五等分の奇跡 (吉月和玖)
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第1章 出会い
0.プロローグ


「兄さん、起きてください!」

 

目を覚ますと、そこにはこちらを覗き込んでくる少女の顔があった。

 

「起きたのなら早く顔を洗って、リビングに来てくださいね。朝御飯の準備はもう出来ているのですから」

 

そう言って僕の部屋から少女はさっさと出ていった。

 

僕の名前は、直江和義(なおえかずよし)。近くの高校、旭高校に通う2年生。

ちなみに、彼女は今年から小学校に入学した僕の妹で、名前は零奈(れいな)。とても子どもとは思えないほど丁寧な言葉を使っており、何事もきびきびと行動している。

たまに、本当に自分より短い人生を歩んできたのか、と勘違いするほど大人のような対応をしている。

 

これ以上ゆっくりするとまた小言を言われてしまいかねないので、さっさと顔を洗うために洗面台に向かった。

 

リビングに向かうと、トーストにスクランブルエッグ、それにヨーグルトが食卓に並べてあった。

僕に気づいた妹は、二人分のジュースを用意して席に着いた。僕もそれに続く。

 

「「いただきます!」」

「朝食も僕が作ると言ってるのに、ここまで用意して大変でしょ」

「いいえ、これくらいなら苦ではありません。全てを兄さんに任せるわけにはいきませんから」

(相変わらず、とても小学1年生の話す内容ではないな…)

 

朝食も終え、制服に着替えて学校に向かう。

妹が通う小学校も近いので、大体二人同時に家を出る。

 

「じゃあ気をつけて行ってくるんだよ」

「はい、兄さんも気をつけて。いってきます!」

 

そう言って妹は小学校に向かった。

 

9月になったとは言え、朝もまだまだ暑いなと思いながら登校していると、前方に見知った姿が見えたから少し早足にそいつのところに向かった。

 

「おはようさん!ったく、参考書を見ながら歩くと危ないと前から行ってるだろ」

 

と、そいつの頭に軽くチョップをしながら挨拶をした。

 

「痛っ!お前にもいきなりチョップをするなと、前から言っていると思うんだが…まぁいい、おはよう。この登校の時間も、俺にとっては貴重な時間なんだからいいだろ」

 

そう言ってまた参考書に目を戻す。

こいつは上杉風太郎(うえすぎふうたろう)。僕と同じく旭高校に通う2年生で、僕とは小学校からの腐れ縁で親友だ。

なお、登校時まで参考書を読む程のがり勉だ。というより勉強の虫である。

 

 

「分かんないとこあったら、また昼飯の時にでも聞いてくれ」

「ふん、あったらな」

(まったく、相変わらずなこって)

 

そう心の中で思いながら、風太郎と並んで学校に向かうのであった。




とりあえず、一話書き終わりました。
次の構想はできてるのですが、私生活が忙しく…
すぐに投稿できるように頑張ります!


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1.勉強

その日の昼休み、食堂にて

 

「焼き肉定食、焼き肉抜きで」

「お前さんは今日も平常運転だねぇ」

 

このアホな注文をしているのは、もちろん我が友上杉風太郎である。

彼曰く、この学食で最も安いメニューらしい…

もちろん、一番安いメニューはライスのみの200円なのだが、この焼き肉定食の焼き肉抜きにすることで、同じ200円で味噌汁とお新香まで付いてきてお得なのだ。

 

(確かにお得かもしれないが、こんなことをするのはおまえくらいだよ)

 

いつもそう思って仕方がなかった。

ちなみに、僕はハヤシライス(大盛)とサラダ、それに唐揚げ単品(風太郎用)を頼んでいる。

 

「ほい、今日も頑張ってたみたいだから激励を込めて差し入れだよ」

 

そう言って、風太郎のトレイに唐揚げを乗せてやった。

 

「いつもすまんな」

「いいって、気にしなさんな。僕が好きでやってるんだから」

 

その後いつもの席に向かったのだか、そこで思いもよらないことが起きてしまう。

 

ガシャン!

 

ほぼ同時になるトレイをテーブルに置く音。

ちなみに僕ではない、僕はまだトレイを持って風太郎の後ろにいる。

では誰だ、と風太郎の奥を見てみると一人の女生徒がいた。

 

(黒薔薇女子の制服…?なぜ、そんなお嬢様学校の生徒がこんなところに?)

 

そんな事を思ってる間に、風太郎は嫌な方に想定していた行動を取っていた…

 

「俺の方が早く座りました!はい俺の席!」

(本当にガキかこいつは…)

「和義、早く向かいに座れよ」

 

今までの行動について、何もなかったかの如く僕にそう話しかけてきた。

だが、ここで僕の予想外のことが起きる。なんと、黒薔薇女子の制服を着た女生徒が、風太郎の向かいに座ったのだ。

 

「何でお前がそこに座るんだ。そこは俺の友人が座る場所だ!」

「椅子は空いてました。座った者勝ちなのでしょう。それに、ずっと学校の見学をしていて足がもう限界なんです」

 

そう言って、チラッと彼女はこちらを見ていた。

 

「大丈夫ですよ。僕はこの男と違って図々しくないので。僕は、こっちの席を使いますよ」

 

と言って、ちょうど風太郎の横の席に座った。

何か言いたげな顔を風太郎がしているが、気づかないふりをして昼御飯を食べることにした。

 

「はぁ、もう勝手にしろ」

 

そう言って、風太郎も食事を開始した。

その時の彼女は少しほっとしていたように見えた。本当に足に限界が来ていたのだろう。

そんな事には露も気づいていないこの男は、いつも通り飯を食いながら勉強をしている。

 

「行儀が悪いですよ」

「ほら。僕もいつも飯時には勉強やめろって言ってるだろ」

「テストの復習をしているんだ。和義はともかく、お前には関係ないだろ、ほっといてくれ」

(またそんな突き放すような事を言って…ほら見ろ彼女の顔がどんどん膨れてるじゃないか)

 

そう、彼女の頬はまるで風船の如く膨らんでいる。

何かあれば爆発してしまうんじゃないかとこっちはハラハラだ!

せっかくの飯なのに味が分からん。

 

「そんなに必死に勉強をしているということは、とても点数がよくなかったのですね。何点だったんですか?」

 

そう言って、風太郎が持っている答案用紙を彼女が取り上げた。

 

「あ、馬鹿やめろ!」

 

そんな風太郎の反応が嬉しかったのか、ニヤリと彼女は笑っていた。

 

「あぁ~、見ない方が言いと思うけどなぁ」

 

そんな僕の言葉に若干不思議に思いながらも、答案用紙の内容が彼女の目に入ることになった。

 

「え~っと、上杉風太郎くん。得点は……100点」

「あぁ~、もうめっちゃ恥ずかしい!」

(どこがだよっ!してやったりって顔じゃねぇか!ほら彼女の顔もまた膨らんじゃってるじゃないか)

 

よほど悔しかったのか、先ほどと負けず劣らず彼女の頬は膨らんでいる…

 

「わざと見せましたね!」

「なんのことやら」

(いや、わざとだろ)

 

もう心の中での突っ込みに疲れてきた。

 

「うぅ…悔しいですが勉強は得意ではないので羨ましいです。

そうです!私、良いこと思いつきました。せっかく相席になったのですから、私に勉強を教えていただけませんか?」

 

こんな提案をされれば少しは迷うか、引き受けたりするのだろうが、この上杉風太郎という男は普通ではないのだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

そう言って、席を立って立ち去ろうとしている。

 

「えぇ~っ!食べるの早くないですかっ!それだけでは足りないでしょう。私のを分けてあげましょうか?」

 

そう言って引き留めるが、さすがは風太郎…僕の斜め上をいく行動をする。

 

「満腹だね。むしろあんたが頼みすぎなんだよ。ふ「あ、馬鹿!」とるぞ。」

 

時既に遅し。僕は眉間に指を持っていった。

 

「ふとっ……」

 

そんな時、風太郎の携帯にメールが来たようだ。

 

「すまん、和義先に行く」

 

風太郎にメールを送ってくるのは、僕か妹のらいはちゃんくらいだ。そして、僕はメールをしてないので十中八九らいはちゃんだろう。

そんな事を考えている間に風太郎は行ってしまった。

 

「あんな無神経な人に初めて会いました!!」

 

そりゃそうだ。初対面の女子に向かって、さすがに太るはないだろ…

いや、たしかに彼女の昼飯は、うどんにトッピングに海老天2個、いか天とかしわ天とさつまいも天、さらにデザートにプリン、とかなり量が多い。

 

「悪かったね。僕の友人が失礼な態度を取って。いやぁ~、長年友人やってるけど、ホント予想外の行動を取るわぁ」

「いえ、あなたが謝ることはありません。むしろ、あなたは何度か気を使ってくれたではないですか。あんな人と一緒に居て大変じゃないですか?」

 

そう言って、彼女は残りのご飯を食べ始めた。僕もそれに続く。

 

「まぁたしかに疲れるときはあるけど、あいつも根は良いやつなんだよ」

「信じられません」

 

あんなものを見せられたら、そりゃそんな気持ちになるわなぁ。

 

「ところで勉強見てほしいの?お詫びと言ったら何だけど、僕が見てあげようか?」

「本当ですか!もしお時間があるのであればお願いしたいです」

「全然良いよ。てか、今勉強道具持ってるの?」

「はい。鞄の中に入れてます。」

 

そう言って、鞄の中からノートと参考書を取り出した。

 

(たしかさっきは勉強得意ではない、と言っていたけど、参考書を持ち歩いてるなんて、真面目な子なんだな)

 

そう思いつつ勉強を教え始めた。

 

「さてと、昼休みもそんなにないし触り程度だけどやりますか!」

「はい、よろしくお願いします。」

 

 

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「……………てな感じかな、どう?今の説明で分かったかな?」

「はい!勉強が苦手な私でも大変分かりやすかったです。教えるのがお上手なんですね、えっと……」

(おっと、そういえばお互い名乗ってなかったな)

「僕は、直江和義。2年4組に在籍している」

「私は、中野五月(なかの いつき)と言います。お気付きかもしれませんが、本日転校してきました。同じく2年生です。まだクラスは分かりませんが」

「そっか、同じクラスになるといいね。ちなみに、さっきの男は僕とは別クラス。何組かは……、まぁお楽しみってことで」

「うぅ~、できればあの人とは同じクラスにはなりたくないです」

「ははっ、それはフラグ立てちゃうから言わない方がいいかも。僕と同じクラスになってもならなくても、また勉強教えて欲しかったらいつでも声をかけてよ、これも何かの縁だろうし」

「はい!その時はよろしくお願いします!」

 

そんな会話をしていたら、予鈴が鳴り響いていた。

 




私生活を送りながらの投稿は大変ですね。。。
やっと第2話です。
続きもすぐに投稿できればいいのですが。


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2.転校生

「チャイムは鳴ってますよ。皆さん席に着いてください!」

 

チャイムが鳴ってから少し遅れて、担任の先生が教室に入ってきた。

それを機に皆自分の席に戻っていく。

 

「授業を始める前に皆さんに紹介したい人がいます」

(お、もしかしてさっきの中野さんかな?ふふ、風太郎と同じクラスじゃなくて良かったじゃん)

 

そう思って、入ってくる生徒に注目した。

というか、転校生を紹介するのは普通午前中だと思うのだが…

 

(あれ?たしかに中野さんの顔なんだけど、髪型が違うような?それに、ちょっと雰囲気も違う…)

 

転校生が黒板の中央辺りまで来ると自己紹介を始めた。

 

中野三玖(なかの みく)です。よろしく…」

 

その一言だけで自己紹介が終わった。

どうやらさっき会った中野さんには姉妹がいたみたいだ。

 

(にしても、似てるなぁ。髪型とヘッドフォン?があるくらいしか違い分かんないかも)

 

そんな風に感じていると担任は席を誘導する。

 

「直江くんの隣がちょうど空いてますね。そちらにお願いします。」

 

コクンっと頷くと彼女はこちらに歩いてくる。

 

(あぁ、せっかく隣は誰もいなくて結構楽だったんだけどな…ま、しゃぁないか)

「よろしく」

 

そう一言言っただけで、彼女は席に着いてしまった。

周りの事など無関心であるかのように。

 

「では、授業を開始しましょう。あ、中野さんの教科書ですが今日中には用意できると思うので、今日だけは直江くんが見せてあげてください」

「(げっ!?)分かりました」

 

そう言って、中野さんの席に自分の席を持っていく。

 

「悪い、ちょっと見にくいかもしんないけど勘弁してね」

 

そう言って、自分の教科書を開き中野さんに見えるようにした。

なぜ見にくいかと言うと、色々と落書きをしているからだ。

いや、絵を書いたりだとかそういった類いの落書きではない。

僕は歴史が好きで、所々にその人物に関係する事をメモしたりしていた。

自分で見る分には全然構わないのだが、果たして他人が見ると読めるのだろうか…不安しかない。

 

「凄いメモ。歴史が好きなの?」

「ん?あぁ、特に日本史の源平辺りから江戸初期にかけてだけどね。ははっ、見にくいよね。今日だけは勘弁してくれると助かるよ」

 

そう言って、彼女を見るとさっきよりも雰囲気が柔らかくなったように感じた。

気にはなったが、いかんせん今は授業中である。授業に集中せねば。

なんたって、今の授業は歴史。担任の先生は所々に逸話を交えて授業をするから、この授業は割りと好きな部類に入る。

まぁ、歴史をそんなに好きでもない人から見たら、ただの眠たくなる授業かもしれないが…

そして、先程までの疑問がなかったかのように授業に集中したのであった。

 

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三玖視点

 

この教科書、凄いメモの量。

この辺のメモとか、本当に歴史好きの人しか分からないのに。

それに、授業も生き生きとして受けてるし、黒板に書かれてないこともどんどんメモを取ってる。

でも分かるな。

だってこの先生がたまに話してる逸話とか聞いてると楽しくなるから。

あ、今の話知らない。メモ取っておこう。

ふふっ、学校の授業で楽しいって感じたの初めてかも…

 

(この人になら、私の秘密を教えてもいいかな…)

 

そう思いながら、隣の彼をチラッと見たのだった。

 

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授業の終了のチャイムが鳴る。

 

「では、本日はここまで。今日はこれが最後の授業なので、このまま帰りのホームルームも終わらせましょう」

 

そう言って、伝達事項などを担任が喋っている。

 

「伝達事項は以上です。では、気を付けて帰ってください」

 

そう言って、担任が教室から出ていく。

 

「あっと、中野さんはこの後職員室に来てくださいね」

 

思い出したといった感じで、教室に顔だけ出してそう一言言ったらまた出ていった。

 

(いやぁ~、今日の授業もまじで面白かったわ。あの先生どこでこんな知識見つけてくるんだろう?今度聞いてみようかな)

 

そんな事を考えながら、自分の席を元に戻す。

 

「今日は悪かったね、教科書見にくかったでしょ。まぁ、明日からは自分の教科書があるから問題ないよね」

 

しかし、彼女からは意外な返答があった。

 

「そんな事ない。見ていてとても面白い教科書だった。ずっと見ていたいくらい」

 

そう言った彼女は、はっとした顔して顔を埋めてしまった。

 

「まぁ、好評だったのなら何よりだよ。こんなので良かったら、言ってもらえればまた見せてあげるよ」

 

そう笑って彼女に話しかけた。

顔を上げた彼女の顔は少しだが喜んでるように感じられた。

 

「そういえば、職員室に行かないとだっけ?何かの縁だし、案内するよ」

「うん、よろしく」

(良かった、もう少し彼女と話せたらって思ってたし)

 

彼女の承諾を得て二人で職員室に向かう。

この後に、とんでもないことが待ち受けているとは、この時の僕は露も思っていなかった。

 




う~む、やはり文章に起こすのは難しいですね。。。
何とか第3話の投稿ができました。
ついに三玖登場です!
しかし、オリジナルで文章書くと、こんな風に喋るっけ?と疑問に思ってきますね。。。
もう少しだけオリジナルを書きたいと思います。
読みにくかったりするかもですが、お付き合いいただければ幸いです。


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3.五つ子

職員室に向かっているところで、先程感じたことを中野さんに聞いてみることにした。

 

「そういえば、さっきふと思ったんだけど、もしかして中野さんも歴史好き?」

 

こんな質問をしたところ、隣の中野さんはビクッと反応した。

分かりやすいなぁ。

 

「誰にも言わないで」

「それは別に構わないけど、何で隠してるの?」

「だって、周りの女の子達が好きなのはイケメン俳優や美人なモデル。でも、私が好きなのは髭のおじさん…変だよ」

(なるほどね。近頃は歴女なんて人達も増えてはきたものの、それでも歴史好きの女の子は少ないのかも知れない)

「まぁでも良かったじゃん。転校してきた隣の席に同じ趣味を持つ同士がいてさ。今度、歴史トークとかどうよ?あ、もちろんみんながいないとことかでさ。後、担任の先生を巻き込むのもいいかも」

 

ちょうどあの先生と語り合いたいって思ってたしね。

うむうむ、色々と考えが膨らむな。

 

「私も変だけど、君も変だよね」

「失礼な!あ、でも中野さんは変じゃないでしょ。好みは人それぞれなんだし、別に髭のおじさんが好きでも問題ないっしょ。自分が好きになったものなんだし、誇りに思ってもいいんじゃない」

 

そんな言葉を伝えると、ビックリしたような顔でこっちを見ていた。

 

「え、何かおかしな事言った?」

「ううん、でもやっぱり君は変な人」

 

そう言って彼女は笑っていた。

 

「う~む納得いかない」

「あ、でも歴史トークをするのはいいと思う。私もさっきまでそう思ってたし。あの教科書もまた見たい」

 

そんな彼女は笑顔を見せてくれた。

 

「そういえば話が変わるんだけど、中野さんって姉妹がいる?」

「何で?」

「いや、実は昼休みに中野五月って子と少し話してさ。中野さんが、教室に入ってきた時はビックリしたよ。さっき会った顔だけど、髪型や雰囲気が違くてさ」

「ふ~ん、五月とももう話してたんだ。しかも私よりも先に」

 

あれぇ~、何だか少し怒気を感じるのだが気のせい?

 

「まぁいいや。想像通り五月は私の妹」

「あ、やっぱそうなんだ!」

(待てよ?目の前にいる中野さんは三玖で、三。食堂で会った中野さんは五月で、五…)

「もしかしなくても中野さんって五つ子だったりして~」

 

そんな冗談を言うと、中野さんは驚いた表情でこっちを見た。

 

「何でそう思ったの?」

「あぁ、いや二人の中野さんにはそれぞれの名前に数字があるでしょ。だから後、一と二と四がいるのかなぁ~なんて思ったりした訳ですよ」

 

何故に敬語?と自分に突っ込みたい!

 

「凄いね。まるで名軍師、竹中半兵衛みたい。当たりだよ、ほら」

 

と、ある場所を指差した。

そこには、中野さんと同じ顔で同じ制服を着た女子生徒が4人立っていた。

 

「ヤッホー!遅かったね三玖」

「遅いわよ!三玖」

「三玖!こっちこっち!」

「あら、あなたは…」

 

四者四葉(こんな言葉はないが…)、それぞれの反応をしている。

 

「おやおやぁ~、隅に置けませんなぁ三玖。転校初日から彼氏と下校ですかなぁ?」

「はぁ!?彼氏って…あんた三玖に何かしたんじゃないでしょうね!」

「三玖、凄ーい!」

「えぇー、そうなのですか?」

 

本当に反応がそれぞれで見ていて楽しいなぁ。

中野さんは中野さんで顔を真っ赤にして俯いてるし。こういうのには慣れてないんだろうね。

 

「ははっ、残念ながら彼氏ではなく友人だよ。席が隣になってね。その縁で職員室まで案内したんだ。そっちの中野さんは昼休みぶりだね」

「はい!その節は大変お世話になりました。後、名前で呼んでいただいて構いませんよ。何かと大変でしょうから」

「そっか、それは助かるよ、えっと…五月。あ、僕の事は好きに呼んで構わないから」

「はい」

 

そう笑顔で返事をしてくれた。

この子も、風太郎の馬鹿な行動がなければいい子なんだよな、と改めて思った。

 

「おやおや、五月ちゃんにまで手を出していたなんて、君もやるねぇ~」

「ちょっと!!私の妹達に手を出してるんじゃないわよ!」

 

こっちはこっちで止まらないね。

 

一花(いちか)二乃(にの)もいい加減にうるさい…」

「そうですよ!それに、直江君はそんな人ではありません」

(これは、しばらく収まらないやつだな…)

「まぁまぁ、みんな落ち着いて!ここ職員室の前なんだし、そろそろ先生のところに行かないと!」

 

そう宥めてるのは大きなリボンを付けている女の子だ。

さっき一花って子と二乃って子に注意をしていたから、この子が四女かな?

名前までは分かんないけど。

とりあえず、ここはさっさと離れた方がいいかな。

このままずっとここにいると周囲の目が気になってくるしね。

 

「それじゃあ、三玖また明日ね!五月も、また分かんないとこがあったら僕のクラスまで来な。三玖もいるから来やすいだろうし」

 

「うん、じゃあねカズヨシ。また明日」

「はい、さようなら。その時は是非お願いします!」

 

二人からのそんな返事を聞きながらその場を離れて行くのであった。

 

(明日から賑やかになりそうだ!)

 

そんな、期待と不安を持ちながら、妹が帰りを待っているであろう我が家に帰ることにした。




1日に2話書けました!
いやぁ、妄想が止まりません。
今日は休みなので、行けるところまで行きたいなと思います!
てな訳で、五つ子全員登場です。
絡みはまだ全然ですが、これから少しずつ絡めていければなって思います。
後、お気に入りにしていただいた皆様ありがとうございます!
この場をお借りしてお礼いたします。


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4.家庭教師

「ただいま!」

 

家に帰りそう挨拶すると、2つの足音がこちらに向かっていた。

 

「お帰りなさい、兄さん」

「お帰りなさい、和義さん!」

 

出迎えてくれた二人の頭を撫でてあげると二人とも喜んでくれた。

一人はもちろん我が妹であるが、もう一人は風太郎の妹のらいはちゃんである。

それぞれの兄である僕と風太郎が親友であるように、妹達も仲がいい。

妹の零奈が入学してからは、らいはちゃんは登下校を一緒にしてもらっている。

らいはちゃんは良くできた子で、とてもあの風太郎の妹とは思えない。

 

「お邪魔してすみません和義さん」

「いいっていいって、らいはちゃんならいつでも歓迎だよ!自分の家と思ってゆっくりしていきな」

「はい、ありがとうございます!あぁ、和義が私のお兄ちゃんだったらなぁ~零奈ちゃんが羨ましいよ」

「もう、そんな事言っちゃってー。今日は勇也さんは仕事で遅いかな?だったらうちで夕飯食べていくといいよ!」

「やったー!和義さんのご飯美味しくて大好きなんです!お兄ちゃんに連絡しますね!」

 

そう言って風太郎に電話をしている。

 

「全く!兄さんはらいはさんに甘すぎます!」

「いやいや、零奈にも甘いと思うけど」

 

我ながらちょっとしたシスコンである。

 

「それはそれ、これはこれです」

 

ちょっと嬉しそうにそう話す我が妹。

しかし、どこでそういった言葉を覚えてくるのだろうか…

そんな事を思っていると、風太郎もこっちに来るとらいはちゃんに教えてくれた。

 

「さてと、何を作りますかね。豚肉がいくつか残ってるから生姜焼きでいっか」

 

そんなこんなで料理の準備をしていると、

 

「手伝います」

「私もお手伝いしますね」

 

と、二人がキッチンまで来てくれた。

本当にいい子達だ。

 

「じゃあ、零奈は生サラダ用の野菜を切ってくれ。らいはちゃんには味噌汁をお願いしようかな」

「「はい!」」

 

いい返事だ。

二人が作業に入る横で僕は生姜焼の下準備に取りかかっていた。

 

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約1時間くらい経過しただろうか。

ちょうど夕飯の準備もできた頃風太郎がやってきた。

 

「お邪魔します…」

 

ん?何か元気ないような…

そんな事を考えながら、テーブルに夕飯の準備をしていく。

 

「「「「いただきます!」」」」

「う~ん、この生姜焼き美味しい!」

「あぁ流石は和義だな!」

「また腕をあげたのではないですか兄さん?」

 

三人共満足してくれたみたいだ。良かった良かった。

 

「この味噌汁も美味しいよ。相変わらず料理上手だよねらいはちゃんは。うん、将来いいお嫁さんになりそうだ」

「えぇー!そうですかね、えへへ」

「兄さん…」

 

何故かジト目で僕を見ている我が妹。何故?

 

「らいははどこにも出さん!もちろん和義にもだ。はっ!?らいは、もしかしてもうそんな約束をした奴がいるんじゃないだろうな、お兄ちゃんは絶対に許さないぞ!」

「もう~、お父さんみたいな事言わないでよ」

「本当に妹に対しての感情が凄いよな」

 

そんな感じで今日の夕飯も和やかに過ぎていった。

 

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夕飯も終わり、まだ話し足りない様子の零奈とらいはちゃんは、今二人でお風呂に行っている。

今日は勇也さんも帰ることができないようなので、二人には泊まってもらうように言っている。

明日も学校ではあるが、まぁこんな時用に二人の着替えとかを常備しているのだ。

そんな訳で、今は風太郎と二人TVを観ている。

勉強を始めない風太郎…異常だ!

 

「どうしたよ風太郎?勉強も始めないでぼうっとして、何かあった?」

 

そんな言葉にビクッと体が反応する。

こいつも本当に分かりやすいな~。

苦笑いをしながら風太郎の言葉を待っている。

 

「実は、親父が家庭教師の仕事を見つけてくれたんだ」

「ほうほう」

「アットホームで楽しい職場。相場の5倍の給料らしい」

「はぁーー!?5倍って、たしか家庭教師って時給1000円は絶対超えてくるだろ、その5倍って…」

(聞いた感じだとヤバい仕事場と考えてしまうが、あの勇也さんがそんな仕事を持ってくるはずがな…いや、風太郎になら何でもさせそうだな…)

 

そんな事を考えているとさらに風太郎は話を続けてきた。

 

「そこまでは多少考えるところがあるが、まだいい。問題は家庭教師をする相手だ」

「?なんだ、もう会ってきたのか…」

「あぁ、お前も会っている」

「は?僕も?」

「今日の昼飯を食べていた時のことを覚えているか?」

「………今日の昼飯ってまさか」

「あぁ、あの時俺に噛みついてきたあの女だ!」

(いや、噛みついてきたのは風太郎の態度のせいだろ…基本いい子だったぞ)

「しかも、今日俺のクラスに転校してきたんだ!これから家庭教師と生徒の関係のために爽やかに挨拶したのにも関わらず無視だぞ!」

(うわ~、五月のやつ風太郎と一緒のクラスになっちゃったんだ。御愁傷様です。てか、風太郎の爽やか挨拶って。無理して笑顔を作って顔をピクピクしてるとこしか想像できねぇ)

 

そんな風太郎の姿を想像しただけで笑いが出てきた。

 

「何笑ってるんだ!こっちはめちゃくちゃ困ってるんだぞ!」

「悪い悪い!いや、ともあれ原因は明らかにお前にあるんだ。自分の蒔いた種くらい自分で何とかしな」

「うっ…分かっている。今に見ていろ、明日平和的に解決してやる!」

 

そう決意した風太郎は、零奈達が風呂から上がったので、風呂に向かった。

 

(はぁ…まぁ風太郎ではどうにか出来ないだろうが、しばらくは見守ってやりますか。どうしてもの時は助けてやればいいだろ)

 

そう思いながら今日の学校で習ったことを復習するため部屋に向かったのであった。




3話連続の投稿です!
流石に疲れました。。。
普段から文字に起こすのをしていないので、疲労が半端ないです。
でも、作成してると楽しいのか時間があっという間に過ぎてしまいますね。
まだまだ荒削りな作品ですが、心を広く見守っていただければ幸いです。


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5.朝の定番行事

「「いってきまーす!」」

 

小学生の二人が仲良く先に学校に向かった。

ちなみに、風太郎やらいはちゃんの今日必要な教科書などについては、昨日の晩に風太郎が家まで取りに行っている。

風呂入る前に行けよと、その時に突っ込んでおいた。

 

「そんじゃ僕らもそろそろ行きますか」

「だな」

 

そして僕らも学校に向かう。

 

「とにかく、話す機会があればまずは謝れ!お前が悪くないと思おうがだ!」

「お、おう…」

「本当に大丈夫なんだろうね?」

「心配するな!成功の報告を待っててくれ!」

 

これは駄目かもしれないと思いながらも、親友の成功を祈るしかなかった…

 

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「おはよう、カズヨシ」

「おはようございます、直江君」

 

教室に着くと、早速二人から挨拶された。

 

「おはよう三玖、五月。二人ともこの学校の制服届いたんだ!似合ってるよ」

 

そんな風に誉めてあげると嬉しかったのか、二人とも顔をほんのり赤めていた。

 

「てか、朝からどしたの五月?」

「朝から大変申し訳なく思ったのですが、昨日いきなり宿題が出されまして…何とか自分で頑張ろうと思ったのですが、分からないところが多く…」

「なるほど、それで僕のところに来たわけか」

「昨日の言葉に甘えてしまいました…」

「別にいいさ。で、教科は?」

「数学です」

 

五月がそう答えながら、宿題の場所とノートを見せてくれた。

基本的なところは解けてるし合ってるみたいだ。

 

「ふんふん、基本問題は全部解けてるし合ってるみたいだね。しっかり昨日教えたところを理解してるようだ」

 

そう言って誉めてあげると、満面の笑みを返してくれた。

こういう顔を見ると教えた甲斐があったと思えるんだよね。

 

「それじゃあ教えるけど、僕が教えるのはあくまでも解き方だけ。最後に解くのは自分だってこと忘れないでね」

「はい!」

 

良い返事だ。さぁ教えようとした時だ。

 

「「「直江様!我々にも慈悲を!」」」

 

クラスの大多数の生徒がそう言ってこちらに詰め寄ってきた。

そういえば、うちのクラスも宿題出されてたんだっけ。まぁ僕は終わってるけど。

三玖はまだ参加してない授業だから知らなかったようだ。

 

「お前らはいつもだな。ったく、今は時間無いからちゃっちゃっとやるよ」

「「「ありがとうございます!」」」

 

感謝の言葉を聞きながら、黒板に向かう。

 

「ここでの公式は最初に解いた問題と同じ公式を使うんだ。だけど使い方に工夫がいる。こんな感じかな。ここまでやれば後は解くだけ、はい五月答えは?」

「えぇと、x=5です!」

「正解!やれば出来んじゃん!」

 

そんな風に自分で解けるとやはり嬉しいのか笑みを溢している。

こんな感じで続きの問題を解説していく。

 

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五月視点

 

昨日も思いましたが、やはり教え方がお上手です。

たしかに途中までは直江君が解いているのですが、そこからの道導の仕方がうまいです。

次に同じような問題が出ると、何故か自分の力だけで解けてしまう。何故でしょう。

不思議な人ですね。彼に教われば教わるほど、自分が成長してるのではないかと錯覚してしまいそうです。

それに、近くにいるととても安心しますね。これが異性との友情と言うものでしょうか?

 

五月には、まだ異性との付き合い方は数学でいうところの、応用問題のようなものであった。

 

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三玖視点

 

今日は朝からカズヨシがクラスのみんなに勉強を教えてる。

なんか黒板を使ってるせいか、普通に授業をしてるみたいだ。

そんな光景を見てると、

 

「またやってるよ」

「ホントだよね。頼まれたら断れないのか、面倒見がいいよね」

「ねぇ~」

「いつもこんな事が起きてるの?」

 

不思議に思って近くの女子生徒に聞いてみた。

 

「そっか昨日転校してきたばかりの中野さんは知らないよね。もう週に3回くらいの朝の定番行事になってるかな」

「だよね!私も前お世話になったもん」

「カズヨシって人気者なんだね」

「そりゃーね。勉強できても周りを見下さないし、スポーツも出来るとなると誰もほっとかないでしょ」

「そうそう。たしかこの間も告られてたんだっけ」

 

その言葉を聞いた時、少し胸の奥がチクりとした。

 

「でも、直江くんのそういう噂はないよね。いつも上杉くんといるみたいだし」

「あぁ、この学校の成績2トップのもう片割れね」

 

その上杉って人、同じ成績トップなのに酷い扱いを受けてるような。

 

(でもそっか、カズヨシには彼女はいないんだ)

 

何故かその言葉を心の中で呟くと、先ほどの痛みが和らいだようだった。

 

------------------------------------------------

朝のホームルーム5分前くらいに何とか終わった。

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

皆感謝してるのか全員が頭を下げている。

というか泣いてるやつもいるぞ。

それくらいだったら、家でやってこいと思うのだが。

 

「なんかクラスを巻き込んでの形になってしまって悪かったね」

「いいえ、とても分かりやすくて大変助かりました。あの、また教えてもらってもいいでしょうか?」

「あぁ、分からないところがあれば、またいつでも来て構わないよ」

 

そう返事をすると嬉しそうな顔をして、五月は自分のクラスに戻っていった。

てか、こんな事してたら風太郎の家庭教師がますますいらないって事にならないよね…

 

(もしこれが妨害になってたらゴメンよ親友!)

 

そう思わずにはいられなかった。




なんかグダグダになってきたような。。。
全然話が進みませんねw
原作で言えば、まだ第1話の途中ですよw

しかし、改めて文章能力の低さを感じますね。
これからの成長に期待して頑張ってみます!


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6.学校2トップ

本日もようやく昼休み-----

隣の席の三玖は授業の合間の休憩時間毎にクラスメイトから声を掛けられていた。

若干ぐったりしてるように見えるけど、どうやら人付き合いはそこまで得意ではないようだ。

 

「カズヨシはお昼どうするの?」

 

色々考えていたら、当の三玖から話しかけられた。

 

「あぁ~、ちょっと先生に呼ばれちゃってて。それが終わり次第食堂に行こうかと考えてるよ。三玖は姉妹で昼飯?」

「うん…」

(あんまりゆっくりしてると僕の昼飯の時間が無くなってしまうな)

「そんじゃ、また後でね!」

 

何か言いたそうな三玖だったけど、先生を待たせてると解放されるのに時間がかかってしまうかもしれない。

そう考えた僕はそそくさと職員室に向かった。

 

職員室に向かってると、メールが届いた。

 

(風太郎?)

 

『完璧な作戦を考えついた。これで今日からの家庭教師は問題なしだ。』

 

(て言うか、まだ謝れてないのかよ。てか、謝るだけで作戦って…はぁ、変なところでプライドが高いやつだからな…)

 

『悪い、先生に呼ばれたから今日は別々に飯になるかも。とりあえず健闘を祈ってるよ』

 

そうメールして、職員室に急ぐのだった。

------------------------------------------------

(ちょっと時間取られたなぁ…あまり食べる時間ないかも)

 

やっと先生から解放された僕は急いで食堂に向かった。

 

(この時間になるとあんまメニューが残ってないんだよなぁ…)

 

とりあえずカツ丼を注文して席に移動する。

流石にこの時間になると、飯を食い終わって他の場所に移動している人もいるようだ。あちこちに席が空いている。

まだ風太郎がいるかもしれないと思っていつもの席に向かうと、頭を抱えている風太郎の後ろ姿を目撃した。

 

(あぁ……失敗したんだな)

 

失敗しましたってオーラだだ漏れだよ。

仕方ない慰めてやるか、と風太郎のところに向かおうとすると、遠くからでも分かるような、大きなリボンを頭に付けている女生徒が近づこうとしていた。

 

(あれってたしか、昨日職員室の前で姉妹を宥めようとしていた娘だっけ。あ、名前聞いてないや。てか、すっごい顔近づけてるけど、あれがあの娘にとってはデフォルトなのか…?)

 

なんか近づかない方がいいような気がして、別の席に座って食べることにした。

結局、風太郎はその後食堂から去って行った。しかもリボンの娘はそのまま風太郎に付いていってしまった。

 

(ふむ。何だったんだ今のは?遠くからだったから見間違いかもしれないが、あの娘、風太郎に近づくとき嬉しそうな顔をしていたような…)

 

そんな風に考えながら飯を食ってると、

 

「あ、カズヨシ」

「直江君、こんにちは!」

「おやおや、君は昨日三玖と一緒にいた子だね~」

「何であんたがここにいんのよ!」

(いや、飯食うためだが!どんだけ嫌われてるの僕…)

 

さっきのリボンの子以外の中野姉妹が声を掛けてきた。

 

「こんなところで一人寂しくお昼なんて…お姉さんに言ってくれればわたし達が一緒に食べてあげたのに」

「いや、今来たところだから。先生に呼ばれたらこんな時間になってしまったんだよ(お姉さんって同い年だよね?)」

「何でこんなやつと食べなきゃいけないのよ!絶対嫌っ!」

(マジで、僕はこの娘に何かしたっけ?)

「二乃はさっきからうるさい…」

(ふむ、昨日のやり取りからすると、何故かいつも怒ってるロングヘアーで両サイドに蝶々のようなリボンを付けてるのが二乃で。お姉さんぶってるショートヘアーの方が一花か)

「そういえば、もう一人の姉妹で大きなリボンを付けた娘が風太郎に付いてったけど」

「あぁ、四葉ですか。あの娘は上杉君の落とした答案用紙を返しに行ったのです。何故かは知りませんが、そのまま付いて行ってしまいました」

(ふむ、さっきの大きなリボンの娘が四葉ね)

 

と、髪型などの特徴と名前を一致させた。

 

「そういえば、五月は風太郎と仲直りした?(まぁしてないだろうけどね)」

「あんな無神経な方なんて知りません!」

(こりゃ根が深そうだな…)

「さっきわたし達の方に来ようとしてたのが上杉風太郎?」

「?三玖は上杉君の事を知ってるのですか?」

「今日の朝、クラスの女子がこの学校での成績2トップの片割れって言ってた」

(片割れって…あいつどんだけ嫌われてるの)

「それで、もう一人のトップは誰なの?」

 

一花が気になったのか三玖に聞くと、三玖は僕を指差した。

人を指差さないで!

 

「へ~」

「てか、何で学校のになる訳?学年のでいいでしょ!大袈裟なのよ」

 

一花は興味を持ったようにこっちを見たが、二乃は気に入らないようだ。

 

「僕も大袈裟だって思うんだけどね。多分、僕と風太郎が高1から今まで100点以外取ったことがないからだろうね。もしかしたら皮肉も混じってるのかも」

 

苦笑いしながら僕は答えた。

 

「わお!」

「はぁーー!?」

「凄い」

「やはりですか」

 

それぞれ僕の言葉に反応した。

 

「100点以外ないってあり得ないでしょっ!」

「先生やクラスメイトに聞いてもらってもいいよ。いやぁ~、本当に大変だよ。でも、風太郎には負けたくないからね」

「世の中にはそんな人もいるんだね。お姉さんビックリだよ」

「しかもスポーツ万能でモテモテ」

 

三玖、君はいったいどこからそんな情報を手に入れたのかな?

しかも若干怖いよ…何故?

 

「うわぁ~、物語に出てきそうな人だね。どうしよう、お姉さんも恋人に立候補しようかな」

 

冗談を言うように僕に近づいてきた。

 

「ふん、そんなんで調子に乗らないことね!」

 

いや、調子には乗ってないのだが…

 

「かっ、彼女さんとかいるのですか!?直江君不純です!」

「いや、いないって!いたらこんなところで寂しくご飯食べてないよ」

 

顔を赤くして五月が詰め寄ってきたが、それに反発した。

 

「え、いないの?何で?」

「何でって、だって今まで話したこともないような人から告白されても付き合いたくないでしょ。それって、噂を聞いて来たみたいだろうし。付き合うのなら、お互いを知ってからがいいかなって思うわけ。あと、今はそんな気になれないかな(勉強もだし、零奈のこともあるし)」

「へぇ~、以外に純情なんだね」

「ほっとけ」

 

そんな感じで、昼休みの残り時間を中野姉妹と過ごした。

終始からかってくる一花に難癖つけてくる二乃。顔を赤くしながら、たまに詰め寄ってくる五月。本当に五つ子なのに反応が様々で面白かった。

そんな中、三玖は興味なさそうな顔をしてたけど、最後の方は口角が上がって笑っているようだった。あと、機嫌も良くなっているようで良かった...




少し時間が出来たので続きを書いてみました。
自分で呼んでいて、やはり拙い文章だな、と思ってしまいます。日々精進です!

見てくれる方やお気に入りにしてくれる方々、本当にありがとうございます!
今後もどうぞよろしくお願いします!


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7.手助け

その日の放課後-----

 

(あれから風太郎からの連絡がなかった...ということはまだ謝れていないってことだろうなぁ)

 

帰り支度を行いながら風太郎のことを考えていた。まるで保護者になった気分だ。

とはいえ、風太郎の家庭事情を知っている僕としては、今回の家庭教師はどうしても風太郎にやりきってもらいたい思いでいる。

かといって、何から何まで僕で動くのもどうかという思いもあり、現在はどうしようと葛藤をしている訳だ。

 

(はぁ~。とりあえずもう少し様子見かな...)

 

そう決心し、激励も含めて風太郎のところに向かうことにした。

 

風太郎のクラスまで見に行ったのだが、すでに帰っていたようだ。仕方がなく、昇降口に向かうと挙動不審な風太郎を発見した。柱に隠れて何やら様子を伺っているようだ。

周りから見ると、不審者と間違われてもおかしくないレベルである。誰もが素通りなのは、もう皆我関せずを貫き通しているからだろう。

 

「お前は何をやっているんだ!何を!」

「おぉ、和義か。見ての通りだ、五月に話しかけるタイミングを図っている」

「はぁ~、そんなことをしているからズルズルと、放課後まできてしまったんだろ」

「ぐっ...、否定はできないが...」

 

そんな話をしていると五月は昇降口から出ようとしていた。他の姉妹も一緒のようだ。

 

(なんだ姉妹で帰っているのか。ま、当然と言えば当然だけど)

「くっそう、あの友達はいつも一緒にいるから話しかけるタイミングがつかん!」

(?友達?こいつ、もしかして五月が五つ子だって知らないのか)

「すまん、今日はこのまま家庭教師に行かなければならない。また後で連絡する!」

 

五月が五つ子で、あそこにいるのは姉妹であることを教えてやろうと思ったが、その一言を残して風太郎は行ってしまった。

 

(とりあえずメールで教えておくか。ただ、あの様子だとメールにも気づかないだろうな...ま、なるようになるか)

 

淡い期待を胸に家に帰ることにした。

 

------------------------------------------------

その日の夕飯時のことである。

 

プルルルルル

 

珍しく家の電話が鳴った。親が海外赴任してからは鳴ることがほとんどなかったのだがと思いながら電話応対をした。

 

「はい」

『こちらは直江和義君の家で間違いないだろうか』

「(なんだこいつ、いきなり図々しいな)失礼ですが、どちら様でしょうか?」

『失礼、私は中野というものだ。直江くんのクラスメイトである中野三玖の父親でもある」

「(三玖の父親?てか、クラスメイトのことまで把握してるって何か怖いんですけど)その中野さんが何か用でしょうか?初めての相手に電話をする態度ではないと思うのですが」

『ふふ、君は父親にそっくりだな。とは言え、こちらに非があるのは確かだ。大変失礼した。こういう性格なものでね。ご容赦してもらえると助かるのだが』

「(父さんを知っているのか?)ま、いいでしょう。それでご用件は何でしょう?」

『話が早くて助かるよ。君はすでに知っているかもしれないが、君の友人である上杉風太郎君に私の娘達に家庭教師をお願いしていてね。その手助けをしてもらいたいと思っている』

「(達って、五月だけでなく姉妹全員ってこと?)何で僕なのでしょうか?」

『君と上杉君は、学校の成績2トップと言われている程なかなかの成績を収めているようではないか。尚且つ、上杉君とは友人関係を築いていると聞く。彼の手助けをするにはうってつけだと私は思うのだが』

「確かに理にかなっていると思いますが、少し考えさせてもらえないでしょうか?」

『何故だね?』

「今、風太郎君は一人でやりきろうと頑張っています。僕に助けを求めようと思えば助けを求めれる状況であってもです。そんな彼を尊重したいと思います」

『ふふ、ますます君の父親に似ているな。いいだろう、考えが変わったのであれば私に連絡をくれ。連絡先は今から伝える。私個人としては、是非とも君にやってもらいたいと思っているよ』

 

連絡先を聞いたあと、電話は終わった。

 

「兄さん、電話の内容はどのようなものだったのでしょうか?珍しく雰囲気良くなかったので気になりました」

「(相変わらず僕のことを良く見てるな)昨日、風太郎に家庭教師のバイトが舞い込んできた話をしただろ。その家庭教師相手から、風太郎の手助けをしてくれないかってお願いだよ。雰囲気が良くなかったのは、最初の相手が結構失礼な態度だったからだよ」

「そうですか。まぁ、風太郎さんはどちらかといえば人付き合いがうまいとは言えませんし、兄さんが手伝うのはいいのではないですか」

「でも、そうなると零奈が一人になる時間が増えてしまうのではないかと心配なところもあるから、考えさせてくれと言っておいた」

「別にわたしは一人でも問題ありません!兄さんは少し妹離れをした方がいいと思います」

 

そう言ってそっぽを向いてしまったが、少し見える横顔は嬉しそうだった。

 

その後、風太郎から今日のことの報告があったが、これは一筋縄ではいかないと思ったのだった。




やはり小説を書くというのは難しいものですね。
投稿するのにも時間がかかってしまってます。
遅いペースになるかもしれませんが、ご容赦いただければ幸いです。
少しずつではありますが閲覧数もやお気に入り数も増えてきて感謝してます。
今後もよろしくお願いします!


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8.赤点候補

昨日の風太郎についてだが、結論から言えば失敗だ-----

 

ただの失敗であればまだいいのだが、睡眠薬を飲まされての途中退場という想像もできないような出来事が起きたと風太郎から報告をもらった...

 

(睡眠薬って、下手したら犯罪行為だぞ。もし警察に被害届を出したら最悪なことも起きてただろうし、下手な量を飲まされていたら風太郎だって危なかったかもしれない)

 

実際に睡眠薬事件を起こしたのは次女の二乃だったそうだ。

 

(そういえば、僕に対してもやたらと敵対心丸出しだったなぁ。何かあるのか?)

 

そんな考えをしている僕の目の前で風太郎は何やらテストを作成しているようだ。

朝一いきなり家に来たかと思えば、昨日の報告をしながらテストを一生懸命作成している。しかも全て手書きでだ。

 

(PCくらい貸してやるのに。まぁ、こいつは昔から機械関係が苦手だったからな)

 

ちなみに、風太郎のことを家まで送ってくれたのは五月だそうだ。

何だかんだで、根は優しく真面目な娘なんだと改めて感じている。

その五月を昨日途中まで送ったところで妙案が思いついたと風太郎が言っている。

 

余談ではあるが、家庭教師に協力的な娘もいるそうだ。

三玖と四葉である。

四葉はこの間の様子を見る限りではあるが、何かしら思うところがあり協力的だろうと予想はできたのだが、三玖まで協力的なのは予想できなかった。

見た限りでは、三玖は人との付き合いをあまり得意としていないように思える。

僕とは共通の歴史好きというものがあるからか他のクラスメイトよりも打ち解けていると自負している。

しかし、他人に対して無神経、ノーデリカシーな風太郎に協力的になるのかと疑問が生まれた。

 

(まぁ、何にしろ協力してくれたことは事実だ。今度お礼を言っておこないとな)

 

風太郎の作業を見ながら色々と考えていたのだが、テスト問題がとうとうできたようだ。

 

「出来た!和義ちょっと見てくれないか?」

「(なるほど。そのためにわざわざ家まで来たのね)はいよ」

「お疲れ様です。お茶をどうぞ」

「お、ありがとな」

 

風太郎の作業が終えたと同時にお茶を出す零奈。

 

(本当に出来た妹だ)

 

そんな事を考えながら風太郎の作成したテストを見ている。もちろん解きながら。

 

「どうだ?そのテストの6割、いや5割が解ければ、今後俺が手を出さなくても勝手に卒業ができると考えているのだが」

「(なるほど、そいうことね。風太郎のやつ、テストをさせて本当に勉強ができない娘をあぶり出して、その娘以外は教えないスタンスを取るつもりか)いいんじゃないか。基本問題を出しながらも要所要所に引っ掛けを出してでいいテストだと思うよ。風太郎にしてはやるね~」

「一言余計だ!」

「悪い悪い、でもいいのか?風太郎は、このテストで点数が悪かった娘以外には教えないつもりだろ。家庭教師としてはどうかと思うが...」

「さすが和義だ、すぐに意図に気づくとは。だが問題ない。向こうからの条件は無事に卒業させること。俺の教えを聞かなくても卒業さえできればいいということだ」

「屁理屈だなぁ。ま、いいさ。教師はあくまでも風太郎なんだから、風太郎の思うがままにやるといいよ」

 

そう言ってテストを風太郎に返す。

 

「おまえにそう言ってもらえると心強いな。それじゃあこれからあいつらのところに行ってくる!」

「え、今日やるのか?」

「思い立ったが吉日だ!五月には午後2時位に行くから姉妹を集めておくように伝えている」

 

そう言いながら準備をしている風太郎。

 

「ふむ。風太郎、それに僕も付いて行っていいか?」

「ん?別に構わんが...」

「悪い零奈。そういうことだから留守番を頼む!」

「分かりました。夕飯までには帰ってきてくださいね」

 

そう言って送り出してくれた。

ちなみに、今日も勇也さんの帰りが遅い、もしくは帰れないかもしれないとのことなので、らいはちゃんを家に呼ぶことにした。

 

-------------------------------------

「昨日の悪行は心優しい俺が、ギリギリ許してやろう。今日はよく集まってくれた!」

(本当に心優しいやつは、そんな皮肉を言わなけどね)

 

そんな高らかな風太郎の宣言に僕は内心ツッコんでいた。

 

(てか、中野家って結構な金持ちなんだな。ここタワーマンションの最上階だぞ。しかも、窓がでかいし、マンションの部屋なのに階段があって2階まであるじゃん)

そんな感想を思っていると、姉妹それぞれの反応があった。

 

「まぁここは私たちの家ですからね」

「zzzzz」

(いや、起きろよ一花!)

「諦めてなかったんだ。しかも今日はカズヨシも一緒」

「今日は友達と遊ぼうと思ってたのに最悪よ。てか、何で増えてんのよ!」

「安心して。今日の僕はただの見学者。横から何か言ったりしないよ(ツッコミはするかもだけど)」

「そうですか...」

「てか、家庭教師は必要ないって昨日言わなかったっけ?」

「だったらそれを今から証明してくれ」

「証明?」

 

二乃が不思議そうに答えると、風太郎がバンッとテスト用紙をテーブルの上に叩きつけた。

 

(あ、一花が起きた)

「これは、俺と和義で作ったテストだ。(僕は何もしてないけどね)このテストを今からお前たちにやってもらう。合格点を超えれば金輪際二度と関わらないと誓おう」

「「「「「!」」」」」

「勝手に卒業をしてくれ」

 

チラッとこちらを見る、三玖と五月。

 

「何でアタシ達がそんなことをしなくちゃいけないのよ!」

 

二乃が反発をする。まぁそりゃそうだ。

 

「いいでしょう」

「は?五月あんた本気?」

「合格点を出せばいいのです。これであなたの顔を見なくて済みます」

「そういうことなら、やりますか」

「みんな!頑張ろう!」

「合格点は?」

 

一花と四葉もやるようだ。三玖の質問に対して風太郎は、

 

「本当は60点と言いたいところだが、50点でいい」

「はぁ...、こんなテスト受ける義理はないんだけど。あんたら、アタシ達をあんまり侮らないことね」

 

その言葉を皮切りにそれぞれのテストが開始された。

 

-------------------------------------

一時間後。

 

「採点が終わったぞ!凄え100点だ!........全員の点数を合わせてな!」

(ちょっと想像はしていたとはいえここまで酷いとは。一番良い点数の三玖ですら40点未満って...まぁ五月に関してはこの間教えたところは合っていたから褒めてあげよう。てか、四葉に至っては一桁じゃないか)

 

想像以上の点数の悪さで頭が痛くなっていた。

 

「おまえら、まさか...」

「逃げろ!」

 

その言葉を切っ掛けに、姉妹全員2階にあるそれぞれの部屋に逃げていった。

 

「「全員赤点候補者かよ」」

 

見事に息ピッタリの言葉であった。




今日は休みなので、また出来るところまで投稿しようかと思います!

いつの間にか、お気に入り50件を超えてました。
皆様本当にありがとうございます!


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9.好きな人

休みを挟んだ次の登校日。

 

この間五つ子にやってもらったテストの回答結果を見ながら僕は登校をしていた。

 

(こうやって見ると、五つ子それぞれに得意な科目不得意な科目が違うんだな。て言うか正解してる問題が全部違ってる…こんな事ある?)

 

そんな考えをしていると後ろから息を荒くした風太郎が走ってきた。

 

「ぜぇぜぇ…何とか間に合った…」

 

心底疲れはてた姿で登場なのはいいのだが、手元に参考書が握られている。そこはぶれないなぁ…

 

「おはようさん!どした?寝坊か?」

「あ、あぁ、ぜぇ、和義か…ぜぇ、そ、そんなところだ…」

(いや、いくらなんでも疲れすぎだろ…まぁ休みの日まで家に籠って勉強してるから、そりゃ体力付かないわな)

 

ようやく風太郎の体力が戻って来た頃である。

僕達の前に1台の高級車が停まった。

 

「すっげぇ~、こんな高級車初めて見たぜ!100万位するんじゃないか!」

「いや、僕もそこまで車には詳しくないけど絶対そんなに安くないだろ。最低でも2000万とかいくんじゃないか」

 

珍しくテンション高めな風太郎にツッコミをいれると、信じられんと言いたそうな顔でこっちを見た。

そんな時だ。

 

ガチャ

 

車が開き中から見知った生徒達が出てきた。

 

「あ、カズヨシ、おはよう。それにフータローも」

「おはようございます、直江君」

「俺はついでか、おはよう」

「(五月に至っては風太郎を見てもいない…)おはよう三玖、五月」

 

二人に挨拶をすると、後ろから他の姉妹も出てきた。

 

「おはようございます!上杉さん、直江さん!」

「おはよう~、ふぁ~」

「げ、何で朝からこいつらに会わなきゃならないのよ」

「おはよう。四葉は朝から元気だね」

「おはよう。お前ら一昨日はよくも逃げて…」

 

次の瞬間全員が逃げ出そうとした。

 

「ああ!また!待て待て、今俺は何も持っていない。無害だ」

(こいつ、さっきまで参考書を手に持ってたのに、いつの間に…)

 

風太郎は何も持っていないと両手を挙げてアピールしている。

 

「騙されないわよ!」

「だねぇ、どこかに隠してるかも。油断させて勉強しろって言ってくるかも」

「あはは…」

(この娘達もどんだけ勉強したくないんだろう。四葉も笑ってないで助けてやれ)

 

そんな事を考えていると、風太郎は何やら五月とこそこそ話してるようだ。

 

「この間のテストの件では、力不足を認めています。ですが、自分の問題は自分で解決します。それに…」

 

そう言った五月はこちらをチラッと見ていた。

 

「そう言うこと。要するにあんたらは余計なお世話ってことよ」

「ふん。ならば一昨日のテストの復習は当然やってるんだよな?」

 

風太郎の質問に対して全員目を反らした。

 

(三玖に五月、君たちもか…)

 

「問一、厳島の戦いで毛利元就が戦で勝利した相手の武将は?」

 

「「「「「...」」」」」

 

全員無言である。

 

(本当は三玖が知ってるけど、姉妹の前だから答えないんだろうな)

 

前途多難である。

 

教室に行く途中風太郎はずっとノートとにらめっこしていた。

 

「そういえば、四葉とはまともに話してなかったよね。名前も知ってるだろうけど、改めて直江和義です。よろしく」

「はい!よろしくお願いします!お噂はみんなから聞いてますよ!」

「はは、僕がいない時は風太郎を助けてやってくれ」

「任せてください!」

 

そんな話をしていたら自分のクラスに着いたので席に向かう。

 

「そういえば、三玖はさっきの風太郎の問題分かったでしょ。あれは、やっぱり姉妹がいたから?」

「そう。あんなの直ぐに分かる」

「だよね。後、風太郎に聞いたよ。他の姉妹が協力的でないところを三玖と四葉は協力的だったって。ありがとね、三玖」

「別に…カズヨシの友達だって聞いてたから」

 

そう言って、少し照れたのか、顔を赤くして俯いてしまった。

 

------------------------------------------------

昼休み、いつものように風太郎と食堂に向かった。

そこには、一花と三玖と四葉が居た。

 

「ちょうど良かった。三玖、おまえに聞きたい事があったんだが、今朝の問題の件で…」

(あ、まずい。風太郎のやつ三玖が問1を解けてたことに気づいたっぽいな)

 

何か話を反らさなければと思ってると。

 

「上杉さん、見てください!これ英語の宿題です!」

 

四葉が風太郎と三玖の間に入って自分の宿題を見せてきた。

 

「しかも、全部間違ってたんですよ!」

(ナイス四葉!でも、全問不正解はあかんよ)

 

風太郎は邪魔されたのが気に食わないのか四葉を睨んでいる。

 

「はは、ゴメンね。もう邪魔しないからさ」

 

そう言って、一花が四葉を連れて行こうとしている。

 

「一花も見てもらいなよ」

「う~ん、パス。だって私たちバカだし、ね」

「だからってな」

 

風太郎が反発しようとしたが、

 

「それにさ、折角の高校生活を勉強だけってのもね。もっと青春しようよ。例えば…恋とか!」

「!」

(あ、これは風太郎何かスイッチが入ったかも)

「恋?あれは学業から最もかけ離れた愚かな行為だ。ふん、だがしたい奴はすればいい…そいつの人生のピークは高校生活で終わるだろうがな」

「この拗らせ方はもう手遅れかもね」

(僕も一花に同意)

「あはは、まぁ恋愛したくても相手がいないんですけどね。三玖はどう?好きな人できた?」

 

そんな質問に対して三玖は顔を赤くして、

 

「い、いないよそんな人」

 

と、そそくさと席に移動してしまった。

 

「なんだ?」

「ふふふ、姉妹の私にはあの表情の意味が分かります。三玖は恋をしています」

(ふ~ん、三玖がねぇ)

 

そんな感じで昼休みを過ごした。




今日はここまでですかね。
この後どうしようと結構悩んでます。。。
次回もなる早で投稿できればなって思ってます。

閲覧していただいてる皆様、ありがとうございます!


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10.屋上と告白

その日の放課後。

 

「カズヨシ、今日この後予定ある?」

「特にこれといった予定はないけど、どうかした?」

「前に言ってた歴史トーク。今日はダメ?」

「そういえば!全然。むしろ三玖から声かけてくれて嬉しいよ!」

 

そう答えるとホッとしたような表情をしていた。

 

「となるとどこがいいかなぁ...。教室は放課後とはいえ残っている生徒もいるし、図書室は会話をするところでもない。う~ん...」

「屋上は?」

「なるほど!いいかもしんない」

 

という事で、急遽屋上での歴史トークが開催されることになった。

屋上に行くと、意外にも他の生徒はいなかった。

 

「いやぁ~、今日は天気も良くて開放感もあってで最高だね!なんか屋上に来るとテンションが上がっちゃうんだよね!」

「子どもみたい」

 

そんなツッコミを無視しながら適当なベンチに腰掛けた。それに三玖も続く。

 

「はいこれ。お話するなら喉渇くと思って...」

「これは...抹茶ソーダ。買う人初めて見たかも...」

「え、そうなの?美味しいよ。あと、鼻水も入ってないから安心して」

 

そう言ってこちらに抹茶ソーダを差し出す。

早速ぶち込んできましたか。

 

「はは、三成と吉継の逸話だね。さすがにやるね三玖」

「カズヨシこそ。すぐに分かるなんてやるね」

 

お互いに笑いながら抹茶ソーダを飲んだ。

 

「う~ん、微妙な味だ。美味いという訳でもなく、かと言って不味い訳でもない...」

「そうかな...」

「まぁ、僕の場合は抹茶自体が苦手ってこともあるからね」

 

そう言いながらチビチビと飲んでいる。

 

「そうだったんだ。ごめん」

「別にいいさ。それこそ、さっきの三成と吉継みたいな感じだよ。友人から貰ったものはありがたくいただかないと」

「そっか。ありがと、カズヨシは優しいね」

「そっかな?」

「うん、そうなの。あっ、他に苦手な飲み物ってある?」

「コーヒー。あれは苦くて飲めるものではないね...特にブラックとかまじで無理」

「へぇ意外」

「良く言われるが、そんなにコーヒーが飲めるイメージがあるのかな。あ、でもコーヒー1に対して、牛乳9であれば飲めるよ」

 

ドヤ顔の僕である。

 

「ぷっ!それもうコーヒーじゃない」

「はは、良く言われるよ。ちなみに、風太郎もコーヒーが飲めない」

「そこも仲がいいんだね」

「そういう三玖は苦手な飲み物ってある?」

「飲めないこともないけど、甘いのは苦手かも。砂糖がたくさん入った紅茶だったりジュースだったり」

「なるほど。だったら次からは緑茶とか用意するかな」

「え、でも抹茶ダメって...」

「あぁ、抹茶は駄目でも普通の緑茶とかは大丈夫。とくにほうじ茶は割と好きだから」

「本当にカズヨシって変わってる」

 

そんな雑談を交えながら、歴史トークを開始した。

お互いの知っている知識をさらけ出すほど盛り上がったが時間というのは有限である。

日も沈み出したので、今日はお開きということになった。

 

もう暗くなることもあるしで、三玖のマンションまでは送る。もちろん、零奈には帰りが遅くなることは連絡済みである。

我が妹は、連絡をしないで帰りが遅くなるとネチネチと嫌味を言ってくるのだ。お前は僕の奥さんかって思ってしまうこともある。

 

------------------------------------------------

三玖視点

 

「いやぁ~、語った語った。こんなに歴史のことだけで話したの初めてかも」

「私も(本当に初めて、対面でこんなに歴史のことを話したのは。でもやっぱりカズヨシは凄い。私の知らないことも知っていて本当にビックリした。負けてられない)」

「風太郎ともたまに話すんだけど、あいつ教科書の知識しかなくってさ。で、お前は教科書の知識しかないから歴史の話をしてもつまらん、って煽ってみたわけ」

 

カズヨシはいつもフータローの話をしている。もしかしたら、歴史の話をしているときよりも楽しそうではないかと思うほどに。

でも嫌ではない。むしろ尊敬をするくらいだ。

だって私にはそんなに楽しく友人の話をすることはないから...

 

「でさ、煽った風太郎なんだけど、あいつ負けず嫌いなところもあってさ。次の日から図書館にある歴史の本を片っ端から読んでたのよ。そんで、数日後に歴史クイズを挑まれたの。ま、返り討ちにしてやったけどね。あの時の風太郎の悔しがる顔は、今思い出しても笑えたね」

「ふふっ」

 

カズヨシが楽しくフータローの話をするとこっちも楽しくなってきた。

あの自信満々で、いつも上から目線のフータローが悔しんでいるところを想像すると面白かった。

 

------------------------------------------------

話しながら帰っている時、急に三玖が立ち止まった。

 

「どした?」

「あのね。今日の昼休みのことなんだけど...」

(今日の昼休み?何かあってけ?)

 

そんな風に考えていたら、察したのか

 

「ほら、四葉が好きな人いないのかって...」

「(あぁそんなこともあったね、すっかり忘れてた)それで?」

「うん、実際私っていまいち人を好きになるってことが良く分かってなくて」

「それで恥ずかしくなって逃げてしまったと」

 

コクンっと三玖が頷く。

 

「ま、三玖のタイプは髭のおじさんだもんね」

 

そう言って、ニヤっと笑うと三玖が顔を膨らませてこちらを睨んでいた。

本当に姉妹揃ってそっくりだ、と前に五月が食堂で風太郎を睨んでいたときを思い出していた。

 

「カズヨシのいじわる...」

「悪い悪い。それで?そんな報告をしたかった訳ではないんでしょ?」

「うん。カズヨシはいつもフータローの話をしているからふと思ったの...」

 

その後の言葉は言っていいのか迷っている様子だ。

はぁ~、とため息を付きながら代わりに言ってあげた。

 

「僕に好きな人がいないのかって?」

 

コクンっとまた三玖は頷く。

正直なところあんまりこの話をしたくないというのが僕の考えである。こういった話をすると暗い話になってしまうかもしれないからだ。

だが、あまり周りのことを気にしない三玖が勇気を振り絞って聞こうとしたんだ。それには答えてあげたいとそう思った。

それにこれからの関係の為にも、中野姉妹全員にも話しておこうかなとも考えた。

 

「ねぇ、良ければなんだけど。今から話す内容を姉妹みんなに話したいって思ってるんだ。少しだけ家にお邪魔してもいいかな?」

「いいけど...」

 

そして、中野家のマンションに向かうことにした。

 

------------------------------------------------

「悪いな風太郎。少しだけ零奈のことを頼む」

『ふん、この位わけはない。気にするな』

 

急遽中野家に行くことになったため、さすがに零奈一人家に留守番させるのはと気が引けたので、風太郎に頼み上杉家に預かってもらうことになった。

当の零奈はというと、

 

『兄さんのことです。何かあるのでしょう』

 

と承諾してもらった。何度も思うが本当にできた妹である。

 

そして、

 

「ただいま」

「お邪魔します」

「おかえり三玖!わお、直江さんじゃないですか、いらっしゃいませ!」

 

リビングに入るとそこには四葉しか居らず、歓迎してくれた。

 

「四葉、みんなは?」

「もう帰ってて、みんな自分の部屋にいるよ」

「そっか、カズヨシが話したいことがあるみたいだから呼んできてくれる?」

「りょうかい!」

 

そう言って走って呼びに行ってくれた。

 

「呼んできたよ!」

「珍しいお客さんだねぇ」

「何でアンタがここにいんのよ!誰の許可を取ってんの?」

「私だけど」

「直江君、どうしたのですか?」

 

本当に反応が一人一人違ってて面白い。

 

「今日は急な訪問で申し訳なく思っているよ。ただ、今後の事も考えてまず僕のことを話しておこうかなって思ってさ」

「今後も何もないわ。アンタらとは関係を持たないんだから」

 

さすがは二乃、通常運転だ。しかし、そんな中一花が何かを察したのか助け舟を出してくれた。

 

「まぁまぁ、いいじゃない。別に今から勉強を始める訳でもないし。私は良いと思うな、カズヨシ君の話聞いてみたいよ」

「私も同じ意見です」

「わたしも!」

 

他の姉妹全員が話を聞くという流れになったためか二乃も諦めたようだ。

 

「分かったわよ!ただし、つまんない話だったらすぐに追い出すからね」

「ありがとう」

 

そう感謝を言って、今日のメインの話を進めた。

 

「今日の昼休みにさ、一花が高校生活を送るうえで恋が大事だって話をしたと思うんだけど」

「あぁ、あったねそんな事が。フータロー君が、もう手に負えないくらい拗らせたやつだ」

「そうそう、あれには僕もちょっと引いたくらいだったんだ。だけど、あそこまではいかないものの、僕も若干同じような意見があってね。それで今日みんなに話しておこうと思ったんだ」

「別にアンタの恋愛感について話されてもって感じなんだけど」

「まぁまぁ」

 

反発する二乃に対して四葉が宥めてくれている。

 

「知ってる人もいると思うけど、僕って結構モテるんだよね」

 

これからの話を考えて若干明るく言うと、

 

「いきなり自慢話かっ!もう追い出していいよね!」

「二乃落ち着いて。いちいち反応してうるさい」

「(三玖さん辛辣...)本当にね...嫌って言う程色んな人に告白されたよ。それも会ったことも話したこともない、同級生に先輩、後輩まで。本当、嫌ってほどね...」

 

いつにもなく神妙に話したからか、さっきまで色々と反応していた二乃も黙ってしまった。

一花や四葉でさえも真面目な顔になって話を聞いてくれている。

 

「でね、告白してきた人達がみんな同じことを言うわけ。あなたの隣に、上杉風太郎という男は似合わないってね」

 

思うところがあったのか五月がビクッと少しだけ体が反応した。

 

「そういう風に言われる度に僕も思っちゃうわけよ。お前たちに風太郎の何が分かるんだってね」

「「「「「!」」」」」

 

おっと、ついその時のことを思い出してしまって怒りがにじみ出たかも。

震えている娘もいるじゃん。反省反省。

 

「ごめんごめん。ちょっと怖がらせちゃったかな」

「いやぁ~、さすがにお姉さんもちょっと驚いちゃったかもね」

 

そう言う一花の体も若干震えているように見える。

 

「続き」

「あ、あぁ。(三玖は怖く感じてないのか)風太郎と僕って小学生からの付き合いでさ。あれでも風太郎、6年生の途中まで今の君たちと変わらないくらい勉強ができなくってさ。しかも、勉強なんて嫌いだって言ってたよ、意外でしょ」

「い、意外です。私は同じクラスなので目に入るのですが、休憩時間であろうと勉強をしている彼が...」

「んで、詳細は省くけど、ある時を切っ掛けに僕にこう言ってきたわけ。『お前勉強できるんだろ。なら俺に教えろ』、ってね」

 

その言葉に若干反応した娘がいたような...まぁ気のせいだと思い、僕はそのまま話を続けた。

 

「それからだよ。風太郎は必死に勉強して勉強して。中学に上がる頃には今の風太郎ができてきたね。で、そんな風太郎を近くで見てきた僕から言わせてもらうと、『お前らは風太郎の何を見ているんだ、あんなにも必死に勉強しているのに何か理由があるのではないかと感じられないのか』、ってね。まぁ、あいつの無神経でノーデリカシーなところも原因ではあると思っている訳だけどね」

 

最後は笑いながら言葉を発した。

 

「そういった経緯で今までの僕は、女子に対して『お前らも僕という存在を近くに置いてただ周りに自慢したいだけではないか』、って嫌悪感しか持てなかったんだよね。だから告白は全部断っているし、好きな人もできない」

「「「「「.....」」」」」

 

そんな風に話を締めくくるとみんな黙ったままになってしまった。

 

(嫌われる覚悟で話したけど、こんな事を急に言われてもだよね。でも、どうしても僕のことをもっと知ってほしいと思ったのも事実だ)

 

そんな風に思っていると、三玖が聞いてきた。

 

「今までってことは、考えを改めてるの?」

「はは、気づいちゃったか...うん、まぁ君たち中野姉妹に会ってからは、考えを改めようかなって思ってたところだよ」

「しかし、申し訳なく思っているのですが、私は上杉君に対していい感情を持っておりません。それこそ、先ほど直江くんが話してくれたような女子達と同じ考えを持っています」

「だよね、でもそれは第一印象が最悪だからでしょ。あんな事をいきなり言われたら誰でも嫌うって」

「あんな事って、何言われたの?」

 

一花が気になったのか聞いてきた。

 

「あぁ、最初の五月の昼飯の量を見て一言、『太るぞ』って」

「それはまぁ...」

「あいつが悪い」

 

二乃と四葉が答えた。

 

「それで、何で私達に会ってから考えが変わったの?」

「(えらい三玖が聞いてくるな)転校してすぐだからかもしれないけど、風太郎に対しての接し方を見てからかな」

「「「「「?」」」」」

 

五つ子それぞれが疑問に思っていそうだ。

 

「一花については、まだまだ読めないところもあるけど、他の男子生徒と同じように接してくれている」

「まぁ、それは普通でしょ」

「その普通を今まで見れなかったから、新鮮に感じたんだ」

「そっか...」

「で、二乃は確かに嫌っているけど、これは風太郎にっていうよりも、五つ子に近づく者を嫌っているように思えるんだ。現に僕も嫌われてるし」

「ふん!」

「三玖は、僕が風太郎の話をしても嫌な顔せずに聞いてくれるし、逆に質問してくるところもあって嬉しく思えてくるんだ」

「前にも言ったけど、カズヨシの友達だから」

「それができているのは三玖だけだよ。そして四葉は、どんな時も笑顔で風太郎に接してくれている。きっと風太郎自身も嬉しく思ってくれてるさ」

「本当ですか!じゃあこれからも頑張ります!」

「あぁ、今まで通りに接してやってくれ。最後に五月だけど、さっきも言ったが五月の風太郎に対する嫌悪感は最初に会った時の風太郎が全部悪い。そんな中でも、家に送ってやったり、自分の意見を本人に対して言っていることはとてもいい事だと思う。周りの女子達は、陰口を言うか無視するかだもん。まぁ真面目な性格がそうしてるのかもしれないけどね」

「そう言っていただけると助かります」

「で、ここからは僕の勝手な意見ではあるんだけど、一緒にいることで変われるんじゃないかって思えてくるんだ。だから、今まで通りに接してくれるといいなって。あ、二乃についてはもう少し柔らかくなってくれると嬉しいかなぁ、なんて」

「ふん!アンタの今後の行動次第ね」

(行動次第では柔らかくなるんだ)

「二乃は素直じゃない」

「何よ」

「事実を言っている。あと、別にカズヨシに頼まれなくても今まで通りにする」

「そうですね。それにまだ教えてほしいところもありますし。上杉君への考えも改めた方がいいかもしれません」

「あ、そこは大丈夫。こんな話をしてなんだけど、これはあくまで僕の風太郎に対する考えであって、みんなにはそれぞれの目で風太郎の事を見てほしいと思っているんだ」

「そ、そうですか」

「じゃあ、今後も私達とカズヨシ君の関係は今まで通りってことで」

 

一花のその言葉に対して皆笑っていた。あの二乃でさえも。

そんな光景を見てただただ感謝しかなかった。

 

「ありがとうございます」

 

そう頭を下げることしかできなかった。




初めての6000文字超えでの投稿です。
ちょっとご都合主義感が出てたかもですね。。。
しかもこの話はもう少し後でも良かったのかなって感じてます。
だって、主人公と五つ子が出会ってまだ5日位しか経っていませんからねw


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11.決意

「それじゃあ。今日は本当に申し訳なかった」

 

中野家の玄関で改めて挨拶をする。

 

「いいって、いいって。ただちょっと駅前のパフェが食べたくなったけどね」

「あ、私はフルーツパフェが食べたいです!」

「抹茶パフェいいよね...」

「では、私は特盛が食べたいです」

「アンタ達やるわね」

 

明るく答えてくれる五つ子達には感謝しきれないし、パフェくらいいいかと考えてしまう。しかし、五月特盛って...

 

「はは...そうだ。今回のことと家庭教師を続けてもらうことは話が別と考えてもらっていいから。僕としては、風太郎には家庭教師を続けてもらいたい思いはある。でも、君たちには風太郎に家庭教師を続けてもらうかどうか、自分の目で判断してもらいたいんだ」

「あんな話をしておいてよく言うわ。でも、アンタが言うならいいわ。今まで通り追い返すだけよ」

「追い返す前提が二乃らしいよ」

 

そう返して中野家を後にした。

 

------------------------------------------------

「今日は零奈がお世話になりました」

 

そう言って上杉家の家主である上杉勇也(うえすぎ いさなり)に頭を下げた。

 

「良いってことよ。持ちつ持たれつってやつだ。こっちも色々世話になってるんだし、また何かあれば頼りに来な!」

(本当にこの人には敵わないな)

「それでお前の用事は片付いたのか和義?」

「ああ、お陰様でね。ただ...」

「ただ?何だよ?」

「いや、改めてお前のことが好きだと思っただけだよ風太郎!」

 

そう言って僕は風太郎の肩に腕を回した。

 

「ばっ、馬鹿野郎!急に何言ってるんだ!」

「何だよ!お前は僕のことが嫌いなのか?」

「そうは言ってないが、らいはや零奈も見ているんだぞ!」

「ガハハハハ、本当にお前らは仲がいいな!」

「ふふ、これからもお兄ちゃんと仲良くしてあげてくださいね、和義さん」

「はぁ...まったく兄さんは。ほら、帰りますよ。では、お世話になりました」

 

そう言って、一人先に行き出す妹。

 

「ちょ、ちょっと待って。では、また今度!風太郎はまた明日な!」

 

そう言い、上杉家から我が家へ帰るのだった。

 

帰り道のこと。

 

「ところで兄さん。何かいい事でもありましたか?」

「へ?何で?」

「先ほどの風太郎さんへの言動もそうですが、どこかスッキリとした顔をしているではないですか」

 

そう言って僕の方に笑顔を向けている零奈。

 

「(本当に良く僕のことを見ているし、小学1年生とは思えない言動だな)そうだね!とてもいい事があったよ!」

 

そう胸を張って答えるのであった。

 

------------------------------------------------

~中野家~

 

五つ子達は、和義が帰った後二乃の手料理の夕食を食べていた。

 

「まったく、出会って間もない私達にあんな事を言って、アイツは何がしたかった訳?」

「本当にね。私も久しぶりにビックリしたよ」

「でもでも、直江さんの気持ちを聞けてちょっと嬉しかったかな」

「そうですね。私達のことも良く見てくれているようですし」

「そうだねぇ、あんなに言いたい放題な二乃のこともしっかりと見て、姉妹全員に平等に接してくれてるよね」

「ちょっと私を引っ張りださないでよね!ん?三玖どうしたのよ、いつも以上に箸が進んでないじゃない」

 

二乃の指摘通り、三玖の目の前の料理は一向に減っていなかった。

 

「私、全然カズヨシの事分かってなかったんだなって思って...」

「当たり前でしょ!私達が転校してきてまだ1週間も経ってないのよ。そんな短期間で分かった方がおかしいでしょ」

「でも、二乃の態度がおかしい事には、カズヨシ薄々気づいているようだし」

「うっ...あれには若干恐怖を感じたわね」

「今までカズヨシに甘えてばっかりだったんだなって...」

「じゃあ何?私みたいに、遠ざける?」

「ううん、むしろ逆。もっともっとカズヨシのこと知りたいって思った」

 

そう言って顔を上げた三玖の顔は晴れ晴れとしていた。

 

「お、いいね!お姉さんは三玖の恋の応援しちゃうよ」

「一花のそうやってすぐに恋に持っていく癖直したほうがいい」

「えぇ~」

 

そんな中五月は誰にも気づかれずに、一人考えていた。上杉風太郎とのことである。

直江和義には助けてもらい、友情を感じてはいる。そんな彼の友人である、上杉風太郎のことも良く思えなければいけないと常々思っていたことだ。

しかし、第一印象が最悪過ぎた。

 

(直江君は気にするなと言ってくれた。でも...)

 

五月の苦悩はまだまだ続くようだ。

 

------------------------------------------------

数日後の放課後、図書室にて。

 

「だから!米はLではなくRだと何回言えばいいんだ!」

「わわ、すみません!」

「はぁ...たっく。四葉何でお前は何度も怒られているのに嬉しそうなんだ」

「だって、家庭教師の日でもないのに熱心に教えてくれるのが嬉しくって」

「そんなものなのか。他の4人、いや三玖は家庭教師には前向きだから3人か。こんなに素直であればな」

「仲良く勉強しているところ邪魔するよ」

 

そんな、風太郎と四葉の勉強をしているところに声を掛けた。

 

「和義じゃないか、どうしたんだ?」

「いやちょっとね」

「図書室ではもっと静かにした方がいいよ、二人共」

「あ、三玖!」

「お前たちも勉強会か?」

「それはついでかな。風太郎に報告することがあってね」

「?」

 

------------------------------------------------

一日前の夕方。

 

『決心してもらえて嬉しいよ。これから娘達を上杉君共々よろしく頼むよ』

「こんなに待たせてしまって申し訳ありませんでした」

『別にいいさ。前にも言ったが君には期待しているからね』

「遅れての報告の中大変言いにくいのですが、一つお願いがありまして」

『何だね?』

「今回の家庭教師のメインは風太郎で、僕はあくまでも助手でありたいと思います」

『ふむ』

「それで、僕の給料も相場で問題ありません」

『君がそれでいいのであれば、こちらとしては何も言うまい。他には無いのだね』

「はい!今後もよろしくお願いします」

 

------------------------------------------------

「僕も中野家の家庭教師をやることになった。もちろん風太郎がメインで、僕はあくまでもその補佐ではあるけどね。という事で、よろしく」

 

僕がそう宣言すると、

 

「えぇーーー!」

「うそ」

 

三玖と四葉は相当驚いたようだ。

だが風太郎は、

 

「ふ、そうか。こんなにも心強い補佐がいてくれるのはとても助かる。今後もよろしくな親友」

 

と握手を求めた。もちろん、僕はそれに応じる。

 

「図書室ではもっと静かにするべきですよ」

 

そんな言葉と共に生徒が図書室に入ってきた。

 

「「五月!」」

 

ここに来ることを想定していなかったのか、三玖と四葉がその生徒の名前を呼ぶ。

 

「上杉君、別にあなたのことを認めた訳ではありません。私は昨日、父から直江君も家庭教師の助手として私達に勉強を教えてくれると聞きましたので、それで来ただけです」

「む、お父さんから聞いていたのなら私達にも教えてほしかった」

「そうだよ、五月!」

「すみません、みんなにも驚いてもらおうと思ってたので」

 

そう二人に話す五月。なかなかやり手だ。

 

「家庭教師の勉強に参加するのであれば、どんな理由でも問題ない」

「いや、ちゃんと五月の心も動かすような家庭教師になれよ」

「も、もちろんだ。任せておけ」

 

そう言ってはいるが、不安しかない。

そんな風に頭を抱えているところに、三玖と五月がそばまで来ていた。

 

「この間は気にするな、と言ってはいましたが」

「私達の気持ちをここまで引っ張ってきたんだから」

「責任取ってくださいね」

「責任取ってよね」

 

その言葉に対して僕は、

 

「任せといて!」

 

そう高らかに宣言したのだった。




本日第2話目です!
何だか文章能力が下がっているような。。。
気のせいでありたい!

明日からは私生活が忙しくなりそうなので、更新がまた遅くなりそうです。
今後も暖かな目で見守っていただければと思ってます。


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第2章 始まり
12.家庭教師初日


「そういえば兄さん今日からでしたね」

 

零奈と朝食を食べているとそんな風に切り出された。

 

「え?何が?」

「何がって...家庭教師に決まっているじゃないですか」

「あぁ、そういえばそうだっけ」

「はぁ...時間は大丈夫なのですか?」

 

たしかに、今日は土曜ということもあり、学校もないからちょっと遅めの朝食になっているが、そこまで急がなくても問題ない時間ではある。

 

「大丈夫だよ。13時からだし、まだまだ余裕があるよ」

「お給料が貰えるのですから、社会人と変わりません。時間には余裕をもって行動をしてください。友達同士の勉強会とは訳が違うのですよ」

 

小学1年生に、社会人とは何かを教授される高校2年生の図。かなりシュールである。

どちらが年上なのか、常々分からなくなる。

 

「分かりましたよ。食べ終わったらすぐに向かうよ」

「分かればいいんです。しっかりと家庭教師をしてくるのですよ」

「はーい」

 

普通逆の立場だと思いながら、食べ終わった後の食器を洗いながら返事をした。

 

------------------------------------------------

中野家に行く途中にあるコンビニから見知った人が出てきたので声を掛けた。

 

「三玖、買い物?」

「カズヨシ。そう、冷蔵庫にあった飲み物を飲んじゃったから代わりのを買いに来た」

 

そう言って、コンビニ袋を掲げているので中身を見ると、抹茶ソーダが何個か入っていた。

 

「これは自分用?」

「んーん。冷蔵庫のを飲んじゃったからその代わり。誰のかは分からないよ」

(え、中野姉妹ってみんなこの抹茶ソーダが好きなのか?)

 

そんな疑問を持っていると、前を歩いていた三玖が振り返りながら話しかけてきた。

 

「今日からよろしく」

「こちらこそ」

 

少し歴史トークをしながら中野家のマンションまで来たのだが、そこで妙な光景を目の当たりにする。

 

「あいつはいったい玄関口で何をしているんだ?」

「分かんない。通行人がいなくて幸い」

「たしかに」

 

二人が目撃した光景とは、風太郎がオートロックの扉に向かって何かを話しかけているところである。

 

「もしかしてフータローはオートロックを知らないの?」

「いやー、どうだろう?今までオートロックを開けているところを見たことないから、そうなのかも。この間来た時も、五月が下まで来てたからそのまま普通に入ったし」

 

そんな会話をしていたら、急に風太郎は監視カメラに向かって話しかけだした。

 

「あのー、私ここの30階の中野さんの家庭教師をしている者なのですが、ここのドア壊れているみたいですよ?」

「壊れているのはお前の一般常識だ」

「うぉ!いきなり声を掛けるなよ和義」

 

肩を叩きながら声をかけたのだが、ドアを開けるのにかなり集中していたためか、かなり驚いていた。

 

「聞いてくれ和義。あの姉妹だけでなく、このドアも俺の家庭教師を邪魔しようとしているんだ。何をしても反応しない」

「もしかしてと思ってたけど、本当にオートロックを知らないんだ。あそこの端末で私達の部屋の番号を押せば、部屋まで繋がって出た人に開けてもらえれば開くよ」

 

そう言って三玖は、部屋の番号を押す端末を指さしながら風太郎に教えた。

 

「ふん、そのくらいはまぁ知っていたけどな」

「強がんな、風太郎。ここには僕達しかいない」

 

ポンッと肩に手を置いてやり、三玖に続きマンションの中に進んだ。

しかし、当の風太郎は下を向いたまま一向にこちらに来ようとしない。

 

「(ははぁ~ん。あいつ、いっちょまえにビビってんな)どした風太郎?家庭教師するんだろ?大丈夫だって、今日からは僕もいるんだし。そんなにビビんなよ」

 

そう笑いながら話しかけてやると、いつもの風太郎に戻ったようだ。

 

「ふん、ビビってなどいない。武者震いというものだ」

 

そう顔を上げるのだった。

 

中野家のリビングまで向かうと意外にも3人居た。もちろん二乃以外の娘達だ。

 

「おはようございます!もう準備できてますよ」

「まぁ私もとりあえず見学しようかな」

「おはようございます。早速ですが、直江君教えて欲しいところがあります」

「フータロー、私には歴史を教えて欲しい」

 

風太郎はその光景を見て、感動しているのか少し固まっているようだ。

僕は、良かったなという思いで風太郎の肩を叩き五月のところに向かう。

 

「よし!じゃあ始めるか!」

 

順調そうに始めれそうなところであったが、そんな時上から声が掛けられた。

 

「あっれ~、また懲りずに来てたんだ。てか、本当に二人で家庭教師をやろうとしてるのね」

「おはよう。二乃、今日からよろしく。二乃も勉強する気になったの?」

「まっさか~、死んでも嫌よ」

 

そう言いながら、下まで降りてきた。

これは一波乱起きそうだなっと思ったときだった。

 

「そう言えば、さっきバスケ部の友達から今日の試合に、助っ人として四葉を呼んでくれないかって頼まれたんだ」

「「今日!?」

 

四葉と風太郎がハモる。

 

(そうきたか...)

「何でもただでさえ少ない部員の中で骨折した人が出て、これじゃあ試合ができないって困っているみたいなのよ四葉」

「そ、そんなの行くわけないだろ。なぁ四葉?」

(甘いよ風太郎)

「すみません!上杉さん、直江さん。私、困っている人を見捨てることが出来ないですし、頼まれたことも断れないので!」

 

そう言って準備のためか自分の部屋に行ってしまった。

 

(頼まれたことが断れないのであれば、こっちも断るなよ四葉。こっちも困ってるんだぞっと。それはさておき、まず1人脱落っと)

「あと、一花は14時からバイトって言ってなかったけ?」

「あ、いっけない。忘れてたよ」

「あれ?一花ってバイトしてたんだ?あ、五月ここ間違ってるよ。ここは、教科書のここの部分に書かれているから、こっちが正解」

「な、なるほど」

 

五月に勉強を教えながら、一花に質問をする。

 

「そうなんだ。と言う訳で、フータロー君もカズヨシ君もごめんね!」

 

そう言って家から出て行ってしまった。

 

(はい2人目の脱落っと)

「五月。アンタもこんな所で勉強してないで図書館とか行けば」

「いえ、私は直江君に教えてもらえればそれでいいので。二乃も教えてもらえればいいのではないですか?とても教え方が上手ですよ」

「結構よ!」

 

そう言ってそっぽを向いてしまった二乃。

本当にいい娘だなと思い、五月の頭を撫でてあげた。

 

「何ですか!?いきなり!」

「いや、さっきの言葉が嬉しくってさ。嫌だったらゴメンね」

 

そう五月に言ったのだが、顔を真っ赤にして『別に嫌ではないです』と小さな声を出しながら、勉強に集中するため下を向いてしまった。

この後、残りの姉妹から凄い睨まれているような気がした。

 

(二乃は分からんでもないが、何故三玖まで?)

 

そんな風に思っていると二乃の次の矛先は三玖になったようだ。

 

「そういえば、あんた冷蔵庫の私の飲み物飲んだでしょ。さっさと買ってきなさいよ」

(パシリか!)

「もう買ってきてそこに置いてる」

 

と、さっき買ってきたものを指さした。

 

「って何よこれ!普通同じものを買ってくるでしょっ」

「別に注文はなかった。フータロー気にしないで勉強始めよう」

「しゃーない。切り替えていくか」

「何よ。あんたらいつの間にそんなに仲良くなったわけ?三玖の好みってこんな冴えない顔の男なんだ?」

「何げに酷いこと言っているなこいつ」

「(同感)あ、五月そこも間違ってる。ここはみんな間違えやすいところだから注意して。今度間違えなければ、他の人に差を付けることができるから覚えといてね」

「は、はい!」

「二乃はメンクイだから仕方がない」

「三玖お前も結構酷いこと言っているのを気づいているか」

(三玖って結構辛辣なところが多いしな)

 

風太郎の言葉に対して心の中でツッコミをすると、何やら二乃と三玖の間で雲行きが怪しくなってきた。

 

「何?メンクイの何が悪いわけ?イケメンが好きってそれに越したことはないでしょ?あ、でも外見に拘らないからそんな格好で外に出かけることができるんだ」

「何?この尖った爪がオシャレなの?」

 

バチバチとやり合っている。

 

「なぁ、あの二人っていつもああなのか?」

「えぇ。結構意見が割れやすい二人ではありますね」

 

そんな会話を五月としていたが二人のバトルは続いている。

 

「あんたには分かんないよねー」

「分かりたくもないよ」

「お前らいい加減にしろ。姉妹で喧嘩なんかするな。外見とか中身とか今はどうでもいいだろ」

「そ、そうだよね。ごめん。二乃、もう邪魔しないで」

 

やっと終わったかと思ったのだが、二乃からとんでもない一言が出てきた。

 

「だったら中身で勝負しようじゃない!どちらがより家庭的なのかを料理でね!」

「そ、そんなのやるわけないじゃないか。なぁ三玖?」

 

風太郎が三玖に聞いているが、三玖はこちらをちらっと見たあとに、

 

「すぐに終わらせる。フータローは座ってて」

「お前が座ってろ!」

 

風太郎の哀れなツッコミに誰も反応することなく、二人の料理対決が始まろうとしていた。

 

「なぁ五月。どうなの?二乃と三玖の料理の腕前は?」

「普段我が家で料理をしているのは二乃です。三玖が作ったところを見たことないですね」

 

ほとんど出来レースといっても過言ではない状況である。

 

「(はぁ...しゃーない。もう勉強どころではないからな)五月悪いんだけど、一時自習をしていてくれ。ちなみにお腹は空いてる?」

「え、分かりました。後、お腹は空いてますが一体何を?」

 

そんな五月の言葉を無視するように、僕は二乃と三玖に対して宣戦布告した。

 

「その勝負僕も混ぜてもらおうか!」




みなさんお久しぶりです!
やはり、私生活とのやり繰りは難しいですね。更新が滞ってしまいます。
今後も不定期ではありますが、更新を頑張っていきますので、よろしくお願いします。


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13.料理対決

「冷蔵庫にあるものや調味料なんかは好きに使ってもらっていいから」

 

そんな事を二乃から言われて、料理対決が始まろうとしていた。

 

(しかし、女子が2人いるとはいえ、高校生3人が立ってもまだ余裕があるなんて、どんだけ広いんだここのキッチンは)

 

そんな事を考えていると2人は料理を開始していた。

さて、僕はどんな料理を作ろうかと考えながら、2人の作業を見ている。

二乃については、さすが一家の台所を預かっているだけはあり、調理工程にスキがない。迷いもなくスムーズに取り掛かっている。

一方の三玖はというと、一言で言えば不器用だ。包丁で野菜を切っているのだが見ていてハラハラしていて、全然こっちの集中ができない。

それは、二乃も一緒なのか途中三玖の様子を見ながら作業をしているようだ。

これは、出来上がりを見るまでもないなと考えながら、自分の作る料理を考えていた。

 

「よし、あれにするか!」

 

そう思いいざ調理に取り掛かった。

 

------------------------------------------------

二乃視点

 

(ふん、料理を普段からしない三玖がこの料理対決に乗ってくるとはね。何か勝算があるのかと思ったけど、全然ダメじゃない。てか、そんな握りで包丁を使わないでよ。ハラハラして料理に集中できないじゃない。あぁ、火を使うにしてもずっと強火だとすぐに焦がしちゃうわよ)

 

そんな風に思いながらも普段通りに調理をしていく二乃。

そんな彼女にとってもう一つ予想だにしなかったことが起きたのである。それが、和義の参戦である。

何を思ったのか、いきなり自分も参戦すると言ってきたのだ。

 

(本当に何を考えているのか分からない男よね。この間の告白もそうだったし...)

 

調理をしながら、先日の和義の姉妹への告白を思い出していた。

 

(別に、あいつの事なんて何とも思っていないから、そうですか程度の反応しかできなかったけどね)

「ごめん、冷蔵庫にある卵全部使ってもいいかな?もちろん後で買いに行くから」

 

そんな時に彼から質問された。

丁度彼の事を考えていたので、少しビックリはした。

 

「別に構わないわよ(てか、今冷蔵庫にある卵を全部って。まさか失敗することを想定して調理するわけじゃないわよね)」

 

そんな考えをしながら、彼の調理を盗み見た。

しかし、そこには二乃の予想にしていない光景が広がっていた。失敗なんてとんでもない。慣れた手つきで次々と次の工程に取り掛かっている和義の姿がそこにあったのだ。

 

(なによあれ!?凄く無駄のない作業じゃない。相当手馴れてるわね、私も負けてられないわ。ていうか、肉を焼いていたと思ったら、横に大量の卵があるしで、何を作っているのかサッパリね。てか、あれって茶葉?もう訳分かんない。見ていたら、こっちの作業が進まないかも。もう、無視よ。無視。でも...)

 

自分の作業に集中するために和義の作業は気にしないようにした二乃ではあったが、そこにはこんな気持ちもあったのだ。

『どんな料理を作ってくれるんだろう』と。

 

------------------------------------------------

作業も終盤に差し掛かってきたところである。

 

「そういえば、二乃って甘いのと塩辛いのどっちが好き?」

「はぁ?いきなり何?惑わす作戦?」

「そんなんじゃないって、ただの興味だよ」

「あっそ。なら甘い方が好きね」

「そっか。分かったありがとね」

 

そう言って、手を止めることなく調理を続けるのであった。

 

数十分後。

 

「出来たわ!旬の野菜と生ハムのダッチベイビー♪」

「オ、オムライス...」

「(二乃の料理は見たことないな。三玖はオムライスを作ってたのね...)ほい、卵焼きだよ」

 

それぞれが自分で作った料理をテーブルに並べる。

 

「三玖はともかく、あんた卵焼きって舐めてるの?」

「いやいや、舐めてないって。二乃こそ、卵焼きを舐めてちゃ駄目だよ。卵焼きも奥が深いんだから」

「はいはい、分かりましたよ」

 

そんな時だ、三玖がおずおずといった形で発言をした。

 

「やっぱりいい。自分のは自分で食べるよ」

「そんな事言わずに、食べてもらいなさいよ」

 

ニヤニヤ顔の二乃である。

 

「それもそうだね。てか、審判って誰がするの?風太郎と五月でいいのかな?」

「もう何だっていいさ。丁度腹も空いているから、いただくとしよう」

「はい!私は全然構いません。ではいただきますね!」

 

対照的な二人である。

 

「僕も気になるからそれぞれの食べていいかな?」

「私は構わないわ」

「う、うん。でも無理はしないでね」

 

こっちも対照的な反応である。

両方の料理を食べようと思ってあることを思い出した。

 

(あれ?たしか風太郎の舌って...)

「うん、どちらも普通にうまいな」

(あ、やっぱり)

「はぁーーー!?あんたの舌おかしいんじゃないの?」

 

そう風太郎の舌は所謂貧乏舌なのである。なので、どんなものを食べてのうまいの感想しか出ないので、本当に作りがいがない奴なのだ。

 

「たしかに、三玖には悪いですが『どちらもうまい』と言う上杉君の舌は信用できないですね」

「だな、二乃の料理は本当に美味しいよ。初めて食べた料理だけど、食が進むね。結構難しい料理だろうし、料理が本当に上手なんだなって思えるよ」

 

そんな言葉に嬉しそうなのか、そっぽを向いているが笑っている顔が少しだけ見えている。

 

「三玖は、正直に言って申し訳ないが、所々に焦げがあったり、塩加減が強かったりしているね。卵の部分も火加減が良くないのかボロボロだ」

「...」

「でも、不味いってことはないよ。普段料理をしていないことを考えれば及第点かな。普通に食べれたし、今後の成長に期待ってことで、努力賞かな」

 

五月も同じ考えのようで、次々と食べている。凄い食欲である。

そんな言葉を聞いてか三玖がやっと顔を上げてくれた。

 

「もし料理に興味があるのであれば、僕が教えてあげるから。今後頑張っていこう」

「うん」

 

多少ではあるが笑顔が戻って良かった良かった。

 

「それでは、最後に直江君の料理ですね。先ほどから何故かお肉の焼いたいい匂いがして、早く食べたいと思っておりました」

「おっと、そうだった。五月と風太郎はこっちの皿の卵焼きを食べてくれ。後、実は二乃と三玖の分も作ってるんだよ。こっちの皿が二乃で。こっちの皿が三玖ね」

 

そう言って、別々の皿をみんなの前に出した。

疑問があるような顔をしているが、みんなそれぞれの前にある卵焼きを食べてくれた。

 

「う~ん、美味しいです!というよりこの卵焼き、中にお肉が入っています。それで先ほどからお肉の焼いたいい匂いがしていたのですね!」

 

どうやら五月には好評のようだ。

 

「こいつを食っていると米が食いたくなるな」

「あなたと考えが一致するのには不本意ですが、それには賛成です」

「そう言うと思って、米も炊飯鍋で炊いといたよ。いる?」

「おう」

「はい!私もお願いします」

 

二人共食欲旺盛である。

 

「おいしい...これ、茶葉を使ってるの?」

「そうだよ。三玖の卵焼きには茶葉を使ってみたんだ。依然からお茶が好きって言ってたしね。三玖の舌に合って良かったよ」

「うん、凄くおいしいよ。ありがとうカズヨシ」

 

喜んでくれてなによりだ。

 

「なるほどね。それぞれのお皿の卵焼きは味が違うってことね。それぞれに合った卵焼きを作ってたって訳か」

「そういうこと。僕は二乃の好みを知らなかったから、オーソドックスな卵焼きを作ってみました。どうかな?」

「お、美味しいわよ。甘くてとてもね」

 

そう言って、本人は気づいていないかもしれないが笑顔を見せながら卵焼きを食べていた。

 

------------------------------------------------

「ほら、早く来なさいよ。早くしないと日が暮れちゃうわ」

「分かったって」

 

今僕は二乃と一緒に買い物に来ている。料理対決をしたことで、冷蔵庫の中身がなくなったのだ。

 

『あんた、さっき自分で買出しに行くって言ってたわよね。だったら、私の買出しの荷物持ちくらいしなさいよね』

 

その二乃のお言葉もあり、現在の状況になっている。

 

「あんた、料理ができるんでしょ。だったら目利きくらいいいんじゃない?」

「まぁ多少だけどね。自分の家の買出しも自分でしてるし。そういう二乃は、中野家の料理担当だっけ?」

「そうよ!あの子達全然料理ができないからね。今日の三玖の料理を見たでしょ」

 

そう言いながら野菜を選んでいる。

 

「まぁね。てか、他の姉妹もあんな感じなの?」

「三玖ほどではないけど、ほとんど料理ができないと言っても過言ではないわ。唯一まともに作れる五月については、作る量が自分基準だから作らせてないだけ」

(なるほどね)

「ねぇ、どっちがいいと思う?」

 

そう言って、トマトをこっちに見せてきた。

 

「う~ん、こっちのトマトの方が色も濃いし、ヘタの方まで色がまわってるからこっちかな」

 

と、二乃の右手に持っている方を指差す。

すると、二乃は満足したのかそちらをカゴに入れた。

 

「やっぱり、ちゃんと選べる人と買い物に来ると楽ね。たまに、他の姉妹と来るんだけど、誰と来てもどっちも変わらない的な言葉で返されるから大変なのよ」

 

そう言いながらも姉妹のことを話す二乃は終始笑顔である。

 

(やっぱそっか...)

 

二乃の買い物に付き合いながらもある結論に至ったのだった。

 

------------------------------------------------

そんな、二乃との買い物の帰り道。

 

「なぁ二乃」

「何よ?荷物が重いって言っても、代わりに持ってあげないわよ」

「いや、そうじゃなくて」

 

たしかに重い。なにせ、『あんたがいて丁度良かったわ。ついでにお米も買って帰りましょ』と言って、今僕が持っている買い物袋の中には米が入っているのだ。しかも10Kg...

一瞬、誰がこんなに食うんだ、嫌がらせかとも思ったのだが、すぐにある人物の顔が頭に浮かんだ。まぁ、顔は姉妹で同じなのだが。

 

「じゃあ何よ?」

「いやさ、前々から気になってたんだけど。二乃ってさ姉妹のこと大好きだよね」

 

その言葉に二乃は立ち止まりこちらを見た。

 

「はぁーーー!?いきなり何言ってるのよ」

「あ、図星か」

「何でよ!」

(いや、だって目がめっちゃ泳いでるし)

「はぁ...それで何が言いたいわけ?」

「いや、僕と風太郎のことを毛嫌いしているからさ。嫌ってるにしても相当なものだし」

「別に、あんたらのことをただ嫌ってるだけでしょ」

 

そう言いながら二乃は僕の前を歩いている。

 

「まぁそうなんだろうけどね。でも、嫌うにしても度が過ぎている。では何でだろうって考えたわけ」

「...」

「で、今日の買い物の時、二乃自身は気づいてないかもしれないけど、姉妹の話をしている時や料理の話をしている時って凄いいい笑顔で話していたんだよ」

「なっ...!?」

 

顔を赤くしてこっちを見ている。やっぱり気づいてなかったか。

 

「普段嫌っている僕の前で、そんな笑顔を見せられちゃやっぱり不思議に思うわけだよ。そこで考えたのは、そんな大好きな姉妹の中に僕ら異分子が入ってくるのが嫌なんじゃないかなって」

 

そこで、二乃が立ち止まった。今立ち止まられると、米が重くて大変だが今は言うまい。

 

「はぁ...あんたって本当に観察眼が凄いわね。そうよ、何?悪い?」

「いや悪くはないんじゃない。だって、姉妹の事を話しているときの二乃の笑顔は見とれちゃうくらい本当にいいものだから。だから、そんな二乃の笑顔を壊したくないし。でも、こっちとしては家庭教師を何とか続けたいなって、考えていて...って二乃どうしたの?大丈夫?」

 

二乃は何故か立ち止まって顔を赤くして俯いてしまった。しかも、体が若干震えているように見れる。

 

(あれ?また二乃の逆鱗に触れることを言っちゃったかな?)

 

そう思いながら二乃の方を向いていると二乃が何やら言っているがよく聞こえなかった。

 

何となく三玖と五月がこいつに懐いているのが分かった気がするわ

「え?何か言った?聞こえなかったんだけど」

 

そんな風に聞くと。

 

「別に何でもないわよ!あんたが恥ずかしいことを言ったからこっちまで恥ずかしくなっただけ」

「?何か言ったっけ?」

「はぁ...とにかく、あんたの料理については認めるけど、それと家庭教師は別!まぁ、これからも無駄な努力をしていくことね、先生!」

 

そう先ほどまで姉妹の話をしていた時と同じような笑顔をこちらに向けて、そのまま家まで走り去ってしまったのだった。




と言うわけで、二乃と三玖の料理対決に和義も入れてみました。
原作のこの話のところ個人的には結構好きなんですよね。
しかし、自分で書いていて何ですが、和義何でも出来すぎでしょ。羨ましい限りです。
そんな訳で、続きはまた時間がある時にでも投稿したいと思います。


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14.花火大会 前編

今日も少し遅めの朝食を食べてリビングでゆっくりしていると、零奈が話しかけてきた。

 

「兄さん、私は友人のところに行ってきますね」

「おー、友達との付き合いも大事にしないとだもんね。楽しんできな」

「はい!後、今日の夕方から花火大会があるのをご存知ですか?」

「そういえば、あちこちで宣伝してたような…」

「知っているのならいいのです。今日の花火大会は私と行きますから、それまでには用事を済ませといてくださいね」

 

笑顔でそんな事を言ってくる妹。

だが、そんな約束をした覚えが僕にはなかった…

 

「ごめん、そんな約束してたっけ?」

「約束をしなくても、察してくれるのが家族というものです。もしかして駄目でした?」

 

いつもは見せない、少し泣き顔な上目遣いで零奈が僕を見てきた。

こんな顔をされて断れる人がいるだろうか。いや、断じていない!

 

「もちろん、大丈夫だよ。花火大会楽しみだね!」

「はい!さすがは兄さんです。では行ってきますね」

 

いつも以上にご機嫌な妹はそのまま出掛けていった。

何かもう妹の掌の上で転がされているような気がしてならない。

でも妹の願いを叶えるためであれば、問題ないと思ってしまう僕であった。

 

そんな感じで、しばらくボーッとTVを観ていたら、ピンポーンっと玄関のチャイムが鳴った。

風太郎が来たのかなっと思い玄関に出るとそこには意外な人物がいたのだった。

 

「二乃!どうしたの僕の家まで来るなんて」

「こんにちは。渡すものがあるから少しお邪魔するわね」

「それは構わないけど、どうぞ上がって」

 

二乃をリビングまで通して、とりあえずテーブルまで案内し席に座ってもらった。

その間に僕は紅茶でいいかと思いながら、お茶の準備をする。

 

「しかし驚いたな。二乃が家まで来るなんてね。てか、住所教えたっけ?」

 

少し落ち着かないのか、キョロキョロとしている二乃にお茶の準備をしながら話しかけた。

 

「住所についてはパパに聞いたのよ。さっきも言ったけど渡すものがあるのと。ちょっと聞きたいこともあってね。そういえば、親御さんは?」

「ふ~ん、そっか。僕の親は両親共に海外に出張でいないんだよ」

「そうだったのね。だから料理があんなに上手いのね」

「ま、親が居たときから僕が大抵料理してたのもあるけどね。ほいどうぞ。紅茶で良かったかな?」

「ええ、いただくわ」

「砂糖はこっちから取ってもらえればいいから」

 

そう、案内すると凄い勢いで砂糖を入れている。甘党だと聞いたが大丈夫だろうかと心配するほどに。

 

「うん、あんた紅茶を入れるのも上手いわね」

「お褒めにいただけて光栄です」

 

と、大袈裟に礼なんかしてみた。

『何よそれ』と、二乃が笑っている。今日は比較的にご機嫌なようだ。

 

「そんで、まず渡したいものって?」

 

適当なお茶菓子を進めながら二乃に聞いてみた。

 

「ありがと。渡すものはこれよ」

 

鞄の中から、茶封筒を出してこちらに差し出した。

 

「これは?」

「今月分の給料よ。ま、一回分だからたかが知れてるでしょうけどね」

 

そんな言葉を聞きながら、封筒の中身を見た。

中には7500円入っており、これで一人辺り1500だと予想ができた。

 

「でもいいのか?僕が言うのはなんだけど全く勉強してないよ」

「いいんじゃない。ま、あんたはちゃんと五月に勉強教えてたから、全くしてないってことはないでしょ」

「それはそうだけど…」

「つべこべ言わず受け取りなさい!」

「はいはい」

 

ここで色々言ったところで無駄な時間を過ごすことになるだろうと思い、とりあえずお金は預かることにした。

 

「それで?もう一つの聞きたいことって?」

「そっちの方が本命かな。昨日あんたが作った卵焼き、私にも作り方教えなさい!」

「は?」

「『は?』じゃないわよ。あんたが帰った後何度か作ってみたんだけど、あんた程上手く作れなくって。だから、何か作り方に工夫があるのか気になって来たわけ」

 

そんな事で来たのかっていう疑問と、そっかという納得感が出てきた。

 

(そういえば、二乃って料理に関しては妥協しないっぽいしな)

 

少し可笑しくなってきたので、笑うと『何で笑うのよ』っと怒られてしまった。

 

「全然構わないよ。じゃあ今から一緒に作ってみようか」

 

そう言って、キッチンに誘導する。

彼女はもう教えてもらうのが当たり前だったのか、自分のエプロンを用意して来ており、直ぐにそのエプロンを着ていた。

 

「ふ~ん、ここが直江のキッチンか。少し狭いけど、使いやすいように、調味料からなにまで取りやすいところに置いてるわね」

「中野家のキッチンを基準に話されると、どこのキッチンも狭くなるからね」

 

そうツッコミを入れながら準備を進める。

 

「とりあえず、まずは僕が作ってみるから見といてね。あ、どの卵焼きを作ればいいの?」

「昨日作ったの全部よ。安心して、卵は買ってきてるから」

 

そう言って、鞄から大量の卵を出してきた。

てか、マジで断られることはないって思ってたっぽいその行動力に脱帽するしかなかった。

 

僕の料理を見ているときの二乃は、それはもう真剣そのものであった。

メモもしっかりと取っており、本当に料理に関しては妥協しないのだな、と改めて感じるのである。

ここで、勉強もこれくらい真剣にしてほしいと思ったが、今言うのは野暮だなと思い、思うだけに留めた。

僕が一通り作ったのを見せた後、次に二乃が作ったのだが、いきなり僕と同じ味を出せたのだから本当にビックリしたものだ。

 

「まさか、いきなり作れるなんてね。流石、の一言だよ」

 

二人で作った卵焼きを食べながら感想を述べた。

 

「まぁ、私の腕を持ってすればね、と言いたいところでもあるんだけど、あんたの教え方が上手かったのも事実よ。ありがと」

「そう言ってくれると嬉しいよ。こちらこそありがとね」

 

そんな感じで昼下がりの時間を二乃と過ごすのであった。

 

「そういえば、今日の花火大会は中野姉妹も行くの?」

「当然よ!これから帰って準備しなくっちゃ」

 

笑顔で答えてくれる二乃に僕は爆弾を投下した。

 

「そうなんだ。じゃあもちろん宿題は終わってるよね?」

 

その質問に対して二乃は僕から目を反らしていた。

 

「二~乃~?」

「もう!いいじゃない、花火大会が終わってからやれば!」

「いや、絶対しないでしょ。その時は『今日は疲れたからいいや』ってなるやつだから」

「う~~~…」

「はぁ…僕が教えてあげるから今から家に行くよ」

 

その言葉にコクリと、二乃は素直に頷くのであった。

 

ちなみに、宿題をやっていないのは二乃だけではなく、他の姉妹全員がやっていなかったため、急遽姉妹全員での宿題大会になるのであった。

その時、風太郎に連絡すると五月もその場所にいたので、五月は風太郎によって連行された。

 

「宿題終わらせるまで、絶対に花火大会に行かせねーからな!」

 

まさに修羅の如くな風太郎である。

 

「ごめん、風太郎。零奈と約束があるから先に抜けるな。ここ任せてもいいか?」

「全然構わないぞ。待たせるわけにはいかんだろ、早く行け」

 

そんなやり取りが聞こえたのか三玖が聞いてきた。

 

「レイナって誰?」

 

何故か少しご機嫌斜めっぽい。他にも二乃と五月もこちらを睨んでいる。四葉はそれどころではないようで、勉強と格闘中で、一花はニヤニヤと笑っている。

 

「今年小学校に入学したばかりの僕の妹だよ。今日の花火大会に一緒に行く約束をしてたから先に帰らせてもらうね」

「妹さんがいたんですね!では、その妹さんも一緒に直江さんも私達と花火大会に行きましょう!もちろん上杉さんもです!」

 

キリがいいところまでいったのか、四葉からこんな提案が出た。

 

「僕は構わないが、一度妹に確認してもいいか?」

「もちろんです!」

「俺は行かんぞ。ただでさえ今日は自分の勉強ができていないんだ。べんき…」

「お前の妹のらいはちゃんも誘えばいいじゃないか」

 

断る風太郎の言葉に被せて僕が提案した。

 

「らいはちゃんもきっと行きたいだろうな~。でも、風太郎が勉強を優先するばっかりに行けない、可哀想ならいはちゃん!」

「くっ!卑怯だぞ和義!」

「別にいいだろ。零奈がOKすれば、風太郎の家からは僕が連れてくるよ」

「分かった…」

「よし決定!じゃあ先に帰ってるけど、結果は風太郎に電話するから」

 

そう言って、家に向かって走って帰ったのだった。

ちなみに余談であるが、その後の五つ子達はやる気がアップして宿題は直ぐに終わったと風太郎から報告を受けた。

『最初からそうしろ』と、その時の風太郎は嘆いていた。

 

------------------------------------------------

「ただいま!」

 

玄関には零奈の靴があったので先に帰ってたようだ。

 

「兄さんおかえりなさい。出掛けていたのですね」

「あぁ、家庭教師の生徒が宿題をせずに花火大会に行こうとしてたのが発覚してね。急遽風太郎と宿題を手伝ってたんだよ」

「なるほど、それはご苦労様です」

「それでさ、急で申し訳ないんだけど、今日の花火大会に同行者が増えてもいいかな?風太郎とらいはちゃんとその教え子なんだけど」

「兄さんがいるのであれば別に構いませんよ。それにらいはさんが一緒なのは大賛成です」

「そいつは良かった。じゃあ急いで準備しないとな。零奈は浴衣着ていくの?」

「そうですね。折角ですから」

「了解!それじゃあらいはちゃんの分も用意するか。何故かうちの親がらいはちゃんの分も家に用意してるからね」

「ふふ、うちの親はらいはさんも大好きですからね」

 

そんな話をしながららいはちゃんに浴衣を用意してるから、家に来るように連絡した。

その時のらいはちゃんは大喜びだった。

 

「そういえば、兄さんの生徒さんは男性なのですか?」

「あ、そういえば言ってなかったね。女子だよ」

「へぇ~、そうなのですね。では見極めないといけませんね」

「いや、何をだよ!」

「もちろん、兄さんの生徒として相応しいかどうかです」

 

笑いながら言ってはいるが、その笑顔が怖かったのは記憶に残っている。



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15.花火大会 中編

~中野家~

 

「「「「「終わったー!!」」」」」

「あんた達急いで準備するわよ!」

 

二乃の言葉と共に五つ子全員が準備に取りかかろうとしていた。

そんな中、風太郎は一人頭を抱えていた。

 

「お前ら、普段から今日くらい真剣に宿題に取り組めよ…」

 

そんな風太郎の言葉を聞いている者はもちろん誰もいなかった。

 

「あ、上杉さん!一緒に行くので先に帰っちゃ駄目ですよ!」

 

そこで四葉が風太郎にそう念押しをした。

 

「いや、俺は一緒に行くとはひと…「駄目ですよ!」分かった」

 

今日の四葉の押しには勝てそうになく、風太郎は呆気なく折れたのだった。

そこに、和義からの連絡があった。

 

「おう、和義。どうだった?」

『零奈からはOK貰えたよ。らいはちゃんにも声かけてる。後、うちの親が何故からいはちゃん用の浴衣用意してるから、それに着替えさせて向かうよ』

「何!?さぞ可愛いだろうな。くそっ、すぐに見れないのが悔しいぜ」

『はは、じゃあ駅前で集合ってことで』

「分かった。こっちも今宿題が終わったところで、今準備しているところだ」

『は?早くないか?』

「現場にいる俺もそう思っている…」

『まぁいいや。終わったのなら問題ないね。じゃ後で』

 

そこで通話は終了した。

少し時間ができたので、その時間だけでもと普段から持っている単語帳で風太郎は勉強を始めた。そこに着替え終えた姉妹達が続々と部屋から出てきた。

 

「フータロー、カズヨシから連絡あった?」

「あぁ、ついさっきな。妹の許可も貰ったから後で合流するそうだ」

「そっか…」

 

ちょっと嬉しそうな三玖であったが、そんな事に全く気づかないのが風太郎である。すぐに単語帳に目を落としたのであった。

 

「あら?あんたまだいたの?」

「お前の妹に帰るなと念を押されたからな」

「まぁまぁ、全員揃ったことだし、行くとしますか。フータロー君、カズヨシ君とはどこで待ち合わせなの?」

「駅前だ。早く行くぞ!」

 

そう言って、さっさと向かう風太郎であった。

 

「さっきまではあんなに乗り気ではなかった彼がどうしたのでしょうか?」

「本当は楽しみだったのを隠してたんだよ!」

「違うと思う」

 

そんな三玖の意見に四葉以外の姉妹達は心の中で同意したのであった。

もちろん、風太郎が早く行こうと考えているのは、妹のらいはの浴衣姿が見たいがためである。

 

------------------------------------------------

零奈とらいはちゃんの準備も終わり、集合場所の駅前に到着した。

 

「改めて、ありがとうございます、和義さん!」

「いやいや、喜んで貰えて何よりだよ。というより、用意してたのはうちの親だけどね」

「それでもです!こうやって、浴衣を着てお祭りに来れるなんて思いもしませんでしたから」

「そっか。しっかし、二人とも本当に良く似合ってるよ。風太郎より先に見れるしで、余は満足じゃ!」

 

そう言いながら、写真を何枚も撮っている。

 

「まったく、少しは落ち着いてください!後、何枚撮る気ですか!」

「スマホのデータがいっぱいになるくらい撮りたいんだが…」

「撮りすぎです!」

「あはは…」

 

そんな事をしていると向こうから風太郎達がこっちに来ている。

そんな光景を見てらいはちゃんはかなりビックリしていた。

 

「え?五月さんが5人いる!」

「そっか、らいはちゃんは五月には会ってるんだよね。彼女達は五つ子なんだよ。って、そういえば零奈にも言ってなかったね」

 

そんな風に言いながら零奈の方を向くと、彼女は五つ子を見るのに驚いたのか、珍しく目を見開いて本当に驚いた様に固まってしまっている。

 

(まぁ、五つ子なんてそうそう見れるもんじゃないしね)

 

そんな考えをしていると、近くまで来た五つ子が挨拶してきた。

 

「待たせちゃったかな?」

「お待たせ」

「こんばんは、カズヨシ」

「お待たせしました!」

「こんばんは。直江君、らいはちゃん」

「待たせたな、和義。それに、うおーーー!らいは!浴衣姿めちゃくちゃ似合ってるじゃないか!」

「上杉君に同意するのは不本意ですが、こればっかりは同意せざるを得ませんね」

「ふわー!この娘が上杉さんの妹さんですか!?お持ち帰りしたいくらい可愛いですね!」

 

そう言って、四葉はらいはちゃんに抱きついていた。

 

「お前ら、少しは落ち着け!ったく、一気に賑やかになったな。悪い、れ…いな…」

 

先程から静かにしていた零奈を見ると、涙を流しながら中野姉妹の光景を見ていた。

 

「え、どうした!?零奈!」

「あ、あれ。あはは、可笑しいですね。目に砂ぼこりが入ったのかもしれません」

 

そう言いながら、涙を拭いている零奈。

そんな光景を見て、珍しく慌ててしまっていた。

 

「もう、大丈夫ですよ。五つ子なんてそうそう見る機会もありませんから、驚いて目を見開いていました。そこに砂ぼこりが入ったのでしょう」

 

そんな事を言っている零奈はたしかにいつも通りの零奈であった。

 

「皆さん、はじめまして。直江和義の妹の零奈です。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に。私は直江君からいつも勉強を教えてもらっている五月と申します」

「私は三玖。よろしくねレイナちゃん」

「私は四葉です!よろしくお願いしますね、レイナちゃん!」

「私は二乃よ。本当に小学1年生とは思えない程落ち着いてるわね」

「よろしくね、レイナちゃん!私は一花だよ。本当だね。下手したら、私達より落ち着いてるかも」

 

五つ子と挨拶をしている零奈は、どことなく嬉しそうで、とてもいい笑顔を見せていた。

 

挨拶も済んだところで、花火までまだ時間もあることだしで、屋台の方に向かっていた。

 

「(うへぇ~、凄い人っ)零奈、はぐれたらまずいから、僕の手を絶対に離さないようにね」

「はい!兄さん」

「お~い、風太郎行くよ」

 

この場所には不釣り合いな程、どんよりとしている風太郎に話しかけた。

さっきまでのテンションはどっかに行ってしまったようだ。

 

「本当に、何なんですか?その祭りにふさわしくない顔は」

「ほっとけ、てか誰だお前は?ただでさえややこしい顔をしているんだから、髪型を変えるんじゃない」

(五月だよ!顔で分からなくても、星形のヘアピンで分かるだろ)

「五月です!どんな髪型にしようと私の勝手でしょう!」

(ほら~、怒らせちゃった)

「女の子が髪型を変えたら、とりあえず誉めなきゃ駄目だよ。もっと女の子に興味持とうよ。ね、カズヨシ君!」

「兄さん?」

(やめて、一花さん!こっちに話を振るのやめて!)

 

凄い睨んでくる妹。僕はまだ何も言ってないんだが…

 

「ほら、浴衣は本当に下着を着ないのか興味ない?」

「それは昔の話だろ。それくらい知っている」

「本当にそうかな~?」

 

そう言って、風太郎に下着が見えるか見えないかくらい浴衣をはだけている。

 

「に、い、さ、ん?」

(だから、僕は何もしていないんだが。そんな怖い笑顔でこっちを見ないでください)

 

妙にテンションが高い一花に翻弄されて風太郎も疲れきっている様である。

 

「ほら、一花。そんなやつに構ってないで行くわよ」

「ごめん、ちょっと電話に出ないとだから」

「ねぇ、どっかに向かってるの?」

「あんたらには関係ないでしょ」

 

今日の昼間まではあんなに話していたのだが、料理以外だとまだまだこんな感じである。

 

「て、らいはちゃん。いつの間にそんなに金魚取ったの?」

「さっき四葉さんに取ってもらったんだ!」

(こんなにたくさん、上杉家で飼えるのか?)

「四葉、お前はもう少し加減というのを知らないのか!」

「いやー、らいはちゃんが見てると思うと手を抜けなくて…」

「あと、これも買ってもらったんだよ!」

 

そう言って、花火セットを見せてくれた。

 

「それは今日一番いらないやつだろ!」

「だって待ちきれなくって」

「たく、いつやるんだよ。あと、四葉のお姉さんにちゃんとお礼は言ったか?」

 

風太郎の言葉にらいはちゃんは、『ありがとう四葉さん!大好き』、と四葉に抱きつくのであった。

 

「く~、やっぱりらいはちゃんは可愛すぎます!どうにかして私の妹にできないでしょうか。いえ、待ってください。上杉さんと結婚すれば合法的に義妹にできるのでは…」

 

とんでもないことを口走っている四葉に対して、二乃が止めに入った。

 

「あんた、自分で何を言ってるか分かってるんでしょうね…てか、上杉!あんた四葉に対して変な気を起こすんじゃないわよ」

「起こさねぇよ!」

 

そんなこんなで、少しずつではあるが先に進んでいるのだが目的地はあるのだろうか?

そんな疑問が出てきたので、近くを歩いていた三玖に聞いてみた。

 

「こんな人混みの中じゃ、落ち着いて花火は見れないと思うけど、どこか目星とかあるの?」

「二乃がお店の屋上を借りきってるから付いていけば大丈夫だよ」

(まじか!ブルジョワだな)

「凄いですね」

「だったら、さっさとそこに向かおうぜ」

「何言ってるの。祭りに来たのにアレを食べないなんてあり得ないわ!」

 

風太郎の言葉に対して二乃が反発する。

二乃の言葉に対して、『そういえばアレ食べてないね』などと五つ子が話している。

何か五つ子にとって思い出の品なのかと思っていた。

 

「「「「「せーの」」」」」

「かき氷」「焼きそば」「りんご飴」「人形焼き」「チョコバナナ」

 

見事にバラバラである。

 

「お前らが本当に五つ子なのか疑わしくなってきたぞ」

 

風太郎に激しく同意である。

 

五つ子達はとりあえず全部買ってきていた。零奈にも焼きとうもろこしを買ってあげた。

 

「あんた達遅いわよ!」

「二乃、えらい張り切ってるけど何かあるの?」

 

三玖にそう尋ねてみた。

 

「花火はお母さんとの思い出なんだ。お母さんが花火好きで、毎年家族で花火見に行ってた。お母さんがいなくなってからも毎年揃って。だから私達にとって花火は特別なんだ」

 

そう、三玖は笑いながら話してくれた。

 

(なるほどね。なら、なおさら二乃が張り切るわけだ)

「………」

 

もうすぐ花火が始まるのだろう。さっきよりも人が多くなってきた。

 

「零奈悪いけど!」

「きゃっ!兄さん何ですかいきなり」

 

僕は零奈を抱えることにした。手をつなぐだけでは、はぐれてしまいそうだからである。

 

「悪い悪い。でもこうした方がはぐれないだろ」

「カッコつけすぎです兄さん」

 

そう言いながらもぎゅっと、首に腕を回しながら零奈は僕に寄りかかってきた。

 

「て、これは本格的にまずいぞ。さっきまで近くにいたはずの三玖までいなくなってしまった」

「兄さん、少し前に二乃さんがいます」

「よし、とりあえず二乃とだけでも合流するか」

「はい」

 

そんな時だ。誰かにぶつかったのか転けそうになる二乃。

そんな彼女を転ぶ寸前のところで何とか体を支えてやった。

 

「大丈夫か、二乃」

「あんた」

「嫌かもだけど、少し我慢してくれ」

 

そう言って、二乃の手首を握って前に進む。

 

「どっちに進めばいい?」

「あっちよ」

 

二乃の指示に従いながら、何とか無事に目的地に着いた。

この辺なら大丈夫かと思い、零奈もそこで下ろしてあげた。

 

「とりあえず、屋上に行こうか。五人で見るんでしょ花火」

「そうね」

 

二乃の先導の元、貸し切ったという屋上に向かう。

 

「もしかしたら、他のみんなも来てるかも」

 

そんな期待を胸に屋上への扉を開ける。

すると、

ドォォン!!

今日の花火の一発目が上がった。

しかし、そこには誰もいなかった。

 

「ヤバい。よく考えたら、この場所私しか知らない…どうしよう」

(おーーーい!)

 

無情にも花火は次々と打ち上がるのであった。




花火祭りは原作も長いので大変ですね。。。
後編で終わるのか分からなくなりましたw
終わらなかったらサブタイトル変えるかもしれません。


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16.花火大会 後編

「兄さん、花火綺麗ですね」

「そうだな。今日は来て良かったよ」

 

夜空に浮かぶいくつもの花火を妹の零奈と見ながら語っていた。

そんな時、二人の世界を崩す者がいた。

 

「あんたらわざとやってないでしょうね…」

「いや、だって折角来たんだし、花火を見ないなんてありえないでしょ」

「そんな事は分かってるわよ!」

 

そんな時、二乃の携帯に着信があったようだ。

 

「四葉!?妹ちゃんと一緒なの!?今どこに…え、時計台?」

(妹ちゃんって…目の前にも僕の妹がいるのだが…まぁいい。らいはちゃんは四葉と一緒にいるんだな。少し安心したかも。ただ、どっちに安心したかは微妙ではあるが…すぐに動きだそうとするであろう四葉を、うまい具合にらいはちゃんが押さえてくれるといいのだが。時計台はあそこか…)

「迎えに行くからそこを動くんじゃないわよ!」

 

その一言で二乃の通話は終わったようだ。

 

「あんたも電話で誰かに…ごめん、何でもない」

「?」

 

何かを言おうとした二乃だが、何かを思い出したのか続きを言うのをやめた。

気にはなったが、今はどう動くかを考えるのが先だと思い、それ以上追及するのをやめた。

『花火はお母さんとの思い出』、そう三玖が話していた事を思い出し決心がついた。

 

「しゃーない。二乃、零奈の事頼める?」

「え…」

「零奈、一緒に花火が見れなくなって申し訳ないけど、ここで待っててくれるか?僕はみんなを探してくるよ」

「えぇ、もしその決断をしなければ、私は兄さんを軽蔑していましたよ」

「おっと、それは危なかったね」

 

そう言って、零奈の頭を撫でてあげた。

 

「それじゃあ、まずは居場所を知ってる四葉とらいはちゃんからかな。てことで二乃、僕と連絡先交換をしてくれないか。もし他の姉妹の場所が分かったら教えてほしいからさ」

 

そう言って自分のスマホを見せるが、二乃は信じられないと言いたげな顔をしてこちらを見ていた。

 

「あ、もしかして連絡先交換はやっぱり駄目だった?」

 

その言葉にハッとした二乃は自分のスマホを取り出して、連絡先が記載されてる画面を出した。

 

「し、仕方ないわね。今回は緊急事態ってことで教えてあげるわ!」

「ありがと」

「ふん!…でもいいの?あんた、女子に連絡先教えたくなかったんでしょ」

 

そっぽを向いたまま、二乃は聞いてきた。

そう、二乃は知っているのだ。和義が学校の女子の誰とも連絡先交換をしていないのを。

これを知ったのは、二乃にはすでに多くの友達がおり、その友達経由で聞いたからだ。

 

「ふ、別にいいさ。家庭教師と生徒という関係でもあるし、何より二乃とは料理仲間でもあるからね!僕って結構君たちのことを信頼してるんだよ」

 

笑いながらそう答えたのだが、『あっそ』と軽く言ってまたそっぽを向いてしまった。

二乃との良好な関係を作るのは、まだまだかかりそうだと改めて実感するのであった。

しかし、この時の僕は気づいていなかったが、そっぽを向いた二乃はどこか嬉しそうな顔をしていた。

 

------------------------------------------------

二乃に零奈を任せて人混みの中を、四葉とらいはちゃんがいる時計台に向かって進む。

この時に他の姉妹や風太郎と合流できれば御の字だ。

ちなみに、風太郎には何度か電話をしているがまったく繋がらなかった。

 

(らいはちゃんがまだいるから、さすがに帰ってはいないと思うが…)

 

そんな考えをしていると、前方に見たことがあるようなアホ毛の女の子を発見した。

 

「五月!」

「あ、あ…直江君。良かったです~」

 

見つけた五月に声をかけると、振り返り半べそ状態でこちらに寄ってきた。

どうやら、一人迷子になっていた時に風太郎と合流できたのだが、その後また一人になってしまったため限界が来ていたようだ。

 

「う~…すみません。本当にもう誰とも会えないのではないかと不安になってしまったので。お見苦しいところを…」

「別にいいさ。よく一人で頑張ったね、偉い偉い」

 

そう五月の頭を撫でてあげた。

 

「む~…直江君は、たまに私の事を年下の子どものように扱うときがありますよねっ!」

 

そう言って、少し頬を膨らませた五月がこっちを睨んでいた。

 

「(う~ん、どうにも零奈と同じように話しているからか、零奈が成長したらこんな感じかなって思いがあったからかな)ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけど、嫌だったかな?」

 

「別に嫌という訳ではありません」

 

そう言って、下を向いてしまった。

しかし、五月の特徴的なアホ毛は、もっと撫でてくれと言っているように揺れていた。

そう思ってもう少し撫でてあげると、『えへへ』と聞こえてきたので、満更でもないのだろうと思うのであった。

ある程度五月が落ち着いたのを確認できたので、次の行動に移ろうと考えていた。

 

「五月、風太郎以外に誰か見かけなかったんだよね?」

「はい...」

「よし!じゃあ、当初の予定通り四葉とらいはちゃんがいる時計台を目指しますか!五月、疲れてない?」

「大丈夫です!お気遣いありがとうございます」

 

無理をしているようには見えなかったので、このまま時計台に向かうことに決めた。

 

「それじゃあ、はい」

「え?何ですかこの手は?」

「ほら、またはぐれたら今度こそ五月泣きそうだし」

「う~~、泣きません!たまに直江君は意地悪なところがありますよね」

「ごめんって、でもはぐれるかもしれないと思ったのは本当だよ。五月が嫌ではなければ...」

 

そう言ってまた五月の方に手を再度出した。

 

「し、仕方がないですね。緊急事態ですので、今回はしょうがないです」

 

そう言って顔を赤くして僕の手を握ってくれた。

先ほどの二乃といい、同じことを言うのだから、こういうところはやはり五つ子なのだなと感じるのであった。

 

五月が浴衣姿ということもあり、先ほどよりはゆっくり歩きながら辺りに他の姉妹がいないか探しながら時計台を目指していた。

姉妹を探すということもあり、先ほどよりも落ち着いてきたようで、五月も姉妹探しに集中していた。

そんな時だ、

 

「あ、あの...」

「どうした?誰か見つけた?」

「いえ、そうではないのですが、誰かと一緒にいることで安心してしまったのかお腹が空いてきてしまって...」

「ぷっ!」

「わ、笑わないでください!」

「ごめんごめん、いつもの五月に戻ったみたいで良かったよ。そうだなー、たませんでもいい?」

「はい!」

 

そう言って近くのたませんの屋台に向かった。

 

「すみません、たません一つお願いします」

「はいよ!お、なんだい可愛い彼女じゃないか?」

「か、かの...」

「でしょー、実は今日は初めてのデートでして」

「で、デー...」

 

いちいち、赤くなっている五月の反応が面白くて、屋台のおじさんの話に合わせることにした。

 

「いいねぇ。初々しいよ~」

「そんな初々しいカップルにおまけ付けてくれません?」

「お、言うね~。仕方ない、値段そのままでそばのトッピングをしてやるよ」

「ありがとうございます。では、それをもう一つ追加で」

「兄ちゃんもやるね~。まいど!」

 

そんなやり取りをしながら、中にそばがトッピングされたたませんを二つ受け取った。

 

「ほい五月!熱いうちに食べな」

「う~~~~~~~~~」

「からかったお詫びで二つ食べていいから。さっきのやり取りのおかげでそばのトッピングも付けれたわけだしさ」

「知りません!」

 

そう言いながらも美味しそうに食べる五月の顔はほころんでいた。そして、手も握ったまま------

 

------------------------------------------------

そんなこんなで、結局誰とも会えずに時計台まで着いてしまった。

しかし、そこには四葉とらいはちゃん以外にもいたのだ。

 

「三玖!大丈夫か」

 

足に包帯が巻かれている三玖が時計台のところに座っていたのだ。

 

「あ、カズヨシ。大、丈夫だよ...」

「みんなと合流できて本当に良かったです」

「うん、それは良かったんだけど、五月それって...」

 

四葉が言うそれとは何を言っているのかがすぐには分からなかった。

それは五月もどうやら同じのようだ。

 

「和義さんと五月さんって仲良しさんなんですね!」

 

らいはちゃんのその言葉で気づいてしまった。

今まで、他の姉妹を探すことで自然な状態になっており、尚且つ姉妹が見つかったことの安堵感で手を握っていたことをすっかり忘れていたのだ。

 

「こ、こ、これは違うのです!はぐれないようにする緊急の処置であって」

 

と、勢いよく手を離し、顔を赤くして必死に弁明をしている五月。今日は本当に色々な五月の顔を見れたなと思うのだった。

しかし、それはまだいい。先ほどから、頬をこれでもかと膨らませてこちらを睨んできている三玖が何とも怖いのだ。何故だろう。

 

「よし!じゃあ後は、一花と風太郎だけか。ひとまず二乃のところに戻るとするか。三玖をこのままの状態に出来ないしね」

 

とりあえず、話をそらすことにした。

 

「一花と上杉さんでしたら、一緒にいますよ。色々あったみたいで」

「うん。でも、あの時のフータロー、いつもの勉強しろって言っているときと違って見えた。カズヨシの言ってた通りいい人なのかもって思えた」

「そっか。じゃあ、やっぱり一旦二乃のところに戻りますか。まだ花火も終わらないだろうしね」

 

そう言いながら、三玖の前で背中を向けてしゃがんだ。

 

「え、何してるのカズヨシ」

「何って、その足じゃまともに歩けないでしょ。だから僕の背中に乗りな」

「で、でも...」

「ほら早く。花火が終わっちゃうよ」

 

その一言で諦めたのか、三玖が僕の背中に乗ってきた。

 

「よし、じゃあ行きますか。らいはちゃん僕の服を握っててね。四葉はらいはちゃんと五月と手を握るといいよ」

「はい!」

「分かりました!」

 

はぐれないとは言え、何とも奇妙な集団が人混みの中を突き進んでいった。

 

「悪いな三玖。ちょっと注目を集めることになっているみたいで」

「別にいい。でも、やっぱりカズヨシは凄いね。私を担いでいるのに、全然疲れを感じさせない。フータローも私を担いでくれたけど、その場に立つので精一杯だったみたい」

「ははは、風太郎は勉強の虫だからね。どうせ重いとか言ったんでしょ」

「うん。さすがフータローの事分かってる」

「はは、まあね。そういえば、三玖。いつの間にか髪型変えてたんだ。似合ってるよ」

「.....ありがと」

 

そんな風に話をしながら二乃と零奈が待つ場所に向かっていた。どうやら三玖の機嫌も直ったようだ。よかったよかった。

 

------------------------------------------------

~その頃の二乃と零奈~

 

「五月!?一花と上杉以外のみんなと合流してこっちに向かってる?そう、とりあえず良かったわ。気をつけて来るのよ」

 

そう言って電話を切った二乃。

 

「良かったですね。全員とまではいきませんが合流が果たせそうです」

「そうね。あいつも中々やるじゃない」

 

そう言う二乃の顔は満足気である。

そんな二乃を見て、零奈も満足できていた。

次々と打ち上がる花火を見ながら、零奈は二乃に質問をした。

 

「二乃さん。あなたたち姉妹は仲良くやっているのですね」

「何よ急に。まぁ仲良くやってるんじゃない」

「それは良かったです。今日の皆さんを見ていたら微笑ましく思えてきました」

「それはどうも。そう言うあんた達も仲がいい兄妹じゃない」

「ふふ、羨ましいですか?」

「べ、別に羨ましくないわよ。でも、その内『兄さんなんて嫌いです』なんて言い出すんじゃない」

「それはありえません。私は兄さんが大好きですから」

「うわぁ、そこまで言うか...」

(でも、あいつの信頼しているって言葉を聞いたとき少し嬉しかったって思ったのも事実なのよね。って駄目駄目、あいつの口車に乗せられるもんですか)

 

そう思い頭をぶんぶん振る二乃。

 

「どうしたのですか?」

「なんでもないわ」

「そうですか。二乃さん、いつまでも姉妹仲良くいてくださいね」

 

そう言いながら花火を見るために見上げる零奈。その小学1年生とは思えない姿を見て、少し懐かしさを感じる二乃であったが、何故そう思えたのかまでは分からなかった。

 

------------------------------------------------

「お待たせ!」

 

勢いよく屋上への扉を開ける四葉に続いて僕たちも屋上に出た。

 

「遅いわよあんたたち。って、三玖どうしたのよ」

「どうやら、一人歩いてた時に人混みで誰かに踏まれたらしい。零奈、風太郎が軽く診てくれたようだけど、治療をしてあげてくれないか」

「分かりました。そこの椅子に座らせてください」

 

そう言って、常に持ち歩いているのか、鞄から救急キットを取り出した。

後は任せとけば大丈夫だろと思い、ぐ~っと体を伸ばしながら屋上のフェンスまで向かい、花火を見るため空を見上げた。まだもう少しだけ花火も上がるようだ。

 

「お疲れ」

「悪いね、結局一花を見つけれなかったよ」

「さっき三玖と四葉から聞いたわ。一花に関しては何かあるんでしょ。それに上杉も何かできないか躍起になっているらしいわね。だからこれでも十分の成果よ」

「そっか。二乃にそこまで言ってもらえるとやりきった感が出てきたよ」

「あっそ。...でも、今年は5人で花火を見ることは出来なかったわね」

 

そう言いながら空を見上げる二乃の顔は寂しさを醸し出していた。

 

「花火ってさ。打ち上げ花火でなくてもいいのかな?」

「え?」

 

そう言って指をさした先を見る二乃。そこには、らいはちゃんが四葉から買ってもらったあるものが置いてあった。

 

「風太郎はまだ多分一花の近くにいると思うんだよ。だから、風太郎にも話してみる」

「何で。あんたは何でそこまでするの?」

「う~ん。強いて言えば、中野姉妹の笑顔を見ていたいからかな。みんなの笑顔を見て僕も助けられたこともあったし。ま、独りよがりな行いだよ」

「ホント、あんたって馬鹿よね」

 

そう言って、涙を流しながらも今日一番の笑顔を見せてくれたのであった。

 

風太郎に電話をしたところ、風太郎も同じことを考えていたらしく話がスムーズにいった。

さすがは我が友である。

そんな風太郎との電話を終えたところに、治療を終えた零奈が近づいてきた。

 

「ありがとね、零奈」

「いえ、この位どうということではありません」

「はは、さすがは我が妹だよ」

 

そんな風に頭を撫でてあげながら、兄妹でもうすぐ終わるであろう花火を見上げていた。

近くでは中野姉妹4人が花火を見ながら盛り上がっていた。

そんな時、零奈から僕の手を握ってきた。

 

「どうした?」

「いえ、今は兄さんと手を握りながら花火を見たいと思いまして。駄目でしたか?」

「全然。もっとしてほしいことを言ってもらって大丈夫だよ」

「はい!」

 

打ち上げ花火もクライマックス。何かとバタバタしたが良い花火大会だったと思う。

まぁまだ本当のクライマックスが待っているのだけれども、そんな風に考えながら最後の大きな花火を見るのであった。

 

------------------------------------------------

近くの公園で待っていると、そこに一花と風太郎が合流した。

 

「あ、一花に上杉さん!上杉さん、準備万端なのですが、すみません我慢が出来ずに先に始めてしまいました」

 

そう言って、手に持っている花火をぶんぶん振り回している四葉。

 

(危ないからやめなさい。小さな子も見てるんだよ)

「お前が花火を買っていたおかげだ。助かったよ。てか、花火増えてないか?」

「ああ、さっき僕が近くのコンビニまで買いに行ってきたんだよ。さすがにこの人数だと少ないと思ってね」

「おまえも流石だな和義」

 

そう言っている風太郎はどこか清々しく感じる。

 

「あんた、五月を置いてどっかにいったらしいじゃない!直江が合流した時には半べそだったそうよ」

「二乃!それは言わないでください!ていうか誰から聞いたのですか!?」

「直江から」

「直江君!!」

「ごめんごめん」

「まぁ、一花をここまで連れてきたことで帳消しにしてあげる。お、つ、か、れ!」

「はは、サンキュ」

「じゃ、みんな揃ったことだし、本格的に始めちゃいましょうか」

 

そんな二乃の号令とともにいざ始めようとしたそんな時だ。

一花が全員に向かって頭を下げた。

 

「ごめん!私の勝手な行動でこんなことになっちゃって...本当にごめんね」

「そこまで謝らなくても」

「五月の言う通りだよ。一花も十分反省しているだろうしね」

 

僕と五月は宥めているが一人だけ納得いっていない人がいるようだ。

 

「まったくよ!何で連絡してくれなかったのよ。今回の原因の一端はあんたにあるわ。けどね、目的地を言っていなかった私も悪かったわ」

「二乃...」

「私も、自分の方向音痴には泣けてきました」

「五月ちゃん...」

「私も今回は色々失敗続きだった」

「三玖...」

「よく分かりませんが、私も悪かったということで!屋台ばかりに目がいってしまって。しかも、らいはちゃんに落ち着くよう言われる始末」

「四葉...」

「ほら、あんたの分の花火よ」

 

みんなの言葉を聞き少し涙目になっている一花に花火を差し出す二乃。

 

「昔お母さんがよく言っていましたね。誰かの失敗は5人で乗り越えること。誰かの幸せは5人で分かち合うこと。喜びも悲しみも怒りも慈しみも、私達全員で五等分ですから」

 

5人は円を描くように花火を中心に向けている。

そんな光景を零奈は、僕の横で真剣な眼差しで見ていた。

 

風太郎は疲れて眠ってしまったらいはちゃんの横に座っていた。

 

「風太郎も今日はお疲れ様!普段勉強しかしていないから疲れたんじゃない?」

「もうヘトヘトだ。というからいはも満足して寝ているし、あいつらも5人で花火をしている。俺は帰っていいんじゃないか?」

「また、風太郎はそんなことを言って。もう少し付き合いなよ」

「仕方ないな」

 

そんな風に言う風太郎ではあるが、口角が上がっているのを僕は見逃さなかった。

風太郎も五つ子と過ごすうちにどうやら変わってきたのだろう。

 

「いっくよー」

 

四葉の合図で市販の打ち上げ花火があがった。

 

「しょっぼい花火」

「ホントお前は一言多いよ」

 

そんなこんなで花火もあと僅かしか残っていなかった。

色々な種類が残っているにも関わらず、五つ子が選ぶ花火は一致しなかった。凄い確率である。

 

「零奈、僕達も最後の花火をしようか。はい線香花火」

「ありがとうございます、兄さん」

 

同じ線香花火をしている三玖の横にしゃがみこみ一緒にすることにした。

 

「っ!カズヨシ」

「僕達兄妹もお邪魔するね。しっかし三玖は分かってるね。やっぱり最後は線香花火だよね」

 

そう言って自分の分と零奈の分に火を点ける。

 

「うん...」

「三玖も直江さんもこっちのほうが派手でいいですよー!」

「だから、花火を持って振り回さない!小さな子が真似するでしょ!」

「す、すみません!」

「ったく四葉は。よし零奈どっちが長く灯せるか勝負といこう」

「望むところです」

「凄いバチバチ...」

 

結果は、

 

「何故だ?こればっかりは零奈に勝てない...しかも先に始めたであろう三玖にまで」

「カズヨシ、さすがに早すぎる」

「兄さんはもう少し健闘した方がいいですよ」

 

僕の惨敗であった。

そんな中風太郎の方を見ると、一花が風太郎を膝枕しているところであった。

風太郎も疲れて眠ってしまったようで、反応がない。

それに、どうやら一花にも心の変化があったようだ。

あまりのぞき見をするのも気が引けたので、体を伸ばしながらそんな二人に背を向けた。

 

(これで本当にクライマックスだな。いやぁー長い一日だったね。でも充実した一日だった)

 

そんな考えの中、長い長い一日が幕を閉じるのであった。




お久しぶりです!
私生活が忙しすぎて投稿に時間がかかってしまいました。。。
思っていたとおり、花火大会は長かったです。
すみません、前編・中編・後編でまとめるために、後編が長くなってしまいました。
今後の課題ということで、これからも頑張っていきます。


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17.連絡先

「おっはー」

 

朝いつも通り風太郎と登校していると、一花がコーヒーを飲みながら待っていた。

 

「おっす」

「おはよう、一花。お、冬服じゃん!やっぱり女子は見た目全然変わるね。男子はほとんど変わらないからさ」

「流石カズヨシ君。やっぱり良く見てるよね。フータロー君も見習わないと」

「何なんだ、朝から騒々しい」

「学校までもうすぐそこだけどさ。一緒に登校しようと思って待ってたんだ」

「いいね。一緒に登校しようか」

「お前は目立つから一緒にいたくないんだがな」

「もう~、そんな事言っちゃって~。本当は一緒にいて嬉しいくせに」

 

やはりこの間の花火大会で、風太郎と一花は何かあったのか、一花は風太郎に対して気を許しているようだ。いい傾向である。

 

「昨日、ようやく決心がついてみんなに私の仕事のこと打ち明けたんだ。もう、みんなビックリだったよ」

「だろうな」

「だよね。僕も風太郎から聞いたときはビックリしたよ。あ、零奈なんか自分の事のように喜んでてさ、そういえばサイン貰ってきてって言ってたっけ。後で頂戴」

「わお!もちろん良いよ。とは言え、まだまだ女優の卵なんだけどね」

 

そうなのだ。一花はなんと女優業と並行して学校に通っているのだ。

風太郎から聞いた話によると、この間の花火大会の日に、大切なオーディションが入り、それで花火大会を抜け出したという。

みんなにはもっと仕事が増えて、有名になったら明かしてビックリさせたかったと一花は言っていたそうだ。

今でも十分にビックリするのだが。

 

「でもさ、姉妹のみんなに報告して何かスッキリした!」

 

そう言う一花の顔は本当に晴々としていた。

 

「お、今の笑顔はいいね。今までの笑顔が演技みたいだよ」

「うっ!」

「ふん、和義にも見破られているんだったら、やっぱり向いてないんじゃないか」

「もう!またそういうことを言うんだから~」

「まぁ、今でも女優業を続けるのは反対しているんだがな」

「大丈夫だよ。ちゃんと留年しない程度には勉強頑張るからさ。勉強会してるんでしょ。また放課後になったら連絡するね。てことで、はい」

 

そう言って一花は自分のスマホを風太郎に差し出した。

 

「え、何くれるの?」

「何でだよ!」

「はは、連絡先交換しようと思って、駄目?家庭教師的にもやっておいて損はないと思うけど。あ、カズヨシ君もね」

「連絡先ね~」

「僕はいいよ。たしかに連絡先を知ったほうが、今後家庭教師をやっていくうえで便利だしね。ほら風太郎も」

「和義がそこまで言うのであれば仕方ない」

「ありがとね、二人共」

 

------------------------------------------------

その日の放課後は図書室で勉強会を行うことになった。

ちなみに二乃と五月はどうやら食堂で軽食を食べているようだ。

五月の場合、軽食になっているのか疑問ではあるのだが...

 

「連絡先の交換!いいですね、私は賛成です!ただ、ちょっと待ってください。今この作業を終わらせないとなので」

 

一生懸命折り鶴を折りながら四葉が答える。

 

「一応聞くが何をやっているんだ?」

「千羽鶴を折っています。友達の友達が入院することになったので!」

「勉強をしろ!」

「右に同じく」

「ったく。貸せ手伝うから。終わったら勉強をするぞ」

「あ、風太郎手伝うんだ。そういえば、三玖とも交換してなかったね連絡先。この機会に交換しようか」

「え...う、うん」

「よしっと、本当は教室でも良かったんだけど、みんなに見られると何言われるか分かったもんじゃないからね」

「はは、カズヨシ君も大変だね」

「そもそも俺はお前たちの連絡先など...(ブブブ)...俺もみんなの連絡先聞きたいな~」

 

セリフと顔が一致していない風太郎が一花を睨んでいる。

 

(一花...スマホを持ってニヤニヤして。何か風太郎に送ったな)

「はい、協力してあげる」

「わ~い、やったぜー」

(本当に嬉しいのであれば、その棒読みやめとけ!)

「そういえば、三玖。足大丈夫なのか?」

「え、うん。大丈夫だけど。フータロー気にしてくれてたんだ」

「まぁな。よし、二乃と五月は後日でいいだろう」

「二乃と五月でしたら、さっき食堂で見ましたよ。一緒に行きましょう!」

「何でお前も来るんだよ。勉強しろ!」

 

そんな風太郎の言葉を無視するように、四葉は風太郎を先導して行ってしまった。

 

「あれ?君は行かないの?」

「別に僕は今じゃなくてもいいかなって」

「え~、だって君って二乃とはもう交換済みなんでしょ。そんな中まだ交換していない四葉と五月ちゃんはどう思うんだろうね。特に五月ちゃん泣いちゃうかも」

「いやいや、一花大袈裟でしょ」

「え、待って。二乃とはもう交換してたの?」

 

そんな言葉とともにこちらを睨んでくる三玖。

何故睨まれているのかが分からず、冷や汗をかきまくっている。

そんな光景を面白そうに見ている一花。いや助けてよ。

 

「え~とですね。昨日は、みんなを探すために二乃には零奈を見てもらっていたわけでして、で二乃に誰かの連絡がいけば僕に教えて欲しくて、それで交換をしました」

 

何も悪いことをしていないにも関わらず、取り調べを受けているかの如くだ。理不尽である。

何とかその場を宥めることに成功したのだが、結局四葉と五月の連絡先を聞くことに決め、食堂に向かう事にした。先に言っておくが、あの場に居たくなくなった訳ではない。

 

「今度はあんたなわけ」

「直江君、こんにちは」

「おっす、二人共。今度はってことは、風太郎は来たけどどっか行っちゃった?」

「あいつにこれ返しといてちょうだい。後、身内を売るようなことはするなって伝えといて」

(あいつは何をしたんだ?てか、相当大事にしてる生徒手帳を忘れるなんてよほどのことが起きたのか)

「それで、あんたも連絡先の交換に来たの?」

「ああ、二乃のは知ってるから、五月交換してもらってもいいかな?」

「私は構いませんよ。勉強で分からないところがあれば聞けますしね」

「あんた、本当に上杉との差がすごいわね」

「これは仕方がないことです。というか、二乃はいつの間に直江くんと連絡先の交換をしていたのですか?私としてはそっちの方がビックリです」

「仕方がない状況だったからよ」

「そうなんですね」

「後は四葉だけか...」

「四葉のだったら後で私から送っといてあげるわよ。あの娘のことだからすぐにOKするでしょ」

「ありがとね二乃」

「これくらいどうってことないわ」

 

ということで僕に関しては、あまり苦労をせずに五つ子の連絡先をゲットすることができたのであった。多少、大変なところもあったわけだが...

ちなみに余談ではあるのだが、その日の内に風太郎は、五つ子に対して一斉メールで宿題を出したそうだ。

その宿題で分からないところがあると、今度は五つ子から僕の方に連絡が来たのは言うまでもない。




と言うわけで、今回のお話で中野姉妹と風太郎、そして和義との連絡先交換をすることになりました。原作を読んでいる方は分かるかもしれませんが、若干変えておりそこが今後の話の流れを変えていくと感じております。うん、どうしよう。。。

拙い文章を読んで頂けている皆さん、そんな中お気に入りにもしていただけている皆さん本当にありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします!


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18.写真の女の子

「おはよう...」

 

昨夜は五つ子の質問攻めで遅くまで起きることになってしまい、あまり眠れておらず寝不足だ。

まったく、メール一斉送信で宿題を出すなんて聞いたことがないんだが。しかも、そのせいでこっちにまでしわ寄せされるなんて迷惑な話である。

そんな考えをしながらリビングに入ると、零奈が呆れた顔でこっちを見ていた。

 

「まったく、お休みだからといってこんな時間まで寝ているなんて」

「仕方ないでしょ。昨日は中野姉妹からの勉強の質問攻めがあって、中々寝かせてくれなかったんだから」

「皆さんとはうまくいっているようで何よりですね」

「そうだね」

 

そんな風に答えながら椅子に座った。『すぐに朝食の準備をしますね』と言いながら零奈が朝食の準備をしてくれている。今日は甘えておこうと思い、テーブルに突っ伏した。

 

「行儀が悪いですよ。あ、そうでした。この生徒手帳どうするんですか?風太郎さんのですよね」

 

そう言って、朝食と一緒に風太郎の生徒手帳を持ってきてくれた。

そういえば、昨日二乃に渡されたけどそのままで、風太郎に連絡をするのをすっかり忘れていた。

いや、本当は連絡をしようとしたのだが、如何せん中野姉妹からの質問の嵐ですっかり忘れてしまっていたのだ。

まぁ、今日は休みで家庭教師の日でもあるし、後で持って行ってやればいいだろう。そんな風に考えながら朝食を食べていると、そこに中野姉妹からのメッセージが届いた。

 

『フータロー君ピンチ!』

『変質者が部屋に侵入してきたわ!』

『早くしないとフータローが死刑の判決を受けるかも』

『早く上杉さんを助けてください!』

『朝早くから申し訳ないのですが、あなたの友人がまたやらかしたので引き取りに来ていただけないでしょうか』

「...」

 

ご丁寧に全員、現状の風太郎の写メ付きである。中野家のリビングで正座をさせられている風太郎。まじで何してんだよ、と思いながら朝食を急いで食べることにした。

 

「悪い零奈、すぐに行かなければいけない用事ができた」

 

そう言って、すぐに準備を整えて零奈の『いってらっしゃい』の言葉を背に中野家に向かうのであった。

 

------------------------------------------------

「で、何で寝ている二乃の部屋に侵入したんだ?中野姉妹には説明済みかもしれないけど、僕にも詳しく教えて欲しいな」

 

先ほどまで正座をさせられており、遂に限界が来たのか足をシビらせてリビングに寝ている風太郎に僕はそう話しかけた。

 

「お、俺はただ生徒手帳を返して欲しくて来ただけだ」

「じゃあ、二乃が起きてくるのを待ってれば良かったでしょ。わざわざ部屋に侵入しなくても」

「中身を見られたくないことばかり頭にあり、そこまで考えが至らなかった...」

「はぁ...ちなみに、風太郎の生徒手帳は僕が二乃から預かってたよ。ほら」

「なぜそれを昨日のうちに言わなかった!」

 

生徒手帳の存在が分かると元気になったのか急に起き上がり僕に詰めてきた。

 

「僕だって昨日の内に教えておこうと思ってたさ。でもね、誰かさんがこの娘達に大量の宿題を今日までに解いとくよう一斉メールを送ったから、僕は徹夜でこの娘達に教えてあげてたの。それで風太郎に教えるのを忘れてたってわけ」

「そんなことが...ちなみに全部できているのか?」

「それはもう。解説まで終わってるよ。だから多分みんな寝不足なんじゃない?」

 

周りを見回すとその通りといった顔をしている。一花に至ってはすでにソファーで寝ているし。

まぁ、風太郎がまだ連絡先を知らない二乃には宿題が届いていなかったみたいだけど、グループ通話に参加できない方が嫌だったのか、しっかりと宿題を終わらせている。

 

「てか、何でそんなに必死になってまで取りに来てたのよ。もしかして、何か人に見られては困るものでも書いてたりしてた?」

「当たらずと雖も遠からずだね」

「「「?」」」

「ははは、ことわざなんだけどね。三玖は分かったみたいだね」

「ぴったり当たっていなくても、それほど見当が外れてはいないって意味」

「お、流石だね!」

 

三玖を褒めてあげると照れて下を向いてしまった。

 

「あの、当たらずとも遠からず、とは違うのでしょうか?」

「お、五月いい質問だね。たまにそういう風に言う人もいるけど、それは間違いで、本当は、当たらずと雖も遠からず、って言うのが正しい言葉なんだよ」

「へぇ~そうなのですね、勉強になります」

 

そう言って五月は納得してくれたのだが、一人納得していない者がいた。

 

「そんなのどうでもいいでしょ!中身は結局何なのよ」

「二乃空気読もうよ」

「うるさいわよ三玖」

「はは、まぁ答えを言ってしまえば、大切な写真を入れていて、失くしたことに焦ってたんだよ」

「おいっ和義!」

「なぁーんだ、拍子抜けね。あ、写真と言えばさ、部屋を片付けてた時にアルバムが出てきて久しぶりに見たんだ。みんなも今から見ない?すぐ取ってくるから」

 

二乃はそう言うと部屋に向かって行ってしまった。

 

「本来であれば、昨日の宿題の内容を解説するつもりだったが、すでに和義が解説しているのであれば、今日は家庭教師なしとしよう。だが、しっかりと復習をしておくんだぞ!」

 

風太郎は風太郎で悪役が吐くような捨て台詞を吐いて帰ってしまった。

どうやら、先ほどの部屋への侵入と写真についての追求を恐れての逃亡のようだ。

 

「家庭教師なくなったね。カズヨシはどうするの?」

「う~ん、せっかくだからアルバムを見ていこうかなって思ってるよ」

「そっか」

 

そんな会話をしていると、アルバムを持って二乃が帰ってきた。

 

「あれ、上杉の奴帰ったの?」

「うん。昨日の宿題の復習をちゃんとやっとけって言ってね」

「ふ~ん、あいつにしてはえらく引き際がいいわね。まぁいっか、ほらみんな見てみて。直江にも特別に見せてあげるわ」

「ありがとね」

 

二乃の機嫌がいいのか、僕もアルバムを見せてもらうことになった。

その時にソファーで今まで寝ていた一花もみんなが騒がしくしていたのかようやく起きてきた。

 

「わぁ~、みんな可愛いね!」

「これいつのだっけ?」

「小学6年生」

「京都の写真ってことは、修学旅行の時の写真だよ」

(ふ~ん、僕と同じで修学旅行は京都だったんだ)

 

そんな風に思いながらアルバムを覗き込んだとき、衝撃的な写真が目に飛び込んだ。

 

(なんで、あの女の子の写真がここに...だって、あの女の子は風太郎の...)

 

先ほど風太郎の生徒手帳に大切な写真が入っていると説明していたが、その写真というのが小学生の頃の風太郎とある女の子が写っている写真なのだ。

しかも、その女の子が今目の前で開かれているアルバムにある写真に写っている。しかも、同じ顔が5つ...

 

「懐かしいね~」

「私達も随分と変わってしまいましたね」

 

そんな風に騒いでいる中野姉妹の横で僕は一人頭をフル回転させていた。

ここに写っている女の子は間違いなく風太郎の思い出の女の子だ。小学生の時に嫌ってほど見せられていたし。てことは、この5人の内誰かがその女の子ってことになる。

先ほどの五月の発言通り、5人の雰囲気が相当変わっていることから、僕も風太郎も気付かなかったんだ。

向こうはどうなんだ?風太郎も風太郎で大分雰囲気が変わっているから気づかない可能性だってある。なんせあの頃の風太郎は、金髪でピアスも開けてて、今の風太郎からは想像もつかない程だ。しかも、そもそも風太郎程思い出として記憶に残していない可能性だってある。

そんな考えが出てきたところで、あることを思い出した。それは、僕が五つ子に対して告白をした時の事だ。

あの時、風太郎がある事を切っ掛けに勉強を僕に教えて欲しいと言ってきたことを話したけど、誰かがそれに若干反応をしていたはずだ。

あの時は、自分のことを話すので必死過ぎて、誰が反応したのかまでは覚えていない。

ということは、向こうは既に風太郎のことに気づいている?しかも、風太郎と同じくこの5年間ずっと思い出として記憶に残していたことになる。

まじかぁ~、あの時の自分を恨むよ。

誰だ、と五つ子をそれぞれ見ていたら、さすがに気づかれてしまった。

 

「カズヨシどうしたの?」

「そうよ、私達のことをまじまじと見て」

「ビックリです!」

「もしかして、改めて私達の可愛さに気づいたのかな?」

「え~!?そうなのですか?」

「いや、こうやって見ると、さっきの五月の言ってたとおり、随分と雰囲気が変わったんだなって思ってね。この写真じゃ、どの娘が誰かさすがに分かんないや」

「たしかに、この頃の私達は、同じ髪型・同じ服装、でしたからね」

「今以上によく間違われていたよね!」

 

そんな会話をしながら、五つ子はまたアルバム鑑賞に戻っていった。

何とか誤魔化せたが、やはり誰かが今時点では分からない。

二乃や五月については、当初から今に至るまで風太郎のことを良く思っていない。だが、それは風太郎が思い出してくれていないからの怒りかもしれない。

三玖についてはどうだろう。正直三玖が一番違うような気がする。歴史トーク仲間である僕の友人ってことで、風太郎のことを知ろうとしている動きがあるからだ。だが、それも今の風太郎のことを知ろうとしているかもしれない。二人が会ったのは、京都での一日のみだからだ。

最初から良く風太郎に話しかけている一花と四葉が最有力候補として挙げられるが、この二人の社交性を考えると、誰にでも最初から今のように話しているように感じる。

そう考えると、どの娘も怪しいと思えるし、違うとも思えてしまう。ただ、何か重要な行動を取っていた娘がいたような気がしてならない。記憶力には自信があったのだが...

とは言え、この事は風太郎には黙っていようと思う。言ったところで、ただただ混乱させてしまうことになるだろうし、向こうから何も言ってこないということは、名乗り出ない理由があるのだろう。

 

そんなモヤモヤな気持ちのまま、今日は過ごすことになるのであった。




生徒手帳の所在場所が違うことで、若干原作と変わってます。
そして、和義にだけではありますが、風太郎の思い出の女の子が五つ子の誰かなのかが判明しました。
結構前半の方なので、ここで判明するのは早すぎると思ったのですが、こっちの方が面白いかなって思いこのようにしました。
果たして、和義はいつ思い出の女の子の正体に気づくのでしょうか。
次回からはいよいよ中間テスト編です。
ここは花火祭り同様原作はかなり長いので、また分けて投稿しようかなって思ってます。
どうぞよろしくお願いいたします。


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第3章 中間試験
19.涙


「ふわぁ~...」

 

中間試験も近いってことで昨夜は徹夜をしてしまった。

休日とはいえ昼まで寝ているとまた零奈の小言を聞くことになってしまう。

そんな思いでリビングに向かうと以外な人間が居た。

 

「おはよう。あんた何時まで寝てんのよ」

「おはようございます。二乃さんのおっしゃる通りです。休日でももう少し早く起きるべきです」

「おはようさん、二人共。中間試験に向けて徹夜で勉強してたからさぁ。てか、何で二乃がいるの?」

「別にいいでしょ。暇だったから、また料理研究をしようと思っただけ。あんたがいれば色々なアイデアが浮かぶと思ったのよ」

「暇って...流石は二乃さんですねぇ。中間試験は眼中にないと」

「うっ...」

「何を言っているのですか、学生の本分は勉強です。それなのに試験が眼中にないなどありえませんよ。ね、二乃さん」

 

零奈は笑顔で二乃に話しかけた。

 

(あぁ~あの笑顔には勝てないんだよね)

「も、もちろんよ。暇って言うのは言葉のあやであって、ただの気分転換だわ。後であなたのお兄さんに教えてもらおうと思ってたのよ」

 

苦笑いをしながらそんなことを言う二乃、ご愁傷様。

 

「はぁ~、まぁいいわ。朝食食べるでしょ。すぐに用意するわよ」

「兄さん。二乃さんの料理は美味しいですよ。ビックリしました」

「零奈もご馳走になったんだ。ありがとね、二乃」

「別にどうってことないわ」

 

そう言いながら、テキパキと朝食の準備を開始した。まるで自分の家でもあるかのような動きである。

準備された朝食は結構手の込んだものであった。もちろん味も申し分なしである。

 

「ごちそうさま!流石だね二乃、美味しかったよ」

「お粗末さま。あんたに褒められるといい気分だわ」

 

そんな会話をしながらも、二乃は食べ終わった食器を片付けようとしている。

 

「二乃、片付けくらい僕がするよ」

「いいわよ。あんたは、徹夜で疲れてるんでしょ。休んでなさいよ」

 

そんなやり取りを見ていた零奈はニコニコしていた。

 

「どうした?随分ご機嫌だな」

「ふふ、お二人のやり取りが初々しい新婚夫婦のようでしたので。仲良くされているようで安心しました」

「しっ......何を言ってるのよレイナちゃん」

 

顔は笑顔だけどこめかみをピクピクさせている二乃。今は零奈の前だから我慢しているっぽいけど、これは後で何言われるか分からないな。

 

「じゃあ、二乃の片付けも終わったことだし、始めましょうか」

「始めるって何をよ?」

「さっき自分で言ってたじゃん。勉強教えて欲しいんでしょ?」

「あぁ、そんなことも言ってたわね...」

 

零奈の前で発言をしてしまったので逃げることもできず、観念して勉強を始めてくれた。零奈も勉強の準備を始めているので僕達の近くで自分の勉強をするのだろう。

 

「レイナちゃんも勉強するんだ。小さいのに偉いね。ってあれ、小学1年生ってこんな問題解いてたっけ?」

「なわけないでしょ。それはもう小学生の高学年の問題だよ。うちの妹は僕なんか足元にも及ばない程の天才かもね」

「兄さんにそこまで言ってもらえると今まで頑張ったかいがあります」

 

零奈は僕に褒められたのが嬉しかったのかニコニコしている。

そんな感じで3人で勉強を続けて少し経った頃である。

二乃はもう限界といった顔をしている。

 

「よしっ、ちょっと休憩をしようか」

 

その合図で二乃はテーブルに突っ伏してしまった。

 

「お疲れさん!」

「う~ん、もう無理...」

「二乃さん、お茶です。どうぞ」

「ありがとね、レイナちゃん」

 

そう言って、零奈が用意した紅茶を飲む。

 

「わぁ、美味しいわレイナちゃん!紅茶を淹れるの上手いのね」

「いえ、まだまだ兄さんの味にはほど遠いです」

 

そうは言っているが、零奈の淹れる紅茶は十分美味しいんだけどね。

料理も随分と上手くなってきているし、何もかも僕より上を行きそうだ。

 

「そういえば、やっぱり二乃は英語が一番得意科目みたいだね。伸び代があるよ」

「そう?」

「うん。そうだ、そんな二乃にあげたいのがあるんだった。ちょっと待ってて」

 

そう言いながら僕は自分の部屋に向かった。ある本を取りに。

 

「はいこれ」

「なにこれ?全然書いていることが読めないんだけど...」

 

ある本を手渡された二乃は僕に聞き返してきた。まぁそりゃそうだわ。

だが、ページを捲っていくうちに二乃の表情が変わってきた。

 

「これってもしかして...」

「うん。それは現地のフランス料理の本。二乃なら興味あるかなって思ってね。僕はもう読み終わったから、良かったらあげるよ」

「いやいや、興味はあるけど読めなきゃ意味ないでしょ!私、英語すら読めないのよ」

「大丈夫だよ、フランス語と英語は似たようなもんだし。英語を勉強すればすぐに読めるようになるさ」

「そうは言ってもね...」

 

そう返す二乃ではあるが、やはり中身が気になるようだ。

 

「最初の方は僕も読めるように手伝うからさ、少し頑張ってみない?」

「...うん」

 

素直な二乃を見るのもたまにはいいもんだな。

そんな感じで、今日は急遽二乃の家庭教師の日になるのであった。

 

------------------------------------------------

そして翌週末の教室にて、遂に中間試験が一週間後に始まることが担任教師から発表された。

 

「遂に来たね、カズヨシ」

「そうだね、ここが家庭教師としての力の見せ所かな」

「うん、カズヨシとフータローのこと期待してる」

「おう!頑張るよ」

 

そんなやり取りを行っていると、五月が教科書を持って教室に入ってきた。

 

「どうしたの、五月?」

「あ、あの。分からないところがあったので直江君に聞こうかと...」

「別にいいけど、風太郎に聞けばいいのに」

「あんなノーデリカシーな人に教わりたくありません!」

 

どうやら、休憩時間に自習をしていたところに風太郎に声をかけられたそうだ。

最初は自分から勉強をすることを褒めてくれたそうだが、最後に馬鹿だから成績が伸びないと言われたそうだ。

馬鹿はお前だと心の中で風太郎に言ってやった。

 

「じゃあ、あんまり時間もないし、要点だけ教えておくね」

「はい!ありがとうございます」

 

そして、その日の放課後、中間試験も近いことから図書室で勉強会を行うことになった。

そこには、何故か頬を赤くしている風太郎の姿があった。

 

「どうしたの、風太郎?その頬の痣は?」

「大丈夫、フータロー君?」

「さっき二乃を勉強会に誘ったのだが、何故か頬を叩かれた」

「ちなみに、風太郎は何て言って誘ったの?」

「ん?祭りの日に一度付き合ってくれただろ、と。何ならお前の家でもいい、とも言ったな。最後に、お前の知らないことを教えてやる、と言ったらそこで叩かれた。何故だ?」

「ちなみにフータロー君。そこには二乃以外にもちろん人はいなかったんだよね」

「ん?そういえば二乃の友達らしき女子生徒が2人いたな。それが何か関係があるのか?」

「「はぁ~~~~~」」

 

僕と一花は盛大にため息をつくしかなかった。

 

「上杉さん!直江さん!問題です。今日の私はいつもとどこが違うでしょうか?」

 

そう言って四葉が一回転している。

 

「お前らはもうすぐ何があるかもちろん知っているよな?」

「無視!!」

「風太郎、さすがに無視は良くないんじゃない...ちなみに、いつもとリボンの柄が違うかな?」

「正解です!流石は直江さんですね。ちょっと上杉さんには難しかったかもしれませんね。今は、チェックがトレンドだと教えてもらいましたので、チェック柄にしてみました!」

 

そう言う四葉のリボンをガシッと捕まえると風太郎は、

 

「よかったな。お前の答案用紙もチェックが流行中だ」

「わ~~~~~、最先端~~~~~」

「あははは」

「いや一花、笑えないからね」

「まったく、四葉はまだやる気があるだけマシだ。このままでは、とてもじゃないが、中間試験を乗り越えられないぞ。中間試験は、国数社理英の5科目だ。試験まで1週間徹底的に対策していくからな!」

「「え~~~~~」」

 

一花と四葉が悲痛な声を上げている。

この学校は色々と変わっているところがあるが、試験もその一つだ。

普通であれば、国語は現代文・古文・漢文といったように分かれているのだが、この学校はこれを一つに纏めて試験に出してくる。

その分試験が短い日程で終わるので、こちらとしては楽ではあるのだが。

 

「お、三玖は苦手な英語の勉強してるんだ。偉いじゃないか!」

「...うん」

「何!?三玖、熱でもあるんじゃないか?勉強なんかいいから少し休んだほうがいいぞ」

(おい!)

「平気。少し頑張ろうと思っただけ」

「よーし!みんな頑張ろう!」

 

そんな感じでいい傾向の中勉強会が進んだ。

 

「っと、悪い!今日はこの後夕飯の買い物に行かないとだから先帰るわ。風太郎、後は任せた」

「了解だ」

「あ、あと、さっき五月から聞いたよ。また余計なこと言ったんだって?もうこれ以上拗らせないでよ」

「ぜ、善処する」

「頼むよ」

 

そう言い残し図書室を後にした。

 

------------------------------------------------

夕飯の買い物を終えて、夕飯の準備に取り掛かろうとしたところ丁度雨が降ってきた。かなり土砂降りのようだ。

 

「うわぁ、洗濯物先に入れておいて正解だったね」

「そうですね。雷も鳴りそうです」

 

そんな零奈の言葉の後に、ゴロゴロいう音が聞こえてきた。遠いところのようだ。

そんな時、ピンポンっと玄関のチャイムが鳴った。

 

「宅配便か?」

「両親からの荷物かもしれませんね。たまに送られてきますし」

 

そんな会話をしながら、玄関に向かうとそこには一人佇む姿があった。

 

「五月!?何やってるんだこんな雨の中」

「直江君...わ、わたし。わたし...」

 

五月は雨に打たれてびしょ濡れの状態で、しかも雨で分かりにくかったが泣いているようだった。




いよいよ中間試験が始まります。
原作とは違う展開にしていこうかと思っておりますが、駄文などあれば申し訳ありません。

また、お気に入りが100に突破しました!
お気に入りにしていただいた皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。
ありがとうございます!

明日から私生活が忙しくなるので、更新がちょっと遅れる可能性があります。予めご了承いただければと思います。


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20.甘え

「零奈、すぐにお風呂を沸かして!」

 

リビングに居る零奈にそう指示をするや否や僕はタオルを取りに家の中を走った。

 

「何ですか、いきなり。というより、家の中を走り回らないでください!」

 

そうリビングから出てきて言う零奈であったが、玄関の様子を見てすぐに行動に移ってくれた。

 

「五月さん!?……先ほどから沸かしていたので、すぐに沸くと思いますが、様子を見てきます」

 

こういう時は、物分りが良すぎる妹で感謝するしかない。

 

「大丈夫かい、五月?」

 

そう言って、許可を取るのも忘れて五月の頭をタオルで拭いてあげた。

 

「あ...あり...ありがとうございます。あの...」

「今は何も喋らなくていい。体の方は自分で拭ける?鞄は中身も含めて乾かせないか確認するから、預かってもいいかな?」

 

僕の指示に、都度コクンと返してれている。最初よりは落ち着いてきて、少しはマシになってきたかな。

そんな時、零奈が『お風呂が沸きました』と言ってこちらに近づいてきた。

 

「ありがと、零奈。ついでと言ってはなんだけど、五月と一緒にお風呂に入ってくれない?」

「私は構いません。五月さんもいいですか?」

「...はい」

 

五月の返事があったので、零奈は五月を連れてお風呂に向かった。

 

「あ、兄さん。五月さんの着替えの服なのですが、兄さんの服を用意してあげてください」

「え、何で?母さんのでいいでしょ」

「恐らくですが、母さんのでは服のサイズが合わないと思いますので」

「?まぁ、零奈が言うなら用意しとくよ」

「お願いしますね」

 

疑問が残っているものの、とりあえず零奈の指示で僕の服の用意を行うことにする。

五月の鞄の中を確認するも、中身は幸い濡れていなかった。ただ、鞄を乾かさないといけないので、五月には申し訳ないが中身は全て出して鞄を乾かすことにした。

後は中野家に現状を報告するだけだと思い、ここで誰に連絡するのが妥当か考えた。

二乃と四葉は色々と騒ぎそうなので、一花か三玖だろうけど、ここは普段から話している三玖に連絡することにした。

 

『はい』

「あ、三玖。急にごめん。今は大丈夫?」

『大丈夫だけど、どうしたの?』

「実は、五月が今こっちに来ていてね。何か訳ありっぽいから今日はこっちに泊まってもらおうと思ってるんだよ。明日は丁度学校も休みだし」

『?どういうこと?全然状況が飲み込めない』

「だよねぇ~。実は僕も今混乱してる。ただ、これは他の姉妹には言わないでほしいんだけど、五月、家に着いたとき泣いてたんだ」

『え!?』

「今は、ずぶ濡れで来たから零奈と一緒にお風呂に入ってもらってて、落ち着いた後に何があったのか確認してみるよ」

『分かった。他の姉妹には、勉強で分からないところが出てきたから、カズヨシのところに行ってるって伝えとく』

「サンキュ!何か進展があり次第また連絡するよ」

『分かった。ただ、泊まりとなると一花と二乃あたりがうるさそうだけど、そこは自分で何とかしてね』

「うっ!分かったよ」

『よろしく』

 

そこで三玖との通話は終了した。あぁ~、一花と二乃、特に二乃からの攻めがキツそうだな、と今後の不安を胸に服の準備と食事の準備を行うことにした。

 

------------------------------------------------

~五月視点~

 

私は今、直江君のご好意に甘えて、レイナちゃんとお風呂に入っている。

お風呂に入ったことで少し冷静になったのですが、私は何故直江君の家に向かったのでしょか?無意識のうちにここに来ていたのです。

何故かは分かりませんが、直江君になら何となく甘えられる、そんな感じがしていたからかもしれません。

ここまで男の人に心を許せるなんて自分でもビックリです。

 

「五月さん、温まってますか?」

「はい!ありがとうございます」

 

色々と考えていたところにレイナちゃんが声をかけてくれた。

本当にレイナちゃんは年齢を感じさせないほどに落ち着いています。

きっと、レイナちゃんは私なんかよりもしっかりとしていているのでしょう。

駄目ですね、今はどんどん心が沈んでいってしまいそうです。

そう、顔を下げた時だ。急に頭が何かに包み込まれていました。

なんと、レイナちゃんが自分の胸に私の顔を持ってきて、さらには私の頭の後ろで腕を組み、まるで母親が自分の子どもを抱き抱えるような、そんな行動を取っていたのです。本当にどっちが年上か分かりません。

 

「大丈夫ですよ。今は泣いたって大丈夫です。五月さん、あなたはここまで頑張ってきました。それを見てくれている人もいます。でも、たまには緊張の糸を切って、こうやって甘えたっていいんです。それは私でもいいですし、兄さんでもいい。兄さんはきっと、そんなあなたでも受け入れてくれるはずです。だから、私達兄妹の前では強がらなくてもいい。素直なあなたでいてください」

 

その言葉を切っ掛けに、私の緊張の糸は簡単に切れてしまいました。

 

「ウ...ウワァァ----------ン!わ、私は頑張ってきたんだよ。お母さんの代わりとして頑張って。勉強も私ができるようになれば、みんなに教えられると思ってた。けど、いくら頑張っても全然報われない!上杉君のことだってそう。一花や三玖、四葉が少しずつ心を開いている。だから、直江君の言っていたように、向き合えばきっといいところも分かってくるはずだと。だから頑張って歩み寄ろうとしたけど、これも上手くいかない!もう私はどうすればいいのか分かんなくなって...ワァァ-------------ン!!」

「よしよし、よく頑張ってきましたね。偉いですよ、五月」

 

レイナちゃんは泣いている私の頭をずっと撫でていてくれました。この行為は本当に私の心を落ち着かせてくれました。

ただ、この時の私は、もう泣くので必死だったため、レイナちゃんが私のことを『五月さん』ではなく『五月』と呼んでいたのはまったく気づきませんでした。

 

------------------------------------------------

先ほど着替えを置いてくる時に、五月の泣き声が聞こえてきたような気がしたが聞かなかったことにしよう、そう思い夕食の準備に勤しんでいた。

そんな時だ。ほとんど鳴ることがない家の電話が鳴ったのは。

 

「(何か嫌な予感がするんだよなぁ)はい、もしもし」

『こんばんは。家庭教師をお願いした以来かな、直江君』

「中野さんですか、どうされました?」

『今度中間試験が始まるそうだからね。そこで上杉君の成果を見せてもらいたく、先ほど上杉君にある提案をした』

「提案?」

『今度の中間試験で、5人のうち1人でも赤点を取れば、上杉君には家庭教師を辞めてもらう、とね』

「(な!?)それは本当ですか!?」

『事実だとも。この程度の条件を達成できないのであれば、安心して娘達を預けることもできないからね』

「この程度って。今の娘さん達の成績を分かってての提案なのですか?」

『もちろんだとも』

(無茶苦茶だ!2教科や3教科ならいざ知らず。全教科赤点回避なんて誰がやっても今の5人の状況では無理な話だ!そう、僕の親でさえも...)

「(まてよ...)もしかして、この話を風太郎にした時、近くに五月さんはいましたか?」

『ん?妙なことを聞くね。質問の意図が分からないが、五月君の携帯にかけて上杉君に繋いでもらったからね。当然近くに五月君はいただろう』

(やっぱりか。ということは、この話を聞いた後に何かしら風太郎と五月に一悶着があったんだろう。マジで余計なことをする人だなこの人は!)

『話は以上だ。僕も忙しい身でね。それでは健闘を祈っているよ』

「ちょ、ちょっと!」

 

時すでに遅し。電話は一方的に切られていた。

 

「マジで何なんだアイツはーーーーー!!」

 

そう叫ばずにはいられなかった。




キリがいいかなっということで、一旦ここで区切りたいと思います。
また、時間があれば投稿できればなと思ってます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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21.親友と家庭教師

「お風呂ありがとうございました」

 

夕食の準備も終わろうかとしていた時に、僕の用意した服を着た五月が零奈と一緒にリビングに入ってきた。

五月の姿を見て思った。たしかに零奈の言った通りに僕の服を用意して良かったと。

手が隠れるくらいに腕の部分は長いようだが、ある場所がそれを補うように、ちょうど良いサイズのように着こなしている。

その場所を見ていたからか零奈から指摘を受けてしまった。

 

「に、い、さ、ん?どこを見てるのですか?」

 

零奈の指摘で五月は恥ずかしくなったのか、顔を赤くして下を向いてしまった。

 

「わ、悪い五月!」

「い、いえ…」

 

僕だって健全たる男子である。目がそちらに行くのは少しくらい勘弁してほしいものだ。

 

「それじゃ、夕食の準備もちょうどできてることだし、いただきますか!ほら、五月も座った座った。今日はカレーだよ」

 

適当な量を皿に盛って、テーブルに人数分並べていく。

そんな中、零奈の横に五月は座った。

 

「では、いただきます!」

「「いただきます」」

 

それぞれがカレーを口に運んでいく。

 

「お、美味しい…二乃やらいはちゃんの作ったカレーも美味しかったですが、これは今までに食べたことがない美味しさです。後を引かない辛さと言いますか。確かに辛いのですが、本当に食べやすい辛さです!」

「美味しいですよね、兄さんのカレーは。ちなみに、このカレーは市販のルーを使ってないのですよ」

「え!?」

 

零奈の言葉にビックリしたのか、こちらを見てくる五月。

 

「ふっふっふ、これは僕が自分で調合したカレー粉から作ってるカレーなんだよ!いやー、ここまでの味まで持っていくのは大変だったよ」

「カレー粉…しかもブレンドなのですか!?信じられません…」

 

そう言う五月ではあるのだがカレーを食べる手は止まらない。

そして、やはり。

 

「お代わりいいでしょうか?」

 

想像していたセリフが発せられた。

その後も五月は、先ほどまでの暗い顔はどこえやら、幸せそうな顔でカレーを食べていた。

 

「本当に美味しそうに食べるね」

「美味しそうに、ではありません。美味しいのです!」

「はは、そっかありがとう。そんな顔で食べてくれるなら、料理人として腕を振るった甲斐があるってもんだ。うん、やっぱりご飯を美味しそうに食べている五月の顔は好きだな」

「すっ...!」

「あぁ、兄さんのこれは天然ですので、気にしない方がいいですよ」

「ちょっと酷いことを言ってません、零奈さん?」

「事実です」

 

一蹴されてしまった。まぁいつものことなのだが。

 

「まぁいいや。そんじゃ、片付けちゃいますか」

「ごちそうさまでした。片付けまでしていただいてありがとうございます」

「いいって、いいって。ゆっくりしときなよ」

「ではお言葉に甘えさせていただきます」

「あぁそうだ。今日はうちに泊まっていきなよ。制服や鞄もまだ乾ききってないしね。ちなみにもう三玖にも連絡してて、その話で進めてるよ」

「私が言うのも変ですが、ここまで甘えていいのでしょうか?」

「いいって。友人に頼られるってのは嬉しいものだしね」

 

そう答えたが、なぜか五月と零奈はお互いの顔を見て笑っていた。

えらく仲良くなったものだ。

片付けも終えて、食後のお茶の用意をしていると五月からお願いをされた。

 

「あ、あの。お願いがありまして、これから勉強を教えてくれないでしょうか?」

「う~ん、今日はやめておこうか」

「え?しかし、中間試験までもう1週間しかないんですよ」

「少しは落ち着いてきたみたいだけど、今の状況で勉強をしても身にならないよ。今日はゆっくり休みな」

「まったく、私達の家庭教師は正反対の事を言うのですね。分かりました、今日はこのまま休みます」

「では、今日は私と寝ませんか?」

「レイナちゃんがいいのであれば、私は構いません」

「まったくいつの間に仲良くなったんだか。それじゃ、僕は雨も止んだみたいだし、ちょっと散歩でも行ってこようかな」

「こんな時間にですか?」

「まぁね。ちょっと僕も頭冷やしたいことがあってさ」

「そういえば、先ほど兄さんの叫び声が聞こえていたような」

「そういうこと。途中コンビニ寄るかもだけど何かいる?」

「いえ私は大丈夫です」

「私もです。気をつけて行ってきてくださいね、兄さん」

 

見送ってもらった僕は外に出てすぐに電話をした。

 

「風太郎?今からそっちに行くからちょっと話さない?」

 

------------------------------------------------

風太郎の家まで行くと、風太郎が外で待っていた。

 

「よ!悪いねこんな時間に呼び出して」

「別にいいさ。俺もお前と話しておきたいことがあったんだ」

「家庭教師を続けるためのハードルのこと?」

「やはりお前のところにも連絡がきていたか」

「場所変えようか。ちょっと座って話そう」

 

そう言って、近くの公園に風太郎と二人で移動した。

 

「しっかし、全員の赤点回避とはあの父親も無茶なことを言ってくるもんだね」

「.....」

「ほら、飲みなよ僕の奢りだよ」

 

そう言って、先ほど買ったお茶を風太郎に渡した。

 

「サンキュ」

「あ、ちなみに今五月は僕の家にいるから」

「な!?」

 

お茶のプルタブを開けようとした時に風太郎に打ち明けた。

 

「あ、やっぱりビビった?いいねその顔」

「お、お前...」

「うちに来たとき、五月は泣いてたよ。最初はビビったけど、中野父から電話があって何となく想像ができたよ」

「そうか...」

「想像はできたけど、はっきりは分かってない。だから話してくれないか」

 

その後風太郎から聞かされた。五月から中野父からの電話があったことと、そこでの家庭教師存続について聞かされたこと。そして、その後に五月との口論があったことも。

 

「しかし、『黙って俺の言うことを聞けばいいんだ』、はないでしょ、さすがに」

「そ、それは俺も言いすぎたと自負している」

「しかもその後に?『仕事でなければお前のようなきかん坊の世話などするか』、とも言ったと」

「う...」

「そういえば、どこの誰かさんとは言いませんが、同じようなきかん坊に勉強を教えたなぁ。その時にはお金とか見返り貰ってないんだけどなぁ」

「それをここで言うのは卑怯だぞ!」

「ま、ちゃんとやり過ぎているっていうことを自覚しているのであれば大丈夫だよ。今すぐにっていうのは難しいかもだけど、折を見てちゃんと言いすぎたと謝っときな」

「分かっている」

「まぁ、五月の方も最初の出会いをずっと引きずってるみたいだしね。でも、少しずつお前のことを知ろうとしている姿は見ていて分かる。風太郎だって、多少は気づいてるでしょ」

「あぁ」

「ならいいさ。この話はここまで。後は風太郎自身で何とかするんだね。後は、家庭教師存続についてだけど、今協力的な一花と三玖と四葉にしろ、赤点回避は100%無理だ」

「お前でも難しいか」

「あぁ。どんなに優秀な家庭教師や教師であってもだ。風太郎、中野さんを怒らせるようなことでもした?」

「身に覚えもないんだが」

「まぁ、無自覚で怒らせるようなことをする風太郎に聞いても分かんないか」

「今日のお前は色々と言ってくるな」

「それでも見捨てたりしてないんだ。こんな親友がいてありがたく思うんだね」

 

そう言いながら、飲み終わったお茶の缶を近くのゴミ箱に向かって投げた。

投げられた缶は弧を描くように、ゴミ箱の中に吸い込まれていった。

 

「ナイスシュート!あ、風太郎は絶対外すから真似しないでね」

「一々言われなくても分かっている」

 

風太郎はそう言いながらゴミ箱の近くまで行って、飲み終わった缶を捨てた。

 

「今ここで考えても時間の無駄だ。今後については、考えていきながら今できることを精一杯やっていこう。とりあえず、明日の家庭教師についてだけど、今家に居る4人のことは風太郎に任せとくね。まぁ、二乃は協力しないだろうけどさ」

「分かった」

「僕は、五月のことを見ているよ。風太郎と向き合う気持ちの整理が付くまではね」

「すまん」

「いいって。それじゃ、あんまり遅くなると零奈が心配するから僕は帰るね。また明日、お互いの状況を報告しながらやっていこう」

 

そう言って、僕は自分の家に帰るのであった。

 

------------------------------------------------

~風太郎視点~

 

和義と別れた後、自分の家に向かった。すると、家の前に知っている者が居た。

 

「よっ!もう話は済んだのか?」

「親父...」

「しっかし、あれだなぁ。良い友達じゃねぇか。大事にしろよ」

 

この言い方だと、さっきの会話を近くで聞いていたな。まったく、親父の行動力にはいつも驚かされるものだ。今回の家庭教師の話だってそうだ。

 

「あぁ、俺にはもったいない奴だがな。それに、あいつは親友であり、今でも俺にとっての家庭教師だ!」

「そうか」

 

俺の言葉に満足したのか、親父は先に家に向かった。

せっかく親父が持ってきてくれた家庭教師の仕事だ。中途半端には終わらせねぇ。

それに、和義だってまだ諦めてねぇんだ。それなのに俺が諦めてどうする。

今は何をすればいいかは確かに分からない。でも、今の俺にできることはあいつらに勉強を教えてやること。それに五月に謝ること。

親友であり俺の家庭教師でもある和義の思いに応えるためにも、俺にできることを全力でやる!ただそれだけだ。

そう胸に誓いながら俺も家に向かった。



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22.次女と五女

カチャカチャ……

 

「あれ、兄さん?」

「おう!おはよう零奈。今日も早いな」

「おはようございます。兄さんが休日のこんな時間に起きてるなんて珍しいですね」

「僕もたまにはね。五月は?」

「今準備してるので、もうすぐ来ると思いますよ」

 

朝食の準備をしているところに起きてきた零奈がリビングに入ってきた。

そんな零奈と話をしてると五月もリビングに入ってきた。

 

「おはようございます。直江君」

「おはよう五月。よく眠れた?」

「はい。おかげさまで」

「それは良かった。もうすぐ朝食できるから席に座ってて」

 

朝食の準備が出来たので、テーブルに並べていく。今日は純和食を作ってみた。白米に味噌汁、焼き鮭に浅漬け。それと…

 

「わぁ、卵焼きです!直江君の卵焼きまた食べたかったんですよ」

「そう言ってくれるとありがたいね。じゃあ食べますか。いただきます」

「「いただきます」」

「う~ん。あの時はお肉が入った卵焼きでしたが、このシンプルな卵焼きもやはり美味しいですね」

「兄さんの卵焼きは絶品ですね。お味噌汁も美味しいです」

 

どうやら今日の朝食は二人に好評のようだ。良かった良かった。

 

「じゃあ五月。朝食を食べ終わったら、さっそく勉強始めようか」

「は、はい!よろしくお願いします」

 

------------------------------------------------

朝食も終わり、片付けはかってでた零奈に任せて、僕と五月は勉強の用意を始めた。

 

「さっそくだけど、この問題をまず自力で解いてみようか」

 

そう言いながら一枚の用紙を五月に手渡した。

 

「これは…」

「じゃあ、制限時間は20分ってところかな。よーい始め!」

 

その合図に五月は問題を解いていく。

五月が今やってるのは基本中の基本問題だ。

だが、どんな基本問題であっても試験には出てくるものである。だからこんな問題でも侮ってはいけない。こういう問題を確実に解けていれば今後楽になるだろう。

そんなこんなで20分はあっという間過ぎていった。

 

「はい、ここまで」

「はぁ~…」

 

僕の終わりの合図を聞くや否やテーブルに突っ伏してしまった。そんな五月の姿を尻目に採点をしていく。

 

「ど、どうでしょうか?」

「うん、8割程の正解率だね」

「わぁ~」

「まぁ、本来これは全部解けてなければいけないんだけどね」

「う~…」

「それでも成長してるって思うよ。よく頑張ったね」

 

その言葉と一緒に五月の頭を撫でてあげた。

 

「はぅ……」

「?」

「兄さんはもう少し女性の接し方を学んだ方がいいと思います」

「頭を撫でる事は五月くらいにしかしないから大丈夫でしょ」

「わ、私だけ…」

「はぁ~、何を言っても無駄ですね」

 

何故か零奈は呆れてしまった。そんなこともありながらも、五月とのマンツーマン授業は昼近くまで進んだ。今回も零奈が横で自分の勉強をしていたので、正確に言えば3人での勉強会ではあるが、まぁ零奈からの質問はほぼないのでマンツーマンと言ってもいいだろう。

 

「うん。キリもいいし、昼食の準備に取り掛かろうかな。五月は休んでるといいよ」

「はい~...」

 

返事はしているものの、屍のようにソファーに倒れ込んでいる。まぁ、途中小休憩を挟んではいたが約2時間ぶっ続けて勉強をしたのだ、無理もない。

 

「そういえば今日は来られるのでしょうか?」

「あぁ、そろそろ来るんじゃないかな」

「?どなたかがいらっしゃる予定だったのでしょうか?」

「五月のよく知っている人だよ」

 

そんなことを話していると玄関のチャイムが鳴った。噂をすればなんとやらだ。

来訪者は予想していた人物であった。

 

「いらっしゃい、二乃」

「お邪魔するわね」

 

二乃と一緒にリビングに戻ってきたのだが、流石に五月はソファーに座り直していた。

 

「え、二乃!?」

「おはよ五月。それにしても、あんたもやるわね。男の家に泊まって、その男の服を着てリビングでのんびりしてるんだから」

「こ、これには事情があるのです...」

「事情ねぇ。あんたら本当は付き合ってるんじゃないの?」

「!?」

「そんな訳ないでしょ。五月は友人だよ。今回は友人を泊めただけ。まぁ、その友人が異性だったけどね」

「そ、そうです。学生中のお付き合いなんて不純です!」

「ふ~ん。その反応だと本当のようね」

「それより、二乃は何しに来られたのですか?」

「そういえば言ってなかったわね。私週末はこいつの家で料理研究をしてるのよ。本来は家庭教師の日は避けてたけど、今日はこいつが来ないことを知ったから来たってわけ」

「いや、風太郎が行ってるはずだから、勉強会に参加しなよ」

「いやよ」

 

迷いのない返事である。

 

「さてと。そろそろ昼食を作る時間かなって思って来たけど、どう?」

「まさに今始めようとしたところだよ」

「そ、なら良かったわ。さっさと始めるわよ」

「はいはい。じゃあ五月は零奈と一緒に出来上がるの待っててくれ」

「は、はい...」

 

張り切る二乃の後を追いキッチンに向かう。さて今日は何を作ろうか。

 

------------------------------------------------

~五月視点~

 

今見ている光景を私は信じることができませんでした。

あの二乃が直江君と仲良く(本人がどう思っているかは分かりませんが)料理を作っているのです。

そういえば、二乃の直江君に対する接し方が少し前から変わっているなと感じることがありました。あれはいつだったでしょう。たしか、二乃と三玖、直江君の料理対決があった後の買い物から帰ってきた時からでしょうか。

 

「レイナちゃん。先ほど二乃が言っていた、週末はここに来るというのは本当なのでしょうか?」

「はい、先週も来られてましたよ。先ほど、勉強会に参加したくないような発言をされてましたが、ここではしっかりと勉強をされておりますので、問題ないかと」

 

さらに信じられない発言を聞いてしまいました。あの二乃が休日に勉強をしているなんて。

いったい、直江君はどういった魔法をかけたのでしょうか。恐るべしです。

でもいい傾向かもしれませんね。そんな考えをしながら、二人の料理をしている風景を眺めていました。

 

------------------------------------------------

二乃と2人で作った昼食をみんなで食べ終えたらそのまま勉強会を開始した。もちろん二乃も参加だ。逃がしたりしない。

ちなみに零奈は友達との約束があるとかで出かけてしまった。うんうん、友達関係も良好なようだ。

 

「はい。あんたに渡されてたノート、ちゃんと問題は解いてきたわよ」

「どれどれ.....何だよやればできんじゃん。ほとんど正解だよ」

「別に。あんたに言われた通り、教科書とかあんたに借りた参考書とか見ながらやったからね」

「それでもだよ。しっかりと途中式とか書いてるし、頑張ったことが伺えるノートだよ」

「煽てても何も出ないわよ!ほら、私はちゃんと約束を守ったんだから、今度はあんたが約束を守りなさいよね」

「約束?」

「私がこいつの出した問題を解いてきたら、私にフランス語を教えるって約束よ」

「フランス語!?何でまた...」

「こいつにもらった料理本がフランス語で書かれてるのよ。けどどうしても読みたかったからこいつに教えてもらってるって訳」

「しゃーない。約束は約束だ。ただ、今日は五月の勉強を見ながらになるけどいいかな?」

「別に構わないわ」

 

ということで、二乃にフランス語を教えながら五月の中間試験対策を行うことになった。本来であれば、この時期に中間試験と関係ないことを教えるのは避けたいが、せっかく二乃が僕の問題ノートをやる気になったのだから、そのやる気を折る訳にはいかない。それに、

 

「ねぇ、ここなんだけど」

「あぁ、そこはこの間出した問題ノートにあったやつだよ。ノートを見返してみな」

「え?あ、ホントだ。あんたの言った通り英語とフランス語は大体一緒なのね」

 

単語だけで言えば今回の試験範囲の内容を中心に今教えているので試験勉強も兼ねている。主語と動詞の並びとかも一緒だから入りやすいだろう。

ただ、デメリットだってある。それは、全てが一緒というわけではないので、どっちがどっちだったかと混雑することがあるのだ。そこは上手く僕でカバーをしてくしかない。

そんな思いを胸に勉強会を進めていった。

 

------------------------------------------------

そろそろ夕方になるくらいの時間になった。

 

「今日はここまでにしようか」

「やっと終わった~」

「もう限界です...」

 

二乃と五月は二人共テーブルに突っ伏してしまった。

 

「二人共よく頑張ったね。偉いよ」

「あんたに上手く乗せられているような気がするけど、まぁいいわ」

 

そう言って二乃は帰る準備を始めている。

 

「それでは私も着替えてきますね。さすがに制服も乾いていると思いますので」

「了解。じゃあ僕も二人を送ろうかな」

 

そんなこんなで3人で中野家に向かうことにした。

 

マンションまで着いたので帰ろうかと思ったのだが、二乃の『お茶くらい飲んで行きなさい』というお言葉もありお邪魔することにした。

 

「げ、まだあいついるじゃない」

 

玄関に風太郎の靴があったことで苦言を漏らす二乃。そんな二乃に聞こえない声で五月に声をかけた。

 

「五月大丈夫?」

「大丈夫とは言えませんが、少しずつ前を向こうと思っています。ただ、すぐにというのは難しいですが...」

「ならいいさ。僕のことは気にしなくていいよ。五月の思うままにやるといいさ」

「ありがとうございます」

 

二乃の後ろを五月と一緒にリビングに向かった。そこでは、4人でボードゲームをやっている光景が広がっていた。まぁ気分転換なのだろう。

 

「あー、何だ勉強サボって遊んでるんじゃない。私もやるわ。あんた代わりなさいよ」

「あれ、二乃おかえりっ」

「ただいま、あんたも交ざるでしょ五月?」

 

その言葉で皆が五月が帰ってきたことに気づいた。

 

「五月ちゃんも一緒だったんだね、おかえり!てか、カズヨシ君も一緒じゃん。いらっしゃい!」

「五月おかえり。カズヨシもいらっしゃい」

「五月おかえりー!直江さんはいらっしゃいです!」

「ただいま帰りました」

「お邪魔するね」

 

3人の歓迎もある中、風太郎は僕達を見てしばらく固まっていた。

 

「五月...昨日は...」

「申し訳ありません。私は部屋で勉強をしようと思いますので。失礼します。直江君、昨日から今日までありがとうございました」

 

そう言って五月は風太郎を無視して部屋に向かった。まぁいきなりは無理だろう。

 

「お、おい」

「ほら。あんたも今日のカテキョー終わったんでしょ。帰った帰った」

 

何とか五月を呼び戻そうとする風太郎だが二乃によって遮られてしまった。本当に二乃は徹底していると思う。

そんな中である。一花が爆弾発言を行った。

 

「何言っているのフータロー君。約束が違うじゃん。今日は泊まり込みで勉強教えてくれるんでしょ?」

 

「「「え、えーーーーーー!!!!!」」」




久しぶりの投稿です。私生活が忙しく申し訳ありません。

私事ですが、この間久しぶりに野球観戦に行ってきました!
やっぱり生の観戦はいいものですね。しかもホームランを3本も見ることができましたし、大満足です。

という訳で、次回の投稿も頑張ってみたいと思います。


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23.お泊まり会

急遽決まった中野家でのお泊り勉強会。

僕も誘われたのだが、零奈がいるのでと断ろうとした。しかし、『じゃあレイナちゃんも連れてきなよ。明日は日曜日なんだしさ』、との一花の一言でとりあえず零奈に聞いてみるということになり、今は家に帰ってきたところである。

零奈は家に帰ってきていたようで、ソファーでくつろいでいた。

 

「兄さんおかえりなさい。書置き見ましたよ。二乃さんと五月さんを送りに行ってたんですよね」

「あぁ、ただいま。送った時に向こうである提案があったんだけど」

「提案?」

 

僕は中野家での経緯を零奈に話した。

 

「なるほど。女子の家に男子を泊めるというのはいかがなものかと思いますが、そこまで追い詰められているのであれば致し方ないですね。まったくあの子達は何をしているのでしょう...

「ん?後半の部分が聞こえなかったけど」

「何でもありません。まぁ、風太郎さんや兄さんであれば何か起きるということはないでしょうが...いいでしょう、監視という意味で私も行きます」

「小学1年生に監視される僕達っていったい...」

「何か?」

「いえ、何でも。それじゃ、準備をして行こうか」

「はい!」

 

ということで、急遽僕達兄妹もお泊まり会に参加することになったので準備に取り掛かった。そんな時だ。僕の携帯に着信があった。

 

「はい」

『私だけど。結局あんたもうちに泊まるの?』

「あぁ。今零奈に話をして、2人で向かうところだよ」

『そ、レイナちゃんも。それより、さっき上杉から面白い話を聞いたんだけど』

「風太郎から?」

『そうよ。何でも私達の誰かが1人でも赤点だったら、あんたたち家庭教師クビになるそうじゃない』

「(あんの馬鹿!一番聞かれてはいけない娘に聞かれてんじゃないよ...)風太郎が直接二乃に教えたの?」

『まぁ直接と言うかどうかは微妙だけどね。上杉の奴と五月の様子がおかしかったから、上杉がお風呂に入っている間に外から五月の真似をして何かあったのか聞いたら、説明してくれたわ』

「はぁ~。そうか」

『で?この事は誰も知らないのよね?』

「あぁ。五月にも言っていない。皆には変にプレッシャーをかけたくないからね」

『そう。まぁいいわ。この事を報告しときたかったから電話したの。じゃあ、あんたたち兄妹が来ることはみんなには伝えとくから』

 

そう言って二乃は電話を切った。これはクビ決定かな、と考えずにはいられなかった。

 

------------------------------------------------

零奈と2人中野家に着いたのだがリビングでは何やら盛り上がっていた。

 

「何をやっているんだ?」

「お、いらっしゃい!今ねフータロー君の好きな女子のタイプを聞くためにノートを埋めているところなんだ」

「風太郎のタイプ?(そんなのあるのか?あるとすれば...らいはちゃん?)」

「風太郎さんに好きなタイプなどあるのでしょうか?」

 

僕が思っていたことを零奈が代わりに答えてくれた。たまに辛辣なときがあるよね零奈って。

 

「あら来たのね。いらっしゃいレイナちゃん」

 

二乃は勉強会に参加せずテーブルの方に座っていた。

 

「お招きいただきありがとうございます。それにしても立派なお部屋ですね。マンションの中とは思えません。時に、二乃さんは勉強会に参加はされないのですか?」

「え...?もちろんするわよ。ただちょっと休憩とお兄さんのことを待ってたの」

「そうですか。五月さんは?」

「あの娘は自分の部屋で勉強をしてるわよ」

 

自分の勉強道具を取りに行きながら二乃は説明している。本当に二乃は零奈に弱いな。

二乃の話を聞きながら、零奈は悲しげな表情で2階の部屋を見ていた。

 

「はい。できた」

 

三玖の終わりの合図を切っ掛けに風太郎がボードの3位の部分のテープを剥がした。というかどこで用意したんだ風太郎。

 

「3位は、いつも元気」

「できました!」

「2位は、料理上手」

「できたよ」

「そして、栄えある第1位は..........お兄ちゃん想いだ!」

「それはあんたの妹ちゃんでしょ!」

 

丁度戻ってきた二乃がツッコミを入れた。やっぱりな。

 

「何だ二乃も勉強会に参加することにしたのか?」

「お生憎様。あんたに教わることはないわよ。ほら始めるわよ直江」

「え...」

「はいはい、分かりましたよ。もう二乃もあっちで教えてもらえればいいのに」

「うっさいわね。レイナちゃんがいなければ、そもそも勉強なんてしなかったわよ

「さようで」

 

二乃は零奈に聞かれたくないのか、僕にだけ聞こえるように苦言を言ってきた。

 

「では、私は皆さんのお茶の用意をしますね。二乃さん、場所を教えてもらってもいいですか?」

「ええ、いいわよ」

 

二乃と零奈はキッチンの方に向かった。

 

「振られちゃったねぇフータロー君」

「ふん!勉強をするのであれば文句はない」

「もう強がっちゃってぇ。三玖?どうしたの?」

 

風太郎のことを揶揄っていた一花であったが、少し様子がおかしい三玖に気づき話しかけていた。

 

「え、何が?」

「何がって、様子がおかしかったから...」

「大丈夫だよ。それよりフータロー、私もカズヨシに勉強を教えてもらってもいいかな?」

「ん?別に構わんが。何しろあいつも家庭教師なのだからな。それにこれで2対2になり丁度いい」

「ありがと。じゃあ、カズヨシよろしく」

「あぁ、三玖がどれだけ成長しているか楽しみだ」

 

というわけで、風太郎が一花と四葉。僕が二乃と三玖を教えることになった。

 

「うるさいですよ。勉強会とはもっと静かにやるものではないのですか?」

 

そんな言葉と共に五月が上から降りてきた。

 

「五月もこっちで勉強する?」

「直江君...いえ、今は一人で集中したいので。分からないところがあれば、また聞きに来ます。三玖、ヘッドホン借りてもいいでしょうか?」

「?いいけど、何で?」

「これで集中できると思うので」

 

風太郎の方を見ると何かを言いたげな顔でじっと五月を見ている。これは直接顔をみると何も言えなくなるやつだな。

そこにお茶の用意ができた零奈が戻ってきた。

 

「五月さん...」

「.....」

 

そんな零奈に何かを言いたげな五月であったが、何も言わずに2階に戻ろうとしている。

 

「五月!お前のことを信頼してもいいんだな?」

「足手纏いにはなりたくありません」

「...!だったらなんで...」

 

風太郎の言葉には答えず、五月は2階に行ってしまった。

 

「ねぇ、フータロー君。見て星が綺麗だよ。ちょっと休憩しようよ」

 

そう言いながら、一花は風太郎を連れてベランダに向かった。風太郎のことは一花に任せて大丈夫かな。

というわけで残った3人に勉強を教えることになった。

 

「よし四葉、君の今の実力を見せてくれ」

「任せてください!」

 

そう張り切って僕が用意した問題を解くのだが.....

 

「四葉君、これは基本中の基本問題なのだが...」

「すみませ~~~ん!」

 

僕が用意した問題でさえも四葉は赤点であった。

ちなみに、二乃は9割正解で三玖は7割正解していた。

二乃はドヤ顔で三玖はかなり悔しがっていた。なんか風太郎の苦労を垣間見た気がした。

 

------------------------------------------------

今日はここまでということで、後は寝るだけになったのだが、その寝る場所の問題が発生した。

僕と風太郎がどこで寝るかだ。

零奈はいち早く五月と一緒に寝ると言って、五月の部屋に向かってしまった。

僕と風太郎はリビングでそれぞれ、床とソファーで寝ればいいと言ったのだが、四葉が大反対をした。

 

「お客様をソファーや床で寝かせるわけにはいきません!私のベッドを使ってください!」

「私のも使っていいよ」

 

三玖と四葉がそれぞれのベッドを提供すると言ってきた。

 

「でも、わざわざ2人のベッドを提供してもらわなくても。どっちかを僕と風太郎で使うよ。何だったら風太郎は床でもいいし」

「おい!」

「いいじゃないですか。男の人が二人で一つのベッドを使うよりも、私達姉妹が二人ずつで使う方がゆっくりできますよ」

「ん~~~。でも四葉と寝るのは大変そうだなぁ」

「それは言わないでよ、一花!」

「何?四葉は寝相が悪いの?」

「うん」

「三玖!」

「なんだっていいからさっさと決めなさいよ」

「ん。じゃあ、私のをカズヨシが。四葉のをフータローが使って。で、私は二乃と寝るから、四葉は一花とね。一花なら四葉と寝ても大丈夫だと思う」

「ま、それが妥当ね」

 

というわけで、三玖の案でいくことに決定した。

 

------------------------------------------------

~五月視点~

 

コンコン

 

「はい?」

「零奈です。一緒に寝ようと思いまして、入ってもいいでしょうか?」

「レイナちゃん!?どうぞ」

 

声をかけるとパジャマに着替えたレイナちゃんが入ってきた。

 

「まだ勉強なさってたんですね。もう休みましょう」

「そうですね。レイナちゃんも居るのに勉強をしていたら、レイナちゃんが寝られませんよね」

 

そう言いながら私は寝る準備をした。

昨日はレイナちゃんのベッドで一緒に寝たが、今日は私のベッドで一緒に寝ることになるなんて、おかしな縁ですね。

そんな思いがありながら、レイナちゃんと一緒にベッドに入ったのですが、すぐに私に声をかけてきました。

 

「五月さんは風太郎さんが苦手...いいえ、嫌いですか?」

「嫌いといいますか、最初の印象が最悪過ぎたので。後、彼とはどうも馬が合いません。昨日も諍いを起こしてしまいました。些細なことでムキになってしまう自分がいます」

「似たもの同士なのかもしれませんね。風太郎さんも五月さんも」

「全然似てません!」

「ふふ、もう少し素直になればいいと思いますよ」

 

それを最後にレイナちゃんは寝てしまいました。素直に、その言葉を胸に私も眠りに就くことにしました。

 

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~??~

 

皆が寝静まった頃、一人の人間が部屋から出てきた。どうやらトイレに行くようである。

その者は寝ぼけているのか足取りも怪しかった。

トイレから戻ってきたその者は何も躊躇することなくある部屋に入っていった。本人はその部屋が寝ていた部屋とは別の部屋だとも気づいていないようである。

 

 




ようやく中間試験編も終わりが見えてきました。
次回で中間試験編を最後にしようと思ってます!
最後にならなかったらすみません( >Д<;)

では、次回またお会いしましょう!


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24.試験結果

~中野家の朝の食卓~

 

「一花が休日にこんな朝早く起きているなんて珍しいですね」

「はは、さすがの私でも四葉のあの寝相では熟睡できなかったよ」

「その四葉は三玖を探しに外に行ってるけどね」

「朝起きたら三玖さんいらっしゃらなかったんですよね?」

「そうなのよレイナちゃん。朝私が起きたら隣にいなくてビックリしたわ」

「しかし、こんな朝早くからいったい何処に?」

 

朝の食卓では今、三玖と四葉以外の中野姉妹に零奈の4人で食事をしているところである。

今日の朝食は、中野家の食事当番である二乃と零奈の手料理で皆美味しそうに食べている。

 

「でもレイナちゃん凄いね。二乃に負けず劣らずって感じで料理ができるんでしょ。お姉さんはビックリだよ」

「そんな。私なんて二乃さんに比べればまだまだですよ」

「そんなことないわ。その歳でここまで作れるんだもの、もっと誇っていいと思うわ」

「ありがとうございます」

「それよりも、男性陣は二人共起きてきませんね」

「兄さんは朝が弱いので、起きてくるのにはまだまだ掛かると思いますよ」

「本当ですか!?私がお泊まりに行ったときは私よりも先に起きていて朝食の準備をしていましたが」

「あれは恐らく誰かが泊まりに来たことでテンションが上がっていたのでしょう。昨日はその事でいつもより早く起きたことと、朝から晩まで皆さんの勉強を見ていたことで疲れが溜まりまだ起きてこないかと思います」

「カズヨシ君も子供っぽいところがあるんだね」

 

そんな会話を遮るようにドタドタと2階から駆け下りてくる者がいた。

 

「寝過ごしてしまった!いつもより40分オーバーだ!恐るべきベッドの魔力...」

「おはようございます、風太郎さん」

「おう!おはよう、零奈」

「はは、フータロー君は朝からテンション高いね」

「風太郎さんも朝食にされますか?」

「あぁ頼む」

「朝から騒がしいったらないわ。私は自分の部屋に戻ってるわね」

「では私も部屋で勉強をしてますので」

 

風太郎が朝食の席に座ると同時に二乃と五月は部屋に戻っていった。

 

「あはは...フータロー君、あからさまに避けられてるね」

「今は仕方がない。しかし、あの二人は和義に勉強を教えてもらっているんだ。今は和義の教師としての実力を信じよう」

「へぇ~、何だかいいなお互い信頼仕切ってるって感じでさ」

「あぁ、何せ親友だからな!」

「そっか...」

 

どこか羨ましそうに風太郎を見ている一花であった。

 

「それで今日はどうする?このままここで勉強を続ける?」

「ふむ...趣向を変えて図書館で勉強はどうだ?もしかしたら三玖もそこにいるかもしれないぞ」

「いいね。気分転換にもなるかもだし、そうしよっか」

 

ということで、和義がいないところで今日の勉強場所は図書館に決まったのであった。

 

------------------------------------------------

時は戻り.....

 

「ん...」

 

朝起きると見慣れない天井が目に入った。

 

「どこだここは.....あぁ、そういえば中野家に泊まることになって、三玖の部屋で寝ることになったんだったな」

 

相変わらず朝起きてすぐは頭が回らない。寝ぼけた目をこすりながら辺りを見回していると衝撃的な光景が目に入り、一瞬で目が覚めてしまった。

 

「すぅ...すぅ...」

「え..........?」

 

何故か僕の横で気持ちよさそうに寝ている娘がいるのだ。

 

(ちょっと待ってくださいよ。僕は昨日三玖に部屋を案内されてから、そのまますぐに寝たはず。寝た後は今起きるまで誰とも会っていないぞ。あれ?僕の記憶がおかしいのか?)

 

隣で寝ている娘を起こしてはマズイと思い、静かに混乱をしていた。というよりも、昨日の行動云々よりもまずはこの娘が誰なのかも検討がつかない。特徴的な道具をつけていない状態であれば、後の判断材料で言えば髪の長さやパジャマの違いくらいか。

髪の長さから言って、一花と四葉はまず違う。後は、二乃と三玖と五月であるが、やはりこの部屋の主である三玖の可能性が極めて高いように思われる。このパジャマも昨日三玖が来ていたものだし。

とりあえず頭も冴えてきたので行動に移そうと思う。起こさずに部屋から出なければ。

そう思い布団から出ようとしたが、隣の三玖(?)が起きてしまった。

 

「ん...あれ...」

「えっと...おはよう、三玖」

「え...な、なんでカズヨシがここに...」

「うん。僕も分かんないかな。とりあえず大声を出さないでくれると助かるよ。今の状況を皆に見られると誤解を招くような状況になるだろうしね」

 

コクンコクンっと何度も頷いてくれる三玖。三玖の方もこの状況で一瞬で目が覚めたのだろう。

顔を真っ赤にして布団に自分の顔を隠してしまった。

 

「とりあえず、僕は先に部屋を出てるね。それで皆を連れて外に行ってるから隙を見て三玖も僕達に追いつくといいよ」

 

そう言いながら、まだ足元に被さっている布団を剥ごうとした。

 

「待って」

「え?」

「こんな状況で言うことではない事は分かってる。でも最近カズヨシと話せてないから、今おしゃべりしちゃ駄目かな...」

 

最初は顔を布団から出してくれていたが、喋りながら段々と顔をまた布団の中に隠してしまった。

 

「えっと、三玖がいいのであれば僕は全然構わないけど。僕はベッドから離れた方がいいかな?」

「ううん。離れちゃうと大きな声で話すことになるから。それだと他の人に気づかれちゃう。このまま寝ながらでは駄目かな?」

「まぁ、三玖がそこまで言うのであればいいけど」

 

そう言いながら、僕はまたベッドに寝っ転がった。僕と三玖、端から見ればベッドで添い寝をしている状態で、三玖に至っては布団から頭から目までが出ている状態だ。

恥ずかしいのであれば、出て行くのだが。

 

「ごめんね、我が儘言って」

「別にいいさ。久しぶりにゆっくり出来るしね。しかし、何故こんな状況に?」

「私、昨日の晩トイレで起きたの。ただ寝ぼけてたのか、いつもの癖で自分の部屋に入ったのかも」

「はは、凄い確率だね。でも、さっき三玖が言ってたけどこんな風に話すのは本当に久しぶりかもね。最近は勉強で忙しかったし」

「うん。そういえば私聞きたいことがあったんだけど...」

「ん?何?」

「二乃とはいつからあんなに仲良くなったの?」

「仲良くしてるように見えてた?」

「うん」

「そっか。う~ん、あの料理対決くらいからかな。あれ以来料理のことでよく話すようになったしね。最近では料理研究なんかもしてるし」

「ふ~ん。私との約束は守らないのに、二乃とは料理研究をしてるんだ」

「えっと、三玖さん何故ジト目でこっちを見るのかな?」

「知らない」

「はは、もちろん三玖との約束は覚えてるさ。中間試験が終わって余裕が出てきたら、料理教えてあげるよ」

「約束だから」

「分かってるよ」

 

そんなこんなですっかり時間が経っているのを忘れるくらい三玖と話していた。

その時だ。

 

「兄さん。さすがに起きてください」

 

ドアの向こうから零奈の声がした。さすがにこの状況を見せるわけにはいかない。

 

「もう起きてるよ!三玖、僕は先に出てるからまたメールで指示するよ

 

そう言い残し僕は三玖の部屋から出るのであった。

 

「まったく、人様の家に泊まっているのですから、あまり寝坊しすぎるのは良くないですよ」

「悪かったって。昨日の疲れが思った以上に溜まってたんだよ」

 

リビングに降りると零奈のお小言と朝食が待っていた。

今日の朝食は二乃と零奈で作ったそうだ。二人の作る料理は本当に美味しい。

 

「それより他の人達は?」

「二乃さんと五月さんはご自身の部屋にいらっしゃいます。一花さんと四葉さんと風太郎さんは三玖さんを探すため図書館に行かれています」

「三玖は図書館に行ってるの?」

「いえ、それが朝から居場所が分からず。兄さんは知らないですか?」

「今起きたばっかりだから、知るはずないじゃん」

「それもそうですね。私達はどうしましょう?」

「そうだね。僕達も図書館に行こうか」

 

朝食を食べ終わった僕達は図書館に向かうことにした。もちろん三玖にも教えてある。

 

マンションを出て少し歩くと前から風太郎が走ってきた。

 

「お、風太郎どうした?」

「忘れ物があってな。お前たちは図書館に行くんだろ?一花と四葉を頼む」

 

そう言うや否やマンションの方に走って行ってしまった。

 

「ここまで来て悪いけど。マンションに戻ってもいいかな?」

「ええ。私は構いませんよ」

 

零奈の返事を聞いて、僕達もマンションに戻ることにした。

すると前から三玖がこちらに向かってきていた。

 

「あれ?三玖さん、何でマンションの方から来たんですか?」

「え、えっと...」

「もしかして僕達とすれ違ったとか?」

「そ、そう。ちょっと朝の散歩のつもりが思いの外時間が過ぎてて。家に戻ると図書館で勉強をしてるって聞いて、今から向かうところ。さっきフータローとも会ったよ」

 

僕の話に合わせてくれたので、何とか切り抜けた。

 

「そうだったのですね。私達も実は中野さんの家に戻るところだったんです」

「そっか。だったら私も行くよ。オートロック開けれないでしょ」

「あ、そういえばそうだった」

 

というわけで、僕と零奈と三玖で中野家に戻ることになった。

玄関からリビングに向かう途中二人に静かにするよう指示をしながら、リビングに向かった。

するとリビングでは、三玖のヘッドホンをしている五月と風太郎が何やら話していた。

 

「今はどこやってんだ?」

「せ、生物」

「じゃあそのまま続けるか。分からないところはあるか?」

「え、えっと...」

「あ、そうだ。一昨日は悪かった」

「な、何のこと?」

「おっと、そうだったな。三玖に何言ってんだろな俺」

「私こそ言いすぎた。ごめんね」

「三玖こそ何言ってんだよ」

「そ、そうだよね。あ、ここが分かんないんだけど...」

「何だ、もうそこまで進んでいたのか。そこはな...」

 

そう言って五月に教えている風太郎。

 

「よく頑張ったな」

 

その一言で五月に笑顔が溢れていた。

 

「さすが親友やるじゃん」

「えぇ。男を見せてくれましたね」

「うん。フータローもやる時はやるんだね」

 

風太郎と五月、二人の勉強をする姿を僕達と2階からは二乃が見ていた。

 

------------------------------------------------

数日後。いよいよ中間試験の本番である。

昨日も風太郎は最後の追い込みということで、中野家に泊まったらしい。

僕はさすがに零奈を平日に泊めるのは避けたかったので、今回のお泊まり勉強会には不参加だ。

代わりに、テレビ電話で参加はしていた。

しかし、試験当日なのに三玖が一向に現れない。もうすぐ1教科目の試験が始まるのにだ。

試験開始5分前。ようやく三玖が教室に走り込んできた。

 

「どうしたんだ、三玖?」

「そ、それが...全員寝坊して、さっき学校に着いたの」

「はぁ!?生活指導の先生がいたと思うけど大丈夫だったのか?」

「う、うん。フータローが妙案を思いついて、何とか回避できたよ。あ、でもフータローは捕まったけどね」

「はは、あいつだったら大丈夫だよ。それより、いよいよ本番だ。今までの成果を出してくれ」

「うん!任せて」

 

その後中間試験が開始された。

 

一花:(終わったー。こんなもんかな。おやすみー...『一花はすぐにあきらめるんだから、もう少し見直しとかしなよ』、『まだ問題中でしょ、寝ない!』。式の見直しでもしとこうかな)

 

二乃:(えっと、たしかこの単語は...『ほら、ここはさっきの問題ノートにあったでしょ』、『大丈夫、二乃ならできるさ』。うるさいな。でも、何でだろ。あいつの声を思い出すとどんどん解けそう)

 

三玖:(難しい問題ばっかり...でも歴史なら分かる。『三玖の歴史の知識って凄いね。僕でも敵わないって思うときがあるよ』、『三玖は今のところ姉妹の中で一番いい点を取ってるんだからもっと自信持っていいんじゃない』。ふふ、カズヨシやフータローよりいい点数だったらどうしよう)

 

四葉:(う~ん。思い出した。五択の問題は四番目の確率が高いっと。『四葉って選択問題得意だよね。勘がいいのかな。そこを伸ばせていけたらいいかも』、『四葉は国語が得意みたいだね。作者の心理描写を読み解くのが得意なのかなぁ』。任せてください!)

 

五月:(直江君、上杉君。あなたたちを辞めさせる訳にはいきません。『赤点を回避しなければ家庭教師を辞めてもらうように二人には伝えている』。あくまでも直江君にはまだ教えてもらいたいところがあるわけであって、上杉君はおまけです。念のため。『良く出来てるじゃん。さっき教えたところがちゃんと出来ていて偉いよ』、『確実に成長はしている。そこは自分を信じてやってくれ』。しっかりと解けたら、また頭を撫でてくれるでしょうか...)

 

風太郎:(くっ...この問題の難易度は。みんな頼むぞ!)

 

和義:(あんのハゲねずみ!今回の試験の難易度上げたなぁ。くっそう、僕と風太郎の満点阻止か。だけど、これくらいで僕達は止められないけどね。でも、この問題の難易度だと...)

 

それぞれの想いの中、中間試験は終わりを迎えた。

 

------------------------------------------------

試験結果返却日。

僕達は図書室に集まっていた。

 

「よぉ。集まってもらって悪いな」

「どうしたのさ、改まっちゃって」

「水臭いですよ!」

「中間試験の報告。間違えたところ、また教えてね」

「そうだね...」

「だが、まずは答案用紙を見せてくれ!」

「はーい。私は...」

「見せたくありません!テストの点数なんて他人に教えるものではありません。個人情報です。断固拒否します」

(そっか、五月は父親にでも聞いて、僕達の状況を知ってたんだね)

「ありがとな五月。だが、俺も和義も覚悟はしている。教えてくれ」

 

その風太郎の一言で各々の点数が発表された。

 

「じゃーん。他の四科目はダメでしたが、国語は山勘が当たって赤点回避です。こんな点数初めてですよ!」

四葉:国語 44点、数学 9点、社会 22点、理科 18点、英語 12点

   合計 105点

 

「社会は73点。でも他の教科がギリギリ赤点だった。悔しい」

三玖:国語 25点、数学 29点、社会 73点、理科 28点、英語 13点

   合計 168点

 

「私は数学だけが赤点回避。今の私だったらこんなもんかな」

一花:国語 19点、数学 48点、社会 15点、理科 26点、英語 28点

   合計 136点

 

「...国数社が赤点よ。言っとくけど手は抜いてないからね」

二乃:国語 15点、数学 29点、社会 19点、理科 33点、英語 68点

   合計 164点

 

「赤点回避ができたのは2科目。理科と英語です」

五月:国語 27点、数学 22点、社会 20点、理科 66点、英語 31点

   合計 166点

 

「...そうか。短期間とはいえあれだけ勉強したのにほとんど30点を超えてくれないとは。本当にお前らの馬鹿さ加減に落ち込むぞ...」

「うるさいわね」

「でも、5人で100点の時に比べたら全然成長してる」

「そうだな。お前らは確実に成長している」

「だねぇ。あの頃に比べたら急成長だと思うよ」

「...三玖。今回の社会の難易度は高かった。それで73点は大したもんだ。偏りはあるけど、今後姉妹に教えれるところは自信を持って教えてやってくれ」

「え?」

「一花。お前は一つの問題に拘らなすぎだ。最後まで諦めんなよ」

「は~い」

「四葉。ケアレスミスが多いぞ、もったいない。焦らず慎重にな」

「了解です!」

「二乃。結局最後まで俺の言うことは聞かなかったな。しかし、和義の教えが良かったのか英語の68点は大したものだし、2科目の赤点回避もよくやった。きっと俺は他のバイトで来れなくなるだろう。だからといって油断はするなよ」

「ふん!」

「フータロー?他のバイトってどういうこと?来られないって、何でそういうこと言うの?ねぇ、カズヨシもそう思ってるの?私は...」

「三玖!今は聞きましょう」

「五月...」

「五月。お前は本当に馬鹿不器用だな!」

「なぁ!?」

「一問解くのにどんだけ時間を使ってるんだよ。最後まで解けてないじゃないか!」

「反省点ではあります」

「自分で気づいてるならいい、次からは気をつけるんだぞ」

 

そんな風太郎の言葉を待っていたのか、五月の携帯に着信が入った。

 

「父からです」

(マジかよ。ここでクビ宣告をするのか...三玖に何て言ってやろう。あの娘もう泣きそうだよ)

「上杉です。.....嘘はつきませんよ。ただ、次からこいつらにはもっと良い家庭教師をつけてやってください。.....試験の結果は...」

 

その時だ。二乃が風太郎から携帯を奪ってしまいそのまま話し始めた。

 

「パパ?二乃だけど、一つ聞いてもいいかな。何でこんな条件を出したの?」

「ねぇ、カズヨシ条件って?」

「えっと、みんなが赤点回避できなければ、僕達は家庭教師クビって言われててね」

「え!?」

「私達のためってことね。ありがとねパパ...でも私達に相応しいかなんて数字だけじゃ分からないわ.....あっそ、じゃあ教えてあげる。私達5人で5科目全ての赤点を回避したわ」

「「!?」」

「嘘じゃないわ」

 

そう言って二乃は携帯を切ってしまった。

 

「お、おい二乃。今のはいったい...」

「私が英語。一花が数学。三玖が社会。四葉が国語。五月が理科。ほら5人で5科目クリアしてるじゃない。まぁ、私と五月はそれぞれ2科目クリアしてるけどね」

「はは、そんなのありなんだ...」

「パパには嘘をついたことになるし。多分もう二度と通用しない。次は実現させることね」

「...あぁやってやるさ!」

「三玖、安心していいよ。二乃が上手く誤魔化してくれたおかげで、僕も風太郎も家庭教師を続けられそうだ」

「そっか...良かった」

「それじゃあこのまま試験の復習をしましょう!」

「え?普通に嫌なんだけど」

「ほら逃げないの」

「そうだな、本来であれば返却された直後の方が復習としては効率がいい。だが、今回はいいだろう。たしかご褒美がどうのって言っていたな、パフェとか...」

「「「「「「ぷっ」」」」」」

「ははは、風太郎がパフェって。この中で一番似合わないでしょ」

「ホントだよ。フータロー君私達を笑い死にさせる気?」

「超絶似合わないわぁ」

「では、私は特盛で」

「え、そんなのもあるのか?」

「大丈夫だよ。僕も払うからさ」

「じゃあ駅前でいいかな?」

「そういえば、上杉さんと直江さんはどうだったんですか?」

「あ、馬鹿!見るな!」

「全部100点」

「あぁ、めっちゃ恥ずかしい!」

「その流れ気に入っているのですか?」

「ちなみにカズヨシは?」

「ん?もちろん満点だったよ。風太郎に負けてられないしね」

「うっわぁ。ホントあんたたちおかしいんじゃないの」

 

この日の帰り道は皆笑っていて、良い放課後を過ごせたと、そう思うのであった。

 

 




中間試験編終了です!いや、長かった!
今回のお話にも所々原作とは違うところがあります。
しかし、自分で書いてて何ですが、三玖と同じベッドで添い寝して話をするって、和義が羨ましい限りです。

原作でいえば、そろそろ林間学校編ですね。原作の伏線を色々破壊しちゃったので、どの様にしようか模索中です。

では、次回も読んで頂ければ幸いです。


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第4章 林間学校
25.母、襲来


中間試験も無事(?)に終わった後の最初の家庭教師の日。

僕は家での用事で少し遅れて中野家に向かっていた。

そんな時、僕はこれからの事を考えていた。

中間試験では二乃の機転で何とかなった。しかし、二乃が言っていたように次は誤魔化せないだろう。

次のハードルをかけるとすれば期末試験。それまでに何とかしてあの娘達の底上げをしなければいけない。

最初の風太郎が用意した小テストで五つ子の得意科目は何となく分かっていたが、今回の中間試験でそれは確定した。そこをうまく活用できればいいのだが。

しかし、得意科目が全員バラバラって本当に五つ子なのかと疑問に思ってしまう。

そんな考えをしながら歩いていると、薬局から三玖が出てきた。

 

「あれ?三玖どうしたの?」

「あ、カズヨシ。フータローの薬を買いに来たの」

「は?風太郎の?」

 

三玖と並んで中野家に向かいながら経緯を聞いたのだがツッコミ所満載である。

三玖がコロッケを作ったので、それを風太郎と四葉に食べてもらったそうだ。

そこで、二人の感想がまったく逆だったことに対抗心の火が点いた三玖は、二人が美味しいと言うまではと、コロッケを作り続けたそうだ。

そして、遂に風太郎のお腹に限界がきて倒れてしまったと。

 

「しかし、さすが風太郎。そこまで付き合ってあげるなんて」

「うん、フータロー優しかった」

 

うんうん。三玖の風太郎に対する印象も良くなってきてるようで、僕も嬉しく思う。

中野家のマンション前に着いた時、見知った人物2人がマンションから出てきた。

 

「げ、直江!?」

「直江君...」

「おやおやお二人さんどちらに行かれるのですか?」

 

二乃と五月である。2人は何か悪さをしたところを親に見つかってしまった時のような顔をして固まっている。

 

「ちょ、ちょっとランチに行ってくるとこよ」

「ほう~、たしか今日は家庭教師の日だったはずだよね。まぁだから僕はここにいるんだけど」

「カズヨシがフータローみたい...」

「すみません、直江君。今日だけは、今日だけはどうしても行かなければいけないのです!」

「ん?何かあるの?」

「今日行くレストランのランチなのですが、限定ランチが今日までなのです!これを逃す訳にはいきません!」

「お、おう...」

「というわけで、行くわよ五月!」

「ええ!」

 

五月の食に対する想いに圧倒されている僕を尻目に2人はさっさと行ってしまった。

 

「五月のプレッシャーに圧倒されてしまった...」

「五月の食事に対する想いには誰も勝てないと思う」

「はぁ、今日は一花も仕事でいないし、三玖と四葉それぞれに風太郎と僕でマンツーマン授業かな...」

「そ、そっか...ふふ」

 

これからの事を考えていたときにこの有様かと落胆している僕と裏腹に、何故かご機嫌の三玖の2人で中野家に向かう。しかし、そこでとんでもない光景を目にすることになってしまった。

 

「お邪魔しま...」

「好きだから」

「え!?」

 

四葉が寝ている風太郎の頭を自分の太ももに乗せて告白をしている現場に遭遇してしまった。

 

「へ!?ふ、二人共なんで此処に...」

「薬を買ってきたから帰ってきた。そっか四葉はフータローのことを」

「わ、悪い。邪魔をするつもりではなかったんだが...」

「うわぁ-----!!ち、違うんです!これは、嘘が下手だって言う上杉さんを揶揄っていただけです!」

「嘘だったのか...」

「へへ、ひっかかりましたね!私だってやればできるんです!」

「和義。俺はもう誰も信用できないようだ...」

「え~僕のことも」

「お前がたまに一番信用できないと思うときがある」

「え、酷くない...」

 

先ほどの告白は演技だと言う四葉。あれが演技だというならば、とんでもないなと思う。まさに迫真の演技である。

そんな風に考えていると、テーブルの上の物体に気づいた。

 

「なぁ、この黒い物体は何?」

「私が作ったコロッケ。もう冷めてるけど食べる?」

「いや。三玖には悪いけど、これはコロッケとは言えないかな...」

「む~、見た目は悪いかもだけど味には自信がある」

 

いやこの見た目で味が良ければそれは奇跡なのではないだろうか。というか、風太郎の腹痛の原因は食べ過ぎではなく、これが原因のように思えてきた。

 

「風太郎、悪いけど今日は四葉の勉強を見てやってくれ。三玖には今から料理とは何かを教える!」

 

こうして急遽三玖の料理教室が始まったのであった。この間の約束のこともあるしいい機会だろう。

 

------------------------------------------------

結局今日一日勉強をする時間もなくなってしまった。その代わりに問題集のプリントを宿題で置いてきた。

それを見た五つ子達は恐怖していたがそんなことは知ったことではない。

そんな事もありながら、今は家に帰ってきた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、兄さん...」

「ん?どうしたんだ、えらく疲れているように見えるけど」

「そ、それが...」

「あら、おかえりなさい和義」

「げ、母さん!」

 

そこに現れたのは僕らの母さん、(あや)であった。

 

「実の母親に向かって『げ』とは何です!」

「いや、何も連絡もせずに帰ってきたからビックリしただけだよ。今回はどうして?」

「あなたの学校でもうすぐ林間学校が始まるでしょう?3泊4日で」

「あぁそういえば(最近五つ子達の勉強のことばかり考えていたからすっかり忘れてた)」

「はぁ、自分の通っている学校の行事くらい把握しなさいよ。その間、さすがに零奈ちゃんを一人にするわけにもいかないから私が帰ってきたという訳」

「なるほどね。それじゃあ父さんも?」

「いえ、あの人は今も仕事をしているんじゃないかしら」

「え、置いてきたの?」

「えぇ!これで零奈ちゃんを独り占めです!」

 

そう言うや否や零奈を抱きしめている。当の零奈はというと何を言っても無駄だと悟り、諦めた顔をして母さんのされるがままになっていた。疲れていた顔をしていたのはこういう訳か。

どうも、父さんも母さんも零奈を溺愛している。というか親バカである。ただ、その親バカ加減が母さんは父さんと比べられないくらい強い。なぜなら、

 

「そうだ!久しぶりに家族3人でお風呂に入りましょう!」

「却下っ!」

「えぇ~~~」

「はぁ...ごめんけど零奈が母さんとお風呂に入ってあげて」

「...分かりました」

 

こうである。どうも母さんは零奈だけではなく僕にもベッタリなのだ。もう勘弁してほしい...

 

 




さぁ、林間学校編突入です!
ここでオリジナルキャラが出てきたので、これを機会にオリジナルキャラの紹介をします。今更ですが。。。

直江 和義
本作主人公。頭脳明晰、運動神経抜群と周りが羨む青年。
上杉風太郎の唯一無二の親友で一緒にいることが多い。
面倒見のいいことから、女子に人気であるが知らない人から告白されるのをうんざりしている。
妹である零奈には甘いところがあり、お願いされると断ることができない。
直江家では料理担当をしていることから料理の腕前はかなりいい。
歴史好きで、日本の源平合戦~江戸初期と三国志が特に好きであり、プレイしているゲームもそういった傾向である。

直江 零奈
和義の妹。誰にでも敬語で話す真面目な女の子。
兄に負けず劣らずの頭脳明晰ぶり。
人を遠ざける節があるが友人関係は良好である。特に風太郎の妹のらいはとは親友と呼べる程仲良しである。
兄に対しては厳しいことを言っているが、兄のことを慕っている。
兄に近づく女子に対しては品定めをしている節もある。

直江 綾
和義と零奈の母親。
自分の子どものことを溺愛しており、零奈のみならず今でも和義にベッタリなところも。見た目が若く見えすぎることもあり、以前和義の彼女ではないかと周囲に噂が立ったことも。
人当たりもいいこともあり、教師を勤めていたときは生徒からも人気があったが、夫の転勤を機に辞めてしまう。
家事については料理以外は普通にこなすことができるが、何故か料理だけは上手くいかない。夫が料理担当であったが、忙しさもあり現在では和義が料理担当になっている。
胸が小さいことに劣等感を持っている。


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26.入れ替わり

「明日から林間学校です。皆さん今日は早めに休んで明日に備えてくださいね」

 

担任教師のそんな言葉で本日の授業は終了した。

 

「カズヨシ。今日も勉強会するの?」

「あ~、僕はやらなくてもいいと思うけど、風太郎は違うだろうね」

「じゃあ一緒に図書室に行こう」

「そうだね」

 

三玖と一緒に図書室に向かおうとした時である。

 

「おーい、直江。呼ばれてるよ!」

 

クラスメイトからそう声をかけられた。

そっちを見るとどうやら女子生徒が呼んでるようだ。

最近はなくなってきたと思っていたが甘かったか。

 

「悪い三玖、先に行っててくれ。風太郎にはいつものやつだって伝えといて」

 

そう三玖に伝えて女子生徒のところに向かった。

 

------------------------------------------------

~三玖視点~

 

カズヨシに先に行くように言われたので図書室に向かうことにした。

いつもの席に誰かが座っていたので、そちらに向かったのだが、

 

「よう三玖」

「......何してるの、フータロー?」

 

そこには金髪のカツラにピエロのお面をしたフータローがいて、こちらを向いて挨拶してきた。

私のリアクションがあまりにも薄かったのか、フータローはお面を外して悔しがっていた。

 

「ノーリアクションだと何か泣けてくるな」

「ごめん」

「いや、謝ることはない。それより和義は一緒じゃないのか?」

「カズヨシは誰かに呼び出されてそっちに行っちゃった。フータローにはいつものだって伝えとくよう言われたよ」

「...そうか。最近はなかったのだが、林間学校があるからだろうな」

「?カズヨシは何しに行ったの?」

「あぁ、あいつはよく女子に告白をされているのを知っているか?今回もおそらくそれだろう」

「!」

「イベント事があるといつもそうだ。まぁ今回も断るだろ、十中八九な」

「そうなの...?」

「あぁ、あいつは知らないやつからの告白は今まで全部断ってるからな」

「そっか...」

 

何でだろう?フータローの言葉に安心する自分がいた。

そんな話をしていたら、こちらに走ってくる足音が聞こえてきた。多分四葉だろう。

フータローも先ほどの格好になって待機している。まだやるんだ。

 

「上杉さん!いよいよ明日から林間学校ですよ!」

「四葉」

「うわあああああ!」

 

四葉のリアクションに満足したのか、フータローは仮面を付けたり外したりして四葉の反応を楽しんでいた。でも、ここ図書室ってこと忘れてないかな。

あ、やっぱり怒られちゃった。

 

「それにしてもその金髪のカツラ微妙に似合ってますね。どうしたんですか?仮装道具もこんなに揃えて」

「肝試しの実行委員になったんだ」

「へぇ~、肝試しって林間学校のですよね?上杉さんにしては珍しく社交的ですね」

「ふん。やりたくてやっている訳じゃない。うちのクラスは肝試しの担当らしいんだが、あいつら俺が自習をしている間に面倒な役を俺に押し付けてやがった」

「お気の毒に...」

「(役決めをしている時に自習って)自業自得」

「とびっきり怖がらせてこの恨み晴らしてやる。忘れられない夜にしてやるぜ」

「ノリノリだね。同じクラスなのに五月は手伝ってくれなかったんだ」

「そうです!一人にやらせるなんてあんまりです。ちょっと一組に抗議してきます!」

「やめておけ。三玖の言う通り自業自得でもあるしな。それに林間学校自体がどうでもいいしな」

「むぅ...」

 

あ~あ、四葉ってこういうイベント事結構好きだから、フータローの素っ気ない態度に火が付いちゃた。

斯く言う私もこういうのには興味ないんだよね。でも、今年はちょっと楽しみな自分がいるのもまた事実でもある。

 

「では!林間学校が楽しみになるお話をしましょう!クラスの友達に聞いたのですが、この学校の林間学校にはとある伝説があるそうなんです。その伝説というのは、林間学校の最終日に行われるキャンプファイヤーでのダンス。そのフィナーレの瞬間に踊っていたペアは生涯を添い遂げる縁で結ばれるというのです。どうです?ロマンチックですよね!」

「ふん!非現実的だな」

「うん」

「冷めてる!現代っ子!」

「学生カップルなんてほとんどが別れるんだ。時間の無駄遣いだな」

「でもでも!やっぱり好きな人と付き合いたいって思うじゃないですか!」

 

2人の言い合いを聞きながらふと思ったことを聞いてみた。

 

「...なんで好きな人と付き合うんだろ」

「「え!?」」

 

私の質問に対して二人共固まってしまった。そんなにおかしな事を聞いたかな。

 

「それはね、その人のことが好きで好きで堪らないからだよ」

 

私の疑問に答えてくれたのは、丁度そこに来た一花だった。

 

「三玖にも心当たりあるんじゃない?」

「ないよ...」

 

一花が変な事を言ってくるから焦ってしまった。そんな事ないのに。でも...

 

「一花遅い!もう始めるぞ!」

「えーっと、いったい何を始めるのかな?」

 

フータローはカツラと仮面を付けたままなので一花の疑問ももっともだ。

 

「でも今日も撮影が入ってるんだ、もう行かなきゃ。今は何よりお仕事優先!ごめんね寂しい思いをさせて」

「別に寂しくねぇよ」

「頑張って」

「一花ファイト!」

 

最近の一花は本当に生き生きとしてる。今の女優のお仕事が本当に楽しんだろうなって思えてくるくらいに。

そんな一花の携帯にメッセージがきたようだ。

 

「あーやば...クラスの子たちに呼び出されちゃったんだけど、もう仕事に行かないと。林間学校についてまだ決めてなかったことがあったみたい。てことで、三玖いつものお願い!」

「分かった。四葉、フータロー先に始めてて。後、カズヨシが来たら席外してるとも伝えといて」

「何をするのか知らんが、分かった。逃げるなよ」

「いってらっしゃーい!」

 

いつものというのは入れ替わりだ。五つ子ならではで、こんな時のために鞄の中には皆の特徴を掴んでいるアイテムを常に入れている。

一花への変装はウィッグをかぶるのと、服装を変えるだけで事足りるから結構楽だ。まぁあのテンションでいるのは疲れるけど。本当はピアスも付けたほうが完璧だけどそこまで見ている人はそうそういないと思うから大丈夫。

さてと、一花のクラスは2組だったよね。でも何だろう林間学校について決めてないことって。

そんな思いの中2組の教室のドアを開けた。開ける時から静かだなと思ってたけど、教室には男子生徒が一人だけ居た。

 

「な、中野さん...来てくれてありがとう」

「あれ?えーっと、前田君だっけ...クラスのみんなは?」

「悪い、君に来てもらうために、林間学校のことについてって嘘をついた」

「えっと、一...私に何か用事かな?」

「俺とキャンプファイヤーでのダンスを踊ってください!」

 

何が起こっているのかが分からず、危うく一花って言いそうになった私。その事には気づいていない様で、前田君はそう言うと私の前まで来て頭を下げた。

 

「え?私と?なんで?」

 

頭が回らない。さっきから何が何だか分からなかった。でも更に衝撃的な事を言われた。

 

「それは...中野さんのことが好きだからです...」

 

そっか一花は可愛くって社交的なところもあるから、こういうこともよくあるのかな。でもどうしよう。私は実際に告白されたことがないし。私は一花でもないしで、どう答えればいいのか分かんないよ。

もうパニックしっぱなしで、これ以上ここに居ればバレてしまうんじゃないかと考えてしまう。

 

「ありがとう...返事はまた今度でいいかな...」

「今聞きたい!」

「えっ...えっと、まだ悩んでて...」

「じゃあ可能性はあるんですか!」

「いやぁー」

 

こんなにグイグイ来られるのは苦手である。けど、今の私は一花だ、しっかりしないと。

そんな事を考えていると、前田君から思いもよらないことを言われた。

 

「あれ?何かいつもの中野さんと少し違うような...雰囲気変わりました?」

「!」

「髪...ん?なんだろう...そういえば中野さんって五つ子でしたよね。もしかして...」

 

マズイ!このままだとバレちゃう!前田君は私の気持ちなど知らず、どんどん顔を近づけてくる。

どうしよう...怖い、助けて。

 

(カズヨシ!)

 

無意識ではあったが、助けを求めるように心の中で今一番頼りにしている男の子の名前を呼んだ。

その時だ、

 

「はーい、そこまで。これ以上はさすがにマズイでしょ。彼女、怖がってるよ」

 

そんな言葉と一緒に、私と前田君の間にスーっと男子生徒が入ってきた。

 

 




今回は三玖視点を中心に書かせていただきました。
三玖の前に颯爽と現れたのはいったい誰なのでしょう。まぁ大体想像が付いてると思いますが。。。

という訳で、次回投稿もお待ちいただければと思います。
最近は私生活が忙しく、不定期な投稿になっていますが、ご容赦いただければ幸いです。
そんな中、お気に入りに入れていただいている皆様、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。


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27.出発

時は少し遡り...

 

今回の呼び出しは予想通りでやはり告白のためであった。相手は同じ学年らしいのだが、如何せん話したこともないのでいくら告白されてもという思いだ。

 

「キャンプファイヤーねぇ...」

 

この学校には、林間学校の最終日に行われるキャンプファイヤーのダンスで、フィナーレの瞬間に踊っていたペアは将来添い遂げる縁で結ばれるという、良くあるような伝説があるのだ。

別にそういう伝説が作られることがいけないこととは思わない。しかし、そういった伝説やジンクスと言ったものがあると、こういった告白が増えてきて正直迷惑この上ない。

ただ、相手の娘たちの中には純粋に好意を向けていて、勇気を振り絞って告白をしてくる娘もいる。そういった娘たちの告白を断ったときの顔を思い出すだけで胸が張り裂けそうになるのも事実である。かと言って告白を受ける訳にもいかず、といつものように心はモヤモヤとしている。

 

「とりあえず風太郎達と合流しますか。いつもの風太郎のテンションを受けてたら気分も晴れるだろうし...」

 

そんな感じで図書室に向かっていたのだが、前方に見知った生徒が教室に入っていくのを見かけた。

 

(あれって一花だよね。でも、一花からは今日も仕事だからってさっき連絡があったような)

 

そう思い携帯を見たが、やはり仕事に行く旨の連絡が入っていた。仕事前に忘れものややり忘れた用事でもあるのだろうか、という思いから教室に近づいていった。

 

「俺とキャンプファイヤーでのダンスを踊ってください!」

 

おっと、こっちでも告白イベントが発生しているようだ。しかし、一花は転校してきたばかりなのにもう告白されるなんてさすが女優になっただけはある。

このままここで聞き耳をたてている訳にもいかないと思い、立ち去ろうとした。

 

「ありがとう...返事はまた今度でいいかな...」

「今聞きたい!」

 

あまりいい流れではないように思えたため、その場に留まることにした。

しかし、一花にしては柔軟な対応ができていないように思える。こういう事には不慣れなのだろうか。

そんな考えをしていると、さらに良くない流れになっているようだ。

どうやらいつもの一花と雰囲気が違うのではないだろうかと相手の男子生徒が疑いだしたのだ。

まぁ疑いたくなる気持ちは分からんでもないんだが。

一花は思考が停止しているのか何も答えることができず、ただただ後ずさりをするだけだ。

そんな彼女を怪しんでいる相手の男子生徒は、徐々に追い詰めている。

 

(こいつはマズイね。まったくやり過ぎは良くないってのに。まぁこれで一花に貸し一つかな)

 

そう思いながら一花と男子生徒の間に入った。

 

「はーい、そこまで。これ以上はさすがにマズイでしょ。彼女、怖がってるよ」

「な!?お前、直江か!」

「カズヨシ...」

(?)

 

一瞬違和感を感じたが、まずは目の前のことを片付けなければならないと思い目の前の男子生徒と対峙した。

 

「何勝手に登場してんだコラ!」

「いや~、本当はここまでとは考えてなかったんだけど、ただ事じゃなさそうだったからね。介入させてもらったよ」

 

そう言いながら、一花を僕の背後に来るよう誘導をした。

一花は僕の服を握っているが、その握った手は震えているように見えた。

 

「返事くらい待ってあげなよ。少しは人の気持ちを考えてあげなって」

「うるせぇ!俺は中野さんと踊りたいだけなんだ。お前には関係ないだろ!」

 

大切な友人であり関係者だと言おうと思ったが、一花の言葉で遮られた。

 

「そんなことない!カズヨシ君は私にとって大切な人だから。それに、キャンプファイヤーはこの人と踊ることになってるし」

「へ?」

「嘘だぁーーーーー!!」

 

僕のすっとんキョンな返事は彼の絶叫でかき消された。

 

「ま、待てよ。直江ってたしか色んな女子から告白されていて。それを尽く断っているって聞いたことがあるぞ。まさかそれは中野さんと付き合っているからなのか...」

「そ、そうだよ。私とカズヨシ君はラブラブなんだから」

 

そう言って一花は僕の腕を組んできた。

 

「そ、そうだったのか...」

 

彼はあからさまに残念そうに項垂れている。

 

「あ、この事は誰にも言わないでほしいんだけど」

「何でだよ。自慢すればいいじゃないか」

「この事が広まって、もしかしたら一花に迷惑がかかるかもしれないんだ。一花を守ると思って、頼む!」

 

僕は頭を下げて彼にお願いをした。

 

「そこまで言われたら...分かったよ、誰にも言わねぇよ」

「ありがとう」

「けっ!テメェのためじゃねぇよ、中野さんのためだ!」

 

頭を掻きながら彼はそう答えてくれた。本当はいい奴なのかもしれない。

 

「あの...私が今聞くことじゃないことは分かってるんだけど、何で好きな人に告白しようと思ったの?」

「ホント、それ中野さんが言うセリフじゃないよね...そーだな、とどのつまり、相手を独り占めしたい!これに尽きる」

「!」

「おい!俺は中野さんを困らせないためにこの事は誰にも言わねぇ。お前も中野さんを困らせるんじゃねぇぞ」

「分かってるよ。行こうか一花」

 

そう一花に向かって手を差し伸べた。一花は一瞬戸惑ったがすぐに僕の手を握ってくれた。そのまま、彼の前から立ち去ったのだ。ここまですれば彼には印象を付けられるだろう。

 

彼から見えなくなったくらいのところで、僕は一花に切り出した。

 

「それで、どうすんのこれ?()()

「え!?」

 

立ち止まり僕の方をビックリした顔で見上げてきた。

 

「さっき、僕のことを一度だけ『カズヨシ』って呼んだでしょ。後から『カズヨシ君』に変わってたけどね。あの時は余程動揺してただろうから仕方なかったけどね」

「はぁ、さすがカズヨシ。その観察眼は黒田官兵衛の如くかな」

 

そう言いながらウィッグを外し、ヘッドホンを付ける三玖。あの呼び方がなかったら本当に一花と思っていた程三玖の変装は完璧だった。流石五つ子である。

 

「僕がうまく口止めが出来たから良かったけど、あのままだったら僕と一花が付き合っているって噂が学校中に広まってたよ。自分で言うのもなんだけど、僕って結構有名みたいだし」

「ご、ごめん...」

「こっちこそごめんね。責めるつもりじゃなかったんだけど。よく頑張ったよ、三玖」

 

そっと頭を撫でながら伝えると、『...うん』と小さな声で答えてくれた。

 

「そういえば、勝手に告白断って良かったの?」

 

昇降口に着いたところで三玖に聞いてみた。

 

「大丈夫だよ。一花、今は仕事優先だって言ってたし」

「それならいいけど。ただなぁ、キャンプファイヤーのダンスどうするかな...」

「......」

 

三玖と話しながら昇降口から外に出ると、風太郎と二乃・四葉・五月が待っていた。

 

「どうしたんだ?」

「これから上杉さんの林間学校で着る服を見に行くことになりまして、それで二人を待ってたんです」

「さっき四葉からメッセージが来てた」

「それ早く言ってほしかったな三玖さん」

 

ということで、急遽風太郎の服を見に行くことになった。

 

-------------------------------------------------

現在、五つ子(一花以外)が風太郎に似合いそうな服を見繕っている。

そして、それぞれが選んできた服を実際に風太郎に着てもらいお披露目をする運びとなったのだ。

 

「では、まずは私からですね!普段から地味目な服装なので、派手な服を選んでみました!」

「多分だけどお前ふざけてるな?」

(いや、四葉のことだから素かもしれないよ)

 

四葉の選んだ服は派手なのだが、服にはこれでもかって程動物の絵柄が載っていた。四葉には悪いが僕は着ないかな。

 

「フータローには和装が似合うと思ったから、和のテイストを」

「和そのものですけど!」

(たしかに似合っているんだが、林間学校に着ていくのはちょっと...)

 

三玖が選んだのは、華道などの家元が着ていそうな服装である。先にも思ったが林間学校に着ていくようなものではない。ただ、ちょっと僕は興味ありだ。家の中であればいいかも。

 

「私は男の子の服がよく分からなかったので、男らしい服装を選ばせていただきました」

「お前の男らしい像はどんなだよ!」

(五月にとって男らしい服装ってこんなだったんだ。意外だ。ってか、風太郎似合わなすぎでしょ)

 

五月が選んだのは、所謂ヘビーメタル系の服であった。これを着て林間学校にはさすがにない。

 

「......」

「二乃本気で選んでる」

「ガチだね」

「あんたたち真面目に選びなさいよ!」

「(やっとまともなものが出てきた)うん、流石二乃だね。センスあるよ」

「当たり前でしょ!」

 

二乃の選んだ服を褒めてあげたが、そっぽを向いてしまった。

二乃が選んだ服は、普段風太郎が絶対に選ばないようなものだが、風太郎に似合っていた。うん、やっぱりいいチョイスだ。

結局二乃が選んだ服を買うことにした。風太郎ではなく五つ子がだが。

 

「本当にいいのか?買ってもらうことになって」

「いいんですよ!気にしないでください!」

「うん」

「そうよ!だっさい服装で私達の近くにいられても迷惑だしね」

「うーん、男の人と一緒に服を選んだり買い物をしたりして、これってまるでデートって感じですね!」

「はは、四葉って意外にロマンチストだね」

「こ、これはただの買い物です。学生の間に交際だなんて不純です」

「あー、五月ってば上杉さんみたいなこと言ってる」

「一緒にしないでください!私達はあくまでも教師と生徒、一線を引いてしかるべきです!」

「言われなくても引いてるわ!」

「はは、流石は五月だね」

「!」

 

五月に声をかけたのだが、何故かそっぽを向かれてしまった。

 

「ほら、そんなやつほっといて残りの買い物済ませるわよ」

「そうですね。男性お二人はここで待っていてください」

「OK」

「は?なんでだよ」

「いいからそこで待ってなさい!」

「そうだよ、ここで待ってようよ風太郎」

「そうはいくか!さっきは俺の服を勝手に選んでいたんだ。今度は俺がお前らの服を選んで...」

「下着!」

「買うんです!」

「待ってまーす」

「だから言ったのに...」

「デリカシーの無い男ってほんとサイテー!」

 

相変わらずの風太郎節である。そんな時携帯に着信があった。

 

「もしもし、母さん?どうしたの」

『あ、和義。近くに風太郎君っている?」

「いるけど、何かあった?」

『流石私の息子。察しが良くて助かるわ』

「で、何があったの?」

『うん、落ち着いて聞いてね......』

 

母さんからの電話が終わったので、四葉と仲良く言い合っている風太郎に話しかけた。

 

「風太郎、四葉と仲良くしているところ悪いけど、ちょっといいか?」

「仲良くなんてしてねぇよ!」

「いいから。悪い四葉、僕達用事ができたから先に帰るね。3人にも伝えといて」

「分かりました!直江さんもしおりをちゃんと読んでおいてくださいね」

 

ブンブンと手を振る四葉に軽く手を振って風太郎と一緒にショッピングモールを後にした。

 

家に向かう最中、風太郎に先ほどの電話の内容を説明した。

 

「和義、どうしたんだ、いきなりお前の家に来いだなんて」

「らいはちゃんが学校で倒れたって」

「な!?らいはが!」

「それで勇也さんが仕事で抜けれないことを考慮して、うちで預かることになったそうだよ。丁度母さんが今家に居たからさ」

「綾さん帰ってたのか!?」

「そうなんだ!僕の林間学校に合わせてね。僕が林間学校に行っている間に零奈が一人になることを考えて帰国したみたい。ちなみに、うちに預かることを提案したのはその場にいた零奈だってさ」

「そうか...」

「僕も褒めてあげるけど、風太郎からも零奈にお礼を言っといてくれ」

「もちろんだ!」

 

本当はもう少し早く走りたかったが、風太郎のペースに合わせて家に向かっている。おそらく今の風太郎であれば、僕のペースに合わせることはできるが、着いた時に倒れてしまう可能性もあるからだ。それでは本末転倒である。

家に着いた風太郎は一目散にらいはちゃんが寝ている客間に飛び込んだ。

 

「らいは!無事か!?」

「こ~ら!心配なのは分かるけど、病人が居る部屋で大声出さないの!」

「あ、すみません。つい...」

「ごめんね。お買い物してたんでしょ。なんか熱みたい...」

「お前は身体が弱いんだ、無理すんな」

 

母さんに謝りながらも、風太郎はらいはちゃんの近くで座り込んだ。

 

「母さん、ありがとね。面倒見てくれてたんでしょ」

「これくらいどうってことないわ。どうせ暇してたんだしね」

「それでもだよ。それに零奈も。大人顔負けの判断をしてたんでしょ。流石だよ。ありがと」

 

そう言いながら近くまで来ていた零奈の頭を撫でてあげた。

 

「兄さんに撫でてもらえるのであれば、この位何てことありません」

「こんなので良ければいつでも撫でてあげるよ」

「えへへ」

「む~。お母さんだって頑張ったんだから、お母さんのことも撫でてくれてもいいと思うな!」

「あ~、はいはい」

 

ここで拒否すると後で面倒になるので、素直に母さんの頭も撫でてあげた。

 

「えへへ」

「綾さん、零奈。この度は本当にありがとうございました」

 

風太郎は座ったままこちらを向き、そのまま頭を下げた。

 

「いいっていいって、勇也君の娘さんであれば、私にとっても娘みたいなもんだし。いつも居ない分、居るときは頼って頼って」

「はい...」

 

らいはちゃんの無事が確認できたので、僕と風太郎は夕飯を食べることにした。今日は風太郎もうちに泊まることになったのだ。

 

「風太郎の布団はあんまり良くないけど、らいはちゃんの横に敷いておくから、少しは休みなよ」

「ああ、サンキューな。お前にも頼りっきりだ」

「いいってことよ。持ちつ持たれつでしょ」

 

らいはちゃんは薬が効いたのか、その後はぐっすりと眠ってしまった。とりあえず一安心である。

 

-------------------------------------------------

次の日の朝。

いつもより早めに起きた僕は朝食の準備の前に客室に様子を見に行った。

 

「風太郎、お前...」

 

そこには、昨日と同じ姿勢で座ってらいはちゃんの様子を見ている風太郎の姿があった。

 

「ちゃんと寝たんだろうね?」

「あぁ、少しだが休ませてもらったさ」

 

たしかに布団には多少の乱れがあるが、本当に少ししか横にになっていないのだろう。まったく、相変わらずのきかん坊である。

 

「はぁ、朝食を作るからこっち来て食べな」

「分かった...」

 

朝食の準備が出来た頃に零奈も起きてきたので3人で朝食を食べることにした。ちなみに母さんはまだ起きてこない。

 

「で、林間学校は行かないの?」

「あぁ、あの状態のらいはを置いてとてもじゃないが行けない」

「言うと思ったよ。そっか、じゃあ風太郎が行かないなら僕もサボるか」

「兄さん!?」

「お前は関係ないだろ!」

「親友がいない林間学校なんて何も面白くないしね。それだったら、家で勉強してた方が有意義だよ」

「はぁ、お前って奴は...」

「呆れ果てました。しかし、それでこそ兄さんですね。では、私も今日は学校を休みますか」

「おいおい、零奈まで付き合わなくていいんだぞ」

「私も、らいはさんがいない学校なんて行っても意味がありませんから」

 

そんな零奈の言葉の後、3人で笑いながら朝食を食べるのであった。

 

そろそろバスが出る頃だろうか。中野姉妹には悪いことをしちゃったかもしれないな、そんな考えをしているとそこに勇也さんが家に駆け込んできた。

 

「らいは!無事か!?」

 

本当に親子である。

 

「親父、まだ寝てるんだ静かにしろ」

「看病してくれてたのか。ってもう、林間学校のバスは出てんじゃないか?」

「そうかもな。でもいいんだ、俺と和義は参加しないからな」

「和義お前もか...」

「はは...」

「さてと、親父も帰ってきたし、俺は少し休ませてもらうわ」

 

そう言ってらいはちゃんの近くから立ち上がり移動をしようとする風太郎。そんな風太郎の近くにしおりが落ちていたのを勇也さんは拾い上げた。付箋をいっぱい付けているしおりを。

 

「風太郎忘れ物だぞ。早く帰れなくて悪かったな。一生に一度のイベントだろ。今から行っても遅くないんじゃないか」

 

そう言ってしおりを風太郎の頭にポンッと勇也さんは置いた。

 

「バスも無いし、別に大丈夫だ」

 

そんな時だ。

 

「あ~お腹すいた~」

 

そんな言葉と同時にらいはちゃんが起き上がったのだ。

 

「らいは、熱は?」

「治った!っていうか何でお兄ちゃんと和義さんはまだいるの?ほら早く行った」

 

そう言いながら風太郎を押して行かせるようにするらいはちゃん。空元気かもしれないが、昨日よりは大分良くなっているようではある。

 

「俺の気遣いを返せ!」

「ありがとっ。私はもう大丈夫だから、林間学校行ってきて!」

「しかしバスが...」

 

そんなやり取りをしているとようやく母さんが起きてきた。

 

「朝から騒がしいわねぇ~」

「綾先生!おはようございます。昨日からすっかりお世話になっております」

「あら、勇也君じゃない。おはよう。昨日からのことは気にしなくていいわよ。っていうか、やっぱり2人は林間学校に向かわなかったのね」

「ある程度予想済みってこと?」

「まあね。まったく、準備するから少し待ってなさい」

 

そう言って洗面所の方に向かった。

 

「あ、そうだ。零奈ちゃん、お泊まりの準備は終わってる?」

「はい!もちろんです」

「流石は零奈ちゃん。じゃあ、玄関に持って来といてね」

「分かりました!」

「零奈?君たちは何の話をしているのかな?」

「すぐに分かりますよ。兄さんは母さんの行動力を甘く見ていたようですね。まぁ、斯く言う私もこればっかりは想像していなかったのですが」

「ま、まさか...」

「恐らく今兄さんが想像している通りですよ」

「ん?どうした和義?」

「いや、自分の親のことなのだが、頭が痛くなってきた」

 

僕が予想していたことはこの後すぐ現実となるのであった。

 

母さんの準備が終わったとのことなので、皆で外に出る。らいはちゃんはまだ病み上がりということと勇也さんが今日から休みになったこともあり、2人は上杉家に帰っていった。

丁度それと入れ違いに中野家の車がうちの前に止まった。中からはぞろぞろと中野姉妹が出てきている。

 

「お前ら...!?」

「カズヨシ、フータロー」

「おっそよー」

「おはようございます!上杉さん、直江さん」

「ったく何してんのよ」

「みんな...!え、バスは?」

「見送らせていただきました」

「は!?」

「肝試しの実行員を任されそうになったのですが、暗いところで一人待機するなんて私には無理です。オバケ怖いですから。上杉君、あなたがやってください」

「......ったく、しゃーねーな」

 

そんな風に言う風太郎であったが、その顔はどことなく嬉しそうである。

 

「それよりも、お二人共家の前で何をしているのですか?レイナちゃんまでも」

「はは、すぐに分かるよ」

「?」

 

丁度そこに大型のキャンピングカー、所謂バスコンと言う名の車が家の車庫から出てきた。

運転席から出てきたのはもちろん母さんである。

 

「おまたせ!さあさあ乗った乗った!ってあら?どちら様?」

「父さんから聞いてるでしょ。今、僕と風太郎が家庭教師をしている生徒さん達だよ」

「あぁ、マルオ君とこの」

「父をご存知なのですか!?」

「そりゃあ元教え子だもの」

「え?元教え子?」

「え、でもどこから見てもカズヨシ君のお姉さんなんじゃ」

「あら!そう見える?」

「う、うそでしょ...もしかして...」

「カズヨシのお母さん?」

「そうでーす!和義と零奈ちゃんのお母さんでーす!気軽に綾さんって呼んでね」

「えーーーーー!信じられません!」

「事実だ。俺も最初に会ってから今までの間にほとんど変わりがないからビックリしている」

「うん!いい反応だ。それで、マルオ君の娘さんたちがどうしてここに?」

「えっと、直江君と上杉君のお二人が林間学校のバスの集合場所に来られなかったので、私達で迎えに来たのです」

「へぇ~、仲良くやれてるみたいじゃない」

「まぁね」

「なら丁度良かったわ。今からこの車を使って4人で林間学校に向かうところだったのよ。あなた達もついでに乗せていってあげるわ」

「お待ちください。私は旦那様よりお嬢様方のことを任されております。いくら、家庭教師の親御さんとはいえ、大事なお嬢様方をお預けする訳にはまいりません」

「じゃあ、その旦那様が許可すればいいのよね」

「え、それはそうなのですが」

「いいわ、ちょっと待ってなさい」

 

そう言うや否や母さんはどこかに電話をした。まさか......

