異世界転生で欲張り過ぎてしまいました (真紅或は深紅)
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第0章  農民の子供編 (開拓村)
00話  成人への儀式(前編)



この第0章だけは異世界恋愛ファンタジー風味になっています。
転生前の記憶を持たないテオ君は、とある開拓村の単なる農民の子供です。


「テオ、ちょっと良いか?

 ミリーも寝たことだし、明日の成人の儀式について少し話があるんだが」

 

 夕食後の家族の団欒も一区切りして、大人同士の会話に退屈して眠ってしまった妹のミリーを寝床に運ぼうと思い席を立った僕を父さんが呼び止めた。声の調子が真剣だ。父さんがこのような言い方をするときは、ちゃんと相手をした方が良い。

 

「うん、良いよ。どうしたの?」

 

 ミリーを寝床に入れて戻った僕を前にして父さんは居住まいを正した。

 

「明日は成人の儀式が行われる。お前も去年俺と一緒に見に行ったから、どんな感じで成人の儀式を受けるのかは知ってるよな?」

 

「うん、まず場所はいつもと同じで村の広場だよね。

 そこに巡回神官様と助手の人と村長のノア叔父さんの三人がいて、

 三人の前に長い大きな机があってそこに神官様が持ってきた水晶球が載ってるの。

 今年成人の儀式を受ける村の子供たちは全員、少し離れて神官様たちと向かい合って立ってて、並んで待ってると一人ずつ順番に呼ばれるんだ。

 神官様に呼ばれたら水晶球の前まで行って立って神官様にお辞儀をすると、

 神官様が水晶球に手を当てるように言うからそれまで待って水晶球を触るんだ。

 そうすると水晶球の神官様側に、触れた人に神様が用意してくれたその人向けの職業が古代文字で浮かびあがるの。

 それを神官様が読み取って『おめでとうございます、なんとかさん。あなたに用意されていた職業は農民です』とかって告げるんだ。

 『ありがとうございます。神様が私に用意して下さった職業を尊び、自分の人生を導く指針とさせて頂きます』って答えて、神官様にお礼をして自分の場所に戻るんだ。

 全員の分が終わったら、ノア叔父さんが前に出てきて『神のご意志により、今年成人する村の子供たち皆にふさわしい職業が無事示された。この開拓村を見守って下さっている神に感謝を。これにて今年の成人の儀式は終了する』って言うの。

 後は、また並んでた順番で、今度は父さんと母さんと一緒に三人で神官様にお礼のご挨拶に行って今日のお代を払っておしまい。

 これで大丈夫かな?」

 

 父さんに、成人の儀式の手順を尋ねられた僕は、間違いがなさそうなことを確認しながら去年見に行った時の記憶を辿りって答えていく。

 

「よし、手順とお前が応えないといけない定型の句については大丈夫だな。

 あとは注意しておく点だ。

 今年いらっしゃる巡回神官様は去年と同じクラディウス様だ。

 温厚な方で誰にでも親しく声をかけて下さる方だから感じにくいかもしれないが、クラディウス様はこの地方の領主様と差し向かいで二人で食事をされるほどの偉い方だぞ。

 クラディウス様がおっしゃる言葉に異議を唱えたり、ましてやお話をされてる途中で言葉を遮ったりなどするのがどれほどとんでもないことか、これでわかるよな」

「うん、領主様と差し向かいなんて、クラディウス様、実は雲の上の身分の方だったんだ……」

 

「特に今回の成人の儀式では、頑固なお前のことだ。もし神託で『農民』が職業として示された場合に、間違いがないか確認してくれとかもう一度やらせてくれとか言い出してしまいかねないと俺は心配している。

 ここで父さんと約束してくれ。今回の成人の儀式でお前の意に沿わない職業が示されたとしても、一言たりと不満を言うことは勿論、不服そうに見える態度を取ることは決してしないと。代わりに父さんは、もしお前に神託でお前の望む『剣士』が職業として示されたらお前が村を出て冒険者になることを無条件で認め、兄さんにも必ず認めさせて見せる」

「う、うん。わかった。『剣士』以外の職業が示されても、僕は絶対に何も言わない」

 

 父さんの迫力に気負されそうになりながら、僕はなんとか答えを返した。

 そうだ。何が起きても、それは神様がお決めになられたことなんだ。

 

「よし、それで良い。

 じゃあ後は明日の予定を言っておくぞ。

 儀式を受ける子供は主役なので準備が終わってからゆっくり来いと言われてるから、

 俺と母さんとお前の三人はぎりぎりの時間に家を出る。

 ロベルトとミリーは去年のお前と同じで儀式を見る側だ。ユリアさんも一緒だ」

 

 そうか、兄さんとミリーは一緒に行くわけじゃないんだ。

 こういう行事だと兄さんは確かに婚約者のユリアさんと一緒に人目に出るべきだよな。可愛そうにミリーはお邪魔虫だけど、まだ10歳だから許されるよな。

 

「成人の儀式が終わったらお前の成人を祝って家族で少し豪華な飯を食おう。兄さんが成人の儀式を終えた神官様たちを送りだした後にうちに来ることになってる。そこでお前のこれからのことを相談するからな。俺の話はこれだけだ。明日に備えてゆっくりと寝ておけ」

 

 父さんの言葉を背に、僕はミリーと一緒に使っている寝床部屋へと戻っていった。

 総ては明日、成人の儀式で示される神託次第だ。

 

 

 

 開拓村の広場は成人の儀式を見ようとする大勢の人たちで賑わっていた。

 見物人の最前列に兄さんとユリアさんとミリーの姿がある。

 

 今年成人の儀式を受ける村の子供は五人。

 子供たちは少し間隔を開けて並んでいて、子供たちの少し後ろに各々の両親が控える感じになっている。

 

 僕の他には男の子と女の子が二人づつで、男の子のうちの一人は僕と同じ名前だ。

 

 女の子のうちの一人は幼馴染で僕と一番仲の良いニナだ。

 

 ニナにはもうお父さんがいないので、今日の成人の儀式のためにお母さんであるパメラさんのお兄さんが隣の村から昨日来て父親役をしてくれているらしい。

 

 ニナは歳のわりに少し小柄で、僕と同じ金色の髪と青い瞳をしている。

 

 歳が同じで母さんとパメラさんが仲が良かったことから、僕とニナはもう子供心がつく頃には一緒にいたような記憶がある。

 

 朝ご飯を食べて少しするとパメラさんに連れられてニナがうちに来るか、母さんに連れられて僕がニナの家に行くかして顔を合わせる。夕方になるまで一緒に過ごしてそこでお別れ。今思うと母さんとパメラさんは子育てを二人で一日交代でしていたのだろう。一人見るのも二人見るのも確かにそう手間が変わるわけではない。

 

 こうして僕とニナは母親たちが目を離してもとりあえず大丈夫だと思うくらい成長するまで双子のようにして過ごしたのだった。

 

 子供の頃から僕が大柄でニナが小柄という違いもあって、外見や僕らの雰囲気から事情を知らない人には、僕と後ろをついて回るニナの二人は間違いなく兄妹に見えてしまっていたらしい。開拓村をたまにしか訪れない人の中には今でも勘違いしたままの人がいることを、この間ニナと二人で歩いていて声をかけられた時に知ってしまった。

 

 少し前ではちょっと痩せ過ぎていて年齢を間違われることの多いニナだったけど、近頃は無事年頃の女の子としての身体つきになってきたような気がする。たまに取ったうさぎなどを差し入れしている僕の貢献もあるかと思うと、少し誇らしい気持ちになる。

 

 顔立ちも整ってきて、パメラさんに似た大人びた顔つきを見せることもあって、そんなときは傍にいる僕もどきどきするような思いをする。

 

 今日の成人の儀式のためにおめかししているに違いない、もう一人の女の子のエマと較べるとニナの着ている服は粗末なものだ。それでもニナの可愛さは隠し切れない。

 見物人の視線の大半はニナに集まっている。僕と同じだ。

 

 

 

「全員揃ったようですね」

 

 助手の人に手渡された僕たちの名前と来歴や特徴が書かれた紙を横目に、一人一人楽しそうにゆっくりと顔を見たクラディウス様が準備が整ったことを確認する。

 

「それでは、今年の成人の儀式を始める」

 

ノア叔父さんが頷いて前に進むと、今年の成人の儀式の始まりを宣言した。

 

「それではエマさん。こちらに来て水晶球に手を当ててください」

 

 一番左端に立っていたエマがクラディウス様に呼ばれて行く。神託で農民の職業が示されたエマは笑顔でクラディウス様に挨拶をして戻ってくる。

三番目に呼ばれたニナにも農民の職業が示された。戻ってくる途中に目が会ったニナは僕にはにかんだような笑顔を見せた。僕以外の四人までが終わった時点で、例年と同じく全員に神託された職業は農民だった。

 

 さあ、今度は僕の番だ。

 

「最後はアランさんのお家のテオ君ですね。さあ、こちらに来て水晶球に手を当ててください」

 

 クラディウス様の言葉に促されて僕は水晶球の前まで進むと、クラディウス様に一礼してそっと水晶球に手を触れた。水晶球に表示された職業を読み取ったクラディウス様は少し驚きの表情を見せたあと僕に優しく語りかけた。

 

「おめでとうございます、テオさん。あなたに用意されていた職業は剣士です。

 先ほど村長さんにお話しを少し伺ったのですが、テオさんはずっと剣士の職業を望んでいらしたとのこと。良かったですね。神様はテオさんの願いを聞き届けてくださったようです」

 

「ありがとうございます。神様が私に用意して下さった職業を尊び、自分の人生を導く指針とさせて頂きます」

 

 望んでいたはずの神官様の言葉だったのに、いざ実際に聞いた僕は呆然としていた。

 上の空でもなんとか言葉を返せたのは、何十回も繰り返しお礼の練習をしていた賜物だった。

 

 ついぞこの村では現れたことのない職業『剣士』という宣言に、広場に見物に来ていた村人の間にざわめきが広がる。

 

 ぎくしゃくとした動きで元の位置に戻る途中で、父さんと母さんがなんとも言えない表情で僕の方を眺めているのが目に入った。自分自身でもまだ実感がないのだから、父さんと母さんが信じられないのも無理はないなと僕は思った。

 

「神のご意志により、今年成人する村の子供たち皆にふさわしい職業が無事示された。この開拓村を見守って下さっている神に感謝を。これにて今年の成人の儀式は終了する」

 

 僕が最後だったことを思い出したようで、慌てて前に出てきたノア叔父さんが宣言して成人の儀式は終了した。

 

 次は父さんと母さんと一緒にクラディウス様にお礼を言う番だ。

 

 同じ名前で僕より小柄なテオ君の家族の後ろに並んで前を見ると、もうニナがパメラさんたちとクラディウス様にお礼を言い終わったようで踵を返して近づいてくる。そういえば剣士の職業を啓示された後にニナの顔を見てないなと思って手を上げた僕は、ニナの様子が普通でないことに気がついた。

 

 真っ青な顔をしてうつむき加減に歩いている。明らかに何か変だ。どうしたんだろう。

 顔を上げたニナと目が合った。目を見開いたニナは僕の方を見て何かを言おうとして幾度か口を開けたり閉じたりした後、突然顔を背けてそのまま僕の横を走りすぎていった。

 

 ニナを追おうとした僕の手を誰かが掴んだ。父さんだ。パメラさんが僕に向かって任せてという感じで手を上げてニナを追ったので、僕は気になりながらもクラディウス様への挨拶を先に済ませてしまうことにした。

 

 ニナのことが気になっていたけど、父さんが昨日話してくれたとおり今日は予定が詰まっている。早めに昼食を食べてノア叔父さんを迎えないといけない。挨拶を終えた僕たち三人は足早へ家へと急いだが、僕は途中で幾人もの村人に肩を叩かれ剣士の職業を得たことをひやかされた。

 

 僕の成人の儀式を祝う我が家の昼ご飯は父さんが言っていた少しどころではない豪華さだったけど、それを補って余りあるほどに微妙な雰囲気に包まれていた。

 

 父さんと兄さんがいつになく声を上げて盛り上げようとするなか、母さんはどこかで借りてきたかのような笑顔を貼り付けたまま、話題を振られたときだけ返事を返すおかしな挙動を繰り返していた。食事の準備のために兄さんたちと一緒に我が家まで来てくれていたユリアさんは今すぐにでも理由をつけて帰りたそうな雰囲気を醸し出している。

 

 最後にいつも我が家の太陽かつ希望の星であるはずのミリーは呪詛の言葉を吐き続けながら不機嫌な顔で我が家では珍しい肉のたっぷり入った料理の皿と格闘していて、僕の方には視線も向けない。

 

「お兄ちゃんが剣士になんてなれるわけないもん」と近頃ことある度に僕に突っかかって来ていたミリーが不機嫌なのと、ユリアさんの様子は理解できるとして、残りの父さんと母さんと兄さんの様子がなぜこんなにもいつもとかけ離れているのか、成人の儀式の結果が予想と違う物だったのはわかるけど今一歩釈然としない感じがする。

 

 他の誰にも相手にされない父さんと兄さんの世間話は、用意された食事の皿が無くなることでようやく終わりを告げた。

 

「テオのために用意したのだから好きなだけ食べて良いのよ」と食事の間に何回母さんの言葉を聞いたのか思い出せない。微妙な雰囲気の中とにかく食いまくった僕は自分でも頑張ったと思う。

 

 母さんとユリアさんが後片付けをして、まだ我が家に入っていないということで家族会議を辞退したユリアさんが家を離れてしばらくした後、今度はノア叔父さんが我が家にやってきた。

 

 ノア叔父さんが食卓のお客様席に座り、僕のこれからを決める家族会議が始まった。

 

「まずはテオ。成人おめでとう。

 村にいるどの若者にも見劣りしないくらい、お前が元気で健康に育ってくれたことが、わしはまず何より嬉しい。

 アランもハンナさんもよくやってくれた」

 

 ノア叔父さんは僕が成人したことを祝ってくれて、父さんと母さんにねぎらいの言葉をかけた。

 父さんと母さんも笑顔で頷き返す。

 

「そして今日、成人の儀式でテオは職業『剣士』の神託を得た。

 この開拓村では初めてのことで正直驚いたが、これも喜ぶべきことなのだろう。

 クラディウス様からも、『テオ君には、これからいろいろあるでしょうが頑張ってくださいと伝えてください』というありがたいお言葉を別れ際に頂いている」

 

 叔父さんは言葉を続ける。

 

「アランから聞いている。村を出て冒険者になるためにタワバの街に行く。それがお前の希望ということで間違いないな」

「はい、叔父さん」

 

「よし、ならばこのことについて賛否を問い、この場にいる全員の賛成を持って決定事項とする。

 成人の儀式で示される職業は神のご意志だ。わしはテオが旅立つことに賛成する」

 

「俺も賛成する」

「わたしも賛成します」

「俺も賛成するよ」

 

 ノア叔父さんの言葉に、父さん、母さん、兄さんが続いた。

 だが、家族で何か決めるときは、何も考えずに常に母さんと同じ言葉を繰り返せば良いと子供ながらに了解しているはずのミリーの言葉が続かない。

 信じられないという顔で家族、特に母さんの顔を繰り返して見るばかりだ。

 

「テオお兄ちゃんが村を出て行くの、ミリーは絶対賛成しないもん!」

 

 誰も自分の味方をしてくれる者がいないと分かったミリーは決意を込めた声で宣言した。

 

「ミリー、あなたなんてこと言うの!

 ノア叔父様とお父さんが賛成していることに異議を唱えるなんてしてはダメ!」

 

 母さんがびっくりしたかのようにミリーを叱る。

 

「ちゃんとお母さんと同じように『わたしも賛成します』って言うの」

「嫌、絶対に言いたくない!」

「ミリー、いい加減にしなさい!」

 

 泣きながら一人きりで反対の意志を示し続けるミリーを母さんが叱った。

 それでも、どうしてもミリーは納得できないのか首を横に振り続ける。

 

「わかんない、ミリー全然わかんない!

 お父さんもお母さんもロベルトお兄ちゃんも、昨日までと全然違うこと言ってる。

 みんな言ってたもん。頑固者のテオお兄ちゃんも成人の儀式で神様に職業を示されれば、俺たちと一緒に村でやってくしかないことに気付くだろう。

 そうしたら、俺たちの言うことにも耳を傾けてくれるだろうから、そのときに話をすれば良いだろうって。

 それなのに、どうしてこうなるの?

 ニナお姉ちゃん、あんなに幸せそうだったのに!

 パメラおばさんもとても嬉しそうだったのに!」

 

 突然、泣き叫ぶミリーの口からニナとパメラさんの名前が出てきた。

 

 どういうことだ?

 

 驚いて顔を上げると、父さん、母さんそしてノア叔父さんが気まずそうな顔をしている。

 兄さんが肩をすくめて立ち上がった。

 やらかし顔で今度は黙り込んでしまったミリーを促して、肩を抱きながら寝床部屋へと連れていく。

 

「俺との約束を破ったことで、ミリーは家族会議から退場だ。これでテオが村を離れてタワバの街に行って冒険者になるという議題は全員一致で了承された。さあ、兄さん。続けてくれ」

「父さん、今ミリーがニナとパメラさんの名前を言ってたけど……」

「その話は後だ。今はお前の将来のことを決めるために、わざわざ兄さんに来てもらって話をしている途中だということを忘れるな」

 

 いつもはミリーを猫かわいがりしている父さんが、平然とした様子でミリーを無視することを宣言して話を進めていく。

 

「お、おう。じゃあ、そういうことで良いんだな。

 テオに剣士の職業が示された場合のことをアランと予め話し合っておいたので、その時に決めたことを伝えておく」

 

 ノア叔父さんが話してくれたのは、冒険者になろうとする俺のために考えられたこれからの予定だった。

 

 ここから馬車で数日くらい北に行った所にタワバという街があり、その街に隣接する形で魔物が沸いてくる森があるので、その街にはこの国で有数の冒険者ギルドが存在している。

 

 父さんとノア叔父さんが、この開拓村を訪れる行商人の中で一番信頼しているダンテさんに予定を聞いた所、春が盛りになる前くらいにこの開拓村とタワバの街を結ぶ経路を使う行商の予定があるということで、その時に馬車に同乗させてもらうことで僕はタワバの街まで行くことが出来るだろうとノア叔父さんは言う。

 

 それなら、僕がこの開拓村にいるのももう少しで、春本番の頃には僕はもう冒険者になっているということか。

 頭の中で空想しているのがばれたのか、ノア叔父さんはたしなめるように言葉を続けた。

 

 沸いてくる魔物が住み分けられていて段階を追って弱い魔物から強い魔物を狩るようにできることから、タワバの街の冒険者ギルドは初心者向けだと見なされている。ただ、ここ数年は強い魔物が出てくるわけでもないのに、新人冒険者が依頼から戻らないことが以前より格段に増えていてその点が少し心配だとのことだった。

 

「テオ、それじゃあ俺からの成人の儀式のお祝いだ。お前が勝手に持っていってここの庭で振り回しているこの剣。今日からこれは正式にお前のものだ。実際に目で見たことのないお前にはなかなか思い当たらないだろうが、冒険者の身につける装備というのは、どれもこれも目が飛び出るくらい高額なものだ。お前が身一つでタワバの街に行って買えるものなど一つもない。お前の助けになるのはこの剣だけだ。大切にしろ」

 

 そう言ってノア叔父さんはいつもの置き場と違い、何故かこの場所に持ち込まれてあった僕の愛剣を差し出してくる。

 

「はい、わかりました。タワバの街に行ったら肌身離さず持つことにします」

 

 そう答えて恭しく受け取ったけど、既に僕の中では自分の物扱いだったから、あんまり有り難味は沸かなかった。

 

「よし、大体の話は終わった。アラン、これで良いか?」

「ああ、兄さんありがとう。後のことは俺たちだけで十分だ」

 

 ノア叔父さんと父さんが確認をして今日の家族会議は終わりになり、いつも忙しいノア叔父さんはゆっくりする間もなく我が家を離れた。

 

 

 

「兄さんを交えての家族会議は終わった。

 テオ、総てお前の願ったとおりになったはずだ。文句はないな?」

「うん、父さん。文句なんて何もないよ」

 

 ノア叔父さんはいなくなったけど、父さんと母さん、そしてミリーを寝床部屋に放り込んだ後あやしていたに違いない兄さんもまた戻って席に着いている。

 

「色々な人にお願いしたり、迷惑をかけたりしながらお前はこの村を出ることになる。

 場合によってはもう戻らないかもしれない。

 これから一人でやり抜いて行く覚悟はあるな?俺に約束しろ」

 

「僕の我儘で色んな人に迷惑をかけてるのは知ってる。これからタワバの街に行ってどんなことになっても自分の責任だし、絶対に弱音なんか吐かずに僕は一人でやってみせるよ。約束する」

 

 僕も冒険者という仕事が簡単ではないことはわかってるつもりだ。

 父さんが肘をついて何か告げようとしているようだけど、絶対に泣き言なんか吐かないと心を決める。

 

 

 

「よし、なら先ほどお前が俺に聞いてきた問いに答えよう。

 今日、成人の儀式でお前が職業『農民』を与えられたなら、お前はニナちゃんと婚約してパメラさんの所に婿養子に行く約束になっていた。

 兄さんが提案してきた話で、俺とハンナ、ロベルト、ミリーが賛成した。

 ニナちゃんとパメラさんも了承済みだった。

 知らないのはお前だけだった。

 成人の儀式の神託後に俺からお前に話すことに決まっていた。

 だが、この話はお前が『剣士』の職業を得たことで白紙になった」

 

 

 

 僕とニナとの婚約の話が決まっていたけど、今日の成人の儀式で白紙になった。

 

 

 

 父さんの言葉は、心に築いたはずの僕の未来への覚悟を一撃で粉砕して通り過ぎた。

 

 

(01話に続く)

 




01話は8/31 19:10に予約投稿済です

主人公のお父さん、単なる農民のはずなのにこんなに覚悟ガンギマリで良いのか?
と一瞬思いましたが開拓村の村長さんの弟でサブリーダーだからという理由でよしとしました。
就職活動で日本中の若者がアピールしている通り、副部長とかサブリーダーという役職はとても意識が高いものと相場が決まっているのです。

>>我が家の昼ご飯は父さんが言っていた少しどころではない豪華さだったけど
優勝決定戦に敗れたお相撲部屋さんの千秋楽後の夕食状態です。

注)章や話数は0から始まることにさせて頂きました。




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01話  成人への儀式(後編)

 僕とニナとの婚約の話が決まっていたけど、今日の成人の儀式で白紙になった。

 

 なんだ、それは?

 

「父さん、なんでそんな話になってたの?」

 

 尋ねる自分の声が震えていることに僕は気付いた。

 

「テオ、お前も知っているだろう。旦那さんが亡くなってからパメラさんとニナちゃんの家はずっと苦しい。

 パメラさんはなんとか一人で回せる程度の果樹園をやってるんだが、冬の厳しい寒さで、もう今年の収穫が期待できない程にやられてしまってる樹が多いんだ。

 兄さんはそれを心配していて、パメラさんの所に援助を出そうとした。

 そしてこの村でニナちゃんと最も仲の良いお前を婚約させることで、お祝いの名目で施しを与えたいと俺に言ってきたんだ。

 俺もお前の将来を考えた結果了承した。ニナちゃんのお父さんがなくなったせいで今は放置されているが、パメラさんのところにはかなりの広さの耕作可能な土地がある。

 お前がパメラさんの所に行って農作業に専念すれば、三人分どころではなく充分に余裕のある生活をすることができて、お前のためにもなると思っていた」

 

「それなら、婚約抜きで援助することはできないの?」

「特定の村人への肩入れと見なされてしまうような施しは出来ない。

 施しを受けられない者に不満がでる。

 兄さんと共に村を差配する一員としてそれは決して許されない。

 誰にも納得できる理由が必要だ。

 婚約なら結婚時に渡す分の前渡し分として融通することが出来たが、

 今日あった成人の儀式でお前が家を出て行くことになった以上、この話はここで終わりだ」

 

「でも……」

「テオ、お前は先ほど、我儘で色んな人に迷惑をかけてるのは知っている、

 一人でやっていくと俺に約束したんじゃなかったのか?

 その舌の根も乾かないうちに、一体お前は俺に何をしてくれと言いたいんだ」

 

 父さんが厳しい顔で僕をなじる。

 だけど、一息つくと表情を和らげて、諭すように僕に言った。

 

「父さんと母さんは、今回の一件のことを謝りに今からパメラさんのところに行ってくる。

 俺たちが戻ったらお前はニナちゃんに会ってこい。こういうのは早い方が良い。

 心配しなくてもお前に責任がないことは誰もが知ってる。

 お前には後味の悪い思いをさせてすまなかった」

 

 そういうと父さんと母さんが立ち上がって、あっと言う間にパメラさんの家に向かって行ってしまった。

 もう食卓に残っているのは僕と兄さんの二人だけだ。

 

「しかし、本当に神託で剣士の職業を授かるとは驚いたな。昔からお前っていつもはぼーっとしてるけど、たまにみんながびっくりするようなことしでかすんだよな。冒険者になって一山当てたら、こっちにもおすそ分け頼んだぞ」

 

 感慨深そうに呟いた兄さんは、ちゃかすような言葉を僕にかけてから席を離れた。

 

 一人になった僕は、今日の成人の儀式のときに見たニナの表情を思い出す。

 なんで気付かなかったんだろう。あの表情はニナがお父さんを亡くしたときに見せてたものとそっくりじゃないか。

 

 取り留めのない考えに振り回されているうちに、父さんと母さんが帰ってきた。

 次は僕の番かと思って、腰を上げかけたところを父さんに止められた。

 

「パメラさんによると、ニナちゃんはまだ心の整理がつかないみたいだ。

 明日の朝なら大丈夫とニナちゃん本人が言ってるから、そのくらいの時間にテオは来てくれってパメラさんに言われたぞ」

 

 こう言われてしまっては、いくら心が急いてもどうしようもない。

 

 いろいろ疲れたし父さんと母さんに、もう少し詳しくパメラさんとニナの様子を聞いてから、僕はもう寝床部屋へと行くことにした。

 

 ミリーの寝床の動きを見ていると、どうもミリーは起きているようだ。

 僕が寝床を覗き込んでいても顔を出さないところから見て、ミリーもまた心の整理がつかないのだろうと思って、僕は声をかけずに自分もそのまま寝てしまうことにしたのだった。

 

 

 

「いらっしゃい、テオ君。無事の成人と職業『剣士』の獲得、どちらもおめでとう。ニナは部屋にいるわ。会ってあげて」

 

 次の日の朝、訪れた僕をパメラさんは笑顔で迎え入れてくれた。

 僕の方は今回の一件のことをしどろもどろ何とか謝ろうとしたけれど「テオ君のせいじゃないんだから」の一言で済まされ、昔はよく訪れていたけど近頃は入っていないニナの部屋へと導かれた。部屋の中には着飾ったニナが立ち姿で僕を待ち受けていた。

 

「どう、素敵でしょ?成人のお祝いにお母さんが用意してくれたの」

 

 飾りは簡素なものの、ニナの着ている鮮やかな青に染められた衣服は、ニナの持つ清楚な雰囲気を余すところなく引き立たせていた。

 この地方の風習により、成人したことで髪を結った今日のニナはいつもよりずっと大人びて見える。

 

 服を着たニナを一目見たパメラさんによると、村中の男の人が求婚の列を成したというパメラさんの若い頃にそっくりらしい。

 

「ああ、見違えたよ、ニナ。素敵な大人の女性に見えて本当に綺麗だ」

「ありがとう。テオの朴念仁ぶりもたまには役にたつわね。本当にそう思っていてくれるのがわかるもの」

 

 ニナは苦笑しながら僕に寝床に椅子代わりに座るように勧める。

 パメラさんがいると話し難くないかと思って外に行くか聞いたけど、ニナはここで良いという。

 

「せっかくの服が汚れちゃうといけないし、家の中で話すことにしたいわ」

 

 確かにこの服ではニナは外でずっと立ったままでいないといけないので、ニナの言葉はもっともだ。

 あれ、ニナは何故、昨日の成人の儀式にこの服を着て来なかったのだろう?

 

「テオが何を思ったかわかった気がするけど、順番に話すからとりあえず聞いて」

 

 どうやらニナには僕の考えていることが筒抜けらしい。

 

「まずは謝らないとね。せっかくの成人の儀式の日にテオ、貴方に嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。改めて言うわ。テオ成人おめでとう。そして貴方の念願だった職業『剣士』の獲得おめでとう。本当は昨日言わなければいけなかったんだけど、言えなかった私をどうか許して」

 

「ニナそれはもう良いんだ。今日、僕はニナと少しでも二人で楽しく過ごせる話がしたいんだ」

「だめ、テオもちゃんと聞いて。うやむやにしてしまうのは良くないわ。」

 

 これまでのニナとの関係が変わってしまうのが怖くて、僕は何もかも無かったことにしたかったけど即座にニナに拒否された。考えてみればあたりまえだ。月がもう二回満ちたら僕はこの村を離れる。僕とニナとの関係が元に戻ることなどあり得なかった。

 

「この前の満月の日に、村長さまがうちに今回のテオとの婚約話を持ってきて下さったの。

 気が進まないようなら勿論断ってくれて良いと村長さまはおっしゃったけど、私は天にも昇る気持ちで一も二もなく了承したわ。

 私がどれだけテオのことが好きでも、村長さまが他の村の有力な家との繋がりの方が大切だと判断されれば、お母さんと二人きりで貧しいだけの私はテオと結ばれることは決して許されない。その可能性の方がずっと高いと思っていたのに、皆にお膳立てされ、祝福されて私がテオと結婚できるって言うのだもの。私、幸せで気が狂いそうな気分だったわ」

 

 昔一緒に見た旅芸人一座の女の人のように、ニナは大きな仕草でお芝居のように言葉を紡いだ。

 

「あの日まで、私、間違いなく貴方が剣士の職業を得るのを応援してたはずなの。貴方が村を出て行くことは私には耐え難く哀しいことだけど、貴方の去ったこの村に残される私の暮らしは貴方が想像するよりずっと酷くて惨めなものになるだろうけど、貴方の大切な願いが適うなら、それは私にとっても大きな喜びであるはずだったの。それなのに私は変わってしまった」

 

 ニナの言葉は僕に突き刺さった。僕の想像していた未来では、冒険者として大成して村に戻る僕を家族と共に笑顔で出迎えてくれるニナの姿しかなかったのだ。

 

「成人の儀式後にテオと婚約できると聞いたその瞬間から、多分、本当に私は狂ってしまったの」

 

 一転して哀しげな表情になったニナは、自らの罪を告白するように言葉を続ける。

 

「貴方を見て優越感を覚えていたわ。『剣士を夢見てる子供の貴方はまだ知らないけど、もう貴方は私と結婚して私の家に入るのが決まってるの』ってね。『剣士になれなかった貴方はとても傷つくだろうけど、大丈夫。私が全身全霊を挙げて貴方を癒すから。これからずっと傍にいて、もうこれ以上、貴方の心が傷つくようなことがないように、私がずっと守り続けてあげるから』って。なんて独りよがりで傲慢な考え」

 

 とうとうニナは両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 

「こんなに子供の頃から一緒だったのに、どんなに貴方が剣士になりたいか私は知っていたはずなのに、貴方の願いを、そして貴方の幸福を心から望むことをしなかった私の醜さを、神様は見ていらっしゃったんだわ。そして罪にふさわしい報いが私に与えられの」

 

「この服もそう。せっかくお母さんが用意してくれて成人の儀式に着ていけばって言ってくれたのを、成人の儀式が終わった後、テオがアランさん、ハンナさんと一緒に婚約の話をしに来てくれるときに見せてびっくりさせたいからって私が我儘を言ったの。無理をしてくれたお母さんの気持ちまで台無しにしちゃった。きっと、これからこの服を着る度にそのことを思い出すわ。本当に私、どうしようもない馬鹿なの」

 

 ニナは自分のことを責め続ける。

 何か悪いことが起きたときニナが他人を責める言葉を吐いているのを見たことがない。

 それは間違いなくニナの美徳なのだけど、自罰的な所はやや困りものだ。

 

 こういう感じになってしまったニナの気分を浮上させるのは、長い付き合いの経験上なかなか難しい。どうしようと思っていると、僕の頭に朝出てくる時もそのままだった、ミリーの不機嫌顔が浮かんできた。

 

「それを言うなら、ミリーはどうなるの?

 この一ヶ月、ミリーは僕の顔を見るたびに『テオお兄ちゃんが剣士になんてなれるわけないもん』『お兄ちゃんの職業は農民に決まってるもん』って言い続けてて、昨日の成人の儀式が終わってからは、ずっとご機嫌斜めで僕はまだおめでとうの一言も貰ってないよ。

 そうだとすれば、ミリーの心は汚れてるの?ミリーの心は浅ましすぎるの?

 僕は勿論、そうは思わない。間違いなくこれまでも、そして今この瞬間にもミリーは僕のことが大好きだってことを信じてるよ」

 

「ニナは考えすぎだよ。単に神様が僕の願いを適えてくれた。

 きっと、ただそれだけのことなんだ。

 僕はニナのことが大好きで大切だ。

 ニナも僕のことが大好きで大切だ。

 それはいつだって間違いのないことなんだ」

 

 僕は寝床から立ち上がると、泣いているニナを抱きしめてその頭を優しくなでた。

 ニナが嗚咽を漏らしながら僕の胸に顔をうずめ、僕の背中に手を回して抱きしめ返してくる。

 

 ニナ相手には今まで披露する機会がなかったけれど、家にはミリーがいるから泣いている小さな女の子を慰めるのは実は結構得意だったりする。

 女の子が落ち着くまで、何も言わずに時間をかけてゆっくり抱きしめ続けるのが大切だ。

 

 しばらくするとニナの嗚咽も止まったようで、今は静かの僕の腕の中で身じろぎしている。

 もう話かけても大丈夫そうな雰囲気だ。

 

「僕達は子供の頃からずっと一緒にいるけど、こういうことはしたことなかったよね」

 

 僕がニナの方を見ながら感慨深げに言うと、普通の調子に戻ったニナは腕の中で顔を横に向け呆れたという調子で返してきた。

 

「違うわ、私と貴方が意識してちゃんと抱きしめ合ったのは五歳のときからで、十歳を越えてからは毎年必ず一回はしているのよ。貴方が覚えていないだけ」

「何も思い出せないことからみて、そんなはずないと思うんだけどなあ……」

 

 僕の言葉にニナは不満なようで、腕の中から僕を見上げながら心持ち頬を膨らませる。

 

「じゃあ言うわよ。去年こうしたのは、貴方がうちに取ってきたホーンラビットのおすそ分けを持ってきたときよ。思い出しなさい」

「去年ホーンラビットを持ってきたとき……ああ、確かにここにホーンラビットを持ってきたらニナが大喜びで飛びついてきて、こんなに喜んでくれるならもう一匹持ってくれば良かったなあって思ったよ」

 

「テオは本当に馬鹿ね。ホーンラビットなんて貴方に抱きつくための、ただのおまけに決まってるじゃない。なんなら一昨年も、その前の年の話もしましょうか?」

「そうだったんだ。僕は全然気付いてなかったよ」

 

 ニナが僕の背中に回してる腕に少し力を込めたのがわかった。ああ、確かに僕は馬鹿で子供だったに違いない。

 

「ねえテオ、私が貴方をこのまま寝床に誘ったら貴方はどうするの?」

「えっ、だってすぐそこにパメラさんがいるんだよ」

 

「お母さんはいないわ。貴方が来たら果樹園を見に行くって言ってたもの。当分戻らないわ」

 

 さあ、どうするの?という顔でニナが僕をみる。

 困ったことにニナの顔を見る限り、これはニナから僕への謎掛けだ。

 

 ニナは本気かもしれないし、本気でないかもしれない。

 昔から言葉遊びや謎掛けで僕はニナに勝ったことがない。

 

 そして今日の謎掛けはもし僕が選択を誤ったら、どうみても取り返しのつかない掛け金の高さだ。

 

「ごめん、今日の所は持ち帰らせて。よく考えないとやっぱり駄目な気がするんだ」

 

 僕はいきなり両手を上げて敗北宣言して、勝負を降りることにしたのだった。

 

「それって責任感じゃなくて、責任逃れとか甲斐性無しの方に近いような気がするわ」

 

 やれやれと言う表情でニナがぼやく。ニナの中で僕の株が下がったことは間違いないようだ。

 

「まあ、貴方ならこういうことになるんじゃんないかと思ってたわ。

 お母さんにもそういってあるから、そのうち帰ってくるんじゃないかしら」

 

 結局のところ、僕の振る舞いは想定の範囲内だったようで、ほどなく帰ってきたパメラさんにご挨拶して、僕とニナとの二人の時間は嵐の展開を迎えることなく穏やかに終わったのだった。

 

 ただ何も無かったというわけではない。

 僕はニナとの間に約束を交わした。

 

 パメラさんとニナには、村長であるノア叔父さんが持ってくる話を断ることは決して出来ない。それならば、ノア叔父さんが話を持ってくる前に僕が頑張って、話を持ってこさせなければ良いのだ。

 

 僕は冒険者になり力をつけ一日も早くニナとパメラさんを養うに足るだけの実績を上げると約束した。村に仕送りをし続けノア叔父さんにパメラさんとニナへの援助は自分一人でやり遂げるから、ノア叔父さんは二人に関して行動を起こす必要はないと手紙を添えるのだ。

 

 ニナは村長であるノア叔父さんがパメラさんとニナに良かれと思って何か新しい話を持ち込んでくるその日まで、変わらず僕を想い続けると約束した。

 

 僕が頑張ってニナとパメラさんを村に迎えに戻るその日まで支え続けることが出来れば、冒険者になった僕でもニナとパメラさんの家族になることができるだろう。

 

 

 

 その後の村を離れるまでの少しばかりの期間、僕はまたいつものようにたまに父さんと兄さんに頼まれて家の畑の仕事をしたりしながら空いた時間で剣を振り続けた。そして陽が沈む前の少しの時間にニナと散歩して、今日の一日に互いに起きた出来事を話し合った。

 

 そして予定を外すことなく、出発予定日の前日に開拓村に行商人のダンテさんが現れた。

 ニナと僕はダンテさんからお勧めを聞いて、少し奮発してお揃いの装身具を買って互いにいつも身につけることにした。

 静かに抱きしめ合った別れ際に、ニナは湿っぽくなるといけないので実際の出発のときには自分は見送りに行かないと宣言した。

 

 

「元気でやるんだぞ」

「どんなときもご飯だけはしっかり食べるのよ」

「無理せずほどほどにな」

「冒険者向いてないってわかったらすぐ帰ってきた方が良いと思うよ」

「ミリーちゃんのことは心配しないで」

 

 家族全員そしてユリアさんからの自分の活躍に対する期待感の薄さを表わす見送りの言葉を受けながら、僕は馬車に乗り込もうとしていた。

 

 そこに新たな人影。パメラさんに連れられてニナが姿を現した。

 予想した通り、少しバツの悪そうな表情をしている。

 

「結局、来ちゃったわ。やっぱり顔を見れる機会を自分から捨てるのは良くないわね」

「僕は嬉しいけどね」

 

 パメラさんや家族の前だから、あんまり情熱的な言葉を貰ってしまうと少し恥ずかしいのだけど。

 

「私が知ってるあなたの一番の取り柄は、考えて考えて人の思いつかないやり方を思いつくことよ。何かしようとする時にはとにかく一旦止まって考えてからやり始めてね。それを言いに来たの。じゃあ、元気で。酷い怪我なんかしちゃだめよ。死んじゃったりしたら許さないんだから」

 

 ちょっと恥ずかしい期待をしていた僕は肩透かしにあってしまった。

 ニナの言葉は僕への気持ちの表れとかではなく、半ばお説教のような感じの助言だった。

 これだけ?と思ったけど、ニナは満足したように皆の横にまで下がっていってしまったのでこれでお別れということだろう。

 

 最後に父さんが僕のことをくれぐれも宜しく頼みますとダンテさんに言って、馬車は出発した。

 姿が見えるうちは皆の見送りに応えた方が良いというダンテさんの言葉に甘えて、僕は荷台の後ろから大きく手を振り続けた。

 

 村の出口から伸びている道は少し前方にあるちょっとした林を迂回するため右へと逸れた後、元に戻るため今度は逆に左へと方向を変えた。手を振りながら見送ってくれていた家族やニナの姿が視界の中を大きく流れてあっと言う間に消えていった。

 

 開拓村へはもう戻れないかもしれない。

 違う、そうじゃない。戻るんだ、それもニナが待ってくれている間にだ。

 

 弱気になりかけた自分を無理やり鼓舞する。

 

 

 冒険者になって頑張って稼いで、少しでも早く恥ずかしくないだけの額のお金を村に送れるようになるんだ。

 

 ノア叔父さんにお金を届けるのと一緒に、ニナに本人が望まない人生を決めさせるような話を持ち込ませないようにお願いすることは、きっと不可能なことじゃない。

 

 そうだ。僕が頑張りさえすれば、きっと村もニナもその間僕のことを待っていてくれるはずなんだ。

 

 

 

 開拓村からタワバの街までの数日間のダンテさんとの馬車の旅は、僕にとって実りの多いものだった。

 

 ダンテさんが馬車を駈って続けて来た国中を巡る行商の旅の中で体験してきた苦労話は、生まれてから今まで開拓村から出ることの無かった僕にとり驚きの連続だった。

 

