第二水雷戦隊壊滅ス (鉄玉)
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第二水雷戦隊壊滅ス

なんか書けてしまった…。まだ完結してないの色々あるので超不定期更新です。


02:30

日本海軍の水雷戦隊の最精鋭、第二水雷戦隊臨時旗艦を務める私、陽炎は窓の外がまだ真っ暗な時間に目を覚ました。

すぐに敷布団を畳むと顔を洗い歯を磨く。クローゼットから制服を取り出し普通の陽炎型の制服と違い袖に2枚の桜と2本魚雷を基調としたマークのワッペンが付けられた白のカッターシャツ、グレーのスカート、グレーのベストとスパッツ、そして白いハイソックスを手早く履く。姿見の前に立ち白いリボンで髪の毛をツインテールにして最後に黒い指抜きグローブを手にはめるといつもの私の姿の完成。ここまでおよそ5分。

そのままローファーを履いて部屋を出ると早足で食堂に向かう。

食堂の扉を開けると既に数人の艦娘が席についてご飯を食べていた。

 

「おはようございます」

 

間宮さんに挨拶をしながら朝食の載った盆を受け取ると急いで席につきかきこむように食べる。ご馳走様を言いお盆を返すとこれまた早足で職員室に向かう。

現在時刻は02:43。予定時間には間に合った。

 

「おはようございます陽炎さん」

 

職員室の扉を開き敬礼をすると答礼と挨拶を返したのは川内型軽巡洋艦二番艦の神通さんだ。この人は二代前の第二水戦戦旗艦で引退してからはこの第二水雷戦隊教導隊の司令艦を務めている。

 

「おはようございます!」

 

「慌てなくてもまだ全員揃っていませんから今日の予定でも確認してゆっくりまっていてくださいね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

全員が揃うまで1分も掛からなかった。

 

「全員揃いましたね。親潮さん、予定通り総員起こしをお願いします」

 

しばらくするとスピーカーから総員起こしを告げるラッパの音と予定を変更し制服でグランドに整列するよう親潮が告げる声がスピーカーから響いた。

 

「では皆さん、いきましょうか」

 

神通さんの号令の下私たちは本来なら1分ほどで着く距離のグラウンドに早足で向かった。もちろんそんなに早く着くけばグラウンドに誰かいるはずもなく私たちはだけが真っ暗ななか立って待つ事になる。

4分後にはいくつかの班が集合を伝え6分後には全ての班がグラウンドに整列する事になった。

 

「遅い!」

 

全員が揃うと神通さんは朝礼台に登ると怒鳴り声を上げた。

 

「総員起こしから全員揃うまで何分かかったと思っているんですか!」

 

宿舎からグラウンドまで歩いて2分ほどかかることを考えると全員揃うまで6分というのはむしろ早い部類ではある。今回に限ってはそんなこと関係ないのだけど。

 

「その遅さでは今後の訓練に不安が残ります。全員グランドを走りましょうか」

 

神通さんの号令を理解するのに少しの間があったがそこは皆艦娘。すぐに列になってグランドを走り始めた。

 

「何楽をしようとしているんです。全力で走りなさい!」

 

一周1000メートルはあろうかというトラックを全力疾走するのはいくら艦娘とはいえかなり苦しいし訓練学校でもグランドを走るといえば掛け声を上げながらランニングすることを指す。彼女達は一瞬唖然とした様子で神通の方を振り向いたがその表情から本気であることを悟ったのだろう。次の瞬間には彼女達は全力で走り始めた。

 

「そこの巻雲!」

 

艦娘は機械ではなく特別な手術を受けたただの人だ。故に個人差というものがあり走るという行為ではそれは顕著に現れる。他の班員よりも一際走るのが遅かった巻雲が隊列から離れ他の班に先を譲るように外側に逸れたのを見つけ私は声をかけた。

 

「はい!」

 

「貴女の所属する班は?」

 

駆け寄る私を直立して待つ巻雲に私は所属する班を訪ねた。

 

「13班です!」

 

「13班、ここに来なさい!」

 

私の怒鳴り声が響く中他の教員艦も隊列から離れた候補生を見つけては声を掛け班員を呼び戻し始めた。

 

「貴女達は海上で部隊の仲間が隊列から落伍したら置いていくよう習ったの?」

 

私の問いかけに夕立が答えた。

 

「作戦行動中なら護衛をつけた後方に下がらせるっぽい。けど泊地に移動中なら護衛してみんなで移動するっぽい!」

 

「ぽいではなく下がらせるの!そして今回の場合はゴールにつく事が目標よ。言い換えれば泊地への移動といえるわ。落伍した艦を全艦でもって護衛し共にゴールを目指さなければならない。そんな事もわからないの?全員腕立て500回!」

 

さて、本来第二水雷戦隊に所属する私がどうしてこんな事をしているのか。それは遡ること1ヶ月前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう最悪!」

 

ドックに放り込まれた私は子供のように手足をバタつかせ全身を使って不機嫌さを表した。

 

「いや〜ホンマついてへんなぁ」

 

そんな私にニヤニヤとイヤらしい笑いを浮かべて私に声をかけたのは私が司令艦を務める第十八駆逐隊に所属する陽炎型三番艦黒潮だ。

 

「何よその顔」

 

「せっかく4年ぶりの二水戦所属艦全員での作戦やったのにわざわざウチに駆逐隊司令を譲ってくれるなんて優しい姉やなぁと思ってな」

 

「まだ正式に決まったわけじゃ無いでしょ」

 

「冗談やって」

 

ムカついて近くにあった桶を黒潮めがけて投げたけどあっさりと黒潮には避けられた桶は甲高い音を立てて浴室の床に落ちた。

 

「はぁ、深海棲艦と戦って入渠するならともかく機雷で大破するなんて」

 

「まぁ機雷はしゃあないわな。先頭に立つ司令艦の宿命みたいなもんや」

 

ちょうど私が二水戦に入った時、その一度目の任務が全員での大規模作戦だったけどあれは楽しかった。

この作戦の前に参加した作戦が戦闘任務ではなかったから不完全燃焼だったところに今回の大規模戦闘、これを逃せば数年は無いだろうからすごくショックだ。

 

「調子はどうですか陽炎さん」

 

ドックの扉を開けて入ってきたこの人は私の所属する水雷中隊の中隊長をしている神通さんだ。

水雷中隊とは駆逐艦四隻を定員とする駆逐隊を2つ〜4つを束ねた部隊で基本軽巡洋艦が指揮する。水雷戦隊は駆逐隊が12個に5隻の軽巡洋艦を定員としていて今は珍しく軽巡洋艦が5人揃っている。ちなみに第二水雷戦隊24年の歴史で軽巡洋艦、駆逐艦の定員が揃ったことは一度もない。

 

「明日の任務には参加できないそうです」

 

「それについては親潮さんから聞きました。

十八駆逐隊は2隻になりますが今作戦では他隊に編入せず2隻で運用する事に決定しました。

私達が帰ってくるまで暇を持て余すでしょうから本作戦とは別に貴女に任務を与えます」

 

「任務ですか?けど私は入渠中で…」

 

「もちろん入渠が終わってからですよ。私達が帰ってきた時の祝勝会の準備をお願いします。今回は無礼講で酒も大量に用意するようにと。姉さんの奢りだそうです」

 

「気が早くないですか?」

 

「おや?私達が負けるとでも?」

 

「いえ全く思ってません」

 

私達第二水雷戦隊は同数の戦艦が相手でも勝つことを目標に鍛え抜いてきた海軍きっての最精鋭、世界最強の水雷戦隊であるとまで評される部隊だ。今回の相手はたかだか戦艦6隻を中核とする40隻程度の艦隊で他に確認されている巡洋艦を主力とした敵の別働隊を入れても精々60隻。空母がいない敵ならば二水戦全軍を持ってすれば容易に撃破できる数だった。

 

「ただ今回は第八艦隊との合同作戦なのが気になります。あの艦隊はできて日も浅いですし所属する艦娘も寄せ集めの弱兵にすぎません。数だって定数の半分以下です」

 

第八艦隊はトラック泊地を主要泊地とし東南アジアの深海棲艦と戦うために3ヶ月ほど前に新設された艦隊だ。艦隊の基本構成は前衛を務める一個水雷戦隊53隻、主力に巡洋艦6個戦隊、戦艦を中核とする戦隊または正規空母、軽空母、水上機母艦、航空戦艦、のいずれかからなる航空戦隊を合計5個戦隊。これに主力の護衛を務める駆逐艦が加わり90隻前後の艦娘からなる部隊が艦隊と呼ばれる。

けど第八艦隊は巡洋艦4個戦隊と駆逐隊が2個、戦艦が4隻と軽空母が2隻。主力も少ないが何より前衛を務める駆逐艦が圧倒的に足りていない。そこで即応待機していた第二艦隊に所属する第二水雷戦隊に声がかかりソロモン海峡で敵艦隊と戦うため遥々ラバウル基地にまだ来ていた。

 

「それでもこの程度の敵なら容易に蹴散らせます」

 

「手柄は第八艦隊のもんになるけどな」

 

黒潮が面白くなさそうな表情で言った。

 

「マスコミ向けには第八艦隊が撃破したと発表されますけどスコアについてはキチンと処理されます。何度も言っているでしょう?」

 

「けどウチら華の二水戦が脇役扱いされてるみたいで気分悪いわ」

 

「その気持ちはわからなくもないですけどこの東南アジアの平和が第八艦隊によって守る事ができると内外にアピールする必要がありますからね」

 

「まぁ気にくわんけどやるしかないかぁ。陽炎祝勝会楽しみにしてるで」

 

第二水雷戦隊24年の歴史の中で毎年の離脱者は平均5.4人。病気や怪我などの死亡以外の理由で離脱する者を除いた数、つまり平均死者数は3.2人。一割ほどの損耗率だが即応部隊として使われる事が多い二水戦は必然的に激戦区に投入される事が多くその中でこの損耗率は驚異的といえた。

だから私は作戦に参加できないことを不満に思ったけど祝勝会の準備は怠らなかった。たとえ作戦が失敗して轟沈艦が出たとしてもその子の弔いを兼ねてパーティーをすればいいと思ったし大半は無事帰ってくるだろうと思っていたから。

 

翌日パーティーの準備をしていた私は部屋に駆け込んできた第八艦隊の大淀の口から第二水雷戦隊が2隻の駆逐艦を残して壊滅した事を知った。



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報告

本日2話目。後1話予約投稿済みです


気がつけば13班は腕立てを終えて直立して私の指示を待っていた。

 

「腕立てが終わればすぐ走る!一番遅い班はスクワット500回よ!」

 

私の声に慌てて13班は駆け出した。勿論、巻雲の速さに合わせて。

ゴールから一番遠い地点で止められていた13班はそのまま最下位になった。13班がスクワットをしている間、神通は他の班に紙コップ一杯の水を与えた。勿論みんな喜んで飲んでいた。

 

「罰を受けている戦友の前で飲む水は美味しいですか?13班以外もう一周走ってきなさい!」

 

みんながヒーヒー言いながらグランドを走り終わると13班にも水を飲ませ神通さんは優しげな表情で問いかけた。

 

「さて、皆さん。本来今日の起床時間は03:30だったのに何故30分以上早く起こされたのか気になっている事でしょう。これは何故だと思いますか?」

 

ここで下手なことを言って罰を受ける事を恐れたのか誰も答えないでいた。1分が経過すると神通さんが再び口を開いた。

 

「そうですか、疑問にも思いませんでしたか。みなさんスクワット500回です」

 

まぁ今回の場合答える事が正解だったんだけどね。手を上げて答える意志を見せれば取り敢えず罰則は回避できた。当てられて外したら罰族だけどね。

 

「陽炎さん、現役の二水戦旗艦として教えてあげてください」

 

神通さんの言葉に従い一歩前に出ると訓練生たちの目の色が変わった。あるものは目を輝かせ、ある者は好奇の視線を向け、あるものは嫌悪の視線を向けた。

二水戦が壊滅したとはいえ残っている駆逐艦娘が精鋭であることに変わらない。臨時とはいえ旗艦を務める私に興味を持つのは当然だし生き残った上に駆逐艦娘のくせに生意気にも旗艦をしているんだ、色々思うところはあるだろう。

 

「知っての通り二水戦は各地の激戦区に投入され、場合によっては壊滅に近い被害を負った味方を救援する事もあるわ。二水戦は常在戦場を旨とし要請があれば即座に、それこそ艤装さえつければすぐに出撃できる状態を普段から整えなければならない。候補生にはこの二水戦の生活を体験して耐えうるようであれば二水戦としての本格的な訓練が始まることになる。

ここにいる間は定時起床、休憩時間なんて言葉があると思わないことね」

 

私の言葉に顔を青ざめる者もいれば逆にやる気をたぎらせている者もいる。正直これくらいで根を上げるのなら二水戦には必要ない。再建のために多少基準を甘くするよう上層部からは指示されているけど私も神通さんも端から従うつまりはない。

 

「けどいくら二水戦でも少しくらい休憩しないと戦うことは無理よ。朝食を食べる許可を与えるわ。次の訓練は艤装を使った訓練を行う。詳しいことは工廠で聞いてちょうだい」

 

それまでとは打って変わって柔らかい表情でそう言うとどこかホッとした空気が流れたがそんなに二水戦は甘くはない。

 

「どこへ行っているんですか?」

 

食堂に向かうため校内に入ろうとする候補生達に神通さんが鋭い声を浴びせた。

 

「陽炎さんが次は艤装を使った訓練と言ったでしょう。朝食はドックの前に用意しています。駆け足!」

 

食堂でゆっくり朝食を食べるなんてさせるはずがない。ドックの前には間宮達給養艦に握り飯の入った弁当を作って待たせている。それを候補生一人一人に水筒と一緒に手渡し受け取った候補生をドックへと送り出していくのを見届けると私達は演習場へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「二水戦がそんな簡単に壊滅するはずがないわ!たしかな事なの!?」

 

「…残念ながら」

 

「近くの泊地の連中に捜索はさせたの!?」

 

二水戦が壊滅するほどの被害を負ったのなら間違いなく敵も相応に被害を負っている。ただ座して死を待つのではなく間違いなく相手の喉笛を掻っ切らんと獅子奮迅の闘いをしたはずだ。

 

「無理を言わないでください!ソロモン周辺には未だに姫級12隻を基幹とする100隻を超える艦隊がいるんですよ!」

 

「姫級!?なんでそんなのがいるのよ!」

 

目ぼしい敵の戦力は戦艦6隻だけって話だったしそもそも数が違いすぎる!

 

「それが…どうやら事前偵察に不備があったようです」

 

「不備!?不備なんて言葉で片付けられると思っているの!?明確なミスじゃない!第八艦隊司令官を…いえ呉鎮の第二艦隊司令部と協議するから詳しい資料と通信設備をよこしなさい!」

 

思わず第八艦隊司令部に直接文句を言をうと思ったけどすんでのところでそれを飲み込み私は私のなすべき事をするために通信設備を借りることにした。

 

「十八駆逐隊司令陽炎です」

 

『陽炎?珍しいな…何かあったのか?』

 

「二水戦が壊滅しました」

 

『生き残っているのは誰だ?』

 

私と違って司令は取り乱すことなくも聞き返してきた。

 

「触雷して入渠していた私、そして作戦海域に移動中触雷して今朝帰ってきた黒潮、黒潮を護衛し後退中に触雷した親潮です」

 

つまり作戦参加艦は現状生存者ゼロって事になる。

 

『…作戦参加艦で生き残っているのは?いったい何があった?』

 

「わかりません。私も今聞いたばかりで…」

 

現地にいるのに詳細がわからないもどかしさに陽炎は無意識に親指の爪を噛んでいた。

 

「陽炎さんこちらが現在確認できる戦闘詳報になります。第二艦隊司令部の方にも送っておきました」

 

大淀が差し出した戦闘詳報を引ったくるようにして受け取るとサッと目を通した。

 

「十五駆逐隊所属の新人の雪風が生き残れたみたいね。ラバウル基地に第八艦隊の残存艦隊と合流して帰還中みたいね」

 

『他は?』

 

「報告書にはこれしかないわ。現状は壊滅したとみるべきでしょうね」

 

『バカな…。二水戦は世界最強の水雷戦隊、指揮艦も一流だ。そう簡単に壊滅するとは思えん…』

 

信じられないのは私も同じだ。

 

「取り敢えず私は現場で何が起きたのが情報を集めるわ」

 

『…頼む。こちらでもできる限りの手を尽くす』

 

通信を切ると私は真っ先にドックに向かった。情報収集よりも先にこの事を知らせなければならない者がいるからだ。

 

「黒潮!親潮!」

 

「なんや陽炎。触雷して結局作戦に参加できんかったウチらを笑いにきたんか?」

 

二水戦が全滅した事を知らないのだろう、不機嫌そうな表情だが悲壮感はない。

 

「陽炎姉さんがそんな事をするはずないじゃ無いですか。黒潮さんじゃ無いんですから」

 

冗談のつもりなのだろう親潮は微笑みを浮かべていた。

 

「二水戦が壊滅したわ」

 

深呼吸を一つすると私は一息に言った。

 

「冗談にしては下手すぎるんちゃうか?せめて一個水雷中隊が壊滅したくらいに留めな現実味がないで」

 

顔を顰める黒潮の横で親潮も不愉快そうに眉を顰めている。

 

「私が冗談を言うと思う?」

 

黒潮とは彼女が二水戦に加入して以来3年の付き合いになる。加入して1年の親潮よりは私の事をよく知っている。私の真剣な表情に気付いたのだろう黒潮は鋭い視線を向けて尋ねてきた。

 

「…何隻残ってるんや」

 

「雪風一隻」

 

私の答えに親潮が息を呑んだ。

 

「ふざけんな。日本が世界に誇る二水戦や。他は?」

 

声を荒げることもなく普段とあまり違わない声音で黒潮がさらに質問を重ねた。

 

「私とあなたたち」

 

私の答えに黒潮は天を仰いだ

 

「…壊滅か」

 

現状で雪風一隻となればたとえ他に生き残りがいたとしてもそう多くはないだろう。24年の歴史を持つ第二水雷戦隊は今日壊滅したんだ。

 

「そうなるわね」

 

私の答えに親潮は静かに涙を流し黒潮は顔を湯船につけ肩を震わせた。

 

「生き残りの雪風が戻り次第詳しい話を聞いてくるわ。黒潮と親潮はしっかり傷を治してなさい」

 

ドックから立ち去る私の背後からは黒潮の慟哭と親潮の啜り泣く声が響いていた。



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ソロモンの悲劇

次話は明日予約投稿済みです


司令に報告した後、雪風が帰ってくるまで待ちきれなかった私は残存艦隊を迎え入れる事を名目に単身海に繰り出した。

 

半日ほどして合流した残存艦隊は酷い有様だった。第八艦隊の旗艦を務めてていた龍驤の姿はなくもう1人の軽空母鳳翔の姿もなかった。

戦艦は金剛型が4隻全艦が健在だったけど比叡は右腕の肘から先がなかったし霧島は艤装から全ての主砲が脱落していた。比較的マシな榛名と金剛でさえ至る所から大量の血を流し白い制服を真っ赤に染め見るからに重症だった。

巡洋艦は妙高型、高雄型、雷巡2隻、利根型の計10隻いたのにたった3隻しか確認できない。駆逐艦は3隻、そのうち1隻はうちの雪風だ。

 

「第二水雷戦隊第十八駆逐隊司令の陽炎です」

 

一度艦隊を追い越し回頭し並走すると私は敬礼した。

 

「第六十七戦隊戦隊長の金剛ネ」

 

「第六十九戦隊戦隊長足柄です」

 

「疲れているところ申し訳ないのだけど何があったか知りたいの。現在は誰が艦隊の指揮を?」

 

私の問いかけに2人は気まずそうに視線を彷徨わせた。

 

「…わからないですネ」

 

「わからない?戦隊長どちらかが龍驤から指揮権を引き継いでいるはずでは?」

 

「次席指揮官は第六十六戦隊戦隊長の愛宕だったわ」

 

足柄が金剛に代わって答えた。その愛宕の姿が見えないという事は轟沈したのだろう。

 

「なら2人のうちどちらかが指揮官よね。どっちなの?」

 

「だからそれがわからないデス」

 

わからない?分からないとはどういう事だろうか。

 

「序列三位以下は皆この第八艦隊に所属するにあたって一斉に昇進したのよ。だから明確な順位付けがされてなくて…」

 

数が多く消費物資も少なく損耗しても比較的に容易に補充されてくる駆逐艦や軽巡と違って重巡や戦艦、空母は戦場に投入されづらく戦果を上げにくい傾向にある。

戦艦と空母は運用コストと火力から決戦兵器として位置付けられ工廠の肥やしとなり重巡は海上輸送隊などが襲われた際援軍として差し向けられるか、局地戦での勝利を決定付けるための切り札として投入される事が多い。戦艦よりはマシとはいえそれでも出撃機会は少ない。

これらの艦種より出撃機会の多い駆逐艦や軽巡洋艦は比較的容易に階級が上がるのに対して重巡、戦艦、空母は高い階級の艦娘が貴重であり重要な役職についているケースが多くどの部隊も手放したがらない。

第八艦隊の編成が難航していたの原因の一つがそれだったようだ。苦肉の策として本来は階級に相応しくない艦娘を繰り上げで昇進させたがそれが裏目にでたみたいだった。

 

「3ヶ月あったはずよね。その間誰も気付かなかったの?」

 

「旗艦の龍驤と次席の愛宕は艦娘のスカウトに忙しかったから気付かなかったみたいデース」

 

「アンタ達は?仮にも指揮艦でしょう!」

 

私が声を荒げると2人は肩を縮こまらせた。自分達にも落ち度がある自覚があるのだろう。

直接的な原因では無いかも知れないが間違いなく負けた原因の一つはこれだろう。

 

「雪風!」

 

このボンクラの相手をしてもしょうがないと私は頭を切り替えて雪風から話を聞く事にした。

 

「はい…」

 

しょんぼりと肩を落として艦列から外れて近づいてきた雪風は至る所に傷を負っていたが、致命傷になるような目立った外傷はないみたいだった。

 

「何があったの」

 

視線を左右に彷徨わせた雪風は一度ギュッと目を瞑り意を決して語り始めた。その内容は衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒潮さん達が離脱して半日ほど経った頃でした。その時雪風達はソロモン海峡に突入していて、戦隊旗艦の川内さんからおそらく1時間以内に敵と接敵するだろうと通達がありました。

実際それは間違いではありませんんでした。

 

「十時の方向、駆逐イ級一隻を確認」

 

雪風の横にいた先輩の磯風の報告に皆緊張感をたぎらせました。敵は一隻だけなのでおそらく哨戒艦。近くに敵の本隊がいると思ったからです。

 

「正面からホ級一駆逐艦8〜12接近!」

 

それから5分くらいして先頭を航行する第一中隊から報告がきて旗艦の川内さんの号令で左翼に布陣する雪風の第二中隊と右翼の第三中隊が突撃して敵を蹴散らしました。残念ながら雪風は戦果を上げれませんでしたけど磯風は2隻撃沈していました。

 

同じような規模の敵とこの後も合計5回くらい戦ったんですけどその頃には戦隊内にはなんとも言えない空気が漂っていました。

陽炎お姉ちゃんも知っての通り深海棲艦には深海棲艦なりにちゃんとした作戦らしきものがある事が分かっています。戦力の逐次投入とかも戦争中期、雪風達人類が盛り返し始めた頃には時々あったみたいですけど最近じゃ聞いた事がありませんでした。だからこの5回の戦闘が深海棲艦の作戦じゃないかってみんな疑い始めてたんです。

 

「どうしますか姉さん?このまま前進しますか?」

 

第四中隊の神通さん、そうです陽炎お姉ちゃんのところの中隊長だった神通さんが川内さんに質問したんです。みんな不安に思っていたから正直聞いてくれて助かりました。

 

「…後退するのなら一度第八艦隊と協議する必要があるけど作戦行動中の長距離無線は使用厳禁だよ」

 

ごく微弱な電波しか発しない短距離無線と違って長距離無線は傍受されて位置が露呈する可能性が高すぎて作戦行動中の使用は緊急時以外使用禁止でした。だから現在持っている情報から雪風達は方針を決める事になります。

二水戦のいいところは戦隊幹部だけが意見を言うのではなく部下である雪風達にも意見を求めてくれる事です。雪風と二水戦入隊が同期の秋雲が後退を進言して雪風含む5、6人がそれに同意しました。

 

「秋雲の意見はわかる。私もこの状況はなんというか…気持ち悪い。けど事前偵察にから考えれば残りの敵は戦艦6隻と重巡が数隻、あとはその護衛。ソロモン海峡から敵を追い出す事が目的な以上ここで退くわけにはいかない」

 

事前偵察と照らし合わせればその判断は間違いないく正しかったと思います。けど前提条件が違ったからその判断は後に大きなミスになりました。

敵を探して彷徨う雪風達の元に急報がもたらされたのはそれから10分後のことでした。

 

『こちら第八艦隊所属六十八戦隊の利根じゃ。第八艦隊はチョイスル島沖で姫級4隻を旗艦とする大規模な敵艦隊、および艦載機群と交戦し敗退、現在撤退しておる。第二水雷戦隊も即座に撤退されたし』

 

流石の二水戦もその連絡に行き足が止まりました。いくら精鋭の二水戦といえど6隻もの姫級を含む大規艦隊とあっては勝つのは難しいです。

 

「全艦進路を変更。左九十度回頭してサンタイサベル島とフロリダ諸島の間を通って太平洋に出て基地に帰還するよ!」

 

川内さんの判断は早かったです。姫級の艦隊を突破するのが困難だと判断すると、燃料は心許ないですけど比較的安全な太平洋側に出て帰還するルートをとろうとしました。

 

「九時方向!大規模な敵艦隊!」

 

まるでその動きを読んでいたかのように深海棲艦は現れました。雪風が見た感じだと戦艦だけでタ級とル級が10隻、それにレ級が2隻。その護衛の駆逐艦、軽巡洋艦が40隻くらいでした。

 

「命令取り消し!ラッセル諸島とソロモン島の間を抜けるルートをとる!右九十度一斉回頭!」

 

けどこれもダメでした。

 

「正面から艦載機!」

 

全艦が回頭を終えたタイミングで正面から500を超える敵の艦載機が飛来したんです。

 

「全艦全速で突破するよ!」

 

川内さんは艦載機群に突入する事を選択しました。これを突破すればぶつかるのは敵の機動部隊、戦艦を主力とする部隊よりは容易に撃破し突破できると判断したんだと思います。

 

敵の第一波を凌いだ時、雪風の同期の秋雲は姿を消していました。他にも5、6隻姿の見えない人がいましたけどそれを悲しむ時間はありませんでした。正面から戦艦棲姫を2隻を中核とする30隻くらいの艦隊が近づいてきていたんです。

 

「ここが正念場だよ!あれを突破して陽炎達が待つラバウルに帰って反省会だ!」

 

そう言って先頭に立って突っ込んでいった川内さんは敵の攻撃を一身にうけてものの数分で海中に没しました。

雪風の所属する中隊の中隊長の長良さんが指揮を引き継いで戦闘を続行しましたけど深海棲艦も巧妙でなかなか突破できませんでした。

そうこうしているうちに後ろからも敵が迫ってきていますし長良さんの号令の下かなり強引に突破を図りました。その時に最後尾にいた陽炎お姉ちゃんのとこの中隊長さんは配下の第二十駆逐隊と一緒に殿軍を務めるためにその場に残りました。

長良さんもこの時敵陣を突破するために無理をして被弾、艦隊から脱落していきました。

 

この時点ではまだ三分の二くらい残っていて軽巡洋艦も第三中隊の那珂さんと第五中隊の夕張さんが生き残っていました。

艦隊としては全速発揮は不可能でしたけどそれでも戦艦を振り切るくらいの速力は出ますし残った人達が必死に食い止めてくれたおかげで雪風達は戦場の離脱に成功しました。

 

川内さんの目論見通りソロモン海に出た雪風達は北上してラバウル基地を目指していると、雪風達は敵の機動部隊と激突しました。

空母型の姫級が4隻、戦艦棲姫2隻他20隻。二水戦残存艦隊は残弾が心許無く突破は困難と判断して敵艦隊の脇を通り抜ける進路をとりました。それでも後ろにいた数隻が敵に捕捉されて轟沈、さらに艦載機の追撃で多数の轟沈艦が出ましたし回避行動中に逸れた人もいて水雷戦隊はいつの間にか水雷中隊になっていました。雪風の僚艦だっだ磯風がいなくなったのもこの頃です。

 

「みんな!元気出して!ラバウルはすぐそこだよ!那珂ちゃんに続いて前進〜!」

 

指揮を引き継いでいた那珂さんが無理矢理にもテンションを上げて士気を上げようとしていましたけどそれも長くは続きませんでした。

正面に姫級4隻を中核とした50隻くらいの艦隊、おそらく第八艦隊を攻撃した艦隊が待ち受けていたんです。

 

「……全艦最大船速。正面の敵艦隊に突入し栄光ある二水戦の戦いというものを深海棲艦達の目に焼き付けろ!」

 

那珂さんらしくない口調と獰猛な表情でした。普段なら那珂さんがこんなこと言えば誰かしらからかったりしそうですけど誰もしませんでした。みんなこれが最後の戦いになると覚悟したんだと思います。

雪風も必死で戦いました。けど心のどこかで死にたくないって気持ちがあったんだと思います。気付いた時には敵艦隊を突破していたんです。まだみんなが戦っていたのに……。けど雪風にはもう一度突入する勇気はありませんでした。雪風はみんなを置いて逃げてしまったんです!

 

「雪風は生き残ってしまいました。二水戦の誇りを傷つけてしまいました。それでもこうして陽炎お姉ちゃんと最後に会って話したのはせめてみんなの戦いぶりを同じ二水戦の誰かに話したかったからです」

 

滂沱の涙を流して語り終えた雪風を私はおもいっきり抱きしめた。

 

「よく頑張ったわね。姉妹艦として、姉として貴女のことを誇りに思うわ。後の事は全部お姉ちゃんに任せて帰ってゆっくり休みなさい」



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帰還

次回未定。多分1週間以内には出せます。


「第二水雷戦隊第十五駆逐隊雪風、恥ずかしながら帰還しました」

 

待ち受けていた黒潮と親潮に敬礼と共に告げると黒潮達も敬礼を返し雪風を抱き締めた。

 

「陽炎から二水戦が壊滅した事は聞いた。何があったんや」

 

「黒潮さんせめて入渠してから話を聞いたほうが…」

 

黒潮は罰の悪そうな表情を浮かべ雪風をドックへ連れて行こうとした。

 

「ここで大丈夫です。雪風に入渠する資格なんかありませんから…」

 

一人だけ生き残ってしまった負い目からか雪風がそんな言葉を口走った。

 

「それを言うと作戦に参加出来んかったウチらの立つ瀬がない」

 

「雪風、2人のいう通りよ。先に入渠してきなさい。これは命令よ」

 

迷うそぶりを見せる雪風に命令だと告げると渋々黒潮に手を引かれてドックに向かった。

親潮も一緒にドックに行こうとしたけどそれを呼び止めた。

 

「なんですか陽炎姉さん」

 

「雪風は今かなり精神的に不安定な状況よ。しっかり見てあげて」

 

頷き黒潮たちを追いかけようとする親潮腕を掴んで止めた。

 

「あと、黒潮のことなんだけど…」

 

「黒潮さんがどうかしましたか?」

 

「血気にはやって失敗することが多いからよく見て支えてあげて。話はそれだけよ」

 

なぜ今そんな事を言うのかと不思議そうな表情を浮かべていたけど親潮は頷き答えた。

それを見て私は親潮の腕を離し、最後の仕事をする為に通信室へと向かった。

 

「司令、陽炎よ」

 

『何か分かったか?』

 

「ええ。原因の一つは偵察不足ね。どこから出てきたかわからないけど姫級12隻の他に150隻を超える艦隊がいたみたいよ。第二艦隊全軍であたってやっと勝てるような規模ね」

 

『姫級か……。軽巡、駆逐の火力ではある程度数がいないと倒せないな。150隻を超える護衛がいるとなると壊滅するのも無理からぬことか』

 

「けどそれだけが原因じゃないわ。敵は二水戦が敵の第一陣と戦っている時に敵の主力は第八艦隊と戦っていたのだけど…」

 

『…敵は二水戦の足止めを目的に戦っていたと言うことか?』

 

「多分ね。それなら戦力の逐次投入をした意図もわかるわ。もしも後退する意志を見せたら温存していた艦隊で総攻撃を仕掛けて足止めし両脇から艦隊が来るのを待つ、あるいは第八艦隊を壊滅させるまで粘る。そんなところかしら?」

 

もしも二水戦が第八艦隊から救援要請を受け後退するそぶりを見せたら敵は五つに分けて逐次投入していた艦隊を一度にぶつけてきただろう。

 

『その間敵の機動部隊はどこにいた?なぜ二水戦に攻撃を仕掛けてこない』

 

「おそらく第八艦隊を襲った艦載機が二水戦を攻撃した機動部隊と同じ部隊だったのでしょうね。その時に龍驤、鳳翔、愛宕が沈んだみたいよ。

おかげで第八艦隊は指揮権の移譲が出来ず混乱、バラバラになって逃げ出すしかなかったみたいよ」

 

『まて、指揮権の移譲が出来ないとはどういうことだ?』

 

「第三位以下の序列が不明確だったみたい。利根が二水戦に連絡を入れてくれたのは奇跡よ。他の第八艦隊はみんな二水戦のことなんか忘れて逃げてたみたいだから」

 

苛立ちから陽炎はポケットからタバコの箱を取り出し一本口に咥えた火をつけようとし火気厳禁の文字を見つけ舌打ちをしてマッチをポケットに戻した。

 

『援軍として呼び寄せておきながら忘れるか…。大層な御身分だな。それで、その親切な利根は?是非ともお礼をしたいのだが』

 

「轟沈した見たいね」

 

『そうか、残念だ』

 

第八艦隊の中ではマシというだけで常識として友軍にそれを伝えるのは当然の事ではあったけど私も一言礼は言いたかった。

 

「第八艦隊はどうなるの?また一から編成し直しだけど」

 

『第八艦隊司令官は更迭。軍法会議にかけるよう働きかけている。最低でも除隊に持っていくつもりだ』

 

「そう、なら後で一発殴っておくわ」

 

後先のことを考える必要がないから好き勝手できるのはいいわね。

 

『それは許可できないが一つ朗報がある』

 

「正直今何を言われても喜べない自信があるけど…なに?」

 

『この前お前が参加したキスカ島撤退作戦、あれの感状が陸軍から届いてな、協議の結果作戦に参加した艦娘は昇進することになった。おめでとう』

 

「全然嬉しくないわ。そもそも艦娘にとって昇進なんて給料以外あまり関係ないじゃない」

 

艦娘の昇進は基本深海棲艦の撃沈スコアで決まる。通常の深海棲艦なら戦艦空母以外は1隻撃沈すればスコア1とカウントし戦艦、空母は2とする。これが50を越えれば自動的に一階級昇進。艦娘は一律少尉任官だから中尉に昇進する。150で大尉、300で少佐、600中佐といった具合だ。

ただ少佐からは部隊を率いることも多くなって指揮艦としての能力によってはスコアが足りなくても昇進する事がある。私はスコア356で少佐だったけど中佐に昇進する事になる。

 

『そうでもないだろう。駆逐隊の司令は大尉以上の駆逐艦娘でないとなれないし水雷中隊は少佐または中佐、水雷戦隊隊長は大佐以上と決まっているから軽巡、駆逐艦娘にとっては大きな意味があるだろう』

 

第四水雷中隊の隊長だった神通は大佐だったから別にこのルールが絶対というわけじゃない。寧ろ形骸化して久しい、多分この通りに艦娘を配置しているのは横須賀の第一水雷戦隊くらいだろう。

 

「二水戦がないのにどこで中隊を率いるって言うのよ」

 

『誰が中隊を率いるといった?』

 

「…お役御免ということね」

 

私は12歳で軍に志願して14歳歳の誕生日を迎える前日、二水戦に入隊した。今年で5年目、このまま私が軍からいなくなるまでずっと二水戦所属のままだと思っていたのに…。

元二水戦であれば引くてあまただろうけど私は二水戦以外に所属するつもりはない。

 

『そうじゃない。陽炎には第二水雷戦隊の旗艦を、次の旗艦が育つまでの繋ぎとして臨時で務めてもらう』

 

それを聞いて思わず咥えていたタバコを落としてしまった。後になって火をつけてなくてよかったと胸を撫で下ろしたけどその時はそんな心情じゃなかった。

 

「ふざけないで!そんなもの渡されて私が喜ぶと思う!?」

 

触雷して作戦に参加出来ずに死に損ねた挙句これ以上生き恥を晒せっていうの!?

 

『陽炎の怒りはもっともだ。おそらく、いや確実に臨時旗艦になった陽炎には謂れのない誹謗中傷が寄せられるだろう。それを堪えて陽炎には二水戦を再建するための礎になってほしい』

 

正直、私に対する誹謗はどうでもいい。ただ二水戦の名を汚す事だけはしたくない。

 

「二水戦は再建できない。たとえ名前が同じでもそれは二水戦じゃないわ」

 

正直言って私は司令の言葉に驚いていた。私にとって二水戦は24年前から脈々と受け継がれてきた伝統を受け継いできた戦隊こそが二水戦であり、この後に作られる水雷戦隊はたとえ名前が同じでも二水戦ではない。

 

『仮にも二水戦の駆逐隊司令だったんだ。全く同じは無理でもそれに近い部隊にはできるだろう。それに引退した元二水戦の連中、第二水雷戦隊教導隊も協力してくれる』

 

「尚更いやよ。第二水雷戦隊第十八駆逐隊司令ともあろうものが作戦にも参加せず帰ってくるなんて教導隊の人達に合わせる顔がないわ。黒潮にでも任せなさい」

 

『なら陽炎は今後どうするつもりだ』

 

「二水戦を滅ぼした深海棲艦共に目にもの見せてやるつもりよ」

 

華の二水戦が、世界最強の水雷戦隊が姫級12隻相手に手も足も出ずに壊滅したなんて謗りを受けさせるわけにはいかない。1隻でも多く道連れにして二水戦の実力を世界に知らしめてやる

 

『死ぬぞ』

 

「望むところよ。私1人で姫級1隻沈められるならコストパフォーマンスは最高じゃない」

 

『それができるのなら否定はしない。が、個人的にはそれよりも後任を育成して第二水雷戦隊を再建してほしいものだな』

 

「お断りよ」

 

『残念だ。私がそこにいればどんな手段を使ってでも出撃を止めるんだがな』

 

思えばこの司令との付き合いは私の短い人生の中では結構長い部類に入る。初めて所属した部隊の泊地司令官だったのがこの人で、それから二水戦に入る為に第二水雷戦隊教導隊に入った時に離れたけど二水戦に入隊してまた私の司令になった。そう考えるとなかなか感慨深いものがある。

 

「……じゃあね司令、あの世でまた会いましょう」

 

この時私は本気で死ぬつもりだった。姫級を1隻でも撃沈できれば少しは死んだ二水戦のみんなに報いることができると本気で思っていたから。

そんな私を止めたのは黒潮だった。

 

「出撃はさせへんで」

 

艤装を取りに工廠に入った私に12.7センチ砲を突きつけ黒潮が言った。背面の艤装こそ付けていないけど手に持つ12.7センチ砲だけでも武装していない私には十分な脅威だ。

 

「随分と勘がいいわね」

 

正直予想外だった。今頃雪風の話をドックで聞いていると思っていたんだけど。

どうやってこの場を収めるか、一度頭を落ち着かせるためにタバコに火をつけ息を吐いた。

 

「陽炎が帰ってくる前に司令はんと話してたんや。二水戦所属歴が長い陽炎がどう言う行動をするか、他の二水戦の先輩なら何をするか、ウチや親潮ならどうするか」

 

「それで?」

 

あの狸親父、最初からわかってたのね。

 

「神通なら残存艦隊まとめて殴り込むやろな。栄光ある華の二水戦が壊滅するほどの被害を出して敗退しながら生き残りがおるなんて許さへん。たとえ全滅しようともその生き様を見せつける為に突入して華のように散るやろな」

 

「当然ね。軽巡が残っていれば姫級が確実に1隻は落とせるわ」

 

軽巡が先頭となり敵の砲火を一身に受けながら切り開いた道を私達駆逐艦が進み敵の旗艦を撃沈する。理想的な展開ね。

 

「ウチとか親潮なんかは二水戦への思い入れはあるけどそれ以上に深海棲艦と戦う事に意義を見出してるタイプや。涙を流して悲しんで、ほんで次へと頭を切り替える」

 

黒潮達はそうだろう。死んだ仲間のために1隻でも多くの敵を沈める事で報いようと頑張るのだろう。

私は黒潮達と違ってそんなに器用に生きる事はできない。頭ではその方が生きやすいのはわかっているけど心がそれを許さない。

 

「陽炎は前者や。所属する二水戦を誰よりも誇りに思いその誇りを穢すんを許さへん」

 

黒潮は話す間も砲門を外す事なく向け続け全く隙を見せない。

 

「ただ神通とは違って陽炎は妹思いや。水雷戦隊では軽巡洋艦って沈むのが仕事みたいなとこあるし次女やからその辺の感覚がちゃうんやろうな」

 

「妹思い…ねぇ。姉妹艦と便宜上言っているだけで実際は姉妹でもなんでもないし、アンタに至っては私より2つも年上じゃない」

 

あまり長い時間を黒潮にかけるのは得策とは言えない。第八艦隊の連中に気付かれるかもしれないしなんなら司令が手を回して憲兵でも呼ばれたらたまったもんじゃない。

 

「年齢は関係あらへん。というかそこはどうでもええねん。陽炎も神通なら残存艦隊まとめて殴り込むって認めとったやろ」

 

「そうね。それと妹思いがどう繋がるのかよくわからないけど」

 

何かないか。最悪そのへんに落ちてるネジでも投げるか?

 

「なんでウチらには声かけんかったんや?」

 

タバコを咥えたまま大きく息を吸いゆっくりと嚥下し肺に煙を溜め勢いよく吐き出した。

 

「…これは私の、駆逐隊司令としてのケジメよ。どうしてあなた達まで巻き添えになる必要があるの?」

 

「ケジメっちゅうなら全員でつけなあかんやろ。駆逐隊司令ってだけで陽炎だけにおわせるんは理屈が通らへん。それはただの陽炎の我儘や」

 

「我儘……」

 

我儘、我儘。我儘と言われれば確かにその通りなんだろう。

確固とした理由がないわけじゃないけどそれも規則とかの類ではなく信条とかの話でだし。

 

「そうかもしれないわね。けどそれのどこに問題があるの?」

 

誰に迷惑をかけるでもなく1人で突入するのだから誰にも迷惑はかからない。まぁ司令にはちょっと迷惑かけるかもしれないけど。あと黒潮が臨時旗艦になるから黒潮もか。

 

「問題あらへんよ」

 

思いがけない黒潮の言葉に私は目を瞬かせた。非難する言葉が飛んでくると思っていただけに逆に私は動揺した。

 

「ウチも我儘やからな。陽炎が我儘言ったくらいで非難する気はあらへんよ」

 

そう言うと黒潮は12.7センチ砲の砲口を床に向けた。

 

「ウチは二水戦内で口伝されとる伝統とか心構えとかそう言うんを陽炎ほど知らん。技術とか戦術は教えれる自信あるけどそれ以外の事を教えれる自信はないねん。

やから二水戦の再建はウチには無理や、荷が重すぎる」

 

だから、と悪戯っ子のような表情を浮かべて黒潮は続けていった。

 

「陽炎ねーちゃん助けてーや」

 

黒潮の言葉に工廠が沈黙に包まれた。

 

「ふふふ……あはははは!」

 

沈黙に耐えきれず笑い声を上げ始めた私をみて黒潮はポカンと口を上け呆気に取られていた。

 

「アンタが姉ちゃん呼びとか似合わないわよ」

 

笑い涙を指先で拭いながら私は言った。

 

「…うっさいなぁ、たまには別にええやろ」

 

黒潮は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

 

「いいわ、頼りない妹の為に一肌脱いであげる。なんたって私はお姉ちゃんなんだもの」

 

せっかく普段頼ってくれない妹が珍しく頼ってきたんだ、私の我儘よりも優先しなきゃ。だって私は陽炎型の長女なんだから。



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姉として指揮艦として

次話は文章のチェックが終わり次第出します。早ければ明日、遅くとも3日以内の予定です。


「これより艤装着脱訓練を行うわ。内容は簡単、今手に持っている艤装を着けて500メートル先のブイを回って帰ってきて艤装を外す」

 

もちろん規定のタイムに遅れた者がいた班は罰則だけど敢えて言わない。

こちらが期待するタイムが出るとも思えないし罰があるという理由で急がれてもあまり訓練の意味がない。

 

「では、訓練開始!」

 

通常、艤装の着脱には専用の機械を使う。けど何処でも使えると限らないから必ず訓練学校では自力での着脱訓練を行う。駆逐艦と軽巡洋艦なら平均タイムは5分と言ったところだろうか。急げは3分かからないくらいで着れるけど意外と背面の艤装を付けるのが難しくてそこで手間取ればかなりの時間を食われる。今回の目標タイムは2分55秒、ギリギリできないこともないけど班員全員となるとほぼ不可能だ。

ちなみにスタートしてブイを回って艤装を外すまではかなり甘く設定していて5分。それでもこれをクリアできる班はないだろう。

 

「全班遅すぎね。スクワット500回」

 

艤装の着脱タイムが規定のタイムを過ぎた時点で罰則を宣告する。人によっては艤装を完全に背負った状態でスクワットをすることになるから時間が普通よりかかる。どんなに急いでも往復して戻るまで1分かかるがスクワット500回した上で5分以内は不可能だ

案の定全員が往復を終え艤装を外す頃には10分くらいたっていた。

 

「遅い。そんなことでは二水戦でやっていけないわ。もう一回行ってきなさい」

 

無意味に見えるかもしれないけどこの訓練にも意味がある。極限まで肉体を追い込んだ状態で正確に艤装を装着して出撃。

激戦区に投入される関係からいつでも万全の体制で出撃できるとは限らない二水戦に少しでも近い環境を体験させることにより艦娘達の素質を見ることを目的としてこの訓練をさせている。

もっとも、この訓練の意図がわかる候補生が多かろうはずもなく案の定不満をいう者がでた。

 

「これになんの意味があるっていうのよ!」

 

耐えられなくなって叫んだのは狭霧だった。

 

「私はこんな意味の分からない事をするためにここにきたんじゃないわ!」

 

通常第二水雷戦隊教導隊は半年に一度、書類と面接により選考して集めた100隻ほどの駆逐、軽巡艦娘を教導、選抜し毎年5人程度を二水戦に採用していた。

今年は再建のためにその倍の204隻を教導隊に入隊させ最低でも20隻程度を合格させろというのが上層部からの指示だった。だからこんなのが混ざる。

 

「黙りなさい!」

 

私が何かいうより先に元十五駆逐隊の雪風が怒鳴った。

 

「この訓練が意味あるかないかは雪風達が決める事であってお前達が決めることではないです!」

 

雪風の言葉になおも納得できないという表情を浮かべているのを見て雪風は校舎を指差して言った。

 

「職員室に神通さんがいます。納得できないなら書類を書いて出て行ってください」

 

例年なら見込みなしと見れば多少強引な手段を用いて強制除隊もできたけど今期は二水戦再建のためにそれは禁止されている。候補生達の自主的な脱退のみがここから出ていく手段になる。だから訓練はいつもより厳しく追い出すつもりで行なっている。

 

「…話が違います。今なら二水戦に楽に入れるって聞いましたのに…」

 

ボソリ、と狭霧が呟いたのを雪風は聞き逃さなかった。

狭霧に近づくと胸ぐらを掴みみんなの前に引きずりだし拳を振りかぶって…ってちょっと待て!

