転生して会長の甥っ子 (ぬがー)
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原作以前のクォーターデビル
1話


 オレは支取(しとり)譲治(じょうじ)、十一歳だ。いわゆる前世の記憶というやつを持っている転生者でもある。

 この体の本来の持ち主はどうなったんだろうか、とかなぜ転生なんかしたんだろうか、とか色々考えていたが、いくら考えても答えは出ないし、第二の人生送れるなんてラッキー、と軽く考えて普通に過ごしてきた。精々「この世界は前世で見た作品の世界かもしれない!」って前世の作品キャラの名前や地名を思い出して探してみたりしたくらいだ。結構見つかったけど怖いのまで見つかり始めてやめた記憶がある。それ以外はハイスペックすぎる体を除けばほぼ前世と変わらない生活だったな。

 そんなある日の事、唐突に家族会議が開かれた。

 

「珍しいこともあるもんだね。いつもは家族の時間を滅多に作ろうとしない父さんがこんなこと言い出すなんてさ」

 

「う、それはすまん……。だが今回のは大事な話でな、お前にずっと隠していたことがあるんだ」

 

「隠し事? 父さん達の仕事で何かやばいことに手を出してたとか?」

 

「それもあるんだが、もっと別のことだ」

 

 それもあるのかよ……。聞いても答えてくれないし、仕事で家を空けることも多く、何に使うかさっぱりわからない商売道具などを持っていたのでそうじゃないかとは思ってたけどさぁ。

 で、それとは別の事ってなに?

 

「ああ、実はお前は純粋な人間じゃないんだ」

 

「は?」

 

 何言ってんだ、こいつは?

 

「ちょっ、そんな見下したような目をしないでくれ! ほら、母さんからも何か言ってくれ!」

 

「父さんの言ってることは信じられないかもしれないけどね、とりあえず最後まで聞いてみなさい。証拠だって見せてあげるから」

 

「んんー、まぁ、聞くだけなら」

 

「よし、じゃあまずは基本的なとこから行くぞ。本題に入るのにちょっと時間がかかるが我慢するんだぞ」

 

「へいへい」

 

 父さんの話をまとめると、こうだ。

 

 この世界には悪魔、神、天使、堕天使などの人外種がいる。

 このうち、悪魔、聖書に記された神と天使、堕天使がでかい戦争をしていた。

 この戦争が原因で、三勢力は滅びかけ。

 特に悪魔は主だった魔王を失ってしまったので一番やばい。

 力のある悪魔が指導者である新たな魔王に選ばれたのだが、魔王になったと同時に実家との縁も切れたので実家は跡取りがいなくなった。

 結婚して子供を実家に戻してくれそうもないし、できそうもない。

 上級悪魔同士では子供が生まれにくいので、このまま跡取りが生まれなければ家が絶える。

 純血は保てないが、血を絶やすことがないように人間と子供を作った。そうして産まれたのが父さん。

 だから俺にも悪魔の血が流れている。

 

「理解できたか? というか信じられるか?」

 

「翼が出せて空を飛べたり、水を操れたりできちゃったら信じるしかないだろ。で、それがどうかしたのか?」

 

 平然と返しているつもりだが、内心びくびくしている。

 どう聞いたって俺、『ハイスクールD×D』の世界に転生してるよねッ!? やばい世界観だったのはなんとなく覚えてるぞ!

 パワーインフレ進みまくりの、死亡フラグ満載の世界ッ!

 原作の主要キャラにこそ死人は出ていないが、モブの悪魔や魔法使いはバンバン死んでる物騒な世界ッ!

 こんな事実知りたくなかった! 無関係なまま人生を送りたかった!!

 だが知ってしまったモノはしょうがない。どうにかして安全を確保しなくては。

 

「いや、実はな、お前が生まれる少し前に正妻との間に子供も生まれてな。というか後継者が生まれて用無しになったんで家を出て母さんと結婚して好きに生きるつもりだったんだけど、お前神器を持ってるみたいじゃねぇか。それも結構強力そうなやつ。それで当主がお前を次期当主の眷属にしたいって言いだしたんだよ。俺らも元々あと何年かしたら裏の事も教えて、母さんの技術を継がせようと思ってたから、好待遇なそっちの方が良いと思ってな」

 

「……マジで?」

 

「マジだ。父さんは受けといたほうがいいと思うぞ。なんてったって神器があるってわかったのも神器狙いの堕天使に襲撃されたからだしな。今回は父さん達で撃退したけど、後ろ盾がないと危険だぞ」

 

「そうそう。母さんもそうしてくれると安心できるわ。父さんの実家は大貴族で、その眷属としてやっていくのは大変でしょうけど、母さんも魔法とか教えてあげるから頑張ってみなさい」

 

 う、確かに原作でも神器持ちを集めてた『禍の団』とかいたし、力もつけず単独でいるっていうのは危険過ぎるよなぁ……。

 

「わかった。その話、受けることにするよ。で、実家って何てとこなんだ?」

 

 俺の名字的に嫌な予感しかしないが、一応訊ねた。すると父さんは自慢げな表情でこう返す。

 

「元72柱の第12位の名門、シトリー家だ!」

 

 案の定、原作組のシトリー眷属だった。どうやら原作に巻き込まれるのは確定のようである。

 ……死ぬ気で訓練しないとなぁ。

 

 

 

 



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2話

 シトリー家に来てから色々あり、結局ソーナ姉さん(そう呼べと言われた。ある程度親しくなった頃にソーナ叔母さんと冗談で言ってみたらぶっ飛ばされた)の『女王』になった。

 一応とはいえシトリー家の血を引いているというのも理由の一つだが、実際のところ駒の消費数が問題だった。

 まず俺の適性を調べて、魔力の扱いに長けていると判断されたので『僧侶』を受け取ったのだが一つでは転生できなかった。

 なら神器の能力を最大限に発揮できるようにしようと『戦車』を受け取ったのだが、やっぱりできなかった。

 このことから俺は『兵士』で五駒相当以上だとわかり、始めから駒をたくさん使いたくなかったソーナ姉さんの判断で『女王』になったのだ。表向きには「人間との混血とはいえ親族であり、赤の他人よりは信頼できる」という理由になってるけどな。『王』の補佐役である『女王』を駒消費の問題だけで決めたって知られたら恥になるから。大した家柄でもない、神器もそれほど強力でもない椿姫さんを『女王』に据えようとした姉さんは気にしないかもしれないけどな。

 後日、この影響で椿姫さんは『騎士』になったけど、これはたいした問題にはならないだろう。原作で重要なポジションだったわけじゃないし、なにより戦闘スタイル的に『女王』である意味なかったし。

 それより俺的に問題なのは『女王』の仕事が辛すぎることだ。

 『女王』は最強の駒であると同時に『王』の補佐役でもあるので常識や礼儀作法の勉強は厳しかったが、いずれは必要になるものだし辛くはなかった。原因はシトリー家の悪魔社会での立場である。

 シトリー家の長女、セラフォルー・レヴィアタンは外交担当の魔王。ここまではいい。だが現在の悪魔にとって外交で必要なのは「どうせこいつらは戦争できないんだから何やってもOK」と思わせないことだ。そのために外交担当は「悪魔が滅ぼうが気にせず自分の気分で戦争ふっかけかねない」キャラでなくてはならない。そのアピールの為にいくつもの家系が被害を被っており、彼女を輩出したシトリー家の立場はどんどん悪くなっているのだ。魔王は実家とは縁を切ったことになっているので支援は受けられないのに、悪影響だけは出ている状態なのである。子供を家に戻しているので『養育費』と言う名目で支援も受けられ、セラフォルーさまを止めたり、アジュカさまを操作したりで評価が上がっているグレモリー家とは真逆で泣けてくる。アピールの一環と言うのもあって溺愛されてるソーナ姉さんは気づいてないみたいだけど。

 俺としてはソーナ姉さんの付き添いで社交界に出たときの周囲の陰口、嫌がらせが辛い。セラフォルーさまが妹のソーナ姉さんを溺愛しているのは周知なので、嫌がらせが俺に集中するからなおさらだ。生活基盤、冥界に移さなきゃよかった。母さんや爺さまの『僧侶』の方と魔法の研究をするのはすごく楽しかったが、それを差し引いてもそう思う。

 爺さまと言う同類が支えてくれなかったら耐えられなかっただろう。この人はよく一人でこんなのに耐えてきたものだと思う。

 

 そんなある日のこと、いつものように爺さまのところに愚痴りに行ったのだが、いつもとは様子が違った。

 

「どうしたんですか、爺さま?」

 

「ん? ああ、ジョージか。ちょうど良かった。お前に話があったんだ」

 なんだろ? そんな辛そうな顔で話すことなんか聞きたくないんだが、爺さまが言おうとしているなら逃げるわけにもいかない。

 

「実はソーナが人間界の学校に通いたいと言ってな。それにお前も付いて行って補佐してやってほしいんだ。せっかく冥界にも慣れてきたところで申し訳ないんだけどね」

 

「『王』の補佐は『女王』の仕事なんで当然のことです。気にしないでください。でも、学校かぁ……元々住んでたところですから大丈夫だと思いますけど……。でも俺、ソーナ姉さんと歳違いますよ?」

 

 ソーナ姉さんは俺より一つ年上だ。学年が違えば一緒に行動もできなくなるし、同学年の真羅さんが補佐についたほうがいいんじゃないか?

 

「大丈夫。ソーナは今、人間での中学一年生の歳。学校に通うのは学年の始めからだから中学二年生だ。おかしな言動は中二病で片付く。補佐って言っても、予備のようなものさ」

 

「……中二病、ですか」

 

「そう。人間社会に不慣れでも誤魔化せるし、神器所有者は自分に眠っている何らかの力を目覚めさそうとして探知に引っかかってくれる。悪魔にとって実に都合のいい病なんだよ」

 

 中二病、悪魔にとってはそんな意味があったのか。何がどこで役に立ってるかわからないな。

 

「ともかく、ソーナ姉さんの補佐は承りました。学年が違うので限界はありますけど、できる限りのことはします」

 

「そうか、助かるよ。良かった良かった」

 

 ……なぜだろう、全然良かったって顔してない。なんでだろう? 愚痴る相手がいなくなるから? でも、その程度でここまで落ち込むとは思えないんだよなー。

 そう考えていると、疑問に爺さまが答えてくれた。

 

「ああ、うん、顔が「良かった」とは言ってないって言いたいんだろ? ……これからのことを思うと気が重くてなぁ……セラフォルーはソーナに被害が出ないようにここ十年間くらいは自重してたんだよ……。ソーナが家から離れたら元に戻っちゃうなー、って思うと辛くてな…………」

 

「……………………できるだけ頻繁に帰ってくるようにソーナ姉さんに言っておきます……」

 

「頼んだよ。シトリー家にとっては死活問題だからな」

 

 今日は珍しく俺が愚痴を聞く側だった。爺さま、こんなにストレス溜まってたんだなぁ……。

 

 



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3話

 人間界に戻ってきて二年経ち、俺は中学三年生、ソーナ姉さんは無事に駒王学園の生徒になった。

 正直なところ、この二年間「俺が来た意味はあったのか?」と思わなかった日はない。

 まず職員や学校の運営陣。そこに悪魔関係者がいて先にフォローを入れてくれる。実際のところそんな気遣いはほぼ無用で、そのうち干渉しなくなったのだが、フォローが必要な間はしっかりと働いてくれた。おかげで俺に仕事はないため、ちょくちょく冥界に行ってそっちでしかできない仕事をこなせたのはラッキーだったな。

 次に生徒。術者、混血、婿探し中の妖怪と裏の関係者がたくさんいる。裏関係者御用達の学校なので当然のことだ。こいつらも人間の常識とはズレた行動を取るのでソーナ姉さんが少々しくじっても誰も何も思わない。

 最後に学校自体。原作の舞台である駒王学園と同じく、二次創作の麻帆良のごとき認識阻害結界が張られている。堕天使ほどの技術はないけど『明らかに異常』を『ちょっと変』くらいに抑える程度なら楽勝だ。デュラハンがマスコットキャラ扱いされ、テニヌを再現しても違和感を持たれないのはこれが理由だな。たぶん兵藤一誠たち変態三人組があきらかに犯罪なことしても退学にならなかったのもこれがあったから。これだけやって異常だと思われるには、それこそ兵藤一誠並の変態でないと無理だ。人間的には真面目なソーナ姉さんには不可能だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな平和なある日の事、ソーナ姉さんから呼び出しが入った。

 これは『悪魔の駒』の召喚機能を五分後に使用するという連絡で、一応決めておいたが緊急時には即召喚するし、それほどでなければ急いで向かうくらいで大丈夫なことが多かったために、人間界に来てからこれまで一度も使われていなかった奴だ。

 何があったのやらと思いながら一応荒事だった場合に備えていつでも神器や武具を取り出せるように準備して待つ。

 だが召喚された場所での光景は、予想とは大きく異なるものだった。

 

「……えっと、誰ですか、これ?」

 

 ソーナ姉さんと、俺とは違う中学の男子生徒がいた。たぶん彼は俺と同い年だと思う。

 その彼なんだが、なんだかやたらと目がキラキラしている。召喚を見てテンションが上がっているのだろうか?

 

「ああ、ジョージ。ちょっと彼の話を聞いて、色々と説明してあげてください。私は生徒会の仕事があるのでそちらに向かいます」

 

「あ、ちょっと待っ」

 

 …………行ってしまった。

 何が何やら全く分からないが、『王』からの指示だ。ともかく話を聞いて、説明してやらないといけない。

 まずは名前を聞かないとな。

 

「あー、よくわからんがよろしくな。俺は支取譲治。お前は?」

 

「匙元士郎ですッ! よろしくお願いしますッ!!」

 

 ……確かこいつ、原作キャラじゃなかったっけ。なんでこんなとこにいる。

 

 

 

 

「はぁ、なるほど。要は恩が返しきれていない気がして追いかけて来たのか」

 

「ああ、対価に行動範囲の制限とか神器の使用制限とかされたけど、実際のところ俺をあの人の庇護下に置いてくれるってだけだからな。等価交換って言ってたし向こうも管理しやすくなっていいんだろうけど、俺としてはもらってばっかりな気がするんだよ。だから何か返したくてさ」

 

 同い年だから敬語じゃなくていいと言った途端砕けた口調はともかく、匙の話ではこういうことだった。

 匙はしばらく前から神器が不完全な覚醒状態にあり、触れた相手の生命力を自動で吸ってしまう状態だった。

 ほんの少し触れただけで相手は疲れ切り、十数秒も触っていれば意識を失っていたとか。親しい人間が相手だと特に反応が顕著に現れ、両親なんかは近くにいるだけで昏倒していたほどだと言う。

 そんな危険な自分に誰かを近寄らせるわけにはいかず、無理して不良のように振舞って人を遠ざけていたらしい。勿論家には帰えることもできず、特に親しくもない、犠牲になっても心の痛まないような連中のところで寝泊り、もしくは野宿をしていたそうだ。

 だがあるチラシでソーナ姉さんを召喚したことで問題は解決した。

 神器を完全に覚醒させることで制御が可能になり、誰かを無意識に傷つけることがなくなったのだ。

 自分は生きていてはいけない人間なんじゃないかと真剣に悩み、自殺も考えていた匙にとってソーナ姉さんは救いの女神となったみたいだ。今話していた通り、対価が管理下に置くと言う名の保護だけだったのも理由の一つだろう。

 それで、その時ソーナ姉さんが来ていた制服を頼りに必死になって探し、ようやく見つけたんだとか。

 対価が重すぎるとごねる契約者の相手はともかく、軽すぎると言う相手がいるというのはさすがのソーナ姉さんも予想外だったみたいだな。俺からしてもこれは扱いに困る。

 

「つっても、あれって上から支給される機械に契約者と願いを入力して出てきた対価を請求してるからなぁ。裏で過剰に取ってるやつもいるみたいだけど、シトリー家にも関わってくるし勝手なことはできないんだよ。ソーナ姉さんは勿論、俺も『女王』として『王』がそんなことし始めたら諌める立場だからな」

 

「……『王』とか『女王』ってなんだ?」

 

 そこに食いつくのか。って、そうか、よく考えたらただの神器所有者にこんなこと説明しないか。

 悪魔の現状や『悪魔の駒』について簡単に説明する。すでに悪魔やそれ以外の人外種がいることは理解しているので話がこじれなくて楽だった。

 

「ふんふん、なるほど。つまり下僕悪魔ってのは貴族直属の部下のことなんだな。そんな立場でソーナさんの手助けができたら最高なんだけどなぁ……」

 

「無茶苦茶言うな。冥界の下級や中級の悪魔で下僕悪魔になりたいやつがどれだけいると思ってんだ。そんなに簡単になれるもんじゃないぞ」

 

「だよなぁ。……でも絶対に無理ってわけじゃないんだよな?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 特にソーナ姉さんは誰でも努力すれば強くなれるという考えの持ち主だから、熱意と根性を十分アピールできれば眷属入りすることは不可能ではないだろう。実際、原作でも匙は眷属入りしてたし。

 こう考えると匙も幸運だよな。たまたまソーナ姉さんに助けてもらったから誠意をアピールするチャンスに恵まれた。冥界の下級、中級悪魔たちはいくらなりたくてもアピールするチャンスすらないんだからさ。

 

「じゃあ契約してくれないか? ソーナさんの役に立てるような奴になりたいんだ。そのために鍛えてほしい」

 

「んー、そういうことならこれでどうだ?」

 

 カリカリと手紙を何通か書き、匙に手渡す。

 

「それはシトリー家と関わりのある武術家や魔法使いなんかへの紹介状だ。眷属になりたいって言ってたことはソーナ姉さんに伝えておいてやるから、そこでの頑張り次第では眷属入りできるんじゃないか?」

 

「おおっ! ありがとうッ! ……あ、でも対価は?」

 

「薦めた俺に恥かかせるようなことしなけりゃ、眷属入りできたときに何かおごってくれればそれでいいさ。お前は見込みがありそうだからな。先行投資みたいなもんだと思ってればいい。チラシを使った正規の契約じゃないから上手くいかなかったら対価もとったりしねぇよ。ただ俺の顔に泥塗るようなことしたら魔法具の開発に協力してもらう。タダ働きが何年になるかはやらかしたことの程度によるな」

 

「わかった。その条件で契約させてくれ! 俺は、ソーナさんの眷属になってみせるぞッ!!」

 

 テンションが上がったまま、大声で叫ぶ匙。

 手紙には「適当に苛めてまだやる根性があれば指導してやって下さい」と書いた。普通なら泣いて逃げ出すだろうがこれだけ元気なら大丈夫そうだな。

 

 

 

 

 後日、匙の様子を紹介した人たちから聞いたときは修行メニューが人間にさせるには過酷過ぎてさすがの俺も引いた。頑張り屋なのでつい教えるのが楽しくなってしまったらしい。修行の合間に『黒い龍脈』で魔物や呪いの品から力を吸って回復しているとはいえ、これについていけた匙は本当に人間かと思う。



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4話

「もう一年か。早いもんだな」

 

「そうだな。これで俺らも先輩かー」

 

 月日が経ち、俺や匙たちは二年生に、ソーナ姉さんたちは三年生になった。ついに原作開始のときである。

 結局、匙は原作よりも一年早く、駒王学園入学が決まると同時にシトリー眷属となった。駒の数は原作と変わらず『兵士』四駒だ。どうやら武術や魔法を少々覚えた程度では変わらないようだな。

 まぁ、こいつが早めに眷属入りしてくれて助かった。主に生徒会の仕事で。

 生徒会は完全にシトリー眷属だけで構成されているのだが、女性陣が関わりたくないと言う問題があるのだ。

 原作主人公である兵藤一誠たち、通称「変態三人組」である。

 こいつらは性欲を隠そうともせず、学校で堂々とエロゲーやAVを貸し借りし、覗きなどの問題行為を繰り返し、かつ反省も全く見えないという救いのない変態だ。認識疎外結界が存在する駒王学園じゃなかったら捕まっている。退学にならないのは結界の副作用の可能性もあるからだ。女性陣が説教をしてもいやらしい目をして「ご褒美ですッ!」と言いたげな表情をしているらしいから当然俺と匙に仕事が回ってくる。

 正直に言って、俺たちでもこいつらの相手は疲れる。原作での不屈の精神を全力で間違った方向につぎ込んでくるから始末に負えないのだ。

 女性陣だけなら反省文の枚数を増やすだけで放置になっていただろうが、仕事を引き受ける俺らがいるので変態行為を止めるように催促がくるからそうもいかない。俺一人でこいつらの相手は不可能だっただろう。本当に匙がいてくれて良かった。

 

「……あれ、なんだこいつ」

 

 そんなことを考えながら新入生の名簿を見ていると、見逃すことのできない名前が目に入った。

 ずいぶん俺は驚いていたのだろう。不思議がった匙が名簿を覗きこんできた。

 

「何が書いてたんだ? ……うわ、兵藤の弟かよ。こいつも変態じゃないだろうな?」

 

 兵藤(ひょうどう)誠二(せいじ)。原作ではいなかったはずの兵藤家の次男だ。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなわけで呼び出したんだ。お前、転生者であってるよな?」

 

 放課後に学校の屋上に呼び出した。こいつは戸惑っていたが、有名な問題児である兄のことで話があると言えば逆らえないしな。

 

「いや、あってるけどさぁ……。単刀直入すぎるだろ。外れてたらどうするつもりだったんだよ」

 

「そんときは魔力使って忘れさせるさ。そのあと別件で裏に関わることになって思い出しても、前世の記憶があるか確認した程度の事を気にするような奴、悪魔にはそういないからばらされても問題ないし」

 

「え? マジで?」

 

「マジで」

 

 この世界では魂の存在がしっかりと確認されている。人間が死んだあとの魂の扱いはその土地を管理する神や契約した悪魔などによって変わるが、たまにどこにも行かずに生まれなおす奴がいるらしいのだ。それがこの世界での普通の転生者。人外種が死ぬと魂まで消滅するのが普通なのでこれは人間だけに起こる現象である。対象は人間だけなので精神年齢でも200程度が限界であり、一万年生きる悪魔からすれば誤差の範囲内だ。だから誰も気にかけない。

 ついでに言うと、何故か転生者は例外なく魔法力が豊富。魔法使いの家系では転生者が生まれるのは良いことで、うちの母さんも俺が転生者と知った時に「もっと早いうちに知りたかったーッ!!」って叫んでた。知ってた場合はすぐに裏について教え、魔法の英才教育を施していたらしい。俺としても魔法の行使や研究は楽しかったのでもっと早く伝えておけば良かったと後悔したものだ。

 

「そうなのかー。……で、お前はなんで接触してきたんだ?」

 

「いや、お前の行動方針聞いておきたくてな。俺tueeeeがやりたいだけなら別にいいんだけどさ、原作主義者で俺消しに来られたりとか、かませ系転生者的な思考でハーレム作るのの邪魔だって殺しに来られたら怖いじゃねぇか」

 

「兵藤一誠に()がいる時点で原作とは変わってくるだろ……。いや、まぁ、特にやりたいことがあるわけじゃないんだよ。でもこの世界、物騒だろ? 俺にも神器があったし、後ろ盾が欲しかったんだ。グレモリー家とシトリー家なら原作知識で良心的なとこだってわかってるからちょうどいいと思ってさ」

 

「あー、わかるぞ、それ。俺もそんな感じでソーナ姉さんの眷属になったからな」

 

 下手なやつに後ろ盾になってもらうと、そいつが最大の脅威になるからな。原作でライザーがリアスさんの眷属を勝手に皆殺しにしようとしていたように、元々悪魔じゃない眷属の命ってすごく軽いから簡単に『処分』されかねないし。

 かといって後ろ盾がないと上の方針もよく知らない下っ端の堕天使に狩られて神器抜かれるとか『禍の団』の使い捨ての兵隊にされるとかよりやばい状況になりかねないからな。目先の安全を確保したければ、たとえ大事件に巻き込まれるとしても原作知識で安全と分かっている上級悪魔のところに行くのがベストだろう。

 

「まぁ、そういうことならどうにかなると思うぞ。眷属になれなくても管理下におくって名目で庇護下においてくれるから。俺の方からリアスさんに「別件で接触してみたら神器持ちだった」って伝えておいてやるよ。つーわけで、神器見せろ」

 

「別にいいけど……いきなりなんだよ?」

 

「バカめ。どんな神器を持ってるかもわからないやつを大貴族の姫さまにいきなり会わせるわけないだろ。最悪俺が処分されるわ。結界張ってやるから早くしろ」

 

「わかったよ。ちょっと離れててくれ」

 

 反応からして攻撃系っぽいのでどのくらいの威力なのかくらってみたかったが、一先ず我慢して距離を取る。

 誠二の手から炎の弾丸が放たれた。炎の弾丸は空中を飛び交い、お互いにぶつかって爆発して消えた。

 次に出てきたのは雷の弾丸。誠二の周囲でしばらく静止した後、さっきと同じように飛び交い、今度は雷撃をばらまいて消えた。

 その後も風、水、砂などの属性を持つ魔弾が放たれた。悪魔にとって毒である光や、光を喰らう闇の弾丸も放てていたな。

 

「とまぁ、こんな感じで誘導操作性のある魔弾が撃てるんだよ。他にも収束させて威力を上げたり、拳に乗せて殴ったりできる。ネギまの基本攻撃魔法みたいにな」

 

「俺も図鑑でそれ見たときに思ったぞ。直接見るのは初めてだけどな。ちなみに名前は『魔法の射手(サギタ・マギカ)』であってるぞ」

 

「そのまんまなのかよ? ひょっとして浮かんでこなかったんじゃなくて、これが本当の名前だって思えてなかっただけなのか?」

 

「そうかもしれないな。ま、呼び名はどうでもいいんだよ。これならグレモリー眷属入りは確実じゃねぇか? 結構強力な神器だしさ」

 

 出てくる弾数は本人の魔力、魔法力の量によるとはいえ、全属性の弾丸を即座に、高い誘導操作性を付加したうえで撃ちだせる神器だ。この世界はパワーインフレが進んでるから千本単位で撃ちだせる人も歴史上にはそこそこいたし、譲渡の魔法を使って集団で万本単位で撃ったりもできて、今も欲しがってる魔法使いは結構多いんだぜ?

 

「うわぁ……もっと弱いので庇護下に入るだけの方がよかったかも」

 

「もう諦めて力つけていった方が気が楽だぞ? 引っこ抜くわけにもいかないんだからさ」

 

「わかったよ。……ところであんたの神器ってどんなのだ?」

 

「おいおい、そういうのはレーティングゲームで敵対したときに備えて必要もないのに見せたりしないものなんだぞ、普通は。俺は隠す意味ないから見せるけどさ」

 

 神器の使用を意識すると、一頭の白馬が現れた。聖なるオーラを纏っているため悪魔からすれば悪寒がして仕方がない馬だが、所有者である俺には何ともない。

 

「かの聖ゲオルギウスも所持していたって言う、騎乗した者を無敵にする独立具現型神器『聖馬の寵(セイント・ホース・プロテクション)』だ。ま、無敵って言っても鎧みたいに強固な障壁張ってくれるから普通の人間レベルでは無敵なだけなんだけどな。それでも障壁は上級悪魔でも破るのは難しいし、俺もこいつの聖なるオーラを使えるようになるから対悪魔戦では十分に強力だ。あと、こいつの名前はベイだ。ゲオルギウスのベイヤードからとってみた」

 

 さらに所有者は騎乗してなくてもある程度強力な障壁に守られ続けるんだが、これは別に言わなくていいだろう。近い将来、グレモリー家対シトリー家でレーティングゲームする時に罠として使えるかもしえないしな。

 神器の見せ合いも終わったので、この後は少々雑談して解散になった。原作の事件への介入についても聞かれたが、序盤以外の原作の事件は一悪魔がどうこうできるような規模じゃなかったと思うから、特に何もしてないと言うしかなかったしな。事件を起こしているのが他勢力だったから上に説明しても無駄だったろうしさ。

 さて、やることもできたしさっさと行動するか。赤龍帝が悪魔の味方になるように、アーシア用の『僧侶』が空いてるようにしないとな。まぁ誠二を眷属にしようと思ったら変異した『戦車』か『兵士』八駒くらいじゃないときついだろうし、どっちか空いてれば兵頭兄も眷属になれるだろうからそう心配しないで大丈夫だとは思うけど。




 


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原作開始のディアボロス
5話


「え、兵藤眷属になっちゃったのか?」

 

「ああ、堕天使の襲撃とか関係なくな。どうするよ、これ」

 

 誠二が眷属になって十数日後、兵藤一誠までリアスさんの眷属になっていた。

 誠二の話によると、どうも特に理由とかはなくなんとなく欲しくなったので悪魔について説明し、眷属にしたらしい。

 なんじゃそりゃ、と思ったがなってしまったモノはしょうがない。例によって例のごとくリアスさんの驚異的な引きの良さが顔を出しただけだろう。深く考えるだけ無駄だ。

 

「これじゃあアーシアが仲間になるかわかんねーぞ。ならなかったら俺ら、原作の事件で負けそうなんだけど」

 

「治療役は地味に重要だからなぁ。ま、別にいいじゃねぇか。堕天使には影響出てないはずだから、この街には来て原作の事件を起こすだろしな。そん時神器だけ貰って、その辺の下級悪魔にでも入れて眷属にすればいい。リアスさんのとこのなりたいって領民は腐るほどいるだろ」

 

 回復だけで戦闘能力を期待してないなら、神器を埋め込んだせいで魔力が使えなくなっても問題ないしな。それに埋め込んだ後で『僧侶』を使って転生させれば、その状態に体が馴染んでまた魔力を使えるようになるかもしれない。そうなれば狭い場所でも自衛ができて回復力も十分な、アーシア以上に使い勝手のいい人材にできるはずだ。

 

「そりゃそうだろうけどさ。それだとアーシア死んじゃうじゃんか」

 

「それは仕方ないと割り切るしかないだろ。だって元聖女なうえ堕天使といたんなら、普通は悪魔の敵だし。真っ当に対処したら堕天使ともども殺さないといけないんだぞ?」

 

「うぇ、マジで?」

 

「ああ、堕天使の支配下にある神器持ちって、裏切り対策に大抵改造されてるからな。説得とか普通は不可能だよ。殺さずに捕まえられたとしても、トロイの木馬な可能性が高いからまず殺すし。あらかじめ接触して、改造前だと分かってないと助けるのは無理だ」

 

「……ならしょうがないか。兄さんが偶然遭遇する可能性に賭けるとしよう」

 

「それが一番可能性があるだろうな。厄介事を引き寄せる赤龍帝に、異常なほど引きのいいリアスさん、ドラゴンに異常に好かれるアーシアが揃えばどんなことが起きてもおかしくないし。案外原作通りに行くかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作通りに行ってました。

 

「マジか……」

 

「ジョージッ!? 悪いけど助けてくれ!」

 

 街を歩いてたら妙な気配と音がしたので覗いてみると、兵藤に美少女シスター、はぐれのエクソシストっぽい白髪神父、あと惨殺死体がいた。

 こんな場面、どっかで聞いたことあるなーと思いながら家に入る。

 

「兵藤、お前ボロボロじゃんか。どしたの?」

 

「ぐっ……それが――」

 

「いきなり出てきてな~に俺のこと無視してやがるんすかねぇ? なめた真似してるとぶっ殺しちゃいますよっと!!」

 

 白髪神父が光の弾丸を撃ってくるが、俺には通じないので無視する。『戦車』の特性も十分引き出せてる『女王』相手にその程度の攻撃は通じないぞ。防御する必要すらないわ。これならこいつに光力を与えている堕天使のレベルもたかが知れてるな。

 

「でもお前にとってはヤバい状況だったみたいだな。とりあえずオカ研部室までは転移させてやろうか?」

 

 命に別状はないだろうし、後遺症もまずないだろうが、光でやられた傷なら早めに治しておいた方が良いしな。自然治癒じゃあなかなか治らないから。

 だが兵藤はすぐには応じず、美少女シスターの方を心配している。

 

「アーシアも一緒に頼めるか?」

 

「ん? なぁお嬢さん、あんたもこいつとオカ研部室まで行きたいか?」

 

「え、えっと、はい、行きたいです!」

 

「だーかーらー、俺の事無視すんなって言ってんじゃねぇですかこのクソ悪魔が!」

 

 キレた白髪神父が斬りかかってくるがやっぱり皮膚で弾かれる。いい加減ウザくなったので適当に蹴飛ばしておいた。もう起き上がらなくなったし、奪えるようなものも持ってなさそうだから放置でいいな。

 さて話の続きだ。そう思いアーシアの方を見ると、兵藤の治療をやっていた。

 

「今すぐ治療をしなくても別に問題ないぞ。それより話の続きだ。オカ研部室までの転移の対価だが――」

 

 えー、もうそれはいいじゃん。みたいな顔をする兵藤とアーシア。甘いな、悪魔にお願いしといて「やっぱなし」が通じるとでも思っているのか。話の場を整えるだけさせといて、それで本来の用が済んだからと追い返すような真似を許していれば悪魔の仕事が成り立たなくなるんだ。だから今さらだろうと願いはかなえるし、対価も相応の物をもらうぞ。当然『命が危険な状況から安全な場所に運ぶ』ことに釣り合う対価をな。

 そのことを説明するために口を開こうとしたとき、唐突に魔法陣が現れた。これはグレモリーの魔法陣だな。

 

「遅いっすよ、リアスさん。兵藤、死ぬとこでしたよ?」

 

「それは大丈夫よ。少し前には気づいてたし、さすがに死ぬ前には出てくるつもりだったもの」

 

「そっすか。なんですぐ来なかったか聞いても?」

 

「悩んでたのよ、そこのはぐれエクソシストやその仲間の堕天使をイッセーの踏み台にできるかもって考えて。大切な友達のためなら神器を使えるようになるかと思ったのよね。だけどそのためにはセージにはどこかに行っておいてもらわないといけないし、相手の戦力をイッセーの敵にふさわしい程度に分散させないといけないし、割と面倒なのよ。ここまで労力を払わなくてももっと楽で確実な方法もあるんじゃないかって思えてね」

 

 やっぱり原作の裏ではこういったことがあったのか。ただこの辺は俺たちのせいで若干変わってしまった、と。

 事件に巻き込まれて死亡し悪魔に転生、ではなく、悪魔に転生してから事件に巻き込ませるというのは確かに無理があるもんな。だって眷属として事件に関われば兵藤が活躍するまでもなく他が活躍して終わるし。主の制止を振り切って向かうにしても弟である誠二がいては『兵藤への試練』にはならないしな。今後のことを考えるとその場にいたなら協力させないわけにはいかないし、協力させたらやっぱり兵藤は何もしなくてよくなっちゃうから。

 

「なるほど。でもこいつの前で話すってことはもう諦めたっていうことでいいんすか?」

 

「ええ。私たちだけの問題ならともかく、シトリー家まで関わってきちゃ絶対に割が合わないもの。とりあえずそこの子の対価は私が立て替えておくわ。その子から私への対価はイッセーの治療と言うことで」

 

「了解です。じゃ、先にこの子はオカ研部室に送っときますね」

 

 状況の変化に付いて行けてなかったアーシアの足元に転移魔法陣を展開する。アーシアは驚く暇もなく飛んで行った。

 

「じゃあ私たちもイッセーを連れて戻るわね。対価は後で、って、あら?」

 

「堕天使ですわ。ここに近づいてきてます。数は4、この街にいる堕天使全員ですね」

 

 誠二に兵藤を助け起こさせていたリアスさんが怪訝な顔をし、姫島さんが即座に探知の魔力を放って事態を探る。どうもおバカな下っ端堕天使たちは既にいないことも分からずにアーシアを回収に来たようだ。

 兵藤は敵の接近に怯えるが、リアスさんたちは全く動じず俺に依頼をしてきた。

 

「私たちはイッセーの治療があるから任せていいかしら? 対価はイッセーの治療分と合わせて支払うわ」

 

「雑魚の掃除するだけだから別にいいっすけど……依頼人殺されてんのに自分で始末つけなくて大丈夫なんすか?」

 

「いいのよ。だってその人、ここの所対価が支払われてなかったもの。お得意様だからツケも認めてたけど、払えなくなったのなら取り立てるしかないわ。彼だって契約違反で魂をとられて擦り切れるまで労働させられるよりは、はぐれエクソシストに殺されて生まれなおした方がマシでしょう?」

 

「それならいいんす。じゃ、後は任せてください」

 

「ええ、よろしく」

 

 それだけ言ってリアスさんとその眷属一同は去っていった。これで堕天使に包囲された家の中には俺が一人いるだけだ。

 

「周りに人がいないと対象を選ばなくていいから楽だな。とりあえず氷漬けにでもしとこう」

 

 研究試料ゲット。これだけで依頼の元は取れたな。

 

 

 

 

 この後のグレモリー眷属については俺はノータッチだったのだが、原作通りアーシアはリアスさんの『僧侶』になったらしい。回復役ができた! と誠二は喜んでいたが、俺としてはアーシアを部室まで運んだ報酬を上乗せしてもらえたのが嬉しかった。これでさっそく手に入れたばかりの試料を調べることができる。

 

 

 



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結婚騒動のフェニックス
6話


 

 

「特訓の手伝いっすか?」

 

「ええ、リアスは十日後のレーティングゲームまでグレモリー家が所有する山に籠って特訓をするそうです。その特訓相手をしてほしいと依頼されました」

 

 生徒会室で細々とした仕事を片付けていると、オカ研のところに行っていたソーナ姉さんが悪魔としての仕事を持ってきた。

 なんでもリアスさんが親に無理やり結婚させられそうになって拒否したら、レーティングゲームで勝てればなし、負ければ即結婚ということになったとか。相手のライザー・フェニックスが余裕を見せて試合日を十日後にしてくれたので、その間学校をさぼって特訓するそうだ。

 俺は数日前から冥界に住んでいた頃に胃をすり減らしながら築いたネットワークで知っていたが、ようやく二つ目の原作イベントが始まったみたいだな。誠二から聞いた限りでは相手も状況も原作と似たようなものだと思う。

 違いは特訓相手に俺らシトリー眷属が選ばれたことくらいか。

 

「つかそんな依頼受けちゃったら、その間この学校はどうするんすか? 放置ってわけにもいかないでしょう」

 

「勘違いしているようですが、特訓相手を務めるのはあなた一人です。他は残りますよ。それなら生徒会の仕事も問題なくこなせるはずですから」

 

「マジですか。ひょっとして、あれを使えと? そうでもなきゃ一人で全員の相手とか無理ですし」

 

 趣味で作っている魔法具にそれができるやつはある。原作の事件に向けて作った奴に比べれば大したことはないのだが、あれ作るのに時間をそこそこつぎ込んでいるし、原作ほどではない事件でなら活躍できるのでそう簡単に壊したくない。どうにかならないだろうか。

 

「ええ、倉庫で埃かぶっているだけではもったいないですから。費用は全てリアスが負担してくれるそうですから遠慮なくやりなさい。それに依頼の報酬としてサーゼクスさまが拾ってきてグレモリー家に放置していたゴグマゴグを数体くれるそうですよ。壊れていて動かないそうですが、あなたには価値のある物でしょう?」

 

「やりますッ! やらせて下さいッ!!」

 

 古の神が作ったゴーレム兵器のゴグマゴグ! 次元の狭間を漂っていると聞いたことはあったし空いている時間を使って探したりもしたのだが、まだ発見したことはなかった。それが手に入るというのなら安いものだ。

 ヤバい、今から楽しみになってきた。ソーナ姉さんは壊れていると言っていたが、それでも研究対象としては興味深い物だし、装甲とかはもういない神が作った物でありとても貴重だ。これで興奮しなければ魔法使いは名乗れない。グレモリー眷属の特訓と並行して解析の準備を進めておかなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁそんな経緯でこっちに参加することになった。八日間よろしくな、グレモリー眷属の皆」

 

 山の別荘に到着し、これから特訓開始という状況のグレモリー眷属の元に転移で現れた。リアスさんはやっと来たのか、みたいな表情だが、なんというか兵藤が恨みがましい顔をしている。たぶんここに来るまで大量の荷物を背負わされたのに、俺は転移一つでここまで来たからだろう。だが俺はすぐに特訓が必要なわけじゃないし知ったことじゃない。

 

「で、どうやって全員の特訓相手をするのかしら? ソーナからは「多少費用がかかるけど全員の相手が一度にできる」としか聞いてないのよ」

 

「了解です。じゃあちょっと下がってください」

 

 グレモリー眷属が離れたことを確認し、巨大な転移魔法陣を展開。そこから多数の人形が現れた。

 

「へぇ、氷のゴーレムか。珍しいわね」

 

「俺が魔力で精製した氷を魔法で加工して作った自信作です。そこらのゴーレムとは性能が段違いですよ」

 

 装甲を叩きながら自慢の品をアピールする。リアスさんもこれならいい訓練になりそうね、と満足げだ。ゴーレムを持ってくるのは予想していたそうだが、数を用意するのかと思っていたらしく個体能力が低すぎないか心配だったらしい。

 だがこのゴーレムたちは俺の特別製。魔力で作ったゴーレム精製に向いた溶けない氷を、母さんの家系が磨いてきた魔法の技術とシトリー家の対価として受け取り溜めこんできた魔法の知識を使って加工してある。一体でも並の中級悪魔くらいの戦闘力はあるはずだ。

 

「値が張りそうだけど、しょうがないわね。じゃ、外で修業を始めましょうか」

 

 兵藤の訓練はリアスさんが自分でやり、アーシアは姫島さんが担当するとのことなので、俺の仕事は他三人となった。基本のできていない二人を指導しなくて済んだのはラッキーだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『騎士』の訓練―――

 

「木場、お前は自分の弱点は理解してるのか?」

 

「防御の薄さ、だよね。力の強い相手にまともに攻撃を喰らうと、たった一発でもやられかねないくらいだから」

 

 問いかけると、木場はそう返した。確かに防御の薄さは短所だろうが、回避性能で補える程度なので弱点と言う程ではない。弱点というべきものは他にあるのだ。

 

「違う。お前の弱点は攻撃力のなさだ。魔法抵抗力と物理防御力の両方が高いやつに力任せに押し込まれたら何もできないだろ? 最悪の場合、敵の『戦車』に無視されてそのまま攻め込まれるぞ」

 

 聖魔剣ならともかく、今はただの魔剣だからな。天然物でもない聖剣使いの振るう七分の一のエクスカリバーにも簡単に折られる程度じゃ、硬いやつなら皮膚を斬れるかすら怪しい。ライザーさまのとこの『戦車』も真面目に魔力で駒補正を高めて戦えば間違いなく弾くだろう。普通に修行を続ければリアスさんの公式戦デビューには余裕で克服できていた程度の弱点だが、現時点ではゲームの駒として致命的過ぎる弱点だ。

 

「ッ! ……確かにそうだね。僕にはお師匠さまのような切断力はまだない。この状態じゃいくら速く動けても、ただいるだけになりかねないか」

 

「つーわけで、お前の相手はこいつだ。まずは一対一でどうにかして破壊する。出来たら数を増やしていくぞ」

 

 ゴーレムのなかでも一際巨大なやつを動かす。棒立ちから戦闘態勢に移行するゴーレムに合わせて、木場も魔剣を作りだして構えた。

 

「さすがに会長が推薦しただけあってスパルタだね。……行くよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

―――『戦車』の訓練―――

 

「まずは塔城だ。お前の弱点は丸わかりだな。遠距離攻撃ができないことだ。どういう対策をとる?」

 

「……魔力で『戦車』の補正を高めて突撃します。私にはそれしかできませんから」

 

 仙術を使えばどうにかできるはずなんだけどなー。まぁ仕方ないか。塔城は姉が仙術の暴走で『居場所がなく野垂れ死にしかけていた自分たちを拾ってくれた一人目の命の恩人』を殺してしまったと思っているから『二人目の命の恩人』であるリアスさんを殺したくなくて使えないのだろうし。周りが強くなって暴走してもそう簡単に死にはしないと思えたら、何かきっかけがあれば使うようになるだろう。

 

「じゃあこいつだな。逃げながら砲撃をするこいつを追いかけて破壊するんだ。まず一体で、徐々に増やすぞ」

 

 さっきは召喚していなかったゴーレムを召喚する。筒型の体に車輪を持ったゴーレムだ。どう見ても大砲にしか見えないが、これでも立派なゴーレムである。

 塔城の特訓相手が決まり、次は誠二だ、と言うところで先にあいつが意見した。

 

「俺の相手はどうするんだ? どうもこのゴーレム共じゃ数が足りそうにないんだが」

 

 確かにこいつの相手はゴーレムには荷が重いだろう。数十体一気に使おうと、『魔弾の射手(サギタ・マギカ)』で千か二千発くらい魔弾を放てれたら全滅するし。俺とこいつは魔法力が飛びぬけて多い転生者の中でも特に多いので、魔法力を注いだだけ魔弾が放てる神器が恐ろしく強力になっているからな。

 

「お前の相手は俺が直接する。だけど物をあんまり壊すなよ。そういうルールのゲームだと思ってやってみろ」

 

「まぁ俺らが被害気にせずに暴れたらヤバいし、そうなるか。実際のゲームでもあり得るルールだしな」

 

「それと空中戦だ。グレモリー眷属には空中戦ができるのがリアスさんと姫島さんしかいないからな。どっちも遠距離型だし、空で接近戦ができるやつもいないと場合によっては詰む」

 

「それもそうだな。じゃあ派手にやりますか!」

 

 テンション高いなー、こいつ。まぁ俺も本格的に魔力使って暴れられるようになったときははっちゃけたし、こいつもそうなんだろう。ほぼ全力ってくらい力を発揮しても大丈夫な相手なんてそういなかっただろうし。今にして思うと相手する側からしたら面倒なことこの上ないな。自制が効きそうにない。爺さまマジですまんかった。

 

 

 

 

 



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7話

 山籠もり開始から数日が経った夜、男子組が使っている部屋で不意に誠二が尋ねてきた。

 

「なぁ今回の結婚騒動って悪魔的にはどういう意味があるんだ?」

 

「? 急にどうしたんだよ?」

 

「いやさ、俺らって部長からしか今回の結婚騒動について聞いてないだろ? 第三者から見ると今回の婚約にはどういう意味があったのか知りたいんだよ。あんたは冥界で『女王』同士の寄合に参加しているって聞いたから、こういう情報も入ってくると思ってさ」

 

 この言葉に死んだように寝そべっていた兵藤と木場も体を起こす。さすがに疲れているからと無視できるような話題ではなかったか。

 まぁ断る理由もないし、原作の事件が終わってからも悪魔としてやっていくなら知っておいた方が良いことなので教えてやるとしよう。

 

「一言で言うと、グレモリー卿がリアスさんのことを親バカ全開で甘やかしつつ、名家同士の関係にも若干配慮した結果だな」

 

「ちょっと待て! 結婚無理強いするのが部長のためにしたことだって言うのかよ!?」

 

 兵藤うるさい。近いんだから叫ばなくても聞こえる。てか元気だな。明日はもっとしごくようにリアスさんに言っとくか。

 でも一言にまとめたんじゃ実際何もわからないか。現状と真逆の事を言われて混乱してしまう気持ちもわからなくはない。

 

「落ち着け、始めから順を追って話してやる。まず聞くがリアスさんの兄については知ってるか?」

 

「部長、兄妹いたのか?」

 

「いるよ。部長のお兄さまはサーゼクスさまと言って、今は亡き魔王に代わってその名を受け継いだ魔王ルシファーなんだ」

 

「んなッ!? マジかよ!?」

 

 木場が兵藤と、ついでに誠二に、現在の悪魔のトップについて説明する。こういう時にそこそこ物を知ってて補足してくれる奴は便利だな。

 

「でだ、そのサーゼクスさまはリアスさんと同じ『滅びの力』で魔王になったわけだが、その魔力ってどの家系に伝わっていた力かは知ってるか?」

 

「知んないな。グレモリー家じゃないのか?」

 

「バアル家だよ。元72柱1位の、魔王に次ぐ権力を持つ大王家だ。部長のお母さまがバアル家の出身で、そっちに部長達は似たんだよ」

 

「その通り。じゃあ次の質問だが、自分たちが代々引き継いできた魔力を他家に盗られて、おまけに自分より上の地位に立たれたバアル家はそのことをどう思ってると思う?」

 

「それは……」

 

 

「まぁ当然恨むわな」

 

 元から知っていた誠二と木場はそうでもなかったが、これには兵藤もさすがに黙った。努力の成果を根こそぎ奪って、それで相手を下せばとんでもなく恨まれるのは当然だろう。端からだと貴族たちの支配権はバアル家が握ってるように見えるので初代当主だけは不満はなさそうだが、まぁそれはあくまで例外だ。

 

「それもサーゼクスさまはバアル家の血の結晶とでもいうべき生まれながらの強者だったからな。同じ力を扱うだけあって、抵抗できる相手ではないって理解できたんだろう。だからそこまでの実力はない――将来的には最上級悪魔級って言われてるけど、元72柱のトップであるバアル家からすれば成長しきっても平均程度だからな―――リアスさんに矛先は向いたわけよ。「リアス・グレモリーを『滅びの力』を受け継いだバアル家の次男に嫁入りさせ、バアル家に『滅びの力』を返却しろ」ってな」

 

「え、部長の婚約者ってフェニックスだろ!? なんでそうなるんだ!!??」

 

「兄さん、落ち着けって。で、続きは?」

 

「ああ、それでな、グレモリー卿はどうにかして断ろうとしたんだよ。悪魔の名門としては応じるべきなんだが、バアル家はグレモリー家大嫌いだから、嫁入りなんかしたらどんな目に遭うかわかんねぇし。それでリアスさんの希望にできるだけ沿わせた婚約を進めて、「もう優秀な純血悪魔の婚約者がいるから無理」って返事することにしたんだよ。その相手がライザー・フェニックスだ。さすがに「娘が嫌がってるんで嫁入りさせたくないです」とは言えんかったらしい。力で脅されてとはいえ、バアル家がサーゼクスさまの言う通りに貴族派の奴らを抑えていてくれてるおかげで悪魔は内乱で滅びずに済んでるっていうでかい恩もあったからな」

 

「……部長の親はライザーが部長にふさわしいって言うのかよ」

 

「兵藤、お前はライザーさまはリアスさんにふさわしくないって言いたいのか?」

 

「当然だろうが! あんな種まき野郎が部長にふさわしいもんか!!」

 

「……悪魔は出生率が低いから、強い男が女を何人も囲って強い子供をたくさん作ることはむしろ推奨されてるんだぞ? それでもか?」

 

 魔力や魔法力は遺伝する。だから合理的な思考をする悪魔はほぼ確実に力を引き継いでいる純血を尊重し、強い子供が多く生まれるように強い男がハーレムを形成することを認めているんだ。個体差が少なく、種が絶滅の危機に瀕していない普通の人間の常識で考えるべきじゃない。

 

「つーか、お前らライザー・フェニックスについてろくに知らないだろ。そんなんで批判するのはやめとけよ」

 

「ぐっ……」

 

「なら教えてくれよ。どんなやつなんだ?」

 

 テンションの浮き沈みが激しい兵藤と、冷静なまま話を聞く誠二。対照的な兄弟だなぁ、と苦笑する木場を余所に今度はライザーの説明を始める。

 

「まず強いな。不死身のフェニックスだからなのは勿論だが、レーティングゲームでトップ10入りする兄と比較されたうえで「フェニックス家の才児」と言われるだけの才能はある。今は誠二でも戦闘になるし、聖なるオーラを使える俺なら倒せるレベルだが、サーゼクスさまの眷属にしごかれればあっという間に最上級悪魔級、もしかしたら魔王級やそれ以上になれるかもしれないほどだ」

 

「う……」

 

 才能がない兵藤が呻く。それを無視して説明を続けた。

 

「次に金持ちだ。ソーナ姉さんやリアスさんみたいに家が裕福なだけじゃなくて、本人がな。『フェニックスの涙』は高額で売れるから家から離れても金には困らないんだよ。グレモリー家も販売ルートを作れないわけじゃないからな」

 

「ぐっ……!」

 

 一般家庭の生まれの兵藤が悔しそうにする。それを無視して説明を続けた。

 

「あと、頭がいい。悪魔政府の上層部に『王』として期待されているだけあって指揮官や戦術家としての能力はすごいぞ。不死身って言う特性任せのゴリ押しじゃ高評価は得られないから、これは当然お前もわかっているだろうけど」

 

「クソッ!」

 

 指示通りに動くことしかできない兵藤が悪態をつく。それを無視して説明を続けた。

 

「最後に、眷属一同を見れば分かると思うが自分の女は大切にする人だ。リアスさんと結婚すれば良い夫婦になろうと努力してくれるだろう。たぶんこのレーティングゲームも、お前らに時間を与えただけじゃなく自分たちも辛勝を演出できるように調整してんじゃねーかな? 負けるわけにはいかないけど、圧勝してリアスさんの顔に泥を塗るわけにはいかないから」

 

「マジか……」

 

 愕然とする兵藤。うなだれて動かなくなった。

 しばらくそのままで、俺達が「寝てんじゃないか?」と思い始めたころになってようやく動き始めた。

 

「なんだその完璧超人はッ!? 俺の印象と全然違うじゃねーか!!」

 

「そりゃ親バカのグレモリー卿が選んだ相手なんだから当然だ。半端な相手を選ぶわけないだろ」

 

 兵藤は叫び、誠二は改めて確認したライザーさまの凄さに驚き、木場はリアスさんがそんな優良物件を蹴って、はぼ間違いなく冷遇されるであろう相手との婚約を断る口実を手放そうとしていたのかと事実に気づき戦慄していた。

 そして俺はリアスさんの婚約者の凄さを解説したことで空しさに襲われていた。シトリー家の次期当主であるソーナ姉さんの婚約者はここまでハイスペックではないからだ。凡庸な上級悪魔というのがぴったりな人である。シトリー家とグレモリー家の社交界での扱いの差をここでも実感できてしまった。同じ魔王を輩出した名家だと言うのに、うちは凡庸な婚約者しか見つからず、もう一方はたくさんいる中から最高の人材を選べるとか。あまりの差に涙すら出ないほどだった。

 

「まぁライザーさまがどんな人であれ、お前らはリアスさんに恥をかかせないために全力を出すしかないんだ。分かったらさっさと寝ろ。明日も特訓はあるんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、この日以降兵藤と木場は特訓に身が入らなくなり、それを問い詰めた塔城とアーシアも次いでそうなった。この調子じゃ「特訓で強くなったグレモリー眷属に辛勝できる」ように調整しているフェニックス眷属には勝てないだろうな。ま、他人事だしどうでもいいけどさ。

 

 

 



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8話

 グレモリー対フェニックスのレーティングゲームの数日後、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーは生徒会室でお茶会をしていた。

 

「それにしても良かったですね、リアス。この学校を離れずに済んで」

 

「ええ、正直、意外だったわ。お父さまからの許可は前から出ていたとはいえ、まさかライザーが許してくれるとは思わなかったもの」

 

 この会話からも分かることだが、レーティングゲームはフェニックス家が勝利した。わざと隙を作り、リアスさんに有利な状況を作ることで「眷属はほぼ全滅させたけど、不死身を倒しきれず敗北」というリアスさんにとって今後の為になる決着にしようとしたようなのだが、兵藤たちがふがいなさ過ぎて圧勝してしまったのだ。

 それでレーティングゲーム後、即挙式となったのだが、婚約が結婚済みになっただけで何も変わらなかった。

 リアスたちは予想外だと言うが、端からみると分からなくはない事である。グレモリー家の御家問題(バアル家からの嫁入り要請)も解決したので、これからは焦ることなく良好な関係を結びたいと思ったのだろう。なにせこれから一万年以上にわたって夫婦としてやっていくのだ。たかが数年我慢すれば相手の踏ん切りがつくと言うのなら喜んで待つだろう。

 

「理解のある旦那さんで羨ましいことですね。聞けば結婚初夜はレーティングゲームのことで一晩中語り合ったとか。ライザーはリアスの気持ちを考えてそうしてくれたんでしょうね。結婚前に「『グレモリー家のリアス』ではなく自分のことを愛してくれる人と一緒になりたい」と相談を受けましたが、果たして相手のことをどこかの家の誰かとしか見ていなかったのは誰なんでしょうか」

 

「それは言わないでッ!! 我ながらバカなこと言ってたなって自覚はあるのよ! もうこれ以上いじめないでちょうだい!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶリアス。それをソーナはくすくすと笑いながら眺めている。しばらくこんな感じでリアスを弄って遊んでいたが、これ以上はヤバそうだと判断したソーナはすぐに話題を切り替えた。

 

「まぁ、羨ましいと言うのは本当ですよ。今日だって眷属の皆を鍛えてくれているんでしょう?」

 

「……ええ、いくら私のためを思ってとはいえ、あんまりなゲームだったから。一人で大暴れしていたセージ以外は全員鍛えてもらってるわ。ライザー本人はたまたま手が空いてたセカンドにしごかれてるみたいだけど。……本当は私がしないといけない事なんだけど、私の伝手じゃいい教師役が見つけられなくて困ってたから助かったわ」

 

「改めて思い返してみると、私たちって冥界での行動範囲って狭いですものね。十数年しか生きていないのに、そのうち何年も人間界で過ごしているから仕方ないことなんですけど。私も譲治が色々と補佐してくれなかったらもっと苦労していたでしょうね」

 

「確かに。『女王』同士の私的な寄合なんて私たちは気づきもしなかったもの。あなたもいい『女王』を持ったものね。

 ……そういえばセージはジョージに連れられてシトリー領に行くって言っていたんだけど、ソーナはなんで行くか聞いていないかしら?」

 

「? 確かに譲治の領地を案内すると言うのは聞きましたが、理由までは聞いていませんね。他に用事もありませんでしたし。リアスは理由も聞かずに許可を出したんですか?」

 

「一応聞いたわよ。使い魔を探しに行くって言ってたけど、それは建前で私には言いたくない本音が別にあると思うのよ。だって使い魔の森には一度連れて行ってあげたもの」

 

「ふむ、それは確かに不自然ですね。わかりました、私の方から譲治に探りを入れておきます」

 

「ありがとう。いずれお礼はするわ」

 

「なら兵藤君の成績が下がらないように指導してあげてください。ここの所欠席ばかりですからね」

 

「……できるだけ善処するわ」

 

 

 

 

 

 

 

「本当にここにいるんだろうな?」

 

「当然だろ。こんなことで嘘は言わねぇよ」

 

 俺、支取譲治は兵藤誠二を連れて森を歩いていた。

 正直なところ俺は学校生活に使う時間以外はゴグマゴグの解析に使いたかったのだが、こいつがどうしてもと言うので時間をかけて列車で冥界まで来てからここに来たわけだ。

 そして歩き始めから十数分、ようやく目的地である湖に到着した。

 

「ここにまとまって住んでるんだ。おーい! 皆ちょっと出てきてくれー!」

 

『はーい。どなたですかー?』

 

『あ、ジョージさま! お久しぶりです!』

 

『今日はどうなさったんですか? 水の供給は問題ないはずですが……?』

 

 俺の呼び声に応えて、湖からたくさんの人影が現れた。いずれも美しい水色の髪を持ち、密度が高ければ悪魔にとって毒となる精霊の力を纏った美女、美少女たちだ。決して筋肉の塊のようなモンスターではない。

 

「これだ! これだよッ! これこそがウィンディーネだッ!! あんな格闘家かゴリラみたいなのはウィンディーネじゃない、こっちが正統だ!!!」

 

 誠二は涙を流して大喜びする。念願の清く美しい乙女なウィンディーネを見て感極まってしまったようだ。

 

「まぁ正統かどうかはともかく、昔からいたのはこっちだな。湖が小さくなって一つの湖に住める数が減っていったり、汚染されたせいで住める湖の数が減ったりしたせいで生き延びるために筋肉が発達したらしい。種族的な特性のせいで攻撃性の乏しいウィザードタイプじゃ、縄張り争いに勝てないからだそうだ」

 

「それで使い魔の森のはあんなに筋肉質だったのか」

 

「そういうこと。だけどこの土地はシトリー家が長年守ってきたおかげでそんな変化とは無縁だったから、こうして昔の姿を残してるんだよ。ま、守ってるなんて言っても彼女たちの協力があってこそなんだけどさ」

 

『ジョージさま、私たちの力など、守っているうちに入りません。確かに私たちは清らかな水をこの森に与えられているでしょう。ドライアドだって周囲の木々が病に侵されないように努力しています。獣人や亜人、魔物たちも生命の連鎖が正しく行われるような暮らしを心がけています。ですがこれらは外の者が遠慮なしにとっていけばすぐに壊れてしまう物なのです。そうならないように代々力を尽くしてくださったのはシトリー家。もう少しご自身の家の事を誇ってくださいませ』

 

「……シトリー家も森からとれる薬草や魔獣とかから利益を得てるし、そのほうが長く稼げるってだけなんだけどなぁ。恩に感じ過ぎだと思うよ?」

 

『承知の上でこのように申しているのです。それで、今日はどんな用件でいらっしゃったのですか?』

 

「おお、そうだった。誠二」

 

「ひょ、兵藤誠二だ。リアス・グレモリーさまの『戦車』をやってる。誰か俺の使い魔になってくれる人はいないかな?」

 

「こいつは転生者だから魔法力は豊富だし、戦闘の才能もあるから将来有望だぞ。ただ他にも美人な使い魔を持ちたいらしいから一番は難しいかもな」

 

 これが今回ここまで来た目的『美人で有能な使い魔の確保』である。ここのウィンディーネの皆は言うまでもなく美人だし、現代で一般的なウィンディーネが筋肉の代わりに失った、強力な精霊の力を持っている。自身が前に出て戦うタイプの誠二にとってはかなりいい使い魔になるだろう。そういった情報をこぼしてしまったがために森を案内することになったのだ。

 誠二の言葉を聞いてウィンディーネたちは集まって相談を始め、そのうちの何人かが前に出て誠二と交渉を始めた。全員がこの湖でも特に高い精霊の力を持ち、外への興味が盛んな年若いウィンディーネだ。

 普通、精霊や魔獣と契約する際はその扱いや報酬などで話し合いを行うのだが、今回は違っていた。手を出したら最後まで責任はとるだとか、出さないなら早めに言ってほしいだとか、その場合は恋愛自由だとか、そんなのばっかりだ。

 要は使い魔としての契約は、ウィンディーネにとっては婚活のようなものなのだ。伝説で人間に恋をしていたように相手は同種である必要のない精霊にとって、将来有望な眷属悪魔である誠二はかなりの好物件なのである。貴族に成り上がる可能性は普通の悪魔に比べてずっと高いし、俺が連れてきたんだから変な相手ではないと思っているからな。使い魔として近くにいれれば、アピールするチャンスも増える。手を付けてもらえなくても、この湖にずっといるよりいい男に巡り合える機会は増えるだろうし、ぜひとも契約を取りたいのだろう。少々騒ぎ方が異常な気もするが、まぁ大丈夫だろう。

 そんな交渉が数十分続き、ようやく終わった。

 最終的に選ばれたのは、契約に積極的だった子らと同年代の、アピール合戦を止めて交渉の進行を務めていた子だった。精霊の力は他の子と同じくらいだが、補佐役に回ってもらうので自己主張の強くない子が良かった、と言うのが誠二の意見だ。もちろん誰も信じていない。ウィンディーネたちは「現代の元人間の男はああいうのが好みなのかーッ!」って叫んでるし。

 

「んじゃ、次行くか? ドライアドたちに順番に挨拶したり、ハーピーやラミアの巣を訪ねたりさ」

 

「……いや、今日はもうやめとくわ。また今度頼む。その時も同じだけ対価は払うからさ」

 

「どうした? 精霊たちの肉食系な面を見てハーレムは無理って思った……わけじゃによな。また頼むって言ってるし」

 

「ああ、契約の対価に魔法力を供給することになったんだけど、それが意外ときつくてさ。何人も囲うとなると戦闘スタイルも変えないときついし、もう少し強くなるまで何人もと契約するのはやめとこうかと思って」

 

 対価は魔法力にしたのか。魔力や魔法力は精霊にとってはエネルギー源になるから妥当なとこなんだが、こいつの魔法力の量でもきついってどれだけ支払ってるんだ。報酬の交渉は誠二が提示した条件で即決していたので、常識的に考えればありえない条件だったに違いない。

 

「理由は分かったが、本当にいいのか? 魔物とかは金銭でもいけるんだぞ?」

 

「そっちは将来に備えて溜めておきたいんだよ。少なくとも上級までは成り上がるつもりだしな」

 

「そういうことか。じゃあさっさと戻ろう。このあと兵藤たちと合流するんだろ?」

 

「ああ、そうしよう。兄さんがどんな反応するか楽しみだ」

 

 こうして誠二の使い魔探しは波乱もなく終わった。誠二は良い使い魔を見つけられ、俺は意外と研究の合間のいい気分転換になったと割と上機嫌でそれぞれが所属する家まで帰った。

 ……その後の質問攻めで俺はかなりストレス溜まったけどな。筋肉のないウィンディーネなんか欲しがる人がいるわけないと現代の悪魔は思っているから説明しても全然信じてもらえず大変だった。今度からは他にも人間視点で意見してくれる人がいる時に説明をするようにしようと思う。

 



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戦争熱望のフォーリンエンジェル
9話


「これより臨時会議を開始します」

 

 その日、珍しく生徒会室で生徒会以外の会議が開かれていた。部屋には盗聴や透視対策の結界が敷かれ、シトリー眷属がそれぞれの席についている。

 いや、違うか。正確に言うと席が一つ空いていた。匙の席だ。仁村が気にしていたが空気を読んで尋ねたりはしなかったため、会議は進行していく。

 

「議題はこの街に来ている堕天使の幹部、コカビエルの対策について。ジョージ、説明を」

 

「はい。先日、コカビエルが神陣営の管轄である教会を襲撃し七本に分けられた伝説の聖剣『エクスカリバー』のうち三本を奪取。その際、必要以上に暴れていたことから三大勢力での戦争再開を目的としたものだと思われます。ただ教会の人間は騒いでいるようですが、神陣営はなんの反応も示していません。そのためエクスカリバー奪取こそ成功しましたが、真の目的は失敗したと言えるでしょう。問題はここからです。手元の資料を見てください」

 

 眷属一同が自分の前に置かれた資料を手に取り、目を通す。そこには青髪にメッシュを入れた少女と、栗色の髪の少女の写真があった。つい先日、グレモリー眷属と模擬戦をしていたときの写真だ。兵藤と木場が相手をしていて、他は見学している。

 

「この二名は教会からエクスカリバー奪還のために派遣された聖剣使いだそうです。栗色の髪の方は無名ですが、コネを使って調べたところ青髪のほうは『破壊の騎士』と呼ばれる聖剣デュランダルの使い手だと判明しました。ここまでの大物を教会が派遣した以上、コカビエルがこの街に来ているのはほぼ間違いなく、目的も悪魔を刺激して戦争を再開させることでしょう。そのための手段として最も可能性が高いのは、ソーナ姉さんとリアスさんをエロいことしたうえで殺し、シスコン魔王×2をキレさせることでしょう」

 

「ジョージ、真面目に話すのなら最後まで真面目に話なさい。……まぁそういう状況なわけです。加えて言うと、この街の管理を行っているのはリアスであるため私たちは自由に行動できず、リアスも聖剣使いに「エクスカリバー争奪戦に関わらない」と明言してしまったのでもはや積極的に行動することはないでしょう。仕事を放りだして退避するのも当然なしです」

 

「会長! それヤバすぎませんかッ!?」

 

「会長の魔王やってるお姉さんって助け求めたら駄目なんですよね!? リアス先輩もプライドが邪魔して助けとか求めそうにないし!」

 

「それより前に聖剣使いの要請に応じて大丈夫なの!? これ、天使と悪魔が組んで堕天使を滅ぼそうとしてるとかって思われて、戦争の原因になったりしないよね!?」

 

 話し終った途端、眷属の皆はパニックに陥った。伝説に残っているような敵が攻めてきて、対処することもできず、撤退も不許可となったらそりゃパニックにもなるだろう。

 だが説明はまだ続くのだ。このままでは話が続けられないので聖なるオーラで威嚇する。

 

「「「「「「ひっ!?」」」」」」

 

「ジョージ、やり過ぎです。聖剣使いたちが持ってきた聖剣よりよほど強いオーラじゃないですか」

 

「すみません。でもこれで説明を続けられますよ?」

 

「まったく。……まぁ今言ってもしょうがないので説明を再開しましょう。私たちが積極的に行動することはできないので、兵藤君が聖剣使いに自身を売り込みに行くのに匙も同行させました。その結果「悪魔ではなくドラゴンの力を借りる」という名目で聖剣使いも承諾しましたので、現場で情報を集めさせています。またこれらの情報は父にこっそりと伝えているので、実はもうシトリー、グレモリーの両家からの援軍は到着します」

 

「え? でも会長のお姉さんってすっごいシスコンで、こういうことを知ったら即戦争を起こしかねないから伝えちゃダメなんじゃなかったんですか?」

 

「ええ、ダメです。なので『父に』『こっそり』伝えました」

 

 そんなんでいいんだ、みたいな顔を全員がしている。今は落ち着いた表情をしているが、ソーナ姉さんも俺がそう提案したときは同じ顔をしていたな。

 まぁ本来ならそんなので良いわけないんだが。本当にセラフォルーさまがソーナ姉さんのためなら他勢力に戦争をふっかけるような人なら『こっそり』やった程度で隠しきれるはずがない。シトリー家が全力を挙げてやったとしても、魔王の権限と個人の実力で見つけ出し、行動に移すだろう。

 こんなので大丈夫な理由は簡単で、セラフォルーさまは皆が思っているほどシスコンではないだけである。妹が大好きなのは事実だし、妹のためなら魔王の職権を乱用することはあるし、甥が妹に手を出したりしないかと見張りをつけることもある人だが、魔王にふさわしい人でもあるのだ。自分の作ってる『キャラ』的に、知ったらまずいことは気づかなかったことにしてくれる。

 

「事情の説明も終わりましたし、本題に入りましょうか。ジョージ」

 

「はい。援軍からの伝言を発表します。

 

 「見ててあげるから自分らでやってみなさい」

 

 以上です。目標はリアスさんが連絡を入れてから援軍が向かったと仮定して、到着まで大きな被害を出さずに全員が生き延びる事。案が思い浮かんだらドンドン言ってみてください」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 おー、さっきとは一転、今度は見事に固まってるな。俺はいつまで固まってるか見てみたかったが、ソーナ姉さんが「早く再開しろ」と目で言ってくるので良い情報も話すか。

 

「ただオレと誠二がコカビエルと正面から本気で戦ったらそれだけで勝てるでしょうが、被害がかなり出ると予想されるので別の方法でチャレンジします。なにか意見はありますか?」

 

「えーと、質問、いいかしら?」

 

「どうぞ真羅さん」

 

「譲治はコカビエル相手に勝てると言うのは本当ですか? 相手は古の戦を生き抜いた、聖書にも名を記された堕天使の幹部なんですよ?」

 

「大丈夫です。所詮は部下を無くした戦争狂、個人での戦闘力なら上級堕天使の中の下から中の中くらいらしいですから」

 

 これはマジな話。そもそも実力者同士の一騎打ち、もしくは少人数での戦闘が勝敗を左右することが多いこの業界で、戦闘狂というのならともかく戦争狂という時点で個人戦力の低さを自白しているようなものだ。光力自体は堕天使の幹部と名乗るにふさわしいものだそうだが、戦争用に特化しているせいで瞬発力が低く、時間をかけて大軍を殲滅する術は使えても、目の前の敵に即座に強力な攻撃をはなつことはできないのだ。高速での白兵戦を強いれば確実に勝てるだろう。

 かつてのコカビエルは、強者同士の戦闘が始まれば背景として吹っ飛ばされるだけの存在だった雑兵たちを一つの生き物のようにまとめ上げ、四大魔王が死に、いくつもの家系が断絶し、神陣営も神が死に、戦争が不可能になるほどの痛手を受けた戦争を『部下の全滅』だけで凌ぎ切った名将だったが、率いる部下がいなくなればただの上級堕天使。楽に倒せて大きな功績を挙げられる、絶好の獲物でしかないのだ。

 

「そ、そうなんですか……」

 

「はい。他に質問はありませんか? なかったら作戦を考えてください。どんな策でもいいのでドンドン言ってみるように」

 