 安宿で荷物を置いて部屋を離れて厠に行ったら、部屋に戻った時にはもう荷物は無くなっているものと思えと言われたときには目から鱗が落ちるような気分だった。

 

 村人全員が知り合いの小さな開拓村と人々が行き交う大きなタワバの街では、本当に何もかもが違うのだろう。自分も早く慣れないと。

 

 こうしてダンテさんに旅や街の生活での注意点を聞いているうちに馬車はタワバの街へと到着した。ダンテさんはお勧めという宿屋さんの前に馬車をとめ、馬車を見ていてくれるよう宿屋の娘さんにお願いした後、僕を連れて中に入り奥に居た宿屋の主人に僕を紹介してくれた。ダンテさんとの旅もここで終わりだ。

 

「じゃあ、テオ君も元気で」

「はい、ダンテさんも。これまで色々とありがとうございました」

 

 宿屋の前でダンテさんと別れの挨拶をした僕は、宿に戻って手続きをするとこれから泊まることになる部屋へと案内された。

 父さんと予定したのと較べてふた回りくらい高級な宿屋だけれど、ダンテさんの言う通り安全には代えることはできないのだろう。

 

 これからは何をするにも自分独りだ。

 

 とりあえず疲れをとることにしよう。せっかく奮発して泊まった高級な宿屋さんの寝床を僕は満喫することにした。

 

 家とは違う寝心地を堪能しているうちに、僕の意識はいつの間にか夢の世界へと運ばれていた。

 

 夢の中で大人になっていた僕は、知らない場所でニナと仲良く一緒に暮らしていた。

 

 

(第0章 完)

 




ここまで読んで頂いてありがとうございました。

頑張れテオ君。
でも、すまない。君の出番はここまでだ。
話が進めばわかるけど、君のような純朴さでは、この殺伐とした異世界サバンナを生き抜いて行くことは到底不可能なんだ。

そして、くじけるなニナちゃん。村に迎えに来る次に会う時のテオ君は中身がまるで別人だけど、君にはテオ君の作る身分差ハーレムの幼馴染枠がきっと用意されている。お姫様の隣で落ち着かない優雅な生活を送れる日が来るのは、そんなに遠くないはずだ。

(2024/04追記:前話の『テオ君のお父さんは村のサブリーダーなので意識高くて当然』という話と同じで『テオ君の作る身分差ハーレムの幼馴染枠がきっと用意されている』というのは軽い冗談のつもりでした。作者自身は「現実問題として身分差ハーレムは女性側メンバー各々の価値観、生活習慣の違いで到底上手くいくとは思えないよなあ……」という印象で、他の作者さんのファンタジー作品に結構登場する身分差ハーレムエンドには否定派とまでは行きませんが深い懐疑派の立場です。紛らわしい書き方をしてしまい大変申し訳ありませんでした)

最後にテオ君、ニナちゃんの謎掛けに対する君の答えは0点だ。女の子が求めているものは考え抜かれた期待値の大きな未来に向けての行動なんかじゃなく、現在生きている今この瞬間の気持ちの盛り上がりを満たしてくれる行動なんだ。あと何故ニナちゃんがわざわざやってきて旅立ちのときにあんなことを言ったと思う?テオ君が旅先でこれから出会うであろう女の子との、盛り上がる心に任せた一夜の過ちを根こそぎ排除しようとしているに決まってるぞ。

次回からは新章に入り、記憶を取り戻した元日本人ブラックIT企業やさぐれ社畜転生者テオ君の新たな冒険者生活の戦いが始まります。

第0章が終わって一区切りついたので、第1章の始まりには少し時間を頂くことになりますがお許しください(汗)
全話凡そ書き終わっていますので、出来はともかく隔日の予約投稿で章末まで進むことは現時点でお約束します。

02話は9/8 23:40に予約投稿済です



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第1章  新米冒険者編 (タワバの街)
02話  異世界への招待



無事、今日までに第一章の予約投稿が終わりましたので、明日もし作者がトラックに跳ねられて異世界に行くことになっても章末までの更新は大丈夫なのでご安心ください。
今回は主人公の転生前の回想話です。



「一応、お前の担当範囲で優先度2までのバグは無くなったな。

 よし、ミノルの方の田中。あとは伊藤と渡辺に引き継いで帰って良いぞ。次は俺が外出先から戻る19:00の時点でここに居ればいい」

 

 二徹のはずなのに全く疲れを見せることのない課長の言葉を背に俺は席へと戻った。

 始発電者で出社して絶賛作業中の、俺と作業範囲が半分づつ被っている同僚たちと短時間で作業の摺り合わせをした後、カードキーを通してオフィス部屋を出る。

 トイレ帰りでオフィスに戻る気力もないのか廊下のソファーでぐったりしている同僚のもう一人の田中に挨拶を交わしてエレベーターを呼び一階に降りると、高給ながらも業務の過酷さからブラックIT企業として名高い我が社の広々としたロビーを抜け社屋を出、俺は二日ぶりとなる家路を目指した。

 

 今月に入ってからだけでももう何回繰り返したのかわからない、終電どころか始発の時間を超えての徹夜のデバッグ作業を終えた俺は疲れきっていた。通勤中のサラリーマン、通学中の学生たちの流れに逆らいながら駅を降り、もう間もなくでアパートに着くという頃合いにそれは起こった。

 

 眩しすぎる太陽の下、足を引き摺りながら歩いていた俺が顔を上げたとき、そこに目に入って来たのはうつ伏せになった運転者を乗せた大型トラックが車道を外れて路肩に乗り上げ、俺の向かい側から歩道を歩いてくる、小学校に入ったばかり位の年齢に見えるランドセルを背負った女の子に向かって一直線に進んで行く光景だった。

 

 異常を感じた女の子が後ろを振り向いたときには、もう女の子の身体を覆い尽くすようにトラックの巨体が迫り来ていた。今更のように女の子が振り向いて逃げようとするがその動きは緩慢なものだった。女の子が顔を上げる。その表情は絶望に満ちていた。

 

 どうして大した人間でもない自分がそのようなことをしたのか、理由は良くわからない。

 そのときすぐさま車道側に逃げれば、女の子はともかくまだ少し離れた距離の場所にいた俺はトラックの暴走をいなすことが間違いなく出来ただろう。

 

 だがその瞬間、俺はその女の子と目を合わせてしまっていた。女の子の目は確かに俺に助けを求めていた。俺は走り出していた。トラックをいなす車道側でなく女の子の方向へと。

 

 運動不足で縺れる足を懸命に動かして、なんとか俺が出来たことはトラックの前に飛び出して女の子を腕に抱えることだけだった。そして次の瞬間に衝撃が訪れた。

 

 跳ね飛ばされた俺はトラックの直線上にあった鉄製のフェンスに激突しビリヤードの玉のように反射され、次には逆に歩道側からガードレールにぶつかりながら、かなりの距離をその子と二人で転がっていった。そのとき俺が考えていたのは、腕の中の女の子を投げ出さないこと、そして俺の身体からはみ出させて大きな怪我をさせてしまってはいけないということだけだった。

 

 次に意識が戻ったとき、俺は自分が死に掛けていることに気付いた。

 歩道に横たわった俺の目には、スーツに吸収されることなく次々と自分の身体から流れ出して広がっていく驚くほどの量の血が映っていた。

 

 目の前には無事、特に深い傷を負っているようには見えない女の子がいて、嗚咽を漏らし涙を流しながら俺の手を握り締め続けていた。

 怖くなって俺を置いて逃げてしまうのが普通だろうに、なんて気丈で責任感のある子なんだろうと感心した。

 

 この優しい女の子の未来と、この後も灰色のまま続いて行くに違いない俺の未来とを交換できた。それは多分かなり有意義なことで、自分にしては考えられる限り一番立派な死に方に違いないと思いながら、近づくサイレンの音と人々のざわめきを背に俺の意識は消えていった。

 

 

 

 次に気が付いた時、俺は光に満ちた真っ白な空間にいた。前後左右上下見渡す限り何も存在していない。自分は立っているようなのだが足にも何の感触もない。勿論、自分では体験したことはないのだが宇宙空間にでもいるようなとでも言えそうな感覚だ。

 

 自分の状況がわからず戸惑っていると、眼前に光の球が現れどんどん大きくなり俺の身長に並ぶかと思われるくらいになった所で、とても美しい姿をしたギリシャ風の衣装を纏ったまさに女神と呼ぶに相応しい雰囲気の存在が姿を現した。

 

 トラックに跳ねられ死ぬことが決まったと自覚した俺に訪れたこの展開。

 

 死を直前にして、神と呼ばれる存在に邂逅したいと願った俺の作り出した妄想で間違いない……

 

「なんでそうなるんですか、田中さん。

 普通はここで人の生を司る女神様が降臨して下さったとか思って感動する所じゃないんですか!」

 

 いきなり砕けた雰囲気になった女神風存在が叫んでいるが、これもまた俺の予想を強化するものだ。

 そもそも、俺の妄想ではないと判断できる基準などここには……いやないこともないか?

 

「それでいきましょう。ひとつずつ段階を踏めば簡単ですからね。私がちゃんと田中さんにわからせてあげます」

 

 俺の言葉を何故か引き継いだ女神風存在が微笑んで言うと、一歩一歩の理解で絶対に到達可能ということで選ばれた数学基礎論を題材に、俺は手取り足取りの説明を受け『モデル理論のコンパクト性定理を用いた超実数の構成可能証明』というのをわからせられてしまった。

 

 こんな知識は間違いなく今日までの俺の中にはない。創作物内の登場人物の言動が作者の知識を超えることは絶対にないことを思うと、この女神風存在は俺の作り出した妄想ではなく、確かに外部の存在と証明されたことになる。

 

 人間の直感では俄かに理解し難い無限に関わる概念の話というのがまた気が利いている。いや効き過ぎているな。

 

「説明を頑張ったおかげで、田中さんも私が女神だということを納得して頂けたようですから……、田中さん?」

 

 人類が宇宙人とコンタクトした場合に、実際にまともなコミュニケーションがとれるのか?という疑問が呈されることが多い。人類にとっての善悪の概念が宇宙人にとっての色の違いみたいな感じで物事の捉え方が全く異なっていたとしたら、いくら言葉を重ねてもまともな意思疎通が出来ない可能性もあると指摘されていた。

 

 俺と女神風存在とのこれまでの会話はあまりに円滑に行われすぎている。相手が知的に遥かに上位の存在だとすれば、こちらに完全にコミュニケーションのやり方を合わせてくれていると考えるのが自然だろう。

 

 例えるなら俺は野鳥で相手は鳥類学者。そして学者は野鳥の反応を調べるために野鳥の外見を持ったぬいぐるみにスピーカーを入れて野鳥の目の前に置き、ぬいぐるみからこれまでに取得済みの野鳥の泣き声を出すことで野鳥とコミュニケーションを取っている。野鳥とぬいぐるみは十全なコミュニケーションをとれるが、それは野鳥の側から見ただけの話で鳥類学者の意図は野鳥には図りしれない。

 

 今の状況に置き換えると、俺は人間で相手は今の所人間より上位の知的生命体としか判明していないものの、相手の言葉のとおり人間の生を司る神だとして、目の前にいるのは神の作った対人間用コミュニケーションインターフェースの女神型アバターと言ったところか。

 

「田中さん、言うに事欠いて私、スピーカー内臓のぬいぐるみですか?

 いえ、確かに私が神様そのものかと言われると困りますけれど、神様の意志をそのまま伝える者であることは確かなんですからね!」

 

 それはそうだろう。神が有象無象の俺ごときの死に直接構うことは有り得ないのは当然だ。役割を推測するに彼女のガワは女神型アバター、中身は人類死者専用カスタマー係コールセンターの自動応答プログラムというのが一番ありそうな……

 

「挙句の果てに、今度は自動応答プログラムですか!

 違います、神様もちゃんと見ていらっしゃいます!

 私の身体を通じて直接ご意志を示されることもあるんですから!」

 

 良さげな落とし所を見つけたと思ったのにダメみたいだ。

 どうしよう、なんか機嫌を直さないといけない雰囲気になっている。

 

 神が乗り移って意志を示すことがあって、さっきから俺の言葉にしていない意図を汲み取っている所から、神との対話能力とテレパシー能力のある巫女さま、洋風だから聖女さまか?でも格好的にはやっぱり女神さまなんだよな。

 

 ああ、これだ。神様や女神様のそのものでなく、ちょっと親しみ易く女神さまという所でどうだろう。

 

「いいでしょう。大分遠回りしてしまいましたが、それでは私は女神さまということで田中さん、よろしくお願いいたします」

 

 

 

「それでは、本題に入りますが、私は地球とは異なる世界を司る神の意志を表現する者になります」

 

 女神さまの一言目で俺はいきなり混乱した。

 この女神さまの役割は地上での生を終えた人間の悔恨、執着、苦悩といった現世への未練に苦しむ魂を救済して無に帰らせる、或いは輪廻転生が真実だとしたら魂を漂白して新たな生を用意する等のものだと思っていたのに、いきなり異世界?なんだ、それは?

 

「貴方が自らの命を賭けて助けた女の子は、元々、私の世界で生きて謀殺され無念のうちに人生を終えた者でした。その絶望は深く魂は同じ世界での輪廻転生を望みませんでした。そのような者たちには別の世界で生きる術が用意されることがあります。それが彼女にとってのあなた方の世界、地球でした」

 

 俺が救った女の子、なんか普通じゃないと思ったら元異世界人だった模様。

 

「かつで私の世界で高名な女性宮廷魔導士だった彼女は、今度は貴方の世界、地球で人類の持続可能な繁栄を願って行動し続ける高名な女性環境科学者となる道を選ぶことになります。これは彼女に人類の善性を信じさせることになった、田中さんの献身が大きく貢献しています」

 

 この言い方、女神さま未来が分かるのか?

 

「いえ、未来は完全に確定しているわけではなく、人々の自由意志により定められていく個々人の未来により紡がれる、確率的に実現可能な選択肢の重ね合わせという形で私の眼前に示されています。今回の件でも、貴方が彼女を助けないという選択をする未来も有り得ました。でも、貴方は彼女を助けた。一つの大きな分岐がなされ、彼女の人生の方向はほぼ揺るぎなのない形で定まりました。貴方と彼女の人生はここに強く結ばれたのです」

 

 俺氏、追加で将来の偉人を助けたことになった模様。

 

「彼女は前世の記憶を持たず、将来に渡ってもその記憶を取り戻すことはないでしょう。それでも、自らの犠牲となり命を失ってしまった貴方への配慮を求める心の叫びは、かつて彼女の生を司った私の元に届きました。私は彼女の願いを叶え、私の元で貴方に新たな生を送ることにさせようと決めたのです」

 

 私という女神さまの言葉にちょっと引っかかってしまう俺を目ざとく見咎め、女神さまがちゃんと聞きなさいという顔をする。大丈夫です、わかってます。ちょっとお茶目でも女神さまの口から出てくる言葉が、本物の女神様のお言葉であることはちっとも疑ってません。

 

 でも、そうか。これってもしかして創作物でよく見る展開。「わしの世界の者のせいでお前の命が失われてしまった。すまんかった。お詫びにわしの世界で人生をやり直してみんか?」とか言って神様が土下座してくれる流れと殆ど一緒か。

 

 自分で読んでるときは、神様本人でもあるまいし、おじいさんアバターに横柄な態度取って土下座させた所で何が嬉しいのかと思ったものだ。でも、こちらに居るのは女神さまだから。これだけ素敵なプロポーションなら土下座してもらって、どうしようかなあ……と言いながら、横から見て豊満な胸が押し付けられて形が変わってるのを鑑賞したり、後ろに回って括れた腰から続く大きな形の良いお尻を存分に堪能したりするのはとても魅力的な。し、しまった……

 

「田中さん、神の化身である私に対して貴方は、一体何変な想像をしてるんですか……

 いえ、私は気にしませんよ。田中さんに較べて私はずっと精神的に大人ですから。

 田中さんの得意な例え話でいえば、お隣りの男の子が『今日はお姉ちゃんとお風呂入りたい』とか言ってくるようなものですね、これは」

 

 呆れを通り越して、これは酷いという目で俺を見てくる女神さま。

 

「子供ながらにちょっと邪な心が入ってるなあと思っても、そこは広い心で笑って許して『じゃあ、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂入ろうか』って応えてあげるのが正しい大人の対応というものです。悪意ない願いを出来るだけ叶えてあげるのは、大切なことですからね。ただ夕ご飯の時に隣の男の子の話題が私の両親に披露されるのは、もう仕方ないことです。それでは、田中さんたってのご希望ということで……」

 

 膝を折り、俺の前で土下座の体勢を取ろうとする女神さま。

 

 こうして転生空間での土下座は実現された。

 

 ただし、土下座をしているのは俺の方だった。

 

 どうか土下座の体勢を取るのは止めて女神様本人にも伝えないで下さいと、困惑する女神さまの足元に縋り付いて、社会人生活で培った謝罪の仕方を披露する俺の姿があるだけだった。

 

「そんなに心配するなら、元々自分ですることも出来ないような、変な想像しなければ良いのに」

 

 女神さまはそう言うけど、出来ることなら実行するから、出来ないことが専門に想像されるんだと思います。

 

「田中さんの相手をしていると中々話が進まないような気がするのは私だけでしょうか? もう、次です、次」

 

 確かにこの話をこれ以上深堀りしても、俺のダメージが増えるだけの気がしますので次に行って下さい。

 

「なんか盛大に脱線してしまいましたけど、今までの話を纏めると、田中さんはこれから私の司る世界で新しい人生を始めて貰おうかとなと思っているのですけれど、まずこれは了解して頂いたと思って大丈夫ですか?」

「そちらの世界は所謂剣と魔法の世界なんですよね。地球の人間が行っても何も出来ない底辺層になって終わりというだけではないでしょうか?」

 

 女神さまが俺に問いかける。あの女の子は前世で宮廷魔導士とか言ってたけど、俺にそんな素養がないことはわかり切っているので、例えばこの姿で異世界に放り込まれても、喋れない、戦えない、魔法使えないで普通に考えてどうにもならないぞ。

 

「ああ、なんかイメージがかみ合っていないと思ったら、田中さん、今の貴方のままで異世界に移って新しい人生を……と思ったのですね。そうではなくて、生まれてから亡くなるまでの新しい次の人生を私の世界で送ってみませんか?という話になります」

 

 それなら、風土病で一撃死は勿論、外見や言葉や風習の違いでいきなり詰むということもないわけか。

 

 女神さまは俺たちがいる空間をVR空間のようにして、これから俺が行く世界の風景や人々の暮らしをプロモーションビデオのように流して見せてくれた。自然が一杯の綺麗な世界のようだけど、どうみても生活インフラが整ってなくて生きていくのは中々に大変そうだ。

 

「田中さんは、思考が変に回るだけあって色々気苦労が多そうですよね。

 でも大丈夫。苦労するためだけに私の世界に来てくださいというつもりはありません。そんな田中さんのために人生を楽しめるに足る事前の準備を用意しましょう。どのような人生を送りたいのか希望を聞いて、それに沿った形で新しい人生が始められるようにお手伝いしたいと思います」

 

 女神さまが俺に提案してきたのは、あちらで生まれる時に親ガチャや能力ガチャを一発勝負で引くのではなく、出来る限り叶えるので、この場で事前に希望を言って貰って良いとのことだった。おお、これはなんだか素晴らしいぞ。

 

 これから俺が行くことになる異世界は剣と魔法の世界と言うだけあって、人間の持つ素養が、地球人の場合と較べて極めて多岐に渡るようだ。

 

 話を聞くと、魔法だけでもものすごい数の種類があり素養を持たない者はその時点で決してその能力は生涯使えないことが決まってしまうのだそうだ。これはどうみても慎重に選択しないといけなそうだぞ。

 

「いろいろな組み合わせを自分で試してみたいので、作業できそうな環境って作れますか?」

 

 俺は女神さまにどんな能力の組み合わせを選ぶことが可能なのか、試行錯誤できる環境が欲しいと言ってみた。

 

「田中さんの作業って、いつも使ってるあのパソコンとかいう二次元表示の機械の画面と同じようなもので良いですか?」

「そうです、そう」

「ただ他の方に較べて多くの情報を与えるわけには行きませんので、作業中にわかるのは田中さんが試そうとする組み合わせが、総体として選択可能かそうでないかの情報だけですよ」

 

 俺の要望が通じて、普通に日常的に作業で使っているような指先で操作可能な、フォルダーとか選択可能なリスト表示があるユーザーインターフェースのウィンドウが女神さまの手で中空に用意された。これで一杯試せるぞ。

 

 俺はわくわくしながらリストを検索して見つけた「時間遡行(レベル1)」を自分のスキルホルダーに入れようとしたが、エラー表示が出て入れることは出来なかった。

 

 そうか、こんな超絶能力が転生した瞬間に使用可能になるわけがないじゃないか?

 俺は気を取りなおしてレベルを指定しなおし「時間遡行(レベル0)」を再度スキルホルダーに入れようとしたが、それもエラーで果たせなかった。これ、もしかしてバグってないか?俺はちょっと半目になって女神さまの方を見た。

 

「田中さん。最初の一つ目から何とんでもないスキルを見つけて自分のモノにしようとしてるんですか!『時間遡行』なんてこの世界ヴィロナスで神と人間が共に過ごしていた神代に、半神ヘルギが歪み始めた歴史を正すために一度使われたことがあるだけの殆ど神の力ですよ。人族に転生する田中さんの人生の選択肢の範囲内で手に入るようなモノでは全くありません!」

 

 怒られてしまった。確かに時間遡行なんて人の身で持てるような能力じゃないといわれれば、そういう気もするな。諦めよう。次だ、次。俺はリストを検索し直して見つけた「空間転移」のスキルをレベル0にしてスキルホルダーに入れようとしたが、これもエラー表示に阻まれた。ダメじゃないか!

 

「だから、田中さん。貴方はなんでよりにもよってそういうのばっかり見つけてくるんですか!『空間転移』のスキルは300年前に魔王を倒した勇者パーティにいた人類史上最高の魔法使いと呼ばれるパロミデスが唯一使うことが出来た能力なんですよ。無理ってば、無理です」

 

 またも女神さまに呆れられてしまった。なかなか上手くいかないものだ。

 どうしようと思って悩んでいると、女神さまがこちらに向かってきて俺の隣で選択画面を眺めこんだ。

 

「じゃあ、ちょっと田中さんに私がやり方の例を見せてあげますね」

 

 女神さまは指先をひょいひょいと動かすといろいろなものを俺の初期設定画面やスキルホルダーに放り込んで行き、あっというまにお勧めセットを作り上げた。

 

「どうです、田中さん。このレガリア大陸で最大の王国ハルキスの筆頭公爵家の嫡男に生まれて、剣聖の職業を得て、高レベルの火魔法と浄化魔法のスキル持ち。この世界に生きる男の子なら誰でも夢見ちゃうような英雄譚の卵さんですよ。こうして見れば、普通にこの世界に暮らす一般の人と較べて、どれだけ田中さんに優遇措置が与えられてるかわかるというものでしょう」

 

 ふんすかという調子で女神さまは胸を張る。

 

「じゃあこれはおすすめ一号ということで保存してっと。次はこんなのも出来ますからね。レガリア最古の王国、魔法国家カヴァラの王家の一員に賢者の職業を持って生まれて、自由気ままな研究三昧で世界屈指の魔法使いとか呼ばれちゃう存在が目指せますよ。これはおすすめ二号ということにしておきますね。義務とか責任とか嫌いそうな田中さんにとっては、魅力的じゃありません?」

 

 ますます調子に乗った感じで胸を張る女神さま。

 

「勿論、気の済むまで自分で組み合わせを選んでも良いですけど、私のおすすめ一号、二号はなかなかのものだと思いますので、それで決めちゃうのも充分ありだと思います」

 

 こうして女神さまは鼻歌を歌いながらまた俺の元を離れていった。

 確かに女神さまの提示してくれた俺の転生パッケージは客観的に見て、立派なものだと思う。でも、俺的にはしっくりこないんだよなあ……

 

「女神さま、これって、俺がいくら時間かけても怒りませんよね?」

 

「また貴方の得意な例え話にしたら、アリさんが道に落ちてる食べきれない程大きなケーキのかけらを運ぼうとしてるのを見たら、早く切り上げろよじゃなくて頑張ってるなあ……と思いませんか?だから、全然大丈夫ですよ」

 

 笑顔で返してくるけど、これは本当に応援なのか?

 あと見られてると、ちょっと作業し難いんですけど……

 

「勿論、ちゃんと応援してますよ。あと、私との時間より作業に集中したいというのもちょっと納得いかないですけど、許してあげます。それじゃあ、納得できるまで自分で試して見て下さいね」

 

「あっ、ちょっと待ってください」

「はい?」

 

 挨拶して俺の前から去ろうとしていた女神さまを俺は呼び止めた。

 

「アイテムボックスのスキルを是非取りたいと思ってるんですけど、ここで最初から中身を入れておくのってありですか?」

「私が知る限り、今までそういうことをした人はありませんでしたけど、確かに問題ないですね。スキルとかの取得のコストに較べればアイテムボックスの内容物を揃えるコストは全然大したものにならなそうですし」

「それはとっても役立ちそうです。ありがとうございます」

 

「それでは、もう大丈夫ですか?」

 

 こうして女神さまの姿は消え、白い空間には作業ウィンドウと俺だけが残された。

 そして、俺は気のむくまま時間を気にせず、思いつく限りの選択肢を試してみた。

 

 選択肢の中にはスキルだけではなく、先に女神さまが触れた生まれや容姿に関するものも含まれていた。

 

 現代日本と異なり社会生活のためのインフラストラクチャーが整備されていない異世界での生活が楽なはずはない。出来るだけ生まれは良い所にしたかったのだが、やはり貴族に生まれるということは、この世界では大きなアドバンテージなのだろう。取れるスキルがぐっと減ってしまうことに気付いたのだった。

 

 最初、高位貴族の次男、三男辺りから始まった俺の選択は、スキルの取得を目指すに連れどんどん階級を下げていく方向に進んでいくことになる。

 

 俺はあと、容姿も名前もこの国で一番ありふれた特徴のないものになるよう、条件設定をしておいた。

 

 先に女神さまの口から人族という言葉が出てきていたけど、異世界の人族と地球人との外見の相違は小さいようで、それもそのはず使用されている遺伝情報は世界を跨いで殆ど同じとのことだった。これは違和感を覚えずに生きていけそうということでありがたく思おう。

 

 名前に関しては、そもそも使われる名前の数自体が多くないということで、上流貴族以外の人間の名前は被り捲くりだそうだ。

 

 生前の自分の名前がカタカナで書くと日本で一番同姓同名が多い名前ということで、個人情報保護の観点からは、近年、非常に嬉しく思うことが多かった。

 

 日本で同姓同名が全くいない大学時代の俺の友人は、名前で検索するだけで出身大学も修論のテーマも就職先も速攻で検索結果に出てきてしまうが、俺の名前、一万人に及ぶ「タナカミノル」軍団は鉄壁のガードで俺の個人情報を守ってくれていた。

 

 そこまで個人情報に拘らなそうな異世界でも、悪目立ちせず生きるためには、平凡な容姿に平凡な名前というのは役に立つはずだ。

 

 最後に自分が覚醒する年齢を選ぶことも可能だった。

 

 俺みたいな捻くれた性格の人間は場合によっては親とうまくやれない可能性もあるし、親から本当の子供を奪ってしまってるかのような気がするから、自分の意識が戻るのは成人してからで良いと自分内で結論づけた。

 

 どれだけの時間、一人で操作ウィンドウに向かっていたのだろう。

 俺はいつの間にか、もう試そうと思っている選択肢が残っていないことに気が付いた。

 

 よし、これで終わりにしよう。

 

 実際に向こうの世界に行ったら想定外のことも多いだろうし、後は自分で頑張るということで作業終了ということにした。

 

「女神さま、出来ましたよ」

 

 俺の言葉に応じたのか、また目の前に光の球、続いて女神さまが姿を現した。

 

「この世界で生きていくための準備に満足できましたか?」

「はい」

「それは良かったです」

 

 なんだか先ほどまで話していた女神さまと違って、もっと年嵩のお婆さんとでも話しているような気がする。

 これもしかして中身、女神さまじゃなくて女神様の方だとでも言うのか……

 

 女神さまは俺に近づいてくると、俺の顔に手を当て微笑みを見せる。

 自分の意識が急激に薄れていき、目の前の女神さまの姿がぼやけていくのを俺は感じた。

 

「それでは、次に目覚めるその時まで、私の世界で過ごす良い夢を……」

 

 慈愛に満ちた言葉に見送られ、この空間内での俺の存在は消失していった。

 

 

(03話に続く)

 

 




次回、03話は9/10 23:10に予約投稿済です。

前話で現地テオ君を物語から追放宣言したのですが、第0章を投稿した作者はその後の読者数の増減を見て、投稿直後のトップページに載っている10分程の時間を除いて、この作品自体が完全にハーメルン読者の方の視界から追放されていることに気付きました。

本当は全話同じ時間の更新にしたかったのですが、是非もなしということで、一人でも多くの読者の方の目に作品が触れるよう読者の方を求めて、ハーメルンさんの投稿サバンナをさまようことになりました。今日は23:40の予約投稿でしたが、次回は23:10、その次は22:40という感じで第一章の間は30分づつ時間を変えながらの予約投稿になりますが、どうか宜しくお願い申し上げます。

後はもう自動的に予約投稿したものが順次公開されていくだけ、ということで作者の後書きなども事前に書いてあることだけになります。一杯時間の取れる作者の休みも終わってしまったので、誤字脱字、言葉使いなどの投稿済話の修正は第一章が終わった時点で纏めて行います。感想返しも終わってからかと思いますが、そもそも第一章が終わった時点で返すべき感想があるのかの方が重要な問題な気がします(投稿済みなので、展開予想でも展開批評でもなんでも気にせず書いて頂いて大丈夫です。活かされるのは、続けば第二章(汗)もしくは別の作品からになりますが……)

それでは、次は第一章全話の公開後に最終話の後書きを追加する位になると思います。拙い作品とは思いますが、せっかく書いたので一人でも多くの読者の方に読んで楽しんで頂けましたら幸いです。


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03話  転生者への覚醒


この03話から読み始めても実は殆ど支障がないような親切設計になっています。


 唐突に目が覚めるとベッドの上だった。なんだか結構ぼろい感じの部屋だなと思いつつ記憶を手繰るとこれまでの経緯が思い出されてきた。顔なじみの行商人のダンテさんに連れられて故郷を離れ一週間ほどの旅をして、この辺境の街タワバに辿り着いてダンテさんとの別れ際に紹介された宿屋に潜り込んで一息ついたら安心して昼間から寝てしまって起きたのが今ということだ。

 

 俺の名はテオ。ここから少し離れた開拓村の村長の弟であるアラン父さんとそのまた隣村の村長の娘だったハンナ母さんとの間に生まれた次男坊で成人の儀式を終えたばかりの15歳だ。家には他にも自作農である父の跡継ぎの3歳上のロベルト兄さんと5歳下の妹ミリアリア(愛称ミリー)がいる。要はこの地方の習慣に伴い、家を継がない俺は成人したと同時に晴れて邪魔者となるため身の振り方を即座に決める必要に迫られていた。

 

 体格はがっしりしているものの好戦的な性格でもないのに以前から冒険者になると宣言していた俺は、周りからは普通に考えてどうみても無理だろうという目で見られていた。それでも村の害獣狩りに積極的に参加したり家の裏で村長の家から借りっぱなしにしてた剣を黙々と振り続けていたおかげか、二ヶ月前に村にやって来た巡回神官の手で行われた水晶球に問う成人の儀式で無事農民の子には珍しい職業「剣士」を授かったのだった。

 

 この世界では成人の儀式の職業選択は神託のように捉えられているので、村長であるノア叔父さんを交えた家族会議が行われた結果、俺が村を離れるのを大泣きして嫌がった妹ミリーの反対を除いて俺の冒険者の街タワバ行きは無事了承された。なお俺がいなくなった我が家には今頃ロベルト兄さんの婚約者のユリアさんが引越してきて新しい生活が始まっている頃なので、ミリーの気も紛れてご機嫌も直っているはずだ。

 

 さて、長々というわけでもない自分の人生の振り返りを行ったことには意味がある。何故なら俺テオは先ほど目覚めた瞬間に、自身が元日本人の転生者である記憶を取り戻したのである。ブラックIT企業に勤めていて徹夜明けにふらふらになりながらアパートへの家路を急いでいた俺は通学時の学童の女の子を守ってトラックにはねられ命を落としたせいで、その善行により異世界で新しい人生のチャンスを掴んでいたようだ。転生の理由あるあるだな。田舎から出てきてちょうど知り合いが一人もいなくなった瞬間に、前世の記憶と人格を取り戻すなんて女神様タイミング読みすぎだろ。

 

 なんだか妙な感覚だ。この世界に転生してから今日までのテオとしての記憶が全部あるのに、目が覚めてたから主人格となった前世サラリーマンの俺の印象だと臨死体験して謎の転生部屋?で今いる世界でどんな人生を送りたいか選んでくださいと聞かれた時から、そのまま時が続いてたかのような気分だぞ。

 

 しかし、俺は一体何を選択してるんだ……

 

 女神様、というより女神様の作った対人間用コミュニケーションインターフェースで俺の心も読めちゃう自称神の化身の「女神さま」は、今回の転生先であるこの世界を概観するプロモーションビデオみたいなのを見せてくれた後に、おすすめの転生コースを示してくれていた。それは高位貴族の嫡男に剣聖のジョブを持って生まれるのだったり、継承権の低い王族に賢者のジョブを持って生まれて研究三昧、みたいな生まれながらにして勝ち組確定なものばっかりだったのに、何故俺は今農民の子供になってるんだよ……

 

 いや、自分でも分かってるんだ。異世界転生の定番スキルを一通り全部とろうとしたらポイントが足らなくなって良い所の生まれや最初からの上位職を全部諦めるはめになったということだ。俺は自分自身に鑑定スキルをかけながらため息を吐いた。

 

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル1

スキル:火魔法1 水魔法1 風魔法1 土魔法1 回復魔法1 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法(剛力、俊足、遠見)1 剣術1 槍術1

 

HP 17 MP 4086 STR 7 INT 5 VIT ……』

 

 一言で纏めると欲張り過ぎ。火水風土の4系統が使えて、異世界転生定番のアイテムボックスと鑑定と探査と気配遮断ができて自分自身の怪我が治せるなんて、いくら前世で偉人になる予定の子供を救った善行があるからといって全くポイント足りませんわ。更に他人を癒せる治癒魔法とか幽霊が退治できる浄化魔法とか贅沢にもほどがあるという。治癒魔法と浄化魔法にいたっては0になにを掛けても0で自分では鍛えようがなくて、例えば回復魔法とかを使い続けていくうちに派生で治癒魔法1がいつか生えてくるかもしれないという可能性だけを転生ポイント使って買っているなんて、どこまで未来志向なんだよ俺。

 

 あと結局の所、世界に対する影響度の大きさで選択できるものの幅が決まるみたいで、魔力量に関してものすごく大きく取っても出口である使用魔法のレベルを極限まで小さくしておけば蛇口の小さい風呂みたいな感じで許されてしまった印象で、魔力量だけは現時点でも恐らく誰にも負けない大きさがあるようだ。これも将来のためにという奴だな。

 

 ついでに転生部屋での記憶をほじくり返すと、物語でたまに出てくる時を遡れる魔法とかは世界全体に影響が及ぶということで微塵も取れる気配なし。そこまでいかないはずだけど転移魔法も箸にも棒にも掛からない高額スキルだった模様。

 

 まあ最初から取れないものは諦めるとして、残念だったのは人に較べて数倍とかの速度でスキルを上げることができる速習魔法も手に入らなかったことだ。これはやり方を考えつつ人より何倍も努力しないと一杯あるスキルを十全に活かせないということなんだよなあ。これは本当に困ったことだ。

 

 そもそもこの世界では魔法が使えるのは極一部の人間、それもほぼ貴族階級に限られるから俺の記憶がもどらなかったらテオは多分、自分が魔法を使えるのではないかと一度も思いもしないまま人生終えていた可能性が高そうだよな。

 

 さて、ここまでが反省の時間でこれからは次からの展開に備えないといけない。まずは手持ちのものを確認しよう。テオの持ってきたものは出掛けに叔父さんである村長から正式に譲り受けて来た剣が一本と着替えとかが入ったずた袋と宿に一週間も泊まればなくなりそうな路銀だけ。テオの時の俺、良くこれだけの持ち物で意気揚々と村から出てきたな。世間知らずにもほどがあるぞ。

 

 というわけで、元日本人の俺の出動だ。転生前に欲張って考えたということはそれなりに準備をしていないわけがないということでアイテムボックスの出番になる。女神さまにアイテムボックスに入れるものも一緒に指定して良いが確認しておいて本当に良かった。

 

 確認して一安心。転生時に指定したとおり新米冒険者用の装備一式に、薬草取りや狩りに使う小道具、薬用ポーション、食料、着替えに季節一つ過ごせそうな程度の現金が入っていた。剣に関しても攻撃力+2(基礎レベル10以下用)のものが入ってたので(ついでに槍も)、叔父さんの剣はいきなり予備になってしまってごめん。

 

 まだ陽も高いようだし、あとは今日のうちに思いついたことの確認をしておくか。

 盗られても良いように、家から持ってきたずた袋に入っていた着替え以外の物をアイテムボックスに入れ直して宿を出る。

 

 ここからは実験の時間だ。

 探査魔法をかけながら宿を出て表通りから今朝入ってきた門に向かって歩いていく。

 大切なのは探査魔法を起動するときにかける範囲指定と検索条件で、検索結果が探査をかける領域内で表示可能な一定数を下回っていることだ。

 これはある意味当然のことだ。

 例えば、昆虫を指定して探査魔法をかけようとしても、意味のない程多数の存在が検索結果の対象になって表示できなくなるだけの話だ。

 

 今回は一番簡単な例ということで、人族を対象にして探査魔法を起動している。

 確かにレーダーみたいな印象の映像が頭の中に浮かんできて、光点が存在する人に対応しているようだ。視界が遮られている建物内にいる人間もちゃんと数えられている模様。建物がまばらになり人の行き来も減ってきたところで周りを見渡して人気のない建物の裏に回って今度は隠行魔法を使ってみる。隠行魔法と探査魔法の二重起動は問題ないようだ。

 

 誰にも見られていないことを確認した上でアイテムボックスから初心者用防具装備を取り出し装着する。宿で凡そ確認していたけど自分の身長に装備がビタリと合っているのは女神様の心遣いというやつかな。単に俺がアイテムボックスの中を確認した瞬間にふさわしいものを顕現させたという方がありそうかも。この辺は観測理論みたいなもんかもしれないな。

 

 とりあえず新米冒険者装備の俺が出来上がったので、人に見られていないか確認しながらまた大通りの方に戻る。

 今度は街の中央部にある市場に向かう。噴水のある広場の四辺に食い物屋や八百屋を中心とした出店の屋台が並んでいて結構な人出となっている。冒険者ギルドのある街らしく冒険者姿の者も多い。そろそろ夕刻なので街の外に出ていた者が戻ってきているのかもしれない。

 

 ぱっと見の印象としては、思ってたよりみんな不潔でない格好をしてるような気がするな。俺もスキルで取ったけど洗浄魔法みたいな生活で使える魔法があるのが原因として大きいのかもしれない。

 人ごみに紛れながら今度は鑑定を試してみる。

 ちょうどこちらに背を向けているモヒカン頭の冒険者風の大男がいたので鑑定をかけてみる。

 

『人族 レベル12』

 

 おい、これだけかよ。なおかつ俺の鑑定に気付いたらしい大男が物騒な気配を撒き散らしながら辺りをきょろきょろ見渡してるじゃないか。あぶねー

 

 要はレベルが高い存在に対する鑑定は弾かれてレベル以外の情報はわからないし、鑑定対象の相手に気付かれる危険性があるということだな。あれ、ちょっと待て。ふと気付いた俺は目の前の青果を売っている小柄な屋台のおばちゃんを鑑定する。鑑定に気付いたらしいおばちゃんが不思議そうに俺に目を向けてくる。

 

『人族 レベル4』

 

 こら、このレベル4っておばちゃんが『商人 レベル4』って意味で、おばちゃんにどんな戦闘力があるかってことじゃないだろ!どうなってんだ!