あまりに自然な動きだったから声をかけ損ねたけどすんでのところで黒潮が雪風の腕を掴んで止めた。

 

「待て待て待て!雪風、いくらなんでも暴力はあかん」

 

「黒潮お姉ちゃんはこんなやつか二水戦に入ろうとするのを許すって言うんですかぁあ?」

 

虚な目をして黒潮に問いかける雪風は何処か狂気を孕んでいた。

 

「いや……それは…」

 

黒潮が怯んだ一瞬の隙をついて手を振り解き雪風は拳を振り下ろそうとした。

 

「雪風、貴女が二水戦を誇りに思う気持ちはよくわかるわ」

 

内心慌てている事をおくびにも出さずに私は雪風に言った。

 

「貴女の知る二水戦はこんなのが最後まで残るような部隊なの?それほどこの訓練は緩いものだと思う?」

 

腐っても二水戦、軽い気持ちで受かるほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 

「……そうですね。陽炎お姉ちゃんの言う通りです。後でコイツの部屋に書類だけ送っておきます」

 

そう言って汚物を見るような目を雪風は狭霧に向けた。

 

「…ほどほどにしておきなさいよ」

 

あの可愛くて優しかった雪風がどうしてこんなにも苛烈になったのか、その理由は私が黒潮に出撃を止められた後にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒潮、雪風のことなんだけどね」

 

ひとしきり笑って落ち着いた後、私達はドックに向かっていた。

 

「雪風がどうかしたんか?」

 

「あの子ほっといたら死ぬわよ」

 

「勘弁してくれや。陽炎だけでそう言うんは手一杯なんや」

 

本気で嫌そうな顔を浮かべる黒潮に少し申し訳ない気持ちになった。

 

「ていうかそれが分かってるなら自分が死んだ後雪風のことどうするつもりやったんや」

 

「私が代わりに死ねば多少はあの子の心の傷が癒えるかと思ってたのよ…」

 

「アホか。そんな事したらますます雪風は気に病むやろ」

 

黒潮は心底呆れたと言わんばかりの目を向けた。

 

「ちゃんと雪風宛の遺書も用意したし貴女と親潮にも遺書で指示するつもりだったから大丈夫のはずよ」

 

今となってはただの紙屑だけどそれでなんとかなるつもりだった。

 

「とにかく、しばらく絶対に雪風から目を離さないで」

 

「それはわかったけど原因を究明して雪風を納得させな根本的な解決にはならへんで」

 

「わかってる。私が雪風を説得するわ」

 

ドックの脱衣所のドアを開けると慌てた様子の親潮が浴室から駆け寄ってきた。

 

「陽炎姉さん!黒潮さん!」

 

「どうしたんやそんな慌てて」

 

「ゆ、雪風さんがいなくなったんです!」

 

どうやら恐れていた事が起きてしまったみたいだった。

 

「黒潮は念のため工廠に行って雪風が来ないか見張っておいて!親潮は私と一緒に雪風の部屋へ行くわよ!」

 

2人に指示を出して私は急いで雪風の部屋へと向かった。

 

 

 

「雪風!」

 

予想通り、雪風は部屋にいた。扉に背を向けペタンと座り込んでいるその姿を見るにまだ早まった真似はしていないようだった。

 

「あ〜、雪風?」

 

よく見ると私が書いた遺書の封筒が封が開いた状態で雪風の隣に落ちている。おそらく中身は読まれているんだろう。色々と恥ずかしい事を書いているだけに話しかけにくい。

 

「陽炎お姉ちゃん…」

 

振り向いた雪風は涙と鼻水でドロドロになった顔をこちらに向け、立ち上がるとトタトタと駆け足で駆け寄り私の胸に顔を埋めた。

 

「死んじゃったと思ってた…」

 

「黒潮に我儘言われちゃってね、もう少しだけ生きることにしたの」

 

肩を震わせる雪風の背中を優しく撫でながらそう言った。

 

「…どうして……どうして陽炎お姉ちゃんが死なないといけないんですか!?」

 

雪風の言葉に背後で親潮が息を呑んだ音が聞こえた。

 

「悪いのは雪風なのに!陽炎お姉ちゃんは何もしてないのに!」

 

「何もしてないからよ」

 

私は何もしなかった、何もできなかった。

 

「ねぇ雪風、二水戦で最も死亡率の高いのってどんな艦娘だと思う?」

 

唐突な私の質問に雪風は胸元から顔を上げて私を見た。

 

「答えは指揮する部下がいる艦娘、つまり私みたいな司令艦よ」

 

普通の部隊ならおそらく死亡率が一番高いのは新人だろう。けど二水戦は指揮艦の死亡率が最も高い。第二水雷戦隊24年の歴史の中で旗艦になったのは12人。生きて引退した旗艦はたったの2人しかいないといえばその高さがわかるだろう。より前線に出る機会の多い駆逐隊司令や水雷中隊中隊長はもっと酷い。

 

「指揮艦先頭と後退するとき指揮艦が最後尾にあって味方の撤退を最後まで見届ける事は二水戦の伝統。それは知っているわね?」

 

故に指揮艦の死亡率は高くなる。指揮艦先頭は日本海軍創設以来の伝統とされて来たけど実際に実践するのはそうそういない。なぜならそんな事して続けていたら優秀な指揮艦がどんどん戦死して指揮するにふさわしくない人がその役職につき結果的に部隊の実力そのものが落ちる事に繋がるからだ。しかし二水戦は精鋭故に部隊内の人員から容易に後任を決める事ができた。

 

「私が駆逐隊司令になった時それまで教えられていなかった二水戦としての心構えを神通さんから教わったわ」

 

本当の意味で二水戦たりえるものだけが司令艦になれる。私よりも先任で階級が同じ駆逐艦娘は何人もいた。なのに先輩たちを差し置いて私が駆逐隊司令になったのは二水戦としての心を誰よりも持っていると判断されたからだ。

 

「"もし自分の部下や後輩の艦娘が先に死ぬような事が有れば一生の恥と思え"例年確実に1人は指揮艦が死ぬのはその教えを守り恥を晒して生きるくらいならと無理な作戦や危険な任務に自ら進んで志願し名誉ある戦死を目指すからよ」

 

「さっきから黙って聞いていたら……!

たとえその教えを守るとしても陽炎姉さんが死ぬ必要がどこにあるんですか!?責任を取ると言うのなら他の司令艦達がとったじゃないですか!」

 

それまで黙って聞いていた親潮が耐えきれなくなって声を上げた。

 

「他の司令艦が責任を取った?それだけで足りると思っているの?第二水雷戦隊が壊滅したのにたった1人の指揮艦だけがその責任から逃れていい道理がどこにあると言うの」

 

おそらく先に死んでいった二水戦司令艦のみんなや教導隊からは死を恐れた、二水戦の誇りを汚したと言う誹りは免れないだろう。私だって同じ状況で駆逐司令が1人生きて帰ってきたらあらん限りの言葉を使って罵倒する。なんなら殴り倒す。

 

「生き残った者の使命として、先輩たちの意志を継いで深海棲艦と戦い続けることこそが正しい責任の取り方だと私は思います」

 

「親潮、貴女は私のようにはならないでいつまでもそのままでいなさい」

 

多分、一般的には親潮の考え方が正しいのだろう。

私はこの考えを正しいと思っているけど二水戦全体で見ても私と同じ考えの者は少数だろう。それこそが二水戦の司令艦になれるかならないかの違いであり私が先輩達を差し置いて司令艦になれた理由だ。

二水戦5年目ともなれば半分くらいのメンバーが私の後輩になる。直接指揮を取らずとも先輩として後輩を指導する機会は何度かあった。全く指導した事がない子もいたけどそれは私の怠慢であり死んだ責任の一端はやはり私にある。

 

「雪風、私と違って新人の貴女に仲間の死の責任は一切ないわ。むしろ二水戦の最後の勇姿を伝えることのできる唯一の艦娘として貴女には生き続ける義務がある」

 

「ならどうして……どうして陽炎お姉ちゃんは戻って来てくれたんですか?」

 

"戻ってきてくれた"……か。

 

「私は二水戦である以前に貴女達の、陽炎型姉妹の長女よ。不甲斐ない妹がいる間はまだ死ねないわ」

 

「……雪風は頼りないですか?」

 

「そうね、けどそれは雪風だけじゃないわ」

 

多分雪風はこれを言うと怒るだろう。だって私と雪風は似ているから…。

 

「実は司令から二水戦の再建を命令されたの」

 

「…ソロモンで全滅したのが二水戦です。それ以外は二水戦じゃありません」

 

「私もそう思って断ったわ。黒潮にでも任せておきなさいってね。

けど当の黒潮が嫌がったのよ。おまけにお姉ちゃん助けてなんて言われたら姉として助けないわけにはいかないじゃない。だから私は二水戦を再建するまでは死ねない」

 

たとえそれて私が第二水雷戦隊第十八駆逐隊司令の陽炎として死ねなくなるしても。

 

「陽炎お姉ちゃん……」

 

それからしばらく私の胸の中で肩を震わせていたけどいきなりパッと離れると袖で顔を拭い敬礼をして言った。

 

「不詳雪風!陽炎お姉ちゃんが安心して死ねるよう、仮称第二水雷戦隊再建のため微力ながら協力します!」

 

雪風の中でなにか折り合いがついたのだろう、雪風は元気を取り戻したのだった。代わりに鬼のように怖くなったけど。




次回は狭霧のキャラが崩壊しますのでご注意ください。いやほんとどうしてこうなったてくらい崩壊します。


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問題児

次話未定 八割くらいできてるので遅くとも来週中には


雪風が狭霧を殴ろうとしたその日のうちに40隻ばかりの候補生が脱隊を決めた。殆どは訓練についていけない事を理由にして辞めたけど一部は雪風の件が原因だった。

ただ、意外なことにその原因である雪風に殴られそうになった狭霧はその中にはいなかった。

正直予想外だったけど、あれで辞めないなら意外といい根性しているんじゃないかしら。そんな事を思いながら消灯時間前に候補生の滞在する宿舎を見回っているととんでもない大声が宿舎内にこだました。

 

「ふっざけんなよ!あんの腐れビッチが!!×××と××に61センチ酸素魚雷ぶち込んで二度と使いもんにならなくしてやる!!!」

 

あまりに品のない言葉に一瞬唖然として立ち尽くしてしまった。

室内にも声が聞こえたのだろう俄に宿舎内が騒がしくなり扉を開けて廊下を覗き込んで私に気付いて慌てて敬礼する艦娘がチラホラいた。

 

「ちょっ!狭霧声が大きいって!雪風教官に聞かれたらどうするの!?」

 

狭霧と言うと基本的に礼儀正しい清楚な子が多いイメージがあるだけに私は驚いた。周りの候補生達もそうだったのだろう、声の主が狭霧だと判明して驚いた表情を浮かべたものが多い。

 

「敷波アンタなにビビってんの!?ここから教員寮まで聞こえるわけないじゃない!」

 

とはいえいつまでも驚いてはいられない。宿舎の風紀が乱れる。

 

「うるさいわよアンタ達!廊下まで聞こえてんのよ!」

 

それまでの喧騒が嘘のように2人は喋るのを辞め背筋を真っ直ぐに伸ばして敬礼をした。それに少し遅れて同室の夕立と巻雲も立ち上がり敬礼をした。

 

「申し訳ありません陽炎教官!雷撃に関する意見の相違からつい大声での議論に加熱してしまいました!」

 

いけしゃあしゃあと狭霧は言った。

 

「……そう、夕立と巻雲は楽にしなさい。私は狭霧と敷波に用があるわ。2人は廊下に出なさい」

 

私の言葉に敷波は顔を真っ青にし、狭霧はマジメ腐った顔でお供しますなんて言って来やがった。

 

「どうして私が2人だけ廊下に出したのかわかる?」

 

「消灯前に大声をだして他の候補生の方々に迷惑をかけたからです」

 

あくまで嘘を貫き通そうとする狭霧に敷波はますます顔を青くした。

 

「そう、他になにか言う事は?」

 

「煩くしてしまい申し訳ありませんでした!自主的に罰を受けようと思います!」

 

「そう、それはいい心掛けなね」

 

「お褒めに預かり光栄です!」

 

いい根性というよりイイ性格というべきかもしれないわね。呆れを通り越してむしろ感心するわ。

 

「敷波はどう?」

 

「えっと……さぎ痛っ!」

 

「どうしたの?」

 

本当、イイ性格した狭霧ね。私の意識が敷波に向いていたからバレないと判断して思いっきり足を踏んで余計な事を喋らないように牽制するなんて。

 

「い、いえ!なんでもありません。狭霧に同意見です!」

 

痛みから目元に涙を浮かべて敷波は言った。

 

「……狭霧は雪風に何か言いたい事があるみたいね。ここに呼んできましょうか?」

 

その根性に免じて今は見逃そう。雪風への罵倒について追及しないといけないしね。

 

「いえ、尊敬する雪風教官に進言するような事など存在しません!」

 

尊敬、尊敬ときたか。図太い神経してるわね。心臓に毛でも生えてるんじゃないの。

 

「安心していいのよ。二水戦はたとえ部下の言うことでも正しいと思えば受け入れる度量があるわ」

 

これは事実だ。常日頃から戦術、戦略、訓練方法を議論しあいお互いに切磋琢磨する。二水戦に所属している時点で敬意を払う対象たりえるからこそできた事だった。

 

「私も貴女みたいに昔中隊長だった神通に鬼とか悪魔とか色々悪口を言った事があるわ」

 

「……どうなったんですか?」

 

「ニコニコしながら話を聞いてくれたわよ。陰口を言うよりよほどいいとも言ってたわね」

 

私の答えに狭霧は驚いたようだった。

 

「意外?」

 

「はい。てっきり上下関係が厳しいものだと思っていました」

 

「二水戦に所属する以上お互いに一定の敬意を払うわ。たとえただの罵倒だとしても仲間からのものであれば反論せずに最後まで聞くのが二水戦よ。だから遠慮せず言いなさい」

 

厳密にはこれは私の中隊長だった神通さんの話だけどね。多分他の中隊長も似たようなものだろう。

 

「……では遠慮なく」

 

狭霧スッと息を吸い込むと大きな声で叫んだ。

 

「よくも衆目の中でこの私に恥を書かせてくれたわねこの腐れビッチ!お前なんか61センチ酸素魚雷でミンチにして深海棲艦の餌にしてやるわ!」

 

いや、ほんとに遠慮ないわねこの子。正直多少自重するものだと思っていたのだけど。隣の敷波なんか自分が言ったわけでもないのに顔を真っ白にして泡吹いてるのに。

 

「スッキリした狭霧?」

 

「はい、とても」

 

それはよかったわ。こっちとしても手間が省けたし。

 

「じゃあ腕立て500、スクワット500、グランドランニング20周。これを3セット。敷波は一セットね」

 

「はぁ!?二水戦はただの罵倒でも最後まで聞くんじゃなかったんですか!?」

 

「そうね、だから最後まで聞いたわ。けどここは二水戦じゃなくて教導隊なの。罰は受けてもらうわ」

 

「こ、この(あま)!」

 

私まで口汚く罵ろうとする狭霧を手をかざして宥めるとさらに言った。

 

「ちなみに、二水戦だと最後まで聞いた後に半殺しにするまでがワンセットよ」

 

あの時はニッコリ笑った神通さんに片手で後頭部を掴まれてそのままもう片方の手に持った訓練用の魚雷に顔面をぶつけられたわ。訓練用とはいえ緊張感を持つために少量の爆薬が入った魚雷を使ってたから私は大破して入渠することになったわ。ただ何故か魚雷を持っていた神通さんは無傷だったのよね。

 

「それと今のでもう一セット追加ね」

 

さ、早くやりなさいと言ってやると物凄い顔で狭霧が睨んできた。

 

「あ、そうだ忘れてたわ。敷波は狭霧を庇ってたからもう一セット追加、狭霧も敷波に暴力をふるってたからもう一セット追加ね」

 

「……気付いてたんですか」

 

「当然よ」

 

甘く見ないでほしいわね。

 

「それと、消灯時間を過ぎたら罰則があるからそれまでに終わらしなさいよ」

 

「あの、罰則ですからせめてそれくらいは多めにみたりは…

 

舐めたことを言った敷波を睨みつけてやると肩を縮こまらせた。

 

「罰則を受けることになったのは誰のせいかしら敷波?」

 

「狭霧のせいです」

 

「そうねあなたが……ってはい?」

 

「狭霧が雪風教官の悪口を言ったせいです。私はそれを止めようと大声を出してしまっただけです」

 

…この敷波は敷波でいい根性してるわね。

 

「貴女狭霧を庇ったわよね」

 

「庇ったんじゃありません。脅されて仕方なく嘘を言ったんです」

 

まぁそうなんだけどさ。

 

「貴女は教官と仲間を天秤にかけて仲間をとった。たとえ脅されようがその事実は変わらない」

 

「二水戦の候補生として仲間を売るような真似はできません!」

 

いや今思いっきり売ってるじゃない。

 

「今売ってるじゃないですか……」

 

狭霧も同じ事を思ったのだろうボソリと小さな声で呟いた。

 

「あんたねぇ、やってる事と言ってる事がチグハグすぎるわよ」

 

なんかもう疲れてきたから適当に脅して切り上げようかな。

そう思って敷波にもう一セット追加を告げようとしたらスピーカーから親潮が消灯を告げる声が流れた。

 

「陽炎教官、どうやら消灯時間になってしまったみたいですが罰則はどうすればいいでしょうか!」

 

敷波が元気よく尋ねた。

消灯前に行わせていた罰則が消灯後にも継続するのと消灯後に罰則を与えるのは大きな違ってくる。教導隊の規則では消灯前に行っていた罰則が消灯後に継続するのは構わない(消灯後は罰則を終了するよう推奨されている)が消灯後に罰則を与える事は翌日の訓練に差し障るとして禁止されている。

それをわかっていてわざと敷波は話を引き延ばしたわけだ。してやられたわね。

 

「……罰則はなしよ」

 

私の言葉に2人は今日一番の敬礼を返した。

たかだか候補生如きに最後までいいようにされるわけにはいかない。私は無言で2人の後頭部を掴むと2人を向かい合わせ勢いよく額をぶつけ合わせた。

 

「これで手打ちにしてあげるわ」

 

2人は今日一番最悪な敬礼を見せると真っ赤な額を抑えながらヨロヨロと部屋に戻って行った。




次回は電ちゃんさんがご出演なさります


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第二水雷戦隊教導隊

もしかしたら大幅に手直しするかもしれません。
次回は明日投稿です。


私の臨時旗艦就任や戦死した艦娘の遺族への対応を終え、第二水雷戦隊教導隊の教官として赴任したのは二水戦が壊滅して3週間後の事だった。

候補生の入隊まで残り1週間しかなく教員艦への挨拶もそこそこに私は黒潮達とは別に1人、主任の電に連れられ校長室へと向かった。

 

校長室には槍を持った教頭の叢雲と校長の神通が待っていて、私が入室すると同時に案内をしてくれた電は校長室の鍵を閉め逃走を防止するかのように扉の前に立ち塞がった。

そうなるだろうなとは思っていた。だから私は私は校長の神通の前まで進み出るとその場に腰を下ろし、首を差し出した。

 

「よくおめおめと戻ってこれましたね」

 

神通が口を開くと同時に首筋に冷たい刃物が当てられた感触がした。

 

「陽炎、貴女は二水戦の誇りを汚した。私の言いたい事はわかりますね」

 

「はい」

 

私だと殴り飛ばすくらいで済ますけどこの神通は第二水雷戦隊旗艦まで務めた人だ。私以上に二水戦の誇りを汚した者を許さないだろう。

 

「よろしい。本来なら私自らの手で首を刎ねたいところですがそれをやると軍法会議ですからね」

 

そう言って私の前に白鞘の短刀を投げ落とした。

 

「陽炎、自分でケジメをつけなさい」

 

首筋から刃物が離れた感覚と石突が床に触れる音を聞いて私は顔を上げた。

 

「知っての通り通常の武器では艦娘に傷を付ける事はできません。しかしその短刀は艤装や艦娘が使う弾薬と同じ素材でできていますから艦娘であろうと殺す事ができます」

 

私は短刀を鞘からゆっくりと抜き短刀の刃を暫く眺めた後、首に添えると首を完全に落とせるよう刃の位置を調節した。

 

「最後に言い残す事は?」

 

勢いをつけるために短刀を首から少し離したタイミングで神通が私に問いかけた。多少の温情はかけてくれるつもりみたいね。

 

「先の戦闘で死んでいった者達は文字という形でのみ言葉を残す事を許されまんでした。本来なら直ぐにでも彼女達の後を追わなばならいところを3週間も猶予を貰うことができていながらなぜ事ここに至って言葉を残す必要があるの?」

 

今更そんなものは不要だ。黒潮達との十分すぎる時間をもらった。

私は神通の顔を真っ直ぐ見上げたまま勢いよく短刀を首に向けて滑らした。

 

想像していた肉を切り、骨を断つ感触は来なかった。

代わりにパキン、という音とともに私の手は首の前を通過した。

 

「……艦娘も殺せるんじゃなかったんですか?」

 

「引退したとはいえ同じ二水戦として貴女には敬意を示します。誇りを汚してまで成し遂げたい事があったのでしょう。その理由が何かは知りませんが選択は尊重します」

 

しかし、と神通さんは間を開くと続けた。

 

「もし私達が現役の時と二水戦が変わっていたのであれば話が変わってきます。貴女が二水戦の指揮艦たりてないので有れば私達の対応もそれに準じたものにしなければなりません。

陽炎、貴女が私達の知る二水戦の艦娘でした」

 

つまり試されたと言う事か。私がここで逃げ出していれば神通さんは私を二水戦とは扱ってくれなかったのだろう。いや、それどころか叢雲の槍で一突きにされていたかもしれない。

 

「光栄だわ」

 

差し出された手を取り立ち上がると神通さんは真剣な顔をすると言った。

 

「それはそれとしてケジメはつけなければなりません。轟沈した数は駆逐艦39隻、軽巡洋艦5隻の計44隻でしたね」

 

「はい。それで間違いありません」

 

流石になにもお咎めなしというわけにはいかないわよね。

 

「陽炎歯を食いしばりなさい」

 

艦娘に何故引退という概念があるのか。多くの艦娘は二十代半ばくらいから力が弱くなる、深海棲艦からの攻撃に対しての防御力が低くなる、入渠時間が伸びる、背面や足など手で直接操作する以外の艤装が上手く操れなくなるなど深海棲艦と戦う上で不利になる症状が出始める。日本軍では2つ以上の症状が出た時点で一部例外を除き、解体され軍を退役するか戦闘のない任務に着くかを選択するよう迫る。

何故か二水戦引退艦娘は防御力と入渠時間が伸びる症状が出やすい傾向にあり、例に漏れずこの神通さんもそうだった。つまり引退しても力は衰えていないから素手でも私にかなりのダメージを与える事ができる。

神通さんの一発目は私の左頬にクリーンヒットし、私はたたらを踏んだ。

 

「後四十三発です。もしも貴女が倒れても叢雲と電が支えてくれるので安心しなさい」

 

神通さんの呼びかけで私の左脇に叢雲が電が右脇立った。

 

「……必要ありません」

 

「それでこそ二水戦です」

 

そう言って嬉しそうに神通さんは拳を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてか陽炎だけが校長室に連れていかれた後、ウチらは教員艦と一週間後から始まる訓練の打ち合わせをしとった。多分10分、15分くらい経ってから陽炎が戻ってきたんやけどあまりの姿にウチらは驚いた。

 

「ちょっ!陽炎どないしたんやその傷!」

 

職員室に入ってきた陽炎は口から血を流し、両頬は赤く腫れていた。

 

「なんでもないわ」

 

「なんでもないわけないですよ!入渠しないと……」

 

親潮も顔を真っ青にして駆け寄った。

 

「必要ないわ」

 

「陽炎お姉ちゃん…」

 

「いくら艦娘の治癒力が高い言うてもその傷は流石に無理せず入渠した方がええんちゃうか」

 

「黒潮達の言う通りだピョン」

 

「電もどうしてこんな状態でほっておいたのよ!」

 

他の教員艦も口々に電に文句を言った。

 

「皆さん何を言ってるのですか?」

 

心底不思議だと言わんばかりに首を傾げて言いおった。

 

「陽炎は怪我なんてしてないのです」

 

やばい。目が逝っとる。

 

「いや、どう見ても……」

 

親潮が勇敢にも反論しとる。頑張れ親潮、ウチには無理や。

 

「どう見ても怪我なんてしてないのです」

 

いや、怖いわ。電ってもっと可愛らしい人とか優しい人が多いのに主任はなんでこんな怖いねん。いや、ウチがここで訓練受けとった頃も怖かったけどそれとはまたちゃうベクトルで怖いんやけど。

 

「陽炎、二水戦旗艦のサインが必要な書類があるのでこっちにきて欲しいのです」

 

血の滴を床に垂らしながら陽炎は電の机に移動した。

 

「これなのです」

 

両手で受け取ろうとした陽炎の右手に押し付けるように書類を渡すと陽炎は顔を大きく歪め書類を取り落とした。

 

「おっと、大丈夫ですか陽炎」

 

顔に目がいっとって気付かんかったけど右手の手首がメチャクチャ腫れとる。折れとんちゃうかあれ。

慌ててウチと親潮、雪風が拾うん手伝おうとすると電に呼び止められた。

 

「3人はこれから校長室で校長と挨拶なのです」

 

「でも陽炎お姉ちゃんが…」

 

「陽炎、一人で拾えますよね?」

 

電の問いかけに陽炎は無言で頷いた。

 

「叢雲の優しさに感謝するのです」

 

わざわざ陽炎の右肩を強く叩いたせいで陽炎が無茶苦茶痛そうな顔しとった。

陽炎をこんな目にあわした犯人は意外と直ぐに見つかった。

 

「黒潮さん、親潮さん、雪風さん久しぶりですね」

 

校長室に入室したウチらは挨拶してきた神通の姿を見て思わず身を固くした。

 

「お、お久しぶりです…」

 

さっきの電も怖かったけど神通はそれ以上に怖いんやけど。明らかに陽炎の返り血浴びてるしなんなら指メチャクチャ腫れとるし。

おかしいなぁ、昔ここで訓練受けた時はいっつもニコニコ笑ってて第二水雷戦隊教導隊の良心とか言われるくらい優しいイメージやったんやけど…。

 

「あ、あの…」

 

「なんですか雪風さん」

 

「それは陽炎お姉ちゃんの血ですか?」

 

よう聞いたな雪風。

 

「あら、さっき食べたナポリタンのケチャップがついていたみたいですね」

 

けどまぁ神通のこの姿みて確信したわ。多分親潮と雪風が聞かされたっちゅう二水戦指揮官としての心構えがどうとかってヤツやな。陽炎も電も神通も触れんな言うてるんやしウチはもうこの件に関しては知らんぷりやな。

 

「神通、ほっぺたにもついてるわ」

 

「どこについてるの叢雲?」

 

「右のほっぺた」

 

神通は指で血を拭うとペロリと舐めた。

 

「やっぱりケチャップだわ」

 

ウチは突っ込まへんぞ。突っ込み頑張れ妹達。

 

「……」

 

いや待て親潮雪風、そんな神通を睨むな。やめとけ。

 

「黒潮さん?」

 

「はいぃぃい!?」

 

なんかウチやらかしたか!?

 

「貴女の妹さん達が信じてくれないのですけどなんとかしてくれませんか?」

 

なんでウチに話振んねん。

 

「その〜……随分リアルなケチャップですね」

 

いや何言っとんやウチは。

 

「そうでしょう。自慢のケチャップなんです」

 

自慢のケチャップってなんやねん。自家製なんか?いや陽炎の血やからある意味自家製、いや直搾りってか。笑えんわー。

 

「あはは」

 

なんか親潮と雪風の視線が痛い気がするけど多分気のせいや。

その後の校長室の空気が最悪やったんも気のせいや。

この後親潮と雪風にもっと追及すべきやったとか薄情やとか色々言われたけどウチはそんな命知らずなマネできん。やからまぁ…高速修復材パクってきて陽炎に無理矢理にでもかけるからそれで堪忍してや。




次回は不知火が登場予定です。


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オリョクル

次回は早ければ明日投稿予定です。


消灯前の自由時間中、トレーニングルームで偶然彼女を見つけて私は初めて彼女がこの第二水雷戦隊教導隊の候補生にいる事に気付いた。現在彼女は第二水雷戦隊と並んで日本の精鋭部隊と呼ばれた事もあった第一水雷戦隊に所属していた。二水戦を除いた各部隊から精鋭の駆逐艦と巡洋艦を徴用した日本本土を守る為の要の部隊だったのが第一水雷戦隊だった。

 

「久しぶりね不知火。直接会うのは訓練学校の時以来かしら?」

 

彼女は私と訓練学校が同期で部屋も一緒、歳も同じで一番仲が良かった艦娘だった。だから所属が違ってもメールでだけはずっとやりとりをしていた。

 

「てっきり貴女は早々に死んでいる者と思っていました。よく生きていましたね陽炎」

 

「私がそう簡単に死ぬはずないじゃない」

 

いつも通りの軽口に私は笑いながらそう返した。

 

「で、どうして不知火はここに?一水戦を追い出されるにはまだ早いでしょう?」

 

一水戦は10年前の事件の影響で階級ごとにつける役職が厳格に決められ、任期3年で一水戦から別の部隊に移動するよう制度化されている。まだ2年目の不知火が移動するには早すぎた。

 

「珍しく一水戦が参加する任務があったんです。それで少佐に階級が上がってしまって……」

 

「枠がなくて追い出されたと」

 

一水戦が任務に着くのは珍しい。と言うのも一水戦が所属する第一艦隊、その所属艦娘の内およそ3分の2が引退前の艦娘のために用意されるポストとなっていて実戦に耐えうる艦娘はそう多くない。第一水雷戦隊では旗艦と第一から第三中隊がそれにあたり不知火はたしか第五中隊の第十一駆逐隊司令を務めていたはずだ。それで枠がないとなると中隊長はみんな少佐なのね。

 

「そうです」

 

家族を養うために軍に入った不知火にとっては他の部隊と比べて給料がよくておまけに生存率が高い一水戦は都合のいい部隊だったはずだからこの昇格は痛手だったのかもしれない。なぜなら艦娘の給料は番号付きの艦隊に所属しているかどうかでかなり給料が変わるからだ。特に第一、第二、第三艦隊に所属していればニ、三階級分くらいは給料が違ってくるのだからチマチマ階級を上げるのが馬鹿らしくなる。

 

「だからと言って今のタイミングで二水戦に来る必要はなかったんじゃない?三水戦でも多少給料は落ちるかもしれないけど給料面はともかく他はウチよりマシでしょう?」

 

一番給料がいいのは各地を転戦する第二艦隊、次に本土防衛の第一艦隊、台湾から九州にかけて日本海への入り口を守る第三艦隊と続く。第二艦隊は第一艦隊と艦隊所属による昇給額は変わらないけど危険手当が高い分少し給料がいい。三水戦の所属する第三艦隊は任務の重要性からこの二つの艦隊に続いて給料が良く、第四艦隊以降の艦隊とは給与額に大きな差があった。番号付きの艦隊所属の艦娘など駆逐艦だと全体の0.7%程度、簡単になれるものでは無いが一水戦に現役で所属できるほどの実力者なら枠さえあれば二水戦以外なら簡単に所属できたはずだ。

 

「三水戦はちょっと…」

 

不知火は露骨に顔を顰めた。

 

「まぁ、そうよね。佐世保か高雄ならいいけど那覇泊地に派遣になったら最悪だものね」

 

重巡洋艦や戦艦、空母よりも前線で頻繁に運用される駆逐艦、軽巡洋艦の立場は高い。戦争初期は大型艦こそ正義という風潮があったけど戦争中期からは大型艦の運用方法が陸上の航空基地や移動砲台と言った防衛寄りの運用をされる事が増えその地位は一気に下がった。いくら遠距離攻撃ができようがいくら火力が高かろうが防衛が主体である以上戦果を上げようがなく、戦果を上げない者は尊敬の対象たり得ないからだ。そんな中、戦果を上げていなかろうが全艦娘が頭が上がらない艦種がいる。

潜水艦だ。艦娘が使う艤装は深海棲艦が集めた資源や深海棲艦の死骸から剥ぎ取った武装から作られる。深海棲艦が資源を集める習性を利用して人為的に数を調整し安定的に資源を得ることができるようにした深海棲艦の資源集積地が東シナ海にはあった。そこの深海棲艦は対潜装備を持っていないため潜水艦であれば無傷で資源を持ち帰る事ができた。運用初期には潜水艦達が一切の戦闘をせずまるで旅行に行って帰ってくるような様子から“沖縄旅行ルート”と呼ばれるていた。現在ではオリョクルと呼ばれ全潜水艦の内約9割がこの任務に従事していると言われている。

何故オリョクルと呼ばれるようになったのかは諸説あるが、外交官だった父によると日本の政治家が外交の折O Ryoko Route (おーりょこーるーと)、つまり沖縄旅行ルートについて聞かれた時にオリョクルと聞き間違えた事からそう呼ばれるようになったらしい。アメリカ英語だとTの発音をしないからルートがルーに聞こえるのよね。

 

「輸送艦隊所属じゃないとはいえ同じ泊地にいたらあのでち公に何言われるかわかったもんじゃないですから」

 

「少なくとも口癖の“感謝するでち”は言われるわね」

 

でち公は沖縄県那覇泊地に本拠地を置く日本最大の艦隊、潜水艦隊旗艦の伊58の事で戦争初期から軍に所属している古株だ。オリョクルは轟沈する危険が無いに等しいから本来なら引退しているような艦娘も多数所属していて大先輩だらけなせいもあって潜水艦隊に逆らえる艦娘なんて殆どいない。いい人ばっかりなんだけどでち公は例外で第一と第二艦隊以外には廊下とかで会えば必ず道を開けて頭を下げろとか土下座しろとか言ってくる。伊58特有のでちという口癖から親愛と揶揄いを込めて“でち公”の愛称で親しまれている。

 

「二水戦ならアレと関わらずに済みますし仮に関わる事があっても被害はないですからね」

 

一番初めに作られた常設艦隊が第一艦隊と第二艦隊だった事もあるのだろう一定の敬意を払っているみたいで昔那覇泊地に立ち寄った時はお茶とお菓子を出して普通に歓迎してくれた。

2、3時間の滞在だったのに感謝しろでちは30回くらい言われたけど。いや、もっと言われたかしら。

 

「流石に日本を数多の深海棲艦から救ってきた第一と第二にはデカい顔できないんでしょうね」

 

他の艦隊とは比べ物にならない功績があるもの。

 

「それは違うと思ます」

 

「違うの?」

 

また聞きになりますが、と不知火は前置きしてからいった。

 

「昔一、二水戦の初代旗艦に対して“土下座して感謝しろでち”って言ったらボコボコにされたらしいですよ」

 

「すごい度胸してるわね」

 

それでこそでち公ね。人によって態度を変えるとからしくないわ。

 

「初期艦のお二人にそんなこと言えるのはあの人だけでしょうね。で、その時お二人はでち公に“一、二水戦だけじゃなく第一艦隊も第二艦隊も共に戦う仲間だから上下などない”と説いたそうです」

 

「へ〜、流石は初期艦いいこと言うわね」

 

初期艦は最初に艦娘になった5人の艦娘を指し、それぞれ一水戦と二水戦の旗艦、第一、第二艦隊、連合艦隊の初代旗艦などを務めた。

 

「そうですね。ですがそこはでち公、どう曲解したのか第一と第二だけが共に戦う仲間であってそれ以外は下だと思っているみたいです。当時はまだ第三以降の艦隊はありませんでしたからお二人が言及しないのは当然なんですが…」

 

「自分のいいように解釈するなんて流石でち公ね」

 

自分に都合の悪い事からは目を逸らす。それでこそでち公ね。

 

「……この辺にしましょうか。あの人だっていいところはあるんですし」

 

「そのいいところに目を向けても普段の言動がアレじゃあね」

 

私達みたいな未成年の間から軍に入った艦娘からしたら感謝しても仕切れない存在ではあるのだけど……。

 

「一度会う機会があって未成年艦娘保護について感謝を伝えたら“一生下僕でいるでち”なんて言われましたからね」

 

「まぁ、アレがいなけりゃ未成年艦娘は酷使されてたでしょうし私らからしたら感謝するのは当然なんだけど……」

 

今から13、4年前、政府は艦娘の志願年齢をそれまでの18歳から12歳まで一気に引き下げた。オリョクルが軌道に乗り艤装の生産数が上がった事と年齢が若い方が艦娘に適合しやすい事が原因だった。賛否両論あったけど深海棲艦に海上で対抗できるのが艦娘しかいないことからこの法案は可決された。

ただ一つ問題があった。未成年の深夜労働にあたるとして未成年艦娘の夜戦や一日がかりの任務などにおいては午後10時から午前5時までの間は給金、各種手当、そして轟沈した際の見舞金などが当該時間中は一切出ないことになった。しかも悪い事に軍上層部はそれを艦娘やその家族に説明せずに出撃させあまつさえ政治家もそれを容認した。それが表面化したのは制度が確立されて一年ほど経った時だった。オリョクルで集められた資材を本土に輸送していた駆逐艦が深海棲艦の奇襲を受けて轟沈した際、本来支払われるはずだった見舞金が支払われずそれを知ったでち公が政府に圧力をかけた。その圧力のかけ方が酷かったから当時の関係者は艦娘と聞くだけでいまだに震え上がるなんて話もある。

まずオリョクルをボイコットし軍上層部に圧をかけると当時第一艦隊旗艦だった初期艦に要請し第一艦隊を訓練と称して横須賀から出航、東京湾に集結させた。砲門は全て首相官邸や国会議事堂、海軍省に向けられていたから軍と政府は相当慌てたらしい。俗に艦娘首都砲撃未遂事件なんて言われている。噂じゃ本当に撃ったなんて話もあるけど…。

 

「実は私、第一艦隊が東京湾に集まっているのをお台場から見たんですよ」

 

「そうなの?私は確か……そうイギリスにいたわ。だから全部終わった後になってその事件を知ったのよ」

 

当時父が駐英大使館の一等書記官をしてたからそれについて行ってたのよね。父の同僚だった駐在武官の子供によく遊んでもらったっけ。あの頃は私が艦娘になるなんて想像もつかなかったわ。

 

「結局あれって本当に撃ったの?」

 

詳しそうな人に聞いてもみんな話をはぐらかすのよね。

 

「……あの日の空は雲一つなく澄み渡っていました。それなのにどこかで落雷が落ちたようなみたいな大きな音がしたような覚えがあります。

それと空母から艦載機は発艦しなかったと報告されていますけど私は当時艦載機の大編隊が上空を飛んでいるのを見て随分はしゃいだ記憶があります。今にして思えばあの艦娘の数、明らかに第一艦隊だけじゃなかった気がしますね」

 

いや、それ笑い話で済まないんじゃ…。

 

「流石に冗談よね?」

 

私の問いかけに気まずそうに不知火は視線を逸らした。マジか。

 

「…結局あの人それまでの未成年轟沈艦娘の見舞金と遅れた分の慰謝料を軍と政府から出させた上に個人的にいくらか包んだみたいですよ」

 

「あのでち公がお金出したの?いいとこあるじゃない」

 

「ただなにかにつけて感謝するでちを言ったせいで最後は遺族からも鬱陶しがられたみたいですけど。もしかしたらあの人なりの照れ隠しなのかもしれませんね」

 

「照れ隠しねぇ」

 

アレに限ってそれは無いと思うけど。だって他にも色々やらかしてるし。

 

「今度会う事があったら照れ隠しか聞いてやろうかしら。もし本当にそうなら揶揄ういい材料ができるし」

 

面と向かってでち公とかでっちって言ってもその場でちょっと怒るだけだし多少揶揄うくらい大丈夫でしょ。

 

「ほどほどにしてくださいね。あんなのでも尊敬してる人は多いですし私も別に嫌いなわけじゃ無いんですから」

 

「私だって嫌いってわけじゃ無いわ。ただ長時間相手するのが面倒臭いのよね」

 

「それは否定しません」



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艦娘精神注入棒

次話未定です。


教導隊では例年通り私達教艦の頭を悩ます問題が起きていた。

事の発覚は教導隊が最初の休みを迎えた次の日の、親潮が帳簿と在庫が合わない事に気付いた事だった。

その日の夜早速私達は会議を開いて対策を練る事になった。

 

「今回は早かったですね」

 

候補生によるギンバイが起きなかった年は一度もなく最早伝統と言ってよく、校長として毎年経験してきたからこそ出た言葉だった。

 

「堪え性がないわね」

 

「具体的には何があっていないですか?分かっている限りで構いません」

 

「えーと、工廠関連だと艤装のパーツやエンジンオイルが多数、後は……高速修復材が1つ足りません」

 

高速修復材という言葉で一瞬私と黒潮に視線が集中したけど直ぐにまた親潮に視線が戻った。

 

「食堂からは今日の夕飯にデザートととして付ける予定だった間宮羊羹が3ダース。これで今日は羊羹が付けられなくなりました」

 

正直これが一番痛い。他のは直ぐに影響が出ないけどこれは出ないけどこればっかりは間宮の手作りだから数が限られている。代わりのものも直ぐに用意できないから今日はデザート自体が無くなった。

楽しみにしていただけに犯人には怒りを禁じ得ない。

 

「間宮羊羹ないんですか?」

 

雪風が目に涙を溜めながら尋ねた。

 

「残念ながら」

 

親潮の返事を聞くと雪風は立ち上がり職員室から出て行こうとした。

 

「どこ行くの雪風?」

 

「ちょっと忘れ物取りに行ってきます」

 

「直ぐに戻ってくるでしょう。親潮さん続きをお願いします」

 

ふらふらと幽鬼のような足取りで雪風は職員室から出て行った雪風を見送ると神通さんが続きを促した。

 

「はい。最後にいつも通り事務用品から紙とペンが大量に無くなっていました」

 

これはある意味いつも通りの事ね。海軍にはオータムクラウドって言う正体不明の漫画家がいてどこの部隊でもオータムクラウド先生の漫画が流通している。作品によって作風が大きく違うから多分複数いてサークルのようなものを形成しているのだろう。私は歴史物、主君への忠義とかを取り扱ったのが好きだったわ。黒潮は恋愛、雪風が少年漫画、親潮はなんか男の人同士の恋愛を描いたのが好きって言っていたわね。オータムクラウド先生の趣味なのか同性同士の恋愛を描いた作品が半分くらいを占めるから自分好みの作品を見つけるのが大変なのよね。

それはともかく、売れっ子作家オータムクラウド先生が執筆のために紙やペンをギンバイしているらしくてこれについては大抵の部隊では見逃されている。

 

「他にも外部から持ち込んだと思われる持ち込み禁止のゲームや本、お菓子、酒、タバコが見つかっている他戦艦、空母、重巡洋艦などのいかがわしい写真も多数見つかっています」

 

戦艦や空母、重巡洋艦の裸は艦娘の一部に熱烈なマニアがいて結構な需要がある。仕事が少ないからお金を使う機会が多いけど戦闘のない分薄給だから戦艦や空母は貧乏な人が多くて金欠の戦艦や空母が小遣い稼ぎで写真を売っているらしい。私には一体何が良いのかわからないけどそれらのマニアは駆逐艦娘にはかなりの数存在する。

 

「写真は仕入れルートが特殊だから犯人抑えるの難しいんだぴょん」

 

「陽炎姉さんの調べでは今あげた物は殆ど全て候補生の間で高値で取引されているみたいです。仕入れをしているグループがあるみたいなんですけどそれが誰なのかは不明です」

 

「よくそんな事が分かりましたね」

 

「私と同期の不知火が教えてくれました」

 

「なら不知火に聞けば全部わかるんじゃないの?」

 

「不知火曰くギンバイは生徒の特権、それを暴くのもまた教師の役目だそうです。最低限の協力はしてくれるみたいですけど大元までは教えてくれませんでした」

 

私もギンバイは経験がある。訓練学校の頃はギンバイされた物をお金で買う側だったけど第二水雷戦隊教導隊ではお菓子を自分で直接外から持ち込んでたわね。直ぐバレて罰則くらったけど。二水戦は待遇がいいからギンバイに手を出す必要もなかったからなんだか懐かしいわね。

 

「無理矢理聞き出せばいいぴょん」

 

「そもそも知っているのかどうかも分からないからそれに意味があるとは思えないわ」

 

親潮の報告がひと段落したところで神通さんが口を開いた。

 

「暁さん、施設内で起きたギンバイの犯人は誰ですか?」

 

「監視カメラの映像だと工廠と食堂は13班の敷波が持っていってたわ」

 

毎回のように候補生にギンバイをされていてギンバイの対策をしていないわけがなく、紙とペンが置いてある場所以外にはバレないように監視カメラがちゃんと設置されている。顔のよく似た艦娘を識別するために班の番号を振ったワッペンを制服の胸元につけているからどこの班所属かも一発で分かる。

ていうか13班の敷波ってこの間私をコケにしてくれた敷波ね。今度は許さないわよ。

 

「卯月さん、お菓子とゲームと本は誰かわかりますか?」

 

「駄菓子屋のおじさんの話だと巻雲が大量にお菓子買っていったみたいだぴょん。それとショッピングセンターの監視カメラの映像だとゲームと本と酒、タバコは13班の狭霧だぴょん」

 

教導隊は地元密着型、時間があれば地元の人間と教艦はコミュニケーションをとっているから店の人に聞けば犯人は直ぐわかる。大型店に至ってはこちら側負担で性能の良い監視カメラを付けているから写っていれば犯人は一発でわかる。

 

「巻雲の所属する班はわかりませんか?」

 

けど巻雲のように個人商店で買っていると途端に特定は困難になる。ワッペンをつけているとはいえそんな細かいところまで覚えている人は少数だ。巻雲と判明したのだって写真を見せて地道に確認して判明したものだ。

 

「もう巻雲は13班にしかいないぴょん」

 

この巻雲は運が無かったようだ。今日までに約3割の艦娘がここを去っているが、その中に他の巻雲は全員入っていたみたいだった。

 

「問題は艦娘の写真ですか……」

 

みんながどうするか頭を悩ませていると雪風が帰ってきた。

 

「どこ行ってたの雪…か…ぜ?」

 

職員室に戻ってきた雪風は手に身長ほどもある金属製の棒を待っていた。

 

「コイツで泥棒に艦娘の精神を注入してやります」

 

戦争初期、艦娘に罰則を与えるために艤装や艦娘が使う弾薬と同じ素材で作られた通称“艦娘精神注入棒”。昔訓練学校や一、二水戦でよく使われていたけど、この棒による負傷が元で入渠する艦娘が後を立たないと問題になってからは長い間使われず多くの部隊では倉庫の肥やしになっていた。

 

「それ随分前に禁止になってるんだけど……」

 

「大丈夫です」

 

敷波のことを雪風が聞いてなくてよかった。聞いてたらきっと直ぐにあの棒で殴りに行っていただろう。

 

「雪風さん、間宮羊羹を盗んだのは13班の敷波です」

 

その言葉に全教艦の視線が言葉を発した神通さんに集まった。

 

「私が許可します。ギンバイ犯には相応の罰をくれてやりなさい」

 

「了解しました!」

 

「ま、待ちなさい!」

 

部屋を出ようとする雪風を私が慌てて取り押さえ叢雲と電が神通の説得を始めた。

 

「神通、今回は艦娘のいかがわしい写真を売っている犯人を捕まえたいと思っているのです」

 

私が知っている限り今まで誰一人として艦娘の写真密売人は捕まっていない。奇跡的にこの写真が艦娘以外に流出したことはないけどいい加減関係者の1人くらい捕まえないと艦娘としての沽券に関わる。

 

「置き物連中の写真などいくらでも売らせてあげればいいではないですか。それくらいでしか役に立たないんですから」

 

“置き物”というのは陸上勤務の戦艦、空母、重巡洋艦に対する蔑称だ。この3つの艦種、特に戦艦と空母は訓練学校の成績によって海に出れるかどうかが決まる。成績が特別良くない限りは海軍に所属した状態で陸軍や空軍に出向しその後の艦娘としての人生を移動式の砲台や航空基地として過ごす。重巡洋艦はこの2つに比べるとマシだがそれでも半分近くは砲台や航空基地としての人生を過ごすと言われている。海に出て動き戦う事がなく、そもそも戦闘もほとんどなくただそこにいるだけ。故に海に出て戦う艦娘からは置き物と言われて蔑まれていた。

 

「校長がその言葉を言うのはあんまりよくないと思うぴょん」

 

卯月の指摘通りあまり言って良い言葉ではない。今後共闘する機会がないとも限らないし不和を生むような言動は避けるべきだ。

 

「……たしかに仮にも教育者としてこのような言葉を発するのは良くありませんでした」

 

「雪風も一度落ち着いて。報復は後でいくらでもできるから」

 

「安直な考えですけど現状犯人はは全員13班です。同じ班の夕立が無関係だとは考えにくいのです」

 

「あの夕立さんが関わっているとは考えにくいですが……」

 

「13班の4人中3人が問題を起こしているのよ」

 

どうして一次選考を通過したのかわからないくらい運動能力の低い巻雲、頭に血が上りやすく気に入らなければ誰が相手でも噛み付く狭霧、無駄に悪知恵の働く敷波という問題児だらけの13班にあって夕立は夕立特有の語尾が“ぽい”になる以外はあの班にしてはまともで成績も優秀な優等生だ。俄には信じ難いけど4人中3人が関わっていてもう1人が全くの無関係というのも考え難い話だろう。

 

「けどそうなるとあの夕立が戦艦とかの裸売っとるってことやろ?そんな事するかなぁ」

 

「普段は優等生だけど裏でギンバイしていたなんてよくある話ですよ。ねぇ、陽炎さん」

 

「そういえば陽炎も優秀だったのにお菓子大量に買い込んで持ち込んでたぴょん」

 

「捕まえるために部屋に入ったらお菓子に囲まれながら幸せそうにチョコレート頬張ってたわ」

 

「なんでそんな事覚えてるのよ!」

 

今まで誰にも言った事なかったのに黒潮達にバレたじゃない!

