう」

 

 案内されたのは机が並ぶ会議室のような場所で、さっきのバックヤードのような人通りもなくロープを見せるにはうってつけの場所だった。

 

「それで、これなんですが」

 

 俺はボストンバッグの中からロープを取り出す。ロープは新しい場所に来たのにも関わらずかなり落ち着いていて、俺の手の上から離れることはなかった。

 

「やけに落ち着いているな」

 

 長尾もロープが活発ではないことを指摘する。

 

「これは......恐竜ですよね?」

 

「多分そうなんじゃないかなぁって俺も思ってます」

 

「なるほど......」

 

 そう言って大森教授は近くにあったキャスター付きの椅子にドスンと腰掛ける。そして少し頭を抱えた後天を仰ぐように言った。

 

「また恐竜見つかったかぁ」

 

「え?」

 

「今なんて?」

 

「いやあ、それが最近まで海外に行ってたんだけど、その理由がここだけの話ディノケイルスっていう恐竜の生態調査に参加してた為なんだけど......日本に帰国してすぐ恐竜に会えるとは思ってもなかったよ」

 

「はぁ」

 

 大森教授の話によると、ここ最近恐竜研究界隈では“生きている”恐竜に注目が集まっているらしい。

 というのも二ヶ月前アメリカの乾燥地帯でテノントサウルスの干からびた死体が発見されて以来世界各地で恐竜と思われる生物の発見が相次いだという。

 

 最近ではフランスで猟師が撃った生物がプレノケファレだったり、インド北部で滑落によって死亡したと考えられる謎の生物が、ディノケイルスという大森教授と関わりの深い恐竜だった為その調査に行ったりと、色々見つかっているらしい。

 

「まぁ無用な混乱を避けるために内密で話を進めてるんだけどね......」

 

「因みに今の所存在が確認された恐竜の種類について教えて頂けないでしょうか? また発見場所も分かるのであれば教えて下さい」

 

 恐竜の話になると長尾は止まらない。生きている恐竜がこのトロオドンだけではないと知った瞬間目を輝かせてそう尋ねる。

 

「一般の人にこのことを教えて良いものか......でもまぁ恐竜飼ってるもんなぁ、もはや一般人とは呼べないか?」

 

 とかなんとか呟いた後、長尾の質問に答えてくれる。

 

 今の所存在が確認されているのはロープを除いて12種類。先程例を上げていたプレノケファレ、ディノケイルスに加えてジョバリアがアメリカで、ネオベナトルがイギリスで、ペンタケラトプスが......と素人の俺では理解できない話が続く。

 

「なるほど......恐竜が化石の発掘された地域とは関係なく出現している? いやでもミンミはオーストラリアで発見されている」

 

「そうなんだよね」

 

 俺は長尾の恐竜知識に驚く。正直名前も聞いたことがないようなマイナー恐竜しか居なかったのに、ちゃんと生息地域まで覚えているのは恐竜オタクと言えど凄いことだと思う。

 

「でも、そのほとんどが死んでる状態で発見されてるからね......生きた状態で見つかって捕獲に成功したのはセケルノサウルスとミンミぐらいだよ」

 

「となれば生存している恐竜の確認はこれが三件目?」

 

「そうなるね......それに今まで見つかった中にこんな産まれて間もない恐竜は居なかったから、かなり珍しい例になるよ。それでこれは何処で見つけたの?」

 

「えっと訪問販売で......」

 

 俺はロープと出会うまでの経緯を大森教授に説明する。

 

「訪問販売で買ったのか.......恐竜の卵が出回っているのか?」

 

「僕も同じ意見です。知らない所で恐竜の卵が流通している可能性があります」

 

「そうだよね。取り敢えず友達に連絡してみるね」

 

「友達?」

 

「そうアメリカで古生物学者をしてるバークリーっていう人なんだけど、その人は主に恐竜の幼少期について研究している人なんだ。今は丁度講演で東京に来てるから、もしかすればコッチに来てこの恐竜のこと調べてくれるかも」

 

 そう説明すると、大森教授はポケットからスマートフォンを取り出してそのバークリーという人に連絡をする。何コールかしたら電話が繋がり大森教授は英語で対応している。

 

「うぇ! 本当? really?」

 

 話している途中大森教授は、少し驚いた感じで声を上げた。

 

「Okay, I'll be right there」

 

 電話を始めてから一分ぐらいした後そう言って電話を切る。

 

「えっとねぇ......東京湾で海棲爬虫類の死体が上がったそうなんだ。それでこれから調査に向かうんだけど......その恐竜どうしようか?」

 