 目が合ってしまったので仕方なく林檎みたいな果物を買ってあげました。

 

 鑑定使えない、いや使えないのはレベル1の俺の方か……

 

 とりあえず探査を自分に害意のある対象がわかる受動的動作の索敵に替えて、再度モヒカンにロックオンされてないことを確認しながらそろそろと市場を離れた。この索敵の条件付けというのは最初の一回目に探査魔法を起動したときに頭の中に浮かんで来た。要はレベル1時点で使用可能な探査魔法のモードということだろう。

 

 鑑定は安全第一で鷹の目(遠見)の魔法と一緒に使うことにして、それの練習もしながら宿に向かった。練習台になったチンピラ兄ちゃんたちはご愁傷さまだが、街のチンピラ連中のレベルは平均一桁後半だということがわかったぞ。

 

 索敵を有効にしながら宿に入る。

 

「あら、なんか勇ましい姿になったわね」

「街で一揃い買い物をしてきたんですよ」

 

 声をかけてきた俺より少し年上に見える宿屋の娘らしいお姉ちゃんと会話を交わす。割と長身で愛嬌のある顔に長い栗毛の髪を邪魔にならないよう紐で縛って垂らしているのが健康そうで良い感じ。今の問いかけも俺がわざわざ目の前に立ってアピールしたのを、ちゃんと気付いて聞いてくれているのが好印象だ。

 

 アイテムボックスから出してきた装備をつけて部屋からそのまま出てきて、お姉ちゃんに不審がられるわけにもいかないので、実はこのやり取りは必要だったりする。あと俺たちの会話を何人かが見ているようだったが、索敵には何も反応が出ていない。

 

 これでもし、誰かがヒットするような明日の朝にでも宿を替えないといけないと心配していたのだけれど杞憂だったようだ。ほっとしながらそのまま一人席につき夕食を摂る。うーん、テオの時は全然気にならなかったけど、異世界の飯調味料が効いてなくて美味しくないぞ。贅沢は敵だけど、これはこれから辛いかもしれないなあ。

 

「思ったより安く上がったので、もうしばらく分の宿代を先に払っておきますね」

「まあ嬉しい。でも予め言っておくけど前払いの割引きはないからね」

 

 部屋へ上がる別れ際に数日分の宿代に当たる枚数の銀貨を渡しておくと、お姉ちゃんが笑顔で返事をくれる。なんにせよお客が優良で宿が安心で看板娘が美人で胸が大きいのは良いことだ。この宿を勧めてくれた行商人のダンテさんありがとう。

 

 こうして記憶を取り戻した俺の異世界一日目は無事終わった。

 明日は懸案の冒険者ギルド登録だ。何も揉め事が起きないと良いんだがな。

 

 

 それよりなにより、俺、ニナちゃんのことこれから一体どうすれば良いんだよ……

 

 

(04話に続く)

 

 




単に下書きしていた時には実はこれが最初の一話だったという……

今後、レベルやスキルや魔法周辺でありとあらゆる怪しげな説明が主人公の口から出てきますが、作者妄想による所謂『ボクの考えた素敵な魔法世界』というやつになりますので、広い心で読み流してお許し頂けましたら幸いです。

>>俺、ニナちゃんのことこれから一体どうすれば良いんだよ……
おっぱい星人の田中テオ君はとりあえず現実逃避に走るようです。

会社の休暇で帰省した最終日に、後は新幹線で帰るだけだからと思って実家で飲んで良い気分になって酔っ払っていたら、近所に住んでて良く知ってる高校生の女の子が遊びに来て、お兄さんぶって悩みごとを聞いているうちに「なんなら僕がお嫁さんに貰ってあげるよ」と言ってしまっていたのを、次の日の朝、東京のアパートで目覚めてから思い出した(今ここ)状態かも。

次回、04話は9/12 22:40に予約投稿済です。


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04話  冒険者への登録

 宿屋のお姉ちゃんに冒険者ギルドが空いてそうな時間を聞いて、昼食まで後一刻というくらいの頃合いに冒険者ギルドの建物を訪れる。この時間帯を選んだのはギルド内で接触するだろう人間の数をできる限り減らすためだ。テオであった時の俺は朝一で冒険者登録してそのまま狩りに行くつもりだったのだから、記憶を取り戻した俺と人格や行動に違いが出るのは仕方のないことなのだろう。

 

 受動的動作の索敵に鑑定を紐付けて、もし自分に害意のある人間がいたらレベルがわかるようにしておいたのだが、とりあえず反応がないことに安堵しつつ人の少ない板張りの屋内を受付へと進み、空いている受付嬢のいる窓口へ声を掛けた。

 

「新規の冒険者登録を行いたいのですけれど」

「あら、見ない顔だけどここのギルドは初めて?」

「いえ、冒険者ギルドに来たこと自体初めてですけれど」

「そうなの?じゃあ、まず申請書類を書いて、その後適性検査ね」

 

 二十歳台半ばくらいに思われる知的な印象のする受付のお姉さんの慣れた感じのやり取りで登録処理は進んでいく。

 田舎暮らしのテオは書類とかは苦手だったろうけど、元日本人の俺には名前と個人情報、犯罪歴のないことの宣誓と犯罪しません宣言の記入くらいお手のものだ。少し考えた後、手早く記入が必要な入力欄を埋めていく。

 書類と一緒に出す登録料の銀貨3枚も昨日までのテオだったら手痛い出費だったかもしれないが、追加物資を得た今の俺には何ともないぜ。

 

「テオ君かあ。そうか、十五歳だものね」

 

 俺の記入した書類を見て受付のお姉さんが微笑んで呟く。どういうことかというと実は俺の生まれる前年にこの国の第二王子が誕生していて、二百年前くらいに生きた同じ名前の高名な王様がテオという平民あがりの勇者を生涯の友として重用したことから、王子様の誕生を聞きつけた平民が自分の子供の出世を願ってこぞってテオという名前をつけていたのだった。

 

 俺の村でも普通なになに村のテオという感じで子供の名前は被らないようになっているのだが、俺の場合は隣村から越してきた夫婦にテオという同じ歳の小柄で元気な子供がいて、これまでの人生で俺は村の中で「でかい方のテオ」とか「地味な方のテオ」とか呼ばれて生きてきたのだった。

 

 実はこれも偶然じゃない。転生部屋で女神さま(女神様ではない)に転生条件を聞きまくった際に、この世界に一番ありふれた名前にすることも、比較的体格に恵まれるようにすることも、容姿は良く見れば割とましなのにぱっと見には平凡で存在感が薄くて地味なことも全部お願い済みの案件だ。

 

 そもそも自宅から馬車で数日で行ける街に、国で一番初心者向けと言われる冒険者ギルドがあること自体が偶然であると思ってはいけない。すいません、生まれた場所もやらせです。何もかも目立たず安全に異世界を生きていくための布石なんです。

 

「じゃあ、水晶球に手を置いて」

「はい」

 

 成人の儀式と同じ感じで受付のお姉さんが奥から出してきた水晶球に手を触れる。

 ちなみに水晶球が表示するのはジョブとレベルだけ。多分、成人の儀式に使われる物と製造元が一緒なんだろう。これがスキルまで表示されるようなら個人情報も何もあったものじゃないけど、それなら鑑定スキル自体が殆ど価値なしになってしまうし、そんなことはあり得ないのだった。

 

 ちなみに今回取ったスキルの中で単体で一番高額だったのは鑑定だった模様。女神さまによると鑑定のスキル持ちは本当に稀少な存在で、ほぼ間違いなく王宮や上位貴族に取り込まれているので、冒険者として普通に活動していればまず出会うことは無いだろうとのことだった。

 

「剣士レベル1。成人の儀式を受けたばかりなのね」

 

 普通に二人だけの会話の感じで水晶球を覗き込んだお姉さんが言ったその瞬間だった。

 自分の右斜め後方に突如、索敵が反応した。

 

『人族 レベル3』

 

 

 

 

 まじかよ。女神さまにお願いして周到に用意したはずの俺の平穏な冒険者生活の予定が、いきなり音をたてて崩れていく……

 おいおい、冗談じゃないぞ。俺の設定した索敵の条件って殆ど完全に命を奪うレベルの害意がないと反応しないんだぞ。異世界定番の新人冒険者への嫌がらせとかじゃなくてなんで殺意なんだよ。

 

「とりあえず、ジョブに冒険者の適性はあるようで安心したわ。それじゃあ、注意点の説明を……」

 

 お姉さんは俺に書類を見せながら、ギルドの昇格や報酬システムや罰則規定などについてその後も説明し続けたが、索敵の加害対象警告を受けた俺は後ろを振り向かないように自制心を発揮するだけで精一杯でそれどころではなかった。

 

「ふう、やっぱりこういう規則の話を聞くのは面白くない?」

「いえ、そういうわけではないのですけれど……」

 

 心ここにあらずの俺に気付いたのか、やれやれという感じで受付のお姉さんは話を切り上げることにしたようだ。少し席を外すと、羊皮紙一枚と手の平に収まる大きさの鉄製の板を俺に渡してきた。

 

 羊皮紙の方は魔物の森周辺の地図だ。後でよく確認しないとな。

 登録料はちょっとお高いと思ったけど、こういうサービスが着いてくるなら納得だ。

 

 鉄製の板の方も確認すると、冒険者ギルドの紋章とタワバ支部の文字、登録日の今日の日時と俺の名前が刻まれている。

 

 おお、これが身分証替わりの冒険者カードか。

 

 お姉さんから渡された自分専用の冒険者カードを俺はしげしげと眺める。元の世界の自動車免許と一緒で説明の間に申請者個人の名前を彫ってカード作成の作業を終わらせるシステムになっているらしい。

 

 残念ながら、王国共通の引き出し機能も、ギルド間の超高速通信による情報共有もあるわけがなく、このギルドに預けたお金はこのギルドで対面でのみ引き出し可能だそうだ。成果を引き継いで別のギルドに登録したい時は、ここのギルドでの累計成果証明書をお金を出して書いてもらって別のギルドの登録時に冒険者カードと一緒に提出することで、継続してランクを上げていくことが出来るらしい。

 

「なんにしても、近頃新人の冒険者の子が最初数回のクエストで戻らない事故が増えてるから、テオ君も十分に注意して依頼をするようにするのよ」

 

 冒険者カードを見て一瞬だけ舞い上がっていた俺は、受付のお姉さんの言葉ですぐさま素に戻って思考を巡らせる。そういうことか……

 

 心配顔でお姉さんは俺に警告するけど、それ多分違ってます。

 俺の右斜め後ろにいる人間(仮称ヤス)が初心者殺しの犯人、PK野郎だと思います。

 

「テオ君はすぐに常設依頼を果たしに行くの?」

 

 朝に張り出された割の良さそうな依頼が全部剥がされてしまったのか、隙間だらけの依頼掲示板の方を向きながら受付のお姉さんが言う。まあ、登録初日でレベル1の新人がやれるような仕事が外部依頼の形で出てくるなんてことはないよな。新人にやれることといえば、雀の涙程度の報酬しか出ない常設の薬草取りとか小物の害獣魔物狩りと相場は決まってるもんな。

 

「いえ、街に来たのも初めてなので今日は登録だけ済ませて少し街の中心部を回ってみようと思います。そこまで財布の中身は危機的状況ではないので、依頼をやりに行くのは少し慣れてからにしようと思います」

「うん、それが良いかも。これからゆっくり頑張ろうね」

 

 

 受付のお姉さんの応援を受けつつ右回りで一瞬だけ後方を見渡しながら後は一目散にギルドの建物から出て行く。索敵に写った対象は動いていないようで、脳内画面で中心から徐々に遠ざかってそのうち範囲外へと消えていった。

 

 目を合わせないように気をつけながら瞬間的に目に焼き付けたが、貧相な体格の目つきの悪い中年の小男だった。レベル1と言った途端に反応したところを見ると新人冒険者を専門に襲撃しているということだろう。新人冒険者など録に奪うほどの金も装備も持っていないだろうに冷静で自分の安全に拘る狡賢い奴だ。

 

 最後のお姉さんの言葉はありがたかった。あの問いかけで多分やつは今日のところは俺を尾行して害しようという気がなくなったに違いない。

 

 冒険者ギルドの僅かな時間の滞在で疲れ果ててしまったが、まだ時刻は昼前だ。

 俺は索敵で尾行がついていない事を再度確認してから街の外に出て魔物の出る森の方へと向かう。無論、街の外に出る際には貰ったばかりの冒険者カードが活躍したことは言うまでもない。

 

 さて、状況を整理して考えるとのっけから悲劇的展開だが、まだ救いはある。

 鑑定で判明したヤス(仮称)の実力がレベル3ということだ。これならなんとかなるかもしれない。

 

 俺は最速でのレベルアップを目標にして、貰った羊皮紙を眺めながら魔物が出る森の方向へ足を速めるのだった。

 

 

(05話に続く)

 

 




主人公が自分の仕込みを自慢してたら罰があたってどつぼに嵌るお話しでした。

現地人テオ君なら今話が01話からの続きになって、朝一番に着の身着の儘、剣だけ履いて冒険者ギルドに登録に行って、受付のお姉さんに「この子、大丈夫かな?」とか思われながら冒険者登録して、そのまま元気良く初心者狩りの尾行が付いてることも知らずに魔物の森に出発していたことでしょう。

次回、05話は9/14 22:10に予約投稿済です。


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05話  経験値への疑念

「どうなってるんだ。この世界のレベル上げのシステムは?」

 

 『ゴブリン レベル3』とさっきまで表示されていた魔物の死体から魔石をほじくり出しながら俺はぼやいていた。

 

 ギルドで低レベル冒険者ヤス(仮称)に加害対象と認識されたことで、受付嬢のお姉さんへの返事とは裏腹に、俺は速攻で街を出て魔物討伐にやって来たのだった。

 

 ゲームの中での魔物退治とは違い、実際に魔物を退治しようとするとまず魔物がいる所まで辿りつかないといけない。このタワバの街では街の北東の領域のほぼ全面に渡って勾玉型の魔物の森が広がっているのだが、魔物の森に来るまでには街の東門を出て分かれ道を右に行って岩場の多い小山を上って峠に出てそこから左に曲がって魔物の森に向かって降りていく必要がある。

 

 冒険者ギルドで貰ってきた羊皮紙に記載されている所要時間だと、一日の半分くらい陽が出ているこの季節、夜が明けた頃に開門される街を出て、陽が暮れる頃の閉門時に街に戻ってこようとすると、その三分の一の二刻を行きに費やして、また三分の一を帰りに費やして、残りの三分の一の時間で狩りをする必要がある感じになるようだ。

 

 途中の経路も急峻な場所が多いようで、街から峠に行く道も、峠から魔物の森へ行く道も馬は使えないらしい。街と魔物の森を往復する予定の自分には関係ないのだが、峠から分かれ道を右に行って他の街へ続く道へ行く方だけは、そこから道が滑らかになるらしく馬が利用できるようになるらしい。

 

 峠からすぐ近くに勾玉の尻尾に当たる部分があるから。ここで良いんじゃないかとふと思って良く地図を見たら、勾玉の背骨に当たる部分には魔素が湧き出る地脈みたいなものがあって、強い魔物の住処になっているようだ。新米冒険者の俺には全くお呼びでない場所みたいでこのアイデアは捨てた。

 

 ちなみに峠は見晴らしの良い岩場の荒地になっていて、道の分岐がある場所のごく近くに都合よく窪みのある大岩があって男女二人で座って景観を楽しめるようだ。間違いなく意図的に岩を削った魔法使いがいるに違いない。俺も機会があれば是非、宿屋の看板娘のお姉ちゃんを誘ってみたいものだ。

 

 話を戻すと、要するにもう昼も近い時間に街の門を出てのこのこ魔物の森にやってきた俺には、狩りをするのに大した時間が残されていないということだ。

 

 危険を承知で冒険者生活1日目で魔物の森の入り口に近づき、一匹だけでいる所を見つけた『ゴブリン レベル2』をレベル1の隠行で近づいて攻撃力+2の剣を使ってぶった斬ったところまでは順調だった。だが、ゴブリン討伐後に自分を鑑定してみてもレベルは剣士1のまま、その後3匹『ゴブリン レベル2』を斬ってもレベル1.挙句の果てに探して見つけた『ゴブリン レベル3(身体強化スキル持ち)』を怖い思いをしながら数度の打ち合いの末、倒した後でもまだ俺のレベルは1のままだった。

 

 くそー、レベル上げの途中経験値が表示されないのが何もかもいけないんじゃないか!

 

 森に来る前に想定していた展開だと、ゴブリンを一匹倒せばレベル2になってもう数匹倒せばレベル3、一日頑張ればレベル5くらいにはなってヤス(仮称)との差も逆転するだろうと思ってたら、全然想定外の展開だ。この世界の女神様ではない方の女神さまに文句を言いたくなるのも、自分的には妥当な所だと思えてしまう。

 

 テオとしての人生を過ごしている途中で気付いたのだが、この世界レベル差は殆ど絶対だ。同一職業の者同士、例えば剣士二人で片方がレベル5、片方がレベル3だとした場合、同じ条件で両者が対戦すると10回のうち9回以上はレベル5の方が勝ち、もし片方がレベル6なら、100回やって一度もレベル3の人間が勝てないのが普通くらいの差がある印象だった。前世の記憶を取り戻した今になって思えば、レベルが1違うのは標準偏差が1シグマ違うのと同等なのではないかと考えてしまう。

 

 そう思うと、多分この世界のシステムは同レベルや格下と評価される相手を倒しても殆ど経験値が入らない仕組みになっているのだろう。勝つ確率の低い格上の相手を倒さない限りレベルアップは果たせないというのが段々確信めいてきた。

 

 あれ、そう思うとさっきの『ゴブリン レベル3』は鑑定に身体強化のスキルやらそれ以外にも情報が出ていたぞ。つまり俺と同等か格下ってことじゃないか?

 

 しかし、これはまずいことになった気がする。安全を確認しながら黙々と格下の相手を真面目に討伐し続ければレベルアップするというのなら、元日本人で社畜気質の俺向きと言えるんだが、毎回命がけののるかそるかの格上相手の戦いをしないとレベルアップの経験値にならないということになると、雑魚魔物の討伐なんて事実上意味がないということになる。

 

 上位貴族が自分たちの子供に『養殖』をやるとは聞いてたけど、これは確かに自分より上位の手下に魔物を半殺しにさせて止めだけ自分の手でやってレベルアップというのは効率的だわ。面倒なことに幾つもレベル差のある存在を仕留めても、上がるレベルは常に1だけというのがこの世界の仕組みなので、上位貴族は成人の儀式を終えた嫡男を体面を保てるレベルに引き上げるために一人当たり20匹も30匹も魔物を用意して殺させるらしい。上位貴族さん、ぱねぇ。俺もそっちの子供にしておけば良かった気ががんがんしてきたぞ。

 

 いかんいかん、泣き言を垂れ流してる場合じゃない。配られた手札で……どころか、自分で選んだおいた手札に文句を付けるなんて、おこがましいにも程があるというやつだよな。

 

 もう夕暮れ時が近づいているけれど、これからどうしたものか。ヤス(仮称)にロックオンされてる状態では、今日レベルアップしないまま諦めて帰るというのはしたくない。ここは門から徒歩二刻くらいの距離の場所なので、街の門が閉まる夜が更ける前の時間に間に合わせるならもう引き返さないといけない時間だけど、仕方ない、倍プッシュだ。つい先ほど思いついたアイデアを試してみることにして今日は野営して何か狩る。探査スキルがなければ恐ろしくて到底出来ない選択だよな。

 

 何が出るかな、何が出るかな……とやけくそで歌いながら森の手前で挑発的に火を起こして、ゴブリンのついでにやっつけておいたホーンラビットを結構な幅と流れがある川辺で捌いて焼きながら次の獲物を待つ。この辺は田舎暮らしで害獣退治をやっていたテオの経験が活きるよなあ。俺だけだったらこんなに簡単に兎丸ごとの解体処理なんて出来ない所だったぞ。

 

 食事が終わって焚き火を消せば、さあ本気の時間だ。野営跡にさらにナイフで内臓を傷つけた数匹のホーンラビットを放り出し、風魔法で血の匂いを森に送り込む。待つことしばし、探査に反応。団体さんの登場だ。森と逆側に後退しながら森から何が出てくるかを鷹の目で見張る。そういえば鳥目という言葉があるが、鷹とかは夜間でも通常の人間とは比較にならないくらい見えてるから問題はない。

 

 森から姿を現したのは狼を一回り大きくしたような見える印象の魔物五匹だった。鷹の目と共にその中の一匹に鑑定をかける。

 

『グレイウルフ レベル4』

 

 人間と違って魔物は鑑定を受けることに対して鷹揚なようだ。鑑定を掛けたことで俺自身に索敵が点灯することもなく悠々と焚き火跡に近づいてくる。ほっとして残りの四匹にも鑑定を掛けたところ三匹がレベル4で一匹がレベル5だった。このレベル5の奴が群れのリーダーということなのだろう。そして大事なことは鑑定の結果に種族とレベル以外の情報が表示されなかったことだ。要するにこの五匹はどれも世界システム的に俺より上位の存在ということになる。これは大漁すぎて困ってしまう展開だが、とりあえず当初の方針でやるしかない。

 

 息を潜めて見守ること暫し。焚き火跡まで到達して辺りを警戒するかのような様子を見せていたグレイウルフは安全と見なしたのかホーンラビットの肉をかじり始めた。群れの中に優劣があるのかの肉を齧り出したのはレベル5の一匹ともう二匹で残りの二匹は周囲の警戒をしているようだ。よし、仕掛けるぞ。

 

 肉を齧っている三匹は十分密集しているが、そのすぐ付近に俺の風魔法1でくるまれた状態のまま置いてあった魔物除け匂い袋を三匹の鼻先で破裂させると共に周囲を警戒している二匹との中間でも追加の匂い袋を続けて破裂させ追撃をしかける。

 

 効果は絶大だった。鼻先で匂い袋を破裂されられた三匹は狂乱状態で自らの鼻先を草や地面にこすりつけている。残りの二匹の方は悲鳴を上げながら仲間を見捨てて一目散に森へと逃げ去っていく。

 

 とりあえずの脅威が無くなったことを確認した俺は、身体強化をかけた状態で三匹の前に飛び出すと、アイテムボックスから取り出した槍で転げまわっているグレイウルフの腹目掛けて無我夢中で突きを繰り出し続けた。グレイウルフが激しく転げまわるせいでなかなかちゃんとした一撃を与えられなかったが突きを何回か繰り返すうちに確かな手ごたえを感じる回が出たため、目標を変えてまた渾身の突きを繰り返した。

 

 血まみれになった三匹は地面に横たわりながら錯乱を続けていたが段々と動きが小さくなってきた。と思ううちにレベル4の一匹が一声泣いて息絶えたようだ。これはやったか?期待を込めて自分を鑑定だ。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ 剣士 レベル1

スキル 火魔法1 水魔法1 風魔法1 土魔法1 回復魔法1 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術1 槍術2 

 

…』

 

 あれ、なんか違う。剣士レベル1で槍術2。それじゃダメだろ!

 俺は慌ててアイテムボックスから剣を取り出すと、まだ息のある二匹にざくざくと突き刺した。ほっと一息ついた途端もう一つの可能性に気付いて更にざくざくとレベル4の方のグレイウルフに追加の攻撃を入れて先に絶命させた。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ 剣士 レベル2

スキル 火魔法1 水魔法1 風魔法1 土魔法1 回復魔法1 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術2 槍術2 

 

…』

 

 よし、今度は予定通りだ。座り込んで安堵のため息を吐いている間にもう一匹のレベル5の方も絶命寸前だ。神様にお願いしつつこいつにも鑑定。ああ、だめだ。こいつ『統率』のスキル持ち。それがわかるということはこいつは人間換算でレベル2の現在の俺と同等ということだ。これでは、こいつが死んでも俺のレベルアップは起きないな。

 

 最後の一匹が死んだが、予想通り俺のレベルは2のままだった。

 こうして今日の俺の戦いは終わった。最低限の成果は得たことだし街に帰ろう。

 

 まだ夜になって大したことのない時間帯だが、夜にも街に絶え間なく光が溢れる元の世界とは違い一帯は既に闇に包まれようとしている。夜目が利く鷹の目のスキルを持っていなければ地面にある道を確認しながら街に戻るのも一苦労だったろう。

 

 逆に夜空には星から降ってくる淡い光が溢れている。月も明るい。恐ろしいことに表面に浮き出ている模様は見慣れたものだ。そう思って夜空を眺めると、カシオペアと北極星と北斗七星が簡単に確認できてしまった。女神さまが言っていたこの世界ヴィロナスというのは完全に地球と無関係な異世界というよりは、恐らく地球に対する平行世界とか分岐世界に当たるものなのだろう。

 

 森から街の門の前まで移動して盛大に篝火の焚かれている門のすぐ脇の安全地帯で朝の開門を待つことにする。街の衛兵が常駐している場所の至近で突っかかってくる馬鹿もいないに違いない。なにより、後出しで考えてみると自分より格上の五匹相手の戦闘って、運が良くなかったらダメだったんじゃないかという気がしていて自分の取ってしまった行動を深く反省したのだった。

 

 夜明けと共に門が開き、街ではいつもの一日が始まる。

 疲れた脚を引きずって宿屋に辿りついた俺を迎えたのは、朝の開店準備をしている看板娘のお姉ちゃんだった。

 

「昨日帰って来なかったから、いきなり魔物とかにやられちゃったんじゃないかと思ったわよ」

「初めて森の方に行ってみたら閉門時間に帰って来れなかったんです」

「あんた、冒険者向いてないんじゃない?

 まあ良いわ。朝ご飯食べる?」

「はい、ご飯頂いてから寝ます」

 

 俺が年下とわかっているせいか妙に気安いお姉ちゃんなのだった。

 なんにせよ、初めての魔物狩りはちょっと疲れた……

 

 

(06話に続く)

 

 




現地人テオ君なら森に着いた所で初心者狩りの冒険者に襲われて、今話が最終回になっていたことはまず間違いありません。そう考えればテオ君の中身が初々しさのかけらもない社畜サラリーマンになってしまったことも、読者の方に許して頂けるんじゃないか?と思いながらの執筆でした。。

1)レベルアップは人間レベル換算で自分のレベル+1以上の相手を、自分のジョブに対応するスキルを最後の攻撃に使って殺したら発生して、自分のレベルと対応するスキルのレベルが+1される。
2)自分のジョブに対応しないスキルを最後の攻撃に使って、人間レベル換算でそのスキルのレベル+1以上の相手を殺したら、そのスキルのレベルが+1される。
3)鑑定は人間レベル換算で自分のレベルと同じ数字(自分のレベル+1未満)だったら成功する。
と思っておいて頂けましたら大丈夫です。

今回でてきた生き物だと物語に明示的に出てこない(主人公が知れない)設定で以下のような計算になります。

人間レベル:ゴブリンレベル = 1:2.5(ゴブリンレベル3=人間換算レベル1.2なので倒してもレベル2にはなれない)
人間レベル:グレイウルフレベル = 1:2(グレイウルフレベル5=人間換算レベル2.5なので倒してもレベル3にはなれない)

次回、06話は9/16 21:40に予約投稿済です。


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06話  殺戮者への対峙

 初めての魔物狩りを徹夜で終えて戻った宿で爆睡した俺が目覚めたのは、もう太陽が傾きかける頃合いだった。完璧に寝過ごしてしまっている。慌てて用意して宿屋のお姉ちゃんにまた今日も戻らないかもと言伝を残し、既に街に戻る人の流れの方が多くなって来ている門を目指す。

 

 今日のうちにもう一段階レベル上げをしておけば、身体強化と攻撃力+2の装備があるから一安心と思って、魔物狩りに出かけようとした俺は焦りすぎていたのだろう。索敵は使用していたものの鷹の目を使用していなかったのを即座に悔やむことになった。もう門を通らないで引き返すには遅すぎるタイミングで索敵のアラートが浮かび、門の脇で俺が街を出ようとするのを待ち構えているヤス(仮称)の姿を眼前に捉えたのだった。

 

 一瞬、大げさに忘れ物をしたとでも言って引き返そうかと思ったが、流石にそれはないだろうと思い直し、わざと気付かない振りをしながら門番に挨拶して街を出て森に向かうことにした。

 

 前回の冒険者ギルドでの遭遇の時と異なり、今度は害意を持つ存在を示す輝点が俺が門を出て森の方に向かう間もつかず離れず着いてきている。通り過ぎた瞬間に確認したがヤスは冒険者装備ではあるものの長剣は履いていなかった。更に上は防具で固めていたが下は皮のズボンとかだった気がする。多分、ヤスは剣士ではなく盗賊か何かのジョブなのだろう。だとすると陽が完全に落ちてからの戦いは鷹の目があるからと言って俺に有利とは必ずしも限らないな。

 

 俺は割り切ると隠れる場所がない大き目の石がごろごろ転がる峠の荒地まで進んでから止まり、そこで振り向いて仁王立ちした。

 ヤスが自分の実力に自信があるなら、陽が沈むのを待たずにこの場所に出てきて俺と対峙することだろう。さて、どうする。

 

 結局、ヤスは全く立ち止まることなく近づいて来て俺の前に立った。

 

「初心者狩りなんて下種なことをやってくれるじゃないか」

「口と見かけだけは立派でも中身が伴わないレベル1の小僧に何を言われても感じんな。すぐさま内臓をぶちまけて死ぬが良い」

 

 あっという間に決闘の始まりだ。

 

 ヤスは短剣を取り出すと俺に向かって突っ込んでくる。俺は正面から長剣をヤスに向かって振りおろす。レベルの差が一つで攻撃力+2と身体強化がある俺の勝ちだ。

 

 次の瞬間、ガキンという音がして俺の長剣とヤスの短剣が絡み合う。

 げっ、ヤスのやつ元々のレベル3以外に+2補正分の何かを使ってやがる。

 

 驚いたのはヤスの方も同じのようだ。驚愕した顔で飛びのくと短剣を構えて間合いを測り出した。切り替えも早い、だが距離をとったのは悪手だったな。

 

 俺が長剣を左手に持ち振りかぶるとヤスの注意がそちらに向く。

 次の瞬間、俺はアイテムボックスから取り出した槍を利き手の右手で持ちヤスの左腿に突き刺していた。

 

 固まった体勢のまま、信じられないという表情で自分の腿に突き刺さっている槍を凝視するヤスに構うことなく、剣を手放し槍を引き抜いた俺は渾身の力で短剣を持つヤスの右手を両手で持った槍で叩き付けた。短剣が手放されヤスの右腕が変な方向に折れ曲がるのを確認しながら今度は槍を水平に振りヤスの頭部を横殴りにすると、ヤスは力なく崩れ落ちた。槍を置いて剣を持ち直して近づくと、ヤスは口を半開きにして何かを言おうとしているようだったが、構うことはないとそのまま剣で喉を突き刺して終わりにした。

 

 実際に戦っていた時間はごく僅かだったが、なんだかとても疲れた気がする。

 元の俺とテオの生きてきた時間を通して人生初のヤってしまいました案件だけど、ヤスの死体を眺めていても特に何も感慨はわいてこない。村に野盗崩れが流れてきたときにアラン父さんが人を集めて狩り立てて、最後はこんな姿で村はずれで息絶えたのを見てた経験が活きてるのかもしれない。

 

 さて、これどうするんだ。

 

 荒地の隅までヤスの死体を手早く引き摺って運んだ後に悩んだ結果、人生初の土魔法の出番となった。結論として空元気の鼻歌を数回繰り返すくらいの時間で証拠隠滅は外見上ほぼ完璧に実行され、土魔法って便利だなという認識を得るに至ったのだった。埋める前に戦利品として短剣と現金を洗浄魔法をかけてからアイテムボックスに入れておいたのは言うまでもない。

 

 さて、何も後腐れなく心配ごとを片付けることができて、待望の鑑定の結果レベルも(当然剣術も)3に上がったことが確認できた。まだ太陽は沈んでいないけど見事に今日の用事は済んでしまった。

 

 ここで街に引き返して門番さんたちに不審がられるのも何なので、まあ予定通りやるとしよう。昨日グレイウルフ狩りをしたのとは少し離れていて、且つ森からの距離は似たような場所で再度のグレイウルフ狩りに挑戦してみる。本来ならばレベル6のグレイウルフを見つけて倒せばレベル3になるという予定だったのだけど、今日はもうヤスを倒してしまったので暢気なものだ。

 

 結局、昨日とほぼ似たような感じでレベル4のグレイハウンド五匹がやってきたので纏めて相手をすることにした。今日はリーダーがいないグループだったのか一匹残らず撒き餌に食いついてきたので残らず匂い袋の餌食にすることができた。半死半生状態のグレイウルフを四系統それぞれの魔法で止めをさすことで総てをレベル2にすることが出来たのは一日の成果としては十分だったと言えるだろう。

 

 まあ、死に掛けのグレイウルフを水球で包んで溺死させようとしたらレベルが上がらず死因が水魔法にならなかったらしいということが分かって、考え直した結果五匹目を水魔法で作った氷塊で止めを刺すことになったのは自分の未熟さを痛感する出来事だった。

 

 異世界で効率志向の主人公を目指す俺の戦いはこれからだ。

 

 なんやなんやでアリバイ作りのための深夜作業も無事終わって、朝陽と共に開門された扉をくぐって街に入り宿屋を目指す。

 

 心配事も無くなったことだし、今日こそはぐっすり寝るぞ。

 

 

(07話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル3

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法2 土魔法2 回復魔法1 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術3 槍術2 

 

 

 




>>信じられないという表情で自分の腿に突き刺さっている槍を凝視するヤス
03話で出てきた屋台の果物売りのおばちゃん『商人 レベル4』を主人公と戦う前に殺ってレベルアップしておかなかったことがヤスの敗因に間違いありません(大嘘)

というわけで、疑問に思う読者の方もいそうですので、一般に戦闘職の人間が非戦闘職の自分より高レベルの人間を殺しても職業域に全く重なりがないという理由でレベルアップしない世界観になっていると了解しておいて頂けましたら幸いです。

次回、07話は9/18 21:10に予約投稿済です。


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07話  不死者への階段

 心配ごとが無くなったせいか、ぐっすり眠って起きたら今日はもう太陽が沈んで街の閉門時間は過ぎてしまっていた。

 

 格好良くとは行かなかったが、とりあえず俺はヤス(仮称)とのタワバの街冒険者ギルド最弱決定戦を勝ち抜いて、無事、平穏な生活を取り戻すことが出来たのだった。

 

 本来の予定だったら冒険者ギルドから帰ってきてこれが初期状態だったはずなのに、俺何を回り道しているのだろう。しかし考えてみれば、俺は既にレベル3。ヤスにロックオンされていなければ、森にも行かず宿でごろごろして過ごして、未だに一度も魔物討伐をせずにレベル1のままだった可能性も結構高いと思えば、この二日間の経験は『禍転じて福となす』というやつではないだろうか。

 

 目が冴えてしまったし、さて何をしよう。

 

 異世界は物騒だからという理由で自分自身を治せる回復魔法を取ったのだから、魔物討伐とかで大きな怪我をして慌てふためく前にレベルを上げておきたいところだよな。これが他人を治せる治癒魔法と一緒になってたら、怪我してる他人を治して回れば良いんだろうけど、回復魔法の対象は自分だけだから自分で怪我して自分で治すというとても嫌なマッチポンプをしないといけなそうだぞ。さて、どうしよう。

 

 ます今の回復魔法はレベル1だから、この瞬間大怪我してしまうと直らない可能性が高い。魔物狩りの経験を思うと回復魔法ですぐ治るような楽すぎる回復処置を何回続けても大して経験値が入らない可能性が高い。だとするとギリギリ回復魔法1で治るレベルの怪我をして治すという絶妙な程よさの怪我をしないといけないということだ。

 

 自分で自分の身体を傷つけるなんて、アラン父さん、ハンナ母さんごめんなさいという感じで気が進まないけどやりますか。

 

 アイテムボックスから果物を剥く時に使うような小さ目のナイフを取り出す。なかなか小綺麗な装飾つきで柄の中央部に家紋が入っている。

 

 建国時の大貴族だったのがある時担ぐ王位継承者を間違えて没落して、数世代辛酸を舐めた後に、中興の祖が現れてまた有力貴族に返り咲いた貴族家の紋章だ。そのせいで上は上級貴族から下は殆ど農民と変わらない下級騎士階級まで、この紋章を使っている家が国中にやたらと存在する事態になっている。貴族の累系がいるふりをする身分証代わりに使えそうということで、女神さまに頼んで入れておいて貰った一品だ。

 

 この有り難味のありそうなナイフに洗浄魔法をかけ、もう一つついでに火魔法で炙って殺菌する。怪我の場所はまあ左手でいくか。おっと、レベル1の回復魔法で回復しきらなかった時のためにアイテムボックスから薬用ポーションを出して用意しておかないとな。

 

 まずはお試しで左手の中指の先にナイフをそっと押し当てて血を滲ませる。さあいくぞ。気は心ということで「ヒール」と叫ぼうかと思ったけど、この世界で今まで出てきた魔法はみんな無詠唱で呪文も魔法陣も必要なかったので、回復魔法も自分を癒す行為を発動する意志を心で示すだけにした。

 

 おお、なんか治った気がする。

 

 ナイフを当てた後に感じていたわずかな痛みが去り、指先に洗浄魔法をかけると血汚れが取れてぴかぴかの指先が現れた。うん、なんか回復魔法素敵だぞ。どんどん鍛えてどんな怪我でも一発で治るように早くなりたい気分が盛り上がってきた。

 

 次はさっきよりもう少し力を込めて指先を切る。うわ今度は結構痛いし血の量も多いぞ。回復だ回復。これも時間がかからず治った感じだぞ。

 

 それならということで、その後左手の手の平を場所と強さを替えながら都合4回傷つけて自分で治してみた結果、最後の4回目だけ完全回復に少し時間がかかったものの自分を鑑定した結果、回復魔法はレベル1のままだった。

 

 これは今日の成果として回復魔法がレベル2に上がらなかったことを悲しむべきか、それとも現状のレベル1でも深くない刃物傷なら治せるということが確認できたことを喜ぶべきか、微妙だなあ……

 

 とりあえず結構痛かったので今日の回復魔法の実験はもうおしまい。

 

 

 

 

 ……じゃないだろ、異世界サバンナ舐めてんのか、俺!

 

 今の俺のレベル3だったら、明日この宿を出た途端にその辺の街のチンピラ兄ちゃんに路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剥がされて、刃物で刺されたり殴られてぼこぼこにされても全然おかしくないんだぞ。のんびりしてる場合じゃねぇ。

 

 俺はさっきのナイフを取り出すと今度は気合いを入れて左腕に突き刺してみる。

 

 現状を悲観しての自傷行為ではありません。

 勿論、回復魔法の練習の続きです。

 

 痛い! 回復! 鑑定! 変化なし!

 

 よし、知見は増えた。ならもう一回今度は同じ強さで刺した後に引いて傷口二倍だ!

 

 痛い!痛い! 回復! 鑑定! 変化なし

 

 よ、よし、わかった。今回は更に倍。同じ強さで刺して傷口は刃渡り4個分だ!

 心、折れそう……

 

 痛い!痛い!痛い!痛い! 回復!おっ、時間がかかるぞ それでも変化なし!

 

 仕方ない。今度は同じ強さで刺して傷口は刃渡り8個分!もう殆ど肘から下の左手の長さの大半を引き裂いてるぞ。大丈夫か、俺!

 

 痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い! 回復!

 

 今回は全領域いっぺんにじゃなくて肘の付け根の方からじりじり傷が治っていく感じ。痛みのある箇所が段々少なくなってくるぞ。おお、観察している間に怪我した部分の先まで届いて傷口と痛みが無くなった。結構時間がかかった感じで、怪我が無くなるまでの間にタオル代わりにひいておいた上の下着に大分血が滲んでるぞ。

 

 とりあえず洗浄魔法をかけたら傷は綺麗に治っているようで一安心。左腕を動かしたり 指を動かしてみても何の違和感もない。

 

 さあ、今度こそどうだ。鑑定!

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル3

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法2 土魔法2 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術3 槍術2 

 

HP 21 MP 4071 STR 9 INT 5 VIT ……』

 

 よし、やったぜ。人間努力してみるもんだ。

 

 無事、回復魔法のレベルが2になっている。

 ちなみにいつもあんまり気にしてない身体状況(ステータス)を見てみると、せっせと回復魔法を使ってた割には二桁目の数字が少し下がってるだけで、ほどんど魔力は使ってない感じだな。初級の回復魔法を使っただけで魔力をごそっと持っていかれたら、そっちの方が変か?うん、そんな気もしてきた。

 

 しかし、今日の実験結果から思うと回復魔法を今度レベル3にしようと思うと、どれだけの深さの怪我しないといけないんだ。結構きてる気がするぞ。というか用意しておいた中級ポーションで治る怪我の範囲で収まるのか?上級ポーションなんて買う金ないぞ。

 

 うーん、どりあえずサバンナはわかってるけど、今回というかとりあえず当分は回復魔法がレベル2になったって事で我慢しておくしかなさそうだよな。

 

 まあ、頑張った分の成果は出たし良しとしよう。

 

 

 

 あれ、なんか忘れてるような気がするぞ。

 

 ああ、今日はまだ飯を食っていなかった。せっかく朝夕の飯込みの宿に泊まってるのに、自分から忘れてしまってどうするんだ。起きてからの時間の経過を考えると、そろそろ宿の夜の飲み屋風食事の提供も終わってしまいそうな時間だぞ。

 

 俺は慌てて部屋から出て階段を下りると、看板娘のお姉ちゃんを呼び止める。

 

「すいません、まだ夕ご飯ってお願いできますか?」

「あ、出てきたわね。もう少し遅かったら今日は終わりにしちゃうとこだったわよ」

 

 めっ、という感じで窘められたものの無事、今日の夕飯にはありつくことができそうだ。

 

 カウンター席で少し待つとちゃんとお酒のつまみではなくて定食風の料理が運ばれてきた。素晴らしいぞ。なんかいつもより味も美味しい気がする。あっという間に食べ終えてしまった。

 

「今日の味付けは気に入ったみたいね」

「えっ……?」

 

 皿を片付けに来たお姉ちゃんに話しかけられた内容に戸惑ってしまった。

 

「わかるわよ。うちのご飯食べる度に首を捻ってるのなんて、客の中であんたぐらいのもんよ」

「もしかして、気付いてました?」

「そりゃ、お客がどんな顔してご飯食べてるかはいつも気にしてるからね」

 

 腰に両手をあててお姉ちゃんが言う。

 

「昨日みたいに、夕ご飯一回抜きになっても全然気にしないし、逆に食い物へのこだわり妙にありそうだし、もしかして……」

 

 げげっ、これは「もしかして、あんた『流れ人』でしょ?」とか指摘されて転生者身バレの大ピンチ展開なのか?