 

「もしもし、久しぶり!元気してる?...忙しいところ悪いわね。今から私の息子を林間学校に連れて行くんだけど、目の前にあなたの娘さん達がいるのよ。ついでに乗せていこうと思ってるんだけどいいわよね?...うん、分かってるって、じゃあ今から運転手さんに替わるわね、はい!」

「え?...お電話替わりました。旦那様!いえ、はい、はい、かしこまりました。ではそのように致します。失礼致します」

 

そこで運転手さんが電話を切った。本当に中野父に電話したのかこの母親は。

 

「大変失礼致しました。先ほど旦那様より許可をいただきましたので、どうかお嬢様方の事、くれぐれもよろしくお願い致します」

「まっかせなさいって!」

 

運転手さんが深々と頭を下げているのに対して、自分の胸を叩いて答えている母さん。自分の母親ながら本当に凄い人である。

 

「よし!あなた達のお父さんから許可をもらったし、ここからは私が責任持って送らせてもらうわね!さあ乗った乗った」

 

母さんの号令の元、全員バスコンに乗り込んだ。

 

「みんな乗ったわね!では出発進行!」

「「「「「「おーーーーーー!」」」」」」

 

母さんの言葉にテンションが上がっている風太郎と中野姉妹が答える。

一方の僕達兄妹はというと、

 

「「おー......」」

 

これからどんなことが起こるのか、心配で心配で堪らず、テンションダダ下がりである。

そんな中、一路林間学校に向けて、母さんの運転するバスコンは出発するのであった。

 

 




いよいよ本格的に林間学校がスタートしました。まぁ、まだ現地についていないのですが。。。

原作では江端さんの運転する車で林間学校に向かいましたが、こちらでは直江母の運転する車で向かうことにしました。しかも零奈付きです。

果たして無事に林間学校を過ごす事ができるのでしょうか。

次回更新がちょっと遅くなると思います。
見てくれている皆様、本当に申し訳ありません。


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28.お揃い

僕達が乗っているバスコンは順調に目的地、林間学校の宿舎に向かっている。

 

「♪~~」

 

僕は助手席に座っているのだが、隣で運転している母さんは上機嫌に鼻歌交じりに運転をしている。

 

「母さんやけに機嫌いいね」

「え~、だって久しぶりに子ども達と旅行ができてるんだよ。機嫌も良くなるよ」

「旅行じゃなくて送迎ね」

「ぶぅ-、いいじゃない旅行で!」

「てか、いつから計画立ててたの?どうせ、僕と風太郎が普通に林間学校に向かってても付いてきてたんでしょ」

「......何のことか分かりません」

「その間が物語ってるよ」

「いいじゃない!もう、本当は内心嬉しいくせに」

「まったく思ってないよ!はぁ...どこの世界に高校生の息子の林間学校に付いてくる親がいるんだって話だよ」

「いるじゃない、目の前に」

 

もう駄目だ、まったく話が通じない。こういう時の計画性については母さんは抜きん出ている。どうせ、近くにキャンピングカーを設置できる場所も調べ済みでしょ。

 

「あれ?もう反論しないんだ」

「無駄だって悟ったの!どうせ、宿舎の近くにキャンピングカーを泊める場所予約済みなんでしょ」

「流石、和義!もうお母さんのこと何でも分かってるんだから」

 

母さんはますます上機嫌になっている。

機嫌がいいといえば後ろのみんなもテンションが高いのか盛りがっているようだ。

特に風太郎は誰もが想像できない程ハイテンションである。

 

「そう言えば、零奈ちゃんえらく中野さん達に懐いてるわね。こういう時、いつもだったら和義にベッタリなのに。そう、私やお父さんではなく和義に...」

 

自分の言葉に落ち込んでいる母さん。こっちもこっちでテンションが高いようだ。

今まで気にしたことがなかったが、確かに不思議ではある。

何しろ零奈は、家族や上杉家以外の人達には自分から話しかけたりしない。だからといって友人が少ないという訳ではない。人を惹きつける何かがあるのか、学校では常に周りに誰かがいるようだ(らいはちゃん談)。

そんな零奈が中野姉妹にはすぐに打ち解けていて、今では笑いながら話もている。

 

「フィーリングが合ったんじゃない。うかうかしてると、母さん達より中野姉妹の方が好きになるかもよ」

「いやぁ-!それだけは...」

 

母さんを揶揄いながら外を見ていると若干だが雲行きが怪しくなってきた。

心配性ではあるかもしれないが、少しでも天気が悪くなると立ち往生になってしまう可能性もある。

そう思い、携帯でこの辺一帯の天気図を調べることにした。

 

「どうしたの?いきなり携帯を見たりして。もしかして、お母さんとの話に飽きてきたの...」

「一々落ち込まない!ちょっとだけ雲行きが怪しいと思ったから、この辺の天気図や雲の動きを見てるだけ」

「雲行きって...普通だと思うけど」

 

母さんの言う通り、他の人が見たら気にしないレベルかもしれない。

けど、念には念を。もし気のせいであれば、それだけでもいい情報である。

ただ、こういう時の勘って結構当たったりするものだ。

 

「母さん次のSAで一旦停めてもらっていい?多分母さんが予約してるであろう場所に遅れる連絡をいれなきゃだから」

「ふ~ん。和義が言うんだったら間違いなさそうね。分かった」

 

という訳で、丁度すぐSAが見えてきたのでそこに入った。

車を停めると同時に母さんんはすぐに電話をかけている。僕達は休憩がてら辺りを散策することにした。

 

「う~ん。やっぱりずっと座ってると体がカチコチになっちゃうね」

「一花、あんたはずっと寝てたじゃない」

「あははは...」

「辺りの山、雪で覆われてる...」

「おぉ-!どこか近くに積もってないかな?」

「やはり、少し肌寒く感じますね」

「おい、和義!らいはに何か買って帰ろうと思うんだが何がいいと思う?」

「いや、どんだけ旅行気分だよ!あんまり大きすぎると林間学校では邪魔になるし、キーホルダーとかでいいんじゃない」

「それもそうだな!ちょっと選んでくる」

「まったく...とりあえず少しの時間だけど、それぞれ自由行動でいいと思うんだけど、どう?」

 

みんな特に反対意見もないようで、それぞれ行きたい場所に向かって行った。

 

「兄さんはどうするのです?」

「う~ん、別に買いたいものも無いしなぁ。零奈は何か欲しいものはないの?」

「私も特には」

「じゃ、みんなの様子を見る感じでぶらぶらしますか」

「はい!」

 

最初に見つけたのは、一花と二乃だ。

天然石で作られたアクセサリー関係のコーナーを2人で見ていた。

 

「何かいいのあった?」

「あ、カズヨシ君」

「う~ん、まぁSAだったらこんなもんかなってとこ。あ、でもこれとか可愛くていいかも」

「本当ですね。これならお揃いとかできるかもです」

「お、レイナちゃんもやるね!あれ、二乃買わないの?」

「今はいいわ。他を見に行きましょ」

 

と言い残し一花と二乃は他の場所に移動をした。

僕は気になったものがあったのでそれを手に取り、会計に向かうのであった。

 

次に見つけたのは、三玖と五月だ。

2人はお土産のお菓子コーナーで色々と物色しているようだ。

 

「どう?気になるものでもあった?」

「カズヨシ...」

「直江君!実は困っているんです。どれも美味しそうで」

「五月はずっとこんな感じ。あまり多く買っても食べきれないと意味ないし」

「そだね。さっき風太郎にも言ったけど、今後の林間学校には邪魔になっちゃうし。三玖は何か見つけたの?」

「うん。この抹茶で作られたチョコクッキーにした」

「へぇ~、そんなのもあるんだ。って五月、決め切らないなら好きなの買いな。母さんにお願いして、車の中に置いとくから。これじゃあ、いつまで経っても出発できないよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

そう返事をした五月はこれでもかって程買い物カゴに入れていき三玖と一緒に会計に向かった。

 

「あんなに買って食べきれるのでしょうか?」

「まぁ、五つ子だし、みんなで食べればいけるんじゃない...」

 

五月の買う量に兄妹で若干引きながらも、そんなに買うのであればここで買うものもないかと思い、別の場所に移動することにした。

 

最後に見かけたのは風太郎と四葉である。

2人はキーホルダーの中からどれにするか迷っているようだ。

 

「風太郎は分かるが、四葉もキーホルダーに興味があったの?」

「いえ、私が欲しいという訳ではなく、らいはちゃんのを一緒に選んでいたんです」

「なるほどね。って風太郎その龍が剣に巻きついてるのはやめとけ!」

「ん?カッコよくないか?」

「カッコいいかもしれないが、らいはちゃんは女の子だろ」

「あはは...先ほどからこんな感じで、中々決まらないのです」

「まったく...零奈はどれがいいと思う?」

「そうですね、これなんかいいんじゃないですか?」

 

零奈が手に取ったのはご当地キャラなのか、果物の着ぐるみ?を着た動物である。

まぁご当地感があっていいんじゃないかと思う。龍よりは特に。

 

「おぉ、レイナちゃんセンスいいですね!上杉さんこれにしましょうよ!」

「ん?女子二人が選んだのであればいいのかもな。よし、これにするかっ」

 

その後、そろそろいい時間なのでキーホルダーを買った風太郎と四葉と一緒にバスコンまで戻ることにした。

バスコンに戻ると他の姉妹も戻っており、母さんも外に出ていた。

 

「よし!みんな揃ったわね。じゃあこれからのことだけど、和義説明よろしく!」

「僕かよ...まぁいいや。本来の予定では、このまま林間学校の宿舎に向かうはずだったんだけど、このまま進むと多分猛吹雪にかち合うような気がするんだよね」

「猛吹雪ですか...」

 

五月が心配そうな声を出しているが、とりあえず先に進める。

 

「そうなってくると、立ち往生になってしまいかねない。ってことで、向かう先は同じだけど、先に別の旅館なりホテルなりを見つけて、そこに泊まってから明日林間学校の宿舎に向かおうと思ってる」

「へぇ~、カズヨシ君って天気予報士みたいなこともできるんだ」

「でも、全然晴れてるように見えるけど...」

「兄さんが言うのですから、そうなんでしょう。前も同じような事がありましたが、その時も兄さんの言う通りにして難を逃れましたので」

 

四葉の疑問に対して、零奈がフォローを入れてくれた。

 

「いいんじゃない。直江の言う通りにしましょ」

「意外だねぇ。真っ先に二乃が賛同するなんて」

「別に、ここで協議してても無意味って思っただけよ。それに、一花あんたも反対してる訳じゃないんでしょ」

「まぁね」

「うん、カズヨシの案で問題ない」

「はい!私も問題ありません!」

「ですね。よろしくお願いします、直江君」

 

という事で、向かう先は同じだが移動しながらも宿泊先を探すことに決定した。

ちなみに、すでに母さんが色々と動いていたようで、先行しているバスの教師に明日の合流になることを連絡済みとのことだ。まったく抜かりない人だ。

僕は宿泊先を助手席で携帯を使って探していたのだが、あることを思い出していた。

 

「そういえば零奈。あれ皆に配ってあげて!」

「はい!」

 

後ろの零奈に向かって声をかけると零奈が応えてくれて、後ろのメンバーにあるものを配ってくれた。

 

「え...」

「これって...」

「可愛い...」

「わぁ~!」

「ブレスレットですか?」

「そうだよ。さっき一花と二乃が見てたんだけど、天然石のブレスレットだって。みんなには色違いのお揃いを買ってみた」

 

一花にはイエロー。二乃にはパープル。三玖にはブルー。四葉にはグリーン。五月にはレッド。風太郎にはブラック。そして、零奈とらいはちゃんにはピンクを用意した。ちなみに僕のはホワイトである。

 

「ま、今日の記念ってことで!」

「やるねぇ~、こんなサプライズを用意するなんて!」

「ありがとう、カズヨシ。大事に使うね」

「俺とらいはの分もあるのか。ありがとな、大事に使わせてもらうぜ。きっとらいはも喜ぶだろう」

「ほら、五月さん。お揃いです!」

「本当ですね!」

「ふん!あんたにしてはやるじゃない!」

 

みんな気に入ってくれたようで、早速手首にそれぞれ付けてくれた。そんな光景を見た後、自分の手首に付けているお揃いのブレスレットを見て、また宿泊先の検索に勤しむのであった。

 

「ねぇねぇ、私のは?」

「え?ないよ」

「ちょっと酷い!さすがに泣けてくるわよ」

「冗談だって。母さんには別にペンダントを買ってあるから、後で渡すよ」

「さっすが和義!もう大好きっ!」

「はいはい」

 

この時の僕は宿泊先の検索と母さんの相手をしていて気づくことが出来なかった。

僕の買ったブレスレットを手首に付け、それを本当に大事そうに握っている娘がいたことを。

 

 




久しぶりの投稿です。
私生活が忙しすぎて書く暇がありませんでした。。。

今後も不定期な投稿になるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします!


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29.温泉騒動

「生き返るな~」

「あぁ、らいはにもこの景色と温泉堪能してほしかったぜ」

 

あの後、何とか宿泊先を見つけることができた。如何せん、9人という人数の泊まれる先を探すのには苦労したものだ。

宿泊先に向かう途中から雪がチラホラ降ってきたのだが、宿泊先に着き部屋に案内されたころには僕の予想通りの猛吹雪にまで発達していた。

その光景を見た時には皆ビックリしていた。

今は吹雪も大分落ち着き、風太郎と共に雪景色が見れる露天風呂にて疲れを癒している。

 

「やべぇ~、こんな風に過ごしてたらもう林間学校なんてどうでも良くなってくるわ」

「だな。さっきの夕飯も上手くて最高だったぜ!」

「まだテンション高いんだね。どしたの?」

「うむ。お泊まりで言えば、お前の家や中野家に泊まったが、こんな遠出は久しぶりだからな。あと、あのバスコンだっけか?あんな乗り物に乗ればテンションが上がるってもんだ!」

「なるほどね~」

 

こうやって今はのんびりできているが、実はちょっと前に一悶着があったのだ。

 

-------------------------------------------------

時は戻り、まだ宿泊先が決まっていない頃。

 

「駄目だ、やっぱこの人数だと中々見つからないな」

「部屋を分けたりでも駄目?」

「むしろそれで探してるんだけどね...3人部屋を3つとか2人部屋を5つとかね。だけど、観光名所だったり他のスキー旅行者だったりで中途半端にしか空いてないみたい」

「そっかぁ~。お、降ってきたみたいね」

 

母さんの言う通り外ではチラホラ雪が降ってきたみたいだ。いよいよ時間がなくなってきている。

焦る気持ちを何とか抑えながら探していると一つの旅館が目に止まった。

その旅館のホームページには料理も美味しそうに映し出されている。だが...

 

「何?見つかったの?」

「いや、見つかったというか、何というか」

 

丁度信号で停まったところで、その部屋を母さんに見せた。

 

「あらいいじゃない。もうここで決まりね」

「いやいや、ちょっとまずくない?」

「もうそんな事言ってる場合?緊急事態なんだからいいでしょ!」

 

そんな母さんの圧しもあり、結局その部屋の予約を取ることにした。ちょっとイレギュラーでもあったが、旅館の人にも普通に対応してもらい、無事予約を取ることができた。

問題点と言えば...

 

「何であんた達と同じ部屋に泊まらなくちゃいけないのよ!」

 

案の定部屋に案内された後に二乃が叫んだ。

そう、僕達が案内された部屋は一つで、普通であれば7人が泊まる部屋なのだ。

とは言え、旅館には珍しくベッドがある部屋と和室とがあり別々に寝れば問題ない。まぁドアとかないんだけどね。

 

「仕方ないでしょ、色々と探したんだけど、中途半端にしか部屋が空いてなかったんだから。この人数で泊まるにはやっぱり事前に探しとかないとね」

「車があるじゃない!キャンピングカーなんだから大丈夫でしょ」

「いくらキャンピングカーでもこんな吹雪の中だと死んじゃうよ。ここ、キャンピングカー専用の駐車場スペースがないから外部電源も持ってこれないし」

「そう言えば外にもう一つ部屋があったじゃない。あっちに男子を泊めれば...」

「犬小屋がね...」

「上杉さんも直江さんも死んじゃうよ!」

 

そんな言い合いをしているところでも風太郎はテンションが上がったままである。

 

「めっちゃいい部屋じゃねぇか!マジかよ、すげぇ~」

 

あちこち見て回っては、歓喜を上げている。

 

「文句言ってないで楽しもうぜ!」

「風太郎の言う通り、楽しもうよ」

「だねぇ、こんな経験他では味わえないんだしさ」

「一花あんたねぇ。はぁ、レイナちゃんと綾さんがいれば何かが起きることもないだろうし、今回は良しとしましょ」

 

ようやく二乃も諦めてくれたようだ。他の姉妹については最初から諦めているようである。

 

「それにしても凄い吹雪...カズヨシの言ってた通りになったね」

「えぇ、驚きです」

 

三玖と五月は部屋の窓から外を見て、感嘆の声を漏らしている。

 

「とりあえずまだ夕飯まで時間もあるけど、どうしよっか?」

「私は運転で疲れたからベッド使わせてもらうわね。零奈ちゃんも一緒に寝る?」

「結構です」

 

零奈に速攻断られた母さんは『ぶぅ~』と言いつつベッドに向かった。あんな態度を取っているが相当疲れたのだろう。今はそっとしておこう。

 

「はいはい!私は旅館の中を探検したいです!」

「さすが四葉。旅館の人には迷惑かけないようにね」

「四葉、俺も行くぜ!」

「おぉ、上杉さんにしてはノリがいいですね。では行きましょう!」

「あ~、あの二人だけだと心配だからお姉さんも一緒に行くね」

「一花さんだけでは大変かもしれません。私も行ってきますね兄さん」

「あぁ、疲れたら部屋に戻ってくるんだよ」

 

そして4人は旅館の探検に行ってしまった。まったく元気なものだ。

 

「私は下のお土産を見に行こうかしら」

「二乃、私も行きます」

「そ。あんたたち二人はどうするの?」

「私は疲れたから休んでる」

「僕もかな」

「分かったわ。じゃ、行ってくるわね」

 

二乃と五月はお土産屋に行ってしまった。五月、追加のお菓子を買ってこないよね...

 

「さてと、お茶でも淹れようか」

「ありがとう...」

 

室内に用意されているお茶とお茶菓子を準備する。まぁ準備と言ってもパックのお茶なのだが。

 

「あれ、パックのお茶なんだよね?何か美味しく感じる」

「それは良かったよ」

「カズヨシが淹れてくれたんだよね。どうやったの?」

「それは企業秘密ってことで」

「むぅ~...」

 

その後も三玖とお茶を飲みながらも、歴史の話に華を咲かせてまったりと過ごしたのだった。

 

夕飯の時間になったので、旅館の人が準備のため部屋にやってきた。

部屋のテーブルに並べられていく料理の数々はとても豪華なものである。

料理の準備が終えた頃になると、全員が戻ってきた。なので、母さんも起こすことにする。

全員揃ったところで夕食の開始だ。

ちなみに席順はというと、僕の右に零奈でその横に五月。さらに僕の左には二乃が座っている。

向かい側には、僕からみて左から風太郎、一花、三玖、四葉の順だ。ちなみに母さんは二乃の斜め前、上座のようなところに座っている。

二乃が僕の横に当たり前のように座ってきたことには中野姉妹がビックリした。

二乃曰く、『料理の感想を聞くにはこいつの近くがいいのよ』とのこと。零奈と五月が仲良く座っているのも相変わらずである。

 

「それにしても凄い料理だな!タッパーに入れて持ち帰りたいぜ!」

「やめてください...」

「本当だよ風太郎。ここまではいかないけど、また夕飯ご馳走するから」

「ふむ、この料理も旨いが、和義の料理も旨いし綺麗だからな!また頼む」

「でも、こんな豪華な料理を食べてたら、明日のカレーが見劣りしそうだよ」

「三玖、あんたの班のカレーは大丈夫なんでしょうね?」

「問題ない。カズヨシもいるから」

「あ、そういえば林間学校のスケジュールよく読んでなかったかも」

 

一花のその言葉に答えるように風太郎がスケジュールをスラスラと話しだした。

 

「2日目の主なイベントは、オリエンテーリング、飯盒炊爨に肝試しだ。3日目は自由参加の登山にスキー、川釣りが開催される。そして夜はキャンプファイヤーだ」

「何でフータロー君そこまで答えられるの?」

「こいつ、しおりの中身を暗記してるんだよ」

「上杉さん流石です!あと、キャンプファイヤーの伝説の詳細が分かったんだけど」

「伝説?」

 

一花は伝説について知らないようで、四葉に聞き返している。

 

「関係ないわよ。どうせこの子達に相手はいないんだから、話したってしょうがないでしょ」

「あはは...」

 

そんな二乃の言葉を聞きながら向かいの一花と目が合った。

ここまでバタバタと来たので忘れていたが、一花に変装していた三玖が前田の前で『この人と踊ることになってるし』と発言したがために一花とダンスを踊ることになっていたんだっけ。

伝説には興味ないけど、みんなの前で一花と踊るとなるとどうしたもんか。噂は速攻で広まるだろう。

チラッと三玖の方を見るが、気にせず夕食を食べ続けていた。

 

「兄さんは誰とも踊らないのですか?」

「あ~......」

「あんた聞いたわよ、何でも女子からの誘いを片っ端から断ってるんだって?」

「(二乃ナイスッ!)まぁね。今はそういうのいいかなって」

「そうなのですか。私はてっきり中野さん達の誰かと踊るのかとばかり思ってました」

「「「「!」」」」

「え---!直江さんは私達の誰かと踊るんですか!?」

「今のところ考えてなかったけど。何?四葉は僕と踊りたいの?それとも風太郎だったりして」

「いやいや、そんな私なんかがお二人とだなんて恐れ多いです!」

「そんな事ないんじゃない。四葉だって結構男子に人気かもしれないし。ほら色んなところで人助けして。しかもいつも笑顔だし。そういうところに惹かれる男子だっているんだよ。ね、風太郎?」

「知らん!」

「はぁ~、風太郎は相変わらずと」

「何よ和義、あなたは四葉ちゃんみたいな娘が好みだったの?」

「「「「「「!」」」」」」

「いや、そういう訳ではないよ。けど、四葉と一緒にいると楽しいし、落ち着くってのはあるかな」

「はうぅ~......」

 

こういう話には慣れていないのか、四葉の顔は茹で蛸みたいに真っ赤だ。てか、痛い!両サイドから足を抓ないで!

 

「に、い、さ、ん?食事中に何をされているのですか?」

「何、人の妹を口説いてんのよ!」

「二人共痛いって!てか、口説いてないし。素直な気持ちを言っただけだし」

四葉みたいな娘がいいのかな?」「四葉みたいな娘がいいのでしょうか?

「ん?三玖と五月はどうしたの?」

「何でもない」「何でもないです!」

「あはは...お?ここ露天風呂があるんだね!結構いい感じじゃん。ん?混浴?」

 

パンフレットを見ていた一花がとんでもないことを口にした。僕がホームページで検索した時には載っていなかったと思うのだが。

 

「はぁ!?部屋だけではなくお風呂まで一緒ってこと!?」

「言語道断です!」

「二乃も五月ちゃんも、何で一緒に入ること前提?」

「二乃、一緒に入りたくないだなんて心外だぜ。俺とお前は経験済みだろ~?」

「え!?風太郎と二乃ってそういう関係だったの!?」

「ち、ちがっ!わざと誤解を招く言い方すんな!」

「ははは、いつものお返しだ!」

「あ、ごめん。混浴じゃなくて温浴でした」

 

一花、それは読み間違わないでほしいかな。確かに似てるけど。

ちなみに、風太郎と二乃が一緒のお風呂を経験済みというのは、中間試験の時に中野家に泊まり込みで勉強会を行った時だそうだ。ただそれは、風太郎がお風呂に入っている途中、外から五月のモノマネをしてクビ宣告のことを聞き出したものであって、実際には一緒に入っておらず、服を着た二乃が『いい事聞いちゃった』と風呂場に乱入したそうだ。

こうして、楽しい?夕食は幕を閉じたのであった。

 

余談ではあるのだが、混浴がないことに母さんがショックを受けていたのはまた別の話である。

 

 




投稿完了です!
少しずつ投稿しているせいか、全然進まない。。。
林間学校もまだ1日目です。
次回くらいで1日目を終わらせれたらなと思っております。

またしばらく間が空くと思いますが、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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30.恋バナ

~露天風呂 女湯~

 

「うーん、絶景ねぇ」

「はい。ライトアップされていて景色が最高です」

「景色もそうなんだけどね」

 

零奈は綾の言っている意味が分からず、綾の見ている方向に目を向けた。そこでは、中野姉妹が仲良く温泉を楽しんでいる光景が広がっていた。

 

「あ~、気持ちぃ~」

「ホントねぇ~、生き返るわ」

「みんなでお風呂に入るなんて何年ぶりでしょうか」

「三玖のおっぱい大きくなったんじゃない?」

「みんな同じだから」

「あの娘達発育良すぎじゃない…」

「はぁ……」

 

綾の発言に対して、零奈はタメ息しか出なかった。

 

「やっぱり若い娘達との温泉は良いわね」

「あはは…綾さんの見た目が若すぎるので反応に困りますね…」

 

一花の発言に中野姉妹は皆、内心で同意していた。

 

「嬉しいこと言ってくれてありがとう!そうだ、せっかく女だけなんだしあれしましょ」

「あれ?」

 

三玖の疑問に対して、綾はニンマリと笑い答えた。

 

「旅行。女子。お話。と言えばあれしかないでしょ。恋バナよ。こ、い、ば、な!」

「恋バナですか…」

 

五月はあまり乗り気ではなかった。というのも、恋についてあまり分かっていないからである。

それは他の姉妹も大体同じで、恋バナに付いていけそうなのは一花と二乃ぐらいかもしれない。

それを悟った二乃が、『この娘達には分かりませんよ』と話そうとした時意外な人物から発言があった。

 

「恋バナ…じゃあカズヨシの好み教えてほしい…」

「「「「え!?」」」」

 

三玖の発言には他の姉妹全員がビックリしていた。

 

「和義の?あら、三玖ちゃんは和義の事気になるの?」

「うん……前にフータローの好みを教えてもらったけど、カズヨシのは聞いてなかったから」

「あぁー、そういえばそんな事もあったね」

「あれは酷かったよー」

 

一花と四葉は懐かしそうに話している。

 

「勉強会で一番騒がしかったときのでしょうか?」

「そうよ。私もちょうど上から降りてきた時に聞いたけど、答えが酷かったわね」

 

その時自室に居た五月は詳しく知らないが、二乃はその時ツッコミをいれていたので良く覚えていた。

 

「何々、風太郎君の好みなんて気になるんだけど!」

「……3位がいつも元気。2位が料理上手」

 

零奈はその時風太郎が発表したことをそのまま教えることにした。

 

「そして1位がお兄ちゃん想い、と言っていました」

「え、それって……らいはちゃんなんじゃ」

 

綾以外の6人は同時に頷くのであった。

 

「あはは、まぁ風太郎君らしいといえばらしいか。ん~、でも和義の好みかぁ...」

 

綾自身も何度か和義に聞いたことはある。だが、いつもはぐらかされるのだ。

まぁ、世の男子高校生なんて皆そんな感じだと思うが、綾にとっては面白くない。

 

「ごめんね、私も分かんないや。零奈ちゃんは知ってる?」

「私も分かりませんね。ただ、先ほどの夕食での兄さんの発言は的を得ていると思います」

「夕食のって、あの四葉を口説いていたやつね」

「~~~~~!」

 

二乃の発言にまた顔を赤くしている四葉。さらに、顔半分が温泉の中に浸かっていて口の周りでブクブク言っている。

 

「兄さんは天然なところがありますからね。素でさらっとそういうことを言ってしまうんです。前も五月さんに対して同じようなことを言ってましたし」

「っ~~~~~!」

 

その事を思い出したのか五月の顔も四葉同様真っ赤になっていた。

そんな五月を姉妹全員が注目している。

 

「おやおや、五月ちゃんも隅に置けませんなぁ~」

「で、カズヨシに何て言われたの?」

「三玖?目が怖いですよ...えっと、『ご飯を美味しそうに食べている五月の顔は好き』と......」

「たらしか、あいつは!」

「まぁ、そこは否定しませんが」

 

二乃の発言に零奈も同意を示した。

 

「ただ、誰に対してもそういうことを言っているようではないので、多少なりとも好感を持っている中野さん達だからこそ、そういった発言をされていると思いますよ」

 

零奈のそんな発言後、姉妹全員何か考えているのか、黙ってしまった。

 

(そういえば、前に笑顔を褒めてくれたっけ。今までの笑顔が演技だってのも指摘されたけど...でも、そんな指摘ができるくらい私のことを見てるってことだよね。まったくフータロー君といい罪な男だよ)

 

(姉妹の話をするときの笑顔が見とれるくらいいいものだってあいつ言ってたわね。不覚にもその時は多少ドキッとしたけど...それに、あいつと勉強するのは別に嫌って思わないっていうか…)

 

(私と歴史の話をしているときのカズヨシは本当に楽しそうだった。というよりも私は楽しい。てことは、私と一緒にいるときも楽しくて落ち着けてるってことかな...ふふ、そうだといいな)

 

(う~~~、こういう話は前からしてみたかったって思ってはいたけど、いざ自分の事となると恥ずかしくてたまらないよう---!直江さんと今まで通り接することはできるかな...)

 

(学生の本分は学業なのですから、こういう事は不純です!でも、直江くんに褒めてもらえたり、頭を撫でてくれるのは嬉しいんだよね。そ、その、好きって言葉も嬉しかったし...えへへ)

 

そんな姿を見ている直江親子はクスッと笑うのであった。

 

「さて、兄さんはどう責任を取るのでしょうか」

「ふふ、さすが私の息子ね!」

 

この時の五つ子の気持ちが恋なのかそうでないのかは、本人にすら分かっていなかった。

 

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温泉から部屋に戻ると女子の方が長いのか誰もいなかった。『鍵は兄さん達が持ってた方がいい』と言う零奈の言葉が正しかったようだ。

風太郎は昨日からの徹夜と今日のハイテンションで限界が来たのか、一足先にベッドで寝ている。

僕も特にすることがないから先に寝てもいいかと思ったが、皆が戻ってくるのを待つことにした。

手持ち無沙汰でもあったので、暇なときに読む用に持ってきていた歴史逸話本を読んで待つことにした。

 

しばらくすると皆戻ってきた。戻ってきたのはいいのだが、何故か皆のぼせたように顔が真っ赤になっていたのだ。

 

「おかえり。ってどうしたの?みんな顔が赤いけど、のぼせちゃった?」

「あはは、話が盛り上がっちゃってね。ちょっとのぼせちゃったかも」

「まったく、水を用意するから少しずつ飲みなよ。あ、ガブ飲みしちゃ駄目だからね!」

 

一花の発言を聞き、全員分の水を用意することにした。一人一人手渡ししていったのだが、何故か皆に目を逸らされた。何かしただろうか。

 

「あ、風太郎は先に寝ちゃったから。僕もみんなが帰ってきたら寝ようと思ってたけど、大丈夫そう?」

「ええ、大分良くなりましたので、私達も寝ようと思います」

「そっか、じゃあ悪いけどベッド使わせてもらうね」

「零奈ちゃんは私と一緒に寝ようね」

「私、中野さん達と寝たいのですが駄目でしょうか?」

 

零奈は母さんの言葉を完全スルーである。母さん固まっちゃってるよ。

 

「別にいいんじゃない。レイナちゃん一人増えたところでそう変わらないでしょ」

「うんうん。お姉さん達は大歓迎だよ!誰の横で寝ようか?」

「はいはい!私立候補します!」

「四葉は駄目。レイナちゃんが潰されちゃう」

 

そんな感じで中野姉妹と零奈は和室に向かっていった。

 

「ほら、僕達も寝るよ母さん」

「ぐすん。和義一緒に...」

「寝ません!」

「そんな~~~!」

 

何とか母さんを宥めて、僕も眠ることにした。

 

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翌朝。

早く目が覚めた僕は、自分用のお茶を用意して一息付いていた。まだ誰も起きていないようだ。

こんな所を零奈に見られたら、また子どもみたいにテンションが上がってるんですかって言われそうだ。

特にすることもないので、また本の続きを読むことにしたのだが、その時和室の方から誰かが来る気配がした。

 

「...おはよう、カズヨシ」

「おはようございます、直江君...」

「ふぁ~、おはよう直江。あんた早いわね」

「おはよう3人とも。てか、あまり眠れてない?」

「久しぶりの四葉の寝相で全然眠れなかったわ」

「当の本人はぐっすりですけどね」

「......」

 

そんなに四葉の寝相は悪いのか、そんな風に思いながら3人のお茶を用意することにした。三玖にいたっては、椅子の上で眠そうにしている。

 

「ほら、目覚めの一杯だよ。旅館だからお茶しかないけど。三玖はまだ眠いなら、僕の寝てたベッドで良ければそこで寝とく?」

「っ!!大丈夫、お茶いただくね」

「ほぁ~、美味しいです。これパックじゃないですよね」

「うん。受付の人がもういたから、お願いして茶葉を分けてもらったんだ」

「そこまでして。まぁ悪くないわね」

「ねぇ、カズヨシに聞きたいことがあるんだけど」

「ん?何?美味しいお茶の淹れ方?」

「それも今度教えて欲しいけど、今は違う。カズヨシは四葉に一緒にいて楽しくて落ち着くって言ったけど、それは私達も一緒?」

「「!!」」

「へ?」

「......」

 

いきなりの質問にビックリした。二乃と五月も一緒のようで驚いていた。

 

「何だそんな事。もちろんだよ!四葉だけじゃない。三玖に二乃、五月に一花、みんなと一緒にいることは楽しくって落ち着くよ。はは、女子と一緒にいてこういう風に思えたのは久しぶりかも。ありがとね」

「そっか、良かった...」

「ふん、別にお礼を言われることでもないわよ!」

「ですね。直江君にそう思っていただけるのであれば何よりです」

 

そんな感じで、みんなが起きてくるまで4人でまったり過ごしたのであった。

 

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~一花&三玖~

 

「う~~~ん。何気に昨日はいい一日だったね」

「うん」

「それにしても、今朝の食事の時もフータロー君がテンション高くてビックリだったね」

 

当の風太郎は他のみんなとお土産を見ている。そこにはもちろん和義もいる。

そんな光景を2人は少し離れた場所から見ているのであった。

 

「三玖、一昨日言っていたキャンプファイヤーのことだけど、本当に私でいいの?」

「うん。その場しのぎで言っちゃったことだから。一花にも迷惑になるかもだけど」

「ははは、いいっていいって。実際にどうなるか分かんないけどね...」

 

そんな会話を続けている時に、三玖の頭には前田の言った一言が響いている。

 

『相手を独り占めしたい!それに尽きる』

 

(そんなことはしない。私達は五等分だから...それに、一花なら心配ない)

 

そんな風に思いながら、三玖はお土産を見ている皆、というよりも和義をじっと見ている。和義自身に気づかれることなく。

 

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旅館から出発後は順調そのもので、昼過ぎには無事クラスのみんなと合流することができた。

どうやら、クラスのみんなも先の猛吹雪に立ち往生してしまい、他の旅館に急遽泊まったそうだ。

色々とあったりはしたが、いよいよ林間学校が本格的にスタートである。

 

 




お久しぶりです。
何とか林間学校1日目が終了しました~。
自分でもこんなに長くなるとは思わずで。。。

今後もどうぞお付き合いいただければ何よりです!


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31.飯盒炊爨と肝試し

「そうそう、ゆっくりでいいから、指に気をつけて切ってね」

 

林間学校2日目のイベントの一つ、飯盒炊爨がスタートした。

僕は三玖と同じ班なので、今は三玖と一緒にカレーの材料の野菜を切っている。

不器用ながらもしっかりと僕の言う通りに作業をしてくれるから安心だ。

 

「直江!飯盒が吹きこぼれてきたが大丈夫か?」

「大丈夫!そのまま強火で置いといて。そのうち吹きこぼれが落ち着いてくれば火を弱めてそのままでいて。また指示するから」

「了解だ!」

「カズヨシ、できた」

「お、上手上手。ゆっくりやればこの位できるんだから、家でも練習しなよ」

「分かった。でも、結局カズヨシの3分の1くらいしかできてない...」

「最初っからこんなに出来る訳ないよ。焦らずゆっくりとね」

「うん...」

「よし!じゃあ、カレー作りを本格的に取り掛かりますか」

 

その後は僕が調理するのを三玖が近くで見ている形で作業が進んだ。

飯盒の方も順調で後は20分程蒸らしておけば完成である。カレーも後は煮込むだけなので、後は任せてその辺をぶらつこうと思った。

 

「三玖。後は焦げないように満遍なく混ぜるだけだから、任せてもいいかな?」

「うん、任せて!」

「一応言っておくけど、隠し味といって変なの入れないでね」

「...分かってる」

 

妙な間が気にはなったが他のクラスメイトもいるから大丈夫だろう。そんな風に思い作業から離れてぶらつくことにした。

 

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~三玖視点~

 

カズヨシから言われた通り、鍋の中身が焦げないように満遍なく混ぜていた。

 

(ここにお味噌とか入れたら美味しくなるんじゃないかな...)

 

そんな邪念を何とか追い出しながら混ぜていると、班のクラスメイトに話しかけられた。

 

「ねぇねぇ直江君の料理凄かったね。自分のことだけじゃなくて、ちゃんと周りの皆の事も見れててビックリだよ」

「だよね!あ~あ、直江君に毎日料理作ってもらいたい!」

「ねぇ~。そういえばさ、三玖ちゃんって直江君と仲いいよね。さっきも2人並んで夫婦みたいだったよ」

「(夫婦…)そんなことない。カズヨシとは私達姉妹皆平等に仲がいい」

「そうなんだ~。私だったら、付き合って周りの皆に私の彼氏ですって自慢したいのになぁ」

 

その時、以前カズヨシが私達姉妹に話をしたことを思い出した。

 

『そういった経緯で今までの僕は、女子に対して「お前らも僕という存在を近くに置いてただ周りに自慢したいだけじゃないか」、って嫌悪感しか持てなかったんだよね。だから告白は全部断ってるし、好きな人もできない』

 

カズヨシの言ってたことは本当だったんだ。

悲しみで心が掻き回せれている思いでいた、そんな時だ。

 

「やっほ~、三玖ちゃん!」

「三玖さん、こんばんは」

 

綾さんとレイナちゃんが何故か飯盒炊爨の現場に来て声をかけてきた。

 

「...綾さん、レイナちゃん」

「えっと、どちら様でしょうか?」

「ん~?和義の母です」

「妹です」

「え?何で林間学校に家族が来てるの?てか、ここまで入ってきていいの?」

「教師の方々には許可を取っておりますので問題ないかと」

 

レイナちゃんの圧が凄いのか、2人はたじろいでいる。恐るべき小学1年生だ。

 

「そうなんですね。えっと、私達はご飯の様子を見てくるね三玖ちゃん」

「そうだね。こっちはよろしく!」

 

そう言って2人は離れていった。

 

「大した事ありませんでしたね」

「零奈ちゃん、穏便に穏便にね」

「私は普通に話しただけですよ。それよりも、三玖さんどうぞ」

「え?」

 

レイナちゃんからハンカチを渡された。

 

「涙拭いてください。カレーは私が混ぜておきますから」

 

そんなレイナちゃんの言葉を聞いて目の辺りを触ると少しだけ濡れていた。いつの間にか泣いていたようで、全然気付かなかった。

 

「ありがとう、レイナちゃん」

「いえ、こちらこそ兄さんのために泣いていただきありがとうございます」

「え…」

「ごめんね、本当はもう少し前から聞いてたの」

「まったく、ああいうのが調子に乗るから誰にでも優しくしないよう兄さんには言っていたのですが」

「まぁまぁ、そこが和義のいいところでしょ」

「そこは否定しませんが…」

「ふふ…」

 

2人の会話を聞いてると、さっきまでのことが何ともないように感じてくる。やっぱり、カズヨシの家族なんだ。

 

「あ、そうだ。三玖ちゃん、和義に私達がここでご飯一緒に食べていいと口添えしてくれない?」

「母さん、諦めてなかったんですか?」

 

手を合わせて私にお願いしてくる綾さんと、その行動に呆れるレイナちゃん。そんな光景を見て私の答えは決まっていた。

 

「もちろんです!私からカズヨシにお願いします…」

 

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色々と見て回っていると中野姉妹を見かけることができた。

皆各々林間学校を楽しんでいるようだ。

 

一花は使わなくなった器具などを自分から片付けていた。そんな彼女の行動を見た男子生徒は、自分の部屋も片付けてほしいと儚い願いを漏らしていた。

風太郎曰く、彼女の部屋は汚部屋と言っていいほど散らかっていて、四葉が定期的に片付けをしているそうだ。まぁ、家での彼女は自堕落なところを垣間見ることができるので、風太郎の言っていることが正しいように思える。

そんな彼女の本性を知ったとき、彼らはどんな反応をするのだろうか...

 

四葉については、何故かずっと薪割りをしていた。体を動かすことが好きな彼女にしてみれば、自分に合っている仕事なのだろうけど。

もうそろそろ薪割らなくていいんじゃない、と声をかけたのだが何故か逃げられてしまった。何かしたっけ僕?

 

二乃の料理はどんな感じか見に行ったのだが、ご飯を焦がしてしまった男子に凄い剣幕で迫っているところだった。

触らぬ神に祟りなし。絶対今話しかけると変に絡まれると思い、急いでその場を後にした。

 

五月は何故か鍋の前で携帯を見ながらじっとしていた。『後30秒...』と呟いていたので、恐らく煮込み時間を見ていたのだろう。

細かなことも気にする彼女の性格が出ており、見ていて面白かったが、見ていたことを知られると後から何か言われそうだったので、その場はすぐに離れることにした。

 

そして僕は今、飯盒の前で風太郎と何故か前田の3人で座っている。

 

「おい直江。一...中野さんとはうまくやれているのか?コラ」

「(一花って本当は呼びたいけど恥ずかしいのと本人の許可がないからとで呼べないのか。可愛い奴)一花には僕から言っとくから、一花って呼んでいいよ」

「本当か!?お前いい奴だな!で、一花さんとはうまくやってるのか?」

「ん?何のことだ?」

「ほら、風太郎には話したでしょ温泉で。その事だよ」

「ああ、あれか...」

「後、前田。風太郎だからいいけど、他の人の前ではこの話禁止ね」

「お、おう...」

「で、一花とだっけ。うまくやれてるんじゃない(勉強とか)」

「いいよな~。俺なんか結局相手が見つからないまま今日を迎えちまった。ちなみに、上杉お前は相手いるのか?」

「ふん、くだらない。興味ないね」

「あはは、風太郎ってこんな奴だから」

「なるほどな。なぁ直江、どうやったら俺みたいな奴でも彼女ができるんだ?」

「えぇ~、ここで恋愛相談?え-と、そうだな...」

 

色々考えてみるが、こういう事を今まで考えたことがないので良い案が浮かばない。そんな考えをしていると四葉が風太郎に声をかけてきた。

 

「上杉さん!肝試しの道具運んじゃいますね」

「四葉...お前は確かキャンプファイヤーの係だろ」

「はい!でも上杉さんお一人だと無理だと思って、クラスの友達にも声をかけました」

「さすが四葉!気が利くね」

「な、直江さん!いらっしゃったんですか!?」

 

何故か四葉に目を逸らされている僕。本当になにかした?

 

「えっと、勉強星人の上杉さんが林間学校にせっかく来てくれたんです。全力でサポートしますよ!」

「ふ、そうか...和義、俺の班の飯盒を見といてくれないか」

「OK」

「あと、前田だっけか。彼女がどうのと言っていたな。肝試しは自由参加だ、クラスの女子でも誘ってみるといい。ただしこっちも本気でいくからビビんじゃねえぞ」

 

不敵な笑みを残した風太郎は四葉と一緒に肝試しの準備に向かったのであった。

その後、風太郎の飯盒を他の班員に任せて、自分の班のところに戻ると、なぜか母さんと零奈がおり、三玖のお願いもあり、自分たちで作ったカレーを一緒に食べることになった。

ちなみに、母さんと零奈は男子に人気が出て、女子達は遠くに行くという奇妙な状態になったのである。

この親子はいったい何をしでかしたのやら。まぁ、三玖が終始楽しそうにしていたので良しとしよう。

 

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~風太郎視点~

 

自由参加の肝試しが開始された。四葉のサポートのおかげで今のところ順調である。

さっき和義と話をしていた前田とかいうやつも、女子を連れて参加をしていたが、見事にビビらせることに成功したのである。

 

「「ぎゃ-----!!」」

 

「くくく...」

「絶好調ですね!ジャケットどうぞ。私嬉しいです。いつも死んだ眼をしていた上杉さんの眼に生気を感じます」

「そうか。蘇ったようで何よりだ」

「もしかして来てくれないと思っちゃったから、本当に来てくれてよかったです...」

「......」

「後悔のない林間学校にしましょうね!ししし」

 

そう言って笑顔を向けてくる四葉。まったく俺の周りに世話焼きが増えていやがる。

だが、こういうのも悪くないと思うのもまた事実だ。

 

「あ!次の人が来ましたよ」

「や、やってやらぁ-!」

「食べちゃうぞ-!」

 

勢いよく脅かしにいったのだが、

 

「フータロー...」

「四葉もいるじゃん」

「一花に三玖!」

「なんだネタを知ってるお前らか、脅かして損したぜ」

「あ、ごめん...」

「わぁ-、ビックリ。予想外だ-」

 

三玖は本当に申し訳なさそうにしているが、一花はわざとらしく驚いた振りをしている。こういうのがノリがいいって言うのか。

 

「お気遣いどうも」

「本当にビックリしたんだよ~」

「嘘つけ」

 

そう言いながらお面を取ったのだが、一瞬一花がビックリしていたように思えた。

 

「え、何?それ染めたの?金髪じゃん」

「(そこに驚いたのか)カツラだ。2人とも、この先看板が出ているから大丈夫だと思うが、崖があって危ない。ルート通り行けよ」

「うん、分かった。ほら、次の人が来るかもだから行くよ一花」

「は~い。四葉とフータロー君は頑張ってね」

 

そんな労いをして、一花と三玖は先に進んでいった。

 

「上杉さん!脅かし方に迷いが感じられます。もっと凝った登場をしましょう!」

 

また無茶振りをしてくる四女だ。だが、ここまでサポートをしてくれたんだ付き合ってやろう。

という事で、木の上から脅かすことになったので、木に上り待機をしていると、次の組みが来ているのがよく見える。

 

「あれは、二乃と五月か。くくく、いつもの恨みここで晴らさせてもらう」

 

丁度近くに2人が差し掛かった時だ。

 

「勉強しろ~~~」

 

そんなセリフと共に木からぶら下がりながら脅かした。

 

「いやぁ-----!!もう嫌ですぅ----ー!」

「あ、ちょっと五月!」

 

めちゃくちゃ怖がった五月は一目散に走っていった。その後を二乃が追う。

 

「本当に苦手だったのか...」

「あちゃ~やりすぎちゃいましたかね...」

 

そういえば、出発する時に和義の家の前でも怖いのが嫌とか言ってたような。少し悪いことをしてしまったか。

そんな考えをしていたのだが、ふと思った。

 

「おい四葉、あいつらどっちに行ったか見てたか?」

「え...」

 

これはマズイ事になったかもしれない。

 

------------------------------------------------

肝試しは盛況のようで、先ほどから悲鳴が良く聞こえる。

 

「凄い悲鳴の数ですね」

「風太郎の奴ここぞとばかりに張り切ってるな...」

「ねぇねぇ、私達も行きましょうよ」

「却下!」「却下です!」

「2人して酷くない!?」

 

そんなやり取りをしていると風太郎から着信があった。

 

「どした?」

『マズイ事になった。二乃と五月が崖の方のルートに行ったかもしれない!』

「はぁ---!?何で?」

『それが、脅かしすぎたのか五月が周りを見ないで一目散に走っていって、その後に二乃も追っていってしまった...』

「はぁ~~~...とりあえず僕もそっちに向かう。風太郎は?」

『わ、悪い。すぐに動けそうにないかもしれん...四葉!これどうやって解くんだ!「え~と、ちょっと待ってください!」』

 

何をしているか知らんが何やら揉めているようだ。

 

「すぐに向かう!」

 

その一言で電話を切ると、母さんと零奈に状況を説明した。

 

「分かったわ。私は出口の方で一応待機してる」

「ありがとう、母さん!零奈は...」

「一緒に行きます!」

「しかし...」

「行きます!」

 

絶対に変えないといった強い信念を零奈から感じる。

 

「分かった。議論している時間も勿体無い。零奈僕の背中に」

「はい!」

 

零奈を背中に乗せた後スタート地点に向かう。

 

「すみません、次僕達のスタートでいいですか?」

「え?いいけど...その格好で行くの?」

「えぇ、訳ありでして」

「ふ~ん、まあいいけど。じゃあスタートで...」

 

最後まで言葉を聞かず、全力ダッシュでスタートした。後ろから『そんなにダッシュしなくても』という声が聞こえたが知ったことではない。

 

「零奈、一花か三玖に連絡してそっちに行っているか聞いてみてくれ!」

「分かりました!」

 

走りながら背中の零奈に指示を出す。零奈も背中で器用に僕の携帯から電話をしている。

 

「三玖さん。すみません、零奈です。いきなりですが、そちらに二乃さんと五月さんが走って来なかったですか?...そうですか、分かりました。ありがとうございます。詳しいことは出口で母さんが待っていますので、そちらで確認してください。では。聞いてた通りです。やはり正規のルートではないようですね」

「くそ、最悪だ!」

 

そんな会話をしていると風太郎達がいるところまで到着した。何故か風太郎は木の上でロープを解こうとしている。

 

「風太郎!」

「な、直江さん!?早かったですね」

「ああ、久しぶりに本気で走ったよ。それよりも、三玖に確認したけどやっぱり崖がある方に行ったっぽい」

「マジか!?くっそ、おいまだ解けないのかよ!」

「すみません、安全第一でしっかり結んだので...」

「悪いけど、先に行くよ!」

「分かった!」

 

その言葉を聞いたあとすぐさまダッシュで先に向かった。

 

「早っ!え、直江さん早すぎません!?しかもレイナちゃんを背中に乗せたままですよ」

「あいつが本気出せば、こんなものだ。って、そんなことより早くしろ!」

「はい~!」

 

2人のそんなやり取りを背に二乃と五月の捜索に向かう。

 

(二乃、五月無事でいてくれ!)

二乃、五月どうか無事で!

 

背中で零奈が何か呟いていたが、今は気にせず先を急いだ。

 

 




林間学校2日目前半です!
ここまでで原作のフラグを色々と折ってきたので、原作とは違う展開にしています。
う~ん、やはりオリジナルを考えるのは難しいですね。


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32.感情

~二乃視点~

 

「五月~、どこいるの~?」

 

五月が怖がり一目散に逃げちゃってそれを追いかけてみたけど、全然合流できない。

というかここはどこだろう。普通に歩いていたらゴールに着くはずなのに、一向にそれらしい場所に出ないなんて。

 

「うそっ、もしかして迷った?何なのよ、せっかくの林間学校だっていうのに。飯盒炊爨では男子が言うこと聞かないし、それでこんな暗い森で独りぼっちって...」

 

ガサガサッ

 

「いやっ...!」

 

草の音にビックリしてすぐに動いたせいか、木の根に引っかかりこけてしまった。

 

「いった-...」

 

立ち上がろうと思うけど、独りという寂しさと恐怖心で動こうにも動けない。

 

(一花...三玖...四葉...五月...)

 

心の中で姉妹の名前を呼ぶ。誰でもいい、誰か側にいてよ!

そんな時ある男の子の顔が頭に浮かんだ。

 

(直江...)

 

最初は私達姉妹の中にどんどん入ってきて気に入らなかった。

けど、料理を通して色々な彼の姿を見て、心を許してきている自分がいる。

花火大会では私達姉妹のために姉妹探しに全力を尽くしてくれたり、中間試験では2教科しか赤点回避できなかったけど、自分の中では一番の点が取れて嬉しかった。

もう最近では彼が一緒にいることが当たり前のようになってきていることに違和感を感じなくなっている。

 

『みんなには色違いのお揃いを買ってみた。ま、今日の記念ってことで!』

 

そんな言葉を思い出しながら、手首に付けているブレスレットに目が行き、そして自分の胸まで手首を持ってきて、大事にするように抱きしめた。

あの時は、『あんたにしてはやるじゃない!』って言っちゃったけど、本当は凄く嬉しかった。

本来であれば、家族や上杉にらいはちゃんだけに買えばいいのに、ちゃんと私達5人にもお揃いで買ってくれたことが本当に嬉しかった。

 

...かず、よし...

 

初めて彼の名前を口から発せられたのには、自分でも少し驚きがあった。

けど、言ってしまえばもう感情が爆発してしまう。

 

早く助けに来なさいよ、和義!

 

そう叫んだ時だ。物語のワンシーンにでもあるような出来事が起きたのは。

 

「二乃!」

「えっ...」

 

今まさに頭に浮かんでいた彼の声が聞こえてそちらを見ると、荒い呼吸を整えながらこちらを見据えている彼がいた。

 

「はぁはぁ...わ、悪い。待たせちゃったかな...はぁはぁ」

「え...う、嘘...」

 

信じられない光景が目の前に広がっていて、ぼ-っとしていたけど、さらに驚くことも起きた。何か小さな物体がこちらに向かって、私の胸に飛び込んできたのだ。

私はそれを抱え込むように少し後ろに倒れそうになったけど、何とか耐えた。

 

「え、レイナちゃん。どうして...」

「本当に、本当に心配したのですよ!心配して、目の前が真っ暗になるかと思いました...っ」

 

あのレイナちゃんが泣いてる。いつも凛としていて、とても年下とは思えない程のレイナちゃんが、私を心配して。

その事がまた嬉しく、彼女を抱きしめながらこう答えた。

 

「ありがとう...」

 

------------------------------------------------

二乃と零奈が落ち着いてきたので五月の捜索を再開する。風太郎には二乃を見つけたことを連絡した。まだ探しに出ていなかったようなので、こっちは大丈夫だから肝試しの脅かし役に集中するよう伝えた。

四葉もホッとしたそうだ。

 

「さてと、五月を探しますか。はい二乃、立てる?」

 

そう言いながら手を差し伸べたら、意外にも素直に手を取ってくれた。自分で手を差し伸べておいてなんだが、かなり驚いた。

 

「ありがと...怖いからこのまま手握ってていい?」

「へ?」

「ほ、ほら!こんな所じゃまた怖い目に遭うかもしれないじゃない!」

 

照れながらそんな事を言ってくる二乃。いつもの調子と違ってどうも慣れない。

でも怖いのは本当かもしれない。こんな所に今まで独りでいたのだから。

それに、自分の弱さを隠すためあえて普段からは強気でいるのかもしれない。

まったく、自分では風太郎のことをしっかりと見ろと言っているのにこの体たらく。僕もまだまだだ。

 

「そうだね。二乃の言う通りだ。じゃあ、零奈の事も握っててあげてくれないか?」

「ええ、もちろんよ!はいレイナちゃん」

「ありがとうございます!」

 

笑顔で二乃の手を握る零奈。やはり、中野姉妹と一緒にいるときは表情豊かになっているように思える。

さっきの泣いてしがみつく姿も僕は今まで見たことがない。

う~ん、やっぱりフィーリングが合うのだろうか。

 

「さ-て、五月はどこに行ったかな。崖の方に行ってなければいいけど」

「崖って、そんなとこがあるの?」

「そうだよ。だから急いでここまで探しに来たんだ。本当は看板が立ってたんだけど、五月が怖がりすぎてそれに気づかず、さらに五月を追いかける二乃も看板に気付かなかったんだろうね」

「な、なるほどね...」

 

そんな話をしながら念のため崖の方に向かう。さっきもとりあえず崖に向かおうとしたら二乃を見つけたんだ。きっと五月も見つかるだろう。

そんな時だ。

 

「あぁあ......」

 

何やら不気味な声が聞こえたような気がした。

 

「何よ今の!?」

 

どうやら二乃にも聞こえていたようで、無意識のうちに僕の手を握りながらも僕の方に寄りかかってきた。

 

「兄さん...」

 

零奈にも聞こえているようで二乃の手をしっかりと握っている。

 

「2人は僕の後ろに。二乃、手は絶対に離さないでね」

「え...う、うん...」

 

そうやって2人を僕の後ろに隠れさせながら声がした方をじっと見ている。

 

「あぁああぁ...」

ガサガサ

 

声は徐々にこちらに近づいてきている。

 

「和義...」

「兄さん...」

「大丈夫!二人共、絶対に僕から離れないでね」

「うん」「はい」

 

2人を宥めながら声の方に注視していると、声の主が姿を現した。現したのだが...

 

「わあぁああぁ~ん...二乃ぉ...どこに行ったんですかぁ~...」

「「五月!」」「五月さん!」

「ふぇぇ...」

 

姿を現したのは、恐怖で泣きじゃくる五月であった。

 

「五月、無事だっ...」

「直江君!」

 

『無事だったんだな』と声をかけようと思ったのだが、言い終わる前に僕に抱きついてきた。余程怖かったのだろう。

 

「直江君!直江君!怖かった...怖かったよぅ~...うわあぁああぁ---ん!」

「あぁ、よしよし。怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」

「うん...うん...」

 

宥めながら頭を撫でてあげるが、一向に顔を僕の胸に埋めたまま離そうとしない。てか、敬語が崩れてるし。まったく、甘えん坊の困った五女だ。

 

「あ~ら五月、見せつけてくれるわね」

「え!?に、二乃!」

 

若干怒気を含ませている二乃の言葉にようやく五月は顔を上げてくれた。あ~あ、服が涙と鼻水で滅茶苦茶だよ。

 

「まったく。五月はお姉ちゃんよりもその男の方が良かったのね」

「いえ!そういう訳ではなく、全然気付かなかったと言いますか...」

「まぁいいわ。無事で良かった」

「はい。二乃も」

 

二乃は五月の事を抱きしめてそう伝えた。こうやって見ると、やっぱりお姉さんなんだなと思う。

そんな光景を隣にいた零奈も満足そうに眺めていた。

 

------------------------------------------------

あの後は無事にゴールに到着した僕達。

先にゴールしていた一花と三玖は、心配していたからかすぐに駆け寄ってきた。

最初は無事に戻ってきた事に安心していたが、その後には別のことで詰め寄られた。

何せ、二乃はゴールまで手を離そうとせず僕の方に寄りかかってくるし、五月は僕の腕を抱いたまま一向に離れようとしないしで、その状態でゴールしたからだ。

2人曰く、『怖かったから』だそうだ。

一花は興味津々のご様子で色々聞いてくるわ、三玖は終始不機嫌そうにしているわでもう大変だった。

今は、やっとその状態から開放されて部屋のベッドで寝転がっている。

 

「あぁ~、今日も一日疲れた~」

「何だよ!あんな美女2人を引き連れてゴールしておいて、この全校男子の敵め!」

「そんなことを言う人達には、もう宿題教えてあげれないかも」

「何言ってんだ、今のは冗談だよ。はははは」

 

調子の良いクラスメイトである。

今日も後は寝るだけだし、お疲れさ...

 

「直江!中野姉妹が呼んでるぞ!」

 

まだ休ませてくれそうにないようだ。

 

「中野姉妹の誰?」

「いや、中野姉妹4人が来てるが」

「ん?」

 

その言葉を聞いて入口の方を見ると確かに一花以外の4人がそこにいた。

とりあえず用件を聞くためにベッドから起き、4人のところに向かう。

 

「どうしたの?勢揃いって訳じゃないけど。あれ一花は?」

「その事でお話がありまして。まず上杉君はこちらにいらっしゃらないですか?」

「風太郎?来てないけど。あれ?でも、たしか四葉の手伝いに行くって言ってたような」

「それなんですけど、上杉さん途中まで私と一緒に丸太を運んでくれていたのですが、途中から見失いまして...」

「それで、一花もまだ戻っていないみたい...」

「まったく、世話の焼ける2人ね!」

「それ二乃が言う?」

「......」

 

僕の反論に二乃はぐうの音も出なかった。

 

「はぁ~、次は風太郎と一花ね...宿舎の中はもう見て回った?」

「いえ、まず直江君のところにいないかと思って来たので、まだ探していません」

「そっか...」

 

そう答えながら思考を巡らせる。2人が一緒に居れば探しやすいのだが、もしバラバラだったら面倒だ。

そんな時だ。ふと四葉が持っているものが気になった。

 

「四葉それ何?」

「これですか?これは丸太が保管されていた倉庫の鍵です!ついさっき、丸太が全部なくなっていたのを確認したので閉めてきたところです」

「そう...」

 

四葉の態度がいつも通りに戻ってくれたことにホッとしながらも考える。

だが、考えても埓が明かない。行動あるのみか。

 

「とりあえず外は僕が見て回る。ちょっとあてっていうか気になる場所もあるし。みんなは宿舎の中をくまなく探してくれ。四葉、念のためその鍵借りてもいいかな?」

「いいですよ!どうぞ!」

「それじゃあ、私達も手分けしましょうか」

「うん」

「あの!私も直江君に付いて行ったら駄目ですか?」

 

それぞれ探しに行こうとしたところ、五月が意見を言ってきた。

 

「いや、外も大分暗いし危ないかもしれないよ」

「それでも、一番広範囲の外の捜索を直江君一人にさせる訳にはいきません。それに、直江君が一緒であれば怖くないです」

「五月あんた...」

「はぁ...何を言っても付いてくるんでしょ。押し問答をしている時間も勿体無いから付いてきていいよ」

「ありがとうございます」

「他の3人は、申し訳ないけど宿舎の中をよろしく」

「分かったわ。五月のこと頼んだわよ」

「あぁ」

 

二乃、三玖、四葉と別れた僕達はとあるところに向かっていた。

 

「あ、あの...何処に向かっているのでしょうか?」

「さっき四葉が言っていた丸太を保管していた倉庫だよ」

「え?でも、四葉が誰もいなかったから鍵を閉めたと言っていましたが」

「正確に言えば、丸太がなくなったから閉めた、だよ」

「ん?同じではないのですか?」

「まぁそうだよね。普通なら鍵を閉めるときに、きちんと中に誰もいないか確認をしてから閉めるものだけど、この寒い中丸太運びで疲れているところ、目の前に丸太がない倉庫がある、こういった状況下では人間って、きちんとした確認ができないことがあるんだよね。ましてや僕達は学生だ」

「な、なるほど。しかし、もしそうなった場合、隠れていた可能性があります。隠れる必要性を感じられません」

「僕もそこが気にはなっていたけど、とりあえず勘を頼りに行こうかなって...」

 

そんな会話をしていると件の倉庫が見えてきた。ここまで坂を登ってきたからか横にいる五月はキツそうである。

 

「やっと倉庫に着いたね。五月大丈夫?」

「はい、何とか。ふぅ~。では開けてみましょうか」

「そうだね。では...」

 

そんな時だ。ガコンっと大きな音が鳴り、扉が少しだけ破られた。

 

「な、何なんですか、いったい!?」

「分からない」

 

その直後、ビービーとけたたましくサイレンが鳴りだした。

 

『衝撃を感知しました。30秒以内にアンロックしてください。解除されない場合直ちに警備員が駆けつけます』

「「!!」」

 

何が何やら。とりあえずこの鍵で扉を開ければいいのだろうかと考えながら開けようとすると、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「うわっ、なんだこれ!」

「スプリンクラー...火を消さなきゃ」

「ひとまずセンサーを何とかしよう」

「何とかって...だから鍵がないと...」

 

ガチャ

 

「何やってんのお二人さん?」

「一花!二人してこんな所で何してたんですか!」

 

扉を開けると、先ほどまで鳴っていたセンサーが止んだのだが、そこにはびしょ濡れになっている風太郎と一花の2人が居た。

 

 




久しぶりの投稿です。
すみません、私生活が忙しく投稿する時間がありませんでした。

なにはともあれ、林間学校2日目これにて終了です。
ちょっと早いかなとも思ったのですが、二乃が和義に対して心を開いた展開です。
吊り橋効果ってやつですね。原作を知っている方でしたらご存知の前田の作戦です。
(原作知らない人がいればネタバレですみません。。。)

では、次回から林間学校3日目開始です。
また、期間が空くと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

お気に入りにしていただけている皆様、この場をお借りしてお礼を申し上げさせていただきます。


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33.平等と公平

-林間学校3日目。

 

明日は一日移動なので、今日が最終日と言っても過言ではないだろう。

昨日の風太郎と一花の一件だが、あの後先生がすぐに来たことで、2人は呼び出しを食らうはめにになり詳しく聞くことが出来なかった。

僕は何か理由があってあの場所に閉じ込められたと信じることはできる。

だが五月は...

 

『すみません。私は先に部屋に戻り休みたいので、3人への説明は直江君に任せてもいいでしょうか?』

 

その言葉を残してさっさと部屋に戻ってしまった。

最近ようやく五月自身でも風太郎のことを認めてきたような気がしてきたからちょっと残念ではある。

まぁ、誰もいないところで2人っきりでいたのだ。そこに僕の考えも相まってしまったのだろう。

 

「あぁ~憂鬱だ」

 

今日の夜にはキャンプファイヤーがあるのだが、そこで一花と踊ることについて結局何も対策も考えていない。どうしたものか。

部屋に閉じこもる訳にもいかず、とりあえず気分転換も兼ねて自由参加の行事に参加しよう。その思いで宿舎の玄関に向かう。

 

「あら、和義じゃない。おはよ」

 

玄関に向かう途中偶然二乃に会った。

そういえば、昨日の肝試しから僕のこと名前で呼ぶようになっていた。まぁ僕は気にしないけど。

 

「おはよう、二乃。その姿、二乃はスキーに参加するんだ」

「そうよ。と言っても、私はスノボだけどね」

 

二乃の今の格好はスキーウェア。さすが二乃、何でも着こなすというか似合っている。

それに、何だか昨日から生き生きしているような...

 

「そう言うあんたは何するの?」

「僕?そうだな...何も考えずのんびり川釣りに勤しむのもいいかも...」

「何?いつもよりも元気ないじゃない。ははぁ~ん、さてはスキー滑れないのね。運動神経抜群って言っても出来ることと出来ない事ってあるわよねぇ」

 

カチン。

言ってくれるじゃないですか二乃さんや。

 

「ふっ、安い挑発だけどここはあえて乗ってあげようじゃないか。僕の滑りを見て後悔しないようにね」

「へぇ~言うじゃない。じゃあ上級者コースであんたの滑り見せてもらいましょうか」

「朝から何してるの二人共...」

 

そんな言い合いをしているところに三玖が声をかけてきた。

 

「おはよう三玖。いや、今から二乃と上級者コースに行く話をしてたところだよ」

「へぇ~、そっかカズヨシは滑れるんだね。いつの間に二乃とそんなに仲良くなったんだろ?う~、何だかモヤモヤする

「(後半よく聞こえなかったけどまぁいっか)まぁ人並みには滑れると思うけどね。ただ、二乃から滑れないんだろっていう安い挑発に乗ってあげることにした訳」

「そっか。私はあまり滑れないから四葉に教えてもらうつもり。フータローも連れてくるって言ってたよ」

「そうなんだ。じゃあ、ある程度滑ったらそっちにも合流しようかな。僕でも教えれることあるかもしれないし」

「本当!?待ってるね」

「あぁ!よし、二乃上級者コース行くよ!」

「はいはい。じゃ三玖、また後でね」

「いってらっしゃい二人共」

 

三玖の見送りを受けてまずはスキーウェアを借りに向かうことにした。

 

------------------------------------------------

「どうよ二乃!ちゃんと滑れたでしょ」

 

上級者コースで二乃と一緒に何度か滑っていた。二乃に合わせて僕もスノボである。

 

「あんた本当に化物なんじゃないの。プロ顔負けの滑りだったわよ...」

「そうかな?そう言う二乃だって相当滑れてるじゃん」

「私はあんたに付いて行くのがやっとだったわよ。はぁ...はぁ...」

 

もう少し滑りたかったけど二乃もお疲れの様子だし。この後は三玖達に合流しますか。

 

「にしても、相変わらずの女子からの熱視線ね。どうよ感想は?」

「う~ん。あんまり嬉しくないかなぁ...」

「ごめん!冗談でも言うことじゃなかったわね」

「良いって。ただ、二乃のことも心配かな」

「は?私?」

「うん。自意識過剰かもしれないけど、僕のせいで二乃の風当たりが悪くなるんじゃないかって少し心配してる」

こんな時まで私の心配って、本当に参っちゃうわね

「ん?何か言った?」

「何でもないわよ!それより、三玖達に合流するんでしょ、行くわよ!」

「ちょ、待ってよ」

 

二乃の後を追う形で僕達は三玖達に合流することにした。

 

------------------------------------------------

「おっ...とと...はは...」

 

ぎこちなく滑っている風太郎発見!

 

「へっぴり腰になってるよ風太郎」

「和義!来てたのか」

「まぁね。さっきまで二乃と上級者コースで滑ってたよ」

「ぷぷっ。上杉、あんたは本当に運動神経悪いわね」

「ほっとけ」

「あ、カズヨシに二乃来てたんだ」

 

風太郎を揶揄っていると三玖が後ろから声をかけてきた。

 

「約束してたからね。じゃあ並走しながら教えようか」

「うん!お願いします...」

「四葉!三玖には僕が教えるから、風太郎のことお願い!」

「わっかりました!」

「二乃はどうする?」

「そうねぇ。ふふっ、上杉のへっぴり腰が面白いからそっちで揶揄ってるわ」

「ほどほどにね」

「分かってるわよ」

 

気分良さげに、二乃は風太郎と四葉の方に向かっていった。

 

「二乃、機嫌がとても良いけど何かあった?」

「いや、これといって何もなかったけど。普通に滑ってただけだし」

「ふ~ん、そっか...」

 

この話は終わりという具合に、三玖は滑りに集中していた。

 

「何だ、普通に滑れてるじゃん三玖」

「そ、そうかな...」

「うん。もうボーゲンは完璧だね。じゃあ、三玖さえ良ければパラレルターンを教えるよ」

「分かった。お願いします」

「兄さん!」

 

三玖に次のステップを教えようとした時後ろから声をかけられた。

 

「零奈と母さんも来てたんだ」

「ここなら気兼ねなく声をかけられるでしょ。それにしても探したわよ」

「あぁ、二乃と上級者コース行ってたから。さすがに零奈を連れては上級者コースは来れないよね」

「なるほど。二乃さんとは仲良くされてるんですね」

 

笑顔の零奈ではあるのだが圧を感じるのは僕だけだろうか。

 

「今は三玖さんにスキーを教えていたのですか?」

「そう。今からパラレルターンを教えてもらうところ」

「あの!三玖さんさえ良ければなのですが、私も参加してもいいでしょうか?」

「うん。全然構わない。いいよね、カズヨシ?」

「ああ!じゃあ2人に教えますか!」

 

急遽、三玖と零奈に対するスキー講座が開始された。母さんはというと、少し離れたところでニコニコしながらこっちを見ている。本人が楽しいのであればいいけども。

そんな感じでしばらく2人に教えていると更なる来客があった。

 

「わ-、ぎこちないな-」

「本当に誰だ!」

 

風太郎に同意である。フードを被ってゴーグルにマスクって顔ほとんど見えないし。

 

「一花だよ」

「!」

 

ゴーグルとマスクを取っている一花を見て、隣にいた零奈はビックリしていた。まぁ体調良くないって言ってたしね。

昨日のスプリンクラーで風邪引いちゃったかな。

風太郎と一花が何か話しているが、そんな時零奈から声をかけられた。

 

「あ、あの兄さん。あれ五月さんです。なぜ五月さんは一花さんの真似など...」

「は?」

 

とりあえず今の会話を他に聞いている人はいないようだ。

え、じゃあさっき零奈がビックリしていたのはこっちか。いや、しかし。

 

「零奈、何で五月だと思うんだ?他の姉妹も一花と思っているようだが...」

「え?しかし、先ほど顔を出したとき明らかに五月さんの顔でしたよ」

「えっと...ごめん見分けつかないや...」

「しっかりしてください、兄さん。後声も違いましたよ」

「マジかぁ...」

 

零奈には悪いが全然顔や声の違いが分からんのだが。今までだって身に付けてる装飾品や髪型で判断してたし、今はウェアの違いで何とか見分けてる状況だ。

というか零奈の言うことが本当であれば、何故変装をしているのかってことだが。

 

「零奈、悪いけどこの事は他の人には言わないでほしいんだけど。五月のことだ、何か考えがあるんだろうし」

「分かりました」

 

どちらにしろ、もう少し様子を見ることにしよう。

 

「一花!上杉さん、全然言ったこと覚えてくれない!」

「それは常日頃からお前に対して俺が思っていることだ」

「激しく同意するわぁ」

「直江さんまで酷いです!」

「はは、じゃあ楽しく覚えようよ。追いかけっこなんてどう?上手な四葉が鬼ね!」

「お、おい!」

「は---い!」

 

何故か急遽決まった追いかけっこ。五月?はさっさと行ってしまった。

 

「五月はどうするの?後、レイナちゃん達も」

「もちろん五月も見つけたら捕まえるよ!」

「私はパスで。さすがに皆の体力にはついていけないよ」

「私も。体力的に難しいかと」

「分かった。じゃあまた後で。皆行くよ!」

 

僕の合図で二乃と三玖もスタートした。一人風太郎だけが出遅れたようだ。

 

「そんじゃ皆さんおっ先に!」

「っ!カズヨシ早い...」

「あいつ本当に化物ね」

 

聞こえませ-ん。

てか、これって滑り終わったら後どうすればいいのだろうか。下まで行ったらスキー関係なくね。

とりあえずどこか隠れてればいいか。そんなことを考えている間に下まで降りきってしまった。

どこか隠れる場所がないか探しているとかまくらを見つけた。いい感じに周りにはスキー板やスノボがありカモフラージュにちょうどいい。

とりあえずかまくらの中で休むことにした。てか、これじゃあ隠れんぼだぞ。

しばらくすると誰かが近づいてきた。

 

「どうしよう...このままだと四葉に見つかってしまう」

 

う~ん、僕には零奈ほど声での判別はできないからな。四葉から逃げてるってことは四葉以外の誰かってことだし、大丈夫だろ。

 

「こっちこっち」

「え?」

 

手だけ出して手招きしたが、入ってきたのは三玖だった。

 

「えっと、お邪魔します...」

「あぁ、まあ僕が作った訳じゃないんだけどね」

「ふ~ん、中って結構暖かいんだ」

「だよね。しっかしこれからどうしたものか。僕なら逃げ切れる自信があるけど、他の姉妹や風太郎には厳しいかな」

「それなら...そうだ、四葉にハンデを付けてもらおうよ」

「ハンデ?」

「うん、何か...荷物を持ってもらって、足の速さを平等に!」

「ふ~ん、まぁ盛り上がっていいかもしれないね」

「うん、じゃあ...」

「でも、あんまり僕は好きじゃないかも」

「え...」

「これは風太郎からの受け売りなんだけどね。少し昔話をしてもいいかな?」

「う、うん...」

「あれはたしか中学2年くらいだったかな...」

 

------------------------------------------------

~中学2年の二学期~

 

「ふふふ、ようやくお前に勝てる見込みが出てきたぞ。和義、今度の期末勝負だ!」

「はいはい、まぁ本当に僕に勝てるのであれば、僕も勉強を教えてきた甲斐があったってものだ」

「ふん、余裕でいられるのも今だけだ!お前も油断するなよ」

「油断なんてしないよ。今まで通り満点を取るつもりだし」

「くっ、その言葉言ってみたいぜ」

 

そんな事を試験前に話していたが、僕は試験の日に休んだ。その日は、零奈が発熱してしまったのだ。

父さんに外せない仕事が入ってしまい、母さんも付き添わなければいけなかったので、僕が看病をすることになったのだ。

 

「ごめんね和義。昨日って期末試験だったよね」

「別にいいさ、ここまでいい成績できたから学校側も考慮してくれるでしょ。それよりも零奈のことが大事だよ」

「に、兄さん...」

 

零奈の頭を撫でてあげると申し訳なさそうにこちらを見ている。まったくこういう時くらい年相応の態度を取ってくれればいいのに。そんな思いで学校に行くと信じられないことを先生から聞かされた。

なんと、風太郎は昨日の試験を未記入で提出したそうだ。

 

「風太郎!お前自分が何したのか分かってんのか?こういうのは平等でなければいけない。今回の事は僕が欠席する事を選んだ。だからお前は普通に試験を受ければ良かったんだ」

「ふん!そんな事でお前に勝っても意味がないからな。お前とは公平に勝負がしたい」

「はぁ、お前って本当に馬鹿だよな」

 

そんな事を言いながらも僕は笑っていた。

結局この時の期末試験は学校側の考えもあり、二人共再試験を受けることになったが、この時より風太郎は試験で満点しか取らなくなった。

 

------------------------------------------------

「あの時もし風太郎が普通に試験を解いていれば、多分そこで初めて風太郎に試験で負けてたんだよね。再試験があったとしても、通常の試験は0点だし」

「そんな事があったんだ...」

「ね?あいつ馬鹿でしょ?」

「うん。でもフータローならやりかねない」

「はは、だよね。まぁ今回のこととは全然違うけどさ、四葉のあの身体能力って今まで四葉が努力して身につけたものだよねきっと」

「そうだと思うけど...」

「こんなお遊びで何言ってんだって思うかもだけど、その四葉の努力を否定したくないんだ。きっと風太郎ならこう言うと思うよ。『全員平等もいいがそこに至るまでを否定してはいけない』って。だからさ、平等じゃなく公平にいこうよ」

「!」

 

何か思うところがあったのか急に三玖はかまくらの中で立ち上がった。まぁそうなると天井に頭をぶつけるはめになるのだが。

 

「痛い...」

「ちょっと、大丈夫?」

「うん.........公平にいこう」

 

三玖は微笑みながらそう呟いていた。

 

「暑くなってきたね。ちょっと外の空気を吸ってくるね。ついでに周りの様子も見てくるよ」

 

そう言って僕はかまくらから外に出た。

 

------------------------------------------------

~三玖視点~

 

平等じゃなく公平にいこう、か。

その言葉が頭の中で何度も繰り返される。

そんな中ある人物に電話をしようと携帯を取り出した。

 

『何?どうしたの?』

「一花、あのね、話したいことがあるんだ」

 

 




いよいよ3日目開始です。
投稿している時に毎回思うのですが、やはり文章構成とか難しいですね。もう僕は滅茶苦茶のように感じます。。。

では、次回で林間学校も終わりを迎えたいと考えております。次回投稿までお待ちいただければ幸いです。


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34.結びの伝説

「う~~~ん。かまくらは暖かいけど如何せん狭いのがネックだね」

 

凝り固まった体をほぐすため、軽くストレッチをしながら辺を見回した。

四葉が来ている気配はない。

ここにずっといるというのも面白みがないし、コースに戻ってみるか。そんな考えをしていると雪を踏み鳴らす音が聞こえてきた。どうやらこちらに近づいてきているようだ。

四葉であれば、最悪僕が囮になれば三玖は気づかれないだろう。

 

「ぜぇ...ぜぇ...」

「何だ風太郎か」

「おう和義。お前もまだ逃げきれていたんだな」

「まぁね。てか、凄い汗だけど大丈夫?」

「あぁ、スキーって結構汗をかくんだな...侮っていたぜ」

 

たしかにスキーは結構な運動量だから汗をかくことはある。しかし、風太郎の汗の量はおかしいように思える。

少し心配になり、風太郎に話しかけようと思ったとき三玖がかまくらから出てきた。

 

「あ、フータロー。まだ捕まってなかったんだ、意外...」

「ふん。俺が本気を出せばこんなものだ!」

「そっか。あ、今一花と電話で話してたんだけど、お願いされちゃって。五月を探してあげて欲しいって...」

 

------------------------------------------------

「おかしい。ここに五月がいないとは」

「失礼...」

「まったくだよ」

 

僕達が今いるところは食堂である。風太郎が心当たりがあると言ったので付いて来てみれば安直であった。

しかし、五月を探してあげて欲しいか。

零奈が言っている事が正しければ、今五月は一花の変装をしている。姉妹の誰もが気づかないのは、おそらくフードにゴーグル、マスクまでしているからかもしれない。

そして、一花はおそらく五月の行動理由を知っている。だからこそ僕達に探して欲しいとお願いをしたんだろう。

そうなると簡単に見つけることは良くないかもしれない。それに、今回は風太郎が見つけることに何か意味があるように思えてくる。

しかし、当の風太郎本人はと言うと...

 

「はぁ...はぁ...はぁ...」

「フータロー大丈夫?少し休んだ方がいいよ」

 

壁にもたれ掛かっていた。

これは体力がなくなったという話ではない。おそらく体調を悪くしている。すぐにでも休ませてやらなければ。

そんな時だ。

 

「三玖と上杉さん、それに直江さん見-っけ!」

 

四葉が三玖に飛びつき、その勢いのまま二人共雪の中にダイブした。

 

「「四葉」」

「へへーん。こんな所で油断してたら駄目ですよ!」

 

そういえば追いかけっこの最中だったっけ、すっかり忘れてた。

 

「一花と二乃も捕まえたし、後は五月を見つけるだけですね」

「まったく、この体力オバケから逃げ切れるとは思えないわよ」

 

そんな言葉を発しながら二乃が近づいてきた。その後ろには一花もいる。

 

「一花。さっき電話で休んでるように言ったのに...」

「ごめ-ん。四葉に捕まっちゃって」

「一花とフータローは宿舎に戻るよ」

「四葉...五月には逃げ切られたのか?」

「いえ。それがまだ一度も見かけていないんです...」

「...事態は思ったより深刻かもしれない」

「どういう事よ。詳しく聞かせなさいよ」

 

風太郎の言葉で全員に緊張が走った。

 

「遭難...?」

「ああ。広いゲレンデとは言え、六人で動き回っているのに誰も見かけないなんてありえないだろ」

「一花。五月はスキーに行くって言ってたんだよね?」

「う、うん」

「あ、こっちのコースはまだ見てないかも!」

 

四葉が地図の一つの場所を指さした。そこは整備がされておらず、危険な場所だから近づかないよう先生に言われている場所だ。

 

「さすがに五月は行ってないんじゃないかな」

「ですよね...」

「私宿舎に戻ってないか見てくる」

「私は先生に言ってくるよ!」

 

三玖と四葉が動き出そうとしている。しかし、

 

「ちょっと待って!もう少し捜してみようよ」

「なんでよ?場合によってはレスキューが必要になるかもしれないのよ。一刻も猶予がないかもしれない」

「えっと、五月ちゃんもあんまり大事にしたくないんじゃないかな-って...」

「大事って!あっきれた。五月の命がかかってんのよ!気楽になんていられないわ」

 

一花の言葉に二乃は凄い剣幕で迫っている。姉妹愛が強い二乃だからこそかな。

二乃に詰め寄られた一花は、さすがに悪いと思ったのかフードを深く被るように左手を頭まで持っていった。

その時に一瞬だが僕が皆にあげたブレスレットが見えた。

あの色って...はぁ、零奈は本当に観察力が凄いよ。

 

「とと...風太郎本当に大丈夫か?」

 

倒れそうな風太郎を支えてやる。さすがに限界のように思える。

 

「フータロー、もう休んだほうがいいよ。聞いてる?フータロー、フータロー...」

「上杉さん...」

「上杉...」

「フータロー君...」

 

皆心配そうに風太郎のことを呼んでいる。そんな時だ。

 

「みんな聞いてくれ。俺に心当たりがある」

「心当たりって...」

「大丈夫だ。恐らく見つかる」

「......信じていいのよね?」

「ああ。一花付いて来てくれ」

「「!」」

 

 

風太郎は一花を連れて心当たりがあるという場所に向かった。

 

「本当に大丈夫なのかな?よりによって体調が悪い二人で行かなくても...ねぇ、何で止めなかったのカズヨシ?」

 

心配そうにこちらを見てくる三玖。たしかに今の風太郎に行かせるのは酷というもの。

でも、風太郎自身が決めたことだ。それに、ここで行かせなかったら駄目なように思えた。

 

(ごめんね風太郎。帰ったら好きな参考書買ってあげるから。五月のこと頼んだよ)

 

「大丈夫だよ三玖。あいつだって男だ。決めるときは決めてくれる」

「?」

 

僕の言っていることが良く分かっていないような顔をしている三玖。まぁそりゃそうだ。

 

「てか、あいつのこと信じてはみたけど、心当たりって本当に大丈夫なんでしょうね?」

「ねぇみんな、僕のあげたブレスレットって今も付けてくれてる?」

 

突然脈絡のない話をしだした僕に三人は驚いた顔をしていた。

 

「いきなりどうしたの?でも、ちゃんと付けてるよ。カズヨシがプレゼントしてくれたものだもん...」

「私もです!もうお気に入りで肌身離さず付けてます!」

「私もよ...てか、今聞くこと?」

 

みんなそれぞれ付けているブレスレットを僕に見せてくれた。本当にいい娘達だ。

 

「ありがとね。皆に気に入って貰えて僕も嬉しいよ。前にも言ったけど、みんなには色違いのブレスレットをあげてるんだ。誰が何色か知ってる?」

「もちろんです!旅館でみんなと見せ合いっこしましたから」

「そっか。ちなみに、さっき一花もブレスレットをしているのが見えたんだ。色は...赤だった」

 

僕の言葉に三人は固まっている。

 

「え、それって...」

「今まで一緒にいた一花は五月だったってこと?」

 

信じられないといった顔で言葉を発する三玖と四葉。

 

「やられたわね。マスクをしてたから判別出来なかったんだわ」

「風太郎は何らかの事で五月が一花に変装しているって気づいたんだろうね。普通、心当たりがある時に付いてくるよう言うのは、体力がある僕か四葉でしょ」

「たしかに!」

「五月もまさかここまで大事になるなんて思わなかったんだろうね。きっと言い出しづらかったんだろうさ」

「はぁ...ってことは、この事は一花も噛んでるんでしょうね」

「だね、だからさっき『五月ちゃんのこと見つけてあげて欲しい』って私に言ってきたんだね」

「私だったらここまでうまくできなかったかなぁ」

 

三人は騙されたことを追求する訳でもなく、呆れていたり見抜けない程の変装に賞賛していたりしている。

本当に仲が良いのだと感じられる。

そこに三玖の携帯に連絡が入った。

 

「もしもし、五月?どうしたのそんなに慌てて...え、フータローが倒れた?リフトで降りてるところ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕はリフト乗り場に向かって走っていた。

 

------------------------------------------------

「よく連れてきてくれたな。部屋を用意しておいたから、ここで休ませるといい」

 

風太郎を肩に担ぎ、案内してくれている先生の後を付いて行くと一つの部屋に案内された。

 

「ここからは私が様子を見る。お前たちはキャンプファイヤーが直に始まるからそちらに向かうといい」

「先生!看病は僕にさせてください!お願いします!」

「和義...」

 

僕は看病をしたい一心で先生の前で頭を下げた。

 

「しかし...」

「それにキャンプファイヤーは火を使います。そちらに先生が居ていただいた方がいいかと思います」

「うぅむ...分かった。何かあればすぐに報告をするんだぞ」

 

そう言って部屋の鍵を渡してくれた先生はそのままキャンプファイヤー会場に向かった。

 

「ありがとうございます!」

「ったく...お前って奴は...」

「ふふっ、嬉しいでしょ」

「ふん...言ってろ...」

「ってことで、僕はここで風太郎の看病をしてるよ。悪いけど僕と風太郎の荷物を持ってきてくれると助かるんだけど」

「あ、あの!私も残ります。こんな事になったのは私のせいでもあるので...」

「五月ちゃん...」

「五月の申し出はありがたいんだけど、しばらくは二人にして欲しいんだ。ごめんね」

「いえ。では直江くんの荷物を持ってまた来ますね」

「では、私が上杉さんの荷物を取りに行きます!」

「ああ、ありがとね。よろしく頼むよ」

 

皆が僕の気持ちを察し部屋から離れていく。それを見計らって風太郎をベッドに寝かせた。

 

コンコン

 

ドアをノックする音で振り返ると、ドアは開けたままで、そこには二乃が佇んでいた。

 

「どうしたの、二乃?」

「あんた、上杉がこうなったこと自分のせいだと思ってんじゃない?」

「ははは、二乃は鋭いところがたまにあるよね...」

「今回のことは誰も悪くない。色々なことが重なって起こったことなんだから、あんま自分を責めるんじゃないわよ」

「ありがとね。やっぱり二乃は優しいよ」

「ばか...」

 

その一言を残して二乃も部屋から離れていった。

ドアを閉め風太郎の寝ているベッドの傍らに座ると、寝ている風太郎から声をかけられた。

 

「よう、もういいのか色男...」

「はは、まさかその言葉を風太郎から聞かされるとはね...すまなかった風太郎、体調が悪いのに気付いてやれなくて」

「ふん、それこそ気にすることじゃない。お互い林間学校でテンションが上がってたんだろうな...」

「お互いまだまだガキだったってことだね...僕が看ている、今はゆっくり休みな」

「ああ...」

 

そう言って、風太郎は目を閉じた。

 

------------------------------------------------

~二乃side~

 

もうすぐキャンプファイヤーが始まる。

二乃の目の前では、生徒たちがダンス相手をどうしようと騒いでいる。

 

「最後のダンスどうする~?」

「俺、今から誘っちゃおっかな!」

「くだらないわ」

「あれ二乃はダンス踊らないの?」

「そうそう、直江君と仲良くスノボをしてたって聞いたよ。二乃のことだからそこでダンスに誘うんだと思ってた」

「あいつとはそんなんじゃないわよ」

 

二乃はそう答えたが実際のところは少し違う。

実際はダンスに誘おうかと思うところもあった。けど、いざ彼の前に行くと中々誘えなかった。

自分の今の気持ちがよく分かっていないところもあるのだが。

それに、一緒にスノボをしていた時に彼が言っていた言葉も気になっていた。

 

『自意識過剰かもしれないけど、僕のせいで二乃の風当たりが悪くなるんじゃないかなって少し心配してる』

 

「はぁ...ちょっとトイレ」

「二乃~、早くしないとキャンプファイヤー始まっちゃうわよ」

 

そんな友人の言葉を背に二乃はキャンプファイヤーの会場から離れるのであった。

 

------------------------------------------------

~一花&三玖side~

 

一花はキャンプファイヤーから少し離れたところで座って皆が楽しんでいるのを眺めていた。

眺めている先では一花の事を、正確に言えば三玖が変装していた一花をダンスに誘っていた前田が女子とダンスを踊っている。そんな光景を少し羨ましそうに一花は眺めていた。

 

ピトッ

 

「わっ!」

「あげる。風邪には水分補給が大事」

「へ~...ホットもあるんだ。抹茶ソーダ...」

 

ピトッ

 

三玖が一花の額に自分の額を当て熱を測る。

 

「うん、治ってる」

「あぁ、やっぱり私がフータロー君に風邪をうつしちゃったんだろうな...」

「今に思えば、フータローは最初からおかしかった」

「えっ」

「あのテンションは、自分の体調が悪い事を隠すためだったのかもしれない。私も自分の事で精一杯だったから...」

「ごめんね」

「?」

「カズヨシ君とのダンス本当は断るべきだったね」

「!」

「もっと早く気づいていれば良かったよね。伝説のこと...三玖の想いにも...」

「......」

 

そんな時三玖は一花をそっと抱きしめた。

 

「えっ」

「ずっと気にしてた。姉妹のみんながカズヨシとどう接しているのか。私だけ特別じゃ駄目、平等でなければって思ってたから」

「そんなこと...」

「でも、もうやめた」

(独り占めはしたい。この感情に嘘はつけない。それに、最近は二乃や五月がどんどんカズヨシとの距離を縮めている。そんなところを見て私もって気持ちがあるのも事実)

 

そんな思いの中ある言葉が三玖の頭の中に響いた。

 

『平等じゃなく公平にいこうよ』

 

その言葉が頭の中で響いた瞬間三玖に笑みが出た。

 

「私はカズヨシが好き。だから好き勝手にするよ。その代わり一花も皆も...お好きにどうぞ!もし一花がカズヨシの事を好きになっても負けないから」

 

その言葉を聞いた一花は満足そうな笑みを見せていた。そして三玖から貰った抹茶ソーダを飲むのだが...

 

「うん、絶妙にまずい...」

「そ、そうかな?」

「うん、でも効力ありそうだよ。ありがとね!」

 

そう言いながら立ち上がり三玖に手を差し伸べた。

 

「じゃあ行こっか。フータロー君のお見舞いに。そろそろカズヨシ君も寂しがってるかもだよ」

「うん!」

 

そのまま二人は手を繋いだまま風太郎と和義がいる部屋に向かうのであった。

 

------------------------------------------------

~四葉&五月side~

 

(私が余計なことを考えずに一花の変装をしなければ...)

 

和義の荷物を持ち、風太郎の荷物を纏めているであろう四葉のところに向かいながらも、五月はずっと自分の事を攻めていた。

今回のことは、風太郎がきちんと自分たちの事を見てくれているか試したかったことから始まったものであった。

その結果、風太郎はちゃんと自分のことを見つけてくれた。スキーで止まらなくなった風太郎のことを『上杉君』とつい呼んでしまったことで判断をしたそうだが、それでも彼はきちんと私たちのことを見てくれていると感じるのに十分であった。

 

『あいつも根は良いやつなんだよ』

 

最初に風太郎と和義に会った時、和義が風太郎のことをそう話していた事を思い出していた。

 

(たしかに言動はデリカシーの欠片もないですが、根はいい人なのかもしれませんね。もっと彼のことを知りたいと思えるようになりました)

 

そんな風に考えていると風太郎の部屋に着いた。だが外に四葉の姿が見当たらない。

まだ準備に時間がかかっているのかと思い、部屋の中を覗き込むとしおりを眺めながら佇む四葉の姿があった。

 

「四葉...?」

「これ上杉さんのしおり...付箋やメモがたくさん。こんなに楽しみにしてくれていたのに...具合の悪い上杉さんを連れ回して台無しにしちゃった...私が余計なことをしちゃったから...」

「!」

 

四葉からしおりを受け取った五月は中身をパラパラと見ながらあることに気付いた。

 

「結局のところ上杉君がどう感じていたのかは分かりません。ただ...無駄ではなかったはずですよ」

 

そしてそのページに貼られているメモを四葉に見せた。そこには、

 

『らいはへの土産話

 ・楽しかった話

  車の中での五つ子ゲーム

  四葉に手伝ってもらった肝試し

  [候補]3日目のスキー(四葉が教えてくれるらしい)

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・』

 

「!これ本当かな...上杉さん林間学校楽しんでくれたのかな...」

「さあ、どうでしょう」

「上杉さんに聞いてみよう!」

「え、今からですか!?」

「もう行ってもいい頃だよ!ほら五月も行くよ!」

「ふふふ、分かりました」

 

勢いよく部屋に向かう四葉に笑みを浮かべながら付いて行く五月であった。

 

------------------------------------------------

「ゴホッゴホッ...」

 

眠りについた風太郎ではあるが、咳がたまに出ている。汗も止まらないようだ。

何度か顔の部分ではあるが拭いてやるがすぐに汗をかいている。冷やしたタオルも何度か変えてやった。

外からはキャンプファイヤーで賑わっている声が聞こえてくる。皆楽しんでいるようだ。

そんな時、携帯に着信があった。どうやらメッセージのようだ。

 

『今からフータロー君のお見舞いに行くね』

『一人で寂しい思いしてると思ったから行ってあげるわよ』

『今からそっち行くね』

『上杉さんの様子が気になるので今から向かいます!』

『今からお邪魔しようと思います』

 

まったく、同時に送ってくるなんてさすが五つ子である。

そんな時、

 

コンコン

 

控えめにドアがノックされた。

ドアを開けてみると、そこには零奈と母さんが居た。

 

「どうしたの、二人共?」

「風太郎さんが倒れたと聞いたのでお見舞いに来ました」

「和義がいないキャンプファイヤーに行っても意味ないしね」

 

いやむしろキャンプファイヤーに参加するつもりだったのかこの母親は...

 

「とても苦しそうですね」

「ああ、熱は下がらないし、咳も酷いんだ」

「う~ん、らいはちゃんから貰っちゃってたかな」

「かもしれない...」

「はぁ~、和義のことだからもう少し早く気づけたはずって思ってたんでしょ、どうせ...」

「......」

「図星のようですね」

「和義だけじゃなくて、私も含めて他の人達だって気付けなかったんだから自分を責めても意味ないでしょ」

「まったくです。そんなにすぐ気づけるのであれば、医者いらずですよ」

「はは、二乃にも同じように言われたよ。まったく僕の周りには良い人ばかりで困ったものだよ」

そうですか...二乃が...

 

何か小さな声で呟いて笑みを浮かべている零奈、このたまに見る笑みはどこか慈しみを感じられる。

今からこんな感じだと、どんな風に成長するのか想像ができない。

 

コンコン

 

「ん?誰か来たみたいだけど...」

「ああ、多分中野姉妹だよ」

 

そう言いながらドアを開けるとやはり中野姉妹五人が外に居た。

 

「いや-、まさか同じ時間に皆揃うなんて驚きだよ」

「本当よ」

「私は二乃が来ているのにビックリした」

「だよね!」

「うるさいわね。そういう気分だったのよ」

「一応病人が寝てるから、皆静かにね」

 

そう注意すると皆申し訳なさそうにしている。そんな中五月が風太郎の寝ているベッドの脇まで進んで話しかけだした。

 

「上杉君。みんなあなたに元気になってもらいたいと思ってます。まだ私には、あなたがどんな人なのか分かりませんが...目が覚めたら...教えてください。あなたのことを」

 

その言葉に姉妹皆笑顔で風太郎の事を見ている。そして誰かが合図をする訳でもなく、全員が同時に五月の傍に集まってきた。

外のキャンプファイヤーは佳境を迎えているのか、より一層盛り上がっている声が聞こえてきている。

そして、

 

『3、2、1...』

 

カウントダウンが始まった。

そう言えば四葉が言っていたな。

 

『結びの伝説。キャンプファイヤーの結びの瞬間、手を結んでいた二人は、生涯を添い遂げる縁で結ばれるという』

 

『0!』

 

その瞬間、外からは歓声が上がっていた。

そして、風太郎の手にはそれぞれの指を中野姉妹五人の手で結ばれている。

親指を一花。人差し指を二乃。中指を三玖。薬指を四葉。小指を五月、といった具合である

 

「あの時もずっと耐えていたんだね。私も周りが見えてなかったよ」

「早くいつもの調子に戻りなさいよ。横に居る男がいつまでも辛気臭くて堪らないのよ」

「私たち五人がついてるよ」

「私のパワーで元気になってください!」

「この三日間の林間学校、あなたは何を感じましたか?」

 

そんな光景を僕達家族は笑顔で見ていた。

 

(風太郎。お前は一人じゃない。これだけの人間がお前のことを心配しているんだ。結びの伝説とまではいかないが、きっとこれからも僕達の縁は切れたりしない。きっと)

 

『お前頭がいいんだってな。だったら俺に勉強を教えてくれ!俺は必要とされる人間になりてぇんだ!』

 

小学生の時、修学旅行の後にいきなりこんな言葉で僕のところに来た男の子。今では逆に人に勉強を教えている。

 

(必要とされる人間か...風太郎、僕にとって君はもう必要としている人間だと思っているよ。きっと彼女達もこれから同じように思うようになるさ)

 

そんな風に昔の風太郎との出会いを懐かしみながら考え事をしていたからか、横の零奈の言葉には気付かなかった。

 

あの子達はしっかりと成長できているのですね。それが見れて本当に良かった...

 

後から聞いたのだが、中野姉妹は母親がまだ生きていた頃に、よく体調を崩した時に母親が手を握ってくれていたそうだ。それから、中野姉妹の間では体調が良くなるおまじないとして、誰かが体調を崩したら手を握って看病をするようになったとか。

その事もあって五人で風太郎の手を握っていたそうだ。

 

こうして、僕達の林間学校は幕を閉じたのであった。

 

 




林間学校編これにて終了です!

少し時間が空いてしまい申し訳ありませんでした。ようやく林間学校を終えることができました。
これで、原作コミックで言えば四巻まで、アニメで言えば一期まで終えることができました。長かった。。。

今後も頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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第5章 期末試験
35.お見舞い


ある一室において、ノートを鉛筆が走る音と林檎を剥く音が響いていた。

 

「風太郎、安静にしなきゃなんだから勉強はほどほどにね」

 

ここは病院の一室。

あれから風太郎は病院に運ばれるほど病状が悪くなったのだ。

 

「林間学校に行っていた分と倒れていた分を取り返さなければならないからな。休んでる場合ではない!それに、ここだと静かで集中できてで、勉強する環境としては最適だ」

 

たしかに風太郎の入院している病室は個室で充実した環境下ではある。

風太郎が何でこんな良い病室に入院出来ているかというと...

 

ガラッ

 

「はぁ...はぁ...」

「「二乃」」

「誰もいないわね...」

 

突然ドアが開けられたと思ったら二乃が入ってきた。

二乃が風太郎のお見舞い?意外だ。

 

「な、なんだ俺の部屋だぞ!」

「いいでしょ。誰がお金払ってると思ってるのよ」

「だからってこれは大袈裟だろ...看護師の間では実は医院長の隠し子じゃないかって噂で持ち切りだ!」

 

そうなのだ。今風太郎が入院している個室は所謂VIP用の個室であって、おそらくお偉いさんとかが入院するような個室だ。そんな所にどこにでもいるような学生が急に入院することになれば、そんな噂が流れるのも無理はないだろう。

 

「仕方ないでしょ。あの子達あんたが死ぬんじゃないかって心配してたんだから。って和義、あんたも居たのね」

「や、二乃!」

「甲斐甲斐しく林檎なんか剥いちゃって、あんたはこいつの彼女かっ!」

「え~、親友のためなら普通でしょ」

「いや、ここまでしてもらっている俺が言うのもなんだが、普通はここまでしないんじゃないか...」

「そうかな?」

「とは言え、二乃。お前がお見舞いに来てくれるなんて思いもしなかったぜ」

「そうだよね。悪いけど僕も思ってなかった」

「ま、まぁね。って、こんな事をしてる場合じゃなかった」

 

そう言うと部屋の奥の方に行きカーテンに隠れながらこちらに向かって一言、

 

「いい?私のことは黙ってなさい!」

 

そしてカーテンの中に隠れてしまった。

 

「?」

「二乃は何がしたいんだろう?」

 

そんな疑問を持っていると新たな来訪者がやって来た。

 

ガラッ

 

「上杉さん!ここに二乃が来ませんでしたか?」

「やっほ-、林間学校ぶりだね」

「体調大丈夫?」

 

一花と三玖と四葉である。

 

「おや、カズヨシ君も居たんだね」

「カズヨシ...お見舞いに行くなら言ってくれれば一緒に来たのに」

「こんにちは!直江さん!」

「あ~、ごめんね三玖。あと四葉ここは病院なんだから静かにね」

「あわわ、すみません。それにしても良かったです!上杉さん、生きてて一安心ですよ」

「お前らまで...ったく、誰が来いって言ったよ...」

 

憎まれ口ではあるが顔は笑っている風太郎。まったく素直になればいいのに。

 

「ん?やはり二乃の匂いがします」

 

そんな言葉と同時に四葉のうさ耳リボンがピンッと立つ。

あれって匂いに反応するのだろうか。

 

「あいつそんなに体臭がきついのか...かわいそうに...」

「いや、香水でしょ。二乃の近くにいると結構いい香りするよ」

「分からん。気にしたこともない」

「さいですか...」

「む、カズヨシはああいう香りが好きなの?」

 

三玖が僕の隣の椅子に座るや否や膨らませた顔をずい-っと近づけてきた。

 

「え、えっと。割と好ましい香りではあるかな...」

「そっか...」

 

僕の答えに納得したのか、していないのか分からないが、三玖は下を向いたまま何やら考え込んでいる。

 

「あはは。そうそう、フータロー君。君ってば体温が真夏の最高気温くらいになってて、一時はどうなるか心配してたんだよ」

「本当だよ。でも回復して良かったよ」

「だよね~。あ、寂しくなったらお姉さんのことも呼んでいいんだよ。お見舞いに来てあげるから」

「サンキュー。でも一人の方が勉強に集中でき...」

 

ゴンッ

 

風太郎が言い終わる前に頭にチョップを叩き込んでやった。

 

「いってぇ...和義、お前俺が病人だってこと知ってるよな?」

「今のはお前が悪い。もうちょっと言葉を選ぶことを学ぼうね」

「あはは...後これ。休んでた分のプリントだよ。渡せて良かったよ」

 

一花が鞄からプリントの束を出し、風太郎に渡しながらそう伝えた。

風太郎のプリントを預かっていたのは一花だったのか。少し気にはなってたんだよね。

 

「ふ~ん...学校には行ってるんだな」

 

プリントを受け取り中身を確認しながら風太郎は一花に向かって伝えた。

 

「......うん」

「ふん、所詮その程度の覚悟か」

「も-、またそうやって意地悪言うんだから」

「?」

 

考えが終わった三玖が二人の会話についていけていない様だ。

まぁ無理もないだろう。僕も風太郎から聞かされていなければ何を言っているのか分からなかっただろう。

 

林間学校2日目。あの日風太郎と一花が倉庫に居たのを見つけたときのことなのだが、林間学校が終わってようやく、あそこで何があったのか聞くことができた。

何故倉庫に閉じ込められたのかと言うと、最後の丸太を風太郎と一花二人で運ぼうとした時にキャンプファイヤーのダンスの話が出た。

その時に一花はどうしようと困っていたのだが、風太郎が『お前らならお似合いだから普通に踊ればいいんじゃないか』と言った瞬間一花が涙を流したそうだ。

風太郎も一花も何故涙が出たのかその時は分からなかったそうだが、そこに丸太運びに他のメンバーが来たため、風太郎は泣いている一花を見せてはいけないと思い隠れていたところを、四葉の手によって鍵を閉められたとのことだ。

まぁ何で泣いたかは何となく想像はできるが、こればっかりは僕から風太郎に言うことではないだろう。

そんな訳で、閉じ込められた二人が話をしているときに、一花から女優業が上手くいってきているから学校を休学。最悪辞めるかもしれないと風太郎は相談されたそうだ。

 

そんな一花は今でも普通に学校に通っている。

学校を辞めたくない理由が出来たのだろう。今、プリントに目を落としている風太郎を優しい顔で見ている一花を見れば、その理由が何なのか分かるものだ。

 

「このうさぎ型の林檎はカズヨシが剥いたの?」

「ああそうだよ。風太郎食欲ないみたいだけど、少しでもお腹に入れたほうがいいと思って」

「だからって、何でうさぎ型にする必要があるんだ!」

「いや~、普段零奈に剥いてあげる時はこうしてるからつい癖で」

レイナちゃん羨ましい...

「ん?何、三玖も欲しかった?なら、はいあ~ん...」

「ふぇ!?」

 

ちょうど手元に剥いたばかりの林檎があったのでそれを三玖に食べさせようと差し出したのだが、当の三玖は何故か固まっている。

 

「あれ、いらなかった?」

「ん-ん。あ、あ~ん...あむっ」

「どう?旨いでしょ」

「う、うん...」

「あ、一花も食べていいよ」

「あはは、私は違う意味でお腹いっぱいかな...」

 

一花の言っている意味がよく分からないが、そんな会話をしていると遂に四葉が二乃を見つけたようだ。

 

「あ!二乃いた!」

「あんたは犬か!」

「ほら行くよ」

「ま、待ちなさい!」

 

二乃は四葉に何処かに連行されてしまった。

 

「それじゃあ私たちも...」

「フータロー早く元気になるといいね。えっと...カズヨシもバイバイ...」

 

中野姉妹が去った後は、嵐が去った後のような静けさである。

 

「まったく、相変わらず騒がしい奴らだ」

「ふふ、嬉しかったくせに」

「うるせぇ...」

「さてと、風太郎はもうすぐ検診だよね。じゃあ僕も帰るよ。あ、家庭教師はとりあえず風太郎が復帰まではなしにしてるよ。再開した時の彼女達の学力がどこまで落ちてるか怖いところではあるけど...」

「まぁな。和義、頼りにしている」

「任せなさい!」

 

そう答えて、僕は病院を後にした。

家への帰り道ふと考えた。風太郎と一緒に写っていた写真の女の子は一花なのだろうか、と。

でもどこか引っかかるところもある。この件については、分かるまでまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 




すみません、私生活が忙しすぎて投稿に時間がかかってしまいました。
少し短いですが、今回はキリがいいのでここまでにします。

この後の展開なのですが、どうしようかと結構迷っているところもありますが、頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします!


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36.五つ子ゲーム

次の日。

無事に風太郎が退院したとのことで家庭教師を再開することになった。退院したその日から再開しなくてもいいと思うのだが。

 

そんな訳で風太郎が先に行っているであろう中野家に向かった。

向かったのだが...

 

「君たちは何をしているのかな?」

 

そこには全員同じポニーテール姿の中野姉妹がいた。まぁ髪の長さが違うんだけども。

 

「よう、来たか和義。どうだ、お前にこいつらを見分けられるか?」

「は?何でそんな事しなきゃならないの?」

「うむ、つい先ほどの出来事なのだが...」

 

------------------------------------------------

~30分くらい前・風太郎視点~

 

「ふふふ、オートロックも使いこなしてきたぜ」

 

ようやく退院することができたので、その足で中野家に向かうことした。

 

「お邪魔しま...またかよ...」

 

意気揚々と中野家の玄関を潜り、リビングに向かうとバスタオル姿の姉妹の誰かがいた。

 

変態!

「ピンポン押しただろ!」

 

バスタオル姿の誰かは何かを俺に向かって投げてきた。

どうやら紙袋のようで、中からあるものが出てきた。

 

「こ、これは...」

 

それは全教科0点の回答用紙であった。

 

「さっきのバスタオル姿のやつは誰だ?」

 

俺には顔だけで判断はできない。この間の林間学校では、五月が俺のことを咄嗟に『上杉君』と呼んだことで判断ができたが、顔だけではまったく分からん。

そんな時あることをを思いついた。

 

「急にどうしたのですか?」

「同じ髪型にしろって、今日は家庭教師の日じゃなかったの?」

「なんだ二乃らしくもなく随分前のめりじゃないか」

「それは三玖。二乃は私よ」

 

くそっ、全然分からん。ええい、こうなったらイチかバチかだ。

 

「五月!三玖!四葉!二乃!一花!」

 

右から順番にそう呼んだのだが。

 

「二乃!三玖!五月!四葉!一花よ!髪を見れば分かるでしょ!」

 

左からそう言われた。まさか全部違うとはな...

 

「......と、このようになんのヒントもなければ誰が誰かも分からない。最近のアイドルのようにな!」

「それはフータロー君が無関心なだけでしょ」

 

そんな時だ。

 

ピンポ-ン

 

「カズヨシが来たみたい」

「ねぇ、ちょっと試したいことがあるんだけど、みんないい?」

「どうしたのですか二乃?」

「さっき上杉は私達のことを見分けれなかったけど、和義はどうだろうと思って」

「ふ~ん、それは興味あるねぇ。にしても二乃ってばいつの間にかカズヨシ君の事を名前で呼ぶようになったんだろ」

「べ…別にいいでしょ...」

「う~ん、私では直江さんを騙す自信ないなぁ」

「私もです...」

「別にいいのよ。この位で見分けれないようならそれまでよ。そうね、これは五つ子ゲーム初心者編ってとこかしら」

「おぉ、カズヨシ君への挑戦だ!」

「初心者編で全敗の俺はいったい...」

「気にしない方がいいよ、フータロー...」

 

三玖、その慰めがまた心に来るものがあるがありがとよ。

 

------------------------------------------------

「なるほど、それで今の状況になっていると...」

「あぁ、どうだお前に見分けられるか?」

 

ニヤリと笑う風太郎。自分と同じ道を歩むことになると思ってるんだろうけど...

横に並んでいる五つ子に目をやる。

 

「「「「「...」」」」」

 

ふ~む、みんな喋らずか。余計なことを喋って正体がバレないようにしてるのかな。それにブレスレットも外す徹底ぶり。

でも...

 

「それじゃあ、僕から見て右から一花に四葉かな」

「あはは、いきなり当てられちゃったか...」

「う~...」

「まぁ一花についてはみんなより極端に髪が短いし、四葉に至っては服に自分の名前を携えてるしね」

「あはは、やっぱり直江さんには気づかれましたか」

「むしろ、それに気づかない風太郎もどうかと思うよ」

「くっ...」

「それで次に一番左が二乃かな。ポニーテールの長さが一番長い、つまり一番長髪な二乃ってことで」

「あら、分かってるじゃない。ま、あんたには簡単過ぎたでしょうね」

 

満足気な二乃である。マジで当てられて良かった。ここで外したら何言われるか分かったもんじゃないからね。

残るは三玖と五月かぁ。

 

「後は左から三玖に五月。どう?」

「うん、正解...」

「さすがの一言ですね」

「ふぅ...」

「私と五月はどこで判断したの?」

「ん?あ-、三玖は普段から前髪が長いでしょ。今回は髪型はそのままで、後ろ髪を結んだだけだから助かったかな。んで、五月はくせっ毛なのかな。髪型に詳しくなくて申し訳ないけど、左右の触覚のような髪は特徴的だよね」

「なるほど」

 

五月は納得しているようだ。とりあえず全員正解できて良かったかな。

 

「それにしても、流石だねカズヨシ君。ちゃんと私達の特徴を見れてるなんて」

「だよね!ところで、上杉さんはどうして今回のような事をしたんですか?」

「そうだった。事の発端はこれだ!」

 

風太郎は勢いよく紙の束をテーブルの上に叩きつけた。

 

「え、これって...」

「全教科0点...」

「ご丁寧に名前の部分を破り捨てている」

 

四葉の言ったとおり、全教科分のテストがあり、全て0点の答案用紙である。マジか!

 

「これをさっき俺に向かって投げつけたやつがこの中にいる。バスタオル姿で頭にもタオルを巻いていたから区別がつかなかったがな。まぁいい、四葉白状しろ」

「当然のように疑われている!?」

 

風太郎は四葉の肩に手を置いて白状するよう促している。まぁ一番成績が悪いからね彼女は。

 

「なるほどね。それでさっきは全員に同じ髪型にするよう言ったのか」

「あぁ。しかし改まって思うが、お前たちは何で顔だけで判別ができるんだ?」

「そこは同意。僕はまだ髪型くらいしか判断できないからね」

「は?」

「何でって...」

「こんな薄い顔、三玖しかいないわ」

「こんなうるさい顔、二乃しかいない。薄いって何?」

「うるさいこそ何よ!」

 

何となく二人の言わんとしていることが分かるような、分からないような。まぁ今後の参考にしよう。

 

「上杉さん、直江さん。良い事を教えてあげます。私達の見分け方は昔お母さんが言ってました。愛さえあれば自然と分かるって」

「愛ねぇ...」

「......道理で分からない訳だ」

「もう戻してもいいかな?何で今日はそんなに真剣になってるんだろ」

 

一花の一言で全員が髪を元の状態に戻そうとしている。そんな時だ。

 

「ん?この匂いは...シャンプーの匂いか...」

 

クンクンと匂いを嗅いでいる風太郎。

 

「えっえっ」

「なんかキモ...」

 

風太郎の行動に困惑している三玖と違い、ハッキリと言う二乃。僕も二乃に同意である。

 

「これだ!お前たちに頼みがある!俺を変態と罵ってくれ!」

「「「「「「...」」」」」」

 

風太郎の発言に姉妹全員引いている。斯く言う僕も今の発言には引いた。

 

「あんた...手の施しようのない変態だわ」

「違う。そういう心にくるような言い方ではなくてだな」

 

二乃の迫真の演技にたじろいでいる風太郎。まぁ二乃の場合、本当に思ってるんだろうけどね。

 

「ほくろで見分けることもできるけど...」

「お手軽!どこにあるんだ?見せてくれ!」

 

三玖の発言に風太郎は三玖に迫っている。

 

「はいはい。そんな訳にはいかないでしょ。風太郎、落ち着いて」

 

とりあえず三玖と風太郎の間に入り、風太郎を抑えた。

 

「...カズヨシになら見せても良いよ」

「見せんでいい!」「ダメです!」

 

僕の言葉と五月の言葉がハモった。

 

「フータロー君。もしかしたら、犯人はこの中にいないのかもしれないよ」

「どういう事だ?」

「落ち着いて聞いてね。私達には隠された六人目の姉妹、六海がいるんだよ!」

「なんだって-!?六海は今どこに...」

「ふふふ、あの子がいるのはこの家の誰も知らない部屋...」

「勝手にやってろ」

 

一花のアホな発言に本気で驚いている四葉。本当にいい娘だ。

 

「ややこしい顔しやがって!もう分からん!」

 

バンッ

 

その発言と同時にまた別の紙束をテーブルに叩きつける風太郎。

 

「最終手段だ。今から全員にこのテストをしてもらう。これは、その0点の問題を取りまとめたものだ。これが解けないやつが犯人だ」

 

風太郎の発言のもと、急遽テストが開始された。

 

「なんでこんな事になるのよ...」

「う~ん...」

「納得いきません!」

「今日のフータロー、ちょっと強引...」

 

全員納得はいかないまでもしっかりテストを受けている。

風太郎は皆を監視しているが、その横で僕は先ほどの0点の答案用紙を見ていた。

それにしても、一貫性がない答案用紙である。四葉みたいな送り仮名の間違いがあるが、四葉よりも漢字が書けている部分がある。かと言って一番漢字が書けるであろう三玖よりも字がうまくないように思える。

後、二乃はいつもファイリングをしているから二乃の用紙は割といつも綺麗だが、この答案用紙には綺麗なものと四つ折りしているものもある。これは一花っぽいかな。五月はしっかりと消しゴムを使ってるけど、答案用紙の中にはそのまま黒く塗りつぶしているところもある。

 

「これって、もしかして...」

 

ある仮説を思いついたところに最初にテストが終わった者が名乗り出た。

 

「は-い、一番乗り」

 

一花である。

 

「ふむ...」

 

一花の答案用紙を風太郎は採点をしているが、不意にその用紙を一花の頭に乗せた。

 

「お前が犯人か」

「あれっ。なんで、筆跡だって変えたのに...」

「ここ。bが筆記体になっている。筆記体で書くやつが一人だけいたのは覚えていた。俺はお前たちの顔を見分けられるほど知らないが、お前たちの文字は嫌というほど見てきたからな」

「や...やられた-」

 

風太郎の言葉にショックだったのか、一花は膝をついて悔しがっている。

 

「フハハハハハ!」

 

逆に風太郎はしてやったりといった態度である。

 

「あの-、一応私たちも終わりましたが...」

「ご苦労。とりあえず採点を...」

 

残りの四人から回答用紙を預かり、採点を始める風太郎であるが、固まってしまった。

 

「どしたの風太郎?」

「五月の『そ』、犯人と同じ書き方だ」

「ふんふん」

「良く見たら、二乃の門構え...」

「おぉ、これも一緒だね」

「三玖の4」

「これもこっちにあるのと筆跡が同じだね」

「四葉の送り仮名...」

「あ~、こんな間違いしてるの四葉だけだね」

「みんな犯人と同じ...お前ら~、一人ずつ0点の犯人じゃねぇか!

「やっぱね...」

 

風太郎の怒りに全員申し訳なさそうな顔をしている。

 

「何してんのよ一花!こいつらが来る前に隠す段取りだったでしょ」

「ごめ-ん」

「俺が入院した途端これか...やっぱりお前ら...」

 

気を落としている風太郎に何やら五月が話しかけている。

しかし、風太郎が入院している間は僕が面倒を見てれば良かったかな。反省点である。

 

「まさか、二乃と三玖も0点を取ってたなんてね」

「悪かったわよ...」

「ごめんねカズヨシ...」

「まぁいいさ。期末試験に向けてビシバシ教えるから、覚悟しといてね」

「「うへぇ~」」

 

そんな時だ。風太郎がいきなり姉妹全員に向かって言葉を発した。

 

「この中で昔俺に会ったことがあるよって人-?」

「「「「!」」」」

「へ?」

「何よ急に」

「どうしたの?」

 

風太郎のいきなりの発言に僕は驚いた。もちろん誰も名乗り出ていない。

 

「ま、そりゃそうだわ。お前らみたいな馬鹿があの子のはずね-わ」

「馬鹿とは何ですか!」

「間違ってねえだろ。まったく、よくもまぁ0点なんて取ってくれたな。今日はみっちり復習だ、五月」

「あ、馬鹿...」

「?」

 

風太郎が肩に手を置いたのだが、それは五月ではない。三玖だ。何でそこで間違えるかねぇ。

 

「もしかしてわざと間違えてる?」

 

当の三玖はご立腹のようで、顔を膨らませて風太郎を睨んでいる。

 

「もうフータローのことなんて知らない」

「す、すまん!」

「あははは、まずは上杉さんが私達のことを勉強しないといけませんね」

 

皆呆れた様に風太郎を見ている。

それにしても、いきなりあんな事を聞いてくるなんて。もしかして、この中に写真の子がいるのではと思ってるのだろうか。

たしか五月と何か話した後に聞いてきたから、五月も何か知ってるのだろうか。

今度それとなく聞いてみよう。

それよりも今は期末試験である。また大変だろうけど頑張りますか。そう一人心の中で決意するのであった。

 

 




時間が空いたので連日で投稿です。

次の投稿はまた少し先になるかもしれません。
原作コミックの通りに進みますので、次はあの回となります。
さて、どんなお話にしようか考え中です!


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37.お誘い

「兄さん、今日は早く休んでくださいね。明日寝坊したら承知しませんから」

「分かってるって」

 

言葉ではキツイ言い方ではあるが、零奈自身はご機嫌のようで、珍しく鼻歌を歌いながらお風呂に向かっていった。

明日は祝日ということもあり、兄妹で出かけることにしたのだ。本当は上杉兄妹も誘うかと思ったのだが、風太郎は『勉強をするからまた今度な』と、らいはちゃんは『すみません。もう約束があるので』と断られてしまった。まぁ久しぶりに兄妹水入らずでいいかもしれない。

ちなみに母さんは久しぶりの日本という事で、自分の友人達と出かけたり旅行に行ったりしている。まったく行動力が凄まじい我が母である。

行き先は僕の好きなところでいいとのことなので、近場のお城巡りに行くことにした。

零奈自身はそこまで興味がないようだが、『兄さんと一緒であれば問題ありません』とのことだ。出来た妹でお兄ちゃん嬉しいよ。

 

「あっ...そういえば明日はするのかな?」

 

毎週末恒例になっている二乃との料理研究とフランス語勉強。これって祝日もするのだろうか。

確認も含めて先に断っておこう。そう思い、皿洗いを止めて二乃に電話をかけた。

 

『どうしたの?』

「夜分に悪い。明日ってうちに来たりする?」

『ああ、そういえば祝日で家庭教師もない日ね。確認の電話ってことは何か予定でもあんの?』

「察しの通り、明日は零奈と出かけるんだよ。多分一日留守にしているから、もし来る予定があれば入れ違いになると思って」

『そう。分かったわ、私も明日はのんびりさせてもらうわよ』

「そっか。とりあえず用事はそれだけ、夜分に悪かったね。おやすみ」

『ええ。連絡ありがとう。おやすみなさい』

 

二乃との電話を終えてじっと携帯を見ていた。

最近の二乃は素直と言うか、ツンとしているところが見れないように思える。いや、風太郎に対しては相変わずの様なんだが。それでも柔らかくなってきているようになっていると実感ができる。

いい傾向なのだろうが、何かあるのではと若干の恐怖もあったりで...

 

「って、こんな考えは二乃に悪いか。きっと二乃なりに何か心の変化があったんだろう。根は優しい娘なんだ。うんうん、いい事だ」

 

あらかた終わらせてソファーでのんびりしていると零奈がお風呂から上がってきた。

 

「お先にいただきました」

「そんじゃ、僕も入ろうかな」

 

ソファーから立ち上がりお風呂に向かおうとしたその時、一本のメッセージが届いた。

 

「おや?」

 

------------------------------------------------

~三玖視点~

 

『明日休日だけど一緒に出かけない?』

 

自分で携帯に打ったメッセージをじっと見ていた。

 

「よし、デートっぽい。二人っきりでデート...だって明日は勤労感謝の日だもん」

 

そう自分に言いきかせて。送信のボタンをタップした。

 

「~~~~~~~っ」

 

メッセージを送った後、あまりの恥ずかしさでベッドの上で寝っころがり、バタバタと足を上下していた。

 

「カズヨシ何て返事してくるかな...もしかしたら断られちゃうかも...」

 

今までカズヨシは女子と付き合ったことがないと聞いている。むしろ告白は全部断っているとも。

でも、それは一度も話したことがない人が多いって言うし。

学校の中ではカズヨシと結構一緒にいることが多いし、歴史の話とかたまにやってたりで、その延長線でもしかしたらOKが貰えるかも。

そんな感情がぐるぐるしている中カズヨシから電話がかかってきた。

 

「え、えっと...もしもし」

『三玖?悪い、今電話大丈夫だった?』

「う、うん。問題ないよ...」

『そっか。さっきのメッセージの件なんだけど、明日は零奈と出かける予定があってさぁ』

「!そっか...(う~レイナちゃんに先を越されちゃったか)」

『で、三玖さえ良ければ三人で出かけない?』

「っ!う、うん。いいよ」

『本当?良かった~。実は出かける先は近場のお城巡りを考えてたからさ、三玖となら一緒に行くともっと楽しくなるんじゃないかなって』

「そうなんだ。うん、私もカズヨシと一緒だと楽しくなるって思えるよ」

『そっか。ありがとね。ただ、もう一つ三玖にお願いがあって...』

「何?」

『零奈に三玖の歴史好きの事話してもいいかな?多分現地に着いたら二人共興奮してしまって結局バレてしまうと思うんだよね』

「あ...」

 

そうだよね。

実際に現地に行ったら隠せるとは思えない。むしろ一緒に来る事が分かった時点でバレてしまうかもしれない。

どうしよう...カズヨシとお出かけはしたい。しかも、行き先がお互い好きなところ。

でも、歴史好きがバレてレイナちゃんの態度が変わっちゃうかも...

そんな風に考えていると、カズヨシから一言言われた。

 

『大丈夫だよ』

「えっ...」

『零奈は、三玖が歴史好きだって知ったところで今まで通り接してくるよ。これには絶対な自信がある』

「そうかな...」

『あぁ、僕と零奈のことを信じてくれ』

 

『信じる』。カズヨシのこの言葉が私の胸に刺さった。

 

「分かった。良いよ、レイナちゃんに話しても...」

『本当!?ちょっと待っててね、今から零奈に確認取ってくるから...』

 

その後ミュート状態になったのか向こうからの音が消えた。音が消える前のカズヨシの声は嬉しそうで、その事が少し面白くて笑ってしまった。

それでも、やっぱりどんな返事が来るのかドキドキで苦しくなってくる。

そんな時だ。

 

『もしもし、三玖?』

「う、うん...」

『零奈からOK貰えたよ。後、零奈やっぱり全然気にしてなかった。むしろ、兄さんと同じ趣味を持っている人がいて良かったです、だってさ』

「そっか...」

『てな訳で、明日は9時に駅前でもいいかな?』

「分かった!明日楽しみにしてるね、誘ってくれてありがとう」

『いいって。むしろ先に誘ってきたのは三玖の方でしょ。ありがとね。それじゃ、おやすみ』

「うん、おやすみ」

 

そこで電話が切れた。

 

「~~~~~~~っ」

 

メッセージを送った時よりも興奮している自分がいる。あまりにもバタバタしていたからか、『三玖うるさいわよ!』って二乃に怒られてしまった。

でも仕方がない。レイナちゃんと一緒とは言えカズヨシと、しかもお互いに好きなところにお出かけができるのだ。こんな嬉しいことなのに抑えることなんてできない。

 

「そうだ、明日の服どうしよう...」

 

そう思いクローゼットを開けると一つの服が目に入った。

 

「これ...」

 

それは、この間一花と買い物に行った時に一花が選んでくれた服だ。着る機会はないだろうと思ってたけど、こんなに早く機会が来るなんて。

 

「一花ありがとう...あっ、そういえば」

 

服を買ったときにもう一つ一花と選んだものがある。それは机の上に、カズヨシに買ってもらったブレスレットと並べて置いてあるものである。

 

------------------------------------------------

三玖との電話が終わったところに零奈から声をかけられた。

 

「それで三玖さんは来られるのですか?」

「あぁ、ありがとね零奈。一緒に来るのを承諾してもらって」

「構いません。趣味が合う方と一緒に行った方が良いでしょう。それに兄さんの事です。この埋め合わせはいずれしてくれると信じておりますので」

 

ニコッと笑っている零奈である。これは何かしないと何言われるか分かったものではないな。

さてと、明日も早いしさっさとお風呂に入って寝るとしますか。

 

 




この辺りからオリジナル展開が増えてくると思われます。
僕自身の発想力がどこまで通じるか。。。
皆さんも心広く見守っていただければ幸いです。


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38.お城巡り

「まだ30分前。さすがに早すぎない?」

「何を言っているのですか。女性を待たせてはいけません」

 

次の日、久しぶりのお城巡りもあって早めに起きた僕は、零奈に急かされるまま集合場所の駅前に向かっていた。

確かに待たせるわけにはいかないとは思っているが、これはさすがに早すぎるように思える。

 

「さっきの子可愛くなかったか?」

「だよな!誰か待ってたみたいだからデートかもな。クッソー、もしそうなら相手が羨ましいぜ」

 

途中、すれ違う男二人組がそんな話をしていた。

 

「何だ?芸能人でもいたのかな?」

「さあ…そういえば、芸能人と言えば一花さんは順調なのですか?」

「順調みたいだよ。仕事も楽しいみたいだね」

「そうですか。それは何よりです」

 

笑みを浮かべながらそう答える零奈。本当に心の底から嬉しいのだと、この笑みを見ると感じてしまう。

 

「あれ、三玖さんじゃないですか?」

 

そんな零奈が示す先には下を向いて佇んでいる三玖の姿があった。

上は淡い青色のニットで、スカートは少し薄めの青。そしてグレーのブーツを履いている。

そんな姿の三玖を見るのは初めてだったので少し驚いていた。

 

「ほら兄さん!惚けてないで三玖さんの所に行きますよ」

「どこでそんな言葉を覚えてくるのやら。って零奈走ったら危ないよ」

 

僕の言葉も聞かず走って三玖の所に向かう零奈。

こんな姿を見ると年相応なのだと思う。

 

「三玖さん!おはようございます」

 

走りながら三玖に向かって挨拶をする零奈。

それに気づいた三玖は笑顔で僕達を迎えてくれた。

 

「おはよう、レイナちゃん。それにカズヨシ…」

「あぁ、おはよう三玖。ごめん、待たせちゃったかな?」

「ううん、私もさっき着いたばかりだから気にしないで」

「そっか。それにしてもビックリしたよ。三玖ってそんな服も着るんだね…うん、似合ってるよ」

「本当!?ありがとう…これ、一花が選んでくれたんだ」

「流石一花。姉妹の事分かってるよねぇ。うん、たまにはそういう服もいいね!」

「そっか…カズヨシが言うならこういう服もいいかも

「ん?どうかした?」

「ううん、何でもないよ。ところで何で眼鏡かけてるの?目悪かったっけ?」

 

三玖の指摘した通り、今日の僕は眼鏡をかけているのだ。

 

「あー、視力は悪くないよ。これは伊達眼鏡だしね」

「?」

 

僕の言葉に不思議そうにしている三玖。無理もないだろう。

 

「これは、所謂変装というやつですね。兄さんは良く街中で学校の人や知り合いに声をかけられるので。なので、好きなところに行く時は必ず眼鏡に帽子を被ってますよ」

「そうなんだ…」

「今日はゆっくりとお城巡りしたいからね。誰にも邪魔はされたくないんだ。それに今日は零奈と三玖がいるんだ。二人に迷惑かけられないよ。っと、それじゃあちょっと早いかもだけどさっそく行こうか」

「うん!」

 

僕が出発を促すと笑顔で三玖は答えてくれた。

 

「三玖さん。手を繋いでもいいですか?」

「もちろんだよ。はい…」

 

零奈のお願いに快く承諾した三玖は自分の手を差し出し、そして零奈と手を繋いで歩き出した。端から見たら、仲の良い姉妹のようだ。

二人とも楽しそうで何よりである。

 

目的の場所までは電車で一時間ほどかかる。近場と言ってもやはり距離はあり、学生の僕達にとっては遠出かもしれない。

電車で零奈を挟んで僕と三玖で並んで座っていると、三玖から申し出てきた。

 

「今日は誘ってくれてありがとう。楽しみで昨日はあまり眠れなかったんだ」

「こっちこそ、来てくれて嬉しかったよ。僕も久しぶりのお城巡りだから、楽しみすぎて早起きしたくらいだよ」

「本当に、普段からこれくらい早起きしてくれれば助かるのですが」

「うっ…」

「ふふふ、カズヨシってそんなに朝が弱いんだ」

「ええ。普段はギリギリまで寝てますからね。こういうイベント事だと早く起きる。小さな子どもですね」

「その姿でその言葉を言われると、心にグサッと刺さるよ…」

「ふふふ、朝寝坊してくるカズヨシも見てみたいかも…」

 

そんな風に弄られながらも電車の中では楽しく過ごしていたためか、目的地に着くまではあっという間だった。

そしてー

 

「着いたー!」

「兄さん、少しは落ち着いてください」

「いいじゃんたまには。ねぇ三玖?」

「うん、カズヨシの気持ち分かるよ。血が滾るよね」

「三玖さんまで…」

「さて、どこから行こうか?」

「櫓や石垣をまず見て回りたいかも」

「いいねぇ!お、茶席なんかもいいんじゃない?三玖、お茶好きだし」

「うん、外せないね」

「庭園とかも見たいし、天守閣の周りをぐるっと回って最後に本丸御殿かな」

「うん、それでいいと思う」

「よし!途中休憩を挟みながら行こうか」

「行こうレイナちゃん」

「はい!」

 

ここでも二人は手を繋いで行動をするようだ。

 

「ほら兄さんも」

 

そう言ってこちらに手を差し出す零奈。

三人で手を繋いで歩いてると家族に間違われるかもしれない。けど二人が楽しそうならいいか、と零奈と手を繋ぎ三人で並んでお城巡りを楽しむのであった。

 

石垣や堀、櫓に茶席を見て回り、庭園に差し掛かろうとしたところで、茶亭が見えてきたのでそこで休憩をとることにした。

もうすぐお昼ではあるがまだまだ見て回るだろうし、お昼が遅くなっても問題ないだろう。

 

「えっと、抹茶セットを…」

「私もそれでお願いします」

「う~ん、ぜんざいと…ほうじ茶ってあります?」

「はい、ございますよ」

「じゃあ、それで」

「かしこまりました」

 

そう言って店員さんが下がっていった。

零奈が抹茶セットを頼んだときは店員さんも驚いていた。まぁそりゃそうだ。

 

「相変わらずほうじ茶好きですね」

「まぁね。それより零奈は疲れてない?」

「はい、途中途中少しですが休みながらでしたので」

「そいつは良かった。三玖は?」

「大丈夫。まだまだ行けるよ」

「ははは、興奮で疲れを忘れてるのかもね。無理せず、疲れたら早めに言うんだよ」

「分かった」

「それにしても、お二人共凄い興奮されてますよね。写真もたくさん撮ってましたし」

「そりゃ-ね。今回は三玖もいるし色々話せて楽しんでるよ」

「うん。周りに気にせず色々話せるのがやっぱりいい」

「そんなものなのですね...そういえば、私と三玖さんや私と兄さんの写真は撮りましたが、お二人の写真は撮ってないですね」

「「え?」」

 

零奈の言葉に対して同時に反応してしまった。丁度その時注文した品が運ばれてきた。

 

「わぁ~、抹茶セットのお団子も美味しそうですね」

「そうだね、温かいうちに食べようか...」

「...そ、そうだね」

「うん!お団子美味しいです。はぁ~、ここで抹茶を飲むと落ち着きますね」

「相変わらず言動と見た目がマッチしてないよね。うん、ぜんざいも丁度いい甘さで美味しいよ」

「抹茶...落ち着く...」

「それで、お二人の写真は撮らないのですか?」

「あ、その話に戻るんだ」

「......」

 

男子とのそういうのは慣れてないだろうと思って敢えて話には出さなかったんだけど。もう三玖なんて下を向いて必死に団子を食べてるよ。そんな食べ方して喉に詰まらないだろうか。

 

「あ-、僕はいいんだけど、三玖がこういうのに慣れてないかなっと思ってたんだけど...」

「え、カズヨシはいいの!」

 

食い気味に聞いてくる三玖。

 

「え、え-と...僕はいいけど、三玖はいいの?」

「う、うん。カズヨシがいいなら一緒に撮りたいな...」

「あ、そうなんだ。じゃあ、どうせなら本丸御殿に着いたら撮ろうか」

「っ~~~、うん!」

 

三玖はご機嫌になったのかニコニコとお団子を食べている。

こんな事なら最初から話を振ってれば良かったかな。そんな思いで残りのぜんざいを食べることにした。

 

------------------------------------------------

茶亭を後にした僕達は近くの庭園を回りそのまま本丸御殿に向かった。

庭園も日本庭園を感じさせるほど良いもので心を落ち着かせる時間を過ごせた。

本丸御殿には色々な部屋があり、そのどれもが当時を再現されている。

僕と三玖はもちろん楽しめたのだが、歴史にそこまで興味を持っていない零奈も一つ一つの部屋を興味津々に見ていたので、楽しめたのではないだろうか。

もちろん外で三玖との写真も撮った。その写真に写っている三玖はとてもいい笑顔だったのではないかと思う。零奈もその写真を見て満足していた。

後、係の人にお願いをして三人での記念写真も撮ったのだが、こちらはやたら零奈が気に入ってくれた。ここまで気に入ってくれたのであれば係の人にお願いをして良かったものだ。

 

本丸御殿を後にした僕達は近くにあったミュージアムショップ、所謂お土産屋に向かった。

今日の記念に何かあればいいのだが。

 

「何か良いのがあればいいんだけど」

「そうですね」

「私は逆に迷うかもしれない…」

「あ、三玖さんこのストラップとかどうですか?」

「うん、可愛い。このハートの形のを色違いでお揃いに買おうか?」

「是非!」

 

女子はこういう所が好きだろうし、僕は別行動しようかな。

 

「僕は別のところ見てくるから二人はゆっくり見てるといいよ」

「ん、分かった...」

「分かりました。あ、余計なもの買わないでくださいね」

「分かってるよ。じゃあ、また連絡するね」

 

二人と別れて色々と物色をしているがこれといった物が見つからない。いや、欲しいものはいっぱいあるのだが、買いすぎるとまた零奈に小言を言われるから厳選しなければいけない。

 

「とりあえず、お菓子系は買うとして他はどうするかな...ん、これいいかも。すみません...」

 

いいなと思った物を見つけたので係の人を呼んで包んでもらった。その後、いくつかのお菓子の支払いも済ませるのであった。

 

その後二人と合流して、お城の近くにある色々なお店が並んでいる横丁に向かい遅めのお昼にすることにした。そこで今日あった出来事について色々と思い出しながら、お昼のひつまぶしに舌鼓を打った。

うん、今日は良い一日だったと思う。

その後も横丁を一通り見てから帰ることにした。地元ではないのであまり遅くなるわけにもいかないからね。

 

帰りの電車の中、さすがに疲れてしまったのか零奈は僕の膝を枕にスヤスヤと眠っている。

そんな零奈を笑みを浮かべながら三玖は見ている。帰りは零奈がすぐに寝るだろうと予想をして僕が真ん中に座るような位置になっている。だから僕のすぐ横に三玖が座っている。

 

「ふふ、可愛い寝顔だね」

「あぁ、まったく寝顔だけは年相応なんだから...」

「そう言っているカズヨシの顔、優しい顔になってるよ」

「ま、可愛い妹なのは確かだからね」

「そっか...改めて今日は誘ってくれてありがとう。本当に楽しかったよ」

「喜んでもらえて良かった。僕も楽しかったからお互い様だよ。そういえばさ、三玖って今日香水付けてきた?」

「え...」

「何か三玖の近くにいると優しい香りがしてたような気がしてたんだよね。気づいたのは一緒に写真を撮ったときだったんだけどね」

「そっか...気づいてくれてたんだね。何も言ってこなかったから気づいてくれないんじゃないかって思ってた...」

「はぁ~、今日の僕は駄目駄目だったね。写真といい香水といい、まったく三玖の気持ちに気づけてなかったよ」

「そんな事ない!結局は気づいてくれた。それだけでも嬉しいんだ...で、どうかな...」

「ん?あぁ香水ね。うん、いいんじゃないかな。三玖にピッタリの優しい香りだと思うよ」

「そっか...良かった気に入ってくれて」

「あ、そうだ。これ、今日の記念ってことでプレゼント」

「え?」

「良かったら受け取ってほしいんだけど」

「もちろん!開けていい?」

「ここで!?まぁいいけど...」

 

僕から受けっとた三玖はすぐに包みを外して箱からそれを取り出した。

 

「簪...?」

「そ。何か一目見た瞬間三玖に合うんじゃないかって思ってさ。簪は用途が少ないかもだけど、使ってくれたら嬉しいかな...」

 

僕があげた簪は青い花、ブルーデージーという花があしらわれている。

 

「うん...ありがとう。大切にするね」

 

そう言っている三玖は本当に嬉しそうな顔をしている。気に入ってくれたようで良かった。

その三玖もうとうとしだした。到着までまだ時間もかかるだろうし少しくらい寝ても大丈夫だろう。

 

「三玖、眠そうだね。着いたら起こしてあげるから寝てていいよ」

「うん...じゃあお言葉に甘えるね...」

 

そう言って三玖は僕の肩に頭を置きすぅすぅと寝息を出して寝てしまった。

 

「ちょっ...はぁ-、まぁいいか」

 

そして僕はいつも持ち歩いている本を読むことで、時間を潰すことにした。

 

お疲れ様、三玖...

 

------------------------------------------------

~中野家~

 

三玖が家に着いた頃には少し暗くなっていた。手には別れ際に和義から預かった姉妹へのお土産のお菓子が入った袋がある。

 

『駅でたまたま会って、その時に貰ったって言えば大丈夫でしょ』

 

そう言って和義から預かったのだが、やはり他の姉妹の事も考えてお土産を買っていたんだ、と嬉しく思う三玖であった。

 

「ただいま」

「おかえり~三玖」

「あら、帰ったのね。おかえり三玖」

 

三玖が帰るとキッチンで夕飯の用意をしている二乃と、ソファーでだらけている一花がいた。

 

「これ、駅でたまたま会ったカズヨシから。皆にお土産だって...」

 

そう言って、三玖はテーブルの上に和義から預かったお土産を置いた。

 

「あぁ、そういえばレイナちゃんと出かけるって言ってたわね」

「へぇ~。ちゃんと私達の事も考えてお土産を買ってくるなんて、カズヨシ君ってば優しいね」

「私着替えてくるね...」

 

言うや否や三玖はさっさと部屋に戻っていった。

 

「ん~?三玖、何かいい事でもあったのかな?」

「何でよ」

「う~ん、お姉さんの勘かな。階段を上がる時の足音も軽やかだったし」

「ふ~ん...」

 

一花と二乃がそんな会話をしていると、他の姉妹も帰ってきたようだ。

 

「ただいま!」

「ただいま帰りました」

「おかえり~、四葉、五月ちゃん」

「まったくいいタイミングで帰ってきたわね。おかえり二人共。夕飯の用意が丁度出来たところよ」

「お-、それはベストタイミングだね!」

「これはどうしたのですか?」

「あ-、それはカズヨシ君のお土産だって。三玖がたまたま駅で会ったそうだよ」

「直江君の!お菓子ですね!」

「五月!夕飯前に食べるんじゃないわよ!」

「分かってます!では、着替えてきますね」

「じゃあ私も」

 

四葉と五月も着替えのため自分の部屋に戻っていった。

 

「おや。四葉もいい事があったみたいだね」

「あんたの嗅覚はどうなってんのよ」

 

一花の発言に二乃は若干呆れていた。

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

二乃の夕食の準備が出来たので、五人で食卓を囲んでいる。

 

「そういえばあんた達今日はどこ行ってたの?ちなみに、私は一花と一緒にショッピングに行ってたんだけど」

「だね~。私達が出かけるときには三人ともいなかったよね(本当はフータロー君を誘ったんだけど、勉強だって振られたんだよね...)」

「私は朝から行きたいところがあったから(カズヨシと出かけたというの言えるけど、それで歴史が好きなことを皆に知られるのはまだちょっと抵抗があるし...)」

「ふ~ん...(三玖にしては長く外に行ってたようだけど)」

「私はらいはちゃんとお出かけをしてました」

「私は一人で街をブラブラしてたんだ(上杉さんと一緒って言ったら、一花に何言われるか分からないしね)」

「直江君はどこに行っていたのでしょうか?」

「お土産を見る感じだとお城かな?お城の絵が箱に描かれてるし。カズヨシ君ってそういうのが好きなのかな」

「じゃないの。あいつの家に行った時、たまにそういう話をしてるしね」

「二乃の週末通い、結構続いてるねぇ。そんなに料理って楽しいの?」

「まぁね。お互いに良い刺激になってるわ」

「二乃。それ私も行っていいかな...」

「何?料理に興味出てきた?」

「うん。今後は二乃の手伝いもしたいって思ってる」

「へぇ~。ま、いいんじゃない。けど、ここのキッチンよりもあいつの家のキッチンの方が狭いから、キッチンに立つのは二人でせいぜいね。もしかしたら見学だけになるかもよ」

「む~、分かった...それでもいい」

(三玖はどんどん積極的になってる。私もうかうかしてられないな)

「あの!試食係はいらないでしょうか?」

「どんだけ食い意地があんのよ...まぁ、和義が良いって言うならいいんじゃない」

「確認してみます!それに勉強も見てもらえるかもしれませんし」

(う~、二乃っていつからカズヨシの事を名前で呼ぶようになったんだろ。もしかして二乃もカズヨシの事を...)

「そういえば、上杉さんもたまに夕飯をご馳走になってるって言ってたね。それに、泊まることもあるって」

「あの二人の仲は相当なものよね。そういえば妹ちゃん同士も仲がいいんだっけ?」

「う~ん、あの二人の仲にはまだまだ私達の入る隙はないように思えるよね」

 

一花の発言に姉妹全員同意の意味を込めて頷いている。

 

「それでも、きっと直江さんは私達の事も大事に思ってくれてるんじゃないかな。このブレスレットを見るとそう思えるんだ」

 

手首に着けているブレスレットを触りながらそう話す四葉。

 

「そうですね。それに何も思っていなければ、私達の為にお土産だって買ってきたりしませんよ」

「だね」

「ま、そうかもね」

「うん…」

 

中野姉妹が皆、自分の手首に着けているブレスレットを触りながら再確認しあったのであった。

 

 




投稿が遅くなり申し訳ありません。
いやー、流れは何となく頭の中で想像は出来ているのですが、それを文章にするのがやはり難しいですね。。。

今回のお話は三玖とのお出かけ回となりました。原作とは違い、和義は勉強したいからとかで断らないだろうと思い、今回の話にしました。
まぁ女子と出かける事に抵抗があるのでは、と思ったのですが零奈と一緒で、行き先をお城にすればいけるのではと考えた次第です。
ちなみに、風太郎は原作同様四葉と出かけた事にしました。

では、また次回までお待ちいただければ幸いです。


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39.見送り

数日後、空港にてー

 

母さんが父さんのところに戻ることになったので空港まで見送りに来ていた。

 

「そういえば、年末年始には父さんと帰ってくるの?」

「う~ん、どうだろう。あの人結構忙しいみたいだから難しいかもね」

「そっか…」

「大丈夫よ。和義が寂しがってるって伝えとくから」

「止めて。そんな事言ったら毎晩のように電話が鳴りそうだから」

「ふふふ」

 

母さんとそんな話をしていると零奈も母さんに話しかけてきた。

 

「母さん。父さん共々お身体には十分気をつけてくださいね」

「ありがとう。お父さんにも伝えておくね。何だったら一緒に来てもいいんだよ」

「兄さんがいるので大丈夫です」

「あぁ、和義にはやっぱり敵わないか」

「何言ってるの…」

「綾さん」

 

一緒に来ていた上杉兄妹も声をかけてきた。

 

「風太郎君もらいはちゃんも、今日は来てくれてありがとうね」

「いえ、今回はらいは共々お世話になりました」

「んも~、気にしなくて良いのに。うん、他の人にもこれくらい素直になりなさい、風太郎君」

「うっ…努力します…」

「綾さ~ん、もう少し一緒にいたかったなぁ…」

「うーん、相変わらず可愛いなぁらいはちゃんは!」

 

そう言ってらいはちゃんの事を母さんは抱きしめている。

 

バタバタ

 

そんなやり取りをしていると複数の足音がこちらに近づいてきた。

 

「綾さーん!」

「わわ、四葉ちゃん。もう、貴方は相変わらず元気ね」

 

中野姉妹の先頭を走っていた四葉が、母さんに抱きついていた。

 

「良かった。何とか間に合ったね」

「みんな…確かに母さんの出発時間とか教えてたけど、まさかここまで来るとは思わなかったよ」

「あんた私達を舐めすぎよ」

「はぁ…はぁ…だね」

「私達もお世話になったのです。お見送りくらい来ますよ」

「もう~、みんな大好きっ!いつでもうちに嫁入りしていいからね!」

「「「「「えっ!?」」」」」

「ゲホッゲホッ…ちょっ、何言ってんの!?」

「母さん!?」

 

あまりの急な発言にビックリして咳き込んでしまった。零奈も驚いた様子だ。

 

「和義こそ何言ってるの!?こんな良い娘達は他にいないわよ」

「あはは…困ったねぇ」

「ふん…」

「っ~~~…」

「あわわ…」

「う~…」

 

中野姉妹はみんな顔を赤くして、困ったり、そっぽ向いたり、下を向いてしまったりと様々な反応をしていた。

 

「うんうん。この反応を見る限りだと、和義にもまだまだ望みはありそうね。私の事もお義母さんって呼んでいいんだよ」

 

母さんの暴走が止まらない。そんな考えをしていた時だ。隣から怒気がこもった声を発した者がいた。零奈だ。

 

「母さん…これ以上皆さんを困らせる事をするのであれば、これから一生『綾さん』と呼んで接しますね」

 

笑顔だけど怖い。直視できねぇ~。

 

「それだけは止めて!もうこの話はここでストップするから!零奈ちゃんに『綾さん』なんて呼ばれたら立ち直れなくなっちゃうよ…」

 

零奈のお陰で母さんの暴走を止めることに成功した。

そんなこんなしている間にそろそろ搭乗の時間のようだ。

 

「さてと、そろそろ行くね。風太郎君、勉強もほどほどに。らいはちゃんは困った事があったら和義に甘えていいからね」

「善処します…」

「はーい!」

「中野さん達も元気でね。そのうち帰ってくるけど、それまでは和義と零奈ちゃんと仲良くしてあげて。後、せっかく連絡先の交換もしたんだから困った事があったらいつでも相談して。大人の女性にしか相談できない事もあるだろうし」

「綾さんもお元気で!」

「グループ作っとくので、そこでいっぱいお話ししましょ!」

「聞きたい事がある時も連絡しますね」

「また日本に帰ってきましたら、お出掛けに行きましょー!」

「直江君とレイナちゃんとは仲良くさせていただきます」

「零奈ちゃん、あまり無理しないで。甘えたい時は和義にちゃんと甘えるんだよ。きっと和義は受け止めてくれるから」

「はい…!」

「和義、貴方も無理はせず身体には気を付けて。後、零奈ちゃんの事よろしくね」

「ああ!」

 

そして、母さんを乗せた飛行機は飛び立っていった。

その飛行機を空港の展望デッキから眺めていた。

 

「兄さん、また寂しくなりますね」

「静かにはなるだろうけど、僕には零奈がいるからね。寂しさはないさ」

「そうですか…」

 

僕の言葉が嬉しかったのか、手をしっかりと握ってきた。

 

「それに、掛け替えのない友達が増えたからね」

 

飛び立っていく飛行機から、展望デッキまで一緒に来てくれた風太郎にらいはちゃん、一花、二乃、三玖、四葉、五月に目線を変えながらそう答えた。

 

「僕には勿体ない程の立派な友達がね」

「ふふ、そうですね。ですが…」

 

いきなり僕の腕に抱きついてきた零奈は、そのまま中野姉妹がいる方に向かってこう宣言した。

 

「中野さん!兄さんの隣は譲るつもりはありませんから!」

「「「「「!?」」」」」

「へ?」

「おっと…」

「ふわぁ~、零奈ちゃん…」

 

突然の宣言にもちろん僕は驚いたが、風太郎とらいはちゃんもビックリしたようだ。

 

「母さんはあのように仰っていましたが、私は認めた訳ではありません。兄さんの隣を歩きたいのであれば私に認めてもらうことですね!」

「えーーーっ!?」

「ほほ~」

「別に和義の隣に興味がある訳ではないけど、そこまで言われると黙ってるわけにはいかないわね」

「望むところ…」

「えーっと、何が何だか…私はどうすれば…」

 

零奈の宣言に対して中野姉妹は、狼狽えたり、興味津々だったり、何故か意気込んだりと様々な反応をしている。

当の零奈本人はとても良い笑顔である。

そういえば、この間のお城巡りも終始零奈が僕の隣を歩いてたな。まぁ、僕と三玖二人と手を繋いだら自然とそうなる訳だけども。

唯一僕の隣に三玖が座った帰りの電車でも、最初は渋ってたもんな。

そんなに僕の事を想ってくれるなんて。兄冥利に尽きるよ。

駄目だ、涙が出てきそう。

 

何だかんだ起きたが、母さんの見送りも終わったので今日はこのまま帰宅する事にしたのである。

 

 




今回は少し短いですが、切りも良いのでここまでにしたいと思います。
しかし、章のタイトルは期末試験ですが中々期末試験始まりませんね。
章のタイトル変えた方がいいか考え中です。


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40.お弁当

朝、登校しているとコーヒーショップから一花が出てくるのを見かけた。

 

「おはよう、一花」

「おっはー、カズヨシ君。あれ?今日は一人?」

「風太郎とは特に待ち合わせとかしてないよ。基本、一人で登校してる。そっちこそ妹達と一緒じゃないの?」

「うん、たまにここのコーヒー飲みたくなるからその時は一人なんだ」

 

偶然会ったこともあり、一花と一緒に登校する事にした。

 

「それにしても、良いのかな?君の隣を歩いても…」

「ああ、この間の零奈の宣言ね。別に良いでしょ、偶然会ったんだから。そこで、別々に登校する方がおかしいって。学校生活はノーカンだよ」

「だよね!でも、あの発言には私も驚いちゃったよ」

「僕もだよ。でも、兄としては可愛い妹の姿が見れて嬉しい限りだけどね」

「あははっ、相変わらずのシスコンだね」

「ほっといてよ…でも、零奈の宣言は一花にはあんまり関係ないんじゃない?」

「何で?」

「いや、一花って風太郎に気があるでしょ?」

「ゲホッゲホッ…ちょっ…」

 

突然の僕の言葉に驚いたのか、一花は顔を赤くして噎せてしまった。

 

「あれ?違った?」

「……何でそう思ったの?」

「ん~、林間学校での閉じこめられた時、僕と一花はお似合いだから踊ればいい、みたいなことを風太郎に言われて泣いたって聞いたよ。それって何よりも風太郎に言われたから悲しかったんじゃないの?」

「うっ...」

「それに、お見舞いの時の一花の風太郎を見る目は優しい感じだったよ」

「う~~~...」

 

一花は顔を手で覆い恥ずかしそうに唸っている。

 

「私ってそんなに分かりやすいかなぁ...」

「う~ん、どうだろう...風太郎や一花の事だからかもね」

「はぁ...そっか~...」

「この事は他の誰かには...」

「言う訳無いじゃん!姉妹の皆にも言ってないよ」

「あ、そうなんだ。僕も風太郎には言ってないから安心して。でもそっか...」

「もぉ~、何でそんなに嬉しそうなの?」

「いやだって、僕以外にも風太郎の良さが分かる人ができて嬉しくってさ!」

「ここ一番の君の笑顔を見れた気がするよ」

 

僕の笑顔に若干呆れられてしまった。

 

「にしても、一花って結構初な娘だったんだね。結構告白されてるみたいだから、こういうのには慣れてると思ってた」

「人に告白されるのと、人を好きになることは別物。君にも分かるんじゃないかな...」

「まぁね。まぁ、まだ人を好きになったことがない僕には、そこまでは分からないかもだけど」

「そっか...三玖も大変な人を好きになっちゃったね

「ん?」

「何でもないよ!あ、だからって今後もいつも通りに接してよね。変に勘付かれるのは嫌だし」

「それはいいけど...相手は難攻不落のお城みたいな風太郎だよ」

「分かってる。けど、今のまま告白とかしても何も響かないと思うんだ。だから徐々に攻めていこうと思うよ。えっと、何だっけ?堀を埋めていくみたいな」

「外堀を埋める、ね。どんな城でも外堀から埋めていけば落城することができる。大阪夏の陣が有名かな」

「ふ~ん。まぁ、それだ!大阪夏の陣が何なのかは分かんないけど」

「はぁ~...そうだね、今は期末試験に集中してくれると嬉しいかな」

「は~い」

 

本当に分かっているのかどうか不明ではあるが、まあこれを機に勉強にも励んでくれるとありがたい。

 

「にしても、一花が羨ましいな」

「え?どうしたの急に...」

「だって、やりたい事が明確にあって、それに向かって突き進んでいる。女優という仕事も恋も...僕にはそういうのがないからさ...」

「っ...!」

「ってごめんね、朝から暗い話をして」

「ううん。大丈夫だよ、カズヨシ君ならきっと見つけられるよ」

「そっか。ありがとね」

 

その後は、風太郎のことや中野姉妹のことなど楽しいことを話して学校に向かった。

 

------------------------------------------------

昼休み-

 

「君はブレないね風太郎。今日も飯を食いながら勉強って...」

「もうすぐ期末試験だからな。あいつらに教えながら自分の成績も維持しなければいけない。ふっ、次こそ勝たせてもらう」

「はいはい...」

「やっほ-」

 

いつもの席で風太郎と昼食を摂っていると一花が声をかけてきた。少しずつでも行動をしているのかな。

 

「や、一花。珍しく一人?」

「そうなんだ...一緒いいかな?」

「僕は良いけど...」

 

チラッと風太郎の方を向く。風太郎は参考書から目を離していない。が、

 

「別に構わん。知らん仲ではないからな。ただし、俺の勉強の邪魔だけはするなよ!」

 

少しは成長しているようだ。

 

「それじゃあ、お邪魔しま-す」

 

そう言って風太郎の横に......ではなく何故か僕の横に座っている。

 

ちょ、何でこっちに座ってるの?

だって、朝あんな話しちゃったから、妙に意識しちゃったんだもん。カズヨシ君のせいでもあるんだよ!

え~...

 

一応配慮して風太郎には聞こえないように喋っていたのだが、恋って人をここまで変えるんだな、と思ってしまった。

 

「はぁ...一花はお昼はちゃんと食べてるんだね。五月ほどではないけど」

「五月ちゃんと比べられるとみんな少ないと思うよ。でも、ちゃんと食べないとお仕事に影響出るからね。体力も付けないとだし。ただ体型を維持するのが少し大変かな」

「へ~、偉いじゃん」

「まぁ~ね」

 

それにしても体力ね。そんな事を考えながら風太郎の昼食を見ていた。いつもの焼肉定食焼肉抜きである。

 

「ねぇ~風太郎?」

「何だ?」

 

顔は上げないものの、しっかりと僕の声かけには答えてくれている。

 

「前から考えてたんだけど、風太郎の弁当を僕が作ってきてあげようか?」

 

僕の言葉に勉強する手を止めて僕の方に顔向けてきた。てか、一花も食べる手を止めてこっちを何故か見ている。まあいいか。

 

「いや、そんな食事を続けてたら本気でいつか倒れちゃうって。そんな風太郎にテストで勝てても嬉しくないし」

「む~...」

「ほら、戦国の逸話でこんな話があるじゃない。上杉謙信の最大のライバルである武田信玄が、北条家と今川家との間に結んでいた三国同盟を自ら破った。その影響で、塩の流通を止められてしまう。その事を知った謙信は武田家を好機と見て攻める訳ではなく、自分たちは塩の流通を止めることはしないと武田家に書状を送ったんだ。これが後にことわざとなった『敵に塩を送る』だよ」

「その話はもちろん知っている」

「だよね。ま、謙信は別に無償で塩を流通した訳ではないんだよね。でも、値を上げたりもしなかった。そこで、どうだろう僕の弁当を100円で買い取るっていうのは」

「良いのか?お前が大変になるだけだろ...」

「なぁ-に、僕の食費も浮くしで大丈夫だよ。これで後顧の憂いなし。僕も期末試験に向けて集中して勉強できるしね」

「分かった。お前の申し出に甘えよう。ふん、負けた言い訳にするなよ」

「交渉成立だね。言い訳にはしないって」

 

そんなやり取りをしている横で、何故か一花はため息を付いていた。

 

「どしたの、一花?もしかして、一花も弁当希望?」

「そうじゃないよう...はぁ~...」

「?」

「まぁいいや。でも、私ってまだカズヨシ君の作ったご飯食べたことないんだよね。それを考えるとお弁当には興味ありかな」

「2個も3個も同じもんだしね。じゃあ、二人には明日から作ってくるよ」

 

というわけで急遽ではあるが、明日からお弁当を作ってくることになったのだ。一花の弁当箱どうしよう...

 

------------------------------------------------

次の日の朝。早速弁当作りに取り掛かっている。

とはいえ本当に簡単な物を入れる予定だったので、時間はそこまで掛かっていない。丁度作り終わったところで零奈がリビングに下りてきた。

 

「兄さん、おはようございます。早いですね」

「ああ、おはよう零奈。風太郎の弁当を作ってあげようと思ってね。もうすぐ試験だし、どうせ徹夜続きになるだろうしで体力付けないと」

「はぁ...兄さんは少し、いえかなり風太郎さんの世話を焼きすぎだと思います」

「そうかな?」

「そうなんです。あら、こちらのお弁当は小さいですね。それに3つ...どなたかに作られたのですか?」

「ああ、それは一花のだよ。丁度、風太郎の弁当の話をしていた時に近くにいたからね。一花も女優の仕事で栄養を付けなきゃと思って、風太郎の弁当とついでに作ったんだ」

「なるほど一花さんのですか。一波瀾起きなければいいのですが...」

「?」

 

零奈のよく分からない言葉があったがとりあえず学校に向かうことにした。

登校中昨日とは違い、コーヒーショップの前で一花が待っていた。

 

「おっは-、カズヨシ君」

「おはよう一花。今日も風太郎はいないよ」

「ぶぅ~、今日はカズヨシ君を待ってたんだよ」

「僕?」

「そうだよ。意外?」

「まぁね。あ、そうだ...はいこれ。昨日言ってたお弁当だよ」

「わお!ありがとう。お昼が楽しみ...じゃなくて。これだよ、これ!」

「これ?弁当の事?」

「そうだよ。お見舞いの時は林檎を剥いてあげて、挙句にはお弁当を作ってあげるなんて、君はフータロー君の彼女なのかな?」

「あ-、二乃にも同じ様な事言われたけど、これくらい普通でしょ」

「いやいや、普通じゃないよ」

「ふ~む...まぁ今は試験に集中しときなよ。まずは赤点回避。それで風太郎はとても喜ぶと思うからさ」

「...は~い」

 

釈然としないといった態度ではあったが、これで一花が試験に集中してくれることを祈ろう。

その後、今日は天気も良いから外で食べないかと一花を誘った。気分転換にはいいかもしれないしね。

 

昇降口で一花と別れて教室に着いた。

 

「おはようカズヨシ。ねぇ、今日は一緒に...」

「「「直江ぇ-!」」」

 

自分の席に着いたところで、隣の席の三玖に挨拶をされたのだが、クラスの男子達の罵声で邪魔をされた。

 

「朝から何?今日は宿題なかったと思うけど」

「そんな事よりも重要な案件がある!」

「宿題より重要って、よっぽどな事だね」

「あぁ、お前中野一花さんと付き合っているって本当か?」

「は?」「えっ?」

 

僕の声と三玖の声が同時に発せられた。

妹よ、君はこの事を予感していたのかな。確かに一波瀾ありそうだよ。

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。
中々試験が始まりませんねぇ。僕も早く始めたいと思ってはいるのですが、すみません寄り道ばかりしてしまってます。
ただ、そろそろ始めたいとは思ってはいるので、気長にお待ちいただければ幸いです。

では、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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41.噂

「何でそんな事になってるの?誰から聞いた?」

「誰も何も、もう学校中で噂になってるぞ」

「はぁ----!?」

 

何でそんな噂が学校中に?この間の林間学校でも一花とは結局踊らなかったし、前田には結局あれはお互いに誘われないように合わせた嘘だって説明もしている。

あ、ちなみに前田は今は別の女の子に夢中である。何かとうまくいってるようだ。

と、その前田からメッセージだ。

 

『おい、どうなってんだ!クラスはお前と一花さんの噂で持ち切りだぞ!』

 

「くっ...」

 

『悪い。今こっちも手が離せない。結論から言えば付き合っていない。もし一花が困ってたらカバーしてやってくれ。後で説明する』

『分かった。今一花さんはクラスメイトの奴らに囲まれてる。こっちは何とかするから後でちゃんと説明しろよ』

『助かる』

 

本当にいい奴だ。後で何か奢ってやろう。

それよりも何でこんな事になったんだ。別におかしな行動をした覚えがないんだが。

 

「カズヨシ...」

 

色々考えていると。心配そうに三玖が僕に声をかけてきている。

今は分からない事をあれこれ考えても埓が明かないか。

 

「あれ?俺は、中野二乃さんと付き合ってるって聞いたぞ」

「ん?」

「いやいや、私は四葉さんと付き合ってるって聞いたんだけど...」

「どういうことだろう、カズヨシ...」

「分からん」

「何言ってんだ。中野五月さんだろ!」

「おいおい...」

「え、三玖ちゃんだって私は聞いたよ。だから本当なのか聞こうと思ってたんだけど...」

「っ...!」

 

まさか自分の事を言われるとは思わなかったのか、三玖は顔を赤くして自分の席で縮こまってしまった。しかしこれはどうなっているんだ。

 

「直江!お前いつからハーレム計画を立ててたんだ!」

「立てるかっ!それに僕は誰とも付き合ってない!」

 

アホな事を言ってきたクラスメイトに対してツッコミを入れてしまった。

 

「しかし、お前が昨日と今日とで二人で楽しく登校しているところを見たって言ってたぞ」

「俺は、昨日の昼ご飯を楽しく食べてたって...」

「後、直江が弁当を路上で渡してたとも聞いたぞ」

 

もしかして、昨日今日の一花との行動を誰かに見られていたのか。

しかし、相手が姉妹の誰かが分からず中野姉妹全員の噂が流れたと。マジかよ、どんなミラクルだよ。

クラス中が混乱しているところに、一花と三玖以外の姉妹からメッセージが届いた。

 

『ちょっと、どうなってんのよ!何であんたと私が付き合ってる事になってんのよ!』

『直江さん、助けてください!いつの間にか私と直江さんが付き合ってる事になっていて、質問攻めにあってます-!』

『あああああの、私達はいつからお付き合いしていたのでしょうか?』

 

二乃はお怒り、四葉は何が何だかでヘルプを、五月に至っては混乱している。

これはやばいかも。

 

「とりあえず落ち着こう。僕は中野姉妹全員と友達だから色んなところで会ってるんだよ。それは特定の姉妹とではなくね。もちろん、友達だから登下校くらい一緒にするし、ご飯だって食べる。で、学校のみんなは、まだ姉妹の見分けが付かないから僕が特定の人とずっと会っているように見えたんだね。それで、尾ひれが付いた噂が流れたんだよきっと」

 

苦しいかな...

 

「なるほどな。それだったら納得だわ」

「何だよ、デマかよ。とうとう直江陥落か、って思ったのに」

 

おい!

 

「じゃあ、デマだってみんなに教えてやろうぜ」

「三玖ちゃんもごめんね」

「ううん...問題ない...」

 

納得してくれたクラスメイト達は一斉に引いていった。何とかなったか...

 

「カズヨシ...何だったんだろう...」

「とりあえず心当たりがあるから、昼休み全員集合しよう」

「え、分かった...」

 

他の姉妹にも昼休みに説明する旨の連絡を入れた。あ-、やべぇ二乃に会うのが怖いわぁ。

 

------------------------------------------------

そして昼休み。みんなにはお昼を買って中庭に集合するように連絡を入れておいた。

 

「はぁ-!?つまり、噂にあった話はほとんど一花が起こした内容だったってこと?」

「ご、ごめん...」

 

ピクニックシートを僕が持ってきていたので、その上でみんなで昼ご飯を食べることにした。ちなみに噂で出てきたお弁当を申し訳なさそうに一花が食べている。

 

「つまり、お付き合いしているというのは抜きにして、噂に出てきたことは本当だったということでしょうか?」

「いや、一花と朝会ったのは本当に偶然だよ。姉妹や風太郎の話をしながら登校してたから、傍から見たら楽しそうにしてたのかもしれないけど」

「じゃあ、お昼休みに楽しそうにしてたというのは何だったんですか?」

「昨日の昼は風太郎と食べてるところに一花が来たんだ。そこで風太郎は同席を許すが勉強の邪魔をするなって言うから、邪魔にならないよう小さな声で喋ってたの!それが、遠くから見たら仲良さそうに内緒話をしてるように見えたんじゃないの。勉強の邪魔をするなって言ったよね、風太郎?」

「ん?そうだな」

 

参考書を見ながら弁当を食べている風太郎に同意を求めたら、一応返事をしてくれた。

 

「で、弁当については、風太郎に作ることになったけど、丁度一緒にいたから一花の分も作ろうかってことで、今日作ってきたってわけ」

「う~、一花だけずるいです!」

「ごめんって、だからおかず分けてあげたじゃん」

 

五月からのあまりの熱視線に耐え切れず、一花はおかずを一つ分けてあげていた。

ちなみに、それを見た三玖が羨ましがり、僕に対しておかずを要求してきたので、僕から三玖にも分けてあげた。後、迷惑料ってことで二乃と四葉にも分けてあげている。

 

「しかし、学校のみんなの気持ちも分からなくもねぇな。一緒にいる時間が多い直江や上杉以外には見分けがつかねぇだろ」

 

後で説明をすると言っていたので、前田もこの場に呼んでいたがそう発言をした。

 

「教室の中だと大丈夫なんだけどね~」

「それは、各クラスに一人ずつだからでしょう。教室から外に出てしまえば、友達以外には難しいかもしれませんね」

 

最終的には笑い話になって良かった。これを機に、中野姉妹の誰かと一緒に歩いていても、また今日みたいな事ってことで、そう簡単に噂は流れないだろう。

 

「ねぇ、カズヨシ」

「ん?どうしたの三玖?」

「私もカズヨシのお弁当が食べたい...」

「え?」

「そうです!一花ばかりずるいです!私も要求します」

「いや、ちょっと...」

「はいはい!私の分もお願いします!」

「待って...」

「じゃあ、私だけ仲間はずれは嫌だから、私の分もお願いしようかしら。今回の私達の迷惑を考えたら安いものでしょ」

「いや、二乃は分かるでしょ。七人分の弁当ってめっちゃ大変なんだよ...」

「い、い、わ、よ、ね!」

「...はい」

「お前も大変だな直江...」

「あはは...」

「ふっ、これで俺の勝利に一歩近づいたな」

 

前田の言葉に乾いた笑い声をあげている一花。

そして、僕の試験勉強時間が削られたことで勝てると思い込んだ風太郎。

お弁当楽しみだね、とはしゃいでいる姉妹達。

そんなこんなで、中野姉妹と風太郎分の弁当を明日から作ることになってしまった僕。

本当にこんな形で終わって良かった。

 

「じゃあ、帰りお弁当箱見に行かない?」

「良いですね!」

「賛成!」

「もちろん、カズヨシも参加だから...」

「はいはい、分かりましたよ」

 

一波瀾が起きたけれども、最後はみんな笑顔になってくれたので良しとしましょう。

 

------------------------------------------------

週末。とうとう期末試験も近づいてきたこともあり、今日の家庭教師の日から本格的に勉強を教えていくことになっている。だが、

 

「37.9℃、完全に風邪だね」

 

零奈が発熱してしまった。

 

「申し訳ありません、兄さん」

「気にしないで良いよ。むしろ週末で良かったよ。平日だと看病できなかったかもだしね」

 

とは言ったが、恐らく平日だろうと僕は学校を休んで看病してただろうけどね。

 

「しかし、今日は家庭教師の日ではないですか。中野さん達に申し訳なく思います…」

「大丈夫だって。風太郎がいるしね。僕はあくまでも補助だから。さ、今は何も考えずに寝ときな。お昼になったら、雑炊作って起こしてあげるから」

「兄さんの雑炊楽しみです。では、おやすみなさい」

「おやすみ…」

 

そう言って零奈の頭を撫でてあげた。

するとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。

 

「さてと、今日休むこと誰かに連絡しないとだよね…」

 

風太郎に連絡してるんだが何故か繋がらない。また充電し忘れてるのかな…

一花はまず起きてないだろうし、二乃には何か言ってはいけないなような気がする。三玖は休日前ゲームで徹夜って前聞いてるから、起きてるか怪しいな。四葉は朝ランニングしてるらしいし。という訳で五月に連絡する事にした。

 

『おはようございます、直江君。どうされたのですか?』

「おはよう五月。朝早くからごめんね。実は零奈が熱出しちゃって…」

『っ!大丈夫なのですか!?』

「うん、風邪の引き始めだと思うから、今日一日安静にしてれば大丈夫だよ」

『そうですか…ひとまず安心しました』

「心配してくれてありがとう、五月。やっぱり優しいね」

『べ、別にこれくらい当然の事です!』

「で、そういう訳だから今日の家庭教師行けそうにないんだ」

『事情が事情なのです。気になさらないでください』

「ありがとう……」

『?どうされました?』

「いや、風太郎一人での家庭教師だからさ…」

『大丈夫です。ちゃんと彼とも向き合っていくと決心しましたから』

「そっか…余計な心配だったかな…」

『そんなことありません。ちゃんと私の事を考えていだだいているということじゃないですか。ありがとうございます』

「お礼を言いたいのは僕もだよ。風太郎と向き合うと決心してくれてありがとう」

『ふふっ、ではこちらは気にせずレイナちゃんの看病に集中してください』

「ああ」

 

そこで通話が終わった。

五月も変わろうしているのかもしれない。それを嬉しく感じる。

 

「さて、空いた時間で自分の勉強進めますか!」

 

グーっと体を伸ばしながらそう意気込んだ。

 

夕方。零奈も大分良くなり、もう平熱まで下がっている。

 

「熱が下がってとりあえずひと安心かな」

「ずっと兄さんが近くにいてくれるので、たまには風邪を引くのもいいかもですね」

「何言ってんだか。今日は出前でも頼もうか?」

「もし我が儘を聞いてくれるのであれば、兄さんの手料理を食べたいです」

 

こんな言葉を言われて断れるだろうか。いや、断れない。

 

「仕方ないな、買い出しに行ってこよう」

「ありがとうございます!だから、兄さんは大好きです!」

「ぐはっ!」

 

そんな笑顔で言われたら破壊力抜群である。

 

------------------------------------------------

買い出しのためスーパーに向かっている途中、近所の公園に差し掛かったところで見覚えのある人物がベンチに座り黄昏ていた。

黄昏ているというよりも、路上で売っている焼き芋をじっと見ているのだが…

 

「五月?こんなところで何してんの?」

 

その人物、五月に声をかけると、ばっとこっちを見た。僕の存在を認めるや否や、その顔はどんどん泣き顔に変貌していった。

 

「う、う、う…」

「ちょっ……」

「うわぁぁーーーん。直江くーんっ!」

 

ちょっと待った、と言おうと思ったのだが、それも遮られ泣き叫ぶ五月に抱きつかれたのだった。

何も連絡がなかったから無事に勉強できたのかなって思ってたけど、これはまた何かあったな…

まじで、試験前に勘弁してほしいものだ。

僕に抱きつき泣く五月をあやしながら、そう感じるのであった。

 

 




最初は本当に一花との噂で話を作ろうかと思ったのですが、学校のみんなは五つ子を見分けられるのだろうか、と思い今回のお話にしてみました。
ちょっと無理矢理感を感じられますが、ご勘弁を。。。

今回のお話後半から、原作で言うところの七つのさよならがとうとうスタートです。
ただ、原作通りには書けないので、ほとんどオリジナルで対応します。
何故かというと、原作のキンタロー君がいないからです。
やってしまいました。。。
とりあえず頑張ってみますので、温かく見守ってください。


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42.家出

「落ち着いた?」

「はい…すみません、ご迷惑をお掛けしました…」

 

泣く五月を宥め、今はベンチに座らせている。

 

「はい。お茶と…焼き芋。何か食べたそうに見てたから」

「うっ…お恥ずかしい限りです…」

 

五月にお茶と焼き芋2つを渡して、五月の横に座り自分の分のお茶を飲んだ。

 

「てか、食べたかったのなら自分で買えば良かったのに」

「その~…お財布を忘れてしまいまして…」

 

早速僕があげた焼き芋を食べながら申し訳なさそうに答えた。

 

「あらま。几帳面な五月には珍しいね。よっぽどの事があったのかな?」

 

僕の質問にピタッと五月の動きが止まった。本当に分かりやすい娘だ。四葉と一緒で嘘をつけないタイプだね。

 

「それで、何があったの?」

 

零奈には遅くなる事を連絡済みなので、多少なら話を聞けるだろう。

そんな思いで聞いたのだか、中々重い話を聞かされてしまった。

 

今日の家庭教師には姉妹全員で参加したそうだ。二乃は逃げようとしたそうだが五月が抑えてくれたのだと。本当にありがたい。

しかし、最初から二乃と三玖がいがみ合っていて、それを風太郎が何とか抑えようと色々画策して頑張っていたと五月が言う。

 

「へぇ~、あいつにしては頑張ってるじゃん」

「えぇ、私達のお手本になるのだと、頑張っていました...」

 

しかし、風太郎の頑張りも虚しく二乃が自分の部屋に戻ろうとした。それを、風太郎と三玖で何とか止めようとしたそうだ。だが...

 

「ふぅ~、二乃が三玖に差し出された風太郎お手製の問題集の束を拒否してばら撒いてしまったと...」

「はい...」

 

これはまずいと、落ち着くよう一花と四葉も声をかけたのだが二乃の暴走は止まらず、拾い上げた1枚の問題の紙を割いてしまったそうだ。

いつもであれば、この行為に対して三玖が怒るのだが...

 

「まさか五月が怒って、二乃の頬を叩くなんてね...」

 

その行動には、その場にいた誰もが驚いたようだ。

 

「あの問題集は私達のために上杉君が作ってくれたもの。決して粗末に扱っていいものではありません」

 

本来であれば、五月がここまで考えてくれていることを嬉しく思うところではあるのだが、今は違うか。

 

「彼の家にはプリンターもコピー機もない。本当に呆れてしまいました。あの量を全て手書きで作成しているのですから...上杉君はそこまで真剣に取り組んでくれている。であれば、私達も彼に負けないくらいに真剣に取り組んでいかなければいけない。そんな思いがあり、あのような行動を取ってしまいました...」

 

その後、口論の末家出をしてしまったそうだ。しかも二乃までも。

 

「しっかし、ドメスティックバイオレンス肉まんおばけって...ご、ごめん。笑いを抑えるのが辛いかもっ...」

「直江君、酷いです!」

「ははは、悪いって。それで、五月は帰る気はないの?」

「っ!ありません。今回の事、二乃からの謝罪がない限りは」

「はぁ~、とは言えどうすんの?お金もない、荷物もないって...行くあてとかあるの?」

「そ、それは...」

 

下を向いてしまった五月ではあるが、チラッと僕の方を見ていた。

また零奈に甘いって言われるんだろうな。

 

「仕方ない。五月、僕は今夕飯の買い出しに出てきてたんだ。付き合ってくれる?」

「はい!」

 

そう笑顔で返事をする五月を伴ってスーパーへ今日の夕飯の買い出しに向かうのであった。今日の夕飯は三...いや余裕を持って六人前くらい作った方がいいのだろうか。

 

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~五月視点~

 

「重くない?」

「いえ、これくらい大丈夫です。むしろ、直江君の方は大丈夫ですか?もう少しこちらに入れても良かったのですが」

「大丈夫だよこのくらい」

 

そう言って彼は買い物袋を掲げています。

スーパーでの買い物も終え、今は彼の家に二人で向かっているところです。

別に私から『泊めてほしい』と言った訳でもなく、彼から『うちに泊まっていくといい』と言った訳でもありません。彼はただ『買い物に付き合ってほしい』と言っただけです。

ですが、『じゃあ、零奈も待ってるし行こうか』と買い物が終わった後に言ってくれました。

そんな自然な流れで彼の家に泊まることができる。何故か嬉しく思えます。

 

『甘えたっていいんです。兄さんはきっと、そんなあなたでも受け入れてくれるはずです』

 

あの言葉をレイナちゃんに言われてからどうも直江君に甘えてばかりのような気がします。

しかし、泣いていたとはいえ男の人に抱きつくなんて、私は何てはしたないことを...

それでも、彼はいつもと変わらず接してくれています。まぁちょっと年下扱いをされているのでは、と思うところもあるのですが。

前を歩く彼の私達姉妹とは違う大きな背中を見ながら不意にそう思います。その時、

 

「どうしたの五月?後ろを歩いて。そんなんじゃ話しにくいじゃん。横に来なよ」

 

立ち止まった直江君は、振り向きながらそんな事を言ってきました。

 

「いえ、しかしレイナちゃんに止められてますし...」

「へ?......ぷっ、あははははっ...そういえばそんな事もあったね」

 

む~、何故笑っているのでしょうか。

 

「いいよ、この事は零奈には黙っててあげるから。ほらこっちに来なよ。さっきも言ったけど、横にいた方が話しやすいでしょ」

「そこまで言うのであれば」

 

そう言いながら彼の横に行き、そのまま歩くことにしました。

その後、姉妹のことや上杉君のこと、らいはちゃんやレイナちゃんのことなど色々なお話をしながら歩いたのですが、先ほどまで沈んでいた自分を忘れるくらい楽しい時間を過ごしました。もし叶うのであれば、この時間がずっと続いてくれればいいのに、と思うくらい。

 

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「ただいま~」

 

五月を連れて家に帰ってきた。

 

「ほら、入って入って」

「お、お邪魔します...」

 

妙に緊張している五月を中に招いて靴を脱ごうとした時ある異変に気付いた。見たことがあるような女性用の靴が鎮座されているのだ。

 

「ま、まさか...」

「あ、兄さん。おかえりなさい。あのですね、つい先ほどなのですが...」

 

僕のお出迎いのため玄関まで来た零奈だが、何かを言いかけて五月の存在に気付いた。

 

「五月さん!?いらっしゃいませ。えっと、つい先ほどなのですが二乃さんも来てまして。何かあったのでしょうか?」

「二乃が?」

 

怖っ!声だけで機嫌が悪くなったことが分かるよ五月さん。

真正面から五月を見ている零奈も異変に気づいているようで、ハラハラしている。

 

「えっと...兄さん、本当に何があったのですか?」

「まだ、事情は二乃から聞いてない感じ?」

「はい。キャリーバッグを持って訪ねて来たかと思えば、しばらく泊めてほしい、と言われまして。とりあえず兄さんがいないので上がってはもらいましたが...」

 

こっちは準備がいい事で。しかし、何でよりによってうちに来るかなぁ。

 

「今はリビングにいるの?」

「はい」

「分かった。五月、とりあえず落ち着いてね。いきなり喧嘩は駄目だよ」

「それは二乃次第かと」

「え?え?喧嘩?」

 

状況を知らない零奈はただ困惑するだけである。

あ-もう、ここにいてもどうにもならないか。そう思い、二人を連れてリビングに向かった。

そこには確かに二乃がいて、零奈が用意したであろうお茶を飲んでいた。傍には確かにキャリーバッグが置かれている。

 

「あら、おかえりなさい和義。悪いわね勝手に上がらせてもらって。それに、いいって言ってるのにレイナちゃんにお茶まで用意させてしまったわ」

「いや、それは別に構わないんだが...」

 

二乃の位置からは僕の後ろに隠れている五月の存在に気づいていないようだ。比較的に機嫌は良いように見える。しかし、

 

「二乃?何故あなたがここにいるのですか?」

 

そんな事を言いながら僕の後ろから姿を現した五月の存在に気付いた二乃は、一気に機嫌が悪くなっていった。

 

「五月!?あんた、何で和義と一緒にいるのよ?」

「先に質問をしたのは私ですが」

 

一触即発しそうな状態である。

 

「別に!ホテルでも良かったんだけど、こっちの方が料理もできるしで気分転換もできると思っただけよ。それにホテルとは違ってお金かかんないしね」

 

ここはいつから旅館になってんだ!

 

「私は外で偶然直江君に会いまして、彼から家に来るよう言っていただけたのでここに来ました。つまり私は招かれたお客さんと言うことです」

「はぁ~!?」

 

煽らないで五月。後、こっち睨まないで二乃。

 

「はぁ~、とりあえず喧嘩はなしで。喧嘩するなら二人共家から出てもらうからね」

「うっ...分かったわよ」

「分かりました...」

 

とりあえず納得してくれたようだ。二乃はテーブルの椅子に。五月はソファーにそれぞれ座って、お互い関わらないようにしている。

 

「じゃあ、夕飯作るからちょっと待っててね」

「私も手伝おうか?」

「いや、今日は簡単なものしか作らないから、二乃はゆっくりしててよ」

「そう?」

 

手伝いを申し出てくれた二乃にそう伝えてキッチンに向かった。

 

「私は手伝いますよ。状況も聞きたいので」

「病み上がりなんだから無理しないでよ」

「あちらにいた方が、気分悪くなりそうなので...」

「なるほど...」

 

という訳で、夕飯を作りながら現在の状況を僕が知っている限り零奈に伝えた。

 

「なるほど、そんな事が...」

「僕は二乃が一方的に悪いとは思えないし、かと言って五月が悪いとも思えないんだよ。だから困ってる」

 

テキパキと食事の準備をしながら零奈に自分の気持ちを伝える。

 

「え、今の話を聞く限りだと二乃さんが風太郎さんの問題用紙を割いてしまったことが原因のように思えるのですが」

「うん、出汁はこんなもんかな。確かに事の原因は二乃かもしれない。けど、二乃ってそんなことまでする娘じゃないから。きっと感情のままにしちゃったんじゃないかな。あ、でもその感情を抑えられない二乃が悪いことになるのか...う~ん...」

「兄さん、あなたという人は...どれだけ私を困らせればいいのですか

「ん~?何か言った?」

「いえ。そろそろ麺を茹でても良いでしょうか?」

「そうだね。じゃあ、僕はこっちをやるよ」

 

そんな感じであっという間に夕食が完成した。

 

「ほ~い、出来たよ!席に着いて」

 

最初は席に座るのも躊躇っていた五月だったが、夕飯の誘惑には逆らえず、僕の横に二乃。正面に五月で、その横に零奈が座る形で落ち着いた。

 

「では、いただきます!」

「「「いただきます」」」

 

今日の夕飯はとろろ蕎麦にしてみた。もちろん、とろろの真ん中に卵の黄身を置いている。

 

「ん~、美味しいです!」

「ええ、食が進みますね」

「ありがとね、二人共。二乃はどうかな?口に合う?」

「ええ、美味しいわ。あんた、この出汁一から作ったのよね」

「そうだよ。鰹節や昆布、後は企業秘密ってことで。ちょっと時間かかったかもね。悪かったよ」

「別にそこを責めてる訳じゃないわ」

 

そう言って黙々と食べている。

 

「あ、五月もおかわりあ...」

「おかわりお願いします!」

 

うん。別におかわりは責めないけど、せめて最後まで言わせて。

 

「そうだ。昼の雑炊もまだ残ってたんだ。蕎麦に合わないかもだけど、食べる人いる?」

「いただきます!」

「あ、兄さん少しだけお願いします」

「私も...」

「ふふっ、分かったよ。ちょっと待っててね」

 

結局残っていた雑炊も含めて用意しておいた食事は全部なくなってしまった。主に一人の人間によるものなのだが。まああんなに美味しそうに食べてくれれば、逆に嬉しいんだけどね。

 

「じゃあ、今後の話をしようか」

 

食後落ち着いた頃に今後についての話を始めた。さすがにそこではバラバラの席ではマズイと思ったので、僕と零奈が並んで座り、その正面に二乃と五月が並んで座っている。

 

「二人は帰りたくないで良いのかな?」

「ええ」

「そうです」

「お二人共ここにいれば、家に帰った場合と同じではありませんか」

 

確かにそうなのだが、二人にとっては違うようだ。

 

「嫌よ。何か負けた感じがするじゃない」

「レイナちゃんが言うことでもこれだけは譲れません」

「はぁ...」

 

零奈が眉間に手を持っていって困り顔をしている。

 

「僕は二人に泊まってもらう分には特に反対はしていないよ。けどいくつかルールを作る。それを破ったら問答無用で家に帰ってもらう。良いね?」

 

僕の言葉に二人共頷いてくれた。

 

「うん。じゃあ零奈...」

「はい。一つ、この家にいる間絶対に喧嘩をしない」

「「!」」

「一つ、働かざるもの食うべからずです。家事などを手伝っていただきます」

「それくらいどうということないわ。家でもやってた訳だしね」

「はい...」

「一つ、ここに泊まる間ですが、お二人には同じ部屋で寝てもらいます。と言うより、部屋が客間しかありませんので」

「「それは...!」」

「何ですか」

「「いえ...」」

 

零奈の凄みで同じ言葉を言ってるよこの二人は。

 

「一つ。勉強を疎かにしてはいけません。ここにいる間はしっかりと勉強をしてもらいます」

「うっ...」

「それくらい構いません。むしろ色々と教えていただきたいです」

 

家事の部分の逆の反応だな。

 

「とりあえず以上です。また増えた場合はお伝えします」

「「はい...」」

 

今の風景を見ているとどっちが年上か分かんないな。まるで親が子に躾をしているみたいだ。

 

とりあえずこの日はお風呂に入り休むことにした。零奈も病み上がりであまり無理をさせたくないしね。

ちなみに五月にはこの間と同じ服を貸してあげた。

 

 




という訳で、二乃と五月の二人を直江家に来ることにしてみました。
ちょっと無理がある部分がこれから出てくるかもしれませんが、頑張ってみます。

ごとぱず2周年記念生放送見ました!面白かったですね。5人勢揃いではないのが大変残念ではありましたが、また3周年まで行けば揃ったところが見れるかもしれませんので、あることを願って待ちたいと思います。今後のゲームの予定など聞いて、ごときすをやりたくなり今からやろうか迷っている自分がいます。
来年発売のゲームも楽しみです!


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43.夜空に浮かぶ月

「おはよう~」

 

朝起きてリビングまで降りてくると、すでに朝食の準備が出来ていた。恐らく二乃だろう。

 

「おはよう。あんた本当に朝弱いわね」

「おはようございます、直江君!」

「おはようございます、兄さん」

「僕としては早い方なんだけどね…朝食は二乃が?」

「ええ。だけど、レイナちゃんにも手伝ってもらったわ」

「そっか。いつもご苦労様、零奈」

 

ちょうど近くにいたので零奈の頭を撫でてあげた。

 

「えへへ…」

「「む~…」」

 

頭を撫でてあげた零奈は喜んでくれているが、何故か二人からジト目で見られていた。

 

「どうしたの二人とも?」

「いえ…」

「べっつにー…」

 

何かを言いたげではあるが何も言わず朝食を食べ始めた。

 

「そういえば、昨日は喧嘩せず眠れた?」

「あの客間って広いのね」

「え?うん…」

 

二乃と五月が寝泊まりしている客間は和室で、かなり広い。

多分中野姉妹全員が寝泊まりしても余裕があるくらいだ。

けど、僕の問いに対しての答えとしてはおかしく感じる。

 

「はぁ…お二人は端と端で寝ていたのでお互いに干渉しないようにしているのでしょう…」

「な、なるほど…」

 

凄い徹底ぶりである。そこまでするなら帰って自分の部屋で寝た方がいいのではと思うが、今言っても無駄なのだろう。

零奈から客間へ近づかないよう言われてるので、僕には様子を見ることが出来ないが、心配になった零奈が見に行ったのかな。

 

食事も終わったので、勉強を始める事にした。

毎週恒例のフランス語授業も欠かせない。しかし、興味本位で渡した料理本ではあるのだが、まさかここまで続くとは思わなかった。

今では1冊目のノートが埋まるくらいである。

 

「もう大分一人で読み解けるようになったんじゃない?」

「まだまだよ。あ、ここってどう訳すんだっけ?」

「あぁ、ここは…」

 

以前より集中力も増してきているように感じる。ミスも減ってきている。

 

「五月がやってるのって…」

「ええ、彼の作ってくれた問題集です」

「っ!」

「へぇ~、ちょっと見せてくれる?」

「どうぞ」

「ありがとね」

 

ふ~ん、さすが風太郎だね。要所をしっかり押さえてる。

家庭教師を始めた当初に比べて本気で向き合おうとしてるみたいだな。これを作るのにどれだけ時間がかかったのか。

チラッと二乃を見たが、二乃もこちらを見ていたのか目が合ったらすぐに目を反らされた。

やっぱり気にはしていたんだな。

 

しばらく勉強を続けていると僕の携帯が鳴った。

 

「悪い、ちょっと出るね…」

 

少し離れてディスプレイを見ると、

 

「(風太郎?)お待たせ。どうしたの?」

『休みの日に悪いな。今時間いいか?』

「うん、別にいいけど何かあった?」

『あ、ああ。実は昨日の事なんだが…』

(ん?)

『ちょっと色々な事があってだな…二乃と五月が家出をしてしまったんだ…』

(あれ?)

『本来であれば、昨日の内に相談すれば良かったんだが、お前は零奈の看病があると思ってな…今、中野家に来てるんだが、そこで三玖と探しに行くことになった訳だ。悪いがお前の力も借りたい!頼む!』

「えっと…三玖も二人の場所知らないのかな?」

『ん?探しに行くのだから当然ではないか』

「だよね~…」

 

そう答えた後、机で勉強している二人を見た。

あれ、そういえば誰も連絡してないのか?

僕は、二人の内どっちかが連絡してるかと思ってたからあえてしなかったけど…そうだよね。普通家出すれば行き先言わないよね。

 

「あー…探しに行く必要はないよ」

『は?何でだよ』

「えーと、今僕の目の前で二人とも勉強してるから…」

『は?』

「いや、だから僕の家に二人ともいて、そして勉強してるから…」

『はぁーーーーっ!?』

 

電話では埒が明かないと思い、僕が中野家に行くことになった。ここに風太郎と三玖を呼んでもいいのだが、また何か起こりそうだしね。

 

「てな訳で、僕が今の状況を説明してくるよ。後、五月の着替えとか明日からの制服や鞄とかも必要でしょ?」

「すみません、ご迷惑をおかけします」

「良いって」

「ふ~ん、三玖の事だからここに乗り込んでくると思ったわ」

「まぁ、実際来ようとしてたんだけどね…風太郎に止めてもらったよ。それじゃあ、僕が出掛けている間は自由行動って事で、家の中で分からない事とかあれば零奈に聞いてくれ。あ、外出してても良いよ」

「え、てっきり課題を置いていかれるとばかり思ってました」

「根を詰めすぎると反って悪いと思ってね。大丈夫だよ、二人とも確実に成長してるから」

「そう?だったら遠慮せずテレビでも観てるわね」

「私は…」

 

勉強をしなくて良いのかという不安があるのかな。

 

「別に勉強するなって言ってる訳じゃないから。自由行動なんだし、勉強したいのであれば勉強しても問題ないよ。ただし、途中外の空気を吸いに行く目的で散歩とかしなよ。気分転換も大事だよ」

「分かりました」

「客間に机を持っていくよ。それくらい良いよね?」

 

チラッと零奈を見る。

 

「別に構いませんよ」

「ありがとね。っとそうだ。二人ともちょっといいかな?」

「「?」」

 

僕は二人を連れて、2階の僕の部屋まで向かった。

 

「ここが直江君の部屋…男性の部屋なんて初めです」

「私もよ…」

「悪いね、二人に暇潰しになりそうな物を渡そうと思ってさ。えっと、たしかここら辺に…」

 

二人とも部屋の中をキョロキョロと見ている。あまり見られると恥ずかしいのだが。

 

「ああ、あった。まずは二乃にこれを」

「これは?」

「僕が今まで作ってきた料理のレシピ本だよ。手書きで見にくいかもだけど」

「え、良いの?こういうのって他人に見せるもんでもないでしょっ」

「別にいいさ。ほとんど二乃でも知ってる事が書いてるかもだしね。その代わり、今度は二乃が書き留めてるのがあればそれを見せてよ」

「そっちが目的なんじゃない…でもいいわ。今度見せてあげる」

「やった!ありがとね」

「そこまで喜ぶもの?」

 

呆れてはいるが良い笑顔で応えてくれた。やっぱり二乃にも笑顔でいてほしい。

 

「次は五月ね。五月の趣味とは合わないかもだけど、料理と旅行、後は歴史関係のガイドブックだよ。少しでも暇潰しになれば良いんだけど…」

「歴史…直江君は歴史関連が好きなのですか?この間のお土産もお城の絵柄のお菓子でしたが」

「そうなんだよ!女子にはちょっと縁遠いかもだけどね。この間二乃に話したらつまらなそうだったし…」

「あれは…あんたの話がマニアック過ぎんのよ。もう少し初心者用のを今度は用意しなさいよね」

「え?また話しても良いの?」

「聞くだけならね…」

「そっか!用意しとくよ」

「あっそ…」

「む~…これを読めば直江君とのお話がより楽しめる

 

何故か五月は歴史本をじっと見ている。

 

「あ、別に無理して読まなくていいからね」

「いえ、社会の勉強にもなりますし読ませていただきます。ありがとうございます」

「五月は本当に真面目な娘だなぁ。まぁ、肩の力を抜いて勉強と思わず読んでよ」

 

その後下に降り、机を客間に用意してから中野家に向かうことにした。

 

「それじゃあ行ってくるよ。零奈、後の事お願いね」

「ええ、お任せを」

「二乃。三人のお昼の用意任せて大丈夫かな?」

「それくらい、どうということはないわ」

「助かる!あっちの昼食と、後夕食も温めれば食べれるように作っとくよ」

「悪いわね。冷蔵庫の中は好きに使って良いから」

「了解!じゃ、いってきます!」

「「「いってらっしゃい!」」」

 

三人に見送られ、僕は中野家に向かって出発した。

 

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「なるほどな。そういう事になってたのか…」

 

中野家に到着した頃にはいい時間でもあったので、お昼を三人分作って、三人で食べながらお互いの経緯を話していた。

 

「でも、もう少し早く報告してほしかった…」

「ごめん。二人、特に五月ならもう連絡してると思ってたから…それで、五月の着替えとか用意してほしいのだけど…さすがに僕はやってはいけないと思うし」

「……分かった」

 

渋々といった感じで用意のため五月の部屋に三玖は向かった。

 

「はぁ~…それで、一花は仕事だとして四葉はどこ行ったの?」

「知らん!あの馬鹿は何をしているんだ。もう少し危機感を持ってもらいたいものだ」

「な~んか嫌な予感がするんだよね~」

「やめろ!お前の嫌な予感は大抵当たるんだからな」

 

そんな話をしながら、風太郎が持っていた勉強道具を借りて二人で勉強をしていた。というか、三玖の準備えらい時間かかってるなぁ。

そんな時だ。

 

「おまたせ...」

「三玖、えらく時間かかっ...ん-、そんなに荷物いらないと思うけど」

「ああ、多すぎだな。何人分だ!」

「二人分だから仕方がない...」

「ふたっ...!」

「何だ、二乃のやつの荷物もあるのか?」

「いや違うと思うよ風太郎...」

「ん?」

「三玖、君もうちに来るつもり?」

「うん...」

「なっ!?」

「はぁ~...三玖、悪いけどそれはできない」

「む~...」

 

僕の言葉に三玖は頬を膨らませて抗議の目をこちらに向けている。

 

「二乃と五月は何としてもここに帰らせる。それまで待っててくれないかな」

「む~~...」

「ほ、ほら。この埋め合わせは何とかするから」

「......何でもいいの?」

「えっと...僕にできる範囲であれば」

「分かった...じゃあ、今度買い物に付き合って」

「へ?買い物?」

「うん。試験が終わったら、ショッピングモールへの買い物に付き合って。二人でお出かけ」

「えっと...そんな事でいいのなら」

「うん...!約束っ!」

 

そう言って三玖は自分の荷物を持って、自分の部屋に戻っていった。

 

「はぁ~...で、風太郎今日はどうする?二人で三玖に教える?」

「うむ...それも悪くないんだが、お前は帰らなくていいのか?その...あの二人をそのままにして」

「ん~、大丈夫でしょ。あの二人は多分時間が解決してくれるさ。お互いに自分が悪いと思ってるし、後は自分の気持ちとの葛藤の戦いってところだよ。それに...」

「?それに、何だ?」

 

それに、零奈が傍にいれば大丈夫なような気がするんだよな。

何故自分がそんな考えになったのかは分からないのだが、そこは自信を持てる。

 

「しっかり者の零奈が家にいるからね」

「なるほどな。零奈がいれば何とでもなりそうだ」

「でしょ」

 

風太郎が納得してくれたので、とりあえず三玖への勉強を見ることになった。

部屋から戻ってきた三玖はこの世の終わりのような顔をしていた。まぁ仕方がないか。

勉強も終えた頃になり、中野家の夕食を作ることになったのだが、三玖から手伝いを買って出てきたので、手伝ってもらいながらいくつかレクチャーをしてあげた。

最近は二乃と一緒に料理をするようになったそうだ。その影響か、一番最初に三玖の料理を見ることになった、あの料理対決の時に比べたら良くなってきているようだ。まぁ、まだまだ目を離せないのだが...

夕食が出来上がる頃には一花と四葉が帰ってきたので、ある程度現状の説明をしておいた。

 

「それじゃあ、僕と風太郎は帰るね。夕飯は温めるだけで大丈夫だから」

「ありがとねカズヨシ君。二人の事よろしくね」

「ああ。任せといて」

「一花と四葉はしっかりと問題集をやっとけよ!」

「わっかりました!」

 

そして風太郎と僕はそれぞれの家に帰るのであった。

 

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家に帰った後は特に大きな事が起きる事もなく、二乃の作ってくれた夕食を食べた後少しだけ勉強をして、今はそれぞれの時間を過ごしている。

というのも、二乃が今お風呂に入っているのでそれを待たなければいけないのだ。人が増えるとお風呂事情が大変だな。

リビングで自分の勉強をしている時に五月から声をかけられた。

 

「あの、少しだけ庭に出ませんか?今日は晴れていて月が良く見れそうです」

「丁度キリもいいし、気分転換にいいかもね」

 

そして二人で庭に出ると確かに夜空には月が綺麗に浮かんでいた。

 

「ん---、良い月夜だね。ちょっと肌寒いけど」

「ええ、風情があります」

「それで、何か話したいことでもあった?」

「直江君は察しがいい時と悪い時があるので困りものですね...」

 

五月は月を眺めながらそう答えた。

 

「少し昔話をしても良いでしょうか?」

「ああ...」

「...今の父と母が再婚するまで、数年前までは私達姉妹は上杉君の家に負けず劣らずの生活を送っていました。当然ですね。女手一つで五人の子供を育てなければいけなかったのですから。その頃の私達は正に五つ子、見た目も性格もほとんど同じだったんです」

「そういえば、前に見せてもらったアルバムにあった写真、どれが誰だか分かんなかったわ」

「ふふっ、あの頃の私達を見分けられたのは、母と祖父くらいだったでしょうか。ですが、私達を育ててくれた母も無理が祟ったのでしょう。体調を崩してしまい入院。そして...」

 

亡くなってしまったか。姉妹達を残して逝ってしまう時、母親は残してしまう娘達に申し訳なく思っただろう。それに、苦楽を共に過ごしてきた母親を亡くした時の五月達の気持ち、今の僕には想像もできない。

そんな時、後ろから気配がしたので振り向いたが誰もいなかった。

 

「直江君?」

「悪い、続けてくれ...」

「はい。そこで私は母の代わりとなり、みんなを導くと決めたのです。決めたはずなのですが、うまくいかないものですね...」

 

なるほど、二乃の頬を叩いた行為は母親を真似ての行為だっのか。

 

「もしかしてその話し方も...」

「そうです。母はいつもこういった話し方でしてたので」

「なるほどね...」

 

大した徹底振りだよ。ということは、今までたまに垣間見えていた五月の甘えてくる行動。あれが本当の五月ってことかもしれない。

 

「五月がみんなを導く母親の代わりをするのなら、僕が君の甘えられる場所になるよ」

「え...?」

「僕はお兄ちゃんだからね。もう一人くらい妹が増えても問題ないさ」

「む~...妹扱いはやめてください!」

「はははは、まあ妹は冗談としても、甘えたい時には甘えてくればいい。母親だって息抜きは必要だよ」

「っ...!そうですか、ではお言葉に甘えさせてもらいますね!覚悟しててよね、後で勘弁はなしなんだから!」

「もちろん!」

 

僕の答えに満足した五月はまた夜空を見上げていた。

 

「本当に、今日は月が綺麗ですね」

「......」

 

多分、分かって言っていないとは思うんだけど、その言葉の意味が分かる人間としては答えに困るものだ。

 

「五月、やっぱりもう少し勉強頑張ろうね...」

「え!?いきなり何ですか!」

 

冷えてきたこともあり、その後はすぐに家の中に戻ることにした。

しかし、先ほどの気配は誰だったのだろうか。二乃か零奈だと思うんだけど。

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます!
今回のお話で、あの「月が綺麗ですね」の場面を書く事ができました。
原作での五月と風太郎のやり取りは結構好きなシーンですね。ちなみに、ゲームの『ごとなつ』にも同じ様なやり取りがあるのですが、そちらも結構好きです。

敬語なしバージョンの五月はちょっと早かったかもしれませんが、甘えたがりの五月(僕の願望です)の事を、甘えてもいいと言ってくれた直江兄妹がいたからこそ出してもいいかなという思いで出しました。
これからも基本的に敬語で書いていくと思いますが、和義の前では敬語じゃない場面も書こうかと思ってます。ご容赦を。

では、またの投稿の場で。
今後もよろしくお願いいたしますm(_ _)m


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44.巣立ち

「先行ってるわよ」

「ああ、いってらっしゃい二乃。いつもと違う通学路だから気をつけて」

「ふ~ん...」

「ん?どしたの二乃?」

「べ、別に何でもないわよ!いってきます!」

 

次の日になると学校も始まったので登校しなければいけない。

みんなで話し合った結果、別々にに登校することになった。この間の噂の事もあるのでこういった処置を取ることにしたのだ。

そこで二乃が先に登校することになったのだが、見送った時に何故かじっと僕を見ていた。疑問に思ったので二乃に話しかけたのだが、慌てて行ってしまった。

 

「え、何?」

「さあ、今の兄さんには難しいかもしれませんね」

「どういう事です?」

「全く分からん...」

 

零奈には分かっているようだが、教えてくれなさそうだ。

その後、五月が登校し、僕も学校に向かった。

 

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その日の放課後、とんでもない事態が起きている事が僕の耳に入った。

 

「は?四葉、陸上部の助っ人まだ続けてたの?」

「うん...フータローの問題集をやっていれば大丈夫だって。今日も朝早く登校してたし、今も練習してるんじゃないかな...」

「はぁ...お人好しの性格が出ちゃったか」

「どうしよう...」

「僕はとりあえず風太郎の様子を見てくるよ。多分、風太郎は四葉の所に行ってるだろうし。三玖は先に図書室に行ってて。向かえない時はメッセージを送るから。一花と五月が来たらその事伝えといて!」

「分かった。二乃はどうするの?」

「もう連絡したけど行かないって…」

「そうなんだ…」

 

で、校庭に来たのだがそこには疲れ果てた風太郎の姿があった。

 

「風太郎、大丈夫?」

「ぜぇ…ぜぇ…すまん、四葉に逃げられた…」

「まぁ、風太郎の足じぁ追いつけないよね…」

「くっ…」

「どうする?僕も手伝おうか?」

「いや、この件は俺で何とかする…お前は後の姉妹の事を頼む…」

「風太郎、お前………分かった。こっちは任せたよ」

「ああ!」

 

とりあえず、今日の四葉は諦めて風太郎と二人図書室での勉強会に向かうことにした。

 

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その後しばらく風太郎と四葉の追いかけっこが続いた。

まぁ、風太郎の全敗ではあるのだが。

それでも風太郎は諦めずに追いかけ続けていた。

そんなある日。

 

「どうしたもんかな…」

 

二乃と四葉以外の姉妹は放課後の勉強会に参加してくれている。フータローの用意してくれていた問題集のおかげでレベルアップは少なからずしている。

二乃は家で僕の教えの下勉強をしてくれている。

後は四葉だが、自分で言った手前か問題集を進めているそうだ。

とはいえ、どれくらい成長しているかが見れないのは良くない。

そんな事を考えながら家に帰ると二乃が夕食の準備をしていた。

 

「あら、おかえりなさい」

「ただいま。あれ?二人は?」

「足りない物があったから買い物を頼んだところよ」

「ふ~ん、そっか…」

 

何かこの風景が当たり前になってきたな。とはいえ、何とか家に帰ってもらわないとね。

そんな時、机の傍に紙袋が置いてあったのに気づいた。中は何か紙の束のようだけど。

 

「何これ?」

「あ、それは…!」

 

紙袋の持ち手部分を持った瞬間に二乃が叫んだ為、ビックリして紙袋を倒してしまった。

中から出てきたのは…

 

「これ、風太郎の問題集……二乃、ちゃんとしてくれてたんだ」

「……」

「それにこれ。割いたのもテープで補強してる。やっぱり二乃は優しい女の子だね」

「なっ…!?」

 

倒れた紙袋を元に戻しながら二乃に聞いてみた。

 

「風太郎に本当は悪いって思ってるんだよね。なら、五月にその事を言って謝れば…」

「それは嫌!」

「何が二乃をそこまでさせてるの?」

「……ねぇ、あんたの部屋に行ってもいい?ここだと五月が帰ってきた時に聞かれそうだし」

「分かったよ」

 

僕の部屋に移動した二乃は窓を開け、空を見ながらポツリと話し出した。

 

「昔はあんなことをする子じゃなかったのよ五月は。なんだか知らない子になったみたいだったわ」

 

知らない子か。

 

『私は母の代わりとなり、みんなを導くと決めたのです』

 

この言葉が五月を変えている原因なのだろう。

 

「人は誰しもが成長をしていく。その過程で変わってしまうのは仕方がないんじゃないかな。だけど、変わらない部分だってあると思う。僕は君たちの昔を知らないから比べようがないけどね」

「かもしれないわね……ねぇ、あんたにアルバムを見せたの覚えてる?外見が同じ私達が写ってる写真」

「もちろん」

「あの頃ってね、性格も同じだったのよ。あの頃はまるで、全員の気持ちが共有されているような気がして居心地が良かったわ。でも五年前から変わってしまった」

「五年前…もしかしてみんなのお母さんが亡くなったのもそれくらい?」

「あら、よく知ってるじゃない」

「まぁね…」

 

なるほど。母親の死をきっかけに五月は母親の代わりとなることを決心した。

つまり、他の姉妹も少なからずそれをきっかけに変わったのだろう。けど二乃は…

 

「みんな少しずつ離れていった。一花が女優をしていたなんて本当に知らなかったわ。まるで五つ子から巣立っていくように、私だけを残して…私だけがあの頃を忘れられないまま。髪の長ささえ変えられない」

「………」

「だから無理にでも巣立たなくちゃいけない。一人取り残される前に。その決心がまだ出来ないんだけどね…」

 

これは僕が何を言っても二乃の心に響かないだろう。

彼女の心を動かせるのは姉妹達だけ。後は、今はいない母親だけか。

っていない人に期待しても意味ないか。

 

「ありがとね。二乃の心が聞けて良かったよ」

「あんたって不思議ね。何でも包み込んでくれそうって思えてくるわ」

「そんな風に思ってくれるなんて光栄だね。でも、これは二乃だからこそだよ。どうでもいい人にここまでしないさ」

「え、それって…」

「「ただいま帰りました!」」

「お、帰ってきたみたいだね。しかし、あの二人は話し方まで同じってどこまで仲が良いんだか…じゃあ下に降りようか」

「あんたは先に行ってなさい。私はここでもうちょっと涼んでいくから」

「涼むって…風邪引かないでよ」

「分かってるわ」

 

そう言いながら空を見上げている二乃の顔はとても良い顔だった。

 

その日の夜、零奈に二乃から聞いた話をしてみた。

 

「そうですか。そんな事が...」

「うん。こればっかりは僕では力になれてあげれないかなって。かと言って他の姉妹には話してはいけないような気がするんだよね」

「でしたら、今度の土曜日私が二乃さんのお話を聞いてみます」

「零奈が?」

「ええ。小さな子どもだからこそ話せることもあるかもしれません」

「まあ、確かに...」

「後、その日にどなたか姉妹の方を呼んでいただけないでしょうか?そうですね、三玖さんがいいかもしれません」

「へ?三玖を?まあ、いいけど」

 

僕の言葉に納得したのか笑っている零奈。けどこの顔は何かを企んでいる時の顔だ。二乃と三玖無事でいてくれればいいけど。

 

------------------------------------------------

次の日、風太郎と陸上部の部長とで一悶着が起こりそうだったが、そこで四葉が何とか収めてくれたようだ。

しかし姉妹から見ても、もう限界が来ているように見えているそうだ。そこに土日の合宿の話が舞い込んでいるというのだ。

 

『私が四葉の気持ちを聞き出してみるよ。フータロー君、カズヨシ君も聞いててくれる?フータロー君には私の携帯から。カズヨシ君には三玖から携帯借りてそこから流すね』

 

そういった一花の提案があったので、今直江家ではテーブルの上に僕の携帯をスピーカーにして置き、それを四人で囲んでいる。

もちろんミュートにしているので、こちらの声は聞こえていない。

 

「それにしても試験前に合宿など、何を考えていらっしゃるのですかその陸上部の部長は?」

「私もその場にいましたが、試験のことなど眼中にないようでした。それで上杉君の癇に障ってしまったようでして...」

「とんでもない部長だな...」

「......」

 

二乃は一言も話していないが、気にはなっているようでこの場には来てくれていた。

 

「と、始まったようだよ」

『送らないの?』

『うわぁっ!!一花~心臓に悪いよ~』

『私も歯磨き~』

『じゃあうがいしようっと』

『待って。もう!また歯ブラシ咥えているだけで全然磨けてないじゃん。ほら貸してやってあげるから』

『うっ...』

『前はよくしてあげたじゃん』

『で、でも~。もう子どもじゃもごご...』

『はい、あ~んして...』

『に...苦~~』

『私の歯磨き粉。これが大人の味なのだ。四葉には早かったかな?』

『よ、余裕のよっちゃんだよ!』

『ふふ、体だけ大きくなっても変わらないんだから。ほら無理しているから口内炎出来てるよ』

『私無理なんて...』

『こら!喋らないの......どれだけ大きくなっても四葉は私の大切な妹なんだから。お姉ちゃんを頼ってくれないかな』

『私......部活辞めちゃダメかな...』

『辞めてもいいんだよ』

『や、やっぱ駄目だよ!みんなに迷惑かけちゃうし。勉強とも両立出来てるんだし。一花がお姉さんぶるから変な事言っちゃった。同い年なのに。ガラガラ...ペッ』

『あはは、こんなパンツ穿いているうちはまだまだお子様だよ』

『わ--っ!しまっといて!上杉さんや直江さんが来たときには見せないでね!』

『は-い......ちゃんと聞こえてた?』

『お子様パンツ』

「いや、そこかよ!」

『あはは、良かった......明日陸上部のところに行こうと思うんだ。どうする?』

『行くに決まっている!四葉を開放してやるぞ!』

「こっちは行くメンバーが決まったら向かうよ。また連絡するね」

『分かった!』

『よろしくね』

 

そこで通話は切れた。さて...

 

「私は行きます!四葉が助けを求めていますので!」

「わ、私は...」

「...二乃さん。明日は私とお話しませんか?」

「え?」

「恐らく兄さんも行かれると思いますので、勉強どころではないでしょう。であれば、私とお話をしませんか?気分転換になるかもしれませんよ」

「レイナちゃん...」

「分かった。じゃあ、現地に行くのは僕と五月で。二乃、零奈のこと頼んでもいいかな?」

「ええ...」

 

明日で色々と決着をつけたいところではある。僕の出番はほとんどないかもしれない。

風太郎、零奈、三玖、頼んだよ。

 




いよいよ期末試験編もクライマックスに近づいてます。
結局、この章はこのままにして長くなってしまいましたね。
そろそろ次の章のタイトルを考えないといけないです。。。

では、またの投稿をお待ちいただければ幸いです。


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45.五人で一人前

~二乃視点~

 

今日はみんな朝早く起きて朝食を食べている。和義と五月に至っては四葉の所に向かうためすでに出かけてしまった。

今は私とレイナちゃんだけだ。

本当は私も四葉のところに行きたい思いはある。でも、私なんかが行ってもいいのかという思いもあり、五月みたいに行く宣言が出来ず躊躇ってしまった。

そんな時にレイナちゃんが私と話がしたいと言ってきたのだ。

 

「もう少し待ってくださいね。そろそろ来られるかと思いますので」

「?誰か来るの?」

「ええ」

 

ピンポーン

 

そんな話をしていると、来客の合図でインターホンが鳴った。

 

「ちょっと待っててください」

 

そう言ってレイナちゃんが玄関に向かった。一体誰だろう。私と話がしたいというのだから私の知らない人とは思えない。

でも、姉妹のみんなは今四葉のところに行ってるから、後はらいはちゃんくらいかな。

そんな風に考えていたら、予想だにしない人がリビングに入ってきた。

 

「お邪魔します...」

「三玖!?あんた、四葉のところに行ってるんじゃなかったの?」

「誰もそんな事言ってない」

 

確かにそうだけど、普通そっちに行くって思うでしょ。

 

「お茶を用意しますけど、三玖さんは緑茶ですか?」

「うん...お願い」

 

全く何でここに三玖が。でも待って、レイナちゃんがそろそろ来ると言っていたから、三玖を呼んだのはレイナちゃん?いや、もしかしたら和義かもしれない。

この間の話を三玖に相談したのかも。でも、あいつはあの事を姉妹の誰にも話していない、そう確信を持つことが何故かできる。

本当に不思議な奴。

そんな風に考えながら、用意された紅茶に砂糖を入れると三玖からの横槍が入った。

 

「そんなに入れると病気になる」

「私の勝手でしょ。その日の気分によってカスタマイズできるのが紅茶の強みよ」

「よく分からない。甘そうだし」

「そんなおばあちゃんが飲みそうなお茶を好んでいるあんたには一生分からないわよ」

「この渋みが分からないなんてお子様」

「誰がお子様よ!」

 

っていつもの調子で喧嘩している場合じゃないか。

 

「こんな時まであんたと喧嘩してらんないわ。で、何しに来たのよ?」

「私はレイナちゃんに呼ばれただけ...」

「え?」

「はい。私が兄さんにお願いして呼んでもらいました」

 

やっぱりレイナちゃんか。て事は、やっぱり他の姉妹にあの事話してないんだ。

何故かその事に安心している私がいる。

 

「二乃さん。単刀直入に言います。自分の家に帰りたくないのですか?」

「っ...!帰りたくないわね。今の家はいるだけでストレスが溜まるんだもの。昔と違って姉妹達の好き嫌いも変わってすれ違いも増えたわ。バラバラの私達がそこまで一緒にいなきゃいけない?一緒にいる意味もないわ」

「家族だから...それだけじゃ変?」

「...っ!」

 

私の問いに対して三玖が答えた。

 

「そうですね。家族であれば、一緒に過ごす事の意味としては大きいと思います。それに...」

 

そこでレイナちゃんは自分の紅茶を飲んで続けて話した。

 

「亡くなったお母様はきっとこう願っていると思います。親として姉妹全員一緒にいて欲しい、と。たとえどんな事があったとしても、大切なことは五人で一緒にいることだ、と」

「「え...?」」

 

なんでレイナちゃんがその言葉を。驚いているのは私だけではなく、三玖も驚き目を見開いてレイナちゃんを見ている。

だって今の言葉は生前のお母さんがいつも言っていた言葉...

ニッコリと笑っているレイナちゃんの後ろにお母さんの面影が浮かんだいるようだった。

 

「変わっているのは二乃さん、貴方もじゃないですか?例えば…料理とかはどうですか?二乃さんは小さい頃から料理は得意でしたか?」

「それは、そうだけど…」

「ふふっ、二乃さんの料理の腕はピカイチだと思います。でも、それは最初から出来た訳でもなく、かといって姉妹皆さんが得意という訳でもない。二乃さん、貴方だけが経験したことで培ったもの」

「……」

 

本当にこの子は凄い。言葉が出ないとはこの事かもしれない。

 

「では、三玖さん貴方には何があると思いますか?」

「え?」

 

急に話を振られた三玖はビックリしたけど恐る恐る答えた。

 

「…私、昔から戦国武将が好きなんだ...」

「え?戦国武将って...あんなおじさんが?」

「うん」

「いいじゃないですか。それが三玖さんだけが持っているものです。他には…一花さんは自分が長女であるという自覚からか姉妹みんなの事を良く見ていますね。何より今は女優という道を進んでいる。四葉さんはなんと言ってもあの運動神経ですね。それに困っている人を見過ごせない性格。五月さんはあの真面目さではないでしょうか。真面目過ぎるのも玉に瑕ですが、これも五月さんだけが持っているもの」

 

レイナちゃんは私達姉妹の事を次々と話している。良く見てくれてるんだ。

 

「では、ここでお互いのお茶、飲んでみませんか?」

「「え!?」」

 

急に言われたから私と三玖はビックリしてお互いの顔を見た。

そして、言われるがままお互いが飲んでいたお茶を飲むことにした。

 

「やっぱ甘すぎる...」

「苦っ!」

「自分から飲もうとは思わないですよね。しかし、それは二乃さんと三玖さん、それぞれの好みがなければお互いに知ることのできなかった味です」

「「っ...!」」

「すみません、兄さんから二乃さんと話した内容を聞きました。その話によると、確かに中野さん達は昔五人そっくりで諍いもなく平穏だったのかもしれません。しかし、それでは…そうですねテストで言えば20点のまま。笑ったり、怒ったり、悲しんだり、色々な経験を一人一人が行い、足りないところを補い合っていき、五人で一人前、100点になっていく。それもいいのではないでしょうか。これから先、色々な困難が立ちはだかるでしょう。しかし、五人それぞれが違っている部分で補い合えば、きっと乗り越えていけます。私はそう信じてます」

 

レイナちゃんはそこまで言い切ると、自分の紅茶を飲んでこちらに向かって微笑んだ。その微笑みは私達にとって懐かしもののように感じた。

そして、三玖のお茶をもう一口飲んでみた。

 

「やっぱり苦いわね!こんなの飲もうとも思わないわ。でもそうね、これでハッキリしたわね。やっぱり紅茶の方が勝ってるって」

「紅茶だって元は苦い」

「こっちは気品のある苦味なのよ。きっと高級な茶葉から抽出されてるのよ!」

「緑茶は深みのある苦味。こっちの茶葉の方が良いのを使ってる」

 

そんな争いをしてたらレイナちゃんから呆れたように言われた。

 

「何を争っているのですか...紅茶も緑茶も同じ葉を利用しているのですよ。発酵度合いで違っているのです。ちなみに烏龍茶も同じ葉です」

「「え...!?」」

 

レイナちゃんには悪いと思ったけど、信じられず携帯で調べてみたが言った通りだった。

 

「「嘘...」」

「ふふっ」

「あははっ、何それ!今度みんなにも教えてあげ...」

 

そこで言葉が止まってしまった。やっぱり私は姉妹みんなのことが好きなのだと改めて感じた。

 

「ちなみに兄さんは知っています。むしろ知らなかったのかと呆れられるかもしれませんので、兄さんに話すのはオススメしません」

「は-い...……今を受け入れるべき。いい加減覚悟を決めるべきなのかもね。レイナちゃんはさみはどこにあるの?」

「え?はさみなら戸棚にあるので持ってきますね。少々お待ちください」

 

そう言ってはさみを取りに行ったレイナちゃん。

 

「二乃?何するつもり?」

「あんたにも手伝ってもらうんだから、覚悟しなさい」

「え!?」

 

何故か恐怖顔になっている三玖に向かって笑顔を向けたのだった。

 

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朝食の後、僕は四葉のところには行かず、リビングと庭を繋ぐテラスで隠れて話を聞いていた。もちろん零奈には前もって了承を取っている。だから窓が開いており、中の会話が聞こえているのだが。

五月には、零奈と二乃の話が気になるからやっぱり残る旨を伝えて先に向かってもらった。

しかし、我が妹の大人びいたこと。どこからあんな知識が出てくるのだろうか。直江家の七不思議に登録してもいいかもしれない。

そんな事を考えていると、こちらに誰かが近づいてきた。

 

「兄さん?いるのですか?二乃さんと三玖さんは客間の方に行ったので大丈夫ですよ」

 

零奈のようだ。

零奈の存在が確認できたので、リビングを背にテラスに腰かけた。

 

「二人は何してるの?」

「それは後のお楽しみです」

「さいですか...…零奈ありがとね。これで二乃も前に進むことができるよ」

「私はただ思ったことを伝えただけです」

「それでもだよ。不甲斐ない兄で申し訳ない」

「そんな事ありませんよ」

 

そう言いながらキッチンの方に向かっていった。何か準備をしているようだ。

そして、お盆に何かを乗せてこちらに戻ってきた。

 

「はい、兄さん。温かいほうじ茶です。体も温まると思いますよ」

「お、ありがとうね。助かるよ」

 

零奈からほうじ茶を受け取ってゆっくり飲んだ。体の奥から温まるのを感じる。

そこに零奈が、後ろから首に腕を回しながら抱きしめてきた。

 

「おい、零奈!?」

「いいじゃないですか。たまには甘えさせてください」

 

それを言われると言い返せないよ。

 

「兄さんは不甲斐ないことなんてありません。今回だって、二乃さんと五月さん、二人から自分の気持ちを聞き出せたじゃないですか。お二人は兄さんだからこそ自分の気持ちをさらけ出したのでしょう。それがあったからこそ、私は二乃さんとお話ができたのです。ありがとうございます、二人に寄り添ってくれて」

 

五月とのことを知ってるってことは、あの時感じた気配は零奈だったか。

しかし、零奈の言葉に心も温かくなってきたような気がした。まったくどちらが年上なのか本当に分からないものだ。

 

「レイナちゃん、はさみありがとね。助かっ...」

「ん?どうしたの二乃?な、に、が...」

「あ、二乃さんに三玖さん。もう終わったのですか?」

 

どうやら二乃と三玖がこちらに来たようだ。僕は後ろの零奈のおかげで振り返れない。しかし、何故だろう。今振り返ると怖いものを見ることになりそうだ。

 

「か、和義!あんた何やってんのよ!」

「む~...」

「へ?何って、兄妹のスキンシップだと思うけど...」

「そうですね!これは兄妹によるスキンシップです!」

「そうなんだけど...あ~もう~!それより、話すときはこっちを見なさいよ」

「分かったよ。零奈そろそろ離れてくれないかな」

「仕方がないですね」

 

零奈が離れてくれたおかげで、ようやく振り返ることができた。そこには...

 

「二乃...その髪...」

 

二乃のあの長かった髪はなく、四葉と同じくらいまで切られていた。

 

「ど、どうかしら...」

「うん、二乃はどんな髪型でも似合うね。とても可愛いよ」

「~~~~~っ!」

「む~~...」

「はぁ、兄さんの天然発動ですね」

「え?何かまずかった?正直な感想を言ったんだけど」

 

何故か、二乃は後ろを向いてしまい。三玖はジト目でこちらを向き。零奈は眉間に手を持っていき呆れている。

感想を言っただけでこれって納得いかないのだが。

そんな時だ。僕の携帯に着信が入った。

 

「どうしたの、風太郎?」

『そっちに三玖は来てるか?』

「ああ、いるけど...」

 

三玖の方を見ながら風太郎の質問に答えた。

 

『そうか!なら三玖を連れてこっちに向かってくれ!今にも四葉が合宿に連れて行かれそうなんだ』

「何で三玖を...って、まさか...」

『ふっ、話が早くて助かるな。そう、ドッペルゲンガー作戦だ!場所は駅前だ、急いで来てくれ』

 

それだけ言うと風太郎から携帯を切ってしまった。

 

「ドッペルゲンガーって...」

「電話何だったの?私の方を見てたけど...」

「あぁ、風太郎からで、今まさに四葉が連れて行かれそうだから急いで三玖を連れてこいってさ」

「私を?何で...あぁそういう事。でも難しいかも。今の私変装するためのウィッグがない」

「ってそうか。どうするかな...」

「何困ってんのよ。ここにもう一人同じ顔がいるじゃない」

「そうか!二乃、頼めるかな?」

「任せなさい!四葉はジャージよね。急いで着替えてくるわ」

「頼んだ!僕と三玖は外で待ってるよ」

 

三玖と外で待ってると、ジャージに着替え頭にうさぎりぼんを着けた二乃が家から出てきた。

 

「どうです?」

「ああ、間違いなく四葉だね。見た目だけは」

「む、何か含みのある言い方ね」

「何て言うか、確かに見た感じは四葉なんだけど、雰囲気?が何か二乃って感じがする。あ、母さんの運動靴用意したから、入るか確かめてみて」

「え、カズヨシ…それって…」

「うん、ちょうど良い感じね。じゃ早速行きましょうか」

「そうだね。ごめん、三玖さっき何か言った?」

「ううん。大丈夫だよ。行こう」

 

三玖が何か言ったような気がしたが、気にしてないようなので風太郎達の待つ駅前に向かうことにした。

 

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そろそろ着く頃に風太郎に電話して知らせた。

 

「風太郎そろそろ着くけどどうすればいいの?一旦合流する?」

『いや、ちょうど良いところに来てくれた。正に今移動を始めようとしている。俺が合図したら三玖を向かわせてくれ』

「あ、今回は三…」

 

そこで電話が切れた。あいつ今日はやたらとすぐ切るなぁ。

本当は二乃が行くって言おうとしたが、まあいいか。

 

「二乃。風太郎が合図したら向かえってさ」

「あの集団の所に行けば良いのよね。て言うか、合図って何よ?」

「さあ?」

「さあって、あんたねぇ…」

 

二乃が抗議した瞬間である。

 

「痴漢だー!痴漢が出たぞー!!」

 

風太郎の声が辺りに響いた。

 

「まさか…」

「これが合図?カズヨシ…」

「あいつ凄いこと仕出かすわね」

 

階段を登っていく風太郎が見え、三人で呆れていると…

 

「そこの人、止まりなさーい!」

 

そのセリフと共に四葉が風太郎を追いかけだした。

 

「風太郎も大概だが、追いかける四葉も凄いな…」

「まあいいわ。じゃあ行ってくるわね」

「二乃、ファイト…」

「任せなさい」

 

四葉と入れ替わるように四葉に変装している二乃が陸上部員が集まっている場所に向かっていった。

 

「僕達は先に風太郎達に合流しようか」

「分かった」

 

風太郎が先ほど登っていった階段を登りながら、二乃の様子を伺っているが、陸上部の部長らしき人が膝から崩れ落ちて放心してしまった。

 

「二乃のやつ何言ったの?」

「分からない。けど、上手くいったみたいだね」

 

まあそうなんだけどね。良いのだろうか。

階段を登った先では風太郎に一花、四葉と五月が僕達と同じように陸上部員達の様子を見ていた。

 

「よ!間に合ったみたいだね」

「和義。グッドタイミングだったぜ。お前が三玖を連れてきてくれたおかげで…」

「私は何もしていない。ウィッグの用意がなかったから変装できなかった」

「!?」

「「「三玖!」」」

 

まさか素の三玖が僕の後ろにいるとは想像していなかったのか、そこにいた全員が驚いていた。

 

「お、おい。五…四…一…三…ってことは…」

 

風太郎が数字を数えながら変装を誰がしているのか考えていると…

 

コツコツ…

 

後ろからこちらに近づいている気配を感じた。

 

「僕も詳しくは知らないけど、きっと何か気持ちの変化があったんだよ。ね、二乃?」

 

いつもの蝶々を象ったリボンを、頭の両脇に着けながら僕の後ろから颯爽と登場した二乃に話しかけた。

 

「ちょっと二乃~。そんなにサッパリいくなんて、もしかして失恋ですかー?」

「馬鹿…そんなんじゃないわよ」

「え~?三玖は何か知ってる~?」

「知らない」

 

髪を切った三玖とからかっている一花以外の人間は、二乃の変貌にただただ驚いていた。

 

「四葉」

「!」

「私は言われた通りにやったけどこれでいいの?こんな手段取らなくても本音で話し合えば彼女たちも分かってくれるわよ、きっと。あんたも変わりなさい。辛いけど、いいこともきっとあるわ」

 

姉妹を思う優しい顔で二乃は四葉にそう諭した。

 

「…うん。行ってくる」

「付いて行こうか?」

「ありがとう。でも……一人で大丈夫だよ」

 

一花の言葉に四葉は笑いながら答え、陸上部員が集まっている場所に向かっていった。

四葉はこれで大丈夫だろう。後は…

 

「二乃…先日は…」

「待って。謝らないで。あんたは間違ってない、悪いのは私…ごめん。あんたが間違ってるとすれば、力加減だけ。凄く痛かったわ…」

「二乃ぉ~」

 

五月はすでに泣いており、顔がグシャグシャである。

そしてそのまま二乃に抱きつき、抱きついてきた五月を優しく二乃は抱きしめていた。

 

「騒動は収まったよ。ありがとね、零奈…」

 

ここにはいない今回の立役者であろう零奈に向かって、空を見上げながら僕は感謝を述べるのであった。

 

 




二乃のショートカット解禁です!
いよいよ来ましたね~
アニメで、リボンを結びながら登場したシーンは好きなシーンでもあります。
この話を書きながら何回も観てしまいましたw

さて、次回はあのお話ですね。オリジナルキャラもいるのでどんな感じにしようか現在も模索中です。
では、また次回に。


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46.試験結果、そして...

「この度はご迷惑をおかけしまして...全ては私の不徳の致すところでして...」

 

中野家の玄関近くまで来たところで四葉が土下座をしながらみんなに向かって謝っている。見事な土下座である。

しかし、誰も聞いちゃいない...

 

「えっと、四葉...女の子がこんな事しちゃいけないよ。もう気にしていないから、ほら顔を上げて...」

「う~...直江さ~ん...お優しいお言葉心に染みます。それに比べて...も-、みんな聞いてよ-」

「あ?いつまでそんなこと気にしてんだ、早く入れ」

「いや、お前の家じゃないだろ...」

 

四葉は文句を言っているが、みんなはやはり気にしていないようで笑顔で四葉を見ている。

 

「それと...おかえり。二乃、五月ちゃん」

「「ただいま」」

 

その後二乃と五月以外の姉妹はまだ朝食を食べていないということで、簡単におにぎりを作ってあげた。今回の事での謝罪を込めて、四葉も手伝ってくれた。

今は僕と二乃以外のみんながおにぎりを食べているところだ。というか、五月も食べているが、君は朝食しっかり食べたよね。

 

「そう言えば、四葉。陸上部の事はどうなったの?」

 

大丈夫だろうとは思っていたのだが、やはり気にはなっていたので聞いてみた。

 

「あの後ちゃんとお話をして、大会にだけ協力してお別れすることになりました」

「そっか...」

「大会も断っちまえばよかったのに」

「一度お受けした以上お断りはできません」

「あの部長諦めが悪そうでしたからね」

「また何か言われたら教えなさい。今度こそしっかりと教育してあげるわ」

「教育って...」

 

マジであの時何言ったの?

 

「ありがとう二乃!でも今度は一人でやってみる!」

「あっそ」

「さて本題に移ろう」

 

風太郎がそう言いながら立ち上がった。

机の上にはみんながそれぞれやり終えた風太郎お手製の問題集が置かれている。

みんな自分の分は全部終えいているようだ。よく頑張ったね。

 

「とりあえず問題集は全員終わらせてるみたいだけど...」

「私達ちゃんとレベルアップしてるのかな?」

 

三玖と一花が心配そうに終わらせている問題集の束を見ている。

そんな中四葉がドヤ顔なのが気になるが。

 

「大丈夫だ、秘策がある!」

「?秘策とか用意してたんだ。僕も知らなかったよ」

「ふっ、任せておけ...カンニングペーパーだ!」

「「「「「!」」」」」

「おっと...」

 

風太郎が自信満々にカンニングペーパーを出してみんなに見せつけている。

 

「あ、あなたはそんな事をしないと思っていました...」

「そんなことして点数を取っても意味ないですよぉ」

「確かに」

 

どうしたのだろう風太郎の奴。

 

「じゃあもっと勉強するんだな!こんなもの使わなくてもいいように最後の二日間でみっちり叩き込む!覚悟しろ!」

「そういうことね。だったら僕も協力するさ」

「......というように進めさせていただきますが...いかがでしょう?」

 

おずおずと二乃に聞いている。まあそうだよね...

でも大丈夫だよ風太郎。

 

「何それ。今まで散々好き勝手にやってきたくせに。やるわよ、よろしく」

「!」

「ほら、机の上片付けなさい。始めるわよ」

「「「「は-い」」」」

 

二乃の合図で机の上を片付けてみんな勉強の準備を始めている。嫌々な娘はいない。みんな笑顔で勉強に取り組んでいる。

そんな光景を風太郎は感慨深く見ている。

 

「ふっ...ほら始めるよ風太郎」

 

風太郎の肩に手を置きながら話しかけた。

 

「和義...」

「よかったね、フータロー君」

 

こちらに振り返りながら一花が風太郎に声をかけた。恋する乙女、本当にいい笑顔だ。

 

「まだ...これからだ」

 

何か覚悟をした顔つきでいる風太郎は、勉強を教えるために姉妹の所に向かう。そんな彼に僕も続いた。

 

------------------------------------------------

「ここまで荷物を運んでいただきありがとうございます」

「ホント助かったわ」

 

あの後勉強に一区切りを付けて、二乃と五月の荷物を取りにうちまで戻っていた。

そして、その荷物を持ってまた中野家に戻ってきたのだ。ちなみに零奈も一緒だ。

 

「今日もお泊りさせていただきありがとうございます」

「いいのよ。料理が出来る子が増えると私も助かるもの」

「今日も一緒に寝ましょうね、レイナちゃん」

「はい!」

 

土日の追い込みのため、風太郎が泊まることになった。そこで、今回僕も泊まるよう言われた。

そこで、荷物を取りに行くついでにと、零奈も誘うことになったのだ。

 

「零奈、夜食の準備とか手伝ってもらうかもだけど、よろしくね」

「はい!お任せください」

 

さて、明後日の期末試験に向けて頑張っていきますか!

 

------------------------------------------------

期末試験当日---

僕は試験前の朝、屋上に向かっていた。屋上の扉を開けると、そこには風太郎が携帯を眺めながら佇んでいた。

 

「よ!風太郎、早かったね」

「ん?ああ、和義来たか...」

 

いつにもまして真面目な顔である。

 

「はぁ~...んで、昨日言った事に変わりはない?」

「ああ!」

「そ。なら僕は止めないさ」

 

そう言って壁に寄りかかった。

 

「俺が言うのも何だが、いいのか本当に?」

「僕はいつでも君の味方だよ。まぁ、駄目と思ったらちゃんと止めるさ」

「そうか。その時は頼んだぞ、和義先生」

「はいはい。まったく手のかかる生徒だこと」

 

そこでお互い笑いあった。そして、風太郎はある人に電話をかけるのである。

 

「...ええ、五人とも頑張っていますよ。これは本当です......そこで勝手ですがお願いがありまして......今日をもって家庭教師を退任します......」

 

風太郎の電話の声を聞きながら、空を見上げていた。今日もいい天気だなぁ。

 

「一花、二乃、三玖、四葉、五月。君たちが五人揃えば無敵だ。頑張れよ」

 

空を見上げながら呟いたその言葉は空に溶けて消えていった。

 

------------------------------------------------

~中野家~

 

-試験結果-

・一花

国語 24点、数学 52点、社会 28点、理科 41点、英語 36点、合計 181点

 

・二乃

国語 26点、数学 34点、社会 36点、理科 43点、英語 72点、合計 211点

 

・三玖

国語 37点、数学 43点、社会 75点、理科 40点、英語 20点、合計 215点

 

・四葉

国語 51点、数学 17点、社会 31点、理科 24点、英語 27点、合計 150点

 

・五月

国語 43点、数学 28点、社会 38点、理科 70点、英語 34点、合計 213点

 

「こ、これは酷い...」

「あんなに勉強したのにこの結果か-」

「改めて私達って馬鹿なんだね」

「み、みんな元気出して!」

「あんたは自分の心配しなさいよ」

 

五つ子は自分たちの試験結果を見て、落胆していた。

風太郎と和義には自分たちの家庭の事情に巻き込んでしまった。にも関わらず、最後まで勉強を見てくれたのだ。それなのにこの結果である。

 

「丁度家庭教師の日だし、今日は期末試験の反省がメインだろうね」

 

ピンポ-ン

 

一花がそう言った時、来客の知らせであるチャイムが鳴り響いた。

 

「お、噂をすればだね...」

「フータローにしこたま怒られそう...カズヨシは教室で結果を教えたから知ってるけど」

「だね-。直江さんはそこまで怒りそうにないけどね」

「なんで嬉しそうなのよ」

「あはは。結果は残念だったけど、またみんなと一緒に頑張れるのが楽しみなんだ」

「あれっ...お二人ではありませんでした」

 

モニターを見に行っていた五月が確認した時、そこには風太郎と和義の姿はなかった。

 

「失礼いたします」

「なんだ江端さんか-」

「今日はお父さんの運転手はお休み?」

「ええ。本日は臨時家庭教師として参りました」

 

三玖の質問に対して中野家を訪問した江端はそう答えた。

 

「そ、そうなんだ」

「江端さんは昔教師をやってたもんね」

「あいつらサボりか」

「体調でも崩したのかな...」

 

四葉、一花、二乃、三玖がそれぞれ発言したことに対して江端は答える。

 

「お嬢様方にお伝えせねばなりません。上杉風太郎様及び直江和義様は家庭教師をお辞めになりました」

「え...」

 

五つ子全員がその言葉に驚き、五月が唯一声を漏らした。

 

「旦那様から連絡がありまして、上杉様と直江様は先日の期末試験を最後に契約を解除されたとのこと。私は次の家庭教師が決まるまでの臨時家庭教師をすることになりました」

 

全員が固まり、江端の言葉を信じることが出来ずにいた。

 

「え...待って、それってつまり...フータロー君とカズヨシ君はもう来ないってこと...?」

 

辛うじて一花が言葉を発することができた。五つ子の誰もが思いたくない言葉を。

 

「嘘......」

 

三玖はもう放心状態である。

 

「やっぱり...赤点の条件は生きていたんだわ。試験の結果を知られてパパに辞めるよう言われたのよ」

「それは違うと思われます」

 

二乃の発言に対して、江端が反論した。

 

「上杉様は自らお辞めになられたと伺っております。そして直江様も、自分は上杉様の補佐だからと、こちらも自らお辞めになったようです」

「自分からって...」

「カズヨシ...どうして...」

「そんなの納得できません。お二人を呼んで、直接話を聞きます」

 

四葉と三玖は信じられない、といった様子でいたところ、五月が自分の携帯を出して二人を呼ぼうとした。だが、

 

「申し訳ありませんが、それは叶いません。上杉様と直江様、お二人のこの家への侵入を一切禁ずる。旦那様よりそう承っております」

「なぜそこまで...」

「分かった。私が行く」

 

三玖がそう決心をして玄関に向かおうとしたが、それを江端は許さなかった。

 

「江端さん通して」

「なりません。臨時とはいえ、家庭教師の任を受けております。最低限の教育を受けていただかなければここを通すわけには参りません」

 

そして、江端の用意した問題用紙に五つ子が取り掛かることとになった。

 

「これが終われば行ってもいいのよね」

「ホホホ、ご自由になさってください」

「全く、あいつらどういうつもりよ」

「私はまだ信じられないよ」

「とにかくこれを終わらせて、本人たちの口から直接聞き出さないとね。誰か終わりそう?」

「私はもうすぐです」

「私も...」

「私もよ」

 

一花の問いに対して、五月、三玖、二乃が答えた。

 

「この問題比較的簡単だよ。きっと江端さん手心を加えてくれてるんだよ」

「そうね。けど、少し前の私達であれば危うかったわ。自分でも不思議なほど問題が解ける。悔しいけど全部あいつらのおかげだわ」

 

一花の問題に対する気持ちを話すと二乃がそれに応える。五つ子たちは順調に問題を解いていった。しかし、

 

「う~...あと一問なのに...」

「私も最後の問題だけなのですが」

「最後の問題だけは異常に難しいわね...」

 

五つ子はそれぞれ後一問というところまで進めたがペンが止まってしまった。

 

「ホホホ、その程度も解けないようであれば特別授業を行うしかありませんな」

「「「「「~~~っ!」」」」」

 

江端はそう言いながら、五つ子のお茶の準備をするためにキッチンに向かっていった。

それを見た五月が全員に対してある提案をする。

 

「あの...カンニングペーパー見ませんか?」

「それって期末の?」

「い、いいのかな...」

 

四葉の心配なセリフに対して五月は、

 

「有事です。なりふり構ってられません」

「五月が上杉さんみたい」

「あんた変わったわね...」

「じゃあ私から...」

 

一花が風太郎から預かっていたカンニングペーパーを筆入れから出して広げてみた。そこには、

 

『安易に答えを得ようとは愚か者め』

 

「な~んだ。初めからカンニングさせるつもりなかったんじゃない」

「フータローらしいよ...」

「ですが、どうしましょう....」

「待って、続きがあるみたい...2?」

「私かしら?」

 

そして二乃が自分のカンニングペーパーを広げた。

 

『カンニングする生徒になんて教えてられるか』

 

「自分で作ったんじゃない」

「繋がってる...これ上杉さんからのメッセージだよ」

 

三玖のカンニングペーパーには、

 

『これからは自分の手で掴み取れ』

 

四葉のカンニングペーパーには、

 

『やっと地獄の激務から開放されてせいせいするぜ』

 

「あはは、やっぱり辞めたかったんだ。私たちが相手だもん。当然と言えば当然だよね」

 

そう言って項垂れる四葉。

 

「最後は五月だけど...五月?」

 

二乃が五月に声をかけるも、五月は自分のカンニングペーパーを見ながら固まっていた。そして、

 

「......だが、そこそこ楽しい地獄だった。じゃあな」

 

自分のに書かれていた文章を五月は声に出してみんなに聞かせた。

 

「私......まだ、上杉さんや直江さんに教えてもらいたいよ」

「私だって...カズヨシなしじゃ...もう...」

「そうは言ってもあいつらはここに来られないの。どうしようもないわ」

 

全員これからも二人と勉強を頑張っていきたい気持ちとどうしようもない現実とで板挟みになっていた。

そんな時一花からある提案を妹たちに出された。

 

「みんなに...私から提案があるんだけど...」

「あんたそれ本気?」

「うん。実は前から綾さんと話してたことなんだ」

「あんた達二人で何話してんのよ...」

「いやぁ~、最初は冗談で話してたんだけどね。じゃあ、みんな賛成ってことでいいかな?」

「ええ」

「問題ない」

「う~...これもお二人に家庭教師を続けてもらうためだね」

「賛成です」

「よし。じゃあ...」

 

そして五つ子達は一斉に立ち上がり、お茶を用意した江端を迎えた。

 

「おや、どうされましたか?」

「江端さんもお願い。協力して」

 

一花のセリフに対して、姉妹全員が真剣な顔をしているのを見て、口角を上げて江端はこう漏らした。

 

「大きくなられましたな」

 

 




いよいよ期末試験編もこの話でラストです。
今回の話は短い感覚で場面が変わっていたので読みにくかったかもしれません。ご容赦いただければ幸いです。

次回からは新章をスタートいたします。
さあ、風太郎と和義は家庭教師を辞めてしまいましたが、今後はどうなるのでしょうか。
原作を知っている人は分かるかもですが。。。

では、また次回の更新をお待ちください。


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第6章 新生活
47.暴走とバイト


『そうか。君の意志も固いようだね』

 

期末試験が終了した日の夜、うちに中野さんから電話が掛かってきた。

もちろん内容は家庭教師継続の件についてだ。

期末試験の日の朝、風太郎は家庭教師を辞める事を中野さんに伝えている。

僕は風太郎の補佐をするために家庭教師を始めたのだから、風太郎が辞めるのであれば僕も辞める事を決めていた。

今日の電話はその意志確認だろうと思っていた。

 

「申し訳ありません。ご期待に添える事ができませんでした」

『別に構わないさ。しかし、君は彼と違って物分りが良く利口であると思っていたが...』

「ふふっ...」

『何かおかしなことを言ったかね?』

「いえ、気に障ったのであれば申し訳ありません。確かに、風太郎は利口な男ではないと思いまして。ずっと近くにいたので彼の生き方に引き寄せられたのかもしれませんね」

『...』

「彼はこんな私の事を親友であると同時に未だに先生と思ってくれてます。であれば、彼の意志もなるべく尊重したいと思います。まあ、本当に間違った選択をした時は全力で止めますが」

『今回の選択は間違っていないと?」

「ええ」

『...そうか。このまま話していても平行線となりそうだ。私は忙しくて時間がそんなになくてね』

「でしょうね。家に帰ることも出来ないほどお忙しいようですから」

『......上杉君にも伝えているが、君にも伝えておこう。家庭教師を辞めるにあたってあのマンションへの立ち入りを一切禁ずる。いいね』

「分かりました」

『では...』

 

そこで通話が切れた。言いたいことは、あの日風太郎が大体言ってくれたから最後に皮肉を言ってやった。

受話器を置くと零奈が近づいてきた。

 

「兄さん、今の電話は...」

「ああ、さっきも話したけど五つ子達の家庭教師を辞めることになったからね。その確認の電話だよ。家庭教師を辞めるのであれば家に来ないようにって最後に釘を刺されたよ」

「何故そこまで...」

「まぁ、大事な娘に変な虫が付かないようにだろうね」

「...」

 

零奈は難しい顔をして考え込んでいる。

 

「別に零奈がそこまで考え込まなくても良いよ。中野さんが言ったのはあくまでもマンションの家に近づくなってことだから。学校では普通に話すし。もし、まだ続ける意志が二乃にあるなら、週末にはここに来るだろうしね」

「そう、ですね...」

 

零奈はあまり納得が出来ていないようではあるが、この話はここまでにすることにした。

 

------------------------------------------------

期末試験の結果が発表された週末。それは、恐らく僕達が家庭教師を辞めた事を五つ子達が知ったであろう週末である。

期末試験前にあった家出騒動の時、試験が終わったら週末お出かけに付き合って欲しい、と三玖に言われていたが結局その話はなくなった。三玖から、

 

『ごめん、ちょっと忙しくて。また今度付き合って欲しい』

 

と連絡があったからだ。

さらに、

 

『悪いわね。今週は忙しくて、あんたのところ行けそうにないわ』

 

と二乃からの連絡も来ていた。

 

そして、週末明けの学校では今までが嘘みたいに中野姉妹と話す機会がなくなった。

三玖とは席が隣ということもあり、軽く挨拶をする程度には話せているが、休憩時間になる毎にどこかに行っているためそんなに話せていない。

家庭教師を勝手に辞めた事に対して何か言ってくるかと思ったのだが、それもなかった。

終業式がある週末まで、中野姉妹が転校してくる前の状態になっていた。

クリスマスも近いことから、女子から色々とお誘いが多かったがそれを全て断り。昼休みは風太郎と一緒に飯を食べ。そして、家に帰れば自分の勉強をして、の繰り返しだ。

 

そして、そんな毎日を過ごしているうちに冬休みに突入したのだった。

 

------------------------------------------------

冬休み初日の晩。母さんから連絡があった。

 

「そっか…年末年始は帰って来れないんだね」

『そうなのよ。少しでも帰れたら良かったのだけど、お父さんの仕事が忙しくて帰れそうにないのよ…』

「まぁ仕事だったら仕方ないよ。僕達の事は気にしないで、しっかりと仕事に励むよう父さんに言っといて」

『分かったわ。それより、中野さんところの家庭教師辞めたんだって?』

「あぁ。やっぱりそっちにも連絡あったんだね」

『当たり前でしょ。私達は貴方の保護者なのだから』

「ははっ…ごめんね、勝手な事をして」

『別にいいわよ。それで、辞めた後もちゃんと中野さん達とは話せてるの?』

「あー…何か忙しそうで、ほとんど話せてないんだよね…今回の事があったから、もしかしたら避けられてるのかもしれないね。だから、彼女達が転校してくる前の日常に戻った感じかな」

『ふ~ん、寂しい?』

「ぐっ…まあそうだね、寂しくは思ってるよ。それだけ彼女達と過ごした日々は濃密なものだったってことかな…」

『そっかー。そんな寂しい思いをしている和義にクリスマスプレゼントを送っといたから。多分、明日のイブに届くと思うわよ』

「へぇ、母さんにしては気が利くね。ありがとう」

『む~…一言余計よ。でも、とっても喜ぶと思うから期待してて』

「はいはい…っと明日も早いからもう切るよ」

『ん?何かあるの?』

「ああ。風太郎がバイトで行ってるケーキ専門の喫茶店なんだけど、明日は書き入れ時ってことでヘルプ頼まれたんだよ。昼過ぎまでなんだけど朝が早くて…」

『そうなのね。分かったわ、今日はこれくらいにしといてあげる』

「ははっ、じゃあ父さんにもよろしく伝えといて」

『は~い』

 

そこで電話が終わった。さてと、風太郎の紹介で行くんだし、しっかりと働かないとね。

この後はすぐに休むことにした。

 

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~綾side~

 

和義との電話が終わった綾はニヤニヤしていた。

 

「そっかぁ、あの子も寂しがってるのね。これはグループでメッセージ送ってあげなきゃ。私の勘では2、3人は和義に惹かれてると思うのよねぇ。きっとその娘達も喜ぶわぁ」

 

そして、ウキウキしながらメッセージを打ち込んでいった。

 

「和義。貴方の恋、私は応援してあげるからね!」

 

ここに和義本人や零奈がいれば、『余計な事しない!』、と怒られていたであろう。

しかし、そのストッパーはここにはいない。

この後の暴走は必須であった。

 

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~中野家~

 

中野家では、今姉妹総出で片付けをしていた。

 

「やっと終わったよぅ…」

「普段から片付けてないからこんな事になったのよ」

「ぶぅ~、それは言わないでよぅ。四葉、手伝ってくれてありがとね」

「それはいいんだけど、二乃の意見には賛成かな。普段から片付ける努力しようよ、一花」

「うぅ~、四葉までぇ」

 

片付けに疲れてぐったりとしている一花に対して厳しい意見を言っている二乃と四葉。

彼女達の言っている事には間違いはないので誰も味方になってくれなかった。

 

「いよいよ明日ですね」

「うん…」

「今さらだけど。五月、あんた本当に良かったの?こういう事にはいつも反対してたけど、今回はすぐに賛成してたからビックリだわ」

「私にも考えるところがありましたので…」

 

そんな時、全員の携帯にメッセージの着信があった。

 

「おや、綾さんからだね」

「ええ、グループで来てるみたいね」

「何だろう?」

「こ、これって…」

「~~~っ!」

 

綾からのメッセージに五月は赤面していた。

 

『みんなに朗報だよ!さっき和義と電話で話してたんだけど、みんなと話せないのが寂しいんだって♪今の和義だったら迫っちゃえばイチコロかもよ。お義母さん応援してるね!』

 

「これはこれは…」

「相変わらず凄いわね…て言うか、お義母さんって…」

「……迫る…」

「はわわっ…」

「不純です!」

「まぁまぁ、五月ちゃん落ち着いて」

 

顔を真っ赤にして立ち上がった五月を何とか宥めようとしている一花。だが、

 

『そうそう、孫の顔は早めに見たいかな♪』

 

「ゲホッゲホッ…」

「……カズヨシとの子どもっ…」

「「はぅ~~~…」」

「わぁ-!四葉、五月ちゃん大丈夫!?ちょっ、ちょっと綾さん暴走しすぎじゃないかなぁ!」

 

綾の爆弾発言に対して、二乃は咳き込み、三玖は妄想の世界へ。四葉と五月はショートしたロボットのようになっており、そんな二人を一花が介抱している。

 

「全く、何考えてるのよあの人は!て言うか三玖、戻ってきなさい!」

「はっ…!?」

「あははは…もう四葉と五月ちゃんはノックダウンだね…」

 

この後、一花と二乃で何とか綾を抑える事が出来たが二人共疲れ果ててしまった。

この時、二人は同じことを思っていた。『レイナちゃん助けて!』と。

 

------------------------------------------------

次の日の朝、バイトに向かうため玄関で零奈の見送りを受けていた。

 

「ありがとね、休みなのにこんな朝早くからお見送りしてくれて」

「この程度どうと言うことはありません。いってらっしゃい、兄さん」

「ああ、いってくるよ。夕方前には帰ると思うから」

 

そう言ってバイト先に向かうことにした。

 

「えっと…バイト先の店名は確か『REVIVAL』だっけ…」

 

風太郎に教えてもらった店名を携帯で予め検索して場所は調べてたけど、実際に行くのは初めてだからなぁ。

暫く歩いてると、お目当てのお店が見えてきた。

 

「へぇ~、外観は結構良い感じだね。ではでは頑張っていきますか!」

 

そう意気込みお店の中に入っていった。

 

「おはようございます!本日、上杉風太郎の紹介で来た直江和義です!」

「ああ、君が上杉君の。聞いてるよ、何でも料理が得意みたいじゃないか。とりあえず、どんなものか見せてもらってもいいかな?」

「はい!よろしくお願いします!」

 

キッチン用の制服に着替え、店長から指示された工程を進めていき、一つのホールケーキが出来上がった。

 

「凄いね君は!こういうバイトの経験は?」

「ありません。料理は家で良くやってるので。後、ケーキも妹に作ってあげてます。しかし、やはりこういう厨房だと器具が揃っていて、料理がしやすいですね。それに店長の教え方がお上手でやりやすかったです」

「味、見た目文句なしだよ!うん、上杉君の友人だと聞いた時はどうなんだと思ったけど、彼の評価も上げてあげないとだね。では、今から伝えるケーキの種類と個数を作ってくれたまえ。分からない事があれば何でも聞いて良いからね」

「分かりました!」

 

渡された量は相当な物だけどやれないことはないか。

そう思いながら作業に没頭した。

 

そして、暫く調理をしているとようやく慣れてきた。

 

「すみません、こちら味見をお願いします」

「え、もう……うん、問題ないですね。次に進んでください」

 

僕の他に調理をしている先輩の人に味見をしてもらいながら工程を進めている。慣れてくると、どういう風にすれば作業工程の効率が良くなるかを考えながら進めれるので楽しくなってきた。もちろん、作業を疎かにはしない。それも考えながらだから尚更楽しい。

 

「て、店長。彼は何者何ですか?吸収力が物凄いです。どんどん作り終えています。もちろん味や見た目に変動はなくです。むしろ良くなっています。しかも、あろうことかタイマーが鳴った瞬間には、タイマーを止めきちんと次の作業に取りかかっています」

「う~む、上杉君はとんでもない逸材を連れてきたのかもしれないね」

 

調理に集中していた僕は、そんな会話が繰り広げられている事に全然気付かなかったのだった。

 

------------------------------------------------

決められたノルマを作り終えたので休憩室で休憩していると。

 

「おはようございます!」

「お、風太郎。おはよう-!」

「ん?何だ、サボりか?」

「何でだよ。自分のノルマが終わったから休んでんの!作りすぎも良くないしね~」

「は?まだ昼前だぞ」

「そりゃあ、僕は開店前から作業してたし…」

「おや、おはよう上杉君」

「おはようございます、店長!」

「店長、何かお手伝いする事ありますか?」

「おー、直江君。君に作ってもらったケーキが完売してしまってね。申し訳ないが、追加でお願いしてもいいかな?」

「もちろんです!」

「上杉君も、ホールが大変でね。早速働いてもらうと助かるんだが」

「分かりました」

「そうだ。店長、さっきの休憩中にアイディアが浮かんだのですが、味見をお願いしても良いでしょうか?」

「もちろんだ!早速取り掛かろう」

「はい!」

 

そして、またケーキ作りに戻ることになった。

 

------------------------------------------------

その後、予定の時間を若干過ぎたがバイトから解放された。

その際、今後もうちで働かないか、と店長にお願いされたが考えさせてほしいと返事をした。

帰りが遅くなると零奈の事が心配だし、土日は…

 

「はぁ~…僕の生活リズムは、いつの間にか彼女達が中心になってしまったね」

 

そう呟きながら、自分で作ったケーキを片手に家に帰る。

でも、彼女達中心の生活リズムも嫌ではなかった。

ただ、彼女達がそれを望まないのであればそれは仕方がないだろう。その時は店長に土日だけお願いしてみるかな。

まさか僕に、こんな考えをする日が来るなんてね。

 

「さて、このケーキを流石に零奈と二人で食べるには多いな。う~ん、らいはちゃんでも呼ぶかな」

 

そう言えば、母さんがプレゼントを送ってるって言ってたっけ。しかも今日届くとか何とか。

僕が喜ぶものって言ってたけど何を送ってくれたのかな。

少し楽しみにしながら帰路を急ぐのであった。

 

 




新章スタートです!
この新章では原作を削る部分が多々あると思われます。
そこは読んでいただけれはすぐに分かると思いますが。

そしてREVIVALの店長登場です!
個人的には、このキャラは好きなのでどんどん出したいとは思ってるのですが、まだまだ検討の段階です。

いよいよ次回から大きく動き出します。
ここまで読んでいただいてる皆さま本当にありがとうございます!
今後もお付き合いいただければ幸いです。


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48.クリスマスプレゼント?

「おかえりなさい、兄さん」

「ただいま零奈。はいこれ、僕が作ったケーキだよ」

「うわぁ-、兄さんの手作りとなると間違いないですね」

 

僕からケーキを受け取った零奈はいつも以上に上機嫌になり、ケーキを冷蔵庫に入れるためにリビングに向かった。

 

「そうだ。二人だと食べきれないだろうから、らいはちゃんを呼ぼうと思うんだけどどうかな?」

「いいのではないでしょうか。今は冬休みなのでお泊りでもいいと思いますよ」

「うん。じゃあ電話で呼んでおこうか。ついでに風太郎にメッセージ送っとこう。そう言えば、母さんから何か荷物届いた?」

「いいえ。何か送られてくるのですか?」

「ああ、昨日母さんがクリスマスプレゼントを送ってるって言ってたんだよ」

「なるほど。何なんでしょうねプレゼントって...」

 

う~む、最初は楽しみであったのだが、ここに来てな-んか嫌な予感がするのだが...