「じゃあ取り敢えず俺今まで通り家で飼うんで、また時間が空いたら連絡してください」

 

「わかった、ありがとう。じゃあ行ってくるね」

 



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恐竜事件

『次のニュースです。千葉市美浜区で、絶滅したとされる海棲爬虫類と思われる生物の死体が発見された件で専門家の間では白亜紀前期に生息していたクロノ......』

 

「なんか色々と大変だね」

 

「そりゃそうだろ、絶滅してた恐竜が見つかったんだから」

 

「拓也、厳密に言えばクロノサウルスは海棲爬虫類の首長竜だ。生息時代は恐竜と同じだが恐竜とはまた別の存在だ」

 

「へぇ」

 

 大森教授とあった次の日世間では絶滅生物発見のニュースで持ちきりだった。

 今まではなんとかその存在を隠し通せていたが、千葉県の人目につきやすい浜辺に打ち上げられてしまったクロノサウルスをなかった事には出来なかったらしい。

 

「あっ大森教授が」

 

 杏がそう言ってテレビに映った大森教授を指差す。

 

「教授も大変だよ、こんな事態になっちゃってさ」

 

「しかしいづれは世間に知れ渡る。それが少し早くなっただけのことだ」

 

「まぁそれもそうか」

 

 最初に見つかったテノントサウルスの発見は今から約二ヶ月前。たった二ヶ月の間にロープや今見つかったクロノサウルスなどを含め14種類の恐竜が発見されていることになる。

 もの凄く単純計算だが、一ヶ月で7匹のペースで発見されていくとなると一年後には84種類もの恐竜が見つかる可能性がある。

 

「拓也、残念ながらその計算は外れる可能性が高い」

 

「まぁ多分そんな頻繁に恐竜が......」

 

「いや大森教授から聞いた話を元に考えれば、恐竜出現の頻度は段々と高くなっている。テノントサウルス発見から、二匹目のエウロパサウルス発見までの期間は約4週間、それから三匹目に発見されたマシアカサウルスはエウロパサウルス発見化から約一週間後......それからは4〜5に一匹のペースで発見されている」

 

「恐竜が増えてるってこと?」

 

「増えているのか、行動範囲が大きくなり人目に触れるようになったのか」

 

「どちらにせよ異常事態だな」

 

 

 

「おじゃまします......大学の講義長引いちゃって」

 

 三人でそんな話をしながらニュースを見ていると、玄関の扉が開き日毬の声が聞こえる。何故か最近俺の家が皆のたまり場と化している。

 まぁ家が賑やかなのは嫌いじゃないから俺も許している。

 

「なんか恐竜のニュースでも持ちきりだよね......どうしよう家の近くとかにティラノサウルスが出たりでもしたら」

 

「可能性はゼロではないが、今の所大型の獣脚類発見の報告はない。突然街にティラノサウスルが出現する可能性は限りなく低いだろう」

 

「そうだよね」

 

『只今入ってきたニュースです静岡県に住む男性から恐竜に襲われたという通報が警察にあり、今日の午後1時40分頃に......』

 

「嘘だろ?」

 

「うわぁTwittorでも大騒ぎだよ」

 

 杏がスマホを差し出して俺にTwittorのトレンド欄を見せてくる。トレンドは上から恐竜、恐竜被害、静岡恐竜......と1位から22位までその話題で埋め尽くされていた。

 

「ふむインターネットの方がテレビよりも情報が早いな。信用に価する情報かは些か不安な点が残るが」

 

 インターネットニュースによると、今日のお昼過ぎ静岡県の山間で山菜採りをしていた男性が恐竜らしき生物に襲われ左手首と右太腿に大きな怪我を負ったらしい。

 男性はなんとか抵抗し、その恐竜から逃げ山を下り警察に通報したという。

 

 男性の腕には証言通り噛み跡があり、まだ専門家などでも意見が出ていない為恐竜の物かは断定できないが、熊や犬などの歯型とは大きく形が違うとのこと。

 

「男性の証言によると、恐竜の大きさは自分の背丈よりも小さいぐらいで全身に羽毛が生えていたんだって」

 

「もしかしてトロオドンだったりしないよな?」

 

「その可能性は捨てきれない......ただ人間の背丈よりも小さい肉食恐竜は少なくない。他の種である可能性もある」

 

「そもそも肉食恐竜かもわからないんでしょ?凶暴な草食恐竜の可能性もあるよね」

 

「そうだな......頭ではトロオドン以外の可能性もあるって理解してるんだけど、どうしても」

 

「んじゃあ確かめに行こうよ、あたし達夏休みなんだから少しぐらいの遠出しても良いんじゃない?」

 

「いや、危ないだろ」

 