 

「あんた、結構良いとこの坊ちゃんでしょ?」

 

 セーフ!そりゃ、食い物の味付けへのこだわり一つで異世界人扱いされるわきゃないよな、普通に考えて。

 

「冒険者で銀貨一枚稼がないうちから全身装備つけてるし、お金にも無頓着なようだし、起きて寝るまでの生活無茶苦茶だし、あんたどこからどうみても金持ちの家の放蕩息子そのものよ。言葉使いが変に良いのが極めつけだわ」

 

 転生者身バレはなかったけど、お姉ちゃんに金持ちの道楽息子認定されてしまったぞ。

 

 確かに行商人のダンテさんが宿屋のおっちゃんに俺を紹介するときも、「いつも商売でお世話になっている方の息子さんが冒険者になりたいとのことで……」としか言ってないもんな。流石、ダンテさん。商売人は自分から余分な情報は一切出さないところが素敵です。

 

「えっと……」

「まあ、うちは毎日ちゃんと宿代を払ってもらって問題なしなら、誰でも大歓迎なんだけどね」

 

 頬をぽりぽり掻いてどう答えようかな……と思っていると、お姉さんの方が追撃してきた。

 

「というわけで、あんた金持ちそうだしご飯の味付けにもこだわってそうだし、明日からは上客向けの食事にするから」

 

 おお、これは素晴らしいかもしれない。

 

「はい、是非それでお願いします」

「一日に付き銀貨二枚分、余計にかかるけど良いよね?」

 

 明日からは毎回の食事にも期待できそうだ。

 お姉さんの言葉に首を縦にぶんぶん振って同意を示す俺だった。

 

 俺の異世界生活も着々と充実し始めてるぞ。

 

 

(08話に続く)

 

 




お馬鹿な内容の今話でしたが、個人的には難産でした。

異世界サバンナを生き抜かねばなどと言いつつ、食事の味付け一つに文句の出る、覚悟が全然決まっていない主人公です。

次回、08話は9/20 20:40に予約投稿済です。


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08話  裏組織への危惧

「今日はこの辺りでやってみるか」

 

 ヤス(仮称)とのタワバの街冒険者ギルド最弱決定戦を生き抜いた俺だったが、結局、その後一度も冒険者ギルドを訪れていない。ヤスのことが話題になっていて万が一何か知らないか聞かれて挙動不審になってしまってもいけないので、ほとぼりが冷めるまで近付かないことにしたからだ。

 

 まだ冒険者として銀貨一枚も正式には稼げていないが、ヤスから頂戴した決闘代金はちょっとしたものだったので自分的には気にしないことにした。ここ数日は宿屋と魔物の森を往復する平穏な日々を過ごしている。成果も今一歩というところだが、別に怠けていたわけではない。

 

 グレイウルフ相手の狩りを続けていたら、一応三匹レベル6の奴がやって来たので、槍術と魔法で攻撃距離の長い方から選んで風魔法と土魔法をレベル3にはしておいてある。そこで近場の群れが打ち止めになったのか、昨日はとうどう夜通し待ってもグレイウルフが掛からない空振り日になってしまったのだ。

 

 そのため今日は最初にグレイウルフを倒した場所にあった川を橋のある下流側から超えて進み、より森の中心に近い外縁部に餌場を移して罠をかけることにしたのだった。

 

 街を出て少しの所にある分かれ道を左に折れるとすぐに橋だ。街の外だというのにローマ時代の水道橋の土台部分を思わせるような重厚な作りの橋が、結構な幅と流れのある川を跨いで架けられている。不思議に思って地図を見直すと、この橋を超えて真っ直ぐ北に向かうと魔物の森と隣接するような感じで鉱山があるようだ。この立派さは鉱山からの物資の搬入搬出に使われるのが主目的らしい。

 

 橋を渡って鉱山に向かう道と分かれて川沿いを行き、またひたすら歩くと森の外縁部に到達する。いつものように準備を終えて待つことしばし。川を跨いで森の中心部に近づいたおかげか、今日はめでたく探査魔法に対象が現れた。数は四個。

 

 グレイウルフは五匹の群れが多いのにと思いながら森の出口を鷹の目で眺めていると、今日のお客さんが現れた。いつものグレイウルフと似てるけどなんだか違う。鑑定にかけてみると『ブラックウルフ レベル6』という結果だけが帰って来た。なんだかどれも一回りグレイウルフより大きくて強そうだし、久々に格上相手の登場だ。その上一匹は更に上位のレベル7だ。今日は、うまく行くのかなあ……

 

 と、悩んでいた時もありました。

 

 存在の格が少し上がっていても所詮同類ということか、少したった今その四匹は俺の匂い袋攻撃を受けて目の前で泣き喚きながら、一生懸命、地面に鼻をこすり付けております。

 

 後はいつもの手順ということで、両手に持った槍に力を込めて無防備な腹側から即死しない程度の深い傷を負わせていく。ここまでくれば、もう自身への心配はないということで、後はお楽しみのレベルアップチャレンジの時間だ。俺は剣を手に取るとまずレベル6のブラックウルフに突き刺して絶命を待って自分を鑑定する。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ 剣士 レベル4

スキル 火魔法2 水魔法2 風魔法3 土魔法3 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術4 槍術3 

 

…』

 

 さあ、ここが問題だ。まだ息のあるレベル7のブラックウルフを再鑑定する。

 やったぜ、レベルアップした俺が鑑定しても『ブラックウルフ レベル7』という情報しか表示されない。つまり、こいつを剣で刺殺すれば念願の連続レベルアップの達成だ。

 喜び勇んでレベル7のブラックウルフに剣を突き刺し絶命させてから自分を再鑑定する

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル5

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法3 土魔法3 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術5 槍術3 

 

…』

 

 一晩で二段階もレベルアップなんて今日はとても良い日だなあ。一通り心で喜んだ後、残りの二匹で槍術を4、迷った結果として風魔法を4に上げて今日の狩りは終了したのだった。

 

 

 元の世界では好事魔多しという言葉がある。

 調子に乗っていると予想外の出来事で痛い目に会うという例えだ。

 

 初心者狩りのおっさんヤス(仮称)を返り討ちにして連続レベルアップを果たした俺は、やっぱり少し浮かれていたのかもしれない。

 

 いつものごとく朝一番で宿に戻って爆睡して目覚めた夕方。森に向かおうと門を出ようとしていた俺は、ヤスのときと同じく俺を認識した途端に索敵モードを点灯させる相手に出会ってしまった。しかも今度は二人組だ。

 

 一体どうしたんだ、と思いながらも何も気付かない平静な振りを装い俺に害意を持つ二人組の横を通り過ぎ門を出る。

 

『リカルド 人族 19歳

ジョブ:遊び人 レベル5

スキル:

…』

 

『ヨナ 人族 17歳

ジョブ:遊び人 レベル4

スキル:

…』

 

 間違いなく俺にとっては初見に違いない二人組の、索敵警告対象の鑑定結果が表示される。

 俺より格下なのは不幸中の幸いだが、そもそも遊び人が俺になんで殺意を抱かないといけないんだ?

 

 とりあえず様子を見ることにして、街を出た後に尾行されていることを確認しながら、ヤスを返り討ちとしたときと同じ峠の広けた荒地に誘導する。

 

「一体、どうして俺がお前らに狙われないといけないんだ?」

 

 目の前に対峙する近さになるまで待って、二人組のうちリカルドと表示されていたレベル5の男の方に問いかける。

 

「新米冒険者のテオだな。お前、ダグのおっさん殺っただろ?」

「俺は確かにテオだが、誰だそのダグって奴は?知らないな」

「白ばっくれるなよ。いつも冒険者ギルドにいる目つきの悪い小汚いおっさんだ」

 

 分かりきっているという顔でリカルドという男は続ける。

 

「あのおっさんに新人冒険者狩らせて毎月上納金を納めさせてたんだが、今度テオってやつを殺るって連絡があってから、ダグのおっさんがいなくなっちまったんだよ。

 どうみてもお前が殺ったに決まってるじゃないか」

 

 衝撃の事実が発覚だ。仮称ヤス改めダグおっさんは、個人の趣味?としてではなく、どこかの組織から命令された仕事として冒険者を狩っていたらしい。ん、上納金ってことは外注あるいは下請けなのか?しかし冒険者狩りを仕事になんて、そんなこと本当にあるのか?

 

「新人冒険者を狩らせて上納金だと?衛兵に言えば、お前一発で縛り首だろ」

「俺の話だけで確たる証拠もなしに、新人冒険者のお前が衛兵に言ったところで何が起きるっていうんだ。

 俺らの組織『闇の牙』はこのタワバの街で一番大きなシマを持ってて繋がりも多い。

 誰も真面目に取り上げやしねえよ」

 

 自分が大きな裏組織、遊び人だから半グレ集団か?に所属していることを自慢げに喋るリカルド。

 なんだか、面倒くさそうな話になってきたぞ

 

「お前が殺っちまったせいで、ダグのおっさんがやってた新人冒険者狩りを、俺らがやらされるはめになっちまったじゃねえか。

 糞面倒な仕事を押し付けられていらいらしてんだよ。原因になったお前にはここでちゃっちゃと死んでもらうからな」

 

 腰に下げている剣を抜くリカルド。あんまり様になっているとは言い難いのはジョブが遊び人なせいか?

 

 

「なあ、ここで銀貨を何枚か渡すから俺を見失ったことにして、このまま引き返すというのはどうだ? 

 話を聞く分にはお前も別に是非とも俺を殺したいというわけではないんだろ?」

 

 元社会人としては金で解決可能なら要らぬトラブルは避けたいところなんだがな……

 

「いや、初めての仕事だからきっちりお前を殺して来いと言われてるんでな。

 それに、お前を殺せばお前の金も全部俺のものになるのに、どうして今数枚の銀貨で我慢しなくちゃいけないんだよ」

 

 ダメだ。殺人への忌避感とかがないかと期待してみたけど、異世界半グレの兄ちゃんにそんなもの期待するだけ無駄だったな。

 

「お前はどうだ。兄貴分のこいつよりも更にお前はこの仕事に意欲なさそうだよな」

 

 ヨナという名前が表示されている、レベル4の小柄な男にも声を掛けてみる。こいつはどうみても兄貴分のお供でついてきただけで仕事のヤル気はゼロにしか見えないしな。

 

「俺はどこまでもリカルド兄貴に着いていく。だから、お前をここで殺す」

 

 ありゃ、俺の言葉でさっきまで点いたり消えたりしていたヨナの索敵モードの反応がちゃんとした輝点になった。覚悟完了ということだな。

 

「そうか。なら話は決裂ということで良いな」

 

 半グレ野郎への説得工作は失敗した。仕方ない、俺も覚悟を決めよう。

 

 おりしも横殴りの風が突然周囲に吹き荒れた。舞い上がった砂塵が俺たちを包み、衣服をはためかせる。後方では枯れた草の塊が風にあおられ回転しながら視界の隅を横切っていく。

 峠みたいな場所では珍しくもないことなんだろうが、気分はもう完全に『荒野の決闘』だ。

 

 

 俺は無造作に剣をかついでリカルドに向かった。

 

「新米冒険者風情が舐めやがって!」

 

 リカルドが俺に向かい剣を振り下ろす。身体強化のスキルがあり攻撃力+2の俺の剣はいとも簡単にリカルドの剣を弾いた。仰け反ったリカルドの右腕を次の動作で問題なく切断すると、リカルドの顔が苦痛に歪むのを確認する間もなく風魔法4を直撃させリカルドの頚動脈を切り裂いた。血を噴出しながら倒れるリカルド。当然のように致命傷だ。

 

 ヨナの方に動きがないのは気配で分かっていたが、視界に入れると現状が信じられないようで目を見開きながら棒立ちになりガタガタと震えている。と思うと、ギクシャクとした動きで俺に背中を向けて逃げようとし始めた。

 

 悪いな。これもお前の選択した結果だから、大好きなリカルド兄貴と一緒にあの世に逝け。

 

 腕を一振りしてリカルドを殺してレベル5になっているはずの風魔法でヨナを攻撃する。

 レベル5の俺が放つレベル5風魔法を特殊な技能や装備を持たないレベル4のヨナが避けられるはずもなく背中に致死級の傷が刻まれる。倒れこんだヨナの命が尽きない前に土魔法で首から土槍を生やして命を刈り取った。

 

 誰も付近にいないことは探査魔法で確認済みだがまずは片付けが必要だ。レベル4に上がった土魔法を使うと、仮称ヤス改めダグおっさんを廃棄したときとは雲泥の楽さで現場の証拠隠滅が完了した。今回も勿論、二人の剣と財布は回収済だ。遊び人が剣を振り回しているだけあって防具は俺のより安そうで、わざわざ剥ぎ取って収納するほどの価値は無さそうだったのでそのまま一緒に土の中だ。

 

 さて、とりあえず返り討ちにしたけど、はっきり言ってこの状況はかなりまずい気がする。

 

 Q:ボク、なんかやっちゃいました?

 

 A:はい、タワバの街最大の半グレ集団の構成員を二人殺っちゃいました。

 

 レベル5やレベル4ということは間違いなく最底辺だろうが、それでもタワバの街の最大半グレ集団の正規メンバーだ。俺の名前をご指名で上からの指示でやって来ているということは、この二人が戻らなければ間違いなく俺にヤられたと見なされ、次にはもう少し格上の刺客が送られてくるに違いない。

 

 リカルドの兄貴とか呼ばれてた奴がもう少し柔軟な頭をしていて買収可能だったら良かったんだが、こうなってはもう簡単に収拾がつかないぞ。初心者用冒険者の街で新人登録しただけの俺がどうして半グレ集団との全面抗争におびえないといけないんだよ!

 

 あー、今考えてみれば俺とリカルドが同じレベル5で俺が身体強化を使えるってことは二人の話を聞いた後にやり合わなくても、状況がわかったんだから方針転換して二人の目の前から、そのまま走って逃げ出せば間違いなく逃げ切れたんじゃないか。

 

 なに「話は決裂ということで良いな」とか格好つけて戦ってるんだよ。

 

 俺のアホ! 考えなし!

 馬鹿なの? 死ぬの?

 

 俺の馬鹿さ加減をあざ笑うかのように、なんかこの世界に転生して初めての雨まで降ってくるし気分はもうどん底だぞ。

 

 

(09話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル5

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法5 土魔法4 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法1 強化魔法1 剣術5 槍術4 

 

 

 




モヒカン男やチンピラ兄ちゃんが溢れているタワバなんて名前の街で、どうして主人公がのんびり新米冒険者として生活できるなどと思ったのか?(それは無理というものです)

今回出てきたブラックウルフの設定による計算は以下のようになります。
人間レベル:グレイウルフレベル = 1:1.333…(グレイウルフレベル6=人間換算レベル4.5なので倒せばレベル4になる)(グレイウルフレベル7=人間換算レベル5.25なので倒せばレベル5になる)

次回、09話は9/22 20:10に予約投稿済です。



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09話  魔物域への侵入

 街の中には半グレ集団のメンバーがうろちょろしてると思うと、このまま普通に街に戻るのはどうみても危なすぎる。初日の鑑定結果から見てもチンピラ兄ちゃんの大半が現在の俺のレベルを超えているわけで、そんな中にのこのこと乗り込んで行くのは自殺行為だ。

 

 というわけで今日は徹夜、ではなくて雨だけど野宿に挑戦ということにしよう。

 チンピラ兄ちゃんとの抗争を考えると、また頑張ってレベルを上げないといけないので拠点はブラックウルフを倒した川向こうにした方が良いだろう。

 

 決断した俺は街から出て少しのところにある川を渡る橋を使うために、街の方へと引き返すことにした。しかし、これでもまだ俺の考えは甘かったらしい。街に戻らないで街の外にある橋を渡るだけなら問題ないだろうと思っていたところ、橋へと向かう分かれ道の所で休憩していた男が、俺を認識した途端に索敵警告を点灯させたのだった。

 

『人族 レベル6』

 

 この男、さっきの兄ちゃん達の成果確認係かよ……

 

 仕掛けてくるかと思ったが、そいつは俺が橋を渡って離れて行くのをそのまま黙って見送るだけだった。行く先を尾行されるかと思って出来る限り早足で移動しつつ警戒したが、それはなかった。

 

 もう陽が暮れる時間が近いので、俺が生きていることが確認されても、今から俺を殺しに多数の人間が街から出てくるとは考え難い。

 今日のところは一安心だが、これはそのうち一人なら少し高いレベル、そうでないならその辺の低レベルな兄ちゃんたちが複数人で送り込まれて来そうな気がするな。

 

 その辺は仕方がないと割り切って今日の野営の準備をすることにする。

 その名もずばり「かまくら作戦」

 

 いつもの調子で過ごそうとすると、一晩中雨に打たれて多分寝るどころではなくなりそうだ。それなら、土魔法で自分が寝起きと食事できるだけの大きさがあるかまくらを作って、寝るときは空気の通り穴を除いて完全に口を塞いでしまえばよいという考えだったりする。

 魔物が出てくるいつも狩場である森からは程よく離れた粘土質の開けた荒地の高い所にかまくら建設だ。雨の中だけど頑張れ俺の土魔法4。

 

 土魔法4でかまくらは中々難しかったよ……

 

 転生前に読んでた異世界ものだと主人公が手をかざすと土魔法であっと言う間に強固な壁が立ち上がるけど、自分で実際にやってみると色々とうまくいかない。

 大き目の落とし穴かと思えるような土堀り跡の横に、俺一人が這って入って横になれる大きさのかまくらが出来上がった時にはもう夜もどっぷり暮れていたのだった。

 

 熊レベルの魔物がぶつかってくれば間違いなく破壊されそうだけど、時間をかけて固めた分、レベル10くらいの剣士がいくらぶったたいても欠けない程度の硬さはある雰囲気なのでよしとしよう。横になって寝心地を確認しても今日の天気でも水分が染み出してくる恐れなど全くない優良品質だ。朝になって太陽が出てきたら光が入るように空気穴の位置も調整済だ。そういえば雨って止むのかな。

 

 最悪の場合を想定すると朝の開門と同時に半グレ集団の刺客がこちらに向かって動き出してくる可能性があり、ヤス改めダグおっさんをやってから二人組がやってきた間隔を思えば数日の猶予がある可能性もある。相手が一人なのか?複数なのか?レベルがどうなのか?という情報がない限り、無理をして徹夜で今日のうちに何かを仕込んでおくというのも難しい。明日も雨かも知れないけれど、とりあえず食って寝て夜が明けてから万全の体調で何かをする方が良いだろう。

 

 一仕事終えた俺は、想定に沿って安全が保証されている今日の夜を満喫するため、ゆっくり夕食を取りその後かまくらに潜り込んで入り口を塞いで十分な睡眠を取ったのだった。

 

 

 

 

 夜の間に魔物が出て恐ろしい思いをすることもなく、かまくらに差し込んでくる陽の光で俺は目覚めた。夜も結構降っていたはずなのに今日はなんだか快晴だ。十分眠ったおかげで体調は良いし頭もはっきりしている。ついでに今からすることの目星もついた。

 

 今日は森に入ってみよう。

 

 半グレ集団の構成員は原則みんな俺より高レベルだと思って良い。

 身体強化と武器の補正を使ってもレベル10を超える敵がいた場合、正面からやりあえばまず間違いなくこちらに勝ち目はないだろう。

 

 だが俺には奴らにはない強みがある。「遠見」「探査」「隠行」などの稀少スキルを持っている者がいるとは考えなくて良いはずだ。それらの稀少スキルを有効に使用できるフィールドに奴らをおびき寄せれば勝機が出てくる。あるいは俺が森に逃げ込んで奴らがついて来ないとすれば、それも俺の逃げ切り勝ちということだ。

 

 とにかく森に入ってみて入り口付近に近い浅い所である程度の時間過ごせるかどうかの確認をしたいと思う。

 

 出発しようとして後ろを振り返ると俺の昨日の力作のかまくらが朝陽に輝いている。

 うん、これはダメだな。どこのオーパーツだよ。俺はかまくらの横にある穴をざざっと土魔法で拡張してかまくらを埋めて上から軽めに土を掛け直す。かまくらは中に空間があるとはいえ、がんがん圧縮して体積は少なくなってるからぱっと見で証拠隠滅完了だ。今日の夜に使いたければ、土魔法で掘り返せば良いだろう。よし、今度こそ出発だ。

 

 一昨日の夜、ブラックウルフを狩るためにホーンラビットを置いた餌場を超えて森の入り口へと進む。森の入り口の真横には樹木を払うことで人為的に作られたと思われる、庶民の住宅の敷地程度の小さな広場が存在していた。数人の冒険者グループが森に入る前、或いは森から出てきてすぐに小休止できるように作られた場所なのだろう。雑草などが蔓延っていないことを思うと、現在でも現役で使用されているに違いない。

 

 かまくらから出てきて大した距離を移動したわけでもない俺には休止は必要ないということで、広場を横目にそのまま森へと突入する。森は樹木に覆われているため、森に入った途端にあっという間に光が遮られ薄暗い雰囲気に包まれるが、森に入る前と同様に森の中にも一応道は続いているようだ。ブラックウルフの群れが今入って来た森の入り口から出てきたことを思うとこの道は人間だけではなく、獣や魔物も普通に利用しているようだ

 

 

 元々の道が川沿いになっていたため森に入っても右手からは川のせせらぎのの音が聞こえてくる。川が森を越えて流れていることを思うと、このままどんどん進めば魔物の森を横断して森の向こう側に出るのだろうかと一瞬考えたが、それまでにどれほどのレベルの魔物とどれほどの数遭遇するのだろうかと想像を巡らせた途端に自分には到底無理だと思いなおした。

 

 というのも森に初めて入るということで、森が範囲内に入る頃から一定以上の大きさの生物を指定して探査魔法を使用しているが、森の領域内には予想外なほど数多くの輝点が表示されている。

 

 鷹の目を使って輝点の場所らしきものを確認すると魔物類ではなく普通の獣が大半のようだが、ちらほら魔物らしきものも遠目に確認できている。これで魔素が濃くなる森の深い場所になって獣類が魔物にどんどん置き換わっていったらどうなるのか俺的には想像もしたくない情景だ。

 

 俺が目指すことは森の浅い場所で強い魔物に遭遇することなくある程度の時間過ごすことと、半グレ集団に追われてこの森に逃げ込んだ場合に奴らをやり過ごせるように身を隠す場所がどこにあるかを確認することだと思い返して、森に入ってからは周囲の地形や樹木の茂り方の様子などを確認しながらごくゆっくりと進んでいく。

 

 意識して周囲を見渡すと、身を隠す場所に関しては森の中に道が通って植生が押しやられたせいか、森に入ってすぐの道の両脇には俺が身を隠すのに十分な太さの樹木が幾本も生い茂っている。これは僥倖だ。奴らに追われて森に入ってもすぐさま隠行を使って木の幹の裏に隠れれば、森の入り口近辺で奴らを撒いてしまえる可能性が高いということだ。

 実際に使用する場合に備えて幾つかの大きめの樹木の裏に実際に回ってみて自分が隠れようとする場合に問題なく実行できそうか確認しておく。よし、どれも特に問題なく大丈夫そうだ。

 

 後は隠れる間もなくまっすぐに追われた場合に備えて、入り口から見てある程度の深さまでこの道と周囲の状況を把握しておけば良いはずだ。先ほどから確認してみても大型の獣や魔物は確認できない。今が陽がまだ高くなっていく時間帯なので大型の魔物などには動きがない可能性が高い。

 

 楽観的な判断に影響されていたのだろうか。気付かないうちに俺は少しばかり森に深く入り込みすぎていたらしい。

 

 気がつくと探査魔法に俺の森の入り口への退路を遮断するかのように、森の外縁部を一定の速度で移動してくる輝点が出現していた。このままだと俺が頑張って入り口にたどり着くより先に、輝点の方が道を塞ぐ形で入り口付近に到達する。一体なんだと思いながら近づいてくる輝点の存在を鷹の目で確認した俺は愕然とした。ものすごく大きな猪型の魔物、ワイルドボアだ。

 

 鑑定を掛けるまでもない。俺より遥か高位の存在で俺がどのような攻撃をしかけようが傷一つ付けられないことは確実だ。以前に聞いたワイルドボア討伐の話を思い出す限り、俺がブラックウルフに使った匂い袋や普通の獣用の毒やら睡眠薬やらも殆ど効果がなかったはずだ。

 

 もはや森の入り口向けて動き出すことも出来ず棒立ちになる俺を尻目に、ワイルドボアはとうとう俺が入ってきた道に辿りつくと今度は森の奥、俺の方に向けて移動を始めた。

 

 こいつ、要は自分の縄張りを周回してたってことか。

 

 今更、ワイルドボアの行動の理由らしきものについて思い至ってもどうにもならない。このままの場所に居続けてはまともにワイルドボアに遭遇してしまう。どうする?更に森の奥に逃げ込むべきか?

 

 多少の逡巡の後、俺はワイルドボアの注意を引きかねない派手な移動は取らず多少の移動で身を隠すことを選択する。高位の魔物相手に身を隠すだけの行動というのは果たして意味があるのか?自分で自問自答してみても経験がないことなので、今から自分がしようとしていることが賢明な行為なのか、それとも単なる自殺行為なのか判断が全くつけられなかった。

 

 俺に出来ることは自分の通った後に洗浄魔法を掛けながら自分の身体の何倍もの太さがある樹の幹の裏に隠れて、隠行魔法を使用しながらワイルドボアが通り過ぎてくれるのを待つだけだ。

 

 自らの存在を出来る限り目立たせないように隠行魔法のみを使ってどのくらいの時間ひたすら耐え忍んだのか?確かになにか恐ろしい存在感の空気が自分にゆっくりと近づいてきて横を通り過ぎそして段々と離れていったような感覚があったような気がする。

 

 気がつくと俺に纏わりついていた重苦しい雰囲気の空気はもう無くなっているような気がしていた。俺は探査魔法をつけることなくゆっくりと樹の幹の裏から出て道に戻り森の入り口の方へ向け歩きだした。

 

 何か不思議な感覚があったので俺は自分自身を鑑定してみた。

 

 俺の隠行魔法はいつの間にかレベルアップしてレベル2になっていた。

 

 

 

(10話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル5

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法5 土魔法4 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術5 槍術4

 

 

 




異世界ヒヤリハット案件。
というよりは、道をぼーっと歩いていたら突然轟音を上げてダンプが真横を通り過ぎて行って後で考えたらとても怖かったみたいな感じかもしれません。

>>鷹の目を使って輝点の場所らしきものを確認すると魔物類ではなく普通の獣が大半のようだが
普通に魔物指定で探査をかければ良いのに気付いていないようです。

そして今回とうとう会話文の無い完全な主人公の独白回になってしまいました。最初は前回の時点から受付のお姉ちゃんに紹介された同じく新米の女子冒険者と二人で行動する形で考えてみたのですが、主人公が何かやる度にに女の子から突込みが入る感じになってしまい、収拾が付かなくなってしまいました。秘密の多い効率厨の主人公と、純粋に初心者なパートナーはどうにも折り合いが悪そうです。

次回、10話は9/24 19:40に予約投稿済です。


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10話  追跡者への一撃

 森に入って奥の方に行ってみたら予期せずワイルドボアと遭遇してしまい、頑張って隠行魔法を使ってやり過ごしたら隠行魔法がレベルアップしました。

 

 うん、意味もなく危ない橋を渡ってるな。

 幸運は連続して起きるようなもんじゃないから、気を引き締めて今度こそ堅実に行くぞ。

 

 とりあえず今日のところ森はもう十分だ。気を取り直した俺は森の中で来た道を戻り入り口を目指す。探査魔法を起動して先ほどのワイルドボアみたいな怪しい動きがある輝点はないか注意しながら足早に道を進むと、ほどなく探知内に輝点がなくなる領域が広がってくることで出口が近いことが実感されてきた。

 

 ちょっと危なかったけど、隠行魔法がレベルアップしたし森の中の様子もわかったし中々有意義だったよな。

 

 

 

 そう思った瞬間、今度は探査魔法の領域の一番上に輝点が五つ入ってきてじりじりとこちらに近づいてくる。

 

 今度はなんだ?と思ったけれど輝点があるのは森の外で、森の出口に向かっている俺に対して輝点が上からまっすぐ近づいてくるということは、こちらに向かって道の上を移動してるってことじゃないか。まず間違いなく人間だな。

 

 俺と関係ないこの森で狩りをしようとしている冒険者パーティとかだと嬉しいんだけど、半グレ集団の新しい刺客の可能性の方が大きそうだな。でも、俺は森の中にいるのに何でまっすぐ俺の方に向かって進んでるんだ?

 

 考えているうちに森の入り口まで戻ってきてしまったけど、ここから森を抜けて道に出たら出所不明の五人と鉢合わせしてしまう。俺は森を出ることを止めて先ほど確認した森の入り口付近で身を隠せそうな樹のうちで一番森の入り口に近いところに身を潜めた。ここからなら鷹の目を使えば森の外からやってくる連中の様子を確認できる。

 

 待つだけのじりじりした時間が過ぎてようやく輝点に対応する五人組が姿を現した。

 昨日やりあったリカルドとヨナとか言った連中と似た装備の格好と雰囲気。どうみても半グレ集団の構成員五人です。ありがとうございました。

 

 そして連中はなにをしてるかというと、そういうことかあ……

 

 

 

 朝早くに俺が道の上のぬかるみにつけた足跡を追ってここまでやってきたようです。

 朝からの快晴で今はもう大方土の上は乾いてしまっている。

 

 そんな中についてる妙に新しい足跡はそりゃ間違いなく俺のものだよな。

 

 森の入り口までたどり着いた五人は、俺が素通りした入り口横の広場で立ち止まって休憩モードに入ったようだ。五人のうちで一番若そうな男が荷物番みたいな感じで剣を手元にして体育座りしていて、残りの四人は完全にだらけていてひっくり帰ってひなたぼっこをし始めた奴までいる。

 

 そりゃ、危険な森の中に入らなくても森から出てくる所を待ち構えてれば確実だよな。

 そしてそんなに早い時間に俺が出てくることもないという予想もまあ納得だな。

 

 だが、少し待て。これは俺にとってものすごいチャンスなんじゃないか。

 

 

 

 アイテムボックスから獣の狩りに使う粉末の麻痺毒を取り出した俺は、風魔法で麻痺毒をくるみそのまま休憩している五人の方へと漂わせる。五人がごく近い位置に固まっているのも都合が良い。よし届いた。後はもうほんの僅かの時間さえ経てば……

 

 突然、荷物番をしていた男が立ち上がった。げっ、上手くいったかと思ったのに失敗してたのか……と思いきや、男が残りの4人をゆさぶってもどいつも口からよだれを垂らしながら横たわって身体を痙攣させているだけだ。よし、少なくとも四人に麻痺毒は効いている。

 

 気を取り直した俺は、剣を持って不安そうに回りを見渡す荷物番に対して鑑定をかける。

 

『人族 レベル6』

 

 よし、大丈夫だ。

 

 俺は樹の裏から飛び出すとそのまま走って森の入り口を抜け荷物番に相対する。

 

「てめえがテオとかいう奴だな。ペドロ兄貴たちに何やりやがったんだ。

 ぶっ殺してやる」

 

 俺という存在が現れてある意味逆にほっとしたのか、荷物番は元気を取り戻して威勢よく啖呵を切ると俺に向かって剣を振りかざしてきた。

 レベル差は1、ヤスのときと同じ条件だ。

 

 +2の補正を持っていなければ俺が勝つ。お前はどちらだ?

 

 心の中で呟いて剣をぶつけると、押し勝った感触が伝わってくる。そのまま相手の剣を跳ね上げて仰け反らせたところで右側に回りこみ、防具の隙間で無防備にさらされているわき腹に剣を突き刺した。俺の勝ちだ。

 

 倒れ込んでもがき苦しみながら、何かを取り出そうとでもしているかのような動きをしている荷物番を、足で踏んで抑え付け動きを封じながら首を刺して絶命させた。

 

 いつ魔物が出てくるかわからない森の入り口での刃傷沙汰だ。

 振り向きざまに残りの四人に鑑定をかける。

 

『人族 レベル8』『人族 レベル8』『人族 レベル9』『人族 レベル10』

 

 間違いなく今日の俺は信じられないくらいについている。舞い上がり過ぎて失敗しないよう注意しながら、レベルの低い男から順番に首を刺して確実に絶命させる行為を繰り返した。

 

 全員が息絶えたところで、剣と財布を各人から奪いそして最初に殺した奴が見ていた荷物をアイテムボックスに入れてこの場での作業を完了させた。

 

 一息吐くと、自分自身に鑑定をかけて現状を確認する。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル10

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法5 土魔法4 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術10 槍術4

 

…』

 

 予想通り、俺のレベルが一気に5段階上がっている。

 

 

 

 そして半グレ集団の構成員を更に五人殺してしまった。

 

 もうレベル上げなどと言っている場合じゃない。即座に街を離れるべきだ。

 この現場はブラックウルフなり他の魔物なりが好きなように片付けてくれるだろう。

 

 死体の隠蔽処理を行わないことで、少し注意すれば刀傷があることや、剣や財布がなくなっていることに気付くだろうが、街を離れる俺にとってその辺はもうどうでも良い。

土魔法を使って5人分の片づけをする時間の方が今は惜しい。

 

 俺はやり残したことがないか周囲を見渡した後、振り向いて街の方へと歩み始めた。昨日と同じなら、橋を越えて少し行ったところの別れ道の所に、また見張りと成果確認役を兼ねた男がいるに違いない。

 

 橋を渡ってすぐに隠行魔法を使って姿を隠し、道でないところを突っ切って分かれ道を通らずに進みある程度距離を置いたところで、街を出る道へと続く峠に向かう道に合流する。思いついたアイデアに大きな穴がないか見直してみる。これで何とか行けそうか?

 

 自分の考えに自分で納得すると不安が収まりようやく少し落ち着いてきた。

 

 陽射しは快適で心地よい風が吹いていて、鳥の鳴き声や笛の音が遠くで聞こえてくるのどかな春の日に、俺は一体何をじたばたやってるんだ。冷静に行くぞ、冷静に。

 

 

 

 うん?遠くで笛の音が聞こえて……

 

 探査魔法を起動させると範囲ぎりぎりの前方に輝点が一つ表示されている。

 この道は殆どまっすぐということで、鷹の目を使って確認してみると、半グレ集団の構成員らしい雰囲気の男が驚愕した表情で俺の方を見つめている。ご丁寧に右手には今吹いていたであろう呼子の笛が握られている。まずい、こいつ俺と同じ遠見魔法持ちだ。

 

 再度焦燥状態に陥った俺は、身体強化を使って遠見魔法持ちに向かって全力で駆け出す。だが、俺の期待とは異なり遠見魔法持ちは恐怖の表情を見せて即座に反転すると橋のある方向へと一目散に逃げ出した。差は縮まっていくものの元々の距離があるため追いつくにはかなりの時間が必要そう。これはダメだ。

 

 俺は走るのを止め考えを巡らす方に注力することにする。

 

 短い時間だったが全力疾走をしたせいか、かなり距離を戻っている。今いる場所は既に朝出てきたかまくらのある粘土質の広場の近くだ。俺が走るのを止めた後も逃げ続けているのか、探査魔法の示す輝点は俺が走るのを止めた時点の所からどんどん遠ざかり範囲外へと消えて行った。俺の監視より仲間との合流を優先させたようだ。

 

 さて、どうする。さっきまでのアイデアはもう無理だ。

 橋のこちら側にさっき殺った五人以外の半グレ集団の構成員が既にいて、更に人数を呼ぶための笛を鳴らされてしまっている。普通に橋を渡れるとはもう考えない方が良い。

 

 

 

 

 ならば橋を渡らなければ良いということだ。

 

 俺は目の前にある粘土質の広場に近づき朝埋めたかまくらを土魔法で掘り出してくると、上の部分に裂け目を入れて開くと力をかけて強度を保たせるように気をつけながら、縦に長く全体を引き伸ばした。

 

 土魔法で奮闘することしばらく。

 俺の目の前には土でできた一人乗り用の大きさのボートが鎮座している。槍の先に土魔法で土板をくるんだオール付だ。

 最後の仕上げに水魔法でボートとオールの表面に氷の層をコーティングすると、身体強化で持ち上げたボートを川辺へと運ぶ。

 

 見た目だけでこんなもんかと思って作ったけど重心とか大丈夫か?

 

 とりあえず水面に浮かせてみたけれど、特に問題があるようには見えない。

 川の中に探査魔法をかけると反応が一杯出ていて役に立たない。

 

 もし川の中に魔物が山ほどいてこちら側に遡ってくるようだったら、タワバの街が無造作に川辺に作られているはずがない。この反応は単なる魚だ、魚。よし、行ってしまえ。

 自分で勝手に納得するととりあえずいつでも川岸に戻れるように準備しながら恐る恐るボートに乗り込む。無事普通に水に浮かんでいて安定性も大丈夫な感じ。良かった、とりあえず問題はないぞ。

 

 騎虎の勢いということで、そのまま対岸に向けて漕ぎ出す。水面を眺めていたときに水底が見えないのでもしやと思ったけど、やっぱり深さはかなりあるようで。槍のオールを伸ばしても底に届かない。水の流れは見た感じ速くないので大丈夫そうだけど、うかうかしていて下流に行ってしまうと魔物の森の遊覧船になってしまう。

 

 身体強化した身体で槍のオールを頑張って漕ぐことしばし。水の魔物に襲われるなどの事態も起きず、無事対岸に辿り着いた。

 

 川岸を登って少し行き道に出ると見覚えがある場所だった。

 初めて魔物狩りをした夜にグレイウルフを狩った餌場の少し上流だ。

 

 これなら街方向に少し戻って峠に出て、そこから街を出る道を選べば良い。

 

 今度こそ、やったか?

 

 

(11話に続く)

 

 




主人公はカチカチ山のタヌキに対抗して泥舟を作ったようです。

また、今回は前回の反省から頑張って会話分を一行登場させました(汗)

次回、11話は9/26 19:10に予約投稿済です。


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11話  捕食者への自覚

 先ほど半グレ集団の構成員を更に五人殺ってしまった俺には、もう街を出る以外の選択枝は残されていない。

 

 見張り役に見つかり橋を渡ることが難しくなった俺は、昨夜のかまくらをボート代わりにして障害となっていた川を横断することにし、対岸に渡ることになんとか成功した。

 

 ここから道を進んで峠に行って、そこで街を出る道を選べば万事うまく行く。

 川を渡りきったことで俺の気分はまた楽観へとその天秤を傾けた。

 

 乗って来たボートが発見されてまた変な推測をされるのも煩わしい。せっかく作ったものだし再利用できる可能性もあると思い、アイテムボックスへ収納できないかと思ったが、さすがにこの大きさの物は入らないようで収納は成功しなかった。止むを得ず俺は風魔法でボートを両断してそのまま川へと沈めてしまうことにする。

 

 川岸から上がり魔物の森から峠へと進みだした俺の耳に、遠くからの笛の音が小さく聞こえてきた。と思った次の瞬間、俺の耳にはかなり近くからと思われる再度の笛の音が聞こえてきた。

 

 こいつら笛の音で連絡を取り合っているのか?

 

 索敵魔法で確認する限り、現時点で特に俺自身が見つかったわけでもないが、多数の人間が連携をとりながら自分を追い詰めてくるというのはかなりの恐怖になる。

 

 愕然とした俺は、とりあえず探査魔法の輝点を確認して近くにいるはずの組織の見張り役の男を探すことにする。

 

 方角的には明らかに峠への道を進んだ先にありそうなので、見張り男はその途上にいるということだろう。俺は輝点の位置を確認しながら直視が明らかに不可能と思われる場所までは身体強化を使って駆け抜け、視界が開ける点の直前で茂みへと入り隠行魔法を起動しながら近づき、見張り男が直視できる場所まで辿り着いた。

 

 川向こうで逃がした男と同じように首に呼子笛をぶら下げている若い男だ。

 雰囲気と装備から見てこいつが見張り役であることは間違いない。

 

 男の様子を観察しながら俺は考える。見張り役であることとこいつの醸し出す雰囲気を思えばこいつのレベルはたかがしれている。鑑定!