 

『やめろ!お前の嫌な予感は大抵当たるんだからな』

 

そう言えば、風太郎にこんな事を前に言われてたっけ。

え、待って今回も嫌な予感が当たるの...

そんな風に思っていると、

 

ピンポ-ン

 

「ん?噂をすれば宅配かな?」

「ですかね...」

 

玄関まで来客を迎えに行くと、配達員の人がいた。

いや、配達員の人の後ろの荷物の量半端ないんだが...しかも一人じゃないし...

 

「こちらは直江様のお宅でお間違いないでしょうか?」

「はい、確かに直江ですが、あの~荷物は...」

「少し多いので、こちらで運ばせていただきます。えっと、直江綾様より客間に運ぶよう手配も受けております。場所の案内をお願いできますか?」

「え?客間ですか...分かりました。こちらです」

 

そう言って客間に案内をしたのだが、荷物が多すぎる。ダンボールが10箱。

これ全部プレゼントなのだろうか...

 

「搬送は以上です。終了確認のためこちらにサインをお願いできますか?」

 

確かに書類にはダンボール10箱と書かれているしこれでいいのだろう。

 

「これでいいですか?」

 

サインを終えたのでそれを配達員の人に渡す。

 

「はい確かに。ではこれで失礼いたします」

 

サインを貰った配達員の人は次の場所があるのだろう。すぐに帰っていった。

 

「あの、兄さん。本当にこれ全部がうちへの配達なのでしょうか...」

「うん。配達の紙にはそう書かれてるしね。だけど...これは『衣類』?」

「衣類って...これ全部ですか?」

「いや、全部って訳じゃないけど...」

 

何を考えているんだ母さんは。そんな考えをしていると携帯に連絡が入った。

 

「あ、母さん?荷物が今届いたけどこれってどういう事?」

『無事に届いたんだ。あ、中身はまだ見ちゃ駄目だよ!女の子の下着とか入ってるかもだから』

「は!?下着!?」

「兄さん、何の話をしているのですか?下着とは何ですか?」

「いや、母さんが女性の下着が入ってるから、勝手にダンボールを開けるなって...」

「はぁ!?」

「ちょっと、どういう事?」

『ああ、実は私の友達の娘さんがうちに下宿することになったのよ。その荷物はその娘()のなのよ』

「いやいや、母さん何言ってんの?そんな下宿とか聞いてないんだけど...」

『それはそうよ。今言ったんだから』

「もう頭痛くなってきたんだけど...って、ちょっと待って。今()って言わなかった?一人じゃないの?」

『ええ、そうよ。私にとっても大事な人達なんだから失礼のないようにね。っと、私も用事があるからもう切るね。あ、もうそろそろ来ると思うから、しっかりとおもてなししてね。じゃ!』

 

そこで母さんからの電話は切れてしまった。

 

「ちょっ、母さん!?マジかよ...どうすんのこれ?」

「えっと、兄さんどうしたのですか?下宿とは?」

「え-と、母さんの友達の娘さん達がうちで下宿することになったんだって...」

「え?下宿?後、娘さん達って…一人ではないのですか?」

「みたい...しかも今日からって」

「今日ですか!?」

 

兄妹で頭を抱えていた時ふとダンボールに目が行った。そう言えば、ダンボールに数字が書かれていたっけ。あれって、ちゃんと自分用にと数字を割り振ってあったんだ。

 

「えっと、数字は...一、二、三、四、五......おいおい、まさかとは思うけど、下宿に来る母さんの友達の娘さんって...」

「兄さん、どうしたのですか?」

「いや、ダンボールに数字が割り振られてるんだけど、それが…」

 

ピンポーン

 

零奈にダンボールに書かれている数字について説明をしようとしていた時チャイムが鳴った。

僕の予想が正しければ、玄関で待っているのは恐らく...

玄関に行くのを多少躊躇していると、零奈が不思議そうにこちらを見ていた。

 

「兄さん?玄関に行かれないのですか?どこの誰かは知りませんが、母さんのお客様という事であれば招かなければいけませんよ」

「だよね...」

 

二人で玄関に向かい、ドアを開けるとそこには予想通りの光景が広がっていた。

 

「え...?」

「こんにちは!お母様から聞いているかもしれませんが、今日からお世話になります、中野一花です。よろしくね」

「中野二乃よ。よろしく」

「中野三玖...よろしく...」

「中野四葉です!よろしくお願いします!」

「中野五月です。どうぞよろしくお願いたします」

 

本当に僕の嫌な予感って当たるんだね、風太郎。そう心の中で思うのであった。

 

------------------------------------------------

母さんが許可をしている手前、追い返すこともできず、とりあえず五人をリビングに通した。

テーブルの椅子は四つしかないので、ソファーの前の机を囲うように座ってもらっている。

零奈は今全員分のお茶を用意しているところだ。

 

「色々と聞きたいことがあるんだけど、まず...みんな本気なんだね?」

「もちろんだよ。荷物だって発送したのに、これで冗談はさすがにないかな...」

 

一花が代表して僕の質問に答えてくれた。やっぱりマジなんだ。

 

「えっと、皆さんお茶どうぞ」

 

そんな中零奈が全員分のお茶の用意が出来たので、みんなに配っていた。最後に僕と自分用に置き、僕の横に座った。

 

「それで、どうしてこんな事になってるの?」

「あんたが私たちに質問をするのなら、私たちにも聞く権利があると思うんだけど。まず、そっちから答えなさい。何で家庭教師を辞めたのよ?」

「そ、それは...勝手に辞めたことは本当に悪いと思っている。けど、君たちに勉強を教えるのが嫌になったから辞めたわけじゃないことは断言できる。だけど、風太郎には風太郎なりの考えがあって家庭教師を辞めるという考えに至ったんだ。僕はそれを尊重した。けど、その風太郎の考えをここで僕からは言えない」

「フータローが私たちの事を教えるのが嫌になったから辞めた訳じゃないことは分かってる。フータローからのメッセージ貰ったし...」

「メッセージ?」

「ほら、試験前に私たちに渡してたでしょ。あのカンニングペーパーよ」

 

あの時のカンニングペーパーにそんな仕込みがあったのか。やるな風太郎。

 

「直江さんも知らなかったんですね」

「ああ、そもそもカンニングペーパーを用意していることすら知らなかったんだしね」

「直江君たちに考えがあって家庭教師を辞めたように、私たちにも私たちなりの考えがあって今回の行動を起こしました」

「それを言われると何も聞けないな~」

「本当はね、どっかのアパートでも借りようと思ってたんだ。それで一応綾さんに相談したら、『だったらうちに来れば?大丈夫、大きな客間があるからそこ使えばいいよ。もちろん、光熱費とか食費のことを考えると貰うものは貰わないとだけどね。でも、そこら辺のアパートを借りるより安く済むし、部屋の広さも気にならないんじゃないかな。バス・トイレ別のキッチン付きだよ』、って返ってきたんだよねぇ」

「あの母親は何を言っているんだ...」

「全くです」

 

兄妹共に同じ意見である。

 

「あんたにはしたくもない勉強をさせられて、必死に暗記して公式覚えて、でも問題解けたら嬉しくなっちゃって...こんな気持ちにさせたんだから最後まで責任取りなさいよ!」

「そうですね。以前、三玖と私も言いましたね。責任取ってください、と」

「ぐぅ~...でも良いの?広いとはいえ、客間で五人生活をするの大変だよ」

「大丈夫です。大切なのはどこにいるかではなく、五人でいることですから!」

 

四葉の宣言に他の姉妹も笑顔で頷いている。もう何を言っても無駄かな。

 

「皆さんの決意は分かりました。母さんも許可しているのです。私達からこれ以上どうこう言おうとは思いません」

「零奈...」

「二乃さんと五月さんには前にも話しましたが、一緒に暮らすにあたってルールを作らせていただきます。良いですね?」

 

零奈の言葉に対して姉妹全員が頷いた。

 

「よろしい。では一つ。ここでの姉妹喧嘩は御法度です。軽い言い合いまでは許しますが、この間のような喧嘩が起きた場合には家に帰っていただきます」

「「うっ...」」

 

二乃と五月はこの間のことがあったのか居心地が悪くなったようだ。

 

「一つ。働かざるもの食うべからず。光熱費や食費を払っていただく一花さんには強要はしませんが、家事などはしっかりとやっていただきます」

 

これは満場一致で全員頷いている。

 

「一つ。ここで暮らす以上勉強を疎かにしてはいけません。兄さんと風太郎さんの指導の元、しっかりと勉強に励んでもらいます」

 

ごめん風太郎、勝手に巻き添え食らっちゃってるよ。

 

「そして最後にこれが一番重要です。ここには男性が兄さんしかおりません。節度を持った生活を送っていただきます。もちろん、これは兄さんにも当てはまりますが...」

 

こちらを睨みながら零奈が発言している。怖っ!

 

「大丈夫だよ。そこは弁えてるって。この間みたいに客間に近づかなければいいんでしょ?」

「そうですね。兄さんに至っては特に心配はしてません。後は、トイレの鍵かけ忘れがないようにすることや脱衣所用に使用中の看板を作るくらいで事足りるでしょう。しかし...」

 

そう言って五つ子の方を見ている。いや、睨んでいるなこれは。

 

「中野さん達は十分肝に銘じておいてください。どうせ、母さん辺りから何か言われているのでしょう?」

 

ビクッと全員が反応した。おい、何言った母さん。

 

「そうですね。中野さん達には二階への侵入を禁止にしましょう。もちろん、私や兄さんの許可があれば問題ありませんが...」

 

分かっているでしょうね、と僕を見ている零奈。信用されてないなぁ。

 

「以上です。他に追加事項が出来たらまたお知らせします。良いですね?」

「「「「「はい...」」」」」

 

零奈の迫力に誰も文句を言ってこない。凄すぎです零奈。

本当にこの子は一体何者なのだろうって、我が妹ながら思ってしまう。

 

「では、真面目な話はここまでにして。兄さん、一日早いですが今日は歓迎会も兼ねてクリスマスパーティーなんてどうでしょう?この後、風太郎さんとらいはさんも来るのですから」

「良いんじゃない。じゃあ、食材とケーキも買いに行かないとだね。この人数だと流石に1ホールじゃ足りないだろうし…」

「ケーキ買っていたのですね」

「ああ、今日は風太郎がバイトしてる店に朝からヘルプで行ってたからね。そこで僕が作ったケーキを1ホールだけ貰ったんだよ」

「カズヨシの手作り?」

「うん。整った設備で作ったから結構自信作なんだ!」

 

僕の言葉を聞いた後、女性陣の目の色が変わった。女の子は甘いものに目がないからなぁ。あれ、三玖は甘いの苦手じゃなかったっけ?

 

「それじゃあ、二乃。僕が買い出しに行ってくるから、冷蔵庫の中を見て何を買ってきたらいいかピックアップして連絡してくれる?すぐに取り掛かれるものがあればもう作り出してもらうと助かるかな」

「分かったわ」

「四葉と零奈は飾り付けの道具とかを出すのお願いしてもいいかな?」

「道具の場所を知っているのは私と兄さんしかいませんからね。適任かと」

「分かりました!」

「三玖と五月はうちに届いてる荷物の整理をお願い。早めに終わったら四葉達を手伝ってあげて」

「分かった…」

「お任せください」

「で、余った一花は僕と一緒に買い出しね」

「ちょっとぉ、余り物みたいで酷いんですけど!」

「文句言わない。適材適所だよ。後、らいはちゃんがそろそろ来ると思うから、二乃の手伝いか四葉達の手伝いかはその場の判断に任せるよ。じゃあ一花、行こうか」

「はーい」

 

そして一花を連れて僕は買い出しに向かうのだった。

 

 




という事で、なんと直江家に五つ子が下宿する事になりました!
いやぁー、こういう展開も面白いかなっていう思いで書きましたが、これからの展開とか考えると今更ながら大変なのでは、と思ってしまってます。
出来る限り頑張らせて頂きますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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49.クリスマスパーティー

「それで、何で買い出しに連れていくのは私だったのかな?」

 

一花を連れ、買い出しに向かう途中そんな質問をされた。

 

「え?だって一花って、片付けとか苦手なんでしょ?多方面から聞いてるよ」

「うっ…!その情報は正しいけどさぁ…ほらお姉さんと二人っきりになりたかったぁ、とかあるじゃん!」

「いや、何でだよ。あ、でも少し違う理由あるかな」

「ほほぅ?それで他の理由って何かな?」

「風太郎に会わせてあげたくて。最近会えてないでしょ?」

「~~~っ!」

「おお、顔真っ赤…」

意地悪…

 

ちょっとからかいすぎたかな。暫くそっぽを向いたまま僕の横を歩いていた。

 

「そう言えば、君ってばプライベートだと眼鏡かけるんだね?」

「ああこれ?伊達眼鏡なんだよ。近所を歩く時はこうやって変装してるの。今は隣に一花もいるしね」

「なるほど!徹底してるねぇ」

「まぁこの間の噂で懲りたからね…」

「確かに…あそこまで噂になるとはって感じだったよ」

「一花もそのうち変装必要になるんじゃない?」

「まぁ、そうなれるくらい有名になれるように頑張るよ」

 

少しは機嫌が良くなってくれたようで、その後のスーパーでの買い物もスムーズに終わった。

ただ、二乃からの連絡があった買い物リストの量が多く、『今日の分だけでいいんだけど』、と返したら、『今日の分よ』、と返ってきた。想像していたよりも食事の用意は大変そうだ。

 

「メリークリスマス!ケーキはいかがですかー?」

 

REVIVALの近くまで行くと風太郎の客寄せの声が聞こえてきた。まだこっちに気付いていないようだ。

 

「すみません。ケーキを1ホールお願いします」

「はい!…何だ和義かよ。って一花!?何でお前らが一緒に…」

「久しぶり、フータロー君!」

「ちょっと訳ありでね。後でうちに来たときに説明するよ。何?僕達二人がイブに一緒にいるのが気になった?」

「べ、別にそんなんじゃねぇよ!ただ確認しただけだ」

 

そう言った風太郎はそっぽを向いてしまった。

 

「「ほほぅ~」」

 

一花と僕とでニヤニヤしながら風太郎に近づくと、『うぜぇ~…』、とぼやきながら逃げられてしまった。

 

「まぁ、風太郎へのからかいはここまでにして、実際ケーキ買いに来たんだよね。案内よろしくっ」

「それを先に言え!」

 

そう文句を言いながらも店内に案内してくれた。

店の中まで案内した風太郎は、またすぐに呼び込みに戻ってしまった。

 

「おや、直江君じゃないか。どうしたんだい?」

「店長。先ほどはお世話になりました。ちょっとケーキが足りなくなりそうなので、もう1ホール買いに来ました」

「それはありがたいね。どれが…はっ!」

 

そこで何故か店長は驚いたように一花を見ている。あれ、もしかして一花も少しは有名になったのかな?

 

「直江君。君は上杉君と違ってモテるであろうと想像はしていた…」

 

何気に風太郎に対して酷い扱いだなぁ。

 

「しかし、こうも現実を突きつけられると僕の心にグサッと来てしまうのだよ…」

 

もしかして、一花と僕が付き合っていると勘違いしてるのだろうか。

 

「店長は勘違いしてるかもしれませんが、この娘とはそういう仲では…」

「良いんだ。僕に遠慮することはない。買い物帰りであるかのようにお互いに買い物袋を持ち、さらに必要になったケーキを買いにやってくる。正に!付き合っているカップルではないか…」

 

想像力豊かな店長だ。しかも、自分で発言した内容で落ち込んでるよ。好きだなぁこういう人。

隣の一花もどうしようって困り顔だからそろそろ止めないとだね。

 

「だから、この娘とはそういう仲じゃないんですって!友人ですよ。この荷物は友人とのパーティーの買い出しで、人数も増えたからケーキの追加を買いに来たんです。ちなみに僕には彼女はいませんからね」

 

だけど、集まってるのがほとんど女子って言うとまた暴走しそうだから、そこは黙っておこう。

 

「何だ、それならそうと早く言いたまえ」

「いや、言わせてくれなかったのは店長ですけどね」

 

立ち直り早い人だなぁ。

 

「あ、でも大切な人っていうのはありますけどね」

「へ!?」

「ぐはっ…!」

 

何故か顔を赤くしてビックリしたようにこっちを見ている一花と、胸を抑えてダメージを負ったような店長。何か変な事言っただろうか。

 

「それよりも早くしてくださいよ店長。家で待ってる他の友達もいるんですから」

「すまない、最後の一撃がとんでもなかったからね。用意をするから席で待ってるといい」

 

そして、フラフラと外の風太郎のところに店長は向かってしまった。

適当な席に一花と座るとすぐに風太郎がやってきた。

 

「お前は店長に何言ったんだ?」

「え、普通に一花は大切な友人だって言っただけなんだけど」

友人かぁ。だよね…もう私だってそんなに耐性ある訳じゃないんだよ

 

顔を赤くして俯き何かブツブツ言っている一花を二人で見た後、風太郎がこっちを見ている。

 

「お前、本当にそれだけしか言っていないんだな?」

「いや、本当なんだけど…えっと時間かかるなら、とりあえずミルクティーを。一花はコーヒーで良い?」

「え!?う、うん」

「はぁ~…分かった。少し待ってろ」

 

そう言って風太郎は準備のために行ってしまった。

 

「一花大丈夫?」

「ふぇ!?だ、大丈夫に決まってんじゃん」

 

顔もまだ赤いようだけど、本人が大丈夫って言ってるならあまり突っ込まないでおこう。

その後、注文したお互いの飲み物を風太郎が持ってきた。

どうやらケーキの準備にもう少しかかるようだ。ミルクティーを飲みながら周りを見るとイブだからかカップルが多い。

みんな幸せそうな顔をしている。

 

「一花も周りの人達みたいに風太郎とデートしてみたいの?」

「ゲホッ…!ちょっ…!」

「大丈夫だよ。風太郎はいないって」

 

僕の言葉に驚いて飲みかけのコーヒーを溢しそうになりながら、キョロキョロしだした一花。普段はからかう側の人間をからかうと面白いな。

こほん、と落ち着かせて一花は答えてくれた。

 

「そりゃあ、いつかはそうしたいなとは思ってるけど…カズヨシ君は?してみたくないの?」

「う~ん、どうなんだろう…今こうやって一花とお茶を飲んでるのも周りからしてみればデートに見えてるかもしれないじゃない。でも彼等がしているデートと僕が中野姉妹と出かけるのって、根本的に違う。お互いに好き同士で出かけるってどんな感じ何だろうって興味はあるかな…」

「興味が出てきてるだけでもいいじゃん。良かった…」

 

そう言った一花は本当に嬉しそうにコーヒーを飲んでいる。

僕の心の変化が多少出ていることに、自分の事のように喜んでくれてるのかと思うと心が温かくなってきた。

その後、少しして風太郎がケーキを持ってきてくれた。

ちなみに店長はキッチンで一心不乱にケーキを作っているそうだ。何が彼をそこまでさせたのだろうか。

そして、もう少しバイトの時間がある風太郎と別れ、みんなが待っている家に帰ることにした。

 

------------------------------------------------

「遅い!何してたのよ!」

 

家に帰るとご立腹な二乃の声が出迎えてくれた。

 

「ごめんねぇ~、ちょっとカズヨシ君とデートしてきちゃった!」

「なぁ!?」

「一花、ずるい…」

「兄さん?先ほど話したばかりではないですか」

「直江君!どういう事か説明をしてください!」

「五月とレイナちゃん落ち着こう!ね?」

「はわぁ~…和義さんと一花さん凄~い」

 

零奈と五月に詰め寄られている僕を、一花はウィンクをしながら笑ってこっちを見ている。

さっきからかい過ぎたからか、その仕返しなんだろうけど勘弁してほしい。

 

「デートじゃないって。ケーキの準備に時間がかかったから、それを待ってる間に二人でお茶してただけだよ」

「普通にデートじゃない!」

「うん、デート…」

「デートです!」

「デートだと思います」

「え~…」

 

姉妹全員同じ意見だった。見事なシンクロである。

 

「う~ん、私には難しいけど中野さん達が言ってるならデートじゃないかな」

「はぁ~…どうせ兄さんのことです。何も考えず行動されていたのでしょう」

 

最近の零奈の僕に対しての当たりがキツいような気がするんだが。そんな風に考えながら、買い出しで買ってきた食材などをキッチンに運ぶ。

キッチンには何品か既に出来ている料理が並んでいた。流石は二乃である。

 

「こんな事で時間取られるのも勿体ないわね。和義、残りの料理作るの手伝いなさい!」

「ウィーマドモアゼル」

 

そう返事をしてすぐに二乃の横に付いて手伝いを始めたのが良かったのか、ご機嫌に鼻歌を歌い始めた。珍しいものだ。

 

「む~…私も手伝う」

「定員オーバーよ。大人しく飾り付けの手伝いでもしてなさい!」

「ごめんね、三玖。うちは中野家ほど広くないから…二乃、こっちの下ごしらえ終わったよ」

「ありがと!じゃあ、次は...」

「次の料理に使う野菜を切ってるよ」

「私のやって欲しいことを先読みしてくれて助かるわ」

 

話しながらも手を止めずに料理を続ける。

 

「相変わらず息ピッタリですね、あの二人は」

「ああ、そっか。二乃と五月ちゃんはこの間ここに家出してたんだったよね」

「ええ。その時も二人で料理をしてましたが、お互いにうまくカバーし合ってました。少し羨ましいです...

「五月ちゃん?」

「いえ、さぁこちらも頑張りましょう!ほら三玖、手伝ってください」

「分かった...」

 

一花と五月が飾り付けの途中でこちらを覗きに来ていたが、邪魔になると思ったのだろう、すぐに飾り付けの方に三玖を連れて向かった。

飾り付けと料理が完成した頃には風太郎もバイトを終えてうちに到着した。

そして-----

 

「せ-の...」

「「「「「「「「「メリ-クリスマ-ス!!」」」」」」」」」

 

僕の合図でみんなそれぞれ手に持っているクラッカ-を鳴らしながら、定番の挨拶を叫んだ。歓迎会兼クリスマスパ-ティ-の始まりである。

 

「うわぁ-、どれも美味しそう!」

「好きなのを好きなだけ食べてもいいんだよ。あ、でもケーキもあるからほどほどにね」

「はい!ありがとうございます和義さん!」

「らいはさん。あちらを一緒に食べませんか?」

「うん!」

 

ニコニコと二人で美味しそうに食事をしている姿は癒される。

 

「あぁ、あの二人の姿は尊いですね直江さん」

「分かる!分かるよ四葉!写真をいっぱい撮っとこう」

「僭越ながら私もお手伝いさせていただきます!後で交換しましょう!」

 

零奈とらいはちゃん、二人の姿を収めようと二人の周りで四葉と一緒に写真を撮っていた。

 

「何をしているのですか、兄さん達は...」

「あはは、今日くらいいいんじゃないかなぁ」

「まぁ、らいはさんが言うのであれば...」

 

そんな撮影会の横では、

 

「お前達の馬鹿さ加減には呆れるな」

「うっさいわね!」

 

今までの経緯を聞いた風太郎が五つ子に向かって呆れながら話している。

 

「成功は失敗の先にある、でしょ。だからフータローも諦めないで、私達の家庭教師続けてほしい」

「はぁ~…お前達に配慮するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。俺は俺のやりたいようにやってやる!最後まで付き合えよ!」

 

どうやら風太郎も吹っ切れたようだ。

そして、みんなが思い思いに料理を食べている。そんな光景を少し離れた場所から眺めていたら、零奈が横に来た。

 

「どうされたのですか?」

「いや、この光景も少し諦めてたからさ。また見ることが出来て良かったなって…」

「そうですね。母さんのクリスマスプレゼントです」

「やりすぎだけどね……母さん、ありがとう

 

零奈だけに聞こえる声で、僕はそう呟いた。

 

------------------------------------------------

食事も終えた頃、みんなの待ちに待ったケーキの登場である。

 

「こっちが僕の作ったケーキで、こっちがさっき買ってきたフルーツタルトね」

「ふわぁ~…どっちも美味しそうー」

 

らいはちゃんの目がキラキラしている。

 

「じゃあ、僕が作った方から切り分けるね。僕は向こうで食べたから8等分するよ」

 

切り分けたケーキをみんなに配り、それぞれ食べ始めた。

 

「美味しいぃ~。え、なにこれ凄く美味しいよ」

「これ本当にあんたが作ったの?」

「まあね。店のレシピ通りに作ったから美味しいと思うよ。あ、でも少しだけ店長に相談してアレンジ入れてみたんだ。どう三玖?そこまで甘くはないと思うけど」

「うん…とっても美味しいよカズヨシ」

「そっか、良かった」

「こんなケーキまで作れるなんて、直江さんをお兄さんに持つレイナちゃんが羨ましいです!」

「自慢の兄です」

 

零奈も美味しそうに食べてくれて何よりだ。

 

「直江君。食べ比べしたいので、こっちも食べていいですか?」

「ああ、切り分けてあげるから待ってて」

「兄さんも少しは食べたらどうですか?」

「バイト先で食べたから大丈夫だよ」

「それでもです。皆さんと一緒に食べる方が美味しいですよ。はい、あ~ん…」

 

零奈は自分の食べかけのケーキを、一口大に切り分けて僕の口まで持ってきた。

 

「はいはい、あ~むっ……うん、旨いね」

「「「あ~~~っ!」」」

「え、何?」

 

零奈に向かって感想を言うと何故か叫ばれた。

 

「あんた達、兄妹だからってベタベタし過ぎじゃないの?」

「そうかなぁ?小学生の妹との接し方なんてこんなもんでしょ」

「そうかもなんだけど。何かモヤモヤする…」

 

そう言われてもなぁ。そんなことを考えてたら、じっとこっちを見ている五月に気づいた。手元にはまだケーキがあるがまだ食べたりないのだろうか。そう思って、僕の分を一口大に切り分けて五月の口元に持っていった。

 

「五月はまだ食べたりない?はい、フルーツタルトだけど僕の分も食べて良いよ。あ~ん…」

「ふぇ!?」

「あ、ごめん。いらなかった?」

「いえ、いただきます。あむっ……美味しいです…」

「そ、良かった」

 

五月は恥ずかしそうに下を向いて食べている。流石に食べさせるのは年下扱いしすぎたかな。そんな考えをしていたら。

 

「流石にそれは擁護できないわよ!」

「うん、五月ばかりずるい…」

「え、そんなにフルーツタルト食べたかったの?」

「兄さん、そこではありません…」

「あははっ、本当にカズヨシ君の天然ぶりは凄いよね」

「私、近くにいなくて良かったかも…」

「全く…騒がしい連中だ」

「でも悪くないって思ってるでしょ、お兄ちゃん?」

「ぐっ…」

 

そんな感じでパーティーは終始賑やかに行われた。

そして、食べ物も飲み物も無くなって片付けを行うことになった頃だ。前々から考えていた事があってこの下宿はいい機会だと思い、片付けの為動き回っている四葉を呼び止めた。

 

「ねぇ四葉。お願いがあるんだけどいいかな?」

「直江さんが私にお願いなんて珍しいですね」

「うん、これは四葉にしかお願いできないことなんだよ」

「そうなんですね!私に出来ることであれば…勉強でお世話になっていますので叶えてあげたいです。何でしょう?」

「付き合ってほしいんだ」

「……………えっ?」

 

何故か固まってしまった四葉。そこに一花が不思議そうに近づいてきた。

 

「どうしたの?何だか四葉固まっちゃってるけど」

「いや、分かんないんだよね…」

「もう、また変な事言ったんでしょ?」

「失礼な。それって僕がいつも変な事言ってるみたいじゃん」

「無自覚って一番怖いんだよ…」

「むー…ただ四葉に付き合ってほしいって言っただけだよ」

「何だ、付き合ってほしいって言っただけか……って…」

「「えーーーーーっ!!」」

 

家の中全体を一花と復活した四葉の叫び声が木霊した。

 

 




クリスマスパーティー開催です!
原作では行われなかったですが、和義の家でならという思いで開催しました。
ちなみに、原作と違いアパートではなく和義の家での下宿にしたので、あの川に飛び込むところはカットしてます。
個人的にはあのシーンも好きなんですけどね。
あの出来事で風太郎は過去と決別を。二乃は風太郎に対して恋心を抱く訳なのですが。二乃が自分の心を否定しているシーンとかいいですよねぇ。
運動神経悪いのに着衣水泳が出来る風太郎にも驚きましたが。

それでは次回投稿も見ていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


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50.告白?

「ちょっと何叫んでんのよ。近所迷惑でしょ」

 

キッチンでの片付けをお願いしていた、二乃と三玖、五月が一花と四葉の叫び声を聞きつけこっちに来たようだ。

 

「うるさいぞお前ら。勉強が出来ないだろ!」

 

そして、僕の部屋に行って勉強をしていた風太郎も下に降りてきた。いや、お前は片付けの手伝いをしろ。

ちなみに、零奈とらいはちゃんはお風呂に先に入ってもらっている。この人数だと順番が大変だからね。

 

「いやぁ-、カズヨシ君の発言には毎度驚かされるけど、今回のは過去一だったよ...」

「あんた何言ったのよ?」

「え?実は前々から思っていたことがあったんだ。この下宿はちょうど良い機会だと思って、それで四葉に付き合ってほしいって...」

「ふぇっ!?」

「...嘘っ」

「あ、あんた自分が何言ってるのか分かってんの!?」

「もちろんだよ。四葉が良いのであれば明日からでもお願いしたいと思ってる」

 

そう言って四葉の方を見るが、当の四葉は顔を真っ赤にして視点が定まっていないようである。

 

「え-っと...な、直江さんの気持ちはす、凄くう、嬉しくお、おも、思いますが...」

「ちょっと大丈夫、四葉?顔も赤いし熱でもあるんじゃ...」

 

そう言いながら四葉のおでこに手を持っていく。熱はないようだ。

 

「あ、あのっ...!」

「何を騒いでいるのですか?」

 

四葉が決心して何かを言おうとした時、お風呂上がりの零奈とらいはちゃんがこちらに来ていた。

そして、経緯を二人に説明したのだが。

 

「なるほど...兄さん、そこに正座してください!」

「え、何で?」

「い、い、か、ら...」

「はい!」

 

零奈の迫力に負けあっさりと僕は言われた通り正座をした。

 

「それで、兄さんは()()付き合ってほしいかちゃんと説明はしたのでしょうね?」

「え?......あれ言ってないかも」

「はぁ~...では兄さん。仮に中野さんの誰か...そうですね三玖さんに、何も言わずいきなり真剣な顔で付き合ってほしいと言われたらどう思いますか?」

「えっと...歴史の話とかかなぁっと...」

「カズヨシ...」

「では、二乃さんは?」

「料理?いやフランス語の勉強かも」

「こいつはっ...」

 

あれ、三玖と二乃が呆れてるんだけど。

 

「はぁ...では一花さんはどうですか?」

「え~っと今後の女優業の相談的な...後は内緒話だったり」

「これは重症だね...」

「四葉さんは?」

「そうだな...また部活の助っ人で困ってるから話を聞いて欲しい的な...」

「う~~~...」

「最後に五月さんは?」

「えっと、勉強の分からないところを教えて欲しいか新しいお店を発見したからそこに付き合ってほしいみたいな...」

「はぁ...」

 

あれ~、風太郎以外全員呆れてるんだが。

 

「流石だな、和義!そこまで考えることができるとはっ」

 

そんな事をいいながらサムズアップしてきた風太郎に対して、僕もサムズアップで返した。

 

「あんたは黙ってなさい!」

「お、おう」

 

だが、二乃の一喝で風太郎は黙ってしまった。以前の変態呼びをした時並の迫力である。

 

「皆さん申し訳ありません。こんな兄で…」

「それは私もだよ…」

 

零奈とらいはちゃんが中野姉妹に向かって頭を下げている。

 

「いいですか、兄さん!男女が付き合うとはどういう事か分からない貴方ではないでしょう?」

「え、何で今その話が出てくんの?そりゃあ最近は減ってるけど、僕も告白されてるし………はっ!?」

「気付いたようですね」

 

そこでとんでもない事をしでかした事に気付いてしまった。主語は大事だね。全員に向かって土下座した。

 

「この度は皆様に多大なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 

僕は頭を下げたままで上げることができない。

 

「全く…もう少しご自身の言動に責任を持ってくださいね。下手したら四葉さんを傷つけたかもしれないのですよ」

「あはは……」

 

顔を上げると四葉は申し訳ないような顔をしていた。

 

「本当にごめん!」

「そんな!早とちりした私も悪いですし…」

「いや、今回の件については四葉には何の落ち度もないよ。でも!四葉は魅力的な女の子であるのは間違いないから!女の子に対しての恋愛感情を持ててない僕が言うと説得力ないかもだけど…」

「ししし、モテモテな直江さんが言うのであれば間違いなしですね。ありがとうございます!」

 

こんないい娘を傷つけてしまったと思うと自分が情けなく思ってくる。

 

「それで?結局四葉には何に付き合ってほしかったのよ?」

 

二乃の言葉ではっと気付いた。

 

「そうだった!こんな事があった後でお願いするのも気が引けるけど、ジョギングに付き合ってほしいんだよ」

「ジョギングですか?」

「うん。僕も日課で走ってるけど四葉もって聞いてたから。だったら一緒にどうかなって」

「おー、それはいい考えですね!一人よりも二人で走った方が楽しそうです!私からもぜひお願いします!」

「良かった!じゃあ早速明日の朝からいいかな?」

「はい!」

 

僕の提案に対して笑顔で答えてくれる四葉。本当に良かった。

 

「蓋を開けてみればなんて事なかったわね…」

「本当に。今回の事を反省してもらう為に、残りの片付けを兄さん一人でしてもらいます!」

「いや、それは…」

「何ですか?」

「頑張らせていただきます!」

 

零奈に対して、正座のまま敬礼で返事をした。ここで逆らってはいけないな。

 

「では中野さん達は順番にお風呂どうぞ」

「えっと…いいのかな…」

「いいのよ。後は諸悪の根源が全部やってくれるわよ」

「じゃあ、今日は数字順で入ろっか。私から入らせてもらうね」

「では、私達は客間やリビングでゆっくりさせていただきますね」

「すみません、直江さん!後はお願いします!」

「私達は2階の私の部屋でもう休みましょう」

「そうだね。皆さんおやすみなさい!」

「じゃあ、俺は勉強の続きでもしてるか」

 

それぞれが自分の行動を開始した中、一人取り残されてしまった。

 

「はぁ…片付けするか」

 

のそのそと行動を開始しようと立ち上がりキッチンに向かうと、そこには三玖が待っていた。

 

「手伝うよカズヨシ…」

「いいの?」

「うん。二人でやった方が早いよ」

「ありがとね。流石にヤバいと思ってたんだよ」

 

三玖の助けにここは甘えることにしよう。

そして、二人並んでキッチンで洗い物をしながら今日の事を振り返っていた。

 

「今日は楽しめた?」

「うん!毎年五人でクリスマスを過ごしてるけど、今年は大人数で過ごせたから楽しかった。それに料理もケーキも美味しかったよ」

「そっか、楽しんでもらえたのなら何よりかな」

「カズヨシは?楽しめたの?」

「もちろんだよ。やっぱりみんなとこうやって過ごすのは楽しいよね」

「うん…!」

 

その後も今日まであまり話せなかったのを埋めるように色々な話をしながら洗い物をした。やはり、二人でやるとあっという間である。

洗い物もそろそろ終わりに差し掛かった時だ。

 

「三玖~?二乃上がったから次良いよ?」

 

四葉がお風呂の順番のため三玖を探しに来たようだ。

 

「あ、三玖ここにいたんだ!もう、直江さんの手伝いするなら声かけてくれれば良かったのに…」

「キッチンの中は狭いからね。後は飾り付けを片付けなきゃだから、そっちをお願い。カズヨシ、私はお風呂行くね」

「ああ、ありがとう。助かったよ」

「うん…」

 

そして三玖はお風呂に向かった。

 

「じゃあ、残りの飾り付けの片付け始めますか!四葉、手伝ってくれるの?」

「もちろんです!」

「ありがとう!四葉がいれば百人力だよ」

「ししし、レイナちゃんには内緒ですね」

 

四葉の手伝いもあったので残りの片付けもあっという間に終わった。ツリーとかはまだ明日もクリスマスということもあり、出しとくことになった。

片付けを手伝ってもらった四葉にお礼を言い、四葉がお風呂に向かったのを見届けた後、僕はソファーに座り自分の順番が回ってくるのを待つことにした。

 

「四葉が上がったら五月が入って。その後は風太郎に入ってもらって、最後に僕かな…」

 

今日は色々あって疲れが溜まっているのか、うつらうつらしてきた。

とりあえず、五月にお風呂上がったら風太郎に連絡するようメッセージを送って、そのままソファーの上で眠りについてしまった。

 

------------------------------------------------

「……え……く……きて……」

 

どこからか声が聞こえてくる。それに体も揺らされてるような。そっか、あのまま寝ちゃったんだっけ。

 

「五月…?」

「えっ…!?」

 

体をグーっと伸ばしながら起きると、目の前に少し驚いた顔の五月がいた。

 

「う~ん…ごめん、ちょっと疲れてたからか寝ちゃってたよ…」

 

五月はまだお風呂から上がってすぐなのか、髪がほんの少し濡れている。

お風呂上がってすぐの五月は見たことがなかったのでなかなか新鮮である。

 

「どうしたの?そんな驚いたような顔をして」

「いえ、私の名前を呼びながら起きたのでビックリしました。すぐに私だと分かったのですか?」

「そういえば…何かフィーリング的な?」

「何ですかそれはっ…」

 

五月はそう言って、フフッと笑いながら優しい顔をしてこちらを見ている。

 

「うん、今の顔凄く素敵だ……ってごめん、また変な事言っちゃって」

「別にいいよ。直江君の突拍子もない言動にはこれから慣れていかなきゃだね。それに今の言葉は嬉しかったよ」

 

いつもの敬語をやめて、僕の隣に座りながらそう答えた。

今は僕と二人だからそうしてるみたいだ。

 

「そうそう、上杉君に連絡したけど繋がらなくて。それで困ってたんだけど」

「あー、あいつ充電するの忘れやすいんだよね。どうせ今も勉強に集中してるんでしょ。それか疲れ果てて寝てるか…」

「そんなことだと思った……ねぇ、少しだけお話してもいいかな?」

「僕はいいけど、他の姉妹は?」

「さっき見てきたけど、みんなもう寝ちゃってた。みんなも疲れてたんだね」

「まぁ無理ないでしょ。姉妹全員で家出した日にパーティーしたんだから」

「むー…たまに意地悪になるよね直江君って」

「悪いって。ホットミルクでも用意しようか?」

「うん、ありがとう」

 

キッチンに向かい二人分のホットミルクを用意する。

いつも零奈に作ってあげていたから手慣れたものだ。すぐに用意ができ、五月の元に戻った。

 

「はい。まだ熱いかもだから気をつけてね」

「うん……うわぁ美味しい」

「気に入ってもらえて何よりだよ。それで、話って?」

「うん……私達の本当のお父さんの事なんだけど…」

「そういえば、中野さんは再婚相手なんだっけ。そっか、前話してもらった時は、お母さんが女手一つで育ててくれたって言ってたけど、お父さんの事までは言ってなかったね」

「うん、まあ私も見たことないんだけどね…」

「え!?」

「私達の本当のお父さんは、お母さんのお腹の中に五つ子がいると分かった時点で姿を消したんだって…」

「なっ…!?」

 

何だよそれ!育児放棄以前の問題じゃないか、信じられない。自分の子どもだろ!何でそんなことが出来るんだ。

そんな風に考えてたら、自然と自分のズボンをギュッと力強く握っていた。

その手に五月は自分の手をそっと添えてきた。

 

「ありがとう。やっぱり君は違う。私達の為に怒ってもくれる」

「当たり前だろ!っとごめん、ちょっと熱くなってた」

「ううん、いいんだよ。むしろそこまで感情的になってくれてる方が嬉しい」

 

本当に嬉しいのだろう。僕に向けている笑顔は作り笑いではない笑顔だった。

 

「お父さんの話をお母さんから聞いてから、私は男の人を信じる事が出来なくなったの。男の人はみんなお父さんみたいな人じゃないのかって」

「そんな風に思うのは変じゃないよ…」

「だから、最初に会った時の上杉君の態度は私のそんな心に、やっぱり男の人は信用出来ないって刻み込まれそうになったんだ」

「それはそれは…我が友人ながらあれは酷かったからね…ん?()()()()()()?」

 

僕の疑問に満足したような顔を五月はしている。

 

「流石だね。本当にちゃんと向き合ってくれてる。そうだよ、あの後あなたに会えたからこそ刻み込む事はなかった。あなたの『根はいい奴』って言葉を信じることにして、彼と向き合おうと思ったんだ。まあ、その結果この家に押し掛けたり、一花に変装したりとやらかしちゃったけどね…」

 

その時の事を思い出したのか、申し訳ない顔をしながら笑っていた。

 

「今の私って、直江君と似てるかも。女の人を信用出来ないけど、少しずつ向き合っていこうとしてるとことか…」

「僕の事よく見てるね」

「ふふっ」

 

五月は、笑いながら立ち上がり窓際の方に進んでいった。

それを僕はソファーに座りながら目で追っていった。

そして、窓際に着いた五月はカーテンを開け、外を見ながら僕に質問をしてきた。

 

「ねぇ、直江君はあの五つ子ゲームの時に四葉が言った私達の見分け方について覚えてる?」

 

そういえば四葉はあの時、『お母さんが言っていました。愛さえあれば自然と分かるって』とか言ってたな。

 

「愛さえあれば自然と分かるだっけ?」

「うん。さっき私の事をすぐに分かったのも、きっと私達の事を大切に想ってくれてるからだと思うんだ。それが凄く嬉しかった」

 

そこで五月はこちらに振り返った。そして、

 

「私はね、直江君の事が好き………かもしれない」

 

僕の事をまっすぐ見ながらそう告白してきた。その姿は、今まで告白をしてきたどの女子よりも幻想的であった。

 

「学生のお付き合いなんて不純だって分かってる。でもそれはお父さんの事があったからであって。それに、さっき直江君が四葉に付き合ってほしいって言った事を聞いた時、自分でも分からないけどこの気持ちを伝えなきゃって思ったんだ。で、でもね!その…私って今まで恋愛の事とか考えたことがなかったから、この気持ちが異性として好きなのか、それとも姉妹みんなに対して想っている家族として好きなのか分かんなくって…」

「そっか…」

「だ、だからね!本当に直江和義という男の人を好きになったら改めて告白するね!そ、その駄目かな…?」

 

自信無さげにモジモジと五月はこっちを見ている。しかし、この提案は如何にも真面目な五月ならではだと思う。

ちょっと前までの僕だったら断ったかもしれない。けど、

 

「分かった。その時は五月の気持ちを真剣に受け止めてその時の自分の気持ちを伝えるよ」

 

そう返事を出したのだった。

 

「ありがとう!それに今は、赤点回避の為の勉強も大事だもんね」

「そこは五月だね。大丈夫、後一科目だもん。次は全科目回避できるさ」

「うん!今後ともよろしくね、先生!」

「ああ!」

「あ、そうだ。これを機に和義君って呼んじゃ駄目かな?」

「僕は気にしないけど、他の姉妹が変に勘ぐるんじゃない?」

「大丈夫だよ。二乃だっていきなり名前で呼んでたんだし」

 

全く。用心深いのかお気楽なのか分からない娘だ。

そんな五月をちょっとからかってあげようと思い、立ち上がりあることを伝えた。

 

「ふふっ…でもさ、もしかしたら僕から先に告白してるかもしれないよ。僕だってこれから考えていくかもしれないからね」

「ええぇー!」

 

そんな風に話しながら五月の横に立ち、カーテンを開け空を見上げた。

 

「顔、真っ赤だよ」

「もう!からかわないでください!」

「あ、敬語に戻ってる」

「ビックリしたからです!」

 

敬語がデフォルトって。でも、零奈と同じ喋り方だからか落ち着く。

そんな時だ、空から雪が降ってきた。

 

「見てよ、雪が降ってきた」

「わぁーっ」

「時間も0時回ってるし、ホワイトクリスマスだね」

「はい…」

 

しばらく降り続ける雪を見て、五月は客間に戻り僕はお風呂に入った後部屋に戻って眠るのだった。

ちなみに、風太郎はすでに僕の部屋に敷いていた布団で寝ていた。やはり疲れていたのだろう。

 

 




なんと五月が告白をしてしまいました!
まだ自分の気持ちについて整理が出来ていない状態ではありますが。。。

自分でもこの話を書きながらどうしようかと、かなり迷いました。まだ、赤点回避も出来ていない状況でもありましたからね。
でも思い切って書く決断をしました!

ヤバいですね。。。
今後の展開を考えるのが滅茶苦茶大変です。

後、1日が長かった。。。
12月24日が終わるのに3話半かかってしまいました。
林間学校初日以来ですね。
ぐだぐだになってしまいすみません。

今後もお付き合いいただければと思います。


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51.思い出の女の子

~???~

 

皆が寝静まっている深夜3時。ある人物が電話をしていた。

 

「どうも、そちらもこんばんはでよろしかったでしょうか?()()()?』

『あらぁ~、あなたから電話なんて珍しいわねぇ。それにしても、その声でその呼び方止めてよぅ」

「はぁ...それで、いつから気づかれていたのですか?」

『何を?』

「切りますよ」

『分かった!分かったから。もう相変わらず真面目なんだから』

「もう一度聞きます。いつから気づかれていたのですか?」

『はぁ~...この間和義の林間学校の為に帰ってからよ。貴方のあの娘達に対する態度が今まで見たことないような姿だったからね。もしかしてと思った訳。まぁ八割ぐらいの確信だったかな...』

「やはり和義さんの観察眼の良さは貴方譲りでしたか。貴方の観察眼の良さは昔から変わりませんね」

『いや~、それだけが取り柄だったからね』

「そんな事はなかったでしょう。貴方のそんな誰に対しても打ち解けることが出来るのも一つの武器ではないですか。それよりも、こんな現実に起きそうにない事を信じることが出来るのですか?」

『まあ、最初は信じられないって気持ちが大きかったけどね。でもいいんじゃない、こんなロマンチックな事が起きてもさ』

「貴方のそのお気楽なところが羨ましくもあります」

『む-、酷いなぁ。せっかくあの娘達を貴方の近くにいれるよう手配したのに-』

「余計なお世話です。こうやって成長したあの娘達のことが見れただけでも十分なのですから」

『相変わらずなんだから。で?あの娘達には自分の事を話すの?』

「そうですね。今のところは考えていませんが、いずれはとも考えております」

『そう...それで和義には?』

「そうですね......必要になれば...」

『ふふっ、言っとくけど貴方達は兄妹だってこと忘れないでよ。まぁ、それはそれでロマンチックでもあるけどね』

「な、何を!?聞きたいことは聞けたのでもう切らせていただきます!」

『はいはい、頑張ってね零奈(れな)先生』

 

そこでレナ先生と呼ばれた人物は電話を切った。

そして、天井を見上げながら呟くのだった。

 

「...兄さん、私は......」

 

-------------------------------------------------

次の日の朝、昨日約束していたジョギングに四葉と行くことにした。

昨晩降っていた雪は今は止み、そこまで積もっていないから大丈夫だろうと判断して決行することにしたのだ。

 

「歩道や道路には雪が積もっていないからといって、滑らないよう気をつけてくださいね」

「了解!軽く流す程度だから大丈夫だと思うよ」

「四葉さんも気をつけてくださいね」

「了解です!」

「あ、それと…」

 

見送りに来てくれた零奈が近づきしゃがむよう言われたのでしゃがむと、僕の耳元で僕だけに聞こえる声で話しかけてきた。

 

プレゼントありがとうございます。らいはさんもとても喜んでいましたよ

 

そう言ってニコッと笑っていた。

 

「え~?何の事だろう?サンタさんからの贈り物じゃないの?」

「ふふっ…ではそう言うことにしておきましょう」

 

実際には昨日寝る前に零奈の寝室に静かに置いておいたのだが、零奈には通じないようだ。

プレゼントの中身はショルダーバッグで、らいはちゃんと色違いのお揃いである。

まあ、喜んでくれたのなら良かった。

 

「レイナちゃん達のところにもサンタさん来てたんですか?私達のところもですよ!」

 

そう言って、四葉が嬉しそうに話している。

 

「私達のところは部屋の外に置いてあったのですが、ちゃんとメッセージカードも置いてあったのでサンタさんからの贈り物だってすぐに分かりました。英語でしかも筆記体?で私には読めなかったですけど…二乃に読んでもらいました!」

 

さすがに客間の中に入る訳にもいかなかったので、入口にそっと置いておいたのだが気付いてくれて良かった。

 

「そうなのですね。ちなみに私達のところには色違いでお揃いのショルダーバッグでした。四葉さん達のところには?」

「えへへ、私達には色違いでお揃いのストールでした。可愛かったなぁ。さすがにジョギングには着れないので置いてきましたが、お気に入りになると思います!」

「それは良かったですね。皆さんも喜んでましたか?」

「もちろんです!みんな大事そうに抱きしめてました!」

 

何か照れ臭くなってきたな。

ちなみに風太郎の枕元には前から欲しいと言っていた参考書を置いてきた。まったく、欲しいものが参考書って、あいつらしいけどね。

 

「中野さん達はいい娘ですから、きっとサンタさんも見てたんだと思いますよ」

「えへへー、そうですかね?直江さんのところには来てましたか?」

 

準備運動もそろそろ終わりかなってところで四葉が僕に聞いてきた。

 

「残念ながら来なかったよ。けど、零奈からのこの帽子のプレゼントがあったから全然構わないけどね!」

「中々似合ってます!レイナちゃんはセンスありますね!」

「ありがとうございます」

「さて、準備運動も終わったことだし行きますか!」

「はい!」

 

僕の合図でジョギングをスタートした。

とりあえず、最初は四葉のペースに合わせて走ることにした。

朝の冷たい風が走っていると丁度良く感じる。

 

「流石直江さんです!やはりこれくらいであれば付いて来れますね!」

「まぁね!いやー、この冷たい風が気持ちいいねぇ~」

「分かります!」

 

そして、話しながら軽く走ってると公園が見えてきたので、そこで一旦休憩をすることにした。

 

「ほい、四葉の分」

「ありがとうございます!」

 

自販機で二本のスポーツドリンクを買い、ベンチで休んでいた四葉に一本渡した。

 

「くぅー、生き返るぅ~」

「やっぱり誰かと走ると楽しいですね!」

「だよね!それにしてもここからの景色はやっぱ格別だなー」

 

グーっと体を伸ばしながらブランコの先まで進み、下に広がる町並みを見ていた。

 

「直江さんもここに来るんですか?」

「もってことは四葉も来てるんだ?僕はジョギングのコースにしてるからね」

「私はたまにここのブランコを漕ぎながら町並みを眺めてます。ちょっと落ち込んだ時にブランコを漕ぎながら夜の町並みを見ているとほっこりするんですよ」

「ふ~ん…」

 

四葉の話を聞きながら近くのブランコに乗ってみた。

 

「おー、小学生以来かも。ねぇ、四葉!あれできる?ブランコ漕いだ後の跳ぶやつ。昔僕もやってたんだよねぇ」

「もちろん出来ますよ!見ててくださいね!」

 

そう言って僕の隣のブランコで漕ぎだし、勢いよく跳び出した。そして、綺麗に着地したのである。

 

「どんなもんです!」

「おー、凄えー!流石四葉だね。よーし、じゃあ僕も!」

 

そして、僕も負けじとブランコを漕ぎ勢いよく跳び出した。

凄えぇー!気持ちいい!

 

そして四葉と同じくらいの場所に着地した。

 

「やっべぇー、めっちゃ気持ちいいんだけど!」

「おー、流石直江さんです!前に上杉さんがしてみたんですが、跳び出せずブランコで一回転してました」

 

風太郎らしいな。って、待てよ。

 

「え、風太郎とここに来たの?」

「あっ……」

 

すぐに目を反らす四葉。分かりやすいなぁ。

 

「何だ、風太郎もやるなぁ。四葉とデートなんて」

「あ、あのぅ。これはどうかご内密に!」

「え?別にいいけど、何で?」

「そ、それはですね。実はその日は勤労感謝の日でして、普段からお世話になってる私に何か贈り物するようらいはちゃんに言われたらしく…」

「その日って確か僕も風太郎誘ったけど、勉強だって断られたんだよね」

「あー、直江さんもですか。実はその日、一花もお誘いしてたみたいで。ですが、直江さん同様に勉強だからとお断りしたみたいなんです…」

「なるほど、これが一花にバレると諍いが起きてしまうのではないかと…」

「そうなんです…」

「そういうことならみんなには言わないでおくよ」

「ありがとうございます!」

 

一花ってばその頃から行動は起こしてたんだね。しかし当の風太郎はまったく応じずか。一花が不憫に思えてきたよ。

 

「人の事言えないけど、風太郎に色恋沙汰が起きることはあるのかねぇ…てか、四葉が一花に対してそういう風に思ってるってことは、一花の想いについてを…」

「まぁ、デートに誘うくらいですからね。そういう直江さんも気付いてたんですね」

「まぁね…」

 

その時ふと思った。風太郎の思い出の女の子は中野姉妹の誰かってことは間違いない。もしかしたら一花なのだろかと。

僕の予想では、今尚その娘は風太郎の事を覚えているし、風太郎や僕と違って風太郎を一目見ただけで見抜いている。それくらい想いがあるってことだ。

いい機会だし、ちょっと四葉にカマかけてみるか。

 

「どうしたんですか?考え事なんてして…」

「ちょっとね…風太郎の口から女子の話なんて出たの小学校時代から無いなぁ、って思ってただけ」

「それは…というか、小学生の頃は女子の話をしてたんですか!?」

「あはは…前にも話したけど風太郎って小学校時代のある行事があるまでは勉強せず遊んでばっかりだったからね。風太郎は否定してたけど、一人の女子を気にしてたね」

「へ、へ~…」

 

おや、ちょっと目が泳いだかな。

 

「まあその女子には幼馴染みの男子がいてね、風太郎の入る余地なんてなかった訳なんだが」

「それは…お気の毒でしたね」

「でね、風太郎が変わった行事って言うのが京都への修学旅行なんだけど、そこである女の子に出会ったんだ。そして、その女の子とこう約束したんだって。『めっちゃ勉強して、めっちゃ頭を良くして、いっぱい稼げるところに就職するんだ。そして、妹を何不自由なく暮らせるようにする。それで、必要ある人間になる』って」

「そう、なんですね…」

「ちなみに僕はその女の子の姿を写真でだけど見たことがあるんだよねぇ」

「えっ…?」

 

そこで驚きの顔を僕に向けた。それで、僕と目があったがすぐに反らされた。

 

「ほら、前に話したじゃん。大切な写真が風太郎の生徒手帳に入ってるって。あいつ、その女の子と写ってる写真を律儀に生徒手帳に保管してるんだよ」

 

あの、風太郎が二乃の寝室に忍び込んだ事件があった時である。

 

「そして……その日に僕はある写真を見てるけど覚えてる?」

「はい…二乃が部屋から持ってきた、私達の小さな頃が写ってるアルバムです」

「本当にビックリしたよ。風太郎が大事に保管してる写真に写ってる女の子が、そのアルバムにもいたんだから」

 

そこで話を切ったが、しばらく沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは四葉だった。

 

「あの、この事を上杉さんは…」

「知らないよ。風太郎が退院した日に、姉妹みんなに自分と会ったことあるか確認してたでしょ?多分だけど、あれは五月と何か話して中野姉妹の中に思い出の女の子がいるのでは、と思って聞いたんだと思う。その時僕もビックリしたからね」

「そうですか…」

「ふー……それで、あの女の子は四葉って事で良いのかな?」

 

僕の質問に対して本当に小さく頷いた。

 

「そっかぁ…まさかあの女の子が四葉だったとはね」

 

何か考え込んでいるのか、四葉は下を向いたまま微動だにしない。

僕は自販機に向かい、温かいお茶を買ってまた四葉の所に戻ってきた。

 

「はい、温かいお茶。ごめんね、時間取らせて…体冷えたよね」

「あ、ありがとうございます」

 

僕は自分の分を飲んだ後、四葉に伝えた。

 

「別に名乗り出たくないなら、僕は風太郎に言わないよ。理由も聞かない。まぁ気にはなるけどね」

「あーあ、やっぱり直江さんには敵わないですね。多分ですけど、五月も感づいてると思うんですよね。でも、あの子は気を使っちゃうところがあるから言ってこないんだと思います」

 

そして四葉もお茶を飲みだした。

 

「温かいですね。お茶もですけど、直江さんの優しさも…あんまり優しくされると、私直江さんの事好きになっちゃいますよ?」

「ゲホッゲホッ…へ?」

「ししし、昨日のお返しです!」

 

僕の驚いた事に満足したのか、いつもの笑顔に戻り残りのお茶を飲み干した。

 

「マジで、四葉って役者になれるんじゃない?」

「んー、どうでしょうか?私と五月は姉妹の中で変装が下手なんですが…ホイッ!」

 

飲み干した空き缶は近くのゴミ箱に、四葉の正確なシュートで見事収まった。

 

「ナイスシュート!」

「イエーイ!それじゃあ帰りましょうか。五月ではないですが、そろそろお腹が空いてきました!」

「そうだね。零奈や二乃あたりが『遅い!』って言いそう…じゃあ行こう!」

「はい!……あ、そうだ。今日ってお時間あります?」

 

走り出したところで四葉から質問された。

 

「特に約束とかはしてないけど、どうかした?」

「では、デートしましょう!デート!」

「は!?」

「そこで続きをお話しします」

 

急に真剣な顔でそんなこと言われたら断れないでしょ。

 

「分かったよ。けど、四葉は分かってる今日が何日か」

「え?25日ですよね…あっ!」

「そういう事。さすがに別日でもいいかな?」

「で、ですね!では明日なんてどうでしょう?」

「OK!四葉の為に予定空けとくよ」

「う~…その言い方こそばゆいです」

「なら良かった。さっきの意趣返しだよ」

「えー!あれは昨日のお返しだからチャラじゃないんですか?」

「僕って結構負けず嫌いなんだよね!」

 

そう言ってスピードを上げた。

 

「むー…私だって負けませんよ!」

 

その言葉通りしっかりと僕のペースに付いてきている。

そして、そのペースを保って家まで帰ることになったのだった。

 

-------------------------------------------------

「「たっだいまー!」」

 

家に着いたときには二人ともバテバテで玄関に座り込んでしまった。

 

「いやー…最後の走りは流石でしたね、直江さん!」

「四葉もね!まさか付いてこれるとは思ってなかったよ。シャワー先に使っていいよ」

「え、いいんですか?」

「レディーファーストだよ。先行きな」

「ありがとうございます!……」

 

シャワーに行くため立ち上がったと思ったら、その場に留まっている。

 

「どした?」

「一緒に入ります?」

「ゲホッゲホッ…」

 

ニヤッと笑いながら僕に向かってとんでもないことを言ってきた。いや、冗談っていうのは分かるんだが心臓に悪い。

 

「ししし、意趣返し成功です!」

「にゃろうー」

「「随分と仲良くされてますね、お二人とも」」

 

怒気たっぷりの声が聞こえてきたので、四葉と声の方を向くと顔は笑顔だが絶対に笑ってない五月と零奈が立っていた。

 

「「ヒィッ……!」」

「ヤバい、ちょっとふざけすぎたかもよ四葉…」

「えぇ…何とかしてくださいよ直江さん…」

「ごめん、無理…」

「そんなぁ…」

 

二人でどうしようと話してると、

「兄さん?」「四葉?」

「「はい!」」

 

更に怒気が込められた声で呼ばれて、僕と四葉は返事をした後気をつけの状態で立ってその後の言葉を待っていた。

 

「先程、何やら面白い言葉が聞こえてきたのですが、四葉?」

「あ、あれは冗談だよ!本気にしないで五月…」

「随分と仲良くなられたようですね、兄さん?」

「ほ、ほら四葉もこう言ってるじゃん。流石の僕でも分かってるって」

「「………」」

 

無言が一番怖いんだって二人とも。

 

「はぁー…このままだと風邪を引きますね。四葉さんシャワーをどうぞ。もちろんお一人で」

「も、もちろんです!直江さんお先です!」

 

四葉は、零奈の言葉を聞いた途端凄い早さでこの場所から離脱した。

 

「え、えーと…五月さん、零奈さん。僕はどうすれば…」

「和義君は後ろを向いてそこに座ってください!」

「イエッサー!」

「え、五月さん?」

 

五月の指示通り素早く五月に背を向け座り込んだ。

 

「まったく、いつの間にか四葉とあんなに仲良くなって。やはり、和義君はたらしさんなのですね」

 

そんな風に言いながら僕の頭から帽子を取り頭をタオルで拭いてくれている。

 

「面目ない。風太郎と一緒にいるノリで接してたらついね…」

「上杉君と。そうですか…とは言え、誰にでもあんなことしないでください!」

「分かってるって。仲良くやってるのは中野姉妹だけだから…後痛いです五月さん…もう少し優しくお願いします」

「聞けません!…………後はご自身でされてください。馬鹿…

 

そして、タオルを僕の頭に置いたまま、五月はそそくさとリビングに戻っていった。

 

「随分と五月さんと仲良くなられたようですね?」

 

ヤバい、零奈の事忘れてた。

 

「ほ、ほら。いつまでかは分かんないけど、これから一緒に暮らしていく訳だしさ。仲良くしてた方がいいでしょ?」

「確かにそうですが、節度を持った行動を、とも言いましたが?」

「もちろん!そこは弁えてるよ」

「なら良いのですが。四葉さんのシャワーが終わったら兄さんもシャワーで汗流してきてくださいね。風邪引きますから。終わったらリビングに来てください。朝食、出来てますよ」

「ああ、分かった」

 

そこで零奈もリビングに戻っていった。

その後少しして、四葉のシャワーが終わったようなので、シャワーに向かい朝食を食べることにした。

 

 




冒頭での~???~部分ですが、そろそろ出していこうかなという事で書いていきました。しかし、どこまで書こうか迷っている間に、大分書いちゃったのでは?という気持ちが出てしまいましたが、もう行っちゃえという思いが勝ってしまいました。。。

そして、思い出の女の子ですね。
原作では五月が既に知っていて、これを機に四葉の恋の応援をしていくのですが、この物語ではまだばれていません。
なので、そろそろ和義あたりが気付いてもいいかなって考えて書かせていただきました。

お正月まではもう少し書こうかなって思ってますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


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52.尾行開始!

~直江家~

 

今日も朝から和義と四葉がジョギングに出掛けている。

そんな朝の食卓に残りの姉妹と零奈が集まっていた。

 

「皆さんお集まりいただきありがとうございます。実は折り入ってご相談がありまして…」

「ふわぁ~……朝からどうしたの?」

 

一花はまだ寝たりない様子で欠伸が絶えなかった。

 

「私達もまだ何も聞いてないのよねぇ」

「うん、朝起きてきたら急に集まってほしいってレイナちゃんが…」

「どうかされたのですか?」

「本日も兄さんは朝から四葉さんと一緒にジョギングに行かれました。その時に兄さんはこう言ったのです。『今日は一人で出掛けてくるから昼御飯はいらない』と」

「ん?別に普通じゃないの?あいつだってたまには一人になりたい時もあるでしょ」

 

二乃がそう述べると他の姉妹も同調した。

 

「私も最初はそう思いました。しかし、私の勘が女性に関する事ではないかと囁いているのです」

「勘、ですか…」

「とても小学一年生が話す内容では無いわね…」

「確かに…流石のお姉さんもビックリして一気に目が覚めちゃったよぅ」

「……それで?レイナちゃんは私達に何をしてほしいの?」

 

興味が出てきた三玖が零奈に質問をした。

 

「私は兄さんが出掛けた後、それを付けたいと思っています。ただ、私では撒かれる可能性がありまして…」

 

言動などが大人びているとは言え体は小さな女の子である。

和義がその気になれば簡単に撒くことが出来るであろう。そこを零奈は危惧しているのである。

 

「なるほどね。尾行を手伝ってほしいと。そうねぇ…」

 

興味が沸かないように話している二乃ではあるが、全く興味がないという訳ではない。最近、和義の事が気にはなっていた。

 

「私は良いよ…」

「三玖!?」

 

すぐに賛同した三玖に二乃は驚いていた。

普段の三玖であれば、どちらかで言えばインドア派なので、こういう事には積極的に関わることがなかったからだ。

 

(やっぱり三玖は和義の事を…)

 

二乃がそんな考えをしていると次の賛同者が名乗り出た。

 

「私も良いよ。レイナちゃんの勘が当たってれば面白いものが見れるしね。もし外れたら、買い物とか行けば良いわけだしさ」

 

一花である。

自分が風太郎の事を好きだということを和義に気付かれてからはからかわれてばかりなので、ここで和義のスキャンダルをゲットできればと考えているようだ。

 

「こういうの好きよねぇ、あんたは」

「良いじゃん、二乃も行こうよ!」

「まぁあんたがそこまで言うなら…」

「決まりっ!後は五月ちゃんだけだけど」

 

そこで全員が五月に注目した。

 

「本当に良いのでしょうか…こんなことをして和義君に悪いように思います…」

「それ…」

「え?」

 

急に三玖から『それ』と指摘されたのだが、五月はどの事を言っているのか分からなかった。

 

「五月、いつの間にカズヨシの事を名前で呼ぶようになったの?」

「それは…今までお世話になってきた事もありますし、今後ひとつ屋根の下で暮らして行きますので。そろそろ名前で呼んでも良いのではと思ったのです」

「ふ~ん…」

 

一応はそれで納得はした三玖ではあったが、完全にということでもなかった。

ただ、学生のうちに恋愛をすることをいつも不純と言っているので、この時は気にしすぎかと思うことにした。

 

「五月ちゃんも気にはなってるんでしょ?なら行こうよ!」

「はぁ…分かりました。一花達が暴走しないよう見張っておきます」

「皆さん、ありがとうございます」

「四葉はどうするのよ?」

「そう言えば四葉も出掛けるって言ってましたよ」

 

二乃の疑問に五月が答えた。

その言葉に全員の目が合ったが、『まさかね』と全員が思うのであった。

 

------------------------------------------------

ジョギングから帰り、朝食を食べてしばらくゆっくりしてから出掛ける準備を始めた。

昨日四葉と約束をしていたので、出掛けることになったのだが、その四葉が現地で待ち合わせの提案をしてきたのだ。なので、四葉は既に出掛けている。

何でも今日話す内容は、他の姉妹にはあまり聞かれたくないそうだ。

 

「さてと…じゃあ出掛けてくるから。そう言えば、みんなもどっか行くの?」

 

出掛ける事を告げるためリビングにいる人に声を掛けたのだが、そこにはみんながいて既に着替えて、出掛ける準備が出来ているように見える。

それに五月はそわそわしてるし、一花に至っては起きて着替えているのだからビックリである。

 

「今日は中野さん達と買い物に行こうかと」

「ふ~ん、そっか。じゃあみんな零奈の事よろしく。いってきます」

「「「「「いってらっしゃい!」」」」」

 

家を出た僕は今回の目的地であるショッピングモールにまっすぐ向かった。

昨日まではクリスマス一色だったのに、その面影もなく、今では新年の飾り付けになっている。この時期のこういうお店の人達は忙しいのだろう。正に師走である。

そんな考えをしながら辺りを見回すと、目的の人物が佇んでいるのを見つけた。

やはりあの特徴的なウサギリボンは目立つ。

 

「よ!お待たせ四葉」

「直江さん!おー、眼鏡に帽子だと何だか別人みたいです!」

「一応バレないようにやってるから、別人に思われるのは良かったよ。ストール、早速使ってるんだ」

「はい!どうです?」

「うん、似合ってるよ。やっぱ元々可愛いと、何でも似合うね」

「か、かわ……私は直江さんと一緒にいると心臓が持ちそうにありません…」

「ご、ごめん。でもさ、想像してみなよ。四葉が普段着てる着ぐるみみたいなパジャマを風太郎が着てるところとか」

 

想像しているのか少し空を見上げる四葉。

 

「ぷっ…あははははっ…止めてくださいよ!」

「ほら!あれは四葉が着てるから可愛いんだよ」

「~~~っ…」

 

そこで何故か後ろから視線が感じられたので後ろを振り向くも誰もいなかった。

 

「どうかしたんですか?」

「いや、誰かに見られてるような気がして…」

 

不思議そうに四葉も僕が見ている方を見るがもちろん誰もいない。

 

「気のせいじゃないですか?ほら、直江さんは学校でも注目の的ですから、気にしすぎてるんですよ!」

「だと良いんだけど…」

 

気になるところではあるのだが、とりあえずモールの中に向かうことにした。

 

「それで、今からどうする?話は食事しながらで良いと思うけど」

「ですね!直江さんは行きたいところないんですか?」

「僕に合わせてくれるなら本屋寄ってもいいかな?」

「じゃあそれで行きましょー!」

 

四葉の承諾も得られたのでモール内の本屋に向かう事にした。

 

------------------------------------------------

~尾行組~

 

少し時が戻り、和義と四葉が合流した所を零奈と他の姉妹が目撃していた。

 

「おー。まさか本当に四葉だったとはね。驚きだよぅ」

 

二人の姿を見て感想を漏らしている一花。だが、そこの空気が重いのを誰よりも感じているのも一花であった。

この重い空気をどうにかしたいがために出た言葉なのかもしれない。

 

「「「「………」」」」

(お願いだから誰か喋ってぇ…)

 

無言の圧を感じて、一花は誰にも話しかけることができずにいた。

 

「何よあいつデレデレしちゃって…」

「全くです!」

(カズヨシ君は特にデレデレしてないように見えるのは私だけかな?)

 

二乃と零奈が同調しているが、それに対して一花は心の中で疑問を投げかけている。

 

「むー…まさかの四葉。油断してた…」

「姉妹のみんなと仲良くしてくれるのは彼の美点とは思います。しかし、それはそれで…」

(まさかこの二人からこんな言葉を聞ける日が来るとはね…二人もしっかり恋、してるんだね)

 

三玖と五月の嫉妬心が垣間見える言葉を聞いて、少し嬉しくも思う一花であったが、空気が重く感じるのはまた別の話である。興味本位で来なければ良かったと若干後悔はしていた。

その時、和義が振り向いてこちらを見てきた。

 

「やばっ…!」

「結構離れてると思ったけど、カズヨシ君ってば気配感じるの凄いね」

「見つかったかな…」

「どうでしょう…」

「二乃さん、手鏡持ってますか?」

「持ってるけど、どうするの?」

「こうします」

 

二乃から手鏡を受け取った零奈は、鏡を使って和義の様子を伺っている。

 

「おー、レイナちゃん女スパイみたいだね!」

「よくもまぁ思いつくものね」

「どうやらまだ気付いていないようですね」

 

感心している一花と呆れている二乃の言葉もあるなか、零奈は冷静に観察を続けるのであった。

 

「モール内への移動を開始しましたね」

「どうする?続ける?」

「当然でしょ!」

「愚問…」

「私達も移動しましょう」

 

一花の問いかけに対して全員が続行姿勢である。本来止めに入るはずの五月でさえ止まりそうになかった。

 

(これは…今日は私が止めに入る係になりそうかなぁ…)

 

こういう時は先頭に立っていつもノリノリで行動をしている一花であったが、今日はいつもと違うポジションになると予想して、先を歩く零奈と妹達の背中を追っていく一花であった。

 

------------------------------------------------

本屋に到着した僕達は雑誌コーナーに来ていた。

 

「歴史の本ですか?」

「そうなんだ。毎月発売しててね、ついでに買えればなと思ってたんだ!ありがとね」

「いえいえ。私は今日これといった予定もないですし、お付き合いしますよ!」

「そう?四葉は何か買う本とかないの?」

「うーん…特には…」

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれる?」

「はい!」

 

そして、四葉を連れ次に向かった先は。

 

「うっ…参考書ですか…」

「忘れてるかもだけど、みんなはまだ赤点回避してないんだからね」

「忘れている訳では無いのですが…」

「丁度良い機会だし、四葉に合うのを探そうと思って」

「私にですか?」

「あまり四葉に教えてあげれてないけど、僕は姉妹みんなの家庭教師だからね。これくらい当然だよ」

 

そう言いながら、僕は参考書を厳選していった。

 

「そうですか…やっぱりお優しいですね。その優しさが…

「ん?ごめん、何か言った?」

 

あまりに厳選に集中していたせいで、四葉が何か言ったのには気付いたが、内容までは聞こえていなかった。

 

「いえいえ、気にしないでください!それにしても、ここにいると目が回ってきそうです…」

「まったく…はい、これなんてどう?」

「うーん…私が見て分かりますかね?……あ、ここ。上杉さんに教えてもらった事と同じ事が書いてる…」

「流石風太郎だね。ちゃんと一人一人の事を見て教えてるんだね」

「うん!これが良いです!」

 

四葉は僕が渡した参考書を気に入ったようだ。

なのでその参考書を四葉の手から取り、先程の歴史雑誌と一緒にレジに向かうことにした。

 

「おっと…」

「じゃあ一緒に買ってくるから、出たところで待ってて」

「え、あの…」

 

四葉の返事を待たずレジに向かい、商品の買い物を終え四葉が待つ出口に向かった。

 

「お待たせ!」

「いえ、それは良いのですが。参考書まで買っていただいて良かったのですか?」

「ん?問題無いさ。じゃあ他も見て回ろうか?」

「はい!」

 

そして、二人並んで本屋を後にした。

 

------------------------------------------------

~尾行組~

 

また少し遡り、二人が本屋に着いたところを見ている五人組。

 

「まっすぐ雑誌コーナーに行って、カズヨシ君が雑誌を手に取ってるから、ここはカズヨシ君の希望かな?」

「でしょうね。何を買おうとしているのかしら?」

「あれは毎月刊行されている歴史好きに有名な雑誌…」

「なるほど…三玖も買っているのですか?」

「もちろん。ただ、まだ今月号は買ってない…私も買おうかな…」

「少しの間我慢してください。と言うより、お小遣いあるのですか三玖さん?」

「うっ…そうだった…」

「後で買ってあげるよ三玖」

「ありがとう、一花」

 

そんなやり取りをしていると二人が移動したので、その後を追う五人。その間に三玖は希望の雑誌をゲットした。

 

「私達は先に三玖の雑誌買ってくるね」

「分かったわ」

「二人が向かっているのは参考書コーナーでしょうか?四葉驚いてますね」

「うへぇ~…普通デートで行くとこ?」

「「そうなのですか?」」

「あんたらに聞いた私が馬鹿だったわよ」

 

真面目な五月と零奈には特に疑問に思わなかったようだ。

和義が参考書に手を取り中身の確認をしている頃、一花と三玖が戻ってきた。

 

「お待たせ!って…デートに参考書かぁ…」

「良かったわ。そう感じるのが私だけじゃなくて」

「え?」

 

二乃の言葉に疑問を感じた一花だったが、五月と零奈を見てすぐに納得した。

 

「四葉のために参考書選んでるんだ…」

「私達の赤点回避についてもしっかりと考えているのですね」

「おっ…四葉の参考書決まったみたいだね」

「そうですね、四葉が参考書を掲げています」

「その参考書を四葉から取って、反応も待たずにそのままレジに向かって行ったわね」

「兄さんは少し強引なところもありますから」

「でも、ああやってリードしてくれるのはカズヨシ君の良いところだよね」

「一花…」

(大丈夫だから、そんな目で見ないで三玖っ…)

(あんななんて事ない行動でドキッてするなんて、やっぱり最近の私ちょっとおかしいわね)

 

三玖の無言のプレッシャーに冷や汗をかいている一花の横で、顔を少し赤くして和義を目で追っている二乃には幸い誰も気付いていなかった。

 

------------------------------------------------

本屋を後にしてモール内を四葉と色々話ながらしばらく探索した。

しかし、今日はやたら監視されているような感じがするのだが…

そんな中、女性用のランジェリーショップに差し掛かったところである考えが過り目が行ってしまったのだが、四葉はそれを見逃さなかった。

 

「おやおや、直江さんも男の子ですね!興味があるんですか?」

「い、いや…ごめん。気になることがあって…」

「気になることですか?」

 

中野姉妹がうちに下宿する事になったのはいいのだが、男の身としては色々と気を遣う事があって何かと大変である。

その一つとして洗濯だ。

最初は分けてやろうか、と僕から申し出たのだが、零奈が時間などが無駄なのでと却下したのだ。

だからと言っていつもしていた僕が洗濯をするわけにもいかず、零奈と四葉と五月が担当してくれたのだ。

 

「知識が無くて申し訳ないんだけど、僕のと一緒に洗濯とかして嫌じゃなかったかなって…」

「?何でですか?」

「ほら、年頃の女の子なんだから、その、下着を一緒に洗いたくないのかなぁ、と」

「おやおや、直江さんでも恥ずかしがるんですね」

 

ニヤリと笑いながらこっちを見ている四葉。下手打ったかもしれない。

 

「私は気にしないですよ!もちろん他の姉妹も気にしてません。直江さんが気にしすぎなんですよ。ご自身の家なんですから、堂々としてください」

「いやぁ、そうもいかないでしょ。流石に女子六人に男一人なら気を遣うって。洗濯だって干しちゃうとその、注意してても見えるわけだし…」

「~~~っ…あ、あの~、一つお伺いしたいのですが、わ、私のがどれかは分からないですよね?」

 

ああ、そう言えば以前一花の説得の時にお子様パンツの事を弄られてたっけ。

 

「大丈夫。流石にどれが誰のかなんて分かんないって。一瞬しか見えてないわけだし…」

「そ、そうですよね!」

「うんうん、お子様パンツなんて知らないよ」

「え?」

「ん?」

「今なんと?」

「いや、だからどれが誰のか分からないって…」

「その後です!」

「その後?えっと……あっ!」

 

やっべぇーやってしまった。

四葉を見ると、これでもかって程顔を真っ赤にしてこっちを見ている。

 

「な、何で知っているんですか!?」

 

うん、それはそれで自滅だよ四葉。

 

「ごめん、前にチラッと小耳に…」

「はわっ…!」

 

四葉は恥ずかしさで顔を手で隠している。

 

「ほ、ほら物持ちが良いんだよきっと……ってごめん」

 

何にもフォローになってないね。

 

「えっと……お詫びに下着を買ってあげると言うことでどうでしょう?」

 

自分で何言ってるか分かんなくなってきたんだけど…

 

「………では、直江さんには一緒に選んでもらいます!」

「はぁー!?何でそんなことに!」

「直江さんにも恥ずかしさを体験してもらいます!さあ、行きましょう!」

 

ガシッと手首を握られた僕は、そのままランジェリーショップに連れていかれた。

店内はもちろん女性ばかりでかなり肩身が狭いんだが…

 

「あの~、四葉さん。そろそろ許していただけないでしょうか?」

「駄目です!さぁ、どれが良いと思いますか?」

 

ニンマリと笑っている四葉。もうどうにでもなれな気持ちだ。

 

「どれって言っても…よく分からんのだが」

「これなんてどうですか?」

「う~ん…それよりこっちはどう?」

 

僕が選んだのは花柄の刺繍が入っており、色もパステルカラーでそこまで派手さはないと思う。

 

「おー、可愛いですね!では、早速試着してみますね」

「え?」

「だ、大丈夫です!自分で見てみるだけですから」

 

そう言って、四葉は店員と話して試着室に入っていった。

これ取り残されるとかなり恥ずかしいのだが。

とりあえず、試着室前で持ち歩いていた小説を読みながら待つことにした。

その間、試着室からは『うわぁー』とか騒いでいる四葉の声が聞こえてきたが、試着とはこんなに騒がしいものなのだろうかと思うのであった。

暫くするとニコニコと四葉が試着室から出てきた。

 

「気に入っちゃいました!これにします」

「それは良かったよ…」

「直江さん、随分とやつれてますね」

「ごめん、本当に悪かったから早く出よう…」

「わ、分かりました!」

 

そのまま会計に向かったのだが、ニコニコと接客をしてくる女性店員さんがやたら気になってしまった。

 

------------------------------------------------

~尾行組~

 

零奈達も本屋からはずっと後を追っていた。

 

「何だか恋人って言うよりも、本当に友達と出掛けてるって感じだね」

「ま、あの二人ならこんなもんでしょ」

「「ふぅ…」」

 

一花と二乃が話しているのを横に、三玖と五月はそれぞれ自分でも気付かないうちに安心していた。

そんな時だ。

 

「ちょっと待ってください。兄さんと四葉さんが何故かランジェリーショップの前で話しだしたのですが…」

 

零奈の言葉に全員が二人の動向に注目した。そして次の瞬間。

 

「な、何であの二人は一緒に店内に入ってるのよ!」

「嘘…」

「う~ん、四葉がカズヨシ君を店内に連れていったように見えたけど…」

「四葉がそんな子だったなんて…」

 

流石に狭い店内まで付いていく事は見つかる可能性もあることから、店内での様子の確認まで出来ず、二人が出てくるのを待つしかなかった。

 

「う~…待つしか出来ないなんてもどかしいです…」

「まぁまぁ、レイナちゃん落ち着いて。ほら、四葉がからかってカズヨシ君を連れていっただけかもしれないよ」

「それにしても、四葉って下着に興味あったかしら?」

 

二乃の疑問に他の姉妹は肯定できなかった。

 

「と言うことは、兄さんが言葉巧みに四葉さんが下着に興味を持つように誘導したと…ふふふっ」

 

零奈は笑っているが、それは恐怖の笑顔で、そこにいる四人は目を合わせることが出来なかった。

今の雰囲気が、今は亡き母に怒られる前の雰囲気に似ていると全員が感じ取ったからかもしれない。

 

そんなこんなで、暫くすると二人が店内から出てきた。

 

「上機嫌にカズヨシ君に話しかけている四葉…」

「そして、恥ずかしがりながらも受け答えをしている和義…」

「そのカズヨシの手元にはランジェリーショップの袋…」

「端から見たら恋人同士ですね…」

「ふふっ、兄さんには帰ったらたっぷりと白状してもらいましょう」

 

その言葉に、その場にいた四人はもちろん恐怖を感じていたが、聞こえていない筈の和義もその時何故か悪寒を感じるのであった。

 

 




私生活が忙しく、投稿が遅れてしまいました。申し訳ありません。

と言うわけで、今回は和義と四葉のデート?回です。
本当はブラブラした後にすぐ食事に入り、四葉と話をする流れのつもりだったのですが、こんなのもどうだろうと色々と書いていたら、長くなったので一旦キリの良いとところでストップしました。

次回こそは今回のお出かけの目的である四葉との話を書きたいと思っております。


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53.運命

昼過ぎくらいになり昼食を食べることにした。

僕達が入った店は和食専門のレストランでどれも美味しそうである。

 

「四葉、好きなの頼みなよ」

「い、良いんですか!?」

「ああ…お、この炙り飯旨そう!」

「迷ってしまいますね」

 

それぞれの料理を頼んだところで早速話を振ってみた。

 

「それで?今日はどんな事が聞けるのかな?」

「早速来ましたね...」

「まぁね、これがメインだと思ってたから」

 

目の前の四葉は腕を組んで何から話そうと迷っているようだ。

 

「まずは上杉さんとの出会いからお話しますね...」

 

風太郎と出会ったのは、京都駅の前。

そこで、隠撮をされたと女の人に言い寄られ警察まで出てきたそうだ。

そういえば、あいつは修学旅行に勇也さんのカメラを持ってきて、新幹線の中で自慢してたな。

 

「私もその時は姉妹のみんなとはぐれてしまって、どうしようって思っていたところだったので。そこで目撃をしたのですが、最初は男の子の一人旅と思っていました」

 

その時の事を思い出したのか笑いながら話してくれた。

そこで誤解が解けた後、二人で色々なところを回ったようだ。その時にあの写真を撮ったのだろう。

途中四葉は姉妹みんなの分のお守りを買ったことで、帰るためのお金を全部使ってしまったそうだ。

そこで風太郎は自分の残りのお金200円を賽銭箱に全部入れて一緒にいることを選んだそうだ。中々やるなぁ風太郎。

そしてその時に例の『いっぱい勉強して必要とされる人間になる』話をしたみたいだ。

 

丁度そこで頼んだいた料理が来た。

 

「お-、旨そうだ!」

「ですね!いただきます!」

「いただきます.........うん、旨い」

「こっちの天ぷらも美味しいですよ!」

「しかし、風太郎はらいはちゃんの為に、四葉はお母さんの為に勉強かぁ...いい話だね」

「はい!」

「そこで風太郎に恋しちゃった?」

「げほっげほっ...不意打ちは止めてくださいよ-」

「ごめんって。で?」

「多分そうだと思います...」

「そっかぁ...ますますいい話だよねぇ。でも、名乗り出られない理由があるんだよね?」

「はい...」

 

結局、中野さんが何と京都まで迎えに来たことで姉妹達と合流でき、風太郎はとりあえず姉妹達の宿まで送ってもらい、そこで僕達の学校が泊まっている宿に連絡を入れたそうだ。

ただ、そこで事件が起きた。

暇をしていた風太郎のところに、別の姉妹が遊びに行き、風太郎はその娘が四葉と思い込んでそのまま楽しく遊んでいるところを四葉が目撃してしまったそうだ。

しかし、こればっかりは仕方がないだろう。その時の風太郎は五つ子であることを知らなかったそうだし、たった一日しか一緒に過ごした時間がない者に、当時の姉妹を見分ける事は無理と言っていいだろう。

だが...

 

「今思えば仕方がない事だと分かっているんです。でも当時の私はただショックでした...」

 

その事件を機に四葉は今のウサギリボンを頭に着けるようになったのだと言う。

更に、自分はみんなと違う同じじゃないと思うようになったそうだ。

 

「当時の私は、小学生の時に良く助っ人で行っていたサッカークラブの監督に言われた『四葉をお手本に』と言う言葉が頭に残っていまして...それまではみんな一緒で良いという思いでしたが、上杉さんの事もあり、一緒では駄目だ、私はみんなより優れている、という気持ちが先走っていました...」

 

風太郎との約束もあり、最初は一生懸命勉強をしてそれこそ姉妹で一番の成績を維持していたそうだ。まぁ成績は赤点ギリギリだったそうだが…

ただ、頑張りも実らず段々と三玖や五月に抜かれていき、更に母親がいないのに何故ここまで頑張るのかという疑問が出てきたそうだ。

そんな折、自分の運動神経の良さが開花し、勉強そっちのけで色々な部活に掛け持ちで活躍していたそうだ。

 

「本当に凄かったんですよ。色々な部活で大会を総なめでしたから……でも、それがいけなかったんですね。その時の私は他の姉妹とは違う、私は必要とされている人間なんだって思っていました。だから三玖にもあんな事を言ってしまったんだと思います…」

 

四葉達がいた黒薔薇女子は所謂進学校であり、成績が悪い生徒は落第も当たり前だったようだ。

そんな学校にも関わらず、四葉は勉強もせず色々な部活を掛け持ちしていた。それを心配した三玖は、自分が勉強を教えてあげようか、と提案をしたそうだ。

 

「三玖はただ心配をしていただけなのに、『私は皆とは違う。一緒にしないで』と言って、その提案を私は受け取らなかったんです…そんな事だから私に天罰が落ちたんでしょうね」

 

勉強を一生懸命していても赤点ギリギリだったのだ。それで勉強を疎かにすればどうなるか、これは誰もが予想できるだろう。

追々試不合格、落第決定。

勉強が出来なくても部活の成績さえ良ければ問題ないと勘違いしていた四葉は信じられず、先生に再度確認するも取り合ってもらえず退学が決定してしまった。

そんな四葉に中野さんは一つの提案を出した。落第前に転校と言う形で済ませようと。

しかし、四葉にとってはどちらも同じこと。自分だけがこの学校にもう通う事も出来ない。

一人ぼっちでどうしたらいいのだろうと、気持ちがドン底まで落ちてしまったそうだ。

 

「特別な人間になろうとした結果がこれです。姉妹の助言も聞かない私は最低でした………でも、そんな私を姉妹の皆は見捨てたりしなかったんです」

 

------------------------------------------------

~転校当時~

 

マルオから転校の話が出たが、何も考えられない四葉の所に他の姉妹が理事長室に入ってきた。

 

「待って!四葉が転校するなら私達も付いて行くわ」

 

二乃のそんな言葉に驚いた理事長は当然反論をした。

 

「何を言っているのだ。君たちは試験に合格したではないか」

「ええ、合格したわね…カンニングしたおかげで」

 

そう言って二乃はカンニングペーパーを出した。

 

「な!?それは本当か!?」

 

驚きの理事長に追い討ちをかけるように他の姉妹もカンニングペーパーを出したのだ。

 

「私達もでーす」

「皆…なんで…なんで私なんかのために…」

 

自分は皆と違い特別な存在だと思い、姉妹からの助言などを蔑ろにしてきた。そんな自分を助けてくれる筈がないと四葉は思っていたのだ。

 

「四葉。あんたがどう考えてるか知らないけどね。私はあんただけがいなくなるなんて絶対に嫌!」

「!」

「どこに行くにしても皆一緒だよ」

「それがお母さんの教えですから」

 

二乃の言葉に一花と五月が続く。

 

「四葉…どんなことも私達は五等分だから。困難も五人でなら乗り越えられるよ」

 

そこで、四葉は母が言っていた『五人一緒にいることが大事』という言葉を理解するのであった。

 

------------------------------------------------

「そんな事もあり、私は姉妹の中で誰が一番なのか考えるのを止めたんです。そして、皆のために生きていくと決心しました」

 

そこで四葉はお茶を飲んだ。既にご飯は食べ終わっている。

 

「なるほどね。それで時期外れの転校があった訳だ。あ、デザート食べる?」

「え?あ、はい…」

「了解。すみませーん!」

 

僕はそこで一息入れるつもりでデザートを頼んだ。

 

「それにしてもビックリしました。京都で会ったふ…上杉さんを食堂で見かけたんですから」

「別に僕の前では風太郎の事、名前で呼んでも良いよ」

「はい…」

「あっ!思い出した。確か食堂での出来事だったかな。五月へ謝るのを失敗した風太郎にめっちゃ至近距離で見てるなぁ、って思ってたんだよ」

「うっ…見られてたんですね…」

「今の今まですっかり忘れてたけどね。しっかし良く風太郎に気付いたよね。愛の力って奴?」

「だと良いのですが…そこで見た風太郎君は食事中にも関わらず勉強をして、100点まで取れるよう頑張ってきてたんだなって身に染みました。それに比べて私なんて…」

 

そこでデザートが運ばれてきた。

 

「なるほどね。お互いに勉強頑張っていこうと約束していて、相手はその約束をしっかり守っていたのに自分は約束を守られていない事が名乗れない理由って事かぁ」

 

僕の疑問に対して四葉はデザートを食べながらコクンと頷いた。

 

「まぁ名乗らないのは良いとして、四葉は今でも風太郎の事好きなの?付き合いたいって思う?」

「そ、それは……私には風太郎君を好きでいる資格はありませんよ。私のせいで皆には転校してもらうことになったんですから…」

「違うよ!」

「え?」

「僕が聞いたのは資格とかそんな話じゃない。四葉自身の気持ちを聞いてるの。もう一度聞くよ?風太郎が好き?」

 

僕の言葉に驚きを表したが、僕の真剣な気持ちが通じたのか僕の目を見てしっかりと自分の気持ちを答えてくれた。

 

「はい!私は、京都で会ったあの時から、ずっと風太郎君の事を好きでした!」

「よし!」

「で、でも…一花も風太郎君の事を好きなので、私は一花の応援をしようと思ってます」

「何で?」

「何でって…私のせいで皆には転校してもらうことになったんですから、そこで一花の恋の邪魔なんて出来ませんよ!」

「それはさっき聞いた。でもそれは自分の恋を諦める理由にはならないでしょ」

「でも!」

「もう四葉らしくないなぁ~ネガティブに考えすぎっ」

「え?」

「じゃあ、こう考えれば良いじゃん。自分の落第のお陰で風太郎に出会えた。これは運命。それに自分のお陰で姉妹皆が風太郎やらいはちゃん、零奈に。それと僕とも出会えた。これも運命、ってね」

「運命…」

「そうだよ。だって、言い方は悪いかもしれないけど。四葉が落第しなかったら僕達会うことは無かったと思うよ」

「あ…」

「でしょ?僕はね、四葉のお陰で皆と出会えたんだ。そして、考えを変えてくれるきっかけもくれた。風太郎だって、君たちと出会えて変わってきてる。ありがとう四葉」

 

僕の感謝の言葉を聞いた途端四葉の目から涙が溢れてきた。

 

「…グスッ…そんな、風に、ヒック…考えても、良いのでしょうか?」

「もちろん!僕が許可する!」

 

笑顔で四葉の問いに答えてあげると、涙は止まらないが四葉も笑顔を返してくれた。

 

「何ですかそれは!何で直江さんが許可してるんですかっ!」

「いや~、ノリで?」

「ふふっ、カッコつけすぎです!じゃあ、直江さんの許可も貰えたので、風太郎君の事好きでいようと思います。一花には負けません!」

「うん!それが良いよ。あ、でもここまで言っといて無責任だけど。一花と四葉、どちらかに味方するってことは出来ないから」

「分かってます!一花の味方じゃないだけでも助かりますから。あと…」

「?」

「私、風太郎君と同じくらい直江さんの事も好きですよ!」

「え?」

「さっきの言葉、凄くカッコよかったです!じゃあ、私お手洗いに行ってきますね!」

「いやちょっ…」

 

涙は止まらず。でも、どこかアカが抜けたような清々しい顔をして四葉はお手洗いに向かった。

それは良いのだが、まさか四葉にまで好意を寄せられるとは。

ま、風太郎のおまけみたいな感じだけどね。

 

「全く、五月と言い困った姉妹だよ…」

 

そんな事を口に出したが嫌な気持ちにならなかった。

そんな時だ。

 

「和義!あんた四葉に何したのよ!」

「へ?」

 

何事かと思って通路側を見ると、お怒りモードの二乃がこちらを睨んでいた。

 

「え、二乃!?何でここに…」

「そんな事はどうでも良いわよ!それより、さっき泣いてる四葉を見たわよ!いくらあんたでも、姉妹の誰かを泣かせる事は許さないわよ!」

「えーっ!?いや、誤解だって。まずは落ち着こう二乃、ここは店内だから。すみません、会計して出ていきますので…」

 

心配そうに見ている店員さんに謝りながら会計に行こうとするが二乃が許そうとしない。

 

「待ちなさい!まだ話は終わってないわよ!」

「だから、ここは店内で他のお客さんや店の人に迷惑がかかるでしょ。話なら外でするから…」

「二乃、落ち着いて!」

「一花!?」

「ごめん、カズヨシ君。二乃を止められなかったよ…」

 

二乃を落ち着かせようとしている一花の後ろには、三玖と五月と零奈がいた。

そこに四葉も帰ってきた。

 

「直江さん!何かあったんですか?って皆!?何でここに?」

「はぁ…とりあえず外に行こうか…」

 

会計を済ませ、店員さんに謝り、そしてモールからも出て、近くにあったベンチに皆を座らせた。

 

「ごめんなさい」

 

やっと落ち着いた二乃が頭を下げてきた。誤解が解けたらしい。

 

「まぁ、事情を知らない姉妹想いの二乃が、姉妹の誰かが泣いてるのを目撃すればあそこまで怒るのは分かるよ。だから()()()は別にいいさ」

 

その言葉に二乃はホッと安心していた。

だが、話はそこで終わらない。

 

「じゃあ、何で皆がここにいるのか詳しく聞こうか?」

「「「「「うっ…」」」」」

「あ、あの。直江さん穏便に」

「別にそこまで怒ってないよ。ただ、何でいるのかを聞いてるだけだから」

「兄さんの行動が怪しかったので、今回皆さんに協力して貰って後を付けさせていただきました」

 

そんな中零奈が僕の問いに答えた。

 

「怪しかったって…」

「実際に、皆さんに内緒で四葉さんと会っていたではないですか!」

「う~…」

「そうだけど。これは四葉が誰にも言えない相談があるって言うからであって、別に変な事はしてないよ」

「でしたら、ジョギングの時にでも聞けば良いじゃないですか」

「それは、何か重い話のような気がしたから、少しでもリラックスしてもらおうと思って誘ったんだよ。零奈、ちょっと最近過敏過ぎない?」

「~~~っ!もういいです!」

 

そう言って、零奈が走り出してしまった。

 

「ちょっと、零奈!」

「待って!ここは私達が行く。カズヨシ、今日の事はごめん」

「私もごめんね。また家でね」

「悪かったわよ。レイナちゃんの事は任せなさい」

「すみませんでした。私も少し気になってしまったので」

 

それぞれが僕に謝り零奈を追って行った。

 

「はぁ…言いすぎたかも。反省だな」

「私こそすみませんでした!こんな大事になるとは思わず」

「四葉は悪くないよ。じゃあ帰ろうか。もう皆には知られちゃったから一緒に帰っても問題ないでしょ」

「はい…」

 

何とも後味が悪く、四葉とのお出かけは終わったのだった。

 

------------------------------------------------

家に帰ると、零奈は自分の部屋に閉じ籠ってしまったらしく、零奈に言われたため、誰も二階に行けず階段の前で上を見ていた。

これくらい良いだろうと思い、皆が交代交代で零奈を呼びに行ったが結局リビングに来ることはなかった。

皆心配はしていたが、もう寝なくてはいけないこともあり、明日僕でなんとかすると言って、皆を客間に行かせた。

今は自分のベッドの上で寝っ転がりボーッとしていた。その時だ。

 

コンコン

 

小さく控えめなノックが鳴ったので応えた。

すると案の定零奈が入ってきた。

 

「兄さん、夜分にすみません…」

「別にいいさ。何なら今日は一緒に寝る?」

「良いのですか?」

「良いよ。ほらおいで」

「はい!」

 

僕の提案が嬉しかったのか走ってベッドまで来ると、布団の中に潜り込んできた。

 

「兄さんと一緒に寝るの久しぶりですね」

「別に僕はいつでも良いんだけど、零奈が頑なに一人で寝るって言ってたんじゃないか」

「それは……あの、今日はすみませんでした。軽率な行動でした」

「僕も言いすぎたね。ごめん」

 

そう言いながら零奈の頭を撫でてあげた。

 

「兄さんは卑怯です。こんな時まで優しくするなんて」

 

そう言って零奈は僕の胸に顔を埋めた。

 

「何だか兄さんがどこかに行ってしまうのではないかと、心配になり今回は行動を起こしてしまいました」

「そっか…」

「はい。私は兄さんの事が大好きですから、離れたくないって思います」

「僕もだよ」

「……キスしてください」

「は?」

「だから、安心するために、キス、してください」

 

真剣な表情でこっちを見ている零奈。

どこで覚えてきたのやら、将来が心配だよ。

そして、零奈のおでこにキスをしてあげた。

 

「これで良いでしよ。ほらもう寝な」

「まぁ今回はこれで許します。おやすみなさい兄さん」

「ああ、おやすみ」

 

なんか不穏な事を言っていたような気もするが、零奈の機嫌も治ったようだし良しとしよう。

 

次の日の朝。零奈と二人リビングに行くと、姉妹皆が既に起きていた。

どうやら心配してくれてたようだ。

 

「ごめんね皆。ほらこの通り零奈はもう大丈夫だから。ほら零奈も」

「皆さん、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

零奈は頭を下げながら皆に謝った。

 

「良いんだよ。仲直りできて良かったねレイナちゃん!」

 

姉妹を代表して一花がそう言ってくれた。

皆も笑ってるからもう大丈夫だろう。

 

「じゃあ、今日はこのまま朝食にしようか!」

「あの、兄さん。その前に少し屈んでもらって良いですか?」

 

なんだろうと思い零奈の前に屈むと。

 

「兄さん、大好きです。チュッ…」

 

ほっぺたに零奈からキスされた。

 

「え?」

「ワオ!」

「ちょっとー、何してんのよ!」

「兄妹のスキンシップです」

「いくらなんでもやり過ぎ…!」

「そうですか?」

「兄妹としてもちょっとどうかと思います…」

「三玖や四葉の言う通りです!流石にやりすぎです!」

()()()()であれば、皆さんもして大丈夫ですよ。あくまでも、()()()()、ですが」

「「「「!!」」」」

「おっと、これはこれは。レイナちゃんからの二度目の宣戦布告だね!」

 

全く朝から騒がしいことで。

ま、皆笑ってるからいいかな。

 

 




原作では転校を理由に自分の恋を諦め、姉妹を応援する立場になっていた四葉でしたが、この話では和義が話を聞いた事で前を向き風太郎への恋心を諦めないでいく事となりました!
いやぁ、風太郎レースの今後どうしていくかは現在も絶賛考え中です。

後は零奈も若干攻めさせていただきました。
こんな妹に迫られるなんて和義は幸せものですね。

もう少ししてからお正月、そして2年生最後の試験に突入していこうと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。


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54.大晦日

12月30日。この日は朝から庭で作業をしていた。

 

「ふわぁ~っ…」

「あ、おはよう一花!」

「おはよう…四葉は庭で何してるの?」

「直江さんのお手伝いだよ!私、実際にするの初めてだから楽しみなんだ!」

「?」

「一花、ちょっと通るから退いてくれる?」

「おっと…」

 

お湯の入った鍋を持って庭に降り、外に用意しておいた臼の中に流し入れた。

 

「本当は外でお湯を沸かされてたら良いんだけどねぇ…う~ん、カセットコンロ持って来るかな」

「結構な苦労があるんですね…」

 

四葉と二人で臼から立ち上る湯気を眺めながら話していた。すると後ろから一花に話しかけられた。

 

「えーっと、今から何を始めるのかな?」

「何って。これを見て分かるでしょ!」

 

湯気が上がっている臼を指差しながら伝えた。

 

「餅つきだよ!」

 

餅つきはとにかく準備が大変で、実は昨日のうちから臼と杵を水に浸けておいたのだ。

もちろん、もち米も一晩水に浸けておいた。

もち米を蒸す工程は二乃に教えてあるので、僕達は実際に餅つきを行う道具の準備をしている。

 

「お湯を何回か変えて臼を温めないとなんだよねぇ。これを怠ると餅が臼にくっついちゃうんだよ」

「なるほど、ひと手間ってやつですね」

 

そんなこんなで色々と準備が出来たので餅つきを始めることとなった。

 

「四葉、ちゃんと見ててね。最初はこうやって臼の周りを回りながらもち米を均一に潰していくんだ。よっ…ほっ…っと」

「おー」

「はい、四葉もやってみな」

「分かりました!うんしょっ…っと。こんな感じですか?」

「うん、良い感じだよ。じゃあ、実際についていこうか。先に僕が合いの手をやるから後で交代しよっか」

「お願いします!」

「餅つき始めるのですね」

「生で見るの初めてだから興味あるわ」

「うん…見てみたいかも…」

 

次のもち米を蒸すのと、つきたてを食べるための調味料作成をお願いしていた、零奈と二乃と三玖もこちらに顔を出した。

 

「一花と五月にも合いの手してもらうから見ててね」

「怖くない?」

「大丈夫だよ。二人の合いの手の時は僕がつくから」

「分かりました!」

「よし!じゃあ四葉始めようか。ゆっくりでいいからね」

「分かりました!では、よいしょっ!……」

 

しばらくついていると餅もなめらかになってきたので、一回目はそろそろ終わることにした。

 

「はい、お疲れ!杵はそこのお湯の中に入れて」

「はい……はぁ~、疲れましたぁ~」

 

杵を置いて休んでいる四葉、僕はテラスに用意していた場所につきたての餅を持っていった。

 

「ほら、つきたての餅だよ!」

「美味しそうですぅ~」

「はいはい。今から分けていくから。二乃と三玖には次の餅を対応してもらうから見てて」

「分かったわ」「うん…」

「つきたては熱いから気をつけてやっていってね……」

 

そう言いながら同じ大きさで分けていった。

 

「慣れてるだけあって見事な手さばきね」

「うん、綺麗に分けられてる」

「ほい、どうぞ召し上がれ。好きな調味料使ってね。四葉もこっち来て食べなよ」

「はーい!」

「では、いただきます!………う~ん、美味しーですー」

「本当だね!やっぱりつきたてだと全然違うんだ」

「うん、美味しい…」

「四葉はどう?自分でついた餅だから格別でしょ!」

「はい!」

「それにしても色々用意したんだね、調味料」

「まぁね、何が良いか分かんなくて昨日調べておいたの」

「流石だよ、二乃」

「べ、別にこれくらい普通よ…」

 

照れながらも美味しそうに食べる二乃。うん、皆に好評みたいで良かった。

 

「零奈も食べてる?」

 

零奈の横に座りながら聞いてみた。

 

「はい、今年の餅も美味しいです。毎年されてましたが、今年は父さんもいないのでされないと思ってました」

「僕も最初はしない予定だったんだけど、四葉に話したら『やってみたいです』って言われてね」

「………最近、四葉さんに甘くないですか?」

「え、そんなことないと思うけど?」

「まあ、いつもの事と諦めてますが」

「何か釈然としないなぁ」

 

思い思いに餅を美味しそうに食べている五つ子を見ながら二人で話していた。

 

母さんに送ってあげるか。そんな思いで携帯を取り出した。

 

パシャ

 

仲良く笑っている五つ子と零奈。そんな風景を写真に収めておいたのだった。

 

------------------------------------------------

12月31日、大晦日。

 

直江家では今日も朝からバタバタしていた。大掃除はある程度終わらせていたので、後は今日の年越しそばと正月の準備だ。

ちなみに中野姉妹の皆は年越しも家に帰らないそうだ。なんと言うか、変な所では徹底している。

 

「それじゃあ、二乃には明日のおせち作りをお願いしようかな」

「分かったわ」

「三玖は二乃のサポートね」

「っ!うん、分かった…!」

「五月は零奈と一緒にいつもの洗濯とそれが終わったら、大掃除の残りをお願い。ほとんど終わってるから大して残ってないけどね」

「「分かりました」」

「一花と四葉には悪いけど買い出しをお願いしたいかな。後でメモを渡すよ」

「OK」「了解しました!」

「あんたはどうすんの?」

「僕は年越しそば作ろうと思ってる。出汁と、後麺も作るつもりだよ」

「麺もですか!?」

「そうだよ。買い出しが終わったら、麺を練る作業を四葉にも手伝ってもらうからね」

「おー、楽しみです!」

「じゃあ皆頑張っていこう!」

「「「「「「おー!!」」」」」」

 

------------------------------------------------

~二乃・三玖side~

 

「二乃。言われた通りに野菜切っといたよ」

「あら、ちゃんと切れてるじゃない。腕上げたわね」

「ここに来てから、カズヨシやレイナちゃんに教わったから…」

 

二乃に誉められて、三玖は嬉しくて笑顔になった。

そんな時、リビングのテーブルの上でカセットコンロを使って料理をしている和義の姿が目に入った。

 

「真剣な顔してる…」

「あぁ、出汁を作ってるからでしょ。大事な工程だからね」

 

思った通りの味だったのか、味見をした後和義はうんと頷いて次の工程に進めていた。

 

「私、いつかカズヨシに心から美味しいって言ってもらえる料理を作る…そして、二乃みたいに料理を任されるくらいになりたい…」

「あら、それはまた険しい道のりを選んだものね」

 

料理の手を止めることなく、三玖の決意に二乃は答えた。

 

「ま、和義はあんたの事期待してるみたいだから、めげずに頑張ることね。ほら、次の指示出すからちゃんと付いてきなさい!」

「うん…!」

 

二乃と三玖のおせち作りは順調に進んでいた。

 

------------------------------------------------

~五月・零奈side~

 

「兄さんの洗濯をするのは慣れてきましたか?」

 

洗濯物を洗濯機に入れている五月に零奈は問いかけた。

 

「いえ、今でも緊張します…男の人のし、下着なんて今まで触ったこともありませんでしたから…」

「?しかし、お父さんのを洗濯してるのではないのですか?」

「父が家に帰ってくることはほとんどありませんので。仕事が忙しいのか、仕事場近くで寝泊まりするのが多いそうです」

「そうなのですね…」

 

五月は洗濯機のスイッチを押したところで零奈を見ると、何やら考え込んでいるようだ。

 

「どうされたのですか?」

「いえ、ちょっと考えたい事がありまして…では、洗濯機が回っている間に他の仕事に取りかかりましょうか」

「はい!………あの、レイナちゃんは和義君の事を兄として好きなのですか?それとも…」

 

五月は小学一年生に対する質問とは思えない事を零奈に聞いた。しかし、五月は零奈であれば理解し、答えてくれると確信していた。その確信がどこから来ているのかは本人にも分かっていないのだが。

 

「ふふっ、五月さんにとっては兄として好き、と答えてくれた方が嬉しかったですか?」

「っ…!」

「少ないとは言えまだやることもあります。掃除をしながらでも良いですか?」

 

零奈の提案に五月は頷いた。

残っていた大掃除する場所まで来て、二人は掃除を始めた。

そこで零奈の口が開かれた。

 

「質問に質問で返すことになり申し訳ないのですが、五月さんは兄さんの事好きですか?」

「はい!」

「五月さんの気持ちはある程度予想はしていましたが、まさか素直に返事をされるとは思いませんでした」

「レイナちゃんには隠さず自分の気持ちを伝えた方が良いと思いまして。しかし、この気持ちが一人の男性として好きなのか、姉妹達に対して想っている好きなのか、今でも分かっていません。その事は和義君に伝えています」

 

その言葉に零奈は驚き、掃除の手を止めてしまった。

 

「驚きです。兄さんに気持ちまで伝えているなんて。兄さんは何と?」

「私の考えが纏まったらまた想いを伝えると言うと、その時は真剣に受け止め自分の気持ちを伝える、と」

「そうですか…」

(あの人の事です。平静で保ってはいますが、きっと今でも色々と考えているのでしょうね)

 

和義の考え方が変わってきている事が嬉しく、クスッと笑ってしまう零奈。五月はそれを不思議に思った。

 

「レイナちゃん?」

「すみません。兄さんが中野さん達の事を真剣に考えていると分かり嬉しくなりまして」

「えっ…!」

 

その言葉にほんのり頬を赤くした五月。それを見た零奈は笑みを作って答えた。

 

「私の気持ちについてはいずれ話すことがあるでしょう。それまでは内緒と言うとことで」

 

口の前で人差し指を立てそう答える零奈に対して、これ以上は聞けないと悟った五月は掃除に集中することにした。

 

------------------------------------------------

~一花・四葉side~

 

一花の前を歩く四葉は軽やかに歩いている。この間の和義とのお出かけから表情も今まで以上に明るくなったように一花は思っていた。

 

「最近の四葉は調子良いねぇ。冬休みの課題もスムーズに出来てるし」

「ししし、直江さんに相談してから何か良い感じなんだよね!何て言うのかな、頭にモヤモヤってあったのが、スーッと消えたみたいな!」

 

クルクルと回りながら調子が良いことを表現している四葉。そんな姿を見て一花の口角は上がっている。

 

「ふむ…お姉ちゃんは悲しいよ。私達姉妹じゃなくてカズヨシ君に相談して解決したなんて」

 

泣き真似をしながら四葉に訴いかける一花である。

 

「もー!その事なら何度も謝ったじゃん!」

「でも相談した内容は教えてくれないんだよね?」

「それは…ごめん!」

 

頭を少し下げ、その頭の前で手を合わせる形で四葉は答えた。

一花は特段内容を知りたい訳ではなかったので、すぐに引くのであった。

そしてしばらく二人で歩いた時だ。

 

「ねぇ一花?」

「んー?どうした?」

「今、楽しいって思えてる?」

「えらく抽象的だね」

「うん。今の学校に転校してきて、上杉さんや直江さん達の家庭教師が始まって、それから林間学校や二乃と五月の家出騒動、私の部活問題とか色んな事があったよね」

「まだ転校してきて三ヶ月なんだけどねぇ。今では五人で家出してるし」

「だよね……それらを楽しかったって思えてる?」

「もしかして、まだ転校の事気にしてるの?」

「うっ…」

「まったく…前にも言ったじゃん、皆気にしてないよって」

「うん、そうだったね…」

(あれ?)

 

この話をした時は、いつもは下を向いて申し訳ない顔をしていた四葉。でも、今はニッコリ笑って上を向いている。

 

(そっか…カズヨシ君に相談したのってこれかぁ。きっと彼に相談したことで前を向くことが出来たんだね)

悔しいなぁ

「ん?何か言った?」

「何でもないよー」

(確かに悔しさもあるけど、四葉の心を解してくれてありがとねカズヨシ君!)

 

前を歩く四葉を見ながら一花は和義に対して心の中でお礼を言った。そんな時、四葉が振り返り満面の笑顔で一花に宣言してきた。

 

「一花!私負けないよ!」

「へ?何の事?」

「ししし、秘密だよ~」

「え~…教えてよー。四葉ぁー」

 

こうして二人は仲良く買い物を終わらせた。

 

------------------------------------------------

五月と零奈の掃除と洗濯が終わった頃、買い出しを頼んでいた一花と四葉も帰ってきた。

僕達調理係もキリが良かったので昼食を食べることにした。

そして昼食後。

 

ピンポーン

 

しばらくゆっくりしていると来客のチャイムが鳴った。

 

「ん?誰だろ?風太郎達も自分の家の大掃除があるって言ってたしなぁ」

 

玄関に向かうとどうやら配達のようだ。大晦日まで良く働いている。

配達員から荷物を受け取ろうと思ったのだが、差出人から客間に運ぶよう依頼があったそうだ。しかも箱が六個…

仕方がないので、五つ子に許可をもらって客間に運んでもらった。

配達員の人にサインを促されたので差出人もその時に確認した。

 

「えっと、差出人は…げっ!?」

「どうかされましたか?」

「すみません。大丈夫です……はい、これで良いですか?」

「はい!あ、後お手紙を直江和義様にと預かっております。では、失礼します!」

 

配達員を見送った後、今日は特別と言うことで客間に向かった。

そこには五つ子と零奈が待っていた。

 

「大体の予想は出来ていますが、誰からですか?」

「母さん…」

 

そう言いながら伝票を見せた。

 

「でしょうね。まったく何を考えているのやら…」

「ちなみに手紙も渡された。僕宛に…」

「と、とりあえず手紙の中身から見てみようかカズヨシ君」

 

一花にそう促されたので中身を見てみる。すると中にはこう書かれていた。

 

『箱の中身、和義は見ちゃ駄目だよ。中野さん達と零奈ちゃんへの贈り物なんだから』

 

「マジで嫌な予感しかしないんだが…」

「仕方ありませんね。私への贈り物でもあるみたいですし、兄さんはリビングにでも行っててください」

「分かった」

 

そう言って僕は一人リビングに向かった。

 

------------------------------------------------

~客間~

 

和義がリビングに向かった後、中野姉妹と零奈で六個の箱を見ていた。

 

「なんだろう?カズヨシ君に見せられない私達への贈り物…」

「綾さんには悪いけど、和義が言った通り嫌な予感しかしないわ」

「最近、カズヨシとレイナちゃんの苦労が垣間見えてる…」

「ありがとうございます」

「まあまあ、とにかく開けてみようよ!」

「そうですね。しかし、六個と言うことは私達一人一つずつだと思われます。どれが誰のなのでしょうか?」

「う~ん…箱の色が違うじゃない。もしかして、このブレスレットの色に当てはめるのかなぁ」

 

一花が和義からプレゼントされて、姉妹皆がいつも付けているブレスレットを指して自分の推理を言ってみた。

 

「確かにそうかもしれません。私のブレスレットの色のピンクもありますから」

「じゃあ、それぞれのブレスレットの色の箱を開けましょうか」

 

二乃の合図で皆がそれぞれの箱を開けた。そこには。

 

「え、振袖…?」

 

五月の零れた言葉の通り、全ての箱に振袖が入っていた。

 

「何だ、これくらいだったら別にカズヨシ君に見せても良いと思うんだけど」

「ホントよ。でも凄いわね、六着も用意してくれるなんて」

「うん。しかもレンタルじゃなく購入してると思う…」

「はわぁ~…良いのでしょうか!?」

「確かに。ここに住ませていただけているだけでも十分だと思うのですが」

「別に気にしなくて良いのではないのでしょうか。母さんは基本的に必要だと思った物にしかお金は使いません。それだけ皆さんの事を気に入っているのですよ」

 

零奈の言葉に姉妹皆が嬉しく思い、それぞれの振袖を出してみた。

 

「おや、手紙が入ってるねぇ」

「私にもあるわ。もしかして全員に書いてくれたのかしら」

 

こんな形で振袖と手紙が一緒に送られてくるのが嬉しく思った姉妹はそれぞれの手紙を読んでみた。

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

だがやはり綾。姉妹全員には同じ言葉が書かれていたが、姉妹の想像し得なかった言葉がそこに書かれていた。

 

『みんな この振袖を着て迫っちゃえばもうイチコロよ!朗報待ってるわ! お義母さんより』

 

「これは確かにカズヨシ君がここにいたらまずかったね…」

「どんだけ私達を嫁に欲しいのよ!」

「……迫る……」

「だから三玖は戻ってきなさいって」

「ま、まあ綾さんらしいよね。うん、直江さんがいなくて良かったよ」

「ど、どうすれば良いのでしょうか。とりあえず、お義母さんと呼んだ方が…」

「うん、五月ちゃん。とりあえず落ち着こうか」

 

中野姉妹に綾からの手紙があったように、零奈にも手紙が入っていた。

 

『零奈ちゃん 貴方は貴方の思うようにしなさい。私は応援してるから』

 

(まったく…昔からこういうところがあるから嫌いになれないのですよ、綾先生)

 

手紙に翻弄されている中野姉妹をよそに、零奈は静かに綾から送られた振袖に手を添えるのであった。

 

 




次週よりお正月に入ります。
そして、いよいよ2年生最後の試験も始まることになります。

さて、ここまで結構オリジナルを出して来たので試験結果なども変えていこうと思っております。
それに試験前にも大きなイベントが待っていますし。

年末に向けて、私生活が忙しくなってくると思うので、その時は投稿が遅れることも予想されます。
予め、お詫び申し上げます。

では、今後ともよろしくお願いいたします。


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55.新年

1月1日元旦。

その日はアラームで起こされた。

 

「ん~…あれ?アラームセットしたっけ?」

 

枕元に置いていた携帯を見るとアラームではなく通知が来ていたようだ。

時刻を見ると6時過ぎ。まあ起きてもいい時間かもしれないがもう少し寝かせてほしい。

 

「ったく、誰だよこんな時間から…」

 

携帯の画面を見るとどうやらグループメッセージのようだ。

そう言えば、中野姉妹がうちに来てから便利だってグループ作ってたっけ。何故かタイトルが『直江家』なんだよなぁ…

後、姉妹皆ノリノリなんだよね。何でだろ。

おっと、そろそろ返事しなきゃだね。

 

『おっはー、カズヨシ君起きてる?』

『あんたにお願いがあるんだけど』

『初日の出見たいんだ』

『それで場所を提供していただきたくて』

『和義君のお部屋行っても良いですか?』

 

初日の出ね。まあそれくらいならいいでしょ。

と言うわけで『OK』の返事を出しといた。

 

コンコン

 

「お邪魔しまーす」

「入るわね」

「ここがカズヨシの部屋…」

「おー、男の人の部屋は初めてです」

「失礼します」

 

やっぱり五人揃うと賑やかだね。

 

「部屋を貸すのはいいけど、あんまり見えないと思うよ」

「いいのいいの。庭よりは高いじゃん」

「それに、前に来たときバルコニーがあったのを思い出したのよ」

 

そう言って二乃は、慣れたように僕の部屋の窓を開けバルコニーに出ていった。それに皆が続く。

靴まで用意して準備が良いことで。

僕は外までは出ずに窓のところで背を預け、五つ子達が日の出を見ている後ろから見守っていた。

 

「そろそろですね」

「見て!明るくなってきたよ!」

「…綺麗」

「本当ね。空気が冷たいからよりそう見えるのかしら…」

「じゃー、いくよせーの」

 

一花の合図で皆が後ろを向く。そして、

 

「「「「「明けましておめでとう」」」」」

 

朝日をバックに新年の挨拶を僕に向かって姉妹揃って笑顔で言うのであった。

 

「うん。明けましておめでとう。今年もよろしく」

 

それに僕も笑顔で答えたのだった。

 

------------------------------------------------

そろそろお昼に差し掛かる頃、初詣に向かうことになった。

昨日、母さんから届けられた振袖を皆で着て行くとのことで、僕はリビングで待っている。

しかし、箱の中身が振袖なら別に僕が見ても問題ないと思うんだけど。何がしたかったんだろう母さんは。

零奈に聞いても振袖以外は変わったことなかったって言うし。驚かせたかったのだろうか。

そして、

 

「「「「「「お待たせ」」」」」」

 

六人の着替えが終わったのかリビングに入ってきた。

 

「へぇ~~」

 

そこには振袖に身を包んだ六人の少女いた。

 

「うん、皆良く似合ってる!凄く可愛いよ!」

「いやぁー、照れますなぁ」

「ま、当然よね」

「…えへへ…」

「ししし、ありがとうございます!」

「ふふ、何故でしょう…ただ感想を言われただけなのにここまで嬉しく思えるのは…」

「兄さんならそう言っていただけると思ってましたよ」

 

皆振袖が気に入ってるようで、お互いに見せあっている。

 

「それじゃあ、行きますか」

 

僕の号令で皆が玄関に向かってるところ、一番後ろにいた三玖に話し掛けた。

 

「三玖、その簪って僕が買ったやつだよね?」

「うん…その、似合ってるかな…?」

「もちろん!やっぱ印象変わるよね。可愛いよりも美人って言葉の方が合うかも」

「ありがとう…本当に嬉しいよ……あの、ずっとは難しいかもだけど、今日は隣で歩いてて良いかな?その、お話もしたいし…」

「へ?全然良いよ。そう言えば、年始に放送される時代劇の話とかしたかったんだよね」

「うん…!私も…」

 

先程よりも上機嫌になった三玖。

そんなに時代劇の話がしたかったんだ。こんなことなら、もう少し時間作ってあげれば良かったかな。

では、いざ初詣へ。

 

------------------------------------------------

近所の神社に到着すると、僕達はかなり注目されていた。

まあ、振袖姿の女の子が六人も一緒にいるのだから仕方がないか。

お陰で僕は注目から外れてるから助かってるんだけど。

境内に入ってお参りをするため進んでいると、くじを結ぶ場所に上杉兄妹がいた。

どうやら向こうも僕達に気付いたようだ。

 

「よ!風太郎。明けましておめでとう」

「おう!おめでとう。勢揃いだな」

「うわぁー!皆綺麗!」

「ふふ、ありがとうございます。風太郎さん、らいはさん、明けましておめでとうございます」

 

姿勢正しく礼をしながら挨拶をする零奈。それを見て慌ててらいはちゃんも挨拶をしてきた。

 

「そうだった…明けましておめでとうございます。零奈ちゃん、和義さん」

「うん、おめでとう、らいはちゃん」

「中野さん達も明けましておめでとうございます」

「「「「「明けましておめでとう」」」」」

「ふわぁー、新年そうそうらいはちゃんに会えるなんて。今年はいい年になりそうです!」

 

そんな言葉と同時にらいはちゃんに抱きつく四葉。らいはちゃん愛ハンパないね。

 

「て言うか、なんでいつもあんたはいんのよ!」

 

ビシッと風太郎に指差しながら二乃は言う。

 

「まあ良いじゃん。そうだ、二人共この後うちに来なよ」

「いや、この「はーい!」」

 

風太郎が何か言おうとしたが、らいはちゃんの言葉で遮られるのであった。

 

------------------------------------------------

結局、風太郎とらいはちゃんはあの後うちに来た。

五つ子と零奈は今着替え中である。

 

「はい、お雑煮だよ」

「わぁー、美味しそう!」

「ありがとな」

 

六人が着替え中の間に、二人のためにお雑煮を用意してあげた。

 

「今年は餅どうしたんだ?」

 

餅を食いながら風太郎が聞いてきた。

 

「今年は餅つきしない予定だったんだけどね。四葉に話したら、やってみたいって言うから餅つきやったよ」

「そうだったのか」

「上杉家へのお裾分けもあるから持って帰ってよ」

「いつもありがとうございます!」

「今年はちょーっと消費が激しいけどね…」

「あぁ、なるほどな」

「?」

 

僕の言葉に風太郎は納得したようだがらいはちゃんは分からないようだった。

すると、着替えが終わった五つ子と零奈がリビングに入ってきた。

 

「お待たせぇ~」

「和義。録画しておいたドラマ観ても良いかしら?」

「ああ、良いよ」

 

僕の返事を聞くや否や、テレビの前に置いてある炬燵に入って中野姉妹はドラマを観だした。

 

「こいつら、自分の家のようにくつろいでないか?」

「良いのではないでしょうか。それだけ居心地が良いと言うことですよ。風太郎さん、らいはさんおかわりはいりませんか?」

「お願い!」

「じゃあ俺も頼むわ」

「分かりました」

 

そして今度は零奈がお雑煮を温めに行った。

 

「それで?風太郎は年内はずっとバイトだったの?」

「ああ。お陰で大分稼がせてもらった」

「ふ~ん」

「そう言えば、店長はまだお前の事を諦めていなかったぞ」

「ま、機会があればね」

 

その後も零奈が持ってきてくれたお雑煮とおせちの残りを食べながら近況報告的な話をしていた。すると、テレビを観ていた姉妹達が騒ぎだした。

 

「キスしました…」

「ロマンチックだわ」

「録画しておいて良かったね」

 

どうやらドラマのキャストが告白をしてキスをしたらしい。

それを観て五月、二乃、四葉が話している。

 

「誰を好きとか嫌いとかくだらねぇ」

 

姉妹達には聞こえない声でボソッと風太郎が言っている。

一花と四葉に聞こえなくて良かったよ。

 

「もう、お兄ちゃんはもう少し恋愛に興味持とうよ」

「勉強に邪魔なものには興味ないね」

「ぶぅー。和義さんはどうなんですか?」

「おっと、こっちに来たか……」

 

そしてドラマを観ようとテレビの方を見ると、ちょうどこっちを見ていた五月と目が合った。しかし、五月はすぐにテレビの方に向き直した。

 

「少し考えるようになったかな…」

「マジかっ!?」

「……」

「ほら!お兄ちゃんも少しでもいいから興味持とうよ。ね?」

「……………考えておく」

「今はそれが聞けただけ良しとしようかな」

 

そう言ってらいはちゃんもドラマを観だした。零奈はあまり興味がないのか、食べ終わった後片付けを始めた。

 

「僕も手伝うよ」

「はい」

 

二人で食器洗いをしていると零奈から質問をされた。

 

「先ほど、恋愛について考えるようになったと言っておりましたが。それは五月さんの事があったからでしょうか?」

「んー?何だ、五月から聞いたの?」

「ええ、まだ異性としてなのか、家族としてなのか分かっていないけれど、好きだと伝えたと」

「そっか…まぁそうだね」

「そうですか……」

 

それから零奈は黙ってしまい、キッチンには食器を洗う音だけが響いていた。

 

洗い物も終わりリビングに戻ると、風太郎が何故か五つ子にマッサージされている現場に遭遇した。

横ではらいはちゃんがお母さんにお祈りをしている。

 

「何?どういう光景?」

「俺が聞きてえよ?何を考えている?」

「な、なんでもないですよー」

「ひ、日頃の感謝だけだよ…」

「嘘つけ!」

 

風太郎の問いに四葉と三玖が答えるが、風太郎は信じていない。

感謝ねぇ。

そう思いながら椅子に腰かけた。そこで五月と目が合う。

 

「あ、あの!和義君も肩揉みましょうか?」

「え?いや、僕はいいかな…」

「そうですか…」

「うっ…」

 

五月からの肩揉みの提案があったがやんわり断った。

すると、シュンと五月は下を向いてしまった。気のせいか、五月のアホ毛も垂れているように見える。

 

「あーもう分かったよ!肩だけだよ」

「はい!」

 

僕が承諾すると、パーッと笑顔を僕に見せた。そしてそのまま僕の後ろに行き肩を揉みだした。

 

「ふふ、どうですか?」

「ああ、気持ち良いよ…」

 

確かに気持ちいい。だが、何故か視線が痛い。

 

「む~…五月だけずるい」

「早い者勝ちです」

「カズヨシ…」

 

上目遣いで三玖が訴えかけてくる。いや何でそこまでしてマッサージしたいのか分かんないんだけど…

 

「はぁ…はい。右腕お願い」

「うん…!」

 

右腕を三玖に差し出すと嬉しそうに僕の腕を揉みだした。

あれ?普通嬉しくなるのって、マッサージしてもらう方であって、する方が嬉しく思うっておかしくないだろうか。

後二乃、無言でこっち見ながら風太郎をマッサージするのやめて。マジで怖いって。

更に後ろから零奈の『フフフ』と言う笑い声が聞こえてきて、もうホラーなんだけど。絶対後ろ見れないやつじゃん。

そこで二乃がスクッと立ち上がった。

 

「いつもお疲れ様」

 

とびっきりの笑顔で僕と風太郎を労っている。

その笑顔が怖いのは僕だけだろうか…

 

「そうです。お二人とも、私のおやつ食べてください」

「え?」

「は!?」

 

普段であれば絶対に五月から発せられることがない言葉が今発せられた。

上機嫌なのだろうが、逆に何かあるのではと怪しんでしまう。

 

「お正月らしく福笑いでもどうですか?五つ子バージョンを作りました!」

 

いやクオリティ高いなぁ。いつの間に作ってたんだ四葉のやつ。え?試されてるの?

 

「えっと、カズヨシとフータローに渡したいものが…」

「待って!それはまだ早いよ」

 

何か渡したいものがあるのか三玖が発言したが、それを四葉が遮った。

 

「みんな、客間に行こうか」

 

一花の号令で姉妹全員客間に向かった。

 

「何を企んでやがる…」

「さ、さあ…?ほら、五月からのおやつのプレゼント。この先、いつ貰えるか分かんないよ」

 

そう言いながら、風太郎に五月からのプレゼントのおやつを差し出した。

 

「俺はさっき食べたばかりなんだが…」

「ほら、食べ物の恨みは怖いって言うじゃない。もし食べずに置いてたら、逆にめちゃくちゃ怒られるかもよ。後、四葉自家製の福笑いも折角だからやろうよ」

「いや、これは難しすぎるだろ!」

「物は試しだよ」

 

そう促すと、風太郎はどのパーツが合うのかと選んでいった。

もうこれ福笑いじゃないじゃん。パズルゲームだし。

そして風太郎による五つ子顔パズルゲームが切って開始された。

 

------------------------------------------------

~客間~

 

一花の号令で客間に来た五つ子達は円を描くよう座って何かを話し合っている。

 

「どうする?あいつら気にしてなさそうだったけど」

「でもこのままじゃ悪いよ。クビになった上杉さんと直江さんに、仕事でもないのに家庭教師を続けてもらうんだもん」

 

二乃の問いに四葉が答える。

 

「何かしてあげたい…」

「だね。けど、お父さんにはできるだけ頼りたくないし」

「とは言え、私達が彼にしてあげられることって…何があるのでしょう…」

 

何かをしてあげたい三玖と一花であるが、五月の言った通り何をしてあげれば喜んでくれるのか案が中々思いつかない。

そこで四葉以外の姉妹は、先ほどのドラマであったキスシーンを思い出し顔赤くしていた。

ちなみに四葉は手作りのメダルを思いついていた。

 

「「「「…………」」」」

「ん?どうしたの皆?顔を赤くして黙っちゃって」

「……四葉以外はおんなじ事考えてるみたいだね…」

「五月。あんたがこういう事考えて騒がないなんて珍しいわね」

「そんなことありません…」

「あはは、それでフータロー君とカズヨシ君が喜ぶとは思えないけどね」

「あいつらも男だから分からないわよ。女優ならほっぺにくらい出来るんじゃない?」

「じょ、女優を何だと思ってるの!で、でもそういうことなら…私より三玖の方が適任じゃないかな!」

「私…私がカズヨシと…」

 

急に話を振られた三玖は妄想の世界に旅立ってしまった。

 

「だ、駄目だよカズヨシ…やめて…やっぱやめないで…」

「あんたが止まりなさい!」

「皆何の話をしてるの?」

 

一人蚊帳の外の四葉が質問するが誰も答えてくれなかった。

 

「無難にお菓子でもと思いましたが…」

「クリスマスの和義が作ったケーキを見せられるとねぇ」

「まあ、カズヨシ君は普通に喜ぶと思うけどね。とは言えやっぱりこれかな」

 

一花はそう言うと候補の物を取り出した。

 

「そうだね。予定通りあげようよ」

「ですね。上杉君は一番喜ぶと思いますよ」

 

その物を見た四葉と五月は賛同し、他の姉妹もそれに続いた。

 

「よし!じゃあリビングに戻ろうか」

 

そして五つ子達はリビングに戻って行くのであった。

 

------------------------------------------------

風太郎は、現在一花の顔作りで最後の部分に差し掛かっていた。

 

「くっそー、どっちだ!俺はこっちだと思うんだが…」

「ええ…こっちだって!」

 

風太郎の意見とらいはちゃんの意見が別れたようだ。

その時、

 

ガチャ

 

リビングのドアが開き、五つ子達がリビングに入ってきた。が、先頭の一花に向かって風太郎が迫っていた。

 

「一花。動くな」

「えっ、ちょ、何…やめっ、ん…」

 

徐々に風太郎の顔が、一花の顔に迫っている。何が何だか分からない一花は、口を閉め目を瞑り風太郎を受け入れようとしている。

端から見たら風太郎が一花にキスを迫っているみたいだ。

おー、一花は風太郎とだったらやっぱり受け入れるんだ。

そんなアホな考えをしていると。

 

「やはり!」

 

当たり前だが、風太郎は一花にキスをする訳でもなく、何かを確信したかと思うとリビングの机に並べている一つのパーツを選んだ。

 

「これが一花の口だ!間違いない!」

「えー、こっちだと思うけどなー」

 

風太郎は一花の口を見るために迫っていたのだ。

本当に紛らわし奴である。

一花は力が抜けその場にへたり込みそうになったが、それを三玖と五月で支えてあげた。

 

「わー遊んでくれてるんですね!」

「まあ、ルールが全然違うけどね」

「四葉これでどうだ?」

 

完成した一花の顔を風太郎は四葉に見せる。

 

「えー、どれどれ…あ、上杉さん、ほっぺにクリーム付いてますよ」

 

そう言うや否や、四葉は風太郎のほっぺに付いているクリームを口で直接取ったのだ。

どう見てもほっぺへのキスである。

 

「お兄ちゃん!?四葉さん!?」

「ふむ。四葉さんやりますね」

「いや、冷静にコメントしなくていいよ零奈…」

「あ………今のほっぺにチューが家庭教師のお礼ということで…」

「??」

 

キスされた風太郎は完全に混乱している。

 

「四葉さん?兄さんにもする気ですか?」

「殺気!」

 

零奈が笑顔で四葉に質問すると、四葉は恐怖顔でガタガタしていた。

 

「て…家庭教師のお礼?」

 

僕が疑問に思った事を伝えると、五月が答えてくれた。

 

「その件ですが、今の私達では十分な報酬を差し上げられない状況でして…せめてもと…」

 

なるほど。今は一花の収入だけで生活してるもんだからね。仕方ないか。けど、

 

「何だよ、そういうことは早く言え。ずっとそんな事気にしてたのか。俺がやりたくてやってるんだ。給料のことなら気にすんな」

「そうだね。僕も同じだよ。その気持ちだけで十分だよ」

「和義君…上杉君…」

 

給料を気にしないなんて、風太郎も成長したな。そんな風に考えていたが、僕はまだまだ風太郎の事を理解しきれていなかった。

 

「出世払いで結構だ」

「「「「「「え?」」」」」」

 

風太郎の言葉に五つ子と僕の声がハモった。

 

「その代わりちゃんと書いとけよ!一人一日五千円!一円たりともまけねぇからな!」

 

無惨にもその言葉がリビングに響いていた。

 

「こういう奴だったわね」

「本当だね。少しでも風太郎の事を関心したのは馬鹿だったよ」

 

二乃の言葉には心から同意する他なかった。

本当に少しでもお前の成長を感じてしまった僕の心を返してほしい。

そんな感じで、新年は初日から騒がしく過ぎていくのであった。

それにしても、結局渡したいものが何なのかは分からず仕舞いであった。

 

 




お待たせして申し訳ありません。最新話の投稿です。

やっと新年を迎える事ができました。。。
ちょっと脱線しすぎたかもしれませんがご容赦いただければと思います。
ここから2年生最後の試験まで怒涛の如く原作では行きますが、また多少寄り道をしながらになるかもしれません。

いつも読んでいただけている皆様本当にありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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第7章 三学期末試験
56.試験に向けて


「よし!今日から勉強始めていくぞ!」

 

そんな事を勢い良く宣言して我が家に来た風太郎。でも、

 

「あ、ごめん。まだ五つ子達は起きてないや」

「は!?」

 

朝食の準備を零奈としながら風太郎に答えた。

 

「多分もうすぐ起きてくると思うよ。風太郎も食べていく?」

「いや、もう食べてきたからな。勉強しながら待たせてもらう」

 

そう言って炬燵に入り自分の勉強を始めた。

そんな時だ。客間から騒々しい声が聞こえてきた。どうやら起きたようだ。

 

ガチャ

 

「もううんざりだわ!なんであんたは私の布団に潜り込んでくんのよ、五月!」

「さ、寒くって!」

「あんたの髪がくすぐったいのよ、さっぱり切っちゃいなさい!」

「あ-!自分が切ったからってずるいです!」

「朝から騒がしいなこいつらは...いつもこうなのか?」

「たまにね...」

 

二乃と五月が言い合いをしながらリビングに入ってきたのを見て、風太郎が聞いてきたので応える。

二乃は朝早く起きて朝食を作ることが多いのだが、ここ最近は寒くなってきたからか布団から出てくるのが遅いときがあるのだ。

 

「でも、お布団は久々でまだぐっすり寝られてません。ふかふかなんですけどね」

「四葉はもう少し寝付けない方がいいと思う」

 

四葉の発言に対して三玖が顔を摩りながら抗議をしている。

良く見ると頬が腫れているようだ。

 

「三玖大丈夫?」

 

水で冷やしたタオルを三玖の頬に当ててあげながらそう尋ねる。

 

「あ、カズヨシ...えっと、大丈夫だけどもう少しこのまま当ててくれると嬉しいかな...」

「あ、ああ...」

 

目を瞑りながら僕の手にそっと自分の手を添えてそう言ってくる三玖に少しドキッとしてしまった。

だが、

 

「兄さん、三玖さん?朝食が冷めてしまいます。早く席についてください」

 

ニッコリと笑いながら零奈が言っているが、これは絶対に怒っている。これも駄目なのか。異性の友人との接し方は難しいものだ。

零奈の言葉もあり、それぞれの席について朝食を食べ始めた。

 

「でも、私の布団が消えたのは不思議です...」

「本当に不思議」

「ベッドから落なくなったのはいいよね」

「四葉、あんただけよ」

 

本当に賑やかな朝食である。

 

「ん?おい、一花はどうした?」

「あれ?そう言えばいないね」

「まだ寝ているのではないでしょうか」

「では、私が起こしに行きますね」

 

そう言って零奈が立ち上がり客間に向かっていった。

 

「大丈夫でしょうか?」

「ん?寝起き良くないの?」

「まあ、寝起きは良くないですね...」

「それだけじゃない」

「は?」

「一花が寝ている場所の周りが凄いことになってるからレイナちゃんが引かないかなって思ったのよ」

「何だ。もう一花の部屋並に散らかっているのか」

 

風太郎の言葉に対して姉妹四人が頷いた。

 

「例の汚部屋ってやつか」

「はい、そうです...」

 

申し訳なさそうに五月が僕の問いに答えてくれた。

そこに一花を連れた零奈が戻ってきた。

 

「まったく、どうやったらあそこまで散らかるのでしょうか。お正月に片付けたばかりだというのに」

 

僕の横の席についた零奈がそう呟いている。

 

「えっと...そんなに散らかってたの?」

「信じられません!あそこまで散らかすなんて、どうかしてます!」

 

零奈がここまで言うって事は相当なのだろう。

 

「いや-面目ない...」

 

一花が申し訳なさそうに炬燵に入り朝食を食べ始めた。

 

------------------------------------------------

朝食も食べ終わったところで勉強を始める事になった。

 

「よし、やっと始められ...!」

 

一花が風太郎の斜め前でうとうと眠りについている。

 

「一花」

「あ、ごめん」

 

四葉に起こされて一花が目を覚める。

 

「これからは勉強に集中できるように仕事をセーブさせてもらってるんだ。次こそ赤点回避して、お父さんにギャフンと言わせたいもんね」

「うん」

「私も今度こそ...!」

「そうですね。全員で合格して、お父さんに和義君と上杉君を認めさせましょう」

「五月...」

 

一花の言葉に三玖と四葉が続き、五月が意気込みを口にする。

そこまで言われればやる気になるものだ。全く僕達の生徒達は乗り気にさせるのが上手いことで。

 

「ふん、赤点なんて低いハードルにこれほど苦しめられるとは思わなかった。しかし、三学期末こそ正真正銘のラストチャンス。さっそく始めよう!まずは冬休みの課題を片付けるぞ!」

「え?」

「え?」

 

風太郎の言葉に五月は疑問に思い、その反応に風太郎もまた疑問に思った。

 

「ふふ」

「あはは」

 

四葉と一花も面白く笑っている。

 

「フータロー...」

「あんた舐めすぎ」

「そうそう僕もいたんだよ」

「課題なんてとっくに終わってるわ」

 

二乃の言葉に姉妹みんなが自分の課題を机の上に出す。

 

「あっそう...」

 

予想外だったのか風太郎はビックリした顔でみんなを見ている。

ま、普通は終わっていないと思うよね。

 

「じゃあ通常通りで...」

「それでいいんじゃない。どうする?いつも通り手分けして勉強見る?」

「う~む...そうだな」

「じゃあ、一花と四葉をお願いね。残り三人は僕で見るよ」

「へ?」

「えっ!?」

「ああいいぞ。三人を任せることになるが良いのか?」

「問題ないよ。じゃあ、二乃、三玖、五月。始めようか」

「ええ」「うん...」「はい!」

 

僕はテーブルで、風太郎は炬燵でそれぞれ教えている。

 

「カズヨシ。ここ分かんないんだけど」

「どれどれ...」

 

隣に座っていた三玖に質問されたので、近づいて教えてあげた。

 

「えっと...数学ね」

「!」

「目の和が奇数になる場合は何通りか、か。サイコロは三つだから奇数になるのは二通りあるのは分かるよね?偶数偶数奇数。あとは、奇数奇数奇数...」

 

三玖に教えていると、口元辺りに視線を感じた。

 

「三玖?」

「はっ!?ご、ごめん...」

「いや、良いけどね。どうかした?」

「ううん...」

 

じ~~~~~~

そこに今度は二乃と五月からの視線を感じた。

 

「えっと...どうかした?」

「いやっ、なんでもないわ」

「あ、あの!次はこちらをお願いします!」

「はいはい。順番ね」

 

質問を受けて順番に教えていると、炬燵の方から風太郎の声が聞こえてきた。

 

「おい、一花起きろ」

 

どうやら一花はまた寝ているようだ。ふむ、風太郎と一緒なら眠らずに勉強すると思ったんだけどね。

 

「いや-ごめん...寝て......ない、よぉ...」

 

いや寝てるだろ!

 

「この野郎...何がギャフンと言わせるだ...」

「少しは寝かせてあげなさい」

「は?」

 

寝ている一花を風太郎が起こそうとしているが、二乃がそれを止めようとしている。

 

「一花、さっきはあんな風に言ってたけど、本当は前より仕事を増やしてるみたいなの」

「生活費を払ってくれていますからね」

 

生活費と言ってもここに泊まるための宿泊費と光熱費を少し。後は食費と五つ子それぞれが使うお小遣い。

恐らく後者にお金がかかっているのではないかと思っている。

食費も払わないで良いようにしたかったのだが、如何せん量が量だからなぁ。

 

「貯金があるから気にしなくていいって本人は言ってたけど...こうやってカズヨシとフータローに教えてもらえてるのも全て一花のおかげ」

「だからって無理して勉強に身が入らなきゃ本末転倒だ。おい、起き...」

「あの」

 

風太郎が一花を起こそうとすると五月が提案をしてきた。

 

「私達も働きませんか?少しでも...一花の負担を減らせたらと思いまして...」

 

まあバイトくらいいいかと思うのだが、それに待ったをかける者がいた。風太郎である。

 

「今まで働いた経験は?」

「あ、ありません...」

「勉強と両立できるのか?赤点回避で必死のお前らが」

「うっ...」

「確かに、そこがネックだね...」

「う~...それなら...私もお二人のように家庭教師をします!」

「「!?」」

「教えながら学ぶ!これなら自分の学力も向上できて一石二鳥です」

「やめてくれ...お前に教えられる生徒がかわいそうだ...」

「ごめん。僕も風太郎と同意見」

「うっ...」

 

家庭教師案は僕と風太郎で即却下された。

 

「それならスーパーの店員はどうでしょう?近所にあるのですぐに出勤できますよ」

「即クビだな」

「スーパーも覚えること多いからね」

 

スーパー案も却下された。

 

「私...メイド喫茶やってみたい」

「へぇ~、意外に似合いそうだね。それに人気も出そう」

「そ、そうかな...」

「でも接客とか出来るの?」

「うっ...」

 

メイド喫茶も却下になった。

 

「二乃はやっぱ女王様?」

「やっぱって何!」

「そもそも女王様ってどんな職業だよ」

 

三玖の提案についツッコミを入れてしまった。

 

「二乃はお料理関係だよね」

「ふん、やるとしたらね」

「だって二乃は自分のお店を出すのが夢だもん」

「!」

「へぇ始めて聞いたな」

「でも二乃なら出来そうだよ」

「こ、子どもの頃の戯言よ。本気にしないで」

「私、美味しいケーキ屋さんを知ってますよ」

「!.........」

 

五月の言葉に対して顔を赤くして黙ってしまった。

 

「どうしたの二乃?」

「な、なんでもないわ!」

「そ、そう?なら良いけど...」

 

黙ってしまった二乃に声をかけたのだが、そっぽを向いてしまった。まあ、本人が大丈夫って言ってるのであれば大丈夫なのだろう。

 

「俺もさまざまなバイトを経験してきたが、どれも生半可な気持ちじゃこなせなかった。仕事舐めんな!」

 

今まで色々なバイトをこなしてきた風太郎の言葉はやはり重みがある。そんな中で毎回満点を取っているのだからやはり僕なんかよりも凄いと思う。

 

「赤点を回避しあの家に帰ることができれば全て解決する。そのためにも今は勉強だ。一花の女優を目指したい気持ちも分からんでもない。だが、今回だけは無理のない仕事を選んでほしいものだ」

「ん-...」

 

風太郎の話が終わったところで一花が動き出した。起きたのだろうか。

そう思ったのだが、起きている訳ではない。

 

ヌギ

 

「は!?」

 

一花は寝たまま服を脱ぎだしたのだ。

 

「上杉さん見てはいけません!」

「カズヨシ」

 

風太郎は四葉が。僕は三玖が目隠しをしてきた。

 

「一花!寝ながら服を脱ぐのを止めてくださいといつも言っているではないですか!」

「あんたらはリビングから出ていきなさい!」

 

バタンッ

 

僕と風太郎はリビングから追い出されてしまった。

 

「この仕事舐めすぎたぜ」

「理不尽過ぎる...」

「何事ですか?」

 

追い出されたところで、騒がしかったからか二階の自分の部屋に行っていた零奈が降りてきた。

そこで経緯を説明した。

 

「なるほど。しかし、寝ながら服を脱ぐなんて器用なものです」

 

呆れながらも関心をする零奈であった。

 

------------------------------------------------

次の日。家で夕飯の準備をしていると一花が帰ってきた。

 

「ただいま~」

「おかえり一花」

 

帰るや否やリビングのソファーにダイブしている。

 

「こら一花、はしたないよ」

「ん~~~」

 

生返事である。

 

「他のみんなは-?」

「二乃と四葉には買い物をお願いしてるよ。五月はどこかに出かけたみたいだね。三玖には先にお風呂入ってもらってるよ。零奈は自分の部屋で勉強中」

「うわぁ-、零奈ちゃんは真面目だねぇ」

 

一花が起き上がりながらそう答えた。

 

「ん?」

「どうしたのカズヨシ君?お姉さんに見とれちゃった?」

「なんでだよ!いや、何か機嫌良いみたいだから、何かいい事でもあった?」

 

僕の質問にビクッと反応している。珍しく分かりやすい反応である。

普段はク-ル振っている一花がこういう反応をするって事は。

そんな事を考えていると風太郎からメッセージが届いた。

 

『今、二乃と四葉の買い出しに付き合わされている。そう言えば、今日バイト先に一花が撮影に来ていたぞ』

『了解!荷物持ちよろしく!』

 

風太郎にメッセージを返した後に一花を見てニヤリと笑った。

 

「な、何かな?その笑顔は...」

「風太郎のバイト先で撮影があったんだって?そこでいい事でもあったのかな?」

「うっ...」

「こういう話になると本当に一花って分かりやすいよね。顔、真っ赤だよ」

「もう本当に意地悪な時があるよねカズヨシ君って!」

「あははは」

「...ただね、私の演技を褒めてもらったんだよ。『女優らしくなった』って。その...その時私恥ずかしくって顔を見せられなかったんだ。で、寝たふりをしてたんだよ。そしたら、そ、そのフータロー君が自分の肩に私の頭を預けてくれてね、私の肩に腕を回してくれたんだよ-」

 

その時の事を思い出して、嬉し恥ずかしくなっているのか、顔を手で隠して体をクネクネしている。

本当に嬉しかったんだろうね。

何だか今の一花を見ていると、やっぱり恋っていいものなのかなって思ってきた。

 

「ふっ...良かったね一花」

「うん!」

 

とてもいい笑顔でこちらに振り返る一花。この顔を風太郎に見せてあげたいな。

そう思うのだった。

 

 




いよいよ2年生最後の試験に向けて勉強開始しました!

風太郎のバイト先での一花の撮影エピソードは、最初は和義がバイトの手伝いに行った時に起こる体で書こうと思ってました。
けど、一花と風太郎の邪魔をするのは無粋かなと思い書くのを止めて、後から人伝で知るように書かせていただきました。

この後は、それぞれの姉妹にスポットを当てて原作は進んでいきますが、僕はアニメの方を参考に日を追って書いていこうと思ってます。


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57.邂逅

冬休みも終わり三学期がスタートした。

と言っても初日は昼までなので、楽と言えば楽である。

また弁当地獄が始まるのだろうか…

いや、きっと二乃や三玖が手伝ってくれるだろう。

そんな淡い期待を持ちながら帰宅した。

 

「ただいま~」

「おかえりなさい兄さん」

 

先に帰宅していた零奈に出迎えられた。

 

「もう皆帰ってる?」

「ええ、先ほど帰ってこられたので、今は着替えているのではないでしょうか」

「了解。今日は家庭教師をするからリビング使うね」

「分かりました。私も一緒にいてもいいですか?」

「全然構わないよ。じゃあ僕も着替えてくるよ」

 

そう言い残し自分の部屋に向かった。

着替えが終わり、リビングに向かうと既に風太郎が来てスタンバイが出来ていた。

 

「早いね、風太郎」

「まあな。今は少しの時間も惜しいからな。よし!和義も来たから始めるぞ」

「やりましょう…」

「ん?」

「ぜひやってください!そして確かめてください。赤点回避に何が必要なのかを!」

「お、おう…乗り気なのは助かる…」

 

五月の勢いにたじろいでいる風太郎。

ここまで五月がやる気になっているのには訳がある。

それはある出来事があったからだ。

その出来事があったのは、遡ること一花が風太郎のバイト先で撮影をした日まで戻る。

 

------------------------------------------------

~五月side~

 

夕方。五月はある人物に呼び出されていた。

 

「ご無沙汰だね、五月君。今日は君たちに通告に来たよ」

「お父さん…」

 

五月達の父親、中野マルオである。

 

五月とマルオはコーヒーショップに入り、お互い向かい合って席に座っていた。

 

「何か食べるかい?」

「いえ、帰ったら二乃と和義君の夕飯が待っていますので。飲み物だけいただきます」

 

ここでマルオは二つの事で驚いた。

一つは勿論五月が食べ物の注文を断ったこと。

そしてもう一つが。

 

「驚いたね。君が姉妹以外の、ましてや同じ年の男子生徒の事を名前で呼ぶなんてね。私の記憶が正しければ、名前呼びをしたところを聞いたことがないよ」

「ですね。彼が…和義君が初めて異性を名前で呼んだ人です」

 

ニッコリと笑いながら、五月はマルオをまっすぐ見て話した。

 

「それでお父さん。私を呼んだ理由は何ですか?」

「父親が娘と食事をするのに理由が必要かい?」

「……」

 

先ほど頼んだフラペチーノが来たので、五月はそれを飲みながら黙ってマルオの話を聞いていた。

 

「ところで…今回君たちがしでかしたことには目をつぶろうと思っている。しかしもう十分だろう。すぐさま全員で帰りなさい、と姉妹全員に伝えておいてください」

「……それは彼らも含まれるのでしょうか?」

「上杉君と直江君の事かい?これは僕たち家族の問題だ。上杉君と直江君はあくまでも外部の人間であることを忘れないように。それにはっきり言って…僕は上杉君が嫌いだ」

(大人げない!)

 

個人的に、嫌いだから家庭教師として雇わない。そんな話も確かにあるかもしれないが、高校生相手には大人げないかもしれない。

ちなみに、二人が話しているのをたまたま見かけた、買い物帰りの風太郎と二乃と四葉が先ほどからこっそり話を聞いている。それを、五月とマルオはまだ気づいていない。

 

「あんた…パパに何したのよ」

「さ、さぁ…心当たりがありませんな…」

 

小声で二乃と風太郎が話している。

 

「それに直江君もだ。最初は利口な男だと思っていたんだがね。上杉君の事となると話が通じない。まったく困ったものだ」

 

この言葉を聞いた瞬間、二乃が立ち上がり二人のところに向かおうとしたが、それを四葉が制した。

 

「落ち着いて二乃。感情任せに行っても意味ないよ」

「退きなさい四葉。私は至って冷静よ!」

「どこがだよ。一旦落ち着け」

 

風太郎も四葉に加勢する。

そんな三人の行動に二人が気づかないのには理由があった。

 

「彼の……」

「?」

「彼の何が分かるのですか!」

「!?」

 

まっすぐマルオを見て五月がそう答えたからだ。

マルオもこの時は多少の驚きがあった。何しろ彼の目の前の少女の顔は、今まで見たことがない程真剣な顔をしていたからだ。

 

「……そこまで言うのであれば、上杉君と直江君の立ち入り禁止を解除し家庭教師を続けてもらう」

「え?」

「ただし、僕の友人のプロ家庭教師との三人体制。上杉君と直江君は彼女のサポートに回ってもらう」

「それは…」

「君たちにとってもメリットしかない話だ。二対五でもカバーできていない部分もあっただろう」

「しかし、皆この状況で頑張って…」

「四葉君は赤点回避できると思うかい?」

「え?」

「二学期の期末試験の結果を見せてもらったがどうだろう?僕にはとてもできるとは思えないね」

 

この言葉に、今度は風太郎が動こうとした。しかし、今度はそれを二乃が止めた。二乃も落ち着いてきたようだ。

 

「ダメよ。あんたが行っても状況が悪くなるだけだわ」

「しかし…」

「それに、パパの言ってることも間違いじゃない」

 

正しい事を言っていることは分かってはいる。しかし、それしか見えていないマルオに対して思うところもある二乃。

何も言い返せない自分に対しても歯痒く思っていた。

それは五月も同じである。

 

「そう…ですね…プロの家庭教師の方がいてくれた方が…」

「やれます」「やれますよ」

 

五月が話している途中、二つの方向から声がした。

一つは先ほどまで二乃と風太郎と一緒にいた四葉。もう一つは…

 

「か、和義君!何故ここに?」

「はぁ…はぁ…はぁ…やっ!」

 

五月の問いかけに息を整え、手を軽く挙げいつもの調子で挨拶した和義の姿があった。

 

------------------------------------------------

一花の笑顔を見た後、また風太郎からメッセージが来ていた。

何でも五月が父親と何か話していると言うのだ。

その事を一花に伝えると、

 

「何だろう。五月ちゃんて真面目だから、それでまずは五月ちゃん、みたいな形で呼び出したのかも。多分帰ってこい的な話だと思うよ」

「まあ、普通の親ならそう言うわな。てか、それでも遅いだろうけど。場所も知ってるんでしょ?」

「そういう人なんだよ」

 

少し悲しそうな顔で答える一花。

 

「行ってあげて」

「え?」

「何か嫌な予感がするんだ。だからカズヨシ君の助けがもしかしたら必要かもしれないよ」

「いや、結局のところ家庭内の話でしょ?さすがに僕が介入するのはまずいんじゃない?」

「なーに言ってるの。私達はもう家族みたいなものでしょ?頼りにしてるよ」

 

そう言って僕の胸をポンと一花が叩いた。

 

「はぁ~、どうなっても知らないよ?」

「カズヨシ君なら大丈夫だよ」

「その自信はどこから来るんだか……行ってくる!」

「うん、いってらっしゃい!三玖とレイナちゃんには私から言っとくよ」

 

一花の後押しもあり、僕は五月の所に向かう事にした。

 

そして現在。

何やら、今のままでは四葉が赤点回避できるとは思えない、と言われて五月がどう答えればいいか分からない、といった雰囲気だったので『やれますよ』と答えた。

目の前では四葉も同様に答えてたけどね。流石四葉。

てか、五月の正面に座っている男の人がめっちゃ睨んでるんだけど、この人が中野さんだろうか。

 

「人の話に割って入って来るとは関心しないね」

「すみません、五月さんの困った顔を見たら居ても立っても居られなかったので。中野さんですよね?こうやって、面と向かってお話しするのは初めてですね」

「そうだが…これは私達家庭内の問題だ。外部の人間には口出ししないでもらいたいのだがね」

「最初は僕もそう思いましたよ。けどまぁ、家庭内である一花さんに頼まれましたので」

「一花君に?」

「ええ…後、途中からしか話を聞けてないので何とも言えませんが、面白い事言ってますね」

「何も面白い事は言っていないが?」

「言ってたじゃないですか、四葉さんでは赤点回避ができるとは思えないって」

「正論を言ったまでだが。近くにいた君の方が分かっていると思うよ」

「いいえ。近くにいたからこそ分かります。僕と風太郎なら四葉さんの赤点回避は次こそ出来ると。四葉さんだけではありません。他の姉妹だって赤点回避出来ますよ」

「直江さん…」

「和義君…」

「言うだけなら誰にでも出来るさ」

貴方が彼女達のお母さんに言ったようにですか?

「!!」

「「?」」

 

僕が中野さんにだけ聞こえるように話すと、動揺した顔を見せた。

 

「君はその話をどこで?」

「中野さんも知ってるはずですよ、僕の近くにこの事を知ってる人がいることを」

「綾先生か…」

「この話を聞くと、僕は貴方の事を嫌いにはなれませんでした。とは言え、今回の話とは全然重みが違いますからね。比べようがありませんけど」

「そこまで言うのであれば、失敗した時の事を考えているのかね?」

「そうですねー、誰か一人でも赤点回避出来なかったら…僕は海外の親のところに行きますよ。学校を辞めて」

「「なっ!?」」

「貴方は自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」

 

僕の言葉に四葉はもちろん、中野さんも驚いたようだ。何故か後ろの方でガタッと動揺した音が聞こえたが、そう言えば風太郎と二乃が近くにいるんだっけ。

とは言え、一番反応したのは五月である。

 

「分かってるさ」

「貴方は、私の気持ちを知っていて、そんな事を…」

 

五月は途中から泣き出し、下を向いてしまった。

そこまで想ってくれてるとはね。

 

「別に行くと決まった訳じゃないさ。だって、君たちは赤点回避してくれるんでしょ?」

「え?」

 

僕が笑いながらそう尋ねると五月は顔を上げてくれた。

 

「もちろんです!やってやりますよー!頑張ろう、五月!」

 

四葉がそう言うと涙を拭い五月も宣言した。

 

「ええ!やってみせます!」

 

二人の誓いに満足していると、中野さんが席を立った。

 

「どうやら子どものわがままを聞くのが親の仕事らしい。そして、子どものわがままを叱るのも親の仕事。次はないよ」

 

そう言って立ち去ろうとしている中野さんに対して四葉が言葉を投げかけた。

 

「前の学校の時とは違うから」

「だね。あの時と違って一人じゃない。それに、君の心は比べ物にならないくらい成長している」

「直江さん…」

そうか、その話も君は……ふっ、僕も期待しているよ」

 

そう言葉を残して、今度こそ中野さんは立ち去った。その時の中野さんは笑っていたように思えた。

 

「行ったか」

「風太郎…」

「見てたのですか?」

 

中野さんと入れ違いで風太郎と二乃が合流した。

 

「想像通りの手強そうな親父さんだったな」

「そうね、あの人が言っていることは正しい。けど、あの人は正しさしか見てないんだわ」

 

中野さんはもう少し娘とのコミュニケーションを取った方がいいかもね。まあ、分からんでもないけど。

 

「それよりも!」

「ん?」

「あんた、学校辞めるって本気?」

 

僕に指を指しながら二乃はそう聞いてきた。

 

「四葉と五月にも言ったけど、辞めるって決まった訳じゃないよ。僕は君たちが赤点回避出来るって信じてるから」

「言ってくれるじゃない」

「風太郎も頑張ってね。僕は辞めるつもりないんだから」

「ふん!どうでもいいね!」

「上杉君!?」

 

何か言おうとしている五月を僕が制した。

 

「お前ら姉妹の事情も、家庭の事情も、前の学校も、和義の海外に行く条件もどうでもいいね!俺は俺のやりたいようにやる!この手でお前達を進級させる、そして全員揃って笑顔で卒業。それだけしか眼中にねぇ!」

「やっぱり頼もしいね、風太郎は」

 

そして風太郎から荷物を預かりそれぞれの家に帰宅するのだった。

帰った後、事の顛末を三人に話すと、三玖がさらに勉強に打ち込みだしたのはまた別の話である。

 

------------------------------------------------

そんなこんなで五月はやる気に満ちているのだ。

別に五月だけではない。他の姉妹だって表には出してないけど、赤点回避に向けて凄いやる気になっている。

 

「直江さん!ここが分からないのですが…」

「どれどれ…」

 

五月や三玖が一番やる気に満ちているように思っていたが、実は四葉が一番やる気に満ちている。

何でも、僕が中野さんに伝えた事が嬉しかったのでその恩返しの為だそうだ。

家庭教師が無く、風太郎が来ない日もこんな風に聞きに来ることが多い。

 

「四葉、凄いやる気だねぇ」

「ああ、やる気に関しては最初から一番だが、ここ最近は凄いな。成長も伺える。お前らもうかうかしていたら抜かれるんじゃないか?」

「ふん、私にも思うところがあんの。負けてられないわ」

「私だって…」

「……上杉君、次の質問良いですか?」

「おう!」

 

そんな感じで勉強は順調に進んでいた。

 

------------------------------------------------

~零奈side~

 

ある日、三玖は決意を胸に零奈に話しかけた。

 

「どうしたのですか?そんなに真剣な顔をして」

「レイナちゃんにお願いがあるの。チョコレート作り手伝ってほしくて…」

「え?チョコレートですか?ああ、バレンタインの?」

 

零奈の問いにコクンと三玖は頷いた。

 

「しかし、まだ一ヶ月以上は先ですよ?」

「私は料理がまだまだ得意ではないから、今から練習しないと駄目なの…」

「なるほど」

「後、レイナちゃんならカズヨシの好みを知っていると思って…」

「兄さんのですか……三玖さんは兄さんが好きなのですか?」

「えっ…?………うん…」

 

零奈の問いに対して恥ずかしそうに三玖は答えた。

 

「そうですか…」

(五月の次は三玖ですか。いえ、三玖はおそらく今の私と会った時から既に恋をしていたのでしょう…本当にあの人は人たらしですね。これは私も行動を起こした方が良いでしょうか…)

「レイナちゃん?」

「すみません。チョコレート作りの件は大丈夫ですよ。ちなみに、兄さんはチョコレート苦手です」

「え、そうなんだ…私と一緒…」

「まぁ、兄さんの場合は毎年貰いすぎて苦手になったんですけどね…」

「うわぁ~……なら作らない方がいいかな?」

「私も毎年あげてますから問題ないと思いますよ。ちなみにナッツ入りが兄さんの好みです。頑張りましょうね、三玖さん」

「うん…!」

 

こうしてバレンタインまでの間、零奈が三玖のチョコレート作りの手伝いをすることになったのだった。

 

 




投稿遅くなり申し訳ありません。
今回のお話ではマルオと和義を会わせてみました。
四葉の出番を取ってしまう形になってしまいましたが、ここでの登場はいい感じかなと思いまして。
そして、姉妹が赤点回避出来なかった時の条件をちょっと原作と変えてみました。

次回の投稿も少し遅れるかもしれません。ご了承いただければなによりです。


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58.母親と妹

「兄さん。明日の日曜日なのですが、付き合ってほしい場所があるのです」

 

ある日、零奈からそうお願いをされた。

 

「零奈からなんて珍しいね。う~ん、明日は家庭教師をするって風太郎が言ってたんだよねぇ」

「お願いします。試験に向けて忙しいとは分かっているのですが、どうしても明日付き合ってほしい場所があるんです」

 

そう言って頭を下げてくる零奈。

 

「ちょっ、そこまでしなくても良いって。本当に珍しいよね、零奈がそこまでするって。まあ、最近は皆調子良いみたいだし風太郎一人に任せて大丈夫でしょ。朝早いの?」

「ありがとうございます。10時くらいに出れれば問題ありません」

「OK!じゃあ、風太郎にも連絡しとくよ。そうだな、明日は図書館でお願いって言っとくか」

 

と言うわけで風太郎にはすぐに連絡して、『分かった』と連絡が返ってきた。

その後、ちょうどリビングにいた一花にも説明して姉妹からも了承を得ることが出来た。

 

------------------------------------------------

そして次の日。久しぶりに兄妹水入らずで出かけることになった。

行き先は教えてもらえず、零奈からは『すみません』と謝られるだけだった。

途中、花屋に寄り花を買ったので更に謎が増えてしまった。

 

「なぁ、零奈?この花必要なの?」

「ええ…」

「ふ~ん」

「もう着きますよ」

「え、ここって…」

 

零奈の案内で着いた場所は墓地であった。

 

「え?ちょっと零奈?本当にここ?」

「ええ。私も初めて来たのですが、場所は母さんに聞いたので間違いありません」

 

そう言いながらキョロキョロとお墓を探している。

 

「母さんに聞いたって。じゃあ母さんは来たことあるって事?」

 

先を歩く零奈に確認をした。

 

「父さんと母さん。二人は毎年来ています」

 

知らなかった。二人で出かけることが多いけど、お墓参りまでしてたなんて。

 

「てことは、今日は父さん達の代わりで?」

「それもありますが…父さん達は命日には必ず、時間が合えば月命日にも行かれているみたいです。ちなみに、今日は月命日です」

「え、そんなに細やかに?二人にとって付き合いが長い人ってことか…そんな人のお墓参りを僕達がしても良いのかな?」

「問題ありません。会ったことはないと思いますが、間接的に関わりのある人なので…」

 

母さんは普段ふざけている、と言うかノリで生活をしている傾向がある。けれど、人との繋がりを相当大事にしている。

自分が教えた生徒の中には、勇也さんみたいに連絡を未だにしている人が多くいるくらいだ。

この間の帰国時も色々な同窓会に顔を出していた。

そんな母さんを僕は誇りに思っている。まあ調子に乗るから、面と向かっては言わないけどね。

 

「ありました…」

 

そう言って一つのお墓の前で零奈が立ち止まる。

間接的に関わってるってことは、名字を見れば分かるのだろうか。

そんな思いでお墓を見ると目を見開く程驚いた。

 

「え?中野家って……」

「ええ、中野さん達のお母さんのお墓です。そして……」

 

そこで一陣の風が吹いた。

 

「私のお墓でもあります」

「………………は?」

 

零奈が何を言っているのかが分からず、僕はその場で固まってしまった。

そんな僕を無視するかのように、買ってきた花を添えて零奈はお墓の前でしゃがみこみ手を合わせ、目を瞑っていた。

 

「どうやらここに来ても消えないみたいですね。少し安心しました…」

 

目を開け一人呟いている零奈。

しかし、僕には状況が付いていけなかった。

 

「兄さん。説明しますから、その前に手を合わせてくれませんか?」

「……分かった」

 

零奈に言われるがまま、お墓の前でしゃがみこみ手を合わせて目を瞑った。

そんな僕の横に立ち、零奈はポツリと話し出した。

 

「今からお話しすることは、現実的ではなく信じられないかもしれません。しかし、どうか最後まで聞いてください」

 

僕は沈黙で肯定と返事をした。

 

「私には二つの記憶があるのです。一つはもちろん直江零奈(なおえれいな)としての記憶。そしてもう一つが…………中野零奈(なかのれな)。つまり、一花、二乃、三玖、四葉、五月。彼女達五人の母としての記憶です…」

「え?」

 

とんでもないことを口にした零奈。目を開け零奈を見ると、真剣な表情でお墓を見ている姿があった。

それだけでふざけた事を言っていない事がわかる。と言うよりも、零奈はこんな所でふざけるような子じゃないことくらい分かっていた。

 

「……五月から聞いた話だと、皆が小学校6年生の時にお母さんは亡くなったって…いつから、零奈(れな)さんとしての記憶があったの?」

 

僕は立ち上がり、零奈同様お墓をまっすぐ見ながら聞いてみた。

 

「……2才の誕生日からです」

 

マジか。

待てよ。たしか零奈の誕生日って8月14日。

そして今日が月命日ってことは。

 

「命日ってもしかして…」

「ええ、兄さん…いえ、和義さんの想像通り、8月14日です」

 

と言うことは、意識がなくなったと同時に零奈の記憶に交ざったってことになるよな。

 

「混乱しなかったの?」

「ふふ…最初は混乱しましたよ。死んだと思ったら目を開けれるんですもの。そして、周りを見ると直江先生と綾先生がいらっしゃる、とても頭が追い付きませんでした。って、私の話を信じてくれるのですか?」

「まあ、若干信じられないって気持ちもあるけどね。でも、その言葉使いと言い、大人顔負けの知識力と言い、条件が揃ってるし。それに……」

「それに?」

「中野姉妹に会ってからでしょ。何か雰囲気が変わったのって。そりゃあ、自分の娘の前では変わるよね」

 

と言うことは、中野姉妹に最初に会った花火大会の日。あの時泣いていたのは、成長した自分の娘達に会えたからか。

そりゃあ、泣くわな。

 

「綾先生と言い、本当に観察力が素晴らしいですね」

「いや、母さんには負けるよ」

「そうですね。もう少し、女性の気持ちに機敏になった方が良いかもですね」

「む~…」

 

その時。

 

コツコツ

 

誰かがこちらに来ているようだ。足音の方に目をやると、見知った顔があった。

 

「え、和義君にレイナちゃん?なぜここに?」

 

五月である。どうやら真面目な五月は律儀に月命日のお参りに来ているようだ。

 

「あー…母さんに頼まれたんだよ。娘さんをお預かりします、と挨拶しときなさいってね」

「それならそうと言っていただければ、皆も来たと思いますよ」

 

そう言いながら自分で用意した花をお墓に添えている。

 

「悪い。まさか月命日に来るとは思わなくってね」

「そうですね…」

 

そして、五月はしゃがみこみ手を合わせて目を瞑った。

 

「私はいつもここに来てはお母さんに問いかけているのです。私はお母さんのようになれるのでしょうか、と…」

「……」

 

立ち上がりながら五月は話すが、零奈は黙って聞いていた。

 

「お、今日は千客万来だね。珍しいもんだ」

 

さらにお参りに来た人がいた。

誰だろう。結構若いように見えるけど。

 

「えっと…初めまして…」

 

五月がお参りに来た女性に挨拶をしたのだが、その女性は五月を見るなりこう答えた。

 

「うげっ…先生…?」

相変わらず失礼な人です

 

そんな反応をする女性に対して、零奈は僕にしか聞こえない声でそう反応した。

 

------------------------------------------------

「わっはっは、悪ぃ悪ぃ。お嬢ちゃんがあまりに先生にクリソツだったから間違えちまった。よく考えたらとっくの昔に先生は死んでたわ。おっと、娘さんの前で言うことじゃねぇな。許してくれ。昔から口が悪くて、先生に叱られたもんだ」

 

先ほど会った女性とREVIVALに来ている。僕と五月、その間に零奈が座って、その向かいに先ほどの女性、下田さんが座っている。

零奈に目線で『そうなの?』と送ると、コクンと頷いた。

まあ、生徒にも色々といるよね。

 

「しっかし、零奈(れな)先生だけじゃなく綾先生のお子さんとも会えるとはねぇ。いやー、世間は狭いもんだ。ここで会ったのも何かの縁だ、先生達の恩返しで好きなだけケーキを奢ってやるよ」

「好きなだけ…」

「五月」

「はっ…!大丈夫です、ちゃんと弁えてます」

 

好きなだけという言葉に五月は目を輝かせていたので一応声をかけといた。

 

「何だ?遠慮すんな。ここのケーキ屋はうめぇぞ、店長はちょっと感じ悪いけどな!」

「味が良いのは知ってますよ。先日、ヘルプで働いたので」

「へぇ~、そうなのか」

 

僕が心配してるのは貴方のお財布の中身です、なんて言えるわけがないな。

それぞれが注文したところで五月が切り出した。

 

「あの…下田さんはお母さんの…」

「元教え子だな!お母ちゃんには何度ゲンコツを貰ったか覚えてないね!ちなみに、綾先生についても元教え子だな!あの人は今と全然変わらないねぇ。つーか、見た目も全然変わってねぇから逆にこえーけどな」

 

同意する意味で僕達兄妹は頷いた。

 

「あの…お母さんがどんな人だったのか教えていただけませんか?」

「覚えてないのか?五年前だから…結構大きかったろ?」

「ええ、そうなのですが…私は家庭でのお母さんしか知りません。お母さんが先生としてどんな仕事をしていたのか知りたいのです」

「ふ~ん、まあ聞きてえならいくらでも話してやるよ。そうだなぁ、愛想も悪く生徒にも媚びない。学校であの人が笑ったところを一度も見たことがなかったな」

「え、そうなんですかっ?」

「ん?あ、ああ…」

 

下田さんの話には驚いた。確かに零奈も感情が多い方ではないが、家では結構笑ってると思うからだ。チラッと零奈を見るが、我関せずでケーキを食べている。

 

「はは…さぞ生徒さんには怖がられていたのでしょうね…」

 

苦笑いで五月が答える。

 

「いーや…それが違うんだよなぁ…どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも許されてしまう。愛されてしまう。慕われてしまう。先生はそれほどまでに…めちゃ美人だった!」

「…!めちゃ美人…!」

「へぇ~…」

 

ニヤリと笑いながら零奈を見る。

 

「何ですか?私には関係ないお話しです」

「いや、興味あるのかなぁと」

「むっ?和義君は興味があるのですか?」

「まあ、皆のお母さんだし」

「そうですか…」

 

何かホッとしたような顔の五月。

 

「ただでさえ新卒の、年の近い女教師。そして美人。それだけで、同学年のみならず、学校中の男子生徒はメロメロよ」

「メ…メロメロですか…」

「ちなみに、綾先生もあの容姿にあの性格。零奈(れな)先生とは同期だったけど、二大巨頭で人気だったぜぇ。太陽の綾に月の零奈(れな)ってね」

「太陽ねぇ…」

 

まあ、太陽のように明るい性格してるからな母さんは。

じゃあ、その二大巨頭が今は家族としてうちにいるのか。凄いな。

 

「先ほどから何ですかこちらを見て」

「いや、零奈も美人になるんだろうなって」

「…兄さんとしては、美人になった方が嬉しいですか?」

「う~ん、微妙な気持ちだね」

「何故だい?自分の妹が美人だと嬉しいもんだろ?」

「そりゃあ、嬉しいですけど…変な虫が付かないか心配です」

「あー…あんたはやっぱり綾先生の息子だよ…」

 

嬉しいような悲しいような気持ちだ。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。兄さん以外の男の人に興味ありませんから」

「ひゅ~、言うねぇ。あんた本当に小学生かい?」

「むむむ…」

 

ケーキを食べながらとんでもないことを言うなうちの妹は。とは言え、中身は五つ子達のお母さんである零奈(れな)さんである訳だしで。ヤバい混乱してきた。

 

「とは言え、お嬢ちゃんも先生似だしいけるんじゃねーか?なあ?」

 

下田さんは五月に言った後、僕に同意を求めてきた。

 

「わ、私なんてそんな…!」

 

と言いつつも僕の方をチラッと見てくる。

 

「そうですね、今でも可愛いですし。将来は美人になるんじゃないですか?」

「はあー…そんな恥ずかしいことを、よくもまあ言えたもんだ」

「……えへへ…」

 

五月にとっては正解だったようだ。でも…

 

ギュウーッ

 

零奈がテーブルの下で僕の足を摘まんで引っ張っている。何気にそれ痛いから止めてほしいのだが。

 

「でだ。ファンクラブもあったくらいだ。とにかく女の私でさえ惚れちまう美しさだった訳だが、あの無表情から繰り出される鉄拳には私ら不良でも恐れおののいたもんだ。まさに鬼教師!」

「なるほど…」

 

ギュウーッ

 

だから摘ままないで。痛いです。

 

「だがその中にも先生の信念みたいなもの感じちまって、いつしか見た目以上に惚れちまってたよ。結局一年間怒られた記憶しかねぇ。ただあの一年がなければ…教師に憧れて、塾講師になんてなってねーだろうな」

 

五月はその言葉を聞いて、ポーっと顔を赤らめている。

零奈は目を瞑り紅茶を飲んでいた。しかし、その口元は笑っているように見える。

 

「いい話ですね」

「私としたことがらしくねぇな」

 

下田さんは頭を掻きながらそう呟くが、笑顔で言っているので本当の気持ちなのだろう。

 

「下田さんの話が聞けて踏ん切りがつきました」

 

そう言って五月は、鞄から一枚の紙とペンを取り出した。

どうやら進路希望調査のようだ。

 

「下田さんのように、お母さんみたいになれるのなら…やはり私はこれしかありません」

 

そう言いながら進路希望を書こうとする。しかし、

 

カチンッ

 

下田さんのフォークによりそれは遮られた。

凄いな、フォークの持ち手で書こうとしたペンの先をブロックするなんて。

 

「え」

「ちょいと待ちな。母親に憧れるのは結構。憧れの人のようになろうとするのも決して悪いことじゃない。私だってそうだしな。だが…お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないのかい?」

「!」

「なりたいだけなら他にも手はあるさ。とは言え、人の夢に口出しする権利は誰にもねぇ。生徒に勉強を教えるのもやりがいがあって良い仕事だよ。目指すといいさ……『先生』になりたい理由があるならな」

「私は…」

 

そこで五月は何も言い返すことが出来なかった。

結局そこでお開きとなり、連絡先の交換をして下田さんと別れた。

店を出るときの注文書を見たときの下田さん可愛そうだったなぁ。

弁えてあの量なのだからこっちも驚きだ。

 

家に帰る途中も五月は何かを考えているのかずっと静かだった。

 

「何か言ってあげないの?ほら親として」

 

五月は僕達の前を歩いていたので、零奈にだけ聞こえるように聞いてみた。

 

「何ですか急に…まぁ、今は自分なりに考えた方が良いと思いますよ。兄さんもそう思ってるから話し掛けないのでしょう?」

「まあね…」

 

甘えて良いとは言っている。しかし、甘やかすとは思っていない。

五月は今、自分なりに一生懸命考えてるんだ。なら、それを見守ろうと思うのだった。

 

------------------------------------------------

その日の夜。零奈が僕の部屋にやってきた。

どうやら昼に話していた事でまだあるようだ。

 

「そう言えば、今更だけど僕の話し方はこのままでいいよね?」

「本当に今更ですね。問題ありませんよ。むしろ敬語で話されると、私が怒ります」

 

ベッドに二人腰掛けそんな会話から始まった。

 

「それで?何で今のタイミングで僕に明かしたの?」

「そうですね…本来であれば明かすつもりはありませんでした」

「まあ、そうだよね」

「しかし、事情が変わりましたので…」

「事情?」

「ええ、あの娘達が私達兄妹の前に現れましたので」

「ん?」

「あの娘達と関わり合った事で兄さんの気持ちに変化がありました。今では恋について考えるようになりましたしね」

「まあ…今でもあまり分かってないけどね。それがどう関係してるの?」

 

僕の質問に対して間が空いた。

 

「私は以前から言っています。兄さんが好きだと」

「ああ、そうだね。兄妹として…」

「いいえ」

 

僕の言葉を被せるように零奈が答える。

 

「昼間にお伝えしたはずです。私には零奈(れな)としての記憶があると。つまり体は子どもでも心は大人。そんな私が、あなたの近くにいて惹かれないはずがないじゃないですか、五月があなたに惹かれたように…」

「え、じゃあ…」

 

そこで零奈は立ち上がり、僕の正面に立ち、僕を真っ直ぐ見て答えた。

 

「私は、一人の女性として、直江和義という男性が好きです。あなたの優しいところ、頼りになるところ、聡明なところ、それにたまに意地悪なところも。あなたの全てが私は好きなんです」

「……」

 

僕は零奈から目をそらさず黙って聞いていた。

 

「こんな事を言えば、今まで通り兄妹として生活していくことが出来なくなる事も承知のうえです。ただの妹として見られる事で終わるよりよっぽどましです。親子とは言え、娘に譲る気はありません!」

「でも僕達が兄妹であることには変わらないんだよ?」

「問題ありません。母さん…綾先生の了承も取れてます」

「あの親はー…」

 

僕は頭を抱えて下を向いてしまった。

 

「直ぐに返事がほしいとは言いません。しかし、私もあなたの恋人候補として入れていただけないでしょうか?」

 

顔を上げ零奈を見ると、気丈に振る舞ってはいるが今にも泣き出しそうな顔でこちらを真っ直ぐ見ていることが分かる。

ずっと近くで見てきたのだ、それくらい察知するのなんて容易である。

 

「………分かった」

 

そう返事をすると、零奈は今まで見たことがないくらいな笑顔になっていた。我慢していたであろう涙も流れている。

 

「ただし!公平に行くからね。妹びいきとかはしないから」

「ええ、もちろんです!私を一人の女として見てくれるだけでも嬉しく思います」

 

そう言いながら僕の胸に飛び込んできた。

 

「ちょいちょい、何で抱きついてくるの?」

「嬉しかったので仕方がありません。駄目ですか…?」

 

上目遣いでこちらを見てくる。中身に零奈(れな)さんの記憶があると分かっていてもこの顔を見てしまうと許してしまう自分が憎い。

 

「はぁ…分かったよ。全くどこが鉄仮面だよ…」

「ふふっ、だってそれは零奈(れな)としての私の姿なのです。今の私は直江零奈(なおえれいな)。直江家で育ってきた女の子なのですから!」

 

屈託ない笑顔でそう僕に言う零奈なのであった。

 

 




お待たせして申し訳ありませんでした。私生活が忙しすぎて中々投稿できませんでした。。。

早いかもしれませんが、零奈の正体を和義に明かしました。そして自分の気持ちも。
五月の告白に三玖のバレンタインチョコ作りが続いたので、抑えられない気持ちから自分の事を明かさせていただきました。

そして下田さんも登場です。五等分の花嫁はサブキャラも個性があって良いですよね。

和義争奪戦(?)に零奈が参加する事でどんな展開になるのか考えるのが大変ですが頑張らさせていただきます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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59.気分転換

『はぁ~い。もう、和義から電話なんてどうしたの?もしかして寂しくなっちゃった?』

 

深夜。

母さんに電話したのだが間違ったかもしれないと考えてしまう。

 

「切るよ?」

『もうー、兄妹揃ってお母さんを泣かせるのが流行ってるのかなぁ…』

「そう思うなら普通に出てくれない?」

『分かったわよ……それで?どうしたの?』

 

いきなり真面目になる時があるので接し方に困る。

 

「零奈の事だよ…心当たりあるでしょ?」

『ふーむ…告白でもされた?』

「うっ…」

『あらー、あの子も中々やるのねぇ』

「焚き付けた本人が何言ってんの?」

『あら、私は背中を押してあげただけよ………ねぇ、零奈(れな)先生の事はどこまで知ってるの?』

「ん?そんなに知らないよ。月命日のお参りに行った時にたまたま下田さんと会って、その時にどんな教師だったかを教えてもらえたけど」

『あの子も面白いよねぇ…じゃあ、零奈(れな)先生の元旦那さんについては知ってる?』

「確か、お腹の中に五つ子がいると知った途端に失踪したんだっけ?」

『へぇー、零奈ちゃんから教えてもらったの?』

「いや、姉妹の一人から教えてもらったんだよ」

『おやおや、随分と信頼されてるわね?まさかその娘からも告白されてたりして』

「…………」

『わお!誰?誰から告白されたの?』

「それは今いいでしょう。今は零奈の事だよ」

『はいはい。元旦那さんの事を知ってるのなら話が早いわね。あの人は零奈(れな)先生の元教師だった人なのよ』

「なっ…!?」

 

衝撃的な事を聞かされた。じゃあ、五つ子の父親は元教え子と結ばれ、五つ子と知るや否や失踪したのか。

 

零奈(れな)先生はね…学生の頃からその人の事を憧れ、そして恋に落ちた。そして、零奈(れな)先生が教師として初めて赴任したところにその人がいて、想いを告げ二人は結ばれた。そして、二人の愛の結晶が零奈(れな)先生のお腹の中に宿った。最初は二人で大喜びだったのよ。ちなみに、私にも和義がお腹に宿ってたから、皆でお祝いしたわ…あの頃は本当に楽しかったなぁ…』

 

その頃の事を懐かしみながら話す母さんの言葉には、少しだけ寂しさを感じられた。

 

『後は貴方が知っている通り。五つ子だと知った後姿を消した…多分、育てていく自信が無かったのでしょうね…相談してくれれば、少しでも助けてあげたのに…でも、私達家族もお父さんの転勤があって引っ越す事になったから、あまり人の事は言えないわね』

「そんな事ないでしょ」

『ありがとう……引っ越しの後も連絡は頻繁に取ってたんだけどね。場所が場所なだけあったからね、あまり助けることが出来なかったんだ。でも、マルオ君が体調を崩した零奈(れな)先生を献身的に支えてくれたから少しは安心してたんだ。ってこの話は前にしたね』

 

そうなのだ。以前、母さんに中野さんはどんな人なのか聞いたことがあり、その時に五つ子のお母さん、つまり零奈(れな)さんの事を気にかけていたこと。体調を崩し入院する度に、きっと病気は治ると伝え続けていたことを聞かされていた。

それほどまでに、中野さんは零奈(れな)さんを愛していたのだろう。

だからこそ、彼女の残した娘達をここまで立派に成長させたのだと思ってしまった。自分は最愛の人を病気から救うことが出来なかった強い悲しみがあったにも関わらず…

根は優しいが、それを伝えることが下手。まるで風太郎みたいだ。

だからこそ、彼の事を嫌いになれなかった。

 

『献身的なマルオ君の行動がようやく実を結んで、零奈(れな)先生も彼に心惹かれたと思った時には、彼女の体が限界だった…だからこそ、次の人生では彼女の恋を応援してあげようと思ったのよ』

「でも、血の繋がった兄妹だよ?」

『良いじゃない!ロマンチックで』

「あのねぇ…」

『零奈ちゃんの恋は応援するわ。けど、和義に無理強いはさせない。貴方は自分で考えて、本当に好きになった人と結ばれなさい。ただ、その選択肢の中にあの子を入れてあげて…お願い…』

 

多分、母さんは今頭を下げながら電話をしてるのだろう。そんな光景が容易に想像できる。

 

「……分かったよ。零奈にもその事は伝えてる。もし、零奈を選ばなくても恨まないでね」

『もちろんよ!』

 

その後軽く世間話をして、そこで電話を切った。

そして、カーテンを開け夜空を見上げた。今日は天気が良く星もちらほらと見える。

 

「五月…零奈…」

 

想いを伝えられた人の名前を口に出す。まあ、四葉にも好きと言われたが、あれは風太郎に対する想いとは違うように思える。五月の言葉を借りれば、姉妹に対する好きが僕にもあるといった感じだ。

五月はまだ自分の気持ちが分かっていないと言っているが、告白後の彼女を見れば何となく分かってくる。自意識過剰でなければ、彼女も僕に対して恋をしてるのだろう。

 

僕にはまだ異性を好きになる気持ちが分かっていない。もちろん、五つ子全員と零奈の事は好きだ。けど、この好きは友人として、家族として一緒にいて楽しく思える好きだ。

 

「まだ試験で問題を解いてる方が楽だよ」

 

机の上の勉強途中の光景を見ながらそう呟くのだった。

 

------------------------------------------------

2月になり、試験まで一ヶ月を切ったある土曜日。

今日も勉強に励んでいるのだが…

 

「ここでは作者の気持ちを答えるというより、読者のお前らが感じたことを書くわけであって……」

 

風太郎が皆の前で力説をしているが、当の五つ子達が全員行き詰まっている。

これは問題を解く以前のような感じだが。

風太郎は何かを考えているようだが、どうせろくでもない事を考えてるのだろう。

 

「よく分からないけど、失礼なことを言われてる気がするわ」

「二乃に同意」

「むっ…!」

「…と言うか、問題を解く以前に…皆集中力の限界だよねぇ…」

 

やはりか。

 

「連日勉強漬けですからね…」

「わ、私はまだ出来るよっ!」

 

あまりやり過ぎは良くないと思って、家庭教師で風太郎が来た日の夜は自由時間を設けてあげてるけど、元々が勉強に苦手意識を持っていたのだ。こうも連日勉強をしてたら気が滅入るだろう。

 

「はい、皆さん差し入れですよ。兄さんの特製クッキーです」

「わぁー、ありがとうございます!」

「いつの間に作ってたのよ」

「皆が自習してた時にね」

「う~ん、相変わらずカズヨシ君の作るお菓子は美味しいね。紅茶と良く合うよ」

「うん、甘さも丁度いい…」

「直江さん、いつもありがとうございます!」

「むむむ…」

 

五つ子は皆クッキーに夢中であるが、風太郎は何やら本を読みながら唸っている。

 

「あれ、何読んでんの?」

「ああ、『良い教師になる為のいろは』って本だよ。この間たまたま書店で会ってね。いつもお世話になってるお礼で買ってあげたんだ」

「へぇ~、あの風太郎がねぇ…」

 

まさか試験に関係ない本を読んでるなんて、それだけこの娘達と向き合っていく気になったってことか。

 

『この手でお前達を進級させる、そして全員揃って笑顔で卒業。それだけしか眼中にねぇ!』

 

先日の中野さんと五月が話していたコーヒーショップで風太郎が口にした言葉。これは今でも覚えている。

笑顔で卒業か…

その時、ついこの間学校の教師に勧められた()()()が頭を過った。

そんな時だ。風太郎から予想だにしない事が提案された。

 

「明日、一日だけオフにしよう」

 

------------------------------------------------

次の日。僕達は電車に揺られ、遊園地まで来ていた。

 

「ふふ、オフの行き先が遊園地だなんて、フータロー君もベタだねぇ」

「他に行きたいとこあったなら言えよ」

「良いんじゃないかな。気分転換には」

「ですね。私達も久方ぶりなので楽しみです」

「お母さんに連れていってもらった以来かしら」

「…」

「ん?四葉、どうかした?」

「い、いえ!久しぶりだなぁと思いまして」

 

テンションが高くなっている他の姉妹と違い、どこか上の空の四葉に声をかけたがその返事もどこか元気がなく違和感を覚えた。

 

「私達も久しぶりですね兄さん」

「そうだね。父さん達も忙しいから仕方ないけどね」

 

手を繋いでいる零奈もいつもより浮き足立っているように思える。

 

「ねぇ、カズヨシ。どこから回る?」

「そうだな…なるべく零奈が乗れるアトラクションから回ろうかと考えてるよ」

「ならメリーゴーランドとかどうかな?」

「うん、良いんじゃないかな」

「お前ら、今日だけは勉強の事を忘れることを許そう。思う存分羽を伸ばせ」

 

風太郎の言葉で遊園地巡りがスタートした。

皆、思い思いのアトラクションで楽しんでいた。絶叫系やお化け屋敷、メリーゴーランドなどなど。

零奈も楽しんでいるようで、今は二乃と三玖の二人と手を繋いで歩きながら雑談をしている。

普段であれば五月と一緒にいるのだが、その五月は絶叫系にハマっており、それらのアトラクションは身長制限で零奈が乗れないため、別行動を余儀なくされている。

ちなみに、その五月の相手は一花が努めているがそろそろ体力の限界のようだ。

 

「次はあれに乗りましょう!」

「五月ちゃんちょっと待って...」

「五月元気だねぇ。あの一花が疲れ果ててるよ」

「レイナちゃんは疲れてない?」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます、三玖さん」

「元気と言えば、四葉は今日静かだね。いつの間にかいなくなってるし」

「本当ね。どこいったのかしら?」

 

そんな話をしていると三玖の携帯に着信があったようだ。

 

「おなか痛いからトイレだって」

「なぜ直接言わない」

「風太郎...もう少しデリカシーについて学ぼうか...」

 

そう風太郎にツッコミながら観覧車の方に目線が行った。

あいつは...

 

「三玖。零奈の事お願いね。僕もちょっとお手洗いに行ってくるよ」

「ん...任せといて」

「風太郎も行こうよ」

「何故だ?」

「いいじゃん。たまには男同士でさぁ」

「分かった分かった」

 

肩に腕を回しながら言うと承諾を得られた。

 

「あんたらの仲良しこよしを見せられても、私達には何も得がないからさっさと行ってきなさい」

 

二乃にそんな事を言われながら送り出された。

 

「ん?おいトイレに行くんじゃないのか?」

「風太郎あれ」

 

そう言って観覧車の一つのゴンドラを指さした。

 

「あれは...」

「て事で、風太郎よろしく!」

「は?」

 

風太郎の肩に手を置いて伝えると、自分が任されるとは思わなかったのか驚いた顔で僕を見た。

 

「いやいや、お前が行った方が良いだろ」

「何言ってんの。家庭教師としての真価が問われるときだよ。ほら、もう着いちゃうよ」

「分かったよ…ったく」

 

ブツブツと文句を言いながら観覧車に向かっていく風太郎。

確かに僕が行っても良かったけど、今の四葉に必要なのは風太郎だと思う。

 

「頑張れよ風太郎」

 

二人が、風太郎と四葉が乗ったゴンドラがまた上っていくのを見ながら、そう呟くのだった。

 

------------------------------------------------

そして次の日。

今日も今日とて家庭教師の為風太郎がうちに来ていた。

そこで風太郎はある提案を出した。

 

「これからは全員が家庭教師だ」

「え?どういう事?」

 

風太郎の提案に一花が反応した。

 

「もしかして、自分の得意科目を他の姉妹に教えていくってこと?」

「流石だな和義!そうだ。俺や和義が教えることが出来ない時間帯があるはずだが、そんな時にお互いに高め合ってくれ。そうして全員の学力を一科目ずつ引き上げるぞ!」

「うん、いいんじゃないかな。人に教えることで自分の学力向上にも繋がるしでメリットも多いと思うよ。それに五つ子同士だから感じたままを言えばきっと伝わるでしょ」

「あんた五つ子の力を過信しすぎよ」

「でも何となくできるような気がする...」

「.....」

 

何かを考えている五月の頭をポンッと叩きながら皆に伝えた。

 

「ま、物は試しだよ。頑張って行ってみよう。ね?」

 

五月の頭に手を置いたまま同意を求めてみた。

 

「はい!やってみます」

「うん!」

「こほんっ」

 

そこで零奈が咳ばらいをした。

 

「カズヨシ、いつまで五月の頭に手を置いてるの...?」

「え?」

「え?じゃないわよ!さっさと離れなさい!」

「おっと...ごめんね五月」

あっ...いえ...」

 

頭から手を離し五月から離れるとき、少し残念そうな声が聞こえたような気がしたが零奈の目が怖かったので気にすることができなかった。

 

「とにかく、赤点回避に向かって全員で挑んでいくぞ!」

 

そんな風太郎の声が部屋に響いていた。

 

 




最新話、ようやく投稿できました。遅くなり申し訳ありません。

今回は、零奈先生の元旦那さんの話を出しましたが、あえて名前は出しませんでした。
和義に知られるのはまだ早いかなと感じましたので。
そして、和義が生まれてすぐに直江家は引っ越しをしていた訳ですが、その辺りのお話も後々に書こうと思っています。

和義が教師から提案があったある事。これについては、もう想像が出来ている人がいるかもしれませんが、あまり遠くないお話で出そうと思います。

次回はあのイベントに入ろうかと思いますので、次回投稿までお待ちいただければ幸いです。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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60.準備 前編

翌週の土曜の夜。

自分の部屋で勉強をしているとメッセージが来た。

珍しく四葉からである。

 

『明日のジョギングの時に相談したいことがあるので、少し早めに出ませんか?』

 

この間の遊園地の時の元気がない原因については風太郎が解決したからまた別の事だろうか。

ちなみに、その時の四葉は自分が一番成績が悪いのを気にしており、勉強をしなければという気持ちで楽しめておらず、また観覧車の中で一人勉強をしていたようだ。

そこで風太郎が例の皆で家庭教師案を思いつき四葉を励ました。

後、前の学校での落第の件も話したそうだ。

相談事はとりあえず聞いてみないと分からないし、早めに出る事には問題ない。

 

『良いよ』

『ありがとうございます!では、1時間ほど早くでお願いします』

『了解!』

 

さてさて、どういった内容なのだろうか。

 

------------------------------------------------

翌日。

少し早めにジョギングに出て、いつもの高台にある公園に着いたので水分補給で休憩することにした。

ここまで来る中では特に四葉に変わったところはないように思える。

 

「はい、四葉の分」

「いつもありがとうございます!」

 

近くの自販機でスポーツドリンクを買ってベンチに座っている四葉に渡した。

そしてその隣に座り自分の分を飲んだ。

 

「ふぅ-...で、相談って何かな?」

「えっと...もうすぐバレンタインじゃないですか...それで、今年は頑張ってみようかなと思いまして...」

「あぁ-、そう言えば今週だっけ?ふむ、それで僕はどうすればいいのかな?」

「その-、手作りのチョコを渡したいなと思いまして...風太郎君に...」

「良いんじゃない。それで、そのチョコ作りを手伝ってほしいと?」

「はい」

 

そのくらいなら全然問題ない。ただ、どこで作るかが問題である。

うちで作ってもいいが、他の姉妹が怪しむだろうしな。

 

「ふ~む、手伝うのは良いんだけど場所がなぁ...」

「ですよねぇ」

 

そこである人が頭を過ぎった。

 

「ダメ元で頼んでみるか...ちょっと電話するね」

「はい」

 

そして、そのある人に電話をした。

 

------------------------------------------------

「お前さんの図々しさは綾先生並みだねぇ。いきなり電話してきたと思えば台所を貸してほしいとはねぇ」

 

先ほど家の台所を貸してほしいと電話して、了承をもらえた下田さんの家まで来たらその言葉で出迎えられた。

 

「いや-、助かりました。材料は買ってきましたので」

「えっと...初めまして!中野四葉です!」

 

玄関で四葉はそう言って頭を下げた。

 

「その男から聞いてるかもだが、お前さんのお母さんの元教え子の下田だ。ま、固くならんでくれ」

「その男は止めてくださいよ」

「んあ?そうだなぁ、さすがに直江と呼ぶのは気が引けるから和義でいいかい?」

「ええ、構いませんよ。じゃ、お邪魔します」

 

そう言って玄関からキッチンに向かう。四葉もそれに続く。

 

「しっかし、五つ子ってのは知ってたが、本当にそっくりだな」

「でしょう?最初は見分けるのに苦労したんですから...」

「え?そうなんですか?直ぐに見分けれていたので、全然苦労してないと思ってました」

「あれは髪飾りとか特徴的なもので見分けていたからね。苦労してたのは本当だよ。風太郎の前だったから、苦労しているところを表に出さないようにしてたんだよ」

「へぇ~...」

 

そんな話をしながらも準備をしていく。

 

「そうだ。下田さんは何時くらいに出るんですか?なんだったらお昼も作りますよ?」

「お、そりゃ助かるねぇ。二時くらいに出れればいいから頼めるかい?」

「了解です。じゃあ四葉始めようか」

「はい!お願いします!」

 

四葉は敬礼をして返事をする。

 

「今回はチョコラスクを作ってみようと思ってね。ラスク部分はこれを使う」

 

そこで取り出したのは、

 

「フランスパンですか?」

「ああ、一から作ってたら手間だからね。じゃあ、このフランスパンを一センチくらいに切り分けてもらえる?」

「はい!」

 

そう返事して包丁を使っているが特に問題なく使えている。まあ、僕や二乃程ではないけど昔の三玖よりは明らかに器用だ。

 

「包丁普通に使えているみたいだけど、なんで料理しないの?」

「えっと...どうも私って感覚で分量を量っちゃうところがあるみたいで。そこを指摘されてからはずっと二乃が料理してます。この間のおにぎりとかだったら、私でもたまに作りますけどね」

「ふぅ~ん...」

 

まあ、料理に慣れてくれば感覚で作るのはいいかもしれないが、初めて作るような料理でも感覚で作るのはやめた方がいいかもしれないからね。

そんな会話をしながら作っていたが、今はオーブンで焼くところまで進んだ。

四葉はオーブンの中をジッと見ている。その姿は可愛いものだ。

 

「さてと、今の間にお昼ご飯の準備に取り掛かりますか」

「しかし、お前さんの手際は半端ないな。この間ヘルプで働いたと言っていたが頷けるよ」

 

キッチンを覗き込みながら下田さんが感想を言ってきた。

 

「これくらい毎日料理していれば身に付きますよ。まあ、料理は趣味でもありますし」

「お前さんを他の一般人と同じベクトルで測るんじゃないよ」

 

何故か呆れられてしまった。

その時丁度焼きあがる時間のタイマーが鳴った。

 

「直江さん、取り出してもいいですか?」

「いいけど、火傷しないように注意してね」

「は、はい!」

 

そう言って、四葉はオーブンの扉を開けて中身を取り出した。

その瞬間チョコレートの甘い匂いが一面に立ち込めた。

 

「うわぁー、いい香りです!」

「だなぁ」

「うん!いい感じだね。じゃあ、裏面も焼くからフライパン返しで裏返しにしたら同じ時間でオーブンで焼こうか」

「はい!」

 

出来上がりが良かったからか、四葉はご機嫌な顔でラスクを次々に裏返していった。

この顔を風太郎のやつに見せてやりたい。風太郎を好きになった娘がこんないい娘で良かった。そう思っていると下田さんが話しかけてきた。

 

「今のあんたの顔は綾先生そっくりだねぇ。生徒を優しい顔で見るあの顔に...うん、いい顔だ!」

「え、そうですか?」

「ははは、綾先生が自慢するだけはあるよ。どうだい?もし興味があるなら私の勤め先の塾でバイトやってみる気はないかい?もちろんこの間の五月ちゃんも誘ってもらって構わないよ」

「考えときます。今は五つ子達の勉強を見ることしか考えていないので」

「そうかい。気が向いたら連絡しな」

「ええ」

 

そんな話をしている脇では四葉がまたオーブンにラスクを入れて、またそれをジッと見ている。ニコニコしながら。

 

後は冷蔵庫で冷やすだけになったので、その間に僕の作ったお昼ご飯を皆で食べることになった。

零奈にはお昼は四葉と知り合いの塾講師の家で食べてくると前もって伝えているので問題はないだろう。

ちなみに、どうやら三玖以外の姉妹もどこかに出かけているようだ。

お昼を食べた後には、「ホワイトチョコ&ドライイチゴ」と「ビターチョコ&アーモンドクランチ」も作ってみた。

どれも美味しそうに作れて良かったな。

 

------------------------------------------------

~二乃side~

 

和義と四葉がジョギングに出た頃、二乃の携帯にメッセージが届いた。

 

(綾さん?何だろう...)

 

若干の不安を抱きながら二乃はメッセージを開いた。

 

『二乃ちゃんの気持ちはその後どんな感じかな?もしバレンタインチョコを作るのなら、私の知り合いにお願いして場所の提供できるけど』

 

二乃は以前から個人で綾とメッセージの交換をしていた。

その時に恋愛相談的なことをしていたのだ。

ある人の事を目で追ってしまう。その人が他の姉妹を含む女性と仲良くしているのを見ると嫌な気持ちになってしまう、などだ。

そうすると綾から返事が返ってきた。

 

『二乃ちゃんはきっと恋をしてるんだね。だけど、もしかしたら無意識にそれを拒んでるのかもしれないね。どうかな?今度のバレンタインでチョコを渡すだけでもいいんじゃない?お世話になってますって』

 

綾はもしかしたら相手の事を知っているかもしれないが、敢えて聞いてこなかった。

それが少し嬉しく二乃は思っている。

 

(バレンタインか...)

 

三玖が先日より零奈の指導の下、夜中にチョコ作りに励んでいるのを二乃は知っている。そして渡す相手も。

二乃は、チョコを作っている時の真剣な顔をしている三玖を見ているとからかう事も出来なかった。

むしろ、二乃は自分の気持ちに一直線になって行動している三玖を羨ましくも思っていた。

 

(よし...!)

 

二乃は決心して綾に返事をした。『お願いします』と。

 

綾からの連絡はもの凄く早く、今日からでも場所を提供してくれるそうだ。

しかも、驚くことにその場所というのが普通のお店であったのだ。

 

(えっと、『REVIVAL』っと...あったここね?外観は良い感じのお店だけど、本当にここでいいのかしら?)

 

意を決して入口から中に入ってみた。

 

「いらっしゃいませ!って二乃じゃないか。何してんだ?」

「げ!?何で上杉がここにいんのよ?」

 

二乃が店の中に入ると出迎えてくれた店員は風太郎であった。

 

「何でも何も、俺は仕事中だ!」

「え?あんたここで働いてたの?」

「ああ」

「上杉君。どうしたんだい?」

「ああ、店長。いえ、知り合いが来たもので」

 

店長と呼ばれた男の人が出てきたので二乃は綾の事を聞いてみることにした。

 

「あ、あの!綾さんからここに来るように言われて来たのですが、何か聞いてますか?」

「ん?ああ、君が綾先生の言っていた子かい?確か二乃君だったかな?」

「はい!」

「え?綾さんに言われて来たのかよ」

 

綾の名前が出て風太郎は驚いた。

 

「おや?上杉君は綾先生の事を知っていたんだね?」

「ええ。この間ヘルプに来てくれた奴がいたじゃないですか。あいつの母親なので」

「え?ああ、そう言えば結婚して直江になっていたね。綾先生呼びだからすっかり忘れていたよ。そうか彼が...」

「あ、あの...」

 

風太郎と店長が綾の話で盛り上がってしまっていた為、忘れられてないか心配になり、二乃は声をかけた。

 

「おっと、すまないね。事情は聞いてるよ。案内するよ」

 

歩き出す店長の後を二乃は付いていく。店の厨房を借りる程の綾の人脈に驚く二乃。

厨房用の制服に着替えて厨房に案内された二乃は、店長に一区画を使っていいと言われた。

 

「今日はここの区画を自由に使ってもらって構わないよ。ああ、器具や材料はある程度出しといたから自由に使っていいからね。何か他に必要なものがあったら声をかけてもらって構わないよ」

 

場所の提供をしてもらうことにとても感謝はしている。しかし、二乃には気になる事があった。

 

「あ、あのー...場所の提供をしてくれるのは大変ありがたいのですが、綾さんとはどういった…?」

「あぁ、彼女は僕の恩師でね。学生時代以外でも色々と面倒を見てもらったんだよ」

「そうだったんですね」

 

改めて綾の交友関係などに驚くも、とりあえず自分のやるべき事に集中することにした。

 

(午後からは家庭教師があるしあまり時間はないわね。さて何を作ろうかしら。あいつの事だし、多分当日はたくさん貰うんでしょうね。じゃあ、たくさんある中で一番のものを渡したいわね。見てなさいよ)

 

そう意気込み二乃は作成に取り掛かった。

しばらくして、店長が二乃の様子を見に来た。

 

(まったく綾先生は昔から無茶ぶりをしてくるものだ。まぁ、それに逆らえない僕も僕だけどね...ふむ、集中しているみたいだね。邪魔をしないように、どれどれ...ほぅ、中々の手際だね。この間の直江君に負けず劣らずといったところか)

 

二乃の手際の良さに感心する店長。

 

(もしかして綾先生はこれを見せたかったのか?う~む、ただ場所を提供してほしかっただけかもしれないし。本当にあの人は読めないね...)

 

「よし、後はオーブンで焼くだけね」

 

そう言って、二乃はオーブンに入れるともう一つ作るのだろうか、また作業に入ろうとしていた。

 

「見事な手際だったね。もう一つ作るのかい?」

「あ、店長さん。はい、ここを貸してくれたお礼にと思いまして、お店の方にも作るつもりなんです」

「何ていい娘なんだ。どうだろう、もし興味があればここで働いてみないかね?」

「え?ここでですか?」

「ああ。実はもう一人にも声をかけたんだけども断られてしまってねぇ。ほら、さっき上杉君と話をしていた直江和義君だよ。彼にはこの間のクリスマスイブの時限定で働いてもらったんだが、そこでの手際に感動してね。働いてみないかと声をかけたんだが、今は他に集中したいと後日断れてしまってね」

(イブってことは、あの時出した手作りケーキを作ったのはここだったのね。それに、集中したいことって多分私達の事。なら私の答えも決まってる)

「すみません。せっかくのお誘いなのですが、今は私も集中しないといけないことがあるので。また機会があればお願いします」

 

そう言って二乃は頭を下げた。

 

「おや君もかい。ふむ、その集中することと言うのは結構時間がかかるのかい?」

「いえ、最短でも来月までです」

「ならば、来月まで待たせてもらうよ。君のような才能を持った子を他の店に取られたくないからね。その集中することが解決して、働く気があれば連絡してくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

話はそこまでと言った形で店長はまたホールに戻っていった。

それを見送った二乃はまた作業に取り組み始めた。その日に作った『チョコテリーヌ』は店の冷蔵庫で保管してくれることになった。味は店長のお墨付きであったようだ。

 

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~三玖side~

 

和義と四葉、そして二乃がチョコ作りに奮闘している頃。直江家でもチョコ作りに奮闘している者がいた。

三玖と零奈である。

いつもは皆が寝静まった夜中にちょっとずつ練習をしていたのだが、今日は皆が出かけて誰もいなくなったので急遽作成に取り掛かることになった。

 

「大分手馴れてきましたね。まあ、まだまだ目が離せないところもありますが、最初に比べれば見事な成長です」

「ありがとう。これもレイナちゃんのおかげだよ......」

 

感謝の言葉を言うが、どこか沈んだ気持ちが表に若干出ている三玖。それに気づかない零奈ではなかった。

 

「兄さんと四葉さんが気になりますか?」

「えっ...?うん...また二人で出かけていると思うと気になっちゃって...」

「詳しくは言えませんが、あの二人は大丈夫ですよ。また四葉さんの相談に乗っているだけです」

「そ、そうなんだ...」

 

零奈の言葉にホッと安心する三玖。その姿を見て零奈は一つ疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「三玖さんは兄さんが好きなのですか?」

「ふぇっ...!?.......うん」

「そうですか。まぁ、こうやってチョコ作りをしている段階で薄々気づいていましたが」

「あ、あの…この事はカズヨシには…」

「言いませんよ。ただ、兄さんも薄々感じ取ってるかもしれませんよ?」

「どうだろう…カズヨシは私の事を歴史好き仲間としか思ってないと思うよ」

「まあ、そうかもしれませんね…」

「だから決めたんだ。今度の期末試験で赤点回避する。しかも五人の中で一番の成績で。そうやって自分に自信を持てたら、カズヨシに好きって伝えるんだ…」

 

三玖は調理の手を止めず、そう意気込んだ。その顔には笑顔も見える。

しかし、零奈は知っている。既に自分と五月が告白をしていることを。

だが、この事を今三玖に言うわけにもいかない。

まだ自分の気持ちが異性に対する好きなのか分かっていないとは言え、五月の気持ちを勝手に言い触らす訳にもいかないし、自分の事をここで話すのも何か違う。もし自分の正体を話すのであれば、娘達が揃っているところと零奈は決めているからだ。

 

「三玖さん…」

「ん?どうしたのレイナちゃん?」

「いえ……ただ、どうか後悔をしない選択をしてくださいね?後悔をするのは辛いことです…」

「え?急にどうしたの?」

「お願いです。この事は胸に秘めていてください!」

 

いつにも増して真剣な表情で自分の事を見ている零奈に対して、自分も真剣に向き合わなければいけないと思った三玖は、

 

「うん…!分かったよ。その時が来たら、後悔しない選択をするね」

「約束です」

 

笑顔で語る零奈に対して、三玖もまた笑顔で頷いた。

 

「じゃあ、続きを作っちゃいましょうか。もうすぐ皆さん帰ってくるかもしれませんからね」

「うん…!よろしくね、レイナちゃん」

 

その日に作ったナッツ入りチョコは、三玖史上最高の出来となったのだった。

三玖の料理の腕は着実に成長しているようだ。

 

 




と言うわけで、今回はバレンタインの準備をする五つ子の話を投稿しました。

原作では三玖だけが作ったのですが、これは全員バレンタインのプレゼントを送ってもいいのでは、と思い書いた次第であります。
今回のお話では、二乃・三玖・四葉、と書きましたので次回は一花と五月を書こうと思っています。

準備があると言うことはお渡しもあると言うことで。その辺りも考えてはいますので、読んでいただければ何よりです。

また、今回のお話では下田さんとREVIVALの店長さんも出演させていただきました。
まず、下田さんですが。すみません、既婚者なのか分からなかったので、今回は独身の体で書かせていただきました。いや、下田さんの事だから結婚してるだろと思いもしたのですが、ここは敢えて独身でいかせていただきました。本当は結婚していたらすみません。
次に、REVIVALの店長さんですが、この人の事も出自などが分からなかったので、綾先生の元生徒という設定で書かせていただきました。

では、次回のお話もどうぞよろしくお願いいたします。


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61.準備 後編

~五月side~

 

姉妹それぞれがチョコ作りに奮闘している時、五月はある人物と待ち合わせをしていた。

 

「五月さん!お待たせしました!」

「おはようございます、らいはちゃん」

 

五月は昨日らいはを買い物に誘っており、今はショッピングモールの前で待ち合わせをしていたところにらいはが到着したのである。

 

「それで、今日は何を買いにきたんですか?」

「特に決まってはいません。ただらいはちゃんの意見が聞きたくて」

「もしかしてバレンタインのプレゼントですか?」

「うっ…」

 

お年頃のらいははこういう話が大好きである。目をキラキラにさせて五月に詰め寄っている。

 

「やっぱり和義さんですか?」

「えーっ!?」

「そうなんだぁ」

 

恋愛事にはまだまだ疎い五月の分かりやすいリアクションで、らいはは直ぐに察した。

 

「う~…私って分かりやすいのでしょうか?」

「ふふ、そういう素直なところ私は好きだよ。きっと和義さんも好感を持ってくれてます」

「そうでしょうか…ただ、私は今まで男性の方に好意を持ったことがありませんでした。ですので、今のこの気持ちが姉妹に対する好意なのか異性に対する好意なのか分からないんです。それなのにプレゼントなどしても良いのかと思ってしまいます」

「う~ん、難しく考えなくていいと思うけどなぁ。私も和義さんの事好きですけど、もう一人のお兄ちゃんって感じなので。だから今年もバレンタイン渡すつもりです!」

 

天真爛漫な笑顔でらいはが言うと、『そうですね』と五月は笑顔で答えるのだった。

その後二人はモール内を色々と見て回ることになったのだが、どこもバレンタイン一色で多くの女性達で賑わっている。

 

「五月さんはやっぱりチョコレートをあげるの?」

「それなのですが、和義君は毎年たくさんのチョコを貰ってると思うんです」

「確かにたくさん貰って帰ってきてますね」

「ですので、チョコ以外をプレゼントしようと思っています。そこでらいはちゃんの意見が聞きたくて」

「う~ん…」

 

自分の事を頼ってくれていることが嬉しくて何とかしてあげたい思いがあるらいは。

しかし、この事についてはあまり役に立たないかもしれない。何故なら…

 

「ごめんなさい。私も和義さんの好みは分からなくって…今まで何度か贈り物をあげたんですけど、和義さんってどんなものでも笑顔で受け取ってくれるし、今でも大事に取ってるものあるので…」

 

基本、零奈とらいはにとことん甘い和義である。

この二人から贈られる物はどんなものでも嬉しく、食べ物以外は今でも部屋に飾ってあったり保管をしているのだ。

 

「そうですか…しかし、あの人らしいですね。それだけらいはちゃんの事を大事に思っているのだと思います。少し妬いてしまいますね」

「零奈ちゃんには敵わないけどね…」

 

そう笑ってらいはは答えるのだった。

 

「となると、困りましたね。和義君の好きなものと言えば…歴史…?」

「後、料理をするのも好きって言ってました」

(改めて私は和義君の事を知らなさすぎると痛感しちゃう。まだ出会って半年も経ってないから仕方ないかもだけど…もっと彼の事が知りたいなぁ)

 

そんな考えが頭を過ったからか、五月はため息が出てしまった。

 

「五月さん?」

「あっ…すみません。好きなものも分からないなんてと思ってしまいまして」

「五月さん…」

 

五月の事が心配になったらいはであったが、その時目に付いた物があった。

 

「五月さん!あれなんてどうかな?」

「あれは…」

 

らいはが指さした物は手袋やマフラーといった冬物コーナーだ。

それを見た瞬間、五月は自分が身に付けているストールに手を添えた。クリスマスの日に姉妹全員に贈られたストール。同じ種類の色違いのそれは、姉妹全員が喜んでいた。

プレゼントの箱には英語で書かれたカードが付いていたので、四葉がサンタからのプレゼントだとはしゃいでいたものだ。

しかし、五月はすぐに誰からの贈り物かは分かった。恐らく四葉以外の姉妹も気付いたかもしれないが。

このストールは、今では五月にとって手首に付けているブレスレットと並ぶ大事な物なのだ。

 

「良いかもしれませんね」

「だよね!ちなみに、和義さんは渋い色が好みです。黒やグレーですね」

「それは、いい情報を聞けました」

 

笑顔でらいはに答えた五月は早速選び始めた。

その時の五月の顔はキラキラしていたとらいはは後に語っている。

らいはもそこでプレゼントを選ぶことにして、靴下をプレゼントすることにした。

そこでの買い物が終わった二人はお昼を食べ、午後から家庭教師がある五月の為その日は解散した。

家に帰る五月の足取りは、今まで以上に良いものだった。

 

------------------------------------------------

四葉のチョコ作りを手伝った次の日の放課後。僕はショピングモールに来ていた。

モール内は、2日後に迫るバレンタインの為かあちこちでバレンタインのコーナーが設置されていた。

買い物に来ている女性達も楽しそうに買い物をしている。

これだけの女性比率が高いところには絶対に行かない僕であるのだが…

 

「何で僕はここにいるんだろ?」

「もー!折角女の子とデートしてるんだから、もう少しテンション上げていこうよ!」

「デートって…」

 

テンションがやたら低い僕に対して文句を言ってきてるのは、ここに僕が来ることになった原因である一花だ。

今日も授業が終わり勉強会に向かおうと考えていたときに一花から、『今すぐモールに来てくれるかな?来てくれるよね?』、とメッセージを送られてきたのだ。

無視をしても良かったのだが、後で何を言われるか分かったもんじゃなかったため、教室で三玖に勉強会に行けない事を伝えてモールに来たのだ。

その時の三玖の追及は凄かったが、何とか誤魔化す事が出来今に至る。

 

「こういうところは苦手だって一花も知ってるでしょ?」

 

一応眼鏡をかけて軽く変装はしているが、いつバレるか分かったもんじゃない。

 

「まぁまぁ。皆自分の買い物に集中しているから大丈夫だって。ほら、私も眼鏡してるしね。どう知的に見える?」

「わぁ、知的な美女だな」

「典型的な棒読みだね…まぁ美女という言葉で許してあげよう」

 

そう言って前を歩く一花。

 

「はぁー…それで?目的は大体予想はつくけど何で呼び出したの?てか仕事は?その為に今日は早退したんでしょ」

「んー?仕事はもちろん終わらせたよ。お姉さん頑張りました!」

「さいですか」

「むぅ~...何か私に対してだけ扱い酷くない?」

「そんなことないですよ」

「また棒読みだし...」

「ふっ、まあ付き合いやすいところがあるからかもしれないね。姉妹の中では気兼ねなく話せるのが一花だよ」

「ふ、ふーん...」

「何?一花嬉しかったりする?」

「べっつにー...」

 

僕の言葉に対してそっぽを向いて歩く一花。やっぱり一花と話すと楽しい。

 

「それで?チョコ売り場は全然見てないけどチョコを買うんじゃないの?」

「うん...考えたんだけどさ、別にプレゼントは必ずチョコレートって訳でもないでしょ?だから他のをプレゼントしようと思ったんだ」

「ふ~ん、いいじゃないかな」

「そこで君の出番って訳だよ」

 

そう言いながら一花に指をさされたけども、僕にどうしろと...

 

「参考書を渡しとけばきっと喜ぶよ」

「バレンタインに参考書って...何か他に思いつかないの?」

「と言われてもなぁ...」

 

二人で並んで歩きながら色々と見て回るがピンと来ない。

ウィンドウショッピングを楽しみながら(?)歩いていると一花から質問を投げかけられた。

 

「そう言えばさ、カズヨシ君はやっぱり毎年貰ってるの?チョコレート」

「あー、そうだね...」

「テンション低っ!!」

 

あまりのテンションの低さにビックリする一花。だって仕方がないじゃん...

 

「ごめんって。まぁ、実際に見れば分かるよ。明後日乞うご期待って事で」

「う~ん。楽しみにしてるよ...」

「この辺とか良いんじゃない?」

 

話をそらすために目が入った冬物コーナーを勧めてみた。

 

「ふ~ん。マフラーなんかいいかもね...」

 

そう言いながら手を取り僕にあててきた。

 

「あのー、一花さん。僕に似合うものを選んでも意味ないのでは?」

「ちょーと黙っててね...う~ん、やっぱりこっちかな...」

 

集中している一花は展示されているマフラーを次々に見ていった。そんな時だ。

 

「彼氏さんへのプレゼントですか?」

 

店員さんが声をかけてきた。

 

「へ!?か、彼氏ですか!?」

 

店員さんの言葉に一花がビックリしている。まあ、傍から見たら彼氏のために選んでる風景にしか見えないよね。

 

「残念ながら僕はこの人の彼氏ではないんですよ。今は僕の友人のプレゼントを選んでいるんです。そして僕はそのお手伝いです」

「そうだったんですね。失礼しました」

「いえいえ。それにしても、友人は羨ましいですよね。こんな可愛い娘にサプライズでプレゼントされるなんて」

「ですねぇ。それでは、何かありましたらお呼びください」

 

そう言って店員さんは離れていった。

 

「ふぅー...って一花?」

 

一花はマフラーを持って固まっていた。

 

「おーい、一花さんやーい」

「はっ...!どうしたの、カズヨシ君?」

「どうしたのはこっちのセリフだよ...」

「ご、ごめんごめん。ちょっと思考が停止してたよ。いやー、ビックリしちゃったなぁ」

「?」

「あはは...うん、分かってたから。気にしなくていいよ。それよりもこれにしようと思ってるけどどうかな?」

「うん。いいんじゃないかな。これだったら風太郎も身に付けてくれるでしょ」

「よし!じゃあこれにするよ。会計してくるから待ってて」

 

会計に向かう一花を見送った後、僕もその辺の商品を見てみることにした。

こうやって見ると色々とあるものだ。

ちょっと気になったものが目に入ったのでそれを手に取ってみた。

へぇーこんなのも売ってるんだ。ちょっと欲しいかも。

そんな風に思っていると一花の買い物が終わったのかこっちに向かってきた。

 

「お待たせー!ん?それ買うの?」

「いや、ちょっと良いなと思ったけど、また無駄遣いを、って零奈に怒られるからね。それじゃあ帰ろうか」

「そうだね。今日はありがとね」

 

手に取った物を元の場所に戻して、一花と共に帰宅の途に着いた。

 

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2月13日の放課後。今日も放課後に図書室で勉強会を行っている。

うちでするのもいいが、ここの方が集中できるのと放課後すぐに始めれるのとで定番になっている。

 

「よし!今日はここまでにする。帰ってもしっかり復習するんだぞ」

 

風太郎の号令で本日の勉強会は終了。

 

「皆成長してるよ。この調子で頑張っていこうね」

 

僕の言葉を聞いた五つ子達は、自分たちも成長を感じているのが分かっているのかお互いを褒めあっている。

 

「あの!最後にここ質問いいですか、直江さん?」

「ん?帰ってからでも良いと思うんだけど」

「今のうちに確認したくて...」

「分かったよ。どれどれ...数学かぁ。途中までは合ってるから後は計算だね。ここの部分を落ち着いてもう一度計算してみて」

「えーっと...これでどうでしょうか?」

「うん!正解だよ。やればできるじゃん!」

 

少しだけ教えたものの、きちんと自分で解けたことを褒めながら四葉の頭を撫でてあげた。

 

「えへへ...気になっていたところが解けたので、スキッリした気持ちで帰れます」

「分かるよ。もう少しで解けるってところで帰るとモヤモヤした気持ちになるよね」

 

お互いにうんうんと頷いていると、二乃から声をかけられた。

 

「ほら、終わったんなら早く帰るわよ」

「わわ、待ってよー」

 

僕と四葉は慌てて帰る支度をする。

 

「そう言えば、明日のここでの勉強会はなしでもいいかな?」

「ん?何故だ?」

「ほら、明日はバレンタインじゃん。だから...」

「ああ、もうそんな時期か。仕方ない...」

「?どういうこと?」

 

僕と風太郎の話に三玖が質問をしてきた。

 

「こいつは毎年バレンタインになるとあちこちから声をかけられるからな。放課後はさっさと帰ることにしているんだ」

「捕まったら面倒だしねぇ」

「モテる男の子の定めだねぇ」

「そう言う一花だって最近告白されてるんでしょ?」

「なはは、まあね。少し前からかな...チョコ目当てが目に見えてるよ」

 

一花も僕ほどではないがげんなりしているようだ。

 

「一花の噂は良く聞くけど他の娘はどうなの?皆人気あるでしょ?可愛いんだし」

「あんたはよくもまあ平然と言えるわね...」

「私は教室ではいつもカズヨシの近くにいるからか、声かけられない...」

「そう言えばそっか。何かごめんね」

「問題ない。むしろ助かってる」

「私はたまにありますよ。やんわりお断りしてますが...」

「私はそもそも男子とお話をしませんので。最近は上杉君に勉強の質問に行っているからか、話しかけられることも少なくなりました」

「俺のせいにするな」

「私の場合も助かっていると言っているのですよ」

「私だってたまにあるけど、全部断ってるわよ」

「二乃の理想は高いからねぇ」

 

四葉の言葉に『まあね』と答えながら先を歩いている。

 

「二乃の眼鏡に叶う人ってこの学校にいるのかなぁ...」

 

僕の言葉に、二乃以外の姉妹達がこちらを見ている。

 

「ん?どうかした?え、もしかして間違ってた?」

「いえ。別に...」

「うんうん。カズヨシ君はやっぱりカズヨシ君だね」

「う~ん。察しがいいのか悪いのか分からなくなるときあるよね直江さんって」

「不思議...」

「?」

 

何か釈然としないところがあるが、言えない何かがあるんだろう。そう勝手に解釈した。

 

「そうだ。風太郎は明日うちに泊まる?毎年らいはちゃんと泊まりに来てたけど」

 

僕の言葉に前を歩く一花と四葉が若干反応した。

 

「む?そうだな。だが、今年はこいつらがいるから無理なんじゃないか?」

「別にどうってことないでしょ。僕と零奈の部屋にそれぞれ風太郎とらいはちゃんが寝ればいいんだし。それに、零奈はその気でいるみたいだよ」

「そうか?なら、お邪魔させてもらおう」

「OK。じゃあ零奈にも伝えとくよ」

「よろしく頼む」

 

さて、明日は平和に一日が終わればいいけど。そんな思いの中家に帰るのだった。

 

 




今回は一花と五月の準備の様子を書かせていただきました。
前編はチョコ作り、後編はチョコ作り以外のプレゼント探しで書いてみました。

いよいよ次回はお渡し回です。なるべく早く投稿出来るように頑張りたいですが、私生活が忙しくなった場合は遅くなってしまう可能性があります。ご容赦頂ければ幸いです。


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62.バレンタインパニック

「ふわぁ~…」

 

最近は勉強以外にある事を始めたから寝不足である。

後、この季節はやっぱり布団から出るのが億劫だ。

とりあえず顔を洗ってキッチンに向かうと先客がいた。

 

「おはよう二人とも」

「おはよ」

「おはよう、カズヨシ…」

 

二乃と三玖である。

二人は既に身なりを整え、弁当作りに取りかかっていた。

三学期に入り、皆の弁当作りはこの二人が手伝ってくれているのだ。本当に助かる。

 

「最近のあんた起きるの遅いんじゃない?」

「いやー、二人がいると分かってるからか中々布団から出られなくって…」

「ふ~ん。ま、そういう事にしといてあげるわ」

「?」

 

二乃はそう言いながらも調理の手は止めなかった。

何だろう、この私は知ってるけど今は聞かないでおいてあげる的な答え方は。あの事はまだ風太郎や零奈にも話してないんだけど…

 

「カズヨシ。寝坊の原因は他にあるの?」

「ないない。本当に布団から出るのが辛いだけだって」

「そう…」

 

あまり納得がいっていないようだが、三玖も準備に戻った。

今話してもただ不安にしてしまうだけだし、試験が終わってからでもいいでしょ。

そう一人納得し、僕も準備に取りかかった。

 

そして、今日も別々に家を出る。家に残っているのは僕と零奈だけだ。

 

「零奈ー!もう出るけど、まだかかりそう?」

「待ってください。はい!ハッピーバレンタインです!」

 

そう言いながら零奈が包みを渡してきた。

 

「もちろん本命です。ちゃんと味わって食べてくださいね!」

「ははは…ありがとう。嬉しいよ。帰ってから食べていいかな?」

「はい!後……」

「?」

 

零奈が手招きをしてきたのでしゃがみながら近づくと、

 

チュッ

 

「ちょっ…!」

「ふふ、油断大敵ですよ!いってきます」

 

キスをされた頬に手を添えながら元気に学校に向かう零奈を見送った。

 

「まったく…油断も隙ないな。本当に鉄仮面って言われていた零奈(れな)先生を想像できないよ」

 

そう言葉を溢しながら自分の部屋に零奈から貰ったチョコレートを置き、僕も学校に向かうことにした。

 

------------------------------------------------

暫く学校に向かって歩いていると、前に一花と偶然会ったコーヒーショップの前に一花と四葉の姿があった。

 

「あっ!直江さーん!」

「遅かったね?」

「どうしたの二人とも?」

 

二人に近づきながら素朴な疑問を聞いてみた。

 

「君を待ってたんだよ」

「僕を?」

「そうですよ!学校や家では渡しずらかったので…」

「「ハッピーバレンタイン!」」

 

二人で揃えてそう言いながら、それぞれ包みを渡してきた。

 

「え?僕に?」

「当たり前じゃん。カズヨシ君には普段からお世話になってるからね」

「はい!私達の気持ちです!」

「そっか…ありがとね。予想もしてなかったから素直に嬉しいよ」

「ふふん。サプライズ成功だね」

「ししし」

 

その後三人で学校に向かうことになった。

 

「う~む…視線を感じる…」

「ははっ、本当に二人がいて助かったかな…」

「直江さんはいつもこんな中を過ごされてるんですね…」

「毎日って訳じゃないけどね」

 

そんな話をしながら昇降口に着いた。

自分の靴箱まで来て開けようとしたところで少し躊躇った。

 

「どうしたの?まだ履き替えてなかったの?」

「一花。この紙袋を広げて持っててくれない?」

「へ?」

 

鞄の中に用意をしていた紙袋を一花に渡して僕は靴箱を開けた。

そこには予想通りの光景が広がっていた。

 

「これは…」

「こんなの初めて見ました…」

「やっぱりか…」

 

靴箱の中は包みや箱でいっぱいであった。

いつも思うのだが、皆はどうやってここまで入れているのだろうか。

そんな思いの中一花が持っている紙袋の中に次々と入れていった。

 

「ありがとね一花」

「いやー、流石に私もビックリだったよ」

 

半分以上は溜まった紙袋を預かりながら中身を見てみる。

色々な包装がされており、色も鮮やかである。

さて、今年はどれくらい貰うことになるのやら。

 

一花と四葉、二人と別れて教室に入ると注目が集まった。

主に男子の怨念のような視線だが…

自分の席に向かうと、机の上にはいくつかの贈り物が乗っていた。

 

「ふぅ…おはよ三玖…」

「お、おはよう…カズヨシ、大丈夫?疲れた顔してるけど…」

 

隣の席の三玖に挨拶しながら机の上を片付けていたのだが、三玖に心配された。

 

「ありがとう心配してくれて。まぁ大丈夫だよ」

 

そんな風に答えたのだが、心配そうに見てくるのは変わらない。

しっかりしないと、と思いながら授業を受けるのだった。

 

------------------------------------------------

あれからは休み時間になる度に呼び出しをくらった。

最近は減ったと思ったのだが、どうも一年生からの呼び出しが多いように思われる。

告白までは行かないのが唯一の救いか。

そして今は昼休み。流石に誰もいないと思い屋上に向かったのだが、屋上の扉を開けると意外な人物がいた。そこで、少し戻り自販機で飲み物を買いその人物に近づいた。

何やら考え事をしながら外を眺めているようで全く気付かない。

 

ピトッ

 

「ひゃっ…!」

 

買ってきた飲み物を頬に当ててあげると可愛い声をあげて驚いた。いい反応だ。

 

「なーにしてんの、三玖?」

「カ、カズヨシ…何でここに…」

「誰もいないかな、と思って来てみたんだよ。けど先客がいたみたいだね。ほい、お裾分け」

「あ、ありがとう…」

 

そう言って三玖に渡したのは抹茶ソーダのホットである。

 

「安心して。鼻水は入ってないから」

「ふふ、懐かしいね」

「だよねー。あれからもうすぐ半年かぁ」

 

そう言いながら外を眺め、僕は自分用に買ったほうじ茶のホットを飲んでいる。

 

「何か考え事?」

「え?」

「いや、僕が近づいてるの全然気付いてないみたいだったから」

「……うん…」

 

三玖はまっすぐ外を見て何を言おうか考えているようだ。

僕は急かすことせず、言わなくてもいいとも言わず、黙って待っていた。

 

「改めて思ったんだ…カズヨシってやっぱりモテるんだなって…」

「最近は三玖や他の姉妹と一緒にいることが多かったから、告白とかなかったからね。今日は一年生が多かったかな…」

「そっか…同学年だけじゃなくて後輩からも…」

 

------------------------------------------------

~三玖視点~

 

和義が来る少し前。

 

少し考えたい事があって屋上に来た。

考えたい事はもちろんカズヨシの事。今日一日でカズヨシが学校の女子から人気があることを改めて感じてしまったから。

クラスの女の子達からはそんな話が出てこなかったから忘れていた。ううん。忘れようとしたのかもしれない。

朝、登校して教室に着いてみるとカズヨシの机の上にはバレンタインの贈り物が何個も置かれていたのは驚いた。

それに、休み時間の度に呼び出されては手に何かを持って帰ってきた。

それが続くから、表には出してなかったけど疲れているように感じた。少しとは言え、一緒に暮らすようになってからそういうのを感じれるようになってきている。

 

『兄さんはいつも笑ってはいますがたまに無理してるときがあります。周りに悟られないようにしていますが、案外分かりやすいんですよ。三玖さんもその内分かってくると思いますよ』

 

レイナちゃんがいつかそんなことを言っていたけど、良く見ると言ってた通り分かりやすい。

今日の朝だって何かを隠してるのは分かった。けど、多分悪いことをしてるとかではないように思えてきたからそこまで追及はしなかった。

 

「私って本当にカズヨシの事好き…なんだなぁ…」

 

多分カズヨシの事を好きなのは私だけじゃない。

二乃は林間学校から名前で呼ぶようになって、五月はクリスマスくらいから名前で呼ぶようになってた。

二人とも特別な意味はないって言ってるけどそんなことないと思う。もしかしたら今日プレゼントを渡すかもしれない。

レイナちゃんに手伝ってもらったチョコレートは今も上着のポケットに入れている。

けど、たくさんプレゼントを貰って疲れているカズヨシを見ると、渡して嫌われるかもって思ってしまい躊躇してしまう。

カズヨシが屋上に来て、一年生から貰う事が多い話を聞いた時レイナちゃんの言葉が頭に響いた。

 

『どうか後悔をしない選択をしてくださいね?後悔をするのは辛いことです…』

 

その言葉を思い出しある決心をした。

 

------------------------------------------------

「ねぇ…前に好きな人の話をしたの覚えてる?」

「ん?急だねぇ。もちろん覚えてるよ。いやー、我ながら会ったばかりの人に話すことじゃなかったね」

 

笑いながらその時の事を話すが三玖は真剣な顔をしていた。

 

「三玖?」

「私は嬉しかったよ。私達の事をそれだけ真剣に考えてくれてるんだって思えたから…あれから今も考えは変わってないの?」

「え?まあ、このままじゃいけないと思ってね。少しずつではあるけど恋愛について考えるようになったかな。未だに好きって感情が分かんないけどね」

「そっか…」

「三玖は?好きな人できた?って、三玖の好きな人は髭のおじさんだっけ…」

「できたよ…」

「へ?」

 

冗談のつもりで聞いたのだが予想していなかった言葉が返ってきた。

 

「そっかぁ。三玖も恋したんだね」

「うん…!私の好きな人はいつも私を助けてくれるんだ。それに、私と同じ歴史好きだから話してても楽しいんだよ」

「へぇー、それはそれは。知らなかったな僕、以、外に、男子と話し、てるなんて…」

 

そこまで言ってハッと思い、外を眺めるのを止め三玖の方を見た。だって、昨日話したばかりじゃないか。僕といるから男子から声がかからないって。

三玖は上着のポケットから包みを出して、それを両手で持ち僕の方に差し出した。

 

「ハッピーバレンタイン…!本命だよ…もちろん変な意味で」

「え?」

「レイナちゃんに教えてもらいながら作ったんだ。自信作だから食べてくれると嬉しいかな…」

 

笑顔で言っているが包みを持っている手は震えている。それだけ勇気を振り絞って伝えてくれているのだろう。

 

「ありがとう。けど、今の僕は女性として好きという感情が持てないんだ…」

「それは今聞いたよ。でも、少しずつでも考えてくれてるんでしょ?だったら私を好きになってもらえるように頑張るだけ。これはその一歩。食べてみて?」

 

三玖の言葉に後押しされ、包みを受け取り中身を見た。

どれも不恰好なチョコレートで手作り感は凄く出ている。

いくつかあった内の一つを口に含んだ。

 

「……美味いよ!ナッツ入りって僕の好きなチョコじゃん。零奈から?」

「うん…!レイナちゃんに教えてもらった。美味しく出来てて良かった…!」

 

笑顔でそう答える三玖を見ているとどうしようもない気持ちになってきた。

 

「三玖。僕は友人として君の事が好きだ。そんな三玖にここまでされたのなら僕も一生懸命考えるよ。時間はかかるかもしれない。それでも待ってくれるかな?」

「ふふっ、もちろんだよ…!見ててね。次は期末試験。ここで赤点回避して、更に姉妹の中で一番の成績を出すから…!」

「ああ、期待してるよ!」

 

三玖の真っ直ぐな気持ちを受けながらも、今だけは彼女達の赤点回避。それだけを目標に頑張っていこうと思うのだった。

 

------------------------------------------------

放課後。

帰りのホームルームが終わりを告げた瞬間、急いで学校を離れることにした。ここにいても良いことはない。

そして、学校を出た辺りでメッセージが届いた。

 

『忙しいかもだけど、付き合ってほしい場所があるの。良かったら現地集合で。場所は…』

 

そのメッセージに従ってある場所に来た。

 

「そう言えば、今日も月命日だったね」

 

お墓の前で手を合わせてる五月に声をかけた。

 

「来てくれてありがとね。内心来てくれないかもって思ってたから」

「まあ、場所が場所だったしね」

「そっか…そう言えば上杉君が提案した全員家庭教師案。良い傾向だよ。教わること以上に教えることで咀嚼出来ることがあるって実感してるんだ」

「そいつは何よりだね」

「ふふっ、和義君の言ってた通りだね」

「そんなこと言ったっけ?」

「言ってたよ。『人に教えることで自分の学力向上にも繋がるしでメリットも多いと思うよ』って。和義君の言った言葉は忘れないようにしてるから」

「またそんな恥ずかしい事を…」

「好きな人。それ以前に尊敬できる人が言った言葉だもん。忘れたりしない」

「そっか…ありがとう」

「うん。今回の全員家庭教師。これを通して、教えた人に感謝される喜びを得たんだ。もしかして、和義君も私達に感謝されて嬉しかった?」

「ああ、もちろん。それに、教え子の成長を間近で見るのはもっと喜びを感じられるよ。風太郎や五月達姉妹を見てるとね、そう感じられるんだ」

「そっか…この気持ちを大切にしたい。そして、和義君が感じている気持ちも感じてみたい。だから……」

 

そこでお墓を真っ直ぐに見て五月はこう宣言した。

 

「お母さん…私は先生を目指します」

 

五月の宣言の後、二人で墓地から離れることにした。

 

「それにしても凄い量だね。毎年それだけ貰ってるの?」

「ああ。だから食べるのが大変でさぁ…」

「え?全部食べてるの?」

「当たり前でしょ。どういう経緯があったとしても、僕のために作ったり買ったりしてくれてるんだ。処分なんて出来ないよ。あー…でも上杉兄妹や零奈にも手伝ってもらってるんだけどね。それでも、絶対に一口は食べるようにしてるよ」

「君ってば…」

「ん?」

「何でもないよ…好きになった弱みかな。そんな事言われるともっと好きになっちゃうよ

 

何かを言ったような気がしたが、何でもないと言ってるのであれば聞かない方がいいだろう。

暫く二人静かに歩くことにした。

 

「あっ、そうだった…」

 

何かを思い出したのか五月は鞄の中を漁りだした。

 

「はい、これ!バレンタインプレゼントだよ」

 

そう言って包みを渡してきた。

 

「和義君は毎年たくさんのチョコを貰ってるってらいはちゃんから聞いてたから、チョコ以外にしてみたんだ。開けてみて」

「う、うん…」

 

五月に勧められるがまま包みを開けてみると…

 

「手袋?」

「うん!普段着けてるところ見たことがなかったからどうかなって思って…」

「そっか。ありがとね。早速使わせてもらうよ」

 

そう言って手に着けてみる。

 

「うん…暖かいね。大事に使わせてもらうよ」

「えへへ…良かった」

 

そう言って五月は首に巻いているストールを口元まで持っていった。

 

「そのストール、ちゃんと使ってるんだね。他の姉妹もだけど」

「もちろんだよ!このブレスレットと同じで大切な人からの贈り物だもん」

「ストールはサンタからの贈り物でしょ」

「うん。物だけでなく色々な事を持ってきてくれる人だから、私にとってサンタでもあるかもね」

 

笑顔でそう返されると何も言い返せないな。

 

「これからもよろしくね、私のサンタさん!」

 

少し前に出て振り返りながら、笑顔でそう言ってくる五月。

色々な物を持ってきてくれるか…それは君たち姉妹もだよ。

そう心の中で返すのだった。

 

------------------------------------------------

家に着き荷物を部屋に置いて、夕飯は何にしようと考えてると母さんからメッセージが届いた。

 

『ハッピーバレンタイン!和義の為に用意したものがあるから取りに行ってね』

 

そんな言葉で始まったメッセージには場所とある事が指定されていた。

何でこんなことしなきゃいけないのかねぇ。とは言え、時間も時間だし使わないと遅くなるか。

あまり気乗りしないが、母さんの指示のため車庫に向かうことにした。

 

「あれ?カズヨシ君今からお出掛け?」

 

ちょうどリビングで寛いでいた一花に声をかけられた。

 

「ああ…母さんの頼まれ事でね。あれ?二乃はまだ帰ってないんだ」

「二乃なら寄り道して帰るって言ってましたよ」

「ふ~ん…僕より早く帰ったら夕飯の準備始めといてって伝えといて」

「分かった。なんなら私が始めてても良いよ」

「まだ目が離せないからね。帰りを待っててね三玖」

「ぶ~…」

 

僕の言葉にぷくーっと頬を膨らませて抗議の目を向けてくるが、事実なので仕方がない。でも良かったいつもの三玖だ。

 

「ところで、その手に持ってるのはヘルメットですよね?」

「もしかしてバイクで行かれるのですか?」

「うん。何故か母さんがバイクで行けって」

「直江さんってバイクも乗れるんですね。凄いです」

「僕だけじゃなくて風太郎も乗れるよ。たまに僕の貸すし」

「へぇ~…」

 

想像したのか、素っ気なくも口角は上がっている。

 

「見てみたいかも…」

「え?バイクを?」

「違う。運転してるところ。見送りに出ても良い?」

「別に良いけど寒いよ?」

「問題ありません!私も見てみたいです!」

 

三玖に続いて四葉も見たいと言ってきたので、何故か全員が外まで出てきた。

車庫からバイクを出し、バイクに跨がり、エンジンをかけただけで歓声があがった。

 

「じゃあ行ってくるね」

「ええ。気を付けてくださいね」

 

零奈の言葉に手を上げ出発した。

 

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~二乃視点~

 

「いやー助かったよ。君のおかげで難を乗り越えた」

 

REVIVALに預かってもらっていたチョコを取りに来たら、少しだけでいいから厨房を手伝ってほしいと店長さんに言われた。

何でも元々入っていたシフトの人が体調を崩したとか。で、代わりの人が来るまでの間だけでもと言うことで頼まれたのだ。

まあ、厨房を貸してくれたお礼と思えば良いと思ったし、実際の調理が見れるのは興味があったから手伝うことにした。

 

「いえ、少しでも助けになったのなら何よりです」

 

とは言え少し長居をしてしまったかもしれないわね。

外はすっかり暗くなってしまった。

あいつ喜んでくれるかしら。

そう思いながら手に持っている手作りチョコの入った袋を見た。

すると渡した時の笑顔を想像して口元が緩んでしまった。

 

「羨ましいねぇ。君にそこまで想ってもらえるなんて」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

 

否定しながら裏口から出る。そんな私を見送ってくれるのか店長さんも付いてきてくれた。

 

「いやいや、君のその顔を見れば…」

 

ブロロロ…キィィッ

 

店長さんの言葉を遮るように音を鳴らして止まった方を見ると、ライトの光に眩しさで直視出来なかった。

 

「何…?」

 

ブオオオン

 

「え…」

「あれ?何でここにいるの二乃?」

 

バイクに跨がりながらこちらを見ているのは和義。

バイクだって分かっていても、その姿はさながら白馬に乗った王子様だと思えてしまった。

 

------------------------------------------------

母さんの指示でREVIVALにバイクで来たのは良いんだけど、何故か二乃がそこにいた。

 

「あれ?何でここにいるの二乃?」

 

二乃に質問するも返事がなく何故か呆けている。

 

「おや、直江君ではないか。どうしたんだい?」

「あっ、店長さん。ご無沙汰してます。実は母さんから用意した物があるってことを聞いて来たんですが」

「ん?綾先生がかね?おー、そう言えば取り置きを頼まれてたね。ちょっと待ってるといい」

 

そう言って、店長さんは店の中に入っていった。てか、店長さんも母さんの教え子なのか。

そんな事を考えていると、ようやく二乃が我に戻った。

 

「はっ…和義!何でここにいるのよ」

「今言ったじゃん。母さんに頼まれたの」

「綾さんに…?」

「そうだよ。それよりも、二乃こそ何でここにいるんだよ?買い物だったら裏口から出てくるのおかしいよね」

「そ、それは…」

「お待たせしたね。これが綾先生から取り置きに頼まれてた物だよ」

 

二乃と話している途中、店長さんが店から出てきた。

 

「ありがとうございます。えっと、お代は?」

「ああ、今度綾先生から直接貰うからね。君は気にしなくて良いよ」

「はぁ…それじゃあ、はい二乃」

「え?」

 

もう一つのヘルメットを二乃に渡す。

 

「いつも予備で付けてるんだよ。もう遅いし送るから後ろに乗りな」

「う、うん…」

 

二乃には珍しい程しおらしく僕の指示に従った。

 

「それじゃあ、店長さんありがとうございました!」

「ああ。気が向いたらいつでもここで働いていいからね」

「ははは、分かりました。二乃、しっかり掴まってなよ?」

「うん…」

 

腰に回されるように掴まってるのを確認してバイクを出発させた。

バイクを走らせていると二乃から質問される。

 

「このバイクどうしたの?」

「風太郎がバイトの為に免許取ることになってね。それで僕も取ったんだよ。折角だからって、父さんが昔使ってたのを貰ったの」

「ふーん…あんたには似合ってるけど、上杉のバイク姿なんて似合わなさそうね」

「そんな事ないさ。意外に様になってるよ」

「意外って言ってるじゃない」

 

そこで笑い声が聞こえてきた。どうやらいつもの二乃に戻ったようだ。

 

綾さんの指示って事は、こうなることも織り込み済みか…

「え?何か言った?」

「何でもないわよ」

 

バイクでの会話は風が邪魔をして中々聞き取れないのがネックだ。

 

まったく、嫌になってくるわね。他人に指摘されないと自分の気持ちに気付かないなんて…本当に最低、最悪。自分の事が嫌になる

 

風で所々しか聞こえて来ないが何やら物騒な言葉が聞こえているような気がした。何か怒らせるような事ってしたっけ?

 

「やっぱり認めるしかないようね…………あんたの事好きよ」

「へ?」

 

何か聞いてはいけないような言葉が聞こえてきたので、ビックリして急ブレーキをしてしまった。

 

「ちょっと!危ないじゃない!」

「いやいや、二乃が急におかしな事言うからでしょっ!」

 

バイクを止めた後後ろを見ると、目が合った瞬間真っ赤にした顔を僕の背中に埋めている二乃の姿があった。

 

「本気なの…?」

 

僕の質問にコクンとほんの少しだけ頷いたように見えた。

 

「そっか…」

「私の事を何とも想ってないことは分かってる。けど、それは私だけにって訳じゃないでしょ?」

 

背中から顔を離した二乃が真っ直ぐこっちを見ながら問いかけてくる。

 

「まあ、そうだね」

「なら、直ぐに返事をする必要はないわ!これから私の事をもっと知ってもらう。私がどれだけあんたの事を好きなのかも知ってもらう。だから……覚悟してなさいよね」

 

人差し指で僕を指差し二乃はそう宣言した。

 

「わ、分かった…」

「なら良し。ほらとっとと出発しなさい!」

 

そう言いながら先程よりもくっつくように僕に掴まってきたのだ。

 

「ちょっと、くっつきすぎだって!」

「あら良いじゃない。さっきみたいに急ブレーキがあったら危ないわ。だからこうやってくっつかないと」

「いや、だからってそこまでしなくてもいいでしょ。それに僕も男なんだよ!さっきは気にしないようにしてたけど、胸が背中に当たって大変なんだから!」

「ふ~ん、案外初なところあるじゃない。ほら、早く出発しなさいよ!夕飯作らないとなんだから」

「あーもう!分かったよ」

 

結局、二乃は折れずに僕が折れる形で出発することになった。

もう少し女の子としての恥じらいを持ってほしいものだ。

しかし、この時の僕は知らなかった。その時の二乃は、その後顔を今までで一番真っ赤にして恥ずかしさに悶絶していたことを…

 

何とか無事(?)に家に着いたので、車庫にバイクを入れることにした。

 

「う~ん…バイクでドライブも中々良いわね。また乗せなさいよ」

「気が向いたらね」

「もう、何よ!そんな態度を取られると私だって傷つくんだからね」

「ごめんって。ただ、今はどんな難解な問題を解いている時よりも大変な状況なんだから…」

「やっぱり迷惑だった?」

 

泣きそうな顔でこっちを見ている二乃。

 

「そんな事ないよ。僕は二乃の事を大切な人だって思ってるから。だからこそ真剣に考えなければいけないと思ってるんだ!」

「そ。なら良いわ」

 

そう言ってそっぽを向いてしまった。

 

「あ、そう言えばあんた何か隠してるでしょ?しかも結構重要なこと」

「何の事?」

「……放課後。職員室。これで思いつく事は?」

 

何で知ってるの。まさか。

 

「見てた?」

「たまたまよ。その日は放課後たまたま職員室に用事があったから。そしたら神妙な顔をしたあんたが先生と話してるじゃない。それは気になるわよ」

「内容は聞いてないんだ…」

「そこまでしないわよ。ただ、その日から寝不足そうなあんたを見てたら心配にもなるわよ。好きな人の事ならなおさらね」

「そっか…ありがとね」

 

皆には勉強に集中してもらうために言わなかったけど、二乃には言わないと逆に集中出来ないか。

 

「二乃。今から言うことは誰にも言わないでほしい。もちろん、風太郎や零奈にもだ」

「は?上杉は分かるけど、レイナちゃんまでって…」

「頼む」

 

真剣な目で頼んだからか二乃も折れてくれた。

 

「分かったわよ。それで何があったのよ?」

「……飛び級での大学進学の話が出てるんだ。場所はアメリカ。この話がうまくいくと、僕は皆と卒業できない。今年の9月に入学するために色々と用意が必要だから、三年生の一学期が終わる頃にはアメリカに行くことになると思う。と言うか、多分ほとんど学校に行けないと思うけどね…」

「え…?」

 

僕の言葉を聞いた二乃は、信じられないと言わんばかりに固まってしまった。

 

 




かなり早いですが、二乃と三玖が告白してしまいました。

書くときからかなり悩みました。
しかし、バレンタインでの出来事や零奈と綾の後押しがあれば告白するんじゃないかなと思い書かせていただきました。
まあ、もう五月もある意味告白してますからね。

恋愛に関して暴走列車の二乃。結構ぐいぐい行く三玖。この作品では和義に本当の自分を見せてる五月。更には、血の繋がっている零奈と和義争奪レースがスタートしていきます。
その前に期末試験が控えていますから、こんなことしてる余裕があるわけないんですけどね本当は。

前ちょっとだけ出ていたあの事。それはアメリカへの飛び級進学でした。
この辺りも次回以降もチョロっと書かせていただこうかなと思っております。

次回ですが、もしかしたら週末まで書けないかもしれません。
予めご了承いただければ嬉しく思います。
今後も頑張って書かせていただきますので、よろしくお願いいたします。


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63.行方

「あんた、自分が何言ってるか分かってんの?」

「ああ…」

「冗談でもね、言って良い事と悪い事があんのよ?」

「知ってる…」

「だったら…っ!」

 

抗議に対して目を反らさず真剣な表情をしていたからか、僕の言葉が冗談ではない事を二乃は感じ取ってくれたようだ。

 

「本当なのね…」

「ああ…」

 

僕の言葉が本当の事だと分かった途端、よろけながら車庫の壁に二乃は寄りかかり下を向いてしまった。

 

「何で…何でもっと早く教えてくれなかったの…?」

「それは…」

 

二乃の反抗する言葉にはもう力がなかった。

 

「さっきは大切な人だって言ってくれたけど、それは嘘だったの…?そう言えば傷つかずに済むと思った…?」

それは違う!

 

二乃の言葉に大きな声で反発したので、二乃は体をビクッとさせて僕を見てくれた。その時の二乃の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「それは違うよ二乃。大切な人だって言葉には嘘偽りはないよ」

「じゃあ…何でよっ…ヒック…何で…ヒック…」

 

二乃は涙が止まらずまた下を向いてしまった。

そんな姿を見るのが耐えられず、自然に二乃を抱きしめ頭を撫でてあげていた。

 

「えっ…!」

「急にごめんね。泣いてる二乃を見てると居ても立ってもいられなくて。その…良く零奈が泣いた時はこうしてあげると落ち着いてくれたから」

「何よそれっ。妹扱いしないでよねっ…でもありがと。あんたの腕の中は落ち着くわ…」

「うん。落ち着いてきたところで申し訳ないけど。このままの状態で聞いてほしい」

「…分かった」

「この話、何か作為的な事を感じるんだ」

「え…?」

「この話を担任の先生から聞いたとき、不可解なことがあったんだ。一つは担任の先生も急に言われて混乱していたこと。一つは親よりも先に僕に話が来たこと」

「何よそれっ!」

 

元気になったのか二乃はガバッと僕から少しだけ距離を取り僕を見上げた。その行動にフッと笑みを溢した僕は、また真剣な顔になって話を続けた。

 

「そして、僕は『考えておきます』と言ったにも関わらず、行く前提で話が進んでいたんだ。ね?おかしな話でしょ」

「この事は綾さんは?」

「もちろん知ってるよ。今も動いてくれてるみたいでさ、『こっちの動向が探られないように和義は大人しくしてなさい』って言われた。後、『ギャフンと言わせてあげたいから、和義は出された課題論文を本気でやりなさい』って」

「課題論文?」

「そうなんだよ。何か入学に必要になるからって課題を出されてさぁ。その論文を書くのに寝不足だったんだ。で、こういう経緯があって、話すと皆動揺して試験に集中出来ないと思って話さなかったって訳」

「じ、じゃあ和義はアメリカに行きたいとかは…」

「思ってないよ。勉強なんてどこでも出来るし。君たちの事を放ったらかしてアメリカに行くような薄情な奴じゃないさ」

 

そこでポケットからハンカチを出し、二乃の涙を拭ってやった。

 

「僕達の家庭教師の期間は君たちの卒業まででしょ?解雇されればそこまでだけどさ…」

 

笑ってそう二乃に伝えると、腰に手を回し抱きついてきた。

 

「ちょっ…二乃っ!?」

「格好付けすぎなのよ、ばーか。でも、そういうところが大好き!!」

 

元気になってくれたのは良かったけど、どうしたものかと考えていると、今一番遭遇したくない人物が来てしまった。

 

「兄さん?帰ったのです…か……」

「ん?どうかしたのですか、レイナちゃ……」

 

五月と零奈である。

 

「兄さん?これはどういう状況でしょうか?」

「に、二乃!何で和義君に抱きついているのですか!」

「あら、好きな人に抱きつきたいのは当然じゃない」

「「え?」」

「あ、そうだったわ。すっかり忘れてた…………はいこれ、ハッピーバレンタイン!愛情たっぷり込めたから味わって食べてよね」

 

そう言ってケーキを入れる箱を渡された。

 

「ああ…ありがとう…」

 

そして、二乃はそのまま玄関に向かうのだが、五月にすれ違う際に何か伝えたようだ。

 

負けないから

「えっ?」

「それじゃあ、先にキッチンに行って夕飯の準備してるわね。チュッ」

「ちょっ…!」

「「なっ!?」」

 

振り向きざまに投げキッスをしながら僕にそう伝えると玄関から家の中に入っていった。

最後に爆弾を投下していきやがった…

 

「それでは兄さん…」

「詳しく聞かせていただきましょうか…」

 

声の方を向くと、背景に毘沙門天がいるのではないかと思うような笑顔の五月と零奈がいた。

 

「は、はい…」

 

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五月と零奈の尋問が終わったのでリビングに向かう。

キッチンでは鼻歌混じりに上機嫌に料理を作っている二乃とそれを不思議に思っている三玖がサポートしている姿があった。

あっちに行かない方がいいな。

そう判断して自習している他の姉妹を見ている風太郎の隣に座った。

 

「よう。どうしたんだ?えらく窶れているように見えるが…」

「あー…毘沙門天様からお説教を貰ったから…」

「はぁっ!?」

「あ、和義さん!」

 

らいはちゃんが僕を見付けるなり近づいてきた。

 

「はい!バレンタインのプレゼントです!」

「わぁ、ありがとう!あれ?チョコじゃないんだ」

「はい!今年は別の物にしてみました。開けてみてください」

「どれどれ…へぇ、靴下かぁ。ありがとう。大事に使うよ」

「えへへ」

「らいは…毎年思うんだが、お兄ちゃんと和義に大分差があると思うぞ…」

 

そう言って、チロルチョコを手元に出す風太郎。

 

「ごめんねお兄ちゃん。でも中身が違っても愛情はお兄ちゃんの方が上だから」

「そうだよな!気持ちが大事だよな!」

 

チョロいぞ風太郎。

 

そして、その後の夕飯時に大変な事が起きた。それは…

 

「はーい、夕飯出来たわよ。てか、和義。何で手伝わないのよ!」

「いやー、三玖も大分腕上げたし今日はいいかなぁって…」

「腕が上がった事を褒められたのは素直に嬉しい…でも、カズヨシと一緒に料理したかった…」

「そ、そう?じゃあ次の機会にって事で…配膳は手伝うよ」

「まぁいいわ。そうだ、たまにはあんたの隣で食べたいんだけどいいかしら?」

「え?そんな事な…」

「駄目です。兄さんの横は私が座ります」

「む!私だってカズヨシの隣がいい…」

「わ、私も隣で食べたいって思います!」

 

誰が僕の隣に座るかで揉めだしたのだ。僕にとっては至極どうでも良いが、それを言うと逆鱗に触れてしまうと思い、その言葉は飲み込んだ。

 

「レイナちゃん、たまにはお姉さん達に譲ってもらえると嬉しいんだけどなぁ…」

「嫌です」

 

二乃のこめかみがピクピク言ってるように見える。

 

「まあまあ、ほら折角の料理が冷めちゃうしさ。今日は零奈って事で良いんじゃないかな…」

 

結局、夕飯を食べながら話し合った結果日替りとなり、明日からは一花から数字順という形で決着がついた。なぜ一花と四葉も参加したのか不思議だが…面白がってるな絶対。

 

------------------------------------------------

風呂から上がり部屋に戻ると、風太郎が勉強をしていた。

 

「もう遅いんだし寝たら?」

「後少し…ここまですれば寝る」

「あっそ…」

 

そう言いながらも、僕も机に向かった。

 

「そう言えば、今年はらいはちゃんと零奈以外に中野姉妹からバレンタインのプレゼント貰えたんじゃない?」

 

論文の作成をしながら聞いてみた。

 

「そうだな…五人全員から貰った。一花だけはチョコじゃなかったが」

 

一花と四葉は知ってたけど、他の三人もちゃんと用意してたんだ。偉いじゃん。

 

「へぇ~。ちなみに一花のプレゼントは何だったの?僕はブックケースだったけど」

 

僕が貰ったブックケースは、一花と風太郎のプレゼントを選びに行った時に手に取った物だ。あの娘は本当に気が回るね。

 

「うむ。マフラーだったな」

「良かったじゃん。明日から使いなよ。きっと一花も喜ぶよ」

「そうか?和義がそう言うならそうしよう」

 

良く見れば、風太郎の手元には四葉が作ったチョコラスクもある。何だかんだで貰った物を無下に扱ったりしない。

 

「和義…」

「ん…?」

「今度の期末試験、あいつらは赤点回避出来ると思うか?」

 

自分の作業を止め風太郎の方を見ると真剣な顔でこっちを見ていた。

 

「やってみないと分からないけど、今の彼女たちなら大丈夫だと思うよ」

「そうか…」

「全員家庭教師案。風太郎の案もうまい具合に機能してるしね。五月も褒めてたよ」

「そうなのか?」

「ああ。あの娘は風太郎に似て素直じゃないからね」

「一言余計だ!」

「ははは、とは言え何があるかは分からない。油断せずに行こう」

「もちろんだ!」

 

そして、結局この日も二人共徹夜で勉強をしてしまったのだった。

ちなみに、次の日から風太郎は一花のプレゼントマフラーをしていたのだが、これを見た一花はめちゃくちゃ喜んでいたのは言うまでもない。

 

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(いよいよ本番。二乃と三玖、それに五月ちゃんはこの試験で姉妹で一番の成績を取るって息巻いてた。多分カズヨシ君に良いところを見せたいからだと思う。あの三人はバレンタインの日から明らかに態度が変わってる。なら私はーーー)

 

(この試験、姉妹全員が今まで以上に本気になってる。和義の今後にも関わってくるから…多分それだけじゃない子もいるけど。私だって負けられない…!)

 

(この試験で目指すのは赤点回避だけじゃない。他の姉妹にも負けない。バレンタインの日にそう決めたんだ。二乃と五月。多分二人も一番を目指してる。今までの試験はかろうじて勝てたけど、今度も絶対に勝ってみせる…!)

 

(今まで失敗続きの私だけど、勉強の神様どうか今だけは私に力を貸してください。だって、あんなにみんなで頑張ったんだから。絶対に和義さんを退学になんかさせません…!)

 

(お父さんとの約束のこともありますが、私の夢のため、まずはこの試験を通って進級しないことには話になりません。見ていてくださいお母さん!それに和義君にも良いとこ見せなきゃっ。他の姉妹には負けてられない…!)

 

(やれるだけの事はやった。後はあいつらを信じるだけだ。もし駄目だった時は、和義に勝てずにあいつは行ってしまうことになる。勝ち逃げはさせねえぞ!)