「最終的な判断は私がやりますから、皆は練習だと思って気負わずに、だけど真剣にやりなさい。良い作戦を思いついた者にはボーナスを出すことも考えています」

 

「「「「「「ッ!? わかりました!」」」」」」

 

 割と余裕そうと思えたところに『ボーナス』と聞いて俄然やる気になる眷属の皆。欲望に正直なのは悪魔的には美徳だな。

 

 その後、戦闘記録などの資料をひっくり返したりしながら数時間に及んで話し合いを行い、結局『コカビエルが攻めてきた場合、シトリー眷属からは俺と匙がグレモリー眷属の一部と共に前線に出て遅延戦闘をし、万が一でもやられたらまずいソーナ姉さんを後方に下がる。その護衛を真羅さんが勤め、他は被害拡大防止の結界を張り続ける』という戻ってきた匙が提案した無難な物に決まった。敵は少数だから策の立てようがないし、作戦を立てても中心はグレモリー眷属になるんだからこの程度が当たり前なんだけどな。いくら俺の正面突破は無しで作戦を考えろと言われたからって、俺を遊ばせたまま無駄に色々考えた連中は灰になってたな。一部はボーナスが出た匙にたかって、高い物おごってもらおうとしてたけどさ。

 

 



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10話

「援軍が来るまで一時間ですか……。本当にぎりぎりまで連絡しなかったんですね」

 

 ついにコカビエルが宣戦布告に来たらしい。内容は駒王学園で大騒ぎするから街を吹き飛ばされたくなければ出てこい、とのこと。その時、同行していたフリードとかいうはぐれエクソシストがエクスカリバーを五本も持っていたとか。さすがにこれはヤバいと無駄にプライドの高いリアスさんに無断で姫島さんが連絡を入れたという。まぁ堕天使にここまでされて引いちゃったら後々ヤバいことになるだろうし、撤退っていう最終手段が取れなくなったらさすがに連絡は入れるよね。

 聞くところによると、木場たちが囮をやって釣り上げた連中を二人で追いかけて行って、見事に返り討ちにあったらしい。それで『擬態の聖剣』と『破壊の聖剣』を奪われたとか。ゼノヴィアの方は『奥の手』を使ってどうにか逃げ延びたらしいが、紫藤は普通に負けてボロボロの状態でリアスさんに渡されたそうだ。

 この辺はフェニックス家の教育のおかげで木場が追撃に同行しなかったせいだろう。フェニックス眷属の『騎士』カーラマインさんは前に聖剣使いとやり合ったことがあって、そっちから色々心構えとか教わったらしいからな。聖剣使いと対峙する時はなにより不意打ちを警戒しないといけないとか、反応の遅い味方を守らないといけないとか、本当に色々な。いきなりだと抑えきれず会談では暴走してしまったみたいだが、時間をかけて落ち着いてれば教えを生かして行動できたのだと思う。

 その結果、敵戦力は増大してしまったが、この程度なら誤差の範囲内だ。原作組に加えて俺と誠二もいるし、匙が大幅に強化され、本人よりも武器が強いタイプと戦う時のセオリーを木場は学んでいる。どうにでもなるだろう。

 

「しょうがないじゃない。ただでさえ私たちは「魔王の血縁という立場を利用して好き勝手している」なんて言われているのよ? 簡単に自分の土地のことで力を借りるわけにはいかないわ。それにライザーには連絡しておいたから十分もすれば着くはずよ」

 

 お、ライザーさまは来るのか。到着したら戦力的にもずいぶん余裕が出るし、袋叩きにするのもいいかもしれないな。ま、その辺は実際にそうなってから考えよう。

 

「今更な気がしますが……まぁ良いでしょう。で、どのように対処するつもりですか?」

 

「私たちはオフェンスに出て時間を稼ぐから、ソーナたちには結界を張って被害拡大を防いで欲しいのよ。構わないかしら?」

 

「いいわけないでしょう。なんであなたはそう他人の力を借りることを嫌がるんですか。少しは予想を裏切ってください」

 

「えっ!?」

 

「あなたが前線に出るなんて相手の思うつぼでしょう。それくらいは分かっているはずです。なんでそれでそんな対処法を考えたんですか? それに回復役を前線に連れて行ってどうするんですか? コカビエルの光にしろ、聖剣にしろ、悪魔にとっては毒であり、すぐに治せるようなものではないんですよ? 連れて行くだけ無駄。護衛のために戦力を割かねばならず、足を引っ張るだけです。それから―――」

 

「わ、わかったわ! 私の案じゃ駄目なのはわかったからもうやめて!」

 

「ならどうするのですか? 今の作戦でダメなら新しいものを考えないといけないでしょう。それならまずは先の案の欠点の洗い出しを早急に―――」

 

「あなたに任せるわ! 昔からこういうことであなたよりいい案出せたことないもの!」

 

「大声で言うようなことではないでしょう。それにいきなり振られても困ります。宣戦布告に来てから時間も経ちましたし、コカビエルがしびれを切らすまでそう時間は残されていないでしょう。……まぁあらかじめ作戦は考えていたので問題はありませんが」

 

「さすがソーナ! あなたなら考えてるって信じてたわ! で、どんなの?」

 

「立場的に出ないとまずい者と戦力になりうる者だけが前線に出て、後は結界の展開と援軍の警戒です。具体的には譲治、匙、朱乃、木場君、兵藤兄弟が前線ですね」

 

 この前線組の内訳は、立場的に出ないとまずい者が姫島、戦力になりうる者が匙、木場、兵藤兄弟、両方が俺だ。さすがに堕天使の幹部相手に側近である『女王』も出ずに雑兵ばっかりだったら、コカビエルもキレて駒王学園から離れて暴れ出しかねないからな。

 援軍の警戒の方は原作通りだと白龍皇とかち合う可能性があるが、その辺は見守ってる大人たちがどうにかするだろう。ベオウルフさまも来ているらしいし、適当に妨害して追い払ってくれると思う。和平後の堕天使の立場が悪くなり過ぎると和平に応じなくなるかもしれないので、警戒を妨害して素通りさせる可能性もあるが。

 

「小猫は? あの子も戦力になると思うのだけど」

 

「塔城さんはあなたの護衛です。別働隊の不意打ちでやられるわけにはいきませんから。私も真羅を護衛に残していますし」

 

「なるほどね。よく考えれば確かにその通りだわ。それに別働隊以外にも、逃げたもう一人の聖剣使いが聖剣やコカビエルの首の代わりに私たちを狙って来るという可能性もあったわね。それを考えれば護衛は必須か……」

 

「ついでに言うと、コカビエルに渡された聖剣使いの監視も必要ですね。彼ら神の信者はいくら傷ついていようが、時には自身の死もいとわず暴れることがありますから。これくらいで作戦は十分ですね?」

 

「ええ、問題ないわ。なら早く行動に移しましょう。コカビエルがいつまで待つかわからないもの。朱乃」

 

「わかりました。リアス・グレモリーの『女王』として、前線部隊の指揮を執ります」

 

「ジョージ」

 

「ソーナ・シトリーの『女王』として、匙に指示を出しグレモリー眷属を補佐します」

 

「よし。行ってちょうだい! この街を守るために!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで俺等が来たわけだ。説明、こんなもんでいいか?」

 

「とりあえず、俺が舐められていることはわかった。ひとまずはグレモリーとシトリーの娘に出向いてもらうとしよう。わざわざ俺が向かってやるなどありえんからな。……見ているのはわかっているぞ、小娘共。聖剣を使った街を吹き飛ばす術も十数分もすれば発動しするし、止める方法は俺を倒すことだけだ。戦力の逐次投入などアホのすることだぞ?」

 

「俺等がやって駄目だったときゃ逃げるに決まってるだろ。何言ってんだあんた」

 

「口の減らん餓鬼だな。貴様らを殺さずに捕らえる。そうなればグレモリーとシトリーのことだ、こちらの思うつぼだと分かっていても逃げることなく死にに来るに違いない」

 

 戦闘時の連携についての話し合いを終え、来て早々に「なぜグレモリーとシトリーの娘は来ていないのか」と聞かれたので答えてやったらなんかキレていた。敵対勢力の奴だからと敬語を使わなかったのがまずかったのだろうか。ソーナ姉さんたちが来たらまずいのは分かりきってるんだし、こいつも当然こうなることは予想していたと思っていたんだが。

 それにしても街を吹き飛ばす術式発動まで十分そこそこか。こいつみたいに俺等を侮ってるやつはわざわざ嘘なんかつかないから間違いではないだろう。あと五分もすればライザーさまが来るはずだし、到着してから攻撃に移っても十分だな。

 ちなみに初めに説明しようとした姫島さんはバラキエルのことでおちょくられ、役に立たなくなったので後ろに下がっている。同じ『女王』として、それがどうした言い切るくらいの気概が欲しかったんだがなぁ。

 

「かといって俺が雑魚の相手をするというのも面倒だ。バルパー、お前らで片付けろ。魔物も何体か貸してやる」

 

 お、雑魚との戦闘をまずするらしい。これでゆっくり始末すればそこそこ時間が稼げるな。

 

「ああ、任せてくれ。赤龍帝を含む一団なら統合されたエクスカリバーの初陣に相応しい」

 

「………………」

 

 胡散臭い笑顔を浮かべて神父に促され、虚ろな目をした白髪のエクソシストがエクスカリバーを構える。白髪と言うことはフリードと同じ教会の戦士育成機関出身なのだろう。というか、フリードいないのに五本も統合したエクスカリバーを使えるやつを作れたんだな。原作では聖剣使いの因子を埋め込まれたやつはフリード以外全員死んだって言ってたのに。統合が済んでいたことよりそっちの方が意外だった。あいつほどの改造適正ってそうそういないと思ってたんだがなぁ。

 あと聖剣の纏ってるオーラがなんか拍子抜け。他の皆は差はあれど恐れを抱いたようだが、俺にはまるで感じなかった。なんというか、ただそこにあるだけって気がしてならない。

 まぁ俺の感想は置いといて、聖剣使いの後ろから魔物がぞろぞろと現れ出した。ケルベロスが二頭に下位のドラゴン―――翼もないし魔力の質も良くないので地龍ではなく亜龍とかその辺だろう―――が数体、人間には名前も知られていない程度の実力の魔物も含めて雑魚が数十体か。これだけの数をさばくのはグレモリー眷属にはきついだろう。遠距離からバカスカ撃ってればいい誠二はともかく、倍加の済んでいない兵藤あたりがぱっくりいかれそうだ。

 それに木場の成長イベントを折るのもな。今後の事考えるとここらで壁を越えてもらいたい。

 

「魔物はこっちで始末するんで、聖剣使いは任せていいっすか、姫島さん?」

 

「え、ええ。聖剣使いは任せてください」

 

「んじゃそういうことで。行くぞ匙!」

 

「おう!」

 

 時間稼ぎが目的だ。コカビエルがタメ撃ちしないよう警戒しながら、確実に、安全に行こう。

 

 

 

 



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11話

「「「「「「「「ゴァッ!!!!!」」」」」」」」

 

 開戦早々、ケルベロスとドラゴン、遠距離攻撃が可能な魔物が砲撃をしてきた。聖剣使いとやり合ってるグレモリー眷属の方に流れ弾が行くのはまずいし、全部撃ち落とさないと駄目だろうな。

 

「よっと」

 

 ケルベロスとドラゴンが放ったでかい炎弾は急造の氷壁で防いだ。あっちもタメなしの速射だったし、『戦車』補正の強固さと『僧侶』補正の魔力操作が合わさればこれくらいは軽い。

 残った雑魚が放った砲撃は匙が対処に動いた。

 

「ラインよ、伸びろ!」

 

 全ての炎弾や魔力弾に『黒い龍脈』からラインが伸び、魔力を吸い上げることで急速にそのサイズを縮めていく。十分魔力を吸い上げると、匙は吸った魔力を一本の剣に流し、ラインでつないで鞭のように振り回した。

 剣は魔物たちの防御をすり抜け、回避すれば追尾し、撃ち落とそうとすれば迂回して次々に切り裂いていく。この初手で雑魚は全滅してしまった。

 

「これで良し! あとはでかいのだけだな!」

 

「いや、確かにそうだけど……まぁいいか」

 

 雑魚がそこそこ残ってた方が不意を突かれたフリとかで時間を稼げるとも思ったが、倒してしまったモノはしょうがない。第一、あれだけのラインを出しておいて、あの程度の操作もできなかったら怪しまれていただろう。始めから使用本数の制限を伝えておかなかった俺のミスか。

 

「今はデカブツの始末に集中しよう。匙!」

 

「おう! もう準備はできてる! 行くぜ!」

 

 匙が腕を振り上げると、地面からラインが伸びてケルベロスとドラゴンに張り付いた。

 これはラインが実体剣などをすり抜けさせていることから思いついた使い方で、地面をすり抜けさせて死角から不意打ちを仕掛けたのだ。初めはラインの大部分を非実体化状態にするのは出来なかったが、神器は所有者の思いを読み取り、それに合わせて成長していくものなので練習しているうちにできるようになった汎用性の高い技術である。

 

「悪いけどラインこれで使い切った! 時々魔力弾で援護するくらいしかできねーぞ!」

 

「これだけの数のデカブツ縛ってるんだ。援護までは期待してない。それより防御は俺に任せて砲撃の準備だけしてろ」

 

「わかった。弾の準備ができたら言う。それまで任せたぞ」

 

 そう言って匙は手に作った一発の魔力弾にラインを作って目を閉じる。吸い取った魔力を全て魔力弾に注いでいるのだ。命なんかを燃料にして威力を出すより、ずっと確実で強力な技術だ。ただ魔力弾の完成まで暴発しないように抑えないといけないので、それだけに集中しないといけないという欠点がある。まぁ今後の訓練で克服できる程度の物なんだがな。それに今は壁役(オレ)がいるので問題ない。

 これで一体ずつ確実に潰していくことにしよう。チャージまでは時間がかかるという欠点も、時間を稼ぎたい今には長所となっているし。

 

「ここからは俺の仕事か。さっきのミスはここでとりもどさねーと。でも誠二たちの方に流れ弾が出ないようにもしねぇといけないし、割と面倒だな」

 

 匙のラインは力をかなりの勢いで吸ってるが、こいつらのタフさを考えるとそれだけじゃ時間内に片付けるのはきつい。適当に痛めつけておく必要がある。だが倒してしまっては意味がないし、加減が難しいところだ。

 そんなことを考えていると、ドラゴンが突っ込んできた。ラインは繋がってはいるが縛っているわけじゃないので自由に動けるのが厄介だ。

 

「おらッ!!」

 

 ベイに騎乗した状態で、氷で作った特大のメイスを振るう。突っ込んできたドラゴンは頭を横から殴られて吹っ飛んだ。

 これこそが『女王』の最も有効な戦闘手段『魔力を込めて物理で殴る』である。『僧侶』の魔力に『騎士』の速度、『戦車』の攻防力を兼ね備える『女王』にとっては魔力をフルに生かした接近戦こそが本来最も得意とするものなのだ。『王』の補佐役という役職ゆえに事務が得意な良い家柄の人が『女王』になることが多いので滅多に見られないけどな。

 俺の場合はシトリー家の得意分野である『水』と『氷』の中でも『凍結』と『氷の精製』を特に得意としているので、こんな風に魔力で作った武器で接近戦を行っている。水を使って流れるように移動とか、流水を乗せて殴るとかは無理だった。水で移動しようとすれば水が邪魔で普通よりずっと遅くなり、流水を乗せてもタイミングが合わせづらく普通に力いっぱい殴った方がはるかに強かった。どうも俺の魔力は『氷』ばかりに偏っていたようである。

 それはさておき、戦いの続きだ。

 その後二頭目が来るかと思ったが、残りはタメ撃ちの準備をしていた。魔物の類に大ダメージを与える聖なるオーラを警戒して、さっきとは比べ物にならない火力で一気に焼き払うことにしたんだろう。俺の本気の速度なら回避は余裕と言うことも知らずに。

 

「それならありがたいんだがなッ!」

 

 チャージを続ける魔物の一団に向かって突撃する。ケルベロスより弱い下位のドラゴンたちはそれに驚いて、タメが途中でもバラバラに砲撃を撃ってきた。

 

「効くかよッ!」

 

 単発で放たれた炎弾なら対処は楽だ。メイスで誠二たちとは違う方向に弾けばいい。炎は形がない物だが、魔力を込めて『殴り飛ばすイメージ』を持って殴れば意外といけるのだ。

 そうして近づいた時にはケルベロスのタメは終わったようだが、もう遅い。

 メイスで地面を殴ることでイメージを固め、氷柱を生やす。これで飛ぶことのできないケルベロスの口は強制的に閉じられ、内部で爆発した。

 

「「「「「「ッ!!!!????」」」」」」

 

 口腔内での爆発にケルベロスが苦しむ。だがこいつも火を吐く魔物、この程度ならすぐに落ち着いて今度はその巨体を武器に暴れ出すだろう。そうなると匙へのフォローがやりにくくなるので強制的に距離をとらせることにする。

 

「お前らも行っとけ!!」

 

 メイスで殴ってさっき飛ばしたドラゴンのところに吹き飛ばす。他のドラゴンもその後を追わせた。

 ぶつかりながら大体同じ場所に落ちていく。タフなケルベロスはすぐに起き上がって移動しようとしたが、巨大な氷柱を撃ちだしてそれを妨害する。

 全部集まったところで仕上げだ。魔力を一気に高めていく。

 

「凍ってろ!!」

 

 冷凍ビーム的な物を放ってまとめて氷漬けにする。俺の作った氷は聖なるオーラを帯びているので、魔物は徐々に弱体化していく。これに匙の吸収が合わさればちょうどいい感じで勝負がつくはずだ。

 あとはコカビエルへの警戒と匙の護衛を除けば氷の維持に集中しているように見せればいい。これ以上のことをやろうとすると魔力や魔法力の消耗が多くなるからこんな戦法をとっているのだとずっと思わせていられればこっちの勝ちだ。

 そんな感じでじわじわと力を削り、匙が超大玉螺旋丸みたいなサイズの魔力弾でケルベロスを一匹倒したころ、連絡用のイヤホンを介して仁村の声が聞こえた。

 

『譲治先輩、匙先輩。報告があります。顔や行動に出さずに聞いてください』

 

 緊急連絡とかじゃなくて報告か。裏で何かやっててそれの結果でも出たのかな? ともかく悪い情報でないと良いが。

 

『既にいる援軍を隠してまで私たちに任せているのにライザーさまが援軍に来るというのは、コカビエルと通じて戦争の再開を企んでいた人たちを釣る罠だったんです。ライザーさまの妨害をしコカビエルの作戦を成功させようした人たちが見事に釣れたので、ライザーさまはそのまま内通者の始末をやっています。つまりもう援軍を待つ意味はないのでコカビエルを倒すために動いてください。こちらも先ほど接触してきた聖剣使いを増援として中に入れますし、譲治先輩も思いっきり戦ってもいいそうです』

 

 なるほど、俺達が時間稼ぎそのものな戦い方を指示されてたのは俺達やグレモリー眷属の訓練じゃなくて、裏切り者にチャンスだと思わせるのが目的だったのか。そういえば監視系の術は援軍の物だから気にしないようにとか言われてたが、あれは裏切り者が様子をうかがっているのを怪しまないようにするためだったのかもな。あらかじめ伝えてなかったのは、たぶん顔に出るとまずいからだろう。匙とか兵頭みたいなドラゴンと相性のいい連中は思いっきり態度に現れるし、伝えるのは無理だったんだろうな。

 まぁ済んだことはいい。今はこいつらをさっさと片付けて誠二たちの加勢をすることにしよう。速攻で邪魔者を片付けたらコカビエルとの戦闘だ。兵藤が流れ弾で死なないよう気をつけながらいこう。

 

 



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12話

―――木場佑斗 side ―――

 

 

「――僕は剣になる」

 

 僕の魂と同化した同志たちよ。一緒に超えよう。あのとき、達することのできなかった願いを、今こそッ!

 

「部長の、グレモリー眷属の剣になる! 僕の想いに応えてくれッ! 魔剣創造よッ!」

 

 僕の神器と同志の魂が混じり合う。同調し、新たな形に変化していく。

 魔なる力と聖なる力が一つになった。

 僕の神器が、同志の魂が教えてくれる。これは昇華だと。

 神々しい輝きと、禍々しいオーラと共に僕の手元に現れたのは一本の剣。

 完成したよ、皆。

 

「――禁手(バランス・ブレイカー)、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔を有する剣の力、その身で受けてみろ」

 

 僕は聖剣使いに向かって走り出し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突然聖なるオーラが飛んできて聖剣使いを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――木場佑斗 side out―――

 

 

 

「…………………………………………………………」

 

「空気読めよゼノヴィア……」

 

「ここは木場がかっこよく木偶野郎を倒すとこだろ……? なんで横槍入れてるんだよ!」

 

「魔力はイメージで、神器は感情で扱う物ですから場の勢いというのは大事ですのに……それを考慮せずに邪魔をするなんて。もしかしてコカビエルと共倒れを狙ってたりしてませんよね?」

 

「な、何を言ってるんだ!? 私は敵を倒しただけだぞ!? 隙を突くのは当たり前の事だろう!? なんでそんな反応なんだッ!?」

 

 魔物どもを割と本気の聖なる氷柱で始末した後、落ちていたエクスカリバーを回収してからグレモリー眷属と合流すると、カオスなことになってた。

 聖魔剣を構えた姿勢で呆然としている木場、デュランダルであろう大剣を携え困惑しているゼノヴィア、ゼノヴィアの空気の読めない行動に憤慨している兵藤兄弟、本気でゼノヴィアへの警戒を強める姫島さんと言った感じで、戦場とは思えない空気に包まれている。ツッコみを入れてくれそうなバルパーは何かぶつぶつ呟きながら考え事に集中してるし、戦う気のあるやつはいないようだ。

 

「なぁ匙。こいつら無視してコカビエルと戦わね? 手柄分けてやる必要ないと思うんだ。元々全体の指揮官は姫島さんだったし、責任は全部被ってもらってさ」

 

「いや、そうしたい気持ちは分かるけどさ。一応声くらいかけてやろうぜ? これでこいつらが死んだら後味が悪い」

 

 まぁそれもそうだな。ここで死んだら木場が禁手に到れるように魔物を引き受けた意味もなくなるし。一言声を掛けとくくらいはしてもいいか。

 そんなことを悠長に考えていると、先にバルパーが動き出した。

 しかしこっちに向かってはいない。彼はコカビエルに向かって叫んでいた。

 

「コカビエル! もしや魔王だけでなく神も死んでいたのかッ!? そうでなければ反発し合う二つの要素が混じり合うなどあるはずがないのだ! 頼む! 教えてくれ!!」

 

 それが事実だと確信しているのに、否定されたくて尋ねているようだった。神の下僕として生きてきた今までの人生が無意味だったと突きつけられるようなことだから、誰かに否定してもらって安心したいのだろう。

 だがコカビエルはそんな願いには答えてくれなかった。

 

「その通りだ。よく理解できたな、誉めてやろう」

 

「そん、な…………」

 

「嘘をつくな! 主が死ぬなど聞いたこともない!!」

 

 かすかな希望を打ち砕かれうなだれるバルパーと、躍起になって否定するゼノヴィア。それにコカビエルは自然体で答える。

 

「貴様らが知らないのは当然だ。神が死んだなどと、誰に言える? 人間は神がいなくては心の均衡も保てず、法も機能しない者の集まりだぞ? 我ら堕天使や悪魔も下々にそれを教えるわけにはいかなかった。どこから情報が漏れるかわかったものじゃないからな。この真実を知っているのは三大勢力のトップと一部の者だけだ」

 

 コカビエルはこういってるけど、実際は他の神話勢力を警戒しての事なんだろうな。個人の戦闘力はともかく、物作りチートとも言える『聖書に記されし神』が死んだと聞いたら、攻め込んでくるような奴はいただろうし。

 しかし、戦闘を開始するつもりが会話パートに入っちまった。とはいえ時間も迫ってるし、隙を見て仕掛けるとするか。

 

「……主が、いない? 主は……死んでいる? なら私たちに与えられる愛は……?」

 

「そんなものは無い。神がすでにいないのだからな、当然のことだ。ミカエルは本当によくやっているよ。神が使用していた『システム』を不完全ながら機能させ、神への祈りも祝福もエクソシストもある程度動作させているのだから。――ただ、神がいるころに比べて、切られる信者は格段に増えたがね。そこの小僧が聖魔剣を作れたのも、神と魔王が死に、聖と魔のバランスが崩れたせいだ。これがなによりの証拠だろう」

 

 それで納得してしまったのか、ゼノヴィアもバルパーと同様に崩れ落ちた。

 一通り説明して満足したのか、コカビエルは拳を天にかざして叫び始める。

 

「俺はあの小娘どもの首を土産に、戦争を始める! 俺だけでもあの時の続きをしてやる! 我ら堕天使こそが最強なのだとサーゼクスにも、ミカエルにも見せつ、ッ!?」

 

「ッ、ああクソ! しくじった! やっぱり拾ったばかりの物をぶっつけで使うもんじゃねぇな!」

 

 俺等を完全に無視して叫んでいたので仕掛けたのだが、腕を一本と翼を二枚切り落とせただけだった。問題なく使えると思ったのだが、問題がなさ過ぎて失敗してしまった。今後は大丈夫そうでも、不確かな手段はできるだけとらないようにしよう。

 

「ま、いいか。このまま畳み掛ける!」

 

「ぐッ、がぁッ!? 最後まで話すくらいさせろ、クソ悪魔が!」

 

「あんな隙を晒すあんたが悪い。おら、さっさと死ね!」

 

 腕を失い体勢が崩れたコカビエルに攻撃を絶え間なく叩き込む。初めはどうにか防いでいたが、すぐに言い返す余裕もなくなり、最後は槍に胸を貫かれてコカビエルは消滅した。

 

「よし、これで戦いは終わりだな。魔法陣もちゃんと消えてるし、あとは壊れた校舎の修理だけか」

 

「……なぁ譲治? お前何してんだ?」

 

「何って、敵を倒しただけじゃねぇか。つーか俺にばっかり戦わせてないでお前らも仕掛けろよ。邪魔になったかもしれないけど、街を守ろうとか、功績を挙げようとか、積極性がまるで見られなかったぞ」

 

 あっちは時間稼いで術式を発動させれば勝ちだと思ってるし、実際そういう設定で戦ってるんだから隙があれば相手の話など無視して仕掛けるべきなのだ。それなのになんで大人しく聞いてんだこいつらは。匙は特訓をよりきつくするようソーナ姉さんに進言しとくか。

 

「あー、それは悪かった。あと、聞き方も悪かったな。お前、その手に持ってるものはなんなんだ?」

 

「エクスカリバーだよ。どうやら俺にも聖剣使いの因子はあったみたいでな、便利そうだから使った。ちなみに最初の一撃は『擬態の聖剣』で扱いやすい槍に変形させて、『透明の聖剣』で姿を隠して『天閃の聖剣』の速度で斬りつけたんだが、速すぎて目測が狂っちまってな。あれがなきゃ一発で終わってたんだが」

 

 聖剣見ても全然怖い感じがしなかったのはこのせいだったっぽいんだよな。目の前にある聖剣が、今の持ち主より俺を選んだことがなんとなく察知できていたためだったのだと思う。

 四分の一は生まれつき悪魔な俺に聖剣使いの因子があったのには驚いたが、あって困るものではないし深く考えなくていいだろう。どうせ『システム』が上手く機能していないからとかに違いない。

 

「よく三つも同時に使えたな。しかも手にしてすぐに」

 

「そんなに難しくなかったぞ? 少なくとも俺にとっては」

 

 原作でもフリードは『天閃の聖剣』『透明の聖剣』『擬態の聖剣』を同時に使用して、見えない無数の刃が高速で飛んでくるという攻撃を統合が済んですぐに繰り出していた。原作のゼノヴィアが不器用過ぎただけだと思う。

 

「何はともあれ、これで事件は解決だ。姫島さん、号令を」

 

「え? ……あ、そうですね、わかりましたわ。皆さん! 戦いはお終いです! 部長達と合流しましょう!」

 

 俺が話を振っても理解できず、少しの間呆けていたがきちんと撤退の指示は出してくれた。これでバルパーを縛ってソーナ姉さんと合流すれば今回の事件は決着だ。

 いやー、それにしても堕天使の幹部撃破って言う功績に、七つに分けられたうちの五本だけとはいえ伝説の聖剣エクスカリバーが手に入るとは。やったことの割に報酬が大きくて笑いが止まらないな。今夜はいい夢見れそうだ。

 

 

 



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停止校庭のアウトロー
13話


 コカビエル襲来の傷跡(ほぼ俺が弾いたケルベロスとドラゴンの炎弾が原因)も修復し終わり、魔王二人がやってくるという豪華すぎる公開授業も(他の裏絡みの保護者がビビっていて参観どころではなかったこと以外は)無事に済んだ次の日の事、俺と匙はリアスさんに頼まれて旧校舎一階の「開かずの教室」に来ていた。俺等の他にグレモリー眷属が勢揃いしている。

 なんでもコカビエル討伐の功績で、討伐に共に参加したシトリー眷属が同じ場所にいれば封印状態だったもう一人の『僧侶』を解放してもいいと四大魔王、大王バアル家、大公アガレス家なんかのお偉いさんから許可が出たそうだ。今日はその『僧侶』との顔合わせの為に前線メンバーとして共に戦った俺と匙は呼ばれたらしい。

 『女王』である俺に問題児を見せておくのはともかく、匙まで呼んだのは誠二の仕業だろうな。『黒い龍脈』で『停止世界の邪眼』の力を吸わせて安定させるつもりなんだろう。どうせ対価はとるんだから初めからそういう理由で呼べばいいのに。

 ソーナ姉さん抜きでとなると、『女王』である俺が交渉をしないといけなくなるのだ。そして俺はソーナ姉さんのように花壇の手入れ手伝いとかのただ同然の対価でで願いを叶えてやるのを認められない。そんなことしているのがばれたら、ただでさえ低いシトリー家の評価がさらに下がってしまうからな。もう『グレモリー家の腰巾着』認識なんだから下がりようがないとかは言うな。そうなると交渉が長引く。グレモリー眷属は俺にとって居心地の悪い場所なのでそんなことはしないで欲しかった。

 

「………………」

 

「なんだよゼノヴィア。言いたいことがあるなら言えっての」

 

「……いや、なんでもない。納得してやったことだからな」

 

「ならじっと見るのやめてくれ。気になってしょうがない」

 

 コカビエルの戦闘の後、リアスさんの『騎士』になってからこいつはずっとこんな感じだ。いつもぼーっとしていて元気がなく、俺を見つけるとじーっと見続けてくる。正直、うっとおしくてしょうがない。俺にとってグレモリー眷属が居心地の悪い原因がこいつだった。

 そんなゼノヴィアを見かねたのか、兵藤が話しかけてきた。

 

「なぁ譲治、頼むからゼノヴィアにデュランダル返してやってくれないか? 今まで心の支えにしてたもの、二つとも一気になくしちまって、見てられないんだよ」

 

「嫌に決まってるだろ。正当な『契約』で渡された物なんだから、あれはもうシトリー家の財産で、下賜された俺の所有物だ。欲しけりゃ相応の対価を用意しろ」

 

 そういえばゼノヴィアの元気がなくなったのって、俺にデュランダルを渡してからだったな。デュランダルを扱う特訓に集中しすぎて忘れてた。

 なんで俺にデュランダルが渡っているかというと、簡単に言うと紫藤イリナが騒いだせいだ。

 曰く「教会の最終兵器である聖剣を悪魔に渡すわけにはいかない」だとか。使い手がゼノヴィア以外いないデュランダルはともかく、他に使い手が見繕えるエクスカリバーは返さないとまずいとか言いだしたのだ。

 だが俺は返す気はなかった。魔力でも同じことはできるがこっちの方が使い勝手がいいし、実際のところ返さなくても問題ないだろうと考えていたからだ。元々教会はメンツの為に捨てるつもりで二人にエクスカリバーを持たせて奪還任務に向かわせていたのだから、返さないとまずいというのはこいつらの勝手な思い込みだろうってな。

 だがリアスさんが教会に恨みを買わないように返却するように言ってきたので「グレモリー家は伝説の聖剣一本にその使い手、そして領地を守れたこと。シトリー家は伝説の聖剣一本と『グレモリー領で事件を起こしたコカビエル討伐で多大な貢献をした』という恩をグレモリー家に売れたこと。これで戦利品の分配は平等にできているのだから、文句は聞かないしこちらの所有物についてリアスさんに命令する権利はない。だが手持ちの聖剣を誰に渡そうがそちらの勝手」と返した。その後は長々と交渉が続いたが、結局『グレモリー家の戦利品がエクスカリバー、シトリー家の戦利品がデュランダル』ということで話が付いたのだ。これはリアスさんの『騎士』になることに応じたゼノヴィアも承知の上での決定だった。最後の奉公とか言ってたな。

 この後、デュランダルを使用可能だった俺に―――まさかここまでの因子があるとは思わなかった。研究試料にするくらいのつもりだったんだがな。―――ソーナ姉さんが下賜したため、俺が兵藤に「返せ」とか言われてるわけだ。そういう文句はこっちに渡したリアスさんに言ってほしい。

 

「ならどんなのなら対価になるんだよ。せめてそれくらいは教えてくれ」

 

「デュランダルと釣り合うくらいの伝説の聖剣だな。聖王剣コールブランドとか、七本全部が統合されたエクスカリバーとか。あと、アスカロン。俺の神器はゲオルギウスも持ってたらしいし興味あるんだよな。名前もジョージだし」

 

 聖ゲオルギウスの英語読みが聖ジョージだからな。俺がアスカロン持ってベイヤードと同じ馬に乗って暴れてたら、聖人が悪魔になったみたいで(悪魔社会では)いい意味で注目してもらえると思うんだ。天使どもは嫌な顔しかしないだろうけどさ。

 

「五本統合されたエクスカリバーとで交換した物なのに七本統合じゃないと駄目なのかよ」

 

「五本統合でもいいって言ったのはそっちだ。こっちとは違う。これで話は終わりだな。ほら、お前がいらんこと言ったせいで『僧侶』の封印を解けなくてリアスさんが困ってるぞ」

 

 実際は困っているという感じじゃなく、かなりおっかない表情でこっちを見ている。それに気づいて兵藤は慌てて謝った。

 

「すみません部長! どうぞ開けてください!」

 

「……はぁ。できるなら始めから静かにしておいて欲しかったわ。じゃ、開けるわよ」

 

 扉に刻まれていた刻印を消し去り、ゆっくりと扉を開いていく。

 

『イヤァァァァァアアアアアアッ!!』

 

 とんでもない声量の悲鳴が響くがリアスさんと姫島さんは無視して進む。明らかに人外の咆哮っぽい大きさの悲鳴にビビってる兵藤は置いてけぼりだ。

 

『ごきげんよう。元気そうで良かったわ』

 

『な、な、何事ですかぁ~~~!?』

 

『封印が解けたのですよ。もうお外に出られるのです。さぁ私たちと一緒にでましょう?』

 

 リアスさんも姫島さんもやわらかい声で話しかける。声にいたわりを感じるな。やんわりと接してあげようって感じだ。

 しかし―――

 

『やですぅぅぅぅぅ! ここがいいですぅぅぅぅぅ! 外に行きたくないっ! 他人に会いたくないですぅぅぅぅぅっ!』

 

 うん、原作通り酷い引きこもりだな。のんびりやってたらすごく時間がかかりそうだ。具体的には、部屋の中で自力で『停止世界の邪眼』を制御できるだけの魔法の腕が身につけるまで。聞いた話では一応努力はしているらしいんだよ、魔法の本読んだり、ネット通信で冥界のコルネリウスさんに教えを仰いだりな。もっとも吸血鬼の国に置いて行った幼馴染を助けたいとも思っているらしいが、長命種ゆえに数百年くらいの計画をたてているせいでがむしゃらさはないと聞いたけど。

 ただこれから原作の事件が本格的に起こり始めるのでそうも言ってられない。さっさと行動を始めてもらわないとな。

 部屋をのぞいてみると、奥に駒王学園の女子制服を着た美少女っぽいやつがいた。あれがギャスパーだろう。

 マジで美少女にしか見えないギャスパーに興奮する兵藤に木場が説明して大騒ぎをしている中、リアスさんが俺に話しかけてきた。

 

「どうかしら、ギャスパーは?」

 

「そうっすね、魔力とか魔法力の量じゃアルジェントに負けてるっぽいっすけど、吸血鬼の能力もあるし強力な神器も持ってる。すごい人財だと思いますよ」

 

 これでさらに内側にバロールの欠片が眠ってるんだっけ? 教会の連中が狩るせいで実験体が手に入りにくい吸血鬼ってだけで興味があるのに、本気で解体して調べたくなるな。

 

「そうじゃなくて、神器の暴走よ。どうにかなりそう?」

 

「匙の協力があればどうにでも。暴走っつっても要は力を入れ過ぎてるだけですから。慣れれば治まるでしょう」

 

「そう。じゃあ対価は―――でどうかしら?」

 

「ちょっと匙のこと軽く考えすぎじゃないっすか? ―――くらいは貰わないと」

 

「それは身内贔屓が過ぎると思うわ。とはいえ私も軽く見ていたかもしれないし、―――でどう?」

 

 当のギャスパーほったらかしのまま交渉は進み、兵藤の血液とそこそこの金銭で片が付いた。他の条件を言いまくってから譲歩したように要求したおかげで、神器を強化できる赤龍帝の血がかなりの量手に入ったぜ。これで匙や真羅さん、そしてもちろん俺も強化が期待できるな。

 

 



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14話

 三大勢力の会談の準備に追われるある日の事、俺はソーナ姉さんの指示で姫島さんが住んでいる神社に向かっていた。なんでも、そこで天使陣営のお偉いさんが来て願掛けに赤龍帝に贈り物をするからその準備を手伝ってほしいと言われたのだという。

 なんで俺が呼ばれたのか俺にもソーナ姉さんにもさっぱりだったが、これから和平を結ぼうとしている組織のお偉いさんの要望を下っ端が断るわけにもいかない。誰が来るかは伝えられていなかったが、原作知識から天使のトップであるミカエルさんが来ているのは想像できたので失礼にならない服装で行くことにした。私服とかありえないし、悪魔の正装は天使には受けが悪いから人間の正装だ。

 失礼にならないようにゆっくりと歩いて神社に来て、姫島さんに案内されて神社の本殿に向かうと、そこには金色の翼を十二枚も持つ天使がいた。

 

「はじめまして、シトリーの『女王』譲治君。私はミカエル、天使の長をしています。聞いたとおり、とても悪魔とは思えない強さの聖なるオーラですね」

 

 どうやらミカエルさんで間違っていなかったようだ。俺も失礼のない挨拶を返そうとしたが、それは止められた。きちんとした挨拶をするとなると長いし、口調もどうでもいいからさっさと本題に入りたいのだという。

 

「アスカロンを赤龍帝に贈る準備をしたいのですが、その前に確かめないといけないことがあるのです。これを怠ると重大な問題が起きかねない。なので君の神器『聖馬の寵(セイント・ホース・プロテクション)』を使ってもらえませんか?」

 

「わかりました」

 

 使うようにと言われたので、足元に出現させてそのまま騎乗する。これで普段から張られている弱い障壁に加えて、強固な障壁が展開され、正しく使っている状態になった。

 

「ふむ、七重の障壁ですか。ずいぶんパワーアップを繰り返しているのですね」

 

「普通に訓練してたらこうなりました。ただ禁手には到れていませんが」

 

「真面目な努力型にはそういうことは多いので、気にすることはないと思いますよ。今手元にある力を駆使して戦い、堅実に実力をつけていこうとすると、どうしても禁手は発現しにくくなりますから。それに禁手に到れるだけの地力はついているのですから、危機的状況に陥った時、それを抜け出せる力を発現できる可能性が高いと考えれば損ではありませんし」

 

 ミカエルさんはそう言いながら、ベイを撫でる。だが可愛がるというより、検査するような手つきだ。

 

「それにしても聖なるオーラが異常に強い。普通の『聖馬の寵』とは比べ物になりませんね。これはもう、間違いなさそうです」

 

「? 何がですか?」

 

 そっちだけで勝手に納得してもこちらにはわからない。言うつもりがないのなら素直にそう言って欲しいものだ。

 確認が終わったようなのでベイから降りて尋ねると、意外とすんなりとミカエルさんは説明を始めてくれた。

 

「先にもう一つ聞かせてください。英雄の魂を引き継いだ者はご存じですか? これを知らないと言っても分かりませんから」

 

「噂では聞いています。英雄の子孫に稀に現れる、英雄の残留思念を宿す者の事ですね」

 

 ただでさえ英雄の血を引いていて身体能力とかが高いのに、魂も欠片程度とはいえ引き継いでるせいでさらに能力が向上している連中。強さはどの程度の濃さで血を継いでいるかによって変わるが、魂を引き継いでいなくてもサーゼクスさまに手傷を負わせたベオウルフさまみたいなのが魂を引き継いだりしたらとんでもないことになるというのは知識として知っている。

 

「そうです。転生者と似ていますが、こちらは魂が年月で劣化してしまっているので記憶も引き継がれず、血縁者のみに現れるわけです。ただこれには例外があって、残留思念を納めるに足る神器を魂を引き継いだ者が所持していた場合、そちらに残留思念は取り込まれてしまい、次からはその神器の所有者が魂を引き継ぐことになるのです」

 

「そういえば神器に過去の所有者の残留思念が残っているって話は聞いたことがあります。それで英雄の残留思念も一緒に取り込まれてしまうんですね。そしてゲオルギウスも『聖馬の寵』を持っていたとされている……」

 

 ここまで聞けば理解できた。ミカエルさんも頷いているし、間違いないのだろう。

 

「ええ、実際に所有していました。その結果、その『聖馬の寵』の所有者は例外なくゲオルギウスの魂を引き継ぐものとなっています。あなたが聖剣を使えるのもこれが原因でしょう。そんなあなたが傍にいては本来の担い手の元に戻ろうとアスカロンがどんな反応をするか分かりません。最悪、『龍殺し』の力で内側から現赤龍帝を殺すでしょう。そんな状態で赤龍帝にアスカロンを譲るわけにはいかないんですよ」

 

「それで俺の協力を要請したんですね。ゲオルギウスの魂の継承者から譲渡されれば、アスカロンも素直に受け入れるだろうということですか。それより別の贈り物にした方が早い気もしますが」

 

「そういうわけにもいかないんですよ。現赤龍帝への贈り物でこれ以上の物はありませんし、これくらいの物を出さないと他の二勢力から色々と言われてしまいます」

 

 まぁそうだろうな。裏の事情も大体わかるからそれは理解できる。

 要は操作しきれなくなったときにぶつけるため、半分悪魔でドラゴンな白龍皇に効果抜群な『龍殺し』の『聖剣』を兵藤に与えて、歴代最強と言われているヴァーリの敵になれる程度まで強化したいのだろう。

 もちろん、その程度で埋まるほど両者の才能の差は小さくないし、多少消耗させることはできてもヴァーリが勝つだろう。だが『雑魚を踏みつぶした』のではなく『宿敵を撃破した』のなら、戦闘直後は隙ができる。そこを奇襲して始末するつもりなんだろうな。暴走するだけで言うことを聞かない天龍なんて邪魔なだけだし。そもそも三大勢力が一時的にでも和平を結んだのは二天龍の排除の為だったんだから、願掛けとして問題はないからな。

 ちなみにこの戦闘直後を狙う方法、神滅具持ちを始末する時の常套手段だったりする。感情の高ぶりに合わせて戦闘力が跳ね上がる連中相手に真っ向勝負は愚策だし、元が人間だから少々の攻撃でも当たれば死ぬから。今回はどちらも人外で少々の傷では生き残ってしまうが、それでも真正面からやり合うよりはずっと被害を小さくできるだろうからこの戦法が選ばれたんだろうな。

 

「それに対価として、その特別仕様の『聖馬の寵』の制御について後日お教えします。今回は転生者である君の魂で押さえつけられてしまって違いましたが、これまでの所有者はゲオルギウスの魂に影響されてか皆自分から教会に接触して来て働いてくださっていたのでデータは十分に揃っていますから。これで協力してもらえませんか?」

 

「勿論です。最大勢力の和平に必要なことですし、対価までもらえるのなら断る理由はありません」

 

 いやマジで。上からの命令だったらどうしても必要なことだし報酬なしでも断れないけど、わざわざ対価も払ってもらえるとか本当にありがたい。太っ腹だな、ミカエルさんは。

 

「では説明は受け渡しが済んだ後に。まずはするべきことをするとしましょう」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 ミカエルさんに連れられて儀式場に向かうと、アジュカさまとアザゼル総督がいた。喋りたがりで神器マニアのアザゼル総督は出ていくのを必死に我慢していたそうだ。四分の一『悪魔』で『転生者』な俺が『聖人』の魂を内包した神器をどう成長させているか調べたくてしょうがなかったらしい。後日、聖人の魂の力を引き出すのを補助する人工神器を作るのと引き換えに検査を受ける約束をして、アスカロンの調整を開始した。といっても俺は魔法陣の一角で立ってるだけだったんだけどな。

 



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15話

 ようやく三大勢力の会談がやってきた。色々と忙しかったけど、準備段階では何も問題が起きなかったのは幸いだったな。この分、始まってからは反対派の妨害があるだろうけど、ずっと嫌がらせを喰らうよりはマシだからな。

 ソーナ姉さんを先頭に会議室に入る。そこには既にリアスさんとその眷属以外の全員が揃っていた。

 まず悪魔側ではサーゼクスさま、セラフォルーさま、給仕係のグレイフィアさま、そして戦争再開派の殲滅を行っていたライザーさまと眷属一同がいた。普段は魔法少女姿のセラフォルーさまも、ワル系ホストっぽいライザーさまも今日は正装だ。学校の制服で来て大丈夫だったのだろうかと、今更ながら思えてきた。

 次に天使側。先日もお会いしたミカエルさんに、お付きの女性が一人。お付きの人は護衛も一応兼ねているようでそこそこの光力を感じるな。

 最後に堕天使側。アザゼル総督に銀髪の誰かが座っていた。この銀髪がおそらく白龍皇のヴァーリなのだろう。ただ説明がまだなので悪魔側の大半の人から「誰だこいつ?」みたいな目で見られていた。

 これを見た感想としては「悪魔側だけ人員連れて来すぎだろ」これに尽きる。

 よくこんな今まで敵だった奴らがたくさんいる場所に自勢力のトップが向かうことを部下たちは認めたな。魔王も二人いるし、魔王級のグレイフィアさまも、最近はスルト・セカンドさまを相手に食い下がるようになったというライザーさまもいる。袋叩きにすれば確実に天使と堕天使のトップを討ち取れるような状況だぞ。普通もっと護衛を連れて行かせようとするだろう。

 まぁ、サーゼクスさまがいる時点で過剰戦力だし、足枷になるソーナ姉さんやリアスさんも参加してるからトップがろくに護衛を連れずに来ても問題なかったのかな? いくら考えても分からないんだし、今はこの辺でやめておくか。

 

「私の可愛い妹と、眷属たちだよ☆ この間のコカビエル襲撃でも大活躍したんだから!」

 

 元気いっぱいにセラフォルーさまが言う。服装は普通でも、言動はいつものままなんですね……。

 

「報告は受けています。改めてお礼を申し上げます」

 

 ミカエルさんの礼に、ソーナ姉さんは会釈を返した。直接の上役じゃないし、過剰な返事をするわけにはいかないからな。これくらいが妥当だろう。

 

「悪かったな。俺のとこのコカビエルが迷惑をかけた」

 

 軽いなー、堕天使の総督。悪びれる様子が欠片もないし、自分とこの実質的な軍部の最高司令を殺されたってのに気にした様子もない。原作でもコカビエルはアザゼル総督を疎んじていたし、政敵を排除できた程度なのか? どうとらえていいか分からず、ソーナ姉さんも微妙な顔をしていた。

 

「そこの席に座りなさい」

 

 サーゼクスさまに指示されて、グレイフィアさまに促された席に着いてしばし待つ。

 俺達から遅れる事少し、リアスさんたちが入室してきたことで全員そろったため、会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というように我々天使は―――」

 

 ミカエルさんが話し、

 

「そうだな、その方が良いだろう。このままでは確実に三勢力とも滅びの道を―――」

 

 サーゼクスさまがそれに同意しつつ話を進め、

 

「ま、俺らは特にこだわる必要もないけどな」

 

 アザゼル総督が場の空気を時々凍りつかせる。

 本人は周りの反応を楽しんでいるのかもしれないが、こっちからしたらシャレにならないので本当にやめてほしい。

 なにせ堕天使だけは悪魔や天使と違って、戦争をする理由を無くしていないのだ。いや、始めから無かったと言うべきか。

 悪魔は魔王ルシファーを新たなる神にするため、天使は『聖書の神』を守るために戦争をしていたが、堕天使の戦争をしていた理由は『感情に任せた暴走』だったからな。興味が別の物に移ったために戦争は中断されたが、また戦争をしたい気分にならないとは言えない。契約では嘘はつかない悪魔や亡き神に誓ったことは反故にしない天使と違って、堕天使は種族的な制約をほぼ持たない上に『聖書の神』を裏切ったという前科を持っているからなおさらだ。

 まぁ和平の意思は本当だったようで、順調に会談は進み、ついにリアスさんとソーナ姉さんの出番になった。

 

「さて、リアス、ソーナ。そろそろ、先日の事件について話してもらおうか」

 

「「はい」」

 

 事件が起こるまでの出来事についてはリアスさんが説明し、事件が起きてからの対応についてはソーナ姉さんが説明した。聞いている人の反応は様々だったが、リアスさんは「穴があったら入りたい」って感じの顔をしていたな。自分の領地で問題が起きたのに、その解決にほぼ自分が関われていなかったという報告をしているんだから仕方ないとは思うけど。かといって宣戦布告を受けたのはリアスさんなんだし、報告役にしないわけにはいかなかったので我慢してもらうしかない。

 リアスさんがつっかえながらもどうにか報告は終わり、後は事前に話し合いで決めていたことをなぞっていくだけになったので、前払いでもらったという堕天使の研究資料の検証について考えていると、急に話題を振られた。

 

「さて、そろそろ俺たち以外に、世界に影響を及ぼしそうな奴らの意見を聞こうか。騒動に好かれるドラゴンさまと、トンデモ性能の転生者にな」

 

 ? アザゼル総督がこっちを見て何か言っている。えっと、つまり―――

 

「……………………俺らもっすか?」

 

「そうだよ。決まってるだろ? なにせどの神話勢力のシステムにも従わず、摩耗して亡者になることもなかった魂の生まれ変わりが『転生者』だ。その転生者の中でも異常に強いってんだから、不確定要素としては二天龍よりよっぽど警戒されてるぞ。一応体は悪魔にはなっているようだが魂まで変化しているかは怪しいし、すでに『神の子』や英雄でさえ不可能だった自力での完全な蘇生をやってのけてるんだからな。また異常なことを起こしてもおかしくない」

 

 あー、魔法使いでは転生者は『優秀な後継者』として好意的に受け入れられてるけど、各神話勢力のトップ勢にとっては『どこにも所属していないはぐれ者』に見えるわけか。そのうえ普通ならどこにも所属していなければ悪魔にも感知できない亡者となり、最後には消滅するだけだが、その状況でどうにかできてしまった俺らみたいなのは『不可能とされていることでもどうにかできてしまう存在』に見えると。そりゃ行動の方針くらいは聞きたくなるか。

 

「で、どうなんだ? 和平は賛成か、それとも反対か?」

 

「俺は賛成です。領地をそこそこに運営して、魔法の研究をのんびりやっていくにはそっちの方がいいので」

 

「俺も賛成です。戦いたいならレーティングゲームがありますし、わざわざ命をチップに戦争したいとは思いません」

 

 裏の世界に関わるようになって荒事には慣れて来たし体に引っ張られて殺し合いも平気になって来たけど、それでも犠牲者がたくさん出る戦争は勘弁だ。やりたいこともろくにできなくなっちまう。

 

「そうか。じゃあドラゴンどもはどうだ? お前らは世界をどうしたい?」

 

 口じゃどうとでもいえるし、一応聞くだけだったんだろうな。和平に反対はしていないってことを確認したいだけだったのかもしれない。早々にアザゼル総督は視線を二天龍に移して質問をしていた。

 

「俺は強いやつと戦えればそれでいいさ。とは言え、俺もまだまだ未熟だからな。今は実戦経験を積めるなら何でもいい。戦争でも、交流試合とかでもな」

 

 ヴァーリは戦闘狂らしく、玉虫色の答えを返す。アザゼル総督が他の全員から「きちんと教育しとけやコラ」って感じで見られてるけど、ヴァーリもアザゼル総督もまるで答えた様子がないな。

 

「じゃあ赤龍帝、おまえはどうだ?」

 

「えっと……。俺、馬鹿なんでこの会談の内容も9割くらい意味不明です。正直、後輩悪魔の面倒を見るのに必死なのに、世界どうこうとか言われても、なんというか、実感が湧きません。でも、俺―――」

 

 兵藤がバカを自白した後、なにか良さげなことを言おうとした時、覚えのある力がこの部屋、いやもっと広範囲に作用した。

 ―――ついに来たか、旧魔王派の襲撃が。

 

 



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16話

「ほいっと」

 

 まずはデュランダルを異空間から取り出してソーナ姉さんの防御。『停止世界の邪眼』は視界に収めたモノの時間を停止させる神器なので、魔力で『視界を遮る』効果を持たせた霧でも発生させれば全員を一度に守れるんだが、他のお偉いさんの自衛を妨害してしまったら政治的にまずいのでこういう手段をとった。

 ちなみに俺自身は特に防御とかはしていない。常時発動している『聖馬の寵』の障壁があるから追加で防御するまでもないからな。

 

「動けるやつ残ってるか?」

 

「俺は動けるぞ」

 

「私も動けます」

 

 ギャスパーとろくに会っていないため事態が理解できていないソーナ姉さんに代わってシトリー眷属に呼びかけると、匙と真羅さんだけが返事を返してきた。

 見てみると匙の体と椅子を大量のラインが繋いでいる。たぶん匙に作用した時間停止の力を全て椅子に流したのだろう。

 真羅さんの方は『追憶の鏡』でも出して防御したんだと思う。何でもできる『女王』じゃなく、速度強化だけの『騎士』になったせいか、原作よりも反応速度とかは速くなってるっぽいからな。持久力はともかく、瞬発力なら木場やゼノヴィアよりも上だ。匙を呼びに来たときなんかにギャスパーの神器も見ているし、これくらいは防げて当然だろう。

 

「他の皆は?」

 

「止まってるよ。とりあえず、ラインを繋いでおくな。本数は少ないからすぐには無理だろうけど、少しすれば時間停止の力も抜けるだろ」

 

 そう言って匙がラインを皆に繋ぐ。このペースで吸ってれば、十分もすれば動き出すだろう。

 

「ジョージ、予想されていた妨害が行われたというのは分かるのですが、何をされたのかがわかりません。説明してもらえますか」

 

「うっす。どうもギャスパーが反対派の連中に捕まったみたいで、あいつの神器を魔法なり神器なりで強化して外にいる護衛の兵を固めたんだと思います。こっちはついでじゃないですかね? 『停止世界の邪眼』は実力差があるやつには効かないんで、反応もできないし、護衛も付けてない地位の低い雑兵を除くために使ったんじゃないかと」

 

「なるほど。それならこの状況も納得できます」

 

 ソーナ姉さんの視線の先には、各陣営のトップたち―――サーゼクスさま、セラフォルーさま、グレイフィアさま、ミカエルさん、アザゼル総督の五人――と俺と同等の魔法力を持つ誠二、スルト・セカンドさまに鍛えられて一気に強くなったライザーさまとその『女王』のユーベルーナと『僧侶』の二人などの実力者が時間を止められずに状況把握に努めていた。リアスさんだけは動ける理由が謎だったが、たぶんサーゼクスさまが過保護した結果だろう。

 そしてサーゼクスさまに言われて俺と誠二、ユーベルーナさん、美南風さんの四人の魔力攻撃で魔法使いたちを何度も全滅させていると、兵藤と木場が動けるようになった。

 

「さて、そろそろこっちも動き出そうか。まずはテロリストの活動拠点になっている旧校舎からギャスパーくんを奪い返すのが目的となる。このまま『停止世界の邪眼』の効果を高められると、私たちも止められかねないからね。そうなれば校舎ごと吹き飛ばされるだろうし」

 

「お兄さま、私が行きますわ。ギャスパーは私の下僕です。私が責任を持って奪い返してきます」

 

 強い意志を乗せてリアスさんは進言するが、奪われてテロに利用されたこととか、上級悪魔の眷属は魔法使いの協会に契約の為データを送っているんだから当然テロリスト共は知っていると分かっていたはずなのに何の対策も講じなかったこととか、その辺の責任についてはどう考えているのだろうか? なんか都合よく無視している気がする。サーゼクスさまもリアスさんには激甘だからその辺のことはうやむやにして、功績だけ与えたりしそうだしさ。魔王が実家から縁を切ったというのはなんだったんだ。

 それに原作と違って部室に『戦車』の駒を置いてたりもしない。誠二に使ったからな。どうやって旧校舎まで行くつもりなんだろうか?

 

「言うと思っていたよ。妹の性格くらい把握している。―――しかし、旧校舎まではどうやって行く? 通常の転移は魔法に阻まれるよ」

 

「あれくらいの相手なら正面突破も可能です。罠があればそれも消し飛ばしてみせます」

 

 まさかのゴリ押し。

 いや、確かに表にいる程度の奴らなら誠二が暴れればそれで押し通れるけどさぁ、だからって真っ向から攻めるのは脳筋過ぎないか?

 キャスリングで転移しようが、正面突破しようが、魔王や天使長、堕天使の総督が直接乗り込んできた場合に備えてた罠が仕掛けていたら高確率で死ぬのは変わらないとはいえ、これはあんまりだと思う。

 ライザーさまもそう思ったのか、慌てて前に出た。

 

「サーゼクスさま、次期当主たる妻を支えるのは婿の役目、リアスの補佐を俺と眷属が務めます。ユーベルーナとレイヴェル、誠二に暴れさせて気を引き、美南風に穏行と気配遮断をさせれば相手に気付かれることなく、リアスと俺は消耗せずに侵入するのも不可能ではないはずです」

 

「ふむ、確かに君たちがついていればどうにかなるかもしれない……」

 

 そう言ってサーゼクスさまはライザーさまとその眷属を見て、次に誠二を見て返事をしようとしたが、それをアザゼル総督が遮った。

 

「その程度じゃ陽動としてはいまいちだろ。ヴァーリ」

 

「なんだ、アザゼル」

 

「お前も悪魔の新人どもと外で暴れてこい。二天龍が前線に出てくれば、野郎どもの作戦も多少は乱せるだろうさ。それにここからトップ勢以外がほぼいなくなれば、向こうも何か動きを見せるかもしれない」

 

「それは、私も眷属を率いて前線に出ろ、ということですか?」

 

 アザゼル総督の言葉にソーナ姉さんが反応する。確かにソーナ姉さんもトップ勢以外の新人の悪魔ではあるが、この場でその反応はまずいだろう。堕天使の総督が悪魔の人員に勝手に指示を出したようになってしまうし、なによりセラフォルーさまが凄い顔をしている。テロリストより先にセラフォルーさまがアザゼル総督を殺しにかかりそうな表情だ。

 しかしアザゼル総督は動じない。先ほどの会議と同じく、からかって遊んでいるような表情だ。

 

「ほぼっつったろ? シスコン魔王の妹まで意味もなく前線に出られちゃ逆に困る。悪魔の新人つーのはサーゼクスも出すつもりだった連中のことだよ。なぁ」

 

「まぁ、そうだね。リアスとソーナの眷属には前線で暴れてもらおうと思ってたよ。それに白龍皇も加わってくれるならより敵の目を引き付けることができるだろう」

 

「どっちかつーと敵の排除じゃなくて、研究試料の奪い合いみたいに群がってくる気もするけどな。少なくとも俺ならそうする」

 

「そこはあまり関係ないでしょう。肝心なのは敵が集まってくるということだけ。こちらからは戦力を出せないのが心苦しいですが、その辺は護衛を多く連れてきた人の義務ということで」

 

 アザゼル総督の言葉にサーゼクスさまとミカエルさんが同意したため、この作戦で行くことになった。

 まず俺が突撃して前線を崩し、その後誠二とヴァーリが魔力攻撃を叩き込み、それから残りが攻め込むと言う手筈だ。

 だが実行の直前でリアスさんが話しかけてきた。

 

「ジョージ、ちょっといいかしら?」

 

「なんすか? 戦闘直前なんでさっさと済ましてもらいたいんすけど」

 

「そう時間はとらせないわよ。簡単に言うと『聖馬の寵』をイッセーに貸してあげてほしいの。一気に駆け抜けるのならともかく、あの子はまだ地力が低いから集中的に狙われたら危ないもの」

 

「それが狙いなんじゃないですか。ヘイト集めない兵藤なんてただの足手まといですよ」

 

 まだ弱くても『赤龍帝』だ。打ち倒せば大きな功績になるし、貴重な研究試料も手にすることができる。魔法使いにとっては三大勢力の和平なんてなんの興味もないもので、戦果を上げて経歴に箔をつけるためか、貴重な純血悪魔や純粋な天使、堕天使を研究試料として捕らえるために参戦しているのだから、こっちの狙いが分かっていても飛びつくだろう。

 そして兵藤が狙われた時、それを止めるのは誠二と木場の仕事だ。結果として守りの薄い木場が弾幕張られて死のうが、誠二が神器で力を封じられてやられようが、兵藤が手足をもがれようが、『赤龍帝の死』で魔法使いたちが興味を失わなければOKという作戦なのだから、過剰に守りを固めて諦められては駄目なのだ。

 なので話を終わらせてさっさと敵に斬り込もうとしたのだが、ソーナ姉さんがリアスさんに助け舟を出してしまった。

 

「いいじゃないですか、貸してあげれば。大きな攻撃さえ被弾しなければ中級悪魔と同程度の力量しかない魔法使いには手におえない硬さを誇る相手だとばれたりはしませんし、その分騎乗していないあなたに敵は集まるでしょう。シトリー眷属の『女王』として、グレモリー眷属の『兵士』に助力しながらでも十分に活躍できるところを見せてもらえませんか?」

 

「まぁぶっちゃけ無しでも俺個人は困らないから構わないですし、ソーナ姉さんがそう言うなら絶対にダメとは言いません。狭い場所での戦闘に向けて神器なしの戦い方も鍛えてますからね。でも対価を貰えないと無理っすよ、悪魔的に」

 

「何がいいの?」

 

「現金がいいです。和平が成ったら他勢力の物も流れてきますから。金はいくらあっても困りません」

 

「いいわ、言い値を払ってあげる。だから余程の事がない限り馬を回収したりしないでよ?」

 

「了解です、ではテロリストの集団との戦闘中は貸出ということで。じゃあ俺は行きます。ベイ、きちんと兵藤を守ってやるんだぞ」

 

 ベイは返事に一度鳴いた後、兵頭のほうに歩いていき襟首くわえて振り回して騎乗させた。

 よし、これで準備は完了。開幕の聖剣ブッパ喰らえやオラァッー!