 

『ルペ 人族 19歳

ジョブ:遊び人 レベル6

スキル:

…』

 

 よし、予定通り。こいつ自身には何もないので、俺が気を付けなければいけないのは、こいつに笛を吹かせないこと、ただそれだけだ。

 

 弛緩した雰囲気を醸し出しているがこいつの位置取りは悪くない。峠へ行く道の方からも、森へ行く道に行く方からもかなり距離のある開けた場所で止まったまま周囲を繰り返し見渡している。恐らく、上の者にこの場所に留まり待機と監視を続けるように命じられているのだろう。

 

 これは近づくのは結構骨かと思いながら隠行魔法を使いながら俺がじりじりと道の脇の茂みを進み始めた所、そわそわした仕草をした見張り男ルペがいきなり道を離れ脇の茂みへと消えていった。小用か何かなのだろう。

 

 チャンスと見た俺はルペが茂みへと消えた瞬間、道に上がり強化魔法を使って全力で駆け出した。俺の全力疾走は探査魔法上でのルペの輝点が再度動き出した所で終わりになったが、ルペが道上に戻った時には俺の方も既に、飛び出して斬りかかれそうに近づいた茂みの中で隠行魔法を使って息を潜めていた。

 

 小用に行って戻ってくるなどしている当たり、ルペは自分が危険な戦闘状態にあるとも思っていなさそうだ。つまりは先ほどの五人組とうちの四人と同じく風魔法を使った攻撃が効くはずだ。

 

 安全策をとれば先ほどと同じく麻痺毒を吸わせるべきだろう。だが、俺には確認してみたいことがある。もし失敗したら俺とのレベル差なら即座にリカバリーすることも可能だろう。よし、仕掛けるぞ。

 

 俺は風魔法で作った刃を道の先を見ながら腕を組んで伸びをしていたルペの手首の部分に直撃させた。俺の期待に違わず、レベル5である俺の風魔法の刃はレベル6であるルペの手首を問題なく斬り落としていた。突然の両手の消失とそれに伴う痛みにルペは自分の両腕先を見ながら絶叫している

 

 ルペの両手がなくなったことを確認した俺は茂みから駆け上がりルペの眼前へと姿を現すした。

 俺の姿を見つけルペは首にぶらさげた呼子笛を吹こうとして両手を胸の前で動かすが、すぐに自分が笛を掴めないことに気付いて絶望的な表情を浮かべた。

 

 自分の両手先がなくなって笛がふけなくなったことと俺が姿を現したことの因果関係を理解したらしいルペは、痛みに顔をしかめながら俺の方を憎憎しげに睨んで怒鳴り声を上げた。

 

「てめえがテオとかいう奴か。随分汚い手を使ってくれるじゃねえか。てめえが魔法使いだなんて聞いてねえぞ」

 

 うん、そうだろうね。ギルドの登録用紙のスキル欄にも書かなかったから、生きてる人間で俺が魔法を使えることを知ってるのは昨日までは間違いなく誰もいかなったはずだ。でも今日、川向こうの見張り役の男に多分、俺が遠見と俊足の身体強化魔法が使えることが知られちゃったんだよなあ。これからはもっと慎重にいかないと……

 

「さっき、ぺドロの兄貴たちが殺られたって笛の連絡が入ったからびっくりしたが、今理解できたぜ。てめえが魔法使って兄貴たちに汚いことをしたに違いねえ!」

 

 うん、それも大正解。ちゃらくて学もなさそうなのに頭の回りは悪くないんだな。

 それにこうやって責められてると、なんか俺の方が悪役側みたいだ。

 

「挙句、こんな場所に現れるなんて、確かにてめえもなかなかのもんだ」

 

 痛みと出血で大変だろうに、俺への怒りからかルペの言葉は止まらない。

 

「だがよ、残念だったな。必死の思いで俺らの裏をかこうとしたんだろうが、でめえの浅知恵くらいベルナルドさんはお見通しだ。追い詰められたてめえがやけっぱちで川を渡ろうとする可能性が高いからって、川のこちら岸には俺らルカス兄貴班が用心のため待機済みで、てめえはのこのこ俺らの罠の中に入りに来たって按配よ」

 

 そうか、俺はボートを使ったけれど何も持たない人間なら幸運にかけて自分の身一つで川を渡ろうとする場合は確かにあるだろう。思い至らなかった自分に舌打ちする。

 

「ルカス班は十人いて俺みたいな見張りが三人でそれぞれの道の先で張っていて、峠にはルカス兄貴やガルシア兄貴たち七人が待ち構えてる。てめえが生き延びれる可能性なんて万に一つもありはしねえ」

 

 峠に向かうこの道の先に大量の人間が配置されているという話を聞いて顔を歪ませた俺を見て一矢報いたと思ったのだろう。ルペは俺が聞いてもいない人員配置の情報を得意げに披露する。俺を嘲る口調と表情からみてまず間違いなく正しい情報だろう。

 

 この半グレ集団、俺一人を捕まえるために昨日の今日でどれだけの数の人間を動員してるんだ?

 舐められたら負けの不良の世界は異世界でも同じかもしれないけど、少しは費用対効果ってものを考えろよ。

 

 いかん、冷静だ。冷静。

 俺はルペが知っているであろう情報について考えを進める。

 

 欲しい情報としては、あと笛の音のやり取りの内容、どのような場合にどのような音が送られてきてそれに対してどのような返事を返すことになっているのかの一覧が手に入ればと一瞬思ったが、流石に現在の状況でそれを目の前のルペから聞きだせるとも思えないし、半グレ集団の裏をかく行動に利用できるとも思えないのですぐにその考えを捨てた。

 

 ならば、こいつにやってもらうことは後一つか。

 

 俺は、本人的にとりあえず言いたいことを言い一矢報い終えた虚脱状態なのか、静かになって痛みで脂汗を流しているルペに対して、今度は右手の傷口の上拳半分くらいの位置を狙って風の刃を振るった。手首を切断した先ほどと異なり今回は骨に当たって上部に弾かれたような形になった。一瞬遅れてルぺが再度の絶叫をあげている。

 

 予想どおりか。俺は頷くとルペに対して笑みを見せる。

 ルペの方は俺の行動の意味が理解できないのか、恐怖を浮かべた気味悪そうな表情で痛がるだけだ。

 

 もう十分だ。俺は剣を抜くと正面から無造作にルペに突き刺した。

 現時点で補正分も含めレベル13相当の俺の斬戟をレベル6のルペが防御できるわけもなく、剣は防具ごとルペを貫き刃先が背中を突き抜けた。勿論、致命傷だ。

 

 口から血の塊を吐き出し剣にもたれかかってきたルペが絶命してしまう前に首筋に手を当て風魔法で頚動脈を切断する。これで風魔法はレベル6だ

 

 あと実験すべきことは風魔法の攻撃位置の細かい制御が可能かどうかか。

 

 俺はルペの首から呼子笛を外し少し離れた道の上に置き、呼子笛を凝視しながら当たれと念じて風の刃をぶつけてみる。結論としては、笛は粉砕され笛がおいてあった地面はかなりの範囲でえぐれている。完全なオーバーキル状態だが、地面に置かれて静止しているような状態に対する攻撃で、重さが殆どない笛が風に弾き飛ばされて別の場所に転がっていってしまうなどという間抜けな事態になることは無さそうで一安心だ。

 

 とりあえず、もうここでやることは無い。

 俺はルペから剣と財布を奪いその身体を川辺の茂みの中に放り投げる。

 

 後は道路に血の跡がついている部分の表面を土魔法で削り風魔法で吹き飛ばせば、簡易な証拠隠滅の完了だ。街を出て行くことに成功しようが失敗しようが、普通に考えてもう俺にはこいつの死体を埋めて消息不明にする手間をかける必要は既にない。

 

 短時間で出来ることを一通り終えた俺は、ルペに出会う前と同じく街を出る道への分岐がある峠へと向かって歩みだした。

 

 街を出るためには何がなんでも峠の向こう側に行かなければいけない。

 

 だが、どのようにして峠を越えれば良いのかそのアイデアがまだ思いつかない。

 恐らく正しいであろうルペの情報によれば、今度は七人もの男が待っているはず。

 

 峠の麓を大回りして待ち構えている男たちを迂回してしまいたい所だが、そのためには高位の魔物が住んでいる勾玉型の魔物の森の先端部を横切らないといけない。俺を待ち受ける男たちを相手にするより遥かに危険な行為になるだろう。これは無理だ。峠を越えるしかない。

 

 とりあえず必ずやらなければいけないことで、今やれることをやることにしよう。

 俺は探査魔法を起動しながら疲れない程度の速度で峠への道をひた走り、ほどなく峠のふもとまで到達した。いざとなれば全力疾走を続けて大した時間も掛からず峠まで到達でき、逆に探査魔法の輝点が動き出した場合でも慌てず逃げ出すことが出来そうな峠から適度な距離を置いた場所だ。

 

 周りを見渡した後、くつろげそうで、且つ関係ない者が道を通っても気付かれない程度に道から外れている場所を待機場所に決める。ここが俺の秘密基地だ。

 

 俺を張っている七人の具体的なイメージを掴むため峠の様子が直視できる場所まで隠行魔法を使いながら近づいて行き、もはや大した距離ではないが遠見の魔法で七人の詳細な様子を確認する。

 

 峠の中心部にある大岩のベンチに多分、リーダーとサブリーダーであるに違いない二人が座っている。二人とも剣士風のいでたちで俺よりもレベルは高そうだ。リーダーは俺が宿屋の看板娘と座るはずだった岩の窪みにどっかと腰をおろし、サブリーダーは横の女性用の窪みにガタイが大きな二人でははみ出してしまうため、尻を半分ずらす形で座っていてリーダーの耳元に何事かを囁いている。見たことを後悔してしまいそうな絵面に囁かれている内容が俺を始末する方法だと思うと、俺の気分は奈落の底へと落ち込んでいく。

 

 七人の男たちのうち、最も若く俺より明らかにレベルが低そうな男が予想通り呼子の笛を首にかけて周囲をきょろきょろ見渡している。先ほどの二人を含め他の六人の誰かが更に笛をぶらさげていないかざっと確認したが、とりあえずその様子は見受けられなかった。まずは情報が一つ得られた。俺は笛を持っているのがこいつ一人であることに掛け金を載せてみることにする。

 

 残りの四人を順繰りに見渡すとどいつも朝方俺が殺した五人のうちの荷物番を除いた四人と同じような雰囲気を醸し出している。多分、四人ともあいつらと同程度で、現在レベル10である俺と同じくらいのレベルで補正+2の剣を使えば恐らく勝てるであろうという判断に更に掛け金を上積みすることにする。

 

 岩に腰掛けている剣士らしきリーダーとサブリーダーの二人組みに視線を戻して、再度観察を続ける。結果としてサブリーダーの方はまだしもリーダーの男の方は俺が補正+2の剣を使ってもまず間違いなく勝てないだろうという判断の方に俺は掛け金を載せざるを得なかった。これは手痛い。

 

 さてとりあえずの偵察は終わった。俺はまた隠行魔法を使いながら先ほど決めた秘密基地の場所まで戻り、座って静かに思考に沈むことにする。この場所であの七人、特にリーダーとサブリーダーの二人をどのようにして排除するかの方針を決めるのだ。

 

 まず今日の戦いを振り返る。

 

 五人を倒した戦いの後からずっと気になっていることがある。

 五人のうちの四人までは麻痺毒による攻撃が効いたのに、残りの一人、しかも五人の中で一番低レベルの奴に攻撃が効かなかったことだ。

 

 あの時俺は麻痺毒を含んだ空気の塊りを運んで五人が各々呼吸を行う空間に風魔法で固定し続けようとした。俺の風魔法はレベル5で、攻撃が効かなかった奴はレベル6、残りの四人はレベル8、レベル8、レベル9、レベル10だった。

 

 麻痺毒含んだ空気を風魔法による攻撃と思えば、レベル5の風魔法がレベル6だった荷物番の男に弾かれたのは不思議ではない。が、その場合、より高レベルの四人に対して攻撃が効いた原因を考える必要がある。思いつく理由はある。四人が気をぬいてだらけていたことだ。

 

 俺は先ほどのルペとの戦いで、再現のための実験を試みてある。

 

 気をぬいていたレベル6のルペは俺のレベル5の風魔法で両手首をあっさり切断された。

 だが、その後ステータスが下がっているはずのルペにぶつけたレベル5の風魔法はルペにそれほど深い傷を負わせられずに弾かれている。俺に傷を負わされたルペがだらけるには程遠い状態にあったのが恐らくその理由だ。

 

 だが、だらけている状態とは一体なんだ。それらしい明確な定義を与える必要がある。

 自分が戦闘状態にあると認識していない状態というのでどうだろう。

 

『自分が戦闘状態にあると認識していない状態で、自分のレベル以下のレベルの攻撃を受けた時に、自分の本来のレベルに対応した防御が働かないで深い傷を負う場合がある』

 

 何か文章に否定の表現が多いし無駄がある感じだぞ。逆にして分かり易く書くか。

 

『自分が戦闘状態にあると認識していれは、自分の本来のレベルに対応した防御が自動的に働く』

 

 こうだな。大事なのは『自分が戦闘状態にある自覚』か。

 

 思いついた俺は探査魔法を起動してみる。俺を待ち構えている殆ど動かない峠の密集している七人の輝点以外にも、峠に向かったり峠から他に街に出て行く人を示すらしいゆっくり動いている輝点が表示されている。

 

 俺は『自分が戦闘状態にある自覚のある人間』というフィルターをかけて探査魔法を再起動する。この条件設定は有効なようだ。表示される輝点が七個だけになった。

 

 よし、新しい探査魔法のモードが利用可能になった。戦闘状態モードと呼ぼう。

 今回の考察がどう使えるか整理してみる。

 

 まず俺を待ち構えている七人だが、俺の現在のレベルが10で補正付きでレベル13相当と思うとこんな感じか。一人は見張り役でレベル6か7くらい。こいつには笛を吹かせなければ後は何も気にすることはない。

 

 次の四人は先ほど倒した五人組の四人と似た雰囲気なので、とりあえずレベル10としておこう。だとすれば正面からぶつかった場合、一人づつ来るならまず確実に短時間で仕留めることができるだろう。四人纏めて向かってきたとしても恐らく大丈夫だろう。

 

 問題なのはリーダーとサブリーダーだ。

 

 この二人がだらけていて戦闘状態になければ、先ほどと同じ麻痺毒を風魔法で顔に押し付けることで無力化できるのだが、先ほどの二人の間に流れる雰囲気ではそれは期待できそうにない。この二人が戦闘状態にある限り、今まで俺が使ってきた方法では倒すことはできない。

 

 そうグレイウルフの時でもブラックウルフの時でも先ほどの五人の時でも、今まで俺は補正込みで俺よりレベルの高い魔物や人間を相手にしたとき、相手が戦闘状態にないときにのみ戦って勝ってきた。実は一度たりとも戦闘状態にあるレベルの高い格上の存在と戦ったことがない。

 

 今までのやり方に固執するなら今日の時間の早いうちに二人がだらけるのを期待して待ち続けることになるのだが、それは恐らく悪手だろう。

 

 二人を排除する別の方法が必要だ。

 

 俺は更に思考を続ける。

 

 レベルの低い人間が、戦闘状態にあるレベルの高い人間を倒す方法は全くないのかと問われれば、それは必ずあるという答えになるだろう。

 

 すぐに思いつく例としては、俺がレベル20の男を倒すにはレベル30の男を連れて来て頼んで倒してもらえばよい。それのどこが自分で倒しているのかといわれそうだが、虫の息にしてもらって最後自分で絶命させればこの世界のシステム的には俺が殺したことになりレベルが上がる。これは養殖だ。

 

 自分以外の高レベルの人間に手伝ってもらっているのが気にいらないなら、状況を少し変えればよい。

 

 例えばレベル20の男が崖にいて、俺がより低レベルの風魔法で男の足元を崩したとする。高レベルの男自身を攻撃しているわけではないので、この男の足元を崩す魔法は問題なく成功する。結果、男は崖から転がり落ちて深いダメージを受け俺は自力で男を倒したことになる。

 

 結論として、敵のレベルに応じて発揮される防御力を突破するだけのダメージを自分の行動をトリガーとして間接的に与えれば良いということだ。この方向性なら行けそうだ。

 

 

 方針は決まった。

 

 

(12話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル10

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法6 土魔法4 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法1 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術10 槍術4

 

 

 




良く見ると、前回に続き今回もテオ君は一言も喋っていない件について。
なんて寡黙な主人公なんでしょう。

次回、12話は9/28 18:40に予約投稿済です。


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12話  新天地への脱出

 俺は探査魔法で、俺と俺を待ち受ける七人以外に峠の近辺に人がいないことを確認した後、最初に七人を観察した位置へ、更にはそれを超えて隠行魔法を使いながら七人との間合いを詰めて近づいて行き、峠の荒地の終端にある茂みにまで到達した。

 

 よし、仕掛けるぞ。

 

 俺はまず風魔法で制御下に置いておいた大きな空気の塊を掴むと、地面の細かい砂を巻き込むように僅かに下向きに力を加えながら七人の方へ動かし、七人の手前まで行った時点で制御を手放した。七人にとっては峠特有の突然の横殴りの突風が来たかのように思えただろう。

 

 七人は悪態を吐きながら手や身体を動かし、自分についた砂埃を払っている。リーダーとサブリーダーの二人も岩の窪みから立ち上がると自分の身体に纏わりついた砂埃を払おうとする。皆が同じ行動を取っているところを見ると洗浄魔法を使える人間はいないようだ。自分が連続して二つの賭けに勝ったことを知った俺は即座に次の行動に移る。

 

 リーダーとサブリーダーが立ち上がり空席となった岩の窪みに、俺は大きな空気の塊を作った時に一緒に用意しておいた、麻痺毒をたっぷりと含ませた空気の塊を即座に窪み前まで動かすと、ゆっくりとした速度でぶつけて窪み周辺に麻痺毒をべったり付着させた。

 

 リーダーとサブリーダーはご丁寧に自らの手で窪みの上の麻痺毒を含んだ砂埃を払って各々先ほどまでいた位置に座り直した。

 

 仕込みは完璧に動作した。

 俺は麻痺毒が効いてくるのを待つため頭の中で戦いに向きそうな歌を一曲分流した後、呼子の笛を持っている見張り役の男の胸に向かい風魔法で作った刃を直撃させた。

 

 胸に深い傷を受けた見張り男が絶叫を上げ、ひもを切断された呼子の笛が地面に転がる。窪みから立ち上がろうとしたリーダーが腰を上げることもできないまま窪みの前に転がり落ちる。サブリーダーの方も一瞬は立ち上がったものの、その後糸が切れたように膝から崩れ落ちていく。残りの四人は恐慌状態で喚きながら周囲を見渡す意味のない動作を繰り返している。

 

 現場は一機に騒然とした雰囲気になったが、地面にある呼子の笛にのみ注目していた俺は風魔法を起動し慎重な操作で呼子の笛に直撃させた。風の刃が笛を粉砕したことを確認した後、俺は茂みから飛び出して七人の前に姿を現した。

 

 奴らの想像を超えていたであろう至近距離からの出現に驚いた無傷の四人だったが、誰も呼子の笛を取り出し吹こうとする者はいない。更に鑑定魔法を四人に対して放ち俺は最後の賭けにも勝ったことを知った。

 

「てめえ、なにしやがるんだ!」

 

 一番近くにいた男が叫びながら俺に斬りかかってくるが、レベル10である男の斬撃はレベル13相当の俺の斬撃により簡単に跳ね飛ばされる。先の戦闘でもあった流れを再現し、俺は右側に回りこんで男の脇腹を深々とさした。

 

 残りは三人だが、レベル9、レベル9、レベル10の三人では補正分を含め三以上のレベル差を持つ俺をもう止められない。

 

 僅かな時間の後、峠の頂点には深手を負った五人と麻痺毒で転がる二人、そして平然と佇む俺という風景が完成していた。

 

 それは先ほどまでいた茂みで俺が想像した戦闘後の理想形と寸分違わぬものだった。

 

 最初に笛を黙らせた見張り男だけ低レベルだったため土魔法で処分して、後はいつもどおりレベルの低い方から順に手下の残りの四人を今回は風魔法を使い絶命させた。俺の風魔法はレベル10になり一時的に剣術と並んだ。

 

 さて次はサブリーダーとリーダーをと思ったところ、座っていた位置の関係から麻痺毒の効きが弱かったのか剣を杖代わりにサブリーダーが立ち上がろうとしていた。

 

 大事に至りかねなかった自分の注意力不足を反省しながら、俺はサブリーダーの剣を蹴り飛ばし、再び倒れたサブリーダーの首に剣を突きたて絶命させた。

 

 楽観的な予想をしなくて本当に良かった。実は攻撃を二段階に分けるのではなく麻痺毒含んだ風をサブリーダーとリーダーの前まで運んで制御を手放して顔面にぶつけるだけでも良いんじゃないか?と一瞬思ったのだ。

 

 だが、それだと先ほどの五人のときの見張り男の場合でも麻痺毒入り空気を押し付け続ける魔法は失敗したものの恐らく顔には当たっているはずで、それでは量が全く足りなかったのではないかと思い至ったからだ。サブリーダーの様子を見る限り、どうやら正解だったらしい。

 

 そして最後に、この戦闘の間よだれを垂らしながら地面に横たわっていただけのリーダーの男の首に剣を突き刺して今回の戦闘は終了した。絶命する前に鑑定したサブリーダーとリーダーのレベルは各々、レベル12とレベル15となっており、俺のレベルは剣術と共に12へと上がった。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル12

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法10 土魔法5 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術12 槍術4

 

…』

 

 

 

 後はこの場を短時間で片付けるだけだ。

 

 俺はその辺に転がっている手下の男たちの身体から剣と財布、そして薬用ポーションがあれば回収しながら、今後、峠へ来るであろう道を通る人たちの視界に入らないよう身体強化を使い死体を運んで近くの茂みの奥へと投げ捨てていく。

 

 最後に残ったリーダーとサブリーダーに関しては、防具も今俺が使っているものより一段良い物であったため、防具一式も身体から外してアイテムボックスに入れることとした。

 

 ところが最後にリーダーの防具をアイテムボックスに入れようとした所でトラブルが起こった。回収の意図を頭に描いて収納しようとしても眼前から消えない。

 

 時間がかかるといけないので、とりあえずリーダーとサブリーダーの死体を捨ててきて、見張り男の時と同じく現場の簡易隠蔽処理を行ってから少し目立たない位置に場所を移して作業再開。もう少しだけ頑張ってみることにする。

 

 これで何か想定外のトラブルが起きたら俺は単なる物欲に足を引っ張られた愚か者という奴になるな。

 

 剣を何本か外に出してしまった後なら入るため、純粋に容量オーバーのようだ。剣を捨てるのも勿体ないし、このまま何とかならないものか。

 

 かばんに衣類をぎゅうぎゅう詰める時の感覚で防具がアイテムボックスに収納されるよう念じていると、あるタイミングでそれこそかばんの底が抜けたかのようなイメージが脳内に沸き、目の前にあったリーダーの防具が無くなっていた。

 

 もしかして、アイテムボックス壊しちゃった?

 そうか、こういうときは再度の鑑定だ。

 

『テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル12

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法10 土魔法5 回復魔法2 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法2 強化魔法1 剣術12 槍術4

 

HP 21 MP 3945 STR 9 INT 6 VIT ……』

 

 収納魔法が2になっている。そして今まで経験したことがないのだが MP が 100を越える程度に通常の数値から減っている。

 

 収納魔法をレベル2に上げるときに MP 100 くらい使ったということなのだろうか?

しまった、さっきの鑑定の時に出ていたはずの作業直前の MP の値が思い出せない。

 

 今回一度起きただけのことを正しい理屈付けで考えられるとは流石に思えない。

 もしいつか収納魔法がレベル3になる機会があれば、今回のデータと比較するとこでもう少し汎用性のある理解が得られるに違いない。

 

 何にしても収納魔法のレベルが上がって、アイテムボックスに入れておけるものが増えるのは目出度いことだ。

 

 時間がないことを思い出し、今回のアイテムボックスの一件を保留で切り上げる。

 直接の危険がなくなるとすぐ注意が散漫になって優先順位の低い行動を取りかねないのが自分の弱点に違いないと思いながら、俺は予定していた次の行動に移ることにする。

 

 

 

 峠から街に向かう道の途中にいる見張り男の排除だ。

 

 苦労して峠に陣どっていた連中をどかし終えたが、その事実を街にいる多数の連中に悟らせるのを出来る限り遅らせて、こちらに再度の人員を送るのを止めないといけない。

 

 そのためには峠に異常事態があり連絡がこなくなったという重大異変を感じさせる情報を街にいる半グレ連中に届かせるのではなく、峠からの連絡の繋ぎ役である見張り男に何かトラブルが起きたかもしれないという情報の方を街の方には届けさせたい。

 

 そのための見張り男の排除だ。よし、始めるぞ。

 

 峠とはいえ上がり下がりがあるため似たような高さの場所も多い。岩場の合間に木々も茂っているため、見張りの男は出来る限り見晴らしの良い場所にいるようだが、今戦っている場所からは少し移動して似たような標高で、見張りの男に対して最前面の高台に出ないと直視はできない。

 

 俺は峠から少し街側に戻る道を行き、遠距離ではあるが見張りの男と正対する高台にまで移動して、木の陰に隠れながら遠見の魔法を使い男の様子を観察する。

 

 午前中に遭遇した奴とは違いこの男は遠見を使えないようだ。

 

 俺に観察されていることに気付かず呼子の笛を指で弄びながらこちらの方を気だるげに見つめ続けている。顔つきや雰囲気から見てこいつのレベルも他の見張り役と同程度だろう。

 

  いつもの癖で続けて鑑定をかけようとした俺は、鑑定をかけることで得られるメリットがまるでないことに気付いた。もし、この男が実は高レベルだった場合、俺が鑑定をかけさえしなければ低レベルの俺の攻撃で深いダメージを与えられる可能性があるが、もし鑑定をかけた場合には、鑑定は失敗しこいつは鑑定が行使されたことに気付いて戦闘状態に入り唯でさえ通じ難い俺の魔法がますます通じ難くなってしまう。挙句の果てに呼子の笛を吹かれてしまうに違いないのだから、まさに百害あって一利なしだ。

 

 こいつがだらけている今この状態のまま攻撃すべきだ。

 

 俺は遠見の魔法を使い続けながら平行して風魔法を起動し、かなり遠距離での制御であるものの、特に問題なく見張り男の目の前で空気の塊を操作して風の刃を作り出した。

 

 自分の目の前で何が行われようとしているのか全く気付かずだらけ続けている見張り男のことに安心しながら、風の刃を男の首に向けて全力で振るう。

 

 先ほどレベル10に上がっていた俺の風魔法の刃は見張り男の首に直撃すると、殆ど何の障害も受けなかったかのようにそのまま男の首を斬り飛ばした。心配しなくても、結局、この見張り男は大したレベルではなかったらしい。

 

 呼子の笛を吹く暇などあるはずもなく見張り男は横倒しになり動かなくなった。間違いなく絶命しているだろう。最後まで何が自分に起きたのか或いは自分が死んだことすら理解できていなかったかもしれない。

 

 よし、自分が実際に出向いて手を下すまでもなく、見張り男を排除することに成功したぞ。

 これでかなりの時間は稼げたはずだ。

 

 後は街の外に出る道にいる最後の見張り男をなんとかすれば終わるはずだ。

 

 俺は再度峠へと引き返し、今度は街を出る道を進むことにする。

 

 最後にもう一つ嫌がらせということで、峠の大岩の足元の地面に木の枝を使って「タワバの街で」と大きな文字で書き込みを残しておいた。勿論、何の意味もない単なる攪乱のためだけのものだ。せっかくの置き土産なので是非人手を一杯使って俺の姿を探し回ってくれ。

 

 冒険者ギルドから貰った羊皮紙に記載があったとおりこちらの道は馬が使える程度のなだらかさだが、その分少し岩場を離れるとどんどん背の高い木々が増えてきて監視魔法で前方にいるはずの見張り役は直視できない。

 

 これはこれで好都合だ。監視魔法での輝点の位置が現実のどの場所あたりに対応するのか気をつけながらどんどん距離を詰めていく。そのまま遠見の魔法など必要無さそうな距離にまで近づいたところで俺は道を外れ、道の脇にある茂みの中を隠行魔法を使いながらしばらくの間ゆっくり進むと見張り役の男が直視できる場所にまで辿り着いた。

 

 様子を見る限り、この最後の見張り男もやはり大したレベルではなく特殊なスキルも持っていないようだ。だが、街の外への道に最後に塞がる奴だ。先ほどの思考と同様、見た目の雰囲気と異なり高レベルである危険性を考え、俺はこの男に対しても鑑定をかけることを止めることにした。

 

 

 道の中央に立つ見張り男の横の茂みを、隠行魔法を使いながら気付かれないように更に時間を掛けながらゆっくりと進み、俺は無事、男がいる場所の真横をすり抜けることに成功した。

 

 峠の方向にしか注意を向けていない見張り男に感謝しつつ、俺は段々と速度を上げながら道の脇の茂みの中を進んでいく。

 

 街に戻る道にいる見張りの男を殺して、街から出る道にいる見張り男を殺さなかった事で俺が街を出たことに気付かれる可能性は殆どなくなったはずだ。

 

 

 

 これでもう安心かと思いながら、それでも万が一のことを考え身体強化を使いながら早足で茂みの中を進む。

 

 しかし俺の楽観も探査魔法に右斜め前方に静止した輝点があり、それらが実は俺が進もうとする道上にあることに気付くまでだった。見張り男の立っていた場所から少し進んだ所で道が大きく右に曲がっていることを俺は見落としていた。

 

 探査魔法を戦闘状態指定にして確認しても輝点は残っている。こいつが敵であることはほぼ間違いなくなった。

 

 ルペが自慢げに語っていた、俺を張っているルカス班とやらの総数は十人だったはずだ。

 

 叫びたくなる衝動を抑えて、また直接の視覚が得られる地点まで隠行魔法を使いながら近づいていく。既に遠見の魔法を使うまでもない距離になっていため隠行魔法を使いながら更に慎重を重ね現れた輝点の中身を確認する。

 

 輝点の人物は現状の俺より遥かに高レベルの実力がありそうな剣士風の男で、鞍をつけた軍用馬が暇そうに隣に佇んでいた。その男の愛馬ということだろう。

 

 この剣士風の男は南方系の浅黒い顔立ちに黒味がかった髪、そして鋭い目つきをしていいるので、明らかにこの辺の出身ではなく遠方から来た者だろう。身に纏う雰囲気からして半グレ集団に所属していそうには見えないが、前方に視線を向け明らかに自らの意志を持って注意を払っているようだ。

 

 こいつは何者だ?突如出現した高レベルらしき男の存在に動揺しつつ、懸命に気配を殺しながら思考を巡らせていくと、やがて一つの考えが浮かび上がった。

 

 今日やり合った連中ではなく、もう少し上の組織の幹部が万が一の後詰のために直接依頼した用心棒役あたりか?

 

 考えを深める内に、この予想が正しのではないかと段々と思えてくる。

 

 何故なら、俺がつい今しがた迂回した見張り男がもし俺に気付いて笛を吹いたとしても、峠で張っていた連中を俺が倒した後では応援も来ないので俺の街の外への逃亡を阻止する手段がない。笛を吹くことと自分が殺されることで、俺が街を出て行ったことを証明するカナリアになる以外は何も出来ない。

 

 それよりは、見張り男が笛を吹くことでこの用心棒の男が馬で駆けつけ、最後の防波堤として余りある実力で俺を殺す段取りになっていると考えた方がよほど合理的だ。

 

 見張り男から直接の視界に入らない場所にいたのは、笛が鳴ればすぐに駆けつけられる位置で待つことで、強そうに見えない見張り男を囮にして俺に強行突破を試みさせようという意図があったに違いない。

 

 どうするべきか? 道が大きく右に曲がったことで魔物の森の外周部と同じ左曲がりの形になっている植生の道沿いの茂みは、もうすぐ利用できなくなってしまう。

 

 見張り男よりも数段優れた気配察知能力を持っているに違いないこの剣士風の男を欺きながら進むのはかなり困難に違いない。

 

 しばらく考えた結果、道からどんどん離れることを承知で茂みの中を進むしかないかと思い始めた頃に動きが出た。笛の音が聞こえてきたのだ。俺がたった今やり過ごしてきた見張り男のものではなく、もっと遠くからのかなり小さな笛の音だ。連中の人員配備を考えると、俺が最後に殺した街へと向かう道への見張りがいなくなったことが発覚したのが一番ありそうな流れか。

 

 俺が考えを巡らせている間に、剣士風の男は馬に飛び乗ると俺が身構える暇もないまま隠行魔法で隠れている俺の横を風のように通り過ぎて見張り男と合流した。少しの時間、見張り男と会話を交わしていたその男は、見張り男を残してそのまま馬で峠の方へ駆けていき、後には心配そうに峠の方を見つめ続ける見張り男だけが残された。

 

 降ってわいたチャンスに俺は飛び起き、見張り男が峠の方を見続けているのを確認しながら後ろ向きのまま急ぎ足で見張り男の視覚可能領域から外れるまで動くと、身体の向きを変え別の街へと続く道を一目散に走りだした。逃げ出したい一心で身体強化を使いながらの全力疾走を行うと景色があっと言う間に後方に流れていく。

 

 気分の高揚による躁状態が収まるにつれ速度は徐々に下がっていったが、魔力が十分にあり回復魔法も使える俺にとって、走り続けること自体は実は大した苦行ではなかったようだ。

 

 気がつくと俺はずっと声を出して笑いながら走っていた。

 もう何も心配することはない。

 

 とうとう俺はまた自由で安全な身に戻ったのだ。

 

 

(13話に続く)

 

 




もはや主人公が誰かと何か会話するというシーンが浮かんでこなくなっている状態の作者です。既に剣士より暗殺者の方が絶対向いている感じになってしまいましたが、とりあえずテオ君はタワバの街を舞台とした異世界サバンナを生き残ったようです(半グレ集団の方は右往左往中ですが)。

とりあえず主人公視点の物語の方は片付きました。
13話は冒険者ギルド受付嬢視点による第一章の回収話になります

次回、13話は9/30 18:10に予約投稿済です。

文中で格上相手の鑑定でジョブが確認できる誤った記述がありましたので訂正しました


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13話  消失者への追憶

 私は初心者向けと呼ばれることの多い、エレウシス王国冒険者ギルドのタワバ支部で受付の窓口を担当しているバネッサと申します。今回は今年の春にこのタワバ支部を震撼させた出来事について少しお話しをさせて頂きたいと思います。

 

 その日は春にしては眩しいくらいの陽差しがある晴れた平日の営業日でした。

 朝の依頼受付けの混雑も終わり、ギルド職員の間に安息感が漂い始めた頃にその事件は起きました。

 

 まるで市場で見かける養殖鳥のような変わった髪型をした乱暴そうな大男がギルドに押しかけて来たのです。

 

「おい、俺は『闇の牙』のゴンゾだ。ここに新米冒険者のテオって奴がいるだろう。そいつを俺に差し出せ。ぶっ殺してやる!まだ街にいることはわかってるんだ!」

 

 ギルド建物の入り口から大股で窓口に近づいてきた男は対応に出た私に対して開口一番怒鳴り声を上げました。どうやら街で近頃とみに悪評が広がっている、定職に就かない若者たちが集まって作った非合法組織の一員のようです。

 

「テオ君は半月ほど前に最初の冒険者登録にきて以来一度もここに顔を出していませんけれど……」

「白ばっくれるなよ。あいつが何度も狩りに出て街と森を往復してるのはわかってるんだ!」

「いえ、テオ君は一度もこのギルドで依頼を取りに来てもいませんし、常設の討伐依頼を果たした報告や買取りも行っていません。彼の作業記録はこのとおり空欄のままです。テオ君が何をしたっていうんですか?」

 

 大男は怒鳴り続けていますが、私には訳がわかりません。

 

 いかにも買ってきたばかりですという感じの新人向けの装備を身につけて冒険者登録に来たテオ君の様子が思い出されます。渡された自分用の冒険者カードを嬉しそうに眺めていたのが印象的でした。

 

 登録したのにテオ君全然ギルドに来ないなあと、私自身が不思議に思っていたのですから。

 

「あいつは、リカルドとヨナを殺した。落とし前をつけようとして出てったペドロや、ホセ、ルイス、ミゲル、ラロを皆殺しにしただけじゃなく、尻拭きに行ったルカス兄貴や、フリオ、ルペ、マルコ、トマス、ガルシア、ウーゴ、ブルーノ、アデルノまでも殺りやがったんだ!」

 

 更に声量を上げて大男は叫び続けますが、私はもう何がなにやらです。この間冒険者登録をしたばかりのレベル1のテオ君が何を間違えれば今聞いた十数人もの人たちを殺すなどということになるのでしょうか?

 

「おい、てめえゴンゾとか言ったな。俺の城の中で何を騒いでやがる」

 

 いつもは怖いばかりですけれど、こういう時だけは頼りになるギルド長の登場です。

 長年に渡り現役冒険者として活躍し、引退後にここタワバ支部のまとめ役として任命されたギルド長のレベルは長年ここの窓口に座ってる私でもちょっと他に見たことのない高さです。ギルド長より一回り大きいこの男が何をしようとしても、びくともしない安心感があります。

 

 私自身の危機はとりあえず去ったみたいですけれど、この後どうなってしまうのでしょうか?

 

「だから、テオとかいう奴を出せと言ってるんだよ!」

「なんでうちの新米冒険者がお前のところの人間を殺さないといけないんだよ。

 何の関係もないだろうが」

 

「てめえところにダグとかいう小汚ねぇ中年男がいただろ。あいつに新人冒険者を狩らして上納金を納めさせてたら、今度テオという新人をやるって言ったきり消えちまったんだよ。そのテオって奴が殺ったに違いねえ。ダグの後を引き継がせるはずだったリカルドとヨナも消えちまうし、その後も次から次へとうちの組織の人間を……」

 

 大男は憤慨していますが、言っている事はとんでもないことです。自分で理解していないんでしょうか?