「そうだよ襲われる危険だってあるんだよ」

 

「わかったよ......でもね、もう恐竜を探しに沢山の人が山に入ってるんだよ」

 

 そう言うと杏は『恐竜ハンターが静岡の山に詰め掛ける』という見出しのインターネットニュースを俺達に見せる。

 

「ふむ......軽率な行動だが魅力的だ」

 

「先を越されたらどうするの? もしかしたらこの子のお母さんかもしれないでしょ。変な人に捕まって雑に育てられたりしたら......」

 

「言いたいことはわかるけど」

 

「それにトロオドン以外の新しい恐竜に会えるかもしれないんだよ?」

 

「ふむ......非常に魅力的だ」

 

「まて長尾、恐竜欲に流されるな」

 

「そんな事言う君も少し揺らいでいるだろう?」

 

「まぁ......」

 

「ねぇ行こうよ恐竜探し‼︎ だって明日から夏休みんだよ!!」



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静岡旅行

新千歳空港へ向かい羽田空港まで約時間の旅をした後、高速バスで羽田から静岡県へ移動し二時間ほど掛けて目的地にに到着する。 

 別に長旅という程でもないが、肩や腰が痛くなるし疲労もかなり溜まっている。

 

 家を出たのは朝の八時ぐらいだと言うのに、静岡県の予約しておいたホテルに着いたのは昼過ぎだった。

 

「やっと着いたぁ」

 

 恐竜事件が起こってから約27時間しか経っていないのにも関わらず、色々と道具を取り揃え静岡まで来た行動力に自分でも驚く。

 

「なんか私たち......特に杏ちゃんと長尾くんってフットワーク軽いよね」

 

 恐らく長尾のフットワークが軽いのは恐竜が関係している為で、恐竜に関係しない......例えば有名なスター等であればここまで来ていないだろう。

 杏のフットワークが軽いのは性格を考えれば頷ける。

 

「疲れたし、取り敢えず入ろうか」

 

 

 チェックインを済ませて俺たちは部屋に入る。もちろん男女は別々で、横に並んだ部屋をふたつ予約している。

 

「ふむ......良い眺めだ。恐竜が目撃された山がよく見える」

 

 荷物をおいた長尾が広い窓から見える景色を眺めてそう言う。確かに窓の先には静岡県の街が広がっているその先に例の事件があった山がある。

 

「もう少し山から近いホテルが良かったんだけどな」

 

 残念ながらホテルを予約しようとした頃には山に近いホテルは殆ど埋まっていた為、山から少し離れたこのホテルに泊まることになった。

 

「にしても恐竜ハンターがこんなに多いなんてな......山周辺のホテルが殆ど予約で埋まるって、少し熱が入り過ぎじゃないか?」

 

「冷やかしのような本気で恐竜を探しに来ていない者も多いはずだ。恐らくは本気で恐竜を探しに来ている人のほうが少ないだろう」

 

「まぁそうだとは思うけど......」

 

「ぴぃっ」

 

「今出すからな......長旅ご苦労さん」

 

 四人で静岡に来るとなると、ロープの面倒を見る人がな居なくなってしまう。誰かが残ってロープの世話をする事も考えたが結局一緒に静岡に行くことにした。

 

「大丈夫か? 具合悪くないか?」

 

 ロープは犬用のケージから出ると、部屋の中を走り回る。見慣れない部屋に来た為かロープは普段よりも活発に動き回る。

 

「元気だな」

 

「まぁ半日ぐらいこのケージの中に居たし、動き回りたいんだろ」

 

 そう話しながら走り回るロープをふたりで見ていると、部屋の扉がノックされる。日毬か杏のどちらかだろうと思ってドアを開けようとした時扉の奥から、

 

「ルームサービスです。ドアを開けてくださーい」

 

 と声が聞こえた。

 

「まずいロープを隠せ」

 

 長尾は走り回るロープを捕まえて押し入れの中に入れる。俺はそれを見届けてからゆっくりと部屋のドアを開ける。

 

「はい、なんでしょう......ってふたりか」

 

 扉を開けると日毬と杏が立っていた。俺たちを焦らせようと日毬が声色を変えてホテルスタッフのふりをしていたらしい。

 

「驚いた?」

 

「“驚いた?”じゃないよ。もうめっちゃ焦ったよ......それで何の用?」

 

「何の用って......折角静岡に来たんだよ、観光しなきゃ!」

 

 

 

 

「富士山って結構遠くても見れるんだね」

 

 流石に長時間移動して疲れた体で山を登るのは危ない、という事で今日は一日中ゆっくり休んで明日からの恐竜探しに備える予定だったが、杏の提案で静岡県観光をすることになった。