 

 

 



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17話

 俺の聖剣ブッパと、誠二とヴァーリの魔力攻撃で三度魔法使いたちが全滅した校庭に『騎士』の走力で駆け出す。

 再度魔法使いたちが転移してくる前に移動しておかないと不意を突けない。俺よりは遅い『戦車』の誠二と本気を出していないヴァーリ、そして速度重視の『騎士』である真羅さんと木場も置き去りにする速度で校庭の中心に移動した。

 そして魔法陣が輝き外から魔法使いたちが転移してくる。

 

「「「「「うおっ!?」」」」」

 

「おおおおぉぉぉぉぉッ!」

 

 驚く魔法使いを余所に全力で魔力を放ち一気に凍結させる。そうして出来上がった氷像は即座に亜空間にできるだけ放り込んだ。

 また魔法使いが転移してきた。今度はど真ん中に俺がいるのを感知されていた様で中心付近の奴らはこっちを見ていたが、それは誠二が放った魔弾で全滅し、俺も背を向けて校舎を攻めている奴らの手足をデュランダルで斬り飛ばして凍らせ異空間に放り込んだ。

 その後は近接対策にキメラも転移してきたりしたがやることは変わらず、斬って動きを封じてから速攻で凍らせて確保していった。

 少しの間、そんな風に戦い続けていると、余裕が出て来たのか誠二が話しかけてきた。

 

「なんだ、今日はやけにやる気じゃんか。全部凍らせて倒すとか、縛りプレイでもやってんのか?」

 

「バーカ、そんなんじゃねーよ。戦場で加減して死んだらどうするんだ」

 

 特に神器持ちには禁手化という一発逆転のチャンスがあるのだ。さらに例え持っていなくても、実はまだ覚醒していなかっただけで土壇場になって目覚めることもある。おまけに不完全な覚醒だと制御が不可能なかわりに匙の『黒い龍脈』が過剰な速度で力を吸い上げていたように、また真羅さんの『追憶の鏡』が異形の存在を鏡を通して呼び寄せる力を与えていたように、本来の物以上に強力だったり、本来の物とは全く別物の力が発現したりもする。それ以外にも危険だらけの実戦で無意味に隙を作るほど俺は馬鹿じゃない。

 

「後でこいつらの頭を調べて、研究成果を回収するんだよ。テロリストに加担するくらいだし、俺ら真っ当な悪魔や魔法使いには出来ないような実験のデータとか溜めこんでるだろうしな。対象の生存を考慮せずに脳みそ調べればかなりの事は分かるし、どうせ殺す相手なんだから有効活用しないと損だろ? 十中八九大した成果は持ってないとしても、可能性はゼロじゃないんだからさ。それに何の情報も得られなかったとしても、魔法の実験台とか、キメラの材料とか、用途は色々あるんだし捨てるのはもったいないだろ?」

 

「……本当に裏に関わってからの5年で悪魔とか魔法使いの考えに染まってんだな。悪魔歴の短いうえに人間界暮らしの俺にはできねー考え方だわ」

 

「いや、こんだけ殺しまくってるお前も相当だろ? 悪魔の体に精神が引っ張られまくってるって。固有能力で戦うタイプか、魔法も使うタイプの違いだと思うぞ?」

 

 誠二のような自分の体と魔力、神器で戦う奴らにとって、テロリストと手を組んだ魔法使いなど害悪でしかないのだからためらいなく排除するだろう。だが俺のような魔法も使うタイプなら、わずかながら価値は見いだせるからこうして回収しているだけの話。それを年季の差みたいに言うのは間違っていると思う。

 その後も雑談を続けながら魔法使いを虐殺していると、校舎からアザゼル総督と見たことのある高位の悪魔が飛び出してきた。

 

「お、出て来たな。あれって原作通りカテレアであってるか?」

 

「たぶんな。旧魔王派の資料に載ってたのと同じだからあってると思う」

 

 悪魔は見た目を自由に変えられるけど、それだけに公式な場とかで使う姿は一つに決めるものだからな。アザゼル総督と互角に戦えているところを見ると影武者ではないだろうし、他に戦える連中が来たのなら自分の姿で戦うだろうから間違いないだろう。

 

「そうなるとあいつは真の魔王の血を引いてるのか。不意打ち仕掛けて試料取りに行ったりしねーの?」

 

「んなことするか。それでアザゼル総督巻き込んだら向こうの作戦通り和平が決裂しかねないじゃねぇか」

 

「コカビエルの時みたいに話してるところを狙えばいいじゃんか。実力的に隙を突けばどうにかなりそうだぞ? 原作でも『魔人化』の薬とか作れてたし、あんたなら狙いそうな気がしてたんだが」

 

「俺はお前にどんな風に見られてるんだ。そんなレヴィアタン家に恨まれそうなことやらねーよ。殺しても文句つけてくる奴のいない魔法使いと一緒にするな」

 

 そんなことしたら敵が増えすぎて研究どころじゃなくなっちまう。そんな本末転倒なことする気はないぞ。

 いや、まぁ、確かに真の魔王の血ってのには興味あるんだけどな。

 なにせかつては悪魔と一つにまとめ上げていた存在だ。現在では内乱の火種をいくつも抱え、超越者を輩出し『悪魔の駒』で戦力を補充して戦力的には最大であっても「三大勢力で最弱」と誰もが認識しているほどまとまりがない種族を、セラフォルーさまやファルビウムさま、レーティングゲームのトップランカーなんかと同等程度の力で完全に支配していたのだ。なんらかの特別な力を持っていたに違いない。普通の悪魔にしか感じられないほど血が薄いとしても、わずかでも流れているのだから調べたいと思う気持ちは確かにある。

 だがあそこまでただの悪魔と変わらないようなら、傍流とされている連中が攻めて来たときに確保すればそれで十分だ。わざわざ幹部を狙って買う恨みと釣り合う程の価値はない。

 それにアザゼル総督も同じことを考えている可能性はあるしな。赤龍帝の血が神器所有者の成長に有効と知っているのなら、それと対になる白龍皇の血液についても調べているのだろう。魔王の血が混ざったときの反応について調べるため、グリゴリにヴァーリの血が残されている可能性は十分にある。

 

「おい、カテレアが何か取り出したぞ。あれってオーフィスの『蛇』じゃないか?」

 

「お、もうか。じゃあヴァーリの裏切りもすぐだな」

 

 『蛇』を飲んで急激にパワーアップしたカテレアにアザゼル総督は無数の光の矢を放つが、それはカテレアが腕を一振りするだけでかき消されてしまった。

 そしてヴァーリが反旗を翻し、アザゼル総督を襲う。

 俺と誠二は「カテレアはなぜ追撃しないのだろう?」と思いながら、他の余裕があった者は呆然とそれを眺めていた。

 

「……来ないな」

 

「? 何がだ?」

 

「ああ、いや、なんでもない。ただの考えすぎだったみたいだからな」

 

「……それならいいんだけどさ。あんたしか知らない情報を話さなかったせいで心構えなしで事に当たらされるのは勘弁してくれよ」

 

「できるだけな。そんなことになって俺も巻き込まれそうだったら話す。心構え無しで当たった方がよさそうな時は言わんぞ」

 

 話している間にも展開は進む。アザゼル総督がドラゴンっぽい形をした黄金の鎧を纏ってカテレアを圧倒し、自爆用の術式で道連れにされかけるも片腕を犠牲に離脱した。

 その次に、ヴァーリが『宿命のライバル』ということになっている兵藤に向き直る。

 

「これで雑魚の相手は終わりだな。回収っと」

 

 一時的に神器の展開をやめ、再度すぐ近くに出現させた。

 

「…………やっぱり回収すんのか。もうちょっと兄さんに貸してやってくんない?」

 

「無茶言うな。兵藤なんか乗せてたら実力の十分の一も発揮できずにやられるだろうが。ベイが殺されたら俺も死ぬんだぞ? 貰うことになってる対価じゃ全然足りねぇって」

 

「だよなぁ。火事場の馬鹿力に期待するしかねぇか」

 

「それで十分だろ。少なくとも、下手に協力するよりはな」

 

 感情の高ぶりに合わせて理不尽なまでの力を発揮する神滅具に、おかしなところで常人どころか悪魔の域も超えて感情が高ぶる兵藤、そして本領を発揮できるまで待ってくれる敵と三拍子揃っているため、大して心配はせずにいると、空気が変わったような気がした。

 

「なんだ、これ?」

 

「結界……にしては変な気がするな。何かの神器の禁手か?」

 

「―――ええ、その通りです」

 

 気配もなく近づいてきた声の方に、俺と誠二はすぐさま振り返る。

 見れば俺らと変わらない量の魔力と魔法力を感じさせる悪魔が立っていた。この顔は前に見たことがあるな。

 

「はぐれ悪魔のユーリか。遅い登場だったな。来ないのかと思ってたぞ」

 

「禁手の仕様上、どうしてもこのタイミングまで仕掛けられなかったもので。

 そんなことより、私はあなたたちに話があってここに来たのです。聞いてくれませんか?」

 

「……えーと、どういう状況だ、これ?」

 

「ちょっと黙ってろ。たぶん直ぐに説明してくれるからよ」

 

「ええ、それは勿論です。事情も話さずに協力してもらえるとは思っていませんよ」

 

 ユーリはそこで一息入れてこう続けた。

 

「ではまず本題から。同じ『原作』が存在した世界からの転生者のよしみで、私に魔王の元へ案内してほしいのです」

 

 

 

 



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18話

「まぁこれだけ言っても何がしたいのか理解できないでしょう。初めから順を追って話すとしましょうか」

 

「ちょっと待ってくれ。さすがに事件が収まったら、どさくさに紛れて魔王さまのとこまで連れてくのは無理だぞ。のんびり話をしている余裕なんかあるのか? それともそれが神器の能力?」

 

 誠二がユーリの謎の余裕について尋ねる。単純に疑問に思っている様子だった。戦う前に敵の情報は集めておきたかったが、ある程度予想がついてしまう俺ではできないことだな。やっぱりこいつに事前に話さないで良かった。

 ユーリの方も隠す気はないのか詰まることなく答えを返した。

 

「ええ、そうです。私の神器の力は時間制御なのですが、自身にしか作用しないのが欠点だったのです。それが禁手に到ったことで結界の内部を世界から切り離し、内部の時間を自由に操作できるようになったのですよ。なのでいくら話していても外は結界を張った瞬間からはぼ時間は経っていませんからご安心ください」

 

「そりゃすごいな、魔法で再現しようとしたらとんでもなく大掛かりな準備がいるぞ。ただその分扱いが難しそうだ。例えば禁手発動まで時間がかかるとか、結界の境目に何か魔力を帯びたモノがあると不発、とかかな? 独立具現型の神器の所有者を取り込んでも、神器が外にいたら使えないっていうんなら、俺がベイを回収するまで仕掛けてこなかったのも頷ける」

 

 ついでにいうと、内部を加速させるだけならともかく、その加減を自由にいじるのはかなりきついと思う。あと、時間遡行も無理だろうな。神滅具ではなく神器なのだから、禁手に到ったとしてもそこまではいけないはずだ。まぁ今は確認の仕様がないし、戦い始めればすぐにわかる。尋ねる必要はないな。

 

「その通り。神器と所有者は一つだと判断されますからね。あと禁手の展開には時間がかかるって言うのもあっていますし、中断しようとしたり失敗したりすると消耗が激しいのです。だから君が神器を手元に戻し、別行動する様子がないことを確認してからじゃないと使えなかった、というわけです。

 僕の神器の話はこれくらいでいいでしょうか? 話を戻してもかまいませんよね」

 

「あ、どうぞ」

 

「じゃあ自己紹介から。私はユーリ。そこの彼が言った通り、元人間のはぐれ悪魔です。君らと同じ特別な『転生者』でもある」

 

「俺がソーナ姉さんの甥として生まれたり、お前が兵藤の弟として生まれたように、こいつは塔城の主の眷属になったんだそうだ。で、黒歌と一緒に主を殺してはぐれになったらしい」

 

「お前そう言う情報は伝えてくれよ。話し合いじゃなくて戦闘が目的だったらやられてたかもしれないだろ?」

 

「確証がなかったんでな。それに、言わない方が良さそうなことは黙ってるって言っただろ。知りたければ塔城から聞けばよかったんだし。

 ―――それで、あんたはなんで黒歌と一緒になって主を裏切ったんだ? 俺達くらいの才能があればそこまで酷い扱いはされなかったと思うんだが」

 

 そう尋ねると、ユーリは辛そうに顔をゆがめた。そして重っ苦しい声で返事をする。

 

「私はね。過酷な扱いとか、切り捨てとかができないように契約条件を決めていたし、仕事は問題なくこなせていましたから。でも他の皆はそうじゃなかった。見てられなかったんですよ。君たちには理解できないかもしれませんがね」

 

「まぁ俺達んとこ激甘だしな。過酷な扱いとか言われてもイメージできねぇよ」

 

「だな。で、続きは?」

 

 全く上級悪魔への不快感を示さず平然としている俺達にイラついているようだったが、ユーリは話を続けた。

 

「それで抗議をしたけど受け入れてもらえず、仕方なく黒歌と組んで主を殺したのです。そしてはぐれ悪魔として放浪するうちに、似たような境遇にある者たち――はぐれ悪魔だけでなく、堕天使から逃げた神器保有者やはぐれエクソシストも仲間になり、今では『禍の団』の一派閥として機能しています。さすがに旧魔王派とか英雄派には敵いませんが、魔法使いどもよりは大きな勢力だと自負していますよ。その全員が三大勢力側に戻るから、はぐれ悪魔認定の解除と、眷属を作る際の制限の追加、転生悪魔の地位向上を願いたいのです」

 

「あー、つまり人間の味方ぶりたいわけね、もう悪魔だってのに。郷に入れば郷に従えって言葉を知らないんかね」

 

「知ってても実感はしてないからあんなことやってるんだろ。俺は人間らしいわがままさだと思うけどな。俺らも価値観が前世のままだったら同じこと考えてたと思うし。ただ悪魔としちゃ論外だろうな」

 

 ユーリの言葉を聞き流しながらベイに跨り、誠二も魔力を高まらせ、魔法で全身に障壁を展開していく。

 そのまともに聞く気など欠片もない対応にユーリもキレて大声を出す。

 

「何なんだよお前らは! 元々は人間なんだろ!? 『原作』のあった世界で、僕と同じように平和に生きていたんだろ!? なんでそんな反応ができるんだよ!」

 

 案外沸点が低かった。始めの丁寧な口調が嘘のようだ。まぁ待遇に不満を持って主を殺してしまう程度の精神なんだからこのくらいで当然か。

 

「俺は魔法使いの常識叩き込まれてるからな。こう、少年向けとかじゃないグロイやつ。各勢力が行っている実験とか改造だって知ってるぜ。体いじって異形にしたり、寿命を削って力に変えたり、色々だ。それに比べれば転生悪魔の扱いなんて極楽みたいなもんだよ」

 

 例えるなら、転生悪魔たちが強制されているのは遠坂凛が行っていたような生まれ持った才能を磨き上げる特訓で、教会の戦士養成機関やグリゴリなんかがやっているのは間桐桜が受けた元より役目の為に適した形に変える改造だ。普通の魔法使いや俺らも似たようなことはするが、対象は裏社会のルールに従わない、つまりしてはいけないと知っているのにやらかし、殺されることが確定した連中だけなのでずいぶんマシだと思う。

 かつて俺の案内で教会のエクソシストに施された改造を解析している研究室に入ったことのある誠二もうんうんと頷いていた。

 

「あれは衝撃だったな。見かけはともかく中身は完全に人間じゃなかったし。『新人教育』って名目でいきなりあんなとこに連れてかれた俺の気持ちにもなってみろっての」

 

「俺もそうだったんだよ。母さんが「転生者の教育といったらコレ!」って裏業界のおっかないとこばかり見せられたんだから。肉体より精神の方が歳くって、頭が固くなった連中には最適な教育なんだとさ。おかげでバカなことしないで済んでるから文句も言えないんだけどな」

 

 いやマジで。裏関係の教育とか碌に受けていなかったから、あの教育がなければ絶対におかしな言動して社交界で浮いてた。ソーナ姉さんの傍にずっとくっついてるだけならともかく、シトリー家次期当主の『女王』として社交界に出るのなら必須だったな。

 

「お前たちは何を言ってるんだ! もしそうなら、そっちも辞めさせないと駄目だろう! それにはこの会談が最大のチャンスなんだ! なのになぜ僕の話を聞こうとしない!? ふざけてるのかッ!!」

 

「うわ、ひょっとしてこいつ正義に酔ってるバカか? めんどくさいなぁ……」

 

「そういってやるな。言ってることは人間としては正しいんだからさ。ただもう悪魔になってるのにいつまでも自分に都合のいい常識引きずってるから迷惑なだけだ。悪魔にとっても、人間にとってもな」

 

「ッ、もういい! お前らを殺して、主人公たちも倒し、僕の力を示したうえで交渉材料にする! だからさっさと死ね!」

 

 叫んでも喚いても、一向に堪えた様子のない俺達についに我慢も限界に達したのか、ユーリは剣を抜き構える。

 それに合わせて俺もデュランダルの柄を氷で延長して槍に変え、誠二も多数の魔弾を待機状態にした。ついでに二人分の氷の鎧も作る。慢心しまくりの奴はこっちの準備が整うまで待ってくれるからありがたいな。

 

「じゃ、やりますか。自分がどれだけ甘やかされてたか教えてやろうぜ」

 

「おう。といっても、お前は煽るんじゃねェぞ? どっちかつーと不利なのは禁手に取り込まれたこっちだからな」

 

「わかってるって」

 



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19話

「まずお前たちはぐれ悪魔に言えることは、自分を過大評価しすぎってことだ」

 

 誠二が大量の魔弾を結界内で渦巻かせる。渦の中心にいる俺達以外には躱しようのない攻撃だ。

 しかし回避不能の大渦はあっさりと凌がれた。自身の時間をさらに引き延ばしたユーリにとっては魔弾など止まって見えただろうし、面倒ではあったが難しいことではなかったのだろう。強力な一撃で払うのではなく、全ての魔弾が切り裂かれていた。

 

「悪魔と契約することの危険性は知っていたはずだよな? 嘘はつかないが、肝心なことを言わないこともあるってこともな。教会が広めたし、悪魔も止めようとしなかったんだから知らないとは言わせないぞ。それなのにろくに条件も確認せず『不利な条件』での契約に応じてしまうような奴にこれ以上の厚遇を用意してやるだけの価値があるとでも思ってるのか? 眷属になれたってだけで上級悪魔になるチャンスが与えられるってのに? 眷属になれるのなら命だって惜しまない下級、中級悪魔なら山ほどいるって言うのに? そんなわけないよな。悪魔には「人の価値は平等じゃない」って格言だってあるんだぜ?」

 

「うるさいッ!」

 

 ユーリが俺をナマスにしようと斬りつけてくる。時間制御による加速もあって視認どころか何度斬られたのかすらわからないほどの高速の斬撃だ。だが結界内の加速を維持したまま自分をさらに加速させるのは相当にきついのか、一撃の威力は大分低い。これなら防御特化の俺じゃなくて、攻撃力特化の誠二でも耐えられそうだな。

 

「不本意な契約にしたってそうだ。対象の承認なしに転生させられるのは死人だけだぜ? 悪魔になったのが気にくわないなら、魂が馴染んでしまう前に自殺すればいいじゃないか。そうすれば元の死体に戻れる。元が人間だなんて思い違いをしてるから駄目なんだよ、ただの肉塊のくせにさ」

 

「黙れッ!」

 

 斬撃の速度がさらに上がっていく。氷の鎧も関節部を削られ広がり、障壁まで攻撃が届き始めた。だがその辺に折れた剣が何本も出現し始めたということは、こいつの攻撃より俺の障壁が硬いってことだ。これの調子ならいつまで攻められても俺は大丈夫だろう。

 

「ついでに言うと、眷属を鍛えてくれる上級悪魔っていうのはかなり優しい人なんだぜ? さっきも言った「人の価値は平等じゃない」っていうのは悪魔にも適応されるんだ。何代もかけて高められた血を引き継いで、何もしなくても強くなることが約束されてるって言うのならともかく、そうじゃないのに眷属って立場に胡坐かいて死ぬ気で努力しようとしないやつに『悪魔の駒』を預け続けるほどの価値があるわけねェじゃねぇか」

 

 原作ではそういう奴らも説得して殺すことなく元の主のところに戻したりしていたが、絶対その後処分されてたと思うね。戦闘で死者が出るのが当たり前な悪魔社会で、仕事や訓練が辛いからって逃げ出す根性なしに『駒』をやったままにするなんてとんでもない損害だし、なによりまた裏切ると主は考えるだろうから。魔王から待遇を改善するように言われていたとしても「『悪魔の駒』を持ち逃げするなど万死に値する。だが魔王さまからの指示もあるので、特別に一回死ぬだけで許してやろう」とかになってると思う。

 

「それは……ッ!」

 

「お前の主だってそうだ。確かにお前らはぐれになるような連中には蛇蝎のごとく嫌われる人だったと聞いている。だけど同時に規律を重んじ、努力の価値を認め、部下を安易に切り捨てることを嫌う人だとも聞いているぞ。塔城に仙術を使うように頼んだときだって、監視をつけて暴走を防ぎ、万が一の時は『悪魔の駒』で蘇生させる準備までしていたらしいし。死ぬ危険もある訓練をさせられる仲間を見てられなかったって言ったけど、本当はそいつら喜んでたんじゃないか? 死ぬくらいのこと堕天使との小競り合いが多い地域では日常だったし、聞いたとおりの性格なら遠からず前線に出てただろうから、長い目で見ればそっちの方が生存率は上がるもんな。身内も鍛えさせてたのだって、万が一眷属に欠員が出たらその肉親が『駒』を継いで与えられてた土地とかを引き継げるようにしてたんだ。こんな眷属の事を考えて大事にしてくれる『王』なんて早々いないって。なのに眷属の扱いが酷いから殺すって短絡的すぎるだろうこのバカが」

 

「うるさい、黙れェッ!!」

 

 ついにユーリが加速をやめて俺を殺すべく強力な一撃を放ってきた。だがそんなのは、怒りにかられてゼノヴィアに大剣で特攻した木場と変わらない行動だ。簡単に対処できる。

 

「ぐわっ!?」

 

 氷の鎧を作り直し、そのうえでベイに前進させる。それだけでユーリは目測が狂い、俺の頭がみぞおちに突き刺さって跳ね返されることになった。

 

「あ、が……」

 

 ベイに騎乗しているため、俺は全身聖なるオーラで包まれている状態なので、その頭突きを喰らった腹からぶすぶすと煙が出ているな。起き上がることもできないみたいだ。

 

「自分がどれだけバカなことをしたか自覚できたか? だったら大人しく捕まれ。悪魔政府の本部に送って、脳から裏切り者共の情報を引きずり出さないといけないからな」

 

「うる、さいッ! 悪魔にとって有利な話ばかり言われて納得できるか! 第一この土地で悪魔のルールが敷かれることに人間が同意したわけじゃない! 勝手にそっちが言ってるだけだろう!!」

 

「神や悪魔ってのはそういうものだと思うけどなぁ……。人間がどう考えようが知ったことじゃないのさ。だけどその言葉にはきちんと反論することもできるぞ」

 

「え……?」

 

「この土地の管理者、すなわち日本の八百万の神々と悪魔は交流があるんだよ。姫島さんが神社を一つ融通してもらってるのもそのつながりがあってこそだ。『供物を受け取り加護を与える』日本の神と『対価を受け取り願いを叶える』悪魔は価値観が似通ってたって言うのも交流がある理由の一つだな。

 そして悪魔は日本の神に代わって相容れない存在――他の神を認めない、自称唯一神の『聖書の神』とかだな――とその軍勢から土地を守る代わりに、氏子衆に対して悪魔のルールを敷くことを許されてるのさ」

 

 そもそもここが人間の土地だと考えている時点で見当違いなのだ。ここは八百万の神の国。当然、そこで敷かれる法も彼らが決める。いくら『進化論の人類』という天然物が混じっていようと、所詮『人間』は各神話勢力が自分たちに『信仰』や欲や恐怖と言った『感情』、『贄』などを捧げさせるために作られた存在。この世界では被造物にすぎない人間の作ったルールに上位種族が従うなどありえない、と言う考えが主流なのだ。

 なお日本では人間から神に成りあがる事もあるので西洋ほど種族差による見下しはないが、だからこそ成り上がりもできないやつに従うなどありえないという感じだな。俺達悪魔もこれに近くて「従えたければ力をつけろ。ただし力をつけるのを黙って見ているとは言っていない」というスタンスだ。

 

「そん、な」

 

「つまりお前への返事はこうなる。

 人間にとって有利な話ばかりされても聞くわけがない。第一この土地で人間の法が敷かれることに誰かが同意したわけじゃない。人間が勝手に言ってるだけじゃないか」

 

「う、うあああぁぁぁぁぁぁっ!!!???」

 

 言葉攻めが過ぎたのか、ユーリが錯乱して殴りかかってくる。それを誠二が蹴飛ばして沈めた。

 俺達と同等のスペックを持っている割にはずいぶんあっさり片付いた気もするが、魔力にしろ神器にしろ精神力で扱うものなので、錯乱している状態ならこんなものだ。こちらはろくに消耗もしないで勝てたので、罠ということはないだろうから警戒する必要もないだろう。こいつの二の舞にならないよう、教訓として覚えておけば十分だな。

 

「これで二人で撃破したって大手を振って言えるな。いくら俺の方が相性が良いからって、手柄を独占するのはどうかと思ってたんだよ」

 

「いや、それはわかる。だけどやりすぎじゃね?」

 

「えー、いいじゃんか、これくらい。それに原作知識だけを頼りに現実見ずに行動するかませ系転生者を蹂躙するのは全転生者の憧れだろ?」

 

「一緒にすんな」

 

 

 この後はユーリを氷漬けにして保存し、ソーナ姉さんたちと合流した。後でわかったことだが、こいつがいなくなったことで裏切り者派閥は英雄派に完全に取り込まれてしまったからあんまり役に立たない情報しかなかったんだけどな。

 このとき、兵藤がどうなるかは若干不安だったが、どうにかヴァーリにいいのを喰らわせて引き分けとなった。左腕を肩までと左の翼を対価に禁手『赤龍帝の鎧』を発動し、堕天使製の補助具で維持してどうにか一矢報いたらしいな。原作と違ってスイッチ姫は既婚者なのによくやったものだと思う。さすがは『強い思いが力を引き出す』なんて武器が存在する世界で主人公を張っていた奴。ライザーさまが上手いこと餌で釣って鍛えたというのもあるだろうが、この程度の逆境をどうにかする程度の精神は持っていたということか。

 

 とまぁこんな感じで、最大勢力の和平会議は出席者の想定を超える事態は起きることなく(リアスさんのミスは除く。アザゼル総督もヴァーリをダブルスパイにするつもりっぽいから除外)、順当に終了した。テロリストに加担している魔法使いも大量に退治できたし、大変有意義な一日だったと言えるだろう。

 

 



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初試合のシトリー
20話


「えーっと、これをこうすれば……おお、本当にできた。堕天使の技術はやっぱりすごいな」

 

 三大勢力の会談も終わり、人間界でやらなければいけないことはなくなったので、俺は一足早めに夏休みに入り冥界で研究を行っていた。

 内容は『天使、堕天使のアイテムと技術の解析、及びそれを流用した新しい魔法具の開発』だ。長年敵対した相手からもらった技術なので罠を忍ばせていないか確認は必須だし、使える技術なら取り込まない手はないからな。原作知識がなくても三大勢力の和平が結ばれたこと――というより『聖書の神』という技術チートが死んだのを公開したこと――で激動の時期に入るのは予想できるし、一刻も早く力をつけることが必要という名目で学校サボってこんなことをやっているわけだ。

 まぁ実際の理由は楽しいからなんだが、それを言うとソーナ姉さんに止まられてしまうので黙っている。

 そんな生活を日付が分からなくなるくらい続けていたら、とうとう誰かが呼びに来た。

 

「失礼いたします」

 

 入って来たのは爺さまに仕えるメイドの一人だった。見た目は若いが実際はシトリー家に長く仕えており、研究室に入っても問題など起こさないと信頼されているくらいには優秀な人である。爺さまが通信機を使うのではなく、彼女が言いに来たということはそれなりに大事な知らせがあるのだろう。

 

「ジョージさま、つい先ほどお嬢さまが冥界入りしました。仁村さまはこれが初の冥界ですので、列車を使って戻られるそうです。出迎えには来なくて構わないそうですが「明日ルシファードに向かうので準備は怠らないように」とおっしゃっていました」

 

「え、もうルシファードに行くのか? 今日何日?」

 

「人間界の時間で七月二十七日です」

 

 マジか、若手悪魔の会合明日じゃん。てっきりもう少し早めに冥界入りすると思ってたから、到着したって連絡が来てから準備すればいいと思ってたのに。いくら礼儀作法は全員に教えてあるからってギリギリ過ぎるだろう。

 

「ま、いいか。一応遅刻はしないんだし。じゃ、ソーナ姉さんには了解って伝えといて」

 

「承知しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局俺達が最後でしたね」

 

「別に問題ないでしょう。時間には間に合ったわけですから」

 

 俺としてはサイラオーグさまがゼファードルさまのところにいる転生者と久しぶりに話でもしたかったんだが、ソーナ姉さんがギリギリの時間にしよう、と言ったので到着がこの時間になった。まぁその気持ちもわからないでもない。

 なにせソーナ姉さんは一般の悪魔には『魔王である姉の威を借りて好き勝手している横暴貴族』って印象を持たれているからな。実際は周囲の人がセラフォルーさまにビビって気を利かせすぎているだけなんだが、はたからだとソーナ姉さんが脅しているようにしか見えず、こんな噂が広まってしまったのだ。そのせいで冥界では眷属が集めにくかったので、ソーナ姉さんの眷属は全員人間なのである(シトリー領はそうではなかったが、ソーナ姉さん曰く「上下関係がはっきりしすぎてフレンドリーさがない」と言う理由で却下された。どうも魔王さまたちのような関係を眷属と築きたかったらしい)。

 まぁ人間界の学校になんか通ってないで冥界のメディアにでも出て人柄をアピールしていればそんなことはなかっただろうし、言ってしまえば自業自得なんだが。それでも自分が来たらそそくさと住人が去っていくようなところで長々と居たくないと思ってしまうのは仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 若手悪魔の待合室に着いてからは適当に挨拶をして回り、ようやく会合を行う部屋に通された。俺達が到着する少し前に吹っ飛ばされたゼファードルさまもだ。腫れは引いていないようだが、歩けるくらいにはなったようである。リアスさんもアーシア貸してあげればいいのに。でかい貸しを作るチャンスだと言うのになんで逃すんだろうか? まぁあの人は基本おバカなので深く考えてもしょうがない。ゼファードルさま、マジ哀れくらいに思っとこう。

 会合を行う部屋にはかなり高い位置に席が置かれていて、そこに現在の悪魔政府を運営していくうえで重要な役職を担う方々が座っていた。一番上は当然魔王さま達だ。今までこの会合に参加する魔王は多くて二人、悪ければ一人も来ないこともあったそうだが、今回は自分たちの弟妹が来ているとあって全員参加していた。

 そして、司会役と思われる初老の男性悪魔が口を開いた。

 

「よく、集まってくれた。次世代を担う貴殿らの顔を改めて確認するために集まってもらった。これは一定周期ごとに行う、若い悪魔を見定めるための会合でもある」

 

 まず会合の意味について説明され、その後は魔王さま方が引っ掻き回しながらも、レーティングゲームについてのややこしい話以外は例年と同じように会談は進んでいった。レーティングゲームは今回の若手悪魔の顔ぶれがあまりに豪勢なので急遽することになったイベントだったらしい。

 この途中でサイラオーグさまが「前線で暴れたい」的なことを言っていたが、やんわりとサーゼクスさまに止められていたな。俺も経験が薄いうちは罠に嵌りやすいので、いくら実力があろうがただの子供が前線に出るのはやめた方が良いと思う。理不尽としか言いようのない力を場の勢いだけで引き出し状況を打破できる神滅具持ちや前例がないおかげで対策の立てられにくい変異種基準で発言しないでほしいものだ。

 そして誠二や匙、兵藤などの人間組、つまりこういった場に不慣れな連中がいい加減辛そうになった頃に、ようやく話がついた。

 

「さて、長い話に付き合わせてしまって申し訳なかった。なに、私たちは若いキミたちに私たちなりの夢や希望を見ているのだよ。それだけは理解してほしい。キミたちは冥界の宝なのだ」

 

 そう思うのなら貴方の妹への贔屓をどうにかしてほしい。セラフォルーさまのわがままアピールとは違って、必要なことではないんでしょう? 今回話が長引いたのだって『リアスさんたちを弱い方から順に戦わせようとする』サーゼクスさまと、『サイラオーグさまとシーグヴァイラさまが活躍できる順で戦わせ旧序列が今だ健在である』と示したい貴族派での言い争いが長引いた原因だしさ。

 勿論そんな口は挟めず、サーゼクスさまは話を続けた。

 

「では最後に、それぞれの今後の目標を聞かせてもらえないだろうか?」

 

 本日、俺にとって最も嫌な話題を振られた。原作知識でわかっていたとはいえ、自分の『王』の脳のお花畑具合が知られるのは恥ずかしい。何度か進言したが結局改めてはくれなかったんだよなぁ。むしろ余計頑固になってしまった。もう俺にはどうしようもない。

 何か事件でも起きて中断されろ、と願うが現実は思い通りにはなってくれず立場が上の者から返事をし始めた。

 

「俺は魔王になるのが夢です」

 

 最初に答えたのはサイラオーグさま。貴族派筆頭のバアル家の次期当主であり、誰もが『若手悪魔で最強』と認めている人物なので当然の位置だろう。言ってる夢が叶った時にはバアル家の次期当主ではなくなるので、バアル家は『滅びの力』を持った次男が当主となることができ、後援している貴族派の権限も大きく増すことができるのでお偉いさんたちには受けが良かった。バアル家の権力が強くなり過ぎるのを警戒している現魔王派の人には「前代未聞だ」って警戒されてたけどな。

 

「私はグレモリー家次期当主として生き、レーティングゲームのプレイヤーとして各大会で優勝することが近い将来の目標ですわ」

 

 次は魔王のまとめ役であるサーゼクスさまに贔屓されまくっているリアスさんだ。人間界の領地の経営では無能を晒したが、そんなこと冥界の人たちは知らないのでこの順番になった。親の光は七光りというが、『ルシファー』である兄の光は七どころでは済まないらしい。

 その次は、大公アガレス家のシーグヴァイラさまだった。旧序列2位のアガレス家の生まれながら、魔王眷属としてもう働いている人の言葉はさすがに重みがあったな。原作のレイヴェルと同じで誰かの眷属になると駒がもらえなくなるんだが、功績あげて自力で駒を獲得しただけのことはあるって感じだった。

 四番手はアジュカさまを輩出したアスタロト家の生まれで、和平以前に「教会の聖女、高名な修道女などを堕落させる」という功績をいくつも挙げているがディオドラさま。ただ三大勢力で和平を結んでしまったので修道女には手を出せなくなったし、アジュカさまはサーゼクスさまのように弟を贔屓しようとはしないので若干落ち目となっている不遇な人だ。ゆえにこの順番になった。

 そして今まで次期当主ですらなかったゼファードルさまの発表が終わり、ようやくソーナ姉さんの番が来た。

 この順番になった理由は色々あるが、傍にいた人が止められるようにするため魔王の中でセラフォルーさまは一番格下とされているのが大きいだろう。人間界にばかりいて、冥界での人脈が乏しいと言うのもあるかもしれない。贔屓されるのが当然みたいな顔しやがって、という思いも混ざってる気がする。

 そんな冥界では浮きまくってるソーナ姉さんが、悪魔の常識では頭に蛆でも湧いてるのかと思われるようなことを言い放つ。

 

「私の目標は、冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

 

 



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21話

「私の目標は、冥界にレーティングゲームの学校を建てることです」

 

 ソーナ姉さんの真意が理解できなかったようで、お偉いさんが尋ねた。

 

「レーティングゲームを学ぶところならば、すでにあるはずだが?」

 

 こんな常識知らずでは将来が不安だ、シトリー家との付き合い方は考え直した方が良いかもしれない。そんな顔をしながら質問するお偉いさんに、ソーナ姉さんは淡々と返した。

 

「それは上級悪魔と一部の特権階級の悪魔だけしか通うことの許されない学校です。私が建てたいのは下級悪魔、転生悪魔も通える分け隔てのない学び舎です」

 

 そんな戯けたとしか言いようのないことを聞いて、お偉いさんたちは一瞬呆けた後爆笑に包まれた。

 

「ハハハハハハハハハ!」

 

「それは無理だ!」

 

「これは傑作だ!」

 

「なるほど! 夢見る乙女と言うわけですな!」

 

「若いと言うのはいい! 我々年寄りにはとても思いつかないことだ! しかしシトリー家の次期当主ともあろうものがそのような絵空事を語るのは感心せんな。これがデビュー前の顔合わせで良かったというものだ」

 

 匙や他のシトリー眷属、グレモリー眷属なんかはその笑い声に戸惑い、怒っているようだったが、俺は彼らと同感だった。

 なにせソーナ姉さんの目標というのは、人間の考えに染まり過ぎていて悪魔と言う種の現実に則しているとは言えない物だったからな。

 まずレーティングゲームは上級悪魔や一部の特権階級の悪魔以外は『王』として参加することはないのだから、それ以外に学ばせても無駄だ。学びたいのなら上級に昇格してから通えばいい。人間風に言うのなら、高校を卒業してから大学に通えってことだな。上級悪魔になっても駒集めなどもあってすぐにゲームに参加するなど不可能なのだから、それで十分間に合うし。

 次に、『悪魔の駒』によって力を分け与えられている転生悪魔はともかく、下級悪魔も一緒に通わせると言うのがありえない。悪魔の学校は勉学より人脈作りがメインで教育は二の次だから下級悪魔にとっては通う意味がないと言うのもあるが、なにより悪魔と言うのは強さの差がとても大きいのが問題なのだ。一緒に通わせて、同じ授業など受けさせたら間違いなく死人が出る。大人になれば山を吹き飛ばすような攻撃を放てるのが普通な上級悪魔にとっては遊びのような戦闘訓練でも、人間と大差ないどころか、それなりに魔法や術を身につけた人間になら負けかねない程度の下級悪魔には即死級の危険な訓練なのだ。かといって下級悪魔に合わせては上級悪魔にとってはストレスがたまるばかりで何の訓練にもならないことを延々とやらされることになる。こうなってしまっては学校をやっている意味が欠片もない。人間だって学力ごとに違う学校に通わせているのに、なぜソーナ姉さんはここまでしようと思ったのかオレでも謎だ。

 最後に、悪魔と言う種族は個人差が大きい。魔力量や体の丈夫さは言うに及ばず、魔力の質や使い方も千差万別だ。名家なら家系ごとに伝わる特殊な力があるし、個人の体質や趣味嗜好などで効率や使い方なんかはガラッと変わる。ある人にとっては凄まじい効率で大きな戦果を上げられる使い方でも、他の人にとってはどんなに魔力を込めても発動すらしないなんてのはザラにあるからな。兵藤の『洋服破壊』や『乳語翻訳』なんかはその典型だ。そう言う理由で、人間のように一纏めにして一気に教えるという手段が取れないため、下級悪魔まで通わせたら絶対に教師の数が足りなくなる。そもそも十数年しか生きていない才能だけで強くなってるような連中がやる『教師ごっこ』ならともかく、きちんとした『教師』をやれるような者は引く手数多なので、そんな名誉や功績とは無縁な下級悪魔の教育なんてやってくれるわけがないんだけどな。

 これら以外にも学んだところで『悪魔の駒』を全員に配布できるほどは作れないとか、下級悪魔では優れた教師を雇えるほどの金は稼げないとか、それ以外にも問題は多々あるため、事実上ソーナ姉さんの言うような学校を作るのは不可能なのである。決して下級悪魔を差別しているがために学校に通わせていないわけではないのだ。

 というか差別自体悪魔にはほとんどないんだけどな。些細なことで差別したりする人間と違って、悪魔は意思疎通できて一緒に暮らしていく努力ができるなら多種族でも普通に受け入れるくらいだし。ソーナ姉さんの言っていることだって、実現可能ならとっくにやっていただろう。

 

「私は本気です」

 

 そう真面目に応えるソーナ姉さん。

 せめて爆笑に乗じて冗談っぽく終わらせて下さい。次期当主がこんな常識のない人だって知られたら他家の人たちは関わってこなくなるし、領民だって不安になるでしょうが。

 それに『伝統』と『誇り』―――つまり『強き者にはそれにふさわしい厚遇を』という合理的な思考と長寿ゆえに弱い者から過剰に搾取することのなかった悪魔だからこそ問題なく続けられてきた慣習と、強き者を安定して輩出する血筋を現代まで絶やすことなく戦乱を生き抜いた事に対する自負―――を重んじる旧家の人には特に受けが悪い。弱いから見逃されたおかげで生きているような連中を、悪魔の常識である『等価交換』を無視して厚遇すると言うのだから当然だ。

 現悪魔政府の重役を担うこの人たちから嫌われたら将来すっごい苦労することになると言うのに、次期当主のソーナ姉さんがこんなのでは爺さまの胃が休まる時はないだろう。それを支えなきゃならない俺も、今後のことを考えたら気が重くてしょうがない。お偉いさんたちが、若気の至りだと笑って聞き流してくれているのがせめてもの救いだ。だから匙、そう今にも噛みつきそうな顔はやめろ。暴走し始めたら『女王』として殴ってでも止めないといけなくなるだろうが。

 その後は、セラフォルーさまが常識的にありえない事を言っているソーナ姉さんを擁護し、「何を言ってるんだこいつは?」みたいな表情になっているお偉いさんを無視してサーゼクスさまと共に話を進める。

 

「ならなら! うちのソーナちゃんがゲームで見事に勝っていけば文句もないでしょう!? ゲームで好成績を残せば叶えられる物もおおいんだから!」

 

「ふむ、ならゲームをしようか。それも若手同士、リアスとソーナでだ。もともと、近日中に赤龍帝を有するリアスのゲームをする予定だった。アザゼルが各勢力のレーティングゲームファンを集めてデビュー前の若手の試合を観戦させる名目もあったものだからね。だからこそ、ちょうどいい。リアスとソーナで1ゲーム執り行ってみようではないか」

 

 さらっとさっきの会談で後日決めることになった議題を、魔王二名の合意でゴリ押しして決定した。アジュカさまとファルビウムさまも止めなかったし、もはやお偉いさんたちは完全に置いてけぼりだ。

 

「公式ではないとはいえ、私のとっての初のレーティングゲームの相手があなただなんて運命を感じてしまうわね、リアス」

 

「競う以上は負けないわ、ソーナ」

 

 お二方とも既にノリノリだが、ここは会合の場なので私語は謹んでもらえませんかねぇ。周囲からの視線が痛くてしょうがないんすよ。

 そんな小心な俺の想いは気づかれることもなく、図太い人たちだけで話は決まってしまった。

 

「対戦の日取りは―――(人間界の時間で八月二十日)。それまでは各自好きに時間を割り振ってくれて構わない。詳細は後日送信する」

 



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22話

 会合が終わりシトリー領に戻った俺達は、即特訓を開始した。元々長期休暇の度に合宿はやっていたし、特訓メニューは既に組んであったからな。ソーナ姉さんはその状況で「明日から」などというのは嫌だったらしい。

 と言っても、変わったことはほとんど何もしていない。俺と匙以外のシトリー眷属は尖った性能も、特殊な力もないからな。堕天使や天使からもらった技術を試した以外は、全員普通のトレーニングだ。

 匙だけは赤龍帝の血でヴリトラの力が目覚めかけていたため、アザゼル総督に改造されてたけどな。なんでも「元々扱えなかった力を持った神器を無理に埋め込むと、上手く使うことができなかったり、自身が元から持っていた力が使えなくなったりすることがある。だが、同質の力ならいけるはず」とのことらしい。つい最近まで敵だった奴が自分の部下を改造すると言う提案をソーナ姉さんは最初は拒否していたが、結局爺さまとセラフォルーさまの眷属の監視の元、アザゼル総督が機材と神器を持ってきてシトリー領で施術するのを条件に受け入れたのだ。しかしここまで面倒なことをしてまで匙を改造するとは……よっぽどヴリトラ改造超人が見たかったんだろうなぁ。目が凄いキラキラしていたもの。

 そして俺は、研究室に籠って会合の前にやっていた研究を続けていた。堕天使からもらった『英雄の力を引き出す補助具』も、天使からもらった『ゲオルギウスの力を制御する聖具』も、そのまま使うつもりはなかったからな。下手に訓練するより、そっちの方が戦力増になると判断されて趣味に打ち込めたのだ。なんかいつもの三割増してきつい特訓をしていた連中がすごい目をしていたけど気にしてはいない。

 

 

 

 

 

 そして迎えたゲーム前日。俺達はグレモリー眷属と一緒に会場入りするために、グレモリー家の城に来た。

 俺としてはグレモリーの腰巾着みたいに見える行動はやめてほしかったのだが、ソーナ姉さんは一人で会場入りすると居心地が悪すぎるとか言うので一旦合流することになったのだ。まぁ、ソーナ姉さんマジで社交界では嫌われてるからな。下手に関わるとセラフォルーさまの制裁を喰らうし、避けすぎても制裁を喰らう。おまけにソーナ姉さんの思考は冥界の常識とは大きくずれているので、どう関われば無難に過ごせるのかもわからない。挙句、関わったところでグレモリー家と関わった場合以上の利益は絶対に得られないと言うのだから、そりゃ腫物みたいに扱われもするだろう。居心地が悪いというのも、ソーナ姉さん以上に扱いがきつい俺は熟知しているが、シトリー家次期当主だというのなら、避けるのではなく解決しようとして欲しいものだ。

 そんなことを思いながら、匙と共に城を探索していると、兵藤兄弟が待機している客間に行きついた。

 

「お、兵藤兄弟か」

 

「匙、それに譲治も。なんでここに?」

 

「リアスさんから聞いてないのかよ。ソーナ姉さんがリアスさんと会場入りするっつーから、ついてきたんだよ」

 

 そんなことを話しながら席に座る。匙は兵藤の近くの椅子へ、俺は兵藤とはかなり離れた席に座る誠二の近くに座った。

 入り口から見たときは、何で離れて座っているのかと思ったが、近くに来てようやく理解できた。こいつ、薄らとだが精霊の力を纏ってやがる。漏れ出すところまではいっていないが、精霊使いとしての適性のない、もしくは魔法防御力の低い悪魔が触れば焼かれそうだ。それで兵藤は万が一にも当たらないように距離をとっていたのか。

 

「えらく強くなったみたいだな。アザゼル総督の特訓の成果か?」

 

「おお、なんか「お前は自分の適性が分かってない」とか言われてな。なんでも堕天使側の神器持ちに調べさせたらしい。元々使い魔は全員精霊だったし、言われた通りにやってみたんだよ。そしたらかなり強くなれたぜ。制御の方はまだまだだけどな」

 

「見ればわかる。才能は凄いのに訓練が足りないせいで発動しっぱなしじゃねぇか。ま、そこまで才能があればすぐに落ち着くだろうけどな」

 

 しかし、こいつが精霊使いか。俺の領地を案内してた時も精霊との交渉はやたらスムーズに行ってたし、納得できなくもないな。俺の領地やグレモリー領でスカウトした後も各地に転移して精霊を探してたらしいし、それらの扱いを覚えたというのなら相当な戦力増になっているだろう。レーティングゲームが楽しみだ。

 

「楽しそうな顔してるなー。あんたは戦闘は好きじゃないと思ってたんだけど、ちょっと意外だな」

 

「戦闘は別に好きじゃないぞ。できれば避けたいと思ってる。でもレーティングゲームは商品が豪華なだけのスポーツだからな。楽しまなきゃ損ってモノだろ」

 

「でも会合で会長バカなこと言ってただろ? 下手に勝って学校作っちまったら、シトリー家の損害ばっかが大きくなるだろうし、それは避けたいもんだと思てたんだけどな」

 

 それは確かにその通り。途中まで上手くいってると、失敗したときの損害は大きくなる。主家であるシトリー家がそれで傾いたりすると、例え独立していても俺にも被害が来るからな。それを避けたいと言う思いは当然ある。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 

「オレはソーナ姉さんの『女王』だからな。相応の対価は貰ってるし、それに見合うだけの働きはしないと駄目だろ」

 

「悪魔の等価交換意識ってやつか。本当にあんたは元人間なのか疑わしい時があるよな」

 

「元人間だからこそ、悪魔らしくあろうとしてるんじゃないか。転生悪魔には必須の心構えだと思うぞ? ……それに、そう振舞ってれば昇格もしやすくなるし」

 

 上級まで昇格すると、自分の土地を持ってそれを運営していくことになるからな。その時に周囲と軋轢を生みにくい性格なら昇格試験の合格ラインが少し低くなるのだ。現在も存続している名門シトリー家の当主から「孫である」と言う保証を貰っているため初めから中級悪魔で、コカビエル討伐で売った恩があるためグレモリー卿から昇格試験に推挙してもらえることになっているオレには身近な問題だったんよ。原作の事件に対応するための自由にできる戦力を持っておきたいし、ソーナ姉さんの暴走を止めるための発言力も欲しいので一発合格したいオレには大事なことなんだ。

 ちなみに以前の種族としての常識を引きずったり、問題行動が多かったりする場合は、どんなに功績があっても上級への昇格は渋られてしまう。特に人気があるやつだと、騒動になったときに面倒なので近くに来ることを貴族たちが嫌がり認められにくいな。原作の兵藤たちが飛び級での昇格を認められなかったのは、この辺が原因な気がしてならない。

 

「なるほどな。つまり内申点目当てで優等生やってるようなもんか」

 

「まぁ、その通りだな。原作の事件もオレらの前世でも完結すらしてなかったし、事件が全部済んだからって問題が全て片付いてハッピーエンドってわけじゃないからな。できるだけ早めに権力と戦力持って激動の時期に備えたい」

 

 コカビエル討伐、黒歌同様SS級はぐれ悪魔ユーリの捕縛と功績も挙げてるから上級悪魔への昇格試験に推薦はほぼ確実にしてもらえるだろう。変なことやって躓きたくない。

 

「おっ、話してるうちに結構経ってたみたいだな。ソーナ姉さんたちが来てる」

 

「こっちも感知してる。精霊魔法ってすごいよな、屋敷の中でのことならすぐに教えてくれるぞ」

 

 それは精霊に愛されまくってるお前くらいのものだ。普通覚えて一月もしないうちにそこまで感知範囲は広くならない。普通の精霊魔法の使い手に喧嘩売ってるようなこと言うもんじゃないぞ。

 ……まぁそれくらい鋭ければパーティでの黒歌の問題は気にしなくていいから楽でいいな。誠二が塔城見張って単独行動しないようにしとけばスルー出来る。いくらヴァーリチームでも最上級悪魔も多く参加するパーティの会場にまで殴り込んで来たらあっさり圧殺されるから、乗り込んできてまで確保するってのはないだろうしな。無駄に危険を冒す必要はない。

 

「イッセー、セージ、お待たせ。あら、二人もここにいたのね」

 

「あとで召喚する手間が省けましたね」

 

 ドレスアップした女性陣とギャスパーが部屋に入って来た。のんびりするのは終わりだな。この人ら向こうでの感覚引きずってるから使用人じゃなくてオレに頼んでくるのは目に見えてる。

 朱乃さんもドレスアップして動きづらそうだし、とりあえずタンニーンさまが来るまでの時間つぶし用の茶でも淹れときますかね。

 



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23話

 ゲーム当日。

 シトリーの居城地下にあるゲームの会場への転移魔法陣がある部屋で、オレ達シトリー眷属はゲームの開始を待っていた。

 俺と匙以外、つまり女性陣はグレモリー眷属がフェニックス戦で着ていたのと同じ、駒王学園の制服を戦闘用に改造したのを着ている。悪魔的にはセラフォルーさまの魔法少女コスプレと大差ないうえに、金魚のフン扱いがさらに加速するからやめてほしいと言ったんだが、結局聞き入れてもらえることはなかった。生徒会の正装はこれ以外ありえないんだとか。人間界の生徒会としてではなく、悪魔としてゲームに参加するんだと理解しているか怪しくなってきたな。本気で早く独立しないと将来がヤバい。

 で、匙は全身呪符でぐるぐる巻きだ。原作より強化されているとはいえ、天龍と深い縁が築かれていない状態で移植した影響だろうな。突発的に力を吸い取ったり呪いを流すラインが荒れ狂ったり、全身から消えない黒炎がまき散らされたり、牢に閉じ込めたり、魔法力を吸い取って最悪枯死させる空間を作ってしまう。制御可能にする方法もあるんだが、常時ってわけにはいかないのでこうして封じているわけだ。それでも完全に抑えられてるわけではないってのが恐ろしいところだな。オレ以外触ったら焦げるとか日常にも支障が出過ぎてる。レーティングゲームでは何かあるのがわかり易くて観客を楽しませやすいからいいんだけどな。

 そして俺だが、和平が結ばれてからずっと研究していた『ゲオルギウスの力を制御する魔法具』を着込んでいる。見た目がカソックを基本としていたり、十字架下げる必要があったりして、大分神父っぽい外見になったな。

 んで、見送りには現当主夫妻が来ている。だがどっちも頑張ってほしくなさそうな顔をしている。

 

「事故で死なんようにな。特に赤龍帝とその弟の火力はヤバいから危ないと思ったらすぐリタイアしなさい」

 

「公式戦じゃないんだし、勝敗に命かけるほどの意味ないんだからね」

 

 と思ったら口にも出してきた。だがソーナ姉さんはそれを軽く流す。好き勝手するのが仕事のセラフォルーさまに溺愛されてるソーナ姉さんはシトリー家のヒエラルキーでトップだからこんなことになってしまうんだよな、立場的には次期当主に過ぎないのに。しかも常識知らずなせいで婿入りしてきたやつに全権を現当主が譲っちゃいそうな感じなのに。セラフォルーさまにはもう少し厳しくすることを覚えてほしいものだ。職務的にも無理だとは理解してるが、身近にいるものとしてはそう思えてならない。

 そうこうしているうちに魔法陣が輝きはじめ、俺達はゲームの会場へと転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……会長、なんですかこれ? 城?」

 

「そのようですね。ただそれにしては飾り気がなさすぎるのが気になりますが……」

 

 転移した先にあったのはこじんまりとした飾り気のない城だった。原作とは違うフィールドだが、やっぱりとしか言えないな。

 なにせコカビエル戦で全力で攻撃されればあっさり破壊される無意味な結界張り続けたりはしてないし、三大勢力の和平会談の時に三人も自力で意識保って働いてたんだからな。若干評価も上がってるだろうし、グレモリー家も功績を独り占めできてないから原作より評価が下がってる。まぁ原作通りの試合にはならないわな。

 城をざっと見渡し、特に魔法的な防衛機構がないことが確認出来たころにアナウンスが始まった。

 

『皆さま、このたびはグレモリー家、シトリー家の「レーティングゲーム」の審判役を担うことになりました、ルシファー眷属『女王』のグレイフィアでございます。我が主、サーゼクス・ルシファーの名のもと、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします』

 

 審判は原作通りグレイフィアさまか。まぁ他に任せたらグレモリー家へのゴマすりのために偏った判定されかねないし、ここは不動だろうな。セラフォルーさまに人選任すのは論外だし、これしか手がなかったんだろう。

 

『今回のバトルフィールドはトラップ未整備の城とその周辺一帯を用意いたしました。ソーナ・シトリーさまの本陣は転移先の砦及び周囲三百メートルの範囲、リアス・グレモリーさまの本陣は無しとなっております。「プロモーション」する際は相手の本陣まで赴いてください』

 

 え、グレモリー本陣無し? つまりこっちは『プロモーション』禁止ってことか?

 

『また今回は特別なルールとして「城の制圧、もしくは破壊をもってグレモリー家の勝利」「一時間の防衛をもってシトリー家の勝利」となります。「フェ二ックスの涙」は両チームに一つずつ支給され、持ち込みは禁止です。

 これより三時間後にゲーム開始となります。それまでは相手チームとの接触が禁止された作戦時間となります。それでは、作戦時間開始です』

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何このルール?

 

「「「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇッ!?」」」」」」」

 

 案の定、俺以外の全員が困惑の声を上げた。

 まぁグレモリー眷属……というか、バアル家の一番の得意分野である拠点攻めを受けろって言うんだからそんな反応にもなるわな。滅びの魔力にかかるとどんな高性能な障壁を作戦時間に用意しても防げないし。唯一の防御法は原作でケルベロスがやってたようにリアスさんの攻撃を上回る量の魔力を叩きつけることだが、赤龍帝の『倍加』と『譲渡』があるからそれもきつい。いや、この時点の二人なら俺が防ぎ続ければガス欠まで持つだろうけど、誠二と交代で休憩なしに攻撃されると絶対に持たない。匙もサポートタイプだし、普通にやり合ったら勝機ゼロだな。

 それにこのルール、ソーナ姉さん以外は気づいてなさそうだがもう一つ厄介なとこがある。それは対戦相手がグレモリー眷属でさえなければシトリー眷属が圧倒的に有利なルールだと言うことだ。

 フィールドは頂上に城のある禿山と麓の平地だけで隠れる場所などなく、グレモリー眷属が作戦時間に何をしているか丸見え。おまけに時間制限があるので攻め込まないと言う選択は出来ない。おまけにこちらの様子は覗けないしで、いくら作戦時間があろうと戦闘準備はできないってことだな。逆にこっちは城のを外から壊されないよう強度を上げて、内部に罠を仕掛けまくれば同格が相手なら地の利で一方的に勝利できる。それこそ、これで負けたら無能が過ぎると言うレベルで。

 実際のところこっちが圧倒的に不利なのに、周囲の評価としてはこっちが圧倒的に有利な条件でのゲーム。負ければ学園設立とか夢のまた夢になるな。確実にこのルールを決めた重臣たちは俺らを潰しに来てる。原作と違ってシトリー眷属の評価がグレモリー眷属より遥かに劣ってなかったのが悪かったのか。契約通り『女王』として補佐してきたつもりだったが、どうやら逆効果になっちまってたっぽいな。

 まぁ、今更過去の事を悔やんでもしょうがない。負けても死んだりするわけじゃないし、挽回の機会はこれからいくらでもあるんだからな。今は『王』の意見を仰ぐとしよう。

 

「どうします、ソーナ姉さん? かなりまずい状況ですけど」

 

「…………ゲームが始まったらジョージが城の防衛、真羅が私の護衛、他全員でリアスを探します。作戦時間中に地中に隠れるくらいはするでしょうからね。リアスが見つかったら匙が兵藤兄弟の足を止め、制圧と判断されないよう一人だけ残して他全員で討ち取りに行きます。それくらいしか策はないでしょう」

 

 ここまで詰んでると思いつくことは誰でも同じだったな。障害物とか碌になくて作戦の立てようがないって言うのもあるんだけどさ。

 あと匙の負担が大きすぎる気もするが、リアスさんの強襲用に俺を残すと他のメンバーじゃ足止めすらできそうにないしな。最悪誠二だけでも足止めしてくれれば十分だ。兵藤は相性が良いから立ちふさがれてもどうにかできるし。

 

「では準備を開始です。二時間かけてこの城が容易く落とされない程度に強化し、残り一時間でベストな体調に整えます」

 

「「「「「「「はい」」」」」」」

 

「ジョージは目隠し用の外壁を作った後、地下空の攻撃も防げる半球状の氷の城壁を作りなさい。自前の魔力だけでいけますか?」

 

「大丈夫です。誠二と限界まで倍加した後譲渡されたリアスさん以外なら壊せないってレベルのでも作れます」

 

 二時間かけて作ってもこいつらには一撃で壊されかねないんだけどね。デュランダルもらってゼノヴィアを戦力外にしておいて本当に良かった。今でもギリギリなのに戦力になるやつがさらに増えたら対処しきれなかった可能性が高いからな。

 

「分かりました。桃、憐耶、匙、貴方たちは城壁とその周囲にトラップを仕掛けてください。大威力の攻撃対策はジョージがするので、登ったり飛んで超えようとしてくる人への対策を。またそれと並行してグレモリー眷属の監視を行い、怪しい動きがあれば報告してください」

 

「「「分かりました」」」

 

「真羅たちは城の強化と内部に罠を。侵入できなくなるのではなく、ある程度入ったら迂闊に進むことも戻ることもできなくなるような、警戒心を煽るものを仕掛けてください」

 

「「「「分かりました」」」」

 

「私は地中を含めた広範囲を捜索する魔法陣の準備に取り掛かります。では行動開始」

 

 

 



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24話

『開始のお時間となりました。ゲームスタートです』

 

「ようやくか。できればもっと早めに言って欲しかったな」

 

「だな。禁手(バランス・ブレイク)の準備が進んでるのをただ見てるって言うのはきつい。あんなに無防備な状態でとんでもなく危険なことやってるのに潰しに言っちゃダメとか酷いよなぁ」

 

 三時間の作戦時間も終わり、ついにゲームが始まった。

 開始時点での俺と匙の配置は城壁の上、グレモリー眷属の正面だ。あいつらが作戦もなにもかも投げ捨ててゴリ押しすることを選んだためにこの配置になったのである。おかげで二時間かけて作った城壁やトラップの大半が無駄になった。マジで徒労感が半端ない。

 まぁ愚痴は後だ。まずは目の前の障害に対処しなくては。

 初手で誠二の魔弾が外壁を破壊し、ついでとばかりに仕掛けて罠も破壊していく。これであっさりと城壁までのルートができてしまった。まぁ壊されるの前提の壁と罠だ。問題はこの後。

 異常に才能に恵まれた精霊魔法の使い手の一番厄介なところは、何と言っても連射性だ。なにせ魔法力だけ渡しとけば勝手に精霊たちが術を構築してくれる。誠二並の才能ならレーティングゲームに連れて来れる程度の下級精霊でも大魔法を連発してくるのは間違いない。

 案の定、次の攻撃が迫ってくる。風精と雷精を使ったのであろう、旋風と稲妻が一直線に城壁へと向かう。

 この一撃だけなら城壁が破られることはない程度だが、これが当たれば罅は入る。そうなれば少ない魔力消費で壊されかねない。なのでこいつは止めるとしよう。

 ベイを促し射線上に出る。そして直撃、障壁が三枚破られた。中心部は予想より貫通力があったな、まき散らされた風と雷で誤魔化されたか。かなり悪質な魔法だなコレ。

 旋風と稲妻が止んだ直後、今度は石の杭が雨あられと降ってくる。一発一発に結構威力があってまた障壁が一枚破られた。さっきので罅が入っていたら城壁はそのまま壊されていただろう。止めに入って良かったと言える。

 で第三弾、火精による超高熱の大爆発。この三段撃が上手くいっていれば城を丸焼きにしていたであろう本命の一撃だ。『聖馬の寵』による障壁は最大八枚まで増えたので後四枚。悪魔にとって毒である精霊の力を帯びた炎を浴びるとダメージはほぼなくてもリタイアさせられかねない事を考えると直撃を受けるわけにはいかないか。

 

「匙! ちょっと威力を削いでくれ!」

 

「任しとけ! 行け『龍の牢獄(シャドウ・プリズン)』ッ!!」

 

 匙は神器を抑える呪布を右腕から剥がし、暴走に近い形で神器が発動した。

 地面から生えてきたのは『龍の牢獄』が生み出した黒い壁。本来なら対象の四方を囲うものだが、それを防御用に四重の障壁として出している。

 まぁ当然ながら元々防御用の物でもないし、なにより爆発の威力が桁違いなのであっさりと吹き飛ばされた。だが威力を弱めること自体は出来たようで、直撃を喰らっても障壁が三枚壊されるだけで済んだ。匙の援護以外では防御は一切行っていないのでパフォーマンスとしても十分だろう。

 外壁はなくなり罠も全滅、城壁も厚さが半分ほどになるまで溶けてしまったがどうにか残ってるし、誠二の城攻めは防げたと判断していいだろう。

 で、ソーナ姉さんの読みだとここから……。

 

「光の一千矢、収束ッ!」

「さっせるかオラァッ!!」

 

 リアスさんの砲撃の邪魔になる俺を排除させに行く。確かに誠二に殴られれば迎撃は無理だろうし、爆炎で隠れて接近して来たら感知は困難だが、やると分かってれば対策は立てられる。

 ソーナ姉さんの指示通り、隠蔽の魔法を施したラインが城壁や地中から現れ、誠二を拘束して投げ飛ばした。投げられながらきっちりラインは全部千切った誠二もすごいと思うが、分かっていたとはいえ視界がほぼ潰された状態で不意打ちにに対応できた匙も大概だな。原作キャラパネェ。

 そしてここからが俺の仕事、リアスさんの攻撃の妨害だ。俺を排除したタイミングで城に打ち込むためにもう発射準備に入っていて、これがフェイクで他の作戦に切り替えってのはありえない。幻惑の魔法や仙術の気配もないし、方向も間違えていないだろう。

 これならもう遠慮はいらない。役目は妨害だが『王』を取りに行くつもりでやってしまおう。

 

「切り裂け、デュランダルッ!」

 

 用途を声に出してイメージを固め、通常よりも高い鋭さを持たせた斬撃を飛ばす。

 射線上に木場が生やした聖魔剣の壁、ゼノヴィアが兵藤から借りたアスカロンで放った斬撃、姫島さんの雷撃、神器の使用をルールで禁止されたギャスパーとアルジェントの障壁、それらを苦も無く切り裂いて進むが速度が少し落ちてしまった。

 その間にリアスさんは滅びの魔力を放つ。それはデュランダルの斬撃と接触し、二つに裂かれたまま直進してくる。

 

「やっぱ当たった部分しか打ち消せなかったか。ま、本命はこっちだし問題なし。聖剣はエネルギーの大部分を負担してくれるから楽だしな」

 

 城壁を作るのと並行して作成した巨大魔法陣が光だし、上空の雨雲が巨大な氷塊に変化する。そして射出。滅びの魔力と接触し、同量の魔力だったため綺麗に対消滅した。

 

「…………けっこうきつかったな。やっぱバアルと赤龍帝のコンボは酷い」

 

 三時間かけて構築した魔法陣による補助とソーナ姉さんが探知魔法の為に作成した雨雲、それに魔力、魔法力を注いで作った氷塊でようやく相殺とか。リアスさんの魔力だけなら俺のチート級魔法力で圧倒できるし、まだ力を使い慣れていない兵藤のだけなら技術で逸らせる。なのに両方合わさると手が付けられなくなる。何でこれが原作で生かせてないのか不思議になるレベルの相性の良さだ。

 

『リアス・グレモリーさまの「戦車」一名、リタイア』

 

『リアス・グレモリーさまの「僧侶」一名、ルール違反によりリタイア』

 

 あっちでは塔城とギャスパーがリタイアか。たぶん塔城が仙術のオーラを寿命削る勢いで纏って壁になってギャスパーが焦点を合わせられるよう減速させ、ギャスパーが魔眼で斬撃を止めて、兵藤が横から殴って逸らしたんだろうな。そうしないと兵藤が命を捨てるつもりで壁になるか審判にリタイアさせられるか以外では防ぎようのない攻撃したし。

 ともあれ護衛が減った今がチャンス。誠二も巨大な『龍の牢獄』の中で匙と戦ってるし、速攻で片付けに行くとしよう。

 ただ魔力、魔法力は目新しさがないから聖剣中心でだな。タメ撃ちすると威力が出過ぎて危険だったやつ使うか。

 まず天界から買った量産品の聖槍を亜空間から取り出す。とてもじゃないが強力な武器とは言えない程度のオーラしか纏っていないがデュランダルの性質である同時に使用している聖なる武器の相乗効果で強化すればかなり強力な武器になる。

 さらに教会と堕天使の技術協力で作り上げた『聖ゲオルギウスの力を制御する魔法具』を起動させる。なんでもゲオルギウスにただの槍でドラゴンを倒した伝承が残っているのはゲオルギウス自身に『龍殺し』を武器に付加する力があったかららしい。アスカロンもそうして『龍殺し』を付加された剣の一本なんだとか。この魔法具は聖人固有の力を悪魔な俺が使うための物なのだ。

 そんなわけで今量産品の聖槍はアスカロン越え、デュランダルは燃費のいい魔帝剣グラムの聖剣版みたいになっている。序盤で持たせていい武器ではないのは間違いない。……いや、兵藤もこれ以上のチートアイテム持ってるんだし、この世界なら問題ないか。

 ともかく全力モードの準備は出来た。あとはリアスさんをぶっ飛ばしてゲームを終わらせるとしよう。

 

「目標、リアスさん! 兵藤は斬る、他は踏みつぶして進め! 行くぞベイッ!!」

 

 



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25話

「反省会を始めます」

 

 グレモリー眷属とのレーティングゲームの後日、俺達シトリー眷属は面倒なパーティなどをぶっちぎって駒王学園の生徒会室で会議を始めていた。議題は先日のレーティングゲームについてである。

 

「と言ってもゲーム時間自体短かったですし、大して話すことはありませんが。それでも何か思いついたことはありませんか?」

 

 シトリー眷属の反省会は眷属の成長を促すためソーナ姉さんはあまり意見を出さず、出た意見を吟味すると言う形をとっている。ソーナ姉さんにとっても自分にはない視点からの意見もあって勉強になるからこれからもこの方式で行くそうだ。

 なお他とは違って指導者を交えることはできない。下手なことを言ってセラフォルーさまの怒りを買うのは万が一にも御免なので誰も来てくれなかったのだ。正確には当たり障りのない言葉でやんわりと断られている。

 まぁ考えていると落ち込んでくる話は置いといて反省会に意識を戻すとしよう。

 ソーナ姉さんが言った通り、ゲームは開始一分もしない内に決着がついた。グレモリー眷属で俺を止められるだけの火力があるのは兵藤兄弟だけだし、兄の方には弱点攻撃ができるので感情を高ぶらせさえしなければ楽勝。そして弟の方は匙が足止めしていたのだから、城攻めを防ぎきってから一気に殲滅してしまったのは当然の結果だった。

 双方が有する飛び抜けた個人の相性の結果としか言えないので、これの作戦について何か言うのは結構難しいと思う。

 

「なら私から一つ」

 

 そう思っていたらいきなり真羅さんが意見を出した。

 

「眷属の内部で実力差が激しい以上、譲治と匙だけで試合を決めてしまうのも一つの手だとは思います。ですがそれと駒を遊ばせておくのは別だと思います」

 

 そう言って昨日の試合映像を流す。俺が誠二の『燃える天空』――罠を全壊させ城壁を溶かした火精による超高熱の大爆発――を喰らっているシーンだった。

 

「この場面では私が前に出て『追憶の鏡』で防いでおくべきだったとかと。そうすれば反撃が失敗した際に完全な状態で城壁を生かすことができましたし、大威力の反射でリアスさんの戦力を削ることもできました。城の防衛を万全にするためとはいえ、貢献できる箇所で出してもらえず戦力外扱いは心外ですし、これが原因で負けでもしたら会長の評価が下がります」

 

 まぁ確かに戦力の出し惜しみで負ければソーナ姉さんの評価は下がる。ゲームで活躍できないと眷属悪魔はなかなか昇格できないから活躍の場が欲しいのは分かるし、それを抜きにしても問答無用で戦力外扱いは戦士として納得できないだろう。神器の性能的にも、この一戦だけで考えるなら有効な手段だとは思う。

 だがこの意見には俺は反対だ。

 

「俺はその意見には賛成しかねます。真羅さんの『追憶の鏡』はカウンター系の神器。初見の敵にこそ最大の効果を発揮します。真羅さんは映像が残る場で神器を使ったことは一度もありませんし、一目見ただけで看破しそうなアザゼル総督も主にシトリー家、グレモリー家のアドバイザーをやっているのでそうそう情報は洩れません。グレモリー戦では地中の氷を使えばまだ余裕はありましたし、真羅さんは温存で正解かと。

 むしろ俺の最後の突撃こそ反省すべきでした。ゲオルギウスの力の威力を見せすぎ、余所に解析されたかもしれません。兵藤は倒さず威嚇だけして素通りし、リアスさんだけ討ち取る方が良かったでしょう」

 

 サイラオーグさまのとこ、『戦車』が二人とも防御重視で倍加反撃しても決定打にはならないんだけどな。だけど威力特化の『兵士』にならかなりの効果を期待できる。原作になかった運用や成長を見せて対策を考えさせたくなかったから前線は俺と匙だけにしてもらったんだよ。

 その分真羅さんの活躍は減ってしまうが、悪魔の寿命は永いんだしそのうちお礼はするってことで。

 

「ふむ、ジョージの意見も椿も意見も間違ってはいません。一度の戦いで勝利を得ようとすれば真羅の考えで行くべきですし、連戦と言うことを考えるとジョージの言うとおり切り札は温存しておくべきですからね。そのあたりのバランスをとるのが『王』の仕事ですし、参考にさせてもらいます。

 他にありませんか?」

 

「では私が。グレモリー眷属もそうでしたが、硬過ぎる相手に対する攻撃手段がないのは問題だと思います。シトリー家の書庫でも漁って数人でもできる儀式攻撃魔法でも探すべきかと―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――反省点の洗い出しはこのくらいでいいでしょう。次はこれからについてです。

 ジョージ、進行は任せます」

 

「はい。当主さまの話では次の対戦相手はバアル家になりそうとのことです。アガレス家やアスタロト家との知略戦を推す者もいるようですが、どうもセラフォルーさまが癇癪を起さないようソーナ姉さんの援護をする役割が回ってきただけのようですので、これで決定でしょう。予想通りの展開ですね」

 

 これは俺も同じ予想をしていたので意外でもなんでもない話だった。本当にソーナ姉さん、社交界では厄介者だと思われてるんだなぁ、と再確認したくらいだったな。

 だが予想できてなかった奴もいたようで、その中でも真っ先に仁村が質問してきた。

 

「すみません、理由を聞いても構いませんか?」

 

「構いません。要はバアル眷属にフルボッコされて現実を見てほしいと皆さんが思っているんです。ここが相手だとうちじゃ恥かかずに負けることすら不可能だから」

 

 一気に眷属一同の顔が怖くなった。自分たちの夢を絵空事扱いしてるって伝えたんだからそうもなるか。

 あと匙を除いて裏と関係のある武術家や退魔士なんかの家系からスカウトしてきた連中なので、戦闘面では誇りみたいなものを持っている。脆弱な人の身でも人外と渡り合える技術を継いでいるという誇りだ。そのうえで主から分け与えられた力によって普通の人間の弱点である地力すら上昇しているんだから、俺や誠二のような転生者、匙、兵藤兄のような伝説のドラゴンを宿した者のような悪魔社会でも明らかに特別な者(・・・・・・・・)以外に手も足も出ないと評価されるのは我慢ならないんだろう。

 割と高位のはぐれ悪魔なんかも狩ることが出来ていたために自信がついていたのもこんな反応の原因だろうな。

 ま、実際にやり合ってみれば真っ当な手段では越えられない素質の差を嫌でも理解できるだろう。今口で何を言っても無駄だ。

 

「会議を続けます。バアル家とのレーティングゲームはおそらく真っ向勝負を強制するようなルールになると思われます。シトリー眷属には俺と匙を含めて一発逆転が可能な力の持ち主はいないので、これから次のゲームまでの間は徹底的に基礎トレーニングを行い地力を上昇させるのが最善手だと思われます。どうなさいますか?」

 

「勿論、基礎トレーニングは今まで通り行います。ですが一対一を強制するルールはさすがにないでしょうから、少人数での連携訓練を増やすべきでしょう。それよりあなたと匙はどうするつもりですか?」

 

「バアル眷属の個人戦力考えたら現状で連携や戦術鍛えても意味ない気がするんですが……まぁソーナ姉さんの決定ならしょうがありません。

 俺と匙についてですが、学校サボって使い魔の森の中層部でサバイバル生活でもして力に体を馴染ませようかと」

 

 さすがに深層部は『天魔の業龍』ティアマットとか『邪毒蛇』ヒュドラなんかがいるせいで魔王でも下手すれば死ぬ領域なので無理だが、中層部なら出て精々成体になる前かなり立ての高位ドラゴンくらいなので力に慣れるには最適だ。

 おまけに様々な魔物の魔力が干渉し合って天然の迷宮みたいになっていてトラップを掻い潜る訓練にもなるし、研究の試料も手に入る。今の匙がいれば余裕ができるので、訓練とか関係なしに俺が行きたい場所でもあるな。

 だがこの提案はソーナ姉さんには気にいらなかったようである。

 

「学校をさぼるのはやめなさい。私たちは今学生ですし、生徒会の仕事だってあるんですよ? そしてあなたは生徒会の書記です。地位にふさわしい振る舞いをしなさい」

 

「いえそれを言ったら生徒である前にレーティングゲームを間近に控えた悪魔なんですが……いえ、やっぱり何でもないです。大人しく匙で新しい魔法試してます」

 

「そうしなさい。匙は頑丈ですから思いっきりやっても大丈夫でしょうし」

 

「ちょっ、俺が実験台になるのは決定ですか!?」

 

 匙がなにやら騒ぎだりはしたが、他に候補もいないのでこれで決定となった。

 まぁ匙はヴリトラ――この世界の強者ランキング五位の帝釈天(インドラ)に和平条約を結んで油断したところを不意打ちされ、弱点を突かれて倒されても一年後には復活していた邪龍。二天龍を丸ごと神器に封印できた『聖書の神』でも何十にも分割しないと封印しきれなかった存在――を宿してるし、ヴリトラの人格も目覚めてきた。おまけに本人の適性ゆえかヴリトラの力と同化し始めていたりもするので早々死なない、というか死なせられないだろうから的にはぴったりだな。龍殺しの性能もどこまで引き出せてるか分かるし。

 

「では次のゲームまでの訓練について、他に意見はありませんか? ……無いようですのでこれで会議を終わります。お疲れ様でした」

 

 

 



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舞台裏のホーリー
26話


 グレモリー眷属とのレーティングゲームを行ってから少しした頃、俺達シトリー眷属は珍しく全員そろって冥界にやってきていた。

 とは言え特訓で全員で使い魔の森に突撃するために来たわけではない。

 

「お待ちしておりました。ソーナ・シトリーさま。そして眷属の皆さま。こちらへどうぞ」

 

 原作でグレモリー眷属やバアル眷属が呼ばれていた、テレビ収録の為に冥界へ来たのだ。

 原作ではグレモリー家とバアル家がインタビューを受けていたので、おそらく勝利した者たちが呼ばれていたのだろう。この世界ではそうらしいから原作でもそうだったんだと思う。

 プロデューサーに連れられてスタジオに向かい、打ち合わせの後に撮影をした。

 番組の内容は、終始ソーナ姉さんへの質問だったな。

 グレモリー戦はどうだったか。もし城に攻め込まれていればどのように対処するつもりだったか。後日行われるバアル家とのレーティングゲームに向けての意気込みは。今回選ばれた六家の後継者以外で注目している若手はいるか。こんな感じの質問ばかりだったな。ソーナ姉さんも常識はともかく立ち振る舞いはきちんと教えられていたので問題なく過ごすことが出来た。

 ただシトリー家が困る質問もあったがな。

 

「今後の目標を教えてください」

 

 これだ。

 向こうは「勝てなくともバアル眷属に一矢報いる」とか「同じ戦術家タイプであるシーグヴァイラ・アガレスに勝利する」なんかを期待していたのだろうが、ソーナ姉さんはこの前の会合の時と同じことを言いやがった。

 そう「レーティングゲームの学校を作る」なんて夢物語みたいなことを言ったのだ。現状最悪な庶民受けは一部改善されるだろうが、シトリー家と交流のある元人間の上級悪魔なんかは『頭がいいだけのバカ』認定して距離をとっていきかねない。元人間だと時間感覚が純血とは異なるので、会合にいたお偉いさんのように「じきに落ち着くだろう」と長い目(百年単位)で見てはくれないんだからな。

 最悪領地の経済がガタガタになってしまうので、収録終了後即座に爺さまに連絡してその部分はカットして流すように圧力をかけてもらった。もちろんそんなことをしたのがバレればシトリー家もテレビ局もセラフォルーさまから恨みを買いかねないので他の出演者も放送は撮影した物の一部だけに変更だ。あと番組の尺が足りないので負けた家も呼んでインタビューすることになったらしい。この隠蔽工作のために爺さまはかなり私財を使ったみたいだったな。

 

 

 

 

 

 そんな感じで問題はあれど撮影も終わり、さて帰るかとなったときに客が来た。

 

「サイラオーグ、あなたも撮影今日だったんですね」

 

「ああ、ソーナも今日が撮影と聞いて来させてもらった。良い眷属を見つけたようだな」

 

 病気の母がシトリー領で療養していることもあり、近くに来たときは挨拶を欠かさないサイラオーグさまだ。

 俺は前にこの人と会ったことがあるのだが、その時から「実力はあるが覇気がない」と評価されているので良い眷属というのは匙の事だろう。他の奴らは罠を仕掛けたぐらいなので、それの性能や配置が優れていた場合はソーナ姉さんをほめるだろうしな。

 