 途中まで静かに聞いていたギルド長も、内容を把握した途端顔を赤らめ次の瞬間渾身の力で大男を殴り倒していました。幾つもの机や椅子をを巻き込んで飛んでいった大男は気絶してしまったようです。

 

「衛兵を呼んで来い。今すぐだ」

 

 ギルド長の声に男性職員が飛び上がり衛兵の詰め所へと駆け出して行きました。

 

 

 それからは目の回るような展開でした。

 

 ギルド長の告発で詰め所に連れて行かれた大男には真贋の鐘を使った尋問が行われ、少なくともこの三年間の十人以上の新人冒険者の殺害に関与していたことが判明しました。この平和な街タワバではにわかに信じられない程の大量殺人事件です。

 

 実行犯はなんとこの冒険者ギルドのダグさんでした。年を取っているけど生真面目に用水路の害獣退治などをしてくれる人だと思っていたのに、新人冒険者の連続殺人犯だったなんて、びっくりしてしまって声も出ません。何より、私が受付登録をした新人冒険者の子供たちがダグさんの手にかかって命を落としていたのだと思うと、何も気付かず日々をのうのうと過ごしていた自分のことが恨めしく思えてなりません。

 

 証拠が得られたことで、その日のうちに街中の衛兵が動員され『闇の牙』の拠点が急襲、制圧され何十人もいた構成員は総て捕縛されました。組織の金庫番のベルナルドという男がお金の出入りの詳細な記録と几帳面な日記をつけていたため、事件の解明は容易でした。この男が頭目のマテウスに初心者狩りを最初に進言していたようです。新人冒険者の被害者は足掛け三年間で十九人。総てが成人の儀式を終えて一年以内の男の子や女の子でした。

 

 私自身も詰め所からの依頼があり、ギルドの応接室でギルド長にも同席してもらいながらテオ君に関しての印象を聞かれるままに話しました。でも、私が話を終えると衛兵さんは頭をかいて困った様子になってしまいました。

 

 何がいけないんだと聞くギルド長に対して、衛兵さんはこれまでの『闇の牙』構成員への尋問でわかった、今回の事件のテオ君に関係した部分について私たちに話してくれました

 

 証言によると、テオ君の殺害に向かった十数人もの人間がそのまま組織に戻らなかったのは事実のようです。そしてそのうちの五人に関しては確かに殺害されているとのことです。

 

 現場である川向こうの森の入り口の広場まで衛兵さんが確認に行ったところ、確かに簡易埋葬された五人分の死体が確認され、ブラックウルフなどに散々に食い荒らされた後だったもののその死因は全部刀傷で、驚いたことにそのうち四人は首筋を正面から一撃で刺殺されていたとのことでした。

 

 更なる情報として、組織の見張り役を担当していた遠見の能力を持つ男が、呼子の笛の音に五人が応答しなくなったことに気付いて、遠見の能力が使える位置まで近づいて様子を観察した所、五人は既に死んでいて、死体から剣や財布を剥いでいるテオ君の姿を確かに見たそうです。

 

 遠見の能力で自分が現場の様子を確認していたことに気付いて、すごい形相と速度で追いかけて来たので命からがら逃げ出してきた。間違いなく身体強化で遠見と俊足が使える能力持ちで、纏っていた雰囲気は到底新米冒険者とは思えないものだったと、逃げ延びて組織の他の構成員と合流したときに遠見の男が報告していたとのことでした。

 

「雰囲気が到底新米冒険者のものとは思えないっていうなら、そりゃ実際に新米冒険者じゃないんだろう」

 

 衛兵さんの話を聞いていたギルド長が呟きました。

 

「えっ、でもテオ君のことなんですよね?」

 

 私はきょとんとして首をかしげてしまいましたが、衛兵さんは何かに気付いたようにはっとした表情になっています。

 

「テオって奴はさっきバネッサが言ってたように、ガタイが良くて短い金髪と青い目をしたどこにでもいそうな奴なんだろ。なら、ガタイが良くて短い金髪と青い目をした別の若い冒険者にテオって奴が着てたぴかぴかの初心者装備を着せさえすれば、あっと言う間に身代わりの出来上がりだ。遠見の男が見たのは組織が探してる男と風体が一致している男というだけで、元々テオの顔を知ってるわけでもない奴が本人だと断定できるわけがない」

 

 ギルド長の言葉は続きます。

 

「多分、最初にテオを殺ろうとしたダグが、その場で『闇の牙』との関係のことを話したかなんかで、組織に狙われたことを知ったテオの奴が、個人的に誰か高レベルの冒険者に身代わりを頼んだとかなんだろう。身代わりの中身をやった冒険者が、五人を即座に殺せる高レベルの剣士で遠見と俊足のスキル持ちだったってことだな。別人だよ、別人」

 

 ギルド長の説明は納得できるものでした。

 衛兵さんも多分そうに違いないと首を縦に振っています。

 

 だとしたら、テオ君は身代わりを頼んだ高レベルの冒険者の人に匿われながら今も安全な場所にいる可能性が高いということでしょうか?そうであれば嬉しいことです。

 

「遠見の能力持ちの野郎は人の顔を見張るのが本職なんだろう?バネッサも人の顔を覚えるのが仕事みたいなもんだし、締め上げて似顔絵を描かせてバネッサに見せれば、別人かどうか多分はっきりするだろ」

 

 自分の推理にご満悦なようでギルド長は一件落着といった雰囲気で深々と長いすに背をもたれさせます。ですが、それを聞いた衛兵さんは困り顔です

 

「それが、その遠見の能力持ちの男は今回捕まえられていないんです。

 奴らの話だと街にはいたようなんですが、それこそ遠見の能力を使われて逃げられてしまったみたいです」

「おいおい、締まらねえなあ。俺様のせっかくの名推理に変なオチつけてんじゃねえよ」

 

 ギルド長は呆れ顔でぼやいていますが、私は思わず笑ってしまいそうになりました。

 

 ついでにということで、衛兵さんの要請でテオ君の冒険者登録時の申請書も見せたのですが、テオ君の出身地はタワバの街よりかなり南にあるエレウシス王国でも指折りに大きな商業都市でした。これでは家族に本人がどのような人間なのか話を聞いたり、家族への連絡があればこちらに知らせて貰うなどの方法を取ることもできないと、衛兵さんは結局諦め顔で帰って行きました。

 

 やはり今回の一件の全体像を明らかにするためには、テオ君本人が姿を見せるのを待つしかなさそうです。

 

 

 

 翌月、タワバの街の中心部にある広場で公開処刑が行われました。

 

 対象者は七人。そのうちの三人が新人冒険者狩りの関係者でした。一人は『闇の牙』の頭目マテウス、一人は組織の頭脳兼金庫番のベルナルド、そして最後の一人は実行部隊で新人冒険者狩りの担当だったあの大男ゴンゾです。残りの四人は今回の件とは異なる別の殺人事件の当事者でした。

 

 非合法組織『闇の牙』は解体されました。尋問の結果判明した総ての犯罪に対する処罰として、重犯罪者級として北の鉱山送りになった数人を含め、捕縛された構成員の総てがタワバの街を追放処分になり、人々は街が安全になったといって喜んでいます。

 

 

 結局、その後もテオ君がこの冒険者ギルドに姿を現すことはありませんでした。

 

 ギルド長は、テオ君がもし今も無事にすごしているとしても、このタワバの街の噂が届かないほど遠くにいるかもしれないし、どこかの街にいてタワバの噂を聞いても、街に戻って組織の残党に狙われる危険性を考えれば、その場所での暮らしを続けた方が良いと考えるのが自然で、子供ながらに高レベル冒険者に身代わりを頼もうと思いつくテオ君なら、きっとタワバの街に戻らない方を選ぶだろうから、もう期待しない方が良いと言われてしまいました。

 

 

 今日も冒険者ギルドのカウンターは依頼の受付を行う冒険者たちで溢れています。

 その中にテオ君の姿がないことは少しだけ残念ですが、冒険者に成り立ての若い男の子や女の子たちの姿が数多く見られることを、私は本当に心から嬉しく感じています。

 

 

(第一章 完)

 

 




>>まるで市場で見かける養殖鳥のような変わった髪型をした乱暴そうな大男
03話に出てきたモヒカン男が再登場して物語を〆てくれました。一晩中タワバの街を主人公を探して駈けずり回った挙句、空振りになってキレてしまって、上役に断りもせず冒険者ギルドに乗り込んでしまったようです(モヒカン刈りをしている男性の知能に対する風評被害が……)

>>確かに簡易埋葬された五人分の死体が確認され
半グレ集団の上役は一応構成員の福利厚生にも気をつけているようです。

>>間違いなく身体強化で遠見 と俊足が使える能力持ち
回収した剣を普通に地面に置いていれば草葉の陰で見えないということでアイテムボックス持ちであることはバレなかったということでご了承ください。

半グレ集団を残して強くなったテオ君に将来潰させるかとも思ったのですが、それまでの期間悪を蔓延らせることもないだろう……ということで、モヒカン男に炎上役をお願いしてしまいました。後先考えずにキレるDQNが一人いるだけで組織が傾くのは異世界でも同じと思って頂けたら嬉しいです。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。
頑張れテオ君。とりあえず第一章は生き抜いたけど新人冒険者である君の戦いはこれからだ!

第二章の初級冒険者編の展開も今のところ頑張って考えてはいるのですが、とりあえず一区切りつくことですし、やっぱり反応や感想が全然こなかった……等の主として作者のメンタル面の理由でゴールしちゃった場合は、読者の皆様には広い心でお許し頂けますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。

作者の予想だと、どこかのマンガで読んだ介護施設で石川さゆりさんの持ち歌を歌うアイドルの卵のように、誰でも読んでくれる人を探して次は実験で人気商業作品の二次創作の短編とかを投稿してたりする自分の姿が一番ありそうな未来の気がしていますので、その時には(もはや既定路線?)またどうぞ宜しくお願い致します。

9/8 第一章の公開前の予約投稿作業を終えて

9/30 とりあえず評価はオレンジで感想二つでフィニッシュということになったようです。何がいけなかったのか反省点は今から良く考えてみたいと思います。


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第2章  初級冒険者編 (旧南北街道、商都市フルト)
14話  異世界への順応


大変期間が開いてしまいましたが本作品の第二章にあたる14話~25話の12話分を予約投稿させて頂きました。本日4/8より偶数日の公開になります。全話投稿済ですので感想などがあれば展開予想も含め何でも書き込んで頂いて問題ありません。どうぞ宜しくお願い致します。


「さて、これでとりあえず問題はないかな」

 

 宿屋の一階の食堂入り口のところで一心地ついた俺は言葉を発した。

 

 そろそろ夜が明けてくる時間帯で鎧戸からは白みかけてきた空の様子が伺い知れる。

 俺の目の前には縄で縛られ猿轡の下で必死に何かを訴えかけようとしている老年にさしかかった風体の男女の二人組、即ちこの宿屋の夫婦が転がっている。

 

 食堂の床には先ほど俺が書き殴った『この夫婦は長年に渡り一人旅の宿泊客の食事に睡眠薬を盛り身ぐるみを剥いで殺害しては死体を遺棄していた。領兵に突き出して真贋の鐘による裁きを受けさせるのが妥当と考えられる』という走り書き。

 

 つまりはそういうことだったりする。

 

 タワバの街を予定外の短期間で離れることになった俺は次なる目的地に向かって旅していた。その途上、昨日泊まった村の一軒しかない宿屋で食事に薬を盛られてしまったわけだ。だが、予め索敵スキルで宿屋夫婦の害意を察知していた俺は給仕していた女将の目を盗んで出された食事を皮袋に捨てアイテムボックスに放り込み罠を回避した。

 

 後は俺が熟睡しているものと思って部屋に来た親父を返り討ちにして猿轡にして縛り上げ、しばらくして親父が戻ってこないのを気にして様子を見に来た女将も同じ運命に会わせたのだった。

 

 猿轡の下でもがきながら自分たちの助命嘆願を行う宿屋夫婦と円満にお話しをして、夫婦の持つ全財産の半分で許してあげることにした俺は聖人の部類に入るんじゃないかという気がする。食堂の走り書きを見れば俺を強盗だと強弁することも出来ないだろうから、後は村長あたりに残った半分の資金から幾らか掴ませて事件をもみ消して無かったことにして貰うくらいが関の山だろう。

 

 ここまで何だか手際が良すぎると思うかもしれないが正しくその通り。

 実はタワバの街を離れてすぐ、一人旅の二日目でいきなり同様の手口で酷い目に遭ったのだった。

 

 今日は俺以外宿泊客がいないという村に一軒だけの寂れた宿屋の食堂で何も考えずにたらふく夕食を食べたのが運の尽き。部屋に行ったら調子が悪くなってきて毒だと気付いて、そこでようやく索敵をかけて宿屋夫婦の害意を知っても後悔先に立たず状態だった。

 

 激痛にもだえ苦しみ脂汗をかきながら部屋の鎧戸を開け、逃亡したふりをしてから空いていた隣の部屋の寝台の下に転がり込んで、宿屋の主人に気付かれないよう隠行スキルで気配を消し続けた。吐いてる時の音や吐瀉物の悪臭で不審感を抱かれないよう、懸命に音を出さずに皮袋に吐いてはアイテムボックスにしまうのを繰り返したのを覚えている。

 

 部屋に確認しに来た親父が悪態を尽きながら宿の外を探し回るのを遠目に聞きつつ、ひたすら気分の悪さに耐え続けて夜を越えた。明け方に動けるようになった時には回復スキルと隠行スキルのレベルが一つずつ上がっていたのは自分でも驚いた。やはり命の危機というのは人を成長させる。

 

 階下に降りて暢気に熟睡している宿屋夫婦を手加減しながらたこ殴りにして部屋のかけ布で縛り上げて吐かせたところ、一人旅の足がつかなそうな人間が宿に来た際には毒を盛って殺しては身ぐるみ剥いで捨てていた事を白状した。あまりの話に頭が割れそうになったが、ナイフで頬を叩きながらどう落とし前をつけるか聞いた所、宿屋に存在する限りの金を払って自分たちの身柄を買い戻すというので一応それで見逃すことにした。

 

 この世界でも裁判になると先に手を出した方が原則悪いということになるので、殺しにきた相手に手加減した暴力の返礼で済ませて置いた俺の対応は間違いなく許される範囲内のはずだ。

 

 何だか割と簡単に結構な大金を差し出した所を見ると、宿屋夫婦は後から村の若者にでも追いかけさせてどこかで取り返せる算段があったのかもしれない。だが、日の出とともに村を出て身体強化をかけて北に向けて走り抜け、次の村もその次の村も立ち寄らずに素通りしてしまった俺には勿論何の関係もないことだった。

 

 というわけで幾つかの村や町を越えるうちに次回同じ目に遭ったらどうするのかを考え、宿で知り合った商人から縛る縄、猿轡用の布、糾弾のための書置きをする塗料と筆などを購入しておいたのが今回無事生かされたわけなのだった。

 

 ちなみに結構な金額を払って筆記用具を入手した俺は異世界で意識を取り戻してからの日々まで含めて総て日記に書き残してある。記録というのは後から見直すのに大切な資料になる。しかし見返すと来る日も来る日も暴力の連鎖。全く異世界は殺伐さが過ぎる。

 

 まあ今日の分に関しては睡眠薬ということで食事を入れた皮袋も洗えば済むし実害がなかったので良しとしよう。前回の泥仕合と比べると、今回は睡眠薬を使って部屋を汚さないようにしていた宿屋夫婦も熟練の技だったし俺の対応も洗練されていた。

 

 気を取り直した俺は朝日を浴びながらにこやかに門番に挨拶をして村を出た。そのうちいつまでたっても営業が始まらない宿屋に気付いた誰かが覗きに行って、宿屋夫婦と二人のこれまでの悪事を発見するだろう。一応念のため後方を気にした索敵は定期的に行う予定だが、今日は誰かが俺の後を追いかけてくるという事態にはならないはずだ。

 

 初夏を感じさせる陽気の中、街道と言いつつせいぜい馬車一台がなんとか通れる程度の幅の道をひたすら進む。タワバの街を出てからはずっと平けた高低さのない田舎道を進んできたが、領界を越え王国中部圏に入ってからは近場に山の連なりなどが見えてきて景色も変化してきたようだ。

 

 さて、現状を確認してみよう。現在の俺のレベルは12。タワバの街で鑑定した時に思ったように、この12というレベルはその日に見たとさか頭の大男と同じ値になる。闘いを専門としないその辺にたむろしている街のチンピラの中でなら、かなり強い部類に入る程度という感じになるだろう。

 

 戦闘を専門とする人間ではレベル20に到達すると一応一人前とみなされる世界のようで、街を守る衛兵の上位者がその位の目安となる。王国の上級貴族の子弟は成人の儀が終ると最低でも養殖で一気にレベル20まで到達させるのがならわしらしい。

 

 領軍や国軍の中核となる騎士団ではどこでもレベル25が最低限ライン、平均レベル30を超えるのが錬度の標準とみなされるようなので、とりあえず早期でのその水準への到達を目標に考えたい。

 

 元々の予定では安全マージンを取りながら時間はかかっても良いからタワバの冒険者ギルドでレベル20くらいまでは……と思っていたのが、程々レベルは上がったとはいえ高々月が半分巡るほどの短期間でタワバの街を離れるはめになるとは予想もしていない展開だった。

 

 次の目的地はとりあえず王国中西部で冒険者ギルドのあるアボンという街にしようと考えている。転生前に女神様の元でチェックした際には魔法のレベル上げを行うのに適した魔物が出るはずだった。せっかくだから次はゆっくりと色んな魔物を見てみたいし、とりあえず放ってあった火魔法やら水魔法もレベルを上げたい気がする。

 

 現在、俺はタワバの街を離れてから王国西部を貫く旧南北街道と呼ばれる商用路を北に向かって進んでいる。旧という名前が付いている所からも解るように、昔は賑わっていたものの王国全体が王都の移転も含め東部に向かって発展した結果、今は廃れて行きかう人もそれ程無い街道だ。

 

 王国東部に新しく南北を貫く街道が整備され新南北街道と呼ばれていたのが、交通量の逆転であちらに本家の南北街道の名前を取られて、こちらが旧南北街道と呼ばれるようになったという経緯があるらしい。

 

 もうしばらく行った所に東部から合流する道があり中部圏での主要商用都市へと通じていてそこが直近の目標地点になっている。

 

 王国中部圏は山が多い。嘗てのこの地方の繁栄も鉄鉱山などからの鉄の産出に依存するものだった。二百年程前に鉄鉱脈を掘りつくして鉱山都市の機能の一部が商用都市に変わる形で交通の便の良い東側に少し動いたという歴史があるそうだ。

 

 これが何に繋がるかというと旧鉱山の廃棄された施設などに住み着いた山賊などが存在することで、都市から旧街道を通って王国を北西方面に抜けようとすると山賊に狙われる危険がとても大きいということになるのだった。旧街道の衰退に山賊も間違いなく一役買っている。

 

 とりとめの無いことを考えながら、アイテムボックスのおかげで軽装のまま快適に旅を続けると山岳域の麓に到達した俺の索敵に輝点が現れてきた。輝点の動きが活発なので精査してみると戦闘状態モードにあるようだ。

 

 これはもしかしてと思い鷹の目を使うと見事に山賊に襲われている馬車の姿が目に入ってきた。まだ東部からの道の合流前だというのに山賊の活動もお盛んなことだ。俺は山賊の連中の実態がどのようなものかを確認するため意識を集中するのだった。

 

(15話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル12

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法10 土魔法5 回復魔法3 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法3 強化魔法1 剣術12 槍術4

 

 




ここまで読んで頂いて有難うございました。
(あと前章の終了後に評価や感想などを頂きました方には、果てしなく遅くなりましたがこの場を借りて深くお礼申し上げます)

長期間置いてありました作品ですが、この間から少し纏まった時間が取れましたため第二章の分を書き上げて投稿させて頂きました。作者の頭の中に作品の先までの話の展開の予定はあるのですが、本章、そして次章を通じて主人公がひたすら最弱の状態から抜け出す努力をする過程になりますため、作品のメインヒロイン候補になる高貴な身分の少女たちの登場には物語上まだしばらくかかりますことをお許し下さい。

あと、この作品では主人公がひたすら自分の秘密を隠してレベル上げするせいで、主人公が一人で行動することが多く、誰とも会話が発生せず独白の嵐になるのが如何ともし難い点になっています。こちらも当面お許し頂きたく思います。

次回、15話は4/10 23:10に予約投稿済です。


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15話  山賊達への強襲

 山岳域へ入った途端の山賊との遭遇。現時点ではかなりの遠方であり俺自身が襲われたわけでも無いため、聞きしに勝る山賊の活動ぶりだな……という以外の感想は沸いてこない。

 

 襲われているのは単独で往来していた商人の荷馬車のようで、視界の範囲内で冒険者風の護衛が四人と馬車の上に登り震えている商人が二人。登場人物の全員が男だ。襲っている山賊の方も男ばかりの七人組で、数の優位を活かして護衛の冒険者達を着実に追い詰めている。

 

 と見ているうちに冒険者が一人二人と斬られて均衡が崩壊した。後はもう予想通りの展開で、残りの二人もすぐに囲まれて倒されると山賊達は商人二人を馬車から引き摺り下ろした。商人たちは命乞いをしているようだったが、山賊達はその様子を見て笑いながら何の躊躇もなく殺してしまった。場合によっては助けに入ろうかと考え距離を詰めてはいたのだが、横合いから介入する間もないあっという間の出来事だった。

 

 山賊達は見る限り無傷のようだ。商人のいなくなった馬車に取り付いて積荷を物色している。一番の下っ端らしい男が馬を馬車から外して街道とは外れた方向に連れて行った。やはり馬はそれなりの財産価値があるものと見なされているようだ。リーダーらしい男の指示の元、部下の五人は背負いかごに選別したらしい荷物を分散して持ち山へ向かって歩き出す。見せしめのためかご丁寧にも荷馬車には火をつける徹底ぶりだ。

 

 隠行スキルを使いながら六人組になった山賊を追尾していく。さて、どうしたものか。

 索敵スキルで見ると、街道沿いから山道に入った時点で六人とも輝点は戦闘状態を示すものでは無くなっている。おあつらえむきにかなりの急傾斜の崖のような箇所に山賊達は差し掛かった。これは仕掛ける絶好の機会じゃないか?

 

 前の三人が崖を越えようとする時点で、俺は風魔法を起動して先頭を行くリーダーの頚動脈を狙って放つ。間髪を入れずに山賊達の後ろ半分がいる崖っぽい急斜面を土魔法で崩した。

絶叫を上げながら山賊のリーダーが倒れ、「襲撃だ!」と叫びながら崖の上の二人が周囲を見渡す。

 

 残りの三人は一人がかなり下の方まで転がり落ちて行き一人は崖の途中にへばり付いていて俺の前には最後尾にいた最も下っ端らしい男が殆ど無傷な様子で着地している。

俺は剣を手に山賊達の前に姿を現し、眼前の下っ端に鑑定をかける

 

『ドガ 人族 23歳

 ジョブ:盗賊 レベル11 …』

 

 げっ、思ったよりレベルが高い。俺と一つしか違わないぞ。

 内心での焦りを隠して下っ端に斬りかかり剣を合わせて力任せに押さえつける。よし何とかなりそうだ。一安心した俺は横目で崖にへばり付いている男を睨み、崖中で土槍を生成して太腿に突き刺す。絶叫を上げながら男が転がり落ちてくる様子に一瞬注意をそらした下っ端の体を崩して剣を持つ手元を斬り付けてダメージを負わせる。

 

「でめえ、何しやがる」

「魔法剣士だ、注意しろ!」

 

 山賊達は口々に喚くが、とりあえず剣を手放した下っ端の首筋に向け手をかざし風魔法をぶつけるとそのまま横倒しに倒れて動かなくなった。先ほどのダメージが効いていて無事風魔法は致命的な深手を負わせれたようだ。これで一人。

 

 視線を横に向け、先ほど太腿を土槍で貫かれて崖から落ちてきた男に鑑定をかける。剣も手放してしまったようで、俺の方を見ながら這いずって少しでも遠ざかろうとしている

 

『人族 レベル15』

 

好都合だ。

 

「寄るんじゃねぇ。お前何者だよ」

「さあ、何だろうな」

 

「み、見逃してくれよ」

「ダメだな。お前たちさっき命乞いしてた商人を笑いながら殺してただろう。見てたぞ」

 

 レベルと精神的な強さは特に関係ないのか、今にも泣き出しそうな顔でガタガタ震えて命乞いする男に大股で近づいて剣で首を刺す。これで二人。

 

 崖の上の二人は俺を睨みつけているが、何とかして崖を降りて俺と戦おうとする様子は見せていない。俺が男を崖から落とした様子を見て魔法攻撃を警戒しているようだ。ならば残りは一人。俺は踵を返し足早に山を降りる方角へと向かう

 

 崖から落ちた後に急斜面を転がって行った男を途中で見つける。右足首を酷く挫いた模様で立てないようだ。攻撃方法を決めるために、とりあえず鑑定をかける。

 

『人族 レベル14』

 

 本来ならば格上で対処に迷うところなのだろうが既にダメージを与え済なので攻撃は通る。軸足にして何とか立ち上がろうとしている男の左足の腱に風魔法をぶつければ簡単によろける。さらけ出したわき腹に剣を突き刺せば口から血を吐き動きを止めた。これで致命傷となったはずだ。

 

 もう充分だろう。長時間この場に居続けると山賊側の増援など何が起きるかわからないので手早く撤収することにする。急ぎながらも慎重に山を降りて、街道に合流する先ほどの襲撃現場へと戻ってきた。索敵で調べても近づいてくる輝点は存在しないが、とりあえず危険域を離れることにして身体強化をかけわき目もふらず北を目指す。残念ながら商人や冒険者の身元確認や埋葬で時間を取られるリスクは取れなかったので総てそのままの状態で置き去りだ。

 

 走っている途中で自分に鑑定をかけたが、今日の山賊達への襲撃で崖から落ちた二人を殺害したことで予想通り剣士レベルが2上がって14になった。風魔法のレベルは下っ端を殺した分が上がっただけでまだ11か……

 

 襲撃現場から距離をとって一心地着いて止まった後に再度鑑定をかけてみる。恐らくレベルの高かったリーダーも時間の経過で死んだのだろう。風魔法のレベルも無事12となっていた。これで今日の一件も終了だ。

 

 自分よりレベルが高い人間が五人もいる集団にその場の思いつきで仕掛けるというのはどうにも褒められない行為だった気がする。剣の補正効果がもう使えなかったのも大きかった。結果は良好だったとはいえ一つ間違えば碌でもない事態になっていた可能性もある。

 

 鑑定結果を眺めて頭をかきながら何やかや考えていた俺の視界に何か黒いもやが横切った。驚いて身じろぎしたところ黒いもやは俺と一緒に動いている。動きを止めて確認してみると、黒いもやがあるのは俺の左手?

 

 アドレナリンが大量に出ていて気付かなかったようなのだが、どうやら左手の手のひらを切っていたようで血が出ている。鑑定で黒いもやになっているのは、この怪我していた手の平だ。ということは鑑定の機能でアナログ式の身体の状態異常箇所表示が働いているということか。

 

 確認してみよう。左手の手の平を見て鑑定をかける。手の平の傷の部分を中心に円形の黒いもやがかかっている。手の平に回復魔法をかける。手の平の傷が小さくなるにつれ黒いもやは薄く小さくなり傷の治りと共に消滅した。予想通り身体の状態異常表示で間違いない。

 

 これは役に立ちそうな気がする。というより何故、前回タワバの宿屋で回復魔法のレベル上げを試したときに気付かなかったんだという自分の間抜けさへの呆れの方がより大きい。

 

 こうして山賊達との初めての邂逅は、レベルアップと多くの反省点と鑑定の新しい知見を得て終了したのだった。

 山賊のレベルは街中にいる半グレの連中よりも概して高い。注意しないとな。

 

 

(16話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル14

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法12 土魔法5 回復魔法3 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法3 強化魔法1 剣術14 槍術4

 




次回、16話は4/12 22:40に予約投稿済です。


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16話  行商人への増援

 因縁を作った山賊連中から離れようと野宿込みの駆け足で街道を進んだ俺は、翌日には東部からの街道との合流点に辿りついた。ここまで来たら直近の目的地である商都市フルトまで後一日程度の道のりだ。

 

 元々の王国西部での南北の人の行き来よりもこの先の商都市と東部諸都市の往来の方が多いようで、東部から合流してくる道と合流後の道の方が心なしか広く整備もされているように感じる。

 

 フルトに付いたらとりあえず武具屋によって半グレ団からせしめた防具や剣を処分して身軽になりたい等と考えていた俺の前方に複数の輝点が現れた。どうやら商隊らしいが、今しがた合流した東部方面の道からの来訪者かもしれない。

 

 等とのんびりと思っていたのも、西側山手から新たな集団の輝点が出現して明らかに商隊に向けて接近し始めるまでだった。

 

”連日の山賊のお出ましか……”

 

 距離と山賊達の移動速度を考えると今回は間に合うかもしれない。俺はとりあえず身体強化をかけ全速力で街道を先へと進むのだった。

 

 俺が南方から現場に近づいた時には山賊達と商隊の護衛たちとの戦いは始まってしまっていた。昨日の襲撃現場を再現するかのように襲撃側の山賊は男七人で商隊の方は護衛が四人。男二人女二人の構成だ。違っているのは今回は荷馬車が二台で戦闘での頭数にならない商人が三人という部分だけだ。

 

 護衛の男のうちの一人、四人の中でぱっと見で腕が一番立ちそうな男が山賊を一人斬り捨て、指示を出している山賊のリーダーの方に向かった。頭を潰すことで数の劣勢を覆そうという考えだろう。間をおかずに二人は斬りあいに入るが、実力的には年齢が若そうに見える護衛の男の方が劣勢のようだ。助けるならこいつが斬られる前にしないとな。

 

 判断した俺は現場を斜め後方から廻り込んで気休めに隠行をかけながら山賊リーダーの背後に駆け寄る。あと数秒、何とか間に合うかと思った瞬間に護衛の男が袈裟斬りにされる光景が目に入ってきた。だが、ここまで来れば俺のやること自体はもう変わらない。俊足のスピードに乗ったまま残心の体勢になっている山賊リーダーの背後から心臓を目掛け身体強化をかけた剣を突き込む。

 

 俺の一撃は問題なく山賊リーダーの身体を貫通した。悲鳴を上げながら仰け反った姿で剣で宙吊りにされた後、投げ捨てられるリーダーの姿が現場に晒される。鑑定をかけたところリーダーのレベルは17でやはり俺より格上の相手だった。こちらを見て動きを止める山賊達。

 

 一番近くにいた手下の一人に鑑定をかけるとレベル12だったので馬車に向け俊足で横を通り抜ける際に剣を薙いで胴を切断する。問題なく致命傷になったはずだ。そのまま前方で赤毛の女冒険者と斬り合っていた山賊を鑑定するとこいつもレベル10だったので俺を認識して逃れようとした動作に入った所を無造作に踏み込んで正面から斬り裂いた。

 

 残りは三人のはずと思い見渡すと馬車に取り付いていたレベル12の男が劣勢を悟って逃げようとしていたので俊足で近づいて刺し貫いた。最後に残った二人を探すと、男女二人組の護衛が残りの二人を相手に戦っていたのが、ちょうど女冒険者が斬られて気を取られた男の方も続けざまに倒される光景を目にしてしまった。

 

「嫌よ!嫌! ミア、ダンしっかりして!

 ゼオン、ミアとダンが……ゼオンはどこ!」」

 

 同じ光景を目撃したらしい俺が助けた女冒険者が、斬られてしまった仲間の冒険者に向かって走りながら名前を叫んでいる。取り乱した状態で辺りを見回し男の姿を探している。

 最初に男が斬られたのは自分が斬り合っていたせいで認識できていないようだ。

 

 二人を斬った山賊達はすぐさま踵を返して山に向かって逃走を図っている。鑑定、レベル11と13か。魔法を見られて良いものか少し迷うが、ここで殲滅するべきだと判断して風魔法を起動して山賊二人の背後から風の刃をぶつける。予想に反してレベルの高い相手にも深手を負わせたようで二人とも倒れこんでいる。

 

 戦意を失った逃走時には戦闘状態は解除されているということなのだろうか。次回、同じ状況になった場合には索敵で確認してみよう。

 

「ゼオン、ゼオン。しっかりして!嫌よ!起きて、目を開けて!」

 

 女冒険者が仲間二人の下に向かう途中で最初に斬られた男冒険者の存在に気付いた。駆け寄って膝を着くと身体を抱きしめて泣き叫んでいる。恋人とかだったのだろうか。声をかけるのも憚られたので少し距離を置いて急ぎ足で通り過ぎる。

 

 倒れた山賊二人組の場所に着いた俺はレベル11の方は土槍でレベル13の方は再度の風魔法で止めを刺してから剣で傷を上書きして商隊の方向に戻ることにする。

 

 状況終了の雰囲気だが一応確認と思い索敵の輝点を調べると、女冒険者と斬り合っていて俺が正面から斬った男は防具越しだったせいか息があるようだ。

 

「お願い、私にやらせて!」

 

 最後に残ったレベル10の下っ端を土魔法のレベル上げの素材にしようかと思った所に後ろから声が掛かった。先ほどまで斬られた冒険者パーティの男を抱きしめて泣きじゃくっていた女冒険者だ。それほど拘るべき場面でもない。逆らわず譲ってやることにする。

 

「み、見逃してくれ」

「ダメよ。貴方たちのせいでゼオンもミアもダンも死んだわ。私にとって命と引き換えにしても良いと思えるくらい大切な仲間だったのに……絶対に許さない。最後に残った貴方には責任を取ってもらうわ。苦しんで苦しんで死んで頂戴!」

 

 ギラギラした瞳で近づいてきた女は命乞いする下っ端の言葉をはねのけると、逆手に持った剣を倒れていた男のふくらはぎに突き刺した。静かになった荒れ野に男の絶叫が響き渡る。

 

 これは俺が見ていて良い場面でもないだろう。俺はその場を離れ商人の方に向かうことにする。

 

 恰幅の良い商隊の主らしい中年男性が馬車を降りて俺の所に近づいてくる。

 

「今回はご助力を有難うございました。私はフルトを拠点にしている商人のデイルと申します」

「いえ、助けに入るのがもう少し早く出来たならと残念に思います。犠牲になった方々には哀悼の念を表させて頂きます」

 

 俺のような明らかに年下の若造にも深々と頭を下げて感謝の意を示してくる。

 この人は結構な人格者のようだ。デイルさんと呼ぶことにしようと心に決める。

 

「油断していました。これまで幾度も利用していたのですが東部から合流する道を使ってフルトに入るまでの区間で襲われたことは無かったのです。東部に出向いていたとはいえ、現在これほどまでに山賊が跋扈していると気付かなかったのは商人失格級の判断違いでした。うちのヤンと『新緑の森』の冒険者の皆さんにも取り返しの付かないことになってしまいました」

 

 意気消沈した表情でデイルさんは言う。

 

「リズさんの様子を見てきます」

 

 先ほどの女冒険者はリズというらしい。しばらくしてからデイルさんに肩を抱かれて戻ってきた。山賊と戦っているのを見かけた時に思ったのだが、肩口で切り揃えた赤毛の髪が印象的で目力の強いハシバミ色の瞳と整った凛々しい顔立ちをしている。

 

 だが、今は倒れこみそうに肩を落とし直視が躊躇われるほどの憔悴振りだ。

 

 デイルさんによると護衛だった『新緑の森』パーティは田舎から出てきてこの二年一緒にやってきた幼馴染四人組だったらしい。ということは17、8歳ぐらいということだろう。独りだけ残されてしまったということならそれは堪えるだろうな。

 

 こうして一応今回の商隊襲撃騒動は終わりを見た。

 襲撃側の山賊七人は全員死亡。商隊側は従業員一人と護衛の冒険者三人の死亡という結果になった。後、襲撃された際に足止めに後ろの馬車の本体が攻撃されていて後輪が破壊されたそうだ。

 

「こちらの馬車は後輪が破壊されていますので動かすのは難しそうです。前の馬車に詰めるだけ詰め込んで廃棄するしかないかと考えています」

 

 デイルさんの言葉に俺は考える。これはもしかしてこのダンテさんより格上そうな商人に恩を売る機会なのではないだろうか?

 

「あの、実は私は低レベルでごく少量ですが収納魔法を使えます。身軽な冒険者暮らしで荷物も殆どない状態ですので、幾らか荷物運びのお手伝いを出来ると思うのですが……」

 

「ええっ、収納魔法ですか。それは素晴らしい。私たち商人にとっては喉から手が出る程に欲しいスキルです。少し確認させて頂いても宜しいですか?」

 

 収納魔法を使って荷運び可能だという俺の言葉に、いきなり前向きになったデイルさんが身を乗り出してくる。

 峠の戦いで収納魔法のレベルが上がった所からは防具一個と強盗宿屋対策品しか追加してないから余裕あるよな?

 

 詰めてみたら確かに余裕だった。デイルさんの希望で優先順位一番は勿論、亡くなった従業員と冒険者パーティメンバーの遺体。教会で弔いたいとのことでデイルさんはしごく真っ当な人格者だという気がする。その後で馬車二台の荷物で残った馬車に載せ切れない商品を、デイルさんの指示で生き残った方の従業員の男が並べ直す。価値の高そうな物から順に入れていった所、結局荷物だけなら全部入ってしまった。

 

「ごく少量とおっしゃっていましたが、ここで見た限りでも容量はかなりのもの。収納のスキルを活かして何かなさろうとは思わないのですか?」

「実はフルトの街についたら、商業ギルドに登録できないかとは思っていたのです。ただ私の場合は街に直接の知り合いもいないことですし」

 

 デイルさんの言葉に俺はフルトの街についたらしようと思っていた計画を話す。

 

「ああ、それならば私が商業ギルド登録の推薦人になりましょう。今回のお礼と思えば容易いものです」

「それでしたら、もしご迷惑でなければお願いできますか?」

 

 計画通り。襲われている商隊を助けて商人の知り合いを作るというのは実は山賊イベント介入の大きな目的の一つだったのだ。

 

「あと、出来ましたら収納スキルのことは内密にしたいのですけれど……本業は冒険者で商売は副業としてやりたいと思っていて当分は冒険者としてのレベル上げに専念することになりそうですので、こちらに関しては普通の駆け出しとして小さく始めたいのです」

「そうですか。収納スキルありということで登録すれば、最初からギルド経由で実入りの良い仕事を回して貰えるのにと私などは思ってしまうのですが、確かに冒険者をしながらの副業として小さく始めたいというのでしたら、言わないのもありかもしれませんね」

 

 俺の物言いにデイルさんは少し首をかしげたが、副業だからという言葉に一応納得したようだ。良かった、変な所で悪目立ちしたくはないからな。

 

 馬車一台だけになった商隊は再度出発したが、大して進まないうちに夜を迎えた。やはり一台の馬車に載せれるだけ荷物を載せてしまったのが難点だった模様で、二台目の馬車を曳いていた馬を加えた無理やりの二頭立てでも窮屈なのか馬が疲れてしまったようだ。

 

「今日は俺が見張りをしますから、皆さんはお休みください」

「それは、ありがとうございます。明日のこともありますため、それでは私どもはお言葉に甘えて休ませて頂きます」

 

 日常の一部ということでなんとか野営の準備をして無理やり夕食を終えた商隊一行。

 自分以外の仲間全員を失ったばかりで傷心状態のリズが夜の護衛任務をまともに出来るはずもないので、デイルさんに向かって俺は宣言した。

 

「一晩くらい俺一人で大丈夫だから寝てて良いよ」

「ありがとう。悪いわね」

 

 膝を抱えて焚き火をただ見つめているリズにも一応声をかける。

 期待していなかったのだが、予想外にもまともな返事が返ってきた。

 

 しばらくすると焚き火のわきで毛布にくるまった姿勢に皆落ち着いたようだ。

 

 俺にとっては索敵に人や大型の獣を示す輝点が現れなければ良いだけなのだから、夜の見張りは簡単なものだ。何か考え事をして起きてさえいれば問題ないということで、昨日と今日あった戦いを反省してみる。

 

 今日の展開を振り返ってみると他人の戦闘に介入するというのは格上の相手を横合いからほぼ安全に倒して利益を得るという意味ではとても美味しい。ただ格下の相手を効率良く剣術以外のレベル上げの養分にしようとするには支障が出ることが多い。こんな感じだろうか。もう少し早く現場に到達できていれば冒険者パーティは全員助かった可能性もあるが、そこまで俺の手は長くないと思うしかないだろう。

 

 まあ今日更にレベルが一つ上がっただけでも自分に取っては充分に良かった。

 

 タワバでの前回のトラブルを思うと、アボンの街で冒険者に登録する前に更に一つでも二つでもレベルを上げておくべきだろう。

 

(17話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル15

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法13 土魔法6 回復魔法3 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法3 強化魔法1 剣術15 槍術4

 

 




感想欄のコメントで指摘がありましたため第0章の後書きの修正と、第0章の内容にのみ関係しているタグ(妹、純愛、婚約)を削除を行いました。あと今回、名前付きの味方側キャラ(本当にただ名前がついているというだけですが)の死亡事例が発生しましたため、良い機会ということで今後の展開で必要になる可能性を考慮して「味方主要キャラの死亡、背信、決別あり」というタグを追加しておきました。

次回、17話は4/14 22:10に予約投稿済です。


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17話  商都市への停留

 野営で一泊して街道を進み、翌日の昼過ぎにはフルト南門の外壁前に辿り着いた。公的には無関係ということでデイルさんたち一行と離れ、俺は普通の旅人用の出入り口に並ぶ。タワバの街で作った冒険者カードは見せるつもりはないので、今日を含めて三日後の期限が書かれたとりあえずの滞在許可証を銀貨二枚で発行してもらって街に入った。

 

 王国中部圏有数の都市ということで建物も立派で人ごみもすごく、かなりの賑わいが感じられる。入り口近くの指定場所でデイルさんたちと再合流して、まずはデイルさんの商会に向かう。

 

  門から続く大通りをしばらく進んだ後の幾つ目かの十字路で右に曲がり、表通り並みとまではいかないがそれなりに人通りのある大きな道を行くと、デイルさんの名前が書かれた商会に到着した。デイルさんは迎えに出た奥さん、娘さんとの感動の対面もそこそこに、険しい表情で店の従業員に対して馬車への襲撃があり即座の後処理が必要であることを告げた。

 

 馬車と共に商会の倉庫に誘われてアイテムボックスから荷下ろしを行う。あと今回の襲撃で犠牲になった従業員と冒険者三名の遺体を出したが、冒険者に関しては商会の人力台車を貸し出してもらいそちらに乗せて運ぶことになった。げんなりすることに身元確認のため袋につめた山賊の首七人分のおまけが俺の担当だ。

 

 人力台車に関しては昨日から殆ど喋らないリズが全員自分の幼馴染だから自分が運ぶと言い張った。少し心配したが大した距離はないから良いだろうということで、冒険者ギルドまでとその後の教会までの遺体の運搬はリズの役目ということになった。

 

 力仕事が明らかに駄目そうなデイルさんはともかく、女の子に台車を引かせて後ろから手持ち無沙汰で袋を担いで着いて行く俺を見る街の人の視線はなんだか冷たい感じがした。

 

 冒険者ギルドの受付でデイルさんが今回の商隊の護衛依頼の契約書を見せ事情を説明したところ応接室に招かれる形になった。立ち会ったハマンさんという名前の副ギルド長とカルロさんという事務職員を前に、デイルさんが自身の視点で山賊の襲撃がどのようなものだったかを詳しく解説した。

 

 頷きながら説明を聞いている副ギルド長は穏やかな雰囲気の頭の薄い歳のいったおっさんという風貌だったが、実は高レベルの強者という雰囲気をそこはかとなく醸し出している。勿論、副ギルド長に鑑定をかけてみる等という命知らずの真似はできない。

 

 戦闘の経緯に関しては、冒険者としての責任の一部と思っているのかリズが中心となって説明し、所々聞かれた点に関しても簡潔かつ客観的に話していた。

 

 俺に対してはたまたま襲撃現場に立ち会った腕に結構自信がある冒険者登録予定の現在無職の一般人ということで、俺目線での戦闘の様子を聞かれただけだった。

 

「相手が山賊なのは明白だったので、商隊に助力することにして山賊側を背後から襲いました。最初にリーダーを倒せたのは運もあったと思いますが、残りの六人に関しては大した腕前とは思いませんでした」

 

「最後の二人は男女二人組で戦っていた護衛の人たちを殺害した後、劣勢を悟って山側に逃げようとしたので俺が追いかけて殺しました」

 

 うん、別に嘘は吐いてない。風魔法のことを言わなかっただけだ。デイルさんは何も気付いていなかったようだし、リズはこちらに目を向けたけど追加して何かを言うことはなかった。魔法が使えるのは原則貴族の血が入っている者だけで、俺は先ほど田舎から出てきた流れの剣士として自分を説明したばかりなので、リズとしてはこの場でことさら状況を複雑にすることもないと思ったのかもしれない。

 

 持ち込んだ七人分の山賊の首に関しては、俺が最初に後ろから刺したリーダーの男が賞金首として登録があるのが確認された。実力的にもレベル20より下だったので悪党としては最底辺レベルだ。これで問題無く山賊認定されて報奨金と残りの人数分の所定の賞金が支払われることになったので、デイルさんと目配せして護衛作業に関連して発生した褒章ということで全部リズに渡すことにした。

 

 結局、事件としては大した実力も規模もない山賊一味が、山賊の縄張り争いにならなそうな場所を選んで、これまた小規模の初級冒険者パーティに守られた通りがかりの商隊を襲った単発的な事件という結論になったが俺的にもまあそんなものだろうと思う。

 

 冒険者ギルド的には一応確認のため襲撃現場への調査要員を送るそうだ。何が起きるということもないだろうが、風魔法で倒したり土魔法で止めを刺した奴らに剣で傷を上から付け直しておいたのは良かったと思う。

 

 ついでというか聴取が終って部屋を出るときに、副ギルド長からこのフルト支部で登録して活動する気はないのか?と尋ねられた。テオという名前からして15歳だし、最底辺とはいえお尋ね者を討ち取っているのだから有望な新人候補になるとでも思われたのかもしれない。

 

 父の知り合いの下級貴族の子弟が北部にあるギルドで一緒にやらないかと誘ってくれているので残念ながら……と予め考えておいた言い訳を使って辞退しておいた。

 

 冒険者ギルドでの用事が済んだので次は商会に戻って亡くなったヤンという従業員の遺体も伴い教会へ向かう。今回の襲撃で亡くなった四人に対する葬儀のためだ。デイルさんの本業の商業ギルドの方は商会で分かれた生き残りの従業員が連絡するので問題ないそうだ。

 

 冒険者ギルドが街の入り口付近にあるのに比べて、教会は街の大通りのかなり奥の貴族など上流階級が住む区域の近くに位置している。上流階級の人間も平民階級の人間も等しく通える施設という建前からの必然であるようだ。道も少し上がっている感じなので人力台車を引くリズに一声かけて俺も後ろから力を添えて押す感じにする。女の子独りに台車を引かせるより街の人の視線が厳しくないぞ。

 

 教会の敷地に入って近くまで来て見ると礼拝堂はかなり大きい。石造りで5階建てくらいの高さがあり、この世界に生まれ変わってから俺が見る最大の建物で間違いない感じだ。勿論、家名を持たない平民が入れる区画など高が知れているのだろうが、それでも荘厳さと威圧感が奏でる教会礼拝堂の有り難味はかなりのものだ。

 

 デイルさんが受付を済ませるのを、手押し車と一緒に俺とリズの二人で建物の外で待つ。もうすぐ別れになってしまうのが解っているので、リズは仲間三人の顔を見続けている。

 

 デイルさんが担当になったらしい初老の男性である司祭様と恰幅の良い中年男のお付きの人と共に戻ってきた。司祭様に導かれて敷地内をしばらく進んで、葬儀の場になっている中央部だけ窪みのある小高い丘になっていて残りが綺麗な芝になっている奥まった広場へと案内される。

 

 予めデイルさんに言われて普通の衣類のみを纏った姿になっている四人が俺とデイルさん、俺とリズの手で窪みの中に横たえられる。お付きの人は遺体運搬の力仕事の人手が足りない場合の要員のようだったが、今回はデイルさんもリズも自分でやりたくて俺という助っ人もいたので出番が無いことになったようだ。

 

 司祭様が祈りの句を唱える。現世での勤めを果たした彼らが女神様の身元に帰って魂が安らかに過ごせますようにとの内容だ。後もう少しだけ早ければという後悔のあった俺もデイルさんとリズと共に黙祷をしながら手を合わせて祈りを捧げる。

 

 王国の葬儀は貴族階級だけが埋葬で他の一般人は原則火葬ということで、司祭様が祈りの終わりの言葉を告げて俺たちに顔を上げて心の準備をするように促す。しばらくの溜めの後に前世で見た火炎放射器の動画のように、灼熱の炎が司祭様の両手から放たれ四人を包んだ。高レベルの火魔法なのだろう。

 

 どのような仕組みになっているのか炎に包まれた遺体があっと言う間に形も残らず灰になるのを、俺はデイルさんとリズと共に見送ったのだった。

 

「ヤンさん、ゼオンさん、ダンさん、ミアさんは、間違いなく女神様の元にお戻りになられました」

 

 司祭様の言葉に俺たち三人は深く頭を下げ感謝の意を示して葬儀は終った。

 デイルさんとリズは書類記入と支払いがあるので建物の中へと入っていった。手持ち無沙汰になった俺は、敷地の外までの見送りまでが仕事らしいお付きの人に尋ねてみた。

 

「教会だと冒険者が怪我した場合に治療をしてくれる、治癒術士の方がいると聞いたのですけれど」

 

「ええ、いらっしゃいますよ。ちょうどあそこに見える人たちの中で白い修道服を着た女性たちが治癒術士の皆様です」

 

 これから何かの行事なのか、結構な人数の一団が教会敷地内を他の建物に向けて移動している様子が見て取れる中、確かに簡素な白い修道服を纏った女性が数名いる。あの人たちが治癒術士なのか。とりあえず一番後ろを歩いている下っ端らしい若い修道女に鑑定をかけてみる。

 

『タリサ 人族 16歳

 

ジョブ:治癒術士 レベル1

スキル:回復魔法1 治癒魔法1 洗浄魔法1

HP 8 MP 11 STR 3 INT 3 VIT ……』

 

 確かに治癒魔法のレベルがある。でも最低レベルだな。これなら他の人も恐らく行けそうということで、先頭を行くお局感のある修道女にも鑑定をかける。

 

『エバ 人族 29歳

 

ジョブ:治癒術士 レベル3

スキル:回復魔法3 治癒魔法3 浄化魔法1

HP 9 MP 21 STR 4 INT 3 VIT ……』

 

 なんだか予想外の結果というか、レベルが全然高くない。俺の回復魔法がレベル3でこのお局修道女の治癒魔法がレベルも3で回復魔法もレベル3ということは、俺の現在の回復魔法で回復できる傷の程度しかこの修道女は自分も他人も治せないということになるのか?