 

「陽炎後でチョコレートあげよか?」

 

「黒潮後で覚えてなさいよ」

 

親潮と雪風もそんな生暖かい目で見ないでよ。

 

「陽炎さんのようにいくら普段の成績や生活態度がよくても関係がありません。夕立さんを容疑者として注意深く観察してください。では会議を終わりましょう」

 

神通さんはそう宣言して職員室からでようとした所で足を止めて振り返った。

 

「忘れていました。それとは別に13班の敷波には今まで以上に厳しい指導をお願いしますね」

 

敷波、虎の尾を踏んだわね。

 

「任せてください!」

 

雪風もやる気満々だしよく見ると職員室中がやる気に満ち溢れているように見える。やっぱり間宮羊羹を盗まれた事にはみんな怒っていたみたいね。



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電の思い

次回未定。週一更新にしていこうかと思っています。


『疲れたぁ』

 

ドサリと倒れ込むような音と敷波の声が

 

『戦艦の砲撃にあたるのは駆逐艦じゃないとか意味わかんないですけど〜』

 

『戦艦の砲撃を避けるのとか無理っぽい』

 

まさかこの子たちは戦艦と正面から撃ち合うつもりなの?一発でも当たればこっちは轟沈なのに避ける以外どう言う方法があるのかしら。

今回は桂島訓練学校の戦艦一隻だったけど最低でも第二艦隊の金剛型4隻の斉射を避けてもらわないと困るのに。

 

『できてたの一水戦の不知火だけだったしね』

 

『流石は一水戦って所ですかね』

 

『陽炎教官は砲口の向きと角度を見れば避けれるとかいうけど無理に決まってます。脳みそ筋肉でできてるんじゃないでしょうか』

 

安心しきっているのか次から次へと教官に対する悪口が出てくる出てくる。明日はもっと厳しくしてあげないと。にしても…

 

「盗聴するなんてストーカーみたいね」

 

「二水戦は個人の実力はもちろんそれ以上に仲間同士の連携を重視しているのです。仲間に横柄な態度をとったりしていたら部隊の和を乱す事になるのですから当然のことなのです」

 

だから普段の私生活も盗聴して確認すると。

 

「されてる側からしたらあまり気分のいいものではないわね」

 

「いつもしているわけではなくギンバイがあった時と候補生の数がある程度絞られた時に最終判断を下すために録音していた会話を聞くのに使っているのです」

 

そう言うと電はポケットからタバコを取り出すと口に加えた。

 

「陽炎、火」

 

「ここ禁煙ですよ」

 

「二水戦教導隊では教艦がルールなのです」

 

思わずため息を吐くと電はマッチを取り出して電のタバコに火をつけ、私もタバコを取り出し火をつけた。

しばらくの間無言で紫煙を燻らせていると唐突に電が口を開いた。

 

「……この前は申し訳ないことをしたのです」

 

「どう取り繕おうと私がした事は許されることではないわ」

 

未だに私自身、二水戦の誇りを汚した自分を許せていないのに他人から許されたって益々苦しくなるだけだ。

 

「陽炎にケジメをつけさせるかどうか最後まで私達は悩んでいました」

 

あの時の3人は迷いなどないように見えたのに…。特に電は心底怒っていたように思う。

 

「その割に遠慮なさげだったわね」

 

「元二水戦として誇りを汚したものを許しておけないのです」

 

けど、と電は泣きそうな表情を浮かべると続けた。

 

「二水戦を生きて引退した私達に本来陽炎を責める資格はないのです。指揮艦として部下や後輩達より先に死んでいくべき立場にありながらそれが出来ずに死に損ねた私たちには、陽炎と違ってもうそのチャンスもありません」

 

まだ艦娘として戦う時間の残っている私には電達の気持ちはわからない。現役の私から見れば引退が拒否できない以上仕方のないことだと思うけど多分その気持ちは私が生きて引退しない限りは分からないのだろう。

 

「誤解しないでほしいのですが何も陽炎に死ねと言っているわけではありません。私達が知っている二水戦はなくなり、新たな二水戦が生まれるのですからそれまでの伝統を継承する必要はないのです。新たな二水戦で二水戦は偉大だったと言われるような活躍をしてくれればそれでいいのです」

 

そう言うと電は一筋の涙を流した。

 

「今更涙がでるなんて不思議なのです。二水戦が壊滅したと聞いた時には一滴の涙も出なかったのに…」

 

電の涙を見てふと思った事がある。黒潮も親潮も雪風も二水戦壊滅に涙を流した。だと言うのに二水戦が壊滅した事で一滴の涙も流していない私は薄情なのだろうか。

 

「先の戦闘の分析が行われていますが結果を鵜呑みにしてはだめなのです。誰にとってかは知りませんが都合のいい結果が報告されるはずなのです」

 

涙を拭うと電は言った。

 

「改竄されるというの?」

 

「どこにいたのかは知りませんがあの規模の艦隊を見逃すなんて通常あり得ないのです」

 

二水戦を取り囲んだ艦隊は150隻を超え、二水戦がその直前に倒した艦隊も合わせると200隻を超える艦隊がソロモン諸島周辺にいたことになる。たしかにそんな大規模な艦隊を見逃すなど通常ならあり得ない。

 

「一体誰がなんの意図でこんな事をしたのか知りませんが相応の報いを与えてほしいのです」

 

「仮に電の言う通りだとして一体犯人にどんなメリットがあるというの?」

 

正直俄には信じ難い。深海棲艦に対して現在優位に戦っているとは言え、戦略予備であった二水戦が壊滅しては戦況が逆転しかねない。

 

「二水戦は羨望の眼差しで見られるのと同じくらい恨まれているのです」

 

二水戦が恨まれているなんて思いもしなかった。

 

「逆恨みのようなものがほとんどですけど」

 

「逆恨み?」

 

「もっと早く二水戦が来れば誰々は轟沈しなかったとかそう言うのですよ」

 

バカバカしい話ね。

 

「私には理解できない感情ね。轟沈したのは本人と周りの人間の努力不足に他ならないわ。違う部隊の人間に責任を押し付けるのはお門違いよ」

 

「それが分からない人間も多いのです」

 

「あくまで二水戦は戦略予備として即応待機にあるのであって本来は担当部隊によって問題の解決を図るべきじゃない」

 

私達は攻勢のための予備戦力であると同時に有事の際にはすぐに派遣される即応部隊でもある。最近では各地を転戦しているが本来は攻勢のための戦力であって即応部隊は副次的要素でしかない。

 

「今回の二水戦の件も第八艦隊が自力でどうにかできていれば…いえ、受けた任務を完遂できなかったのは私達の実力不足ね」

 

第八艦隊だけで対処できるのが理想ではあるけどそれができないから私達が呼ばれたんだしその任務を完遂できなかったからと言って第八艦隊にあたるのは筋違いか。第八艦隊司令部は許さないけど。

 

「電が軍に入隊した時と違って軍全体の質が落ちている事が原因なのです。10年前に第一艦隊が壊滅して以来軍は現存艦隊主義をとっていますから実戦経験が増えるはずもないのですが…」

 

余程大きな戦闘が起こらないと大型艦に油を入れる事すらしないものね。

 

「その割には水雷屋を酷使しているけどね」

 

「第一艦隊の実力の高い戦艦、空母が悉く轟沈したせいで上層部は大型艦を使うことに消極的になって決戦兵器の位置付けとなったせいなのです。まぁ、その頃から既に水雷戦隊に頼るきらいがあったのは事実ですが今ほどではなかったのです」

 

未成年の艦娘の募集を始めるまでは戦艦、空母、重巡洋艦といった艦種もバランス良く編成して使われていたらしいけど艦娘の数が増えるにつれて艤装の製造コストが安く適応者の多い駆逐艦や軽巡洋艦が多く使われるようになっていった。これに拍車をかけたのが第一艦隊の壊滅だったわけだけど。

 

「というか水雷戦隊が大型艦を悉く撃沈したから私達水雷戦隊の実力を過剰に高く見積もったっていうべきじゃない?」

 

全ての水雷戦隊が二水戦クラスならともかく現実はそうではないのだからもう少し大型艦を積極的に運用してもいいと思う。

 

「それはそうなんですがあまり口に出さない方がいいのです。連合艦隊旗艦は元一水戦旗艦でもあるのですから機嫌を損ねることになりかねないのです。特に陽炎は二水戦旗艦ですからなおさらなのです」

 

連合艦隊旗艦は表面上、何もないように接してくるけどやっぱり元一水戦旗艦として思うところがあるのだろうか。

 

「私達は陽炎が新たな二水戦を率いていくことになると認識しているますがそうでない人もいるのです。過去の二水戦に対する妬みや恨みから色んな事を言われるでしょう。もしかしたらそれが原因で二水戦を離れようとする艦娘も出るかもしれません。二水戦と敵対しようとする全ての者から貴女は隊員達を守らないといけないのです」

 

「再編後も私が二水戦を率いることになるとは限らないわ」

 

何より私にはその資格がない。

 

「現実を見るのです陽炎。実績、実力共に貴女以上の軽巡洋艦、駆逐艦はもはやいないのです。貴女以外に二水戦を率いるに相応しい艦娘がどこにいるというのです」

 

そんな事は分かっている。艦娘が増えた事と人類の支配領域の拡大によって昔よりも艦娘一人一人が戦う機会は減った。私も配属当初は比較的安全な海域での護衛任務に従事することになっていたけど偶然深海棲艦がその海域で増えた影響で数度の海戦を経験した。その時の功績のおかげて二水戦の書類選考を通過したけど海域によっては一年の間に一度も戦闘をしない人もいるからそういう人達は中々功績を上げる事ができないし階級も上がらない。駆逐艦や軽巡洋艦に実戦経験を積ませるために配置転換は行われているけど実力と実績を兼ね備える佐官以上の艦娘は年々減少傾向にある。

 

「新たな二水戦が二水戦以外の艦娘に率いられる事を容認できる元二水戦はいないのです。事実として再編された二水戦を率いるのは皆陽炎だと思っているのです」

 

それは薄々感じている。代理と銘打っていて正式な任命式も執り行ってこそいないけど周りの人は皆私を二水戦の旗艦として扱ってくる。多分このままいけば二水戦が再編されるのと同時に私は正式に第13代第二水雷戦隊旗艦に補職されるのだろう。

 

「覚悟を決めるのです陽炎。あの日死なずに帰ってきたからにはその後の事に責任を持つ義務があるのです。それがたとえ陽炎が意図する事で無かろうとも…」

 

『あ〜もう!』

 

突然狭霧の大声がスピーカーから流れ思わず私達は話すのをやめてスピーカーを注視した。

 

『急に大きな声出してどうしたの?』

 

『教艦達の話してたらなんだかすごくムカついてきました。寝る前くらいは気分良くいたいですしもうこの話やめにしませんか?』

 

『それもそうだね。どうせ明日もまた気分の悪くなる顔を見ないといけないしね。楽しい話をしよう』

 

言うに事欠いて気分の悪くなる顔ときたか。覚えておけよ。

 

「どうやら今日の訓練では物足りなかったみたいなのです」

 

『夕立は疲れたから早めに布団に入るっぽい〜』

 

『夕立ちゃんお休み〜』

 

その後は3人がギンバイしたであろうお菓子を食べる音と談笑する声が聞こえそれが消灯時間まで続いた。

結局今日は夕立がギンバイに関わっている証拠は出なかった。



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軍事裁判

ソロモン海で第二水雷戦隊が壊滅して二ヶ月ほど経った今日はその軍事裁判が開かれる日だった。

 

「意外と早く捜査が終わったわね」

 

事が事だけにじっくりと時間をかけて調べると思っていたからこんなにも早く裁判が開かれたのには素直に驚いた。もっとも、完全に調べ切ったのかどうかはわからないけど。

 

「そうだな。責任の所在と真相がわかればいいんだが…」

 

裁かれるのは第八艦隊司令部とラバウル基地司令部に所属していた人間数十名と軍令部が対象となっている。ただ今回軍令部は業務が円滑に行えなくなることを理由に当人達は出席せず代理人が立てられている。

事前に手に入れた証拠資料の一覧を見れば大体何を聞くつもりなのかは分かるけど、これで軍令部の責任まで問えるかどうかは疑問だ。

 

「証人の1人はラバウル基地所属の赤城なのね」

 

ラバウル基地は海軍ではなく空軍の管轄でこの赤城は空軍に出向している赤城だ。出向している艦娘の中には海軍にいる艦娘に対してよくない感情を抱いている艦娘もいると言うけど…。

 

「空軍には情報を隠蔽した疑惑があるからな」

 

ソロモン海域の偵察はラバウル基地とトラック泊地、つまり第八艦隊から出されていてソロモン諸島に囲まれた部分をトラック泊地が、その他のソロモン諸島周辺をラバウル基地が担当していてソロモン諸島そのものの偵察を空軍が怠ったと言う噂を私も耳にした覚えがある。

 

「隠蔽なんかしたら艦娘を貸し出してもらえなくなるからそれはないんじゃないの?」

 

「航空偵察は海軍と空軍で協力しあって行っているが空軍としては全て請け負いたい考えがあるようだ。偵察の不備が海軍側にあればそれを口実に偵察を一手に引き受けることができるかもしれないし場合によっては一部の空母を正式に空軍所属にすることができるかもしれないからそれが狙いだという話だが…」

 

海軍から出向している艦娘に関する費用のうち給料は海軍が、それ以外は出向先が持つことになっている。ただ維持に関わる物資は海軍が独占しているから自動的に海軍から買い取る形になる。それに加えて出向した事による戦力の穴埋めにかかる費用という名目でお金を出させているから陸軍や空軍は自分達の軍に所属する艦娘を欲しがっていると言うのは有名な話だ。

 

「これほど大きな被害を出してまで実行する価値があるとは思えないわね。バレれば空軍に所属させるどころか空軍への出向さえ打ち切られかねないもの」

 

いくら二水戦とはいえあの規模の深海棲艦と戦うのはごめんこうむる。奇襲となれば尚更だ。

 

「陽炎の言う通りだ。何が真実かは知らないが今日の裁判で明らかになることを願おう」

 

◇◆◇

およそ3時間でその日の裁判は終わりを告げた。いや、二水戦壊滅に関わる全ての処分がこの日の内に終わらされた。

 

「満足できたか?」

 

「そう見える?」

 

軍令部の責任まで問えるかは分からないと思っていたとはいえこれは酷すぎる。

 

「いや…」

 

裁判では最初に今回の二水戦壊滅に関する事実確認が行われ、その後ラバウル基地の偵察指揮をとっていた赤城の証人喚問を行った。証人として登場した赤城曰く担当海域には姫級の存在はなかったとの事だった。当時の報告書とも証言は一致している事から偵察においては空軍に過失はないとされた。また、海軍側の資料も担当海域には姫級の姿は確認されず偵察自体は見逃しはなかったものとされた。ただ…

 

「けどまさかあんな初歩的な事が原因だったなんて…」

 

第二水雷戦隊壊滅後、ラバウル基地から出された偵察機により判明した事だけど深海棲艦は陸から海に出撃する、つまり艦娘と同じ手法をとっていた事が判明した。

深海棲艦は頻度は少ないが陸に上がることがある。ただ陸に上がると海上ほどの防御力を発揮することができず通常兵器の攻撃が効くようになるから艦娘でなくても倒す事ができるようになる(とは言っても駆逐イ級でさえM2機関銃クラスの火力が必要だけど)。

最近では私も参加したキスカ島からの撤退作戦が行われる前にアッツ島に上陸されているし撤退後にはキスカ島にも上陸されている。

 

「深海棲艦が陸に上がる事があるのは周知の事実。なのにそれを考慮に入れずに作戦を考えるなんて思ってもみなかったわ」

 

「これまで深海棲艦が陸地を利用した戦いをしてこなかったせいで軍全体に深海棲艦は海での戦闘で陸を使った作戦はしないと言う固定観念が蔓延していだ事が原因だが……これは言い訳に過ぎないな」

 

今まで深海棲艦は陸上の人間を攻撃するために海から陸に上がることはあってもその逆、海にいる艦娘や艦船に対して攻撃を行うために陸から海に戻る事は確認されていなかった。たしかに私も陸上偵察の結果を聞くたびその行為に意味があるのか考えた。だって深海棲艦は多くの場合陸には上がらないし、もし陸に上がったとしても艦娘を攻撃するために海に出る事はなかったから。けどそれでもしないわけにはいかないとは分かってた。それが自分達の生死に直結しかねないからだ。

 

「問題はトラック、ラバウルの両方の司令部が陸の偵察を軽視ししていて偵察が不十分だったことに気が付かなかったことね」

 

いくら深海棲艦が陸から海に攻撃のため行動する事が確認されていないとはいえ陸から海に行く行動そのものは何度も確認されている。それがただ攻撃のための行動でなかったと言うだけであって攻撃のために海に戻らない事とはイコールにならない。

 

「トラック、ラバウル双方の司令部は互いがやっているものだと考えていたようだな。そんな雑な仕事で作戦を実行しないでもらいたいものだ」

 

偵察担当だったラバウル基地の赤城達にその命令がなかったことから偵察担当には瑕疵がなかったとみなされたのよね。ただトラック泊地の偵察指揮をとっていた龍驤はかなりのベテランで実戦経験もそこそこあるからその辺を曖昧な状態で偵察するとは思えない。

 

「処分としては第八艦隊司令官と第八艦隊参謀長、ラバウル基地司令の3名が軍籍を剥奪されただけだったわね」

 

「今後こんなミスが起きないよう各部隊に島嶼部に対する偵察を徹底するよう通達するだけでその他には何もなく終わったな。ラバウル、トラック両方の司令官が除隊されたのは最低ラインはクリアしたと言えるが…」

 

対外的にはこの処分で今回の件は決着となるのだろうけど正直不完全燃焼だ。

 

「軍上層部の罪も決して小さなものではなかったわよね。政治的要請を優先しなければ第八艦隊は十分な戦力を持ってソロモン海域の攻略に臨めたし偵察の不備もなかったでしょうし」

 

上層部からの要請が偵察の不備が焦りを招いた側面があるのも事実だ。細かい作戦指揮は第八艦隊が取ったとはいえ作戦計画そのものに上層部は目を通していたみたいだからその時に指摘しないといけない事だった。

 

「海軍大学校では習わない事だからな。大学校の教本を作ったのが今の上層部の年代だ。深海棲艦と初めに戦った世代の生き残りでもあるし深海棲艦はこう言うものだと固定観念もあるんだろうな」

 

一応同じ海軍大学校を出た身として思うところでもあるのかしら。

 

「ふーん。ならその海軍大学校を主席で卒業したとか噂の司令は偵察の不備に気付けたの?」

 

何期かは知らないけど海軍大学校を主席卒業してるらしいというのは第二艦隊で噂になっていた。

 

「我々が陸から深海棲艦を攻撃するんだ。その逆がないとどうして言い切れる」

 

艦娘の力の源は深海棲艦と殆ど一緒。基本的には人か、そうでないかの違いでしかないと私は思っている。人によってはこれを言うと怒る人もいるけど概ね間違ってないのだろう。というか否定しないって事は本当に主席で卒業しているのね。

 

「それが分からなかったのが第八艦隊司令部であり上層部じゃないの?

偉そうなこと言っているけど同じ水を飲んできた司令がそうでないとどうして言えるのかしら」

 

私達艦娘と違って艦隊司令官や上層部の人間が通う海軍大学校では実際に戦う艦娘を補佐するために戦術面ではなく戦略面に重きを置いている。小さな作戦であれば艦娘が作戦を立てそれを艦隊司令官が承認する形を取るけど大規模な作戦になれば艦隊司令官達や上層部が出しゃばることも多い。今回は第八艦隊司令部が作戦を立てていて第二水雷戦隊もその指揮下にあったから偵察に関しては詳しいことを知らなかった。知らされていたら島の偵察がされていない事を理由に作戦の延期ないしは取りやめを要請していたはずだ。

 

「耳の痛い話だな。だがこう見えても第二艦隊の司令官を任されているからな。他の木端な艦隊と違ってある程度優秀じゃないとこの艦隊の司令官にはなれない。その点を評価してくれると嬉しいな」

 

第二艦隊は他と違って実戦が多い分司令官も相応に優秀な人間が補職される。司令が海軍大学校を主席で卒業しているあたり優秀なのは事実みたいだし私が初めて配属された泊地が深海棲艦と戦闘になった時も的確な指示を出していたから司令の能力はよく分かっている。詳しい年齢は知らないけど見た目的に30代後半から40代くらい。それくらいの歳で、司令官職につくあたりやっぱり優秀なんだろう。

 

「自慢?」

 

だからといって肯定されるとなんだかムカつく。

 

「まさか、ただの事実だ。そもそも俺は艦娘に全幅の信頼を置いている。わざわざ自分から口出ししようとは思わんさ」

 

「たしかに司令はそう言う人ね」

 

司令が私達のすることにうるさく口出しする事は殆ど無い。強いて言うなら補給関連で忠告してくることはあるけどそれはだいたいの場合司令が正しい。

 

「…それにしても島の偵察をしなかったなんて本当にあり得る話なのかしら」

 

電の忠告もあってどこか判決を信じきれない。

 

「元々あの海域は命令が無かろうとも近々攻略予定だった。第二艦隊なら毎日でも変化を観測する。俄には信じ難いな」

 

東南アジアの島々を解放したのは第二艦隊だった。私が二水戦に加入した頃には殆ど解放し終えていたけどそれでも数度、深海棲艦から東南アジアの島を解放している。基本的に深海棲艦は島そのものを占拠することはなく周辺海域の制海権を取るだけだけどそれでも島そのものに対する偵察は欠かせない。

 

「けどトラックの偵察担当だった龍驤、鳳翔が轟沈しているから真実は藪の中。確かめようが無いわよね」

 

「そもそも仮に島を偵察していたとしてそれを司令部に伝えない意味がないからおそらく本当に偵察をしていなかったんだろうな」

 

釈然としないものがあるけどこれ以上どうすることもできないのも事実。個人的に調べようとは思うけどかなり時間がかかりそうね。



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砲火

第二水雷戦隊教導隊での訓練も二ヶ月が経ち候補生の数は3分の2ほどに減っていた。

 

「ああ゛〜」

 

叫び声を上げながらだらしなく机に突っ伏した黒潮に思わず顔を顰めた。

 

「うるさいわよ黒潮。黙って仕事しなさい」

 

私が注意すると面倒臭そうな表情で黒潮が言った。

 

「そうは言っても夕立ちっとも尻尾出さへんやん。もうこれギンバイ犯どもと関係ないんちゃうか?」

 

ギンバイ発覚から一ヶ月以上経つのに未だに夕立の尻尾は掴めない。こうなると確かに夕立が無関係と思いたくもなる。

 

「元々なかなか尻尾を掴ませない連中だしね。根気強く証拠を集める事が大事なのよ」

 

「そんな事言われても校長と雪風はともかく他はみんなダレ始めてるで。ウチかて判明した時ほどのモチベーションはないし判明してるんだけさっさととっ捕まえた方がええんちゃう?現状夕立のやってる事はウチらに実害はないわけやし」

 

正直私も同じことを思っている。狭霧達を捕まえていないせいでここ一ヶ月ほど間宮羊羹を食べれてないからいい加減捕まえたい。けどそれだと二水戦が間宮羊羹欲しさに全員捕まえるのを諦めたみたいでなんだか悔しい。

 

「…先にギンバイすればいいのか」

 

「いや何言ってんねん」

 

しまった声に出てた。

 

「だってそうじゃない。ギンバイしても狭霧達のせいにできるから今ならやりたい放題できるわよ」

 

こうなったら黒潮を巻き込むしかないわね。

 

「アホか。カメラで撮影されてんのやからすぐバレるわ」

 

「そう思うわよね。けど最近不思議とカメラの映像が途切れがちなのよね」

 

この間カメラの録画を確認したら時間が途切れている日が何度かあった。編集というよりカメラを切っていた感じだったから急いでいたのかもしれない。

 

「それってまさか…」

 

「多分そう言う事なんでしょうね。一体誰がやってるのかしら」

 

教艦以外カメラのことは知らないしギンバイ犯の敷波は毎回カメラに写っているからまず間違いないだろう。

 

「そういや最近暁が妙に機嫌よかった気がするな」

 

暁やったのね…。

 

「未だに怒ってる雪風と神通は間違いなくやってないやろけどバレたらどうなるんやろな」

 

一番怒っていた2人がギンバイをやってないのにもしギンバイがバレたら絶対酷い目に会う。

 

「二水戦は隊内で不和を産むような行為を許さないわ。抜け駆けした艦娘がどうなるかなんて考えればわかるんじゃない?」

 

「抜け駆けしようとした奴がよう言うわ」

 

「あら、抜け駆けなんてしないわよ。ちゃんと黒潮に聞こえるように言ったじゃない」

 

うっかり口に出したのは黒潮に分かるはずがないしここは上手く誤魔化そう。

 

「やらかしたって顔に書いとったで。自分が顔に出やすいんちょっとは自覚したほうがええんとちゃう?」

 

マジか自覚なかったわ。

 

「私そんなに顔に出やすい?」

 

「付き合い短い奴ならともかくウチみたいに何年も一緒におったら分かるくらいにはわかりやすいな」

 

それって分かりやすいって言えるのかしら?

 

「それなら黒潮とか不知火くらいにしか分からないってことね。なら安心だわ」

 

これなら私がギンバイしても黒潮を巻き込めばなんとかなるわね。久しぶりの間宮羊羹楽しみだなぁ。

 

「言っとくけどうちは協力せえへんからな」

 

「なんでよ」

 

「ウチあの棒で殴られたないもん」

 

あの棒と言われて思わず私はお尻を押さえた。あの棒とは候補生内で雪風の代名詞になっている艦娘精神注入棒の事だ。あれでお尻を叩かれるのを毎日見ているからどれくらいの威力があるかはよく知っているけど正直見ているだけで逃げ出したくなる。

毎日のように叩かれるている狭霧は最近じゃあ殆ど声を上げなくなっているけどそれはきっと狭霧のお尻の皮が分厚くなっているのだろう。

 

「それは私も嫌よ。けどバレないから大丈夫」

 

「その自信はどっからくんねん」

 

「あれだけ怒ってた神通さんが何も言ってないんだから教艦がギンバイしている事には気づいてないっことよ。なら大丈夫じゃない」

 

あんなにも怒っていたんだもの、バレてたらきっと今頃お仕置きされてるに決まってる。

 

「あの人そんなに甘いかなぁ」

 

なんか不安になる言い方ね。

 

「…やっぱりバレてるのかしら」

 

「そらそうやろ。あとで狭霧達と一緒にまとめて罰則食らわされるんやろ」

 

並んでお尻を叩かれるのは嫌ね。それも雪風より力の強そうな神通さんとなれば尚更よ。恥ずかしいし何より教艦としての威厳が損なわれる。

 

「…やっぱりギンバイはやめておくわ」

 

久しぶりに間宮羊羹食べたかったのに。

 

「話戻すけどいっそのこと候補生の内情を知っとる不知火をこっちに引き込んだらええんちゃう?てか普通に二水戦に入れた方がええやろ」

 

正直それは不知火を見つけた時に思わななったわけじゃない。

 

「規定上は一水戦から二水戦への移籍なら旗艦の面接だけでできるんやしやらん理由ないやろ」

 

たしかに規定上はそうだけどあまりにも第一水雷戦隊と第二水雷戦隊の性格が違いすぎる事もあって今までそれが実際にされたと言う話は聞いた事がない。

 

「それに他の候補生のためにもならへんで。最近はグループでの訓練を増やしてるから不知火がおるかおらんかで訓練の難易度が大幅に変わってくる。今の段階で100人以上も残ってんのは明らかに不知火の影響やで」

 

本来ならもう20人ばかり候補生を減らすつもりだったのにここまで残っているのは候補生が不知火を中心に纏まり団結して課題に取り組んでいる影響は大きい。

 

「私はいいと思うけど…神通さん達が確実に嫌がるわよ」

 

一水戦の“い”の字でも出ようものなら顔を能面の様な無表情に変えるからあの人達の前ではこの話は絶対にできない。

 

「ウチが二水戦に入った時はもう10年前の当事者はおらんかったからよう知らんのやけどやっぱり一水戦ちゅうんはネックになるか」

 

「なるわね。私が二水戦に入隊した時の駆逐隊の隊長が当事者だったから話を聞いているけど不知火が同期じゃなかったら一水戦の艦娘を二水戦に移籍させようとは思わないわ。神通さん達は当時者だし尚更でしょうね」

 

人柄をよく知っているからこそ一水戦の艦娘でも不知火を二水戦に入れていいと思うけどそれ以外の一水戦だと流石に入れるかどうか悩む。

 

「当時の一水戦と今の一水戦は完全に別物やで。なんせウチら二水戦と違って生き残りがおらへんかったからな」

 

「それは分かってるんだけど神通さん達の気持ちもわかるだけに訓練を切り上げさせて入隊させるのは流石に後ろ髪が引かれるのよね」

 

先輩達がどれだけ一水戦の事で苦しんでいるのか直に見てきただけに簡単に一水戦の艦娘の加入を許したくはない。せめて候補生として選抜には参加してもらわないと。

 

「もう10年も経つっちゅうのになぁ」

 

「私達部外者にとっては10年も経ったと感じるかもしれないけど当事者にとってはたった10年としか感じないんじゃないかしら」

 

「そう言うもんなんかな」

 

「さあ?」

 

「さあ…て自分が言うたんやん」

 

「当事者じゃないから本当のところは分からないわよ。けど簡単に割り切れる物ではないと思うわよ」

 

結局のところその感情は当人達以外わかりようのないものだし全ては私の想像だ。けど多分そう大きく外れてはいないと思う。

 

「それはそうかもしれんな。けどな陽炎、先輩らを慮るのもええと思うけど今重要なのはどうやって二水戦を再建するかや」

 

黒潮の言っている事は正しいと思うけどそう簡単に先輩達の思いを切り捨てられるほど私は器用じゃない。

 

「そんでもってそのために目下解決せなあかんのは頭一つどころか二つくらい飛び抜けてる不知火をどうするかや。本来なら脱落しているはずの奴らが残って再建された二水戦のレベルが落ちることになりかねへん」

 

「厄介な話ね。一水戦でなければすぐにでも二水戦に入れたい人材なのに一水戦という肩書きが邪魔をする」

 

「今の二水戦の旗艦は陽炎や。陽炎が首を縦に降ればそれだけで全部解決するんやで」

 

理屈ではその通りだけどそう簡単にいかないのが現実なのよね。

 

「簡単に言うけどその後神通さん達に事情を説明するのは私なのよ。それとも黒潮がやってくれるの?」

 

「そう言う重要な役目は旗艦の陽炎に任せるわ」

 

そう言う黒潮はすごく嫌そうな顔をしていた。

 

「なんなら代わってあげるわ。給料も上がるしいいことしかないわよ」

 

「やめてくれや。ウチはまだ死にたない」

 

死ぬような役割を人に押し付ける気!?

 

「ウチは100歳まで生きてひ孫に見守られて死ぬのが夢やねん」

 

いけしゃあしゃあとよく言うわ。

 

「アンタみたいに性格が悪かったら誰にも見守られずに死ぬんじゃないの」

 

「陽炎は来てくれへんの?」

 

「私は…ってアンタ100歳って事は私は98とかでしょ?そんな長生きできるわけないじゃない!」

 

深海棲艦の現れる前は平均年齢は80歳とかだったけど今となっちゃ深海棲艦のせいでそれは下がっている。私はいつ死ぬともわからない艦娘だからこのまま死ぬ可能性だってある。そこまで生きるのは不可能に近いだろう。

 

「無理な事ないやろ。ウチらの代で深海棲艦との決着つけて平和な暮らしを手に入れればええだけなんやから」

 

「簡単に言ってくれるわね」

 

未だに太平洋南部は深海棲艦の手にあるしインド洋や大西洋、地中海だって深海棲艦の手の中にある海域は多い。簡単にはいかないだろう。

 

「黒潮なんて年齢的に4年もしない内に引退する事になるじゃない。できるとは思えないんだけど」

 

「ならその4年以内に深海棲艦と決着つけるためにもさっさと不知火を二水戦入れよ」

 

そう言うと黒潮は頼んだでと言って私の肩を叩くと職員室を出ていった。

 

「もう、わかったわよ」

 

上手く丸め込まれたようだけど不思議と悪い気はしなかった。

 

「まずは神通さんに話を通しに行こうかしら」

 

確かに大事なのは今どうやって二水戦を立て直すかであって神通さん達の気持ちをおもんばかる事ではない。けど…

 

「かつて神通さん達と砲火を交えた旧一水戦、その後継となった一水戦からの移籍を承諾してもらうのはなかなか骨が折れそうね」



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第一水雷戦隊 前編

今回長くなりすぎたので途中で切っています。


「どうして神通さん達は第一水雷戦隊が嫌いなんですか?」

 

ある日の休日、それは雪風の何気ない一言から始まった。

思わず私は部屋の扉を開けて廊下に誰もいないことを確認して黒潮は素早く窓とカーテンを閉めた。

 

「雪風、絶対に他の教艦の前でその話をしてはダメよ。不知火の話くらいなら大丈夫だと思うけど絶対にそれ以上掘り下げるのはダメ」

 

「どうしてですか?」

 

「親潮も知らないの?」

 

箝口令が敷かれているとは言え噂くらいは聞いたことがありそうだけど。

 

「ウチと陽炎は横須賀の第一訓練学校出身やけど親潮は舞鶴の第四、雪風は桂島の第二出身やから知らんのも無理はないやろ」

 

「噂も聞いた事ないのね」

 

「そらそうやろ。第一出身者でも最近の奴は噂さえ聞いた事ないやつの方が多いらしいで」

 

「そうなの?」

 

言われてみれば訓練学校の頃は詳細は知らなかったし今となっては噂さえ残ってなくても不思議ではないのかもしれないわね

私も詳細を知ったのは二水戦に入ってからだったし。

 

「じゃあ黒潮説明してあげてくれる?」

 

あまり楽しい話ではないから正直話したくはない。

 

「ウチ詳細知らんからできへんで」

 

「知らないの?」

 

意外ね。二水戦としては私が先輩だけど艦娘としては黒潮が先輩だからどこかで聞いていると思っていたわ。

 

「箝口令のせいで中々外には伝わってこんかったうえにウチが二水戦入った時にはもう当時の事を知る人はおらんかったからな。その頃には触れたらあかん雰囲気やったから自分で調べようとしてデータベースで検索したりもしたけど出てこんし諦めたわ」

 

「へー、そうだったの」

 

私の隊長だった村雨は聞けば普通に話してくれたけどものすごく苦しそうな顔をして語るものだからそれ以来私は私他の人に倣ってこの話に触れる事はなかった。先輩達がいなくなってからも一水戦の話はタブー視していたから黒潮みたいに当時者だった艦娘がいなくなってから入ってきた人は一水戦の話は厳禁という暗黙の了解しか知らなくなっていた。

 

「いいわ、10年前何があったのか話してあげる」

 

私はタバコを一本取り出して火をつけ、大きく息を吸うとため息をするように煙を吐き出した。

 

「と言っても私も当事者じゃないし教えられなかった部分は自分で調べたりしたものだから多少曖昧な部分もあるわ。それでもいい?」

 

3人は顔を見合わせると頷いた。それを確認して私は話を始めた。

 

「始まりは11年前当時の一水戦の旗艦が交代した事まで遡るわ」

 

当時の一水戦は二水戦と並んで日本、いや世界でもトップクラスの力を持つ部隊だった。ただ一水戦と二水戦の戦い方は全然違ったわ。

個人の力量こそを至高とする一水戦、対して二水戦は今と変わらず隊員同士の連携をこそ最も重要なものだと考えていたわ。だから一水戦は常に殺伐とした雰囲気を纏っていたそうよ。

 

「陽炎お姉ちゃん質問いいですか?」

 

「いいわよ」

 

「一水戦と二水戦、どっちが強かったんですか?」

 

私もこの話をされた時質問したけどやっぱりそこは気になるわよね。

 

「個人では一水戦が圧倒的に強かったそうよ。けど駆逐隊規模なら互角、中隊以上の規模なら二水戦が圧勝してたみたいね」

 

聞いた話だと一対一だと一水戦は約9割の勝率を誇ったみたいだから圧倒的ね。逆に中隊規模だと二水戦は9割勝てたみたいだけど。

 

「一水戦が個人主義的な考えだったのは分かりましたけどそれと旗艦が交代したこととどう繋がるんですか?」

 

親潮はいい質問するわね。それこそがこの事件の根幹だ。

 

「当時としては珍しく大尉から少将までを深海棲艦の討伐スコアではなく部隊運営や作戦立案といった裏方での功績によって昇進した天龍がいたわ。彼女は実力はともかく部隊の指揮能力や運営がとにかく上手かったそうよ」

 

佐官は能力も見つつ昇進する事が多いけど未だに尉官の間はスコアによる昇進が大多数を占める。

 

「彼女が一水戦の旗艦となったのだけれどこれには大きな反発があったの。上層部としては深海棲艦の討伐スコアによって指揮官に相応しくない能力の艦娘が昇進する事を防ぐ為に今後能力によって出世していく事を艦娘に知らしめる意図があったそうよ。

ただその為の最初の部隊に一水戦を選んだ事が間違いだった。自分達よりもスコアが少ない天龍が自分達の上官になる事を一水戦は許さなかった。それまでは中隊長の中で模擬戦を行い最も強かった者を旗艦として推薦してそれを上層部が認める形をとっていたらしいからそれを急に変えられたらムカつきもするわよね」

 

「けど上層部からの命令ならしゃあないやろ」

 

「そうね。だから一度上層部に抗議した以外は上層部に対しては何もしなかったそうよ」

 

「なんか含みのある言い方やな」

 

勘がいいわね黒潮。

 

「代わりの捌け口を自分達で用意したのよ」

 

「……まさか!」

 

ここまで言えば黒潮はわかったみたいね。

 

「そう、新しく旗艦となった天龍よ。名目上は訓練と言っていたみたいだけど実際はただのリンチだったそうよ。毎日轟沈寸前まで痛めつけられては入渠するのを一年近く繰り返していたらしいわ」

 

「天龍には悪いけどストレス発散できてるんやったらなんで一水戦はあんな事したんや?」

 

「天龍が配属されて一年後、凄惨なリンチの末、天龍はとうとう命を落としたわ」

 

「上官を殺したんかっ!?」

 

私の言葉に親潮と雪風は息を呑み黒潮は驚き声を荒げた。

 

「今も昔も上官殺しは大罪、死刑もしくは無期懲役になる。流石精鋭部隊とでも言うべきかしら、天龍を殺した後の一水戦の行動は素早かったわ。

僅か10分足らずで横須賀基地内にあった小型船8隻に物資を載せると死んだ天龍が率いていた第一中隊がその船を牽引して海堡に移動させ基地としたの。

そんな事をして第一艦隊が驚かないはずもなくそれから20分後には天龍の死体が発見されたわ。殴られたせいで顔はもはや判別できないほどに潰れていたから制服に付いていた部隊章で一水戦の天龍であると判別したそうよ」

 

天龍が死んでから30分後に死体を見つけたのは早いと見るべきか遅いと見るべきか…。

 

「アホやな。天龍殺して直ぐならまだ実行犯の首くらいでなんとなったかもしれんのに…」

 

「調査報告書によれば天龍の日記の記述から一水戦全員が暴行に加わっていたみたいよ。もしかしたらこの時も誰がとどめを指したのか、実行犯が誰かわからなかったんじゃないかしら」

 

下手をすれば全員の首が物理的に飛ぶ。いや、上層部はこの頃艦娘の昇進に関して改革を始めようとしていたらしいから見せしめに飛ばす可能性は高いと考えたのかもしれない。

 

「じゃあなんで海堡に行ったんですか?」

 

「それにどうして物資まで持っていったんでしょうか?」

 

雪風と親潮はなんと言うか…純粋ね。

 

「親潮と雪風はいい子ね。性格の悪い黒潮は言わなくても分かっているみたいよ」

 

「アホか。ウチは元々事件のあらましは知ってんねん」

 

それは知っていたのね。いや、よくよく考えたら私もそれは訓練学校時代に噂で聞いていたわね。

 

「あら、知ってるなら2人に教えてあげて」

 

「…このまま座して死を待つくらいならいっそ反乱でも起こしてまえって話や」

 

目を瞑り眉を顰めると吐き出すように黒潮は言った。

 

「反乱?」

 

「一水戦がですか?」

 

親潮と雪風は信じられないとばかりに目を見開いている。

 

「公式には反乱の文字は使われていないわ。

それにこの事件だけは正式名称で調べないとデータベース上に出てこないように細工をしているみたいだから黒潮みたいに闇雲に調べても絶対に検索に引っかかることはないの」

 

ほんと、どれだけ知られたくないんだか。

 

「せやから調べても出んかったんか。なら正式名称はなんなん?」

 

「艦娘乙事件。それが正式名称よ」

 

「乙って甲乙の乙やんな。なら甲事件はなんや?」

 

やっぱりそれ気になるわよね。

 

「潜水艦艦隊司令官の伊58が主導した未成年艦娘への補償、あれが甲事件よ」

 

本当かどうかはわからないけど元々この事件も甲事件じゃなくて別の名前があったけど乙事件と一緒に世間の目に触れないようにするために名前を変えたって話もある。こっちは上手くいかなかったみたいだけどね。

 

「そういえばここまでまだ二水戦が出てきてないですけどいつ出てくるんですか?」

 

「もう少し先よ。と言うよりまだ事件は始まってさえないのよ」

 

「やっぱりあの噂はホンマの事やったんやな」

 

黒潮の言葉に頷いて私は話を続けた。

 

「海堡に向かったのは第一中隊に所属する艦娘は8隻。じゃあ残りの艦娘は何をしたと思う?」

 

答えは簡単。

 

「一水戦を捕殺するために出撃してきた第一艦隊を迎撃するために横須賀鎮守府の近くに残っていたのよ。死体発見後直ぐに8隻の重巡が即応したけど当然のように横須賀湾の前には機雷を敷設していたからそれに引っかかった重巡艦娘3隻が大破。それで乱れた艦列に魚雷を叩き込んで重巡2隻が轟沈、3隻が大破したわ。大破した艦娘はこの後雷撃で止めを刺されたそうよ」

 

第一艦隊には16隻の巡洋艦が所属していたからこの攻撃で四割強の巡洋艦を失った事になる。ただこの時は2個戦隊が演習中で外洋に出てこの場に居なかったから残る巡洋艦の戦隊は後一つだけだ。