 日毬は修学旅行などを除いたら初めての北海道外の旅行らしく、けっこう静岡県観光を楽しんでいた。

 

 因みに長尾も居るが渋々といった感じだ。

 

「はい到着しました代金は4680円になります」

 

 タクシーを降りて俺たちは目的の富士サファリパーク。動物園であれば札幌にも円山動物園があるだろうという長尾の意見は無視されここに決まった。

 

「バス乗ろうよバス!」

 

「良いね行こう」

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

「色々と調べてみたこれを見ろ」

 

 静岡県観光が終わってからホテルに戻り、晩御飯を食べている時長尾がそう言って俺にスマホを差し出してくる。

 

「えっとこれは?」

 

「インターネットに転がっているニュースやSNSなどから発信された情報を分析し信用に値する有用なものをまとめておいた。明日の捜索では役に立つだろう」

 

「あたしにも見せて」

 

「私もみたい」

 

 とふたりがスマホを見ようと顔を覗かせてくるので、ラインでその内容を全員に送ってもらいそれぞれのスマホで確認することにした。

 

「まず、最も重要なのは例の歯型から凡その種類が判明したと言うことだ。これは様々な方面で報道され専門家も関わっている為信用に値する」

 

「......えっとぉドロマエオサウルス科?」

 

「聞かない恐竜の種類だけど、どんな恐竜なの?」

 

「確かにドロマエオサウルス自体はあまり有名ではないが、ドロマエオサウルス科の恐竜で有名なものと言えばユタラプトルやヴェロキラプトルなどが挙げられる」

 

「ヴェロキラプトルって映画で見た気がする」

 

「そうだろ? ドロマエオサウルス科の恐竜は皆肉食で獰猛なハンターである可能性が高い。もちろん小型の種類も居るから一概には言えないが」

 

「恐竜ハンターが逆にハントされるかも知れないって事?」

 

「不謹慎過ぎる」

 

「だが、杏の言う通りその可能性は非常に高い。実際すでに人が襲われている」

 

 長尾が言うには俺たちが静岡観光で楽しんでいる最中、恐竜ハンター(東京都の会社員)が山で恐竜を探している途中背丈ほどの恐竜に襲われて右足骨折の大怪我を負っていたらしい。

 幸いにも持っていた捕獲用の道具で応戦し、それ以上襲われることもなかったらしいけど......このニュースを見る限り死人が出るのは時間の問題だな。

 

「実際警察も出動している。山に近い住宅街では普段よりも多くのパトカーが巡回しているそうだ」

 

「ねぇ、その下に書いてある行動予測っていうのは?」

 

「それは色々な情報から考えられた恐竜の行動をある程度予測したものだ。信用に値する恐竜の目撃情報を地図上に表し検討をつけている」

 

「んで、どんなふうに行動してると長尾は思ってんの?」

 

「これは殆どが憶測だが、この恐竜はある程度の範囲内でしか動いていない可能性がある。縄張り意識なのか、あまり人の住むエリアに近づきたくないからなのかは不明だが、取り敢えずこの赤く囲った範囲内でしか動いていない」

 

「そう言えば足跡見つけたって情報とかもあったけど」

 

「あぁ僕も見つけたが、あれはフェイクだ。ドロマエオサウルス科の恐竜なのにあんな形の足跡が地面に残る筈がない」

 

「なるほど......」

 

「それで、明日はこの行動予測を元にして恐竜を探すんですよね?」

 

「そうだ明日僕達は山の北側へ向う。ルートはもう計画済みだ」



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恐竜探し

※野生動物などを捕まえる際罠などを使用した狩猟方法は、条例などで禁止されていることがあり刑罰を受ける可能性があります。

 実際恐竜を捕まえる際罠などを使用する場合は予め大丈夫かどうか調べから行ってください。


「ふむ......七時半にしては人が多いな」

 

 例の恐竜事件があった山の麓。まだ朝だと言うのに既に多くの人が山の中に入り例の恐竜を探しているようだった。

 恐竜ハンターの中には大きな捕獲用の機械だと思われる道具を持った大柄な外国人グループみたいな本格的な人もいれば、虫取り網を持っただけのよくわからない人も居た。

 

 因みに俺たちは完璧に“ちょっと運動する為に山登りに来た人”みたいな格好とではたから見れば恐竜ハンターかも怪しいレベルの見た目だった。

 

「取り敢えず目的地は北側だ、この道を抜けて奥の山道から登る」

 

 長尾の計算では、恐竜は最初山の南側(事件があった付近)でよく目撃されたが時間が経つにつれその目撃情報は減り、その後山の北側で、少しではあるが目撃情報があったらしい。