 

「あの、腕や足を欠損した場合にはお金を出して教会にお願いすれば、治癒して頂けるというわけではないのですか?」

 

 俺は横を向いて恐る恐る尋ねてみる。

 

「ああ、そのように勘違いして教会に見えられる方もいますが、教会で出来るのは傷口を塞いでそれ以上体調が悪くならないようにするだけですよ。女神様の神話に出てくるような腕や足を失っても治癒で簡単に元通りになるなどということはありません」

 

 にこやかな笑顔で断言されてしまった。それだと夢も希望もないな。

 

「ただ王都にいらっしゃる今代の聖女様は、剣で斬られた手首から先を治癒魔法で確かに再生したという逸話があるそうです」

 

 と思ったらいる所にはいるのか。聖女様、一度見てみたいものだよな。

 

 とりとめもなく考えているうちに、デイルさんとリズが戻ってきた。

 二人から葬儀への参加を丁寧に感謝された後、俺たちは教会を後にしたのだった。

 

 こうして怒涛のフルト滞在の一日目は終った。デイルさんには明日の用事もあるので商会に泊まってはどうかと誘われたが、これ以上気を使わせるのも何かと思い翌日の商業ギルドでの待ち合わせ時間を決めて分かれることにした。リズも宿だけ紹介してもらいお別れということになったようだ。

 

 後片付けまで全部すると山賊襲撃は大変だということが良く解った。見ていた限り山賊退治の報奨金自体は大した物ではなかったし、次回は必ず現場での山賊の処分だけで済まそうと心に誓った俺だった。

 

(18話に続く)

 




次回、18話は4/16 21:40に予約投稿済です。


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18話  酒場娘への道草(前編)

 翌日、フルト滞在二日目は午後一番の商業ギルド入り口でのデイルさんとの待ち合わせで始まった。一昨日が野営の見張りで徹夜になっていたので、多分デイルさんが充分睡眠を取れるように配慮してくれたのだろう。

 

 デイルさんに伴われて商業ギルドで登録の手続きを行う。前回と違って今回はこの商業ギルドを経由してダンテさんとやり取りをする目的があるので、登録に嘘八百を書くこともできない。出身地の記載は代官領の部分まで正しいものを記載しておいた。ただ俺のジョブが剣士で商業ギルドへの登録は副業のためなので商人としてのレベルやスキルの確認作業はないので気楽なものだ。

 

 勿論、デイルさんは約束を守ってくれてアイテムボックスのことは秘密にしてくれたので、商業ギルドに知られる心配もない。推薦人の欄に署名してくれた後は、温和な調子で商業ギルドの職員と今回の東部からの帰還時の山賊トラブルについての話をしている。

 

 俺のことは今回の馬車襲撃で助っ人に入ってくれたのでお礼の褒美が何か良いかと聞いたら、副業として商売にも興味があり商業ギルドに登録してみたいというので力添えすることになったと無難な受け答えをしてくれている。

 

 こんな感じで商業ギルドの登録はデイルさんの後押しのおかげか結構簡単に出来てしまった。登録料についてもお礼の一部だと言い切られて結局デイルさんに出してもらった。商業ギルドの会員証は銅製で、この前タワバで作って貰った雨に塗れたらすぐにも錆びてしまいそうな鉄の冒険者証より大分立派な印象だ。流石に登録に推薦人が必要なだけはある。

 

 これで予定は無事終了。デイルさんに最後にお勧めの武具屋を聞いて解散となった。

 

「今回は本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。命を助けて頂いたのですから今回の事ぐらいではまだまだ返しきれない恩があると感じております。また機会がありましたら是非わたくし共の商会にお立ち寄り下さい」

 

 うん、デイルさんは最後まで良い人だった。

 

 デイルさんと別れた時点でもまだ陽が高かったので早速武具屋に寄ってみる。

 とりあえずの目的はタワバの街で半グレ集団から手に入れた防具や剣を手放し俺の現在のレベルでも使える出来れば補正強化レベル+2の剣を購入することだ。

 

「なんだ、新顔か。ふん、一応商業ギルドの登録証は持ってるんだな」

「うちの代官領の徴用兵向けの装備の一部が払い下げになったんだ。買い取ってくれ」

「荷物はどこにあるって?おいおい、アイテムボックス持ちかよ」

 

 どう見ても若者冒険者な俺の格好と商業ギルドの登録証を見ながら武器屋の店主は不思議そうに言うが、俺は考えてきた台詞をまくし立てて強引に話を進める。強面の店主の前でアイテムボックスからぼとぼとと防具や剣を落として並べると、店主も普通に一つずつ手に取って見ながら取引の雰囲気に入った。

 

「徴用兵向けってことで期待はしてなかったが確かに大したものはないな。防具と剣、全部合わせて金貨五枚ってとこだな」

「ああ、それで良い。引き取ってくれ」

 

 一通り見終わって店主は残念な得物認定をした。

 まあ予想通りの展開ではあるが、防具屋の値段付けがどの程度正しいのかは実は俺には全く検討もつかない。

 唯一点、デイルさんが良心的な店と言っていたのを信じるだけだ。

 

 鑑定に機能評価だけじゃなく現在価値評価とかをつけてくれてたら良いのにと切に思う。

 

「じゃあ、買取の書類を用意するから少し待ちな」

「あと、実はこっちが本題なんだが剣を見せてくれないか? 領軍の騎士が使うような普通の両手剣で補正強化のある奴。機能面でなるべく良いものを頼む」

「予算はどれくらいだ?」

「金貨十五枚」

「わかった、相当の値段の剣を幾つか見繕ってくる」

 

 店の奥に入ろうとする店主に今日の本題の剣を見せてくれと頼む。

 当然ながら予算を聞いてくる店主に剣一本の値段としては結構背伸びした額を伝える。

 

 記憶を取り戻す前のテオの感覚だと信じられないレベルの大金だと感じるに違いないが、色んな場所から収入を得た俺にとっては出せない額ではない。剣の良さは命に直結するし、このレベルの大きさの都市に寄る機会がそうあるとは思えないからここで良いものを買っておきたい。

 

 ほどなく戻ってきた店主は俺の前に三本の剣を置いて、自分は買取りの書類を書き始めた。俺が見るのに時間がかかると思ったということだろう。

 

 まず一本目、装飾が綺麗で明らかに高級品の雰囲気が漂う一品だ。鑑定をかけると確かに攻撃力+2(レベル28以下用)の判定結果が出る。やはりここの店主は真面目に商売をしているようだ。二本目は普通に高級品の印象の剣。ただ鑑定をかけると攻撃力+2(レベル29以下用)と出て最初の剣よりレベルが一つ高い所まで攻撃力+2が有効であることがわかる。最後の三本目の剣は無骨な作りで握りの所に少し深い傷がついていて中古感に溢れている。鑑定をかけると攻撃力+2(レベル31以下用)の判定だ。

 

 これはもうどれを選ぶかは明らかだろう。俺は三本目の剣を手に取ると振った感触を確かめる。良い感じだ。とりあえず一本目と二本目の剣も持って振ってはみるが大した違いが感じられないとなれば判断基準は揺るがない。

 

「決まった。この剣でお願いしたい」

 

 俺は三本目の剣を手に取り店主を呼んだ。

 ちょうど買い取り書類の記入を終えた所らしい店主は、まず早かったなという顔をしてその後俺の選んだ剣を見て目を細めた

 

「何だかわからねえ奴だが商売相手にするには悪くないようだ。これからもこの街に来た時は俺の店に寄ると良い」

 

 険しい表情で俺を見てぶっきらぼうに言うと、今度は剣の売却の書類を書き始めた。

 

 こうして俺は新しい相棒となる剣を手に入れて店を後にした。この剣を持つだけで自分と一つ上のレベルの相手との同一条件での戦いで身体強化を含めてレベル2の差をつけることが出来る。以前の考察に従い正規分布での標準偏差2シグマ差を仮定すれば凡そ敗北確率3%以下で勝てるということは大きなアドバンテージだ。これからのレベル上げの戦いに極めて役立つことだろう。

 

 武具店を出た足で大都市ならではの品揃えがある衣料店などに行き、今後使う可能性が高くなるだろう少し高級目の服や小物を買い揃えておく。

 

 将来の必要性を考えて書店に寄って王政府発行の正式版の商法や刑法の書籍を購入するのも忘れない。貴族典礼などは流石に手が出ないので平民向けの貴族に対するマナー本のような物を買っておいた。

 

 食料の調達など物資の補給も追加して行い、予定していた用事はあらかた終了した。後は旅立つ準備としての情報収集でこの街ですることももう終わりだ。

 

 夕暮れ時。俺は街の大通りを抜け西側区域にある旧市街地に隣接する歓楽街へと足を進めた。デイルさんに教えて貰った情報収集に向いた施設の中で、治安的な意味で危険はあるが得るものも多いに違いないと指定されていた酒場に入るためだ。

 

「ここかよ……」

 

 到着した酒場は外観の雰囲気からして明らかに怪しげな場所だった。要は酒場と売春宿が一体化した施設で一階の酒場で飲んでるうちに意気投合した店のお姉さんが居れば、二人で二階に上がって一晩かけてもっと仲良くなれるというシステムだ。

 

 逡巡していても仕方がない。俺は意を決すると『猫と狼亭』と看板に描かれた店の両開きの扉をくぐり中へと入った。

 

「とりあえず麦酒と付け合わせのつまみを。後、南北街道を北に行くのに有用な情報を持ってそうな客が見つかったら教えてくれ」

 

 長時間の滞在になる可能性も考慮して、不機嫌そうな顔で食器を磨いている中年男から少し離れたカウンター席の端に陣取る。お品書きを持ってきた化粧の濃い妖艶な雰囲気を醸し出すお姉さんに注文と一緒に要望を出し銀貨を五枚握らせる。前に聞いたダンテさんの話によればこういう持って行き方で大丈夫なはずだ。街道の正式名称を言ってみたのは俺も気負っているせいかもしれない。

 

「嫌だわ。何、大人ぶりたい年頃なの坊や」

 

 ダメだった。

 

 くすくす笑い出すお姉さんと俺の組み合わせに、まだ夜というには早い時間帯から店にいる恐らく常連客の視線が集まる。

 目立たないようにしようと決めてたのに、どうしてくれるんだよ……

 

「興味あるくせに。無理しちゃって」

 

 いや、俺本当にそう思ってないから。だって、貴方見た目は良いけど身体ダメでしょ。

 俺にしなだれかかってくる豊満な身体つきのお姉さんを手の甲を使いぞんざいに遠ざける。鑑定をかけたところ服越しの下腹部にうっすら黒いもやが出てるから、多分軽度だとは思われるがまず間違いなく性病だろう。残念ながら俺的にはご遠慮させて頂きたい。

 

「何、本当に興味ないの。若いのに枯れてるわね。それじゃ、また今度」

 

 人の心の機微を見るのに敏なのか。ちょっとびっくりしたようにお姉さんは俺を見て肩をすくめた。渡した銀貨を持って店長らしい恰幅の良い強面でハゲの大男の所に行ったから、俺の要求は一応伝えてくれてみたいだ。

 

 程なく麦酒とつまみがやってきたのでちびちびやりながら、店員から声がかかるのを待つ。ちなみに料理を持ってきた新しいお姉さんも同じく下腹部にうっすらと黒いもや持ちだった。異世界は厳しいぞ。

 

 そんな感じで半刻くらいの時間を潰した頃だろうか。俺の所にまた新しい店員がやって来た。今度は店にいるのが不思議な感じのいかにも男慣れしてなさそうな若い女の子だ。くせのある短めの金髪で殆ど化粧っ気の無い童顔に潤んだ小動物系の瞳をしている。痩せ気味の小柄な身体で胸も薄い。勿論、下腹部にもやなんか出ていない。

 

「北部の商都市ブルクを拠点にしてこちらと頻繁に往復しているお客様がいらっしゃいました。ご案内可能です、なのですが……」

 

 俺の要望どおりの客が来たようだ。でも、ですが……というのは?

 

「お客さまのご用事が済んだら、わ、私のお相手をして下さるのが紹介の条件です!」

 

 目を瞑って両手を握り締めながら少女がやけくそ気味に言う。おいおい、何だそれは。本気なのか?

 酒場で情報を聞くのに女の子のお買い上げが必要なんて話、聞いたこと無いぞ。

 

「気が進まないなら、そんなこと無理にやらなくて良いと思うんだが……」

 

 ちょっと良くわからない展開にいきなり入ってしまって俺は戸惑いを隠しきれない。

 なんとか否定の言葉を引き出せないものかと思って声をかける。

 

「いえ、店の掃除や料理だけでなく少しは働いてこいと店長にも強く言われましたので、お願いします。『ああいう若くてしかめっ面した奴は、お前みたいなのが絶対好みだから大丈夫だ』って断言されました。駄目だったら、私怒られてしまいます」

 

 見上げるポーズでお願いされてしまった。どうにも素で言ってるようにしか見えない所が悪質だ。

 

「いや、でも……」

「お客様さえ宜しければ、是非、お願いします!」

 

 この女の子、このまま自爆特攻でもやらかしそうな意気込みだぞ?

 

 店の奥を見渡すと先ほど邪険にしたお姉さんがにやにやしながらこちらを見ている。

 横にいる店長認定したハゲの大男に視線を移すと、目が合った途端に俺を鼻で笑うような仕草を見せた。どいつもこいつも……

 

「わかった。用事がすんだら呼ぶから……」

「ありがとうございます。マリアの名前でお呼びください、お待ちしています。では、お客様にご案内します」

 

 しばらくの間互いに顔を見つめあった後に根負けした俺が承諾すると、花が咲いたような笑顔で返事された。俺みたいなのに指名されるのが、そんなに嬉しいものなのか……?

 

 予定外の一泊が確定してしまったが、なんとか北部を拠点とした商人を教えて貰う事が出来た。

 

 酒と料理をおごるから旧南北街道の話をしてくれと頼むと、『俺に他の商人が知らない話をしろ。その分だけ情報を与える』という話になった。それならばということで、この三日で俺に起きた山賊騒動のうちで報告済みの一作日の事件の方を臨場感たっぷりで披露してやった。

 

 冒険者ギルドで聴取された時に山賊被害は口止めが必要かと確認したが、全くその必要は無いとのことだったので全オープンだ。アイテムボックスや風魔法などの俺自身の秘密に関わる部分を除いて襲撃場面を微に入り細に入り解説したらいつの間にか他のテーブルからも話を聞きに人が集まって来て大賑わいと成るほどだった。

 

 というわけで俺の山賊体験は北部商人にとっても好評裏に終わり、俺の欲しかったフルトから先の旧南北街道の情報もかなり手にいれることが出来た。この先は山岳地帯に入るので、地形的に気にした方が良い場所や野営に向いた箇所が聞けたのは幸運だった。何より肝心の凡その山賊の活動範囲と街道上で山賊に襲われる可能性が高い地点、本拠地のありそうな区域を絞れたのは大きいと思える。

 

 結構な時間を費やしてしまったが一通り欲しかった内容を聞き終えたので、商人に礼を言ってその場をお開きとした。となれば次のお仕事?にかからないといけない。

 

 カウンターに近づきマリアを呼んで欲しいと話すとすぐ来ると言う。

 どうせ上がるからということで階段下で待つことにする。

 

 程なく夜着を身に纏って羽織物を上体にひっかけた準備万端の姿のマリアが現れた。

 どうみても風呂上りの雰囲気で癖っ気があると思った髪も乾ききっていない感じでしっとりしている。元々薄かった化粧も落としてあるようだ。

 

 店の空気もなんだなんだという感じになり、酒場のテーブルで飲んでる客の幾人もがこちらの方を見つめている。どうやらマリアのこの姿は日常的なものではないらしい。

 

「お待たせしました」

「ああ、全然待ってないから大丈夫」

 

 うっすらと顔を上気させているマリアが俺に笑いかけながら近づいて来て、手を取ると二階の奥の方の一室へと俺を導く。

 

 下の喧騒とした酒場の雰囲気から思うと小奇麗で落ち着いた感じの部屋だ。使用目的を考えれば当然なのだが、寝台と荷物置き場を除けば大した空間は残されていない。とはいえ充分及第点と言えるだろう。

 

 寝台に腰掛けると眼前に壁が向かってきてしまう雰囲気なので、この体勢での会話は想定していないのかと考えていると早々にマリアが履き物を脱いで素足となって寝台へと上がった。

 

 普通に考えればこれから二人ですることは彼女にとっての通常業務のはずなんだが、どうも先ほどから調子を外されてばかりなので安心できない。ここは確かめておくべきだろう。

 

「確認しておくけど、勿論、初めてってことは無いよな?」

「はい、三回目ですので全然大丈夫です。今回は上手くやれそうな気がします!」

 

 肘を曲げた両手を胸の前で握ってマリアが力説する。どうみても不安しかない……

 どうして、こうなったのだろう。

 

 俺はこれまでの経緯を思い出しながら頭を抱えるのだった。

 

「さあ、お客様もどうぞ」

 

 マリアは自信満々な様子で掛け布団をめくって寝台の奥側へと俺を誘う。この世界にも部屋の奥の方がお客さま席という暗黙の了解があるのだろうか。まあ人間は右を向いた側に人がいると安心を感じると聞いたことがあるから、マリア的にはこの順で良いのかもしれない。

 

 店のお姉さん方に聞いてきたから大丈夫というマリアの言葉を鵜呑みにするのはどうみても無理だ。

 

 マリアのテンションが下がらないように相手をしつつ話を聞きだす。

 

 最初の時は怖くなったマリアが途中でギブアップしたのを、怒り出した客が金を一切払わないと言い出して店長沙汰。

 

 二回目はマリアは頑張ろうとしたんだが相手の気の良いおじさんの方がお金はちゃんと払うからもう今日は止めようということになっておしまい。それが後で店長にばれて「ちゃんと働いてもいないのに知らん顔して金だけ貰うとは何事だ」とマリアが大叱責される事態になったらしい。

 

 それ以来、自分からお客に声を掛けられ無くなって、近頃は掃除と料理に専念していたとのことだった。

 これ俺にどうしろと言うんだ。

 

 ……

 

(19話に続く)

 




旅立ち時のニナちゃんの忠告をけろっと忘れてしまっている模様の主人公は一体何をやってるんだか……

(2024/04追記:誤字報告を頂いたのですが作者は投稿した話に改をつけて読者を混乱させて良いものか迷ってしまう派なので修正は少しお待ち頂けますと幸いです。三章の投稿前に多分一章の主人公の呟き周りで内容修正を入れるかと思いますのでその時に一緒に対応致します)

次回、19話は4/18 21:10に予約投稿済です。


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19話  酒場娘への道草(後編)

 

 いや、なんやかやと大変だった。

 

 潤い不足?筋肉のこわばり?それとも病気?……いや鑑定で見る限り健康なはず等、今世では初体験のはずの俺が四苦八苦して前世の知識や経験を思い出しながら、頑張ってマリアの気分がリラックスしたままの状態を維持し続けてなんとか一連の作業工程を無事に終えたのだった。

 

 今回はちゃんとできましたと満面の笑顔で嬉しそうに話すマリアに、気を遣い過ぎて疲労困憊の俺が力なく相槌を打つまでの道のりの長かったこと。

 

 一体、俺は何をしに娼館に来たんだ?という疑問をねじ伏せ、俺を腕枕にして楽しそうにしているマリアの笑顔が報酬だと自分を納得させてそのまま眠りに就いたのだった。

 

 翌朝、会計のときだけ妙に殊勝な顔をしている店長に請求された通りの金額を支払う。

 世間を知る目的でダンテさんとのタワバへの道行きで聞いてた相場より、三倍くらいの値段がしてる気がするぞ?

 

 まあ娼館の値段なんてピンキリだろうから、ゴネたり説明を求めたりなんて無粋な真似はせずに店側の言い値を払うしかないよな。

 

 ようやく終わりかと思ったら後ろで私服に着替えたマリアがにこにこしながら俺を見つめている。何かと聞いたらこの『猫と狼亭』では次回の指名予約金を入れてくれた客には昼迄の店外お出かけ特典がついているらしい。

 

 店長、何しれっとした顔で会計にマリアへの次回分の予約金入れてるんだ?

 

 当のマリアはご機嫌な様子で俺の手を引くと店の先輩のお姉さんにお勧めされたという若い恋人たち向けの甘味処へと連れて行く。出てきた甘味はこの世界で食した物としてはかなりの物で、店内での俺とマリアとの組み合わせも変ではないはずなんだが、妙に居心地の悪い時間だった。

 

 そうこうしているうちに陽も中天にさしかかる時間になった。

 

 名残惜しそうにしているマリアにそろそろ別れの挨拶をと思っていた所で、とんでもない光景が目に入ってきた。

 通りの向こうでリズが柄の悪そうな三人組の連中に絡まれている。

 

「だから、あんたたちには着いて行かないって言ってるじゃないの」

「てめえ、こっちが下手に出てたら付け上がりやがって。少し顔が良いからって調子乗ってんじゃねえぞ」

「離しなさいよ。何言われてもあんたたちみたいなクズはごめんよ」

「ふざけんなよ、なんだよその目。気にくわねえんだよ」

 

 あ、リズが頬をぶたれた。

 女に手を上げるとは、本当にどうしようもない奴らだ。

 

「マリア悪い。知り合いの女の子が絡まれてるからちょっと行ってくる。

 危ないから一区切り着くまでそこを動くんじゃないぞ」

 

 眼前の凶行に怯える表情のマリアをその場に残して、リズと男達の間に割って入る。

 

「俺の知り合いだ。止めてもらおう」

「テオ、あんた何を……」

 

 リズを背中に入れて遠ざけつつ、声を上げて不良どもを睨みつける。当惑した声をリズが上げているが、とりあえずこいつらを何とかする方が先決だ。

 

 とりあえず鑑定。連中全員ジョブは遊び人でレベル10が二人、11が一人だ。街のチンピラの中なら強い方になるのだろうが、今の俺なら大丈夫だ。

 

「お前何様のつもりだよ。こっちは三人いるんだぜ」

「いや、全く問題ない。お前ら数人程度俺にとってはどうと言うことの無い相手だ」

 

 意図的に煽って憎悪の対象をリズから俺に向け直させる。

 

「こいつ馬鹿にしやがって。死に晒せ!」

 

 拳を固めて殴りこんで来る不良の一撃を身体強化を発動しながら顔面で受け止める。勿論、大したダメージはない。

 

「先に殴ったな。これで正当防衛ということになる」

「な、何を……」

 

 思ったような結果が出ずに困惑している不良を蹴り飛ばす。その様子を見ていた残りの二人が喚きながら突っ込んで来るので順に相手をする。刃物を出されて大怪我させて生き死にの話になると面倒なので、自分的には手を抜きつつ相手にも殴らせてやる適当な泥仕合演出で時間かせぎの雰囲気だ。

 

 街中でこんなことをしていれば、どうなるのかは自明と言える。

 

「お前ら、何をやってる!」

「やばい衛兵だ。ずらかるぞ」

 

 しばらく続いた一対三の乱闘騒ぎは、住民が呼んだのか駆けつけてくる衛兵の登場で幕を下ろした。不良たちは俺を置いて一目散に路地裏へと駆け出して行く。後ろ暗い所の無い俺は現場に留まったまま衛兵を待つ。不良たちが居なくなったことでマリアが駆け寄ってくる。

 

「テオさん、大丈夫でした?」

「心配かけたな、マリア。大丈夫だ」

 

 マリアに答えているうちに衛兵がやって来た。

 

「かなり酷い乱闘だと聞いたが大丈夫か?」

「大したことの無い奴らだったので問題ありません」

 

 若いのに鍛えているんだなと衛兵が言う。とりあえず不良たちは逃げ去っていったし事情は説明したから、こちらに問題がないことは分かってもらえただろう。

 

 衛兵には災難だったなの一言で無罪放免して貰えた。遠巻きに見ていた人たちも解散の流れで一件落着の雰囲気になる。あとはリズのことだけだ。

 

「おい、リズ大丈夫か?

 頬が赤くなってるぞ」

 

 投げやりな雰囲気で所在投げに佇んでいるばかりのリズを一人では置いていけない。

 とりあえず近くの広場の噴水がある場所の長椅子に連れて行き座らせる。マリアは事情がありそうな事を察したのか黙って着いてきている。

 

「そんな無防備な様子でふらふらうろついてると、また今日みたいな連中に絡まれて路地裏に連れ込まれて身ぐるみ剥がされるぞ。体調が戻らないうちは宿に居た方が良い」

 

 顔を上げたリズが俺の方を向いて目を細めるとぼそりと呟いた。

 

「なに、女の子連れなの?

 あんたは楽しそうで良いわね」

 

 俺の後ろから服を掴むような感じで様子を見ているマリアの存在に今更ながらに気付いたらしい。リズの言葉を聞いたマリアは更に半分俺の後ろに隠れる雰囲気だ。

 

 うわ、やさぐれてるな。と思ったがリズの気持ちを思えば当然か。言葉を吐いたリズ自身も苦虫を噛み潰したような顔をしている。自分でも嫌な事を言ったと思っているのだろう。

 

「ごめん、悪かったわ。あなたにもごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。お気になさらず」

 

 そのまま続けて俺とマリアに謝りの言葉を入れた。マリアはリズの顔をなんだか今度は少し驚いた感じでまじまじと凝視している。

 

 リズがまた俯いて静かになってしまったので、マリアの手を引いて少し距離を取った俺はリズが三日前に山賊に襲われて恋人も幼馴染も全部失ってしまったばかりであることをマリアに簡単に説明した。

 

 事情を知ったマリアは酷く痛ましそうな目でリズを見ている。

 

 しばらくしてまたリズが顔を上げたので俺はリズに話しかけることにする。

 

「繰り返すけど、そんな調子が悪そうな様子であまり出歩かない方が良い。さっきの件でも俺らが通りかからなかったら今頃大変だったぞ」

「そ、そうよね。酷いことになってたわね。助けてくれて本当にありがとう」

 

 今度はちゃんと俺の言葉を聞く気になっていたようだ。自分があいつらの良い様にされている姿を想像したのか、リズは両手を握り締めた。今更ながらに怖くなったのか身体を震わせている。と思うとマリアがリズの横に座って肩を抱きながら手を重ねた。

 

「大丈夫ですよ、テオさんがやっつけてあの人たちは逃げちゃいましたから」

 

 びっくりしたように見上げるリズにマリアは頷き優しく微笑んで声をかける。

 先ほどまでリズを遠巻きに見ていたはずなのに、すごい共感力というか距離の詰め方だ。

 

「さっきの人たちは街で良く見かけてて、とっても評判悪いです」

 

 今度は俺に向けて顔を上げたマリアが顔をしかめながら言う。

 今日のリズみたいに若い女と見ると粉をかけに行く態度が目に余る連中で、まだ他にも3~4人いるらしい。

 

「この辺の地理や人間に詳しい奴らか。厄介だな」

 

 これはもっと本格的にとっちめておいた方が良かったかもしれない。

 リズはあいつらの気分を逆なでするようなこと言ってたからな。目を付けられてたりしてたら面倒だ。

 

 街を離れる俺には問題はない。だがリズが大丈夫かは分からない。これからどうしたら良いんだろう。

 

「それでしたら、リズさんはしばらくの間うちに泊まって頂くというのはどうでしょうか?」

 

 またリズが絡まれるかもと思うと心配だと呟くと、マリアが店長はものすごく強くてその辺の連中にも睨みが効くから『猫と狼亭』に泊まると良いと言う。店長に話せば絶対に置いてくれるとマリアは断言した。

 

 それは確かに良い考えかもしれない。

 

 でもなんでそこまでとマリアに聞くと「だってリズさんとても綺麗ですから……」と小声で呟き顔を赤らめた。実は良く見たら外見も雰囲気もマリアの好みのど真ん中らしく会ったばかりのリズが他人とは思えなくなってしまったらしい。

 

 捨て猫に一目ぼれみたいな感じだが、これも一つの吊り橋効果という奴なんだろうか?

 

 こうしてマリアとの店外お出かけは予想外の展開を見せ、俺とマリアとマリアに肩を抱かれるリズは営業準備中の『猫と狼亭』に戻ってきた。

 

 明らかに面倒ごとを持ち込んできた風体の俺達三人に目をやると、店長は店の奥へと消えていくマリアとリズを素通りさせ、俺の目の前に立ち塞がったのだった。

 

 

 

「言っちゃなんだが、どこにでも転がってる話というやつだな」

 

 掃除中の机を出してきて真向かいに座った店長に事情を説明しろと言われた俺はリズとの出会いになった山賊襲撃事件とその後の経過を余さず語ったが、店長の反応はこの一言だった。確かにこの世界ではそうなのだろう。

 

「現状では何も出来そうもないあの娘を俺に頼みたいというんだよな。保護者代わりのお前さんが?」

 

 俺が頼んでリズの面倒を店長にお願いするんだからお前が保証人だよなと言外に店長が言う。リズと知り合ったのはつい先日だし、保護を最初に言い出したのはマリアだと主張したい所だが店長相手にそんな理屈が通るはずがない。これは勿論予想通りの流れだ。

 

「俺自身が様子を見てやることはできないので、出来ればこれでお願いしたいと思ってます」

 

 皮袋に金貨を詰めたそれなりの金額を積んでお願いする。デイルさんに貰った報酬と商人ギルドへの登録とレベルアップの分のリズの貢献を頭の中で少し色をつけて計算してある。普通の宿屋なら月が一巡り半するくらい余裕で泊まれる金額だ。

 

「結構、奮発したな」

 

 思ったより多めだったのだろう。店長が少し想定外という顔をしたがそれも一瞬だ。

 

「リズと知り合ったことで得た俺の利益の換算分なので、リズのために使う正当な理由があると思ってます。リズが調子を取り戻して、これからどうするか自分で決められるようになるまで置いてやって下さい」

 

「フルトを今日にでも離れるつもりなんだろ」

 

 店にいた間にマリアから聞いていたのか、俺を見ながら相変わらず皮肉な調子で店長が言う。

 

「金を渡して女の世話を人に任せて置いていくのは、男としてはせいぜい甘めに見てもようやくの及第点だな」

「自分でも理解してるつもりです。リズを宜しくお願いします」

 

「まあ、良いだろう。とりあえずあの娘のことは任せておけ」

 

 反論したいけど出来ないということで下手に徹する俺を見て、店長は肩をすくめながら了承の意を返したのだった。今日まで泊まってたリズの部屋の荷物の回収もすぐ手配してくれている。見た目と雰囲気通り店長は頼りになる男のようだ。

 

「リズさんは部屋に入って少ししたら眠ってしまいました。起こしますか?」

「良いよ、このまま寝かせておいてあげよう。リズの調子が戻るまで面倒かけると思うけどよろしくな」

「はい、またのお越しをお待ちしています」

 

 店長との話を終えた俺にマリアが話しかけてくる。リズが眠ってしまったというので挨拶は諦め、店先まで出てきて手を振る接客モードのマリアに見送られながらのお別れだ。

 

 予定外の出来事が多かったが、とりあえずフルトでの用事も終わりになったことは間違いない。

 

 エレウシス王国の北西部へと向かう旧南北街道はフルトの南に接する形で通り抜けているので行きと同じく南門を通っての旅立ちだ。

 

 冒険者証だろうが今回手に入れた商業ギルドの会員証だろうがとりあえず何を使っても問題ないはずだが、異世界にあるのかないのかわからないが個人情報の秘匿ということで入るときに購入した短期滞在許可証を衛兵に見せて門を出た。

 

 遠ざかって行くフルトの外壁を幾度か振り返って見ながら考える。

 本来ならこの地での予定はもう終りのはずだ。

 

 だが、今の状態でこの街を離れてそのまま次の目的地アボンに向かって本当に良いものなのか?