「あと、うちの『兵士』がソーナの『女王』に用があるらしい。話の為に隣室を借りてある。いつもの魔法具(がんぐ)の事だろうな」

 

「そうですか。ジョージ、行っていいですよ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっす。久しぶり」

 

「久しぶりって言う程か? この間会合であっただろ?」

 

「あの時は話もできなかっただろ? 原作の話聞きたくてさ」

 

 隣室に行くとサイラオーグさまの『兵士』――獅子堂春人、通称ハルト――が待っていた。表向きは俺に対して魔法具の作成依頼を何度も出してきているお得意様になっている奴だ。そいつはカモフラージュの為に持ってきたと思われる書類はわきに置いて、いきなり原作について尋ねてきた。

 ハルトは俺と同じ特別な転生者だ。そして、俺の知る限り唯一の『憑依者』でもある。

 所有者が死んでもその場に残って殺した連中を抹殺しサイラオーグさまの眷属になった神滅具『獅子王の戦斧』の所有者に憑依していたのだ。原作通り正体不明の連中――話の内容的にバアル家の管轄地でこっそり神器所有者狩りをしていた堕天使の下っ端っぽい――に襲われたらしいが、存在を知っていたので殺されるよりも神器の覚醒が早かったので生き残れたんだそうだ。他の神器と違って、レグルスが勝手に暴れてくれたから助かったと言っていたな。

 その後レグルスの勧めでサイラオーグさまの『兵士』になり、サイラオーグさまが母親の様子を見に来るときについて来て以来の付き合いだ。気楽な『兵士』の立場で、原作に関わることも少ないだろうと面白半分で尋ねてくるのでたまに凍らせたくなるが使い魔の森に一緒に資料を採取に行ったりもする友人である。

 

「原作って言っても俺は誠二みたいに兵藤にべったりってわけじゃないからそんなに詳しくは知らんぞ。この間手紙で伝えた以上の情報はなしだ」

 

「その手紙、アスタロト戦「どうにかなると思う」だけで根拠ゼロだったじゃねぇか。たぶん契約で情報そのものは話せないんだろうけどさ、おまえのせいで主人公が原作みたいな異常な育ち方してないだろ? 何か安心できるような情報が欲しいんだよ」

 

 原作の話をしているのに、珍しく真面目な表情だ。外部のお偉いさんであるオーディンも巻き込まれるし、上位神滅具の所有者が関わる最初の事件だからわからなくもないんだけどな。

 あと契約で情報を漏らせないのはこいつの想像通りなので、バアル家の使用人にでも頼んで探らせればわかる程度の情報を渡すとしよう。

 

「シトリー家が昔よくとってた依頼って、女を裸にしたり、心を読んだりする依頼だったんだよ。と言っても実行してたのは家臣で爺さまたちはやってないぞ」

 

「は?」

 

「ただ最近はそんな依頼はすっかりなくなって、それ専門のやつら仕事無くなってたんだけどな、最近どうも連続して依頼が来てるみたいなんだよ。それも同じ相手から」

 

「ッ! 『洋服破壊』と『乳語翻訳』の指導か!」

 

「さあな。内容については黙秘も契約のうちらしくて俺やソーナ姉さんも知らん。依頼を受けてそいつに回した爺さまだけだ。

 あとこれは別の話だが、服脱がすのと心を読むのが専門の奴が「超有望な後継者が見つかった」って喜んでたらしいな。ついでに言うと親類の俺らと歳の近い娘をグレモリー家関係の誰かの侍女か妾として送り込もうとしているらしい」

 

 ちなみにこの技術、魔法使い相手だと簡単に弾かれるし、心が読めるくらいの実力差があれば倒すのは簡単、拘束出来ればより情報を搾り取れる魔法具もあるので外に漏れても問題なしと爺さまに判断されている。だからグレモリー家に盗られても何の反応もなかったんだが、兵藤が使って大活躍してしまうと問題が起こりそうで不安なんだよなぁ。

 ま、そのへんのごたごたは実際に起きてから対処するしかないか。

 ハルトの方はと言うと、神滅具対策があると言うことを聞いて安心しているようだった。いつもの事態を楽しむだけの顔に戻っている。

 

「うん、そういうことなら大丈夫だな。『洋服破壊』さえあれば反転装置あってもどうにかなるだろうし。後の問題はさすが主人公って感じの狂気の領域な精神力でどうにかするだろ」

 

「だな。実際のとこアルジェントの力を増幅させて反転したってお偉いさん方なら普通に防ぎそうだから心配なんかするだけ損だ」

 

 オーディンだってだてに『魔術の神』を名乗ってる訳じゃないからな。いくら神滅具で強化したと言ってもベースが普通の神器じゃ致命傷を負わせられるわけがない。

 アスタロト戦での事件はそこそこ強いやつが削れて非常時に動ける奴が減ればラッキーくらいのデモンストレーションじゃないかと俺は思ってるしな。そこまで気にしなくていいだろ。

 

「いや助かったぞ。これでしばらくは戦争の心配しなくて済みそうだ」

 

「気にするな。これくらいだったらそんなに対価はとらねーよ。次のレーティングゲームで加減なしで来てくれれば十分だ。サイラオーグさまにそう言っといてくれ」

 

 ソーナ姉さんは一度でいいから思いっきり負けておいた方が良さそうだしな。というか種族の差ってものを実感しておいた方が良い、が正しいか。その相手にバアル眷属は絶好の相手なんだから是非とも思いっきりやってもらわなくては。

 

「うちのキングはそっちに借りがあるもんな。手加減しかねないし、伝えておく。シトリーの『女王』からの要請だって言えば納得してくれるだろ」

 

「頼んだぞ。じゃそろそろ王様んとこに戻るか。そろそろあの人たちの話も終わってそうだ」

 

「そうだな。なら続きはレーティングゲームの後ってことで」

 

 



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悪神望むラグナロク
27話


 アスタロト戦での事件だが、原作の裏が多少判明しただけで原作通りに解決した。

 そう『原作通り』に解決、だ。兵藤の寿命が『覇龍』で大幅に削れたのも含めて原作通りである。暴走はアルジェントが単独で止めたけどな。

 アルジェントが狙われた時の対策としていくつか誠二に魔術は教えておいたんだが、結局転移させられたアルジェントを回収して落ち着かせる前に『覇龍』を使ってしまったんだとか。早とちりした兵藤は恥ずかしがっていたが、塔城がいれば寿命は戻せるしシャルバ・ベルゼブブを犠牲ゼロで追い払えたんだから悪い選択ではなかった。まぁ誠二とコンビで戦えばそれで十分だった可能性もあるが、結果は出ているのだからこれで良しとするべきだろう。

 で判明した『原作の裏』だが、なんでオーディンなんて大物がグレモリー眷属なんていう政治的には大した意味を持たない連中を助けに来たかが分かった。

 まぁ実際のところ、ただの野次馬根性だったらしい。余所の神話体系の内ゲバ、それも外部の神滅具所有者まで協力している事件なら間近で眺めたい。だけどあくまで観客として来ているから結界を通り抜けて観覧には行けない。だから他に結界内に転移しようとするやつを証拠を残さず誰がやったかは分かるように妨害し、アザゼル総督を強請って半ば無理やり協力を要請させたらしい。さすがは北欧の主神、例え巻き込まれようと自分がやられるとは全く考えていないらしい。そう出来るだけの実力があるからこその行動だろうけど、置いて行かれた護衛――今回連れてきていたのはロスヴァイセではなく別のやつ――は涙目だな。

 原作のロスヴァイセ同様左遷不可避。なにかしら目立った行動をしないと負い目を感じるどころか思い出してすらくれないだろう。そんな状況だし誰か引き抜き交渉くらいはしただろうが、どこからもそう言う話は聞こえてこないので失敗したんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、話は変わるが俺達シトリー眷属の状況だが、(見ていて面白いからと言う理由で)日本の神との対談の為に来日したオーディンの護衛をやっているはずのリアスさんに呼び出されていた。

 赤龍帝もいるんだしまた何か事件でも起きたのだろうと思いつつ向かうと、そこにはグレモリー眷属だけでなくアザゼル総督、コカビエルの時の聖剣使い、見知らぬ堕天使――たぶんバラキエル、グレモリー眷属を避けているせいかこっちも会ったことがなかったヴァーリチームまでいた。

 正直なところ黒歌は信用ならないのでさっさと殺しておきたかったが、全員そろってすぐにアザゼル総督が話を始めたので自重した。

 話を要約するとこういうことらしい。

 

 ・日本の神との会談には案の定妨害が来た。相手はロキ。

 ・ロキは世界強者ランキングトップ10に入る魔物フェンリルを連れている。

 ・『禍の団』のテロ行為のせいでミドガルズオルムを呼ぶと言う名目で引っ張ってくるタンニーンさま、すでにこっちに向かっているライザーさま以外の増援は無理。

 

 まぁ要するに原作通りの展開だった。

 とはいえそう悪い状況でもないし、悪化してないんだから特に問題はないな。フェンリルはグレイプニル抜きでも兵藤とヴァーリが順に死ぬまで『覇龍』使えば倒せるだろうし、フェンリル抜きなら残りのメンバーでも十分に勝機はある。手柄が分散しすぎないと考えれば悪くないな。

 なにより護衛に人を割いて守りを薄くしたら、確実に来る妨害に便乗してテロを増加させた『禍の団』がさらに戦力つぎ込んでそのまま落とされかねない。

 オーディンがやられても世界規模の戦争は起きるかもしれないが生き残るチャンスはある。だが『聖書の神(ものづくりチート)』が死んだと公言した状態でたかがテロ組織(それも最大派閥の重役にスパイを送り込めた)に重要拠点を落とされたら周り中からたかられて確実に滅びる。客には悪いが本来の役目は仲介だけなのだし、撃ち漏らしが出たときは自分でどうにかしてもらおう。

 

「作戦を決めるより先に質問があります。ヴァーリ・ルシファーをアザゼル総督が引き込んでいるのは予想できたことなので構いませんが、その仲間だという者達は信用できるのですか?」

 

 状況説明が終わるとすぐにリアスさんがそう切り出した。その目は完全に敵を見る目で、隠す気もなく黒歌をガン見である。

 これは、まぁ、アレだろうな。三勢力での和平会談のときに来た転生者ユーリのせいだな。

 原作と違って追撃部隊は『理性を失い暴走したはぐれ悪魔』ではなく『はぐれ悪魔とそれに操縦されている暴走した悪魔』と認識していた。なので仙術による罠なんかも警戒して追撃は行われ、ことごとく壊滅とかのでかい被害は出ていない。

 その影響か生き残っている黒歌の同僚だった悪魔が言う眷属としての待遇とユーリの頭から直接引き抜いた情報――むしろユーリの方が黒歌に誘導されて主殺ししたっぽい――から、黒歌は全く信用のできないやつと認識されているらしい。ヴァーリという後ろ盾がいなければ即殺しにかかりそうだ。

 ちなみに俺はこの意見に賛成。ライザーさまがくればフェンリルさえグレイプニルで封じてればロキ相手でも十分に勝機はあるし、正直なところヴァーリチームいらない。戦場から除外したら陣営関係なしに殴りかかりそうだから排除するよう進言しないだけだ。

 

「信用は全くできんな。だがヴァーリは放っておくと間違いなくとんでもないことをやらかすぞ? なぁヴァーリ、お前ここに来たとき俺になんて言った?」

 

「俺達もロキとフェンリルと戦わせろ、許可しなかったら乱入させてもらう、だな。まだ単独でフェンリルを相手に勝利できると思う程驕ってはいないから、黒歌だけ抜けろと言われた場合も全員抜けて邪魔者を効率よく排除できるタイミングで乱入させてもらうぞ。そうなれば実力の足りないやつは死ぬだろうが、まぁそれは俺達には関係ないな」

 

 全く悪びれることなく堂々と言い放つヴァーリ。

 いや、こいつ自身が参戦するのは元々アザゼル総督も狙ってたことだろうから問題ないんだけど、黒歌は勘弁してほしかった。飢え死にしかけてたところを救ってくれた主すら裏切るやつとか全然信用できない。ただ利用し合うだけならともかく、こういった命がかかった場では共闘したくない相手だ。

 

「あー、一応言っておくと、だ。このネコ娘は利己主義者で他人なんざおもちゃくらいにしか思ってないが、命を懸けて共闘するっていうのは好きらしい。日常ならともかく戦場では信用できる奴だとヴァーリも言ってる。責任は俺ら堕天使が持つし、何かやらかしたら誰でも殺しに行っていいから堪えてくれ」

 

「……わかったわ。他に手はないし、私たちはそれで納得しておくわ」

 

 しぶしぶと言った様子だがリアスさんは納得したようだった。

 ちなみにうちの『王』はと言うと、それを黙って見ていた。悪魔側から出した護衛はグレモリー眷属だけなので、こういった話し合いはリアスさんの仕事だから当然のことではある。人間としてみると対外的には地位が上なタンニーンさまや同格であるソーナ姉さんの意見も聞かずに決めるのは変に思えるが、悪魔としては普通の事だからな。

 それに全く口出しせず『手伝い』の立場であればそう危険なポジションにつけられることもないしな。護衛を手伝うことに対する報酬に釣り合わないと判断すれば拒否できるし眷属としてはありがたいことだな。

 

「ならヴァーリの話はこれでいいな。話をロキ対策に移行する。ロキとフェンリルの対策をとある者に聞く予定だ」

 

 この後は原作通りの対策をとる、ということで会議は終了した。

 さてロキとの戦闘までに時間もできたし、俺も個人的に戦闘の準備はしておきますか。まずはロキの情報収集だな。こっちの世界だと神話漁っても神の戦闘法ってあまりわからないし、前世で北欧神話を調べた記憶を魔法具で掘り返しておくか。原作と同じ手しか使ってこないって保証はどこにもないからな。

 

 



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28話

 ――決戦の時刻。

 既に日は落ちて、夜になっている。

 俺と匙、回復と補助以外の能力が死んでるアルジェントの足役をすることになった由良(俺、誠二提案。機動力ゼロ、紙装甲の回復役を放置とかありえん)は他の前線メンバーと共に会談が行われる高層高級ホテルの屋上にいた。

 周囲のビルの屋上にはうちの『王』と残りのメンバー、レイヴェル嬢が配置され、ロキが来たときに用意した戦場に飛ばせるよう準備していた。本気でロキがここで戦うつもりなら端から削られて全く機能しないような準備だが、向こうは自身の戦力に絶対の自信を持ってるようだし、こっちの目論見を看破したうえで乗ってくると推測された――つーかオーディンに断言された――からこうなったんだよな。

 アザゼル総督は原作と同じで会談のバラキエルさんにロスヴァイセさん、タンニーンさまも原作通りの配置についている。

 原作と違う点といえばライザーさまだな。レイヴェル嬢以外の眷属率いて前線で戦うつもりで来ている。

 その戦闘態勢って言うのが独特で、『兵士』が全員鳥に変化し『戦車』『騎士』の背中に二羽ずつ付き、援護をしたり不意打ちに備える、という物なのだ。レーティングゲームではまず使わない、罠などが存在しない戦場でのフォーメーションらしい。

 歳経た悪魔なら人間体以外の姿に成って戦う方が強いと言う純血悪魔はそこそこいるが、百年も生きていないのに動物形態を実戦で使えるレベルまで鍛えてるとこなんて聞いたことがない。セカンドさまのしごきが始まってからじゃ間に合うとは思えないし、以前から鍛えていたんだろう。

 ライザーさま、自分は鍛えるの嫌いだったのに教師適性めちゃくちゃ高いな。原作でも兵藤が半年くらいでライザーさまを追い抜けるだけの才能があるって見抜いてたし、そっち方面に才能があったんだと思う。実はライザーさまはオリ主で、俺らはモブ転生者だって言われたら信じてしまいそうなレベルだ。

 ヴァーリ達は少し離れたところで待機している。もう少し近い方が黒歌が何かやらかしたときに首が刎ねやすくていいのだが、断られてしまったのでそもそもやらかしにくい場所に配置されたのだ。

 

「――時間ね。」

 

 リアスさんが腕時計を見て呟く。

 会談が始まったってことは、すぐにロキが来るな。原作以上の戦力が集まってるし不意打ちしてこないか若干心配だが、この時間までは何もしてこなかったんだから今さらそう言うことはしてこないと思う。

 

「来ました。予想通り小細工なし、連れてるのも今はフェンリルだけです」

 

 精霊魔法を用いれば感知ではトップの誠二が到来を告げた。

 その直後ホテルの上空が歪み始め、空いた大穴からロキとフェンリルが現れた。

 ソーナ姉さんと俺ら以外のシトリー眷属はそれに合わせ、戦場を移すための大型魔法陣を展開する。リアスさんもできればこっちを担当してほしかったんだが、絶対嫌だと言う上に唯一止められるアザゼル総督――入り婿のライザーさま、姫さまとして扱うタンニーンさまでは止められない――も止めなかったので戦闘メンバーなっちまったんだよなぁ……。

 まぁそれはもういい。置いておこう。

 ここでもロキは予想を裏切ることなく、転移に抵抗することはなかった。

 どんな罠があろうと食い破れるだけの戦力を持ってきたという自信がそうさせるんだろうが、原作より大分多い戦力を用意しているのに反応が変わらないとなると少々おっかないな。追加でなにか持って来ていると考えて行動した方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で転移先、現在は使われていない古い採石場に着いた。

 普通なら転移による逃走、及び増援対策として結界が張られるのだが、今回は無しだ。理由は張ったところでフェンリルが軽く爪を振るえば飛んだ斬撃であっさり壊されるだろうから。現在はまだ知らないことになっているが、仮にフェンリルを抑えられたとしても採石場の外にはスコルとハティもいるし、マジで張る意味ないんだよな。

 転移後の配置はヴァーリチームを少し離れたところに飛ばして、こっちは固まってフェンリルを警戒。ロキとフェンリルは転移班程度の実力ではばらけさせるのは無理なので、反応できる程度に距離をとったところに転移させられていた。

 

「逃げないのね」

 

 リアスさんが皮肉げに言うと、ロキは笑ってこう返した。

 

「なぜ逃げる必要があるのだ? どうせ抵抗してくるのだから、ここで始末した後でホテルに戻ればいいだけだ。こういった場では形式を気にして会談には時間はかかるだろうからな。遅いか早いかの違いでしかない。どちらにしろオーディンには退場していただく」

 

「貴殿は危険な考えに捕らわれているな」

 

「危険な考え方を持ったのはそちらが先だ。各神話勢力の協力などと……。元はと言えば、相容れぬ存在が手を取り合う前例を作ってしまったせいで全ては歪みだしたのだ」

 

 バラキエルが発した言葉に、ロキはとても忌々しそうな顔をする。その気持ちは分からないでもない。

 なにせ前例ができた結果が、自尊心の塊みたいな神々の交流だ。今までは接点がなかったから問題は起きなかったが、これからは起きてしまう可能性があるし、下手すれば全神話勢力を巻き込んだラグナロクだってあり得る。「『余所の神話勢力ごときの神』がでかい顔していた」とかで短気な戦神が暴れ出すとかのかなり起きそうなきっかけがあれば十分だろう。

 今までではありえなかったことにオーディンが興味を引かれなければ『禍の団』だって他人事で済ますことが出来た北欧神話勢力からすればいい迷惑ということだな。

 まぁなんでラグナロクを起こす側のロキに言われるのかだけは謎だが。自分以外が原因というのは納得できないとかだろうか?

 まぁ悪魔としてはそうしなければ対処しきれるか怪しいので、いくら迷惑かけようがやめることはないだろうけどな。他に手がないから。

 

「話し合いは不毛か」

 

 お互い何を言おうとやることは変わらない事の確認も終わり、バラキエルも十枚の翼を広げ雷光を纏い戦闘態勢になる。

 

Welsh(ウルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!!』

 

Vanishing(バニシング) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!!!』

 

 兵藤とヴァーリも禁手を発動し、それぞれ赤と白の全身鎧を纏う。

 それを見てロキは忌々しそうだった顔を一転させ、とても楽しそうな表情を浮かべた。

 

「これは素晴らしい! 二天龍がただ一人の神を倒すために共闘すると言うのかッ! おそらく我が初めてだろうなッ! こんなに胸が高鳴ることはないぞッ!!」

 

 超嬉しそうだな。やっぱり会談に反対したのは自分が目立てなくなる可能性が高いっていうのが理由っぽいな。

 そんな気の抜けたことを考えながら、命がけの戦いが始まった。

 

 



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29話

 真っ先にヴァーリが飛び出した。

 純白の翼を広げ、狙いをつけにくいよう空をジグザグに高速で進んでいく。

 地上からは兵藤が背中の魔力噴出口を全開にしてそれに続く。こちらは攪乱や回避を一切考えない愚直な突進だ。

 それらに対してロキは防御魔法陣を全身に展開しつつ、攻撃用の物も同時に展開していく。

 今回放たれたのは、追尾性の高い光の帯だった。光は悪魔の弱点だから選んだんだろうが、小手調べ感が半端ない攻撃だ。

 案の定、それらはヴァーリには全て回避され、兵藤は被弾しながら突き進んでいく。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 十分に近づいたところでドラゴンの翼を広げて跳び上がり、16384倍に強化された拳で殴りつける。

 ロキが張っていた障壁は一撃で全て破壊されたが、ロキ自身には全く攻撃が届いていない。完全に威力を見切られてるな。

 

「――とりあえず、初手だ」

 

 障壁がなくなったところを狙って、ヴァーリが北欧魔術の大規模砲撃を放つ。ロキの耐久力を測るつもりのようで、ろくに収束せず採石場の三分の一くらいを撃ち抜いた。これで底が見えない大穴を開けられるというのはさすがだな。

 

「ふはははは!」

 

 だがロキもさすがは神と言うべきか、砲撃をとっさに展開した障壁で防ぎ、上空に転移したおかげで被害はローブが少々破れているくらいだ。反応も早かったし、俺が戦うなら魔力、魔法は補助程度と割り切って剣や槍で戦った方が良さそうだな。

 一方、兵藤は障壁で転移の時間を稼ぐこともできない威力の攻撃を選択したらしく、ミョルニルを手に取りロキに突きつけた。

 

「……ミョルニルか。トールが渡すわけがないし、レプリカか? それにしても危険な物を手にしている。オーディンめ、そこまでして会談を成功させたいのか……ッ!」

 

 怒りの表情で固まるロキ。それをチャンスと思ったのか、フェイントも入れずに兵藤がミョルニルで殴りかかるが当然躱された。勿論邪な心だらけの兵藤が振るっても雷は発生しなかった。込めたのが魔力やドラゴンのオーラじゃなく、神力だったらまた違っただろうけどな。

 

「ふははは、やはり貴様ごときには扱えないか。驚かせよって」

 

 本来の担い手以外でも使えるよう調整して来ていることを警戒していたのだろう。若干ロキの顔がほっとしているような気がする。

 が、それも一瞬で消えて、攻撃的は表情になった。

 

「そろそろこちらも本格的に攻めさせてもらおうかッ!

 ―――我が僕フェンリル! 神を殺す牙を持つ獣! おまえたちがフェンリルに勝てるというのならかかってくるがいいッ!」

 

 ロキがフェンリルに指示を出す。それと同時にリアスさんが合図を出した。

 

「はいっと」

 

 俺は魔法陣を展開し、そこから亜空間にしまっておいたグレイプニルを取り出す。巨大すぎて取り回しづらいそれを皆でフェンリル目掛けて投げつけた。

 

「ふん、そんなもの効くものか。グレイプニル対策などとうの昔に―――」

 

 ロキはそれを嘲笑い、フェンリルも避けようとさえしなかったが、ダークエルフによって強化された魔法の鎖は意志を持つかのようにフェンリルの体に巻き付いて行く。

 

「オオオオオオオンッ!」

 

 フェンリルは苦しそうな悲鳴を上げ、身を捩じらせるが直ぐに身動きがとれなくなった。

 その上で匙が『漆黒の領域』で力を吸い、『邪龍の黒炎』で焼き、『黒い龍脈』をフェンリルに巻き付け拘束するとともにフェンリルを閉じ込める『龍の牢獄』に吸った力を移して強度を上げていく。これで強化されたグレイプニル対策があろうと内側から抜け出すことはまず出来なくなった。

 俺はその黒箱と匙を氷で覆い、外部からの攻撃がすぐには届かないようにする。あとは戦闘終了までこれを守るのが俺の役割だ。

 まずは手始めに氷をさらに囲むように成長し始めている木を全て凍らせ砕く。

 

「黒歌っ! てめぇはロキの相手が仕事だろうがッ! 余計なことすんな、先に殺すぞ!!」

 

「ひどーい。私はもっと守りを堅くしてあげようと思っただけなんだけどにゃー」

 

「信用が欠片もねぇんだよお前はッ! 最前線で体張ってろッ!!」

 

 文句を言う黒歌を一喝して最前線に追い返す。

 原作知識だとグレイプニルで捕らえたフェンリルはスコルとハティに解放されるが、ヴァーリチームならそれを阻止することくらいならできたはずなのだ。牙と爪はフェンリル並でも、それ以外は大きく劣っているのだからできないわけがない。

 それなのに解放されたということは、フェンリルを手に入れる口実を作るために見逃したと言うことだ。わざわざ『支配の聖剣』も持って来ているし、ロキと戦うことに次ぐ第二の目的が『フェンリルの確保』というのはこの世界でも変わらないんだろう。

 そんなヴァーリチームの黒歌に防御を担当させたら絶対ろくなことにならない。成長させた樹を操って、氷ごと匙を押しつぶしフェンリルを強奪していくくらいはするだろう。

 匙を守るためにも、将来敵になるかもしれない連中に過剰な戦力を持たせないためにも、そんなことをさせるわけにはいかないな。

 こんな感じでいきなり仲間割れを起こしているそばで、ロキは余裕を保ち次の召喚を行っていた。

 

「スペックは落ちるが―――」

 

 ロキの背後の空間が歪み、そこから二頭の狼が現れた。フェンリルには及ばないが巨大な躰を持ち、牙と爪からはフェンリル並に嫌な気配がする。

 

「フェンリルとヤルンヴィドに住む巨人の子、スコルとハティだ。親と比べても遜色ない爪牙を持っていてな。十分に神を葬れるだけの力を持っているのだ」

 

 灰色の毛並みを撫でながら言うロキ。リアスさんを始め何名かが愕然とした表情をしているが、これならまだ十分に対応できる範囲内だ。これとミドガルズオルム・クローンで終わりだといいんだがな。

 

「そして」

 

 終わりではなかったらしい。再びロキの背後の空間が歪みだす。

 現れたのはかなりの力を感じる馬だった。異形ではないが魔法の力は感じるな俺のベイも並のドラゴン相手なら当たり負けしないくらいの力はあるんだが、それよりは遥かに強そうだ。アレは一体なんだ?

 

「我が夫スヴァジルファリだ。元は巨人族の魔法の馬でな、巨人をも上回る力を持っている。我らのコンビネーションを前に貴様らはどれだけ持つかな?」

 

 馬に騎乗し自慢げに言う。虚勢って感じは一切しないな。

 原作の戦力に転生者二人、魔改造ライザーさま、ライザーさまの強化に伴って与えられる力が増大したフェニックス眷属が加わっても戦力の追加がこれだけってことは、相当な自信があるんだろう。実際、ロキの魔法にスヴァジルファリのパワーの組み合わせは厄介そうだ。少なくともミョルニルを投げて当たることはまずないだろう。

 あとは他にも何か持って来ているかだな。原作でもミドガルズオルム・クローンを追加で出してたし、そこでもさらに何か出てくると考えておこう。

 それにしてもグレモリー眷属が静かだな。敵が新しい手札を見せたら一々大騒ぎするやつらだと思ってたんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、えええええええええぇぇぇぇぇッ!!!!!!???? 夫!? 相棒とかじゃなくてッ!? ホモのケモナーか!!?? ハイレベルすぎるだろッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いきなり何言ってんだこいつは。呆けてただけかよ。

 神話読めば獣姦も同性愛も性転換も普通にあるだろうに何を今さら……ってああ、そういえばこの世界は各神話勢力が自陣営の情報を漏らさないために神話とかあんまり伝わってなかったな。前世知識で神話情報あったから忘れてた。

 よく見てみればグレモリー眷属は全員そんな感じでグダグダな雰囲気に包まれている。うちの由良も同様だ。

 それを落ち着かせるためにフェニックス眷属が動いている。そのせいでグダグダな雰囲気がフェニックス眷属まで伝染しているのが現状だ。

 タンニーンさま、ライザーさまの両名が落ち着かせるのは部下に任せて油断なく警戒してくれているのがせめてもの救いだな。

 

「…………」

 

 で、当のロキはと言うと、こっちもグレモリー眷属の反応が気に入らなかったのか不機嫌そうな顔をしていた。怒っていると言うよりふて腐れているような様子だな。誇り高い神として、自分と戦うと言うのに変なところでグダグダになっているのは嫌だったんだろう。

 と思ったら何か悩んでいるような顔に変わった。何か思いついたのか?

 再度召喚を始めた。どうもさらに手札を見せてこの妙な空気を換えようとしているのだろう。

 空間のゆがみから現れたのは原作にも出てきた五体のミドガルズオルム・クローン。明らかに危険そうな咆哮で場の空気は一変する。ロキもまともな反応が返ってきて満足げだ。

 だがこれでは終わらなかった。空間の歪みから八本脚の馬が出てくる。それが十頭。スレイプニルの複製体か。ミドガルズオルムやフェンリルを量産しようとしてるんだから、そりゃこっちも量産するよな。

 

「下僕たちよ、前座は早々に終わらせて『神々の黄昏』を始めるぞ! さぁ、食い殺すがいいッ!」

 

 



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30話

 ロキの指示を受け魔物たちが動き出す。

 耐久力の高い子フェンリルを先頭に、走力の高いスレイプニル・クローン、最後に遠距離攻撃を持つミドガルズオルム・クローンという編成だ。

 片方はリアスさんたちの方へ、もう片方はヴァーリチームの方へ向かっていった。こちらは無視だ。

 まぁフェンリルを匙が拘束している時間が長いほどフェンリルは弱っていくので、たぶん気を見計らってこっちにも不意打ちを仕掛けてくるだろう。油断せずに戦局を見守ることにしよう。

 

「ふん、獣風情がっ!」

 

 タンニーンさまが業火を吐き出す。攻撃力なら魔王級とか隕石並とか言われてるだけあってすさまじく強力な炎だ。攻撃範囲も広く、これなら後続のスレイプニル・クローンとミドガルズオルム・クローンにも大打撃を与えられそうだ。

 

「何っ!?」

 

 だが相手が悪かったのか、子フェンリルが口を開くとそれをほとんど吸い込んでしまい後ろには届かなかった。

 たぶんこっちの子フェンリルはスコルだったんだろうな。太陽を喰らう狼からみれば元龍王の炎であっても食い物ってことか。これが月を喰らう狼のハティのほうだったら効いてたんだろうがな。

 

「火は効かんか。ならこうだッ!」

 

 巨大な尾を振り回し、スコルの横からぶっ叩いた。

 スコルを弾き飛ばした勢いで一回転し、再度火炎放射。今度はミドガルズオルム・クローンを焼き足を止める事にも成功した。

 だがスレイプニル・クローンは宙を駆けて炎を回避しスコルを上回る速度で近づいていく。

 それを空中にいたライザーさまが炎で目隠しをし、誠二とロスヴァイセさん、フェニックス眷属が撃ち落とす。地面に落ちた連中は上手くは飛べないグレモリー眷属が吹っ飛ばして距離をとらせた。

 なおこの時リアスさんも攻撃していたが、他の被弾を無視してでも最優先で回避されていた。原作世界でもこんな調子で最優先で避けられてたからあんまり活躍できなかったんじゃないかなと思う。

 ともあれ最初の、そして一番危険な突撃は凌いだ。さらなる増援による奇襲もバラキエルが警戒してるし、これであっちは大丈夫だろう。援護射撃は全く必要なさそうだ。

 ヴァーリチームも難なく凌いでいた。足止めでは黒歌が活躍したっぽい。気にくわないが戦力としてはやっぱり一流か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、問題のロキ対二天龍の方はと言うと。

 

「ぐふぁッ!?」

 

「くッ、邪魔だそこをのけッ!」

 

「はははははは、二天龍揃ってこの程度か? 拍子抜けだな!」

 

 接近戦を仕掛けようとする兵藤はロキの魔法で一瞬足が止まったせいでスヴァジルファリに体当たりを喰らい弾き飛ばされてダメージを負い、ヴァーリは兵藤が邪魔で大規模な攻撃ができず小規模な攻撃は全てロキに弾かれている。スヴァジルファリがいるせいでドラゴンショット以外の遠距離攻撃ができない兵藤が完全に足を引っ張ってしまっている。

 逆に向こうはコンビネーションが抜群だ。ロキへの攻撃はスヴァジルファリが躱したり兵藤を盾にして防ぎ、スヴァジルファリへの攻撃はロキが防いだり、隙を作って体当たりを当てられるようにしている。

 このままじゃいつまでたっても攻め落とせそうにないな。むしろ先に兵藤が死にそうだ。

 まだこっちに仕掛けてくる様子はないし、ちょっかい掛けて仕切り直しさせるとしよう。

 

「あれくらいならシャツでいけるな。少なくともパンツとかブラジャーは過剰だ」

 

 亜空間から取り出した布にゲオルギウスの力を込める。今回込める力は槍やアスカロンに使われた『龍殺し』ではなく、姫の帯に込められた『ドラゴンを犬のように従える力』だ。これをアルジェントから買い取ったお気に入りだったシャツを結んで繋ぎ合わせて作った帯に込めている。

 いや原作でもすごいドラゴンに好かれてたからもしやとは思ってたんだけどさ、未使用、男性陣、他の女性陣のも色々買い取って比較実験してみたところ、格段に性能が良かったんだよ。実際に着ていた人によって大きく効果が異なるってわかるまでは冷たい目で見られたがやってよかったと思ってる。

 まぁ一部例外―――匙にはアルジェントよりソーナ姉さんのやつの方が効果があった―-―こそあったが、アルジェントの服を使えば大抵のドラゴンは支配できる。ヴァーリだってアルジェントのパンツを被らせれば行動を制限することだってできると思うし、今回の標的ならこれで確実に行けるはずだ。

 

「そらっ!」

「ゴァッ!? ……ぐるぁぁぁぁああああっ!」

 

 リアスさんたちに襲い掛かっていたミドガルズオルム・クローンのうちまだ元気そうな奴を選んで帯を投げつける。帯はグレイプニルと同じように、意志を持っているかのような動きで首のあたりに巻き付いた。

 巻き付かれたミドガルズオルム・クローンは途端にリアスさんたちへの攻撃をやめ、ロキの方へと突っ込んでいく。

 

「何ッ!?」

「やべ、避けれな―――」

 

 兵藤を撥ねてロキから距離をとらせ、スヴァジルファリごとロキを丸呑みにして移動させる。

 ロキを噛もうとしたらスヴァジルファリに弾かれていただろうが、虚を突いて地面ごと飲ませたからどうにかなった。まぁすでに内部で暴れているのかミドガルズオルム・クローンは弾ける寸前だが、それは既にチャージを始めているヴァーリがいるから大丈夫だ。

 

「おのれよくもやったな悪魔風ぜ―――」

 

 腹を突き破って出てきたところをヴァーリの砲撃で迎えられたロキ。これはさすがに効いたのか、ロキもスヴァジルファリも血を流していた。

 

「助かったけどもっとやりようなかったのかよっ!? 八つ当たり喰らえこの野郎!!」

 

 弾き飛ばされた兵藤が体勢を立て直して特大のドラゴンショットで追撃する。

 だがそれはロキが取り出した剣から放たれた炎に包まれあっさりと消滅してしまった。

 

「まだ何か持ってやがったのかよっ!? クソ、なんだその剣は!?」

 

「……なんだ。貴様、グレモリー眷属のくせに知らないのか。てっきりあの失敗作から聞いているものだと思っていたぞ。驚き焦る顔を期待していたのにがっかりさせてくれるな」

 

 ロキはまたスヴァジルファリを見せたときのような不機嫌な表情になった。やはり目立ちやがりの神としては、自慢の品が知られてないとかは嫌なんだろう。

 しかし「グレモリー眷属のくせに」「失敗作」ね。こりゃ持ってるのはあれで決まりだな。

 

「オリジナルのスルトから借りて来たのか? それとも自分でもう一本打ったのか? いずれにせよレーヴァテインとは物騒な物を持って来ているな」

 

 ヴァーリも気づいてたみたいだ。まぁロキが作ったスルトの剣『レーヴァテイン』とサーゼクスさまの眷属に力を制御できない失敗作として廃棄されていたスルト・セカンドがいるって知ってればすぐに連想できるよな。

 まぁ何か分かったからと言って対処が楽になるわけではないんだけどな。効果は見たままの炎の剣だし、威力がヤバいのもロキが切り札として取っておいたんだから察せる。何か全く分からなくてもできることは変わらない。

 俺もフェンリル放っておくわけにはいかないのでずっと援護できるわけじゃないし、ヴァーリはともかく兵藤にはきついか?

 今は見てるだけしかできないが、余裕が出来たらスルトさまの炎に焼かれ慣れてるライザーさまに援護を頼むべきかもな。

 

「白龍皇は知っていたか。知っての通りすべてを焼き尽くす炎を宿した剣。オーディンを殺すために新たに作ったこれを味あわせてやる。有り難く思

「兵藤一誠、お前は援護砲撃と囮に徹しろ。攻撃は俺が担当する」

 

「分かってるよ! お前こそ反撃で焼かれるんじゃねーぞ!」

聞け―ッ!」

 

 

 



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31話

 ロキとの戦闘が始まり、フェンリルを抑えてから数分が過ぎた。

 戦況はロキ、スヴァジルファリ戦以外はこちらが優勢だ。ヴァーリチームは個々の戦闘力が高いから安定して敵戦力を削ってるし、リアスさんたちもスコルに炎を無効化されるせいで決定打に欠けているが、それでも少しずつ敵を減らしている。

 俺の方も隙を窺って仕掛けてくるやつをデュランダルで斬ったり、フェンリルを閉じ込める氷牢に氷柱を生やして弾き返したりしてしっかり守れているからな。

 ただ肝心の二天龍が押されているのがまずい。ロキが健在だとさらに増援を呼ばれる可能性がある。

 まだまだ体力は残っているっぽいのがせめてもの救いだが、要は全力で攻撃しても炎の壁を突破できないから適当に反撃しながら逃げてイラつかせるしかないって言うのが現状だ。

 まぁヴァーリの方は炎を避けながら何か対策を立てる余裕があるみたいだが、兵藤は出来るだけ消耗を抑えながら避けるだけで手いっぱいのようなので、早めに援護に行かないと危ないかもしれないな。

 

「匙の準備が終われば手伝えるんだが――――って、行った傍から終了か。ナイス匙」

 

 見れば『龍の牢獄』から『黒い龍脈』が生えて氷牢に繋がっている。これは全力じゃなくても抑え続けられるまでフェンリルが弱体化したことを表わしている。

 匙の負担が軽減され多少の揺れがあろうと問題なく抑えられ続けるようになったので、本格的に行動ができる。

 まずは氷牢に亜空間から取り出した脚部パーツを取り付ける。氷牢が大きすぎたせいで八つ取りつけたので、巨大なクモみたいになった。

 さらに砲門を取り出して氷牢に接続。とりあえず前後左右上下にそれぞれ三つずつくらいつけとけばいいか。

 これで機動砲台の完成である。匙がフェンリルから流している『神殺し』の力を砲弾に乗せて放つのでロキには効果抜群だ。

 

「二天龍、いい加減飽きて来たぞ? 逃げてばかりではないか? これ以上退屈させると言うのなら下僕相手に善戦しているあちらに相手してもらうとするが。そうだな、手足を端から焼いて楽しませてもらうとしようか。何やらミドガルズオルムのクローンたちはあの回復役の少女が気になっているようだし、喰わせてやるのもいいかもしれんな」

 

「ッ! んなことさせるか! 勝ったわけじゃないのに逃げてんじゃねェぞッ!」

 

 兵藤が怒りと共に本日最大のドラゴンショットを放つ。それをロキは喜々としてレーヴァテインを振るい打ち消した。

 

「ははははは。なんだ、できるではないか。その調子で頑張れ」

 

「舐めんなッ!」

 

 怒りに任せて兵藤はドラゴンショットを乱れ撃つ。それらは全てレーヴァテインの炎で焼かれて消えていった。

 が、悪いことばかりではない。炎がそちらばかりに集中して、反対側は大分薄くなっている。こっち側が薄くなったら砲撃してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何するんだよヴァーリ」

 

「俺が遊んでいる玩具だ。横取りは許さん」

 

 俺が放った『神殺し』の弾丸は炎の壁を突き破りロキに迫ったが、ヴァーリの砲撃によってロキごと吹っ飛ばされた。

 妨害がなければレーヴァテインは弾き飛ばし、ロキに自身にもダメージを与えて戦闘不能にできただろうに邪魔しやがって。結局ダメージは全身が焦げてるくらいで済んじまったじゃねーか。

 

「そう怒らないでほしいんだがな。こちらにも思惑はあるし、あの炎とやつらの持つ抵抗力に対する対抗術式が今完成した。披露してやるからそれで許せ」

 

 そう言ってヴァーリはジグザグにロキへ向かって飛んでいく。

 ロキも吹き飛ばされた恨みか、険しい表情で炎を放ちヴァーリを迎え撃つ。それらは先ほどまでと同じように全て回避された。

 そのままロキに迫るヴァーリ。だがそれを炎の壁が遮る。

 ヴァーリは手元に複雑な魔法陣を展開し、それを通して神器の力を発現させる。

 

Half(ハーフ) Dimension(ディメンション)

 

 宝玉から音声が流れ、ロキを守る炎の壁の体積が半分になった。正確にはロキとヴァーリを遮る部分だけがなくなり、ロキの逃げ場を塞ぐように炎が残っている。

 

「はぁッ!」

 

 ヴァーリの拳がロキを捕らえ、スヴァジルファリの上から吹き飛ばす。自分で出していた炎なので咄嗟に動かしていたが、それでもローブに少し燃え移った。

 スヴァジルファリもロキを殴った勢いで回し蹴りを放ち、ロキとは反対方向に蹴り飛ばした。

 

Divide(ディバイド)

Half(ハーフ) Dimension(ディメンション)

 

 さらにスヴァジルファリの力を半減させ、距離を半分にすることで急接近しスヴァジルファリの力を上乗せした拳で殴りつける。

 これでミンチにならないスヴァジルファリの耐久力はさすがだが、もう戦闘は出来ないだろう。

 

「とまぁこんな具合だ。これ以上は消化試合にしかならないから俺達は帰らせてもらう」

 

 一発いいのをかましてスッキリした様子のヴァーリが言う。

 一発殴っただけで動かなくなったとはいえまだまだ元気なのに勝った宣言もどうかと思うが、攻撃時に出していた魔法陣の構成をみる限りもうロキはヴァーリにとって敵にはなりえそうになかったんだよな。防戦しているうちに完全に解析しきったということか。殴ったことで『半減』の発動条件も満たしたし、これ以上やり合う意味を感じなくなったんだろう。

 まぁレーヴァテインが本来の使い手かそれと似た性質を持つ者の元にあればこう上手くはいかなかっただろうけどな。

 ロキは『聖書の神』と同じで作るのが本領であって、自分で使う、戦うのは得意分野とは言えなかったから数分解析した程度で完封できるような魔法を構築できたんだろう。スルト・オリジナルが使ってたらどんなに対抗術式を用意しようとそれごと焼き払われた可能性が高い。

 

「ここから先はこっちに丸投げか。兵藤への試練か何かか? あとテロリストが神殺しの狼持って行くのはやめてほしいんだが」

 

 責められるのは無理言ってヴァーリチームを参戦させたアザゼル総督のはずだが、テロリストが『神殺し』を手に入れるのを見逃した、となると同盟を組むことになる他の神話勢力のやつに何言われるかわからないんだよ。俺は『女王』として交渉の場とかにも出るし、前線メンバーとして参戦している上に過保護してくれる強力な後ろ盾もない「文句の言いやすいやつ」なので絶対言われるだろうから勘弁してほしい。

 

「それは聞けないな。まぁ後始末はアザゼルがするから気にしないことだ。あとロキについてだが、ライバルには早く俺と戦えるようになってもらわないと困るんでね。半端にダメージを与えたから奥の手を使ってくるはずだ。支援込みでならちょうどいい特訓相手だろう」

 

「き、貴様! 我を当て馬扱いする気か! 許さんぞ!」

 

「別にお前の許しは必要ないさ。トリックスターらしく裏でこそこそしていればいいものを、見せ場にこだわって表に出てくるからこうなる。精々俺のライバルの糧になってくれ」

 

 怒り狂うロキを無視して、ヴァーリはミドガルズオルム・クローンとスレイプニル・クローンを始末し終えて観戦モードのアーサーたちと合流し、ハティを連れて転移で去って行った。

 後には俺と兵藤、そして怒りが限界を超えたのか静かになったロキが残された。

 

「貧乏くじ引いちまったな。ま、しょうがないか。おい兵藤、もっと距離とっとけ。そこだとたぶん巻き込まれるぞ」

 

「え、巻き込まれるって何が、ってうおぁッ!?」

 

 ロキが巨大化し始め、兵藤は慌てて距離をとる。

 兵藤が離れた後もロキは炎と霜をまき散らしながら着ている服やレーヴァテインごと巨大化し続け、タンニーンさまよりでかい女巨人になった辺りで変態は終了した。

 

「赤龍帝、貴様自身には特に恨みはないが、我を踏み台扱いした白龍皇への報復だ。使い手を殺し、器を砕き、魂を燃やし尽くし滅ぼしてやるぞッ!」

 

『相棒、俺がピンチだ。頑張ってくれ』

 

「ここからが本番だ。行くぞ兵藤ッ!」

 

「おうっ! 縮尺がおかしいけどかなり美人だからな! 俺の新技が火を噴くぜ!」

 

 

 

 

 

 



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32話

「まずはこいつだ『乳語翻訳(パイリンガル)』ッ!」

 

 兵藤が謎のポーズをとり、俺の知っているどんな結界系、空間系魔法とも異なる謎の空間を展開する。

 謎のポーズを取りながら技名を叫びつつ発動することでイメージを固め威力を増大させているのは分かるんだが、行動が読める原理が理解不能だ。シトリーの術式の面影くらいは残っているが、個人に合わせた調整と言う範囲ではないくらいいじられていて、最早魔法とか魔力と言うより仙術っぽい構成になっている。魂や精神からじゃなく肉体から情報を抜き取る術だからそんなことになってるのかね?

 

「おっしゃ成功ッ! ジョージ! 悪いが指示出すからその通りに動いてくれ!」

 

「口頭で指示出して間に合うか! とっとと避けろバカッ!」

 

 氷柱を生やして心を読んでいるからとロキから目を放していた兵藤を弾き飛ばす。その直後、兵藤のいた位置に炎が降ってきて氷柱が消滅した。

 

「んなっ!? おっぱいは何もいってなかったのに!?」

 

「炎をまき散らしてるのは自発的な行動じゃなくて、制御しきれなくてそうなってるんだろうよ! 自発的な行動しか読めないんなら油断するな!!」

 

 自分の術ならこのくらいの特性確認してから実戦で使ってほしい。俺だからよかったようなものを、読心術信じて奇襲喰らって自分や仲間が死んだらどうするつもりだったんだ。

 だがまぁ、これでわずかだが情報が手に入った。意識して制御を緩めているんならたぶんそう聞こえていただろう。兵藤が何もわからなかったということは、本当に制御しきれていないだけと言うことだ。持久戦に持ち込んで、タンニーンさまたちがクローンを倒した後で合流してくれれば十分倒せる相手だろう。

 

「兵藤ッ! とにかく粘れ! 攻めるのは皆と合流してからだ!」

 

「おうッ! 持久戦ならひん剥くチャンスが増えるし、俺としても願ったりだ!」

 

「くっ、何を考えてる赤龍帝ィィィィッ!!」

 

 ロキがレーヴァテインを振り回す。人間大のサイズだった時とは比べ物にならない攻撃範囲だ。ほとんど壁が迫ってきてるようなものだな。

 だが対処できない攻撃というわけではない。攻撃面積を広くしたせいで炎の壁はかなり薄くなっている。胸の声を聴いて大きく距離をとった兵藤を確実に捕らえようとしたせいだな。ライザーさまの教育が生きてる。

 

「これならお前貫けるよな!? 任せた!」

 

「オッケー、任された!」

 

 フェンリルの『神殺し』の力とデュランダルのすべてを切り裂くオーラを込めた砲弾に対抗術式を込めて放つ。

 炎の壁に当たった直後は砲弾に纏わせたオーラが炎を退けたが、すぐにオーラが削られ始めた。レーヴァテインもデュランダルと同じく『すべて』を焼き尽くす力を持っているうえに、デュランダルは人間用、レーヴァテインは巨人用の武器なのでその出力差が出たのだ。人間大のサイズで使っていたときとは威力が段違いだ。

 それでもフェンリルの力も纏わせていたので炎の壁を貫通。俺と俺の後ろに隠れた兵藤に迫る炎を払いつつ反撃することに成功した。

 砲弾はロキの腹に命中し、絶息させ動きを止めた。そこに兵藤が畳み掛ける。

 

「本命をくらえ! 『洋服破壊(ドレス・ブレイク)』ッ!!」

 

 腕を突きだす動作と共にこれまた謎の波動が放たれる。

 謎の波動は俺が炎の壁に空けた穴を通ってロキに命中し、上半身の服とレーヴァテインを弾き飛ばした。それと同時に全ての炎の制御が途切れただその場で燃えているだけになった。

 

「なにっ!?」

 

 慌ててレーヴァテインに手を伸ばすロキ。このまま手の届かない位置に飛んでいけば自分が出した炎で焼け死にかねないから物凄く焦ってる。見逃してやる理由はないな。

 腕を狙って砲撃を連射。

 ついでにレーヴァテインの方にも砲撃を放ってみる。

 結果、レーヴァテインに放った砲弾は当たる前に溶けて消え、ロキの腕はズタズタになったがレーヴァテインを確保された。あと服も直していた。まぁそれでもさっきまでより制御能力は落ちているだろう。

 

「クソッ! おっぱいを隠された!!」

 

「それはどうでもいい! それより今のは炎越しでも使えそうか!?」

 

「あー、たぶん無理だ。今のも一気に全裸にするつもりだったのに失敗したし。炎で威力削がれるっぽい」

 

 この謎の波動もレーヴァテインの『すべて』の範囲内か。デュランダルでも同じことが出来るか試してみたくはあるな。

 

「なら俺が炎を剥ぐ。お前はそこに好きなだけ打ち込め。いいな?」

 

「オッケー! 服破くのは任せとけ!」

 

「貴様らふざけるのもいい加減にしろッ!!!」

 

 よーし、その調子で怒れ。そしてどんどん炎の操作を杜撰にしてくれ。反撃しやすくなるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー! ロキ撃破! もう起き上がってこないよな?」

 

「大丈夫だろ。もう三回も起き上がってきたとこ潰したし。突きまわしても反応ないから」

 

 皆が合流してすぐ、あっさりとロキは倒された。まぁ元々フェンリル抜きなら原作の戦力でも十分と判断される程度だったのに加えて、魔改造ライザーさまに同じく魔改造された眷属、俺と誠二っていう転生者も加わったんだからこうなるよな。

 

「なら戦後処理に移ろう。まず会談やってるビルの警備に俺の眷属を戻すとして――――――これとあれ、どうするんだ?」

 

 めんどくさそうな顔でライザーさまが手に持ったレーヴァテインと撃破した魔物の死体、そしてグレイプニルで縛られたフェンリルが入っている氷牢を指しロスヴァイセさんに尋ねた。

 

「悪魔社会ではこういったときは持ってくるよう言われてたもの以外の戦利品は戦ってた連中で山分けするもんなんだが、これ北欧の秘匿技術とかも使われてるよな? 勝手に出した戦力に応じて分配して同盟にひびが入るのも嫌だし、そちらの意見を聞きたいんだが取り次いでもらえるか?」

 

「賢明だな。やはりリアス嬢はいい婿を貰った。とは言え俺は魔物は全てこちらの取り分、秘匿技術が使われていそうなレーヴァテインのみ北欧の取り分と言うのが良いと思う。ミドガルズオルムの情報や戦闘中の反応を見る限りそちらでも把握していなかった物のようだし、これ以上の譲歩は厳しいな。同盟を盾に強請れば何でも応じると思われてはかなわん」

 

 現政府の重役の大半を占める純血悪魔のライザーさまが譲歩を提案し、転生悪魔ながら強い発言力を持つ最上級悪魔のタンニーンさまが譲歩に否定的な意見を出す。『現政府は友好的にしていくつもりだけど、他が納得しないこともあるから限度はある』ってアピールも兼ねてるのかな? そこまで行かなくても多少の印象調整の意味はある気がする。

 

「そのことでしたら問題ありません。警備に着く前に『戦利品はフェンリル含め全て譲る』と言伝を預かっていますから」

 

 あっさり返すロスヴァイセさん。え、フェンリルまでいいの? 神殺しの獣を他人に渡すとか何考えてるんだオーディンは?

 俺らが怪訝な表情をしているのに気付いたのか、慌てて事情を説明しだす。

 

「ああ、その、これには裏もありまして。フェンリルの封印が万が一解かれた時にすぐ襲われるような距離に置いておきたくない、けれど封印が解けた場合はすぐに把握したい、という理由で『同盟を組んだ他の神話勢力に封印の管理を押し付けたい』とオーディンさまは目論んでいたようなんです。ロキが連れてきた魔物はその対価のようなものですね。公式な発言として残すわけにはいきませんので会議の場では伝えられていませんでしたが、三勢力のトップ勢には話を通してあるそうです。ただレーヴァテインのレプリカを作っていたのは予想外でしょうから確認をとらせていただきたいですね」

 

 なるほど。要は自分で爆弾抱えておきたくないって理由で押し付けることにしたわけね。三勢力は主も失って大分弱体化しているから同盟裏切って行動したらあっという間に滅びかねないし、裏切りの心配も薄いから押し付ける先としては妥当なところだしな。うちとしても詰みかけの戦場で敵味方関係なしに蹴散らしうる爆弾を所持しておいて損はないから同意したってとこかな?

 それに現場組としてはありがたい話だ。どうせフェンリルとスコルの管理と研究はヤバ過ぎてお偉いさんがやることになるだろうから、俺らにとっては魔物の死体を全部もらえるってだけの話だし。

 

「そうか。なら魔物は一旦俺が管理し、魔王さま方に確認をとった後に分配するとしよう。それでかまわないか?」

 

「私は構わないわ。ライザーとソーナはどう?」

 

「俺は構わない」

 

「私もです」

 

「ではこれで決定だな。俺は魔物の死体とフェンリルを持って魔王さま方のところへ持って行く。リアス嬢、ビルの警備は引き続き頼む」

 

「わかったわ。皆、会談をしているビルの警備に戻るわよ。宣戦布告もなしに仕掛けてくるところなんてまずいないでしょうけど」

 

 この後はリアスさんの予想通り誰も仕掛けてくることはなく、ただビルの周囲に突っ立っているだけで警備は終了した。

 この世界じゃ大抵の神や英雄はプライドが無駄なくらいあるから不思議なことではないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、あとレーヴァテインの処理のためにオーディンは残っていたのでロスヴァイセさんは近衛クビになってないらしい。原作組の『悪魔の駒』にあの人を眷属にできるほどの余裕はないし、どうするか悩んでた666の知識狙いとかユーグリット対策押し付けれた。ラッキー。

 

 

 




 前話でヴァーリが「支援込みでちょうどいい特訓相手」といいましたが、ヴァーリの知らなかった技を使ったうえ、積極的に攻めず時間稼ぎに徹したのでロキ戦は描写すら省略される完全な作業になりました。

 これに伴い姫島の親子和解イベントは消滅。ただでさえグレモリー眷属の中では成長が遅れているのに、さらに遅れることになりました。
 ただ姫島は

 ・『王』の進退がかかったゲームでも個人的な感情を理由に本気を出さないほど忠誠心がない
 ・男に惚れたらそっち優先で、副官にふさわしいとは言えない
 ・身の程をわきまえず『王』のお気に入りに手を出そうとする
 ・リアスと同じ後方からの砲撃型なのでいなくても問題はない
 ・グレモリー眷属の中では才能に乏しく弱いので、替えが効く人材

なのでうちのオリ主がフォローすることはありません。イッセーの主人公補正に期待しましょう。


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京都旅行はパンデモニウム
33話


 ロキとの戦いの処理も終わりようやく落ち着けてきた頃、次の原作イベントである修学旅行がやってきた。

 欲しがる人が俺以外誰もいなかったので捨て値で引き取ることが出来たスコル以外の魔物の死体の解析をしたかったのでサボることも考えたが、ソーナ姉さんが「ジョージがいないと人手が足りなくなる(意訳:兵藤たち変態三人衆は男子に任せた)」と言うので参加した次第だ。

 というのは建前で、実際は京都での事件で原作キャラに死なれると今後の原作の事件に対応する戦力が足りなくなる可能性が高いからだ。兵藤はリアスさんとそこまで仲良くないのでアジュカさまから『鍵』も受け取ってないので『赤龍帝の三又成駒』フラグが折れてるし、俺ら転生者がいるとはいえこれ以上の戦力低下は避けたい。

 まぁロキ製の魔物は解析したところで実用性のある技術に発展させるまで持って行くには時間がかかるし、悪魔として長生きするコツは「生き急ぎ過ぎない」「明日以降でいいことは先送りにする」だと爺さま達からも言われていたからっていうのも理由の一つではあるんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで今は京都に向かう新幹線の中で防音結界を張って生徒会会議をやっている。

 議題は「確実に覗きに来るであろう変態三人組の対処」だ。

 

「ジョージ、匙、頑張って下さい。以上です。他に何かありますか?」

 

「ちょっ、会長! 俺らに丸投げですか!?」

 

「しょうがないじゃないですか。聞くところによると一誠君は女性の服だけを破壊する技を開発したんでしょう? そうなると女子メンバーは戦力外となりますし、他に手がありません」

 

「そりゃそうなんですけど、あいつら行動的過ぎてどこから覗くか分かりませんし、人手が……」

 

「まぁいいじゃんか匙。俺ら二人で十分だって」

 

 どうにか助力を求める匙を止める。非難するような目を向けられるが、こっちにも考えがあって提案しているんだよ。

 

「ほら魔力を込めて耳を澄ませ。変態どもが騒いでるのが聞こえるぞ。これの罰則って名目で女子の入浴中は反省文でも書かせるなり、作業の手伝いなりさせてればいい。俺らが見張ってれば逃がすこともないだろ」

 

 聞こえてくる声からして騒いでる理由は「旅館でのエロDVD鑑賞会」みたいだからな。機材だのDVDだのを持ってくるのは駒王学園では黙認されることも多いがルール違反だ。しょっ引く理由には困らない。

 

「マジっぽいな。さっそく行こうぜ」

 

「おう。んじゃ、こういうことで構わないですよね?」

 

「勿論です。騒ぎが落ち着く前に抑えに行きなさい」

 

 よっしゃぁ! 面倒なこと一つ安全に片付いた! いくら魔王さまが運営してる頑丈なホテルとは言え、『龍王変化』まで使って妨害しようとしたら倒壊の可能性も出てくるからな。幸先のいい滑り出しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう思ってたのにまた事件が起きた。おのれ天龍!」

 

「しょうがないだろ!? 俺だって好き好んで事件呼んでるわけじゃないんだからさ!」

 

 原作通り京都の妖怪の大将、九尾の狐が行方不明になっていると料亭『大楽』に呼び出されセラフォルーさま直々に伝えられた。原作知識でわかっていたことではあるが、またかと思う気持ちもそれなりにはある。

 少なくとも現地に俺らがいない状況なら、正規の戦闘向きな部隊が派遣され俺らは動かなくて済んだだろうからな。バタフライ効果とやらでちょっとくらい変わってくれたっていいだろうに。

 アザゼル総督は「何かあったら呼ぶから子供は気にせず旅行を楽しめ」と言ってくれたが、大騒動がほぼ確実に起こると分かっているのにのほほんと遊んでいられるか。無茶言うにもほどがあるわ。

 

「おい兵藤」

 

「なんだよ、まだ文句あるのか?」

 

「いや、それはもういい。それより明日からお前ら夜間の無断外出でこれから自由時間なしな。俺らの仕事を手伝ってもらう」

 

「ちょっ!? なんだそれ!? 八つ当たり!?」

 

「お寺、行けないんですか!?」

 

「それはないだろう。私たちはアザゼル先生に呼ばれて外出したんだ。無断外出ではないはずだぞ」

 

「そうよ! それなのに遊んじゃ駄目なんて横暴だわ!」

 

 兵藤に言ったら教会三人娘も騒ぎ出した。つーかあの話聞いた直後に遊びの話か。たいがい図太いなこいつらも。

 

「そう言うことじゃなくてな、まとまって動くための言い訳だ。京都でなんかやらかしてるやつらなら、邪魔になりそうな俺らを先に確固撃破しとこうとか考えてもおかしくないからな。俺もお前らも実力はあっても経験が不足してるし、少人数じゃ足元掬われかねないから提案したんだよ」

 

 特にアルジェントが危険なんだよな。単独戦闘能力ゼロのチームの要であるヒーラー。俺がテロリストなら真っ先に不意打ちで殺しておいてから事件を起こす。その次はアルジェントの死で動揺している兵藤あたりが狙い目かな?