 

(さてさて…どんな結果が出るのやら。みんな意気込み過ぎなきゃ良いけどね)

 

それぞれがそれぞれの思いを胸に学年最後の試験がスタートしたのだった。

 

------------------------------------------------

~直江家~

 

「そろそろあの子達が帰ってくる頃ですね」

 

先に帰っていた零奈は時計を見てそう溢した。

今日は先日行われた期末試験の結果が返却される日だ。

零奈にとっても結果が気になっていた。まあ、和義が変な約束をしてしまったのもあるのだが。

何よりも今回の試験結果次第ではある事を行うのを決心していたからだ。

そんな時だ。

 

「たっだいまー」「ただいま…」

「お邪魔します」

 

(四葉に三玖ですか。本当に正反対ですね)

「おかえりなさい。四葉さん、三玖さん。それに風太郎さんもいらっしゃいませ」

「ただいまっレイナちゃん!じゃーん、見てください!見事赤点回避が出来ました!」

 

そう言って四葉は試験結果が記載された紙を零奈に見せた。

 

中野 四葉

国語 61点、数学 40点、社会 46点、理科 49点、英語 44点、合計 240点

 

「おめでとうございます、四葉さん!」

「ありがとう、レイナちゃん。上杉さんにもお伝えしましたが、初めて報われた気がします」

 

そう言う四葉の目には少しだけ涙が溜まっていた。

それに気づいた零奈もまた、目に涙が溜まっていた。

 

「四葉さん…本当に…良かったです…」

「わわっ、レイナちゃんにそこまで喜んでもらえるなんて…嬉しいです。ししし」

「ふふっ、三玖さんはどうでしたか?」

 

零奈が四葉の隣にいた三玖に聞いてみた。

 

「私の結果はこれ…」

 

三玖から差し出された紙には、

 

中野 三玖

国語 47点、数学 49点、社会 79点、理科 46点、英語 36点、合計 257点

 

「流石ですね、三玖さん。平均50点以上です」

「本当に三玖って凄いよね!これならまた姉妹で一番じゃない?」

「うん…だと良いな…カズヨシからもそう言われたから…」

「そう言えば兄さんは風太郎さんと一緒ではないのですね?」

「ああ、あいつは…」

「ただいま帰りました」

 

風太郎が和義の動向を説明しようとした時、五月が帰ってきた。

 

「五月おかえりー」

「っ!四葉!どうだったのですか?」

「わわっ、五月落ち着いて!」

「す、すみません…」

「私の点数は240点で赤点回避出来たよ!」

 

それを聞いた瞬間五月は四葉に抱きついた。

 

「四葉、やりましたね!」

「えへへ。私史上一番の得点だったよ」

「そう言う五月はどうだったんだ?」

「あなたは同じクラスだというのに、気にせず帰りましたからね。私も自分の中では一番の得点でしたよ」

 

そう言いながら皆に見えるように結果の紙を出した。

 

中野 五月

国語 51点、数学 41点、社会 43点、理科 79点、英語 43点、合計 257点

 

「っ…!」

「すごーい!三玖と同じ点数だよ!」

「え?」

「まさかお前がここまで取るとはな」

「ええ。五月さんよく頑張りましたね」

「そ、そうですね…ありがとうございます」

 

四葉と風太郎と零奈は驚きと喜びを表しているが、三玖と五月は喜びはあるものの単独での一番を取れなかった事を少し残念に思っていた。

 

「今帰ったわよ」

 

そうこうしていると今度は二乃が帰ってきた。

 

「あら、大体帰ってるのね」

「おかえりなさい、二乃さん」

「おかえり二乃!今、皆で結果確認してたんだ」

「へぇ~。四葉、その顔は赤点回避出来たのね?」

「うん!」

 

満面の笑顔で四葉は答えた。

 

「ふふっ、良かったわ」

「そう言いながらも、お前もご機嫌ということは回避出来たんだな?」

「もちろんよ」

 

そう言って成績表を皆に見せる二乃。

 

中野 二乃

国語 37点、数学 44点、社会 52点、理科 45点、英語 79点、合計 257点

 

「「っ…!」」

「凄いですね」

「お前ら仲良いな」

「は?何の事?」

「凄いよ!二乃と三玖と五月。三人とも同じ合計点だよ!」

「はぁっ!?」

 

そして、三玖と五月の成績を見た二乃は更に驚いた。

 

「こんな事ってある?」

「得意科目の点数まで同じなんてミラクル…」

「ふふっ、こういうのも良いかもしれませんね」

「確かにっ」

 

そこで三人はお互いを見合って笑いあった。

それを見た四葉はもちろん笑っており、風太郎も口元を上げている。

そんな光景を零奈は優しい顔で見ていた。

そこに姉妹最後の一花が帰ってきた。

 

「ごめんねぇ。ちょっと遅くなっちゃった…ってどうしたの?皆笑って」

「何でもないわよ。それよりあんたも赤点回避したんでしょうね?」

「そう言ってくるってことは皆回避出来たんだ。良かった!もちろん、お姉さん頑張ったんだから」

 

そう言って皆に見せる成績表には、

 

中野 一花

国語 42点、数学 73点、社会 43点、理科 57点、英語 49点、合計 264点

 

「凄いよ一花!」

「ええ、五人の中で一花さんが一番ですね」

「あ、そうなんだ。やった」

 

零奈の言葉にやりきった気持ちと達成感で、一花は笑顔を見せた。

 

「あー、一花に負けちゃったかぁ」

「本当に…お仕事もあるのに凄いです。完敗ですね」

「おめでとう一花。私もまだまだだね」

 

二乃、三玖、五月はそれぞれ姉妹での一番を目指していた。

それでも負けた。でも、その相手が仕事の合間で勉強をしていた一花であるのであれば負けを認めるしかなかった。

そんな時、一花は試験勉強をしていた時のことを思い出していた。

 

------------------------------------------------

~一花side~

 

試験前のある日の深夜。姉妹皆が寝静まっている中、私は一人リビングで勉強をしていた。

 

「一花。寝ないの?今日も仕事で疲れてるでしょ?」

「あ、カズヨシ君。ごめんね。もう少しでキリが良いから」

 

飲み物を取りに来たのか、冷蔵庫を開けながらカズヨシ君が勉強していた私に声をかけてきた。

 

「仕方がない。ワンツーマンで見てあげますか。そこ間違ってるよ。その問題は教科書のこっちの公式を使うんだよ」

「おっと。なはは、面目ない」

 

やっぱりカズヨシ君は面倒見がいい。フータロー君もそういうところがあるけど二人とも昔からなのかな。

 

「カズヨシ君も何かしてて大変だと思うけど良いの?」

「別にいいさ。いい気分転換になるしね」

「そっか...じゃあ甘えちゃおうかな」

 

この日を境に二人の勉強時間ができた。二乃と三玖、それに五月ちゃんには申し訳ないけど、とても充実した時間を過ごすことができたな。

 

------------------------------------------------

(多分、あの時間があったからこの成績が出せたんだと思う。ありがとうカズヨシ君…)

「何はともあれ、見事全員赤点回避を成し遂げましたね!」

「やったー!これで直江さんは退学しなくて済むね」

 

五月の宣言に四葉はガッツポーズをしている。

 

「お前らよくやった」

 

風太郎は姉妹に対して激励の言葉をかけている。口調はいつも通りだが顔はとても満足そうである。

 

「そう言えば、こんな大事な時に和義はどこ行ってるのよ?」

「あれ?カズヨシ君は帰ってないの?」

「カズヨシは放課後になったら、誰かから連絡があったみたいでどこかに行ったよ」

「ああ、俺にも連絡があったな。時間がかかるかもしれないから先に夕飯食べてくれと言っていたな」

「私も帰ってくる前に和義君を見かけましたよ。神妙な顔をしていたので声をかけずらかったですが...」

「う~ん...どこに行ったんだろう...」

 

皆で話している時に二乃だけは神妙な顔をして何かを考えていた。

 

「二乃さん、どうかしたのですか?」

「う、うん...」

 

二乃は試験前に聞いた和義のアメリカの大学への飛び級入学の事が頭を過った。

もしかしたらそれに関する事が今起きているかもしれない。だが、試験が終わったからといって勝手に話してもいいものか悩んでいた。

 

「二乃さん。兄さんの事で何か知っているのですか?もし知っているのであれば教えてください」

 

零奈は二乃が何かを知っていると感じ取り、二乃に詰め寄った。

その時の零奈の真剣でどこか泣きそうな顔を見て、二乃は和義の事を明かすことを決意した。

 

「実は...」

 

 




お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

このお話で試験終了となりました。
そして、見事全員赤点回避です!皆よく頑張りました。
点数はどうしようかと思ったのですが、原作通り一花を一番にして、和義に告白している三人は同点にしてみました。
三玖も言ってましたがミラクルです。

今回のお話はかなり中途半端なところで終わりましたが、この後もまだまだ続きますので、一旦ここでこのお話は終話としました。
次回で和義の今後の動向を書こうかと思っております。

ちなみに、最近私生活が忙しくなりすぎてきたのでまた次回投稿まで日数がかかってしまいます。
恐らく、木曜か金曜辺りになるかと思われますが、それまでお待ちいただければと思います。

また、お気に入り数が300まで行っておりました。
この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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64.親心

遡ること放課後。

帰りのホームルームも終わり、後は帰るだけなのだがそこに一通のメッセージが届いた。

何でこの日かなぁ。

 

「…?カズヨシ。帰らないの?」

 

帰る支度を終えている三玖が、中々帰ろうとしない僕に問いかけてきた。

 

「悪い、知り合いから連絡が来てて。ちょっと用事が出来たから寄り道して帰るよ」

「ん…分かった」

 

さてさて吉と出るか凶と出るか。

 

そして、メッセージに書いてあった場所に向かうことにした。

向かった先はお馴染みのREVIVAL。

まあ呼び出した人の馴染みの店と言えばそうか。用事もあったし丁度良いかも。

そんな風に考えながら店に入った。

 

「いらっしゃい。おや、直江君じゃないか。あれを取りに来たのかい?」

「こんにちは店長さん。いえ、先に待ち合わせをしてまして」

「ああ、あの人達か。なら案内しよう」

 

店長さんの案内で一つの席に案内された。

 

「あら、以外に早かったわね」

「だな。もう少し待つと思ってたが」

「久しぶりだね。父さん、母さん」

 

案内された席では、父 直江 景(なおえ あきら)と母さんが向かい合って座っていた。

 

「ほらほら、私の隣に座りなさい」

「はいはい」

 

母さんからの勧めもあり、母さんの隣に座った。

 

「和義は何飲む?」

「じゃあ、ミルクティーを」

 

オーダーを取った店長さんは席から離れていった。

 

「今回の試験はどうだった?」

「いつも通りだよ」

「ははは、そうかそうか。あんな事があっても変わらずか。全く、お前の精神は半端ないな」

「父さんと母さんが動いてくれてたからね」

「あら、嬉しい事言ってくれるわね」

「それで?呼び出したって事は進展があったって事だよね?」

「まあな…少し待ってくれ。後一人来るんだ」

 

そんな父さんの言葉の後、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 

「すみません、お待たせしたようですね」

「気にするな。こっちこそ忙しいところ悪いな」

「中野さん…!」

 

驚いた。まさか中野さんがここに来るとは。

僕の驚きにはあまり気にせず父さんの横に中野さんは座った。

 

「コーヒーを」

「かしこまりました」

 

僕のミルクティーが運ばれたと同時に自分のコーヒーを頼んでいる。

 

「今回の事で中野君も動いてくれたからな。時間が合えば来てくれるよう頼んだんだよ」

「え、そうなんだ…」

 

意外な言葉が父さんから出たのでビックリした。

中野さんのコーヒーが運ばれてきたので、そこでようやく父さんが経緯を話し出した。

 

「早速だが、まずは結果を伝える。和義、お前は来年度も旭高校に通ってもらう。大学への飛び級入学は無しだ」

「そっか…」

 

大丈夫だろうとは思っていたが何とかなってホッとした。

 

「あなたが望めば、スムーズに入学手続き進めれたのに」

 

母さんの言葉を聞いた後、チラッと中野さんを見た。

中野さんはいつも通りの雰囲気でコーヒーを飲んでいる。

 

「卒業したかったんだ。今僕の周りにいる人達と…」

「ほう…」

「……」

 

僕がこんな事を言うとは思わなかったのか、父さんは少し驚いていた。中野さんは特に反応がないように見える。

 

「勉強だって何処でも出来るし。それに零奈は多分僕に付いてくるって言ってくるだろうしね」

「むっ…」

 

僕の言葉に少し顔をしかめている父さんを母さんはニヤリと笑っていた。

母さんは僕と零奈二人を異常なほど好き過ぎるが、父さんの場合は零奈を異常なほど好きだからなぁ。

海外への出張で零奈が、『絶対に兄さんから離れません』、と言って父さん達に付いていこうとしなかった時、父さんめちゃくちゃ泣いたもんね。本当にマジ泣きだったっけ…

 

「そうよねぇ。零奈ちゃんは和義が大好きだもんねぇ」

「ま、まあ…兄妹仲が良いのは良いことだからな。うんうん」

 

父さん無理してるなぁ。

まあ、兄妹として好きではないことは母さんは知ってる訳で。本当に面白そうな顔をしてるなぁ。

 

「それで?結局何でこんな事になったわけ?」

「それについては僕が説明しよう」

 

話を反らすため今回の原因を聞くと、今まで黙っていた中野さんが話し出した。

 

「端的に言えば理事の一人の暴走だ。理事長の息子が同じ学年にいることを君は知っているかね?」

「いえ…」

「まあ、そうだろうね。その理事長の息子はどうやら医者を目指しているようでね。そこで、理事長は僕にその息子の事を紹介してパイプを繋ごうとしていた。実際に成績は良いものだよ。ただ、君と上杉君がいるからか目立っていないのだよ。特に君は学力だけではなく運動の成績も良く、更に人望もあるようだ。その事で理事長は悩んでいたようだね」

「はぁー…」

「まあ、自分の息子の為を思っているのだろう。多少行きすぎているかもしれんが」

「…そんな理事長を見て、件の理事の者が動いたようだね。後は君の知るところだよ。ちなみに理事長には、君は飛び級入学を喜んでいると勝手に報告したようだ。この学校から飛び級入学者を出せば入学希望者が増えるという言葉を付けてね。理事長に気に入られたかったのだろう」

 

まったく…大人の事情に学生を巻き込むんじゃないよと思ってしまった。

 

「今回の事を受け、色々と動いた理事の者は退任。直江先生達の力もあり教育関係からは追放となった」

 

相手が悪かったね。御愁傷様。

 

「理事長に関しては本当に何も知らなかったようなので、厳重注意で終わったよ。申し訳なかった、と直江君に伝えてくれと伝言を預かっている」

「そうですか。まあ、何もなく終われたので良かったです」

「ふむ…それはどうだろう」

「え?」

 

中野さんの意味深な言葉に疑問が出た。まだ何かあるのだろうか。

 

「お前の作成した論文だが…何だあれは!?」

「え?何かまずかった?」

「僕も見せてもらったが、とても高校生が書くようなものではなかった。まあ、粗削りな部分も多少あったがね」

「さすがよね!」

 

父さんと母さんは対照的な反応をしている。何だろう?

 

「母さんから本気でやれって言われたからそうしたんだけど…」

「はぁ…お前の実力を見誤ってたよ。論文だが、もちろん向さんも見ているわけだが…大いに気に入ってな。是非来てほしいと返事があったからそれを断るのに苦労した…」

「えっと…ごめん…」

「良いのよ。向こうの人達悔しがってたわよぅ」

「とりあえず飛び級での入学は断れた訳だが、これからが大変かもしれん」

「?」

「和義の論文だけど今色々な大学関係者に閲覧されててね。あちこちからのスカウトがひっきりなしよ。とりあえず卒業までは待ってくれることになったけどね。下手に引き込もうとして本人の機嫌を損ねるのは良くないって判断したのね」

「はぁ...」

 

まあこれで皆と卒業できるからいいけどね。

そんな風に軽く考えているとメッセージが届いた。どうやら風太郎からだ。

 

「っ...!」

「ん?どうしたの和義?」

「いや、今風太郎から連絡があって五つ子達皆赤点回避出来たって」

「ほぅー」

「...」

「あら、やったわね」

「四葉が240点、二乃と三玖と五月が257点、そして姉妹トップの一花が264点だってさ」

「全教科赤点だった子たちが良くここまで頑張ったものだ。中野君も嬉しいんじゃないか?」

「そうですね」

 

中野さんはいつも通りに見えるが若干口元が緩まったように見える。

とりあえず何かアクションをしとかないとかなっと。このスタンプいいんじゃないかな。

そして、一つのスタンプをグループに送った。

 

------------------------------------------------

~直江家~

 

「実は...」

 

二乃が話を始めようとした時五つ子全員の携帯にメッセージが届いた。

『たいへんよくできました』と書かれた花のスタンプが。

 

「和義君...」

「おや、カズヨシ君は結果を知らないはずだよね」

「俺が今送っといた」

 

そう言いながら風太郎は自分の携帯を掲げた。

 

「フータローにしては気が利く」

「三玖は厳しいなぁ」

 

三玖の言葉に四葉が笑いながら答えた。

和義のスタンプで皆和んでいたがお構いなしに二乃に詰める者がいた。零奈だ。

 

「それで、兄さんは何を隠していたんですか?」

「っ...あいつは、私達の結果に関係なく卒業を前に海外の大学に行くかもしれない...」

「え...?」

「に、二乃...何言ってるの...?」

 

二乃の言葉に信じられないといった顔をして反応をしているのは三玖と五月である。

もちろん他の姉妹や風太郎も驚いている。

 

「何を言っているのですか二乃さん。そんな重大な事であれば相談するはずです」

「そ、そうだよ。カズヨシ君の性格なら......」

(待って。彼の性格ならどうする?この話がもし試験前であったら...)

「どうしたの一花?」

 

途中で言葉の詰まった一花に心配になり四葉が声をかける。

 

「ねぇ二乃。カズヨシ君からその話を聞いたのはいつ?」

「?一花さん。それがどうしたのですか?」

「...バレンタインの日よ」

「やっぱり...」

 

一花は納得した。恐らく和義は自分たちの事を最優先にしていることを。

 

「え、何?どういう事?」

「あの人はこの事を言えば私たちの試験に支障が出ると考えたのですよ。だから自分の中に留めたのでしょう」

「そんな...カズヨシ...」

 

四葉の質問に五月が答えた。そして、その五月の言葉に三玖は嬉しさと悲しさが混ざった感情が渦巻いた。

 

「あいつ言ってたわ。この話をすれば動揺して私達が試験に集中できないって」

「あの人は本当に...本当に...」

「レイナちゃん...」

 

下を向いてしまった零奈を心配して五月が声をかけながら肩に手を置いた。

 

「くそっ!何でだよ。何でお前はいつも…」

 

風太郎も今日ばかりは感情を露にしている。

 

「で、でもきっと大丈夫よ。あいつは行く気はないって言ってたし。誰かが勝手にやった事だから綾さんに相談してるって言ってたし」

「母さんに...?」

 

二乃の言葉に反応する零奈。そこですぐに行動にでる。

零奈が向かった先は電話。零奈は綾に電話をするようだ。

綾は和義と一緒にいるが電話には直ぐに出てくれた。

 

「母さんですか?お聞きしたいことがあるのですが」

『どうしたのよ。何?少し怒ってる?』

「もしかして今日本にいますか?」

『あれ?何で分かったの?愛の力かしらぁ』

「兄さんもいますか?」

『あ~...なるほどね』

「いるんですか?いないんですか?」

『分かった、分かった。怖いよ零奈ちゃん...いるわよ和義が。来るの?』

「もちろんです。どこですか?」

『REVIVALってお店だけど...』

「分かりました。ありがとうございます」

 

そこで零奈はさっさと電話を切ってしまった。

 

「兄さんの居場所が分かりました。REVIVALって言うお店のようです。どうやら母さんも一緒にいるみたいですね」

「REVIVALなら私知ってるわ。行くなら直ぐ行きましょう」

 

二乃がそう言うや否や全員が玄関に向かった。

そこにらいはがやって来た。

 

「わわっ。皆さんどこかに行くんですか?」

「悪いらいは。少し留守番を頼む!」

「え、分かったよ。気をつけてね」

 

らいはの見送りを背に一路REVIVALに向かった。

 

------------------------------------------------

しばらく両親と中野さんの昔話に花を咲かせていた。

母さんは面白おかしく話していて、中野さんもいつもより表情が柔らかくなっていた。

 

「そろそろかなぁ...」

 

時計を見ながらそう呟く母さん。こんな時はいつもろくでもない事が起きる前兆である。

 

「何がそろそろなの?」

「直ぐに分かるわよ。そう言えば今回の飛び級の話って誰かに話したの?」

「あー...二乃に職員室で話していたのを見られてたみたいでさ。二乃にだけ話してるよ。さすがに皆に話すと試験に影響が出ると思ったしね。零奈にも話してないよ」

「そっか...」

「何だ零奈くらいには話して良かったんじゃないか?」

「う~ん、決まったわけではなかったからね。心配されるだけだし」

「まあそうだな...」

 

そんな時、

 

バタバタ

 

何やら騒がしいなと思いそちらを見ると予想外にも中野姉妹と風太郎、それに零奈がこちらに向かってきている。

ちなみに三玖と風太郎は力尽きて死にそうである。

 

「え?え?何でここに?」

「零奈ぁー!会いたかったよ。父さんに会いに来てくれたのかい?」

「父さんは黙っててください」

「はい...」

 

おい。一家の大黒柱がそれでいいんかい。

ていうか何かすごく怒っているけど...

 

「兄さん。何か言う事はないですか?」

「へ?」

 

周りを見ているとごめんとジェスチャーをしている二乃が目に入った。

それに先ほどの母さんの話から予想すると零奈に知られちゃったか。

 

「あー...ごめん黙ってて」

「まあそれは許しましょう。それで、結局どうなったのですか?」

「大丈夫。このまま旭高校に在学できるよ。卒業までね」

 

わーっと皆が喜んでいる。

その後、それぞれの家族に分かれて席に座った。ちなみに風太郎は直江家側の席に座っている。

 

「父さんと母さん頑張ったんだよ、零奈」

「そうですか。ありがとうございます」

 

零奈が父さんに礼ををしているが、何かよそよそしい。

それを父さんも感じ取ったようだ。

 

「あの零奈?何かよそよそしいけど、どうしたのかな?」

「別に、家族の中で私だけが知らなかった事に怒っている訳ではありませんよ」

「これは怒ってるね零奈ちゃん」

「まあ僕で宥めとくよ」

「よろしくね和義...」

 

零奈の言葉にガックシと落ち込んでいる父さん。折角頑張ったのに本当に可哀想である。

直江家で話をしている横の席では、中野家でテーブルを囲んでいる。

 

「お父さんもいたんだね。カズヨシ君の事をお父さんも助けてくれたんだね」

「直江先生の頼みだったからね」

「そっかぁー。それでもありがとうございます!」

「ふっ...」

 

娘に心からのお礼を言われたからか、今までで一番良い笑顔が見れたように思える。

 

「ところで今回は全員赤点回避をしたようだね。おめでとう」

「ありがとう...」

「君たちは見事やり遂げたわけだ。どうやら二人の事を認めざるを得ないようだね」

「~~っ!」

 

僕と風太郎の事を認められたことが嬉しかったのか、口を手で覆って五月が喜んでいる。

 

「二人の家への出入りも認めよう。いつでも帰ってくると良い」

「パパ、あのね...」

「あの!」

 

そこに零奈が中野家の席に行き中野さんに話しかけた。

 

「ん?何だね?」

「あの!もう少しだけうちで暮らすことはできないでしょうか?」

「なんだって...?」

「もう少しだけ皆さんと一緒にいたいんです。お願いします」

 

そう言って頭を下げている。

まあそうだよね。娘たちともう少し一緒にいたいよね。とは言え、さすがに中野さんは許さないでしょ。

そんな風に見ているとチラリとこちらを見てから中野さんは答えた。

 

「君たちはどうなんだね?まだいたいのかね?」

「え?う、うん...」

「許してくれるのパパ?」

「ふむ。直江先生の家でもあるしね。君たちが望むのであればもう少しだけ許そう。もちろん、直江先生達の許可が降りればの話だが」

「本当に!?良いのお父さん」

「ああ。ただし今後もしっかりと勉強を続けるように」

「はい!」

 

四葉が敬礼ポーズで元気に答えている。

 

「ちなみに、こっちとしては全然問題ないわよ」

「そうだな。零奈も皆の事を気に入ってるみたいだしな」

「ありがとうございます」

 

うちの両親の言葉に五月がお礼を言った。

その後、僕に目線が集中した。

 

「まあ、もうすぐ春休みだしね。良いんじゃない」

 

僕の言葉に姉妹皆がハイタッチして喜んでいた。

自分の部屋で寝たりした方が良いと思うんだけど、皆が望んでるのであれば何も言うまい。

 

「では僕はそろそろ仕事に戻らなくてはならないから失礼させていただくよ。直江先生、綾先生良かったら空港まで送りましょうか?」

「それは助かるな」

「そうね。じゃあ、和義、零奈ちゃん二人に会えて良かったわ。たまにはそっちから連絡してね」

「ああ、分かったよ」

「体には気を付けてください」

 

仕事の関係上ほとんど日本に留まることが出来ない両親を空港まで中野さんが送ってくれるそうだ。本当に体を壊さないでほしいものだ。

そして両家の親は中野家の車に乗って行ってしまった。

 

「さてと。じゃあ帰ろうか。らいはちゃんも待ってるだろうしね」

 

ということで、皆でらいはちゃんが待つ家に帰るのだった。

 

 

 




長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

今回は和義の入学についての話で終わってしまいました。
ちょっとグダグダしてたかもしれません。すみません。。。

で、何とマルオさんが直江家に姉妹が残ることを許可するというビックリ展開にしてみました。
姉妹全員の赤点回避に、論文の出来。そして、そんな中でも自分の成績を落としていない事から和義の事を認めているのかもしれませんね。

次回投稿は、まだまだ私生活が落ち着かないこともあり、来週になると思います。
なるべく早めに投稿したいと思いますのでよろしくお願いいたします。


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65.母

お待たせして申し訳ありませんでした。やっと投稿が出来ました!


うちに帰った後の夕飯時のこと。

 

「そうそう。今日はデザートがあるから」

「そう言えばあんた、REVIVALから出るときに店長さんから何か受け取ってたわね」

「へぇ~、良く見てたね」

「ま…まあね」

 

今日は僕の向かいに座っている二乃が照れながら答えた。

 

「少し早いけど赤点回避のお祝いに合わせてバレンタインのお返しを用意しといたんだよ。ほら風太郎」

「お…おう」

 

風太郎は緊張した表情で冷蔵庫から箱を取り出した。

 

「まあ何だ…お前たちも良く頑張ったからなお祝いだ。大したものではないが食べてくれ」

 

そう言いながら差し出した箱の中には。

 

「プリン?」

「そうだよ。何と、風太郎の手作りです!」

 

一花の言葉に僕が答えた。

そう。これは僕が教えながら作った風太郎の手作りプリンである。最初に風太郎から作り方を教えてほしいって言われた時は、ビックリしたけど喜んで教えた。

三玖並みの不器用さがあって苦労はさせられたが、中々の出来に仕上がったと思う。

 

「へぇ~、フータロー君の手作りかぁ」

「あんたにしてはやるじゃない」

「お兄ちゃんがこんな事までしてくれるなんて…」

「それではいただきましょう」

 

五月の号令のもと皆が口に運ぶ。

 

「美味しい…」

「美味しいですよ、上杉さん!」

「そ…そうか。そいつは良かった」

 

皆が美味しそうに食べている姿を見てホッとしている風太郎。

あの風太郎が誰かの為に料理をする日が来るなんて。

 

「何を泣いているのですか…」

「良いじゃない。本当に感動してるんだから!」

 

泣いているところに零奈からツッコミを入れられた。この気持ちは誰にも分からないよ。

 

「それじゃあ次は僕からね。ちょっと待ってて」

 

そう言いながらキッチンに向かい準備をした。

本当は出来立てを食べてほしかったが仕方がない。

アルミホイルに包みトースターに入れ出来上がるのを待つ。

 

「ふわぁ~…いい匂いです」

 

キッチンの方から香ばしい匂いが漂ってきたのか、四葉が反応した。中々の嗅覚である。

温め終わったのをトースターから取り出し、切り分ける。

うん、パリッと出来上がったようだ。

そして、切り分けたそれを皆の前に配膳する。

 

「ふ~ん。アップルパイかぁ」

「美味しそうです!」

「これは香ばしいいい香り」

「さ、食べてみてよ」

 

二乃と五月、それに一花が反応してくれた。

そして、僕の合図で皆が口に運ぶ。ちなみに風太郎の分も用意している。

 

「う~ん…美味しいです!ね、零奈ちゃん」

「ええ…とても」

「うん…文句無し…」

「良かったぁ。本当は出来立てが一番美味しいんだけど、今日はそうもいかなかったからね。トースターで温めてみたんだ。今度また出来立てをご馳走するよ」

 

僕の言葉にワァーと歓声が上がる。近いうちに作ってあげよう。

 

僕と風太郎の手作りデザートは好評だった。風太郎が用意していただけでもサプライズだったようだ。

そしてその風太郎はらいはちゃんと一緒に家に帰っていった。今日は勇也さんが帰ってくるので泊まりは無しだ。

五つ子達は順番にお風呂に入っており、僕は夕飯の食器の後片付けをしていた。いつもであれば、二乃か三玖が手伝ってくれているが今日は違う。

 

「ありがとね一花。てか、珍しいよね。一花が皿洗いを手伝ってくれるなんて」

「たまにはねぇ~」

 

僕が洗った食器を拭いていってくれている。いつもならソファーで休んでいるのに本当に珍しい。

 

「そう言えば、一花が姉妹でトップの成績だったんだってね。やるじゃん」

「まぁね…と言いたいけど、カズヨシ君のマンツーマン授業のお陰だよ。ありがとね」

「僕はほんの少し手助けしただけだよ。一花の実力。誇って良いんじゃない?仕事もしながらだったんだしね」

「そっか…」

「もしかして、このお礼がしたかったから手伝ってくれてるの?」

「ま…まあねぇ」

「本当に一花って律儀だよね。まっ、そこが良いとこで、好感持てるとこなんだけどね…よし。終わった!ありがとね一花」

 

そう言って一花の頭をポンポンと、撫でるように叩きキッチンを後にしようとした。

 

「むぅ~…カズヨシ君って私の事を手のかかる妹みたいに思ってない?」

「一花だけじゃなくて五つ子皆をそう思ってるよ。手のかかる生徒であり、妹でもあるってね。だからこそ困ってるんだけどね

「ん?何か言った?」

「いーや。ま、一人の女の子として見られるよう精進するんだね。って、僕じゃなくて風太郎かもだけどね。君にとって女の子として見られたいのは」

「……」

 

僕の言葉に一花に反応がない。

 

「どうしたの?何か悩み事?」

「ううん。フータロー君は君よりも大変だなって改めて思っただけだよ。さてと、私もお風呂に入ろっかなぁ」

 

僕を追い越し客間の方に向かう一花。その後ろ姿に向かって声をかけた。

 

「一花。風太郎はきちんと君たちの事を考えてる。今回の手作りプリンがその証拠だよ。それに一花からプレゼントされたマフラーだって、温かくなってきた今でもまだ肌寒いって言って使ってくれてる。それでも心配だったら相談して。恋愛事に関しては役に立たないかもだけど、一人で悩むよりましだと思うから」

 

一花は立ち止まってくれたものの振り返らない。

けど、暫くしたら笑顔で振り返った。

 

「心配させちゃったかなぁ…うん。その時は頼りにしてる。よろしくね、先生!」

 

そう言った一花はそのまま客間に行ってしまった。

一花は確かに笑顔だった。けど、その笑顔は初めて会った時に見せていたあの作り笑顔のように思えてしまった。

やはり僕には、まだまだ女の子の気持ちを理解出来ていないようだ。

 

------------------------------------------------

~直江家・客間~

 

現在客間では、零奈に呼ばれて五つ子達が集まっている。

まあ、もう寝る時間でもあるので全員いるのは当たり前ではあるのだが。

 

「なんだろうね?レイナちゃんの用事…」

「そうですね…急に、皆さんにお話ししたいことがあります、と言って集めるだなんて」

 

四葉と五月は集められた理由が分からずソワソワしていた。

 

「あれじゃない。和義にまた近づきすぎです、みたいなやつじゃないの」

「…けど、それだったらカズヨシも一緒に話すはず。客間だとカズヨシ入れないし…」

「それもそうねぇ…」

 

二乃と三玖もそれぞれの意見を言っている。

 

「まぁ、本人が来れば分かるよ。レイナちゃんが来るのを待っとこ?」

 

それもそうね、と二乃が言った瞬間客間の戸が開けられた。

 

「すみません。お待たせしてしまったようですね」

 

そう言いながら零奈は、客間の上座にあたる場所に正座で座った。

それを見た五つ子達は、零奈の前にそれぞれ座っていく。

 

「それで、レイナちゃん。何かお話ししたいことがあるとの事ですが、一体…」

 

姉妹を代表して五月が切り出した。

 

「そうですね。まずは改めて、皆さんの赤点回避を心よりお祝いいたします。おめでとうございます」

 

零奈はそう言って頭を下げた。

 

「わわっ、レイナちゃん。そこまでしなくてもいいですよ!」

「そうよ。まぁ嬉しいと言えば嬉しいんだけどね」

 

零奈の行動に四葉と二乃が言葉をかける。もちろん他の姉妹も頭を上げるよう促している。

 

「ふふっ。とても嬉しかったので、つい行動を取ってしまいました」

「ありがとう...」

「そっかぁ。お姉さん達頑張った甲斐があったもんだ。それで...まずはってことは、他に目的があるんだよね?」

「ええ...」

 

そこで真剣な顔で五つ子を見渡している零奈。その雰囲気からただ事ではないと全員が感じ取った。

そこで零奈は目を一度閉じ、ふぅ~と息を吐き口を開いた。

 

「皆さんは生まれ変わりというのを信じますか?」

「生まれ変わりですか...」

 

突然の事を言う零奈に五月が何を言っているんだといった気持ちで聞き返した。

 

「生まれ変わりって?」

「輪廻転生...人は死ぬと新しい生命に生まれ変わると言われている...」

「それが何だっていうのよ」

 

四葉は言葉の意味が分からず疑問を口にすると三玖が説明をする。それに対して二乃が疑問に思うが、確かにそれが何なのかと言わざるを得ない。姉妹全員を集めて真剣な表情をして話し出したと思いきや、生まれ変わりというのを信じるか、である。こんな事を言われても、と言うのが普通の反応である。

 

「まあ普通はそういう反応ですよね」

「……もしかしてレイナちゃんは、自分が誰かの生まれ変わりだって言いたいのかな?」

 

一花の問いに対して姉妹全員がまさかという気持ちでお互いを見合って零奈を見るが、その零奈は真剣な顔でこちらを見ている。

 

「え、まじ?」

 

二乃の問いに対して零奈はコクンと頷いた。

 

「う...嘘...」

「えーー!」

「ま...待ってください。と言うことは、その...つまり生前の記憶もあるということでしょうか?」

「はい」

 

零奈の言葉に五つ子全員が固まっている。無理もない。こんな突拍子もない事を言われても信じる事は普通に考えればできるはずがない。しかし、目の前にいる少女はこんな出鱈目な事を言う子じゃないと全員が理解していた。で、あれば彼女が言っていることは本当である、と全員がたどり着く事になる。

 

「ちょ...ちょっと待ってよ。混乱してきたんだけど...えっと、つまりレイナちゃんには生まれてくる前の記憶があるってことよね?」

「正確には、死んで目が覚めたら2才の誕生日でした」

「ふえ~、まるで小説の世界みたいだね。ん?ちょっと待って。何でそんな重要そうな事を私達に話してるの?」

 

そこで一花は、至極当然のことが頭を過ったので聞いてみた。確かに零奈とはそれなりに一緒に生活もしてきた。

しかし、自分たちとは言い方が悪いかもしれないが赤の他人、もちろん零奈の事を妹のように思っているが本当の家族ではない。こんな事をなぜ自分たちに言ってくるのか疑問が出てくる。

 

「......愛」

「え?」

「愛さえあれば自然と分かる。そう思っていたのですが...」

「そ...それって...」

 

零奈の言葉に五月と四葉が反応した。

 

「一花。この五年間妹達の事をよく支えてきましたね。子どもの頃から姉妹全員をよく引っ張っていましたが、今ではしっかりとお姉さんが出来ていますよ」

「...っ!」

「二乃。貴女の姉妹を想う気持ち、昔から変わりませんね。少し強く出る節もありますが、それは姉妹の中で誰よりも繊細でそれを隠すためかもしれませんね」

「え...」

「三玖。貴女は昔からいつも姉妹の中で一歩後ろに引いていました。しかし、いい出会いがあったのでしょうね。今では前に出る勇気を得たように思えます。それに、昔から姉妹の中で一番の物知りでしたしね」

「...っ...っ」

「四葉。貴女の運動神経の良さは子どもの頃から片鱗が見えていました。今まで努力をしてきたのでしょうね。その努力が実を結び、今では色々な部活動で活躍をしている。とても誇らしく思います」

「な...なんで...」

「五月。貴女は姉妹で一番の甘えん坊でした。それが今では甘えを見せずしかっりとしている。誰よりも真面目に。もしかしたらその原因を作ってしまったのは私かもしれませんが...」

「うっ...うっ...」

 

零奈はそこで一度話すのを止めた。既に三玖と五月は涙を流している。

 

「ここまで言えば貴女達に話した理由が分かりますか?」

 

ニッコリと笑いながら五つ子に笑顔を見せる零奈。姿は小さな少女。しかし、そこから出ている雰囲気は子どもを思う母性が出ていた。そして、その零奈の目からもツーっと涙が流れている。

 

「姉妹全員、ここまで仲良く立派に育ってくれてたこと嬉しく思いますっ...」

 

その言葉を皮切りにそこにいる全員の気持ちが弾けた。

 

おかーさんっ!

 

真っ先に五月が泣きながら零奈に飛びついた。

 

「「「「お母さんっ!」」」」

 

それに続くように姉妹全員が次々に零奈に飛びつく。

しかし零奈は小さな少女。高校生五人が飛びついたらどうなるか、誰もが分かるところである。まあ、今はそんな事まで考えることができる人間はそこにはいなかったことも、もう一つの真実である。

そんな訳で、零奈は今仰向けに倒れ五人の下敷きになっている状態である。

 

「あいたたっ...まったく私は今小さな女の子なのですよ。考えて行動してください!」

「あははは。ごめんね。でも、そんな事今は考えられないよ」

「だね~」

「同意...」

「まったくよ。一人、私達の会話が聞こえていない人間がいるけどね」

「お母さんっ、お母さんっ」

 

五月はなおも泣きながら零奈のお腹あたりに顔を埋めている。

 

「よしよし。まったく。やはり一番の甘えん坊のようです」

「うん。でも、こんな五月ちゃんを見るのは懐かしいかな」

「そうね。ずっとお母さんの代わりになるって、気を強く持っていたから」

「...」

 

そんな一花と二乃の会話を聞きながらも零奈は五月の頭を撫でていた。

 

「それにしても、何でもっと早く言ってくれなかったのよ」

「そうだよ。私達と会ってずいぶん経ったよ」

「...本当は名乗り出ないつもりでいました」

「え...?」

 

二乃と四葉の問いに零奈が答えると、三玖が驚いたのか声が漏れた。もちろん驚いているのは五月以外の姉妹全員である。その五月はまだ会話に参加していない。

 

「生前の記憶があるといっても私はもう直江零奈として生きています。ですので、貴女達には直江和義の妹として接していこうと決めていました。あの花火大会で再会した時から...ほら五月、そろそろしゃんとしなさい」

「うん...ぐすっ...」

 

零奈は五月の頭を撫でながらも起き上がらせた。

 

「しかし駄目でした。やはり私も一人の親です。貴女達と色々と係わりすぎたからか、これ以上は我慢ができないと思った次第です。ですから、試験で赤点回避が出来たら明かそうと...それにしても、何をしていたのですか、全員が赤点しか取れない程成績が悪かったなんて」

「なはは...面目ない」

 

一花が答えるが、これには五つ子全員反論が出来なかった。

 

「まあいいでしょう。これからはしっかりと勉強をして成績を落とさないように!」

「「「「「はい...」」」」」

「まあ、和義さんと風太郎さんがいれば大丈夫でしょう」

「うわぁー...レイナちゃんの姿で和義のことを和義さんって呼ぶと違和感しか無いわぁ」

 

全員がそれに納得して笑っている。

 

「でも何か納得だわ。たまにレイナちゃんと話していると懐かしさを感じていたから」

「うん。私と二乃に姉妹の事を話していた時に、レイナちゃんがお母さんがいつも言っていたことを話した時はビックリしたけど納得...」

「へぇ~、そんな事もあったんだ」

「私も慰めてもらった時がありましたが、なぜかレイナちゃんの前では全てをさらけ出しても良いように感じてしまいました」

「五月もなんだ」

「ふふっ、あの時は見てられませんでしたからね、少しお節介をしました」

 

その時の事を思い出したのか、零奈は優しく笑った。

 

「さて、私の話したいことは以上です。しかし、この部屋に来てもう一つ用事が出来ました」

 

そう言った零奈からは笑顔が消えた。

 

「一花!何ですかこの散らかし様は!今すぐ片付けなさい!」

「ひえっ!ちょっと待って。今から?」

「今からです!新年にあれだけ言ったのにまだ散らかしているなんて...」

「うっ...分かったよぅ。ごめん、四葉手伝って」

「了解」

 

そして急遽零奈の号令の下一花の荷物の大掃除が夜間に開始された。一花と四葉で行っているが自分の部屋程広くないので直ぐに終わりそうではある。

 

「そうだ!今日はお母さんも一緒に寝ませんか?」

「え?ここにですか?」

「はい!」

「あら、いいじゃない」

「うん。賛成...」

「そうですね。貴女達がそこまで言うのであればいいでしょう」

「やったー!じゃあ、私の隣に...」

「ちょっと、あんたはさっきまであんなに抱きついていたでしょ。ここは私達に譲りなさいよ」

「うん。私もお母さんの隣が良い」

「分かりました…」

「じゃあ、私も...」

「四葉は却下よ!お母さんが潰されるでしょ」

「う~...」

 

片付けをしながら四葉が立候補したが、四葉の寝相の悪さで二乃に却下された。そして話し合いの結果二乃と三玖の間に零奈が眠ることに決定した。

林間学校に付いていった時に、旅館で六人一緒の和室で寝て以来の家族での就寝である。しかし、あの時とは違って今は母親と一緒に眠れるという気持ちがあるので、五つ子にとっては五年ぶりに一緒に寝ることになるのだった。

 

------------------------------------------------

「話は終わってると思うけど、今日は一緒に寝ているのかな...」

 

一人部屋で勉強をしていた時にふと時計を見ると、もう日付が変わるくらいの時間だった。そんな時間になっても零奈の部屋のドアが開け閉めされる音がしなかったためそう考えたのだ。

 

『兄さん。今からあの子達に自分のことを話して来ようと思います』

 

そう意気込んで零奈は客間に向かった。何も無いってことはうまくいったんだろう。良かったね零奈。

そう思いそのまましばらく勉強を続け、キリが良いところで寝ることにした。

 

「みんな。良い夢を...」

 

ベットに入り目を瞑る前にそう呟いて眠ることにした。

五つ子達の赤点回避も出来た。零奈と五つ子達の事もうまくいったようだ。後は自分の事か…

 

自分に告白してきた、二乃・三玖・五月・零奈。彼女達の今後の事も考えていかなければならない。

それに…

 

『和義の論文だけど今色々な大学関係者に閲覧されててね。あちこちからのスカウトがひっきりなしよ。とりあえず卒業までは待ってくれることになったけどね』

 

母さんが言うには卒業まではこのままの生活が続けられる。でも、卒業後の事で色々と話が出てくるだろう。そうなると、進路によっては皆とは遠く離れ離れになるかもしれない。

恋と進路。別々のようで実は一緒に考えなければいけないのかもしれない。

そんな考えが出てきたが、今はゆっくり休もう。その思いから考えるのをとりあえず止め眠りに落ちたのだった。

 

 




この話で零奈の事を五つ子全員知ることになりました。
早すぎるかもしれませんが、この後の展開的にも明かさせていただきました。

しかし、五つ子達の子どもの時の情報が見つけることが出来なかったので、ほぼ僕の予想で書かせていただいております。
本当は違うかもしれませんがそこはご了承いただければと思います。

次回投稿もなるべく早くしたいですが、やはり仕事との両立は厳しいですね。
投稿は続けていきますので、温かく見守っていただければと思います。

次回は、原作で言えば風太郎が当てた旅行の話辺りでしょうかね。実際に投稿した話が違うかもですが、そこは勘弁を。

では、今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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第8章 リスタート
66.アルバイト


~直江家・リビング~

 

零奈が五つ子達に自分の事を明かした最初の休みの日。

この日は和義以外のんびりと過ごしていた。

その和義はと言うとREVIVALに呼ばれたので行っている。

五つ子達の赤点回避が分かった後、週に2日程度で良いのでという事でキッチンスタッフとして働くことになったのだ。

零奈を残して仕事に行く事に抵抗があったが、零奈には零奈(れな)としての記憶があることと、五つ子達が家にいることもあり承諾することになった。

 

「あーあ、折角一緒に住んでても働きに行っちゃってたらあんまり話せないじゃない」

 

バレンタインでの告白以降、二乃は積極的に和義と話すようになった。姉妹に隠す事もせずにだ。

 

「二乃。やけに積極的ですね」

「そりゃーね。恋愛に対して消極的なんだもん和義ってば。積極的にもなるわよ。まあ、あまり行きすぎないようにはしてるけどね、嫌われたくないし」

 

零奈の言葉に二乃が当たり前といった形で答える。

一方で三玖と五月も一緒にいようとしているが、二乃ほど全面的にはしていない。性格がここで出てきているようだ。

 

「そう言えば前から気になってたんだけど、お母さんは和義の事どう思ってるの?」

 

二乃の言葉に姉妹全員が零奈の言葉に注目した。

当の零奈は落ち着いており、マイペースにお茶を飲んでいる。

 

「好きですよ、もちろん」

 

さも当たり前のように発言する零奈。しかし、姉妹が聞きたいのはそう言った事ではないと思われる。

 

「あのっ!前にも聞きましたがそれは兄妹として好きで良いのでしょうか?」

 

五月がここぞとばかりに聞いている。ちなみに五月の敬語は零奈(れな)がいてもそのままである。敬語が崩れるのは今でも和義の前だけだ。

五月が聞いている事に他の姉妹は驚いているものの、良く聞いてくれたとも思っている。

それでも零奈は落ち着いている。

 

「……一人の女性としてです。既に告白もして、考えてくれるとも言っていただきました」

「「「「「~~っ…!」」」」」

 

零奈の発言に驚きを隠せない五つ子達。

 

「ちょっと、分かってるの?本当の兄妹だってこと!」

「もちろんです。綾さんにも許可を貰ってます」

 

あの人は、と姉妹全員が心の中で思っている。

 

「えっと、お父さんは…」

「中野君は零奈(れな)として妻になったお相手。今の私は零奈(れいな)として新しい人生を始めました。新しい人生を始めて五年。それから和義さんとは常に一緒にいました。そういった気持ちになるのも致し方ないかと」

 

四葉の問いにも零奈は冷静に答えている。

 

「まさかライバルが母親なんて思いもしなかったわ」

「私は娘が相手であっても諦める気はありませんよ」

「へぇ~」

 

二人ともニッコリとした顔であるが二乃と零奈の間ではバチバチと火花を散らしている。

 

(これは、カズヨシ君いなくて良かったなぁ)

 

一花は二人のやり取りを見ながら、ここにいない和義のことを案じていた。

 

「ふふっ。今回私の事を話したのにはもう一つ理由があったのですが…まさにこの事です。知らず知らずのうちに和義さんと私が仲良くなっていたらフェアではないでしょう。身近にもライバルがいると危機感を持ってもらった方が良いと思いました」

「随分と余裕じゃない。でもそういうの私は好きよ」

「わ…私だって負けられない…」

 

二乃と零奈のやり取りに三玖も参戦する。

 

「うわぁー…凄い光景だなぁ。ん?五月大丈夫?」

「え!?何がですか?」

「ううん。何か浮かない顔をしてたから…」

「大丈夫ですよ。気にしていただいてありがとうございます」

 

三人のやり取りを遠巻きに見ていた四葉は、隣で何やら考え事をしていた五月に声をかけるも大丈夫だと言われた。

しかしその後も真剣な顔で考え込んでいる。

 

(大丈夫だって言ってるし、これ以上踏み込まない方が良いよね…って、何か一花も真剣な顔してる。うーん、何かあったのかなぁ…赤点回避も出来て、お母さんとも会えてで良いことばかりと思ってたのになぁ…)

 

一花と五月に釣られて四葉も考えに浸るのだった。

 

------------------------------------------------

「いやー、こうやってうちで働いてくれて助かるよ」

「まあ、週に2日ですけどね。すみません」

「良いんだよ!それだけでも助かるさ」

 

REVIVALの厨房で店長さんに教えてもらいながら話をしている。今は生地をオーブンで焼いているところだ。

今は暇な時間帯のためなのか、何故か風太郎も厨房にいる。

 

「ふふふ、和義君の作るケーキを限定商品として売れば売り上げも上がるだろう。なんと言っても、クリスマスに作ってくれたケーキが幻のケーキとしてSNSに取り上げられてるからね」

 

何気にハードルを上げるのは止めてほしいものだ。

 

「しかしお前もここで働く事になるとはな」

「ショートシフトだけどね。ホールは良いの?」

「ああ。閑古鳥が鳴いてるぜ。この時間帯はいつもそうだ。もう少ししたらまた忙しくなるだろ」

「へぇ~」

「そう言えば、君たちは二乃君と友人だったね」

「二乃ですか?そうですけど…」

「もし可能ならばあの娘も雇いたいと思ってるんだよ。バレンタインのチョコをここで作っていたが、彼女の手際はとても良かった」

 

バレンタインでの告白が印象的過ぎて忘れてたけど、ここで調理してたんだっけ。確かにあの時のチョコは美味しかったし、十分な戦力になると思う。

チラッと風太郎を見る。

 

「ん?何だ?」

「いや、先生としては二乃のバイトどうなんだろうって思ってさ」

「うーむ…」

 

風太郎が腕を組んで考えている。確かに成績は上がったがバイトをすることで下がってしまう可能性だってあるはずだからね。

 

「一花も仕事大変そうだしさ。自分のお小遣いくらい自分で稼ぐようにした方が一花の負担が減ると思うよ」

「そうだな…それにあいつの夢でもあるしな」

「風太郎覚えてたんだ」

「ま…まあな」

 

最後は恥ずかしがっていたが風太郎から許可が降りた。

 

「とりあえず本人に聞いてみます。本人が働きたいかどうかですからね」

「いや、声をかけてくれるだけでも助かるよ」

 

丁度オーブンで焼いていた生地が焼き上がったので、続きの作業のため話はそこまでとなった。

ちなみに、風太郎の予想通りすぐに忙しくなった。僕の作ったケーキも売れたので、とりあえず一安心である。

 

------------------------------------------------

「本当!?行く行く」

 

その日の夕食時に、店長から二乃に働いてほしいと言われた事を二乃に伝えると直ぐに承諾された。

 

「即決だね。まあ、風太郎も言ってたけど二乃の夢のためにもいい経験になるんじゃない」

「あいつそんなこと言ってたの?」

「うん」

 

意外だといった顔をして二乃はご飯を食べ始めた。

 

「上杉さん、ちゃんと私達の言葉覚えててくれたんですね」

「あいつはそういう奴だよ。素っ気なくしているようで、しっかりと人の事を見ている。凄い奴さ」

「そうですね!ししし、直江さんは上杉さんの話になると嬉しそうです」

「そうかな…」

「はい!私も嬉しいです

 

今日は隣に座っている四葉が最後の言葉を僕にだけ聞こえる様に話した。それからはずっと上機嫌である。

 

「ねぇねぇ。和義と一緒のシフトになることもあるわよね?」

「僕のシフトがそもそも少ないから、同じシフトって言うのは少ないかもだけどあり得るかもね」

「それでも一緒の時間が増えるなら全然構わないわ」

「っ…!」

 

この娘は本当に恥ずかしげもなく言えるよね。僕の反応が良かったのか上機嫌にご飯を食べている。

 

「二乃。バイトも良いですが勉強も疎かにしてはいけませんよ」

「分かってるわよ」

 

この親子の会話。違和感ありすぎて今でも慣れないなぁ。

 

「む~…カズヨシ。そのお店他にバイト募集してないの?」

「え?分かんないけど…最近僕が働きだしたし、そこに二乃を雇うとなると厳しいんじゃない?」

「そっか…」

 

心底残念そうな三玖。こればっかりはどうしようもない。

 

「う~ん…そう言えば、REVIVALの向かいのパン屋がバイト募集してたような…三玖の料理の腕も上がってきたしパン作りに挑戦するのも良いかもね。今日の夕飯美味しいよ」

 

今日の夕飯は僕が横で見ていたものの、ほとんど三玖一人で作っている。見た目はまだまだだが味に関しては問題ない。

 

「本当!?」

「ああ。パン作りだけは僕もほとんどやったことないから、あんまり教えれないかもだけど、三玖が挑戦するなら応援するよ」

「カズヨシもほとんどやったことないか…考えてみるね」

「ああ、じっくり考えるといいさ」

 

そんな感じで夕飯を過ごしていると携帯にメッセージが届いた。

中々珍しい人からだなこれは。

 

食事が終わったところで五月に声をかけた。

後片付けは二乃と三玖がやってるから丁度いい。

 

「なあ五月ちょっといい?」

「はい、何でしょうか?」

「先生を目指してるって事だけど、下田さんの働いている塾でお手伝いを募集してるそうだからさ一緒にどうかと思って」

 

そう言って先程届いたメッセージを五月に見せた。

 

「塾のお手伝い…」

「ああ。勉強をしながら下田さんの手伝いをする。ほとんど給料は出ないみたいなんだけどね」

「……あの、一緒にってことは和義君も行くの?」

「まあね。REVIVALとの兼任にはなるんだけどね」

「そっか…」

 

周りに僕以外に誰もいない事に気づいた五月は敬語を崩して話し出した。しかし、零奈(れな)さんの事を知ったんだし僕以外にも敬語で話さなくていいんじゃないだろうか。

当の五月は少し笑ってはいるが即決は出来ないようだ。普通ならそうだよね。

 

「急ぎって訳ではないけど来月までに決めてもらえると助かるかな」

「分かったよ」

「それじゃあこのメッセージを五月にも送っとくよ」

「うん、ありがとう…」

 

メッセージを五月に送ったところで零奈がお風呂から上がったのかリビングに入ってきた。

 

「次どうぞ」

「じゃあ私お風呂に行くね」

 

そう言い残し五月はお風呂に向かうためリビングから出ていった。

何だろう。避けられてるって程ではないが、以前より話す機会が減ったような。知らない内に何かしちゃっただろうか。

 

「どうされたのですか兄さん?」

「いや、乙女心ってやっぱり難しいんだなって改めて感じただけだよ」

「はあ…」

 

零奈には、何を言っているんだ、という表情をさせてしまったが仕方ない。とりあえず勉強して気分を紛らわすか。

そんな思いで自分の部屋に向かうのだった。

 

------------------------------------------------

春休みに入ってからすぐに五つ子達は家族で旅行に行った。

何でも三玖が応募した景品にあった旅行券が当たったようだ。

そして住所を元々の家の住所で書いたがために中野さんに知られたそうだ。それで家族で旅行に行くことになったと。

まあ、それがなくてもたまには家族で過ごした方が良いと思っていたのでいい機会かもしれない。

そんなわけで今この家には僕と零奈しかいない。

 

「久しぶりに二人だとやっぱり静かだね」

「そうですね。私はこの二人の空間も好きですよ」

「そっか…」

 

二人で昼前の時間をのんびり過ごしている。

しかし出発する時のやり取りは面白かった。

 

『お母さん。私達がいないからって和義とイチャイチャしないでよ!』

『さて?それは約束出来かねますね』

『む~…カズヨシ、駄目だからね?』

『はいはい。ほら迎え来てるんだから早く行きな』

『それじゃー、行ってくるねお母さん!』

『ええ。気をつけて行ってくるのですよ』

『はい。和義君もいってきます』

『お土産期待しててねカズヨシ君』

『久しぶりの家族の団欒なんだから楽しんできな』

『『『『『はーーーい!!』』』』』

 

やり取りを思い出し、プッと吹き出してしまった。

 

「どうしたのですか、いきなり笑って…」

「ごめん。さっきの出発のやり取りを思い出しちゃってさぁ」

「なるほど。まったくあの子達ときたら」

「ははは、良いじゃない。仲良くやれてるようで良かったよ」

「そうですね。嬉しい限りです」

 

嬉しそうな顔をして話す零奈を見ていると、この奇跡のような出来事が起きて本当に良かったと思う。

 

「しかしこういう景品って当たらないものだと思ってたよ」

「確かにそうですね。しかも…」

「ああ、風太郎にも当たるとはね」

 

そうなのだ。風太郎も三玖と同じ抽選に応募をしていて当選したのだ。

おつかいを頼んだ三玖がスーパーで偶然風太郎に会って、その場で二人で応募をしたようだ。

あのスーパー当選率高いんだな。今度行ってもし抽選をしてたら僕も応募してみようかな。

 

「そう言えば、風太郎さんには伝えてるのですか?」

「ん?何を?」

「いえ。あの子達も当選して同じところに行くという事です」

「ああ…言ってないや」

「何をやってるのですか」

「別に問題ないでしょ。現地で遭遇しても」

「まあそうでしょうね。ところで、何処に行かれたのですか?」

「さあ?どっかの島だったような…零奈も聞いてないの?」

「ええ。急に決まった事だったようですので、あの子達も準備でバタバタしていましたから」

「ま、現地から写真がいっぱい送られて来るでしょ」

「そうですね………あの兄さん」

「んー?」

「私達も旅行に行きませんか?」

「へ?」

「行っておきたいところがあるのですが少し遠いので。旅行という形で行けたらと思いまして」

「別に良いけど、今からで旅館やホテルって空いてるの?」

「そこは問題ありません。既に予約済みです。ではお昼食べたら出発するので準備してくださいね」

「………………は?」

 

空耳だろうか。零奈がとんでもない事を言ってるような。

 

「は?ではありません。早く準備してください」

「いやいや。いくらなんでも唐突過ぎでしょ。え?僕が断ったらどうしてたの?」

「兄さんは断ることはないと思ってましたから。では私は自分の準備をしますので。それでは」

 

そう言って零奈は自分の部屋に向かっていった。

何か行動力が母さんに似てきたな。そんな思いを胸に僕も自分の準備を始めるため部屋に向かった。

 

お昼を食べ終わったので出発することになるのだが。

 

「結局何処行くの?」

「ある島へ。県内なのでそこまで遠くはないですが、渡船場までは距離があるのでバイクを出してくれると助かります」

「はいよ。それじゃあ行きますか」

「ええ!」

 

車庫からバイクを出してエンジンをかける。たまには動かしてあげないと、と思ってたから丁度良いか。

荷物も乗せてチャイルドステップも付けて準備万端だ。

 

「よし!零奈ヘルメットとタンデムベルトは着けた?」

「問題ありません。お願いします」

 

両手を上げてる零奈を抱えて後部座席に乗せる。

 

「荷物があるからちょっと狭いかもだけど我慢してね」

「大丈夫ですよ。体が小さいのはこういう時に役立ちますね」

「確かに。それじゃあ出発しますか。どう?ベルトはしっかり出来てる?ベルトがあってもしっかり捕まってるんだよ」

「分かってますよ」

 

後ろからギュッと掴まれているのを感じて出発する。

では一路、零奈希望の島へ。

 




今回は時間を作ることが出来たので、少し早めに投稿する事が出来ました。
ただ、次の投稿はまた来週になると思います。申し訳ないです。

さて、原作より早くなりましたが五つ子がそれぞれのアルバイトに向けて動いていくことになりました。
REVIVALの店長に下田さん。それぞれが既に声をかけていることもあるのと、赤点回避したこともありで少し早めにこの内容で書かせていただきました。

次回は旅館でのお話になります。五月が風太郎に相談をする事が無いので原作通りとはいきませんが、少しは原作の内容を交えながら書かせていただこうかと思っております。


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67.故郷

「潮風が気持ちいいね」

「ですね~」

 

僕と零奈は今ある島に向かう為に連絡船に乗っている。天気も良かったのでデッキにて景色を眺めていた。

 

「それで。今から行くところは零奈(れな)さんのお父さんが経営している旅館なんだっけ?」

「はい。母さんに頼んで訪問させていただくことになりました。私の仏壇はこっちにあるようですので、そちらのお参りをしようかと」

「へぇ~。お墓の次は仏壇ね。抵抗とかないの?自分のお墓や仏壇にお参りするのは」

「もちろん最初はありましたよ。お参りする事で私が消えるのではないかとも思いました。しかし、直江零奈(なおえれいな)として生きていく為の言わば決別みたいなものでしょうか。まあ、全ての縁を切るわけではありませんが…」

「そっか…」

 

零奈は遠くを見ながら答えてくれている。

恐らく僕には全く分からない何かを零奈は自分の胸に抱えているのだろう。それは聞いてはいけないように感じたから、それ以上聞こうとはしなかった。

 

「着いたー!思ったよりも早く着くもんだね」

 

しばらくすると連絡船が島に着いた。

そして僕は両手を上げ島に上陸しながら感想を述べるのだった。

 

「全く…みっともないですよ」

「良いじゃん。こうやって旅をするとやっぱりテンション上がっちゃうよ」

「良く分かりません…」

 

こういう所はやっぱり女性の大人だな。けど、うちの母親は多分僕と同じ事をするだろうから血だろうか…

 

「さてどうしよっか?すぐに旅館に向かう?」

「そうですね...ちょっと寄りたい所があるのでそちらから先に行ってもいいですか?」

「OK!じゃあ案内よろしく」

「分かりました。では、はい」

 

零奈はこちらに自分の手を差し出してきた。

なるほどそうきたか。まあ、これくらい良いか。

そう思い零奈の手を握る。それだけでも嬉しかったのか零奈は笑顔だ。

 

「それでは出発しましょう」

 

零奈の先導で零奈希望の場所に向かうことになった。

 

それからしばらく歩いているが結構山登りをしている気がする。

 

「零奈大丈夫?」

「ええ...しかしこの体ではやはり大変でしたね...」

 

本人は大丈夫だと言っているがそろそろ体力の限界かもしれないかな。

そう思って零奈を抱きかかえた。

 

「ふぇっ!?兄さん何を?」

「まあまあ、もうすぐなんだよね?」

 

そう言って零奈を右腕で抱え込み、荷物は左手で持ってズンズンと進む。

 

「まったく...兄さんはたまに強引なところが本当にありますよね」

 

そう言った零奈は観念したのか僕の首に腕を回してしっかり捕まっている。

そしてしばらく歩いていると開けた場所にたどり着いた。

 

「おーー!いい景色じゃん!」

 

零奈を降ろしながら視界に広がる景色に目が奪われた。山々が広がり、その向こうには海が広がっている。

 

「ふー...この景色は変わりませんね」

 

隣にいる零奈は目を細めながら懐かしそうにその景色を眺めている。

 

「これが寄りたかった場所?」

「そうですね。これも含みますが本当に寄りたかった場所はあれです」

 

零奈がそう言って指さしたのは...

 

「鐘?」

「ええ。この鐘はこの島随一の観光スポット『誓いの鐘』です。この鐘を二人で鳴らすとその男女は永遠に結ばれるという伝説が残されているのです」

「へぇー、ロマンチックじゃん......ん?」

 

ちょっと待って。ここに来たってのは...

零奈の方に目線を向けるとニコッと笑っている。

 

「えっと...零奈(れな)さん。ここにはどういったご用件で?ああ、何かいい思い出があって寄りたかったとかかな?」

「なぜそこで零奈(れな)呼びなのでしょうか?後、別にここにはこれといった思い出はありません」

「あははは、なんでだろうね。何か呼んじゃった。そっか...特に思い出はなかったかぁ...」

 

じゃあ何でここに?とは言えなかった。

 

「...兄さんの想像通りですよ。鐘を一緒に鳴らしたくてここに来ました」

「そ...そう」

 

何だろう。何か緊張してきた。

 

「今は兄妹としてでも良いんです。ずっと仲良くいられるようにと…一緒に鳴らしてくれませんか?」

 

そんな懇願するような顔をされたら断れないよ。

 

「分かったよ...よっと」

「わわっ。どうしたのですか!?」

「零奈の身長だと届かないでしょ?」

「そ...そうですね。ありがとうございます」

 

零奈を抱えて鐘に近づく。そして...

 

ゴーン...ゴーン...

 

鐘が鳴る。いい音だ。

ふと零奈を見ると満足そうな笑顔をしている。そんな彼女の顔を見れただけでも良しとしますか。

 

------------------------------------------------

「おー、老舗って感じだねぇ」

「言い方を変えれば古いとも言えますね」

「自分の親が経営している旅館に対してその意見はどうなんだろう」

「良いのですよ」

 

気にしないように旅館の中に入っていく零奈。僕はそれに続く。

誰も迎えに出てこないんだが...

零奈は気にせず受付の方に向かっている。その受付にはおじいさんが座っているようだ。

もしかして彼が。

二人で受付の前に来るも何の反応もない。ただの屍とかじゃないよね...

零奈はただじっと見ているだけだ。

 

「あのー...直江と言うものですが。連絡が来てると思いますけど...」

 

僕の言葉にピクッと反応があった。

 

「あんたらが直江先生の子どもか?」

「ええ。景と綾の息子と娘です」

 

僕の紹介の後、零奈は頭を下げた。その零奈をおじいさんはじっと見ている。そしてフッと笑ったように思えた。

 

「部屋に案内しよう。付いてきなさい」

 

そして僕たち二人の前を歩いて部屋まで案内された。

 

「あ、そうだ。両親からのお願いもあったのですが、零奈(れな)さんのお仏壇にお参りさせていただいてもいいでしょうか?」

「...いいだろう。荷物を置いたらまた受付まで来なさい」

 

そう言っておじいさんは部屋から出ていった。

 

「零奈、あの人が零奈(れな)さんのお父さん?」

「ええ...」

「言い方が悪いかもだけど、あまり生気を感じられないんだが。前から...な訳ないか」

「はい。恐らく私の死が原因なのでしょうね」

 

そう言いながら零奈は少し悲しげな表情をしていた。

 

仏壇に御供えするお菓子を手に受付まで行くと、おじいさんに仏壇がある部屋まで案内された。

その仏壇には女の人の写真が飾られていた。

これが零奈(れな)さん。確かに美人だ。中野さんを筆頭に学生達がファンクラブを作ったっていう話も過言ではないと感じられる。

そんな考えをしていたら、隣の零奈から肘でつつかれた。

 

「すみません。写真の方が美人でしたので見とれていました。これつまらないものですが、御供えさせてください」

「ああ…」

 

おじいさんの返事を聞いて、お菓子を御供えした後手を合わせた。僕の後には零奈も続く。

零奈が手を合わせるのを止めた時、おじいさんから声をかけられた。

 

「君は零奈(れいな)と言うんだね?確か零奈(れな)と同じ漢字だと聞いている」

「はい。父と母がこちらの零奈(れな)さんのような立派な人になってほしいと名付けたそうです」

「そうか…いや、君は小さいのに十分立派だ…」

 

おじいさんが満足そうに話していると、ドタバタと足音が聞こえてきた。そして、

 

ガラッ

 

勢い良く戸が開くと見知った顔が現れた。

 

「おじいちゃん、ここ?」

「え、五月?」

 

そこには五月がいたのだが、どうも違和感がある。と言うか、五月はこんな行儀悪く戸を開けたりしない。こんな行動を取るとすれば…

 

「いや、もしかして…四葉?」

「「…っ!」」

「おー、直江さんにおか…じゃなくてレイナちゃんじゃないですか!お二人も来てたんですね」

「まあね…てか、何で五月の格好してるの?」

「あはは…これには色々ありまして…」

 

頭を搔きながら話す四葉。何か理由があるんだろう。ここでは聞かない事にした。

 

「それで四葉何かあったのか?」

「おっとそうでした。五月がお腹空いたって言ってるからそろそろ夕飯の準備お願いできないかなって」

「そうか。今から用意すると伝えてくれ」

「はーい!」

 

返事をした四葉はまた走っていった。

騒がしい女の子だ。

 

「聞いた通り夕飯の用意をしなくてはいけなくなったからそろそろ失礼する。ところで、良く四葉だと分かったな」

「え?ああ、五月はあんな風に戸を開けたりしませんから。で、あんなに騒がしくしてるのは姉妹で四葉だけなのでもしかしてと…」

「なるほど」

 

何かを納得した顔をしているおじいさん。立ち上がり部屋から出ようとしたところで止まり、振り返って零奈に質問をした。

 

「零奈ちゃん、今幸せかね?」

「ええ。父と母、それに大好きな兄がいて楽しく過ごせてます。今では居候として五つ子の皆さんとも過ごせて、毎日が充実していますよ」

「そうか…」

 

零奈が笑顔でそう答えたのに納得したのか、おじいさんも最後は笑顔を見せて部屋から出ていった。

 

「もしかして零奈の事気付いてる?」

「さあ?どうでしょう。さ、私達も行きましょう」

 

零奈に促されながら僕達は部屋に戻ることにした。

 

------------------------------------------------

「はぁー…良い湯だね」

「そうですね~」

「……」

 

部屋に戻り夕飯までまだ時間があるようだったので温泉に入ることにした。

ちなみにこの旅館には男湯と女湯の間に混浴がある。その混浴に今まさに零奈と入っている訳なのだが。

零奈と二人っきりでの旅行なんて初めてだったのでお風呂の事を考えていなかった。確かに中身は大人の零奈(れな)ではあるが体は小学一年生。大丈夫と思うけど一人で温泉に入れるのか心配であった。

その考えを零奈に伝えると、『ではこちらに入りましょう』、と提案され今に至る。

 

「誰か入ってきたらどうしよう…」

「今さらですね。それに小さな妹と入っている事にすれば問題ないですよ」

「そうだよね…」

 

五つ子達はこの旅館に来てるみたいだけど、流石に混浴には入ってこないだろ。

そんな考えをしていると。

 

ガララ

 

誰かが入ってきたようだ。マナーだしジロジロ見ないようにしとかないとね。

 

ペタペタ…

 

何だろう。気のせいかもしれないが足音が近づいてきてるような…

 

「あら、こんなところで会うなんて偶然ね。どうせ一緒になったんだし背中でも流してあげようか?」

「へ?」

 

耳元でそんな事を言われたので振り返ると、タオルを巻いているものの裸の女性がいた。

 

「えっと…」

「兄さん見てはいけません!」

 

その言葉と同時に顔を引っ張られて視界が暗くなった。どうやら零奈が僕の顔を抱きしめて何も見えないようにしているようだ。

 

「二乃!何をしているのですか!」

 

なるほど二乃だったのか。流石にすぐには分からんな。

 

「別に。たまたま温泉に入ったら居合わせただけよ」

「なぜ混浴に入ってるのですか?どうせ私達が入るのを見ていたのでしょう?」

「さあね…」

 

二人が言い合いをしているようだが、息もしずらいからそろそろ離してほしい。

 

「むーっ…むーっ…」

「ひあっ……」

「とても小学生が出す声じゃないわね」

 

零奈の力が緩んだので何とか抜け出せた。

 

「はぁー…はぁー…流石にきつい…」

「す…すみません兄さん」

「何やってんのよ…ほら、入るからあっち向いてなさい」

「恥ずかしいなら出れば良いと思うけど…」

「良いじゃない。勇気出してここまで来たんだから、少しくらい一緒にいさせてよ…」

 

最後の方は声がか細くなっている。

はぁー…本当に僕は甘いね。

 

「ほら、背中同士を合わせればお互いに見えないでしょ。何なら寄りかかってもいいから、背中貸してあげるよ」

 

温泉の中程まで進んで出入口とは反対方向を向いて温泉に入り、二乃にそう伝えた。

しばらくすると、トンと背中に寄りかかる感触があった。

 

「ありがと。わがまま聞いてくれて」

「別にいいさ。端から見れば僕の方が役得でしょ」

「ふふっ…そうよね。こんな可愛い女の子と同じ温泉入れるなんてそうそう経験出来ないわよ」

 

コツンと二乃が自分の頭を僕の頭にぶつける。

自分で可愛い女の子って言うなんて、どんだけ自信があるんだよ。

そんな風に思いながら空を見上げフッと笑った。

 

「全く。兄さんは相変わらず甘すぎなんですよ」

 

そう言いながら零奈が僕の右隣で温泉に入り、僕の腕に寄りかかってきた。

 

「ちょっ…流石にそれはずるいでしょお母さん!」

「はて?」

 

しらばっくれてるなぁ零奈。

僕は二乃が後ろにいるから身動きが取れない。

なるほど、それを見通してのこの行動か。

二乃は『う~…』と唸っているが、後ろを向くわけにもいかないからどんな顔をしているか確認が出来ない。

そんな訳で、しばらくこの奇妙な状態で温泉に入って二乃と零奈と話していたのだが。

 

「そう言えばさっき四葉に会ったけど、そろそろ夕飯出来てるんじゃない?」

「うっ…そうだったわ」

「僕らもそろそろ上がるからさ。二乃、先に出ててくれないかな?」

「分かったわよ。その…今日はありがとう。この旅館に泊まってるならまた会いましょ」

 

そう言って離れていくのを感じる。零奈から脱衣場に入っていった事を教えてもらい、しばらくしてから僕達も上がることにした。何か温泉に入ったのに疲れたぁ…

 

この日の夕飯は新鮮な魚介類が使われたものでどれも美味しかった。やはりプロの味にはまだまだ敵わない。零奈からは、兄さんの料理の方が好きだと言ってくれたが、精進あるのみだ。

 

夜になり眠ることにしたのだが、折角布団が二つ並んでいるのに零奈は僕の布団に入り込んで寝ている。

こうして寝顔だけを見ていると年相応のかわいさを感じられる。

垂れている前髪を搔き上げてあげると『ん…』と寝息をあげた。

ちょっとだけ目が覚めたので、零奈を起こさないよう部屋を出た。

廊下を歩いていると、窓からは月が綺麗に見えていた。

 

「今日は良い夜空だ…」

 

そう口にしたところで物凄い勢いで階段を駆け上がってくる人物を見かけた。

 

「あれ?五月、どうしたのそんなに急いで?」

「…っ!」

 

声をかけたのだが五月はさっさと自分の部屋に向かって行ってしまった。

 

「何だ?」

 

さらにそこに見知った人物が階段を駆け上がってきた。

 

「はぁ…はぁ…」

「何やってんの風太郎?」

「っ!和義。お前来てたのか?」

「それを教えようと思ったけど、どっかの誰かさんの携帯に繋がらなかったんだよ。充電しときなよ…」

「す…すまん。て、今はそれどころじゃねぇ。五月見なかったか?」

「五月なら、僕が声かけたのも無視して部屋に戻っていったよ」

「サンキュー。じゃあ、また後でな」

 

そう言って風太郎は部屋に向かって行った。

 

「あ、おい!そっちには行かない方が…って、こういう時は早いな。まあ、どうせすぐに戻ってくるだろうから待っとくか」

 

そして、しばらく待っていると案の定風太郎が戻ってきた。

 

「お帰り」

「くそ。親父さんに捕まっちまった」

「だろうね。だから止めたのに」

「うっ…全然気付かなかったぜ」

「はぁー…それで何があったの?」

「それが……さっき受付の近くで、五月に家庭教師を辞めるよう促された」

「はぁー!?」

 

本当に…何で普通に旅行を楽しむことが出来ないのだろうか。

そんな儚い願いを胸に風太郎から事情を聞くことにするのだった。

 

 




お待たせして申し訳ありません。

今回のお話で五つ子のおじいちゃん(零奈(れな)の父)が登場です。
おじいちゃんは何言ってるか分からないところが所々原作でありましたが、和義と零奈の前では普通に喋っていることにしました。マルオと話してるときは普通に喋っているようでしたので。

そして、二乃との混浴シーンです。零奈もですが、中身がいくら零奈(れな)でも、見た目が少女ですからね。二乃に関してはもう少し大胆に書こうかと思ったのですが、まだまだ告白したばかりですので押さえさせていただきました。まあ、和義が入っているお風呂に突撃している時点で十分大胆ですけどね。

この旅行の話はもう少し書こうかと思っています。
また次回の投稿まで時間が開くかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


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68.五つ子ゲーム再び

次の日の朝。

風太郎が僕達の部屋に来て正座をしている。

 

「それで?何やらかしたの?」

「ずずず…」

「……」

 

昨日は夜も遅かった為その場で解散し、今日事情を説明してもらおうと思い呼び出したのだが、この事を零奈に話すと有無を言わさず風太郎は正座をさせられた。

当の零奈は僕が入れたお茶を飲んでいる。

 

「待ってくれ、本当に俺には身に覚えがないんだ」

「ふ~ん。じゃあ、一方的に家庭教師を辞めるように言われたと…」

「ああ…」

「埒が明かないですね。その時の事を話してくれますか?」

「分かった。あれは…」

 

-------------------------------------------------

~風太郎side~

 

「ふぃ~極上!混浴があったおかげで家族で風呂に入れたな」

「お兄ちゃんものぼせる前に出なよー」

「ああ」

 

しかし、まさか三玖も旅行が当たるとはな。

旅行先でもあいつらと一緒だなんて驚きだぜ。

 

「ん?」

 

着替えようと着替えを入れるかごの中を見るとメモが置いてある。

 

『0時 中庭 中野』

 

は?中野の誰だよ!てか、メモで呼び出すなんて…

そういやー、携帯充電してなかったな。また、和義あたりに文句言われそうだ。

しかしどうしたものか…

 

ーー結局来てしまった。

指定された時間に中庭に向かうため一階まで降りてきた。

 

「しっかし、本当に誰なんだ?こんな回りくどい事しやがって…うおっ!」

 

ふとメモから目線を上げると受付に爺さんが座っていた。

 

「中庭ってこっちですよね?」

「……」

 

中庭の方を指差しして聞くも反応がない。やっぱ死んでんじゃねえか?

そんな時、階段を下りてきた者がいた。

あれは五月か?とりあえず聞いてみるか。

 

「おい、五月。これはお前が書いたのか?」

 

そう言いながらメモを五月に見せる。

 

「……そう…ですね」

 

ん?何か歯切れが悪いが今は用件が先だ。

 

「それで何の用なんだ?」

「と…とりあえず中庭へ」

「ここでもいいだろ。何か話があるんじゃないのか?」

「………上杉君は私たちの関係をどう思っていますか?」

 

さっさと用件を聞きたかったのでここで話すように迫ると、観念して話し出したのだが予想していなかった事を聞かれた。

 

「え…それは…まぁ…パ…パートナーとか言ってたろ…お前が」

「いいえ。私たちはもうパートナーではありません」

 

は?いきなり何言ってんだこいつは。

 

「確かに最近はろくに授業もしてないから否定はできんが、まだ少しくらい俺たちで教えてやらなきゃまた落ちちまうぞ。進級できたとはいえ俺たちの受けた依頼はお前たちの卒業までだ。それまでは一応家庭教師として…」

「もう結構です。あとは私たちだけでできそうです。この関係に終止符を打ちましょう」

 

な!?

 

「何言ってんだ。ちゃんと説明しろ」

「痛っ」

「父親に言われたのか?なぜ今そんなことを…言うん…」

 

ダアンッ

 

五月に事の真相を問い詰めているといつの間にか仰向けになって床に寝かされていた。

視界にはさっきまで受付に座っていた爺さんの姿があった。

 

「爺さん…死んでたはずじゃ…」

 

背中が痛え。投げられたのか?

 

「…………」

 

爺さんは何か言ってるみたいだが何も聞こえない。

 

「え!?何ですか!?」

 

聞き取るために耳を爺さんの口元近くまで持っていく。すると、

 

「儂の孫に手を出すな。殺すぞ」

 

もう訳わかんねぇ。

 

-------------------------------------------------

風太郎から経緯を聞いたが、確かに風太郎は何もしていないように見受けられる。

 

「後は五月を追ってたらお前に会ったから説明はいらんだろ」

「ふ~む…この旅行前に何かしちゃったとかは?」

「試験結果が出た後は三玖以外の姉妹に会っていない。お前の家にも行っていないだろ?」

「確かに…」

 

じゃあ何が五月をそこまでさせてるんだ?そう言えば、最近僕に対しても以前よりよそよそしい感じがしてるんだよね。

 

「兄さんと風太郎さんが見たのは、確かに五月さんなのですか?」

「え?」

「は?あのアホ毛にセンスの欠片もないヘアピンは五月以外いないだろ!」

「……兄さんは五月さん以外にそういった格好をしてる姉妹を見たではありませんか」

「あ!」

 

そうだ。昨日仏壇の部屋にいた時、何故か四葉が五月の格好をしていた。

 

「まさか…いつもの変装か?しかし何故そんな事を?」

 

風太郎の疑問には同意である。そんな事をする理由が分からない。そう言えば、四葉が変装している理由があるっぽい素振りを見せてたな。

 

「しかし、五月さん本人の可能性もないとは言いきれません」

「だね。僕が見た時は暗くて一瞬だったから五月だとばかり思ってたよ。ずっと話してた風太郎は…」

「分かるわけないだろ!」

「だよね~」

 

これは本人に直接聞くしかないか。

 

「あんまり気乗りはしないけど、本人達の所に行こうか。折角なので挨拶したいですって言えば中野さんも許可してくれるでしょ」

「俺は昨日断れたんだが…」

「昨日は時間的にマズイでしょ」

「兄さんに同意見です。深夜に女の子の部屋に行くなんてどうかしてます」

「うっ…」

 

二人に責められて何も言えない風太郎であった。

 

零奈と風太郎を連れ五つ子達がいると思われる部屋に向かった。

 

「おや。直江君ではないか。君たちもここに来ていたんだね」

「ええ。母から言われて、零奈(れな)先生の御仏壇にお参りを」

「っ…!そうか、ありがとう。僕からもお礼を言わせてくれ」

「そんな。それで、昨日四葉さんに会ったので、折角だから挨拶しておこうと思いまして。皆さんは起きてらっしゃいますか?」

 

正確に言えば、昨日二乃にも会ったがこれは言わない方が良いでしょ。

 

「ふむ。確かに起きて着替えなども終わっていると聞いている。君なら問題ないだろう。付いてきなさい」

 

そう言って部屋に案内された。

後ろでは、『俺との対応の差は何だ?』『人望でしょうか』と風太郎と零奈が言い合っている。零奈、なかなか辛辣だな。

 

「ここだ…(コンコン)僕だ。直江君と上杉君、それにレイナ君が来ている」

「はーい!」

「僕は他に用があってね。離れさせてもらうよ」

「分かりました。案内していただきありがとうございます」

 

頭を下げて伝えると、中野さんは部屋から離れていった。

 

ガラッ

 

「直江さん、上杉さん、それにレイナちゃんもいらっしゃいませ!」

 

扉を開けられるとそこにはとんでもない光景が広がっていた。

 

「五月の森…何で全員五月になってんだ…?」

「上手いね風太郎…僕もさすがにビックリだ…」

「……」

 

部屋には五月の姿をした女の子が五人いたのだ。

 

「三人ともいらっしゃい」

「ビックリさせちゃったかな…」

「これには事情がありまして…」

 

一人の五月が説明をしようとすると、もう一人の五月がそれを手で制した。

 

「丁度良かったわ。あんたらにはもう一度試してみたかったのよ。覚えているかしら?五つ子ゲームを。私たちが誰が誰だか当ててみなさいよ。そうねぇ、さしずめ五つ子ゲーム中級者編ってとこかしら」

「な!?」

「そう来ましたか…」

「はぁ…」

「あ、レイナちゃんは何も言っちゃ駄目だよ?」

「…分かりました」

 

だよね。多分もう見分けがついてるだろうし。

そして、急遽五つ子ゲームが開始された。

 

ー一人目ー

「自己紹介ですね。中野五月。5月5日生まれ。17歳のA型です」

 

ー二人目ー

「好きなことですか…やはりおいしいものを食べている時は幸せですね」

 

ー三人目ー

「日課ですか?そうですね…腹筋とヨガを行っています。和義君もジョギングしていますし、上杉君も何か運動した方が良いのでは?」

 

ー四人目ー

「なっ、そんなこと答えられません。上杉君!女の子にそのような質問をするのはいけませんよ!和義君も止めてください!」

 

ー五人目ー

「……」

「くそぉ、全然違いがわからねぇ!」

 

今まで五人と話してきたが全員同じ話し方で同じ回答である。風太郎でなくても叫びたいよ。

 

「もう質問もないのなら…」

「ん…そうだ、これだけは今までの奴には聞いてないんだが…何で全員五月の変装をしてんだ?」

「確かに。それは僕も疑問に思ってたよ」

「......えーっと...ですね...」

「ん?」

「話すと長いん...の...ですが...えっと...」

 

この娘はもしかして...

チラッと風太郎を見るが、風太郎も確信しているようだ。

 

「む...昔からそっくり五つ子で自他ともに認める仲良しさんだったのです。おじいちゃんもそれを見て喜んでくれてました」

 

そこで僕と零奈の方をチラッと見てきた。

 

「しかしある日私がみんなと違う恰好をしてみたんです」

 

なるほど以前話していた風太郎に気づかれなかった時のショックでリボンをつけだしたことか。

 

「ふーん、どんな格好なんだ?」

「それは今と同じウサちゃんリボ...」

 

おいおい。

 

「あ!あーっと危ない!誘導尋問とは卑怯ですよ上杉さん!」

 

もうボロボロだね。

 

「お前四葉だろ!」

「な、なんのことかわかりませーん」

「はぁー...それで?まだ続きがあるんでしょ」

「は...はい。五人同じじゃない私たちを見ておじいちゃんはものすごく心配しちゃって、仲が悪くなったんじゃないかと...しまいには倒れてしまったのです」

 

チラッと零奈を見ると、コクンと頷いた。

 

「それ以来おじいちゃんの前ではそっくりな姿でいると決めました。話し合いの結果、五月ということになりまして」

「なるほどね。それがみんな五月の恰好をしている理由か」

「はい」

「あんな怖い爺さんのためにお前ら偉いな」

「いいえ。とっても優しい人ですよ。私大好きです」

 

屈託のない笑顔でそう言ってくる四葉。本当におじいさんの事が好きなんだね。

零奈も満足そうに微笑んでいる。

 

さて、全員との話が終わったわけなんだが...

 

「さて、一通り話して見分けられましたか?」

「ああ...あれ...ど...どれが五人目の五月だ...?さっきはわかったのに...」

「はぁ...ガッカリです...やっぱりだめみたいですね」

「待ってくれ!もう一回...」

「もういいです。では、和義君はどうですか?」

 

一人の五月から促される。全員の視線が僕に集中した。

 

「ごめん。僕も判断できないや。さすが五つ子だね」

 

両手を上げ参ったというアクションを取ると、五月たちは全員下を向いてしまった。

 

「でも...雰囲気から何となくだけど判断してる娘がいる。確証がないけどね」

「な、何!?虚言は良くないぞ和義。俺と同じで分からないでいいじゃないか」

 

僕の言葉に下を向いていた五月たちがバッと僕の方を見る。

風太郎は風太郎で一生懸命言ってくる。何でそんなに必死なんだ。

 

「それで?兄さんは誰が誰と判断したのですか?」

「ああ。真ん中が五月かな。他の四人に比べて五月っぽかったよ」

「っ...!正解です!」

「後はごめん。五月かそうでないかでしか今は判断出来ないや」

「それでも十分かと」

 

零奈にそう言ってもらえると報われるね。

五月は当ててもらって嬉しいのか、下を向いているが笑ってくれている。他の姉妹は様々な反応をしていて、これを見れば僕でも見分けがつく。とはいえ、ここまでしないと分からないなんてやっぱり僕もまだまだだね。

 

「あー...追試って意味ではないけど、今の反応で大体判断できたかも。試しに言ってみていい?」

「え?ど、どうぞ...」

 

五月の許可ももらえたので僕なりの答えを出してみる。

 

「じゃあ、僕から見て左から一花に二乃。それに、五月を挟んで三玖に四葉。どう?」

「な...なんで...」

 

僕が一花と判断した五月がビックリしたように言葉を漏らした。

 

「お?当たった?」

 

僕の質問に五つ子全員が頷いた。ちょっと安心したかも。

 

「何で分かったのよ?」

「えっと...僕が五月を当てた後のみんなの反応が様々だったからね。二乃と三玖はちょっと残念そうにしてて、四葉は凄いって反応をしてた。一花はなんて言うか驚きとさみしさが混ざった感情だったかな」

「私と二乃の違いは何?」

「う~ん...前に二乃と三玖が言ってたじゃん。うるさいのが二乃で、薄いのが三玖だって。あれを参考にしてみた」

「何よそれ!」

「ははは、ごめん」

「それでも当ててもらえて嬉しい...」

「そっか...」

「くっ...和義に指摘されたところを見ても全然わからん」

「まあ、僕はここ三ヶ月一緒に暮らしてきたからね。でもやっぱりすぐに判別できないのは悔しいかな」

「おー、直江さんが悔しがっているの珍しいです」

「こいつは負けず嫌いだからな」

 

コンコン

 

そんな風に話していると来客が来たみたいだ。五つ子のおじいさんだ。

 

「む?お前はまた孫に何かしているのか?」

「何もしてませんよ」

 

おじいさんに詰め寄られる風太郎。前科持ちだからね。

 

「本当か一花?」

「う...うん。大丈夫だよおじいちゃん」

「そうか。朝食の準備が始まったから大広間に来なさい。直江先生の子どもたちも良かったら一緒に食べるといい」

「ありがとうございます」

 

僕の返事を聞いたらおじいさんはそのまま部屋から出ていった。しかしさすがである。自分の孫のことは瞬時に見破れるのか。

そんな風に考えていると風太郎が何やら考え込んでいる。

 

「悪い。和義たちは先に行っててくれ」

 

そう言い残して風太郎も部屋から出ていった。

 

「何だ?」

「さあ...」

「じゃあ私たちも大広間に向かおうか」

 

一花の言葉にみんな動き出した。みんなが出ていったので部屋から出たところで呼び止められた。

 

「ちょっといいですか?」

「......えっと...五月?」

「正解です。瞬時とまではいきませんが分かりましたか」

「まあね。ちょっと怪しかったけど」

 

そして五月と並んで大広間に向かう。零奈は今四葉と手を繋いで僕の前を歩いていると思う。四葉だよね?

 

「先ほどは当ててくれてありがとうございます。嬉しかったです」

「さっきも言ったけど、五月かそうでないかでしか判断ができない状態だからね。何とも悔しい限りだよ」

「ふふっ。本当に負けず嫌いなのですね」

「...君たちと向き合っていくって決めたからね。こんな事では到底君たちの隣を歩けないって思ってるよ」

「和義君...そこまで考えていただき嬉しいです」

 

そう言いながら五月は僕の手を握ってきた。

 

「え、五月!?」

「今だけはこうさせてください」

 

しかし、僕のビックリした声に他の姉妹が振り向いている。

 

「五月!あんた何してんのよ!」

「ふふっ、最初に当ててもらえた特典です」

「むー...それを言われると何も言えない」

「はわぁ...五月ってば大胆」

「兄さんは後でお話があります」

「何で!?」

「あははは、カズヨシ君も大変だ」

 

そんな風に騒がしくも大広間に向かう。

その後の朝食時の僕の隣争奪戦が勃発したのは言うまでもない。

 

 




サブタイトルにもなっていますが五つ子ゲームが再び勃発しました!
和義は当てるべきか外すべきか悩みましたが、時間をかけて当てるということにしました。
和義の観察眼を持ってすれば、五月とそうでない姉妹との違いも違和感で気付くとも。

そして、原作にあった一花と二乃の入浴シーンは今回省かせていただきました。すでに二乃は和義のことを好きなのを姉妹に公言してますしね。
ただ、そこで相談した内容は別のシーンとしてどこかで出てくるかもしれません。

補足ですが、和義達が混浴風呂に入ったのは上杉家が上がった後と時系列はしております。
また、マルオの一人称って僕でしたね。今さら気づいたので、前の話を編集したく思ってます。

さて、今年の投稿はこれで最後かもしれません。
頑張って後一話くらいは投稿できればなと思っています。
できなかったらすみません。何せ、年末年始も仕事があるので…
それではまた次回のお話にて。また読んでいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


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69.葛藤

~五つ子&零奈side~

 

「ししし、それっ!」

「ひやっ、やめてくださいよぉ」

「…まだ冷たい」

 

五つ子と零奈は今海まで来ていた。

三玖と四葉、それに五月は波打ち際で水で戯れている。

 

「あの子達ははしゃいじゃって…」

「まだ少し肌寒いんだから、風邪引かないようにね!」

 

少し離れた所で一花と二乃、そして零奈は三人が戯れているのを眺めていた。

ちなみに和義と風太郎はおじいちゃんと防波堤で釣りをしている。

 

「それにしてもあの三人はいつの間に仲良くなったのよ」

「本当だね。お!カズヨシ君の竿が引いてるみたいだね。フータロー君が網持って手伝ってる。やっぱり良いコンビだね」

「お二人ともお互いを信じ合っていますからね。たまに妬いてしまいます」

「あはは…学校でもクラスが違うのに一緒にいることが多いもんね」

 

和義と風太郎。二人の仲が良いのは五つ子全員が知っているし、ずっと近くにいた零奈はさらに熟知している。それぞれ二人の事を好きな者は、一番のライバルは和義と風太郎ではないかとも思っている。

 

「ねぇお母さん?」

「何でしょう?」

「キスってどんな感じ?」

「ぶっ…に、二乃!?」

 

二乃の突然の質問に一花は吹いてしまった。

 

「まったく…何ですか突然…」

「だって経験者はお母さんくらいでしょ?あ、もしかして一花はもうキスシーンとかあった?」

「な…ないよ!」

「なーんだ。で、どうなの?」

「はぁ……そうですね。好きな人とのキスはより一層相手を愛おしく思えてくるのではないでしょうか」

「ふ~ん…なるほどね」

「まさかとは思いますが…二乃、兄さんにしようと思っていないでしょうね?」

「へ?」

 

零奈の質問に一花は固まってしまった。

 

「あら。お母さんだって、ほっぺだけどしてるんだから良いじゃない」

「そ…それは…」

「それに。あいつに意識してもらうにはこれくらいしないと…恋は責めてこそ、でしょ?」

「二乃…」

「まったくあなたという子は…あまりやり過ぎて嫌われないようにしなさい」

「うっ…分かってるわよ」

 

そんな話をしていると、波打ち際にいた他の三人が近づいてきた。

 

「三人ともー。そろそろおじいちゃんの所行かない?」

 

そんな四葉の提案もあり、全員で防波堤に向かうことになるのであった。

 

-------------------------------------------------

「今水をかけたのが四葉。かけられたのが五月。その横で水を掬ってるのが三玖」

 

今、僕と風太郎はおじいさんと防波堤で釣りをしながら、どれが誰かをおじいさんに教えてもらっていた。

 

「少し離れていて、手前から一花と二乃」

「全然わからん」

「むしろここから見えてるって、おじいさん視力良すぎですよ」

 

何故おじいさんから見分け方を教えてもらっているかと言うと、五つ子ゲームの後に風太郎がおじいさんに直接教えを乞いに行っていたのだ。

見分けて、風太郎に家庭教師を辞めるように促した相手を見つけるためだそうだ。

多分それだけじゃないと僕は思っている。

 

「直江先生の子は見分けたと聞いたが?」

「あれは見分けたとは言えないです。五月かそうでないかを判断しただけですので。それに他の姉妹も五月を当てた時の反応で気づけただけです…」

「ふむ…お前さんらと孫達が会ってどれくらい経つ?」

「え?そうですね…彼女達が転校してきたのが9月でしたから、今月で半年ですかね…」

「半年……であれば十分だと儂は思うがね」

「そうでしょうか…」

「現にこいつは全然見分けられておらんだろ」

 

そう言って親指で僕が釣り上げた魚を網で掬っている風太郎を指差している。

指差された風太郎は事実なため何も言い返せないでいた。

 

「わぁ、たくさん釣れてますね」

「ほとんど爺さんと和義の手柄だがな」

 

五つ子達がこちらに来たようだ。零奈も一緒だ。

そこで海に来る前の出来事を思い出していた。

 

-------------------------------------------------

大騒動の朝食の後。皆で海に行こうということになったが、部屋で少しゆっくりする時間ができた。

その時だ。

 

コンコン

 

「はい!」

「すみません。少しお話良いでしょうか?」

「えっと……」

 

瞬時に判別できなかった為固まっていると、後ろから零奈が声をかけた。

 

「あら、四葉ではないですか?どうしたのですか?」

 

四葉だったか…

 

「ちょっとご相談がありまして…」

「ここじゃ何だし上がりなよ」

「ありがとうございます」

 

相談があるという四葉を部屋に上がらせてお茶を用意してあげた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

僕からお茶を受け取った四葉はそのままお茶を飲みだした。

 

「それで?どうしたの?」

「はい……あの…最近一花と五月の様子がおかしくて」

「一花と五月ですか…」

「おかしいって具体的には?」

「その…ふとした瞬間に二人とも何か考え事をしている時が増えてまして…何かあったのか聞いても、大丈夫としか返事をもらえないんです…」

「ふ~む…」

 

確かに最近の五月はどこかよそよそしい感じがする。

だからさっきの積極的な行動に驚きを感じていた。

 

「………」

「お母さん?」

「少し心当たりがあります。私が五月と話しますので、兄さんは一花と話してみてください」

「は?」

「は?ではありません。良いですね?」

「はい!」

「あはは…直江さんも大変ですね…」

 

-------------------------------------------------

零奈にああ言われたけど何を話せば良いんだろう?

しかも今目の前にいる五月の中でどれが一花か分かんないし…

 

「これは何て魚ですか?」

 

一人の五月に種類を聞かれたので答えてあげた。

 

「それはクロダイだね。和食にイタリアン、フレンチにも使えるね」

「おー、美味しそうです!じゃあこれは?」

 

なるほどこの娘は四葉か。

 

「それはアイナメで、新鮮なうちに刺身やカルパッチョにするのが良いかもね」

「うーん、それも美味しそうです!これは?」

「そっちはメバルだね。メバルはやっぱり煮付けかな。でも南蛮漬けとかも良いかもね」

 

僕が料理の話ばかりしていたからかお腹をさすっている娘がいる。さっきご飯食べたばっかりだよ五月。

 

「なるほどなるほど。ではこれは何でしょうか?」

「ああ、それはキスだね」

「へっ!?」

「ん?だからキスだって。天ぷらにすると美味しいよ…ってどうしたの四葉?」

 

何故か顔を赤くしている四葉。そこに一人の五月が迫ってきた。

 

「え?何、どうしたの?」

 

まだ誰かは判断できないけど何かえらい顔が近いんだけど。

その娘は顔の近くでピタッと止まると離れてくれた。

 

「今じゃないわね」

 

この話し方は二乃かな?何も話さないと本当に判別できない。で、今じゃないって何が?

 

「五月の姿だったらあの子に効果が行っちゃうかもだし…」

 

何か意味不明な事を言って離れていった。何がしたかったんだろう。

 

「ねえカズヨシ?」

「ん?どうしたの三玖?」

「…っ!えっと…今言ってた料理で私にも出来るのないかなって…」

「三玖にもか…まず魚を捌くのが大変だからなぁ…おじいさん少しいいですか?」

「何だ?」

「これらの魚、僕が料理しても良いですか?」

「ほう…別に構わんよ。昼飯に使うといい。厨房も貸そう」

「本当ですか!?ありがとうございます。てことで、僕が今回は調理しながら教えるよ。それでも良いかな?」

「うん!ありがとう」

 

何かいつにも増してご機嫌だなぁ。何かあったのだろうか。

料理を教えるのなんていつもの事だし。

 

その後、おじいさんが大物を釣り上げたのを機に旅館に帰りお昼にすることにした。

今回はどれも新鮮だったため、お刺身がメインである。

僕が調理している横でメモを取りながら聞き、途中では僕の指示で料理をする三玖。姿が五月なので違和感があったが無事にお昼ごはんが出来た。

 

「お待たせー」

「うわぁー、どれも美味しそうです!」

「うんうん。お皿とかが旅館のだからか普通にお店の料理みたいだよね。さすがカズヨシ君!」

「さっき直江さんが言ってた料理ですよね!」

「ああ。ただ、今回は和風で揃えてみたよ」

「……」

「?どうかされましたか?」

 

いい機会だからと一緒におじいさんも食べることになったが、そのおじいさんがじっと料理を見ている。ちなみに中野さんもいるが、勇也さんとらいはちゃんは観光に出掛けている。

 

「これを全部お前さんが作ったのか?」

「ええ。三玖にも手伝ってもらいましたが。ちょっと不恰好なのが三玖の作った料理ですよ」

「不恰好は余計…」

「ごめん」

 

ちなみに、その三玖が作った料理は中野さんの席の近くに置いてある。味は問題ないし、僕の料理より娘の作った料理の方が食べたいだろうしね。

 

「そうか…ではいただこう」

 

おじいさんの合図でお昼ごはんが始まった。

 

「うーん。やはり和義君の料理は美味しいですね!」

「あんた、また腕上げたんじゃないの?」

「そうかな?まあ、最近は美味しく食べてくれる人が増えたし、一緒に料理をする人も増えたしだったからかも」

「この煮魚、家で食べているのと少し味付けが違いますね」

「さすが零奈。昨日の夕飯で出た料理を参考に作ってみたんだ。どう?」

「ええ。とても美味しいですよ」

「そっか…とりあえずひと安心かな」

 

笑顔で零奈が答えてくれたので合格ってことにしとこう。

 

「あ…あの…お父さん、どうかな?」

 

自分の作った料理を食べている中野さんに三玖は感想を聞いているようだ。

 

「ああ…美味しいよ。今後も精進するといい」

 

無表情ながらも箸を止めずに食べているし問題ないだろう。

三玖も嬉しそうな顔をしている。

 

「なあ四葉?」

「んー?どうしたんですか?」

 

今日はたまたま横に座っている四葉に話しかけた。四葉が隣だと平和だから助かるけど、風太郎の横じゃなくて良かったのだろうか。

 

「こうやって見ると、一花も五月も普通に見えるんだけど」

「うーん…そうですね…今はいつも通りですかね…」

 

当の一花と五月は零奈を挟んで並んで食べている。ちなみに僕たちの向かいだ。

今は三人仲良く話しているので、僕たちの話は聞こえていないようだ。

零奈にも言われたからどこかで一花と話してみないとね。

 

そんな感じで昼ごはんも皆完食してくれた。おじいさんも食欲があって何よりだ。

 

-------------------------------------------------

~五月&零奈side~

 

お昼ごはんの後、零奈は五月を散歩に誘った。

 

「ふふふ。お母さんと散歩なんて嬉しいです」

「喜んでもらえて何よりです」

 

二人は手を繋いで歩いている。その事が五月をさらにご機嫌にさせた。

 

「ところで、どこに向かっているんですか?」

「着けば分かりますよ」

 

そして幾分か歩いてようやく零奈の目的の場所に到着した。

 

「ここって…」

「ええ。誓いの鐘です」

 

この島随一の観光スポット誓いの鐘。そこまで二人は歩いてきたのだ。

 

「五月。あなたはこの鐘の意味を知っていますか?」

「ええ。四葉が説明してくれたので…この鐘を二人で鳴らすと、その男女は永遠に結ばれるという伝説があるとか…」

「そうです。そして、私は兄さんと旅行の初日に鐘を鳴らしました」

「えっ…」

 

五月の言葉を書き消すかのように風が吹き荒れた。

 

「どうですか?ショックですか?」

「えっと…」

「今あなたが思っている感情が、あなた自身の感情そのものです」

「…っ!」

「安心してください。兄さんが私を選んだ、ということではありませんから。今は兄妹として、ずっと長く仲良くしていけるように、そういった願いを込めて鐘を鳴らしました。私は兄さん…和義さんを困らせたくないですから」

 

零奈の言葉に安堵したのか、五月が息を吐いた。

 

「今、安堵しましたね?」

「そ…それは…」

「良いんですよ。私だってあなたと同じ状況であれば安堵したでしょうから」

「……」

 

少しの沈黙が二人を包んでいた。そんな時だ。

 

「五月…私のために身を引こうと考えているのではないですか?」

「えっ…」

 

遠くの景色を見ていた零奈が五月の方を見てそう問いかけた。

予想もしていなかった事を聞かれた五月は目を見開いて驚いていた。正に今自分が葛藤していることであるからだ。

 

「な…何で…」

「あなたの様子がおかしかったので色々と考えていました。そして、おかしくなったのはいつ頃からだろうかとも。それは、私があなた達に自分の気持ちを伝えた後からでしたね」

「お母さんには敵いませんね…」

「女性に対して鈍感な兄さんでも気付いていましたよ」

「そうですか…和義君も…」

「それで?私の予想は合っていましたか?」

「……はい…」

 

消え入りそうな声で五月は答えた。

 

「はぁ…大方次の人生は好きな人と結ばれて幸せになってほしいとか考えたのでしよ?」

「それは…本当のお父さんはお腹の中が五つ子だと知った途端に姿を消しました。今のお父さんと結婚できたかと思えば死んでしまい…そんなのってあんまりです…」

「あなた達がいましたから…幸せではないと思ったことはありませんでしたよ」

「それでもっ!」

「っ!」

 

零奈の言葉に少し強めに五月が反発したため、零奈は少し驚いてしまった。

 

「それでも…好きな人と過ごすことはとても良いことです。私は…和義君と過ごしてそう思えました。この人と一緒にこれからも歩んでいけたらどんなに幸せだろうと…」

「……」

「だから…今度こそお母さんにはその幸せな気持ちを持って過ごしてほしいと…そう…思ったんです…」

「はぁ…あなたという子は…」

「でも…」

「?」

「中々諦めることができませんでした…例えお母さんであっても、和義君と一緒に楽しく過ごしているのを想像すると、とても胸が苦しくなって…ごめんなさい、こんな嫌な娘で…」

 

そこで五月は泣いてしまった。五月の中では色々な感情が絡まり、自分でもどうしたらいいのか分からない状態であった。

その五月の事を、この小さな体では抱きしめることができない無念さが今零奈の中で渦巻いている。

 

「五月、顔を上げなさい」

「ひっく…」

 

零奈の言葉に泣きながらも顔を上げる五月。

自分も泣きたい。こんな風にしてしまったのは自分なのだから。それでも微笑みながら零奈は答えた。

 

「全然嫌な娘じゃないですよ。むしろ誇れるほどです。あなたのような子を持って嬉しく思います」

「そんなこと…」

「あります。それに私はどんなことがあろうとも和義さんの妹であることは変わりません。万が一私が選ばれなかったとしても、和義さんが許す限りどこまでも付いていきますから」

「え?」

 

零奈の言葉に五月が固まってしまった。

 

「えっと…お母さん。それはどうなのでしょうか…」

「大丈夫です。もし和義さんが許さなければ付いてはいきませんから」

 

五月はこの時思ってしまった。絶対に和義が先に音を上げるであろうと。

 

「ぷっ。それは和義君も大変ですね」

「笑顔が戻って良かったです。しかし、一つ聞き捨てならない事があります」

「え?」

「五月の言葉からは私が五月に負けるとも聞こえますね。私、負けたつもりないのですが」

「そんなことは…!」

「だってそうではありませんか?『このままでは私が和義君と付き合うことになる。でもそれだとお母さんが可哀想だ』と言ってるようなものですよ」

「確かにそう聞こえてしまったかもしれませんが。少しも思っていませんよ」

 

零奈の言葉にあたふたしだした五月。零奈はそれが可笑しくて仕方がなかった。

 

「ふふっ。まあ良いでしょう」

 

そこで零奈は五月に指を差した。

 

「五月。私はあなたに負ける気はありません。もちろん他の姉妹にもです。あなたはあなたの気持ちに正直になってかかってきなさい!」

 

零奈の宣戦布告に五月はニヤリと笑った。

 

「ふふっ。お母さんがその気なら私だって本気を出します。この事を後悔するかもしれませんよ?」

「それはないですよ。和義さんの心を掴むのは私ですから」

 

そこでお互いが笑いあった。

そして、五月の心はスーッと晴れやかになったのだった。

 

-------------------------------------------------

結局一花と話せず夜になってしまった。

その事で零奈に無言の圧を食らってしまっている。

だって仕方がないのだ。隙あらば二乃と三玖、後五月までもが話しかけてくるのだから、とてもじゃないが一花と話す余裕なんてない。五月は零奈と話してから雰囲気変わったなぁ。

 

喉も渇いたのでロビーの自販機に飲み物を買おうと部屋を出た。今日も天気が良く月も綺麗に見えている。

ふと、玄関の方を見ると屋根の上に誰かがいた。五月のウィッグを外して座り遠くを見ている。

僕は自販機でその娘の分の飲み物を買い、屋根の上へ向かった。

 

「お隣良いですかお嬢さん?」

「え?」

 

何やら考え事をしていたのか、近くに行き声をかけるまで気付かなかったようだ。

 

「ど…どうぞ」

「ありがとね。はい、一花の分」

「気が利くねぇ。さすがだ」

 

一花は僕から受け取った紅茶をさっそく飲み始めた。

 

「はぁ~、暖かいなぁ」

「まだ寒いんだし。こんなところにいると風邪引くよ?」

「うん…でも考えたいことがあって…一人になりたかったんだ」

「おっと。それは邪魔したね」

「あはは。そんなこと思ってないくせに」

「えー酷くない?」

 

そこでお互いプッと吹き出した。やっぱり一花といると風太郎と一緒にいるみたいで落ち着くかも。それが一花のコミュニケーション力かもしれないけどね。

 

「それで?」

「んー?」

「何に悩んでんの?お兄さんに話してみなさいな」

「それ、私の使ってるセリフだよ」

「ははは、前にも言ったけど君たち姉妹は妹みたいな感じだしね」

「酷いんだー…………やっぱりこの関係って良いよね。カズヨシ君といると何か落ち着く」

「それはそれは、恐悦至極」

「何それ!はぁ…だから困ってるんじゃん」

「ん?意味が分からないんだけど」

「……私ねフータロー君の事好きだよ」

「何を今さら…」

「うん…でもね、たまに思うんだこの気持ちは本物なのかって」

「は?」

 

とんでもないことを言い出したねこのお嬢さんは。

 

「フータロー君にあげたマフラー。いつも身に付けてくれて嬉しかった。バレンタインのお返しの手作りプリンも美味しくって凄く嬉しかった。それに、期末試験だって姉妹で一番の成績を誉めてくれた。頑張って良かったって思ったよ」

「良かったじゃん。嬉しかったり、頑張って良かったって思えてるならそういう事だと思うよ。ごめん、ちゃんとした回答じゃなくて」

「ううん。大丈夫だよ、私もそう思ってるから…」

「ならっ…」

「でもね。そういう風に思う相手がフータロー君だけじゃないんだ」

 

体操座りで座っている一花が、膝に自分の頭を乗せじっとこちらを見ている。

 

「いやいや。それは違うでしょ!」

「何で?」

「何でって…」

「私があげたブックカバー、今でも使ってくれてるよね?」

「ああ」

「それ嬉しいよ。それにバレンタインのお返しも凄く嬉しかった。二乃や三玖、五月ちゃんだけじゃなくて、私や四葉にも同じのをくれた」

「…」

「試験勉強だって。私のために深夜に勉強を見てもらったのも本当に嬉しかった。あの時間がもっと続けば良いのにって思ったぐらいなんだ」

「一花…」

「ほらね…もう自分でも分かんないよ」

 

そこで一花は自分の頭を膝と膝の間に入れふさぎ込んでしまった。

これは思った以上に難解かもしれない。

 

「はぁ...ねえ一花?恋愛にさあ、マニュアルや常識ってあるのかなぁ?」

「へ?」

「いや、二人の人を好きになってはいけないってルールはないでしょ?」

「それは...そうかもだけど...でも、二人の人を好きになっちゃうなんて薄情だよ...!」

「別に二人と付き合いたいって思ってる訳じゃないんでしょ?」

「それは...そうだよ」

「なら良いじゃん。一花は今二人の事を好きになって苦しんでいる。それで十分薄情じゃないさ」

 

夜空を見上げて一花に僕の気持ちを伝える。

うん。やっぱり今日は月が綺麗に輝いている。

 

「好きって感情はまだ良く分からないけど、好きになることって多分理屈じゃないんだよ。人を好きになるのって人間にとって自然な感情なんだと思う。だって、あれだけ自分の家から追い出そうとしていた二乃が、今では僕の事を好きでいてくれてるんだよ?こんな自分の気持ちをはっきり持つこともできない奴のことを...」

「っ...!そんな事ない!カズヨシ君はしっかりと私たちと向き合おうとしてるよ。だからあの五つ子ゲームで見分けることができたんだよ」

「ありがとね。なら一花もそうでしょ?ちゃんと僕と風太郎。二人と向き合おうとしているからそうやって苦しんでいるんだ。だから自分のことを責める必要ないさ」

 

一花の目を見てしっかりと、でも優しい顔でそう伝えた。

 

「いいのかな?...ひっく...君とフータロー君二人の事...好きでいてもいいのかな...?」

「ああ...でもいつか決めないといけないよ。僕か風太郎か、それとも...」

「うんっ!分かってる。まずは自分の気持ちをはっきりしないと」

「そっか...一花は強いね」

「そんな事ないよ。私が弱いからフータロー君にもあんな酷いこと言っちゃったんだ...」

「ん?もしかして風太郎に家庭教師を辞めるように促したのって一花?」

「うん...だってこんな私がこのまま一緒にいちゃいけないと思って...」

「なぁーんだ。じゃあ今は撤回で良いのかな?」

「うん...ご面倒をお掛けして申し訳ありません」

「なら良いさ。風太郎にはそれとなく伝えておくよ。風太郎の奴犯人見つけるんだって躍起になってるからね。それで、見分けるためおじいさんに弟子入りしてたぐらいだし」

「ふふっ、何それ…」

「でも、きっとそれだけじゃないさ。風太郎は風太郎なりに君たち姉妹と向き合おうとしてる。それだけは分かってほしい…」

「うん。知ってる」

「そっか…さすが惚れた男の事は分かってるねぇ」

「もうー、からかわないでっ!」

「ははは、ごめんごめん。さてとっ…」

 

そう言いながら立ち上がる。少し長居をしてしまったようだ。

 

「ほら。そろそろ戻らないと。中野さんが心配してるかもだよ」

 

そう言って一花に手を差し伸べると、その手を一花が掴み立ち上がった。

 

「ありがとっ。それと...」

 

掴んだ手をそのまま引っ張られ、

 

チュッ

 

「へ!?」

「ふふふ。これは相談に乗ってくれたお礼だよ。それじゃおやすみっ!」

 

僕の頬にキスをした一花はそのまま部屋に戻っていった。

僕は何が起きたのか分からずそのまましばらく固まってしまっていた。

 

------------------------------------------------

~女湯~

 

翌朝。今日で帰る事になったので五つ子達はらいはと零奈と一緒に朝風呂に来ていた。

 

「らいはちゃん」

「なーに?五月さん」

「今日で旅行も終わりですがどうでしたか?」

「うん、すっごく楽しかったよ。昨日はお父さんとたくさん遊びに行ったんだー。お兄ちゃんがいなかったのは残念だったけど...凄いところにブランコがあってね。この旅館も最初は驚いちゃったけど...とってもいいとこだったって、学校が始まったら友達に言うんだ」

「そうですか...」

「そういえば...一花さんと四葉さんはどこ?」

「二人はサウナに行っていたような」

「へー!そんなのあったんだ」

「でもちょっと長い気がする...」

 

一花と四葉はサウナに向かっていたが、三玖の言っているように確かに長い時間入っているようだ。

 

「一花ぁ...話があるみたいだけど、どうしたのぉ...?」

「おや、もう限界かな四葉は?」

「結構長い時間入ってるよぉ...」

「...四葉はフータロー君と進展進めなくて良かったの?」

「っ...!」

「ほら、年末に言ってたでしょ?負けないからって」

「あはは...そんな事も言ってたね...」

「私ね、この旅行で吹っ切れた事があったんだ。だから、早くしないと取られちゃうぞ?」

「そっか...うん!私だって行動あるのみだよ!」

「限界だったら降参して出て行っていいんだよ?」

「うーん...なんだか負けたくなくなっちゃた」

「「ぷっ、あははは...」」

 

サウナの中では一つの戦いが行われていた。

 

「む~...」

「二乃どうしたの?」

「結局この旅行で和義と急接近することができなかったわ」

「それは私も一緒...」

「やっぱりネックはお母さんね」

「うん。常に一緒にいるから、カズヨシと二人っきりになるのが難しい...学校が始まってもクラス替えがあるから一緒のクラスになれないかもしれないし...」

「あら?どうしたのですか?」

「いけしゃあしゃあと」

「レイナちゃんがいつもカズヨシと一緒にいるから二人っきりになれない...」

「ふふふ、言ったはずですよ。負ける気はない、と」

 

ゴゴゴゴ...

 

二乃、三玖、零奈が静かに闘志を燃やしていた。

 

「なんだかこの温泉、入った時より熱くなった気がする!」

「そうでしょうか...」

 

らいはが熱く感じているのは、サウナでは一花と四葉が、温泉では二乃と三玖と零奈がそれぞれ闘志を燃やしているせいかもしれない。唯一五月だけはらいはの近くにいたので闘志を燃やさず、『あはは...』と乾いた笑い声を零していた。

 

------------------------------------------------

皆が温泉に向かっている時、僕はおじいさんに呼び出されて仏壇のある部屋に来ていた。

 

「どうされたのですか?」

「...お前さんの妹の事だ。あれは零奈(れな)だな?」

「...っ!」

「やはりそうか...」

「なぜ...」

「ふん。儂を甘く見るでない。愛があれば見分けられる。お前さんも聞いたことがあるだろ?」

「ええ、五つ子達から」

「生前の零奈(れな)よりも生き生きとしている。今度は幸せになってもらいたいものだ」

「おじいさん...」

「孫たちは最後の希望だった。零奈(れな)を喪ってからな...しかし、もう一つ希望が出来たのかもしれん」

「え...」

「おちおち死んでもおれんな。もう少し長生きしたいものだ」

「何言ってるんですか。昨日の食欲を見てたらそう見えませんよ」

「ふん...まあいい。孫たちに伝えてくれ。自分らしくあれと」

「ええ、必ず」

「それともう一つお前さんに伝えたいことがある......」

「!?それは...」

「なーに、強制はせん。心の片隅にでも置いておけ」

「はい!お世話になりました」

 

そこでおじいさんに頭を下げるのだった。

 

------------------------------------------------

「それでは撮りますよ。はい、チーズ」

 

カシャ

 

旅館を出て、例の鐘の前で中野家と上杉家、直江家で写真を撮った。撮ってくれたのは中野さんの運転手の江端さんだ。

 

「よかったー。みんなで撮っておきたかったんだ!」

「この姿のままで良かったのでしょうか...?」

「これはこれで記念だね」

「いやぁ、じっくり見ても誰が誰だかわかんねーな」

 

勇也さんが言っている通り、集合写真では姉妹全員五月の恰好をしているのだ。もう旅館から出たのだからいつもの恰好に戻ればいいものを。

賑やかにみんなで下山しようとしていると風太郎が何やら真剣な表情で景色を見ていた。

 

「風太郎!置いてくよ!」

「おう!すぐに行く!」

 

何かを考えているようだし先に行きますか。零奈の手を握り下山していると前から誰かが走って風太郎の方に向かっていった。

 

「え?誰?」

「...それは自分で考えてください」

「えー...」

 

そんな事言ってもあんな一瞬で分かるわけないじゃん。えっと、風太郎のところに行ったってことは一花か四葉なのか?

そんな風に考えていると後ろから...

 

ゴーン...ゴーン...

 

鐘の音が聞こえた。

 

「え!?」

「おやおや」

 

零奈を抱え風太郎のところに急いで戻ると、また五月の恰好をした娘とすれ違った。

 

「マジで誰だよ!」

「あそこで風太郎さんが座ってますよ」

 

零奈が指差したのは鐘の下。あいつはあいつで何してんだ?

 

「風太郎どうしたの?」

 

近くまで行き風太郎に声をかけるも呆然としている。

 

「?おーい、風太郎やーい」

「はっ!あいつは誰だ?」

「いや、一瞬だったから僕でも分かんなかったよ。零奈は...」

「...」

 

黙秘ですか。

 

 

「それで何があったの?」

「そ...それが。鐘の下で景色を見ながら考え事をしていたら、あいつが走ってきて。それでいきなり顔を近づけてきたんだ。何がしたかったのか分からなかったが、よろけて転ばないように手で鐘の紐を引っ張たら鐘が鳴って。そして結局転んだんだが、その拍子に...キ...キスをされた」

「はぁー!?」

「ほう...」

 

まったく最後まで何かやらかす男だね。

結局あれが誰だったかは分からず(多分零奈は分かっている)、そのまま風太郎と零奈三人で下山した。

春休み開けの新学年。波乱が待っていそうである。

 

 




今回のお話では二人の心の葛藤を中心に書かせていただきました。

自分の事よりも母親を優先する五月。
二人の男子に心揺れる一花。

この二次創作作品ではあり得そうだなと思って書かせていただきましたが、もし不快に思わせてしまいましたらこの場を借りてお詫び申し上げます。

ギリギリ年内にもう一話間に合いました!
次回の投稿は年明けになりますが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。


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70.新生活

「ふわぁ~…おはよー…」

 

旅行から帰って数日。もうすぐ最上級生としての学校生活がスタートする。

そんなある日の朝、遅めに起きてリビングに降りてきた。

 

「おはようございます、和義君!」

「おはようございます。最近起きるのがまた遅くなってきたのではないですか?」

 

笑顔で迎えてくれる五月と小言を言いながら迎える零奈。

見た目的には逆の反応のような気がするんだが…

零奈は母さんよりも母親感半端ないな。

 

「悪い、最近徹夜で勉強してるからさぁ…」

 

実際には勉強ではなく、例の論文を提出した大学から色々と意見を求められているからそれに対して答えている。

父さんと母さんが交渉に行った時に、どうやら僕のパソコンのアドレスを向こうに教えていたようで、たまに意見を求めてくるのだ。

内容が面白いものもあったりで僕も答えているのだが、如何せん集中してしまうと時間を忘れて徹夜になってしまうのが玉に瑕だ。

 

「もうすぐ学校も始まるのですからしっかりしてください」

「分かってるって…ところで皆は?」

「皆、それぞれのバイトに行ってますよ」

 

僕の朝食を配膳しながら五月が答えてくれた。

 

「ありがとね……これ五月が作ったの?」

「え…ええ、お母さんに教えてもらいながらですが…」

「そっか。ではいただきます!……うん、美味しいよ」

「~~~っ…ありがとうございます!」

 

確か五月が家で料理しないのって分量がおかしいからだっけ。

なら、分量さえ間違わなければ問題ないってことか。

朝食を食べながらそう思う。

ご飯に味噌汁、それに玉子焼きや焼き魚といったスタンダードなメニューであるのだが良く出来ている。

 

「二乃や三玖が許す限り、私も料理頑張ってみようと思ってます。その…和義君に食べていただきたいので…」

 

少し顔を赤くしてじっとこちらを見て言ってくる。

 

「そ…そっか…うん、楽しみにしてるよ」

 

僕がそう答えると喜んでくれるのだが、朝からなんちゅう恥ずかしいことを。

 

「えっと…四葉からはジョギング行けない事を伝えた時に知ったけど、他の娘も今日からなんだね」

「ええ。二乃はREVIVALに。三玖は兄さんの勧めていたパン屋に。四葉は掃除業者のバイトですね」

「そっか。しかし、学校が始まる前にバイト始めるなんてそんなにお小遣い欲しかったのかな?」

「「……」」

 

ん?何をそんなに見てるんだろ。

 

「はぁ…これだから兄さんは…」

「へ?」

「別にいいですよ。それよりも私たちもそろそろ準備をした方がいいのではないですか?」

 

五月にそう言われて時間を確認すると確かにそろそろ準備をした方がいい時間でもある。

他の姉妹が仕事に励んでいるが五月と僕も今日から下田さんのもとでバイトがあるのだ。

 

「そうだね。てか、零奈も本当に塾に通うの?必要ないでしょ」

「そうですよぉ。お母さんが塾に通う必要ないと思います」

 

ニコニコと五月が言う。

 

「必要あるかないかではありません。兄さんがいる。それが重要なのです」

 

この親子は…恥ずかしげもなくポンポンと言えるね。こっちが恥ずかしくなってくるよ。

てか、二人が笑顔でお互いを見ているけどバチバチ感が半端ないな。バイトを始める前から疲れそうだよ。

 

-------------------------------------------------

「よう。良く来たねぇ」

 

塾まで行くと下田さんが迎えてくれた。

 

「今日からお世話になります」

 

僕の言葉を合図に三人で頭を下げる。

 

「はっはっは!そんなにかしこまらなくていいさ。さて、早速だがそれぞれの教室に案内しよう。まずはっと…直江零奈(れいな)…って零奈(れな)先生と同じ漢字じゃないか」

「ええ。父と母がその零奈(れな)先生のように成長してほしいと名前を付けてくれたそうですよ」

 

今となっては零奈(れな)先生本人になってるけどね。

 

「十分零奈(れな)先生と同じ雰囲気出せてるよ。てか、お前さん頭良すぎだろ…入塾にあたって実施したテストが満点。更に希望した私立中学入試レベルのテストも満点。今回特例として、希望していた中学生と同じクラスにしといた」

「ありがとうございます」

 

当の零奈は気にしていないようだ。

零奈(れな)さんの記憶があることを教えてもらってから少しして、なぜ今さら勉強してるのか聞いてみたが、『兄さんの隣に並ぶ女性として精進しています』、と返ってきた。

何でも小学一年生から自分なりに復習をしていき、今は中学まで行ったので本人的には今回の塾通いは丁度いいそうだ。

零奈の利用する教室まで来たところで、零奈が見上げてきた。

 

「では私はここで。終わりましたら連絡しますね」

 

そう言って先日父さんに買ってもらった携帯を見せて教室の中に入っていった。

携帯を買うにあたって一日一通はメッセージを父さんに送ること、という条件が出来たが『娘達と連絡が取れるようになるのであればどうということはありません。それに一通でいいのですから』、と言っていた。

哀れな父さんだ。まあ一通でも歓喜してることだろう。

ちなみに、零奈が入っていった教室からざわめきが聞こえてきた。

そりゃそうだ。小学生が中学生の教室に入ってきたのだから。

 

「次はここだ。五月お前さんのクラスだ」

「はい…」

 

そう言った五月は少し緊張しているようだ。

 

トンッ

 

「え…?」

 

そんな五月の頭に手を置いた。

 

「緊張するな、っていう事は言わない。とりあえずいつも通り授業を受けてきな。大丈夫。分かんないところは僕が教えてあげるから」

「……っ!うん!行ってくるね!」

 

そう言って最後は笑顔で教室に入っていった。

 

「見せつけてくれるねぇ。やっぱあんたら付き合ってるだろ?」

「付き合ってませんよ。それより僕はどうすれば?」

「はいはい。お前さんには講師をしてもらう。念のため学力を見させてもらったが…兄妹揃って化け物だね。某私立大学入試試験の過去問で満点とは…」

「そうですか…しかし、僕は教壇で教えたことがありませんが…」

「満点は気にしないと…はぁ…そこは大丈夫だ。この塾では希望者にマンツーマンで教える制度を実施していてな。そっちに付いてもらう。家庭教師をしていたお前さんなら慣れてるだろ?」

「そういうことであれば」

「よしっ!この制度では教師を指名することも出来るが、指名なしもある。今日はその指名なしをしている子に教えてやってくれ」

「分かりました」

 

そして案内された教室。そこは一つ一つの席が遮られていて一人で勉強に集中するにはもってこいだ。

なるほど。その横に付いて教える訳か。

 

「あの子だ。4月から高校に入学する子で。成績はかなりいい。真面目な子だからすぐに馴染むだろう」

「分かりました。案内ありがとうございます」

 

『頑張れよ』という下田さんの言葉を背に紹介された子に近づいた。

集中して勉強をしているのか、僕が近づいても気付かない。

机には色々な参考書が重ねておいてあり、かなり勉強をする人物であると伺える。まるで風太郎だ。

しかし凄い姿勢が良いな。そこに黒髪ロングだから大和撫子みたいだ。

そう。この子は女の子で時折長い髪を耳にかけながらペンを走らせている。

 

「こんにちは」

「……え?」

「ごめんね、集中してるところに声かけて。今日君の担当になった直江って言います。よろしく」

 

下田さんから預かっていた名札を見せながら名乗り出た。

 

諏訪 桜(すわ さくら)と申します。あのぅ…失礼かと存じますが、学生のようにかなりお若く見えるのですが…」

 

僕の名乗りに対して席を立ち一礼しながら名乗ってくれた。しかし、礼も綺麗だなぁ。

 

「察しの通りで、僕はこの春から高校三年生の学生だよ」

「そうなのですか!?」

「普通は驚くよね。ま、僕の実力を見てもらうってことで、今やってたところで分からないとこあれば教えるよ」

「かしこまりました。では、こちらの問題なのですが…」

「へぇ~…凄いね。下田さんから聞いた話だと今度高校に入学するって聞いたけど。これって高校の範囲の数学だよね?」

「ええ。自分なりに予習をしております」

「そっか…よし!じゃあ始めようか。まずはこの問題だけど……」

 

・・・・・

 

「……できました!」

「うん!良く出来ました!やるじゃん」

「そんな…先生の教え方が良かったのです。とても分かりやすくためになりました」

 

そう言って頭を下げてきた。本当に慎み深い子だ。

真面目って言う意味では五月に似てるけど、五つ子達とはまた違ったタイプの子だね。

 

「どうかなさいましたか?」

 

顔を上げた諏訪さんはじっと見ている僕に不思議に思っている。

 

「ああ、ごめんごめん。綺麗だなって思ってさ」

「え!?あのぉ…」

「ああ、姿勢だよ。勉強をする時の姿勢。礼をする時の姿勢。どれも凄く綺麗だった」

「ありがとうございます。華道と弓道を習っているので、そのせいかもしれません」

「なるほどね、それでか…っと、もうこんな時間か。じゃあ今日はここまでだね」

「あら…もうそんなに経っていたのですね。あの、今後は先生のもと勉学に励みたく思います」

「僕?」

「はい。本日の授業は大変ためになりました。ですので、次回以降も先生より教えを乞いたいのです」

「ははは。僕なんかで良ければ全然構わないさ。って、僕って今日から来たばっかだから、そういった手続きとか任せていいかな?」

「構いません。では、本日は失礼いたします」

「うん、またね」

「っ…!はい!」

 

手を振って挨拶すると、今日一番の笑顔が返ってきた。

そして諏訪さんは教室から出ていったのだった。

今日は初日ということもあり、彼女一人で終わった。

そんなとき零奈から連絡がきたので迎えに行くことにした。

 

「お疲れ零奈」

「兄さんもお疲れ様です。いかがでしたか?」

「さすがに疲れたかなぁ。五月も迎えに行こうか」

「ええ」

 

そして下田さんのところに向かう。

五月は授業が終わった後は下田さんのところで手伝いを行う予定であるからだ。

 

「下田さんお疲れ様です」

「おう。お疲れさん!」

 

五月の方を見るとどうやら書類の整理をしているようだ。

 

「そういえばさっき諏訪が来てたぞ。ほれ」

 

そこで一枚の紙を渡された。

 

「これは?」

「こいつは来月の和義の予定表だ。見事に全日諏訪が入ってるな」

「それはありがたいことですね」

「どんなマジックを使ったんだ?」

「は?」

「いや、諏訪は先生を選ばないことで有名なんだよ。彼女に聞くと誰でも同じと返してくるときたもんだ」

「彼女?」

 

横にいた零奈が彼女という言葉に反応したが今は触れないでおこう。

 

「別に普通に授業をしただけですよ。特にこれといった特別な事は何も…」

「ふ~ん…ならフィーリング的に良かったのかもな。この女たらしめ」

 

肘を付いて下田さんが皮肉を言ってくる。

その皮肉は今言ってほしくなかったかも。零奈だけでなく五月も手を止めて睨んでるじゃん。

 

「あー、それで。彼女以外の時間帯はまたフリーの人に教えればいいんですか?」

 

無理やり話を反らした。

 

「おう。とは言ったものの、お前さんは基本一日三時間だからね。諏訪以外だと一人かいないかだな」

「分かりました」

 

そして五月の仕事が終わるまで自分の勉強をする事にした。

しかし、何が彼女を僕を指名するのに至ったんだろう?謎である。

 

-------------------------------------------------

「五月から聞いたわよ!」

「塾で女子をたぶらしたって本当?」

 

夕飯時になり二乃と三玖に詰め寄られた。

五月を見ると不機嫌に目をそらされた。そういえば帰りも不機嫌だったなぁ。

 

「カズヨシ君…それはやってはいけないよぉ」

「わ…私は直江さんがそんなことしないって思ってます!」

「あら。四葉は私と五月の言葉が信じられないと…」

「うっ…!ごめんなさい直江さん…」

 

四葉崩落。脆いなぁ。

まあ最初は僕を信じてくれたからやっぱりいい娘だよ。

 

「いやいや。たぶらかしてなんかないって」

「それでは、何故今までマンツーマン相手の先生を指名してこなかった女子が、今日会ったばかりの兄さんの事を指名しているのでしょうか?」

「それは……僕も知りたいんだけど…」

「まぁ、カズヨシ君の事だから無意識に相手の心を射止めちゃったんだろうね」

「む~…五月。その女子はどんな娘なの?」

 

三玖が五月に聞くが、

 

「それが…私も詳しく分からず……」

 

チラッと僕を見ながら答えた。

その事で僕に対する視線が集中した。

 

「和義。隠さず話しなさい。私達には聞く権利があると思うわ」

「って言ってもなぁ…さっき零奈が言った通り今日会ったばっかりだしなぁ」

「何でもいい。さあ白状して…」

 

白状って…

 

「う~ん…歳は二個下だね。この春に高校入学するって言ってたし。あ、でもすでに自分で高校の内容の勉強してたから頭は良いと思うよ」

「年下のガリ勉っと…」

 

二乃、その言い方はちょっと。

 

「後はそうだな…姿勢や礼が良かったからそれを褒めたら喜んでたね。華道と弓道やってるんだって。それに丁寧な話し方で黒髪ロングだったから大和撫子って感じだったかな」

「「「「「……」」」」」

 

何で皆黙っちゃったんだろ。

 

「正にこの子達とは正反対ですね」

「「「「「うっ…!」」」」」

「それはまあ感じたかな…」

「カズヨシはそういう娘が好みなの?」

「え?別に違うけど」

「本当でしょうね?」

「ああ。て言うか、僕については好み云々の前の話だと思うけど」

「そりゃそうだ」

 

自分で言った事だけど、一花に同意されると何か釈然としない。

 

「まあいいわ。お母さんと五月は引き続き監視任せたわよ」

「か…監視って…」

「「分かりました」」

「あはは…直江さんファイトです!」

 

その後、諏訪さんには普通に勉強を教えて特に何かがあった訳ではなかった。

彼女の吸収力は凄く、どんどんと覚えてくれ教えがいがあった。しかし、無理をせずペースを維持して授業を進めた。それについては彼女も反対をする事もなく僕の指示にしたがっている。

 

-------------------------------------------------

「てなことがあったんだよ」

 

今日は新学期初日。風太郎と一緒に学校に向かっている。

 

「ふーん。その女凄いな」

「だよねぇ。昔の風太郎みたいにどんどん勉強するから懐かしかったなぁ」

「そ…そうか」

「おっはー」

 

二人で歩いてると例のコーヒーショップの前で一花がコーヒーを飲んでいた。

 

「よう」

「相変わらずコーヒー好きだねぇ。こればっかりは良さが分かんないや」

「普通に美味しいよ?それでは失礼して」

 

そう言いながら僕と風太郎の間に入り、並んで登校することにした。

 

「そういえば旅行以来か、一花と会うのは」

「そうだよ…全然家庭教師に来てくれなかったよね。お姉さん寂しかったんだから」

「そ…そうか…」

「まぁ、来ても皆バイトや一花の女優業なんかで家庭教師どころじゃなかったかもだけどね」

「頑張ってるんだな」

「うん。皆がそれぞれバイトを始めてくれたからね。そろそろ私もやりたいことに挑戦してみよかなって」

「何にせよ。成績さえ落とさなければいいさ。新学期からビシバシいくからな!」

「あはは…まあここまで来たら卒業したいよね。頼りにしてるよせーんせっ」

「はいよ」

 

一歩前に出て振り返りながら一花がそう言ってきたので僕は答えたのだが、風太郎は何故か前髪を弄りながらそっぽを向いてしまった。

 

「風太郎?」

「いや、何でもない…」

 

何でもない事はないと思うが風太郎が言うなら何も言うまい。

 

「でもさ、皆がバイトを始めたからか一緒に過ごす時間が少なくなっちゃったんだよね…私たち、このまま大人になっていってバラバラになっていくのかな…」

「さあな。だが、きっと悪いことではないだろう」

「だねっ」

 

丁度そこで学校に着いた。

今日は新しいクラス発表のため張り出された場所に皆が集まっている。

 

「そういえば二人は同じクラスになった事ってあるの?」

「んー…中学入ってからないかなぁ」

「まあいつも一緒に勉強してたからな。クラスなどどうでもいい……あった一組だな」

「見つけるの早っ」

「風太郎はあ行だからねぇ。僕と一花はな行でほぼ真ん中だもん…っとあった僕も一組か…って、え?」

やった!

 

隣から小さな声だが、喜びの声が聞こえた。

 

一組

上杉 風太郎

直江 和義

中野 一花

中野 五月

中野 二乃

中野 三玖

中野 四葉

 

-------------------------------------------------

「五つ子だぞ…!ありえねぇ…」

「まあまあ、こんな事もあるよ」

「同じなのは顔だけにしてほしいぜ…」

「しかし俺らも同じクラスになるなんてな」

 

そう話しかけてきたのは前田だ。実は前田も同じクラスなのである。

 

「高校最後の一年、楽しくなりそうだね」

「ああ」

「ふっ…」

 

僕の言葉に前田は答えてくれたが風太郎は答えない。

だが、口は笑っている。

 

「それより中野さん達は大丈夫なのか?」

 

前田がクラスメイトに囲まれている五つ子を親指で指差しながら聞いてきた。

 

「う~ん…ちょっとまずいかもね…」

 

二乃が本性出してキレなきゃいいけど…

そんな考えが過ると風太郎が急に立ち上がった。

 

「風太郎?」

「何だ?助けに行くのか?」

「そんな訳ないだろ。トイレだ」

 

そう言ってクラスメイトが固まっている方に向かっていった。

 

「退いてくれ」

「フータロー」

「た、助けてください」

 

風太郎の存在に気づいた三玖と四葉が助けを求めている。

 

「何?上杉君も中野さん達のこと気になるの?」

「トイレだ。邪魔だから退いてくれ」

 

その後風太郎は教室から出ていった。

 

「え…何あれ」

「あの人感じ悪っ」

 

今言った女子。もう君と話すことはないだろう。

 

「あいつ何がしたかったんだ?」

「五つ子の事は心配してたみたいではあるね。トイレに行きたいなら前のドアから出れば良かったんだから」

「なるほどな」

 

そんな時だ。

 

「みんなやめよう。ね?そんなに一気に捲し立てたら中野さん達も困っちゃうよ。ね?」

 

一人の男子生徒がクラスメイトの質問責めを止めた。

 

「誰あれ?」

「ん?ああ武田だよ。俺と一花さんは二年の時同じクラスだったな」

「ふ~ん…」

「はーい、席に着いてください」

 

おや、担任はまたおんなじなんだ。

三条 葵(さんじょう あおい)先生。二年の時も担任で若くて恐らく歴史好き。

この先生の授業面白くて好きだから結構嬉しい。

先生の声もかかった事で皆自分の席に戻っていった。そこにトイレから風太郎も戻ってくる。

ちなみに風太郎は一番前の席で僕はその後ろ。しかし、何を基準にこの席順になったのだろうか。

 

「和義君。今日からよろしくお願いします」

 

隣から五月に声をかけられた。

 

「うん、よろしく」

「まさか席も近くになるなんてね」

「私も和義の隣が良かったわ」

 

五月の前の席の一花と後ろの席の二乃からも声をかけられる。

並びとしては、前から一花、五月、二乃、三玖、四葉である。

ちなみに前の風太郎は席に戻ってからはずっと勉強をしている。

 

「今日からあなた達は三年生です。最上級生としての自覚を持ち後輩の皆さんのお手本となるよう学校生活を……」

 

ん?どうしたんだろう。

 

「あのぅ―…中野…四葉さん。どうかしたのかな?」

 

振り返ると四葉が黙って手を挙げている。

 

「このクラスの学級長に立候補します!」

「えっと…まだ何も聞いてないんだけど…」

 

先生、めっちゃ困ってんじゃん。

 

「そこをなんとか!」

「反対もしてないんだけどね…まあ、他の立候補者がいなければいいけど…」

 

そして、

 

「皆さん、困ったら私になんでも言ってくださいね!」

 

パチパチ…

 

四葉が学級長として決まった。

 

「ついでに男子も決めちゃいましょうか。立候補する人はいますか?」

「いますかー?」

「推薦でもいいですよ?」

「いいですよー?」

「何か四葉ノリノリだけど何かあった?」

「いえ。全く…と言うか姉妹として恥ずかしいです…」

 

あーそれはそれは…

 

「男子の学級長なんて決まってるよなぁ」

「だよなぁ、武田か直江だろ」

 

全く勝手なんだから。

 

「先生、私学級長にピッタリな人を知ってます!」

「へぇ~、誰?」

「上杉風太郎さんです!」

「はぁ!?」

 

驚いた風太郎は立ち上がった。かくいう僕も驚いているのだが。

 

「え?上杉君で大丈夫…?」

「武田君や直江君を差し置いてだなんて…」

「じゃあ、他の係も決めちゃいましょうか」

「先生!俺はやるとは言ってません!それに俺なんかより適任者がいます」

 

おいおい、まさかとは思うが。

 

「あら誰かしら?」

「直江和義です」

「おまっ…!」

 

本当に嫌な予感は当たるな。

 

「いいじゃん!直江君なら適任だよ!」

「だよね!」

「ふむ…周りの皆の反応も良いみたいだから直江君で決まりね」

「いやいや。先生、ちょっと待ちましょうか」

「もー、では多数決を取りましょうか。直江君で良いと思う人は手を挙げてください」

 

クラスのほぼ全員が手を挙げる。

 

「決まりですね」

「はぁー...」

 

こうして三年一組の学級長に僕と四葉がなることになったのだった。

 




本年最初の投稿です。
諸事情がありまして、年明けのご挨拶は省かせていただきます。

いよいよ三年生スタートです!
スタートする前にバイト先の塾でのやり取りが入りまして、学級長が決まったところで今回は終わらせていただきました。

いやー、学級長は風太郎と和義どっちにしようか迷ったのですが、やりたくない風太郎は和義に振るかなって思い、和義にしました。
後、担任の先生ですが、原作では男の人でしたがこのお話ではオリジナルの二年生の時の担任の先生にしました。
そして今回で名前登場です。今後も登場するかもしれませんので、名前を付けさせていただきました。

では、また次回投稿まで。
本年もよろしくお願いいたします。


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71.新入生

「ふむ、兄さんと四葉が学級長ですか」

 

新学期の初日の夜。夕飯に全員が久しぶりに揃った。

だからって訳ではないが、今日は腕によりをかけて僕が料理をしている。

今日は時間もあることでローストビーフを作ってみた。

 

「う~ん、美味しいです!今日は気合が入ってますね!」

「ははは、ありがとね」

「それにしても直江さんには申し訳なかったです。私のせいで巻き添えを...」

「まあ、皆に風太郎の事を知ってもらおうと思ってやったことなんでしょ?仕方ないよ」

「そうね。あの空気だとどっちにしろ和義が学級長になる事になってたでしょうね」

「確かに...満場一致で決まってた...」

「まあ、カズヨシ君は人気者だからねぇ」

「はぁー...あ、そうだ、零奈明日は急遽学校に行くことになったんだよ」

「え、明日ですか...」

「ああ。本来休みだったけど、学級長になったことで入学式に参加しなくてはいけなくなっちゃって」

「そうですか...あの、帰りは遅くなりませんよね?」

「ああ。多分昼過ぎには帰れるんじゃないかな。だよね四葉?」

「はい!片付けについては、その日にやりますがすぐに終わるだろうと先生も言ってました」

「だってさ」

「そうですか。では、終わったらすぐに帰ってきてくださいね」

「分かったけど、何かあったけ?」

「「「「「「はぁー...」」」」」」

 

何故か全員にため息をつけられてしまった。

 

「さすがだね。まあ帰ってからのお楽しみだよ」

 

一花がそう答えたのでとりあえずこの話はここまでのようだ。

 

------------------------------------------------

翌朝。学校に行く準備を終えてリビングに下りてくると姉妹全員が制服姿で朝食の準備をしていた。一花はソファーで寝てはいるが。

 

「おはようございます直江さん!」

「おはよう。あれ、四葉以外の皆は何で着替えてるの?」

「入学式ですが、席が空いていれば希望者も参加できるらしいので」

「で、私たちも行こうと思ったわけ」

「私たちこっちの入学式見たことないし...」

「そっかぁ。でも一花は無理しなくて良いんだよ?」

「ん~~?大丈夫だよ...すぅ...」

 

いや寝てるじゃん。まぁ本人が行きたいなら無理に止めるべきじゃないか。

ちなみに風太郎に確認をしたが、『勉強をするから断る』、と返事が来た。普通はこうだよね。

そんな訳で六人で教室に来ていた。

 

「あら?中野さん達は姉妹全員で来たのですね」

「はい。あのぉ席は空いていますか?」

「ええ。後ろの方ですが空いていますよ。直江君と四葉さんは在校生の席に座ってもらいます」

「「分かりました」」

「何かをするというわけでもないので緊張しなくてもいいですよ。ただ、新入生起立、のところで立たないように注意しておいてくださいね」

「さすがに大丈夫ですよ。ね、四葉?」

「直江さん、よろしくお願いします」

「え、噓でしょ?」

 

そこで二乃に肩に手を置かれた。

 

「四葉の恥はあんたにかかってるわよ」

「大丈夫、カズヨシならしっかり四葉の手綱を引ける...」

「よろしくねカズヨシ君」

「すみません」

「マジかぁー...」

 

そして入学式が始まるとのことなので講堂に向かった。席って結構前の方なんだな。

自分の席に座って始まるのを待つ。隣の四葉は緊張しているようだ。

 

「四葉。緊張しなくてもいいよ。僕が隣にいるんだからさ」

「直江さん...」

「ほら前を見てみなよ。新入生たちも皆リラックスしてるよ。今回の主役はあくまでも新入生であって、僕たちはただ話を聞いてればいいんだよ」

「そうですよね」

「うん。何だったら手を繋いでいようか?」

 

ニヤリと笑いながら四葉に伝えると、普段通りの四葉に戻ったのか笑顔で返してきた。

 

「それは最終手段ということで。ししし...」

 

そして入学式が始まる。

しかし、こういう式典というものは何でこうも眠くなるのだろうか。校長や理事長といったお偉いさんの言葉を聞いていても頭に入ってこない。隣の四葉に至っては緊張しなくなったものの舟を漕いでいる。

 

「四葉。もうすぐ終わるからそろそろ起きようか」

「はっ!すみません」

「良いって」

「それでは新入生代表の挨拶をお願いします。新入生代表諏訪桜」

「はい!」

 

ん?聞いたことある名前が呼ばれたような...

そう思い壇上に注目すると姿勢正しく凛とした諏訪さんの姿があった。

あの子ここの新入生だったのか。

 

「綺麗...」

 

四葉がポロリと言葉を漏らした。

 

「暖かな春の訪れと共に、(わたくし)たちはこの旭高校の1年生として入学式を迎えることが出来ました。校門で咲き誇っている桜の花がまるで私達を歓迎しているかのようです。本日は、(わたくし)たちのために立派な入学式を行っていただきありがとうございました......」

 

挨拶の言葉も堂々と発言しており、マイクを使っているとはいえ講堂全体に彼女の言葉が響き渡っている。

 

「伝統ある旭高校の一員として、責任ある行動を心がけていきます。先生方を初め、先輩方もどうか暖かいご指導をよろしくお願いいたします。以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」

 

そこで挨拶が終わり諏訪さんが礼をした。あのいつもの綺麗な礼を。

その場は静まり諏訪さんが歩く靴音だけが響いている。

どうやら皆諏訪さんを見入っているようだ。

いるんだね、ああいう人を惹き付ける何かを持ってる人って。

 

入学式が終わり、新入生達はそれぞれの教室でオリエンテーションが行われる。

その間に僕たちは講堂の片付けがあったが、それも終えたので今は帰るために昇降口に向かっている。

 

「それにしても凄い子が入学してきたもんだ」

「そうね。ちょっと黒薔薇の時の事を思い出しちゃったわ」

「確かに…」

「へぇ~、黒薔薇女子にはあんな娘がやっぱりいるんだ」

「そうですね。あちらでも珍しいかもしれませんが、何人かはいましたよ。でも何でこの学校に入学したんだろう…佇まいからして生粋のお嬢様だと思うんですよねぇ…」

「私たちは今のお父さんが引き取ってくれるまでは普通の家庭でしたからね。それに学力も低かったですし…」

「今は皆平均点50点位は取れてるんだしいいんじゃない?昔は昔。今は今だよ」

「和義君…ありがとうございます」

「まあ、何にせよ私たちとは関り合いがないでしょうから気にしたって意味ないでしょ」

 

二乃のそんな言葉で話を終えようとしていた。

そういえば諏訪さんが僕の生徒だって言ってなかったな。

 

「あのさ…」

 

諏訪さんの話をしようとしたところで目の前に当の本人が現れた。

どうやら向こうもオリエンテーションが終えたようで、何人かで帰っているようだ。

 

「噂をすれば…」

「やっぱり目立っちゃうよねぇ」

 

君たちも十分目立ってるけどね。四葉の言葉に心の中でツッコミを入れた。ほら、新入生が皆こっち見てるよ。

そんな時諏訪さんと目があった。

そして彼女は一緒に帰っていた人達に一礼してこっちに来ている。

これってヤバいやつなんじゃないだろうか。

 

「直江先生!」

「「「「「!?」」」」」

 

諏訪さんは笑顔で僕を呼び近づいてくる。

そんな彼女の行動に五つ子全員が驚きこちらを見ている。

五つ子だけではない。その場にいた僕の事を知っている在校生は全員僕を見ているのだ。

 

「え…先生って何?」

「くっそー!また直江かよっ!」

「中野さん達で飽きたらず…」

 

男子達の悲観な声が多いような。

 

「こんにちは先生。先生もこちらの学校だったのですね?」

「こんにちは諏訪さん。諏訪さんこそここの新入生だったんだ。壇上での挨拶見てビックリしたよ」

「お恥ずかしい限りです。先生がいらっしゃると分かっていればもう少ししっかりとした挨拶にしたのですが…」

「そんなことないよ。十分素晴らしい挨拶だった。よく出来ました」

 

そう言いながら、塾での癖で頭をポンポンと軽く撫でてあげた。

 

「「「「「~~~~~っ…!」」」」」

「先生のそのお言葉はどのような賛辞よりも嬉しく思います」

「相変わらず大袈裟だなぁ」

「大袈裟ではありません。事実を言ったまでです」

「はいはい。そうだ、諏訪さんにも紹介するね…ってヒィッ!」

 

諏訪さんに五つ子たちを紹介しようと振り返ると凄い顔をした二乃と三玖と五月がいた。

ある程度は予想していたが、やはり怒っているようだ。

 

「えーと…どうしたのかな?」

「べっつにー」

「知らない…」

「ふんっだ…」

「「あはは……」」

 

一応話しかけはしたが三人にはそっぽを向かれてしまった。一花と四葉は乾いた笑い声を出している。

 

「えっと…この娘たちは前に言った僕の家庭教師の教え子達で。クラスメイトであり、大切な友人なんだ」

「そうなのですね。初めまして、諏訪桜と申します。(わたくし)もこの春から直江先生より指導いただいております。至らない点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします」

 

そこまで言って頭を下げる諏訪さん。

さすがにその対応に今の態度はまずいと思ったのか姉妹皆が諏訪さんに向き直った。

 

「これはこれはご丁寧に。私は中野一花だよ。よろしくね」

「二乃よ。よろしく」

「三玖…よろしく」

「四葉って言います!よろしくお願いしますね!」

「五月です。先ほどは失礼な態度を取ってしまいすみませんでした」

「いえ、それだけ先生が慕われているということです。しかし、本当にそっくりですね。先生は見分けがついているのですよね?」

「まあ…どうだろう。今は大丈夫だけど、姉妹の誰かに変装したら怪しいかもね」

「ふふっ…それでも自分の事を見てくれていると思えてきますから、嬉しく思ってくれてるはずですよ。そうです、先生に会えて良かったです。お渡ししたい物がありましたので…」

 

そう言いながら諏訪さんは自分の鞄の中を確認している。

 

「はい、どうぞ。当日に渡せて良かったです」

 

包装された箱、所謂贈り物を渡された。

 

「ありがとう…当日って、今日何かあったっけ?」

「え?下田先生から本日が直江先生のお誕生日だとお伺いしたのですが違いましたか?」

「あー、そっか今日だっけ?すっかり忘れてたよ」

 

最近は大学からの意見の精査に家庭教師、それにREVIVALと塾の掛け持ちで忙しすぎたからなぁ。

そっか、だから早く帰ってこいって…

 

「間違っておらず良かったです。改めてお誕生日おめでとうございます。本来であれば、こうしてお会いできたのでお祝いの席などもご用意できればと思うのですが…申し訳ありません。この後別の用事もありますので…」

「構わないさ。こうしてプレゼントを用意してくれただけでありがたいよ。ありがとね」

「そう思っていただけるだけで用意した甲斐があったというもの。あの…今後は学校でも話しかけてもよろしいでしょうか?」

「ん?全然構わないさ。知らない仲でもないんだし」

 

僕の言葉にパーっと笑顔になった。こういう仕草を見るとまだまだ幼さを感じる。

 

「ありがとうございます!では、また」

「ああ、気をつけて帰るんだよ」

 

諏訪さんは一礼をして帰っていった。その瞬間後ろから禍々しい気配を感じ取った。

 

「さて…この後帰ってお母さんを交えてじっっくりと話を聞かせてもらおうかしら」

「二乃さん?」

 

二乃からどす黒いオーラを感じる。それを感じて一歩下がったのだが。

 

「逃がさない…」

「ちょっ…三玖!?」

 

あの三玖が人前にも関わらず僕と自分の腕を組んできたのだ。

 

「では私は反対側を。これで逃げられませんよね」

「五月!?」

 

左右から拘束されてしまった。

 

「えっと…さすがにこの状況はまずいんじゃないかなぁ…まだ学校なんだし」

「あら良いじゃない。なんせ可愛い後輩から誕生日プレゼントを往来の前で貰ってる奴なんだから…ね?」

「はい……」

 

笑顔だが怖い二乃。本気で怒った時の零奈そっくりだ。さすが親子。

そしてそのまま家に連行されるのであった。

 

------------------------------------------------

「お邪魔しまーす……って、何やってんだ?」

 

風太郎がうちに来たのだが、リビングでは零奈と五つ子に囲まれて正座をしている僕の姿があるのだからそう思うのは当然である。ちなみに、らいはちゃんは僕たちが帰った時にはすでにいたが、零奈が五つ子から事情を聞くや否やこの状況になったため、遠くではらはらしながらこちらを伺っている。

 

「あら、いらっしゃいませ風太郎さん。すみません、ちょっと今は立て込んでまして」

「あんたはそっちで妹ちゃんの相手でもしてなさい」

「お…おう…」

 

二人の迫力で何も言えず、風太郎はらいはちゃんのところに行き『何があった?』と聞いている。

 

「さて……話は中野さん達から聞かせていただきました。良かったですね、可愛い後輩から誕生日プレゼントが貰えて」

「ま…まあね…」

「ふ~ん、やっぱり嬉しかったんだ。あの、女子からプレゼントを貰うのが嫌で嫌で堪らなかったカズヨシ君が随分変わったもんだ」

「いや、それは状況が違うでしょ」

「どう違うのかしら?」

「そりゃあ今でも知らない女子からプレゼントとか貰うのは嫌だよ。けど彼女は塾での生徒なんだし…」

「む~…確かに…」

「それでも最初に私たちで直江さんのお誕生日のお祝いを言いたかったです」

「サプライズにしたのがこのような形になってしまいましたね」

 

四葉と五月は残念そうな顔をしている。

そんな顔をされると申し訳なく思ってしまう。

 

「それにしても、特徴は聞いてたとはいえあれはかなり強力なライバルね」

「ライバルって…彼女はそんなんじゃないでしょ」

「カズヨシ本気で言ってる?」

「え?うん」

 

僕の発言に五つ子全員ため息ついている。四葉お前もか。

しかし、諏訪さんが僕にねぇ。ないでしょ。

純粋に勉強をするにあたって、教えを乞う教師として尊敬されてるかもしれないけど、恋愛感情まではないと思ってる。

 

「今はこのような朴念仁の事は置いときましょう」

「そうね。埒が明かないし」

「うん。同感…」

 

え…零奈と二乃と三玖、酷くない?

 

「じゃあ、気を取り直して。カズヨシ君の誕生日パーティーの準備を始めようか!」

「さんせーい!」

「それじゃあ私と三玖で料理に取りかかるわね」

「美味しい料理作るから楽しみにしててねカズヨシ」

「ああ」

「あ、兄さんはそのままそこで座っててください」

「今回の事別に許した訳ではありませんから」

「え…?」

 

零奈と五月はそう言葉を残して準備に向かっていった。

えーーーーーっ!

 

「大丈夫だよカズヨシ君」

「一花…」

「お姉さんとフータロー君で話し相手になってあげるから」

「任せろ!」

 

全然大丈夫じゃないよっ。要は見張りでしょ。

結局そのまま準備が終わるまで正座をさせられた。なんて誕生日だよ!

 

------------------------------------------------

色々とあった誕生日パーティー。最後は普通に楽しめたから良しとしよう。それに...

机の上に置かれている皆から貰ったプレゼントを見る。

ここまでしてもらうとはね。僕ってば幸せ者だね。

今日も風太郎とらいはちゃんは帰っている。明日から土日だから泊まって良かったが家族で過ごす方を優先したそうだ。風太郎の良いところの一つである。

 

「さてと...風太郎もいないしもう少ししたら寝ようかな」

 

何気なく庭を見てみると誰かがいた。どうやら月を眺めているようだ。

 

「あれは...」

 

まったく4月とはいえまだまだ肌寒いだろうに。そこでふと机の上に並べているプレゼントに目がいった。

 

「早速使わせてもらいますか」

 

プレゼントの内二つを持ってキッチンに向かった。

 

「ふぅー...」

「ほい、ホットミルクだよ」

「え?和義君...」

 

五月は僕からホットミルクを受け取った。

 

「あ...ありがとう。あっ、それって…」

「うん、五月から貰ったマグカップだよ。早速使わせてもらうね」

 

そう言って自分の分のホットミルクを飲み、四葉から貰ったカップケーキを口に含んだ。

 

「うん。四葉も料理に目が覚めたかな?美味しいよ」

「そのカップケーキは四葉が?」

「ああ。五月も食べる?」

「良いの?」

「うん。さすがにこれ全部は食べれないや」

 

そう言ってカップケーキが入った箱の中身を見せた。そこには後4個入っている。

 

「それじゃあ、いただきます……あ、美味しい…」

「でしょ?零奈に教わりながら作ったらしいけど十分だよ。うーーん。今日は天気もいいから月や星が良く見えるね」

「あ...あの...」

「...今日はありがとね。皆に祝ってもらって嬉しかった」

「そ...そんな。今までお世話になってきたんだもん、これくらい当然だよ」

「そっか...ふぅ...こうやって二人で月を眺めるのもあの日以来だね」

「あの日って...」

「五月と二乃が家出してうちに泊まった時だよ。あの日に五月に約束したもんね。僕が君の甘えられる場所になるって...」

「覚えててくれたんだ」

「もちろんだよ。まあ、実際に出来ているかどうかはまた別の話だけどね」

 

ははは、と笑いながら答える。

 

「大丈夫だよ。十分甘やかしてもらってる。とても居心地がいいよ和義君のそばは」

「あはは、そっか」

「うん、本当に...」

 

そして五月はまた空を見上げた。

 

「あれから随分月日が経ったように感じるなぁ...」

「君たち姉妹との生活は一日一日が濃密だからね」

「そうだね。二学期の期末試験に私たちの家出騒動...」

「ふふ、僕の飛び級騒動もあったね」

「もう、あの時は本当に肝が冷えたんだからね!」

「ごめんって。そして、君たちの赤点回避におじいさんの旅館への旅行」

「どれも私にとっては大切な思い出。そんな中でやっぱり一番の出来事はお母さんかな...」

「あれには僕もビックリしたよ」

 

自分の妹が五つ子達の母親の記憶を持っていて、しかも僕に好意があると告白までしてきたからね。

 

「本当に嬉しかった。こうしてまたお母さんと一緒に暮らせるようになった...ねえ、これからも一緒に色々な思い出作ってくれる?」

「ああ。君が望むのであれば」

「うん!それと、私も負けず嫌いなんだ」

「え?」

 

飲みかけのコップをテラスに置いたかと思うとこちらに振り返りいきなり抱きついてきた。

 

「五月っ!?」

「ふふ、あったかいなぁ...他の姉妹にもお母さんにも負けない!絶対に君を振り向かせてみせる。私は、家族としてではなく一人の男性として君が大好きだから!覚悟しててよね」

「ああ、肝に銘じておくよ」

「うんっ!」

 

抱きつきながら僕を見上げている五月の頭を撫でながら答えてあげると、満足そうな顔をしていた。

 

 




お待たせして申し訳ありません。最新話の投稿です。

原作にはなかった入学式をする事で諏訪さん再登場です。
今後の中野姉妹の強力なライバルになるのか、それとも和義の言っている通り、ただの憧れだけなのか今後のお話にてこうご期待ということで。

そしてスーッと流れましたが和義の誕生日です。ちなみに日付は4月6日です。特に意味はありません。
このお話では抜け駆けとかなしで書かせていただきました。そもそも同じ家に住んでたら難しいし、零奈もいるので無理かなと思いこうさせていただきました。

では、次の投稿がまた間を空けてしまうかと思いますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。
すみません、仕事が忙しくて書く暇ないです。。。


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72.日常

大変長らくお待たせして申し訳ありません。
最新話の投稿です!



「だぁー!疲れたぜ」

 

そう言いながら風太郎が机に突っ伏している。

今日は珍しく僕と風太郎、二乃が同じシフトに入っていた。

入っていたのだが、あまりの忙しさで今三人は休憩室で疲れはてているところだ。

 

「言い方悪いかもだけど、この店ってこんなに繁盛してたっけ?」

「原因はこれよ」

 

二乃が自分の携帯の画面を見せながら僕の疑問に答えてくれた。

 

「んー…?『あの限定ケーキ、本日販売!』って何これ?」

「和義が作ったクリスマスのケーキって結構評判良かったのよ。ただ、その後和義は店でケーキを作らなかった。それで幻のケーキって言われてたみたいよ」

「えー…何それ?」

「そして最近になって働きだした事と週に2日しかシフトが組まれない事から、店長が和義の作ったケーキを限定品で売ったらSNSで盛り上がったって訳」

 

普通そういうのって本人にまず言わない?

あ、でも。

『ふふふ、和義君の作るケーキを限定商品として売れば売り上げも上がるだろう。なんと言っても、クリスマスに作ってくれたケーキが幻のケーキとしてSNSに取り上げられてるからね』

とか店長言ってたなぁ。あの人策士だなぁ。

 

「上杉君、そろそろ戻れるかい?」

 

丁度その時店長が休憩室に入ってきた。

 

「分かりました」

「僕たちはどうします?」

「ふむ…君たち二人はもう少し休んでいると良い。この後はホールの方を手伝ってもらうかもしれないから、その時はよろしく頼むね」

「「はい!」」

 

そこで風太郎と店長が出ていった。

 

「えっと…二乃さん?なぜニコニコしながら近づいてくるのかな?」

「えー、だってせっかく二人っきりになったんだもの。アピールしとかないとじゃない?」

 

そう言って肩に自分の頭を置いてきた。

何言っても無駄だろうから諦めよう。当の二乃はご機嫌だし。

 

「そうだ。誕生日に送ったアロマ使ってくれた?」

「まだだけど、今日明日の勉強時間に使ってみようと思ってたんだ。リラックス出来て勉強捗りそうだよ。ありがとね」

「ふふっ、なら良かったわ……そういえば五月と何かあった?」

「っ…!」

「肩が震えたわよ。分かりやすいわね」

「はぁ…何でそう思ったの?」

 

二乃は自分の頭を僕の肩に置いたままなのでそこまで怒っていないようだ。

 

「べっつにー…今朝の五月はやけにご機嫌だったなと思っただけよ。それで何があったのよ?」

「……昨晩、五月から告白された」

 

抱きつかれた事は、まあ言わなくても良いでしょ。

 

「ふ~ん…あの娘にしてはやるわね。それだけ?」

「それだけ。二乃と一緒で返事は保留にしてるよ。男として情けないけどね」

「あっそ。それで?私と五月にお母さん。それに三玖も多分告ってるわね。他はいないんでしょうね?」

「保留にしてる娘って事であれば他にはいないよ」

 

少しだけ離れた二乃が指を折りながら聞いてきたので正直に答えた。自分で言っててなんだが、これだけの娘を待たせてるなんて情けないな。

四葉は風太郎の事が好きって気持ちは変わってないだろうし、一花は…

そこで一花に頬へキスされたことを思い出した。あれ以来特に変化はなくいつも通り過ごしている。何であんな行動を取ったのか…本当に女の子って分かんないな。

 

「あの後輩はどうなのよ?」

「後輩って諏訪さんの事?」

 

二乃がコクンと頷く。

 

「昨日も言ったけど、彼女は何もないよ」

「…今は和義の事を信じてあげる」

 

少しの間が気になったがまあいいでしょ。

 

「とは言え、三人のライバルより少しでも距離を縮めたいところよね…う~ん…そうだわ、あだ名とかどうかしら?」

「あだ名?」

「そうよ。ねぇねぇ、和義って今までどんな風に呼ばれたことがあるの?」

「え?直江か和義以外はないんじゃないかなぁ…」

「ふ~ん…てことは、あだ名で呼ぶのは私が最初って事よね。良いじゃないそれ!となれば何がいいかしら」

 

まったく、やっぱり二乃が姉妹で一番乙女チックなのではないかと思えてしまう。もしかしたら白馬の王子様とか憧れてるかもしれないな。

あーでもないとキラキラした表情で僕のあだ名を考えている二乃の顔に少し見とれてしまった。

 

「うん、決まったわ。カズ君なんてどう?」

「カ…カズ君!?」

「ええ。いいと思わない?」

「ふふふ…二乃が気に入ったならそう呼べば良いよ」

「本当に!?後から嫌っいうのはなしなんだからね?」

「ああ、良いよ。二乃がそれで喜んでくれるなら」

 

僕の言葉が嬉しかったのかニコニコしている。

普段強がった姿ばかり見ているからか、今の少女のような顔を見せられると何か良いなって思ってしまった。

 

「ねえ二乃?」

「なーに?」

「二乃は僕とキスしたいって思ったりする?」

「ゲホッゲホッ…ちょっ…え?…な…な…何言い出すのよ!」

 

一花の事もあったので聞いてみたかったがやぶ蛇だったようだ。

 

「ご、ごめん。いや零奈が良く頬にだけどしてくるからさ。今思えば零奈(れな)さんとしての記憶がある状態でしてきたって事だし…やっぱり好きな人にはキスしたくなるんだろうか、って思ったわけ。聞いた僕がおかしかったよ。忘れてくれて良いよ」

 

はぁー…何を聞いてるんだろうか。女性に対して失礼だよ。

そう自分の軽率な質問に反省していたのだが。

 

「したいわ!」

「え?」

 

はっきりと答えた二乃に驚き、二乃の方を見るとまっすぐとこちらを見ていた。とても冗談ではないことくらい分かる程真剣に。

 

「したいに決まってる。だって好きになった人なのよ。前にお母さんに聞いたの、キスするってどんな感じか。そしたら『好きな人とのキスはより一層相手を愛おしく思えてくるのではないでしょうか』って。そんな話を聞かされたらしたくなってくるに決まってる。でも…」

 

そこで二乃は下を向いてしまった。

 

「私の軽率な行動でカズ君に嫌われたくないから…」

「そっか…」

 

そこでポンポンと二乃の頭を軽く撫でた。

 

「え…?」

「ありがとね、自分の素直な気持ちを伝えてくれて。その…なんだ…まっすぐな気持ちが聞けて嬉しかったよ」

「あ………ごめん、もう無理!」

「え?」

 

チュッ

 

「なっ……!?」

 

いきなり二乃に頬にキスをされて驚いてしまった。

 

「ふふっ…お母さんはしてるんだからほっぺくらいはいいわよね?」

「え…?え…?」

「そもそもカズ君が悪いんだからね!私をその気にさせたんだから」

「えー…」

 

そこに店長が休憩室に入ってきた。

 

「すまない。二人ともホールとキッチンに分かれて入ってくれ!」

「分かりました!」

 

急ぎ店長のところに向かう。

 

「ん?どうしたんだい直江君?顔が赤いようだが…」

「な、何でもないですよ!あはは…」

 

やばい。かなり意識してるかも。

そんな時後ろから二乃に声をかけられた。

 

「覚悟しててよねカズ君。その内、唇も奪っちゃうんだから」

「なっ…!?」

 

二乃はそのまま鼻歌を歌いながら僕を追い越し店長のところに向かった。

 

「おや。二乃君はご機嫌のようだね」

「ええ!良いことがあったので。さあ頑張りましょう!」

 

そして二乃は終始ご機嫌なまま仕事をこなすのだった。

 

------------------------------------------------

次の日の朝。といっても昼に近い時間ではあるが、パソコンとのにらめっこに一息つこうとリビングまで下りてきた。

 

「あれ?一花は今朝食を食べてるの?」

「おっはー!いやー、面目ない」

「まったく…仕事が忙しいのは分かりますが、もう少し生活リズムを正しなさい」

「はい…」

 

母親と子どもの何気ない風景で本人達は慣れたかもしれないが、如何せん零奈の見た目が小学生だとまだまだ違和感ある。

 

「あ!直江さんも一緒にお茶しませんか?」

「じゃあご相伴にあずかろうかな」

「分かりました!じゃあ準備しますね!」

 

そう言いながら、四葉はキッチンに向かった。

 

「あら?珍しいですね、家の中でも眼鏡かけてるなんて」

 

零奈の隣に座るとそう声をかけられた。

 

「ああ。さっきまでパソコンで作業してたからね。これはブルーライトカットの眼鏡で度は入ってないよ。一花からのプレゼントなんだ……どう一花?似合ってる?」

 

僕の向かいで朝食を食べてる一花に聞いてみた。

 

「うん…想像通り…カッコいいよ」

「そっか…ありがとう…」

 

照れながら言われるとこっちまで照れるからやめてくれ。

 

「こほん」

 

おっと。零奈がいたんだった。

 

「お待たせしました!ん?どうかしたんですか?」

「いや何でもないよ。そういえばこの間のカップケーキ美味しかったよ」

「本当ですか!?やったー!お母さんやりましたよ!」

「ふふ、良かったですね」

「はい!」

 

満面の笑みで答えている四葉。親子関係は良好のようで良かった。

 

「四葉っていつから料理するようになったのかな?」

「ししし、まだまだだけどね…言ったでしょ、行動あるのみだって」

「ほぉー…」

 

笑顔でお互いを見合っている一花と四葉。仲が良いのか悪いのか。

 

「そういえば来週の日曜日。今度は風太郎の誕生日だね」

「そうなんだよねぇ。二人の誕生日近すぎだよ」

「上杉さんは何を貰ったら喜んでくれるんでしょうね?」

「風太郎は何を貰っても喜ぶよ。反応は薄いけど内心は凄い喜んでるから」

「ですね。去年は隠れて喜んでましたし」

「フータロー君らしいね」

「直江さんは何をあげたんですか?」

「ん?参考書」

「うわぁー…誕生日に参考書って…」

 

一花が引いている。

 

「風太郎さんは普通に喜んでましたけどね」

「う~ん、やっぱり他に探してみようかな…」

「ちなみにお母さんは何をあげたの?」

 

一花が興味本位で聞いてきた。

 

「兄さんとの共同でケーキを作りました」

「上杉家は全員驚いてたよね。何せ小学校に入学したばかりの子がケーキを作って持って来るんだもん」

「「確かに…」」

 

僕の言葉に一花と四葉の二人が同意した。

 

「まぁ自分でこれだって思うものを渡せば良いと思うよ。僕は皆からのプレゼントは嬉しかったし」

「そっか…」

「もう少し色々と考えてみます!」

 

一花と四葉。二人はどんなのをプレゼントするのだろうか。本人ではないが少し楽しみである。

 

------------------------------------------------

「お前…何か疲れてないか?」

 

次の登校日、風太郎と登校していたのだがそう指摘された。

疲れてる原因は…まあ、人によっては贅沢な悩みかもしれないな。

 

「風太郎に心配されるとはね…」

「いつも一言余計だ!」

「ははは、大丈夫だよ。それより風太郎こそ大丈夫なの?今日は体力測定だけど」

「ふん…問題ない…」

 

現実逃避の如く参考書に目を戻した。

 

「おはよう…」

「あれ?三玖じゃん、どうしたの?」

 

通学路の途中、一人佇んでいる三玖の姿があった。

 

「一緒に登校しようと思って…」

「そっか。良いかもねたまには」

「うん…!」

 

そこで僕の横に三玖が並ぶ。なので僕は二人の真ん中に位置する感じになった。

 

「三玖。お前はどうなんだ?今日の体力測定」

「も…問題ない…」

 

風太郎の質問に三玖が答えるが、どう見ても問題ないように見えないが。

 

「……!カズヨシ、そのキーホルダー…」

「ん?ああ、この間三玖からプレゼントしてもらった物だよ。さすが三玖、センスあるよね」

 

三玖から貰ったのは戦国武将の家紋が束になっているキーホルダーである。それは今鞄に付けているのだ。

 

「ありがとう…嬉しい」

 

口元を両手で隠しながら笑顔を見せる三玖。

 

「お前は相変わらず歴史好きだな」

「良いじゃん。あ、そうだ。三玖、久しぶりにあれやらない?」

「望むところ…」

「何だ、あれって?」

「ふふん。歴史クイズだよ。去年から時間あるときによく三玖とやってたんだ」

「決着はつかないけどね」

「だね~…風太郎もやる?って、ごめん風太郎じゃあ答えられないかもだよね」

「ほう…」

 

軽く挑発したら食いついてきた。

 

「いいだろう。以前の借りをここで返させてもらう」

 

というわけで、学校に着くまでの間で三人での歴史クイズ対決を行うことになった。

 

「それじゃあ僕から。三好長慶の死後に実権を握った三好三人衆と言えば?そうだな…丁度三人だし一人ずつ言っていこうか。風太郎からどうぞ」

「お…おう。んー…三好政康だ!」

「正解…じゃあ私は三好長逸」

「やるねぇ。最後に岩成友通と」

「は…?三好じゃねえだろ!」

 

誰もがツッコミを入れるところである。

 

「合ってるのだからしょうがない…じゃあ次は私…カズヨシの三人衆問題にあやかって、美濃三人衆といえば?これも一人ずつ回答…」

「いいとこつくねぇ」

「なんだよ、美濃三人衆って…」

「お?風太郎ギブアップ?」

「誰がだ!そうだな……稲葉一鉄はどうだ!」

「正解。何だかんだで風太郎正解してくるね。じゃあ…安藤守就」

「さすがカズヨシ…最後に氏家卜全」

「他の二人は全く知らんぞ…」

 

そんな感じでクイズ対決をしているとあっという間に学校に着いてしまった。

 

「いやー、さすが三玖だね」

「結局、今日も決着つかなかった…」

「くっそー…和義はおろか三玖にまで負けるとは…」

 

満足気な僕と三玖に対して悔しがっている風太郎。

元々歴史が好きだった三玖だけど、僕と話すようになってから更に歴史に関する知識量が増えたと思う。

風太郎の場合、授業や参考書に出る程度のものしか知らないから、そんな三玖に負けるのは仕方がないだろう。

 

「ちなみに。三玖の歴史の知識が凄いのもそうだけど、二乃はフランス語読めるよ」

「……は?」

「だから。二乃はフランス語読めるし、ある程度は話せるんじゃないかな…」

「なんでだよ」

「家庭教師を始めた当初から英語を教えながらフランス語教えてたから。フランス料理本見せたら興味持っちゃって。今でもたまにマンツーマンで教えてるよ」

「こいつら姉妹の偏った知識どうかしてるぞ」

C’est incroyable(セ アンクロワイヤーブル)…凄いよね」

 

そう。二乃のフランス語勉強はあれからも続けていたのだ。

うちに住むようになってからは、赤点回避に集中していたからそこまでしていなかったが、コツコツと続けている。

 

「む…二乃ばかりずるい。私もマンツーマンで勉強見てほしい」

「分かったよ」

「うん…!約束…」

 

僕の返事に大満足な三玖。その時。

 

「おい、あれって」

「うわぁ~、きれーい」

 

周りが騒がしくなってきた。

 

「ん?何だ?」

「たぶん、あの子だと思う…」

 

風太郎の疑問に三玖が指差しながら答えた。

三玖の指差した先には諏訪さんが優雅に歩いている姿があった。

僕が振り返ったことで向こうも気づいたようで小走りに近づいてきた。

 

「おはようございます直江先生!」

「おはよう諏訪さん。って、学校では先生の呼び方やめようか。妙に注目されるし」

「そうですね。では、先輩と呼ばせていただきますね。直江先輩も私に敬称付けなくてもいいですよ。桜、とお呼びください」

「…っ!」

「分かったよ。改めてよろしくね桜」

「~~っ、はいっ!」

「そうだ。彼の事も紹介しておくよ。彼は上杉風太郎。僕と同じで学年トップの成績で中野姉妹の家庭教師。そして、僕の唯一無二の親友だよ」

「お前は恥ずかしいことを平然と…」

「そうかなぁ」

「ふふっ、とても仲が良いというのは見ていて感じられます。(わたくし)諏訪桜と申します。この春よりこの旭高校にて勉学に励まさせていただきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

「お…おう!和義から頭が良いって聞いている。俺もこいつの生徒でもあったからな。兄弟子みたいな感じで何かあれば相談すると良い」

「はい。その際にはどうぞよろしくお願いいたします」

 

風太郎とも打ち解けるなんてさすがだなぁ。

前を歩く二人に続いて歩いているとほんの少しだけ引っ張られている感触があった。

 

「ん?」

 

よく見ると三玖が誰にも見えないように僕の裾を軽く引っ張っている。

 

「どうしたの三玖?」

「ううん…そのもう少しこのままでも良いかな?」

「別にいいけど、歩きにくくない?」

「大丈夫…カズヨシの近くにいられるから」

「そっか…」

 

そこで三玖の歩幅に合わせるようにゆっくり歩くことにした。

 

「あっ…」

 

どうやら僕の行動に三玖は気づいたようだ。

 

「ありがとう…」

「何のことかな」

「ふふふ…」

 

何か不安な気持ちがあったのかもしれないが、今の笑顔を見れば大丈夫かなと思うのだった。

 

 




今回のお話で姉妹みんなのプレゼント内容が分かりました。
二乃については原作通りになってしまいましたが…

さて、今回で二乃が和義の頬にキスしたのですが、ここから少しずつ五つ子たちと零奈が攻めていくところを書けたらなと思ってます。

投稿が不定期になっていますが今後ともよろしくお願いいたします。



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73.模試に向けて

「直江、6秒1!」

「四葉さん、6秒9!」

 

現在体力測定の真っ只中だ。

 

「凄ぇー6秒台!しかも二人かよ…」

「鬼速ぇ…」

「てか、直江の速さおかしくないか?もうちょいで6秒切ってたぞ」

 

そして今最後の測定である50メートル走を行っている。

 

「はぁー…負けちゃいましたー」

「ふぅー…危なかった…」

 

四葉の希望で競争することになったのだが、久しぶりに本気で走ったなぁ。いつもは流す感じで走ってたけど、それじゃあ多分四葉には勝てないと思ったからね。

 

「おーい学級長!これ片づけておいてくれ。体育委員が休みみたいでな」

「「分かりました」」

 

体育教師に今日使った器具の片づけを頼まれた。

 

「さてと…」

「大変だねー学級長さん」

「手伝う」

「一花に三玖。ありがとう!」

「いや、三玖はめっちゃ疲れてんじゃん。あっちで風太郎と休んでなって」

 

そう言いながら、近くの階段に腰掛けはぁはぁ言っている風太郎を指差した。

 

「くっ…不毛だ…50メートルのタイムなんて計ってもなんの役にも立たないというのに…」

 

風太郎は文句を言いながら頭を垂れ下げている。

 

「まったく…だから普段から体力つけとけって言ってたのに…」

「まあ、それが上杉さんですよ」

「よし!じゃあ運んじゃおうか」

 

一花の号令で運ぶことになった。

 

「それじゃあ、僕がこのでかいやつ運ぶから細かいのを四葉と一花でお願い。よっと…」

 

結構重いな。

 

「大丈夫?」

「手伝いますよ?」

「大丈夫、大丈夫……て、え?」

「二人で運んだほうが早いだろ」

 

目の前に風太郎がおり、取手部分を無理やり奪ってきた。

 

「休んでなくていいの?」

「問題ない…」

 

無理しちゃって。

 

「男の子だねぇ」

「上杉さんかっこいいです!」

「うるせぇ」

「照れない照れない。それより今日の放課後あたりから始めないとだね」

「だな」

 

僕の言葉に風太郎は気づいてくれたが、一花と四葉は何のことを言ってるんだという顔をしている。

 

「お前ら、まさか忘れたとは言わせないぞ…」

「来週には全国模試があるでしょ」

「「ああ!」」

「こいつら本当に忘れていやがった」

「はは…ということは他の姉妹もかな。あ、でも五月とは塾で話したから認識してると思うよ」

「はぁ…先が思いやられるぜ」

 

風太郎はそう言いながらため息をつくのだった。

 

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その日の放課後、担任の先生に呼ばれて職員室に来ていた。前にもあったような気がするんだが…

 

「失礼します。三条先生何かご用でしょうか?」

「直江君、ごめんなさいね。あなたに渡したいものがあるんです。これなんだけど」

 

そして机の上にある書類の束を差し出した。

 

「何ですかこれ?」

「色々な大学からの…そうね所謂招待状ですかね。あなたを歓迎しますって書類です」

「これ全部ですか?」

「ええ。この間の論文が高評価だったようでして…」

 

そういえば、母さんが色々な大学からのスカウトがひっきりなしだって言ってたっけ。今のうちに自分の大学のことをアピールしたいのか…とはいえこの量か。

 

「と言うわけで、これはお渡ししておきますので今後の進路を決めるための材料にしてください」

「は…はい」

 

三条先生に紙袋に入れられた書類の束を渡される。

 

「直江君」

「はい?」

「この中から必ず選びなさいというわけではありません」

「…」

「あなたがしたいと思うものがあれば、それを優先して良いんです。私はそれを全力で応援します」

「先生……分かりました。ありがとうございます。では、失礼します」

「ええ。気をつけて帰ってくださいね」

 

そこで職員室を後にした。今日は放課後に図書室で勉強会だから少し急がないと。

そして図書室に向かおうとした時。

 

「こんにちは、直江先輩」

「あれ、桜じゃないか。まだ帰ってなかったんだ」

「はい。先生に分からないところを聞いていました。そちらの荷物は?」

「ああ、これ?大学の資料だよ。僕も受験生だからね」

 

そう言って紙袋からひとつの書類を出して桜に見せた。

 

「これは…海外の大学ですね。先輩は海外の大学に進学されるのですか?」

「うーん…どうだろう…」

「先輩の実力であれば十分かと思いますよ」

「まぁ、一つの選択肢として考えてみるよ」

「……失礼かと思いますが、先輩はあまり乗り気ではないように見えますね」

「あー…分かっちゃう?」

「はい」

「そっか…まあ、まだ少し時間があることだしもう少し考えてみるよ」

 

そう言いながら桜から書類を受け取り紙袋に戻した。

 

「あら?先輩は帰られないのですか?」

「ああ。これから図書室で勉強会なんだよ」

「勉強会…あのっ、(わたくし)も参加させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ん?用事がないなら構わないよ」

「ありがとうございます」

 

というわけで桜と一緒に図書室に来たのだが。

 

「何か騒がしいな」

「ですね」

 

まあその騒がしいのは今から向かおうとしている場所なのだが。

 

「一桁だ!こいつらの家庭教師を続けたうえで全国模試一桁を取ってやるよ。そしてこいつらが足枷なんかじゃないって証明してやる」

「上杉さん!」

「……大きくでたね。無理に決まってる。それも五人を教えながらなんて」

「本当に大きくでたね、風太郎」

「…っ!和義」

「直江君か…」

「それで?何でこんな話になってるの?」

 

・・・・・

 

「なるほどね。これからの風太郎には五つ子たちに教えながらだと足枷にしかならないと…大丈夫でしよ。そもそもいまだに満点しか取ってないんだし。それに僕だっている」

「カズヨシ…」

「学校での試験と模試とでは大きく違う。だから今度の模試で全国二桁を取れなければ僕の言っていることを認めてもらおうと思っていたが…」

「なるほど、風太郎が全国一桁を取ると言い出したと…」

「そうだ!君からも無理に決まっていると言ってやってくれ」

「……ふっ…なら僕も一桁を目指そうかな」

「なっ!?」

「風太郎、今の君の実力見せてもらうよ。勝負といこうか」

「ほぉー…面白い。負けた時に泣くなよ?」

 

僕と風太郎はお互いにニヤリと笑いながら話すのだった。

 

------------------------------------------------

「なるほど。そんなことが…」

 

その日の夕食時に今日あった事を零奈に話した。

 

「まあ、兄さんは問題ないでしょう。風太郎さんも無理をするかもしれませんが案外いけるのではないでしょうか」

「零奈にそう言ってもらえると嬉しいね」

「それよりも気になった事がいくつかあります。まず一つですが…」

 

そう言って姉妹みんなを睨んでいるように見回している。

 

「勉強を疎かにしないよう伝えたはずですが?五月以外の四人は赤点だらけとはどういうことでしょうか?」

「「「「……」」」」

 

五月は、今回零奈の厚意で僕の隣でご飯を食べているが、それ以外の姉妹はまさに蛇に睨まれた蛙状態である。

零奈が言った通り、今回の勉強会で風太郎が用意した模試対策の問題を見事赤点だらけになっていたのだ。

 

「ま…まあまあ、得意科目については今まで通りだったんだし…」

「兄さんは甘すぎます!」

「は…はい」

「いいですね?今度の模試の成績によっては…分かってますね?」

「「「「はい~……」」」」

 

これが母親の力なのか。

 

「それともう一つ…兄さん、なぜ後輩の子と一緒に図書室に来たのですか?」

 

にっこりと笑いながらこちらを見ている零奈。絶対怒ってるよね。

 

「そうよ!あの時はそれどころじゃなかったから聞かなかったけど、何であの女と一緒だったのよ!」

「たまたま職員室前で会ったんだよ。それで勉強会の事を伝えたら付いてきたの」

「ふ~ん…」

 

三玖?その目信じてないね。

 

「それよりカズヨシ君は何で職員室に呼ばれたの?」

「ああ。年度末に僕の飛び級入学の話があったじゃない?」

「え…?まさか和義君にまたそのお話が?」

 

五月の言葉にみんな箸が止まった。

 

「ないない。あの話は僕の両親と中野さんでちゃんと終わらせてるから」

「じゃあ、何で飛び級入学のお話を?」

 

四葉の質問にみんな頷いている。

 

「ああ。その飛び級入学の話があった時に論文書いてたって話したよね?」

「ええ。母さんが本気でやれと言ったのでその通りにしたら大学から気に入られたと」

「そうそれ!その論文なんだけど、色々な大学で閲覧されてるみたいで、それを見た大学側からスカウト的なものが来てるらしくてさ。その書類を受け取りに行ってたんだよ」

「なるほど。和義君なら引く手あまたですよね」

「それで?やはり全国から来ているのですか、招待は?」

「あー…そうだね…」

 

零奈からの質問に答えたのだが曖昧過ぎたかもしれない。

 

「ふむ…その反応…それだけじゃないと見た」

 

一花は察しが良いなあ。

 

「それだけじゃないって…まさかっ…」

「はぁー…一花は察し良すぎるよ。後、二乃の想像通りかもね」

「んー?どういう事でしょうか?」

「全国だけじゃない。つまり日本だけじゃない…」

 

四葉の疑問に三玖が答える。

 

「えー!?それって直江さんが海外に行っちゃうってことですか!?」

「四葉。行儀が悪いですよ」

 

急に立ち上がった四葉を零奈が注意し、『ごめんなさい』とすぐに座った。

 

「ははは。別に招待を受けたからって行くとは限らないよ。今日貰った書類、良かったらみんなも見てみなよ」

 

そして夕食後に紙袋ごと五つ子に渡したのだった。

 

------------------------------------------------

~客間~

 

客間には今五つ子と零奈の六人が集まっている。

先ほど和義から渡された書類をみんなで見ているのだ。

 

「アメリカにイギリス、それにドイツもありますね」

「もちろん日本の大学もありますね。ほとんどが東京ですが…」

「「「「「……」」」」」

 

零奈の言葉に言葉が出ない五つ子。卒業後の事なのだから自分たちに引き留める権利は無いことは十分理解している。しかし、その現実が重くのし掛かっている。

 

「まさか海外とはねぇ…」

「卒業後はみんなバラバラになることは分かってた。けど海外は遠すぎるわ!」

「国内だったら休みの日に会いに行くこともできた。けど海外なら話は別…」

「ほらみんな!直江さんだって言ってたじゃん。招待受けたからって海外に行くとは限らないよ?」

「それはそうなのですが…選択肢もあると分かると、行ってしまうのでは、と考えてしまうのです…」

「うーー…」

 

自分に言い聞かせるために言った四葉であったが、五月の言葉でそちらの考えも出てきてしまった。

 

「そういえばカズヨシ君って将来何になりたいとか考えてるのかなぁ?」

 

一花の言葉に全員が零奈を見た。

 

「何ですか?みんなで私を見て」

「いやー、何だかんだでやっぱりお母さんが一番直江さんの近くにいるわけだし」

「何か知ってる?」

 

三玖の言葉でまた零奈に注目が集まった。

 

「言っておきますが私も知りません。あの人は私の本当に知りたいことを表に出しませんから…」

 

そう伝えた後、悲しげな表情で零奈は下を向いてしまった。

 

「あーもう!うじうじこんなところで考えててもしょうがないわ!」

 

そう言って勢い良く立ち上がる二乃。

 

「そもそもまだ付き合うことすら出来てないじゃない!あいつの口から好きだって言わせてやるんだから!その先の事はその時考えればいいしね」

「待って…!カズヨシに好きって言ってもらうのは私。二乃じゃない」

「あら言うじゃない」

 

バチバチと睨みあう二乃と三玖。

 

「二人とも落ち着きなさい」

「そ、そうだよ!二人ともお母さんの言う通り落ち着いて!」

 

零奈の言葉に反応するかのように四葉が二人の間に入る。

 

「和義さんは私を選ぶのですから、二人が争っても意味ないでしょう」

「お母さん!?」

「へぇ~…」

「聞き捨てならない…」

「はわわわ…」

 

先ほどの睨みあいに零奈も加わり、その近くで四葉はあわあわしていた。

 

「あはは…凄いことに…ん?五月ちゃんどうしたの?」

「え?」

「いや、神妙な顔で書類を見てたから」

「……私も和義君の事が好きです。もちろん他の姉妹やお母さんに負けるつもりはありません」

「わお!」

「ふ~ん…」

「むっ…」

「五月っ!?」

「……」

 

五月の言葉に一花と四葉は驚き、二乃と三玖は聞き捨てならないといった顔を、そして零奈は目を瞑り五月の言葉を聞いている。

 

「しかし、その想いが和義君の将来を潰しているのではないかと思ってしまって…私は教師になることを目標に、今では塾でのお手伝いをしながら頑張っています。その事を近くで応援してくれる和義君には感謝しかありません…しかし、そんな和義君に何も返せていない、とつい思ってしまったのです」

「五月ちゃん…」

(五月ちゃん、君はそこまで……でも私だって負けてられない…!カズヨシ君自身に背中を押されたんだ)

「ならば今度の全国模試、少しでも返せる場ではないのですか?」

 

そこで目を開いた零奈が言葉を発した。

 

「まさか今回の模試でも和義さんと風太郎さんにおんぶにだっこでいるつもりですか?」

「そんなことっ…!」

「ですよね。結果楽しみにしていますよ」

「「「「「はい!」」」」」

「良い返事です」

 

五つ子の返事に満足した零奈は笑顔でいた。

 

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夜のベットの上で寝転がりながら、五月から聞いた図書室でのやり取りを思い出していた。

 

『だが去年の夏までは…あるいはこの仕事を受けていなかったら…俺は凡人にもなれていなかっただろうよ。教科書を最初から最後まで覚えただけで俺は知った気になってた。知らなかったんだ、世の中にこんな馬鹿共がいるってことを。俺が馬鹿だったってことも』

 

やっぱり五つ子達と出会ってから風太郎は変わってきている。

かく言う僕もそうだ。

 

『こいつらが望む限り俺は付き合う』

 

給料に関係なく五つ子達に付き合うと宣言した風太郎。

 

「本当に最初の頃に比べれば天と地だよ...」

 

僕もそろそろ気持ちの整理をしなくてはならない、か...

それにはまず全国模試だ。校内だけではないのであれば多分あいつらとも久しぶりに勝負ができるね...

 

「ふふっ、血がたぎってきた。風太郎、悪いけど手加減はしないからね」

 

天井に向けて腕を伸ばしてそう自分に宣言した。

 

------------------------------------------------

次の日の朝。教室には風太郎と一花の姿がまだなかった。

 

「上杉のやつ遅いな」

「何やってるんだろ?あいつに限って遅刻はないだろうから体調でも崩したかな?」

 

全国模試に向けてかなり無理しているようだったしなぁ。

 

「おい!それよりも一花さんの事聞いたか?」

「ああ、本人にね...」

 

前田が興奮して話しているのは一花がとある映画に出演していて、その試写会に参加していたことが大々的にテレビで放映されたことだ。

今までは自分が女優をしていることを周りに話していなかったが、この事で周りに知られることになった。

今クラスではその話でひっきりなしだ。

その時。

 

ガラッ

 

風太郎と一花がギリギリに登校してきた。あいつら一緒だったのか。

 

「一花さん、朝のニュース見たよ!」

「女優ってマジー!?」

「びっくりした!」

「同じクラスにこんなスターがいるなんて!」

「ずっとこの話題で持ちきりだよ」

 

クラスのみんなは一花の到着を待っていたようだ。

 

「そんなにでかい映画だったのか...」

「ま、まあね...」

「...どうでもいいけど。オーディション受けて良かったな。もう立派な嘘つきだ」

 

そう言いながら風太郎は一花から離れ自分の席まで来た。

 

「おはよう風太郎。一花と一緒だったんだ?」

「おう。ったく、あいついきなり授業をサボろうとか言いだしたんだぞ。困ったもんだ...」

 

うーん...一花なりに攻めたんだろうけど風太郎には効果がなかったか...

頑張れ一花。

 

------------------------------------------------

今日も放課後の図書室で勉強会だ。ちょっとトイレに行ってから図書室に向かう事になったから少し遅れている。

図書室に向かう途中の廊下で三玖の姿を見かけた。

 

「あれ?三玖まだこんなところにいたの?」

「あ、ごめん私...」

「う~ん?ごめん、三玖じゃなかったか...」

「えっ...」

 

違和感に気づいた僕はじっと三玖(?)を見つめた。あまりに見すぎたからか照れている。

 

「う~ん...あっ、そのブレスレット...ごめん一花だったか」

「あ...」

 

一花は自分のブレスレットに手を添えた。

 

「ごめんね、まだすぐに判断が出来なかったよ」

「ううん。三玖じゃないって分かっただけでも十分だよ。さすがだねカズヨシ君」

「そう言ってもらえると助かるかな...てか、何で三玖の恰好なんてしてるの?」

「あー...クラスの子たちから逃げるためにね。こうしないと勉強会に遅れそうだったから」

「なるほど。人気者は辛いですなぁ」

「もうからかわないでよ!」

「あははは、じゃあ図書室に行こうか」

「うん...」

 

三玖の恰好をしたままの一花がすっと僕の横に並んできたのでそのまま図書室に向かう事にした。

 

「そういえば、朝風太郎をサボりに誘おうとしたんだって?」

「まぁね。あっけなく失敗したけど」

「風太郎だしね...」

「......ねえ。カズヨシ君だったら誘いに乗ってくれた?」

「そうだねぇ...とりあえず理由を聞くかな。一花がサボりたいってよっぽどの事じゃないかって考えるよ。それで理由によっては付き合うかもね」

「そっか...」

「こんな答えしかだせなくてごめんね」

「ううん。満足だよ」

 

そう言いながら笑顔を向けてくれた。

 

「ふーん」

「え、何?」

「いや...やっぱり五つ子といっても笑顔が違うなって思ってさ。なるほどそこで見分けることもできるのか。今後の参考にしようかな」

あ......まったく。本当に君ってばたらしだよね

「ん?何か言った?」

「なんでもないよ!それじゃあ、今日もよろしくお願いします、先生!」

 

そう言って先に図書室の扉を開いて、一花は中に入っていった。

 

 




全国模試がいよいよスタートです!
この作品では風太郎が二年生最後の試験で満点を取っていますので、武田とのやり取りをどうしようか考えたのですが、このままでは模試では良い結果が出せないという感じにしました。
無理やり感がハンパないですが暖かい目で読んでいただければ幸いです。

さて、模試以外にも和義の卒業後の進路を取り入れ五つ子たちを焚き付けてみました。
実際に和義がどういう進路を選ぶのかは今後のお楽しみということで。

※ここから原作ネタバレしちゃいます。すみません。
原作ではこのあたりで一花が行動を起こすのですが(ネット上では闇落ちなんてのも言われてますね…)、そもそもまだ一花自身の気持ちが固まっていないのと三玖が好きな和義には変装が通じない事を鑑みて無しにしました。
ただ、こうなってくるとこの後の修学旅行はもうオリジナルでいくしかないですね…

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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74.全国統一模試

「先輩、ここなのですが…」

「どれどれ…ああ、ここは…」

 

一花が三玖の変装をしてクラスメイトを撒いた次の日の放課後。今日は塾のバイトが入っていたため桜の勉強を見ている。

ちなみに、五月と零奈も塾に来ている。

 

『兄さん?仕事ですから仕方がないですが、必要以上に仲良くしないように』

『そうです!分かっていますか?和義君』

 

塾に着いた途端二人から念を押された。

もちろん二人から言われたからではないが、彼女は真剣に勉強をしているので勉強以外の話は今のところ行っていない。

 

「うん。ちょうどキリも良いし今日はここまでにしようか」

「はい!ふふっ、先輩と勉強を行っていると時間が経つのが早く感じてしまいます」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「先輩はご自身の勉強出来ているのですか?」

「ああ。今度の模試では負けられない相手がいるからね。少しでも油断すると返り討ちにあっちゃうよ」

「上杉先輩はそこまでの方なのですね」

「ああ。あいつは努力の天才だからね」

「先輩にそこまで言ってもらえるとは、上杉先輩に妬いてしまいます」

「ははは、桜も自慢の生徒だよ」

 

そう言って頭をポンポンと撫でてあげると嬉しそうな顔をしている。

 

「それじゃあ、また次回もよろしく」

「はい!またご指導の程よろしくお願いいたします。では失礼いたします」

 

お辞儀をしながらそう言うと教室から桜は出ていった。

しかし、彼女くらいの実力であればわざわざ塾に通うこともないと思うけど。学校でも積極的に先生に質問してるみたいだし。

まあそれを言えば、零奈こそ通う必要ないんだけどね。

そんな考えをしていると。

 

タタタタッ...

 

物凄い勢いで足音が近づいてきている。

 

「兄さん!」「和義君!」

「何だ二人か。どうした?」

 

帰る準備をしながら教室に入ってきた二人に声をかけた。

 

「あれ?諏訪さんは?」

「とっくに帰ったよ」

 

五月の問いに当たり前のように答えた。

 

「そうですか。杞憂だったようですね」

「まったく...二人はちゃんと授業受けてきたんだろうね?特に五月」

「もちろんです。ノートもちゃんと書いてますし。あ、帰ったら教えてほしい場所もメモ取ってます」

「ならよし!それじゃあ、下田さんのところに寄って帰ろうか」

「「はい!」」

 

二人の返事を聞いて、下田さんのところに寄り今日は家に帰ることにした。

 

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夕飯も終えてみんなそれぞれゆっくりしている頃、一花がソファーでいつものようにだらけていた。

ただ何かを考えているようではある。

 

「どうしたの一花?何か悩み事?」

「ん~~...今度の日曜日のフータロー君の誕生日なんだけどさ。こんな時にお祝いなんかしてていいのかなって考えてるんだよねぇ」

「ふ~む...」

「今日の勉強会でもくたくたな姿だったからねぇ。目の下には大きな隈なんか作ってさ」

「まったく...体調管理もしっかりとするよう伝えているんだけどね」

 

一花の前に紅茶を置いて風太郎に対する愚痴を言う。

 

「相変わらず気が利くねぇ...うん美味しいよ」

「ありがと。しかし風太郎の誕生日ねぇ...あいつもどうせ自分の誕生日の事忘れてると思うよ。何と言っても頭の中は今度の全国模試のことしかないと思うしね」

 

その時お風呂から上がった四葉がリビングに入ってきた。

 

「ふぃ~いい湯だったー...って直江さん!?いらっしゃったんですか!?」

「何に驚いてるの?」

「い...いえ。お風呂から上がったばかりでもありましたので...」

 

恥ずかしがってもじもじしている四葉。何だ?

 

「ふふふ、四葉も女の子だね。お風呂上りの姿を見せるのが恥ずかしかったみたいだね」

「一花っ!」

「なるほど。ごめんね気が利かず」

「別にいいですよ。私だって迂闊でしたし...」

 

そう言いながら僕の横に四葉は座った。

 

「四葉も紅茶飲む?」

「では、いただきます」

 

四葉の答えに応じるため紅茶を用意して四葉の前に置いた。

 

「ふぅ...美味しいです。それで、二人で何話していたんですか?」

「ああ、風太郎の誕生日プレゼントを当日渡すのはどうなんだろうって話してたんだ」

「今のフータロー君は模試の勉強でそれどころではないようだしね」

「なるほど...」

「それで模試前に渡すのは勉強の妨げになっちゃうから、この模試をフータロー君が無事乗り越えたらみんなで渡すのはどうかな?」

「うん!いいと思うよ!」

 

一花の案に四葉は賛成した。まあそれが妥当ではあるよね。

 

「ただ、当日何もないのもなぁ...」

 

四葉が何かないかなと思考に入った。

そうだなぁ、風太郎の勉強の妨げにならず、かつ風太郎の士気が高まる事がいいよね。

 

「そうだ!こんなのはどうかな?......」

 

僕が思いついた案を言ってみた。

 

「へぇ~良いんじゃないかな」

「ですね!更にこんなのもどうでしょう?……」

 

僕の案に四葉が付け加えた。

 

「さすが四葉。よく思い付くね」

「うんうん。四葉ならではだね。さて、お姉さんも本気出しますか!」

「よーし頑張ろう!」

 

後は他の姉妹にもお願いをしてみよう。風太郎のやつ驚くだろうなぁ。

ちょっとワクワクしながら準備に取りかかるのだった。

 

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~図書室~

 

4月15日。図書室で一人黙々と勉強をする者がいた。上杉風太郎である。

今日は三条先生の厚意もあり休日にも関わらず開けてくれたのだ。

五つ子たちへ勉強も教え終わり、今は時間的には夜と言ってもおかしくない時間である。

 

(本当はうちや和義の家でやれればいいんだが、うちだとらいはがうるさいし、和義の家は和義がもう止めろとうるさいからな。いけるところまでここで頑張るしかねぇ…だが……)

 

今までの無理がたたったのか、うつらうつらと風太郎は舟を漕いでいる。

 

「まだ帰ってなかったのですね。こんな時間まで自習だなんて。ご苦労様です。差し入れです」

 

ちょうどその時、五月が眠気覚ましのドリンクを机に置きながら風太郎に話しかけた。

 

「五月…何言ってんだ、苦労なんてしてねぇ。俺を誰だと思ってる」

 

そう言いながら、風太郎は五月からの差し入れを早速飲んでいる。

 

「ふふっ、和義君が心配していましたよ。上杉君が自身の体調管理が出来ていないのではと」

「くっ…ここで和義を出すのは卑怯だぞ!」

 

ダンッと飲み終わったビンを机に置きながら、風太郎は五月に抗議した。

 

「まったく…そう認識しているのであれば、もう帰られたらどうですか?」

「いや、もう少しだけやっていく!」

「はぁー…相変わらず強情ですね……上杉君もご存知の通り私は今塾講師をされている下田さんという方のもとでお手伝いをしながら更なる学力向上を目指しています」

「ああ。お前の学力が上がっているのは俺にも感じられている。俺じゃあ力不足だったな…」

「拗ねないでください。そうではありませんよ。模試の先、卒業の更に先の教師になるという夢のため、教育の現場を見ておきたいのです」

「……」

 

風太郎は五月の言葉を黙って聞いているが口角は上がっていた。

 

「まったく…やることなすこと本当に予測不可能だ。あの旅行の時のあいつといい…

「ん?何か言いましたか?…っ!」

 

風太郎の最後の言葉が聞こえなかった五月は、確認しようと声をかけたが風太郎は目を開けたまま机に突っ伏して寝てしまっていた。

 

「まったく…和義君の予想通り、かなり無理をしているようですね」

 

五月はにっこりと笑い、机にあるものを置いて図書室から出ていくのであった。

 

ブブブ…ブブブ…

 

しばらくすると風太郎の携帯に着信が入り、そこで風太郎は起きた。

 

「ん…いつの間に…あ」

 

着信の確認をすると、らいはからのメッセージで、

 

『お兄ちゃんいつ帰ってくるの?お誕生日会の準備してまってるよ』

 

の文字とらいはと勇也が誕生日ケーキをバックに写った写真が添付されていた。

 

「そういや今日だったな。帰るか…っ!」

 

風太郎は起き上がり帰る支度をしようと机の上を見ると、五羽の折り鶴が置いてあるのを見つけた。

 

「五羽…鶴…?それに…何だ?何の紙を使ってるんだ?」

 

よく目を凝らすと透けたところが回答用紙のように見えた風太郎は、折り鶴を全て崩し元の状態に戻していった。

 

「これは…!」

 

折り鶴に使っていた紙は五つ子たちのそれぞれの回答用紙であった。そこに書かれた点数は皆元の点数かそれ以上の点数である。

 

「この問題…おそらく和義が作ったのだろう。しかし、回答を見る限りだと以前俺が出した問題よりもレベルが上がっている。それでこの点数…」

 

それぞれの回答用紙を見ている風太郎は、五つ子たちがそれぞれ頑張っている姿を想像することができた。

 

「やってくれるぜ…俺は一人じゃない、か。あいつらも頑張ってる。負けられねぇ」

 

そこで風太郎の闘志に火が点いたのは言うまでもない。

 

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ーーー時は少し戻り

 

校門前でバイクに跨がり待っていると待ち人が現れた。

 

「五月!」

「え?和義君。どうしたの?」

 

校門から僕の方に小走りで近づきながら五月は疑問を僕に投げかけてきた。

 

「頼んどいてなんだけど、辺りも暗いからね。迎えに来たんだよ」

「そっか。ありがとう」

「いえいえ。どう?あれは風太郎にうまく渡せた?」

「大丈夫じゃないかな。上杉君、私と話してる最中に寝ちゃったから、脇に置いてきたよ。きっと起きたときに気づくと思う」

「寝ちゃったの!?まったく、やっぱり無理してるじゃん」

 

僕は頭を抱えながらため息もついた。

 

「でもきっと、自分のことを証明することと、なによりも和義君に勝つこと。今はその二つのために頑張ってるんだよ」

 

五月は優しい顔でそう答えた。

風太郎に対してそんな顔をするようになるなんてね。昔の五月だったら想像出来なかっただろうね。そう考えると少し可笑しくなってきた。

 

「な、何で笑ってるの?」

「いや、風太郎の話をしている今の五月の顔があまりにも優しい顔だったから…昔の五月はこんな事になるとは想像出来ないだろうなって思ってね」

「そんな顔してた?」

「うん。僕の好きな顔だったよ」

「えっ……!」

「おっと。じゃあそろそろ帰ろうか?はい、ヘルメット」

 

ヘルメットを受け取った五月はその場でじっとしている。

 

「どうしたの?早く後ろに乗りな」

「あ…あの…まだ少しくらい時間あるよね?」

「は?」

「だから…少しでもいいから、今からドライブとか…ダメ?」

 

上目遣いでそう言ってくる五月。まったく、困ったお嬢さんだよ。

 

「本当に少しだけだよ?あんまり遅くなると、零奈や二乃がうるさいだろうし」

「うん!」

 

僕の返事に満足した五月は後ろの座席に座り、僕に抱きついてきた。

 

「だからくっつきすぎだって!」

「い…いいじゃんこれくらい!…うん、やっぱり和義君の背中は安心するね」

 

そう言って頭も僕の背中に預けてきた。

もう何を言っても無駄だろう。そう結論付けてバイクを出発させるのであった。

 

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試験日当日。今日は零奈の手伝いで弁当を作っていた。

 

「あの子たちは中々起きてきませんね」

「まあまだ余裕はあるからもう少ししても起きてこなかったら、起こしに行ってあげて」

「分かりました」

 

そんな話をしているとリビングに五つ子たちが入ってきた。入ってきたのだが…

 

「おはようみんな……目の下の隈凄いけど徹夜?」

「ええ…やはり心配になりましたので…」

「まったく…とても人前に出すような顔ではありませんよ。良いのですか?兄さんにそのような顔を見せて」

「「「「「~~~…!顔洗ってきます!」」」」」

 

零奈の言葉に対して全員が洗面所に向かった。その辺は女の子である。

 

登校すると皆自席で最後の復習をしている。しかし…

 

「おい、風太郎。お前その顔大丈夫か?」

「何がだ?」

「何がって…今にもぶっ倒れそうな顔だよ?」

「問題ない。それに、俺にはお前たち六人がついているからな」

「へぇ~…」

「はーい、試験始めますよー」

 

そこで三条先生が入ってきたので話は終わった。

 

「机の中を空にして着席してください」

 

そしてクラスメイトが指示に従いそれぞれの席に着く。

 

「では今から問題用紙を配りますが、合図があるまでは裏返しにしてお待ちください…………では、全国統一模試を開始します!」

 

先生の合図で一斉に問題用紙を表に返す音が鳴る。

さあ、勝負といきましょーか!

 

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一限目の模試が終わった。

 

「フータロー君、顔色悪くない?」

「き…気にすんな…」

 

僕の前で一花が風太郎を心配している。本当に大丈夫なのだろうか…

 

「和義君はどうでしたか?」

「ん?まあいつも通りかな」

「ふーん…余裕って感じね」

「そうでもないさ。模試なだけあって難しいよ」

「一桁いけそう…?」

「まだ一科目目だし何とも言えないけど、自分の力を信じてやるだけだよ。皆もね?」

「もちろん」「ええ」「うん…!」「はい!」

 

姉妹四人は元気良く返事をしている。これなら大丈夫だろう。

が、一番後ろの四葉は今にも頭から煙が出そうな顔をして固まっている。あっちも大丈夫か?

 

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午前中の模試が終わりようやく昼休み到来である。

 

「あ~っ、やっとお昼だよぉ!」

「残り二科目だよ。頑張ろうね」

「消費したエネルギーをしっかり補充しましょう!」

 

そう言うや否や、五月は早速弁当を広げ食べ始めている。

本当に美味しそうに食べる娘だ。

 

「フータローは大丈夫かな…頭垂れてたけど…」

「あいつの事は信じるしかないでしょ」

「あれ?その上杉さんはどこ?」

「うーん…それが…トイレに行ったきり戻って来ないんだよねぇ…」

「後で様子を見に行ってみるよ」

「ありがとね、カズヨシ君」

 

心配そうにしている一花にそう答えながら僕も自分の弁当を食べ始めた。

あいつは寝不足だけじゃないのか?

 

「それにしても、武田君の上杉君に対する対抗心は異常ですね…」

「カズヨシ君にはそういうのないの?」

「それがないんだよね。何でだろ?」

「きっとカズ君のことを恐れてるのよ」

「二乃のカズ君呼び、いまだに慣れないなぁ」

「あはは…」

 

四葉の言葉に姉妹皆が頷いている。かくいう僕もまだ慣れず乾いた笑いが漏れる。

 

「いいでしょ?特別って感じがして」

「「むっ…」」

 

他の娘を煽らないでほしいんだけど。

これ以上ここにいるのは危険と判断して風太郎の所に向かうことにした。

 

「それじゃあ風太郎の様子を見てくるよ」

「逃げたね?」

 

聞こえないね。

一花のそんな言葉に聞こえないフリをして席を離れたのだった。

 

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あいつはまだトイレにいるのだろうか?

そんな思いで来てみると、トイレから武田の声が聞こえてきた。

 

「ははは!何を今更!当たり前さ。僕らは永遠のライバルなのだからね!」

 

そしてスッキリしたような顔の武田がトイレから出てきた。

 

「おや、直江君か。上杉君ならまだ籠っているよ」

「そっか…寝不足以外も何かあったのかな…」

「ふっ…どうだろうね。それより、君の調子はどうなんだい?」

「僕?僕はいつも通りだよ」

「それを聞いて安心した。父から君とはあまり関わらないよう言われたがそんなのはもうどうでも良い。僕は必ず君にも勝つ!」

 

ビシッと指をさしてそう宣言するとさっさと行ってしまった。

 

「な…何だったんだあれ?」

 

武田のあまりの勢いにただただポカンとしてしまった。

その後、しばらくするとヨロヨロと風太郎がトイレから出てきた。どうにもお腹の調子が悪いようだ。本番に弱いタイプだったっけ?

ちなみに、最後の科目の後半でとうとう風太郎は事切れてしまった。目の前で寝たときはビビったものだ。

先生も何度も起こしたが効果はなく、結局そのまま模試終了。

これに懲りたら体調管理をしっかりして勉強するんだね。

 

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~中野家所有の車内~

 

現在運転手の江端がマルオに先日行われた全国模試の結果を報告している。

 

「旦那様。先日行われた全国模試の結果が届きました」

「ご苦労」

 

マルオはタブレットを使い結果を確認している。

 

「お嬢様方は個人差はあれど、前年より大幅に成績を伸ばしております。特に五月様に関しましては大幅に成長をしております」

 

江端の言葉でマルオは五月の成績表のところで手を止めた。

 

(全科目五割以上の得点...それに理科については七割の得点。そして順位は...100,304位...)

 

他の姉妹も三~四割程の点数を取れているが一人だけ成績が群を抜いている。

 

「家庭教師という選択は結果的に大成功と言えるでしょう。勿論、お嬢様方の努力あってのことです」

 

江端の言葉にマルオはフッと口元が笑っている。

 

「武田様は全国九位の快挙でござます」

「......」

「そして、上杉様は...四位」

「おかしな答案だね四科目まではノーミスの満点。最後の科目の数問だけ白紙で提出とは」

「報告によれば突然気を失うように寝てしまったと。試験勉強で根を詰めすぎていたのかもしれません。しかし、もし全問解いていたとしたら...」

「さてね。そんなこと考えても仕方ないよ。それよりも...」

 

マルオはタブレットを進めていく。そして最後の順位のところには...

 

「全国一位...直江和義...」

「全く、あのお方には驚きを禁じ得ません。まさかここでも満点を取られるとは」

「全くだね...困ったものだ。だが、上杉君直江君。君たちのその覚悟...見事だ」

 

マルオは満足そうな顔で窓から空を見上げるのだった。

 

 




今回のお話で全国模試終了です。
相変わらず和義は凄いですね。満点で全国一位です。
そしてこのお話では五月の成績を大分良くしました。順位はこの点数ならこれくらいっていうのが分からなかったので適当です…とりあえず全体(原作での全体人数は250,762名)の4割くらいにしておきました。

さて、次回の投稿までまたお待ちいただければ何よりです。
いつも読んでいただきありがとうございます。


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75.誕生日

五月五日-

 

今日は五つ子たちの誕生日である。

なので朝から零奈がキッチンで何やら作っている。

 

『これは私一人で作りたいので、兄さんは手を出さないでください』

 

そう言われて僕はリビングで待つことになった。

今日は日曜日ということもあり、五つ子たちも朝はゆっくりしているようだ。

ちなみに、一緒にジョギングをしている四葉はすでに起きており、僕と一緒にリビングでゆっくりしている。

 

「お母さん何を作ってるんでしょうね?」

「さてね。僕にも教えてくれなかったからな…」

「そうなんですね。ワクワクします!」

 

ニコニコしながらキッチンの零奈を四葉は見ている。

 

「そういえば、風太郎には誕生日プレゼントちゃんと渡せたみたいだね。風太郎から聞いたよ」

「風太郎君喜んでましたか?」

「もちろんだよ」

「ししし、良かったです!」

 

模試が終わった後、姉妹皆が一緒に風太郎にプレゼントを渡したそうだ。照れた風太郎から聞かされた。

そんな風に四葉とまったりしているとぞくぞくと五つ子たちがリビングに入ってきた。

 

「おはようカズ君」

「おはよう…カズヨシ」

「おはようございます和義君。ほら一花、シャキッとしてください」

「ん~…ふわぁー…おはよ…カズヨシ君…」

「皆おはよう。てか、一花はまだ起きてないようだけど…」

 

それぞれが朝の挨拶をして席に着いていく。

そこで零奈が料理を持って皆の前に置いていった。

 

「皆さんおはようございます。そして、お誕生日おめでとうございます。僭越ながら今日は私が朝食を作りました。さあ召し上がれ」

「これって…」

「うわぁー」

 

零奈の置いた料理に二乃と五月が反応を示した。もちろん他の姉妹も喜びの顔をしている。一花は一気に目が覚めたようだ。

 

「へぇ~、スフレパンケーキか…」

 

そう。零奈が作ったのはスフレパンケーキ。フォークで切りながら食べているがふわふわである。それに美味しい。

 

「うん。美味しいよ零奈!…って、どうしたの皆?」

 

五つ子の皆を見ると、誰もが涙を流しながら食べている。

 

「このパンケーキはよくお母さんが作ってくれてたの...」

「このふわっふわな感じ懐かしいわ」

「またこのパンケーキが食べれるなんて思ってもみなかったからさ...」

「やっぱりお母さんのパンケーキは美味しいね!」

「ええ...とても...」

「そっか...」

「ふふっ、腕が落ちていなくて良かったです」

「ねぇ、作り方教えてよ」

「私も教えてほしい...」

「はいはい!私も!」

「あの!私も知りたいです」

 

二乃を筆頭に三玖と四葉、五月が零奈に作り方を教えてほしいと頼んでいる。

 

「別に特別なことはしていませんが。兄さんまだ食べれますか?」

「え?ああ、大丈夫だよ」

「そうですか。では今から作りますので見ていてください」

 

そう言ってキッチンに向かう零奈に、作り方を教えてほしいと言った四人が付いていった。

 

「おやおや。四葉や五月ちゃんまでなんてね。私も見学させてもらおうかな」

 

そしてその後を一花が付いていく。

キッチンでは小学生が料理しているところを高校生が見学しているという、端から見たら異様な風景が広がっている。

でもなぜだろう。一度仏壇で零奈(れな)さんの写真を見たからか、僕には零奈(れな)さんが料理しているところを姉妹仲良く見学をしている、そういう風景に見えてきた。何か良いなこういうの。

 

その後、零奈の追加のパンケーキも食べ終わりお茶を飲みながら一息つくことになった。

 

「よし。次は僕だね」

 

そう言って部屋から持ってきた紙袋から包みを五個取り出した。そしてその包みを皆に渡していった。

 

「開けてもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

二乃の質問に答えると皆もそれぞれ開けている。零奈も中身を覗いている。

 

「改めて誕生日おめでとう。大したものじゃないんだけど、ピンブローチにしてみたんだ。一人一人型が違うんだけどね」

「私のは花?」

「うん。一花のはカタバミっていう花だよ。それは五枚の花びらで一つの花なんだ。長女でいつも皆の事を見ている一花には良いんじゃないかなって思ってさ」

「そっか…ありがと」

「それで二乃にはウサギにしてみた。携帯のケースもウサギだったし好きなのかなって思ってさ」

「ありがとう!大切にするわ」

「そんで三玖は言わずもがな武田菱だね。まあ外では着けにくいかもだけど…」

「ううん…嬉しいよ。ありがとうカズヨシ」

「四葉はその名の通り、四葉のクローバーだよ。安直だったかもだけど…」

「いえいえ、嬉しいです!ありがとうございます!」

「で最後の五月は星形だね。ヘアピンと被っちゃうんだけどね」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

五つ子はお互いに自分のを見せ合っている。

そんな中零奈が僕に近づき声をかけてきた。

 

「普段から身に付けられますし良いんじゃないでしょうか」

「……本当はね、このブレスレットみたいに同じ型の色違いで最初用意しようとしてたんだ」

 

自分が着けているブレスレットを掲げながら話した。

 

「そうしなかったのですね」

「うん…何て言うか、あの娘達にも個性があるわけでしょ。好きなものや嫌いなものはバラバラ。そんな風にね。だから、今回は敢えて型もバラバラにしてみたんだよ」

「君たち一人一人を見ている、そのようなメッセージを込めてですか?」

「うっ…ま…まあね」

 

何で分かったんだろう。さすがは零奈、僕の考えは筒抜けですか。敵わないな。

零奈の言う通りこれは僕の意気込みでもある。誕生日プレゼントにそういう事をするのは気が引けたが、いつまでもみんな一緒の考えを持っていては駄目だと思った。彼女たちにこれ以上甘えるわけにはいかないしね。

キャッキャッと騒いでいる五つ子達を零奈と二人で眺めながらそう考えていた。

 

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その日の夜。

自室で勉強をしていたが、喉が渇いたのでリビングに下りてくると五月が一人ソファーに座っていた。そろそろ日付も変わろうとする時間である。

そういえば零奈に、あまり五つ子たちに触れないようにとあることを聞いていたのを思い出した。

自分と五月の飲み物を持って五月に近づいた。

 

「隣いいですか?」

「え?和義君。ど…どうぞ」

「ありがとね。ほい、五月の分」

 

冷たいお茶が入ったコップを五月に渡しながら隣に座った。

 

「ありがとう。どうしたの、こんな時間に?」

「僕は自分の勉強してたら喉が渇いて下りてきたんだよ」

「そうなんだ。凄いねこんな時間まで勉強するなんて」

 

チラチラと自分の携帯を見ながら話している。

あれは時間を見ているのか?

 

「今日はたまたまだよ。最近は早く寝る方が多くなってるかな」

「そうなんだ…」

 

五月がそう返答した時0時を回った。

 

「ふむ……誕生日おめでとう五月」

「え!?」

「もし間違ってたらごめんね。もしかして、他の姉妹に遠慮して一人で迎えてたのかなって思ったんだけど」

「知ってたんだ」

「零奈に聞かされてたんだよ。五つ子には触れないようにって言われてたんだけどね。五月だけ日を跨いで生まれたんでしょ?」

「うん…」

「こればっかりは零奈(れな)さんにはどうすることも出来なかっただろうしね」

「そうだね……毎年ね、一人だけ違う誕生日であることが嫌だなって思ってたんだ。姉妹の皆は誕生日は同じだって言ってくれてるけど、頭の片隅では違うって分かってたから。でも…」

 

そこで五月が僕の肩に自分の頭を乗せてきた。

 

「今年はこうやって和義君から私一人にお祝いを言ってくれたから、嬉しいって思ってる。何か独占してる感じがして」

「おいおい…」

「…もし和義君が嫌じゃなければ、もう少しだけこのままでいさせてほしいな」

「…少しだけだよ」

「ふふっ、そういう優しいところ好きだよ。やっぱりこの場所は誰にも渡したくないな

 

恥ずかしい事と小さな声での決意表明を聞いた後は、お互いに何も喋らず、ただただ静かな時間を少しだけ過ごしたのだった。

 

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「先輩、先日は全国模試お疲れさまでした。全国一位なんてさすがです」

 

塾で桜の勉強を見ている時に労いの言葉を贈られた。

 

「ありがと」

「しかし、全国模試でも満点とはさすがの一言ですね。たしか、上杉先輩もほぼ満点だったと聞いております」

「今回は調子良かったからね。風太郎については...まあ自業自得だね。最後の科目で力尽きて死んだように眠ってたよ」

「では、その居眠りがなければ...」

「間違いなく満点取ってただろうね。僕もうかうかしてられないよ」

「ふふっ、先輩今凄くいい顔をしてらっしゃいますよ」

「そ...そうかな。さて、おしゃべりはこのくらいにして続きを始めようか」

「はい!私もお二人に負けないように頑張ります」

 

そう宣言して桜は自身の勉強に取り掛かった。

先日行われた全国模試。僕は満点で全国一位。そして風太郎は最後の科目以外は満点で、最後の科目も寝てしまった部分以外は全て正解していた。それで全国四位。

この間母さんから全国模試の結果についてお祝いの電話があった。その時に他の人の順位も特別に聞けたが武田は全国九位。それだけでも普通に凄いと思う。まあ本人は悔しがってたけどね。

 

そして、二位と三位は僕の思っていた人物だった。小学校までは同じところに通っていたあの二人。

中学からは別の学校に通うことになったから今では音沙汰なし。まあ、連絡先を交換するほど仲は良くなかったしね。

あの二人は私立の中学に。そして僕と風太郎は公立の中学に、と別々になった。

その時に二人の内一人に言われたっけ。『なぜ君ほどの実力を持ちながらその道を選ぶんだ』って。

その時の事を思い出して僕はフッと笑ってしまった。

 

「先輩?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと昔の事を思い出しちゃってさ」

「昔ですか…」

「うん。ツテで今回の全国模試の二位と三位が誰か聞けてね。その人達は僕の知ってる人だったんだ。それでその人達とのやり取りを思い出してたって訳。小学生の頃の話なんだけどね」

「そうなのですね…」

「ごめんね、勉強から脱線しちゃって」

「いいえ。先輩の事を知ることが出来て嬉しく思います。貴方の事をもっと知りたい。(わたくし)の事をもっと知ってほしい。最近はそう思うようになってきました。自分でも不思議に思います」

「そっか…ま、少しずつ知っていければいいさ。さ、続きを始めようか」

「はい!」

 

その後は頭を切り替えて勉強に集中することができた。ただ桜の顔が少し赤かったのが気にはなったのだが、本人に聞いても体調には問題ないとの事だったのでこの時は考えず勉強を続けたのだった。

 

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ギーコ…ギーコ…

 

今僕の目の前で男子高校生二人がブランコを漕ぎながら話している。シュールな光景である。

 

「見事、と言う他ないね。君達が十位以内に入ったとしても勝つつもりで臨んだ全国統一模試。九位というのは僕にとっても願ってもない順位だ。まさかその上をいかれるとはね。上杉君、四位おめでとう。そして直江君、満点での全国一位おめでとう。御見それしたよ」

「どうも」

「そうだ。もうすぐ修学旅行だけど...」

「ちょっと待て」

 

武田が何か話そうとしたところを風太郎がツッコミをいれて止めた。

 

「どうしたの風太郎?」

「いや、なぜ俺はこんな昼間から武田とブランコを漕いでるんだ」

「ははは...」

「昨日の敵は今日の友。これが青春なのかもしれないね」

「帰る」

「風太郎...」

 

帰ると言った風太郎はブランコから飛び降りた。

 

「やるね」

 

確かに。前に四葉から聞いた話によると飛び降りることすら出来なかったらしいからね。十分な成長である。もしかして練習していたのだろうか。

 

「まぁ焦るんじゃない。忘れたのかい?僕らは呼び出されたんだ。ほら、ご到着だ」

 

武田がそう言うと、公園の外に見たことがある車が停まった。そして車内から中野さんが出てきた。

そう、僕達は中野さんに呼ばれてここに集合していたのだ。

 

「待たせてすまないね」

「いえ」

 

今は公園の端にあるベンチに四人で座っている。

 

「まずは武田君、全国九位おめでとう。出来の良い息子を持ててお父さんも鼻が高いだろう。医師を目指していると聞いた。どうだろうか。君のような優秀な人材ならば僕の病院に...」

「申し訳ございません。大変光栄なお話ではありますが、僕の進路についてはもう少し考えたいと思っています」

 

中野さんの申し出に対して武田は頭を下げてそう申し出た。

進路か...

先日風太郎から武田について聞かされた。理事長の息子であること、彼自身は宇宙飛行士を目指しているということ。

この間の僕の飛び級入学の時といい結構先走るところがあるな、あの理事長は。

理事長自身は武田が小さな頃に言っていた、母親と同じ医者になる夢をまだ持っていると思っているようだ。それで今回の模試で結果を残して中野さんとの関係性を強固なものにしようとしたみたいだ。模試の回答を渡してでも。ばりばり不正だけど、本当に手段のためなら何でもする人のようだ。

それでも武田はその道を選ばなかった。

『実力で君を倒す!不正して得た結果なんてなんの意味も持たない!』

模試の回答を破り捨てて武田は風太郎にそう宣言したそうだ。

 

「そうかい。良い返事を期待しているよ。それと直江君、さすがだ。まさか満点での全国一位を成し遂げるとはね」

「あははは、その日は調子が良かったので。それに、良いライバルもいましたしね」

「ふん」「ふっ...」

 

僕の言葉に風太郎と武田は満足そうな顔をしている。

 

「最後に上杉君」

「はい」

「君に家庭教師の仕事を再度頼みたい」

「えっ」

「!!」

「報酬は相場の五倍。アットホームで楽しい職場だ」

「よーく知ってます」

「また君に依頼するのは正直不本意だ。本来ならばプロでさえ手に余る仕事...だが、君にしかできないらしい。やるかい?」

「!」

 

中野さんの問いかけに対して風太郎は笑みを浮かべている。

 

「勿論!言われなくてもやるつもりだったんだ。給料が貰えるのなら願ったり叶ったりですよ」

「それは良かった。君はどうなんだい、直江君」

「分かってて聞いてますよね?風太郎がやるのであれば僕はそのサポートをしますよ」

「そうか...では当初の予定通り卒業まで...」

「あ、そのことで一つお伝えしたいことがあります」

「?」

 

中野さんの言葉に待ったをかける風太郎。何だろう伝えたいことって。

 

「成績だけでいえば、あいつらは卒業までいける力を身につけています。なあ和義?」

「え?まあ、そうだろうね」

「頼もしいね」

「最初は卒業さえ出来ればいいと思っていた。だけど五月の話と...こいつ武田の話を聞いて思い直しました。次の道を見つけてこその卒業。俺はあいつらの夢を見つけてやりたい」

「上杉君...」

「風太郎。おまえ...」

「随分な変わりようだ。就任直後の流されるまま嫌々こなしていた君とはね」

「し、知っていたんですか...」

「どのような方針を取ろうが自由だ。間違っているとも思わないしね。だが忘れないでほしい、君はあくまで家庭教師。娘たちには紳士的に接してくれると信じているよ」

「も、勿論一線を引いています!俺は!俺はね!」

 

風太郎のあのビビり方はあの鐘のところでのキスが原因かな。まあ実際一花と四葉に好意を寄せられているからね。本人は気づいてないけど。

 

「無論、君もだよ。直江君。大切な娘を預けているのだ。紳士的に接していると信じている」

「ふぇっ!?勿論ですよ。妹もいる訳ですし...」

 

まさかこっちにも矛先が向けられるとは。

 

「「はは...ははは...」」

 

風太郎と二人乾いた笑いが出てしまった。

やっぱり心配はしているんだね。直接本人達に心配だって言えば良いのに。

 

その後は僕の家まで僕と風太郎は中野さんの車で送ってもらった。

 

「えっ!?」

「ん?」

 

車から降りて玄関まで向かおうとすると後ろから驚いた声が聞こえた。

 

「か...和義君。それに上杉君まで...今乗ってきたの、お父さんの車じゃ...な...何を...」

「えーっと...な...家庭教師復帰できることになった」

「!功績が認められたのですね!おめでとうございます!」

「ありがとね。で、今日はどうする風太郎?」

「んー?全員揃っているのか?」

「どうだったけ?確か今日は三玖が今の時間バイトに行ってたっけ」

「ですね」

「なら今日くらいはいいだろう。今日は帰らせてもらう」

「分かったよ。今後もよろしくね」

「ああ」

 

そう言って手を挙げて風太郎は帰っていった。

 

「そう言えば、武田と話していた時に話題が出たんだけど、そろそろ修学旅行だったね」

 

玄関に五月と入りながらそう話題を切り出した。

 

「うん。確か京都だったよね」

「京都かぁ...小学校の修学旅行以来だな」

「私たちもそうだよ。懐かしいなぁ」

 

本当に懐かしそうに五月が話している。

 

「五月は風太郎から京都での出来事を聞いたの?」

「え?」

「風太郎が京都である女の子にあった思い出があることだよ」

「何でそう思ったの?」

「いや、風太郎が病院から退院した日に五つ子ゲームをしたじゃない。その時に風太郎は昔自分に会ったことがあるか皆に聞いたの覚えてる?」

「う...うん」

「その質問をする前に五月と何か話しているのを見てたから」

「そ...そっか、見られてたか。うん、和義君の言う通りだよ。上杉君から聞いてる。六年前の京都で私たちの誰かが上杉君と会っているんじゃないかってことを」

「そっか」

「和義君は知ってたんだね。その女の子が私たちの誰かじゃないかって」

「僕は風太郎が持ってる写真を見たことがあるからね。それに二乃が出したアルバムも見てたし」

 

まあ実際は四葉だってことを本人から聞いてもいるんだけどね。

そんな話をしていたらリビングに着いていた。

 

「あら、おかえりなさい。二人一緒だったのですね」

「うん。さっき中野さんにここまで送ってもらったら、丁度五月も帰ってきたところだったからね」

「そうですか。何か飲まれますか?」

「じゃあお願いしようかな。五月は?」

「では、私もいただいてもいいでしょうか?」

「分かりました。五月もほうじ茶でいいですか?」

「はい」

 

五月の返事を聞くとすぐに零奈はお茶の準備に取り掛かった。

 

ねえ。零奈の前でも敬語止めたら?

そう思ってはいるんだけど、和義君の前以外だと何か敬語になっちゃうんだよぉ

何でだよ!

良いじゃん。もう少しこのままじゃダメ?

いや、五月がいいなら僕は別に構わないけどさぁ

なら良し

 

そう自分に言い聞かせる五月。謎だ。

 

「はい、おまたせしました。何の話をされていたのですか?」

「ありがとね。ほらもうすぐ修学旅行があるからその話だよ」

「なるほど。京都でしたか?」

「そうそう。小学校以来だから結構楽しみなんだよね」

「五月達も小学校の時の修学旅行は京都でしたね」

「そうなんです。だから楽しみでしかたありません」

「今更だけどさ。零奈って京都での風太郎の思い出の女の子の事って誰か知ってるんだよね?」

「ええ。写真を見せていただきましたので」

「やっぱか...」

 

てか、あの写真で判別出来るって驚きしかないんだけど。

 

「五月の前でこの話をしているという事は兄さんと五月は知っているということでしょうか?」

「ええ。私は上杉君から私たちの中の誰かではないかと聞いていたので...その誰かは大体予想は出来ています」

「僕も二乃からアルバムを見せてもらえたからね。ちなみに誰かは本人から聞いてるよ」

「え!?そうなのですか!?」

「うん」

「軽っ!」

「まあ兄さんですからね。しかし、やはり知っていましたか」

「僕の場合は写真で見分けたわけではなくて、この娘かなって思った本人にカマをかけたら自白したんだよ」

「それでもしっかりと見ていないと予想も出来なかったと思いますよ。さすがです兄さん。それで?この旅行で風太郎さんに打ち明けるのですか?」

「う~ん...本人が希望したらね。風太郎自身も知りたがってたら教えようかなって思ってるよ。それとなく聞いてみようかな...」

「それが良いと思いますよ」

 

そんな感じで、午後のティータイムを過ごしたのだった。

 

 




五つ子達が居候していることと零奈のこともあり、五つ子の誕生日を軽く書かせていただきました。
零奈(れな)と言えばやはりあのパンケーキを外せないと思っていたのですが、この誕生日回でやっと書けました。
そして五月の誕生日ですね。最初は姉妹と違う誕生日なので書かないつもりでいましたが、作中で五月が言っている通り、和義から姉妹皆にではなく、五月一人に誕生日のお祝いを言われるのは嬉しいかもと思って書いてみました。それでもやっぱり、姉妹皆一緒にお祝いされた方が嬉しいと感じると思いますが。

全国模試の二位と三位ですが、僕の中であの二人だろうと予想して書かせていただいております。もしかしたら原作とは違うかもしれませんが。
原作を見ている方には分かると思いますがあの二人です。
この二人はその内出演してもらおうと思ってます。

いよいよ始まる修学旅行。原作とはほとんど違う構成で書かせていただくと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


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76.修学旅行に向けて

「全国模試も無事終わったということで、修学旅行の話に本格的に入りたいと思います。事前に配られたパンフレットに三日間の流れは書かれていますが、皆さんは明日までに班を決めておいてください。旅行はこの班ごとの行動となります。なお定員は五人までです」

 

修学旅行が近づいてきたので話し合いが本格的に始まった。学級長だから司会をしなくてはならない。くそぉ、一番前の風太郎なんか自習なんかしてるよ。

僕の視線に気付いた一花が風太郎に注意してくれ、僕のニコッとした顔を見た風太郎も勉強道具を机に入れてくれた。

しかし班決めか。とりあえず風太郎と前田あたりかな。後、最近は武田も声をかけてくるようになってきたからこの四人で決まりだろうな。

うんうん。あの風太郎に友人が出来るなんてねぇ。

 

「どうしたんですか、直江さん?」

 

板書したものを消してくれた四葉に声をかけられた。考え事をしていたが気になってしまわれたようだ。

 

「いや、修学旅行の班決めの事を考えてたんだよ。四葉達は姉妹で班を作るの?五人だしちょうど良いよね」

「……」

「四葉?」

 

何やら考え込んでしまった四葉に声をかけるも反応がない。どうしたのだろうか。

 

「…………あ、あの!その事でご相談がありまして!」

「?」

 

相談したいことがあるという事で休憩時間に四葉と空き教室まで来た。

 

「は?風太郎と同じ班になりたい?」

「はい!駄目でしょうか?」

「駄目ってことはないけど…多分風太郎は前田と武田、二人と班を組むと思うよ」

「ですよねぇ…最近の風太郎君は私たち以外の人とも交流するようになりましたもんね」

「それに修学旅行なんてイベントを姉妹で参加するのはこれからないと思うし、姉妹としての思い出を作った方が良いんじゃない?」

「それもそうなのですが…もう一度修学旅行での風太郎君との思い出を作りたくて…」

 

ショボンといつもの元気がなくなってしまっている四葉。本気のようだ。

 

「あーもーっ…分かったよ!」

「それじゃあ…」

「いや、同じ班じゃなくて裏技を使う」

「裏技ですか?」

「ああ……」

 

そして一つの案を四葉に伝えると、とりあえず納得してくれた。

 

------------------------------------------------

~客間~

 

「結局私たちでの班になっちゃったじゃない…」

 

班決めをするように和義がクラスに指示を出した放課後。

いつもの勉強会を図書室で行っていたのだが、二乃と三玖は和義に修学旅行では自分と同じ班になるよう迫った。しかし、

 

『ごめん。風太郎に前田、後武田と班決めちゃったから…』

 

そう返事があったのだ。

 

「カズヨシとフータローがセットなのは分かってたけど…」

「まさか更に二人が追加されてるとはね」

「セットに追加って…」

 

三玖と二乃の発言に、あははと渇いた笑い声を出しながら四葉がツッコミを入れた。

 

「まあ、二乃と三玖の気持ちも分からないでもないかな。あの二人はいつも一緒にいるもんね」

 

一花の言葉に姉妹皆がため息を溢している。

そう、和義と風太郎は席も前後であることから常に二人で喋っているのだ。

そこに今では前田と武田が一緒にいることも増えたため、学校で彼らに声をかけるチャンスがそんなにないのだ。

唯一あるとすれば四葉が学級長として和義と話が出来るくらいである。

 

「班と言うのは修学旅行のですか?」

「そうです。修学旅行では班行動をすることが多くあります。ただ班の上限は五名でして」

 

零奈の質問に五月が答える。

最近はこうやって六人で過ごす時間が増えており、たまに零奈はこの客間で寝ることも多い程だ。

 

「ふむ…それで二乃と三玖は、その班を和義さんと組めずにガッカリしていると」

「うん…」

「私たちだけじゃなくて五月もでしょ?」

「否定はしません」

「しかし良かったではありませんか。姉妹一緒の班になれたのですから」

「それはまあそうなんだけど…」

 

零奈の言葉に満更でもないように二乃が答えた。

 

「それに…これはあくまでも予想ではありますが、和義さんの事ですから、自分の班が決まっていなくても姉妹一緒の班にするよう説得したと思いますよ。学校行事として旅行に姉妹一緒に参加出来るのは先ではもうないのですから」

「だねぇ。カズヨシ君なら考えそうだ」

「凄い!お母さんも一花も直江さんが言ってた通りだよ…あっ…」

 

四葉は余計な事を言ってしまったのではと思ったが時既に遅しである。

 

「四葉~?あんたカズ君に班の話をしたんじゃないでしょうね?」

「四葉抜け駆け…」

「ち…違うよ!学級長の仕事の時に直江さんから言われたんだよ。やっぱり姉妹で同じ班にするのかって。後、修学旅行っていうイベントは今後ないだろうし姉妹で参加した方がいいって」

(本当は上杉さんと同じ班になりたいって相談したことは言えないなぁ…)

 

二乃と三玖が凄い顔でにじり寄って来るので、四葉は早口で説明をした。

 

「ふ~ん…まあそういうことにしといてあげるわ」

「あはは…」

 

とりあえず納得をした二乃と三玖が四葉から離れた。四葉は渇いた笑い声しか出ない。

 

「そういえば、お母さんは今回どうするのですか?」

「どうするとは?」

「いえ、前回の林間学校では綾さんが帰ってこられましたので…」

「そうだね。いくら大人の記憶があっても見た目は子どもだもんね。一人で留守番なんて大変だよ」

 

五月の言葉に一花が同調した。

そう、修学旅行の間は零奈一人になってしまうのだ。

 

「さあ…?綾さんからは今のところ何も連絡はないですね。ただ…」

「ただ?」

 

言葉が詰まった零奈に三玖が疑問を投げかけた。

 

「…あの人が大人しくすることはないでしょうね」

「「「「「………」」」」」

 

零奈の言葉に誰も反論することが出来なかったのだった。

 

------------------------------------------------

修学旅行前日の夜。

 

「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん」

「おかえりー、風太郎」

「何をやっているんだ?」

「風太郎を待ってた」

 

風太郎の家にお邪魔させてもらって、風太郎の帰りを待っていた。

 

「ほらお兄ちゃん。入口でボーッと立ってないでこっち来てご飯食べなよ。今日は和義さんが夕飯作ってくれたんだよ!」

「そうなのか…」

 

らいはちゃんに促されながら食卓に風太郎は座った。

 

「たまにはね。しっかし、今更だけどあのらいはちゃんももう中学生かぁ。入学祝いは先月渡したけど、さっき制服姿を見たから改めて感じちゃったよ」

「和義さんからいただいた文具一式は大切に使わせてもらってます。ありがとうございます」

「このくらいしか出来なかったけどね。何か要りようだったらいつでも言ってね?」

「はい!その時があれば。でも、綾さんからも色々と届いたのでしばらくは大丈夫ですよ」

「いやいや。女子中学生にもなればお洒落とかも気にしないとだと思うしね。その辺は五つ子達に言えば、喜んで助けてくれると思うよ」

「ちょっと待て」

 

夕飯を食べながら、らいはちゃんと話していると風太郎から待ったがかけられた。

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

「らいは。こいつに制服姿を見せたのか?」

「え?見せたも何も、制服着たまま一緒に買い物にも行ったよ。今日の夕飯は和義さんと一緒に買い物したものだし」

「ほぉ…?」

 

あ、これはお兄ちゃんスイッチ入ったかも。面倒にならなきゃいいけど。

 

「今は制服姿ではないな」

「当たり前じゃん。いつまでも着てられないよ」

「おい和義」

「なんだい?相棒」

「お前、らいはの着替え見てないだろうな」

「お兄ちゃん!?」

「見るわけないじゃん。ちゃんと脱衣所で着替えてたよ。その時僕は料理してたしね」

「そうだよー。もう変なこと言わないでよね!」

「すまん。心配になってな」

「はぁぁぁ…でも和義さんなら別に見られても問題ないよ。うーん、このおかず美味しいです!」

「あ…ありがとね」

「…………」

 

風太郎はらいはちゃんの一言で茶碗を持ったまま固まってしまった。多分、もう一人の兄として僕の事を見てるからそこまで考えてないんだろうな、らいはちゃんは。

けど、今のは風太郎にとってはクリティカルヒットだったようだ。

 

その後夕飯を食べ終え、お茶を飲みながら一息ついていた。

 

「それで?結局何しに来たんだ?」

「ん~?最近二人との時間が取れてなかったからね。一緒に夕飯を食べたいと思ったのは本当だよ。家には五つ子がいるから零奈も安心だしね」

「ありがとうございます。私も和義さんの夕飯が食べれて嬉しかったです」

 

嬉しいことを言ってくれたので、らいはちゃんの頭を撫でてあげると『えへへ~』と喜んでくれた。はぁ~癒されるなぁ。

 

「で?何か俺に用事もあったんだろ?」

「まあね。今度の班行動だけど五つ子の班と一緒に行動したら駄目かな?」

「何?」

「別に他の班と一緒に行動をしてはいけないってどこにも書かれてないしね。ちなみに前田と武田には了承取ってるよ」

「お前は…外堀から埋めていきやがって。あの二人が良いって言ってんなら俺が反対する理由もないさ」

「おー、お兄ちゃんがあっけなく了承するなんて」

「別に修学旅行まであいつらと一緒か、などと考えてはいない。が、まあ何だ…後悔のない修学旅行にしたいらしい」

「らしい?」

「昨日、買い物した時四葉さんと五月さんに会ったんです。その時に四葉さんがお兄ちゃんに言ってました」

「へぇ~」

「それよりも聞いてくださいよ和義さん!お兄ちゃんってば五月さんたちへの誕生日プレゼントしてないんですよ。信じられません!」

「え?マジ?」

「……」

 

風太郎の方を見ると顔を反らされた。

道理で一花と四葉の元気が一時期なかった訳だ。

 

「貰っといて、自分は渡さないはどうかと思うよ?」

「分かっている。それに関してお前にも協力してもらいたい」

「?」

 

風太郎からあることの協力を求められた。

 

「へー、良いじゃん」

「うん!お兄ちゃんにしてはナイスアイデアだね」

「そうか。お前達の太鼓判があれば問題ないな」

「前田や武田にも協力してもらおうか。人数が多い方が良いでしょ」

「おう!助かる」

「それにしても京都かぁ。小学校の修学旅行以来だね」

「だな…」

「あの頃ってまだ風太郎とはほとんど話してなかったから、今回の旅行は楽しみなんだよね」

「え、そうなんですか!?」

「ああ。こいつと話をするようになったのは旅行から帰ってきてだったからな」

「ふふっ。『お前頭がいいんだってな。だったら俺に勉強を教えてくれ!俺は必要とされる人間になりてぇんだ!』っていきなり教室で言われた時はビックリしたね」

「やめろ。恥ずかしいだろ…」

「僕にとっては良い思い出だよ」

 

僕の話に風太郎は恥ずかしがっているが、僕にとっては本当に良い思い出なのでうんうんと腕を組んで頷いていた。

 

「そんなことがあったんですね。なんかいいなぁ…そうだ!和義さんも知ってるんですよね?お兄ちゃんの写真の女の子の事」

「らいは!?」

「ああ、知ってるよ。勉強を教えながら何度も見せてもらったからね。あの女の子との出会いが今の風太郎を作ったと言っても過言ではないからね。もちろん、その出会いがなければ僕と風太郎もここまで仲良くならなかっただろうし」

「和義…お前はまた恥ずかしいことを平然と…」

「……風太郎はあの女の子に今でも会いたいって思ってる?」

「へ?」

 

真剣な顔で質問した僕に多少驚きを見せたが、風太郎はしっかりと考えて答えてくれた。

 

「…………正直分からん。今更会って何を話せばいいかも分からんしな。それに…」

「それに?」

「いや…こんなことを言うのもおかしな話だが…なんだ…今でも近くにいるような気がするんだ」

「ふーん…」

 

風太郎って良く鈍いと言われるが、たまにこうやって鋭いところがあるんだよね。

 

「昔会った女の子との再会。そこから始まる恋…良いよねそういうの」

「らいはちゃんも乙女だよね」

「二人が淡白なだけです」

「ははは…言い返せないな…」

「むー…」

 

会いたいって訳ではなく、ただ会いたくないって訳でもないか。四葉はどうするんだろう。このまま正体を隠しておくのだろうか。それにもう一つ気になることもあるし…

はぁー…今回の修学旅行は平和に終わってほしいものだ。

そう切に願うのだった。

 

------------------------------------------------

「ただいまー……ふむ…」

 

風太郎の家から帰ってきたのだが、玄関の靴の数が多いように見える。何だろう、デジャヴかな。

 

「おかえりなさい直江さん…あのー…」

「あー…皆まで言わなくても大丈夫だよ四葉。来てるんだね?」

 

僕の問にコクンと頷く四葉。

全く…何で連絡をしないで帰ってくるのかなあの人は。

そう思いながらリビングの扉を開いた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい和義。遅かったわね」

「母さん…」

 

母さんは夕飯を食べながら出迎えの言葉は発している。

 

「う~ん、美味しいわぁ。さすがね二乃ちゃん!」

「ありがとうございます、お義母様!」

 

おい!何言ってる二乃。

 

「お義母さん。こっちも食べてほしい...」

「......う~ん、こっちも美味しいわ三玖ちゃん」

「ふふふ...」

 

三玖まで...あー、頭痛くなってきた。

 

「お...おかえりなさい和義君」

「おかえり~...」

 

声の方に目をやると、困惑顔をした一花と五月がいた。その傍らには笑顔でお茶を飲んでいる零奈がいる。

これヤバいんじゃないの。

 

「た...ただいま。零奈、一花、五月」

「ふふっ、おかえりなさい兄さん」

 

三人がいるソファーの方にとりあえず向かった。

零奈は笑顔で迎えてくれているがこれ絶対怒り心頭でしょ。

 

「はぁぁぁ...何となく予想は出来ているけど何があったの?」

「そ...それが、つい先ほど綾さんが帰ってきまして...」

「で、いつものように綾さんがお義母さん呼びを私たちにお願いしてきたんだよ」

「今の二乃と三玖は拒否する理由がありませんからね。もうノリノリです」

 

四葉と一花、五月が簡単に状況の説明をしてくれた。まあ、想像通りだね。

 

「零奈は止めなかったの?」

「止めなかったとお思いですか?」

 

こめかみと口角をピクピクとさせて零奈が僕に答えてくれた。怖いんだけど。

 

「はぁぁぁ...」

 

大きなため息を出しながら母さんがいるテーブルに向かった。

 

「あ、カズ君おかえりなさい!」

「おかえりカズヨシ...」

「ただいま、二乃。三玖」

 

駆け寄ってきた二乃と三玖の頭を撫でてあげる。

 

「カズ君も食べる?」

「ごめん。夕飯は風太郎の家で食べてきたから」

「そっか...じゃあ、お風呂の準備は出来てるから今日はカズヨシが先に入る?」

「あらあら。まるで旦那様を迎える奥様ね」

「「奥さん...」」

 

二乃と三玖は顔を赤くして恥ずかしそうにしている。やめて。殺気のようなものが二つこっちに向けられてるから。

 

「コホン。ところで何をしているのかな?()()()

「「え?」」

 

僕のある言葉に気づいたのか。二乃と三玖は驚いた顔をこちらに向けている。そして一番反応している人が立ち上がりよろよろとこちらに来ている。

 

「か...和義。あ...あの~...」

「何かな?()()()

「うっ!あ、謝る!謝るからその呼び方だけはやめて~!」

 

効果抜群である。てかまじ泣きですか。はぁー...

 

「二人も母さんの悪ふざけに付き合わなくていいんだよ」

「あら、別にふざけてないわよ」

「うん。将来の練習...」

「さいですか...」

 

もうこっちは諦めよう。

 

「それで?連絡もなしに何でここにいるの母さん?」

 

立ち直りが早い母さんは席に戻り食事の続きを始めている。その母さんの向かいに座って答えを待っている。

 

「んー?」

「修学旅行があるから零奈をどうするか相談するために連絡したのに、全然電話に出てくれなかったよね?」

「だって、連絡して帰ってきたらドッキリにならないでしょ?」

「あのねー...で、前回同様父さんは置いてきたわけ?」

「うん!」

「父さんが不憫すぎる...」

「大丈夫ですよ。父さんには『一生懸命仕事をしている父さんは格好いいです』、とメッセージを送っておきましたから。そしたら頑張ると返事がありました」

 

零奈が僕に近づきそう伝えてきた。チョロすぎだなうちの父親は。

 

「......今回は付いて来ない、でいいんだよね?」

「そんなの決まってるじゃない!」

「決まってるってどっち?」

「ふふっ。零奈ちゃん明日は朝早いわよ!」

 

サムズアップをして零奈に伝える。

 

「噓でしょ...」

「行動力...」

 

二乃と三玖が信じられないといった感じで言葉が漏れている。母さんの行動に慣れたとはいえさすがに今回はないと思っていたのだろう。かく言う僕もそうだ。

 

「今回の悪ふざけはこれで目を瞑りましょう。では、私は準備がありますので先に失礼します」

 

頭を下げた零奈はさっさと自分の部屋に戻っていった。

 

「うわぁ~、お母さんも来る気まんまんだね」

「うーん...お母さんと京都を回れるかもっていう嬉しい感情と、これって良いのかなっていう複雑な感情が入り乱れてるよ」

 

一花と四葉も自分の母親の行動の速さに驚愕していた。

 

「あ、あの!おか...零奈ちゃんは学校があると思うのですが」

「ああ。私も零奈(れな)先生の事知ってるからいつも通りで良いよ五月ちゃん」

「えー!?」

「で、零奈ちゃんの学校だよね。大丈夫。帰国してすぐに学校に連絡しといたから。ふー、ごちそうさま。じゃあ私も疲れちゃってるからお風呂入ってもう寝るね。ではでは~」

 

そう言い残して母さんはお風呂に向かっていった。

 

「カズヨシ君...」

「カズ君...」

「カズヨシ...」

「直江さん...」

「和義君...」

 

どうしようという気持ちが込められた視線を向けながら五つ子がこちらを見ている。

ごめん。こればっかりは僕にもどうしようもできないかな。

お手上げという意味を込めて両手を上げると、ですよねーという顔を皆にされた。

そして六人全員がそこで盛大なため息をつくのだった。

 

 




さあ、いよいよ修学旅行編の開幕です!
今回は準備期間のお話で書かせていただきました。
原作では風太郎と同じ班になりたい、一花・二乃・三玖がこぞってアプローチしていましたが、この作品では敢えて四葉から行動を起こさせました。
そろそろ風太郎に対してのアタックを始めなければと思いましたので。

そして、らいはも実は中学生になっているんですよねぇ。
本編原作ではいつもの私服姿で容姿もあまり変化がありませんでしたので気づきにくいですが...
なので制服姿を見たことで、和義は中学生になっていることを改めて感じた、ということにしてみました。
らいはの中学生の制服姿はちょっと見てみたいですね。高校生の制服姿は原作で出てきたのですが。

そしてそして、やはり綾も修学旅行に参戦です。まあ、雪の中林間学校に付いて行くくらいですので、京都であればお茶の子さいさいですよね。

果たして、零奈と綾の参戦でどのような旅行になるのか。また、四葉はこの旅行で風太郎に正体を明かすのか。一花の今の心境は。等々、色々と書けたらなと思っております。

では、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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第9章 修学旅行
77.手作りパン


「おはよう風太郎」

「おう」

 

修学旅行当日。新幹線に乗っていくため駅に集合となっていたので、今駅には旭高校三年生が続々と集まっている。

 

「おい。さっき綾さんと零奈の姿を見たんだが、俺の見間違いか?」

「はぁぁ…見間違いじゃないよ。あの二人、今回も付いてくるつもりだよ」

「マジかよ!お前の家族の行動力半端ないな…」

 

本当にね。零奈はともかく母さんに常識は当てはめることが出来ないよね。

 

「ちーす」

「やあ、おはよう」

「おっす」

「おはよう。前田、武田」

「やべぇ。楽しみすぎてあまり眠れなかったぜ」

「小学校の遠足前のガキかっ!」

「何だとっ!コラ」

「良いじゃないか。楽しみだと思ったのは僕も同じだよ」

「だよねぇ。風太郎だって何回もしおり読み返してたんでしょ?」

「なぜ知っている!」

「いや、らいはちゃんに教えてもらったから」

 

気の合う仲間っていうのは良いものだ。クラスメイトとは今までも何度か話はしていたが、何て言うか友人とまではいかなかったからね。

 

「ああそうだ。例の件、風太郎からも承諾もらったから」

「おう!やべぇ、一花さんと行動することになるなんてな」

「おや?例の彼女は良いのかい?」

「それとこれとは別だ!憧れっていうか、そういうのだよ!」

「まあ、かなりの大所帯にはなるけどね…」

「何にせようるさくはなるだろうな…」

 

風太郎が文句を言いつつも口角が上がっているのを見逃さなかった。まったく、素直じゃないんだから。

 

「でさ。この事を一応三条先生に相談したんだけど、許可を貰う条件として先生も同行することになっちゃった…」

「マジかよっ!」

「良いんじゃないかな、あの先生なら。むしろその方が良かったのかもしれないね」

「は?何でだよ」

「前田君。君は、ここにいる直江君と一緒に京都を回りたいという女子がどれだけいると思っているんだい?」

「武田、君もね」

「ムカつくが確かに結構いるな」

 

あ、そこはムカついてたんだ。

 

「そこに中野さん達の班が僕たちに合流するとしよう。そうなると他の班も続々と合流して来るではないか」

「なるほどな。それで予防にもなるって事か」

「うむ」

「めんどくせぇ」

 

風太郎は心底面倒そうに発言している。まあそうだよね。

 

「抑止って意味で言えば他にも手はあるけどね」

「ああ、あの二人か…」

「「?」」

 

母さんと零奈の事だ。どうせ途中から合流してくるだろう。

去年の林間学校でも、男子には人気だったが零奈の目力で女子は近づいてこなかったからね。

そういった意味であれば来てもらって良かったのか?

何の事を言っているんだという前田と武田に説明しようとする時、集合の声がかかったのでまた新幹線の中で説明すればいっか。

ちなみに説明した時は、二人とも信じられないといった顔をしていた。当然である。

 

------------------------------------------------

~新幹線車内~

 

「はいフルハウス」

「ぐぬぬ…」

「負けた~」

 

中野姉妹は目的地まで仲良くトランプをしている。先ほどから一花の独擅場であり、それを二乃が悔しがっているようだ。四葉に至ってはもう諦めモードである。

 

「もう一回!もう一回勝負よ!」

「いつでも受けて立つよー」

 

負けず嫌いの二乃は再戦を申し出ている。そんな中、三玖はカードを持ったままうつらうつらと舟を漕いでいた。

 

「三玖。三玖。終わったよ」

「!あ、ツーペア」

「遅いし、弱い!」

 

四葉が起こした事で三玖は起きたが、二乃のツッコミの通り遅いし弱い役である。

 

「眠そうだね。今朝早起きしてどこかに行ってたみたいだけど」

「うん。バイト先に無理言って朝から厨房貸してもらってた」

「え?じゃあ…とうとう出来上がったんだね」

「うん…!」

 

三玖は以前より和義に美味しいと言ってもらえるパンを自身で作っていた。その試作品を四葉に時には試食してもらっていたのだ。ほとんどが試食以前の問題ではあったのだが…

そのパンが今朝ようやく完成したようで、それをこの修学旅行に持参したみたいである。

 

「でも、一緒に行動できないと食べさせる機会がない…」

「あ、そうだった!その事で、皆に伝えなきゃいけないことがあったんだ」

「何です?」

「さっき点呼の時に直江さんと話したんだけど、直江さんの班と私達の班が合流するのを三条先生が了承したみたいだよ」

「「それ本当四葉!?」」

「う…うん…」

 

二乃と三玖が真っ先に反応した。

三玖に至っては一気に目が覚める案件である。

 

「さっすがカズヨシ君。先生からも信頼されてるねぇ。人望の成せる技だ」

「ただ…」

「ただ、何よ?」

「三条先生も同行が条件なんだって…」

「「「「……」」」」

 

四葉の言葉に姉妹全員が黙ってしまった。

 

「それは…致し方ないことかと思います。私達以外にも、恐らく和義君の班と一緒に回りたい班はいると思いますし」

「だねぇ~。ここで私達が合流なんてしたら他の班も黙ってないよ」

「むー…カズ君と回れるならやむを得ない犠牲ね」

「先生以外にもどうせ合流者がいるしね…」

「確かに…ってことは、私達五人にカズ君ところの四人。後、先生にお母さん(お義母さん)が二人…」

「二乃…綾さんの事をお義母さん呼び崩さないんだ…」

「良いでしょ!綾さんが良いって言ってるんだから。ちゃんと場所は弁えるわよ」

 

一花のツッコミに二乃は平然と答えている。

 

「それで、何人だったっけ?」

「12人ですね」

「凄い大所帯…」

「だねぇ~。でも、みんな一緒だから楽しい旅行になりそうだね!」

「そうだね。先生もまだ若いんだしそこまで固くならないでしょ。楽しんだもの勝ちだよ」

 

一花の言葉に姉妹皆同意の気持ちを込めて笑顔で頷いている。

 

(フータロー君とカズヨシ君。二人への気持ちはまだ固まってないけど、この旅行をきっかけに何か変化があるかもしれない。頑張ってみよう)

(カズ君と二人っきりになれないのは残念だけど、まだチャンスはあるわよね!絶対にこの旅行で距離を縮めてみせるわ!)

(カズヨシと京都の町を観光…このパンを食べてもらうのもそうだけど、やっぱり一緒に回れるのは嬉しい…お城観光以来で楽しみ)

(せっかく直江さんが協力してくれたんだもん、風太郎君との楽しい思い出を絶対作ってみせる!)