 そのため恐竜は恐竜ハンター達の気配に気が付き、身を隠すため山の南から北側へ移動しているのではないかという見立てだ。

 

「あぁ疲れた......どれぐらい登った?」

 

「まだ10分ぐらいしか経ってないぞ」

 

「うぇえマジ?」

 

「お水いる?」

 

「ありがとう日毬」

 

 スマホの地図アプリによると、俺達が今いる位置は大体山の北東側......このペースで行けばあと30分ぐらい進めば山北側、つまり長尾が見立てを立てた場所ぐらいに到着できる計算だ。

 山と言っても、そもそも恐竜事件が起こった場所が山の奥ではなかったので、急な斜面を頑張って登るという感じではなかった。

 

「でもあんまり人居ないね」

 

「殆どの恐竜ハンターは目撃情報の多い南側に集中しているからな」

 

「まぁでも偶にすれ違うよねそれっぽい人。さっきも網持った人いたし」

 

「あんな網で捕まえられるのかは疑問だけどな」

 

「そんな事言ったらあたしたちなんにも持ってきてないけどね」

 

「まぁ罠は持ってきてるけどな」

 

 恐竜と正面から対峙して捕まえるのは危険が伴うという事で、六個ほど罠を持ってきた。罠とってもロープとよくわかんない金具だが、長尾いわくこのふたつがあれば即席の罠は作れるらしい。

 

 それを仕掛けるために俺たちはこの山に登っている訳だが、その道中で恐竜に出会ったとしてもどうすることも出来ない。

 

「網のひとつでも持ってくればよかったかな?」

 

「相手は昆虫じゃない。網があったところであまり意味はないだろう」

 

「それもそうか」

 

「もし出会ったら、そこら辺に落ちてる木で殴り掛かるしかないな」

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

「これで三箇所目だな」

 

 山を登り始めてから二時間ぐらい経過して、俺たちは目的の山の北側に到着し予定通り罠を仕掛けていた。ただ罠を仕掛けるだけでは心許ないので、今日の朝買ってきた鶏肉とロープの糞を近くに置いておく。

 

「別の動物が掛かったら問題だよな」

 

「その時は逃せばよいだけだ」

 

「鶏肉はわかるんだけど、なんでロープちゃんの糞も一緒に置くの?」

 

「もしかしたら恐竜の匂いに反応しやすいかと思って置いているんだが、正直効果があるかどうかはわからない」

 

 罠は木のしなりを利用して動かすもので、動物が鶏肉を食べようとして餌の付いた木の棒を動かすとストッパーが外れて作動する仕組みだ。

 

「これ風とかで動いたりしない? 大丈夫な......ってあれみて」

 

「なんだ?」

 

 杏が指を指した先に恐竜が......と思いみんなその方向を見たのだが、別に恐竜らしき姿はなく、なにに驚いて指を指したのかがわからなかった。

 

「何に驚いている?」

 

「あれ見えないの? 血の跡」

 

「あれって......あぁこれか」

 

 罠を仕掛けた場所から10mぐらい離れた場所に生えている木に少し......いや他の血痕を見たことがないので多いのか少ないのかはよくわからないが血が付いていた。

 

「誰か襲われたのか?」

 

「襲われたにしては血の量が少なすぎるんじゃない?」

 

「言うとおりだ......この血痕は人のものではない」

 

「なんでわかるだ?」

 

「血と一緒に羽毛のようなものが付着している。この時期にコートを着て登山する習慣がある人間なら別だが恐らくは動物がこの木にぶつかり付着したのだろう」

 

「たしかに、動物っぽい足跡もあるしね。これとか」

 

「......ふむ地面が固すぎて正確な足跡は判別できないか。ただこの足跡の並びから二足歩行の動物である可能性が高いここら辺で見られる二足歩行が可能な動物といえば、熊や猿......そして恐竜などが挙げられるな」

 

「この足跡の大きさは熊ではないな」

 

 熊の足跡を見たことはないが、流石にこんな小ささではないだろう。

 

「じゃあ猿?」

 

「この羽毛の色は猿っぽくはないけどね」

 

 血と一緒に付着している羽毛の色は少し赤みがかった茶色。よく目にする猿の色よりは明るく派手な印象だった。

 

「この感じだと流血しているのか?」

 

「人を襲った時逆に怪我をしたとか?」

 

「可能性は考えられる。この血痕を追えば恐竜にたどり着けるかも知れない」

 

「んでもあたし達なーんも道具持ってないよ。四人で飛びかかるわけにも行かないし」

 