 なお俺は神器の効果で常時障壁を展開しているし、匙はヴリトラとの同化が進んでいるせいか凄まじく死ににくく、他のシトリー眷属は優先して排除しなくてはならないほどの価値はないので、実質グレモリー眷属を気遣っての提案だ。

 アザゼル総督もそれを察してくれたのか、話に乗ってくれた。

 

「じゃあ俺の方から生徒会の連中と一緒に無断外出したオカ研の連中を捕まえに行ってたって他の教員には伝えといてやるよ。イッセーが連れ出したってことにすれば違和感はないし、他の生徒巻き込みにくくなるだろうからな。それに一ヶ所に固まっててくれた方が緊急時に連絡もしやすいし」

 

「んじゃ、そういうことでよろしくお願いします。良かったなグレモリー眷属、これで修学旅行中だいぶ安全に過ごせるぞ」

 

「……了解。うぅ、せっかくの修学旅行が」

 

「残念です」

 

「まぁこの事態ではしょうがないか。敵が潜んでいる土地ではまとまっていた方が安全だからな」

 

「ただのエクソシストだった頃の任務でも、少人数で行動して死んじゃった人いたもんね。敵を見つける前に戦力減らされちゃ困るし、そのほうがいいかな」

 

「旅行を楽しめるのも、命あってこそだしね。僕は提案してもらえて良かったと思うよ」

 

 実戦経験の多い剣士三人は勿論、実戦経験と危機意識の薄い二人も外堀を完全に埋まっているので納得してくれたようだ。正直、集団行動が必要な奴こそ理解していないっていうのは心配になるが、その辺の教育はリアスさんの仕事だ。将来それで大事になっても俺は知らん。

 

「ま、この事件の解決に貢献できれば京都旅行くらいいつでもできるようになるし、修学旅行で遊びたかったら卒業した後でもう一回学校通いなおせばいいさ。麻帆良とかおすすめだぞ。駒王学園より認識疎外結界がきつくてかなりカオスなことになってるからな」

 

 ちなみに麻帆良は通称『ヤキトリ先生』で知られるある魔法の副作用で人外となった高名な魔法使い―――現在は研究の為堕天使陣営に所属―――が完全な人間だった頃、教師をやっていたこともあるらしい。馬鹿でかい樹が結界の中心だし、どこかで聞いたような学園だな。

 

「……なんか修学旅行の楽しさが減りそうな提案だな。一回しかない高校の修学旅行だからこそ思いっきり楽しめるっていうのに」

 

「そう考え方もあるな。まぁ今後どうするかは各々自由に決めればいいさ」

 

 『王』の許可なく拠点を変えるわけにはいかないが、ソーナ姉さんやリアスさんはその辺で制限かけてくることはあんまりないだろうからな。やりたいと言えばさせてもらえるだろう。

 選択の余地があるのならどうするかはその時に決めればいい。悪魔になったおかげで、時間はたっぷりとあるんだからな。

 

「話は終わったか? ならそろそろホテルに戻るぞ。ホテルは駒王学園ほど強力な認識疎外結界張ってないから、長時間外出してると一般人の教師に事情説明するの面倒なんだよ」

 

 本気でめんどくさそうなアザゼル総督が言う。長引いたとしても説明するのは教師ってことになってるアザゼル総督に押し付けられるので俺はどうでもいいが、ここにいる意味もないのでさっさと戻るか。

 

 

 

 

 

 

 



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34話

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行二日目、なんだかんだ言いつつも生徒会の仕事をこなしながらの修学旅行を楽しむ兵藤たちと行動していると、昼を過ぎたころに京都の妖怪の女性がやってきた。兵藤たちは身構えたが、向こうに戦意は無いっぽい。

 

「私は九尾の君に仕える狐の妖でございます。グレモリー眷属の皆さま、先日は誠に申し訳ございませんでした。我らが姫君もあなた方に謝罪したいと申されておりますので、どうか私について来て下さいませ」

 

「ついて行くって……どこに?」

 

「我ら京の妖怪が住む―――裏の都です。魔王さまと堕天使の総督殿も先にそちらへいらっしゃっております」

 

 グレモリー眷属は昨日の自由時間に襲撃されてたらしいし、そのことでの謝罪か。となると俺らシトリー眷属はホテルの警備で待機か。呼ばれてもないのに行くわけにもいかんしな。

 

「シトリー眷属の皆さまもどうかご同行くださいませ。お二方から連絡事項があるそうです」

 

 そう思ってたら俺らも呼ばれた。ホテルの警備ゼロにするのはどうかとも思うが、半端に警備残して狙われる理由になっても困るし、泊まってる生徒の中にも戦闘力があるのがいくらか混じってるから放置でいいかと割り切ることにしよう。

 

「わかりました」

 

「ではすぐに向かいましょう。こちらです、ついて来て下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてある寺院の片隅に設置された鳥居を通り、妖怪たちの住む異界にやってきた。原作では金閣寺だったと思うが、やっぱり入り口はそれなりの数あるみたいだな。

 薄暗く独特の空気に満ちた空間。そこに並ぶ古い家屋群。そして住民たちが俺たちを迎えてくれた。

 

「ここが京都に住む妖怪の多くが身を置く場所です。私たちは裏街、もしくは裏京都と呼んでいます。悪魔の方々がレーティングゲームに使うフィールド空間があると思いますが、あれに近い方法でこの空間を作っていると思ってくれて構いません」

 

 レーティングゲームのフィールド空間に近い方法と言っているが、京都と魔術的に繋いだり、それを長期間維持したりと言ったことに悪魔には違った技術も多く使われているんだろうな。ちょっと気になる。

 そんなことを考えながら、好奇の視線を向けてくる妖怪たちの纏う妖力を観察しつつ歩いていると、巨大な鳥居が出現した。

 鳥居の奥にはデカい屋敷があり、そこに着物姿のセラフォルーさまとアザゼル総督、あと豪華な着物を着た狐耳の幼女とそのお付きっぽい人がいた。この幼女が九尾の姫の九重か。

 

「お、来たか」

 

「やっほー、皆☆」

 

 俺たちがセラフォルーさまに挨拶を返している横で、案内をしていた女性が九重の前に出る。

 

「九重さま、皆さまをお連れしました」

 

 それだけ言って彼女は炎を残して消えた。

 九尾の姫さまはグレモリー眷属の前に一歩出てきて口を開いた。

 

「私は京都に住む妖怪たちを束ねる者――八坂の娘、九重と申す。

 先日は申し訳なかった。お主たちの事情も知らずに襲ってしまった。どうか許してほしい」

 

 頭を下げる九尾の姫さまに対し、襲われた教会三人娘と兵藤が困ったような表情で返事を始めた。

 

「ま、いいんじゃないか。誤解が解けたのなら、私は別にいい」

 

「そうね、許す心も天使に必要だわ」

 

「はい。平和が一番です」

 

 と教会三人組。表社会で行われた布教に異端審問や魔女狩り、十字軍、コンキスタドールなどでの暗躍が原因で、異形の業界関係者には三勢力内で最も好戦的で横暴だと思われている教会の出身者―――しかも内一人は教会の後ろ盾である天使―――が事を荒立てる気はないと言っていることに向こうの従者たちはあからさまにほっとしているな。

 

「てな感じらしいんで、俺も別にもういいって。顔を上げてくれよ」

 

「し、しかし……」

 

 いくら重要な存在である天龍とはいえ、何の役職もない小娘の眷属ごときがそれなりの大きさを持つ集団の次期トップにタメ口というのはどうかと思うが、相手は気にしていないみたいだし放っておこう。

 それよりも全面的に許されてしまってかえって気にしてしまっている九尾の姫さまのために助け舟を出させるとしようか。

 

「(おい木場、何でもいいから貰えるよう提案しろ。悪さしたのにお咎めなしって前例作るのは良くないし、向こうが気にして関係が対等じゃなくなるのもまずいからな)」

 

 原作では兵藤が九尾の姫さまをハーレム要員化させて話はついたが、兵藤は一応悪魔陣営の所属なのだ。それなのに他の勢力のトップを愛人とかにしてしまうと、別の勢力からは「同盟の名目で実効支配しようとしている」ように見えてしまう。

 原作終了後に発覚し、それまでの不信感―――事件起こしているのが三勢力の関係者ばかり―――と合わせて暴発。一気に全勢力を巻き込んだハルマゲドンに、って展開もあり得るのでそれは避けたい。

 あとは勘違いで迷惑かけても謝れば問題なし、みたいに思われるのも嫌だな。プライドの高い神族はともかく、そこまで大きくない人外種の集落の連中とかならやらかしそうだ。その時の担当がグレモリー眷属みたいに謝罪を受け入れるとは限らないし、そのせいで交渉がこじれたらことだからな。

 ここにいる上の連中は実務面ではお飾りなので多少現場が面倒になろうと気にもかけないアザゼル総督に、自由人でえこひいき上等なキャラ設定のセラフォルーさまだからな。止めてくれないだろうし、俺から促さないと。

 ただ直接言うと俺と兵藤たちとの間でわだかまりができるかもしれんから木場が言ってくれ。お前、リアスさんの眷属歴この中で一番長いし、リアスさんの代理人としては適役だから。

 

「(ッ、そうだね。立場的に僕から提案した方が良いか)あー、では事件解決後に再び京都の観光に来た際、そちらの人員から案内人でも出していただけませんか? 主であるリアスさまも、彼らも喜ぶと思うのですが」

 

「な、なんじゃ。そんなので良いのか?」

 

「はい。僕らの主は京都が大好きですので問題ないと思います。皆もそれでいいよね?」

 

「「「「もちろん!」」」」

 

「なら決まりじゃ。最高のもてなしも用意しておくから楽しみにしておれ!」

 

 うん、これなら問題も残りそうにないし、上手く話をまとめられたと言えるだろう。

 では本題の方を聞くとしようか。

 

「セラフォルーさま、グレモリー眷属だけでなく我らシトリー眷属も呼ばれたということは何らかの依頼があるということですか?」

 

「うん、それなんだけどね。ここの長の救出に協力してほしいの。これ、魔王命令ね」

 

 契約ですらない救出対象からのお願いではなく、魔王からの『命令』か。これは断れないな。

 

「承知しました。ソーナさまには後ほど報告をしておきます」

 

「あー、ソーナちゃんへの報告は後でいいんじゃない? それよりほら、作戦の方に集中しましょ☆」

 

「いえ、しかし眷属は文字通り主の『駒』。中級悪魔の私はともかく、下級悪魔の匙たちを魔王さまの命令とは報告もなしに行動させるわけには……」

 

 実績を上げ信頼を得た中級悪魔からは人権っぽい物もありある程度の自由が悪魔政府から保証されるが、下級悪魔のうちは契約内容次第では使い捨てても大丈夫な上級悪魔の『所有物』なのだ。魔王さまからの命令とは言えそれを勝手に動かすのを黙って見ているのは『女王』の職務的にできない。

 ま、通るとは思ってないから一応保身のために言ってるだけだがな。主に社交界での立場を守るために。

 

「言わんでいいぞ。ソーナの嬢ちゃんに伝えたら、リアスんとこまで伝わるだろ? そしたら眷属心配してこっちに来かねない。今回は『最低でも龍王クラスの存在を殺さず拉致できる隠れた強敵』を釣るための囮をここのとこ目立ってるお前らやってもらうんだから、ロキの時みたいに年長者が庇って戦うのは無理だ。説得するのも面倒だし、報告は全部済んでからでいい。堕天使の総督が無茶言ってどうしようもなかったって言い訳すればあいつら以外の連中も納得するだろ」

 

「わかりました。そういうことなら従います」

 

 うっし、言質ゲット。他の連中を勝手に動かす傍流の『女王』とか「ソーナ姉さんを『事故死』させて家を乗っ取ろうとしてる」って疑われてもしょうがない感じになるし、避けられて良かった。

 

「なら事件の説明を始めるぞ。聞き逃すんじゃねーぞお前ら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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35話

「まず事情を説明しておこう。いきなり本題に入ってもお前らわけわからんだろうからな」

 

 アザゼル総督は顔を真面目モードに切り替えて話を始めた。

 

「数日前、須弥山の帝釈天からの使者と会談するためこの屋敷を出たらしい。だが会談にはやってこなかったと須弥山側から連絡があってな。どういうことだと調べてみたら八坂の警備をしていた烏天狗が瀕死の状態で見つかったそうだ。そいつはもう死んじまっているが、最後に八坂姫は何者かにさらわれたと告げたらしい。首謀者はおそらく『禍の団』だ」

 

「……なんだか、えらいことになってますね」

 

 兵藤が気の抜けたような意見を言う。えらいことになってるのはいつもの事だろうに、今さら何を言ってるんだこいつは。

 

「ま、各勢力が手を取り合おうとすると、こういうことが起こりやすい。オーディンのときもロキが来ただろ? 今回はその適役がテロリスト共だったわけだ」

 

 アザゼル総督が不機嫌そうに言う。この人は遊ぶのが大好きだから、仕事を作るテロリストは絶対に許さない姿勢だもんなぁ。今も舞妓遊びとかを邪魔されて、はらわた煮えくり返っているのだろう。

 

「九重さま、天狗族の長がお着きになられました」

 

 俺らをここまで連れてきた狐の妖怪が戻ってきた。

 隣にいる山伏姿で鼻の長いじいさんは、古くから九尾の一族と親交の深い天狗の一族の長だと紹介された。さらわれた八坂と娘の九重を心底心配している様子だな。

 

「総督殿、魔王殿、どうにか八坂姫を助けることはできんのじゃろうか? 殺されたり、京都から連れ出されていないことはわかるが、我らでは西洋の術はよくわからん。解析できんこともないが時間がかかり過ぎるんじゃ」

 

「なんでわかるんですか?」

 

 兵藤が天狗の長の言葉に食いついた。

 

「京都の気が乱れていないからじゃよ。九尾の狐はこの地に流れる様々な気を総括して調整する存在なんじゃ。京都は存在自体が大規模な力場じゃから、八坂姫がいなくなれば確実に何らかの異変が発生するんじゃよ。まだその予兆すらあらわれていないと言うことは、八坂姫は無事であり、連れ出されてもいないと言うことなんじゃ。さらった連中も一緒じゃろうな」

 

 天狗の長はそう言っているし、本気で気の乱れが全く感じられないからな。原作通りグレートレッドを呼び出す実験が目的で、八坂姫は拘束されているだけで全く手出しされていないんだろう。

 ていうか拉致されるときに抵抗して大きめの怪我でもしててくれれば、地脈なんかに影響が出て居場所も特定できたんだがなぁ。拘束するにしたって、よっぽど対象の安全に配慮した方法じゃないと影響出て即探知されるってのに。そんな方法を考える方が龍王数体をただ捕獲するより楽って上位神滅具はどんだけ便利なんだって話だよな。

 

「セラフォルー、悪魔側のスタッフはすでにどれくらい調査を行っている?」

 

「つぶさにやらせているのよ。京都に詳しいスタッフ―――京都の妖怪とか京都に住んでた術者の転生悪魔とその主を中心に動かしてるから、京都の妖怪との連携だって上手くいってるもの。ただそれでも情報はほぼゼロ。よほどの腕利きが極少数で潜んでるみたいなのよねー」

 

 苦虫を噛んだような表情でセラフォルーさまが言う。実際嫌な情報だ。龍王クラスを無傷で拘束し続け、捜査網にも全く引っかからないとなると現在動いているスタッフでは捕縛や撃破どころか撃退するのすら確実に不可能だ。俺らが動くか強い連中を呼ぶか、最悪セラフォルーさま自身が戦わないといけなくなる。できれば避けたい事態だからな。

 

「お前らにも動いてもらうことになるだろうな。人手が足りなさすぎるからな。他の強い連中連れてくるとなると人員の選定とか周囲の組織への通達とかで時間かかるから間に合うかわからんし。それにお前らここの所すごい目立ってるからな。テロリスト共なら目的達成のついでに倒して名を上げようぐらいの欲はかくだろうし、無警戒な感じで旅行でも楽しんで首謀者釣ってくれ」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあー、疲れた! いろいろあり過ぎだろ」

 

「匙、天龍と関わった時点でイベントの度に事件が起こるのはよくあることだ。名探偵が旅行に行ったら殺人事件に遭遇するくらいの確率でな。早く諦めて良くある面倒な作業の一つと思って淡々とこなさないと後がきついぞ」

 

 夜、俺と匙は生徒会役員男子用ってことになっている部屋でだらけていた。

 妖怪の里を出た後、グレモリー眷属と共に観光に戻り、ホテルに戻ってからは明日の行動についての会議。会議自体は「明日はアザゼル総督との合流用に転移魔法陣持って、九尾の姫さまの案内で京都観光―――と言う名目の首謀者釣り」であっさり決まった。

 今は女風呂を覗きにいけないように松田と元浜を反省文作成の名目で捕まえに行くまでの休憩時間だ。

 

「? 名探偵の例えは分かるけど、後がきついってなんだ? きついの今じゃね?」

 

「俺らの寿命を考えてみろ。あと一万年はあるんだぞ? それなのに初めの一年でめちゃくちゃ濃い経験積んでみろ。残りが味気なくってしょうがなくなるぞ。酔生夢死って言うのがぴったりな生き死人になるならともなく、今みたいな事件が多発する世の中を求めるようになりかねん」

 

 その最悪の例が原作のリゼヴィム・リヴァン・ルシファーだ。

 神と悪魔の戦争に最も多くの者が参加していた時代を生き、参戦していた戦士が死に過ぎて続行は不可能となった時点で酒浸りの引きこもりに。そのままだらだらとただ生きてきたが、異世界という全くの未知を確認し行動を再開。かつての戦乱よもう一度と言わんばかりに周囲を扇動して暴れはじめた。

 それ以外だとコカビエルもか。あいつも元はシェムハザ副総督同様自由にエロいことをするために組織のまとめ役やってたらしいが、戦争ばっかりやってるうちに戦争中毒になり戦争を再開させようとした。

 今はまともな精神をしていようが、動乱の時代に慣れすぎれば平和な世の中で生きる事は出来ないのだ。俺らが最も警戒しないといけないのがこれだろう。

 

「うわ、そりゃ避けたいな。戦争戦争喚いてる老害にはなりたくないぞ」

 

「だな。だからこういう事件に参加させられたときは、終わった後に手に入るもののことを考えて行動するのが良いらしい。目的と手段が入れ替わらないように気をつけろって爺さまが言ってた」

 

 今は事件を解決し協力体制を築き、俺たち下っ端は報酬を手に入れるのが目的だが、そのうち事件を解決するために事件を探し回るようになり、挙句自分で事件を起こし始める。そうならないためには手段に一々感想を持たず、目的の事だけを考えてこなすのが一番なのだ。

 そう言う意味では兵藤の乳狂いは正解だな。戦闘パートでも乳の為に力を振り絞っているし、さっきの観光も受けた任務など存在しなかったかのように楽しんでいた。これはつまり心の切り替えは完璧ってことで、精神面では文句のつけようがないな。

 唯一の懸念は乳に飽きが来ることだが、アザゼル総督はいまだに飽きは来てないようだし、兵藤もかなりもつだろう。たぶん。

 

「となると俺は学校設立を目指して頑張る感じでいいのか?」

 

「学校設立までで区切るのは問題だと思うが、それ以外はいいんじゃないか? 人材育成って完全な正解が存在しない、いくらでも挑戦し続けられる分野だし。俺も魔法とかの研究始めたのは親から勧められた以上に、上を目指せばきりがない、いつまでも続けていられる趣味だからだしな」

 

 要は永いことチャレンジできる、達成はまず不可能な事なら何でもいいのだ。燃え尽き症候群からの自殺は転生悪魔の死因でもかなりの割合を占めるからな。

 

「ま、面倒なことを考えるのは後からいくらでもできる。とりあえず、今一番やる気の出ない仕事やっとこうぜ。もう時間だ」

 

「ん? ああ、そうだな。変態が覗きに行く前に捕まえてこないと」

 

 時間が余ったのでつい余計な話をしてしまったが、仕事を忘れてはいけない。長寿の悪魔にとってやらなくてはならないことがあるのは幸運なこと。サボる癖をつけてそれを手放してしまうのはもったいない、というのも爺さまの教えなんだからな。

 

 



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36話

 朝から俺たちシトリー眷属はグレモリー眷属と共に九重を連れて京都観光を始めた。

 がこの京都観光、始めからケチがついた。何を考えてるのか、グレモリー眷属どもは一般人の桐生と変態×2がついてくるのを許可しようとしやがったのだ。

 一般人がいちゃ行動が制限されるし、目論見通り俺たちに事件の首謀者が食いついた時人質に取られたらどうするつもりだったんだ。いざって時は敵もろとも斬り捨てる覚悟も決めずにつれてくんなと声を大にして言いたい。言ったら斬り捨て前提で考えてることを非難されて話がおかしな方向に行きそうだったから我慢したが。

 結局俺が三人を魔法で寝かせて、体調不良の名目でホテルに戻して外出を禁止したが、空気が気まずい。少なくとも「観光に夢中で隙だらけ」と言う雰囲気は出せていないな。

 まぁそれでも仕掛けてくるときは仕掛けてくるだろうし、居心地の悪さは無視してそのまま観光を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして昼飯も済みしばらく経った頃、渡月橋に来てようやく接触してきた。

 ぬるりとした感触が足元から広がり全身を包んでいく。

 

「よっと」

 

 無いとは思うが万が一転移からの爆殺みたいなコンボを避けるため、全員を防御障壁で包む。『永久に包まれた幻想郷(パラセレネ・ユートピア)』のような行動制限をかけてくるのとか、『異能の棺(トリック・バニッシュ)』みたいな封印系も防げる高性能な奴だ。

 まぁ結局無駄に終わったが、やらずにいて喰らわなくていいもんを喰らうよりはマシだ。幸いにして魔法力はアホみたいにあるからな。

 転移が終了した後で、観光客がいなくなり、足元に霧のようなものが立ち込めていることに他の連中が反応し始める。確かに駆け出しのうちはそっちの方が効率がいいとはいえ、こんな状況なんだから自分の得意分野だけじゃなく魔法とかも学んで感知できるようにしようぜ。

 

「―――この霧は」

 

 霧を見てアルジェントは察することが出来たようだ。

 

「……この感じ、間違いありません。私が捕まった時、神殿の奥でこの霧に包まれてあの装置に捕らわれたんです」

 

「『絶霧(ディメンジョン・ロスト)』だな。ディオドラの事件でも所有者が加担してたんだろ? なら規模と強度的にまず間違いなくそうだろうよ」

 

 とはいえ全然本気ではないんだろうけどな。他のほとんどの結界系神器ではここまでの物を造るのはきついが、『絶霧』の禁手ならこれをさらに大きく、魔術トラップを仕掛けまくった物も造れるだろうから。

 

「お前ら、無事か?」

 

 空からアザゼル総督がやってきた。転移を使わなかったのは魔術トラップを警戒してか。飛んだ方が付近の様子も探れるってのもあるかな。

 

「俺たち以外はこの周囲からキレイさっぱり消えちまってる。俺たちだけ別空間に強制的に転移させられて閉じ込められたと思って間違いないだろう。……この様子だと、渡月橋周辺と全く同じ風景をトレースして作り出した別空間に転移させたのか? ……つーかほとんどアクションなしで俺ら全員転移させるとか。神滅具はこれだから怖いもんだぜ」

 

 確かに事前に分かってないと反応するのはきつい速度で霧が広がったな。これでどんな結界装置でも作れるんだから壊れ性能にもほどがある。『聖書の神』も自分の適性と似たようなモノだから高性能なの創れたんだろうか。

 

「っと、来たな。お前ら構えとけ」

 

 アザゼル総督に促され、匙たちも戦闘態勢をとる。

 意識をアザゼル総督の見ている方に向けると、複数の気配が感じられた。次いで、薄い霧の向こうから人影が近づいてくるのが目視できた。

 一応、魔法とか込みの感知能力なら負けていないと思うのだが、これが年の功と言うやつか。

 

「はじめまして、アザゼル総督。そして赤龍帝、ヴリトラ、ゲオルギウス」

 

 俺らより少し年上に見える黒髪の青年が前にでて挨拶をしてきた。

 手には聖なるオーラを感じる槍。服装は学生服の上から漢服。こいつが曹操か。

 

「お前が噂の英雄派を仕切ってる男か」

 

「曹操と名乗っている。三国志で有名な曹操の子孫―――いちおうね」

 

 名乗ってるってことは、俺みたいな魂を継いだ者ではなく、襲名者か。いちおうって言ってるのは、三国志の英雄の子孫が集まってる集落の出身で、他の英雄の血も流れているとかそんな理由だろう。

 アザゼル総督が曹操から目を離さず、皆に向けて言った。

 

「全員、あの男の持つ槍には絶対気をつけろ。だが信仰心の強い連中はあまり見るな、心を持って行かれるぞ。最強の神滅具『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』だ。神をも貫く絶対の神器とされてる。神滅具の代名詞になった原物。俺も見るのは久しぶりだが……寄りにもよって使い手がテロリストとはな」

 

『―――ッ!?』

 

 事前に知っていた俺以外のほぼ全員が驚いて槍を注視している。

 唯一の例外は九重だ。槍のことなど無視して曹操に叫ぶ。

 

「母上をさらったのはお主たちか!」

 

「左様で」

 

「母上をどうするつもりじゃ!」

 

「お母上には我々の実験に協力していただくのですよ」

 

「実験じゃと? お主ら、何を考えておる!?」

 

「スポンサーの要望を叶えるため、ということになっています」

 

 涙を浮かべ歯をむき出しにして激怒しながら問いただす九重に、曹操は慇懃無礼に返答する。俺らとしては素直に応えてくれて楽でいいが、九重には我慢ならないだろうな。実力行使できるほど強くないから自制してるけどさ。

 問い詰めるために前に出ようとしていた九重を下がらせ、アザゼル総督が曹操に問いかける。

 

「スポンサー……オーフィスのことか? それでこっちに顔見せたのはどういうことだ?」

 

「実験も最終段階に入りましたので、招待しに来たんですよ。これ以上隠れ続けるのは厳しいですし、下手なところから入り込まれても困りますから。そちらとしても突入時の事故は避けたいでしょう?」

 

 曹操は俺の方を見ながらアザゼル総督に返事をした。

 まぁ確かに八坂姫を使って京都の気を操り始めたら異空間にいようと存在する座標を割と簡単に見つけられる。上手く気を操作するために、魔法的な意味で離れた場所には連れていけないからな。

 そうなれば『絶霧』で造った結界の中にいようと、『すべて』を切り裂く力を持つデュランダルを俺が使えば乗り込むことはできる。それも八坂姫がいる場所に直接だ。

 英雄派としても実験に必要な存在を取り返されるわけにはいかないから、実験場から少し離れたところに招待しようと考えたんだろうな。

 でこちらとしてもメリットはある。八坂姫のところに繋がる穴を空間をデュランダルで切り裂いて作ると、運が悪いとその斬撃で八坂姫の首を落としかねないのだ。ただ斬りつけてしまっただけなら命に別状はないだろうし、まず起きはしないことだが、『絶霧』越しではそこまで細かくは感知しにくいので起きないとは言い切れない。

 俺としてはこの話に応じてほしいところだな。

 八坂姫を殺してしまって協力提携失敗の原因になりたくはないし、向こうの連れてきた人員に子供はいないのでここでやり合っても『魔獣創造』のレオナルドを討ち取ることはできない。

 英雄派で換えの効かない人員は頭である曹操ではなく、発見を困難にし神出鬼没の移動を可能にするゲオルクと大量のモンスターを作り戦力分散を強制することができるレオナルドだ。特にレオナルドの方は未熟なので、魔力や魔法による洗脳で誰でも利用することが出来てしまう危険物。この二人を倒せるチャンスというならともかく、そうでないなら無駄に戦闘要員と戦って戦力低下の危険を冒しては欲しくない。

 

「……いいだろう。招待に応じてやる。八坂姫を手荒に扱うんじゃねェぞ」

 

「それは勿論。彼女は万全の状態でなくてはこちらの望む結果を出せるとは思えませんので。では最後に一つ」

 

 ほんの少し悩んだようだが、アザゼル総督は曹操の申し出を承諾した。受けるメリットは分かってるはずなので、悩んだ理由は慇懃無礼な態度がムカついて素直に応じるのが嫌だったとかだと思う。

 曹操が九尾の姫の安全を告げた後、連れてきていた連中が前に出てくる。

 

「こいつらは一応英雄派のメンバーでね。実力はうちの組織では中の下程度しかないんだが、『人間の敵を倒し英雄となる』っていう英雄派の目的に心から賛同してくれている者たちだ。スポンサーの意向もあるから作戦に参加させることはできないが、俺としては彼らにもチャンスがあってほしいと思ってね。そちらにとっては意味のない戦いだろうが、悪いが付き合ってもらうぞ」

 

 そう言うだけ言って曹操は霧に包まれ転移していった。

 同時に英雄派の連中が神器を発動し突っ込んできた。

 

「うおおおおおぉぉぉぉっ!」

 

「死ねぇえええええええッ!」

 

「俺らは化け物じゃないッ! 英雄に、なるんだッ!!」

 

 あまりに必死な形相に、経験豊富なアザゼル総督以外の連中の反応が遅れる。

 が、作戦に加われない程度の奴だけあって反応が遅れた程度で負けはしない。あっさりと撃退することが出来た。

 撃破しきると同時に霧が立ち込め始める。

 初戦はクリアできたので一旦解放ということか?

 それにしたってこっちに被害がなさすぎる。この程度の戦いでは、こっちの戦力の確認すら向こうはろくにできていないだろう。今の人員も他の作戦でなら使うことはできただろうし、何が目的で突っ込ませたかが全然わからん。

 あれか、本気でチャンスを与えたかっただけとでも言うのか?

 部下のガス抜きと考えればなくはないんだが、いまいち信じられん。なにかある気がするな。

 

 

 



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37話

 曹操たちが作った空間から解放された後は、警戒を続けたまま修学旅行に戻った。

 すると時間の経過と共に、京都中に満ちていた気が二条城の方に流れていくよう調整されていくのを感じることが出来た。原作と違う言動を取っていたので、転生者にでも入れ知恵されて余所でやるかもと思ったがそれはなさそうだな。

 このまま原作通りに進んで、ゲオルクかレオナルドを撃破して英雄派を瓦解させられればいいんだが、さてどうなることか……。

 

 

 

 

 

 就寝時間間近になって、敵の実験場が二条城であることが『怪しい』から『ほぼ確実』になったので、作戦会議をしてから出発することになった。

 ただなぜか会議をする場所が兵藤が泊まってる部屋。八畳一間にこの人数というのは少々窮屈だ。なぜもっと広い部屋を会議用に確保しておかなかったんだろうか?

 セラフォルーさまと共に大場をとっていて窮屈さはあまり感じていないであろうアザゼル総督が、部屋の中心に敷かれた京都の地図を示しながら話し始めた。

 

「では作戦を伝える。現在、二条城と京都駅を中心に非常警戒態勢を敷いた。この指揮はセラフォルーが取る。京都駅を中心に行動していた悪魔、堕天使を総動員して怪しい輩を探っている。京都に住む妖怪も協力してくれているところだ。いまだ英雄派は動きを見せないが、京都の各地から不穏な気が二条城を中心に集まっているのは計測できている。九尾の御大将は京都の気脈を司る存在だから、間違いなく英雄派の仕業だ。やつらはこれで『実験』をするつもりなんだろう」

 

「『実験』って……なにやらかすつもりなんですかね、あいつら」

 

「わからん。気っていうのは純粋なエネルギーだからな。用途が多すぎて何の実験をするつもりなのか絞りきれん。ろくでもないことなのは間違いないだろうな。それを踏まえたうえで作戦を伝える」

 

 アザゼル総督が由良たちの方を向く。

 

「まずはシトリー眷属女子組。お前たちは京都駅周辺で待機。このホテルを守るのもお前たちの仕事だ。一応このホテルには強固な結界を張ってるから、有事の際でも最悪の結果は避けられるだろう。それでも不審なモノが近づいて来たら、お前らで当たれ」

 

「「「「はい」」」」

 

 由良たちはなぜかほっとしたような顔で返事をする。

 次にアザゼル総督は俺たちの方を向いた。

 

「イッセー、木場、ジョージ、匙。いつも悪いが、お前ら四人はオフェンスだ。このあと、二条城の方へ向かってもらう。今までと違って、敵の戦力は未知数だ。危険な賭けになるかもしれないが、優先すべきは八坂の姫を救うこと。それが出来たらソッコー逃げろ。奴らは八坂の姫で実験をすると宣言してるくらいだからな。あの曹操の言動からして、虚言って感じでもなかったしな」

 

「お、俺たちだけで足りるんですか?」

 

 兵藤が慌てて問いかける。前線で体張るやつの意見は大体同じだな。戦力が多いに越したことはない。せめて増援から何人かつけてもらいたいものだ。

 

「安心しろ。テロリスト相手のプロフェッショナルを呼んでおいた。各地で『禍の団』相手に大暴れしている最強の助っ人だ。そいつが加われば奪還の可能性は高くなる」

 

「助っ人って誰ですか?」

 

 木場が訪ねる。

 

「予想してたより強くて器用な奴が来てくれることになった。もうこいつ一人でいいんじゃないかってレベルの奴だとだけ覚えとけばいい」

 

「いや、教えてくださいよ。敵の増援と勘違いして攻撃してもいけないし、いくら増援が強かろうが一撃くらえば死にかねない相手とやり合うんですから油断もしないと思いますし」

 

 兵藤なんかはアザゼル総督が太鼓判押してるってだけで信用したようだが、俺としては是非とも答えてほしい。ここで原作とのズレが出て妙なことになって欲しくないのだ。

 

「わーったよ。お前らの驚く顔が見たかったって言うのにつまんねーこと言いやがって。来るのは須弥山の闘戦勝仏と『西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)王龍(ウーロン)だ。西遊記で有名なやつらだからイッセーでも知ってるだろ?」

 

 良かった。ここで原作とのズレは出てないか。というか案の定隠してたのは遊びでか。

 まぁ気持ちが分からないではないけどな。

 この世界では元の世界ほど神話が知られていない。主神クラスの連中の名前と、広告塔である英雄の伝説くらいだ。そして伝説で知られるような英雄はほとんどが死んでいる。その数少ない例外が孫悟空なのだ。

 知らずに会えば兵藤ならさぞ面白い反応を見せてくれただろうからな。

 

『あの石猿と馬か。まぁあいつらなら不足は無かろう』

 

「! 久しぶりに修行以外で喋ったな。ヴリトラの知り合いなのか?」

 

 匙が自分の影から生えた黒蛇に驚く。ヴリトラって本当に戦うこと以外に興味がないのか、日常生活で話をすることはまずないから俺以外のシトリー眷属も驚いてるな。

 俺は修行中の教育熱心なヴリトラばかりをよく見てるんで、急に話しかけたことには驚けないんだがな。『我が分身』とまで言う相手が全力で戦う時は補助具に頼るのは情けなくて嫌なんだそうだ。なお補助具がパンツであることについては大して気にしていないらしい。さすがは邪龍というべき周囲の評価への興味の無さだな。

 

『かつて丸呑みにしてやった奴の部下だ。あれの下と言う時点で全盛期の我より劣るのは確実だが、現状の我が分身たちが束になっても勝てない程度には強い。戦力として期待してもいいだろうな』

 

「あー、ちょっと待ってくれ。お前の言ってる孫悟空の上司って誰だ? まさか帝釈天じゃねぇよな?」

 

『いやそいつだが?』

 

「マジか!? お前あいつに殺されたんじゃねーのかよッ!?」

 

 おお、珍しくアザゼル総督が原作の事件以外で動揺してる。

 

『確かに止めは刺されたな。だがその前に我があいつを丸呑みにしてやった。諸仏に介入されなければやつはそのまま我が血肉になっていただろう。それに止めを刺されたと言っても一年あれば復活できる程度だ。我が奴を喰えぬよう契約を持ちかけてきたヴィシュヌと、我に気付かれることなく倒されるたびに少しずつ神器に封じていった『聖書の神』にしてやられたとは思っているが、奴にやられたとは全く思えんな』

 

「マジか……とんでもないこと聞いちまったな」

 

 アザゼル総督が楽しそうな表情を浮かべる。セラフォルーさまもだ。何かよくないことを考えてる顔だな。

 

「楽しそうっすね」

 

「まぁな。今度会った時、このネタでからかってやろう。失敗談知られたからって口封じなんかしようとしたら、かえって広まって恥の上塗りになるよう準備してからな。他にはないのか?」

 

『他か? そうだな、例えばその時の契約で須弥山の半分は我の物となっている。それもかなり重要な部分を含めてな。契約の隙間を突かれて殺されはしたが、契約自体は残っているから、今のあいつは借家住まいだ。我に『出ていけ』と言われれば、ヴィシュヌも介入してくるので出ていかざるを得ない立場にある』

 

 ヴィシュヌが契約を結ばせたから、ヴリトラの所有権の正当性については保証してもらえるってことか。たしかこの世界の強者ランキングでもヴィシュヌは帝釈天より上位だったし、契約を反故にすることはできないんだろう。須弥山の技術には興味があるし、今度匙とヴリトラに売ってもらえないか交渉してみようか。

 

「がははははっ! なんだおい! しまんねぇなぁあの爺さん! 他には!?」

 

『そうだな。ではメーガナーダに『インドラに打ち勝つもの(インドラジット)』と名乗られるようになったとき話は……』

 

「おいヴリトラ。話が進まないからその話は後にしてくれ」

 

『む、そうだったな。これが終われば英雄の末裔共を焼きに行くのであった。早く済ませて向かうとしよう』

 

 話に熱中し始めたヴリトラを匙が止めた。アザゼル総督は不服そうだが、ごねないところを見ると後で聞きに行くつもりだな。前世の知識と違うとこがないか気になるし、俺も一緒に聞きに行こう。

 

「あー、じゃあ話を戻すか。教会三人娘はオフェンス四人のフォローだ。前線まで付いて行って、回復役に徹しろ。ゼノヴィアとイリナはアーシアの護衛だ。アーシアはメンバーの生命線だからな、死んでも守れ」

 

「「わかりました」」

 

 アルジェントと紫藤が揃って返事をする。ゼノヴィアはなぜか不服そうだ。

 

「アザゼル先生、私には七本中六本を統合したエクスカリバーがある。便利な武器を持てない間に技術も大分伸ばせたと思う。それでもオフェンスには回らせてもらえないのか?」

 

 なるほど。妙に自信がありそうだと思ってたが、教会からエクスカリバーもらってたのか。原作では渡してもらえたのはデュランダルを活用するためだったと思うが、こっちでは『禍の団』相手に成果を上げたからとかそのへんか?

 

「ダメだな。まだ渡されたばかりで使いこなせているとは言い難いし、技術を伸ばしたと言っても攻撃系ばっかりだ。ほとんどエクスカリバーの能力を活用することはできないだろ。おおかた、他のエクスカリバーの聖なるオーラを『破壊の聖剣』に回して使ってる状態なんじゃねーのか? ジョージがそれとデュランダルを交換してくれたら、伸ばした技術もフル活用できて戦力としてカウントできるんだがそれじゃあ無理だな」

 

「そうですか……。わかりました、アーシアの護衛に徹します」

 

 ゼノヴィアはこちらに一瞬視線を向けた後、アザゼル総督の指示を受け入れた。交換してほしいと思ったが、無理だろうと考え言い出さなかったみたいだな。

 大正解だ。『支配の聖剣』抜きのエクスカリバーにデュランダルと釣り合う程の価値はない。無駄な問答を省けて良かった。

 

「でこれはあまり良く無い知らせだ。―――今回、フェニックスの涙は二つしか支給されなかった。普段から一人ひとつは持たされてるグレモリー眷属にはわかりにくいかもしれんが、テロのせいで需要が急増して品薄状態だからな。これはオフェンスチームに一個、サポートチームに一個支給する。誰が持つかはそっちで決めてくれ」

 

「わかりました」

 

 俺が代表してフェニックスの涙を受け取る。

 

「俺は京都の上空から奴らを探す。各員一時間後までにはポジションについてくれ。怪しいやつを見つけたら、即連絡をとれ。作戦は以上だ」

 

 

 

 

 



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38話

 作戦会議も終わり、まずセラフォルーさまとアザゼル総督が退室した。

 次いで俺も退室しようとする。匙が被るパンツはあいつに持たせているが、制御を補佐しパンツを隠すための呪符は俺がまかないといけないからな。巻き方にも魔法的な意味があるから匙に「自分で適当にやれ」と言うわけにもいかないしその準備が必要だ。

 そのタイミングで巡たちが話しかけてきた。

 

「ちょっといいかな。皆に聞きたいことがあるの」

 

 なにやら深刻そうな表情だ。無視するわけにはいきそうにないので、再び腰を下ろす。

 

「で、聞きたいことってなんだ? 時間がないから手短に頼むぞ」

 

「……どうしてあの人たち相手に戦えるかを聞いたいの。だって下位の魔物や理性がなくなったはぐれ悪魔と違って話は出来るし、洗脳されて戦わされてるだけって聞いてるもの。昼間の人たちだって、あそこ以外行くところがないから、あんなことをするようになっちゃったんでしょ? 正直なところ、敵って割り切ることが出来なくて……」

 

 辛そうな顔で巡が言う。

 その顔を見て俺も一つ思い浮かんだことがあった。昼間、曹操が人員を無駄に消費して俺たちにぶつけてきたときに感じた違和感だ。あれは、これの事だったのかもしれない。

 原作では、兵藤たちは自分より格上の連中が相手だろうと何度も勝利を収めてきた。神滅具の持つ強大な力を乳をきっかけに引き出しての勝利だが、力を引き出せたと言うのは強靭な精神力の証明でもある。

 だがこちらの世界では、コカビエル戦では俺、誠二が参戦。レーティングゲームは砲撃撃った後は俺の一騎駆けで終了。ロキ戦も原作の戦力で十分だと言われていたのに、転生者に加えて魔改造ライザーさまとその眷属も参戦。原作のような強靭な精神を持っていると判断できるほどの戦闘を行っていないのだ。

 それで曹操はこちらを試す意味を込めて、戦力外の者たちをけしかけてきたのだろう。あるいはふるいにかけてきたのかもしれない。

 境遇的に同情すべき相手でも、遠慮なく倒せる精神を持っているのなら良し。正面からぶつかってみて、データを取らせてもらうとしよう。

 ためらいを見せるなら、それもまた良し。動揺させまくり弱体化させてから確実に討ち取らせてもらうとしよう。

 曹操の考えているのはこんなところだと思う。

 動揺しなかったのが原作でオフェンス組だったやつと俺、ダメだったのがシトリー眷属女組か。

 

「そういう質問だと、私は答えられそうにないな。殺し殺されの生活は子供のころからの日常だ。イリナもそうじゃないか?」

 

「そうね。私も小さいころは普通に暮らしてたけど、訓練できる年になってからはエクソシストとして過ごしてきたし。命乞いする人とか、知らずに騒動を起こしちゃった人を斬った数なんて数えてないもん」

 

 元エクソシスト二人が平然と言い、聞いた連中は若干引いていた。

 さすがは三勢力内の組織で最も好戦的な教会の戦士と言うべきか、明らかに弱い者を殺すことは日常に含まれるらしい。

 慌てて兵藤が自分の戦える理由を言って空気を換えようとする。

 

「俺は上級悪魔になってハーレム王になる! その欲望と、仲間や部長の為に戦うだけだ! 細かいことは考えるな!」

 

「それはそれで人としてどうなの……?」

 

 敵対者の境遇や人格を完全に無視した戦う理由に、やっぱりシトリー眷属女組は引いていた。

 欲望に正直なのは、悪魔としてはいいことなんだがな。歳若い悪魔だと燃え尽き症候群にならないか心配されたりもするが、戦う上では実力以上の物を発揮しやすい性格だ。なろうと思ってなれるものじゃないけどな。

 次は匙が話しだす。兵藤とは逆に落ち着いた口調だ。

 

「俺は正直英雄派の下っ端連中に親近感持ってる。俺も神器の力のせいで普通の生活を送れなくて、会長に救われてこっちの業界に踏み込んだんだし、境遇的には似たようなものだからな。実際助けてくれたのが会長じゃなくて曹操だったら、俺は英雄派についてただろう」

 

 そこで一息入れて、力強く言い放つ。

 

「だからこそ哀れむようなことはしない。俺だって「悪魔の手先にされるなんて可哀そう」なんて本気で言われたらキレると思うし、手加減されて倒されるなんて絶対に我慢できない。そんなことになるくらいなら死んだ方がマシだ。だから俺はあいつらの意思を尊重して、本気であいつらを倒す。加減しくじって殺すことになったとしてもな」

 

「聴いた限りじゃ、僕は元エクソシスト組に近いみたいだね。復讐を成し遂げる力をつけるために剣を振るって、気づけば人を切ることにも慣れてたから。今は復讐じゃなく、匙君みたいに恩義に報いるために戦ってるつもりだけど」

 

 木場が匙に続いてそう言った。

 そして最後まで話していない俺の方に視線が集まる。

 

「俺はまぁ、なんというか、この流れだと言いにくいんだが……一言でいうと怖いから、だ」

 

「怖い? 昼間の人たちが?」

 

「ああ」

 

「コカビエルやロキに比べたら全然な気がするんだけど。私たちでも余裕で対処できるレベルだったのよ?」

 

 まぁもっともな疑問だな。俺の戦闘力ならあいつら相手ならどれだけ攻撃され続けようと負けることはまずありえない。怖がると言うのなら、障壁を突き破り致命傷を与えることのできる歴戦の堕天使や他の神話勢力の悪神の方だと思うよな。

 

「戦闘力って意味では怖くないな。だが万が一負けてしまった後が怖いんだよ」

 

「負けた後?」

 

「そう。明らかに俺たちより強くて、自分の強さに自信がある敵に負けたんなら、最悪でも殺されてお終いだ。だが昼間の連中みたいなのに負けた場合はそうじゃない。誇るようなものが何もない連中は何でもするんだ。無くすものなんてないから、目的の為なら躊躇うことなく非道な手段も取る。実験体や魔法具の材料として利用価値のある俺らが捕まれば死んだ方がマシって状態になるのは確実だな。

 だから俺は自分と周りを守るために容赦はしない。同情して隙を見せれば、こっちが殺されることになるからな」

 

 この世界は強いやつと弱いやつの差が大きい割に、『無限』と『夢幻』を除けば世界最強だった二天龍が上位十名に入るやつが一人もいない三勢力に討ち取られるくらい、相性が大切な世界でもあるからな。いくら弱かろうと油断をすることはできない。

 それにいくら雑魚でも人数が集まれば大規模な魔法を使うこともできるので、危険性は跳ね上がるし。拠点から出てきて殺しやすくなったときにできるだけ数を減らしとかないといけない。

 これは領主とかの「税を納めてる領民優先で食い詰めて賊になったやつは処分」と同じような考え方だと思うんだが、小市民的な言い方をすると「いじめられないよう、いじめる側に回る」っていうのとも似たようなものだからな。自分の欲も多分に含まれているとはいえ、忠誠心で動いてる連中の後に言うのは言いにくい。人間の一般社会では絶対受け入れられない実験や開発をやってるって意味では俺も変わらんし。

 とはいえこの方針を変える気は一切ないが。この業界に関わるようになって母さんに初めて見せられた、あの標本のようになるのだけは絶対に嫌だ。他人に何を押し付けようと、自分の周りは守る。それが俺の本心だ。

 ちなみにこう言った場合、うちの女性陣のように迷いながら戦うのが一番駄目だったりする。傷つけたくないと思いながら魔力を使えば、本当に相手を傷つけない形で魔力は発現するからな。無意識のうちに体を魔力で強化してしまう体術なんかも同様。今回はそこまではいかなかったが、そんなんじゃ戦力にはならないし、全部放り出して逃げ出してくれた方がまだマシだ。

 

「ま、俺らが言ったことはあくまで参考でとどめとけ。一番大事なのは自分で納得すること。俺や匙みたいに自分なりの理由を見つけるのでもいいし、兵藤みたいに何も考えないのでもいい、剣士組みたいにただ慣れるってのでもいい。納得できてもいないのに、無理やり思い込もうとしても上手くはいかないだろうからな。どうしても無理って言うんならソーナ姉さんに長期休暇でももらえ。他の厳しいとこみたいに廃棄処分されたりとかはないだろうからさ」

 

「……うん、わかった。とりあえず少し考えてみるわ」

 

「時間がないから後でな。話し込んじまって時間が迫ってる。あと三十分くらいしかねぇぞ。準備急げ! 解散!」

 

 



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39話

 ホテルを出て、京都駅のバス停に向かう。

 そこに用意してある特殊な機能が多数搭載されたバスに乗って二条城まで行く予定だ。

 予定時刻より早めに来たのでバスを待っていると、厄介事の種がやってきた。

 

「悪魔たち! 私も行くぞ!」

 

 次代の九尾の姫、九重だ。裏京都での待機するよう言われたはずなのに一人で出てきやがった。

 

「おい、九重。どうしてここに?」

 

「私も母上を救う!」

 

「ッ!? 危ないから待機してるよう、うちの魔王少女さまや堕天使の総督から言われただろ?」

 

「言われた! じゃがッ! 母上は私が……私が救いたいのじゃ! 頼む! 私も連れて行ってくれ! お願いじゃ!」

 

 ふざけたことを言う九重と、それに対応する兵藤。

 つーか悪魔のオフェンス部隊の指揮官は一応俺ってことになってるのに無視して話すな。ただでさえ面倒なことをやらかしてくれてるって言うのに。

 勝手に兵藤が九重に同行の許可を出そうと口を開きかけたので殴って止めようとしたとき、足元に薄い霧が立ち込め始めた。

 それと同時に昼間も感じた生ぬるい感触が全身に広がっていく。

 英雄派のゲオルグの『絶霧』だ。

 

「はぁッ!」

 

 亜空間からデュランダルを取りだし、霧に込められた転移の力を切り裂く。いくら神滅具といえど、複数人を対象に遠隔地からの干渉ではデュランダルで防げないほどの出力を発揮するのは無理だ。いると分かっている状況じゃなおさらな。

 役目を終えた霧が晴れ、後には俺と九重、その中間にいた兵藤だけが残された。

 

「な、なんじゃ!? あやつらはどこに行ったんじゃッ!?」

 

「今の『絶霧』かっ!? クソ! 早くアザゼル先生に連絡を!」

 

 九重が慌て、兵藤はアザゼル総督に通信機で呼びかけている。通話は出来ているのでアザゼル総督は転移されていなかったみたいだな。

 だが俺は今それどころじゃない。

 転移させられなかったのは分かったのだろう。立て続けに転移効果を持った霧が発生しようとする。

 今度は人数を減らし、転移後ばらけさせる機能も無くしたのか、構成が強固で斬りづらい。とは言え斬れないほどじゃないけどな。

 発生しては斬って拡散させを繰り返し、向こうもいつまでやっても直接出て来るくらいしなければ無駄と察したのだろう。霧が発生しなくなった。

 次は移動だな。

 

「九重さん、移動しましょう。兵藤! お前も警戒は怠るなよ!」

 

「ちょ、ちょっと待て! 他の者はどうするんじゃ!? それに私は母上を救いに!」

 

 不意打ちを受けたばかりだと言うのに、その場から移動することもなく質問をしてきた。まだ子供だししょうがないのか? 悪魔も子供のうちは人間と同じ速度で歳をとるし、妖怪もそうだとしたらだが。

 

「他の者は英雄派に連れていかれました。説明は後でします。とにかくここにいると敵にばれているので早急に移動をすべきです」

 

「……わかった」

 

 うん、素直でよろしい。これ以上だだこねられたら説得してる間に先に転移させられた連中が全滅しかねんからな、納得してくれて助かった。

 

「兵藤、九重さんは俺がベイに乗せる。お前も後ろに乗れ。さっさと向かうぞ」

 

「お、おう」

 

 この状況だと魔法を使って転移したら、それに干渉されて異空間に連れて行かれかねないからな。認識阻害の魔法を使って、空路を全力で走っていくのが正解だろう。この距離なら全力疾走でも疲れないし、普通の移動手段では一直線に音速超過で移動はできないからな。

 本来向かうべきところは裏京都なのだろうが、九重がここに一人で来たことを考えるとそこは酷いことになってそうだ。脱走する九重を止められないよう、何らかの攻撃を受けそちらの対処に精一杯になっていたであろうことは想像がつくからな。預けるならセラフォルーさまが正解のはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず安全域までは来れましたね。じゃあ九重さんが八坂姫の救出に参加させられない理由でも話しておきましょうか。どうせすぐに英雄派のとこに殴り込むのは出来ませんし」

 

「頼む」

 

 悪魔陣営の陣地で九重の事を報告後、俺たちは待機室で話を始めた。戦力を小出しにして確固撃破されるのを防ぐため、同行するメンバーを連れてくるのに時間が多少かかりそうだからだ。セラフォルーさまが強権を発動して決めてくれるから直ぐに決まるだろうが、今やってる作業の引き継ぎとかがあるからな。

 

「ではまずは確認から。九尾の狐が京都妖怪の中心として認められている理由はなんですか?」

 

「京都全域の気脈の流れを司っているからじゃろう?」

 

「その通り。『禍の団』がわざわざ八坂姫を誘拐したのも、その特性があるからこそです。―――では九重さんが八坂姫を助けに行ってどちらも死んでしまった場合、どうなるか理解していますか?」

 

「あ……」

 

 これだけで言いたいことに気付けたようだ。兵藤は未だにきょとんとした顔をしているというのに、察しのいい子供だな。

 

「事件を解決したとしても京都の気脈は乱れ、そこらじゅうで怪奇現象が多発します。溢れた力に当てられて、理性を失い暴れ出す妖怪も多く出るでしょう。途方もない量の被害が妖怪や神、人間に出るのは確実です。こう言った事態を防ぐために、貴方にはこっちにいてもらわないといけないんです」

 

 あとは英雄派の実験が危険な内容であり止められなかった場合の保険というのもある。現状では力が集まり始めた段階でそんなに量は多くなく、危険なことに使おうとしても大した被害は出ない程度だが、危険域に差し掛かれば八坂姫を切り捨てて気脈の制御権を九重に移すことで集まった力を拡散させ実験を止めるのだ。英雄派が九重も異空間に連れて行こうとしたのはこれを防ぐためだろう。

 この手段をとると八坂姫は英雄派にとって価値がなくなり殺される可能性が跳ね上がるのでできるだけ取りたくない手ではあるのだが、京都妖怪たちを守るにはこれ以上に確実な手なんて無いからな。

 言ったら八坂姫の切り捨てを決行させないため、なんて理由で九重が飛び出していきかねないので口には出さないが。

 

「……そうじゃな。慕ってくれとる京都の皆を見捨てるわけにはいかん。私はここで報告を待つ」

 

 涙目で弱弱しい声ではあるが、心配する気持ちを押し殺して答えてくれた。

 立派だな。八坂姫の教育が良かったのかな? 爺さまやグレモリー卿もこれくらいきちんと育ててくれたらよかったのに。 

 

「なぁ譲治。今の話聞いてすぐになんだが、俺は九重にはついて来てもらった方が良いと思うんだ。気脈を司る力があるんなら状況をリアルタイムで見て行動してもらって方が良いだろうし、最悪を恐れて被害出すより最善を目指すべきじゃないか? 九重のことなら俺が責任もって守るからさ」

 

「………………何余計なこと言ってんだお前」

 

 九重がせっかく覚悟決めたのに引っ掻き回しやがって。根拠なしに自信満々、覚悟決めたら止まらない暴走と紙一重の一直線さが赤龍帝の強さの根源とはいえ、今それを発揮しやがって。そんなんだから原作で上級悪魔に即昇格じゃなくて、実際の権限としては下級悪魔とほぼ変わらない中級悪魔にしかならせてもらえなかったんじゃねぇか?

 

「いや俺は良かれと思って……」

 

「九重さんに単独で気脈を操れるだけの力量があればこんなに気配が弱弱しいわけがない。非常時に管理を引き継ぐって言っても天狗の長なんかの協力があって初めてできるんだよ。今連れて行っても切り札どころか足手まといにしかならん」

 

「え」

 

「そうじゃな。それができるだけの腕があればおぬしらに同行しようとせず、一人で駆け出しておったじゃろうし」

 

 辛そうな声で九重が肯定する。

 ああもう、なんで俺がこんなことを言わなきゃならんのだ。この部屋で警備しながら待機するよう言われたから一旦席を外して九重がいないとこで話すこともできないし。

 これ言ったんだし、この際だから言いたいことは言わせてもらおう。

 

「それにお前の役目は先陣切って突撃することだろうが。譲渡も直接触らなきゃ発動できないし、誰かを庇いながらだとお前も足手まといになるぞ。突っ込んでいって暴れない兵藤なんぞいない方がマシだ。守れもしないのに余計なことを言うな」

 

「うぐっ。確かにライザーさまともそういう訓練はしてない……」

 

「大体責任取るってどう取るつもりなんだ。大失敗で終わって京都が壊滅、住民は当然全滅し向こう数百年は生き物が住めない土地に。そんな事態になることもあり得るんだぞ? 魔王さま達だって責任取れないぞ。それを何の権限もない下級悪魔のお前がどう責任取るつもりだったんだ?」

 

「それは……」

 

「お前ら天龍に魅了された連中は短絡思考過ぎて作戦たてるのには向かん! 指示された通りに暴れるだけしてろ! いいな!」

 

「……うっす」

 

 凹んだ様子で兵藤が返事をするが、間違いなくこの場限りだな。この世界観で他人に叱られた程度で行動方針を変えるような精神では主役は張れない。今凹んでいるのだって先に九重を連れて行く意味がないと知ったので反論することがないからであって、言ってなかったら自分の考えを変えず「九重の意思を尊重すべきだ」と言い続けただろう。

 確実に直ぐに調子を取り戻す。

 具体的には同行者と合流して二条城に出発した辺り。場面が変われば簡単に意識を入れ替えられる奴だからな。それまではこの居心地の悪い空気も我慢するとしよう。

 

 

 

 



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40話

「侵入成功。結界に弾かれた奴は出てますか?」

 

「いやいない。予想以上に結界が上手く斬られてたからな。あれで脱落者を出すような真似はしないさ」

 

 デュランダルで英雄派がいる異空間と元の空間を遮る結界を斬って穴をあけ、セラフォルーさまが選んだ増援のサポートを受けて侵入した。

 地力では俺の方がかなり上だろうが、経験の差か彼らのサポートを受けながらだとすごく簡単に侵入できた気がする。

 確かに現時点での匙は爆弾みたいなものだし、『漆黒の領域』も『龍の牢獄』も戦いながらだと狙いが大雑把―――というより元々狙いを定めて周囲を巻き込まないように使う物ではない―――で連携はとりづらいから同行させないってのは納得できる。だが実際に補助を受けてみると多少連携に不備があっても始めから連れてきておいた方が良かったんじゃないか、とも思えてくるレベルだ。味方が優秀というのは心強いな。

 侵入前の打ち合わせ通り気配を探り、その後匙に一度だけ電話をかけてみる。戦っている気配がなく、電話にも出ない場合は既にやられていると考えて行動開始だ。気配はないし、戦力的には繋がってほしいとこだがさてどうなるか。

 

『やっと来たのか。待ちくたびれたぞ』

 

「護衛の引き継ぎとか色々面倒なことがあったんだよ。それより掛けてすぐ出たってことは、俺ら待って隠れてたっとことでいいな。今どこにいる?」

 

『気配遮断解いて火柱上げるからそこに来てくれ。待ってる間に伏兵とか罠とかも通り道にあるのはこっそり壊しておいたし、どうせこの後は二条城にまっすぐに突っ込んでいくだけなんだから目立ってもいいだろ?』

 

 匙は『漆黒の領域』に仲間を入れることで漏れ出す気配を遮断できる。範囲を広げ過ぎると空気中を漂う気も吸ってしまいそれから居場所がばれるので仲間とはかなりくっついていないといけないし、仲間を消耗させない程度にとどめるのはそれなりに精神を使う作業らしく相応に疲れるという欠点はあるが、短い時間隠れるには十分な技術だ。

 あと吸った力の量や質から周囲の状況を把握することもできるようになってきている。これは吸う量が専用の機器がないと俺も感知できないほど少量でいい。ヴリトラは「周囲のすべての物から力を吸っていけばいずれ目標も殺せる」と言う考えなので感知とかはしないので、匙が独自に開発した技術だ。生半可な魔法よりは感知精度が良いのだが、感覚でやっているらしく吸収系の能力を持っている奴でも真似はまずできず、下級悪魔でも使える技術の開発を望んでいるソーナ姉さんは残念がっていた(なお俺が開発する道具や技術も強いやつが使う前提の物ばかりだが、それは諦められている)。

 この二つの技術を駆使出来る匙が「壊しておいた」と言っているのだからもう本当に残っていないのだろう。

 なら時間も押しているし、匙の言うとおりにした方が良さそうだな。

 

「もうそこまで準備は済んでるのか。じゃあそれで行こう」

 

『了解』

 

 オフェンス部隊の指揮権は未だ俺にあるので流れで行動を決めた。

 匙たちの気配が感じられ、その方角で火柱が上がったのを見て全員に指示を出す。

 

「今から空路で匙たちに合流します。砲撃等は俺が警戒しますんで、狙われる時間が少なくなるよう全力で向かって下さい」

 

「俺は飛べないんだが……?」

 

「では自分が担ぎます。動物形態で乗る方が良いですか?」

 

「あ、いや、乗馬とかはできないんで担いでもらえれば」

 

「わかりました」

 

 援軍の一人が真っ先に名乗り出た。動物形態で人を乗せられるという利点があるので止められなかったようだが、結局担ぐのなら自分がやりたかったと他の奴らが悔しそうにしている。

 なにせ兵藤は大物貴族グレモリーの次期当主のお気に入りの上、戦功もすごいし『少し関わりがある』くらいだと事件に巻き込まれることなく、むしろ自分に何かあったときに味方にできる奴だからな。。

 グループで協力したとかだと弱いが、担いで飛んだことがあるとかだと違ってくる。現にいま飛びながら名前くらいは交換してるし。抱えて飛ぶだけでこれほどのリターンと考えれば誰だってその役はやりたいだろう。

 俺としては任務中に仲違いを起こさないのなら誰がやってもいいんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、向こうも実験を始めちまったみたいだし始めるとしますか。攻撃は俺らオフェンス組だけで行きますので、皆さんは撤退用の結界の切れ目を開けますからアルジェント達と維持してください。匙、ラインの準備をしてくれ」

 

「了解」

 

 俺たちが合流しに動いたタイミングで英雄派も実験を始めた。

 たぶん様子をうかがってないでさっさと仕掛けてこいという意思表示なのだろう。

 俺と兵藤が来るのを待っていたからこのタイミングで始めたんだろうし、実験はスポンサーの意向で英雄派の今回の目的は俺たちと戦うことで間違いなさそうだ。

 だが俺らがそれに正直に付き合ってやる必要は全くない。全力で不意打ちさせてもらおう。

 亜空間から氷でできた棺を取りだし、それから生えている氷の鎖を俺の体に繋ぐ。

 この棺は納めてあるやつ―――人間、人外は問わないが生きていないといけない―――の特殊能力、神器などを使用できる、俺特性の魔法具だ。使い魔契約や洗脳、支配系の魔法を刻んで造っている。

 神器は後天的に所持すると上手く扱えなかったり、元から持っていた力が使えなくなったりしてしまうリスクがある。人工神器でも自分と相性の悪い物は扱えず、無理に使おうとすると使用者に負担をかけないために自壊するようになっている。種族固有の特殊能力の移植はこれ以上にリスクがでかい。それらのリスク無しで使えるようにと開発したのがこれだ。

 利点としては本来の目的である特殊能力などを使用することが出来る事に加えて、中にいるやつの魔法力や魔力を使用することもできると言うのがある。大技を使っても自分の魔力なんかは消費しないで済むというのはかなり助かるな。

 ただ欠点もあり、能力を使用できるように体に接続している間は常時魔法力を消費し続ける。魔法力の量がかなり多いやつを中身にしないと、かえって消耗が激しくなるので中身は厳選しないといけない。

 あとは中にいるやつは生きてないと能力は使えないんだが、意識が残り過ぎていると消費する魔法力の量が加速度的に跳ね上がることか。かといって完全に封じてしまうと感情で動く神器の類は使用できないっていう性質もある。そのせいでそう簡単に作れるものではなくなってるんだよな。それにメンテナンスも大変なのでほとんどの魔法使いには完全に欠陥品だ。棺が他の奴の手に渡れば中身として狙われる側の俺としては、この構造上直しようのない欠陥はむしろ長所だったけど。才能あふれる俺の場合はコールドスリープをイメージして凍らせればそれでメンテナンスは大丈夫だったし。

 現在中に収められているのは、拷問が終わった後俺が引き取った転生者のユーリ。禁手は実戦的ではないのでリセットしたかったが、それをすると体に戻しても効率が落ちてしまうので断念した。

 こいつを使って超高速で接近し、反応できない内に全員殺す。

 力を使ったことは感知できるだろうが、英雄とは言え電気信号で指示を出して動かしている人間の体だ。落雷を軽く追い越せる速度での攻撃を躱せるわけがない。

 速度にリソースを割く分、匙のラインで繋いだ兵藤たちも加速させて連れて行くし、『絶霧』を切り裂くだけの余力を残しておけば火力は十分なはずだ。

 

「んじゃ今から突っ込むぞ。霧使いは俺が殺るから、後は流れで行くぞ」

 

「「「了解」」」

 

 



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41話

 『棺』の魔法力を駆動させ、時間操作を発動させる。

 罠が仕掛けられた所を迂回しながら地をに駆け、二条城に向かう。

 時間操作はかなりの魔法力を消費するので、空路を一直線に駆けていきたいのだが、山のように足止め目的の魔法式の罠が仕掛けられていて無理だからな。空路なら『棺』無しでも人体では反応できない速度で奇襲出来るので、曹操たちも警戒していたのだろう。

 逆にこっちはまっすぐには進めないが、ほぼ何の罠も仕掛けられていない。精々引き返すのを妨害する結界くらいのものだ。

 全力のこちらと戦いデータをとるのが英雄派の目的とすればここまで守りが薄いのも納得できるが、一番の理由は情報不足だろうな。

 時間操作無しならこうも曲がることが多いと速度を出しきれず奇襲しても反応できる程度の速度になってしまう。家を壊しながらまっすぐに進んで奇襲しようとすれば、途中の家の中に仕掛けられているであろう罠に引っかかりやっぱり失敗しただろう。レーティングゲームの時の映像や、ロキ戦を覗き見して情報を集めていたとしたら対策はこれで十分と判断してもおかしくない。

 こうも上手く嵌ってくれると、今まで『棺』を表では使わず温存しておいた甲斐があるというものだ。

 

「サンキュー死ね!」

 

 まず殺すべきは英雄派の足であり、今回の実験を実行するゲオルグだ。換えが効かないレベルで凄腕の魔法使いでもあるので、こいつさえ消しておけば英雄派の行動は大分制限することが出来る。

 ゲオルグは遠方で大きな魔法力が使われたのを感知して、その方向を見ようとしているところだ。事前に仕掛けた罠を信じて、まだ霧で障壁も造っていなかった。

 なら切断面がきれいで治療しやすいデュランダルより、氷の鈍器で潰した方が良い。デュランダルとは逆の手に持った聖なる槍の先端に巨大な氷を生み出して叩きつける。肉体的には頑丈ではない魔法使いでしかないゲオルグはこれであっさりミンチになった。

 

「もういっちょ!」

 

 デュランダルを振るい、英雄派で一番頑丈であろうヘラクレスだと思われる巨漢を両断する。

 半神の英雄の魂を受け継いでいるだけあって、肉体の頑強さも魔法に対する抵抗力も並じゃないからな。俺以外が殺ろうとしたら、止めを刺しきれなくて反撃を喰らうかもしれない。

 俺の後ろから三人も攻撃を放っていく。

 

「ドラゴンショット!」

 

 兵藤が放った砲撃が曹操の体に大穴を開ける。

 

「燃えろ!」

 

 匙が放った黒炎がジークフリートらしき剣士を包み、あっという間に灰に変える。

 

「僕は一番脆そうな相手をもらうね」

 

 木場が長大な聖魔剣を作り、ジャンヌっぽいやつの首を刎ねる。

 これで英雄派中心メンバーはレオナルドを除いて全滅だ。時間操作を終了する。

 

「よしっ、終了。実験の術式も止まってるし、戦利品回収して八坂姫連れて戻るぞ。分配は後で相談、神器の回収は無しだ。ゲオルグ殺したからこの空間すぐに崩壊し始めるだろうし時間ないからな」

 

「お、おう。なんかあっけなかったな。こんな大事になってるのに一撃で勝負がつくとか」

 

「相手は人間だからね。悪魔や神なんかと違って体はそこまで頑丈じゃないから、先手をとれれば一撃で終わること自体はよくあるよ。……まぁこのレベルの相手に反応させずにって言うのは珍しいけどね。こんな隠し玉があるなんて思ってもみなかったよ」

 

「試作品の実験に付き合ってる俺も知らなかったしな。会長でも開発室には入らせなかったし、そこまでやって隠してただけの価値があったってことだろ」

 

 三人は思い思いのことを言いながらジークフリートが死んで亜空間から放り出された魔剣を回収していく。名の知れた魔剣だけあってただ拾うのすら魔法具を使ってもひと手間かかるな。

 俺は八坂姫助け出しに歩いていく。京都中から流れてくる気のせいで術者が死んでも八坂姫を拘束する術式が停止していないので、それをデュランダルで切り裂いていく。操っていたゲオルグが死んだんだから自力でもすぐに動き出すだろうが、少しでも早いに越したことはないからな。

 万が一にも八坂姫を傷つけないよう少しずつ術式を切り裂いていると、ふいに違和感を感じた。

 

「……?」

 

 振り返って曹操を見てみると、胸に大穴を開け確実に死んでいる。

 死を偽装している様子はないし、手に持った槍も光を失っている。何もおかしなところは―――。

 

「って、槍がある!?」

 

 使い手が死んだら神器は次の所有者の元に転移するはずだ。原作での『獅子王の戦斧』や『紫炎祭主による磔刑』のように独立具現型の神滅具であればそのルールに従わないこともあるが、武装型の神滅具である『黄昏の聖槍』にそんなことは不可能なはず。

 ここから考えられることは―――!

 

「させるかぁッ!」

 

 曹操に向かって最速で斬撃を飛ばす。

 だがそれよりも早く槍が再び輝き始め、先ほどまでとは比べものにならない量の光が視界を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……危なかったな。まさかこんな切り札を持っているとは思わなかったよ」

 

「こっちもだよ。確実に死んでたはずなのに生き返りやがって。神滅具ってのはどこまでデタラメなんだ?」

 

 光が収まった後、即座に匙たちを捕まえて曹操から距離をとらせた。

 おそらく曹操は死にかけた状態で『覇輝(トゥルース・イデア)』を使ったのだろう。大量の出血で意識も薄れ、胸に空いた大穴で詠唱もできないと思ったから、最後の一撃を喰らわないために追撃を避けたのが仇になったか。

 見れば他の英雄派の連中も困惑しながら起き上ってきていやがる。死んだ仲間ごと全員蘇生とか規格外にもほどがあるぞ。いくらなんでもおかしすぎる。

 

「……ああ、そこまでぶっ壊れ性能ってわけじゃないんだな。肉体を復元して剥がれかけた魂を戻しただけか。だから匙に焼かれて魂まで消えたやつは復活してない」

 

 ジークフリートを焼いたヴリトラの黒炎は高密度の呪詛も含んでいるからな。わざわざ意識して放たなくても丸焼きにされれば人間の魂くらい軽く消し飛ぶ。ヘラクレスのように半神の英雄の魂でも引き継いでいれば違ったかもしれないが、あいつはただの襲名者だったっぽいからな。

 

「それに槍が纏っている光も昼に挨拶に来たときより弱くなってるな。『人間』としてどこまでやれるか知りたい、なんて言っておきながら最初の一手でいきなりゲームオーバーになりかかったから、聖槍に見放されかけてるんじゃねぇか? 消耗だけじゃねぇだろそれ」

 

「……それはどうかな? というか俺らは弱っちい人間に過ぎないんだ。相手の土俵で戦わされたらこうなるのは分かっていたことだし、万が一の対策くらいしてるさ」

 

 曹操は俺の指摘に言い返してきたが、消耗が激しいのは全然誤魔化せていない。こんな『万が一の対策』を講じるくらいなら罠がない道で誘導するのではなく、消耗が最低限で済む道を選ぶしかなくなるくらい罠を仕掛けるだろう。明らかな虚言だ。もしくは戦意を維持するための虚勢だな。

 

「こいつらはここで始末するぞ。ただし無理はしなくていい。増援が来るまで逃がすな」

 

 空間を切り裂き出入り口を作りながら、匙たちに指示を出す。

 乳神が出現していないことでリゼヴィム再起フラグは折れているし、兵藤も活躍が地味になってるからユーグリットも過剰な反応はしないだろう。ここでゲオルグを倒せば脱走手段の無くなったレオナルドも倒せるし、はぐれ魔法使いどもも矢面に立つ連中がいなくなれば保身を優先させある程度は大人しくなる。裏で支援してるやつらもここまで組織の崩壊が進めば支援をやめて、次の機会を待つだろう。そうなれば残った敵はシャルバだけだ。

 もうこれ以上原作通りに事態を進めていくメリットは存在しない。奇襲の時ほどの時間操作には大きなタメが必要なので普通に戦うしかないが、これならリスクに見合うだけのリターンはあるはずだ。

 

「俺が曹操の相手をする。匙、お前は霧使いだ。兵藤と木場はコンビで大男と女。一人で戦おうとするんじゃねーぞ」

 

 原作では匙はゲオルグが戦って負けていたが、今は『龍王変化』を使って暴走したら巻き込んでしまう弱者もいないし、時間が経てば八坂姫も自力で拘束を破って加勢してくれる状況にある。勝機は十分にあるはずだ。

 逆に兵藤と木場は少しきつい。兵藤の鎧は硬いが現時点ではサイラオーグさまの皮膚程ではなく、木場も攻撃力が低いと言う弱点は改善はされてきたが克服したとは言えないレベル。バラバラに戦えばヘラクレスの相手をした方は死ぬかもしれない。増援が来る前にそうなれば形勢逆転もありうるのだから慎重に戦わせなくては。

 

 



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42話

「「「禁手(バランス・ブレイク)ッ!!!!!」」」

 

 俺が三人に指示を出し終る前に、ゲオルグを除く英雄派の三人が一斉に禁手化をする。

 一度死にかけたせいか、原作や昼の時とは全く違う必死な表情だ。

 そのまま曹操は匙に、ヘラクレスは兵藤にミサイルを放ちつつ接近し、ジャンヌは木場に聖剣のドラゴンをけしかけ、そしてゲオルグは俺に霧を飛ばしてくる。

 これが英雄派にとって最も勝率の高い分担なのだろう。実際この組み合わせで分かれて戦うと、匙が初手で大怪我を負い全力が出せず、そこでゲオルグと交代され確固撃破される可能性が非常に高い。

 だがこちらの思惑にそちらが乗る気がないように、こっちもそっちに合わせる気はない。

 

「オラァッ!」

 

 霧を無視して曹操に斬撃を飛ばす。

 曹操はこちらを向くこともなく、球体を三つこちらに飛ばしてきた。

 そのうち一つから人型があふれ、飛ばした斬撃の盾になる。居士宝(ガハパティラタナ)の能力だな。

 残りの一つは俺に、もう一つはデュランダルと共鳴させている槍に向かってくる。

 槍に飛んできているのは武器破壊能力のある輪宝(チャッカラタナ)だろう。これを壊されれば共鳴が途切れデュランダルも大幅に弱体化することになる。次の槍を取り出せば再度強化は可能だが、分断は失敗するだろう。このタイミングで折られるわけにはいかない。

 ついでに曹操の強みはいくつある能力のうちどれを使ってくるか見分けられない事だ。そこも潰させてもらおう。

 時間操作を発動させ、対処に動ける余裕を作る。

 

「凍れッ!」

 

 槍に『凍結』の魔力を込めて球体に叩きつける。

 球体は槍に触れる前に魔力に触れ、機能ごと『凍結』され打ち返された。

 これ、地味ではあるが一応俺の切り札的な技能で、神器のみではなく魔法具、魔力、魔法力その他なんでも『凍結』させ停止させてしまう技だ。

 名前を付けることでイメージが固まり威力が増大することは実証されているので、前世の漫画から『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』と名付けている。理由はなぜかこれが良い気がしたからだ。別に視界依存の技ではないし、元ネタとも全く違う技なのだが、本人的にしっくり来るかが肝心なので誰にも何も言われなかったな。これを名づけた途端、能力発動時に目が碧眼になるようになったのに少し驚かれたくらいか。

 消耗が激しいが全身に纏えば圧倒的な大火力を持ってくる以外の方法ではやられなくなるし、神滅具や格上相手でも収束させて使えば今回のように機能停止にできる。表面だけでなく機能まで凍結させられるようになるのには苦労したが、単純なだけに伸び代が大きく破りにくい能力になったと自負している。

 

「こっちもだ!」

 

 俺に向かってきている球体は任意の対象を転移させる馬宝(アッサラタナ)か、破壊力重視の将軍宝(パリナーヤカラタナ)だろう。こっちはデュランダルで斬って壊そう。

 そう思ったのだが予想外の事態になった。

 

「ッ!?」

 

 何の抵抗もなく球体が二つに分かれ、即座にくっついて障壁を突き破り肩に直撃したのだ。そのせいで腕ごとデュランダルを落としてしまった。

 

「クソがッ!」

 

 痛みをこらえ、オーラの操作や共鳴が途切れる前に聖なるオーラを氷球に集めて曹操に向かって思いっきり蹴飛ばした。

 槍の持ち手でガードされてしまったが浮かすことはできた。さらに槍を全力で振って突風を起こし、吹っ飛ばして距離はとらせた。

 匙も八坂姫の解放を優先させることでゲオルグに防戦を強いているし、兵藤と木場もヘラクレスとジャンヌを上手く釣って距離をとらせているので、分断はこれで成功だ。

 フェニックスの涙で未だに聖なるオーラで焼かれている傷口を癒し、変身魔法の応用で腕を生やす。デュランダルも回収して時間操作を切った。

 

「今ので決まると思ったんだが……さすがは化け物。一筋縄ではいかないか。君は戦い方が基本の発展系でしかないから有用なデータはとれそうにないし、リスクばかりが大きいから早めに片づけて起きたかったんだがな」

 

「俺らみたいな役職も持たない小物狙って来る超小物に殺されるかよ。自惚れんな」

 

 平然と返したつもりだが、動揺が表に出ていないだろうか。かなり不安だ。

 曹操はこの世界に転生して初めて『原作知識、神話知識から予測できない力』を使ってきた。こうなると他の球体の能力も原作知識が役に立つか怪しいな。おそらく俺が把握できていない転生者―――可能性が高そうなのはヴァーリの関係者?―――の影響だろうが、それはあまり関係ない。

 肝心なのはこいつが俺にとって『完全に未知の強敵』となったことだ。

 自慢には全くならないが、俺の強敵と言える相手との戦闘経験は事前に情報を仕入れてからだけだ。デュランダルを手に入れるまでは防御特化だったせいで、格下は攻撃を一切受け付けないため敵とすら言えず、格上や同格相手だと弱点を調べてからじゃないと勝ち目がなかったからな。

 知人への手助けで搦め手が厄介で強敵だと他の奴は思った敵と戦ったりはしたが、俺の神器(ベイ)は障壁の強度を上げずに精神支配や感覚支配、封印系などの能力を防ぐことに特化させて成長させてきたからな。厄介だと言う能力が不発に終わり、あっさり片付くことが多かった。

 デュランダルを手に入れてからも、戦うのは原作知識と神話知識で手の内が分かってるやつばかり。

 要は未知の敵の能力を探りながら戦うことに慣れていないのだ。というか、もしかすると初かもしれない。

 そこに一人でも欠ければ確固撃破される状況であるため、逃走不可なことを加えれば確実に初だろう。

 おまけに聖槍の傷を癒せるフェニックスの涙も使用してしまったので、もう後がない状況だ。

 ここで曹操たちと戦うのをやめてしまえば八坂姫は再び操られ実験が再開してしまうので、逃げることもできない。

 まさしく転生して以来最大のピンチと言えるだろう。

 出し惜しみして切り札抱えたまま死ぬとか笑えないな。他の転生者が見てるかもしれないが『氷碧眼』以外の切り札も切ってしまおう。

 新たに棺を二つ取り出し接続。

 さらにユーリと戦った時の急造の物とは違う、特別製の氷の鎧を亜空間から召喚してベイと共に装備。さらに背中から生えている第三の腕にも自作の聖なる槍を持たせる。第四の腕は自作の氷製拳銃持って曹操に向けた。こっちも常時魔法力を消費する設計なんで奇襲時にはつけなかったが、正面戦闘をする今なら役立つはずだ。

 

「うっし、準備完了。つーか意外だな。てめーらみたいな超小物がわざわざこっちの準備整うまで待つとかさ。余裕見せて相手の全力受け止めるのは大物の特権なんだぜ?」

 

「こっちも英雄の末裔としての意地があるんでね。この時点でそこまでなりふり構わない行動は出来ないのさ」

 

 動揺を誤魔化すために発した挑発には曹操は乗ってこなかった。

 だが返答に嘘はなさそうだ。曹操の行動するうえでの制約が見えて来たな。

 英雄というのは強大な敵を倒すのが仕事だ。

 そして『強大な敵』というのはドラゴンだったり、怪物だったり、敵国の英雄だったりするが、基本的に手段にはそこまでこだわらない。騙し討ちや他力本願はよくあることだ。

 ただしそれは敵が普通に戦っても勝つことはできないほど強大な存在だからこそ許されている。自分より劣る相手にすら臆して卑怯な手段をとるやつを英雄とは言わないからな。むしろやられ役の悪党っぽいだろう。

 そして俺たちはここ数ヶ月多くの功績を挙げてはいるが、まだ百年も生きていないような『小物』だ。神話で例えると、赤ん坊のヘラクレスの元に送り込まれたヘラが放った蛇とか、ジークフリートに滅ぼされたニーベルンゲン族、そして三国志の曹操にとっては黄巾賊とかその辺だろう。

 だから英雄の末裔として人間がどこまで行けるか試したい曹操は、俺たち相手に採れる手が制限されている。こんなところでなりふり構わず行動しているようじゃ、行けるところなんてたかが知れているからな。実際原作では兵藤一誠相手にメデューサの『邪眼(イーヴィル・アイ)』を使った結果聖槍に見放されたし、的外れな推測ではないだろう。

 まぁなんにせよここで倒してしまえば関係ない話だが、一応なりふり構わず行動するほど追い込まないように攻め、隙を突いて殺す方向で行こう。

 

 

 

 