(和義君との京都観光。諦めていたけどこうやって実現して本当に良かった!ふふっ、他の姉妹やお母さんには悪いけど、負けられないね)

 

メラメラ…メラメラ…

 

姉妹達全員それぞれの思いを持って静かに燃えている。

この時、中野姉妹の近くにいた他の生徒は、姉妹達の席から底知れない熱さを感じたと証言するのだった。

 

------------------------------------------------

「大きい荷物はこちらでホテルに送っておく。貴重品だけ持っていくように。諸注意は以上だ。では解散」

 

さて、最初から合流すると何かしら問題が起こりそうなので駅から出たところで合流することになっている。なので、とりあえずまずは移動だ。

 

「そういえば、彼女達はどこか行きたいところのリクエストはあるのかい?」

「いや、あの娘達は五つ子だけど好きなものとかそういうの違いすぎて纏められないんだよねぇ」

「だから俺たちに今回は任せるそうだ」

「へぇー、意外だな。そういうのは大体同じですぐに決まるとばかり思ってたぜ」

 

前田、僕も最初はそう思ってた時期があったよ。

そんな話をしながら駅を出た時だ。

 

「和義ー!」

 

進行方向から僕を呼ぶ声が聞こえた。聞き慣れた声で。

その声の主は足早に僕達に近づいてきた。

 

「もー、遅かったじゃない!」

「母さん…年齢を考えてください…」

「えー!?酷くない零奈ちゃん!」

「おい!誰だ?」

 

前田が至極当然の質問を投げかけてきた。初めて会ったらそういう感想持つよね普通は。

 

「ん?和義の母親と妹だ。新幹線の中で話しただろ」

「は!?だってどう見ても姉妹だろあれは!」

「確かに。冗談は良くないよ上杉君」

「いや、冗談じゃなくてだな…」

 

風太郎の言葉を信じない前田と武田。そりゃそうだ。

そんな会話をしている三人を置いて、僕の目の前ではいつもの家族の会話が行われていた。

 

「もう和義聞いてよぉ。零奈ちゃんってば酷いんだよ。年甲斐もなくはしゃぐんじゃないとか言うんだよ!」

「はいはい。年甲斐もなくはしゃぐんじゃないよ、母さん」

「「!…」」

「ほら兄さんも同じ意見じゃないですか」

「えー…和義まで酷いよぉ」

「お…おい…」

「まさか本当に…」

「ああ。僕の母さんと妹だよ」

「「はぁーー!?」」

 

駅前で前田と武田の叫び声が木霊した。

 

「改めまして、私が和義の母の綾って言います。綾さんって呼んでね。よろしく」

「直江和義の妹で、零奈と申します」

 

いつも通り明るく手を上げて自己紹介をする母さんと、頭を下げながら自己紹介をする零奈。本当に月と太陽のように両極端だ。

以前、下田さんが言っていた母さんと零奈(れな)先生の二つ名。明るい性格で学生の皆に人気の太陽の綾先生。鉄仮面だが美しい美貌で男子学生を中心に虜にした月の零奈(れな)先生。

本当に言い当て妙だと実感してしまう。

 

「前田君に武田君か。いつも和義と仲良くしてくれてありがとね」

「とんでもないっす!俺の方が良くしてもらってるって言うか…」

「そうですね。僕と上杉君、そして直江君はライバルですから。ね!」

 

母さん、もう馴染んでるなぁ。流石である。

零奈はというと、すでに僕の手を握っていつものポジションにいる。端から見たら甘えん坊の兄大好きな女の子に見えるよね。こういう使い方が上手い。上機嫌でニコニコしてるし。

そんな風に時間を過ごしていると後ろから声をかけられた。

 

「直江君。お待たせして申し訳ありません。て…その子は?」

「あ、三条先生。実は……」

 

中野姉妹を連れて合流した三条先生に移動をしながら説明した。

あそこにずっといると、色々な部分で注目されそうだったしね。

 

「な…なるほど。前例がない事ですね」

「すみません、ご面倒をおかけします」

「いいえ。しかし、修学旅行に付いてくるなんて、お母様はよっぽど直江君の事を好きなんですね」

「ははは…」

 

渇いた笑い声しか出ないよ。

 

「それにしても、零奈ちゃんでしたっけ?お兄ちゃんにベッタリですね。兄妹仲良くで良いことです」

「はい!私は兄さんが大好きですから」

「まぁ。良かったですね直江君」

「ははは…はい…」

 

本当に渇いた笑い声しか出ないよ。

零奈の機嫌がとても良いのは良いんだが、さっきから三つ程殺気に似たものを後ろから感じるのは気のせいだと思いたい。

 

「あはは…それにしても前田君と武田君。今回は私たちのわがままを聞いてくれてありがとう」

「とんでもないっす、一花さん。俺たちも皆さんと一緒で嬉しいっすよ」

「そうだね。こんなもの感謝される程でもないさ」

「上杉さんもありがとうございます!てっきり上杉さんは嫌がると思ってました」

「ふん…まあ何だ…俺以外の三人が認めたんだ。俺だけ反対する道理はないだろ…」

「ししし…そういうことにしておきます!」

 

四葉も楽しそうだし、まあ良しとしておこう。

 

その後僕達はある神社でお参りをすることになった。

 

「なんだここ…」

「学問の神様が祀られている神社さ。前田君、君の成績は見るに堪えないんだから深ーく祈りたまえ」

「…………」

「んだとコラァ!」

「お前らうるせー!」

 

僕の前で三人がやかましくもお参りをしている。お参りする態度じゃないなあれは。

 

「さ、君たちもしっかりお参りしなよ」

「なんか…地味ね…」

「こらこら」

 

二乃の言葉に一花がツッコミを入れた。

まあ普通はそう思うよね。

 

「私はしっかりとお参りしますよ和義君」

「私も…」

「当然です。貴方達はまだまだ良い成績とは言えませんからね」

「「「「「……」」」」」

 

母さんが遠くで先生の相手をしているからか、母親モードで娘達に説いている零奈。それに対してグゥーの音が出ない五つ子達はしっかりとお参りをしている。

まだまだ敵わないようだ。

さて、次の場所に向かいますか。

 

「わぁっ!これずっと鳥居なの!?」

 

僕達が今いるのは伏見稲荷大社の千本鳥居。さすがに壮観である。

 

「写真では見ていましたが、やはり実物は壮観ですね」

「映えるわ~」

 

四葉と五月、二乃が歓声をあげている。二乃に至っては写真を何枚も撮っているようだ。

 

「そうだ。鳥居をバックに姉妹の集合写真撮ってあげるよ。ほら零奈も」

「兄さん…」

 

笑顔の姉妹の中心に零奈が入ったのでそこで写真を撮ってあげた。

 

「こうやって姉妹で集合写真を撮るのも貴重だね」

「それこそ小学生の頃の修学旅行以来ですよ」

「しかもお母さんとなんて嬉しいことこの上ないわね」

 

母さんが気を使ってくれて、風太郎達と先生を連れて先に進んでいる。だから、今五つ子達は家族でゆっくり観光が出来ている。

皆楽しそうで良かった。

 

「それじゃあ次は私とカズ君で写真撮りましょ」

「違う私と…」

「いえ、ここは私からで」

「えー…」

「ねえねえ?ここはお姉さんとでも良いんだよ?」

「あ、あの…皆落ち着いて…ね?」

「そうですよ。ここは兄妹でまず撮るべきですよ」

「お母さん!?」

 

ごめんね四葉。面倒をかけるようなことになって。

結局じゃんけんで順番を決めて六回写真を撮ることになった。て、四葉もなのね。

その後、少し進んだところで風太郎達が待ってくれていたので合流することが出来た。

 

「たく、来るのが遅えぞ」

「悪い。写真撮ってたら遅くなった。風太郎の写真も撮ってあげようか?らいはちゃんへの土産話になると思うよ」

「む…」

「お、いいねぇ~。それっ!カズヨシ君、ほら撮って撮って」

「お、おい!」

 

そう言って一花が風太郎の腕を取ってお願いしてきた。

 

「はいよ。はい、チーズ………ほら、四葉も

「は、はい!上杉さん、私もお願いします!」

「はぁ!?」

 

そう言って四葉にしては積極的に腕を掴んでいる。

 

「ふっ…ほら!風太郎笑って、ピース」

 

写真に収まった風太郎の顔は恥ずかしさの中に嬉しさが滲み出ている良い顔だ。らいはちゃんに良いお土産になったのかもしれないな。

 

この千本鳥居がある伏見稲荷大社には登山ルートがあるのだが、今回は頂上にあたる一ノ峰を目指すことになっている。

 

「はぁ…はぁ…け…結構長いわね」

「足が痛くなってきました…」

 

しかし、これは運動靴でない彼女達には辛いかもしれないな。

四葉だけは全然平気そうではあるが。

 

「先生は大丈夫ですか?」

「ええ。私は動きやすい靴を履いているので」

「母さんは?」

「ええ。私も大丈夫よ」

 

何気に体力あるよね母さんって。見た目だけではなくて体力も同年代よりあるかもしれないな。

男性陣は風太郎を含めて今のところまだ大丈夫そうだな。

 

「ふむ...四葉、零奈の事任せてもいいかな?」

「はい!任せてください!しかし、直江さんは...ああ、なるほど」

「そう言う事。四ツ辻にあるお店でお昼にしようと思ってるから先行ってて」

 

僕の意図を汲んで理解してくれた四葉に零奈を預けて、集団の一番後ろまで下って行った。

 

「はぁ...はぁ...も…もう…げ...限界かも...」

「ほら、もう少しで休憩に入るから頑張ろう三玖」

「え...?」

 

下を向いて立ち止まっている三玖の目の前に手を差し伸べながら声をかけた。

 

「手、貸してあげるから、ね?」

「う...うん...」

 

三玖が顔を上げて僕の手を握ったのを確認してから先導した。

 

「よし!じゃあ行こうか」

「ありがと...カズヨシ」

「このくらい問題ないさ。それより振り返ってみなよ」

「え...?」

 

僕の言葉に三玖は振り返った。

 

「あ...」

「ね?いい景色でしょ。今日は晴れてて良かったぁー」

 

もうすぐ到着する四ツ辻は展望としても有名な場所。でもここからも十分な眺めだ。

 

「この景色を見るだけでもここまで登ってきた甲斐があるってもんだよね」

「うん...そうだね」

 

ニッコリと笑って景色を三玖は見ている。

 

「うっし。三玖の元気も少しは戻ったみたいだし、そろそろ出発しようか」

「分かった」

「ちょっ...!?」

 

そう返事をした三玖は僕の手を取らず、腕に自分の腕を絡めてきたのだ。

 

「疲れてるからこっちの方が楽だよ」

「いや歩きにくいでしょ」

「大丈夫だよ。さ、行こう」

「はぁぁ...はいはい、お嬢様のお気に召すままに」

「ふふふ、うん...!」

 

三玖は二乃よりも頑なに意見を曲げないからなぁ。

 

「あ、そうだ。カズヨシに食べてもらいたくてパンを焼いてきたんだ」

「へぇ、パン作れるようになったんだ。て、まずったな...」

「え...どうしたの?」

「いや。お昼はこの先にあるお店でって事になってるから、皆はもうお店に入ってるかも」

「そ...そうなんだ...」

 

あからさまにガッカリしてるよねこれ。

 

「そのパンってその紙袋の中?」

「え...うん」

「それじゃあ今貰っても良いかな?」

「え…?いいの?」

「もちろん!」

 

三玖が紙袋を開けたので、そこからパンを取り出した。

 

「へぇー、クロワッサンかぁ。ではではいただきます。あむ……」

「………」

「うん。美味しいよ!三玖、料理の腕あげたね」

 

そう言いながら次のパンを取り出して口に運んだ。

 

「ほ…本当!?」

「……ああ。ここで嘘ついてどうすんのさ」

「だって…カズヨシって優しいから…」

「ありがと。本当に美味しいよ。良くできました」

 

そう言いながら絡ませていた腕をほどいて、その手で三玖の頭を撫でてあげた。

 

「…っ!」

「美味しさとは別に、三玖の努力も味わえた。頑張ったね」

「…うんっ」

 

そこで感極まってしまった三玖が、顔を両手で覆いながら泣いてしまった。

 

「私…頑張ったんだよ…」

「ちょっ…泣かなくても良いじゃん。まったく…三玖は出来る子だって分かってたから、パン屋でのバイトも心配してなかったよ」

「ずるい…」

「え?」

「ずるいよカズヨシは。今そんなこと言われると私…」

 

言葉を言い終わる前に、三玖が正面から抱きついてきた。

 

「ちょっと、三玖!?さすがにここでは…」

「やっぱり好き…大好き…!」

 

えーと、他の参拝者の方々に見られてるのですが…

三玖ってばいつの間にここまで度胸がついたのだろうか。

そんな風にこの状況をどうしようと考えていると、更にどうしようと思うような展開が待っていた。

 

「ちょっとぉ、いくらなんでも遅いわよ!て、はぁー!?」

「へぇー…」

「ほぉー…」

「あー…直江さん。そういうのは、時と場所を考えた方がいいと思いますよ…」

 

まさか四葉にそういうツッコミを入れられる日が来るなんてね。

五月と零奈に至っては、もう目が怖いんだが。

 

「ちょっと三玖!何やってんのよ!」

「別に…カズヨシに抱きついているだけ」

「あら、三玖も言うようになりましたね」

「二乃たちこそ、もう少し気を遣ってお店でゆっくりしてても良かったのに…」

「ふ…ふふ…ふふふふ…」

「い…五月。お…落ち着こ?ね?」

「何を言っているのですか四葉?私は落ち着いていますよ」

 

ニッコリと四葉に笑みを向ける五月。

 

「どこが!?」(どこがだよ!?)

 

見事に四葉のツッコミと僕の心の中のツッコミがシンクロした。

 

「ほ…ほら三玖。そろそろお店に行ってご飯を食べないと」

「もうちょっとだけ…スゥー…カズヨシの匂い…落ち着く…」

 

だぁーもう!肝が据わってますねぇ、このお嬢さんは!

僕はもう背中に変な汗がダラダラと流れてるんだけど!?

その後は、風太郎や先生達も待っていることもあり、なんとか宥めて皆が待つお店に入店した。

どうやら四人でのテーブル席を三つ取っていてくれたようだ。

また席取りで揉めそうだったので、僕は風太郎と一花に四葉と一緒の席で収まったのだった。

注文を終えた後、限界とばかりに僕はテーブルに突っ伏した。

 

「ヤバい…ここまでの登山道よりさっきのやり取りの方が疲れた…」

「何をやっているんだお前は」

「あはは…四葉から聞いたよ?まさかあの三玖がここまで行動に移すなんてね」

「本当だよ…」

 

体を起こしながら僕は答え、三玖が座っているテーブルに目を向ける。

三玖は今、二乃に五月それに零奈の四人でテーブルを囲んでいる。

あんなことがあったのに、皆楽しそうにお喋りをしているようだ。

 

「……君たち姉妹は本当に仲が良いね」

「どうしたんですか急に?」

「いや、本当に楽しそうに笑って話してる彼女達を見るとそう思えたんだよ」

「ふっ…確かに」

「まぁねぇ~」

「ししし…私たちの自慢ですから!」

 

屈託のない笑顔で四葉はそう答えるのだった。

 

 




いよいよ始まりました修学旅行。
とりあえず初日のメインは今回のお話で終わりにしたいと思います。
次回は、初日の残りと二日目に入らせていただきます。

今回のお話では、原作では最終日に風太郎に渡したパンを初日から和義が食べるシーンを書かせていただきました。
原作とアニメとであった、パンを食べた後の風太郎への三玖の告白。最終的には三玖は誤魔化しましたが、あのシーンは何度見ても素晴らしいですね。

では、また次回まで。今後ともよろしくお願いいたします。


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78.想い

~ホテル・宴会場~

 

旅行初日の班行動も終わり、学生全員で班毎にホテルの宴会場で今夕飯を食べている。

 

「皆聞いて。盗撮犯に追われているわ」

「「「えっ…」」」

「モグモグ…」

 

中野姉妹は同じ班でもあるので、今は五人で夕飯を食べている。

そんな時に突然二乃から突拍子もないことを言われ、五月以外の他の姉妹はキョトンとした。五月はご飯を食べるのに集中しているため反応が薄いようだ。

 

「二乃…どうしたの急に?」

「京都駅にいたころからずっと感じてたの、間違いないわ。修学旅行生がターゲットにされるって、前にニュースで見たもの」

 

三玖の至極当然の質問に対して、自信満々に二乃が答えている。

 

「だとしてもなぜ二乃なのですか?」

「ど、どういう意味よ!」

 

カシャッ

 

「!!やっぱり!」

 

二乃がシャッター音に振り返ると。

 

「ご馳走だねー」

「インスタあげよー」

「……」

 

女子学生が豪華な夕飯の写真を撮っている姿があった。それを見た二乃は言葉が出てこなかった。

 

「…二乃の勘違いじゃない?」

「一花の言う通り。自意識過剰…」

「三玖…あんた本当に言うようになったわね」

「あ、でもでも。もしかしたら一花のファンかもしれないよ」

「うーん…四葉の言葉は嬉しいけど、私もそこまでまだ有名じゃないしなぁ。ここ、他県だし」

「はぁー…まあ良いわ。で、明日は何があるんだっけ?」

「明日は団体行動で色々回る予定だよ」

「さっすが学級長。場所はどこだっけ?」

「清水寺を中心とした、寺院や神社ですね」

「やっぱ地味ねぇ」

「二条城とか行きたかった…」

「………」

「ん?四葉、どうしたの?」

 

明日の行動計画について雑談をしている姉妹をよそに、静かな四葉が気になった一花が四葉に声をかけた。

 

「え?何が?」

「ううん。ただ、何かあったのかなって…」

「何もないよ。明日は団体行動だけど、誰と一緒にいなきゃいけないとかないから。そうなってくるとまた上杉さんや直江さんとも行動できるなって思ってただけだよ」

「そうよ!」

 

四葉の言葉に勢い良く立ち上がった二乃。

 

「明日は有象無象の女子たちがカズ君に近づいてくるに違いないわ。なんとしても死守しないと」

「うん…!」

「三玖は今日ほとんど和義君と一緒だったではないですか!」

 

あの抱きつき事件の後、お昼ご飯も終えて一ノ峰を目指したのだが、やはり三玖には辛い道のりだった。そして、最終的には和義がおんぶして頂上まで運んだのだ。

ちなみに零奈も限界が来たが、零奈は四葉の手によって運ばれたのである。

 

「あれは…仕方がない。本当に体力の限界だったから…」

「はぁぁ…まあ良いわ。どうせお母さんたちも合流するでしょ」

 

そこで全員の夕飯が終わったので、五つ子達は自分達の部屋に戻ることになった。その途中。もうすぐ部屋に着くだろう時に、やはりいつもとおかしい四葉に一花が声をかけた。

 

「ねぇ四葉?本当に…」

 

その時だ。

 

カシャッ

 

「「「「「!」」」」」

 

自分達の背後からカメラのシャッター音が聞こえてきたので、全員がビクッと反応した。

 

「は、はは…二乃が変なことを言うから私まで幻聴が聞こえてきました…」

「そ、そうよね。幻聴よね。いくらなんでもホテルの中まで…」

 

二乃がそう言いながら姉妹全員が振り返ると、通路の先でカメラだけが陰から出ているのが見えた。さらに、

 

カシャンッ

 

「「「「「キャアアアアア!」」」」」

 

恐怖を感じた五つ子達は、あたりに響き渡る程の大音量で悲鳴をあげ、そのまま走り去ってしまうのだった。

 

------------------------------------------------

時は少し戻り、五つ子達が夕飯を終えて広間から出ていこうとした時。

 

「何度もすまない。トマトも苦手なんだが食べてくれるかい?」

 

武田は好き嫌いが多いようで、基本的に何でも食べる風太郎にどんどん渡している。

風太郎は風太郎でたくさん食べれるので問題ないようだ。

 

「前田のトイレ長いね」

「そういや、そうだな」

「ちょっと様子見てくるよ」

「すまないね。面倒をかけるよ」

 

まあ本当にトイレかも疑問ではあるが。何しろ前田にはあることをお願いしているからね。張り切ってなきゃいいけど。

 

「やっぱいないか…」

 

念のためトイレを確認したが前田の姿はなかった。

うーん…ちょうど前田が帰ってくるであろう時に五つ子達が広間から出てったからなぁ。

そんな考えをしながら廊下を歩いていると。

 

「「「「「キャアアアアア!」」」」」

 

聞き覚えがあるような叫び声が聞こえてきた。

 

「まさかっ!」

 

叫び声が聞こえてきた方に走ってみると、向かいから五つ子達が逃げるように走ってきた。

 

「直江さん!」

「カズヨシ君!」

「カズ君!」

「和義君!」

「カズヨシ!」

 

僕の存在を確認するや否や全員が抱きついてきた。

 

「何々?どうしたの?て、さすがに苦しいって…」

「はうっ!ごめんなさい!でも…」

 

一番最初に抱きついてきた四葉が謝りながらも離れようとしない。これはよっぽどの事が起きたかな。

 

「盗撮犯よ!盗撮犯!」

「はぁ!?」

「うー…通路の陰からカメラだけが出てきていて、私たちを撮ってたんですぅ…」

「マジかっ!」

「さすがのお姉さんでも恐怖を感じたね…」

「夢に出てきそう…」

 

全員が本当に怖かったようで震えているようだ。

 

「部屋まで送るから、とりあえず離れようか」

「「「「「……」」」」」

「あのー…このままだと歩きにくいしさ」

「「「「「……」」」」」

 

えー、何で誰も答えてくれないの…

はぁー、仕方ない。歩きにくいが歩けない事はないか。

そう考えて彼女達の部屋に歩みを進めるのだった。

 

「ほら着いたよ」

「ありがと。やっぱりカズヨシ君は頼りになるなぁ」

「ごめんなさい。その…取り乱したりして…」

「別にいいさ」

「やっぱりカズヨシの近くは落ち着く…」

「そうですね。そこは同意します」

「ははは…あ、四葉」

「はい?」

「この後学級長のミーティングだけど難しそうなら先生に言っとくけど」

「あっ……直江さん、迎えに来てくれますか?」

「それは構わないけど、無理に参加しなくていいよ」

「いえ。直江さんがいてくれるのであれば安心です!」

 

いつもの屈託ない笑顔で返事をされたので強がっているわけではないと思った。なので、

 

「分かったよ。じゃあ、30分後くらいにまた迎えに来るから」

「はい!よろしくお願いします!」

 

そう四葉と約束をして部屋から離れた。

しばらく廊下を歩いていると、

 

「兄さん」「和義」

 

前方から零奈と母さんが僕の方に早足で近づいてきた。

て、同じホテルに泊まってたのね。母さんは抜かりないなぁ

 

「先ほどあの子達の悲鳴が聞こえたのですが…」

「何かあった?」

 

本当に心配しているようで、二人とも母親の雰囲気が出ている。

 

「ちょっとね。でも、もう解決したから大丈夫だよ」

「そう。和義がそう言うなら大丈夫なんでしょ」

「それより…よくこのホテルの予約できたね」

「そこは抜かりないわ」

 

えっへん、とどや顔で答える母さん。この人の情報網って本当にどうなってんだろう。

 

「と…悪い。この後、一旦大広間に戻ってから学級長のミーティング参加だからもう行くね」

「むー…仕方ないなぁ。じゃあ、また明日だね」

「兄さん、おやすみなさい」

「ああ。おやすみ、零奈」

 

ポンポンと零奈の頭を撫でながら答えるとご機嫌になったのでこれで合っていたようだ。

母さんからの視線が気になったが、さっさと零奈が連れていったのでまあ良しとしよう。

その後、大広間に戻ると前田はすでに席に座っていた。

 

「さっきのって、前田の…」

「悪ィミスった…つい気合いを入れすぎちまった」

「はぁぁ…」

「何かあったのかい?」

「ここでは話しづらいから部屋でね。そろそろ戻ろうか。僕は学級長のミーティングに参加しなきゃだから」

「そいつはご苦労なこった」

「そうだね。誰かさんの推薦があったからね」

 

風太郎の言葉にニッコリと笑顔を向けて答えると、風太郎は目をそらしながら味噌汁をずずずっと啜りながら、『そうか…』と答えるのだった。

 

ミーティングでは、先の盗撮騒動の件があがり生徒全員、特に女子に注意喚起を促す事となった。

まあ、あれだけ悲鳴が木霊すればホテル側も関与してくるよね。

そして、ミーティングも終わり四葉を部屋まで送っているのだが。

 

「まだ消灯まで時間あるよね?少し話さない?」

 

自販機と椅子が並んでいるちょっとしたスペースを親指でさしながら四葉を誘った。

 

「直江さんからなんて珍しいですね。少しなら…」

 

四葉からの許可をもらい、椅子に座らせた後自販機で飲み物を買って渡した。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。誘ったのは僕だしね…………で?何か悩み事?」

 

自分の飲み物を一口飲んでストレートに聞いてみた。

 

「いきなりですね…何でそう思ったんですか?」

「まあ、短い期間だけど一緒に暮らしてきた仲だからね。ほれほれ、お兄さんに相談してみ」

「ぷっ…あはは…一花の真似ですか?」

「まあね。どう似てた?」

「まあ、40点てところですね」

「厳しいなぁ…まあ赤点じゃないからいっか。それで?さっきのは冗談とかでもないんだけど、お兄さんに話してみな。四葉達は妹みたいなもんだし、これでも心配してるんだよ」

「妹……三玖達も報われませんね」

「ぐっ…そこは誠意頑張ってるよ…」

 

ふふふ、と笑っている四葉。少しは和らいだかな。

 

「仕方ないなぁ。じゃあ、何に悩んでるか当ててあげようか?」

「え?」

「ズバリ!明日のスケジュールにある清水寺、でしょ?」

「な、何で!?」

「言ったじゃん。僕は風太郎から写真を見せられてるって。あの写真撮ったのって清水寺でしょ?」

「はぁー…やっぱり直江さんには敵わないなぁ……当たりですっ」

 

悔しそうにゴクゴクと僕があげたジュースを四葉は飲んでいる。

 

「何?正体を明かす決心でもした?」

「悩んでます...私は約束を守れなかったので...でも、それとは別にあの女の子は私だよって言いたい気持ちも最近出てきて...」

 

四葉は下を向いて、自分の飲んでいたジュースの缶をギュッと握っている。

 

「......風太郎にさぁ、写真の女の子に会いたいか旅行の前に聞いてみたんだ」

「え...?」

 

僕の言葉に四葉は顔を上げて僕を見ている。

 

「そしたらね、風太郎はこう答えたんだ。分からん、て。今更会ったところで何を話せばいいかが分からないからなんだって」

「そっか...そうですよね...」

 

残念そうな表情をしている四葉。

 

「だけどね。ここからはあくまでも僕の想像でしかないんだけど。あいつも会いたい気持ちはあると思うんだよ。だけど、今の四葉と同じように会う事に躊躇していると思うんだよね」

「大丈夫ですよ。そんな慰めとか...」

「まあまあ聞きなさいって。何で躊躇しているか想像したのはね、あいつの勉強をする理由に直結してくると思うんだよ」

「勉強をする理由...」

「風太郎が言ってたんだけど、四葉は自分がいることに意味を見出すために勉強をするって言ったんだよね?勉強して給料のいい会社に入ってお母さんを楽させることで、自分がいることの意味が出来ると」

「そ...そうです」

「じゃあ風太郎は?」

「えっと...妹さん、らいはちゃんに不自由ない暮らしをしてもらうためにお金を稼げる会社に入るため、だったと」

「そう。だけど、根本的な理由はそこじゃないと思うんだよね」

「え?」

「あいつとは小学校の修学旅行以前には全然接点がなかったんだよね」

「そ、そうだったんですか!?」

「まあね。それが、旅行から帰ってくるなり教室で僕にこう言ってきたんだ。『お前頭がいいんだってな。だったら俺に勉強を教えてくれ!俺は必要とされる人間になりてぇんだ!』、てね」

「あ...」

「そう。あいつの勉強をする理由は必要とされる人間になること。そのために今まで死に物狂いで勉強をしてきたんだ。してきたんだけど...あいつ人との関わりを勉強の邪魔だって全部シャットアウトしちゃってたからねぇ。そのせいでどうせ、俺は必要とされる人間になれているのか、て思ってるんだよきっと。それが会うのに躊躇している理由と思ってるわけ」

「で、でも。今ではちゃんと私達姉妹にとっては必要な人になれてます」

「もちろん僕もそう思ってるよ。それに僕にとってもずっと前から必要な人間だって思ってる。だけどなぁぁぁ...」

 

そこで頭を抱えて下を向いてしまった。

 

「あいつ捻くれてて気づけてないんだよ」

「あー...ありえますね...」

まあ、そのために今頑張ってるんだけどね

「直江さん?」

「いや、何でもない」

 

その時ふと中野さんに家庭教師延長の話をされた時の風太郎の話を思い出した。

 

『次の道を見つけてこその卒業。俺はあいつらの夢を見つけてやりたい』

 

そんな言葉が風太郎自身から出た時には驚いたものだ。

 

「ま、そんな訳で約束云々は気にしなくていいと思うよ。要は四葉が話したいか話したくないかだね」

「私が話したいか話したくないかだけ...」

 

う~ん、と悩んでいる四葉。その姿を残っていたお茶を飲みながら眺めていた。

羨ましいな、こんなにも一生懸命悩めるなんて。

偉そうに四葉の背中を押しているが、実際に自分はどうなんだ?

 

『いいのかな?...ひっく...君とフータロー君二人の事...好きでいてもいいのかな...?』

風太郎と僕との間で葛藤をしている、そんな中でもいつも通りでいてくれる一花。

 

『恰好付けすぎなのよ、ばーか。でも、そういうところが大好き!!』

暴走気味ではあるが正面から堂々と好きという気持ちを表現している二乃。

 

『やっぱり好き...大好き...!』

内面的な性格だと思っていたが堂々と自分の気持ちを言えるようになった三玖。

 

『私、風太郎君と同じくらい直江さんの事も好きですよ!』

六年もの間想い続けた風太郎と同じくらい好きだと言ってくれた四葉。

 

『他の姉妹にもお母さんにも負けない!絶対に君を振り向かせてみせる。私は、家族としてではなく一人の男性として君が大好きだから!』

男性に対して信用を持つことができなかったが、家族としてではなく一人の男性として好きだと言ってくれた五月。

 

『一人の女性として、直江和義という男性が好きです。あなたの優しいところ、頼りになるところ、聡明なところ、それにたまに意地悪なところも。あなたの全てが私は好きなんです』

妹としてではなく一人の女性として、今の関係が崩れるかもしれないが自分の気持ちを正面から伝えてくれた零奈。

 

僕は彼女達とちゃんと向き合おうとしているのか?好きという感情が分からないと言っているが、実際には逃げているだけじゃないのか?

 

「...え...ん。な...え...ん」

 

僕は......

 

「直江さんっ!」

「...っ!」

 

自分の考えに没頭しすぎていたのか、すぐ目の前に四葉の顔があるのに気付かずビックリしてしまった。

 

「え...え、何?」

「何じゃないですよぉ。ふと直江さんの方を見ると、眉間に皺を寄せて怖い顔でいるんですもん。しかも呼びかけても反応ないですし...」

「そうだったんだ。ごめん、ちょっと考え事をね。て、四葉近いって。男の人にこんな風に近づいちゃ駄目だって」

「大丈夫です!こんな事は直江さんと風太郎君にしかしません!」

 

ニッコリと笑いながら言う四葉。それもどうなんだろう。

 

「それより大丈夫ですか?はっ!まさか悩みすぎている私に対して、そんなに悩むなよって思ってたんじゃ...」

「思ってない、思ってないって。これはとても重要なことですぐに決断できないことだって分かってるから」

「ふぅ~、良かったです」

 

四葉はそう言いながら胸をなでおろしている。そして意を決したように僕に伝えてきた。

 

「私は自分の事を話そうと思います。そして今の気持ちを...」

「そっか...」

「はい!一緒に悩んでくれてありがとうございました!」

 

そして、敬礼ポーズをしながら、とびっきりの笑顔を僕に向けてきたのだった。

 

------------------------------------------------

~一花side~

 

夕飯の時から四葉の様子がおかしかったから、ミーティングから帰ってきたら話を聞いてあげようと思ったけど…

ミーティングから帰ってきた四葉は垢が抜けたようなスッキリとした顔をしている。

前にもこんなことがあったような……そうだ!年末にもおんなじように感じたんだ。たしかあれは、私たちの転校に負い目があったはずの四葉が、カズヨシ君に相談した後から雰囲気が変わってたっけ。

ミーティングはカズヨシ君との参加だったし、その後にもしかしたら彼が話を聞いてあげたのかも。彼はこういうのには敏感だから、四葉の変化に気づいて聞きだしたのかもね。恋愛関係には鈍感なのにね。

可笑しくなって笑いが出てしまった。

 

「ふふっ...」

「何笑ってんのよ一花」

「あー...うん、楽しいなぁって思ってね」

「どうしたの?急に...」

 

三玖が不思議そうに聞いてきた。まあそうだよね。

 

「でも分かるよ!こうやって皆で修学旅行を楽しめるのってやっぱり良いよね!」

「そうですね。明日も楽しめるといいです」

「さあ!明日もカズ君と観光よ!」

「どこ見て回ろう…」

「寺院や神社が中心ですからねぇ」

「清水の舞台は外せないよね!」

 

みんなは明日のスケジュールに没頭しだした。

そっか、明日もフータロー君とカズヨシ君、二人と一緒にいられるんだ。

でも、いつまでもこんなことが続かないことは分かってる。

あの二人に好きな人が出来て、その人と結ばれたら…

私の気持ちも早く決めないと他の姉妹やお母さんに取られちゃうかもしれない。

そんな考えをしていると携帯に着信が入った。おや、カズヨシ君からじゃん。

個人でメッセージ送ってくるなんて珍しいなぁ。ふふっ、なんだか嬉しくなってきちゃった。

さてさて何かな?

 

「えっ...?」

 

そこには驚くべき文字が書かれていた。

 

『一花にだけは共有しておいた方がいいと思って。四葉が明日、風太郎に想いを告げるって』

 

そっか四葉もとうとう...

 

『教えてくれてありがと。でも何で私だけ?』

『一花は風太郎の事好きでしょ?だから一応教えておいた方がいいかなって。おこがましいけど僕は二人の事を応援してるから』

 

おこがましいなんて...全然そんな事ないのになぁ。

ていうか、君の事も好きだって事分かってるのかなカズヨシ君は。

はぁ...これがダメなんだろうなぁ、きっと。

でもそっか、さっきまではこの事で悩んでたんだね四葉は。それは私には相談できないよね。

 

『ありがとね。四葉の背中を押してくれたんだよね。私にはできないことだったから助かったよ。フータロー君がどんな答えを出すか分からないけど見守っていようと思う。その...近くにいてくれるかな?』

 

ちょっと強引だったかな。そう思っていたけど、返信はすぐにきた。

 

『分かった。なるべく明日は一花の近くにいるようにするよ。おやすみ』

 

返信された文字が嬉しくって今にも感情が爆発しそうなのを抑えながら『おやすみ』のスタンプを送った。

ごめんね皆...

 

私はいつになったらあの輪の中に入れるのかな...

楽しそうに話をしている姉妹を、直接的には近いけど心はどこか遠くにいるように感じながら見守っていた。

 

 




すみません。
前回の後書きでは、修学旅行の2日目まで書く予定と書きましたが、結局1日目で終わってしまいました。
しかも、人によってはこっちの方が1日目のメインに感じる人がいるかもしれませんね。。。
もう消灯時間になるので当たり前ですが、次回から修学旅行2日目を書かせていただきます。
勇気を出して四葉は風太郎に想いを告げることができるのか。
そして、和義に重くのしかかった姉妹や零奈との向き合い方についてどう考えるのか。
そういったものが書ければなと思います。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。


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79.思い出の地

大変お待たせして申し訳ありません。最新話の投稿です!


「おー、駅まで見える」

「うう…落ちたらどうしましょう…」

 

今日は修学旅行二日目。昨日とうってかわって今日は団体行動となっている。

まあ、団体行動といっても集合の時は全員集まらなければならないが、解散してしまえば後は自由行動と変わらないんだよね。

そして今は清水寺に来ていて、所謂清水の舞台から五つ子達と景色を眺めている。

 

「それにしても、ここの柵って思ってたより低いんだねぇ」

「そうね。私たちの腰くらいかしら」

「もう少し高いと思ってた…」

「では、ここで問題です」

「「「「「えー…」」」」」

 

修学旅行でも問題を出す僕に不評の声が上がった。

 

「まあまあ。清水の舞台から飛び降りるっていうことわざがあるけど、どういう意味でしょう?」

「カズヨシ君…私たちをなめすぎだよ?」

「うん…なめすぎ…」

 

自信満々な一花と三玖が応えた。

 

「本当かなぁ?じゃあここは国語担当の四葉!」

「えーーー!えーっと……」

 

腕を組んで悩んでいる。あれ?こんなに悩むほどの問題だっけ。

 

「たしか…覚悟とか決断みたいな感じだったような…」

「よ、四葉。頑張ってください!」

 

応援が入るほどなのか…

 

「!わっかりました!覚悟を決めて決断をする、です!」

 

うーん…合っているのか…まあ、意味的には同じかもしれないけど。

自信満々にこっちを見ている四葉。やはり僕は甘いようだ。

 

「まあ正解にしとこう」

「やったー!」

 

本当は『思い切って大きな決断をする』、て答えてほしかったんだけどね。今の四葉にピッタリだったし。

 

「やりましたね四葉!」

「うん!」

 

ま、喜んでるならいいか。

 

「にしても、何でここから飛び降りる事が決断することに繋がるのかしら?」

 

二乃がもっともな疑問をこぼした。

 

「それは…ある文献によると、昔願掛けのために200人以上の人がここ清水の舞台から飛び降りたとされているから、らしいよ」

「ひぇー…」

 

五月が柵握りながら怖がっている。無理ないか。

 

「ただ、その当時の生存率はなんと8割以上。昔は、舞台の下の土がとても柔らかくて、木も生い茂っていたから、助かる人が多かったって考えられてるそうだよ」

「ふーん…」

 

興味があるのかないのか微妙な反応の二乃が遠くを眺めている。

 

「お前ら騒がしいな」

「あ、風太郎。トイレあった?」

「ああ。うおっ。久々に見ると高く感じるな」

 

着いて早々にトイレに行っていた風太郎が合流した。

ちなみに前田と武田は去年のクラスメイトと今日は一緒に回るそうだ。

 

「そういえば…僕と風太郎はともかく、皆は友達と回らないの?」

「愚問ね」

「うん…!」

「私たちは好きでここにいるのですから、気にしなくて大丈夫ですよ」

「そっか…」

「それにさ。私たちがいた方がカズヨシ君的にも助かってるんじゃない?まぁ私もなんだけど…」

「は?何で?」

 

一花の言葉に、普通に疑問に思ったので聞き返してしまった。

 

「だってカズヨシ君ってば人気者じゃん?」

「そうよ!あんたを狙う女子はいっぱいいるんだから」

 

そういえば最近は、風太郎と一緒にいることが増えたり、前田と武田、二人とも一緒にいるせいか、女子に話しかけられることが減ってたっけ。そのせいもあってすっかり忘れてた。

 

「私も最近テレビに出たりしたから、男子から声をかけられる事が増えたんだよね。そこで君の近くにいれば、お互いに声かけられることが減るってことだよ」

 

なるほど。道理で遠巻きで見ている生徒が多い訳だ。

 

「私たちは以前噂が立ちましたし、一緒にいても仲が良い友達としか見られていないと思いますよ」

「まぁ、それでどうやったら和義君と仲良くなれるのか聞かれることが増えましたが…」

 

四葉の言葉に五月が疲れた表情で答える。それは申し訳ない。

しかし、このまま風太郎と僕が一緒にいると四葉から話を振りにくいんじゃないだろうか。

とりあえず風太郎に六年前の事を思い出してもらうように画策してみるか。よし!

 

「て、風太郎はさっきから後ろの方にいるけど、こっち来て景色を眺めなよ。今日も天気が良いから絶景だよ。ほらほら」

「ばっ…馬鹿危ないだろ!」

 

風太郎の後ろに回り込み軽く押しながら柵付近に移動させると文句を言われた。これは…

 

「ふふっ、こんなのが怖いんですか?男の子なのに」

 

そこにすかさず五月が風太郎を嘲笑うかのように言葉を投げかけた。

さっきまで怖がっていたことはあえてスルーしておこう。

 

「あっ?ぜ、全然怖くないんですけど~~?お前の方が実はビビってんじゃねーの?」

 

いや、風太郎声が震えてるって。

 

「な、何を言うんですか!」

 

五月も五月で少しずつ僕に近づいて、服の端掴んでるの気付いてるからね。

はぁー…似た者同士で仲が良いことで。

そんな風に若干呆れていると。

 

「あの!上杉さん、ここで写真撮りませんか?ツーショットで!」

「はぁ?」

「四葉!?」

 

風太郎の近くにいた五月が驚いている。

しかし、四葉えらく積極的だなぁ。ちゃんと風太郎が応えてくれると良いんだけど。

 

「なんでだよ!」

 

だよね~。

ふと五月からの視線を感じたので、それに対してふっと笑い頷いた。

 

「ちょっと、よ…」

「いいじゃないですか!私が撮ってあげますよ」

 

二乃が四葉に何かを言おうとした時、五月が写真を撮ることに立候補した。

 

「上杉さん…」

「ぐっ…」

 

おー、四葉の上目遣い。あれって結構効くんだよねぇ。

結局風太郎と四葉が並んで、それを五月が撮ることになった。

 

クイッ

 

「ん?」

 

腕に何かを感じたのでそちらを見ると、一花が僕の肘あたりの服を引っ張っていた。

 

「一花?」

「え…何?」

「何って…」

 

僕が自分の肘あたりを見ると、釣られて一花の視線もそちらにいった。

 

「あ…あれ?ごめん。無意識だったよ…」

「別にいいさ。他の皆は今風太郎と四葉のツーショットに夢中だしね」

「あ…」

 

そこで一花の服を握る力が強くなったように思えた。

 

「羨ましいな…それだけ強い想いがあるんだね」

「え?カズヨシ君、それって…」

「和義」

 

一花が何かを言おうとしたところで後ろから母さんに声をかけられた。そこで、パッと一花が離れる。

 

「母さん。それに零奈も」

「四葉と風太郎さん、面白いことをしてますね」

 

僕に近づいた零奈がそう声をかけながらショルダーバッグから手帳を取り出して、そこから一枚の写真を出した。

 

「え?零奈それって…」

「ええ。私はもう一枚現像してもらってましたので」

 

いつの間に。

零奈の手元には風太郎だけが持っていたと思っていた、例の写真があるのだ。

 

「ふふっ。小さな子どもの特権です。上杉君に頼んだらすぐに現像してくれましたよ。当時の私は、このようにこの子達と再会出来るとは思ってもいなかったので、この写真を見せられた瞬間手元に残しておきたかったのです」

「それじゃあ、いきまーす」

「やるなら早くしてくれ」

 

ツーショット写真を撮っている光景を見ながら、零奈はそう呟いた。

しかし、二人の位置、四葉のポーズに風太郎のそっぽ向く態度といいここまで構図がそっくりだとは。

 

「「ぷっ…」」

「どうしたの?二人とも」

「いや」「いえ」

 

その光景を見て零奈と二人、吹き出してしまった。それを母さんは不思議そうに見ているのだった。

 

その後、二乃と三玖にツーショットをせがまれたが丁重にお断りした。遠巻きで女子生徒が見ているなかでそんなことを始めれば、何が起こるか分かったものじゃなかったので、それを説明すると渋々二人は理解してくれた。

 

「さっきから気になってたんだけど、あの並んでるのって何?みんな水を飲んでるみたいだけど」

 

二乃が清水の舞台から見えている水が三か所に分かれて流れているものを見て質問をしてきた。

 

「あれ?二乃は知らない?あれは、清水寺のパワースポットとしても有名な音羽の滝だよ。三つそれぞれに意味があって、願いを込めながら飲むとその願いが叶うと言われてるんだ。たしか、向かって右から延命長寿、恋愛成就、学問上達だったかな」

「「「恋愛成就!」」」

「うおっ!ビックリしたぁ」

 

僕の言葉に二乃と三玖、五月が反応を示した。

 

「恋愛成就と聞いてじっとなんてしてられないわね」

「うん。もうたくさん並んでる、すぐ行こう」

「そうですね」

「それでは私も同行しますね。音羽の滝の後は地主神社なんてどうでしょう?縁結びの神様として有名ですよ」

「あ、それ聞いたことあるわ。恋占いの石が置いてあるところでしょ」

「ぜひ行こう」

「お守りも買って帰りましょうね」

 

二乃、三玖、五月、零奈がワイワイ盛り上がりながら行ってしまった。女の子だなぁ。

 

「ったくあいつらめ。そこは学問上達だろ!」

「風太郎はぶれないね。一花と四葉は行かないの?」

「うーん、カズヨシ君に合わせるよ」

「僕は女子が多そうなところはちょっと...」

「だよね」

「私は他に行きたいところがありまして...」

 

チラッと風太郎を見ながら四葉は言ってきた。

 

「何だ?だったらそっちに行くか?」

「いいんですか!?」

「別に構わんさ。なあ和義?」

「あ、僕もなんだ」

 

チラッと四葉を見るが気にしていないように、いつもの笑顔が返ってきた。途中で抜ければいいか。それに...

そこで空を見上げる。天気が良く快晴ではあるが、ちょっと気になる。

 

「分かった。行くなら早く行こう」

「じゃあ、私も付いて行こうかな」

「う~ん、私はさすがに零奈ちゃんが気になるから四人の方に行くわね」

「悪いね母さん。僕からも四人にはメッセージ送っとくよ」

 

そして、母さんは四人のいる音羽の滝へ。僕達四人は四葉のリクエストの場所に向かう事になった。

 

「ここは...」

 

目的地に着いた時風太郎はそう呟いた。

僕は写真の場所しか知らないので清水寺以外の思い出の場所は知らない。当時の風太郎も適当に歩き回っていたようなので、どこを回ったのかも分からなかったようだ。

その風太郎が感慨深い顔をしているのだから、当時来た事があるのだろう。

 

「へぇ~八坂神社かぁ。て、ごめんちょっとトイレ」

「あ、私も」

「はぁ!?」

「風太郎だってさっき清水寺に着いてすぐにトイレ行ってたじゃん。て訳で先に参拝してていいよ」

「四葉もごめんね」

「一花!?」

 

四葉のビックリした声を残して僕と一花はその場を離れるのであった。

 

------------------------------------------------

~風太郎side~

 

神社に着いた途端、和義と一花はトイレに行ってしまった。たしかに、さっき俺も行ったんだがまあいいか。しかし、ここは...

懐かしさもあり辺りを見回してしまっていた。

 

「上杉さん?」

「悪い。ちょっと懐かしくってな。さて、和義も言っていた訳だし先に参拝しとくか」

「はい!」

 

四葉と並んで歩き本堂に向かった。あの時は夜だったからな、こんな感じだったのか。

そこでふと思った。四葉はなぜここに来たかったのだろうと。

そして、林間学校の後に入院した時、五月に六年前のことを話した時の事を思い出していた。

 

・・・・・

 

和義が帰った後、定期診察を済ませ病室でひと眠りをしていたら、小学校の頃の修学旅行の夢を見ていた。

そしてふと目が覚めると、ベットの傍らに五月が座っていた。

この日は五つ子で予防接種をしに来ていたようで、それを二乃と五月は怖がり逃げていたのだが、さっきの二乃といい逃げる行先がこの部屋とはやはり五つ子である。

林間学校では体調を崩して倒れてしまったが、和義や五つ子達のおかげで存外楽しめた事もあり、そのお礼を込めて、勉強をする理由を五月に聞かれたのでほんの一部を話してやった。

 

「いまいち伝わりませんでしたが...昔のあなたと今のあなたが大きく違うことはわかります。その子との出会いがあなたを変えたんですね。私も変われるのでしょうか...もし...できるのなら...変われる手助けをしてほしい。あなたは...私たちに必要です」

 

五月のその言葉で昔の事を思い出した。あの京都で出会った女の子に言われた言葉だ。

 

『お互い一人で寂しい者同士仲良くしようよ。私には君が...君が必要だもん』

 

起き上がり五月の方を見たのだが。

 

「こっち見ないでください。いいですか。あくまでも直江君とふたりどちらも必要ということです」

 

まったくこいつは。

 

「俺たちに教わってどうにかなるのか?平均33.2点」

「どうにかします!それにほら、平均は赤点回避です」

 

はぁー...そこを喜んでんじゃねえよ。

 

「あと、やれることはなんでもします。見てください!昔持ってたお守りを引っ張り出してきました」

「神頼みかよ」

 

そういえばあの子も似たような物を言ってたな。アホみたいにたくさん五つも―――

 

「それ...どこで買ったんだ?」

「これですか?買ったのか...貰ったのか...よく覚えてませんが、確か...京都で、五年前...」

「それって...」

 

続きを聞こうとしたところで他の姉妹が合流したので話はそこまでになった。

そして次の日、0点の回答用紙事件が起きたので、丁度いいと思い同じ髪型にして顔の判別ができないか試してみた。が、見事に分からなかった。和義は見分けられたが...

 

「今日あなたが顔の判別にこだわったのは、昨日話してくれた五年前の女の子と関係があるのでしょう?私たちの中の誰かだったと思ってるんですね」

「......そうだ...と思ったが」

 

五月に確認されたのでこの中に例の子がいると思って、『この中で昔俺に会ったことがあるよって人ー?」と聞いたが誰も名乗り出なかった。

 

・・・・・

 

そして、この旅行の前に和義から聞かれた。

 

『風太郎はあの女の子に今でも会いたいって思ってる?』

 

俺はどうしたい?今会ったとして俺はあの頃から変わったと誇れるのか?

俺はあの日から何も変わっていない。勉強しかできていないじゃないか。

そんな事を考えていたら四葉に顔を覗かれた。

 

「上杉さん?」

「おわっ!何だよ!」

「いえ、何か考えごとをしていた気がしたので...」

「何でもない。ところでここには何で来たかったんだ?」

 

俺はずっと気になっていたことを四葉に聞いてみたが、そこで丁度本堂に着いた。そうだ、ここで俺はあの子と約束を...

俺の質問を聞いた四葉はフフッ笑ってこちらに振り返り答えた。

 

「ここはですね。私にとって大切な思い出の場所なんです!さあ参拝しましょう」

 

そして四葉は二百円を取り出しこちらに見せた。

 

「今日は私が出してあげますよ」

「は?それって...」

「…………うん!久しぶりだね、風太郎君!」

 

そう言っていつもの笑顔で四葉は答えたのだった。

 

------------------------------------------------

今頃四葉は風太郎に話しているのだろうか。

抜けてきたもののどうしたもんかなぁ。

あの後、一花と適当な喫茶店に入り時間を潰している。すぐに合流しないのは、まあ四葉に時間を作ってあげること。そしてもう一つが。

 

「まさか本当に雨が降るなんてねぇ」

「ああ。どしゃ降りだ」

 

丁度窓際に座っていた僕と一花は土砂降りの景色を眺めている。

 

「最初にカズヨシ君から聞いたときは嘘だぁって思っちゃったよ」

「清水寺で景色を見てた時にね、ちょっと気になる雲が見えてたから。で、この辺りの天気図と雲の動きをいつも通り調べて、ね」

「本当に大したもんだ」

 

そう言いながらコーヒーを飲む一花。絵になるねぇ。学校中の男子が夢中になるのも分かる気がする。

て、女優だからそんなもんか。

 

「ん?どうかした?」

「いや、こうやって見るとやっぱり女優なんだなって。コーヒーを飲む姿様になってるよ」

「そ...そう?ありがと...」

 

お、照れてる照れてる。

 

「とりあえず、先生に連絡したら時間までにホテルに戻ればいいみたいだし、しばらく待機かな」

「みんなびしょ濡れかな...」

「だろうね。多分、零奈と母さんもだね」

「フータロー君から連絡は?」

「今は四葉と一緒に雨宿りしてるみたいだよ。僕達と一緒だね。まあ、四葉には前もって雲行きが怪しくなったらどこか屋根があるところに行くようメッセージを送っといたから濡れてはないけどね。めっちゃ文句言われたけど」

「あはは、仕方ないよ。私なんて二乃と三玖、それに五月ちゃんとお母さん四人から文句言われてるんだから」

 

まああの四人なら、喫茶店に僕と二人だと言われたら落ち着かないかもね。

はぁぁぁ...て、駄目だ。ふとした瞬間にまた考え込んでしまう。僕の心は今この天気のように色々な考えでどしゃ降りかもしれないな。

視線を外から一花に戻すと、ソワソワしているように見えた。

 

「どうしたの一花?」

「あの...えっと...フータロー君と話したんでしょ?その...四葉とはどうなったのかなって...」

「ああ...」

 

そこで自分のミルクティーを一口飲み一花に向き直った。

 

「結論から言えば、あの二人はまだ付き合っていない」

「そ、そうなんだ」

 

僕の言葉にどこかホッとしている一花。

 

「四葉は自分の気持ちを風太郎に伝えたみたいだけど、返事はすぐじゃなくていいって事も伝えたらしくって」

「四葉...」

「ただ、風太郎も今では恋は学業からもっともかけ離れた愚かな行為、て考えを改めてるみたいだよ。さっき電話でそう言ってた」

「そっか。それが聞けただけでも十分だよ」

 

そんな時着信が入った。

 

『四葉と二人だとさっきのこともあって会話が持たん。ここに来てくれないか?』

 

風太郎からか。はぁ、仕方ないな。と、また着信。

 

『うー...意識してくれてるのはいいのですが、風太郎君がよそよそしくて。助けてください!』

 

今度は四葉か。これは本当に行くしかないね。

 

「一花。風太郎がそろそろ二人でいるの限界みたいだから、二人のところに向かおうと思ってるんだけど」

「あちゃ~」

「ここからコンビニも見えるから、そこで傘を買っていくよ。一花はどうする?」

「どうするって、一緒に行くよ」

「いや。でも、その……大丈夫?」

「うん!心配してくれてありがと!」

 

力強く頷いている一花。

 

本当に強いな一花は...それに比べて僕は…

「え...?」

「何でもないよ。会計をお願いします」

 

その後、四人分の傘をコンビニで購入して風太郎と四葉と合流しそのままホテルに戻ることになった。

 

------------------------------------------------

~ホテル・一階ホール~

 

ホテルへの戻りの時間に間に合った和義、風太郎、一花、四葉。

帰ってきた事を報告も兼ねて何やら先生と話をしている和義を離れたところで三人が待っていた。

 

「残すところは明日の選択コースを残すのみか」

「何だかんだで結構充実した旅行だったよね」

「うん!あ…あの、上杉さんは明日はどのコースを選択するんですか?」

「そ、そうだな。部屋に戻って他の三人と決めることになるだろうな」

「そ…そうですか。コースの提出前に教えてもらえませんか?またみんなで回りましょう!」

「あ、ああ」

 

風太郎と四葉は先程の告白による動揺と緊張がまだ抜けきれていないようであった。

いつもの一花であればそれをからかう行動を取るのだが、気がかりなことがあるようで、和義をじっと見てそれに気付いていないようだ。

 

「ん?どうしたんだ一花。さっきから和義の方を見ているが」

「うん。ちょっと気になることがあってね」

「気になること?直江さんはいつも通りだと思うけど…」

 

そう言いながら、確認のため四葉は風太郎をチラッと見た。

 

「ああ。俺もそう思うぞ」

「だよねぇ。でも何だろう……これだってはっきり言えないんだけど気になって……フータロー君。この後も出来る限りカズヨシ君のこと気にしててくれないかな?」

「お、おう」

「私の取り越し苦労であれば良いんだけど…」

 

しかし、この一花の取り越し苦労は現実のものとなる。

翌朝。荷物と一緒に和義の姿が部屋から消えていたのだ。

 

 




修学旅行二日目終了です!
二日目は四葉のこともあったので、風太郎メインとなりました。
四葉の告白の内容については、どこかで回想という形で書こうかと思ってます。

さて、次回は修学旅行三日目ということになりますが主人公が消えてしまいましたね。
果たして和義はどこに行ってしまったのか。そのあたりを次の話で書ければと思います。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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80.行動開始

お待たせしてすみません。最新話の投稿です!

最近、お気に入りをしてくれた方が増えていました。ありがたい限りです。
この場をお借りして御礼申し上げます。


~男子部屋~

 

『風太郎君。私はあの時からずっと好きだったよ』

 

「……っ!」

 

風太郎が昨日の四葉からの告白を夢でも見て勢いよく起き上がった。

 

(はぁぁぁ…あの子が四葉だってことでも混乱してるってのに、そこに告白だと?勘弁してくれ…)

 

喉が渇いた風太郎は、部屋に備え付けてある水を飲むためベッドから起き上がった。

 

(俺にも和義以外の友人が出来るとはな…)

 

コップに注いだ水を飲みながらまだ寝ている前田と武田を見て、風太郎は笑みを溢しながらそう考えた。

 

(もうすぐ七時か。まだ寝てても良いかもしれんが、このまま寝ると寝坊しそうだな。それに、さっきの夢のせいで目が冴えちまった…和義もさすがにまだ寝て…て、あいついつの間に起きてたのか。全然気付…かなかった…)

 

そこで風太郎はある違和感に気付いた。

自分のベッドの横のベッドで寝ているはずの親友の姿が見当たらない。

それだけであれば、和義が良くやっている朝早くに起きての散歩にでも行っているのかと思うのだが、他にあるはずのものがない。

 

(何だ?この違和感は…?……っ!!)

 

そう。自分達で纏めて置いてある荷物の数が足りないのだ。

ただの散歩であれば荷物まで持っていく必要性がない。

 

「おい!起きろお前ら!!」

 

それに気付いた風太郎は大きな声で前田と武田、二人を叩き起こした。

 

「ふあぁぁー…何だよ上杉…こんな朝っぱらから騒ぎやがって…」

「んーー…もう少しだけ寝ててもいいじゃないか…」

 

急に叩き起こされた二人は無論反論をする。しかし、風太郎はそんなことお構いなしに二人に話しかけた。

 

「和義がいねぇ!」

「「は?」」

 

バスルームなどを確認しながら言う風太郎に起きたばかりの二人の頭は付いていけていない。

 

「朝の散歩かなんかじゃないのか…?そこまで慌てることかよ…ガキじゃねぇんだぞ…」

 

そう言いながら、前田は寝足りないのかモゾモゾと布団の中に入っていった。

そんな中、風太郎の慌てっぷりにただ事ではないと思った武田は、『ふむ…』と考えながら部屋を見渡した。

 

「なるほど……前田君、君は散歩に行くときに何を持っていく?」

「ああ!?何って…そりゃあ、携帯と財布持っとけば事足りるだろ」

「だよね」

「お前は何が言いてぇんだ?」

「足りない」

「は?何が?」

「直江君の荷物さ」

「は?何言ってんだ……て、マジか…」

 

武田の言葉に起き上がった前田は、本来置いてあるであろう場所に和義の荷物がないのに気付いた。

 

「てことは何か?あいつ帰っちまったのか?」

「分からない。だが、彼の性格から言えば先生に黙って行動するはずがないね」

「だったら葵ちゃんに聞きに行こうぜ。しっかし、あいつの性格ならむしろ俺たちにも何か言っていくだろ」

「そうだね…」

 

前田の言葉に武田は顎に手を当て、そのまま視線を風太郎に向けた。当の風太郎は何やら考えているようだが。

 

(畜生!一花の言ってた通りじゃねえか!あいつに気にしてろって言われてたのにっ!)

 

風太郎は前日の四葉の二つの告白で動揺していたので、和義の事を気にする余裕がなかったのも無理はない。

それでも風太郎は自分が許せなかった。

 

------------------------------------------------

~零奈・綾の部屋~

 

「~~♪」

 

(あらあら。鼻歌なんて歌っちゃって。今日は相当ご機嫌みたいね)

 

零奈が自分の髪をセットしているのを綾はニコニコしながら眺めていた。

 

「何ですか?人の顔をニヤニヤしながら見たりして」

「べっつにー。ご機嫌だなって思っただけだよ」

「?いつもと変わりませんが」

「無意識かぁ…」

「訳の分からないことを言っていないで、母さんも早く準備してくださいね」

「はーい」

 

ブブブ…

 

ちょうどその時着信がきた。

 

(あら。和義からなんて珍しいじゃない)

 

普段は絶対に自分から連絡してこない我が息子からのメッセージに嬉しくなって見てみると。

 

「えぇ!?」

 

内容が突拍子過ぎて思わず声が出てしまった。

 

「誰からの連絡ですか?」

「えっと……友達からだったんだけど、あまりの内容でビックリして声が出ちゃった。ごめんね」

「母さんが驚くなんてよっぽどですね」

「ま…まあね」

 

そこまで興味がなかったからなのか、人の友人関係を根掘り葉掘り聞くものではないと思ったからなのか、零奈は追及せず自分の準備に勤しんでいる。

 

(ふぅぅ…いやー、我が息子ながらとんでもない爆弾を放り込んできたわね)

 

和義からのメッセージはこうだ。

 

『ごめん母さん。これは母さんの心の中だけに留めておいて。ちょっと一人で考えたいことがあって、先生に頼んで修学旅行を抜けさせてもらった。風太郎に零奈、五つ子のみんなには悪いと思ってる。母さんにはちょこちょこ連絡はするから心配しないで』

 

(風太郎君や零奈ちゃんにも黙ってるってことはよっぽどの事ね。何に悩んでるのやらあの子は。まあ、大体予想は出来てるんだけどね…)

 

そんな風に考えながら準備をしている零奈を見た。

零奈が機嫌が良いのは、娘達と京都観光が出来るのはもちろんだが、それよりも自分の愛する男と一緒にいられるからである。

部屋に設置された時計はもうすぐ八時になろうとしている。

 

(多分今頃、風太郎君が先生に確認してるとこかな。あぁー…これから起こるであろう事を考えると憂鬱だわぁ。零奈ちゃん、荒れるんだろうなぁ…)

 

そう思いながらも自分の準備に取りかかる綾であった。

 

------------------------------------------------

~バスの乗り合い場所~

 

朝食も終わり、旭高校の学生達はそれぞれ選択したコースごとにバスの近くに集まっている。

その中にはもちろん中野姉妹達もいる。

 

「さぁー、今日で最後なんだから今までの分取り返すわよ!」

「張り切ってるね二乃…」

「そういう気持ちにもなるわよ。ここまで何も進展がないんだから。初日は三玖に。昨日の二日目はまさかの一花に二人っきりの時間取られたんだから」

「別に取ったわけじゃない。たまたま…」

「抱きついた子が良く言うわよ」

「侵略すること火の如し。チャンスはものにしないと」

「あら、気が合うじゃない。恋は攻めてこそよね」

 

朝からバチバチな二乃と三玖である。

 

「あはは…朝から元気だねあの二人は」

「なるほど。恋は攻めてこそですか。しかし、私に人前でなんて出来るのでしょうか…それでも………」

「あちゃー、こっちもか」

 

四葉が五月に声をかけるも、当の五月はブツブツと考えごとをしている。

 

(あーあ。私だって風太郎君と色々見て回りたいなぁ)

 

そんな考えをしながら四葉は一花を見た。

四葉は、自分と同じで一花も風太郎のことを好きだと思っているからだ。

ただ、その一花は先程から携帯を見ては溜め息をついたりと、挙動不審である。

 

「どうしたの一花?」

「え、何が?」

「何がって…さっきから携帯見たり、周りをキョロキョロしたりしてるから」

「あはは…ごめんね心配かけて。大丈夫だよ」

「だといいけど…」

 

とても大丈夫そうに見えないが、四葉はとりあえず一旦身を引いた。

一花が挙動不審になっているのは、朝から和義に連絡しているにも関わらず、電話にも出ずメッセージも返ってこないからだ。しかも、メッセージは既読すら付かない。

 

(何で?連絡くらいしてよカズヨシ君っ…!)

 

「四葉。カズ君達はEコースなのよね?」

「うん!昨日、上杉さんに聞いたからね。四人とも同じコースを選択したんだって」

「私はてっきりDコースを選ぶと思ってました」

「私も。だけど、カズヨシのことだからみんなに合わせたのかもしれないね」

 

そんな会話を五つ子がしていると、風太郎、前田、武田の三人がこちらに来ているのに気付いた。そこには和義の姿がない。

 

「ちょっと、上杉。三人だけ?」

「あ…ああ…」

「?上杉君?」

「カズヨシは一緒じゃないの?」

「和義は……」

 

風太郎はどう説明すればいいか分からず言葉に詰まった。

 

「上杉さん?」

「フータロー君。何かあったんだね?」

 

持っていた携帯を握りしめながら、一花が風太郎に尋ねた。

 

「すまん。一花から気を付けるように言われてたのに…」

「はぁ…直江君はここにはいない」

 

風太郎にはこれ以上言えないと察した武田が発言した。

 

「は?いないってどういうことよ?」

「どうもこうも、言葉の通りだ。このホテルに彼はもういない」

「え…」

 

二乃の問いに冷静に武田は答えた。しかし、彼の胸中も穏やかではない。

そんな彼の言葉の意味が分からず、言葉が漏れた三玖を始め、姉妹全員固まってしまった。

 

「な…何言ってんのよ。だって…」

「くそっ!俺たちだって訳わかんねぇよ!今朝起きたらあいつのベッドがもぬけの殻で、荷物だってなくなってたんだ」

「落ち着きたまえ、前田君。皆が怯えている」

「すまん…」

 

二乃の言葉を遮るように前田が吠えるが、それを武田が抑えた。前田の吠えるような声に三玖と四葉がお互いの両手を握り震えていたからだ。

そんな武田は、いまだに下を向き何も喋ろうとしない風太郎をチラッと見た後に言葉を続けた。

 

「ここで議論するにももう時間がないようだね」

「Eコースの皆さん!もうすぐ出発するので集合してくださーい」

 

武田の言葉に続いて先生のそんな言葉が辺りに響いた。

 

「僕達に迫られた選択肢は二つある」

 

Vサインにした手を前に出しながら武田は言葉を続ける。

 

「一つはこのまま直江君なしで映画村に向かい修学旅行を楽しむ」

「そんなのはっ…」

「まあ落ち着きたまえ。二つあると言っただろ?」

 

武田の提案に二乃が反発しようとしたが、それを抑えて武田は続けた。

 

「そしてもう一つ。これは賭けでもあり覚悟もいる。それは……この選択コースに参加せず直江君を探しに行くことだ」

「「「「「「「!」」」」」」」

 

武田の言葉に全員が目を見開いた。

そして、先程まで下を向いていた風太郎も顔を上げる。

 

「面白ぇじゃねえか!」

 

前田が自分の掌に拳をぶつけてニヤリと笑っている。

 

「あんた、真面目で胡散臭い奴だと思ってたけど、中々面白いこと言うじゃない」

「ふっ…お目に叶って何よりだよ。だが、先程も言ったが第二の選択は賭けと覚悟がいるかなりハイリスクなものだ」

「たしかに。普通に考えれば選択コースを抜け出すことを先生方が許すとは思えません。それに勝手に抜け出せば後で何を言われるか…」

 

五月の言葉に沈黙が流れる。

 

「賭けって言ったよね?何か策があるの?」

 

そこで三玖が武田に問いかけた。

 

「ああ。本当に賭けと言っても過言ではないがね。それで?先程五月さんが言った通り、もしかしたら先生の大目玉を食らうかもしれない。最悪停学だ。それでも皆は覚悟あるのかい?」

 

中野姉妹と前田はすぐに頷いた。

 

「もちろんよ。和義がいない修学旅行なんてナンセンスね」

「うん…!」

「周りの人たちは私たちの行動を不良と言うかもしれません。ですが…」

「うん!この学校に来て私たちはずっと直江さんに支えられてきた。今度は私たちの番だよ!」

「ちくしょー!燃えてきたぜ!」

「フータロー君…」

 

全員が盛り上がっている中、一言も喋っていなかった風太郎に全員の視線が集まった。

 

「ふん。まったくお前らときたら……最高だ!俺は、和義のヤツに一言文句を言ってやらないと気が済まないんだよ。武田こそ良いのかよ?親父さんが泣くぜ?」

「ちょっとした反抗期さ」

「言ってくれるぜ」

 

風太郎の言葉に全員が笑顔を向けている。

 

「それで?賭けってなんなのよ?」

「直接先生に言っても普通に反対されるだろう。だから第三者を立てる」

「なるほどな」

 

武田の言葉にすぐ風太郎は理解した。

 

「ん?上杉さん、どういうことですか?」

「いるだろ。このホテルに常識に縛られない人が!」

 

------------------------------------------------

その頃。零奈と綾は駐車場に停めているレンタカーに向かっていた。

 

「それで?目的地は映画村でいいんだよね?」

「ええ。あの子達が教えてくれましたので」

「へぇー。相変わらず仲が良い母娘(おやこ)ね。羨ましいわ」

「私達も比較的仲が良いと思いますよ。貴女もちゃんと母親をしています」

「あら、零奈(れな)先生のお墨付きが付くなんて光栄だわ」

「そのようにすぐ調子に乗らなければ、兄さんももっと構ってるはずですよ」

「ぶぅー、ぶぅー」

「そういうところです…」

 

ブブブ…ブブブ…

 

「ごめん。電話みたい……はいはい、どうしたの二乃ちゃん」

 

(二乃?二乃がなぜ綾さんに…)

 

綾の携帯に連絡をしてきたのは二乃。零奈にはそれが不思議でならなかった。

 

「ふん……ふんふん……なるほどねぇ……もうお義母様だなんて…」

 

(何の話をしてるのですか!)

 

綾の言葉からお義母様という単語が出てきて、零奈は内容が気になって仕方がなかった。

 

「大丈夫よ。娘の頼みだもん、まっかせて!すぐにそっちに行くから待ってて」

 

綾はそこで電話を切った。

 

「何だったのですか、今の電話は!?というよりも、二乃は貴女の娘ではないですよ!」

「ごめん。ちょっと急ぐから付いてきて」

「綾さん?」

 

急に真面目モードになった綾は車には乗らず、零奈の手を引いて電話をしながら歩き始めた。

 

「ちょっ…何があったんですか!?」

「もしもし…ご無沙汰してます、直江綾です。先日はどうも。今お時間良いですか、武田理事長?」

 

(武田理事長…!?)

 

零奈はますます混乱するしかなかった。

 

------------------------------------------------

二乃が綾に電話をした後、しばらく経つと出発の時間になってしまった。

 

「あなた達!出発するから早く乗りなさい!」

 

Eコースを担当する先生からバスに乗るように、中野姉妹と風太郎、前田、武田は急かされていた。

そんな時だ。

 

「ごめんなさーい!この子達は今日私が預かることになったので…」

「「「「「「綾さん!」」」」」」

 

ナイスタイミングと言わんばかりに綾がいつもの調子で登場したのだ。

 

「な、何を言ってるのですか!修学旅行は遊びではないんですよ!」

「許可なら取ってますよ。どうぞ…」

 

そう言いながら綾は自分の携帯を差し出した。

 

「?もしもし…り、理事長!はい…はい…」

 

携帯を渡された先生は頭を下げながら応対をしている。

 

「理事長って…マジかよ!」

「正直僕もここまでとは思わなかったよ」

 

まだ綾の行動力に慣れていない前田と武田はただただ驚きを隠せなかった。

そこで綾は顔だけを中野姉妹達の方にに向けウインクをするのだった。

 

「失礼いたします……えー…理事長より中野さん五人と上杉君、前田君、武田君は今をもって修学旅行終了の指示がありました。直江さんの言うことを聞いて、無事に家に帰るように。以上。直江さん、後はお願いします」

「分かりました」

 

綾の返事を聞いた先生はバスに乗り込み、そのバスはそのまま出発してしまった。

 

「さーてと。どう二乃ちゃん?こんな感じで良かったかな?」

「バッチリです。さすがです!」

「本当に!?もう私の子供達ってひねくれてるからあんまり誉めてくれなくって。こんなに誉められるのは新鮮で嬉しいなぁ」

 

二乃と綾はお互いに両手を握ってキャッキャ騒ぎだした。そこで、二乃は綾にだけ聞こえるように『ありがとうございますお義母様』と言うので、綾は更にテンションが上がるのだった。

 

「ひねくれていてすみませんね。それで?状況を説明してもらいましょうか?」

「そうでした!実は……」

 

そこで五月が自分の知る限りの事を零奈と綾に伝える。

すると。

 

「あの人はぁー!何を考えているのですか!誰にも相談なくこんな事をしでかしてぇー!」

「レ、レイナちゃんどうどう…」

 

珍しく感情剥き出しになった零奈を一花が宥める。

 

「そういえば、直江さんってどうやって修学旅行を抜け出せたんでしょうね?」

「ふむ…僕達が三条先生から聞いた情報によるとだね。君達は知っているかも知れないが、彼は最近飛び級入学の話があったようでね」

「うん。知ってる」

「なら、話は早いね。その話はなかったことになったんだが…」

「ああ、あれでしょ?たしか前にカズヨシ君が言ってたんだけど、論文とかなんとかで相手の大学から意見を求められてるって」

「それも知っていたのか…そう、その論文の話を出して抜け出したみたいだよ。相手の大学から連絡がきて急いで始めなければならない、とね。学校側からすれば、学校の落ち度でこんな事になったわけだしね。彼の言うことを聞かなければならないのさ」

「さすが和義ね」

「あいつは、昔からこういうのに良く頭が回るからな」

 

武田の説明に二乃が関心し、風太郎が呆れたように意見を言った。

 

「だとしても、恐らくその論文が抜け出した原因ではないのは明らかですね」

「だね!それなら私たちに直江さんは言ってくれるはずです。ごめん抜けることになった、と」

「ということは、抜け出した理由が他にある…」

「それも私たち。いえ、上杉やレイナちゃん、綾さんにも相談できないような内容ってことよね」

「言ってて悲しいが、付き合いの短い俺らならまだ分かる。けどよ、上杉や家族に言わずにってのは相当だぞ」

 

うーん、と全員が考え込んだときだ。

 

「あ、あのね…実はカズヨシ君、昨日から少し様子がおかしかったんだ」

 

一花がそう切り出した。

 

「様子がおかしかったって、私たちと別れた後から?」

「ううん。私が感じだしたのは清水の舞台にいたときからだよ」

「そんな前から…全然気付かなかった…」

 

一花の言葉に三玖は驚きを隠せなかった。

 

「私は、ほら。女優って仕事で色んな人と交流してきたから、そういうのに敏感っていうか。でもほんと、あれ?て思うくらいだったから」

「なるほど。兄さんは分かりやすい時は凄い分かりやすいですが、自分の感情を本当に知られたくない時は内に秘めますからね」

「そういえば、私が直江さんに相談してたときも、見たことないような怖い顔して考え込んでたかも…」

「四葉!それはいつで、どんな相談だったのですか?」

 

四葉の言葉に五月が詰めよった。

 

「えー!?私が相談したのは、旅行初日の夜のミーティングの後だよ。内容は…ここではちょっと言えないかなぁ…」

「四葉そこをなんとか!その内容が重要かも知れないんです!」

「無理無理無理無理!ここじゃ言えないよぅ~」

「五月ちゃん落ち着いて。多分私は分かるけど、ここじゃ言えないかな…そうだ!ごめん、女子だけ集合。男子はそこで待機」

「は?」「へ?」「おや」

 

風太郎と前田、武田を置いて、少し離れた所で円陣を組むように女子達が固まった。もちろん、零奈と綾も含んでる。

 

「昨日、姉妹のみんなとお母さんには話したけど、四葉が六年前にフータロー君に会ってたの。で、それを昨日フータロー君に伝えたのね」

「ええ聞いたわね。そこで更に告白したんでしょ?四葉もやるわよねぇ。カズ君には及ばないけど、あいつもいい奴って思えるわ」

「はぅ~~…」

「あら、そんなことがあったのね。残念だけど確かに風太郎君もいい男だと思うわ」

「で、その後押しをしたのがカズヨシ君なの」

「そ、そうだったんだ…」

「な、なるほど。たしかにこの話はあの三人の前では出来ませんね」

「しかし、相談事が四葉の恋愛相談であれば、なぜ和義さんはそこで四葉が怖いと思うほどの顔で考え込んでたいたのでしょうか…」

 

(うーん、これは私の想像通りの内容かなぁ)

 

姉妹と零奈はまだ分かっていないようだが、綾はすぐに理解した。

 

「四葉。その…言いにくかったら言わなくてもいいのですが、どのような話をした時に和義君は悩みだしたのでしょうか?」

「え?えっと…たしか、私が上杉さんに六年前の事を話すのを躊躇してたけど、私自身が話したいのか話したくないのか聞かれたんだよね。それで、自分はどうなんだろうって、目を瞑って悩んで、ふと目を開けるとそんな状態だった」

 

(四葉が風太郎さんの事を悩んでる時に…)

(待って…たしか私が違和感を感じた時、私どうしてた…?)

 

四葉の言葉を聞き終わった後、一花と零奈がそれぞれの考えに没頭した。

 

「一花…?」

「お母さん。どうしたのですか?」

 

そんな二人の事が気になった三玖と五月が声をかけるも二人に反応がない。

綾はそんな二人の姿を静かに見守っていた。

 

(四葉が風太郎さんの事で悩んでいる。つまり恋愛について。それを四葉は目を瞑って悩む。つまり真剣に…)

(たしかあの時、四葉がフータロー君にツーショットをお願いして、それを五月ちゃんが察して撮ろうとしてたんだっけ。で、それを見て無意識にカズヨシ君の服を引っ張ったんだ。そして、カズヨシ君はそのままでいいみたいな事を言った後、たしか、それだけ強い想いがあることが羨ましいって…)

 

「「まさかっ…!」」

 

一花と零奈が同時に考えが纏まったのか声を出した。

 

「何々?なんなのよ!」

「二人とも何か分かったの?当事者の私では全然分かんないのに…」

「分かったなら聞かせて…」

「そうです!もう、私には何がなんだかさっぱりです」

 

一花と零奈。お互いに考えが纏まった事でお互いを見て姉妹を見渡した。

だが、果たしてこの事を言っても良いのか、とも思ってしまった。

 

「な、何よ?」

 

本人達は悪いことをしているわけではない。

 

「どうしたの…?」

 

だがこの事を知れば自分のせいだと、自分を責めるのではないかと。

 

「?どうしたのですか?」

 

彼への想いが強ければ強いほどに。

かく言う一花と零奈も、今胸が張り裂けそうな気持ちでいるのだ。

自分たちが彼の優しさに甘えてしまい、壊してしまったのではないかと。

 

「ちょっ、お母さんに一花どうしたの!?」

「「え…?」」

「…泣いてる…」

 

四葉の驚きの声に何の事を言っているのか分からなかったが、三玖の指摘があり、二人はそこで自分たちが泣いていることに気付いた。

 

「はぁぁぁ…もう見てられないわね。一花ちゃんはともかく、零奈(れな)さんしっかりしなさい!貴女がそれでどうするの!」

「あ、綾さん。急にどうしたのですか?それにお母さんの事を…」

「ごめん、五月ちゃん黙ってて」

「はいっ!」

 

いつもと違う綾の雰囲気に驚きを隠せないでいる姉妹達。だが、綾は気にせず続けた。

 

零奈(れな)さん。貴女はこうなることを分かってて自分の気持ちを伝えたのでしょ」

「…っ!」

「それとも何?和義なら大丈夫、全て和義が何とかしてくれるって思ってた?」

違う…

「そして何よりも……貴女の想いはその程度だったの?」

「違う!そんな訳ありません!」

「だよね♪」

 

零奈の言葉に満足した綾はいつもの調子に戻って、零奈の頭を撫でながら笑っている。

そして、五つ子達を見渡しながら話しだした。

 

「ごめんねみんな。今から私はちょっとキツい事を言うかもしれない…」

「「「「え…?」」」」

「ひっく…」

 

泣いている一花以外の姉妹は訳が分からず綾の言葉を待つ。

 

「今回の和義の事。貴女達のせいであってせいでもない」

「え…私たち…?」

「うん。和義も限界が来ちゃったんだろうね」

「ちょっと待って。私たちのせいで限界が来たって…」

「……多分、みんなの強い想いに対してキャパオーバーしちゃったんだろうね。我ながら情けない息子だよぉ」

 

笑いながら綾は話しているが誰も笑っていない。

 

「はぁぁ…自分の事をこんなにも想ってくれてるのであれば応えなきゃいけないって考えて、多分今までずっと答えを探してたんだと思う。そうやって探しながらも、まっすぐに自分の気持ちと向き合っていく貴女達。どんな時でも強い心を持つ貴女達。それをずっと近くで見ていてこう感じたんだろうね。彼女達の想いは凄い、それに比べて自分はどうだ?好きっていう気持ちが分からないと逃げてるだけじゃないか、てね」

「そ、そんな事…」

「うん。五月ちゃんの思ってる通り。これは和義のただの自己満足だよね」

「いえ、そこまでは思ってませんが…」

「ふふっ…そんな訳であの子は多分一人で考えたかったんじゃないかな、これからの事を…」

「じゃあ、私たちの今までの行動が…」

「カズヨシの心を追い詰めてた…」

「それなのに自分の事で相談なんかしちゃってたんだ私…」

「彼の優しさに甘えてしまってたのですね…」

 

綾の言葉を聞き、自分を責め始めた姉妹達。

 

「それで?どうするの?」

「「「「「え?」」」」」

「まあ、四葉ちゃんはもう風太郎君に告白してる訳だけど…和義の事、諦める?」

「「「「「…っ!」」」」」

「うんうん。諦めることも、和義に対する優しさだと思うよ。好きだからこそ諦める。美徳だね」

「綾さん…貴女という人は…」

 

五つ子を煽る綾を、すでに立ち直っている零奈が呆れて見ている。

 

「諦める?そんな事あり得ないわ!」

「うん…!弱さを見せてくれたおかげで惚れなおした…!俄然やる気出てきた」

「あら、部屋で丸くなって泣いて諦めて良かったのに」

「二乃こそ…」

 

すぐに反応したのは二乃と三玖である。それぞれの言葉を聞いて、いつものようにバチバチしている。

 

「あはは…相変わらずの二人だね…でも…」

「うん!私は上杉さんの事を好きですが、同じくらい直江さんの事好きですから放っとけません!」

「おやおや。四葉も言うようになったもんだ。なら、ここでお姉さんやる気出さないとね。まだ負ける気はないもんね」

 

四葉と一花はお互いを見合って笑っている。

 

「……」

「五月…」

「ごめんなさいお母さん…」

「え?」

「将来お母さんは私の事を姉さんと呼ぶことになるかもしれません」

 

ニコッと笑いながら五月が言う。

 

(和義君は私にとって唯一甘えられる場所になってくれた。なら今度は私があなたにとって唯一の場所になってあげる!)

 

「五月も言うようになりましたね」

「何しろお母さんの娘ですから!」

 

こめかみをピクピクさせている零奈に対して、満面の笑みで五月は返すのだった。

 

「話は決まったわね。私は皆が乗れる車を改めてレンタルしてくるから、皆は荷物を纏めてホテルの前で待ってて。そうだ、四葉ちゃん。悪いんだけど私達の荷物も一緒に持ってきてくれる?男手は借りていいから」

「分かりました!」

「で、一花ちゃんは私達のチェックアウトをお願い。分からないことは零奈ちゃんに聞いてね」

「分かりました」

 

そこでそれぞれが動き出した。

 

荷物の纏めと零奈に頼まれたチェックアウトが終わり、一花・二乃・三玖・四葉・五月・零奈・風太郎・前田・武田がホテルの前で待っていると、綾が乗った車が目の前で停まった。

 

「お待たせ!さあ、乗って」

「お世話になります」

 

綾の勧めで風太郎を筆頭にどんどん乗っていく。

 

「さあ、出発するわよ!」

「出発するのはいいですが当てはあるのですか?」

「たしかに京都と言っても広いですからね。そもそも京都にまだいるのでしょうか?」

 

運転席の後ろの席に座ってる零奈と五月が当然のごとく綾に聞いてきた。

 

「当てならあるわよ。今は嵐山の竹林にいるみたいね。ほら」

 

そう言いながら自分の携帯を綾は二人に見せた。

 

「これって…」

「母さん?これはどういうことでしょうか?」

 

綾が見せた携帯には、

 

『母さんには面倒かけるね。今は嵐山にいるんだけど、竹林が凄い景色だよ』

 

写真の添付と一緒にそう書かれていたのだ。

 

「なぜ黙っていたのですか?」

「だって和義に頼まれたんだもん。黙ってるようにって」

 

零奈に聞かれた綾はそう言いながら運転を開始する。

 

「貴女達の気持ちを聞いたら話そうとは、最初から思ってたんだけどねぇ~。もちろん、何もアクションがなければそのまま話さないつもりでもいたわよ」

「まったく、母さんときたら…」

「さぁー出発よ!」

 

そして一同は和義捜索に向かうのだった。

 

------------------------------------------------

そんな事が起きていることを知らない僕の身に今、とんでもないことが起きていた。

 

「先輩…いいえ、直江和義さん。(わたくし)、諏訪桜とお付き合いしていただけませんか?(わたくし)は貴方の事をお慕い申し上げております」

「桜…?」

 

僕は京都のある一室で、桜から告白をされたのだった。

 

 




今回は主人公がほぼ出ないというスタイルで書かせていただきました。
こういうのちょっと新鮮ですね。

さて、今回のような出来事は現実ではほぼないことかと思います。修学旅行を途中で抜け出すなんて…しかし、それも燃えるような展開で良いのではと思ってしまいました。
また、今回は綾の二面性を出せれたのも自分の中では良かったのではとも思います。

さあ、最後に桜が出てきましたね。ここまでほとんど沈黙していた彼女が動きだしました。
果たして、彼女が和義に告白をした経緯は?そもそもなぜ彼女が京都にいる?綾や零奈みたいな行動力?
次回はその辺りを書ければと思っています。

ではでは、また次回も読んでいただければ幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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81.頭を過るもの

修学旅行三日目の早朝。

荷物を纏めた僕はホテルの前まで出て、振り返った。

多分まだ誰も起きていないだろう。

そして僕はそこでホテルに向かって頭を下げた。

 

さて、これからどうしたものか。折角だから京都を回ってみるか。どちらにしろこの荷物が邪魔か。まずは京都駅だな。

はぁぁ…二乃に零奈あたりが怒りそうだな。

そんな考えが頭を過らせながら京都駅に向かうのだった。

 

これでよし。

とりあえず母さんにだけは所在を教えとかないと、母さんっていざ怒ると怖いんだよね。いつもとギャップがあるからだろうか。

適当な店に入って朝食を食べる事にした。その時に、修学旅行を抜け出したこととちょこちょこ連絡するから心配しないように、という内容を母さんにメッセージを送っといたのだ。

お!

 

『了解』

 

母さんからそんな短いメッセージが送られてきた。

抜け出した理由は軽くしか書いてなかったけど、多分察したんだろうな。本当に敵わないよ。

そんな風に考えているとまた着信が入る。

一花?今朝はやけに連絡してくるな。でもごめんね。今は考える時間が欲しいんだ。

メッセージの内容も確認せずにスルーをすることにした。

 

・・・・・

 

「おー!ここが二条城かぁ。何気に来るのは初めてだからワクワクするなぁ」

 

始めに来たのは二条城。やっぱり京都に来たらここは外せないよねぇ。本当は伏見城とかも行きたかったが、距離が離れてるからなぁ…ここは量より質で行こう。

てなわけで、今日は一人ってこともあったのでじっくり見て回ることにした。幸い時間はあるしね。

 

で、結局一時間ほど時間が経ったところで見て回るのをやめた。

いつもであればここだけで半日以上は使えるのになぁ。

今日は何かが足りないと思ってしまったのが原因である。

 

「この間、三玖と零奈とお城に行った時は充実してたんだけど…」

 

『カズヨシ…!ほら見て見て!あの石垣はね……あ、写真撮っとかないと!』

 

はぁぁ…とりあえずお土産見てから別の場所行くか…

頭を掻きながら行動に移すことにした。

 

・・・・・

 

「へぇー…ネットとかで見たけど、やっぱり実物は壮観だなぁ」

 

次に来たのは嵐山近くにある竹林だ。

二条城から電車で四駅だったのと、前からちょっと興味あったのとでこの場所を選んだ。

途中映画村を通り過ぎたが、こっちは電車の中だから問題ないだろう。

あいつら楽しんでるかなぁ…て、途中抜け出した僕が心配する資格ないか。

そんな考えをしながら風景を携帯に収めていく。

 

『やっぱ映えるわぁ~。ねぇねぇカズ君!ここをバックにツーショット撮りましょうよ!』

 

そこで携帯で写真を撮るために上げていた腕を下ろした。

何やってるんだろ僕は。

母さんには嵐山にいることをメッセージして、また次の場所を目指した。

 

・・・・・

 

特に行きたいという場所が思い浮かばす適当に歩いていると、情緒溢れる街並みが目の前に広がっていた。

 

「さすが古都京都。街並みだけでも良い景色だ」

 

ストリートの両脇にはお店も並んでいる。

観光名所の近くだけあって、雑貨にお菓子などの食べ物系が多く取り扱っているようだ。

そこで一つの雑貨屋さんで足を止めた。

へぇ~、結構種類があるんだな。

 

『どれも可愛いなぁ。あ、ねぇカズヨシ君。これとこれどっちがお姉さんに似合うかな?』

 

「くっ…」

 

次に見たのは西陣織のお店。

さすが有名な反物。お値段は結構するなぁ。あ、でもこの辺とか割とリーズナブルかも。

スカーフやネクタイ、バンダナにリボンまである。

 

『おー!いつも使ってるのより高級感ありますね!んー…でも私なんかに似合いますかね…どう思います直江さん?』

 

ボーッと見ていたからかお店の人に心配そうに声をかけられてしまった。

 

・・・・・

 

「うまっ…」

 

お昼になったので湯豆腐専門店に来ていた。

京都の豆腐は良質な水と良い大豆を使ってるから美味しいんだっけ?何かネットで読んだことあるような…

そんな考えと、出された料理にどんな調味料が使われてるのか一つ一つ吟味していた。

京都の料理って薄味なイメージだから、素材の味を生かして調味料使ってるのかも…

 

『ふわぁー…美味しいです!やっぱり和義君の料理はどれも美味しいですね!おかわりお願いします!』

 

カチャ…カチャ…

 

一人のご飯ってこんな感じだったか…

一緒に食べる人がいないから当然ではあるが、何も喋らず食べていると周りの楽しそうな話し声が、更に自分が今独りだということを感じさせられてしまった。

 

昼御飯も終わり、さてこれから何しようかと考えていると財布の中身がヤバい事に気づいた。

ちょっと色々と買いすぎたかもな…

 

『だから言ったじゃないですか。まったく、いつも無駄遣いが多いんですよ兄さんは』

 

今回は必要経費ってことで勘弁してほしいな…

ここまで色々見て回ったけど、その都度彼女達の言葉が聞こえてくるように感じた。

やっぱり僕にとって彼女達は…

 

「先輩?」

 

そんな風に一人しんみりしてると、不意に後ろから声をかけられた。

声の方に振り返ると和装の桜が佇んでいる。

 

「え…桜?」

 

僕が気付いたことで桜はこちらに近づいてくる。

 

「やっぱり先輩でした。こんなところでお会いできるなんて思いもよりませんでした」

 

ニッコリと笑顔を見せる桜。

 

「僕こそだよ。だって桜学校は?」

「以前、華道を習っているとお話ししたことを覚えていますか?」

「ああ。綺麗な姿勢を褒めた時だよね」

「はい!覚えてくださっていて嬉しいです。それで、その華道なのですが、(わたくし)の祖母に教えていただいておりまして、本日はその祖母の展覧会に参列するために、ここ京都まで来ております」

「そうだったのか」

「本来、学生である(わたくし)であれば学業が本職。ですが、今回の展覧会では(わたくし)の作品も展示していただける名誉を頂きましたので、学校を欠席致しました」

「え!?それって凄い事じゃないか。おめでとう!」

「ありがとうございます。先輩の祝辞はどの祝辞よりも嬉しく思います」

「まったく…いつも大袈裟なんだよ」

「そんな事はありません…その……一つ我が儘が許されるのであれば、いつものように頭を撫でて頂けないかと…」

「へ?」

 

桜から意外な言葉が出たので驚いてしまった。

 

「別に構わないけど。その…しっかりと髪をセットしてあるから、撫でてあげると崩しそうで。まだその格好でいなきゃなんでしょ?」

「う~…」

 

そんな上目遣いで見られても。こういうところはまだまだ幼さを感じるな。

諦めて、なるべくセットを崩さないようにゆっくりと撫でてあげた。

 

「あっ…」

「改めて、おめでとう桜」

「……ありが、とう、ございます…」

 

そっちが照れると、こっちまで照れてくるから勘弁してほしい。

その後、展覧会会場に戻らなければならない桜を送るため、会場まで一緒に歩くことにした。

 

「そういえば、先輩はお一人なのですか?上杉先輩や中野先輩方がお見えになりませんが」

「あー…ちょっと訳ありでね。今日は一人なんだよ」

「そうなのですね。でしたら、もしお時間があれば展覧会にいらっしゃってください」

「え?でも、そういうのって招待客とかじゃないと入れないんじゃない?」

「そうですね。祖母の展覧会は招待がないと入ることはできません。しかし、(わたくし)から祖母に頼んでみますので。きっと祖母も許可してくれるはずです」

「桜がそこまで言うのなら…」

「決まりですね」

 

僕の答えに満足する桜。

正直なところ、これからどうしようと思ってたから桜からの申し出は助かった。

だけど、困ったことがある。僕には華道の心得がないので、花を見て違いが分かるのかという不安があるのだ。

軽く話ながら歩いていると会場に到着した。

凄いお屋敷だなぁ。学生服の僕なんかが入って大丈夫なのだろうか。

 

「さあ、どうぞお入りください」

「あ、ああ」

 

桜の後ろを付いていく。受付で桜が何やら話しており、受付の人がこちらを見たときは軽く会釈をした。

こういうところのマナーとか全然分からないんだけど…

とりあえずいつも以上に姿勢正しくいることにするのだった。

桜がお祖母さんを呼んだそうなので、その場に待機することになる。しばらくすると、

 

「おかえりなさい、桜」

 

威厳溢れる女性が、数人女性を引き連れ桜に声をかけながらこちらに近づいてくる。

 

「ただいま戻りました、お婆様」

 

桜がお辞儀をしながら挨拶をしたので、急いで僕も頭を下げた。

 

「それで?そちらが…」

「はい。(わたくし)に勉学を教授していただいております。直江和義先生です」

「な、直江和義と申します。よろしくお願いいたします」

 

桜からの紹介があったので、自分からも自己紹介をして再度頭を下げた。

 

「先生…どう見ても学生にしか見えませんが…しかし、直江和義…どこかで聞いたような…」

 

ですよねぇ。学生にしか見えないって?そりゃ学生ですからね。服も学生服だし。

てか、僕は貴女のような人会ったことないですよ。ないよね?

笑顔を崩さないようにしながらも、冷や汗がどんどん出てきそうだ。

 

「たしかにこの方は(わたくし)と同じ学校に通う学生です。年も二つしか変わりません。しかし、この方の教えは本当に素晴らしいものなのです」

「あら、桜がそこまで絶賛するなんて珍しいですね」

「はい。それにこの方は先日行われました全国統一模試を満点で全国一位に輝きました」

「全国一位!」

「それよりも満点など…」

 

桜の言葉にお祖母さんの周りが騒ぎだしたが、お祖母さんが手を上げることで静まった。

すごっ!

 

「ふむ…貴方、最近論文を書いたことは?」

「え?論文ですか…」

「お婆様。高校生で論文提出など…」

「私は彼に聞いているのです」

「っ…!」

 

静かな言葉ではあるが威圧感がハンパないな。

 

「論文でしたら、2月末にアメリカの大学に提出しました。一時期飛び級入学の話がありましたのでその時に。今では多くの方に、恐れ多くも見ていただけております」

「せ、先輩!?」

「やはりそうでしたか…」

 

教えるほどでもなかったので、言ってなかった桜は心底驚いていたが、お祖母さんはいたって冷静だった。

 

「噂で聞きました。貴方、向こうからの歓迎があったにも関わらず、飛び級入学を蹴ったそうですね」

 

その言葉にまた周りが騒ぎ始める。

てか、この人の情報網凄いな。

 

「よくご存知で…」

「先輩…貴方は一体…」

「ふふっ…良いでしょう。今日はゆっくりしていきなさい」

 

その言葉を残してお祖母さんは周りの人を引き連れて去っていった。

 

「な、なんとかお祖母さんのお眼鏡に叶ったかな?」

「叶ったなんてものではありません。最後笑ってましたし、相当気に入られたと思いますよ」

「そっか…まあいいや。入場の許可が貰えた訳だし、とりあえず案内よろしく」

「先輩は時々大物なのか分からない時がありますね」

 

桜のそんな言葉が出たが、会場を案内してくれることになった。

会場は庭を中心にしているようで、建物の中はごく僅か。庭から見えるように花が設置されていた。

 

「凄いな。生け花もそうなんだけど、この庭もお祖母さんが?」

「はい。今回の展覧会のために設計されてます」

「へぇー…」

 

庭の設計までするなんてどんだけ凄いんだ。

てか、さっきからやたら視線を感じるな。まぁ、こんなところに学生服を着て来る人なんていないしね。それに…

チラッと隣の桜を見た。

桜は主催者の孫だし、その孫と一緒にいるアイツはなんなんだ、て感じか。しかし、桜ってやっぱり着物似合うんだね。絵になるってこういう事を言うのかも。

その後も色々と説明しながらも案内してくれた。その時に気になったことはメモを取るようにしている。

 

「先輩。先ほどから気にはなっていたのですが、その万年筆…」

「ああ。この間桜から誕生日に貰ったものだよ。使いやすくって、こういうメモを取ったりとかする時に使わせて貰ってるんだ」

「そうですか。気に入って頂けたようで良かったです」

 

僕の言葉に嬉しそうな顔で桜は話してくれている。

 

「先輩は、どれか気に入られた作品はありましたか?」

「え?えーっと…」

 

正直なところどれも同じに見えてしまっている。

とはいえ選ばなきゃだよね。

そう思っていると一つの作品に目が止まり、それを指差した。

 

「あれかな…」

「えっ…」

「正直に言うと、僕にはまだ良し悪しが分かんなくてさ。ただ、あの作品は何て言うか僕の中では良いなって思ったんだよ。一目惚れかな……て、桜?」

 

反応がないようなので桜の方を見ると俯いてしまっている。若干震えているような。

 

(わたくし)の作品です

「え?」

「っ…ですから、あれはこの会場の中で唯一の(わたくし)の作品です」

 

顔を上げて桜は言うが、顔が真っ赤である。

 

「あ、そうだったんだ。す、凄いよ。うん」

「先輩は(わたくし)の心を乱すのが好きなのですか?」

「えっ!?そんな事ないけど…なんかごめん」

「謝らないでください。(わたくし)には嬉しい事ですので」

「そっか…喜んでくれてるのなら何よりだよ」

「ふふっ…少し休みませんか?お茶用意しますね」

 

そこでお茶を用意してくれた部屋に案内してくれた。

 

「ふぅぅ…落ち着くぅ」

「ふふっ…先輩は注目の的でしたからね。皆さん、花よりも先輩を見てたんじゃないですか?」

「やっぱり…針のむしろだったよ。正直この休憩は助かるかな。ありがとね」

「いえ。先輩のお役に立てたのなら何よりです………あの、一つ聞いても良いですか?」

「ん?何?」

「本日お一人だったのは……あ、無理に話していただかなくても大丈夫です」

 

やっぱり気になっちゃうよね。

お茶を一口飲み僕は話しだした。

 

「逃げてきた」

「逃げ…え、何からですか?上杉先輩と喧嘩でもされたのですか?」

「ははは、違うよ。う~ん、何て言ったら良いんだろう……桜はさ、好きな人いる?」

「へ!?」

 

突拍子もないことを言ったからか、珍しく桜が驚いた声をあげた。

 

「え…えっと…お慕いしている方はいます…」

「そっか。凄いね……ここからちょっと重い話になるかもだけどいいかな?」

 

コクンと桜が頷いたので、話を続けることにした。

 

「こう見えて僕って結構モテるんだよ。今までも何度か告白もされてきたんだ」

「先輩は(わたくし)達の学年でもすでに有名人ですよ。なので、先輩と入学式に話していた(わたくし)にどういう関係なのか聞いてくる人もいるくらいです」

「それは…迷惑をかけて申し訳ない…」

 

そこで頭を下げてお詫びをした。

 

「別に問題はありません」

「ありがと。で、告白してくる娘は殆どが喋ったことすらない娘でさぁ。ほら、僕っていつも風太郎と一緒にいるから。当時の僕はその告白というものが、ただただ恐怖でしかなかったんだ。え?僕の何を見て好きって言ってるの、て」

「何となく先輩の仰りたいことが分かるように感じます。(わたくし)にも経験がありますから」

「桜、モテそうだもんね」

「あまり嬉しくはありませんが…」

「だよね…そんな訳で、僕には恋ってものが分かんなくなっちゃったんだよね…そんな時だよ。こんな僕に対して真剣にまっすぐ想いをぶつけてくる娘が現れたんだ…」

「……もしかして、それは中野先輩達ではないですか?」

「うん…そう…分かっちゃう?」

「分かりますよ。入学式の時の警戒心、凄かったですから」

「あの時はとんだご迷惑を…」

 

ふふふ、と桜は笑っているので気にしてはいないようだ。

 

「では、先ほど先輩が仰ってた逃げてきたというのは…中野先輩達からということでしょうか」

「そう…情けない話、彼女達の気持ちに応えられるのか自信がなくなっちゃって。僕は彼女達と向き合えられるのかってね…」

「そう…だったのですね…」

「ま、そんな訳で今日は一人で過ごしてるんだよ。考える時間も欲しかったしね」

 

そこで一息つくためにお茶を飲んだ。あぁ~落ち着くぅ。

 

「...っ。先輩はこのまま中野さん達のどなたかとお付き合いしたいと思っているのですか?それ以外の誰かと、とは考えていらっしゃらないのでしょうか...」

「え...?」

 

そんな問いかけがあったので桜の方を見ると、下を向き僅かに体を震わせている姿があった。

えっと...五つ子以外って言うと、零奈も考えられるけど桜はその事を知らない訳だから...

 

「先輩...いいえ、直江和義さん。(わたくし)、諏訪桜とお付き合いしていただけませんか?(わたくし)は貴方の事をお慕い申し上げております」

「桜...?」

 

何を言っているんだ。

 

「中野さん達でお困りであれば、他の方とお付き合いするのも一つの手かと」

「本気で言ってるの、桜?」

 

まっすぐと桜を見ながら確認すると、桜もまた僕をまっすぐと見てコクンと頷いた。

 

「私は本気で和義さんの事をお慕いしております。こんな気持ちは初めてなんです。貴方の側に置いていただきたい。そして、貴方の事を支えていきたいと考えています」

「桜...」

 

桜が本気だって事は顔を見れば分かる。

なら僕はどうする?このまま桜を受け入れるのか...

 

そんな時だ。不意にあの娘達の顔が頭を過った。

一花...二乃...三玖...四葉...五月...零奈...

みんなが屈託ない笑顔を向けているところを。

 

「......ごめん...」

「え...」

「桜の申し出はとても嬉しいよ。けど...ごめん。桜とは付き合えない」

「なぜ...」

「ここで桜と付き合った方が僕は後悔すると思うんだ。それに、君と彼女達両方を傷つけることになる」

「え?」

「……桜からの告白凄く嬉しかった。本当だよ。桜と付き合ったら楽しいんだろうなって考えたくらいだよ…でも駄目だった…」

「駄目?」

「……今日一日一人で過ごしたって話したじゃない?」

「はい」

「そこでね、どこに行っても彼女達の顔や声が頭を過ってたんだ。告白された今もね」

「……」

「だから、こんな状態で他の娘と付き合ったとしても良くない結果になるって思うんだ」

「そう…ですか…」

 

そこで沈黙が続いた。

 

「やはり弱っている時に告白して成功させようなんて虫が良すぎたのかもしれませんね。こんな(わたくし)を嫌になりましたよね…」

「そんな事ないさ。その、こっちこそ虫がいい話になるけど、今まで通りにいてほしいって思ってるよ」

「今まで通り…和義さんをお慕いしている気持ちを持ったままでも良いのでしょうか?」

「えっ!?ま、まぁそこは桜の自由だと思うから良いんじゃないかな…」

「本当ですか!では、これからも直江和義という男性の事をお慕い続けます。隙あらばあなた様の心を奪ってみせますので、今日みたいにウジウジなさらないように気をつけてくださいね」

「うっ…!肝に銘じておきます…」

「ふふっ…すみません。少し席を外させていただきますね」

「ああ」

 

そこで桜は部屋から出ていった。

最後まで僕の前で泣くことがなかったが、もしかしたら今泣いているかもしれない。

ごめん桜。そしてありがとう。

 

「失礼しますよ」

 

ガラッ

 

「え?」

 

桜と入れ替わるようにお祖母さんが入ってきた。今回は一人で来たようだ。

 

「少し話しても?」

「あ、どうぞどうぞ。すみません、自分の家ではないのでお茶を用意することができず…」

「構いませんよ……桜のこと、振ったのですね」

「うっ…」

「先ほど泣いていた桜とすれ違いました。別にそこを責めるつもりはまったくありませんよ。ただ、あの娘は高校に入学してからというもの、前よりも明るくなり生け花もより良い作品を作るようになっていました。そこだけは知っていてほしいのです」

「はい!」

「ふふっ…やはり良い眼をしていますね。さすがは景さんと綾さんの息子ですね」

「両親を知っているのですか!?」

「私も顔が広いですからね。といっても、あの人達はかなり有名ですよ。貴方が思っている以上にね」

 

やっぱりうちの親は凄いんだな。こんな人とも知り合いだなんて。

 

「これからも桜と仲良くしてあげてください」

「はい!桜さんが望む限り」

「……時に、和義さんはお付き合いされている女性はいらっしゃるのですか?」

「え?いませんけど…」

「そうですか。私は貴方を気に入っております。桜が諦めない限りは、あの子に男性を落とす手腕を伝授しておきましょう」

「えっ!?」

「諏訪家との繋がりを確かなものにしておきたいからですね。最終的に結ばれれば良いのですから。過程がどうあれね」

「えーーっ!?」

「ふふふ…」

 

この人何て事言っちゃってるんですか。冗談…ではないなあの眼は。狩人の眼だよ。

 

「すみません。お待たせしました…お婆様!?ここにいらっしゃったんですか!?」

「ええ。桜、まだまだ諦めるのは早いですよ。私も力になりますから、この方の心掴み取りましょうね」

「お婆様…はい!華道を始め、これからも精進して参ります。ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」

 

桜は正座で頭を下げお祖母さんに教えを乞うように決意している。

いやいや、何考えてるのこの祖母と孫は…

 

「ふふっ…というわけで和義さん。覚悟しててくださいね」

 

とびっきりの笑顔でそう宣言されたのだった。

 

 




今回のお話では、和義が色々な場所を一人で回るもどこに行っても五つ子達と零奈の事が頭を過り、自分にとってどれだけ大事な存在なのかを改めて感じれた内容としました。
後、大きな目玉は桜の告白でしょうか。和義の事を本気で支えていきたいという気持ちをもっと良い表現で書きたかったのですが、難しいですね。

次回は、和義と捜索メンバーの合流の話を書かせていただければと思っております。
ただちょっと仕事が忙しくなってきたので、間隔が空くかもしれませんが、ご了承いただければなと思っております。

では、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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82.再会

大変長らくお待たせして申し訳ありません。
最新話の投稿です。


~某お食事処~

 

和義が一つの場所に長時間いてくれないことと、場所を離れるときにメッセージを送ってくることから、和義の捜索は後手に回っていた。

和義から、お昼は食べ終わった連絡もあったので五つ子達捜索隊もお昼を食べることにした。

 

「むー…全然捕まんないわね」

「カズヨシ、一人だとこんなに行動早いのかな…」

「うーん…どうなのでしょう。一緒に買い物をする時は、兄さんはゆっくり見て回っていましたが。あれは私に合わせてくれていたのかもしれませんね」

「まぁまぁ。私たちも男子三人みたいに楽しみながらカズヨシ君を探そうよ」

 

一花の言葉に五つ子は先ほど行ってきた竹林の話題で盛り上がりながらご飯を食べている男子達に目が行った。その中には綾の姿もいる。

 

「……」

「四葉もあっちに参加してきていいのよ」

「へ!?」

 

じっと男子の方を見ていた四葉に二乃が促した。

 

「ううん。大丈夫だよ。上杉さんは今、お友達と話すことで直江さんの事を心配する気持ちを押さえてるんだと思うから」

「へぇ、言うじゃない」

「フータローの事よく見てる」

「か、からかわないでよぉ」

 

そんな時、綾の携帯に和義から連絡が入った。

 

「お?和義からだ」

「今はどこにいるのですか!?」

 

先ほどまで黙々とご飯を食べていた五月が一目散に反応する。

 

「ちょっと待ってね。えーっと…ん?街中でたまたま会った、後輩のお祖母さんが催している華道の展覧会に行ってくる、て。あの子花に興味あったかしら?」

「後輩…」

「華道…どこかで…」

 

綾の言葉に五月と零奈が考え込んだ。

 

「観光名所じゃないなら探しようがないわよ」

「展覧会だからデパートとか文化館とか…?」

 

二乃と三玖はお手上げのようだ。一花と四葉も考えてはいるがまったく検討がつかない。

 

「しっかし、華道の展覧会とか面白いのかよ」

「結構楽しめるよ。以前僕も知人が開催した展覧会に参加したが、中々面白い作品が展示されていたよ」

「でも花だろ?」

「それ以外にないだろう。前田君はもう少し感性を身に付けた方が良いかもしれないね」

「何だとコラ!……ちなみに上杉は興味あるのか?」

「あるように見えるか?」

「いや、見えねぇな」

「分かってるじゃないか」

 

男子の方は違う方向で盛り上がっていた。

 

「そういえば、私も展覧会に招待されてたっけ。日本に帰ってきたときは是非にって。あれもたしか京都だったなぁ。たしか招待状が…」

 

そう言いながら綾は鞄の中を探しだした。

 

「綾さんって本当に人脈凄いですよねぇ~」

「まぁねぇ。一花ちゃんにも何人か紹介しとこうか?今後の活動にも役立つかもだし」

「本当ですか!?ありがとうございます」

「あー…あったあった。えっと…あ、これも今日だったんだ、諏訪さんの展覧会。彼女の作品って結構好きなのよねぇ」

 

綾の言葉に前田と武田以外の人間がピタッと止まった。

 

「ん?どうしたんだよお前ら?」

「母さん…今何と言いましたか?」

「ん?彼女の作品は好きだって」

「いえ、その招待をした人の名前です!」

 

五月の勢いに綾はたじろいでいる。

 

「えっと…諏訪さんだよ。諏訪(かえで)さん。何?みんな知ってるの?たしかに有名だけど学生のみんなには馴染みないんじゃないかなぁ」

「その楓さんって人、年はどれくらいですか?」

 

綾の言葉を無視するように二乃が質問をした。

 

「え?えっと…もう結構なご年齢よ」

「じゃあ、その人に孫は…?」

「どうしたの三玖ちゃん?」

「いいから答えて…!」

「う…うん。えっと、たしか今年高校生になる孫娘がいたっけ。そういえば、旭高校に入学するって聞いてたなぁ。あれ?もしかして、その孫娘の子とみんな会ったことあるの?て、へ…?」

 

綾が確認しようとすると、五つ子と零奈の怒りが分かる程辺りが緊迫していた。

 

「ふ~ん。カズヨシ君ってば、あの娘となら一緒にいるんだぁ、そうなんだぁ」

「あんの女狐ぇ~。どうしてやろうかしらぁ」

「むー…まさか京都にまで来るなんて…油断してた…」

「うー…酷いです。私たちがこんなにも直江さんの事を心配してるのにー」

「ふふふ…真面目な性格かと思っていましたが、思っていたよりも行動的ですねあの娘は」

「兄さんも兄さんです。あれほど過度に仲良くするな、と言っておいたのに」

 

ゴゴゴ……ゴゴゴ……

 

「あー…俺、ちょっとトイレ寄ってから、先に駐車場に行ってるわ…」

「僕も付き合おう」

 

そこで前田と武田は席を離れる。

 

「お、おい!お前ら…」

「ふ、風太郎君。何が起きてるの?」

「えーっと、そのお孫さんって、桜という名前ですよね?」

「うん、そう。諏訪桜ちゃん」

「和義は塾のバイトでその諏訪桜の個人授業の先生をやってるんですよ。五つ子が言うには、その子は和義に気があるって。まあ、当の和義は否定してますけどね」

「なるほどぉ。それであの子達は怒っちゃったんだ。自分達とは一緒にいないのに、桜ちゃんとはいることに」

「おそらく…」

「まったく…我が息子ながら罪な男ね」

 

今の雰囲気をものともせずいつもの調子で話す綾を、風太郎は頼もしく思った。そんな時だ。

 

「それで?場所は分かっているのですよね?」

 

零奈が綾に聞いてきた。ニッコリとした笑顔で。

 

「うん…」

 

さすがの綾も今の零奈の状態では冗談を言える雰囲気ではないことを理解したようだった。

 

------------------------------------------------

桜とお祖母さんの猛プッシュもあり、今日は泊めていただくことになった。

そんな中、さすがに来賓の方々の相手をおろそかにするわけにはいかないため、二人は会場に向かった。

ここにずっといても暇なので、僕は荷物を取りに行くついでにもう少し観光をすることにした。

 

「すみません、和義さんを暇にさせてしまいまして…」

「別にいいさ。僕の方こそ忙しいところ悪かったね」

「そんな事っ!夕飯、腕によりをかけてご用意しておきますね。では、いってらっしゃいませ」

「う…うん。いってきます」

 

丁寧にお辞儀をしながら挨拶されたのでそれに応えたのだが…

あれ?僕って彼女を振ったんだよね?

桜の態度を見ているとその事がなかったのかに見えてきた。

てか、周りの反応が凄いことになってるんだけど…あそこまで丁寧に対応されているアイツは何者なんだ!?的な視線を感じる。

とはいえ、笑顔で手を振ってくる桜を無下にすることは出来なかったので、手は振り返しておいた。

 

さてと…このまま京都駅に向かってその周辺を観光するか。

そんな考えをしていると、近くに車が停まった。

結構大きいな。何だっけ?ハイエース、て言うだっけ?車はそこまで詳しくないしなぁ。

そんな時だ。

 

ガラッ

 

「へ?」

 

急に目の前で車のドアが開かれた。

 

「四葉!確保よ!」

「了解!」

 

車の中から出てきた四葉に後ろから捕まえられてしまった。

 

「四葉!?」

「観念してください直江さん!もう逃がしませんよぉ!」

 

そう言うや否や捕まえる力が更に込められる。

そうなってくると一つ大きな問題が起きているのだが。

 

「分かった。逃げないって…たがら離して四葉」

「そんな言葉では騙されません!」

 

その言葉で更に力が込められる。

 

むにゅ…

 

「だ、か、ら!胸がどんどん押し付けられて大変なんだって!」

「ふぇっ…!?うー……直江さんなら大丈夫です!」

「何その理屈!?」

 

何を言っても無駄だと思い僕が先に諦めて大人しくすることにした。

 

むにゅ…

 

だからそれ以上くっつかないで…!

 

「とうとう捕まえたわよ!」

「観念…」

「はい…」

 

二乃と三玖が意気揚々とそう言いながら車から降りてきた。

 

「あはは、カズヨシ君みっともない格好ぉ」

「今の兄さんにはお似合いですね」

 

二人の後を一花と零奈が降りてくる。

まさか車から五つ子が出てくるとは思ってなかったなぁ。

そんな風に油断をしていたら、

 

ヒュッ……パチン…!

 

「え…」

「「「「「!」」」」」

 

音と共に頬に軽い痛みが走った。

 

「五月…」

「っ……」

 

目の前には今にも泣きそうな顔で僕を睨んでいる五月がいた。

 

「五月…」

 

僕を捕まえていた四葉は、目の前の光景に驚き力を緩めて僕を解放した。

僕には逃げる意志がなかったので逃げたりはしない。

 

「五月!あんたなんで…」

「待って…!」

「三玖」

「三玖の言う通りだよ。少し待とうか」

「一花まで」

「……」

 

今にも飛び出しそうな二乃を三玖と一花が制した。零奈は特に何をするわけでもなく、黙って見守っている。

 

「……」

「五月……ごめんね」

「…っ!それは何に対しての謝罪でしょうか」

「えっと…五月にこんな役目をさせてしまったことかな…」

「何ですかそれは…………心配したんだよ?

「と…」

 

僕にだけ聞こえる声で言葉を発しながら、泣き顔を見せないためか五月は僕の胸に顔を押しつけてきた。『ヒック…ヒック…』と必死に声を抑えている声が聞こえてきたので、五月の頭をポンポンと撫でてあげた。

 

・・・・・

 

「今回は皆に迷惑をかけて申し訳なかった」

 

五月が落ち着いたところで、改めて皆に頭を下げた。

何でも修学旅行をなげうってまでして探しに来てくれたそうだ。まったく、僕には勿体ない友人達だ。

 

「なんだかんだで楽しめたから気にすんな。で、結局何で修学旅行を抜け出したんだよ?

「あー…自分を見つめ直すため、かな…」

「なんだそりゃ」

 

前田の問いに答えたが間違ってはいないと思う。

 

「まあいいじゃないか。君の今の顔を見た感じだと…吹っ切れたようだ、ね」

「ああ。お陰さまでね」

 

事情を知ってるのか知らないのか、武田が声をかけてくれる。

 

「言いたいことはあったが、さっきの五月のビンタでチャラにしてやる」

「そいつは助かるよ、親友」

「ったく。今度からは何かあればその親友に何か言え、相棒」

「ああ」

 

風太郎が拳を突き出しながら話してきたので、僕も自分の拳を風太郎の拳に軽くぶつけながら答えた。

 

「お!いいなそれ。俺も混ぜろよ」

「では、僕も」

「はいはい」

 

前田と武田にも同じように拳をぶつけ合いながら笑いあっている。

 

「いいわねぇ。男の友情って感じで」

「あれは私たちにはできない雰囲気ですよねぇ」

 

母さんと一花がそんな僕達を見ながら言葉を溢している。

 

「あ、そうだ。もう一つ我が儘を言いたいんだけど。少しの間五つ子と零奈の七人で話させてくれないかな?」

「は?なん…」

「別に構わないさ。ね、上杉君?」

「ああ」

 

前田の言葉を遮るように武田が了承してくれた。それに対して前田は何か言いたげな顔で武田を見ているが、当の武田はまったく気にしていない。

 

「ありがとね。皆はいいかな?」

「もちろん」

「もちろんよ」

「構わない…」

「問題ないです!」

「…はい」

「構いませんよ」

「ありがとう。じゃあ行こうか」

 

僕が歩きだしたのを六人が後を付いてきてくれる。

 

「終わったら連絡しなさいよー」

 

母さんのそんな言葉に手を上げて応えた。

 

少し歩いたところで小さな公園があったので、そこのベンチに皆を座らせた。

 

「それで?私たちだけにしたのは、私たちの中で誰かを選ぶ決心でもついたのかしら?」

「え…?」

 

二乃の言葉に三玖が反応して僕をじっと見ている。

 

「そうだね。ここでそれが出来たら格好良かったんだろうね。けど、ちょっと違うかな」

「ほぉ、ちょっとなんだ」

 

僕の言葉に一花が茶化すように言葉を入れてきた。

 

「その前に皆に報告することがあるんだよね……ちょっと前に桜に告白された」

「「「「「!」」」」」

「はぁー!?」

 

皆驚いた顔をしているが、一番反応したのは二乃である。

 

「そ…それで?何て答えたの?」

「んー…断った」

 

三玖が緊張したように聞いてきたが、僕は軽めに答えた。

 

「え、断ったのですか!?私たちのように保留ではなく?」

 

五月が意外そうに聞いてきたが、まあ今までの僕の態度を見れば仕方がないと思う。

 

「正直に言うとね、迷った。このまま桜と付き合った方が良いのかなって…」

「兄さん…」

「でも断ったんだ?保留にするわけでもなく」

 

一花の言葉にコクンと頷いた。

 

「桜は良い娘だよ。多分付き合っても良い関係でいけたと思う。けど……」

「けど?」

 

僕が言葉を止めたのが気になったのか、四葉が言葉を発した。

 

「やっぱ駄目だった。桜から告白されたのに皆の顔が頭を過ったんだ。そんな状態で他の人と付き合うなんて失礼だよ」

「カズヨシ…」

「今日さ。一人で色んなところ行ったんだよねぇ。二条城に嵐山の竹林、雑貨屋巡りもして一人でご飯食べて…そんな時も君たちの声や顔が頭を過ったんだ。そうなってくると一人で回るのがなんか辛くってさ。全然楽しめなかった…」

「あんた、どんだけ私たちの事好きなのよ」

「あー…やっぱり?そっか、これが…」

「ふふっ、とりあえず一歩前進だね。カズヨシ君の今の気持ちを確認できただけでも探しに来たかいがあったんじゃない?」

「ですね。まだまだ先は長そうですが、兄さんにしては大きな一歩ですよ」

「まるでニールの名言みたいに言わなくても良いじゃん」

「「「「「ニール?」」」」」

 

僕の言葉に五つ子が声を揃えた。

 

「まぁ知らないよね普通は」

「ニールとは、人類で初めて月面に降り立った方です。当時彼が言った言葉が有名なのですよ。That’s one small step for a man, one giant leap for mankind、とね」

 

零奈の言葉に五つ子は固まっている。事情を知らない第三者が聞いたら卒倒ものだよ。なんたって小学二年生で英語しゃべってるのだから。

 

「あー…訳すと、これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である、だよ。聞いたことない?」

「どっかで聞いたことあるかも」

 

考え込みながら一花が答えているが、こんなもんか。

 

「なるほどね。カズ君にとってはたしかに飛躍的な進歩よね」

「はいはい、そうですね」

「拗ねないの…」

 

二乃の言葉にぶっきらぼうに答えると、クスッと笑いながら三玖が言葉を発した。

 

「ま、とはいえこのままって訳にもいかないだろうし、答えを出さなければいけないとは思ってる。こんな情けない僕だけどもう少し待ってほしい」

 

そう言いながら皆に頭を下げた。

 

「構わない…私の事を少しでも意識してくれてるって分かったから」

「そうね。それにまだまだチャンスが残ってるってことだもの。きっと私のことを選んでもらうんだから!」

「あまりやり過ぎると今回みたいに逃げられますよ」

「分かってるわよ、お母さん…」

「大丈夫ですよ。今回の件で私たちも学ぶことができましたから」

「ありがとう皆。そうだ!本当は帰ってから渡そうと思ってたんだけど…」

 

持っていたバッグの中を漁りながら話し、目当ての物を出していった。

 

「これ、皆にプレゼント。まあ、今回のお詫びって意味でもないんだけど、一人で回ってる時にふと気になってね」

 

そう言いながら一人ずつ渡していく。

 

「あ、開けてもいい?カズ君!」

「ん?ああ。まぁ対したもんじゃないけどね」

 

僕の言葉に五つ子と零奈が中身を確認する。

 

「へぇー…袋の種類や大きさも違うからそうだろうと思ったけど。今回は一人一人まったく違うんだね。私は…と、和柄のポーチかぁ」

「私はシュシュね」

「私のは…御城印帳…」

「おー!私はリボンですね!」

「私はヘアピンでしょうか…」

「私のは手鏡ですね」

「皆それぞれが、それらを見かけた時に頭の中で過ったんだ。ちなみに三玖の御城印帳の中には今日の分の入城記念符が入ってる。ちょっと女の子っぽくなくて申し訳ないけど…」

「そんなことないよ。それにカズヨシも自分用に買ってるんでしょ?」

「え、何で分かったの?」

「ふふっ、何となく。お揃い…

 

気に入ってもらったようで良かった。

 

「「むっ…」」

 

そんな会話をしていると、二乃と五月が早速身につけてくれている。

 

「ねぇカズ君、どうかしら?」

「和義君、どうですか?」

「うん。二人とも凄く似合ってる。可愛いよ」

 

二乃はいつものリボンを外して、片方だけシュシュで纏め、いわゆるサイドテールにした感じで髪をセットしている。

五月もいつもの星のヘアピンを外して、そこに僕の買った桜の花びらのヘアピンを付けている。

やっぱり思った通り似合ってるな。

 

「~~っ!ありがとうございます…」

「ありがとカズ君!」

「む-…」

 

二人を誉めたのは三玖にとっては面白くないようで、ジト目をこちらに向けている。どうしろと。

 

「さて。兄さんの気持ちも聞けたので今は綾さん達のところに戻りましょうか」

「そうだね。ところで、カズヨシ君はこれからどうするつもりだったの?」

 

収拾がつかないと判断したのか、零奈が母さん達のところに戻ることを提案し、一花がそれに賛同した。

 

「僕?僕はこれから荷物を置いてる京都駅に向かうところだったよ」

「では、そのまま帰るつもりだったんですか?」

「あぁ、それは…」

 

四葉の質問に答えようと思ったが、まずいことになっていることに気付いた。

まさか五つ子や風太郎達と合流するとは思ってもいなかったから、桜のお祖母さんのお屋敷に泊まることになっていたのをすっかり忘れていたのだ。

 

「兄さん?この期に及んでまだ隠していることが?」

 

僕が言いよどんだ事にいち早く気付いた零奈が、ニッコリと全然笑っていない笑顔で質問してきた。

 

「い、いや。別に隠していた訳ではなく、僕もすっかり忘れていて…」

「何を…?」

「うっ…この後桜のお祖母さんのお屋敷に泊まることになってます…」

「はぁ!?何でそんな事になってるのよ!」

 

三玖の追及に正直に話すと、当然のごとく二乃が反応した。

 

「もしかして、本当は諏訪さんとお付き合いをしているのではないんですか?」

「してないしてない。本当に桜からの告白は断ってるよ。だからそんな顔で睨まないで。怖いよ五月。でも何でか、桜のお祖母さんに気に入られちゃって…」

「となると…」

「ええ、母さんに相談ですね」

 

二乃の言葉に零奈が続き、その零奈の言葉に五つ子全員が頷くのだった。

 

・・・・・

「へぇー、そんな事が。それにしても、さすが和義ね。諏訪さんって人を見る目が凄くて中々気に入る人を作らないで有名なんだから」

「そ、そうなんだ」

 

たしかに最初会った時は凄い迫力だったよな。

 

「うーん…一応掛け合ってはみるけど、あんまり期待しないでね」

 

あの母さんが自信なさげに話すなんて、やっぱりあの人って凄い大物なんだ。

そして母さんが電話をするのだが。

 

「はい。諏訪さんが和義に代わってほしいって」

 

そう言って母さんが自分の携帯を差し出してきた。

やべぇ、怒られるかも。

 

「お、お電話代わりました、カズヨシです」

『ああ、和義さん?まずは良かったですね。貴方の事を探しに来てくれていたようで』

「はい!僕には勿体ないくらい素晴らしい友人です」

『そうですか…それで、先程貴方のお母さん、綾さんから事情は聞きました。そうですね…友人の方々もお屋敷にご招待しましょう』

「え!?本当ですか?」

『ええ、構いませんよ。告白を断られた後にお泊まりもなくなる…さぞ桜は悲しみますでしょうしね』

「うっ!」

『ふふっ、先程もお伝えしましたが貴方を責めている訳ではありません。ちょっとした冗談です』

 

あなたの冗談は心身共に悪いです。

 

『それに桜の好敵手となる者。私の目でも見ておきたいですしね』

「ははは…」

『部屋は十分ありますから。ただ、今は展覧会中ですので夕方過ぎに来ていただけると助かります』

「分かりました。諏訪さんの御心遣いに感謝します」

『良いのですよ。これも伝えましたが、私は貴方を気に入っていますから。後、私の事は楓と呼んでもらって結構ですよ』

「え!?良いんですか?」

『ええ。では、後程。楽しみにしています』

 

そこで楓さんが電話を切った。

 

「どうだったの和義?」

「うん。皆の宿泊も了承してもらった」

「本当に!?あなたって相当気に入られてるのね」

「そうなんだ。後、自分の事を楓さんって呼んで良いとも言われた」

「は!?嘘でしょ?」

「いや、こんなことで嘘ついてどうすんのさ」

 

僕の言葉に頭を抱えている母さん。珍しいもんだ。

 

「あのね!諏訪さんは、身内以外の人には絶対に名前呼びを許さない事で有名なんだから!もう気に入られているレベルの話じゃないわよ」

「マジ?」

 

僕の言葉にコクンと母さんは頷いた。

これは違う意味でヤバい状況なのではないだろうか。

そんな事を考えながらもとりあえず京都駅にある僕の荷物を取りに行くため動き出したのだった。

 

 




話の中では一日も経っていませんが、五つ子達と和義が再会する事ができました。
パチパチ…

一人で京都を回ったことで彼女達への気持ちに気付く和義。そんな和義の心の変化を聞くことができた五つ子と零奈。
和義が決断を下すまではもう少しといったところでしょうか。
ところで、三玖へのプレゼントですが滅茶苦茶悩みました。
二条城には行ってみたいのですが、実際には行ったことがなくて、どんな物が売っているのかを実際に見ることができず、結局御城印帳にしてみました。他の人には可愛い系を用意したのに三玖だけはちょっと違うという…
和義とお揃いということで勘弁してください。

修学旅行編はもう少しだけ続きます。
次回の投稿までまた時間がかかるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


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83.本音

「凄ぇ~…」

 

京都駅で荷物をロッカーから取り出し、周辺を暫く観光した後、楓さんの展覧会会場まで戻ってきた。

そこで、大きな門構えに圧倒された前田が感嘆を漏らしている。

 

「前田君。呆けていないで早く来たまえ」

「お、おう…」

 

門まで迎えに来てくれたお手伝いの人に皆が付いていくも、前田は一歩も動かなかったので武田が声をかけることで前田も付いてきた。

 

「風太郎も呆けるかと思ってたよ」

「まあ、お前がいたからな…」

 

そんな風に答えてはいるが、やはりどこか緊張しているようだ。

そして玄関まで案内されると、そこでは桜と楓さんが出迎えてくれた。

 

「ようこそおいでくださいました」

「ご無沙汰しております、諏訪さん。本日は急な訪問を受け入れていただきありがとうございます」

 

楓さんの出迎えの挨拶に対して、真面目な態度で母さんが応えて頭を下げたので、皆がそれに続いた。

 

「良いのですよ。それよりも皆さんお疲れでしょう。これより部屋に案内しますね。桜」

「はい。皆様、改めましてようこそおいでくださいました。後、おかえりなさいませ和義さん」

「「「「「「和義さん!?」」」」」」

 

桜の言葉に五つ子と零奈が反応した。まあそうだよね。何か流れでいつの間にか名前で呼ぶようになってたし。別にそれを拒否する理由もないから止めていないけど。

 

「えっと…ただいま桜。今日は皆共々よろしくね」

「はい!では、お部屋へご案内します。どうぞこちらへ。あ、和義さん、お荷物お持ちしましょうか?」

「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫だから」

「しかし…」

 

お願いだから、そんな悲しげな顔しないでー!

周りからヒシヒシと殺気の様なものを感じる。

片や、『当然渡しますよね』、という圧力。片や、『当然渡さないよね』、という圧力。

後、『和義渡して-!』、という母さんの悲痛な叫び声も聞こえるような気がした。

結局…

 

「じ…じゃあ、こっちの軽い方をお願い…」

「はい!」

 

僕の差し出したバッグを笑顔で受け取ると、先頭に立って部屋に移動を開始した。

 

「「「「むーー…」」」」

「カズヨシ君も大変だ…」

「だねー…」

 

何か着いて早々疲れてきたんだけど。

その後、桜に部屋を案内してもらった。

 

「男性の方々はこちらの部屋をお使いください」

 

桜はその場に跪き入り口の襖を開けている。まるで旅館の案内をされているみたいだ。一つ一つの動作が綺麗である。

 

「おー、広いな!」

「何もない部屋で申し訳ないですが…」

「いやいや、ただ寝るだけだから十分だよ。ありがとね」

 

中に入るや否や騒いでいる前田。

入り口で申し訳ないように話す桜に答えてあげた。

 

「そう言っていただけると助かります。では、(わたくし)は女性の方々の部屋を案内しますので失礼いたします」

 

桜は一度頭を下げて襖を閉めた。

 

「何もないって言ってたが、テレビがない以外は旅館と変わんねぇぞ」

「だな!なんかテンションが上がるぜ」

「分かってんなぁ、上杉は!」

 

テンション上がりっぱなしの風太郎と前田を置いといて、入り口とは反対側の襖を開けた。そこは、一面ガラス張りで小さなテーブルと対をなすように椅子が二つ置いてあった。

 

「これは…中庭と呼ぶべきか。この家は、この庭を囲むように建っているようだね」

「ああ。展覧会をしていた表の庭も凄かったけど、こっちも相当なものだね」

 

とはいえ、勝手に家の中を歩き回るわけにもいかないため、男四人でトランプをして時間を潰すのだった。

 

------------------------------------------------

「うんめぇー!」

「もう少し静かに食べたまえ前田君」

 

夕飯の支度ができたとの事で広間に通されたのだが、そこには美味しそうな料理がずらっと並べられていた。

楓さんも交えれば良かったのだが、自分がいれば萎縮する人がいるだろうと今回は別々に食べている。配慮が出来る人だ。

それは良いんだが…

 

「和義さん。お代わりが必要でしたら仰ってくださいね。上杉先輩に、前田先輩と武田先輩も」

「おう、ありがとな」

「じゃあ、早速で悪いが頼めるか?」

「かしこまりました」

 

そう言って、桜は前田の所まで行き空いた茶碗を預かりご飯をよそっている。僕の横で。

 

「って!普通に馴染んでるけど、席順おかしいでしょ!」

「食事中に何を叫んでいるんだ二乃?」

 

状況を理解していない風太郎がマイペースにご飯を食べながら二乃に話しかけている。僕の横で。

つまり、僕は桜と風太郎に挟まれて座っているのだ。

お代わり用のご飯を入れているおひつが桜の座っている席の脇に置いているから、前田のお代わりを僕の横でよそっている訳だ。

 

「?何かまずかったでしょうか?中野先輩達は姉妹で並んだ方が良いと考えたのですが…」

「問題ないんじゃないか?」

「そうだね」

「うっ…」

 

桜の言葉に前田と武田が援護したため二乃も反撃できずにいる。

桜もお代わりの対応をするため、お代わりの頻度が高いであろう男子の並びに座っているのだ。知らない人から見たら別に何らおかしくはない配置である。知らない人が見ればだが。

 

「そ、それよりもご飯美味しいね。この筑前煮とか味が染みてて美味しいよ」

「本当ですか!?実は、その筑前煮は(わたくし)が調理いたしましたので、お口に合うかドキドキしておりました」

「え?本当に?凄く美味しいよ。桜も料理するんだ」

「はい…といっても、和食が中心でして…洋食などはあまり…」

「十分だって。和食って難しいからね…あむ……うん、旨い」

「ありがとうございます」

「たしかに。和義の料理と遜色ないな」

「マジかよ!直江の料理ってこれくらい旨いのか?」

 

風太郎の感想に前田が驚いている。

そういえば、料理することは言ってるけど実際に食べてもらったことないや。

 

「和義君の料理はどれも美味しいんですよ」

「だね!直江さんのつくるお菓子も美味しいです!」

「そうそう。しかもそのお菓子と合うお茶も淹れてくれて最高だよぉ」

「ありがとね」

 

その時の事を思い出したのか、うっとりとした顔で一花が答えてくれたので、感謝する。

 

「そ、そうなのですね。ちなみに和義さんの得意なジャンルはあるのですか?」

「んー…強いて言えば、やっぱり和食かな…」

「あ…同じなのですね」

「そうだね。洋食も作るんだけど、洋食だと二乃に劣るし」

「え…」

 

僕の言葉に桜がちょっと驚いた顔をしていた。

二乃が料理得意なのに驚いたのかな?

 

「二乃の洋食のレパートリーが凄いんだよ。僕も作った事がない料理とかも作れて、しかもどれも美味しいんだ」

「ほ…褒めても何も出ないわよ」

「むー…そう言いながら顔がにやけてる…」

「うるさいわよ三玖」

「私だってレパートリー増やしたい」

「大丈夫だよ。腕はあがってるんだから、これからこれから」

「カズヨシ…ありがとう…」

「最近は四葉と五月も料理するようになったし、これで中野家の食卓は更に安泰するんじゃない?」

「そうねぇ~。これで何の憂いもなくいつでもお嫁さんとして迎えることができるわよ。ね?カズ君」

「ぶっ…」

 

突然の二乃の言葉に驚いてしまった。危ぇ、口の中に物があったら大惨事になってたよ。

 

「カズ…君?」

 

案の定、隣の桜は驚いている。

 

「カズ君だぁ!?お前、直江どういう事だよ!しかも嫁ってなんだよ!」

「えっと…」

 

もう一人、前田が過剰反応している。

 

「二乃さん?兄さんも困っていますので、人前でそのような発言は控えた方が良いかと」

「別にこのメンバーなら問題ないでしょ?それに、このまま自分の好きな男の子を持っていかれる方が我慢ならないわ!」

「!」

「わお!」

 

二乃が桜をまっすぐ見ながらそう発言したからか、桜はビクッと反応している。

母さんは面白そうに傍観者を貫いてるようだ。

 

「これはこれは。重大発言じゃないのかい?直江君」

「いやいやいや。武田はよく落ち着いてられるな。俺はさっきから混乱しっぱなしだぞ。えっと…なんだ?嫁がどうのって話してるから、つまり二乃さんと直江は付き合ってるのか?」

「違う…!」「「違います!」」

「うおっ!」

 

前田の発言に、三玖と五月、それに零奈が即反応した。

後二乃。一人でうっとりしないで!

 

「混沌としてんなぁ…」

「はぁぁぁ…」

 

風太郎の言葉にため息しかでない。

 

「ふむ…今の反応を見るに、もしかして三玖さんと五月さんも直江君の事が好きなのかい?」

 

空気読めよ武田ぁー…

 

「うん。私はカズヨシが好き…」

「わ、私だって和義君が好きです!」

「はぁーーーーー!?」

 

そして前田の絶叫が広間をこだました。

 

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~お風呂~

 

夕飯時に二乃、三玖、五月の爆弾発言があり途中中断もしたが無事(?)に夕飯は終わった。

今は女性陣がお風呂に入っているところだ。

広いお屋敷とはいえ、お風呂場はさすがに一つしかない。

しかし、旅館の大浴場まではいかないものの結構な広さのため女性陣は全員で入ることになったのだ。

女性陣の後に和義達男性陣が控えている。

和義は今頃前田と武田に詳しく説明するようにつめられているかもしれないが…

 

今は、零奈、綾、四葉、桜の並びで椅子に座り、それぞれが体や髪を洗っており、それ以外のメンバーは湯船に浸かっている。

 

「あら、本当に桜ちゃんのお肌綺麗ねぇ。羨ましいわぁ」

「そ、そんな…」

「それにスタイルも良いですよね!」

「それを四葉先輩に言われると何とも…」

「そうよねぇ。でも桜ちゃんの胸も十分大きいわよ。もしかして着痩せするタイプ?」

「え?そんな事今まで気にしたことがありませんでした」

「そっかぁ……ねぇ四葉ちゃん。揉んでいい?」

「ふぇ!?」

 

ワキワキと手を前に出しながら迫ってくる綾に対して、四葉は危機を感じて腕で胸を隠しながら後ずさる。

 

「母さん止めてください。おじさんくさいですよ」

「はーい…」

 

零奈の止めが入ったので、綾は手を下げ諦めた素振りを見せたので、四葉は『ホッ』と息を吐いて腕を下げ、体を洗うのを始めようとした。

しかし。

 

「ふふん。隙あり!」

「ひあっ…!」

 

諦めの悪い綾が四葉の胸を掴んできたのだ。

 

「やーん。本当に柔らかいわぁ。それにこの手に収まらない大きさ。やっぱり零奈(れな)先生の娘だけはあるわねぇ」

「ひあっ…やめっ…」

「んー?何かな?」

 

スパーン!

 

「いったぁーい…」

 

調子に乗っている綾の頭を零奈が思いっきりひっぱたいた。

その事でようやく解放された四葉は、『はぁ…はぁ…』と息づかいしながら床に座ってへばっている。

 

「母さん?調子に乗るのもいい加減にしてくださいね?」

「はい……」

 

そこでようやく綾は落ち着いた。

その時湯船にいた他の姉妹は、『自分があそこにいなくてよかった』、と思うのだった。

 

そして、体を洗う者と湯船に浸かる者が入れ替わり、湯船に浸かりながら綾は口を開いた。

 

「それにしても、皆いいもの持ってるんだから、それで和義に迫っちゃえばイチコロなんじゃない?」

「そ、そんな迫るだなんて…」

「……」

 

綾からの言葉に、五月は以前風太郎に五羽鶴を届けた後にバイクでドライブをした時の事を思い出していた。

あの時は、後ろから自分の胸を押し付けるなど自分にしてみればよくやっていたと、五月は思っていた。

 

(あれだけでも、凄い恥ずかしかったし…あれ以上ってなると…う~…)

 

悶絶している五月の横では、髪を洗いながら妄想の世界に入りきっている三玖がいた。

 

(そ…そんな…カズヨシ、ダメだよ…でも、カズヨシが望むなら…優しくしてほしいな…)

 

「でも綾さん。カズ君てば、初な反応をしめすだけで効果がないように思えるんだけど」

 

二乃の言葉に全員がピタッと動きを止めた。

 

「ちょっと待って二乃。その言い方だともう試したように聞こえるんだけど。まさか…」

「もう…そんな…言えないわ」

 

一花の言葉に二乃は恥ずかしそうに答える。

たしかに、姉妹の中で一番迫っているのは二乃かもしれない。

五月同様バイクに乗っている時に自分の胸を押し付けたり、混浴のお風呂に乱入したり、頬ではあるがキスまでしている。

まあ、頬へのキスを姉妹で最初にしたのは一花ではあるのだが。

 

「二乃…やっぱり油断できない…」

「二乃凄ーい!」

「う~…不純です!」

「五月のその言葉久しぶりに聞いた気がするけど、何想像してるのよ」

 

そんな風に五つ子が騒いでいるところで桜は一人考えていた。そして。

 

「あの…綾さん。殿方とは、やはりそうやって攻めないと落ちないものなのでしょうか?」

「あら?もしかして桜ちゃんも和義狙い?」

「はい!和義さんをお慕い申しております」

 

綾の質問にまっすぐ桜は答えた。

 

「あんた!カズ君から聞いてるわよ。告白して断られたってね」

「ちょっと二乃!」

 

あまりにもストレートな物言いに一花が横槍を入れる。

 

「ええ、その通りです。(わたくし)のこの気持ちをお伝えしましたがあの人の心には届きませんでした…あの人の心には中野先輩達がいましたから……」

「桜ちゃん…」

「しかし。和義さんはお慕いする気持ちを持ったままでいいとも言っていただきました。そして、お付き合いしてくれても良いと少しでも考えてくださいました。ならば、まだお付き合いをしていない和義さんの心を掴むのに何の問題もありません。違いますか?」

「「「「「……」」」」」

 

桜の言葉に五つ子は誰も反論できなかった。

 

「良い心がけですね」

 

そんな中、零奈は言葉を発した。

 

「勝てる確率は相当低いですよ?それでも、貴女は兄さんの心を掴んでみせる。そう言うのですね?」

「はい!」

 

零奈からまっすぐ目を見られて言われた桜だが、桜もまた零奈の目をまっすぐ見て答えた。

それに納得したのか。

 

「良いでしょう。なら、貴女のもがき見させてもらいます」

「ちょっと!おか…じゃなくてレイナちゃんはいいの?」

「良いも何も決めるのは兄さん本人です。それとも、彼女が相手では自信がないと?」

 

二乃の言葉に零奈が挑発的に答える。

 

「はぁ!?何言ってるのよ。誰が相手でもカズ君と付き合うのはこの私よ!」

「二乃が妄言を言っている。カズヨシと付き合うのは私…」

「ふふっ。今回ばかりは私も負けるつもりはありませんので」

(わたくし)も。自分の持てるもの全てを懸けて、あの方の心を掴んでみせます」

「ふん!あんたの事ライバルとして認めてあげる。精々頑張るのね、桜」

「はい。二乃先輩こそ足元を掬われないようにしてくださいね」

 

二乃と桜はお互いにニッコリと笑って握手をしている。

お互いの本音をぶつけることで良い関係になったのかもしれない。

 

そんないい雰囲気になっているところで、心にモヤモヤしている者がいた。

その者を見ながら零奈は考えていた。

 

(あの子はまだ決めかねているようですね。全く世話のかかる子です。しかし、こればかりは自分自身でどうにかしなければならない。早くしないと一番後悔することになりますよ…一花)

 

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皆が寝静まった夜間。僕は一人縁側に座って月を眺めながらお茶を飲んでいた。

 

「まったく...前田と武田の追及は凄かったな。根掘り葉掘り聞いてくるんだから...」

 

ズズズ...

 

ああ...お茶が旨い。

すると後ろから気配を感じた。

 

「よう、色男はどんなところでも絵になるな」

「風太郎がそんな嫌味を言うなんてね。隣座りなよ」

 

『それじゃあ』と一言言って、僕の隣に座った。

そして用意してあったコップにお茶を注いであげた。

 

「本当は月見酒といきたいところだけど、あいにくと僕達は未成年だからね」

「まあ、成人したらまたすればいいさ」

 

お互いに言葉を交わしてお茶ではあるが乾杯をした。

 

「とうとう明日で京都ともおさばらだな」

「ああ...」

「ふっ...本当にタダでは終わってくれないものだ」

「そう言ってぇ、楽しかったんでしょ?」

「まぁな。ただ、驚くこともあった...」

「四葉の事?」

 

僕が聞くと、お茶を口に含みながらコクンと頷いた。

 

「あれにはビビった。お前知ってたんだな?」

「ありゃ、ばれちゃったか」

「ったく。四葉があんな風に言ってくる訳ないからな。どうせ誰かの差し金だろうと思っていた。そしたら、『直江さんが背中を押してくれたんです。直江さんがいなければこんな勇気を持てませんでした』、てよ」

「そっか...それで?どうすんの?四葉に返事してないんでしょ?」

「それをお前が言うか?」

「そりゃそうだ」

 

そこでお互いにフッと笑ってお茶を飲んだ。

 

「はぁぁぁ...どうしたもんかなぁ」

「恋なんて馬鹿馬鹿しい、って一蹴しないだけましだよ」

「......あいつらがお前の事を好きでいる事は前から知っていた」

「お!?風太郎が恋について感じるなんてね」

「あいつらはあからさま過ぎだったからな。最初は気にしなかった。だが、お前を好きになったあいつらはどんどん勉強に身が入っていった。おそらくお前に認めてもらいたくて必死に頑張ったんだろう。思う気持ちは違うがかつての俺みたいに見えてきた」

「へぇ~」

「誰かに必要とされる人間になる。このことを胸にここまで頑張ってきたが、この誰かに必要とされる。これは好きになってくれることももしかして当てはまるのではないのか、とも考えるようになった」

「良かったじゃん。じゃあ、四葉からは必要とされているって事だよ。あ、今更だけど。僕は風太郎の事を必要な人間だと前から思ってるからね?」

「......お前は恥ずかしいことをそんな平然と...」

「いやいや、これはとても重要なことだから。四葉より先に思ってたからね。あれ?でも四葉は小学生の時に風太郎の事を好きになったっぽいから四葉の方が先なのか?」

「何を競ってるんだ...」

「いや、結構重要なことだと思って」

「お前と話していると、今悩んでいることが馬鹿馬鹿しく思えてくるよ」

「え、酷くない?僕だって悩んでるんだから」

 

そこでお互いに『あははは』と笑いあった。

 

「この難問どっちが先に解くか勝負だな」

「お、良いねぇ。負けないよ!」

 

そこでお互いの拳をコツンっとぶつけたのだった。

 

------------------------------------------------

~Girls side~

 

そんな和義と風太郎の語らいを陰から見ている者達がいた。

 

「あ...あの。(わたくし)、今変な考えが過ったのですが...」

「......何となく予想はできているけど、あえて聞いてあげるわ」

「最大の好敵手は上杉先輩なのではないでしょうか...」

「あぁー...桜ちゃんもその考えに至っちゃったかぁ」

「大丈夫。ここにいる誰もがそう思ってるから...」

「お互いがお互いの事を話すときが一番生き生きしてるからねぇ」

「認めたくはないですが、私も四葉の意見に同意します」

「これじゃあ、何しに来たのか分かりませんよ」

 

零奈の言葉に全員が頷いた。

そう、陰から見ていた者達とは、五つ子と零奈、それに桜であったのだ。

全員があわよくば和義や風太郎に会えればと思ってここまで来たのだが、結局二人の仲が良いところを見せつけられた結果となってしまった。

 

「う~...(わたくし)、上杉先輩には勝てそうにありません...」

「ちょっと!私たちには勝てるみたいに言わないでくれる」

「大丈夫だよ桜ちゃん。これは誰しもが通る道だからね」

「慰めになっていない...」

「はぁぁ、今回は諦めて部屋に戻りましょう」

 

零奈の提案に全員が賛同して女子達は部屋に戻っていった。

 

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~広間~

 

翌朝。和義の要望もあり、この日の朝食の席には楓の姿もあった。

その楓は上座に座り、朝食を食べながら桜の様子を見ていた。

桜は昨日と打って変わって、五つ子達の方に交じり、笑いながらご飯を食べている。

 

(垢が抜けたように笑顔で食事をしている。どうやら私の心配性だったのかもしれませんね。それにしても、こうも早く桜と打ち解けるなんて。この娘達も中々やるわね)

 

満足そうに食事を続けているとあることに楓は気づいた。

 

(今朝の朝食、いつも以上に食が進むように感じる...味はあまり変わりがないように思えるのだけど)

 

「桜?」

「はい。何でしょう?おばあ様」

「お話し中に申し訳ないわね。今朝の朝食誰が作ったの?」

「それは...」

 

そう言いながら桜の目線は和義に向かう。

 

「僕が桜さんにお願いをして、厨房を借りて作りました。一宿のお礼にと思いまして。お口に合いませんでしたでしょうか?」

「貴方がこれを...」

 

信じられないといった顔で楓は和義を見ている。

 

「俺は普通に旨いと思うけどな」

「君は黙ってた方がいいよ前田君」

「ああん!?」

 

前田が武田を睨んでいるが、どこ吹く風の如く武田は気にせず食事を進めている。

 

「口に合わないなんてとんでもありません。とても美味しくて驚いているのですよ。綾さん。良い息子を持ちましたね」

「はい。私には勿体ない。しかし、自慢の息子です」

 

屈託のない笑顔で綾は答えた。

 

「そう...ふふっ、益々気に入りました。和義さん?」

「は、はい!」

「何かあればいつでも相談に乗ります。桜を通してでも直接でも構いません。連絡してくださいね」

「分かりました。その時にはぜひ!」

 

和義の言葉に満足した楓は、いつも以上に食事を楽しんだのだった。

 

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帰りの新幹線の中。

通路を挟んで反対側の席では、五つ子と桜が楽しそうに話している。

朝も思ったけどいつの間に仲良くなったんだ?まあ、仲が良いのは良いことだけどさ。

暫くしたら静かになったなと思い、席を確認すると六人とも寝てしまった。

すぐに着くというのに相当疲れてたんだろう。昨日も夜遅くまで喋ってたって言ってたし。

その証拠に零奈も僕の横で眠っている。

 

「風太郎。今チャンスなんじゃない?」

「そうだな。はい、チーズ」

 

パシャ

 

風太郎は五つ子の誕生日プレゼントということでアルバムを作ることにしたのだ。彼女達五人の思い出の記録を作りたいと言っていた。

その為に、僕と前田と武田も協力して写真を撮っている。

初日の夜の盗撮犯事件の犯人である前田もこれの協力のために行ったものだ。あの時に前田自身が言っていたが気合を入れすぎである。

 

「すぅー...すぅー...」

 

可愛い寝息を立てながら僕に寄りかかり眠っている零奈。

中身が五つ子の母親である零奈(れな)さんだとは到底思えない。

彼女達五つ子が転校してきてもうすぐ一年になろうとしている。夏到来だ。

高校三年生の夏。つまり進路について本格的に考えなければいけない。

風太郎は恐らく東京の大学を考えていると思う。あっちの方がレベルが高いから更なる高みを目指すには丁度良いだろう。

五つ子達は、まだ全員までは把握できていないが、一花は女優で五月は教師。三玖は頭が姉妹の中で一番だからやはり大学だろうか。二乃は料理関係の学校に行くのが良いかもね。四葉は運動神経を生かして体育大学とか良いかもしれない。

やはりそれぞれが違う道に進もうとしている。

 

「僕はどうしたものか...」

 

車窓からの景色を見ながらそう考えていた。

 

 




というわけで、修学旅行編終了です!

姉妹での喧嘩はありませんでしたが、四葉の告白に和義の五つ子に対する思い。そして、桜の本格的な参戦と色々と濃い修学旅行であったのではないかと思ってます。

さて、修学旅行も終わったので、一学期も少しだけ書いて終わらせ、今後は夏休みに入っていこうと考えています。

最近では仕事が忙しく、書くペースが落ちていますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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第10章 夏休み
84.新しい日常


大変長らくお待たせして申し訳ありません。
仕事が忙しく中々投稿することが出来ませんでした。

そんな中、お気に入りが400まで来ました。
お気に入り登録いただいている皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。


「あはは、五月ちゃんこれは頬張りすぎだよ」

「うー…こんなところまで撮られていたなんて…」

 

休日の昼下がり。キリの良いところまで勉強したので、昼御飯の準備のためリビングまで降りてきた。

 

「なんだ、また見てたんだ」

 

そこには風太郎からプレゼントされたアルバムを楽しそうに見ていた一花と五月の姿があった。

 

「お、カズヨシ君。もう勉強は良いの?」

「もうお昼だからね。キリも良いからご飯の用意をしようと思ってさ」

「お昼ごはん!今日は何を作るんですか?」

「んー…今日は焼きそばでも作ろうかな…」

「焼きそば!いいですね!私もお手伝いします」

「ありがと。そういえば他の皆は?」

「二乃と三玖、それに四葉はバイトに行ったよ。二乃と三玖はほぼ一日だからお昼いらないんじゃない?四葉はそろそろ帰ってくると思うよ」

 

一花が話していると…

 

「ただいまー!」

「ほらね」

 

玄関から四葉の元気な声が聞こえてきた。そして、

 

「ただいま!」

「おかえり四葉。今からお昼作るから待っててね」

「おー、いいタイミングで帰ってこれました!あ、何かお手伝いしましょうか?」

「いや、今回は五月が手伝ってくれるから大丈夫だよ。心遣いありがとね」

「いえいえ、では着替えてきますね!」

 

そう言って四葉は客間に向かった。

 

「そういえば零奈は友達の家に行ったんだっけ?たしかお昼も食べてくるって言ってたような…」

「ええ。私もそう聞いてます」

「お母さんも小学生を謳歌してるねぇ」

 

一花がしみじみ言っているが、言葉の内容が凄い。

ちなみに母さんは今回は早めに父さんの所に戻っている。

 

「それじゃあ始めますか!五月よろしくね」

「はい!」

「今日は人も少ないからいつもより少なめに…」

 

少なめに作ろうかな、と言おうとしたところで五月と目が合った。

 

「いや、いつも通りでいっか」

「どうして私を見た後に訂正するのですかっ!」

「じゃあ、少なめで良いの?」

「……いつも通りでお願いします…」

「ふっ…了解!」

 

そして、いつもより少ない人数ではあるがそんな中でも楽しい昼食タイムであった。

ちなみに、いつも通りの量で作った焼きそばは見事完食。

五月の胃袋を甘く見ていたようだ。まあ、バイトの後でお腹すかせた四葉もいつも以上に食べていたのもあるのだが。

 

・・・・・

 

色々あった修学旅行から数日経ったが、五つ子達とは変わらず日々を過ごしている。

風太郎と四葉も最初はギクシャクした事もあったが、少しずつ元の状態に戻っている。

 

「だから!そこの綴りがおかしいと何度言えば分かるんだ!」

「う~…すみませーん!」

 

いつもの如く風太郎は四葉のリボンを上に引っ張りながらミスを指摘している。

 

「あの二人も相変わらずね」

「ギクシャクしているよりはマシでしょ」

「そうだね…ということで、カズヨシここ教えてほしい…」

 

そう言いながら隣の三玖がノートを持ってズイッと近づいてきた。

 

「三玖?そんなに近づかなくても良くないかな?」

「ちゃんと教えてほしいから問題ない」

「いやいや、ここまで近づかなくてもいいでしょ!てか、胸が当たってるって

嬉しい…?

 

ニヤリと笑いながら聞いてくる三玖。

確信犯か!

 

「何してんのよ三玖!」

「何って、勉強を教えてもらってる…」

「そこまで近づかなくてもいいでしょ」

 

向かいの二乃がすかさず反応した。

 

「あ、次は(わたくし)に教えてください。(わたくし)も分からない箇所がありますので」

 

そう言いながら三玖とは反対隣にいた桜が近づいてきた。

 

「あんたは何便乗しようとしてんのよ」

「しかし、本当に分からない箇所がありますので…」

 

さも当然のように言う桜。

本当にこの娘達は仲が良くなったものだ。

 

最近では、お昼も一緒に食べることも増えてきている。

 

「和義さん。このおかずは自信作なので食べてみてください。あーん…」

「桜?」

「あら?このようにすると男の方は喜ばれると聞いたのですが…」

「えっと…桜ちゃん。誰から聞いたのかな?」

「?クラスメイトの方々ですが」

 

一花の質問に桜は『間違ってますか?』という顔で答えた。

 

「あんたクラスメイトにカズ君の事言ったの?」

「いえ、そこまでは。和義さんにご迷惑をお掛けしたくはありませんので。ただ、最近柔らかくなって話しやすくなった、とクラスメイトの方々に言われまして。それで何かあったのかと聞かれましたので、愛する殿方が出来ました、と伝えたところ色々と教えていただきました」

 

桜が言っている通り、前よりも話しかけやすくなったのか、桜はクラスメイトとしっかりと交流が出来ているようだ。

別に嫌われているという事ではないのだが、あまりに凛とした佇まいに、礼儀正しい話し方であったために近寄りがたく、大袈裟に言えば神化扱いされていたのだ。

交流が増えることで成績が落ちるかとも思ったのだが、杞憂に終わった。落ちるどころか、益々学力向上している。

 

『和義さんの隣に並ぶ女性として恥ずかしくないようにいなくてはいけませんから』

 

と、以前桜が言っていた。

学力だけではなく、弓道や華道にもより一層力を入れているみたいで、たまに楓さんから、感心するくらいに頑張っているから誉めてあげてほしい、とお願いされるくらいだ。

その時に誉めてあげると凄い喜んでくれるのだが。

そんな訳で、放課後が忙しい事もありこうやって休み時間に皆と交流しようとしているのかもしれない。

 

「な…なるほどー…」

 

四葉は桜の言葉に納得して風太郎を見るが。

 

「言っとくが、俺はやらんぞ」

「ですよねぇ…」

 

風太郎の言葉にしゅんとなっている四葉。心なしかリボンも垂れ下がっているようだ。

 

「えー、いいじゃんこれくらいしてあげなよ。ほら、あーん…」

「むぐっ…」

 

問答無用に風太郎の口に、一花が自分の弁当からおかずを掴んで突っ込んだ。

 

「……ごくんっ。一花お前なっ」

「どう?美味しい?」

「……いきなりで味なんて分かんねぇよ」

「そっか…じゃあ…」

「じゃあ、私のをどうぞ!あーん…です」

「ぐっ…」

 

一花に負けじと自分のおかずを四葉は差し出した。

チラッと風太郎が僕を見るが、『諦めろ』という表情で返してやった。

 

「はぁぁ……あむ……」

あっ…ししし、どうですか?美味しいですか?」

「まぁ…和義が作った弁当だからな」

「ん?さっきのおかずは四葉の手作りだよ。今朝は頑張って手伝ってくれたんだよ。ね?四葉」

「はい…」

「そ…そうか…」

 

おー二人とも照れちゃって。しかし…

チラッと一花を見るが笑顔で二人を見ている。

いや、あれは笑顔を作ってると言った方が良いかもしれない。

と、一花の事を心配してると飛び火がこちらにきているのに気づかなかった。

 

「上杉先輩もされたのですから、はい…あーん…」

「いや…」

「何だ?和義はやってやらないのか?」

 

ここぞとばかりにニヤリと笑って風太郎が言ってくる。

こいつ…この後どうなるか分かってて言ってんな。

 

「あむ…」

「どうですか?」

「ああ。しっかり味が染みてて美味しいよ。さすがだね。弁当の盛り付けも綺麗だったしね」

「~~~っ…ありがとうございます!幸せな気持ちです。クラスメイトの方々に感謝の気持ちを伝えないとですね」

「お、大袈裟だなぁ」

 

僕の言葉にうっとりとしている桜。

 

「桜にやったんだから…」

「私たちも…」

「良いですよね?」

 

ニッコリと笑いながら聞いてくる、二乃と三玖と五月。

桜の行動を止めないと思ったら、やっぱりこれが狙いだったか。こういう時は本当に息ピッタリだよね、ホント。

結局、その後は順番に差し出されたおかずを食べることになるのだった。

 

------------------------------------------------

~教室~

 

「毎日あっついわねぇー」

「もう夏ですからね」

「もうすぐ夏休みだね!」

 

3年1組の教室では、五つ子と桜が集まって話していた。

二乃の暑い宣言に桜と四葉がそれぞれ答えている。

 

「やっほー!桜ちゃんまた来てたんだ」

「皆さん、こんにちは」

 

そこに、五つ子のクラスメイトの女子が近づいてきて、桜に声をかけてきた。

それに対して桜はお辞儀をして挨拶をしている。

クラスメイトが言っているように、修学旅行が終わってから、桜が3年1組の教室に来る頻度が増えているのだ。

増えた理由は和義の事もあるが、何より五つ子と仲良くなったのが大きな原因かもしれない。

 

「ほとんど毎日来てるし、しっかり通い妻できてるじゃん」

「そんな…妻だなんて…まだ、お付き合いも出来ていないのに良いのでしょうか…」

「「えっと…」」

 

一人のクラスメイトの発言に対して、両手で顔を覆い恥ずかしがっている桜。

そんな桜の反応にクラスメイトの女子二人は戸惑ってしまっている。

 

「はぁぁ…その娘に冗談は通じないわよ」

「そ...そうなんだ...」

 

その後二人は五つ子達から離れていった。

 

「まったく、少しは冗談にも慣れなさいよ」

「冗談...?」

「まずはそこから...」

「あはは、五月みたいだね」

「私ってこんな感じなんですか!?」

「自分ではわかんないよねぇ~」

「一花酷いです!」

 

五月の文句に他の姉妹は笑っている。

 

「ねぇ、夏といえばやっぱり…」

「海よね」「山だね」

 

二乃の言葉に対して、二乃と三玖の意見が割れた。

 

「は?信じられない。山なんていつでもいいじゃない」

「夏にしかできないことがある。それに騒がしいところは苦手」

「私たちは三年生なんですから、夏休みは受験勉強しかないでしょう…」

「うっ…考えたくもないわ」

(わたくし)も勉学に弓、それに華道と忙しいですね…」

 

五月の受験勉強宣言に二乃がげんなりし、桜も少し元気がないようだ。

そんな時。

 

「私...大学行かないよ」

「え...」

 

三玖の爆弾発言に四葉が驚きの声をあげた。

 

「どうして...期末試験だって三玖は五月についで姉妹で良い成績だったのに...」

「.........笑わないで聞いてほしいんだけど...お料理の学校に行きたいんだ」

 

四葉の質問に三玖は恥ずかしそうに答えた。

 

「お料理の学校ですか...」

「あんた正気?」

 

三玖の質問に桜と二乃がそれぞれ反応する。

 

「それはまた...上杉君はなんて言うでしょうか...」

「だねぇ。カズヨシ君はむしろ応援すると思うよ」

 

五月と一花が話した後、全員が教室の後ろで前田と武田と話している、和義と風太郎を見ている。

この四人も修学旅行以前よりも仲が良くなっている。

 

「相変わらずあの四人は一緒...」

「そうですね。特に和義君と上杉君はいつも一緒です」

「四葉ももっと上杉と話したいんじゃないの?」

「ふぇっ!?べ、別にそんな事ないよ!」

(わたくし)はもっと和義さんとお話をしたいです」

「あんたは本当に変わったわね...」

「いいんじゃない?それがあったから桜ちゃんとこうやっていっぱい話すことができるようになったんだし」

 

そこで六人全員で笑いあった。

それぞれがもうすぐ始まる夏休みに思いを募らせながら。

 

------------------------------------------------

もうすぐ二学期も終わる頃の夜。母さんから電話がかかってきた。

 

「どうしたの?電話してくるなんて珍しいね。いつもメッセージ送ってくるのに」

『たまには良いでしょ?声を聞きたい時もあるわよ』

「そっか」

『それで?もうすぐ夏休みでしょ?私達のところに来る?』

「いや、これでも受験生なんだけど...」

『そういえばそうだったわね。進路は決めたの?』

「それがまったく...これをやりたいってのが思いつかないだよねぇ」

『ふ~ん。歴史関係の進路は取らないの?』

「あー...やっぱそれは今まで通り自分の趣味として持っときたいかなって」

『なるほどねぇ』

「後は、今のバイトを活かしたのも考えてるよ」

『今のバイトっていえば、家庭教師に塾の講師、後は調理スタッフね。何?お母さん達と同じ教師の道を進んでみる?』

 

教師か...たしかにそれもいいかもと思っている。

父さんに母さん、そして零奈(れな)さんが務めた職業。今の塾の講師をやってても面白いと思うときもあるわけだし。

となると、五月と同じ教育大学か...

 

「うーん。一応それも候補の内に入れてるかな」

『そう。後は料理関係も良いかもね。なんて言っても和義の作る料理は美味しいから』

「ありがとね」

 

料理関係となると大学ではなく専門学校になるな。

そういえば、この間三玖から料理の専門学校に進学したい事を言われたっけ。

 

『私ね、料理の勉強がしたいんだ。だから、お料理の学校に行きたい。ダメかな...?』

『そんな事ありませんよ。貴女が考えて決めた事。私は応援してます』

『そうだね。三玖の料理の腕はどんどん上がってる。頑張って。僕も応援するよ』

 

僕と零奈はもちろん賛成して、それを聞いて三玖も喜んでたな。

風太郎なんかは複雑な顔で応援すると言っていたから笑ってしまった。でも...

 

『俺はあいつらの夢を見つけてやりたい』

 

あの言葉があったから三玖の進路を応援する気持ちになったんだよね。まあ、大学に受かる可能性のある生徒が大学に行かないと言えば、家庭教師としては複雑になるよね。

 

「料理関係の道に進むなら、専門学校に行くか、どっかで修行をす...る...の...が...良い...かもだね」

 

そこでふとある事を思い出した。

 

『ん?どうしたの和義?』

「あのさ母さん、ちょっとお願いがあるんだけど。頼めるかな?」

『もちろんよ。和義からのお願いなんてそうそうないからね。で?どうすれば良いのかな?』

 

・・・・・

 

『へぇー、そんな事があったんだ』

「うん。僕も今思い出したんだけど」

『うん。良いんじゃない?じゃあ、私が連絡しといてあげようか?』

「ううん。これは自分でしたいから、連絡先を教えてくれるだけで十分だよ」

『分かったわ。そうなると、零奈ちゃんと五つ子ちゃん達はどうするの?』

「う~ん。彼女達には申し訳ないけど、こればっかりは僕でもやれるか確認するためにも一人で集中してやりたいんだ」

『そうよねぇ...分かったわ。その辺りは、私からマルオ君にでもお願いしてみるわよ』

「良いの?」

『ええ。何と言っても大事な息子の将来が決まるわけだしね。まあ、あの娘達にはちょっと悪いとは思うけどね』

「助かるよ」

『後、他のバイトの事も気にしないでね。私から根回ししとくから』

「ありがとう。僕からも頭を下げとくよ」

『大丈夫よ。あの二人ならね』

 

その後少しだけ話して母さんからの電話が切れた。その後すぐに、母さんから連絡先がメッセージとして送られた。

 

そして次の日。

 

「ご無沙汰してます。直江和義です。以前言われた事で今日はお電話しました」

『.........甘やかすつもりはない。覚悟はあるんだな?』

「はい!僕に出来るか試してみたいんです!」

「そうか...夏休みに入ったら来ると良い...』

「っ!ありがとうございます。では、また後日連絡します。失礼します!」

 

そこで相手との電話が終わった。

さて、これで僕の夏休みの予定が全部埋まったかな...零奈と五つ子達は怒るだろうなぁ...

そんな考えを持ちながら、夏の代名詞ともなるセミの大合唱の中、青空を見上げたのだった。

 

 




さあ、新しい章の始まりです!

修学旅行で培った絆によって新しい日常が送られております。
その大まかな内容は桜の交流ではあるのですが。
そんな中、和義が高3の夏休みまで捨てて向かう先は何処なのでしょうか?
まあ、予想できる人には簡単かもしれませんが…

次回は、和義がいない五つ子と零奈、そして桜の夏休みの話を書いていこうと思います。

また次の投稿まで時間がかかるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。


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85.行方

また遅くなり申し訳ありません。最新話スタートです。

早いものでもう3月ですね。早く暖かくなってほしいものです…


~PENTAGON~

 

夏休み初日。この日、五つ子達は零奈を連れて自分達のマンションに戻ってきていた。

 

「まさか、またここに戻ってくるとはねぇ」

 

二乃が高くそびえ立つマンションを見上げながらそう呟いた。

 

「言っとくけど、カズ君が帰ってくるまでの繋ぎだから!」

「カズヨシ君とフータロー君。二人とも家庭教師に戻ったんだし、そろそろ帰ってきてもいい頃だったんじゃない?まあ、私もお母さんと一緒にもっといたいけどさ」

「一花…」

 

そして五つ子は自分達の家に足を踏み入れた。

 

「わっ、綺麗なままだ」

「江端さんかな?ずっと掃除してくれてたのかも」

 

リビングは長期間留守にしていたとは思えないほど綺麗に掃除までされていたので、四葉と一花はそれぞれの感想が漏れてしまった。

 

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ。自分の家と思ってくつろいでください」

 

そこに零奈が申し訳ない様子でリビングに入ってきたので、五月が歓迎の気持ちを込めて言葉をかけた。もちろん他の姉妹も同じ気持ちである。

 

「お父さんは…やっぱいないか」

「僕がどうかしたかい?」

「「「「「え!?」」」」」

 

一花の少し悲しげな言葉に対して、つい先程玄関から入ってきたマルオ本人が答えた。

全くの予想外の出来事に五つ子全員が驚きの声を上げた。

 

「皆おかえり…」

「「「「「た…ただいま…」」」」」

「ふむ…君がレイナ君だね?前にREVIVALという店と旅館で会っているから知っているかもしれないが、僕は彼女達の父親で中野マルオという」

 

五月のそばにいた零奈にマルオは挨拶をした。

 

「ええ、覚えております。あの時はとんだ我が儘を言ってしまい申し訳ありませんでした。改めて、直江和義の妹の零奈です。本日よりお世話になります」

 

零奈はマルオの挨拶に対して、礼儀正しく挨拶をして頭を下げた。

 

「さすが彼の妹さんだね。礼儀正しい対応が出来ている………」

 

マルオが零奈のことを誉めたのは良いが、その後じっと零奈を見ている。

 

「あ…あの。何か…」

「…っ!すまないね、少し考え事をしていた…時にまた失礼な事を言うのを許してほしい。僕と何処かで会ったりしたことがないだろうか?無論、この間REVIVALで会った時より前だ」

「「「「「!」」」」」

 

マルオの言葉に五つ子全員がドキッと反応した。

唯一零奈自身だけは変化がないように見えるが、内心では多少の動揺を見せている。

 

「いえ。こうやってお話しするのはREVIVALでお会いした時だけ。もしかしたら、両親とお会いした時に紹介されたのかもしれませんが、私には()()がありません」

 

零奈はそう冷静に答えた。

 

「そうか…いや、すまなかったね。君と話していると懐かしさが出てきてどうも心落ち着く気持ちになるものでね。まったく…小学生の女の子に何を言っているのだろうね僕は…」

「…っ。そうですか…」

「……そろそろ仕事に戻らなければならない。皆、レイナ君の事をしっかり面倒見るように」

 

そう言葉を残して、マルオは仕事先である病院に向かってしまった。

 

「まさかパパがくるなんて思いもしなかったわ」

「だね。私もビックリしたよ」

 

二乃の言葉に四葉も賛同した。

 

「それにも驚きましたが…」

「うん…もう一つ驚いたことがあった…」

 

五月と三玖の言葉で姉妹全員が零奈に注目した。

 

「ええ。多少なりとも感づいているかもしれませんね」

「いやー、愛の力は偉大だねぇ~」

「茶化さないでください一花。私にはその資格がないのですから…

「お母さん…」

 

悲痛な言葉を発した零奈を五月は心配そうに声をかけた。

 

以前、零奈が自分は和義の事を好きだと姉妹全員に告白した後。姉妹全員が同じことを疑問に思い零奈に確認した。

 

『お父さんに自分の事を打ち明けないのか』

 

と。

これまで零奈は、今のマルオの状況を娘達を通して確認をしていた。

自分に見せていた笑顔を娘達が見たことないこと。

それどころか父娘の会話や接点もないことを。

零奈は、自分のせいで現状が起きているのだと自身を責めると同時に、何とかマルオ自身で自分の死を乗り越え娘達と向き合ってほしいとも思っていた。

自分の事を打ち明ければ、もしかしたら昔のマルオが戻ってくるかもしれない。でもそれでは駄目だ。そう零奈は考えていた。

マルオにとっては酷な事かもしれないが、彼なら大丈夫、とも信じている。

 

「……ま、パパがいたのは予想外だったけど…お母さん、本当にカズ君がどこにいるか知らないのよね?」

「えっ…?ええ、私も聞かされておりません。私が知っている情報はあなた達と変わりませんよ」

「そっか…」

 

零奈ならもしかしたら知っているかも、という淡い期待があって二乃が確認をしたが、零奈の回答に三玖はがっかりな気持ちで言葉が漏れた。

その時、六人は先日の和義とのやり取りを思い出していた。

 

------------------------------------------------

~直江家・リビング~

 

夏休みまで後少しのある夜。五つ子と零奈は和義から大事な話があるからリビングに集まってほしいと言われ、集まっていた。

 

「直江さんからお話しなんて、なんだろう…?」

「夏休みの予定、とか…」

「きっとそうよ!新しい水着買わないと」

「なぜそこで水着の話が…先日も話しましたが、私たちは受験生なんですよ」

「まあまあ五月ちゃん。夏休みも長いんだし、リフレッシュも必要だよ?」

「そんなことを言って…夏休みなんてあっという間ですよ」

 

零奈が皆のお茶を配膳しながらそう口にした。

そこに和義がリビングに入ってきた。

 

「ごめんごめん。集めた本人が遅れて…」

「いえいえ。みんなもさっき揃ったばかりですので。それで何かあったんですか?」

 

和義が謝りながら六人が集まっている所に来ると、四葉が早速話を切り出した。

 

「えっと…もうすぐ夏休みに入るじゃない?その事で皆に伝えたいことがあるんだよね…」

「やっぱり夏休みのことだったのね!何?海にでも行く?」

「私は山がいい…」

「勉強のスケジュールではないですか?」

 

和義の言葉に二乃、三玖、五月がそれぞれ意見を言う。

しかし、和義からは誰もが予想だにしなかった言葉が発せられた。

 

「急で申し訳ないんだけど、皆には夏休みに入ったら自分の家に帰ってもらいたいんだ。中野さんにはもう相談済みだよ」

「え…」

 

和義の言葉に、五つ子達は信じられないといった顔で固まってしまった。かくいう零奈も驚きの表情になっている。

唯一、五月だけが声を漏らした。

 

「な、何言ってんのよ…」

「ど、どうしちゃったの?カズヨシ君…」

「私たちの事、嫌いになったの…?」

 

ようやく思考が戻ってきたのか、二乃と一花、三玖がそれぞれ口にした。

 

「そんな事ないよ………僕の将来の事なんだけど…」

「兄さんの?」

「うん。僕ってまだ具体的にこうしたいってビジョンがないんだよね…一花みたいに女優として頑張っていきたいや五月みたいに先生になりたい、みたいな…」

「それを言ったら私だってまだ何も思いついてないですよ」

「あはは…だね。うん…それである人の所でちょっと修行的な事をこの夏休みでしてこようと思うんだ」

「修行ですか!?」

「ちょっと興味ある事が出来てね。そこで試しに働いてみて、駄目だったら進学しようと思ってる」

「なるほど。それで、和義君もいないので居候の私たちには家に帰ってもらいたいと」

 

五月の言葉に和義はコクンと頷いた。

 

「待って!それじゃあ、お母さんはどうするの?」

 

そこで一つの問題を一花が指摘した。

和義もいない、五つ子も自分達の家に帰るとなると、零奈はこの家に一人残されることになるからだ。

 

「もしかして、お母さんはカズ君に付いていくってこと?」

「いや、そこも母さんにお願いして手を回してるよ。実は中野さんにお願いして中野家で預かってもらう手筈になってる」

「また私抜きで…」

「ごめんって。でも、どうしてもこれは一人でやり遂げたいんだ」

「「「「「「……」」」」」」

 

決意めいた真剣な顔で言われれば六人は何も言えない。

好きになった弱みかもしれない。

 

------------------------------------------------

「今思い出しても…あの時の決意に満ちたカズ君の顔。カッコよかったわぁ~」

「うん…ドキッとした…」

 

その時の和義の顔を思い出した二乃と三玖はうっとりしている。

 

(はぁぁ…本当はカズヨシ君にこの夏休みで相談したいことがあったんだけどなぁ…うまくいかないもんだ)

 

「一花?」

 

考え事をしていた一花に真っ先に気付いた四葉が声をかけた。

 

「どうかした?」

「ううん。お母さんの寝る場所どうしよかなって考えてた」

「そういえば、そうですね」

 

考え事を誤魔化すように一花が話すと、五月はそれに同調する。

 

「考えてもしょうがないし、お母さんさえ良ければ日替わりで私たちの部屋を使ってもらいましょ」

「うん、それがいい。どうかなお母さん?」

「私は構いませんよ」

「じゃあ決まりだね!」

 

こうして、中野家での六人の生活が始まった。

 

------------------------------------------------

~塾~

 

夏休みに入り数日。五月は零奈と共に塾に通っていた。

最初は和義がいない事で寂しさがあったが、和義も一人で頑張っているのだから自分も頑張らなければ、という思いで時には零奈に聞きながらも自身で勉強を続けていた。

 

「五月さん!」

 

五月と零奈が塾に入ったところで桜に声をかけられた。

 

「桜さん。お久しぶりです」

「ご無沙汰しております。あの、和義さんはやはり…」

「ええ。今日も来ません」

「やはり、夏休み前におっしゃっていた通りずっと来られないのですね…」

「……」

「五月さん。私は自分の教室に行ってますね」

 

五月と桜が沈黙すると、零奈が率先して動き出した。

 

「は、はい!終わったら連絡してください」

「分かりました。では…」

 

そこで一礼して零奈は自分の教室に向かってしまった。

 

「本当にしっかりした子ですね。初めて会った時もビックリしました」

「そ…そうですね」

 

(本当は中身は自分の母親だって言えないなぁ…)

 

苦笑いをしながら桜の言葉に五月は答えた。

 

「よう。お前らはいつから仲良くなったんだ?」

「「下田先生」」

 

そこに、零奈と入れ替りで下田が二人に話しかけてきた。

 

(そういえば、下田先生は綾さんの事も知ってたよね。だったら…)

 

「下田先生!」

「お?どうした?そんな切羽詰まった顔をして」

「あの!和義君が今どこにいるか知ってますか?」

「あー…なるほどね。あいつがいなくて寂しいって訳だ」

「「はい!」」

「おっと…二人で即答とはねぇ。うーん……悪いね、こればっかりは教えられねぇわ」

「なぜでしょうか…?」

「お前さんがたも知っての通り、あいつは今自分の将来の為必死に頑張ってんだ。その邪魔をすることはあたしには出来ないね」

「それは…」

「分かってはおります…」

 

下田の言葉に五月と桜は下を向いてしまった。そんな二人の姿を見て下田は、

 

(まったく…どんだけ和義の事を好きなんだよこいつらは…たく、そんな顔をされたら、あたしの心が動いちまうだろ!)

 

と、そんな風に考えてしまった。そして、自分の頭をガシガシとかきながら折れたように告げた。

 

「はぁぁ…一つだけヒントをやる。あいつは今ある場所で料理の修行をしている」

「「え…?」」

「そこで自分の可能性を見たいとよ。後な、これは綾さんから聞いた話なんだが……」

 

・・・・・

 

「……分かりましたよ。あいつが抜ける、しかも夏休みにって言うのは痛手ではありますけど、綾さんの頼みとあいつの意志が固いってのが分かりましたからね…」

『ありがとね。助かるわぁ』

「まったく…相変わらずの親バカっぷりですね…」

『……』

「綾先生?」

『それも勿論あるんだけど…あの子ってね、今まで自分の為に行動したことがなかったの…』

「それはまた…」

 

(確かに…塾で働いてくれるようになったのは、五月の為って言ってたな。自分が一緒に働けば一歩踏み出してくれるだろうって…)

 

『私達夫婦は忙しかったから、零奈ちゃんの世話はいつも和義に任せっきりだった。その事もあってか、あの子は自分よりもまずは零奈ちゃんの為に、て行動してきたの。そして次は風太郎君。周りからどう見られようが、気にせず勉強に打ち込む姿を見て、また彼の為にと行動してきた。そして今ではその二人に加えて…』

「五つ子達、そして諏訪ですか…」

『そう…それでも、ようやく最近になって自分の為に行動するようになってきたんだよ。この間の修学旅行を抜け出したって聞いた時は本当にビックリしたんだから。だからね、今回のように自分の為に何かしたい、と言われたら何かしてあげたいって思っちゃうじゃない』

「そうですね…」

 

・・・・・

 

「そんな…」

「……」

 

(そっか。だからお母さんは今回の件であまり騒ごうとしてなかったんだ。今までの和義君を見てきたから…)

 

下田の話に桜は言葉が漏れ、五月は考え込んでいた。

前から五つ子達は疑問に思っていた。今までの零奈であれば、一目散に綾に場所を聞いて突き止めたり、自分も付いていくと和義に迫ったりしていたはず。

しかし、今回はまったく動じず、五つ子達のお願いに対しても、『あの人が決めたこと。邪魔はしたくありません』、と行動を起こそうとしなかったのだ。

 

「とは言えだ」

「「?」」

「見守りたいっていう意見があるが、別に近くで応援したいって思うことも悪かぁねぇ」

「「!」」

 

ニヤリと笑いながら下田が話すと、二人は反応する。

 

「あたしから言えんのはここまでだ。後はお前さんらが決めるこったね」

 

手を挙げながら、そう言って下田は二人から離れていった。

 

「五月さん。実はお婆様にも和義さんの所在について相談していたんです」

「そうなんですか!?」

「はい。ですが…」

 

『桜のお願いであっても、今回の件については私から手を貸すことは出来ません。もし、それでも会いに行きたいなら自分でどうにかするのですね』

 

「と断られてしまったのです。ですので、敢えてお伝えはしなかったのですが」

「なるほど。つまり和義君は桜さんのお祖母さんにも伝えていると」

「そうだと思います。それに、今お婆様は京都にいないので…」

「自分は和義君の近くに行ってる訳ですか…」

「恐らく。先程下田先生が、和義さんは料理の修行をしていると言っていたので、お婆様のコネを使ってどなたかを紹介したのかもしれません」

「あり得そうですね。それで?桜さんはどうされますか?」

「分かってらして聞いていますよね?勿論、和義さんの所に向かわせていただきます!」

「ですよね。良かった同じ考えのようです。ただ…」

「はい。今回は大人の力は借りれないかと。しかも、もしお婆様の知り合いの料亭などにいるとなると数が多すぎて絞りきれません」

「他に知ってそうな人がいればいいのですが…」

 

五月と桜はお互いの意気込みを胸に、今後も強力して探しだそうと誓い合ったのだった。

 

------------------------------------------------

~街中~

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

この日も四葉は一人日課のジョギングをしていた。

そして、休憩のためいつもの丘の上の公園のベンチに座りスポーツドリンクを飲んでいた。

 

「んっ…んっ…んっ……ぷはっ!ふー…」

 

(最近は直江さんと一緒だったからなんか寂しいな…直江さん、一体どこに行っちゃったんだろう…)

 

目の前に広がる街並みを見ていても、四葉の寂しさは抜けずにいた。そんな風にボーッと景色を眺めていた四葉は、後ろから声をかけられた。

 

「あ!四葉さん!」

「え?らいはちゃーん!それに、上杉さんのお父さんも」

「よう」

 

たまたま通りかかったらいはと勇也である。

 

「精が出るなぁ。こんな暑い日だってのに」

 

時間は夕方ではあるが、夏真っ盛りでもあるので確かに暑い。

 

「あはは…何だか走ってないと落ち着かなかったので…」

「四葉さん?」

 

少し元気がないように見えた四葉をらいはは心配そうにしている。

 

「和義がいないから、自分の家に戻ったそうじゃないか?綾先生から聞いてるぜ」

「はい。レイナちゃんも預かっていますよ」

「そっかぁ…和義さんどこに行ったんですかね?お兄ちゃんも聞かされてないんだよ」

「上杉さんも…そうですか…」

 

(多分、風太郎君から私たちに漏れると思ったんだろうな…)

 

「ま、心配すんな。信用できる場所にいるからな。何かあるってことはねえだろ」

「お父さん、和義さんがどこにいるか知ってるの?」

「ああ。綾先生から聞いてるからな。無論口止めもされている」

「むー…」

 

勇也のそんな言葉にらいはは悔しそうな顔をしている。

 

「あの!信用できる場所って…」

「ん?そうだなぁ、俺から言えるのは俺たちも行ったことがある場所だ」

「私たちもですか?」

「ああ…」

 

四葉の質問にどこか優しげな顔で勇也は答えた。

 

「むー…教えてよ、お父さん!」

「悪いな。らいはの頼みでもこればっかりは聞けねぇよ」

「ちぇっ。じゃあ、今日のお父さんの晩御飯は一品なしだからね」

「えーっ!そりゃないぜぇ~」

 

そんな上杉父娘のやり取りを気にせず、四葉は考えていた。

 

(私たちが行ったことある場所、かぁ…)

 

------------------------------------------------

~REVIVAL~

 

「お疲れ様。今日は二人ともあがっていいよ」

「「お疲れ様です!」」

 

店長に言われて、二乃と風太郎は帰る準備を終え裏口から出た。

 

「うーん、今日も疲れたわねぇ」

「ああ。和義がいなくても客は多いしな……はっ…」

 

そこで余計な事を言ってしまったと思い、風太郎は二乃を見る。

すると、風太郎の思った通り少し沈んだ二乃の姿があった。

 

「カズ君、どこにいるんだろう…」

 

そう言いながら自分の携帯を見る二乃。

和義は毎日メッセージを送ってくれている。とはいえ、忙しいのか夜のほんの少しの時間だけである。

それでも毎日メッセージが来ることに五つ子達は嬉しかった。

ちなみに、最近は桜とも仲良くなったのでグループに桜も追加されている。

 

「まあ、毎日欠かさずメッセージを送ってくれてるんだろ?なら心配ないさ」

「そうだけど…やっぱり直接会って話したいし、あわよくば抱きつきたいわよ」

「そうかよ…」

 

二乃の言葉に風太郎が呆れていると、そこにもう一人やって来た。

 

「二人ともお疲れ…」

「三玖。お前も今終わったのか?」

「うん。ところで、二乃は何に意気込んでるの?」

「もちろん、カズ君に会って抱きしめたいって思ってたのよ」

「そんな風に考えてんのはお前だけだよ」

「分かる…」

「はぁ!?」

 

二乃にツッコミを入れた風太郎だが、横から二乃に同意する意見が出てビックリした。

 

「私も早くカズヨシに会って抱きしめたい…!」

「お前もかよ…はぁぁ…」

 

三玖の言葉に頭を抱える風太郎。そこに、REVIVALの裏口が開かれた。

 

「おや?君たちはまだ帰っていなかったのかい?」

「店長。すみません、こんなところで」

「いいさ。おや、君はたしか向かいの…」

「二乃の姉妹で三玖と言います。向かいのパン屋で働いています」

「パン屋の店長から聞いてるよ。どんどん腕を上げてるんだって?」

「はい。頑張ってます」

「それはそれは…」

「店長!」

 

店長が何か話そうとしたところで、二乃から横やりが入った。

 

「店長は和義から本当に何も聞かされてないんですか?」

「おやおや。彼も人気者だねぇ。前にも言ったが()()()は何も聞かされてないよ。残念ながらね」

「そうですか…」

 

店長の言葉にガッカリする二乃と三玖。

そんな時ふと風太郎はある考えが芽生えた。

あれほど和義を店で働かせたいと思っていた店長が、今回の夏休みの間和義が抜ける事をえらく直ぐに受け入れていたな、と。

 

(あの店長がこんなにすぐ諦めるか?何日かは粘るはずだよな…待てよ…)

 

「そういえば、店長って綾さんと知り合いでしたよね?」

「ん?そうだけど、今聞くことかい?」

「もしかして、和義からは聞かされてないけど、綾さんからは聞いてるんじゃないですか?」

「「!」」

 

風太郎の言葉にばっと二乃と三玖が店長に注目した。

 

「おやおや。上杉君にしては考えたね……君の言った通り綾さんから聞かされてるよ。彼がいる場所もね」

「だったらっ…」

「それとね。誰にも言わないようにとも言われている」

 

二乃の言葉に自分の掌を向けてそう伝えた。

そして、下田が五月と桜に話した内容を、店長もこの三人に伝えた。

 

「分かるだろ?ここまで言われたら、僕は綾先生のお願いを聞かざるを得ない。ま、彼に何かが起きる事もないだろう。彼が帰ってくるのを待つといい」

 

そう言いながら裏口から店に入ろうとする店長に二乃が言葉を放った。

 

「それでも!私が今すぐ会いたい気持ちは変わらないわ!」

「うん…!私だって一緒…!」

「お前ら…」

「はぁぁ…ここまで想ってもらえるなんて彼が羨ましい限りだよ」

 

そう呟いた店長は振り返り三人に伝えた。

 

「君たちの気持ちは理解した。だが、僕だって綾先生の気持ちを尊重したい。だから、一つだけ教えておこう。彼が今行っている場所は、この店では学べない事を教えてくれる場所だ」

 

そう言い残し、今度こそ店長は店に入り裏口を閉めてしまった。

店長の言葉を聞いた三人は、帰りながら和義の居所を考えていた。

 

「REVIVALでは学べないか…」

「業種が違うってことなのかな…?」

「あいつの事だから、今までの自分のやってきた事を活かせる事をしたいって考えてるはずだ」

「そうなってくると、まずは私たちの家庭教師よね」

「後は、歴史関係なのかも…カズヨシは歴史好きだし…」

「それ以外だと、REVIVALに塾の講師だな」

「「「うーん…」」」

 

三人はそこで腕を組み悩みだした。

 

「家庭教師や塾の講師なら、やっぱり五月みたいに先生を目指すはずよね。ならこれは外せるわね。だってそれなら、わざわざ別の場所まで行って学ぶ必要はないもの」

「だな。仮に自分の両親のところで学ぶなら零奈を置いていく必要がない。それにあいつは一人でやりたいって言ってたわけだしな」

「そうなると、後は歴史。それにREVIVAL。つまり料理…?」

「待って!さっき店長さんはここでは学べないって言ってたわよね。てことは、さっきの三玖の業種が違うって言葉が的を得てるかも」

「なるほどな。つまり、REVIVALはケーキ専門だからそれ以外の料理関係か!」

 

だが、そこで三人は振り出しに戻る。

では何の料理でどこで修行をしているのかと。

 

「はぁぁ…綾さんが絡んでくるとあの人の交流関係半端ないからなぁ…」

「それにもう一人カズ君の味方をする人がいるじゃない…」

「うん…桜のお祖母さん。あの人の人脈も相当なものだと思う。下手したら、綾さん以上かも」

「まったく…味方の時は頼もしくもあったけど…」

「敵になるととんでもない壁…」

 

二乃と三玖はそこでお互いを見合って、プッと吹き出した。

 

「でも…」

「うん。倒しがいがある…」

 

ガシっとお互いの腕を絡ませて二乃と三玖はお互い頷いた。

 

「こいつらは...」

 

(まったく...綾さん、あんたも相当な人だが...この五つ子の団結力も相当なものだぜ)

 

二人の様子を見ながら風太郎はそう考えていた。

 

------------------------------------------------

~一花所属の芸能事務所~

 

「それでは、今日は先に失礼します。お疲れさまでしたっ」

「お疲れ様、一花ちゃん」

 

芸能事務所の社員の人に挨拶をした一花は事務所から出ようとしたところで声をかけられた。

 

「あ、一花ちゃん今帰り?」

「社長、帰ってたんですね?お疲れ様です」

 

一花の所属している事務所の社長、織田である。

 

「どうです?リフレッシュできましたか?」

「ああ。娘の菊共に楽しませてもらったよ。はいこれお土産」

 

そう言いながら織田は一花に一つの紙袋を差し出した。

 

「他の姉妹と食べて」

「ありがとうございます」

「それにしても良いところだった。お料理も美味しくって勧めてくれた一花ちゃんに感謝だね」

「それは良かったです」

 

(はて?確かに料理は美味しいけど、こんなに社長が喜ぶほどだったかな?)

 

「後、庭園や部屋のお花の飾りも素晴らしかった。あんな隠れた旅館があったなんて、また行ってみたいね」

 

(あれ?)

 

「あの、社長...本当に私が紹介した旅館でした?」

「ああ。一花ちゃんのお祖父さんにもご挨拶してきたよ。そういえば、お祖父さんの傍らに青年がいたね。あの子も上杉君に並ぶ逸材と見たね」

「あはは...」

 

(おじいちゃんに会ってるならあの旅館で間違いない、か...それにしてもおじいちゃんの傍らにいたっていう青年って...誰だろう...)

 

一花は社長の話を聞きながら、本当に自分が紹介した旅館に行っていたのか終始疑問に思っていた。

 

 




夏休み編スタートしました。

和義が夏休みに入ってすぐにいなくなったことで、零奈が中野家にお泊まりです。
マルオ気付いちゃってますかね。とはいえ、非現実的な事なので半々といったところかもしれません。
そして、修学旅行に続いて和義捜索隊再結成です。
今回は今まで色々と手助けしてくれていた綾が何もしてくれませんので、自分達の力で見つけなくてはいけません。
五月&桜。四葉。二乃&三玖&風太郎。そして、一花とそれぞれが別の場所でヒントを貰っております。

五つ子達と零奈に桜は和義の居所を突き止めることが出来るのでしょうか。

では、また次回を読んでいただければと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。


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86.光明

~中野家~

 

「ただいまー」

 

仕事終わりの一花がリビングに入ると、そこには丁度夕飯の準備をしている姉妹と零奈、それに桜の姿があった。

 

「おかえり一花!」

「ただいま四葉…て、あれ?桜ちゃんじゃん。いらっしゃい」

「お邪魔してます」

 

桜は一花に対してお辞儀をしながら挨拶をした。

 

「もー、私たちの間ではそんな堅苦しいのなしでいいんだよ?」

「つい癖で…」

「いいところに帰ったわね。夕飯にするから着替えてきなさいよ」

「OK」

 

そう言うや否や一花は自分の部屋に戻っていった。

 

「それじゃあ食べましょうか」

「「「「「「「いただきます!」」」」」」」

 

一花が着替えて合流したところで中野家の夕食がスタートした。

 

「桜ちゃんも入れてこうやって揃うのって結構久しぶりじゃない?」

「そうですね。みんなバイトに仕事にと忙しかったですから」

「桜、今日は泊まっていくんでしょ?」

「皆様さえよろしければ」

「問題ない…」

「だね!」

「私も今では居候の身ですから。中野さん達さえ良ければ大丈夫です」

 

桜の言葉に三玖と四葉、それに零奈が答えた。

 

「決まりね」

「ありがとうございます」

 

二乃の言葉に桜は笑顔で答えた。

 

「そうだわ。この機会に今までみんなが集めたカズ君の情報をまとめましょうよ」

「いいですね。私もそろそろ行き詰まっていたところですので」

「私は全然だけど、みんなは綾さんと接点がある人に話を聞いたんだっけ?」

 

一花の言葉にまずは五月と桜が説明を開始した。

 

「はい。私と桜さんは塾講師をしている下田さんから。下田さんは綾さんの元生徒です」

「下田先生は、最初は何も教えてくださらなかったのですが、最後に、料理の修行をしている、と教えてくださいました。そして、彼の近くで応援する事もまた良い事かも、とも言っていただけました」

「後、桜さんのお祖母さんも和義君の動向を把握しているみたいですよ」

「やっぱそうよね。でも、桜がそれを今まで教えてくれなかったのって…」

「はい。お婆様は今回協力していただけないようです」

「むー…やっぱり今回は私たちだけで見つけないと、だね」

 

三玖の言葉に姉妹と桜は頷いた。零奈は無反応で、我関せずといった形でご飯を食べている。

 

「お婆様は今は京都にいないようなのです。ですから、もしかしたら和義さんの近くにいるのではないかと考えています」

「なるほどね。てことは、やっぱり桜のお祖母さんの知り合いのお店で働いてる可能性が高いわね」

 

二乃はそう話しながら三玖と目を合わすとお互いに頷いた。

 

「私たちは、二乃のバイト先の店長さんから話を聞けた」

「最初は何も知らないって言ってたけど、上杉の機転で綾さんから聞いてたのを知ることができたわ。だけど、こっちも五月たちと同じね。綾さんから口止めされてるから何も教えてくれなかったわ」

「で、これも五月たちと一緒で最後にヒントをくれたよ。REVIVALでは学べないところにいるって…」

「REVIVALでは学べないかぁ…」

「また抽象的だねぇ」

 

三玖の言葉に、四葉と一花が口にした。

 

「店長の言葉を聞いて私と三玖、上杉は色々と考えたわ。そこで上杉はこう言った。カズ君は今までの経験を活かせることをするだろう、て」

「だから私たちは、教師、歴史関係、調理師を考えた」

「しかし、教師であれば今行っている塾講師を休むというのはおかしく思います。まさに現場で学べますし」

 

三玖の言葉に桜が自身の考えを伝えた。

 

「うん。そこは私たちも一緒。仮に塾の現場でなくカズヨシの両親から何か学ぶため、両親の元に行くならレイナちゃんも連れていくはず、ともフータロー言ってた」

 

三玖の言葉に姉妹と桜が零奈を見る。

 

「はぁぁ…そうですね。母さん達の事ですから私も一緒に来ることを条件にするでしょうね」

「うん。だから教師の可能性は除外した」

「で、残ったのが歴史関係と調理師だけど…」

「カズヨシの言葉の修行に当てはまるのは…」

「なるほどね。料理の修行ってわけだ」

 

二乃と三玖の言葉に一花が答えると二人が頷く。

 

「ただ、私たちではここが限界だった…」

「綾さんと桜のお祖母さんが絡んでくるともうお手上げね。そもそもどういう交流関係があるかわかんないし」

(わたくし)もお婆様の交流関係を全てまでは把握出来ておりません」

「ある意味ふりだしに戻ったと言わざるを得ませんね」

 

五月の言葉に、全員『うーん…』と意気消沈気味である。

そんな時だ。

 

「あ、じゃあ私が上杉さんのお父さんから聞いた話が役に立つかも!」

 

そう四葉が言ったのだ。

 

「え!四葉、何て言われたの?」

「えっと…『俺たちも行ったことがある場所だ』、て」

 

二乃の質問に四葉はその時の事を思い出しながら答える。

そんな時だ。今まで無言を貫いていた零奈が反応したのだ。

 

「四葉さん!勇也さんは確かに()()()と言ったのですか!?四葉さん達と言わず」

「レイナちゃん?」

 

急に反応した零奈に、隣にいた五月は驚きを表した。

 

「え?うん。たしかに言ってたよ、俺たちって…」

「そこ重要?」

「重要です。二乃さん達は今まで色々なお店にご飯を食べに行かれているかもしれません。しかし上杉家は…」

「そうか!フータロー君の家は外食しないよね」

「はい。上杉家の方々は外食をするとすれば、ファミレスなど比較的安いお店、もしくは我が家ですから」

「ファミレスだったら、たしかにREVIVALよりも作る料理の種類は豊富。でも…」

「ええ。カズ君の実力はそこら辺のファミレスなんか目じゃないわ。それに店長は場所を知ってるんだもの。ファミレスって聞けば、さすがの綾さんの言葉でも反対するわよ」

「となると、かなり絞られますね。私たちが行ったことがあり、上杉家の皆さんも行ったことがある」

(わたくし)の事は除いてもらって良いと思います。(わたくし)は上杉先輩の親御さんにお会いした事がありませんので」

「そうよね。ふふっ…希望が見えてきたわ」

 

夕飯を全員が食べ終わった事もあり、一旦この話は中断となった。

今は、二乃と三玖が洗い物をし、四葉と零奈が食後のお茶を準備している。

 

「零奈ちゃんは何でも出来るのですね。ここから見る限りでは、四葉さんが教えるではなく、四葉さんに教えているように見えます」

「ま、まあ。カズヨシ君の妹だしね」

「そ、そうですね!きっと和義君の近くで色々学んだのでしょう」

「そう…ですか。うーん…和義さんならあり得ますかね」

 

一花と五月の言葉に納得する桜。

 

(ごめんねぇ桜ちゃん。さすがに見た目は小学生だけど中身はお母さんだって言えないよぉ…)

 

「お待たせしました」

 

一花が心の中で叫んでいると、お茶の用意が出来た零奈が配膳を始めた。

 

「あーあ、まだまだレイナちゃんには敵わないなぁ」

「そんな事はありませんよ。四葉さんも成長されてます」

 

零奈はそう言いながら、四葉の膝上に座った。

四葉は『えへへ』と笑顔になりながら、そんな零奈を後ろから抱きしめている。

 

「「お待たせ」」

 

そこに洗い物が終わった二乃と三玖も合流した。

 

「そういえば、レイナちゃんは今回のカズ君探しは乗り気じゃなかったみたいだけど…」

「うん。急に乗り気になったのは気になった」

 

二乃と三玖は座りながら零奈にそう言葉を投げかけた。

 

「そう…ですね。本当に最初はこのまま兄さんをそっとしておこうと思っていました。今まで兄さんには私を優先にしてきてもらいましたから…だから兄さんがしたい事を邪魔する訳にもいかないと思っていました。でも……駄目ですね。やはり兄さんなしの生活は辛すぎます」

「レイナちゃん…」

 

四葉の零奈を抱きしめる力が少しだけ強くなった。

 

「大丈夫ですよ。私たちならきっと和義君を見つけられます」

 

五月の言葉に他の姉妹と桜が力強く頷いた。

 

「はい…」

「そうだ!ご飯食べたばかりだからどうかと思うけど、社長からお土産貰ってたんだ」

 

空気を変えようとそう言いながら、一花は自分の部屋に戻り紙袋を持ってきて、中身をテーブルの上に出した。

 

「あら?これっておじいちゃんの旅館のお菓子じゃない」

「そうだよ。社長が菊ちゃんとゆっくりしたいって言ってたから紹介したんだぁ」

「いただきます!」

 

早速五月がお菓子を手に取り食べ始めた。

 

「あんたよく入るわね」

「ふふ…ご飯とお茶請けは別腹です」

「はいはい」

 

五月の言葉に二乃は呆れてしまった。

 

「あ、そういえば社長おかしな事言ってたんだよねぇ。社長の話を聞く限りだと、何かおじいちゃんの旅館じゃないんじゃないかって思えてきちゃって」

「?どういう事?」

 

一花の言葉に三玖が疑問を投げかけた。

その一花は自分の携帯を弄りながら話を進めた。

 

「料理がとても美味しかったとか、庭園や部屋に飾ってある花が綺麗だったとか……あった。ほら、これが社長にもらった写真だよ」

 

そして一花は、自分の携帯をみんなで見れるようにテーブルの真ん中に置いた。

 

「外観はおじいちゃんの旅館だね」

「でもなんだか全体的に明るくなっているような…」

「五月の言わんとしてることは分かるわ。私もそう感じるもの」

「これ中庭の写真だよね?何か雰囲気変わった?」

「だよね!三玖もそう思うよね?良かったぁ、私の勘違いとかじゃなくて…」

「本当にあの虎岩温泉なのでしょうか?」

「!あの!今の部屋に飾ってあるお花。もう一度見せて頂けないでしょうか?」

「ん?いいよ。アップにしようか」

「ありがとうございます」

 

その写真をじっと桜は見ている。

 

「桜…?」

 

そんな桜を三玖が心配そうに見ている。

 

「それにしてもあんなに綺麗に飾ってあるお花とか前からあったかしら?」

「いえ。私の記憶ではありません」

「そうですね。私の記憶でも昔から置いたことがありません

 

桜が写真を集中して見ていることで、近くにいる姉妹にだけ聞こえるように零奈はそう口にした。

 

「うーん…新しい人でも雇ったのかなぁ…」

「私もはじめはそう思ったんだけど、あのおじいちゃんがこんな短期間で新しい人の言うこと聞くかなぁ、て」

「そうよねぇ…」

 

五つ子と零奈が考えている、そんな時だ。

 

「やっぱり…間違いありません」

「どうしたのです?」

「五月さん。このお花の飾りは祖母の作品と特徴が似ています」

「ええ!?」

 

桜のそんな言葉に五月は驚き、それ以外の者ももう一度写真を見ている。

 

「とは言え…」

「私たちじゃあ分からないわね」

「ただ綺麗としか分からない…」

「だよねぇ」

「うーん…」

「桜さん。貴女のお祖母さんの作品を真似することが出来る方はいらっしゃいますか?」

「いえ。一番近くにいた両親や(わたくし)でも難しいかと」

「となると、これは桜ちゃんのお祖母さんの作品ってことだよね?」

「はい!間違いありません」

 

一花の言葉に桜は確信しているといった顔で答えた。

 

「でも、なんで桜のお祖母さんの作品がおじいちゃんの旅館に…?」

「そうね。交流があったのなら、前から置いてるだろうし。今さらって感じね」

「…っ!下田さん、やってくれましたね」

 

三玖と二乃が疑問を溢すと、零奈が何か思い付いたのかそう口にした。

 

「え?え?下田さんですか?」

「五月さん。料理の修行をすると聞くとどこですると想像できますか?」

「え?それは……どこかの飲食店だと思いますが…老舗の料亭とか…」

「ですよね。他の皆さんはどうです?」

 

五月以外の者もそれ以外に思い付かないようだ。

そんな時、一花が一つ考え付いた。

 

「待って!前にテレビで、料理人がホテルの厨房で修行して独立した、ていうドキュメンタリーをみたことあるよ」

「それって…」

 

一花の考えに四葉が反応した。

 

「そうです。料理の修行が出来るのは何も飲食店だけではありません。ホテルや、それこそ旅館でもできます」

「ちょ、ちょっと待って!てことは、カズ君が今いるところって…」

「ええ。恐らく、虎岩温泉かと」

「そうか。REVIVALの店長さんが言ってた、ここでは学べないことって、旅館での料理。それに、旅館ならでは接客や他の仕事…」

「そして、上杉さんのお父さんが言っていた、俺たちが行ったことがある場所。それってこの間の旅行のことだったんだ!」

「おじいちゃんの旅館に桜さんのお祖母さんの作品が置かれていたのは、和義君を通してということですね」

「ええ。下田先生の料理の修行という言葉に、(わたくし)達はミスリードされていたのですね」

「本人的には私達を試したかったのかもしれないですが」

 

そこで七人の間に沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのは二乃である。

 

「でも、後はおじいちゃんに聞けば終わりよね」

「……それはどうでしょうか」

「え?レイナちゃん、どういうこと?」

「三玖さん。たしかに貴女方のお祖父さんは優しい性格をお持ちです。しかし、兄さんが真剣に仕事をしているとなると…」

「いくらおじいちゃんでも教えてくれないかも、だね」

 

一花の言葉に零奈はコクンと頷いた。

 

「じゃあどうすんのよ!」

「決まっています」

 

二乃の言葉に、零奈はニヤリと笑みを作った。

 

「乗り込むだけです。中野さん達であればおじいちゃんの家に遊びにきたと言えば問題ありません。そうですね…私がまた旅館に行きたいと言っていた、と言えば大丈夫でしょう。あともう一つ。万全を期す為に中野さん達にやっていただきたい事があります」

「「「「「え…」」」」」

「?」

 

その時の零奈の笑顔が、五つ子達には恐怖を感じたのだが、意味が分からない桜はキョトンとするのだった。

 

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~院長室~

 

この日もマルオは仕事に没頭していた。

零奈(れな)の残した娘達を見ることで、零奈(れな)の死を感じてしまう。その恐怖から逃れるために。

しかし、零奈を中野家で預かるようになってからはちょくちょく家に帰るようになった。それはほんの少しの時間かもしれない。だが、ご飯は一緒に食べようと努めている。

そんなマルオの姿に五つ子達は不思議に思っていた。

今日も本来であれば家に帰り、ご飯を食べようと考えていたが、急患が入ったことでこちらを優先しなければならなかったのだ。

キリも良いところで、目頭を押さえながら椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げた。

 

(直江零奈。本当に不思議な子だ。あの子といると零奈(れな)先生といるような…そんな感覚に陥ってしまう。ふっ…どうやら僕も疲れているようだ)

 

そんな時だ。

 

ブブブ…ブブブ…

 

誰かから着信がきたようだ。

 

(一花君?)

 

「もしもし。一花君から連絡なんて珍しいね。どうしたんだい?」

『ごめんね、お父さん。今も忙しかったりする?』

「いや、問題ない。それで?何か用事があったのだろう?」

『うん。それがね、レイナちゃんがおじいちゃんの旅館にまた行きたいって行ってるから、みんなで行こうと思ってるんだ』

「何だって?」

 

(まさか彼の場所に勘づいた?いや、綾先生が関係者に口止めをしたいたからそんな筈はない……上杉か?)

 

『駄目かな…?』

「ふむ…皆が行けばお義父さんも喜ぶだろう。しかし、君たちは受験生でもある。勉強を蔑ろにしてはいけないね。そうだね、最低でも学校の宿題。後、家庭教師でも宿題が出てるのだろう?その両方を終わらせないとね」

『じゃあ、その二つが終わったら行っていいんだね?』

「ん?ああ…」

『やったー!じゃあ、明日にでも行くね』

「………何?」

『だから。宿題が終わったら行ってもいいんだよね?もう終わってるから、明日にでも行くね』

「嘘はいけないな。そんな事はすぐにバレるものだ」

『嘘なんて付いてないよ。なんだったら江端さんにでも確認に来てもらってもいいんだよ?』

「分かった。そこまで言うのであれば今から向かわせよう」

『はーい!』

 

そこで一花とマルオの話は終わった。

 

(まさか場所がバレるとはね…いや、ただ本当にレイナ君が行きたがっているかもしれない。とはいえ、彼女達が宿題を終わらせているとは予想が出来ない、が…)

 

一花は最後まで動揺する事がなかった。その事がマルオには不思議でならなかったのだ。

 

・・・・・

 

「本当だろうね?」

『はい。今しがた確認いたしましたが、お嬢様方は全ての宿題を終わらせておりました』

 

(一体どうやって。直江君は例の場所にいて助けられない筈…)

 

「上杉君が来た、という事は?」

『いえ。夏休みは自分の勉強に集中したいのか、大量の宿題を渡した後は家に来ていないようです』

「で?その大量の宿題を終わらせていると?」

『はい…』

「……」

『パパ?』

「二乃君か…」

『約束の事、忘れないでね?』

「……分かった。あの旅館に行く事を認めよう」

『ありがと』

『中野さん』

「…っ!レイナ君か」

『はい。この度は無理を言って申し訳ありませんでした』

「いや。君くらいの年齢なら、こんな事無理なお願いでもないだろう」

『ありがとうございます………』

「ん?どうかしたのかい?」

『……君なら大丈夫。きっとその悲しみを自力で乗り越えられるでしょう。娘たちも君が向き合ってくれるのを待っていますよ』

「っ…!貴女はっ…」

 

ツー…ツー…ツー…

 

マルオが叫んだ時には、既に電話は切れていた。

 

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~虎岩温泉~

 

「……そうか。勘づいたか……いや、こっちに来てもらっても構わんさ。後、伝言をお願いできるか?自分達の姿で来なさい、とね」

 

そこで五つ子のお祖父さんは受話器を置いた。

 

「あら?あの娘達はここに来るのですか?」

「ああ。お前さんの孫娘も一緒だそうだ」

「そうですか…桜も…しかし、あの娘達もやりますね。自分達の力でここを突き止めたのですから」

「そうだな……それより。お前はいつまでここにいるつもりだ?」

「ふふふ…」

「?何が可笑しい?」

「いえ。私の事をお前と呼ぶ人も今ではいないので、つい笑ってしまいました」

「そうか…」

「ええ…後、私はまだ帰るつもりはありませんよ」

「……ふん。勝手にしろ」

 

そう言葉を吐き捨てて、お祖父さんは自分の仕事に戻っていった。

 

「ええ…勝手にさせてもらいます」

 

そんな背中を見ながら、楓は優しい顔でそう呟くのだった。

 

 




今回も主に五つ子と零奈、そして桜を中心に書かせていただきました。
和義の居所を探すため、それぞれが持ち帰った情報を元に推理していく七人。
そして、ようやく見つける事が出来ました。
誰か一人でも欠けていたら、もしかしたら探し出すことが出来なかったかもしれませんね。

という訳で、次回からは和義に合流出来ればな、と思っております。

それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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87.日焼け止め

大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
最新話の投稿です。

最近は仕事が忙しいのと体調が少しだけ悪くなったのがあったので…
今は体調も問題なしです!


「やっぱこっちは月や星が綺麗に見えるなぁ」

 

僕は今五つ子達のお祖父さんが経営している旅館でお祖父さんの指導の下働いている。

料理指導に旅館内の清掃に接客と毎日が忙しい。それでも自分の成長を感じられて、とても充実した日々を過ごしている。

後、この場所で働くことを楓さんに伝えるとなぜか次の日からずっと滞在している。

そして、中庭の整備に部屋に飾るお花の作成と色々としているのだ。

 

『ああ。お金の心配はしなくていいですよ。私が好きでやっているので』

 

そう言ってお祖父さんに話していたが、お祖父さんも特に反対をする訳でもなく楓さんのやりたいようにやらせている。昔からの知り合いなのだろうか?

かくいう僕の料理の指導も楓さんが連れてきた料理人にしてもらっているのだ。

 

「さてと...そろそろ寝ますか」

 

そう言いながら立ち上がった。

ちなみに今いるところは、前に一花と話をした屋根の上である。

ここで一花の気持ちを聞いて、そして...

そこで、キスをされた方の頬を触った。

一花は自分の気持ちを固められたのだろうか...て、人の事よりもまず自分の事だな。

そんな風に考えながら窓から中に入り、割り当てられた僕の部屋に向かって歩いていた。

 

「なんだ、どこかに行っていたのか?」

 

そろそろ部屋に着くというところで、部屋の方から歩いてきたお祖父さんに声をかけられた。

 

「すみません。ちょっと夜風に当たりに。何かありました?」

「いや......」

「ん?どうしました?」

「...明日なんだが、急ですまんが朝食の準備が終わり次第休んで構わん」

「え?急ですね」

「ああ。ちょっとな...」

「?」

「まぁなんだ…儂もつい忘れがちだが、お前はまだ学生だ。だからそこまで働かんでもいい、と思ってな」

「はぁ…?」

「ちゃんと伝えたからな。明日は島でも観光するといい」

 

そんな言葉を残して、お祖父さんは自分の部屋に戻っていった。

確かに、最近は働き詰めではあったが、しっかりと休みももらえている。というか、厳しくすると言いながらも基本めちゃくちゃ優しいから、こっちとしてはもう少し働いて学んだ方が良いのでは、と思ってしまうくらいだ。

 

「ま、いっか。休みをくれるのであれば休ませてもらおう。とはいえ、何するかな…部屋で勉強しようかと思うが、あの言い方だと部屋に籠ると何か言われそうだし…お祖父さんの言う通り気晴らしに島を回ってみるか」

 

そう結論付けて、明日も早いのでさっさと寝ることにした。

 

------------------------------------------------

「おー。やっぱ、ここからの景色は良いなぁ」

 

朝食の準備も終わり、散策をしながらも早めの昼食を食べ、僕は今誓いの鐘がある高台まで来てそこからの景色を眺めている。

そして、チラッと鐘を見た。

 

「男女二人で鳴らすと永遠に結ばれる、ねぇ…」

 

そんな風に呟いていると。

 

タタタ…タタタ…

 

こちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。観光客だろうか?

そんな風に思いながら振り返ると。

 

「カズ君!」「カズヨシ!」

「「会いたかった!」」

「ごふっ…」

 

二乃と三玖にタックル…もとい、抱きつかれた。

 

「ゲホッ…ゲホッ…二乃、三玖。何でここに…」

「二人だけではありませんよ」

「ご無沙汰しております、和義さん」

 

ガシッ…むに…

 

僕の両腕が五月と桜にがっしりと抱きしめられている。

ていうかそんなに胸を押しつけないでほしいんだが。この娘達に羞恥心はないの?

 

「五月…桜…」

「いやー、探したよカズヨシ君」

「それにしても凄い光景…」

「はぁぁ…」

 

そこにやれやれといった一花と零奈。そして、零奈を抱えている四葉も合流した。

 

「風太郎以外全員集合、ですか…ほら、どこも行かないから四人ともそろそろ離してくれないかな?」

「ほら、離れてって言ってるわよ」

「二乃こそ…」

「もう少しだけ…」

「このままでいさせてください」

 

えー…

 

「こほん…」

「「「!」」」

「?」

 

四葉から離れた零奈が咳払いをすると、二乃と三玖、五月がパッと離れた。

状況を理解していない桜は一人、疑問な顔をして唯一僕の腕を抱きしめている。

 

「ほら桜も。皆も離れたから」

「はい…」

 

自分だけとはいかないと思ったのか、渋々といった形で桜も離れてくれた。

そこで零奈が僕の手を握り話しだした。

 

「すみません兄さん。兄さんの邪魔をしてはいけないと思っていたのですが、やはり兄さんに会いたいという気持ちが勝ってしまいました…」

「そっか…」

 

そんな零奈の目線に合わせるくらいまでしゃがみ、頭を優しく撫でてあげた。

 

「兄さん…」

「ずっと一緒にいたからね。僕も寂しかったよ。会いに来てくれてありがとね」

「…っ!」

「おっと…」

 

僕の素直な言葉を投げかけると、零奈が首もとに抱きついてきた。

 

「どうした?急に」

「いいえ。やっぱり私は兄さんの事が大好きです!」

 

そう耳元で言ったと思ったら。

 

チュッ

 

「「「「「あーっ!」」」」」

「あら」

 

零奈が頬にキスをしてきたので、五つ子達が過剰に反応した。

 

「本当に仲が良いのですね。和義さんと零奈ちゃんは…て、どうされたのですか皆さん?」

 

何も知らない桜だけは微笑ましく見ていたが、五つ子の反応に困惑しているようだ。

 

「ちょっと、ちょっとー」

「それは反則…!」

「そうです!自分だけズルいです!」

「あら。もう経験済みの娘もいますよね?」

 

二乃と三玖、五月の反感に対しての零奈の言葉に場の空気が凍った。

 

「は?何を言っているのですか…」

「うん。さすがに……ちょっと待って。二乃、何で目を反らすの?」

「えっ!?なんのこと?」

 

口元が緩んでいる事に気付いた二乃は、周りを見回していた三玖から目を反らしたのだ。

 

「むー…カズヨシ…!」

「何かな?」

「正直に言って。この中の誰かにほっぺにキスされた?」

「それは……」

「それは。どうなのです?」

「あります…」

 

三玖と五月の鬼気迫る質問に答える外なかった。

 

「何人?」

「え?」

「名前までは言わなくてもいい…この中で何人からされた?」

「それは…ほら、皆にもプライバシーがあるわけだし…」

「……」

「三玖さん?」

二乃以外にも姉妹にいるんだ

「!」

やっぱり

 

何故分かった。三玖ってこういう時は鋭いからなぁ。

 

「三玖?」

「五月。モタモタしてるとまずいかもよ」

「え?それはどういう…?」

「……私もうかうかしてられない」

 

そう言った三玖は、今まで我関せずであった一花と四葉の方を見た。

 

「どうしたの?」

「?」

「…なんでもない」

 

さすが一花。女優なだけはある。四葉は素で何の事か分からないからあの反応だ。

はぁぁ、合流そうそうこれだと、この先また何か揉めそうだ。

…………僕もそろそろだな。

 

------------------------------------------------

いつまでもあの場所に留まるのもどうかということで、今は皆で旅館に向かっている。

 

「しかし、良くここが分かったね?」

「愛の力かしら」

 

うっとりするように言う二乃。それを困惑気味に見ていた一花が説明してくれた。

 

「あはは…まあ愛の力はさておき。結構苦労したんだよ。綾さん色んな人に口止めしてたんだから」

「へぇ~」

 

意外だなぁ。むしろ母さんから教えてもらったんだと思ってた。

 

「母さんは兄さんが大好きですからね。兄さんの本気を邪魔したくなかったのだと思いますよ」

「綾さんを敵に回してはいけないと心から思いましたぁ」

「それでも僕を見つけたんだから大したもんだよ」

「色々な方々のご協力もありましたので」

 

染々と桜が言っているのだから、彼女達も聞き込みを頑張ったのだろう。脱帽である。

 

「今回は桜ちゃんのお陰でもあるんですよ!」

「そうだね。あそこで部屋に飾られた花を見分けたのは大きかった」

「部屋に飾られた花?」

「うん。ちょっと前にうちの社長が来てたでしょ?」

「ああ。確かに来てたね。お祖父さんに挨拶してた時に同席してたから覚えてるよ。いきなりスカウトされた時はビックリしたけど」

「あはは…でも社長の見る目はあるね。カズヨシ君ならきっとすぐに人気の俳優さんになれるよ」

「未来の大女優様に言われるなら鼻が高いね」

「もぉー、からかわないでよ……で、その社長が旅館の写真を撮ってたから、その写真の中に例のお花が写ってたてわけ。桜ちゃんのお祖母さんの作品のお花がね」

「なるほどね。写真で見分けるなんて、さすが桜だね」

「目標でもあるお婆様の作品ですからね」

 

堂々とした顔で言っているのだから、本当に桜は楓さんを尊敬しているのだろうね。

 

「他にも色んな人がヒントをくれたのよ。REVIVALの店長さんだってそう」

「下田さんにももらいました」

「上杉さんのお父さんもです」

「勇也さんが?へぇ~。でも中野さんはここに来ることをよく許可したね」

「そこはお姉さんたち頑張ったんだから」

「夏休みの宿題とフータローの宿題を全部終わらせてきた」

「え?あの量を終わらせたの?凄いじゃん」

「うー…本当に大変でした…」

「それでも、私たちには強力な助っ人がいましたから」

 

そう言った五月はチラッと僕と手を繋いで歩いている零奈を見た。

なるほどね。そりゃあ、強力な助っ人だわ。

 

「お父さんはきっと、カズヨシ抜きの私たちでは終わらせるのに時間がかかると思ってたから、宿題が全部終わったら行っていいって…」

「なるほどね」

 

一本取られたわけだ中野さんは。

 

「それより。おじいちゃんから聞いたけど今日はカズ君お休みなんでしょ?」

「ああ、先に旅館に行ってたから荷物がないんだ。確かに休みだけど、それがどうかした?」

「今から海に行きましょうよ!」

「それいい。水着姿、カズヨシに見てもらいたい」

「今から?場所あるかなぁ」

「そこは問題ないよ」

「私たちは小さい頃から来てましたから、穴場教えちゃいます!」

「では急いで準備して向かいましょう。桜さんもいいですか?」

「は、はい。男の方に水着姿を見せるのは小学生以来で恥ずかしさがありますが、和義さんに見てもらいたい気持ちの方が大きいですから」

 

そう意気込みながら桜が答えた。

そこまでなのか。

 

「あ、でも僕は水着持ってきてないけど…」

「波打ち際だったら大丈夫じゃない?」

「一花の言う通りね。それにこの季節なら濡れてもすぐに乾くでしょ」

 

いや、潮水だから乾くとパリパリになるんだけど…

しかし、皆の生き生きとした顔を見ていると反対も出来ないな。

そして、急遽これから海で遊ぶことになったのだった。

 

------------------------------------------------

旅館で各々準備が終わったので、五つ子達の穴場という場所に向かった。

皆それぞれ水着に着替えているが、上からラッシュガードを着ているから実際の水着姿は見ていない。

 

「おー。本当に穴場だね。誰もいないや」

「今日は運がよかったのかもね」

 

一花が被っている麦わら帽子を手で押さえてそう話す。

ちなみに一花は念のためということで、さらにサングラスもしている。

最近はさらに有名になってきたからね。そういうのも大事か。

 

「んー?どうしたのかな?お姉さんに見とれちゃった?」

 

考え事をしながら見ていたからか、一花からそんな風に言われてしまった。

 

「そんなんじゃないよ。やっぱ、有名人なんだなって思っただけ。まぁ……その麦わら帽子は似合ってる、かな」

「うふふ…ありがと」

「直江さーん!一花ぁー!」

 

一花と二人、そんな話をしていたら、先行していた他の皆の中から手を振りながら四葉が呼んでいる。どうやらシートを設置する場所が決まったらしい。

 

「よっと…」

「すみません、直江さんに荷物をほとんど任せてしまって…」

 

ここまで担いできたクーラーボックスをシートの上に置くと、四葉から申し訳なさそうに声をかけられた。

 

「いいって。こういう時は男の役目でしょ?四葉はシート運んでくれてありがとね。重くなかった?」

 

あと、ビーチパラソルも持ってきていたので、それを設置しながら四葉に声をかける。

 

「これくらいへっちゃらです!まだまだ持てましたよ」

「それは頼もしいね。とはいえ、四葉は女の子なんだからこういう時はもっと男に甘えてもいいんじゃない?」

「女の子…」

「そ。僕相手の時くらい遠慮せず甘えちゃって良いんだよ。風太郎は………駄目だ。荷物を持ちながらへばり、文句ばっかり言っている姿しか想像できん」

「ぷっ…あはははっ!たしかにそうですね!……よし!」

「ん?」

 

四葉が何か意気込んだと思ったら、いきなりラッシュガードを脱ぎだした。

 

「じゃーん!どうです?似合ってますか?」

 

四葉の水着はシースルーホルターネックというんだっけか?動きやすいような四葉らしいチョイスだ。それでも、可愛さもあり薄い緑が四葉にピッタリだ。

 

「急に脱ぎだすからビックリしたよ…うん。似合ってる。可愛いよ」

「ししし。ちょっと恥ずかしいですけど、嬉しいです!ありがとうございます!」

 

満面の笑みで四葉は答えた。

 

「あー!」

「四葉フライング…」

 

そんな僕達の行動に気付いた二乃と三玖が言葉を溢すと、五月、零奈、桜も一緒に近づいてきた。

 

「むー、四葉に先を越されましたか」

「では、(わたくし)達も…」

 

桜の言葉を皮切りに零奈以外の四人がラッシュガードを脱ぎだした。

二乃の水着は、胸元だけではなく二の腕から背中までと一周したフリルが特徴的だ。これもビキニの種類に含まれると思うのだが、如何せんこっち方面の知識が乏しい。全体的に黒ではあるが、フリルのところは白の水玉模様があり大人の雰囲気を醸し出しながら可愛さも兼ね備えていて二乃にピッタリだと思う。

三玖もフリル型のホルターネックビキニだと思われる。胸元から背中にかけてと腰周りにフリルがあり白を基調とした水着だ。腰周りのフリルには、色鮮やかな花柄が入っており可愛い水着で三玖に似合っている。

五月はピンクと白を基調としたフリル型のホルターネックビキニかな。胸元から肩にかけて幅広いフリルが印象的である。腰周りのフリルは、三玖よりも幅が狭くワンポイントで可愛らしい。五月にピッタリだ。

桜は皆と違ってワンピース型の水着だ。けど、胸元のフリルが可愛く、清楚な桜にピッタリだと思う。色は薄い青色でこれもよく似合っている。そこに麦わら帽子を被っているので、お嬢様といった印象である。

 

「どう?似合ってる?」

「どこか変じゃない?ちゃんと似合ってるかな?」

 

ズイッと二乃と三玖が目の前まで迫ってきて感想を求めてきた。

 

「う、うん…似合ってて可愛いよ」

「「どっちが!?」」

「え?どっちって…どっちも似合ってて可愛いよ。てか、近いって…」

 

そう言いながら離れるように促す。

 

「もう、そんなに照れる必要なんてないのに」

 

頬を赤く染め満足そうな顔で二乃が言いながら離れてくれる。三玖もそれに続いた。

 

「あの…私たちはどうでしょうか?」

「少し照れくさくもありますが、和義さんに気に入って頂けると嬉しく思います」

 

五月と桜は、二乃と三玖とは真逆で近くには来ているが照れた表情で聞いてきた。

 

「もちろん二人も似合ってるよ。うん、可愛い」

「「~~っ…」」

 

僕の言葉に、五月は下を向き、桜は両手で顔を覆っているが、二人とも顔を赤くして嬉しそうな顔をしている。

 

「それにしても桜は肌白いね。日焼けとか大丈夫?」

「はい…こういう所に来るときは日焼け止めは欠かせませんね。腕など自分で塗れる部分はもう塗ったのですが背中が…」

 

何か嫌な予感なんだが…

そう思っていると桜が背中をこちらに向けて後ろ髪を上げながら呟いた。

 

「あの…和義さん、お願いできますか?」

 

やっぱかぁー!

 

「あの…私も塗ってほしいな。このままだと真っ赤になっちゃう」

「あっ!私も塗ってほしいわ!ね、いいでしょ?」

「あ、あの。できれば私もお願いしたいのですが…」

 

桜の言葉を皮切りに三玖、二乃、五月も日焼け止めを塗ってほしいと言ってきた。

 

「いやいや。四人でお互いに塗れば早いでしょ」

「私はカズ君に塗ってほしいの!」

「私も。お願いカズヨシ」

「和義君…」

「和義さん…」

「ぐっ…」

 

プレッシャーが凄い。

 

「はぁぁ…兄さん、仕方ないので塗ってあげてください」

「零奈?」

「このままでは埒が明かないではないですか。ほら皆さん順番はちゃんと守ってくださいね。まずは桜さんからです」

 

そう言いながら零奈が仕切っている。

 

「あ、後兄さん?あくまでも塗るのは背中だけですからね?間違っても変なところを触らないように。いいですね?」

「わ、分かってるよそれくらい」

 

零奈がニッコリと笑顔で詰め寄ってくるので、圧に押されながらも答えた。

 

「では、和義さんこちらを」

 

そう言いながら桜が日焼け止めを差し出した。そしてパラソルの下のシートに座ると…

 

シュル…

 

「は?」

 

目の前で桜は水着を腰あたりまで脱ぎだしたのだ。

僕とは逆の方を見ているし、前は自分の腕で隠しているから間違っても見えることはないだろう。

しかし、目の前にきめ細やかな肌の背中があると緊張するな。

 

「あ、あの…あまり見られると恥ずかしく…」

「さ、桜さん。だ、大胆です」

「この娘本当に変わったわね」

「……それじゃあ始めるよ?」

「よ、よろしくお願いいたします…」

 

えっと、とりあえず背中に日焼け止めを出せばいいのか?

桜から預かった日焼け止めを桜の背中に出してみる。これを手で伸ばしていけばいいのか。しかし…本人が良いと言ってるとはいえ女性の背中を触るのには躊躇してしまう。

 

「あの…和義さん?」

「あ、ああ…ごめん。じゃあ触るね」

「はい…………ひあっ…」

「わ、悪い。くすぐったかった?」

「い、いえ。そういう訳ではなく…大丈夫です。続きをお願いいたします」

「あ、ああ…」

 

本人が大丈夫と言ってるなら大丈夫なのだろうけど。とりあえず、掌全体を使ってまんべんなく。

 

「んんっ…、んんンっ…」

「……」

「んんっ…、あ…あぁっ…」

「あんたわざとそんな声出してないでしょうね?」

「な、何がでしょうかっ…んんっ…」

「えっと…終わったけど、大丈夫?」

「はぁ…はぁ…だ、大丈夫、です。とても、気持ち良かった、です」

「「「…………」」」

 

終わったことを宣言すると、桜は片方の腕で自分の胸を隠し、もう片方の腕で倒れるのを支えている。

とりあえず見ないように後ろを向いた。

二乃と三玖、五月は黙ってしまっているようだ。

 

「えっと…他の皆もする?」

 

僕の質問に三人はコクンと頷くのだった。

 

「あっ…、んっ……だ、だめっ…カズヨシっ…」

 

「ん…あっ…まっ…て、カズ、君んんっ…」

 

「んっ…んんっ……あっ…なんでっ…きもち、いい…かず…よし、くんっ…」

 

「……えっと、何かなこの状況は?」

「はぅぅ~……」

「私が聞きたいくらいです」

「うーん、ようやく終わったぁ。てか、この娘達海水浴出来んの?」

 

最後の五月が終わって立ち上がり、へばっている四人を見ながらそう漏らしたのだった。

 

・・・・・

 

「そっちいったよー!」

「まかせて!」

「元気だねぇ。四葉以外の四人はさっきまでへばってたのに」

 

今、波打ち際では一花と零奈以外の娘達がビーチボールで遊んでいる。

一花と零奈は僕と一緒にパラソルの下で休んでいるのだ。

 

「二人は遊ばなくていいの?」

「うーん…私はいいかな」

「私もここでいいです」

「さいですか。しかし、ラッシュガードも脱がないの?」

「おやおや?お姉さんの水着姿見たかったのかな?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどね」

「ちぇー、少しは興味持ってくれてもいいんじゃない?」

 

そう言いながら一花もラッシュガードを脱ぎだした。

一花の水着はシンプルなビキニで淡い黄色だ。シンプルだがそれでも一花には似合っている。見惚れるほどに。

 

「どう?見直した?」

「うん…似合ってる。見惚れた…」

「え…」

「あ、いや。さすが女優だよね。ビックリした」

「そっか…ありがと」

「「……」」

 

間が持たん。

 

「そ、そういえば零奈は何であっちで遊ばないの?せっかく水着来てきたんだしさ」

「……」

「ん?どした?」

 

じっとビーチボールで遊んでいる皆を見ている零奈。どうかしたのだろうか。

 

「最近までは気にしないようにしてきたのですが。やはり私はまだまだ子どもだと実感しました」

「へ?」

「ど、どうしたのお母さん?」

 

さすがに一花も心配になったのだろうか話しかけている。

そんな零奈は自分のラッシュガードの中を見ながら溢した。

 

「生前は気にしていなかったのですが、娘達と比べるとやはり幼児体型だなと…」

「「…………は?」」

 

何を言っているのだろうかこの人は?

一花も訳が分からないようだ。

 

「いやいや。小学二年生と高校生を比べちゃ駄目でしょ」

「そ、そうだよ。私たちだって、今のお母さんの年齢くらいの時はそんなものだったし。て、それはお母さんが一番知ってるじゃん」

「それくらい分かっています。しかし、和義さんの心を動かすには、と考えてしまうのです」

 

本当に悩んでいるのか、体操座りの零奈は自分の顔を膝の上に乗せて遊んでいる皆をじっと見ている。

 

「はぁぁ…まったく気にしすぎだよ零奈は。その人に似合う水着であればスタイルなんて気にしなくていいのに。だから、今の零奈の姿を僕に見せてほしいな」

「兄さん…」

「お願い」

「……分かりました。失望しないでくださいね」

 

そう言って立ち上がった零奈は自分のラッシュガードを脱いで、僕に水着姿を見せてくれた。

零奈の水着は、カラフルなチェック柄のフリルビキニだった。自信がないように言っていたけど、家族贔屓がなくても可愛いと思う。

てちょっと待てい!ビキニって。

僕は慌ててラッシュガードを零奈に着させた。

 

「兄さん?」

「ど、どうしたのカズヨシ君?」

「い、いや。こんな姿を他の男共に見せるわけには、と思って」

 

そしてキョロキョロと周りを見る。

誰もいないね。良かった良かった。

 

「「ぷっ…」」

「何を言っているのですか兄さんは…」

「そうだよ。私の妹達や桜ちゃんにはあんな事をさせといてさ」

「いや、あれは皆に頼まれて普通に塗っただけだし。それとこれとは話が違うでしょ」

「ふふっ。お母さん、全然気にしなくてもいいと思うよ」

「そうですね……兄さん。私の水着姿はどうでしたか?」

「え?もちろん、可愛かったよ。父さんに、自分は見れたと自慢してやりたいくらいにね」

「そうですか。仕方がないですね。今日は気分が良いので父さんに写真を送ることを許可しましょう」

「え?そう?じゃあ撮るね」

 

パシャ

 

とてもいい笑顔の零奈の水着姿を写真に収め、父さんと母さんに送ってあげた。

すると。

 

『よくやった和義。しかし、零奈の水着姿が生で見れるなんて変わってくれぇ』

 

こんなメッセージがすぐ父さんから返ってきた。

ちなみに母さんから、『和義のは?』、と来たから完全スルーをしようとしたが、今回の事を感謝しようと思ったので、『残念ながら水着持ってません』、と送っといた。ありがとう、のメッセージを添えて。

 

その後、機嫌が良くなった零奈は皆の所に行き海水浴を楽しんでいる。

 

「一花は本当に行かなくていいの?」

「うん。次の仕事のために日焼けはちょっとね。日焼け止めはもちろん塗ってるけど、念には念をだよ」

「そっか…」

「カズヨシ君こそみんなのところに行っていいんだよ?」

「いや。やっぱり僕って水着じゃないから、濡れると面倒だしね。こうやって、一花の話し相手をしてる方が良いよ」

「優しいんだ、カズヨシ君は」

「本当に濡れたくないから、そんなんじゃないよ」

「そういう事にしといてあげる」

「……風太郎もいれば良かったけどね」

「そうだね…」

 

一花と二人。楽しそうにはしゃいでいる皆を見ながら、おしゃべりをして、ゆったりと時間を過ごしたのだった。

 

 




海やプールの回は書きたいなと思っていたのですが、文章で水着姿を表現するのは難しすぎますね。
しかも水着の知識ほとんどありませんし…
想像しにくいと思いますがご容赦を。ちなみに、ゲームの『ごとなつ』に出てくる水着を参考にしてますので、そちらのパッケージを見ていただければ想像しやすいかもです。

後、和義のゴッドハンドが炸裂しましたね。普通、日焼け止めを塗るだけであそこまで反応しませんからね…

では、また次のお話も読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。


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88.8月14日

お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません。最新話投稿です!

ワールドベースボールクラシックが始まりました!
野球を観るのが好きなので楽しみたいです。


『よう、久しぶりだな。どうした?夏休みの間は電話してこないんじゃなかったのか?』

 

海水浴で遊んだ次の日の夜。仕事が一段落したところで風太郎に電話をしていた。

 

「いやー、そのつもりだったんだけどねぇ。五つ子達も来ちゃったしもういいかなって」

『あいつらも大したものだ。まさか本当に見つけてしまうとわな』

「本当にね。良い友人を持ったものだよ」

『友人ね…』

 

含みがあるように風太郎が呟いた。

 

「何だよ?」

『いや。そうだ、友人で思い出したが、今日前田達から海水浴に誘われてな。クラスの連中と行ってきた』

「へぇ~。あの風太郎がクラスの人と海水浴ねぇ」

『うるさいぞ』

「あはは、ごめんって。それで?楽しめた?」

『ああ。クラスの奴が言うには、楽しめていたそうだ』

「は?何それ?」

『実際楽しめたと思うが、どこか物足りなさも感じてな…お前がいなかったのももちろんだが、あいつらもいたらもっと楽しかったんだろうな、と思ってしまった』

 

まさか風太郎からそんな言葉が聞けるとはね。

 

「風太郎…その言葉、四葉に言ってあげたら?」

『ぐっ…本人達を目の前に言えるか』

「はいはい……実は、昨日こっちでも海水浴をしたんだけど、風太郎もいれば良かったね、て一花と話してたんだよ」

『そうか…』

「こんな風に何日も話さなかったのって、風太郎に勉強教えるようになってから無かったんじゃない?」

『そういえばそうだな。いつも一緒にいたように思う』

「だよね…………そうだ、話が変わるけどREVIVAL一時閉店するんだって?」

『ああ。店長がバイクで事故って入院しちまったからな』

 

そうなのだ。実はREVIVALの店長さんがバイク事故を起こしてしまい、しばらく入院。その影響もあり、REVIVALはしばらく閉店することになったのだ。

 

「ふーむ…風太郎って今勉強以外何もないんだよね?」

『あ?そりゃあまあそうだが…』

「……朝昼晩ご飯付きにお風呂は温泉。夜は静かに勉強ができる住み込みのバイトしてみない?」

『おい。それって…』

「ああ。実は既にお祖父さんに相談済みで、ビシバシ働いてもらうってさ。それで?どう?」

『静かに勉強が出来る、という部分には些か不安があるが、金が貰えるなら願ってもない事だ』

「了解。お祖父さんにも伝えとくよ。明後日、そっちに戻るからその時に合流しようよ」

『ん?何だ戻ってくるのか?』

「ああ。店長さんのお見舞いも行きたいし、それにもうすぐ八月十四日だからね」

『…っ!そうだったな。毎年零奈の誕生日だけだったが、今年から追加しなければな』

「へぇ~。意外に覚えてたんだ」

『まぁな…』

「てなわけで、その前日には帰るからよろしく!何だったら、らいはちゃんも呼んで良いよ」

『分かった』

 

そこで通話が切れた。

携帯をポケットに入れながら、目の前の海を眺めていた。

 

「八月十四日。零奈の誕生日。それから…」

 

零奈(れな)さんの命日か。

 

------------------------------------------------

「え?帰るの?」

 

次の日の朝食の時に、明日一度帰ることを皆に伝えたところ、二乃から疑問を投げかけられた。

 

「ああ。店長さんのお見舞いに行きたいし。それに、明後日にも行きたい所があるんだよ」

「それって…」

 

僕の言葉に三玖が言葉を漏らした。

 

「うん。零奈(れな)さんのお墓参り。幸いその日はこの旅館はお休みみたいだしさ。ね?お祖父さん」

「ああ…」

 

上座で朝食を食べているお祖父さんに話しかけると肯定の返事が返ってきた。

そして、お祖父さんの近くで何故か朝食を一緒に食べている楓さんなのだが、少し元気がないように思える。

 

「しかし……」

 

そこで五月が零奈を見ながら、何か言いたげな表情をしている。

まあ、目の前に母親がいるのにお墓参りは気が引けるか。

五月は、零奈に零奈(れな)さんとしての記憶があることを知ってからは、毎月行っていた月命日のお墓参りに行くのをやめたようだ。

 

「あのー…零奈(れな)さんというのは?」

 

何も知らない桜が当然のように質問をしてきた。

 

「おっと、ごめんね。零奈(れな)さんていうのはね…」

「私たちのお母さんの名前です」

「え?」

 

僕が説明しようと思ったが、四葉が代わりに説明してくれた。

 

「も、申し訳ありません。知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました」

「別にいいよ。桜ちゃんが謝ることないって……それで?みんなも行くよね?」

 

一花の問いかけに姉妹全員が頷くのだった。

 

------------------------------------------------

「それじゃあ、行ってきますね」

「ああ。気をつけてな」

 

次の日の朝。予定通り一度家に帰ることになった。

五つ子と零奈、それに桜も同行する。

 

「本当にお祖父さんも来なくて良かったんですか?」

「すまんな。遠出が出来る程体がよくなくてな。儂の代わりに和義。頼んだぞ」

「そういう事でしたら、分かりました。楓さん、お祖父さんの事よろしくお願いします」

「ええ。任されました」

「ふん。お前に何かしてもらわなくても問題ないわ」

「あはは…」

 

仲が良いのか悪いのか、本当に分からない二人である。

 

「桜」

「はい。お婆様」

「大切な友人のお母様のお参りなのですから、しっかりとするのですよ」

「はい!」

本当は私が行きたいところなのですが

「?お婆様、何か?」

「何でもありません。いってらっしゃい」

「は、はい!行って参ります」

「和義さん。桜の事頼みましたね?」

「ええ」

 

そして、お祖父さんと楓さんに見送られながら出発した。

 

------------------------------------------------

「わざわざお見舞いに来てもらってすまないね」

 

駅で風太郎と合流し、零奈を中野家で預かってもらう事になった後、店長さんが入院している病院に僕と風太郎、二乃の三人で来ていた。

 

「思ったよりは元気そうですね」

「まあね。とはいえ、これでは身動きもままならないのは確かだけどね」

「怪我の具合はどうなんです?」

「あとは術後の経過を診るだけさ」

「うわー痛そ……あっ、これつまらないものですが」

 

風太郎から怪我の具合を聞いた店長が答えるが、手術の言葉で二乃は痛そうと感じたようだ。

そんな二乃は、ここに来る途中で買ったお菓子の詰め合わせを店長さんに渡した。

 

「ありがとう」

「俺からも花を持ってきました」

「ほう?上杉君にしては気が利くね」

「一言余計です」

「まあまあ。店長、花瓶無いみたいなんで借りてきますね」

「すまないね」

 

そんな感じで店長のお見舞いは終始和やかに行われた。

そして、お見舞いの帰り道。明日の集合時間を風太郎と確認すると別れ、中野家に零奈を迎えに行く。

 

「あのー…二乃さん?くっつきすぎじゃないかな?」

「あら、いいじゃない。せっかく二人っきりなんだし」

 

ご機嫌なご様子の二乃はさらに自分の体を寄せてきた。

僕は諦めて、溜め息をつきながら変装用にかけていた眼鏡の鼻当て部分くいっと上げた。

 

「……ねぇ…カズ君は、このままおじいちゃんの旅館で働くの?」

「……そうかもね」

「じゃあ、もし私も働きたいって言ったらどうする?」

「……自分の店を持つ、て夢は諦めるの?」

「っ…!こ、子供の頃の戯言だから本気にしないで、て言ったはずよ」

「そうだっけ?僕は本気だと思ってたけど」

「……」

 

無言は肯定を意味することになるよ。

 

「はぁ…だから君達に内緒で今回旅館で働くことにしたんだ。明確な夢を持っている一花や五月ならまだしも、二乃や三玖が僕と同じ道を進むと言い出すんじゃないか、てね。自意識過剰かも、と思ってたけど見事に予感は的中したね」

「だって…」

 

そこでギュッと、二乃は僕の腕と組んでいる自分の腕に力が籠った。

 

「そこまで想ってくれてることは嬉しいと思ってる。本当だよ?だけど、僕のせいで自分の本当にしたいことを諦めないでほしい、とも思ってる」

「自分の本当にしたいこと…」

「ああ…二乃ならきっと見失わないさ」

うん…

 

か細い声ではあったが、自分に言い聞かせるようにしっかりと答えていたように思えた。

 

------------------------------------------------

「そうですか。二乃が…」

 

中野家のマンションで零奈を預かった帰り道。

先ほどの二乃とのやり取りを、僕の手を握りながら隣を歩く零奈に伝えた。

 

「ありがとうございます、兄さん。恐らく、兄さんの言葉だからこそ考えることを選んだのだと思いますよ」

「だと良いんだけど…あれ?」

「どうしたのですか?」

「いや、家の電気がついてる」

 

もう辺りも暗くなってくる時間帯でもある。

家には食べるものが何も無いから、近くのスーパーで買い物をして帰っていたらこんな時間になってしまったのだ。

そして、自分の家が見えてきたところで、明かりがついているのが見えたのだ。

車庫も開いていたので、覗き込むとバイクをいじっている父さんの姿があった。

 

「ただいま。何してんの?」

「ん?おー、何だ帰ったのか?おかえり。っ!零奈ちゃーん!」

 

僕の問いに振り返った父さんは、僕と手を繋いでいる零奈の姿が確認出来るや否や、立ち上がり歓喜の声を上げた。

 

「おかえり、零奈ちゃん。寂しかっただろ?お父さんが帰ってきたからもう大丈夫だからね?」

 

更に、そのまま抱きつこうかという勢いである。

 

「ただいま帰りました。後、そのまま抱きついたら、しばらく口を利きませんので悪しからず」

 

零奈の言葉にピタッと動きを止める父さん。

本当に不憫でならない。

 

ガチャ

 

「あら、帰ったのね二人とも。おかえりなさい」

「「ただいま」」

「?景さんは何で固まって、しかも今にも泣きそうなの?…て、ああ…零奈ちゃんに嫌われたのか」

「嫌われてなどいない!ただ、ちょっと反抗期に入っているだけだ」

「そうですね。嫌ってはいません。ただ抱きつかれたくないだけです」

 

そう言いながら、零奈は僕に抱きついている。

そして。

 

「兄さん、抱っこ…」

 

そう言いながらも僕に向かって両手を上げる零奈。

 

「あらぁ~」

「えっと…」

「兄さん…」

 

そんな潤んだ目を向けないでぇ。そんな目を向けられたら抗えないでしょ。

まったく、大人な所と子どもじみた所を本当にうまく使い分けるよね。

てな事で零奈を抱っこしてあげる。

 

「ふふっ…だから兄さんは大好きなんです」

 

そう言いながら頬擦りをしてくる零奈。

ほらぁ、そんなことしたら父さん泣いちゃうでしょ。

もう泣いてるけど…

 

零奈。昔父さんと何かあった?

?別に何もないですよ。ただ、兄さん以外の男の人には興味が無いだけです

 

哀れ父さん。

 

「そ、それにしてもバイク整備してくれてありがとね父さん。こんなことも出来るなんてさすがだよ。ね、零奈?」

「そうですね。カッコいいです」

 

零奈の言葉にパァーッと喜びの顔になった父さんは、張り切ってバイク整備の続きを始めた。

零奈の言葉に変動され過ぎでしょ。

 

「それで?明日のために帰国したの?」

 

整備を再開した父さんを尻目に、飽きれ気味の母さんに質問をした。

 

「うん、そうだよ。まさか和義達が帰ってくるとは思わなかったから、連絡しなかったんだよね。それにしても…」

「?何です?」

 

母さんがじっと零奈を見たので、零奈が反応した。

 

「結局、和義の所に行っちゃったのね。今回は連絡無かったから、そっとするのかと思っちゃった」

「最初は本当にそう思ってましたよ。しかし、あの娘達の会いたい気持ちに当てられたのか、私の我慢が限界になりました」

「あらあら。しかも、甘え上手になっちゃって」

 

ふふふ、と今の零奈を見ながら母さんは口にする。

 

「羨ましいですか?」

 

零奈が首筋に抱きつきながら、母さんに向かって言う。

すると今度は母さんを落ち着かせるのが大変で、とこの日の直江家は最後まで騒がしくあったのだった。

 

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零奈(れな)の墓~

 

八月十四日、朝。

この日、お墓参りを一番にやって来た者がいる。

中野マルオである。

マルオは一人、お墓を綺麗にすると持ってきていた花束を供え、お墓の前で屈み手を合わせていた。

目を開け、立ち上がった後お墓をじっと見ていると、足音が聞こえてきたのでそちらに振り返った。

 

「おはよう、マルオ君。朝から精が出るわね」

「おはようございます。直江先生。綾先生」

「おはようさん。お前も子供達と一緒じゃないんだな」

「ええ。今日も仕事が立て込んでますので」

「そこも俺達と一緒か」

 

マルオと景が話している脇で綾がお墓に花を供えて、線香に火を付けていた。

それを確認した景は、綾の横に並び共に手を合わせた。

 

「毎年来ていただきありがとうございます。今年に関しては海外から来ていただけるとは思っていませんでした」

「ま、同期で特に仲が良かったからね」

「このくらい問題ないさ」

 

そんな風に三人で話していると、更に来客が来たようだ。

 

「何だ、今日は命日だけあって人が多いね」

「がはは、確かに」

 

下田と勇也である。

 

「おー、上杉と下田じゃないか。久しぶりだな」

「直江先生。お久しぶりっす」

 

勇也がそう挨拶しながら頭を下げたので、下田もそれに続いた。

 

「しっかし、花だらけだねぇ。零奈(れな)先生も喜んでくれるかね?」

「きっと喜んでくれるわよ」

「だな!プチ同窓会、て感じで零奈(れな)先生も微笑んでるさ」

「うるさいぞ上杉。お参りくらい静かにしたらどうだ?」

「性分なんだよ。そういやー、この後うちの子供達が来るが、マルオのとこも来るのか?後、先生のところも」

「そうだね。その為に帰ってきていると聞いている」

「うちもよ。一緒に来るんじゃないかしら。後、諏訪さんのところのお孫さんの桜ちゃんもね」

「諏訪先生の?和義はそんな人とも繋がりを持っていたのか?」

 

景が驚きの声を上げている。

 

「それだけじゃないわよ。桜ちゃんから想われてるし、諏訪さんからなんて名前呼びを許されてるんだから」

「何だと!?」

「それは…とんでもない事ですね」

 

諏訪楓の事を知っている景とマルオは衝撃を受けている。

 

「何だ?そんなに凄い人なのか?下田は知ってるか?」

「あたしも知らないね」

「とても厳格なお方だよ」

 

マルオの説明でもあまりピンと来ていない、勇也と下田。

 

「そうねぇ…華道の家元、諏訪楓と言ったら分かるかしら?」

「え!?あの、よくテレビに出てるあの人ですか?」

「そういやー、俺も職場の雑誌で見たことあるな。チラッとだけどよ」

「一学生がそうそう話せる人じゃないんだがな。それに、諏訪先生は親族以外の人に名前呼びを一切許さない事で有名だ」

「それなのに、先生らの坊っちゃんは許されてると…本当に規格外ですね和義のやつ……なるほど、諏訪があれだけ礼儀正しかったのは、家元の孫娘だったからか」

「そうねぇ。しかも、その孫娘の桜ちゃんに慕われて、今では猛アタックを受けているはずよ」

「がはは、相変わらずすげぇな和義のやつ。うちの風太郎も見習ってほしいもんだ」

「ふっ…おっと、もうこんな時間だ。すみません先生。私はそろそろ」

「おっと、長居させちまったな。というか、俺達もそろそろ行かないとだな」

「では、お送りしますよ。それくらいなら余裕あるので」

「いつも悪いわねぇ。そうだわ!集合写真撮りましょうよ!」

「いいっすね!さすが綾先生」

 

綾の何気ない提案に下田は賛同する。

 

「とはいえ、さすがにここではまずいだろ。とりあえず移動しよう」

 

景の言葉でその場を後にする五人。

その後、大人達の集合写真が撮られることになる。マルオは渋々従った。

この集合写真は、綾の手により和義の元に送られることになるのだった。

 

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「凄い!花だらけだね」

 

仕事のため両親が先に出てしまったが、僕達は中野姉妹に桜、風太郎とらいはちゃんと合流した後、お墓まで来ていた。

そこにはたくさんの花で飾られたお墓があったのだ。

その光景に一花は驚きの声をあげていた。

 

「そういやー、うちの親父も行くって言ってたな」

「後、下田さんも来てたみたいだね。さっき母さんから写真が届いてたから」

 

そう言って、先ほど送られてきた五人の大人達による集合写真を皆に見えるように差し出した。

てか、自撮り風に撮るとか、中身も若いな母さんは。

 

「…っ!パパ」

「本当だ!お父さんもいるね」

「フータローのお父さんが肩を組んでるって事は、仲良いのかな…?」

 

二乃が写真の中に中野さんがいるのに真っ先に気付き、四葉と三玖が言葉を漏らした。

 

「下田さんとも仲が良いのでしょうか?」

「うーん…クラスメイトだったとか?」

「かもしれませんね。しかし、この年齢になっても仲が良いなんて羨ましい限りです」

「大丈夫だよ桜。僕達だってこんな風になってるさ。ね?風太郎?」

「……かもな」

「もー、そこは『そうだな』、て言うところでしょ?お兄ちゃん」

「風太郎さんらしいと言えばらしいですが」

 

零奈の言葉に風太郎以外が笑ってしまった。

当の風太郎は恥ずかしいのか、前髪を弄りながらそっぽを向いている。

 

「さて!じゃあ、お参り済ませちゃおうか」

 

そう言いながら、一花は線香に火を付けている。

それに続いて他の五つ子達が並んで、お墓の前にしゃがみこんだ。

そして、全員で手を合わせている。

僕達残りのメンバーは、そんな五つ子達の後ろで立ったまま手を合わせた。

 

「うん!こんなにも大勢の人にお参りに来てくれたから、きっとお母さんも喜んでくれてるでしょ」

「そうですね」

「泣いて喜んでんじゃない?」

「かもしれない…」

「ししし、だといいね!」

 

そんな風に笑い合いながら話している五つ子。

 

ふっ…二乃と三玖は冴えてるね

う、うるさいですよ…

 

僕の隣で目から一筋の涙を流した零奈の頭をポンポンと撫でながら、そう伝えるとふてくされたように返された。

でも、その言葉にはやはり嬉しさが混じっているように感じられた。

 

・・・・・

 

「そうだ!僕達も母さん達の真似して写真撮っとく?」

 

お墓から離れたところで僕からそう提案してみた。

 

「いいわね」

「うん!私もみんなと写真撮りたいな」

「はいはーい!大賛成です!」

 

二乃とらいはちゃん、四葉が真っ先に賛同してくれた。

 

「しかし、ある問題が…」

「だねぇ。自撮りに関しては、ちょっと人数的にキツイかなぁ…後は……」

「配置…」

 

五月がある問題点に気付いたが、一花と三玖はすぐに察したようだ。

あ、考えてなかった。

 

「兄さん。その顔は考えていませんでしたね?」

「うっ…!」

 

零奈は鋭いなぁ。

とりあえず、写真を撮る人については近くのお寺の和尚さんに頼んだ。配置は……

 

「カズヨシ君を中心にみんなで周りを囲む、てのが一番かな?」

 

そんな一花の提案もあり、僕の両サイドに二乃と三玖。僕の両肩辺りに五月と桜。僕の前に零奈が収まり、風太郎がその前にしゃがみこみ、その両サイドを一花と四葉が。そして、四葉はらいはちゃんに抱きついている。五月と桜の事もあり、僕は少しだけ屈んでいる。

 

「では、撮りますね……」

 

パシャ

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。仲が宜しいようで。その縁、大事になさってください」

「はい」

 

そんな会話を和尚さんとしている横では、さっきの写真を女性陣で見ている。

 

「いい感じじゃない?」

「だねぇ~。これ、グループで回しとくね」

「お願いします、一花」

「また撮りたいな…」

「だね!そうだ、毎年ここで撮っていこうよ!」

「いいね四葉さん!」

「毎年…(わたくし)も良いのでしょうか?」

「ふふっ、何を当たり前の事を言っているのですか。もちろんですよ」

 

零奈の言葉に五つ子とらいはちゃんが頷き、それを桜はとても喜んでいる。

 

「毎年かよ…」

「和尚さんも言ってたじゃん。この縁、大事にしていこうよ」

「……だな」

 

風太郎と二人。楽しそうに話している女性陣を見ながらそう話していた。

 

------------------------------------------------

その後そのまま旅館に戻ってきた僕達は、今度は零奈の誕生日パーティーに取りかかった。

事前にお祖父さんに相談していたところ、料理は用意してくれるとのことだったので、夕飯時に開催することが出来た。

零奈もこの時だけは、笑顔が絶えず喜んでいた。

 

そして、今は僕の部屋で零奈はあるものを読んでいた。時折、涙を流しながら。

零奈が読んでいるもの。それは五つ子達一人一人からの手紙である。

五つ子達は誕生日プレゼントとして手紙を用意していたようだ。

 

五枚目の手紙を読み終えたところで涙を拭っている。

 

「どうだった?」

「っ……私は幸せ者ですね。死して尚娘達と話し、そしてこのような手紙までくれるのですから」

「そっか...」

「それに...」

 

零奈は首から下げているネックレスを握っている。

それは僕が作ったべっこうのネックレスだ。今回の誕生日のために用意した物。

 

「ふふっ。これはこの世に一つしかない物。とても嬉しく思います」

「ははは...ちょっと不格好だけどね」

「そんな事ありません。私の宝物です。ありがとうございます」

 

本当に大事そうに握っているので何だか照れてしまう。

 

「さて、もう寝ようか?明日も早いからね」

「そうでしたね。兄さんは早いのでした。では...」

 

そこで零奈が何故か僕の布団に入って寝る準備をしている。

 

「?えっと...部屋に戻らないの?」

「今日はここで寝ます。良いですよね?」

「はぁぁ...何言っても無駄なんでしょ?それじゃ、電気消すよ」

「はい」

 

電気を消して布団に入る。

そんな僕にすり寄ってくる零奈。そんな零奈の頭を撫でながら、

 

「改めて誕生日おめでとう。また一年よろしくね」

「はい...ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

今日は移動が多かったからか、零奈は僕の腕にしがみついたまますぐに眠りについてしまった。

 

「すー...すー...」

 

窓から漏れる月明りで寝顔が見える。

零奈もとうとう八歳か...

零奈(れな)さんの記憶が移って六年。

大人びた言動があるから忘れがちだが、まだ八歳なんだよね。母さんが言うには当時の零奈(れな)さんよりも柔らかくなっているそうだ。まあ、あの両親と一緒にいれば変わるよね。というか、しっかりとした零奈がいることでとても助かっている。

父さんも母さんも仕事場ではしっかりとしているそうなんだが、家での言動しか見れていないからあんま信じられないんだよね。

 

『さすがは景さんと綾さんの息子ですね。あの人達はかなり有名ですよ。貴方が思っている以上にね』

 

楓さんのあの言葉。

楓さんにあそこまで言わせているのだから、やはり仕事場ではしっかりとしているのだろう。

 

「ん...兄さん...」

 

僕の夢でも見ているのかな。

僕がどんな答えを出そうとも共にいてほしい。勝手ではあるがそう願いながら零奈の頭を撫でるのだった。

 

 




零奈(れな)の命日であり、零奈(れいな)の誕生日でもある8月14日。
そんな日を迎えた話を書かせていただきました。
主に大人達の話になってしまいましたが…

さて、夏休みも後半に突入しておりますが、旅館には風太郎も参戦です。
この事で何か変化が起こるのでしょうか。
そろそろ和義だけではなく、一花の気持ちも固まってきたのか。

ではまた次回も読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。


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89.血の繋がり、そして...

毎度お待たせして申し訳ありません。
最新話の投稿ができました~
いつもよりちょっと長めとなっておりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。



「はっ…はっ…はっ…」

 

旅館での朝食の準備が終わり、皆で朝食を食べ終わった後、日課であるジョギングをしている。

当たり前だが、夏休みに入ってからはずっと一人で走っていた。しかし今日は。

 

「はぁ…はぁ…」

「一花っ、頑張って!後少しだよ!」

 

前から一緒に走っていた四葉に加えて一花も一緒に走っている。

 

『実は私もジョギング日課にしてるんだ。体型維持や体力付けなきゃだからね。よかったら二人に付いていっていいかな?』

 

朝食の後にそう言ってきた一花。僕達としては同行してくれるのには問題無かったのだが、ペースを間違えたっぽいな。

いつもの四葉とのペースで走っていると、一花には早かったようだ。

 

「ほい、ゴール!」

「ふわぁ~…」

「お疲れ様っ、一花!」

 

今日の目的地である海岸まで着いたところで、一花は倒れこんでしまった。

 

「大丈夫?一花?」

「はぁ…はぁ…はぁ…ふ…二人の体力を…はぁ…あ、甘く見てたよぉ…」

 

四葉が心配そうに話しかけているが、一花は仰向けに寝転がり、息絶え絶えである。

 

「ほい、水分補給」

 

ピトッ

 

「ひぁっ!」

 

近くの自販機で買った水を一花の頬に当ててあげると、冷たさからか、小さな悲鳴をあげてガバッと起き上がった。

 

「もー、ビックリしたよぉ」

「ははは、ごめんごめん。ほらこっちは四葉の分ね」

「いつもありがとうございます!」

 

笑顔で受け取った四葉はグビグビと飲みだした。

 

「ふぅ~、生き返るぅ」

「ん、ん、ん、ぷはぁー。はぁー、ホントだよ。ていうか、二人っていつもあんなペースで走ってるの?」

「ん?」

「今日は割りと慣らしてる感じだったかな。ね、直江さん?」

「ああ、そうだね。一花もいたから」

「あれでかぁ…」

「ちなみに。帰りは競争をたまにしてるから、その時はさすがに二人ともバテバテだね」

「ですねぇ~…あー、まだ直江さんに勝ててないんだよなぁ」

 

四葉は悔しそうに一花の横で仰向けに寝転がった。

ここは海岸沿いに並んでいる木の下。日陰にもなっているからか割りと涼しい。

 

「いつでも挑戦受けてあげるよ」

「むー、余裕そうですね」

「そんな事ないけどね。隣失礼するね」

 

そう言いながら一花の横に座り、さらにそのまま仰向けで寝転がった。

 

「はぁー…たまにこうやると何か良いよねぇ」

「分かります!」

「ちょっとぉ。私の両サイドで何してんの?」

「一花もさっきまでこうしてたんだし、もう一回どう?」

「はぁぁ、しょうがないなぁ」

 

そう言いながら一花も仰向けに寝転がるも満更でもないように見える。

そんな時。

 

ピトッ

 

あっ……

 

僕の手に一花の手が触れた。

それに気付いた一花は、パッと手を自分の胸まで戻してしまった。

一花の方を見ると少しだけ顔を紅くしているようだ。

 

「ぷっ…一花も乙女だねぇ」

「な、なにさ!」

「よっと…!」

 

一花の反論を背に勢いよく飛び上がるように立ち上がった。

 

「おー、さすが直江さんですね!」

「ふふ、さあ帰ろうか。帰りは歩いて行くから、一花動けそう?」

 

そう言いながら一花に手を差しのべる。

 

「ホント、カズヨシ君って、意地悪なところと紳士的なところがあるから困っちゃうよ」

「だよねぇ~…」

 

文句を言いながらも僕の手を握ってくる一花。

 

「それはごめんねっ…、と」

 

一花を立たせるために勢いよく引っ張ったのだが、勢いをつけすぎたのか、一花は僕の胸に飛び込んできた。

 

「きゃっ…」

「と。ごめんごめん、強く引っ張りすぎたみたいだね」

 

一緒に倒れないように何とか抱き留める事ができ、一花は僕の胸に収まった。

 

「大丈夫?足とか捻ってない?」

「大丈夫だよ……て、ごめんっ!」

 

抱き抱えたまま質問をしたのだが、一花はパッと勢いよく僕から離れた。

 

「そ…その、汗臭かったよね…」

「へ?」

 

恥ずかしそうに、目を合わせることもせずにそう呟く一花。

 

「気にしなくていいのに。むしろ、いい匂いがして役得だったよ」

「………変態

 

理不尽すぎる。

そう考えながら四葉にも手を伸ばし立たせてあげた。

 

「ありがとうございます!」

「うん、じゃあ帰ろうか」

 

そう先導して歩きだすのだが、一花は若干距離を置いている。

嫌われちゃったかな。

そんな風に考えていると、前方に見知った人物がいた。

 

「桜ちゃーん!」

 

大きな荷物を持って歩いている桜に四葉が声をかけたので、向こうも気付いたようだ。

 

「皆さん。ジョギングですか?」

「うん、三人でね」

「桜ちゃんも何処かに行ってたの?朝食の時に見かけなかったけど」

 

小走りに近づいてきた桜に質問されたので答えてあげる。

その時に一花が聞き出した。

 

(わたくし)は弓を引いておりました。この近くに弓道場があると聞きましたので」

 

説明をしながら自分の持っている荷物に目線を向けた。

肩から担いでいる荷物には、弓が入っているようだ。

 

「おー、弓を引いている桜ちゃん。見てみたかったです!」

「そんな…お見せする程のものでもないですよ…」

 

桜も合流して四人で旅館に帰ることにした。

 

「どう?調子は?」

「んー…まあまあ、ですかね」

 

僕の質問に、ニッコリと笑いながら答える桜。

 

「ふむ…その顔は調子が良かったとお姉さんは見たね」

 

いつもの調子を取り戻した一花が、指をさしながら伝える。

 

「確かに今日は調子良かったですね…20射行い……皆中でした…」

「は!?20射を皆中!?」

 

桜の言葉にビックリしてしまった。この娘凄いなぁ。

 

「あのー…直江さん。皆中って何ですか?」

 

四葉が、言っている意味を理解できずに質問してきた。一花も分からないようだ。

 

「そっか…あんまり耳にすることがない言葉だもんね。皆中って言うのは、弓を引いて矢が的に全部中った事を言うんだよ」

「つまり、20回弓引いて、それが全部的にあたったってこと?」

「そういうことだね」

 

一花の質問に答えてあげる。

 

「本来は一人4射行い、その全てが中れば皆中。それだけでも凄い実力だけど、それが20射行い全て中るとなれば、相当な技術と集中力が必要だね」

「「おー」」

 

僕の言葉に、一花と四葉は感嘆の声を上げた。

 

「そんな…本当に今回は偶然であって、自分でも驚いているのです」

 

恥ずかしそうにそう告げる桜。偶然ねぇ。

 

「ホント凄いなぁ……て、あれおじいちゃんじゃない?」

 

一花が防波堤の方に指をさしている。

 

「本当だ、おじいちゃんだね!そばにいるのは…」

「お婆様のようですね」

 

三人が言っている通り、以前風太郎も交えて魚釣りをした防波堤でお祖父さんが釣糸を垂らし、その横で楓さんが日傘を片手に佇んでいるのだ。

 

「…………ごめん、ちょっと気になることがあるから先帰ってて」

 

三人にそう指示を出して二人の元に向かおうとすると、一花に呼び止められた。

 

「ちょっとちょっとぉ、一人で行くなんてズルいんじゃない?」

「私たちも気になります」

「お供させてください」

「はぁ…分かったよ。ならさっさと向かおうか。ただ、特に四葉!静かにね?」

「了解です!」

 

そして、四人でお祖父さん達のところに近づいていった。

幸運にも今日は車が何台も防波堤の近くに停まっている。

 

ここまでかな…結構近づけたし話し声も聞こえてくるね

 

そこで他の三人に聞こえるボリュームで話すと、三人も頷いた。

そして、今隠れている車から四人並んで二人を覗き見ている。

 

「いつまでそこにいるつもりだ?そんなところにいても退屈なだけだろ?」

「いいえ、そんなことありませんよ。それにしても、貴方は昔から釣りが得意ですね。今日も大漁ではありませんか?」

「ふん…どうだったかな…」

 

そう言ったそばから釣り上げた。

そして、馴れた手付きで釣った魚をバケツに入れていく。

そこまで終えたら、釣り針に餌を付けまた釣糸を垂らした。

それにしても、昔からか……やはり二人は昔からの知り合いみたいだな。

 

「…………なぜ今になって儂の前に現れた?」

「……ごめんなさい。本当に貴方を見つけることが出来なかったの…色々な妨害があってね……貴方と旅館の事を見つけたのは本当に最近…あの娘にも会いたかったわ…」

 

あの娘?