 

「更に一水戦は、横須賀鎮守府に艦砲射撃を実施したわ。これで出撃準備をしていた一航戦の加賀、瑞鶴が轟沈した他に第一訓練学校にも撃ち込まれたせいでこちらにも被害が出たわ」

 

第一艦隊に所属する一、二、五航戦のうち五航戦は他の鎮守府との演習のために出払っていたから2個航空戦隊4隻がその時第一艦隊が横須賀に保有していた航空戦力だった。その内の半分がこの攻撃でやられた事になる。

 

「重巡戦隊に遅れて第一戦隊、第二戦隊の戦艦、そして後方から艦載機を射出しながら第二航空戦隊も出撃したけど悉く魚雷で撃沈されて海の藻屑と消えたわ」

 

当時から大型艦や中型艦の積極的な運用をしていなかったみたいだけどこの一件が尾を引いて今の海軍は過剰なまでに水雷戦隊偏重になっている。大型艦では水雷戦隊に勝てないと言うのが上層部の考えだ。

 

「二航戦は艦載機を出せたんですよね?なら、一矢報いる事はできなかったんですか?」

 

「残念ながら全機撃墜されたみたいよ」

 

流石は二水戦と双璧を成すだけあって強かった。対空能力の高い秋月型もいたみたいだし当然といえば当然だけど轟沈した二航戦を思うとやるせない気持ちになる。

 

「横須賀に残る艦娘は雷巡が2隻だけ。天龍の死体発見から1時間38分後の事だったそうよ。ここにきてようやく上層部は事態を把握したわ」

 

天龍の死から約2時間。本当なら上層部は死体発見後直ぐ事態を把握すべきだけどこれ程までに報告が遅れたのは第一艦隊司令部が発覚を恐れて内密に処理しようとしていたからだと言われているわ。

 

「ここでやっと二水戦の出番になるわ。その時呉には二水戦の全艦娘が集まっていたから上層部は出撃を命じたわ」

 

「第二艦隊での出撃にはならなかったんですか?」

 

「上層部はこれ以上の中、大型艦の消耗を避けたかったみたいよ」

 

維持費の関係からその多くを陸軍と空軍に出向させているから当時と今では艦娘の数が増えた割には海軍の大型、中型艦娘は増えていない。

ただ当時と今では損耗に対する回復力は大きく違う。今の海軍は艦娘を喪失しても出向している艦娘を戻せば数だけはどうにかする事ができるけど当時はそれができなかったから第二艦隊の大型艦を出さなかったのではないだろうか。

 

「一、二航戦が沈んだのってようするにアウトレンジで攻撃できんかったからやろ?なら普通に空母出せばよかったんちゃうん」

 

たしかに一、二航戦の轟沈は空母の交戦距離ではなかった影響が大きいでしょうね。

 

「私の想像だけど時期が悪かったからだと思うわ。この時ちょうど大型艦の数が増えて一部を陸軍と空軍に出向させ始めたばっかりだったのよ」

 

「下手すりゃ出向させる分が無くなるって事か?」

 

「後は単純に教艦の手が足りなくなるとかじゃないかしら。その頃は手の空いてる艦娘は手伝ったりしてたみたいだし」

 

今よりマシとはいえ暇を持て余していたのはたしかだったみたいだし回復力のなさと人手不足のダブルパンチで出さなかったとみるべきね。




そういえば艦これ2期始まりますね。


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第一水雷戦隊 中編

まだまだ続きます。


「ここまでは艦娘乙事件の名前を知っていれば誰でも知る事ができることよ。ここから先は私の隊長だった村雨から聞いた話を混ぜつつ話していくわね」

 

さて、とは言ったものの話すことはほとんど無いのよね。

 

「結論だけを言うなら一水戦は文字通り全滅。二水戦の被害は小破が5隻のみで二水戦の完全勝利よ」

 

「え、ならどうしてそんなに嫌う必要があるんですか?仲間が殺されたわけでもないのに」

 

「きっと嫌っているわけじゃないのよ…」

 

直接聞いたわけじゃないから本当のところは分からないけど私はそう信じている。

 

「実のところ当時の下馬評では一水戦が有利だと考えられていたの。だから上層部は二水戦で削り切った後に主力を投入することを考えていたみたいよ」

 

「中隊単位では二水戦が上やのになんでそんな評価なんや?」

 

「死んだ天龍が配属されて直ぐの頃、一水戦と二水戦は大規模な演習をしたらしいわ。村雨が言うにはそれでボコボコにされたんだって。上層部も同じ評価だったみたいで二水戦も到底勝てるとは思っていなかっのよ」

 

「そんな酷い負け方したん?」

 

「一水戦の轟沈判定はゼロに対して二水戦は5隻が轟沈判定だったみたいよ」

 

「あれ、思ったよりも酷くないんですね」

 

これだけ聞けば親潮の感想通りだけど中身が酷かったらしいのよね。

 

「演習指定海域から離脱した場合撤退という扱いになってそこで演習が終わるルールだったのよ。一水戦は二水戦を少数部隊で誘引し、半包囲して攻撃したけど二水戦側が上手く撤退して演習は終了したらしいわ。もしも海域からの離脱が禁止だったり海域の設定がなく更なる追撃が可能であれば二水戦はボロ負けしていたって村雨は言ってたわね」

 

天龍の作戦立案能力と指揮能力がどれだけ高かったかがよくわかる話ね。

 

「意外やな。その時は少なくとも天龍の指示に従ってたってことやろ?なんで一水戦の連中は天龍を殴り殺したりしたんやろな」

 

「これはあくまで私の想像だけど、二水戦に対して負けたくないって気持ちの方が強かったんじゃないかしら?共通の敵の前には団結するしかないでしょうしね」

 

一水戦と二水戦の中の悪さは当時海軍では有名な話だったみたいだし。

 

「そういや廊下とかで一水戦とあったら譲るまで絶対に動かんとか殴り合いの喧嘩に発展するとか色々言われとるもんな。実際は全然そんな事なかったけど」

 

「雪風は入隊するまで道を譲ったらダメだと思ってたから驚きました」

 

「教導隊の教艦方も一水戦には道を譲らないって言ってましたからてっきりそうなんだと思ってました」

 

…配属された時に村雨からは一水戦どころか第二艦隊と潜水艦艦隊に所属する艦娘以外に何があっても道を譲るな、もし相手が譲らないようなら殴り飛ばせって教えられた事は黙っておいた方が良さそうね。

 

「この勝利があっても天龍の評価は一水戦の中で上がる事はなかったらしいわ。彼女達は自分達の実力があったからこそ勝てたと考えていたからよ」

 

「個人ならともかく水雷戦隊やからなぁ。天龍の力が大きそうなもんやけど…」

 

「普通はそうね。けど一水戦は演習後天龍を責めていたそうよ。貴女がが強ければ二水戦に撤退を許す事はなかったって」

 

たかだか1人の力が戦局に大きな影響を及ぼすとは思えないけど一水戦は本気で天龍のせいだと思っていたみたいね。

 

「高い能力を持つ者だけを集めていた弊害というべきか、あるいは速成教育の弊害か。どちらかは分からないけど負けた二水戦や周りの人間ではなく勝った一水戦の方が天龍の有能さを分かっていなかったのもこの事件を産んだ原因の一つと言えるでしょうね」

 

一水戦がただしく天龍の実力を評価していればこんな酷いことにはならなかっただろう。

 

「それで、反乱はどうやって鎮圧されたんや?」

 

「一水戦は東京湾の2つの海堡にそれぞれ物資を集積して周囲を機雷で囲む事で防衛線を敷いていたわ」

 

「東京湾の出入り口を封鎖したわけか。陸軍と空軍に出向させとる艦娘に攻撃はさせんかったんやな」

 

「十分な数がないから東京にはまだ配備されていなかったのよ」

 

まだ制度が開始されて1、2年しか経ってなかったから第一艦隊のいる関東圏には配備が進んでいなかったと聞いている。

 

「空軍は無人機で偵察してくれてたみたいよ。だけど陸軍と空軍が攻撃に参加できていたら簡単に鎮圧できていた可能性は高いわね」

 

「機雷って3日くらいしか効果が持続しないから滅多に使われないって聞いたんですけど設置する意味あるんですか?」

 

「一水戦の意図はともかく意味はあったわ。反乱を早期に鎮圧するよう命じられていたから攻め方が制限されていたの」

 

横須賀は叩いたとはいえ艤装さえあれば基本的にはどこからでも艦娘は出撃できるから背後を脅かされないと言う点では短期間とはいえ東京湾を封鎖できることの意義は大きい。

 

「持久戦策を捨てさせるためか、あるいは別の理由があったのか。一水戦は第一中隊の駆逐隊8隻に海堡を守らせて他部隊は正面から二水戦に襲いかかったそうよ」

 

「陽炎お姉ちゃん、二水戦って人数の変動が大きいですけどこの時は何人くらいだったんですか?」

 

「軽巡洋艦4隻、駆逐艦が39隻と聞いているわね。対して一水戦は天龍が欠けた以外は欠員なし。圧倒的不利な状態での戦闘となったわ」

 

全体の数では10隻、水雷中隊約一個分の戦力差がある。

 

「けど護衛に8隻使うてるから実際の戦力はほぼ互角やんな」

 

「護衛の駆逐隊が遊兵と考えればその通りね」

 

いつでも投入できる予備兵力と捉えることもできるからそこは一長一短だろう。

 

「一水戦も機雷の持続時間が短いことは知っているから速攻を仕掛けた訳だけど、元々二水戦は上層部からできる限り早期の鎮圧を命じられていたからほっといても二水戦は速攻を仕掛けざるを得なかったから自ら仕掛ける意味はあんまりなかったわね」

 

「けど正面からぶつかってよく被害が小破5隻だけで済みましたね」

 

「真正面から馬鹿正直にぶつかり合うわけないでしょ親潮。二水戦は第三海堡跡付近から攻めたから第一海堡とは少し距離があったの。第一海堡の一水戦が来るまでに第二海堡にいた2個中隊を半包囲して出来る限りのダメージを与えたのよ。中隊間の連携も上手く撮れていなかったから結構な被害が出ていたみたいよ。

少し遅れて残りの一水戦が到着したけど二水戦は戦闘に入らず即座に包囲を解いて後退、一水戦が味方を収容しようとしたタイミングで前進して魚雷を斉射、再び一水戦を半包囲下に置いたのよ」

 

具体的な被害は分からないみたいだけど一連の攻撃で最低でも約一個中隊の一水戦の艦娘が轟沈していたらしい。同じくらいの大破艦も出ていたと言うからこの時点で戦局は決したと見るべきだろう。

 

「各個撃破からの包囲殲滅を狙ってたんか」

 

「本来の作戦は少し違ったけどね。元々2個中隊相手だとしても一水戦相手に殲滅するには時間が少なすぎるから後退までは予定通りの行動だったのだけど最初の一撃で一水戦との戦力差をできる限り狭めて後はヒットアンドアウェイに徹して更に数を削る。その間後方に控えていた速吸と神威からの補給を受けながら一水戦との数の差を埋め最後は数の利を活かして包囲殲滅する作戦だったのよ」

 

二水戦が元々予定していたのは同航戦での削り合いだったから当初の予定通りとはいかなかったみたいだけどこれは一水戦の戦力が想定以上に削れたからそうしたのであって寧ろ良いことだった。

 

「にしても負ける予想しとったのによう補給艦とか用意してくれたな」

 

「元々一水戦を誘引して最終的に主力部隊が包囲する事が作戦だったのよ。補給艦は比較的数が多いから後々主力が苦労しないようにしたんじゃないかしら」

 

真正面からぶつかり合えばどちらが勝っても間違いなく大きな被害が出る。仮に一水戦が勝ったとしても後から戦う主力の負担をできる限り少なくしようとしたのだろう。今も昔も実力の高い大型艦は貴重だしね。

 

「けどまだ無傷の駆逐艦娘が8隻残っとるやろ?それ合わせりゃ互角くらいには持ち込めるんとちゃうか?」

 

「たしかに数の差を埋めるなら遊兵となっている駆逐隊を投入すればいいのだけど問題は指示する艦娘がいないことよ」

 

「駆逐隊隊長の判断でやればいいんじゃないですか?」

 

「言うは易しよ雪風。通信を聞けばどれくらい劣勢かくらいは分かるけどどこに投入するかは全体指揮を担当する者が居ないとチグハグな場所に投入する事になるわ。何より同格の隊長同士が上手く歩調を合わせて8隻纏まってたならともかく駆逐隊毎に違う場所、違うタイミングで仕掛けたりしたら各個撃破のいい的よ」

 

二水戦ならともかく個の力を至高と考えていた一水戦には難しい話だろう。

 

「あぅ、ごめんなさい」

 

「別に怒っているわけじゃないわよ。考え方としては間違ってはないわ。実際に一水戦は雪風が言ったように駆逐隊隊長の判断で救援に駆けつけた訳だし。ただ今言ったみたいにバラバラに突撃した上壊滅しかけている部隊の場所に突入したから各個撃破の対象になったわ」

 

「最悪を極めたわけか。せめてどっちかだけならもうちょっとマシな結果になったやろに」

 

「突入した頃にはまともな抵抗ができていたのは第一海堡にいた2個中隊くらいだと言う話だし撤退するのが精々だったんじゃないかしら」

 

戦闘詳報を読んだ感じだと撤退すれば2個中隊規模の艦娘が残った可能性はありそうだけど無傷の艦娘はいなさそうだし壊滅を先延ばしにするだけのような気がするわね。

 

「とまぁこんな感じで一水戦は包囲殲滅されて二水戦は名実ともに世界最強の水雷戦隊の座を手に入れる事になったのよ」

 

話終わると3人ともなんとも言えない表情を浮かべていた。そりゃそうよね最初の質問に答えてない訳だし何より当時世界最強の水雷戦隊だった一水戦と二水戦の戦いにしてはあまりにもあっさりしすぎている。

 

「それで、なんでタブーになったん」

 

最初に口を開いたのは黒潮だった。

 

「私達艦娘の敵は何?」

 

「深海棲艦やな」

 

「どうして艦娘同士争ってあまつさえそれが原因で世界最強なんていう不名誉な称号を与えられなければならないんでしょうね」

 

村雨が実際にそう言ったわけじゃないけど気持ちとしてはそんな所だと思う。演習や深海棲艦の討伐実績で決めたならともかく味方どうしで殺し合って優劣をつけるなんてナンセンスだ。

 

「この戦いの後二水戦を去った艦娘も多かったみたいよ。中にはPTSDを発症した艦娘もいたとかって話だしこの反乱が二水戦に与えた影響はかなり大きかったわ」

 

当時の二水戦で生き残っている艦娘の内まだ軍に籍を置いているのは二水戦教導隊の神通、叢雲、電の3人。それ以外は皆轟沈したかこの事件の後に軍を離れている。

 

「当時の二水戦にとって、いえ二水戦の歴史全体で見ても唯一の負の歴史よ。色んな悲しい事があっただけに神通さん達先輩にこの話をさせて当時を思い出させるような事はさせたくないわ」

 

だからこそ私達は次世代に語り継ぐ事を辞めて厳重に封をしたんた。

 

「後悔してるんでしょうか?」

 

「それはないわ親潮」

 

もし本気でそう思っているのなら酷い侮辱だ。命令に忠実に従い任務を完遂した事は素晴らしいことだ。

 

「村雨は一水戦と戦う事そのものは名誉な事だと言っていたわ。だからそれだけは絶対にないの」

 

この戦い以来不眠に悩まされていた村雨が後悔の言葉を口にしなかった以上それだけは絶対にないんだ。

 

「ただ一つ、命令の上とはいえ人を殺す事になった事に対する自分自身への忌避感だけは捨てられなかったみたいよ」

 

「それはつまりなんや、神通らが一水戦に対して忌避感を抱いてるから一水戦のことを避けとるってことか?」

 

「それは違うわね。もしそうならそもそも不知火を候補生にしなかったはずよ」

 

「それもそうやな。けど忌避感がないならなんであんなに嫌がるんやろ。ウチ候補生の時に電に聞いたら胸ぐら掴んで脅されたで」

 

「一水戦の艦娘を見ると当時を思い出すからじゃないかしら。あるいは現一水戦に対する罪悪感か…」

 

「罪悪感?」

 

しまった。これは話すつもりなかったのに。

 

「…もし全滅させなければ一水戦は今も二水戦と並んで世界最強と言われていた、とか思ってるんじゃないかしら」

 

馬鹿馬鹿しい話かもしれないけど私はそう思えてならない。

 

「それはあり得へんやろ。反乱起こした時点で参加者はどんなに良くても一生牢屋の中や」

 

「サバイバーズ・ギルトでしょうね」

 

神通さん達は分からないけど少なくとも私は村雨にその気があったように思う。だって私が知っている村雨はどこか生き急いでいるように見えた。私が言えた義理ではないけど二水戦は死にたがりの集まりというわけではない。なのにあそこまで自ら激戦区に志願していた村雨は…。

 

「サバイバーズ・ギルトはあくまで災害や戦争から生き残った人間がなるもののはずです。今回のケースだと対象は元々二水戦が倒すべき敵なんですからサバイバーズギルトにはなりようが無いんじゃないですか?」

 

雪風の意見は正しいだろう。けど正しい事が全てを肯定するとは限らない。

 

「そうかもしれないわね。けどね雪風、反乱を起こすまでは一水戦は確かに仲間だったのよ。それをすぐに割り切れるほど二水戦の人間性は壊れていないわ」

 

深海棲艦との戦いでさえ心の弱い艦娘は心に傷を抱える事になるのに艦娘相手となれば尚更だ。




前編中編共にもしかしたら大幅改稿するかもです。もしすればその旨記載します。


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第一水雷戦隊 後編

「不知火としては罪悪感なんて抱く必要はないと思います」

 

唐突に出入り口の扉から聞こえてきた声に私達は一斉に振り返った。

 

「いつから聞いていたの?」

 

「艦娘乙事件の名称を言ったあたりからですかね。ノックしても返事がなかった物ですから勝手に入らしてもらいました」

 

殆ど始めからと言うわけだ。

 

「声くらいかけてくれたらよかったのに」

 

「二水戦視点からの乙事件の話というのは随分と興味深かったものですから。元とは言え一水戦の不知火に気を使わせない方がいいと思いまして」

 

「別にアンタ相手に気を使ったりしないわよ」

 

いったい何年の付き合いになると思っているのか。お互い相手に使う気なんてないでしょうに。

 

「そうでしょうね。本当は面白そうだから黙ってただけです」

 

初めからそう言えばいいのに。素直じゃないんだから。

 

「そういえば一水戦ではこの話ってどんな扱いなの?」

 

「知ってる人と知らない人がいるのでそれによって全然考え方が違いますね」

 

「当事者全滅しとるのに知っとる奴おるんやな」

 

「実力ではなく艦娘としての最終キャリアが一水戦になった艦娘は親とか姉が昔一水戦だった艦娘が多いんですよ。もちろん、その中には反乱事件に参加した艦娘の遺族も含まれています」

 

「コネって事ですか?」

 

確かにその通りだけど随分とストレートな物言いしたわね雪風。

 

「なんせ元第一艦隊旗艦である連合艦隊旗艦は元一水戦でもありますからね」

 

ややこしい話だけど連合艦隊旗艦は最初は一水戦の旗艦を務めていた。第一艦隊旗艦だったもう一人の初期艦が連合艦隊旗艦になった時に第一艦隊の二代目旗艦に就任している。

 

「連合艦隊旗艦って元一水戦だったんですか?」

 

「なんや親潮しらんかったんか?」

 

雪風も驚いた表情してるし雪風も知らなかったみたいね。

 

「連合艦隊旗艦は第一艦隊の旗艦を務める前は一水戦の初代旗艦だったのよ」

 

初期艦と言われた5人の駆逐艦娘唯一の生き残りであると同時に日本の艦娘の歴史そのものとも言える連合艦隊旗艦の意向とあればいくら上層部といえどNOとは言えないわね。なんせ初期艦の恩恵を一番受けたのが当の上層部な訳だし。

 

「てか初期艦の話って訓練学校で習わんかったっけ?」

 

「習ったけど一水戦に所属していた話はされていないわよ。今にして思えばこれも乙事件隠蔽工作の一環だったのかもしれないわね」

 

第2代連合艦隊旗艦が元第二艦隊旗艦というのは話されたのに第3代旗艦、つまり現旗艦が元一水戦の話はされていない。当時の旗艦ではなかったとは言え一水戦の創設者と言える連合艦隊旗艦が反乱を起こした一水戦と関わりがあった事が汚点になるとでも考えたのだろうか。

 

「そうですね。けどもしそうだとししても連合艦隊旗艦は直接の関係ないでしょうね」

 

「あら、どうしてそう思うの?」

 

「旗艦は度々一水戦の訓練に加わる事があるんですけどその時、たまに昔の一水戦の話をしてくれるんですよ。一水戦が反乱した事もその時に聞きました」

 

私達でさえ口をつぐんでいたのに元一水戦旗艦は随分と気楽に話していたのね。

 

「特にコネ入隊の艦娘とよく話していますけど隠蔽工作なんていう後ろ暗い事に関係があれば遺族にそんなふうに接する事なんてできないでしょう」

 

「いくら一水戦が反乱したことは事実とは言えその経歴さえも消そうとするほど苛烈な隠蔽工作をしておきながらその遺族に対しては普通の態度で接するなんてこと、普通の人はできないわね。性格が悪すぎるわ

 

当時既に連合艦隊の旗艦であった以上少なからず一連の事件には関わりがあるわけで、それはつまり一水戦と二水戦の戦闘とその後の隠蔽工作を考え実行した側の人間であると言うことだ。遺族側がどう考えているのかは知らないけど少なくとも旗艦には負目があるはずた。

 

「それで旗艦はこの事件についてなんで言っていたの?」

 

「特になにも。事実を羅列しただけで二水戦に対して恨み言を言ったりしてた訳ではありませんよ」

 

「少しくらい一水戦を擁護してもいいと思うけどそれさえなかったの?」

 

一水戦の反乱は上層部が一水戦の気質をよく理解できていなかった事に起因すると言っていい。

もしも天龍の配属先が個人の技量よりも集団での連携に重きを置く二水戦で有ればうまく適応できていた可能性が高いく死なずにすんだだろう。

 

「ないですね。ただ自分がいれば二水戦に負ける事はなかったなんて言ってましたけど」

 

「随分と物騒なこと言っとんな」

 

聞きようによってはタイミングさえ合えば反乱に参加していたようにも取れる。

 

「もしそうなっていれば二水戦どころか日本の艦娘のほとんどが沈んでいたでしょうね」

 

比喩ではなく初期艦と私達にはそれだけの実力差がある。文字通り体の作りが違うからだ。

 

「そうですね。旗艦が偶然沖縄に視察に行っていたおかげでそうはなりませんでしたけど一歩間違えば一水戦側について戦争を起こしていた可能性も否定できません」

 

「……それは否定してくれない?」

 

私達二水戦の絆は強いけど一水戦はそれほど強くないはず。いくらなんでもそんなに親しくない艦娘のために反乱に協力するなんてないわよね。

 

「当時から一水戦同士はかなりいがみ合っていたみたいですけど旗艦は創設者と言うだけあって全員から慕われていたみたいですし意外とあり得ない話ではないと思います」

 

「恐ろしい話やな」

 

旗艦が一水戦の反乱に思う事があったなんて思っても見なかったわ。

 

「今回二水戦が壊滅した事、旗艦はどう思っているのかしら」

 

「どうって…」

 

「かつて一水戦を滅ぼした二水戦が深海棲艦の手により壊滅させられてせいせいした?それともかつての好敵手とも言える部隊が滅んで悲しいのか。あるいは日本という国の深海棲艦に対する抵抗力が弱まった事に頭を悩ませているのか…」

 

「一番目はあまりにもうがった見方をしすぎてるんとちゃうか?」

 

「そうかしら。一水戦に加担すればなんて仮定の話をするくらいには一水戦の事を思っていたのなら少しくらいそう考えても不思議じゃないと思うわ」

 

自分でも考えすぎかと思わなくもないけどもしも私が同じ立場ならそう思うような気がする。

 

「仮にも連合艦隊旗艦やで」

 

「その前に艦娘であり人よ。連合艦隊旗艦だからといって神聖視するのはどうかと思うわ。不知火はどう思う?」

 

「旗艦の心情を不知火が押し図る事なんて不可能です」

 

「ここにいる誰よりも関わりがあったんだから私達よりはその心情がわかるんじゃないかしら?」

 

私が旗艦と会ったのは駆逐隊の司令に任命された時ただ一度きり。それも事務的な話しかしなかったから彼女の人となりを知る事はできていない。

 

「不知火もよくわからないんですよ。旗艦は乙事件の事を話してくれはしましたけどそれ以外は訓練で指導するだけ。それ以上の関わりを持つのはコネで入った艦娘だけなんです」

 

「それ以上の関わりって例えばなに?」

 

「個人的に飲みに行ったりとかですね」

 

意外と普通ね。

 

「不知火はそれをしていないと」

 

「はい。噂ではよく乙事件の話が話題に上がるとか」

 

なるほど。けどこれではっきりわかったわね。

 

「やっぱり二水戦に対してあまりいい感情はないと思うわ。もし本当に何も思っていないのなら不知火ともコネ組と同じように接するか全員が不知火と同じような対応になるはずよ。それをせず共通の話題を共有できる者と親しくしている辺り何も思うところがないと言うのは無理があるわ」

 

「そうかなぁ。ただ昔のことを思って談笑しとるだけかもしれんやん」

 

「黒潮、それはつまり遺族が加害者に対して好意的な感情を持っているということになるわよ」

 

旗艦に思うところがなかったとしてもまず間違いなく二水戦を恨んでいるであろう一水戦の関係者と親しくしている事と電からの忠告を考えるとあまり楽観的には考えられない。

 

「朱に交われば赤くなる。遺族の混じった飲みの席で反乱の話題が上がる以上それが好意的なものである可能性は少ないと見るべきよ」

 

「それもそうやな。まぁ、だからと言ってそれがどうしたんやって話なんやけどな。二水戦の壊滅と関係があるわけでもあるまいし。深海棲艦と意思疎通とか出来へんのやから」

 

言われてみればそうね。旗艦が二水戦にいい感情を持っていないからと言って今回の二水戦壊滅とはなんの関係もないわ。

 

「確かにその通りね、考えるだけ不毛だわ」

 

過ぎ去った事は覆し用がないし別に旗艦が何か悪事を働いたわけでもない。そう考えて、私は旗艦の話をする事になった元凶に目を向けた。

 

「ところで不知火はどうして私の部屋に?」

 

特に来る予定はなかったはずだけど。

 

「友人の部屋に遊びに来るのに理由が必要ですか?」

 

「なら候補生の時も遊びにくればよかったじゃない」

 

ここにいる事を話してさえくれなかったのに。

 

「教官と候補生が親しくするわけにはいかないでしょう。今は二水戦所属になった上に陽炎と同じ教官ですからね。遠慮なく遊びに来れます」

 

そう言って笑みを浮かべた不知火に私はため息で返事を返したのだった。



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会議

一時はハーメルのランキングを席巻していた艦これも今となっては限られた作品がランキングになるくらいになって随分経ちますね。寂しいものです。
ウマ娘とかワンピースがアニメや映画の影響でハーメルで作品数がグッと増えたことを考えると艦これ二期でワンチャンランキングになるような良作が増えないかななんて思ってます。いや、もちろん今更新されている作品も面白いものはあるんですけどそれ以上に新作が読みたい。
もしくは更新停止中の面白い作品が更新してほしい。


必要に応じて各地へ派遣される第二艦隊が司令部のある呉鎮守府にいる事は珍しい。他の艦隊では鎮守府で海を眺めているだけの大型艦も比較的運用コストの低い軽空母や高速戦艦が中心である事から激戦区のテコ入れのために投入される事も多く練度も高い。

そんな第二艦隊が今日は珍しく呉鎮守府に全員が揃っていることもあって戦隊の旗艦と司令で会議が開かれる事になった。

 

「Hey 陽炎!一人無様に生き残っていたから座れた二水戦旗艦の椅子の座り心地はどうですか」

 

久しぶりに顔を合わしたと思ったら少しカタコトの日本語でふざけた事をぬかしてくたのは第三戦隊旗艦を務める金剛だ。

 

「アンタの汚いアメリカ訛りの英語を聞いた時の気分って言ったらわかるかしら」

 

彼女とは私の父と彼女の父親が兄弟関係にあって一応従姉妹になるが見てわかる通り昔からものすごく仲が悪い。

 

「Oh 陽炎には人の心がないのデスカ!?」

 

「頭沸いてんの?汚いって言ったでしょ」

 

私の父の家系は代々外交官になる人が多くて彼女の父親も例に漏れず外交官だった。私の父がイギリスに行ったのに対して彼女の父親はアメリカに赴任していた。話し言葉に英語を混ぜる事が多い金剛型の中で彼女は父親についてアメリカに行っていた事もあり比較的綺麗な英語を話す。ただしアメリカ英語だけど。

 

「American Englishほど綺麗な英語はこの世にないですネ!」

 

「そうかしら。テキサスとかすごく聞き取りにくいんだけど」

 

そんなに多くのテキサス訛りの英語を話す人と会ったことがある訳ではないけどとにかく聞き取りにくい。私が英語ネイティブではないのもあるかも知れないけど同じアメリカでもあんなに違うのね。

 

「テキサスはアメリカではないです」

 

さっきまでのカタコトの日本語はどうしたのよ。

 

「アメリカじゃないならなんだって言うのよ」

 

「テキサスはテキサスです。テキサス語を話します」

 

「ならアメリカ英語も英語じゃなくてアメリカ語でいいわよね」

 

「それは違いますネ。American EnglishはEnglishデース!」

 

意味わかんない。

 

「はぁ、もういいわ」

 

相手するのも嫌になる。

 

「やっとわかってくれましたか」

 

「馬鹿の相手は疲れるから部屋に帰って休む事にするわ」

 

「私の眼の前から消えてくれるのなら何処になりと行くといいデスネ」

 

会議なんて言ってるけど内容はただの食事会なんだし帰れるなら早く帰ろ。明日も仕事だし。

 

「って誰が馬鹿ですカ!?」

 

「あんた以外に誰がいるのよ」

 

私の言葉を聞いた金剛が掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。

 

「HAHAHA!いい度胸デ〜ス。どっちが馬鹿かその頭に叩き込んでやるデスネ」

 

「あら、随分と大口叩くじゃない。たかが金剛型のくせに」

 

今にも殴り合いに発展しそうなその場は、私と金剛の間に差し出された卵焼きによって一時終息する様子を見せた。

 

「あの、卵焼き食べりゅ?」

 

料理の準備をしていた瑞鳳だ。

 

「Hey 瑞鳳。怪我したくなかったらそこを退くのデース」

 

「け、喧嘩はダメだよ」

 

「Oh!瑞鳳にはこれが喧嘩に見えるですカ?だとしたら目ん玉入れ替えた方がいいですネ!」

 

私にとっては好都合な事だけど金剛の言動は良くないわね。

 

「瑞鳳は現第二艦隊の旗艦。その言葉はまずいんじゃないかしら?」

 

二水戦旗艦だった川内さんは第二艦隊の旗艦も務めていた。彼女が轟沈した以上その役目は第二艦隊に所属する戦隊の中で最も階級の高い艦娘に引き継がれる事になり引き継いだのがこの第三航空戦隊旗艦の瑞鳳だった。

 

「別にいいよ。そのうち陽炎さんに旗艦を変わるんだから」

 

ちょっと、なんでそんなこと言うの。仮にも旗艦なんだから堂々としなさいよ。

 

「やめてよ。二水戦の旗艦代理だって嫌々引き受けているのよ。そんなものまで引き受ける訳ないでしょ」

 

確かに今の階級は私の方が上だけど今更そんなもの引き受けるつもりはない。

 

「その通りデース!このクソ女の下につくなんてワタシのPrideが許しまセーン」

 

「…アンタを部下にできるなら引き受けるのもいいわね」

 

前言撤回。このクソ女を自由にできるなら引き受けるのもいいかもしれないわね。こき使ってやるわ!

 

「寝言は寝て言えデース」

 

「私が寝言を言っているように見えるのならアンタの目は腐っているんでしょうね」

 

「なんですって!」

 

「そこまでだ2人とも」

 

再び一触即発な雰囲気を漂わした私達を止めたのは第四航空戦隊旗艦の日向だった。

 

「会議の準備ができた。全員席につけ」

 

「…命拾いしたですネ」

 

面白いこと言うわね。

 

「あら、今のやり取りの何処に命の危険に陥るような事があったのかしら」

 

私が挑発してやると金剛は鬼のような形相で睨みつけてきた。

 

「金剛、その辺にしておけ。陽炎もあまり挑発してやるな」

 

日向に続いて部屋に入って来た司令がため息をつきながそう言った。

 

「けど提督!」

 

「金剛」

 

「…わかりました」

 

金剛が不承不承ながらも了承してやっと食事会が始まった。

 

「陽炎さん、二水戦の立て直しは上手くいっていますか?」

 

質問して来たのは私の斜め前に座っていた第12戦隊旗艦の高雄だ。

 

「まずまずと言ったところかしら。本来なら半年のカリキュラムを四ヶ月に短縮しているからその分キツめの訓練内容にしているんだけど思ったほど脱落者がいないのよね」

 

現在3ヶ月目に突入しているけど人数はまだ60人ほどいる。この段階で40人まで絞っている予定だったから順調とは言い難い。

 

「手緩い訓練してるんじやないデスカー」

 

日向を挟んで隣に座っていた金剛が茶々を入れてきた。

 

「そう思うなら一度訓練を受けてみればいいわ。もっとも、アンタじゃ一日も持たないと思うけど」

 

戦艦と駆逐艦じゃ訓練内容が全く違うから当然と言えば当然だけどこう言えば金剛は間違いなく噛み付くだろう。

 

「やめておきますネ。ギンバイが横行しているような所に行きたいと思うほど私は酔狂な性格してないデース」

 

言ってくれるじゃないの。

 

「まだ泳がしているだけよ目星はついているわ」

 

「ならさっさと捕まえればいいですネ。なのにしないと言うことは泳がしているのではなく証拠がなくて困ってるんじゃないないデスカ〜」

 

なかなか痛いところついてくれるじゃない。

 

「……後1人が巧妙なのよ」

 

「はっ!たかだか候補生が時に遅れをとるなんて二水戦も落ちたものですネ!」

 

「金剛、陽炎少しは静かにしろ。酒が不味くなる」

 

「ごめんなさい日向。それならそこのアメリカかぶれを黙らせてくるから少し席を外すわね」

 

言われてみれば間に挟まれている日向は迷惑極まりないわね。黙らせてくるとしましょうか。

 

「いい度胸ですネー。海の底に沈めてやりマース!」

 

「2人とも席に戻れ。久しぶりに第二艦隊の旗艦が揃ったんだ。今日くらいは休戦してもバチは当たらないだろう」

 

やはりと言うべきか私達を止めたのは司令だった。

 

「提督!私は戦争してるんじゃないデスネ!」

 

「そうよ、この第二艦隊の旗艦が揃うと言う喜ばしい出来事をさらに素晴らしい出来事で祝福しようとしているだけよ」

 

「その素晴らしい出来事が終わった後、金剛はこの場にいるのか?」

 

「さぁ?海の底に沈んでいるか、ドックに入渠しているのかどちらかじゃないかしら」

 

たかだか金剛型如きの装甲なら酸素魚雷で一発よ。

 

「陽炎表に出ろデース!」

 

「言われるまでもないわ!」

 

私が立ち上がって金剛を海の底に沈めに行こうとした時、首筋に冷たい何かが当てられた。

 

「静かにしろと言ったのが聞こえなかったのか」

 

そう言ったのは右手の刀を金剛の喉元に、左手の鞘を私の首筋に向けた日向だった。

 

「随分と物騒な物を持ち込んでいたのね。気が付かなかったわ」

 

「席についてからは椅子に立てかけていたが料理を運んでいた時からずっと腰に差していた」

 

…頭に血が上りすぎていたみたいね。てっきり刀は持っていないと思っていたわ。

 

「そんな事よりもこの刀を退けて欲しいですネ」

 

こちらに身を乗り出したような体制だった金剛の首元に刃が来ていて一歩でも動いたら綺麗に研がれた日向の刀に首を切られそうにやっていた。

 

「ならば座れ。そして大人しく飯を食べろ」

 

「分かったですネ…」

 

私と日向は同じ艦隊の仲間以上の関係はないけど金剛と日向は違う。金剛も日向も同じ舞鶴訓練学校出身の艦娘で直接の先輩と後輩の関係にある。その上金剛の一番初めの配属先の上官も日向だったから本当に頭が上がらない。第二艦隊での立場は同じ旗艦だけど今も階級は日向の方が上だしなおさら逆らえないでしょうね。

 

「陽炎もあまり金剛を揶揄ってやらないでくれ。コイツは頭に血が上りやすいんだ」

 

「それって歳上の金剛が配慮するべきじゃないかしら?」

 

一歳だけではあるけど歳上なんだし少しは落ち着きという物を見せてもいいと思うのだけど。

 

「歳は上でも中身は陽炎の方が歳上だろう」

 

日向も中々酷いこと言うわね。金剛が淑女がやってはいけない顔してるわよ。

 

「分かったわ。できる限り配慮するわね」

 

あ、金剛の箸が折れたわね。

 

「金剛、行儀が悪いぞ」

 

「すみません日向。艦娘になって以来力の制御がちゃんとできてないですネ」

 

いや、それは訓練学校で真っ先に練習させられることじゃない。

 

「それはすまない。随分長く一緒にいるが知らなかったな」

 

日向もそれでいいのね。天然というかなんというか…。

 

「ところで陽炎。金剛のように煽るわけではないがギンバイ犯は早く捕まえた方がいいんじゃないか?こう言ってはなんだが世界にその名の轟く二水戦がたかだかギンバイ如きに遅れを取るようでは旗艦の陽炎の評価が悪くなるぞ」

 

「私が指揮艦になった事で二水戦が悪く言われる事は本意ではないわ。けどそんなものは他の実績で黙らせればいいのよ」

 

「なんとも二水戦らしい返答だが言っては悪いが既に二水戦の評価は過去最悪にまで落ちている。その評価がますます悪くなるぞ」

 

世界最強と言われた二水戦が壊滅しその立て直しかどうなるかを注目している人間は多い。仮に元の二水戦に匹敵する実力を得る事ができた時、同じ訓練を課す事で自国でも同等の実力を持った水雷戦隊を作ろうとしている者達や立て直す艦娘の実力を測ろうとする者達は私の動向に注目している。その人達の中で私の評価は下がり続けていると日向は言いたいわけだ。

 

「今更でしょう。過去最悪に落ちた評価がさらに落ちたところで過去最悪と言う評価は変わらない、言いたい奴らには言わせておけばいいわ。所詮他人の評価よ」

 

何も知らない奴らに好き勝手言われるのは不愉快ではあるけど放置が一番。どうせ私より弱い奴らが吠えてるだけなんだから。

 

「仮にも第二艦隊所属なんだ。我々の評価にも関わってくる」

 

「あら、さっきは私の評価とか言ってたのに結局は自分の評価が悪くなるのが嫌なの?」

 

金剛と違ってそんな事を気にするタイプには見えないけど。

 

「まさか。ただ日本に貢献するために戦い、死んでいった者達を愚弄するかのような言動を許したくはないだけだ」

 

「なら大丈夫よ。立て直したら直ぐに黙らせられるだけの成果を上げるから」

 

前線で戦うこともできずに後方で囀るだけの小鳥如き、気にする必要はないわね。

 

「なんだ、立て直すための臨時旗艦だと聞いていたが結局やるつもりなのか?」

 

「……今でもやる気はないわ。けど私以外に人がいないのも理解はしているわよ」

 

私よりも階級の高い現役の軽巡、駆逐艦娘は一水戦と三水戦の旗艦以外は現役引退直前の艦娘しか残っていない。一水戦と三水戦の旗艦も私より歳上だしもしかしたら私と同年代の艦娘では私が一番階級が高いかもしれない。となると二水戦旗艦の座にふさわしいのは自然と私しかいなくなる。

 

「なら決まりだな。みんな!」

 

そう言うと日向はお猪口を手に持って立ち上がった。

 

「陽炎が二水戦の旗艦を正式に引き受けるそうだ!」

 

「…ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!誰もそんな事…」

 

私の抗議の声は金剛以外の歓声にかき消され聞き届けられる事はなく、なし崩し的に私は立て直した後も二水戦の旗艦を務めることが決定したのだった。




おかしいなぁ。別に金剛とこんなにやりあうつもりはなかったのに…。


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逮捕

次から少し更新ペースが落ちるかもしれません。


第二水雷戦隊教導隊での訓練終了まで残り二週間となり私達は追い詰められていた。

 

「いい加減夕立の尻尾は掴めましたか?」

 

神通さんの苛立たしげな言葉に皆はこぞって視線を逸らした。

コンコンと神通さんが机を指先で叩く音が響く中口を開いたのは電だった。

 

「ここまで尻尾を出さないとなると証拠を掴むのは諦めるべきなのです」

 

悔しいけど電の言う通り4人全員ではなく3人を確保して罰則を与えるのが現実的ね。

 

「では諦めて残りの3人だけに報いをくれてやると?」

 

よくよく考えたらこの班、全員残ってるのよね。巻雲なんかは体力がないからそのうち脱落すると思っていたのだけど何故か残ってるわね。

 

「それは二水戦らしくないのです。部屋に押し入ると同時に夕立も確保、証拠を見つけ出すか自白させるかして犯人と確定させてやるのです」

 

いや、それはダメでしょ。

 

「流石にそれは不味いんじゃないかしら。後で捏造したとか言われたら面倒な事になるわよ」

 

「夕立は黒だからそんな事は起こるはずがないのです。それとも陽炎は他にいい案を持っているのですか?」

 

「せっかく味方になったのだし不知火の情報を使いましょう」

 

私は苦し紛れにそう言った。

 

「その不知火が碌な情報を持っていなかったと言うのにですか?」

 

そうなのよね。ギンバイした物を横流ししてもらっていたとは言えギンバイ犯本人と面識があったわけじゃないみたいだし。

 

「ならもう突撃あるのみなのです」

 

「ちょっと待ちなさいって!」

 

引退して二水戦所属ではなくなったとはいえ元二水戦が証拠もなしに夕立をしょっぴいたりしてもしも無実だったりしたら私達二水戦にまで批判が及ぶ事は想像に難くない。

 

「そもそもここまで尻尾を出さないとなると押し入ったところで必ずしも証拠があるとは限らないわ」

 

「その時はその時なのです」

 

「いやそれじゃあダメでしょう。……まさか捏造するつもりじゃあないでしょうね」

 

「…証拠は必ず出てくるから安心するのです」

 

捏造するって事じゃないのそれ。

 

「夕立は候補生の中でも特に優秀よ。このままいけば間違いなく二水戦に正式に所属する事になるわ。ここで証拠の捏造なんて事して二水戦に不信感でも持たれたらたまったもんじゃないわ」

 

「巧妙に証拠を隠した上で二水戦に入られた方が問題なのです。二水戦に入隊した後に教導隊での経験から陽炎達を見くびるような行動を取られる方が問題なのです」

 

それは一理あるけど私が力を見せつければいいだけだ。

 

「私の力を信用していないと?」

 

私の問いかけに電は挑発的な笑みを浮かべた。

 

「そうだと言ったらどうするのです?」

 

言ってくれるじゃない。そこまで言った以上は責任をとってもらわないと私のプライドが許さないわ。

 

「表に出なさい。その身に思い知らせてあげるわ」

 

いくら先輩とはいえ容赦はしないわよ。

 

「望むところなのです。先輩として陽炎を教育してあげるのです」

 

「やめなさい2人とも」

 

椅子から立ち上がり部屋を出て行こうとした私達を止めたのは神通さんだった。

 

「電、現役の頃ならいい勝負ができるかもしれませんが今の貴女では勝負にならないでしょう」

 

神通さんの言葉に電は顔を背けた。

 

「陽炎も今の電では貴女に勝てるはずがないのにあまり挑発しないでください」

 

「別に艤装を使うわけじゃないから今の電でも十分戦えるわ」

 

艤装を使うのならともかく素手で戦うつもりだったから技術面で攻められればいい勝負になると思うのだけど。

 

「自分を過小評価しすぎですよ陽炎。たしかに電は駆逐隊司令まで務めた歴戦の二水戦ですが全盛期の実力は貴女に劣ります」

 

そんな事はないと思うけど…。

 

「電は現役時代は現役トップクラスの駆逐艦娘でしたが歴代でもトップクラスの実力を持つ貴女相手ではどう足掻いても勝てませんよ。全盛期でもいい勝負はできても勝つ事は決してできないでしょう」

 

「買い被りすぎよ。昔の一、二水戦の人の方が私より強いわ。実戦経験が違い過ぎるもの」

 

昔の一、二水戦は毎日のように出撃してはたくさんの戦果を上げていた。電もキャリアの晩年はともかくそれ二水戦に入ったばかりの頃は毎日のように出撃を繰り返していたはずだ。それに比べて私は多い時でも一週間に一度、少ない時期だと二週間に一度くらいしか出撃機会がない。それで私が歴代トップクラスなんて有り得ない。

 

「時に陽炎、貴女は艦娘になる前と後で見た目に大きな変化はありましたか?」

 

随分と話が変わったわね。

 

「髪が赤くなったくらいだけどそれがどうしたのよ。今は関係ないじゃない」

 

「艦娘になる前と後の差異が少ない方が強い艦娘になる傾向がある事は知っていますか?」

 

私は髪が赤色になっただけだったけと人によっては骨格まで変わると聞いたことがある。みんな自分が艦娘になった時の話はあまりしないからよく知らないけど。

 

「聞いた事があるわ。けどあんなの都市伝説じゃない」

 

「そうとも限らないんですよ。例えば初期艦の5隻は艦娘になる前と後では髪色以外は全く姿が変わらなかったと言います。今でも現役の初期艦を見ればあながち間違いではないと思いたくもなりませんか?」

 

たしかに、初期艦が強いのは確かだけどだからといってそれが姿が変わらないからというのは短絡的と言うしかない。

 

「そもそも初期艦が私達と完全に同じ方法で艦娘になったわけではないんじゃない?数十人とも数百人とも言われる最初の実験の数少ない生き残りが5人の初期艦だったわけだから初期艦と私達では艦娘になる方法がどこか違ったから強いと言った方が理屈としては正しいと思うわ」

 

私の反論に暫く考えるようなそぶりを見せた後、神通さんは言った。

 

「たしかに初期艦についてはその通りかもしれません。しかし実際のところ、一、二水戦の艦娘は艦娘となる前と後の差異が小さい傾向にあるとも言われています。統計をとったわけではないのでわかりませんけどね」

 

知らなかったわ。もしそれが本当なら艦娘になる前にある程度なった後の強さが予見できると言うことになるわね。

 

「話が逸れましたね。夕立の件ですが陽炎の言う通り3人のみを捕まえ夕立については証拠が出れば確保する方向でいきましょう」

 

「いいのですか?」

 

「夕立を確保するのは二水戦に対して舐めたマネをしたことに対する報復的な意味合いが強いです。現二水戦旗艦の陽炎が不要だと言っている以上私達がとやかく言う必要はないでしょう」

 

厳密には教導隊に対してだけど私達現役の二水戦もいるし教導隊を通って二水戦になると考えれば二水戦を舐めていると考えていいだろう。というか間宮羊羹を取られた復讐じゃなかったのね。

 

「ただし陽炎、夕立に関しては入隊後責任を持って貴女が必要な処置をとってくれますね」

 

当然ね。証拠がないとは言え夕立が関わっているのはほぼ確定している。二度とあんな事ができないよう徹底的に調教してやるわ。

 

「もちろんよ。栄光ある二水戦で下品なマネはさせないわ」

 

正直電の言う通り証拠を捏造してでも捕まえたいところではあるけどそれは間違いなく今後の二水戦に悪影響を及ぼす。

 

「ならいいです」

 

そう言うと神通さんは勢いよく立ち上がった。

 

「では皆さん、3ヶ月近くも我々を嘲笑ってきた不届き者たちを捕まえに行きますよ」

 

この日狭霧、敷波、巻雲の3人が食堂と工廠からのギンバイ、及び禁制品の持ち込みで拘束された。もちろん3人とも抵抗していたけど現役の二水戦がいる教官側に敵うはずもなくそのまま営倉にぶち込まれた。

 

「ちょっと痛いじゃないですか!」

 

「うるさいのです!」

 

営倉へと引きずられるように連れて行かれる狭霧が抗議すると電の拳が狭霧の脇腹に飛んだ。

 

「間宮羊羹を盗んでいながら今更丁寧な扱いを受けられるとは思わないことなのです。お腹を掻っ捌いて食べた羊羹を取り出してもいいのですよ」

 

「そんなのもう消化されていますよ!」

 

「知ったことじゃないのです!」

 

「陽炎教官、手錠が痛いのでもう少し緩めてくれたら嬉しいんですけど…」

 

私が連行する敷波がおずおずとそう申し出てきた。

 

「手錠が緩いの?アンタも真面目ねぇ」

 

そう言って更に手錠を強く閉めてやったわ。

 

「ちょ、痛い!痛いですって!」

 

狭霧なんかよりコイツの方が油断ならないから緩めるなんてもっての外よ。

 

「黒潮教官どうすれば許してくれますか〜?」

 

「大人しく営倉入ればそのうち許してくれるで。それか他の共犯者の名前を吐くかやな」

 

「そんなのいませんよぅ」

 

黒潮の方は巻雲が既に諦めているみたいで比較的穏やかに連行されている。

 

「教官もしかして私達二水戦にはもうなれませんか?」

 

「それは今後の行動次第よ」

 

そうは言ったものの、多分この3人は二水戦に入るだろう。巻雲だけ少し危ないけど狭霧と敷波は二水戦に相応しい実力を兼ね備えている。そもそも残りの2週間足らずでそう多くの候補生を落とせるはずもないし合格は確実だろう。絶対に言わないけど。

 

「陽炎教官、じつは今回の件全部狭霧が主導していてアタシと巻雲は指示に従っていただけなんですけど…」

 

「ちょっと敷波アンタ何言ってるのよ!相談したときアンタもノリノリだったじゃないの!どう考えても共犯じゃない!」

 

唐突な敷波の裏切りに狭霧が吠えた。手錠をされているから掴みかかる事はしなかったけどもししていなかったらそうしていただろう。

 

「アンタ達はどちらも同じ候補生である以上そこに主従関係なんて発生しようがないでしょう。よって全員共犯よ」

 

そう言うと狭霧は小さくガッツポーズし敷波は肩を落とした。

正直誰が主犯とかどうでもいい。ギンバイをしたと言う事実は変わらないのだから全員平等に罰則を与えてやるわ。




没案

「教導隊や!