「縄で縛ればなんとかならないか?」

 

「カウボーイみたいに出来ないでしょ」

 

「ふむ......何か良い案はないか?」

 

「じゃあ殴って気絶させる」

 

「他」

 

「捕獲は諦めて、見つめても捕まえずに種類とかだけ調べて帰る」

 

「それが一番現実的だな」

 

「そうしよう......そうと決まれば血痕を追うぞ」



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血痕の先に

「血痕途切れた?」

 

「いや、ここに落ちている」

 

 血痕を辿って既に二時間が経過している。血痕の間隔は10mから20mぐらい離れているため、血痕を追うと言っても簡単には行かない。

 足場が悪い道を長がい時間進むのに加えて、本州の蒸し暑い気候が俺たちの体力を段々と奪っていく。

 

「あぁ疲れた......どれぐらい進んだ?」

 

「スマホのマップによると1.2kmしか進んでない」

 

「え〜そんだけ? こんなに時間掛かってるのに?」

 

「ポカリいる?」

 

「もらう」

 

「もうお昼だし少し休憩とるか」

 

 適当に座れそうな倒木を見つけて、持ってきたお弁当を広げる。日毬が気を利かせて保冷バッグの中に保冷時とこのお弁当を入れておいてくれた為この気温でも腐っている心配はしなくて良さそうだった。

 

 俺や杏はそういう事に気が回らないし、長尾は恐竜のことしか頭にないので、こういう時日毬が居てくれると本当に助かる。

 

「冷たいポカリうま〜」

 

「ごちそうさまでした」

 

「はやっ」

 

「そうでもないと思うが......」

 

 長尾はそう言いながら俺たちのお弁当を見る。

 

「ふむ少し人よりも早いのかも知れない。初めて知った......それよりもこれを見て欲しい今スマホを開いたらこんなニュースが」

 

 

 長尾の見せてきたニュースによるとフランスの農村で家畜が大型生物に襲われる事件があり付近に残された足跡を調べた所メガロサウルスの仲間である可能性が高く、軍隊が派遣されたという物だった。

 

「メガロサウルス科の恐竜はジュラ紀に反映し、スキウルミムスのような小型の物も存在するが、その殆どは大型で体高は人間の背丈をゆうに超える」

 

「そんなのが現れたのか」

 

「ねぇ軍隊が派遣されたって言うけどさぁ、軍隊が恐竜と戦ったところでなんとかなるものなの? みんな倒されちゃったりしない?」

 

「流石にそれは考えにくい。恐竜と行っても生物だ銃で撃たれれば死亡する」

 

「でも大きいんですよね? 銃で撃っても効果がないみたいな......」

 

「全く効果がないことはないだろう。ただ大型化すれば銃撃の効果が薄くなる可能性はある......しかしこの大人数だ全滅するなんて考えられない」

 

「そうだよね安心した」

 

「安心って......日本でも大型肉食恐竜現れたら自衛隊出動してくれるのかな?」

 

「たしかに、どうなんだろう」

 

「自衛隊は法的なしがらみが多いから難しいだろう。ただ日本には自衛隊でなくとも猟友会が存在している。少なからず無策という訳ではないだろう」

 

「猟友会って......」

 

「確かに軍隊と比べればインパクトは弱いが猟友会だって銃を装備した人間の集まりだ。それに日々野生動物を相手にしているから軍隊より頼りになる可能性はある」

 

「まぁそれもそうかそうか......でもまぁ自衛隊とか猟友会以前に日本にこんな奴が現れなければ良いんだけどな」

 

 と話をしていると、俺も含めみんな御飯を食べ終わる。休憩もしたので、また俺たちは恐竜の血痕探しを再開する。

 

 

 >―< >―< >―< >―< >―<

 

 

「これは家なのか?」

 

「なんで疑問形なの? どう見たって家でしょ」

 

「いやでも、こんな山奥に有るなんて思わないだろ」

 

「でも普通の家と言うより別荘って感じしない?」

 

 休憩が終わり血痕を辿り始めてから1時間が経とうとした時、俺達の目の前に大きな別荘が現れる。家は高さ2mぐらいの壁で囲われていて、正面の門はかなり豪華に作られている。

 

 日毬を肩車して壁から中の様子を覗いて貰う。

 

「おっきい家だよ......水は張ってないけどプールも有る。多分反対側に駐車場があって、そっちの方には道路が有るんじゃないかな?」

 

 杏が地図で調べた所によると、この家の西側(俺たちがいる方向とは反対側)にしっかり舗装された道路があって、そのまま静岡市内まで繋がっているという。

 

「まぁ別にここに家があるのは良いんだが......」

 