 

「けれどそれも叶わない……だって…死んだ人間には会えないのだから…」

「……」

「……私達の娘、零奈(れな)。一度でもいいから会いたかった…」

「「「「!?」」」」

 

な!?なにーーーーー!?

楓さんの娘が零奈(れな)さん!?

それだけでも驚きなのに……え!?お祖父さんとの子供ってこと!?

 

「ふん…!お前達諏訪家にとっては、零奈(れな)は忌子なのだろう?なにを今更…」

「私が!!」

「!?」

「私が、あの娘の事を忌子だと思ったことは一度もありません!それは、古いしきたりに囚われていた馬鹿な親族達が勝手に付けたもの!…………私が生涯で唯一愛した貴方との…愛の結晶…なの…ですよ?」

 

そこまで話した楓さんは口を押さえて泣き出してしまった。

 

「……すまん。言いすぎたようだ。儂だって分かっている。お前に当たっても無意味だということをな…」

「すんっ……ええ……私だって、貴方が本気で言っているとは思っていませんでしたから」

「そうか……零奈(れな)を喪ったこの気持ちをぶつける相手が欲しかったのかもしれんな……」

「「「「…………」」」」

 

お祖父さんの悲痛な気持ちが伝わってくるようだ。

 

「時に。お前は儂を生涯唯一愛した男と言ったな?」

「ええ。嘘偽りはありませんよ」

「だが、孫娘がいるようだが?」

「ふふっ、妬いているのですか?」

「何を世迷い言を……」

 

図星をつかれたのか、お祖父さんは楓さんと目を合わせようとしない。

 

「……あの子と私は、血が繋がっていません」

「え……?」

 

楓さんの更なる衝撃発言に、桜が固まってしまった。

 

「私は貴方以外の男の人と契りを結ぶつもりはありませんでした。しかし、父と母は所謂高貴な人間を私の夫にしようと画策していたのです。今でも気持ち悪いと思いますね。その結果が、貴方と零奈(れな)を私の下から引き離したのですから」

「……」

「なので、私はまず仲間を増やしました。父と母に対抗出来得る派閥を作りました。その結果、あの二人を諏訪家から追い出すことに成功したのです」

「お前……」

「ふふっ、あの時の二人の顔。貴方にも見せてあげたかったですね」

 

清々したような顔で楓さんは話している。

 

「そこから、諏訪家を立て直すために奔走したものです。そうしていたら私もいい年になっていました。そこで出たのがお家問題。諏訪家が無くなるのは、ここまで支えてくれた多くの仲間に申し訳なく思っていました。しかし、私の愛した人は貴方だけ…そこで養子縁組の選択をしたのです」

「この事を知っているのは?」

「養子縁組で諏訪家に入った息子と諏訪家を支えてくれている上層部の者達ですね。桜や桜の母親には、私の夫は大分昔に亡くなったと伝えています」

 

衝撃すぎる話だ。というか聞いてて良かったのだろうかと今更思ってしまった。

僕の隣の桜は、下を向いてしまっている。

 

「それでも……桜は私の大切な、可愛い孫であることには変わりありませんよ。血の繋がりなど、どうということはありません。あの娘には私と違い自由に生きてほしい。諏訪家というしがらみなど気にせず、自ら愛した人と結ばれてほしい、と願うばかりです。まあ、和義さんの心を射止めて諏訪家に婿養子として来てくれるのが一番ですけどね」

 

ふふふ、と笑いながら楓さんは言う。

 

お婆様……ひっく…

 

泣いてしまった桜を抱き寄せると、僕の胸に顔を押しつけてきた。

僕は、一花と四葉に帰り道の方を指差しながら帰ろうとジェスチャーした。

二人も納得して頷いてくれたので、泣いている桜を連れ旅館に帰ることにした。

 

------------------------------------------------

その日の夜。

 

あの後は桜が泣き止むのを待ってから旅館に戻った。

あのまま帰ってると何言われるか分からなかったからだ。

そして、あの場で聞いたことは自分達の胸にしまっておくことで結論付いた。

 

「何を今更仏壇に手を合わせているんだ?」

 

お祖父さんの部屋に来て、零奈(れな)さんの写真が飾ってある仏壇に手を合わせていたら、お祖父さんにそうツッコミを受けた。

 

「良いじゃないですか?仮に零奈の中に零奈(れな)さんがいたとしてもね。大事なことだと思いますよ」

「そうか……それで?何か話があって来たのだろう?」

 

お茶を入れて僕の前に出しながらそう切り出した。

 

「最初に謝ります。すみません」

「?なんの事だ?」

「今朝、防波堤でお祖父さんと楓さんが話しているのを目撃しました。以前から知り合いのように話していたので気になってしまい……」

「盗み聞きをしたと…」

「はい」

 

ズズズ…

 

「で?誰と何を聞いた?」

「一緒にいたのは、一花と四葉。後、桜です」

「あいつの孫娘か…」

「はい。それで聞いた内容は……」

 

仏壇にある零奈(れな)さんの写真を見ながら、

 

零奈(れな)さんの母親が楓さんであること。そして……楓さんと桜は血の繋がりがないこと…」

「ふぅぅ…ほぼ全てだな。言っとくが、後者は儂も知らんかったからな?」

「ええ、分かっていますよ」

 

そして、また一口お茶を飲んだお祖父さんは語りだした。

 

「儂はあいつの家、諏訪家に使用人として働いていた。あいつとは年も近いこともあり、主人の娘と使用人という間柄でありながら仲良くしていた。若い男女だ、しばらくすると恋仲になってしまっていた……その事があいつの両親にばれそうになってな、儂は一人屋敷から出ようと決心したんだ。だが……」

「楓さんが付いてきた?」

「ああ…あいつは昔から勘が良くてな…夜中に人知れず屋敷を出て駅に向かうと、大きな荷物を持って佇んでいた…儂は自分の目を疑ったよ」

 

笑みを浮かべながらも、お祖父さんは話を続ける。

 

「もちろん最初は帰るように言ったぞ。今ならまだ間に合うとな。だが、あいつは妙なところで頑固だからな…」

 

その気持ち何となく分かるかも。

 

「結局、儂の言うことを聞かずに二人で出ていったのだ」

「おー、駆け落ちってやつですね」

「ふん、良いことなどではないわい。分かってると思うがやるなよ?」

「やりませんって…」

 

まあ、ロマンチックと感じるだろう人物が一人だけ思い付くが…

 

「それからが大変だった…あいつは機転を利かせてお金をある程度持ってきていたが、それも減る一方…何とか儂が職を見つけても、元の生活とは遠く及ばずな貧乏生活だったよ」

 

懐かしそうに話すお祖父さんの顔には少しだけ笑みも見えたように思える。

 

「だが、あいつはいつも笑っていたよ。儂と一緒にいれば十分とね……そんな時だよ、零奈(れな)が生まれたのは…」

 

そこで仏壇にある、零奈(れな)さんの写真をお祖父さんは眺めた。

 

「ふっ…あの時が一番幸せだったのかもしれんな……まあ、そんな幸せも長くは続かんかったがな。諏訪家の追手が来てしまった……儂が零奈(れな)と一緒に家から出ていた時を狙って、あいつを連れていってしまったのだ。儂らはどこかで追手は来ないと思い込んでしまっていたんだろうな……」

 

お祖父さんは少しだけ天井を仰ぎ、染々と呟いた。

 

「帰ったところに手紙が置いてあった……この旅館を与えること。そして、二度と自分達の前に儂と忌み子、すなわち零奈(れな)の二人の姿を見せないこと、がな」

「そんな…そこまで…」

「そういう風習を重んじる家だったんだよ」

 

そこでお祖父さんはお茶を口に含んだ。

 

「ふぅぅ…儂から話せるのはここまでだ」

「零奈は自分のお母さんの事は……」

「知らんよ。生まれてすぐに亡くなった、と伝えているからな」

「そうですか…」

「この事を零奈(れな)に伝えるかはお前に任せよう」

「!?僕ですか?」

「ああ…零奈(れな)に話すも良し、お前の心に留めるも良し。好きにするがいい」

「楓さんに零奈の事を話すのは?」

「そこも好きにするといい。あいつが信じるかは知らんがな」

 

そこでまたお祖父さんは自分のお茶を飲みだした。それに僕も続く。

僕はどうしたら良いのだろうか…

 

------------------------------------------------

~楓の部屋~

 

和義がお祖父さんと話をしている時、楓は自分の部屋で月を見ながら花を生けていた。

 

「失礼いたします。夜分遅くに申し訳ありません。お時間よろしいでしょうか?」

 

桜が開いている襖から姿を出さず、部屋への入室の許可を求めた。

 

「桜ですか。構いませんよ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

楓からの許可をもらった桜は姿を表し、部屋に入る前に正座のまま三つ指をつき深々と頭を下げた。

 

「…?どうしたのですか?そこまで畏まるなんて、何かありましたか?」

 

桜は頭を下げたまま口を開いた。

 

「無礼を働いたことに対するお詫びでございます」

「無礼?」

 

何の事を言っているのかが分からない楓は、生け花を続けながら桜に質問をした。

 

「はい…………今朝、中野さんのお祖父さんとお二人でお話しをされていたところに遭遇しまして、会話を遠くから聞いておりました」

 

パチンッ

 

桜の言葉に驚いた楓は、本来切る場所でない部分を切ってしまったため、ハサミと花を置いて桜を見ている。

 

「そうですか…迂闊でしたね。あの人に会えたことでやはり少し舞い上がっていたのかもしれませんね……桜、顔をあげなさい」

 

怒られると思っていた桜であったが、楓の声からはどこか優しさを感じた。

そして、顔をあげ楓の方を見ると少し申し訳なさそうな顔がそこにあったのだ。

 

「お婆様…」

「それで?何を聞いたのですか?」

「……中野さん達のお母様零奈(れな)さんがお婆様の娘であること。後は………(わたくし)がお婆様と血の繋がりがない…ことです」

「ほとんどですね。桜以外に誰かいましたか?」

「和義さんと一花さん、それに四葉さんです」

「和義さんにも知られてしまいましたか……桜こちらに」

 

楓は自分のすぐ横の床をポンポンと叩きながら桜を誘う。

桜はそれに従い楓のすぐそばまで向かった。すると…

 

「お、お婆様!?」

「ふふっ、良いではないですか。たまには…」

 

楓は近づいてきた桜の頭を自分の膝に持ってきた。所謂膝枕の状態である。

 

「桜の髪は綺麗ですね。サラサラもしています」

「うー…恥ずかしいです」

「和義さんにも同じようにしてあげたらどうです?きっと喜びますよ」

「本当ですか!?」

「ええ。ふふっ、本当に和義さんが好きなのですね」

「はい。例え選ばれなくとも、この気持ちに変わりは無いでしょう」

「そこまで…」

「お婆様は中野さん達にご自身でお伝えしないのですか?自分が祖母であるということを」

「……そうですね。あなたとは逆ですね。血の繋がりがあるのに書類上は血縁関係ではない…家族とは何なのでしょう」

「お婆様………っ。あの、今日は一緒に寝ては駄目ですか?」

「あらあら、今日は甘えん坊ですね」

「やはり駄目でしょうか?」

「ふふっ、構いませんよ。何でしたら、一緒のお布団で寝ましょうか?」

「ありがとうございます!」

 

ニコニコしながら答える桜の顔を見ると、楓は嬉しく思えくるのだった。

 

------------------------------------------------

「板長、こちらの味見をお願いします!」

「……うん、問題ないね。和義君、今後は確認しなくて良いから、自身持って料理を出しなさい」

「はい!ありがとうございます」

「二乃君、和義君の料理が出来るよ?デザートの準備は?」

「今進めてます!」

「三玖!悪いけど、皿がそろそろ尽きそう。一花の皿洗いの手伝いお願い!」

「わ、分かった…!」

「ごめんね三玖...」

「問題ない」

 

この日は急な団体さんが入ったため、風太郎だけではなく五つ子や桜、零奈にらいはちゃんまでフル稼働で対応をしている。

 

「ビール瓶お持ちしました!」

「ぜぇ...ぜぇ...こんなに重いなんてな...」

「お前は本当に体力がないのう...」

 

そこに風太郎と四葉がビール瓶を1ケースごとに持ってきた。

風太郎が疲れ果てている姿を見て、お祖父さんが呆れている。

 

「サンキュー、風太郎に四葉。五月、先に団体さんの方にビール追加をお願い」

「え?しかし、個人ではありますが新たに追加で来られた方に持って行った方がいいのではないですか?」

「大丈夫。団体の方はピッチが早いからね。そっちを早く持っていかないと。桜、お通しを何品か作っといたからこれを個人のお客様の方にビール1本と一緒に持って行って」

「もう用意していらっしゃったのですね。分かりました、お任せを」

「四葉はこのまま五月の手伝いをお願い」

「わっかりました!」

「あ、走っちゃ駄目だよ?」

「う、了解です...」

「風太郎はもう1ケースビール瓶持ってきて」

「りょ、了解だ...」

 

一人一人に指示を出していく。皆中々動けていると思う。

 

「風太郎。それが終わったら、零奈とらいはちゃんの手伝いがあるんだから、休んでる暇ないよ」

「お前は鬼か!」

 

風太郎はそう文句を言いながらもビール瓶が置かれている倉庫に向かった。

ちなみに零奈とらいはちゃんには、他の中居さんの手伝いとして布団を敷く作業をしてもらってる。二人は家でもやっている事だから、このくらいなら大丈夫だろうと指示をしておいた。

零奈に至っては昔手伝っていたそうだから尚更だ。

 

兎にも角にも、何とか窮地は乗り越えられたのだった。

 

------------------------------------------------

「はぁぁ…」

 

まったく、あの娘達がいると濃い毎日を送ることになるねぇ。

その日の夜、一人考え事をしたくていつもの屋根の上に来て夜空を眺めていた。

月も綺麗に見え、星もキラキラと輝いている。

 

「お前に任せるって言われてもなぁ…」

 

あの日、お祖父さんから聞いた話を結局まだ零奈には言えていない。五つ子を見る限りだと、一花と四葉も他の姉妹には言っていないようだ。

 

「どうしたもんかねぇ...」

「何が?」

「おわっ...!」

 

急に横から声をかけられたので、ビックリして危うく屋根から落ちそうになってしまった。

 

「一花!?心臓に悪いよぉ...」

「ふふん。前に私もやられたからね、お返しだよ。隣良いかな?」

「どうぞどうぞ」

 

『ありがと』と言いながら僕のすぐ横に座った。

 

「はいこれ、サービスだよ」

「さっすが一花。気が利くねぇ」

 

一花から差し出されたお茶を受け取ってそれをそのまますぐに飲みだした。

 

「夜とはいえまだ夏だから冷たいお茶は助かるよ」

「それは良かったよ。それで何に悩んでるの?」

 

回りくどく言っても無駄だと悟った一花は直球で聞いてきた。

 

「あー......ほらこの間防波堤でお祖父さんと楓さんが話してた内容。あの後お祖父さんと話す機会があったから、その時に零奈に話すかはお前に任せるって言われてさ...」

「なるほどねぇ...私と四葉も他のみんなに伝えるか迷ってるよ。まさか、桜ちゃんのお祖母さんが私たちのおばあちゃんだったなんてねぇ」

「「うーん...」」

 

二人腕を組んで唸っている。

 

「......でも、私は話してもいいかなって思ってるんだ。姉妹間で共有しておきたいし、ね...」

「そうだよね......うん、僕も零奈に話してみるよ」

「うんうん。うーーん、やっぱりこっちの星空はキレイだね」

「ああ。一花と前に話した時に気に入っちゃって、一人で頑張ってた時は良くここにきて夜空を見上げてたんだ」

「そっかそっか...」

 

一花は体操座りで膝の上に自分の顔を置き満足そうに答えた。

 

「ねぇ……カズヨシ君はもう決めた?」

「ん?何を?」

「…………誰が一番好きか、だよ」

「!」

 

一花の急な問いかけにビックリしてしまった。

 

「何で急に?」

「うーん……本当はもうちょっと早めに相談しようと思ってたんだけど…私ね、女優の仕事を本格的にしていこうと思ってるんだ。だからね、この夏休みで自分の気持ちに決着つけようと思ってるんだよ」

「それって……学校を辞めるってこと?」

「うーん…どうだろう……もしかしたら、辞めなくちゃいけないかもね…」

「そうか…」

「だから私は決めたの!どっちと付き合いたいのか!カズヨシ君は?どう?」

「そう…だね…………うん、実は決めてる…」

「え!?」

 

僕の言葉に驚きの顔をしている。

 

「何で一花が驚いてるのさ...」

「いやー...まさか、カズヨシ君からそんな言葉が出てくるなんて思ってなくってさぁ」

「じゃあなぜ聞いた...」

「あはは、ごめんって。そっかぁ...決めてたんだぁ............じゃあさ、ここでお互い言わない?それぞれの好きな人」

「は!?」

「せーの、で言うの。ふふふ、何か楽しそうじゃん?」

「いやいや、そんな事したらお互いここで振られるかもしれないんだよ!?」

「へ?」

「へ?じゃないって。だってそうでしょ?僕が一花の名前を言って、一花が風太郎の名前を言えば、そこで僕は振られるわけだし。逆だってそうだよ」

「私がカズヨシ君の名前を言って、カズヨシ君が他の子の名前を言えば私が振られるか...」

「そうだよ!」

 

まったく何を言い出すんだか。てか、この提案をしている時点で、一花の好きな人分かりきってるもんじゃん。

 

そっか私が選ばれる可能性もあったんだ...

「一花?」

「ううん。何でもないよ......でもいいじゃん、何かスリルがあってさ」

「あのねぇ...」

「よし!じゃあいくよぉ。せーので言うんだからね?」

「言う前提で話進んでる!?」

「ほらほらいくよ!せーの...!」

「「............」」

 

そして、一花の強引な流れでお互いの選んだ人の名前を言うのだった。

 

 




五つ子のお祖父さんと楓が昔は夫婦だった!?
しかも、楓が零奈(れな)の実のお母さん。

オリジナル展開で書かせていただきました。
僕は五つ子のおばあちゃんの存在を確認できなかったのですが、もしいたら本当にすみません。
更なる衝撃は、桜と楓の間に血の繋がりがないということでしょうか。
しかし、この二人については問題ないみたいですね。更なる心の繋がりを持てたように思えます。

さあ、いよいよ和義が一人を選びます。果たして誰を選ぶのか!
本来は、原作と同じく文化祭で選ぶ予定ではあったのですが、あまりに待たせているかなと思ったので、一花が女優業に集中するこの時期にしてみました。

それでは、また次回のお話までお待ちいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


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90.選択

お待たせしました!最新話の投稿です!

今回のお話で和義の選んだ女の子が発覚します。
果たして和義が選んだ女の子は一体!?

あ、全然話が変わりますがWBC日本代表ベスト4ですね!
本来であれば、前回のお話の時に書かなければだったのですが、すっかり忘れてました…
準決勝をテレビで観たいですが、その日は別の用事が入っていて(ToT)
録画をしておきます!
頑張れ!日本!!



「ほらほらいくよ!せーの...!」

 

一花が僕の意思など無視するかのように先を促す。

なんでそんなにここで言わせたいのかなぁ。

確かに心に決めた女の子はいるけど、まだ心の準備ってものが必要でしょうに。

あーもー、どうにでもなれ!

そして、僕は少し前から意識しだした女の子の名前を口にした。

 

「一花」「カズヨシ君」

「「............え?」」

 

僕と一花がそれぞれ名前を口にした瞬間、固まってしまった。

僕に至っては脳も、うまく回っていない。

え?今、一花は僕の名前を言ったのか?

だって...一花は風太郎を...え...?

 

「ええ~?カズヨシ君。こんな時に冗談はダメだよ?それとも、ドッキリだったかな?もう、私が女優だからってぇ...」

「は?」

 

僕が色々と考えていると、一花がまくしたてるように言ってきた。

 

「い、一花?」

「あ!さては、五月ちゃんと一花を言い間違えたとか?こんな大事な場面でダメだなぁ」

「待って、一花」

「それとも、いつもみたいに私をからかってるのかな?もー、私は本気なのに...」

一花!

「......なに?」

 

まくしたてる一花の言葉を止めるために少し大きな声で呼ぶと、ようやく一花は話すのを止めてれた。

 

「言い間違えた訳でもないし、からかっている訳でもないよ。僕は君を選んだんだ、一花」

「......なに言ってるの?そんなわけないじゃん」

「な!?」

「やっぱり言い間違えたんでしょ?もー、変に誤魔化すことないんだよ。やっぱり名前が似ている五月ちゃんかな?」

一花!!

「っ!」

「もう一度言うよ、一花。僕が選んだのは君だ」

「......」

「君の事が好きだよ、一花」

「「......」」

 

そこで二人の間に静寂が広がった

 

「だからさ、なに言ってるの?」

「何って...」

「わけわかんない!意味わかんない!!なんで私なの!?なんで!!」

「!...」

「カズヨシ君、おかしいよっ!だって、私は何も行動を起こしてない。どっちつかずで一人めそめそと悩んで。何もカズヨシ君に好かれるような事してない」

「一花...」

「私はカズヨシ君に好かれるような女じゃないんだよ......だから、ここで綺麗サッパリ諦めて女優業に集中しようと思ってたんだ......」

 

なるほど、えらく積極的だなと思ってたらそういう事だったのね。

まったく...

 

「じゃあ、どうすれば信じてくれる?」

「信じるも何も、カズヨシ君の言い間違いだよ......」

 

いたちごっこだな。

仕方ない嫌われるかもしれないが...

 

「一花、僕は今から君の事が好きだという証明をする。もし嫌なら拒んでもらって構わない」

「え?」

 

そう言った僕は、少し涙目になっている一花の顔に自分の右手を添えて僕の方に向かせる。

そして自分の顔を徐々に一花の顔に近づけていく。

 

「え...え...カズヨシ君?」

「大丈夫。嫌なら拒んでいいから」

 

そして、更に近づけた。僕の唇と一花の唇が接触するくらいまで。

それでも、一花は拒まずむしろ受け入れてくれるように目を瞑った。

それを確認した瞬間、優しく触れるように、彼女の唇にキスをする。

 

「ん......んんっ」

 

キスって、こんなに柔らかい物だったのか。

そんな感想を持ちながらも、空いた左手で一花の右手を握る。それに一花も応えてくれ、握り返してきた。

 

「......」

 

僕は唇を離したが、余韻に浸っているのか一花は無言のまま目を閉じていた。

 

「どう?これで証明できたかな?」

「キス......しちゃった。もー、強引なんだからカズヨシ君は...」

「ちゃんと拒んでいいって前もって言ったけど?」

「そ、そうなんだけど......うぅ、こんなの拒めないよ」

「そ、そっか...」

「うん......キスって......気持ちいいんだね」

 

頬を紅潮させながら、瞳を潤ませて言う一花の姿に、心臓が強く脈打つ。

 

「そうだね、気持ちいいね」

 

ずっと握りっぱなしだった左手に力を籠め一花のおでこに自分のおでこを軽くぶつける。

そこでお互いクスっと笑った。

その後、顔を離し僕は夜空を見上げながら話した。

 

「僕はさ、夢や自分自身のために強くあろうとする一花の姿をずっと見てきたんだ。僕や風太郎なんかよりもいつだって先に行ってた。そんな背中に追いつき、そして一緒にいたいって思ったんだ。後ね、そんな中でも無理をしたり自分を追い詰めたりしてしまう弱い姿も知ってるよ。春にここで見せてくれたような姿をね」

「カズヨシ君......」

「だけど、これからはそんな風に不安に思う必要はないよ。僕が近くにいて。君の不安を癒せるようになるから」

「っ...!」

「そうやってさ、これから二人で幸せを作っていこうよ」

「っ...うん!うんっ......」

 

一花は僕の左手を握っている右手に力を籠めながら、下を向き涙を流しているが、力強くそう答えた。

 

「......一花、好きです。僕と付き合ってくれますか?」

「ぐすっ...うん。カズヨシ君。私も、君が好き。私と付き合ってください......!」

 

そして、どちらからともなくお互いの唇を押し当てた。

 

「ん......ちゅ......」

 

月夜の下。恋人としてのキスはとても良いものだと感じる事ができた。

 

------------------------------------------------

次の日。ちょうど仕事も休みだったので、一花に告白をして付き合うことになったことを報告するため、皆が泊まっている部屋に来た。

 

『みんなには私から言うよ?』

 

そう言われたが、こればっかりは自分自身でやらなければならない。そんな思いで来ている。

 

「どうしたのよ?話があるから集まってほしいなんて」

 

先陣を切って二乃が聞いてきた。

 

「あー……その、なんだ……?」

「?カズヨシにしては珍しくハッキリしない…」

「そうですね。何かあったのでしょうか?」

 

僕の言動に疑問に思った三玖と五月が心配そうに見てきた。

 

「……あのさ…僕の好きな人の話をしようと思ってるんだ…」

「「「「「!」」」」」

 

僕の言葉に一花以外が反応している。

 

「えっと…つまり、和義さんはここでご自身の選ばれた方を発表されるのでしょうか」

「あはは…私ってここにいていいのかなぁ…」

「良いのではないですか?兄さんが気になったと言ったのは、五つ子の皆さん全員なのですから。四葉さんも含まれますよ」

「……」

 

皆がそれぞれの意見を言っているなかで、一花は一人黙っている。

 

「……僕は君たち七人の事が好きだよ」

「「「「「「「…………」」」」」」」

「こんな優柔不断な僕の事を好きでいてくれて嬉しく思ってる」

「そんな事…」

 

僕の言葉に五月が返してくれた。

本当に皆良い娘だ。そんな娘達の事を僕はこれから傷つける。

そんな思いで心が重くなった時、一花と目が合った。

一花はそんな僕を微笑んで見ている。

その顔を見た瞬間決心がついた。

 

「僕は、風太郎を入れた九人でずっと、このままの関係でいられたらと、心の奥底で願ってたんだと思う」

「カズヨシ…」

「でも、君たちの真っ直ぐな気持ちに対してそれは失礼だから、答えを出さなければと思って考えてきた」

「答えが出たのね?」

「ああ…」

 

二乃の問いに頷く。

 

「良いですよ。兄さんの気持ち聞かせてください」

「…………僕は……一花とこれから歩んでいきたいと思ってる」

「「「「え?」」」」

「うそ…」

「……」

 

僕に告白をしている二乃、三玖、五月、桜は理解が出来ないといった表情を。四葉は信じられない、という表情を。零奈は一人目を瞑りあまり反応がないようだ。

 

「え…だって一花は…」

 

そんな言葉を四葉は発しながら一花を見る。

多分、『一花は上杉さんの事が好きですよね』、と続けようとしたのだろう。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!一花、あんたはカズ君に告ってたの!?」

 

二乃の言葉に零奈以外の全員が一花に注目した。

 

「あはは……正直に言うね。実は私って、カズヨシ君とフータロー君、二人の事が好きだったんだ」

「はぁー!?」

「それは…」

「フータローの事を好きだとは何となく気づいていた」

「う、うん…」

 

一花の爆弾発言に二乃と五月は驚き、三玖の言葉に四葉が同意した。

 

「あー…やっぱフータロー君のことは気づかれてたか……ちなみに二人が好きだって、カズヨシ君自身には相談してた」

「ちょっ!?」

「二乃。いちいち反応してたら話が進まない」

 

二乃の反応に三玖が文句を言う。

 

「まあまあ……それでね、その時はこんなことでいいのかなって結構沈んでたんだよね。でもね、カズヨシ君はそんな私に、恋愛は理屈じゃない、二人のことを好きでいていいって言ってくれたんだ。もちろん、最後はちゃんと選ぶように、とも言われたけどね」

 

『あはは』、と頭をかきながら一花は続ける。

 

「それから、ずっと考えてた…私はどっちの方が好きなんだろうって…妹たちはどんどん好きな人に想いを寄せてるのに、私はなにしてるんだろって焦ったときもあった。そんな時に桜ちゃんの告白もあって…」

「一花さん…」

 

一花の告白に桜は言葉を溢す。

 

「あの…好きだった、と言っていましたが、一花さんはどちらか選ばれたんですか?」

「うん、そうだよ。私ね、この夏休み中に決めておこうと前から思ってたんだ」

「じゃあ、和義君から告白されたから和義君を選んだというわけではないと」

「ち、違うよ!むしろ、私振られる覚悟で昨日改めて告白したんだよ。そしたら……その……カズヨシ君が私のことを……」

「そっか…」

 

照れながら話す一花に三玖は納得したように言葉を漏らす。

 

「とにかく、兄さんは一花さんを選ばれたということです。一花さん、これから兄さんの事をよろしくお願いしますね」

「はい…」

「カズ君は一花を選んだか………でもごめんね一花、往生際が悪いのかもしれないけど、カズ君への気持ちは収まる気がしないの」

「二乃…」

「ここで勝負は終わってない。少し後ろであんたたちの行く末を見ててあげる。ほんの少しでも隙なんて見せたら私が彼を奪ってやるんだから」

 

ビシッと一花に指をさしながら二乃が宣言した。

僕がいないところでやってほしいんだけど。

 

「うん、もちろんだよ」

「そっか…なら私も収まる気、ないから」

「えっと…三玖?」

「そうですね。ここは一花に譲ります。しかし、少しでも和義君を悲しませることが起きたときは…」

「い、五月ちゃん?」

「そうですね。お婆様も言っておられました。ゴール、即ち結婚するまで何が起きるか分かりませんから」

「桜ちゃんまで…」

「というわけで」

「カズ君」「カズヨシ」「和義君」「和義さん」

「「「「「努々油断しないように」」」」」

「あ、ああ……肝に銘じておくよ」

「あはは…」

「はぁぁ…兄さんも厄介な人達に好かれてしまいましたね」

 

本当にね。

四葉なんて乾いた笑いしか出てないじゃん。

でも、零奈の顔は結構良い顔をしてるように思えた。

 

「さて、私はちょっと席外すわね」

「じゃあ私も…」

「私もお手洗いに行きたかったので、失礼します」

「えっと…すみません。(わたくし)も少し…」

「兄さん達も二人で出かけてきたらどうですか?折角恋人になったのです。また明日から忙しくなるでしょうから、今の時間を大切に使われた方が良いですよ」

「分かった。ありがとね零奈。行こうか、一花」

「う、うん」

 

そこで一花を連れ出して外出することにした。

恐らく零奈は、今は皆をそっとしろと言っているのだろう。

一花も気付いたようなので、二人で観光をすることにした。

 

------------------------------------------------

~二乃&三玖side~

 

「ぐすっ……」

 

先ほどは威勢良く一花に対して隙を見せるな、と宣言したものの振られたという現実を二乃は受け止め一人泣いていた。

 

「終わったね…」

「!三玖、なんで…」

 

そんなところに三玖が話しかけてきたのだ。

 

「さっきは威勢のいいこと言ってたけど、泣いてるんだろうなって思ったから」

「なら、そっとしときなさいよ」

 

そう言われながらも、三玖は二乃の横に座る。

そしてそのまま二乃に抱きついた。

 

「私だって……悔しくて泣き……たいから……一緒に、いてもいいかな?」

 

抱きついた段階ですでに泣いている三玖。

それに気付いた二乃は、三玖の背中に腕を回し抱き返す。

 

「まったく……しょう……がない……妹……なんだ……から……うっ……うぅぅ……」

「うっ……うっ……」

「「うわぁぁぁーん……!」」

「悔しいぃ……悔しいよぉ……」

「うん……うん……やっぱり、恋って辛いね……うぅぅ……でも、カズヨシを好きになって……良かった……」

 

二人はそれからしばらく泣き続けたのである。

 

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~五月&桜side~

 

五月は一人中庭で座り空を見上げていた。見上げていないと、どんどん涙が出てきてしまいそうだからだ。

それでも、一滴ずつ目から涙が流れている。

 

「いつかはこの日が来るとは思っていたのですけどね……」

「桜……さん……」

 

そこに桜が近づいてきた。

 

(わたくし)は一度振られていますから、皆さん程でもありませんが、やはり悔しいものは悔しく感じてしまいます……」

「あ……」

 

そう。桜は一度修学旅行の時に和義に想いをぶつけたが、振られているのだ。

 

「それでも、振り向いてもらえるよう……がんば……ってきました……」

「桜さん…」

 

そこで桜も限界が来てしまい、涙を流して下を向いてしまった。

 

「……桜さんの頑張りは、きっと和義君に届いていたと思いますよ」

「え……?」

「和義君言ってたじゃないですか、君たち七人の事が好きだ、と。それは、桜さんも含まれています。そこは、自分を誉めてあげていいと思いますよ」

「あ……」

 

涙目ながらも笑顔で桜を自分の隣に座るように促す五月。

桜は五月に促されるがまま隣に座る。

そんな桜の頭を、自身の肩に持ってきて自分のおでこを桜のおでこに軽くぶつける五月。

 

「よく頑張りましたね」

「五月さんだって……」

「はい……っ……頑張りましたが……っ……届きませんでした……ぅっ」

「五月……さんっ……う……うっ……」

「一緒にいてくれて、ありがとうございます……っ……多分一人だと……もっと悲しくなっていたと……思いますから……」

「うっ……ううぅ……は、い……」

 

二乃と三玖とは違い、二人は静かに泣いている。

しかし、悔しさは二人に負けていない。

そんな二人を、少し離れたところから楓は見守っていた。

 

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~四葉&零奈side~

 

四葉と零奈は部屋から移動せず、自分達の部屋に留まっていた。

ただ、零奈は窓際の椅子に座りお茶を啜りながら外を眺めている。

 

「お母さん…」

 

そんな零奈を四葉は心配そうに見ていた。

 

「ごめんなさい。娘にそんな顔をさせてしまって……母親失格ですね」

「そ、そんなことないよ!こんなこと、誰だって悲しくなっちゃうよ……」

「四葉。兄さん…和義さんと一花を嫌わないでくださいね?」

「え?」

「和義さんはしっかりと決断をしました。選ばないという選択もあったでしょうに、それでもしっかり一人を選んだのです」

「あ……」

「和義さんは、自分が一人を選ぶ事でこのような事が起こると薄々感じていたと思います。だから、発表の前に『このままの関係でいたい』、と言っていました。自分の発言でこの関係が崩れると思ったのでしょう」

「うん……お母さんはやっぱり強いね」

 

笑顔で零奈の向かいに座りながら四葉は伝えた。

 

「そんなことありません。今だって、悔しくて泣きたいと思っています。ただ、そうしまいとコントロールしているのですよ」

「うわぁー、私には無理だなぁ。うん、大丈夫だよ。私は一花と直江さんを嫌ったりしない。今まで通りに接していくよ!」

「それを聞けて安心しました……さて、母さんに転校の手続きの相談をそろそろしないとですね」

「え……お母さん、どっか行っちゃうの?」

 

零奈の発言に、四葉は驚き質問をした。

 

「え?だって、和義さんは卒業したらここで働く気でいるではないですか。恐らくこの島に住むことになります。であれば、私もこちらに来ますよ。幸いにして、この島には学校がありますから。しかし、母校にまた通うことになるとは…」

「えーと…」

 

零奈の思考はすでに先を見据えている。

そんな零奈に四葉は付いていけていない。

 

「ん?四葉は勘違いしているかもしれませんが、私の和義さんへの愛はこんなことではなくなりませんよ。二乃が言っていたではありませんか、隙あらば奪ってみせると」

「えぇぇーー!?」

「さぁー、ここから私だって上級生、中学生、高校生へと成長していきます。ふふっ、私の魅力はここから成長していくというもの。更なる魅力アップに努力していかなければ!」

 

零奈は立ち上がり腕をあげて、自分自身に言い聞かせるようにそう意気込んだ。

この時の四葉は、ただただ和義と一花に同情した。

 

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一花と二人で外に出てきたものの、一花も有名人であることから、自然に人気が少ないところに足が向かっていた。

 

「あ!ねえねえ、鐘鳴らそうよ!」

 

例の誓いの鐘まで来ていたので、一花がはしゃぎだした。

 

「なんだ、やっぱり一花も乙女だよね。こういうの信じてるんだ」

「むー…いいじゃん、夢があって。カズヨシ君とフータロー君が淡白なんだよ」

「はいはい。じゃあ鳴らそうか?」

「うん!」

 

ゴーン……ゴーン……

 

二人並んで鳴らすと辺りに鐘の音が響き渡った。

しかし、観光スポットの割にはここで人を見たことないんだが。

鐘を鳴らした後は、景色を眺めていた。

一花はずっと僕の手を握っている。指を絡ませ、所謂恋人繋ぎである。

 

「はぁ……夢みたい。私がこんな風に好きな人と手を繋いだり、デートしたり出来るなんて…」

「まぁ、一花は有名人だからね。世間一般的なデートをさせてあげられないから申し訳ないけど」

「ううん。こうしてカズヨシ君と二人で一緒にいるだけで幸せだよ」

 

言いながら更に寄り添ってきて頭を僕の肩に乗せる。

その時の一花の顔は、本当に幸せそうである。

そんな風に見ていたのに気付いたのか、一花と目があった瞬間どちらからともなくお互いの唇を重ねた。

 

「ん……ちゅ……んんっ」

 

唇を離すと、蕩けそうな一花の顔があった。

 

「一花?」

「どうしよう……キス、虜になっちゃったかも……ねぇ……もう一回、ダメ?」

「へ?一花がしたいって言うなら僕は構わないけど…」

「やったー。じゃあ……」

 

そう言って、一花は僕の首に腕を巻き付け自分からキスしてきた。

 

「ん、んっ……ちゅ……」

 

柔らかな唇をなぞるような、優しい触れ合い。

 

「んん……ちゅ……んン……はぁ、んんン……カズヨシ君……んは……ちゅっ……ちゅ、ちゅっ、はぁ、ん……んっ、ん……カズヨシ君好き……カズヨシ君……カズヨシ君……っ」

「僕も、好きだよ……」

「んぅ、ん……んッ、んッ……ッ。はぁ、ん、んン……ちゅ……ちゅぅ……」

 

結局、その後は一花にされるがままキスをしていた。

一花ってキス魔だったのだろうか。

 

鐘の近くにずっといるわけにもいかず、今はまた手を繋いで旅館に戻っている。

 

「そういえば、学校どうするの?」

「うん……カズヨシ君には申し訳ないんだけど、やっぱり女優業を諦めたくないんだ!」

「うん、それでこそ僕が好きになった一花だよ」

「えへへ、カズヨシ君ならそう言ってくれると思ってたよ。でも、学校は辞めたくないなぁ…」

 

少し元気がないような顔を下に向けて話す一花。

 

「それなんだけど、昨日母さんに相談してみたんだよね」

「え?」

「勝手にしたことはごめん。けど、やっぱりここまで来たら皆で卒業したかったから」

「う、ううん。全然怒ってないよ」

「そっか。でね、母さんに相談したら休学はどうかって」

「休学?」

「そう。ある程度学力が備わってるか確認が入るかもだけど、問題なければ、それで僕達と卒業出来るだろうって」

「ほ、本当に!?」

「ああ、学力に関しては僕と風太郎で全面的にバックアップしていくよ。任せて!」

 

サムズアップして答えてあげた。

 

「うん!頼りにしてる!なら、その方向で社長にも相談してみるよ」

「了解!まあ、後は社長さんや母さん達に任せておこうよ」

「うん!えへへ、やっぱり頼りになるなぁ」

 

そう言いながら僕の腕に抱きついてくる一花。

今まで我慢していたものが一気に発散されたようであった。

 

 




というわけで、和義が選んだのは一花でした。

いやー、最後まで悩みましたぁ~。
でも、姉妹の中ではやはり一花が和義に合っているのではないかと思い書かせていただきました。
ちなみに、最後の最後まで五月も構想としてありました。
だって、作品の中の五月はもうメインヒロインの位置付けだったじゃないですか…

さて、和義と結ばれた女の子は決まりましたが、まだ続けさせていただきます。
原作でいうあの人とかあの人とかまだ出てきてませんしね。

では、また次回のお話も読んでいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。


PS.一花以外のルートを見たいかのアンケートもしております。
良かったらポチっとお願いいたします。


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91.祖母と母

最新話の投稿です!

日付を勘違いしていて、WBCの準決勝を生放送で観戦出来ました!
いやー、凄い試合で最後なんて一人でテレビの前ではしゃいでました。

また、外伝を作成した方が良いかのアンケートにご協力いただいた皆様。ありがとうございます!
この場をお借りして御礼申しあげます。
というか、以外に皆さんハーレム展開好きなんですね…半分近くがハーレムというのは驚きで、個人的には不人気と思ってました。
また、個人ルートでは二乃が一番投票が多かったのも驚きです。個人ルートだと三玖か五月かな、と僕は思っていましたので。
この結果を元に、今後の活動を行っていこうと思います。
アンケートはもう少しだけ続けたいと思います。




「ねえ、あんたら付き合ってんのよね?」

「ん?」

 

皆の前で自分の好きな人を発表した日の夕飯時。

全員でご飯を食べている時に二乃から唐突に言われた。

 

「どうしたのさ、いきなり」

「いやだって、雰囲気とか前と変わらないじゃない」

「ああ...」

 

二乃が言わんとしているのは何となく分かる。

二人っきりの時はあんなにベタベタしてきた一花ではあるが、皆の前ではいつも通りに接している。

まあ、昨日までは食事時には僕から離れた席に座りがちではあったが今では向かいに座るようになっている。

 

「別にみんなの前でイチャイチャしてるところを見せたいとは思ってないよ。ね、カズヨシ君?」

「だね。分別はするさ」

「ふーん...」

 

斜め向かい、一花の横に座っている二乃がジト目で見てくる。

ははは……

 

「えーっ!和義さん、一花さんと付き合ってるんですか!?」

「ああ、ごめん言ってなかったね。昨日から付き合ってるよ」

「あの、恋に無頓着な和義さんが…」

 

だんだん言葉が辛辣になってきたねらいはちゃん…

 

「お兄ちゃん知ってた!?」

「ああ、和義本人から聞いてたさ」

「そうだったんだぁ…」

「……」

 

・・・・・

 

「何っ!?一花と!?」

 

一花とのデートから帰ると、ちょうど風太郎が休憩に入るとの事だったので、事の顛末を話した。

 

「そうか……」

「?どした?」

「いや、何でもない。他の姉妹や桜には言ってるのか?」

「ああ、さっきね」

「そうだったのか……」

 

どうにも心ここにあらずって感じだなぁ。

 

「何にせよ、おめでとう。やはりお前の方が早かったか」

「どうだろうね…何せ、姉妹の中で最初に告白してきた娘は12月だったし……待たせ過ぎでしょ」

 

窓を開け、下枠に寄りかかり、外を眺めながら言う。

まあ、五月のあの告白は、まだ男として好きなのか分かんないって言ってたけどね。

 

「そうだったのか…そんな前から……」

「風太郎は2、3ヶ月でしょ?言えた義理ではないけど、早めに答えてあげなよ?」

「確かにお前には言われたくないな」

 

ぐっ…そうなんだけどさぁ。風太郎に言われるとなんかムカつく。

 

・・・・・

 

なーんか、あの時から様子が変なんだよねぇ。

風太郎に一花との話をした時に感じた違和感を思い出していると、隣の三玖に話しかけられた。

 

「ねえカズヨシ?今日の味つけはどうかな?」

 

ここでの食事は基本僕が作っているが、今日は三玖が作ったのも含まれている。

 

「うん。味つけは問題ないよ。美味しく出来てる。後は、野菜とかを均一に切れたらいいかな。味の付け方や火の通りがバラバラになっちゃうしね」

「分かった…また教えてくれる?」

「ああ。空いた時間で良ければね」

「うん…!」

 

僕の言葉に満足したのか、三玖はニコニコしながら食事を再開した。

 

「はぁぁ…結局、和義さんは他の方とお付き合いするのですね…」

「き、期待に応えられずすみません…」

「いえ、冗談ですよ。う~ん、今日の和義さんの料理も美味しいですね♪」

「ありがとうございます……」

 

楓さん、あなたの冗談は冗談に聞こえないから質が悪いんですって。

しかし……

 

「ほら、まだ残っているではないですか。もう少し食べれるのではないですか?」

「分かっている。ただの食休みだ」

 

お祖父さんと楓さん、あの防波堤以降ますます仲良くなってないか?

そんな風に考えていると、隣の零奈から服を引っ張られた。

 

「どした?」

「兄さん、あの二人は前からあんなに仲良かったでしょうか?」

「ふむ…」

 

そろそろ話すべきかな。あからさまだしね。

 

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次の日。

今日は撮影があるとのことで、朝早くから一花が出かけようとしている。少し前からよく一花はこんな風に出かけている。

今の僕はその見送りだ。

島だから移動も大変だろうに。

 

「あーあ、もう少し一緒にいたかったなぁ……」

「仕事なら仕方ないさ。僕だって、今は仕事を抜け出してるわけだしね」

「そうなんだけどさぁ……」

「まったく…こんなんで夏休み明けは大丈夫なの?」

「むー…」

 

そこでほっぺたを膨らませても困るんだが…可愛いけど。

そんな時一花がキョロキョロと周りを確認している。

 

「どうした?」

「んっとね………………ちゅっ」

 

一花は軽くではあるが唇を重ねてきたのだ。

 

「一花!?」

「えへへ……うん、活力出てきたよ。じゃあ、いってきまーす!」

 

そう言うや否や手を上げ、足取りも軽やかに行ってしまった。

たく、困ったお嬢さんだこと。

 

ブブブ...ブブブ...

 

ん?メッセージ?

 

『大好きだよ、カズヨシ君♪』

 

ほんと生き生きしてるな。

 

『僕もだよ。仕事頑張ってね、いってらっしゃい♪』

 

そうメッセージを返した。

 

「さてっ!」

 

パンパン…!

 

両手で自分の頬を叩き気合いを入れる。

一花も頑張ってるんだ。僕も頑張んなきゃだね!

そんな思いで厨房に戻るのだった。

 

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「それで?今度はなんなの?一花はいないけどいいの?」

 

その日の昼ごはんの後、また皆に集まってもらった。

ちなみに風太郎は仕事中で、らいはちゃんは自分の部屋で宿題をしている。

 

「悪いね。また、別件で報告があるんだよ。一花抜きで問題ないよ」

 

そう言って、四葉と桜を見るとコクンと頷かれた。

 

「別の報告?……それはいいんだけど、なんでレイナちゃんはカズ君の膝の上に座ってるの?」

「いやー、兄妹のスキンシップだよ」

 

僕は今胡座をかいて、その足の上に僕が抱き抱えるように零奈が座っているのだ。

今から話す内容的に近くにいた方がいいと思ったからだ。

 

「何?早速浮気?」

「?兄妹なのですから浮気とは違うのでは無いですか?」

「うっ…!」

 

事情の知らない桜の的確な問いに二乃は反論出来なかった。

 

兄さん?いったいどういうつもりですか?

まあまあ

 

僕にだけ聞こえるように零奈から質問されたが、零奈の方を向かず答える。

 

むー……

「そうだ。今から話す内容については他の人に極秘、てか風太郎やらいはちゃんにも内緒で頼みたいんだけど」

「?ということは、私たち家族に関係するもの?でも、桜がいるけど…」

 

三玖はそう言いながら桜の方を見る。

 

「五つ子と桜両方に関連することだよ。あ、零奈は小さいからいいかなって……それで最近だけど、お祖父さんと楓さんが前より仲良くなってるって思わなかった?」

「確かに…それが、今から話す内容に関係してくるのですね?」

「ああ。で、今から話す内容は一花も知ってるからここにいなくても問題ないんだよ。後知ってるのは、四葉と桜だね」

「「「「え?」」」」

 

話の内容を知らない四人は驚き、四葉と桜を見た。

 

「まず、今から話すことを知ったのは、この間一花と四葉と三人でジョギングに行った帰り道で桜に会った時なんだけど。その時に防波堤で…………」

 

と、一通りを話してみた。

 

・・・・・

 

「え……つまり、桜のお祖母さんは……」

「お母さんの産みの親…」

「そして、私たちにとってもおばあちゃんということでしょうか……」

「……っ!」

 

二乃と三玖、五月は驚き僕を見ている。いや、僕ではなく零奈かな。

その零奈は、抱き抱えている僕の中で緊張している様子だ。

そんな零奈を少し強く抱きしめ、手を握ってあげた。

 

あっ……兄さん…

 

そして、小さな零奈の手が握り返してくる。どうやら、少しは動揺が和らいだようだ。

そんな様子を見て、姉妹達は僕が零奈を抱き抱えている理由を理解したようだ。

 

「しかし、これだけでも衝撃的ですが……」

「うん…まさか、桜とお祖母さんに血の繋がりがないのも驚き…」

「これ、下手すればゴシップとかになるんじゃない?」

「かもね。まあ、楓さんの事だから握り潰すと思うけどね」

 

二乃の発言にそう答えたものの、少しは心配ではある。

 

「それにしても、おじいちゃん再婚とかするのかなぁ」

「そうよねぇ…そうなると、なんだかロマンチックだわぁ~。何十年越しの恋。二人は他の人と結ばれることもなく、そして再開。二人の愛を引き裂く人はもういないんだろうし…」

 

四葉の言葉に、二乃が一人妄想に浸っている。こういうの好きそうだもんね。

 

「そうなると、私たちと桜は親戚になるね」

「そうですね。血の繋がりがあっても書類上では私たちの母は娘とならなかったですが、お二人が結婚すれば義理とはいえ、娘になります」

「そうなると、(わたくし)の父と中野さん達のお母様は義理の姉弟、つまり(わたくし)達は従姉妹、ということになります」

「うーん…こんがらがってきたぁ…」

 

四葉の脳は限界のようだ。

その後も皆各々盛り上がっているようだ。

 

零奈はどうする?

え?

零奈(れな)さんにとっての、産みの親でしょ?名乗り出ないの?

そ、それは……果たして信じて頂けるでしょうか……

信じる、信じないの前に。名乗り出たいか、出たくないか。じゃない?

 

ずっと前を見ていた僕は、そこで下の零奈を見る。

すると、見上げてきた零奈と目があったのでニッコリと笑ってあげた。

 

「まったく、貴方という人は…彼女以外の女性にこのように寄り添ってはいけませんよ。そうするとこんなことが起きてしまうのですからね…………ちゅっ」

 

次の瞬間僕の唇に、零奈の小さな唇が触れた。

 

「「「「なーーー!?」」」」

「あら」

「ちょっ!零奈!?」

 

突然の零奈の行動で、僕は口元を隠しながら顔を離した。

 

「えっと…これも、兄妹としてのスキンシップに含まれるのでしょうか?」

「含まれるはずないでしょ!何してんのよ、お母さん!」

「いくらなんでも、それは擁護できないよ、お母さん…!」

「そうです!やりすぎですよ、お母さん!私だって、和義君と……ゴニョゴニョ……」

「わー!みんな落ち着いて!みんなレイナちゃんをお母さんって呼んじゃってるよ!」

 

もうぐだくだだよ。

 

「えっと、先ほどの零奈ちゃんの行動にも驚きましたが…皆さんお母さんとは…?」

「「「「あ……」」」」

「「はぁぁ……」」

 

そこで零奈は僕から離れ、姿勢正しく正座で僕の前に座り直した。

 

「桜さん」

「は、はい!」

「改めまして、直江零奈こと中野零奈(れな)と申します」

 

頭を下げながら自己紹介をする零奈。

 

「えっと…これはご丁寧に………え?零奈(れな)……って」

「はい、ここにいる…ああ、一花も入れた五つ子の母です。先日はお墓参りありがとうございました」

「え……えぇぇーー!?

 

珍しい桜の大きな驚きの声が響き渡った。

 

・・・・・

 

「えっと…つまり、零奈(れな)さんは亡くなった後に和義さんの妹さんの零奈ちゃんに記憶だけが乗り移ったと…信じ難いところではありますが、大人のような言動といい、学力といい、信じられる要素が多々見受けられますね」

「何でしたら、この子達のおねしょを卒業した年齢をお伝え出来ますよ?」

「「「「やめてっ!」」」」

 

おー息ピッタリ。五月も敬語が抜けてるよ。

 

「あはは...これは本当のようですね。でしたら、お婆様はその...零奈(れな)さんのお母様ということに」

「はぁぁ...子どもの頃、父には母は私が生まれてすぐに亡くなったと言われていたのですが、こういう経緯があったのですね。なるほど、これは子どもには言えませんね」

「それで?どうするの零奈?楓さんに伝える?」

「............伝えてみようと思います。例え信じてくれなくても......」

「そっか...」

「ま、私たちも一緒にいくから問題ないわよ」

「ですね。一花が帰ってきたら行きましょうか」

「うん。そうしようよ!」

 

何とかまとまったようだね。そう安心をしていると、三玖が爆弾を落とした。

 

「ん...それよりもお母さん。さっきのキスは看過できない...」

「そうよ!あれはダメでしょ!」

「反省はしていますが、あんな風に優しく寄り添ってくれたら我慢できませんよ...」

 

いや我慢してよ。

 

「それは分かりますが...」

 

分かるんかいっ!

五月の零した言葉にツッコミを入れてしまった。

何か、四葉以外の目が怖いんだけど...早く帰ってきて、一花...

 

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「それで?お母さんとキス、したんだ?」

 

今日は日帰りで帰ってこれた一花の指示で、僕は今自分の部屋で正座をして、一花から詰められている。

 

「いや、したと言いますか、されたと言いますか...」

「したのは事実だよね?」

「はい......」

 

何も言い返せない。

 

「まったく。カズヨシ君は油断しすぎなんだよ。例えば......」

 

そこで一花にキスをされた。

 

「ん......んん......カズヨシ君......ん......」

 

一花の唇が離れていく。

 

「ふふっ、ほらね...?」

 

微笑みながらそう話す一花。

 

「いや、一花には油断してもいいでしょ」

「たしかに...」

 

お互いに笑みが零れる。

 

「それじゃあ、今回は私が戻るまでの正座で許してあげる」

「へ?」

「じゃあ、私お風呂に行って、それから桜ちゃんのお祖母さんのところに行くね。一度戻ってくるけど動いちゃダメだぞ?あ、トイレだけは許してあげる」

「いや、ちょっ、待って...」

 

パタン

 

部屋から一花が出ていき扉が閉められた。

えーーーっ、放置!?

 

キー...

 

「あっ、一花...」

「よう」

「ふ、風太郎!?」

「惨めな姿だなっ...」

 

口元を押さえながら話している。

 

「笑うなぁー!てか、何しに来たの?」

「ん?見張りだ」

「は?」

「一花に頼まれてな。おもし...断れなくてな」

 

今面白そうって言おうとしただろ。

てか、いそいそと勉強の準備してるし...

 

「正座しながらだったら、勉強は良いってよ。ほら、気が紛れるだろ」

 

というわけで、正座をしながらの風太郎との勉強会がスタートした。

 

「ああ、この後らいはも来るからな」

「げっ」

 

その後らいはちゃんが来たのは良いのだが、なぜ一花に怒られたのかは絶対に言えなかった。

『もう、彼女さんを泣かせたら駄目なんですからね』、と結構な長い時間お小言を言われたのは言うまでもない。

 

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~楓の部屋~

 

現在楓の部屋には、五つ子と零奈、それに桜がお邪魔している。

 

「夜分に遅く申し訳ありません」

 

一花が代表してそう言いながら頭を下げた。

 

「良いのですよ。一花さん。あなたはお仕事でお忙しいのですから。それで?大体の予想は出来ておりますが。どういったご用件でしょうか?」

「桜さんから聞いているかもしれませんが、おじいちゃんとの会話を私と四葉、それにカズヨシ君が一緒に聞いていました。それで、他の姉妹に黙っているのも気が引けて、本日カズヨシ君からみんなに話した次第です」

「そうですか......零奈(れな)は幸せそうに暮らしていましたか?」

「はい。私たち五人がいてくれて幸せだったと、最後まで言っていました」

 

楓の質問に五月が答える。

 

「大切なのは五人でいること。母が生前より言っていました。そのおかげで、今もこうやって五人仲良く出来ていると思います」

 

五月の言葉に四葉が続く。

 

「女手一つで五人もの子どもを育てていた、と聞いていた時は心配をしていたのですが。杞憂だったようですね。良い娘達を持てたようです。しかも、一人はあの和義さんの心を射止めたのですから」

 

微笑みながら口にする楓に対して、一花は自分の頬をかいている。

 

「私から一つ皆さんにお願いがあります」

「お願いですか?」

 

楓の言葉に二乃が質問をする。

 

「ええ。私のことをおばあちゃんとして接してください。それが、たった一つのお願いです」

「「「「「!」」」」」

「駄目ですか?」

「ダメなんてことない...」

「大歓迎です!」

「「「「「おばあちゃん」」」」」

 

笑顔で五つ子達が答えたことで、楓の目から涙が流れ出た。

 

涙も収まったところで、楓は一つの疑問が生じた。

 

「時に、桜がいるのはまだ分かるのですが、なぜ零奈さんもここに?」

 

その言葉を聞いた零奈は、六人の前に出て姿勢正しく正座で座った。

 

「相変わらず、年齢を疑いたくなりますね。良い姿勢です」

「ありがとうございます............今から突拍子もない話をお伝えする事、ご了承ください」

「ふふっ、言葉遣いも立派で。構いませんよ。どうしました?」

 

楓が話の先を促すと、流石の零奈も緊張して唾を飲み込んだ。

 

「私、直江零奈には二つの記憶があります」

「え?」

「一つはもちろん、この体の記憶。零奈としての八年間の記憶です。そしてもう一つの記憶は、六年前から持っています。この記憶は、もう一人の私が六年前に死にこの体に乗り移りました」

「それは...」

「こんな非科学的な事は信じられないかもしれませんが事実です。証拠というものがありませんが」

「......私にその話をするということは、私の知っている人物ということですね?」

「はい。と言っても、私自身にはお会いした()()がないのですが...」

「?おかしな話ですね。私の知っている人物なのに、あなたには私に会った記憶がないというのですか?」

「はい。私があなたにお会いしたのは赤ん坊の時だったようですので...」

「赤ん坊...六年前に亡くなった...まさか...」

 

そこで楓はお祖父さんと話した内容をふと思い出していた。

 

零奈(れな)は儂らの近くにいる』

『何ですか?心の中にいるとでも言いたいのですか?あなたにしてはロマンチックですね』

『そうではない。そのままの意味だ。お前に零奈(れな)を愛する気持ちがあれば分かるだろう。まあ、お前は赤ん坊の零奈(れな)しか知らんから無理な話ではあるがな』

『?』

 

その時は遠回しに、心の中で生きているから悲しむな、と言っていると思っていた楓だが、今の零奈の言葉ではっきりとした。

 

「......零奈(れな)...ですか?」

「......はい。この旅館で父と旅館の人達に育てられ、後ろの五つ子達を生み育てた零奈(れな)です」

「あ......あ......」

 

零奈の言葉を聞いた楓は、言葉にできず零奈に近づき抱きしめた。

 

「ごめん...なさい...零奈(れな)......あなたとあの人を置いて行ってしまって......それに、あなたが一番辛い時にそばにいてあげられなくてっ......本当に...ごめんなさいっ......」

 

抱きついてくる楓に対して、零奈は抱き返し伝える。

 

「良いのです。お母さんも大変でしたでしょう......私を産んでくれて、ありがとうございます」

「うっ......ううっ......」

 

楓は人生で一番の嬉し涙を流したのかもしれない。

それにつられて零奈はもちろんの事、五つ子や桜も涙を流して二人を見守っていた。

 

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「ツンツン」

「ま、マジで止めて。本当に痺れてるんだから...」

「まったく情けないですね」

 

誰のせいだと思ってるのかな、零奈(れな)さん?

楓さんのところでの用事も終えた一花と零奈が僕の部屋に来ていた。

それを見計らって、風太郎はすでに寝てしまっているらいはちゃんを抱え自分の部屋に戻っていった。

一花はと言うと、正座から解放されて仰向けに倒れている僕の足をつついている。

 

「それで?そっちは問題なく終わったの?」

「ええ、おかげさまで。ありがとうございます。お母さんとも色々と話せました」

「みんなもこれからはおばあちゃんとうまくやっていけると思うよ」

 

お母さんにおばあちゃんね。

うまくやれて良かった良かった。

 

「それで…今日は一緒に寝ては駄目ですか兄さん?」

「は?」

「ちょっとぉ!昼の事忘れてないよね?」

「はて…」

 

一花からのツッコミに目をそらす零奈。

何か珍しい光景だな。

 

「では、こうしましょう!」

 

零奈が取った提案はというと…

 

「ねえ?なんで私とカズヨシ君の間にお母さんなの?」

「いくらお付き合いをしているからと言って、隣同士で寝るには早すぎます。なので間を取ってこの形です」

 

そう。僕と一花の間に零奈が入った謂わば川の字状態で、僕達は布団に入っている。ちなみに、僕が一人で寝るという案は速攻却下された。

 

「ま、いっか。カズヨシ君と同じ布団で寝るには変わりないしね」

「二乃と三玖、五月の文句が凄かったですが…」

「ここに乗り込んできそうな勢いだったもんね」

「はぁぁ…何やってんの…」

「ふふっ…」

「どうしたのですか、一花?」

 

急に可笑しそうに笑った一花に零奈が質問する。僕も気になって一花の方を見ると、一花はこっちを見た状態で寝ていた。

 

「こうやって三人で寝てると、なんだか家族って感じがしてさ。お母さんは私たちの娘でさ」

「確かに。端から見たら、そう見えるかも」

「それはそれで心外ですね」

「まあまあ。お母さんはまだ小学二年生なんだしさ」

 

その言葉、日本語がおかしいよ一花。

 

「それでは兄さん。娘の私におやすみのキスを」

「何調子に乗ってんの」

「やはり駄目でしたか」

 

兄妹二人でふざけてると一花が真剣な顔で口にした。

 

「……ほっぺたならいいよ」

「は!?」

「ほら、ほっぺたなら私だって付き合う前にしたわけだしさ」

「やはり一花でしたか」

「あ……」

 

ホントこの姉妹は墓穴を掘る娘が多いよね。

 

「うー……」

「というわけで兄さん。彼女の許可も出たことですのでお願いします」

「はぁぁ…もう眠いからさっさとするよ?」

「じゃあ、私が反対側からするね」

「一花?」

「「ちゅっ…」」

 

零奈の言葉を気にせず、僕と一花二人で零奈の両頬にキスをした。

 

「それじゃあおやすみ。一花、零奈」

「ふふっ、おやすみ。カズヨシ君、お母さん」

「うーーー…」

 

零奈は恥ずかしそうに布団を頭から被ってしまっている。

その光景に、一花と二人吹き出してしまった。そのまま、僕と一花は同時に零奈を抱きしめるように近づき眠りにつくのだった。

 

・・・・・

 

「ん……」

 

翌朝。よく眠れたのか寝起きの気分が良かった。

 

「すー…すー…」

「ふっ…」

 

隣では気持ち良さそうに零奈が寝ている。

何度も思うが、年相応な寝顔が可愛い。垂れている前髪を上げてあげるように頭を撫でる。

 

「んっ…んん……すー…」

ふふっ…可愛いね

一花。おはよう

おはよう、カズヨシ君。ふふっ、いいなぁこういうの

ん?

起きたら一番に大好きなカズヨシ君とお話しができるんだもん

そっか……て…

 

そこで一花のある異変に気付いたので、顔をそらす。

 

「ん?どうしたの、カズヨシ君?」

「……なんで、上を何も着てないの?」

「あっ……たはは…これは、お見苦しいものを」

「別に見苦しくないけど…外に出てるから着替えると良いよ」

「……カズヨシ君ならもっと見てもいいよ?」

「え?」

 

一花の言葉に振り替えると、恥ずかしそうにしながらも自分の体を隠している布団をずらそうとしている一花の姿があった。

 

「何を言っているのですか?」

「へ?お母さん!?」

 

驚いている一花を他所にムクリと起き上がる零奈。

まあ、ここまで二人で話してたら起きるよね。

 

「一花?」

「な、何かな、お母さん?」

「私のいるところで兄さんを誘惑するなんて、いい度胸してますね?」

「それはお母さんだって言えるじゃんか!カズヨシ君は私の彼氏さんなんだよ?」

「「むーー…!」」

 

お互い睨み合っている二人。

とりあえず、僕は朝食の準備があるのでさっさと厨房に向かうことにした。

この時ほど仕事があることに喜びを感じたことはないな。

 

------------------------------------------------

「色々とお世話になりました」

 

その後、夏休みも後二日となった日。学校も始まるので全員で家に帰ることにした。

 

「なーに、こっちも助かった時もあったからな。ここで働きたい意志があれば、卒業後待っている」

「もちろん!この娘達と卒業したらまた戻ってきます。お体には気を付けてください」

「大丈夫ですよ。私が付いていますから」

「……」

 

楓さんの言葉にお祖父さんは言葉が詰まった。

 

「お、お婆様……もしかしてずっといらっしゃるつもりですか?」

「ええ。ここにいても問題ないですから」

「し、しかし、お客様のお相手は……」

「桜の父親が行えば良いでしょう。もしくはここまで来れば良いのです。私はここを離れるつもりはありませんから」

 

頑なに動こうとしない楓さん。

桜も大変だなぁ。

 

お祖父さん、めっちゃ好かれてるじゃないですか

「むーー……」

 

困ってる声を出してるが、反対しないのであれば満更でもないんだろう。

桜が説得するのを諦めたのを見計らって旅館を離れることにした。

 

「さーて、明後日から新学期か」

「まだまだ遊び足りなかったわ」

 

渡船場に歩いて向かっているところで、僕の言葉に二乃が反応した。

 

「いやいや。十分遊んだでしょ。海水浴にバーベキュー、花火だってしたじゃん」

「どれも面白かったなぁ。学校が始まったら友達に教えてあげるんだ」

「くぅー。私はもっとらいはちゃんと遊びたいです!」

「少しは勉強のことも考えろよ…」

 

四葉がらいはちゃんに抱きつきながら言うものだから、風太郎は呆れて呟いた。

 

「しかし、毎日夜は勉強をしていたので大丈夫と思いますよ。仕事でお疲れのところ、勉強を教えてくれてありがとうございました、和義君」

「別にどうということでもないさ。風太郎に三玖も手伝ってくれたしね」

「私は料理の学校に行くから受験しなくていいし…少しでも役に立てたのなら良かった…」

「十分さ。社会はもう三玖に任せても問題ないよ」

「そうですね。私も社会だけは三玖に勝てませんから」

「ふふっ…これだけは負けられないよ…」

 

笑みを溢しながら、三玖は五月に伝える。

 

「受験……あと少しで皆さんは学校に来られなくなるんですね。一花さんにしては、もう学校で会えるかどうか…」

「桜ちゃん...」

 

桜の零した言葉に一花が心配そうに桜を見ている。

桜はこの中で唯一の高校一年生。僕達が先に卒業すれば、桜だけが高校に残ることになる。

 

「まあ、先の事を今話してもしょうがないさ。今を楽しんでいこうよ」

「和義さん......はい!」

 

僕の言葉に笑顔で桜は返事をした。

 

「まったく...彼女になっても、まだまだ気が抜けないなぁ。仕方ない...」

「ん?」

 

一花が何か言ったかと思って、一花の方を向くと...

 

「ん...」

「んんっ!?」

「「「「「なーーーっ!!」」」」」

「「はわぁー!」」

「はぁぁぁ...」

 

一花の唇で唇を塞がれた。

二乃、三玖、五月、零奈、桜が過剰に反応している。

四葉とらいはちゃんは顔を両手で隠しながらビックリしている。

風太郎は呆れているのか、頭をかきながらため息をついている。

 

「な...なん...」

「何してんのよ!一花!」

「何って、キスだよ」

 

二乃の言葉に、そう答えながら僕の腕に抱きついてくる一花。

 

「私はカズヨシ君の彼女なんだし問題ないでしょ?」

「むーーー...」

「ひ、人前でなんて不純です!」

「そ、そうです。はしたないですっ!」

「だって、こうでもしないとみんなに取られちゃいそうだし、ね」

 

僕にウィンクをしながら皆にけん制をする一花。

全く、深めに帽子をかぶっているからって人前で...自分が有名人なのをもっと自覚してほしいものなんだが。

てか、零奈。一花から許可をもらって僕と手を繋いでるけど、そんなにギュッと握らないで…

はぁぁ...彼女が出来たから平和になると思ってったけど、二学期も一波乱ありそうだな。

そんな予感を持ちながら帰路につくのだった。

 

 




今回のお話で零奈の正体を楓だけでなく、桜にも明かしました。
さらに、一花のキス魔も継続中です。

夏休みもこれで最後ですので、次回より二学期に突入です!
二学期と言えば文化祭ですね。
あの人物も登場予定でもありますので、今後も読んでいただければと思います。

では、今後とも宜しくお願いいたします。



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第11章 日の出祭
92.休学


最新話の投稿です!

やりました!WBC、日本優勝です!
いやー、テレビの前で優勝が決まった時に大はしゃぎしちゃいました。




「零奈行くよー!」

「はーい!……お待たせしました、では行きましょう」

 

二学期初日。久しぶりの学校ではあるが、いつもと変わらない時間に零奈と一緒に登校する。

零奈が進級すると同時にらいはちゃんが中学生に上がったので、今では二人は一緒に登校しない。

それもあってか、こうやって僕と零奈が一緒に登校する日が増えていた。

 

「あ、零奈ちゃーん」

 

手を繋いで登校していると、零奈の友達であろう子が前方に何人かおり、その内の一人が零奈を呼んでいる。

 

「それでは兄さん。私は行きますね」

「ああ、気をつけてね」

「はい!」

 

手を離し、零奈は友人のところに向かっていった。

 

「おはよう零奈ちゃん」

「皆さん、おはようございます」

「あいかわらず、お兄さんカッコいいよねぇ。しかも、一緒に登校してくれるくらい優しいし」

「ふふっ、自慢の兄です。ああ、彼女がいるので好きになったら駄目ですよ」

「「「「えーーー!」」」」

 

友人達に囲まれていきながら零奈は行ってしまった。何か盛り上がってるなぁ。

 

「おはよ、カズヨシ君」

 

そんな零奈を見ていたら、後ろから声をかけられた。

 

「皆、おはよう」

 

振り返ると一花を中心に五つ子と桜がいた。

 

「皆からすれば遠回りなのにどうしたの?」

「どうしたもないわよ。新学期なんだから、カズ君と登校したかったの」

「そっか、ありがとね。てか、一花は私服ってことは今から仕事?」

「そだよ。駅まで一緒に行こうかと思ってね。今日から本格的に休学だね」

 

歩きながらそんな話をする。

 

「あ、そういえば例のCM昨日観たよ。零奈も久しぶりに興奮してた」

「うちの五月みたいね。五月も昨日家ではしゃいでたわ」

「だって仕方ないじゃないですか、テレビや映画で観る一花は輝いて見えます。それに、すごく楽しそうで本当に一花がやりたいことだと思うんです」

「五月ちゃん...」

「それに、不本意ながら和義君と付き合ってからの方が輝いてると思います...」

「あはは...ま、まあ自分でもそう感じてるかな...」

「あら、見せつけてくれるわね」

「あーっと、そうだ!昨日、三玖がCMの一花のモノマネをしてくれたんですよ」

 

場の空気を変えようと四葉がそんな事を口にする。

 

「すっごく似てて、ぜひ直江さんと桜ちゃんにも見てほしいです」

「えー、やりたくない」

 

当の本人は本当にやりたくないようで、テンションが低い。

 

「あ、私も見たいなー」

「あれ?一花は見てないの?」

「うん。昨日も仕事で夜が遅かったからね」

「一度やってくれたじゃないですか」

「ほら三玖、三人に見てもらいなよ!桜ちゃんも見たいよね?」

「ええ。三玖さんさえよければ」

「じゃあ、一度だけ...」

 

五月と四葉の説得に加え、桜のお願いもあったりで、観念した三玖は、ふぅーと一呼吸入れると...

 

「忘れられない夏にしてあげる♡」

「おー」

「わー、そっくり」

「凄いです!CMのままです!」

「......」

 

確かに。流石、変装が姉妹で一番うまいだけはあるな。

髪型とか一緒にすれば絶対見分けられないんじゃないか?

当の本人は恥ずかしそうに下を向いている。

 

「大したもんだね。本当にそっくりだったよ」

「だよね!出席日数が足りないとか言われそうだったら。代役お願いね」

「無理!」

「だね。三玖の精神が持たないんじゃない?」

「そっかぁ...」

「あ。でも、カズヨシの彼女として一花の代役はいつでも言っていいからね?」

 

ピシッ

 

一瞬で場の空気が凍ったように感じた。

 

「あはは……な、何を言ってるのかな、三玖は?朝から冗談を言うようになるなんて、三玖もやるねぇ」

 

口元を引くつかせながら一花が言う。顔は笑顔だが、絶対に笑っていない。

 

「冗談じゃない。カズヨシ、学校生活で寂しくなったらいつでも言っていいからね?」

 

そう言う三玖は笑顔である。

 

「馬鹿なこと言ってないの。僕が好きになったのは見た目じゃないんだから、代役は必要ないよ」

「むー...」

 

僕の言葉に三玖は悔しそうにしている。逆に一花はほっとしたようだ。

そこで駅の改札口に到着した。

 

「じゃあ、私こっちだから」

「ああ、頑張ってきな」

「帰ったら、またお話聞かせてね」

 

一花の言葉に僕と四葉が声をかける。

 

「うん。皆も頑張って」

 

一花がそう言いながら改札口を通って行ってしまった。

 

「さて、僕達も行こうか。ゆっくりしてたら新学期早々遅刻しちゃうし」

「そうですね。行きましょう」

 

僕の言葉に桜が答えた。

こうして今日から一花は休学となり、今までの生活に一花がいることが減る。

こうして少しずつ、今の生活が変わっていくのかもしれない。

桜もそうだが、卒業してしまえば僕達だってそれぞれの道を進むことになるから、一緒にいられなくなるだろう。

夏ももう終わり。卒業はもうすぐそこまで迫っている。

 

------------------------------------------------

「こら一花、寝ない。まだ、今日のノルマ残ってるんだから」

「ひぃ~~、もう勘弁してよ~~。日中のロケでくたくたなんだよ~~」

 

二学期が始まってからのある日。今日は僕の家で一花の勉強を見ている。

 

「まったく。このままでは、兄さんや姉妹、風太郎さんと一緒に卒業出来ませんよ?」

 

お茶を一花の前に置きながら零奈が言う。

 

「それは分かってるんだけどさぁ...こんな疲れた状態じゃ、頭に入んないよぉ~~」

「はぁぁ...一花は明日は休みなんだよね?」

「ん?そうだけど?」

「零奈。今日は一花を泊めてもいいかな?」

「え!?」

 

僕が零奈にそう提案すると一花が驚きの声をあげた。

 

「構いませんよ。ただし、明日は朝一から勉強ですからね?いいですね一花?」

「はーい...」

「んー?」

「はい!」

 

力のない一花の返事に零奈が一睨みすると、良い返事が返ってきた。

 

「それでは、客間には兄さんが布団を敷いてあげてください。彼女なんですからそこまで厳しく見なくてもいいでしょう。それに、私は少々疲れているので先に休ませていただきたいのです」

「了解。じゃあ、零奈おやすみ」

「おやすみなさい。兄さん」

 

僕に返事をした零奈は二階の自分の部屋に向かった。

目を擦りながら歩いていたので、本当に眠かったのだろう。

 

「一花、布団は僕が敷いとくから風呂に入ってきな」

「ありがと。こんなこともあろうかと、みんなで着替えとか置いといて良かったね?」

「そうだね。まさか、こんな形で役立つとはね」

「ふふっ、じゃお風呂いただきまーす」

「ああ。ごゆっくり」

 

一花が上がってくるまでリビングで待つことにした。

 

「特にすることもないし、一花のテキストでも作ってるか」

 

風太郎みたいに手書きではなく、ノートパソコンを使ってテキストを作る。

さてと、一花の苦手にしてる国語から作成しますか。

てか、一花のやつ国語が苦手なのによく台本とか読めるなぁ。

しばらくテキスト作成に取り掛かっていると、一花がお風呂から上がったのかリビングに入ってきた。

 

「お風呂上がったよう。て、何してるの?」

「んーー?一花のテキストを......って、なんて恰好なの!?」

 

ノートパソコンでの作業を止めて、視線を一花に向けるとワイシャツ一枚の格好の一花の姿があった。

しかも上の方をちゃんと閉めてないから胸が見えてるし。

 

「ふふっ、ドキッとした?私って基本裸で寝てるから着替えるのめんどくさくって。なはは…」

「男だったら誰だってドキドキするよ!まったく…もうちょい危機意識を持ってよね?彼氏とは言え、僕だって男なんだから」

 

今まで作っていたテキストは保存してノートパソコンの片付けに取りかかる。

そういえばつい最近、余りのワイシャツあればちょうだい、とか言ってたけどこれに使うためか…

もういいや、風呂入って寝よ。

 

「誰にでもこんな格好見せるわけじゃないよ?カズヨシ君だから見せてもいいって思ってる」

「え?」

 

ノートパソコンを持ってリビングを出ようとすると一花から声をかけられた。

 

「前にお母さんと三人で寝たときも言ったよね?カズヨシ君になら見せてもいいよ、て」

 

真剣な表情でそう伝えてくる一花。

恥ずかしさからとお風呂上がりからか、顔を赤くしているが僕とは目をそらそうとしない。

 

「ねぇ?今日一緒に寝ちゃダメかな?」

「は?」

 

尚も真剣な表情で目をそらさないことから、冗談を言っている雰囲気ではないことは分かる。

 

「………僕は今からお風呂に入ってくるよ。部屋には勝手に入ってて構わない」

 

そう言い残し僕はリビングを後にした。

 

風呂から上がり、今自分の部屋に入ろうしている。

もし、部屋に一花がいたら……そう考えると中々ドアを開けられない。

ええい、どうにでもなれ!

そんな思いで部屋に入ると。

 

「おかえり……」

「あ、ああ……」

 

ベッドになぜか正座で座っている一花がいた。

 

「ぷっ…てか、何で正座?」

「だって……緊張してどう待ってればいいか分かんなかったんだもん。それにしても……」

「ん?」

 

まだ乾ききっていない髪をタオルで拭きながらベッドに近づいていると一花にじっと見られた。

 

反則だよ……そんな姿見たらドキドキするよ

 

何かゴニョゴニョ言っているがまったく聞こえない。

拭き終わったタオルはハンガーにかけ、僕は一花の近くに行くためベッドに腰かけた。

 

「っ…!」

「……無理して一緒に寝なくてもいいよ?」

「無理なんかしてないよ」

「何か焦ってる?」

「……焦っちゃうに決まってるよ。君ってば自分がモテモテなの知ってるよね?」

「それは…」

「それに他の姉妹だって……私はお仕事で学校行けないし、私たちが付き合ってるのも公に出来ない。それに普通のデートだって……」

「一花…」

「だから、いつかカズヨシ君が私から離れちゃうんじゃないかって心配で心配で…」

 

一花は正座のまま下を向いてしまった。

 

「……一花。こっちおいで」

 

僕のすぐ横をポンポンと叩いてこっちに来るように促す。

一花はそれに従って僕のすぐ横に腰かけた。

そんな一花の肩に手を持っていき抱き寄せた。

 

「カ、カズヨシ君!?」

「いいから、いいから…………あんまり安心は出来ないかもしれないけど、僕は大丈夫だよ。一花以外の女の子に興味を持つことなんてないよ」

「……」

「ていうか、僕の方が心配してるくらいだし」

「え?」

「一花は女優っていう有名人なんだよ?五月が言ってたように、今の一花はとても輝いてる。そんな一花に置いていかれないように僕ってば必死なんだから。それにさ、きっと一花の周りには素敵な人がたくさんいると思う。そんな人に一花が取られるんじゃないかって…」

「そ、そんなわけないじゃん!カズヨシ君より素敵な人なんていないよ」

「そっか、ありがと。でも、それは僕にも言えるよ?」

「あ…」

「一花より素敵な人はいない。だから大丈夫」

「うん……っ」

 

はぁぁ、一花に心配させちゃってるなんて僕ってば最悪だね。

 

「……ねえ?もっと安心させてほしいな?」

 

上目遣いで一花がそう言ってきたのでキスをする。

 

「ん……ちゅっ……んっ……もっと……もっとちょうだい?私を安心させて?」

 

そんな一花にキスを続けて強く抱きしめてあげた。

 

・・・・・

 

「ん……」

 

朝か。何か今日も目覚めはスッキリしてるな。

 

「あ、起きた。おはよ…」

 

そんな声を聞いて横を見ると、微笑んでいる一花の顔があった。

 

「ふふっ、寝顔可愛かったよ?」

「おはよ一花。それ、あんま嬉しくないかな…」

「えー、私的には褒め言葉なんだけどなぁ……ん」

 

そう言いながら軽くキスをしてくる一花。

 

「えへへ、幸せって感じる」

「僕もだよ。さて、さっさと起きないと零奈がまた文句言いそうだね」

「だねぇ~。あーあ、ほんとはもうちょっと余韻に浸りたかったのにぃ」

「ははは…さて、起きてご飯食べたら昨日の続きだよ!」

「え……」

「昨日終わらなかった課題、忘れてないよね?」

「はぁぁ…そうだったぁ~~」

 

そんな言葉を漏らしながら顔を枕に埋もらせる一花であった。

 

------------------------------------------------

「じゃあ、後はお願いしますね直江君」

「分かりました。では、失礼しました」

 

担任の三条先生から頼まれ事をされた僕は職員室を出る。

 

「失礼しました」

「あれ?五月じゃん。どうしたの?職員室に用事?」

「はい。今日の授業で分からなかったところを先生に質問に来てました」

 

ノートを掲げながらそう答える五月。職員室の前だからかいつもの敬語で話している。

 

「和義君は?先生に呼び出されてたみたいだけど?」

 

職員室から離れて一緒に歩き出すとまたしゃべり方が変わる。

その徹底振りは流石である。

 

「あー…学級長の仕事を頼まれたんだよ」

「学級長の?」

「そ。学園祭......日の出祭がもうすぐ始まるでしょ?そのことで呼び出されたんだよ。学級長中心で色々決めてほしいんだってさ」

 

廊下に張り出されている日の出祭のポスターに目をやりながら五月に答えた。

 

「そういえば私たちのクラスの出し物まだ未定だったね。あれ?でももう一人の学級長の四葉は?」

「ああ。授業が終わるや否や二乃と三玖、三人でどっかに行ってたからね。それで僕が捕まったって訳」

「な、なるほど...」

「三年生は屋台って習わしがあるんだよねぇ。五月は屋台と言えばやっぱり焼きそば?」

「うん!それは欠かせないね!それに和義君の焼きそばだったらなおさらだよ」

「ははは...」

「と、私はもうすぐ塾の時間だから。和義君は今日はお休みだったよね?」

「ああ。桜と零奈によろしく伝えといて。後、零奈には迎えに行くから待ってるようにも伝えといてね」

「了解」

 

そう答えた五月は軽やかな足取りで昇降口に向かっていった。

さてと、四葉はまだ学校にいるかな?とりあえず教室に戻ってみますか。

そして僕は、教室に向けて足を向けた。

 

教室まで来ると中を覗いている四葉の姿があった。

何しているんだ?

 

「四葉。何してんの?」

「うひゃっ!」

 

僕が声をかけるとビックリした声をあげている。

 

「な、直江さん?」

「ん?」

 

気になって窓から教室内を見てみると風太郎が一人自習をしている。

 

「ははぁーん」

 

ニヤリと笑いながら四葉を見る。

 

「な、なんですか!その顔は?」

「べっつにー......四葉ももうちょっと攻めてみたら?」

「むー...私的には攻めてるんですけど...」

「まあね」

 

そんな風に四葉と話していると。

 

ガラッ

 

「何やってんだ、お前らは?」

「ありゃ見つかったか」

「見つかるも何もそんなにうるさくすれば誰だって気付くだろ」

「あははは...すみません、お勉強のお邪魔をして...」

「別にいいさ。和義の用事は終わったのか?」

「まあね。あ、そうだ。四葉、先生に日の出祭の準備を学級長中心に決めてくれって頼まれたんだけど」

「おー、なるほど!」

「そうだ!風太郎、四葉のサポートを頼んだ」

「はぁー!?」

「ちょっ、直江さん!?」

「僕って、この後一花の勉強の準備とか零奈の迎えとか色々あるんだよね。てなわけで後はよろしく!」

 

そう言って二人を置いて駆け出した。

 

「お、おい!」

「直江さーーん!!」

 

後ろから二人の声が聞こえたが気にしない。

頑張れよ、四葉。

 

------------------------------------------------

「ふふっ...」

「ちょっとぉ、彼女が目の前で勉強を頑張ってるのに、携帯見ながら笑うのはどうかと思うんだけどぉ?」

 

その日の夜。久しぶりに一花がうちに勉強をしに来たので、見てあげているところに風太郎と四葉の二人からメッセージが来たので笑ってしまった。

 

「悪い悪い」

「ふーんだ。それで、誰からだったの?もちろん教えてくれるよね?」

「別に隠すほどでもないよ。風太郎と四葉だよ」

「フータロー君と四葉?」

「そ。今日、三条先生からもうすぐ始まる日の出祭の準備を学級長を中心に進めてくれって言われてさ。それで、二人に放り投げて帰ってきたらメッセージがきたって訳」

 

そう言いながら、風太郎からのメッセージを一花に見せてあげた。

 

「なになに?『よくも押し付けて帰りやがったな。今度何かおごれよ』、か...」

「文句を言いつつ、ちゃんと仕事もしてるんだよね」

「んー?『以下が去年人気だったメニューだ』、か。フータロー君らしいよね。結局まじめにやるんだから」

「ああ」

「それにしても酷いんだ、カズヨシ君は。お仕事を二人に押し付けて帰ってくるなんて」

「四葉は元々学級長だからね。それに二人っきりにしてやりたかったんだよ」

「へぇ~」

「......ちょっと前までは風太郎の事を好きなのは、一花と四葉の二人だったから、表立って応援ができなかったんだよね」

「カズヨシ君...」

「でも、今は四葉一人だからね。全力でサポートしてあげようと思ってるんだよ」

「ふ~ん......ねえ、前から思ってたんだけど、カズヨシ君って妙に四葉には優しいよね?」

「そうかな?気にしたことなかったけど」

「無意識かぁ。まあ、そうだと思ったけどね」

 

ため息をつきながら一花が言うが、そこまでか?

 

「まあ、なんて言うか。四葉って甘えるのが苦手っぽいから、それでつい構ってしまうのかもしれないね」

「まあ、分からなくもないかな」

「でしょ?ほら、雑談はここまで。続き頑張って」

「ふぁ~い...」

 

元気のない返事をするものの、僕が作ってあげたテキストはどんどんと進めている。

一緒に卒業をしたい思いはあるみたいだな。

そんな考えを持ちながら四葉からのメッセージを見た。

 

『直江さん、今日はありがとうございました。おかげで風太郎君と一緒にいれました。風太郎君、今度の学園祭を徹底的に楽しむんだそうです。それに、私のこと頼りにしてるとも言ってくれました!』

 

文章を読んでいると、四葉の嬉しそうな顔が頭を過る。

少しはお役に立てたようで何よりだ。

 

 




新章スタートです!

今回のお話では、和義と一花のちょっとイチャイチャなところを書かせていただきました。
元から学内で告白を何度もされている彼氏がいれば、一花でなくても心配になりますよね。
少しでもその心配が解消されていればいいのですが。

後、本当に少しですが零奈の同級生も書かせていただきました。しかし、書いてて『小学二年生で彼氏彼女の話をするだろうか?』、という疑問も出ましたが気にせず書きました。零奈がいればありますよね。

さて、次回からは学園祭、通称『日の出祭』の準備に入ります。
今後も読んでいただければ幸いです。

それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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93.日の出祭に向けて

「ということで、これが去年人気だった屋台メニューです」

 

四葉が黒板に板書をしているなか、僕はクラスの皆に発表した。

 

①たこ焼き

②チョコバナナ

③焼き鳥

④フランクフルト

⑤チュロス

⑥たこせん

 

「もちろんこれ以外にもやりたいことがある人は随時教えてください」

 

次の日のホームルームの時間。クラスの出し物を決めるために話し合いが行われた。

しかし、ここまで調べてくるなんて風太郎やるなぁ。てか、たこ焼きにたこせんって...煎餅があるかないかじゃないのか、どんだけたこ焼きが好きなんだよ。

そんな考えをしていると一人の生徒が手を挙げている。

 

「五月?何かやりたいことがあるの?」

「はい!焼きそばを推奨します!」

 

どんだけ焼きそばを食べたいんだ。

 

「和義君の焼きそばは絶品なんです。きっと皆さん喜びますよ」

 

しかも僕が作る前提なんだ。

 

「たしかに直江の作る料理はうまいもんな」

「そうだね。僕も食べてみたいよ」

 

五月の発表に前田と武田が便乗している。

 

「私も直江君の作った焼きそば食べてみたいかも」

「あ、私も!」

 

クラスの女子も乗っかってきている。

 

「はぁ...とりあえず候補の一つとして、他にないですか?」

「たい焼きやってみたい」

「タピオカとかいいんじゃない?」

 

ふむ。以外にアイデアは出てくるんだな。ん?

三玖が何か言いたそうにもじもじしている。

 

「三玖?何かやりたいものがあれば言っていいんだよ?」

「えっ」

 

そう三玖に発表するように促してみる。

 

「パンケーキ...」

 

恥ずかしそうにそう三玖は発表した。

へぇ~。零奈(れな)さんの得意料理で思い出の品か。

 

「えーっと、去年は出店されていないみたいですね」

「別に去年なかったものを出しては駄目ってことはないでしょ。いいんじゃないかな」

 

僕が賛同すると三玖に笑顔が零れる。

 

「私もいいと思う」

「絶対かわいいよ」

「三玖ちゃんナイス!」

 

ふむ。女子にも受けが良いみたいだね。

 

キーンコーンカーンコーン

 

丁度その時授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「じゃあ、今日はこれまで。後日、また話し合いましょう」

 

そして、今日の話し合いは終了となったのだった。

 

「うん。とりあえず候補が色々出て良かったね」

「ですね」

 

四葉が板書した内容をメモ取っていると。

 

「中野さん!俺たちバンドやってるんだけど、このライブステージって俺たちも参加できるのかな?」

「もちろん!」

 

三人組の男子が話しかけてきた。

 

「でも、そうなると練習場所もほしいですね。吹奏楽部の人たちにかけあってみます」

「マジ!?サンキュー」

 

すごいな。四葉は吹奏楽部の人とも交流があるのか。

 

「直江君。親戚に招待状を送りたいんだけど...」

「ああ。それなら問題ないよ、用意してるからね。足りなかったらまた言ってくれれば、また用意するから」

「ありがとう!」

「ねえねえ、中野さん。被服部でこんな出し物をするんだ。お客さん来るかなぁ...」

「わ!素敵です!所定の場所ならポスター貼れるので、ぜひお手伝いさせてください!」

 

そんな感じでひっきりなしに声がかけられる。

こういう時の四葉って頼りになるよね。

 

「ふー、おまたせ」

 

色々と来る質問タイムが落ち着いたので、四葉と一緒に風太郎達がいる場所に合流した。

 

「二人とも大人気だったね」

「ええ。まさに人望のなせるものかと」

「いやー、今回は四葉がいてくれて助かったかもね」

「直江さんにそう言ってもらえるなんて。頑張りますね!」

「頑張るのもいいけど働き過ぎんじゃないわよ。カズ君はその辺の調整はうまそうだけど、あんたは心配だわ」

「えへへ、最後のイベント、ですもんね。1ミリも悔いの残らない学園祭にしましょう!」

 

ニッコリとどこか風太郎に向かって言っているような四葉。

最後のイベント、か。確かに学園祭が終われば、後は受験へまっしぐらだもんね。

 

「ま、なんにせよ屋台かぁ。何を作るにしても腕が鳴るわ」

「うん、腕が鳴る」

 

二乃の言葉に三玖が続く。

まあ、今の三玖の実力であれば何かが起きるってことはないと思うけど…

 

「最近のあんたの料理も中々だけど、まだ目が離せないところもあるんだから十分注意するのね」

「分かった…」

 

二乃がいれば安心かな。

その後も学園祭に関しての話で盛り上がるのだった。

 


「てなわけで、学園祭に向けて今のところ好調に進んでるかな」

「そうですか。一般の人でも当日は参加出来るのですよね?」

「ああ。招待状も作っとくから楽しみにしてるといいよ」

「はい!」

 

その日の夕飯時に今日の出来事を零奈ともう一人…

 

「うんうん。順調そうで良かったよ」

 

もう一人の人物、一花も満足そうにしている。

 

「てか、一花。結構な頻度で来てるけど、ちゃんと自分の家にも帰ってるんだよね?」

「もちろんだよ。早めに仕事が終わった時だけこっちに来るようにしてるからさ」

「顔を見せてくれるのは嬉しく思いますが、無理して体を壊さないでくださいね」

「大丈夫。ここに来ればむしろ活力もらえるしね。うん、このハンバーグ美味しい」

 

僕の方にウインクしながら、零奈の言葉に一花は答えた。

 

「ほーう。どのように活力をもらってるか、詳しく聞かせて頂きたいものですね?」

「ふ、二人ともハンバーグのお代わりはどうかな?おろしを使った和風ハンバーグも作れるけど」

「うーー…食べたいけど、これ以上だと体型維持がなぁ」

「そっか。じゃあ僕の分焼くからそこから分けてあげようか?」

「ホントに!?じゃあ、それでお願い!」

「了解。零奈は?」

「私も兄さんの分から頂きたいので、二枚焼いてください」

「は、はあ…まあいいけど」

 

そう答えてキッチンでハンバーグを焼く作業を行う。

 

「そういえば、夏休み前にやった模試の結果どうだったの?まあ、カズヨシ君にはもう必要ないかもだけどさ」

「んーー、とりあえず書いた大学は全部A判定だったね」

「また満点?」

「まぁね」

「兄さんは本当に凄いですよね」

「ちなみにフータロー君は?」

「風太郎もA判定だったね。今回は無理しないように言ってやったから、前回よりは点数落ちてたけどさ」

「それでもA判定であれば問題ないかと。風太郎さんは慢心などしないでしょうから」

「そうだね。あいつの場合はむしろ無理させないように見張っておく必要があるかな」

 

ハンバーグをフライパンで焼きながら答える。

うん、もうちょいかな。

 

「ちなみに娘達はどうだったのですか?」

 

零奈の言葉にビクッと一花が反応する。

 

「はぁぁ…別に一花は卒業後は女優一本で行くのですから、赤点さえ回避出来れば問題ないですよ」

「ふぅー、良かったぁ。ちなみにD判定でした…」

「まあ、そんなものでしょうね」

「えっと…二乃はBだったかな。自分の実力に見合った大学を選んでたみたいだし。それで、三玖はA判定。まあ、料理の専門学校に行くことを決めちゃってるから意味ないかもだけど、それでも大したもんさ」

「ですね。どこかの長女とは大違いです」

「ブーブー」

 

零奈の言葉に文句を言っているが、零奈の一睨みで黙った。

 

「後は、四葉はC判定だね。多分、推薦が貰えると思うから大丈夫だと思うけど、推薦でも筆記はあるからね、そこは僕と風太郎でカバーしていくよ」

「そうですか…」

 

蒸し焼きにしていたフライパンの蓋を開けると、ジューッと焼けている音と一緒に香ばしい匂いも辺りに広がっている。

 

「う~ん、美味しそうな匂い…」

「そんで、五月はBだったね。教育大学は彼女にとってはレベル高いからね。それでもBならまだまだいけるさ。はい、お待ちどうさま」

 

テーブルの上に二枚のハンバーグを置く。

 

「おろしと一緒に大葉を刻んで乗せてるから、後はお好みで特製ポン酢をかけてもらえればいいから。召し上がれ」

「ふー…あむ……うーーん、美味しいぃ……カズヨシ君の料理は美味しいんだけど、食べすぎちゃうところがあるから注意が必要なんだよねぇ」

「分かります」

「ははは、気に入って貰えて良かったよ。進学を考えてる姉妹についてはちゃんとカバーしていくから、二人とも安心してるといいよ」

「ふふっ、カズヨシ君に任せとけば問題ないね」

「私も兄さんを信用してますので」

 

その日の夕食は穏やかに流れていった。

 


クラスの出し物については、結局焼きそばとパンケーキまでは絞れたんだが……そこからが進まない。

 

「うーん、見事に二つに割れちゃったかぁ」

「パンケーキが絶対いいって。映えとか良さそうだしさ!」

「何言ってんだ!屋台だぞ。屋台と言えば焼きそばしかないだろ!」

 

はぁぁ…まさに二つの陣営でのバトルだな。平行線だけどね。

結局この日も決まらない話し合いが終わった後、三条先生に相談してみた。

 

「先生。出し物は必ず各クラスから一つなのでしょうか?」

「そうですねぇ。必ずしもという訳ではないので、二つ出しても構いませんよ。ただ、管理が大変になるかもですね」

 

とは言ったものの、このままでは先に進まないのも事実だな。

 

「うちのクラスからはこの二つでいこう」

「大丈夫ですかね?」

「管理をしっかりすれば何とかいけるでしょ。ただ、その分僕が全体のチェックとか出来なくなるけど…」

「そこはお任せください!私が直江さんの分まではりきっていきますので!」

「……無理だけはしないでよ?」

「はい!」

 

四葉の方も何とかカバーしないとだな、これは。

 

「あの…和義君。今良いでしょうか?」

 

四葉と今後の方針を話していると五月から声がかかった。

 

「どうしたの、五月?」

「えっとご相談がありまして…」

 

後ろに何か隠してるのか?

両手を後ろに回して話す五月。

 

「……屋上行こうか」

「はい…」

 

そして、五月を伴って屋上に向かった。

 

「うーーん!解放感が半端ないなぁ」

「だいぶお疲れみたいだね」

 

両手をあげて声を出している僕に対して、クスクス笑いながら言ってくる五月。

結構深刻そうな顔してたから心配してたけど、意外に大丈夫そうだね。

 

「それで?どんな相談?」

「うん……これなんだけど…」

 

そう言って紙を差し出してきた。

 

「これは?」

「和義君が休んでる間に配られたの。なんでも有名な講師の人が特別教室を開くみたいなんだ」

 

無堂仁之介?有名な人っていう割には聞いたことないなぁ。父さんや母さんの仕事柄、教育系は知ってるつもりだったけど塾関係はまだまだだな。

 

「それで?相談ってこれに参加した方がいいかって事?」

「うーん…それもあるんだけど…」

「ん?」

「実はね、この事を下田さんから教えてもらってないの。他の講師の人に自習してたときに聞いたんだ」

「下田さんが……」

 

おかしいな。こういうのはすぐに教えてきそうなのに。なるほど…

 

「だから相談って訳か」

「うん……私としては、やっぱり和義君に教わりたいから。でも、和義君は今学園祭の準備や一花の勉強で忙しいでしょ?だから……」

 

だからこっちの特別教室に参加してみたいと。

 

「別に勉強したいならうちに来てもらって問題ないよ。家庭教師の延長線と思ってもらっていいしね」

「でも……一花との時間を奪うのも気が引けるというか」

「ああ、そこを気にしてたんだ。そこも問題ないさ。零奈だっているんだし、常に二人っきりて訳でもない。それに、最近忙しいみたいだからね」

「本当にいいの?」

「ああ、帰りは送るよ」

「ありがとう。じゃあ行くときは連絡するね?」

「うん」

 

気分が良くなったのか、さっきまでの沈んだ感じが消えている。それにしても…

そこで五月に貰った紙をもう一度見る。

下田さんに直接聞いてみるか。

そうして、今日の放課後の用事が決まったのだった。

 


「こんにちは」

「ん?おー、和義じゃないか。どうしたんだ?学祭の準備の間は休むんじゃなかったのか?」

 

放課後になり、塾の下田さんの席まで来ている。

突然の訪問に驚いてるようだ。

 

「すいません、忙しい時期に休んでしまって」

「気にしなさんな。どうせお前さんの予定は全部諏訪だ」

「ははは…」

「んで?何かあったのか?」

「これなんですけど…」

 

そう言いながら、例の紙を下田さんに見せる。

一瞬下田さんの目が見開いたように感じた。

 

「これをどこで?」

「五月ですよ。五月に渡されました」

「あの子にゃあ教えてなかったはずなんだかねぇ」

「ええ。五月は他の講師の人に教わった、と。それで気になって僕に相談したみたいです」

「なるほどねぇ………和義、もう少し時間いいかい?」

「え?構いませんけど…」

「よし……すいません、ちょっと出てきます」

 

周りの講師の人にそう伝えた下田さんはさっさと講師室から出ていこうとしたため、慌てて追いかけた。

 

「コーヒーでいいかい?」

「あ、コーヒー飲めないんで」

「おや、意外だねぇ。なら、ほれ」

 

自販機で買ったお茶を渡されると、下田さんは更に塾の外まで出て、ちょっとしたスペースに座り込んだ。

 

「悪いね。ちょっと人に聞かれたくない内容なんでね。隣座りな」

「は、はい…」

 

勧められるまま下田さんの隣に座った。

 

「はぁぁ…本当はね、その特別教室に五月を参加させたくなかったんだよ」

「え?だから五月に話さなかったんですね」

「ああ……あの子は参加するって?」

「いえ、僕が勉強を教えてあげることになったので参加はしません」

「そうかい。それは重畳だねぇ」

 

僕の答えに満足そうな顔を下田さんはしている。

そこまで参加させたくなかったのか。

 

「何でそこまで参加させたくないんですか?」

 

グイッと自分で買ったコーヒーを飲み話しだした。

 

「あいつ…無堂仁之介は、五月達五つ子の実の父親だ」

「な!?」

「つまり零奈(れな)先生の元旦那だな」

 

おいおいおい、それってとんでもない事実だぞ!

 

「それってあれですよね。零奈(れな)さんと五つ子を置いて失踪した人ですよね?」

「お?何だお前さんはそこまで知ってたのか。五つ子達に相当信頼されてんな」

「ええ…まあ……ちなみに戻ってきた理由は?」

「分からん。というよりも、私も話したくないんでね。知りたくもない」

「ははは…んー。であれば、尚更五月の事は任せてください」

「すまん、助かる」

「いえいえ。何か分かれば教えていただけると助かります」

「ああ。任せてくれ」

「ちなみに、今回の特別教室は高校生向けであって、他の学年ではしないで良かったですよね?」

「ん?そうだが…何かあるのか?」

「いえ、妹も受けるのかなぁと」

「お前さんの妹なら、あったとしても受ける必要がないだろ」

「ですよねぇ……」

 

大丈夫だと思うが、五月よりも会わせたくないんだよねぇ。

そんな心配を胸に家に帰ることにした。

 


『そう、無堂先生が...』

 

夕飯の後、母さんに電話をして下田さんから聞いた内容を伝えた。

 

『うん。今は五月ちゃんに会わせない方がいいかもね。そのまま五月ちゃんのフォローしっかりね?』

「分かってるよ」

『それで、零奈ちゃんには......」

「......知られちゃってた。今もソファーに座って例の広告紙を握りしめながら眺めてる」

 

そうなのだ。運が悪いというか、まあ零奈の正体と無堂先生、両方の事を知っているのは僕だけなので、どうしても情報の操作ができない。塾を休ませようならば、絶対に怪しんで理由を聞いてくるはずだ。

 

『う~ん...こっちもちょっと今は手が離せないからなぁ。ごめん、零奈ちゃんのフォローもよろしく』

「分かってる」

『ありがと。じゃあ切るね』

「ああ」

 

そこで、母さんとの連絡が終わる。

母さんとの連絡の間もずっと零奈は広告紙を眺めている。

 

「零奈。母さんとの電話終わったよ」

「そうですか......」

 

心ここにあらずだな。

 

「とりあえず、その特別教室に五月が参加することはない。その代わりに僕の家で勉強を見ることになってるから」

「っ...!そう...ですね...彼に五月を会わせる訳にはいきませんから」

「零奈も、でしょ?」

「......」

「何だったら、塾休んでも良いよ?僕も学園祭の準備で忙しいから、塾に寄る頻度も減るだろうし」

「そう...ですね。兄さんがいない塾に行っても、何も面白くありませんから」

 

はぁぁぁ...

ため息をつきながら零奈が持っている紙を取り上げた。

 

「兄さん、何を!」

「見てても何も変わらないよ。難しいかもだけど、今は考えずに過ごそう。きっと母さんや父さんが何か手を打ってくれるさ」

 

ニッコリと笑顔で、そう零奈に伝える。すると、零奈の目から一筋の涙が流れた。

 

「まったく無理するんじゃないよ。今の君は一人じゃない。僕もいるし、成長した自慢の娘達もいる。それに、父さんや母さん。本当の両親だって。だから、全部一人で抱え込まなくても大丈夫」

 

優しく伝えながら零奈を抱きしめる。

 

「っ......に......い、さんっ......兄さんっ!うわぁぁーん!」

「よしよし。今日は一緒に寝ようか?特別だよ?」

「......はい

 

ポンポンと零奈の頭を撫でてあげると、小さいながらも返事が返ってきた。

こればっかりは仕方ないよね。今の零奈を一人にする訳にもいかないし。

心の中で一花に謝りながら、今日は零奈と一緒に寝ることになった。

 

その後ベッドで零奈と並んで眠る。

 

「そういえば、五月がここに勉強をするために来るのですよね?」

「ん?ああ、先に五月から相談があったんだ。この特別教室に参加するかどうかをね。下田さんから何も説明がなかったから疑問に思ったみたいだね。後、僕と一花の邪魔にならないか不安になってた」

「そう...だったのですね...」

「ま、一花の勉強を見るのと同時にはなる時もあるだろうけど、同時に教えるのは慣れてるしね」

「頼もしい限りです。何かあれば私も手伝いますよ。良い気分転換にもなるでしょうから」

「そっか、ありがとね」

 

頭を撫でながらお礼を伝える。

そんな僕の腕にしがみつきながら、零奈は眠りについた。

 

「すぅ...すぅ...」

 

いつもの様に可愛い寝息を立てながら眠っている。

彼女である一花も大切ではある。でも、零奈は大切な家族だ。

 

『和義。あなたが零奈を守ってあげてね?』

 

零奈が生まれた時から母さんに言われてきた言葉が脳裏を過る。

零奈安心しててくれ。何かあれば絶対に僕が守ってあげるから。

そう胸に決意を抱きながら僕も眠りについたのだった。

 

 




日の出祭の出し物ですが、今回は和義がいるのでたこ焼きではなく焼きそばにしてみました。
ちなみに、原作同様に二つに割れましたが、原作ほど争いは大きくなっていないので男子対女子的な事はない予定です。

模試の判定についてですが、原作と違うメンバーもいます。一花と四葉は、すみません分からなかったのでこれくらいかな、で書いてます。
五月は和義の影響もあるのでかなり上げてます。

そして、とうとう出ましたね無堂先生。まだ姿はなく広告のみですが。
零奈との絡みをどうするか。今なお検討中ではあります…

さて、次回も準備期間を書かせていただこうと思っております。
五月が上杉家に招待状を届けに行った帰り道、風太郎に伝える言葉。あれも心に残る場面なんですよねぇ。

では、また次回も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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94.忍び寄る影

「あの、ここはどう解くのですか?」

「ん?そこは昨日の塾で教えてもらった公式を使うんだよ。さっきノート見せてもらった時に書いてたよ」

「なるほど、ここで使うのですね」

 

翌日、五月が早速うちに寄って勉強をしている。それは良いんだが……

 

「あ、和義さん。ここの英文の訳なのですが…」

「はいはい、ちょっと待ってね」

 

五月の横で勉強している桜からも質問が来たので教えてあげている。

今日の帰りに五月がたまたま桜と会ったので一緒に来ることになったそうだ。

ただ、桜からは気になる話を聞いた。

 


~桜side~

 

はぁぁ…やはり和義さんがいないと寂しいですね。

彼女がいらっしゃる方にこのように想うのはどうかと思ってはいるのですが、やはり教えを乞うのに一番合っているのはあの方なのですよね…

和義さんが忙しく、塾に来れない時は下田先生に教えていただいている。

下田先生とは夏休み以来よくお話しをするようになった。きっかけはやはり和義さん。

 

一花さんが羨ましいですね

 

つい本音が言葉に出てしまい、慌てて帰る支度をします。

そこに後ろから声をかけられました。

 

「失礼。君が諏訪桜君かな?」

 

振り返ると見たことのない男性が立っていらっしゃいました。

 

「あの...」

「ああ、これは失礼した。私は無堂仁之介。今度行われる特別教室の講師だ」

 

そういえばそのような連絡があったような。高校三年生対象でしたので(わたくし)には関係ないものと思っておりましたし、最近は和義さんがいないからか塾の他の行事などは頭に入ってきません。

成績には影響が出ていないので今のところ問題はありませんが、いつかはどうにかしないといけませんね。

 

「それは申し訳ありませんでした。ご認識の通り、(わたくし)が諏訪桜です」

 

いつものようにお辞儀をしながら挨拶をします。

 

「それで、その無堂先生が(わたくし)に何の御用でしょう?」

「いやー、すまないねいきなり声をかけてしまって。聞いているよ、君はとても優秀な成績を残しているそうだね。そこで、どうだろうか。僕の講義を聞いてみて、君の率直な意見を聞かせてほしいのだよ」

「と言われましても、(わたくし)はまだ一年生です。そのような者が参加したところで、とてもお役に立てるとは思えません」

「そんなことはないだろう。君は何と言ってもあの()()()の人間なのだからね」

 

その言葉で嫌悪感が湧いてきました。

 

今までも諏訪の人間だからと、(わたくし)個人の事を見てくれない事が多々ありました。

そのような事もあり、黒薔薇女子への入学ではなく今の旭高校に入学することを決意したのです。

諏訪家というしがらみを多少なりとも振りほどきたかったから。

 

しかし、最近ではその諏訪の人間と分かってもいつも通りに接してくれる人達がいます。

下田先生もその一人です。

そういえば下田先生は(わたくし)の事知らなかったようですね。

 

『そういやぁ、お前さんのお祖母さん有名人なんだな?いやぁ、道理で礼儀正しいと思ったぜぇ。ま、あたしにゃ関係ないことなんだがな』

 

そして、クラスメイトの皆さんに、たまに遊びに行かせていただいている三年一組の皆さん。前田さんに武田さん、風太郎さんに零奈ちゃん。

 

『ん?桜ちゃんの家のこと?』

『そんなのいちいち気にしてらんないわよ』

『そう…桜はあくまでもカズヨシを好きな私たちのライバル…』

『あはは…私はちょっと違いますが、桜ちゃんは大切なお友達だよ!』

『どのような家庭環境だとしても、私たちの関係は変わりませんよ』

 

五つ子の皆さん。そしてーーー

 

『桜』

 

優しい声と笑顔で(わたくし)の事を呼んでくれる和義さんが頭を過ります。

 

「大変申し訳ないのですが、(わたくし)がここで教えを乞いたいと思う相手は決まっております。ですので、今回のお申し出はご遠慮させていただきます」

 

(わたくし)の答えが気に食わなかったのか、無堂先生の雰囲気が変わりました。

これが和義さんや下田先生と同じ教師?信じられません。

無堂先生が何かを言おうとした時。

 

「あー…無堂先生?ここで何を?」

 

自習室の入口から下田先生が声をかけていただきました。

 

「いや、自習をしている生徒に挨拶をしていただけさ。失礼するよ」

 

そして無堂先生は下田先生の脇を通って行ってしまいました。

張り詰めていた空気が一気に無くなると、急に体の力が抜けてしまいました。

 

「……と。大丈夫かよ?」

「は、はい。ありがとうございます」

 

そんな(わたくし)を下田先生が支えてくださいました。

 

「ったく。あんの野郎ぉ、一度文句を言ってやりゃあならんのかねぇ」

「そんな。大丈夫ですよ」

「そうは見えんがね…………お前さんしばらく塾を休みな」

「え?」

「またいつあいつが声をかけてくるか分からんからな」

「しかし…」

「なぁ~に。来ても良くなったらまた連絡するさ。そうだなぁ…お前も五月と同じく和義のところに行ってろ」

「え?五月さんが?」

「ああ。五月はあいつの特別教室には参加しないで和義の家で勉強するってよ。塾側の人間としては大っぴらに言えねぇが、お前もそうしろ。な?」

「和義さんの……」

 

あの方の近くで勉強が出来る。それだけで先程の嫌な出来事を忘れてしまう程でした。

 

「ふっ、その顔を見りゃあ決まったもんだな」

 

ニカッと笑って下田先生が言ってきました。それほど顔に出ていたのでしょうか。恥ずかしいです。

 


桜に無堂先生が接触してきた事を聞いた時はビックリしたものだ。

桜曰く、楓さんに接触しようと前から良くあっていたそうだ。

今回の無堂先生の態度も今までのそういった大人と一緒だと。

てことは、桜に会うためにこの町に来たのか?

うーん、まだそう結論付けるのは早いか……

 

「和義君?」

「え?」

 

考えに浸っていると、訝しげに五月が声をかけてきた。

 

「どうかしたのですか?和義君が勉強を教えてくれる時に考えごとなんて…」

 

桜も心配そうな顔でこっちを見ている。

 

「ごめんごめん。ちょっと日の出祭の事でね。気分改めるって訳じゃないけど夕飯でも作ろうかな。二人は食べてく?」

「いいんですか!?」

「ふふっ、(わたくし)もご相伴にお預かりしたいです……あの、和義さんさえ良ければ今日泊まっても良いでしょうか?」

「は?」

「さ、桜!?」

 

桜の発言に僕はビックリしたが、五月も驚いたようだ。

ちなみに夏休み明けから五月は桜を呼び捨てにしているそうだ。

 

「それはどうなんだろうね……ほら、親御さんが心配するだろうしさ」

「では、両親が承諾すれば良いのでしょうか?」

「うぇ!?いやー、まあ男子の家に泊まっても良いって親御さんが言えばだけど……」

「承知いたしました。少々お待ちを」

 

そう言うと携帯を取り出し、少し離れた場所で電話をしだした。

え?本気だったの?

 

ちょ、ちょと和義君!いいの?多分、桜本気だよ?

み、みたいだね…だ、大丈夫でしょ。いくらなんでも男子の家に泊まっても良いと言う親はいないって

だといいんだけど...何せおばあちゃんの息子夫婦だからなぁ

 

五月のその発言に『そうだった』と思うも時すでに遅し...

 

「両親から承諾が得られました。お婆様の認めた人であれば何も問題がないと」

 

ニッコリと微笑みながら桜は答えるのだった。

 

・・・・・

 

『直江君。どういう事なのか説明してもらおうか?』

 

桜の両親からの了承がもらえた事で、今度は五月が中野さんに承諾をもらうために連絡をした。

中野さんの反応は分かりきっていたので僕は止めたのだが、頑なにやめようとしなかったので今僕は中野さんと電話で話をしている。

 

「いやぁ...どういう事なのか、と言われましても...」

 

僕が聞きたいよ、本当は!

 

『先日、君は一花君と付き合う事になったと報告は受けている。それは間違いないね?』

「はい...」

 

一花と付き合う事になった時はすぐに中野さんに報告はしている。

その時の圧も凄かったなぁ...今はそれくらいの圧を電話越しに感じている。

背中には冷や汗がダラダラと流れている程だ。

そんなに娘達が大事ならもっと交流しろ、と心の中で毎回ツッコミをいれている。

 

『では、なぜ五月君が君のところに泊まると言い出したのかな?』

 

だからそれも僕が知りたいことですよ、と心の中で叫んでいる。

五月は心配そうにこっちを見ている。

 

「卑しいことは何もありませんよ。勉強を見てほしいという五月さんと桜さんの願望に答えたら時間が経ちすぎた、というだけです」

『桜君?諏訪さんのお孫さんの桜君も一緒に泊まるのかね?』

「ええ。泊まりたいと言い出したのは桜さんです」

『そうか...ちなみに、もちろんだがレイナ君もいるのだろうね?』

「え?それはもちろんいますけど。小学生ですから...」

『っ...!そうだったね。僕としたことがおかしなことを言ってしまったようだ。五月君と君の二人きりでないのであれば間違いは起きない。そうだろう?』

「も、もちろんですよ!」

『なら良いだろう。しっかりと勉強を教えてやってくれたまえ』

「分かりました!では、失礼します!」

 

そこで電話を切る。

マジで緊張するからなぁ、中野さんとの電話って...

 

「あ、あの和義君。お父さんは何と...」

「あ、ああ...了承はもらえたよ。しっかり勉強をするように、だってさ」

「わぁー、やりました!」

「やりましたね、五月さん!」

 

手を取りながらめちゃくちゃ喜んでいる五月と桜。

はぁぁ...一花に謝罪のメッセージ送っとくか。

そして、いそいそとメッセージを送るのだった。

 


~中野家・リビング~

 

「ただいまぁ~~...」

 

一花が挨拶をしながら帰ってきてそのままリビングのソファーにダイブしてしまった。

 

「おかえり...て一花、ちゃんと着替えてきなさいよ」

 

キッチンで洗い物をしていた二乃が、だらけきっている一花にそう注意をする。

 

「分かってるてぇ~~...」

「一花、今日はいつも以上に疲れてるね?」

「まぁ~ねぇ~~」

 

ソファーの一番近くの椅子に座っていた三玖が心配そうに声をかけるも、一花には起き上がる気力もないようだ。

結局、二乃のご飯の用意が完了するまでそのままの状態で一花はいるのだった。

 

「四葉と五月ちゃんはもう寝ちゃったの?」

 

二乃の用意してくれたご飯を食べながら一花は一緒にいる二乃と三玖にそう切り出した。

 

「四葉は寝ちゃってるわね。あの子また無理してなきゃいいけど」

「五月は家にいない...」

「え?こんな時間まで塾に行ってるの?さすがに遅くない?」

「?一花何言ってるの?」

 

一花の回答に不思議に思った三玖は聞き返す。

 

「え?もしかして、友達の家にお泊り?」

「......一花、あんたメッセージ見てないわね?」

「まぁ、友達の家にお泊りは半分正解だけどね」

「へ?」

 

あまりに的を得ない一花の回答に、二乃と三玖は呆れ気味に答えた。

 

「メッセージ?おっと、何件か来てたね。あまりの忙しさで見れてなかったよぉ」

「はぁぁ...やっぱね。グループで送ってたのに既読が一人だけつかないから誰だろうと思ってたけど一花だったか...」

「じゃあ、ここで一花の驚きが見れるね」

「どういうこと?」

 

そう言いながら携帯を操作してメッセージを開く。そこには、

 

『明日から土日ですので、私と桜で和義君の家に泊まって勉強してきます。』

 

その文章を見た瞬間一花の箸が止まった。

 

「あー...思考が停止してるわね」

「私たちも通った道、仕方ない」

「てか、あの二人が行動を取るとはね。驚きだったわ」

「うん。そこは同意...」

 

二乃と三玖の二人が話している横で、一花は和義からのメッセージにも目を通した。

 

『グループでのメッセージを見たと思うけど、ごめん。二人を止められなかった。二人の親御さんが止めてくれると思ったけど、中野さん含めて親御さんが止めてくれなかったよ...』

 

そこまで読んで、ぷーっと頬を膨らませる一花。この姿を見た和義は、悪いながらも可愛いと思ったかもしれない。

しかし、和義の続きのメッセージを読んだ一花は怒りが収まった。

 

『僕が女性として好きなのは一花だけだから、無理かもしれないが安心してほしい。愛してるよ』

 

「えへへ...」

 

一花は笑みを押さえることが出来なかった。

 

「あらら、これはカズ君から何か届いてたわね」

「むー...私たちだけもやもやが残るのが釈然としない...!」

「そうねぇ......そうだわ、いいこと思いついちゃった♪」

「?」

「三玖、あんたも協力しなさいよ」

 

不適な笑みを浮かべながら二乃は言う。そんな様子を、一花は和義からのメッセージをじっと見ていたため、気付くことはなかった。

 


「は?合宿?」

 

次の日は久しぶりのREVIVALでのバイトだったのだが、バイト終わりに零奈を交えて話したいと二乃から言われたので、五月と桜に零奈をREVIVALに連れてきてもらった。

そこに三玖も合流したので結構な大所帯である。

そこで二乃が合宿をしようと提案してきたのだ。

 

「そうよ。日の出祭までそんなに時間がないから、少しでも料理の腕をあげときたいのよ」

「うん。和義にお母さん。焼きそばとパンケーキそれぞれの先生がいる」

「やるからには負けたくないじゃない?最優秀店舗狙うわよ」

「はぁー...?それで合宿?」

「そうよ」

「どこで?」

「もちろん、カズヨシの家...」

 

なんで決まっている、みたいな顔で言うんだろう三玖は。

 

「いいですね、合宿!勉強も見てくれれば一石二鳥です」

 

二皿目のケーキを食べながら笑顔で五月は言う。ペース早いな五月...

 

「これで三票。中野家は合宿参加に賛成で決定」

「一花と四葉は?」

「聞いてないわよ?」

「「......」」

 

僕と零奈は言葉が出なかった。姉妹五人だから三票の時点で過半数だもんね。もう出来レースじゃん。

 

「えっと...僕と零奈の意見は反映されないのかな?」

「なに?反対なの?」

「う~~ん、零奈はどう思う?」

 

席の関係上、今日は僕の膝の上にいる零奈に聞いてみた。

 

「そうですね。特に反対する理由はありませんが...一応言っておきます。兄さんの彼女は一花ですからね?」

「分かってるわよ、そんな事」

「当然...」

「はぁぁ、昨日から本日までの五月と桜さんには特に目立った行動はなかったですが、一花が悲しむような事はしないように。いいですね?」

「「「はーーい」」」

 

何か自然の流れで合宿が決定したんだけど...まあいいか。

しかし、一花の悲しむような行動をしないようにか...

多分今の言葉は僕にも言っているのではないか。そう感じてしまった。

 

「あの、その合宿(わたくし)も参加しても宜しいでしょうか?」

「いいんじゃない?ねえ?」

「問題ない…」

「楽しくなりそうですね!」

「「……」」

 

この娘達は何で泊まる場所の家の人をそっちのけで話を進めることが出来るのだろうか。

まあ、桜はこれから塾を休むことになって、ほぼ毎日うちに通うことになるだろうから、親御さんの承諾がもらえれば問題ないか。

 

「そういえば二乃。僕が用意した招待状はもう中野さんに渡した?」

「うっ...」

 

この反応。まだ渡せてないな。

 

「何ですか。招待状くらい渡してもいいではないですか」

「だって、今さらって感じだし。来てくれるか分かんないし...」

「きっと来てくれますよ。あの人も変わろうとしています。現に夏休みの前半はご飯だけでも顔を出していたではないですか」

 

へぇぇ、中野さんなりに頑張ってはいるんだ。

 

「それはそうだけど...あれだって、お母さんかもと思って様子を見に来たようなもんでしょ?」

「まぁ、その考えは否めないですが」

「どうせまた陰でコソコソしてるんだわ」

「二乃、お父さんには手厳しい...」

 

確かに。

この父娘は、お互いを大事に思っているのに歩み寄れないという、ホント見てて歯がゆい父娘だよ。

 

「二乃。本当に中野さんは何もしてくれなかったの?きっと、二乃達の事を見てアクションをしているはずだよ。陰でコソコソも悪くないと思う。きっとそれも何か理由があるんだよ」

「カズ君...」

「兄さんの言う通りです。あの人もあの人なりにあなた達を見ていますよ」

「お母さん...」

 

僕と零奈の言葉に二乃はしばらく考え込んだ。そして、

 

「三玖、五月。招待状の文面は一緒に考えてくれない?」

「分かった...」

「ええ」

 

二乃のそんな言葉に微笑みながら三玖と五月は答えた。

ちなみに、この後また中野さんから電話で色々責められたのは言うまでもない。

 


~院長室~

 

週も空けたある日。院長室では、娘から届いた招待状を笑みを浮かべながら見ているマルオの姿があった。

 

「おーおー、良い部屋だな院長先生。こんな部屋が用意されてんじゃ、家に帰りたくなくなる気持ちもわかるぜ」

 

そこにノックもせずに勇也が院長室に入ってきた。

 

「......お前の入室を許可した覚えはない。すぐさま出ていけ上杉」

「おいおい、随分水臭ぇじゃねーか。いい情報知らせに来てやったのによぉ」

「?」

「来てるぜ、十数年ぶりだ。同窓会しようぜ」

「意味がわからない、つまみ出してくれ」

「あ!てめっ!」

 

院長室からマルオは勇也をつまみ出そうとするも、勇也は従おうとしない。

 

「はぁぁ...主語を言え、主語を」

「んあ?」

「誰が来てるんだ?」

「ああ、忘れてたぜ。これだ」

 

そう言って勇也はある広告をマルオに見せる。

 

「!」

「どうするよ?」

「この事を知っているのは?」

「この事を教えてくれた下田、それに直江先生と綾先生。後は和義だな」

「!」

 

(なるほど。それで、五月君の勉強を急に見るようになったのか。いや、前から見てはくれているが、塾に行かせないために勉強を見る時間を増やしているのか。五月君に彼を会わせないために...)

 

そこで笑みを浮かべるマルオ。

 

「マルオ?」

「ふっ...僕達がどうこうしなくても、綾先生あたりが動くさ。だが、それでも僕達で出来ることをしておくのも悪くない」

「へっ、そうこなくっちゃな!」

 

大人達も大人達で何やら動いているようではあったが、その事は和義の知るところではなかった。

 


~上杉家~

 

今日も風太郎はバイトに励んでいた。

そして家に帰る途中、父である勇也と合流をした。

 

「風太郎。お前も今帰りか?」

親父(おやじ)。今日は仕事休みだったんだろう。どこ、ほっつき歩いてたんだよ」

「ま、昔のダチとな。らいはが待ってるだろうし、早く帰ろうぜ」

「はいはい」

 

そして家に到着した風太郎は予期せぬ人物が自分の家にいたことに驚いていた。

 

「……なぜお前がうちにいる、五月」

「あっ」

 

そう中野家五女の五月である。

 

「お兄ちゃん、お父さんお帰りー」

「五月ちゃん、来てたのか」

「お父様、お邪魔しております」

「お邪魔すんな、帰れ」

もー、失礼なこと言わないの!

 

失礼な物言いの風太郎の頭を持っていたお玉でゴンと叩きながら、らいはは風太郎にツッコミを入れた。

 

「こちらです」

 

五月はそんな上杉家のやり取りを驚きつつも、カバンから招待状を出して風太郎に差し出した。

 

「和義君が上杉君に渡した覚えがないと。そして、上杉君の家を知っているのは私だけですので...」

「なるほどな。ん?和義本人は何してるんだ?」

「和義君は今、二乃と三玖に焼きそば作りを教えていますので」

「ああ...なるほどな」

 

(そういえば、合宿して料理と勉強を教えるって言ってたな。あいつの面倒見の良さは筋金入りだな)

 

「五月ちゃんそれはなんだい?」

 

二人の会話が一段落したと考えた勇也は五月に問いかけた。

 

「学園祭の招待状です。中に、出し物の無料券や割引券が入ってて便利ですよ」

「へぇ~、こりゃ助かるぜ。サンキューな」

「お兄ちゃん、なんでこんな大切なもの忘れてたの。五月さんにお礼を言って」

「あ...あり...」

 

らいはに言われながらも中々素直にお礼を言えない風太郎。

 

「学祭、俺達も楽しみにしてるからよ......ところで五月ちゃん。今日まで何もなかったか?」

「?和義君の家での合宿が始まった以外には特になにも...」

 

(そういやぁ、和義も事情を知ってるんだったな。ふっ、零奈(れな)先生の事を詳しく知ってるなんて、よほどこの娘たちや下田に信頼されてるんだな。お蔭で、先手先手で動いてくれて助かってるぜ)

 

「なんのことだ親父(おやじ)

「外はもう(くれ)ぇから、女の子一人じゃ心配ってだけだよ。おい、風太郎。帰りはちゃんと送ってけよ」

「はーい、カレーできましたよー」

「い、いただきます!」

 

・・・・・

 

夕飯のカレーをご馳走になった五月は風太郎と一緒に直江家に向かっていた。

 

「そういやぁ、聞いたぞ。お前B判定だったんだってな。やるじゃねえか」

「ええ。お二人の教えのおかげです」

「何言ってんだ。お前の実力でもあるだろ」

「ふふふ、ありがとうございます。とは言え、まだまだ油断はできませんからね。和義君には言いましたが、学園祭の初日だけでも勉強をしようかと」

「お、おお...そこまで考えているとはな。ま、何にせよこれで落ちたら、俺達のやってきたことが無意味になっちまう」

 

そんな風太郎の言葉に五月は目を丸くしている。

 

「それは違いますよ」

「!」

「女優を目指した一花。調理師を目指した三玖との時間は無意味だったのでしょうか」

「!そうは...思いたくないな」

 

風太郎の回答に満足気な顔をする五月。

 

「私たちの関係は、既に家庭教師と生徒という枠だけでは語ることができません。まあ、和義君と一花はもう付き合ってるのですけどね」

「......」

 

苦笑いをしながら話す五月にどう答えて良いのか迷う風太郎。

 

「......私のようにきっとみんな思ってるはず。上杉君、たとえこの先失敗が待ち受けていたとしても、この学校に来なかったら、あなた達と出会わなければ、なんて後悔することはないでしょう」

 

少し頬を赤くしながらもまっすぐ風太郎を見て自分の気持ちを伝える五月。

 

(この関係は無意味じゃなかった、か...)

 

夜空に輝く月を眺めながら、風太郎はそう心に留めるのだった。

 

 




原作より早いですが、無堂登場です。
無堂なら諏訪家との関係を持ちたいと考えるのではないかと思い、桜との接触を書かせていただきました。

さて、次回から日の出祭を開始したいと思います。
原作とは違い、「最後の祭りが~の場合」が使えないので大変ですが頑張りたいと思っております。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。


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95.日の出祭開催

『いよいよ始まります、旭高校「日の出祭」。まずは、我が校が誇る女子生徒ユニットによるオープニングアクトです』

 

二乃を中心の五人組ユニットによって、ステージ上でアイドルのように歌とダンスが始まった。

その光景を僕と四葉はステージ脇で見ている。

 

「二乃かっこいい!」

「二乃……これ、よく引き受けたね…」

 

二乃の性格からこういうのには参加しないと思ってたけど…

けど、実際歌も上手いし笑顔で出来ているから生徒皆が盛り上がってる。

うん、日の出祭出だし好調だね。

 

『第29回「日の出祭」、開幕です!』

 

ステージ上でのセレモニーが終わると同時にアナウンスによってそう宣言され、生徒達のボルテージも一気に上がる。

この高揚感、やっぱりいいなぁ。さぁて、屋台頑張りますか!

 

・・・・・

 

開幕セレモニーが終われば屋台での仕事が待っている。

うちのクラスは焼きそばにパンケーキと2つもあるもんだから管理が大変だ。まあ、店は並んである分助かるんだけど。

てなわけで、学級長として全体を見るという仕事は風太郎に任せている。

 

『こういうのは適材適所でいくもんだ。お前は現場を見てた方がいいだろ。こっちは任せとけ』

 

あの風太郎が自ら仕事に買って出るとはねぇ。

まあ、助かるんだけどね。

 

「パンケーキの方いつでもいけるよ」

「焼きそばもドンと来いだぜ!」

 

それぞれのリーダーである、三玖と前田から準備完了と合図が出される。

 

「よし!そんじゃまあ、皆張り切っていこうか!」

『おーーーー!』

 

さて、呼び込みや裏方は担当の人に任せてこっちも頑張りますか!

 

「それじゃあ、作っていこうか。前田、僕の横でしっかり見て調理してね」

「任せとけ!」

 

焼きそばの調理開始だ。

焼きそばについては、初日は僕が中心に作っていき、横に担当が交代で付き僕の作るのを見ながら調理してもらう。

 

「三玖ちゃん、うまっ」

「誰かに教わったの?」

「えっと…親戚…?」

「なんで疑問系?」

「ほーい、取り敢えず十人前出来たから分けて置いとくねー」

 

焼きそばを作っていると、横のパンケーキブースから話し声が聞こえてきた。

まあ、母親は死んでるのにそこでお母さんと言うのもおかしいし、友人の妹もなんかおかしいもんね。

 

「早ぇよ直江!もうちょいゆっくり作ってくれないと、参考にならないだろ」

「そう?……そういえば、二乃は?」

 

前田に頼まれたのでゆっくり作りながら、パンケーキブースの三玖に聞いてみた。

 

「分からない。さっきのステージが好評だったから誰かに捕まってるのかも…」

「なるほどね」

 

そうなってくるとこっちに来れないか?

 

「安全点検に参りましたー。皆さん調子はどうですかー?」

「四葉、お疲れさん。こっちは問題ないよ。お客さんも結構来てるしね。風太郎は別行動なんだ」

「ええ、何かと忙しいので」

「そいつは悪いことしたかな。後でお礼言っとくか……ほい、これ僕からお裾分け。もし風太郎に会ったら、風太郎にも渡したいからここ寄るように言っといてよ」

 

そう伝えながら焼きそばの入った袋を渡す。

 

「おー、ありがとうございます!上杉さんの件は了解です!……食材の鮮度は問題なし。火の回りも問題ないみたいですね。さすが直江さんです!では、また15時に」

「ああ」

 

実は風太郎から僕と五つ子と桜それぞれに、学園祭の間に全員で集まらないか、と連絡が来ていたのだ。

それが初日の15時。

こっちも何とかなりそうだ。

 

そして時間が過ぎ……

 

「ここまでは順調だね」

「うん、二乃が来ないときはどうなるかと思ったけどなんとかなったね…」

 

お客さんが大分捌けたので三玖と僕は裏で少し休ませてもらっている。

そんな時だ。

 

ピトッ

 

「っ…!冷たっ!」

 

頬に冷たい何かが当てられた。

 

「いい反応だねぇ~。お二人さんお疲れ様」

「「一花!?」」

 

振り返るとにんまりと笑って、ペットボトルを差し出している一花の姿があった。

 

「一花、仕事は?」

「急に無くなったからね。やっぱり学園祭には参加したいじゃん?」

「よくここまで来れたね?誰かに見つからなかったの?」

「そこは抜かりないよ」

 

三玖の質問に鞄からウィッグを出して被ってみせる。

 

「なんで私…?」

「いやー、最初は二乃に変装してたんだけど、なぜか追い回されちゃって…二乃何かしたの?なんか、レッドがどうの言ってたけど」

「「あぁぁ…」」

 

確定だね。二乃、追い回されてるのか…

 

「……カズヨシ。ここはいいから一花と回ってきなよ」

「え、でも……」

「大丈夫。本当にヤバい時は呼ぶから…」

「三玖…」

 

三玖の言葉に申し訳なさそうな顔で一花は答えている。

 

「分かった、ありがとね三玖。一花行こうか」

「う、うん。三玖、私からもありがとう」

「うん。いってらっしゃい。後でね…」

 

そんなわけで、急遽一花との学園祭デートが決まった。

とはいえ、一花は学内でも有名人。

念には念を、三玖のウィッグを被ったうえで帽子を被りメガネをかけてもらった。

実際、僕も伊達メガネを念のためかけている。あんまり効果は望めないけどね。

 

「ふふふ、これだと本当にみんなには姉妹の誰か、というより誰かも分かんないね」

「ああ。まあ、他の姉妹には分かるかもしれないけど、姉妹にバレても問題ないでしょ」

「そうだねっ」

 

一緒に回れることになったのが嬉しいのか、一花はご機嫌である。

本来の一花の姿ではないとは言え、こうやってデートっぽく一花と歩き回るのは、何気に旅館がある島以来かもしれない。

そんなウキウキな気分で屋台を回っていると見知った顔に出会った。

 

「あれ?和義さんだ」

「おー、和義は休憩か?」

 

らいはちゃんと勇也さんの父娘である。

 

「こんにちは。勇也さんにらいはちゃん。初日からいらっしゃってたんですね」

「まあな……て、誰だその横の女の子は?」

「うーん…顔は五月さん達だから、五人のうちの誰かだと思うんだけど…和義さんと回ってるってことは、もしかして一…」

「しーー…!」

 

らいはちゃんが誰かを言おうとしたところで、口の前で人差し指を立て黙ってもらうようにアクションを起こした。

 

「そっか…」

 

察しの良いらいはちゃんは両手で口を覆った。

 

「なるほどな…」

「あははは……」

 

勇也さんも察したらしく、そんな二人に乾いた笑顔で一花は答えた。

 

「そうだ。和義、ちょっと…」

 

そこで勇也さんに手招きされ近づくと肩に腕を回され内緒話の態勢に入った。

 

「悪いらいは、ちょっと二人で話しててくれないか?」

「いいけど……」

 

そこで一花とらいはちゃんが話しだした。

 

どうしたんですか?めっちゃ、らいはちゃん怪しんでますよ?

無堂の野郎を見なかったか?

「え!?………あの人ここに来てるんですか?

 

驚いてちょっと大きめの声を出してしまったので一花達の方を見るも、こちらを気にせず二人で楽しそうに話している。

 

いや、確定要素はないがもしかしたらと思ってな。見回りも兼ねて来てるってわけだ

なるほど。であれば、僕はまだ見てないですね。後、あの人は桜にも接近してます

桜ってぇと、前に綾先生が言ってた有名人の孫か?

そうです。桜は塾の自習室で話しかけられたと言ってました。恐らく、桜のお祖母さんの諏訪楓さんに接近するために。あわよくば、諏訪家に気に入られたかったんだと思いますよ

 

まあ、零奈(れな)さんの過労死の一因でもある彼に、楓さんが会うこともないだろうけどね。無駄な努力とは言え、桜が彼に会うことで嫌な気持ちになるのは避けたい。

 

あいつの考えそうなことだな

桜のクラスの出し物には今から顔を出そうと思ってたので、何かあったら連絡しますよ

助かるぜ。こっちも進展あれば連絡する

 

そこでお互いに頷き話は終わった。

 

(わり)ぃな。話は終わったからよ。らいは行こうぜ」

「はいはい。じゃあまたね和義さん」

「ああ」

 

手を振ってくるらいはちゃんに、僕と一花は振り返した。

 

「それで?なんの話をしてたの?」

 

やっぱり追及してくるよね。

 

「う~ん、今は言えないかな…」

「そっか…ならよしっ!」

「え?良いの?」

「うん。今はってことは、後で教えてくれるんでしょ?なら大丈夫。それに、カズヨシ君が話さないってことは、私たちのためでもあるんじゃない?」

 

この娘は良く分かってらっしゃる。

 

「僕の事良くわかってるね、一花って。ここが人前じゃなかったら抱きついてたよ。残念……」

「ふふっ、それは私も残念だったな」

 

少し前に出て振り返りながら、ウィンクしてニッコリと笑う一花。

恋愛を馬鹿にしていた自分ですら変わってしまうんだな。ヤバい、もっと一花の事好きになってきた…

そして一花の耳元に顔を近づけて。

 

もっと一花の事好きになってきた

 

思ったことを直接呟いた。

 

「ふぇぇぇーーー!」

「ふふっ、耳まで真っ赤だよ」

 

笑いながら一花を置いて先に進む。

多分僕の顔も赤くなっていると思うから。

 

・・・・・

 

「あっ、和義さん!」

 

その後、桜のクラスの出し物をしている教室まで移動した。

確か、桜のクラスは和風喫茶だっけ?

そんな風に考えながら到着すると、着こなしやすい着物姿にアレンジした服装、ミニスカ浴衣の桜に出迎えられた。

うーむ、眼鏡だけじゃバレちゃうか。

 

「へぇ~、可愛い制服だね。似合ってるよ」

「~~~っ…ありがとうございます!……中野さんですよね?誰でしょう……」

「あははは、誰だろうね。それよりも席の案内お願いできるかな?」

「あーっと、失礼いたしました!こちらにどうぞ」

 

慌てて桜は姿勢を正し席まで案内してくれた。

 

「それでは、注文が決まりましたらお呼びください」

 

姿勢正しくお辞儀をした桜が離れていく。

周りが少し騒がしくなったが、恐らく桜が僕の名前を呼んだことで女子達が騒ぎだしたのだろう。

 

「相変わらず人気者だねぇ、君は。嫉妬しそうだよ」

「ははは…僕はまだ誰とも付き合っていない事になっているからね。多分、今相席してるのは誰だろう、とか。中野さんの誰かだよね、とか話してるんじゃない?」

「へぇ~~…」

 

若干ふてくされてる顔をしてる一花。

こればっかりは、僕にもどうしようも出来ないからなぁ。

そして、注文内容が決まったので桜を呼ぶことにした。

 

「注文承りました………あのぉ…和義さんに一つお願いがあるのですが…」

「ん?どした?」

 

桜にしては歯切れが悪い。

 

「そのぉ…クラスの女の子達が和義さんと握手をしたいと…」

「は?握手?」

「はい…(わたくし)でお断りを入れたのですが、何とかならないか、と聞かれまして…」

 

チラッと桜の後ろの方を見てみると、期待の眼差しでこっちを見ている女子生徒達がいた。

 

「あの!全然断っていただいて良いので。和義さんがこういうのがお嫌いだと十分理解してますので」

 

断っても良いと必死に言ってくる桜。

仕方ない。

 

「クラスの女の子だけだよ?それ以外は駄目だからね?」

「い、良いのですか!?」

「ああ、桜の友人だしね」

「……っ!ありがとうございます!すぐに呼んできますね!あ、注文の品も用意します!」

「いや、僕から裏手に行くよ。ここだと混乱しそうだし」

「そうですね。では、こちらにどうぞ…」

「すぐに戻るよ」

「うん……」

 

一花に一言伝えて裏手に回る。

五人くらいの女の子がいたので、その全員と握手をする。

 

「ありがとうございます!」

「桜ちゃんありがとー」

 

僕へのお礼はもちろんだが、皆桜にもちゃんとお礼を言っている。中には泣き出した娘もいたので驚いたが…

うん。桜の友人関係も良好みたいだ。良かった良かった。

なお、桜も握手に参加してきたのは言うまでもない。積極的な娘になってきたよねホント。

ただ、席に戻った時には若干ムスッとした一花がいたのも想像通りではあった。

 

・・・・・

 

「ん……ちゅっ……んっ……」

 

二人っきりの時間を作った方が良いと考えた僕は、学園祭中は立入禁止である屋上まで一花を連れてきた。

屋上の出入り口からも死角になる場所に座るや否や、一花からキスをされた。

 

「はぁぁ……やっと二人っきりになれたね」

 

キスに満足した一花が僕の肩に頭を置くように寄りかかってきた。

 

「ご満足されましたか、お姫様?」

「うむ...余は満足じゃ」

「それお姫様じゃなくない?」

「いいじゃん。ノリだよ、ノリ」

「はいはい...」

 

その後はどちらから話す訳でもなく遠い景色を眺めていた。こういう何も話さずゆったりするのも、一花といると良いものだ。

 

「ごめんね。気を遣わせちゃったよね?」

「さあ?何の事かな」

「ふふっ、本当に優しいんだ......ダメだなぁ私。ただの握手でも嫉妬しちゃったよ」

「それを言ったら、この間のドラマの相手役の女の子に嫉妬したんだけど、僕」

 

一花から出演するドラマの情報をもらったのだが、まさか女の子同士とはいえキスをするとは思わなかった。

まあ、女優だからいずれそういう事もあるだろうとは思っていたんだけど...

 

「あー...大丈夫だよ。男の人とのキスはNGのつもりだから。男の人とのキスはカズヨシ君だけ」

「そっか...」

「ふふん、安心したね?」

「まあね」

「おや、素直だね......んっ」

 

そこで、僕から一花の唇に軽くキスをする。

 

「当たり前だよ、一花の事だもん。さて、そろそろ風太郎との約束の時間だし行こうか?」

「......うん」

 

手を差し出し、少しの時間でもと思い手を繋ぎ屋上を後にした。

 


 

一花と並んで風太郎との集合場所の教室に向かう途中、ある教室で何かを一生懸命に見ている二乃の姿を目撃した。

 

「あれって二乃じゃない?」

「ん?ホントだ。何を真剣に見てるんだろ?」

 

その教室の入り口には、『とある教室からの脱出』、と掲示されていた。

なるほどこれをしながら追いかけを撒いていたのか。

二人で二乃の後ろに近づくが真剣なようで一向に気づかない。

何々?

『100円玉 20 0月0日 に進め』、か。

 

「この問題を解けばいいの?」

「!カ...カズ君...なんでここに...」

 

全くの予想外の出来事だったからか、すごいビックリしてる。

 

「ふふっ、もうすぐ約束の15時だからね。声をかけたんだ」

「え!?い、一花よね?なんて恰好をしてんのよ」

「あはは...私も二乃みたいに有名人なので...」

「なるほどね。これは、私たち姉妹以外は見分けられないわね」

「それで?二乃はこれ解けたの?」

「さっぱりよ」

「ふーん。じゃあ、ここはわれらがカズヨシ先生にお任せしましょう」

「人任せですか...」

 

うーん...20と0月0日の間が空いてるから、これは別々に考えればいいのかな?

0月0日。書き換えると0/0。なるほど、これで20%ってことか。

じゃあ、100円の20%だから...

 

「では、数学が得意な一花君」

「ふぇ!?いきなりだな...」

「100円の20%は何円でしょうか?」

「え?なんでいきなり...」

「20%......そうか!」

「二乃は分かったみたいだね。で、一花答えは?」

「えっと、100%で100円だから10%で10円?その2倍をすればいいんだから......20円?」

「すごい解き方だね...一花の特別問題集を増やしておこう」

「何で!?」

「なるほどね。20円。つまり二重円か」

「そゆこと。じゃあ、二重円が書かれてるところに行こうか」

 

その後は何事もなく解けていき、無事に教室を脱出した。

そして、二乃も含めて三人で集合場所に向かうことにする。

 

「てか二乃。追い回されたくないなら、そんな目立つ格好してないで着替えたらいいのに」

「だって...見てほしかったんだもの」

 

頬を赤くして上目遣いでこちらを見てくる二乃。

その顔は反則である。

 

「あー...まあ...その...似合ってるよ。オープニングセレモニーでの歌とダンスもカッコよくて、可愛かった」

「本当!?」

「ああ。こんなことで嘘付かないよ」

 

ポンポンと軽く頭を撫でてあげると、パァーッとした笑顔を向けてきた。

 

「っ…!」

「?どうしたのカズ君?」

「い、いや…気にしないでくれ…」

 

一花さんや。見えないところで摘まむの止めてくれないかな?

チラッと一花を見るが、目が合うとツーンとそっぽを向かれた。

 

「ところで、すごい盛況だったみたいだね。私、最初は二乃に変装してたんだけど、追いかけられちゃった」

 

なははは、と頭をかきながら一花が言う。

 

「うっ…!それは悪いことしたわね」

「本当は四葉がやる予定だったんだけどね。二乃が買って出たんだよ」

「へぇ~」

「あの子はいい顔して仕事引き受け過ぎなのよ。演劇部も助っ人行くんでしょ?練習とかどうするつもりだったのよ」

「確かに…」

「あの子の性格上仕方ないかもしれないけど、自分のことも考えなさいよね、まったく。これじゃあ陸上部の二の舞よ」

「あはは…」

 

二乃の言葉に僕と一花は反論出来ない。

 

「まあそれでも引き受けるんだから、さすが姉妹想いの二乃だね」

「っ…!カズ君に誉めてもらえるのは嬉しいけど、それだけの理由じゃないの。この仕事を引き受けたのは…」

「ん?他の理由があったの?」

 

二乃の言葉に一花が質問する。

 

「……舞台の上からなら客席が見渡せると思ったのよ」

「「!」」

 

客席をってまさか…

 

「もしかしてお父さんを探してたの?」

「まあね…」

「そうか…」

「影も形もなかったわ。ま、ダメ元で元々気にしてなかったけどね」

 

どう見ても気にしてないって顔じゃないでしょ。

 

「皆との集合の後は一花を送るから、その後に少し探してみようか。朝からじゃなくて後から来てるかもだしさ」

「そうさせてもらいな、二乃」

「うん......ありがと、カズ君」

 

そんな話をしながら、集合場所に向かうのだった。

 

 




いよいよ日の出祭開催です!

初日を一話で終わらせようと思っておりましたが、キリも良いのでここで止めさせていただきました。

こちらの作品では、原作のように屋台同士が仲悪くないので、三玖の原作エピソードはほとんど書けません。なので、三玖の出番がちょっと少ないかもですね。
と言いつつ、今回のお話では五月が一度も出ていませんが...
大丈夫です。次のお話ではちゃんと出てきますので!

では、次回も日の出祭の初日を書かせていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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96.父親

最新話の投稿です!

先日の横浜アリーナでの五等分の花嫁イベント、楽しませていただきました!
しかも、新作アニメーション制作決定というサプライズもあり、その日は興奮が止まなかったです。




ガラッ

 

「よう、来たな」

「一花に二乃、おっつー!それに直江さんも!」

 

少しだけ集合時間を過ぎて指定された教室に入ると、すでに風太郎と四葉、五月、桜の四人が揃っていた。

 

「悪い、遅れたね」

「いや、問題ない」

「私たちもついさっき来たので」

「皆さんそれぞれが忙しかったようでしたので」

「…!この匂いは焼きそばですか!?」

「さすが五月ちゃん。よく分かったね」

 

そう言って焼きそばが入った袋を、一花が持ち上げた。

二乃と合流する前にクラスの屋台に寄って作ってきたのだ。遅れた言い訳みたいに聞こえるが。

 

「後揃ってないのは三玖だけ?」

「そうだな」

 

風太郎がそう呟いた時。

 

ガラッ

 

「お待たせっ」

「遅いっ。遅刻よ」

「いやいや、僕達もついさっき来たばっかじゃん二乃」

「ともかく、これで全員揃ったね」

「じゃあ、乾杯しようか」

 

一花の言葉で皆に飲み物が行き渡る。

 

「私オレンジ!」

「抹茶ソーダは...」

「ないわよ」

 

ごめんね三玖。抹茶ソーダは自販機にしかなかったよ。

 

「それじゃ、学園祭初日無事終了と今後も頑張っていきましょう、とうことで...」

「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」

 

一花の音頭のもと乾杯が行われた。

その後は、それぞれが用意した飲み物や食べ物をみんな好きに飲み食いしている。

 

「あれ、僕が用意した焼きそばは...」

「はむっ...」

「「「「「「「......」」」」」」」

「す、すみません。断食の反動で...」

「断食って...そこまで無理するほどでもなかったでしょ」

「そう...ですよね」

「?」

「まぁ...誘惑に負けず頑張ったんならいいじゃねぇか。まさかあれだけの量を、この時間までに終わらせちまうとはな」

 

どんだけの量を勉強したんだよ。日の出祭が始まる前に、そこまで根を詰めなくて良いって言ったのに。

そんな時だ。

 

「カズ君、ちょっと」

 

二乃が少し離れたところから手招きをしている。

 

「どうしたの?」

 

二乃に近づくと、僕の後ろを気にしながら話してきた。

 

「五月のことなんだけど…」

「五月?」

 

そう答えて五月を見るが、いつも通り美味しそうに用意した食べ物を食べている。

 

「……いつも通りに見えるけど?」

「そうなんだけど、ちょっと気になることがあったのよ」

 

 


~食堂~

 

時は少し遡る。

オープニングセレモニーを成功させた二乃は、色々な生徒に追いかけられ食堂まで来ていた。

 

「はぁ…屋台ではカズ君達が待ってるだろうけど、このまま戻っても迷惑かけるだろうし…一花っていつもこんな気分なのかしら…」

(でも、こんな状態でもカズ君とはうまくいってるみたいだから、一花も頑張ってるのね…)

 

先ほど声かけられた時にもらったアメリカンドッグを食べながら、二乃はトボトボと食堂を歩いていた。

 

「二乃」

「!」

 

そんな時、急に自分の名前を呼ばれた二乃はドキッとする。どうやら色々な人に声をかけられ過ぎて過剰反応をしているようだ。

 

「って、何よ…五月じゃない」

 

二乃に声をかけたのは、食堂で一人勉強に励んでいた五月であった。

 

「驚かせないでよ。さっきから知らない人に声かけられまくりでむず痒いのよ」

「お見事なダンスでしたからね。まさに学園祭、という感じです」

「あんたは学園祭だってのに何してんのよ…」

「あはは…私のシフトは明日なので…上杉君の集合時間までには終わらせますのでご安心を」

「あの判定結果でそこまでする必要があるのか疑問ではあるのだけど、やる気はあるようで安心したわ」

 

そう声をかけながら、二乃は五月の向かいに座った。

 

「とは言え、この量は意気込み過ぎでしょ」

 

二乃は五月の傍らに置いているテキストの量を見て、うんざりした顔をしている。

 

「もう…二乃までそう言うのですか…」

 

実は五月は勉強を始める前に風太郎にも同じように言われたのだ。

そんな中、二乃が食べているアメリカンドッグを五月はじっと見ている。

もちろん、二乃はそんな五月の視線に気づいている。

 

「食べる?」

「い、いえ!全てを終えるまで邪念は断ちます!」

 

食べかけではあるが、自分のアメリカンドッグを五月に差し出すも、五月はそう言って断ったのだ。

 

「あっそ。あんまり無理しないようにね」

「やっぱり私には分不相応だったのでしょうか」

「!」

 

急な五月の言葉に二乃は驚きの顔をする。

 

「そ、そんなこと言ってないわよ。学校の先生なんて立派な夢じゃない。これでもあんたの夢、応援してるんだから」

「私の…」

「?」

「……そうですよね。すみません、少々弱気になってしまってました」

「そんなに困ってるならお母さんに相談してみたら?」

「今でも勉強をたまに見てくれていますので、これ以上は…」

「後はパパだけど、何をしてるんだか。招待状送ったけど十中八九来ないでしょうね。頼ってみたらどう?よくわかんないけど…こういう時に道標になってくれるのが親の役目なんじゃない?」

「親の役目…」

 

『僕が君の甘えられる場所になるよ。甘えたい時には甘えてくればいい』

 

そんな時、急に和義が言ってくれた言葉を五月は思い出していた。

 

(駄目だよ。和義君はもう一花の彼氏じゃない。これ以上甘えられないよ。でも……)

 

和義君…

 

二乃にも聞こえない声が、五月の口から漏れていた。

 


「……てなことがあってね」

「ふ~ん…」

 

自分の夢にまた迷いが出てきたのか…

 

『ちょいと待ちな。母親に憧れるのは結構。憧れの人のようになろうとするのも決して悪いことじゃない。私だってそうだしな。だが…お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないのかい?

なりたいだけなら他にも手はあるさ。とは言え、人の夢に口出しする権利は誰にもねぇ。生徒に勉強を教えるのもやりがいがあって良い仕事だよ。目指すといいさ……「先生」になりたい理由があるならな』

 

そこで下田さんの言葉が頭を過った。

もしかしてまだ迷いがあるのか?零奈(れな)さんになるために先生になるのか、零奈(れな)さんのような先生になりたいのか。

 

「……ありがとね二乃。気を付けて様子を見てるよ」

「ごめんなさい。本当は家族内で解決しなきゃなのに…」

「良いって。それだけ僕のことを信頼してる証拠でしょ?謝ることはない。僕にとっては誉れだよ」

 

ポンポンと二乃の頭を撫でながらそう伝える。

するとガバッと二乃に抱きつかれてしまった。

 

「ちょっ、二乃!?」

「ちょっとそこっ!何してるのかな!?」

 

少し離れたところで団欒していた一花がこちらに気づいたようだ。

 

「何って?抱きついてんのよ。これは仕方ないのよ。あんな格好よく言われたら意思に逆らえないわ」

「カズヨシ君?」

 

笑顔を向けてくる一花。その笑顔怖いんだって…

この後は一花を宥めるのに苦労したものだ。

 

・・・・・

 

「いい?誰にでも優しいところがカズヨシ君のいいところではあるけど、浮気はダメなんだからね!」

「分かってるよ」

 

一花を乗せるタクシーを待っている間もさっきの事を言われていたが、ようやくタクシーが来た。

 

「じゃあ、帰るね。今日は時間作ってくれてありがとね……お父さん来てるといいけど」

「まあ、今日が駄目なら明日また探してみるさ」

「うん。やりすぎはよくないけど、姉妹みんなのことお願いね」

「難しい注文だけど、了解」

 

そして一花を乗せたタクシーが行ってしまった。

さてと。このまま中野さんを探しながら二乃に合流しますか。

 

暫く探してはみたが見当たらない。今日は来ていないのだろうか。

そんな思いでいると二乃と、捜索に協力してくれている風太郎と合流できた。

 

「どう?いた?」

「いいえ、いないわ」

「くそっ、いねーな」

「携帯に連絡は?」

「待って…」

「直電した方が早くねぇか?」

「いや、さすがにやりすぎでしょ」

「いいのよ。元から期待はしてないから」

「二乃…」

「……お前だって勇気出して招待状送ったんだろ。納得できるのかよ」

「風太郎…」

「あら?やっと見つけたぁ」

 

風太郎が熱くなってきたところに、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「景さーん、零奈ちゃーん。和義見つけたわよー」

「なんだ、和義と一緒だったのかよ風太郎。らいは、こっちいたぞ」

「母さん!」「親父!」

「おー、二人が一緒で丁度良かったな」

「もー、お兄ちゃん何してたの?やっと会えたと思ったら終わりそうだよ」

「全くです。せっかく屋台まで行ったのに居ないのですから」

 

直江家と上杉家揃い踏みである。

 

「いや、今日来るって聞いてなかったし」

「そりゃあ今日日本に帰ってきて、零奈ちゃん連れてそのまま来たんだしね」

「どうだ?驚いたか!」

 

うちの親はこんなんだったね、そういえば。

 

「私もいきなり家に帰ってきたので驚きました。ここに連れてきてくれたので、それは無しとしますが」

 

そんな零奈はらいはちゃんと仲良くわたあめを食べている。

 

「うちだってそうだ。一日目は来ないんじゃなかったのかよ?」

「お父さんが急に行くって言い出してさ」

「そうなのか?」

「ま、なんにせよ。ここで会えたのはラッキーだったぜ。五つ子の...えーっと...」

「二乃ちゃんよ次女の、勇也君」

「ぬぁーっと、先に言わないでくださいよ!今言おうとしてたのに!」

 

さっさと母さんが答えを言ったものだから、勇也さんが母さんに文句を言っている。

この反応、風太郎とまったく一緒だよ。親子だね。

 

「俺はまったっく分からんがな」

「父さんはこの間、REVIVALで会っただけだから、分からなくて当然でしょ」

「まぁそうだな。では君かな?うちの和義と付き合っているのは」

「ゴホッゴホッ......ちょっ」

「そ...」

「違います。兄さんと付き合っているのは、長女の一花さんです」

 

二乃が『そうです』と言おうとしたのか、それを許さない零奈がすぐに訂正を入れた。

そんな零奈に対して、面白くないといった顔を二乃は向けている。

零奈ナイスプレー、という思いもあり頭を撫でてあげた。

 

「おっと、それは失礼なことを言ってしまったね」

「いえ...」

「ん...五つ子ちゃんと()や...マルオの奴見てねぇっすね。もう帰ったのか?」

「おお、そうだな。お前たちは見てないのか?」

「マル...?」

「父なら来てませんが」

 

そう言えば、風太郎は中野さんの下の名前知らなかったんだっけ。マルオが誰なのか分かっていない表情である。

そんな風太郎に代わり、二乃が答えてくれた。

 

「あれ?そうなのか?」

「ちょっとぉ、勇也君話が違うじゃない」

「おかしいなー、この前あいつの部屋に行った時、ここの手紙置いてあったんすよねぇ」

「!読んでくれてたんだ...」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「どうしたの風太郎?」

「いや、何でお前は冷静でいられるんだよ。親父とこいつらのお父さんが知り合いのように話してるんだぞ!」

「ん?なんだ和義、風太郎君に教えてなかったのか?」

「いや、この間の集合写真を見て、勇也さんに聞いてるのかとばっかり...」

「そういえば、そんな写真があったな...」

 

これだよ。

 

「あいつとは学生ん時からの腐れ縁よ。俺はバリバリのアウトロー」

「ステキ」

 

勇也さんの言葉に二乃がうっとりしている。

二乃ってチョイワル系が好きだもんね。だから、なぜ僕の事が好きになったのか未だに分かんないんだよねぇ。

 

「んで、あいつは不動の学年トップで生徒会長」

「すげー」

 

勇也さんの言葉に驚いた声を上げている風太郎。

確かに、学年トップの成績なら分かるが、まさかの生徒会長か。それは初耳だ。

 

「まったく。中野に関しては、色々としてくれて非常に助かったが。お前には手を焼いたもんだよ上杉」

「なははは...まあ、昔のことなんで時効ってことで。と、直江先生にもこう言われてるほど俺達は両極でな。よく奴とは対立したもんだぜ」

「初めて知ったわ」

「よくそんな関係で仕事を引き受けられたな」

 

確かに風太郎の言う通りだね。

 

「ガハハ、半ば強引にな!それに俺らを繋ぎ止めたのは綾先生とれ...いや...これ以上は俺の言うことじゃねー。マルオの奴から直接聞きな」

「もしかして、お母さん...?」

「いい女だったぜ!うちの嫁さんの次にな」

 

そんな勇也さんの言葉に零奈は恥ずかしそうにしている。

 

「ちょっとぉ、私は?」

「綾先生は、どっちかつうとダチって感じだったんすよねぇ。もちろんいい女でもありましたよ」

「だろう?うちの奥さんはいい女だよ」

「もう、景さんったら!」

「「はぁぁぁ...」」

 

僕と零奈は同時にため息が出た。仲が良いのはいいんだが、子どもの前でイチャイチャするのは止めてほしいと零奈と二人、前から思っている。

 

「直接聞くも何も、その本人がいねーから始まんないだろ」

「安心しな。父親ってのはなかなかめんどくせー生き物でな。あいつ自身のめんどくささも加わって、二倍めんどくせーんだが。お嬢ちゃんたちが心を開いていったように、あいつも少しずつ歩み寄っているはずさ」

「うんうん。上杉も父親やってるなぁ。そう、父親って生き物は面倒くさいんだよ」

「父さんは別の意味で面倒くさいですが」

「零奈!?」

 

零奈の毒舌に父さんはクリティカルヒット、瀕死状態である。

 

「わかったよ。だが、もしこのまま来なければ、和義が直接文句言いに行くからな」

「上杉、あんた...」

「風太郎...君はどの立場から言ってるの。しかも、僕なんだ...」

「......分かった。信じて待ってみるわ」

 

そこで二乃は神妙な顔つきで頷いたのだった。

 


~中野家・リビング~

 

日の出祭が終えた夜。皆が寝静まった中、五月はリビングのテーブルで勉強をしていた。

自分の机よりもこちらの方が集中できることもあるので、たまにここで勉強をしているのだ。しかし...

 

「はぁぁ...」

 

ペンを走らせてはいるがどうも身に入らない様子の五月。

 

(いけない...全然集中ができてないよ。これ以上は意味ないかもだからもう寝ようかな...)

 

そんな中、五月は今日の皆で集合した少し前の事を思い出していた。

 

・・・・・

 

二乃が五月の元から離れても五月はしばらく自身の勉強に励んでいた。

しかし、断食を行っている五月にとって周りに食べ物を持ってくる人達の話し声や食べ物の匂いは集中力を妨げていた。

そんな時、どこからか甘い匂いがしてきたので、五月は反射的にその方向を見てしまった。

そこにはどこかで見た事がある男が綿あめを食べながらこちらに近づいてくる姿があったのだ。

 

「いいねぇ学園祭。十年以上前の記憶が甦ってくるよ」

「!あなたは...」

「おや、僕の事を知っているのかい?」

「ええ、私が通っている塾のチラシで拝見いたしました。特別講師をされている無堂先生ですよね。私はそちらの講義に参加はしていないのですが...私、中野五月と言います」

「そうかい。それは残念だね。おや、こんなお祭りの中勉強かね」

「えっと...まぁ...」

 

無堂は五月の目の前に広がるテキストを見てそう尋ねる。

 

「実は、教師を目指しているのですがちょっと心配になりまして...自分のシフトではない時間を使って勉強をしています」

「なんとストイックな!素晴らしい向上心だ!授業に参加する生徒が、皆中野さんみたいな心持ちだったら僕も楽なのに。僕はね、昔教師をしていた時から...ところで、どうして教師を目指しているんだい?」

「......正直に言うと今まで苦手な勉強を避けてきました。ですが夢を見つけ、目標を定めてから学ぶことが楽しくなったんです。そんな風に私も誰かの支えになりたい。それが私の...」

「感動した!なんて健気で清らかな想いなんだろう」

「......っ!」

 

五月の言葉を遮るように拍手をしながら無堂は自身の感想を伝える。

 

「...少し救われた気がします...本当に私の夢は正しいのか...今になってもそんなことばかり考えてしまって、机に向かっても集中できず...実は母が言っていたことがあるんです。あ、母も学校の先生でして...」

「知ってるよ」

「え?」

「僕は彼女の担任教師だったんだ」

 

そこで無堂は、五月にとって衝撃的な言葉を口にした。

 

「君は若い頃のお母さんそっくりだ」

「そっくり......」

「ああ、歪なほどね。君がお母さんの後を追ってるだけならお勧めしない。歪んだ愛執(あいしゅう)は君自身を破滅へと導くだろう。まるで呪いみたいにね」

 

『お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないか?』

 

そんな時、以前零奈(れな)の墓参り後に下田に会った時言われた言葉が頭を過った。

 

「ち、違います!これは私の意思で」

「そうだと無意識に思いこんでる。それが呪いだ。現にほら、君の想いに君自身が追いついていない」

 

そんな無堂の言葉に五月の目から光が消えていった。

 

「きついことを言ってしまってすまない。でもね、僕は君にお母さんと同じ道をたどってほしくないんだよ」

「え...?」

「彼女は僕に憧れて似合わなぬ教職の道へと進んだ。最後までそのことを後悔していたよ」

 

『私の人生...間違いばかりでした』

 

生前の零奈(れな)が口にした言葉が五月の頭に過る。その事で、無堂が言っていたことは本当なのではと思ってしまった。

 

「す、すみません。この後約束があるので私は、これで...」

「悩んでいるのなら、いつでも相談にのるよ。きっと君に合った道は他にもあるはずだ。明日も来るよ」

 

・・・・・

 

「ひっく...ひっく...和義君......私、自分のことが分からなくなったてきたよ。どうすれば......和義君......助けてよ......うぅっ」

 

泣きながらテーブルに突っ伏している五月。

どうしても口から出てくる想い人の名前。

しかし、彼はもう自分ではなく一花の彼氏なのだ。これ以上甘えられない。そんな思いも過り、さらに悲しさが込みあげてくる。

五月はしばらく誰もいないリビングで静かに泣き続けていた。

 

 




今回のお話では、サブタイトルの『父親』にあやかり、直江景・上杉勇也・中野マルオ・無堂仁之介、と色々な父親を出させていただきました。まあ、マルオは実際に登場はしていませんが…
こうやって見ると個性揃いの父親達ですね。

次回は日の出祭も二日目に突入します。
また読んでいただければ幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。



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97.日の出祭二日目

「え!?それ本当ですか?」

『ああ、さっき風太郎に聞いてな。お前と先生たちにも共有しておこうと思って連絡したんだ』

「ありがとうございます。父さんと母さんにも伝えておきますね。おやすみなさい」

 

勇也さんからの電話が終わり受話器を置く。

 

「何だ、上杉からか?」

「そう。さっき風太郎から聞いた話を共有してくれたみたい」

「風太郎君から?」

 

リビングのソファーで夕飯を食べた後ゆっくりしている父さんと母さんから電話の内容を聞かれる。

ちなみに零奈は今お風呂に入っている。

 

「そう。何でも風太郎が日の出祭の会場で無堂先生を見たんだって」

「何!?」

 

自分のお茶を用意しながら電話の内容を伝えると、父さんが反応した。

 

「本当に無堂だったのか?」

「うーん...はっきりとは分からないけど、風太郎が道の案内をした男性が無堂先生の特徴に似てたんだって」

「特徴ってどんな?」

「ひげがもさっとしてて、上下反対にしても顔になりそうなおっさん、だってさ」

「それはそれは...やっぱり来てたんだ、無堂先生」

「うーむ…それで?誰かと接触したのか?」

「そこまでは分からないって。そもそもあの娘達は無堂先生の存在自体知らないからね。ただ……」

「ただ?」

 

用意したお茶を持ってソファーに腰かける。そして母さんの疑問に答えた。

 

「風太郎が案内した場所がね、気になってるんだよね」

「場所?どこを案内したんだ?」

「食堂だよ」

「食堂って、何でそんなところに…」

「父さん達に会わない為か、疲れて休みたかったか分からないけどね。そこでは今日一日、五月が勉強してたんだよね」

 

母さんの疑問に答えながらも五月が食堂で勉強していたことを伝えた。

 

「そんな...じゃあ五月ちゃんと...」

「接触してる可能性がかなり高いね。ちなみに桜への接触はなかったみたい。桜は基本自分の教室で仕事をしてたみたいだし、それ以外はクラスの女子と一緒に行動してたから声かけずらかったんじゃないかな」

「何にしろ、今後は五月ちゃん以外の子にも声をかけるかもしれん。和義、大変かもしれんが明日以降も気にしてやってくれ」

「それは問題ないけど...」

 

流石に一人で、桜を合わせた六人の様子を見るのは不可能に近いな。

風太郎も勇也さんから気を付けるように言われているから様子を見てくれると思うけど、あっちはあっちで仕事が大変だろうし。

 

「私たちも行きたいんだけど、明日は外せない用事があってね...最終日なら行けるから」

「分かった。どこまで出来るか分かんないけどやってみるよ」

「ありがとう、和義」

 

とりあえず明日の六人のスケジュールの確認からだな。

一花は一日ドラマの収録があるって言ってたから、多分日の出祭自体には来れない。

二乃は僕と真逆のシフトだからなぁ。被るのは最後くらいだろう。今日の屋台の対応ができなかったのが痛い。

でも、確か二乃と五月がほぼ同じシフトだから二人で行動するように言うか、一人にならないように言うかだな。

幸いにして、三玖が一緒のシフトだから三玖には僕が付いておけば大丈夫か。

四葉は恐らくたくさんのところに加勢に行ったりで、一つのところに留まらないし色んな人といるからで声をかけずらいと思う。

念には念をで風太郎に四葉の様子を見てもらうか。

桜については、警戒心がすでにあるから、安易に接触をしようとしないだろ。とりあず、この間の男が日の出祭に来てるっぽい事を共有しておくか。それにあの人にも。

携帯で二人に共有すると両方から、『分かりました。共有ありがとうございます』と連絡が返ってきた。

後は明日だな。零奈がお風呂に入ってる時で良かったよ。

そんな風に考えながらお茶を口にするのだった。

 


そして迎えた日の出祭二日目。

開始のアナウンスが流れる前に二乃と少し話すことにした。

 

「五月の様子はどう?」

「うーん…いつも通りに見えなくもないけど…」

「そっか……僕から聞いても大丈夫の一辺倒だからさ。二乃が見てて気になったら教えてほしいんだ」

「それは構わないけど…」

「後、休憩時間の間に中野さんが来てないか見て回るつもりでもあるから、見かけたら連絡するよ」

「カズ君……ありがとう」

 

そんな二乃の頭を撫でてあげて、祭の散策に向かうことにした。

 

さて、三玖はクラスの宣伝のために急遽呼ばれてたからそこに迎えに行くかな。

そんな時ふとあるものに目が行った。放送部の人がお客さんに突撃インタビューをしているところだ。

あれってたしか、同じクラスの椿さんだっけ?

そこで一つ案が思いついたのでお願いすることにした。

 

「椿さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「おー、直江君じゃん!何々?」

「実は……」

 

よしっ、何とかお願いを取りつけることができた。まあ、インタビューを受けるのが条件に出されたのは仕方なかったが...

じゃ三玖の迎えに行きますか。

そんな時だ。

 

「あ、いたいた。和義大きくなったね。しかもイケメンだぁ」

「お前...何でここに」

 


~三玖side~

 

「ク、クラスで焼きそばとパンケーキの屋台やってます。とてもおいしいので、ぜひ来てください」

「はーい、ありがとうございまーす.........ありがとー協力してくれて。三玖ちゃん屋台のお仕事頑張ってね」

 

クラスメイトの放送部の子にテレビ出演をお願いされた三玖は、先程その撮影が終わった。

 

(わーっ、テレビに映っちゃった...!さてと、カズヨシと合流しなきゃだけど...まだ来てないのかな?)

 

宣伝の撮影の前に和義から休憩時間は一緒に回らないかと言われたので、三玖はすぐにOKをした。

和義曰く、一人で回ってもつまらないし、女子に声をかけられる可能性もあるから一緒にいてほしいとのことだ。

三玖にとっては、どんな理由であれ好きな人と一緒に学園祭を回れるだけで嬉しかった。

しかし、その和義が見当たらない。

 

(迎えに行くって言ってたのに...何かあったのかな?)

 

そんな時大きな荷物を運んでいる四葉が近くを通った。

 

「あ、四葉。ちょっといい?」

「んー?ああ、三玖か。どうしたの?」

「あのね、カズヨシ見なかった?」

「直江さん?うーん、私は見てないなぁ。仕事で結構あっちこっち行ってたけどね」

「そっか...」

「どうかしたの?」

「えっと...カズヨシが一緒にお祭り回ろうって言ってくれたから...」

 

少し照れながら四葉に伝える三玖。

 

「えーっ!?で、でも直江さんは一花と...」

「そうだけど、一緒に回るくらい問題ないと思う」

「まあ、そうだよね......あ、直江さんの声が聞こえたような気がする」

「!」

「行ってみようか」

「うん...!」

 

四葉は丁度荷物を運ぶ先だったのでその場に荷物を置き、二人で和義の声が聞こえた方に向かった。

 

パン......コツン

 

「おー!さすが和義。相変わらず何でもそつなくこなすよね」

「はいはい、それはどうも。まあ、竹林に褒められても嬉しくないけどね」

 

パン......コツン

 

「むー...君ってば私に対しての扱い相変わらず雑だよね?せっかく来てあげたのに」

「すみませんね、これが素なもんで。てか、来てくれって頼んでないし」

 

パン......コツン

 

「いいじゃない。久しぶりに会いたかったのよ」

「さいですか」

 

パン......コツン

 

「な、直江......頼む、もうその辺で勘弁してくれ......」

「あ、悪い。ついむきになってしまって。ほら、希望の商品はあらかた取ってあげたよ」

「ふふっ、ありがと」

「百発百中って......怪物かよ......」

(失礼な!)

 

射的屋の店員をしている生徒の言葉に和義は心の中でツッコミを入れた。

そんな様子を、三玖と四葉が陰から見ていることを知らず。

 

「へぇ...私に一緒に回ろうって言っときながら、別の子とデートですか...」

「あはは...直江さんも隅に置けないね...」

「......これって、浮気現場なのかな...」

「えー!?直江さんに限ってそんな事はないよ!」

「でも...カズヨシと女子が仲良く話してるところなんて見たことないし...」

「そうだけど...」

 

二人の心配をよそに和義と竹林は傍から見ると仲良く見えるように話している。

 

「ねえ、和義。次はあっち行こうよ」

 

そう言って、竹林は和義の手を握って目的地に引っ張っていった。

 

「「!!」」

 

その光景は三玖と四葉には衝撃的で声も出なかった。

 


竹林に再会したのは良いのだが、なぜかあちこち引っ張り回されてしまっている。

そろそろ解放してほしいんだが...三玖待ってるだろうな...

そんなこんなで、次に竹林が向かってる屋台が見えてきた。

げっ!?あそこはまずい!

 

「パンケーキに焼きそば、いかがで...」

 

看板を持って客引きをしている五月と二乃、後運が悪いのか丁度一緒にいた桜に手を握られているところを目撃されてしまった。

やばい......

 

「和義、パンケーキだって。食べようよ」

「いや......僕のクラスの屋台なんだよね」

「あ、そうなんだ」

「カ...カズ君...?」「か...和義君...?」「か...和義さん...?」

「いつもうちの和義がお世話になってます」

 

竹林があろうことか、そんな言葉を放ち僕の頭を無理やり下げるようにしてきた。

 

「うちの...」

「え...え...?」

どちら様ですかー?

 

二乃。声に怒気が混ざってるから...

てか、いつお前のものになった!

 

「初めまして。竹林と申します。和義と、後は風太郎も知ってますかね?その二人とは小学生から同級生です」

「あらそう。私たちも同級生だけど教師と生徒。いわば同級生以上の関係といっても過言じゃないわ」

「そうなんだ、奇遇ですね!私も和義によく勉強を教えてもらってたんです」

「!」

 

そう言いながら竹林が二乃の手を握っている。

 

「いや、ほとんど教えてないでしょ。そもそも竹林は頭が良いんだから」

「でも、分からないところを教えてもらったのは嘘ではないわ」

「まあそうなんだけど...」

「そんな訳で、私たちはお互いに切磋琢磨しながら成績を競い合った言わばライバル。教師と生徒に対してライバル。どちらがより親密かはっきりしてるよね」

 

こいつ何言ってんだ?

 

「なるほど、和義君と過ごした時間はあなたに負けてしまいそうです。しかし、その深さでは負けるつもりはありません」

「その通りです。(わたくし)達と和義さんとの関係の深さはどんな方にも負けるつもりはありません」

「君達...ここ往来の場所って分かってるよね?恥ずかしくなってくるから、そろそろ止めてほしいんだけど...」

「「!」」

「それに竹林。どんな意味でこんな事をしているのか知らないけど、この娘達は僕にとって大切な人なんだ。あんまりからかってやらないでくれ」

「そっか...あの女子を嫌っていた和義が...成長したね。みんなごめんね。パンケーキ一つ......後、焼きそばも一つお願いします」

「は、はいっ」

 

竹林の言葉に五月は答えて準備に取り掛かった。

 

「てか、竹林そんなに食べるのかよ?」

「うーん...もう少し和義と二人でいたかったんだけどねぇ。時間切れっぽい」

 

ちょっと先の方向を見ながらそう言ってきた竹林の視線の先には。

 

「真田......」

「久しぶりだね。直江君」

 

竹林の幼馴染でもある真田の姿があった。

 

・・・・・

 

「勉強の調子はどうなの、直江君?」

「ぼちぼちってところかな。そっちは有名進学校に通ってるから大変でしょ?」

「そんな事ないよ。いい刺激になってる。それでも全国模試一位になれなかったのは悔しかったけどね」

 

あのまま屋台の前で話すのも迷惑になるという事で、昨日風太郎が作ってくれたらしい、休憩スペースに来ている。

竹林と真田だけで良かったのだが、なぜか一花以外の姉妹勢揃いに加えて桜まで来ている。

なお、竹林と射的をやっているところから、三玖と四葉は見ていたらしい。

声かけてくれれば良かったのに...

 

「全国模試一位ね…」

「僕は二位だった。一位は君でしょ、直江君?」

「まぁね」

 

真田はさっき竹林が買った焼きそばを食べながら話しているから椅子に座っているが、僕は飲み物を飲んでるだけなので立ったまま話している。

 

「ねえ。あんたらって仲良くないの?」

「いや、そんなことないけど…」

 

二乃の質問に自信なく答えてしまった。

 

「ホントにぃ~?」

「うーん…皆には信じられないかもだけど、和義って昔は周りのことにとことん無関心だったんだ。勉強も出来て運動も出来る。普通だったら小学生だと人気者じゃない?」

「たしかに…今でもモテモテ…」

 

睨みながら言わないでほしいんだけど三玖。

 

「あー…今みたいにモテだしたのって、それこそ風太郎に勉強を教えるようになった頃かな」

「そ、そうなんですか!?」

「うん。そうだよね和義?」

「あー…そうだっけ?」

「もう惚けちゃって。それまでは、誰にも関心を持たずクラスメイトとも挨拶程度しか話さなかったんだよ。そんな子がモテるはずないよね?」

「信じられません。和義君が…」

 

五月だけではなく、竹林と真田以外全員信じられない、といった顔でこっちを見ている。

 

「そんな和義が風太郎に勉強を教えるようになってから、急に社交性が出て来たんだよね。逆に風太郎が勉強一直線で、友達と話さなくなってで逆になっちゃったんだよね。そこからだよ、和義が女の子にモテるようになったのは。良く話しかけられるのが嫌気がするって愚痴言ってたっけ」

「そういえば、そんな事もあったね」

 

笑いながら竹林に言われたのでそう答える。

 

「ちなみに、和義は転校してきたから私達との付き合いも二年くらいだよ」

「そうだったのですね」

「さっきは親密さを試すように言ってごめんね」

 

申し訳なさそうな顔で謝る竹林。

 

「だから、君達に向かって大切な人だって言った時はビックリしたな。その反面嬉しくもあったよ」

「そうなんだ...」

「……私と真田君は勉強できててね。だからかな、私達とは割と話してたんだ。お互いの分からないところを聞いたりしてね」

「それであんなに仲良かったのですね」

 

五月の言葉に竹林はコクンと頷いた。

 

「とは言え、学校外で話したり、ましては遊んだりしてなかったんだけどね」

「零奈がいたから学校が終わったらすぐに帰ってたんだよ」

「納得...」

「まあ、風太郎は気にせず、『だったらお前の家で教えてくれ』、て言いながら家に押しかけて来てたけどね」

「あはは...上杉さんらしいですね」

 

僕の言葉に三玖と四葉が納得する。

 

「そんな訳で、仲が良いのか悪いのかと言われると微妙かな。真田君って勉強以外の事を話さないから。私はこんな性格だしね」

「ちなみに、全国模試の3位はこの竹林だよ」

「ありゃ、知ってたか」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。じゃあなに?全国ベスト3が今ここにいるわけ?」

 

二乃が驚いたように声をあげた。

 

「そうなるね。ここに風太郎もいれば、ベスト4まで揃うのにね」

「!上杉君が全国4位?」

「そうだよ。あいつも頑張ってるでしょ?」

「ふ~ん。風太郎やるじゃん」

「.........」

「ちなみに僕と一緒にここにいる娘達の家庭教師をしてるよ。あいつの成長は見てて楽しかったね」

「……それが、進学校への道を選ばなかった理由だったね」

 

そこで真田が口にした。

 

「ああ。勉強はどの学校に行っても出来るからね。なら、自分が行きたいと思った道を選ばないと勿体ないじゃん?」

自分が行きたいと思った道か…

 

何か二乃が言ったような気がしたけどよく聞こえなかったなぁ。

 

「それに、この道を選んだお陰でこの娘達と会うことも出来た」

 

笑顔でそう答えると、二乃に三玖、四葉に五月、それに桜から笑顔を返された。

 

「じゃあ、進学先も上杉君に合わせたりするのかい?」

「あー……僕は進学しないよ?」

「「え?」」

「僕は進学しない。就職するよ」

「な!?」

「嘘でしょ!?」

 

僕の発言にさすがの竹林も驚いたようだ。

 

「そこまで驚く事?まあ、やりたい事が見つかったんだから仕方ないさ」

「それは進学をしないという選択をした程のものなのかい?」

「ああ」

「そうか...」

 

真田の言葉にまっすぐと向いて答えたからか、小学生と時に進学の事を追及された時と違い納得した顔で頷いた。

そこで真田は立ち上がり僕の横を抜け行こうとしている。

 

「君に会えて良かった。心残りがあるとすれば、結局最後まで勉強で勝てなかったことかな」

 

少し進んだところで僕にそう言葉を残して歩みを進める。

 

「ちょっと待ってよー。あ、和義。連絡先交換しとこうよ......よし!また連絡するね」

 

そう言って竹林も真田を追いかけて行ってしまった。

まったく嵐のようだったな。

二人の背中を見ながら、そう思うのだった。

 

 




今回のお話では、竹林と真田の登場です。
本当はもう少し関わりを持とうと思ったのですが、ちょっと少なめにさせてただきました。
当初は竹林も五つ子のライバルキャラとして登場させるつもりでいたのですが、フルネームが分からないし、後は竹林にはやっぱり真田かなと思ったので断念しました。
次回以降別の小説を書くことがあれば、その時に挑戦するかもしれません。

日の出祭二日目はもう少しだけ続いて、次回から最終日に入っていこうと考えております。
原作ではメインと言っても過言ではない日の出祭最終日。
とはいえ、三玖の仲違いのクラスメイトの説得シーンや四葉が倒れるシーン、そして何より五つ子を選ぶシーンもないので、本作ではイベントとしては少ないかもですね。

では、次回以降も読んでいただければと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。


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98.パンケーキ

『皆さまお疲れ様でした。これにて旭高校学園祭二日目を終了とします』

 

パチパチパチ……

 

「やべぇ~~お客さん多すぎだろぉ~~」

「もしかして、最優秀売り上げ本気でいけるんじゃない?」

 

 

二日目が終わりを迎える放送が流れている中、クラスメイト達が忙しさからの疲れとは裏腹に興奮しながら話している。

ふと、パンケーキを焼いていた二乃の方を見ると、ぼーっとしながらパンケーキを焼いている姿があった。

焼きそば側は他の人に片付けを任せて二乃に声をかけた。

 

「二乃。終わったよ」

「え、あ……」

 

僕が声をかけた事で二日目の終わりに気づいたようだ。

 

「ご、ごめんなさい。すぐ片付けるわ」

「いいって。それまで焼いちゃいな」

「うん……」

 

ジュウウウ……

 

「お父さんの事やっぱり気になる?」

「!……もういいわよ。招待状読んだのにパパは来なかった。つまり、私たちのことなんか微塵も考えてないのよ。学園祭は明日もあるけどもう嫌よ。どうせ叶わないのなら、望んだことすら後悔しそうだわ」

 

フライ返しをぎゅっと握りしめながら言葉を吐き捨てる。

 

「僕は…君たちの家族の事をそこまで知らない。分かっているのは普通の親子関係とは違うってことだけ」

 

二乃の握っているフライ返しを手に取り、代わりにホットプレート上のパンケーキをひっくり返しながら話す。

 

「だけどね......僕や風太郎に対する警戒心はめちゃくちゃ怖いんだよ?僕は、両親に中野さんがお世話になったって事で、多少の信頼があるみたいだけど。風太郎に対する警戒は半端ないからね...風太郎怖がってるし...」

「......」

「だけど、その時の中野さんの目を見るたびに思うんだ。あれが父親の目なんだろうって。あんなの君達への愛情がなければできないよ、きっとね」

 

そこでパンケーキが焼き上がったので皿に移し余ってたソースをかける。

 

「丁度余ったから誰か食べていいよ!」

「え...やったー!直江君の焼いたパンケーキだー!」

「あ、私も食べたーい!」

 

差し出した皿は女子達の手で持っていかれた。処分しなくて良かった。

 

「......だからね、僕は常々思っている訳ですよ。君達は本当に面倒くさい、てね」

「...っ!」

 

たたた......

 

「おーい、直江君!」

 

そんな時、放送部の椿さんがタブレットを持って走ってきた。

 

「例の人見つけたよ」

「?」

 

僕達に近づいた椿さんはタブレットを操作しながらそう呟くも、二乃には何を言っているのか分からないようだ。

 

「テープ見直したら、君が探してた特徴と一致する人がいてさ。もしかしたらと思ったんだけど」

「本当に!?さすがー♪............!二乃これを。頭から流すよ」

 

タブレットには、椿さんが中野さんに丁度インタビューをしようとしている動画が流れている。

 

『どうもー、日の出祭楽しんでますかー?』

『なんだい、君たちは?』

 

「パパ...?」

 

『突然すみません、放送部です。保護者の方ですか?シュッとしてますね!』

『おや、職場から電話だ。すまない、失礼するよ』

『そんな~~』

 

携帯に目を落とし、離れていく中野さんを悔しそうに見ている椿さんの姿が映ったところで動画は終了した。

 

「どう?これだけなんだけど...」

「問題なし!ありがとね、すっごく助かったよ。さて、やっぱり来てたんだね。勇也さんの言ってた通りか」

 

そこでポケットの中からある鍵を出して二乃に見せながら聞いてみる。

 

「どうする二乃?」

「それは?」

「今日はたまたまバイクで来てたんだよねぇ。備えあれば患いなし、てね」

「......カズ君...パパの所へ連れてって!」

「ふっ、そうこなくっちゃ!」

 

・・・・・

 

ゴォォォォ......

 

二乃にお願いされてすぐさま準備して、バイクで今病院に向かっている。

 

「そうよね。何、弱気になってたのかしら。押しても引いても手応えがなくても...さらに攻めるのが私だわ」

 

ブォォォ......

 

そんな二乃の言葉を受けながらバイクを走らせた。

 

・・・・・

 

ガチャ

 

院長室で二乃がパンケーキを焼いてるのを横で見ていると、中野さんが入ってきた。

 

「どうも。お邪魔してます」

 

入館証を見せながらそう挨拶をする。

 

「......暗くなる前に帰りたまえ」

「待って、もうすぐ焼けるから」

 

ジュゥゥ......

 

「......」

「まあまあ、少しでも食べてあげてくださいよ。学校に来てたのは知ってますよ」

 

そう伝えると二乃が焼いているパンケーキをじっと見つめている。

何か思うところがあるのだろうか。

そんな風に考えていると、丁度焼き上がったようだ。

 

「この生地、三玖が作ったのよ」

 

焼き上がったパンケーキにバターだけを載せたお皿を差し出しながら二乃は言う。

 

「あんな料理が下手っぴだったあの子が、目指すものを見つけて頑張ってる。三玖だけじゃない。私たち五人全員、あの頃よりもずっと大きくなったわ。その成長をそばで見ていてほしいの、お父さん」

 

二乃の真摯な気持ちを受け止めたのか、中野さんはパンケーキを食べだした。

しかし、ポーカーフェイスにもほどがある。その顔は美味しいのか、美味しくないのか...

 

「この味...君たちは逃げずに向き合ってきたんだね」

「え?どういう......」

「それにしても量が多いな。僕一人では食べられそうにない。次は家族全員で食べよう」

 

その言葉に二乃は泣きそうな顔で喜んでいる。

 

「きゅ、急に何よ!...でも、みんなきっと喜ぶわ...」

 

まったく二乃も素直じゃないんだから。さて、お邪魔虫はここいらでお暇しますか。

 

「よかったね二乃。じゃあ、僕はこの辺で...」

「待ちたまえ直江君」

 

立ち上がった僕を中野さんが呼び止める。

 

「これは君の計画かい?」

「計画だなんて...ただ彼女の背中を押してあげただけですよ」

「そう。彼がいなかったら私はここに来なかった。彼に連れてきてもらったの」

「それは...どうだろう。いくらなんでも家庭教師としての範疇を超えていると思うのだが?君は一花君と付き合っていると報告を受けている。まさか二乃君ともということはないだろうね?」

 

この親バカめー!

 

「あるわけないじゃないですか......一花さんが大切に想っている家族であれば、僕にとっても大切な人達です。なら、放ってはおけませんよ」

「そうか......私にはできなかったことだ。君に家庭教師を頼み、一花君の彼氏でいてくれて良かったと心から思う。不出来だが親として、これからも君が娘たちとの関係を真剣に考えてくれることを願う。上杉君にも伝えてくれ」

 

そんな中野さんの言葉を受け院長室を後にした。

 

駐輪場で二乃を待っていると、荷物を持った二乃がやってきた。

荷物の事を考えると残ってた方が良かったかな。

 

「お待たせ」

「ああ。お父さんとは話せた?」

「ちょっとだけね。すぐにまたお仕事が増えたみたいだから...」

「そっか」

「それでも、こうやって面と向かって話せる日が来るなんて思わなかった。カズ君、今日はありがとね。それに...今までも...」

「どうってことないさ。さ、帰ろうか」

 

二乃から預かった荷物をバイクの後ろに括り付けた後二乃の方を向く。

その二乃は下を向いて何か考えているようだ。

 

「二乃?」

「先に謝っておくわ。ごめん」

「は?」

 

二乃の言っている意味が分からなかったが次の瞬間。

 

チュッ

 

「ん...!」

 

二乃の唇で僕の口が塞がれた。

 

「に、二乃!?」

「言ったでしょ。先に謝っておくって...」

「それはそうだけど...」

「大丈夫。これをきっかけにやっぱり私と付き合ってなんて言わないから。これからも一花と仲良くしてあげて」

「二乃...」

「これは今までのお礼とカズ君が好きだって気持ちは変わらないって意味のキス。それに前にも言ったでしょ、努々油断しないようにって」

 

自分の唇に人差し指を当ててウィンクしながら言ってくる二乃。

 

「いや、言ったけども...」

「さ、帰りましょ!夕飯の準備しなくっちゃっ」

 

はぁぁ...すみません中野さん。この娘達との関係は真剣に考えているのですが、この娘達の考えには付いて行けそうにないかもです。

心の中でそんな風に嘆きながら、後ろに二乃を乗せてバイクを走らせるのだった。

 


~院長室~

 

和義と二乃が院長室から出ていった後、マルオは仕事をしながら昔のことを思い出していた。

 

『パンケーキ...ですか?』

『えっと、意外に安く作れて、娘たちも喜んでくれるのです。最後に作ってあげたかった...』

 

それは生前の零奈(れな)がこの病院に入院しており、その担当医としてマルオが付いていた頃。

 

『最後なんて...そんなことありませんよ』

『中野君。あなたには感謝してもしきれないわ。でも、これ以上あなたの貴重な時間を余命僅かな私に注ぐことはしないで』

『余命だなんて、そんなこと言わないでください。零奈(れな)先生は僕の恩師ですから』

 

零奈(れな)に優しい笑顔を向けながらマルオは自身の言葉を伝える。

 

『先生だなんて...もう何年前のことでしょう。君は生徒会長。そして、私のファンクラブ会長を見事勤めあげていましたね』

『そ、そのことは忘れてください』

 

零奈(れな)の言葉に珍しくマルオは焦っている。

 

『一分一秒でも長く生きていただきたい。僕がしたくてしていることです。あなたがいなくなったら娘さんたちも悲しみます』

 

顔を赤くしてマルオは零奈(れな)に伝える。

 

『そうですね。あの子たちだけが心残りです。まだ小さなあの子たちの成長を見届けることが私の使命...ありがとうございます、中野君。もう少しだけ甘えさせていただきます。退院した際はぜひご馳走させてください。パンケーキ、君も気に入ってくれると思いますよ』

 

少し頬を紅くして微笑みながら伝える零奈(れな)

この時の顔をマルオは忘れることはない。

 

(あの頃は本当に楽しかった......彼女の前では自身をさらけ出すことも出来ていた。しかし......)

 

今では零奈(れな)に向けていた表情を、彼女の残した娘たちにすら向けられていない。

 

(僕は彼女たちから距離を置くことで、受け入れがたいあの人の死を避けていたのかもしれない)

 

その時マルオは、夏休みに電話越しに零奈に言われた言葉をふと思い出した。

 

『君なら大丈夫。きっとその悲しみを自力で乗り越えられるでしょう。娘たちも君が向き合ってくれるのを待っていますよ』

 

(ふっ...申し訳ありません、零奈(れな)先生。あなたは僕が自身の力で乗り越えられると言いましたが、あなたの娘さんたちが歩み寄ってきてくれたおかげで、ようやく壁に手をかけることが出来ました。でも安心してください。この手を離すことは今後ありません。見ていてください、僕が乗り越えるところを。出来る事なら......僕の近くで...)

 

マルオは仕事中のペンを机の上に置き、椅子から立ち上がり窓際へと歩いていく。

夜空に輝く月と星を見上げながら、零奈(れな)によく向けていた笑みを零すのだった。

 


夕飯の後に部屋で勉強をしていると携帯に着信が入った。どうやら電話のようだ。

 

『やっほー、こんばんは』

「どうした一花?」

『うーん?ただ声が聞きたいなって思っただけ。カズヨシ君は何してたの?忙しかった?」

「いや、勉強してただけだよ」

『うへぇ~、進学しないことに決めたのによくやるなぁ~』

「まあ日課みたいなものだからね。一花はちゃんと課題やってる?」

『やってるよぉ。今もやっててその気分転換に電話したの』

「それは、次に勉強を見るときが楽しみだね」

『うっ...そ、それよりさ。今日は何もなかったの?』

「え?」

『えって。学園祭二日目。何もなかったの?』

「えーっと...」

 

さすがに二乃にキスされたことは黙ってた方が良いよね。まさか二乃から聞いて確認のために連絡してきたとか...

 

『どうしたのさ、どもっちゃって?......何かあったね?』

「えーっと、小学校の時の同級生が遊びに来てて、偶然そこで桜も含めて全員集合してたんだよね、一花と風太郎以外」

『えぇーーー!ずるいよ、そんなの!カズヨシ君の小学生時代の話とか聞きたかったぁ』

「そんな大したことはないよ。知りたかったら、他の姉妹に聞きな。僕からは言わないから」

『ちぇー、いいじゃん教えてくれたってさ』

「本当に面白くない話だしね......後は、二乃と中野さんに会いに行ってきたよ」

『え、お父さんの所に?』

「ああ。放送部の人に協力してもらって、中野さんが学校に来てることが分かったんだ。ただ、病院に呼び出されたみたいですぐに帰ったんだけどね」

『そうだったんだ』

 

あの後二乃から聞いた話だと、入院している患者の容体が急変したためにマルオさんは病院に急遽戻る事になったそうだ。

 

「少しは前進出来たと思うよ」

『そっか。ありがとカズヨシ君。昨日、私がお願いしたことをちゃんと守ってくれてたんだね』

「ま、まあね...」

 

やりすぎないようにって言われたけど、キスは絶対やりすぎに入るよね…

 

『………』

「?一花?何かあったの?」

『うん……これ以上カズヨシ君に頼み事をするのも悪いとは思ってるんだけど…実は五月ちゃんの事で…』

「五月…二乃からも言われたけど、一花から見てもヤバそう?」

『そっか、二乃が…うん、実は今日帰ってからまだ会えてなくって…帰ってからずっと部屋にこもってるみたいなの』

「なるほど。それで今日何かあったか聞いてきたわけだ」

『うん…』

 

やはり無堂先生と接触して何か言われたか?

でも、僕が大丈夫か聞いても問題ないとしか返ってこないし…

 

『カズヨシ君?』

「ああ、ごめん………一花はさ、昨日僕が勇也さんと話してたの覚えてる?」

『え?あの、今は言えないって言ってたやつ?』

「そう、それ。実は、一花達の元父親がこの町に来てるんだよ」

『嘘...』

「それで勇也さんと協力して、一花達姉妹と接触しないように水面下で動いてたんだ」

『それはまた...』

「そして、その男が五月と接触した可能性がある」

『そんな…なんで…』

「とりあえず明日僕からもう一度声をかけてみるよ」

『お願い。私も午後からオフだから学校に向かうね』

「ああ。じゃあおやすみ」

『うん。おやすみなさい』

 

そこで一花との電話が終わる。

五月。何を言われたか知らないけど、自分の気持ちを強く持って。

窓から見える月を見上げながらそう心の中で思うのだった。

 


日の出祭最終日の朝を迎えた。

直江家の朝はいつも通り、僕が朝食を作りその補助に零奈が入っていた。

いつもと変わらない朝。けど、テーブルについている父さんも母さんもどこか落ち着かない様子である。

そんな時、零奈からお願いをされた。

 

「兄さん、お願いがあります。今日一日、兄さんと一緒にいてもいいでしょうか?」

「え?でも...今日は母さんと一緒にいるんじゃないの?」

「兄さんは五月と話すのですよね?おそらく無堂先生と接触をしたであろうから」

「なんでそれを!?」

「私も五月と話すために連れて行ってほしいのです。お願いします」

 

僕に対して零奈は頭を下げながらお願いをしてくる。本気のようだ。

 

「はぁぁ...分かったよ。学校に来たら一直線に屋台まで来な。僕はそこで待ってるから」

「ありがとうございます!母さんにも相談してみます」

 

配膳のために料理を持って、父さんと母さんのところに零奈は向かった。

五月と話すとなると、無堂先生とも接触する可能性が高まる。それを知ってのお願いなのだろう。

五月の事もそうだが、零奈の事も守ってあげないと。

その思いを胸に学校に向かう準備に取り掛かった。

 

 




学園祭での二乃の一番の見せ場を書かせていただきました。
ここは映画で観ても感動した場面です。

そして、最後まで迷ったのですが、二乃が和義にキスをしてしまいました。
ここから修羅場突入は特に考えていないのであしからず。

さて、次回はいよいよ最終日の山場に突入です。
また読んでいただければ幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。



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99.二人の父親

最新話&100話の投稿です!

いつの間にか100話まで投稿していたのですね。自分でも気づきませんでした...
これも皆さんが読んでいただいたからこそ頑張れたのではないかと思っております。
また、お気に入りも450にまで到達しました。
この場をお借りして登録していただいている方々に御礼申し上げます。




「前田、焼きそば追加出来たよ!」

「おう!(わり)いがもうちょい追加頼めるか?」

「はいよ!」

 

最終日の今日は朝から多くのお客さんがうちのクラスの屋台に押し寄せている。

どうにもうちの屋台の味が良いという評判が回っているようだ。

 

「やっほー、和義。来たわよ」

「おー、忙しそうだな」

「父さん、母さん」

 

そんな時、直江家のメンツがうちの屋台に顔を出した。

 

「忙しそうだけど、零奈ちゃん預けても大丈夫なの?」

「ああ、零奈が裏でじっとしててくれるなら問題ないよ」

「っす!お二人でゆっくり回ってきてください綾さん」

「あら、前田君ありがと。じゃあ、ほら零奈...」

「はい。皆さん、お忙しいところ申し訳ありません。邪魔にならないように隅にいますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 

ペコリと頭を下げる零奈。

 

『か、可愛い~~』

「ほら零奈ちゃん椅子を用意したから座って」

「パンケーキすぐに作るから食べててね」

「ほら男子!飲み物買ってきなさいよ!」

 

零奈は見た目は可愛い小学生だからか女子受けが良いみたいだ。

歓迎されて良かった。

 

「じゃあ、何かあれば遠慮せずに連絡するのよ」

 

母さんはそう言いながら、二つの焼きそばを買って父さんと一緒に屋台から離れていった。

 

「零奈。もう少しで僕のシフトが終わるからもうちょっと待っててね」

「はい。ここで兄さんの格好良い姿を見ていますね」

「ははは...それは下手な姿は見せられないね」

 

そして、その後は集中して調理することができた。

 

・・・・・

 

「五月が来ていない!?」

 

自分のシフトが終わったので、零奈と二乃、三玖を連れて脇道に移動した。そこで、今日は五月が朝から学校に来ていない事を零奈に共有する。

 

「何があったのですか?」

「それが分かんないのよ。今日は最終日だってのに...」

「どうしたんだろう。昨日から五月、ずっと部屋に籠ったままなの」

「てなわけで、五月とはまだ話せてないんだよね。昨日、竹林と真田に会った時はどうってことなかったから、その後に何かあったんだろうけど...」

「五月...」

 

零奈が五月の心配をしていると、

 

「そうか、どうりで探してもいないはずだ」

「!」

「僕も五月ちゃんに会いに来たのに...」

 

横からアイスを食べながら無堂先生が話に加わってきたのだ。

この人...堂々と...

 

「カズヨシの知り合い?」

 

正体を知らない三玖の反応はしょうがない。

零奈は下を向きわなわなと震えているように見える。

 

「言伝があるならお聞きしますが」

「......五月に何か言いましたよね?」

「!」

 

僕は、二乃の言葉を気にせず無堂先生に直球で問いただした。

てか、こいつ今笑わなかったか?

 

「怖いなぁ。アイスあげるから許して。ただ、現実を教えただけだよ。それが僕の務めだからね」

 

その言葉に僕は一瞬で頭に血が上り、()()の胸倉をつかんだ。

 

「お前......何が現実だよ。何が自分の務めだよ。ふざけんな!」

「ちょっ、カズ君!」

「落ち着いて、カズヨシ!」

 

いつもと雰囲気が違う僕に、両脇から二乃と三玖が止めに入っているが止められそうにない。

 

「ぐっ......何だね君は......?」

「あんたには関係ないだろ。それより、五月に何言った!」

「ぐぅっ.........」

 

胸倉をつかむ力を強めて無堂を持ち上げるようにすると、苦しそうな顔をしている。だが関係ない。こいつが...こいつが五月を...

 

兄さん!止めてください!

「っ...!」

 

その言葉に我に返り、持ち上げている力を緩めると無堂は尻もちをついた。

 

「失せろ。あんたの顔を見るとまた襲い掛かりそうだ...」

「ぐ......何なんだいったい......」

 

文句を言いつつ一向にこの場から離れようとしない無堂にギロッと睨むと、

 

「で、出直すとしよう......」

 

捨て台詞を言うように去っていった。

それを確認した僕は、壁沿いに座り込み膝の上で手を組み、その手の上に額を当てるように俯いた。

 

「...ごめん。頭に血が上って......」

「いいのよ。ただ、ちょっとワイルド感が出てて惚れ直したかも」

 

何故かうっとりした顔をしている二乃。そういえば、チョイワル系が好みだったっけ...

 

「はい。これ飲んで少しは落ち着いて」

「ありがと三玖。後ごめんね。怖がらせたよね」

 

三玖から受け取ったペットボトルの水の蓋を開けながら話す。

 

「たしかにちょっと怖かった...けど、カズヨシも怒ることがあるんだって思ったら、ちょっと安心した」

「そっか...」

 

三玖の言葉を受け、ペットボトルの水をがぶ飲みする。

すると零奈から抱きつかれた。

 

「もう、昔の悪い癖ですよ。怒鳴りつけても解決することはないでしょう。冷静にです」

「悪い......助かったよ」

「はい...」

 

落ち着いているという意思表示も込めて、零奈を抱き返し頭を撫でてあげる。

 

「それで?結局あいつは誰なの?五月に関係ありそうだけど」

「……」

 

三玖は何も言わないがじっとこちらを見ているから気にはしているのだろう。

零奈を見るとコクンと頷いた。

 

「……五月だけじゃない。君たち姉妹全員に関係ある人だよ」

「「え?」」

 

僕の言葉に驚きの顔をする二人。

 

()()()()君たち五つ子の元父親だよ」

「なっ…」

「なんですって!?」

「どういう理由で帰ってきたか知らないけど、なるべく君たちと接触しないように勇也さんや下田さんと動いてたんだ。ただ、どうやら五月が接触しちゃったらしくて…」

「五月が昨日から部屋に籠ってるのは…」

「あいつが原因ってわけね」

「実際に見たわけじゃないから何とも言えないけど、十中八九奴が絡んでるだろうね」

「お母さんは知ってたの?」

 

三玖がずっと黙っている零奈に向かって質問する。

 

「私と五月が通っている塾に特別講師として来ていることはチラシで知っていました。学校に来ている、というのは盗み()き…」

 

やっぱりどこかで聞いてたか。

父さんと母さんと話していた時か、一花に電話してた時だろうな。

 

「それで?さっきカズ君を止めたのは?」

「もちろん兄さんのためです。あのまま手を出しても兄さんが負けることはまず無かったでしょう。しかし、経歴に傷がつきますから…」

「そういうこと……カズ君は?これからどうするの?」

「もちろん五月のところに向かうよ。五月に拒まれようともね」

「それでこそカズ君だわ。そんなところも好き。持っていきなさい」

「!」

 

二乃からはマンションのカードキーを渡される。

 

「助かる。一花がこの後来ると思うから合流しといて」

「分かったわ。こっちのことは任せて」

「五月をお願い」

「ああ……零奈は母さん達と一緒に。ここからバイクで行くから零奈は乗せられないよ」

「分かりました。それまでは二乃たちと一緒にいます。五月の事、お願いしますね」

「任せといて!」

「そうです。一つ、五月に伝言をお願いできますか?」

「............分かった。必ず五月に伝えるよ」

 

そして五月のところに向かうため、バイクの停めている駐輪場に向かって走るのだった。

 


~五月side~

 

五月は昨日から自分の部屋に籠り勉強に勤しんでいた。

今では気分を変えてリビングのテーブルで一人勉強をしている。

 

「私は学園祭を休んでまでいったい何してるんだろ...きっと和義君、心配してるだろうな...」

 

五月はそんな言葉を零しながらも勉強を続けている。

そんな中、昨日のある出来事を思い出していた。

 

・・・・・

 

竹林と真田の二人が帰った後、皆それぞれの場所に移動をしていった。

そんな中五月はトイレに寄って、屋台に戻るところである男に呼び止められた。

 

「なんのご用でしょうか」

「昨日はすまなかったね。赤の他人に突然あんなことを言われたって困惑するだけだろう」

 

無堂である。

 

「君にいつ打ち明けるか迷っていたんだ。君のお母さんは元教え子。さらに元同僚...そして元妻だ。つまり私は...君のお父さんだ」

「お父さん...?そんな...私たちが生まれる前に消息不明になったと聞いています。本当に無堂先生が...?」

 

信じられないといった顔で五月が確認をする。

 

「ずっと会いたかったんだ。講師として全国を回りながら、いつもどこかにいる君たちのことを想っていた。そんな時さ、テレビに映る一花ちゃんを見つけたのは」

「み、皆を呼びます」

「今は五月ちゃんと話をしているんだ」

 

他の姉妹を呼ぼうと五月は携帯を出すが、無堂はそれを許さず五月と二人で話したそうにしている。

 

「今、悩んでいるのだろう?聞かせてくれたじゃないか。今こそ父親としての義務を...」

今更なんですか!あなたのことはお母さんから聞いていました。お腹の中にいる子供が五つ子だとわかった途端姿を消したと。その時お母さんはどんな気持ちだったか...私は...あなたを...」

ごめんなさい!

「!」

 

五月の言葉を遮るように無堂は謝り、頭を勢いよく地面に擦り付けるように土下座をしている。

 

「なんて情けない。ずっと後悔していたんだ。当時の僕に甲斐性があれば君たちに、こんなに迷惑をかけずに済んだのにと!そして、君たちの行く末を考えると心が張り裂けそうな思いだった」

「......」

「私の罪は消えることはない。しかし許されるのならば...罪滅ぼしをさせてほしい。今からでも父親として娘にできることをしたい」

 

頭を上げながら無堂が口にする。額からは先程の土下座で怪我をしたのか血が流れている。

 

「...もう私たちに関わらないでください。お父さんならもういます」

「中野君か。あの子は優秀な生徒だったが、父親としては不合格と言わざるを得ない。やはり血の繋がりが親子には必要不可欠。お母さんが死んだ時、彼が君に何をしてくれた?」

「!」

「娘が亡くなった母親の影を追い続け、母親と同じ間違った道に歩を進めようとしている。学校の先生が君に相応しくないということは君が一番よくわかっているはずだ。父として到底見過ごすことができない。君たちへの愛が僕を突き動かした」

 

無堂の言葉に今五月の頭の中はぐちゃぐちゃになってきている。

 

「僕ならばいくらでも違う道を用意してやれる。思い出してほしい。君のお母さんは言っていたはずだ」

 

『五月』

『なーにお母さん』

 

生前の零奈(れな)と話していた時の事を五月は思い出していた。

 


 

二乃から借りたカードキーを使って中野家にお邪魔すると、リビングのテーブルで一人勉強をしている五月の姿があった。

 

「五月......」

 

僕が声をかけるとピクッと反応はしたものの、こちらに振り向くことはなかった。

 

「和義君...こんなこと意味ないというのに...私は何をしているのでしょう...」

「無堂に何か言われた?」

「たしかに色々言われましたが、それだけではありません。生前のお母さんも言っていたんです。『五月、あなたは私のようには絶対にならないでください』、と」

 

なるほど。それであの伝言か。零奈、言葉足らずにもほどがあるよ。

 

「それなのに諦められない。未だにお母さんを目指してしまっている。そう願う私は間違っているのでしょうか?」

 

涙を流しながら自身の言葉を伝えてくる五月。

 

「五月。零奈から伝言を預かっている」

「え?お母さんから?」

「ああ。『あなたが小さかった頃、私のようにならないように、と伝えたと思います。あれは、私と同じになることを目指すのではなく、五月自身として進んでいきなさい、という意味です。もしあなた自身が決めた結果が私と同じ道になったのであれば、私は誰よりもあなたの事を応援しますよ』、だってさ」

「お母さん...」

 

勉強中はいつもかけている眼鏡を外し涙を拭う五月。

 

「...本当に、教師になることは私の夢なんでしょうか?私はお母さんになりたいだけ。以前下田さんに言われた事を、和義君も覚えていますよね?」

 

『母親に憧れるのは結構。だが...お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないのかい?』

 

以前REVIVALで下田さんが五月に言った言葉だ。

この言葉を五月はずっと引きずっているのか。

 

「五月。君にとって零奈(れな)さんは憧れの存在なんだろ?ならその憧れを捨てる必要はない。母を目指して夢を追うのと、夢を目指して母を追うのとでは大きく違う。君がそれを理解できているのであれば、()()()()()()()()()は絶対に間違っていない」

 

その瞬間五月の目に力が戻ったように感じる。

 

「無堂が何言ったか知らないけど、君の方が零奈(れな)さんの事を良く知っているはずだ。君は自分で見たそれを信じればいい」

「お母さんは私の理想の姿です。強くて、凛々しく、優しくて...私は...お母さんのような先生になりたい!私は私の意思で母を目指します!

 

今までの沈んでいた姿とは打って変わって、力強く天に向かってそう誓う五月。

そうこなくっちゃ。

 

「なら、家庭教師である僕達のやることは一つだけ。全力でサポートする、それだけだ」

 

笑顔を向けながら五月に僕は宣言した。

 

「...ふふ、いいこと思いつきました。和義君、勉強教えてください」

「勿論!」

 

『そうです!私、良いこと思いつきました。せっかく相席になったのですから、私に勉強を教えていただけませんか?』

 

出会った当初五月が風太郎にお願いした言葉。あれから一年しか経っていないがとても懐かしく感じる。

 

「...ありがとうございます。ですがその前に、やらなければいけないことがあります。私、あの人に会いに行きます」

「大丈夫?」

「はい!和義君にはとても感謝していますが、この件については手を出さないようお願いします。この問題は私たち家族で片をつけます」

 

本当は一緒に行ってあげたいけど、また僕は暴走しそうだしな。それに、こんなにしっかりとした眼差しで言われちゃ断れないか。

僕はそんな五月の提案に了承して五月をバイクの後ろに乗せ学校に向かった。

 

学校に着いた五月は僕に頭を下げるとまず姉妹に合流するために動いた。

それを見送りながら電話をする。

 

「ああ、母さん?五月は大丈夫だよ。零奈にもその旨伝えてくれる?」

『そう。ありがとう和義』

「それで、今から無堂先生と決着つけてくるんだってさ」

『ちょっと大丈夫なの?』

「姉妹でみたいなこと言ってたから多分大丈夫だと思うけど。ま、だから今連絡したんだけどね」

『まったく、あなたって子は…こっちは任せなさい』

「ああ、頼んだよ」

 

母さんとの電話を終えるとすぐさま着信がきた。

まったく、この人はいつもタイミング良すぎでしょ。

 

「もしもし……」

 


~五つ子side~

 

「こんにちは無堂先生。五月です」

 

ベンチに座りドーナツを食べていた無堂に五月は話しかけた。

 

「やぁ。まさか五月ちゃんの方から来てくれるとはね。僕の言葉に耳を傾けてくれるようになった…ということでいいかな?」

「もう一度聞かせてください。学校の先生になりたいという夢が間違っているのだとしたら、私はどうしたらいいのですか?」

「五月ちゃんが五月ちゃんらしくあってほしい、その手助けがしたいんだ。君は今もお母さんの幻影に取り憑かれている。学校の先生でなければなんでもいいんだよ。お母さんと同じ間違った道を歩まないでくれ」

「なぜ急に私の前に現れたのですか?」

「離れていた時もずっと気にしていたさ。罪の意識に苦しみながらね。それがどうだい。まさか、こうして父親らしいことをしてやれる日が来るとはね。この血が引き合わせてくれたんだ。愛する娘への挽回のチャンスを…」

「ガハハ、父親だって?笑わせんな!」

「君たちは…」

 

そこに現れたのは勇也と下田である。

 

「うーっす、先生ご無沙汰」

「つっても、用があるのはうちらじゃないんだけど」

「無堂先生、お元気そうで」

「だな。何年振りだ?」

「「………」」

 

勇也と下田の後ろからはマルオ。そして、和義以外の直江一家がいた。綾と零奈は手を繋ぎ黙って見守っている。

 

「皆さん…なんでここに…」

「和義に場所を聞いてな。家族でケリ着けるならこいつが必要だろ?」

 

マルオに親指でさしながら勇也が答える。

 

「直江先生たちは……まあオマケだ」

「誰がオマケだ!」

「中野君…それに、直江に樋口」

「今は私も直江ですので悪しからず」

「そう…だったね……中野君。君にも謝るきっかけができて良かった。君には苦労かけたからね。思い返せば、君は人一倍零奈(れな)を慕ってた覚えがある。すまなかった」

「いえ、あなたには感謝しています。あなたの無責任な行いが、僕と娘たちを引き合わせてくれた」

「どうだろう。こと責任に関しては君も果たせていないように見える。だから五月ちゃん自らここに来た。頼りない君でなく、僕の所にね」

「五月君が...ここに...?」

 

マルオは無堂の近くにいる五月を見ながら疑問の声を投げかけた。

ほとんど黙って話を聞いていた綾は、無堂の近くにいる五月の姿に若干違和感を感じている。

 

なるほど

「?」

 

そんな時に零奈が発した言葉に、綾はさらに疑問を感じた。

 

「ああ、心中察するよ。親失格の烙印を押されたようなものだ。よければ僕が教えてあげようか、本当の父親のあり方を...」

「何を言ってるのですか」

 

ここぞとばかりに言葉を畳みかける無堂。

しかし、マルオは冷静に言葉を返した。

 

「よく見てください。ここに五月君はいない」

「何?」

「私はこちらです」

 

マルオの言葉に無堂は疑問の言葉が出たが、それに反応するかのように、少し離れた柱から本物の五月の姿が現れた。

そう。無堂の前にいる五月はただ星形のヘアピンをつけただけの三玖であった。五つ子の事をしっかりと見ていれば気付く程にずさんな変装である。

それを見た綾は違和感の正体にようやく気付くのだった。

 

なるほどね...私もまだまだだわ

いえ、少しでも違和感を感じたのであれば上等かと

ありがと

 

見抜けなかった無堂本人はというと何が何だか分かっていなかった。

 

「......なんのつもりだい?」

「騙してしまいすみません。ですが、こうなることはわかってました」

 

話しながら五月は柱からさらに前に出てくる。一花、二乃、四葉も五月の後ろに続く。

 

「それがどうした。ただ間違えていただけで...」

「愛があれば私たちを見分けられる。母の言葉です」

「また彼女の言葉か!いい加減にしろ!そんないい加減な妄言!いつまで信じてるんだ!」

 

興奮したように話す無堂の言葉をただただ聞いている零奈は、自然と綾と繋いでいる手に力が籠ってきた。

そんな零奈に綾が語りかける。

 

大丈夫よ。あなたの子どもを信じなさい

綾先生...

「今すぐ忘れなさい。お母さんだってそう言うはずだよ。思い出してごらん。お母さんがなんて言ってたか」

「お母さんが後悔を口にしていたことは覚えています」

「そうだ。君のお母さんは間違った!君はそうなるな!」

五月...

 

小さく零奈は五月の事を呼ぶ。それは近くにいた綾ですら聞き漏らすほどに。

しかし、何故かは分からないが五月には届いたのか、その瞬間ニッコリと笑みを五月は零した。

 

「私は、そうは思いません」

「君がどう思おうが関係ない零奈(れな)自身が言ってたなら...」

「ええ関係ありません。たとえ本当にお母さんが自分の人生を否定しても、私がそれを否定します。いいですよね。私はお母さんじゃないのですから。ちゃんと見てきましたから。全てをなげうって尽くしてくれた母の姿を。あんなに優しい人の人生が間違っていたはずがありません」

「五月...」

「うんきっとそうだよ」

 

五月の言葉に驚き言葉を漏らす四葉と、五月の言葉に同調する一花。そして、

 

「うっ...うっ...」

「零奈ちゃん...」

 

とうとう泣き出し口を押さえる零奈を綾は優しく抱きしめていた。

状況を理解できていない景はあたふたするしかなかったが。

 

「子供が知ったような口を...」

 

自分の手を強く握りしめ無堂は口にする。

 

「あなたこそ知ったような口ぶりで話すのですね」

「......どういうことだ中野君」

「恩師に憧れ同じ教師になった彼女の想いが、裏切られ見捨てられ傷ついていたのは事実。しかし、そこで逃げ出したあなたが知っているのもそこまでだ。その後の彼女が子供たちにどれほどの希望を見出したのかをあなたは知らない。あなたに彼女を語る資格はない」

 

無堂を睨みながら自身の言葉を伝えるマルオ。普段自身の感情を出さないマルオがここまで感情をむき出しにするのだ。相当怒り心頭なのだろう。

 

「お父さん」

マルオ君...

 

そんなマルオの姿に言葉を漏らす二乃と零奈。

 

「五月君。僕もまだ何かを言える資格を持ち合わせていないが...君が君の信じた方へ進むことを望む。きっとお母さんも同じ想いだろう」

「...はい」

 

五月を見ながらそう伝えるマルオは、誰にも気づかれずチラッと零奈の方を見た。

 

「無堂先生、最後まであなたからお母さんへの謝罪の言葉はありませんでしたね。私はあなたを許さない。罪滅ぼしの駒にはなりません。あなたがお母さんから解放される日は来ないでしょう」

「......っ」

 

五月の言葉に悔しそうに顔を歪めている無堂。

 

「僕がせっかく...」

「見苦しいですよ。無堂先生」

 

勇也が何か話そうとするところを零奈が言葉を発する。

 

「零奈ちゃん」

「五月さんがおっしゃった通りです。あなたはその罪を一生背負わなければならない」

「零奈、お前...」

 

驚きの目で綾と景が零奈を見る。零奈はその事にも気づいているが、それを気にせず前に出る。

 

「あなたは逃げた事にずっと罪悪感を持っていたのでしょう。そして、今回の五月さんへの行動はその罪悪感を少しでも軽くして解放されるため。五つ子のどなたかに娘のために何かした、という実績を得ることで解放される。そこで、唯一自分でも悩みを解消できそうな五月さんに接近した、というわけです。違いますか?」

「くぅっ...」

零奈(れな)先生...」

 

そんな零奈の姿を目にしたマルオはそう呟く。

 

「はぁー!?お前何言ってんだ?」

「いや上杉...中野の言わんとしてることも分からんでもないさ。あの立ち振る舞い、零奈(れな)先生と思わせちまう」

 

勇也のマルオへのツッコミに対して、下田も零奈が零奈(れな)に見えた事を否定できなかった。

 

「そう。あくまでも罪悪感を軽くするため、つまり自分のため。だからすでにいない自分の元奥さんへの謝罪などが出てこなかった。いない人に謝っても罪悪感は軽くならないですからね。そんな人がこれ以上この子たちに近づかないでください!」

「お前ぇ...」

「はっ。小学二年生にここまで言われて見苦しいったらないぜ、おっさん」

「チッ」

「べー、です」

 

これ以上何を言っても無駄と悟った無堂は舌打ちをして、その場を去っていった。

そして無堂がいなくなった瞬間。

 

どんっ

 

五月の周りに姉妹が集まってきた。

 

「わっ」

「あんたやるじゃない」

「もーハラハラしたよ...」

「良かった!」

「五月かっこよかった」

「あはは...皆がいてくれたおかげです。下田さんに上杉君のお父様、そして和義くんのご両親もありがとうございます」

「立派だったぜ」

「うんうん」

 

五月のお礼にサムズアップで下田が感想を伝えると、綾もそれに同調した。

 

「お父さん。ありがとうございます」

「......」

 

マルオは五月の感謝の言葉には振り向かずその場から立ち去る。それに勇也と下田も続く。

 

「そして...」

 

バッ

 

「おっと...」

「レイナちゃん...ありがとうございます...」

「よく、頑張りました...」

「...うん!」

 

零奈に抱きついた五月は少し涙が流れた。

そんな五月の頭を撫でながら、零奈は親が子どもにするように優しく褒めてあげるのだった。

 


~校門近く~

 

「くそっ……」

 

五月との接触まではうまくいったが、その後が思い通りにいかず結局は五月本人から拒否された無堂。

自分の思い通りにいかなかったことで苛立ちを覚えながら歩いていた。

そんな時だ。そんな無堂に声をかける女性がいたのは。

 

「こんにちは。貴方が無堂仁之介さん?」

「ん?」

 

その女性は着物姿ではあるが日傘をさしていることもあり顔まで確認ができない。

 

「何だね君は?」

「あら、失礼いたしました。私のことは存じ上げているとばかり思っておりました」

 

女性はそう言うと、無堂に顔が見えるように日傘をずらした。

 

「あ、あなたは……諏訪楓さん!」

「ふふふ…やはり知ってましたか。私の孫がお世話になったようで」

 

ニッコリと笑いながら楓は話しているが、無堂には相当なプレッシャーがかかっている。先ほどのマルオの凄みの比ではない。

 

(これが諏訪楓……なんてプレッシャーだ。息が、もたない…)

 

「安心してください。別に何かするわけではありません……今のところは」

「っ…!」

 

一瞬、笑顔から覗かされた獲物を狩るような目が無堂を射貫(いぬ)く。

それによって、無堂は蛇に睨まれた蛙状態である。

 

「そうそう。近々発表させていただくのですが、私今度籍を入れることになりましたの。この歳になっても結婚とは良いものですね」

「はぁ…お、おめでとうございます」

 

結婚の話になると、本当に嬉しいのか先程までのプレッシャーが嘘のように霧散して、当の楓本人はウキウキとしている。

 

「ありがとう。ちなみにお相手は貴方の良く知っている人…」

「え?」

「虎岩温泉のご主人です」

「!」

「ふふっ…良い顔をしていますね。そう、これで亡くなったとはいえ私は零奈(れな)の母親。これがどういう意味かは流石に分かりますよね?」

「あ…あ…」

「聞かせていただきました。あの子がどのような人生を歩んだか……あの人が愛した娘に対する所業、断じて許すことはできません!」

 

コツコツと楓は固まってしまっている無堂に近づき帯に挿していた扇を持ち、開かずにそれを無堂の顎に当てクイッと上に上げる。

 

「先程もお伝えしましたが、私から今回は何もしません。しかし…………桜に五つ子といった私の孫に何かあれば……分かってますね?」

「は…はい…」

 

無堂は顎を上げられた上でそう返事をする他なかった。

 

「よろしい」

 

そこで扇を顎から離し、楓が無堂から離れた事で無堂は膝から崩れ落ちた。

楓はその後、その扇を開き口元に持っていき言い放つ。

 

「その恐怖と罪悪感と共にこれからの人生を歩んでいくのですね。行きますわよ」

『はい!』

 

楓はその言葉を残し、連れと共にその場から離れていくのだった。

 


 

「あら?」

 

先程の楓さんのやり取りを陰からそっと見守っていたのだが、楓さんが無堂から離れた事で姿を出した。

 

「和義さんではないですか、どうしましたか?」

「いやー、まあ気になったので様子見を。てか、気付いてましたよね?」

「はて?」

 

この惚け方…零奈そっくりだ。さすが本当の親子。

 

「はぁぁ…やはり怒らせたら恐ろしい方ですよ……これ、さっき僕が作った焼きそばです。お連れの方の分もあるんで食べてください」

「あらぁ、和義さんの手作りですかっ。ここまで来た甲斐があったというものです」

「屋台では学生向けに濃い目に作ってたのですが、これは楓さん用に少し薄味にしてますので食べやすいと思いますよ」

「まったく…連れの者への用意といい、流石の一言ですね」

 

お連れの方に焼きそばを渡しながら話すと誉められてしまった。

 

「…これであいつも接触してこなくなれば良いのですが」

「大丈夫でしょう。私が見たところ、かなりの小心者。この街にすら近づくことは無いですよ」

「そうですか」

 

そこで携帯に着信が入ったのでメッセージを確認する。

 

「すみません、ちょっと用事ができました」

「あら、和義さんとデートできると思ったのですが…」

「思ってもいないことを…早く帰ってお祖父さんに会いたいって、顔に出てますよ」

「え?」

 

指摘してあげると、顔を赤らめ触る楓さん。

 

「ご結婚おめでとうございます。お祝いの品などはまた改めて」

「ふふっ、ありがとうございます。桜や五つ子たち孫の事、これからもよろしくお願いしますね」

「もちろんです」

 

そう返事をして、その場を後にした。

 

 




記念すべき100話目は無堂との対決です。

ほぼ原作通りにはなりましたが、零奈がいる事もありましたので、ちょっとだけ付け加えています。
後、和義ってキレると怖いんですね。あのまま零奈が止めなければ殴っていたかもしれない勢いでした。
それだけ、五つ子のことを大事に想っているのかもしれません。

原作との違いと言えば楓さんの登場もですね。
楓さんのプレッシャー半端ないですね。少し無堂の事が可哀そうになってきました。

学園祭も次のお話で終わりを迎えると思います。
学園祭も終われば後は完結まで一直線ですかね。
そうなってくると、風太郎と四葉の関係性も気にはなってくるところです。

それでは次回も読んでいただければと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。


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100.後夜祭

キーッ…

 

現在立ち入り禁止の屋上の扉を開けると、そこには僕を呼び出した者の姿があった。

 

「三玖?どうしたの?」

「カズヨシ…来てくれてありがとう」

 

三玖はフェンス際におり遠くを眺めていたのでその横に並んだ。

 

「ごめんね、どうしてもお話ししたかったから。ホントは一花の側に行きたいよね?」

「別にいいさ。この後はどうせ風太郎の仕事の手伝いに行く予定だったしね……五月の件はうまくいったみたいだね。帰っていく無堂を見たよ」

「うん。これもカズヨシのおかげ」

「何言ってんのさ。五月自身と姉妹皆で協力したおかげでしょ?僕はちょっと背中を押してあげただけだよ」

「ふふふ…カズヨシならそう言うと思ってた」

「それにしても懐かしく感じるな、こうやって三玖と屋上で話してると」

「え…?」

「ほら、歴史の話とかする時は大抵この屋上だったし。三玖から想いを伝えられたのもここだった」

 

そう話しながら近くに座り込み空を見上げる。

三日間晴天で良かった。

 

「覚えてくれてたんだ…」

「これくらいはね。姉妹の中で一番に仲良くなったのは三玖だったと思うしね」

「うん…」

「そういえば三玖ってたまに僕に対して我慢して自分の気持ちを言わない時あるよね。姉妹間では結構自分の意見ばんばん言ってるのにさ」

「そ…そうかな」

「ああ。僕にも遠慮することないよ」

「うん…わかった」

「うん。さてと、そろそろ風太郎の手伝いに……」

 

この後は風太郎の手伝いがあったので、立ち上がって向かおうと思ったのだが、三玖が馬乗りのように覆い被ってきて、僕は仰向けの状態で身動きが取れなくなった。

 

「えっと…三玖さん?どうしたのかな?」

「さっき、カズヨシは遠慮しないでいいって言った。私、今我慢してることがあるの」

「はぁ…遠慮することはないけど、それとこの体勢にどういう意味が?」

「……キスしたい」

「え、遠慮しないでいいって言ったけどなぜこの流れで?しかも僕は…」

「あ、ごめん。返事は後で聞くね」

 

三玖は本当に遠慮することなくそのまま僕にキスをしてきた。

 

「うっ……んっ……ん~~~~~」

「んっ……ちゅ……んンっ……」

 

な、長い…

 

「もう迷わない」

 

そして、ようやく唇が離れたかと思うと三玖はそう発言した。

 

「さ…さすがに、これ以上我慢してることはないよね?」

「うーん…実を言うと…まだ全然我慢してることある」

「え、えーーーっ!」

 

誰もいない屋上で、僕の絶叫が木霊した。

 


 

「はぁぁ…」

 

屋上では、なんとか三玖を宥めてあれ以上の事は起きなかったけど、まさか二乃に続いて三玖までとは。

風太郎の仕事の手伝いをしながら心の中で先程の三玖のキスを思い出していた。

 

「どうかした?」

「いや、少し考え事をね」

 

そんな僕に一緒に荷物を運んでいる五月から声をかけられた。

風太郎の仕事の手伝いを五月に手伝ってもらっているのだ。何でも、無堂の事でのお礼だそうだ。

 

「さっきまで大変だったんだから、無理してこっちを手伝わなくてもいいのに」

「いいの。和義君への報告もかねてだから。とはいえ、遠くから見てたんでしょ?」

「残念ながら僕は焼きそば作ってました。だけど、楓さんが無堂と話していたのは見たかな」

「え、おばあちゃんが?」

「ああ。楓さんを怒らせたら怖いんだって改めて感じたよ...」

「あはは、そっか......改めて、和義君今回はありがとう。お母さんがいなくなってから、その寂しさを埋めるためにお母さんに成り代わろうとしてたんだ。レイナちゃんがお母さんであったと分かった今でも。ただ、いつの間にか自分とお母さんの境界線が曖昧になってて、自分の夢までも自身が持てなくなってたんだ。お母さんとの思い出忘れなくていいんだよね」

 

僕の前で階段を上りながら話す五月。晴れ晴れとしているようだ。

そんな五月が振り返る。

 

「教えてくれたのは和義君だよ。ありがとう」

 

チュッ

 

「ん!?」

 

お互いに荷物を持ったままキスをしてくる五月。

 

「ふふふ、これは感謝の気持ちのキス。それにファーストキスはやっぱり好きな人とが良かったから。一花には申し訳ないと思ってるけどね...」

 

恥ずかしそうに下を向いて僕の脇を通り過ぎながらそう伝えてくる五月。

 

「わ、わぁー。いつの間にか空がこんなに暗くなってる。もう冬ですね」

「五月、君までも......」

「ん?何か言った?」

「いや何も」

「ともかく!私が自身を持てたのはあなたのおかげ。私はお母さんじゃない。こんな簡単なことに気が付けたのはあなたがいたから......私の理想の教師像はお母さんだけど......うん!和義君。君だって私の理想なんだよ。それだけは知ってほしかった」

「そっか。じゃあ、その理想が幻滅されないよう、今後も精進していきますか!」

「うん!よろしく、先生!」

 

そんな五月の顔はやはり晴れ晴れとしていていい笑顔だった。

 


 

~五つ子side~

 

「後夜祭でも色々催し物やってるんだね!」

「五人で回るよね、どこ行く?て、一花はカズヨシと回るの?」

「残念ながらフータロー君たち男子に取られちゃいました」

「あら、それは残念だったわね」

「全然残念そうに聞こえないよー。じゃあ、せーので...」

「嫌よ。どうせ皆バラバラの所指すのがオチだわ」

「五つ子なのにね」

「五つ子だからよ」

 

一花に二乃、三玖と四葉はベンチに並んで座り、五月が来るのを待っていた。

桜は桜でクラスメイトと後夜祭を楽しむそうだ。

 

「お待たせしました」

 

丁度その時、五月が和義の手伝いを終えてこちらに走ってくるのを姉妹全員が気付いた。

 

「和義君には父のお礼をちゃんと言えました。皆にも改めてお礼を」

「いいよいいいよ。私たち家族の問題でもあったもんね」

 

五月が姉妹に対してお礼を言おうとしているが、それを一花が立ち上がりながら止めようとした。

 

「で、でも、あ、あり...あ、ありがとね!」

 

それでも五月は勇気を振り絞り敬語を外して感謝の言葉を伝える。

 

「......なんか違和感しかないわ...」

「そ、そんな!」

 

そんな五月の行動には姉妹全員違和感だらけで、にこやかに聞いていた。

 

「あ、三玖には変装までしてもらって...」

「構わない。それにあんなずさんな変装には満足していない」

「この子はこの子で謎のプライド芽生えれるわ」

「いくら変わったといっても、一般人はあれだけで間違えちゃうんだね」

「中身が変わっても顔は同じだもんね」

「うん」

 

一花の言葉に四葉が答え、それに三玖が同意する。

 

「ほらほら、気分入れ替えて後夜祭楽しもう!」

「ええ、どこ行きましょう。やはりせーので...」

「全員の行きたいとこ順番に行くわよ!」

 

五月の言葉に二乃が別の提案をした。そんな時だ。

 

「あ、みんなごめん。私別の用事ができたみたい」

「ありゃ、学級長関係?」

「そんなとこ!じゃあ、ちょっと行ってくる!」

 

四葉の携帯にメッセージが届き、それを見た四葉は一花からの質問に答えて姉妹から離れていった。

 

「学級長関係の割にはニコニコしてたわね」

「これは何かあるとお姉さんは見たね」

「四葉が嬉しそうに行くところとはどこでしょう?」

「さぁ...」

 

姉妹全員、四葉がどこに向かったのかは分からなかった。

 


 

「あ、なんか音楽聞こえるな」

「たしか、後夜祭中に学生バンドのアンコールライブがあったはずだよ」

「この声俺たちのクラスの浅野じゃねーか?」

「よく分かるね前田は」

 

僕と風太郎、前田に武田は今休憩所で座って何をする訳でもなくだべっている。

 

「まぁな。浅野といや聞いたか?この学祭中に他のクラスの子と付き合いだしたらしいぜ」

「へー」

「ははは、モテそうだもんね彼。だけど、入試直前のこの大事な時期に色恋に手を出すのは迂闊と言わざるを得ないね」

「「うっ…」」

「そ、そうなのか…?やっぱ、そう思うよな…」

「何落ち込んでんの前田」

「お、落ち込んでねーよ!まぁ...明日から、またいつもの日常に戻ると思うと落ち込むな...」

「なんでだい?僕は授業をまた受けられることにワクワクしてるよ」

「同じく」

「お前ら異常者にはわかんねーよ」

「大丈夫。前田の気持ちは僕は多少分かってるから」

「多少かよ...」

「ただ...そうだな...終わっちまう寂しさはあるな」

「僕的には十分楽しめたけどね。上杉君は違うのかい?」

「微妙だな。基本裏方の手伝いばかりしていたから。最後の学祭で何してんだか」

「もったいねーな。いつまでもこんなとこに座ってる気か?なんか屋台に食いに行こうぜ?」

「屋台か...そうだな腹減ってるし行くか。ずっと食ってねぇし行けずじまいの店があったんだ。その後...会おうと思っている奴がいる」

 

どこか決意じみた顔でそう呟く風太郎。

 

「え?風太郎それって...」

「なるほどね」

「あの姉妹のことなら見かけたぜ。一花さんもいたから五人勢揃いだったぞ」

「へぇ、前田君。よくあの一瞬で一花さんだとわかったね」

「え!ま、まぁ...お、おかしな話だが...前から一花さんだけはなんとなくわかるんだ」

 

そういえば、以前三玖が変装した一花にも違和感を覚えて本人か迫ってたっけ。やるな前田。

 

「文句あっかコラ!」

「へーなんでだろうね」

「...さぁな」

「彼氏としては、直江君はどう思ってるんだい?」

「いや、愛の成せる技なんじゃない?」

「やめろー!」

「ふふふ、さすがに彼氏となれば余裕だね」

 

前田と武田には僕と一花が付き合っていることは伝えている。まあ修学旅行でも世話になったしね。

 

「上杉君や直江君は当然見分けられるんだろ?」

「「え?」」

「うーん...どうなんだろ?」

「で、できると思う...やったことないが...最初は今以上に戸惑ったな。ただでさえ人の顔を覚えるの得意じゃない。その上あいつら、その利点をフル活用してきやがる。何度騙されたことか...」

「あははは、風太郎は苦労してたよねぇ」

「おや、直江君はそうでもなかったのかい?」

「うん、風太郎ほど騙されてなかったかな」

「なんにせよ。最後まで困った奴らだ」

「よく言うぜ」

「ふと気になったんだけど...君たちは一体彼女たちの誰から見分けられるようになったんだい?」

 

改めて聞かれると難しいな。

最初の五つ子ゲームは髪の長さなんかですぐに全員見分けられたし。その後も違和感で見分けてきたしなぁ。

 

「うーん...僕は林間学校の後に同じ髪型にされた時があったけど、その時は全員当てたから誰って答えるのは難しいかな...」

「さすが直江だな」

「ふむ、では上杉君はどうなんだい?」

「............よし屋台行くか」

 

なんで!?

 

「ははは、待ちたまえ。今の間はなんだい?」

 

ガシッと武田が風太郎の肩を掴んで行かせようとしない。

たしかにあの間はなんだったんだろう。

 

「おい武田、どういうことだ?」

「どういうことか上杉君に聞こうじゃないか」

「どうでもねーって!」

「水臭いじゃないか上杉君。僕らの仲に秘密は無粋!」

「う、うっせー。黙秘黙秘!」

「好きなのか?五つ子の誰かが」

 

武田と風太郎のやり取りを見守っていた前田がふと問いかける。

たしかに、さっき屋台の後に会いに行くとも言ってたし、風太郎もついに決心したのか。

 

「ま、待て。冷静になろう。僕もその可能性に至ったが一旦落ち着こう。彼らの友情については認めざるを得ないがあくまで家庭教師の延長線上...直江君に続いて上杉君までなんて...こんな受験への佳境でそのような余裕が生まれると思うかい?だよね?」

「.........」

 

武田の問いに対して黙秘を続ける風太郎。それはもう認めたも同然なんだが。

 

よっしゃ。俺は今から告白しに行く!

「は?」

「なんでだよ...」

「急にどうしたの前田?」

「だって今しかないだろ!明日から日常に戻っちまうのなら今しかねー!だから上杉。お前も覚悟決めやがれ」

 

武田ってたまに恰好いいこと言うよね。

 

「ははは、急に何を言い出すんだい。学生の本分は学業にあって...」

「そうだ。学生の本分は学業。それ以外は不要だと信じて生きてきた。だが...それ以外を捨てる必要なんてなかったんだ。勉強も友情も仕事も娯楽も恋愛も、あいつらは常に全力投球だった。凝り固まった俺にそれを教えてくれたのはあいつらだ」

 

悔しいけど、彼女たちがいなかったら今の風太郎を形成できなかっただろうね。僕だけじゃ無理だった。

 

「きっと昔のままの俺なら、今この瞬間も和義と二人っきりだったかもな」

「上杉...」

「よし!じゃあ屋台行くか!金持ってねーけど」

「は?金が()ぇならなんで屋台に行くんだよ」

 

風太郎の言葉に至極当然の問いを投げかける武田。

 

「あ~~休憩所マジ助かる~~」

「楽しかったねー。もう歩けないよ...」

「ってか、ここ初日は無かったような...」

「そうだっけ...?」

 

僕達の横で女子二人がここの休憩所の存在について話している。そんな彼女達を満足気な顔で風太郎が見ていた。

 

「...決まってる。最後までこの祭りを楽しむためだ」

 

・・・・・

 

風太郎が屋台で唐揚げを無料券で交換した後、携帯で誰かに連絡するとどこかに行ってしまった。

前田も『告白してくる』と息巻いてどっかに行ってしまったため、僕と武田も自然に解散となった。

僕は一人教室のベランダから後夜祭の様子を見ている。

この三日間本当に色々な事があった。

一花との初日のデートまではうまくいってたんだけどなぁ...

二乃と中野さんとの確執。五月と無堂の接触から始まった一騒動。竹林と真田との再会。そして......二乃と三玖、五月からされたキス。

もうお腹いっぱいである。全然学祭とは関係ないところで色々とやっていた。

 

「おやおや。男の子が暗い教室でなに黄昏ちゃってるのかな?」

「そんな姿もいいんじゃない?」

「うん...恰好いいかな」

 

振り向かずに外を見ている僕の横に、そう話しながら一花が並んで外の様子を見ている。

 

「いいの?皆と一緒にいなくて?」

「うん。ある程度は回れたからね。それに、『会いたい』ってメッセージが来れば駆けつけちゃうよ」

「そっか...」

 

そんな話をしながらも自然に手を繋いでいる僕と一花。

どちらから繋ぎたいなどという言葉もなく同時に握る事ができて、より一層嬉しさを感じた。

 

「そういえば四葉がどこにいるか知らない?携帯にメッセージが来たと思ったらどっかに行っちゃったんだ」

「多分、風太郎と一緒なんじゃないかな。風太郎も誰かに連絡した後どっかに行ったし」

「へぇ~、フータロー君にしてはやるねぇ」

「まあ、風太郎にも良い方向に色々と変化があったんだよ。一花達のおかげだって言ってたよ」

「そっか…」

「僕と風太郎は家庭教師でありながらも、生徒である一花達に色々と教えられたからね。だからこうやって一花と手を繋げてる」

 

そう言いながら繋いでいる手を軽く上げた。

 

「なはは…照れますなぁ~……うん。そうだね」

 

一花はそう言いながらもさらに体を僕に寄せてきた。

 

「ねぇ?学園祭は楽しめた?」

「もう色々ありすぎて楽しめるどころじゃなかったよ…」

「そっかそっか。ご苦労様でした......君のおかげでみんな笑顔でいるよ。三年一組は最優秀店舗になったし」

「へぇー、そいつは良かった」

「そして、私たち家族がいい方向に進めてる。お父さんともこれから向き合っていけそうだし」

「そっちは自分たちで勝ち取ったものだよ。僕はあくまでも背中を押しただけ」

「あいかわらず謙遜してるなぁ。こんな凄い人が私の彼氏だなんて夢のようだよ」

 

その言葉を聞いた後、一花から少し距離をとり頭を下げた。

 

「ごめん」

「え?なに?どうしたの?」

「......二乃と三玖。それから五月にキスされた」

「......」

「僕からしたわけではないけど、一花にいつも油断しすぎって注意されてたのにこんな事になってしまって。本当に申し訳ない。けど、どうかあの三人を責めないでほしい」

「なんで?どう考えても三人が悪いよね?カズヨシ君からしたわけじゃないんだから」

 

頭を下げたまま話しているから、一花が今どういう顔で話しているかが分からない。

けど怒っているのは当たり前だ。

 

「それでも。責めるのは僕だけにしてほしいんだ」

「はぁぁ...顔、上げなよ」

 

一花の指示もあったので顔を上げると一花の顔が近くまで迫っていた。

 

「ではカズヨシ君も望んでるので今から君に罰を与えます」

「はい」

「目、瞑って。後、跪いてもらえるかな?」

 

一花に言われた通り跪き目を瞑った。

頬を叩かれるのだろうか。でも、それくらいのことをやってしまったんだ。甘んじて受けよう。

そう決意をした状態で待っていると。

 

「んっ、ふぅ......んっ......んふっ」

 

唇に柔らかな感触があった。

 

「んん!?」

 

目を開けると僕にキスをしている一花の姿があった。

 

「んんっ......んちゅ、ちゅあ、ちゅっ......んっ」

 

満足した一花は唇を離し僕の額に自分の額をコツンと当てニッコリとしている。

 

「はい。これが君への罰」

「一花...」

「キスのことは三人から聞いてたよ。四葉が離れていった後しばらくしてね」

 

僕から離れてベランダの手すりに寄りかかりながら後夜祭の様子を見てそう話す一花。

 

「その時はさすがにビックリしちゃったよ。でも、三人が頭を下げてきたんだもん。黙ってればいいのに......責める気もなくなっちゃったな」

「そっか、三人が...」

「そして三人ともカズヨシ君と同じことを言うんだよ?私たちが悪いからカズヨシ君を責めないであげて、てね」

「皆...」

「あ、でも怒ってるのは変わりないんだからね!もう、本当に油断しすぎだよ!」

「はい...面目ないです」

「まったく。今後はさすがにあの子たちからってことはないと思うけど、気を付けるように!」

「分かりました...」

「ならよし!ほら立ちなよ」

 

そう言いながら手を差し伸べてくれる一花。その手を握り立ち上がった後、一花の口にそっとキスをした。

 

「ん......」

「これはお詫びのキス。言い訳みたいに聞こえるかもだけど、僕からキスをしたのは一花だけだから」

「うん...」

 

そう言って一花を抱きしめると、一花からも抱きしめられる。

何にしろ、こうやって最後は好きな人と抱きしめ合いながら終えられるんだ。日の出祭も良い思い出になりそうだ。

そんな思いで日の出祭は幕を閉じたのだった。

 

 




というわけで、二乃に続いて三玖と五月まで和義にキスしちゃいました。
二乃以外もと思い書かせていただきました。
報告を受けた一花も良く怒りませんでしたね。普通だったら修羅場ですよ。

以上で学園祭も終了です。
次回以降も呼んでいただければ幸いです。
では、今後ともよろしくお願いいたします。



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第12章 その先へ...
101.夢


「ねぇ?ここまでする必要ある?」

 

ガタンガタン……

 

僕は今、一花と二乃、三玖に五月の五人で電車に乗っている。

べつにどこかに出掛けているという訳ではなく…

 

「何で風太郎と四葉のデートの尾行をしなきゃいけないの?」

「これは四葉の今後に関わってくることなのよ。上杉の奴をしっかり見定めとかないと」

「まあまあ、フータロー君がどんなデートを計画したのか気になるじゃん」

 

はぁぁ…重大な事が起きたから来てくれと言われて来てみればこれである。

一花も仕事休みなんだからどっかに行きたかったんだけどなぁ。

一花は一花でノリノリだし…

 

「カズヨシはあんまり気乗りしてない?」

「まあ、他人(ひと)のデートを観察するのは気が引けるって言うか……まさか、僕達のまで付いてこようとか考えてないよね?」

「それはないわよ」

「うん、ない」

「ありえませんね」

 

三人が何故か顔を赤くして僕の考えを否定した。

何で顔を赤くしてるんだ?

 

あんなキスシーンを見せられたら、もう付いていけないわよ!

あんなのを見せられるなら教室まで付いていかなければよかった…

付いていったらまた見せられそうです!

 

何かゴニョゴニョ三人で言ってるが、まあ付けてこないなら良しとしよう。

しかし……

別の車両にいる風太郎を見た後に隣の一花を見る。

そしてこの間風太郎と話した事を思い出していた。

 


 

「は!?まだ付き合ってないの!?」

 

日の出祭の次の日。振替休日だった為、僕の家に珍しく勉強に来ていた風太郎に四葉との関係を聞いてみたが、思いもよらない回答が返ってきた。

 

「え?だって、後夜祭を二人で回ったんだよね?」

「なぜそれを知っている」

「いや、一花から姉妹で回ってる時に四葉が誰かに呼ばれて抜けたって言ってて、で風太郎は誰かに会うって言って連絡してたから」

「お前のネットワークは凄まじいな」

「それで?何か気がかりでも?」

 

僕の質問に鉛筆を置いた風太郎が真っ直ぐ僕を見て話し出した。

 

「俺は四葉に告白された時は、少なからず学生の恋などと馬鹿にはしていなかった。ただ、あの時は自分の気持ちの整理がつかなかったからな。四葉には悪かったが先延ばししてもらった」

「まあ、そこは僕もおんなじだから僕からはなんとも…」

「だが、修学旅行を投げ打ってまで自身の気持ちの整理を行ったお前の姿を見て真剣に考えるようにした。俺は誰かを好きでいるのかと…」

「へぇ~」

「そこで……一花に惹かれていた自分もいたんだ」

「ぶーっ……ゴホッゴホッ…は!?」

 

飲み物を飲んでなくて良かったぁ。今何て言ったこいつは。

 

「だから一花に惹かれていた、と」

「いや、聞こえてたから!え?どゆこと?」

「……あいつは妹たちのことを想う優しさを持っている。同じく妹がいる俺には良く分かる。多分何かに悩んで妹たちから一歩引いてる時期があったんじゃないか?」

 

風太郎も勘が良い時があるからな。

僕と風太郎。二人の事を好きになってしまった頃の事だろうな。

 

「それに、夢や自分自身のために、強くあろうとする姿も持っている。まあ、そのせいで無理して自分自身を追い詰めてしまうようなところもあるがな。まさにさっき言った一歩引いている時期がそれだ」

「ホント、よく見てるよ。彼氏の僕が嫉妬するくらい」

「う、うるさいぞ!」

「なるほどね。それでか、僕が風太郎に一花との交際を報告に行った時に様子がおかしかったのは」

「本当にお前はよく見ている…」

 

まあ、あれだけあからさまだったら気付くよ。

 

「だから四葉とは付き合えないってこと?一花に惹かれている自分がいるから」

 

窓を開け外の景色を眺める。昼とはいえもう肌寒くなっている季節だ。

 

「ああ」

「だけど、後夜祭に四葉を誘ったんだよね。あれは?」

「……あいつとは学園祭を裏方業務で一緒に過ごす事が多かった。それに……あいつといると安心するんだ。家庭教師で苦労してた時も、学校行事で大変だった時も……いつもそうだった。和義とは別視点でずっと気にかけてくれていた。お前と四葉、二人の応援があったから今の俺はここにいるんだと思っている。まあ、京都での出会いがなければお前とだって今こうして同じ時間を過ごせていないだろうがな」

「……」

「そういうわけで、俺の今の気持ちを確かめるために二人で過ごしたんだ。四葉には悪いとは思っている」

「ふ~ん、四葉にはなんて?」

「もう少し待ってくれ、と別れ際に伝えてる。一花と四葉二人の女に惹かれている自分がいて、一花が和義と付き合う事になったから四葉、はなんか違うんじゃないかと思ってな」

 

まさか一花に続いて風太郎にまで同じような相談を受けようとは......

 

「うーん...それで?後夜祭楽しかった?」

「え?あ、ああ。楽しめたぞ」

「それは祭の雰囲気にあてられて?」

「あ...」

「ふっ、答えは出てるみたいだね」

 

そう伝えながら風太郎の横に座る。

 

「?」

 

パァン

 

(いて)ぇ!?」

「男を見せる時だよ風太郎!一緒にいれば楽しい、それでいいじゃん。あんまりくよくよと考え込んでたら、四葉に嫌われちゃうよ」

「...だな。ありがとな和義」

 

風太郎の背中を叩き、言葉通りに背中を押してやった。

まったく同じ女の子に惹かれるなんて。どこまでも僕達は似ているよ。

 


 

「ん?どうしたの?私の顔に何かついてる?」

 

ちょっとの時間とはいえ見すぎていたようだ。一花に顔を見られていることに指摘された。

 

「いや。今日も可愛くて見とれてただけだよ」

「ふぇ!?」

 

僕の言葉に一瞬で顔を赤くしている一花。ホント可愛いなぁ。

 

「あんたらイチャつくのは他でしてくんない」

 

二乃の言葉に三玖と五月が『うんうん』と頷いている。もうどうしろと...

 

ガタッ...キィーーッ...

 

そんな時、乗っていた電車が急ブレーキをかけた。

 

「「「キャーー!」」」

「と...」

 

咄嗟に隣に座っていた一花を抱え込む。

 

「大丈夫?」

「う...うん...」

 

向かいの席に座っていた三人も大丈夫だったみたいだ。

どうやら線路上に何かが落ちているのに気付いて急ブレーキをかけたようである。

風太郎達は立っていたが大丈夫なのだろうか。

ふと思って二人の様子を見ると、風太郎がドアに寄りかかりそれを守るように四葉が覆いかぶさっている。いわゆる壁ドン状態だ。

 

「......逆じゃない?」

「だよねぇ...」

 

僕のツッコミに抱きかかえていた一花が同意する。

前途多難だが頑張れよ風太郎。

 

・・・・・

 

「さぁ、好きなものを好きなだけ頼んでいいぞ!俺のおごりだ!」

「わーい、ありがとうございます!」

 

風太郎の口から出る事はないと思っていた言葉が発せられた。

風太郎、成長したんだね。

そんな風に感激していると。

 

「もどかしいわ...なんで、デートの行き先がファミレスなのよ...」

「......」

 

二乃のツッコミが入る。風太郎にしては頑張ってる方だと思うんだが。

 

「初々しくていいと思う」

「フータロー君にしては頑張った方だよ」

「一花に同意」

「ご飯もおいしいです」

 

五月いつの間に頼んでたんだ。

皆ドリンクを頼んでいるなか、一人セットメニューを頼んでバクバクと食べている。

 

「あ、クーポン使ってる」

「さすが風太郎。抜かりないね」

「ダメなの?」

 

二乃の言葉に三玖が質問する。

 

「デートでクーポンとかNGでしょ。カズ君が前に四葉と食事してた時は使ってなかったでしょ?」

「たしかに」

「まぁ、あの時は僕が持ってなかったからってのもあったしね。五月、僕このデザート気になってるんだ。良かったら五月も何か頼まない?」

「本当ですか!じゃあ、これをお願いします!」

「了解」

 

五月の食べたいデザートの確認を取ってテーブルにあるボタンを押して店員を呼ぶ。

さっきからチラチラ見てたから多分食べたかったんだろうなと思ってたけど案の定だ。

 

「あと、今のカズ君みたいなさり気ない気配りができればねぇ」

「?」

「さっすがカズヨシ君」

 

二乃と一花にはさすがに感づかれてるか。当の五月本人は分かっていないからいいけど。

 

「それにしても、なんであの二人はあんなにぎこちないのよ」

「たしかに。付き合いだして緊張してるのかな?」

「三玖の言葉に訂正。風太郎はまだ返事してないから、二人はまだ付き合ってないよ」

「え、それホント!?てっきりフータロー君返事してると思ってたよ」

「上杉の奴ぅ、四葉のどこが気に食わないのよぉ」

「まあまあ。風太郎も四葉の事を意識してると思うよ。今回のデートだって風太郎から誘ったんだし。案外このデート中に返事するんじゃない?」

「だといいんだけど」

 

二乃は心配そうに呟きながら二人の様子を伺うのだった。

なんだかんだで、二人の事を本気で気にかけてくれてるよね二乃って。

 

・・・・・

 

次に風太郎達が移動してきた場所は図書館である。

どういうチョイス?しかも四葉をよそに風太郎は携帯を見てるし。何してんだ?

 

「何かお探しですか?」

「いやっ、えーっと」

 

携帯をしまいながら何か考え込んでいる風太郎。まさかとは思うけど、携帯に話題のメモが記載されていたとかないよね?

 

「進学の現実味を帯びてきて...なんか...目標とか...夢とか見えてきたんじゃねーかと思ってな。そこんとこどうなんだ?」

「なんだか急な話題ですね」

「そ、そんなことないだろ。お前と二乃には聞けずじまいだったからな!」

 

そういえば一花は女優。三玖は料理。五月は教師と希望する進路が決まってるけど、まだ二乃と四葉は聞いてなかったな。

チラッと二乃を見るが、二乃は二人の会話に集中しているようだ。

以前は僕と同じ道をいくとか言ってたから考えるように言ったけど、何かしらの指針はあるのだろうか。

 

「私は...やっぱり誰かのサポートをして支えることが自分に合ってると思います。諦めから始めたことでしたが、いまではそれも誇れることだと気づいたんです」

「そうか。お前らしいな」

「いえ。そう思えたのは上杉さんがそうだったから」

「そう...なのか...?」

「そうです!」

 

なんとも和やかなムードではあるが、一人だけこの雰囲気が合わない者がいる。

 

あーっ!ムズムズする!

まあまあ

 

二乃である。

本棚を掴み今にも飛び出しそうな勢いである。五月はそれを何とか宥めているが。

 

「それでも具体的な目標は合った方がいいんじゃないか?ほら、小さい頃はあっただろ夢とか」

「むー...あったと言えばあったけど...だけどあれは...」

「ん?なんだ?」

「もう忘れちゃいました!あははは」

 

あれは忘れたというよりも言わないじゃないだろうか。

 

ねぇ、皆は四葉の子どもの頃の夢って知ってる?

んー...どうだったかな...

とくにそういう話はしてなかったわね

でも、どうして?

いや、何となく気になったっていうか...

 

姉妹にも話していないか...

 

「思い出したらちゃんと言えよ。あいつはあったって言ってただろ。二乃の昔の夢」

「!」

「えーっと、なんだったか...確かあれだよな...日本一のケーキ屋さん」

そこまで具体的に言ってないわよ!

風太郎も記憶力が良いのか悪いのか

それでも多少は覚えているようですね

 

そんな感じで図書館も後にするのだった。

 

・・・・・

 

もう夕方になる時間。おそらく最後の場所になるだろうが、ここって...

 

「ここって...」

「懐かしいな。お前このボロブランコ好きだっただろ」

 

そう。四葉とのジョギングでよくゴールにしていた。以前、風太郎と四葉がデートをした公園である。

 

「今日は上杉さんの思い入れのある所に連れてってくれるはずじゃ」

「ああ。家族でたまに行くファミレス。よく勉強に使う図書館。お前と来たその日から、ここもその一つだ」

 

なるほど。それで今日のデートコースのチョイスがこんな感じなのか。風太郎らしいっちゃあらしいか。

風太郎と四葉はお互いブランコを立漕ぎで漕ぎながら話をしている。

 

「お前、ここからすげー跳んでたよな。また見せてくれ」

「えっはい。それならお安いご用です」

 

そう言い放つと四葉は見事な跳躍を見せてくれた。

 

「ふふん!どうです」

「四葉。もし俺がそこまで跳べたら聞いてほしい話がある」

「えっ。それは...」

「行くぞ」

「ま。待ってください!無理しないでください。今日は結構調子がよかったから...いつもはもう少し後ろで...」

「いいから。見ててくれ」

 

そう言って風太郎がブランコを漕ぎだした。

あー、勢いをつけすぎだよ。素人の考えでやってて結果が目に見えてくる。

そう思って見ていたが、僕の予想とは斜め上の結果となってしまった。

 

ガチャン

 

風太郎が乗っていたブランコの鎖が腐っていたのか切れてしまったのだ。

そんなブランコに乗っていた風太郎は宙を舞い、そのまま地上に一直線である。

 

ドサッ

 

地上に叩きつけられた風太郎は微動だにしない。

 

「...し、死ん...」

「四葉!こんなデート一つこなすことのできない未熟者の俺だが、それでもお前の横に立って並べる男になれるように精進する。俺は弱い人間だから、この先何度もこんな風につまずき続けるだろう。こんなだせぇ俺の勝手な願いなんだが。その時には四葉。隣にお前がいてくれると嬉しいんだ。安心すんだよ。お前は俺の支えであり、俺はお前の支えでありたい。正しい道も間違った道も一緒に歩いて行こう。返事が遅くなって申し訳ないが、お前がよければ...俺と...俺は...好きです。結婚してください」

 

風太郎は跪き、片手を四葉に差し出しながらプロポーズをした。

 

「「「「「はぁーーー!?」」」」」

「えっ......ええええっ、ビックリしました!私...てっきり...段階を飛ばしすぎです!」

「そ、そうだよな、早まった...」

「付き合う前からそんなこと言われたら引きますよ!」

「もう一回だけやり直させてくれ」

「私じゃなかったらの話ですけど!」

「じゃあ今のは聞かなかったことに...ん?え?」

「小さい頃の夢...思い出しました。皆が憧れるベタなやつ...お嫁さん、です」

 

今まで見せた事ないような笑顔で風太郎に手を差し出す四葉。

 

「なあ?四葉って、おまじないやジンクスとかを信じてたりする?」

「え?ど、どうだろう」

「でも、林間学校のキャンプファイヤーとか、そういうお話を持ってきてるから信じてるんじゃない?」

「そっか...」

 

僕の質問に一花と三玖が反応してくれたが、風太郎と四葉のやり取りに驚いてる方が強いようだ。

 

「いや、今それを聞く!?」

 

二乃が至極当然の問いを投げかけてきた。

 

『あったと言えばあったけど...だけどあれは...もう忘れちゃいました!あははは』

 

あれは忘れたんじゃなくて()()()()()()んだね。

風太郎と四葉の思い出の地である八坂神社。そこで二人はこれから勉強を頑張ることをお互いに誓い合った。それ以外に、風太郎の最後の所持金をお賽銭に使って二人で神様にお願い事をしたらしい。

 

『神様にお願いしたことを誰かに言ったら願いが叶わない』

 

真実味があるわけではないがよく言われるジンクス。

それをつい先ほどまで信じて四葉は言わなかったんだね。

だけど、風太郎からプロポーズをされてそれも解禁。

 

「上杉さん約束ですよ。いつかきっと、私の夢を叶えてください」

 

二人はしっかりと手を繋ぎ、四葉の夢を叶えるためにこれから共に歩んでいくだろう。

頑張れよ風太郎。お前ならこれから僕がいなくてもきっとやり遂げていける。

そう心の中で風太郎にエールを送るのだった。

 

 




今回の話で風太郎と四葉が付き合う、というか風太郎が四葉にプロポーズをしました。
まあ、原作通りですね。
原作とちょっと違うのは五人の間で迷うのではなく二人の間、しかも一花と四葉の間で迷うというものです。
一花は和義の彼女でもあるんですけどね...

さて、完結まであと少しではありますが、どうか最後まで読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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102.進路

「そうですか。四葉と風太郎さんが」

 

風太郎のプロポーズ?があった夕飯時に、事の顛末を零奈に報告した。

ちなみに父さんと母さんは日の出祭が終えてしばらくしてまた海外に行ってしまっている。

 

無堂の一件で零奈がかなり力説をしていたが、結局零奈と母さんは父さんに正体をばらすことはなかった。

父さんは父さんで、娘の成長を感動していたので特に気にしていないようである。

 

「それにしてもいきなり、好きです結婚してください、ですか。風太郎さんらしいと言えばらしいですね」

 

クスクスと笑いながら零奈は言う。

 

「まあ、あいつなりに誠意を見せたんじゃないかな。待たせてしまったこと。それに...」

「それに?」

「いや、なんでもない」

 

それに、一花への想いを断ち切るためにも。

 

「……何にせよ。受験生であることに変わりありません。四葉は体育大学への推薦をもらったとはいえ、最低限の学力が必要なのでしょう?」

「ああ。あの二人に関しては問題ないと思うよ。付き合おうが今まで通りに過ごすでしょ」

「たしかに、そんな二人の姿が容易に想像できますね」

 

風太郎と四葉。二人が付き合っても付き合わなくても、変わらないやり取りを想像しながら、零奈と二人笑いながら夕食を食べるのだった。

 


 

「だ、か、ら!ここはもう百回は教えたはずだ!何回間違えれば気がすむんだ馬鹿!」

「ごめんなさーい」

 

今日も今日とて図書館で皆で勉強会だ。

そして今日も今日とて四葉は風太郎にリボンを引っ張られながら怒られている。

いつもの光景だ。

 

「普段通りの二人だわ。つまらない。とても付き合ってるとは思えないわね」

「ええ。もっとギクシャクするのかと思ってました。しかし、プロポーズを聞いたときは驚きましたが...」

(わたくし)もその話を聞いた時には驚きました。まさか学生の間にプロポーズをされるとは...」

「たしかに...風太郎はいつも僕の斜め上の行動を取るからね」

「......」

 

そんな雑談をしている中、三玖だけはどこか浮かない顔をしている。

 

「どうしたの三玖?」

「あっなんか...私、もう受験しない立場なのに、ここにいていいのかなって...」

「そんな事気にしなくていいよ」

「だな。家庭教師はもう終盤だ。たとえ、今日教師と生徒の関係が終わったとしても、明日同じように会うだろうな」

「言うねぇ~風太郎」

「う、うるせぇ」

「あはは、でも三玖がいてくれた方が心強いしね」

「そうです。教えてほしい日本史の問題があったんです。どんな目標もきっと一人では持ち続けられませんでした。何より...こうして皆で机を並べる日々が、とても楽しいです」

 

西日が窓から差している。夕方が訪れるには早い時間。学園祭でも五月が言っていたがもう冬が迫っていた。

冬になれば本格的な受験到来。そして卒業...