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43話

 この世界には他作品の登場人物も存在している。

 原作に名前だけでも登場したのは黄昏色の詠使いとヤキトリ先生だけだが、名前すら出てきていない奴らも探せば結構見つかった。

 どうも人間界ではファンタジー要素ゼロ、もしくはローファンタジー作品で、この世界にパクリっぽい作品がない作品のキャラはいるみたいだったな。設定をこの世界に合わせたモノに調整された状態で、事件とかにはあんまり関わらず平和に暮らしていたのが多い。原作より悲惨なのも当然ながらいるけどな。

 で、俺は他作品キャラを自分の将来の眷属にスカウトすべく動いていたんだ。

 主人公補正とかがないせいか事件に巻き込まれるようなことはあんまりなかったが、この世界に合わせて調整されてるだけで前世での物語通りの才能、資質は持っていたみたいだからな。なおそれは多少金と権力使って学校の健康診断とかで魔法力とかも測って確認もした。

 そうして見つけた中から眷属候補に選んだやつらはシトリー領内にある俺の屋敷か、人間界にあるシトリー家が所有する家に住ませているんだが、そうもいかないやつが出てきた。

 そいつは『ムシウタbug』と言う作品で主要キャラだった奴で、名前は花城摩理という。

 摩理は原作で最強ランクのキャラだったんだが、元は病人だった。原作ではある存在から力を与えられることで延命し物語に繋がっていたが、この世界では力を与えた存在はおらずそのまま死にかけていた。人間の医療技術は勿論、悪魔の医療技術でも耐え切れず死んでしまうレベルまで弱っていたんだ。生き延びる手段は『悪魔の駒』で生まれ変わらせることくらいって状況だった。

 だがその時の俺の手元に『悪魔の駒』はない。爺さまのコネで一時的な主を探すことはできなくはなかったが、彼女の才能を考えると返してもらえなくなりそうなのでやめた。

 なので『悪魔の駒』を魔王さまから下賜してもらえるまでコールドスリープしてもらうことにしたのだ。彼女は生き残れても親友と会えなくなると悩んでいたが、数年で貰えそうだし眷属になった後も友達に会いに行くのくらいは自由だと言ったら即契約に応じてくれた。親友の家は彼女の家より金持ちなのでさらに良い取引相手を得られる、っていう打算も伝えたら笑われたが。

 そして摩理は現在、『棺』の中身となっている。勿論一時的に解凍して許可をとってからだ。

 

「行くぞ。力を貸せ、摩理」

 

 摩理の入っている棺から銀色の魔法力があふれ、第三の腕に持たせた槍を強化していく。

 この世界において彼女の才能は五つの力に特化している。

 一つは今使っている『武器強化』。原作だと棒状の物と同化し槍になる“虫”が憑いていたせいか、今みたいに槍だと効率が上がる。斬撃を飛ばしたり、魔法力を広く展開して広範囲をガードしたりと色々できるので、正確には棒状の物を魔槍とかに変える力と言うべきかな。

 もう一つは『肉体強化』。原作で肉体強化と銃撃強化しかできない主人公を、特殊能力も持っているのに上回った身体能力を再現する。こっちは俺自身の使う肉体強化と干渉してかえって効率が悪いので使わない。

 そして三つ目がこれ。

 

「そらッ!」

 

 強化した槍を投げる。銀色の魔法力をまき散らしながら進んだ槍に対し、曹操は球体を操り黒い渦を発生させた。

 攻撃を他者に受け流す珠宝(マニラタナ)だろう。この球体の能力は原作と変化はなさそうだな。

 受け流そうとしている先は遠くからでもでかくて狙いやすい匙かな? 防御と同時に仲間の援護もできる良い能力だが、この場合に限っては悪手だ。

 

「何!?」

 

 黒い渦が銀色に染まっていく。それに合わせて渦が槍を吸い込む速度も遅くなり、ついに刺さったままの状態で動かなくなった。

 原作では死をも遠ざける『眠り』の力だが、この世界では『封印』だ。複雑な術式を構築することもなく、少し力の入れ方を変えるだけで封印効果を発揮する魔法力を放出できると言うのが正確か。

 一度凍らせれば解凍するまでずっとそのままな『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』と違って力を供給している間だけだが、なんでも封じられるのは同じで効果範囲はずっと広い。

 摩理の力で一時的に封じて、『氷碧眼』で完全にこの戦闘中には使えないようにするっていうのが効率がいいな。

 ちょうど今第四の腕で凍結の魔力弾を撃って珠宝(マニラタナ)を封じたみたいに。

 

「はぁッ!」

 

 防御手段が一つ減った曹操にデュランダルで斬撃を飛ばす。

 球体の一つが輝き、転移して避けられた。馬宝(アッサラタナ)は原作通りみたいだな。

 このまま俺を無視して合流されるのが一番まずいが、曹操の行動制限もあるし、なにより消費された力が少なかったのでそう長い距離は飛べないはず。

 となるとやってきそうなのは……。

 

「よっと」

 

「ッ!」

 

 頭上に転移し奇襲を仕掛けようとした曹操に、先手を取って攻撃を仕掛ける。

 摩理の四つ目の特化技能が『気配察知』なので今は奇襲はまず効かないんだよな。

 バランスを崩したところに連撃を仕掛けるが、曹操は攻撃を短距離転移で回避する。

 

「その転移はうざいな!」

 

 摩理の最後の特化技能『領域支配』を発動する。これはこの世界では結界系の力として発現しており、効果範囲内では敵の弱体化及び空間に作用する術の阻害だ。転移も空間系の力なので、『領域』の中では使えない。

 

「ッ!」

 

 次の槍を取り出しつつ凍結弾を放つ。曹操は横跳びして回避した。

 曹操が球体を三つこちらに飛ばしてくる。

 能力不明の状態で三つの対処はきつい。再度時間操作を発動し、接近していく。

 その判断は正しかったようで、いきなり球体が六つに増えた。

 

「うおっ!?」

 

 即座に凍らせるか封じて落としたが、ぶつかってくるタイミングをずらした球体が一つ残りまた増えていく。きりがないな。

 こういう時の対策は無視して使い手を狙うことなのだが、この球体は普通に俺の障壁を突き破ってくる上掠った程度でも一撃で致命傷になる。迂闊に突っ込めないぞこれ。

 おまけに曹操の奴、その場から動かず居士宝(ガハパティラタナ)で人型を大量に作りだしつつ槍に力を溜めている。溜め撃ちで消し飛ばす気満々じゃねーか。

 今溜めてる量で邪魔な球体ごと相殺いけるか? いけるよな? これでダメならもう無理だからいけてくれ。

 

「はぁあああああッ!」

 

「おらぁああああッ!」

 

 曹操と人型が同時に放つ砲撃に合わせて、三つ目の『棺』に開戦時から溜めていた力を解放する。

 膨大な光があふれ辺り一面に破壊をまき散らし、どちらも相手の力を貫けないまま消滅した。

 

「……(あっぶねー! マジ死ぬとこだった! 生きててほんと良かった!!)」

 

「今のは光か? それに強力過ぎる。その棺には何が入っている?」

 

「言うわけないだろ。企業秘密だ」

 

 中に入れているのは改造した堕天使だ。正確には改造堕天使だな。何年も前に捕まえ色々な機能を削除しながら頑丈にして行き、コカビエルの羽根を始めとして今まで倒してきた天使、堕天使の羽根を移植して大量の光力を持たせた。その副作用で多すぎる力を制御できず体も全く動かせないが、『棺』の中身にする分には問題なかった。

 ただ今のような撃ちあいでは非常に強力だが、チャージに時間がかかるのと細かい制御は不可能なのが欠点だ。

 もう一回撃ちあいをすることになったとき、力が同じだけ溜めれているかはわからない。

 逆に向こうは人型をもっと出して放てば威力を上げられそうだ。もっと機動力を重視して攻めるべきか。

 そう考え時間操作の度合いをさらにきつくしようとしたのだが、それは無駄に終わった。

 

「何ッ!?」

 

 足元から霧が立ち込め、あっという間に全身を包んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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44話

「それで曹操たちには逃げられちゃったの?」

 

「はい。匙の話しでは命を削る勢いで『絶霧』を使ったみたいです。俺に使われたわけじゃありませんし、そこまでされると止めようがありませんでした」

 

 英雄派との戦いの後始末を増援連中に任せ、俺はセラフォルーさまとアザゼル総督、遅れてきた孫悟空相手に報告をしていた。なおシトリー、グレモリー眷属は観光に戻っている。

 結局あの戦いは、ゲオルグが英雄派主要メンバーを強制的に転移させ逃がしたことで終了した。

 なんでも俺たちが曹操たちと戦っていた裏で、監視を送り込まれたことにキレたヴァーリがレオナルドが造り溜めしていたアンチモンスターをルフェイとゴグマゴグに一掃させていたらしい。そのせいで造る速度が倒される速度に追いつかなかったことに加えて、孫悟空も到着したので時間稼ぎすら不可能になったので撤退を決めたようだ。

 原作ではヴァーリによる仕返しは曹操に直接行われていたが、こっちの方が効果的と思ったのかこの世界ではレオナルドに仕掛けたのがこの結果に繋がったと言えるだろう。

 

「だがまぁ九尾の姫は無事だし、犠牲者はゼロじゃろ? 能力も一部だが判明した。上々な成果だとは思うぜぇ」

 

「そう言って下さると助かります」

 

 ぬけぬけと言い放つのは孫悟空。

 この猿がアンチモンスター退治に加わらず、姿を隠して異空間に侵入し俺たちの方に加勢していればそこで英雄派は壊滅させられたんだ。ただでさえ優勢だった外の戦闘に加わって撤退を決めさせたこいつには言われたくない。

 帝釈天が裏で英雄派を支援している関係上倒さないように指示されているのかもしれないが、どうしてもそう思ってしまう。

 この苛立ちは見抜かれているだろうな。原作知識で裏で繋がっているのを知っているからではなく、空間に穴を開けて位置が分かるようにしていたのに来なかったことに苛立っているのだと思ってくれると良いんだが。

 

「それよりも確認しときたいことがあるんだが、お前ら最初に英雄派の連中を一回倒したってのはマジか?」

 

「そうですけど……それがどうしたんですか?」

 

「なら決まりだな。今後英雄派と戦うことになりそうな場合、お前ら四人は参加してもらう。その方が対処が楽だからな」

 

「……予想はしてましたけど、やっぱりそうなりますか。個人的にはあんな危険な仕事できるだけやりたくないんですけど」

 

 あの戦いでもそうだったが、魔術師であるゲオルグと英雄とか関係ないレオナルド以外の英雄派にとって『英雄っぽくあること』はかなり大事なことだ。そんな奴らからすると『一度負けた相手は避けて他を狙う』ことはできない。

 非効率的な行動だとしても『本当に自分はあいつらに怯えてるんじゃないのか。だから効率を言い訳に避けているんじゃないのか』って思ってしまうくらいはするだろうからな。そうなった状態で他を狙いに行けば、もう『英雄』としての気概は折れたも同然だ。強いやつを何人か送り込めばそれだけで倒せる程度の脅威にはなるだろう。

 こっちを狙ってきたとしても、俺たちのような『小物』相手に卑怯な手段は使えない。戦う場を整えるために『絶霧』で拉致くらいはするだろうけど、倒し方は真っ向勝負だけだろう。原作ではヘラクレスがシトリー眷属相手に人質とって戦ったりもしていたが、あれは『雑魚を使って遊んでいる』だけだったからであって、『小物に恥をかかされた汚名を返上するための戦い』でそんなことはできないはずだ。

 ただいるだけでこれだけ厄介な敵の行動を制限できる駒、使わないわけがないよな。俺らがいないと向こうは「いないやつとは戦えないな。仕方ないから効率重視で動こう」って好き勝手出来るようになるし。

 

「俺らも責任のある立場にいるからな。やれって命令しないことはできねぇ。できるのは精々強くなるチャンスを作ってやることくらいだ」

 

「そういうわけでシトリー眷属対バアル眷属のレーティングゲーム、前倒しにしといたから! 日付は冥界の時間で―――よ! 頑張ってね☆」

 

「準備期間がなくなると、俺と匙以外の眷属は死にかねないんですが。いいんですか?」

 

 冗談抜きに現在のシトリー眷属とバアル眷属じゃ力の差が大きすぎるからな。向こうは加減したつもりでも、あいつらにとっては致命打なんて十分にあり得る。

 なにせ向こうは血筋の問題などをある程度無視し、才能と意志だけを見て選りすぐったエリートたちを、実力主義を押し通せるよう凄まじい量と密度の訓練で鍛え続けている。

 逆にシトリー眷属は「弱者にもチャンスを与えよう」という平等主義の元、誰に度も使える技術を指導できる人員を集めた結果、『一族の人間だけが使える高等技術』とかを開発できていない家系の凡才ばかりが集まった。そのうえ訓練も学校の授業や生徒会の仕事が終わってから少しする程度。

 おまけに訓練の内容も、基礎となる身体能力や魔力量が違い過ぎるからシトリー眷属の訓練はバアル眷属の準備運動以下だからな。

 才能も努力も決意も遥かに向こうが上。これでソーナ姉さんに恥をかかせないよう試合するとなると、命を捨てた特攻くらいしかない。

 それでも時間さえあれば今回ゲットした魔剣―――ほぼ俺の功績なのでグラム以外はこっちがもらった―――を一時的に使用できるようになる魔法具(消耗品。費用対効果無視)とか作ってどうにか見られる程度にはできたんだがな。だがこれだけしか時間がないともう無理だ。

 

「いーのいーの! 私にとって可愛いのはソーナちゃんだけだし! 事故って欠員出たらソーナちゃんにあげようと思ってる子もいるしね☆ 一押しの子はね、なんと高名な魔女の人狼のハーフなんだよ!」

 

「この試合でソーナ姉さんが才能の壁を理解するの前提の人選ですね。いや、まぁこの試合で理解してくれなかったら困るんですけど」

 

 つかルガール、セラフォルーさまの推薦だったのか。駒王学園大学部にいたのもソーナ姉さんに渡すための準備か?

 まぁ原作でも後の方になって才能の壁にぶつかると、ルガール以外に最上級死神・オルクスの娘ベンニーアなど優れた血統のやつも眷属にしていた。一度認識を改めさせてしまえば、さほど引きずることなく方針を変えてもらえるだろう。そう考えるとありがたいことだな。

 

「あの嬢ちゃんの頭は悪くないんだ。しっかり現実みせてやりゃ大丈夫だろうさ。それよりジョージ、この試合で一番頑張らないといけないのはお前だぞ?」

 

「俺ですか?」

 

「おー、そうじゃのう。お前さん歳の割に戦績は凄いのに、戦士には全く見えんからな。かといって寿命がある魔法使いたちのようにがっついた知識欲なんかがあるわけでもない。精々危険な作業をやっている、くらいじゃな。そんなんじゃヴリトラが憑いとる小僧に置いて行かれるぞ? スポーツやってる程度の感覚で構わんから、「負けてたまるか!」って思って戦ってみな」

 

「……善処します」

 

 やっぱり歴戦の方々からだと俺はこういう評価になるのか。

 確かに自分でも覇気の薄い方だとは思うし、五年もこの業界に関わり続けて未だに禁手化できないからな。後先考えず全力を振り絞ったこともほぼない。才能が防御系に偏り過ぎて全力を出そうが結果は変わらなかった弊害だと思う。

 とりあえず今度の試合では、倒れるまで全力出して戦ってみよう。何か新しいものが見えるかもしれない。

 

 

 



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死傷覚悟のレーティングゲーム
45話


 修学旅行が終わって少し経ち、あっという間にバアル眷属とのレーティングゲームの日がやってきた。

 事前のインタビューや宣伝などは一切なし。それどころか試合内容の一般公開すらしないそうだ。

 レーティングゲームは『実戦経験を積むため』という名目で大々的に行われているが、実戦とは程遠かった。『王』は誰もが領地と多くの領民を背負う貴族であるため、対戦相手の面子を潰さないようにしないといけないからな。隙を見せずに圧倒するのは厳禁で、対戦相手の見せ場も必ず作る。飛び抜けて強い個人が無双するのも非難され、チームで強いのだと示さなければならなかった。その他にも多くの制約がある戦いであり、こんなのを実戦経験とは言えないだろう。

 だが今回は試合内容非公開。貴族としてのしがらみも興業としての利益追求も切り捨て、名目通り『実戦経験を積む』ためのゲームだ。

 …………まぁセラフォルーさまのことだから、ソーナ姉さんが恥かくところを冥界の住人に見せたくなかったって理由もありそうだがな。それは忘れておくことにしよう。

 そして今、ゲーム開始を目前して俺たちは控室で各々の方法でリラックスしながら待機していた。

 時間がギリギリまで迫って来たとき、ソーナ姉さんが重い口を開いた。

 

「……皆さん、分かっているとは思いますが今回のレーティングゲームは普通のものではありません。観客の目もなく本当になんでもありな、実戦とほぼ同じ戦いです。ですがほぼ同じなだけで実戦ではありません。医療班も控えているので、死を恐れる必要もないんです。格上相手に喰らいつき、戦いの中で飛躍してみせなさい」

 

「「「「「「「「はいッ!」」」」」」」」

 

 ソーナ姉さんの言葉に全員で大きく返事をする。

 その直後にアナウンスが響いた。

 

『ゲーム開始の時刻となりました。両チームの選手は転移魔法陣まで移動してください』

 

「行きますよ。ついてきなさい!」

 

「「「「「「「「はいッ!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移した先は森林地帯だった。周囲には木ばかりでそれ以外の物は全く見当たらない。

 ただし魔物の気配がそれなりにするな。姿を隠す能力を持った奴がいるみたいだ。障害物の代わりか?

 

『今回のバトルフィールドは冥界にある管理者不在となった森林、それを複製した異空間です。森には多くの魔物が配置され、近づいたものを攻撃するよう躾けられています。相手チームの攻撃以外でも大きなダメージを負えば脱落となり、先に『王』が脱落したチームの敗北です。今回の特殊ルールは、転送位置は両陣営ともにランダムで「本陣」が存在せず、自由なタイミングで「プロモーション」が可能となっています』

 

 アナウンスでルールが告げられる。原作でのグレモリー眷属は毎回だったが、うちは事前にルールを伝えられていないのは初だな。これもゲームを実戦に近づけるための手段の一つなのだと思う。

 勝つには魔物にやられないようにしつつ、敵を探して倒していかないといけない。だが地力で劣るシトリー眷属ならまずは負けない事を目的に行動すべきだな。

 ソーナ姉さんじゃバアル眷属と戦闘になれば瞬殺される。走るの遅いから逃げるのすら無理だ。見付からないよう結界を張り、それと合わせて範囲攻撃対策の障壁も張ってソーナ姉さんを隠しておくのが最善かな。それで俺か匙が拠点から離れてゲリラ的にバアル眷属と戦えばそれなりにいけるはずだ。

 

『また森の魔物には特別な術式が施されており、結界等で隠れているとそれを感知し優先的に襲うようになっています。それを留意し行動してください。それではゲーム開始です』

 

「なっ!?」

 

 作戦で一番大事なところがいきなり使えないと言われた。

 だがまぁ、結界は感知されないための物だ。感知する術式より高度なものを構築できれば使用できる。

 そう思って試しに結界を構築してみたのだが、造っている段階で魔物が集まり始めた。後でわかったことだが、片手間で即興で、とはいえ術式を造ったのはアジュカさまだったらしい。そりゃ俺みたいな若輩じゃ誤魔化しきれんわ。

 騒ぎが大きくなる前に全て凍らせて片付けられたが、魔物の強さもバカにならなかった。これでは結界を使うのは無理だ。

 

「どうします? バアル眷属の面々とは個人的にも付き合いがありますけど、備え無しでやり合えるのは俺と匙だけです。あとは真羅さんなら多少足止めできるってところですね」

 

「…………ジョージ、ベイに私も乗せなさい。そのうえで隠れます。桃、魔力で私に化けなさい。憐耶は真羅をジョージに化けさせなさい。桃と真羅を偵察に放って本隊は安全確保のために行動しているように見せかけ、バアル眷属を釣りだします。ただし匙、私がいるのにあなたがいると偽物とばれます。単独行動を取り自由にバアル眷属を襲撃しなさい」

 

 『犠牲(サクリファイス)』か。まぁ他のメンバーは戦力にならない以上、囮にするしかないわな。

 匙への指示も納得できる。ヴリトラは旱魃を起こすドラゴン。水使いのソーナ姉さんとの相性は最悪だ。ヴリトラの力を引き出しきれていない現時点でも『龍王変化』を使うと水が周囲からなくなって、ソーナ姉さんの戦闘力が七割減くらいになるからな。

 そんなのをセットで扱うわけがないし、細かい制御を気にせず無差別に周囲から力を吸う方が匙も実力を発揮できるので単独行動以外の選択肢はありえない。

 

「「「「「「「「はい」」」」」」」」

 

 ソーナ姉さんの指示通りに全員が行動を開始する。

 姿を隠し、他のメンバーから距離をとったところでソーナ姉さんが話しかけてきた。

 

「………………ジョージ、バアル眷属は囮に引っかかると思いますか?」

 

「引っかかるとは思いますよ。この実力差だと向こうは罠があったら踏み抜いて突き進む気でしょうから。なので囮にかかった奴が単独行動じゃなかったら、攻撃した途端に俺らが袋叩きにされるとは思いますけど」

 

 俺からすれば歓迎すべき事態だがな。実力差が事前にはっきりわかってるから、負けたとしてもソーナ姉さんの恥にはならない。それに今回のレーティングゲームは戦いを通して何かを掴むための物だ。苦境に立たされるくらいでちょうどいいのでソーナ姉さんが判断をミスったとしても、致命的でない限り止める気はなかったし。

 

「ならバアル眷属が彼女たちの近くに隠れているはずの私たちを探している間に、別行動で『王』を狙いに行きますよ。どうせ『王』を倒さない事には勝てないんですから。護衛が多かったときはその時に考えましょう」

 

「分かりました」

 

 囮をやってる連中には声をかけずにこっそりと移動する。俺とソーナ姉さんが近くにいると本気で思っていてくれた方が敵の目を誤魔化せるからな。リアスさんみたいに眷属相手に過保護なことをする『王』じゃなくて良かった。

 ……そういえば前にハルト経由でサイラオーグさまに「手加減無しで来てくれ」って言ったな。障壁や鎧は硬くても肉体はそこまでじゃないから死ぬかもしれない。

 ま、どうにかしてみせよう。これから逃げれば多少延命できても、次の戦いでより酷い死に方するだけだ。

 

 



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46話

 サイラオーグさまは捜索開始早々に見つかった。

 なにせ大規模破壊で周囲の木々をなぎ倒し、平地となった場所で気配を周囲にばら撒きながら堂々と待ち構えていたからな。向こうからは確実に感知できない距離からでも簡単に発見できた。

 護衛はバアル眷属の『女王』クイーシャ・アバドンだけが控えている。それ以外の眷属は周囲には見当たらない。

 魔法の技術は俺の方が上なので、アバドン家の『(ホール)』の中にでも隠れているのではない限り伏兵はいないはずだ。

 サイラオーグさまの性格的に自分の安全を確実にするより攻める方を選ぶだろうから、下僕悪魔で二番目に強いクイーシャさんがいるのに他まで手元に残しておくとは考えづらい。他はシトリー眷属を探して離れて行動しているのだと思う。

 俺個人としては戻ってくる奴が出る前に仕掛けたいが、『女王』としては『王』の意見に聞いて行動しないとな。

 

「敵は『王』と『女王』のみ。他の気配はありません。サイラオーグさまの性格的に伏兵ってこともないと思います。仕掛けますか?」

 

「少し待ちましょう。バアル眷属の索敵能力でこのフィールド程度の広さなら、さほど時間をかけずに真羅たちを見つけるはず。そしてその頃には、匙もバアル眷属を見つけるはずです。『龍王変化』を使って暴れ始めれば目立ちますから、バアル眷属の『兵士』を匙が抑えるのを確認してから仕掛けましょう」

 

 ハルトはバアル眷属で唯一サイラオーグさまとガチでやり合える実力者だ。この二人を確実に分断してから戦うっていうことだな。

 

「匙が戦う相手にハルトが混じってなかったらどうします?」

 

「その場合はサイラオーグの護衛として『穴』に隠れて残っているかもしれませんし、放っておけば匙が勝つでしょうから、匙と合流してから仕掛けます。向こうが行動を起こした場合はそれに対応する形で動きますよ」

 

「わかりました。じゃあそれまで魔物に襲われないよう、気配消して移動し続けるっていうのでいいですか?」

 

「それでかまいません」

 

 一ヶ所に留まってるとじきに魔物が感知して寄ってくる。結界なしで隠れ続けるのには限界があるので、ソーナ姉さんも同意してくれ

 

た。

 さて、後は匙がどう動くかだ。念話したら位置がばれるからできないし、できれば早く派手に暴れてほしいものだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――匙元士郎 side ―――

 

 

 

 

 『漆黒の領域』で自分の気配を消し、『黒い龍脈』を振り周囲の魔力や気を採取して索敵を行いながら移動する。

 このフィールド自体が魔力で造られており、魔物の放つ魔力も混ざって分かりづらいが、確かに感知することが出来た。

 副会長たちの方に、気配が二つ向かっている。

 遅れて二つの集団が別方向からも向かっている。

 そしてこの2グループ両方から、強大な獅子の気配がする。それもほぼ同じ大きさの力をだ。

 ありえない事じゃない。アバドン家の『穴』なら神滅具『獅子王の戦斧』に封じられたネメアの獅子の気配を一時保管しておき、それを放出しながら移動することも可能なはずだ。

 だがそうだとすると眷属を全て攻撃に回し、サイラオーグさんは後方で一人でいることになる。敵が一塊でいる保証などないし、実際に俺たちは分かれて行動しているので、いっそ全員で攻撃に回った方が安全で確実だ。あの人がこんなミスをするとはとても思えない。

 ならなんで気配が二つあるのかって疑問に戻っちまうが、考えても答えは出そうにないな。

 待つのも飽きたし、とりあえず片方襲撃してみよう。そうすりゃどういうことか相手の反応でわかるだろ。バカの考え休むに似たり、だ。

 

『それでいい。我らに考え込むなど似合わぬ。見つけた傍から焼いて行き、いずれは本命に突き当たる。それくらいがちょうどいいのだ』

 

「そうかもな。じゃあ、行くか!」

 

『ああ、みな焼き払ってやろうぞ!』

 

 森を駆け、最短ルートで近い方の集団に向かう。

 『漆黒の領域』では気配は消せても音は消せない。ある程度近づいた時点で『龍王変化』を発動し、派手に炎をまき散らしながら体当たりをする。

 

『『グルァァアアアアアアアアアッ!』』

 

「おらぁぁああああああああッ!」

 

 獅子堂はこっちの集団にいたらしい。奇襲にも対応され、炎で模った頭部が両断された。

 だが纏った炎が余波も防ぎ切ったため肉体にはダメージは無しだ。問題なく戦いを続けられる。

 あえて龍体を再構築せず、一気に爆発させ辺り一面を焼き払う。

 

「アルトブラウッ!」

 

「はぁあああああっ!」

 

 馬に乗った騎士―――『騎士』のベルーガ・フ―ルカス―――は空を飛んで呪いの炎を回避し、不気味な杖を携えた小柄な少年―――『僧侶』のミスティータ・サブノック―――は魔法で障壁を展開し炎を防ぐ。

 結果、ベルーガは炎から逃れられたが、ミスティータは炎に障壁を構築している魔力を奪われそのまま焼かれた。獅子堂は予想以上に強力だった『獅子王の戦斧』の能力により炎を無効化して被害をマントだけに抑え、避けるそぶりすら見せなかった。

 ミスティータを腹に収め、龍の体を再構築する。

 

『もう禁手状態か。道理で硬いはずだな』

 

 マントを剥いだハルトは、重厚な鎧で覆われた右腕で戦斧を持ち、他は金色の軽鎧(ライト・アーマー)を着込んでいた。堕天使の資料でみた通常の物ではないが、禁手化でできた鎧だと気配でわかる。あのマントは気配をある程度抑え、禁手状態だと分からないようにするための物だったのだろう。

 

「だてに鍛えてないからな。一月くらいこの状態を維持することだってできるし、ゲーム開始と同時にもう使ってたさ。ところで、ミスティータの奴は今どうなってんだ? リタイアのアナウンスがないってことは生きてるんだよな?」

 

『ゲームを止められるようなことはしてないさ』

 

『我が半身よ。下らん話は後にしろ。普段は暴走させぬよう自重しているのだ、こういう時くらい派手に暴れさせろ!』

 

 ヴリトラが駄々をこね、炎の制御が甘くなる。

 規則性のかけらもない炎が溢れ出し、ベルーガは慌てて回避行動を取った。

 

『わかったよ。それじゃ、いくぜぇッ!』

 

 獅子堂に飛び道具は効かない。ゆえに炎は飛ばさず纏ったまま喰らいつく。

 頭を両断されれば二つに増やして喰らいつき、胴を切り裂かれれば頭や尾を生やして反撃する。

 ベルーガも攻撃や妨害してくるが、剣やランスによる攻撃は本体に当たらない限りかえって呪いの炎に焼かれるだけ。魔力で造った幻影も『漆黒の領域』の中では一秒と持たず薄れて消えるのみ。なので逃走以外の行動は無視して獅子堂を追った。

 途中で他のバアル眷属も合流してきたが、こいつらもベルーガと同じで有効打は打てず、妨害もさしてできないため逃がさないようにだけ注意して獅子堂を追う。

 追いかけっこをしばらく続けていると、アナウンスが響いた。

 

『サイラオーグ・バアル選手の『僧侶』一名、リタイアです』

 

 腹の中でエネルギータンクにしていたミスティータがついに空っぽになった。

 俺はここでバアル眷属はこちらは「燃費が悪い」と理解し、動じることなくガス欠を狙ってこのペースを維持するものだと思っていた。燃費が悪いように見せかけているだけで実際は『漆黒の領域』でこいつらから吸い上げている分だけで維持には十分なので、存分に持久戦に付き合ってやるつもりだったんだ。

 だが『僧侶』のコリアナ・アンドレアルフス以外は一気に間合いを狭めてきた。本体の位置も掴めていないはずなのにバアル眷属がこんな博打を仕掛けてくることには違和感しか感じない。

 何か狙っての行動なんだろうが、対処法は同じだ。近づく奴は焼いて丸呑み。

 そうするべく口の中に呪いの炎を集中させる。

 

『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』

 

 物理的な破壊力すら帯びた咆哮が轟き、なぜか俺だけを打ち据えて炎で模った龍の体をまとめて吹き飛ばした。

 炎を剥がれ無防備となった俺に、『蒼ざめた馬(ペイル・ホース)』の炎を纏ったランスが、強大な重力と共に振り下ろされた剣が、怪力を誇る拳が、右腕のみ龍へと変化した拳が、そして物理的な破壊力では最高の神滅具による一撃が立て続けに叩き込まれた。

 

 



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47話

―――獅子堂春人 side ―――

 

 

 アニメのラスボス戦みたいな戦いだった。

 一発でも直撃を受ければ即アウトな巨大なドラゴン相手に足止めを行い、その間に全員で囲んで移動しないようにする。

 その途中で『僧侶』が飲まれたのも作戦通りだ。どちらかがわざと飲まれ、内部から魔力で炎を乱し剥がれやすくなるよう手を加えていく手筈になっていた。

 限界まで炎を乱したところで、炎の外装をはぎ取りにかかった。これは俺の役目だ。

 禁手『獅子王皮の斧闘士(レグルス・レザー・アクスウォーリア)』は元の戦斧に加え軽鎧(ライト・アーマー)を構築し、右腕を重厚な鎧で覆う。そして左腕にレグルスの意識が宿った盾を具現化させるのだ。能力は通常時の強化版でしかないが、盾を獣形態に変えて別行動を取ることもできるようになった。これは譲治は知っているが、俺が許可しない限り話してはいけない契約を結んでいるので匙は知らなかっただろう。

 意識を神器の深奥に潜らせておけば気配を限りなく薄くすることもできるので、近くまで運んでもらった後はギリギリまで隠れておき、強大な打撃力を伴う指向性の咆哮『獅子吼』にて外装をはぎ取った。

 そこからは『僧侶』コリアナ・アンドレアルフスによるバフを受け、全員後先考えず全力の一撃を叩き込んでいく。

 『騎士』ベルーガ・フールカスと愛馬アルトブラウによる、炎をランスの先端に集中させて放つ刺突。

 『騎士』リーバン・クロセルによる込められるだけの魔力を込め、超重力により最大限に加速させた斬撃。

 『戦車』ガンドマ・バラムによる大威力と共に、匙を絶好の位置へと弾き飛ばす拳打。

 『戦車』ラードラ・ブネによる全ドラゴンのオーラを右腕へと集中させた、破城鎚じみた一撃。

 そして俺―――『兵士』獅子堂春人が戦斧の面の部分を使い、レグルスの衝撃音も乗せて欠片も残さず消滅させるような止めを放った。

 前世であった魔法少女アニメのフルボッコに匹敵するラッシュだったと思う。飛び切り頑丈なはずのフィールドが壊れて、亜空間が見えているくらいだ。ゲーム開始前に何故かやってきたアザゼル総督から「お前らじゃ倒せはしても殺すのは無理」って言われてなきゃここまでは出来なかったな。

 全員が渾身の一撃を繰り出し、しばし動きが止まった。

 

「……やったか?」

 

「わからん。だがこの威力だ。やつもただでは済むまい」

 

「お前らフラグ立てんな!」

 

 私生活では割とノリのいいリーバンとベルーガが俺の教えた漫画で覚えたセリフを言う。

 まぁシリアスな空気を続けたくなくなる気持ちも十分にわかる。

 こいつらも嫌でも感じ取っているのだろう。匙をフルボッコにした直後から、どんどん禍々しいドラゴンの気配が増大していくのを。

 

「…………」

 

「コリアナ、背に隠れろ。お前の補助が我らの生命線だ」

 

 高い対魔力をもつガンドマが翼を広げて攻撃に備え、完全龍化したラードラがコリアナを背に庇う。匙の呪いに対抗できる『僧侶』を守るための布陣だ。普通攻撃に備えて護衛に着くのは反射速度の高い『騎士』の仕事だが、『騎士』コンビじゃ逃げは出来ても守るのは出来ないからな。普段は全く使わない陣形だが、このゲームの為に特訓した。

 だがそれは、完全に無駄に終わったようだ。

 

「「「――――――――ッ!?」」」

 

 木々が枯れ、土が乾き、崩れかけていたフィールドは大穴があき、対魔力の弱い者も干からびていく。コリアナはギリギリで自身の魔力を高めて防いだが、耐え切ることは出来なかった。倒れた者たちの体が光に包まれて消えていく。

 

『ソーナ・シトリー選手の『戦車』一名、『騎士』二名、『僧侶』二名、『兵士』一名、リタイアです』

 

『サイラオーグ・バアル選手の『騎士』二名、『僧侶』一名、リタイアです』

 

 見てないところでシトリー眷属までリタイアしてる。ひょっとして匙のやつ暴走してんのか?

 そう思いつつ観察していると、空中を漂っていた黒い火の粉が炎になり、中から人型が現れた。肌が黒く、目が黄色くて、白い牙が生えているが、アレはおそらく匙だ。気配はかなりヴリトラのが強くなってるがな。

 

「……それって禁手か? 状況的にはそれしかないはずだけど、なんか違う気がするんだが……?」

 

「ちげぇよ、ただの肉体のドラゴン化。力を引き出す代償に体を差し出したなら、誰にでも起きてる事だ。それがさっき粉々にされた肉体を再構築したときに完了したってだけだ。ここまで宿ったドラゴンの性質を引き継いで、全身がドラゴン化したのは俺が初めてだろうけどな」

 

「……心当たりあるかラードラ?」

 

 当たり前のことを説明するように匙が言うが、現実を受け入れきれない。ドラゴンを司るブネ家出身のラードラにさらなる説明を求めた。

 

「確かにドラゴンに限らず、封印系の神器すべてに言えることだ。封じられた魔物の力を借りる代わりに、肉体を差し出す。一度差し出せばそれ以降は魔物に肉体を浸食され死に至ると言うのは。だが全身がドラゴン化するまで生き延びたなど聞いたこともないし、もしそうなれば肉体の制御権も乗っ取られるだろうと言うのが通説だ! こんな風になるはずがないッ!」

 

『そんな常識、こいつに通じるわけがなかろう。ただの神器所有者ではない、我が「半身」と認める相手なのだぞ? この程度できて当然だ』

 

 俺同様困惑が隠せないラードラに対し、ヴリトラは呪いの炎で体を作って言い返す。

 

『まぁ周囲に食糧が少なかったせいで、我と半身の二体分の体を構築することは出来なかったがな。赤龍帝が呼び寄せる騒動に巻き込まれていればじきに復活は出来るだろうが、それだけは残念だ』

 

「ヴリトラ、仲間を食い物扱いするな。さすがに怒るぞ」

 

『そうは言うがな、我にとってあれらは仲間には思えん。いくら対策を持たずに近くにいたとはいえ、体を再構築するために少々大きく息を吸っただけで致命傷を負いかけるような有様ではな。力の差が大きすぎる。せめてそこにいる者達程度は頑丈でないとな』

 

「人には得手不得手があるんだから無茶言うなよ……」

 

 全くだ。俺もそう思う。

 今「大きく息を吸った」と言っていたが、たぶん一定以下の対魔力を持たないモノから力を吸い尽す攻撃だったのだろう。だから防御力の高い『戦車』と鎧を纏った俺は助かった。

 だがその『一定』って言うのが高すぎる。コリアナ達だって大人の悪魔を含めても上位の対魔力を持ってたんだぞ? それでもダメとか感覚狂い過ぎだろ。

 そう思いながら隙を窺うも、全然見当たらない。周囲から吸い上げ続けているせいで気配が外に漏れず、どちらからの攻撃を警戒しているのかさっぱり読めない。どう攻めればいいんだこれ。

 

『そんなことより我が半身よ、お前はまだ力の制御がなっていない。そこにちょうどいい練習台がいるのだから戦ってみろ』

 

「そうするか。つーわけでちょっと付き合ってもらうぜ」

 

「「「…………」」」

 

「ん? どうしかたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ――――――ッ! 完全に未知の敵だこいつ! どうすりゃ勝てるんだろうなッ! 楽しそうじゃねえかッ!!」

 

「ありえん事態に動揺してしまったが、今回のゲームは完全に訓練のための物。おあつらえ向きの状況になったと言えるだろう。この壁を越えたとき、我らの手には何かが掴まれているはずだ」

 

「……相性が悪かった連中には申し訳ないが、こいつは我らだけでいただくとしよう」

 

 

 

 



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48話

 遠くで黒い龍が暴れはじめる。

 強大な反撃が龍を襲い、余波で周囲の木々が吹き飛んでいく。

 頭部を両断された龍は頭を増やして攻撃を繰り返し、八岐大蛇みたいになりながらその他のバアル眷属を適当にいなしつつハルトを追いかけまわしている。

 バアル眷属の連中は多少頑固で常識はずれな現象には弱かったりもするが、後ろの心配をしなくていいなら喜々として勝ち目のない相手にも突っ込んでいくバトルジャンキーどもだ。サイラオーグさまの護衛任務を解かれて攻撃に回っている以上、あそこから動くことはまずないな。

 一番の問題はハルトだが、こちらも問題ないだろう。あいつは未知の敵とか自分対策を立ててきた敵とかを打ち破ることを好んでいる。そのせいでこっちが対策を立てて敵を封殺するよう行動する原作の事件には協力してもらえなかったんだが、おかげで匙との戦いを途中でやめることはないと予測できる。お互いに手の内を知っていてどっちが先に当てるかの斬り合いにしかならない俺より、ヴリトラの力をアレンジして使っている匙と能力バトルしてた方が楽しいだろうからな。

 ソーナ姉さんもそう判断したようで、匙たちの方を見るのをやめて指示を出してくる。

 

「匙がサイラオーグの『兵士』を捕まえましたね。では向こうが終わらない内にこちらも仕掛けるとしましょう」

 

「はい」

 

 本当はまだレグルスの方が確認できていないんだが、別行動できることは契約で教えてはいけないことになっているし、サイラオーグさまの性格的にも残しておくのはありそうにないので問題ないだろう。

 さて戦いに行くのなら魔法力を消費し続けるから、隠れて移動してる間は装備してなかった武装をまずは揃えよう。

 まずは鎧。京都で曹操と戦った時のとは違う、背中から腕が四本生えているやつだ。ベイにも腕が生えてる馬鎧を着せ、後ろに乗るソーナ姉さんが落馬しないよう補佐をする。

 次に武器。右手に聖剣デュランダルを、左手に量産品の聖愴を持ち共鳴させて強化する。背中の腕で魔剣ダインスレイブ、バルムンク、ノートゥング、ディルヴィングを持つ。

 さらにゲオルギウスの特殊能力『竜殺し』の付与を行う。これをすることでデュランダルは完全にグラムの聖剣バージョンになり、量産品の聖槍はアスカロンを凌駕する力を持つ。さらに魔剣四本は聖なるオーラも帯びて聖魔剣になり、魔法も合わせることでほぼ完全に使用時のリスクを克服した。燃費の悪さは変わらずだけどな。

 ここまでは全力だが、今回は『棺』は無しだ。あれの中に入っているやつは一応生きているので、ゲームのルール上持ってくることは出来なかった。弱い使い魔だけじゃなく、上級悪魔顔負けの戦闘力を持つ『蒼ざめた馬(ペイル・ホース)』のアルトブラウとかも連れ込んでるんだからこれもいいじゃん、って言ったんだが受理されなかった。あれが許されたのは家系の特性上、騎馬がいないと本来の実力を全く発揮できないと分かっているからであって、あった方が良い武装でしかない俺は駄目なんだそうだ。

 

「準備は出来たようですね。ではいきましょうか」

 

「ソーナ姉さんの準備はいいんですか?」

 

「隠れてる間に仕込んだ分だけで十分です。多すぎても使い切れません。現在の量でもそれにかかりきりになって他の事は出来ないでしょう。それを念頭に入れて戦いなさい」

 

「わかりました」

 

 俺としてはベイに乗っているとはいえソーナ姉さんは武器も防具も軽装過ぎる気がするが、本人的にはこれでいいみたいだ。まぁ俺としても誰かを守りながら戦うというのはいい経験になりそうなので異存はない。

 武装を準備する時から気配を抑えるのはやめていたので、向こうもこちらに気付いているだろうからもう隠れる必要はない。

 一直線にサイラオーグさまのところへ向かうと、彼は挑戦者を待つ王者みたいな感じで待っていた。

 

「ようやく来たか。では始めるとしよう」

 

 そう言ってようやく椅子から立ち上がり、オーラを増大させて戦闘態勢に入った。

 

「先手をくれてやってもいいが、どうする?」

 

「冗談はやめてください。あんた相手に突撃するなんてできません」

 

 サイラオーグさまが攻撃の順を提案してくるが、これは断った。

 なにせこの人、ハルトから『HUNTER×HUNTER』について教えられているのだ。全身に纏って肉体を強化する闘気とオーラが使いからが似ているって理由で。

 そのせいで通常時の『纏』と一時的に闘気を増大させる『練』くらいしか使ってなかったのが、闘気を放出せず回復速度を速める『絶』、武器に闘気を乗せる『周』、闘気を隠す『隠』、闘気を集中させて増幅する『凝』、闘気を増幅させた状態を維持する『堅』、闘気を広げて振れているモノを感知する不定形の『円』、『凝』と『絶』を併用し完全に一部に闘気を集中させる『硬』、『凝』を使う位置を変えながら戦う『流』を習得している。

 そのせいで体全体の防御力は原作と大して変わっていないだろうが、攻撃力とピンポイントでの防御力は跳ね上がっているのだ。来ると分かっている単発の攻撃では倒すことはできない。先手を取って仕掛けたら、完全に防ぎきられたうえに反撃でそのままやられるだろう。攻撃を避けて闘気が薄くなっているところに狙うのが最適だ。

 なお魔力を使った固有の技を思い浮かべるのか『発』だけはできないそうだ。ウボォーキンの『超破壊拳(ビッグバンインパクト)』みたいなのならいけただろうが、そう言うのを必殺技とは思えないんだとか。このへんは魔力と同じで本人がどう思っているかが肝心だし、通常攻撃が全部必殺技みたいな状態だから技名つけて強化した攻撃とかはいらなかったのが理由だと思う。

 

「そうか。では俺から行くぞ。ソーナが死なないようしっかり守れッ!」

 

 サイラオーグさまが拳を突きだす。

 それだけで手が届くような距離ではなかったが、衝撃波が発生し直線上にあったものはまとめて消し飛んでいく。

 それを俺は横に大きく動いて躱す。躱した先にはサイラオーグさまがいた。

 

「はぁッ!」

 

 再度拳撃が飛んでくる。今度は近距離からだ。

 デュランダルで飛ぶ拳圧を分割し、障壁を貫けない程度まで弱らせ防いだ。

 その間にサイラオーグさまはサラに近づいていた。

 

「おおおぉぉぉぉっ!」

 

 ゼロ距離から拳撃が放たれる。当たれば即リタイアだが、最大のチャンスでもある。

 攻撃される箇所に『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』を発動し、闘気を凍らせてただの打撃に変える。この時に腕まで凍らせればかなり戦力を削げる。後先考えず全力で魔力を注いだ。

 

「ッ!?」

 

 サイラオーグさまの拳が途中で消えた。

 全く違う方向から衝撃波が浴びせられる。

 

「ッ、らぁあああっ!」

 

 ダインスレイブを触媒に氷を作り出して防ぐ。

 巨大な氷柱もついでに作り、サイラオーグさまを弾いて距離をとらせた。

 

「今のを障壁に当たってからのタイミングで防ぎきるか。予想以上だな」

 

「……元々障壁が割られてるうちに魔力や魔法で防御する戦闘スタイルですから。つーかクイーシャさんサイラオーグさまの攻撃に合わせて『穴』開けたりできたんすね」

 

 原作では兵藤の突撃にすら反応できない程度の反射神経だったし、この世界でもそこまでじゃなかったと思ってたんだがな。

 そう思って発現するとカラクリを教えてくれた。

 

「俺が動き始めて何秒後に『穴』をいくつ、どこに空けるかパターンを決めているんだ。後は俺がタイミングを合わせて攻撃している。まだクイーシャでは俺にはついて来れんからな」

 

「なるほど。でも言っちゃっていいんすか?」

 

「構わん。俺を無視してクイーシャを狙えるような余裕がお前にあるとは思えんからな」

 

 全く持ってその通りだ。そんなことをしようとすればサイラオーグさまに後ろから殴られてお終いである。

 

「さて話はここまでだ。2セット目を始めよう」

 

 

 

 

 

 



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49話

「そりゃお前、そんなので禁手に到れるわけねェよ」

 

「そうですか。自分追い込めばいけると思ったんですけどね……」

 

「死ぬ気で頑張るのと無策で挑むのは違うさ。それにお前、命の安全が保障されてる状況じゃそこまでマジにはなれないタイプだろ? 戦力増強の為にああいうゲームを提案したのは俺だけど、お前に関しちゃゲームの中での成長は全く期待してなかったぞ」

 

 バアル眷属とのレーティングゲームの後日、俺と匙は堕天使の研究施設に来ていた。目的は俺と匙の検査だ。匙は別室で先に検査を受けていて、今この部屋には俺とアザゼル総督だけがいる状況だ。

 昨日の試合はバアル眷属の勝利で幕を閉じた。

 まずは匙対ハルト、ラードラ、ガンドマの戦い。こっちは相打ちで終わった。

 ラードラとガンドマを落し、終始匙優勢で戦いは進んでいたようなんだが、ハルトが『覇獣(ブレイクダウン・ザ・ビースト)』まで使い始めたため運営により強制リタイアさせられたんだ。暴走しているヴリトラ―――ゲームの後で完全に龍化が済んで暴れていたと聞いた―――に神滅具の『覇獣』はやり過ぎとの判断だとか。記録映像で強大な力が荒れ狂っていたのに、アジュカさまが介入した途端完全に抑えつけられてフィールドから退場させられたのには目を疑ったな。超越者の凄さを垣間見た感じだ。

 で両チームの『王』と『女王』のコンビ対決だが、これはこっちが負けた。

 『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』で防御することで攻撃時に『凝』を使うことを強要し、闘気が薄くなったところに反撃を叩き込むと言う戦法はそこそこ上手くいった。初回のようにアバドン家の『(ホール)』で別の方向から衝撃波を飛ばしてくるなどしてくるので防御が空振ることもあったが、強力な武装の存在もあり片腕を切り落とし腹に穴を開けるとこまでは行けた。こっちは無傷だったが消耗も考えると、押されてたのはこっちだったけどな。

 そこでソーナ姉さんの仕掛けが発動。一寸先も見えなず、異常に粘性が高いためサイラオーグさまですら動きがかなり遅くなり、供給され続けるので拳の衝撃波で払うこともできない濃霧を発生させた。この霧の中でもソーナ姉さんとソーナ姉さんに接触している者は普通に見えるし、動けるように作られている。おまけに異空間に繋がる『穴』ができると周囲の霧が固まって自動で塞ぐよう術式を組んでいた。対バアル眷属用の特性の術だそうだ。

 欠点としては魔力の消耗が激しいのに加え、下準備がそれなりに必要なこと、発動まで時間がかかること、発動中は他の行動がとれなくなること辺りがある。今回は準備は十分に行えたし、発動までの時間も稼げたし、俺の後ろに乗せていたから自衛出来なくても問題なく運用できていた。

 実際発動後は即座にクイーシャさんを落せたし、サイラオーグさまとの戦いも一方的に俺が斬り続けるみたいな状況になったからな。

 ただ有利になり過ぎたせいでサイラオーグさまが守りを固めてしまった。一切動くことなく、攻撃される箇所に闘気を集中させて防ぐと言う戦法をとりだしたんだ。そのせいでいくら攻めてもなかなかダメージを与えられず、時間だけが過ぎていった。

 そして起こる匙の完全龍化。距離がかなりあったし、龍化が進むくらいで完全になってしまうとは考えていなかったためソーナ姉さんが作っていた霧はもろに影響を受けた。ヴリトラの『旱魃を齎す力』によって霧が晴れ、いいのを一発もらってしまった。

 そこからは防戦一方となり、いくらか粘ったが波乱はなく負けてしまった。これがゲームの顛末だ。

 

「ならゲームが終わった後でいきなり禁手化したのはどういう事態なんでしょうか? これについてはさっぱりわからないんですが」

 

 ゲームが終わった後で敗因について考えていると、唐突に神器が禁手化したのだ。戦闘中には全く変化しそうな兆候はなかったのでかなり驚いた。

 

「そういう事例は少ないからな。悪魔側に渡したデータにゃほぼ書かれてなかっただろうし、そう言う反応になるわな」

 

「というと?」

 

「神器は所有者の想いを糧に進化と変化を繰り返しながら強くなっていく。で、ある程度神器を強化した所有者が、強烈な危機感や感情を抱くことをきっかけに至るのが普通の禁手化だ。だがこれには例外もあってな。所有者がきっかけなんぞ必要ないほどの才能があった場合、『どんな力が欲しいか』をある程度具体的にイメージすることで至る場合がある。たぶん曹操のもこっちだろうな」

 

 あー、なるほど。そう言うこともあるんだな。

 曹操の『|極夜なる天輪聖王の輝廻槍《ポーラーナイト・ロンギヌス・チャクラヴァルティン》』も強烈な感情を元にしていたり、危機的状況に対応するために発現した物じゃないからこそ万能な力を作り出すことが出来たんだろう。俺のもそれと同じってことは、案外拡張性は高いのかもな。

 

「まぁそれでも普段の思考とか戦い方の影響で知らない内に妙な機能が追加されてることもあるんだけどな。そう言う意味もあってお前にもグリゴリ(うち)で検査受けとくように言ったんだよ」

 

「でも趣味八割くらいっすよね?」

 

「九割五分くらいだな」

 

 ほぼ完全に趣味じゃねぇか。

 まぁこの人の性格的に、趣味に絡まないことで全力出せって方が無理か。趣味と一致してて良かったと思っておこう。

 しばらく雑談をしつつ、一番設備が充実している部屋で行われている匙の検査が終わるのを待つ。

 

『総督、ヴリトラ2号の検査終了しました。ゲオルギウスを検査室に入れて下さい』

 

「終わったみたいだな。じゃあ検査いってこい。俺は部下が採ったデータ見てくるから」

 

 放送を聞いたアザゼル総督は、検査室の入り口を指差した後走り去ってしまった。

 突っ立っていてもしょうがないので検査室に入る。部屋中に魔法陣が刻まれただだっ広い部屋だ。

 

『準備完了しました。ゲオルギウス、禁手を使ってください』

 

「はい」

 

 アナウンスに従い、ベイを出して発動させる。

 体を覆っていた障壁が結界へと変質し、部屋いっぱいに広がる。これで見た目の変化は終了だ。

 能力としては『騎乗した者の体を障壁で覆い保護する』から『結界の内部を神器所有者の肉体と定義し、外部からの干渉は遮断する』という物に変化している。結界も通す、通さないを自由に決められるので入るだけで出られないトラップとして利用したりもできる。

 これはゲームの反省をしていて「魔力を放出して攻撃するのではなく、離れたところにタイムラグなしで魔力を作用させられていたら、動き出すために足に闘気を集中させた瞬間を狙い放題だったんじゃないか」と考えた時に発現した禁手なんだと思う。

 なので当然、内部では自由な地点をタイムラグなしで凍結させたりできるようになっている。あと俺の肉体扱いされているせいか、内部はかなりの低温で、一定以下の実力の物は即座に凍りつき、俺より強くても隔絶した差のない者は弱体化は免れない。氷使いとかは強化しちゃうんじゃと思って試してみたが、どうも内部で俺の遺志によらずに『氷』『凍結』の力を使った場合は俺に力を貢いでいるみたいになるようだな。量が過剰ならの過回復みたいになってダメージを負うかもしれないが、そんな相手なら端から勝ち目ゼロだろうから考えなくていいだろう。

 名前はまだない。思いついたらつけるつもりだが、思いつくのがいつになるかは不明だ。いっそアザゼル総督辺りにつけてもらうのもいいかもしれない。

 

『計測、終了しました。部屋を出て総督と合流してください』

 

 アナウンスに従い部屋を出た。

 アザゼル総督曰く「神器の仕組みは俺の考えていた物でまちがいないが、結界の方は現状遮断だけだが他のもいけるようになりそう」とのことだった。さすがに一枚につきバラバラの能力を付与とかは無理だろうが色々出来そうで夢が広がるな。

 

 



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昇格試験とウロボロス
50話


 グリゴリから帰ってきた後で、報告も兼ねてシトリー眷属一同は会議を開いていた。

 場所は駒王学園ではなくシトリー家の屋敷。駒王学園での会議だと生徒会会議っぽくなるからこっちでやる方が俺としてはありがたいんだよな。

 

「というわけで俺はまだ強くなれそうです。現時点でもアザゼル総督に『聖馬守護する自己領域(エリア・オブ・マイン)』って名前を付けてもらったおかげで、イメージ固まって出力も検査前より上昇しました。消耗が激しいとかいうデメリットもないですし、領域内に入っても味方は凍らせない等の加減もできますので、これまで以上に役立てると思います」

 

「それは良かった。これまで以上に頼りにさせてもらいますよ。で、匙はどうなのです? 無茶な改造はされていませんか?」

 

 ソーナ姉さんは心配そうな表情で匙に尋ねる。

 今は収まっているが、検査に行く前は周囲にいる者から少量ながら力を吸い続けてしまう状態だった。ヴリトラ曰く「生態のようなもので、吸う量を加減することはできるがやめることはできない。止まるとすれば一度死んで復活するまでの間くらい」とのことだ。

 そして今、ソーナ姉さん達には匙の近くにいるのに力を吸われている感覚がない。これからアザゼル総督が何か手を打ったのは分かるのだが、あの人こういうことでは全く信用がないからな。なんか余計な改造されてるんじゃないかと心配になってしまうのは仕方ないだろう。

 

「大丈夫です。体の中に残ってた神器の残骸を吐き出すの手伝ってもらって、日常生活用に『ドラゴンを封印する』効果を持った人工神器貰っただけですから。俺自身はいじられてません」

 

「……神器の残骸? 壊れていたんですか?」

 

「いや、ヴリトラが神器から俺の体に引っ越したんで、抜け殻みたいになってたみたいです。なんか引っかかってるみたいで違和感あったんですけど、大分よくなりました」

 

「ただ神器の残骸は半分もってかれましたけどね。あそこまで綺麗に封じてた魂が抜けただけの神器は堕天使も見たことがなかったそうですから、いい研究試料になるんでしょう。別の魔物の魂を詰めて人工神器を作るのも割と簡単にできそうでしたし、元は向こうの物とはいえちょっと惜しかったですね」

 

 神器が壊れる時は基本的に所有者も死んで修復された状態で転移するので、壊れた状態と言うのはまずない。封じられたドラゴンの魂だけが抜けたモノとなればなおさらだ。そのためソーナ姉さんでもすぐには信じられなかったみたいだな。

 なお神器は匙への移植の時点でシトリー眷属の物――つまりソーナ姉さんの物となっているが、ソーナ姉さんは価値を理解しきれていないので全部渡しかねなかったからな。現に今も魂を込めれば簡単に人工神器を作れるって言ってるのに、どんなのが作れるかとか聞いて来ないし。だから爺さまに連絡を取って持って行かれる量を半分まで抑えた。

 あと研究試料分を除く抜け殻の大半はソーナ姉さんの指示があるまで倉庫に眠らせておくつもりだ。魂を込めて人工神器を作るのは簡単でも、この抜け殻状態に戻すのは無理そうだからな。

 

「まぁ問題がないようで安心しました。では次の話題に移りましょう」

 

 そう言ってソーナ姉さんは俺と匙に改めて視線を向けた。

 

「ジョージと匙に昇格の推薦がきました。これで試験に受かればジョージは上級悪魔に、匙は中級悪魔になれます」

 

「ッ、マジっすか!」

 

「これだけ功績たてたんですから、順当なところですね」

 

 匙は驚き喜びの表情を浮かべるが、俺は平然としていた。推薦を出さないという選択肢はないくらい成果を上げているからな。後ろ盾も立派なのがいるし、推薦してもらえない方がおかしいのだ。事前に推薦を受けた後の事も魔王さま方やアザゼル総督と相談済みである。

 一通り他の同僚から祝いの言葉を貰った後で、匙が何かやばいことに気付いたみたいな顔になった。

 

「……そういえば、お前英雄派に対する囮の役割どうするんだ? 何の役職もない悪魔だから英雄派は行動が制限されてたのに、土地持ちになっちゃダメじゃね?」

 

 真っ当な指摘である。だからこそ対処法はもう見つけている。

 

「そうだな。だから今回の試験は滑るつもりだ。ただ『悪魔の駒』は今後の戦力増強の為にほしいから、領地運営に関するテストだけめちゃくちゃ低い点を取る予定だな。それで他は高得点をとれば土地はまだもらえなくても、事前の功績と合わせて昇格と『悪魔の駒』の授与くらいはしてもらえるし」

 

「えっと、そう言うのってありなのか? 悪魔のルール的にも、英雄派の行動制限的にも」

 

「ありだぞ? 土地は持ってないけど上級悪魔で眷属持ちって、要はソーナ姉さんやリアスさんと同じ状態になるだけなんだよ。領地を継げない第二子、第三子のために、土地は申請しとけば試験に受かったときに魔王さまから下賜してもらえる制度もあるから問題ない。英雄派についても自由に動けるほどの階級でもないから大丈夫だ。神々ぶっ殺すって息巻いてるのに、このレベルの相手にそんなことやってたら神器に愛想尽かされて禁手すら使えなくなりかねないからな」

 

 ついでに言うと、土地貰えるまではアザゼル総督経由でこっそり金もらえることになってるから財政的な問題もない。眷属に土地を分けてやれない分の金銭を支払うのには全く問題ない額だからな。

 説明を聞いて納得したのか、話題が別の事に移る。

 

「ていうか受かるの前提で話してるけど、試験は大丈夫なの? 実技だけじゃなく筆記もあるし、上級は勿論だけど中級だってかなり難しいんでしょ?」

 

「うげ、そうだった……」

 

「俺は余裕だ。難しい方の領主としての能力試験は落とすつもりだし、レーティングゲームの試験って書いとけば正解な試験だしな」

 

「え、上級への昇格試験って中級と違って戦術とかの問題も出るって聞いたんだけど、レーティングゲーム絡みの問題ってそんなに簡単なの?」

 

 ソーナ姉さんの夢であるレーティングゲーム学校の設立、俺以外の全員がそれに賛同しているだけあってこの話題には食いついてきた。

 俺の知り合いの昇格試験合格者曰く「レーティングゲームの結果が出世にかなり影響する現状だと、割と多くの受験者が引っかかってしまう罠」らしいしこいつらもそうだったってことか。

 

「簡単って言うか、正解がないって感じだ。一応定石みたいなものはあるってことになってるんだが、チームの構成や敵チームとの関係、その日の体調、気分、その他色々な要素で取るべき戦術は変わるからな。傍目には愚策にしか見えなくても、本人とその眷属にはぴったりな戦術って場合もあるし。だからレーティングゲーム絡みの問題は、眷属もいない現時点では勉強とかするだけ無駄なんだよな。ぶっちゃけ受験者に無駄な勉強させるためのひっかけ問題だ。

 あとはまぁ、上級悪魔にとってレーティングゲームの腕ってそこまで重要なことじゃないんだよ。だから少々成績が悪くても問題視されなくて、書いとけばOKみたいになった」

 

「でもレーティングゲームの順位が上下関係とかにかなり影響してくるって聞いたんだけど……」

 

「確かにそうだが、それだけで関係が決まるわけじゃないしな。あくまで評価要素の一つってレベルだ。戦闘能力は自分の領地―――つまり有利に戦えるよう準備できる場所で領民の手にはおえない害獣とか犯罪者をどうにかできるだけのものがあれば、他のフィールドでは全然勝てなくても職務に問題はないわけだし。攻めるのはそう言うのが得意な少数精鋭に任せた方が効率的だから下っ端の上級悪魔にはそんな仕事回ってこないしな」

 

「なるほど。それじゃあ確かに重要とは言えないわね」

 

 全員納得してくれたようだ。レーティングゲーム学校の無茶苦茶さについてもこれくらいの理解をしてくれれば楽なのになぁ……。

 ま、その辺は置いとこう。もういっそのこと一回やって派手に失敗するのも必要かと思えてきたしな。

 

「だけどやる気はある、悪魔のルールに従って生きていくつもりもあるってアピールは必要だからな。試験勉強は真面目にやらないと駄目だ。つーわけで匙、これから『魔王少女レヴィアたん』一期から全部見るぞ」

 

「それいるのッ!?」

 

「必須だ。自分の主の家系が輩出した魔王が手掛けた作品だからな。ここ落すと大幅減点もありうる」

 

 

 



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51話

 試験に向けて勉強をしていたある日のこと、唐突にアザゼル総督からの呼び出しがあった。

 なんでも「明日眷属全員連れてイッセーん家来い。会わせたいやつがいる」と突然呼び出されたらしい。

 この世界では兵藤の家にリアスさんたちが住み着いたりはしていないので、広い部屋は地下に作った訓練室くらいしかない。シトリー

 

眷属とグレモリー眷属+αが全員集まって話をするには向かない場所だ。

 原作知識なしでも何かありそうとわかるので、シトリー眷属はかなり警戒しながら兵藤の家に向かった。原作知識で誰と合わせようとしてるかわかる俺は「やっぱり主人公(ひょうどう)って、原作ほど活躍してなくても興味を引く存在なんだなぁ」と思いながら向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 客を迎えるように模様替えされた訓練室で待つことしばし、アザゼル総督が客を連れてきた。

 

「久しい。ドライグ」

 

 やってきたのは露出が凄まじいゴスロリを着た細身の少女。予想通り客はオーフィスだった。その後ろにルフェイと黒歌の姿も見える。

 

「オ、オ、オ、オ、オオオオオオオ、オーフィス!?」

 

 凄まじい露出のゴスロリを着た少女の出現に兵藤は大声を出して困惑し、慌てて戦闘態勢をとった。他多数も似たような対応をとる。

 まぁいきなりラスボスがやってきたらそんな反応になる気持ちも分からなくはない。オーフィスは『無限』なので、気配が大きすぎるせいで何も感じられず恐怖で硬直とかもしないしな。

 

「ほらほらほら! 昨夜言ったじゃねぇか! 誰が来ても攻撃はすんなって! こいつもお前らに攻撃したりしない! やったとしても俺らじゃ束になっても勝てやしねぇよ!」

 

「シトリー眷属はそれ聞いてないんですが」

 

「言わんでも問題なかっただろ。女組は即座に抑えつけられるレベルだし、匙も周りに気を使って暴れられない。お前はむしろ止める側に回ってるしな」

 

「いや、まぁそうなんですけどね?」

 

 原作知識で誰が来るか分かっていたから取れた行動だし、先に一声かけておくくらいの事はして欲しかった。

 そんなことを仙術を暴走させて人型でなくなりつつある塔城を誠二と協力して抑えつけながら、同時にその辺の布で匙が漏らしてしまっている呪いを防ぎつつ思った。

 

「放してください……ッ!」

 

「いや、放したら暴れるでしょ? 今暴れるのは駄目だって」

 

「リアスさん、もう凍らせて置いておきませんか? 後で解凍して話の内容伝えとけば問題ないでしょう?」

 

「……お願いするわ」

 

「了解です」

 

 抗議しようと暴れるのを抑えたまま『氷碧眼(ディープ・フリーズ)』を発動させ、塔城を氷像に変えた。匙が漏らしていた呪いも、落ち着いてきたのか漏れなくなっている。

 これでようやく話を始める体勢が整った。

 

「まずは一応謝っとく。俺はオーフィスをここに連れてくるのに色々な奴を騙している。これは言い逃れできない協定違反で、それにお前らを巻き込んだわけだからな。だがこいつの願いは、『禍の団』の存在自体を揺るがすものになるかもしれないんだ。無駄な血を流さないために、それが必要だと俺は判断した。すまんがこいつの話だけでも聞いてやってくれ」

 

 そういって頭を下げるアザゼル総督。誠意を示してるつもりなのだろうが、オーフィスがここまで来ている時点で選択肢などない。『無限』を止められるやつなんて一人もいないんだからな。

 

「……わかったわ」

 

「こちらも構いません」

 

「助かる。ここでお前らに拒否されて、オーフィスが暴れたら確実にばれるからな。そうなればオーフィスにやられなくても俺の首は本当の意味で飛んでた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話をすることに決まった後、オーフィスは兵藤に『赤龍帝の籠手』を出させてぺたぺたと触り始めた。

 ひとしきり触った後、今度は兵藤をじろじろと眺め、ぺたぺた触った後でようやく口を開いた。

 

「ドライグ、天龍やめる?」

 

『……どういうことだ?』

 

「宿主の人間、今までと違う成長をしようとしてる。我、とても不思議。今までの天龍と違う。アルビオンとヴァーリも同じ。不思議。とても不思議。だから聞きたい。ドライグ、何になる?」

 

『わからんよ、オーフィス。こいつが何になりたいかなど、わからんが……面白い成長をしようとしているのは確かだ』

 

「そう」

 

 兵藤はドライグがオーフィスに対応してくれて助かった、みたいな顔をしている。まぁ俺らとは感覚が全く違う龍神の相手だ。『無限』ゆえに警戒心とかはほぼなく、地雷を踏んだところで気にもかけない相手とはいえ、よく知ってるやつが代わりに受け答えしてくれれば気が楽になるよな。

 そう思って油断していると、オーフィスが何かを『赤龍帝の籠手』に沁み込ませた。

 

「――――――ッッッッッッ!」

 

「「「「「「「イッセー(君、さん、先輩)ッ!?」」」」」」」

 

「おいオーフィス! お前兄貴にいきなり何してんだ!?」

 

「我、見ていたい。ドライグ、この宿主、もっと見ていたい。だから、わかり易くした」

 

 激痛に悶える兵藤と、心配して駆け寄るグレモリー眷属、そしてオーフィスを問い詰める誠二。それらを前にしてもオーフィスはマイペースに返事をした。

 

「具体的には何をしたんだ?」

 

「『蛇』を入れた。誓約を受けさせる機能をつけたら、変化の仕方が変わりそうだからつけてない。だから安心していい」

 

「んー、まぁそれならただのブーストアイテムだし、大丈夫か? だがわからんように隠しとかないと不味いな……」

 

 アザゼル総督が険しい顔をする。オーフィスの『蛇』を赤龍帝に入れるとか、言い訳不能な協定違反の物証だもんな。全力で隠さないといけない。隠しきれるかは怪しいところだがな。

 

「隠す手段については俺がどうにかする。だからお前ら、こいつをここに置いてやってくれ。どかすのは無理だし、さっきの以外は見るだけならいいだろ?」

 

「……選択の余地ないじゃない。わかった、受け入れるわ」

 

「そういうことになると、私たちはなぜ呼ばれたのでしょうか? 今の話しだけなら情報漏えいのリスクを背負って私たちまで呼ばなくても、グレモリー眷属だけで良かったですよね?」

 

 苦虫を噛んだような顔でリアスさんは了承する。

 そしてソーナ姉さんが、シトリー眷属の誰もが疑問に思ったことを聞いてくれた。マジで今まで俺ら全く会話に関わってないからな。

 

「それは戦力確保のためだ。言ったろ? こいつの願いは『禍の団』の存在を揺るがせるものになるかもしれないって。現にオーフィスはここに留まることを選んだし、そのままこっちについてくれるかもしれない。そうなれば神輿なしの『禍の団』はあっという間に分解するだろう。ヴァーリ達が誤魔化してくれてるが、じきにそれを見破った奴らがオーフィスを取り返しに来ることは目に見えてる。それを撃退する人員が必要だったんだよ。オーフィスが自衛したりしたら、うっかり太陽系を丸ごと破壊してもおかしくないしな」

 

「そう言うことですか。なら一応、納得しておくとしましょう」

 

 原作知識が正しければ、オーフィスが狙われていて守るためにここへ連れてきたはずだが、それはいくら聞いても答えてくれそうにないな。俺はこの場では口を挟まずに置物やってるのがベストか。

 

「オーフィス。一応確認したいんだが、お前が今代赤龍帝に会いたいと言ったから俺はここに連れてきた。でもイッセーがいるなら住む場所はここじゃなくてもいいよな?」

 

「構わない」

 

「じゃあ決まりだ。グレモリー眷属とシトリー眷属は試験に向けての合宿って名目で学校に寝泊まりしてオーフィスの面倒見てやってくれ。試験が終わってからの事は、それまでに考えとく。じゃ小難しい話は終わりだ。解散!」

 

 

 



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52話

「あー、ようやく終わった。どうだった、そっちは?」

 

「筆記はどうにか。実技の方は問題なかったけど、ちょっと兄貴がやり過ぎてな……」

 

 俺と匙、そしてグレモリー眷属受験組―――兵藤兄弟、木場、姫島さんの四人―――は試験を終え、他のメンバーが待つ貸し切りのレストランに来ていた。

 レストランにはシトリー、グレモリー眷属が全員集まり、普段は食べられない高級な食事に舌鼓を打っている。保護者枠で参加したアザゼル総督は監督を放棄して浴びるほど酒を飲んでいた。変装したオーフィスもデザートに夢中だ。

 例外は塔城とギャスパー。仙術で気配を偽装して飯を食ってる黒歌とルフェイを睨み殺す勢いで警戒している。ギャスパーはそれを見ておろおろしてるな。

 実害はないしほっとこう。黒歌が何かやらかす前に殺しておきたいのは俺も同じだが、今黒歌を殺せばヴァーリの作戦の邪魔になって報復が来るだろうし、曹操との戦いでの戦力が減る。

 

「周りが異常なうえに赤龍帝としては成長遅い方だしな。自分が同期の連中からは飛び抜けて強くなってるなんて言われても信じられなくて、加減ミスるのは仕方ないだろ。繰り返さなけりゃ特に罰則とかはないだろうから心配しなくても大丈夫だぞ」

 

「そうか。それならいいんだ。で、この後の事なんだが……」

 

「曹操か。まぁ来るって考えといた方が良いんじゃないか? ヴァーリが連れてる方を襲うか、両方同時に来るって可能性もあるが、備えておいて損はないだろ」

 