「この血痕は問題だな」

 

 俺たちが何故この家にたどり着いたかと言うと、血痕を辿って歩いていたら、この家の壁に血痕が付着しているのを見つけたためだ。

 

「あのさ、敷地内に血痕ある?」

 

 中を覗いている日毬に尋ねる。

 

「うん、庭に結構大きい血溜まりみたいなのがあるよ......水で流そうとした跡があるんだけど結構芝生全体に広がってて取れてないみたいだね」

 

「どうする?」

 

「どうするって......ピンポンするしかないだろ」

 

「だよな」

 

 俺たちは門の前に立ち、インターホンを押す。

 

『はぁいどちら様でしょう?』

 

 と年老いた女性の声が聞こえる。俺は恐竜探しで......と答えようとしたのだが、長尾がそっと小さい声で「これを読み上げろ」とスマホのメモ帳を見せてくる。

 

「えっと先日落とし物を拾いまして、ご住所がその落とし物に記載されていたのでお届けに来たんですが......吉田さんで間違いなかったでしょうか?」

 

『えぇ確かに吉田ですが、落とし物とはなんでしょう?』

 

「お店のポイントカードだと思うんですけど、前に買い物をしていて偶然地面に落ちてるのが見えたんですよ。それで届けに来ました」

 

 俺は杏から渡されたジーユのメンバーズカードを長尾の指示で、手でそのカードをほとんど隠した状態でカメラに映す。

 

『あらそうでしたかぁ、わざわざありがとうございます。取り敢えずその門は開くので、家の中前まで来てください』

 

 そう云うとインターホンが切れる。

 

「ナイスだ杏素晴らしいフォローだった。僕もポイントカードの一枚ぐらい持ち歩いていればよかったんだが生憎古生代博物館の年間パスポートしか持ってなかった」

 

「あのさ、なんでわざわざ嘘をついたの?」

 

「家に恐竜の血痕がありますよねぇ? 少し調べさせてください......って言ったって普通は“ごめんなさいダメです”って言われるのがオチでしょ」

 

「まぁそれもそうか......」

 

「取り敢えず、君と日毬は普通に家の中に入りこの家の住民に接触した後例の血痕について可能な限り訪ねろ。その間僕と杏は秘密裏にこの家を調べる」

 

「えっと、良いけどなんで俺と日毬なんだ? 最悪俺一人でも」

 

「それではダメだ。日毬は既にインターホンのカメラ越しに存在が確認されてしまっている。僕と杏は画角から逸れていたためその心配はない」

 

「そうか、わかった、気をつけてな......じゃあ俺たちは家に入るか」

 

 そう言って俺は日毬と家の玄関ドアの前に立ちチャイムを押した。



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恐竜の出どころ

「こんにちは」

 

「わざわざありがとう御座います......どうやってお越しで?」

 

 ドアのチャイムを鳴らしてから程なくして、扉が開き背の低い年老いた女性が現れる。優しそうな口ぶりで今の所怪しい点はない。

 

「まぁその、車で」

 

「そうでしかたか。それでポイントカードは?」

 

「それなんですけど......実は持っていなくて、本当はお伺い」

 

 と言いかけたところで女性は「騙したんですか?」と大きな声を挙げてから「すいません、もう帰ってください」と言って扉を閉めようとする。

 

 しかし、何故か扉は途中までしか閉まらず女性は焦った様子でなんどもドアを開けたり閉めようとしたりしてバタバタさせる。

 

 何故扉が完全に閉まらないのかと思いドアを見ると、日毬がドアとドア枠の間に靴を挟んで扉がそれ以上閉まらないようにしていたのだ。

 

 まるで悪徳新聞販売業者のようなやり方と、腕を組んで威圧するような態度に少しだけ......いや、かなり驚く。

 

「あの、日毬これは......」

 

「“これは”じゃないじゃないでしょ? 私たち折角ここまで来たのに、ここで扉を閉められてはい終わりですって納得できないもん」

 

 たしかに日毬の言うとおりだ。

 

「あの、取り敢えず落ち着いてください。ただ俺たちは聞きたいことがあってここに来たんですよ。あの庭にある血痕ってなんですか? 恐竜に関係ありますか?」

 

 と尋ねると、恐竜という言葉に反応したのか一度ドアを開く手を止める。

 

「それは......いえ全く関係ありません。私達はまったく知りませんから」

 

 と再び叫んでからドアを閉めようとする。

 

「あの落ち着いて......」

 

「おい、どうした? 煩いなと思ったらお前達は誰なんだ?」

 