黒潮が怒鳴りながら強く拳を扉に叩きつけた。

『ちょっと待ってほしいポイ〜!』

「早よ開けんかい!ゴラァ!」

再び黒潮が拳を叩きつけると扉が開き夕立が姿を現した。

「早よ開けんかい!」

一瞬頭に思い浮かんで即没にしました。
電でやるのも考えたけどなのですじゃあちょっと迫力足りませんからね。


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酔い

艦これ2期始まりましたね


我らが陽炎型駆逐艦娘の一番艦陽炎は海軍内には多数あるけどその中で一番有名なのは間違いなくウチが所属する第二水雷戦隊の旗艦を務める陽炎や。

ウチが二水戦に入る前からエゲツなく強い陽炎の噂は聞いとった。なんでも初陣で30隻以上の深海棲艦を相手に大立ち回りを演じて駆逐イ級を8隻、軽巡ヌ級を1隻撃沈する大戦果を上げたらしい。そっからはトントン拍子に二水戦教導隊に入ってあっという間に駆逐隊司令。順調にいけば水雷中隊の隊長までは確実と言われてたけど二水戦が壊滅したから全部おじゃんになった。今となっては唯一生き残った駆逐隊司令として時に罵声を浴びながらも二水戦の再建の真っ最中や。

ウチが二水戦に入って直ぐに配属されたのが陽炎の率いる駆逐隊やった。ウチは駆逐艦娘の中では強い部類に入るって自覚しとったから正直相当ムカついた。なんでウチより年下の小娘の下につかなあかんのかって。けどその後に行われた訓練で実力差を思い知らされてそんな気持ちなくなった。他の艦娘の間じゃ未だに連合艦隊旗艦が最強の艦娘なんて言われとるけどウチは陽炎こそがその座にふさわしいと思っとる。それくらい陽炎は強い。

これだけ聞くとただ強いだけの艦娘やけど陽炎はそれだけやない。早い段階で親元から離れて命のやりとりをするから性格の荒んだヤツが多い艦娘において陽炎はかなり落ち着いた性格をしていて性格的なものも艦娘の中ではかなりええ方や。変な薬もやっとらんしな。タバコは吸うけどそもそも艦娘と普通の人間じゃ中身が全然違うから喫煙したところで健康への影響はほとんどないから別に問題あらへん。法律的にも艦娘の未成年の飲酒喫煙は自由ってなっとるから別にええ。ウチはタバコ嫌いやけど。陽炎はええとこのお嬢さんなんやし大人しく20歳からにしとけばええのに。

とまぁ、ここまで陽炎を褒め続けてきたけどそんな陽炎にも大きな欠点がある。酒癖が悪い。

 

「泣き上戸に怒り上戸、笑い上戸に甘え上戸となんでもござれな酔い方すんねん。本人が酒が特別好きやないからあんま飲まんけど酒を勧められたら飲む。ウチらは面倒なのわかってるから飲ませんようにしてんねん。わかったか雪風」

 

いやほんまこれが無かったら完璧やのに残念やわ。

 

「はい、ごめんなさい黒潮お姉ちゃん」

 

肝機能も強なってるから艦娘が酒に酔うなんてそうそうないから普通は予想できへんよな。酒でひどい酔い方する艦娘なんてウチも陽炎以外知らへんし。

 

「ウチはええねん。被害なかったから。親潮には後で謝っときや」

 

そう言って視線を向けた先には陽炎に抱きつかれて服を涙と鼻水でドロドロに汚されながら延々と愚痴を聞かされている親潮の姿があった。

雪風が陽炎に酒を勧めた時、偶然トイレに立っとったから陽炎が酒飲んだんを知らんかったせいで普通に横座ったから散々な目におうとる。

 

「なによりもタチ悪いんは次の日には全部忘れとる事やな」

 

どんだけ泣き喚こうが人を殴ろうが次の日には綺麗さっぱり忘れとる。覚えとるならともかく忘れてるとなるとどんだけ文句言っても本人には響かへん。

 

「まさか陽炎お姉ちゃんがあんなになるなんて…」

 

知らんかったら驚くよな。普段の態度と全然ちゃうし。

 

「今日は泣き上戸やからまだええわ。怒り上戸にでもなろうもんなら手当たり次第に手が出るから抑えるのか大変なんや」

 

なんせ当時の中隊長やった神通含む3人がかりでやっと抑えられるくらいの力持っとるからな。酷い時には取り押さえようした奴が2、3人入渠した時もあった。本人も注意され続けて控えるようになったけど特別好きではないだけで嫌いなわけやないからな。偶に気まぐれで飲む時があったからそん時は酷い目にあった。親潮みたいに制服を汚されたり酒飲ませようとしたり。珍しいのやとキスしようとしてくんのもあったな。あん時はみんな必死で逃げ回ったったっけ。ほんでそれが気に食わんかった陽炎が泣き喚いて最後は片っ端からとっ捕まえて殴り倒しとったな。ホンマバリエーション豊かやわ。

 

「見てる分には楽しいんですけどね」

 

そう言う不知火の口元は心なしか緩んでいるように見えた。

 

「なんも楽しないわ」

 

普段は仏頂面のくせしてこう言う時だけ表情変えんなや。

 

「てか不知火はウチより近かったんやから止めぇや」

 

ウチは陽炎の対角線上におったけど不知火は真ん前におったんやから止めれたやろ。

 

「嫌ですよ。巻き込まれたくないですから」

 

そう言って不知火は陽炎のグラスにビールを注ごうと…

 

「ってちょっと待てや」

 

何やろうとしてんねんコイツは。

 

「なんでしょうか。不知火に落ち度でも?」

 

落ち度でもって…落ち度しかないやろ。

 

「その手に持っとる物はなんや」

 

「ビールですね」

 

それがどうしたっていいたげな顔しとるな。

 

「んな事はわかっとる。なんで陽炎のグラスに注ごうとしとんねん」

 

さっきまでの話聞いとらんかったんかコイツは。

 

「陽炎はお酒が好きですからね。空のままだと可哀想じゃないですか」

 

不知火は訓練学校の同期やから陽炎の事をよう知っとるはずやのにまだ飲ませる気か。

 

「人に迷惑かけるくらいなら好きでも飲まん方がええやろ。なにより言うて陽炎はメチャクチャ酒好きなわけちゃうし、タバコの方が好きやろ」

 

飲むんやったら一人で飲めっちゅう話や。てか陽炎は酒はそんなに好きちゃうやろ。

 

「黒潮には人の心がないんですか。いつもあんなに頑張っている陽炎をこんな時くらい現実を忘れて休めるよう労おうと思わないんですか」

 

その気持ちはわからんでもない。けど…

 

「もっともらしい事言うとるけど本気でそう思っとるならそのニヤニヤした笑みをやめぇや」

 

「…黒潮の気のせいでは?」

 

そう思うなら口元手で隠すなや。

 

「鏡持ってこよか?」

 

ウチが嫌味混じりにそう聞くと不知火は大きなため息を吐いて言った。

 

「いりません」

 

「そうか。じゃあその手に持ってるビールも置こか」

 

これ以上は流石に親潮が可哀想や。

 

「嫌ですよ。これを注ぐだけでもっと面白いものが見れるのにやらない手はないじゃないですか」

 

ウチもええ性格しとる自覚あるけどコイツも中々にええ性格しとるな。

 

「じゃあ不知火が親潮の代わりに陽炎の相手したらええやん。見るだけやなくて体験した方が楽しいやろ」

 

「さっきも言ったじゃないですか。見てる分には楽しいと。どうして不知火が陽炎の被害を受けないといけないんですか?」

 

面倒な奴やな。こんな奴のために親潮が可哀想な目に遭うのもおかしな話や。…そうや!

 

「陽炎!不知火が陽炎のこと頼りなくて上官にしたくない艦娘ナンバーワンやって言っとるで」

 

ウチの言葉に陽炎は勢いよく親潮の胸元から顔を上げると涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を不知火に向けた。

 

「頼りないお姉ちゃんでごめんねぇ〜!!」

 

そう言って今度は不知火の胸元に陽炎は飛び込んだ。作戦成功やな。

 

「やってくれましたね黒潮っ!」

 

深海棲艦も裸足で逃げ出しそうな眼光を向けてきたけど陽炎に抱きつかれとるせいでちっとも怖くない。

 

「やっぱり私なんかが旗艦になるのは不知火も嫌よね。そうよね」

 

泣きながらダル絡みしてくるとか面倒なことこの上ないな。

 

「いいえ、そんな事はありませんよ。訓練学校の時からいざという時頼りになる素晴らしい友人だと思っていました」

 

面倒臭そうな表情と声音でとても本心とは思へんけど陽炎にはそれで十分やったみたいや。

 

「本当?不知火大好き!」

 

普段の陽炎なら絶対言わへんような言葉やな。それも同期の不知火に対してなんて…。しかも頭不知火にグリグリ押し付けとるし。相当酔っとるな、関わらんとこ。

 

「ありがとうございます。私は陽炎が頼りになると思っているんですけどどうやら黒潮はそうでは無かったようです」

 

アイツ!ウチに標的を逸らす気か!?

 

「さっき黒潮が陽炎なんかに二水戦の旗艦が務まるわけないって言ってましたよ」

 

「待て陽炎!ウチはそんな事は言うて…」

 

その先の言葉をウチは発する事が出来へんかった。

なぜならゆらりと不知火の胸元から立ち上がった陽炎が不知火が手に持っていたビール瓶を奪い取って思いっきり振りかぶりウチに向かって投げてきたからや。

 

「ふざけんな黒潮死ね!」

 

なんでウチにだけそんなあたり強いねん。突然の出来事に避けることも出来ず顔面にビール瓶をモロに食らってそのままウチは意識を失った。

 

ウチが目覚めたんは教導隊のドックの中やった。制服を着たまま湯船に浸かっとったけどその制服が血で真っ赤に染まっとったから相当出血したったんやと思う。まぁ、頭怪我したんやし当然っちゃ当然か。

後で聞いた話やけどウチが気絶した後さらに追撃を仕掛けようとする陽炎を不知火達が必死で止めたらしい。そん時に店の備品を色々壊して請求書が教導隊に届いたから陽炎は神通から暫くの間禁酒するよう命じられら事になったとか。当然やな。二度と酒なんか飲むな。



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卒業式

「いつかあの海で」個人的にはなかなか面白いかなと思っているのですが皆さんはどう思いましたか?


今は卒業式の真っ最中、今日この日をもって第二水雷戦隊教導隊での教官任務も終わりを迎える。長いようで短かった4ヶ月が過ぎ去り遂に第二水雷戦隊が復活する日が来たんだ。

新生・第二水雷戦隊を構成するのは第二水雷戦隊教導隊で最後まで残った候補生は32人。想定の1.5倍ほど多いけど許容範囲だろう。

新生・第二水雷戦隊では私、不知火、黒潮を隊長とする3つの水雷中隊を編成して親潮、雪風は不知火と黒潮を副隊長として支える形を取る。親潮と雪風は水雷中隊を率いるには流石に経験が浅すぎる。私以外の4人はそれぞれ駆逐隊司令を兼任するけど私は全体指揮をしなければならない関係から駆逐隊の司令は兼任せず3個駆逐隊12隻を指揮下に収める。

そんな事を考えていると神通さんの演説が終わり変わって私が前に立つ番になった。

 

「第二水雷戦隊教導隊の候補生の諸君、卒業おめでとう。今日この日をもって貴女達は候補生から二水戦の艦娘に正式に任命される事になるわ」

 

今眼下にいる候補生32人は全員が私の指揮下に収まる事になる。私が指揮した数は最高でも3人。一気に10倍以上の人数の指揮艦となった。

 

「先に言っておくと貴女達の今の実力を評価したから二水戦への配属が許されたのではないわ。貴女達全員よりも残存する二水戦4人の方が強い、だから強さを評価対象とするのであれば貴女達は評価対象外よ」

 

私の言葉で狭霧が青筋を浮かべ、夕立が獰猛な笑みを浮かべるのが視界の隅で見えたけど些細な事ね。

 

「それでも二水戦が貴女達を求めたのは偏に深海棲艦を倒すためよ。いくら私達が強かろうと残存部隊4人では数が足りない。最近では不知火が新たに加入したけどそれでも全く足りない。二水戦全盛期には5つの水雷中隊全てを上はベーリング海から下は南シナ海まで小隊ないしは中隊単位で派遣して各地で大戦果を上げ続けていたわ」

 

それは私が二水戦に入る前の話で、私が入ってからは基本、一個中隊が呉に常駐していたからそんなにも激務ではなかったけど。

 

「今、我が国は大きな岐路に立たされているわ。10年前に第一艦隊が壊滅し半年前には第二水雷戦隊が壊滅した。艦娘の数こそ増えてはいるけどその質は年々低下していく一方よ」

 

もっとも、その数の力で二水戦は負ける事になったのだから数というのは侮れない。予備兵力という性質上二水戦には無縁なものとは言え少し羨ましくもある。

 

「私達二水戦に求められるのは迅速に戦場に駆けつけ、味方を救うことよ。今の私達では救うことはできても数の関係で迅速さがない。けど貴女達が加入し力を磨くことで在りし日の二水戦のように各地の戦場を駆け巡ることができるようになるでしょう」

 

多分、私の代で元の二水戦のような精強さを取り戻すのは無理だと思う。それでも日本最強の名を冠するのが二水戦であり続ける事ぐらいはできるだろう。今現在かつての二水戦ほどの実力を持った部隊は存在しないからだ。不知火のように個人の実力が高いものは二水戦以外にも存在するけど部隊単位となるとからきしだ。強いて言うなら三水戦だけどそれでさえ二水戦一個中隊と互角と言ったところだろう。それほどまでに私達と他の部隊では実力差があった。

 

「今の貴女達にの力には期待をしないけど未来の貴女達には期待してもいい。そんな気持ちで私は貴女達の入隊を許可したわ」

 

人によっては私のこの言葉でやる気を失い二水戦を去ろうとする者もいるかもしれない、けどそれならそれでいい。必要なのはどんな事があろうともやる気を失わない艦娘だ。こんな事でやる気を失うならきっと派遣された戦地での環境が劣悪だったりしたら簡単に士気が下がるような人材だろう。そんなの二水戦には不要だ。

 

「ここから先は教導隊での日々よりもさらに厳しい毎日が繰り返されるわ。それも4カ月どころか二水戦を離れるまでずっとよ。それに耐えられないと思うものは今すぐここを離れなさい」

 

ここまで来て立ち去るような艦娘がここにいるとも思えないけど一応形式上は言っておくべきだろう。

 

「あまり舐めないでくださいよ」

 

そう言ったのは狭霧だ。こんな事を言われて黙っている性格ではない事はわかっていたけどこの場で反論するとは思ってもみなかったわ。

 

「私はただ純然たる事実を述べただけで舐めているわけではないわ」

 

今現在の狭霧達の評価なんてその程度のものよ。新人の二水戦としては及第点を与えれるけど二水戦としてはまだまだ認められるない。それは事実だしあの程度で堂々と二水戦を名乗られては歴代二水戦に申しわけが立たない。だからせめて根性だけでも二水戦の水準に達する者に残ってもらう必要がある。

 

「私達があの程度の緩い扱きを絶えられない腑抜けだとでも言うんですか?」

 

狭霧の言葉に、今度は私たちの側が殺気立った。言うに事欠いてこの狭霧は私達の訓練が緩いと言いやがった、怒らないわけがない。

 

「そう、そんなに私達の訓練は楽だった?」

 

とはいえ私までそれに乗るわけにはいかない。仮にも二水戦の旗艦、トップがそんなに短気ではいざという時に正確な判断ができない。ここは冷静に狭霧に対して応じるべきだろう。

きっと同じ旗艦だった神通さんも同じような態度をとっているに違いないと視線を動かせばそこには叢雲と電に両脇から押さえつけられながら憤怒の表情を浮かべた神通さんがいた。

 

「叢雲、電手を離しなさい!!」

 

「そう言うならまずはその拳を下ろすのです!」

 

電の言葉に叢雲が頷いて同意し押さえつける力をさらに強めた。

 

「ちょっと!叢雲痛いじゃ無いですか!」

 

叢雲は神通さんの抗議を無視して私に視線を向けると無言で狭霧達の方を顎で示した。

 

「貴女がどんなつもりでそんな事を言っているのかは知らないけど、もしもそれが挑発のつもりならあまり上手いとは言えないわ。子犬にいくら吠えられようとも可愛らしいとしか思えないもの」

 

子犬と例えられた事に狭霧は顔を真っ赤にして今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出している。

 

「けどもしそれがただの挑発ではなく事実であるとすれば貴女は中々見込みがあるわ」

 

視界の片隅で雪風が信じられないもの見るような目で私を見てきているけど今は無視だ。

 

「何故なら貴女は今の段階で既に二水戦として各地を転戦するだけの体力と気力を持っている事になる、今すぐにでも一緒に戦地に赴きたいくらいよ」

 

もちろん、それが事実であればの話だけどね。

 

「二水戦は仲間との信頼関係が何よりも重要と考えているの。だから私は新たに二水戦に入った貴女の言動も無条件で信頼することにするわ」

 

唐突に変わった話に困惑したような表情を浮かべる者もいる中、当の狭霧は私の言いたい事を、理解したらしく顔色を青くした。

 

「実は早速二水戦に出撃するよう要請が来ているのよ」

 

そんなに厳しい任務でもないけど取り敢えず連携を確認するために二水戦全員で行く予定だった任務だから別に狭霧の言動は関係ないのだけどこう言えば勝手にいらない事を言ったから出撃するはめになったって勘違いするでしょ。

案の定狭霧は肩を落としているし他の子達も狭霧に同情したような視線を送っている。

 

「狭霧の意見もある事だし貴女達全員を連れて出撃するわね」

 

すると同情するような視線が即座に怒気を纏った視線へと様変わりした。実際は違うけど無関係だと思っていたのに出撃する事になったから狭霧のせいで自分達までトバッチリを受けたと思っているのでしょうね。

 

「返事はどうしたの?」

 

軽く睨みつけてやると敬礼と共に了解という返事が返ってきた。巻雲なんかはすこぶるやる気が無さそうだったけど今回は見逃すしましょう。

 

「さて、それじゃあ各々の所属する部隊と隊長を発表するわ」

 

そう言って私がそれぞれの所属する水雷中隊と駆逐隊を発表していくとその度にホッとしたような吐息やショックで息を呑む音が聞こえてきた。雪風の部隊所属になった艦娘からは悲鳴が上がる事もあった。

 

「さて、最後に夕立、狭霧、敷波、巻雲の13班だけど…」

 

憂鬱だわ。最後までこの4人はどの隊で面倒を見るのか押し付けあっていた。あまりにも問題児すぎて指揮するのが面倒臭いというのが理由だった。

 

「貴女達は夕立を司令として第十三駆逐隊を編成し私が指揮する第一中隊に配属するわ」

 

そう言うと狭霧と敷波が露骨に嫌そうな表情を浮かべ夕立は獰猛な笑みを浮かべ、巻雲は何故か瞳をキラキラさせていた。

 

「ここでの生活が天国だったと感じるくらいビシバシと鍛えるつもりだから覚悟しなさいよ」

 

いや、違うか。

 

「そういえばここでの訓練は楽だったって言ってたわね。なら予定よりもっと厳しい訓練ができそうね」

 

覚悟しなさいよ問題児共。面倒だけど私の指揮下に入ったからにはしょうがない。他の連中じゃあやらないような厳しい訓練を経験させてあげるわ。

 

「望むところです!ここの緩い訓練に飽き飽きしていましたから楽しみにしています」

 

狭霧も難儀な性格してるわね。顔を青くしてるのにそんな虚勢貼らなくてもいいじゃない。

 

「言ったわね。途中で根を上げて泣いたりしないでよね」

 

まぁ、だからと言って手心を加えてやる気はないんだけどね。

 

「以上で私の演説は終了するわ」

 

私の演説が卒業式の最後の工程だったからこれで一度解散する事になる。本来なら候補生、もとい新生・二水戦が解散後に教官達で式場の片付けをするけどその前に…。

 

「神通さん、いい加減怒りを治めてくださいよ」

 

神通さんの怒りを治めないといけないわね。一体どれほどの時間がかかるのかと想像すると私はため息を禁じ得なかった。




とりあえず教導隊での話は終了ですね。次回からは新生・二水戦でのお話になると思います。


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狭霧の受難

前回教導隊が終わるといましたが大枠においては今回も共同体の話です。


「「「「かんぱ〜い!」」」」

 

教導隊での厳しい訓練から永久に解放されたその日、私達13班もとい第十三駆逐隊は教導隊での生活を労うべく近くの居酒屋に来ていた。

 

「やっと雪風教官のお仕置きからも解放されますね」

 

雪風教官の指揮下に入らなかった事は幸運というほかないです。

 

「お仕置きされてたのはほとんど敷波と狭霧だったよね?」

 

確かに夕立と巻雲は私達ほど罰則をくらっていませんでしたけどそれでも他の人よりは多かったですからね。

 

「なぜか目の敵にされてたからね。本当まいったよ」

 

「間宮羊羹をギンバイしたのが逆鱗に触れたっぽい?」

 

間宮羊羹のギンバイは敷波の役目でしたけどそれならどうして私まであんなに罰則を食らっていたんでしょうか。

 

「けど陽炎教官もなんだかんだで隙を見ては罰則を与えてきたから油断はできないかもね。特に狭霧は目をつけられてるみたいだし」

 

「そうなんですよね。できれば黒潮教官か親潮教官の隊がよかったです」

 

「不知火はダメなんですか?」

 

「一時とはいえ同じ候補生だった相手の下に着くのは嫌ですね」

 

いくら実力差があったとは言え同じ候補生だったのに

 

「夕立はいいっぽい?」

 

「班長だったのが駆逐隊司令になってもなんとも思いません。そもそも訓練学校からの付き合いじゃないですか」

 

班長だからって偉ぶるわけでもなかったですし。

 

「やっぱり雪風教官の悪口を言った事が原因なんでしょうか」

 

本当にそれくらいしか心当たりがないんですよね。

 

「すごく前の話だし二水戦の旗艦ともあろう人がそんな陰湿な事するとは思えないっぽい」

 

「その通りですよ〜。あの陽炎教官がそんな事するわけないじゃないですか」

 

「そうかな、意外とあり得るんじゃない?」

 

夕立が皮肉げな笑みを浮かべながら言うと巻雲、敷波がそれに続いて意見を述べた。

 

「私もあの程度のことで根にもたれているとは思いたくはありませんけど……」

 

私達候補生、というより外部の艦娘から見た陽炎教官の評価は二つに分かれます。一つは指揮艦としても個人としてもともに高い実力を持ち正しく二水戦と呼ぶに相応しいという評価、もう一つは死んだ他の二水戦の仇すら取らずにおめおめと逃げ帰ってきた臆病者という評価です。私達4人だと巻雲と私が前者、夕立と敷波は後者に近い。とはいえ夕立と敷波共にそのきらいがあると言うだけで本心からそう思っているわけではありません。教導隊で散々その実力を見せつけられていますしなにより入る前から教官の武勇伝はよく聞いていて憧れていましたから裏切られたというショックからそう思っているんでしょう。2人とも教導隊を去っていった艦娘と違って強い艦娘ですし陽炎教官の実力はよくわかっていますからね。

 

「狭霧と巻雲は陽炎教官を高く評価しすぎっぽい?どんなに強くても欠点はあるっぽい」

 

「たしかに全てが完璧な人なんているわけありませんね」

 

少し二水戦の旗艦を、陽炎教官を神聖視しすぎていたのかもしれませんね。旗艦だから性格まで完璧なんてただなら幻想かもしれません。

 

「そうそう、狭霧みたいなのもいるわけだしね」

 

「それどういう意味ですか」

 

思わず私は拳を握りしめました。事と次第によっては一発叩き込むためです。

 

「そういうところだよ狭霧。他の狭霧はお淑やかな子ばっかりなのに君はどうしてそんなに暴力的なんだよ」

 

落ち着きなさい私。ここで殴っては敷波の言っている事を肯定しているようなものです。ここは一つ口で言いまかすことにしましょう。

 

「必死で落ち着こうとしているところ悪いけど空のビール瓶に手を伸ばすのやめてくれないかな」

 

指摘された瞬間私の手はビール瓶を掴み敷波に投げつけました。

 

「危ないなぁ」

 

そんな見え見えの攻撃が当たるはずもなくアッサリとキャッチされました。

 

「狭霧そういうのやめた方がいいっぽい」

 

「そんなんだから他の狭霧から野蛮とか言われるんだよぉ」

 

こいつら人が黙っているからと随分と好き放題言ってくれますね。

 

「私より弱い奴になんと言われようがなにも思いません」

 

「狭霧の会合からハブられてるのに?」

 

「は、ハブられてるんじゃありません!自発的に参加してないだけです!!」

 

名前が同じ艦娘どうしで何かにつけて会合を開いたりして集まっている艦娘がいます。

艦娘によっては同じ顔ばかり集まって気持ち悪いと言って嫌がるケースもありますが私達狭霧は珍しいことに積極的に関わりを持とうとしています。これの大きなメリットは同型艦よりも類似点が多い、というより全く同じ艦娘同士で効率的な訓練方法や戦闘方法を共有して生存率を上げられるというメリットがありました。

 

「初めて集まりに出席して以来一度も連絡貰ったないのに?」

 

「な、なんで知ってるんですか!?」

 

誰にも言った事ないのにどうして敷波がその事を知っているんでしょう。

 

「そりゃ他の狭霧に知り合いがいるからだよ。たまにメールしたりするから狭霧の情報も入ってくるよ」

 

同じ狭霧の私は連絡先すら知らないのにどうして敷波にいるんですか……。

 

「同じ吹雪型として普通少しくらいは交流があるもんでしょ」

 

「そもそも普通の艦娘は狭霧達みたいに頻繁に会ったりしないっぽい」

 

「そ、そうですよ!自分と同じような顔ばっかりいる所に好き好んでいくのなんて他の狭霧達くらいのものですから!」

 

「……自分で言ってて悲しくない?」

 

「いいえ、まったく悲しくありません。……本当ですよ?」

 

だから巻雲、ハンカチを差し出すのをやめてください……。

 

「今度狭霧に誘うよう頼んでおくね」

 

「……ありがとうございます」

 

自分や他の狭霧の中だけで止められているのならともかく敷波にまで知られているのは流石にショックでした。この分だと他にも知っている人がいそうですね……。

 

「けどもしもう一度参加できても今のままだとすぐに出禁になるっぽい」

 

「確かにそうかもしれない。狭霧の性格だと大人しくなんてできないだろうし……」

 

「じゃあどうすればいいんですか……」

 

というよりどうして私は狭霧なんでしょうか。こんなにも他の狭霧と違うのに。

 

「親潮教官に立ち振る舞いを教わればいいんじゃない?」

 

「どうして親潮教官の話になるんですか?」

 

「だって教官連中の中で親潮教官が一番清楚で普通の狭霧に近いじゃん。それに優しいし」

 

「私も別に変じゃありません。普通です」

 

ただちょっと駆逐艦らしく勇猛なだけです。

 

「それなら陽炎教官の方が良くないですか?」

 

「巻雲それどう言う意味ですか」

 

事と次第によっては……

 

「だって陽炎教官お嬢様じゃないですか」

 

「お嬢様?それはないんじゃないですか?」

 

一番手が出やすい雪風教官の次に暴力的な陽炎教官がお嬢様って事はないでしょう。

 

「それがそうでもないんだですよ。なんと陽炎教官、いわゆる旧華族の一族で遡れば総理大臣までいて今でも政財界に影響力のある名家出身らしいんですよ!」

 

あの陽炎教官がですか。

 

「俄には信じ難いですね」

 

親潮教官ならともかく陽炎教官はないでしょう。

 

「というか何で巻雲はそんなこと知っているんですか?」

 

「推しですから!」

 

二水戦ファンだった巻雲らしいっちゃらしいけどそんなことまで知ってると恐怖を感じるわね。

 

「もしそれが本当だとして、どうしてそんなお嬢様が艦娘になっているんですか」

 

「それは今はもう没落寸前だからですね」

 

「あんたさっきは政財界に影響力があるって言ってたじゃない」

 

「今でもありはしますよ。ただ一族の主要なメンバーが殆ど死んでいて今は陽炎教官と第二艦隊の金剛だけが現当主の直系一族のらしいですよ」

 

本当、どうしてそんなことまで知っているのかしら。

 

「跡目争いしてるっぽい?」

 

「それどころじゃないみたいですね」

 

それどころじゃない?

 

「一族の数が減って権力を維持するのに必死でそんなことしてる暇ないみたいですよ。なんでも陽炎教官と金剛が艦娘になったのも権力を維持するためだとか」

 

「私達庶民には想像もできない話ですね」

 

権力を維持するために艦娘になるってどういう意味でしょうか?

 

「単純に今の時流的に軍の力が大きいけど陽炎教官の一族は軍に対して影響力がなかったからそれを獲得するためだそうですよ」

 

当主の直系ってことは後継ってことでしょうによくそんなハイリスクなことしましたね。

 

「けどそれだと後継がいなくなるっぽい?」

 

「それだけ追い詰められていたんじゃないですか?なんせ一族の中心だった次期当主とその弟が死んでるわけですし」

 

「尚更どうして艦娘になってるのかわからないな」

 

当主候補には変わらないのに2人まで死んだらどうするつもりだったんでしょうか?

 

「さぁ?そんなことまで巻雲に聞かれてもこま…り…ま…」

 

何故か巻雲はポカン、と口を大きく開けました。

 

「どうしたのよ巻雲」

 

すると巻雲だけでなく夕立と敷波も私の後ろに目を向けて驚いた表情を浮かべていました。嫌な予感がして私は後ろを振り替えようとすると…。

 

「さ、ぎ、り、ちゃ〜ん!!!」

 

そんな声と共に背中に重みを感じ、私は前につんのめりました。

 

「な、なんですか!?」

 

「もぉ、なんですかってなによ〜」

 

振り返ると真っ赤な髪を黄色いリボンでツインテールにした艦娘、つまり陽炎型駆逐艦一番艦陽炎がいました。

 

「一体貴女はなんなんですか!?」

 

「貴女なんて他人行儀な言い方しないでよ〜。私と狭霧ちゃんの仲間じゃない!」

 

生憎、私はこんなに馴れ馴れしく狭霧ちゃんなんて呼んでくる陽炎を知らない。そもそも私の知り合いの陽炎はそれこそ陽炎教官くらいでこんな性格じゃない。

ふと陽炎の後ろに目を向けると不知火、黒潮、親潮、雪風と言った教導隊の教官と同じという極めて不愉快な面子が揃っていました。

 

「貴女達の連れですか?早く引き取って欲しいんですけど」

 

私の言葉に何故か黒潮は考えるそぶりを見せた後、深海棲艦も裸足で逃げ出しそうな悪い笑みを浮かべた。

 

「そんな仲良さそうなんを引き離すなんて可哀想やわ。しばらく面倒みといたって」

 

「はぁ!?」

 

「そっちの3人はウチらが面倒見るから安心しいや」

 

コイツ、何を言っているんでしょうか。

 

「夕立、こっちこいや」

 

黒潮が夕立を手招きすると

 

「敷波もこっちにきて雪風達と一緒に飲みましょう。もちろん雪風達がおごります」

 

雪風が邪悪な笑みを浮かべて敷波を追い詰めました。

 

「わーい、ご馳走になります!」

 

何故か巻雲は喜んで親潮の所に駆け寄りました。

 

「ちょっと!」

 

「狭霧ちゃんどこ行くの〜?」

 

立ち上がって引き止めようとする駆逐艦とは思えない力で先に引き戻され陽炎の胸元に飛び込みました。ふと視線を胸元のワッペンに向けるとそこには2枚の桜と2本の魚雷をモチーフにしたマークのワッペンが…

 

「……陽炎教官?」

 

「なぁに〜?」

 

と言うことはさっきの黒潮は黒潮教官って事ですよね。

………え、私コレの相手しないといけないんですか?

 

結局この後、陽炎教官が酔い潰れて眠るまで相手をすることになりましたけど二度と一緒に飲みたくありません。

今度からは宅飲みにしましょう……



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新生第二水雷戦隊、抜錨

アニメ4話まで時間が空くんですね。


「みんな、おはよう!待ちに待った新生・第二水雷戦隊初じめての出撃ね!!」

 

そう言って私がドック内にに並ぶ二水戦を、つまりつい先日まで私の生徒だった艦娘達を見渡すと異様な顔をした艦娘が1人、狭霧だ。

 

「ち、ちょっと!狭霧その顔どうしたの!?」

 

狭霧の右目は遠目からでもわかるくらい青く腫れ上がっていた。おそらく殴られたのだろう。

 

「っ!?!?!?」

 

私の声に狭霧は一瞬顔を真っ赤にした後、何かを思い出したかのような表情を浮かべすぐに顔色を青に変えた。

 

「な、なんでもありません!」

 

「なんでもないわけないじゃない。一体誰にやられたのか話しなさい。二水戦に喧嘩を売った報いを受けさせてやるわ」

 

教導隊の時ならともかく今の狭霧は二水戦で私の部下だ。狭霧に売られた喧嘩は私に売られたも同然だ。

もしも狭霧が敵わない相手でも私なら勝てる。そう思って握り拳を作ると狭霧はさらに顔を青くした。

 

「本当に、本当に大丈夫ですから!コレは夕立達と飲んでる時にできた怪我ですから!!」

 

「飲んでる時?」

 

昨日は教導隊から卒業した日だから打ち上げをしていてもおかしくはないけど…。

 

「ちょっと酔いが回って転んでしまったんです」

 

いや、その怪我でそれはないでしょう。

 

「転んだって…。明らかに殴られてない?」

 

なによりみたいに艦娘がお酒に酔うって話はあまり聞いたことがないしまし狭霧がそうなら多少噂になっていそうなものだけど…。

 

「喧嘩とかしたの?」

 

「いえ、そう言うわけではありません。ただ話が弾んでしまっただけです…」

 

本当かしら。

 

「なら夕立が傷ひとつないのはどう言うわけ?まるで貴女だけ一方的に殴られたみたいよ」

 

狭霧と夕立の実力は拮抗している。両方とも怪我をするならともかく狭霧だけが一方的に怪我をするなんてまず有り得ない。

 

「それは…その…」

 

なんか怪しいわね。

 

「まぁまぁ陽炎、狭霧もこう言っとる事やしその辺にしときや」

 

さらに狭霧を追求しようとする私をなにやら胡散臭い笑みを浮かべた黒潮が止めた。

 

「なんで止めるのよ」

 

ていうかその胡散臭い笑いをやめてよ気持ち悪い。

 

「人には言いたくないことの一つや二つあるやろ。それを無理矢理聞くんは良くないんとちゃうか?」

 

「それはそうかもしれないけど…」

 

黒潮の言うことも一理あるけど狭霧は私の中隊の艦娘だ。できればなにがあったのかくらいはちゃんと把握しておきたい。

 

「何より上官がプライベートな事まで踏み込むんで聞くん、うちはあんまり好きちゃうな」

 

コレが普段通りの顔で言ってるのなら頷きたくもなるけど

 

「その胡散臭い笑い方してる時って大体何か悪い事をしているのよね。まさか狭霧に何かやったんじゃないでしょうね」

 

「ウチはなんもしてないで」

 

なぁ狭霧、と黒潮が狭霧に同意を求めると顔を青くしたまま狭霧は勢いよく首を上下に動かした。絶対なんかやってるじゃない。

 

「黒潮」

 

「なんや、疑っとるんか?」

 

「当たり前じゃない」

 

疑わない要素がどこにもない。

 

「嘘やないで、ウチはなんもやっとらん。強いて言うなら後処理をしただけや」

 

「後処理?」

 

「あれや、ゲロの処理とかそんなんや」

 

ゲロの処理って…。

 

「狭霧吐いたんだ。大丈夫だった?」

 

私もよく吐くからその気持ちは分かる。吐いたらスッキリしてさらにお酒が飲めるようになるから吐く時の不快感を除けばいいことしかないのよね。

 

「私が吐いたわけじゃ…」

 

「そうなんや。狭霧のやつ夕立に殴られた拍子に吐きおったんや」

 

「ぽいっ!?」

 

突然悪事をバラされた夕立が奇妙な叫び声を上げた。

 

「夕立、アンタなにしてんのよ」

 

まったく、私もそんなにお酒は強くないけどそれがわかっているから控えてるのに。

 

「あんまり酷いようだと禁酒させるわよ。お酒でハメを外して二水戦の評判に傷がついたらどうするのよ」

 

今現在、世間での二水戦の評価はあまりよくない。別にそれ自体はいいけど実力や実績以外のことで評価を落とすような事はしてほしくない。

 

「なによ狭霧その目は。言いたい事でもあるの?」

 

なにやら狭霧が物いいたげな視線を寄越してきていたから私がそう尋ねると狭霧は目を細めた。

 

「別に何も。ただ一度ご自分の胸に手を当てて考えた方がいいのではないかなと思っただけです」

 

「あら、たしかに私はお世辞にも酒癖がいいとは言えないけど滅多に飲まないから問題はないわ」

 

失礼な話ね。狭霧達と違って私はちゃんと自分を管理できているわよ。

 

「なによ黒潮。文句あるの?」

 

今度は黒潮が何か言いたげな視線を向けてきていたから声をかけると黒潮はフイッと視線を逸らして言った。

 

「べっつにぃ〜。何も言いたいことなんかあらへんわ」

 

その言い方、絶対なにかあるじゃない。

 

「言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」

 

「いやええわ。こんな人があるところで言うことちゃうしなにより折角やったことが全部無駄になる」

 

「別に構わないわ。言いなさい」

 

何をやったのか知らないけど無駄になるかどうかは旗艦である私が決める。どうせそんなに大したことでもないだろうしね。

 

「二水戦の恥部をを晒すんは流石に気が引けるわ」

 

「いいから言いなさい」

 

「しゃあないなぁ」

 

黒潮がそう言って私を手招きしてきたから近寄ると耳に口を寄せて小さな声で言った。

 

「昨日狭霧らもおんなじ居酒屋におったんや」

 

「あら、そうなの。けどそれがどうしたって言うのよ」

 

「酔っ払ったどっかの誰かが狭霧相手にダル絡みしよったんよ。そん時の傷が目のアレや」

 

やっぱり狭霧嘘ついてたんじゃない。

 

「夕立がやったんじゃなかったの?」

 

「ちゃう。酔っ払いにやられたんや」

 

「一体どこのどいつなの?」

 

二水戦に舐めた真似してくれた報いを受けさせてやるわ。

 

「ここのコイツや」

 

そう言って黒潮が指差したのは私だった。

 

「……もしかしてまたやっちゃった?」

 

私の問いかけに黒潮は小さく頷いた。

 

「やからここで狭霧に本当の事言わすわけにはいかんから口止めしとったんや」

 

たしかにここで二水戦旗艦の醜態を公表すれば私への信頼の低下は免れないわね。口止めした黒潮に感謝しないと。

 

「ちなみに昨日はどれくらい酷かった?」

 

「それは知らん。狭霧が是非にって言って陽炎の相手を1人でしてウチらは楽しく飲んどったからな」

 

元凶の私が言った義理でもないけどまさか自分を犠牲にして仲間のことを助ける、狭霧がそんなにも仲間思いだったなんて。

 

「そう、狭霧には悪い事をしたわね」

 

今度何かお礼をしなくちゃいけないわね。

 

「狭霧、詳しい事情は黒潮から聞いたわ。問い詰めて悪かったわね」

 

「いえ、わかってくれたならいいです」

 

狭霧はとても疲れた顔でそう言った。随分と負担をかけたみたいね。

 

「今度何か奢るわよ。昔私が二水戦の先輩から教えてもらったおすすめのバーがあるんだけどそことかどう?」

 

忙しかったせいもあって最後に行ったのは一年前とかだけどまだあるかしら。

 

「あ、あ、あ、アンタは……」

 

狭霧が何かを言う前に黒潮が私の耳元で囁いた。

 

「自分の酒癖忘れたんか。そんなの喜ばれるわけないやろ」

 

言われてみればそうね。

 

「狭霧、なにか欲しいものとかやって欲しい事ってある?」

 

なら本人になにをして欲しいか聞いた方が早いわね。

 

「結構です!」

 

そんなに強く拒否しなくてもいいのに。

 

「陽炎少しは考えろ。事情知らん奴からしたらなんで狭霧が贔屓されるんやって思うやろ?」

 

今日は黒潮に助けられてばっかりね。

 

「ごめんなさい狭霧。さっきのもなしで」

 

「いえ、大丈夫です」

 

物凄い形相でこっち睨みつけてるのに大丈夫ってどう言うことよ。やっぱりなんかして欲しかったんじゃないの。

 

「あー、その…ごめんね」

 

よくよく考えたらまだ昨日のことについては謝ってなかったわね。

 

「…分かってくれたらそれでいいんです」

 

あの気が強い狭霧があそこまで憔悴するなんてよっぽど昨日の私は酷かったみたいね。

……もしかしてさっき言ってたゲロ吐いたって言うのも私?ヤバイ、全然覚えてない。というかそもそもお酒を飲んだという記憶がない。

 

「黒潮、私本当に昨日飲んでたの?」

 

「いつのまにかウーロンハイ飲んで出来上がっとったで。ただ割と早い段階で狭霧に絡んどったからその後何があったかは知らんな」

 

何があったのか知っているのは狭霧しかいないというわけね。今度時間がある時何があったのか聞かないといけないわね。



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沖縄の主

でち公嫁提督に殺される気がする…


私達新生・二水戦の最初の出撃はインド洋南部からスリランカ近海に侵攻してきた深海棲艦の討伐任務だった。ここには本来、舞鶴に本拠地を置く第四艦隊が麾下の艦娘の約8割を派遣してインド洋北部の守りについていて比較的練度の高い艦娘が多かった。

呉からインド洋までの距離を私達は自らの足で目指すことになる。船を使えば一気に大量の物資を運べる上私達の負担も少ないという利点があるがその代わり深海棲艦の襲撃に悩まされる事になる。飛行機はもってのほかで味方の護衛がなければ即座に撃墜されるから考慮にすら値しない。

護衛さえあれば船でもいいが私達二水戦以上の艦娘なんて存在するわけもなく、そんな艦娘達に護衛されてもし乗っていた船が襲撃され、そのまま海の藻屑となりでもしたら末代までの恥だ。

畢竟、私達は自分の足でインド洋を目指すことになる。もちろん無補給ではなく途中何度か補給を挟むが泊地によって対応は大きく異なる。貧乏泊地なら最低限の補給と普通の食事による歓迎会、普通の泊地は十分な補給と少し豪華な食事、裕福な泊地は運べる限界の物資と豪華な食事、そして沖縄泊地は待ちきれないくらいの物資と潜水艦隊旗艦の伊58、通称でっちの手料理により出迎えられる。

 

「ゴーヤに感謝しながらよく味わって食べるでち」

 

「はいはい感謝感謝」

 

こういう手合いは感謝って言っとけば納得するから適当に相手するだけでいいから楽でいいわ。

 

「本当に感謝してるでちか」

 

「してるしてる。いごや様さいこー」

 

疑ってそうな目で見てくるけど所詮でっちだし棒読みでもこう言えば誤魔化せるでしょ。

 

「ならいいでち!」

 

初めて会った時はこうも単純な性格だと知らなかったから割と真剣に感謝を伝えて気疲れしちゃったのよね。もっとも、手ずから料理を振舞ってくれるのは第一、第二、第三艦隊に所属する艦娘に対してだけでそれ以外は沖縄泊地の間宮が料理を担当するからここまで出しゃばってはこないらしい。

 

「陽炎箸が止まってるでち。もっと食べるでち」

 

さて、いつだったか不知火とでち公は感謝するよう強要してくるというような話をした気がするけどそれは事実であるけど厳密には正しくない。でち公は相手がやってもらって嬉しいことを過剰なまでにした上で感謝するよう求める。端的に言えば承認欲求が高くてお節介焼きなのよ。不知火は感謝を求めるのは照れ隠しだとか言っているけど正直その考えにはあまり賛同できない。だってあんなにも得意げな顔をしているのに照れているだなんて…。

 

「なんでちか陽炎。ゴーヤの顔に何かついてるでちか?」

 

「美味しい料理をありがとうって思っただけよ」

 

「そうでちか!なら感謝してもっと食べるでち!!」

 

ちょろいわ〜。

 

「そういえば、前来た時より艦娘の数が減った気がするんだけど何かあったの?」

 

以前来た時は泊地ないは艦娘に溢れ、泊地内で非番の艦娘がバーベキューをしたりしていて賑やかなものだったけど今日はそんな艦娘は1人もおらず全員勤務中のようだった。

 

「陽炎知らなかったでちか?半年前に潜水艦娘は年齢の高いものから順次退役することが決まったでち」

 

でち公の言葉に思わず眉を顰めた。

 

「10年の間に大幅に増えた艦娘を潜水艦娘を退役させて維持する事ができると思うの?」

 

たった5隻の艦娘から始まった深海棲艦と艦娘の戦いは25年の月日を経て5万隻を超える巨大な集団となった。これは空母、戦艦、巡洋艦、駆逐艦だけの数であり潜水艦や海防艦などを含めるとその数は10万隻を超える。それだけの数の艦娘を支えるには潜水艦艦隊は必要不可欠だ。

 

「潜水艦娘の数が増えすぎてオリョクルの効率が悪くなってるでち。なかばオリョクルのためにオリョクルをするような悪循環になっていたのを是正するために連合艦隊旗艦の命令で古い艦娘から順番に退役してるでち」

 

「新しくオリョクルのための深海棲艦の養殖場を作るとか、出撃させずに基地内で待機させるとか色々やりようはあるんじゃないの?」

 

「それでも給料は発生するでち」

 

「それこそオリョクルのおかげで増えた大型艦が陸、空軍に貸し出されて海軍の収入源になってるじゃない」

 

味方のはずの陸、空軍相手に阿漕な商売をしているのは有名な話で海軍上層部は陸、空軍からはすごく嫌われている。その反面、陸、空軍は艦娘に対して自主的な自軍への異動を誘うなど勧誘活動をしていて海軍側も陸、空軍の事を毛嫌いしている。とはいえ勧誘活動の結果は芳しくない。油と弾薬は海軍から買うしかないからそう派手に勧誘を行えるわけでもないからだ。

 

「潜水艦隊は規模の割にオリョクルのできる場所が限定的で今の数だと収入と釣り合いが取れないでち」

 

「そうは言っても仮に深海棲艦が大規模に侵攻してくれば潜水艦隊は前線に出ることになるわ。多くの艦娘を確保していて然るべきじゃないかしら」

 

未だに太平洋南部や大西洋中部と南部、インド洋の南部は深海棲艦の手にありそれを取り返すにはまだまだ時間も人でもかかる。

 

「旗艦は潜水艦を減らして代わりに駆逐艦娘を増やすつもりみたいでち」

 

「駆逐艦をねぇ。正直実力の低い艦娘がこれ以上増えても深海棲艦に対して有効な対策になるとは思えないけどそこのところどう思っているのかしら」

 

万を数える駆逐艦の中でも実戦に耐えうる実力を持っているのは第二から第七までの艦隊に所属する艦娘と第一艦隊の一部。それ以外の艦隊に所属していない各地の艦娘を全部合わせても精々3,000人と言ったところだろうか。駆逐艦全体の1割にも満たない数だ。

 

「ゴーヤに聞かれても困るでち」

 

「どうして?私と違って長いこと艦隊の旗艦をやってるんだから上層部ともパイプはあるでしょ?」

 

確か世界で初めて潜水艦という艦種が艦娘に現れたのが今から20年前、でち公はその時に建造された最初の潜水艦娘の一人だから色々な情報が入ってきそうなものだけど…。

 

「ゴーヤは上層部から嫌われているでちから詳しいことは何も知らないでち」

 

「散々やらかしてきたらしいわね」

 

「やらかしたって言い方は良くないでち。ゴーヤが動かないといけないような事態を上層部がやらかしたのであってゴーヤはその尻拭いをしただけでち。感謝されることはあっても煙たがられることはないでち」

 

でち公は不愉快そうな顔をしてるけど傍目から見てもやりすぎなのよね。いくら艦娘が不当に酷使さているとはいえ艦隊を使って脅したりしたらそりゃ煙たがれるし恐れられもするわよ。

 

「確かに上層部の落ち度は酷いとは思うわ」

 

とはいえ、私の本音は絶対に伝えない。間違いなく面倒なことになる。

 

「今回の二水戦の件も上層部の判断ミスは大きいでち。それを指摘できる艦娘がゴーヤが退役したらいなくなるのが気がかりでち」

 

「貴女が退役なんて当分先の話しでしょ。それまでに後任を育てればいいじゃない」

 

「ゴーヤは2、3年以内に退役することが決まってるからあまり悠長な事は言ってられないでち」

 

…たいえき……退役!?