「だよなぁ。だから俺、使い魔の皆も連れて来たかったんだけど、止めらちゃったんだよ。正直不安だ」

 

「ああ、そういやお前精霊使いだもんな。俺だと魔法具全部なしみたいな状況か。そりゃ不安だわ」

 

 レーティングゲームでは特別ルールを除いて『一定以上の強さを持つ使い魔』は連れていけないのと同様に試験でも本人の実力を見るって形式だったし、宴会で剣を振り回すのがマナー違反なように使い魔を大量に連れ込むのもマナー違反だ。それで止められたのか。

 そのうえ精霊は魔剣のように亜空間にしまっておくわけにもいかない。

 そのせいで誠二は戦力がた落ちだ。不安になるのも仕方がないか。

 

「ま、大変なところは兵藤に押し付ければいいだろ。あいつなら大抵の事はどうにかするさ」

 

「それが嫌だから何かしたいんだがなぁ……。だけど無茶して逆に兄貴に迷惑かけるのも嫌だし、援護に徹するか」

 

「そうしとけ。余程切羽詰ってなければ全力が出せないときや相性が悪い相手の時は誰かに任せて、有利な相手の時だけ戦えばいいんだ。それがチームワークってもんだろ」

 

「そういうもんか」

 

「そんなもんさ」

 

 その後は日々のたわいもないことを話しながら飯を食っていると、ぬるりとした気配と共に辺り一面を見覚えのある霧がつつんでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隔離されたな」

 

「だな。曹操が俺らを遠ざけるとは思わなかったから油断してた。意地張って罠とか張らずに来ると思ってたぜ」

 

 霧が晴れると俺と誠二は『絶霧』で複製されたホテルの駐車場に転移していた。他のメンバーは見当たらず、壁や天井や床は霧で覆われて補強されており、出入り口も霧で塞がれている。これでは邪魔がなくても脱出にはかなりの時間を要するだろう。

 で眼前には大量のアンチモンスター、そしてそれを率いる巨漢が一人現れていた。英雄派のヘラクレスだ。

 兵藤たちと同じ空間に転移させられるようだし、距離があったせいでオーフィスの転移を阻害することもできなかった。だから抵抗せずに転移させられたんだが、もう少したいさくはうっておくべきだったか。

 

「ようゲオルギウス。雪辱戦に来させてもらったぜ」

 

「手下大量に連れてか?」

 

「こいつらは露払い用だ。そっちの坊主には用はないからな」

 

 いらだたしげに返事をしてくる。真っ向勝負を挑む度胸がないと言ったともとれるこちらの反応が気にくわないようだ。

 おそらくヘラクレスは自身は純粋に雪辱戦目的で来ているのだろう。こいつは曹操とは違って「英雄ならばこういうことをしなくては」とか「英雄になるならこれはしてはいけない」とかめんどくさいことを考えるタイプではない。やりたいことをやりたいようにすることこそ英雄の末裔にふさわしい振る舞いであり、だからこそ借りを返さなくては気が済まないってタイプな気がする。それを曹操が俺らを遠ざける言い訳に使ったってところか。

 俺個人としてはありがたい展開だ。一番目と二番目の強敵が俺の対処を嫌がり、三番目くらいの奴と戦うのでよくなるなら楽でいい。

 それにアンチモンスターの壁の向こうからミサイル乱射されたら厄介だからな。この囲まれた空間だと躱しづらいし、時間もかかる。職務的にも乗って問題はない。

 その分兵藤の負担はでかくなるが、まぁあいつの事だからどうにかするだろう。サマエルに関しては完全に運任せだが、一応対策はたてた。オーフィスにプレゼントしたヒュドラの毒入りペンダント、あれが役に立ってくれることを祈るばかりだ。

 

「もっと言うならそこの転生者が観客に徹するならこいつらも何もさせねぇし、向こうの増援にも行かせねェ。見かけは普通のと同じだがこう見えて上位神滅具を組み合わせて造った特別製だ。こいつらの対処はお前らでも万が一があるし、確実に足止め出来るんだ。悪い条件じゃねぇだろ? かわりに勝負がついた時の言い訳は絶対に認めねぇ」

 

 ヘラクレスは完全な勝利が望みか。英雄派としても誠二が暴れずアンチモンスターを倒さなければレオナルドが減った戦力を補填する必要もなく、この後で別の任務にあたることが出来る。ヘラクレスを上手く使ってやがるな曹操の奴。

 

「なぁ譲治、俺は受けるのがいいと思う。時間的にもこっちの方が早く済みそうだし」

 

 誠二はヘラクレスの誘いに乗ることを提案してきた。ならもう何の問題もないな。

 

「よし。ヘラクレス、お前の提案に乗ろう」

 

「それでいい。ならさっさと武器を構えな。俺も準備があるし、ここまでやっといてそんな妨害したりはしねぇからよ」

 

 そう言ってヘラクレスは首筋にピストル型の注射を打った。原作知識通りなら「魔人化(カオス・ブレイク)」だろう。旧魔王の家系の血を加工して作ったドーピング剤だ。

 ヘラクレスの体が脈動し、かなりデカかったとはいえ人間サイズだった体が人間とは言えないモノになっていく。

 身長は4メートルを超え、獅子のような頭部になり、全身に棘が生えた怪物のような姿になっていく。おそらく全身の棘は禁手状態でのミサイルだろう。変身中に攻撃しようものなら大爆発を起こして良くて相打ち、悪けりゃこっちだけがやられそうな予感がする。あと頭部の形から察するに、『獅子王の戦斧』同様に遠距離攻撃の無効化能力とかも持ってそうな気がする。気がするだけだと思いたい。

 見てばかりもいられない。こちらも戦闘準備を整えなくては。

 まずいつも通りデュランダルと聖槍を構え、腕が四本生えた鎧を纏い、そこに四本の魔剣を握らせる。ベイにも馬鎧を着させる。

 次に『棺』だが、今回は間合いが狭く、ヘラクレスの元の能力的に広域攻撃と耐久力が高いのは予想できるから、時間操作を生かせそうにない。よってユーリの棺はなし。

 摩理の『棺』も万が一壊されるようなことがあってはならないから使えない。

 となると使いこなせる数は現時点では三つが限界なので、堕天使キメラの『棺』に加えて、ヘラクレスの対魔力でも貫けるように威力重視のを一つ、防御のためのを一つ出すとしよう。

 

「そっちも準備は済んだみてぇだな。それじゃ、始めるとしようかッ!」

 



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53話

 異形と化したヘラクレスが腕を振るう。それだけで並の上級悪魔では自由な動きができなくなるほどの突風が発生し、同時に体に生えた棘が射出された。

 だが俺は『並の上級悪魔』程度ではない。飛んできた棘を氷弾で全て撃ち落とす。

 中間で大爆発が起こり、駐車場を強化している霧の結界が軋んだ。

 

「オオオオォォォォォッ!」

 

 爆炎を突っ切りヘラクレスが突撃してくる。

 さっきの爆発からして棘の威力はミサイルと変わっていない。だがかなり小型化しているため弾幕の密度が高く、破壊力は比べ物にならないくらい上昇している。体当たりと同時に全身の棘が爆発すれば、下手すれば一発で致命傷にもなりうる。

 かといって躱すのも無理だろう。身体能力が跳ね上がって普通に殴ってくるのを躱すのでもきついのに、爆発付きだと攻撃範囲が半端ない。

 となれば防御用の『棺』を使うしかない。

 

「『龍の光翼(ディバイディング・ウイング)禁手化(バランス・ブレイク)

 

 『龍の光翼』は『白龍皇の光翼』の下位互換に当たり、接触した相手の能力を一回だけ半分にする能力を持ったドラゴン系の神器だ。堕天使陣営から買い取り、適性のあったはぐれ魔法使い―――こいつらは割とよく騒動を起こすのでその度に確保できる―――に埋め込んで『棺』に収めた。

 『棺』にすると精神は眠った状態になるので禁手(バランス・ブレイカー)を発現させられなくなるのが普通だ。だがゲオルギウスには『龍を支配する力』があったので、所有者ではなく封印されたドラゴンの方に干渉して無理やり禁手化させた。

 禁手化で発現した能力は、通常時は「接触した相手に任意で」だったのが「接近したモノに自動で」に変わったことだ。殴り合いができるくらいまで近づかなきゃ発動しない上に、離れられると効果が消える、範囲から逃げられなくてもすぐに効果が切れる、という欠点まで追加されているが、その分強制力が高くなっている。高位の神仏にだって通じる性能だとヴリトラからお墨付きだってもらったくらいだ。

 これでヘラクレスの力を半減して氷で防ぎ、魔剣四本のオーラを上乗せしたデュランダルでカウンターをくらわす。

 

「はぁッ!」

 

「オラァッ!」

 

 大爆発が起こり双方吹き飛ばされる。

 ヘラクレスの方は全身の棘も生え変わり完全に無傷。棘の爆発にはオーラを吹き飛ばす性質があるようで、デュランダルが纏っていたオーラを剥がされた。ただの強固で切れ味が良いだけの剣になってしまい、ヘラクレスの皮膚に傷をつけには至らなかったのだ。加えて新しい棘を生やすのにも大して消耗はしないようだった。

 対して俺は爆発でボロボロ。量産品の聖槍にはヒビが入り、氷の鎧は半壊した。即座に聖槍は交換し、鎧は直したが、一方的にダメージを受けた事実は変わらない。完全に力負けしている。棘を撃ちだすのと、生やしたまま爆発させるのでは威力に差があるみたいだ。

 ただ向こうはまだ全力と言う感じではないが、全力で来られたとしても絶望的といえるほどの差はない。なら搦め手を使うよりもう一つの『棺』で出力差を逆転させるのがいいか。

 

「『龍の籠手(トゥワイス・クリティカル)禁手化(バランス・ブレイク)

 

 『龍の籠手』は所有者の力を一度だけ倍加するドラゴン系の神器だ。これも『龍の光翼』同様堕天使から買い取ってはぐれ魔法使いに埋め込んで『棺』にした。

 通常時では埋め込まれた魔法使いのスペックを倍にする力しか持たないが、禁手化させることで超強力な魔法具になる。

 その能力は「自身、及び魔術的に接続している相手の全ての腕に『龍の籠手』を装備」だ。『棺』の中身の魔法使いの性能が四倍になっても大した変化ではないが、俺も四倍、堕天使キメラも四倍、『龍の光翼』の効果も二分の一から八分の一に。この世界ではそうすごい能力とは思われないが、実際に使ってみるとその効力は凄まじいって品だ。

 

「はっ、なんだそりゃジークフリートのパクリか!?」

 

「誰だそいつッ!?」

 

 ヘラクレスがさっきと同じように殴ってくる。

 俺も同じように防いで斬りかえした。

 再び起こる大爆発。だがその結果は先ほどとは逆だ。

 無傷な俺に対し、ヘラクレスは浅いが傷を負い血を流している。力比べは今度はこちらの勝ちだった。

 だがそれは俺の優位を示すものではない。攻撃があたる直前に倍加の力を発動させると、ヘラクレスは全力の一撃を止めて体を引いたのだ。そのせいで一刀両断できるはずだった斬撃は浅い切り傷をつける程度で終わってしまった。

 俺が四倍に増えた魔力、魔法力、そして身体能力を制御できる―――生まれつき神器を持っていた場合以外だと急激に増えた力を制御しきれないことが大半。適性がないと良くて通常時より動きが悪くなり、悪いと自爆する―――とばれたので、次からはそれを想定の上での攻撃を仕掛けてくるだろう。当てるのにも苦労することになりそうだ。

 一方ヘラクレスはというと、向こうは向こうで警戒を強めていた。

 初代ヘラクレスはヒュドラの毒を塗った矢を活用していたし、死因は毒の激痛に耐えかねての自殺だ。毒の恐ろしさは魂に沁みついているはず。そして初代ヒュドラよりは劣るとはいえ、未だ魔王も殺す猛毒を持ったヒュドラの子孫がいる森が悪魔の領地にはある。それを俺が持っているかもしれないと考えたんじゃないかと思う。爆発で弾き飛ばせる皮膚ならともかく、血管に流されればマズイと判断したとかな。

 実際今のヒュドラは毒以外は怖くないから微量だが採取していたし、ちょっと調べれば使い魔の森の深層部に何度も潜っていることはわかるからな。向こうが多少でも情報収集していればそれくらいは連想してたと思う。実際はオーフィスに渡したペンダントくらい頑丈な容器でないと危なくて使えないから意味ないんだが。

 まぁそれでも使えないってことをわざわざ言わなきゃ勝手に向こうが悩んでくれてる可能性がある。黙っていよう。

 

「……このままじゃきつそうだな」

 

 そう言ってヘラクレスは目を閉じ、さらに異形へと変形していく。

 他の相手がこんなことをしていたらためらい無しに殺しに行くが、ヘラクレス相手だとそれは出来ない。「魔人化(カオス・ブレイク)」を投与した直後もそうだったが、変形中は身体能力強化に使われていたオーラが全て爆発力に回っている。俺の生存を考えるならここで仕掛けるのは無理だ。ヒーローの変身を眺めることしかできない悪役の気持ちになってくる。こっちが治安維持側だし、見かけ的にもこっちのが人間っぽいのに。

 変形が終わったヘラクレスは体高は三メートル程度まで下がったが、肘から先と膝から先だけはさらに大きくなったうえに刃物のような鋭さを持っている。当然オーラもその四か所に集中しており防ぎきるのは困難だと一目でわかった。

 

「準備完了だッ! 第二ラウンド、始めるぞ!」

 

 開始の合図を待ってやる必要はない。爆発力がある程度落ちた時点で魔力に加え魔剣聖剣のオーラを乗せた氷柱を大量に生やす。回避するスペースなど与えない広範囲攻撃だ。

 とは言えこんな大雑把な攻撃でヘラクレスを倒せるとは思っていない。氷塊の壊し方から戦闘力の予測するのが主目的で怪我を負わせられればラッキー程度だ。

 なのにヘラクレスの気配がしなくなった。探知魔法を使っても何の反応もない。駐車場を覆う霧の結界にも綻びは一切関知できない。

 

「え、ひょっとしてこれで死んだのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なわけねぇだろぉがッ!」

 

 床を突き破ってヘラクレスが真下から飛び出してきた。

 そのままベイの胴体を掴まれ、派手に爆破される。

 

「ッッッッッッッ!!!???」

 

 初めて味わう神器損傷による所有者へのフィードバックに目を白黒させながらも、どうにかベイを消し足元から氷柱を生やして反撃する。

 それをヘラクレスは足で掴んだ空気を爆発させて躱す。

 さらに手で空気を爆発させてとび蹴りを仕掛けてくる。

 急いで氷を纏い防御するが、纏った氷を爆破され吹き飛ばされた。

 

 

 

 



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54話

「予想通りだ」

 

 俺を吹き飛ばしたヘラクレスは、その反動で大きく距離を取り床に着地―――せず蹴り抜いて姿を隠した。

 ヘラクレスが通り抜けても霧の結界に穴は開かなかった。どころか床の傷まで修復し痕跡を消している。

 おそらくこの霧の結界は俺たち転生者だけを通さないように作られているのだろう。俺でも内部を隔離するだけの結界にしか見えないように偽装するとか、どんだけ手が込んでるんだこの結界は。

 

「お前、狙われる側の立場になったことねぇだろ。警戒が杜撰だぜ」

 

 下からの攻撃を警戒し宙に浮かんでいたが、今度は天井から出てきた。

 冥界の駐車場はドラゴンや巨人でも乗れるような巨大な乗り物が泊まることもある施設なので相当距離があるさっきのような奇襲は受けなかった。

 人間は悪魔と違い、自由自在に空を飛ぶことは難しい。なんとなくでできる悪魔と違い、重力とか慣性とか空気抵抗とか色々計算しながら魔法力を消費し術式を維持し続けないといけないからだ。余程優れた術者でもなければ放物線か直線の軌道で短時間の飛行が精々である。

 なのでヘラクレスに向けて氷弾を放った。着地させず削り殺すことを目的とした弾幕だ。

 だがこれも手や足で掴んだ空気を爆発させ推進力にすることで回避された。

 なお反撃で棘は飛ばしてこない。変形時の気配の変化から察するに、禁手化を解いて攻撃した箇所の爆発だけに力を注いだのが今の姿なのだろう。

 続けて氷弾を放ち続けるが、ヘラクレスは空中で跳ねまわり一向に当たらない。それどころか空気を爆発させての遠距離攻撃を何度も受けてしまっている。

 

「それに接戦の経験も少ねぇ! 今までは力押しでどうにかなる相手だったんだろうが、俺にろくに動きも読めてない攻撃が当たるかよッ!」

 

 耳が痛い言葉である。反論のしようがない。

 なにせソーナ姉さんの『女王』になったのはシトリー家と言う後ろ盾を得て狙われる側にならないようにする為であり、命の危険が高まる接戦は避け味方の助力を受けて圧殺してきた。ヘラクレスが指摘するような経験を積まないように過ごしてきたのだ。好き好んで危機に挑んでいくこいつとは戦闘経験に大きな差が生じて当然である。

 それに加え、あいつは神器に眠る初代ヘラクレスの魂を引き継ぐことでいくらか経験も引き継げているのだろう。ギリシャ神話最大の英雄の戦闘経験はあいつを凄まじく強化しているはずだ。

 それに引き換え、俺は魂を引き継げているとは言えない。元々4分の1が悪魔だった上に悪魔に転生したと言う時点で既に致命的なのだが、コカビエルとの戦いで『聖書の神』の死を知って神器の中のゲオルギウスは完全に抜け殻のようになってしまったようなのだ。神器に潜り話しかけたり魔法で魂の構成を解析したりして見ても何の反応もない。虚ろな目で虚空を見つめ、膝を抱えて座り込んだまま微動だにしなかった。当然協力を得られるはずもなく、どうにかゲオルギウスの能力だけは使えるようになったが、他はさっぱりだ。

 戦闘技術や直感、戦術などで俺がヘラクレスに勝利するのは不可能だろう。だがそれは殺し合いに勝利できないと言うことではない。

 身体能力や魔力、魔法力のスペック差で押し潰し、道具で敵に対して相性のいい能力を獲得し、それらが駄目なら他力本願を恥じないのが俺の戦い方。これが俺にとって最適で最強の戦法だと確信しているから、今回だって生き残るのは俺だ。

 

「“ふゆほたる”ッ!!!」

 

 高速で自在に動き回るせいで捕らえきれず、障害物で足止めもできず、弱みを突くことを躊躇わず、自身の攻撃力と耐久力に絶対の自信を持つ敵。こういうやつに効くのは一撃必殺の火力を持った全方位へ放出するタイプの攻撃だ。

 『凍結』の魔力、魔法に加え聖剣、魔剣のオーラを圧縮した雪を吹雪かせる、前世で読んだ作品のヒロインの能力を模した俺の最強技を放つ。

 この雪は攻撃的なオーラの結晶であり、空間ごと凍らせ、砕き、切り裂き、削り取る。ただの一粒でも当たれば上級のドラゴンでも即死するレベルの破壊力を持った、まさに必殺技だ。

 最大の欠点は燃費が最悪なことで、次点で制御不可能なところだ。全方位に降らせる以外の使用法は無い。雪の量と速度を調節できるくらいである。

 だが現状では相手を空間ごと消滅させるつもりで放つんだからそれでいい。ともかくがむしゃらに吹雪かせ続ける。

 霧の結界が砕け、駐車場が崩壊しても降り続けさせる。

 辺りのモノが完全に見えなくなり、次元の狭間に放り出されてようやく雪を止めた。

 

「……………………死ぬ。こんなに魔力使ったのいつ振りだ…………?」

 

 精根尽き果てる、とはこういう状態だろう。もはや指一本動かしたい気分ではない。だが『棺』や魔剣を持ちっぱなしだと本気で命に係わるので、頑張ってのろのろと異空間に収納した。

 元いた場所へ転移するための魔力回復のため、仮眠をとろうと考えていたところで異変が起きた。

 目の前で霧が渦巻く。

 霧が晴れた後に現れたのは、右腕が喪失し凍って罅も入りズタボロになったもののまだ動けるヘラクレスだった。次元の狭間は色々不思議な空間で人間が生きられる環境ではないのだが、魔人化の影響か問題なく存在している。

 

「…………どういう理屈で生きてるんだお前? 霧で防いだくらいなら貫けるはずだし、位相のずれた異空間に逃れたくらいならそこごと破壊できたはず……単純に離れた場所に非難してたとかか? それにしたってゲオルクがこの場にいたとかでもなきゃ間に合わなかっただろうし……冥土の土産に教えてくんね?」

 

「冥土はテメェの現住所だろうが。悪魔が死んだら消えるだけなのに土産なんか貰ってどうする。それとも生き残るつもりか? さっさと死ね。それで俺の勝ちだ」

 

 ヘラクレスの左腕が伸びてくる。魔力や魔法力、神器で防御できない今の俺がこの腕に掴まれれば確実に爆殺されるだろう。

 だけど俺は死なない。死んでなんかやらない。生き残る勝算はあるんだ。だからまだ動くな。無駄に怯えて無駄な力を使うな。ヘラクレスから目を逸らすな。機は絶対やってくる。

 そう自分に言い聞かせ、ヘラクレスを睨み続ける。

 

「これで終わり、だ?」

 

 ヘラクレスの腕をどこからか超高速で飛んできた何かが吹き飛ばした。

 急に腕がなくなり爆発が起こせなくなったことに戸惑っている。

 

「らあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 最後の魔力を振り絞り殴りつける。

 普段のヘラクレスなら防ぐまでもなかった攻撃は、罅を一気に広げヘラクレスを粉々に打ち砕いた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、お、そい、ぞ……ッ!」

 

「無茶言うな。俺は霧の結界が壊れた後に転移でこっちに来たから位置がずれてたんだよ。死ぬ前に来たんだから勘弁してくれ」

 

 息切れしたまま呟いた言葉に、転移魔法でとんできた誠二が答える。

 ヘラクレスの腕を吹き飛ばした『何か』は、おそらく超遠距離から隠密+遠視状態の誠二が放った弾速重視の魔弾だ。

 “ふゆほたる”を使った時、誠二はヘラクレスよりずっと俺から離れた位置にいた。あの位置なら誠二は確実に生き残り、ダメージを負ったヘラクレスに止めを刺せると判断したからこそここまで全力を振り絞ることが出来たのだ。

 結果、俺も誠二も生き残り、アンチモンスターも巻き添えで全滅させられた。ゲオルクの造った結界にも大穴が開いたはずだからソーナ姉さんたちも逃げ切れたかもしれない。この戦いは俺たちの完全勝利と言えるだろう。

 とはいえその過程で問題がなかったわけではない。少し時間をかけ息を整えてから文句を言う。

 

「お前なら腕だけじゃなくてそのまま倒せただろうが。無駄に働かせやがって。俺が気を抜いてたらどうするつもりだったんだよ?」

 

「そこで気を抜かないあんただから腕でやめたんじゃんか。止めだけ刺して功績貰うのは嫌だし、あくまで俺は補佐でジョージの功績ってことで」

 

「もう上級悪魔に昇格決まってるようなもんだから功績とかいらねぇんだよ……。わかってやってるだろお前」

 

「なんのことかな? それよりいいタイミングで援護して功績たてさせてやったんだからお礼を要求する。俺らと『棺』になってるユーリ以外の転生者と話をする場とか用意してもらいたいな」

 

「それくらい普通に頼めよ……」

 

 全く聞かれないから興味ないんだと思ってた。価値の高い情報だと思って恩を売れるのを待ってただけかよこいつ。

 まぁ良く考えてみると、これについては俺にも責任があるのか? あいつと「積極的に情報を広めない」って契約―――聴かれたら話していいし、聞くように誘導してもいい程度のもの。絶対に喋るな、とかと比べると対価はかなり安く済む契約内容―――をしてたから、こっちから離すことは全くなかったもんな。高い情報と勘違いもありえるか?

 

「わかった。話は通しとく。俺は魔力回復のために仮眠取りたいんだが、警戒頼めるか?」

 

「それくらいはやるさ。今さらゲオルクが作ったフィールドに再突入は無駄だろうし、弾一発撃った以外にも何かしてないと部長に叱られる」

 

「そうか。んじゃお休み」

 

 







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55話

 次元の狭間から帰還し、先に戻ってきていたソーナ姉さんたちから向こう側の話を聞いた。

 始めは原作通りの展開だったみたいだが、細部に差が生じていた。

 美猴の変装が通用せず、曹操とゲオルクだけでなくジャンヌもこっちに来ていたらしい。そのうえでレオナルドは補佐をつけてヴァーリチームの足止めに来ていたとヴァーリが言っていたそうだ。足止め部隊は本当に足止めだけが目的で、オーフィスを狙って来たわけではないと読み取れる構成だったとか。

 俺たちからすれば美猴、アーサー、ヴァーリと入れ替え転移したハティがいる戦場ならシャルバ・ベルゼブブにレオナルドを拉致されにくくなって好都合な変化だとも言えたが、美猴の変装を見破れるようなメンバーが英雄派にはいるとも言える。俺らの存在によるバタフライ効果かどうかは知らないが、正体不明の実力者が現れた可能性があるのだ。より警戒を強める必要があるだろう。

 で肝心の戦いの方だが、こっちは完璧とは言えないが原作よりはいい形で収められたみたいだ。

 戦闘開始早々に「七宝」を全て匙が飲み込み抑え込んだそうだ。曹操は腹の内から攻撃したが、帝釈天でも無理だったんだから当然ながら失敗。槍一本で戦うことになった。その後はグレモリー眷属全員+ルフェイに召喚されたヴァーリによって曹操はフルボッコされていたとか。それでも無防備なゲオルクには一発も攻撃を通さなかったって言うんだからさすがとしか言いようがない。

 その時シトリー眷属はアザゼル総督と共に「魔人化(カオス・ブレイク)」を使ったジャンヌと戦っていたという。こちらは数の利こそあるものの、巨体を生かした攻撃により実力者が弱者のフォローに回らざるを得ず攻めきれなかったそうだ。これは眷属を切り捨てることのできなかったソーナ姉さんのミスだ。代えの効くメンバーは切り捨ててジャンヌを倒すことを優先していれば、アザゼル総督が曹操を攻撃する余裕もでき、英雄派はサマエル召喚前に全滅させられていた可能性がある。

 実力や才能を吟味せず、目についただけで眷属に加えていた頃のツケだ。これを乗り越えられなければこれから先の戦いはきつい、とアザゼル総督も言っていた。それに対してソーナ姉さんは考えてみます、とだけ暗い表情で返した。

 ここで考えを改めるか、もしくは後方支援に徹すると決断してくれれば補佐する俺としてはありがたい。賢明な判断をしてくれることを切に願う。

 

 閑話休題。

 

 そんなこんなでサマエル召喚まで粘られてしまったようだが、ここで意外なことが起きたと言う。

 オーフィスを舌で捕らえたサマエルが、急に苦しみだしたらしい。まるで猛毒でも飲んだみたいに。曹操たちも相当慌てていたそうだ。

 うん、オーフィスに持たせてた毒入りペンダントが機能したようで何よりだ。

 『龍殺し』はあくまでドラゴンに対する殺傷力が上昇する力であり、ドラゴンからの攻撃を緩和するものではない。だから九割がた邪龍な蛇の魔物ヒュドラの毒でも効くと思ったんだが、予想通りだったな。ペンダント自体もドラゴンの鱗を加工して作った物だったからサマエルが触れれば即壊れただろうし、さぞかし飲みやすかったことだろう。我ながら良い物を作ったと思う。

 ま、オーフィスにヒュドラの毒持たせてサマエルにダメージ与えたなんてばれたら曹操やハーデスに恨まれそうだから言わないけどな。リスクにリターンが釣り合わないし黙秘が一番だ。ペンダントを無くしたオーフィスには代わりの物を贈っておこう。

 その後はゲオルクが死にかけのサマエルを無理やり使役してオーフィスから力を奪ったそうだ。結果、オーフィスは原作以上に力を奪われる―――二天龍よりは強いが大きな差はないと言うレベルまで弱体化してしまったらしい―――ことになったが、サマエルもそれで力尽きて死亡。目的を果たした曹操とゲオルクは奪った力だけを結晶化させて持って逃げたので―――俺が大穴開けたせいで結界の修復が間に合わず、それ以外の選択肢はなかった模様―――そこで戦いは終了。みんなも転移魔法で悪魔領に帰ったんだそうだ。

 なおサマエルが死ぬ際に帯びていた『龍殺し』の力がばら撒かれるのを危惧し封印にとどめていたらしいが、死に方が良かったのかそう言った被害は全く出なかったらしい。もし起きてれば兵藤とヴァーリは確実に死んでいたので正直ほっとした、と言うのがアザゼル総督の意見だ。

 これにより『禍の団』とハーデスの協力関係は完全に崩壊したと言えるだろう。なにせハーデスが管理しているはずのサマエルがテロリストに使役され死んだのだ。おまけにサマエルの死体っていう完全な証拠まで残っている。さらに絞った後の方のオーフィスの拘束もやめて早々に撤退している。ハーデスからすれば完全に裏切り行為であり、今後各勢力から監視がついて自由に動けなくなるであろうことを考えると、危険性は下がったはずだ。

 結論、原作よりはいい方向に動いていると思っていいだろう。正体不明の敵が出てきてる可能性があるが、兆候もなくいきなり現れるのに比べたら万倍マシだな。

 その後で俺たちの方で起きたことの説明をした。とはいえ「ヘラクレスと戦って、倒して、休んで、帰ってきた」としか言うことがない。無事でよかった的なことを言われこの話は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やったことの報告が終わった後は現在の話だ。

 時間的猶予はそれなりにあるみたいだが、結構マズイ状況らしい。詳しいことはアザゼル総督が説明してくれるそうだ。

 

「緊急で美猴から連絡があってな。戦闘中にシャルバが乱入して来て、『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』のガキを使って何か作ってどっかに放った、っていう大雑把にもほどがある内容だ。何かやってる間にハティが噛み殺したらしいんだが、現魔王やそれに従う悪魔への恨み言を呟いてたって話だ。で、念のため調査してみると、冥界の辺境でこんなのが見つかった」

 

 そう言ってモニターに映し出された映像には、超巨大なモンスターが映っていた。

 見た目はよくいるキメラと言った感じだが、とにかくでかい。周囲の木々のサイズから体高が百メートルくらいあるのが分かった。

 原作で言う『豪獣鬼(バンダースナッチ)』か。敵とは言えアーサーや美猴、ハティのいるところにレオナルドがいるのならシャルバは行動を起こせないかと思ったがこうなったか。この面子のいる戦場に乱入すれば確実に死ぬって判断ができないほど慢心+キレてたのか、それとも誰かにそうするよう唆されたのか気になるところだ。今度アーサーか美猴に会ったら聞いてみよう。

 ただこいつだけ見せてもっとデカい『超獣鬼(ジャバウォック)』は見せないってことは、いるのはこいつだけか? それなら楽でいいんだが。

 

「こんなのが全部で十三体、バラバラの場所に現れてた。。どいつも基本スペックが高いうえに、悪魔の魔力に対して非常に高い抵抗力を持ってる。あと再生能力も高いし、小型のアンチモンスターを量産し続ける能力も持ってることが確認できてる。そんなのが首都の方角に進行中って言うのが現状だ。悪魔の戦力だけじゃ倒せるまでにどれだけ被害が出るか分かったもんじゃない。なんで堕天使陣営(うち)や天界、協力関係を結んだ勢力から援軍を呼んで悪魔陣営の精鋭と時間を稼ぎ、アジュカが対抗術式を創ってから一気に撃破って作戦になった。連戦で悪いが、お前らには今日一日しっかりと休み、明日からこいつらのうち一体の足止めに参加してもらうことになる」

 

「わかったわ。断れるような余裕のある状況じゃないものね」

 

「すみません。私の眷属では小型のアンチモンスターの処理ですら貢献できるのはジョージと匙だけでしょう。私と二人は参加するので他は不参加でも構いませんか?」

 

 アンチモンスターに通用する火力、もしくは魔力以外が必要な作戦だ。バ火力を誇るグレモリー眷属ならともかく、うちは俺と匙以外一切作戦に貢献できない。むしろ足を引っ張り今回の二の舞になるだろう。ナイス判断だと思う。

 この申し出は粘って交渉する必要もなく普通に認められた。ま、当然だな。アザゼル総督は対応が柔軟で何よりだ。

 俺もこの事件に向けて作ったコネを使えるよう許可取るとするか。

 

「ちょっといいですか?」

 

「どうしたジョージ。何か意見でもあるのか?」

 

「ええ。金さえ積めば俺並の戦力を連れてこれるかもしれない個人的なコネがあるんです。参戦は遅れるかもしれませんが、そっちに行ってきていいですかね? あと契約にかかった金は経費で落ちますか?」

 

「マジでお前並の奴が来るんなら文句言うやつなんていねーよ。あと金は経費で落とせるだろうが、その場合お前ひとりの功績にはならないから注意な。ソーナもそれでいいな?」

 

 よし言質とれた。功績はこれ以上いらないし、経費で落ちないって言われてもアザゼル総督経由で落ちるように工作できる。不安が一つ消えたな。

 

「構いません。それよりジョージ、そんなコネを作ってなぜ報告しないんですか? 私はしないと信じていますが、他なら裏切りの準備だと思われかねませんよ」

 

「理由もなく話すなって契約してるんです。今回、ようやく話す条件が揃いました」

 

「もう少し考えて契約内容を決めなさい。で、交渉はいつから行く気ですか?」

 

「許可してもらえるんなら今すぐ行こうかと。俺は次元の狭間で休憩挟んでから帰ってきましたし」

 

「許可します。遅れた分だけ辺境に住む民に被害が広がります。一刻も早く呼んできなさい」

 

「わかりました」

 

 

 

 



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56話

 交渉を終え、ソーナ姉さんたちが準備しておいてくれた魔法陣へ人間界から転移する。

 魔法陣は魔王レヴィアタンが所有している―――ことになってるだけでシトリー家に放置されていた。陸の魔獣王ベヒーモスを眷属にしているセラフォルーさまには何の役にも立たないモノだからだ―――戦場用車両内にある一室に設置されていた。セラフォルーさまがシスコン全開でソーナ姉さんに使わせた物なのだろう。かなりの機動力と防御力を誇っていて、俺が本気で殴っても何発かもつ一級品だったはずだ。。

 作戦の詳細は聞いていなかったが、これで距離を取りつつ休憩をはさみ、全力での砲撃を繰り返していたのだろう。おそらくこの車両の外には同じ任務についている連中が使っている装甲車が走っているはずだ。

 

「ジョージ。もう話がついたのですか?」

 

 ちょうど休憩しているところだったソーナ姉さんと匙が転移の反応を感知してやってきた。

 

「ええ、天龍が近くで見つかったって時点で近いうちに何か起きるって保証されたようなものですからね。あらかじめこう言った場合の行動について契約は結んでましたから。細部の調整と値段交渉だけで済みました」

 

「てことはこいつが援軍か。納得の魔法力の量だな。マジで譲治クラスじゃねえか?」

 

 魔法力の感知が得意な匙は、魔法力を抑え込んだ状態だって言うのにある程度見抜いて見せた。こいつはそれに驚きつつも得意げに返す。

 

「相性のいい敵になら譲治以上に戦えるぜ。今回の敵はそこそこの相性みたいだけど」

 

「それはいいですね。ではこちらに。リアスもアザゼル総督も別室でいますから自己紹介と打ち合わせと行いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次期姫島朱雀候補の一人、姫島朱羽(しゅう)です。得意技は錫杖に霊力―――悪魔風にいうと魔法力を込めての殴り合い、もしくは砲撃です。苦手なのは細かい術ですね。それでも結界で足場を作って空中戦くらいならできます。

 あと実家はある事件のせいで堕天使絶対殺すマンの集まりになってますので、一部の人は姫島家の縄張りで遭遇したら死を覚悟してください。以上です」

 

 シュウの軽く行った自己紹介で場の空気が凍る。

 服装は魔術的な強化が施されてこそいるものの完全に普段着。おまけに武器の錫杖も亜空間にしまっているために手ぶら。誰も素性に気付いていなかったのだろう。誠二を除く全員が驚愕しているが、特に姫島さんとアザゼル総督の反応が顕著だ。

 

「ほ、本当に姫島の者なんですか……?」

 

「あそこ、俺ら堕天使と和解したからって悪魔とも距離取ってなかったか? よく交渉できたなおい」

 

「堕天使が嫌いなだけで悪魔が嫌いなわけじゃないですから、個人的な知り合いが相手なら交渉くらいはします。とはいえ今回は以前結んだ契約で交渉しないって選択肢はなかったんですけどね」

 

 姫島さんとアザゼル総督の言葉にもきちんと返事をするシュウ。それにさらに困惑していく二人。うん、予想通りの反応だ。

 なにせシュウは俺と同じ原作知識持ちの転生者なうえ、前世の記憶が戻ったときには姫島朱璃はすでに家から離れた後だったので恨みもない。せいぜい堕天使を見つけたら殺しに行かなくいけなくなって面倒、くらいのものだろう。無駄に戦意を向けたりするようなことはない。

 

「ジョージ、姫島の者との個人的なコネなどいつ作ったんですか? 貴女の交友関係は西洋系の魔法使いばかりだったと思うのですが」

 

「向こうから接触してきたんですよ。あいつも転生者なんで、知り合いの占術使いに同類を探すよう頼んでたらしく、シトリー家での教育が終わってすぐに知り合いました」

 

 これは嘘ではない。本当に向こうから接触してきたのだ。シュウ曰く「原作の事件を悪い方へ歪められたら姫島家にも被害が出る。原作組の足を引っ張らず、原作を壊しすぎないように行動できる奴を配置しておきたい。が、姫島家の事もあるし自分が行くわけにはいかない」とのことで、原作組の情報を得るための窓口として同類の転生者を探していたんだそうだ。ある程度成長してから教えられた俺と、生まれてすぐに教育を受け始めたシュウの差だな。

 それ以来俺はこいつの事を主にも話さないまま情報を流す代わりに、こいつは交渉を拒否しないし適正な額を出せば依頼を断らないと言う契約を結び、友人関係を続けている。

 

「とりあえず家系の事とかは一旦置いておこう。あのデカブツ相手にどれくらい足止めできる?」

 

「小細工する知性はなさそうですし、封印術使えば半日は止められます。でも倒しちゃダメなのんすか? 俺の術がどこまで通じるか試してみたくて来たって言うのが本音なんですが」

 

「……できるんならそっちの方が良いが、八坂姫―――京都の妖怪の頭でも足止めが精いっぱいなんだが。死んでもこっちは責任はとれんぞ」

 

「勿論ヤバくなったら逃げます。撤退の自由はあるが死んだら自己責任、って言うのも来る前の契約で了承済みです。賭ける価値くらいはあると思うので、譲治と兵藤誠二、赤龍帝に『黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)』、この四人を貸してくれませんか? 撤退する時は俺が殿を務めますので」

 

「んー、どうするお前ら?」

 

 困惑をいったん棚に上げ交渉していたアザゼル総督がこっちに確認をとった。つまり俺たちが了承すればこの作戦は認められるのだろう。躊躇う必要はないな。

 

「俺は大丈夫です。頑丈ででかい体で押しつぶして進むだけ、なんていう魔法具の試し打ちに最適な相手がいるんですから。ちょっとくらいはしゃぎたいです」

 

「俺も問題なしです! 精霊魔法がメインなんで対悪魔のアンチモンスターとか普通の魔獣と大差ないですし、やられっぱなしでストレス溜まってましたから!!」

 

「俺もやれます! 攻撃には全部魔力が乗っちゃうんでオフェンスは無理だろうけど、サポート役でなら役立つはずです!」

 

「俺もいけます! ある程度弱らせれば喰って始末できます!」

 

 俺含め四人ともが即答する。というか三人の食いつき方が凄い。小型のアンチモンスターに対処し、進行を遅れさせるだけで土地をめちゃくちゃにされるのを止められなかったのが我慢ならなかったんだろう。途中で逃げ遅れた民とかもいただろうし、味方の死には慣れてなかったから相当こたえたんだろうな。戦力が揃った今、許可が出れば即座に飛び出しそうだ。

 

「わかった、わかったから落ち着け。じゃあまず姫島のが仕掛けて、単独で無理なら誠二が参戦。イッセーとジョージはフォローに回れ。匙は止めの為に待機だ」

 

「「「「はい」」」」

 

 揃って返事をし、出撃の準備を始める。といっても俺は魔法具は常に亜空間にしまっているので鎧を着こむだけ、匙と兵藤は体一つ。手間がかかるのは連れてきている精霊たちを戦闘形態に変えないといけない誠二だけだがな。

 だがその前に、グレモリー眷属から異議が上がった。

 

「ちょっと待ってほしい。ここにルフェイからもらった『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』がある。これでエクスカリバーが七本すべてそろった。これをデュランダルと交換してもらえば私も露払い程度だが貢献できると思う。見ているだけというのは少々辛い」

 

 発言したのはゼノヴィアだ。今まで声をかけてこなかったから原作とは変わっているかと思ったが、もらってたのか。

 たしかに武器の力で戦うゼノヴィアなら、魔力で戦うリアスさんや姫島さん、創造系神器ゆえに武器に魔力が込められてしまう木場とは違ってアンチモンスターともまともに戦えるだろう。彼女の言うとおり露払いくらいは努められるはずだ。

 

「……姫島の。お前の意見は?」

 

「すみませんがなしで。人間界じゃ壊しちゃいけないモノが多すぎるから、全力戦闘って実は初なんです。なので今言った四人は『戦力になるメンバー』じゃなく『攻撃に巻き込んでも死にそうにないメンバー』を選んだんです。彼女じゃ耐久力が低すぎます。人間のままなら来てもらったんですけどね」

 

「じゃあなしだな。でも交換はやっといたほうがいいかもな。今回ジョージはサポート役だし」

 

「…………わかりました。ほらジョージ、交換条件は満たしたぞ。戦うのは我慢するから、せめてデュランダルは返してくれ」

 

「戦う直前に武器交換とか剣士に言ったらぶっ飛ばされるぞ。俺は敵に合わせて武器を変えるタイプだから問題ないけどさ」

 

 デュランダルを手渡し、『支配の聖剣』と六本統合エクスカリバーを受け取る。戦い始めて「やっぱり使えませんでした」ってなると不味いので実験が必要だ。

 というわけで『支配の聖剣』で『擬態の聖剣』を支配し、変形能力を両方に発動してみた。結果、二本とも液状化し、一本の剣に統合させられた。

 うん、発動自体は問題なく出来そうだ。どこまでできるかは実戦で試すのが一番だな。

 

「準備は出来たみたいだな。じゃ、いくとしますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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57話

「おいシュウ。お前雑魚蹴散らしながらボス倒しに行くのと、雑魚は他に任せてボスに集中するの、どっちがいい? 前者なら打ち漏らした分だけ俺らで対処するが」

 

「んー、じゃあ雑魚は任せていいか? 近くで見ると思ったよりでかいし、アレで存分に遊びたい」

 

「オッケー。なら俺がでかいのを撃ちこんで、誠二が撃ち漏らしを潰す。匙と兵藤はそのフォローだ。いいな」

 

「「「了解」」」

 

 簡単にだが攻撃の手順を確認しつつ『豪獣鬼(バンダースナッチ)』に近づく。本体から離れ、まばらに散っていったアンチモンスターは他に任せた。無双ゲーごっこもするかどうかは見てから決めると言っていたが、興味は『豪獣鬼』の方にいったみたいだな。

 ま、その方が俺としては都合がいい。シュウが雑魚まで喰ってしまうと、試し撃ちをする的がいなくなるからな。

 シュウが結界で作った足場を蹴り、上空へ駆け上がっていくのを見ながらオリジナルの魔法具を取り出しす。

 出てきたのは人間が浮かんだカプセルから足が生え、手が銃になった腕が生えている、と言う姿のゴーレムだ。材料には俺特性の氷と魔法で加工された水、そして駒王学園での会談の際に攻めてきた魔法使い達が使われている。

 首を刎ねただけで死んではいなかった彼らの首を繋ぎ合わせて装置に詰め、その魔法力や魂などを圧搾しエネルギー弾として撃ちだす構造になっている。契約の対価を払えなくなって奪った魂をエネルギー源として有効活用するための装置をイメージして開発したものだ。なので悪魔の倫理的には問題のない道具になっている。構造を余所に絶対漏らすなよと政府から念押しはされたがな。

 バッテリーとして詰まれているのが中級悪魔相当の魔法使いだけあって、魂まで絞れば上級悪魔相当の火力が発揮できる。バッテリーになってる魔法使いはなかなか手に入らないのでコスパは悪いが、攻撃に魔力は使わないためアンチモンスターの相手にはぴったりの兵器だ。

 ただ普通に撃つだけじゃ十分なデータが取れないので、数体だけ『支配の聖剣』を使って魔法力も魂も一気にすべて搾り取って撃ってみようと思う。

 

「発射ー」

 

 予想通り銃身が爆発した。一度に全部放出するんじゃなく、少しずつ搾り取って撃ちだすつもりで設計していたから当然の結果だな。

 砲撃を収束させきれず、広範囲に拡散して射出される。

 視界に存在していたアンチモンスターが一気に消し飛んだ。さすがに『豪獣鬼』は拡散した砲撃では小揺るぎもしなかったがな。『豪獣鬼』の向こう側で生成されていたアンチモンスターも探知魔法で感じる限りそのまま残ってしまったようだ。

 まぁそれでも十分な成果である。これとの比較で一般人や兵藤みたいな魔法力ほぼゼロの『人類』―――神が作った人間ではなく、自然発生した動物―――寄りのやつも圧搾して全力射撃のデータをとってみたいが、さすがにその辺の一般人を拉致してくるわけにはいかないからな。悪魔の一生は長いんだし、機会を待つことにしよう。

 それよりも今は目先の事だ。作られていたアンチモンスターはほぼ一掃できたが、まだアンチモンスターの生成は続いている。造られたばかりの奴がシュウの邪魔をしないよう、現れた端から潰していかなくては。

 

「皆行くぞッ!」

 

 誠二の精霊魔法がアンチモンスターを襲う。

 風が飛ぼうとするモノを落し、火が地表を舐め、それを耐え切ったモノを水が押し流し、地割れがアンチモンスターを飲み込み押し潰していく。相性の問題もあって、もうあいつ一人でいいなってレベルだ。匙たちも同じ判断のようで、無駄に援護しに行くことなく戦場を見張っている。

 ただこの誠二がいても倒しに行くとは決断できなかったのが『豪獣鬼』だ。シュウ一人じゃ倒しきるのはきついだろう。いざって時に備えとくのが俺らの仕事だな。

 

 

 

 

 

―――姫島朱羽 side ―――

 

 

 

「うはー、でっかいなぁおい。こりゃやりがいがありそうだ」

 

 上空に駆け上がり倒すべき敵(おもちゃ)戦場(あそび場)を眺める。

 体高百メートルを超える殴りがいがありそうな巨体に、壊して怒られるものが何もない平地。存分に力を振るえる場所。これを用意できただけで譲治と繋がりを持ち続けて良かったと思えてくる。何回か自由に暴れられるあいつが羨ましくてキレかけたこともあったが、それも全部許せる気分だ。

 足元のウザい雑魚も片付いたみたいだし、さっそくだが始めるとしよう。

 

「まずはこれだな。どれだけ効くかなー?」

 

 錫杖の先端に霊力を集中させ、朱色の砲撃を放つ。デカブツ相手なので収束はさせず、拡散させた一撃だ。

 なおこの術、化生の類を払う術なので物理的な破壊力は低い。だからこそダメージの受け方によって相手を物理で攻めるか術で攻めるか決めるのには向いた攻撃だ。

 結果、術を受けた部分が削れるのではなく消失したので術で攻めるのが良いみたいだ。自分の肉体を持つ魔獣より実体化した怨霊とかに近いっぽい。退魔術の類がよく効きそうだ。嬉しい誤算と言うやつかな。

 とはいえこのデカさだと何発撃たなきゃならないかわかんないし、アンチモンスターの生成速度が若干落ちた代わりに再生も始まっている。燃費のいい術で行く方が良さそうだな。

 

「ならこいつだ。デカブツ相手にはデカい獲物を使うに限る」

 

 退魔術の朱い輝きが錫杖に集まり、ビルのように巨大な刀身になる。

 でかいやつの最大の強みは、どれほど強力な攻撃だろうが攻撃範囲が狭ければろくにダメージを受けないことだと思う。どれだけ技術があろうとも、人間サイズの武器でチマチマ削っているだけでは決して勝利することはできないからだ。かといって普通に術で削れば先に術者が力尽きる。このサイズでこの硬さ、この再生速度だと俺ら特別な転生者でもきつそうだしな。物量で押し潰すと言う戦法をもっとも体現しているのがこういう奴らだろう。

 だが敵の強みを生かさせないのは戦いの基本だ。当然ながら対抗策は用意してあった。

 それがこれ。でかい敵はでかい武器を作って斬ればいいっていう単純な策だ。

 

「オラオラオラオラッ!」

 

 反撃しようと光力を溜めている箇所を優先してガンガン斬りつけていく。

 悪魔の首都へ向かって巨体で押し潰したり小型のアンチモンスターをばら撒いたりしながら進む、という指示だけで作られたのか、反撃が弱い。全力で作った霊刀で全力で斬りつけるのも初めは楽しかったが、すぐにただの作業になっていった。

 なにか面白い反応しないかなー、と思いながら斬り続けていると望んだのとは少し違うことが起きた。

 

「お、変形か。形的にスピード重視か? 俺がめんどくさいからって無視してく気かよ」

 

 『豪獣鬼』が巨大な虫のような形に変形しはじめた。先ほどの肉の塊みたいな姿よりは戦闘向けの体になったが、どう見ても空中にいる俺を倒そうと言う形はしていない。高速で動いて俺を振り切り、一気にルシファードまで障害物を弾き飛ばしながら進むつもりなのだろう。こいつが作られた目的を考えると、そうとしか思えない。

 だがこれは悪いことではない。俺を厄介だと判断してるのは分かったし、振り切れると勘違い(・・・・・・・・・)しているからこんな反応をするのだ。できないと分かれば排除のために俺と真面目に戦おうとするはず。

 なので手早く結界で俺と『豪獣鬼』を囲う。人外種である譲治たちも増援に来れなくなるが、まぁヤバくなってから解除するのでいいだろう。

 『豪獣鬼』は結界も気にせず突き破ろうとしていたが、何度やっても変形しても無理だったので諦めたようだ。アンチモンスターの生成も止まり、俺を倒すための空中戦用に変形していく。

 

「ようやくやる気になったか。それじゃ本番、始めるとするか!」

 

 変形中の『豪獣鬼』を切り裂きながら地面に降りる。小型アンチモンスター回避とこっちに意識を向けているかの確認の為に空中にいただけで、俺が得意な戦場はこっちだからな。

 こっちでの人生初の全力戦闘だ、存分に楽しませてもらうとしよう!

 

 

 

 

 

 



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58話

「シュウの奴、結界張るにも場所考えろよ。下手したら俺も溶けたぞ」

 

 ある程度『豪獣鬼』を痛めつけた後、遊びに専念させるためにシュウは自分と『豪獣鬼』だけで結界に籠ってしまった。

 様子見で放った初撃が予想以上に効いてた―――予想ではシュウと誠二がメイン、俺らが補佐に回れば多少の余裕を持って確殺出来ると言うレベル。実際はシュウ一人でも楽しんで倒せそうな相性の良さだった―――から問題はなさそうだが、結界の位置にはもう少し気を使ってほしい。回避できると信用されてるからなんだろうが、悪魔にあいつの退魔術が弱点ではないやつなどいないのだ。回避できる奴しか出てきてないとはいえ一言警告してくれてもいいだろうに。

 

「まぁいいか。よしお前ら、残った雑魚さっさと片付ける―――前にテロリストの排除だ。小型アンチモンスターは他に任せてそっちに集中しろ」

 

 上空に霧が渦巻く。英雄派がこっちが戦力を集中させられないタイミングで仕掛けてきた。

 防衛戦に出てきた魔王を段階すっ飛ばして狙うか、邪魔ばかりしてきた俺らを狙うかの二択だと思っていたが、こちらに仕掛けることにしたようだ。

 上空の霧を切り裂いて出鼻をくじいてやりたいが、残念ながら硬度が高すぎる。デュランダルを装備していれば空を飛んで斬れる可能性もあっただろうが、エクスカリバーでは無理だろうな。

 そう考えながら観察していると、霧から巨大な物が落ちてきた。

 余所で暴れていたはずの『豪獣鬼』だ。シュウが追い込んだものと似たような戦闘形態に変化している。

 

「はぁっ!?」

 

 攪乱の為に『豪獣鬼』を転移させてくるところまでは想定していたが、シュウが凹ってようやく判明した戦闘形態で来たのはさすがに想定外だ。こいつにルシファードまで一気に駆け抜けられたらとんでもない被害が出る。戦力を分散させてでも足止めに動かざるを得ない。

 

「誠二メインで足止めだ! 兵藤はその補佐、匙はさらなる増援に備えろ! シュウが一体目を倒し終り次第協力して撃破だ! 俺は」

 

 エクスカリバーを振るい、別の位置から転移してきた曹操に斬りかかる。

 

「こいつを始末する!」

 

「予想通りの反応だな。じゃ、付き合ってもらうとしようか」

 

 『透明の聖剣』と『擬態の聖剣』『天閃の聖剣』による多角攻撃が打ち払われると同時に、曹操がつけた腕輪から霧があふれる。『絶霧』で作った結界装置か。

 しかしそれにしては展開が速い。速すぎる。こっちでも引き離すための転移魔法は用意していたが発動が間に合わない。

 なら今するべきことは守りを固める事。全身を氷で覆い、転移直後に殺されるのを防ぐ。そこから先は考えながら行動するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何もなしか。お前何がしたいんだ?」

 

「雪辱戦、かな? まぁまず話でも聞いてくれ。そちらとしても損はしない話だと思う」

 

 転移先は霧で囲まれてはいるが次元の狭間に作られた空間ではなく同じく冥界のようだ。俺が準備した転移魔法と同じく、世界移動をせず、特定の位置に移動するだけにしたことで天界を速くしていたっぽい。

 ただ罠とかこちらの力を制限する類の魔法が仕掛けられていなかった。曹操もすぐに斬り合うつもりもないのか、距離を取り最低限の警戒をしているだけで何か話し始めた。

 

「まずジャンヌがヘラクレスの死を聞いて『禍の団』を脱退した。あいつは同じ英雄の魂を継ぐ者であるヘラクレスが所属していたから『禍の団』に加入したところがあったからな。元の根無し草生活に戻るそうだ。戦闘要員で機密情報も知らないし好きにさせた。

 次にゲオルグだが、あいつも脱退だ。データはそれなりにとれたし、泥船から離れて分析と研究を行うらしい。今回のアンチモンスターの転送と、この腕輪が最後の協力だそうだ。あいつがどこかへ行くのを止める手段はないから認めたよ。そしたらどうにか喋れる程度に回復したレオナルドもゲオルグに付いて行くと言ってね。俺とアンチモンスターを転移させた後すぐに移動しただろうから、もうどこにいるか俺も分からない。

 その影響を受けて英雄派はボロボロだ。組織として機能していない。近いうちに他の派閥に吸収されるだろう」

 

 英雄派、予想よりひどいことになってるな。目先の敵が弱るのはいいが、他の派閥が強化されそうで心配だ。

 

「これが自分で思っていた以上に堪えてね……。想定外のところで一時的に躓く程度ならともかく、部下に見捨てられるような者が英雄と言えるのか? そう思えて仕方がなかった。もはや魔王や神を打倒し現代の英雄に、など言えん。『英雄を志した』俺は死んだも同然だ。

 だが英雄の血を守り続けた一族に生まれ、武を磨き曹操の名を襲名するに至った『武人としての』俺は残っている。

 運が悪かっただけで、実力が足りていなかったわけじゃないと証明したいんだ」

 

「それで一騎打ち挑むために俺だけ連れて来たってのか?」

 

「そうだ。雪辱戦も兼ねているがな」

 

 運、か。確かにこいつの言いたいことも分からなくはない。

 俺ら特別な転生者はチートな性能の肉体を持ってるし、スペックだけで見れば魔王級を軽く超えてるからな。こんな異常なのと制限だらけの状態で敵対することになるとか普通ならあるはずないしな。

 原作世界でも兵藤が歴代と同じような赤龍帝なら英雄派の構成員の成長のきっかけに使った後に普通に撃破で来ていただろうから、ちょっかい掛けたのも悪手とは言えないし。

 曹操視点からすれば、生まれた時代がこんなイレギュラーが大量発生する時代だったとか不運だったとしか言えないだろう。

 

 まぁそれは俺の知ったことではないので特に何かしてやろうとは全く思わないがな。

 俺らを囲む霧も、本当に囲んでいるだけで特殊な空間を作っているわけじゃないから『支配の聖剣』で空間を支配して次元の狭間を通れば普通に脱出できる。ゲオルグがいないのなら曹操に超長距離移動の手段はないし、奇襲と撤退を繰り返して足止めし、援軍呼んで数で押し潰して倒そう。話してる間に準備は出来たし、それが一番安全だ。

 

「だがそっちが乗ってこないことは理解している。だから『契約』しよう」

 

「契約? 悪魔の方式での契約か?」

 

「そうだ。受けてくれれば勝敗に関係なく悪魔陣営に下るし、『禍の団』の情報も聴かれたら素直に話そう。実験で得たデータのコピーも差し出す。勝利した時お前が生きていれば止めは刺さないし、負けた時死んでいれば魂を持って行って構わない。

 代わりにそちらには本当の全力で相手をして欲しい。この条件ならどうだ?」

 

「ふむ……」

 

 悪い条件ではないな。逃がすつもりは一切ないが、呼んだ援軍から犠牲者が出る可能性はあるし、万が一突破されて大物以外を狙ってゲリラ活動されたらとんでもない被害が出そうだ。決闘しさえすれば速やかに情報が手に入ると言うのもデカい。英雄派の残党を早期に片付けられれば、他の派閥が強化されるのを妨害できるだろう。それに力づくで捕らえても、神器所有者に武装解除は出来ない。後のことを考えれば自主的に下らせた方がいいか?

 武器の関係上負け=寸止めでもしてくれない限りほぼ確実に死なのは問題だが、足止めを選んでもそのリスクはある。ここは思い切るべきか。

 

「……わかった。その条件をのもう。この契約書に自分の血でサインしろ。襲名した『曹操』じゃなく、真名のほうな」

 

「できれば当代曹操として挑みたいんだが……まぁ仕方がないか。これでいいな?」

 

 亜空間から取り出した高級品の契約書に契約内容を魔力を使って一気に書き上げ、曹操に投げ渡した。曹操はそれに目を通し、俺が内容を改ざんしていないのを確認したのち、指に傷をつけ署名した。

 これで契約は結ばれ、曹操は魂を縛られ契約不履行は不可能になった。

 それと同時に曹操はもう俺にとって『害獣』ではない。『客』だ。悪魔の誇りに賭け、契約をこちらから破ることはしない。

 他人任せにせず、全力で討ち取ってやろう。

 鎧を着こみ、『棺』を五つ装備、最後に槍を一本取り出して装備する。

 

「おう、それで契約は成立した。じゃ、早速始めるか?」

 

「ああ、始めるとしよう!」

 



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59話

 空気にだって抵抗があり、柔らかい地面で走れば土が跳ねて力が逃げる。

 これらは一般の人間でも実感できることであり、人外種の場合だとエネルギーのロスも尋常じゃなく大きくなる。特にスピード特化で頑丈さのない木場のような奴の場合、もろに空気抵抗を受ければミンチになる可能性すらある。まぁそれ以前に空気が邪魔で加速しきれない程度で収まるだろうけど。

 ゆえに大抵の人外種は「空気抵抗を無視できる」「地面を踏み砕かずに走れる」等の現象を無意識かつ適度に起こす生態をしている。これは悪魔も例外ではない。

 だが今回俺は自己暗示によって「適度に」の部分を狂わせた。そのついでに魔力の制御も若干狂わせ、行動すべてに過剰に魔力が乗るようにする。

 その結果がこれである。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 声を出すだけで周囲の物は凍てつき砕けて吹き飛んでいき、剣を振るえば衝撃波と共に吹雪が生じ、一歩進めば地面が砕けて礫が飛び散り霜に覆われていく。辺りの気温は一気に下がり、神の血も流れていない人間相手に活躍した英雄の末裔ごときでは対策なしだと即氷像になる環境へと変化した。

 仲間も巻き込むため連携が取れなくなり、速度も落ち、動きの精度も悪くなり、一撃の威力もガタ落ちするとデメリットだらけの戦い方だ。素の耐久力の高いサイラオーグさまやヘラクレスを相手にする場合は間違いなく悪手だろう。だが衝撃波や冷気が絶えず敵を襲うため一発当たれば沈む曹操と一対一で戦うのには適している。

 なによりこう言った技術も戦術もなく暴力を叩きつけるだけの戦闘スタイルは『怪物』っぽくて、『英雄』になれるだけの力があったか試したい曹操には最適の障害だと思うって言うのがこれを選んだ最大の理由だ。害獣ならともかく客相手なら気を使うんだ、俺は。

 

「……! …………! ………………!」

 

 俺が適当にまき散らした魔力に遮られて良く見えないが、曹操のいたあたりがぼんやりと光り続けているのでまだ生きているようだ。聖愴の力を使って球形の防壁でも張って、その中に籠っているっぽい。

 とにかく今は耐え、どうにか隙を見つけて致命の一撃を叩き込むつもりなんのだろう。俺は手札を最低五枚伏せているから間違った手ではないし、まさしく『怪物』に挑む『英雄候補』の図でいい感じだ。

 なら俺も怪物役らしく出し惜しみせず全力を出そう。

 ヘラクレス戦でも使った『棺』で『龍の籠手』と『龍の光翼』の禁手を発動。出力が四倍になり、それを突破したとしても俺へのダメージが8分の一分になった。

 次に光を吸い取る闇を生み出す属性攻撃系神器―――これも例のごとく堕天使から買った―――を埋め込んだ魔法使いが入っている『棺』を起動させる。まき散らされる冷気や氷塊に闇が混ざるようになり、曹操は絶えず防壁を補修し続けなければならなくなった。

 

禁手化(バランス・ブレイク)

 

 さらに俺自身の禁手(バランス・ブレイカー)聖馬守護する自己領域(エリア・オブ・マイン)』を発動。俺の魔力が散布された一帯を『俺』にする。俺から離れれば多少はマシになった冷気が、最も過酷な環境で均一化された。

 加えてユーリの固有時操作の神器を発動。俺の内部の時間を操り、領域内に時間が早く進む場所とゆっくりしか進まない場所をランダムに作成した。考えなしに進めば体は超高速で進んでいるのに首はゆっくりとしか進めず千切れる、なんてことも普通に起きる環境だ。

 最後に堕天使キメラが入った『棺』をバッテリーとして使用し、これを曹操が死ぬか氷漬けになるまで叩きつけ続ける。

 さぁ曹操よ、英雄に足るだけの力があると言うのならこれを乗り越え俺に刃を届かせて見せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――曹操 side ―――

 

 最初の一撃で殺しそこなった。

 この戦いが始まって、最大の失敗がそれだ。

 俺はもう立場に縛られ行動を制限されはしない。それゆえ怪物退治において基本である一撃必殺を狙ったのだが、左腕を犠牲に防ぎきられてしまった。今では聖なるオーラが付着した部分も切り離され、完全に元通りになってしまっている。

 そこから先は一方的だ。一撃でも貰えば死にかねないレベルの暴威が絶えず襲い掛かってくる。

 だから今は防戦に徹する。迂闊に反撃しようとすれば防御が甘くなり、ゲオルギウスにたどり着く前に死ぬだろうからな。隙を見つけ、倒せる状況に持って行くべきだ。

 幸い俺の禁手はこういった状況にも対応できる万能性を持たせている。

 自在に巨大化、分裂、変形可能な将軍宝(パリナーヤカラタナ)に攻撃を受け流す珠宝(マニラタナ)を組み合わせて攻撃を受け流す防壁を球形に展開。居士宝(ガハパティラタナ)で人型を作り、馬宝(アッサラタナ)で転移させて安全なルートを調べつつ象宝(ハッティラタナ)で飛んでいく。

 進みながら分かったことだが、この攻撃には癖がある。本人的にはランダムのつもりなのだろうが、常に全力で叩きつけているためにリズムのようなものが出来てしまっているのだ。単調と言ってもいい。

 これを完全に見抜ければ、一気にゲオルギウスの元まで飛んでいくことが可能だ。だがリズムに気付いていることを気づかれてしまうと違った行動をし始めるだろう。特に動き回られれば槍が届く距離に入ることすら難しくなり、無理に届かせようとすれば守りが緩んで氷像になるか体が千切れる可能性が高い。出来ればその手段はとりたくないな。

 気づかれないよう慎重に進み、間合いに入れば即座に仕掛けるのが最善だ。最高のタイミングを見計らうなどしていれば先に仕掛ける体力も無くしてしまいそうだし、賭けに出るしかないだろう。

 

 じりじりと距離を詰めていく。攻撃はまだやむことなく続いている。ペースが落ちすらしないスタミナは脅威だが、リズムが狂うことなく続いているため今回ばかりは助かったと言えるな。

 耐えて、耐えて、耐えながら進み、ようやくゲオルギウスを間合いに収める目前まで来た。力は予想よりも残すことが出来たし、これで賭けに全力で挑むことが出来る。

 ゲオルギウスを間合いに入れた瞬間、瞬時に動き出す。

 

「ッ!」

 

 馬宝(アッサラタナ)で安全なはずの位置に転移して、同時に人型を別の場所に転移させる。この時点で自分の体と人型に損傷はない。第一段階クリアだ!

 ゲオルギウスの性格からして攻撃のため穴だらけになるとはいえ、自分の周りには時間を停滞させた空間を他より多く設置して防御しているはず。それに遠距離からの狙撃では即死させなければ聖なるオーラが付着した部分を切り離して即座に修復する。ならば大火力で空間ごと吹き飛ばすのが最善! 