 

 一応自分のやれることはしたはずだと自らを納得させようとはするものの、やはり釈然としない気分を晴らすことの出来ない俺だった。

 

(20話に続く)

 




この作品は健全な若者向けファンタジー小説の分類になっていますので、少し危険な箇所に差し掛かると自動的に早送り機能が働く仕様にしておきました。読者の皆様にはいつかまたの機会にということでお許しを頂けましたら幸いです。

殊勝な顔の店長「こちらがお会計になります……(女慣れしてない童貞坊主とマリアの組み合わせで、てっきり二人で四苦八苦のぐだぐだ初経験になると思ったんだが予想外だ)」

タワバの街で宿屋から出たらすぐチンピラに襲われるかもと自分を心配していた主人公も成長したものです。主人公のもやもやも章末までには解消するので安心してください。

次回、20話は4/20 20:40に予約投稿済です。


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20話  危険域への進出

 

 フルトでの滞在を終えた俺は旧南北街道を進んでいく。まずはフルトを出て荷馬車で二日ぐらいの距離にある嘗ての鉱山都市、今はフルトに吸収移転され廃墟となった都市ダインを横目に見ながらの旅程になる。

 

 南北街道という名前ではあるが実際は移動しやすい形に経路を取っているため、旧南北街道に出た当初はすぐに北には進まない。

 

 フルトから見た旧南北街道の道行きはこんな感じだ。フルト南門を西向きに出た道がしばらくするとカーブして北西向きに変わる。その後少し進むと段々北向きのカーブの傾きが緩くなって今度は南西向きに変わることで北方向に飛び出すこぶが出来る。その後また南向きのカーブの傾きが緩くなって反転、最終的には北北西向きになるまで進路が変わって全体として北を目指す感じになる。その過程で今度は南方向に飛び出すこぶが出来るという按配だ。

 

 南方向に飛び出したこぶの部分と街道を跨いだその先がダインの旧市街地に当たる部分で、都市が放棄されて二百年ほど経っている今ではどこもが森の木に覆われているそうだ。

 

 昨日、酒場で仕入れた情報によると、この旧街道が南に飛び出している部分から先で山賊被害が多発しているらしい。北部地域から移動してきて新たに居ついた山賊の集団があり、山賊全体としての人数と戦力が増加している模様とのこと。

 

 この数ヶ月で北部方面に向かう街道での山賊被害は目に余るほどで、対処を求める声が日に日に大きくなっているようだ。フルトの領主もそろそろ重い腰を上げ、領軍の騎士団を使った山賊討伐をするのではないかとの噂もある。

 

 襲撃場所から山賊の拠点は街道が最終的に北方向へ進路を変え出した地点から先の街道の南側に当たるどこかの部分にあるのではと目されているものの、その一体には放棄された鉱山の廃坑なども多く拠点になりそうな場所はまだ絞り込めていないらしい。騎士団による山賊達の拠点捜索は難航している雰囲気だ。

 

 この様なとりとめの無いことを考えながら、殆ど荷物が入っていない形だけ膨らんだ背負い袋を持った一人旅の早足で、フルトからダインに向けての道のりを行く。

 

 探知魔法で索敵をかけると街道脇のそこそこに人の存在を示す輝点が現れるため、最初は山賊砦の偵察員なのかと思い慄然とした。だが、近づいて確認してみると単に街道から少し山に入って山菜やきのこ類などの食材を採取する者たちと判明した。作業時間込みで徒歩でフルトから日帰りで到達できる距離を越えると、その様な者たちの姿も見られなくなり街道周りの輝点の反応は消失する。

 

 人気がなくなり静かになった街道を更に進む。

 

 荷馬車などと比較すると軽装の俺の徒歩でも明らかに倍以上の速度は出る感じだが、リズの一件でばたばたして出立が遅くなったので、普通に商人にお勧めされていた北向きのこぶに差し掛かる前の地点で野営することとした。

 

 翌日、変わらぬ速度で北向きのこぶを越えて進むと、昼過ぎには南向きのこぶに差し掛かる感じとなった。このまま進めば街道は徐々に進路を変え、最終的にはアボンを目指す方角へと向きを転じることになる。

 

 だが、俺の歩みはこの時点で無意識にその速度を落とした。今後の方針をここで定める必要があるからだ。

 

 ここで俺には二つの選択肢がある。次の冒険者登録予定地であるアボンに直行するのか、山賊達を相手に立ち回ってレベルを上げてから行くのかだ。

 

 何故レベルを上げてから行くというのが選択肢に入るかというと、それは今度俺が向かおうとしているアボンという街周辺で出る魔物たちに原因がある。アボンで出る魔物たちは魔法で倒せる物が多く、アボンの冒険者ギルドは魔法使いたちが多く登録してレベル上げに励む場所と認識されている。

 

 魔法が使えるのは原則家名持ちの貴族に限られる。どういうことなどだろうと昔から不思議に思っていたのだが、記憶を取り戻して鑑定を使えるようになって理解に至った。両親が魔法を使える場合にのみ、最初からレベル1で魔法が使えることで本人も魔法が使えることを自覚するようだ。俺自身は女神さまの元でどのレベルの魔法を使うかをポイントで割り振った感じになってしまっていたので気付かなかったという顛末だ。

 

 つまり潜在的には魔法の素養がある人間はもっと多いが、レベル0で発現しないせいで気付かないまま生涯を終えてしまっている者も多いということなのだろう。

 

 話が脱線してしまったが、今度行くアボンの街の冒険者ギルドは魔法使い達が大勢いるところなので家名持ちは勿論、貴族の次男坊、三男坊といった家柄の良い者がいる可能性が高い。出来る限り最初からレベルを上げておいてトラブルを避けたいというのが結論だ。

 

 上級貴族の子弟は最低レベル20を目標にして養殖をするし、お付きの寄り子の子弟も恩恵に預かる場合が多いことから、とりあえずレベル20達成が再度のギルド登録時の目標となる。

 

 現在の俺のレベルが15なので格上の山賊をを最低後五人刈る必要があるが、リスクを多少ここで犯しても後々のことを思えば割りに合う可能性も高いと考えられる。何より前回の経験を活かせれば、横合いから介入することで正面から多数の山賊を相手にしないでうまく立ち回ることも可能だろうと思えるからだ。

 

 

 駄目だ。完全に山賊を相手にレベル上げをする理由ばかりを頭の中に浮かべようとしているのが自分でもわかる。

 

 山賊の被害を受けているのは専らフルト住民で俺には特に実害はない。デイルさんやリズが山賊被害を受けたのは増殖する山賊達の縄張り争いの余波みたいな物で、単純に運が悪かったとしか言いようが無い。

 

 山賊をなんとかするのは第一義的にフルト騎士団とかの役割であって、何も俺が自ら望んで関わりに行く必要などはない。被害が続発しているのに未だに手懸りが掴めないのは騎士団の失態であって、無論、俺には微塵も責任はない。

 

”なのに何故、ここで俺が手懸りを掴んでしまうんだ……”

 

 俺は南のこぶを回り込んで、道の先が山合いを進む感じでしばらくの間北東方向からの視界が遮られていると確信した時点で、素早く街道をはずれ南側に当たる森へと入り込んだ。

 

 探査魔法の索敵には、先ほどから北東方向に一つの輝点が浮かび続けている。山賊の襲撃が多発している南北街道の南こぶの周辺を警戒するのにちょうど良さそうな少し張り出した山裾の小高くなっている峰の辺りだ。全く動かないにも関わらず戦闘状態扱いのこいつは恐らく山賊砦の見張りだろう。

 

 騎士団の不手際に舌打ちしたくなったが、それは違うだろうと思い直す。

 彼らが無能なのではなく俺が転生時に取得した探査魔法の技能の方がごく稀少ということなのだ。貰い物の力を理由に彼らを下に見るなどという傲慢な感情を抱くべきでは無い。

 

 偶然に得たこの機会を積極的に活用すべきなのか?

 

 俺はリズの哀しみの復讐でもしたいんだろうか。確かに恋人も幼馴染も一度に失ってしまったリズは可哀想だ。だが、それが俺がいつもよりリスクを取ってまで山賊達に相対しなければいけない理由にはならない。

 

 山賊を相手にすることは良い。

 

 だが、俺は最低限のリスクしか絶対取らない。これだけは守らないと自分が何をしているんだか分からなくなる。

 

 そう結論付けると、俺は山賊狩りを目的とした具体的な行動の方針を検討することにする。

 

 安全第一の長期戦に備えてまずは拠点作りからだろう。山賊達は廃都市ダインのあった領域のどこかに拠点を持ちそこから襲来してきていることはほぼ確実だ。不意の遭遇を避ける意味でも、こちらの位置取りは領域の南方にするのが安全だろう。

 

 襲撃の多いのはフルトから見て街道が南に湾曲している部分から先の区間とのことなので、その区域全体を南側から監視できる場所を選ぶことにする。

 

 山賊達と違って手にした戦利品を苦労して運ぶ必要もないので、街道からは少し離れるが小高い場所で見晴らしが良い上れる木がすぐ近くにある小高い場所を拠点と定めた。勿論、一度実際に木に登って周囲を見渡し山賊襲撃観察に支障が出ないか確認済だ。

 

 前回時より二つレベルが上がった土魔法を使いタワバで作ったかまくら風の容器を再現する。

 

 土壌に魔素がないせいなのだろう。この森には魔物はいないが、索敵をかけると結構な数の獣がいるようだ。一頭だけならまだしも狼の群れなどに襲われれば面倒なことになりかねないので、安全安心のための備えは必要だ。

 

 木の根が張り出している場所では土の掘り返しが面倒なので、少しだけ開けた場所を探して一心不乱に作業を行う。前回の経験が活かされているのか想定内の時間で土のかまくらは完成し、陽が暮れる前には身の安全が確保済みとなった。

 

 俺の見つけた山賊の見張りらしき輝点が日暮れと共に移動して拠点に戻るのを確認できれば話は一番早いと思ったのだが、残念ながら夜になっても輝点が動き出す気配は見られなかった。

 

 今後の事も考え次は明日以降の話にすると決める。時間経過がないアイテムボックスからフルトの屋台で購入しておいた調理済みの料理を取り出し貪り食い、後は眠って英気を養うこととした。

 

 獣被害などの心配がないかまくらでゆっくりと快眠した翌日、山賊襲撃の現場に出会うための待機に入った。索敵を使えば人の存在が感知できるので、索敵範囲外から人を示す輝点が出現したときだけ、拠点近くにある木に登って何か起きないか監視するだけの簡単作業だ。

 

 ぼんやりとした時間を過ごしていると、フルト側の街道方向から索敵に輝点が現れた。時間的に見て俺が一昨日野営した場所辺りから朝に出発してきた商隊か?と思い注意を向けると、後続して次々と輝点が増え続け最終的に三十を越える数まで膨れ上がった。

 

 この状況はなんだと思いながら、木に登り鷹の目を使って様子を確認する。結論としては馬車が八台も連なった商隊だった。北に行く商人同士で繋がりのある者が安全のために同時に出発する形を取ったのだろう。冒険者も二十人を越える数が護衛として付き添っている。

 

 商隊が目の前を通り過ぎ索敵の範囲を出るまで様子を伺い続けたが、結局、山賊は出現しなかった。まあ当然の成り行きというべきだろう。冒険者二十人を相手にするなら平均して質が悪いであろう山賊は、頭数を三十人は用意しないと被害を抑えて商隊襲撃を成功させるのは難しい。俺が山賊でもこの商隊は見逃す判断にするだろう。

 

 その後は特に何も起きないまま、ただ時間が過ぎて行く。フルトの都市規模から考えると信じ難い程の閑散ぶりだが、山賊被害でそれ程までにこの街道での流通が細っているということだろうか。

 

 だが、夕方近くになり今日はもう駄目かと思い始めた頃、新たな展開が始まった。

 

 先ほどとは違い街道のフルトに向かう方面側から輝点が現れた。確認してみると馬車は三台で商人が四人、護衛は男の冒険者が六人の構成だ。

 

 今度はどうなるのかと思いながら近づいてくる商隊を見ていると、予想外にも北東方面から幾つもの輝点が索敵の範囲内に現れてきた。旧ダイン市街というにはかなりフルト側に寄った街道が北に湾曲している地点あたりからだ。輝点の数は12。街道に出てきた時点で視認したが、ご丁寧にも物資運搬用の手押し車も複数用意されている。一番下っ端らしい二名を残し残りの十名が馬車の襲撃に向かう。

 

 ここからは俺も出番だ。直接の視認は少しの間諦めて木から下りて襲撃現場になるだろう場所から少し離れた茂みへ手早く移動して隠行をかけて待機する。襲撃後の追尾のための下準備だ。

 

 山賊達はかなり高速で街道を直進していくが商隊の移動に依然変化は見られない、湾曲している先の風景が山すそに遮られて見えないせいで山賊達の存在に気付いていないようだ。山賊達が二手に分かれ奥側に陣取った連中が弓を準備すると、程なく商隊の姿が現れてきた。弓の射程に入ったであろう所から更にしばらく待って山賊達の弓攻撃が始まった。

 

「山賊の襲撃だ、気をつけろ!

 結構な数がいるぞ。畜生、ガロが弓でやられた!」

 

 山賊の攻撃に護衛の冒険者たちは慌てて臨戦態勢を取り前に出ようとするが、最初に出てきた男の冒険者はあっという間に額を弓で貫かれ倒れて動かなくなった。既にこの時点で戦力差は1対2だ。

 

 更に護衛側が一人弓で倒れた後、山賊達が剣を振りかざして商隊に襲い掛かり乱戦になったが先は見えた印象だ。

 

「止めてくれ。荷物は渡すから、今すぐ乱暴は止めて残っている者の命だけは助けてくれ!」

「馬鹿が、顔を見られてるのに見逃すわけ無いだろ。諦めろ」

 

 更に護衛が二人が斬られた時点で、商隊の主と思われる恰幅の良い男が全面降伏を名乗り出るが襲撃のリーダーらしき男は馬鹿がの一言で拒絶した。

 

 最後に残った二人の護衛が寄ってたかって剣で串刺しにされ、引きずり出された四人の商人がなぶり殺しにされる一部始終を俺は横から見届けることになったのだった。

 

 見た感じ護衛の平均年齢は高く実力は俺よりも上そうだったので、俺が現場にいたとしても襲撃が始まった後では何も出来無かっただろうが後味の悪いことに違いはない。奴らの拠点を見つけて少しでも割を合わせるしかない。

 

 山賊達は追いついてきた手押し車から背負い籠を手に取り荷馬車から各々価値があると踏んだ商品を物色して持ち去っていく。戦闘に参加しなかった下っ端は男たちに先行して手押し車に山ほどの積荷を載せられて脂汗をかきながら来た道を戻っていくはめになっている。

 

 凡その略奪が終ったのか山賊達は三台の馬車を街道の脇へと寄せ、馬を外してから崖のような感じになっている所から落として証拠隠滅らしい処分を終えた。リーダーである男の言葉に山賊達は頷き索敵で見る戦闘状態モードも解除される。これで襲撃は一区切りといった雰囲気だ。

 

 街道を逆方向のフルトに向かって移動し始めた山賊達を、見張り男に見つからないよう街道脇の森の浅い場所を通りながら追尾する。索敵の輝点を追いかけるだけなので見失う心配は全くないが、何も障害物が無い街道を進む山賊達に比べて茂みを通らなければいけないこちらは少し進むにも面倒で仕方ない。

 

 やってられないなと思い始めた頃に状況が動いた。

 

 馬車を襲撃した場所からかなり外れた、湾曲しているこの旧南北街道のちょうど一番北側に張り出している部分で山賊達は街道を離れ森の奥へと進み出したのだ。襲撃時に街道に出てきた場所と同じなのはまあ予想通りだ。輝点を見失わないようにだけ気をつけて結構な間をおいてから一行の通ったであろう山道に合流して後を追いかける。

 

 すると大した時間も掛からずに山賊達の進む方向に索敵に大量の輝点が現れてきた。これはまず間違いなく大当たりだろう。結局、この街道で局地的に最も北方向に張り出した場所から索敵スキルに掛からない最低限の余裕分の距離を取った所に山賊達の拠点があるということだ。

 

 確かに商隊を襲う手間や不正な手段を用いてフルトに往来する手間を考えれば合理的な位置取りと言えるだろう。商隊を襲う地点を街道を移動してまで少し離れた奥側の場所にしているのは廃都市ダインを目くらましの囮にして拠点を探され難くするために違いない。そう思えば今まで拠点が見つかっていない理由も納得できる。

 

 俺は隠行魔法を使いながら輝点が蠢く地点へと慎重に接近する。程なく視界に鬱蒼とした山の谷あいに隠れた、鉱山として昔稼動していた作業場の一つを再利用したらしい建築物の姿が入ってきた。入り口部分を頑丈に先の尖った木材を並べた塀で遮断し、奥に見張り櫓のような物、更にその奥に大きな建物がある。この規模ならば間違いない。これがフルトを脅かしている山賊団の本拠地だ。

 

(21話に続く)

 




次回、21話は4/22 20:10に予約投稿済です。


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21話  山賊砦への偵察

 山賊団の拠点は発見した。どう見ても周辺に害悪しか振りまいて無さそうな、この山賊団の壊滅を手助けするために俺の出来ることは何なのかを考えてみる。

 

 勿論、フルトに取って返して怪しまれないように匿名で山賊拠点の位置のタレ込みをするというのが当然の候補として出てくるだろう。だが、このフルト近郊に拠点を構えている所を見ると、山賊共がフルトに出入りして何らかの情報網を構築していることはまず間違いない。

 

 領兵の捕り物が行われる前に情報漏えいが起きて、主力が逃げ出したりして単なる尻尾切りになるようでは本末転倒だ。さてどうするべきか?

 

 考えた結果、俺は個人で出来ることとして山賊の情報網にダメージを与えることを第一目標にする。訂正、自分の利益を一番に考えてまず山賊組織の末端にいる連中を安全に始末することを目標にする。まずは山賊砦の人の出入りがどのようなものかを確認して、排除対象を定めることから始めよう。

 

 一番分かりやすいのは見張り櫓とのやり取りをしている奴だ。この山賊砦近辺を含む一帯の地形は少し谷あいとなっているせいで周囲を見渡すことが出来ないので、見張り男に気付かれないよう気をつけながら近場の高い木に登り視界を確保する。

 

 見張り櫓の男が旗と明かりの組み合わせで合図を送っている方向に視線を向けて何か異常がないか調べてみる。見つけた。フルト側に結構な距離を行った所にある木の一本に同じような旗と明かりを持った人間が取り付いている。こいつが街道フルト側の見張り要員だろう。

 

 とすればここから見える街道の逆側に俺が輝点で発見した見張り要員がいるはず。そう思いながら探すと確かに街道の湾曲部の向こう側が見えるであろう位置取りの木にそれらしき男の姿を発見した。

 

 隠行スキルを使って身を潜めていると夜半に砦から二人出て逆方向に分かれて森を進み出した。今日の夜警要員への交代ということなのだろう。俺はしばらくして交代の要員が帰ってくるのを月の位置を見ながら確認して今日の作業を終わることにした。

 

 翌日は引越し。山賊砦の位置が判明したので山賊砦とフルトの中間位置付近に拠点を作り直すためだ。山賊砦の南にある街道側に奴らの注意が向けられているのは明らかなので少し北側に位置を定めた。

 

 山賊砦には結構な人数がいるので探査魔法のスキル持ちも万が一いる可能性も考え、砦が索敵の微妙な範囲外になる場所を選んでおいてある。とは言え昨日の出来事を思うと、フルトの騎士団の手駒にいないであろう探査魔法の使い手が山賊側にいる可能性はごく低いだろうとは予想される。

 

 とりあえずフルトの街で中身を売り払ったせいでアイテムボックスには充分な空きがあるということで、引越し自体はこの間作ったかまくらをそのまま収納して登り易そうな大木の横に出すだけの簡単な作業だ。

 

 後はかまくらに寝転んで常時索敵を出して山賊砦と外部、特にフルト方面への輝点の動きがないかをチェックするだけ。

 

 恐らく結構な頻度でのやり取りがあるはずと思っていたら、朝方に砦を出てフルトの方面へ動き出した輝点を発見した。鷹の目で視認してみると戦いには向かなそうな背の曲がった小柄な感じの中年男が明らかに山道らしき路を進んでいる。気付かれないように距離を置いて追跡したところ、だんだん街道を北に外れて行き夕刻が近づく頃にフルト市街北西部の外側に当たる場所で森を抜けそのまま外壁に向け進んでいく。

 

 どういうことだと思いながら森の出口付近の木に登り様子を見続けると、薄闇の景色の中ちょっとした湿地帯みたいなところを通ってフルトの外壁に近づいたと思うと屈んでそのまま進んで姿を消した。輝点が動き続けているのを見ると壁を抜けたらしい。

 

 男が消えた現場に近づいて確認したところ、湿地になっている葦が生い茂る先にあるフルトの外壁には用水路が設置されていた。人が通れる程度の大きさの鉄格子の門付きで鍵は掛かっているが、先ほどの男は鍵を持っていてここを通っていったということなのだろう。フルトの地図を思い返すとこの先は旧市街地のスラム街に繋がっているに違いない。これなら衛兵などの目も届きにくいだろう。

 

 謎は解けたということで一旦拠点に戻り次の動きを待つ。

 

 翌日の午後の夕暮れ付近の時間帯に、今度はフルト側から砦に向かっての輝点の動きを確認した。視認してみると昨日の猫背の男だ。こいつが山賊砦とフルトの街の連絡要員であることは確実だろう。朝方に砦を出て夕方にフルトに入り翌朝フルトを出て夕方に砦に戻るやり取りだ。

 

 この予想が正しいのかを確認するために連絡男が再び登場するのを待ち構える。

 

 ルーチン作業になっているということだろう。一昨日と同じような時間に同じような感じの猫背の男が現れた。昨日見かけたのとは別の男だ。確かに終日ほぼ丸二日移動する任務を連日繰り返すのは難しいだろう。

 

 昨日の男を追跡した時に気付いていたのだが索敵で見ると今日の男も戦闘状態にはなっていない。これは幸運だ。

 

 よし、方針としてこの砦からの連絡男を今後排除していくこととする。

 この連絡男が翌日の午後に砦に戻るのを確認してから、更にその翌日の襲撃計画を立てる。

 

 襲撃場所は森の深い所が良いだろうということで、意図的に俺が今居る拠点から見て索敵限界に近い砦を出て少しの所とした。

 

 当日、予想どおりに最初に追跡した連絡男がフルトへの道を進み出した。

 襲撃予定地点に待機していた俺は索敵で男が戦闘状態に無いことを確認した上で、風魔法を使い男の頚動脈を一撃する。くぐもった声を上げ男が倒れた所にすかさず鑑定をかける。

 

『ジロン 人族 31歳

ジョブ:密偵 レベル15 … 隠行魔法5 …』

 

 密偵なんてジョブ初めて見た。隠行魔法のスキルを使用してたりすると索敵にかからないとかあるのだろうか?と疑問に思うが今となっては仕方ない。剣ではレベルが上がらないのでこれで良しとすることにして、深手を負ってじたばたしている男を放置していると程なく絶命した。これで風魔法のレベルは14となった。

 

 さて本題の情報収集ということで懐から連絡用の書類を取り出し中身を確認する。山賊達と繋がっているらしいフルト内の商会名と手下男達の名前をチェックできた。衛兵にも冒険者にも、そして驚くことには騎士団職員にも手下は入り込んでいるらしい。やはり騎士団の動きを警戒しているようで動向をこまめに調べている模様だ。

 

 ここで物語なら山賊砦の位置情報と一緒に手紙を衛兵の詰め所などに持ち込むのが定番なのだろうが、山賊側もフルトの街側も一瞬で事態を把握して大騒ぎになることが目に見えている。個人的な利益も考えるとここはもう少し慎重に行った方が良い気がする。

 

 手紙を懐に戻して鍵や持ち物にも手をつけずにおく。最後に動物にも効く魔物寄せを首筋中心にふりかけてあとは放置する。少し離れた場所で観察していると程なく狼の群れが現れて連絡男の死体を散々に食い散らかし始めた。勿論、首筋にも景気良く噛み付いている。これで連絡男の死因は狼の群れに襲われたことで偽装完了だ。

 

 翌日、当然ながら連絡員が戻ってこないまま一日が過ぎた。どうなるのかと思っていると更に翌朝、死体を放置した場所に幾つかの輝点が現れるとまた砦へと引き返していく動きをしていた。戻ってこない連絡員を不審に思った砦側の反応ということだろう。死体が発見され易いように砦の近郊で殺害しているので、この対応は想定どおりだ。

 

 死体はどうなったか様子を見に行くと山の通り道の少し崖になっている所の下側に放り捨ててあった。まあ山賊連中の死んでしまった仲間の扱いなどこんなもんだろう。懐を探ると鍵と指令書が無くなっている。これも予想の範囲内だ。

 

 少し時間が経過した後、砦からフルトに向かう新たな輝点を発見したが予定通り見逃す。遠めで見るとこいつは一度見かけた奴だ。

 翌日午後の砦への帰路も同様にスルーする。

 

 そして更に翌日。再度現れたフルトに向かう連絡男を前回と殆ど変わらない位置で待ち構える。視界に入ってきたのは新顔の小柄な中年男だ。索敵で見る限り今回の男も戦闘状態に入っていないので、前回同様に風魔法を使い頚動脈を一撃して深手を負わせてから鑑定をかける。

 

『ゾウ 人族 29歳

ジョブ:盗賊 レベル14 …』

 

 今回は外れ。風魔法のレベル上げにもならないということで、じたばたしている男を踏みつけて首筋を掠めるように土魔法で再度の傷を付けるとすぐに絶命した。男の服に足跡がついてないことを確認して土槍は勿論消しておく。これで土魔法はレベル7だ。

 

 ルーチン作業ということで、また最後に魔物寄せを首筋中心にふりかけて放置する。雨が降ってきたので拠点のかまくらに戻るって様子を伺う。雨で魔物寄せの効果が薄まったりしないかと心配したが、ほどなく獣らしき輝点が幾つもあの辺りに現れてたので一安心。勿論、翌朝死体がちゃんと荒らされているかの確認作業は手を抜かない。

 

 雨が上がった翌日、また砦から人手が出て連絡員の死体は無事確認される。連中が去った後にまたしても崖の下に捨てられている死体を確認。懐をまさぐると勿論鍵は持ち去られていたが、今回は幸運なことに雨と血と獣の噛み跡つきの指令書が懐に残されていた。汚いから持って帰るのを止めたのだろうが愚かなことだ。拠点に持ち帰り洗浄魔法をかけてから中身を確認すると内容は殆ど完璧に読み取ることが出来た。

 

 図らずも山賊とフルト内でつるんでいる悪徳商会や人員の正しい情報が証拠付きで手に入ってしまった。山賊側は情報の漏洩に気付いていない。これは間違いなく切り札になる。俺は手早く今後の行動の方針を考えて決定する。

 

 死体発見のしばらく後、今度は砦から二つの輝点が出てきてフルトへと動いていく。

 

 砦側の対応が変わったようだ。これで一つがフルトの街に行って一つが山賊砦に引き返すようだと砦側の反応が早まることになって困ると思ったのだが、輝点は二つともフルトの街に消えて行った。これならば対処を変える必要はない。

 

 翌日の二つの輝点が夕方もまた砦に戻ることを確認する。勿論、道中で人物の確認を行っているが、一人が大柄な荒事向けの男のタイプで一人が小柄な盗賊タイプの男で二日間とも同じ顔ぶれだ。交渉役と護衛役という感じなのだろう。

 

 翌朝、別の二人組がフルトの街へと旅立っていくのを確認した後、見張り男の警戒区域外で森を出て身体強化をかけながら街道を行き全速力でフルトの街へと向かうと昼過ぎには到達した。西側から一人旅の男が入るのは珍しいのか門で声を掛けられたが、普通に旅の短期滞在者ということでまた銀貨二枚で三日間の滞在猶予を貰う方法にした。

 

 受け答えや雰囲気が怪しい人間はちょっと来て貰おうかで真贋の鐘チェックが入る場合もあるので、後ろ暗いことのある人間は堂々とは門を通って出入りしないのがこの世界の常識らしい。山賊など犯罪組織員に対する殺害は罪にならないことは確認済みなので、俺は堂々と門を通って構わないことになる。

 

 ちょっとぶりのフルトの街並みを眺めながら冒険者ギルドへと直行する。昼間の人が少ない時間帯なのは勿論前提になっている。ちょうど人がいない受付を選んで声をかける。

 

「すいません、少しお話しがあるのですがカルロさんをお呼び頂けないでしょうか?」

 

 前回デイルさんの山賊襲撃事件で立ち会ってもらった事務員さんを名指しで呼び出して貰う。悪事を働かなさそうな真面目そうな人柄は前回チェック済みだ。少し込み入った話があるのでと言うと、この間より狭くて机と椅子が二つあるだけの部屋に通された。

 

「前回ぶりです、テオさん。今日は何のお話しでしょうか?」

 

 にこやかに問いかけてくる。ああ、人の良さそうなカルロさんを面倒ごとに巻き込むのは申し訳ないな。

 

「えっとですね。ダインの廃鉱山を根城にしている山賊達の拠点を見つけましたのでお知らせに来ました」

「はい?」

 

 まあ、そう来るよな。でもカルロさん、諦めて下さい。もうこの時点で貴方が巻き込まれるのは決定です。俺は机の上にフルト、ダイン周辺の街道の地図と襲撃のあった場所、山賊砦と二箇所の見張り位置。砦近郊の詳細地図。前世で鍛えた画力を使った砦の概観図。砦内の建物配置と人員規模。そして切り札の連絡員から奪った砦からの指令書を見せる。

 

「ええ、間違いなく見つけたと思います。資料を確認して頂けましたら上の方に即座に回して頂けると嬉しいです。この間の副ギルド長さんとかがいらっしゃいましたら幸いです。勿論、私自身が出来る範囲で説明致します」

 

 カルロさんは呆然としながら俺が渡した資料に目を落とす。そして少し考え込んだかと思うと顔を上げて俺を見た。

 

「ここでしばらくお待ちください。副ギルド長は今日おりますので話を通してきます」

 

 そういうと俺を部屋に残して早足でその場を立ち去った。

 待つことしばし。次に部屋に入ってきたのは、受付で顔を見たお姉さんだった。

 

「副ギルド長が話をお伺い致します。応接室の方へお越しください」

 

 前回のデイルさん商隊襲撃事件で登場した応接室に通されて、同じく副ギルド長のハマンさんとカルロさん相手のやり取りになった。と言っても今回は自分一人が聴取される側なので、ちょっと窮屈な感じは否めない。

 

「率直に言って驚くべき内容ですが、これをテオさん一人でお調べになったと?」

「はい、その通りです」

 

 冒険者ギルドの重鎮相手に隠すことも無いので、自分の能力に関する部分を除いてフルトを離れてから今までの経緯を一通り全部説明する。砦を見つけたのは馬車が襲われるのをもろに見殺しにして後をつけたせいという所で何か言われるかと思ったものの何の突っ込みも入らなかった。

 

 山賊達への内通者の名前が入った指令書を入手した部分に関しては説明にちょっと苦労した。情報が漏洩したと山賊達に知られているわけではないので、慌てることなく慎重を期して山賊砦の討伐行動を起こして欲しい。連絡員を殺した後に何も取らずに魔物寄せを振りかけ、森の獣に食わせて死因を偽装する話を詳細に説明したら何故か二人ともドン引きしていた。

 

「そういうことでしたらこちらの方でも信頼できる方を通して、頂いた情報の裏取りをさせて頂きます」

「はい、どうぞ宜しくお願い致します。今回お渡しした情報は私的な行動で得たものですし裏取りをされるとのことですから、私のことはこれで忘れて頂いてしまって問題ありません」

 

「それで良いのですか?」

「はい、そうして頂いた方が気楽で良いです」

 

 ハマンさんから副ギルド長として満点の言葉を貰って俺的には満足した。追加で山賊砦発見の功績とかも全部譲るから俺のことは忘れてくれムーブをしておくのも付け加えて任務完了だ。

 

 多少の褒章を貰うために面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁して欲しい。

 これで裏取りの最中どこかで情報が漏れて、山賊砦の討伐が失敗しても仕方ないと思うしかない。

 

 山賊砦急襲時にはまず間違いなく騎士団などが出張ってくるだろう。騎士団員に出くわして誰何されたときのために、ハマンさんに今回の件で俺の立場を保証する書類をお願いしようかと一瞬思ったが言うのは止めておいた。原則匿名でやるからには、そうならないように立ち回るのも俺の責任範囲に違いない。

 

「テオさんはこれからどうなさるのですか?」

「いえ、これまで通り慎重に行動して一人でも二人でも目の前に現れた山賊を殺すだけです。皆さんの足を引っ張るような安易な行動や無様な真似は決してしないことをお約束しますのでご安心ください」

 

 帰り際にハマンさんが尋ねてくるので、にっこり笑って答えておいた。勿論、二人とも気持ちよく頷いて了解の意志を示してくれた。

 いや、良いことをした後は気分が良いな。

 

 山賊砦本体の対処のお願いを冒険者ギルドの副ギルド長というお偉いさんに無事伝え終え、今回の予定は一応終了。本当ならここでリズとマリアの様子も見に行きたい所だが、俺はまだ何一つしていないと考え直して断念する。

 

 二人がいるはずの歓楽街の娼館に思いを残しつつまた南門を出て、行きと同様に砦の見張り要員に見つからないよう途中まで街道を進んだ後森に入って拠点へと戻った。

 

 そして夜、索敵でチェックしていたら山中を突っ切る形でフルト側から輝点がやってきて見張り位置に近づくのを発見した。これは恐らく俺の情報提供に呼応したフルト側の手の者だ。

 

 慌てて拠点を出て索敵に砦が入る場所まで移動して確認すると、その輝点は砦の付近まで行って朝方まで待機してから引き返して行った。砦の位置は勿論のこと、見張りとのやり取りの間隔もきちんと裏取りしたようだ。遠見で姿を確認したところ顔立ちや佇まいの雰囲気から見てまず間違いなく騎士団などフルトの正規の部署に所属している人員だろう。

 

 流石、副ギルド長すぐさま動いて実働部隊に話を通してくれたようだ。

 

 山賊砦の命運が尽きるのも近いかもしれないと思いつつ、俺は拠点のかまくらで遅ればせながらの眠りについたのだった。

 

(22話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル15

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法14 土魔法7 回復魔法3 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法3 強化魔法1 剣術15 槍術4

 




次回、22話は4/24 19:40に予約投稿済です。


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22話  集団戦への準備

 

 昨日は冒険者ギルドへのお願いとその後の展開の確認で一日潰してしまったので、今日からまた日常業務だ。と言いつつ寝るのが遅かったのでもう陽は中天に上っている。

 

 今日は放っておいたフルトの街への連絡員二人組みの排除を予定している。これを日常業務と見なしてしまう辺り、俺もかなりこの世界に毒されているのだろう。

 

 夕方に現れた砦に戻る道中の二人組をまた前回と似たような場所で襲うことにする。幸いなことに索敵で荒事向けらしい大柄な男の方に戦闘状態表示が灯いていない。これならば勿論、風の刃での先制攻撃で充分だ。

 

 毎度御馴染みの頚動脈への一撃を食らわせた後に鑑定を行う。

 

『人族 レベル18』

 

 ああ、久しぶりに名前の出ない鑑定結果だ。

 

「ヒッ、ヒャー!」

 

 突然首から血を噴き出して崩れ落ちた大柄男の様子を見て、変な悲鳴を上げながらもう一人の小柄な男が逃げようとする。

 

 戦意喪失状態なのか索敵での戦闘状態は解除されている。さきほどまでは追いかけて実力行使しかないかと思っていたが、これならば風の刃が使える。ついている。慌てふためいて逃げ去ろうとする後ろから首筋に風魔法の一撃を食らわせると、膝から崩れ落ちもがくだけになった。

 

 まずは大柄男の処理からだ。レベル18ということで久方ぶりのレベルアップが期待できる。首筋に再度剣を刺して傷を上書きする。これでいつ絶命しても大丈夫だ。

 

 次はうつぶせに倒れてもがいている小男の方の処理を行う。

 

『ガブ 人族 32歳

ジョブ:盗賊 レベル15 …』

 

 これはもう置いておけば良いだろう。

 魔物寄せを振り掛けて放置する。

 

 山道に戻って大柄男を見ると絶命していた。思ったより早いな。これも魔物寄せを振り掛けて今日の作業は終了。一応確認のため両者の荷物も漁ったが新規の情報は無い感じだったのでそのまま懐に戻しておいた。

 

 一息入れていると索敵に幾つもの輝点が入ってきた。もう獣の団体さんの到着だ。なんか俺が餌付けしてるのに味を占めたんじゃないかというくらいの素早い登場だ。後は頼んだということで身体強化で現場を離れて拠点に向かい一目散に撤収する。今日の成果で剣士はレベル16で風魔法がレベル15だ。久しぶりのレベルアップで満足して眠りに就いた。

 

 翌日、当然の経緯として幾つもの輝点が昨日の殺害現場に登場して去っていった。立ち寄った時間がごく短かったことを思うと、死体を検分して別の殺害可能性を考慮したとは思えない。増員で対処するというのが次の流れだろうかと思うが、まだ単なる害獣被害と思っているなら、手段を変えない可能性もある。

 

 結論としては後者だった。しばらくして前回と同じような風体の新たな二人組が経路に現れたときはこんなに安直で良いのだろうかと思ったが、またしても護衛役の方らしい男側が戦闘状態にない。この時点で罠という可能性は無いと判断して良いだろう。

 

「なんで俺がこんな面倒な役やるはめになるんだよ。獣に食われるような間抜けな奴らと一緒にするんじゃねえよ」

「いえ、そうは申されましても…」

「なにおどおどしてんだよ。獣なんて十匹でも二十匹でも出てこようが俺様がいればいちころに決まってる」

 

 こういう考え無しの奴らが相手で良かった。

 次の瞬間に俺の飛ばした風の刃が首筋に直撃した男はそのまま前向きでばたりと倒れた。

 

『人族 レベル18』

 

 前回の経験を踏まえて極短時間で二撃目の風の刃を作り出して狙いもつけずに背中に放ったのだが、あまり深手にならなかったようだ。背中に傷を負いながらも必死に現場から逃走しようとしている。

 

 鑑定。

 

『人族 レベル17』

 

 思ったよりレベルが高い。そういうことか。大慌てで身体強化をかけて逃げ出そうとしている男に近づくと即座に後ろから剣を突き刺して大急ぎで絶命させる。とって返して大男の方にも剣で首筋に傷を付け直す。間に合ったか?

 

 自分自身に鑑定をかけてみる。

 

『テオ 人族 15歳

ジョブ:剣士 レベル18…』

 

 なんとか正しい手順と順番で絶命してたようだ。

 

 小男の方に戻り状態を確認する。ぐっさりと剣の跡がついてしまっているから、こいつの死因の偽装はもう難しいか? いや、頑張るしかない……剣のあとを石でほじくったり手を突っ込んで肉を引き裂いたりして、傷口部分を後から来るだろう獣が食べやすくなりそうな状態に改善しておいた。洗浄魔法があるとしても二度とやりたくないが、自分の命に直結するレベルアップが引き換えだったと思えば納得するしかない。

 

 こんな所を誰かに見られるわけにはいかないので、変な奴が来ないよう索敵をしながらの力仕事だったが何か変な感じがする。一体、何だろう。

 

 今日の件に関しては心配があったため、翌日の明け方に再度現場に来て二人組の死体の状況を確認してみた。空が明るくなりかけているので砦の連中と出くわさないように索敵をしながらだ。今日は変な感覚はない。

 

 魔物寄せを増量しておいたご利益があったのか獣たちはきっちりと仕事をしてくれていたようで、二人とも獣に襲われた死体の雰囲気を醸し出してくれていて一安心だ。

 

 さらに翌日、山賊砦からフルトの街への連絡員は連絡役らしき男一人と護衛三人の四人組の構成に変更された。流石にこの状況では簡単に手を出すわけにはいかないだろう。

 

 相手が四人ということならば、一度だけなら隙を見つけて仕掛けて殲滅できる可能性もあるだろうと思う。だが、砦側に気付かれないように必ず証拠を残さないようにしてという条件をつけるとまず無理だ。騎士団の急襲が近づいていると思われる今、変に砦側に疑念を持たれるような真似はしたくない。

 

 こうして手持ち無沙汰になってしまった俺は、空いた時間に拠点で手紙をしたためることにした。無論、決戦を前にした遺書などの類ではなく、次回フルトを訪れるときに商業ギルドに寄ってダンテさん宛てに送るのを依頼する予定の手紙だ。

 

 前世日本人の記憶を取り戻したテオこと今の俺の半分は嘘で出来ている。だから手紙の内容も嘘まみれなのは、ダンテさんや父さんを始めとした家族やニナには申し訳ないがこれはもう仕方がない。

 

 タワバの街で俺の少し前に冒険者ギルドに登録した同名で似たような風体のテオという奴が街の半グレ組織と揉めたようで、事件自体は解決したものの人違いで残党などに狙われてはたまらないので着いて早々だが登録を諦めタワバの街を離れることになった。タワバの街に行ってももう無駄で俺には会えないので家族にはそう伝えて欲しい。

 

 今は別の場所での登録を考えて北に向かっているが、途中で山賊に襲われた商隊に出会って護衛の人達に協力する機会があった。貴重な商品を守れたとのことで思った以上に感謝されて、副業としてやろうと思っていた商業ギルドへの登録を推薦してもらえたので会員になった。今後はこちら宛に連絡して欲しい。ついでに貰った褒賞をニナ宛に送りたいので宜しくお願いしたいという感じの内容だ。

 

 タワバの街を離れてしまった件をなんとかダンテさんと家族に伝えておかないとということでひねり出した少し無理目のカバーストーリーになっている。話を聞いたアラン父さんが「テオの奴、一体何をやっているんだ……」とぼやく姿が目に見えるようだ。人に信用してもらうには真実と嘘をほどほどに取り混ぜるのが重要というのがよく言われる話なので、必ずしも全部嘘ではないようにしておいた苦心作だ。

 

 本当はもっと送りたいのだが、送金額は怪しまれないように俺くらいの若者が無理したら何とか手に入れられそうなくらいということで金貨四枚にしておく。ダンテさんなら着服される心配も無い。以前のテオが感じていた開拓村の金銭感覚だとこれでも大したもの扱いだろう。商業ギルドの会員間だと送金の決済手数料がぐっと安くなるのが良いところだ。ダンテさんの会員証の番号を控えておいて本当に良かった。

 

 この所山賊対応でばたばたしていたけれどタワバの街を離れてからずっと気になってた課題をこれで解決できると思うと心が少し軽くなった。

 

 こうして俺は自重した日々を送っていたのだが、自重してくれなかったのは俺が提供を繰り返した連絡員の死体に味を占めていた獣たちだった。三日もしない内に結構な数の獣の群れが四人組を襲って森の中での大乱闘になってしまった。鷹の目で観察していた結果、獣達は全滅、連絡員は二人重傷、二人軽傷の痛み分けで俺の偽装工作は事後的に完璧なものになってしまった。自分が原因とはいえ予想していなかった展開に驚くしかない俺だった。

 

 

 獣の全滅で一区切りという雰囲気になり、砦から出てきてフルトに向かう連絡員を襲うという手段に見切りをつけた俺は、拠点に転がって新規の方策を考える。

 

 何とかして今までとは別の方法で砦から出てくる山賊を個別に補足して……砦から出てくる……間違いない!それだ!

 

 先日からの違和感の原因に思い当たった俺はがばっと起き上がると拠点を出て前回二人を殺害した場所に行き索敵をかける。

 

 砦の作業所を中心にして多数の輝点が確認できるが、良く良く見ると砦の北西方向にある幾つかの輝点は山賊達の砦の境界を明らかに踏み越えている。これは廃抗の先にある場所か?

 

 俺は隠行をかけながら砦の南側から周り込んで北西部に向かった。索敵に出てくる輝点から距離を置いて鷹の目で慎重に動きを観察していく。そして発見した。

 

 砦の奥にある廃抗の左端にある抗道の先に人が一人通れる程度の幅の穴が開いていて、そこから人が出たり入ったりしている。

 砦は正門だけの袋小路ではなく実は他の出口も備えていた。

 

 衝撃の事実という奴だ。だがこれは使える。

 

 レベル30以上の連中が殺し合いをする騎士団の山賊砦襲撃時の立ち回りをどうするべきか考えていたが、この発見は光明になる気がする。

 

 方針は決まった。

 

(23話に続く)

 

テオ 人族 15歳

 

ジョブ:剣士 レベル18

 

スキル:火魔法2 水魔法2 風魔法15 土魔法7 回復魔法3 治癒魔法0 洗浄魔法1 浄化魔法0 収納魔法2 鑑定魔法1 探査魔法1 隠行魔法3 強化魔法1 剣術18 槍術4

 

 




次回、23話は4/26 19:10に予約投稿済です。


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