 そんなやり取りをしていると、廊下の奥から初老の男性が現れる。髪の毛は薄く体型は少し丸い感じの男性で俺と日毬はその剣幕に圧倒される。

 

「誰なんだって聞いてんだろこのガキが......お前らここになんの用があるんだよ。関係ねぇって言ってるんだからさっさと諦めて帰れ」

 

「いやでも......」

 

「警察呼ぶぞ。さっさと帰れよ、早く!」

 

「えっと、その......」

 

「警察を呼ばれて困るのはおじさん達なんじゃない?」

 

 振り返ると杏と長尾が立っていた。

 

「この家を少し調べたらガレージの中に縦横4m高さ2.3mの檻が存在していた。中には恐竜の物と思われる血の跡と羽毛、そしてその檻は解錠されている状況だった。このことからあなた方はあのガレージ内で恐竜を飼育しており、ある時その恐竜が怪我をした為、治療しようとあの扉を開けた際に恐竜が脱走してしまったと考えられる」

 

 そう長尾が特有の早口で言うと、杏がその檻を撮影した写真を俺たちと言い争っていた老夫婦ふたりに見せつける。

 

「証拠もバッチリ」

 

「恐竜を飼育してはいけない法律は存在しない。ただ危険な生物と知りながら杜撰な管理をし、恐竜を世に放ったとなれば責任は問われるはずだ」

 

「どうなんですか? なんか良い言い訳が有るなら聞いてあげるけど」

 

「......それは.......お前達が言うように恐竜のものだ」

 

「やはりそうですか。種類は?」

 

「あまり覚えてないない。映画に出てた恐竜に似ているから孫に見せてやろうと思って買っただけで詳しい事は全然知らないんだ」

 

 さっきまで強気そうだった男性が、そう弱々しそうに言う。

 

「じゃあ質問します。ドロマエオサウルスみたいな名前でしたか?」

 

「いやそんなに言い難い名前ではない」

 

「名前で聞くより特徴を聞いたほうが絞り込みやすいですよ。あの大きさは?」

 

「高さは俺より少し小さいぐらいで、長さは尻尾も入れたら車ぐらいあった」

 

「羽毛は生えていましたか?」

 

「羽毛は全身に生えていました......あと大きな鉤爪が」

 

「そうだ、あなた確か書類があったわ......今取ってきます」

 

 そう言ってお婆さんは一度家の奥へと歩いていったかと思えば、ファイルを持って再び玄関に戻ってくる。そのファイルには色々と書類が挟まっていた。

 

「これは?」

 

「その恐竜を購入した時の書類です。何処かに種類が載っていたの」

 

「ここか......えっとアキロバートル?」

 

 英語で名前が記載されているため、正しい発音がわからない。

 

「恐らくはアキロバトル。モンゴルで化石が発見されたドロマエオサウルス科の恐竜で今までの証言とも特徴が一致する」

 

「あの、購入とさっき言ってましたけど具体的にはどんな風に?」

 

「家に......あぁここは別荘で家はもっと街の方にあるんですけど、その家に訪問販売の人が来て恐竜を買わないかと言ってきたんです」

 

 その老夫婦の話によると、最初は意味がわからず帰ってくださいと言ったそうだがその押し売りは実物を持ってきますと言って、次の日トラックに積まれた恐竜を見せて再度購入を勧めてきたと言う。

 

 元々会社経営者でお金に余裕があり、孫が有名な恐竜映画で言っていた好きな恐竜にも似ていたため購入しこの家で密かに飼っていたそうだ。

 今年のお盆に孫がこの別荘に来る予定だったので、その日にお披露目する予定だったが逃げ出されてこうなってしまったらしい。

 

「因みに値段は?」

 

「90万円です」

 

 安いのか高いのかよくわからない。ただ押し売りという点では俺のロープとも共通点が有る。もしかしたら同じ業者なのか?

 

「なるほど......」

 

 ひと通り話を聞き終えて、俺がそう呟くと後ろから長尾がその夫婦に話しかける。

 

「まず今のことは警察に通報させてもらいます......というかもう通報して今警察の人がここに向かってきています。恐らくは同じ様な話を警察の人にもすることになるでしょう」

 

「そうですか......」

 

「それでは、僕達はこのへんで帰らせて頂きます」

 

「え?」

 

「僕達の目的は恐竜探しです、ここに残っている必要はありません。では」

 

 そう言うと長尾は俺を、杏は日毬の腕を掴んで敷地外に引っ張り出す。

 

「ちょっとなんだよ、もう少し話を聞いたって......」

 

「話は後だ取り敢えず、舗装された道路を下り街の方へ向かおう。詳しい話はその道中でする......まずは一刻も早くここから離れよう」

 

 



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