そういえば、風太郎の進路の事って皆知ってるのだろうか。

 

・・・・・

 

「見て、一花から連絡来てる」

 

学校からの帰り道。一花からの連絡が携帯にあることを三玖が教えてくれた。

 

「これって前言ってたドラマの役ですか?」

「凄ーい!合格できたんだ!」

「全く、あの子は私たちの何歩も先を行ってるわね」

「本当に凄い方ですよね、一花さんって」

「ふふん。置いていかれる心配があったら、私に切り替えてもいいのよカズ君?」

「そこは大丈夫だよ。逆に僕も頑張らなきゃって思えてくるから」

「ちぇー...」

「二乃はへこたれないね」

(わたくし)も二乃さんを見習わなければ」

 

四葉のやれやれといった言葉に対して、桜は自分もと息巻いている。

桜...息巻いているところ申し訳ないけど、そこは見習わなくていいからね。

 

ブー...ブー...

 

ん?一花からか。

 

『やったー!ドラマの主演ゲットだぜ☆あ!エッチなやつじゃないから安心してね♡』

 

あの娘は本当に......

そこで風太郎にあるメッセージを送る。どうやら気付いたようで僕の方を振り向いてきた。

 

『風太郎。自分の進路、皆に自分の口から言った方がいいんじゃない?』

 

「お前たちに言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」

 

意を決して風太郎が話し出した。そこで全員が風太郎に注目する。

話している風太郎は力が入っているのか拳をグッと握りしめている。

 

「俺が受ける大学...ずっと言えなかったが...とっ、東京なんだ!卒業したら俺は上京する。そしたら、もうお前たちと今までのようには...」

「え?そんなこと知ってるけど」

「は?」

 

風太郎の意を決した発言に二乃が答える。

やっぱり知ってたか。

 

「あえて聞くことはしませんでしたが...」

「風太郎さんならそうだろうと思っておりました」

「だよね。私たちは全然気にしてない」

「......っ。あっ...そう。へー...俺だけ一人で盛り上がってたのか...恥ず...

 

なんかごめんね風太郎...

 

「あはは、一生のお別れじゃないんですから。それに直江さんもです」

「え?僕も?」

「カズヨシもこの町からはいなくなる」

「おじいちゃんの所に行くのでしょう?」

「あぁ...そっか」

「どこにいてもお二人のことを応援してます。お二人がそうしてくれたように」

「頑張ってくださいね」

「いつでも会いに行ってあげるわよ」

 

四葉の言葉に続くように、桜と二乃から激励の言葉をもらった。

まさかこんな展開になるとはね。

 

「ありがとな。お前たちと会えてよかった」

「風太郎...うん、僕も君達と会えてよかった」

 

風太郎と二人笑顔で答える。

 

「またな」

「じゃ、僕もこっちだから」

 

方向が違う僕と風太郎は別れる。

 

「ごめんね風太郎。恥かかせちゃって」

「別にいいさ。お前の言う通り、あいつらが知っていても俺の口から伝えなきゃいけないものだった」

 

夜空を見上げながらそう呟く風太郎。

その顔はどこかスッキリとしたような顔のように思えた。

 


~五つ子・桜side~

 

仲良く話しながら家に向かっている和義と風太郎。その二つの背中を見送りながら残った五人はじっと見ていた。

 

「予想通りでしたね」

「カズ君も含めて珍しく寂しそうだったわ」

「でもちょっと嬉しいかも」

「そうですね。寂しいと思っていたのが(わたくし)達だけではないと分かりましたから」

「上杉さんのあんな顔が見られるなんてラッキー…………」

 

そこで五人の目から涙が溢れてきた。

 

「…バカ。泣かないって決めたでしょ」

「に…二乃だって…」

「寂しい…」

「そうです。やはり寂しさが込み上げてきますよ」

「もうすぐ卒業、なんですね」

「……今日は桜、うちに泊まっていけば?」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

五人はそれぞれ寄り添いながら帰路に着くのであった。

 


 

ある日の放課後。二乃と三玖に呼び出されたので喫茶店に向かった。

すでに席で二人が座って待っていた。

 

「ごめん、遅くなって」

「まだ集合時間前だから問題ないわ」

「うん。私たちが早く来すぎただけだから。それにそんなに待ってない」

「そっか、ありがとう。あ、ミルクティーで」

 

二人にお礼を言っているとお冷やを店員が持ってきたので注文をした。

 

「この三人でって何か珍しいよね」

「そうね」

 

その後は軽く雑談をしていると僕の注文したミルクティーが来たので一口飲む。

 

「それで?本題に入っていいのかな?」

「うん…」

「……実は私たちの進路についてなの」

「進路?三玖は調理師専門学校だよね?」

「うん」

「そこで私も三玖と同じところに行こうと思ってて」

「へぇ~良いんじゃないかな。ん?でもそれならこんなところに呼び出してまで言うことじゃないよね?」

「さすがカズ君。察しがいいわね」

 

そこで二乃と三玖がお互いを見てコクンと頷いた。

 

「私たちが今日相談したかったのは、卒業して専門学校に行った後のこと」

「前に私からカズ君に言ったわよね。私もおじいちゃんのところで働きたいって言ったらどうするって」

 

夏休みにREVIVALの店長さんのお見舞いに行った帰り道だったっけ。そんな事を言ってたな。

 

「ああ、言ってたね。それで僕は自分の夢を諦めずしっかりと考えるように、とも言ったね。僕に合わせるんじゃなくてね」

「ええ。だからあの後から考えてるわ。ずっとね」

 

自分の飲み物のカップを握りしめながら言っているから、きっと本当に悩んだんだろうね。

 

「別に専門学校を卒業した後の事なんてその時に考えればいいさ。今決めなくてもいい…」

「カズ君は真田って人と話してたときにこうも言ってたわよね?自分が行きたいと思った道を選ばないと勿体ない、て」

 

そういえば確かに言ってたなぁ。良く覚えてるもんだ。

ミルクティーを口に含みながらその時の事を思い出していた。

 

「だからね。私の本当にやりたいこと、自分の行きたい道が、カズ君の近くで料理をすることだったら、その時は認めてほしいの。おじいちゃんの旅館で働くことを!」

「私も!それまではしっかりと考えるから!」

 

しっかりと目をそらさず訴えかける二人。

そこまでの覚悟があるなら僕はなにも言わないさ。

 

「良いんじゃない?それが二人の決めた道なら。その時は全力で応援するさ」

 

僕の答えにパァーッと明るい笑顔が溢れる二人。

 

「あ、別に夢を完全に諦めたわけじゃないから。夢とか目標とか…この子たちみたいになりたいって思ってる部分もある。だから離れていても、これからもよろしくね…」

「「先生」」

「はいはい」

 

言葉ではしょうがないように言っている僕だが、口角が上がっているところをミルクティーを飲むことで隠すのだった。

 


 

キリキリキリ…………パァン

 

キリキリ…キリキリ…………パァーン

 

静かな弓道場ではつるを引く音と的に矢が中る音が響いている。

うん、二年以上のブランクがあったからどうかと思ったけどなんとか中ったか。

母さんが弓道をやっている影響でよく弓道場に連れていかれていたが、海外赴任後は全く弓を握ってなかったからね。

 

「和義さん、素晴らしい腕前ですね」

「いや、最後の一射だけしか中ってないからなぁ。桜は相変わらずの腕前だね。皆中とは恐れ入ったよ」

「和義さんが見てくれていますからね。調子良いみたいです」

 

僕の横で弓を引いていた桜がニッコリと笑みを浮かべながらそう答える。

 

「もう少しだけ付き合っていただけますか?」

「構わないよ」

 

うっし!次は二射目指しますか!

桜が動作に入ったので、それに続いて動作に入る。

 

キリキリキリ…………パァン

 

キリキリ…キリキリ…………トスッ

 

やっぱりうまくいかないもんだね。

 

ある程度引いた後休憩に入った。

 

「どうぞ、粗茶ですが…」

「ありがとう」

 

桜に出されたお茶を飲む。うん。弓道場で飲むお茶も美味しいね。

何故ここに僕がいるのかというと、一花からメッセージが来たからだ。

 

『桜ちゃんが弓道に付き合ってほしいんだって。今度の休みの日にでも行ってあげなよ。

 

 

 

 

 

最悪、桜ちゃんも一回まではOKだから』

 

最後の文章が何を指しているのかは敢えて聞かないでおいた。

 

チラッと桜を見るが、姿勢正しく自身で淹れたお茶を飲んでいる。

袴姿だからかいつもよりキリッとしているように見える。

 

「そういえばお婆様は正式に結婚の発表をされましたね。さすがにお相手までは言っておりませんでしたが」

「だね。お祖父さんの事を思ってでしょ」

「ええ。お婆様が今何処にいるかも一部の人間しか知りません。お父様も大変だと嘆いておりました」

「うわぁ…そりゃまた…」

「しかし、お婆様はここまで止まることなく走ってきたのです。ゆっくりされるのも悪くないかと」

「だね」

 

そこでお茶を口に含む。ポカポカした天気にたまに吹く風が気持ちいい。

 

(わたくし)は今後もお婆様の下で華道を学んでいきます。お婆様にも許可を取っておりますので、和義さんとはこれからもお会いできるでしょう」

「そっか。それだったら僕も寂しくないかな」

「本当ですか!?」

「あ、ああ」

「嬉しいです!和義さんにそんな風に思っていただけるなんて」

 

大袈裟なほど喜んでいるなぁ、桜。

 

「………決めました!」

 

何かを決意して急に立ち上がった桜。

 

「えっと…何を?」

「来年からバイトをします!」

「え?バイト?」

 

今の話の流れから何で?

 

「とは言っても、長期で行うわけではありません。長期休みを利用した短期集中型です!」

「はぁぁ…?よく分かんないけど、桜がやる気なら頑張ってね。あ、でも華道や弓道は大丈夫なの?」

「はい!華道はバイト先で、弓道はバイト先の近くで稽古を受けられますので」

 

ん?もうバイト先が決まってるような話し方なんだが…

 

「こうしてはいられません。思い立ったが吉日。今からでも行動を起こさなければ!というわけで、今からお婆様に連絡をしたく思います。今日はお付き合いいただきありがとうございました」

 

そこでお辞儀をする桜。

座ったままは失礼かと思い立ち上がった。

 

「いや、僕もいい気分転換になったから。誘ってくれてありがとね」

「それは良かったです。あら?頭にゴミが…お取りしますので屈んでいただけますか?」

 

埃か何かだろうか?桜に言われるまま屈むと…

 

チュッ

 

「ん!?」

「ふふ。一花さんから言われていませんでしたか?油断大敵ですよ」

 

やられたぁ~……

そう思って桜を見ると、してやったりといった顔をしていた。

 

・・・・・

 

「やっぱりしちゃったんだ」

 

その日の夜、早めに仕事を終わらせた一花が久しぶりにうちに来ていた。今は勉強も終えて零奈も含めて夕飯を食べているところだ。

 

「すみません…」

「はぁぁぁ…まあ私もメッセージ送ってたからね。桜ちゃんから今日のお誘いがあった時から、こうなるんじゃないかなって薄々感じてたし」

「まあ兄さんですからね」

 

この子は自分もしていること自覚あるのかな?

とはいえ。彼女もいるのにほかの娘とキスをした僕が全面的に悪いよね。

 

「はぁぁ…」

「もう!そこまで落ち込まなくても大丈夫だよ。これで私がカズヨシ君を嫌いにはならないからさ。ほら、食べよ!あーん…」

「あむ……」

「ふふふ。いつかは私の料理も食べてほしいな」

「へぇー、それは楽しみだね」

「はぁぁ…私もいないところでやってほしいものです」

 

二人の空気を作ってしまったのが悪かったのか、零奈のそんな呟きが溢れるのだった。

 


 

それからは全員が受験という訳ではないが、自然に全員で集まる時間は減っていった。

一花が言うには毎日夜まで五月は勉強を頑張っているようだ。塾でも頑張っている姿を見かけている。

風太郎も日々頑張っていて、たまにうちに来て勉強を見てあげている。

ちなみに二乃と三玖、四葉はすでにそれぞれの進学先を決めている。

四葉、面接以外に通常の試験もよく頑張ったね。風太郎が特に頑張ってたから受かって良かったよ。

 

そんな中、正月は皆で初詣に行く事になった。

 

「こうやって皆で外で集まるのも久しぶりだね」

「ホントだねぇ」

「二、三人とかで会うときはあるけどね」

「うん…」

「さあ!みんなでお参りしましょー!」

「五月さん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。ご心配ありがとうございますレイナちゃん」

「それを言ったら風太郎さんも眠そうですが…」

「もう、毎日徹夜してるんですよ?少しは休まないと」

「心配するな。当日ぶっ倒れるへまなどせんよ」

 

らいはちゃんはそういうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ。

僕らの順番になったので皆でお参りをする。

 

パン

 

風太郎と五月。二人の希望する進路に進めますように。

そんな願いを込めて参拝するのだった。

 


 

そんな初詣からしばらくした日。今日は五月の入試の合否の発表日である。

 

「今日は私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」

「いや、この時期になると僕は暇してるから全然問題ないよ」

「......」

 

五月のお願いもあり合格発表に同行することになった僕と零奈。

零奈は学校があるから本当は僕だけが付いて行く予定だったのだが、零奈がどうしても行きたいと言うもんだから今日は学校を休ませて付いてきている。

その零奈は今緊張しているのか、繋いでいる手に力がこもり会場に近づくにつれ口数も減っている。

まあ、娘で唯一の大学一般入試だからね。緊張するのも無理はない。

会場に着くとたくさんの受験生がいたので、さすがに発表されている掲示板までは零奈を連れていくわけにもいかない。

 

「五月。僕達はここで待ってるから、ここからは一人で行ってきな」

「はい...」

 

力強く頷いた五月が結果を見ている人達の中に消えていった。

 

「五月から番号は聞いてるけどさすがにここからは見えないなぁ」

「うぅぅ...自分の時より緊張しています」

「こういう緊張感を味わうのに進学するのも良かったかもなぁ」

「兄さんの場合は緊張せずに見ることが出来るでしょうから面白味がありません。あああ...五月は大丈夫ですよね...」

 

緊張している中何気に兄に対して酷いこと言ってる自覚があるのかないのか、あわあわしている零奈。こんな零奈を見るのは初めてだ。

まあ、僕も緊張はしているのを否めない。二人が僕以上に緊張していたから結構普通にいられるのだ。

そんなこんなでしばらくすると、確認を終えた五月が人の波から出てきた。

受験票を握りしめ下を向いている。

ど、どっちだ。

気になって仕方なかったのか、零奈が五月のそばまで行き五月の服を握りしめて問いかけている。

 

「ど、どうだったのですか五月?」

 

極限まで緊張しているからか、五月呼びのままになっている零奈。

まあ周りは自分の事でいっぱいいっぱいだろうから気にしなくてもいいか。

 

「うっ......うぅぅ......お母さん......」

 

五月は零奈を抱きしめるために屈み泣いてしまった。

駄目だったのか...

 

「お母さん...私...やったよ...合格した...」

「え?」

 

驚いた零奈は抱きついている五月の肩を持ち、少し離してお互いの顔が見えるようにして聞き返した。

 

「ご、合格したのですか!?」

「うんっ...!」

「よしっ!」

 

その言葉を聞いた僕は小さく腰辺りでガッツポーズをした。まったく紛らわしい娘だよ。

 

「うっ......や...やりましたね、五月」

「うんっ...!私......頑張ったよ...」

 

そこでまたお互い抱きしめ合う二人。もう二人だけの世界である。

よく頑張ったね五月。

 

・・・・・

 

その日の夜のうちに五月の合格祝いのパーティーが中野家で行われた。

皆大はしゃぎで二乃と三玖、それに五月と桜に零奈はリビングで疲れて眠っている。

僕と一花と四葉は三人でベランダに出ていた。

 

「いやー、改めて五月ちゃんが合格できてよかったよかった」

「だね。五月頑張ってたもん。その頑張りが報われて本当に良かった」

「合格発表の会場で二人とも泣いちゃうから僕は大変だったけどね...」

「あはは、それはご苦労様」

「後は上杉さんか...」

「まあ、風太郎は大丈夫でしょ」

「お、カズヨシ君のお墨付きなら大丈夫かな」

「これで皆の道が分かれちゃったね」

 

少し寂しそうに四葉が呟いた。

 

「一花達は今の家からそれぞれ通うから大きく変わる事はないかもしれないけどね。それでも五人揃う事が少なくなるだろうね」

「......カズヨシ君はおじいちゃんの旅館がある島に...お母さんも付いて行くって言ってたもんね」

「......上杉さんは東京、か...」

「......」

「たしかに寂しいって気持ちはあるよ。でも...」

「うん!離れていたって平気だよ。だって、私たちは皆...一人じゃない。きっと、繋がっているから」

「ああ。そうだね」

 

一花の言葉に対して四葉が夜空に浮かんでいる月に向かって手を伸ばしながら宣言する。

それには僕も同意だ。僕達は一人じゃない。きっと風太郎もそう感じているだろう。

 

 

そして、月日は流れ・・・・・

 

 




サブタイトルの通りそれぞれの進路を今回のお話で書かせていただきました。

クリスマスやバレンタインなんかも書こうかな、とも思いましたが原作通りパパッと進行しました。
高校2年生で書きましたので勘弁してください。

いよいよ次回で完結となります。
最後まで読んでいただければなと思います。どうぞよろしくお願いいたします。



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【完】五等分の奇跡

本編最終話の投稿です。





ーーー約四年半後。

 

『私がお邪魔しているのは、今話題の虎岩温泉さんです。お料理良し、景観良しととても評判のある旅館でもあります。完全予約制ではあるのですが、数ヶ月先まで予約でいっぱいであるほど人気の温泉旅館なのです。他にもこちらの旅館にはあの全国的に有名な中野一花さんの......』

 

現在TVではお祖父さんの旅館の特集が放送されている。

僕はその放送を携帯で流しながら防波堤でお祖父さんと釣りをしていた。

 

「今日は大切な客人が来るんじゃなかったのか?」

「あー...確かに大切と言えば大切ですけど、そこまで重要視する人達じゃないんで大丈夫でしょ」

「まあ、お前さんはどんな客だろうとここで釣りをしておるがな」

「ちゃんと下ごしらえは終わってるんですからいいじゃないですか」

 

お祖父さんからのそんなツッコミがあったので軽く返事をした。

 

「別に儂は責めんよ。なにせ隠居した身だ。それにこうやって釣りの相手をしてくれるのも大歓迎だ。だがなぁ…」

「兄さん!」

「それを許さん者がおるだろ」

 

お祖父さんのそんな言葉を遮るように零奈の声が聞こえた。

やべ、見つかった。

 

タタタッ……

 

「またサボりですか!?」

「いや、サボってる訳じゃないんだよ?ちゃんと下ごしらえとか終わってるんだし…」

「言い訳無用です。料理の下ごしらえが終わっているのであれば他にもやる事があるではないですか」

「少しくらい息抜きしてもいいんじゃない?」

「兄さんは息抜きしすぎです。その分のしわ寄せが私や桜さんにきているではないですか!」

「うっ......」

 

事実なので何も言い返せない。

零奈の言葉通り、現在学生の長期休暇などには零奈と桜に旅館のお手伝いをしてもらっているのだ。

卒業前に桜が言っていたバイト先がこの旅館であることを知ったのは、夏休みに桜が来た時である。

楓さんも面白そうだから黙っていたとか。

そのバイトも、桜が大学生になった今でも続いている。何でも将来的にここで働くとかなんとか。

 

『お婆様のお仕事を間近で見て学ぶには丁度良い環境と思いますので。これからも末永くよろしくお願いいたします』

 

そう三つ指をついて言われたのはつい最近である。

まったく。行動力は楓さん譲りだよ。

 

「まったく。その強気なところはあいつにどんどん似てきたなぁ」

「お父さんも同罪ですからね!」

「なんで!?」

「いつもいつも、兄さんがここに来るのですから追い返してください。もう、お母さんも兄さんには甘いんですから!」

「うっ......」

 

お祖父さんは零奈の小言をくどくど受けている。

 

零奈が話している通り、この島に来てからはお祖父さんと楓さんの事を、零奈はそれぞれお父さん・お母さんと呼んでいる。

まあ、人目がないところではあるのだが。

こうやって親子三人で仲良くやれているのも、まさに奇跡である。

マルオさんが言うには、お祖父さんの体もここまで保つことはなかった程病気が進んでいたようだ。

しかし、零奈や楓さんとの再会で精神的に強くなり、また病気の事を聞いて薬膳料理を勉強し僕が食べさせた事が要因だと言う。これもまさに奇跡のなせる業だと思う。

 

「何ニヤニヤしているのですか。兄さんが一番の元凶であることを自覚してくださいね」

「はーい」

 

釣り具の片付けをしながら零奈の小言に耳を傾ける。

 

「まったく...…そういえば、あの子たち全員揃ったそうですよ」

「は?まだ午前中だよ?」

「そう言われましても、一花は朝からいますし、それ以外の子たちはつい先ほど旅館に来ましたよ」

「いや、いくらなんでも早すぎでしょ」

「私に言われても困ります。あ、兄さんに帰ったら部屋に来るようにと言われましたので、行ってあげてくださいね」

 

なんだろう。とんでもなく嫌な予感がしてくるんだけど。

そんな思いの中旅館に戻ることにした。

 

零奈が『一花は朝からいる』と言ったのは、今では一花は一緒にこの島に住んでいるからである。

一花はあれから女優業を続けており、今では全国でも有名な女優まで上り詰めている。

ドラマの撮影や収録など引っ張りだこでとても忙しい毎日を過ごしている。

一時期、拠点を東京に移すために引っ越しの話も上がったのだが、『カズヨシ君と離ればなれなんてありえない』、と一蹴した。彼氏としては嬉しいのだが、仕事が減るのではという心配があった。しかし、それで減るのであればそれでいいと本人談である。

ちなみに、卒業してから二年程で一花はこっちに引っ越してきている。本人曰く、『もう我慢できない』とのこと。

その時の零奈は本当に呆れていた。まあ、零奈も零奈でこっちの学校に転校する手続きを、母さんにお願いして早くからしていたから人の事を言えないと思うのだが。

 

そして、朝からいるのが一花だけというのは二乃と三玖はこの旅館で働いていないからだ。

最後まで迷っていたのだが、そんな時上杉家の下にある店舗を使ってみないか、とマルオさんを通じて勇也さんから提案があったそうだ。

風太郎のお母さんが事故に遭うまで使っていたお店である。

今では『なかの』という喫茶店を開いており、最近では常連さんも増えてきて軌道に乗っているそうだ。

 

五月は地元で念願の教師になることができた。苦労はしているようだが、やりがいがあると報告を受けている。

なんでも零奈(れな)さんや母さん同様にファンクラブが出来ているようで、どちらかといえば、こっちについての相談を零奈や母さんによくしているようである。

 

四葉はこの年の春に風太郎と式を挙げた。式を挙げる少し前から東京で働いている風太郎の元に行って一緒に住んでいる。

夫婦仲も良い感じだ。

 

ちなみに僕と一花はつい先日籍を入れた。式の日取りについては来月で、一花の事務所と話を進めた。

旅館の経営の事もあるからなのでトントン拍子とはいかない。大人の事情が絡むと色々と大変である。

父さんと母さんに結婚報告をすると大喜びで、早く孫の顔を見せろとうるさかったなぁ。

 

「よう」

 

旅館に着き正面玄関口から入ると、ちょうど風太郎にあった。

 

「久しぶり風太郎。風太郎と四葉の披露宴以来かな」

「だな。まあ、ここまで離れてればそうなるだろう」

「休み取れたんだね」

「まぁな。前々から言ってたからスムーズにいったさ。零奈も久しぶりだな」

「お久しぶりです風太郎さん」

「ふっ、その様子だと和義に苦労させられているみたいだな」

「まったくです。いつまでも学生気分でいてもらっては困ります」

 

フッと笑いながら話す風太郎に呆れるように返す零奈。

そこまで酷くないと思うんだけど。お兄ちゃん結構頑張ってるよ?

 

「ははは。どっちが大人で学生か分かんねぇなこりゃ」

「むー...あ、そういえばこんなに早く来てどうしたのさ?」

「あー......乙女には色々あるんだとよ」

「はー!?」

 

乙女って...年齢考えなよ。これ言ったら本人達は怒るだろうけどさ。

 

「ま、なんにせよ五人は部屋で待っている。早く行ってやるといい」

「はぁぁ...分かったよ」

 

風太郎に言われるまま、五人の待つ部屋に向かうことにした。

 

「あら、帰ってらしたのね」

「ただいま戻りました。桜、楓さん」

 

途中桜と楓さんに会った。

楓さんは相変わらずの着物姿で、今でもビシッとした姿勢を保っている。

一方の桜は中居の仕事をしていたのか中居姿でいる。

 

「今日のお客さんは身内だけだからおもてなしとか考えなくてよかったのに」

「どうせ和義さんが抜けていつもの仕事があると思いましたから、いつもの格好で対応しておりました。意外に早かったですね」

「ああ、零奈が凄い形相で来たからね…後、五つ子が何故かもう揃ってるって聞いたから」

「ええ。皆さんお揃いですよ」

 

ふふふ、と笑いながら桜は言う。やっぱりあの五人は何か企んでるな。勘弁してほしいもんだ。

 

「本当に仲が良い子達ですね。五人いるとイキイキしています」

「ですね。それこそ最近では五人で揃うことがそうそうないでしょうから」

「ふふふ、零奈さんがいれば『大人なのですからもう少し落ち着きなさい』、と仰るでしょうね」

「うっ…それさっき僕が言われたよ」

「あらそうだったのですね。しかし、(わたくし)は知っていますよ。この旅館のために色々と画策して頑張っている姿を。そんな合間に、昔のように色々な大学からの意見に答えている姿を。そして何より、お爺様やお婆様のために毎日薬膳料理の研究をされていることを」

 

本当の事なのだが真っ直ぐに言われると恥ずかしくなってくるな。

 

「なので(わたくし)はそんな和義さんの助けに少しでもなれればと思っています」

「ありがとね。桜が飴であれば、零奈は鞭ってところかな。ちょうどいい案配だよ……さてと、あんまり待たせてるとうるさいだろうしそろそろ行くね」

「はい」

「私と桜はお花の稽古をしてますので何かあれば呼んでくださいね」

 

二人と別れて部屋に向かうと見知った人物が佇んでいた。

 

「お部屋で休まれていると思っていましたよマルオさん」

「おや、和義君か。何、娘の部屋に近づく者がいないか見ていたのだよ」

「身内しかいないのですからそこまでしなくても」

「身内…それもそうだったね。上杉君とは会ったのかい?」

「ええ。正面玄関口のところで。勇也さんとらいはちゃんは後から来るようですね」

「そうか……聞いてると思うが、この先の部屋で五人が待っている。行くといい」

「はい。失礼します」

 

マルオさんの前を横切り部屋に向かう。

そんな時、ふと風太郎の式の時の事を思い出していた。

 


 

コンコン

 

「風太郎いる?」

『おー、和義か。入っていいぞ』

 

え、なんで勇也さんの声が?

疑問に思いながら扉を開けると勇也さんとマルオさんが二人並んで座っていた。ちなみに風太郎の姿はない。

 

「失礼します。あれ、風太郎は?」

「さっき新婦に呼ばれてそっち行ったぞ」

「そうなんですね。てか、なんでここで二人でワイン飲んでるんですか?」

 

そう。二人の手元にはワイングラスが握られているのだ。

マルオさんってお酒飲むんだ。飲んだとこ見たことないけど。

 

「めでてぇことなんだからいいだろ。なあマルオ?」

「僕に振るな」

「それにしても珍しいですね。マルオさんがお酒を飲むなんて」

「ガハハハ。こいつは祝い事にしか飲まないんだよ。な?」

「ああ」

「だから今飲んでんだってよ」

「なるほど」

「お()ぇも飲むか?」

「じゃあ一杯だけ」

 

二人の向かいに座りグラスを受け取った後、ワインを注いでもらった。

うん、旨い。

 

「しっかし、こうやってお前と酒を飲む日が来るとは…やっぱり俺たちも老けたもんだ」

「だから一緒にするなと。僕の方が見た目年齢は五歳若い」

「んだと?おい、和義はどう思うよ」

「どうも何も、お二人とも若くてビックリですよ。まあ、近くにもっと信じられない人がいますが…」

「あー……綾先生な。最近マジで人間なのかって思ってきちまった」

「あの人に常識を当てはめるのは難しいだろう」

 

本当にね。我が母ながらビックリだよ。

 

コンコン

 

『兄さん?いますか?』

 

そんな時零奈が僕を探しに来たようだ。

 

「ああ、入っていいよ」

「失礼します。て、三人で何されてるんですか?」

「よう!嬢ちゃんも背ぇ伸びたなぁ。飲むかい?」

「見て分かりませんか?私は未成年です」

 

今の零奈はドレス姿ではあるが(ちなみに父さんが写真撮りすぎて怒られていた)、中学生になったばかり。まだまだ幼さが見える。

 

(わり)(わり)ぃ、あの頃から嬢ちゃんの事が子供の仮面を被った大人に見えるからよ」

「……」

 

あの頃というのは高校三年生の時の日の出祭の事だろう。

あの時、無堂に向けた啖呵切った姿が凄かったそうだしね。無理もない。

 

「まったく…」

「しっかし、本当に成長したなぁ。マルオや下田が言うように零奈(れな)先生に似てきたぜ。将来美人だな」

「ふふっ、どうです?兄さん」

 

長い髪をなびかせながら聞いてくる零奈。

可愛くなるだろうとは兄贔屓で思ってはいたが、まさかここまでとは。

たまの休みの日に旅館を手伝ってもらっているが、零奈に目を引かれるお客さんもいるくらいだ。

ちなみに、母さんの背にはもうすぐ追いつく勢いで、ある部分については母さん似ではなくスクスク成長している。母さん泣いてたなぁ。

その部分を平気で僕に当ててくるから困りものである。

当たってると指摘すると、『当ててるんです。ちなみにこんなこと兄さんにしかしませんから大丈夫ですよ』、と返された。全然大丈夫じゃないんだよね。一花からも負けじとアプローチしてくるからもう大変である。

 

「ああ、綺麗だよ。心配になるほどね」

 

僕の答えが嬉しかったのか上機嫌になっている。

 

「和義君」

「はい?」

「大丈夫なのだろうね?レイナ君が変な客にちょっかいを出されたり、学校で変な男に言い寄られたりはないだろうね?」

「ええ。その辺はしっかりと目を光らせていますので。僕と楓さんが」

「なら問題ないだろう。さあ、お兄さんの横にかけるといい。飲み物を頼もう」

「ありがとうございます」

 

零奈を席に促した後は色々としてくれるマルオさん。

 

…………零奈の正体は、僕と母さん、中野姉妹にお祖父さんと楓さん、それに桜しか知らない。

マルオさんにも喋ってもいいと思うのだが、零奈が反対をしているのだ。

だけど、マルオさんはもう気付いてるのだろう。零奈が零奈(れな)さんであることを。それでも、マルオさんから聞いてくることはない。

二人にとって今の状態がいいとお互いに思っているのだろうか。

零奈に向けるマルオさんの顔を見るとそんな風に感じるのだった。

 


 

トントン

 

「和義だけど呼んだ?」

「和義!入って入って!」

 

一花の許可もあり部屋に入る。更にその先の襖を開けて待っていたのは。

 

「「「「「おかえり!」」」」」

「………君たちは何をしているのかな?」

 

以前風太郎に見せてもらった京都の思い出の女の子。その女の子がそのまま成長した姿の白いワンピースにロングヘアーの女性が五人並んで立っていた。

 

「五つ子ゲーム」

「ファイナルだよ」

「愛があれば」

「見分けられるよね」

 

前もって打ち合わせをしていたかのように流れ良くそれぞれが言葉を発する。

 

「五つ子ゲームって…ここまで来てする事…?」

「フータロー君の結婚式の時にもしたから」

「ここでするのは全然問題ないよね」

 

なるほど、風太郎の呼び方は一花に合わせてきたか。

てか、風太郎も式当日にドンマイ。

 

「ちなみにフータロー君は皆当てたよ」

「風太郎が?」

「うん!」

「それにこれは遊びじゃないよ」

「私たちはこれから家族なんだからね」

「分かって当然、だよね」

「......はぁぁ、少しは大人になったかと思えば」

「それフータロー君にも言われたね」

 

だろうね。

 

「で?一花だけを当てればいいって訳じゃないよね、やっぱり」

「そりゃあ」

「フータロー君に出来たんだもん。和義でも全員当てることはできるよね?」

 

やっぱそうなるか。ま、僕を舐めないでほしいけどね。

 

「じゃあ、右から五月、四葉、一花、三玖、二乃。どう?」

「「「「「!」」」」」

 

指をさしながらそう伝える。確信があるから緊張などはない。

 

「ちぇっ。やっぱカズ君には簡単だったか」

「うん。あっさり…」

「はぁー...やっぱり出し抜けませんでした」

「うーん、結構自信あったんだけどね。さすが和義君だね」

「それにしても、君ってばあっさりしすぎじゃない?フータロー君はちゃんと一人一人当てて、自分の言葉を送ってたよ」

「え?そうなの。う~ん...僕は結構な頻度で皆と会ってたしなぁ...その都度自分の気持ちを言ってたし」

「だよねぇ」

 

僕の言葉に肯定する一花。まあ、風太郎の場合自分の気持ちを直接言うのが下手くそだったからね。ちょうどいい機会だったんだろう。

五人全員がそれぞれの髪型に戻しながら、自身のアクセサリーも付けていく。

 

「てか、そのブレスレットまだ皆付けてたんだ」

「そう言うカズ君もね」

「これは宝物ですから。いつだって付けてますよ」

 

ブレスレットだけじゃない、二乃や五月のシュシュやヘアピンといったそれぞれに送った贈り物をまだ使ってくれている。よく見れば鞄にピンバッチも付いてるようだ。

そういえば、一花もまだあの頃渡したポーチ使ってくれてたっけ。

 

ガラッ

 

そんな考えをしていると部屋の扉が開かれる音がした。

 

「そろそろ終わった頃かと思いましたが」

「よう。和義は見分けられたか?」

「和義さんなら問題ないでしょう」

 

部屋には、零奈と風太郎、桜がそれぞれ口にしながら入ってきていた。

 

「この様子からすれば問題なく見分けられたようですね」

「もう!お母さん聞いてよ。和義ってばあっさりと当てちゃったんだからぁ」

「私たちへの言葉もなしだった」

「酷いと思わない?」

「あらあら。まあ、最近は減りましたがあなた達は毎月のように兄さんに会いに来てましたからね。見分けられて当然。それにかける言葉もないでしょう。兄さんはその都度伝えていたでしょうから」

 

一花を筆頭に三玖と五月が零奈に僕の文句を言っている。しかし、相変わらず僕の事はお見通しのようで、僕と同じような事を伝えている。

 

「さてと。みんな集まったことだし始めましょうか」

 

そんな中二乃が何やら世界地図をテーブルに広げながらそう発言した。

そんな二乃の方に僕以外は集まっていく。

 

「えっと...何してんの?」

「何って、あんたと一花はもうすぐ結婚式を挙げるでしょ?」

「まあそうだね」

「それに関する大事なことを今から決めるよ」

「ん?」

 

大事なことって出席者やなんやらの準備はもうだいたい出来ているから今からする事なんてないんだが。

 

「あはは...私と風太郎はやめようって言ったんだけどね」

「まったくこいつらときたら...」

「あー!上杉君だって乗り気だったじゃない」

「わくわくしますね」

「私と桜さんが丁度夏休みで良かったかもしれませんね」

 

全然話が見えないんだが。

 

「えっと、本当に何してんの?」

「何って、決まってるわ。結婚式も大事だけど、それが終わればやることはひとつ......新婚旅行よ!」

「は?」

 

え、何言ってんの二乃。

 

「ちょっ、ちょっと待って......え...何?皆付いてくる気なの!?」

「当然」

「その行き先で前から悩んでるんだよね」

 

僕の言葉にさも当たり前のように答える三玖と五月。

あれ、僕がおかしいのかな。

 

「めちゃくちゃだ...」

「まあ、いいじゃん。みんな一緒の方がもっと楽しいって。ね?」

 

僕の言葉にウィンクしながらこちらに声をかける一花。

まあ、一花が良いっていうなら良いんだけどもさ。まず、僕に相談とかしない普通。

 

「まあ、なんだ。気を落とすな」

「......」

 

肩に手を置きながら慰めの言葉を伝える風太郎。

どうせ五月の言ってた通りノリノリだったんでしょ。それを四葉が止めようとした姿が目に浮かぶよ。

ワイワイと女性陣でどこにするか決めている姿を風太郎と二人、端から見ている。

 

「どこにしましょうか?」

「私と桜さん以外の五人でとりあえず決めたらどうです?」

「そうだね。じゃあ行きたいとこ指差そっ」

「それじゃあ、四葉の案でいこうか」

「なんか前にも同じことで揉めなかった?」

「あー高校の...」

「懐かしい...」

「じゃあいくよ」「「「「「せーのっ」」」」」

 

僕はその時、以前同じような事が起きた頃を思い出していた。

 


 

「上杉君起きて」

 

中野家のリビングにあるソファーで珍しく眠りこけている風太郎を五月が起こしている。

 

「えっ」

 

ようやく起きたようだ。

 

「おはよーございます」

「フータロー君見てたら、私も眠くなってきたよ」

「風邪ひいちゃう」

「そんなとこで寝てないで早く起きなさいよ」

「こんなとこで寝るなんて珍しいね風太郎」

 

風太郎が起きたのを確認するとそれぞれがそれぞれの言葉を伝える。

 

「結婚式は...」

 

は!?何言ってんのこいつは。

 

「えっ何?」

「えええっ!?」

「気が早いねー」

「ホントだよ。いくらプロポーズ済みだからって、まだ僕達には早いでしょ」

 

そんな風太郎はまだ寝ぼけているようだ。

 

「いつまでも寝ぼけてないでさっさと決めるわよ」

「ん?何をだ?」

「卒業旅行。フータローが提案してくれたんでしょ」

「そ、そうだったな」

「それにしても風太郎のくせによく思いついたね」

「お前はいつも一言よけいだ」

「と、とりあえず五人で指差ししよっか」

「俺の意見は?」

「後僕のもね」

「結果は知れてるけどね」

「俺もやめといた方がいいと...」

「僕も一花と風太郎に同意...」

「じゃあせーのでいきますよ」

「「あっ」」

「おいっ!」「ちょっとっ!」

「「「「「せーのっ......ここっ!」」」」」

 

見事にバラバラである。

 

「ほらな」

「はぁぁ...」

 

そして始まる話し合いという名の無駄な時間。

 

「お城巡りとかするの!」

「それじゃあ修学旅行と変わらないでしょ!」

「北海道は美味しいものがいっぱいあるもんね」

「美味しいもの以外にも良いところがいっぱいあります」

「み、みんな!ここはじゃんけんとかどうかな?」

 


 

「「「「「ここっ!」」」」」

 

今回もあの頃のように見事にバラバラである。

 

「はぁぁ、バラバラではないですか」

「五つ子なのに...」

「五つ子だからだろ」

 

零奈は呆れ、桜は驚き、桜の言葉に風太郎は冷静に答えている。

まあ今回は自身の意見を主張しあうのではなく、色々な旅行雑誌を見ながら決めている。

だが、どうせすぐには決まらないだろう。

風太郎ではないが、五つ子達といるといつも思う事がある。

 

「......五つ子ってめんどくさいな...」

 

 




というわけで、とうとう完結してしまいました。

最後は原作と同じ感じで終わらせていただいております。
いやー、初投稿当初はもちろん完結を目指していましたが、まさか100話を越えるとは思っていませんでした。
これも、いつも読んでいただけていた皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。

とりあえず本編は完結しましたが、アンケートをさせていただきましたので、外伝的なものを書こうかなとは思っておりますので、連載中にはしておきます。

外伝以外にもまた執筆するかもしれませんが、その際にはまたどうぞよろしくお願いいたします。



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外伝 あったであろう別の物語
決められない


こちらは、本編の『89.血の繋がり、そして...』内の途中から分岐した形のお話です。




ある日の夜、一人考え事をしたくていつもの屋根の上に来て夜空を眺めていた。

月も綺麗に見え、星もキラキラと輝いている。

 

「お前に任せるって言われてもなぁ…」

 

あの日、お祖父さんから聞いた話を結局まだ零奈には言えていない。五つ子を見る限りだと、一花と四葉も他の姉妹には言っていないようだ。

 

「どうしたもんかねぇ...」

「何が?」

「おわっ...!」

 

急に横から声をかけられたので、ビックリして危うく屋根から落ちそうになってしまった。

 

「一花!?心臓に悪いよぉ...」

「ふふん。前に私もやられたからね、お返しだよ。隣良いかな?」

「どうぞどうぞ」

 

『ありがと』と言いながら僕のすぐ横に座った。

 

「はいこれ、サービスだよ」

「さっすが一花。気が利くねぇ」

 

一花から差し出されたお茶を受け取ってそれをそのまますぐに飲みだした。

 

「夜とはいえまだ夏だから冷たいお茶は助かるよ」

「それは良かったよ。それで何に悩んでるの?」

 

回りくどく言っても無駄だと悟った一花は直球で聞いてきた。

 

「あー......ほらこの間防波堤でお祖父さんと楓さんが話してた内容。あの後お祖父さんと話す機会があったから、その時に零奈に話すかはお前に任せるって言われてさ...」

「なるほどねぇ...私と四葉も他のみんなに伝えるか迷ってるよ。まさか、桜ちゃんのお祖母さんが私たちのおばあちゃんだったなんてねぇ」

「「うーん...」」

 

二人腕を組んで唸っている。

 

「......でも、私は話してもいいかなって思ってるんだ。姉妹間で共有しておきたいし、ね...」

「そうだよね......うん、僕も零奈に話してみるよ」

「うんうん。うーーん、やっぱりこっちの星空はキレイだね」

「ああ。一花と前に話した時に気に入っちゃって、一人で頑張ってた時は良くここにきて夜空を見上げてたんだ」

「そっかそっか...」

 

一花は体操座りで膝の上に自分の顔を置き満足そうに答えた。

 

「ねぇ……カズヨシ君はもう決めた?」

「ん?何を?」

「…………誰が一番好きか、だよ」

「!」

 

一花の急な問いかけにビックリしてしまった。

 

「何で急に?」

「うーん……本当はもうちょっと早めに相談しようと思ってたんだけど…私ね、女優の仕事を本格的にしていこうと思ってるんだ。だからね、この夏休みで自分の気持ちに決着つけようと思ってるんだよ」

「それって……学校を辞めるってこと?」

「うーん…どうだろう……もしかしたら、辞めなくちゃいけないかもね…」

「そうか…」

「だから私は決めたの!どっちと付き合いたいのか!カズヨシ君は?どう?」

「……」

 

一花のそんな問いかけに考え込んでしまった。

僕は皆の事が好きだ。僕にとって特別な存在だって思っている。だけど、彼女達の中から一人選ぶということがいまだに出来ていなかった。

これなら一層『誰も選ばない』という手もありなのではないだろうか、と考える時もある。

 

「あちゃー、その様子だとまだ決めれてないか…」

「面目ない。一花にはあんなに偉そうな事言ってたのに、自分の事となるとこれだよ…」

「ふーん…ねえ?君は私たちのこと好き?」

「え?」

「いや、修学旅行の時に君が私たちのことを好きだって気づけたけど、君自身の口からは聞けてなかったからさ」

 

そういえばそうだ。僕の口からは僕の気持ちを伝えられていない。

 

『あんた、どんだけ私たちの事好きなのよ』

 

修学旅行の三日目、皆と再会した時に二乃に言われた言葉。

このおかげで自身の気持ちに気付けてはいたが、その気持ちを言葉にしていない。

 

「………僕は君たち五つ子の事が好きだよ。それに桜や零奈も」

「そっか…」

「だからこそ、『選ばない』という選択も考えてる」

「え……?」

「選べないなら、期待させて待たせるのも悪いと思ってさ…彼女を作らないのもありなんじゃないかなって思ってる。まあ、これは最終手段になるだろうけどね」

「カズヨシ君……」

 

ホント、情けない男だね僕は。

そんな思いを胸に夜空に輝く月を見上げた。

 

「……カズヨシ君は私たちを同じくらい好きだってことでいいんだよね?女子として」

「え?う、うん…」

「分かった。これは一旦お姉さんが預かるね」

 

そう言って立ち上がる一花。

え、預かるとは?

 

「あ、そうだ。うやむやになってたけど私はカズヨシ君が好きだよ」

「は!?」

「だから、さっきの答え。どっちと付き合いたいかって話」

 

え、待って。こんな状態の僕を選ぶの?風太郎じゃなくて?

混乱状態の僕に一花はさらに追い討ちをかけてきた。

 

「ん……」

「……っ」

 

僕の唇が一花の唇で塞がれている。

 

「ふふっ」

「な、何で……」

「だって、言葉よりもこうした方が私の気持ちが伝わるでしょ?」

「そ、そうだけど…」

「ちなみに、ドラマでの男の人とのキスは今はまだNG。だから君が初めて。で、どうかな?私のファーストキスだったんだけど………嬉しかった?」

「そ、それは…まあ…」

 

目を反らしながら呟く。きっと今の僕は顔が真っ赤だろうな。

 

「うん!その反応が見れただけで満足だよ。じゃあ私は部屋に戻るね。おやすみ」

 

そんな言葉を残して一花は中に戻っていった。

一方の僕は、何がなんだか分からずしばらくその場で放心状態で残ったのだった。

 


 

次の日の朝。あまり眠れずに朝を迎えてしまった。

昨日の一花のキスが頭を過りとても眠れなかったのだ。

 

『私のファーストキスだったんだけど………嬉しかった?』

 

「はぁぁ…」

 

一花の考えが分からない。そういえば、預かるとかなんとか言ってたけどあれはなんだったんだ。

どっちにしろ今日は仕事が休みで良かったぁ。こんなんじゃ失敗ばかりしそうだったし。

布団を片付け、自らのお茶を用意して一服する。

 

ドンッ…ドンッ…ドンッ…

 

そんなゆっくりの時間を過ごしていると、凄い勢いで部屋のドアが叩かれた。

こんな朝から何事?

 

『私よ!起きてるんでしょ?開けなさい!』

 

二乃?

 

ガラッ…

 

「おはよ二乃。朝っぱらからどうしたの?」

「入るわよ」

 

え、無視?てか……

 

「「「お邪魔します」」」

 

二乃に続いて三玖と五月と桜も入ってきた。

え?え?

 

「おっはよー、カズヨシ君!よく眠れた?」

「おはよう一花。これはいったい…」

「まあまあ。今日はカズヨシ君は仕事休みなんでしょ?てことで、私もおじゃましまーす。ああ、おじいちゃんには朝食遅めでって言ってあるから」

 

一人だけいつも通りの一花も部屋に入ってくる。

本当になんなのだろう。

とりあえず全員分のお茶を用意して座る。

 

「えっと…それで今日はどうしたの?」

「一花から昨日のこと聞いたわよ」

 

僕の質問に二乃が答える。

昨日のっていうと…どれだろう?色々ありすぎて分からないんだけども。

 

「カズヨシが誰も選ばないかもって...」

 

あ、それ。

 

「いや、現状でって訳じゃなく最後の手段ってことだし...」

「その言い方では、その可能性もある、と言っているようなものです!」

 

少し興奮気味に五月が反論する。

まあ確かにそこは否定できない自分がいる。

 

「でも、もう夏休みも終わりを迎えようとしている。こんな時期になっても誰を選ぶこともできない。夏休みが終われば、文化祭が始まりそして受験へと突入していく。それなのに、こんなうやむやな状態で君達と接していけないよ」

「「「「「......」」」」」

「それなら...いっそ...」

「待って!」

 

僕の言葉に一花が待ったをかけた。

 

「昨日カズヨシ君が私に言ったことがもう一つあるよね?」

「え?」

「私たちを同じくらい好きでいてくれているってこと」

「あ、ああ...」

「私のわがままで申し訳ないんだけど、もう一度カズヨシ君の口からみんなに言ってもらってもいいかな」

「ここで!?」

「ここで」

 

真剣な表情で言ってくるのでちょっと圧されてしまった。

だから、僕も真剣な表情で伝えた。

 

「.........僕はここにいる皆の事が好きだ。同じくらい、女性として惹かれている」

「「「「......っ!!」」」」

 

なんだろうこの新手の羞恥プレイは。めっちゃ恥ずいんだが。

 

「これでいいの?」

「うん♪よくできました!どうみんな、あの話本気で考えてみない?」

 

あの話?

 

「むー...今のカズ君の表情から本気だってことは感じたわ」

「うん。ドキッとしちゃった」

「し、しかし...あれはいくら何でも荒唐無稽と言いますか。あまりに無理があるのではないでしょうか」

 

何やら女性陣で話しているようだが僕を置いて行かないでほしい...

 

(わたくし)は一花さんの案に賛成いたします」

「桜!?」

 

そんな時、堂々と言葉を発した桜に五月が驚いたように反応する。

 

「あんた分かって言ってんのよね?」

「一花の案でいくと独り占めが出来なくなる」

「分かっています。それでも今はこの方法が良いと思うのです」

「「「......」」」

 

桜の言葉に二乃と三玖と五月が何やら思案の顔になって黙ってしまった。

僕はまだいた方が良いのだろうか。

お茶を飲みながらそんな彼女達を眺めている。

 

「あーーもーー!分かったわよ!三玖!五月!あんた達も覚悟決めなさい!」

「うん。私は覚悟決めてる」

「五月は?」

「うー...」

「五月ちゃん...」

「あーー、分かりました!私も一花の案で問題ありませんっ」

「よし!じゃあ満場一致ってことで......カズヨシ君いいかな?」

 

何やら話し合いが解決したようで一花から声をかけられた。

 

「何かは分かんないけど話し合いは終わったみたいだね。それで、僕はどうすればいいの?」

「話が早くて助かるよ.........カズヨシ君、私たち皆と付き合ってください」

「............は?」

「だ、か、ら。ここにいる私たちと付き合って、て言ってんのよ」

「私たち皆カズヨシの事が好き」

「和義君も先程私たちみんなを同じくらい好きと言ってくれました...」

「なので、ここは皆でお付き合いしていこうと先程決まったのです」

 

五人の言っている意味を理解することが出来ず思考がフリーズしてしまった。

 

「もしもーし。カズヨシくーん?」

「完全に固まってるわね」

「仕方ないかと。こんなことは前代未聞ですから」

「......っ」

「三玖さん?」

 

え?何?私たちと付き合って、て言った?

つまり......どういうこと?やばい、全然考えがまとまらない。

そんな思考の深いところに潜っていると、不意に顔が固定され唇が何かに塞がれた。

 

「......んっ!?」

「ん......ちゅ......どう?気がついた?」

 

気が付くと目の前に三玖の顔があるのだ。

え?もしかして、今......

 

「み、み、み、三玖!?あんた何やってんのよ!」

「何ってキスをした」

「はぁーー!?」

 

こっちも『はぁーー!?』だよ。

 

「これが私の本気」

「三玖...」

「本当はカズヨシを独り占めしたいよ。けど、このままだとカズヨシが離れていっちゃうような気がして...そうなるんだったら、みんなで付き合った方がいい」

「それはいいから、まず離れなさいよ!」

 

僕の顔を持って自身の気持ちを伝えてくれた三玖は、二乃の手により離されていった。

だが...

 

「ん......」

「んーっ......!」

 

僕の唇はまた違う相手に塞がれてしまったのだ。

 

「「桜!?」」

「んっ......はぁー......」

「ぷはっ......さ、桜?」

「ふふっ、(わたくし)も三玖さんと同じ気持ちです。どうか(わたくし)達とお付き合いしてください」

 

ニッコリと微笑む桜。

 

「もぉー我慢できないわ!カズ君っ!」

「はい!」

「んっ......」

「んむっ!?」

 

顔をがっしりと腕で抱いてきた二乃に無理やり唇を奪われた。

 

「んっ......ちゅっ......ん、カズ君......」

「......二乃」

「私たちがここまでしてるのよ。あんたも覚悟しなさい」

「......」

 

彼女達にここまでさせているのだ。僕も覚悟を決めないといけないのかもしれない。

そんな考えをしながら周りの彼女達を見ていると不意に五月と目が合った。

そこで彼女はごくっと息をのんだように感じる。

 

「あ...あの...わた、私は......私たちの事をもし受け入れてくれるのであれば、和義君から私にキスをしていただけないですか?」

「え?」

「おー...五月ちゃんも言うねぇ」

「むー...その手があった」

 

驚いている僕をよそに、一花と三玖がそれぞれ口にする。

この娘達は本当に肝が据わっている。

 

「私たちもそれなりの覚悟をしているのです。和義君にも覚悟が出来ているのであれば、お願いします」

 

ふざけている訳ではない。それは、まっすぐにこちらを見ながら話している五月の雰囲気から感じ取れる。

ならば僕がとる行動は。

少し離れた場所にいる五月のそばまで寄り、五月の顔にそっと手を添える。

その瞬間ビクッと震える。

 

「嫌なら言って。五月が嫌がることはしたくない。雰囲気に流されて言ってるのであればここで止めるから」

止めないで...私だって和義君と、キスしたいの...

 

僕の言葉に小さな、でも力強く五月は答える。そして目が閉じられた。

五月が震えているが、かく言う僕も実際には手が震えていると思う。何せ自分からキスすることは初めてだし、他の姉妹や桜が見ている前なのだから。

それでも意を決して自分の唇を五月の唇に当てがった。

 

「ん...」

 

唇が触れ合ったのはほんの数秒かもしれない。でも自分からするのとされるのとでは体感時間が違うように感じる。

顔を離して五月の顔を覗き込む。

 

「あ......」

 

ツーっと目から涙が一粒流れる。

 

「五月!?」

「あ...す、すみません。これは違うんです。嬉しくって...」

「そ、そっか...」

「「......」」

「もしもーし」

「二人の空気醸し出しちゃってるけど」

「私たちもいることを忘れないでほしい」

「そうです」

「す、すみません」「ご、ごめん」

「息ピッタリ...」

 

四人からの言葉に五月と同時に謝ると、三玖がさらにジト目でこちらを見てきた。

ホントごめん。

 

「まあ、なんにせよ。カズヨシ君からもOKってことで。これからも私たちのことよろしくね♪」

 

一花の一言によりこの奇妙な六人の関係がスタートするのだった。

 

 




アンケートで取らせていただきました外伝です。

第一弾目は、回答数が多かったハーレムを作成しました。
とはいえ、ハーレムって半端なくご都合主義で書いちゃいますね。その辺りはご了承いただければと思います。
後、四葉はハーレムから抜かせていただきました。そうしないと風太郎の相手がいないので...

以前よりも投稿が遅れると思われますが、今後もよろしくお願いいたします。



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新しい日常

大変お待たせしました。最新話の投稿です。





「……それで?五人と付き合うことになったと?」

 

朝食の後、零奈が僕の部屋にきて現状の確認をしている。どうやら朝食での雰囲気に疑問が出たようだ。

どんだけ勘が鋭いんだ。

ちなみに言えば、僕は目下正座中である。まあ、当然か。

 

「彼女達があまりに真剣に話してくるから、それに応えないとって思って…」

「はぁぁ…兄さん。貴方は今の状況を分かっているのですか?」

「とんでもない状況だと理解はしている…」

「理解をしてなお、この関係を続けていくと?」

「彼女達が望むのであれば…!」

「そうですか…」

 

一呼吸置くためか、零奈はお茶を飲んで外の景色を眺めている。

 

「兄さんが本気だということは分かりました……正直なところ、私は今複雑な心境ではあるのです。あの子達と正面から向き合ってくれたことへの感謝と、やはり誰か一人を選んで欲しかったという思いとがごちゃごちゃになっています」

 

零奈は、僕と目を合わすことなくどこか遠い目をしているように感じる。

 

「ごめん。気苦労を掛けてしまってるよね」

「別に良いですよ。それで?この関係はさすがに誰にも言えないと思いますが、その辺りはどう思っているのですか?」

「確かに、これは大っぴらには出来ないとは思ってる。それでも風太郎にだけは伝えようと思ってるよ。たとえ縁を切られようとも」

「そうですか…まあ、相当驚かれるとは思いますが、縁を切られるとまではいかないでしょう」

「だと良いけどね」

 

零奈の雰囲気が変わったので、勝手に足を崩して自分のお茶を淹れる。零奈も特に何か言ってこないので問題ないようだ。

胡座をかいた状態でお茶を飲んでいるのだが、そんな僕の足の上にちょこんと零奈が座った。

 

「零奈?」

「………私だって…」

「え?」

「私だって、兄さんの事好きなんですからね」

 

振り返りながら上目遣いでそう伝えてくる零奈。

分かってるよ、という気持ちを込めてそっと抱きしめてあげた。

 


 

「はぁーーーーー!?」

 

ちょうど昼休憩に入っていた風太郎を捕まえて今回の五人と付き合う事になったことを報告したら、思った通りの反応が返ってきた。

まあ、そうだよね。

 

「すまん...俺の聞き間違いかもしれないが、五人と付き合うことになった、だと?」

「聞き間違いじゃないよ。一花に二乃に三玖、五月と桜。この五人と付き合う事になったんだよ」

「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

片手で頭を抱えながら風太郎が言ってくる。

過去、ここまで風太郎を呆れさせた事ないだろうなぁ。

 

「あ、らいはちゃんにはさすがに内緒でお願い」

「当たり前だ!」

 

お茶を飲みながらほのぼのと伝えると割と大きな声でツッコミを入れられた。

 

「仕方ないでしょ。あの娘達は本気の目でお願いしてくるんだもん。無碍には出来ないよ」

「……そうだな。あいつらもあいつらなりに考えた結果なのだろう。しかし、そうなってくると飯時に隣の席がどうのでまた揉めるんじゃないのか?」

「うーん…それが彼女達の中でルール的なのを決めてるっぽくてさ。割と揉めずにご飯食べれたよ」

「ほぉー。その辺はちゃんと弁えているんだな。まあ、なんにせよ。俺に迷惑がかからないのであれば後は和義の思うままにすればいい」

 

ようやく落ち着いたのか、そこで風太郎が自身のお茶を飲みだした。

 

「相談くらいは乗ってくれよ相棒?」

「はぁぁ…話を聞くだけなら聞いてやるよ親友」

 

僕の頼みに対して、そう返事をしてくれる風太郎であった。

 


 

次の日の早朝。

朝から撮影の仕事があるため一花が港に行くのに付いていっていた。

 

「別に港まで付いてこなくてもいいのに」

「良いんだよ、僕が好きでやってることだしさ。お祖父さんには許可取ってるよ」

「そっか…」

 

朝早い事もあり、道中人がほとんどいないため、今は一花から手を握ってきたのでそのまま手を握ったまま歩いている。

夏とはいえ早朝はどこか涼しく感じる。そんな中を二人手を繋いで歩いていれば、何か感じてくるところもあるものだ。

 

「そういえば、今の関係の発案者の一花にしては積極性が少ないよね。他の四人は前と変わらずな積極性を見せてるけど」

「もしかしてそれが気になって付いてきてくれたの?」

「否定はしないけど、一緒にいたいと思ったのはホント」

「えへへ…そっかそっか…」

 

僕の言葉が嬉しかったのか、繋いだ手の方の腕を絡ませる様にさらに寄り添ってきた。

 

「別に四人に譲ったわけじゃないよ。私だってこうやってカズヨシ君に寄り添いたいし…ふふっ、実は積極性を見せなかったら、カズヨシ君がこうやって様子を見てくれると思ってたりして」

「え?」

 

もしそうだとしたら、かなりやり手である。

 

「冗談だよ」

 

ニコニコな顔で上機嫌なのは伺える。

 

「ねえ?まだ出港まで余裕あるし、海岸に行ってみない?」

「僕は構わないよ」

「やったー!」

 

早めに出たこともあり、船の出港まではまだまだ余裕がある。一花の提案で海岸に寄ることにした。

 

「うーーん…夏だけど海岸の朝は涼しいねぇ~」

 

伸びをしながら海の向こうを見ている一花。潮風も気持ちいいし周りには誰もいない。解放感があって良いのかもしれない。

 

「カズヨシ君は残りの夏休み、結構仕事入れてるの?」

「うーん…週に四日あるかないかだよ。予定ではもう少しあったんだけど、お祖父さんが気にかけてくれてね。君たちが来てから少なくなってる」

「じゃあさ、お互いの休みが被ったらバーベキューとかしようよ!」

「良いねぇ。夜は花火とかでも良いんじゃない?」

「それいい!スケジュールしっかりと組んどかないとだね…………さて、そろそろ行こっかなぁ」

 

そう言いながら周りをキョロキョロ見ている一花。

 

「どうしたの?」

「ん…」

 

そんな一花に声をかけると、目を瞑って唇をこちらに差し出した状態でこちらに顔を向けた。

 

「えっと…」

「ほら早く。周りに誰もいない隙に」

 

僕からキスしろってことですか。まったく、積極性がないというのは訂正した方が良いようだ。

 

「ん……ちゅ……」

 

そんな風に考えながら軽く一花の唇にキスしてあげる。

顔を離すと、一花が自分の頭を僕の胸にコテンとぶつけて下を向いてしまった。

 

「と…どうしたの?」

「ヤバい……するのとされるのでキスってこんなに違うんだぁ。嬉しい気持ちを抑えられないよ。泣いちゃった五月ちゃんの気持ち、分かるかも…」

 

そんな一花の頭をポンポンと撫でてあげる。

 

「うん!活力みなぎってきたよ。お仕事頑張ってくるね!」

 

復活した一花はそんな言葉を残して船に乗って行った。

見送った帰り道。一花から『好きだよ』とメッセージがきたので、『僕もだよ』と返すのだった。

 

・・・・・

 

「一花との逢い引きは楽しかった?」

 

旅館に戻ると、そんな言葉と共に二乃が待っていた。

 

「逢い引きって…ただ港まで送っていっただけだよ」

「……まあいいわ。朝早く起きたことを免じてよしとしてあげる」

「ははは……」

 

そう言いながら僕に駆け寄った二乃は、僕の腕に自分の腕を組んできた。

 

「ね?今日の朝食もカズ君が作るんでしょ?手伝ってもいい?」

「皆の分であれば問題ないと思うよ。一応お祖父さんに聞いてね?」

「はーい……あーあ、お仕事ばかりだとあまり一緒にいられないわよねぇ」

「そこは仕方ないでしょ。本来僕は仕事のためにここにいるわけだし」

「それはそうなんだけどぉ…」

 

唇を尖らせている二乃。納得している自分としていない自分とでせめぎ合っているのだろう。可愛い娘だ。

空いている方の手で二乃の頭をポンポンと撫でてあげる。そして…

 

チュッ

 

前髪を上げておでこにキスをした。

 

「今はこれで我慢してね」

「…………っ。ズルいわよカズ君は…」

 

キスをした場所を二乃は自身の手で撫でながら顔を赤くしている。

 

「ふふっ…あ、そうだ。さっき一花と話したんだけど。僕と一花の休みが被る日でバーベキューとかどうかな?」

「へえー、いいじゃないっ」

「道具とかあれば、この間行った海岸でするのが良いかなって考えてるんだけど」

「ならおじいちゃんに聞いとくわ。後は、桜のお祖母さんに聞くのもいいかもしれないわね」

「良いかもしれないね」

「よし!そうと決まれば行動あるのみね。朝食食べ終わったら早速聞いて回ってみるわ」

「ありがとね」

「ふふーん。私の水着姿でまた悩殺してあげるんだから」

「またって...」

 

前も悩殺された覚えはないんだが。バーベキューを楽しみにしている。それだけでも良しとしよう。

 


 

お祖父さんの旅館では基本的に宿泊客にお昼の提供をしていないし、ましてや食堂などで解放もしていない。

なので、お昼時になると連泊のお客さんがいない限り宿の中は静かなものだ。

だが今は違う。中野家の五つ子と上杉兄妹、それに桜と楓さんがいるのでお昼時も賑やかなものだ。

 

「さて、今日のお昼を三玖も一緒に作ってみようか」

「うん。よろしく」

「じゃあ、さっそくこの前は出来なかった魚を捌いてみようか。今日は鯖を用意しているから、教えながらやっていくね」

「わかった」

「まずは包丁を持って……そう、魚を捌く時には包丁を持っていない方の手を切らないように注意してね」

「こう?」

「そうそう。上手上手」

 

最近は料理に関して呑み込みが早くなってきているようだ。三玖はすぐにコツを掴んだのかスムーズに包丁を動かすことが出来るようになっている。

 

「上手いもんだね。うん、やっぱり料理の腕は成長してるよ」

「本当?」

「ああ」

 

僕の言葉に嬉しそうな顔を浮かべている三玖。こうしてみると、好きになった弱みか料理をしている三玖の姿がいつも以上に可愛く見えてしまうなぁ……。

そんなことを考えていたらいつの間にか三玖がじっと僕のことを見つめてくる。

 

「どうしたの?何かわからないところでもあった?」

「ううん。ただ……」

 

そこで言葉を切ると彼女は少しだけ顔を近づけてきた。ふわりといい匂いが鼻腔を刺激したと思った瞬間にはもう彼女の唇が自分のそれと重なっていた。

 

「ん......」

 

突然の出来事に驚いていると、ちゅっと音を立ててすぐに離れて行った。

 

「……ごちそうさま」

「えーっと、今のは一体どういうことなのかな?」

「カズヨシが私のこと褒めてくれたからついキスをしたくなった」

「なるほど……ってちょっと待って!それはおかしいでしょ!」

 

思わず納得してしまったけど今の発言は明らかにおかしいよ!?

 

「だって仕方ないよ。私はカズヨシのことが好き。だから好きな人に褒められたりすると凄く嬉しい。それが例え些細なことでもね」

「そっか……でもいきなりされるとびっくりするから次からは一言声をかけてくれると助かるかな」

「わかった。これからは気を付ける」

 

素直に返事をする三玖だけど果たして本当にわかってくれたんだろうか疑問である。

 

「まあいいか。それじゃあ、お昼の準備を再開しようか」

「うん」

 

その後は危なげなく調理を進めていくことが出来た。慣れないことをしたので疲れると思っていたけれど、三玖の手際が良くて思ったよりも楽だったのだ。

 

「じゃあ魚を捌き終わったから煮つけを作っていこうか」

「任せて」

 

自信満々の三玖を見て僕は笑みを浮かべると必要な調味料を準備していく。醤油・酒・砂糖・生姜だ。それらを計量スプーンを使って適量ずつ入れていき、それを鍋に入れて沸騰するまで待つだけだ。

その間に副菜としてほうれん草のおひたしを作ることにした。茹でて塩を振りかけて完成という簡単レシピなので失敗はまずしないと思いチョイスしてみた。

それからしばらくして鍋の中の水が沸いたのを確認するとお湯の中にほうれん草を入れていく。そしてそのまま数分待ち、火を止めてザルの上にあげておく。これで下準備は完了だ。後は食べる直前に盛り付ければ問題ないだろう。

 

「ねえ、カズヨシ」

「何?」

「一つお願いがあるんだけどいい?」

「......内容によるかな?」

「大丈夫だよ。簡単なことだから」

 

そう言うと三玖は自分の両腕を前に差し出してきた。これはつまりそういうことなんだろう。

 

「わかったよ。ほら、おいで」

 

両手を広げるとそこにぽすんと三玖が飛び込んできた。ぎゅっと抱きしめると彼女も背中に腕を回して抱き着いてくる。

 

「やっぱり落ち着くね」

「そうだね。ところで話は変わるけどさっきは何で急にキスなんてしてきたの?」

「あれは……その……恋人同士なんだし、したいって思っちゃったから...」

「そっか...」

「ダメ、だった?」

「まさか。嫌なら最初から断っているよ」

「よかった...」

 

ほっとした表情を浮かべる三玖。

 

「あのさ、三玖」

「うん?」

「好きだよ」

「私も好き」

 

お互いに告白をし合うとどちらからともなく唇を重ねた。最初は触れるだけの軽いものだったけれど、次第に三玖から舌を絡めあう濃厚なものへと変わっていった。

しばらくお互いを求め合った後ようやく離れた時には二人とも息が上がってしまっていた。

 

「んっ……ちゅっ......はぁぁ。ごめん、我慢できなくて......やり過ぎちゃったかな?」

「ううん。ちょっと驚いたけど全然平気だよ」

「そっか...」

 

僕が答えると、頬を赤く染めなが下を向くものだからこっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「おっと、そろそろご飯が炊ける頃合いだね?」

「本当だ。もうこんな時間になってたんだ」

 

どうやら二人でかなり没頭していたようだ。

 

「よし!それじゃあ最後の仕上げに入ろうか」

「うん!」

 

その後、二人で協力して料理を完成させたのだった。

 

 




ハーレムはやはり色々と難しいですね、投稿に時間がかかってしまいました...

今回のお話では、一花・二乃・三玖をそれぞれ書いたので、次回以降で五月と桜を書ければと思います。
ちょっと三玖は積極的過ぎましたかね...

次回の投稿にまたお時間をいただくことになると思いますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



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添い寝

三玖と一緒に作った昼食の後、皆に集まってもらった。

ちなみに風太郎は仕事中で、らいはちゃんは自分の部屋で宿題をしている。

 

「悪いね。ちょっと皆に話しておきたいことがあるんだよ。ちなみに一花は知ってるからここにいなくても問題ないよ」

 

そう言って、四葉と桜を見るとコクンと頷かれた。

 

「話しておきたいこと?……それはいいんだけど、なんでレイナちゃんはカズ君の膝の上に座ってるのよ?」

「いやー、兄妹のスキンシップだよ」

 

僕は今胡座をかいて、その足の上に僕が抱き抱えるように零奈が座っているのだ。

今から話す内容的に近くにいた方がいいと思ったからだ。

 

「ふぅ~ん...?」

 

ジト目で見てくる二乃。

 

「まあ兄妹なのですから問題無いんじゃないですか?」

「ま、まあ。そうなんだけど」

 

零奈の事情を知らない桜の反応はまっとうなので、これ以上二乃も何も言えないようだ。

 

兄さん?いったいどういうつもりですか?

まあまあ

 

僕にだけ聞こえるように零奈から質問されたが、零奈の方を向かず答える。

 

むー……

「そうだ。今から話す内容については他の人に極秘、てか風太郎やらいはちゃんにも内緒で頼みたいんだけど」

「?ということは、私たち家族に関係するもの?でも、桜がいるけど…」

 

三玖はそう言いながら桜の方を見る。

 

「五つ子と桜両方に関連することだよ。あ、零奈は小さいからいいかなって……それで最近だけど、お祖父さんと楓さんが前より仲良くなってるって思わなかった?」

「確かに…それが、今から話す内容に関係してくるのですね?」

「ああ。で、今から話す内容は一花以外に知ってるのは、四葉と桜だね」

「「「「え?」」」」

 

話の内容を知らない四人は驚き、四葉と桜を見た。

 

「まず、今から話すことを知ったのは、この間一花と四葉と三人でジョギングに行った帰り道で桜に会った時なんだけど。その時に防波堤で…………」

 

と、一通りを話してみた。

 

・・・・・

 

「え……つまり、桜のお祖母さんは……」

「お母さんの産みの親…」

「そして、私たちにとってもおばあちゃんということでしょうか……」

「……っ!」

 

二乃と三玖、五月は驚き僕を見ている。いや、僕ではなく零奈かな。

その零奈は、抱き抱えている僕の中で緊張している様子だ。

そんな零奈を少し強く抱きしめ、手を握ってあげた。

 

あっ……兄さん…

 

そして、小さな零奈の手が握り返してくる。どうやら、少しは動揺が和らいだようだ。

そんな様子を見て、姉妹達は僕が零奈を抱き抱えている理由を理解したようだ。

 

「しかし、これだけでも衝撃的ですが……」

「うん…まさか、桜とお祖母さんに血の繋がりがないのも驚き…」

「これ、下手すればゴシップとかになるんじゃない?」

「かもね。まあ、楓さんの事だから握り潰すと思うけどね」

 

二乃の発言にそう答えたものの、少しは心配ではある。

 

「それにしても、おじいちゃん再婚とかするのかなぁ」

「そうよねぇ…そうなると、なんだかロマンチックだわぁ~。何十年越しの恋。二人は他の人と結ばれることもなく、そして再会。二人の愛を引き裂く人はもういないんだろうし…」

 

四葉の言葉に、二乃が一人妄想に浸っている。こういうの好きそうだもんね。

 

「そうなると、私たちと桜は親戚になるね」

「そうですね。血の繋がりがあっても書類上では私たちの母は娘とならなかったですが、お二人が結婚すれば義理とはいえ、娘になります」

「そうなると、(わたくし)の父と中野さん達のお母様は義理の姉弟、つまり(わたくし)達は従姉妹、ということになります」

「うーん…こんがらがってきたぁ…」

 

四葉の脳は限界のようだ。

その後も皆各々盛り上がっているようだ。

 

零奈はどうする?

え?

零奈(れな)さんにとっての、産みの親でしょ?名乗り出ないの?

そ、それは……果たして信じて頂けるでしょうか……

信じる、信じないの前に。名乗り出たいか、出たくないか。じゃない?

 

ずっと前を見ていた僕は、そこで下の零奈を見る。

すると、見上げてきた零奈と目があったのでニッコリと笑ってあげた。

 

「まったく、貴方という人は…彼女以外の女性にこのように寄り添ってはいけませんよ。そうするとこんなことが起きてしまうのですからね…………ちゅっ」

 

次の瞬間僕の唇に、零奈の小さな唇が触れた。

 

「「「「なーーー!?」」」」

「あら」

「ちょっ!零奈!?」

 

突然の零奈の行動で、僕は口元を隠しながら顔を離した。

 

「えっと…これも、兄妹としてのスキンシップに含まれるのでしょうか?」

「含まれるはずないでしょ!何してんのよ、お母さん!」

「いくらなんでも、それは擁護できないよ、お母さん…!」

「そうです!やりすぎですよ、お母さん!」

「わー!みんな落ち着いて!みんなレイナちゃんをお母さんって呼んじゃってるよ!」

 

もうぐだくだだよ。

 

「えっと、先ほどの零奈ちゃんの行動にも驚きましたが…皆さんお母さんとは…?」

「「「「あ……」」」」

「「はぁぁ……」」

 

そこで零奈は僕から離れ、姿勢正しく正座で僕の前に座り直した。

 

「桜さん」

「は、はい!」

「改めまして、直江零奈こと中野零奈(れな)と申します」

 

頭を下げながら自己紹介をする零奈。

 

「えっと…これはご丁寧に………え?零奈(れな)……って」

「はい、ここにいる…ああ、一花も入れた五つ子の母です。先日はお墓参りありがとうございました」

「え……えぇぇーー!?

 

珍しい桜の大きな驚きの声が響き渡った。

 

・・・・・

 

「えっと…つまり、零奈(れな)さんは亡くなった後に和義さんの妹さんの零奈ちゃんに記憶だけが乗り移ったと…信じ難いところではありますが、大人のような言動といい、学力といい、信じられる要素が多々見受けられますね」

「何でしたら、この子達のおねしょを卒業した年齢をお伝え出来ますよ?」

「「「「やめてっ!」」」」

 

おー息ピッタリ。五月も敬語が抜けてるよ。

 

「あはは...これは本当のようですね。でしたら、お婆様はその...零奈(れな)さんのお母様ということに」

「はぁぁ...子どもの頃、父には母は私が生まれてすぐに亡くなったと言われていたのですが、こういう経緯があったのですね。なるほど、これは子どもには言えませんね」

「それで?どうするの零奈?楓さんに伝える?」

「............伝えてみようと思います。例え信じてくれなくても......」

「そっか...」

「ま、私たちも一緒にいくから問題ないわよ」

「ですね。一花が帰ってきたら行きましょうか」

「うん。そうしようよ!」

 

何とかまとまったようだね。そう安心をしていると、三玖が爆弾を落とした。

 

「ん...それよりもお母さん。さっきのキスは看過できない...」

「そうよ!あれはダメでしょ!」

「反省はしていますが、あんな風に優しく寄り添ってくれたら我慢できませんよ...」

 

いや我慢してよ。

 

「それは分かりますが...」

 

分かるんかいっ!

五月の零した言葉にツッコミを入れてしまうのだった。

 


 

その日の晩。一花が帰ってきたところで皆で楓さんのところに行ったそうだ。

そこで零奈は自分のことを楓さんに伝え、それを信じてくれたそうだ。そこで二人は涙を流しながら抱き合ったそうだ。

とても良い話である。良い話ではあるのだが…

 

「なんでこうなった?」

 

楓さんとのやり取りの話は、夜僕の部屋に来た零奈と一花から聞かされた。そこまでは良かったのだが、何故か今僕の両側で二人が寝ているのだ。

 

「なんでって、言ったではないですか。今日は兄さんと一緒に寝たい気分だったと」

「それで、お母さんとカズヨシ君を二人っきりにしたくない私たちでじゃんけんして私が来たの。皆で来ても良かったけど、どっちにしろカズヨシ君の隣は二つしか空いてないし」

「皆で来なかったことにはありがたく思ってるよ」

 

明日は早いのと、何を言っても無駄だと判断した僕は、二人がすることに文句を言わず今の状況になっている。

ちなみにだが、布団を並べているが二人ともほとんど僕の布団に入ってくっついている。

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

そう言うと二人は目を閉じた。僕もまた目を閉じる。疲れていたのか、程なくして睡魔に襲われて眠りについた。

 

翌朝。まだ日が出る前に目が覚めた僕は、横にいるはずの一花の顔を覗き込んだ。彼女は穏やかな表情を浮かべていて、その顔はとても綺麗だと素直に思えた。

……ずっと見ていたい。そう思えるのは彼女だからだろうか。

なんて思っていたら、不意に彼女が瞼を開いてこちらを見た。一瞬、ドキッとしたがすぐに彼女の頬が緩んで笑みに変わる。

 

「おはよう、カズヨシくん」

「おはよう、一花」

 

朝起きて最初に見る人が一花だというのはとても幸せなことだなぁと思いながら挨拶を交わす。

 

「どうしたの? 私のことじっと見つめちゃって……もしかして見惚れちゃったとか?」

 

冗談めかして聞いてくる彼女に、「そうだね」と答えた。すると、彼女は驚いたように目を見開いて固まってしまった。

 

「あれ、違ったかな? でも、確かに君のことは可愛いと思ったし、それに綺麗だなって思ったから間違いじゃないと思うんだけど……」

 

首を傾げていると、突然抱きつかれた。

 

「ずるいよ! 私だってカズヨシ君に見つめられてドキドキしたんだよ?」

 

胸に押し付けられる形でいるため、彼女の鼓動が伝わってくる。いつもより少しだけ早く感じるのは気のせいではないはずだ。

 

「そっか。それは嬉しい誤算だね」

「もう……。そんなこと言ってるともっと好きになっちゃうぞ?」

 

上目遣いでこちらを見てくる一花。その姿に思わず抱きしめてしまう。

 

「わわっ!?」

「あー、うん。やっぱりこうしてると落ち着くかも」

 

腕の中で暴れるかと思っていたけれど、意外にも大人しくしている。なので、そのまましばらく彼女を抱きしめた状態でいた。

しかし、一花の背中に回した腕や手に肌の温かさをやけに感じる。

 

「ねえ一花?もしかしてだけど、服着てない?」

「あ、分かっちゃった?いやー、家以外ではこんなことそんなにないんだけどねぇ。カズヨシ君の近くが落ち着く証拠だよ」

「それは…嬉しいのか、そうでないのか判断に迷うね」

 

抱きしめているのを緩めながらそう伝える。

 

「別にカズヨシ君なら見てもいいんだよ?」

 

そんな僕に対して自分に被っている布団を剥がそうとしている一花。

 

「さすがにこれ以上はヤバいかも。色々と我慢できなくなりそうだし……」

「同感……」

 

二人でふふふっと笑っていると後ろから声をかけられる。

 

「おはようございます。お二人とも随分と朝から仲が良いですね」

 

声に振り返るといつの間にか零奈も起きていて、笑みを浮かべている。

笑顔ではない。笑みだ。

どこか怖いと感じるのは気のせいではないだろう。

 

「お、おはよう零奈…」

「おはようお母さん…」

「……」

 

挨拶をするも零奈からの返事がない。

返事はないがこちらに寄り添い、僕の腕に抱きついてきた。

 

「ちょ、ちょっと零奈(れな)さん? これは一体どういうことでしょうか?」

 

動揺を隠しきれず敬語に零奈(れな)さん呼びになってしまう。そんな僕を見てクスッと笑う零奈。

 

「あら、私はただ和義さんのことが好きだという気持ちを表現しただけですが?」

「それを言うなら私だってカズヨシ君のことが大好きだよ!」

 

対抗するように今度は反対側の腕を抱き締められる。一花については服を着ていないので、柔らかいものが直に押し付けられていて理性を保つのがやっとである。

 

「「……」」

 

二人の視線が交わる。火花が散っているように見えるのは錯覚ではないだろう。

 

「二人とも落ち着いて。このままじゃ僕が遅れちゃうから…」

 

この場を収めるべく二人に声をかける。

 

「それもそうですね。そろそろ起きましょう」

「わかったよ…」

 

二人はあっさり離れてくれたので助かった。これでなんとかなりそうだと思ったのも束の間。

一花が起き上がろうとしたのだ。今の一花の状態に気づいた零奈はその行動を止め、僕にこちらを見ないように指示する。

 

「一花!なんて格好をしてるのですか!兄さんもこっちを見てはいけません!」

「えへへ、ごめんね。すぐに服着るから」

 

そう言って僕の後ろでゴソゴソと聞こえるので服を着ているのだろう。

危なかった。あと少し遅かったら大変なことになっていたかもしれない。

 

「全く。油断も隙もあったものではありませんね」

「それはお互い様だと思うけど?」

 

後ろでは二人が何か話している。

まったく朝から疲れるものだ。二人が部屋に戻っていった後、仕事着に着替えながらそう思うのだった。

 

 




本編『91.祖母と母』から削って今回は書かせていただいております。

五月と桜のシーンを今回も書けなかったので、次回には書きたいと思ってます。

投稿が週一ペースになっておりますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




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順番

その日の夜。仕事も終え、夕飯も食べ終えて部屋でゆっくりしていると突然の来訪者がやってきた。

 

「どうしたの五月?」

「そ、その…勉強教えてもらいたくて…」

「ふーん、いいよ入りなよ」

「ほんと!?ありがとう!」

 

そう言って五月は僕の部屋に入ってきて早速テーブルの前に座る。

 

「それでどこを聞きたいの?」

「えっと、ここなんだけど……」

「ふむふむ…じゃあ教えていこうか」

「よろしくね」

 

こうして僕は家庭教師としてのもう一つのお仕事を始めた。

 

「……そこはこうやって……うんそれで正解!」

「やったぁ♪」

 

五月はとても賢くなってきている。それでもまだまだ危なっかしいところはあるのだが。だけど彼女は教師を目指す目標を背に頑張っている。

そんな姿を見ると僕も頑張らなくちゃという気持ちになるのだ。

 

「和義君ってやっぱり教えるの上手だよね」

「いや、別にそんなことないと思うけど……」

「ううん!すごく分かりやすいし優しいから私好きだよ」

「っ……」

 

付き合いだしたとはいえ、面と向かって好きと言われるとさすがに恥ずかしくなる……

それに彼女の声がとても心地よくてドキドキしてしまう。

 

「あれ?顔赤いよ?どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ……」

「もしかして照れてるのかな〜?」

「ち、違うよ!」

「ふーん、そうなんだ〜」

「もうこの話は終わり!次行こう!」

 

これ以上何か言われると色々とまずい気がしたので話を切り替えた。

 

「次はここを教えて欲しいな」

「ここはね……」

 

その後の勉強も順調に進んでいき、時間もいい感じだったので今日はここで終了することにした。

 

「じゃあ今日はここまでにしとこうか。夜も遅いしね」

「うん。ありがとう和義君」

「それじゃあお休み」

「あ…あのね…」

 

部屋に帰るであろう五月を出口で見送ろうと思った僕を呼び止めた。一体なんだろうか?

 

「どうしたの?」

「えっと……その……」

 

するとモジモジしながら上目遣いでこちらを見てくる。そして頬を赤らめながらこう言った。

 

「あの……一緒に寝たいなって思って……」

「へぇ………………はい!?」

 

一瞬何を言われたのか分からなかった。今なんて言ったの?一緒に寝たいと聞こえたような気もするが聞き間違いだよな?そうだきっとそうに違いない。

 

「ごめんちょっと耳が悪くなったみたいだからもう一度言ってくれますか?」

「だ、だから!和義君の布団に入れて欲しいなって思ったの!」

 

聞き間違いではなかったようだ。まさか彼女からこんなことを言い出すとは思わなかった。でも何で急に?

 

「どうしてまた急にそんなこと言い出したの?」

「それは……最近二人の時間作れなくて寂しかったから……」

 

確かに夏休みになってから二人でという時間は作れていない。

 

「それに昨日は一花とお母さんと寝たでしょ?だったら次は私の番かなって…」

「いや、順番とか関係ないんじゃ……」

「だめ…?」

「うぅ……」

 

そんな捨てられた子犬のような瞳で見られると断りにくいじゃないか……

 

「わ、分かったよ……」

「やったぁ♪」

 

結局僕は折れてしまった。だってあんな表情されたら断れないよ。

 

「てか、最初からそのつもりで?」

「うん……皆にもそう言ってきてるよ」

 

五月にしては大胆な行動である。

 

「じゃあ寝よっか」

 

そう言って布団を敷く準備に取りかかる五月。そして五月が横になり空いたスペースに僕が入るという形をとった。

 

「ねぇ、手繋いでいい?」

「ああ……」

 

断る理由も無いので了承する。そして手を繋ぎそのまま眠りについた。

 

・・・・・

 

「ん……」

 

朝起きると目の前には五月の顔があった。どうやら抱きしめられているらしい。

 

「すー……すー……」

 

安心しきっちゃって。僕も男なんだけどね。

 

「ん……ふふ……」

 

そんなことを考えていると突然彼女が目を覚ました。

 

「おはよう和義君」

「お、おはよう……」

「よく眠れた?」

「まぁそれなりには……」

「そっか、よかった」

「それよりいつから起きてたの?」

「和義君が起きる少し前くらいかな。ほら今日仕事あるから早く行かないとでしょ?」

「そっか。起こしてくれるつもりだったんだ。ありがとね」

「いえいえ、これぐらい当然だよ」

 

そして僕達は支度をし、いつも通り仕事に向かうのだった。

 


 

~厨房の出入口付近~

 

今の時間は和義が厨房で料理の修行をしている。その和義の表情は真剣そのものである。

 

「「……」」

 

そんな和義の姿を遠くから見つめている者がいる。二乃と三玖である。

最近の二人は和義が料理をする時間になると、いつも決まって厨房へ赴いている。

そして今もこうして見守っているのだ。

 

「カズ君……やっぱりカッコイイわね」

「うん。あんなに真剣な顔してると特にそう思う」

「あーあ、ホントはもっと一緒にいたいんだけどなぁ」

「それは私も一緒。でも仕方ないよ。カズヨシはお仕事があるんだもん。それにあんな真剣な顔を見たら…」

「邪魔しちゃ悪いって思っちゃうわね?」

「うん……だから今は我慢するしかない」

「そうよね。今は……ね」

「「……」」

(早く終わらないかしら)(早く終わらないかな)

 

二人の心の声がシンクロした瞬間だった。

 


 

今日の料理の修行も佳境を向かえていた。

 

「よし!今日はこれくらいにしておこうか!」

「はい。ありがとうございました」

 

今日の修行が終わったので調理器具を洗う。するとそこに二乃と三玖が現れた。

 

「あれ?二人ともどうしたの?」

「んふふ〜♪」

「カズヨシの顔を見に来ただけだよ」

「えっ!?それだけのために来たの?」

「まあね。だって最近あんまり話せてなかったし」

「それにカズヨシは人気者。みんなに取られたくないよ」

「そっか。僕なんかの顔を見て楽しいならいつでも見ていいよ」

「やった!ありがとねカズヨシ!」

「それじゃあお言葉に甘えてこれから毎日見ることにするわ」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。さすがにずっと見られてると恥ずかしいかな……」

「ふふっ。冗談よ。カズ君ったら可愛いんだから」

「えぇ~、もしかしてからかわれてる?」

「あはは!ごめんごめん」

「まぁ……良いんだけどね」

 

半ば諦めた感じで答える。

 

「ねえカズヨシ。この後予定ある?」

「ん?夕食の準備までだったら特に無いけどどうかしたの?」

「私たちと一緒に外に行かない」

「えぇ!?急だなぁ……でもこのあとまだ片付けとか残ってるんだよねぇ……」

「それなら大丈夫。手伝う」

「いや、それは流石に申し訳ないよ……」

「気にしないで。私たちが好きでやるだけだから」

「それにこれは貸しを作っておくチャンスでもあるわ」

「貸し?どういうこと?」

「後々役に立つかもしれないということよ」

「なるほど……わかったよ。それじゃあお願いしようかな」

「任せなさい!」

「じゃあ始めよ、カズヨシ」

 

こうして三人で片づけを済ませて出掛ける準備をした。

 

その後。僕と二乃と三玖の三人は近くの海岸に来ていた。この島だと遊びに行くところも限られてくる。

そこで比較的近いこの場所を選んだというわけだ。

 

「うーん…こうやって砂浜を歩くだけってのもたまにはいいわね」

「確かにそうだね」

「潮風があって少しだけ涼しい」

「まあ、本当だったら水着に着替えて泳ぎたかったけど」

「さすがにそこまでの時間はないからね」

 

最初は水着になる案も出てきた。けど、準備などでこうやって一緒にいる時間がなくなるだろうということでそのままの格好でここまで来たのだ。夕食の準備までそんなに多くの時間もないしね。

 

「まあいいわ。とりあえず何か飲み物買ってくるわね」

「あっ、僕も行くよ」

「ううん。二人はここで休んでて。すぐ戻ってくるから」

「分かった。お願い」

「うん。行ってくるわ」

 

そう言って二乃は自動販売機に向かって歩いて行った。

 

「ふぅ……」

 

僕は日陰を見つけてその場に座り込んだ。やはり結構疲労が溜まっているようだ。

うーん、もう少し体力つけないとかなぁ。

そう思いながら海を眺めていると隣に座っていた三玖が話しかけてきた。

 

「疲れてる?」

「うん。やっぱり慣れないことするとね」

「無理しないでね」

「分かってるよ。ところで…いつもより距離が近く感じるんだけど」

 

今僕たちは肩が触れ合うくらいの距離にいる。

 

「だってせっかく二人きりになれたんだもん。これくらいは許して」

「うっ……うん」

 

上目遣いは反則だと思う。しかも頬を赤く染めているし……

 

「それに……やっぱりこうやって二人っきりになるのは難しいし…」

「まあ、皆で付き合っているという奇妙な関係だしね…」

「うん。だから今はこうしてカズヨシと二人でいられて嬉しいんだ」

「そっか……」

 

なんだか照れくさいな。でも悪い気はしない。むしろとても心地よい気分だ。

 

「「……」」

 

二人の間に沈黙が流れる。波の音だけが静かに響いている。

 

「ねえカズヨシ……一つ聞いてもいい?」

「ん?どうしたの?」

「なんでカズヨシはおじいちゃんの旅館で働くことにしたの?」

「えっ?いきなりどうしたの?」

「前から聞きたいと思ってたの。カズヨシは料理人になりたいの?」

「うーん、別にそういうわけではないんだけどね」

「そうなの?ならどうして?」

「僕が働いている理由ねぇ。一つは自分の料理を食べてくれた人が喜んでくれる姿が見れるから、かな」

「それが理由なの?」

「うん。皆が僕の家に住むことになって、そこで僕の作った料理を食べることで笑顔になってくれたり、美味しいと言ってもらえることがすごく嬉しくてさ。それでもっと頑張ろうって思えるんだよね」

「ふふっ。カズヨシらしい」

「ありがと。それでもう一つは……」

「ただいまー」

 

ちょうどそこに二乃が帰ってきた。

 

「おかえり」

「お帰り。随分早かったね」

「近くに自販機があったからね。はい、カズ君。お茶で良かった?」

「うん。ありがとう」

 

二乃からペットボトルを受け取り蓋を開ける。そして喉を潤すために一口飲んだ。

 

「ぷはぁ!生き返るぅー」

「たしかに、まだ夏だもんね」

「そうね。まだまだ暑いわ」

「そうだね。でもこの暑さにももうじき終わりが来ると思うよ」

「え?どういう意味?」

「もうすぐ夏休みも終わるってことだね」

「あぁ、なるほど」

「そう考えるとちょっとだけ残念だわ」

「でも仕方ないよ。もう八月も終わっちゃうからね」

「うぅ……もっとカズヨシと一緒に過ごしたいのに……」

「気持ちはとても嬉しいんだけどね……」

「ならまた来年があるわ!」

「え?それってどういう……」

「実は私も思ってた」

「三玖も?それって……」

「うん。私たちはずっと一緒だよ」

「そうよ。離れることなんて絶対にないわ」

「……」

 

二人の真剣な眼差しが僕を捉える。その瞳は嘘偽りのない本心だということを物語っていた。

 

「……うん。そうだね」

 

僕は彼女たちの言葉に微笑みで返す。

 

「「……」」

「ん?どうかした?」

「カズヨシ、顔赤いよ」

「もしかして熱中症!?」

「ううん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」

「うーん……本当かしら」

「無理しないでね」

「分かってるよ。ほら、そろそろ戻ろうか」

「それもそうね」

「うん」

 

こうして僕達は旅館へと戻った。

 


 

「やはり和義さんは人気者ですね」

「うまく君達と付き合えてるのか心配になってくるよ」

 

今日も今日とて僕の部屋には訪問者がいる。

今僕はその訪問者である桜に膝枕をしてもらい、さらに団扇で扇がれている。なんて至れり尽くせりな状況だろう。

こんな贅沢なことはなかなかできない。

そんな状況下で最近の出来事を桜に話していた。

 

「そんなことはありませんよ。皆さん、あなたに感謝しています」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

「それにしても……ふふっ、あなたの寝顔を見ているだけで幸せです」

「ははっ。それは光栄だね」

「「……」」

 

お互いに無言の時間が続く。

こういう時間は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 

「あの……少しお願いがあるのですが……」

「ん?何?」

「私の頭を撫でてくれませんか?」

「え……急にどうしたの?」

「いいではないですか……お願いします」

「分かったよ」

 

僕は彼女の要望通り優しく髪を撫でた。すると彼女はとても心地よさそうにしている。

 

「ふふっ、とても心地良いです」

「そりゃよかったよ」

「……ねえ、和義さん」

「ん?」

「……好き……大好き……愛してます……」

 

彼女が小さな声で呟く。しかしその声ははっきりと僕の耳に届いていた。

そして僕の心臓はドクンと大きく跳ね上がる。

 

「ど、どうしたの突然……」

「言いたくなったんです。それだけでは駄目ですか?」

「いや、全然問題はないけど……」

「ならもう一度言わせてください」

「うん……」

「私は……あなたを愛しています」

「……」

「……和義さん?」

 

返事がない僕を不思議に思ったのだろうか。彼女は僕の顔を覗き込んできた。

そんな彼女の顔に手を添え、キスをする。

 

「んっ……」

 

唇を重ねるだけの軽いものだったが、今の僕にはそれが精一杯だった。

数秒後、ゆっくりとお互いの口を離す。

 

「いきなりどうしたのですか?」

「僕も同じ気持ちだからこうしたかったんだ」

「嬉しい……本当に嬉しいです」

「僕も嬉しいよ」

「これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

 

そう言って僕たちは再び口づけを交わした。

 

「「……」」

 

二人の間に沈黙が流れる。

あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

おそらくそれほど長い時間ではなかったはずだ。

だが、今の僕たちにとってはこの静寂さえも心地よく感じていた。

 

「和義さん……」

 

先に言葉を発したのは彼女からだった。

 

「なに?」

「好きです……」

「僕もだよ」

「……強く抱きしめてほしいです」

「わかった」

 

僕は起き上がり、言われた通り彼女を力いっぱい抱き締める。

 

「ふふっ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

「ずっとこのままでいられたらいいのに……」

「そうだね……」

「ずっと……一緒にいたい」

「うん」

「「……」」

「あぁ……幸せすぎてどうにかなりそうです」

「そうだね。僕も一緒だ」

「「……」」

「……あの、もう一度キス、してもいいですか?」

「ああ」

 

僕は彼女の願いを聞き入れ口付けを交わす。

今度は先程よりも長く、深く、甘い口づけだ。

 

「んぅ……かずよしさん……」

「ん?どうかした?」

「だいすき……」

「僕も君のことが大好きだよ」

「うれしい……」

「「……」」

「そろそろ寝ましょうか」

「そうだね」

 

そして二人、同じ布団で眠ることにした。

 

「お休みなさい」

「うん。お休み」

 

こうして二人の夜は更けていった。

 

 




大変長らくお待たせして申し訳ありません。最新話の投稿です。

前々から言っていた五月と桜のパートを書かせていただきました。

こうして書いてるとやはり四葉や風太郎、らいはといった他のメンバーが出しにくいですねぇ。
次回以降は登場させることが出来ればと思っております。

では、また次回も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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バーベキュー

大変長らくお待たせしました。本当に久しぶりの投稿です。




ある日の朝食後。皆に一つの提案をした。

 

「今日は全員が仕事もなく自由な時間があることから、海岸で皆でバーキューしようと思うんだけどどうかな?」

「バーベキュー!?やりたい!」

 

僕の提案にいち早くらいはちゃんが反応してくれた。

 

「らいはちゃんが賛成するなら反対する理由がないですね!」

 

らいはちゃんに続いて四葉も賛同してくれる。

 

「バーベキューと一緒に海水浴もいいんじゃないかしら」

「そうだね。この間行った海岸だったら人そんなに来ないだろうし。今年最後の海水浴だね」

 

二乃の提案に一花が続く。

 

「まだまだ暑いからいいかも」

「そうですね。また皆さんと行きたいと思ってました」

「もう決まりみたいなものですね。早速準備に取りかかりましょう」

「バーベキューの道具とかはおじいちゃんに確認して使えるように準備は進めてたわ」

「手際がいい…」

「ふふーん。カズ君と前から話してたからね。そこは抜かりないわ」

 

うん。皆の反応は上々だ。一人を除いては。

 

「風太郎?我関せずみたいな態度だけどもちろん風太郎も参加だからね?」

「うぐっ…しかしだな、受験も近づいているし勉強をだな…」

「確かに勉強は大事だね。だけどリフレッシュも大事だよ。ここに来て勉強と仕事ばかりで突き詰めてたでしょ」

「うーむ……」

「もう!お兄ちゃんも行こうよバーベキュー!和義さんが言ってる通りリフレッシュも必要だよ」

「上杉さん…」

 

らいはちゃんが一緒に行くように風太郎に促している中、四葉が寂しそうな顔で声をかけている。

 

「くぅー……わ、分かった。俺も参加しよう…」

「「やったー!」」

 

風太郎の返事に四葉とらいはちゃんが手を叩いて喜んでいる。最初からそう言えば良いものを。

こうして全員の同意を得ることができた。

バーベキューの道具は二乃が既に用意してくれていたので後はこれを運ぶだけだ。量も量なので皆で分けて運ぶことになった。一番の大荷物は僕でその次に四葉。そして風太郎の順に荷物が減っている。本来なら風太郎と四葉は逆でないといけないと思うんだが…

そして砂浜に着いた僕達は準備を始めていく。バーベキューはお昼頃から始めるからまずはレジャーシートやパラソルなど海水浴で使う道具から設置していく。

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

「風太郎大丈夫?」

「も……問題ない」

 

そう言いながらも風太郎は敷いたばかりのレジャーシートに仰向けに大の字で倒れこんでいる。バーベキューセットなどは僕と四葉で分担して運んだので、残りのパラソルとレジャーシートを風太郎に任せたのだがそれでも大変だったらしい。

それから程なくして準備を終えると各々自由に遊び始めたり、パラソルの下で休んでいたりする。今回は日焼け止めは各自でやってもらうことにした。また順番待ちで待たれるのも疲れるからね。まあ、零奈の日焼け止めは僕が塗ってあげたんだけど。流石に零奈に塗るのは慣れてるのと体が小さいこともありすぐに終わらせた。

そうして海で遊んでいる人達を見ながら僕と一花は並んで腰掛けて、持参したお茶を飲んで休憩をしている。すると隣に座っていた一花が僕の肩にコテンっと頭を預けてくる。

 

「どうしたの一花?」

「うーん?なんでもないよ~ただカズヨシ君の傍にいたいなぁと思っただけ」

「そっか。まあ、ほどほどにね」

「ふふん♪分かってるよ」

 

そうして暫くの間二人だけの時間を楽しんでいると……

 

「あれ?上杉さんはどこに行ったんですか?」

「さっきまでそこに居た筈なんだけど」

 

四葉の声に反応して辺りを見回すと少し離れたところで風太郎が一人で佇んでいる姿が見えた。僕は立ち上がるとそちらの方に向かって歩いていく。後ろでは一花も着いてきていた。

 

「ほら。これ飲みな」

「おっと……すまんな」

 

飲み物を渡しながら横に並ぶとそのまま二人で話をする体勢になる。

 

「それでどうしたの?何か悩み事?」

「いや、別にそんなんじゃない。只なんとなく一人になりたかっただけだ」

「そうかい。でもあまり心配させないでくれよ。折角皆で来たんだからね」

「ああ……悪かったな」

 

風太郎は普段から勉強ばかりしていて息抜きなんてほとんどしないだろうからこういう時くらいは羽を伸ばしてほしい。

 

「それにしてもお前ら本当に仲が良いな」

「そりゃね。付き合ってるわけだしね」

 

そう言いながら僕の肩に寄り添ってくる一花。

 

「例の六人で付き合うってあれか」

「うん。そうだよ。僕も最初は戸惑ったけど今じゃこの五人と付き合えて良かったと思ってる」

「……後悔はしてないのか?」

 

風太郎の言葉を聞いて思わず目線を逸らす。

 

「……あると言えばあったかもしれないね。やっぱり一人の女の子を大切にしなきゃいけないんじゃないかって思ったりもしたさ」

「カズヨシ君…」

「でも、やっぱり皆可愛いし魅力的な女の子達だからね。皆、優しくしてくれるし、大切にしてくれるし、好きって気持ちもくれた。だから今ではとても幸せだって思えてる」

「そうなのか……」

「うん。もう迷わない。この先どんなことがあろうとも前に進むつもりだよ。例えそれがどれだけ辛いことであってもね」

「そうか……強いな」

「風太郎に比べたらそうでもないさ」

「俺は強くなんかねぇ……弱い人間だ。昔から何も変わってないしこれからも変われそうにもない」

「それは違うよ」

「えっ……」

「君は変わったよ。少なくとも昔よりはずっと前向きになったと思う」

「そうだろうか……」

「きっとそうなんだよ。自分が気づいてなくても少しずつ変わっているものなんだから」

「……」

 

そう言うと黙り込んでしまう風太郎。

 

「なあ、一花。一つ聞いてもいいか?」

「ん?いいよ。何が聞きたいの?」

「お前は今幸せか?」

 

その質問に一瞬言葉が詰まる。しかし一花は答えてくれた。

 

「もちろん!すごく幸せだよ。大好きな人達と一緒にいれて、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って、一緒に悲しんで、一緒に喜んで、一緒に生きていける。こんな幸せなことはないよ」

「そうか。それならいいんだ」

 

そう言って風太郎は立ち去っていく。

 

「風太郎!ありがとね!」

 

去りゆく背中に声をかけると風太郎は何も言わずに手を上げることで応えてくれる。

 

「やっぱり心配させちゃってたかな」

「みたいだね」

「ふふ。不謹慎かもだけど嬉しいな」

「どうして?」

「あんなに僕のことを想ってくれてるんだなって改めて実感できたから」

「……そうだね。私が妬けちゃうくらいにね」

「ははは……」

 

風太郎は優しい。誰よりも。その優しさを表現するのが下手くそなだけ。

彼の背中を眺めながらそう思うのだった。

 

「そういえば母さんから聞いたけど、夏休みが開けたら休学するんだってね」

「うん。まあね」

 

一花と二人、レジャーシートの所に戻る途中話を切り出した。

屋根の上で話してた時は学校を辞めるかもしれないとまで言っていたから気にはなっていたのだ。

 

「こういう関係になったんだもん。なんとか少しでもカズヨシ君と一緒にいたいし、やっぱり皆と卒業もしたい。だから、綾さんに相談してみたんだ。もちろんこの関係については話してないよ」

「まあ母さんならいつか気づくかもだけどね」

「あはは…否定できないなぁ」

「でも、無理だけはしないでよ?」

「だーいじょうぶ。心配かけないように頑張るから。お仕事も勉強もね」

「勉強も?」

「うん。ある程度の学力がないと卒業できないんだって。だから、これからもよろしくね先生!」

「分かったよ」

 

そんな話をしているうちにレジャーシートの所まで戻っていた。

 

「あっ、やっと戻ってきたわね」

 

レジャーシートでは二乃と三玖が水分補給をしていた。

 

「むー…一花ばっかりカズヨシといてずるい」

「ごめんごめん」

「まあ別にいいわよ。カズ君の相手するように言ったわけなんだしね」

「そうだったんだ」

「ええ。一花は日焼けのことがあるからそんなに遊ばないだろうし。カズ君は水着がないしだしね」

「なるほどね」

 

確かに一花は前に来たときもあまり泳いでなかったもんな。

 

「ところで、風太郎戻ってこなかった?」

「フータローならあそこ」

 

そう言われて指差された方を見ると四葉とらいはちゃんと一緒にいる風太郎の姿があった。

 

「四葉達と一緒にいるね」

「そうみたいだね」

 

一花も僕と同じ方向を見て呟いている。

すると四葉が大きな声を上げている。

 

「上杉さ~ん!ビーチバレーやりましょうよ!!」

「おい待て引っ張るな」

「ほら早く行きますよ」

「わかったから離せって」

「はい、じゃあ始めましょうか」

「はあ……仕方ねぇな」

 

そうして風太郎は四葉の勢いに流されながら渋々了承していた。

そして暫くの間風太郎が四葉とらいはちゃんに振り回されているのを見届けると、僕はバーベキューの準備に取りかかった。

 

「さて、やるか」

 

まずは炭に火をつけなければならないので、着火の用意をする。持ってきたライターで炭に火をつける。

 

「さて、こんなもんかな」

 

そうこうしている間に炭に火が通り準備が進んでいく。材料などの用意は二乃と三玖とで手分けしている。

そんな中皆も集まってきた。

 

「さあみなさん、待ちに待ったバーベキューの時間ですよ!」

 

やたらとテンション高く五月がそう宣言する。お腹空いてたのかな?

 

「みんなっつーか五月お待ちかねの時間だろ」

「わ、私だけではありませんよね?みんな楽しみにしていましたよね?」

「もちろんだよ!こんな風に浜辺でバーベキューなんて最高だよ!」

「たまにはこうやって外で食べるのも良いものです」

 

五月の問いにらいはちゃんと零奈が答える。

 

「おー、直江さん準備万端じゃないですか!では、じゃんじゃん焼いてじゃんじゃん食べましょーう!」

「四葉、トングをカチカチしない」

 

トングを持ってカチカチしていた四葉を三玖が注意する。あれって必ず誰かやるよね。

 

「食材の準備もできてるわよ」

「うおおおっ!?結構豪華じゃないか!?」

「おじいちゃんが色々と用意してくれたのよ。お肉に野菜、後海鮮も豊富よ」

 

二乃が準備した食材を差し出すと風太郎は驚きの声をあげた。

 

「本当です!すごい美味しそうですね!」

「はい!どれも新鮮です!」

 

目をキラキラさせている五月に桜が答える。

 

「ちょっと張り切りすぎちゃったかしらね」

「いいのではないですか?こういう時くらい思いっきり楽しまないと損ですよ」

「そうだね。今日くらいは羽目外さないとね」

「じゃあ早速焼き始めよっか。どれから焼くのがいいのかな。お肉の後に海鮮を焼くのはちょっと……」

「鉄板もいくつか用意できてるから別々に焼けば良いんじゃない」

「そうね。それでいいと思うわ。うん、網はしっかり温まってるみたいね」

「炭の量を調節して強火と弱火、保温する場所も作っとくね」

「さすがね。よろしく」

「なるほど。火の通りやすさで分けていくのですね」

 

僕と二乃のやり取りを聞いて桜が納得をする。

 

「この辺りは兄さんと二乃さんに任せておけば問題なさそうですね」

「ああ。火の調節は僕と風太郎でやっていくよ。風太郎、やり方教えるから頼むね」

「任せろ」

「焼くのは私も手伝います!」

「よろしくねらいはちゃん」

 

こうして、準備は滞りなく進み、いよいよ食事が始まった。

 

「焼き上がったものはこっちに置いてくから遠慮なく取って良いよ」

「それじゃお言葉に甘えて、いただきまーす」

「美味しい……」

「火加減ばっちり!さすが二乃と直江さん」

「まあね」

「これくらい当然よ」

「ほら風太郎も遠慮なく食べな」

「おう」

 

概ね皆には好評のようだ。

そんな時だ。

 

「ねえカズヨシ君、あーんしてあげるよ」

「えぇ……恥ずかしいんだけど」

「えー、いいじゃん。焼いてばっかで全然食べれてないでしょ?ほら、あーん」

 

一花はそう言って箸で掴んだ肉を食べさせようとしてくる。

 

「カズヨシ……あーん」

 

一花が差し出した反対方向からは三玖も同じように僕の口元へ運ぼうとしている。

 

「え、ええ……?」

「…っ!和義君。私のもどうぞ」

 

三玖に続いて五月も僕にあーんしようと迫ってくる。

 

「ちょ、ちょっと待ってって!」

「和義さん、こちらもどうぞ」

「桜まで!?」

 

僕が戸惑っていると……。

 

「「「じー……」」」

 

物凄い視線を感じてそちらを見ると、四葉とらいはちゃん、そして零奈が僕たちを見つめていた。零奈に至ってはジト目である。

 

「なんだかみんなとても楽しそうだね!」

「あはは……こっちが恥ずかしくなってきますけどね」

「まったく…」

 

リアクションは三者三様である。

 

「ほらほら、みんな見てるよ?」

「うぅ……わ、わかったよ……」

 

一花の言葉に僕は観念して口を開けた。するとそこにすかさず三玖が運んでくる。

 

「はい、あ~ん」

「むぐっ」

 

僕は三玖に運ばれてきたものを咀噛する。

 

「どお?」

「う、うん普通に美味しかったかな」

「良かった」

 

三玖は嬉しそうにはにかんでいる。

結局その後も順番に食べさせてくるものだから、僕はただひたすらあーんでお腹を満たしていった。もちろん隣で焼いていた二乃からも差し出されていた。

 

「はぁ……お腹いっぱいです。お肉も海鮮も、美味しかったですね」

「二乃とカズヨシのおかげだね。ありがとう」

「どうってことないさ」

「普段もそれくらい感謝の気持ちを見せてくれてもいいのよ?」

「はーい」

 

二乃のからかい半分の言葉に一花が返事をする。それを中心に皆お互いに笑いあっている。

そんな光景を少し離れた場所に移動して眺めていた。

 

「どうしたのですか?こんな離れた場所に移動して」

 

そんな僕に付いてきたのか零奈が話しかけてきた。

 

「うーん……なんか良いなって思ってさ。この光景をずっと見ていたい」

「……そうですね。それはこれからの兄さんの腕の見せ所かと」

「ああ。頑張るよ」

 

零奈の言葉に決意を込めて返すと、零奈は満足そうな笑みを浮かべるのだった。

 

 




今回は浜辺でのバーベキュー回にしてみました。

登場キャラが多いとセリフとかが大変ですね。誰かが多くなると、その分誰かが少なくなるみたいになってしまいます…難しいです。

ではまた、次回も読んでいただければと思います。よろしくお願いいたします。



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新学期

「色々とお世話になりました」

 

夏休みも後二日となった日。新学期も始まるので全員で家に帰る事にした。

 

「なーに、こっちも助かったからな。ここで働きたい意思があれば、卒業後にでもまた来るといい」

「はい!その時はぜひよろしくお願いします」

 

お祖父さんとそんな会話をしながらもお互いに手を握った。

 

「お祖父さんは身体にも気を付けてくださいね」

「大丈夫ですよ。私が付いていますから」

「......」

 

楓さんの言葉にお祖父さんは言葉が詰まった。

 

「え...えーと、お婆様。もしかしてずっとここにいらっしゃるつもりですか?」

「ええ。何か問題が?」

「い、いえ。そうなってくるとお客様のお相手が...」

「息子であるあなたの父親が行えばいいでしょう。そろそろあの子にも跡取りとして頑張ってもらわないとですしね。まあ、あの子でも難しい場合はここまで来れば良いのですから。私はここを離れるつもりはありませんよ」

 

頑なに動こうとしない楓さん。

桜も大変だなぁ。

 

お祖父さんめっちゃ愛されてますね

「うーむ……」

 

小声でお祖父さんに伝えると恥ずかしそうに唸っている。否定をしないってことは満更でもないのかもしれないな。

そんな風に考えていたらお祖父さんに声をかけられた。

 

「和義。孫たちのこと、それに零奈(れな)のことよろしく頼む」

「私からも。桜のことも頼みましたよ」

「はいっ!」

 

この口ぶりからして僕たちの関係にもしかしたら気づいているのかもしれない。そんな思いで二人の言葉に対して返事をするのだった。

 

旅館から離れて皆で渡船場に向かって歩いている。

 

「さて、明後日から新学期が始まるね」

「はぁぁ…まだまだ遊び足りなかったわ」

「十分遊んだだろ!」

 

二乃の遊び足りないという言葉にすかさず風太郎がツッコミを入れる。

遊びに行くところがないとはいえ、海水浴にバーベキュー、花火もしてるからな。受験生の夏休みとしては十分満喫だったと思う。

 

「毎日楽しかったよね。学校が始まったら友達に教えてあげるんだ」

「くぅー!私はもっとらいはちゃんと遊びたいです!」

「少しは勉強のことも考えてくれ…」

 

らいはちゃんに抱きついている四葉に呆れながら風太郎が口にする。

 

「少しはよいのではないですか?ここに来てから毎日勉強はしていたのですから。仕事の合間に勉強を見てくれてありがとうございます。和義君。上杉君」

「か、家庭教師として当たり前のことをしたまでだ!」

「ふふっ、僕も風太郎と同じ気持ちだよ。これくらいどうってことないさ。それに三玖も手伝ってくれたわけだし。ありがとね」

「私は料理の学校に行くから受験しなくていいし…少しでも役に立てたのならよかった…」

「十分だったよ。社会は三玖に任せて良いくらいにね」

「ええ。社会だけは三玖に勝てそうにありません」

「ふふっ、これだけは負けられないからね」

 

笑みを作りながら三玖が答える。

 

「受験…皆さんは後半年程でご卒業されるのですよね…一花さんに至っては学校ではもう会えないのかもしれませんし…」

「桜ちゃん…」

 

桜の言葉に心配そうに桜を見る一花。

桜がそう呟くのも無理はない。高校生組の中で唯一の一年生なのだから。僕達が卒業してそれぞれの進路に進むなか桜だけが学校に残ることになる。

 

「なーに言ってんのよ」

「卒業しても私たちはずっと一緒」

「あの日そう誓い合ったではないですか」

 

一花とは裏腹に、二乃と三玖と五月が明るく桜に向かって話してかけている。

 

「皆さん……そうですよね!(わたくし)達はどんな時も一緒です!」

 

その言葉で桜も笑顔を取り戻したようだ。

 

「こりゃ一本取られたねぇ」

「ははは、だね」

 

そんな姉妹たちのやり取りを見て苦笑いを浮かべる僕と一花であった。

 

「皆さん本当に仲がいいんだね」

「まあそうですね。良い意味でも......悪い意味でもですね」

 

らいはちゃんの言葉に零奈が答えた。

 

「ん?悪い意味?」

「見ていれば分かりますよ」

「ほらほらお姉さんの提案はよかったってことでしょ?」

 

そう言うや否や一花が僕に腕を組んできた。

 

「ちょっ、ちょっと何どさくさに紛れてカズ君に抱きついてんのよ!」

「早い者勝ちだよ~」

「そう。ならもう片方は私が...」

「あーー!三玖もずるいですよ!」

「そうです!ここはじゃんけんじゃないですか?」

 

ギャーギャーと僕の周りで五人が僕の腕の取り合いを始めだしたのだ。

 

「ね?」

「ああ、確かにこれは……うん」

 

目の前では二乃が大声で叫んでいるし、三玖と五月と桜の三人は睨み合っているし、そしてそれを煽るように一花はニコニコしながら眺めている。

その姿を見ながら零奈が「でしょ?」というようにらいはちゃんを見て、それにらいはちゃんが答える。

 

「毎回毎回お前らは...」

「あはは...まあいいじゃないですか。楽しそうです......羨ましいなぁ

「.........ったく。ほら、服のすそだったら掴んでいいぞ」

「...っ。はい...

「あーーもう。皆落ち着いて!」

 

僕達六人で騒いでいる横で、風太郎と四葉のそんなやり取りがあっていたのを二人以外は知ることはなかった。

 


 

ピンポーン...

 

新学期初日の朝。朝食も終わってそろそろ登校しようと思った矢先、家のインターフォンが鳴った。

 

「?こんな朝から誰だ?」

「風太郎さんと待ち合わせでもしてたんですか?」

「いや、そんなのはしてなかったけどなぁ。とりあえずもう出れるし、ついでに家を出ようか」

「ええ。そうですね」

 

朝からの来客に不思議に思いながらも僕と零奈は登校の準備を整えていたのでそのまま家を出た。そこには...

 

「おはようございます」

「桜!?」

「さ、桜さん。おはようございます。どうされたのですか?」

「はい。お付き合いも始まりましたのでお迎えに参りました」

「「おーーー...」」

 

桜の後ろに送迎用なのか車が控えている。そういえば、桜も何だかんだでお嬢様なんだよね。

 

行動力...

 

ボソッと零奈が口にするが僕も今思ったところである。

 

「あーー...桜。おはよう」

「はい。おはようございます、和義さん!」

 

うん、いい笑顔だ。じゃなくてっ。

 

「えーっと…車で迎えに来てくれたのはものすごーくありがたいんだけど。さすがにこれで学校に行くのはちょっと…」

「確実に噂になりますね」

「はうっ…!」

「せめて一緒に歩いていこうか」

「...っ、はい!では、運転手の方にここからは歩いていくと伝えてまいりますね」

 

僕と零奈の言葉に一度は落ち込んだのだが、一緒に登校することを提案するとキラキラした顔で答えてくれる。朝から忙しいなぁ桜。

ということで、零奈と桜三人で登校の道を歩いている。零奈はいつものように僕と手を繋いで歩いているのだが。

 

「あ、あのぉ...零奈ちゃん。いえ零奈(れな)さんはいつも和義さんと手を繋いでますよね?」

「まあ妹ですから」

「妹だしね」

「そ、そうなんですけど...」

 

桜の質問に当たり前の如く答える僕と零奈。しかし、桜はどこか納得いっていないようではある。

 

「前までは桜も妹だからって納得してたじゃん」

「そうなんですけど...零奈(れな)さんの事を聞いてから、何かモヤモヤしたものを感じるのです」

 

五つ子達も同じようなことを言ってたけど。

そんな思いで手を繋いで隣をトコトコ歩いている零奈に目をやる。

確かに零奈(れな)さんの事を聞いた時は若干違和感を感じたけど、やっぱり僕にとっては零奈は零奈だしな。まあ、最近の積極性に困惑をしているのだが。

 

「何ですか兄さん?」

「いや。やっぱり零奈は零奈だなって」

「な、何ですか急に...」

 

恥ずかしそうに顔を反らす零奈。うん、やっぱり可愛いなぁ。

そんな時、前方に見たことがある零奈の友人らしき子ども達が仲良く歩いているところを見つけた。向こうもこちらに気付いたようだ。

 

「それでは兄さん、桜さん。私はここで」

「ああ。気を付けて行ってくるんだよ」

「はい!」

 

僕の手を離した零奈は友人達のところに向かって走っていった。

 

「こうやって見るとやっぱり小学生なんですよね」

 

しみじみとそんな発言をする桜だった。

そんな桜としばらく二人で登校をしていると、途中五つ子と合流した。

どうやら一花が仕事に行くために皆で駅まで来ていたようだ。

 

「なんで桜がカズ君と一緒にいるのよ!」

「......途中で偶然会いまして」

「桜さんの家は私たちと同じ方向ではないですか」

「嘘はよくない」

「なかなかしたたかな子だねぇ」

「行動力も凄いと思う」

 

僕と桜が二人でいることにすかさず二乃がツッコミを入れるが、言い逃れしようとする桜。まあ、すぐにバレるよね。

 

「一花は今日から休学で仕事なんだっけ」

「そだよ。みんなが見送ってくれるってことでここまで一緒に来たんだ」

「そっか。あ、そういえば例のCM観たよ。零奈も久しぶりに興奮してたよ」

「うちの五月みたいね。五月も家ではしゃいでいたわ」

「仕方ないじゃないですか。テレビや映画で観る一花は輝いて見えます。それに、すごく楽しそうで本当に一花がやりたいことだよ思うんです」

「五月ちゃん...」

「その気持ち分かります」

 

熱弁をふるった五月に桜が同意した。

 

「そうだ!実は三玖がCMの一花のモノマネをしてくれたんですよ。すっごく似てて、ぜひ直江さんと桜ちゃんにも見てほしいです」

「えー、やりたくない」

 

四葉はテンション高めで提案をしているが、当の三玖は本当にやりたくないようで、テンションだだ下がりだ。

 

「あ、私も見たいなー」

「あれ?一花は見てないの?」

「うん。多分私が仕事で家にいないときにしたんだと思う」

「一度はやってくれたじゃないですか」

「ほら三玖、三人に見てもらいなよ!桜ちゃんも見たいよね?」

「ええ。三玖さんさえよければ」

「ほら観念なさい」

「......じゃあ、一度だけ...」

 

五月と四葉の説得に加え、桜のお願いもあり、最後は二乃の後押しで観念したようだ。三玖はふぅーと一呼吸入れると...

 

「忘れられない夏にしてあげる♡」

「おー」

「わー、そっくり」

「凄いです!CMのままです!」

「......」

 

流石は変装が姉妹の中で一番うまいだけはあるな。ウィッグで髪型を一緒にすれば絶対見分けられないんじゃないか?まあ、当の三玖本人は複雑そうな顔をして下を向いてしまっているのだが。

 

「大したもんだよ。本当にそっくりだった」

「だよね!出席日数が足りないとか言われそうだったら、代役お願いね」

「無理!」

「だよね。現場行ったら、ガッチガチに固まってそうだもん」

「そっかぁ...と、もう行かないとだから」

 

一花が腕時計を見ながらそう伝えてくる。

 

「ああ、頑張ってきな」

「帰ったら、またお話聞かせてね」

 

一花の言葉に僕と四葉が声をかける。

 

「うん。皆も頑張って」

 

一花はそう言いながら改札口を通って行ってしまった。

 

「さて、僕達も行こうか。あまりゆっくりしてると新学期早々遅刻しちゃうしね」

「そうですね。行きましょう」

 

僕の言葉に桜が答えた。

一花の抜けた六人で学校に向かう。

 

「それより私たちの関係はばれたらまずいと思うのよ」

 

二乃がそんな言葉で切り出した。

 

「確かに他の人から見たら異常ではありますからね」

 

五月もそれに同意する。

まあ、五人と付き合うなんて普通じゃないからねぇ。

 

「みんなには苦労をかけるかもしれないけど、僕に出来ることは何でも協力するよ」

 

僕の言葉を聞いた四人は顔を見合わせると笑みを浮かべた。

 

「カズヨシらしいね」

「私たちのことを考えてくれてありがとうございます」

「私はあんたが決めたことに文句を言う気は無いわ」

「和義さん。私たちも何でも協力しますから」

 

こんな風に笑ってくれるならどんなことでも頑張れる気がする。

 

「とは言っても、当面私たちはいつも通りでいいと思うのよ」

「そうですね。私たちの仲は結構知れ渡っていますし。お昼も一緒に食べても何も言われませんしね」

「後、私や上杉さんも一緒にいるから怪しまれることもないと思う」

(わたくし)も三年一組の皆様に歓迎されてますので、そちらにお伺いしても問題ないかと。ただ……」

「うん。一つだけ我慢できるかわからないものがある」

 

そこで四葉も含めた五人の顔がこちらを向いた。

え、何?

 

「カズヨシが受ける告白。黙って見てるの結構辛いかも」

「そうなのよねぇ」

「いや~、こればっかりは僕がどうこう出来る問題でもないしなぁ。勿論告白されればいつも通り断っていくけど。ただ、三年生は受験だしで告白も自然に減るんじゃない?現に三年生になって減ってるしね」

「四月からどれくらいされたのですか?」

 

五月からの質問に頭の中で数えてみる。

 

「えっと……二十はいってなかったと思うよ」

「直江さん凄いです!」

「やっぱり何かしらの手は打っといた方がいいかもね」

「ですね。実際(わたくし)のクラスでも人気ですし」

「本人に任せてたら解決しない」

「ですね。色々と考えてみましょう」

 

僕の言葉に四葉は驚きの言葉を向けてくれたが、残りの四人は何やら固まって話している。

苦労をかけて申し訳ない。

 

こんな風に皆と一緒にいられるのも後少し。現に一花は仕事のため休学してそれほど一緒の時間を過ごせないだろう。

夏ももう終わり。卒業はもうすぐそこまで迫っている。

 

 




大変長らくお待たせして申し訳ありません。やっと投稿できました!
いやー、ここまで間隔が空くのは初めてですね。
すみません、仕事などが忙しくて書く暇がありませんでした…

今後も間が空くことがあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。



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お宅訪問

「来ちゃった」

 

新学期も始まったある週末。夕飯を零奈と二人で食べていると、そんな言葉と共にうちに来客があった。

 

「来ちゃったって…」

「はぁぁ…一花、仕事はどうしたのです?」

「んー?もちろん終わらせてきたよ。ここにはタクシーで来たから」

 

呆れながら零奈が質問するもあっけらかんに一花は答えた。

 

「こちらに来るくらいなら自分の家に帰れば良いではないですか…」

「えぇ~、だってカズヨシ君に会いたかったんだもん」

 

そんな風に言いながら僕の腕に抱きついてくる一花。

自由な娘だ。

 

「それにカズヨシ君と約束したからね……勉強教えてね」

「!」

「ほぉー、それは殊勝な心がけですね」

 

一花の言葉にニヤリと笑みを浮かべる零奈。

そっか、ちゃんと考えてくれてたんだ。

 

「そういう事なら協力するよ。夕飯食べちゃうからちょっと待っててね」

「はーい」

 

いい返事も返ってきてるし今日ははかどるかな。

そんな風に考えていたのだが……

 

「こら一花、寝ない。まだ、今日のノルマ残ってるんだから」

「ひぃ~~、もう勘弁してよ~~。日中のロケでくたくたなんだよ~~」

 

ある程度勉強を進めていくと一花からギブアップが上がった。

 

「まったく。このままでは、兄さんや姉妹、風太郎さんと一緒に卒業出来ませんよ?」

 

お茶を一花の前に置きながら零奈が言う。

 

「それは分かってるんだけどさぁ...こんな疲れた状態じゃ、頭に入んないよぉ~~」

「まったく…最初の意気込みはどうしたのさ」

「いや~、いけると思ったんだけどね」

「仕方ない。明日も仕事だし今日はここまでにしとこうか」

「やったぁぁ…」

 

僕の言葉に机に突っ伏す一花。

 

「もう、兄さんは甘いのですから…」

「まあまあ。それで?これから家まで送ってく?」

「ん~~、今日は泊まってく。明日の朝仕事場まで送ってくれると助かるかな」

「仕方ありませんね。こんな時間だとバイクの運転も危ないですし。一花、客間に布団を敷くのを手伝ってください」

「やったぁ。ねえねえ、どうせだからまた三人で寝ようよ」

 

このお嬢さんはまたとんでもないこと言い出したね。

 

「また突拍子もない事を…」

「えぇ~、お母さんは反対?」

「わ、私は兄さんを困らせたくないので」

 

零奈はそう言いながらもチラチラとこちらを見ている。

まったく素直じゃないんだから。

 

「分かったよ。今日は三人で寝よう」

「やっぱりカズヨシ君は話が分かるぅ」

「に、兄さんがそう言うのであれば反対はしません」

 

一花の喜びは見て分かるのだが、零奈も言葉とは裏腹に口元が緩んでいる。

 

「それでは一花はお風呂にいったらどうです?布団は私と兄さんで敷いておきますので」

「はーい。いやぁ、着替えを少しでも置いてて良かったよ」

「まったくだよ。まさか、こんなにも早く役立つなんてね」

 

一花達と付き合うことになってからこんな風に泊まりに来るのではないかとは予想はしていた。ホント、こんなに早く来るとは思わなかったけどね。

そんな感じで、一花のお風呂が終わった後は僕を中心に三人川の字で眠ることにした。

 

「カズヨシ君、まだ起きてる?」

「起きてるよ。どうしたの?」

「んーん、何でもない。お母さんは?もう寝ちゃった?」

 

一花とは反対側を見てみると、僕の腕を抱き枕のように抱きしめてスヤスヤと眠っている零奈の姿があった。

 

「うん。ぐっすりだよ」

 

その顔は幸せそうな寝顔だった。

 

「良かったね、お母さん……」

 

そう言う一花の口調もどこか優しく感じる。

 

「ねぇカズヨシ君……こっち向いてくれる?」

 

一花に言われ、僕は彼女を見た。すると突然キスをされた。

 

「ん……ちゅ……」

 

彼女の舌が口の中に入ってくる。そしてしばらくした後唇同士が離れた。

 

「えへへ……しちゃった……」

 

照れ臭そうにはにかむ彼女に見惚れてしまう。

 

「私は皆と違ってこうやって一緒にいられる時間は少ないから…だから甘えられるときに甘えさせてもらえると嬉しいな」

「そっか……じゃぁもっとしていいんだよ」

 

今度はこちらからキスをする。最初は触れるだけの軽いものだったけど次第にお互いを求め合うように激しくなっていく。

 

「ふぅ……はぁ……」

 

息継ぎのために一度口を離す。その時唾液が糸を引いた。それが恥ずかしかったのか彼女は顔を真っ赤にして俯いた。

 

「もう一回する?」

 

コクっと小さく彼女がうなずき再び唇を重ねる。

 

「ん……ちゅ……はぁぁ……なんか凄くドキドキしてきた……」

「僕もだよ……」

 

嬉しさを抑えきれないといった様子の一花は更に強くギュッと腕に抱きついてくる。

 

「そういえば他のみんなとはキスした?」

「いきなりだな……一花も見てたでしょ。みんなとしてるよ」

「その日以降だよ。私みたいに二人っきりになってしたとかないの?」

「………三玖と桜とはしたよ」

「おーー、三玖と桜ちゃんかぁ。積極的だぁ~。あれ?五月ちゃんは、まあ分からなくもないけど、二乃とはしてないんだ?」

「そうだね。二人っきりになることも少ないのもあるけど、意外にないね」

「ふ~ん。まあ二乃もああ見えて純情なところもあるしね。逆に三玖は気にしなくなったらガンガンいくとこあるし…ほら、姉妹間では結構言うときは言うでしょ?」

「確かに」

「五月ちゃんは真面目だからね。あの時はみんながしたのを見たのと、自分の気持ちに正直になったところもあったから。大丈夫だって思ってるけど、二人のこともちゃんと愛してあげてね?」

「分かってるよ」

 

こうして僕らの夜は更けていった。

 


 

「♪~~♪~」

 

朝から鼻唄混じりに一花は朝食を食べている。

 

「……一花。朝からご機嫌ですが何かあったのですか?」

「んー…?何もないよ。いつも通りだって♪」

「どこがですが、まったく…」

「そういうお母さんだってちょっとご機嫌なんじゃない?カズヨシ君と一緒に眠れたからかなぁ~?」

「な、何を!?」

 

朝から賑わっている二人である。本当に仲が良い。

 

「ほらほら早く食べないと仕事遅れるよ」

「おっと、そうだった。そうだ、今日ってカズヨシ君は一日時間空いてるの?」

「僕?うーん、午後から家庭教師があるくらいかな…」

「私は今日らいはさんと約束があるので上杉家に行ってますね」

「え、風太郎の家に?」

「ええ。駄目でしたか?」

「いや、駄目ってことはないよ。楽しんできな」

「はい!」

 

らいはちゃんも中学生に上がったのに、たまにこうやって零奈と遊んでくれるのはありがたい。

 

「じゃあさ。午前中だけでも私にカズヨシ君の時間くれないかな?」

「へ?」

 


 

「おはようございます。私、一花さんのマネージャーをしている者です」

「はじめまして。すみません突然お邪魔して…」

「いえ、社長からも前もって聞いていましたので。それではこちらを首から下げておいてください」

 

マネージャーと名乗る女性の方に『関係者』と書かれた吊り下げ名札を渡された。

そう、ここは一花の撮影現場。見学という形でお邪魔しているのだ。

自分が何かするわけではないのに緊張してきた。現場の雰囲気がそうさせているのかもしれない。

 

「撮影の準備ができるまで少々時間がかかりますので……そちらに座ってお待ちください」

「はい、ありがとうございます!」

 

案内された椅子に座りながら周りを見渡すと、カメラや照明など本格的な機材が置かれている。そして大勢のスタッフさんたちが慌ただしく動き回っている様子は映画撮影を思わせるものだった。

 

「ふぅ……」

 

僕は小さく深呼吸をして気持ちを整える。今日ここに来た目的はただ一つ、一花の晴れ舞台を見ることだ。余計なことを考えずに集中しよう。

しばらくすると監督らしき男性が現れ、そのすぐ後ろに一花の姿があった。

 

「よしっ!じゃあ始めるぞー!」

 

監督の掛け声と共に撮影は始まった。どうやらこのシーンはワンカットで撮るようだ。

 

「はい、カーット!!」

 

監督が声を上げた瞬間、張り詰めていた空気が一気に和らぎ周りの人たちから安堵の声が上がる。

 

「今までテレビや映画で一花さんの演技を見てきましたけど、やっぱり生は違いますね」

「ふふふ、生で見ると演技している雰囲気とか感じられますからね。それにしても今日は集中できているというか、一花さんは良い演技ができていますね」

「そうなんですね」

 

確かに今日の一花はいつもより表情豊かに見えるし、セリフにも感情が込められているように感じる。きっとそれは一花の努力の成果なんだろう。

 

「もしかしたらあなたが見ているから、かもしれませんね」

「え?」

「冗談ですよ。でもあの子にとって良い刺激になっていることは確かでしょう」

「……そうですか」

 

僕がここにいるだけで一花の力になれているなら嬉しい限りだ。

その後順調に撮影は進んでいたのだが、僕は午後の家庭教師のために帰ることにした。

休憩時間だからと、バイクの停めている駐輪場まで一花は来てくれた。

 

「今日は私の無理に付き合ってくれてありがと」

「いや、僕も今日来れて良かったって思ってる。一花の今までの努力が垣間見ることが出来たから」

「そっか…今の私を見せれたらって思ったから、そう感じてくれたならよかった」

「うん。それじゃ、マネージャーさんも今日はありがとうございました」

「いえ、道中お気をつけて」

 

二人に見送られながらバイクを中野家に向けて走らせるのだった。

 


 

「ごめん、遅くなった」

 

なるべく急ぎで来たものの少しだけ遅れてしまった。

 

「別に構わんさ。ちょうど今始めたところだからな」

「和義君が遅れて来るなんて珍しいですね」

「あれ、ヘルメット持ってるってことは…カズヨシ、バイクで来たの?」

「ん?ああ、ちょっと午前中は別の用が出来てね」

 

うーーん。一花とのこと言って良いものか迷うなぁ。

 

「ほら、突っ立ってないで早くこっちに来なさいよ」

「あ、ああ。そうだね」

 

二乃に促されながら、二乃の隣に座った。

 

「一花がいないのは残念だけど、ここまでみんなが揃うのって久しぶりだね!」

「そうですね。学校が始まってからはみんなアルバイトも始まりましたし」

「カズ君はREVIVAL辞めないわよね?」

「ああ。出勤日数は減るかもだけど卒業まで続けるよ。もちろん塾の方もね」

 

僕の言葉にふぅーと安心する二乃と五月。

 

「あー…でも、学園祭……日の出祭が開催されてる間は休ませてもらうつもりだよ」

「そういえばそんなもんあったな」

「風太郎らしいね…」

「うちのクラスはまだ何も決めてないですよね?」

「まあ、まだまだ先だしね。文化部やライブとかパフォーマンスする人達はもう準備に取りかかってるみたいだけどね」

「去年は転入してすぐだったから準備から参加できるのは嬉しい」

「でも、なんでカズ君はバイト休むことになるの?」

「多分、学級長が中心になって準備に取りかかったりするからね。それでだよ」

「なるほど!じゃあ私も頑張らないとですね!」

 

そんな風に息巻いている四葉。無理しそうで心配ではある。

 

「ほどほどにしときなさいよ。あんたはすぐ無理するんだから」

「はぁーい」

「お前ら、そろそろ駄弁ってないで勉強に集中しろ」

 

風太郎のそんな注意もあり、各々が自分の勉強に集中を始めた。三玖には今日も社会を見てもらっている。

そして今日の家庭教師も終わりを迎えた。

 

「さて、帰りますか」

「お前らちゃんと課題しとけよ」

「分かってるわよ」

「今日もありがとうございました!」

「気をつけて帰ってくださいね」

「また学校で…」

 

四人の見送りを受けながら中野家を後にする。

帰りは風太郎を後ろに乗せて送ってあげることにした。

 

「なあ、時間あるならちょっとどこかに寄っていかないか?」

「りょーかい」

 

後ろから風太郎のそんな提案もあり、上杉家に近い公園に立ち寄る事にした。

自販機で二人分の飲み物を買い、それを持ってベンチに座る風太郎のところに向かう。

 

「ほら、奢りだよ」

「悪いな」

 

飲み物を風太郎に渡した後、お互いに飲み物で口を潤した。そしてそのまま僕は風太郎の横に座った。

 

「んで?どうした?」

「…………お前たちはあれからうまく付き合えているのか?」

「また、風太郎の口から出るとは思えない言葉だね」

「うるさい」

 

本当にどうしたのだろうか。

 

「うーん……どうだろ?とくにケンカとかしてるわけでもないしなぁ、そういう面ではうまく付き合えてるんじゃない。ただ、付き合う前と変わらないところもあるから、そういう面ではうまくいってないのか?でも、毎日が楽しいよ。彼女達の色々な顔を見ることも出来てるしね。僕達のペースでやれてるさ」

「そうか…」

「ホントどうしたのさ。こんなこと聞いてくるなんてらしくない」

「……俺は……四葉の気持ちに応えようと思っている」

「ぶふっ…げほっ、けほっ……へ?」

 

ちょうど飲み物を飲んでいる時に衝撃的な言葉を聞いたので吹き出してしまった。

 

「なんだ?何かおかしな事を俺は言ったか?」

「いやいやいや。え、何?四葉と付き合うの?」

 

僕の言葉に風太郎は答えることはせず、僕とは目を合わせず前髪を弄っている。その顔はどこか赤くなっているようだ。

 

「……あいつは俺がつまづいたりする時にいつも手を差しのべてくれた。もちろんお前だってそうだ。だが、なんて言うか…安心すんだよ」

「安心?」

「ああ。お前といる時みたいにな。あいつは俺の支えであり、俺はあいつの支えでありたいと思っている。だから……あいつがたまに見せる寂しそうな顔が無性に心にくるんだよ」

 

飲みかけのペットボトルを握りしめながら風太郎は答える。

 

「四葉以外の姉妹はお前と付き合ってるだろ?お前が悪いってわけじゃないんだが、お前らが笑っているときに一瞬寂しそうな顔をあいつはしてるんだ。羨ましそうにな…」

「……」

「支えてやりたいやつがそんな顔してたら、動かないわけにはいかねぇだろ」

 

そこで風太郎はぐいっと残りを飲み干した。

 

「へぇ~、それでどんな風に四葉に伝えれば良いのか相談ってこと?」

「あ、ああ…そういえば、お前はどんな風に伝えたんだ?」

「あー…僕のは参考にならないよ。もう無茶苦茶だったから……」

 

参考にはならないと思ったが、とりあえず僕達が付き合い出した馴れ初めは伝えた。

一花が僕が迷っていることに相談に乗ってくれたこと。そして、朝早くから僕の部屋に五人で押し掛けてきて付き合うことになったことを。

 

「はぁぁ…無茶苦茶だな」

「だから始めに言ったじゃん」

 

呆れ気味に言ってくる風太郎にツッコミ返した。

一花が僕と風太郎で迷ってたのは言わないでおこう。

 

「まあ、ありきたりだけど放課後あたりに屋上とかに呼び出してで良いんじゃない?後は……お出掛けに誘って伝えるとか」

「そうか…」

「なんにせよ、大事なのはシチュエーションとかじゃなくて風太郎自身の口から風太郎の気持ちを伝えることなんだから、難しく考えなくて良いんじゃない?」

「そうだな」

 

難しそうな顔をしていたので追加で伝える。少しは役に立てれば良いのだが。

 

「サンキュー。後は俺自身で考えてみるよ」

「そっか。健闘を祈ってるよ」

「ああ」

 

立ち上がった風太郎に向けて拳を突き上げると、風太郎も僕の拳に向かって拳を付きだしてきた。

多分大丈夫だと思うが、良い結果になってくれることを祈るのみだ。

 

 




今回のお話しはちょっと一花がメインになってしまいました…
次回以降はきちんと皆のお話しを書ければと思ってます。書けるかなぁ……

では、また次回の投稿も読んでいただければと思います。よろしくお願いいたします。



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買い物

風太郎の決意を聞いた夜。

夕飯を食べていると携帯に着信が入った。

 

「と…四葉?珍しいな」

「四葉ですか。確かに珍しいですね」

「四葉、どうし……」

直江さーーーん、どうしましょーーー!

 

んぐっ…耳が…

とんでもない大きな声が、電話の向こうから聞こえたのでとっさに携帯を耳から離した。

 

あれっ?直江さーーーん!もしもーし!

「十分聞こえてるから、もう少し小さな声で話そうか四葉…」

『う~…すみません…』

「それで?何かあったの?」

 

四葉が落ち着いたので改めて用件を聞くことにした。

 

『そうでした!実は風太郎君から明日のお出掛けに誘われたんですよ!』

「え?風太郎から?」

『そうなんです。ついさっき連絡がありまして…』

 

ふむ。ついさっき話したばかりだというのに行動が早いな。思い立ったが吉日ってやつか。風太郎らしいっちゃらしいけどね。

 

「それで?何に困ってるの?四葉にとっては嬉しいことじゃない」

『それは…そうなんですけど…突然すぎてどうすればいいんだろって…』

「普段通りで良いんだよ。何か特別な事をしなければいけないこともない。普段通りでいた方が風太郎も安心するだろうしね」

『普段通り…』

「まあ、多少の緊張はあるかもだけどね」

 

軽く笑いながらそう伝える。少しでも軽くなってくれれば良いけど。

 

『ふふっ、そうですね!いつも通りでいたいと思います!』

「ああ。楽しんでくると良いよ」

『はい!ありがとうございました!やっぱり直江さんは頼りになります!』

「そう言ってもらえると嬉しいかな。じゃあ、おやすみ四葉」

『はい。おやすみなさい』

 

そこで通話は終了した。

 

「ふぅー…」

「四葉はなんと?」

 

電話の内容が気になったのか零奈が確認してきた。

 

「風太郎が四葉をデートに誘ったんだって」

「えぇ!?あの風太郎さんが…驚きですね」

「まあ、これに関しての相談はついさっき風太郎から受けてたんだけどね。まさか、こんなにすぐ行動するとは思わなかったよ」

「きょ、今日の今日ですか。さすがは風太郎さんですね」

 

少し驚きながらも呆れ気味に言う零奈。まあそうだよね。

 

「そうだ。明日と言えば、兄さんは明日何かありますか?」

「僕?僕はとくに何もないから部屋で勉強でもしてようかと思ってたけど」

「なら、久しぶりに一緒に出掛けませんか?買い物なんてどうでしょう」

「そうだね、最近は一緒に出掛けたりしてなかったし。良いよ、明日は一緒に買い物行こう」

 

僕の答えに、パァーッと明るい笑顔になる零奈。うん、たまには家族で過ごす時間も作っていかないとね。

 

「では、明日のために早く休めないとですね。さっさとここを片付けちゃいましょう」

 

そう言いながら零奈が夕飯の片付けを始める。それに僕も続くのだった。

 


 

翌朝。午前中から出掛けることになった僕と零奈は、朝食を食べ終わった後各々で準備を進める。

 

「兄さん!早くしてください!」

「はいはい」

 

先に準備を終わらせた零奈が玄関から声をかけてくる。

そんな零奈は、僕からの直近のプレゼントであるブレスレットにショルダーバッグ、ネックレスをフル装備している。それだけ気に入ってくれてるのであれば何よりだ。

そんなご機嫌な零奈と一緒に玄関を出る。

 

「あら?」

 

玄関を出たところで見知った人物がチャイムをまさに押そうとしていた。

 

「二乃!?」

「おはよ。何?今日は二人でお出掛け?」

 

まさか朝から二乃が来るとは思わなかった。約束とかしてたっけ?

 

「おはようございます二乃。ええ、兄さんと出掛けるところです。二乃は兄さんと約束を?」

「いいえ。とくにカズ君とは約束してなかったけど、他のみんなとも約束してなかったしいるかなと思って。それに、前は週末通ってたし」

 

そういえば、最近まではうちに五つ子が住んでたから忘れてたけど、週末フランス語の勉強のために二乃はうちに来てたな。危なかったなぁ。

 

「そうですか。どうします?一緒に来ますか?」

「え?」

「え?いいの?」

 

零奈の提案に僕と二乃は驚いた。

 

「いいも何も。せっかく家まで来た恋人を帰すなんて無下なことはしませんよ」

 

いたって冷静にそう答える零奈。こういうところが大人である。

 

「兄さん、構いませんよね?」

「ああ。むしろ、僕は零奈が本当に良いのか気になったくらいだし」

「気にしていただいてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それに、また違う日に付き合ってくれますよね?」

 

ニッコリと笑顔で聞いてくる零奈。本当にちゃっかりしている。

 

「分かったよ。てわけで、二乃も一緒に来る?」

「行くわ!行くに決まってる」

 

前乗りになって言ってくる二乃。笑顔も交えていて喜んでくれて良かったと思う。

そんなわけで零奈と二乃と三人で出掛けることになった。

 

「♪~~♪~」

 

手を繋いで隣を歩く零奈は鼻歌を歌うほど上機嫌にしている。

 

「零奈、すごい機嫌が良いね」

「それは兄さんとお出掛けなんて久しぶりですから」

「はぁーあ。私だってカズ君と手繋いだり、腕組んだりしたいのに」

「ふふっ、役得です!」

「まあいいわ。それで?今日はどこかに行く予定でもあったの?」

「うーん…とくに決めてなかったかな。気ままにウィンドウショッピングでもって考えてたし。だからモールにでも行こうかなって」

 

考える素振りを見せながらそう答える。本当に何も考えてなかったからなぁ。隣の零奈を見てみるがとくに反対意見はないようである。

 

「あー…でも強いて言えば零奈の服を買っときたいかな」

「私のですか?」

「ああ。零奈もこの一年で成長してるし、新しい服を買った方がいいかなって」

 

零奈の頭を撫でながら伝える。

 

「成長…してるのでしょうか?」

「ああ。こうやって隣にいれば分かるさ。目線も上がってきてるしね」

「そうですか…」

 

照れたような顔をして笑みを浮かべる零奈。

少し前まではそんなに気にしてなかったけど、最近は早く成長しないかと考えてるみたいだもんな。

 

「だったら私がお母さんの服をコーディネートしてあげるわよ」

「二乃が?」

「ええ、いいでしょ?」

「良いんじゃない。ファッションセンスは姉妹で一番だろうし」

「兄さんが言うのであれば…二乃、お願いしますね」

「まっかせてよ!」

 

胸を張って自信満々に答える二乃。

まぁ実際問題、女子力が高いし任せて問題ないでしょ。僕からすればどんな服を着ても似合うと思うんだけど、零奈の可愛い姿を見てみたいって気持ちもあるしね。

その後そのままショッピングモールへと向かった。

 

「じゃ~ん!どう?これなんか良いんじゃない?」

「へぇ~、良いじゃないかな」

「ふむ……確かに可愛らしいですね」

 

現在僕ら三人は女性用の洋服店に来ていた。

目的は勿論零奈の新しい服を買うためだ。今は二乃が選んでくれたワンピースを着て試着室にいるのだが……。

 

「うぅ……恥ずかしいです……」

 

カーテンの向こう側から恥ずかしそうな声が聞こえてくる。

 

「大丈夫だよ。きっと似合ってるから」

「そ、そうですか?」

「うん」

「……ありがとうございます」

 

僕の言葉を聞いて安心したのか、少しだけ嬉しそうな声で返事をする零奈。

 

「それでは開けますね」

 

そしてシャッと音を立ててカーテンが開かれる。

そこには先ほどまで着ていたシンプルなデザインの白いワンピースではなく、水色を基調としたフリル付きのドレスのような服に身を包んだ零奈の姿があった。

 

「おおぉ……これは凄いな……」

 

思わず感嘆の声を上げる。

元々可愛い零奈だけど、こういう清楚系の服装だとより際立つというか何と言うか……。とにかく凄く綺麗に見えるのだ。

 

「ど、どうでしょうか……?」

「うん、凄く似合っているよ。まるでお姫様みたいだ」

「っ!?」

 

思ったことを素直に伝えると何故か驚いた表情をして固まってしまった。……あれ?何か変なこと言ったかな?

 

「ちょっと、私には言ってくれないわけ?」

 

横を見ると不満げな顔の二乃がいた。

 

「えー!?今は零奈の服を選んでるから二乃への感想は関係ないんじゃ…」

「関係あるわよ!ほら早く言いなさい!」

 

ぐいっと顔を近づけて言ってくる二乃。近い!近い!……それにしてもなんでこんなにも必死なんだ?別に二乃だって美人だし何を着ていても似合うと思うんだけどなぁ……。

 

「はいはい分かったから……」

 

僕は二乃の全身を見て考える。

今の二乃が着ているのは黒のトップスに赤のスカートを合わせたスタイルだ。この組み合わせなら二乃の魅力がより引き出される感じがする。

 

「うん、やっぱり二乃の今日の服装はよく似合ってるよ。可愛くて僕の彼女であるのが嬉しいよ」

「あぅ……」

 

二乃の顔は真っ赤に染まり、口をパクパクさせるだけで言葉が出なくなっていた。本当に可愛い娘だ。

そんな二乃の頭を撫でてあげる。すると彼女は目を細めて気持ち良さそうにしていた。

 

「……」

 

それを見ていた零奈は無言のままジト目を僕に向ける。僕は何もしてないはずなのになんか責められてるような気がするのは気のせいかなぁ? 結局その後も色々と試してみたけど、最終的に最初の服が採用されることに決定した。

その後も普段着用、零奈が言うには学校に着ていく用の服も見て回った。

学校に着ていく服となると、動きやすくて汚れを気にしないものと零奈は言う。小学生が絶対に口にしない言葉である。

そんな普段着用の服も零奈と二乃の二人で物色をしていた。そんな二人はとても楽しそうである。

完全に僕は荷物持ちだな。

そんな考えが二人を眺めながら出たが、とくに嫌な気持ちにはならなかった。

 

「さてと、そろそろお昼にしようか」

 

今まで買ったものを持って歩きながら二人に声をかけると、同時に二人がこちらを向いた。

 

「あら、もうそんな時間なのね。結構早かったわね」

「本当ですね。いつの間に時間が経ったのでしょう?」

「まぁ楽しい時間はあっという間に過ぎるものだからね」

 

なんて会話をしながらお店を探すが今日は日曜日ということもあってどこも人がいっぱいである。

 

「うーん、どうしよっか」

「少し歩きますが、たしかモールの外にもファミレスがありましたよね?そちらに向かいますか?」

「そーねぇ。そうしましょうか」

 

というわけでモールの外にあるファミレスに向かうことになった。

向かうとちょうど席が空いていたのか、すぐに案内された。

 

「じゃあ早速注文しましょうか。私はパスタにするわ」

「では二乃と同じものにします」

「了解」

 

ボタンで店員さんを呼び、それぞれメニューを頼んで料理が来るのを待つ。数分後、それぞれの前に注文した料理が運ばれてきた。

 

「じゃあ早速いただきますか」

「「いただきます」」

 

僕の合図に二人も手を合わせてパスタを食べ始めた。

ちなみに僕はハンバーグランチである。

 

「この後はどうしよっか?」

「私のはもういいのでお二人に合わせますよ」

「そうねぇ~、モールに戻って店を回るのもいいけど。外の店を回るのもいいかもね。カズ君は?」

「そうだなぁ……」

 

どうしようかと考えていたら聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「さぁ、好きなものを好きなだけ頼んでいいぞ!俺のおごりだ!」

「わーい、ありがとうございます!」

「ん?」

 

声の方を見ると、そこには風太郎と四葉の姿があった。

 

「ねえ二人とも、あれって…」

「ん?あら、四葉に上杉じゃない」

「あら。偶然ですね」

「何よぉ。あの二人っていつの間にそういう関係だったの?」

「うーん、どうなんだろう…」

 

全てを知っている僕からするとなんとも答えずらいものである。

 

「でも、四葉って上杉に告白してるんでしょ?なら、そんな関係になっててもおかしくないんじゃない。まあ、昨日の二人を見てるとそうは見えなかったんだけど」

「もしくは、ようやく答えを風太郎さんが出して呼び出したか、ですかね」

 

零奈鋭い!

 

「それもあり得るわね。あ、クーポン使ってる」

 

色々な予想を話しながら二人を見ていたら、お店の人にクーポンを出している風太郎の姿があった。

 

「何か問題が?」

「えぇ~、デートでクーポンとかNGでしょ」

「そういうものですか。ここの精算は風太郎さん持ちですから、風太郎さんにしてみれば頑張った方だと思いますよ」

「それは…そうかもだけど…」

 

僕は零奈の言葉に賛同する。あの風太郎が人にご飯を奢るなんて……成長したね風太郎。

その後もぎこちないながらも楽しそうな雰囲気を出している二人を観察していた。

そんな二人が店を出ようとしている。

 

「ぎこちないながらも楽しそうで良かった。この後もうまくいくかもね」

「追うわよ」

「は?」

 

食後の紅茶を飲みながら感想を伝えていると、二乃からとんでもない発言がされた。

 

「あの二人の後を追うって言ったの。早く!見失っちゃうわ」

「えぇ~~…」

「ふふふ。面白そうですね。行きましょう」

「えぇ!?」

 

零奈まで!?

結局二人の勢いに負けて、僕達三人は風太郎と四葉の後を追う事になったのだった。

 

 




お気に入りが500件に到達しておりました。
この場をお借りして御礼申し上げます。本当にありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回のお話からちょっと早いですが、風太郎と四葉のデートを書かせていただきました。内容は次回に続かせていただきます。
いやぁー、本当は原作通りの学園祭後まで持っていこうかと思っていたのですが、風太郎なら決心したら行動が早いかなっと思ってすぐに書かせていただきました。
いくらなんでも早すぎただろうか……

投稿間隔が大きく開いてしまっていますが、次回以降も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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追跡

『五等分の花嫁∽』の劇場公開観に行ってきましたー!
いやぁ、観たいと思っていたけと本編で放映されなかった話が全部観れたので大満足です。
特に『ツンデレツン』の話での二乃の表情が変わるところが良かったです。
機会があれば、期間内にまた行きたいなと思ってます。





「まさかデートで図書館に来るとはね」

「良いのではないですか健全で」

「まあ、風太郎らしいっちゃらしいよね。勉強はないみたいだから良しとしようよ」

 

レストランから風太郎と四葉のデートをつけてきた僕と二乃と零奈は、今図書館に来ている。

それにしても図書館でデートかぁ。うーん…この反応から二乃はなしだな。他の娘はどうだろう?

それにしてもデートか……

 

「?カズ君、どうしたのよ?」

「え?」

「何やら思い詰めた顔をされてましたよ」

「あー…大丈夫だよ。ちょっと考え事をね」

「ふ~ん…」

 

二乃は引き下がってくれたがどこか納得がいっていないように見える。

何考えてるんだろうな僕は。

 

それより二人はどんな感じ?って、風太郎は携帯なんか見ながら何してるの?

それ、私もさっきからずっと思ってたわ。まったく、四葉をほったらかして何してんのよ

マナー違反ですね

 

風太郎の行動に二乃と零奈は少しご立腹のようである。

風太郎は携帯でネット見たりしないし、何かメモでもしてきたのだろうか。読みたい本とか、あとは会話の話題?

そんな風太郎の行動に四葉も疑問に思ったようで声をかける。

 

「何かお探しですか?」

「いやっ、えーっと…」

 

携帯をしまいながら何か考え込んでいる風太郎。挙動不審である。

しかし会話が続かないなぁ。まあ風太郎の頭の中は勉強くらいしかないからな、話題なんて乏しいだろう。なんせ僕と話すときは僕から話題振ってるしね。

 

「進学の現実味を帯びてきて...なんか...目標とか...夢とか見えてきたんじゃねーかと思ってな。そこんとこどうなんだ?」

「なんだか急な話題ですね」

「そ、そんなことないだろ。お前と二乃には聞けずじまいだったからな!」

 

そういえば一花は女優。三玖は料理。五月は教師と希望する進路が決まってるけど、まだ二乃と四葉は聞いてなかったな。

チラッと二乃を見るが、二乃は二人の会話に集中しているようだ。

以前は僕と同じ道をいくとか言ってたから考えるように言ったけど、何かしらの指針はできたのだろうか。

 

「私は...やっぱり誰かのサポートをして支えることが自分に合ってると思います。諦めから始めたことでしたが、いまではそれも誇れることだと気づいたんです」

「そうか。お前らしいな」

「いえ。そう思えたのは上杉さんがそうだったから」

「そう...なのか...?」

「そうです!」

 

なんとも和やかなムードではある。良い感じなんじゃないだろうか。

 

あーっ!なんだかムズムズするわ!

まあまあ、落ち着きなさい

 

二乃はこの雰囲気に耐えられないようで、本棚を掴み今にも飛び出しそうな勢いである。零奈がそれを宥めている。

 

「それでも具体的な目標は合った方がいいんじゃないか?ほら、小さい頃はあっただろ夢とか」

「むー...あったと言えばあったけど...だけどあれは...」

「ん?なんだ?」

「もう忘れちゃいました!あははは」

 

うーん…あれは忘れたというよりも言えないって雰囲気じゃないだろうか。

 

ねぇ、二人は四葉の子どもの頃の夢って知ってる?

んー...どうだったでしょうか...

とくにそういう話はしてなかったわね

何か気になることでも?

いや、何となく気になっただけだから

 

母親や姉妹にも話していないか...

何か言えない理由でもあるのだろうか。

 

「思い出したらちゃんと言えよ。あいつはあったって言ってただろ。二乃の昔の夢」

「!」

 

突然二乃の話題になったので、当の二乃本人は驚いた顔をしている。

 

「えーっと、なんだったか...確かあれだよな...日本一のケーキ屋さん……」

そこまで具体的に言ってないわよ!

風太郎も記憶力が良いのか悪いのか。それでも多少は覚えてるようだけどね

 

そんな話をしていたら風太郎と四葉の二人が移動を開始したので僕達もそれに続く。

まだ尾行は続けるようだ。

 

「そういえば二乃の夢はケーキ屋だったのですか?」

 

今は二乃と手を繋いでいる零奈が二乃に夢について聞いている。

 

「何よ急に」

「いえ、そのような話を聞いたことがなかったので...」

「む~...」

 

どこか恥ずかしそうに二乃はそっぽを向いている。前に聞かされた時も恥ずかしそうにしてたっけ。だからこそ本気だと思ったんだよね。

そういえばあの時は、零奈は二階の自分の部屋で勉強してたんだっけ。

 

「子どもの頃の戯言よ。自分のお店を持ちたいってね...」

「そうですか。良い夢です」

 

本当にそう思っているのだろう。零奈の言葉はどこか優しく感じる。

 

「......でも、今は迷ってる...」

「兄さんから聞きました。兄さんと一緒にお父さんの旅館で働きたいとも思っていると」

「うん...」

「あなたがどんな将来を思っていようとも、私はそれを応援します。ですがどうか、悔いのない選択をしてください」

「うん...!ありがと」

 

ニッコリと笑顔で二乃はそう答えるのだった。

 


 

もうそろそろ夕方になる時間。おそらく最後の場所になるだろうが、ここって... 

 

「ここって...」

「懐かしいな。お前このボロブランコ好きだっただろ」

 

そう。四葉とのジョギングでよくゴールにしていた。以前、風太郎と四葉がデートをした公園である。

 

「今日は上杉さんの思い入れのある所に連れてってくれるはずじゃ」

「ああ。家族でたまに行くファミレス。よく勉強に使う図書館。お前と来たその日から、ここもその一つだ」

 

なるほど。それで今日のデートコースのチョイスがこんな感じなのか。風太郎らしいと言えばらしいか。

 

あいつも多少なりとも考えてはいるのね

風太郎さんらしいデートコースです

 

風太郎と四葉はお互いブランコを立漕ぎで漕ぎながら話をしている。

 

「お前、ここからすげー跳んでたよな。また見せてくれ」

「えっはい。それならお安いご用です」

 

そう言い放つと四葉は見事な跳躍を見せてくれた。相変わらずの運動神経である。

 

「ふふん!どうです」

「四葉。もし俺がそこまで跳べたら聞いてほしい話がある」

「えっ。それは...」

「行くぞ」

「ま。待ってください!無理しないでください。今日は結構調子がよかったから...いつもはもう少し後ろで...」

「いいから。見ててくれ」

 

そう言って風太郎がブランコを漕ぎだした。物凄い勢いでブランコを漕いでいる。

だけど勢いをつけすぎだよ。素人の考えでやってて結果が目に見えてくるよ。

そう思って見ていたが、僕の予想とは斜め上の結果となってしまった。

 

ガチャン

 

風太郎が乗っていたブランコの鎖が腐っていたのか片方だけ切れてしまったのだ。

そんなブランコに乗っていた風太郎は宙を舞い、そのまま地上に一直線である。

 

ドサッ

 

地上に叩きつけられた風太郎は微動だにしない。

 

ちょっと…さすがにまずいんじゃないの?

凄い勢いで落下してましたからね

風太郎…

「...し、死ん...」

 

誰もが最悪の可能性を考えていた時、風太郎が声を上げながら動き出した。

 

「四葉!こんなデート一つこなすことのできない未熟者の俺だが、それでもお前の横に立って並べる男になれるように精進する。俺は弱い人間だから、この先何度もこんな風につまずき続けるだろう。こんなだせぇ俺の勝手な願いなんだが。その時には四葉。隣にお前がいてくれると嬉しいんだ。安心すんだよ。お前は俺の支えであり、俺はお前の支えでありたい。正しい道も間違った道も一緒に歩いて行こう。返事が遅くなって申し訳ないが、お前がよければ...俺と...俺は...好きです。結婚してください」

 

風太郎は跪き、片手を四葉に差し出しながらプロポーズをした。

 

「「はぁーーー!?」」

あらまあ…

 

突然の風太郎の言葉に危うく僕と二乃は大声で反応するところだった。零奈は落ち着いた反応ではあるが、驚きのあまり口に手を当てている。

 

「えっ......ええええっ、ビックリしました!私...てっきり...段階を飛ばしすぎです!」

「そ、そうだよな、早まった...」

「付き合う前からそんなこと言われたら引きますよ!」

「もう一回だけやり直させてくれ」

「私じゃなかったらの話ですけど!」

「じゃあ今のは聞かなかったことに...ん?え?」

「小さい頃の夢...思い出しました。皆が憧れるベタなやつ...…お嫁さん、です!」

 

今まで見せた事ないような笑顔で風太郎に手を差し出す四葉。

 

ねえ?四葉って、おまじないやジンクスとかを信じてたりする?

え?ど、どうでしょう…

四葉がどうかは分かんないけど、女の子なんだから、たいていそういうのは信じるもんじゃない?

そっか...

 

僕の質問に零奈と二乃が反応してくれたが、風太郎と四葉のやり取りに驚いてる方が強いようだ。

 

てか、今それを聞く!?

悪い。ちょっと気になることがあってね

はぁーー!?

「……」

 

二乃が至極当然の問いを投げかけてきたが、僕は自分の考えに没頭していた。

 

『そこで風太郎に恋しちゃった?』

『多分そうだと思います…』

 

あれは四葉から風太郎との出会いや名乗りでない理由を聞いた時だったっけ。

 

『あったと言えばあったけど...だけどあれは...もう忘れちゃいました!あははは』

 

そして先程の図書館でのやり取り。あれは忘れたんじゃなくて()()()()()()んだね。

風太郎と四葉の思い出の地である八坂神社。そこで二人はこれから勉強を頑張ることをお互いに誓い合った。それ以外に、風太郎の最後の所持金をお賽銭に使って二人で神様にお願い事をしたらしい。

 

『神様にお願いしたことを誰かに言ったら願いが叶わない』

 

真実味があるわけではないがよく言われるジンクス。

それをつい先ほどまで信じていた四葉は言わなかったのだろう。

だけど、風太郎からプロポーズをされてそれも解禁。見事ジンクスが成ったわけだ。

 

「上杉さん約束ですよ。いつかきっと、私の夢を叶えてください」

 

二人はしっかりと手を繋ぎ、四葉の夢を叶えるためにこれから共に歩んでいくだろう。

頑張れよ風太郎。お前ならこれから僕がいなくてもきっとやり遂げていける。

そう心の中で風太郎にエールを送るのだった。

 


 

これ以上見ているのは不要だと判断した僕達は、一路二乃を家に送るために中野家に向かっていた。

 

「はぁー…まさかプロポーズを聞かされるなんてね。あいつはぶっ飛びすぎでしょ」

「付き合う前に、ですからね。まあ、四葉は喜んでいたので良しとしましょう」

「親としての心境はどうなの?」

「別に何もありませんよ。好きな人と添い遂げられる。母親としては応援します」

「ふ~ん…」

 

僕の前を歩く二乃と零奈の二人は、先程の風太郎と四葉のやり取りについて話をしている。

そんな中僕は、先程から色々と考えが頭の中を渦巻いていた。

今日の風太郎と四葉の和やかなデート。そしてプロポーズ。

 

「はぁぁ…」

 

そんな時、不意にため息が漏れてしまった。

 

「カズ君?」

「え?」

「どうしたのです?そんなあからさまにため息なんてついて」

 

二乃と零奈は僕のため息が気になったのか、立ち止まりこちらに振り返っていた。

 

「いや、ちょっと疲れただけだよ。荷物も持ってるし風太郎のデートを覗き見したしで…」

「「……」」

 

あー、二人して信じていない目でこちらを見ている。特にこの二人は妙なところで勘が良いからなぁ。

 

「図書館辺りからよね、カズ君の様子がおかしかったのは」

「そうですね。何か考え込んでいるところもありましたしね」

 

ホント、良く見ていらっしゃることで。脱帽である。

 

「言いたくないこともあるかもしれない。でも気になるの。考え事をしてるときのカズ君悲しそうな顔してたから。こ、恋人のそんな顔見てられないの…」

 

恋人という言葉を口にするのがまだ恥ずかしいらしい二乃は、顔を赤くしてこちらを見ている。

ここまで言われたら、こちらも言わないわけにはいかないな。

 

「……僕は二乃と一花、三玖に五月、そして桜の五人と付き合ってるけど…今日の風太郎と四葉みたいなデートをしてあげられないんだなって思ってさ」

 

自ら考えていたことを伝えたが、二人はなぜかキョトンとしていた。

 

「な~んだ、もっと重い話かと思ってたから肩透かしね」

「本当ですよ」

「別にそのくらい覚悟してたことよ。てか、今日はお母さんと一緒だったけど、これもデートの内に入るんじゃない?」

「そ…それは…」

「兄さんは生真面目なところがありますからね」

「そこが素敵なところでもあるじゃない」

 

ニコニコとそんな風に言ってくれる二乃。

どうやら深く考えすぎてたようだね。でももう一つの方は......

 

「まだ何かあるの?」

「いや、これはもう少し自分で考えたいんだ。ごめんね」

「わかったわよ」

 

僕の言葉に納得はしていない顔ではあるが引き下がってくれた。だが……

 

「でもこれだけは引き下がれないわ」

「んむっ...」

「はぁぁ...」

 

急に二乃からキスをされたのだ。零奈からは呆れたため息が聞こえる。

 

「に、二乃!?こんな往来で...」

「大丈夫よ、周りに人がいないことは確認済みだから。それに、これは私...ううん、私たちがカズ君のことをどんなことがあっても好きでいつづけるって証だから」

 

離れた二乃はニッコリと笑ってそう伝えてくる。

どうやら相当心配をさせてしまったようだ。そんな二乃の頭をポンポンと撫でてあげるのだった。

 

 




今回は風太郎と四葉のデート追跡のお話です。
原作では、四葉以外の姉妹四人が。この、五等分の奇跡の本編では姉妹四人と和義の五人が見守っていました。しかし、今回は和義と二乃に零奈の三人で見守ることになりました。
零奈が、というのが今までにないパターンで、書いてて面白かったです。娘がプロポーズを受けている現場を見ることになっからですね。

さて、また間隔が開くとは思いますが次回の投稿も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


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告白

「「失礼します」」

 

ある日。僕と四葉は二人で職員室に呼ばれたため来ていた。

 

「三条先生、お呼びでしょうか?」

 

僕一人ではなく四葉とということなので学級長の仕事だろうと思い来ている。なのでそれほど緊張はしていない。四葉も同じ考えなのだろう。平常心でいるようだ。

 

「よく来てくれました。お二人を呼んだのはもうすぐ始まる日の出祭についてです。そろそろクラスの出し物を決めなくてはいけませんので、学級長を中心に話し合いをお願いしたいんです」

「クラスの出し物ですか?」

 

先生の質問に四葉が答える。

 

「ええ。直江君は知っていると思いますが、三年生の出し物は例年の習わしで屋台と決まってます。なので、何の屋台をするのか決めてほしいの」

「そういえばそんな習わしがありましたね」

「ちょうど明日の午後にホームルームを設けてあるから、そこでの話し合いをお願いできるかしら?」

「わっかりましたっ!」

 

敬礼のポーズで四葉が承諾をする。

 

「ありがとう。これが去年のデータです。ここにはどんな屋台が人気だったのかが書かれてますので参考に使ってみてね。ある程度候補を出しておいた方が話し合いをスムーズに進めることができるかもしれませんね」

 

そう言ってプリントの束を三条先生は差し出してきたのでそれを受け取った。中身をパラパラと見ていると、隣から四葉も覗き込んできている。

 

「私からは以上です。二人であれば問題なく進めることができると思いますが、何か困ったことがあったら遠慮なく相談してね?」

「「はい!」」

 

ニッコリと伝えてくる三条先生に対して、僕と四葉はしっかりと返事をした。そして職員室を後にする。

 

「「失礼しました」」

 

職員室の扉から出て扉を閉めたところでふぅーっと一呼吸する。

 

「屋台の内容かぁ」

「日の出祭!今から楽しみですね!」

「そうだね。受験生である僕達にとって、多分最後の学校行事だろうし」

「屋台……何がいいですかね?からあげにフランクフルト、じゃがバターもいいですよねぇ~」

 

隣を歩く四葉の頭はすでに日の出祭一色のようで楽しそうな顔をしている。そんな顔を見ているとこっちまで楽しくなってくるのが四葉の良いところである。

 

「とりあえずこのデータからある程度候補を出して黒板に板書。そこから皆の意見を聞くって流れかな」

「ですね。でもどうしましょう、資料は一束しか貰えませんでしたね」

「今日は家庭教師や勉強会の日でもないから、四葉さえ良ければこのまま教室で確認していこうか」

「私は問題ないのでそれでいきましょー!」

 

方向性が決まったので二人並んで教室に向かう。そこで、あることを四葉に質問をしてみた。

 

「そういえば、風太郎と恋人関係になったわけだけど…どう?何か変化はあった?」

「ふぇ!?な、なんで知ってるんですか!?まだ教えてないのに…」

「さあ?なぜでしょう」

「むー…風太郎君ですね?」

 

ぷくーっと頬を膨らませてこちらを見てくる四葉。

あの公園でのプロポーズを目撃したその日の夜。風太郎から四葉と付き合うことになったと報告は受けていた。さすがにプロポーズまでしたとは聞いていないが。

 

「隠すようなことでもないでしょ?」

「だってぇ、恥ずかしいじゃないですかぁ…」

「ふーん…それで?何か変化はあったの?例えば、四葉の敬語をやめたとか、上杉さんから風太郎君呼びに変わったとか」

「それが…何も変わってないんです」

「まあ、人それぞれのペースがあるんだし。自分たちのペースでやっていこうよ」

「はいっ」

 

今の四葉の笑顔を見れば充実していることが伺える。そんな笑顔だ。

 

「ところで、日の出祭の時は一緒に回るんでしょ?」

「そうしたいですねぇ」

「四葉の場合は人助けであちこち行ってそうだけど。彼氏との時間も作ってよ?」

「彼氏……はい!頑張ります!」

 

そこは頑張るとこじゃないと思うんだけど。

彼氏という言葉に恥ずかしそうにしていた四葉だが、風太郎との時間も作るよう努めるみたいだ。

そんな風に四葉と並んで話しながら歩いていると、不意に女子生徒に呼び止められた。

 

「あ、あの…!直江先輩、今お時間いいでしょうか?」

 

先輩というくらいだから後輩なのだろうが、いつものやつなのだろう。

 

「良いよ。悪い四葉、先に教室に行って待っててくれないかな」

「わかりました」

 

先程三条先生から貰った資料を渡しながら四葉に声をかける。すると四葉はすぐに離れてくれた。どうやら四葉もある程度察してくれたようだ。

さてと。今回も断るわけだが、いつもは今は誰かを好きになることを考えられないって伝えてたけど、僕も今では彼女がいるわけだしなぁ。かといって現状をそのまま伝えるわけにもいかないし…う~ん、少し趣向を変えた断り文句でも使ってみようかな。

そんな風に頭の中でどんな感じで断ろうか考えながら、後輩の娘に付いていくのだった。

 


 

「へぇ~日の出祭かぁ。そういえばうちにもチラシ入ってたよ」

 

今日も今日とて仕事の後にうちに勉強をしに来ている一花に今日の出来事を話している。今日も泊まっていくようだ。

 

「三条先生がある程度資料を用意してくれてたから、その内容を明日皆に共有して、そこから纏めていくって感じかな……そこ間違えてるよ」

「うっ…」

「それにしても学級長とは大変なお仕事ですね。受験の事も考えなければいけない時期にそのような事をしなくてはいけないとは……一花、こちらも間違えてます」

「ひぃっ…」

 

勉強中の僕らのところにお茶を入れて来た零奈も一花のミスに指摘をいれる。二人に見られてるって、一花もお気の毒に。

 

「まあ、四葉は楽しそうにしてたから良いんじゃない?勉強は僕と風太郎でフォローするし」

「だと良いのですが」

「それよりも僕はもうひとつの事で頭を抱えてるかなぁ」

「あーー告白かぁ。今日もされたんだよね。カズヨシ君はモテるからねぇ、こればっかりは仕方ないよ。みんな学園祭で一緒に回りたいって思ってるだろうしね」

「一花も休学してなかったら引く手あまただっただろうね。それはそれでなんか嫌な気持ちになるけど…」

「へぇ~、カズヨシ君てば嫉妬してくれるんだ」

 

そんなニコニコした顔で言わなくても。

 

「そりゃーね。僕だって嫉妬ぐらいするさ。皆にはこんな気持ちを常にさせてたんだなって申し訳なく思ってるよ」

「まあ、カズヨシ君を好きになった宿命みたいなものだよ」

「面目ない。彼女がいることを言えたら良いんだけどそういうわけにはいかないからね」

「あはは、さすがに五人の女の子と付き合ってますとは言えないか」

 

渇いた笑いを溢しながらペンを回している一花。

うーん、何か解決方法があれば良いんだけどなぁ。

零奈から勉強の続きを促されて必死に取り組んでいる一花を見ながら考えていた。

 


 

「ということで、これが去年人気だった屋台メニューです」

 

次の日の午後。三条先生から頼まれた通り、ホームルームの時間を使って日の出祭の出し物を決める話し合いを行っている。

今は、昨日のうちに候補にあげたものを四葉が黒板に板書をしているなか、僕はクラスの皆に発表している。

 

①たこ焼き

②チョコバナナ

③焼き鳥

④フランクフルト

⑤チュロス

⑥たこせん

 

「去年人気だったものをやる必要はないので、これ以外にもやりたいことがある人は随時教えてください」

「たこ焼きがいいんじゃないか?去年も一番人気だったんだろ?たこ焼きならバイトで磨いた俺の腕を見せてやるぜ!」

 

僕の呼びかけに対して前田が真っ先に反応した。

たこ焼きかぁ~。僕は作ったことないからちょっと興味あるかも。

そんな考えをしていると一人の生徒が手を挙げている。

 

「五月?何かやりたいことがあるの?」

「はい!焼きそばを推奨します!」

 

五月は焼きそば好きだもんねぇ。とはいえ、どんだけ焼きそばを食べたいんだろ。

 

「和義君の焼きそばは絶品なんです。きっと皆さん喜びますよ」

 

あ、僕が作る前提なんだ。

 

「たしかに直江の作る料理はうまいもんな」

「そうだね。僕も食べてみたいよ」

 

五月の発表にたこ焼きに票をあげていた前田。それに武田が便乗してきた。

 

「私も直江君の作った焼きそば食べてみたいかも」

「あ、私も!」

 

クラスの女子も乗っかってきている。

 

「とりあえず候補の一つとして……他にないですか?」

「たい焼きやってみたい」

「タピオカとかいいんじゃない?」

 

ふむ。以外にアイデアは出てくるもんだな。ん?

三玖が何か言いたそうにもじもじしている。

 

「三玖?何かやりたいものがあれば言っていいんだよ?」

「えっ」

 

そう三玖に発表するように促してみる。

 

「パンケーキ...」

 

恥ずかしそうにそう三玖は発表した。

へぇ~。零奈(れな)さんの得意料理で思い出の品か。

 

「えーっと、去年は出店されていないみたいですね」

「別に去年なかったものを出しては駄目ってことはないでしょ。いいんじゃないかな」

 

僕が賛同すると三玖に笑顔が零れる。

 

「私もいいと思う」

「絶対かわいいよ」

「三玖ちゃんナイス!」

 

ふむ。パンケーキは女子にも受けが良いみたいだね。女子は映えとか意識しそうだし。

 

キーンコーンカーンコーン

 

丁度その時授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「じゃあ、今日はこれまで。今回は色々な案が出ましたので、後日この中から選んでいけるようにまた話し合いましょう」

 

そして、今日の話し合いは終了となったのだった。

 

「うん。とりあえず候補が色々出て良かったかな」

「ですね」

 

四葉が板書した内容をメモに取っていると、三人組の男子が話しかけてきた。

 

「中野さん!俺たちバンドやってるんだけど、このライブステージって俺たちも参加できるのかな?」

「もちろん!」

 

三人組はライブステージの告知をしている紙を手に持っていた。

 

「でも、そうなると練習場所もほしいですね。吹奏楽部の人たちにかけあってみます」

「マジ!?サンキュー」

 

すごいな。四葉は吹奏楽部の人とも交流があるのか。

 

「直江君。親戚に招待状を送りたいんだけど...」

「ああ。それなら問題ないよ、用意してるからね。足りなかったらまた言ってくれれば、また用意するから」

「ありがとう!」

 

四葉に感心していると一人の女子に話しかけられたので対応をする。

 

「ねえねえ中野さん、直江君。被服部でこんな出し物をするんだ。お客さん来るかなぁ...」

「へぇ~、良く出来てるじゃん」

「ですね、素敵です!所定の場所ならポスター貼れるので、ぜひお手伝いさせてください!」

「ポスター貼りなら僕でも手伝えるだろうし声かけてよ」

「ありがとうございます、直江さん!」

 

次に話しかけてきたのは被服部の男女。どうやら被服部での展示会をやるようで、そのサンプルを見せてくれた。

と、そんな感じでひっきりなしに声がかけられる。

それを僕と四葉で協力してさばいていく。

こういう時の四葉って本当に頼りになるよね。

 

ねえ、やっぱりあの噂は本当なんじゃない?

えー、でも…」 

 

ん?

声をかけてきた人達の対応が終わったので、風太郎達がいる教室の後ろ側に向かっていたのだが、こちらを見てヒソヒソ話しているように感じる。

そちらの方向を見たのだが、目が合った女子はなぜか慌ててどこかに行ってしまった。

 

「ふー、おまたせ。て、どうかしたんですか直江さん?」

「いや、こっちを見て何か話してた女子がいたような気がして…」

「んー?」

 

四葉が僕が見ていた方向を見るも、もちろんもう誰もいない。

 

「いつものカズ君と話したーい、じゃないの?」

「うーん…クラスメイトからは今までそんなことなかったんだけど」

「それもそうだね。それより二人とも大人気だったね」

 

僕の発言に特に気にしない三玖は他の話題に移した。

 

「ええ。まさに人望のなせるものかと」

 

三玖の言葉に関心したように五月も言っているので、五月も僕の言葉を気にはしていないようだ。なので僕も気にするのをやめた。

 

「いや、今回ほど四葉がいてくれて助かったと思ったことはないね」

「直江さんにそう言ってもらえるなんて。これからも頑張りますね!」

「頑張るのもいいけど働き過ぎんじゃないわよ。カズ君はその辺の調整はうまそうだけど、あんたは心配だわ」

「えへへ、最後のイベント、ですもんね。1ミリも悔いの残らない学園祭にしましょう!」

 

ニッコリとどこか風太郎に向かって言っているような四葉。そんな四葉と目が合ったのか風太郎は笑みを溢している。

 

「ま、なんにせよ屋台かぁ。何を作るにしても腕が鳴るわ」

「うん、腕が鳴る」

 

二乃の言葉に三玖が続く。

まあ、今の三玖の実力であれば何かが起きるってことはないと思うけど…

 

「最近のあんたの料理も中々だけど、まだ目が離せないところもあるんだから十分注意するのね」

「分かった…」

 

二乃の言葉に若干不満気の三玖。とはいえ、まだまだ目が離せないのは本当だから仕方がない。まあ、二乃が付いていれば安心かな。

その後も日の出祭に関しての話で盛り上がるのだった。

 

 




と言うわけで、このルートでも日の出祭まで来ました。
本当はここまで書くつもりではなかったのですが勢いで来てしまいました。もう少しお付き合いください。

では、また次回も読んでいただければと思います。
よろしくお願いいたします。



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視線

「という感じで、日の出祭に向けて今のところ好調に進んでるかな」

「そうですか。一般の人でも当日は参加出来るのですよね?」

「ああ。招待状も作っとくから楽しみにしてるといいよ」

「はい!」

「当日はお母さんとも回れたら良いのですが」

「まあ何にせよ、好調そうで良かったよ」

 

クラスでの出し物を決める話し合いが行われた当日の夕飯時。今日の話し合いの内容の話をしていた。

今日は一花に加え五月もうちに来ている。何でも塾で分からなかったところがあったので質問に来たそうだ。

その分からなかったところの説明も先程終わらせている。

 

「今日は二人とも泊まっていきな。一人だったらバイクで送れるけど、二人を乗せることは出来ないからね」

「良いのですか!?ありがとうございます!」

 

僕の提案に五月は喜びの声をあげている。

 

「一花はもう慣れたようなものですからね。五月。あなたの着替えもまだ置いてあるのですよね?」

「ええ。しかし、パジャマが…」

「それなら僕のジャージを貸してあげるよ。一花もいつも僕のワイシャツ借りてるしね」

 

以前風太郎と喧嘩してうちに泊まったときも僕の服を貸してあげたしね。あの時は零奈の機転で母さんのではなくて僕のを貸したんだっけ。懐かしいなぁ。

 

「助かります。うーーん!それにしてもこのハンバーグ美味しいですぅ。やはり和義君の料理は最高です!」

「だよねぇ。二乃の料理ももちろん美味しいんだけど、やっぱ彼氏の料理ってのが良いよねぇ。愛を感じるよ」

 

一花が僕の方にウインクしながら僕の料理を誉めてくれるが、また恥ずかしいことを…

 

「まったく…たまにはあなた達が兄さんに料理を振る舞ったらどうなのですか?ちなみに私は朝食を作ったりしてますよ」

「明日の朝食のお手伝いをします!」

「あはは…私は無理かなぁ」

 

五月は朝食の手伝いに買って出てくれたが、朝の苦手な一花には難しかったようだ。

 

「あんま無理しなくて良いんだよ五月」

「無理してやろうとは思ってません。和義君に私が作ったご飯を食べてほしいので

 

徐々に声が小さくなりながらもそう言ってくれる五月。

なんだろうその一言だけでも嬉しくなってくる。だからか、今日は隣に座っていた五月の頭を自然に撫でていた。

 

「か、和義君!?」

「あぁ、ごめんね。嫌だった?」

「い、いえ。むしろ嬉しいというか、もっとしてほしいと思います

 

五月の顔は赤く、体も心なしか縮こまっているようだ。

 

「もしもーし。二人の時間を作らないでほしいんだけどなぁ」

 

そんな僕達二人をジト目で見ながら一花が口にする。ちなみにジト目なのは零奈も一緒である。

 

「さ、三人ともハンバーグのお代わりはどうかな?おろしを使った和風ハンバーグも作れるけど」

「うーーん…食べたいんだけど、これ以上だと体型維持がなぁ」

「じゃあ一花の分残ったら私が食べますよ?あ、それとは別にもう一枚お願いします!」

「五月ちゃんはさすがだなぁ。じゃあ、それでお願いカズヨシ君」

「了解。零奈は?」

「私もそこまで食べれないと思いますので、兄さんと二人で分けませんか?」

「了解。じゃあ焼いてくるね」

 

そう答えてキッチンでハンバーグを焼く作業を行う。

 

「そういえば、夏休み前にやった模試の結果二人はどうだったの?まあ、カズヨシ君にはもう必要ないかもだけどさ」

「んーー、とりあえず書いた大学は全部A判定だったね」

「また満点ですか?」

「まぁね」

「兄さんは本当に凄いですよね」

 

満点だったのかという五月の質問に軽く答えると零奈が呆れと驚きの混ざったような反応をしてきた。

 

「ちなみにフータロー君は?」

「風太郎もA判定だったね。今回は無理しないように言ってやったから、前回の全国模試よりは点数落ちてたけどさ」

「それでもA判定であれば問題ないかと。風太郎さんは慢心などしないでしょうから」

「そうだね。あいつの場合はむしろ無理させないように見張っておく必要があるかな」

 

ハンバーグをフライパンで焼きながら答える。

うん、もうちょいかな。

 

「ちなみにあなた達五人はどうだったのですか?」

 

零奈の言葉にビクッと一花が反応する。

 

「えっとぉ…私はBでした。和義君からは誉められましたが、まだまだ精進あるのみです」

「再会した時の成績を考えれば物凄い成長です。よく頑張りましたね。五月なら油断をしないでしょうが、これからも頑張るのですよ」

「はいっ!」

 

五月の結果に満足している零奈は優しく五月に声をかけている。

 

「それで?」

「え?」

 

零奈が一花の方を向いて確認する。

 

「はぁぁ…別に一花は卒業後は女優一本で行くのですから、赤点さえ回避出来れば問題ないですよ」

「ふぅー、良かったぁ。ちなみにD判定でした…」

「まあ、そんなものでしょうね」

「ははは…えっと二乃はBだったかな。自分の実力に見合った大学を選んでたみたいだし。それで、三玖はA判定。まあ、料理の専門学校に行くことを決めちゃってるから意味ないかもだけど、それでも大したもんさ」

「ですね。どこかの長女とは大違いです」

「ブーブー」

 

零奈の言葉に文句を言っているが、零奈の一睨みで黙った。

 

「後は、四葉はC判定だね。多分、推薦が貰えると思うから大丈夫だと思うけど、推薦でも筆記はあるからね、そこは僕と風太郎でカバーしていくよ」

「そうですか…」

 

蒸し焼きにしていたフライパンの蓋を開けると、ジューッと焼けている音と一緒に香ばしい匂いも辺りに広がっている。

 

「う~ん、美味しそうな匂い…」

「ですねぇ~」

 

一花と五月のそんな感想を聞きながらテーブルの上に三枚のハンバーグを置く。

 

「おろしと一緒に大葉を刻んで乗せてるから、後はお好みで特製ポン酢をかけてもらえればいいから。召し上がれ」

「ふー…あむ……うーーん、美味しいぃ……カズヨシ君の料理は美味しいんだけど、食べすぎちゃうところがあるから注意が必要なんだよねぇ」

「分かりますぅ」

「ははは、気に入って貰えて良かったよ。進学を考えてる姉妹については今後ともちゃんとカバーしていくから安心してるといいよ」

「ふふっ、カズヨシ君に任せとけば問題ないね」

「私も兄さんを信用してますので」

「和義君、今後もよろしくお願いします」

 

そんな感じでその日の夕食は穏やかに流れていった。

 


 

ペラ…

 

その日の夜。もうすぐ日付も変わろうかという時間帯にリビングでは小説をめくる音とノートにペンを走らせる音が響いていた。

五月の勉強に僕は小説を読みながら付き合っている。

 

「……」

 

五月は集中しておりほとんど喋らず勉強をしている。

途中何度か質問は受けているが基本的に一人で取り組んでいる。良い集中力だ。

ちなみに零奈と一花はすでに寝ている。

明日も学校があるのでそろそろ僕達も寝た方が良いだろう。

 

「五月。そろそろキリが良いところで止めとこうか」

「え?あ、もうそんな時間だったんだ。でも、もう少しだけ…」

 

止めるように言っているが、五月はまだまだ続けたいようである。

 

「まあ、気持ちは分からんでもないけど明日も学校なんだから今日はここまでにしときな。休息を取ることも大事だよ」

「うん…」

 

僕の言葉に納得はしていないものの返事をしてくれた。

またすぐにやっぱりやりたいと言ってこないように片付けを開始する。

 

「あの…和義君…」

「ん?やっぱりもう少しは駄目だよ」

「そうじゃなくて…!今日は一緒に寝ちゃダメかな?」

 

頬を赤くしながら答える五月。可愛い。思わず見惚れてしまうほどに。 僕の反応がないことで不安になったのかうるうるした上目遣いになっている。破壊力がすごい。

 

「はぁぁ…良いよ」

「やった!」

 

小さくガッツポーズをする姿は微笑ましいがこの可愛さは罪だと思う。こんな子にお願いされたら断るなんてできないだろう。

五月につられて顔の熱さが伝染するのを感じながら僕達は部屋に向かった。

 

「狭くない?」

「大丈夫。むしろくっついて寝られるから」

 

布団の中で五月に問いかけるが本人はご機嫌である。

電気は既に消して部屋の中は真っ暗であるがカーテンからはわずかに月明かりが入り込んでいるためお互いの顔を確認することはできるくらいには明るい。

五月と一緒にベッドに入り向かい合って横になる体勢となっている。

五月は僕より頭ひとつ分ほど小さいため腕枕をする必要はなく添い寝をしている形に近い。

女の子特有の甘い匂いや吐息がかかり少しドキドキするが不思議と嫌ではなく心地よい感覚に陥る。

しばらく沈黙が続くがそれを破ったのは五月からだった。

 

「ねぇ、どうして一緒に寝てくれたの?」

「うーん。正直最初は戸惑ったし緊張したんだけどね。五月の様子を見てたら断りづらくて……」

 

断って落ち込まれるのを見る方が辛かったというわけだ。

 

「そっか。ありがとう」

 

ふっと優しく笑う五月はとても嬉しそうだ。きっとお礼を言いたかっただけで別に理由とかはないと思う。でも、改めて感謝されるというのは悪い気はしないものである。自然とこちらも笑顔になっていたようだ。

 

「ねえ、キス…してもいいかな?」

「……五月が望むのであれば」

 

五月の申し出に俺は迷うことなく答える。

 

「ふふっ……ありがと♪」

 

そう言うと五月は俺の首の後ろに手を回すとそのまま唇を重ねてきた。

 

「んっ……」

 

唇と唇が触れあうだけのキス。それだけでも顔が熱くなってくる。

 

「ねえ、もう一回…」

 

五月はそう言うと僕の言葉も聞かず唇を重ねてきた。

 

「ちゅっ……れろぉ……んぅっ……」

「んむっ……!?」

 

舌を絡ませてくる濃厚なキスだ。正直言って気持ちいい……。

 

「ぷぁっ……はぁ……はぁ……」

 

そして、五月の方からゆっくりと口を離す。お互いの口から唾液の糸が伸びて切れた。

 

「ふうっ……どうだった?私のキス」

 

五月の顔を見るとほんのりと赤く染まっていた。きっと僕の顔も同じくらい赤いだろう。

 

「その……すごく良かったです……」

「そっか!ならよかったよ!」

 

そう言って笑う五月はとても可愛かった。

 

「まさか五月からこんな濃厚なキスをされるなんてね」

「うぅ~……それは言わないでぇ~……」

 

恥ずかしくなったのか、五月は僕の胸に自身の顔を埋めてしまった。

 

「ははは、ごめんって。僕は嬉しかったから」

「本当?」

「ああ…」

 

こちらを見ているものの、五月の心配そうな声に頭を撫でながら答えてあげた。

 

「えへへ…よかったぁ。色々と勉強の成果が出たみたい」

 

あの五月が恋愛について勉強してくれたなんて。調べながら顔を赤くしているところを想像してしまい、ちょっと可笑しくなってしまった。

けどそれ以上に愛おしさが勝り感謝の意を込めて五月のおでこにキスをする。

 

「ありがとう五月。大好きだよ」

「うん、私も…大好き…」

 

その後は何も会話することなくお互いに抱き合いながら静かに眠りについた。

翌朝。

 

「すぅ…すぅ…」

 

五月はまだ眠っているようで起きる気配がない。幸せそうな表情なので起こすのは忍びないが学校があるのだ仕方がない。

肩を叩きつつ呼びかける。

 

「五月…そろそろ起きようか」

 

ゆっくりと目を開けたかと思ったらすぐに閉じてしまいまた夢の世界へ旅立とうとしているようだ。まだ意識が完全に覚醒しきっていないのだろう。

だがそれも一瞬のことでありすぐにパッチリ目が開いた。朝に強いタイプなのかシャキッとした様子である。ただ、今は目の前にある僕の胸に顔を押し付けてくるのはなんでだろう?

 

「えっと……どうした?」

 

困惑しつつ問いかけるが答えてくれる様子はない。とりあえず好きにさせておこうと思い頭を撫でていると徐々に離れていった。そのまま体を起こす五月をぼーっと眺めているとその動きがピタッと止まった。視線を下ろすとそこには僕の右手が握られていた。いつの間に手を握っていたのか分からない。

 

「あ!ごめん!」

 

五月自身もかなり驚いているらしく急いで手を離したが顔が赤い。照れ隠しだろうか?自分の頬を触り誤魔化すように口を開く。

 

「おはよう……ございます」

 

挨拶の声が小さくなっていっていることから動揺している様子がよく分かる。

 

「うん、おはよ……じゃあそろそろ下に降りようか。朝食、作ってくれるんでしょ?」

 

そう言って立ち上がる僕を見上げる五月の顔は少し残念そうであるがそれを悟られないようにするためすぐに立ち上がって部屋から出て行った。階段を降りる足音が聞こえたので支度のために客間に向かうのだろう。僕もすぐに支度をしてリビングに向かうことにした。

 

五月と共にリビングに入るがまだ誰も来ていないようだ。僕もすぐにキッチンの方に向かい料理を作る準備を始めた。今日はパン食ということでトーストを焼いて卵をスクランブルエッグにするだけだ。あとはハムなどがあれば簡単に作れるメニューだ。

五月に指示を出しつつ準備を進めていく。

 

「あら……おはようございます」

 

そこに零奈が起きてリビングまで降りてきた。

 

「おはよう零奈」

「おはようございます、お母さん」

「ふふっ、きちんと有言実行していますね」

 

五月が料理している姿に満足げな零奈は挨拶を済ますと席に着いた。

その零奈の前に朝食を並べていく。トーストにスクランブルエッグ、ハム。そこに牛乳を置けば今日の朝食の完成だ。

 

「では一花を起こしてきますね」

 

そう言って制服姿でエプロンをしていた五月が、エプロンを外し、そのエプロンを椅子に掛け客間に向かった。

なぜだろう。その姿を見るだけでも幸せを感じる。俺の彼女はなんていい子なんだと。こんな可愛い彼女がいて俺は本当に恵まれていると思う。

 

「ふぁ~あ……みんな……おはよぉ……」

 

しばらくして眠そうに大きな欠伸をしながら一花が現れた。ワイシャツ姿というラフすぎる格好であるものの彼女のスタイルの良さから、その恰好すらオシャレに見えるほど絵になっている。これが女優の実力ということか……。

 

「じゃあ!皆揃ったし食べようか!」

 

4人で『いただきます』と挨拶をし朝食を食べ始める。

 

「それで昨日は何時まで起きてたの?」

「12時前には勉強を終わらせたよ」

「そうだったんだ。五月ちゃんが布団に入ったの全然気づかなかったよぉ」

 

一花のそんな言葉にドキッとした。なんせ五月は客間ではなく僕の部屋で寝てたのだから。

 

「一花はぐっすりでしたからね。気づかなかったのでは?」

 

平然とトーストを食べながらそう伝える五月。五月の中では昨晩の事は秘密にしたいようだ。

 

「ふぅ~ん、まあそう言うことにしとこうかな」

 

どこか意味深な言い方をする一花。結構感づきやすいからな。まあバレても怒ることはないだろう。ただ僕としては隠し通せるならそれに越したことは無いのだが……。

その後他愛もない会話を続けつつ朝食を終えると学校に向かう準備を始めることにした。

 

「じゃあそろそろ行くとしますか」

 

食器の後片付けも五月に手伝ってもらいながら終わり僕は玄関へと向かった。するとそこには既に支度を終えた3人が待っていた。

 

「一花は今日も朝からなんだね」

「まぁ~ねぇ」

 

一花は満面の笑みを浮かべる。

 

「それじゃ行きますか」

 

いつものように零奈の手を握り家を出る。いつもと違うと言えば一花と五月が一緒にいることだろう。

途中零奈といつものところで別れ、電車の一花とは駅で別れた。今は五月と二人っきりでの登校である。

 

「なんかこういうのもいいよね」

 

照れくさそうな表情を見せながらも嬉しそうに呟く五月を見て思わず顔が綻ぶ。

 

「そうだね。本当は手を繋いだりしてあげたいんだけど」

 

今はまだ付き合っていることは隠している状態なので、外で手を繋ぐことはできないのだ。

 

「大丈夫だよ。私は気にしてないから」

 

優しい笑顔を見せる五月。そんな彼女に少し申し訳ない気持ちになる。いつか堂々と手を繋いで歩ける日が来るといいなと思いながら歩いていると風太郎の後ろ姿を発見した。

 

「あれ?上杉君じゃない?」

「ホントだ。相変わらずの参考書読みながらのスタイル」

 

五月の言葉に相槌を打ちながら近づいていく。

 

「おはようございます」

「おはよ風太郎」

「おお、お前らか。おはよう」

 

風太郎はこちらを振り向かずに挨拶だけ返してきた。

 

「相変わらず本を読みながら歩いて。本当にいつか怪我しますよ?」

 

呆れたように注意する五月。

 

「うるせぇ。俺はこのスタイルで慣れてるんだ」

「まったく……あなたという人は……」

 

五月と僕はやれやれといった様子で肩をすくめる。そして僕らはそのまま歩き始めた。

 

「そういえば、今日は五つ子が揃ってないんだな」

「ああ。昨日、一花と五月がうちに泊まったからね。で、一花とは駅で別れたんだよ」

「なるほどな」

「風太郎は?四葉と一緒に登校とかしないの?」

「ああ、とくにそういった約束はしてないな」

「へえー」

「受験で忙しいとは思いますが、もう少し四葉と過ごす時間を増やしたらどうです?」

「放課後は毎日勉強見てるだろ」

 

そう言うことじゃないんだが…五月と目を合わせて何言っても無駄だと悟った僕らは、はぁぁとため息をつくのだった。

それから他愛のない話を続けているうちに学校にたどり着いた。校門を抜け昇降口で靴を履き替えてると何かいつも以上に視線を感じた。いや、最近は減っていたのでちょっと前に戻ったと言うべきか?

そんな風に考えながらキョロキョロ辺りを見ていると風太郎に声をかけられた。

 

「どうした?」

「いや、朝から視線を感じるなと思ってね」

「ふむ…」

 

僕の言葉に風太郎も辺りを見回す。

 

「いつものか?」

「多分…けど何でこの時期に?」

「そいつは俺の管轄外だ」

「だよねぇ。前田と武田あたりに聞いてみるかな」

 

そして、五月にはこの事を話さず自分達の教室に向かうのだった。

 

 




今回は五月回を意識して書かせていただきました。
今回のような甘々なシーンも今後書ければなと思っています。

日の出祭のお話に入ってからほとんど進んでいませんが、お付き合いください。

それでは次回も読んでいただければと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




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単語帳

~桜side~

 

「おはよう諏訪さん」

 

桜が自席で登校後の準備をしているとクラスメイトの二人から声をかけられた。

 

「おはようございます。小林さん、川瀬さん」

 

桜はクラスメイトとの交流も順調にいっているようである。

 

「おはよー!」

「ふふふ、川瀬さんは朝からお元気ですね」

「あははは、まあ元気なのが私の取り柄だしね」

 

そう言って川瀬は頭に両手を持ってきて笑っている。

席も近いこともあり桜はこの二人とよく話をしているのだ。

 

「それより聞いた?別のクラスの子なんだけど、また直江先輩に告白したらしいよ」

「またぁ~?どうせ振られたんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどね」

 

噂好きの小林が先日和義に告白した子がいることを嗅ぎ付け二人に話す。この光景は結構な日常茶飯事になっている。

 

「でも凄くない?入学してからもう何度めかって話だよ!やっぱり格好いいよね~直江先輩って」

「うんうん、私も思う。頭が良くて、それにスポーツ万能なんだっけ?」

「そうみたいだね。なんでも帰宅部なのに50メートル走をもう少しで6秒切るかだったらしいよ」

「うわぁ……それ本当に超人じゃない」

「確かに超人かもねぇ」

 

和義の話になり盛り上がる二人。それを桜はただ聞いているだけだ。

 

(和義さんはまた告白されたのですね。和義さんの彼女の一人にしていただいた身ではありますが、やはり気が気ではないですね)

 

「ねえねえ諏訪さん、直江先輩の好みとか知らないの?」

「えっと……すみません、私は存じ上げておりません」

「そっかぁ残念」

 

桜としては和義の話しはしたい。だがそれは出来ない。なぜなら桜自身が和義の彼女だからである。しかしそれを言うわけにはいかないのだ。

 

「そういえばさ、諏訪さんの好きな人って直江先輩だよね?」

「ふぇ!?」

 

唐突にそんな事を言われ驚きの声を上げる桜。

 

「夏休みの前に気になる人がいるって言ってたじゃん。でも、諏訪さんが男子と話してるとこ見たことないし…それに前から直江先輩と一緒にいるところも見てるしでバレバレだよ」

「そ、そうですか……」

 

まさか気付かれているとは思っていなかった桜は顔を真っ赤にして俯いている。その反応を見て二人は更に続ける。

 

「ねえねえ、どんなところが好きなの?」

「えっと……優しいところです」

 

恥ずかしながら答える桜。

 

「へー意外と普通なんだね」

「はい、ですがその普通の事がとても素敵なんです」

 

嬉しそうに語る桜。

 

「なるほどねー」

「桜ちゃんの今の顔、可愛い~」

「やめてください」

 

興味津々といった感じの二人。桜本人としては恥ずかしい限りで、顔を真っ赤にして抗議している。そんな桜が可愛く、川瀬は桜に抱きつき頬をすりすりしている。

以前、あーんなどを教えたのはこの二人である。

 

「あ、でももう一つ直江先輩のことで噂聞いたんだった」

 

そんな小林の言葉に川瀬も動きを止めた。

 

「何?まだ告白した人がいるの?」

「そうじゃなくて…!えっと……」

 

小林はそこで言葉を切って桜を見た。目が合った桜は分からず首をかしげた。

 

「これはあくまでも噂の段階なんだけど…実は直江先輩には彼女がいるんじゃないかって…」

 

こそこそ話をするかのように、小林は口に手を添えて二人にそう話した。

 

「えーー!うそー!」

「……っ!」

 

川瀬は驚きの声をあげた。桜も驚きは隠せず目を見開いている。

 

「いやいや、だって今まで恋愛に興味を持てないって告白を断ってきてたんでしょ?それがなんで急に彼女が出来たりするの!?」

「私だって分かんないよ。でも、この間告って断られた子が言うには、『大切に想う人がいるから君の想いには応えられない』て言われたって」

「うわぁーガチじゃん」

 

(うーー、その大切に想う人というのは(わたくし)達五人の事ですよね!?どうしましょう…不謹慎かもしれませんが嬉しく思いますぅ)

 

両手を口で覆い嬉しさを隠そうとしている桜。しかしその行動を二人はショックを受けているように見えてしまっている。

 

「す、諏訪さん……ほら!まだ噂の段階なんだしさ」

「そうだよ!まだ桜ちゃんにもチャンスはあるって」

「あ…」

 

必死にフォローをしてくれる二人に申し訳なく思う桜。

 

(本当はお二人にお伝えしたい。(わたくし)は和義さんとお付き合いをしていると。しかし、これは(わたくし)一人の問題ではありません。勝手に行動を取ってしまえば、和義さんを含めて他の方にご迷惑になる。我慢。我慢ですよ桜)

 

そう桜は自分に言い聞かせて口を開いた。

 

「和義さん程の御方ですもの。彼女がいてもおかしくはないかと思いますよ」

 

ニッコリと笑って桜は答えたため二人はほっと胸を撫で下ろした。

 

「ちなみに彼女が誰なのかは分かってるの?」

「う~~ん、中野先輩の誰かだって言ってるよ」

「あー、あの五つ子の?」

「そうそう!告白した子が言うにはさぁ」

 

桜が大丈夫そうだと分かるや否やまた二人は和義の話で盛り上りだした。

 

「告白のために声をかける時に二人で仲良く話してたのを見たんだって。その時は告白することで頭がいっぱいだったからそこまで気にしなかったみたいだけどね。なんか、『二人のペースでやっていこう』とか『学園祭は二人で回ろう』みたいなことを話してるのを聞いた子もいるみたいだよ」

「うわぁー、それもう当たりじゃん!」

「だよね!ただ、目撃した子は先輩たちの見分けが出来なかったみたいでどの人かまでは分かんなかったって…」

「いやー、見分けられる人っているの?」

 

二人が盛り上がっているところで桜はふと考えた。

 

(中野さん達の見分けですか…(わたくし)は髪型や髪飾りなどでなんとかといったところでしょうか。お風呂に一緒に入ったときは本当に分かりませんでした。上杉先輩は(わたくし)より少し見分けられる程度でしょうか。和義さんに至っては皆さんが五月さんに変装していたのを見破ったとか。流石です)

 

「そういえばリボンをしてたって私は聞いたな」

「リボンですか…」

 

川瀬の言葉に桜が反応する。その言葉に小林が更に反応した。

 

「何々?それで誰か分かっちゃうの諏訪さんは」

「そういえば、桜ちゃんは中野先輩たちとも仲良かったよね?」

 

食いぎみにくる二人。その二人の目はキラキラしていた。

 

「リボンだけでは特定することは難しいですよ。リボンをされてるのはお二人いらっしゃるので…」

 

ちょっと引きぎみに桜は答えた。

 

「二人に絞れるだけでもすごいじゃん!ねえ、誰と誰?」

 

桜の答えに更に前のめりになってくる二人。この二人を止めることを桜には出来そうになかった。

 

「二乃さんと四葉さんです。このお二人がリボンをされてます」

「ふ~ん、二乃先輩と」

「四葉先輩かぁ」

 

桜の答えを聞けたことに納得した二人は桜から離れそれぞれの名前を口にする。

 

(はぁぁ…申し訳ありません。(わたくし)には止められませんでした。しかし、リボンをした中野さんと恋人のような会話をされた……やはり二乃さんでしょうか?うーん…それにしても二乃さんだけ日の出祭を一緒に回るなんてずるいです!後で確認しましょう)

 

どっちだろう、と二人で騒いでいる横で一人冷静な中闘志も燃やしている桜であった。

 


 

放課後。午前中にあった授業で回収したノートを返却してほしいと職員室に呼ばれていた。今はそのノートを持って教室に戻っているところだ。

 

「なんで今日返却するのかねぇ。皆帰ってるから次の授業の時でも良いじゃん」

「まあまあ。先生にも考えがあるんですよ」

 

同じ学級長である四葉が一緒にノートを運びながら隣で僕を宥めている。

ノートくらいであれば僕一人でも良かったのだが、自分も学級長だと一緒に残ってくれたのだ。

 

「ここまで来といてなんだけど、本当に残ってくれて良かったの?これくらい僕一人でも良かったのに」

「いえいえ。私だって学級長なんですから、このくらいやりますよ。それより、もう少し私が持ってもよかったのですが」

 

四葉は両手に抱えるようにしてノートを持っている僕を見つめながら申し訳なさそうに声をかけてきた。

僕が全体の三分の二。四葉が三分の一を持っているので聞いてきたのだろう。

 

「半分ずつでもよかったんですよ?」

「これくらい平気だよ。ま、男として見栄張らせてよ」

 

そんな四葉に今自分が持っているノートの束を軽く上げながら答えた。

 

「なんか直江さんといると調子が狂ってくるんですよね。直江さんは私のこと女の子扱いしてくるので」

「何言ってんの。四葉は可愛い女の子でしょ」

「か、可愛っ……もう、からかわないでくださいよ!」

「ばれたか」

 

そんな感じで僕は四葉をからかいながら廊下を歩く。そして、歩きながら最近の視線について考えていた。

休憩時間に前田と武田に相談をしてみたが二人も原因について分からないとのことだった。

 

『学祭が近いから一緒に回りたいって奴が増えてんじゃないのか?なんか言っててムカついてきたぜ』

『まあまあ。前田君の言う通りかもしれないよ。気にしない方がいいさ』

 

そんな風に二人からは言われた。

言われてみれば日の出祭が近いから皆ソワソワしているのかもしれない。やはり考えすぎなのだろうか。

そんな風に考えていると教室に着いたのでノートを机の上に配っていった。

 

「さてと。今日は放課後の勉強会はないんだっけ?」

「はい!上杉さんはバイトだそうです」

「そっか………ついでと言ってはなんだけど、少しだけ勉強見ていこうか?」

「いいんですか?」

「今日はこれといった用事もないし、四葉さえ良ければね」

「じゃあお願いします!」

 

やる気満々な四葉は敬礼ポーズで答えた。そんな四葉と図書室に向かう。四葉と二人で勉強なんて、そういえばそんなになかったかもな。

 

「あー、そこ綴り間違ってるよ」

「へ!?す、すみません」

「うーん…今更だけど四葉にも作ってあげるか」

「?」

 

鞄の中から目当てのもの探す。

たしか入れてたと思うんだけど……あー、あったあった。

 

「直江さん?」

「ごめんごめん。ちょっと僕も今から作業に取りかかるから、今のところ出来たり分からなかったら声かけて」

「わ、分かりました…」

 

そんなこんなで自分の作業をしつつ四葉の勉強を見る。

それを続けてしばらくして。

 

「出来た!はい四葉」

 

作業していたものが完成したのでそれを四葉に渡した。

 

「これって、よく風太郎君が見てる単語帳…」

「そ。四葉は単語の綴りや漢字がどうも苦手っぽいからそれを空いた時間とかで見て覚えるといいよ。いやー、風太郎にも作ってたから途中から懐かしく感じたなぁ」

「風太郎君にも作ってたんですか?」

「ああ。中学の途中までね。それからは自分で作ってるよ」

 

そんな時、四葉が自分の鞄の中を探しだした。そして一つの単語帳を出したのだ。

 

「あれ、単語帳持ってたんだ」

「これは、林間学校の後に風太郎君とデートした時に貰ったものです。内容は当時のらいはちゃんの為に作ったものだからか小学生の範囲なんですけどね。でも、その時からこうやって持ち歩いてます」

 

その時の事を思い出しているのか少し懐かしそうな顔を四葉はしている。

 

「余計なことだったかな?」

「いえ!これはありがたく使わせてもらいますね」

 

僕が作った単語帳を少し掲げて四葉は答えてくれた。

 

「ふーん…なら遠慮なく作らせてもらうね」

「へ?」

「まさかそれ一つで終わりと思ってた?甘い!甘いよ四葉。それ一つで足りるわけないじゃん。まだまだ作るから、それを使って自習頑張ってね」

「たまに直江さんって風太郎君より恐ろしいって思います……」

 

ニッコリと笑顔で伝える僕に対して、引きずった笑顔で答える四葉であった。

 


 

「ただいまー……ん?」

 

四葉との二人の勉強会を終え帰宅したのだが良い匂いが家全体に広がっていた。

 

パタパタ…

 

零奈が作ってるのだろうか。そんな風に思っていたら意外な人物に出迎えられた。

 

「和義さん!……おかえりなさいませ」

 

エプロン姿の桜が早足で玄関まで来るや正座で三つ指を付き深々と頭を下げてきた。さながら夫を迎える妻のようだ。

 

「えっと……桜、ただいま」

「お荷物お預かりしますね」

 

僕の返答があるとすぐにスクッと立ち上がり僕の方に両手を差し出してきた。

 

「いやいや、大丈夫だよ。このまま部屋に行くし」

「遠慮なさらずともお部屋までお持ちしますよ?」

「気持ちは嬉しいけど大丈夫。それより良い匂いがしてるからご飯を作ってくれてるんじゃない?そっちに戻って良いよ」

「そうですか…では、お言葉に甘えてそちらに戻らせていただきますね。夕飯はもう少々掛かりますので、先にお風呂をどうぞ」

「あ、ああ…」

 

僕にお風呂を勧めた桜はニコッと笑ってそのままキッチンに向かう。そんな桜を呆然と見送るしかなかった。

 

 

 




今回は桜のクラスでのちょっとしたやり取りを書かせてもらいました。
今回出てきた二人の女子は今後ももしかしたら出るかもしれません。(出ないかもしれませんが…)
最近、桜にスポットが当たってなかったので今回のように書かせてもらいましたが、こっちを立てるとあっちが立たないみたいな形になっちゃいますね。現に最近では三玖の出番が少ないように感じます…
同時にスポットが当たるように同時に登場させたりなどしていければと考えてはおります。

では、また次回の投稿も読んでいただければと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。



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ビデオチャット

「はい、あーん」

「あ…あーん……あむっ」

 

お風呂を終えてリビングに向かうと、テーブルには筑前煮を中心とした桜が得意な和食料理が並べられており、零奈も配膳などの手伝いをしていた。

そして今は隣に座っている桜から食事を食べさせてもらっている。どうやら『あーん』を気に入ったようだ。

 

「ふふっ、どうですか?美味しく出来たと思うのですが」

「勿論美味しいよ。食が進むね。ほら桜も食べな」

「はい!」

 

僕の言葉もあり桜も食べ始めたので僕も自分自身で食事を始めた。

 

「それにしても驚きました。急に私の携帯に連絡があるかと思えば玄関のチャイムがなり、玄関開けると黒塗りの車を後ろに桜さんが立っているんですもの」

 

目の前の零奈がご飯を食べながら桜が来たときの経緯を話しだした。

 

「すみません。思い立ったが吉日と申しますか…五月さんから和義さんの家にお泊まりしたことを聞いたのでいても立ってもいられなかったのです」

「娘達の行動力も大概だと思いましたが、桜さんの行動力も同じようなものですね。まあ、こうやって美味しいご飯の用意をしていただいたのには感謝していますが」

「ふふふ、お口に合ったようで何よりです」

 

料理の味を誉められた桜は嬉しそうである。

 

「それで?今日は泊まっていくの?」

「はい。両親からも許可を得られましたので」

 

そりゃ許可が得られたから家の車で送ってもらったんだろうね。

 

「まあ親御さんの許可が得られてるなら僕からは何も言わないよ」

「ありがとうございます!」

 

僕の許可に笑顔で桜は答える。そんな桜の食はどんどん進んでいる。

 

「あ、そうです。和義さんに聞きたいことがあったのでした」

「僕に?」

 

急に思い出したかのように箸を止めて桜はこちらを見てきた。

 

「そうです。酷いじゃないですか!二乃さんにだけ日の出祭を一緒に回ろうって話してるなんて!(わたくし)だって和義さんの彼女なのですから、一緒に回る権利があると思います」

「?」

 

何の話をしているのだろうか?僕が二乃にだけ日の出祭を一緒に回ろうと話をしている?

 

「ごめん。何の事?」

(どぼ)けないでください。その現場を見たという方がいらっしゃるのです」

 

凄い剣幕で詰め寄ってくる桜。かといって本当に心当たりがないのだ。

 

「いやいや、本当に心当たりがないんだって。二乃と、ましてや学校でそんな話してないよ」

「ふむ…兄さんのその態度。兄さんが言っている事は本当のようですね」

「零奈ぁ~…」

 

そこに零奈が助け船を出してくれた。

 

「桜さん。本当に兄さんと二乃が日の出祭を一緒に回る話をしていたのを見た方がいらっしゃったんですか?」

「それは…(わたくし)もクラスの友人から聞きましたので何とも…しかし、和義さんは学校では有名な方ですから見間違いはないかと」

「と言われてもなぁ…」

 

身に覚えがないのだからしょうがない。

 

「……桜さんはどんな風にお話をご友人から聞いたのですか?」

「えっと…和義さんが中野さんのどなたかと『二人のペースでやっていこう』、『日の出祭を一緒に回ろう』と話しているのを見た方がいると」

「?二乃ではないのですか?」

「見た方は中野さんと分かったそうなのですが、五人のうち誰かまでは分からなかったそうです。五つ子のお話は一年生の間でも有名ですから」

 

なるほど。五つ子も有名人だからな。一花に関しては女優ってことでもっと有名だろうし。

 

「じゃあ、なんで二乃なの?」

「それは…見た方の証言ではその中野さんはリボンをしていたと。それでリボンをしていてそのようなお話をするのは二乃さんだと思ったのです」

「なるほど」

 

僕の質問に桜が答え、それに納得の声を零奈があげた。

 

「しっかし、やっぱり覚えがないんだよなぁ…とは言え、皆とは回りたいって思ってたからちょうど良かったかも」

「本当ですか!?」

「ああ。時間が合えば回ろうよ」

「やりました!」

 

僕の言葉に小さなガッツポーズをする桜。これくらいの事でここまで喜んでくれるのは嬉しく思う。

 

「兄さん、私とも回ってくれますか?」

「最初からそのつもりだったから問題ないよ」

「ふふふ、兄さんならそう言ってくれると思ってました」

 

零奈も僕の言葉に上機嫌である。

そんな感じで、今日の夕飯は終始穏やかな時間が過ぎていった。

 


 

『それにしても、まさか桜がカズ君の家に泊まるとはね』

『桜は行動力があるから…』

 

現在、桜と零奈が一緒にお風呂に入っている。そんな時にビデオチャットで話さないかと連絡が来たので自室で五つ子と話しているところだ。

 

『まさか私の和義君の家に泊まったという言葉でそこまで行動を起こされるなんて…』

『まあお泊まりしたのは五月ちゃんだけじゃないんだから、そこまで五月ちゃんが気にしなくて良いと思うよ』

「うちとしては泊まる分には全然反対とかは無いんだけどね」

『なら次は私が行く』

『言うと思ったわよ』

 

僕の言葉に素早い反応を示した三玖に対して二乃がツッコミを入れた。

 

『私だってカズ君の家に泊まりたいわよ。ただそうすると一つ懸念点が出てくるのよねぇ…』

『懸念点って何?』

 

二乃の言葉に四葉が反応した。

 

『ご飯よ。誰が作んのよ』

『由々しき問題です!』

 

五月……

 

『う~ん…私は直江さんやお母さんにお菓子作り習ったけど、あくまでも一緒にいる状態だったしなぁ…』

『私も同じようなものです。恥ずかしながら一人で作る自信はありません』

『かといって三玖もまだまだ安心できないわ』

『むー…』

 

二乃の言葉に三玖から不満げな声が漏れている。

 

『うーん…いっそうカズヨシ君がうちに泊まるとか。なぁーんてね』

『『『……っ』』』

 

一花の何気ない言葉に二乃と三玖と五月は意表を突かれた顔をしている。

 

『それよ!』

「なんか、そんな気はしてたよ…」

『いいじゃない。去年だって勉強会で泊まってたんだし』

 

そんな二乃の言葉に懐かしさを感じる。

 

「懐かしいね。あの頃の二乃は泊まるのに反対してたもんだ」

『そ…そんなこともあったわね…』

『カズヨシとお母さんがうちに泊まるのにとくに反対はない』

『私も問題ないですよ!』

 

三玖の言葉に四葉が元気に答えている。

 

「もう行く前提なんだ…」

『いいじゃん。たまには逆になってもいいと思うよ』

「はいはい。とりあえず零奈にも聞いてみるよ」

『ふふふ。楽しみね』

 

まだ行くかも分からないのに気が早い。まあ零奈は反対しないだろう。

 

『それにしてもこのビデオチャット、良いものですね』

『うん。電話もいいけどこうやってカズヨシの顔を見ながら話せるのが嬉しい』

「そっか。気に入ってもらえたみたいで良かったよ」

 

五月と三玖の反応から好印象が取れているようだ。勧めて良かったかな。

 

『これってスマホからもできるんだよね?』

「ああ。専用アプリをダウンロードすればスマホとパソコンでもやり取り出来るよ」

 

一花の質問に答えてあげる。

 

『じゃあ仕事で外泊した時でも使えるね』

『本当は上杉さんでも使えたらよかったのですが…』

 

少し寂しそうな顔で四葉が口にした。そう、このビデオチャットは風太郎には教えていない。なぜなら…

 

「こればっかりはね。風太郎の携帯だと利用出来ないし」

『できたところであの人のことです。きっと勉強中だと出てくれませんよ』

『あはは、それもそうだね』

 

五月の冗談じみた言葉に四葉が笑いながら同意した。悲しいかな、僕も同意せざるを得ない。

その後少しだけ話してからその日のビデオチャットは終わるのだった。

 

ビデオチャットを終えた僕はリビングまで降りてきた。そこにはお風呂上がりの零奈と桜の姿があった。

桜がソファーに座りその膝の上に零奈が座っている。どうやら零奈の髪を桜が櫛で()いてあげているようだ。その光景は、さながら母が娘の髪を手入れしているといったもので絵になっている。

 

「……あら?和義さん。自室にでもいらっしゃったんですか?」

 

ボーッとその光景を見ていたら桜が僕の存在に気づいたようだ。ニッコリと微笑みながらこちらを見ている。

 

「ああ。五つ子とビデオチャットをしてたんだよ」

「あら。私達抜きで随分楽しまれていたのですね」

 

髪を()いてもらっている零奈は目線だけこちらを見ながら口にしている。

 

「たまたまだよ」

「どんなお話をされていたんですか?」

「今日の桜がうちに泊まることについてだよ。三玖なんか次は自分が泊まるって息巻いてたよ」

「ふふふ、三玖さんらしいですね」

「まったく、あの子達ときたら…」

 

前を向きながら呆れぎみに零奈は言う。

僕はそんな中桜の隣に座る。

 

「悪いね桜。零奈の面倒見てもらって」

「いえ、好きでやっているので。零奈ちゃんは大人しく座ってくれるのでやりやすいです」

 

まあ普通の小学生と違って中身は大人だからね。

 

「どう零奈?気持ちいいかい?」

「ええ。兄さんと同じくらい気持ちいいですよ」

「あら?和義さんが普段されてるんですね」

「まあ、最近はね。前までは母さんがやってたんだけど両親が海外に行ってからは僕がやってるよ」

 

人の髪を()くのは難しいもので、最初は悪戦苦闘したものだ。

 

「では、(わたくし)の髪を()いていただけませんか?」

「桜の?」

「はい。零奈ちゃんの話を聞いているとしていただきたく思ってきました。駄目でしょうか…?」

 

手を止めてこちらに顔を向け聞いてくる桜。

女性はあまり他の人に髪を触られたくないと聞くが、まあ本人が良いと言うのなら良いのだろう。

 

「分かったよ。向こうを向いてくれる」

 

零奈の髪を()くのに使っていた櫛を預かりながらこちらに頭を向けるように指示を出す。

零奈は桜の膝の上から降りると僕の隣に座ってこちらの様子を見ている。

 

「それじゃあいくよ?………どう?痛くない?」

「はい。とても気持ちいいです。毎日してもらっている零奈ちゃんが羨ましいですね」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。それにしても綺麗な髪だね。髪も長いし手入れ大変じゃない」

「そうですね。確かに手入れは大変ではありますが、最近ではそれも苦ではないと思えてます」

「そうなの?」

「はい。こうやって和義さんに綺麗だって誉めてもらえて嬉しく思いますから」

「そっか…」

 

ふふふ、と笑いながら言われると少し照れてしまう。

 

「そういえば桜って寝る時も和装なんだね」

 

目の前の桜は白い着物のような姿でいる。

 

「ええ。これは長襦袢(ながじばん)と言うのですよ」

「へぇー、聞いたことないけどやっぱり桜は和装が似合うよね」

「和義さんに気に入ってもらえたのなら良かったです」

 

実際に桜の後ろ姿を見ているとドキッとするのだから少し困ってしまう。

 

「よし!こんなものかな」

「ありがとうございます。零奈ちゃんのお墨付きなだけありお上手でした」

「そっか。桜にそう言ってもらえるなら自信になるかな」

 

まっすぐ座り直した桜に櫛を返しながら伝える。

そうすると桜は寄り添うように僕の肩に頭を乗せてきた。

 

「桜?」

「少しだけこのままでいさせてください」

「分かったよ」

 

そう返事をしながら桜の肩に腕を回した。

 

「では私も」

 

それを見ていたら零奈は自分の体を僕に預けてきた。

 

「はいはい」

 

もう片方の腕で零奈を抱き寄せるように肩を抱く。

そんな状態でしばらくの間三人で語らった。そして、結局今日も三人で客間で寝ることになったのだった。

 


 

~風太郎side~

 

昼休み。風太郎はトイレから教室に戻っていた。

 

「ねえねえ、上杉君」

「ん?」

 

そこへ風太郎には珍しく女子生徒三人組が話しかけてきたのだ。

 

(……誰だ?いや、待て。たしか同じクラスの奴だったような)

 

風太郎は話しかけてきた女子生徒たちが誰なのか考えているが、そんなのお構いなしに話が進む。

 

「上杉君って、直江君と中野さんたちと仲いいよね?」

「ん?まあ、そうだな」

 

風太郎は答えるも『やっぱりー』や『本当に聞くの?』などと小さな声ではしゃいでいる。

 

(何なんだ……)

「何もないなら行くぞ」

「待って待って。上杉君に聞きたいことがあるの」

「俺に?」

「実は直江君に関する噂があって、それが本当なのか聞きたくて」

「和義の?」

「うん。あのね………」

 


 

~二乃side~

 

時は同じく。

二乃は二年生の頃からの友人と廊下で話していた。

 

「そういえば二乃って直江君と仲いいよね」

「何よ急に。普通よ、普通」

「えー、そんなことないでしょ。直江君から友達だって言われてるくらいだしさ」

「ま、まぁね」

(本当は付き合ってんだけどね。しかも他に四人と同時に…)

 

心の中でそう呟きながら二乃は自分のスマホをいじっている。

 

「じゃあ二乃はこの噂知ってる?」

「噂?」

「そうそう直江君に関する話なんだけどさぁ」

(カズ君の?なにかしら)

「実は………」

 


 

~三玖・五月side~

 

こちらも時を同じくして。

三玖と四葉と五月の三人でお昼を食堂で食べていたのだが、途中四葉は学級長の仕事のため抜けていた。今は三玖と五月でゆっくりしているところだ。

 

「四葉も学級長の仕事、大変みたいですね」

「うん。四葉が忙しいってことはカズヨシもだね」

「はぁぁ…これだけ一緒にいることが多いのであれば、学級長やってみたかったです」

「だね…まあ、私はみんなの前に立つのはちょっと遠慮したいけど」

 

そんな風に他愛もない話をしていると女子生徒が二人に声を掛けてきた。

 

「おーい、三玖ちゃーん。五月ちゃーん」

 

同じクラスの椿である。ミディアムにちょこんとサイドテールの髪型なのが彼女の特徴である。

 

「ねえねえ。二人って直江君と仲いいよね?」

「え……」

「ま、まあ仲は良いと思いますよ」

 

二人は自分たちの関係がばれたのではないかと思い、少し焦ってしまった。しかし、そういうわけではないようである。

 

「じゃあさぁ、あの噂の真相とか知ってたりしないかなぁ?」

「噂ですか?」

 

五月が何のことだろうと思いながら口にするが、三玖もその噂について何も知らない。なので、首をかしげている。

 

「あれ?直江君の噂だから二人とも知ってたと思ったよ。噂っていうのはね………」

 


 

~桜side~

 

こちらもこちらで時を同じくして。

桜はお昼を食べ終わったので自席で次の授業の予習をしようと勉強道具を出そうとしていた。

 

「さっくらちゃーん」

 

そんなところに小林を連れた川瀬が声を掛けながら桜に抱きついてきた。

 

「…っと。川瀬さん危ないですよ」

「あはは」

「諏訪さんは休み時間も勉強?」

「ええ。まだまだ精進したいので」

「桜ちゃん今でも学年トップじゃん」

「しかし、私の憧れる方にはまだまだ及びません」

「それって直江先輩?」

 

川瀬の言葉にコクンと桜は頷いた。

桜は今でこそ学年首席の座を明け渡したことはない。しかし、和義や風太郎のように満点を取っているわけではないのだ。まあ、あの二人が異次元すぎるというのもあるのだが。

それでも二人に追いつきたいと桜は思っている。

 

(和義さんに誉めていただけるのは勿論なのですが。やはり上杉先輩に追いつきたい!)

 

和義と恋人関係になったことを桜は嬉しく思っているのだが、それでも和義と風太郎との間にある絆にはまだまだ遠く及ばないのではないかと感じているのだ。

 

「桜ちゃん…凄い意気込みを感じるよ」

「あ、直江先輩と言えば新しい情報手に入れたよ」

「またぁ~?今度は誰が告白したのさぁ?」

 

小林の言葉にいまだに桜に抱きついたままの川瀬が呆れたように答えた。

 

「ふふーん。それが今度は毛色が違うんだなぁ」

 

そんな川瀬の反応もなんのその。小林はドヤ顔で自身が手にした噂を口にする。

 

「なんとね………」

 

・・・・・

 

『直江君(先輩)と四葉ちゃん(先輩)が付き合ってるんだって』

 

ほぼ同時に噂の内容を風太郎達は聞かされる。

 

((はぁーーーーー!?))

(((えぇーーーーー!?)))

 

そして五人は同じように心の中で叫ぶのだった。

 

一方その頃噂の中心である和義と四葉は……

 

「…っくしゅん!」

「直江さん風邪ですか?」

「すんっ……いや、そうじゃないと思うんだが…」

 

二人で教師に頼まれたプリントを運んでいたのだった。五人が驚きの噂を聞いているのを露知らず……

 

 




今回のお話でビデオチャットを導入してみました。
お話の中でも四葉が言っていましたが、本当は風太郎も交えればよかったのですが…

そして、桜のクラスメイトの二人について今更ですがここで軽く紹介しとこうと思います。

小林 美月 : 髪は肩先までかかっているセミロング。桜には及ばないが成績は良い方。噂話好き。文乃とは小さな頃からの友達で、文乃をきっかけに桜と仲良くなった。

川瀬 文乃 : ショートボブの髪型で人当たりが良い。その性格から桜と初めて友達になった女の子。勉強は苦手でいつも美月のお世話になっている。最近では桜からも勉強を教えてもらっている。

ではまた次回も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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葛藤

~風太郎side~

 

(こいつらはいったい何を言っているんだ…?は?和義と四葉が付き合っている……?)

 

廊下で自分を呼び止めてきた女子生徒の言ったことを理解できずに風太郎は固まってしまった。

 

「上杉君?話聞こえてた?」

 

そんな風太郎の行動に疑問に思った女子生徒が声をかけた。

 

「わ、悪い。うまく聞き取れなかったんだが、和義がなんだって?」

「だからっ。直江君と四葉ちゃんが付き合ってるんだって聞いたの。それで、直江君と仲が良い上杉君に真相を聞こうと思って」

 

(くっ…聞き返しても変わらないか。何がどうなってそんな話が出てるんだ!)

 

風太郎は女子生徒の言葉に動揺してうまく頭が回らないでいた。

 

「ねえ?で、結局どうなの?やっぱり二人って付き合ってるの?」

「そ…それは……その噂はデマだ」

「え……?」

「ほ、本当に!?」

「あ、ああ…和義と四葉が付き合っているということは断じてない」

 

なんとか平静を保って風太郎は答えた。

 

(なにせ、四葉は俺と付き合ってるんだからな)

 

うんうんと腕を組んで自分を納得させている風太郎。

 

「デマかぁ……」

「でも、二人ってクラスでもすごく仲良いよね」

「うんうん。お似合いって感じがしたから噂の信憑性があったんだよね」

 

グサッ…

 

「だよねっ。学級長の仕事も息ピッタリって感じだし。なんて言うの?長年連れ添った間柄って感じでさぁ」

 

グサッ…グサッ…

 

「じゃあ、上杉君に隠してとかもありえるかなぁ」

 

(え……?)

 

女子生徒達は知らず知らずのうちに風太郎の心に少なからずダメージを与えて去っていった。そして、知らないうちに風太郎はその場にうなだれていたのだった。

 


 

~二乃side~

 

(ちょっと待ってよ!なんでそんな噂が発生してんのよ!)

 

こちらもこちらで二乃は動揺をしていた。

 

「いやー、まさか直江君が四葉ちゃんとだなんてねぇ」

「ねぇー。ああいう子が好みだったのかなぁ?」

 

二乃の友人はそんな二乃の動揺に露知らず噂話に盛り上がっていた。

 

「……て、二乃?どうかした?」

「えぇ!?な、何が?」

「いや、急に黙り込んじゃってたから…」

「ううん、なんでもない。それよりその噂誰から聞いたのよ?」

「誰も何もみんな言ってるよ?」

 

(はぁーー!?)

 

「それより二乃。直江君や四葉ちゃんから何か聞いてない?」

「え…えーっと…何も聞いてないかなぁ…」

「そうなの?」

「隠れて付き合ってるとか?」

 

二乃の言葉に残念そうに答えたが、友人達はあまり気にせずまた談笑に戻っていった。

 

(私以外の付き合ってる四人のうち誰かなら分かるけど、なんでよりによって四葉なのよ!え、何?もしかして私たちにも内緒で二人ができてるってこと?でもだって、四葉は修学旅行のときに上杉に告白して、それでこの前上杉からの告白を受け入れてたじゃない。もう訳分かんない!)

 

スマホを操作している二乃であるが画面の内容は全然入ってきていない。

 

(こうなったら本人に直接聞くしかないわね!)

 

そして二乃はメッセージを打ち込みだした。

 


 

~三玖・五月side~

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。なぜそのような噂が?」

 

椿の言葉に五月がいち早く反応した。三玖はまだ固まっているようだ。

 

「あれ?五月ちゃんには知らされてなかったのかなぁ。校内では結構有名だと思ってたけど」

「そんな……」

 

(校内では有名な話。では本当に?私たちの知らないところで…)

 

五月は自分の意思とは別の方向に考えがいってしまっていた。

 

「おっと…じゃあ私はこれで。ごめんねお邪魔して」

いえ…

 

忙しなく別のところに行く椿に対して五月は小さな声で答えることしか出来なかった。

 

「そ…そんなわけない…!カズヨシが四葉とだなんて…!」

 

先程まで固まって何も言うことがなかった三玖が不意に声をあげた。

 

「だって四葉はフータローと付き合ってるんだよ…ありえないよ…」

「そ、そうですよね。それに和義君がそんな私たちに内緒でなんてありえません。しかし、どうしてこのような噂が……」

「むー…そこがわかんない…」

 

はぁぁ、と三玖と五月はため息をついた。

そこに二人のスマホにメッセージが届いた。

 


 

~桜side~

 

「へぇ~、四葉先輩ねぇ」

 

小林の言葉に川瀬はピンと来ない顔で答えた。

 

(なんで?なんで四葉さんが?二乃さんではないのですか?)

 

「うーん…美月?その四葉先輩?と直江先輩が付き合ってるってのはなんかネタがあるの?」

「ほらこの前言ったリボンを着けた中野先輩。あれが四葉先輩だったらしいの」

「え?」

「ん?どうかした諏訪さん」

「い、いえ…」

 

(噂の人物は二乃さんではなく四葉さん?確かにリボンと言えば四葉さんですが、まさか…)

 

この間話にあがった、リボンを着けた中野姉妹の誰かが仲良さそうにしていた。この話を聞いた段階で桜は二乃であると予想をしていたのだ。

確かに桜もそのリボンの人物が四葉である可能性も考えた。だが、その当の四葉本人は和義の彼女に含まれていない。だから勝手に候補から除外していたのだ。

 

(和義さんは日の出祭を一緒に回るという話を校内でしていないと言っていた。でもあの時は''誰とも''とは言っていない。あくまでも二乃さんとです。でもでも、『皆と回りたい』と言っていただきました。その''皆''とは四葉さんも入っているのでしょうか…)

 

頭の中で悪い方向に考えがいってしまいそうな桜。そんな桜に川瀬が声をかけた。

 

「桜ちゃん大丈夫?」

「え?」

「さっきから考え込んでるように見えたから…」

「ご、ごめんね。私の話が原因だよね。好きな人の付き合ってる話なんか聞いて悲しくないわけないよね」

 

自分の噂話が原因であると思った小林は申し訳ない気持ちで桜に謝った。

 

「大丈夫ですよ。少し驚きはしましたが、このお話はあくまで噂。本人から聞いたわではないので」

 

(そう。あくまでも噂。実際に和義さんから聞き出さなければ分かりません)

 

「大人な反応だ…」

 

桜の反応に川瀬が口にする。

そんな時、桜のスマホにメッセージが届くのだった。

 


 

昼休みに教師に呼び出された僕と四葉は頼まれたプリントを持って教室に戻っていた。

 

「てかこの量だったら僕一人でも良かったよね。まったく、二人も呼ぶ必要ないじゃない…」

「ま、まあまあ」

 

僕の愚痴を聞いている四葉は、そんな僕を宥めてくれている。

 

「四葉は優しいねぇ。あ、風太郎のことはあんまり甘やかせちゃ駄目だよ?」

「うーん…直江さんに言われてもって思います。直江さんは私たち姉妹に優しいですし甘やかせてもくれて、頼りにもなります!」

「そうかなぁ…」

「そうなんです!」

 

笑顔で言ってくる四葉。こう正面から言われるとなんともむず痒いものだ。

 

「でもそうやって思ってくれてるなら目的は達成出来てるかな」

「目的ですか?」

「うん。四葉は困ってる人に対して手を差しのべてるけど、そんな四葉の甘えられる場所を作りたかったんだよ」

「そんなことを…」

「まあ結局は自分本位なんだけどね」

 

そこまで話して隣に四葉がいないことに気付いた。後ろを振り返ると立ち止まって何かを考えている。

 

「どうしたの?」

 

そんな四葉に声をかけると僕の横に駆け寄ってきた。

 

「やっぱり直江さんって女たらしですよね」

「え?」

 

どこが?と聞き返すよりも先に四葉は僕から離れて先に行ってしまった。

まあすぐに確認するようなことでもないからいいか。

 

「あれ?上杉さんがいます」

 

先を進んでいた四葉がそんな言葉を発しながら廊下の先を指差している。

確かに風太郎である。だが様子がおかしいように見える。どこかうなだれているように見える。

 

「うっえすぎさん!」

 

そんな風太郎に四葉は元気に声をかける。が、こちらを向いた風太郎はどこか元気がない。

 

「ああ……四葉か……それに和義……」

「大丈夫ですか?」

「ああ…………って、和義!?」

「おお!?どした?」

 

急に目を見開いて名前を呼ばれたので少し驚いてしまった。

 

「なぜ四葉と一緒にいる」

「は?なんでって、職員室に学級長として呼ばれたからだよ。ほら」

 

何故か真剣な顔で聞かれたが、それを疑問に思いながらも持っているプリントを掲げて答える。何なんだいったい。

 

「先生にプリントを持っていくように言われたんですよ。まあ量が少なかったので全部直江さんに持ってもらってるんですけどね」

 

頭をかきながら申し訳なさそうに四葉が言う。

 

「そ、そうか…」

「何なんだよ。変だぞ風太郎」

「上杉さん?」

 

四葉もどこか変な風太郎に気付いたのか心配そうに見ている。

 

「いや…その……」

「おっと…すみません、着信みたいです」

 

そこで着信があったようで四葉はスマホの操作をしだした。

 

「……和義!」

「何?」

「お前、俺に隠してることないか?」

「は?……そりゃあ一つや二つ話してないこととかはあるでしょ」

 

零奈の事とか楓さんの事とかまあ色々あるよね。

 

「それは俺に関わることなのか?」

「何々?どうしたのさ。今日の風太郎おかしいよ」

 

僕の言葉に詰め寄ってくる風太郎。何か必死さが伝わってくる。どうしたのだろうか。

 

キンコンカンコーン…

 

そんな時に予鈴が鳴る。プリントを持っている手前遅れるわけにはいかない。

 

「風太郎。今は時間がないから後で話そう」

分かった…

 

はぁ、なんでこんなことに。

 

「ほら、四葉も行くよ」

「は、はい!」

 

着信があってからずっとスマホとにらめっこをしていた四葉に声をかけて教室に向かった。

 

・・・・・

 

四葉のスマホに届いたメッセージは姉妹間で使っているグループメッセージだった。

 

『今日、緊急会議をするから放課後は全員カズ君の家に集合。いいわね』

『わかった』

『問題ありません』

『え?何々、何があったの?』

『集まったときに話すわ。一花も来れそうだったらお願い』

『はーい。私はもう仕事終わりそうだから先に行ってるね』

『桜には私から連絡しといたから。四葉もいいわね?』

『うん』

 

この時の四葉には何があったのかは分からなかった。しかし、メッセージからは有無を言わせないような雰囲気が出ていたため、四葉はただ一言だけ返事をするのだった。

 


 

そして次の授業ではホームルームを使って日の出祭の出し物を決めることになった。クラスの出し物については、結局焼きそばとパンケーキまでは絞れたんだが……そこからが進まない。

 

「うーん、見事に二つに割れちゃったかぁ」

「パンケーキが絶対いいって。映えとか良さそうだしさ!」

「何言ってんだ!屋台だぞ。屋台と言えば焼きそばしかないだろ!」

 

はぁぁ…まさに二つの陣営でのバトルだな。平行線だけどね。

 

「三玖と五月は何か意見はない?それぞれの発案者でもあるわけだけど」

「ごめん、何もない…」

「すみません、私からも…」

「いや、ないなら良いんだ。うーん…」

 

なんだろう。三玖と五月はどこか上の空のように見えるんだが。

そしてもう一つこの授業の中で困っている事がある。

 

「………」

 

なんで二乃は僕を睨んでいるんだ?

授業が始まってからというもの凄い形相で二乃が僕を睨んでいるのだ。

 

四葉。何故か二乃がずっと睨んでくるんだけど

実は私もなんですよ…私たち何かしちゃいましたっけ?

 

プリントで口元を隠しながら四葉に話しかけると四葉も睨まれているそうだ。そしてもう一度二乃を見るとさらに凄い形相になっていた。もうわけが分からん。

風太郎は風太郎で一心不乱に勉強をしている。普段だったら声をかけるが様子もおかしいしこのままにしておこう。

結局この日も出し物は決まらないまま話し合いが終わった。そこで三条先生に相談してみた。

 

「先生。出し物は必ず各クラスから一つなのでしょうか?」

「そうですねぇ。必ずしもという訳ではないので、二つ出しても構いませんよ。ただ、管理が大変になるかもですね」

 

とは言ったものの、このままでは先に進まないのも事実だな。

 

「仕方ない。うちのクラスからはこの二つでいこう」

「大丈夫でしょうか。私たちも実行委員の仕事もありますし管理がすごく大変だと思いますよ?」

「まあそこは、二乃や三玖に五月。それに、前田と武田に風太郎もいるんだ。きっと大丈夫だよ」

 

まあ、今の二乃と三玖と五月と風太郎には話が通じそうにないが…そこら辺はこの後話してみよう。

 

「ですね!よーし、頑張っていきましょー!」

 

そこで四葉とハイタッチをする。出たとこ勝負。やってみますか!

そんな風に気合いを入れてると、ガバッと肩を抱かれた。

 

「なんだなんだ。二人は仲がいいじゃねぇか」

「前田…暑苦しいんだけど…」

「しっかし、噂は本当だったんだなぁ」

 

僕の言葉を無視して話を進める前田。

しかし噂とは?

 

「俺たちにくらい話してくれれば良かったのによぉ」

「全くだよ。僕達の仲だと言うのに、ね」

 

なんだ武田もいたのか。てか、まじで何の事を言っているのか分からんのだが。

 

「まさかお前ら二人が……」

「前田!」

 

前田の言葉を遮るように声がかかった。この声って…

 

「んだよ!人が喋ってる…とき…に…よ…

 

声のする方に向いた前田だったがそこに佇む二乃の雰囲気に語尾が小さくなっていった。まじで怖いです二乃さん。

 

「そこの二人借りていいかしら?」

「お、おう!」

 

二乃に圧倒された前田は僕を解放した。

 

「ほら、帰るわよ。あんたも一緒に来なさい上杉」

 

そしてつかつかと教室の入口に向かう二乃。僕達には拒否権は無いようだ。二乃に続いて僕と風太郎と四葉は教室を後にする。

 

「で?どこに行くのさ」

「あんたの家よ、和義」

 

僕の家ですか。まあ色々と聞きたいこともあるからちょうどいいか。そこに零奈からメッセージがきた。

 

『一花が家に来ています。二乃から全員集合の号令があったそうですが何かありましたか?』

 

チラッとスマホの画面から前を歩く二乃に視線を動かす。僕には身に覚えがないが意味もなくこんなことを二乃がするとは思えない。

そういえば前田が噂がどうのこうの言ってたな。それも僕に対してって言うよりも僕と四葉にって感じか?

少し冷静さを取り戻してきた僕は、僕なりに推理していく。

なるほど僕と四葉に関する何かしらの噂を聞いたってことであれば、風太郎の昼休みの行動も頷ける。ってことはだ。その噂っていうのは……はぁ、嫌な予感がするなぁ。

 

『僕には何の事なのか分からないかな。今から帰るけど、中野姉妹以外に風太郎と桜も来ることになるからよろしく』

 

零奈へメッセージを送りスマホをしまった。目の前では二乃と桜が合流をしている。

はてさて、どんなことが待ち受けているのやら。そんな事を胸に我が家へ向かうのだった。

 

 




今回のお話では和義と四葉の付き合っている疑惑の噂に翻弄される各々の心境を書かせていただきました。
全員が和義の事を信じながらももしかして、と疑心暗鬼してしまう。正に葛藤している状況ですね。
特に風太郎が右往左往してしまってましたね。いかに四葉の事を愛しているかという表れでもありますね。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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噂の真相

現在、家のテレビ前の机を囲うように僕達は座っている。そんな中僕と四葉は正座である。

 

「じゃ、みんな集まったし始めましょうか」

「二人とも何しちゃったのさぁ?」

「うー…私には全然身に覚えがないよ~」

 

心配するように一花が聞いてきたが、もちろん四葉には身に覚えがないので答えられない。その四葉は泣きそうな顔である。

 

「はぁぁ…兄さんは何か心当たりでも?」

「うーん、僕はなにもしていないつもりなんだけどね。ただ……」

「ただ、何です?」

「いや、昼休みの風太郎の様子がおかしかった事や前田の言っていた噂。そして僕と四葉二人に対する対応を鑑みれば想像がつくかなって」

「なるほど。兄さんの今の言葉で私も想像が出来ました」

「えーー!?二人とも分かってるの?私は全然分かんないよー!」

 

僕と零奈がお互いに考えていることが同じのようで、二人でお互いの顔を見てニヤリと笑ってしまった。肝心の四葉はまだ分からないようで隣で泣き叫んでいる。

 

「ふーん。さすがカズ君、察しがいいわね」

「ならはっきりと聞こう」

「ですね」

「はい」

 

三玖の言葉に五月と桜が頷いている。

 

「あんたら、私たちの知らないところで付き合ってるって。本当?」

「……えーーー!?」

「へ?」

「はぁぁ…」

 

二乃の言葉に一花は驚きのあまり立ち上がってしまっている。四葉に関しては何を言っているのか理解していない様子だ。って、やっぱりそんな噂が流れてたか。

 

「ちょっ…ちょっと待ってよ二乃!え、何?どういうこと?」

 

立ち上がった一花は状況の理解が出来ないためか、片手で頭を抱えながら思案している。

 

「私だってこの話を聞いたときには驚いたもんよ」

「まったく…」

「まったくです」

(わたくし)も思考が停止してしまいました」

 

風太郎は今のところ話に参加していないが、うんうんと頷いている。

 

「えっと…つまり、今学校ではカズヨシ君と四葉が付き合ってるって噂が流れてるってこと?」

「そういうことよ。上杉、あんたもこの噂を聞いたんでしょ?」

「ま、まあな…」

「……て、えーーーーー!?」

 

一花が状況整理をしてくれたお陰でようやく四葉は事の経緯を理解したようだ。

 

「待ってよ!なんでそんなことになってんの!?」

「それは私たちが聞きたい…」

「うっ…」

 

四葉は立ち上がりながら確認をしようとするが、三玖の一睨みで言葉が詰まりまた正座で座り込んでしまった。

 

「まあまあ三玖。四葉だって混乱してるんだから、そう怖い顔しないで」

「和義君は四葉の肩を持つのですね?」

「まあ、今の四葉には味方がいないようだしね。これくらいはするさ」

 

完全に下を向いてしまっている四葉の頭を撫でながら五月に伝える。

 

「直江さ~ん…」

「まったく。その行動で他の皆さんへの疑心暗鬼を駆り立ててしまってるのは分かっているのですか?」

「分かってるさ。それでも困ってる四葉を見捨てられないよ」

 

零奈の言葉も気にせず四葉の事を撫で続けていた。

 

「はぁ…まあいいわ。それで?校内に流れてる噂はホント?それとも嘘?」

「分かってて聞いてるよね二乃」

「あら。私たちのことやっぱり分かってくれてるわね」

「それでも、私たちは二人の口から直接聞きたいって思ってる」

 

真剣な眼差しでこちらを見る三玖。とは言え、こちらからの回答は決まっている。

 

「その噂はデマだよ。僕は四葉の事を大事な友人、親友とも思ってる。だから彼女なんてありえないよ」

 

僕の言葉に零奈以外はどこかホッとしている様子だ。

 

「そ、そうです!直江さんは私にとっても大切な人ではありますが、それは友達としてであって…って親友なんですか!?」

 

今日の四葉はワンテンポ遅くて少し面白い。

 

「うん。少なくとも僕はそう思ってるよ。親友である風太郎の彼女だし、僕の彼女達の姉妹でもある。もう僕にとって特別な存在だよ」

「直江さん…ありがとうございます!ししし、じゃあ私たちは親友ってことで」

 

そこで僕は拳をつき出すと、四葉はその拳に自分の拳でタッチしてきた。

 

「風太郎の事で困ったことあったらいつでも言ってきな。相談に乗るから」

「はい!なら私も。姉妹のことで困ったことがあれば相談してくださいね!」

 

そこでお互い笑顔になった。そこに一人驚きの声をあげる者がいた。

 

「ちょっと待ってください。四葉さんって上杉先輩と付き合っていたのですか!?」

「あれ?桜知らなかったの?」

「聞いてません!」

 

僕の言葉に抗議の声をあげる。僕からは言っていないが、五つ子の誰かが言ってるのだとばかり思ってたよ。

 

「ま、まあ。桜ちゃんに言えてなかったのは申し訳ないってことで…」

「そ、そうね。そこは私も抜けてたわ…」

 

一花と二乃は『あはは』、と乾いた笑い声を出しながら申し訳なさそうにしている。

 

「桜には悪いけど、それよりももう一つ片付けなければいけないものがある」

「そうですね。なぜこのような噂が流れてしまったのか、ですね」

 

五月の言葉に三玖は頷く。

 

「確かにな。俺が見ていた限りではおかしな行動はなかったと思うが」

「その割には結構必死に僕に問いただしてたけど?」

「そ、それは…し、仕方ないだろう。あの時は本当に気が動転していたんだ」

「まあ良いけどね」

 

焦った表情の風太郎。まあそれだけ四葉の事を好きでいるってことだろうしね。

そんな時に手を挙げた者がいた。桜である。

 

「その事なのですが。いくつか(わたくし)に心当たりがあります」

 

桜の言葉に皆が桜に注目した。

 

「まず一つ目として……和義さん。最近の告白に対する断り方を変えられたと聞いてます」

「え?」

 

まさか僕に話が振られるとは思ってもいなかったのでビックリした。

 

「そうなのですか?」

「あ、ああ。告白される数を減らせないかなって思ってね」

「なんて言ってんのよ」

「えー!?それは……た、大切な人がいるから君を好きになれない、って」

 

めっちゃ恥ずかしいのだが。

 

「兄さん…それは…」

「あれ?何かまずかった?」

「うん。まずくはないと思うよ。カズヨシ君らしいなとは思うけどね」

「?」

 

なんだろう。何か間違っていたのだろうか。

 

「なるほどね。それで学級長としてとは言え、一緒にいる時間が多い四葉に目がいったってことね」

「でも、それだけだとまだ弱い…」

「ですね。それではクラスメイトまでも、とはいかないでしょう。クラスメイトの皆さんは二人が学級長であることを知ってるのですから」

「そこでもう一つの心当たりです」

 

皆が悩んでいるところ人差し指を立てながら桜が話を続ける。

 

「このお話は先日和義さんと零奈ちゃんにも話したのですが」

「僕達に?」

「この間うちに泊まったときに話された事でしょうか?」

「はい、その通りです」

「そういえば、あの時も噂話について話してたよねぇ。でもあれって結局僕に覚えがないってことで話が終わったんじゃなかったっけ?」

 

そうそう。確か二乃と日の出祭を回る約束をしていなかったかって聞かれたんだよね。んで、もちろん覚えがない事を伝えたんだよね。

 

「確かにそうです。しかし、あの時は私が解釈した噂話について覚えがないと言っていただいたんです」

「なるほど。そういう事ですか」

 

顎に手を当てて考え込んでいた零奈が分かったと言わんばかりに話す。何かあったっけ?

 

「ねえ桜ちゃん。差し支えなければその時のお話を聞いていいかな?」

「はい。(わたくし)はクラスの友人にある噂話を聞いたので、その内容について和義さんに追及しました」

 

一花の質問に先日桜がうちに泊まったときの話を話し出した。

 

「内容というのは、二乃さんと日の出祭を一緒に回る話をしていたのか、というものです」

「私!?」

「二乃…抜け駆け…」

「いやいや。そりゃあカズ君と一緒には回りたいけど、そんな話してないわよ」

「だね。その時桜に聞かれたときも今の二乃と同じことを僕も伝えたよ。皆と回りたい気持ちはあるけど二乃とはまだ話してないって」

「ん?ならその話は終わりなんじゃないか?今回の騒動にどう関係してくるんだ?」

「たしかにそうですね…」

 

そこで風太郎が皆を代表したかのように桜に問いかけ、それに四葉も同意する。

僕もそう思っていた。あれ?でも何か他に話してたような…

 

「そうですね。しかし、(わたくし)の質問は友人から聞いた話を(わたくし)なりに解釈した物なんです」

 

あ!そうだ。確かにそんな話をしていた。桜の友人が話していた内容はもっと別物で…

 

「じゃあ桜のお友達が言っていたのはどういう物なのです?」

「''リボンの着けた中野先輩''と直江先輩が中良さそうに話していた、と。その内容が『二人のペースでやっていこう』と『日の出祭を一緒に回ろう』、です。私の中ではリボンを着けた中野さんと言えば二乃さんと四葉さんが頭を過りました。そして、このような話をするのは二乃さんだと思い、先日和義さんに追及したのです」

 

五月の質問に桜は丁寧に説明した。

 

「たしかに。私が聞いても二乃だって思えてくる」

「だねぇ~。私たちの中ではカズヨシ君の恋人でリボンを着けてるのはって考えちゃうから」

「ま、待ってください。それで先ほど和義君と二乃からそんな話をしていないと出たじゃないですか。じゃあ……」

 

五月が僕と四葉に視線を持ってきながら話している。

 

「え?」「へ?」

「そうです。最初はリボンを着けた中野さんだったものが、今ではそれが四葉さんになっているのです」

 

ガシッ…

 

「そうなのか?やっぱりお前らはそうだったのか!」

「だぁー!落ち着けっ風太郎!」

「うわうわ!上杉さん、落ち着いてください!」

 

桜の話を聞いた途端風太郎に胸ぐらを掴まれたので落ち着くように言うが聞く耳を持ってくれない。四葉も僕から風太郎を必死に引き離そうとしている。

 

「やっぱり有罪。切腹」

「「三玖!?」」

「そりゃあそうでしょ。二人のペースでやっていこうって話しながら、学園祭を一緒に回る約束をするって。デキてるでしょ」

 

三玖に続いて二乃までが。これじゃあ振り出しに戻ったようなもんだよ。

そんな中一人だけ冷静にいた零奈が僕に目を合わせて聞いてきた。

 

「兄さん。もう一度聞きます。四葉さんとそのような話をしたのですか?」

「……していない。誓って…」

 

僕も零奈の目をまっすぐ見て答えた。

 

「ふぅ…どうやら兄さんは嘘を言っていないようですね。離してあげてください風太郎さん」

「零奈?」

 

風太郎の腕にそっと手を沿えながら伝える零奈に目がいった風太郎ではあるが、風太郎と目が合うとコクンと頷いた零奈に納得したのか胸ぐらからとりあえず離してくれた。

 

「しかし…和義君の言葉が本当であればなぜそのような噂が?」

「和義さんは最近、四葉さんと一緒に居たときに告白に呼ばれたことは無かったですか?」

「えーー…」

 

あったかなぁ。そんなの気にしたことないしなぁ。

 

「ありましたよ。ほら、先生に学園祭の出し物を決めるのをお願いされた後に」

「うーん…?あー…そういえば…」

「その時の告白された相手は一年生ではなかったですか?」

「あー…確かにそうだったかも。その子から新しい断り文句使ってたから」

「やはり。実はその生徒が今回の噂の元凶かもしれないのです。告白しようと近づくも四葉さんと仲良さそうに話している。そして、いざ告白すると大切な人がいると断られた。もしかして先ほどの人がその大切な人ではないか。そういえばそんな話をしていた、と」

 

桜が事細かに説明してくれた。なるほど、噂の経緯は分かった。けど……

 

「ただそうなってくるとあれね。カズ君が四葉と話していた内容が、てことでまた振り出しね」

 

そうなのだ。その告白してくれた女の子の言っていることが正しいのであれば、僕が四葉と話していた内容も正しいってことになる。でも、僕はそんな話を四葉とはしていない。どうなってるんだ?