 

「どうして?いくら古い潜水艦娘を退役させると言っても貴女ほどの実力と人望が有ればデメリットの方が大きくないかしら」

 

「さっきも言ったでち。ゴーヤは上層部に煙たがれているでち」

 

「でも連合艦隊旗艦あたりが庇ってくれてもいんじゃない?」

 

なんだかんだ20年の付き合いなんだしそれなりに関係は気付けているんじゃないかしら。

 

「それはあり得ないでち」

 

でち公は私の言葉を否定すると周囲を見渡すと私に近づくよう手招きした。

 

「ここでは話しずらいでち。一度ゴーヤの部屋にいくでち」

 

でち公に連れられてきたのはこの沖縄泊地にある潜水艦艦隊旗艦の執務室だった。

 

「どうしてゴーヤが連合艦隊旗艦から庇われることがないか、という事でちが答えは簡単でち。ゴーヤが旗艦から恨まれているからでち」

 

「恨む?なに、もしかして旗艦は昔一、二水戦に対して土下座して感謝しろって言った事をまだ根に持ってるの?」

 

意外と旗艦も子供っぽいところがあるのね」

 

「そうじゃないでち。と言うかなんでそれを知っているでち」

 

「まぁまぁ、そんな事はどうでもいいじゃない。私が出発するまで時間もあまりない事だし話を先に進めましょうよ」

 

しまった。でち公にとってこれは黒歴史だったのか。

 

「…確かにそうでち。けど今度あったらどこで聞いたか教えてもらうでち」

 

「ええ、生きて合うことが有れば教えてあげるわ」

 

私の答えにでち公は一瞬虚をつかれたような顔をしたあと寂しげに笑った。

 

「そうでちね、生きてあえればそうするでち」

 

でち公の様子に言い知れぬ不安を感じたけどその理由を考える前にでち公が言葉を紡いだ。

 

「今から10年前、一水戦が反乱した時に旗艦が沖縄泊地に視察に来ていたのは知っているでちね」

 

「ええ、元一水戦だったウチの不知火が言うにはもし横須賀にいたら参加していたんじゃないかなんて戯言を言っていたけど…」

 

「よく知っているでちね。けど陽炎、その参加していたと言うのが戯言ではないと言う事は知っているでちか?」

 

でち公の問いかけの意味を最初私は理解できなかった。けどそれを理解すると同時に私は掠れた声ででち公に尋ねていた。

 

「まさか…参加する気だったって言うの?」

 

「気だった、と言うよりは参加しようとしたが正しいでち」

 

参加しようとした、つまりなんらかの行動を起こしていたと言うわけだ。

 

「旗艦は何をしたの」

 

「旗艦は一水戦反乱の報告を受けて直ぐに出撃の為工廠に向かったでち」

 

「けどそれだけだと一水戦を止めようとしただけかもしれないわよね」

 

「勿論それだけじゃないでち。工廠内の潜水艦の艤装を破壊した上弾薬に火をつけて爆破までしようとしたでち」

 

それはいくら旗艦でもただでは済まないんじゃないかしら。

 

「よくそこまでしておいて旗艦のままでいられたわね。いえ、そもそもどうやって旗艦を止めたの?並大抵の艦娘じゃ止めることなんてできないわよ」

 

「止めるのは簡単でち。いくら旗艦でも陸の上では十全に力を発揮できないでちから近くにいた艦娘でタコ殴りにしたでち」

 

「随分と簡単に言ってるけどそう簡単に出来ることでもないでしょう。陸の上だとしても力も戦闘技術も桁違いじゃない」

 

駆逐艦とは思えない筋力と長年の軍隊生活で身につけた戦闘技術は馬鹿にできない。

 

「それでも潜水艦娘100人には敵わないでち」

 

「100人!?確かにそれは勝てないかもしれないわね」

 

「まぁ、ゴーヤ以外みんなのされちゃったでちけどね」

 

いや、やっぱり旗艦すごいわ。

 

「よく止められたわね」

 

「みんなが必死に旗艦の気をひいてくれたおかげでち。手錠をかけて縛り上げたら流石に大人しくなったでち」

 

なかなかの大捕物だったのね。いやまぁ旗艦が相手ならそれも当然か。

 

「縛り上げた時に旗艦は必死でゴーヤに懇願したでち。一水戦のところに行かせほしい、自分が作り上げた一水戦が散り行くのこんな遠く離れた場所ではなく同じ場所で一緒に散りたいと」

 

「……そんな事言っておきながらよく今の今まで連合艦隊旗艦を務められたわね」

 

旗艦が一水戦の反乱に参加したとしても成功はしないだろう。勿論、鎮圧側も多大な被害が予想されるけどそれでも鎮圧は可能だ。それでも参加しようとする旗艦の気持ちが分からないわけじゃない。私だって願わくばソロモンに散った二水戦のみんなと一緒に戦っいたかった。たとえそれが死に近づく行為だと分かっていたとしてもだ。

 

「旗艦はまだ日本に必要な人だったでち。あそこで脱落する事は許容する事ができなかったからゴーヤは隠蔽する事にしたでち」

 

でち公も相当悩んだのだろう、苦悶の表情を浮かべてそう言った。

 

「けどそれは旗艦の気持ちを無視する事になったでち。だからゴーヤは旗艦からは恨まれているでち」

 

それは日本にとって、いいえ艦娘にとっては正しい選択だったのかもしれない。けど結果として1人の艦娘の意志を無視する事になったのならでち公がその人物こら恨まれるのも仕方のない事なのかもしれないわね。

 

「ゴーヤの事を恨んでいる旗艦がゴーヤの退役に反対しないわけがないでち。けどゴーヤが退役したら本当の意味で艦娘を守れる者がいなくなるでち」

 

「旗艦が残るのならそれでいいじゃない」

 

旗艦だって艦娘の事を考えて行動しているに違いないのだからそっちに任せて私にそんな重荷を背負わさないでほしいわ。

 

「今の旗艦が本当の意味で艦娘の事を考えているのか、ゴーヤは自信を持てないでち。だから陽炎、艦娘を、ゴーヤの1番の宝物を守ってほしいでち」

 

いつになく真剣そうなでち公の表情に私は言葉が出なかった。

 

「あ、ゴーヤの1番の宝物は艦娘じゃないでちからそこは間違えないでほしいでち」

 

「艦娘じゃない?それって…」

 

私の言葉はノックもなしに勢いよく開かれた扉の音に遮られた。

 

「あ、お母さんこんな所にいたんですね!探してたんですよ!!」

 

「……お母さん?」

 

ここにいるのは私とでち公だけ。私が子供を産んだ覚えがないと言う事は…

 

「紹介するでち。ゴーヤの1番の宝物、娘の大鯨型潜水母艦一番艦大鯨でち!!」

 

でち公、アンタ子供いたのね。




ゴーヤさんじゅうきゅうさい


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スリランカ

艦これ4話今週ですね。さてどんな展開になるのか……楽しみですね。


かつてはセイロンと呼ばれ紅茶の産地として栄えたこの地は現在ではインド洋における深海棲艦との戦いの最前線だ。セイロンと呼ばれていた頃はイギリス東洋艦隊の基地だったけど今は舞鶴鎮守府を本拠地とする第四艦隊がインド洋防衛の任務についていた。元々第四艦隊は日本海の深海棲艦を駆逐するために作られたけど沖縄諸島、千島列島と言った日本海への入り口の守りが盤石となって以来、最低限の部隊のみを残して必要に応じて重要拠点防衛の任務についていた。現在ではスリランカがそれにあたりヨーロッパと日本を結ぶ交通の要衝であるインド洋を深海棲艦から守るために第四艦隊はスリランカを拠点に部隊を展開していた。

 

「第四艦隊所属、第四水雷戦隊旗艦兼インド洋派遣艦隊旗艦の由良です。本土からの援軍、ありがとうございます」

 

第四艦隊の旗艦ではなく第四水雷戦隊の旗艦が派遣艦隊の旗艦を務めているのには理由がある。第四艦隊旗艦が本土と派遣先との調整を担当しなければならないからだ。通常であれば司令がこれを行う必要があるが(第二艦隊は司令が派遣先や大本営との調整を担当している)第四艦隊は派遣先が海外である事から現地政府、住民との関係を構築する必要があり現地に司令を派遣して旗艦が本土との調整役をしていた。

ちなみ現在の第四艦隊旗艦は重巡洋艦の愛宕だ。私は会った事がないけど噂だとあまりの激務に目が悪くなって眼鏡をかけているらしい。第四艦隊の旗艦にだけはなりたくないわね。

 

「第二水雷戦隊旗艦、陽炎よ。早速だけど状況を教えてくれる?」

 

「ご存じとは思いますが本来、インド洋はほぼ完全に人類の支配下にあります。深海棲艦のインド洋の拠点、ケルゲレン諸島とスリランカの間には島が少なくこの部分を縦深としてインド洋の国々と連携して監視する事により深海棲艦がインド航路を脅かす事を阻止していたからです」

 

インド洋は島の位置がいい。東南アジアは島が密集していて各島の防衛に部隊を割く必要があるけどインド洋はそれがない。もしも東南アジアのように島が密集していればこの数でインド洋を守る事なんて到底できなかっただろう。

 

「それが1ヶ月ほど前、チャゴス諸島への侵攻を皮切りにモルディブ、モーリシャスなどに深海棲艦が艦砲射撃を加えてきました。我々はこれを撃破するために連日艦隊を繰り出し撃退してきました。しかし敵の数が予想以上に多くチャゴス諸島は陥落、モルディブ、モーリシャスも民間人は避難し各国の軍隊による防衛戦を展開しています」

 

「敵の編成は?」

 

「敵の主力は戦艦棲姫一、レ級二を中心とする50隻ほどの艦隊です」

 

「意外と少ないわね、第四艦隊なら倒せない相手ではないでしょう」

 

多少の被害は出るだろうが第四艦隊なら正面からぶつかればまず間違いなく勝てる数だ。ありし日の二水戦なら2個中隊もいれば被害らしい被害などないまま倒す事ができる。

 

「ただそれにプラスして潜水艦がかなりの数いるため慎重な行動が求められ我々は戦艦、空母を動かす事ができずにいます。我々第四水雷戦隊では決定力に欠けますし残りの戦隊も航空巡洋艦が中心ですから戦艦棲姫相手には火力負けします」

 

姫級の戦闘面の強さに目がいくうちは四水戦もまだまだね。姫、鬼級の本当の怖さは指揮能力と作戦立案能力にある。姫級が単に戦闘能力だけの存在であれば二水戦が壊滅することはなかっただろう。奴らの巧みな指揮と作戦が二水戦を壊滅に追いやったのよ。

今回、このインド洋でもそれは遺憾無く発揮されているみたいね。しかも姫級だけでも厄介なのに指揮能力だけなら姫級にも匹敵するレ級がいるとなると私が想像していたよりも困難な任務になるかもしれないわね。

 

「…対潜水艦戦の成果はどうなっているの?」

 

「あまりよくありません。我々第四水雷戦隊が確実に撃破したと判断したのは4隻程度です。その10倍は潜水艦がいるだろうと予想されているのでまだまだインド洋ではソナーが手放せません」

 

「元々インド洋は潜水艦による通商破壊が行われていたわよね。そしてそれは5年前のインド航路の復活と四水戦の船団護衛の結果減少していたはず、なのにどうしてまだそんな数の潜水艦がいるの?」

 

5年前に第四艦隊がインド洋の守りについて以来彼女達はこの海域の安定のために闘い続けていた。嫌がらせと言わんばかりの大量の潜水艦をインド航路復活から3年ほどかけて第四水雷戦隊が駆逐した事によりそれも終わりを告げたと思っていたけどまだ潜水艦が残っていたのね。

 

「最近は私達の船団護衛で元々低かった潜水艦の活動がさらに低下していました。おそらく深海棲艦側が犠牲を嫌って潜水艦を温存した結果これほどの潜水艦がインド洋に出現してのだと思います」

 

皮肉なものね。まじめに船団護衛をしていた事が結果的に敵を強化する事になるなんて。

 

「潜水艦が増えた理由はわかったわ。なら今度はなぜ貴女達が潜水艦相手に後手を引いているのかという疑問が湧いてくるわね」

 

四水戦ほど潜水艦との戦いに精通した部隊はない。私達二水戦も勿論潜水艦との戦いはできるがいかんせん経験の差は大きい。潜水艦の発見から撃破までのプロセスはまず間違いなく四水戦に軍配が上がるだろう。

 

「今までと潜水艦の行動が違っているんです。昔は単艦で魚雷を発射し離脱する一撃離脱式だったんですが現在はいわゆるウルフパックを用いた複数の潜水艦による攻撃をおこなっています。これにより私達が1隻の潜水艦を発見し、それを攻撃しに行こうとすると別方向から複数の魚雷が来て回避せざるを得なくなり結果、潜水艦を取り逃す事につながっています」

 

戦艦棲姫が指揮を取る事でより効率の良い作戦をとるようになったと見るべきかしら。あるいは…

 

「潜水棲姫がいる可能性はないの?」

 

これまでの戦訓から戦艦棲姫は海上の艦艇に対してのみその力を発揮する事がわかっている。つまりウルフパックの利用は戦艦棲姫以外の何者かの影響だと考えるのが妥当だという事だ。

 

「それは私たちも検討しましたけど…」

 

「存在が確認できなかったからいないとでも言うの?」

 

広いインド洋を少し探したくらいで全てを知った気になっているのならそれは彼女達の怠慢と言うべきだろう。

 

「いえ、いたとしても深海棲艦の拠点であるケルゲレン諸島に引きこもっていると考えています」

 

「なるほど、確かにその可能性は高そうね」

 

水雷戦隊が主力の日本における潜水棲姫の評価は著しく低い。多少戦闘経験のある駆逐艦娘なら爆雷を投げ込むだけで倒せるからもしも見つける事ができたらスコアを伸ばすチャンスだなんて面白半分に話されている。実際の所は腐っても姫級、多少戦闘経験があるくらいじゃ倒せない。実力的には戦艦レ級と同じくらいじゃないかしら。もっとも、こんなこと言ってるのは駆逐艦娘に限った話で戦艦や空母だとそうはいかず他の姫級同様恐れられている。

 

「私達が受けた指令はインド洋で暴れる深海棲艦の艦隊を撃破せよというものよ。今の状態だと戦艦棲姫の部隊を撃破すれば私達は手を引かざるを得ないけどその認識で構わないかしら?」

 

厄介ではあるけど現状姫級の潜水艦は発見できていない以上、敵の主力は戦艦棲姫の率いる50隻の艦隊だ。命令の都合上それさえ撃破できれば第四艦隊は通常任務に戻り私達は引き上げる事になる。

 

「構いません。たとえ姫級の潜水艦がいようと所詮は潜水艦、私達の敵ではありません」

 

潜水艦は駆逐艦や軽巡洋艦の敵にはならないとはいえ随分と大言壮語を吐くじゃない。

 

「そう、ならいいわ。私達は戦艦棲姫を倒して本土に帰還する事にするわ」

 

「随分と簡単に言いますけど再建されたばかりの二水戦でそれが可能ですか?」

 

随分と私の実力を低く見ているのね。

 

「戦艦棲姫を倒すというだけで有れば私1人で十分よ。それよりも問題なのはレ級含む50隻の艦隊よ。戦闘能力では負けていないけど艦隊の指揮能力を含めるとなれば戦隊規模の艦隊を指揮したことのない私よりは戦艦棲姫に軍配が上がるわ」

 

結局のところ二水戦が壊滅した原因もそこにある。深海棲艦に指揮能力の高い姫級が艦隊規模に対して少ないと判断して大した作戦を立てる事なく突っ込んだ事で敵の罠にハマった。もしも姫級があんなにもいると知っていればあそこまで一方的な戦いにはならなかっただろう。

 

「それは不味いのではないですか?」

 

「真正面から戦えばの話よ。レ級がいるので有ればその50隻は戦艦棲姫、レ級がそれぞれ部隊に分かれて率いているのでしょう?」

 

大抵の姫級は麾下にレ級がいればレ級にも艦隊を指揮させる。おそらくこの戦艦棲姫もそうだろう。

 

「2隻のレ級がそれぞれ10隻の深海棲艦を率いて戦艦棲姫のサポートをしています」

 

つまり戦艦棲姫の部隊は30隻ほどの艦隊というわけね。二水戦より少ないならやりようはあるか。

 

「なら戦艦棲姫とレ級の部隊、それと潜水艦について詳しい情報をもらえるかしら」

 

「勿論です。後で用意して部屋の方に戦闘詳報等関連資料をまとめて持っていきます」

 

潜水艦は速度が遅い。出現しやすい地域を特定してそこから離れた場所で戦えば潜水艦をあまり気にせず戦える筈だ。

 

「ありがとう。それとあなたの主観で構わないから他に何かインド洋で注意する事とかあれば教えてほしいわ」

 

「深海棲艦ではないですけどスリランカは要衝ですから他国からも少数ですが艦娘が派遣されています。失礼のないようお願いしますね」

 

そう言えばスリランカは元イギリスの植民地だった関係でイギリスの艦娘も数名駐留しているんだったわね。黒潮は問題ないとして他に誰が英語ができるか確認しておかないと。

 

「ありがとう、うちの子達にも注意しておくわ」

 

今の二水戦は血の気が多い子や問題児が多いから注意しないと。夕立とか狭霧、敷波あたりに特に何するかわからないから注意して見ておかないといけないわね。



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初陣

いつかあの海で。この後どんな展開になるんでしょうか。個人的には艦これが戦争をモチーフにしている以上救いのない展開で行ってほしいなと思っていますけど救いがある展開はそれはそれでいいのかなとも思います。


私達がスリランカについてから出撃までの期間はかなり短かった。1日とと立たないうちに敵艦隊発見の報告を受け私達はこれを撃滅するために出撃した。

 

「まさかきて早々に襲撃してくるとはインド洋の深海棲艦はサービス精神が旺盛やな」

 

「インド洋派遣艦隊の哨戒網が優秀と見るべきなのか、それともそれほど高い頻度で深海棲艦が出現していると見るべきなのか。判断に迷うところね」

 

前者なら偵察の手間が省けるし後者ならそれはそれで比較的楽に深海棲艦艦隊の居場所を掴めるから私達にとっては好都合ね。

 

「どっちにしろ哨戒だけは優秀って事やな」

 

いくら黒潮でもここに四水雷戦の艦娘がいれば言わないとは思うけどもう少し言葉を慎んで欲しいわね。

 

「深海棲艦の出現頻度が高いなら哨戒は関係なくないですか?」

 

「雪風、黒潮の皮肉よ。真に受ける必要はないわ」

 

黒潮の毒舌もどうかと思うけど雪風もここまで素直だと逆に心配になるわね。将来詐欺とかに引っ掛からないといいけど…。いや、雪風は総じて運がいいからギリギリで回避しそうな気もするわね。

 

「それと黒潮、できればそう言う言葉は慎みなさい。後輩達が真似して他の艦娘の前でそんな事を言ったらどうするのよ」

 

特に狭霧なんかはただでさえ血の気が多いのだし真似したら面倒な事になるわ。

 

「別にええやん。もしそれで相手の艦娘がブチギレてうちらを追い抜こうとすれば艦娘が1人強くなる言う事や。逆にそれで落ち込んで何もせんならそれはそれで役立たずが1人割り出せたっちゅう事やろ」

 

「……逆上して殴りかかってきたらどうするの?」

 

「そんなもん返り討ちにしてしまいや。ウチとしてはそれが一番好きやな。楽やしなによりストレスの発散になるしな」

 

最近は雪風や狭霧の影に隠れて忘れがちだけど黒潮も大概血の気が多い事を忘れていたわ。

 

「アンタそれが一番の目的じゃない。弱いものいじめなんかで栄光ある二水戦の名を辱めるようなことをしないで欲しいわね」

 

「はいはい。自分かてその立場やなかったらおんなじこと言ったくせによう言うわ」

 

「何か言った?」

 

返答次第ではここで沈めてやろうかしら。

 

「何でもあらへんよ」

 

なんだかんだで長い付き合いの黒潮が私の思惑に気が付かないはずもなくそう言ってあっさりと引いていった。残念。

 

「陽炎教官そろそろ深海棲艦が見つかった地点に到着するっぽい」

 

「ありがとう夕立」

 

黒潮と無駄話をしすぎたわね。まさかもう敵の発見地点の近くにきていたなんて。

 

「全艦、敵との接触が近いわ。警戒を厳にして見つけ次第すぐに報告をしなさい」

 

東南アジアと違って障害物となる島が少ないこのインド洋では奇襲なんてものは成立しない。いや、厳密には航空機と潜水艦による攻撃は奇襲となり得るけど対空能力の高い秋月型もいる事だしさしたる問題にはならない。潜水艦も大型艦があるならともかくこっちは小回りきく駆逐艦、潜水艦に撃沈されるなんて事は有り得ない。もし潜水艦に沈められる二水戦がいたら敵より先に私が撃沈してやるわ。とはいえ指揮艦の務めとして注意喚起くらいはしないといけないわね。

 

「敵潜水艦の出現地域と離れているとは言え存在しないとは言えないわ。潜水艦の存在にも留意しつつ警戒に当たりなさい」

 

それから深海棲艦との接触まではそれほど時間はかからなかった。10分後、左翼にいる不知火が指揮する第二中隊から敵の偵察機を発見したとの報告と同時に一つの砲声と左翼前方の上空で爆炎が上がり戦隊に緊張が走った。

 

「できれば命令があるまでは撃墜しないで欲しいわね」

 

私が指示をする前に不知火の部隊の誰かが主砲で撃墜したみたいね。

偵察機の帰る方向を見れば敵の大体の方角がわかるし奇襲が成功するかもしれないという間違った認識を植え付ける事ができるかもしれないのに、本当血の気が多いわね。

 

「部下というのは上司に似るんでしょうね。口より先に手が出たみたいです」

 

「部下がそうならないように貴女も自重しなさいよ」

 

まったく、みんな血の気が多いから私が頑張って抑えないといけないわね。

 

「上官も手が出るのが早いですからそれは難しいですよ」

 

……?

 

「ああ!一水戦時代の上官の話ね!!安心しなさい、今の上官は私よ。きっと二水戦の指揮艦に相応しい艦娘になれるわ!」

 

なんせ私ほど理性的で冷静な艦娘はそうはいないもの。きっと不知火も私みたいな艦娘になれるわ!

 

「……黒潮、どうにかしてください」

 

「ウチに任せるな。自分で何とかせい」

 

両翼の2人が私を間に挟んで話をしているのに話に加わらないのは疎外感が凄いわね。

 

「陽炎教官、派遣艦隊の哨戒部隊が敵と再接触する事に成功したみたいです」

 

「場所は?」

 

インド洋派遣艦隊との連絡を担当していた狭霧の報告に私は条件反射で尋ねた。

 

「ここからだと十時の方向に約5キロ、およそ16ノットで南下中との事です」

 

人が海面に立った時に見える限界距離はざっと4.6キロと言ったところ。5キロ先にいるのなら相対速度次第ではあるけど比較的すぐに目視できるできるだろう。

 

「全艦、第三戦速。敵の尻を蹴飛ばしに行くわよ!」

 

艦娘も深海棲艦も後方からの攻撃には弱い。この好機を逃すではないだろう。

 

「それと狭霧、派遣艦隊司令部に連絡して航空機による援護を要請して」

 

「了解です」

 

航空援護がなくてもなんとかなるかもしれないけどあるとないでは私達の負担が大きく変わる。これが第二艦隊であれば尚良かったけど派遣艦隊でも最低限の仕事はできるだろう。

 

「二時方向、敵艦隊です!」

 

発見したのは巻雲だった。巻雲の言う方を見れば確かに30隻前後の艦隊が南下しているのが見えた。想定していた位置関係ではなかったけどこれでも十分先手が取れるわね。

 

「艦隊を単縦陣に再編成するわよ。第一中隊を先頭に第三、第二中隊の順で敵艦隊に肉薄雷撃を行い魚雷発射後はそのまま離脱し敵艦隊の状況に応じて再攻撃の指示を出す」

 

後方からの雷撃は比較的避けられにくいとされている。艦娘や人型の深海棲艦は船舶と違って自分の目で見て魚雷の位置を確認しなければならないが基本的に背中には艤装がある。そのため後ろを見るには体ごと振り向く必要があるけどそんな事をすれば船足が遅くなるから基本的にはしない。部隊単位で行動していれば各艦が腰から上を動かして必死で警戒するけどそれでも真後ろの警戒は疎かになることが多い。

今回は真後ろとまではいかなかったけど十分警戒が薄いところから攻撃できたからこの一撃で後方にいた駆逐イ級や軽巡ホ級など6〜10隻を撃沈、その他駆逐艦、軽巡洋艦4〜7隻に手傷を負わせる事に成功した。

 

「敵が単縦陣やったせいで撃破した敵に魚雷が当たって思ったほど被害が出とらんな。どうする陽炎」

 

「敵は私達の艦隊よりも少なくなっている。このまま再攻撃を仕掛けても問題ないでしょう。なによりここで引いても敵の航空機による攻撃の可能性を考慮すればもう一当てしてしまった方がメリットが大きいわ」

 

「それもそうか」

 

「全艦反転!再攻撃するわよ!」

 

右側に舵を切って大きく弧を描きながら反転すると眼前には乱れた陣形を必死に再編しようとする戦艦棲姫とその艦隊の姿があった。

 

「今度は離脱をせず敵を徹底的に叩くわよ。全艦突撃!」

 

「陽炎、八時方向に敵艦隊!数……およそ10隻!」

 

不知火が示した方角を見ればそこには確かに深海棲艦の艦隊がいた。10隻となるとそれはおそらく戦艦レ級の艦隊ね。初めに攻撃した敵艦隊には戦艦棲姫がいたのを確認している。だけど数は30隻前後と少なく多分レ級の艦隊2つを何処かに分離していた。そのうちの一つが指揮艦の危機に駆けつけたというわけだ。となるともう一つのレ級の艦隊も駆けつける可能性を考慮しないといけないわね。

 

「命令を変更するわ。先ほど攻撃した艦隊に主砲と残っている魚雷を斉射し離脱。基地に帰還する」

 

今の二水戦の実力を正確に把握できていれば側面からの敵とも戦う選択肢もあったけど今の状態で無茶は禁物。大人しく引くとしましょう。

 

「では全艦突撃!」

 

結論だけ言うならこの攻撃では敵戦艦棲姫を撃沈できなかった。けど戦艦棲姫の艦隊の6割は撃沈、残りの深海棲艦も戦艦棲姫含め中破ないし大破と打撃を与える事に成功した。欲を言うなら戦艦棲姫を沈めたかったけど戦果としては十分でしょう。

 

「これで司令部は納得してくれるでしょうか」

 

「戦艦棲姫にも手傷を合わせたし艦隊も元の半分強にまで減少し指揮艦の戦艦棲姫も手傷を負った。暫くインド洋での活動は小規模なものになる公算が高いわ」

 

もっとも、司令部がそれで納得するかどうかは別問題だけどそれは帰ってみないとわからない。下手をすれば戦艦棲姫を撃沈しろなんて言われるかもしれないけどその時は多少無茶でもインド洋の深海棲艦の本拠地に攻め込んでインド洋の解放も同時に成し遂げればいいだけの話だ。なんの問題もないわね。

 

「なにより砲弾は余ってるけど肝心の魚雷がない以上戦艦棲姫にとどめを刺す事は難しいのだしこれ以上やる事がないわ。撤退やむなしよ」

 

まさか戦艦相手に駆逐艦の小口径砲で戦うわけにもいかないしね。

 

「自分はちゃっかり魚雷残しとるくせに随分とあっさりしとるな」

 

黒潮の言う通り私は他の子たちと違って魚雷を撃ち尽くさずに一本残している。これさえあれば姿を見せなかったもう一体のレ級の艦隊が来てもある程度では対抗できるからと言うのが大きな理由だけど……

 

「そう言うアンタだって残してるじゃない。なんなら不知火だって残してるし私だけとやかく言われる筋合いはないわ」

 

親潮、雪風も少し残しているしそれ以外にも何人か発射管に魚雷を残している者はいるけど少数だ。

 

「陽炎はウチらと違って最初に突撃したんやからいくらでも敵は選べたやろ。もしもの時のために魚雷残すんもええけどもう少しウチらの事も信用して欲しいわ。どうせ第二、第三中隊は撃破した敵が邪魔で魚雷撃つチャンス少ないから多少余るのは間違いないんやしわざわざ自分が撃つチャンスを消しまで魚雷残さんでもええやろ」

 

黒潮の言う事は正しい。敵の真横からならともかく後方から攻撃したらどうしても撃破した敵が障害物になって魚雷の射線が塞がれるから雷撃チャンスは減る。最初に突撃する第一中隊はともかくその後に続く第二、第三中隊が魚雷を残しているのはそのせいだ。

けどその数は私が想定していたよりも遥かに少ない。たとえ障害物があっても勢いで雷撃した者や障害物に気付かずに雷撃した艦娘がいるからだ。

 

「別に貴女達のことを信用してない訳じゃないわ。私にはもしもの時部下を敵から守る義務がある。だから一本残しておいただけよ」

 

少なくとも今の二水戦は私が期待していたほどの動きはできていない。けどその事実を口に出は事は部隊の士気に関わるからそれは今回の任務が終わった後に鍛え直す事にしよう。

 

「そうか、それならええんや」

 

黒潮にはこの一言で十分だったみたいでそれから黒潮がこの事に言及する事はなかった。



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東洋艦隊

年明けはもしかしたらお休みするかもしれません。


スリランカに帰還した私達を待っていたのは見なれない艦娘からの英語での嘲笑だった。

 

『かの有名な二水戦がどんなものかと思えば損害を与えた敵をみすみす取り逃すなんて存外大した事なかったわね』

 

『世界最強なんていうからどんなものかと思えばこの程度で世界最強を名乗るなんて恥知らずも良いところだわ』

 

イギリス王立海軍がインド洋に派遣している艦隊、東洋艦隊所属の駆逐艦娘JervisとJanusだ。

 

「自分らが不甲斐ないからウチらが出張ってきたっちゅうのに好き勝手言ってくれるわ」

 

流石の黒潮も他国の艦娘と揉める事の不味さはよくわかっているからJervis達には聞こえないような小さな声で毒づいた。

基本的に艦娘は高等教育以上の教育を受けていないものが大多数を占めるけどそんな中で黒潮が英語を話せる事には理由がある。日本の安全が確保されている以上二水戦の派遣先は海外だ。派遣先では軍や政府の高官、現地の艦娘とも会う機会がある。最低限の日常会話くらいはできるように二水戦では語学に限ってはかなり力を入れて教育をしていた。だから黒潮は勿論比較的所属期間の短い親潮、雪風も多少は英語を理解できる。ちなみに不知火も一水戦が比較的暇な事と日本を訪れた他国の軍や政府の高官と会う機会がある事から英語くらいは話せるみたいね。

 

「陽炎教官、言われっぱなしは我慢できません。一発殴ってきてもよろしいでしょうか」

 

そう言ったのは額に青筋を浮かべた狭霧だ。後ろには獰猛な笑みを浮かべた夕立を引き連れている。

実のところ日本の艦娘は日本語以外にもう一カ国語くらいなら話せるという艦娘はそんなに珍しい存在ではない。二水戦は必要に応じて派遣されるけどそれ以外の艦娘は他国に駐屯している艦娘が多く自然と現地の言葉を理解する事になるからだ。具体的な数はわからないけど私の体感だと現地部隊の艦娘の4、5人に1人は現地の言葉に堪能な艦娘がいるイメージがある。

 

「ほっておきなさい。あの程度の艦娘を一発殴ったところでスコアが増えるわけでもないんだし、もし仮に増やす事ができてもイ級1隻分が関の山。それならイ級2隻を沈める方が断然良いじゃない」

 

狭霧が自重なんて言葉を知っているはずもなくJervis達にも聞こえるような大きな声でそう言った。下手に狭霧達を宥めてJervis達を増長させるわけにもいかないし狭霧達の感情を抑えるためにも仕方なく私は狭霧のようにJervis達にも聞こえるような声で言った。

 

「私達がイ級に劣るとでもいうのかしら?」

 

予想通りではあったけど日本語わかるんじゃないの。

 

「あら、これは失礼したわ。日本語が話せないと思っていたのよ、ごめんなさいね」

 

「日本語が分からない相手なら何を言っても良いと思っているあたり浅ましいわね」

 

なんというか、イギリス艦娘らしくなく随分とストレートな物言いをしてくるわね。いや、別にイギリス艦娘全員が迂遠な表現を使った悪口を言ってくるわけではないのだけど。

 

「人聞きの悪い事を言わないでほしいわね。日本語が分からない相手なら部下を宥めるのに多少失礼な事を言っても問題ないと思っていただけよ。それともなに、貴女達は私達が英語をわからないと思っていたから二水戦を侮るような事を言ったのかしら」

 

「そ、そんなわけないじゃない!」

 

「そ、そうよ!」

 

ほんと、分かりやすいわね。駆逐艦は外見から年齢が分かりにくいけどこの子達もしかして艦娘になりたてなのかしら。それなら12歳くらいって事になるけど…。

 

「そんなにも日本語が上手いのにどうして英語で話していたの?」

 

いくら若かろうと関係ないけどね。この際二水戦を愚弄した罪はきっちりと償ってもらうわ。

 

「えっと…それは…」

 

「あ、わかったわ!何十年も前にスリランカがイギリス領だったからこの基地もイギリスのものだと勘違いしちゃったのね!!日本軍がスリランカから借りているのにイギリスから借りているって勘違いするなんてうっかりしてるわね」

 

助け舟を出してあげたのに2人は何故か女の子がしてはいけないような形相で睨みつけてきたわ。どうしてかしら。

 

「誰にでも間違いはあるわ。なんせ私達はスリランカがイギリス領だった頃に使われていた軍艦の名前を受け継ぐ者、その当時の記憶があっても不思議ではないわ」

 

実際、私を含め幾人かの艦娘が艦娘となった時から身に覚えのない記憶を宿したという報告をしている。これも艦娘になるための手術の副作用と言われている。

艦娘になる方法は俗に手術と称されているけどそれは言葉としては正しくない。というのも艦娘になる方法は至極簡単で注射を一本刺すだけで艦娘になる事ができるからだ。まぁ、この注射が曲者なのだけど…。

 

「…艦齢が古いだけあってボケがはじまっているのかしら。私達艦娘には名前の元となった軍艦の記憶なんて宿っちゃいないわよ」

 

「あら、貴女知らないの?日本の連合艦隊旗艦を含め最初期の艦娘には身に覚えの無いない、それこそ元となった軍艦の記憶らしきものを宿した艦娘が多くいたそうよ。それは貴女達イギリス艦娘、その最初の艦娘である戦艦ウォースパイトも例外ではなかったそうよ」

 

不思議な事にこの事象は年々数を減らしているらしい。というのも私がこの事を報告した時報告を聞いた医官は大層驚いて連合艦隊司令部、及び大本営に慌てて連絡を入れた後すぐに精密検査を受ける事になった。その時聞いた話では初期艦達と同じ方法だとほぼ100%の確率で現れていたものが新しい方法だと数万から数十万人に1人の割合に落ちたと言われている。この辺は機密情報になるから私は詳しい割合を知らないけど医官が慌てるくらいには少なくなっているのだろう。

 

「そ、そうなの?」

 

「そうよ。だから馬鹿にするのはやめなさい」

 

「そんなわけないでしょJervis。性悪二水戦の嘘に決まってるわ」

 

性悪とは心外な。二水戦ほど素直でいい性格をした艦娘が集まった部隊はないというのに。

 

「陽炎、遊んでないでいい加減司令部に報告に行った方がいいんじゃないですか。由良や第四艦隊司令官達が首を長くして報告を待っていると思いますよ」

 

不知火に促されて私は思いの外話し込んでいたことか気づいた。

 

「それもそうね。私と黒潮で司令部に報告に行くから不知火は後の事を頼むわね」

 

まったく、コイツらのせいで余計な時間をとったわ。

 

「了解しました」

 

不知火の返事を聞いてその場を立ち去ろうとするとJanusが口を開いた。

 

「逃げるの?」

 

「貴女達と違って旗艦は暇じゃないの」

 

「口ではなんとでも言えるわね」

 

私達を挑発して喧嘩になったところで実力差は明らかだ。結果の分かりきっていることに付き合う必要はない。

 

「なんとでも言いなさい」

 

「そんなんだから二水戦は深海棲艦に負けて滅び去ったのよ」

 

少しおいたがすぎるわね。私達に対する罵声なら許容できるけど先達への罵声は許し難い。

 

「なぜ二水戦が華と呼ばれるか知っている?」

 

「何よいきなり」

 

唐突に話がかわりJanusは訝しげに聞き返して来た。

 

「その昔、貴女みたいに生意気にも二水戦に突っかかってきた艦娘がいたのだけどどうなったと思う?」

 

「し、知らないわよ!」

 

私が出す異様な雰囲気に気付いたのかJanusは少し後退りした。

 

「海に真っ赤な大輪の華を咲かしたそうよ。故に華の二水戦。貴女もそうなりたいの?」

 

まぁ、半分以上嘘だけどね。二水戦に突っ掛かってくる艦娘はいつの時代もいるけどそれを殺した事は私が知る限り一度もない。だけど海に血の華を咲かせた事はある。言わずと知れた一水戦が起こした反乱で二水戦は数々の一水戦を海に沈め血の華を咲かした。だからと言ってそれが原因で華の二水戦と呼ばれたわけでもないしなんなんならそれよりも前から華の二水戦と呼ばれているからまったくの無関係だ。

 

「ま、まさか私もそうするって言うんじゃないでしょうね?」

 

「どう思う?」

 

こう言う時は明言を避けることが肝要よ。勝手に最悪の想像をして勝手に怖がってくれる。

 

「味方殺しは重罪よ!」

 

Jervisが言う事は正論だけど問題はない。なぜなら

 

「ここは日本軍の基地よ。いくらでも誤魔化せるわ」

 

周りは私の味方ばかり、なんの問題もないわ。

私が一歩踏み出すとJervis、Janusは一歩後ろに下がった。それを二、三歩と続ければ簡単に廊下の壁に追い詰めることができた。

 

「さて、それ以上後ろには下がれないみたいだけどどうするの?」

 

足下に水溜りを作る2人に尋ねたけど恐怖のあまり口を聞くことができないようだった。

 

「待ってくれ!」

 

その声と同時に一際大きな人物が私とJervisたちの間に割って入った。

 

「余の部下が貴殿らに対して如何に無礼な振る舞いをしたかはSheffieldから聞いた。それは上官である余の責任だ。どうか余に免じて許してはくれまいか」

 

そう言って頭を下げたのは東洋艦隊旗艦、Nelsonだ。

 

「……最強の戦艦とまで言われる貴女に頭を下げられては許さないわけには行かないじゃない」

 

日本と違い戦艦の攻撃力を重視しているイギリスにおいて最強と言われるのがこのNelsonだ。そしてそれは世界的に見ても最も戦艦に力を入れている国がイギリスである事からイギリス最強は世界最強と言っても差し支えはない。もっとも、Nelsonは艦齢が高く引退が近いこともありその実力は全盛期よりも落ちているだろうがそれでも高い実力を持っている事は疑い用がない。未だにNelsonに次ぐと目される艦娘が現れていない事が良い証左だ。

 

「ありがとう。だが一つ訂正させてくれ」

 

「何かしら」

 

「引退も間近だし力も衰えている余はもはや最強と呼ばれるに値しない。現役駆逐艦娘で最強と言われる二水戦の旗艦がそう畏まる必要はない」

 

謙遜がすぎるわね。

 

「私はまだまだ若輩者よ。そう言うわけにも行かないわ」

 

私は謙遜ではなく本気でそう思っている。未だに実力では連合艦隊旗艦に敵うとは思えないし不知火だって私と同等の実力を持っている。それなのに最強なんて滑稽じゃない。

 

「陽炎、そろそろ行かないよいよ怒られるで」

 

Nelsonが口を開くよりも先に黒潮が先を急ぐよう促した。

 

「それもそうね」

 

予想以上に時間を食ったわ。早く報告に行かないと。

 

「Nelson、時間が押しているから失礼するわ」

 

「無駄な時間を取らしてすまなかった。コイツらは余が責任を持って再教育しておく」

 

Nelsonの言葉にJervis達は震え上がっているけど自業自得ね。

 

「期待しているわ」

 

それにしてもNelsonが来てくれて助かったわ。もしあのままJervis達が謝罪の言葉を口にしなかったらそれ相応の対応をしないといけないけどそれは私の本意ではない。だから一言謝罪して欲しかったのだけどあの様子だと口をきけそうになかったから落とし所が難しい。本当にNelsonには感謝してもしきれないわね。