 

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 全方位から時間停滞空間や吹雪の隙を突いた砲撃を全力を込めて放つ。これが決まれば俺の勝ち、決まらなければ負けだ。

 ま、結果は目覚めたとき分かるだろう。

 もう地面に落ちたとき死なない程度の減速するのでげんk……………………………。

 

 

 

 

―――曹操 side out ―――

 

 

 

 

 

 



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進路指導のウィザード
60話


 冥界の魔獣騒動が解決してから数日たったある日、俺たちシトリー眷属は駒王学園の生徒会室で会議と言う名の雑談をしていた。

 現在の話題は俺と曹操の戦いについてだ。

 

「いやー、曹操は強敵でしたよ。まさかランダムに設置したはずのトラップや適当に起こしたはずの吹雪に規則性を見つけてそこを突いてくるなんて。最後の一撃を撃たれるまで見抜かれてることに気付けなかったし、あれが当たってたらと思うとぞっとします。あいつ、時代が違えば本物の怪物退治の英雄になれてたと思います」

 

「そんなにですか」

 

「ええ、あれで運さえよければ今の時代でも英雄に成れたでしょうね。いくら集落に籠って中華系の英雄の血を混ぜながら高めてきたとはいえ、人間相手に活躍した程度の英雄の末裔って侮ってました。なんなんですかね、アレは」

 

 今回の戦いは本当に運よく乗り切れたって感じだったからなぁ。

 いくら武器が強力とはいえ、ヘラクレスと違い肉体的には脆く軽い一撃でも当たれば死ぬような相手。仲間の心配をする必要のないあの環境なら、最初の一撃さえ凌ぎきれば圧殺できると思っていた。範囲攻撃を一瞬しかできず、動きを止める手段のない兵藤だから苦戦したんであって、そこをどうにかできる俺なら相性の差で押し切れるってな。

 で、実際ふたを開けてみるとあの様だ。

 『棺』を五つ制御するのは結構厳しいが、あれだけやれば圧殺できると思っていたのに見事に突破された。『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』と『夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)』の合わせ技で、聖剣を粉状に変え結界内に満たし、徐々に蜃気楼のように本来とは違った場所にいるよう感じる空間にしていかなかったら曹操は真っ直ぐこちらに来ていただろうな。

 この手は直前でデュランダルをエクスカリバーと交換できていなかったら使えなかったし、振り回すのに違和感がないようデュランダルと同じ形にしてなかったら曹操もエクスカリバーの能力を考慮して動いただろうからああはいかなかっただろう。

 あとアーサーが気まぐれに『支配の聖剣』を無償でゼノヴィアに渡すこと自体、常識で考えればまずありえない事だからな。俺は原作知識で予想できたとはいえ、曹操にしてみれば完全な不意打ちだ。

 結論、俺が今回勝てたのは曹操の不運さのおかげ。

 原作ボスキャラの凄さを思い知らされたぜ。これからはもっと裏方に徹さないとな。

 

「ま、勝てたんだから良かったじゃねぇか。報酬もかなり出たんだろ?」

 

「お前はこういうとこはお気楽だな。ドラゴン宿してるだけあるわ。それに報酬も善し悪しだよ。下賜される土地が良い土地に変わることになったけど、選定し直しになったからな。こっちは早めに渡してほしいってのに」

 

「譲治はこの間、上級悪魔になって『悪魔の駒』を下賜されましたからね。眷属候補も昔から集めていましたし、資金が手に入るのが遅れるのは痛かったんですね……。お父さまに相談はしましたか?」

 

「いえ、契約用の書類を書き直せば貯金で一応どうにかできるのでそこまではする気ないです。『兵士』は自分が治める土地の民から何人かは選びたいって思ってたので、眷属の選別が遅れるのが嫌だっただけですから」

 

 冥界に住んでる部下がいれば、原作の事件の時にそっちの問題解決に先んじて呼ばせてサボる、とかできかもしれないたから早めに欲しかったんだよなぁ。それが駄目でも人手が増えればそれだけやれることも増えて、安全性が上昇したと思うし。

 なおわざわざ領民から選ぶ理由は、領主のいない土地だと民の中でまとめ役みたいなのがいるから、その一員を眷属として抱え込みたいと言うものだ。

 事務仕事用にシトリー家家臣団から何人かについて来てもらうつもりだけど、土地による特色の差が人間界より遥かに激しいからな。その土地の民衆をまとめ上げるノウハウを知ってる彼らを逃したくはない。

 それに『悪魔の駒』は「強いやつを部下にする道具」じゃなくて、本来は「戦力に数えられない人員を精鋭に変える」道具だからな。何でもできないといけない『女王』や戦闘担当である他三種はともかく、雑務担当の『兵士』ならそこまで厳選する必要はない。使い勝手重視だ。

 

「ただ書類の準備に手間取ってますんで、お披露目はまた今度ってことで。それより次の話題に移りましょう」

 

「そうですね。私の『戦車』もまだ契約は完了していませんし、次の機会でいいでしょう。で次の話題ですが、ジョージは分かっているでしょうが、不安な子もいますからおさらいから始めるとしましょう。サジ」

 

「は、はい!」

 

「もうじき『魔法使いとの契約』期間に入ります。悪魔がわざわざ魔法使いと長期契約を結ぶ理由はなんですか?」

 

「えーと、魔法使いに研究させてその成果を回収するため、です。時間がいくらでもある悪魔がだらだらするより、制限のある人間がした方が熱心に取り組むんで効率がいいから、って理由だったと思います」

 

 躓きながらもどうにか答えた。匙は、というか俺と真羅さん以外は魔法使いとの交流がほぼないからな。堪えられなかったら超スパルタモードの勉強会が開催されただろうし、答えてくれてなによりだ。他も連中もこれに続いてくれ。

 

「よろしい。では次に魔法使い側が研究成果を開示してでも悪魔と契約する理由について。留流子(るるこ)巴柄(ともえ)翼紗(つばさ)、順に一つずつ答えなさい」

 

「まずもめ事になった際に後ろ盾になってもらえるっていうのがありましたよね」

 

「で次に冥界の技術や知識、道具なんかを求めてですね。悪魔から直接買えば末端価格よりはずっと安くなるって聞きました」

 

「他にも色々あったはずですけど、大きいのだと悪魔と契約すること自体が魔法使いのステータスになるからって言うのだったはずです」

 

 三人がよどみなく答えた。匙が修行に使ってる分の時間を勉強に使ってるし、これくらいは問題ないな。

 

「正解です。ではジョージ、協会から届いた私たちのデータを」

 

「はい。これがシトリー眷属への協会の評価です。まぁ俺は上級悪魔に昇格したので評価し直し、契約も先送りとなったので記載されてませんけど」

 

 ソーナ姉さんの指示を受け、モニターにシトリー眷属の評価を表示させる。

 ソーナ姉さんの評価は魔力が制御能力と合わせて飛び抜けて高く、身体能力が平均的な中級悪魔程度。

 真羅さんは全体的に中級悪魔の平均より高く、鏡魔術に対する適性が高く評価されている。

 他の女性陣は下級悪魔平均より少し上あたりでうろうろしているな。

 で匙の評価はと言うと、とびぬけて優秀と言えるソーナ姉さんと比べてすら異常な事になってる。

 魔力関係は中級悪魔の平均より少し上程度だが、身体能力は上級悪魔と比べてもかなり高く、特に耐久力はSS評価―――原作で無限と夢幻の力を分け与えられた兵藤のパワーと同等の評価―――を得ている。原作の兵藤のようなマイナスイメージを抱かれるような行動もしていないし、宿った龍王ヴリトラに「我が半身」と認められていることも合わせて、とんでもない高評価を受けている。

 

「このデータから、一番人気は匙、次にソーナ姉さんで、他は団子状態って感じで指名が来ることが予測されます。セラフォルーさまの逆鱗に万が一にも触れたくないって言うのもデカいですが、何より先にヴリトラを確保して、ダメなら主を経由。他はよくいる眷属悪魔クラスなんでそれなりに、といった具合ですね」

 

「何と言いますか……これを見ているとうちの眷属の問題点が丸わかりですね。ジョージとサジに頼りきりです。私たちももっと頑張らなくては……!」

 

「そこは追々解決していけばいいんじゃないですかね? 少数のエースを他がサポートするタイプの眷属なんて珍しくないんですから。今はまだ賑やかしレベルですけど、そっちに専念すればそこそこはいくでしょうし。むしろソーナ姉さんは前に出ちゃダメな立場ですから、理想的な構成とも言えます」

 

 サポートに専念させるにしてもこの世界では人工神器を貰ってないんで能力的には微妙だが、まぁその辺はソーナ姉さんが上手く運用してどうにかするだろう。元々そういうのが得意な人だし、俺みたいに戦力をただ叩きつけるだけの奴とは頭の出来が違うからな。冥界から離れて過ごしすぎたせいで常識はアレだが、能力はガチだ。

 

「そう言う考え方もありますか。……ならもう少し魔法具を提供してくれませんか? あれがあれば作戦の幅が広がります」

 

「原価もただじゃないし、人手も時間もいるので契約で決まってる分以上はさすがに無理です。普通に購入してください」

 

「ですよね……。こういうときは次期当主という立場が面倒です。決まった額の資金をもらえるだけで、必要な時に追加で稼ぐことが出来ない」

 

 俺ら眷属はシトリー家から土地を分け与えられてるが、ソーナ姉さんはいずれ全部を継ぐ立場とは言え小遣いと眷属への給料支払いの肩代わりだけだからな。はぐれ悪魔を狩ったときの報酬も他以上に眷属に分配しちゃってるし、買うのは無理なのは知ってた。

 ここで他の連中が気づかないと話が終わってしまうんだが、心配する必要はなかったみたいだな。

 

「なら私たちが買うと言うのはありかしら? 譲治君の助言通り貰った土地に代官を派遣してもらっていたから、知らない内にかなりの額が溜まってたの。金額的には足りると思うわ」

 

「ありです。俺としてもシトリー眷属全体の戦力の底上げは歓迎ですしね。転売禁止、貸出禁止、解析禁止等の条件が付きますが、身内価格で売らせてもらいます」

 

 真羅さんが言い出したのを皮切りに、他の連中も購入を申請してきた。原作のグレモリー眷属のように眷属悪魔の主な収入源である土地から目を逸らして、給料だけで過ごしていたら買えなかっただろう。助言を聞いていてくれて何よりだ。

 この日の会議は女性陣から要望を聞き、次回までに造ってくると話がついたところで終了した。

 在庫で対応できないのも何個か依頼されたし、さっそく冥界に戻って造ってくるか。



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61話

 頭を使うのは勿論必要だが、それ以前に基礎を鍛える必要があるシトリー眷属。

 駒王学園を空にするわけにはいかないが、あそこの土地の警備は元々グレモリー家の仕事なので割と自由な行動ができる。なのでシトリー眷属は新たな『戦車』と俺の眷属―――支取眷属と名乗っている―――の顔見せも兼ねて、冥界のシトリー領にあるバトルフィールドに特訓をしに来ていた。

 

「ではまずルガールさん、あらためて自己紹介お願いします」

 

「……できればルー・ガルーと呼んでくれ。人狼と魔法使いのハーフで、魔法は補助程度、身体能力と頑強さを武器に戦う戦士タイプだ」

 

 灰色の髪をした巨躯の男が促されて自己紹介をする。といっても戦闘スタイルを一言にまとめて話しただけだが、それだけ分かれば十分だ。戦闘スタイルが分かればチーム分けは出来るし、細かいことは実際にやり合ってみた方がわかり易い。

 あと呼び名だが、たぶんだれもルー・ガルーとは呼ばない。だったそれ個人名じゃなくて種族名か家名みたいなもんだし。眷族は身内みたいな考え方のシトリー眷属では、みんな個人名であるルガールの方で呼ぶだろうな。

 で次は俺の眷属の番。インパクトの弱いやつから順に紹介していこう。

 

「次はこっちだな。まずは『兵士』の華宮(カグラ)だ。元々シトリー家の家臣だったんだが、俺が引き抜いた。個人での戦闘能力は低いが、研究、開発のほうで重宝してる。領地でも文官たちのまとめ役をさせるつもりだ」

 

「華宮です。基本的に裏方なのでこれからもあまり接点はないでしょうが、よろしくお願いします」

 

 暖かそうな毛に覆われた耳を持つ少女が頭も下げずに言い放つ。

 こいつはヤキトリ先生や黄昏色の詠使い同様、他作品世界において主要登場人物をやっていたキャラだ。「ネルの民」と言う亜人種で機械関係の技術に長けている、と言う設定のキャラで、こちらの世界においてはシトリー家に仕える獣人系の悪魔の生まれ。『氷結鏡界のエデン』世界と似た感じに育ち、オートマタやアンドロイドなど機械や絡繰に近い魔法具の開発を得意としている。

 華宮を眷属にスカウトした理由は、単純に優秀だったからだ。

 俺は高性能な体のおかげで、感覚的に優れた魔法具でも術でも作れる。だがオートマタなどは他とは比べ物にならない数の部品の集合体であり、感覚だけでどうこうできるものではなかった。だけど作りたかったので、それができるやつを探した結果見つかったのが華宮だ。

 それ以外にも戦闘能力以外は非常に優秀で、もう三年も俺の補佐を務めてくれている。こいつを眷属にしないと言う選択肢はなかった。

 

「次は氷羽子(ひわこ)、そして使い魔(ドウター)のシャーリーズ。華鳥風月の一つ、氷使いの鳳島(とりしま)家出身の『僧侶』だ」

 

「氷羽子です。よろしくお願いします」

 

 ゴシックパンク風の衣装に身を包んだ黒髪の美少女がお辞儀をする。氷の巨鳥もそれに倣った。

 それに対し、日本の魔法使いの名家の生まれの真羅さんが反応した。

 

「え、華鳥風月って、あの?」

 

「たぶん想像してるので合ってます。意味不明さでは群を抜いてる家系ですからね」

 

 氷羽子が登場人物を務める作品『アスラクライン』において、悪魔とは一巡目の世界から二順目の世界にやってきた際に魔力を扱えるようになった者とその子孫を指す。女の悪魔は最初に性交した者に使い魔を与える能力を持つが、魔力を振るうたびに契約者が悪魔に抱く愛情を失わせていき、契約者の心が悪魔から完全に離れた状態で魔力を振るい過ぎると存在が薄れ消滅する。逆に男の悪魔は魔力を振るうたびに自分が愛している者の記憶を失っていく、と言う設定だ。

 その設定はこの世界でも形を変えて生きているのか、華鳥風月とその傘下にいる術者たちは「どこからともなく表れた人間っぽい生き物」の末裔なのである。古くから生きている日本の神々ですらどこから来たのかさっぱりわかっていないのだ。海外でも似たような例はあるが、そっちもどこから来た連中なのかさっぱり判明していない。

 さらに言うと『アスラクライン』世界では契約者から奪っていたのは記憶だったが、こちらの世界では魔法力になっていて、それでも足りない場合は生命力が削られる。そのうえに使い魔の維持にも魔法力が消費される感じになっているため、余程の実力者でもない限り華鳥風月に婿入りすると戦闘行為を行えば死ぬ可能性が跳ね上がるのだ。

 そんなわけで不気味過ぎて現代でも業界では少し浮いた存在なのが華鳥風月とその傘下の連中だ。

 だが俺はそんなの気にしないし、なにより魔力使い放題ならすごい戦力になるので眷属にスカウトした。鳳島家としても婿はなかなか見つからないし、シトリー家と繋がりを持てるのはチャンスに思えたようですんなりと決まった。

 

「そうか、譲治君くらいの魔法力があれば彼女達と契約しても問題なしなのね。ちょっと予想外で驚いたわ」

 

「複数契約でも平気ですよー、やりませんけど。じゃあ次。つい最近まで『棺』に入っていた、摩理です。神器無しでなんと二駒の『騎士』!」

 

「「「「「「「「「「神器無しで二駒ッ!?」」」」」」」」」」

 

「ひあっ!?」

 

 全員の驚きの声に摩理が変な声を上げる。

 まぁそれも仕方がない。なにせライザーさんやサイラオーグさんのとこの純血の上級悪魔―――レイヴェルフェニックスとベルーガ・フールカス―――とかでも『兵士』三駒分で眷属にできているのだ。見た目は痩せた小柄な少女でしかなく、動きも武術をやってるようには見えないので、完全に才能だけでその倍近くすごいと言うことになる。

 現状では身体能力を跳ね上げられたただの少女だが、育てば最上級悪魔でも殺しうる英雄候補と言うわけだ。そんなのがこちらの業界的には一般人の家系から生まれるってこと自体が驚きだし、当然の反応である。

 

「……すいません、取り乱しました。それにしても女性ばかりですね。眷属ハーレムは男のロマン、というやつですか?」

 

「それもなくはないですけど、ぶっちゃけ男連中には拒否されたってのが理由ですね。人間で満足してるから悪魔になる気はないみたいで」

 

 “かっこう”とか坂井悠二とか、組織のルールを理解したうえで行動できて非情な手段も取れるやつは眷属にしたかったんだけどな。

 せっかく魔法を教えて裏社会に引っ張り込んだのに、原作嫁となぜか遭遇して幸せにやってやがったせいでスカウトしても断られた。違う時間を生きていくのは嫌なんだと。お前らならすぐに上級悪魔になって嫁さん眷属にできるってのにもったいないことしやがって。

 まぁ無理にスカウトして敵になられても困るので、結局雇い主と傭兵的な関係で落ち着いた。危険な任務を回すのはちょっと申し訳ないので、よほど切羽詰らない限り割のいい仕事を回すいい雇い主をやっていけると思う。

 

「では最後、いきますよ」

 

「え、ここにいる三人だけじゃないの?」

 

「別の場所で待機させてるのが一匹な。じゃ召喚するから巻き込まれるなよ。『戦車』でドラゴン・キメラのタマだ!」

 

 魔法陣が輝き、そこから八本の足を持った馬が現れた。

 

「馬じゃねぇかッ!?」

 

「にゃー」

 

「鳴き声は猫!?」

 

 予想通り、シトリー眷属の面々は混乱している。一通り見て楽しんだ後で説明を始めた。

 

「タマは俺の使い魔だった冥界の羽根猫でな。ロキ戦の時に手に入れたミドガルズオルム・クローンの死体をベースに造ったドラゴン・キメラに魂を移したんだよ。で、さらに仙術使いの塔城の細胞とスレイプニル・クローンの死体も移植してあったから、省エネモードでこっちの姿にもなれるようになってるってわけだ。

 普通こんなのすれば数秒生きていられればすごいってレベルなんだが、魂を移した直後に『悪魔の駒』で転生させたから上手く馴染んだ。これ開発したアジュカさまってやっぱり頭おかしい天才だ、って再認識できたよ」

 

「……それ上手くいかなかったらタマ死んでね?」

 

「失敗したら猫の体の方を修復してそっちに戻したさ。タマは可愛いペットだったし、殺すのは嫌だったからな。つーか駒の性能に驚けよお前ら」

 

 俺、これが上手くいったときに思わず引いたのに。まさかできるとは思わなかったから。

 それと同時にかなり怖かったけどな。この技術が外に漏れたら、俺を殺してこの体を使おうとするやつも出てくるかもしれない。天使、堕天使への技術早まったんじゃね? と思ったほどなのに。

 まぁその辺は今さら考えても遅い。キメラに魂を移して眷属化もいつか誰かがやってたことだろうから隠しても意味はないと思うし、体を奪われないよう自己強化を続けていくとすることにした。

 

「これで支取眷属で見せられるのは全員です。後のは時期が来れば公開しますが、もう少しだけ隠していたいんで」

 

「ふむ? まぁあなたが言うのなら納得しておきましょう。それよりせっかく眷属を見せ合ったんだから模擬戦でもしてみます?」

 

「基礎訓練で。摩理とかまだ完全に素人なんで戦ったら死にかねませんから」

 

 一時間後、槍と魔力の扱いを軽く教えただけでシトリー眷属の大半より摩理は強くなった。やっぱ眷属にできてラッキーだったわ。

 

 



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62話

 吸血鬼との会談が行われることになった。

 吸血鬼は結界に籠り、他の種族との交流をほぼ完全に断っている種族だ。そのうえ人間に追いやられ結界に籠るしかなくなった反動か「自分たちが一番偉い。他種族は自分より下」と思見下さずにはいられない連中だ。

 はっきり言って放置していれば『禍の団』の傀儡にされ、騒動を起こすだろうと考えられているのが吸血鬼だ。武器や技術を「献上」されれば疑うことなく使うだろうし、それで強くなれば調子に乗って暴れはじめるだろうからな。実際原作ではそうなってたし。

 だが和平を各勢力に訴えている現状では、先手を取って倒しておくと言う手段はとれない。なので交渉を打診し続けていたのだが、今まで無視されてきていた。

 それに変化があったということは、吸血鬼の内部で何か起こっていると言っているのと同じだ。ゆえに、アザゼル総督を筆頭にグレモリー眷属全員にシトリー眷属からソーナ姉さんと真羅さん、支取眷属として俺と華宮、そして天界側からガブリエルに『(クイーン)』を与えられたシスターと言う布陣で待ち構えることになった。あいつら独自の価値観で生きてるから、この圧迫交渉が機能するかは疑問だがな。

 

「しかしあれですね。こうして会談の場で席が用意されてると、出世したんだなって気がしますね」

 

「そうですね。あなたは今まで、こういう場では私の後ろに立っていましたから。私もこんなに早く並んで座ることになるとは思いませんでしたよ」

 

「いきなり世界規模で問題が噴出してきましたからの出世速度ですからね。こんなの誰も想像できませんって」

 

 ソーナ姉さんと駄弁りながら吸血鬼側の使者の到着を待つ。

 兵藤たちグレモリー眷属は天界から派遣されたシスターのグリゼルダさんと話をしていた。確かゼノヴィアの元上司だったか。今まで逃げ続けていて、ついに捕まったって感じだったはず。

 そんな感じで時間を潰していると、ようやく吸血鬼の気配が感じられた。使者が到着したのだろう。招かれないと建物には入れないため木場が迎えに行った。

 少しして、やってきたのは女の吸血鬼が一人と護衛らしき吸血鬼が男女一人ずつ。いずれも死人のような顔色で、生物らしさが感じられない。

 英雄として産まれそこなった結果、生物になることもできず数々の不具合を持ちながらどうにか動いている死体、と言うのが俺の吸血鬼への印象だ。吸血鬼は種族的に生命力的な力を全く持っていないので的外れな印象ではないと思ってる。

 

「ごきげんよう、聖書の勢力の皆さま。特に堕天使の総督さまに、魔王の妹君お二人にお会いできるなんて光栄の至りです」

 

 丁寧ではあるが全く光栄には思っていないのが伝わるあいさつを使者が言う。

 こちらはアザゼル総督が挨拶を返し、対面の席に座らせ会談を開始した。

 

「私はエルメンヒルデ・カルンスタイン。エルメとお呼びください」

 

「……カルンスタイン。確か、吸血鬼二大派閥の一つ、カーミラ派のなかで最上位クラスの家だったな。久しぶりだな、純血で高位のヴァンパイアに会うのは……」

 

 エルメンヒルデがこの場で一番えらいアザゼル総督に話しかけたが、アドバイザーとして同席してるだけなので自分ではなく全員に話しかけたと判断し、ついでに独り言と言う形で情報を伝える。

 吸血鬼は女の始祖を尊ぶカーミラ派と、男の始祖を尊ぶツェペシュ派があり、長年対立し続けている。これくらいは原作知識なしでも手に入る情報だが、どんな家がどちらの派閥についているかを知るのは難しい。なにせ悪魔は吸血鬼とお互いの領域を荒らさないようにしてたから、接点がほぼないからな。天使や教会の戦士は発見し次第殺すし、多少なりとも知っていたのは堕天使だけだ。

 事前にどちらの派閥でどの家の誰が来るかとかの連絡もなかったし、種族の代表という程の地位ではないリアスさんが聞けば吸血鬼最高な思想のこいつは理不尽にキレる可能性があったので多少強引ではあるが教えてくれたのだ。

 挨拶をすかされたエルメンヒルデが不満を隠しながら席に着き、リアスさんが率直な質問をする。

 

「エルメンヒルデ、いきなりで悪いのだけど質問させてもらうわ。―――私たちに会いに来た理由を教えてもらえるかしら? 今まで接触を避けてきたカーミラの者が突然グレモリー、シトリー、アザゼル総督の元に来たのはなぜ?」

 

「―――ギャスパー・ヴラディの力を借りたいのです」

 

「へ?」

 

 リアスさんが困惑して妙な声を出す。他の皆も似たような反応だ。

 なにせこの世界では兵藤がサマエルの毒を受けていないので、ギャスパーの力は未覚醒だからだ。ゆえにわざわざ借りに来るなど想定外で、こんな反応をしてしまったのである。

 このままだと双方の認識がすり合わせられず、グダグダになりそうだったのでアザゼル総督が助け舟を出した。

 

「率直な質問に率直な答え。それはいいがそれだけじゃ内容が全然わからん。すまんが、順を追って説明してもらおう。―――吸血鬼の世界で何が起きた?」

 

 アザゼル総督の問いに、エルメンヒルデが順に答えていく。

 内容は原作とそう変わらず、ツェペシュ派に神滅具の一つ『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』を持つものが現れ、吸血鬼の弱点を消し始めた。それをカーミラ派は吸血鬼の誇りを捨てる行為とみなしており、襲撃もかけてきたので粛清するつもり。そのためにギャスパーを貸せ、とのことらしい。

 

「……それはギャスパーがヴラディ家の―――ツェペシュ派の吸血鬼だったことと関係があるのかしら?」

 

「それもあります。けれど本当に私どもが欲しているのは、ギャスパー・ヴラディの力です。そちらにも把握している者がいるとの話でしたが、リアスさまはご存じではないので?」

 

 リアスさんが全員を見渡す。つい誠二が眼を逸らした。

 

「セージ! あなた何か知ってるの!?」

 

「えーと、その、それはですね……」

 

「あーちょっとすみません。俺も心当たり有ります」

 

 誠二がいきなり話を振られて慌てだしたので、フォローをする。普通なら知るはずのない原作知識を問題なく伝えるために色々準備はしてきたからな。とはいえ説得できるだけの物的証拠を揃えることは出来なかったが、他から話が振られたなら感覚的にわかったってことで話を進めよう。

 

「俺も誠二も元死人の魂を引き継いでるんですけど、ギャスパーもそんな感じがしたんです。ただ俺らよりもヘラクレスに近い―――というかヘラクレスに感じた差をさらに大きくした感じですので、完全に人とは違う生き物の魂の欠片とかを引き継いでるんじゃないかと。証拠もないし、引き継いでる魂の影響とかもなかったので報告は先送りにしとこうと考えてました。誠二もそうだよな?」

 

「あ、ああ。そんな感じだ」

 

「そう。吸血鬼側の認識もこれであってるかしら?」

 

「ええ、それと同程度の情報は得ています。ですが詳細を知る者が語ろうとしませんので、それ以上の事は不明です」

 

 この程度の情報で吸血鬼が動いたのか。情報源は俺らと同じ特別な転生者だろうが、前例からして人間の血が混じってるだろうに。悪魔とは比べ物にならないレベルで純血主義の吸血鬼を動かせるとかどんな立ち位置なんだそいつは。異様過ぎてアザゼル総督も怪しんでるぞ。

 

「そして、問題の聖杯についてですが……」

 

 そこからは原作通りのことを言ってきた。吸血鬼側の転生者の影響だろう。この辺からは原作知識とか当てにならないと思ってたのにほぼそのまんまな展開になってやがった。

 要約すると

 聖杯の所有者はギャスパーの幼馴染のヴァレリー・ツェペシュ。そっちとしても助けたいだろ?

 だけど悪魔や堕天使どもが来るのは嫌。ギャスパーだけよこして黙って見てろ。

 この話に乗れば和平には賛成してやる。立場上嫌とは言えんよな?

 となる。

 まぁそれをそのまま飲んでやる必要は欠片もないので、アザゼル総督―――は立場上不味いのでバラキエルさんとリアスさん、誠二の三人が先に交渉しに行き、グレモリー眷属がもう何人か行けるよう交渉し情報も集めてからギャスパーの貸し出しについては検討することになった。エルメンヒルデは不満げだったが、使者に選ばれただけあって勢力としての差を把握できないほど吸血鬼の常識で凝り固まってしまっているわけではなかったようだ。

 まぁエルメンヒルデから聞く限り、俺や匙クラスのが付いて行くのは無理そうだったけどな。そこなもう諦めた。政治的な問題は個人ではどうしようもない。兵藤が主人公力でどうにかすることに期待しよう。

 

 

 



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63話

「あ、そろそろ時間ですね。ちょっと用事済ませてきます」

 

 リアスさん達が吸血鬼の国に向かった数日後、学園の仕事を片付けている途中で俺は席を離れた。

 転移魔法陣を展開し、学園内の新校舎に転移する。

 

「よっと」

 

「へ?」

 

 生徒を人質にとり、ギャスパーと塔城を脅して拘束しようとしていた魔法使いたちを切り捨て凍らせる。

 次に困惑するギャスパー、塔城、一般生徒を放置して、華宮に連絡を取る。

 

「こっちは成功したぞ。そっちはどうだ?」

 

『問題ありません。シトリー眷属、グレモリー眷属のご友人と裏の関係者は守り抜きました』

 

「よし。なら警戒はそのまま続けてくれ。俺はこれからソーナ姉さんたちに説明をしに行く」

 

 通信を切り、一般生徒を昏倒させつつギャスパーたちの方に向き直る。

 

「作戦会議しにいくぞ。魔法使いどもが攻めてきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園の破損個所はこれより修復します。侵入してきた者たちについては、この地で活動している三大勢力のスタッフが足取りを追っています。ただ生徒たちですが……」

 

 作戦会議の司会をすることになったソーナ姉さんが口ごもる。代理で俺が言うことにした。一番把握してるのも俺だしな。

 

「裏に関係ない生徒が32人さらわれた。人質のつもりだろうな。これについては俺の方から補足がある」

 

 会議室に動揺が広がる。まぁ一部を除いて元一般人だからな。今までの敵はいい意味でも悪い意味でもそこらの民衆を気にかけるような奴らでもなかったし、こんな経験ないもんな。

 だが騒がれては説明できないので、でかい音を鳴らして静まらせる。

 

「まずはこいつを紹介させてもらう。俺の『僧侶』の織莉子(おりこ)だ」

 

 魔法陣が輝き、中から一人の少女が現れた。

 全体的に白っぽい衣装をまとい、ショールの付いた帽子をかぶった、結構スタイルのいい少女だ。なお、まだ中学生である。

 彼女も他の眷属同様他作品の主要登場人物だ。その作品は『魔法少女おりこ☆マギカ』だ。そこでラスボスっぽい主人公をやっているのが彼女である。

 この世界でも表社会での立ち位置は変わらず、不正疑惑が持ち上がった政治家の娘。まだ父親が自殺はしていない時に発見できた。

 その時に「疑いを晴らすかわりに織莉子自身を捧げる」と言う契約を交わした。他の物は全て三国家の物であり、織莉子の物ではなかったために捧げられなかったからな。

 それ以降は彼女の持つ特殊技能もあって、俺の切り札としてつい最近まで温存していた。なお能力の重要性から裏社会関係の荒事に親類を巻き込むのを防ぐため、人間界での織莉子の記録、記憶は彼女の承諾を得たうえで削除済みである。

 なお彼女との契約についてだが、彼女の父は実際に疑惑だけで不正はしていなかったので簡単に事態は片付けられた。まぁ疑惑を苦に自殺するような人が不正はやらんわな。不正するような人なら言い逃れするだろうしな。

 

「初めまして。織莉子と申します。得意とする魔法は未来予知です」

 

「未来予知? 占術じゃなく、具体的に知ることが出来ると?」

 

「はい。そちらもできますが、起こる事象を視ることも出来ます」

 

「それはすごい。人の持つ力としては破格のものですね。よく『僧侶』一駒で転生させられたものです」

 

 織莉子の自己紹介を聞いて、ソーナ姉さんが称賛する。

 この世界だとぼんやりと抽象的な未来を占うのが限界だからな。転生前の世界で未来を見通す、もしくは教えてくれるとか言われてる人外種も、この世界だと情報収集能力が高くてそこから推測できるって言うのになってるのが大半だし。具体的にいつ、どこで、何が起きるか知ることが出来る織莉子の力はすごく希少だ。

 

「欠点もそれなりにあるんですよ。内容までは言えませんけどね」

 

 魔法力の消耗が激しく戦闘に割ける魔法力の量が少ない。未来を知った事で自分や他人の行動が変わり、予知の結果が参考程度にしかならない。「条件が揃ったら事件を起こそう」と考えている敵がいる場合、条件が揃って決行する気になるまでその未来は見えない、もしくは見るのが困難。戦闘で活用にしようにも、織莉子の地力はそう高くないため動きを読めても押し切られることが多い。などなど。

 こんな感じで単独だと未来が見えても望んだ方向に変えることが出来ないと言うのが一駒で済んだ理由だ。

 

「話を戻すが、織莉子が三日前にした予知で今日、この時間に襲撃が来ることは知っていた。ただ最初の予知ではさらわれるのはギャスパーと塔城で、宣戦布告の意味も兼ねて塔城は救出に来た俺らの前で殺されるはずだった」

 

「は?」

 

「で俺がそれを防ぎに行った未来を予知すると、今度はシトリー眷属とグレモリー眷属のクラスメイトが数名さらわれ、やっぱり助けに来た俺らの前で殺される。それも防いだ場合起こるのが今回の生徒の無差別な誘拐だ」

 

「そんだけわかっててなんで報告して対策取らなかったんだ!? 三日あれば追加の人員を呼べただろッ!?」

 

 事件が起こることを理解したうえでスルーした俺に兵藤が噛みつく。実際学園を守れるほどの増員がきつくても、沖田さんのように一人で大人数と同じ働きをする人は冥界や天界にはそれなりにいるし、俺が上役に相談すればそう言う人を融通してもらえた可能性は高い。噛みつかれるのも仕方ないことだろう。

 

「その場合はこの街の民衆で代用だ。基本的にこっちが守りを固めるほど、被害に遭う人は関係性が薄くなる代わりに数が増えていくと思っていい。親しい人が死ぬのは嫌だが、被害者が増えるのも困る。その辺を考慮してこれで妥協した。周りに相談しなかったのは妥協点を決めるのでグダグダになって予知が役に立たなくなるのを防ぐためだ。事件直前に身内とガチバトルすることにでもなったら目も当てられん」

 

 反論を聞いて兵藤が黙った。全員守ることを目指して大きく行動しようとする兵藤と、事件を起こさせて被害を最小限で抑えようとする俺の諍いは起こりえたからな。今話を聞いて噛みついてしまったところだし、反論しづらかったんだろう。

 それに黙ってくれるのは好都合だ。話を続けよう。

 

「で敵の目的だが、現『禍の団』トップからのメッセージを伝えることだ。そのために拠点が見つかった後は人質使って俺らを呼びだして来るが、そいつらの要求呑んで俺ら全員で行くと何人か死ぬ」

 

『『ッ!?』』

 

 全員の顔が驚愕で固まる。今までも死にかけるようなことは原作の事件以外でもあったが、死人が出たことは一度もないからな。気付かない内に死にかけていたとか信じにくいだろう。

 

「正確には防御力の低い連中が何人か、だな。立てこもってる施設自体に空間攻撃系の魔法が仕込まれてて、魔法防御力の高いメンバーと俺が空間遮断系の魔法で庇ったやつ以外が死ぬ。メッセージの内容は「これからは俺らも鑑賞はやめて参加する。で、ダークファンタジーらしく弱いやつも無視せず、犠牲者は敵味方両方から出すようにしていこうと思う。頑張って防いでくれ」だから、これもメッセージの一環なんだろうな」

 

 俺が伝えた敵からのメッセージに全員が戦慄する。

 今までの敵は自分の力に誇りを持ち、格下を一々相手にすること自体を恥としていた。それゆえにこうしてシトリー眷属、グレモリー眷属は勿論、争いのすぐそばにいた民衆からも大きな被害が出なかったが、それが無くなるのだ。今までのようにただ敵に向かって突っ込んでいけばいい戦いではなくなるだろう。これもまた当然の反応だ。

 俺がこの内容を予知で聞いたときは別の事を思ったけどな。

 だって言い方からして現『禍の団』のトップ、明らかに転生者だし。それも「俺ら」っていってるから複数で、そのうえ争うこと自体が目的な愉快犯の可能性がある。俺や誠二クラスの連中がこれと言った目的もなく敵対してくるなんて、なにか厄い目的を持って行動されるより厄介だ。

 そんな状況であらゆる場面での対応能力の高い木場やデュランダルを扱う適性なら俺より上のゼノヴィアとかを死なせるわけにはいかない。こいつらは代えの効かない人材なんだから。

 

「それで俺からの提案なんだが、こういうやつらに人質が有効だと思われると厄介だし、少数精鋭でメッセンジャーやってる奴殺しに行こうと思う。理由はメッセージを聞かないと繰り返しそうで面倒だし、俺らに人質を一人も救出させないレベルの敵を確実に消せる。そして人質としての価値がないのを示すことで、これ以降民衆が狙われる可能性を減らせるからだ。異論があれば具体案と共に発言してくれ」

 

 具体案なんて誰も出せるとは思ってないけどな。なにせ敵がどうやったって犠牲の出る手段をとってきてるせいで、人質を救出できる可能性はないんだから。それなら被害を抑えられる方法をとるしかない。

 まぁそれ以前にこいつらは敵対した奴ならどんな相手か考えもせず、一切のためらいなく殺害できるんだ。なら「同じ学校に通ってるだけ」の奴らなら必要があれば斬り捨てられるだろう。反発は起こらないはずだ。少なくとも未来予知では問題なく進行したしな。

 

「……異論はないようですね。私としても救出が不可能と分かっているのであれば決行はできません。ジョージの案を採用します」

 

 ソーナ姉さんの決定が下り、俺の案は採用された。

 多少不安そうな顔をしているが、それはたぶん匙たちのやる気についてだろう。実際意気消沈しているし、感情が戦力に直結する神器所有者たちが普段通りのスペックを発揮するのは不可能だ。下手をすればグレンデル一体に蹂躙される可能性すらある。だがそれは俺も分かってるし、不足分を埋められるだけの戦力は俺が用意してある。

 さぁ予定を消化していくとしよう。

 

 

 



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64話

 生徒を拉致したはぐれ魔法使いどもが冥界に繋がるトンネルのある駅で発見された。普段は魔法陣で移動しているため、新しい眷属ができたとき以外使われることのない施設だ。中に入る者を見張る外からの監視はいるが、内部に監視はいないため知らない間に利用されていたようだ。なお他にも利用頻度が低すぎるせいで乗っ取られてしまっている施設はあり、駅に警備をつけるとそっちにはぐれ魔法使い達は移動する。そこについての情報は流しておいたので適当に対処してくれるだろう。

 駅周辺の包囲が進む中、俺たちは突入メンバーの選定を行っていた。

 まず指揮官に俺。こういう時に指揮を執りたがるアザゼル総督は吸血鬼に探りを入れてるヴァーリと情報交換するため街を離れているし、空間攻撃魔法には耐えれるとはいえソーナ姉さんが前線に出るのはリスクが大きすぎるからな。姫島さんに指揮を任せる気にはなれないし、順当な役割だと思う。

 次に突入部隊だが、シトリー眷属からは匙が、グレモリー眷属からは塔城が、そして支取眷属からは華宮が出ることになった。一人を除いて空間攻撃魔法に素で耐えられるメンバーだ。例外は華宮で、ある役目のための人員として連れている。コストの問題で全員に持たせることはできないが、一人だけなら空間攻撃魔法を防ぐ道具を持たせなれるからな。

 で残りのメンバーが駅の外で起きる問題への対処だ。突入に人数が多すぎると逆に動きづらくなるし、出来るだけ多くの被害を出すことを目的に向こうは動くからな。むしろ外の方が多くの人手を要する。障壁を突破できるだけの魔法力を外から供給してやれば、待ち構えた相手に対して有効なギャスパーを突入部隊に配置しなかったのはこのためだ。

 とりあえずこれで配置は決まった。包囲が完成するまで待機だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から突入だ。準備はいいな」

 

「問題ありません」

 

「大丈夫です」

 

「……………………」

 

 華宮と塔城はよどみなく答えた。

 塔城は元々人間ではなかったこともあって学園の人間とは距離をとっていたし、なにより悪魔業界の常識をある程度だが理解してるからな。庇いきれない一般人は見捨てる、と言う行為にもたいして抵抗はないんだろう。

 華宮は冥界の住人で、危険な魔物が出て領主の対応が間に合わず仕方なく少数を切り捨てる、というのはたまにあることなので当然の事として受け入れており普段通りだ。

 逆に匙は無言だ。感情は些細な言動で変化するし、予知も参考くらいにしかならないからな。現在だけじゃなく、未来においても影響力の大きい匙がどういう精神状態か気にかかる。

 

「おい、匙?」

 

「なぁ譲治、最後に聞かせてくれ。本当にさらわれた生徒たちは助けられないのか? 本当に、一人も?」

 

「ああ、無理だ。確かに空間攻撃魔法なら重傷覚悟で敵を無視して守りに行けばいくらかは助けられる。でも予知じゃ助けた連中は魔法的な爆弾が埋め込まれてたり、呪詛が仕掛けられてたりするんだよ。俺らに隙をつくるための物なんだろうが、そんなことをされて数時間も生き延びれる生徒はさらわれたやつらの中にはいない」

 

「……そうか。わかった。勝手なことはしないから安心してくれ。俺も準備は出来れるし行こうぜ」

 

「おう」

 

 んー、やっぱ落ち込んでるっぽいな。これはちょっと悪い方向行ってるか? 少なくとも予知の中の最善ではないな。だが最悪でもない。下手な干渉は避けるべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、制圧完了。はぐれ魔法使いの氷像の回収要請出しとくぞ。事件の損失の補填に当てる。華宮は準備を頼む」

 

「わかりました」

 

 十分に魔力を練ってから突入し、初手で待ち構えていた魔法使い百名強とそれぞれが連れていたキメラやゴーレムを氷漬けにした。

 対策はとっていたが、俺はその内容を織莉子の予知で知っていた。なのでその対策ごと一気に凍結させられる出力で攻撃したのである。これが一番単純で失敗しづらく早い。

 華宮にはここに残って施設自体に仕掛けられた空間攻撃魔法を解除してもらい、三勢力のスタッフが入れるようにするために連れてきた。解除に失敗すれば、氷像を回収に来たスタッフに被害が出るうえに氷像も回収できず大赤字だからな。だがそれなりに優れた魔法使いの魂が百も回収できれば、被害者家族の記憶操作や建築物の修復などの費用を大目に見積ってもどうにか赤字は避けられる。そのために優秀な解析要員が必要だったのだ。

 

「さー次だ。一気に進むぞ」

 

 奴らが用意していた転移型の魔法陣を乗っ取り、安全を確認してから転移を行う。

 転移した先はひたすら白い広大な空間。

 そこで待ち構えていたのはローブで姿を隠した奴が二人と、純白の翼を持った見慣れた連中だった。

 

「嘘だろ? なんで天使が!?」

 

「天界の『システム』がある以上、天使のまま三大勢力の同盟での決定には逆らえないはずでは……。一体どうやって?」

 

 匙と塔城が驚愕する。

 なにせ塔城が言った通り、天使は天界の意向に逆らう行動を取ろうとすると堕天する。ゆえに天使である以上裏切っている心配はないとされて、重要なポジションを任されていた。それが覆されたのだ。驚愕して当然である。が今は敵陣にいるんだ。念話で声をかけ落ち着かせる。

 

「我らが指名したよりも少数ですね。他の者はどうしたのですか?」

 

「連れてくるわけねぇだろ。アホか」

 

「そうですか。人質としてただの一般生徒では不十分だったようですね」

 

 代表で声をかけてきた天使は、さらっていた生徒たちの意識を戻した。人質としての価値がない以上、抱えてても邪魔なだけ。始末するのも面倒だし、仕掛けた罠が使えないのももったいない。そんな理由で解放したのだろう。自由に動ける状態で戦いを始めれば、生徒は顔を知ってるこちらに助けを求めて近づくからな。

 

「まぁ話が聞ける者が来ているのならそれで構いません。団長からの伝言を伝えます。『これからは俺らも鑑賞はやめて参加するから。で、ダークファンタジーらしく弱いやつも無視せず、犠牲者は敵味方両方から出すようにしていこうと思う。頑張って防いでくれ。楽しみにしてるぜ』とのことです」

 

「あっそ。話はそれだけか? なら後は研究所で体に聞かせてもらう」

 

「もう一つあります。表にいた彼らもそうだったのですが、今の『禍の団』には強者と戦いたいとわがままを言う者が多く在籍していまて。皆様にはそのガス抜きに付き合ってもらいたいのです」

 

 言葉と共に魔法陣が深緑の光を放ち始める。

 紋様からしてドラゴン専用の転移魔法陣、龍門(ドラゴンゲート)だな。この辺は予知通り原作と変えるつもりはないか。

 

『グハハハハハハ! 久方ぶりに龍門を潜ったぜ! さーて、俺の相手はどいつだ? いるんだろう? オレ好みの玩具がよぉっ!』

 

 龍門から十数メートルほどの巨人型のドラゴンが現れた。原作通り「大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)」グレンデルだ。

 得意な力は持たず身体能力とタフさに特化した邪龍で、単純ゆえに破りづらい敵だ。が、何でもありなら倒せない相手ではないな。

 匙の影から人間大の黒い蛇が現れ、久しぶりに声を発する。

 

『グレンデルか。初代ベオウルフに完膚なきまでに滅ぼされたと聞いていたが、どうやって蘇った?』

 

『根暗のヴリトラか。自前の体はねぇみたいだが、まぁ起き抜けの相手にはちょうどいいか。つーか蘇ったってなんだ? そこは生きていたのか、じゃねぇの?』

 

『貴様のような馬鹿が生きていて目立たず過ごせるわけがあるか。音沙汰なかったということは死んでいたに決まっている』

 

『はっ! そりゃ違いねぇなッ!』

 

 そう言ってグレンデルは天使の方に向き直った。

 

『あいつは俺がもらうぜッ! 文句ねぇよな!?』

 

「ええ、どうぞご自由に」

 

『わかってんじゃねぇか。それじゃ、とりあえずお前ら邪魔だから死ね』

 

 グレンデルの尾が一般生徒たちを叩き潰した。言葉の通り、気持ちよく戦うのに邪魔だったから殺したんだろう。

 その拍子に爆弾や呪詛が発動するが気にもかけず、むしろ飛び出しかけた匙に反応した。

 

『お、なんだ? ヴリトラ宿してるガキはこの連中が大事なのか? ならこうすりゃもっと楽しめそうだなッ!!』

 

 グレンデルが生き残った生徒たちを出来るだけ怯えさせながら、一気に殺さず一人ずつ潰していく。隙があれば突くが、グレンデルは元々防御に意識を割くような奴ではないらしいので今攻撃しても意味はない。逆に邪魔になる爆弾をあいつが処理してくれているんだから静観すべき場面だ。

 匙もそれをわかっているのか、血が流れるほど拳を固めてはいるものの飛び出して行ったりはしない。

 

「………………なぁ譲治」

 

「なんだ?」

 

「一個だけ頼みがあるんだけどよ、あいつは絶対俺がぶっ殺してぇ……ッ! 悪いけど全力で暴れさせてくれッ!!」

 

「いいぞ。塔城、後ろに乗れ巻き込まれる」

 

「え、どういう―――」

 

 俺が塔城を引っ張り上げ、障壁で守られたのを確認した直後、匙の体が黒炎へと変化し膨張する。

 模るのは東洋系の龍の姿だ。いつもとはレベルの違う呪いと乾きをまき散らしながらグレンデルに向かって直進する。

 

『グルアアアアアアアアアァァァァァァアァアアァアァァッ!!!!!』

 

『ギャハハハハハッ! なんだおい! やりゃあできるじゃねぇかクソガキッ!!!』

 

 邪龍同士の激突が始まる。

 天使どもは予想をはるかに超える余波で何人か死に、慌てて匙とグレンデルをどこかに飛ばすことで難を逃れた。

 一方俺はと言うと、かなり喜んでいた。

 これは予知にあった最高の展開。匙は守ることを捨て憎悪をまき散らしながらも、味方まで焼かないよう我慢する理性を残していた。つまり真に『龍王』ヴリトラの半身として覚醒できたということだ。こうなればグレンデルには負けないし、絶対に自力で帰ってくる。

 グレンデルが一般生徒をなぶり始めたときは、制止も聞かず暴れ出して敵味方関係なく怒りに任せて焼き尽くす『邪龍』ヴリトラの半身として覚醒してしまうかと心配だったが、杞憂だったようだ。

 

「じゃこっちもやるか。振り落とされるなよ塔城!」

 

 

 

 



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65話

 邪龍がいなくなったのを機に、天使たちが動き始める。

 代表で話していたのを筆頭に、顔を隠していなかった天使たちが前に出て光の矢で弾幕を張る。

 とはいえこの程度なら避けるまでもない。多少視界がピカピカ光ってうっとおしい程度だ。向こうのローブを着た二人の戦闘準備が整うまでの時間稼ぎだし、こっちも準備を済ませるとしよう。

 鎧は既に着込んでいるし、エクスカリバーも手に持っている。消耗の激しい魔剣は氷羽子と契約しそちらに魔法力が流れるようになったため、もう自分で使う気はない。『棺』を取りだし装着するだけだ。数は六つ。日々の練習のかいもあって、今までより扱える数が一つ増えた。

 その間にローブの二人の準備も整ったようだ。

 片方は座っていた玉座っぽいのから剣を引き抜き、光と共に紫色のドレスのような鎧を纏った姿に変化した。そのうえで玉座を細分化し、剣と一体化させて身の丈を超える剣をさらに巨大に変えている。その剣が放つ威圧感はゼノヴィアが振るうデュランダルをも上回っているな。

 もう一人は炎を纏うことで装いを変えた。鬼のような角と巨大な戦斧を持ち、和服っぽいのを着た姿だ。聖なる炎を纏っており、かなりの熱量を感じられる。

 また現時点では感知できないが、予知だと影の中に七、八人隠れていたはずだ。七人か八人かはっきりしないのは、六人しか出てこず影の中から能力を使ってきたやつがいたから。他人の行動を操るのと、音による援護と攻撃だったのでおそらく影の中にいるのは八人だな。

 一人を除き前世の作品『デート・ア・ライブ』のキャラを模して造られたと思われる存在だ。一人だけ例外なのは、第6のセフィラ「ティファレト」に由来する「天使」―――『デート・ア・ライブ』においてヒロインである精霊たちが持つ武装の事。セフィロトの10大構成要素セフィラの守護者に由来した名を持つ―――を持ったキャラが登場していなかったからだろう。少なくとも俺の原作知識にそんなキャラはいない。

 舞台となった学校も発見できていないし、主人公の五河士道とかの他の『デート・ア・ライブ』キャラも全く発見できていないので元からいた存在を従えているとは考えづらい。的外れな予想ではないはずだ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 その証拠に、この二人は戦闘技術は優れているのに叫んだり唸ったりは出来ても言葉はろくに話せない。他の六人も予知ではそうだった。

 それに技術は優れているが、それを使いこなせているとは言えないのも造られた存在である証拠と言えるだろう。

 炎使いが範囲攻撃で防御を広げさせ、剣士が一点突破を図る。あるいは剣士に意識を集中させ炎と戦斧で奇襲を図る。そういった連携は出来ているのだが、その運用がかなり単調だ。これのせいで本人たちの能力に対して対処が容易となっている。

 とはいえ長引けば影の中の奴らも出てくるだろうし、向こうの手数が増えればミスしてしまう可能性もある。さっさと片付けよう。

 『棺』を四つ起動させる。

 しかしパッと見た限りでは変化は何もない。それなりレベルであれば感覚が鋭いやつが見てもそう思っただろう。

 この『棺』の中身は堕天使から買った神器を埋め込んだ人間だ。身体運用の補助を行う神器と、魔力や魔法力などのエネルギーの運用を補助する神器が二つずつ使われている。

 これらの神器は未熟な幼少期は神童扱いしてもらえるが、成長して素で技術を身につけるとほぼ機能しなくなるため凡人になってしまうという、自転車の補助輪のような性能ゆえに需要の少ない神器だ。少なくとも神器を買い求めたり、所有者を狩って奪ったりできるような奴で欲しがるのは神器自体の研究をしたいやつくらいしかいなかった。

 だがこれらが残り二つを使うために必要なのだ。

 

禁手化(バランス・ブレイク)ッ!!!」

 

 『棺』の神器を禁手化させ、両手に籠手を出現させた。

 どちらも『龍の籠手』を埋め込んだ人間を内蔵した『棺』だ。ヘラクレスや曹操と戦った時に、一つだけ使ったやつだな。正確にはあのころは一つしか使えなかった、が正しいが。

 能力は「全ての腕に『龍の籠手』を装備させる」こと。普通の人間が使ったんじゃ4倍が限界だが、姿を変えられる生態を持つ悪魔が使うとこういうことが出来る。

 

「はぁああああああああああっ!!!!!」

 

 背中から腕を生やす。

 封印されているドラゴンの格が低いせいか『龍の籠手』一つの禁手で出せる籠手の数は最大で四つなので、それに合わせて六本生やした。これで俺の全能力は256倍まで跳ね上がった。

 この膨れ上がった力を『支配の聖剣(エクスカリバー・ルーラー)』と四つの『棺』によって制御することによってはじめて、自爆することなく安全に運用することが出来る。というかこの装備で安全確実に身体能力や魔力を使える限界が256倍だ。これ以上は現時点では無理。

 ともかく今はこの火力で押し切ろう。

 情報源は多い方が良いし、『デート・ア・ライブ』の精霊もどきも体の構成を調べれば向こうの技術を盗むことが出来る。殺してもこっちに特はないし、捕らえるのでも労力は変わらないからそっちで行く。

 

「凍てつけ」

 

 言葉と共に白い空間の全てを冷気が覆い尽くした。

 天使も精霊もどきも空中で凍りついて動かなくなって落下し、精霊もどきが潜んでいる影すら物体ではないにもかかわらず床に張り付いたまま変化できないでいる。影の中にいる精霊もどきも同様に凍り付いているだろう。白い空間に仕掛けられた撤退のための仕掛けも完全停止しているため逃げることもできない状態だ。

物理的なものではない、魔力で起こした『凍結』ならこういうこともできるのだ。 あとは匙が戻ってくれば完全勝利と言えるだろう。ただここの座標は分かってないから、駒王学園に直接帰ってくるはず。俺もこいつら亜空間にしまってさっさと撤退するとしよう。

 

「あの、譲治先輩?」

 

「何?」

 

「私、なんでこっちに配置されたんですか? 何もやってないんですけど?」

 

 俺の後ろでベイに乗っていた塔城が訪ねてきた。そんなの決まってるじゃないか。

 

「グレモリー眷属からは一人も出さずに、シトリー眷属と支取眷属だけで解決しちゃメンツが立たないだろ?」

 

 

 

 

 




誘拐犯の要求通りシトリー眷属と支取眷属、グレモリー眷属が全員で向かうと、回避能力は高いが対魔力の低い木場をはじめとした面々が行動を操られ、生き残るのは支取眷属と譲治に守られたソーナ、自力で生き残った匙、ルガール、ギャスパーのみという事態になってました。


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変異乱発のデイウォーカー
66話


「ではこれよりシトリー眷属、支取眷属の合同会議を始めます」

 

 天使が駒王学園の生徒を拉致、殺害し、街でも騒動を起こした事件の翌日、駒王学園の生徒会室に全員集まって会議を開いていた。

 未だ事件の後始末や警備体制の変更などは終わっていないが、学園で経営のやり方を学んでいるだけのシトリー眷属には発言権はないことになってるし、身内の問題を早めに解決しておきたかったのでこちらを優先させてもらった。

 

「議題は今回の反省と今後の動きについて。まずは反省からですが、これについては俺から意見があるので最初に言っていいですか?」

 

 ソーナ姉さんに確認をとり、承諾が得られたのでのルガール以外のシトリー眷属を見ながら話し始める。

 

「今回の事件において、発生を防げなかったのは仕方ありません。天使が裏切れるとか予想できるわけないし、予知しても他の人は信用してくれませんから。上が今回の情報を有効活用できると信じましょう。

 で俺らの反省点ですが「自衛手段のないやつらに、守れもしないのに人質としての価値を持たせた」こと。これが最も反省すべき点だと思います」

 

 シトリー眷属一同の表情が固まる。例外はルガールだ。人狼と魔法使いの混血で生まれたときから異形の業界で生きてきたこいつだけは支取眷属同様に平然としている。

 

「自衛手段のあるやつと交友関係を結ぶのはいい。ピンチになっても助けに行ける相手と親しくなるのもありです。だけど助けにも行けない多数の無力な相手と仲良くなるのは駄目でしょう。狙ってくださいって言ってるようなものですし」

 

 今までそう言うところから攻めてくる敵がいなかったのに加えて、周囲にいる実力者も人質作戦などより直接殴り込みに行くような奴ばかりだから意識していなかったんだろう。何度か俺が事務的に接して親しくならないようにした方が良いって助言しても、聞く奴一人もいなかったからな。

 その点うちの眷属には問題はない。

 華宮と氷羽子は元々こっちの業界関係者だし、織莉子は狙われる危険を考えて親類とすら縁を切った。摩理は駒王学園とは別の学校に親友と共に通っているが、必要となった場合は親友以外の学友は切り捨てる覚悟が出来ているし、通っているのは金持ちの子供ばかりの学校なので金銭を対価に『契約』をすることで助けるための大義名分も獲得できる。元は俺のペットだったタマは言うまでもない。

 シトリー眷属にも多少でいいからこういう対処をしておいてほしかった。まぁこれからはやってくれるだろうし、そのための準備は今回の事件でできた。

 

「だがまだ挽回は出来ます。今回の事件で生徒を見捨てるっていう選択をとりうると外部に示せたし、舐めた真似すればとんでもないことになるってアピールできましたから。はぐれ魔法使いどもの動きも大分抑えられるはずだし、今後も今まで通り生徒と接していれば「始めから生徒は研究試料としか見てなかった」って思わせられるから被害も出なくなるでしょう」

 

 まぁ完全に今まで通りはきついだろうが、表面上は今まで通りにしてもらうしかない。今まで忠告を無視してたツケだと思って我慢してもらおう。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

「どうした仁村?」

 

「いえ、少し気になったんですけど、はぐれ魔法使いの動きを抑えられるって本当ですか? あの人たち、自分以外の人が酷い目に遭った程度で自重するようには見えなかったんですが」

 

「まぁ殺されるくらいなら自重なんかしなかっただろうが、悪魔の戦利品にしたからな。迂闊なことはしないだろう」

 

「ですから、戦利品にされた程度で止まるんでしょうか?」

 

「いや、さすがに止まるだろ?」

 

「なんでですか?」

 

 予想外の方から質問が出てきたな。だがそういえば俺は魔法使いたちの死生観について説明してなかったわ。もしかして他の奴らも「誰かがやってる」って思ってたのか? なら言っといた方が良いな。

 

「はぐれ魔法使いどもがアホなことする理由として「どうせ次がある」って言うのがあるんだ。これはわかってるな?」

 

「え、でも死んだらお終いじゃ……?」

 

 うん、やっぱりこれを教えられていなかったようだ。なら戸惑うわな。

 

「悪魔は肉体が死ねば魂も滅んでお終いだけど、魔法使い……というか人間は死んで終わりじゃないんだよ。その土地の神話勢力のところに行って浄化され、次の体に生まれ変わる。人間に伝わる伝説では輪廻転生が否定されてる宗教もあるが、処理の仕方に差はあるが基本的にどの神話勢力でも魂の扱いは同じだ。稀に俺みたいに記憶を保持したままの転生者になるやつも出てくるんだが、はぐれ魔法使いどもは自分が転生者になれるよう術をかけてから仕掛けて来るんだよ。だから次があると考える。

 だが悪魔の戦利品になってしまえばそれで終わりだ。その後どうなるかは運次第だが、少なくともほとんどの奴に次なんて来ない。来るとすれば英雄派だったゲオルクレベルの奴らにだけだ。腕試しで死ぬ覚悟は出来ても、魂まで滅ぶ覚悟はできないだろうな」

 

 まぁ自分をゲオルクとかと同等だと思ってるやつは来るが、そういうのはガチの実力者かただのアホの二択になるからな。実力者の方はどんなリスクがあっても変わらず仕掛けてくるだろうし、アホの対処は容易い。この辺は例外と考えていいだろう。

 なお悪魔に魂をとられたり、天界で幸せしか感じられない状態で信仰心を採取され続けたり、解脱したりと魂が輪廻に帰らないことも結構あるが、その分各神話勢力で増産もされているので総数は少しずつ増えているらしい。

 

「話を戻します。今回の反省点は守れもしない無力な一般人と親しくなり過ぎたこと。だから今後は内実はどうあれ傍目には一般生徒や民間人には人質としての価値がないように見える行動を取るべきだと思います。他に意見がある者は?」

 

 他のメンバーに確認をとるが、誰からも意見は上がらない。

 まぁ今回の事件は「天使が堕天しないまま裏切ることはできない」っていう前提が崩れたのが発生を防げなかった一番の原因とされているからな。こんなの誰にも予想できないし、誰かに伝えても信じてもらえなかっただろう。「事件を起こさせてしまったのも仕方がない」みたいな空気だし、それ以外の最大の問題点は俺が言ったからこの反応は予想できた。

 

「では次に今後の話です。予知だと吸血鬼の国で事件が起こり、巻き込まれたリアスさんを助け『禍の団』の行動を邪魔するためにシトリー眷属、支取眷属、グレモリー眷属からも人員を出すことになります。吸血鬼の誰かが細工でもしたのか、人数制限は無しで。

 ただし送り込み過ぎると再度駒王学園で事件を起こされるし、少ないと全滅します。なんで全滅したかは、弱いやつから狙われるせいで途中で織莉子が死んで最後まで予知できてないから不明ですが」

 

 予知の中での俺は織莉子を守っていたみたいだが、手が足りず織莉子が殺されてしまったり、俺自身の防御が薄くなって先に殺され無防備になったりするせいで織莉子が吸血鬼の国に行って生き延びれる可能性はほぼないみたいだった。そのせいで敵の持ち札については完全には把握できていない。

 まぁ他の個人戦闘能力が低い連中も織莉子同様優先して狙われるようであり、吸血鬼の国には精鋭が行く必要があるってことはわかったがな。

 

「そこで俺からの提案ですが「織莉子が吸血鬼の国に行かなかった」未来の予知で、最も人員の生還率が高かった編成で行くのが最善だと思います。最高の結果を得られる編成ではないかもしれませんが、今後の事を考えれば安全な策で行くべきでしょうから。当然駒王学園で事件は起こされますが、一クラス分くらいの生徒が家族ごとやられるだけですし。人質無視して下手人殺せばこっちは被害ゼロで解決できる事件ですし、この事件を起こさせないくらい戦力を残すと生徒たちの人質としての価値はあると思われかねないですから」

 

 なんでか俺の死亡率高かったからな。でも俺が行かないと全滅確定だったから行かないと言う選択肢はないし、できるだけ対策はとっておきたい。ソーナ姉さんが俺の提案を蹴っても了承を得られるまで粘るつもりだ。

 幸い多少の異議は出たが、生徒を守ろうとすることによってかえって危険にしてしまう、ということをソーナ姉さんは理解していたためにこの提案は受け入れられた。

 

「では編成については俺の案で仮定し、グレモリー眷属との会議で決定し次第通達していくことになります。他に意見はありますか? ……無いようなのでソーナ姉さん、号令をお願いします」

 

「これで合同会議を終わります。皆さん、準備を怠らないようお願いします」

 

 

 



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67話

 シトリー眷属、支取眷属の合同会議から遅れることしばし、吸血鬼の国でクーデターが発生したとの連絡が入った。

 これに対処するために追加で人員を派遣することになった。

 だが派遣されるメンバーは原作と違う。

 原作と違ってこの街に残っていたアザゼル総督はともかく、グレモリー眷属からは兵藤とギャスパー、塔城の三人、シトリー眷属からは匙にルガール、支取眷属からは俺と氷羽子、そして天界からは『ジョーカー』デュリオ・ジェズアルド、あと誠二と契約している精霊たち―――こいつらは数が多すぎるので凍らせて亜空間に入れて連れて行く―――というメンバーだ。

 いくら非常時とはいえ吸血鬼が「人数制限なし。いくらでも来い」とか言い出して怪しいと思ったのだろう。まず間違いなく罠、と天界も思ったようで惜しみなく戦力を出してくれた。

 その分この街の守りは薄くなるが、『刃狗(スラッシュ・ドッグ)幾瀬(いくせ)鳶雄(とびお)がいれば大事にはならない。神滅具持ちを二人も投入して事件を起こす気すら無くすより、事件を起こさせてから対処した方がマシと判断されたわけだ。

 これのおかげで織莉子の未来予知能力を公開せずに済んだ。この前話したメンバーには『金銭を受け取る代わりに織莉子の情報を余所に漏らさない』って契約を結んであるし、織莉子の存在は秘匿し続けることができたわけだ。織莉子は厄介さゆえに狙われやすく、自衛能力が低いからな。ある程度強くなるまでは表に出ず、隠れて助言する立場にいるのが一番だろう。予知でもたいていの場合はこの流れだったが、たまに違うのもあったので上手く事が運んでよかったぜ。

 なおグレモリー眷属の『騎士』たちがリアスさん救出に向かいたがっていたが、それは認められなかった。理由は連れて行っても範囲攻撃であっさり無駄死にする可能性が高いから。木場は火力不足、ゼノヴィアは速度不足で殺される前に手傷を負わせられる程度の実力があるか怪しいしな。いくらそれ以外の実力が高かろうが、抗魔力の低い連中は足手まといでしかないのが現状である。あからさまな罠に足手まといを連れて行くわけにはいかなかった。

 で今俺らは駒王学園の地下にある遠距離転移用の巨大魔法陣の所に来ていた。

 転移先はカーミラの領地だ。複雑で見つけづらく、一度入ってしまえば逃げ出せない経路を通らずに、直接彼らの本拠地へ転移できるよう先方が配慮してくれたと言う。

 これを聞いてお偉いさん方は「クーデターを起こした連中に泳がされている」と判断した。この業界は外敵が都市内部にいきなり転移してくるのを防ぐために結界を設置するのが常識だ。ツェペシュ派、カーミラ派は別の結界が張られているだろうが、両方をまとめて覆うような結界も張られているはずである。この結界を無視し領内へ直接転移できる魔法陣を準備できるほどの権限が当主の座を追われた者に残っているはずがない。クーデターを起こした者達が一切妨害をしないから可能なのだ。これで罠の可能性はさらに増した。

 とはいえ罠だから行かない、と言うわけにはいかない。一応すぐに戦闘が行えるよう準備をしてから吸血鬼の国に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転移してすぐには罠はなかった。敵の軍勢も待ち構えていない。先にここに来ていたバラキエルさんと案内役の吸血鬼―――前に駒王学園に交渉に来ていたエルメンヒルデ―――だけが待っていた。

 

「よう、バラキエル。こっちで問題はなかったか?」

 

「あったから呼んだんでしょうが。詳しい話は移動しながらします。エルメンヒルデ嬢、案内を」

 

「かしこまりました。皆さま、カーミラの領地までよくぞお越しになられました。手前どもはギャスパー・ヴラディだけの方が良かったのですが…………まぁ良しとしましょう。到着早々で申し訳ございませんが、車まで案内いたします」

 

 特にジョーカーを警戒しながらも、普通に車まで案内してくれた。まぁエクソシストとか内乱を抑えるんじゃなく、吸血鬼を滅ぼす方向で行動しそうだし、手綱が握れる程度の奴だけ来てほしかったという気持ちもわからなくはない。堂々と不満を言っても全員スルーした。

 転移魔法陣を設置した建物から出ると、外は真夜中だった。ちょうど吸血鬼たちの活動時間だ。

 俺たち悪魔は暗視能力もあるのでこの暗さも全く問題にならない。堕天使も同様だ。問題は自分が光って辺りを明るくするのが常なせいで暗視能力を持たない転生天使のジョーカーだが、魔法の道具を使ってどうにかしていた。

 そのまま何事もなく車は進み、バラキエルさんから現状の説明を受けた。

 まとめるとこういうことらしい。

 ・クーデターを起こした反政府勢力には『禍の団』が力を貸している。

 ・クーデターに巻き込まれ、リアスさんと誠二はツェペシュ側に行ったきり戻っていない。

 ・クーデターで男尊女卑思想のツェペシュ派の当主にギャスパーの幼馴染で女の半吸血鬼なヴァレリーが着いた。

 ・カーミラ派は「ツェペシュの真の当主を援護する」と言う名目で反政府勢力を鎮圧するつもり。

 ・もう鎮圧の準備は済んでいる。

 この状況で俺たちは内情を調べつつリアスさんたちを救出し、聖杯(とついでにヴァレリー)を回収しなければならない。ただしまだ実力行使は無しだ。客として許されない範囲に触れないように情報を集めないといけない。

 これには理由があって、吸血鬼は『禍の団』の関与が疑われているが、まだ「疑われてる」だけだしその程度もはっきりとは分かっていない状態だからだ。「『禍の団』の傀儡にされているかもしれない」という理由で内政干渉を認めれば、真っ先に標的にされるのは三勢力だから確証の持てない内は仕掛けられないのである。最悪武装解除して敵に包囲されてからようやく行動を開始できると言った事態になりかねないが、同朋の未来について考えれば仕方ないことだろう。出たとこ勝負で行くしかない。

 車で移動すること2時間、カーミラ派が確保できたツェペシュ城下町に多重結界を抜けて行けるゴンドラに乗り換えてさらに三十分ほど移動する。

 山をいくつか越えて着いたのは、ツェペシュ城下町近郊のゴンドラ乗り場だ。

 ここから先はツェペシュ側の用意した馬車に乗って移動する。

 が、ここから先は俺は氷羽子とルガールと共に別行動だ。具体的に誰が行くとかを伝えたりはしていないので「支取眷属は来ていなかった」「吸血鬼の国に人狼連れて行くわけないじゃん」で押し通す事になっている。ツェペシュ派はカーミラ派の客である俺らが全部で何人来たかすら把握していないからな。

 目的は市街地の様子を調べることと、脱出ルートの確保。そのために隠密行動が出来て、魔法に詳しく、長年吸血鬼と敵対してきた経験から奴らの術式に詳しいルガールが最初に選ばれた。俺と氷羽子はその補佐だ。これは選ばれたのではなく俺が立候補した。

 どちらかが圧倒する結果にならない限り最後まではやらないとはいえ、総力戦じみた戦いをすることになるんだから色々と準備しておきたいこともあったしな。自分たちの土地では当然できないし、余所の土地でも責任を敵になすりつけられる状況でしか使用不可な技術がようやく使える。何気に楽しみだ。

 

 



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68話

 市街地の様子の確認と脱出ルートの確保、それと色々な下準備を終えた俺たちは、ツェペシュの城の一室に転移魔法で移動した。

 ただしメンバーはゴンドラ乗り場で分かれたときから一人増えていて、カーミラ派のエルメンヒルデが加わっている。

 計画に賛同できない者の密告によりツェペシュ側が行動を開始すると知ったので、それを俺たちにも伝えに来たらしい。城への侵入ルートを決めかねている時に遭遇し、用意してあった転移魔法陣を一緒に使うのを認める代わりに下準備に少し協力してもらったのだ。

 前々から潜入していた工作員のフォローがあるとはいえ、単独で敵対派閥の本拠地に侵入しようとしていただけあってすごく有能で助かった。『僧侶』に空きがあればスカウトしていたところだ。

 

「ごきげんよう皆様。お元気そうで何よりですわ」

 

 この世界では死神の転移魔法で来たのではないため、人外の身体能力を持ちながらしりもちをつくと言ううっかりをしていないエルメンヒルデがカーミラ派の得た情報をリアスさんに伝える。

 ヴァレリー・ツェペシュから聖杯を取りだし死なせようとしていること、取り出した聖杯でツェペシュ派の領域に住む全ての吸血鬼に改造を施そうとしている事を聞いて、当然のようにリアスさんたちは怒り出した。

 なんでもツェペシュ派の宰相は「少し待ってもらえればヴァレリーを解放する」とギャスパーと約束していたらしい。その解放の意味が「聖杯を取りだし殺す」ことだったことに怒っているようだ。

 俺からすれば「解放」の定義を決めておかなかったギャスパーに問題があるし、聖杯(大事なもの)が紛失しないよう別の入れ物に移したい宰相の気持ちも分かるのでリアスさんたちの怒りには全く共感できないんだがな。悪魔には昔から人間との契約の時にわざと条件を曖昧にしたり、逆に複雑にしたりして騙し合いを行う娯楽文化もあったし、冥界の住民に感想を聞けば俺と同じような意見が大半を占めるはずだ。

 だからと言ってツェペシュ派の好きにさせてやる気はないけどな。向こうが「解放」の意味を好きに定義しようとするなら、こっちだって勝手に定義する。そしてこっちの定義した約束を破ろうとしているなら、暴力を振るって無理やり守らせてやればいい。

 幸いなことにギャスパーさえ居ればカーミラ派からの要請によって「犯罪者退治に協力しただけ」って暴力を振るうための大義名分もあるしな。好きにやっても周りに迷惑かけない状況なんだから好きにすればいいんだ。

 他の奴も同じ結論になったようで、すぐにヴァレリーを奪取すべく行動することになった。

 作戦会議の途中で大規模な魔法陣が突然発生し、ヴァレリーから聖杯を取り出す儀式が始まったことも含めて予知の通りにことは進んでいる。ここからも波乱は起きないと助かるが、どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰とも遭遇することなく地下の祭儀場へと駆け続ける。

 兵士を避けるようにルートを選んで進んでいたとはいえ、ここまで誰もいないと完全に異常だ。なにせ、兵隊を配置できそうな開けた場所にすら誰もいなかったからな。

 そのことに焦るギャスパー以外の誰もが警戒心を強めていたが、結局一度も妨害を受けることなく祭儀場へたどり着いた。

 ようは警戒しながら走らせる程度で時間稼ぎとしては十分だったから何もなかったわけだ。予知でこの話をすると罠がないと知ったギャスパーが全力で走り始めて、不意打ちくらって瀕死になるので言わなかったが。

 

「ヴァレリィィィィィィィッ!」

 

 普段とは比べ物にならない走力を発揮し先頭を走っていたギャスパーが結界の張られた扉を腕力任せにこじ開ける。

 祭儀場には儀式を行う多数の吸血鬼たちがいて、床には巨大な魔法陣が描かれており、その中央に女性が寝台に寝かされ苦痛で叫び続けていた。あの女性がヴァレリーか。

 

「やめてっ! これ以上ヴァレリーをいじめないでッ!」

 

「ええ、だから約束通り『解放』してあげようとしているのですよ。ほら、もうすぐ彼女の心身を蝕んでいた聖杯が取り出せます」

 

 苦痛の叫びがさらに大きくなり、ギャスパーがヴァレリーを助けるために術式を叩き壊そうとし始める。

 俺と誠二は二人がかりでそれを止めた。腕力が上がり過ぎていて、一人じゃ傷つけずには止めれないからな。

 

「なんで止めるんですかッ!?」

 

「下手に術式中断したら逆に死ぬぞ! アザゼル総督が解析してくれてるからちょっと待てって!」

 

 誠二の言葉を聞いてギャスパーが少し大人しくなり、アザゼル総督の方に視線を向けた。

 だがギャスパーが期待するような返事は聞けそうにない。アザゼル総督は困惑の表情を浮かべていた。

 

「なんだこの術式は……! 聖書の神の物に似てはいるが完全に別物だ! なんでこんなので不具合なく機能してやがる! これもリゼヴィムからの情報提供なのか!?」

 

「ええ、彼らは様々な情報や知識、技術に物資を提供してくれました。おかげで聖杯の研究も大幅に進み、こうして無事取り出せましたよ」

 

 魔法陣が輝きを増し、ヴァレリーから聖杯が取り出された。

 それと同時に魔法陣が消え、ギャスパーがヴァレリーに駆け寄る。マリウスっぽいのにとって大事なのは聖杯でヴァレリーはどうでもいいようであり、素通りさせた。

 そこからは原作通りの流れだ。聖杯を手に入れた喜びでテンションが上がってるマリウスが吸血鬼至上主義な思想を語り、キレて覚醒したギャスパーがそれをあっさりと打倒する。

 ここまでは予知と同じだ。ギャスパーの精神状態によっては呆然自失状態になり覚醒しない可能性もあったが、その可能性は低かったし波乱は起きなかった。

 問題はここからだ。

 ここからは予知が役立つ場面は最初だけだ。

 

「聖杯を戻すぞ。半吸血鬼の不死性があれば、これで意識が戻」

 

 聖杯をアザゼル総督が回収しようと触れた瞬間、空間が歪み砲撃が飛んできた。

 俺はそれを見てから氷の砲弾を放ってアザゼル総督を吹っ飛ばして回避させる。この時見るより先に行動すれば向こうに対応される。アザゼル総督が戦闘不能になるが、立場があるので元々前に出て戦うわけにはいかないし他のメンバーが傷を負うよりはマシだ。

 そしてこの時、欲をかいて聖杯を拾ってもいけない。ギャスパーが取りに行かないよう氷羽子にこっそり邪魔をしてもらう。あれはもう敵の物だから危険なのだ。

 

「惜しい、躱されちゃったか。でもまぁ、その怪我なら大した障害にはなりそうにないし予定通りかな?」

 

 砲撃が飛んできたときと同じように空間が歪み、奥から二人の少年と少女が一人、おっさん一人が現れた。

 それに合わせ、聖杯が弾けるようにヴァーリに似た顔立ちの少年の手元に飛んでいく。なお未来視では誰かが聖杯を握っていた場合、持っていた奴の腕を吹き飛ばしていた。悪魔や堕天使なら聖杯の持つ聖なるオーラで焼かれ、人間なら失血で死ぬ。向こうとしては仕掛けたつもりもないのだろうが、聖杯自体が即死トラップになっていたのだ。

 

「あー、でもヴァーリたちはまだ来てなかったか。特に妨害はしてないし、ここまで来るうちに合流してると思ったんだけど。……ま、いいか。そのうち来るだろ。

 じゃ、自己紹介から始めようか」

 

 

 

 



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