 

「ねえねえ。その時ってカズヨシ君と四葉は何か話してはいたの?」

「え?そりゃあ何かは話してたけど何だったかなぁ…」

「学園祭の出し物について話してたのはたしかです!出し物は何にしようかなって感じで」

「だったね……ああ、そう言えば風太郎と四葉の事を聞いたんだった。何か変化はあったのかって。で、何もないようだったから自分たちのぺー……スで……やっていこう…って」

「それよ!」

 

こいつかぁ。自分で言っててある程度気付いたが、二乃の指摘で確信した。いや分かんないでしょ普通は。なるほど、話の途中から聞けばあたかも僕と四葉の二人のペースでいこう的に聞こえるのか。

 

「なるほどね。カズ君はあくまでも四葉と上杉の二人のペースの話をしていた。けど…」

「途中から話を聞いたのであれば、和義君と四葉の二人のペースと勘違いしてしまったのですね」

「じゃあ、学園祭を一緒に回るってやつは?」

 

三玖が前のめりに僕に聞いてくる。

えっと…何て話してたっけなぁ。

 

「たしかその流れで日の出祭は一緒に回るのかって聞かれた気がします」

「ああ、そうだそうだ。その時に風太郎の名前出さなかったんだ。四葉には誰との事を分かってるだろうしで、彼氏との時間を作るようにとも言ったっけ」

「「「「「「はぁぁ……」」」」」」

 

そこで僕と四葉以外の人間がため息をついている。

 

「つまりまとめると…」

「カズ君と四葉は普通に世間話をしていた…」

「で、内容がフータローと四葉の付き合い出したことについて」

「それで、二人のペースというのは、上杉君と四葉のことで…」

「一緒に回るという話も上杉先輩と四葉さんのこと、だったのですね」

「そりゃあ、こいつらにとっては何の話をしてるのか分からんわけだ」

「まったく蓋を開けてみれば、というものですね」

 

なんか皆納得してもらったみたいだし、とりあえず足は崩すか。

 

「私たちはこれで納得したから良いのですがこれからどうします?校内の噂は中々消えないと思いますよ」

「そうよねぇ。まあ、あくまでも噂だし色んな方面からデマだってことを流してもらえればなんとかなるかもね」

「………風太郎と四葉は恋人関係を皆には知られたくない?」

「「え?」」

 

五月と二乃が今後の事について話している中、不意に僕は風太郎と四葉に話しかけた。

 

「カズヨシ君、まさか…」

「うん。目には目を。噂には噂だね」

 

一花の言葉にニヤリと笑いながら答えるのだった。

 

 




前回まで続いていた和義と四葉の恋人疑惑はこのお話でようやく完結です。
自分で思ってたよりも大分長く掛かったのかもしれません。

さて誤解も解けたのでそろそろ日の出祭に入っていこうと思ってます。次回で入れるか分かりませんが……

では、また次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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特別教室

ブォォォ…

 

僕は今中野家に向かってバイクを走らせていた。急遽うちに五つ子が泊まることになったので明日の登校に必要な教科書とかを取りに行っているのだ。ここまでして泊まらなくてもいいのに。

 

「三玖。初めてのバイクかもだけど疲れてない?」

 

ちょうど赤信号で止まった時に後ろにいる三玖に声をかけた。

 

「大丈夫。問題ない…」

 

ぎゅっと僕の腰に抱きついている力を強めて三玖は答えた。

荷物を取りに向かうのはいいのだが、さすがに人様の家を漁るわけにはいかなかったので、一人だけ付いてきてもらった。そして、栄えあるじゃんけん大会で勝ち残った三玖がその一人というわけだ。

ちなみに風太郎は帰宅し、桜は一緒に泊まることになった。桜に関しては家に電話して荷物を持ってきてもらうそうだ。それならその荷物を持ってくる車で皆を送ってもらえればよかったのだが、五人で却下された。その五人というのは四葉以外の女子五人である。まったくこういう時の結束力は高くて今後も苦労しそうである。

そして、中野家のマンションに到着したので駐輪場にバイクを停めて部屋に向かった。

 

「私が用意してくるからソファーでくつろいでて」

 

そう言って三玖は二階のそれぞれの部屋に向かってしまった。

特にやることもないので部屋に着いたことをメッセージで送っておいた。

 

ブー…ブー…

 

『こっちも桜ちゃんの荷物がさっき届いたよ。それにしても使用人みたいな人から荷物を受け取る桜ちゃんがお嬢様って感じがしたよ』

 

いや、君たちもお嬢様と言えばお嬢様でしょ。一花のメッセージに心の中でツッコミをいれてしまった。

 

ブー…ブー…

 

『夕飯もうすぐ出来ちゃうから早く帰ってきなさいよ』

 

一花のメッセージの後に二乃からもメッセージが届いた。

今うちでは、二乃と桜に零奈の三人で夕飯を作ってもらっている。この三人で作るとなると早く出来てしまうだろう。

後、この人数なので入れる人は先にお風呂に入るように伝えてある。メッセージが来ているのと、夕飯作成を考えると今は四葉か五月が入っているのだろう。

とりあえず『分かった。なんだったら途中までにしてお風呂回しといて』と返事をしておいた。すると『分かったわよ』と返事が返ってきた。

その後はパソコンからスマホに送っておいた論文を見ながら三玖を待つことにした。すると、鞄を手に三玖が二階から下りてきた。

 

「お待たせ。ごめんね、ちょっと時間がかかっちゃった」

「いや、四人分だからね。それに自分の以外はどこにあるか分かんないでしょ」

「うん。結構大変だった」

 

三玖の持っていた鞄を受け取りながら話をする。

 

「じゃ行こうか。夕飯出来そうだってさ」

 

そう言って玄関に向かおうとすると三玖に呼び止められた。

 

「待って…!」

 

そしてそのまま正面から抱きしめられたのだ。

 

「三玖?」

「こんな機会を無駄にするなんてもったいないよ…だから……」

 

そう言うや否や三玖からキスをされた。

 

「ん……」

「……どうしたのいきなり?」

「……キス……。し、したくて……」

「…………そっか」

 

僕は三玖がしたいなら……と、もう一度唇を重ねた。

 

「……ん、ちゅ……れろ、んん……」

 

さっきよりも強く、三玖を抱きしめて、唇の柔らかさを感じた。

三玖が舌を出してきたので、僕も舌をからめた。

 

「んはっ……ん、ちゅ……」

 

三玖とキスをし続けて、何分経過したのかももうわからくなってきた。

キスでとろけきった顔でさらに激しくキスを求めてきて僕の唇を吸ってくる。

 

「……ぷはっ……三玖、キス好き?」

 

唇を離してそう聞くと三玖は、とろけきっていた顔をさらにふにゃと蕩けさせて笑った。

『好き』と顔に書いてあるかのような笑顔だった。

 

「ん……大好き……」

 

……あぁもう。可愛すぎる。トロンとした表情で僕を見つめてきた。

 

「ん……カズヨシ、好き……好き」

 

そのふにゃふにゃの顔は卑怯だ……!またキスがしたくなってきてしまう……! 三玖はそんな僕に気づいてるのか気づいてないのか僕の胸に顔をこすりつけるように甘えてきた。

 

「……ふふ、好き、大好き」

 

僕の体に顔を埋めてすりすりとする。その三玖の頭を撫でてると三玖は気持ちよさそうに、僕に体を預けてきた。

 

「……三玖がこんなに甘えてくるなんて思ってなかった」

 

僕がそうぽつりと漏らすと、三玖は僕から顔を離し僕を上目遣いで見ながら言った。

その顔がまた可愛い。

 

「ん。……私もこんなに自分が変になるなんて思わなかった。今までこんな気持ちなんてなかったから。ただ、こうしていたい……こうして、甘えてたいって思う」

 

そう言ってまた僕の胸に顔をくっつけてくる。そんな三玖が、たまらなく愛おしかった。

とはいえあまり遅くなると二乃と零奈あたりから何か言われそうである。残念ではあるがここまでだ。

 

「そろそろ行こっか。皆待ってる」

「むー…もうちょっとこうしてたかったけど仕方ない…」

 

そう言いながら三玖は僕の胸にグリグリと擦り付けている。もう少しこのままでいようかな。

 


 

「遅いわよ!」

 

あれからしばらくして帰ったのだが案の定仁王立ちの二乃と零奈が出迎えてくれた。

 

「荷物を取って帰ってくるだけでここまで掛からないと思いますが?」

「あはは…ごめん」

「みんなの分を部屋で探してだから時間が掛かるのは仕方ない」

 

三玖は肝が据わってるね。

 

「とりあえずご飯にしようか。五月もお腹空いたでしょ?」

 

ぐぅ~~…

 

「はっ…!こ、これは違うんです!」

 

まさかお腹の音で返事をされるとは。

『違うんです~』と弁解している五月を横目に夕飯の準備を手伝うのだった。

 

今日の配置は先ほど道具を取りに行っている時に決めたそうだ。僕が座るテーブルには、僕の横に桜が。前には四葉がいて、その横に零奈が座っている。残りのメンバーはテレビの前のリビングテーブルに座っている。三玖は僕に付いていったから始めからそちら側だそうだ。

 

「それよりカズ君とのドライブどうだったのよ?」

「最初はちょっと怖かったけど途中から楽しかった。なによりカズヨシを抱きしめることができるのがいい」

「分かります。和義君を近くに感じられるのが一番いいですよね」

「あれ?五月ちゃんいつの間にカズヨシ君のバイクに乗ってたんだ」

「えっ!?」

「あんたも大概ちゃっかりしてるわよね」

 

四人はどうやらバイクに乗った時の話で盛り上がっているようだ。

 

(わたくし)はまだ和義さんの運転するバイクに乗ったことがありませんのに」

「まあ、いずれ機会がくるさ。四葉も風太郎に頼んでみたら?バイクは貸すからさ」

「上杉さんの……」

 

四葉は風太郎の運転するバイクの後ろに乗るところを想像しているのか、箸を咥えたまま固まっている。

 

「それにしても、兄さんの考えた噂話には噂話を、の作戦はまあいいのではないですか?風太郎さんはかなり渋ってましたが」

「こればっかりは風太郎の協力は必要不可欠だからね。もちろん四葉もね」

「は、はい!が、頑張ります!」

 

箸を咥えたままだった四葉が慌てて返事をする。二人にとっては大変かもしれないがここは頑張ってもらおう。

 

そして全員が寝静まった時間。自分の勉強を終わらせてキッチンに飲み物を飲みに来たら、リビングの電気が点いていた。リビングテーブルでは一人黙々と勉強をしている者がいる。

 

「五月、まだ勉強してたんだ」

「あ、和義君」

「麦茶飲む?」

「じゃあいただこうかな」

 

五月に声をかけると勉強を止め振り返って答えてくれた。自分の分と五月の分の麦茶をコップに注ぎテーブルに持っていくと、五月はグッと腕を伸ばしてストレッチをしていた。

僕はそんな五月の近くに座った。

 

「どう?はかどってる?」

「うん。まあまあかな…」

「ふーん……問五間違えてるよ」

「嘘!?」

 

五月は僕の指摘に慌てて問題を確認している。指摘された後は冷静に正解へと自力で導き出せたようだ。

 

「うん正解。よくできました」

「うーん…指摘された後だからなぁ」

 

苦笑いを浮かべながら僕の注いできた麦茶を飲みだした。

 

「あ、そうだ。噂が気になってそれどころかじゃなかったんだけど相談したいことがあったんだった」

「相談?」

 

五月は何かを思い出したように近くの鞄の中身から目当てのものを探しだした。

 

「あった。これなんだけど…」

 

鞄から取り出されたのは一枚の紙。何かの広告のようだ。

 

「特別教室?」

「そう。なんでも有名な講師の方による特別教室が塾で開かれるみたいなの」

「ふーん…無堂仁之介ねぇ」

 

聞いたこともない名前だし、見たこともないおっさんだな。

 

「それで…参加しようか迷ってて…それに…」

「それに?」

「……私の考えすぎかもしれないんだけど、この事を下田さんが教えてくれなかったから気になってて」

「え、下田さんが?」

「うん……この事は他の先生に教えてもらったんだ」

「へー…」

 

おかしいな。下田さんならこんなイベント真っ先に五月に教えると思うんだけど。忘れてたとか?でもなぁ…

 

「和義君?」

「ああ、ごめんごめん」

「でね。やっぱり自習だけじゃ心許ないから参加しようとは思ってるの。でも贅沢を言えば和義君に勉強を見てもらいたくって」

 

恥ずかしそうに上目遣いでそう言ってくる五月。それは反則ではないだろうか。可愛すぎる。そんな態度をされたらOKするしかないだろ。

 

「分かったよ。そんな風に言われれば家庭教師冥利に尽きるよ。後は彼氏として頼ってくれたのが普通に嬉しいかな」

「えへへ…ありがとう」

「この紙は貰ってもいいかな?」

「え?もう参加することもないから別にいいけど。どうしたの?」

 

笑顔だった五月の顔はたちまち不安そうな顔になってしまった。

 

「大したことないよ。ちょっと気になっただけだから」

 

そう伝えながら四折りにしてポケットに入れた。

明日の放課後あたりに下田さんのところに行ってみるか。

そんな風に考えながら麦茶を飲む。

すると、五月は僕の近くまで寄ってくると僕の肩に自分の頭を乗せてきた。その頭を僕は右手で優しく撫でる。すると五月はとても嬉しそうな顔をしていた。

五月のこんな表情を見ていると思わず頬が緩んでしまいそうだ。五月から伝わってくる熱の感覚がとても心地よく感じる。そのまま僕はしばらくの間、五月の頭を優しく撫でていた。

 

「……あの、和義君……」

「ん? どうした?」

「ううん、何でもない……気にしないで。ただ、こうしていたいだけだから……」

 

五月にとって甘えられる存在になれていることが嬉しく思う。この心地よさをこれからも感じていきたいと思っていると五月から声をかけられた。

 

「ねえ?やっぱり今日は一緒に寝れないよね?」

 

五月は不安そうな表情になりながら、そんなことを聞いてくる。

 

「ごめんね。今日はそういうのはなしだって皆で決めたから……」

 

五月のこの表情に僕は弱いのだか、ここは我慢する他無いだろう。

 

「そうだったよね。ごめんね、私こそ困らせること言って……じゃあ、その代わりに一つだけわがままを聞いてほしいな」

「何?」

「キス…して」

「……分かった」

 

五月の言葉には驚いたが、僕が頷くと五月と唇を重ねる。すると五月は嬉しそうに笑ってきた。そして僕たちは何度もキスを繰り返した。

 

「ん……ちゅっ……」

 

僕たちは何度も唇を交わす。そんな時だ。

 

「あ…あのね……その……し……」

「し?」

 

五月が何かを言おうとしているみたいだが、顔を赤くして下を向いてしまった。

し……何だ?

すると、小さな声であるが五月は言葉を口にする。

 

舌を使ってもいいかなって…

「……」

 

まさか五月の口からそんな言葉が出てくるなんて。驚きで一瞬思考が停止してしまっていた。

 

「和義君……」

「……ご、ごめん。まさか五月からそん言葉が出るとは思わなくって」

「わ、私だって色々調べてるんだよ。和義君に喜んでもらいたくて…」

「そっか。ありがとね、素直に嬉しいよ。じゃあ……その……いいかな?」

 

僕は五月に尋ねる。すると五月は顔を赤くしながら黙って頷く。

 

「五月、好きだよ……」

 

僕は自分の思いを伝えながら彼女の唇を塞いでいく。

 

「ちゅっ……」

 

舌を伸ばして、お互いの舌が触れ合わせると、そのまま絡み合わせる。

 

「んんっ……ん……ちゅっ……」

 

お互いの唾液を交換し合うかのように、何度もキスを重ねることで、頭がぼぅとしてくる。

しばらくそんな濃厚なキスを続けた。

 

「れろ……んっ……ちゅっ」

 

僕は五月の口から舌を抜き、唇だけを軽く重ねると五月が不満げな表情になっていた。

 

「和義……君……」

 

そんな顔をして僕の名を口にしている五月が可愛らしく思えて仕方がなかった。

 

「ごめん、焦らすつもりは無かったんだ。その……これ以上やると僕も歯止めが効かなくなりそうだから」

 

そう言って、僕は再び五月のことを強く抱きしめた。

 

「ううん、良いの」

 

僕の胸の中でそう呟く五月は満足そうだった。

それからしばらくの間、僕たちは抱き合ったままだったが、五月の方から体を離して僕の顔を見つめてくる。

 

「ねえ、和義君?」

「どうした?」

 

僕は五月に尋ねる。

 

「キスってやっぱりすごいね」

 

そう言って五月は再び僕に抱きついてくるのであった。

 

 

 




ちょっとやりすぎた感がありますが、三玖と五月のキスシーンを書かせていただきました。
しかし、同日中に別の女子とだなんてハーレムだからこそ出来ることですよね。

さて、次回は噂話には噂話を作戦実行と下田さんの登場を予定しております。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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お付き合い

~朝の登校風景~

 

そこにはいつもと変わらない朝の登校風景が広がっていた。ある一部を除いて…

 

「ねえ、あれって…」

「なんでなんで?どうなってるの?」

 

道行く旭高校生はある二人組に注目していた。風太郎と四葉である。

この二人が朝の登校シーンで一緒にいることには何ら違和感がない。だが、ある部分が(みな)の注目を集めることになってしまっているのだ。それは…

 

おい四葉。いったいいつまでこれを続ければいいんだよ!

直江さんが言うには教室までだそうです

はぁー!?もう俺は恥ずかしさでどうにかなりそうなんだが

私だってそうですよ!でもいいじゃないですか。私たちはか…彼氏と彼女…なんですから

うっ…

 

二人は仲良く手を繋いで登校をしているのだ。恋人繋ぎとまではいかないが、お互いの手はしっかりと握られているので、端から見ればそういう関係だと思われるだろう。現に周りでは二人の関係性について話がされているのだ。

 

「あれって、四葉さんだよね。今噂になってる」

「え、でもでも横にいるの直江君じゃないよ?」

「おいおい。どうなってんだよ」

 

もちろんそんな話し声も二人には聞こえているが、気にしないように歩いていく。すると、二人の共通する人物が話しかけてきた。

 

「おーっす。何だよ、朝から見せつけてくれるな」

「まったくだね。そこまでされると君たち二人が付き合っていると信じずにはいられない、ね」

 

前田と武田である。

 

「お前ら……なんで…」

昨日の夜に直江君から連絡があったのさ。本当は君たち二人が付き合っていること。そして、それを言い広めてほしいと、ね

 

(あいつ、いつの間に…ホントこういう手回しは早いよな)

 

そんな風に考えながら、風太郎は昨日のことを思い出していた。

 

・・・・・

 

昨日のこと。

 

「目には目を。噂には噂だね」

 

僕のこの発言である程度の人間はなんとなく理解はした。

 

「それで?具体的にどうすんのよ?」

「噂を更に流すのは良い考えかと思いますが、如何せん。今流れている噂の中心人物が和義さんなので中々それを上書きするとなると、かなりのインパクトが必要かと」

 

理解はしているものの、といった感じに二乃と桜が質問と考えを口にした。

 

「一つはさっき二乃が言った、あの噂はデマだった、ていうのを各方面から流してもらう」

「そこは私の友達にお願いするから平気よ」

(わたくし)もクラスの友人にお伝えします」

「では、私たちもクラスメイトに」

「うん…」

 

二乃と桜、それに五月と三玖も動いてくれるようだ。

 

「だけど正直これだけだと消えないと思うんだよね。これから日の出祭に向けてどうしても僕と四葉は一緒に行動する時間が増えちゃうから、デマの方が嘘みたいになりかねない」

「確かにそうですね。いくら姉妹のみなさんが発言をしても、それは四葉さんを守るため、と考えてしまいますからね」

 

僕の言葉に零奈が同調するように頷いている。

 

「それでカズヨシ君は、逆にフータロー君と四葉の二人が付き合っている噂を流そうって言ってるんだよね。でも、さっきの桜ちゃんが言った通りカズヨシ君の方がインパクト強くて思ったように噂は流れないと思うよ」

 

一花の言いたい事は分かる。なにせ風太郎の今までの印象は、誰とも仲良くせず勉強だけをしている男だからね。そこへ実は中野四葉と付き合っていると言われても誰もピンと来ないだろう。

 

「ふふーん。そこで風太郎と四葉に頑張ってもらうってわけさ」

「あ、この顔は良からぬ事を考えている顔です」

「そうだな」

 

零奈と風太郎が失礼な事を言っているが気にしない。

 

「風太郎。四葉。二人には明日手を繋いで登校してもらう」

「「…………」」

「はあぁぁーーー!?」「えぇーーー!?」

 

二人とも良い反応だよ。

 

「なるほどね」

「たくさんの生徒がいるであろう登校時間」

「そこで二人が手を握って登校…」

「そうすれば多くの人に目撃してもらえますね」

「そこに、今までの噂はデマで本当はこちらのお二人が付き合っている、という噂を流す」

 

最後の桜の言葉で四葉以外の女子達がお互いを見て頷いた。

 

「待て待て待てーー!おかしいだろ!」

「大丈夫だって。他にも手を回しとくからさ」

 

詰め寄ってきた風太郎の肩に手を置いてサムズアップをして答えた。

 

「俺が言ってるのはそこじゃねえよ!」

「まったく男がこんなことでガタガタ言ってんじゃないわよ。四葉。あんたはどう思ってんの?」

 

二乃の発言で全員が四葉に注目する。

 

「……やる」

「ふっ、あんたの方がよっぽど男らしいわね」

「四葉…」

 

四葉の決心した顔に何も言えない風太郎は言葉を漏らしたが、そんな風太郎の肩をまたトントンと叩くのだった。

 

・・・・・

 

(二人で支えあっていくって決めたじゃねえか。四葉だけに決心させるわけにはいかねえ)

 

そこで風太郎は握っている手に少し力を込めた。そしてリードするかのように少しだけ前に出た。

 

上杉さん…

おや…

「それにしてもよぉ。なんで俺たちにも話さなかったんだよ」

「まあまあ、そう言ってやらないであげたまえ。彼だって折を見て僕たちに伝えようと考えてたはずさ。その前に例の噂が流れたというわけだろう、ね?」

「ま、まあな…」

 

(忘れてたとは言えねえな…)

 

そんなこんなで、前田と武田が二人に付き合っている事を知ってる風に話していた事が功を奏して、和義と四葉の関係がデマで実際には風太郎と四葉が付き合っている事が校内に流れたのだった。

 


 

「どうやら上手くいったみたいだね。二人には感謝するよ」

 

昼休みに風太郎、前田、武田の三人と食堂で昼食を食べることになった。

 

「たいしたことねぇよ」

「そうだね。君に言われた通りにしただけさ」

「しかし何なんだあの質問責めは…」

 

僕の横では僕の奢りで焼肉定食を食べている風太郎がぐったりとしている。

 

「こればっかりはしゃーねぇだろ。なにせ昨日までは直江と付き合っているって噂だった四葉さんが、実は上杉と付き合ってるってなるとみんな聞きたがるってもんだ」

「そんなものなのか」

「ま、クラスメイトとの交流の場と思うんだね」

「はぁぁ…」

 

盛大に風太郎はため息をついている。

 

「それよりも今はもう一つの噂で持ちきりさ」

「え…まだあんの?」

「ああ。君の大切な人とは誰なんだ、とね」

 

まーだそんなこと言ってるんだ。まあ、それくらいだったら誰にも迷惑はかからないだろう。

 

「順当に言えばやっぱ中野さんたち五つ子だな。てか、お前があの人たち以外の女子と話してるとこ見てねえし」

 

まあそうだよね。

 

「後もう一つ興味深い話も出ているよ」

「興味深い話?」

「ああ。直江君は実は男色で上杉君のことを想っているのではとね」

「「ぶぅぅーーー!!」」

 

武田の言葉につい噴き出してしまった。風太郎も同様のようだ。

 

「けほっ…けほっ…そんな話が出てるの?」

「ああ。一部の女生徒の間では盛り上がっているよ。攻めと受け、二人ならどちらだろうと」

「何だよ、攻めと受けって」

「風太郎…この世にはね、知らなくても良いこともあるんだよ」

 

いわゆる腐女子ってやつか。はぁぁ、聞きたくなかった…

風太郎は言われたことを理解していないのでそこまでダメージが無いようだが、僕はもう心のダメージが半端ない。テーブルに肘たてた両手の上に頭を置いてしまった。

 

「あはは、お前らといるとおもしれえことが起こるから楽しいぜ」

「勘弁してよぉ」

「で?結局のとこどうなんだ?やっぱ中野さん姉妹の誰かなのか?」

 

前田は興味津々で前のめりになって聞いてくる。

まあこの二人になら言ってもいいか。

 

「二人とも、誰にも言わないことを誓える?」

「お、おう…」

「ふむ。僕と君との仲だ。誓おう」

 

急に真面目な顔になったことに驚いたのか前田が少したじろいだ。

二人をテーブルの中央まで持ってこさせ周りに聞かれないように伝えた。

 

実は、一花と二乃と三玖に五月。それに一年の諏訪桜の五人と付き合ってる

「「………………は?」」

 

僕の言葉を聞いた二人は意味が理解できていないようだ。まあ普通はそうだよね。

 

「えっと…俺の耳がおかしかったのか?」

「いや。前田君の耳はおかしくないはずだよ。僕も理解が追いついていないからね」

「おまっ……直江っ!どういうことだよ!

「どうもこうも言った通りだよ」

 

ばっと前田が風太郎を見るが風太郎はただ頷くだけだった。

 

「嘘だろおい……」

「まったく…君という男は、やはり想像の斜め上を行く男だね」

 

前田は両手で顔を覆い天を仰ぎ。武田はやれやれと肩をすくめている。

 

「本当に誰にも言わないでね?」

「言えるか!彼女たちは何も言わないのかよ!?

いや、だって彼女達から提案してきた訳だし…僕がそれを受け入れたって感じだから

「なんだよそのシチュエーションは!」

「確かに。これは誰にも言えないね。胸の内にしまっておこう」

「駄目だ。本当にお前らといると話題に事欠かないぜ…」

「俺をこいつと一緒にするな」

 

テーブルに突っ伏してしまった前田に風太郎がツッコミを入れる。なんか申し訳ない。

結局その後は、改めて二人とも誰にも言わないことを約束してくれた。それどころか『おめでとう』と言ってくれたのだ。本当に良い友人を持ったのかもしれない。

 


 

放課後になりバイト先である塾に向かった。昨日の五月から貰ったプリントについて確認するためだ。

 

「失礼します……こんにちは下田さん」

「ん?おー、和義じゃないか。どうしたんだ?学祭の準備の間は休むんじゃなかったのか?」

 

塾講師室まで来て下田さんの席に向かう。

下田さんは突然の訪問に驚いてるようだ。

 

「すいません、忙しい時期に休んでしまって」

「気にしなさんな。どうせお前さんの予定は全部諏訪だ」

「ははは…」

「それで?何かあったのかい?」

「この事でちょっと聞きたいことがあって…」

 

そう言いながら、例のプリントを下田さんに見せる。

 

「おや?今度ある特別教室のプリントじゃないかい。これがどうかしたのかい。まさか参加するのかい!?」

「しませんよ。実はこれ五月に貰ったんですけど…」

「何っ…?」

 

五月の名前を出した途端、下田さんは驚いた顔をした。

 

「?どうかしました?」

「いや、あの子にゃあ教えてなかったはずなんだがねぇ」

「そう言ってましたね。五月は他の講師の人に教わったそうですよ。そこが気になったので今日はここに来たんです」

「なるほどねぇ………和義、もう少し時間いいかい?」

 

珍しく真剣な顔で何かを考えていた下田さんが、僕に予定の確認を取ってきた。

 

「え?そりゃあ構いませんけど…」

「よし……すいません、ちょっと出てきます」

 

周りの講師の人にそう伝えた下田さんはさっさと講師室から出ていこうとしたため、慌てて追いかけた。

 

「コーヒーでいいかい?」

「あ、コーヒー飲めないんで」

「おや、意外だねぇ。なら、ほれ」

 

自販機で買ったお茶を渡されると、下田さんは更に塾の外まで出て、ちょっとしたスペースに座り込んだ。

 

「悪いね。ちょっと人には聞かれたくない内容なんでね。隣座りな」

「は、はい…」

 

勧められるまま下田さんの隣に座った。

 

「はぁぁ…結論から言えば、その特別教室に五月を参加させたくなかったんだよ」

「え?だから五月に話さなかったんですね」

「ああ……あの子は参加するって?」

「いえ、僕が勉強を教えてあげることになったので参加はしません」

「そうかい。それは重畳だねぇ」

 

僕の答えに満足そうな顔を下田さんはしている。

そこまで参加させたくなかったのか。この特別教室にいったい何があるんだ?

 

「参加させたくないのは五月だけって事ですか?」

「はっ…あたしとしては誰にも参加してほしくないんだけどね。だけど働いてる一人の人間としてはそうも言ってられないね。だけど五月については絶対だ。なんとか阻止したかったんだがねぇ」

「何でそこまで五月を参加させたくないんですか?」

 

グイッと自分で買ったコーヒーを飲み話しだした。

 

「あいつ…無堂仁之介は、五月達五つ子の実の父親だ」

「な!?」

「つまり零奈(れな)先生の元旦那だな」

 

おいおいおい、それってとんでもない事実だぞ!

 

「それってあれですよね。零奈(れな)さんと五つ子を置いて失踪した人ですよね?」

「お?何だお前さんはそこまで知ってたのか。五つ子達に相当信頼されてんなぁ」

「ええ…まあ……ちなみに戻ってきた理由は?」

「分からん。というよりも、私も話したくないんでね。知りたくもない」

「ははは……であれば、五月の事は任せてください」

「すまん、助かる」

「いえいえ。何か分かれば教えていただけると助かります」

「ああ。任せといてくれ」

「ちなみに、今回の特別教室は高校生向けであって、他の中学生や小学生ではしないで良かったですよね?」

「ん?そうだが…何かあるのかい?」

「いえ、妹も受けるのかなぁと」

「お前さんの妹なら、あったとしても受ける必要がないだろ」

「ですよねぇ……」

 

大丈夫だと思うが、零奈については五月よりも会わせたくないんだよねぇ。

そこまで話を聞いた僕はその場で下田さんと別れて家に帰ることにした。

 

 

 




今回のお話で風太郎と四葉の仲が校内に知れ渡ることになりました。そして、和義と五人の仲も前田と武田に知られることにもなりました。
和義の風太郎を想う噂は、まあ流れてもおかしくないかなと思って書かせてもらいました。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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合宿

「てことで、前田と武田の二人には僕達の関係は伝えてるから。事後報告になっちゃったけど報告しとくね」

 

現在、五つ子と桜の六人でビデオチャットを使って話しをしている。今日の出来事を共有するためだ。一花は今日は仕事で家にいないそうだが、ホテルからスマホを使って参加している。

メッセージでも良かったのだが、彼女達がビデオチャットの方が良いということで今回はこのような形を取っている。

 

『まああの二人なら問題ないんじゃない?私たちの気持ちだって知ってるわけだし』

『そういえばそうだった…』

『あの時はその場の雰囲気と勢いで言ってしまいましたが、今考えると恥ずかしい限りです』

 

五月は両手で顔を隠しているので本当に恥ずかしかったのだろう。

修学旅行の時。僕が暴走してしまって修学旅行を抜け出したのだが、それを五つ子と風太郎。前田に武田と零奈と母さんが探しに来てくれた事があった。その時に桜のお祖母さんである楓さんのお屋敷にお世話になったのだが、夕飯時に二乃と三玖と五月が僕を好きであると公言したのだ。あの時の前田も混乱してたっけ。

 

『そのお二人と言うのは、皆さんの修学旅行の時にお婆様のお屋敷に皆さんと一緒に来られていた方達ですよね?』

『そだよー。教室ではいつも四人でいたよねぇ。今も?』

『今も四人で仲良くやってるよ。上杉さんと直江さんの席に集まってるもん』

 

二学期になってからは一花は学校に来ていないのでその確認なのだろう。四葉が答えてあげた。

 

『それにしても、カズヨシ君もフータロー君もあの二人とは一悶着あったのに今ではすっかり仲良しだよね?』

「それがあったからこそ今でも仲良くやれてるのかもね。武田の言葉を借りると、昨日の敵は今日の友、かな」

『ふーん。男の友情って感じね』

「ははは、確かに二乃の言う通りかも」

 

今の関係には、男同士の友情だからこそ感じられる心地よさがあるのかもしれない。

 

『でも、武田さんは一学期の全国模試で上杉さんに勝負を挑んでたのは知ってたけど、やっぱり前田さんとも何かあったんだ』

『そういえばそうね。いつの間にかカズ君と仲良かったから気にはしなかったわ』

『それもそうですね。先程の一花の言い方ですと前田君とも何かがあったのですよね?』

『あら?皆さん知っているのかと思っていましたが、知らないのですね和義さんと前田先輩の馴れ初めを』

『『……』』

 

知っているというか、当事者であった一花と三玖はだんまりである。さてどうしたものか。

 

「一花?」

『まあ…いいんじゃないかな』

「……実は前田って昔は一花のことが好きだったんだよ。それで去年、林間学校のキャンプファイヤーに前田は一花を誘ったんだよね」

『そんなことがあったのですね』

『うーん…でもそれだけだったらカズ君には接点ないわよね?』

「ご明察。実は前田が誘った一花ってのが三玖が変装してた一花だったんだよ。それで三玖がオドオドしてたところに近くを通りかかった僕が割って入ったんだ。で、その場の勢いで僕と一花がキャンプファイヤーを踊る約束をすることになったって訳」

『あの時は本当にどうすればいいか分かんなかったから…咄嗟に…』

 

申し訳なさそうに話す三玖。もう一年も前の話なんだし気にしなくても良いのに。

 

「それからかな。ぽつぽつと話すようになったのは」

『そうだったんですね。二人ともあの時はそんな素振り全然なかったよ』

「まあ、初日からバタバタでそれどころじゃなかったしね…」

 

本当に色々あった林間学校だったな。

 

『まあ、あの二人と仲良くするのはいいけどほどほどにね。下手すればあんたと上杉みたいな噂が新しく流れちゃうわよ…ぷっ…』

「むー…」

『あははは…まさかのカズヨシ君の想い人がフータロー君って…おもしろーい…』

『それだけ周りからお二人が仲良く見えていると言うことですね。(わたくし)だって焦っていた時期もありました。四葉さんと上杉先輩がお付き合いいただいてほっとしている自分もあります』

 

何でだよ!?

 

「はぁぁ…まあいいや。そうだ、下田さんから五月に伝言頼まれてたんだった」

『下田さんが?』

「ああ。暫く忙しくなるから塾には来なくて良いってさ」

『何だか急ですねぇ』

「てな訳で、塾の代わりに僕が勉強見るから。そうだなぁうちで勉強しようか。終わった後はバイクで送れるし」

 

放課後の学校で教えるのも良いが、またどんな噂が流れるか分からないからな自重しておこう。

 

『いいんですか!?』

「ああ。このくらいどうってことないよ」

『じゃあお言葉に甘えちゃいます』

『ちょっと待った!』『ちょっと待って…!』『ちょっと待ってください!』

 

この話もここまでと思った矢先、三人からの異議申し出てがあった。二乃に三玖、それに桜である。

 

「何?」

『何?じゃないわよ!』

『そう。五月だけは認められない』

『そうです。ずるいです!』

 

ずるいって言われてもなぁ。今の進路希望でいくと五月の勉強に集中するしかないのだ。それに…

 

「皆で来ると帰りが大変でしょ」

『でしたらうちの送迎車で皆さんをお送ります』

「桜は自分の塾があるでしょ」

『お休みいたします。和義さん全然来ていただけてないので、お休みして和義さんの家で勉強を見てもらっても同じです』

 

塾側としてはどうなんだろう…

 

「分かったよ。一応下田さんにも相談しときな」

『はい!』

『でも、桜の家の車を使わなくても済む方法があるじゃない』

『え?そんな方法があるの?』

 

驚きの顔で四葉が確認している。その言葉で二乃のがニヤッと笑ったような気がした。

 

『合宿よ』

『合宿?』

 

三玖が疑問を投げかけているが、まさか…

 

『カズ君の家で勉強見てもらったらそのまま泊まっちゃえばいいのよ。一花。あんただってたまにそういう風にしてるでしょ?』

『あはは…』

『それに勉強だけじゃない。学園祭の出し物は焼きそばとパンケーキに決まったわけだからその練習も兼ねてよ。焼きそばはカズ君に。パンケーキはお母さんに教わればいいじゃない』

『たしかに…』

『で、でも…またお邪魔するなんて直江さんにご迷惑なんじゃ…』

 

そこで四葉が止めに入った。しかし…

 

『四葉だって、カズ君の家からの方が上杉の家は近いんだから登下校一緒にできるんじゃない?』

『え…上杉さんと……』

『決まりね』

『さっそく準備に取りかかりましょう』

『ですね。(わたくし)も両親に確認してみます』

「もう何言っても無駄なんだろうね」

 

最近意見が一対五になることが多いからか諦めが肝心だと思うことが増えてきた。ま、目の前で楽しそうに笑いながら話している姿を見せられたら何も言えないな。

 

『そういえば、今日のカズヨシって声小さかったね。なんだかコソコソしてる感じ』

『言われてみれば…私はスマホにイヤホンだからそこまで感じなかったけどね』

『何よ。後ろめたいことでもあるの?』

「何でそうなるの。声が小さいのは、自分の部屋で話してるけど今後ろで零奈が寝てるから起こさないようにしてるだけだよ」

 

後ろに指差しながら説明をした。

 

『え?お母さん、和義君のベッドで寝ているのですか?』

「ああ。僕もイヤホンしてるから皆の声は漏れてないけど、さすがに僕が大きな声で話したら起こしちゃうでしょ」

『私たちが言いたいのはそこじゃない。なんでカズヨシのベッドで寝てるのか』

 

じっと画面越しに見つめながら言ってくる三玖。まあそうだよね。

 

「零奈にちょっと気が滅入る事があったから、今日は一緒に寝てあげてるんだよ」

『え…お母さん大丈夫なんですか?』

「大丈夫だよ四葉。寝たらいつも通りに戻るさ」

『だといいのですが…直江さん!お母さんのことよろしくお願いします!』

「ああ。てわけで、そろそろ僕は抜けるよ」

『分かったわ。今日はこれくらいにしときましょ』

 

二乃の言葉で解散となった。僕はイヤホンを外し、ふぅーと息を吐いて椅子から立ち上がりベッドに向かった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

ベッドでは零奈が安心してるように眠っている。

僕はそんな零奈の頭を撫でながら少し前の事を思い出していた。

 


 

時は少し遡り。下田さんから無堂先生の事を聞いた僕は、今日が零奈の塾の日であることを思い出したので夕飯の買い物の後にまた塾に戻ってきていた。

塾の前で待っていると、中学生の中で一人小さな女の子がとぼとぼと歩いてくるのに気づいた。しかし、えらく元気がないように見える。

 

「零奈。お疲れ様」

「あ……兄さん…」

「どうかした?元気ないみたいだけど」

「いえ……」

 

よく見れば何かプリントを持っているようだ。

 

「何?テストの点数でも悪かったの?」

 

零奈に限ってそんなことはないと思い、零奈が持っていたプリントを取って中身を見てみた。

 

「え……これって…」

「先程、廊下ですれ違った先生に渡されたんです。お兄さんに見てもらって、と。まあ兄さんはそんなものには参加しないとは思いますが」

 

零奈が持っていたプリントはテストなんかではなく、例の特別教室のお知らせであった。なんて間の悪い。

そんな思いからかプリントの握る力が少しだけ強くなってしまった。

 

「兄さん?」

「え?あー…そうだね。僕にはちょっと興味ないかなぁ。まあ教師を目指してたら違っただろうけどさ」

 

なるべく明るく振る舞おうとしたがあからさまだったようだ。零奈にすぐにばれてしまった。

 

「兄さん……知ってるのですね。そこに写っている人物の事を」

「……はい……とりあえず帰ろうか」

 

そう言って差し出した手を零奈はしっかりと握り返してきた。そして二人で家に向かって歩き出した。

 

「……何故兄さんがその人の事を知ってるのですか?」

「本当に偶然だよ。五月がこのプリントを持ってきて、少し気になったから下田さんに聞いたんだよ。ついさっきね」

「そうですか。五月はその人の事を?」

「いや、知らないよ。それにこの教室には参加させないから安心しな」

「そうですか…今あの人に会わせるのは良くないでしょう。良き判断かと」

「零奈、君にもね」

「私は……」

「とりあえず母さんにも相談してみるよ」

「はい…」

 

そこで零奈の手を握る力が強くなった気がしたので、僕も強くしかし優しく握り返してあげた。

 

・・・・・

 

『そう、無堂先生が…』

 

家に帰った後夕飯を食べてから母さんに電話をして今日の出来事を伝えた。

 

『はぁぁ…まさかこの時期に帰ってくるとはねぇ。何が狙いなんだろう。うん、とりあえず五月ちゃんに会わせないのはいい考えだね。そのまましっかり五月ちゃんをフォローしてあげなさい』

「分かってるよ」

『それで、零奈ちゃんなんだけど…』

「どうしたものか僕も困ってるよ。今もソファーに座って例のプリントを握りしめながら眺めてるし」

 

まさか下田さんに教えてもらったその日に知られちゃうとはね。何も対策とか考えてなかったからなぁ。

 

『う~ん...こっちもちょっと今は手が離せないからなぁ。ごめん、零奈ちゃんのフォローもよろしくね。ただ、今の零奈ちゃんにはやっぱり会わせない方がいいと思う』

「分かってるよ」

『ありがと。じゃあ切るね』

「ああ。忙しいとこありがとね」

 

そこで母さんとの電話が終わる。

母さんとの電話の間もずっと零奈はプリントを眺めていた。

 

「零奈。母さんとの電話終わったよ」

「そうですか......」

 

心ここにあらずだな。

 

「母さんが今の零奈には会わせない方が良いってさ」

「っ...!そう...ですね...」

「この事とは関係なく、僕が日の出祭の準備とかで忙しくなるから零奈には塾を休んでもらおうとは思ってたからちょうど良かったかもね」

「......そう...ですね。兄さんがいない塾に行っても、何も面白くありませんから」

 

はぁぁぁ...

ため息をつきながら零奈が持っているプリントを取り上げた。

 

「兄さん、何を!」

「見てても何も変わらないよ。難しいかもだけど、今は考えずに過ごそう。きっと母さんや父さんが何か手を打ってくれるさ」

 

ニッコリと笑顔で、そう零奈に伝える。すると、零奈の目から一筋の涙が流れた。

 

「まったく無理するんじゃないよ。今の君は一人じゃない。僕もいるし、成長した自慢の娘達もいる。それに、父さんや母さん。本当の両親だって。だから、全部一人で抱え込まなくても大丈夫」

 

優しく伝えながら零奈を抱きしめる。

 

「っ......に......い、さんっ......兄さんっ!うわぁぁーん!」

「よしよし。今日は一緒に寝ようか?」

「......はい」

 

ポンポンと零奈の頭を撫でてあげると、小さいながらも返事が返ってきた。

その後ベッドで零奈が寝ているところを、ベッドの脇に座って頭を撫でていた。

 

「そういえば、五月が特別教室に参加しないのは分かったのですがどうするのですか?」

「ん?ああ、僕が勉強を見てあげることになってるよ。多分放課後うちに来てもらうんじゃないかな」

「そうなのですね。何かあれば言ってください。私もお手伝いしますので……良い気分転換になると思いますから…」

「分かった。その時は頼りにしてる」

 

そこまで言うと零奈は瞼が重くなってきたのかうつらうつらとなってきた。心は大人でも体はまだまだ小学二年生なのだ無理もない。そしてそのまま眠りについてしまった。

 


 

「すぅ...…すぅ...…」

 

皆とのビデオチャットが終わった今でも、いつもの様に可愛い寝息を立てながら眠っている。少しは心が軽くなってくれたようだ。

例え生前の記憶があろうとも零奈は大切な家族で妹なのには代わりない。

 

『和義。あなたが零奈を守ってあげてね?』

 

零奈が生まれた時から母さんに言われてきた言葉が脳裏を過る。

零奈安心しててくれ。何かあれば絶対に僕が守ってあげるから。

そう胸に決意を抱きながら僕も布団に入り眠りについたのだった。

 

 




少しだけ一花が彼女となった本編とは違った形で書かせていただいております。
本当は風太郎もビデオチャットに参加できれば良いのですが、たしかこの時の風太郎はガラケーだったと思うので、すみません不参加という形を取らせていただきました。

日の出祭も迫ってきましたが、次の次くらいのお話から日の出祭の話に入ろうかなとは考えてます。

では次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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接触

カチッ…カチッ…

 

「はーん、なるほどね。それであいつらさっさと帰ってったのか」

「まあね。はぁぁ…あの娘達の行動力には脱帽だよ」

「あはは…なんかすみません」

 

カチッ…カチッ…

 

僕と四葉は、今教室で日の出祭に関する資料作成のため放課後残ってホッチキスを使って作業をしている。そこに自身の勉強のために残っている風太郎もいるのだ。席は僕と五月の席を使って作業をしているので、僕の前で風太郎が勉強をしている形だ。

手持ち無沙汰なので、昨日のビデオチャットで話した合宿について風太郎に話していたのだ。

四葉以外の三人がさっさと帰ったのは、昨日用意した荷物を家まで取りに行き今日からうちに来るためだ。

桜からも、両親の許可が取れたので塾で下田さんに話してから来ると連絡があった。なんかあの娘も五つ子達に大分影響受けてないか?

ちなみに四葉の荷物は三人が持ってくることになっているので、帰りは一緒に帰ることになっている。

 

「まあ、勉強にやる気があるなら言うことはないな。だが…そのぉ……四葉も和義の家に泊まるんだよな?」

「?そうですね。あの家で私一人は寂しいですから」

「いや、そうだよな。うん」

「?」

 

風太郎が勉強の手を止めて後ろに振り返りながらそんなことを言ってきたが、当の四葉は質問の意図が分かっていないようなので疑問の顔をしている。

なので風太郎はまた前を向き自身の勉強の続きを始めた。

 

「ははぁ~ん…風太郎ってば可愛いなぁ」

 

今の風太郎の気持ちを大体想像できた僕が声に出すと、風太郎の背中がビクッと動いた。

 

「?直江さん。今のやり取りで上杉さんのどこが可愛いんですか?」

「ふふっ…風太郎はね…」

「わっ、馬鹿っ」

 

風太郎が止めに入ってきたが気にしない。そのまま僕の考えを四葉に伝えた。

 

「僕の家に四葉がしばらく泊まるのが気になるんだよ。僕とはいえ彼女が他の男と生活するのに我慢できないんだろうね」

「あ…」

「くっ…」

 

風太郎は四葉と目を合わせないためか窓の方を向いてしまった。そっち見ると僕には横顔が丸見えだから、耳まで真っ赤なのがまるわかりである。

 

「ふふっ…心配しないでください。直江さんは私にとって親友なんです。そんな直江さんの家に泊まるんですから大丈夫です。それにレイナちゃんだっているんですから。ししし、心配してくれてありがとうございます!」

「べ、別に心配なんかしてねぇよ…」

 

まったく素直じゃないやつだ。

 

「そうだ。四葉、あの事を今お願いしたら?」

「そうですね……あの、上杉さん」

「ん?なんだ?」

「そ…そのぉ……わ…私たちお付き合いしてるわけじゃないですか?な…なので…そのぉ……」

「なんだよ?」

 

四葉が言うのを躊躇っているからか風太郎が先を促す。そこで四葉は意を決して風太郎に伝えた。

 

「合宿の間一緒に登校してくれませんか?その、直江さんのおうちからでしたら上杉さんのおうちも近いので、私迎えに行きます!」

「え?」

 

突然の申し出に驚いたのか風太郎は少し固まったようだ。本来、付き合ってる二人が登下校一緒にするくらい普通なんだけどなぁ。

 

「あ、ああ…一緒に登校な。い、いいんじゃないか。うん。一度は経験してるんだしな。それに、合宿の間だけとは言わず、お前が望むなら合宿以降も一緒に登校してやる」

「……っ!ありがとうございます!時間はまた連絡しますね」

 

本当に嬉しいのだろう。四葉は立ち上がって風太郎にお礼を言っている。

その後はお互いに自分の作業に集中することになった。

そして帰りは三人で帰ることにした。

 

「うーーん、ああいう地道な作業は別に嫌いじゃないんだけど体が強張(こわば)ってくるんだよなぁ」

 

ぐーっと体を上に伸ばしながら歩く。隣では四葉も『分かりますー』と腕を前に伸ばしながら歩いているので同じ気持ちのようだ。

 

「で?これから帰って勉強会か?」

「まあね。そのための合宿だし。風太郎も来る?」

「いや、らいはも待ってるだろうしな。今日は帰らせてもらうさ」

「そっか。まあ来れるときはいつでも来て良いからね。もちろんらいはちゃんも」

「ああ。じゃあな」

 

風太郎の家との分かれ道に着いたところで、風太郎は手を挙げ行ってしまった。その後ろ姿を四葉はじっと見ている。

 

「じゃあ四葉。僕たちも行こうか」

「はい!」

 

すでに日が沈みきった道を二人並んで帰るのだった。

 


 

~桜side~

 

ビデオチャットを行った次の日。桜は放課後になるとすぐに塾に向かった。

 

(ふふふ、両親からも合宿参加の許可をもらえましたので後は塾にお伝えするだけ。下田さんとはお話をする機会も増えてきましたので、和義さんが仰っていた通りに下田さんにお伝えしましょう)

 

桜には珍しくテンション高めで塾の中を歩いていた。しかし、途中で先生とすれ違う時はいつも通り一礼するのは忘れずにいた。そんな風にまた通りすがった一人の男に頭を下げて通りすぎようとしたのだが、声をかけられることで止められた。

 

「君。少しいいかね?」

「はい。何でしょう?」

 

桜を呼び止めた男はスキンヘッドに髭をモサッとさせた中年の男であった。

 

「急に声をかけて申し訳ない。僕はこういう者でね」

 

そう言って一枚のプリントを桜に手渡してきた。

 

「……ああ、特別教室の。噂は存じあげております無堂先生。なんでも有名な先生だとか。申し訳ありません、(わたくし)はこういうのに疎く…」

「いやいや、いいんだよ。僕もまだまだ、精進していくだけさ」

 

申し訳なさそうに頭を下げる桜に無堂は笑って答えた。

 

「それで、先生は(わたくし)に何かございましたか?」

「ふむ。君は諏訪桜さんで間違いなかったかな?」

「はい。諏訪桜と申します。特別教室に来られるような方に知っていただき恐れ多く存じます」

「あはは、何と言っても君はあの諏訪家のご令嬢だからね。僕なんかよりも有名人だろう」

 

ニヤリと笑いながら話してくる無堂。そこで桜はゾクッとした。

 

(この感じ…お婆様にお近づきになりたい方が発している…最近は無かったので油断していました。まさか塾でこういった事が起きるなんて…)

 

今までも諏訪の人間だからと、桜個人の事を見てくれず近づいてきた人も多々あった。

そのような事もあり、桜は黒薔薇女子への入学ではなく今の旭高校に入学することを決意したのだ。諏訪家というしがらみを多少なりとも振りほどきたかったから。

そして、最近ではその諏訪の人間と分かってもいつも通りに接してくれる人達が桜にはいた。下田もその一人だ。

 

(そういえば下田先生は(わたくし)の事を知らなかったようですね)

 

『そういやぁ、お前さんとこのお祖母さん有名な家元なんだってな?いやぁ、道理で礼儀正しいと思ったぜぇ。ま、あたしにゃ関係ないことなんだがな』

 

零奈(れな)の命日の墓参りの時に綾から桜が諏訪楓の孫であると教えてもらった下田は、後日桜に会った時にそう言葉をかけたのだ。そんな下田の桜に対する接し方は今でも変わっていない。

そしてクラスメイトで友人でもある小林と川瀬にも桜は自身の事を話している。

 

『へぇ~、諏訪さんの家って有名なんだ。まぁ噂程度には知ってたけど』

『あんまりピンと来ないけど、桜ちゃんは桜ちゃんってことで変わんないよね』

『文乃…あんたはやっぱお気楽ね』

『えぇー、そうかなぁ』

 

そんな感じで笑いながら流し、変わらない関係を続けている。

小林が言っていたように桜が有名な家の娘という噂はある程度校内に回っている。それでも他のクラスメイトやたまに遊びに行っている三年一組のメンバーも変わらず接している。そして前田に武田、風太郎に零奈に関しては、楓のお屋敷にも招待されており、どんな家かも知っている筈だが変わらず接してくれているのだ。

 

『ん?桜ちゃんの家のこと?』

『そんなのいちいち気にしてらんないわよ』

『そう…今ではカズヨシの彼女として同士…』

『あはは…私はちょっと違いますが、桜ちゃんは大切なお友達だよ!』

『どのような家庭環境だとしても、私たちの関係は変わりませんよ』

 

五つ子の(みな)もそんな感じで家の事など気にしていなかった。 

 

『桜』

 

優しい声と笑顔で和義が自分を呼んでいるところを桜の頭を過った。

そこで桜の心も少しだけ軽くなった。

 

「それで、そんな(わたくし)にどういったご用件でしょうか?挨拶だけ、というようには思えませんが」

「察しがよくて助かるよ。実はその特別教室にぜひ君にも参加してほしくてね」

「この特別教室に?」

 

そこで手に持っているプリントに桜は目を落とした。

 

「しかし、これは三年生の受験対策の教室。(わたくし)はまだ一年生です。いくらなんでも無理があるのでは?」

「いやいや。君はただ参加して僕の授業風景を見てもらうだけでいいんだよ。そして、是非とも感想を聞かせてほしいんだ」

 

(なるほど。そうやって諏訪に対してアピールを。浅はかな…)

 

「大変申し訳ないのですが、(わたくし)ではお力になれそうにありません。そういった感想は実際に受けた学生の方々に伺った方が良いと考えます」

 

桜の回答が気に食わなかったのか、無堂の雰囲気が変わるのを桜は感じ取った。

 

(自分の欲しい回答がなかった途端にこの雰囲気。まだ学生である和義さんの方が先生に向いていますね)

 

そんな風に桜が考えていると無堂が何かを言おうとしたまさにその時。

 

「あー…無堂先生?ここで何を?」

 

ちょうど通りかかった下田が二人に声をかけてきたのだ。

 

「いや、ちょっとした挨拶をしていただけさ。失礼するよ」

 

下田の登場で諦めたのか無堂はその場から立ち去った。

そして、張り詰めていた空気が一気に無くなったことで桜の体から力が抜けてしまった。

 

「……とと。おいおい、大丈夫かよ?」

「は、はい。ありがとうございます」

 

力が抜けてしまったために倒れそうになった桜を下田が支えてやった。

 

「ったく。あんの野郎ぉ、一度文句を言ってやりゃあならんのかねぇ」

「そんな。大丈夫ですよ」

「そうは見えんがね…」

「それに、もうこの塾でお会いすることもないでしょうから」

「え?」

「この事とは関係なく、今日はしばらく塾をお休みいただきたくてそのお話に来たのです」

 

桜は下田の支えから離れ、いつも通り姿勢を正し話し出した。

 

「別にあたしとしては構わないが何かあったのかい?」

「和義さんがお休みしているのですが、その和義さんの家に行きそこで勉強をすることになりましたので」

 

桜は悪ぶれる事もなく正直に事の顛末を話した。そんな言葉に下田もただ呆然とするしかなかった。

 

「ホントにお前さんは和義のことが好きだねぇ~」

「はい!愛してます!」

 

ニッコリと笑顔で桜は答えたのだが、その時の笑顔を下田は今までに見たことがなかった。

 


 

うちに来た桜から無堂先生から接触があったとさっき聞かされた。渡された特別教室のプリントからまず本人で間違いないとの事だ。桜は今までも同じような大人と接してきたから気にしてないと言っていたけど。

一応五つ子には話さないでおいたけど、狙いは桜だったのか?それでたまたま五月がいたってことだろうか。

うーん、まだ結論付けるには早計だろうか。

 

「カズヨシ?」

「え?」

「箸、止まってる。どうかした?」

 

僕の前でご飯を食べていた三玖に指摘された。どうやら無堂先生の事を考えすぎてしまっていたようだ。

 

「ああ…ごめんごめん。ちょっと考え事をね」

「何よ。彼女と一緒にご飯食べてるってのに考え事なんて」

 

今日は隣で食べている二乃からは不機嫌そうに話しかけられた。

 

「本当にごめんって。最近は日の出祭とか色々やること多くて」

「あまり無理はしないでくださいね。私たちはいつでも和義君の味方なのですから、いつでも頼ってください」

「ありがとね五月」

 

斜め前に座る五月にお礼を言った。

 

「ああ、日の出祭と言えば二乃。僕の用意した招待状は中野さんにちゃんと渡したの?」

「うっ…」

 

この反応。まだ渡せてないな。

 

「何ですか。招待状くらい渡してもいいではないですか」

 

今はリビングテーブルでご飯を食べている零奈が呆れながら話している。

 

「だって、今さらって感じだし。来てくれるか分かんないし...」

「きっと来てくれますよ。あの人も変わろうとしています。現に夏休みの前半はご飯だけでも顔を出していたではないですか」

 

へぇぇ、中野さんなりに頑張ってはいたんだ。

 

「それはそうだけど...あれだって、お母さんかもと思って様子を見に来たようなもんでしょ?」

「まぁ、その考えは否めないですが」

「どうせまた陰でコソコソしてるんだわ」

「二乃、お父さんには手厳しい...」

 

確かに三玖の言う通りではある。

この父娘は、お互いを大事に思っているのに歩み寄れないという、ホント見てて歯がゆい父娘だ。

 

「二乃。本当に中野さんは何もしてくれなかったの?きっと、二乃達の事を見てアクションをしているはずだよ。陰でコソコソも悪くないと思う。きっとそれも何か理由があるんだよ」

「カズ君...」

「兄さんの言う通りです。あの人もあの人なりにあなた達を見ていますよ」

「お母さん...」

 

僕と零奈の言葉に二乃はしばらく考え込み周りの姉妹を見た。他の姉妹も僕と零奈の意見に同意しているようだ。そして…

 

「三玖、四葉、五月。招待状の文面は一緒に考えてくれない?」

「分かった...」

「任せて」

「ええ」

 

二乃のそんな言葉に微笑みながら三玖と四葉と五月は答えるのだった。

 

 




外伝でも無堂の登場です。今回は本編と似たような話になっているのですがそこはご勘弁いただければと思います。

次の話から日の出祭の入りくらいを書けたらなとは思ってます。

では、次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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やってきたこと

「無堂仁之介、かぁ…」

 

無堂仁之介。零奈(れな)さんの元旦那さんで、お腹に五つ子がいると分かった途端に失踪。今まで母さんや父さんに対しても連絡がなかったが、今になって塾の特別教室の講師としてこの町に帰ってきたと。

部屋のベッドで寝っ転がりながら(くだん)のプリントを眺めていた。

 

「やっぱ偶然だよなぁ…」

 

自分の娘がいる塾にピンポイントで来るわけないしなぁ。今まで誰とも連絡をしていなかったのに、まず塾に通ってることすら分かんないだろぉし。桜の事に関してはもしかしたら調べてきた可能性はあるか。

一応楓さんには事の経緯を話しておいたが…

 

「人の圧って電話越しでも感じられるんだなぁ…」

 

経緯を聞いた瞬間の楓さんの『そうですか』っていう声、まじで怖かったからなぁ。中野さんやお祖父さんといい五つ子の周りは凄い人が多いんだよな。まあそれだけあの娘達が愛されてるってことだよね。僕だって桜に嫌な思いをさせた事を許せそうにないしな。

 

コンコン…

 

「はーい」

『兄さん?入りますね』

 

パジャマ姿の零奈がドアを開けて入ってきた。お風呂上がりなのだろうか色艶の良い顔でいる。

 

「お風呂はあと兄さんだけですので入っていいですよ…て、私には気にするなと言っておいて自分が気にしているではないですか」

 

僕の手にあるプリントが目に入った零奈はそう苦言を呈した。

 

「ああ、ごめんね。桜に接触があったみたいだからちょっと気になって…零奈や五月への接触ももちろんないように気にはしてるけど、桜も僕の彼女だし。彼女が嫌な気持ちになったならやっぱ気になってきてさ」

「…っ!桜さんに接触があったのですか?」

 

ベッドに腰かけている僕の横に座ると零奈は驚いた表情で聞いてきた。

 

「桜が言うにはよくあるそうだよ。楓さんに近づく大人達から声をかけられることは」

「そうですか…名家の生まれというものは、そういったしがらみがあって大変なのですね」

「本人は、確かに嫌な気持ちにはなったけどこれから…高校を卒業した辺りからもっと増えるだろうから頑張ります、て自分を鼓舞してたけどね」

「桜さんらしいですね」

「さて…!」

 

ベッドから立ち上がった僕は持っていたプリントを机の上に置いた。

 

「じゃあお風呂に入ってくるよ。零奈ももう寝るでしょ?」

「ええ……ちょうどいいので、今日はここで寝させていただきます」

「は?…まあいいけど、無理に起きてなくていいからね?」

「はい」

 

そう言って零奈は布団を被り目を閉じた。

体はまだまだ小学生。戻ってきた頃には熟睡してるだろう。そんな風に考えながらお風呂に向かうのだった。

 


 

~院長室~

 

週も空けたある日。院長室には、娘から届いた招待状を笑みを浮かべながら見ているマルオの姿があった。

 

「おーおー、良い部屋だな院長先生。こんな部屋が用意されてんじゃ、家に帰りたくなくなる気持ちもわかるぜ」

 

そこにノックもせずに勇也が院長室に入ってきた。

 

「......お前の入室を許可した覚えはない。すぐさま出ていけ上杉」

「おいおい、随分水臭ぇじゃねーか。いい情報知らせに来てやったのによぉ」

「?」

「来てるぜ、十数年ぶりだ。同窓会しようぜ」

「意味がわからない、つまみ出してくれ」

「あ!てめっ!」

 

院長室からマルオは勇也をつまみ出そうとするも、勇也は従おうとしない。

 

「はぁぁ...主語を言え、主語を」

「んあ?」

「誰が来てるんだ?」

「ああ、忘れてたぜ。これだ」

 

そう言って勇也はあるプリントをマルオに見せた。

 

「!!」

「どうするよ?」

「その事はもう知っている」

「え、知ってたのかよ。誰に聞いたんだ?やっぱ下田か?」

 

そこでマルオはこの事を知った経緯を思い出していた。

 

・・・・・

 

マルオはこの日も夜まで院長室で仕事をしていた。

 

トゥルルル…

 

そこにマルオのスマホに着信が入った。

 

(直江和義…なぜ彼が…)

 

「はい…」

『あ、夜にすみません。直江ですけど、今ってお話大丈夫ですか?』

「別に構わないよ。ちょうどキリも良かったからね」

『キリが良いって…相変わらずお仕事がお忙しいんですね。ちゃんと帰れてるんですか?』

「君にそんな事を言われる筋合いはないよ」

『まったく、素直になれば良いんですよ』

「……そんなつまらない話なら切らせてもらうよ」

『わぁーー!待ってください!本当に大事な話があるんですよ!』

「はぁぁ…それで?話とは何だい?」

 

マルオはため息をつきながら席を立ち、窓際で外を見ながら和義に話の続きを促した。

 

「無堂仁之介という男をご存じですよね?」

「何っ?」

 

(なぜ彼の口からあの男の名前が…)

 

「どこでその名前を知った?」

 

一旦自分を落ち着かせるためか、マルオは窓際からデスクに戻り椅子に座った。

 

『僕と五月にさんが通っている塾。そこで今度大学受験対策として特別教室が開かれるんです。その講師を務めるのが無堂先生です』

「……」

 

(なんということだ。よりにもよって五月君の通う塾にあの男が!)

 

マルオは自身の感情が表に出ないように努めた。

 

『僕は元々この人の事を知りませんでした。それで下田さんからどんな人か聞いたんです』

「なるほど下田君から…どんな人か聞いた、と言っていたがどこまで聞いているんだい?」

『大体は。五つ子の彼女達の母親である零奈(れな)さん。その彼女の元旦那さんで、零奈(れな)さんのお腹の中に五つ子がいると分かるや否や失踪をしたと』

「そうか…そこまで…」

『あー…でも、旦那さんの話を聞いたのは五月からですね。下田さんからはその旦那さんが無堂さんだと聞かされただけです』

「…っ!驚きだね。五月君からその話を聞くなんて。君はどうやら彼女から相当気に入られているみたいだね」

『だと良いんですけどね』

 

そこでマルオは考えた。今はまだ五月にあの男を会わせるのは危険なのではないかと。

 

(塾を辞めさせる?いや、自らの意思で勉強をしているのだ。何か理由を考えなければ…)

 

『ああ、そうだ。五月さんはこの特別教室には参加しませんので。勝手ながら僕と下田さんで話し合って近づかせない方が良いって判断しました。なので、この特別教室が開催される間は塾に近づかせません』

 

マルオが色々と考えているところに、和義から思いがけない言葉を聞かされた。

 

「そうか…なるほど、それで例の合宿なのかね?」

『そうですね。すみません、変な事になってしまい…』

「構わないよ。娘たちからは前もって連絡はあったからね。直江先生や綾先生の許可もあったのだろう?」

『まあ…どちらかと言うと母の方がノリノリで…』

「ふっ…綾先生らしい………時にレイナ君は元気にしているかね?季節の変わり目だ体調を崩したりしていないかね?」

『え?あ、ああ。零奈は元気ですよ。気にかけていただいてありがとうございます』

「いや。高校生と小学生だけで色々と大変だろう。困ったことがあれば頼ってくれて構わないよ」

 

非科学的な事だとは分かっている。だが、マルオは直江零奈からはかつての恩師で唯一愛した女性、零奈(れな)を彷彿とさせられてしまうのだ。

だからこそ、彼女の事をもっと知りたいと思う気持ちが先行してしまっている。

 

『ありがとうございます。その時は是非。零奈にも伝えておきますよ。じゃあ、お話ししたいことは以上ですので。お仕事中に失礼しました』

 

そこで和義からの電話が切られる。

マルオはスマホを机の上に置き椅子の背もたれにもたれながら天井を見上げた。

 

(塾の方は彼の行動でなんとかなった。五月君は塾に近づかせないとも言っていたことだ。こちらは問題ないだろう。だが、果たしてあの男が何も起こさずにいてくれるだろうか…)

 

マルオは目線を天井から机の上に置いてあるカレンダーに移した。

 

(たしか来月だったか…)

 

マルオは、無堂が娘達に接触してくるであろうもう一つのイベントに思いをよせていた。

 

・・・・・

 

「直江和義君だ」

「和義!?たしかに下田は和義のやつにも教えたって言ってたけどよぉ。お前らそんな話をするような仲だったのかよ」

 

そこでマルオは笑みを浮かべた。

 

「マルオ?」

「彼は利発的な子だからね。報連相をしっかりとしているだけだよ。すでに五月君を塾に近づかせないように手配をしたことの報告があった。そこでも下田君と連携してるみたいだがね」

「ひゅ~♪あいかわらずやるねぇ、あいつは」

「だからこそ、既に自身の両親である直江先生と綾先生にも情報が行き渡り、あの二人が動こうとするだろう」

「じゃあ俺らは何もなしかよ」

「いや。それでも現場にいる僕達で出来ることをしておくのも悪くないだろう」

「へっ、そうこなくっちゃな!」

 

マルオの言葉に勇也は満足そうな顔をするのだった。

 


 

~上杉家~

 

今日も風太郎はバイトに励んでいた。

そして家に帰る途中、父である勇也と合流をした。

 

「風太郎。お前も今帰りか?」

親父(おやじ)。今日は仕事休みだったんだろう。どこほっつき歩いてたんだよ」

「ま、昔のダチとな。らいはが待ってるだろうし、早く帰ろうぜ」

「はいはい」

 

そして家に到着した風太郎は予期せぬ人物が自分の家にいたことに驚いていた。

 

「……お前がなんでここにいるんだよ、四葉」

「おかえりなさい上杉さん」

 

そう中野家四女で風太郎の彼女でもある四葉である。

 

「お兄ちゃん、お父さんお帰りー」

「四葉ちゃん、来てたのか」

「上杉さんのお父さん!お邪魔してます!」

「どうしたんだ?勉強会してるんじゃないのかよ」

 

四葉の隣に座りながら風太郎は確認をする。

 

「えっと、直江さんに頼まれ事がありまして、これです」

 

四葉はカバンから招待状を出して風太郎に差し出した。

 

「直江さんが上杉さんに渡した覚えがないと言っていましたよ。あと…上杉さんに会う口実になるだろって…

「あんのやろー」

 

四葉が勇也とらいはに聞こえないように風太郎の耳元でそう伝えたのだが、風太郎は顔を赤くして和義に向かって文句を言っている。

 

「なんだなんだ?二人して顔を赤くしてぇー。いいねぇ、付き合いだした二人は初々しくてぇ」

「からかうんじゃねえよ親父(おやじ)!」

 

勇也の言葉に風太郎は反発するが、四葉はさらに恥ずかしくなったのか顔を赤くして下を向いてしまった。

 

「へっ…それで?四葉ちゃんそれはなんだい?」

 

ある程度からかった勇也は四葉に風太郎に渡した物が何なのか尋ねた。

 

「学園祭の招待状です。中に、出し物の無料券や割引券が入ってて便利なんですよ」

「へぇ~、こりゃ助かるぜ。サンキューな」

「お兄ちゃん、なんでこんな大切なもの忘れてたの。四葉さんにお礼を言って」

「……サンキューな、四葉」

「いえいえ」

 

恥ずかしさもなくなってきたのかいつも通りに四葉と風太郎は接していた。

 

「学祭、俺達も楽しみにしてるからよ......外はもう()れぇから、女の子一人じゃ心配だ。おい、風太郎。帰りはちゃんと送ってけよ」

「はーい、カレーできましたよー」

「わぁー!いただきます!」

 

・・・・・

 

夕飯のカレーをご馳走になった四葉は風太郎と一緒に直江家に向かっていた。

 

「それでどうなんだよ和義の家での勉強会は?少しは身に入ってるか?」

「はい!桜ちゃんにも教えてもらってで大変助かってますよ」

「桜って……一年生に教わってんじゃねぇよ…」

 

四葉の言葉に片手で顔を覆うようにして悩む風太郎。四葉はそれを申し訳なさそうに見ていた。

 

「ほ、ほら!一年生の復習も時には大事なんですよ!」

「調子良いことを…お前らには大学に入ってもらわなきゃ困るんだからな。これで落ちたら、俺のやってきたことが無意味になっちまう」

 

そんな風太郎の言葉に四葉は目を丸くした。

 

「それは違いますよ」

「!」

「女優を目指した一花だったり、調理師を目指した三玖との時間は無意味でしたか?」

「!そうは...思いたくないな」

 

風太郎の回答に満足気な顔をする四葉。

 

「私たちの関係は、もう家庭教師と生徒っていう枠だけじゃ何も言えません。まあ、実際私たちってお付き合いしちゃってるんですけどねぇ…」

「......」

 

苦笑いをしながら話す四葉に恥ずかしそうに前髪をいじる風太郎。

 

「......みんなもきっと思ってるはずです。たとえこの先どんな失敗が待ち受けていたとしても、この学校に来なかったら、上杉さんや直江さんと会わなければ、なんて後悔することはないんだって」

 

少し頬を赤くしながらもまっすぐ風太郎を見て笑顔で自分の気持ちを伝える四葉。

 

(やってきたことは無意味じゃなかった、か...)

 

夜空に輝く月を眺めながら、風太郎はそう心に留めた。

 

(ふっ…まさか四葉にそんな風に言われるとはな…)

 

そこで不意に風太郎は四葉の手を握る。

 

「う、上杉さん!?」

「……俺たちは付き合ってるんだ。これくらいいいだろ…」

「……はい!」

 

そしてその後は、二人手を繋いだまま、他愛もない話をしながら直江家に向かうのだった。

 

 

 




今回のお話で日の出祭の冒頭までいこうと思っていたのですが、キリも良いので次回から入ろうと思ってます。

そして、本来であれば五月が届けに来るはずだった招待状を四葉に届けさせてみました。もう付き合ってる訳ですし五月が行くよりも四葉が行った方が自然かなって思いまして。なので、原作で五月が言ったセリフを四葉風に書き換えてます。

では、次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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日の出祭開幕

『いよいよ始まります、旭高校「日の出祭」。まずは、我が校が誇る女子生徒ユニットによるオープニングアクトです』

 

二乃を中心の五人組ユニットによって、ステージ上でアイドルのように歌とダンスが始まった。

その光景を僕と四葉は舞台の袖で見ている。

 

「二乃かっこいい!」

「二乃……これ、よく引き受けたね…」

 

二乃の性格からこういうのには参加しないと思ってたけど…

けど、実際歌も上手いし笑顔で出来ているから生徒皆が盛り上がってる。

うん、日の出祭出だし好調だね。

 

『第29回「日の出祭」、開幕です!』

 

ステージ上でのセレモニーが終わると同時にアナウンスによってそう宣言され、生徒達のボルテージも一気に上がる。

この高揚感、やっぱりいいなぁ。

 

「じゃあ私は見回りの準備があるので先に行ってますね」

「ああ。僕も二乃に声をかけてから合流するよ」

「分かりました!では!」

 

敬礼ポーズで四葉が袖から出ていった。それと入れ替わるように二乃達ユニットのメンバーがステージから袖に入ってきた。

 

「皆お疲れ!全員分の水を用意しといたから遠慮なく飲んで」

「直江君ありがとう!」

「助かるー」

「ねえねえ!私たちのパフォーマンスどうだった?」

 

一人ずつ水を渡しているとユニットメンバーの一人から質問された。

 

「うん、凄く良かったよ!皆、練習の成果が出せたんじゃない」

「直江君のお墨付きがあれば間違いなしだね」

「だね。二乃ちゃんもありがとう、急なお願いを聞いてくれて」

「いいのよ。それに本当は四葉がやる予定だったわけだしね」

 

水を飲んでいたところに話を振られた二乃は笑って答えた。

それからしばらくして、ユニットメンバー達は着替えのために移動していった。今は僕と二乃だけだ。

 

「二乃は移動しないの?」

「もう少しだけ一緒にいたかったのよ」

「そっか…改めてパフォーマンス良かったよ。見いっちゃったくらいだし」

「それはみんな?」

 

上目遣いでそんな事を聞いてきた。なので二乃の頭を撫でてあげながら答える。

 

「もちろん、二乃が一番可愛かったよ」

「んっ…ふふん♪当然よね」

 

威張るように言っているが、誉めてもらえたことには満更でもないようである。

 

「あ、そうだ。二乃にお願いがあってさ、写真を撮らせてくれない?零奈にも見せてあげようかなって。きっと喜ぶと思うんだ」

 

スマホを見せながら聞いてみたが二乃は迷っているようである。

 

「う~…まあ、お母さんにならいいか…いい?お母さん以外には見せちゃダメなんだからね?」

「ふっ…分かったよ。じゃあ撮るよ?」

 

そしてスマホを構えると二乃はポーズをとってくれた。

 

カシャッ…

 

うんいい感じに撮れたと思う。

 

「見せて……へぇ~写真撮るのもうまいわね。綺麗に撮れてるじゃない」

「ああ。じゃあそろそろ四葉に合流して実行委員の仕事に行かないと。現場の事任せることになるけどよろしくね」

「ええ。私も着替えたらすぐに屋台に向かうわ。それじゃあ最後に…ん……」

 

そこで二乃が目を瞑ってこちらに顔を向けている。

 

「いや、さすがにここではまずいでしょ」

「大丈夫よ。今なら誰もいないし。ほら早く…!」

 

まったく困ったお嬢さんだ。

そう考えながら二乃の顔にそっと手を添えて唇を交わした。

 

「ん……ふふふ、元気出てきた。じゃ、お互いに頑張りましょ!」

 

キスを終えた後、二乃はすぐに離れて着替えのために行ってしまった。その時の顔はステージでのパフォーマンスよりキラキラしていたのかもしれない。そう思えるほどの良い笑顔だった。

 


 

「悪い、遅くなった」

 

二乃とのキスの後。急いで四葉との集合場所に向かうとすでに四葉は来ていた。

 

「いえいえ。じゃあこれが直江さんの分のチェックシートです。屋台の安全点検をお任せしてもいいですか?私は校内を回りますので」

「分かった。多分、屋台の方が早く終わりそうだから終わったら四葉を手伝った方がいいかな?」

「いえ。直江さんはその後入り口ゲートでの対応もありますし大丈夫ですよ」

「そっか…じゃあお互いに頑張ろうってことで…」

 

そこで僕は四葉に向かって拳を向けた。

 

「え…?」

「ふふっ…風太郎とはよくこうやって拳と拳をぶつけてるんだよ。四葉はもう親友なわけだし、良かったらどうかなって」

 

コツンッ…

 

僕の言葉の後に四葉は自身の拳を僕の拳に軽くぶつけた。

 

「ししし、これ見てて憧れてたんですよねぇ。今日できて嬉しいです!」

「そっか。じゃあ改めて頑張っていこう!」

「おー!」

 

ぶつけていた拳を離し再度ぶつけた後に僕と四葉はそれぞれの担当エリアに向かうのだった。

 

僕の担当エリアは四葉から言われたように屋台の安全点検である。食材の鮮度や火を使っている屋台であれば火の回りの確認などをするのが主な仕事だ。

自分のクラスの屋台は最後にして他のクラスから見ていくか。

というわけで、他のクラスから見て回り後は自分のクラスの屋台だけとなったのだが、凄い行列が出来ていた。

 

「何事!?」

「ん?おー和義!」

 

焼きそばの屋台に裏から近づいた僕に気づいた風太郎が手を挙げて近づいてきた。

 

「いやー、マジで忙しさが半端ねぇぞ」

「みたいだね。なにか客引きでもしたの?」

「いや。全員の目当てはあれだ」

 

風太郎が二乃を指差した。

 

「レッドの人ですよね!?」

「オープニングのダンスめっちゃ可愛かったです!」

「私ファンになっちゃった」

「どーも……」

 

その二乃は、色んな人に声をかけられながらも営業スマイルよろしく苦笑いを浮かべながら焼きそばを作っている。

なるほど。お客さんは大抵二乃を目当てにしてるのか。

その流れからか隣のパンケーキの屋台でも三玖が忙しそうにパンケーキを作っている。

 

「嬉しい悲鳴だね」

「とはいえ、大変なのは確かだ。二乃さんの隣で頑張っている前田君も大変そうだよ」

「そうだね」

 

いつの間にか近くに来ていた武田の言葉に返事をしながら僕はスマホを手にした。

 

「……四葉?」

『どうしたんですか直江さん?何かありました?』

「実は僕達のクラスの屋台が予想以上の好評で、ちょっと僕も手伝おうかと思ってるんだよ」

『直江さんが言うのですからよっぽどですね』

「ああ。屋台の安全点検は全部終わらせてるんだけど、その後の仕事に少し遅れそうだから先に伝えとこうと思ってて」

『わかりました。こちらはなんとかしますので、屋台のことお願いします!』

 

そこで通話を終わらせる。そして風太郎からエプロンを借りて二乃の横で作業している前田に声をかけた。

 

「前田代わるよ」

「直江!?」

「っ…!和義…」

「ご苦労さん二人とも。二乃、メインは僕で作っていくから、出来たのをどんどん容器に入れていってもらえる?」

「わかったわ!」

「前田は皆と協力して次々に野菜を切っていってくれ!」

「おう!」

「じゃあ始めようか!」

 

そこからは前田達が切った野菜などを使って僕が焼きそばを作り、作り終わったのをプレートの端にやり、それを二乃が容器に入れていく。そして、それを接客担当が売っていくといった流れ作業を構築していった。

おかげで二乃にも余裕が出来て、二乃に会いに来た生徒達に先程よりも余裕を持って話せていた。

そんな時間がしばらく続いたが、並んでいた列も途切れて、とりあえず落ち着いた時間が出来た。

 

「はぁぁー…なんとか乗りきったわね…」

「マジで、バイトよりも大変だったかもだぜ…」

「皆お疲れさん!パンケーキの方も落ち着いた?」

 

二乃と前田を筆頭に疲れきっている焼きそばチームを横目にパンケーキの屋台の方にも確認をとる。

 

「こっちは焼きそばほど大変じゃなかったし問題ないよ。ね?三玖ちゃん」

「うん…」

 

パンケーキチームは女子中心ではあったが、そこまで疲れは出ていないようだ。

 

「それにしても三玖ちゃんのパンケーキ作り上手かったよね。誰に教わったの?」

「えっと……親戚の人…?」

「え?なんで疑問系なの?」

 

母親のいないのに母親から教わったとは言えないし。かといって、友人の小学生の妹とも言えないからな。微妙な言い方になるのは仕方ないだろう。

 

「それにしても初日のお昼時点でこの売り上げなら最優秀店舗狙えるんじゃない?」

「だよね?もうここは狙ってくしかないでしょ!」

 

まだ始まったばかりではあるが、すでに最優秀店舗の話題が出ている。まだまだ元気は残ってるようだ。

 

「さてと。僕はこの辺で実行委員の仕事で抜けるよ。二乃、前田。大変かもだけどここからもよろしく」

「ええ」「任せとけ!」

「パンケーキの方も頑張ってね」

「うん…!」『はーい!』

 

クラスメイトの返事を背に次の担当の場所である入り口ゲートに向かうのだった。

 

・・・・・

 

「すみません、遅れました」

「ああ、直江君。大丈夫だよ。四葉ちゃんから前もって連絡があったから。クラス大変だったみたいだね」

「ええ。お陰さまでなんとかなりました。代わります」

「じゃあお願いね。次の子は時間通りに来る予定だから」

 

僕の前を担当してくれた女子が席を立ち入れ替りで僕が席に着いた。

ここは入り口付近に設置しているテントで、在校生以外の人で必要な人にパンフレットを配ったりするところである。配る相手は大抵が保護者の人だったりと大人の人なので人数も少なくそこまで大変ではなかった。

特にトラブルもなく平和な時間が過ぎていきそろそろ交代の時間に差し掛かった頃…

 

「こんにちは。パンフレット一枚いいですか?」

「はいどうぞ……って、ん?」

 

ロングストレートに帽子を被り、眼鏡をかけた女性がパンフレットを求めてきた。

なんか昔の二乃に似てるような…

 

「えっと…もしかして一花?

 

一応周りに配慮して本人にだけ聞こえるように聞いてみた。

 

「あ、やっぱりばれた?」

 

一花は眼鏡を下にずらしながらいたずらっ子のような顔でいる。

 

「部屋の中を探してたら昔の二乃の変装用のウィッグが見つかってさぁ。これだったら周りにはばれないと思ったんだ」

「なるほどね。て言うかよく来れたね。仕事は?」

「今日は休みが取れてね。学生なんだから学園祭には参加したいじゃない?それにフータロー君からのお呼びだしもあった訳だし」

 

一花は気にしないように僕の隣の椅子に座った。そして一つのメールを僕に見せてきた。それは僕にも来ているメールだ。

 

『せっかくだからいつものメンバーで集まらないか。学園祭初日の15時に三年一組の教室に来てくれ』

 

「風太郎にしては気が利いてると思うよ」

「ふふふ、だよね。カズヨシ君はまだお仕事かかりそう?」

「もう少しで終わるかな。終わったら二乃と三玖の二人と合流する予定だから一緒に来る?」

「じゃあご相伴にあずかろうかな」

 

僕の言葉に一花はニコッと笑いながら答えるのだった。

 

それからしばらくして交代の人が来たのだが、椅子に座っていた一花を見て『誰?』と聞かれたので他校の友人と伝えておいた。同時に来た二乃と三玖はすぐに気づいたようではあるが。

その後は四人で屋台を中心に回る。

 

「それにしてもなんだってそのウィッグなのよ」

「えー、いい感じだと思ったんだけどなぁ」

「まあ私たち以外には見分けつかないと思うからいいんじゃない…」

 

姉妹のうち三人が揃えば賑やかなものである。

そんな風に思いながら歩いていると見知った人物と遭遇した。

 

「あれ?和義さんだ」

「おー、和義は休憩か?」

 

らいはちゃんと勇也さんの父娘(おやこ)である。

 

「こんにちは。勇也さんにらいはちゃん。初日からいらっしゃってたんですね」

「まあな……て、なんだよお()ぇ。両手どころか三人の女を引き連れてよぉ」

「二乃さんに三玖さん。さっき以来だね」

「らいはちゃん。さっきはお買い上げありがとね。上杉がちょうどいない時で残念だったけど」

「フータローのお父さんも先ほどはありがとうございました」

「おうよ!てか、後一人は誰だ?」

「顔は二乃さんや三玖さんに似てるような…」

 

一花の正体が分からない勇也さんとらいはちゃんは誰だろうと唸っている。

 

「ふふふ、らいはちゃん久しぶりだね。一花だよ

 

一花はらいはちゃんの顔の近くに自分の顔を持っていき、眼鏡をずらしながら正体を明かした。

 

「いちっ……」

「しーー…」

 

一花の名前を口にしそうになったらいはちゃんの口に、一花は自身の指でそれ以上話しては駄目という意味で止めた。

 

「そっか…」

「なるほどな…」

 

勇也さんも察したらしく、一花の変装などに納得をしてくれた。

 

「そうだ。和義、ちょっと…」

 

そこで勇也さんに手招きされ近づくと肩に腕を回され内緒話の態勢に入った。

 

「悪いらいは、ちょっと四人で話しててくれないか?」

「いいけど……」

 

そこで一花と二乃と三玖とらいはちゃんから少し離れた位置まできて勇也さんと話すことにした。

 

どうしたんですか?めっちゃ、らいはちゃん怪しんでますよ?

無堂の野郎を見なかったか?

「え!?………あの人ここに来てるんですか?

 

驚いてちょっと大きめの声を出してしまったので一花達の方を見るも、こちらを気にせず四人で楽しそうに話している。

 

いや、確定要素はないがもしかしたらと思ってな。見回りも兼ねて来てるってわけだ

なるほど。であれば、僕はまだ見てないですね。後、あの人は桜にも接近してます

桜ってぇと、前に綾先生が言ってた有名人の孫か?

そうです。桜は塾の廊下で話しかけられたと言ってました。恐らく、桜のお祖母さんの諏訪楓さんに接近するために。あわよくば、諏訪家に気に入られたかったんだと思いますよ

 

まあ、零奈(れな)さんの過労死の一因でもある彼に、楓さんが会うこともないだろうけどね。無駄な努力とは言え、桜が彼に会うことで嫌な気持ちになるのは避けたい。

 

あいつの考えそうなことだな

桜のクラスの出し物には今から顔を出そうと思ってたので、何かあったら連絡しますよ

助かるぜ。こっちも進展あれば連絡する

 

そこでお互いに頷き話は終わった。

 

()りぃな。話は終わったからよ。らいは行こうぜ」

「はいはい。じゃあまたね和義さん。みなさんも」

「ああ」

「ばいばい、らいはちゃん…」

 

手を振ってくるらいはちゃんに、僕達は振り返した。

 

「それで?なんの話をしてたのよ?」

 

やっぱり追及してくるよね。二乃がずいっと聞いてきた。

 

「う~ん、今は言えないかな…不確定要素が多すぎるし」

「今はってことは、後で教えてくれるの?」

「ああ。時を見てね」

「そっか…ならよしっ!」

「そうね。気にはなるけど、今は学園祭を楽しみましょ」

「うん。この後は桜のクラスに行くんだっけ?」

 

結局多くの追及がされることはなく、三人はすでに次の予定の話をしている。後で話してくれるという言葉を信じてくれてるのだろう。

 

「ありがとう皆。大好きだよ

 

三人にだけ聞こえるように自分の気持ちをぶつける。

 

「ふぇ!?」

「あら。カズ君にしては大胆じゃない」

「~~っ……」

 

驚きの顔の一花ににんまりと笑顔の二乃。恥ずかしがって下を向いてしまった三玖、と反応は三者三様である。

人前でなかったら抱きしめていたかもしれない。それくらい気持ちが昂っているのだ。

 

「あーあ。ここが人前じゃなかったら熱い抱擁があったかもしれないのに」

「二乃と同じことを今僕も考えてたよ」

「おー、カズヨシ君ってば言うねぇ~」

「………」

「三玖?どうかした?」

「え!?な…なんでもないよ…!」

 

ぼーっとしていた三玖の肩に手を置きながら聞くとびくっと反応があった。

 

「どうせ、また妄想の世界に行ってたんでしょ」

「あははは、三玖らしいね。さて、桜ちゃんの教室に行こうか」

 

そこで再び四人で歩き出したのだった。

 

 




いよいよ日の出祭の開幕です。
すでに、和義と風太郎には恋人もいますので、お互いが恋人と楽しむところを書けたらなとは思っています。

まだまだ日の出祭初日。次回以降の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




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日の出祭初日

「あ、和義さんに皆さん。いらっしゃいませ」

 

勇也さんとらいはちゃんに会った後、その足で桜のクラスの出し物である和風喫茶に来ていた。するとちょうど良かったのか桜が出迎えてくれた。

 

「や、桜。四人だけどいける?」

「はい、大丈夫ですよ。では、席までご案内いたしますね」

 

桜の案内もあり四人席の場所まで来た。とりあえず僕は一番手前の席に座ろうとした。

 

「じゃあ私はこっちに座るよ」

 

すると一花は僕の斜め前に位置する場所にさっさと座った。

 

「あら、そこでいいの?」

「ここで揉めてもしょうがないしね。さっきカズヨシ君の横でお話させてもらったから、今回はここでいいよ」

「そういうこと。じゃあ三玖が和義の隣に座りなさい。私はこっちでいいわ」

「え…う…うん…」

 

そんな感じで今回の席順はすんなりと決まった。

 

「こちらがお品書きとお冷やです……あの、和義さん

 

お品書きを中央に置いて、お冷やを皆の前にそれぞれ置いた後に桜から話しかけられた。

 

「どうしたの?」

あちらに座っていらっしゃる方はどなたでしょうか?

「ああ…一花だよ。そのままで来ちゃうと声かけられて大変だってことで変装してんの

「なるほど。得心いたしました」

 

そこで桜はお盆を抱き抱えるようにしてうんうんと頷いた。

 

「やっぱりあんみつかしらねぇ」

「二乃は和風喫茶とかそうそう来ないでしょ」

「そうなのよねぇ」

 

二乃は僕の言葉に答えながら他にないか考えている。

 

「そちらのあんみつにはクリームをトッピングしていて美味しいですよ」

「へぇ~いいじゃない。私はそれでいいわ」

「じゃあ私はぜんざいと抹茶のセットで」

「私は…三種の団子を抹茶のセットで」

「うーん…僕は塩豆大福と緑茶をお願い」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

桜が僕達の注文を受けるといつもの綺麗な一礼をして行ってしまった。

 

「それにしても凄い服だね」

「あら、浴衣風のミニで可愛いじゃない」

「男の子受けにはいいんじゃないかな。実際どうなの?カズヨシ君のご感想は?」

「そりゃあまあ、可愛いとは思うよ。うん、桜に似合ってる」

「ふーん、カズヨシはああいうのがいいんだ」

 

不満げな三玖が頬を膨らませてこちらを睨んでいる。

 

「いやいや三玖さんや。僕はただ感想を伝えただけであってですね」

「難しい乙女心だよ。誉めるなら桜ちゃん本人に直接言ってあげなよ?」

「分かってるよ」

「それにしても…」

 

二乃が周りを見渡しながら呟いた。

 

「和義の人気はあいかわらずね。女子はみんなこっち見てるわよ」

「え、そうなの?」

 

二乃の指摘で僕も周りを見渡すと、注文を待っているのか給仕係の女の子二人と目が合った。向こうから会釈してきたので手を振ってあげた。するとキャーキャーと二人が手を握って飛び跳ねている。

 

「もう一種のアイドルね」

「カズヨシ、デレデレしないで」

「してないんですが…」

「あはは…カズヨシ君にも変装が必要だったのかもね」

 

そんな話をしていると注文の商品を持った桜ともう一人が席まで来た。

 

「失礼いたします。ご注文の商品をお持ちしました」

 

一つ一つ僕達の前に桜は品を置いていった。もう一人の方がどうやら飲み物を持ってきたようだ。

 

「それにしても様になってるわねぇ。桜、あんたってこういうのも慣れてるの?」

「いえ。給仕のお仕事などやったことありませんので、クラスの友人と一生懸命練習しました」

 

桜らしいと言えば桜らしいか。

 

「それにしてもこのお店のコスチュームは可愛いよね。もちろん桜も可愛いよ」

「あ…ありがとうございます…」

 

コスチュームを誉めてあげると、恥ずかしくなったのか桜はお盆で顔を半分隠してしまった。

 

「ですよね!ですよね!」

「へ?」

 

そこに先ほど飲み物を持ってきた()がズイッと入ってきた。

 

「桜ちゃんは何着ても可愛いんですよぉ。しかも挨拶から動作まで一つ一つ細かくって様になってるっていうか。もう完璧なんです!」

 

テンション高い()だなぁ。

 

「ちょっと、川瀬さん…」

「え?あーー!すみませんでした、興奮してしまって」

 

桜に声をかけられることで我に返った川瀬という()は頭を下げて謝ってきた。

 

「そこまで謝らなくてもいいよ。桜の友達?」

「は、はい。クラスで最初に友人になっていただけた方です」

「川瀬文乃っていいます。よろしくお願いします!」

 

桜に紹介された川瀬さんは敬礼ポーズをとっている。今の着ている服とはミスマッチである。

 

「なーんか四葉に似てるわよね」

「あ、それ僕も思った」

「?」

 

川瀬さんの事を話しているのだが、四葉を知らない本人にしてみれば何の話をしているのか分からないだろう。

 

「ううん、こっちの話だよ。こちらこそよろしくね川瀬さん」

「はい!ではごゆっくりしていってください」

「失礼します」

 

元気よく頭を下げる川瀬さんに対して桜は綺麗に礼をして控え場所に行ってしまった。

その後しばらく滞在したのだが、あまり長居はよくないだろうとのことでお店を出ることにした。

 

「私と三玖は一旦屋台に戻んないと行けないけど二人はどうするの?」

「うーん…カズヨシ君はどうするの?」

「僕は五月のところに激励に行こうかなって思ってるよ。今頃一人で勉強頑張ってるだろうし」

「あの子もよくやるわね」

「まさか学園祭の間も勉強してるなんてビックリした」

「じゃあそっちはカズヨシ君に任せようかな。私はクラスメイトに顔を出しときたいしさ」

「なら一花は私たちと一緒ね。それじゃあ行きましょうか」

「ここは僕で払っとくから先に行ってていいよ」

「わかった。カズヨシ、ごちそうさま」

「また15時に会いましょ」

 

そこで一花と二乃と三玖の三人と別れて僕はレジに向かった。

 

「会計お願いします」

「ありがとうございます……あの!直江先輩ですよね?」

「え?うん、そうだけど」

「差し出がましいとは思うんですけど、この後諏訪さんにお時間作ってくれないでしょうか?」

「え?桜?」

 

意外な名前が出てきたので少し驚いてしまった。

 

「私、諏訪さんの友達で小林といいます。以前から諏訪さんが直江先輩のことが好きだって知ってて。でも、直江先輩を好きな人は大勢いるから少しでもお近づきになれたらって思って。今からお一人のようでしたし」

 

あー、三人がさっさと行っちゃったからね。まあ、お近づきっていうか、もう付き合ってるんだけどね。友達とはいえさすがに付き合ってるけど他にも四人いるとは言えないな。

 

「……桜は今から抜けられるの?」

「っ…!はい!」

「そっか。まあ桜とは知った仲だし、小林さんからもお願いされたことだし、今から桜との時間作ってあげるよ」

「本当ですか!?すぐに諏訪さん呼んできますね」

 

そう言って小林さんは裏方ペースに行ってしまった。すると、しばらくしたら慌てた様子の桜が出てきた。

 

「お、お待たせしました!」

「桜にしては珍しく慌ててるね。じゃあ行こうか」

「はい!」

 

手を振っている小林さんに向かって桜は一礼して僕の横に並んだ。

 

「さすがに着替えてきたんだ」

「ええ。あの格好ですと色々と注目もされますし、後動きにくいのもありまして」

「そりゃそうだ。しかし驚いたね。いきなり桜との時間を作ってくれって言われた時は」

「す、すみません。ご迷惑をおかけして…」

 

笑いながら話したのだが、桜は申し訳なさそうにしている。

 

「全然。良い友達だね」

「はい。後でもう一度お礼を言っておきます」

「さて。この後は五月が勉強してるところへ差し入れを持って行こうと思ってたんだけど、それで良かったかな?」

「はい。和義さんと一緒にいられるならどこへでも」

 

笑顔でそんな言葉を返されたらこっちが恥ずかしくなってくるな。

 

「なんだったら一ヶ所くらい寄りたいとこあれば寄ってもいいけど」

「そうですね……どこかに行きたいというのはないのですが、少し色々と見て回りたいです」

「そっか。なら色々と覗きながら行きますか」

「はい!」

 

その後は校内を中心に見て回った。

校内は一・二年生が中心に出し物をしているがどこもそれなりに人が入っていて賑わっている。

 

「まだ初日だっていうのに凄い賑わいだね」

「本当ですね。皆さん顔が生き生きとしています。見ていてこちらまで楽しくなりますね」

「だよねぇ~。そういえば、桜のクラスの出し物って川瀬さんが発案だったりする?」

「え?そうですが、よく分かりましたね」

「今日の彼女の言動を見てたらなんとなくね」

 

僕の言葉にふふふ、と桜は笑ってしまった。

 

「川瀬さんは(わたくし)の雰囲気に合うのにしようってクラスで提案していただけたんです。するとクラスの皆さんも賛同していただいて、小林さんは川瀬さんに呆れていましたけどね。それで(わたくし)の雰囲気に合うということで和風喫茶になったのです」

「凄い桜推しだね」

「そうやって(わたくし)をクラスに溶け込むようにしていただいてるんです。いつも有り難く思っております」

 

先ほどの会計での小林さんの態度といい五つ子以外でもちゃんと良い関係性を築けているのが確認できて良かったな。

そんな思いを胸に桜との出し物回りを楽しんだのだった。

 

校内の出し物をある程度見た頃、五月への差し入れを買おうと外の屋台を回ることにした。そんな時だ。

 

「あ、直江君いいところに!」

「ん?」

 

腕に実行委員の腕章を着けた女子生徒が声をかけてきた。

 

「楽しんでるところごめん!ちょっと相談したいことがあって」

 

その女子生徒は手を合わせてお願いするように相談してきた。そんな勢いもあったので桜をチラッと見たらコクンと頷いてくれた。

 

「別に良いよ。僕も実行委員だしね。どんな内容?」

「ありがとう。実は休憩所を作ってほしいって要望があったんだ。で、その設置をしようと思ってたんだけど私も他に仕事があって…」

「なるほどね。ちなみにどの辺に設置しようと思ってたの?」

「ほら、食堂の近くに噴水があるでしょ?その噴水の回りに椅子を並べていけばいいんじゃないかなって。先生からの許可は取ってるから後は椅子を持ってきて並べるだけなんだ」

 

椅子を並べるだけとはいえ、噴水の回りに並べるならかなりの数になりそうだな。集合時間に間に合うか?

そんな考えをしていたら桜が手を挙げて提案してきた。

 

(わたくし)もお手伝いいたします。人は多いに越したことはありませんから」

「いいの?」

「ええ」

「分かった。休憩所の設置は僕達でやっておくよ」

「本当にありがとう!じゃあ私は他の仕事に行くから、後はよろしくね」

 

そう言って女子生徒は行ってしまった。

とりあえず僕と桜は椅子が置いてある空き教室に向かう。

 

「さてさて頑張りますか。桜も本当にありがとね」

「いいえ。礼には及びません。先ほども言いましたが(わたくし)は和義さんがいれば何も思うところはありません。それにこういった裏方作業には少し憧れというものがありましたので楽しみです」

 

屈託のない笑顔でそう言われちゃあ敵わないな。

教室の椅子をいざ持って出ようとした時、思いもよらない人物が来た。

 

「よう。手伝うぜ」

「お手伝いに来ました!」

 

風太郎と四葉である。

 

「二人とも、どうして…」

「さっきそこで、休憩所設置のことを聞いてな。和義にお願いをしたことも聞いたから来てみたんだ」

 

椅子を両手に持ち上げながら風太郎は経緯を話してくれた。

 

「後、この困ってる人はほっとけない馬鹿がいたしな」

「親友の困っているところはなおさらです!」

 

ニッと笑いながら四葉は椅子を持ち上げた。

 

「二人とも、ありがとね」

「上杉先輩、四葉さん。ありがとうございます」

 

僕は椅子を持ったままお礼を言ったのだが、桜は椅子を下ろし両手を前に添えて頭を下げてきちんと礼をした。まったくもって彼女らしい。

 

「お前は桜と二人でいたんだな。てっきり他に五つ子の誰かがいると思ったが」

 

椅子を持って噴水に行く道すがら風太郎から聞いてきた。

 

「さっきまでは一花と二乃と三玖の四人でいたけど、二乃と三玖が現場に戻らなきゃってことで別れたんだよ。後、一花はクラスの皆に顔出しときたいんだって」

「そうか」

「そう言う風太郎も四葉とずっと一緒だったの?」

「昼過ぎくらいにやった四葉の出てる劇の後から一緒だな」

「へぇ~、じゃあお祭りも二人で楽しめたんじゃない?」

「はぁぁ…あいつは色んなところで助っ人の頼みを受けててな。今までそれに付き合ってたよ」

 

大きなため息をついた後、風太郎は疲れたように話した。

 

「それはそれはご苦労だったね」

「ったく。あちこちで人助けしやがって…」

「でも、そういうところも好きなんでしょ?」

「ばっ…!そ、そんなんじゃねぇよ!」

「もう付き合ってるんだから素直になんなよ。まあでも、そうやって文句言いながらも一緒に居てくれたことには四葉も喜んでると思うよ」

「っ…!こ、この話はここまでだ!喋ってないでさっさと終わらせるぞ!」

「はいはい」

 

椅子を持ってさっさと前を進んでしまった風太郎をクスッと笑いながら追いかけるのだった。

 

それから何往復かしてようやく休憩所の椅子の設置作業が終わった。

 

「結構時間かかったね。三人ともお疲れ様」

「お疲れ様です」

「つ…疲れたぜ…」

「上杉さん大丈夫ですか?」

「お前はまだ元気そうだな…」

「はい!まだまだいけますよ!」

 

僕の言葉に桜はペコリと頭を下げ、四葉は疲れ果てている風太郎の身を案じていた。

 

「はぁ…そろそろ集合時間だし、教室に向かおうぜ」

「そうだ!屋台で色々と買ってみんなで食べましょう!」

「良い案ですね。買い物には(わたくし)もお付き合いいたします」

「しゃーねぇ、荷物持ちぐらいは付き合うか」

「悪いんだけど、三人は先に行っててくれるかな?」

 

屋台に向けて歩きだした三人に向かって僕はそう伝えた。

 

「?何か用事でもあるんですか?なら私たちでお手伝いしますよ」

「いや、ここまで来たから五月と一緒に行こうかなって」

「なるほど、そういうことでしたか」

(わたくし)は一緒の時間を十分堪能いたしましたので、後は五月さんにお譲りいたします」

「遅れんじゃねぇぞ」

「ああ」

 

そこで三人と別れて僕は食堂に向かうことにした。

向かった食堂では今日はご飯の提供も無いからかほとんど人もいなかった。休憩に利用している人がチラホラいる程度である。

さてと五月はーっと……ん?誰かと話してるのか?あの横顔どこかで…………っ!

そこで一人の男の顔を思い出し無意識に五月を大きな声で呼んでいた。

 

五月!

「え?か、和義君?」

 

僕の声に反応してこちらを見た五月は、ここに僕が来るとは思っていなかったのか驚いた表情をしていた。

そしてもう一人僕の声に反応してこちらを見た人物がいる。

なんで!?なんで貴方がここにいる!無堂先生!

 

 




今回はただ和義とその彼女達が祭を満喫しているところだけを書かせていただきました。唯一五月とのやり取りが無かったところはすみません。次回には書かせていただきます。

日の出祭一日目も次回くらいで終われればと思ってます。
では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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八人集合

五月!

「え?か、和義君?」

「ん?」

 

食堂まで五月を迎えに来たのだが、その五月の傍には思いもよらなかった人物がいたので、つい大声で五月を呼んでしまった。

突然の僕の登場と大声の二つで驚きの顔をしている五月。そしてもう一人、無堂先生もこちらに振り返っていた。

 

「どうしたのですか?大きな声を出して」

「ごめんごめん、知らない人と話してたからちょっと焦っちゃって」

 

そんな風に話しながら五月と無堂先生の間に入る形をとった。

 

「なんだね君は?」

「別に貴方に名乗ることではないと思うのですが、無堂先生」

「ほう…僕のことを知っているのかね」

「まあ色々と。五月、もう集合時間だから片付けちゃって」

「は、はい」

 

体は無堂先生の方に向いたまま、顔だけを後ろの五月に向けて机の上の勉強道具を片付けるように指示を出した。

 

「ふむ…随分と警戒されてるようだね。別に何かしようとは考えていないよ」

「ただの塾の特別講師の人間が()()()()()()()()女子生徒に話しかけていれば警戒だってしますよ。後、言いましたよね。貴方のことを色々と知っていると。何故だと思います?お互いに会ったこともないのに」

「さてね…」

 

そこまで興味を持っていないように無堂先生は答えた。

 

「僕は貴方が特別講師として行かれた塾でアルバイトをしているんです。講師として」

「ほう。であれば君かね?稀代の天才だと言われているのは」

 

そんな風に言われてるのか。下田さん辺りから噂が流れてそうだな。まあ今はいいか。

 

「どのように言われてるのかは知りませんが、僕はそこで下田さんと懇意にしていただいてるんです。だから()()と知ってるんですよ」

「むぅ…」

 

さすがの無堂先生も下田さんの名前が出てきたことで表情が変わった。とは言え、ここで押し問答をするつもりはないさっさとここから離れよう。

 

「行こう五月」

「えっ…」

 

鞄に勉強道具を入れたのを確認した僕は、五月の手首を掴み引っ張ってここから離れようとした。そんな僕達に無堂先生はすれ違いざまに話しかけてきた。

 

「五月ちゃん。悩んでいるのならいつでも相談にのるよ。きっと君に合った道は他にもあるはずだ」

 

何のことだ?

無堂先生の言葉で立ち止まってしまった五月。

 

「五月?」

「いえ。行きましょう」

 

五月は無堂先生に何か伝えるのかと思ったが何も告げずその場を後にした。

そのまま食堂から出るわけではなく、周りから見られない隅にまで来て五月の手首を離した。そして五月の両肩に手を置き話しかけた。

 

「大丈夫だった?何か変なこと言われたりしなかった?」

「え…あ…大丈夫だよ。勉強を頑張っているところを誉められただけだから」

「本当に?」

「ふふふっ…そこまで心配しなくても大丈夫だよ。ごめんね、塾の先生だってことで話し込んじゃった」

 

申し訳なさそうな顔でこちらを見る五月。そんな五月をガバッとその場で抱きしめた。

 

「ちょっ…和義君!?」

「僕は一人の女性を愛し選べないような情けない人間だ。けど、これだけは信じてほしい。そんな僕でも君の事を大切に想っていると」

「うん…大丈夫。そこは疑ったことはないよ」

 

五月は自身の手を僕の背中に回し、そのまま二人抱きしめ合った。

 

「やっぱり和義君の腕の中は落ち着くなぁ。ずっとこうしていたいくらい」

「僕もだよ」

 

それからしばらくしてお互いに少し離れたのだが、五月が目を閉じてこちらに顔を向けてきたのでそのまま唇にキスをした。

 

「ん……」

 

僕は軽くキスをするつもりだったのだが、五月が僕の首の後ろに腕を回してきたため離れることが出来なかった。

 

「んっ……」

 

五月っ!?

しかもその五月から舌を絡ませてきたのだ。

 

「んっ……ちゅっ……ちゅる……和義くん……ちゅっ……」

 

もう五月のなすがままに僕は受け入れた。

 

「はぁ……んむ……ぷはっ……はぁ……」

 

満足したのか、五月がようやく首の後ろに回した腕を緩めながら口を離した。お互い口を離すと銀色の糸を引いていた。

 

「どうしたの?五月にしては激しく求めてきたけど」

「うん…もっと和義君と触れ合いたいって思っちゃったらつい。嫌だった?」

「嫌なもんか。五月のしたいようにすればいいさ」

「ありがとう」

 

そう返事をした五月はそのまま僕に抱きついてきた。

 

「ほら、もう集合時間になっちゃう。行くよ?」

「うん」

 

返事をしながら離れてくれた五月の唇に軽くキスをしてから、五月と二人で集合場所である教室に向かうのだった。

 


 

ガラッ

 

「よう、来たな」

「五月おっつー!」

 

少しだけ集合時間を過ぎて指定された教室に入ると、すでに全員が揃っていた。

 

「悪い、遅れたね」

「すみません」

「遅いっ遅刻よ。二人でいったい何してたのかしら?」

「べべっ…別にっ、普通に遅れただけです」

 

顔を赤くしてどもって言う五月。多分さっきのキスの事を思い出してるんだろうけど分かりやすすぎる。

 

「ホントあんたって隠し事が下手よね。分かりやすすぎよ」

「おやおや。五月ちゃんも隅に置けませんなぁ」

「何があったかは後で追及するとして」

「はい。これで皆さん揃いましたね」

 

桜が笑顔で全員が揃ったことを告げる。若干桜の笑顔が怖いのは気のせいだろうか…

 

「それにしても、やっぱこうやってみんなが揃った状況って落ち着くよね」

「そういえばフータロー君を交えての集合なんて何気に久しぶりだよね」

「そうね。私たちは合宿でカズ君の家に泊まってたし」

「フータローもたまに来てたけどその時は一花がいなかった」

「一花も仕事で忙しい身ですからね」

「とりあえず食べませんか?四葉さんと上杉先輩とでたくさん買ってきたんですよ」

 

全員が集合したことにやはり嬉しさを隠しきれないでいる女性陣。そんなところに桜が屋台で買ってきたものを(みな)に勧めている。

 

「私ずっと我慢してたんです!」

「はいはい。いっぱいあるから慌てないでね五月ちゃん」

 

五月は今にも取り出しそうな勢いである。

僕と風太郎はそんな彼女達の様子を少しだけ離れたところで見ていた。

 

「やっぱ良いよね、この光景は」

「…そうだな。この八人でずっと、このままの関係でいられたらと願ってる」

「そっか…そうなると僕も頑張らないとね。五人の()達とこれからも歩んでいくことになるだろうし」

「ふっ…喧嘩しても勝ち目ねえもんな。なんせ5対1だからな」

「やっぱそうなるよねぇ…」

「ぷっ…」

「「あはははは…」」

 

そこで二人で笑ってしまった。

 

「ちょっと二人とも、そんなところで二人で笑ってないでこっちおいでよ。乾杯しよ」

 

一花に声をかけられたので風太郎と皆のところに合流して飲み物を手に取った。

 

「私オレンジ!」

「抹茶ソーダは...」

「ないわよ」

 

それぞれが好きな飲み物を手に取ったところで一花が乾杯の音頭をとるためコップを掲げた。

 

「それじゃ、学園祭初日無事終了と今後も頑張っていきましょう、ということで...」

「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」

 

その後は、それぞれが用意した飲み物や食べ物をみんな好きに飲み食いしている。

 

「しかし随分と用意したもんだね」

「八人分ですからね。上杉さんにも頑張って荷物持ちしてもらいました」

「まあ、このくらいの量なら問題なく消化されるだろ。ほら」

「はむっ…」

 

風太郎に促されながらある方向を見る。そこには大量の食べ物を口に入れて一心不乱に食べている五月の姿があった。

 

「「「「「「「......」」」」」」」

「す、すみません。断食の反動で...」

「断食って...そこまで無理するほどでもなかったでしょ」

「そう...ですよね」

「?」

「まぁ...誘惑に負けず頑張ったんならいいじゃねぇか。まさかあれだけの量を、この時間までに終わらせちまうとはな」

 

どんだけの量を勉強したんだろ。日の出祭が始まる前に、そこまで根を詰めなくて良いって言ったんだけどなぁ。さっきの食堂での無堂先生の言葉といい何か悩んでるのだろうか。

 

「それより五月ぃー」

「なんです?はむ…」

「さっきの続き。カズヨシと何かあった?」

「うっ…ゴホッゴホッ…」

「ほら五月、飲み物」

「あ、ありがとうございます」

 

僕から受け取った飲み物で五月は喉に詰まったものを流し込んだ。

 

「い…言わないと駄目でしょうか……」

「あんたの隠し事の下手さを恨むのね」

「あんなあからさまに態度を出されれば誰だって気になります」

 

桜もやたら興奮した態度で五月に詰め寄っている。

 

「うーー………だ…抱きしめられて、それで…キ…キス…してきました…

 

五月は恥ずかしさで顔を両手で覆い皆に白状した。

 

「わお!」

「はわぁー…」

 

一花は淡白な驚き方で、対する四葉は五月同様恥ずかしそうにしている。

 

「お前は何をしてるんだ?」

「いやぁ、その場の雰囲気で」

「周りには誰もいなかったんだろうな?」

「それはちゃんと確認したから大丈夫」

 

しかしこうやって皆の前で話されると恥ずかしいな。

 

「むー…」

「羨ましいです」

 

三玖と桜がこっちを見てくるがここではしないからね。

 

「ふふっ…五月ちゃんも積極的になってきたようでなによりだよ」

「はぁぁ…ところで二乃ってなんでステージパフォーマンスなんて引き受けたの?」

「…っ!」

 

前から少し気になってた事をちょうど隣にいた二乃に聞いてみた。他の皆は今は五月をからかってるからかこちらを見ていない。風太郎も四葉と話している。

 

「もちろん元々その仕事を四葉がやる予定だったのを無理させないためにってことで代わりに引き受けたってのは知ってるけど、それだけじゃないよね?」

「あーあ…やっぱカズ君には悟られちゃったか……舞台の上からなら客席が見渡せると思ったのよ」

 

客席をってまさか…

 

「もしかして中野さんを探してたの?」

「まあね…」

「そっか…」

「影も形もなかったわ。ま、ダメ元で元々気にしてなかったけどね」

 

どう見ても気にしてないって顔じゃないでしょ。

理由を話してくれた二乃は悲しげな表情で下を向いてしまっている。

 

「この後は一花を送ろうかと思ってたから、その後に少し探してみようか。朝からじゃなくて昼からとかに来てるかもだしさ」

「うん......ありがと、カズ君」

 

この後も楽しく八人での時間を過ごすのだった。

 


 

「あー、楽しかったなぁー」

 

僕の横では腕を上に向かって伸びをしている一花がいる。今はタクシーが来る校外の道路沿いに一花を見送りのために来ているところだ。三玖と五月と桜はそれぞれのクラスに戻っており、四葉は演劇部に呼ばれてるとかでそっちに行っている。二乃と風太郎は二人で中野さんを探してるので後で合流するつもりだ。

 

「久しぶりの休みを満喫できたようで良かったよ」

「うん!あ、でもカズヨシ君とはもう少し仲良くしたかったかな」

「時間もなかったからね、仕方ないさ。今度お互いに休みが取れたら二人でバイク使って遠出するのも良いかもね。それくらいだったら皆も承諾してくれるでしょ」

「本当に!?今更なしはダメだよ?」

 

ニコッとこちらを見てそんなことを言ってくる一花。この笑顔を見られるならバイクで遠出くらいどうってことないな。そんな風に思っていると。

 

「この学校って中野一花がいるじゃん」

「ああ、この間ドラマに出てた。可愛いよなぁ」

 

校外の学生だろう二人組が一花の話をしながら僕達の後ろを通りすぎていった。まさか、目の前にいたとは夢にも思うまい。当の一花はばれまいと帽子を深く被って顔が見えないようにしている。

 

「大丈夫だよ。そのウィッグを被ってる限りばれないでしょ」

「そうかもしれないけど、注意するに越したことはないでしょ?」

「そりゃそうだ。そういえば、さっきの二人が言ってたドラマ観たけどまさかキスシーンがあるとは思わなかったなぁ」

「ふふっ、まあ女の子となんだけどね。どう?ドキッとした?」

 

悪戯っぽい顔で一花は僕を見上げてきた。

 

「そうだね。何て言うか、例え相手が女性であっても一花のキスを第三者の目から見ると変な感じはしたかな。相手が男じゃなくて良かったって心の底から思ったよ」

「ふふっ…そっかそっか。でも大丈夫だよ。男の人とのキスはNGのつもりだから。男の人とのキスはカズヨシ君だけ」

「そっか…」

「あーでも、やっぱり二乃と五月ちゃんが羨ましかったかな」

 

ストレッチのように腕を前に伸ばしながら一花は答えた。しかし二乃?

 

「えっと、五月はまだ分かるけどなんで二乃?」

「え?だって二乃とも今日キスしたでしょ?」

 

何故に知っている。

 

「五月ちゃんのキスの話になった時に二乃ってば羨ましがってなかったでしょ。だから、二乃もしてたんだなって思ったわけ。まあ、あの場で言っちゃうと三玖と桜ちゃんが暴走するかもって思って言わなかったけど、違った?」

 

この()は本当にもう。察しが良すぎでしょ。

そう思いながら頭を抱えてしまった。

 

「はぁ…当たってるよ。オープニングセレモニーの後で二人っきりになる時があってね」

「やっぱそっかぁ…言っとくけど私だって羨ましいって思ってるんだからね」

 

ビシッと指をこちらにさしながら一花は言ってきた。

 

「分かってるよ。また二人っきりになった時にね。今は…」

 

そこで自分の指を唇に当て、それをそのまま一花の唇に当てた。

 

「これで我慢して」

「……っ!」

 

ちょうどそこでタクシーも来たので一花の唇から指を離した。

 

「なーんか子供扱いされてる気がするぅ」

「仕方ないでしょ。こんなところで本当にキスするわけにはいかないんだから。ほら、タクシー来たから乗んな」

「はーい。次に二人っきりになった時は覚悟しててね」

「はいはい。仕事頑張って」

「うん!」

 

一花の返事のタイミングでタクシーのドアが閉められ行ってしまった。遠ざかっていくタクシーをじっと見ながらふっと笑みをこぼした。

じゃあ、中野さんを探しながら二人に合流しますか。

そしてストレッチのように腕を上に伸ばしながら、まだ行われている日の出祭の会場に向けて足を進めた。

 

 




和義と無堂が接触しましたが、ここでは特に何かあるわけでもなくすぐに別れました。ある程度のことは知ってるぞ、と和義から牽制はしていましたけどね。

本当はこのお話で日の出祭の初日が終わる予定だったのですが、すみませんもう少々続きます。

では次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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報告

一花を見送った後、僕も中野さんがいないか辺りを見ながらとりあえずクラスの屋台に顔を出した。そこには、焼きそばもパンケーキも売り切れの看板が出ていた。

 

「お、直江じゃねえか」

「や。どうやら初日は順調だったみたいだね」

 

ちょうど初日の片付けをしていた前田に声をかけられた。

 

「僕がいなくなった後も大丈夫だった?」

「おう。あの時間が一番人多かったからな。それでもある程度の客はいたが二乃さんが上手いこと捌いてくれたぜ」

「そっか。明日は少しだけ来れそうだから、その時はがんがん作るから」

「期待してるぜ」

 

そして片付けに参加出来ないことを謝りながらその場を後にした。

しばらく一人で屋台のある外を回ってみたがやはり中野さんの姿はなかった。もしかしたら今日は来ていないのかもしれない。今日だけが日の出祭ではないわけだし。

そんな思いでいると二乃と風太郎の二人と合流できた。

 

「どう?いた?」

「いいえ、いないわ」

「くそっ、いねーな」

「スマホに連絡は?」

「待って…」

 

僕の質問に二乃はスマホを確認している。

 

「直電した方が早くねぇか?」

「いや、さすがにやりすぎでしょ」

「それにいいのよ。元から期待はしてないから」

「二乃…」

「……お前だって勇気出して招待状送ったんだろ。納得できるのかよ」

「風太郎…」

「あら?やっと見つけたぁ」

 

風太郎が熱くなってきたところに、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「景さーん、零奈ちゃーん。和義見つけたわよー」

「なんだ、和義と一緒だったのかよ風太郎。らいは、こっちいたぞ」

「母さん!」「親父!」

「おー、二人が一緒で丁度良かったな」

「もー、お兄ちゃん何してたの?やっと会えたと思ったら終わりそうだよ」

「全くです。せっかく屋台まで行ったのに居ないのですから」

 

直江家と上杉家揃い踏みである。

 

「いや、今日来るって聞いてなかったし」

「そりゃあ今日日本に帰ってきて、零奈ちゃん連れてそのまま来たんだしね」

「どうだ?驚いたか!」

 

うちの親はこんなんだったね、そういえば。

 

「私もいきなり家に帰ってきたので驚きました。ここに連れてきてくれたので、それは無しとしますが」

 

そんな零奈はらいはちゃんと仲良くわたあめを食べている。

 

「うちだってそうだ。一日目は来ないんじゃなかったのかよ?」

「お父さんが急に行くって言い出してさ」

「そうなのか?」

「ま、なんにせよ。ここで会えたのはラッキーだったぜ。五つ子の...えーっと...」

「二乃ちゃんよ次女の、勇也君」

「ぬぁーっと、先に言わないでくださいよ!今言おうとしてたのに!」

 

さっさと母さんが答えを言ったものだから、勇也さんが母さんに文句を言っている。

この反応、風太郎とまったく一緒だよ。親子だね。

 

「俺はまったっく分からんがな」

「父さんはこの間、REVIVALで会っただけだから、分からなくて当然でしょ」

「まぁそうだな。君はうちの和義と付き合ってたりしないのかね?」

「ゴホッゴホッ......ちょっ」

 

父さんの突然の質問に驚きむせてしまった。

 

「まあ、彼女とまではいかないけど仲良くしてるわよね。みんなとは私も連絡取り合ってるし、ね?」

「は、はい。和義君とは仲良くさせてもらってます」

 

そこに母さんが間に入ってきて、母さんの言葉に真面目な態度の二乃が答えた。その答えだけで父さんは満足したようで特に追及はしてこなかった。

父さんが見えないところで母さんが僕にウィンクしてきたのは気になったが。やっぱり気づいてるな。

 

「ん...五つ子ちゃんと()やぁ...マルオの奴見てねぇっすね。もう帰ったのか?」

「おお、そうだな。お前たちは見てないのか?」

「マル...?」

「父なら来てませんが」

 

マルオとは誰だ?といった表情の風太郎であるが、そういえば風太郎は中野さんの下の名前知らなかったんだっけ。

そんな風太郎に代わり、二乃がいないことを答えてくれた。

 

「あれ?そうなのか?」

「ちょっとぉ、勇也君話が違うじゃない」

「おかしいなー、この前あいつの部屋に行った時、ここの手紙置いてあったんすよねぇ」

「!読んでくれてたんだ...」

 

勇也さんの言葉に喜びを隠せない二乃。そんなところに風太郎が待ったをかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「どうしたの風太郎?」

「いや、何でお前は冷静でいられるんだよ。親父とこいつらのお父さんが知り合いのように話してるんだぞ!」

「ん?なんだ和義、風太郎君に教えてなかったのか?」

「いや、この間の父さん達の集合写真を見て、勇也さんに聞いてるのかとばっかり...」

「そういえば、そんな写真があったな...」

 

これである。てか、クラスメイトじゃないのかって話をしてた時に近くにいなかったっけ。

 

「あいつとは学生ん時からの腐れ縁よ。俺はバリバリのアウトロー」

「ステキ」

 

勇也さんの言葉に、当時の勇也さんを想像したのか二乃がうっとりしている。

二乃はチョイワル系が好きなんだそうだ。僕とは正反対ではあるが、それでも僕を好きだと言ってくれているのだ。そんな僕でいられるよう頑張っていこう。

 

「んで、あいつは不動の学年トップで生徒会長」

「すげー」

 

勇也さんの言葉に驚いた声を上げている風太郎。

確かに、学年トップの成績なら分かるが、まさかの生徒会長か。それは初耳だ。でもやっぱりそつなくこなしそうではある。

 

「まったく。中野に関しては、色々としてくれて非常に助かったが。お前には手を焼いたもんだよ上杉」

「なははは...まあ、昔のことなんで時効ってことで。と、直江先生にもこう言われてるほど俺達は両極でな。よく奴とは対立したもんだぜ」

「初めて知ったわ」

「よくそんな関係で仕事を引き受けられたな」

 

確かに風太郎の言う通りである。

絶対中野さん嫌がったでしょ。ん?まてよ。もしかして中野さんの風太郎嫌いは勇也さんが原因なんじゃ。

 

「ガハハ、半ば強引にな!それに俺らを繋ぎ止めたのは綾先生とれ...いや...これ以上は俺の言うことじゃねー。マルオの奴から直接聞きな」

「もしかして、お母さん...?」

「いい女だったぜ!うちの嫁さんの次にな」

 

そんな勇也さんの言葉に零奈は恥ずかしそうにしている。

 

「ちょっとぉ、私は?」

「綾先生は、どっちかつうとダチって感じだったんすよねぇ。もちろんいい女でもありましたよ」

「だろう?うちの奥さんはいい女だよ」

「もう、景さんったら!」

「「はぁぁぁ...」」

 

僕と零奈は同時にため息が出た。仲が良いのはいいんだが、子どもの前でイチャイチャするのは止めてほしいと零奈と二人、前から思っている。

 

「直接聞くも何も、その本人がいねーから始まんないだろ」

「安心しな。父親ってのはなかなかめんどくせー生き物でな。あいつ自身のめんどくささも加わって、二倍めんどくせーんだが。お嬢ちゃんたちが心を開いていったように、あいつも少しずつ歩み寄っているはずさ」

「うんうん。上杉も父親やってるなぁ。そう、父親って生き物は面倒くさいんだよ」

「父さんは別の意味で面倒くさいですが」

「零奈!?」

 

零奈の毒舌に父さんはクリティカルヒット、瀕死状態である。

 

「わかったよ。だが、もしこのまま来なければ、和義が直接文句言いに行くからな」

「上杉、あんた...」

「風太郎...君はどの立場から言ってるの。しかも、僕なんだ...」

「......分かった。信じて待ってみるわ」

 

そこで二乃は神妙な顔つきで頷いた。

と、そうだ。ちょうど勇也さんもいることだしあの事話しておいた方がいいよね。

 

「風太郎。ちょっとうちの両親と勇也さんとで話したいことあるから、二乃と一緒に零奈とらいはちゃん見ててくれないかな」

「それは構わんが。また何かあったのか?」

「まあ、風太郎には後で説明するよ。面倒ごとには巻き込まれたくないでしょ?」

「そうしてもらえると助かるよ。らいは、ほんの少ししかないが一緒に回るか」

 

僕に返事をした風太郎はそのままらいはちゃんを屋台巡りに誘った。

 

「ホント!?じゃあ零奈ちゃんも行こ」

「え、ええ…」

 

零奈はこちらを見るがらいはちゃんに引っ張られていることもあり連れていかれてしまった。

 

「おい、二乃も行くぞ」

「え、でも…」

「悪い。僕は母さん達と話があるから後で合流するね」

「う…うん」

 

引っ掛かるところがあったのだろうが二乃も風太郎に付いていった。

 

「なんだぁ?風太郎のやつに露払いさせるとはぁ、あの子たちに聞かれたくない話をしようってか?」

「まあ……今日無堂先生に会いました」

「「なっ!?」」

「何!?それは本当か和義」

「ええ」

 

興奮気味の勇也さんに答えた。

 

「やっぱ来てやがったか」

「見たではなく会ったということは、無堂と話したのか?」

「話したというか……五月と一緒にいたのを見たから急いで話しかけたんだ」

「嘘…五月ちゃんに話しかけてたの?」

「あんのやろう行動力だけはあるな」

 

父さんの質問に答えると、驚いて手を口に持っていっている母さんとは裏腹に勇也さんは本当にムカついてそうに話していた。

 

「まあ、お互いに会ったこともない訳だし、僕はほとんど喋らず五月を連れて離れたよ」

「賢明な判断だな」

「それで?五月ちゃんはどんな話をしていたんだ?」

「僕も気になったから聞いたんだけど、お祭りの中勉強してるなんて偉いと誉められただけだって」

「本当かよ」

 

五月の事を疑いなくはないが僕も勇也さんと同じ考えである。それに…

 

「僕も勇也さんと同じ考えです。きっと五月は何か隠してる。その証拠となるかは分からないけど、僕と五月で去る時に無堂先生から『悩んでいるのなら、いつでも相談にのるよ。きっと君に合った道は他にもあるはずだ』って言ってきたんだ」

「なるほどな。悩んでるならいつでも相談にのるか…」

 

僕の言葉に父さんは顎に手を持ってきて考えている。

 

「その言い方だと明日以降も来そうね」

「だな。しかし、明日はどうしても外せない用事があってだなぁ」

「俺は来れるんで、明日も見回ってますよ」

「ありがとう。でもやり過ぎないでね」

「わかってますって。一応下田とマルオにも共有しときますよ」

「和義はどうなんだ?」

 

大人達の明日の予定が決まってきたところで父さんから話が振られた。

 

「僕は明日は今日と違ってほとんど一日拘束されてるんだよね。朝一は屋台で焼きそば作って、その後はパンフレット配り、その後一時間くらい休憩があって見回りかな。自由なのは最後の方だけ」

「じゃあ、その見回りの時に無堂がいないか見て回れるな」

 

僕の予定を聞いた勇也さんが安心したように言った。

 

「ただ、僕が見つけたところで何もお役に立ちませんよ?」

「何かありゃあ俺に連絡しろ。すぐに駆けつけるからよ!」

「心強いです」

 

そう返事をするも皆の近くにいられないことの歯がゆさがあった。

一花は明日は一日撮影だって言ったから多分来ないだろう。二乃と三玖が同じようなシフトだから一人になることもそうそうないかもしれない。四葉はまたあちこちで助っ人してるだろうし、たまに風太郎にも様子を見てもらえれば大丈夫か。五月は明日はほぼ一日屋台の作業だからそうそう声をかけられないと思う。桜の予定は分からないけど後で連絡しておけば自ずと警戒するだろう。そうだ、あの人にも共有しとかないと。

スマホを取り出してメッセージを送ったが割りとすぐに返事があった。『畏まりました』と。

とりあえず僕からの報告も終わり、今日は解散となった。

 


 

~五月の部屋~

 

日の出祭初日が終えた夜。皆が寝静まった中、五月は自室で勉強をしていた。しかし...

 

「はぁぁ...」

 

ペンを走らせてはいるがどうも身に入らない様子の五月。

 

(いけない...全然集中ができてない。これ以上は意味ないかもだからもう寝ようかな...)

 

そんな中、五月は窓から外を見ていた。そこで、和義と合流した直前の事を思い出していた。

 

・・・・・

 

日の出祭が始まってからも五月はずっと学食で勉強に励んでいた。

しかし、断食を行っている五月にとって周りに食べ物を持ってくる人達の話し声や食べ物の匂いは集中力を妨げていた。

そんな時、どこからか甘い匂いがしてきたので、五月は反射的にその方向をばっと見てしまった。

そこにはどこかで見た事がある男が綿あめを食べながらこちらに近づいてくる姿があったのだ。

 

「いいねぇ学園祭。十年以上前の記憶が甦ってくるよ」

「!あなたは...」

「おや、僕の事を知っているのかい?」

「ええ、私が通っている塾のプリントで拝見いたしました。特別講師をされている無堂先生ですよね。私はそちらの講義に参加はしていないのですが...私、中野五月と言います」

「そうかい。それは残念だね。おや、こんなお祭りの中勉強かね」

「えっと...まぁ...」

 

無堂は五月の目の前に広がるテキストを見てそう尋ねる。

 

「実は、教師を目指しているのですがちょっと心配になりまして...自分のシフトではない時間を使って勉強をしています」

「なんとストイックな!素晴らしい向上心だ!授業に参加する生徒が、皆中野さんみたいな心持ちだったら僕も楽なのに。僕はね、昔教師をしていたから...ところで、どうして教師を目指しているんだい?」

「......正直に言うと今まで苦手な勉強を避けてきました。ですが夢を見つけ、目標を定めてから学ぶことが楽しくなったんです。そんな風に私も誰かの支えになりたい。それが私の...」

「感動した!なんて健気で清らかな想いなんだろう」

「......っ!」

 

五月の言葉を遮るように拍手をしながら無堂は自身の感想を伝える。

 

「...少し救われた気がします...本当に私の夢は正しいのか...今になってもそんなことばかり考えてしまって、机に向かっても集中できず...実は母が言っていたことがあるんです。あ、母も学校の先生でして...」

「知ってるよ」

「え?」

「僕は彼女の担任教師だったんだ」

 

そこで無堂は、五月にとって衝撃的な言葉を口にした。

 

「君は若い頃のお母さんそっくりだ」

「そっくり......」

「ああ、歪なほどね。君がお母さんの後を追ってるだけならお勧めしない。歪んだ愛執(あいしゅう)は君自身を破滅へと導くだろう。まるで呪いみたいにね」

 

『お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないか?』

 

そんな時、以前零奈(れな)の墓参り後に下田に会った時言われた言葉が頭を過った。

 

「ち、違います!これは私の意思で」

「そうだと無意識に思いこんでる。それが呪いだ。現にほら、君の想いに君自身が追いついていない」

 

そんな無堂の言葉に五月の目から光が消えていった。

 

「きついことを言ってしまってすまない。でもね、僕は君にお母さんと同じ道をたどってほしくないんだよ」

「え...?」

「彼女は僕に憧れて似合わぬ教職の道へと進んだ。最後までそのことを後悔していたよ」

 

『私の人生...間違いばかりでした』

 

生前の零奈(れな)が口にした言葉が五月の頭に過る。その事で、無堂が言っていたことは本当なのではと思ってしまった。

そこに自分を呼ぶ大好きな声が聞こえてきたのだ。

 

・・・・・

 

「和義君、お母さん。私、自分がよくわからなくなっちゃった…どうしたらいいかなっ……うぅっ…」

 

そう口にした五月の目からは次から次へと涙が流れていった。

助けてほしい気持ちはある。だが和義は今、日の出祭の実行委員として大忙しのはず。そんな事を思ってかなかなか相談しずらかった。

 

(抱きしめられたあの時に素直に相談してればっ……でも…せっかくみんなで集まる前にそんな話をするわけにはいかないよね…)

 

その時の抱きしめられた感触とキスの事を思い出して、五月は自分の唇に自身の指を持っていった。そして、見えるはずもない和義と零奈のいる直江家の方角を見つめるのだった。

 

 




今回のお話で日の出祭一日目終了となります。
無堂とは和義が出会ったので、日の出祭の会場に無堂が来ていることを勇也達には和義から説明させていただきました。

さて次回から日の出祭の二日目が開始されます。次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




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焼きそば

ジューー…

 

「和義!追加注文が入ってるがいけるか?」

「ああ。今作ってるのがもう終わるから、次の注文も受けてて良いよ」

「おう!」

「前田!野菜の補充したいからじゃんじゃん切っちゃって」

「まかせとけ!」

 

日の出祭二日目。開催されて三十分ほど経っているが、我がクラスの屋台はすでに注文待ちの行列が出来ていた。

ピークはお昼頃だろうと思っていたのだが、昨日のうちにうちの焼きそばが美味しいことが広まっていたようである。もう一つの理由があるのだが、ハッキリ言ってそちらはどうでも良い。

 

「ほら見て。本当に直江君が作ってるよ」

「えー、手料理ってこと?並ばなきゃ」

「直江先輩の手料理の焼きそばって今だけらしいよ」

 

列の女子率が高いことが物語っているように、目当てが僕の手料理だという生徒が多いようなのだ。どこから聞きつけたのか。恐るべし女子ネットワークである。

焼きそばを受け取った後も僕の作っているところを覗き込むように見ている生徒までいるので、屋台回りは人だかりも出来ている。てか写真撮ってる人もいるけどそれを一体どうするのだろうか。

隣のパンケーキにまで人だかりが行っていないのは助かっている。まあ、焼きそばを買った後にパンケーキを買う人もいるみたいだから売上には貢献出来ているのだろう。ただ、あっちには今は三玖がいないから大変なのかもしれない。

 

「しかし面白いものだね」

「何がだよ」

 

僕の隣で僕の作った焼きそばを次々とパックに入れていく作業をしている武田がボソッと言葉を溢したので、手を止めずにそれに答えた。

 

「いや。昨日は二乃さん目当てで売上上々。今日は君を目当てにこんなにも列が並ぶんだ。これは面白い他無いんじゃないか、ね?」

「言っておくけど、君を目当ての人も何人かいるんだからね」

 

そんな話をしている中でも『武田くーん』と呼ぶ声がしている。それに対して武田は笑顔で手を振っている。

よくやるよ。

 

「和義さん。お疲れ様です」

 

一心不乱に焼きそばを作っていると控えめに声をかけられた。

 

「「こんにちは」」

「あれ、桜じゃないか。それに小林さんに川瀬さんも。いらっしゃい」

 

声の方に目を向けると三人が並んでいた。

 

「わぁー、覚えてくれてたんですね!」

「昨日は急なお願いを聞いていただきありがとうございました」

 

そんな三人の手元には焼きそばが入った袋が提げられていたのでお会計は終わったのだろう。

川瀬さんは僕が覚えていたことに喜びの表情を出し、小林さんは昨日の桜と同行してほしいというお願いを聞いてくれたことに改めて礼を言ってきた。

 

「あれくらいどうってこと無いよ。それより焼きそば買ってくれてありがとね」

「桜ちゃんから直江先輩の作る焼きそばは美味しいって聞いたので、これは行かなければっと思いまして」

「来たときにはすごい列でしたので私たちビックリしてたんですよ。直江先輩の回りも人だかりでしたしね」

「話しかけられないかと思いました」

 

三人の話を焼きそばを作る手を止めずに聞いていた。

 

「はい、上がったよ武田。よろしく!まあ、こんな感じで繁盛してるのはありがたいんだけどね」

「それにしてもすごい手際ですよね。私たちと話しながらでもどんどん作ってるんですもん。料理得意なんですか?」

 

川瀬さんが驚きの表情で聞いてきた。それを油を引きながら答えた。

 

「まあ、料理は趣味ではあるかな。こうやって大量の焼きそばを作った事はないけど楽しいよ。今度、焼きそばの感想聞かせてね」

「はい!」

「それではこれ以上お邪魔するのも気が引けますのでこれで。文乃行くわよ」

「わかってるってー。じゃね、先輩!」

 

小林さんが川瀬さんを連れていく形で二人は離れていった。

 

「では(わたくし)も」

「ああ。桜も自分の喫茶店頑張ってね」

「はい!あ、そうでした……あの、五月さんへのフォローしておいた方が良いですよ

「え?」

 

桜が僕にだけ聞こえる声で話しかけてきたので五月がいる方向を見ている。五月は看板を持って客引きにしっかりと務めているように見える。まあ、どちらかと言えば列の整理をしていると言っても過言ではないが。

 

「和義さんが女性の方々に囲まれているのを心配そうに見ておられました。少しの時間の(わたくし)でも胸が苦しかったのです。ずっといらっしゃった五月さんはもっと苦しかったでしょう。安心させてあげてください」

 

ニッコリと話しかけてきた桜はそこで離れていった。

忙しさにかまけて五月の事まで頭が回らなかったようだ。反省である。

 

「まったく、自分のことではなく他の女の子のことを気にかけるなんてね。良い関係を築けてるようだね」

「ああ。本当に僕には勿体ないくらいな()達だよ」

 

その後暫くして二乃と三玖が屋台に戻ってきた。

 

「戻ったわよ。てか、相変わらずの繁盛さね。すごい列だわ」

「おかえり~。いや~、おかげさまで売上は良い感じだよ」

「これは本当に最優秀店舗狙えるかもね」

 

エプロンを着ながら二乃は隣に来て焼きそば作りの用意を始めた。

 

「これ作り終わったら少し休憩に入って実行委員の仕事に行くよ」

「あんたも四葉ほどではないけどよくやるわね。倒れないでよ?」

「そこはちゃんと自粛してるから大丈夫だって。後、中野さんの事も見つけたら連絡するよ」

「…っ!あ…ありがと…」

 

お礼を言った二乃は焼きそば作りに集中しだした。それを横目に僕は先ほど作ったばかりの焼きそばを()()()持ってある場所に向かった。

 

「焼きそばにパンケーキはいかがですかー?」

「五月」

 

僕が向かったのは客引きを頑張っている五月のところだ。

 

「あ、和義君。お疲れ様です。すごいお客さんの数で焼きそば作りは大変だったでしょう」

「五月もね。僕は今から休憩に入るから五月も一緒にどう?」

「え…ですが、私の休憩はもう少し先ですよ?」

「大丈夫。クラスの人には許可取ってるから。一緒に食べよ」

 

そう言いながら焼きそばの入ったパックを掲げて見せた。五月もすぐに承諾してくれたので、近くのベンチに並んで座って食べることにした。

 

「では…」

「「いただきます」」

 

五月の合図で焼きそばを食べ始めた。

うん。我ながら良い出来だと思う。

 

「う~ん、やはり和義君の焼きそばは格別ですね♪と言うよりも目玉焼きってありましたっけ?」

「口に合ったようで何よりだよ。なんと言っても五月の事を想って作った焼きそばだからね」

「ぶふっ…ゴホッ…ゴホッ…」

「だ、大丈夫?ほらお茶だよ」

 

咳き込んだ五月にお茶を差し出すとそれを五月は受け取り勢いよく飲みだした。

 

「んく…んく……はぁぁ…ありがとうございます。ではなく!なんなのですか、先ほどの言葉は!」

「何って、五月に美味しく食べてほしくて作った焼きそばだって」

「ちょっ…!」

 

誰かに聞かれたのではないかと五月は周りをキョロキョロと見ている。

 

「大丈夫だって。その辺はちゃんと注意してるから」

「なら良いのですが。ありがとうございます。大変美味しくいただけてます」

 

恥ずかしくなったのか、先ほどよりは大人しく食べている。

 

「桜から聞いたよ。さっきまで屋台の周りに女子が多く集まってたのを心配そうに見てたって」

「あ…」

「ごめんね不安にさせて。これはそのお詫びだよ。和義スペシャル、かな」

 

僕がそう伝えると五月はぽかーんとした顔から一変してプッと吹き出してしまった。

 

「あははは、和義君でもそんなこと言うのですね」

「そ…そこまで笑うこと?」

「ふふふ…でも、うん。和義スペシャルありがとね」

 

笑顔になってくれたのなら良かったか。

残りの焼きそばを食べながらそう思った。

 

「じゃあ僕は実行委員の仕事に行くよ。こっちの事よろしくね」

「はい。いってらっしゃい。頑張ってください」

 

そして実行委員の仕事のためにその場を離れるのだった。

 

現場に向かっている途中、放送部の人がお客さんに突撃インタビューをしているところを目撃した。

あれってたしか、同じクラスの椿さんだっけ?

そこで一つ案が思いついたのであることをお願いすることにした。

 

「椿さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「おー、直江君じゃん!何々?」

「実は……」

 

よしっ、何とかお願いを取りつけることができた。まあ、インタビューを受けるのが条件に出されたのは仕方なかったが...

少し遅れ気味なので急いで次の現場に向かうことにした。

 

次の現場は昨日と同じく入り口でのパンフレット配り。とはいえ、もう二日目だからか昨日ほどの人に配っていないから結構暇をもて余している。それに、今のところここを中野さんと無堂先生は通っていない。今日は来ないのか、それとも僕がいない間に通ったか。

ジーッと入り口を行き来している人達を見ていたらやっと自分の担当時間が終わろうとしていた。

 

「パンフレット二部ください」

「はーい……て、お前ら」

「お。気付いてくれたんだ。大きくなったね和義」

「やあ。久しぶりだね直江君」

「竹林…それに真田…」

 

パンフレットを渡そうとした相手は小学校以来の同級生である竹林と真田であった。

竹林は黒髪ロングでヘアピンを着けたスラッとスレンダーな女子で、真田は短髪メガネのひょろっと細身の男子である。二人とも同じくらいの身長だ。ちなみに二人は昔からの幼なじみで付き合ってるとかいないとか。

 

「こんなとこで何やってんの?」

「何って、学園祭なんだから遊びに来たに決まってるじゃん」

「受験勉強は?」

「あー…僕もそれを言ったんだけどね。彼女がどうしても行こうってうるさくって」

「なるほどね」

「直江君お待たせ。交代するね」

 

そこに交代の人が来たので僕は今から休憩である。しかし、それを悟ったのか竹林がニヤッと笑った。

 

「和義今からフリーなんだ」

「いや、フリーって言うか休憩…」

「じゃあ、三人で回ってみよう!」

「人の話を聞け!」

「無駄だよ直江君…」

 

右手を高々と挙げて前を行く竹林。そんな竹林にツッコミを入れるも、無駄だと僕の肩に手を置く真田であった。

 

パンッ……コツン…

パンッ……スカッ…

 

「相変わらず和義ってば何やってもそつなくこなすね」

「そりゃどうも」

 

パンッ……コツン…

パンッ……スカッ…

 

「それに比べて真田君は…」

「何も言わないでほしいかな」

 

僕達は今、射的の屋台に来ており、竹林の要望もありで真田と二人並んで射的をしていた。

僕は順調に的を倒していっているが、真田は中々的に当てることすら出来ないでいた。

 

「それで?結局なんで来たのさ?」

「えー。いいじゃない、久しぶりに会いたくなったんだよ」

「さいですか」

 

パンッ…コツン…

パンッ…コツン…

 

「やったっ」

「やったね真田君!」

「おー、やったじゃん」

 

パンッ…コツン…

 

「な、直江……そのくらいにしてもらえると助かるんだが…」

「え?そう?ごめん、後一回だけ」

 

パンッ…コツン…

 

よしっ!全部で五個。小さなお菓子ではあるが彼女達に良いお土産になったのかもしれないな。四葉の分も取ってあげたかったが、これ以上すると泣いて頭下げてきそうだからな。

 

「百発百中!さっすが和義」

「まあね。真田も良かったじゃん竹林のために取れて」

「べ、別に彼女のために取ったわけでは…」

「いいっていいって」

 

どんどんと顔を赤くしている真田に対して肩をトントンと叩いてあげた。そんな僕の態度に真田はあまり納得していないようだ。

 

「次どこ行こっか。あ!パンケーキだって。私食べたいかも」

 

真田の手を引っ張って先導する竹林。結局この場所に来てしまったか。まあ、本来は様子見をするために来る予定だったし良かったか。

 

「焼きそばにパンケーキはいかが…って、和義君」

「あら、和義じゃない」

「先ほど以来です、和義さん」

 

三人で屋台に近づくと午前同様に五月が客引きをしていたのだが、その横には二乃と桜もいた。

 

「やあ、二乃と桜は休憩?」

「はい。一人でしたので、こちらに遊びに」

「私は焼きそば作りは休憩だけど、五月と一緒に客引きよ。それよりそっちの二人は誰よ」

「ああ。この二人は小学校時代の同級生だよ。男子が真田。女子が竹林ね」

「ども」

「こんにちは。いつもうちの和義がお世話になってます」

 

僕の紹介に真田は普通に挨拶したのだが、竹林はなぜか僕の頭に手を置き無理やり頭を下げさせて、自分も頭を下げ答えた。

 

「なんでお前のってことになってんだよ!」

「うーん…ノリ?」

「アホか!」

「ごめんよ直江君。彼女久しぶりに会えたことでテンション上がってるんだよ」

「はぁぁ…」

 

僕のツッコミに竹林ではなく真田が詫びてきた。頭痛くなってきたかも。

 

「こんな和義見たことないかも」

「あのお二人が和義君の小学校の同級生だったというのは本当みたいですね」

「ええ」

 

呆気にとられている三人の横を通ってパンケーキの屋台に向かう。そこでは三玖がいたので今が当番の時間らしい。

 

「真田はいるの?」

「いや、僕は焼きそばをもらうよ」

「はいよ。三玖、パンケーキ一つお願い」

「ん、わかった。カズヨシ、ちょっと疲れてる?」

「まあね…ごめん前田!焼きそば一つお願い」

「おうよ!」

「久しぶりのやり取りだったからね。ちょっと疲れたかも」

 

三玖に答えながら二人を見てみると、二乃と五月と桜の三人と話しているようだ。真田はともかく竹林はコミュ力高いからな。

 

「そっか…でも少し彼女が羨ましいかも」

「え?なんで?」

「今のカズヨシの雰囲気って見たことないから。私たちの知らないカズヨシを知ってるってことでしょ?」

「まあ…」

「そこが羨ましい…はい、出来たよ」

 

話しながらも慣れた手つきで作られたパンケーキを差し出されたのでそれを受け取った。

そこで三玖にだけ聞こえるように言葉を伝えた。

 

これから知っていけばいいさ。時間はいっぱいあるんだから

「…っ!うん」

 

僕の言葉に笑顔が返ってきたので良しとしよう。

そんな三玖の頭ポンポンと撫でてからその場を後にした。

 

 




というわけで日の出祭二日目の開催です。
今回はサブキャラが多く出てきましたね。桜の友達の小林に川瀬。和義の同級生にして放送部の椿。そして、風太郎と和義の小学校の同級生の竹林と真田です。
この、竹林と真田とのやり取りは次回まで持ち越させていただきました。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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逢瀬

屋台を離れた僕達は昨日設置した休憩所に来ていた。竹林と真田は先ほど買ったパンケーキと焼きそばをそれぞれ食べている。

 

「うーん、美味しい。見た目も良かったけど味もバッチリだね」

「うん。焼きそばも美味しいよ」

「なら良かった…って、あれは…」

 

そしてちょうどその時。僕達三人の近くに知った人物達が通りかかった。

 

「よう和義。休憩か?」

「直江さん!お疲れ様です!」

 

風太郎と四葉である。

 

「あー!風太郎じゃない。久しぶりだね」

「えっと…どちら様?」

「ははは、冗談きついよー」

 

こいつのこの顔は冗談じゃなくて本当に分かってないな。

 

「……」

「え?本当に?本当に覚えてない?」

「風太郎。小学校の頃お世話になったでしょ」

「!お前…竹林か!?」

「うん。正解」

「え…てことは、お前は真田…?」

「ああ。久しぶりだね上杉君」

「マジかよ…」

 

二人の事が分かった風太郎は口元に手をやり驚きの顔でいる。

 

「上杉さんと直江さんのお知り合いの方でしょうか?」

「ああ。僕と風太郎の小学校の同級生だよ」

「なるほど!私は中野四葉と言います」

 

そこで四葉が自己紹介をした後に頭を下げた。

 

「本当にそっくりだね。さっき会った人達に五つ子だと聞いた時はビックリしたけど」

「他の姉妹にお会いしたんですね」

「しかも風太郎の彼女でもある」

「え!?本当?」

 

竹林の驚きの顔に恥ずかしそうに風太郎はそっぽを向き、四葉は頭をかきながら下を向いてしまった。

 

そっか。良かった

「?」

 

竹林が何か呟いたように聞こえたが当の本人はニコニコしてるから問題ないのだろう。

 

「本当に驚きの連続だね。ところで直江君。勉強の調子はどうなんだい?」

「まあぼちぼちってところかな。そっちは有名進学校に通ってるから大変でしょ?」

「そんな事ないさ。いい刺激になってる。それでも全国模試一位になれなかったのは悔しかったけどね」

 

真田は本当に悔しそうに空を見上げながら話している。

 

「全国模試一位ね…」

「僕は二位だった。一位は君でしょ、直江君?」

「まぁね」

「な、なんだかとんでもない話が私の前で繰り広げられているのですが…」

「ふん…」

 

全国模試一位と二位の言葉が出て四葉はたじろぎ、風太郎は少し面白くなさそうな顔をしている。

 

「結局君には勝てないか…」

「十分凄いでしょ。全国で二位なんだから。そうだ四葉。驚いてるところ申し訳ないけど、全国三位も目の前にいるから」

「へ?」

「そこにいる竹林が全国三位だよ」

「えーーー!」

 

僕の紹介に四葉は驚きの声を上げているが当の竹林はピースしている。

 

「てことはですよ…」

 

そう言いながら四葉は僕、真田、竹林、風太郎の順番で指をさしていった。そして、

 

「全国ベスト4がここいるってことじゃないですかー!」

 

そんな言葉でまた四葉は叫ぶのだった。

 

「え、ベスト4って…」

「もしかして風太郎…」

「ふん」

「ああ。風太郎が全国四位だよ」

 

僕の言葉に竹林と真田は驚きの顔をした。

 

「ふふん、凄いでしょ」

「なぜお前が威張ってんだ」

 

ドヤ顔を竹林と真田に見せてあげたら、風太郎にツッコミを入れられた。

 

「いや~、あの風太郎がここまでの成績を残すなんてと思うと感慨深くってさ」

「なんとなく和義の言ってること分かる気がする」

「お前ら言いたい放題だな」

 

竹林と二人うんうんと頷きながら気持ちを伝えると風太郎は頭を抱えて呆れてしまった。

 

「それにしても風太郎やるじゃん」

「.........」

「俺より上の順位の奴に言われても嬉しくないんだが」

「ちなみに今は僕と一緒にここにいる四葉とその姉妹の家庭教師をしてるんだよ。こいつの成長は見てて楽しんだよね」

「恥ずかしいからやめてくれ」

「……それが、進学校への道を選ばなかった理由だったね」

 

そこで真田が口にした。

 

「ああ。勉強はどの学校に行っても出来るからね。なら、自分が行きたいと思った道を選ばないと勿体ないじゃん?」

「ふふっ、和義っぽいね」

「私もそう思います」

 

僕の答えに四葉と竹林が笑顔を向けてきた。

 

「それに、この道を選んだお陰で大切に想える人達と会うことも出来た」

「それってさっき屋台で会った人達?」

「ああ」

 

竹林の質問に力強く頷いた。

 

「じゃあ、進学先も上杉君に合わせたりするのかい?」

「うーん…風太郎には合わせないかな。ちょっと今考えてることがあるし」

「へぇ~、和義がそこまで考えてる進路ってちょっと気になるかも」

「まあ、まだぼんやりとしてるんだけどね」

「そうか...」

 

竹林の言葉にあははと笑いながら答えるも、小学生と時に進学の事を追及された時と違い真田は納得した顔で頷いた。

そこで真田は立ち上がった。

 

「君に会えて良かった。心残りがあるとすれば、結局最後まで勉強で勝てなかったことかな」

 

僕に対してそんな言葉を残して歩みを進めて去っていった。

 

「ちょっと待ってよー。あ、和義、風太郎。連絡先交換しとこうよ......……よし!また連絡するね」

 

そう言って竹林も真田を追いかけて行ってしまった。

まったく嵐のようだったな。

二人の背中を見ながら、そう思うのだった。

 


 

竹林と真田の二人と別れた後、風太郎と四葉も屋台に助っ人とそれぞれの場所に向かった。

僕は僕で日の出祭の見回りの時間になったので、引き継ぎなどをした後に校内を回ることになった。

見回りと言ってもただ見て回るだけじゃない。迷子がいれば辺りを探しながら設置されている救護センターに連れていき放送部に迷子の放送をお願いしたり、小さな雑務を頼まれたり、困っている事があれば相談に乗ったりと様々である。

かく言う僕も歩き回ればあちこちから声をかけられた。腕に付けている実行委員の腕章がなせる業であろう。

ただこの腕章もあれば助かる事もある。それは一緒に回らないかという女子からの誘いがなくなることだ。さすがに仕事中の者に仕事以外の事で声をかけてくるものは少ないようである。

こうやって見回りをしているが、やはり中野さんや無堂先生を見かけることはなかった。他にも手は打っているが中々難しいようだ。

そんな感じで見回りの時間も終わり引き継ぎが終わった頃、桜からメッセージが届いていた。

 

『そろそろお時間が空いた頃かと思いご連絡しました。よろしければ今からお会いできませんか?場所は……』

 

桜から指定された場所周辺には人がおらず、遠くからの喧騒は聞こえてくるがここだけ祭から切り離されているかと思えてしまうほど静かだった。

そしてある教室の扉を開いた。

 

「桜、来たよ」

「あ、和義さん。お待ちしておりました」

 

その教室では笑顔の桜に迎えられた。

 

「こちらにどうぞ。クラスから少しだけ和菓子を持ってきたのでよかったらどうぞ」

 

案内された席に座ると机の上にいくつかの和菓子が並べられた。ちょうど小腹も空いていたのでありがたい。

 

「じゃあさっそく。いただきます」

「どうぞ。お茶もご用意しておりますので」

 

そう言いながらもペットボトルのお茶も差し出された。なんだか至れり尽くせりである。

 

「ありがとね、ここまでしてもらって。桜も食べなよ」

「はい」

 

僕の勧めがあってから桜は机の上の和菓子を手に取った。

 

「それにしても、よくこんな場所知ってたね」

「友人である小林さんに教えていただきました。小林さんはこういった情報を多く持っていますので」

「へぇ~、二人いた内のセミロングの()だよね。桜と同じで真面目そうな()っていうのが第一印象だったけどね」

「その印象で間違いありませんよ。ただ…噂話とかそういったものが好きなようでして」

「なるほどね。まあでもそのおかげでこうやって桜と二人でいられるんだ。小林さんには感謝しないとね」

「ここに来る前に頑張ってと激励されました」

 

ふふふ、と桜は思い出し笑いをした。

桜の友人である小林さんと川瀬さんの二人は、まだ僕と桜が付き合っている事を知らない。普通の付き合いだったら話しても良いだろうが、何せ五人の女子と付き合っているという異様な状況なのだから話そうにも話せないといった状況である。

前田や武田といった信用ある者であれば話しても良いが…まあいずれ伝えても良いかもしれないな。

そんな訳で小林さんは僕と桜をくっつけようと躍起になっているということだ。

 

「それでどう?日の出祭は楽しんでる?」

「はい!出し物の衣装には最初若干抵抗がありましたが、今では楽しませていただいてます。他のクラスの出し物も小林さんと川瀬さんと一緒に回ることも出来ましたので、充実した時間を過ごせております」

「そっか…良かった」

「和義さんは、逆にお忙しそうであまり楽しまれてないのではないですか?」

 

心配そうにこちらを見ながら桜は聞いてきた。

 

「まあ、実行委員の仕事があるとねぇ。それでも初日は八人で集まることも出来たし、ちょこちょこ一花に二乃、三玖に桜と回れたしね。今日もさっき会った竹林と真田の二人と回ったりで意外に楽しませてもらってるよ」

「それなら良かったです。あ、そういえばお婆様が明日、こちらに来られるそうですよ。先程連絡を頂きました」

「そっか…」

 

お茶を飲みながら答えた。とうとう楓さんも動くようだ。

 

「……お婆様が来られるのは、例の無堂先生の件でしょうか?」

「なんで?」

「いえ。昨日和義さんからあの方に会わないよう気をつけるように言われましたし。(わたくし)があの方との出会いを話した時も妙に真剣なご様子でしたので」

 

どうやら無堂先生への警戒が雰囲気に出ていたようだ。

 

「うーん…まあ楓さん目当てで桜に接触してくるっていうのがあんまり気に入らなかったからね。ちょっと表情に出ちゃってたのかも。それに、そんな人がこの日の出祭に来てるんだ。楓さんに相談はするよ」

「そう…ですよね」

 

僕の言葉に下を向きながら桜は答えた。もしかしたら無堂先生と会った時の事を思い出しているのかもしれない。

 

「まあ、桜の件だけでもないんだけどね」

「え…?」

「本人達がいないから詳しくは話せないけど、あの無堂先生って五つ子とも深い因縁みたいなのがあるんだよ」

「そ…そうだったのですね」

「だから、桜には悪いけどこっちの方がメインと言えばメインかな。こっちの事情も楓さん知ってるから」

「悪いだなんてそんな…心配していただけてるだけでも嬉しく思いますよ」

 

にっこりと桜は答えてくれた。

 

「あ…あの…話は全然変わるのですが、折角二人っきりになったのでもっとくっついても良いでしょうか?」

 

嬉しく思うと言った後、急にもじもじと恥ずかしそうにそんな言葉を伝えてきた。

 

「別に構わないよ。椅子をそっちに寄せればいいかな?」

「いえ。椅子はそのままで。後、なるべく深く座ってもらえると助かります」

「?」

 

よく分からないが、とりあえず桜に言われた通り椅子に深めに座った。

 

「では……」

 

そう意気込んだ桜はおもむろに立ち上がると、僕と向かい合わせになるように近づいてきた。

 

「し…失礼します」

「え?」

 

近づいてきた桜はそのまま僕の膝の上に座ったのだ。

 

「え、えっと桜?これは一体…」

「か…川瀬さんにお借りした漫画にこういったシーンがありまして…その…ずっと憧れていたと言いますか…駄目だったでしょうか?」

 

顔が至近距離の状態で上目遣いでそんな事言われれば断れない。まあ断るつもりはなかったんだけど。

 

「全然。桜がしたいのであればなるべく叶えてあげたいから、遠慮なく言って良いんだよ」

 

桜の頭を優しく撫でながら自身の気持ちを伝えた。

 

「ふふっ、和義さんならそう言って頂けると思っておりました。じゃあもう一つ今したいことは分かりますか?」

 

コツンと額をくっつけてきた桜に言われた僕はそのまま彼女の唇にキスをした。

 

「ん……」

「……これで良かったかな?」

「ふふっ、正解です。でもまだ足りません」

 

そう言った桜が今度は自ら僕にキスしてきた。

 

「ん……ちゅ……」

 

お互いの唇をついばむようなキスを何度か繰り返していたら、桜から提案があった。

 

「あの…川瀬さんの漫画であった事をしてみたいのですが良いでしょうか?」

「別に良いけど、このままで問題ない?」

「はい。キスには変わりありませんから……では…」

 

すると先程と同じようにキスをしてきたのだが、なんと彼女の方から舌で僕の唇を舐めてきたのだ。

 

「んっ……はぁっ、もっと……」

 

唇を合わせたまま喋るものだから、彼女の吐息が僕の口の中に入ってくる。

今度は僕からゆっくりと舌を入れていった。最初こそ驚いていたようだったが彼女はすぐに受け入れてくれた。むしろ積極的に絡ませてくれるほどだ。

 

「んぅっ……ちゅっ……んんぅっ……」

 

長い時間お互いの唾液を交換し合った後ようやくお互いの顔を離した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息遣いをしている間も桜の目はトロンとしているようである。

 

「和義さん……すきぃ……」

 

すると先程までずっと僕の首に絡ませていた腕に力を込めて近づいてきた。しかも今度は首筋にキスをしてきたのだ。

 

「ちゅっ……れろっ……ちゅぅ……」

 

ヤバい!さすがにこれ以上は理性が飛びそう。学校でこれ以上はまずいでしょ。てか桜、何かスイッチが入っちゃったとか?雰囲気が変わりすぎてるんだけど。

なおも僕の首筋にキスをしてくる桜の肩に手を置き、首筋から桜の顔を離した。

 

「ひゃっ…」

「はぁ……とりあえず落ち着こうか桜。これ以上はさすがにまずいから」

「…………はっ!す、すみません!(わたくし)ったらなんて事を…!」

 

ようやく正気に戻った桜は自身の行動に恥ずかしくなったのか顔を両手で覆ってしまった。

 

「う~~…こんなはしたない女で申し訳ありません。どうか嫌わないでください」

 

尚も顔を両手で覆っている桜の声は涙声が混じっているように思える。そんな彼女を抱きしめて安心させるように背中をポンポンと撫でてあげた。

 

「大丈夫だよ。こんなことで嫌ったりしないから。その……男としては嬉しかったし…」

「え?」

「場所が本当に二人っきりだったらお手付きになってたかも…」

「~~…!そ…その…わ、(わたくし)はもう和義さんに身を捧げる想いでおりますので…」

「ふっ、そういった話はまた今度ね」

「はい…」

 

ようやく桜も落ち着いたようなので、体を離し軽く唇にキスをした。その後もこのままがいいと言う桜の要望もあり、しばらく二人で抱きしめあったのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回はオリジナルキャラでもある桜を中心に書かせていただきました。一応桜もハーレムの一員なので、桜のイチャイチャパートをという思いでのお話です。
五つ子で四葉が最初に出ただけという珍しいパターンですね。
次回からは五つ子がしっかりと出演しますのでご安心を。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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父娘

『皆さまお疲れ様でした。これにて旭高校学園祭二日目を終了とします』

 

パチパチパチ……

 

「やべぇ~~お客さん多すぎだろぉ~~」

「もしかして、最優秀売り上げ本気でいけるんじゃない?」

 

二日目が終わりを迎える放送が流れている中、クラスメイト達が忙しさからの疲れとは裏腹に興奮しながら話している。

ふと、今の時間帯はパンケーキを焼いていた二乃の方を見ると、ぼーっとしながらパンケーキを焼いている姿があった。

焼きそば側は他の人に片付けを任せて二乃に声をかけた。

 

「二乃。終わったよ」

「え、あ……」

 

僕が声をかけた事で二日目の終わりに気づいたようだ。

 

「ご、ごめんなさい。すぐ片付けるわ」

「いいって。それまで焼いちゃいな」

「うん……」

 

ジュウウウ……

 

「お父さんの事やっぱり気になる?」

「!……もういいわよ。招待状読んだのにパパは来なかった。つまり、私たちのことなんか微塵も考えてないのよ。学園祭は明日もあるけどもう嫌よ。どうせ叶わないのなら、望んだことすら後悔しそうだわ」

 

フライ返しをぎゅっと握りしめながら言葉を吐き捨てる。

 

「僕は…君たちの家族の事をそこまで知らない。分かっているのは普通の親子関係とは違うってことだけ」

 

二乃の握っているフライ返しを手に取り、代わりにホットプレート上のパンケーキをひっくり返しながら話す。

 

「だけどね......僕や風太郎に対する警戒心はめちゃくちゃ怖いんだよ?僕は、両親に中野さんがお世話になったって事で、多少の信頼があるみたいだけど。風太郎に対する警戒は半端ないからね...風太郎怖がってるし...」

「......」

「だけど、その時の中野さんの目を見るたびに思うんだ。あれが父親の目なんだろうって。うちの父さんが零奈に近づく男の子に対する目と一緒だね。まったく、今からそこまで過保護になってどうすんだって思うんだけどね。そんな父さんと同じ目をするなんて、君達への愛情がなければできないよ、きっとね」

 

そこでパンケーキが焼き上がったので皿に移し余ってたソースをかける。

 

「丁度余ったから誰か食べていいよ!」

「え...やったー!直江君の焼いたパンケーキだー!」

「あ、私も食べたーい!」

 

差し出した皿は女子達の手で持っていかれた。処分しなくて良かった。

 

「......だからね、僕は常々思っている訳ですよ。君達は本当に面倒くさい、てね」

「...っ!」

 

たたた......

 

「おーい、直江君!」

 

そんな時、放送部の椿さんがタブレットを持って走ってきた。

 

「例の人見つけたよ」

「?」

 

僕達に近づいた椿さんはタブレットを操作しながらそう呟くも、二乃には何を言っているのか分からないようだ。

 

「テープ見直したら、君が探してた特徴と一致する人がいてさ。もしかしたらと思ったんだけど」

「本当に!?さすがー♪............!二乃これを。頭から流すよ」

 

タブレットには、椿さんが中野さんに丁度インタビューをしようとしている動画が流れている。

 

『どうもー、日の出祭楽しんでますかー?』

『なんだい、君たちは?』

 

「パパ...?」

 

『突然すみません、放送部です。保護者の方ですか?シュッとしてますね!』

『おや、職場から電話だ。すまない、失礼するよ』

『そんな~~』

 

スマホに目を落とし、離れていく中野さんを悔しそうに見ている椿さんの姿が映ったところで動画は終了した。

 

「どう?これだけなんだけど...」

「問題なし!ありがとね、すっごく助かったよ。さて、やっぱり来てたんだね。勇也さんの言ってた通りか」

 

そこでポケットの中からある鍵を出して二乃に見せながら聞いてみる。

 

「どうする二乃?」

「それは?」

「今日は()()()()バイクで来てたんだよねぇ。備えあれば患いなし、てね」

「......カズ君...パパの所へ連れてって!」

「ふっ、そうこなくっちゃ!」

 

・・・・・

 

ゴォォォォ......

 

二乃にお願いされてすぐさま準備して、バイクで今病院に向かっている。

 

「そうよね。何、弱気になってたのかしら。押しても引いても手応えがなくても...さらに攻めるのが私だわ」

 

ブォォォ......

 

そんな二乃の言葉を受けながらバイクを走らせた。

 

・・・・・

 

ガチャ

 

院長室で二乃がパンケーキを焼いてるのを横で見ていると、中野さんが入ってきた。

 

「どうも。お邪魔してます」

 

入館証を見せながらそう挨拶をする。

 

「......暗くなる前に帰りたまえ」

「待って、もうすぐ焼けるから」

 

ジュゥゥ......

 

「......」

「まあまあ、少しでも食べてあげてくださいよ。学校に来てたのは知ってますよ」

 

そう伝えると中野さんは二乃が焼いているパンケーキをじっと見つめている。

何か思うところがあるのだろうか。

そんな風に考えていると、丁度焼き上がったようだ。

 

「この生地、三玖が作ったのよ」

 

焼き上がったパンケーキにバターだけを載せたお皿を差し出しながら二乃は言う。

 

「あんな料理が下手っぴだったあの子が、目指すものを見つけて頑張ってる。三玖だけじゃない。私たち五人全員、あの頃よりもずっと大きくなったわ。その成長をそばで見ていてほしいの、お父さん」

 

二乃の真摯な気持ちを受け止めたのか、中野さんはパンケーキを食べだした。

しかし、ポーカーフェイスにもほどがある。その顔は美味しいのか、美味しくないのか...

 

「この味...君たちは逃げずに向き合ってきたんだね」

「え?どういう......」

「それにしても量が多いな。僕一人では食べられそうにない。次は家族全員で食べよう」

 

その言葉に二乃は泣きそうな顔で喜んでいる。

 

「きゅ、急に何よ!...でも、みんなきっと喜ぶわ...」

 

まったく二乃も素直じゃないんだから。さて、お邪魔虫はここいらでお暇しますか。

 

「よかったね二乃。じゃあ、僕はこの辺で...」

「待ちたまえ直江君」

 

立ち上がった僕を中野さんが呼び止める。

 

「これは君の計画かい?」

「計画だなんて...ただ彼女の背中を押してあげただけですよ」

「そう。彼がいなかったら私はここに来なかった。彼に連れてきてもらったの」

「それは...どうだろう。いくらなんでも家庭教師としての範疇を超えていると思うのだが?」

 

この親バカめー!

 

「……だが、それが私にはできなかったことだ。君に家庭教師を頼んで良かったと心から思う。不出来だが親として、これからも君が娘たちとの関係を真剣に考えてくれることを願う。上杉君にも伝えてくれ」

「はい」

 

中野さんの言葉にまっすぐ受け止めた僕は、返事をした後一礼して院長室を後にした。

駐輪場で二乃を待っていると、荷物を持った二乃がやってきた。

荷物の事を考えると廊下で待ってた方が良かったかな。

 

「お待たせ」

「ああ。お父さんとは話せた?」

「ちょっとだけね。すぐにまたお仕事が来たみたいだから...」

「そっか」

「それでも、こうやって面と向かって話せる日が来るなんて思わなかった。カズ君、今日はありがとね。それに...今までも...」

「どうってことないさ。さ、帰ろうか」

 

二乃から預かった荷物をバイクの後ろに括り付けた後二乃の方を向く。すると僕の首に腕を絡めながら抱きついてきた二乃に唇を奪われた。

 

「ん……」 

 

そんな二乃を僕は優しく抱きしめた。

 

「……ふふっ、やっぱりキスっていいわね」

「そうだね」

 

一度僕から離れた二乃が再度抱きついてきた時に頭を撫でてあげながら答えた。 

 

「じゃあ帰ろっか。お互いに帰って夕飯作らないとでしょ?」

「それもそうね…でも最後にもう一回……ん」

 

二回目のキスをした僕達はバイクで学校に戻るのだった。

 


 

~院長室~

 

和義と二乃が院長室から出ていった後、マルオは仕事をしながら昔のことを思い出していた。

 

『パンケーキ...ですか?』

『えっと、意外に安く作れて、娘たちも喜んでくれるのです。最後に作ってあげたかった...』

 

それは生前の零奈(れな)がこの病院に入院しており、その担当医としてマルオが付いていた頃だ。

 

『最後なんて...そんなことありませんよ』

『中野君。あなたには感謝してもしきれないわ。でも、これ以上あなたの貴重な時間を余命僅かな私に注ぐことはしないで』

『余命だなんて、そんなこと言わないでください。零奈(れな)先生は僕の恩師ですから』

 

零奈(れな)に優しい笑顔を向けながらマルオは自身の言葉を伝えた。

 

『先生だなんて...もう何年前のことでしょう。君は生徒会長。そして、私のファンクラブ会長を見事勤めあげていましたね』

『そ、そのことは忘れてください』

 

零奈(れな)の言葉に珍しくマルオは焦ってしまった。

 

『一分一秒でも長く生きていただきたい。僕がしたくてしていることです。あなたがいなくなったら娘さんたちも悲しみます』

 

顔を赤くしてマルオは零奈(れな)に伝える。

 

『そうですね。あの子たちだけが心残りです。まだ小さなあの子たちの成長を見届けることが私の使命...ありがとうございます、中野君。もう少しだけ甘えさせていただきます。退院した際はぜひご馳走させてください。パンケーキ、君も気に入ってくれると思いますよ』

 

少し頬を紅くして微笑みながら伝える零奈(れな)

この時の顔をマルオは忘れることはない。

 

(あの頃は本当に楽しかった......彼女の前では自身をさらけ出すことも出来ていた。しかし......)

 

今では零奈(れな)に向けていた表情を、彼女の残した娘たちにすら向けられていなかった。

 

(僕は彼女たちから距離を置くことで、受け入れがたいあの人の死を避けていたのかもしれない)

 

その時マルオは、夏休みに電話越しに零奈に言われた言葉をふと思い出した。

 

『君なら大丈夫。きっとその悲しみを自力で乗り越えられるでしょう。娘たちも君が向き合ってくれるのを待っていますよ』

 

(ふっ...申し訳ありません、零奈(れな)先生。あなたは僕が自身の力で乗り越えられると言いましたが、あなたの娘さんたちが歩み寄ってきてくれたおかげで、ようやく壁に手をかけることが出来ました。でも安心してください。この手を離すことは今後ありません。見ていてください、僕が乗り越えるところを。出来る事なら......僕の近くで...)

 

マルオは仕事中のペンを机の上に置き、椅子から立ち上がり窓際へと歩いていく。

夜空に輝く月と星を見上げながら、零奈(れな)によく向けていた笑みを零すのだった。

 


 

荷物を学校に届け、そのまま二乃をマンションまで送った僕はようやく家に帰ってこれた。バイクを車庫に停めて玄関から家に入る。

 

「ただいま~」

 

ん?この靴ってうちの学校の女子の指定された靴じゃなかったっけ。

玄関にはうちには置いていない黒のローファーが綺麗に並べて置いてあった。

疑問に思いながらリビングに向かうと父さんと母さんがソファーに座りテレビを観ていた。

 

「ただいま」

「おう、おかえり」

「あら、和義おかえりなさい。お客さんが来てるわよ」

「客ってうちの学生?誰?」

「五月ちゃんよ。今日は泊まっていくことにしてもらったから今は零奈ちゃんとお風呂に入ってるわよ」

「は?五月?しかも何?泊まるの」

 

何も気にしないように普通に話す母さん。結構重要な事言ってたと思うんだけど。

 

「本当は泊まるつもりはなかったみたいだけど、結構深刻そうな顔してたから私から泊まるように提案したの。それよりお腹空いたぁ」

「それよりって…はぁ…はいはい。すぐに作るからもうちょい待っててね」

 

状況が飲み込めない僕は、とりあえず荷物を部屋に持っていき着替えた後に夕飯を作り始めた。そうしている間に、五月と零奈がお風呂から上がってきた。

 

「あら、兄さん帰ってたんですね。おかえりなさい」

「お、お邪魔してます…」

「零奈ただいま。夕飯はすぐできるからリビングテーブルで待ってて。今日はそっちでごはん食べるから」

 

そして、しばらくしてから夕飯ができたので直江家メンバーに五月の五人で食卓を囲んだ。夕飯時の五月は終始笑顔でいた。母さんが気を利かせて話しかけていたからではあるんだが。なので今のところなぜ五月が単身でうちに来たのかは分からなかった。

夕飯が終わって洗い物は母さんに任せた僕はお風呂に入った。そして、お風呂から上がると五月から声をかけられたのだ。

 

「あの……和義君とお母さんにお話が…お時間いいでしょうか?」

「別に構わないよ。客間でいいかな?」

 

僕の言葉にコクンと頷いたので僕と五月は客間に向かった。

客間にはすでに二組の布団が敷かれており、その上で零奈が座って待っていた。どうやら今日は零奈はここで寝るようだ。

 

「お待たせしました、お母さん」

「別に構いませんよ」

 

五月は零奈に一言お詫びを入れて零奈の正面に座った。僕と零奈に相談したいってことだったので、僕は五月の正面に来るように零奈の隣に座った。そこで零奈がさっそく話を進めた。

 

「それで相談とは何です?」

「……実は進路で迷ってて」

「進路?」

 

僕の質問に五月はコクンと頷いた。

 

「進路というと確か私と同じ教師を目指すと聞いていましたが」

「はい…」

「?」

 

なんだか歯切れが悪いな。しかも日の出祭の真っ只中に進路に悩むって何か嫌な予感がするなぁ。

零奈も五月の歯切れの悪さに何か感じたところがあったのか僕の方をチラッと見てきた。

もちろん僕には確信するものがないのでフルフルと首を振った。

 

「今は学校では学園祭が行われてるではないですか。どうしてそんな中に進路に悩むことになっているのですか?いえ、悪いこととは思いませんがそこが少し気になったのです」

 

零奈が僕の思ってくれている事を代弁するかのように五月に質問をした。

 

「………じ…実は、父に会ったのです」

「!」

「?父とはマルオ君のことですよね?彼ならあなたの進路を素直に応援すると思いますが…」

「いや、多分五月が言ってる父親っていうのはここでは中野さんの事じゃないよ」

「は?何を言っているので…す…か……て、まさか!?」

 

僕の言葉に怪訝そうにこちらを見てきたが、途中で気づいたようでばっと五月をまた見た。五月は下を向いてパジャマのズボンをぎゅっと握っている。

 

「……無堂先生です」

「っ!」

 

五月の言葉に目を見開いて驚きの表情をする零奈。それはそうだろ。会ったというだけだも驚きなのに、五月が正体を知っているのにさらに驚きである。

あの人自分から正体を明かしたのか。て、今日もやっぱり来てたんだなぁ。

そして五月は無堂先生と会った時の事を話し始めた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話では二乃とマルオの関係の邂逅と五月の単身直江家訪問を書かせていただきました。
五月の相談会は次回の投稿で書かせていただきます。
五月はすでに和義の彼女ですので、一人で悩まず相談しようということにしてみました。

では、次の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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目指すもの

~五月side~

 

日の出祭二日目。

和義が小学校時代の同級生を連れて屋台に来た後、二乃と三玖はシフトが外れた影響で二人で祭を見て回るため屋台から離れた。桜も自分のシフトが近づいているとのことで自身のクラスに戻っていった。

なので今は五月が一人で看板を持って客引きをしている。そんな五月に声をかけてきた男がいた。無堂である。

 

「なんのご用でしょうか」

「昨日は途中で君のお友達が来てしまったからね。それにすまなかった。赤の他人に突然あんなことを言われたって困惑するだけだろう」

 

屋台から少し離れた場所で五月は無堂と話すことにした。昨日の和義の警戒からまた話すのは良くないと思った五月であったが、少し気になることもあったので聞くだけという気持ちでいた。

 

「君にいつ打ち明けるか迷っていたんだ。君のお母さんは元教え子。さらに元同僚...そして元妻だ。つまり私は...君のお父さんだ」

「お父さん...?そんな...私たちが生まれる前に消息不明になったと聞いています。本当に無堂先生が...?」

 

信じられないといった顔で五月が確認をする。

 

「ずっと会いたかったんだ。講師として全国を回りながら、いつもどこかにいる君たちのことを想っていた。そんな時さ、テレビに映る一花ちゃんを見つけたのは」

「み、皆を呼びます」

「今は五月ちゃんと話をしているんだ」

 

他の姉妹を呼ぼうと五月はスマホを出すが、無堂はそれを許さず五月と二人で話したそうにしている。

 

「今、悩んでいるのだろう?聞かせてくれたじゃないか。今こそ父親としての義務を...」

「今更なんですか!あなたのことはお母さんから聞いていました。お腹の中にいる子供が五つ子だとわかった途端姿を消したと。その時お母さんはどんな気持ちだったか...私は...あなたを...」

「ごめんなさい!」

「!」

 

五月の言葉を遮るように無堂は謝り、頭を勢いよく地面に擦り付けるように土下座をしている。

 

「なんて情けない。ずっと後悔していたんだ。当時の僕に甲斐性があれば君たちに、こんなに迷惑をかけずに済んだのにと!そして、君たちの行く末を考えると心が張り裂けそうな思いだった」

「......」

「私の罪は消えることはない。しかし許されるのならば...罪滅ぼしをさせてほしい。今からでも父親として娘にできることをしたい」

 

頭を上げながら無堂が口にする。額からは先程の土下座で怪我をしたのか血が流れている。

 

「...もう私たちに関わらないでください。お父さんならもういます」

「中野君か。あの子は優秀な生徒だったが、父親としては不合格と言わざるを得ない。やはり血の繋がりが親子には必要不可欠。お母さんが死んだ時、彼が君に何をしてくれた?」

「!」

「娘が亡くなった母親の影を追い続け、母親と同じ間違った道に歩を進めようとしている。学校の先生が君に相応しくないということは君が一番よくわかっているはずだ。父として到底見過ごすことができない。君たちへの愛が僕を突き動かした」

 

無堂の言葉に今五月の頭の中はぐちゃぐちゃになってきている。

 

「僕ならばいくらでも違う道を用意してやれる。思い出してほしい。君のお母さんは言っていたはずだ」

 

『五月』

『なーにお母さん』

 

生前の零奈(れな)が五月に語りかけた言葉が頭を過った時、五月はその場を後にした。

 


 

「………これが今日あった出来事です」

「そうか…」

「……」

 

五月によって話された内容を頭の中で整理していく。

要は自分の考えが正しいと押しつけてるんじゃないのだろうか。何て言うか心に響いて来ないんだよなぁ。

五月がここまで悩んでいるのは多分、零奈(れな)さんのことを話に出されたからではないだろうか。

チラッと零奈を見るとわなわなと震えているように感じる。怒っているのだろうか。

 

あの人はなんてことを五月に言っているのでしょうか

 

うん、怒ってるね。僕にだけ聞こえるくらいの小さな声だが、凄い怒りを感じる。

 

「それに思い出してしまったんです。お母さんが私に言っていた言葉を」

零奈(れな)さんが?」

「…!」

 

五月の言葉で我に返った零奈が五月の方を見た。

 

「はい。『五月、あなたは私のようには絶対にならないでください』、と」

「っ…!」

 

ふむ。零奈の反応を見るに言った覚えがあるみたいだな。

 

「それなのに諦められない。未だにお母さんを目指してしまっている。そう願う私は間違っているのでしょうか?」

 

涙を流しながら自身の言葉を伝えてくる五月。

そこでふぅと息を吐き自分の気持ちを整えてから零奈が語りかけた。 

 

「五月。私の言葉を今でも覚えてくれていること嬉しく思います」

「ひっく…ひっく…」

「それに、こんなに情けない母を目標に持ってもらいありがたくも思っています」

「……っ!お母さんは情けなくなんかありません!女手一つで私たち姉妹を育ててくれたではないですか」

「そう思ってくれていたのであれば、母親冥利につきるというものです」

 

零奈は話しながら精一杯手を伸ばし泣いている五月の頭を撫でている。

 

「当時の私はどうも言葉足らずのところが多くあったようです。その事で娘を悩ませるなんて…反省ですね。あの時私はこう言いたかったのです。私と同じになることを目指すのではなく、五月自身として進んでいきなさい、と。もしあなた自身が決めた結果が私と同じ道になったのであれば、私は誰よりもあなたの事を応援しますよ」

「お母さんっ…」

 

そこで五月は涙を拭った。

 

「...でも…本当に、教師になることは私の夢なのでしょうか?私はお母さんになりたいだけ。以前下田さんに言われた事を、和義君も覚えていますよね?」

 

『母親に憧れるのは結構。だが...お嬢ちゃんはお母ちゃんになりたいだけなんじゃないのかい?』

 

以前REVIVALで下田さんが五月に言った言葉だ。

この言葉を五月はずっと引きずっているのか。

 

「五月。君にとって零奈(れな)さんは憧れの存在なんだろ?ならその憧れを捨てる必要はないさ。母を目指して夢を追うのと、夢を目指して母を追うのとでは大きく違う。君がそれを理解できているのであれば、親に憧れて志すことは絶対に間違っていない」

「兄さん…」

 

その瞬間五月の目に力が戻ったように感じる。

 

「あの人がなんと言おうと、君の方が零奈(れな)さんの事を良く知っているはずだ。君は自分で見たそれを信じればいい」

「お母さんは私の理想の姿です。強くて、凛々しく、優しくて...私は...お母さんのような先生になりたい!私は私の意思で母を目指します!」

 

今までの沈んでいた姿とは打って変わって、力強く天に向かってそう誓う五月。

 

「ふふっ、そんな風に思ってもらえるとは…嬉しいものですね」

 

零奈の目からは涙が流れ、零奈はそれを拭っている。

 

「なら、家庭教師である僕達のやることは一つだけ。全力でサポートする、それだけだよ」

 

笑顔を向けながら五月に僕は宣言した。

 

「それに…僕は五月の彼氏でもあるんだ。勉強だけじゃない。色々なところでサポートしていきたいって思ってるよ」

「和義君……っ!」

 

そこで五月は僕に抱きついてきた。あまりの反動で僕はそのまま布団の上に倒れてしまった。つまり仰向けに寝転がっている僕の上に五月が覆い被さっている状況という訳だ。

 

「あいたたた…五月は大丈夫?」

「ふふふ…和義君。和義君」

 

いまだに抱きついたままの五月に声をかけたが、ずっと僕の胸に顔を押しつけている。まるで子どもが親に甘えているような感じてある。

 

「はぁぁ…小さい頃の五月はいつもそのように甘えてきたものです。今回の件で反動が来たのかもしれません。好きなだけ甘えさせてあげてください」

 

そう言いながら零奈は五月の頭を優しく撫でている。これで気が済むのであれば好きなだけ胸を貸してあげよう。

 

「……よしっ…ありがとうございます。私、明日あの人に会いに行きます」

「大丈夫?」

「はい!和義君にはとても感謝していますが、この件については手を出さないようお願いします。この問題は私たち家族で片をつけます」

 

起き上がった五月はまっすぐこちらを見てそう意気込んだ。ここまで言われたら何も出来ないか。

 

「分かったよ。無理しないで」

 

仰向けで寝たままの状態で五月の頭を撫でながらそう伝えた。

 


 

今日は母娘(おやこ)水入らずで寝ることになったのであの後自分の部屋に戻ってきた。するとちょうどその時、スマホに着信が入った。

 

『ちょっとビデオチャットしない?』

 

一花からである。多分今日の五月の泊まりの件だろう。

『了解』と送った後、パソコンを起動してビデオチャットを開いた。

 

『やっほー、こんばんは』

「こんばんは。どうしたの?」

『分かってるくせに。五月のことよ』

『綾さんから急にカズヨシの家に泊まるって聞いてビックリした』

「まあそうだろうね」

『あの、何かあったのでしょうか?』

 

四人とも心配している顔で画面を見ている。

 

「とりあえず今は大丈夫だよ。零奈と二人で話を聞いてあげたら安心して寝ちゃった。今日は零奈と二人で寝てるよ」

『そう。落ち着いてるならよかった』

『あの子、昨日辺りから少し変ではあったから気にはなってたのよね』

『うん。ずっと部屋に籠って勉強してた。そこまで追い込まれてはなかったはずなのに』

『何かを紛らわしている感じがしましたので…』

 

さすが五つ子。少しの変化にも気づけるようだ。

 

『それで?内容は教えてくれないのよね』

「いや、このことは皆にも知っててもらった方がいいと思うんだ」

『え…』

 

僕の言葉に四人が驚き、三玖が声を漏らした。

 

「今回の五月の相談内容ってのが進路についてなんだ」

『進路ですか?五月の進路って言うと先生でしたよね?』

「そう。その先生になるかどうかを悩んでたんだ」

『なるほどね。でもなんで今?』

 

一花の疑問は先ほどの僕と零奈も同じく感じたので当然姉妹達も感じることだろう。

 

「一花に二乃、三玖は僕と勇也さんが昨日何か話してたの覚えてる?」

『うん、覚えてるよ』

『まさか、その時の話が関係してくるって訳?』

 

二乃の疑問に頷きながら答えた。

 

「実はあの時勇也さんと話してたのはある人物が日の出祭に来ていないかを確認するために話していたんだ」

『ある人物ですか?』

「ああ……その人物っていうのが…君たち五つ子の実のお父さんの事だ」

『『『『!!』』』』

 

予想だにしなかった人物だったからか、四人とも驚きの表情になった。まあ、生まれる前に失踪したような親が今更なんでって感じだよな。

 

『嘘…』

「三玖の言いたい事は分からない事もないけど本当の話。実際にバイト先の塾に特別講師って形で来てたからね。まあそのお陰で僕は知ることが出来たんだけどさ」

『なんだって急に現れたりしたのよ』

 

二乃が驚きと怒りが混ざったような感情をあらわにして話している。

 

『たしかに急に現れた理由は気になるけど…そっか、それで五月ちゃんが急に塾に行かなくなったんだね』

 

さすが一花である。すぐに察して今までにあった行動理由を言い当ててきた。

 

『ということはお母さんも同じ理由で?』

 

一花の言葉に続く形で三玖が質問をしてきた。合宿中は零奈も一度も塾に行っていなかったから察したのだろう。

 

「正解。バイト先の下田さんから特別講師で来る先生が元五つ子の父親だって聞いてね。五月は下田さんが意図的に接触しないようにしてくれたけど、零奈には僕から塾に行かないように言ったんだよ」

 

塾で無堂先生のことを知った経緯を四人に説明した。僕の説明に皆納得したような顔をしている。

 

『でも、五月に接触しないように直江さんたちが色々としてくれてるなら、五月が進路の相談をすることに繋がらないんじゃないんですか?』

『ううん。そうじゃないよ四葉。フータロー君のお父さんがわざわざ警戒していたってことは、日の出祭にきっと来てたんだよあの人は』

 

僕と下田さんが五月と無堂先生との接触をしないように画策していたことを知った四葉は、五月の単身で僕のところに進路の相談に来たことに繋がらないのでは、と疑問の声をあげた。

しかしそこで一花がまた色々と察してくれたようである。

 

『…っ!もしかしてそいつ五月に学園祭で接触してきたってこと?』

「結構警戒とかしてたんだけどね。八人で集合した時があったでしょ?五月と二人で遅れてきたけど、あの時は五月が…あ、元父親は無堂って言うんだけど、その無堂と二人でいたから何か言われなかったかって確認もしてて遅れたんだよ。しかも、今日もどこかで接触してたっぽいね」

 

二乃の疑問に、五月と無堂が接触していたことを説明した。

五月を追い込み泣かせるような奴に先生なんて呼称はいらない。無堂で充分だな。

 

「しかも五月に自分の正体を明かしてるんだよ。自分が実の父親だって」

『え?何のために?』

 

僕の言葉に当然のように三玖が疑問を口にする。その辺りは僕も分かっていないんだよなぁ。今更自分が今後は育てていくと言い出すのか、色々と謎ではある。

 

「そこは分かんない。ただ、マルオさんより自分の方が父親として進むべき道を示していける、みたいな事を五月に言ったっぽいけどね」

『何言ってんのよ。馬鹿馬鹿しい。そんな奴の言ったことなんかで五月は惑わされてるの?』

 

二乃であればすぐさま言い返してたのかもしれない。もしかしたら言いくるめる姉妹を厳選したのかもしれないな。

 

「まあ、零奈(れな)さんの事を入り交じる話し方をしていたらしいから…」

『なるほどね。五月ちゃんには効果抜群だ』

『うん。五月はお母さんに一番甘えてたし無理ないよ』

 

一花と四葉が僕の言葉に納得した。

 

『私は母の代わりとなり、みんなを導くと決めたのです』

 

以前五月が話してくれたこと。それだけ零奈(れな)さんに固執してたってことだろう。

 

「何にせよ。五月の方はもう大丈夫だから。明日決着をつけるって言ってるんだ。言うことでもないけど、五月から声かけられると思うから、その時は力を貸してあげてほしい」

『ふふっ、もちろんだよ』

『当然よね』

『うん…!』

『まかせてください!』

 

その後は軽く雑談をした後にビデオチャット終えた。

そしてそのまま勇也さんと下田さんに事の顛末をメッセージしておいた。二人から返事が返ってきたが勇也さんはどこか張り切ってるように見受けられる。多分勇也さん経由で中野さんにも伝わるだろう。

明日、彼女達ならやってくれるだろう。そう信じてベッドに入るのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、五月の相談と姉妹達への現状報告を書かせていただきました。
次回からは日の出祭三日目がスタートします。次回の投稿も読んでいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。



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母の姿

「いってきます」

「おう。いってらっしゃい」

「気をつけてね」

 

翌朝。五月がうちの両親に見送られながら学校に出発した。

朝食を食べている時も問題ないように感じた。目に宿る力も強くなっているようにも思える。食べる量もいつも通りで父さんを驚かせてはいたが…

朝からあれだけ食べれば初めての人間は驚くのも無理はない。

 

「昨日とは打って変わって元気になったみたいね」

 

玄関まで見送りに行っていた母さんがリビングまで戻ってきてそんな言葉を口にした。母さんもいつもの態度だが心配はしていたのだろう。

僕は朝食の片付けで皿洗いをしながら聞いていた。零奈も僕の手伝いでこちらにいる。

 

「あんなに元気になって…もう、和義ったら五月ちゃんに何したのよ?」

「何もしてないよ。零奈と二人で話を聞いてあげただけ。今朝話したでしょ」

「えー!ほら、もっとこうなかったの?気持ちが落ち込んでいる五月ちゃんをそっと抱きしめて…みたいな」

「ないよ。何期待してるかなこの人は…」

「はぁぁ…」

 

うちの母さんは今日も朝から絶好調である。隣の零奈も呆れてため息ついてるし。まあ、実際は五月の方から抱きついてきたわけだが、これは言わない方がいいな。

 

「和義。それでお前はどうするんだ?今日は五月ちゃんたちに付いててやるのか?」

 

昨日五月と話したことは今朝早くに父さんと母さんに話しておいた。とはいえ、伝えたのは五月が無堂と決着をつけるということだけだが。

 

「いや。彼女達の事を信じてるよ。それに父さん達は行くんでしょ?」

「ああ」

「なら何も問題なし。二乃や三玖も抜けるだろうし、僕は屋台で頑張ってるよ」

 

それにあの人も動くだろうし、僕はそっちに行こうかと考えている。

 

「それより零奈は学校行かなくていいのかい?」

「私も父さんと母さんと一緒にいたいんです。中々会うことも出来ませんし…駄目…ですか?」

 

父さんが零奈に学校に行かなくてもいいのか確認すると、零奈は父さんに向かって上目遣いで日の出祭に同行することをお願いしている。

あー…これは落ちたな。

 

「いや、問題ないさ。零奈だったら学校を一日休んでも影響ないだろ。今日は父さんたちと楽しもうな」

 

ニッコリ笑顔で父さんは話している。一応教育関係の仕事をしているのだが大丈夫なのだろうか。当の父さんは楽しそうに零奈の手を握っていて、今にも踊りだしそうである。

 

「本当に零奈(れな)さんとは思えない行動ね。あんな風に育ったのは和義のお陰かしら」

「さてね。どちらかと言えば母さん達の影響の方が大きい気がするんだけどね。じゃあ僕も行くよ」

 

父さんと零奈から離れたところで母さんとそんな会話をした僕は、五月に遅れて学校に向かって出発するのだった。

 


 

~五つ子side~

 

「こんにちは無堂先生。五月です」

 

日の出祭三日目の午後。ベンチに座りドーナツを食べていた無堂に五月は話しかけた。

 

「やぁ。まさか五月ちゃんの方から来てくれるとはね。僕の言葉に耳を傾けてくれるようになった…ということでいいかな?」

 

話しかけられた無堂はベンチから立ち上がり五月と向き合った。そんな無堂に五月は話を進めた。

 

「もう一度聞かせてください。学校の先生になりたいという夢が間違っているのだとしたら、私はどうしたらいいのですか?」

「五月ちゃんが五月ちゃんらしくあってほしい、その手助けがしたいんだ。君は今もお母さんの幻影に取り憑かれている。学校の先生でなければなんでもいいんだよ。お母さんと同じ間違った道を歩まないでくれ」

「なぜ急に私の前に現れたのですか?」

「離れていた時もずっと気にしていたさ。罪の意識に苦しみながらね。それがどうだい。まさか、こうして父親らしいことをしてやれる日が来るとはね。この血が引き合わせてくれたんだ。愛する娘への挽回のチャンスを…」

「ガハハ、父親だって?笑わせんな!」

 

無堂の言葉に笑いながら乱入してきた者達がいた。

 

「君たちは…」

 

勇也と下田である。

 

「うーっす、先生ご無沙汰」

「つっても、用があるのはうちらじゃないんだけど」

「無堂先生、お元気そうで」

「だな。何年振りだ?」

「「………」」

 

そして、勇也と下田の後ろからはマルオと和義以外の直江一家がいた。綾と零奈は手を繋ぎ黙って見守っている。

 

「皆さん…なんでここに…」

「和義に聞いてな。家族でケリ着けるならこいつが必要だろ?」

 

勇也はマルオを親指でさしながら答えた。そのマルオは五月の方をチラッと見ると、ふっと口元が上がった。

 

「直江先生たちは……まあオマケだ」

「誰がオマケだ!」

「中野君…それに、直江に樋口」

「今は私も直江ですので悪しからず」

 

綾が旧姓である樋口と呼ばれたことに訂正を入れた。

 

「そう…だったね……中野君。君にも謝るきっかけができて良かった。君には苦労かけたからね。思い返せば、君は人一倍零奈(れな)を慕ってた覚えがある。すまなかった」

「いえ、あなたには感謝しています。あなたの無責任な行いが、僕と娘たちを引き合わせてくれた」

「どうだろう。こと責任に関しては君も果たせていないように見える。だから五月ちゃん自らここに来た。頼りない君でなく、僕の所にね」

「五月君が...ここに...?」

 

マルオは無堂の近くにいる五月を見ながら疑問の声を投げかけた。

ほとんど黙って話を聞いていた綾も無堂の近くにいる五月を見るが、その姿に若干の違和感を感じていた。

 

なるほど

「?」

 

その綾と手を繋いでいる零奈は一人納得した言葉を口にした。その言葉に綾はさらに混乱するのだった。

 

「ああ、心中察するよ。親失格の烙印を押されたようなものだ。よければ僕が教えてあげようか、本当の父親のあり方を...」

「何を言ってるのですか」

 

ここぞとばかりに言葉を畳みかける無堂。

しかし、マルオは冷静に言葉を返しながら五月に近づいた。

 

「よく見てください。ここに五月君はいない」

「何?」

「私はこちらです」

 

五月の近くまで行ったマルオの言葉に、無堂は疑問の言葉が出たが、それに反応するかのように、少し離れた柱から本物の五月の姿が現れた。

そう。無堂の前にいる五月はただ星形のヘアピンをつけただけの三玖であった。五つ子の事をしっかりと見ていれば気付く程にずさんな変装である。

それを見た綾は違和感の正体にようやく気づいた。

 

なるほどね...なーんか髪型に違和感はあったのよねぇ。私もまだまだだわ

いえ、少しでも違和感を感じたのであれば上等かと

ありがと

 

見抜けなかった無堂本人はというと何が何だか分かっていなかった。ちなみに、他の大人達も五月の登場に驚いていた。なにせ、三玖に気づいていたのは零奈とマルオだけ。まさに家族だからこそ成せる事なのだろう。

 

「......なんのつもりだい?」

「騙してしまいすみません。ですが、こうなることはわかってました」

 

話しながら五月は柱からさらに前に出てくる。一花、二乃、四葉も五月の後ろに続く。

 

「それがどうした。ただ間違えていただけで...」

「愛があれば私たちを見分けられる。母の言葉です」

「また彼女の言葉か!いい加減にしろ!そんないい加減な妄言!いつまで信じてるんだ!」

 

興奮したように話す無堂の言葉をただただ聞いている零奈は、自然と綾と繋いでいる手に力が籠ってきた。

そんな零奈に綾が語りかけた。

 

大丈夫よ。あなたの子どもを信じなさい

綾さん...

 

その時の綾はいつもの明るい綾だったので、零奈も安心することができた。

 

「今すぐ忘れなさい。お母さんだってそう言うはずだよ。思い出してごらん。お母さんがなんて言ってたか」

「お母さんが後悔を口にしていたことは覚えています」

「そうだ。君のお母さんは間違った!君はそうなるな!」

五月...

 

小さく零奈は五月の事を呼ぶ。それは近くにいた綾ですら聞き漏らすほどに。

しかし、何故かは分からないが五月には届いたのか、その瞬間ニッコリと笑みを五月は零奈に向かって零した。

 

「私は、そうは思いません」

「君がどう思おうが関係ない零奈(れな)自身が言ってたなら...」

「ええ関係ありません。たとえ本当にお母さんが自分の人生を否定しても、私がそれを否定します。いいですよね。私はお母さんじゃないのですから。ちゃんと見てきましたから。全てをなげうって尽くしてくれた母の姿を。あんなに優しい人の人生が間違っていたはずがありません」

「五月...」

「うんきっとそうだよ」

 

五月の言葉に驚き言葉を漏らす四葉と、五月の言葉に同調する一花。そして、

 

「うっ...うっ...」

「零奈ちゃん...」

 

とうとう泣き出し口を押さえる零奈を綾は優しく抱きしめていた。

状況を理解できていない景はあたふたするしかなかったが。

 

「子供が知ったような口を...」

 

自分の手を強く握りしめ無堂は口にする。

 

「あなたこそ知ったような口ぶりで話すのですね」

「......どういうことだ中野君」

「恩師に憧れ同じ教師になった彼女の想いが、裏切られ見捨てられ傷ついていたのは事実。しかし、そこで逃げ出したあなたが知っているのもそこまでだ。その後の彼女が子供たちにどれほどの希望を見出したのかをあなたは知らない。あなたに彼女を語る資格はない」

 

無堂を睨みながら自身の言葉を伝えるマルオ。普段自身の感情を面に出さないマルオがここまで感情をむき出しにするのだ。相当怒り心頭なのだろう。

 

「お父さん」

「マルオ君...」

 

そんなマルオの姿に言葉を漏らす二乃と零奈。

 

「五月君。僕もまだ何かを言える資格を持ち合わせていないが...君が君の信じた方へ進むことを望む。きっとお母さんも同じ想いだろう」

「...はい」

 

五月を見ながらそう伝えるマルオは、誰にも気づかれずチラッと零奈の方を見た。

 

「無堂先生、最後まであなたからお母さんへの謝罪の言葉はありませんでしたね。私はあなたを許さない。罪滅ぼしの駒にはなりません。あなたがお母さんから解放される日は来ないでしょう」

「......っ」

 

五月の言葉に悔しそうに顔を歪めている無堂。

 

「僕がせっかく...」

「見苦しいですよ。無堂先生」

 

勇也が何か話そうとするところを零奈が言葉を発し一歩前に出た。

 

「零奈ちゃん」

「五月さんがおっしゃった通りです。あなたはその罪を一生背負わなければならない」

「零奈、お前...」

 

驚きの目で綾と景が零奈を見る。零奈はその事にも気づいているが、それを気にせずさらに前に出る。

 

「あなたは逃げた事にずっと罪悪感を持っていたのでしょう。そして、今回の五月さんへの行動はその罪悪感を少しでも軽くして解放されるため。五つ子のどなたかに娘のために何かした、という実績を得ることで解放される。そこで、唯一自分でも悩みを解消できそうな五月さんに接近した、というわけです。違いますか?」

「くぅっ...」

零奈(れな)先生...」

 

そんな零奈の姿を目にしたマルオはそう呟いた。

 

「はぁー!?お前何言ってんだ?」

「いや上杉...中野の言わんとしてることも分からんでもないさ。あの立ち振る舞い、零奈(れな)先生と思わせちまう」

 

勇也のマルオへのツッコミに対して、下田も零奈が零奈(れな)に見えた事を否定できなかった。

 

「そう。あくまでも罪悪感を軽くするため、つまり自分のため。だからすでにいない自分の元奥さんへの謝罪などが出てこなかった。いない人に謝っても罪悪感は軽くならないですからね。そんな人がこれ以上この子たちに近づかないでください!」

「お前ぇ...」

「はっ。小学二年生の女の子にここまで言われて見苦しいったらないぜ、おっさん」

「チッ」

「べー、です」

 

これ以上何を言っても分が悪いと悟った無堂は舌打ちをして、その場を去っていった。それをあっかんべーと五月が向けた。

そして無堂がいなくなった瞬間。

 

どんっ

 

五月の周りに姉妹が集まってきたのだ。

 

「わっ」

「あんたやるじゃない」

「もーハラハラしたよ...」

「良かった!」

「五月かっこよかった」

「あはは...皆がいてくれたおかげです。下田さんに上杉君のお父様、そして和義くんのご両親もありがとうございます」

「立派だったぜ」

「うんうん」

 

五月のお礼にサムズアップで下田が感想を伝えると、綾もそれに同調した。

 

「お父さん。ありがとうございます」

「......」

 

マルオは五月の感謝の言葉には振り向かずその場から立ち去る。それに勇也と下田も続く。しかしマルオの顔はどこか嬉しそうな表情であった。

 

「そして...」

 

バッ

 

「おっと...」

「レイナちゃん...ありがとうございます...」

「よく、頑張りました...」

「...うん!」

 

零奈に抱きついた五月は少し涙が流れた。

そんな五月の頭を撫でながら、零奈は親が子どもにするように優しく褒めてあげるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は無堂との対峙を中心に書かせていただきました。
ほとんどが一花ルートである本編と同じ内容にはなっておりますが、多少の訂正は入れさせていただいております。
いよいよ日の出祭編も終わりが見えてきました。予定では後2話で終わるようにしております。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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お礼

~校門付近~

 

「くそっ……」

 

五月との接触まではうまくいったが、その後が思い通りにいかず結局は五月本人からも拒絶された無堂。

自分の思い通りにいかなかったことで苛立ちを覚えながら歩いていた。

そんな時だ。そんな無堂に声をかける女性がいた。

 

「こんにちは。貴方が無堂仁之介さん?」

「ん?」

 

その女性は着物姿ではあるが日傘をさしていることもあり顔まで確認ができない。

 

「何だね君は?」

「あら、失礼いたしました。私のことは存じ上げているとばかり思っておりましたわ」

 

女性はそう言うと、無堂に顔が見えるように日傘をずらした。

 

「あ、あなたは……諏訪楓さん!」

「ふふふ…やはり知ってましたか。私の孫がお世話になったようで」

 

ニッコリと笑いながら楓は話しているが、無堂には相当なプレッシャーがかかっている。先ほどのマルオの凄みの比ではない。

 

(これが諏訪楓……なんてプレッシャーだ。息が、もたない…)

 

「安心してください。別に何かするわけではありません……今のところは」

「っ…!」

 

一瞬、笑顔から覗かされた獲物を狩るような目が無堂を射貫いぬく。

それによって、無堂は蛇に睨まれた蛙状態になり身動きが取れなくなってしまった。

 

「そうそう。近々発表させていただくのですが、私今度籍を入れることになりましたの。この歳になっても結婚とは良いものですね」

「はぁ…お、おめでとうございます」

 

結婚の話になると、本当に嬉しいのか先程までのプレッシャーが嘘のように霧散して、当の楓本人はウキウキとしている。

その事で無堂も体が軽くなり話せるレベルまで落ち着いていた。

 

「ありがとう。ちなみにお相手は貴方の良く知っている人…」

「え?」

「虎岩温泉のご主人です」

「!」

「ふふっ…良い顔をしていますね。そう、これで亡くなったとはいえ私は零奈(れな)の母親。これがどういう意味かは流石に分かりますよね?」

「あ…あ…」

「聞かせていただきました。あの子がどのような人生を歩んだか……あの人が愛した娘に対する所業、断じて許すことはできません!」

 

膝から崩れ落ちた無堂にコツコツと楓は近づき帯に挿していた扇を持ち、開かずにそれを無堂の顎に当てクイッと上に上げる。

 

「先程もお伝えしましたが、私から今回は何もしません。しかし…………桜と一花、二乃、三玖、四葉、五月。私の孫に何かあれば……分かってますね?」

「は…はい…」

 

無堂は顎を上げられた上でそう返事をする他なかった。

 

「よろしい」

 

そこで扇を顎から離し、楓が無堂から離れた事で無堂はガクッと肩を落とした。

楓はその後、その扇を開き口元に持っていき言い放つ。

 

「その恐怖と罪悪感と共にこれからの人生を歩んでいくのですね。行きますわよ」

『はい!』

 

楓はその言葉を残し、連れと共にその場から離れていくのだった。

 


 

「あら?」

 

先程の楓さんのやり取りを陰からそっと見守っていたのだが、楓さんが無堂から離れた事で楓さんの前に姿を出した。

 

「和義さんではないですか、どうしましたか?」

「いやー、まあ気になったので様子見を。てか、気付いてましたよね?」

「はて?」

 

この惚け方…零奈そっくりだ。さすが本当の親子。

 

「はぁぁ…やはり怒らせたら恐ろしい方ですよ……これ、さっき僕が作った焼きそばです。お連れの方の分もあるんで食べてください」

「あらぁ、和義さんの手作りですかっ。ここまで来た甲斐があったというものです」

「屋台では学生向けに濃い目に作ってたのですが、これは楓さん用に少し薄味にしてますので食べやすいと思いますよ」

「まったく…連れの者への用意といい、その心遣い流石の一言ですね」

 

お連れの方に焼きそばを渡しながら話すと誉められてしまった。

 

「…これであいつも接触してこなくなれば良いのですが」

「大丈夫でしょう。私が見たところ、かなりの小心者。この街にすら近づくことは無いですよ」

「そうですか」

「まあ、一応息子に話して動向は探ってはみますがね。あの子も自分の娘に起きた事を知れば動くでしょう。その後どうするかは私の知るところではありませんがね」

 

ふふふ、と笑いながら話しているがちょっと笑えないんだけど…大人の世界は怖いところである。

そんな時スマホに着信が入ったのでメッセージを確認する。

 

「すみません、ちょっと用事ができました」

「あら、和義さんとデートできると思ったのですが…」

「思ってもいないことを…早く帰ってお祖父さんに会いたいって、顔に出てますよ」

「え?」

 

指摘してあげると、顔を赤らめ触る楓さん。先ほどまでの凄みが嘘のようである。

 

「ご結婚おめでとうございます。お祝いの品などはまた改めて」

「ふふっ、ありがとうございます。桜たち孫の事、これからもよろしくお願いしますね。末永く」

「っ!はい、もちろんです」

 

最後の末永くという言葉には、もうすでに僕たちの関係が知れているんだと分かってしまった。だからしっかりと楓さんの目を見て答えることで僕の意思を伝えた。

それに満足したのか、楓さんはニッコリと笑って僕に頭を下げた。これにはお連れの人も慌て始めてしまった。

楓さんが頭を上げたのを確認してからその場を後にすることにした。

 


 

キーッ…

 

日の出祭の間は立ち入り禁止となっている屋上の扉を開けた。するとそこには僕を呼び出した人物の姿があった。

 

「三玖?どうしたの?」

「カズヨシ…来てくれてありがとう」

 

三玖はフェンス際におり遠くを眺めていたのでその横に並ぶように立った。日の出祭も佳境を向かえようとしているが、まだまだ皆盛り上がっているのであちこちから楽しそうな声が聞こえてきた。

 

「ごめんね、どうしてもお話ししたかったから。実行委員の仕事とかは大丈夫?」

「大丈夫だよ。何だかんだで四葉の手伝いってことで風太郎が働いてくれてるからね……昨日話した五月の件はうまくいったみたいだね。帰っていく無堂を見たよ」

「うん。これもカズヨシのおかげ」

「何言ってんのさ。五月自身と姉妹皆で協力したおかげでしょ?僕はちょっと背中を押してあげただけだよ」

「ふふふ…カズヨシならそう言うと思ってた」

「それにしても懐かしく感じるな、こうやって三玖と屋上で話してると」

「え…?」

「ほら、歴史の話とかする時は大抵この屋上だったし。三玖から想いを伝えられたのもここだった」

 

そう話しながら近くに座り込み空を見上げる。

三日間晴天で良かった。

 

「覚えてくれてたんだ…」

「彼女の事だしね。そういえば、姉妹の中で一番に仲良くなったのは三玖だったよね」

「うん…」

 

懐かしい。転校初日に教科書を見せたおかげでお互いに歴史が好きだって分かって話すようになったんだっけ。それから時間を見つけてはここで話してたんだっけ。まあ、家庭教師が始まってからはあまり時間を作ることが出来なくなったけど。

そっかぁ、あれからまだ一年しか経ってないんだ。今までで一番濃い一年だったなぁ。

 

「それで?五月の件を話したくてここに呼んだの?」

「ううん。その事もあるけど、私学園祭でカズヨシと二人っきりになってないと思って。他のみんなは結構二人での時間を作ってたみたいだし」

 

そういえば、仕事で仕方ない一花ならまだしも三玖とはそこまで話せてなかったかもしれないな。

 

「ごめんね。もう少し気を回せれば良かったんだけど…」

「ううん。こうやって時間作れたし、それにカズヨシはカズヨシで実行委員の仕事や私たちのお父さんの事でも頑張ってたんだよね。五月のことだけじゃない。二乃からも聞いてるよ。今のお父さんとのことも色々動いてくれてたんだよね?」

「あはは…まあそうなんだけどね」

 

言われると僕もよく動いてたものである。日の出祭を満喫出来たのって初日だけじゃなかっただろうか。

そんな考えに浸っていると三玖が馬乗りのように覆い被ってきて、僕は仰向けの状態で身動きが取れなくなってしまった。

 

「えっと…三玖さん?どうして僕に覆い被さってるのかな?」

「キスしたいなって…」

「そこは別に拒んだりしないよ。三玖が望むのであればするさ。場所は考えてほしいけどね」

 

寝転んだまま頬をかきながら答えた。

 

「うん。カズヨシならきっとそう言ってくれると思ってた……んっ……」

 

僕の答えにニッコリと笑った三玖はそのまま僕の唇にキスをしてきた。

 

「んっ……ちゅっ……ん……」

 

ついばむような軽いキスを続けてしたが三玖はそれでも満足出来なかったようだ。

 

「ねえ?もっとしていい?」

「ああ。三玖の思うがままにしな。僕はそれに応えるから」

「ありがとう。じゃあ…」

 

三玖は再び僕に唇を重ねるとそのまま舌を入れてきた。そして僕の舌と三玖の舌が絡み合う。

 

「んっ……ちゅっ……れろっ……んんっ……」

 

お互いの唾液を交換しながらキスをする。それだけで頭が溶けそうになるほど気持ちいい。

やがて三玖はゆっくりと唇を離した。

 

「カズヨシ、気持ちよかった?」

「うん、凄く気持ち良かったよ。ありがとう」

「ふふっ、よかった」

 

三玖は嬉しそうに微笑むと僕に抱きついてきた。

 

「三玖?」

「ねえカズヨシ、私のこと好き?」

「ああ、大好きだ」

 

僕がそう答えると三玖は幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「嬉しいなぁ……私も大好きだよ、カズヨシ」

 

そう言うと再びキスをしてくる。今度は触れるだけの優しいキスだ。そのキスも終わると三玖はまた抱きついてきた。それからはどちらから何かするわけでなく、お互いに屋上で寝転んでいる状態だ。

 

「ふふっ、何やってるんだろうね。屋上で寝転んで…ごめんね、服汚れてるよね」

「別にいいさ」

 

三玖の言葉に答えながら僕の胸辺りに置いている三玖の頭を撫でてあげた。

 

「こんな幸せな日がずっと続けばいいなぁ。一花に二乃、五月に桜もずっと一緒で…」

「そうだね…」

 

その後も二人で寝転んだまま時を過ごした。

 


 

三玖との屋上での逢瀬の後。僕は実行委員としての雑務に勤しんでいた。今は荷物を運んでいるところである。

 

「悪いね五月。こっち手伝ってもらってさ」

「ううん。無堂先生の件の報告もかねてるから。それにしても本当に忙しいんだね実行委員は」

「ああ。僕も当日になって思い知ったところだよ」

 

本当に甘く見ていた。まさか実行委員の仕事がこんなに忙しいなんて。日の出祭を謳歌出来てないのにはこの事も大半を占めていると思う。

僕のげんなりした言葉に五月はクスクスと笑っている。

 

「そういえば、結局和義君は私たちが無堂先生と話してるときにはどうしてたの?」

「んー?普通にクラスの屋台で焼きそば作ってたよ。だけど、楓さんが無堂と話す現場には行ってたかな」

「え、おばあちゃん来てたの?」

「ああ。楓さんを怒らせたら怖いんだって改めて感じたよ...」

 

あの無堂を牽制する楓さんのオーラ半端無かったからなぁ。そういえば初めて京都で会った時も凄かったよね。女性を何人も引き連れてて…あの時はここまで仲良くしてくれるとは思ってなかったなぁ。

 

「あはは、そっか......改めて、和義君今回はありがとう。お母さんがいなくなってから、その寂しさを埋めるためにお母さんに成り代わろうとしてたんだ。レイナちゃんがお母さんであったと分かった今でも。ただ、いつの間にか自分とお母さんの境界線が曖昧になってて、自分の夢までも自身が持てなくなってたんだ。お母さんとの思い出忘れなくていいんだよね」

 

僕の前で階段を上りながら話す五月。顔はどこか晴れ晴れとしているようだ。

そんな五月が振り返ってきた。

 

「教えてくれたのは和義君だよ。ありがとう。あなたが彼氏として近くにいてくれて嬉しかった……ん…」

 

お互いに荷物を持ったままキスをしてくる五月。それも軽く唇同士が触れるくらいのものだ。

 

「ふふふ、これは感謝の気持ちのキス。あとは…これからもよろしくって意味を込めて……」

 

そしてもう一度五月からキスをしてきた。

こういった場でのキスはやはり恥ずかしいらしく、顔を赤く染め僕の脇を通り過ぎて窓際まで進んでいった。

 

「わ、わぁー。いつの間にか空がこんなに暗くなってる。もう冬だね」

「ふふっ、そうだね」

 

恥ずかしそうに先ほどのキスから話を逸らそうとしている五月の行動が少し面白かった。

窓から見える空は五月の言った通り薄暗く薄明の空が広がっていた。

 

「……っ、ともかく!私が自身を持てたのはあなたのおかげ。私はお母さんじゃない。こんな簡単なことに気がつけたのはあなたがいたから......私の理想の教師像はお母さんだけど......うん!和義君に上杉君。二人だって私の理想なんだよ。それだけは知ってほしかった」

「そっか。じゃあ、その理想が幻滅されないよう、今後も精進していきますか!」

「うん!よろしく、先生!」

 

そんな五月の顔はやはり晴れ晴れとしていていい笑顔だった。

 

「あ、そうだ。この後はどうする?一応みんな揃ってるところに私は合流するつもりだけど」

「僕はこの後風太郎に前田と武田と合流するから。お互いに友達や姉妹と過ごそうか」

「わかったよ、みんなにはそう伝えとく……でも、最後くらいは一緒にいたいかな…」

 

恥ずかしそうに上目遣いでそう伝えてくる五月。恐らく他の四人もそう考えてることだろう。

 

「分かってるよ。折を見て皆と合流する。風太郎も四葉と一緒にいたいだろうしね」

「うん!」

 

元気に返事をした五月と並んで、残りの荷物運びを終わらせるため歩を進めた。

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。

今回では、本編の一花ルート同様に楓さん登場と、三玖と五月それぞれとの語らいを書かせていただきました。
一花ルートと違い、三玖と五月は遠慮なくキスしてます。まあ、校内で五月がキスするのかと考えはしましたが…

さて、いよいよ日の出祭もクライマックスです。和義と風太郎共に彼女がもういますので、誰を選ぶかといった話は書かず、次回で日の出祭もラストとさせていただきます。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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それぞれの後夜祭

~五つ子side~

 

「後夜祭でも色々催し物やってるんだねー」

「カズヨシもフータローも桜も友達と回るって言ってたから五人で回るよね、どこ行く?」

「じゃあ、せーので...」

「嫌よ。どうせみんなバラバラの所指すのがオチだわ」

「五つ子なのにね」

「五つ子だからよ」

 

中野姉妹の五つ子である五月以外の四人がベンチに座り、後夜祭に向けて盛り上がっている生徒達の様子を眺めていた。今は和義の手伝いに行っている五月との合流のためにこの場にいるのだ。

三玖が後夜祭を五人で回る場所を確認すると四葉がそれぞれの行きたい場所を指す事を提案するも、どうせ全員がバラバラの所を指すからと二乃は却下した。

二乃が却下をするのも無理はない。今までも何を食べるかなど色々と決める度に意見が合わず大変な目に会ってきたのだから。

五つ子なのになぜ意見が合わないのか四葉が話すと、五つ子だから合わないのだと二乃が話した。

 

「お待たせしました」

 

丁度その時、五月が和義の手伝いを終えてこちらに走ってきた。

 

「和義君には父のお礼をちゃんと言えました。みんなにも改めてお礼を」

「いいよいいいよ。私たち家族の問題でもあったもんね」

 

五月が姉妹に対してお礼を言おうとしたが、それを一花が立ち上がりながら止めようとした。

 

「で、でも、あ、あり...あ、ありがとね!」

 

それでも五月は勇気を振り絞り敬語を外して感謝の言葉を伝えた。今までは和義以外には敬語で話していたが、気分一新という意味で敬語を止めたのだ。

 

「......なんか違和感しかないわ...」

「そ、そんな!」

 

そんな五月の行動には姉妹全員違和感しか感じず、ただただにこやかに聞いているのだった。

 

「あ、三玖には変装までしてもらって...」

「構わない。それにあんなずさんな変装には満足していない」

 

確かに今回の変装はずさんなものだったのかもしれない。ただヘッドフォンを外し、星のヘアピンを着けただけなのだから。本来であれば、祖父の旅館に泊まる時にするくらい、ウィッグを着けて本当に見た目から見分けがつかない程するものだと三玖はプライドを持っているのだ。恐らく、あの程度の変装であれば和義はもちろん、風太郎でも見分けられるだろう。

 

「この子はこの子で謎のプライド芽生えてるわ」

「いくら変わったといっても、一般人はあれだけで間違えちゃうんだね」

「中身が変わっても顔は同じだもんね」

「うん」

 

一花が言うように、たったあれだけの変装でも和義や風太郎などのようにずっと接してこなかった人達にしてみれば全然見分けられないだろう。

四葉が話すように、顔は同じなので最初に見分けるポイントは装飾品になってくるのかもしれない。

それを分かっているからか、三玖も同意した。

 

「ほらほら、気分入れ替えて後夜祭楽しもう!」

「ええ、どこ行きましょう。やはりせーので...」

「全員の行きたいとこ順番に行くわよ!」

 

五人が揃ったので改めて後夜祭を楽しむよう提案をした一花の言葉に、五月は先ほど四葉が提案した内容を口にしようとしたが、それを二乃が阻んだ。

全員が希望することをやる。いつものやり方である。

 

「あ、和義君が後で合流しようと言ってましたよ」

「桜とも後で合流するけど、どっか人がいない所がいいかもしれないわね」

「四葉は私たちのこと気にしないでフータロー君と楽しみなよ」

「う、うん」

「じゃあ、それまでは私たちで楽しも」

 

三玖の言葉をきっかけに五人はそれぞれの行きたい所を回りながら後夜祭を楽しむのだった。

 


 

「あ、なんか音楽聞こえるな」

「たしか、後夜祭中に学生バンドのアンコールライブがあったはずだよ」

「この声俺たちのクラスの浅野じゃねーか?」

「よく分かるね前田は」

 

僕と風太郎、前田に武田は今休憩所で座って何をする訳でもなくだべっている。

休憩所というのは、風太郎と四葉、それに桜に手伝ってもらった噴水の周りに椅子を並べたところである。他の実行委員の人に聞く限りだと、利用者は結構いたそうである。

 

「まぁな。浅野といや聞いたか?この学祭中に他のクラスの子と付き合いだしたらしいぜ」

「へー」

 

前田の言葉に風太郎が興味なさそうに返事をした。

というか、風太郎は浅野が誰なのかも分かってないだろ。

 

「ははは、モテそうだもんね彼。だけど、入試直前のこの大事な時期に色恋に手を出すのは迂闊と言わざるを得ないね」

「「うっ…」」

 

恋人がいる身である僕と風太郎には耳が痛い。

 

「そ、そうなのか…?やっぱ、そう思うよな…」

「何落ち込んでんの前田」

「お、落ち込んでねーよ!お前らみたいな恋人がいる奴らには俺の気持ちなんてわかんねぇーよ!」

 

僕の声かけに逆ギレをされてしまった。理不尽ではあるが、まあ前田の気持ちは分からんでもないかもしれない。

 

「まぁ...明日から、またいつもの日常に戻ると思うと落ち込むな...」

「なんでだい?僕は授業をまた受けられることにワクワクしてるよ」

「同じく」

「お前ら異常者にはわかんねーよ」

「大丈夫。前田の気持ち僕は分かってるから」

「直江ぇ~...」

 

日の出祭が終わり元の勉強の日々がまた始まることに嘆いた前田であったが、同意を求めた相手が悪い。風太郎と武田は勉強の日々がまた始まることに嬉しささえ出していた。僕はまあ勉強すること自体に苦を感じてる訳ではないし、それでも前田みたいにこのお祭りをもっと楽しみたかったという寂しい気持ちも持っている。

 

「ただ...そうだな...終わっちまう寂しさはあるな」

 

そんな時、風太郎がボソッと口にした。

 

「僕的には十分楽しめたけどね。上杉君は違うのかい?」

「微妙だな。基本裏方の手伝いばかりしていたから。最後の学祭で何してんだか」

「四葉のためでしょ。良いところあるじゃん」

「結局のろけかよ」

「ぐっ……」

 

日の出祭の風太郎は確かに裏方の仕事の手伝いばかりしていた。でもそれは少しでも四葉と過ごすためでもあるからだ。そこにツッコミを入れると前田も乗っかってきて、風太郎は恥ずかしそうにそっぽ向いてしまった。

 

「ならよー、俺たちとだけでも学祭楽しもうぜ。いつまでもこんなとこに座ってる気か?なんか屋台に食いに行こうぜ?」

「屋台か...そうだな腹減ってるし行くか。ずっと食ってねぇし行けずじまいの店があったんだ。それにこの後はあいつの所に行ってやらないとだからな」

「ちっ…またのろけかよ…」

 

口角を上げながら話す風太郎。そんな態度に前田は面白くなさそうである。

 

「なるほどね」

「そういやー、あの姉妹のことなら今日一緒にいるところを見かけたぜ。一花さんもいたから五人勢揃いだったぞ」

「へぇ、前田君。よくあの一瞬で一花さんだとわかったね」

「え!ま、まぁ...お、おかしな話だが...前から一花さんだけはなんとなくわかるんだ」

 

武田の言葉にどもる前田。そういえば、林間学校の前日に三玖が変装した一花にも違和感を覚えて本人か迫ってたっけ。愛があれば見分けられる、か。やるな前田。

 

「文句あっかコラ!」

「へーなんでだろうね」

「...さぁな」

「彼氏としては、直江君はどう思ってるんだい?」

「いや、愛の成せる技なんじゃない?」

「やめろー!」

「ふふふ、さすがに彼氏となれば余裕だね」

 

武田が前田をからかうのに僕も便乗した。風太郎も面白そうな顔をしている。

 

「上杉君や直江君は当然見分けられるんだろ?」

「「え?」」

「うーん...どうなんだろ?」

「で、できると思う...やったことないが...最初は今以上に戸惑ったな。ただでさえ人の顔を覚えるの得意じゃない。その上あいつら、その利点をフル活用してきやがる。何度騙されたことか...」

 

困り果てたように風太郎は話しているが良い思い出でもあるのだろう、顔はどこか笑っているようにも見えている。

 

「あははは、風太郎は苦労してたよねぇ」

「おや、直江君はそうでもなかったのかい?」

「うん、風太郎ほど騙されてなかったかな」

 

まあ、家出騒動とかで風太郎よりも五つ子と接することも多かったのも一因でもあるだろう。

 

「なんにせよ。最後まで困った奴らだ」

「よく言うぜ」

「ふと気になったんだけど...君たちは一体彼女たちの誰から見分けられるようになったんだい?」

 

改めて聞かれると難しい質問である。

最初の五つ子ゲームは髪の長さなんかですぐに全員見分けられたし、その後も違和感で見分けてきたからだ。

 

「うーん...僕は林間学校の後に同じ髪型にされた時があったけど、その時は全員当てたから誰って答えるのは難しいかな...」

「さすが直江だな。五つ子のうちの四人と付き合うだけはあるぜ」

「それ関係ある?」

「ふむ、では上杉君はどうなんだい?」

「............正直わからん。いつの間にかあいつらのちょっとした仕草だったりで見分けてたのかもな。まあでも四葉は馬鹿正直だったから変装しても分かりやすかったかもな」

「そうか」

 

風太郎の答えに武田は納得したような顔をした。

 

よっしゃ。俺は今から告白しに行く!

「は?」

「なんでだよ...」

「急にどうしたの前田?」

 

いきなり前田が告白すると息巻いて立ち上がったので、僕と風太郎と武田は訳が分からず立ち上がっている前田を見上げていた。

 

「だって今しかないだろ!明日から日常に戻っちまうのなら今しかねー!」

 

おーー。前田の意気込みに心の中で拍手を送った。

 

「はぁ…急に何を言い出すんだい。学生の本分は学業にあって...」

「そうだ。学生の本分は学業。それ以外は不要だと信じて生きてきた。だが...それ以外を捨てる必要なんてなかったんだ。勉強も友情も仕事も娯楽も恋愛も、あいつらは常に全力投球だった。凝り固まった俺にそれを教えてくれたのはあいつらだ」

 

悔しいけど、彼女たちがいなかったら今の風太郎を形成できなかっただろうね。僕だけじゃ無理だった。

 

「きっと昔のままの俺なら、今この瞬間も和義と二人っきりだったかもな」

「上杉...」

「よし!じゃあ屋台行くか!金持ってねーけど」

「は?金が無ねぇならなんで屋台に行くんだよ」

 

風太郎の言葉に至極当然の問いを投げかける武田。

 

「...決まってる。最後までこの祭りを楽しむためだ」

 

そんな言葉を口にしながら先頭を歩く風太郎。それに僕達三人も続いて後夜祭を楽しむのだった。

 


 

「おっ、ここからでもやっぱり後夜祭の声とか聞こえるもんだね」

「ふふっ、それだけ皆さん楽しまれているのではないでしょうか。かく言う(わたくし)も楽しませていただきました」

 

風太郎達と後夜祭を回ってしばらくして前田と武田と別れた。そして、五つ子と桜が揃っているところに僕と風太郎が合流をした。さらにそこから、風太郎と四葉が二人で行動することになったので、今では六人で一つの教室のベランダから後夜祭が行われている方角を眺めていた。

一花の言った通り、後夜祭を楽しんでいる人達の声がここまで聞こえていた。ライブステージもやっていると言っていたし、色々な光で輝いていた。

 

「フータローと四葉楽しんでるかな?」

「楽しんでんじゃない?上杉がリードしてるところは想像できないけど、四葉がうまいことしてるでしょ」

「確かに。それは想像ができますね」

 

五月の言葉を皮切りに皆クスクスと笑いだした。

 

「……それにしてもこんな場所で良かったの?六人で回るくらいなら出来たと思うけど」

「いいのよ。確かに回ることはできるかもだけど、こういうことはできないでしょ?」

 

そう言いながら隣の二乃が僕の腕に自分の腕を絡めてきた。僕は今、手すりに腕を置いて寄りかかっているような状態なので、僕の二の腕に二乃は自分の腕を絡めている。

 

「ずるい。私も…」

 

二乃の行動に対抗するように、反対側の二の腕に三玖が自分の腕を絡めてきた。

確かにこの構図はこういった人目のないところでしか出来ないか。

 

「むー…今回はお二人にお譲りします」

「あはは…さすがにこればっかりは仕方ないよ」

 

二つしかない僕の腕が埋まってしまった事に残念そうにしている桜。一花の言う通りでこればかりはどうしようもない。

そんなやり取りを横目に僕は空を見上げてふぅと息を吐いた。

 

「どうかしたのですか和義君?」

「ん?いや、こんな日常もこれからもずっと続けていけたらなって思ってたとこ。この六人でずっと一緒に…」

 

僕のちょっとした変化に気づいた五月が気になったのか尋ねてきたので、今の率直な思いを皆に伝えた。

 

「なに当たり前のこと言ってんのよ」

「うん。私たちはずっと一緒」

(わたくし)も同じ気持ちです」

 

二乃に三玖、それに桜が僕の言葉を聞いて笑って答えてくれた。当たり前のように答えてくれたのが本当に嬉しかった。

 

「ありがとう。そんな皆の気持ちに答えるために自分の進路について考えたんだ」

「進路?おじいちゃんの宿で働くんじゃないの?」

「私もそう思ってました」

 

僕が進路の話を始めたことに一花と五月が驚きの声をあげた。他の三人も同じ考えだったようで驚きの顔をしている。

 

「もちろん始めはそう考えてたんだ。けど、五人と付き合う事になった時から別の道を考えてたんだ。女優の道を進む一花。料理の勉強をする三玖。教師を夢見る五月。諏訪の家を継ぐであろう桜。そして、多分今でも子どもの頃の夢を追っている二乃」

「…っ!」

 

僕の話す言葉に反応する二乃。

やっぱり自分の店を持つという夢はまだ持っていたんだ。

 

「そんな五人と将来も一緒にいるには、て」

「そんな先の事まで考えてくれてたんだ」

「ああ。そして、一つの道を選ぶことにしたんだ。それは……」

 

嬉しそうに僕の言葉に反応した一花の言葉に答えるように、僕が選んだ進路を皆に伝えるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話では、五つ子の後夜祭、和義達男友達の後夜祭、そして和義と彼女達六人での後夜祭を書かせていただきました。といっても、何かしたという訳ではないのですが…しかも、六人の場面が少ないという…すみません。

何はともあれ、このハーレム外伝も残すところ後少しとなっています。和義が五人と一緒にいるために選んだ進路とは?そこら辺はどうぞお待ちください。

では、また次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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それぞれの進路

「うーん、風は冷たいけど天気いいから気持ちいいねー」

 

12月も中旬に差し掛かりそうな今日この日。日の出祭の時に約束していた一花とのバイクの遠乗りデートのためにバイクを使って海岸沿いに来ていた。やはりこの季節になると海岸沿いは寒い!

だからこそ周りに人がいないからお忍びとしても丁度良いのだ。

 

「やっぱりこの季節だとこの辺は誰もいないね」

「ねぇー。天気がいいから少し心配してたんだけどよかったぁ。ふふっ、今この時だけここは貸し切りだよ」

「だね」

 

近くのベンチに二人で座って海を眺めていたら、一花が自分の頭を僕の肩にチョンと乗せてきた。ちなみに二人の手元には暖かい飲み物があるので、多少は寒さが(やわ)らいでいる。

とはいえ、やはりじっと座っているだけでは風邪を引いてしまいそうなので場所を移動することにした。

 

「そろそろ移動しようか。このままだったら風邪引いちゃうし」

「だね。じゃあ移動の前に…ん……」

 

一花がこちらを向いて目を瞑り唇を付き出してきたので、その唇に軽くキスをした。

 

「ちゅっ……えへへ、やっぱり指よりもこっちがいいよ」

 

ニッコリと満足そうな笑顔を向けてそんな言葉を投げかけてくるので、『そうだね』と答えてもう一度軽いキスをした。

 

場所は変わって、お昼ご飯のため一花おすすめのお店に来ていた。ここは海が近い事もあり海鮮料理がとても美味しいとのことだ。

 

「へぇ~、どれも美味しいね」

「うん!お刺身も新鮮で美味しいし、この煮魚も絶品だね」

 

結構有名なお店なのか、駐車場にはかなりの車が停まっていた。県外のナンバープレートもあったし知る人ぞ知るお店なのかもしれない。

 

「よく知ってたねこんなお店」

「仕事柄、結構こういう情報が入ってくるんだ。実は私も今日初めて来たから内心ドキドキでした」

「でも無事美味しいしお店だった訳だから、今日は一花に感謝だね」

 

このお店を紹介してくれたことに一花を誉めると、いや~と頭をかきながら照れていた。

 

「そういえば、みんなの進路は着々と決まっていってるね」

「そうだね。四葉の推薦入試も無事合格で終わったし、三玖と二乃は料理専門学校へ進む事が決まった。後は風太郎と五月だけかな」

「ふふっ、カズヨシ君の推薦も難なく合格だって聞いたよ。しかも噂では推薦の筆記でもまた満点取ったんだって?」

 

煮魚を食べながらニヤリと笑いかけてくる一花。

そうなのだ。結局日の出祭の後に三条先生に進路の相談をしたところ、僕の実力であれば推薦も可能だと言われたのでその話に乗ったのだ。

筆記試験のレベルも高かったが、やはり面接というものは緊張するもので、途中何言えば良いかテンパってしまったところもあった。しかし、僕が以前書いた論文を試験管の人も見てくれていたので、その話で盛り上がったのは助かったかな。

 

「まあ、こんな成績を残せるのもこの年までかもしれないね。大学でどこまで付いていけるか」

「君が言うと嫌みにしか聞こえないんだけど」

「え?そう?」

 

本気で思っていることだからちょっと驚いてしまった。

 

「ま、いっか。それで今は五月ちゃんだけじゃなくてフータロー君の勉強も見てあげてるんだよね?」

「ああ。たまに二人共うちに泊まったりしてるよ。さすがに二乃や三玖は勉強で忙しいって分かってるからか押しかけてこないけどね。てか、他人事(ひとごと)のように話してるけど、一花だって卒業のための勉強しなきゃなんだから」

「はーい」

 

軽い返事をしながら残っている食事を再開する一花。実際はきちんと仕事の合間を縫って勉強は出来てるようだからそこまで強く言わなくても良いだろう。

 

「そうだ。フータロー君って東京の大学に行くんだっけ?」

 

思い出したかのように食べる手を止めて一花が話題を出した。

そうなのだ。風太郎の進路先は東京。日の出祭前の模試結果でもA判定を出していたのだ。

 

「ああ」

「ああって…それをみんなに教えてくれたのってつい最近でしょ?私はみんなから教えてもらって知ったけど。カズヨシ君は前から知ってたんだよね?」

「まあ、相談には乗ってたから。とはいえ、本人の事だから本人の口から話した方が良いでしょ?」

「まあ、そうだけど」

 

風太郎が皆に伝えるのに躊躇っていたのだが、日の出祭が終わってからしばらくして、そろそろ伝えた方が良いと思って風太郎の背中を押してあげたのだ。

 

「しかも皆薄々感づいてたし。風太郎が勇気振り絞って伝えた時の虚無感ハンパなかったよ」

 

それだけお互いの事を分かっていて、どんなに離れていても関係は変わらないって事だろうな。

 

「まあ……それでも…長年連れ添った親友が遠くに行くのは寂しく思うかな…」

「カズヨシ君…」

「それに五月から聞いたよ。風太郎から進路の事を聞かされた後、四葉はなんともない風を(よそお)ってたけど、僕と風太郎と別れた後は号泣してたって。よく平気な顔でいられたもんだ」

「きっとフータロー君に心配させたくなかったんだろうね。君だってそうでしょ?」

「まあね」

 

一花に指摘されたように、風太郎が東京に行くことを寂しく思う気持ちをなるべく風太郎に悟られないように努めている。もし気持ちを察することで進路を変えるなどと言うのではないかと思ったからでもある。

 

「カズヨシ君は東京行かなくてよかったの?カズヨシ君の希望する道なら東京の方がよかったんじゃない?」

「うーん…まあ考えなかったことはなかったけど、僕は風太郎と違って寂しがり屋だからね」

「おやまぁ。きっとみんなも喜ぶよ」

 

東京に行くという選択も確かにあった。何せ推薦先に東京の大学もあったのだ。とはいえ、僕には上を目指すという気概がない。なら、地元でも自分の道を切り開く事が出来るのではないか、ということで地元の大学を選んだのだ。僕の目標はあくまでも皆と一緒にいること、だからね。

 

「そういえば、一花はクリスマスも仕事?」

「まあね。お陰さまで忙しい限りですよ。その日はみんなで集まるんだっけ?」

「ああ。一日くらい良いだろうって。去年のメンバーに桜が加わる感じだね。二乃と三玖が張り切って料理するみたいだよ」

「う~ん、参加したいけど多分夜遅くなっちゃうかもだし。カズヨシ君の家には行くからさ」

「分かったよ。一花の分の料理やケーキは残しとくから」

「うん。ありがと!」

 

そうして残りの食事も美味しくいただいた後は、バイクで色々と回って久しぶりの一花との二人っきりのデートを楽しむのだった。

 


 

そして年が明けて正月。この日は一花も仕事がなく、本当の意味で全員集合ができた。

 

「うわー!らいはちゃん、振袖可愛いですぅ」

「えへへ、綾さんが用意してくれたんだ。ちょっと歩きにくいけどウキウキしてくるね!」

「くぅ~」

 

四葉が誉めている通り、今日のらいはちゃんは振袖姿である。丁度帰国していた母さんが用意してくれたのだ。

笑顔でみんなと話してるらいはちゃんの振袖姿を見て、風太郎は涙を流している。先程からずっとだ。

ちなみに五つ子と零奈は去年と同じものであるが、やはり何度見ても似合っているので見飽きたりしない。三玖も去年同様に簪を着けてくれている。

 

「桜の振袖は初めて見たけどやっぱり似合ってるね。姿勢から違って見えるよ」

「ありがとうございます。言っていただければ和義さんの和服もご用意いたしましたのに」

「いやぁー、僕はいいかな。その気持ちだけでもありがたいよ」

 

家の中であればそういった和装も良いかもしれないが、外出にはまだまだ着る勇気はないかな。とはいえ、諏訪の家に行った時は正装ってことで着せられそうではあるが。

 

「それじゃお参りしちゃいましょ」

「人いっぱい…」

「お正月ですからね。一花は大丈夫なのですか?」

「人が多い分大丈夫だよ。まあ、あまり長居はしない方がいいかもだけど」

「零奈は疲れてない?」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 

人が多い事で迷子にならないように手を繋いでいる零奈に声をかけた。中身が大人でも体はまだまだ小学生なのだ。体力とかそういった面をしっかりと見てあげないといけない。

そしてようやく僕たちの番まで回ってきたので皆でお参りをした。

 

パン

 

風太郎と五月。二人の希望する大学に合格しますように。

そんな願いを込めて参拝するのだった。

 


 

そんな初詣からしばらくした日。今日は五月の入試の合否の発表日である。

 

「今日は私のわがままを聞いてくれてありがとうございます」

「いや、この時期になると僕は暇してるから全然問題ないよ」

「......」

 

五月のお願いもあり合格発表に同行することになった僕と零奈。

零奈は学校があるから本当は僕だけが付いて行く予定だったのだが、零奈がどうしても行きたいと言うもんだから今日は学校を休ませて付いてきている。

その零奈は今緊張しているのか、繋いでいる手に力がこもり会場に近づくにつれ口数も減っている。

まあ、娘で唯一の大学一般入試だからね。緊張するのも無理はない。

会場に着くとたくさんの受験生がいたので、さすがに発表されている掲示板までは零奈を連れていくわけにもいかなかった。

 

「五月。僕達はここで待ってるから、ここからは一人で行ってきな」

「はい...」

 

力強く頷いた五月が結果を見ている人達の中に消えていった。

 

「五月から番号は聞いてるけどさすがにここからは見えないなぁ」

「うぅぅ...自分の時より緊張しています」

「こういう緊張感を味わうのに一般受験するのも良かったかもなぁ」

「兄さんの場合は緊張せずに見ることが出来るでしょうから面白味がありません。あああ...五月は大丈夫ですよね...」

 

緊張している中、何気に兄に対して酷いこと言ってる自覚があるのかないのか、あわあわしている零奈。こんな零奈を見るのは初めてだ。

まあ、僕も緊張はしているのを否めない。二人が僕以上に緊張していたから結構普通にいられるのだ。

そんなこんなでしばらくすると、確認を終えた五月が人の波から出てきた。

受験票を握りしめ下を向いている。

ど、どっちだ。

気になって仕方なかったのか、零奈が五月のそばまで行き五月の服を握りしめて問いかけている。

 

「ど、どうだったのですか五月?」

 

極限まで緊張しているからか、五月呼びのままになっている零奈。

まあ周りは自分の事でいっぱいいっぱいだろうから気にしなくてもいいか。

 

「うっ......うぅぅ......お母さん......」

 

五月は零奈を抱きしめるために屈み泣いてしまった。

駄目だったのか...

 

「お母さん...私...やったよ...合格した...」

「え?」

 

驚いた零奈は抱きついている五月の肩を持ち、少し離してお互いの顔が見えるようにして聞き返した。

 

「ご、合格したのですか!?」

「うんっ...!」

「よしっ!」

 

その言葉を聞いた僕は小さく腰辺りでガッツポーズをした。まったく紛らわしい娘だよ。

 

「うっ......や...やりましたね、五月」

「うんっ...!私......頑張ったよ...」

 

そこでまたお互い抱きしめ合う二人。もう二人だけの世界である。

よく頑張ったね五月。

 

 

・・・・・

 

 

その日の夜のうちに五月の合格祝いのパーティーが中野家で行われた。

皆大はしゃぎで二乃と三玖、それに五月と桜に零奈はリビングで疲れて眠っている。

僕と一花と四葉は三人でベランダに出ていた。

 

「いやー、改めて五月ちゃんが合格できてよかったよかった」

「だね。五月頑張ってたもん。その頑張りが報われて本当に良かった」

「合格発表の会場で二人とも泣いちゃうから僕は大変だったけどね...」

「あはは、それはご苦労様」

「後は上杉さんか...」

 

そんな言葉を溢した四葉は遠くをじっと見ている。ここにはいない恋人の事を想っているのだろう。

 

「まあ、風太郎は大丈夫でしょ」

「お、カズヨシ君のお墨付きなら大丈夫かな」

「……これで皆の道が分かれちゃったね」

 

少し寂しそうに四葉が呟いた。

 

「一花達は今の家からそれぞれ通うから大きく変わる事はないかもしれないけどね。それでも五人揃う事が少なくなるだろうね」

「......カズヨシ君は四葉と五月ちゃんとは違う大学に。しかもバイク通学なんだっけ?」

「そうだね」

「......そして上杉さんは東京、か...」

「......」

 

寂しい声で四葉が呟いた。

 

「たしかに寂しいって気持ちはあるよ。でも...」

「うん!離れていたって平気だよ。だって、私たちは皆...一人じゃない。きっと、繋がっているから」

「ああ。そうだね」

 

一花の言葉に対して四葉が夜空に浮かんでいる月に向かって手を伸ばしながら宣言する。

それには僕も同意だ。僕達は一人じゃない。きっと風太郎もそう感じているだろう。

 

 

そして、月日は流れ・・・・・

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。
すみません、本来であれば日曜日に投稿する予定が、忙しくて忘れておりました。。。

今回は、和義と一花の二人っきりデートと皆での初詣。そして、五月の合格発表を書かせていただきました。合格発表の部分は一花ルートでも書いてますので、一部だけ変更しております。
和義と一花のデートについては、学園祭では一花の出番がほとんどなかったことで書かせていただきました。

さて、このハーレムルートも次回で最終話とさせていただきます。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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【完】いつまでも

~七年後~

 

ガチャ…

 

「おや?まったく、ここは休憩所ではないといつも言っていると思うのだが?」

 

お昼休憩の時間になったので弁当を食べていたところ、()()()()()が部屋に入ってきた。その部屋というのが院長室なのだからマルオさんの言い分は正しいのかもしれない。

 

「すみません、いつもお邪魔してしまい」

「いいのだよ真田君。どうせ、直江君から誘われたのだろう?」

 

そして今お昼を一緒に食べている真田がいつも通り萎縮している。

 

「いいじゃないですか。僕はマルオさんのお弁当を届けてきてるついでみたいなものなんですから。届けた後に戻って食べる時間ないんですよ」

 

マルオさんの机の上に乗っているお弁当を指さして僕はいつもの問答をした。

 

「今日は零奈の手作りです。後で感想を言ってあげてください」

「そうかレイナ君の…いつもすまないね。後で伝えておくとしよう」

 

マルオさんの院長室で真田となぜお昼を食べているかと言うと、僕は今この総合病院で研修医として働いているからだ。色々な診療科を経験しているところである。

旭高校を卒業した僕は医学部に進学した。進学先に真田もいたことには驚いたが、お互いに切磋琢磨して無事に今年の三月に卒業。現在は研修医一年生として日々頑張っている。

僕の近くだと良い刺激になるとかで、マルオさんにお願いをして真田も同じ病院で研修医をしている。

 

「感想を伝えてあげるのはいいですけど、直接伝えてあげた方が喜ぶと思いますよ。最近また帰ってないから心配してますよ」

「…っ、善処しよう」

 

マルオさんと直接話した訳ではないが、零奈が零奈(れな)さんだとマルオさんは気づいている節がある。そのせいか、零奈の手作り弁当の日は大抵機嫌が良いのである。今も分かりにくいが口元が上がっているように見える。

 

「そういえば真田、竹林にプロポーズしたんだって?」

「ゲホッ…ゲホッ…ど、どこで聞いたんだい!」

「え、竹林本人から電話があったよ。よっぽど嬉しかったんだね。いつも以上に滑舌だったよ」

「彼女はもう…」

 

よっぽど恥ずかしく思ったのか、真田は両手で顔を覆いながら上を向いてしまった。

真田と同じ大学に通うことになってから竹林とも連絡を取り合ったりご飯にもよく行くようになった。今回の報告もその延長線なのだろう。

ちなみに補足ではあるのだが、竹林と五月が同じ大学だったようで、僕を通じて二人も仲良くなったようである。

 

「あの勢いだと五月にも連絡してんじゃない?本人からは聞いてないけど」

「あり得るだろうね…」

「でも、結婚はしないんだね。婚約したって聞いたよ」

 

そうなのだ。すぐに結婚をするという訳ではなく婚約の段階だと竹林が話していたのだ。

 

「……彼女は一人前の教師という職に就いている。なら、僕も一人前の医師になってこそ、一緒に歩んでいけると思ったんだ」

「なるほどね。真田らしい考え方だね。けど、そういう風に考える真田は好きだよ」

「まったく…君は平気でそういう恥ずかしい事を言えるよね。それだから看護師の一部だけど好意を寄せられるんだよ」

 

真田が言う通り看護師の中には好意を向けてきている人がいるそうである。まだ直接言われた訳ではないのでなんとも言えないが。

 

「前にも言ったけどそういうのには興味ないからね。僕には既に最愛の()()がいるから」

「フッ……」

「そうだったね。大変かもしれないが僕は応援しているから、何かあれば言ってくれ」

「サンキュー真田」

 

僕の言葉にマルオさんが笑みを浮かべたように見えた。

そんなマルオさんの席には二つの写真立てが立っている。一つは二年前に式を挙げた風太郎と四葉の披露宴の時のツーショットの写真だ。風太郎と四葉は幸せそうな笑顔で撮られている。そしてもう一つは……

 

「さて、寄るところもあるのでそろそろ行きますね」

「なるほど。あの人にはよろしく伝えておいてくれ」

「て、マルオさんの担当の患者さんでしょうに。分かりましたよ」

「直江君。僕がお弁当持って行っておくよ」

「本当?ありがとね」

 

院長室を出た僕と真田はしばらく歩いたところで別れた。そして僕はある病室に向かった。

 

コンコン…

 

『はい、どうぞ』

 

向かった病室の扉をノックすると女性の声で返事が返ってきた。

 

「失礼します」

「あら、和義さん。お仕事は良いのですか?」

 

ベッドの脇に座っている楓さんから声をかけられた。この病室は以前風太郎が林間学校の後に入院することになった個室である。

 

「ええ。まだお昼休憩中ですから。ご気分はいかがですか、お祖父さん」

「どうということもないわ。ただの検査入院、心配し過ぎだ」

「もう、せっかく来てくれたのにその言い方はないでしょうに」

 

この個室に入院しているのは五つ子達のお祖父さんだ。僕が初めて会った時から体を悪くしていたようで、そんなに長くないかもしれないと言われていたそうだ。

それが、楓さんの献身的なお世話と僕が休みの度に宿にお邪魔して作っていた薬膳料理、後は零奈(れな)さんが戻ってきた事による気力の回復も要因して、徐々に回復してきたのだ。どれも医学的な根拠もないものであるが、回復したのに変わりはない。とはいえ奇跡のようなものである。

回復したとはいえまだまだ予断も許されない状況でもあるので、こうやって定期的に検査入院をしてもらっているのだ。

 

ガラッ…

 

「あら。兄さんも来てらしたのですね」

 

花を添えた花瓶を持った零奈が部屋に入ってきた。どうやら水の交換に出ていたようだ。

楓さんも毎日のように病院に通っているが、零奈も今は夏休みでもあることから毎日見舞いに来ている。

零奈も今では中学三年生。すっかり大人びており、母さんと言うよりも写真で見た零奈(れな)さんにどちらかと言えば似てきている。背も母さんを既に追い抜いており、胸も抜かれたそうだ。

『なんでー!』と母さんが泣きながら僕に聞いてきた。僕に聞かれても困るのだが…

 

「随分時間がかかったようだが、変な男に声をかけられたんじゃないだろうな」

 

顔良し、頭良し、スタイル良し、運動もそこそこということもあり、学校では随分モテているそうだ。昔に比べて人当たりも良くなってきたのでそれも要因の一つかもしれない。

そのせいか、今のようにお祖父さんを含めて父さんにマルオさんが零奈の周り、というか男性関係を気にしているのだ。父さんなんか毎日のように聞いてきたから、『これ以上聞いてくるようでしたら今後父さんと口を利きません』、といってピシャリと話題に出さないようにした。あの時の父さんめっちゃ焦ってたもんなぁ。

 

「そういうのではありませんよ。看護師さんとお話ししていたのです。どこかの誰かさんが気になるようでして、その妹にアプローチしようとしたかったようですね」

 

ギロっと花瓶を棚に置いた後に睨まれてしまった。あー…こりゃ帰ってまた詰め寄られるだろうな。

 

「それに前にも話したではありませんか。私、兄さん以外の男性に興味ない、と」

 

『自分が愛する者は和義さんだけ』。零奈が中学に入学した頃、お祖父さんと楓さんの二人に零奈は告白したそうだ。楓さんは薄々気づいていたそうだが、お祖父さんは驚きの反面、納得もしていたそうだ。

『自分の思うがままにすればいい』。その時優しい顔でお祖父さんは零奈に伝えたそうだ。

異質ではあるが、目の前の三人の親子関係は上々と言えるだろう。僕が長期休みに入る度に旅館での長期バイトでお世話にっていた頃も、零奈は僕に付いてきて三人での時間を過ごしていたのだ。今でも目の前で三人笑って話をしている。

 

「てか、毎日のように来てるけど、零奈は勉強問題ないの?」

「誰に言っているのですか。問題ないに決まっています。今もほら、ちゃんと勉強道具を持ってきているのですから」

 

零奈が指さした先にはソファーとテーブルがあり、そのテーブルの上には勉強していた形跡が残っていた。

零奈は小学校卒業後、周りからの勧めもあった黒薔薇女子には進学せず、普通の公立中学校に進学した。つまり僕と同じ進路である。

 

『兄さんだって言っていたではないですか。勉強はどこでもできます。友人と別れるのも寂しいですし、何より進学校に進んで兄さんとの時間を潰したくないですから』

 

本当に公立中学で良いのか確認した時に零奈に言われた言葉である。変なところだけは僕の真似をしてくるもんだから困ったものである。

そこでふとお祖父さんが寝ているベッドの脇に飾ってある写真立てが目に入った。

一つはこの部屋でお祖父さんと五つ子と零奈が一緒に写っている写真。後の二つはマルオさんの机に置いてあった物と一緒である。一つは、いわずもがな風太郎と四葉の披露宴での写真だが、もう一つは僕が中心にウェディングドレスを着た一花、二乃、三玖、五月、桜が写っている。

 

・・・・・

 

「すみません勇也さん無理言って」

「なーに、いいってことよ。このくらいなんてことないさ」

 

僕と桜がまだ大学生だった頃。六人の休みが重なったある日、僕達は勇也さんにお願いしてある写真を撮ってもらうことになった。僕の着替えはすぐに終わったので、今は五人の着替えを待っているところだ。ちなみに僕は白のタキシード姿である。

 

「しっかしお前さんも五人と付き合うなんて大変だろ」

「いえ。毎日幸せで、大変なんて考えたことありませんよ」

「言うねぇ。風太郎の奴もこれくらい言ってくれりゃあな」

 

そんな雑談を勇也さんとしていると、彼女達の着替えが終わったとのことで撮影場所に入ってきた。

 

「うわぁ…」

 

純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女達を見て言葉にならず、ただただ感動をしてしまった。

 

「お待たせっ」

「ふふっ、あまりの綺麗さで言葉も出ないって感じね」

「ちょっと恥ずかしいかも…」

「こうやって並ぶと不思議な感じだね」

「まさか(わたくし)にウェディングドレスを着る機会がくるなんて思ってもみませんでした」

 

五人ともそれぞれが言葉にしているが皆嬉しそうな顔でキラキラしている。

 

「うん。皆綺麗だ」

 

それ以外の言葉が出てこないくらいに五人のウェディングドレス姿は綺麗で美しかった。

 

「うっし!じゃあさっそく撮っていこうぜ」

 

勇也さんの合図のもと二人での写真撮影を開始した。つまり、五組の写真を今から撮っていくのだ。

そんな写真撮影も順調に進んでいき、最後の桜とのペアの写真が終わった頃に一花から一つの提案が出た。

 

「ねえねえ。どうせなら六人で写真に写ろうよ」

「いいわね」

「うん。いいアイディア」

「私も賛成」

「とても良いことだと思います」

「それはいいけど、どうやって撮るのさ」

「まあ、椅子を使って何人かは座って撮るのがベストだろうな」

 

勇也さんの考えもあり、一花、二乃、三玖の三人が椅子に座り前に並び、その後ろに僕を中心にして五月と桜が両脇に配置となった。

 

「いいんじゃねぇのぉ。じゃ撮るぞぉ」

 

バシャッ…

 

・・・・・

 

六人での写真を見ていると、写真撮影をした当時の事を思い出されてくる。ペアで撮った写真は、皆それぞれの部屋で飾っている。ぼくの部屋にも六枚の写真が飾られているのだ。それを羨ましそうに零奈が眺めている時があるが、まあもう少し成長したら考えてやっても良いのかもしれない。

 

「…と、そろそろ戻りますね。楓さんはゆっくりしていってください」

「ええ」

「あ、兄さん。今日の帰りは遅くなりそうですか?」

「んー…何もなければいつも通り帰れるよ。遅くなりそうだったら連絡する」

「分かりました」

「じゃあお祖父さんも安静にしててください」

「分かっとる」

 

お祖父さんの返事を聞いた僕は病室を後にするのだった。

 


 

その日の夜。少し遅くなったが何事もなく帰ることができた。今日は真田と久しぶりの同じシフトだったから、たまには帰りにご飯にでも行くのが良いのかと思ったが、あちらもあちらで竹林と約束ができたそうだ。

ということで我が家へと帰るのだが、現在住んでいるマンションに着いてそこでそのマンションを見上げた。三十階建てのそのマンションを。

 

「やっぱ、まだ慣れないなぁ」

 

今の僕は実家を出てこのマンションの二十九階に住んでいる。いわずもがな、このマンションの三十階には中野家がある訳なんだが…

 

「ただいま」

 

玄関を通ってリビングまで行くとソファーに座り書類に目を通していた桜がいたので声をかけた。

 

「おかえりなさいませ、和義さん。今日は早めに帰れたのですね」

 

お迎えのために立ち上がり近くまできた桜は、そんな声かけをしながら目を瞑って顎をくいっとあげた。僕はそんな桜の唇に軽くキスをする。

 

「ん……」

「桜は持ち帰った仕事中?」

「ええ。華道の方の展覧会の予定表ができたとの事なので内容の確認をしておりました」

 

この部屋には現在僕以外には桜と零奈が住んでいる。両親は海外での仕事も終わり、今では家にいる訳なのだが、僕が家を出ると零奈はそれに付いてきたのだ。

ちなみに桜は今は諏訪の実家のお仕事の見習いといった感じで、桜の父親について色々と学んでいる。僕の研修医と似たようなものだ。それに加えて、自身の稽古に華道の教室での講師、弓道の大会など数多くの事をやっているので、忙しい日々を送っている。たまに他県での展覧会に参加するために出張に出たりもしている。

 

「そっか。ご苦労様。零奈は?部屋?」

「いえ。(わたくし)と五月さんが先ほど帰りましたので、お夕飯の準備のために()に行っております」

 

頭を撫でながら聞くとニッコリと笑って桜が答えてくれたので()()()()()()()()()を見た。

なんとこの部屋は上の中野家の部屋と階段で行き来が出来るように工事が行われているのだ。

 

僕が医師の国家試験に合格して後は大学を卒業するのみとなった頃。桜もちょうど大学を卒業することになったので、そろそろ六人で一緒に暮らそうかと考えていた。しかし、そうなってくると住む場所を考えるのがとても大変だった。そんな時…

 

『中野さんのお宅の下のお部屋が()()()()空いたのよ。中野さんとお話ししたのだけど、二つの部屋を階段で繋げる改築をしようと思ってるのだけど、いかが?』

 

楓さんからそんな連絡があったのだ。

僕達としては願ったり叶ったりだったのですぐにお願いした。残念ながら僕らにはまだ資金がなかったのでそういうのには頼るしかなかったのだ。しかし、その時には中野家と諏訪家が合わさった時の資金源には驚きを隠さなかった。なにせマンションの一室を買い取り工事まで施工したのだから。

そんな訳で、確かに二十九階には僕と桜と零奈の三人で住んでいるが、この階段を上れば中野家なので四葉以外の中野家の面々と一緒に住んでいるといっても過言ではない。ちなみに四葉は風太郎と結婚しているので、東京に一緒に住んでいる。

 

「ただいま皆」

 

階段を上りきったらリビングに四人が揃っていた。一花と二乃と三玖はソファーでくつろいでいるようだが、五月はダイニングテーブルで何やら書類作業をしている。

 

「あら、おかえりなさい和義」

「おかえり」

「おかえり~」

「おかえり和義君」

 

そして先ほどの桜と同様に一人ずつにキスをしていった。

最後の五月とのキスの後、零奈がキッチンから料理を運んできた。

 

「五月と桜さん、それに兄さんの分ですよ。まったく…何度見ても先ほどの光景は慣れませんね」

「ふふっ、羨ましいでしょ」

 

二乃が零奈の配膳を手伝いながらそんなことを伝えた。

 

「まあ、私もたまにしているのでどうということはないですね」

「和義?」

 

そんな目で見られても困るんだけどね三玖さんや。

だって仕方がないのだ。隙あらば零奈はキスをしてくるようになってきたのだ。特に中学に上がってから増えている。

 

「まあ、お母さんだったらいいんじゃない?もうこのグループの一員みたいなもんなんだしさ」

「それもそうだね。それより和義君に桜。ご飯食べましょ」

 

テキパキと書類を片付けると、五月はご飯を食べる体勢になった。僕もお腹は空いているので五月の向かいに座り、桜が僕の横に座る。

 

「「「いただきます」」」

 

他の四人はすでに夕飯は終えているので三人での食事となる。

 

「マルオ君は今日も帰られないのですか?」

「いや。仕事が立て込んでるみたいだけど、何とか帰るって言ってたよ。夕飯は用意しといて良いんじゃないかな」

「そうですか。では、温めるだけの状態にしておきましょう」

 

僕の言葉を聞いた零奈はキッチンに準備のために向かった。

 

「皆は体調は大丈夫なの?何かあればすぐに言ってね」

「それ毎日のように言ってるじゃない。そこまで気にしなくても大丈夫よ」

 

二乃が零奈の手伝いのためにキッチンに向かいながら答えた。

 

「でも心配してくれてるのは素直に嬉しい。ありがとう和義」

「ここに子どもが宿ってるって思うと、やっぱり感慨深いよねぇ」

 

一花がそんな言葉をこぼしながら自分のお腹を撫でるように触っている。

そうなのだ。現在、五人それぞれのお腹には僕との子どもを宿している。つまり妊娠しているのだ。まだ三ヶ月なので、見た目的にはそこまで分かるものではないが、産婦人科で診てもらったので確かである。

時期は近くなるとは思っていたが、ここまでほぼ同時に妊娠するとは思っていなかったな。

現在五人はそれぞれの仕事に就いている。

一花は女優の仕事を今でも続けており、今では全国でも有名な女優になっている。仕事も全国各地であっているのでこの家に帰ってくることも、家の中のメンバーでは少ないほうだ。今月に入ってお腹の子の事も考慮して長期休暇に入ったところである。

二乃と三玖は二人でカフェの経営をしている。風太郎の家の下にあったお店を勇也さんから譲り受けたのだ。僕が大学四回生だった秋に開店をしたので、今年で三年目になる。そんな二人は今は開店時間を短縮して、無理なく続けている。

五月は念願の教師になって日々頑張っている。今も持ち帰って仕事をしていたのだろう。妊娠が分かってからは学校に報告をして、周りの協力もあり今も休まず仕事を続けている。

桜は先ほど説明した通り諏訪家での仕事がメインだ。周りの助けもあるので教室や展覧会への参加は続けている。ただ、弓道だったり遠出だったりは控えている。

 

「それはそうと、あんたたち明後日はちゃんと休み取れてるんでしょうね?」

 

キッチンにいる二乃からそんな質問が投げかけられた。

 

「私はそもそもずっとお休みだから問題ないよ」

「私もちゃんと調整してるよ。例年通りお盆休みとして連休貰ってるしね」

(わたくし)もスケジュール調整に問題ありません」

「僕も大丈夫だよ。風太郎も当日には着くって言ってたし、らいはちゃんも風太郎と一緒に来るって言ってたからこれで全員集合だね」

 

二乃が言う明後日と言うのは八月十四日。つまり零奈の誕生日であり、零奈(れな)さんの命日でもある。

あの七年前のお墓参り後の集合写真を撮って以来、毎年集まってお墓参りをして集合写真を撮っているのだ。

久しぶりに風太郎に会うのは楽しみである。

明後日の事を考えながら夕飯を食べるのだった。

 


 

八月十四日。

七人で家を出た僕達はお墓のある墓地に向かった。風太郎達とは現地での合流である。

 

「お、来たんじゃない?」

 

一花がこちらに向かってきている()()に気づいた。

 

「みんなー!久しぶりー!」

 

四葉が子どもを抱えてブンブン手を振って近づいてきた。

 

「四葉、久しぶりだね。相変わらず元気そう」

彩葉(いろは)ちゃんもこんにちは」

 

五月と桜が四葉と彩葉ちゃんに挨拶をしている。

上杉彩葉。風太郎と四葉の子どもで今年の春に一才になったばかりの女の子である。

 

「らいはちゃんも今年もありがとね」

「いえいえ。いつも呼んでいただいてありがとうございます」

 

一花がらいはちゃんと話しているが、早いものでらいはちゃんももう大学生である。今も家を出ておらず、実家から近くの大学に通っているそうだ。らいはちゃんにはバイトとして最近うちのハウスクリーニングをしてもらっている。今は夏休みで零奈がいるが、普段は全員が出掛けているというのもあり、後は知った仲だというのもありでお願いをしている。お陰で一花の部屋も汚部屋にならずにで助かっている。たまに泊まったりもして女子会なんかも開いているそうだ。

 

「ハァ…ハァ…」

「よ!風太郎は疲れてるみたいだね」

「荷物が重くてな…はぁぁ…久しぶりだな和義」

 

リュックを担いでいる風太郎はお疲れ気味のようだ。多分彩葉ちゃん用のオムツとか色々入っているのだろう。子育ては一人でも大変なのに、零奈(れな)さんは五人のことをしっかりと育てあげたのか。やっぱり凄いな。

そんな思いもあり、零奈の頭を撫でていた。

 

「?なんです急に」

「いや、零奈(れな)さんは凄いなと思ってね」

「?」

 

訳の分からないといった顔の零奈を置いてお墓に向かう。今年もお花がたくさん添えられているようだ。

 

「まったく…お父さんも一緒に来ればいいのに」

「うちの両親や勇也さんに下田さんも来てるみたいだから、あっちはあっちで時間を合わせてるのかもね」

「そっか。和義のご両親もお墓参り来てくれてるんだったよね」

 

すでに綺麗ではあるが、水をかけたりしている時に二乃と三玖の二人とマルオさん達も集まって来ているのではないかと話をした。

 

「よし。お花も添えれたし、じゃあみんな手を合わせまして…」

 

一花の号令と共に皆で手を合わせてお参りをする。

お腹のことやいろはちゃんを抱っこしている四葉の事もあり、しゃがんで手を合わせているのは僕と風太郎と零奈とらいはちゃん。後の皆は立って手を合わせている。

お墓参りも終わるといつもの場所で集合写真を撮ることになった。

 

「今年も大勢でお集まりになったのですね」

「すみません、いつも騒がしく」

 

お寺の和尚さんが毎年行事のように写真撮影をしてくれるために来てくれた。

 

「いえいえ。このように集まることが出来る事が普通になっているのが素晴らしいことです。さあ撮りますのでお集まりください」

 

和尚さんの号令もあり集合をする。

 

パシャ…

 

今年もこうやって集合写真を撮ることが出来た。きっと来年以降もこうやって集まることも出来るだろう。それに来年以降はまた人数が増えている。

いつものように女性陣で集まって写真の出来映えを見ている。

そんな光景を眺めて空を見上げた。

 

「どうした?」

 

そんな僕に風太郎が声をかけてきた。

 

「いや。やっぱり幸せだなぁって…またこうやって集まろうね」

「ふっ…ああ」

 

いつまでも皆一緒に…

そんな思いを蝉時雨に乗せて願うのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話でハーレムルート最終回とさせていただきました。
今回のルートの和義の職業は医師としました。地元にいて、六人と一緒に住んでいくのであればマルオみたいな医師かなという思いで決めました。

また、真田が医師で竹林を教員にすることで和義達と接点を取るようにさせていただきました。

そして、中野家マンションの工事をすることで一緒に暮らすということにしました。無理矢理感が半端ないですが…
最初は、桜の家に住むというのも考えたのですが、マルオがあの広いマンションの一室で独りというのも可愛そうだったので今回のようにさせていただきました。

さて、ハーレムルートも終わりましたので暫く『五等分の奇跡』の投稿はお休みして、もう一つの作品である『少女と花嫁』に集中していきたいと思ってます。
最近仕事が忙しくなってきて、二作品同時進行が厳しくなってきましたので…
ただ、機会があれば二乃、三玖、五月のルートも書ければなとは思ってます。桜や零奈も余力があれば書きたいですが、四葉ルートはどうなんですかねぇ。まあ、そこも今後考えていきます。

では、いつになるかは分かりませんが、次回投稿がありましたら読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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