艦これ二期、どうオチをつける気なんでしょうか。


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殲滅セヨ

あけましておめでとうございます。


大本営から由良と第四艦隊司令官を通して通達された指示は私の足を重くするのに十分な内容だった。今回の戦闘で私達二水戦は敵深海棲艦隊、その本隊に大きな打撃を与え、暫くの間敵は今までのような行動はしないだろうと予想されそれは第四艦隊司令部も同意見だった。いくらレ級の艦隊2つが無傷とはいえ深海棲艦艦隊の総数は30隻ほど。潜水艦を入れれば数は50を超えるだろうが四水戦がいるなら問題ないだろう。対潜水艦戦なら世界でも三本の指に入る実力があるし時期ウルフパックにの対抗策も作り出すだろう。問題は……

 

「で、どうするんや陽炎」

 

「どうするもこうするも命令である以上は戦艦棲姫は撃沈しなければならないわ」

 

「それは敵の本拠地、ケルゲレン諸島を落とすちゅうことになるけどやれるんか?」

 

「不可能に決まってるじゃない」

 

いくらなんでも二水戦と第四艦隊、それと東洋艦隊だけでは数が少なすぎるだろう。敵の本拠地となれば防衛用の艦隊がいる事は間違いないしインド洋で航続距離の関係でほとんど確認されていないPT小鬼なんかは多分かなり温存されているだろうから一体どれほどの数がいるか想像もつかない。

 

「ならどうするんや」

 

「黒潮も戦艦棲姫がどれくらいの被害を受けたか見たでしょう。おそらく戦艦棲姫はケルゲレン諸島ではなくより近いチャゴス諸島に帰っているはずよ」

 

一度目の攻撃は敵が多かったから無理だったけど二度目の攻撃で私は戦艦棲姫のみを狙って攻撃した。黒潮、不知火も同じように戦艦棲姫を狙って雷撃をしていたからいくら戦艦棲姫とはいえその被害は計り知れない。

 

「前線基地に戻っての応急修理か。あり得る話やな」

 

「第四艦隊の偵察結果次第だけどね。第四艦隊の当面の戦略目標であるチャゴス諸島にいるなら奪還作戦に参加する形で戦艦棲姫を撃破すればいいだけだしね」

 

「問題は第四艦隊がそれを許すかやな。ただでさえ戦艦棲姫の件でウチらに頼ってるのにこれ以上協力したら第四艦隊のメンツに関わるで」

 

「そんなもの深海棲艦を倒すことに比べたら些細な事、って言えたら簡単なんだけどね」

 

実際はそうはいかない。第四艦隊、というより日本軍が太平洋とインド洋の安全を守るために現地住民からの駐屯する部隊への信用というものはなによりも重要だ。それがこの一番重要な時期に私達二水戦が出しゃばって第四艦隊の信用が低下したりすれば後々大きな問題に発展しかねない。

 

「戦艦棲姫のみを叩いて後は第四艦隊に任せることになるだろうけど……」

 

「それはそれで面倒やな。いっそウチらは予備戦力として待機して攻略自体は第四艦隊に任せるんはどうや?」

 

「それができるのなら一番なんだけどね……」

 

「なんか問題でもあるんか?」

 

「新人連中は納得しないでしょうね。なんなら雪風もよ」

 

狭霧を筆頭に血の気の荒い連中が集まっているし二水戦の名誉挽回に燃える雪風も戦う機会を奪われる事に納得をしないだろう。

 

「あー、それは確かにそうやな。部隊の士気と陽炎に対する信用に関わってくるからできれば戦っときたいな」

 

二水戦最初の任務で部下から悪い印象を持たれたら今後もその印象を元に物事を判断されてしまうだろう。だからこのインド洋での任務は確実に成功させなければならない。

 

「けど第四艦隊の連中の顔も立たなあかんから難しい話やな」

 

「それに関してはなんとかならなくもないわ」

 

「なんやええ案あるんか?」

 

「簡単よ、レ級の艦隊と戦いながら戦線をチャゴス諸島近海に近付けてなし崩し的にチャゴス諸島の戦艦棲姫を攻撃するのよ」

 

これには敵前線基地に出来るだけ近い場所で開戦しなければならないという制約があるけど今の状態では積極的に攻勢に出てくるとは思えないし問題ないと思う。

 

「けどそれやとあからさますぎてバレるんちゃう?」

 

「部下の一部が暴発して追撃を仕掛けたのを無能な指揮官が止められなかった、と言うシナリオはどうかしら」

 

「それやと陽炎の指揮能力が疑われるで」

 

「チャゴス諸島を攻略してしまえば過程なんて些細なものよ」

 

一部の艦娘からは侮られるかもしれないけど結果を出せさえすれば大多数は納得する事よ。

 

「仮にその通りやとしてや、誰が暴発する部下をやるんや」

 

「この話を聞いた時点で貴女は共犯者でしょ。もちろん不知火にも話は通すけど一番初めに計画を聞いた以上は重要な役割を担ってもらうわよ」

 

ここまで聞いて知らなかったフリはさせないわよ。

 

「えー、自分がそんな無能な立ち回りするんは嫌やわぁ」

 

「ならそんな無能な部下を持った私はどうなるのかしら」

 

「より無能な上司として世間の噂になるんとちゃう。そんな事よりこの作戦やと第四艦隊の顔を立てるって言う当初の目的が達成できてへんやん」

 

「最初から作戦に私達の参戦が組み込まれているよりはマシでしょう」

 

「そうかもしれへんけど…」

 

「なによ、他に何か問題があるの?」

 

「そもそもの話ウチらだけでチャゴス諸島を攻略できるんか?」

 

「敵はチャゴス諸島を手に入れて日が浅いから要塞化できているとは思えないからできるんじゃないかしら」

 

深海棲艦に完全制圧された場所は泊地棲姫などの陸上型の深海棲艦が配置され管制下に置かれる。チャゴス諸島に姫級がいると言う報告は第四艦隊の報告書にはなかったからその防備は貧弱だと見るべきだろう。

 

「それにもし無理そうなら戦艦棲姫をチャゴス諸島から引き摺り出して撃沈すればそれで作戦は終了、スリランカに撤退すればいいのよ」

 

「それでええんか?」

 

「問題ないわ。戦略目標は達成しているのだからどこからも文句は出ないわよ」

 

もし文句が出たら司令に頼んで潰して貰えばいいだけだ。

 

「まぁ、それならええけど…」

 

「って事で手伝ってくれるわよね」

 

「しゃあないなぁ、貸一やで」

 

「それなら私が二水戦の指揮艦になった事とと相殺しなさいよ」

 

ある意味で今この状況を作り出したのは黒潮と言えるのだからそれくらいしてくれてもバチは当たらないだろう。

 

「姉ならそれくらいでケチケチせんといてや」

 

「前も言ったけどあんたの方が歳は上なのよ」

 

「艦娘としてはそっちが姉やからな」

 

黒潮の言葉に思わず私はため息を吐いた。

 

「あのね、あんたも知っての通り私達の姉妹っていうのは」

 

「ウチらに打ち込まれた艦娘になるためのウィルスの発見順やろ。知っとるよそのくらい」

 

JDDKG-1、通称陽炎と呼ばれるウィルスを打ち込むことにより私は艦娘陽炎としての力を得た。黒潮の場合はJDDKG-3と呼ばれるウィルスでJは発見他、DDは艦種、KGはウィルスの名称を表し数字は亜種を表す。私の場合は一番初めに発見されたKGウィルスだから1、黒潮は3番目に発見されたから3の番号を割り振られている。

 

「この怪しい注射の中身をウィルスの定義に当てはめていいのかどうか甚だ疑問ではあるけどね」

 

「色々黒い噂があるんは事実やけどこれに頼らなウチらが戦えんのもまた事実やろ。なにより歳取ればウィルスに対して抗体がができてくるからその頃に専用の抗ウィルス剤打てば完全にウィルスを除去することが可能や。ウィルスって定義でええんとちゃうか」

 

「そうかもしれないわね」

 

だけど艦娘が世に出るよりも前、この自称ウィルスを使った実験で死人が出ていたのは紛れもない事実だ。未だに何か人体に悪影響があっても不思議ではない。

 

「今更やけどこんな事廊下のど真ん中で話す事ちゃうかったな」

 

「それはどっちの話?」

 

チャゴス諸島奪還の話は二水戦以外に聞かれると不味いのに対してウィルスの話は艦娘以外に聞かれるとあまり良くない。この件は箝口令が敷かれているから聞かれると色々と揉み消しとかが必要になるかもしれない。まぁ、一般にも都市伝説くらいのノリでウィルスの話は広まっているんだけどね。

 

「チャゴス諸島奪還の話に決まっとるやろ。一応ここは艦娘以外入れんエリアなんやしウィルスの話は問題ないやろ」

 

「それもそうね」

 

一応ここは艦娘用の宿舎だから艦娘以外だと司令くらいしか入れない規則だから聞かれても特に問題はないわね。

 

「で、もし聞かれとったらどうするつもりなんや。最悪出撃事態を禁止されかねんで」

 

「そんなの無視して出撃すればいいのよ。なんの問題もないわよ」

 

「また物騒な話を……反乱軍扱いされんのはごめんやで」

 

黒潮は何か勘違いしているみたいね。

 

「あら、二水戦はあくまでも第二艦隊の所属よ。第四艦隊から出撃を停止されたからと言って従う義理はないわ」

 

「いやいやいや、理屈はそうやけど原則派遣先の指示には従うよう言われとるやん。冗談やんな?」

 

黒潮の質問に私は笑顔を作ることで答えると何故か黒潮は顔を青くした。

 

「ちょ、マジでやめてくれや」

 

「私は何も言ってないじゃない」

 

「その笑顔で全部わかるわ」

 

察しがいいのも考えものね。

 

「そ、ならもしもの時はちゃんと協力してよね。アンタは私にデカい貸しがあるんだから」

 

「しゃあないな、あんまりやり過ぎんといてや」

 

「善処するわ」

 

私の返答に黒潮は諦めたようにため息を吐いた。



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タカハトコウモリ

ハーメルン艦これの新作結構増えた気がしますね。アニメ効果でしょうか。


「みんな朗報よ。チャゴス諸島に戦艦棲姫とその艦隊がいる事が確認されたわ。それに伴って第四艦隊及び東洋艦隊はチャゴス諸島奪還作戦の発令するとともにその前衛を私達二水戦に任せることを決定したわ」

 

戦艦棲姫の艦隊と交戦した翌日、皆がお昼ご飯を食べている前で発表してやると大きく分けて二つの反応が返ってきた。一つは好意的な反応、もう一つが否定的な反応だ。前者は雪風、狭霧、夕立など二水戦でも武闘派の連中で後者は親潮、敷波、巻雲など比較的穏健派と言える艦娘達だ。例外として黒潮と不知火が呆れたような視線を向けてきているけどそれは無視する。

 

「嬉しくなさそうね親潮」

 

「そんな事は……」

 

「別に責めているわけじゃないから何か言いたい事があるなら言いなさい」

 

私の言葉に親潮は少し躊躇う様子を見せた後口を開いた。

 

「この戦いに二水戦が参加する意義が見出せません。敵は潜水艦艦隊を合わせればかなりの数になりますが四水戦の前に潜水艦は無力、実際は水上艦艇2、30隻が主力となるでしょう。もし仮にPTの群れがいたとしても水上艦艇の総数が第四艦隊と東洋艦隊を超える事はないでしょうから第四艦隊と東洋艦隊で十分対応が可能だと思います」

 

親潮の意見は理屈の上では正しい。けどそれが必ずしも正解とは限らないのが人という生き物だ。現に武闘派連中は不愉快そうな表情を浮かべて親潮の方を見ている。対して敷波みたいな穏健派は親潮の近くでその通りだと言わんばかりに頷いている。

 

「元々戦艦棲姫を撃破する事が任務だったのだから私達が加わるのは当然の事じゃないかしら?」

 

「それはそうですけど戦艦棲姫含む艦隊には大きな打撃を与えました。深海棲艦のインド洋での行動を制限すると言う意味では目的は達したとみていいのではないですか?」

 

ああ、あの可愛い雪風が言葉では言い表せないような顔をしているわね。

 

「戦略目標は達したわ。けど親潮も知っての通り上層部は私達が戦艦棲姫を撃破することを望んでいるのよ」

 

「第四艦隊はそれを望んでいませんよね。なら私達は後方に予備戦力として控えて作戦には参加したと言う名を取るべきではないですか?」

 

……そろそろ親潮を黙らせないとこの後が怖いわね。

 

「たしかに二水戦が参加した作戦で戦艦棲姫を撃破した、これで十分ではあるわ。けどあちらが望んでいるいないは置いといて二水戦が参加する事で第四艦隊の被害を減らす事ができる事も評価すべきよ」

 

「それはそうですけど…」

 

「何より昨日の戦いでは不完全燃焼な子が大半なのよ、戦う理由はそれだけで十分じゃないかしら?」

 

この言葉でようやく親潮は雪風達の事に気付いたみたいで表情を硬らせた。

 

「そ、そうですね」

 

これで穏健派の筆頭たる親潮の同意は得られたし二水戦の意見はまとまったとみていいだろう。

いや、敷波や巻雲を筆頭に何人かまだ不満そうな顔をしてるわね。当然か、トップが納得したからその下の個人までもが同じ意見になると考えるのは流石に軽率だったわね。

 

「巻雲は何か意見があるかしら?」

 

私が問いかけると巻雲は分かりやすく肩を震わせた。

 

「別に出撃する事そのものに異論はないですけどできれば1週間くらい休憩する時間が欲しいなぁなんて思うんですけど…」

 

「安心なさい。方針を決めて準備もせずにそれを実行に移すほど第四艦隊司令部は無能じゃないわ」

 

創設されて10数年の歴史は無駄に積み重ねてきたものじゃない。

 

「きっかり一週間後、作戦が発令されるわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

「どうしたの親潮」

 

納得したと思っていたのにまだ何か言いたい事があるみたいね。

 

「一週間ってそんな短期間で作戦計画や補給計画が立てられるわけがありません。仮に立てられたとしても実務面で間違いなく不具合が出るに決まってます!!」

 

たしかに第四艦隊と二水戦、それと東洋艦隊を合わせるとざっと150隻ほどの艦娘が集まる事になる。その数の艦娘で作戦を行おうとすれば1ヶ月近い準備期間がいるだろう。

 

「元々第四艦隊は私達が戦艦棲姫を叩いた3日後にチャゴス諸島を奪還するための作戦を始動する予定だったわ。だから事前準備は万全、後は私達二水戦の物資を用意すればそれでよかったのよ」

 

第二艦隊司令部や連合艦隊司令部、大本営が了承するかはともかく第四艦隊司令部だつてあわよくば二水戦を予備兵力として後方に待機させておくくらい考えていても不思議ではない。実際は補給計画に変更なんて殆どなかったんじゃないだろうか。

 

「ですがそんな行き当たりばったりで大丈夫でしょうか」

 

「偵察によると深海棲艦はレ級2隻を中心に20隻から30隻くらいの艦隊が島の周囲を固めていて私達が戦った戦艦棲姫は見当たらずおそらく島内で身を休めていると考えられるわ」

 

おそらく私達が戦った戦艦棲姫の部隊の生き残りもいるだろうけど数は多くないだろうから大した問題にはならないだろう。

 

「第四艦隊と東洋艦隊が合わせて約100隻、それに二水戦が加われば130隻を超えてくるわ。敵の四倍もいながら負けるなんて事があり得ると思う?」

 

「けどもしあの時みたいに島に大量の深海棲艦を隠していたら……」

 

「東南アジアと違ってインド洋では人類側の力が強いからあそこまで大規模な艦隊を用意できるほどの力は深海棲艦にはないわ」

 

なおも不満気な様子の親潮に私はダメ押しの一手を放った。

 

「何より第八艦隊と違って第四艦隊は優秀よ。偵察のミスなんてそうそう起こり得ないわ」

 

信用できる味方というものは何よりも得難いものだ。そして第四艦隊は信用できるだけの実績も実力もある。ならその偵察結果を信じないでどうするのよ。

 

「それはそうですけど……」

 

「親潮教官、もう決まった事に文句を言っても始まらないっぽい」

 

ついに武闘派連中が我慢できなくなったみたいね。

 

「陽炎教官が通達したという事は第四艦隊司令部だけでなく第二艦隊や連合艦隊司令部、大本営も了承済みという事です。今更ここで反対したところで結果は変わらないんじゃないでしょうか」

 

「それはそうですけど…」

 

夕立に続いて狭霧までもが参戦してきた事で流石の親潮も勢いを無くしたわね。

 

「夕立と狭霧の言う通りですよ。何より私達がその程度の理由で作戦参加を躊躇するなんて二水戦の名折れだよ」

 

感情的には敷波の意見には大いに賛成したいところではあるけど指揮艦としてはその意見に賛成はできないわね。

……………………うん?

 

「敷波、あんたさっきまで親潮の横で出撃に反対してなかった?」

 

いつの間に親潮の隣から夕立の隣に移動してさも武闘派の様に振る舞っているけどさっきまで親潮の隣にいたの知ってるんだからね。

 

「たしかに隣に立ってましたけど別に出撃に反対はしてないですよ?」

 

敷波の言葉に私だけでなく親潮や夕立達も不審げな表情を浮かべて敷波を見た。

 

「ただ親潮教官の意見があまりにも真っ当な意見だったから頷いていただけで私は別に反対なんて一言も言ってませんよ」

 

いや、まあ確かにそうなんだけどなんか釈然としないわね。

私の気持ちは他のみんなも一緒だったみたいで敷波には厳しい視線が向けられている。

 

「私は夕立達と同じで一貫して出撃に賛成の立場ですよ」

 

敷波の言葉に夕立達が一緒にしないでほしいと言わんばかりに一歩引いたけどそれに気が付かずに敷波はさらに続ける。

 

「何より私たち二水戦が作戦参加の機会を与えられておきながらそれを蹴るなんて事をできるはずないじゃないですか」

 

言っている事には同意するけどなーんか薄っぺらいのよね。

 

「狭霧もそう思うよね」

 

「え゛!?」

 

まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう狭霧は目を白黒させるとスッと視線を逸らした。

 

「えっと……まぁ、そうですね」

 

自分の思っていた反応と違ったのだろう今度は夕立に向かって同じ事を尋ねた。

 

「一緒にしないでほしいっぽい」

 

狭霧が言葉を濁したのに対して夕立は随分とストレートに言ったわね。いや、気持ちはわからないでもないけど仮にも教導隊でルームメイトだったのだからもう少しオブラートに包んだらよかったのに。

 

「雪風教官もこんな絶好の機会を逃すのは二水戦の名折れだとは思いませんか!?」

 

その辺で止めとけばいいのによりによって雪風に聞くなんて自殺行為じゃないかしら。現に剣呑とした表情をしているしいい気分でないのは間違いない。

 

「敷波、あなたの意見はよくわかったわ」

 

これ以上敷波にボロを出させるのも可哀想だし助け舟を出す事にしましょう。

 

「けどあからさまに意見を変えるのは感心しないわね。策士を気取るのもいいけど敷波は自分が思っている以上に感情が表に出やすいからまずはそれを直さないと悪戯に仲間からの信用を失う事になるわよ」

 

自分が顔に出やすい自覚がなかったのだろう驚いた表情を見せた。

 

「それと二水戦内で意見の対立があったからと言って和を乱すような事は私が許さないから安心して自分の意見を言えばいいわよ。それで敷波の不利益になるような事なんてないから」

 

「わかりました」

 

「さて、改めて聞くけど敷波は今回の出撃に賛成が反対かどっちなの?」

 

改めて敷波に聞くと嫌そうな表情を浮かべた。それはそうよね、今散々にこきおろした反対派の意見を言うことのなるんだし気まずいわよね。

 

「反対です。第一の理由は親潮教官の言うように第四艦隊と東洋艦隊がいればチャゴス諸島の奪還は容易な事、第二に二水戦が戦果も被害も一番大きそうな前衛を務める必要がないからです」

 

「さっきも言ったけど不完全燃焼な子が多いのよ。それだけで戦う理由としては十分じゃないかしら」

 

「それには同意します。けど三つ目の理由、敵潜水艦の所在が分からない事が尚更する気を無くすんですよ」

 

敵潜水艦の所在、確かにそれは気になるところではある。いくら駆逐艦でも敵の残存潜水艦艦隊に戦闘中横槍を入れられたら雷撃が命中する可能性は高い。できれば所在を明らかにしたいところではある。

 

「第四艦隊が潜水艦の情報を集めて所在を確認しているところよ。仮に敵潜水艦がチャゴス諸島周辺に多いようなら四水戦が責任を持って対応する事になるわ。対潜水艦戦のエキスパートがチャゴス諸島周辺の潜水艦の駆逐を任せろと言っているんだから信じましょう」

 

まだ少し不満そうな顔をしていたけど納得はしたようで頷くと一歩下がった。

 

「さて、じゃあもう意見はなさそうだし一週間後の作戦まで各員好きに過ごしなさい」



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愛煙家

今週金曜日ですね。長かった。


陽炎教官達二水戦首脳部が立ち去ると食堂内は活気を取り戻しました。

 

「いや〜失敗失敗。まさか私の完璧な作戦が見破られるなんて思わなかったよ」

 

カラカラと何も懲りてなさそうな様子で敷波が言いました。陽炎教官から灸を据えられて多少は大人しくなるかと思ったのですが…

 

「誰でもみればわかるっぽい」

 

「そうですね。あまりに露骨、浅はかすぎてドン引きします」

 

「巻雲もああいうのは良くないと思います」

 

私達3人に次々と責められて流石の敷波も表情が曇りました。

 

「そんなに責めなくてもいいじゃんか」

 

「裏切り者の敷波にかける情けはないですよ〜」

 

巻雲からすれば途中まで隣にいたのにいつのまにか私の横に移動していて相当驚いたでしょうね。いつの間に移動したのかまるで忍者みたいでした。

 

「コロコロ自分の立場を変えるのは艦娘らしくないっぽい」

 

「艦娘らしくないってなんだよ」

 

「艦娘らしくないは言い過ぎですけど駆逐艦娘らしくはないですね。ああ言うのは寧ろ空母や戦艦のやる事です」

 

最前線で堂々と戦う駆逐艦があんな小細工をするのはあまりにも情けない。

 

「雪風教官の顔を見たらあんな風に意見を変えたくもなるよ」

 

「巻雲は意見を変えませんでしたけどね〜」

 

巻雲らしくない含みのある言い方ですね。もしかして怒っているのでしょうか。

 

「……巻雲実は怒ってたりする?」

 

「別にそんな事ないですよぉ。実力的には巻雲よりもよっぽど二水戦に相応しいのに精神的には巻雲の方が二水戦らしいなんて全然思ってないですよ〜」

 

うわぁ、絶対怒ってるじゃないですか。

 

「悪かったよ。もうこんな事ないからそんなに怒らないでよ」

 

降参と言わんばかりに両手を上げる敷波に巻雲は疑うような視線を向けた後言いました。

 

「次こんな事したら舌を引っこ抜いてあげます」

 

「やだなぁ。もうしないよ」

 

意志が強い、頑固、言い方は色々有りますけど吐いた唾を飲み込まないのが巻雲です。やると言えば必ずやる。単純な実力で敷波には敵わなくとも寝込みを襲うなりなんなりして必ず敷波の舌を奪うでしょう。敷波もそれがわかっているから表情が強張っています。

 

「しないでくださいね」

 

もう一度巻雲が念を押すと敷波が凄い勢いで首を縦に降りました。

当然ですね。なんせ私達の中で怒らすと一番怖いのが巻雲ですから。

 

「巻雲にこれだけ念を押されたら敷波は二度と同じ事をできないっぽい」

 

「巻雲はそんなに怖くありませんよぅ」

 

訓練学校は横須賀、佐世保、桂島、大湊の5つがありそれぞれ開始時期は違いますけど6ヶ月の訓練を受けた後正式に艦娘として軍に任官します。私達4人はそれぞれ事情は違いますけど皆12歳になってすぐに志願して艦娘になりました。誕生日の関係で訓練学校は別ですが学年は同じ、同期の間柄です。

凡そ四万隻いる現役駆逐艦娘のうち実戦に耐えうるのは四千隻弱、駆逐艦全体の1割弱となります。同世代の艦娘となれば更に数は絞られ色々な噂を聞くようになります。例えば夕立は歳の割に指揮能力も夕立自身の実力も高く同世代でトップクラスの実力だと言われています。敷波は実力もさることながら搦手を得意としていて模擬戦をしたくない相手として有名でした。教導隊に入る前に一度模擬戦をする機会がありましたが正直二度としたくないです。

では巻雲はどうかと言うと実力面では私達の中ではワンランク下がります。しかし時折見せる苛烈な性格と容赦のなさが彼女を有名にしていました。

 

「味方殺しの巻雲がよく言うよ」

 

「敷波は何か言いましたか?巻雲よく聞こえなかったからもう一度行ってほしいです」

 

「イヤイヤイヤ!なんでもない!!」

 

厳密には殺したのではなく退役に追い込んだり後送させたってだけですけどその数が尋常ではありません。艦娘の中でも一際血の気の多い駆逐艦はある程度の実力があれば喧嘩で1人や2人、後送させる事はざらにあります。私もやんちゃしすぎて2人ほど本土の病院に後送させた事がありますけど巻雲は私の比ではありません。噂では四肢の欠損で退役したのが2人、それ以外の怪我で後送させられたのが10人以上と尋常な数ではありません。それでも巻雲が処分されないのは基本的には彼女が被害者である事と証拠が無いことにあります。

 

「リンガ泊地でセクハラしてきた提督を半殺しにしたとか、顔に煙草の煙吹きかけてきた伊勢の腕を切り落としたとか色々聞いてますけど殺してはいないですね」

 

セクハラは勿論だが煙草の煙を吹きかけた後、巻雲が上手く挑発して伊勢に刀を抜かせたから巻雲にお咎めはなかったらしいですけどそれでも恐ろしいことに変わりはありません。

 

「巻雲は被害者ですよ〜」

 

「仮にそうだとしてもやり過ぎです」

 

「狭霧だって人のこと言えないくせに」

 

確かに私は巻雲にとやかく言う権利はないかもしれません。しかし私にだって言いたい事はあります。

 

「私はごく常識的な範囲でしか手を出してません。置き物連中が何人後送されようとも深海棲艦との戦いに大きな影響はないんですから」

 

巻雲が腕を切り落とした伊勢は航空戦艦に改装されるくらい練度が高かったのに対して私は陸、空軍への出向組ですからその差は歴然です。

 

「そういえば狭霧はどうしてそんな事したったぽい?」

 

巻雲が追及しようとするのを夕立が遮って尋ねてきましたけど正直この問答を続けると私が不利になる気がしていたので助かりました。

 

「夕立はサンドバックを殴るのに理由が必要なんですか?」

 

とまぁ冗談のつもりでそう言うと何故か夕立は納得したように頷きました。

 

「なんとなくサンドバッグを殴りたくなるのはよくわかるっぽい」

 

「え?」

 

敷波と巻雲がドン引きしていますがそれはこの際無視していいでしょう。

 

「今度からサンドバッグが近くになかったら置き物に手を出すっぽい」

 

私の冗談のせいで罪の無い艦娘が犯罪者になるかもしれないのは嫌です。

 

「冗談ですよ。理由もないのに殴ったりしませんよ」

 

そう言うと夕立は心底驚いたような顔をし敷波と巻雲は安心したように息を吐きしました。

 

「え、冗談だったぽい?」

 

「当たり前じゃ無いですか。そんな事したら確実に何かしらの処分が降ります。海軍にとっては置き物でも陸軍や空軍にとっては大事な戦力なんですから」

 

あんな艦娘と呼ぶのも烏滸がましい人達が実戦で役に立つとも思えませんけど。

 

「けど夕立達のお陰で給料を貰えてるようなものだから少しくらいサンドバッグにした所で文句を言う権利はないっぽい」

 

「私もそう思わないでも無いですが軍規を破るわけにはいきませんよ」

 

私達海軍の艦娘が戦果を上げれば自然と艦娘全体の評価が上がります。たとえ自分達が戦果を上げずとも艦娘と言うだけで尊敬の対象になります。私達海軍の艦娘としては面白く無い話です。多少見返りがあってもおかしくは無いと考えるのは当然のことでしょう。

 

「けど何もしたないくせに大きな顔して煙草をぷかぷか吹かしているのを見るとムカつきますよー。やっぱり一発くらい殴っていい気がします」

 

私が冗談を言った時はドン引きしていたくせに急に物騒な事を言い始めましたね。

 

「巻雲、煙草嫌いっぽい?」

 

そう言えば巻雲のエピソードには大抵煙草の話が絡んでいますね。

 

「嫌いというより何もしたないくせに偉そうに踏ん反り返ってタバコを吸ってる置き物達の気がしれないだけですよ〜」

 

「置き物に限った話じゃないけど煙草を吸う艦娘ってどういう気持ちで吸ってるんだろうね」

 

「自ら不健康であろうとする艦娘の気持ちなんてわかりませんよ」

 

煙草ほど艦娘の体を害するものはない。麻薬とかの方が害にはなりますが合法的に艦娘が摂取できるものは酒と煙草です。艦娘になった事の副作用で一般人よりも酒や煙草、麻薬の悪影響は少ないとはいえそれらが害あるものには変わりありません。

 

「酒は飲むのによく言うよ」

 

「煙草よりはマシでしょう。あれは体力の低下など致命的な健康問題巻き起こします。戦いを生業とする艦娘が体力を自ら失うことほど馬鹿な話はないでしょう」

 

「まぁ、それは確かにそうだけどさ」

 

「その点ここはいいですね。第四艦隊と東洋艦隊の方針で基地は全面禁煙ですから副流煙を吸って受動喫煙をする心配もないですし」

 

潜水艦や海防艦を除く陸海空の艦娘全体の喫煙率は約30%と日本人の喫煙率よりも少し高いくらいです。しかしその殆どは戦艦や空母に集中していて主力の駆逐艦娘と軽巡艦娘で見ると1割ほど喫煙率が下がる。もっと言うと前線かどうか、番号付き艦隊所属か否かでもそれぞれ割合は変わってくる。例えば制海権が取れた安全な海域を担当している艦娘は喫煙率が高くなる傾向にあり前線に出る艦娘は下がる傾向にあります。

 

「まぁ、そもそもインド洋の対深海棲艦戦の最前線であるスリランカで禁煙なんて処置が必要とは思えませんけど。そんな事言われるまでもなく生き残るためには煙草を吸わない方がその確率が上がると皆わかっているでしょうから」

 

実際のところ、毎日一箱吸うようなヘビースモーカーならともかく1本や2本吸った所で健康に大きな害が有るとは考えにくいです。しかし前線に出る艦娘は頑なに吸おうとしない事には理由があります。

初期艦唯一の生き残り、連合艦隊旗艦が他の初期艦と違い煙草を1本も吸ったことがないと言う話からゲン担ぎをしているんです。

 

「ただのゲン担ぎでしか無いと分かっていてもあやかろうとするのは人として当然の話だよね」

 

「そうでなくても本来煙草は未成年である私達が吸うのは違法です。艦娘であるから許されてはいますけどまともな倫理観していたら煙草を吸おうとしないでしょう」

 

「それ電教官相手にも言えるの?あの人現役の頃から吸ってたらしいけど」

 

「いくら二水戦でも引退した電教官に今更とやかく言う必要はないでしょう」

 

そんな恐ろしい事一体誰ができると言うのでしょうか。私はまだ死にたくありません。

 

「そう言えば二水戦にも1日1箱以上吸うっていう噂の艦娘がいるんですけど知ってますか?」

 

「よりにもよってこの二水戦にそんな馬鹿な艦娘がいるんですか?」

 

誇り高い二水戦が煙草だなんて……

 

「一体どこの隊の誰なんだよ」

 

「ヒントはツインテールの艦娘ですよ」

 

ツインテールの艦娘は何人もいますが二水戦いるツインテールの艦娘は3人。陽炎教官と村雨、朝雲の3人です。珍しい事にツインテールの駆逐艦娘全員が所属しています。陽炎教官は除外するとして村雨か朝雲か。

 

「村雨も朝雲も煙草を吸う姿が想像できませんね」

 

「そうですか?巻雲がいたリンガ泊地の村雨はキセルを吸ってましたよ」

 

「まぁ、煙草を吸う吸わないは艦娘個人の性格にもよるしね」

 

たしかに元々の性格が私みたいに真面目だったら吸わないでしょうしそうでない不良気質なら喜んで吸うでしょうね。

 

「因みにヒントは教導隊の喫煙所でよく電教官と煙草を吸ってた人ですよ〜」

 

「電教官と?どちらも仲が良さそうには見えませんでしたけど」

 

「…陽炎教官っぽい」

 

よく聞こえませんでしたけど夕立が何か言ったような……

 

「夕立何かいいましたか?」

 

「なんでもないっぽい」

 

「それで、正解はどっちなんだよ」

 

痺れを切らした敷波が苛立たしげに尋ねました。聞けばすぐにでも説教をかましに行きそうな勢いです。

 

「正解は陽炎教官ですよー」

 

「「………」」

 

まずいですね。散々貶してしまいましたけど私達以外誰も聞いてないですよね。

 

「巻雲。さっきの話は……」

 

「安心していいですよ〜。狭霧達が何も悪い事をしなければ何処かにこの話が漏れる事はないですから」

 

つまり巻雲に都合が悪い事をすれば話すという事ですよね。

 

「敷波も安心していいですよ〜」

 

「あははは、ありがとう」

 

敷波も苦笑いを浮かべています。

 

「夕立は……」

 

「夕立は何も言ってないっぽい」

 

そう言われてみれば煙草について貶していたのは私と敷波だけでしたね。

 

「そういえばそうでしたね。ならいいですよ〜」

 

……今後巻雲には逆らわないようにしましょう。



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喫煙所

アニメ7話、また随分と先ですねぇ。
それはそうと6話どうでしたか?個人的には多いに笑わしてもらえました。


二水戦が二週間なんの作戦行動もない事は珍しい。西はアラビア湾から東はアメリカ西海岸、北は北極海から南は南極までと二水戦の行動範囲はすこぶる広く大昔の日本海軍みたく月月火水木金金と休みなんてないに等しい。そんな中ふって湧いてきたこの一週間という休暇を私は街へ繰り出す事で過ごそうと思う。

今から10年ほど前だろうか、私は外交官だった父の赴任地であるイギリスに住んでいた。だからと言う訳ではないけど紅茶に目がない。ここスリランカはかつてセイロンと呼ばれ紅茶の名産地だったから茶葉でも買いに行こうと思ったのは昨日の話。けどある事実を知ったせいで今はそんな事どうでも良くなった。

 

「まったく、基地が全面禁煙だなんて聞いてないわよ」

 

真偽は定かではないけど艦娘に飲酒喫煙を許可している理由が幼い時から艦娘として戦う私達のストレスを少しでもケアするためなんて噂もあるから全面禁煙を実施する基地は珍しい。と言うか聞いたことがない。

 

「しかも酒保に煙草置いてないから持ち込んだ分がなくなったら基地の外で買わないといけないし本当嫌になるくらい徹底してるわね」

 

たしかに前線の方は後方に比べて酒煙草に関して厳しい傾向にある。いつ深海棲艦が来るともわからないのに酒を飲むわけにもいかず煙草の吸いすぎで体力が低下して対抗できずに死んだら元も子もないと言った事が主な理由だ。対して後方はそんな心配をしなくていいから艦娘としての特権を存分に生かして酒も煙草も毎日のように楽しむ。酷い艦娘だと高給取りなのをいい事に連日ホスト通いをするような艦娘までいるらしい。

……いや、意外と煙草はそんなに吸ってないか。昔みたアンケートだと毎日1箱以上吸うのは海軍所属の艦娘だと1%以下だったわね。やっぱりみんな連合艦隊旗艦にあやかろうとしてるのかしら。

 

「あら?」

 

路地を曲がると地図にあった煙草屋の看板が目に入ると同時に何やら見覚えのある金髪の艦娘が2人、煙草屋と揉めているのが目に入った。

 

「こっそり売ってくれてもいいじゃない!」

 

「要するにNelson達にバレなきゃいいんだからおばちゃんが口をつぐめばいいのよ」

 

「何度言われようとアンタらには煙草は売らないよ。写真付きの手配書まで渡されて売るなってNelsonに何度も念を押されてんだよ」

 

店長と思しき小太りの中年女性が指差す先には東洋艦隊の駆逐艦JervisとJanusの顔写真と登録番号らしき数字が書かれたさながら手配書のようなポスターが貼られていた。

 

「おばちゃんは煙草が売れて嬉しい、あたし達は煙草が吸えて嬉しい。win-winの関係じゃない!!」

 

「何度言われようとアンタらには売らないよ」

 

「店長さん煙草1カートン貰える?」

 

時間がかかると判断して横から割って入ると2人は化け物でも見たような悲鳴をあげて煙草屋の脇に飛び去り看板に身を隠した

 

「お嬢ちゃん見ない顔だけど新人さんかい?」

 

「違うわ。そこにいる不甲斐ない連中のために日本からはるばる応援にやって来たのよ」

 

「一応登録番号の確認をさせてもらえるかい?」

 

「構わないけど……どうして?」

 

不思議に思いながらも私は身分証明書を手渡した。

 

「トリンコマリー基地所属の艦娘には煙草を売らないよう通達が出されているんだよ。配布されている登録番号に合致するようなら煙草を売ることができないんだ」

 

「徹底してるわね。トリンコマリー基地所属の艦娘には心底同情するわ」

 

煙草が体の悪いと言うのは理解できるけど喫煙家に対してその理論を押し付けないでほしいものね。私達は好きで吸っているんだからそんなもの全て承知の上なのに。

 

「元々煙草を吸う艦娘はトリンコマリー基地には殆どいなかったしいても態々街に買いに来なくとも配給分でどうにかなるくらいしか吸ってなかったみたいだからそう思うのは少数だろうね。はい、ありがとう」

 

黒潮なんかは逆にこれを機会に禁煙しろだなんて言ってきたけどそんなの冗談じゃないわ。吸うなって言われた方が人間吸いたくなるものよ。

 

「1カートンくれって話だけどウチも小さな店とはいえ煙草屋の端くれだからね、それなりに種類ってもんがあるんだよ。何か指定してくれないとこっちとしても困るよ」

 

「何でもいいわ。オススメのものを適当に頂戴」

 

吸い始めた頃は銘柄にも拘っていたけど各地を転戦していると手に入る煙草の銘柄もバラバラで次第にそんなこだわりも無くなっていった。今は吸えればそれでいい。強いて言うならキツければキツイほどいい。

 

「オススメって言われてもあたしゃ煙草を吸わないからそんなのわかりゃしないんだよ」

 

「煙草屋なのに吸わないのね」

 

「煙草屋が吸わなきゃいけない法律でもあんのかい?」

 

「それもそうね」

 

自分で選んでもいいけど……

 

「Jervis、Janus、アンタ達は何を吸ってるの?」

 

「…ラッキーストライクの1番軽いやつよ」

 

「Janusは?」

 

「マルボロの1番軽いやつ……です」

 

あんだけ騒いでたからてっきりもっとキツイのを吸ってるかと思ったけど全然そんな事はなかったわね。随分と可愛いの吸ってるじゃない。

 

「店長さんラッキーストライクとマルボロ、この店で1番……そう、タール量が多いやつを5箱づつ頂戴」

 

専門用語という訳ではないけど喫煙家の間だとキツイだとか軽いだとかそう言った言葉で通じるけど煙草を吸わない店長相手にそう言っても伝わらないだろう。

 

「はいよ。ちょっと待ってな」

 

店長が店の奥に商品を取りに行く間、私は気になっていたことを尋ねた。

 

「で、アンタ達はどうしてそんなに煙草が吸いたいのよ。あんなもの体に悪いだけでいいことなんて何もないわよ」

 

「アンタ、じゃなくて陽炎さんの方こそ随分とたくさん買ってましたけどそちらこそどうして煙草を吸うんですか?」

 

Nelsonの教育がよく行き届いているみたいね。昨日ならお前とかアンタとか言っていただろうけどさんを付けるなんて随分と成長したじゃない。

 

「アンタ達歳は幾つ?」

 

私の質問に2人は顔を見合わせるとJervisが答えた。

 

「13歳よ」

 

私達二水戦に対する物言いからしてそうだろうと思ってはいたけどやっぱり若いわね。

 

「煙草はいつから?」

 

「私もJanusも1年前、ここに来てからよ」

 

1年前という事は卒業してすぐに東洋艦隊所属となったということね。

 

「東洋艦隊に配属されたのは訓練学校での成績が悪かったから?それとも何かやらかしたの?」

 

東洋艦隊は他国の艦娘との交流、つまり日本の艦娘との交流を目的としてスリランカに設立された部隊だ。艦隊旗艦には相応の実力とコミュニケーション能力、そして人格的に優れた艦娘が求められるがそれ以外の艦娘は最低限の実力さえあればいいと考えているようであまり質が良くない。

イギリス本国を守る本国艦隊や地中海の奪還を目指す地中海艦隊、大西洋奪還のためにアメリカと合同作戦を続ける大西洋艦隊に比べるとイギリスの東洋艦隊への関心が低いことが原因だった。だから最低限の数の艦娘にイギリス最高だった艦娘を派遣することでお茶を濁していた。もっとも、現在イギリスにNelsonを超える艦娘がいないから今の東洋艦隊は歴代の東洋艦隊の中でかなり強い部類に入るだろう。

 

「……」

 

「言いたくないならいいわ」

 

「Nelsonの部隊に配属されたかったんです」

 

1年前のネルソンといえば地中海で深海棲艦を倒しまくっていた時期ね。

 

「それは地中海艦隊に所属したかったという事かしら?」

 

「両方よ。地中海艦隊旗艦、戦艦Nelsonの麾下で深海棲艦と戦いたい。その思いでNelsonの部隊への配属を希望したの」

 

「見事配属は許可されたけど代わりに東洋艦隊なんていう辺鄙な艦隊に配属されることになったと」

 

配属の希望が通った言う事実をこの場合どう見ればいいのだろうか。東洋艦隊はイギリスにとって軍事的には重要じゃないけど政治的には重要な艦隊だ。軍からすれば最低限の戦力を、政治家からすればある程度の戦力を保持しているのが望ましい。となるとこの2人は平均より少し下くらいの成績だったんじゃないだろうか。

 

「東洋艦隊に配属って事は大した実力じゃないんでしょ?地中海艦隊や大西洋艦隊みたいな激戦区に配属されても死ぬだけじゃないの」

 

地中海は広さの割に多くの深海棲艦が存在していて姫級の数も多く麾下の艦隊の練度も高い。

一昔前だとこれに対してイギリスやフランス、イタリアといった国々は数の力で対抗していたけど深海棲艦側が上手く立ち回っていたから数多くの未熟な艦娘が地中海に沈んだ。あまりの戦績の悪さに方針を転換し現在では経験豊富な練度の高い艦娘を即応艦隊として少数配置する事で最低限の航路を確保することに成功していた。

 

「そんな事……」

 

「東洋艦隊に配属されている時点で実力に察しはつくわ」

 

私の言葉に2人は自覚があるからだろうか、黙り込むことで答えた。

 

「そういえば煙草を吸ったのもこの基地に来てからって言ってたわね。なに、もしかして配属が思ってたのと違ったからグレたわけ?」

 

だとしたらなんともくだらない理由ね。実力不足は自分のせいでしょうに。

 

「違うわよ!」

 

「じゃあなによ」

 

しばらく黙り込んだ後、Jervisが答えた。

 

「……たかったのよ」

 

「なに?」

 

「だからNelsonの力になりたかったのよ!」

 

意味が分からない。

 

「力になりたい事の何が煙草を吸う事に繋がるのよ」

 

「ちょっとは大人に近づけると思ったんです。大人に近づけばNelsonの役に立てると思って…」

 

「まずは形から入ったってわけね」

 

そんな事しても実態が変わるわけじゃないのに。子供みたいな安直な考えね。いや、私より6つも下ならまだまだ十分子供か。

 

「よりによってどうして煙草なのよ。今じゃ世界的にも艦娘の喫煙は嫌がられる傾向にあるのに」

 

ここ数年の日本の勇戦によって東南アジアとインド洋の航路が復活した事は世界経済に少なくない影響を与えていた。アジアとヨーロッパの海上輸送による交易が復活した事で物資の供給が安定し、それに伴い嗜好品の供給も安定し始めた。特にチョコレートの原料となるカカオ豆、その一大生産地の一つであるインドネシアとヨーロッパの交易が復活した事が嫌煙機運を助長さら原因になっている。

所謂カカオベルトと呼ばれるものにあたる部分のほぼ全ての制海権が深海棲艦の手にあり唯一そうではない場所が東南アジア地域だ。元々生産量世界2位だったインドネシアと世界第1位だったコートジボワールとは生産量が2倍の開きがあったけどいくら作ろうとも陸路では運ぶ量に限界がありコストも掛かる。自然とコートジボワールのカカオ豆需要の低下とともに生産量は減少してそれに伴いヨーロッパでのチョコレートは超高級品の位置付けとなっていった。艦娘とはいえ若い女の子が甘いものが嫌いなはずがなく支給されるチョコレートの量が減るにつれて艦娘達の喫煙率が上がったなんて話もあるけどそれを裏付けするデータはない。

けど5年前にインド航路が復活した事でインドネシアから海路を通って比較的安定してかつ大量にヨーロッパへとカカオ豆を運べるようになった事が多少チョコレートの価格を下げる事につながりヨーロッパの艦娘達は煙草の代わりにこぞってチョコレートを求めるようになったという。以来、ヨーロッパでは嫌煙機運が高まり喫煙艦娘は忌避されるようになっていた。

 

「じゃあどうすればよかったのよ」

 

「普通に実力を高めていけばいいじゃない。そうすれば自然とNelsonの役に立てるわ」

 

「それじゃ遅すぎるわ!Nelsonはもう24歳。艦娘によっては引退していてもおかしくない歳なのよ!!」

 

その歳だからこそ東洋艦隊の旗艦になったわけで、今更Nelsonに手柄を立てたいとかそんな気持ちがあるとも思えないけど。

 

「有終の美を飾らせたいと。それをNelsonが望んでいるの?」

 

「それは…」

 

「貴女達の独断ならやめておきなさい。きっとNelsonはそんな事望んでないわ」

 

伝え聞くNelsonの人柄は仲間が戦死すれば涙を流し、無事に帰還すれば誰よりも先に出迎えに行き無事を喜ぶと聞く。長い間戦いの場に身を置き続けた艦娘はそんな当たり前の事さえできなくなる中極めて人間らしい行動をできるNelsonは実力、性格共に完璧な艦娘だと評されている。だけど私はそうは思わない。

実力と性格が完璧な事は認めるがそれがイコール艦娘としても完璧とは思えないのだ。あまりに優しすぎる艦娘は戦いの中で身を滅ぼす。性格的に艦娘に向かない者は往々にして実力が低く後方の基地で静かに艦娘としての任期を全うしているけど偶に性格と実力が合致しない艦娘がいる。そんな艦娘は何処かで精神を壊していつの間にかその命を海に散らしている。実際、私も何人かそんな艦娘を見たことがある。多分Nelsonもそのタイプだろう。だから彼女がこれ以上の戦闘を望んでいるとは思えないし今回の作戦にも参加したくないのではないだろうか。

 

「そんな…」

 

私に反論しようとしたであろうJervisを煙草を持ってきた店長が遮った。

 

「はい、どうぞ!待たせて悪かったね」

 

「そんなことないわ。この子たちのお陰で退屈せずに済んだから」

 

代金を払って煙草を受け取るとさっそく1本に火をつけて口に咥え、煙草を2人に一箱づつ手渡した。

 

「なかなか有意義な時間だったわ。これはそのお礼よ。願わくばその煙草が貴女達の人生最後の1箱になる事を望んでいるわ」

 

2人はまだ何かいいたそうだったけど私はそれに気付かないふりをして煙草屋の横に設けられた灰皿だけを置いた喫煙所に向かった。我ながら人に言えた義理ではないとは思うけど煙草はやっぱり良くない。

体に悪いと言うのもそうだけどああいう若くて純粋な、明日に希望を持っているような艦娘にこんなモノふさわしくないと思う。




アニメ6話なんですけど一月に気になったのが史実で時雨が沈んだのって龍鳳護衛中ではなかった気がするんですけど違いましたっけ?いや、そもそも史実から外れているからその辺に正確性はいらないと言えばいらないんですけど


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Nelson

いつかあの海での雪風、時々雰囲気が不気味というか怖いというか……、キャラと合ってない雰囲気というか…。なんと形容すればいいか難しいですけど変な雰囲気の時があるように感じたんですけど自分だけですかね。


「あら」

 

それは全くの偶然だった。イギリスが誇る名艦娘、戦艦Nelsonが基地の裏で壁に背をついて座り、ため息を吐きながら黄昏ていた。

 

「あぁ、二水戦の陽炎か…」

 

ついこの間見た覇気ある姿ではなく哀愁の漂う様子に私はなんとも言えない気持ちになった。その強さと気高さとは気の強さから地中海の女王とまで呼ばれたNelsonにはそんな姿はそぐわない。

 

「どうしたのよため息なんか吐いて」

 

私の問いかけにNelsonはもう一度ため息を吐くと一度目を瞑った。

 

「…何も知らない貴様の方がまだ相談しやすいか」

 

そう小さく呟くとNelsonは私に座るよう促した。

 

「この間二水戦に無礼を働いた艦娘を覚えているだろうか?」

 

「JervisとJanusよね。ついこの間会う機会があったけど見違えたわ。流石は世界のビッグセブン、戦闘能力だけじゃなく教育まで一流なんて私もまだまだ精進しないといけないわね」

 

今から100年以上も前に存在した私達艦娘の名前の元となった軍艦達、その中でも一際強力だった戦艦を七隻を指してビッグセブンと呼称したけど今はその意味合いが少し違う。現在では世界的に見ても極めて高い実力を持つ艦娘の事をビッグセブンと呼ぶ。

日本では連合艦隊旗艦とでち公、イギリスはNelson、アメリカからは正規空母Hornetと軽空母Langley、ドイツからPrinz Eugenがその立場についている。1人分枠が空いているのは昨年8月にソロモン海域で沈んだ先代二水戦旗艦、軽巡洋艦川内がその座についていたからであり現在は相応しい艦娘がいないとして空席になっている。大抵は二水戦の旗艦がその座に収まっている。

 

「ビッグセブンか…。これほど空虚な称号もないだろうな」

 

ビッグセブンという称号がNelsonにすぎたる物だとは思わない。けどビッグセブンがNelsonに相応しいかと問われると正直疑問だ。

 

「アメリカの艦娘専門誌、Armadaが勝手に言っている事だものね。たしかに貴女の実力と実績からすれば空虚と言えるでしょうね」

 

Armadaが艦娘の実績から実力の高いであろう艦娘を勝手にビッグセブン呼ばわりしているだけだしその本質はゴシップ記事に近く実にくだらない。もっとも、ビッグセブンの称号に憧れる艦娘は少なくない上に最近では国威のために国も積極的にその言葉を使う傾向にあるから一概にも無意味と言えないのが現状だ。

 

「……貴様も同じだろう」

 

「生憎私は候補の1人としか言われたことがないわ。何より貴女達みたいな偉大な艦娘達と肩を並べるにはまだまだ私は未熟すぎる」

 

教導隊で教官をしていた時にチラリと耳にした噂で私が候補に入っていると聞いたけど最近は大した戦果も上げれていないし私がビッグセブンに数えられる事は暫くないでしょうね。

 

「知らないのか?昨日発売されたArmadaでビッグセブンに貴殿が加えられていたぞ。どうやらこの間の戦艦棲姫との戦いが評価されたようだ」

 

「意外と読んでるんじゃない。購読してるの?」

 

私の問いかけにNelsonは首を横に振った。

 

「Jervis達がArmadaが好きでよく読んでいるんだ。それで余に教えてくれた」

 

「ああ、たしかにあの子達は好きそうね」

 

実力的にも性格的にも後方でのんびりしていることの方が似合いそうな2人だ、そういう娯楽が好きなのも納得できる。そういうまともな感性が持てるのが少し羨ましい。

 

「それにしてもたかだか戦艦棲姫を撃退したくらいでランキングに載るなんて他の候補は一体どれだけ不甲斐ないのよ」

 

「今は大西洋、太平洋共に今は世代交代が活発になり余のような古く実績のある艦娘が引退し始めている。次世代を担う艦娘の中でも二水戦で4年も戦い続けいた貴様は頭ひとつ抜けている。今回の事は建前に過ぎないんだろう」

 

なるほど、確かにそうかもしれないわね。実力と言う点では不知火も私に近いものがあるけど生憎実績は私が上だ。同世代で私に勝る実績を持つ艦娘はいないだろう。

 

「って、そんな事はどうでもいいのよ。どうして貴女はため息なんてついて黄昏ていたのよ」

 

つい話し込んでしまったけど今問題なのはNelsonが何に悩んでいるかだ。作戦も近いし少しでも作戦に影響のありそうな事は取り除いておきたい。

 

「JervisとJanusの事で少し悩みがあってな……」

 

「あら、2人とも随分といい子になっていたじゃない。何が問題なの?」

 

出会いこそ最悪だったけどあの2人が素直でいい子だと言うのは私にもわかる。なんせ舌が1枚しかないんだもの、それはいい子に決まっているわ。

 

「まさにそれが問題なのだ。いや、2人が素直で良い娘だと言うのはよくわかっている。余を慕ってくれているのもな」

 

「なら何が問題だと言うの?」

 

「東洋艦隊は余と地中海以来ずっと副官を務めているSheffield以外は皆新人か、本来は後方基地に配属される程度の実力しか持たない艦娘だ」

 

東洋艦隊がイギリスに重要視されていないのは周知の事実だけど新ためて知らされると気が重くなるわね。

 

「そんな中Jervis達は余に有終の美を飾はそうとさせてくれている。有難い話なのかもしれないが……」

 

「貴女はこれ以上戦いたくはない、と言う事かしら」

 

私の言葉にNelsonは驚いたように目を見開いた。

 

「別に驚く事はないわ。噂で聞く貴女の性格と今の様子を見ればそれくらい分かるわ。ようは戦う事に、いえ仲間が死んでいくのを見る事に疲れたんでしょう。だから今だに現役最強と呼ばれながらもこの東洋艦隊に赴いた。違う?」

 

「陽炎はまるで日本海軍の連合艦隊旗艦の様だな」

 

「短期間だが日本に派遣されていた事がある。その頃の余は深海棲艦と戦う事が怖かった。いや、今も戦う事は怖いがあの頃は今ほど力もなく僚艦が沈んだ事もあった。もう少し余が強ければ助けられたかもしれない命が散り行きいつ死ぬともわからぬ戦場に身を置き続ける事に疲れていた」

 

艦娘には大きく分けて2つのタイプがあると思っている。1つは生きる為に戦う艦娘。このタイプは往々にして戦う事が苦手だったり嫌いだったりする。このNelsonや黒潮がそのタイプだろう。

もう1つは深海棲艦を倒す為に戦う艦娘だ。これは自分の生死よりも深海棲艦を何隻沈めるかを第一に考えているタイプで自分の生死は二の次。身内が深海棲艦に殺されていたりするとこのタイプになる傾向がある。二水戦なら雪風がその際たる例じゃないかしら。

 

「もうこんな世界たくさんだ、そう思っていた時に出会ったのが連合艦隊旗艦だった。彼女は余の心を見透かしたかの様にその事を言い当て一晩中励ましてくれた。そして最後にはこう言った。『誰よりも強くなればいいんですよ。そうすれば貴女の手が届く範囲で仲間が死ぬ事はなくなりまよ』と。今にして思えばなんとも陳腐なセリフだが当時の余には天啓だった」

 

まぁ、確かにセリフ自体は誰でも思いつく様な陳腐なものね。けど自分が悩んでいる時に励ます様な言葉をかけられると強く印象に残るものだろう。

 

「陽炎は戦う事が怖くないのか?」

 

愚問ね。そんなの答えは分かりきっているでしょうに。

 

「どう思う?」

 

「……聞くまでもない事か」

 

私がどんな立場にいるのか知っていれば自ずとその答えはわかる、

 

「そんなのでは長生きできないぞ」

 

「長生き?誰にものを言っているの。私は第13代第二水雷戦隊旗艦、駆逐艦陽炎よ。軍場(いくさば)で倒れる事こそ本望と言うものよ」

 

私の言葉にNelsonは悲しそうに微笑んだ。

 

「その軍場(いくさば)で倒れる艦娘が1人でも少なくなるように戦ってきたつもりだったんだがな…」

 

「生憎私は守られる側じゃなく守る側なの」

 

「そうだろうな。だが艦歴の長い老艦娘としては未来ある後輩達には無条件に守られていて欲しいものだ。貴殿はそうは思わないか?」

 

わからない、と言えば嘘になるだろう。私なんかよりも遥かに明るい未来を持つ艦娘達が私よりも先に、少なくとも私の手が届く範囲で先に死ぬ事を私は良しとはしない。

 

「仮にそう思っていても私達の目的はどれほどの犠牲を払おうとも深海棲艦を駆逐する事。なら部下達は私達が守るのではなく死なないよう実力を上げる事が肝要なんじゃないかしら?」

 

「正しくその通りだ。だから私は持てる全てをJervis、 Janusに教えようとしていたんだがいかんせん艦種が違うからなかなか上手くいかなくて困っていたんだが」

 

チラリと気不味気にこちらを見てからNelsonに私はため息を吐いていった。

 

「教えないから」

 

「ほんの少しでいいんだ。あの子達に戦場で生きる術を教えてやってくれないか?」

 

「作戦までそう日はない。教える時間なんてありはしないわよ」

 

今このタイミングでなければ少しは考えたけど今は流石に無理だ。

 

「ならば作戦までの間二水戦の訓練を見学するだけで構わない。それもダメなのか?」

 

「作戦前に訓練なんてする訳ないじゃない。それでもし負傷でもしたら大問題よ」

 

「しないのか?」

 

「当たり前じゃない。そもそも事前にできることなんて作戦の打ち合わせくらいで十分な訓練は作戦参加するにあたっては大前提じゃない」

 

1週間前ともなれば作戦に向けて英気を養わないといけない期間だ。訓練はそれよりも前、というより作戦参加が決まるよりも前に完璧なものに仕上げてないといけないものだろう。

 

「そ、そうか……」

 

思いの外期待していたのかNelsonは肩を落とした。

 

「ところで陽炎はこの場所にはよく来るのか?」

 

「まぁ、そうね。人がいなくて静かだから」

 

「そうか。JervisとJanusなんだがアイツらは煙草が好きでな、辞めさせようと常々働きかけていたんだがその甲斐あって最近ようやくJervisが辞めたんだ」

 

「そう、それはいいことね」

 

私が渡した煙草が最後になったという事かしら。それなら嬉しいわね。

 

「陽炎もそう思うか」

 

「艦娘時代に吸ってた煙草が解体後も辞められずに肺がんになったなんて馬鹿みたいな話もあるし辞めるに越した事はないわ」

 

「その通りだ。Jervisはやめてくれたからいいが問題はJanusだ。一体何があったのか前よりもさらに体に悪そうな煙草を1日1箱以上吸うようになってしまったんだ。酒保には煙草はないし街でも買えないようにしているのに一体どこから手に入れているのやら……」

 

頭を抱えるNelsonに私は内心冷や汗を流した。まさか辞めるどころか酷くなるなんて思っていなかった。

 

「つい先日、ここにJanusが吸っている煙草の吸い殻が入った空き缶が置いてあったからもしやと思って張り込んでいたんだが一向に姿を現さない。陽炎、なにか知らないか?」

 

「いえ、何にも知らないわ」

 

私の答えにNelsonは大きなため息を吐いた。

 

「そうか……。ここをよく利用するのならJanusとかち合う事もあるだろう。何かわかったら連絡してくれ」

 

そう言ってNelsonは立ち去った。

 

「……まさか私の喫煙スポットがJanusと勘違いされてたなんて」




ちなみに自分は煙草は一切吸いません。


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作戦開始

いつかあの海で、来週ですね。
あと2話で終わるみたいですけど……


いよいよチャゴス諸島奪還、及び戦艦棲姫撃破の為の作戦が開始された。

作戦は二水戦を先鋒に中堅は日本海軍インド洋派遣艦隊、後衛にイギリス東洋艦隊と続く。

先鋒たる私達二水戦が迎撃に出る深海棲艦艦隊を撃破しインド洋派遣艦隊がチャゴス諸島に残る深海棲艦に対して艦砲射撃を加える。深海棲艦が陸に上がる事は稀だけどチャゴス諸島のように深海棲艦の前線基地となっていると砲台小鬼などが陸に配置されている可能性は高くなる。事実、チャゴス諸島には多少の砲台小鬼が確認されている。

インド洋派遣艦隊が砲撃する間その周囲の警戒を二水戦が、迎撃を東洋艦隊が担当する。正直警戒と迎撃の両方を二水戦が担当してもいいのだけどもし想定以上の敵がいたら流石に手が足りない。何より東洋艦隊なら出番を作らないといけないからこういう役割になった。

 

「さて、奴さんはどう言う方針で来るやろな」

 

「普通に考えれば3通りの方法がありますが…」

 

不知火が問いかけるように視線を向けてきたけどここは敢えて答えない。

 

「私の考えを言ってもいいけどここは訓練も兼ねて親潮と雪風の意見を聞きましょう」

 

2人ともゆくゆくは水雷中隊を指揮する事になるだろうしこれくらいは答えられないと話にならない。

 

「それもそうですね。雪風、どう思いますか?」

 

不知火が副隊長の雪風に問いかけると自信満々と言った様子で答えた。

 

「全艦隊で突撃して真正面から私達を撃ち破る作戦に出てくると思います。数の上ではどうせ負けている以上は二水戦、インド洋派遣艦隊、東洋艦隊各個に対して出せる全力で対決して3連勝しようとしてくるに違いないです」

 

雪風らしい積極的な考えね。成功すれば戦略的大勝利を得る事ができるけど失敗すれば戦略的に大敗する事になる危険な作戦だ。

 

「親潮の意見はどうや?」

 

「雪風さんの作戦はあまりにも危険すぎます。戦略的敗北を喫しない為にも敵はケルゲレン諸島へ全軍での早期撤退を考えるのではないでしょうか」

 

戦術的には敗北を認めつつも将来的な戦略的勝利の目は残す、親潮らしい答えね。けどこれまでの深海棲艦のインド洋での活動を見るに深海棲艦の指揮艦、戦艦棲姫はかなり積極的な指揮をとっているから消極的なこの作戦は選びにくいのではないだろうか。

 

「2人の意見はよくわかったわ。じゃあ最後にそうね………狭霧、アンタはどう思う?」

 

不知火が、黒潮と2人の部隊から代表者が意見を言った以上は私の対からも代表者を出さないと公平性に欠ける。私の指揮下の艦娘の内狭霧と敷波以外の全員が雪風か親潮のいずれかに近い性格の持ち主ばかりで消去法で狭霧しかいない。敷波は変なこと言い出しそうだから選択肢には入らない。

 

「私ですか!?」

 

頷いて答えると狭霧は目線を泳がせ少し考えた後言った。

 

「雪風教官も親潮教官も極端すぎると思います。敵は我々二水戦とほぼ同数とは言え練度では大きく劣ります。正面からぶつかれば勝ち目は万に一つもなく損傷艦が多い中の早期撤退は二水戦による追撃を振り切れない可能性が高いです。であればある程度要塞化の済んでいるチャゴス諸島の砲台小鬼と連携して我々を漸減しつつ小規模な戦闘を繰り返すことが考えられます。しかしこれは援軍がある前提で成り立つ作戦なのでどこかで見切りをつけて主力を逃すのではないでしょうか」

 

流石は狭霧ね。普段の言動に似合わず座学の成績はいいから1番敵が選びそうな作戦をすぐに出してくれる。というより雪風も親潮も中隊の副隊長としてもう少し広い視野を持ちなさいよ。

 

「狭霧の意見はもっともよ。私達としてもそれをされて嫌なのがその作戦ね」

 

それを想定しているからこそさっき言った作戦になっているわけなんだけど今回の作戦の意図に気付いていたわけではなさそうね。

 

「だけど1つ、間違っているわね。敵にも援軍になり得る艦隊はいるわよ」

 

惜しいわね。ここまで考えれていれば100点満点だったんだけど。

 

「一応40隻を超えるであろう敵の潜水艦がいるから油断していると文字通り足元を掬われるわよ」

 

潜水艦の魚雷が駆逐艦に命中すると足元を掬われるどころの話ではない。かなりの高確率で轟沈する事になる。

 

「ソナーを装備している子は対潜警戒を厳に、それ以外は対水上、対空警戒を厳に一羽の鳥でさえ見逃さないつもりで警戒しなさい」

 

もしも見逃すようなら……

 

「もしも奇襲を受けるような事があったらもう一度教導隊での訓練をやり直させるからそのつもりでいてね」

 

ニッコリと笑顔で言ってやるとみんなの顔が引き攣った。私だってあんな訓練もう一度やりたいとは思わない。だって明らかに二水戦での生活よりもキツイ6ヶ月だったんだもの。この子たちの反応も当然と言えた。

 

それから暫くして会敵した深海棲艦は予想に反して積極的な作戦に打って出ていた。チャゴス諸島の島陰が見え始めると同時にその前におよそ30隻の深海棲艦の艦影が出現した。

 

「陽炎教官、正面に敵艦隊です」

 

「予想外ね。まさか二水戦相手に正面決戦を挑んでくるなんて」

 

正直1番ないだろうと思っていた行動なだけに対応に迷う。

 

「一度後退してインド洋派遣艦隊と合流するんか、それともこのまま突き進むんかどっちにするんや?」

 

どちらにも相応のメリットとデメリットがある。前者は合流すれば少ない犠牲で確実に勝利できるけど合流後、必ずしも深海棲艦が同じ行動をとるとは限らないことから敵艦隊撃破の機会を逸する事になりかねない。

対して後者は二水戦に多少の被害が出る事が予想される上に前者ほどの戦果を上げられない可能性が高いが確実に敵と交戦できる。

 

「私達の戦略目標は敵旗艦戦艦棲姫の撃破。正面の敵の数は見た感じ敵残存艦隊のほぼ全軍。おそらく戦艦棲姫もいるでしょう。なら自ずと答えは出てくるわ」

 

今更後退してインド洋派遣艦隊と合流するなんてできるはずがない。

 

「隊列を変更するわよ。私を先頭とする第一中隊を中央に右翼第二中隊、左翼に第三中隊。第一中隊が敵中央に突撃し敵を攪乱、その間に両中隊は翼を伸ばして敵を半包囲する」

 

数の上では互角だからやや困難な作戦だけど私達二水戦ならできる。そう信じて私は命令を下した。

 

「第一中隊、全艦最大船速。敵の中央を突破するわよ!」

 

命令を下すと同時に速度を上げ不知火、黒潮の部隊が左右に分かれて展開していく。敵も私達の意図を読んで部隊を3つに分けようとするけどその鼻先に第二、第三両中隊が魚雷を放ち行動を阻止した。

 

「第十四駆逐隊は右の部隊に、第十五駆逐隊は左の部隊に対して各駆逐隊司令の判断で雷撃!」

 

不知火と黒潮が行った阻止攻撃は敵を多少足止めする事には成功したけどそれだけだった。遠距離雷撃だったから仕方ないこととは言えその殆どが避けられ足止めの効果は薄かった。

 

「第十四駆!正確でなくとも構わない、混乱する敵右翼部隊に雷撃開始!!」

 

磯風、夕雲の2人の駆逐隊司令の判断は違った。敵の陣形が乱れたばかりの今が好機と果断即決での攻撃を行ったのは磯風だ。それに対して夕雲は熟慮断行、磯風の攻撃から5秒ほど遅れて指示を出した。

 

「敵左翼の前方50メートル地点に一斉雷撃」

 

夕雲の指示は敵が混乱から立ち直り進撃を再開した際の未来位置を予想した雷撃だった。2人の判断はどちらも正しいとは思うけど今回に限っては磯風が正解を引き当てた。

 

「敵駆逐2隻、巡洋艦1隻への命中を確認!駆逐2隻は撃沈確実!!」

 

磯風の十四駆逐がそれなりの戦果をあげたのに対して夕雲の十五駆逐は一本の魚雷も命中しなかった。

夕雲の指示が悪かったというわけではない。むしろ指示が悪かったのは私の方だろう。十四駆逐の魚雷が先に敵右翼部隊へと到達した事で左翼部隊に雷撃に対して警戒感を抱かせる事になり夕雲が予想していた地点に敵がこなかった。けど敵は回避行動をとった事で行動が遅れ、結果的に目的は果たしていた。

 

「十三駆逐隊は突撃と同時に戦艦棲姫に対して魚雷を斉射する、絶対に当てなさいよ!」

 

魚雷を撃ったばかりの十四、十五駆逐隊は次弾の装填が終わらないから雷撃できない。私と十三駆逐だけで戦艦棲姫を沈めることはできるけど護衛の深海棲艦の存在を考えると沈められる可能性は五分といったところだろう。

 

「陽炎教官、敵の発砲炎を確認!」

 

「まだまだ距離はある、無視して突っ込みなさい!」

 

艦娘というものは実在した軍艦から名前をとっているわけだが当然何もかもが同じというわけではない。姿形は当然違うしその戦闘方法も交戦距離も違う。元となった軍艦達は主砲に角度をつけ曲射により砲戦距離を伸ばした。それをするには高い位置に設置された大きな測距機が必要不可欠だけど艦娘や深海棲艦はそれに必要な高さも大きさも足りない。もちろんレーダーを使えばそんなもの関係なく出来るけどその他の機能が制限されるから護衛をつけている大型艦でないとできる事ではない。だから艦娘と深海棲艦の砲戦は曲射ではなく水平射撃が基本となる。

今の敵の砲撃も距離が開いているおかげで水柱は見当違いのところに上がった。

 

「水平射撃ができる距離になるまではこんなもの脅威でもないわ。気にせず突き進むわよ!!」

 

「ちょ、無茶ですよ!」

 

「無茶なものですか!今の砲撃を見てなかったの!?」

 

後ろから聞こえた狭霧の声に振り返らずに答えた。

 

「いや、それとこれとは……」

 

尚も食い下がる狭霧を夕立の声が遮った。

 

「敵、発砲したっぽい!」

 

「この距離で当たるはずないでしょ!突き進むわよ!!」

 

見当違いの方向に水柱を上げる敵の砲撃も距離が近づくと水兵射撃に移行して精度が上がってくる。そこでようやく新たな指示を出した。

 

「敵の砲口ををよく見て砲撃に合わせて回避運動。訓練と同じように焦らず、冷静によ」

 

私達に向けるのは戦艦棲姫とその直属部隊10隻の深海棲艦。数としては敵の方がやや少ないから下手をすると敵からの攻撃を受けない子もいるだろう。それならば問題なく避けられるはずだ。

 

「教官!!」

 

撃たれた砲弾のほぼ全てが私の周囲に着弾し水柱を上げた事に狭霧達が悲鳴に近い声を上げた。

どうやら私は敵の指揮艦を見誤っていたようだ。私がこの部隊の隊長と見るや砲撃を集中して指揮系統を崩壊させようとしてきた。

 

「問題ないわ。このまま必中の距離になるまで接近するわよ!」

 

悲しいかな、練度が高くないせいで砲弾がバラけていて余裕で避けることが出来る。なんなら私に砲撃が集中したおかげで他の子達が無傷の状態で雷撃できるから大歓迎だ。

 

「今よ!十三駆、魚雷を斉射しなさい!」

 

2度ほどの砲撃を回避した後、私は雷撃指示を下した。

間に入って庇おうとしたタ級に3本の魚雷が命中し撃破、さらに戦艦棲姫に対して6本の魚雷が命中。戦艦棲姫は叫び声を上げながら海中へと沈んだ。

 

「このまま敵の背後に出て半包囲するわよ」

 

敵とチャゴス諸島の間に入る事は陸からの砲撃に晒される可能性があるけど敵が陸に逃げる余地を残すよりは攻撃されるリスクを取った方がいい。その方が確実に敵を殲滅できる。

 

「さあ、敵を殲滅するわよ!」

 

この日、インド洋を荒らした戦艦棲姫とその艦隊は完全に壊滅し、同時にチャゴス諸島の奪還に成功した。見方によっては1ヶ月ほど前の状態に戻っただけとも取れるけど敵の水上艦艇がほぼ全滅した事を考えると寧ろ状況は良くなったと見るべきだろう。

また、戦艦棲姫と直接戦闘を行った第二水雷戦隊は被害ゼロでありその復活を世界中に見せ付けることになった。

しかしこの戦いは深海棲艦だけでなく人類も大きな痛手を被ることとなった。ビッグセブンが1人、戦艦Nelsonが轟沈した。



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死際

ワレアオバ
一度は言ってみたい言葉なんですけどどうですかね。もちろん敵に向かって。


その日、セイロン島は悲しみに包まれた。チャゴス諸島の奪還を奇跡的に1隻の犠牲で奪還できたとは言えその犠牲はあまりにも大きすぎた。彼女は東洋艦隊だけでなく我が日本海軍のインド洋派遣艦隊にとっても精神的な柱となっていたからだ。

ほんの1週間ばかりしか関係性のない私でさえ彼女の死を残念に思うのだ、より関わりの深い艦娘であれば尚更であろう。

 

「二水戦が壊滅した時も思ったけど遺体が回収できへんのは艦娘の宿命とは言え忸怩たるものがあるな」

 

「そうね。陸の上とは言わないけどせめて近海で有れば彼女の姿だけでも見る事が…いや、やっぱり見ない方がいいのかもしれないわね。傷付き沈んだNelsonを見るのは、彼女をよく知る者にとってはもっと辛いかも知れないわね」

 

艦娘と人との違いの一つに死んで水に沈んだ後の変化がある。人については今回は省略するけど艦娘は沈むと船のようにそのまま海の底に沈んだまま、魚に食べられることもなくとても長い時をかけて身が朽ちていくと言われている。なぜ断定していないかと言うとこの戦争が始まった頃に沈んだ艦娘が未だに当時の姿を保っている事から本当に身が朽ちらのかもわからないからだ。また、仮に陸で死んで火葬してもその身には傷ひとつ付かず、つけようと思うと骨ごと消し去るような超高火力でなくてはならないことから艦娘が死ぬと基本的には近海の海に沈められる事になっている。

 

「そうでしょうか。たとえ傷ついていても、深海棲艦に荒らされる可能性のある遠海よりは近海で沈んだ方が良くないですか?何より近いと見舞いにも行きやすいですし」

 

「それは人それぞれでしょうね」

 

沈んだ艦娘を引き上げる事は難しい。まるで名前の元となった軍艦のように重く、サルベージする事が不可能になるからだ。けど深海棲艦だけは艦娘を引き上げる事ができる。一体何に使っているのか見当もつかないけど死者を冒涜するような真似をしている可能性は否定できない。

 

「死後の姿を見られたくないと思う者は遠海を、そうでない者は近海を選ぶんじゃないかしら」

 

「前者はナルシスト、後者は寂しがりと言ったところでしょうか。ちなみに陽炎はどちらがいいですか?」

 

「別にどっちでもいいわ。死んだらそんなもの考える必要もなくなるんだし」

 

私は死後の世界があるなんて信じていないから死んだ後のことなんて考える必要はない。

 

「なるほど、確かにそれは一理ありますね。けど死後はそうだとしても…」

 

パンパン、と手を叩く音が響いて私と不知火は会話を止めた。

 

「やめややめや、縁起でもない。ウチらは死ぬためやなく生きるために戦っとるんや。やのに死んだ時のこと考えるなんて矛盾もええとこや」

 

………。

 

「確かにそれは正論ですね」

 

「…そうね。Nelsonが死んで少し意識しすぎだかもしれないわ」

 

私達艦娘にとって死は身近なものだけど二水戦ほどの実力があれば話が変わってくる。普通の深海棲艦との戦闘程度でそんなもの意識する必要はない。けど今回圧倒的強者である戦艦Nelsonが死んだ事でただの深海棲艦相手でも油断すれば足元を掬われ死ぬ事がある事を思い出させた。

 

「まさか私達や本隊でなく後衛の東洋艦隊が群狼に合うとは思いませんでした」

 

「運良く私達が回避できたのか、それとも意図的にそうしたのか……」

 

私の呟きに答えたのは後ろに座っていた雪風だった。

 

「そんなのどっちでも良くないですか?」

 

ちょうど真後ろの席に座っていた雪風が体ごと振り向きながらどこかたまらなさそうにそう言った。

 

「運良く回避できたにしろそうでないにしろどうせ雪風達がここにいるのは後ちょっとの間だけ。その後は今まで通り派遣艦隊と東洋艦隊が防衛に当たるならそのことを考えるのは雪風達じゃなく派遣艦隊と東洋艦隊です」

 

冷たい言い方かもしれないけど確かに雪風の言っている事は正しい。ここの深海棲艦達が特異な行動をしたからと言って他の深海棲艦もそうとは限らない。寧ろ戦域毎に戦い方に特徴があるのが深海棲艦だ。例えばここインド洋は他と比べて潜水艦を多用しているけど私達日本の艦娘の主戦場たる東南アジアや太平洋は各艦種をバランス良く配置している他、今回戦死したNelsonがその艦娘としての人生の多くを費やしてきた地中海では戦艦が中心となっている。

 

「結局は現地の艦娘に任せようと言うのは正しいと思うわ。けど折角の機会だもの、訓練の一環だと思って少しは理由を考えてみなさい。雪風だけではなく全員ね」

 

この場にいた二水戦の艦娘全員に聞こえるように言うとあちこちでうめき声が上がった。

 

「期限はこの基地を離れるまでにしましょうか。別に嫌だったら真面目にやらなくてもいいけど私が1番いいと思った答えを出した者には報酬を用意するから真面目にやるなら頑張りなさい」

 

そういうと今度はあちこちで歓声が上がった。なんとも現金な奴らね。

 

「ただし!ただし、今はNelsonの死に対して喪に服すさなければならないからそこのところくれぐれも配慮して行動するように。以上よ」

 

それだけ言って立ち上がって部屋から出ようとする私を黒潮が呼び止めた。

 

「どこいくんや?」

 

「これよこれ」

 

白い箱を振ってアピールすると黒潮はため息を吐いた。

 

「程々にしいや」

 

黒潮の言葉に私は肩をすくめることで答えると部屋を出た。

 

「さて、どこにいるのかしらね」

 

世界のビッグセブン。この言葉が使われたのは約10年前に出版されたアメリカの雑誌、Armadaでの事だった。当時のメンバーは日本海軍連合艦隊旗艦とでち公、第二水雷戦隊旗艦、アメリカ北大西洋艦隊旗艦、アメリカ南大西洋艦隊旗艦、イギリス本国艦隊旗艦、イギリス地中海艦隊旗艦の7隻だった。構成としては駆逐2、潜水艦1、戦艦2、空母2だった。当時から今に至るまで連合艦隊旗艦とでち公はその座に居続けていて不動のものとなっている。では他はどうかというと二水戦旗艦は艦娘が変わる事はあれど二水戦の旗艦がビッグセブンの座から離れる事はない。同じく地中海艦隊の旗艦も今回Nelsonがインド洋に派遣されていた一件を除いて必ずビッグセブンにその名を連ねていた。

また、アメリカ南大西洋艦隊旗艦は北大西洋の奪還に伴い南大西洋艦隊と合併されその名をアメリカ大西洋艦隊旗艦へと変えているけどこの座にある艦娘がビッグセブンから漏れる事はなかった。

実質固定枠と言えるものが5つあることから残りの2つをドイツ、フランス、イタリア、ロシアと言った艦娘保有国の中でも大国と呼ばれる国が争う事になるけど、どの国も基本的には陸軍国家で艦娘自体そこまで精強なものではなく残りの2つも日本、アメリカ、イギリスのいずれかが持っていく事も少なくなかった。

 

さて、そんなビッグセブンだけど二水戦旗艦を除けば戦死率はすこぶる低い。どの艦娘も基本的には前線に出て戦うよりは後方で全体指揮を取ることの方が多く撃沈されるなどという事が起こり得る状況に身を置かないからだ。これまでビッグセブンの座についた艦娘の数は……何人いるから知らないけど少なくとも戦って轟沈したなんて二水戦旗艦を除けばNelson以外聞いた事がない。だから多くの艦娘にとってビッグセブンの名前は不沈艦とほぼ同義と言っても良かった。そのビッグセブンが沈んだ事が与えた衝撃は大きいだろう。

 

「ここにも居ない」

 

戦艦Nelson。戦艦というだけあって攻撃、防御共に駆逐艦とは比べ物にならない程高く他の戦艦と比べてもそれは高い部類に入った。たとえ魚雷の1本や2本当たったところで沈む事はないだろう。だけどそれが3本、4本、5本と数が増えると流石のNelsonも耐えきれない。どんな戦艦でも攻撃を受け続ければいつかは沈む。だからこそ攻撃を防ぐ、あるいは事前に察知するために護衛の駆逐艦がいるわけだけどそれが果たされなかったのは偏に運が悪かったとしか言いようがない。彼女の護衛を構成する艦娘は新兵や実力の低い艦娘ばかり。地中海からついてきたSheffieldは例外だけど彼女1人で全体をカバーできるはずもなく護衛体制は穴だらけと言っても過言ではないだろう。

元々イギリスの主戦場は地中海でインド洋への派遣はあくまでも日本との連携強化のためでしかないから仕方のない事とはいえこれではあまりにもNelsonが哀れだ。せめてもう後1、2隻手練れの艦娘がいれば、あるいは力はまだ衰えていなかったのだからインド洋に移らずに地中海で戦っていればこんな事態にはならなかったかもしれない。間違いなくこの損失はイギリスにとっても大きなものだろう。

 

「次いなかったら街に行こうかしら」

 

過ぎたこととはいえ彼女の死の影響はあまりにも大き過ぎた。未だにイギリスには彼女を超える、或いは匹敵するような艦娘は生まれていない。単純に戦闘能力だけなら近しいと言われる艦娘は複数人いるけどその人格と艦隊の指揮能力までもとなると流石にいない。仮に人格面を妥協したとしても今のあの国に知勇兼備といえる艦娘は存在しない。

そもそも論で地中海での戦いがNelsonの活躍で落ち着きを見せたことでそう言った実力を上げる場所がイギリスには存在しない。大西洋はアメリカ主導での戦いだから戦闘面での実力は伸びるけど指揮能力は伸びない。地中海の制海権は未だに争われているとはいえNelsonが作り出した航路を守る為にこれまたNelsonが作り出したシステムに則って機械的な行動を繰り返せば良いだけになったからこちらも昔ほど能力が必要ではない。この成長の場のなさがイギリスの艦娘に停滞を招いているといえる。

 

「やっと見つけた」

 

1時間近く探し回ってようやく見つけた彼女たちに私は声をかけた。



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残された者達

しっかしアニメはまた随分と先ですねぇ。


「やっと見つけた」

 

私が声ををかけた先にいたのはNelsonの部下、いや元部下のJervisとJanusだった。

 

「陽炎さん…」

 

泣き腫らした目をこちらに向ける2人の横に私は無言で腰掛けた。

 

「……泣いていても何も変わらないわよ」

 

涙を信じない、とはどこの国の言葉だっただろうか。これほど真に迫った言葉はないと私は思う。泣いてつくられるのは文字通り涙だけだ。

 

「じゃあどうすればいいって言うのよ!」

 

いつもの私なら自分で考えろと言って突っぱねるところだけどこの間のNelsonとのやり取りもあるし少しくらい面倒を見てあげるのもいいだろう。

 

「二水戦が壊滅した時、私は共に沈むべきだった。その思いは今でも変わらないけどその機会を逸して今まで私は生きているわ」

 

一息つこうと煙草を口に咥え、マッチを取り出そうとしだけどそれを使う事はなかった。煙草嫌いのNelsonの冥福を祈る為にも、今日くらいは禁煙してもいいだろう。

 

「結局私は二水戦を再建することで多少なりとも死んでいったみんなに報いようとした。そうする事で彼女達が守りたかったモノが少しでも守れればいいと、そう言う思いもあったわ」

 

これは嘘ではないけど正直なところそれよりも黒潮に頼まれたからと言うのが理由の大半を占めているけどそれは余談というものだろう。

 

「貴女達はNelsonに命を救われた。ならその救われた命をどう使うか、Nelsonにどう報いるか考えればいいんじゃないかしら」

 

私がそう言うと2人は再び滂沱の涙を流しだした。どうやら慰めるのは失敗したみたいだ。

 

「Nelsonは、Nelsonは私達を庇って死んだのよ!私達がちゃんと護衛できていれば沈むことなんてなかったのに!!

 

「私達が任務を完遂できずに魚雷に当たって沈む分にはまだいいんです。けどNelsonは任務を失敗した馬鹿な私達をあろう事かNelsonは庇ったんです」

 

それは私も聞いた。なんて馬鹿な事をしているのだろうと内心呆れたけどNelsonらしいとも思った。彼女と話したのは短い時間だったけどどれほど彼女が優しい性格をしているかはその短い時間で十二分に知ることができている。

 

「潜水艦を察知できず四方から飛来した魚雷、その直撃コースにいたJervis、Janus両名の前に無理やり飛び出て最低4本の魚雷が命中、轟沈したんだったわよね」

 

何故か知らないけどNelsonがこの2人のことを可愛がっていたのはあの言動からよくわかっていだけどまさかこれほどとは思っていなかった。

 

「一つ言っておくけどNelsonの轟沈に関しては貴女たちは悪くは悪くないわ。死者に鞭打つのは趣味ではないけど単にNelsonが馬鹿だっただけよ」

 

そう言った瞬間、2人から拳が飛んできたけどそれを甘んじて受けるほど私の性格は良くない。2人の拳を軽くいなして私はさらに続けた。

 

「日本と違ってイギリスでは戦艦の護衛に駆逐艦が必ずいるしドクトリン上も戦艦の方が重要度は上よ。見捨てればいいものを態々身を挺して庇ったような奴を馬鹿と言わずして何と言うのよ」

 

ほんと、あんなに優しい艦娘がどうしてここまで長生きできたのか不思議でしょうがないわ。

 

「駆逐艦が魚雷に当たるのはただの間抜けだけど戦艦、空母が魚雷に当たるのは駆逐艦の責任よ。だけど自分から当たりに行くような馬鹿な事にまで責任を負う必要はないわ」

 

これは余談だけど日本だと戦艦も空母も駆逐艦では火力が不足していると判断された時や敵の空母が多い時くらいしか投入されないからそもそも駆逐艦が護衛をする機会は少なかったりする。私は2、3回経験はあるけどどちらも対地攻撃をする戦艦の護衛だった。空母の護衛は基本敵に秋月型みたいな防空能力の高い艦娘の役割だから私はしたことがないけど要領は同じ、護衛対象に攻撃を当たらないようにすればいいだけだ。

 

「形はどうあれ貴女達はNelsonに命を救われた。救われた命をどう使うか、それを考えることの方が今ここで泣き喚くよりよっぽど生産性があるんじゃないかしら」

 

やっぱり私に人を慰めると言うのは無理ね。私自身が過去に囚われているせいでどんなに前向きな事を言っても空虚に聞こえてしまう。

 

「仮にそうだとしても私達にそれを使う機会なんてありはしないわよ」

 

「祖国の英雄戦艦Nelsonを死なせた私達に次の機会なんてモノが与えられるとは到底思えないです」

 

確かにこのままだとそんな機会は一生来ないだろう。

 

「機会なんて人から与えられるモノではないわ。自ら掴み取ってこそよ。手始めにこのインド洋から深海棲艦を駆逐しなさい。そうすればNelsonが守った貴女達の価値を全世界が知ることになるわ」

 

幸運な事にこの子達が配備されているのはインド洋の対深海棲艦戦の最前線だ。出撃して戦果を上げる機会はいくらでも作り出せるしなにより幸運なのはNelsonの直接的な仇をその手で討てる可能性がある事だろう。私は二水戦として各地を転戦しているからソロモンの深海棲艦と戦う機会が与えられるかどうかは完全に上層部の判断に委ねる事になるけどこの子達は東洋艦隊司令部と第四艦隊が許せば、いやなんなら許可を得ずに無断出撃することさえも可能だ。その幸運にこの子達は感謝すべきだろう。

普通の兵士なら脱柵扱いされそうな事でも艦娘ならある程度は許される。今はそうではないけど一昔前だと艦娘はとても貴重な存在だったから多少艦娘が軍機に違反した程度許されていたからだ。その事例を元に軍機違反を許される艦娘は後を絶たない。日本でさえそうなのだから判例主義を採用しているイギリスなら尚更過去にそんな判例が有ればそれに基づいた行動を取らざるを得ない。現在はそれを変えようと言う動きも出始めているけど当分先の話だろう。

 

「私達にそんな事できるわけないわよ。実力はイギリス駆逐艦娘艦娘の中でも精々平均程度。駆逐艦娘の本場である日本からすれば私達なんて前線で戦えるかどうかさえ怪しい実力しかない。違いますか?」

 

「あら、よくわかっているじゃない。その通り、貴女達なんて日本じゃどんなに良くても二線級の力しかないわ。最前線で戦うなんてあり得ないわよ」

 

作戦開始前に見た東洋艦隊の訓練の様子から彼女達の実力はある程度測れている。Nelson、Sheffieldはともかく他の東洋艦隊の艦娘は皆実力が3つほど落ちる。Nelsonは勿論、Sheffieldも日本にいればまず間違いなく数字付きの艦隊に所属できるほどの実力がある。けど他の艦娘はダメね。日本が小型艦に力を入れているのもあるけどそれにしても弱すぎる。どんなに良くても最前線への補給部隊の護衛か、最前線に近い東南アジアの泊地付きの艦娘と言ったところだろうか。どちらも重要な事には変わらないけど戦闘の機会は少ない。戦闘が少ないと言うことは一線級の艦娘が配置されることはない場所ということでありJervis達は日本ではその程度の実力でしかない。それでも十分な実力ではあるけどインド洋という一つの大洋を奪取するには実力が不足していると言わざるを得ない。なんせ人類は未だに一つの大洋しか奪取できていないわけだしそれでさえ日本、イギリス、アメリカの三大艦娘国家とロシア、ドイツ、フランス、イタリアと言った艦娘が比較的強い国が総力を上げてやっと奪取したという有様だ。しかもそれは支援部隊のロシア、ドイツ、フランス、イタリアの艦娘が壊滅状態になり主力の日本、イギリス、アメリカの連合艦隊でさえ損耗率は3割を超えた。おかげで世界の対深海棲艦の戦線は数年間に渡って停滞を余儀なくされた。

 

「インド洋の深海棲艦最後の拠点、ケルゲレン諸島の奪還作戦がなぜ5年間の間一度も行われていなかったか知っている?」

 

私の問いかけに2人は首を横に振った。

 

「インド洋は北極海奪還時に激突した欧州棲姫や欧州水姫のような強力な深海棲艦は確認されていない。なのに奪還に動かないのは深海棲艦の本拠地と目される南極が近いせいよ。直接敵の本拠地と接するのは現状得策ではないと判断してケルゲレン諸島は緩衝地帯として残されているのよ」

 

先の北極海の奪還時の被害の補填が未だ終わらないと言うのも理由の一つではあるけど半ば遊兵と化している第三艦隊を使えば奪還後も南極からの深海棲艦の攻撃を防ぐことは可能だろう。もっと言うとドイツ、ロシアの2カ国は北極海の奪還で艦娘に余裕が生まれているから本来ならもっと早いペースで海を奪還できてもいいはずだった。それが出来ていない理由は北極海を奪還した時とは比べ物にならないくらい各国の足並みが揃っていない事にあった。

例えばドイツ。今この国は潜水艦以外は艦娘になった後、試験に受からなければ正式に艦娘として任官することが出来ずそのまま市井に戻される事になっている。

一見すると少数精鋭と思えるけど実際はそうでもない。そこからさらに日本で言う一個艦隊、その半分ほどの人数の精鋭部隊を作り出しその部隊のみが大西洋の深海棲艦との戦いに派遣されているから他のドイツ艦娘はまともな実践経験が無く殆どは実戦に耐えられない。北海で行われるオリョクルをもっとも活発に行っているのがドイツだから深海棲艦の数を減らしたりするときに戦闘はするみたいだけどそれも年数回とかそんなレベルだからこれは数に含める必要はないだろう。

何より艦娘の数が減ったことで今じゃドイツは資源輸出大国の一つとなっていて今更自国の国力を削る事になる艦娘の派遣と数の拡大などするはずがない。ロシアももはや戦後と言わんばかりに艦娘の数を削減し国内の復興に力を入れているから北極海奪還時ほどの力はない。逆に三大艦娘国家は艦娘の数も練度も上がっているけど3国だけでは限界がある。西太平洋からインド洋を日本が、東太平洋と大西洋をアメリカが、大西洋からインド洋にかけてをイギリスが担う事で辛うじて戦線を維持しているけど決定打に欠けているから戦線は膠着気味だ。

 

「もし仮にケルゲレン諸島が落ちるような事があれば世界はこのインド洋防衛の為に戦力を割かざるを得なくなるし場合によってはここを拠点に南極の深海棲艦を叩くような作戦が練られるかもしれないわ。そうすれば後々貴女達は深海棲艦との戦いに終止符を打つ決定打を放った事になりその名は永遠と語り継がれる事になる」

 

この子たちにそこまでの力があるとは思えないけど言うだけならただだしいいだろう。

 

「私達にそれが出来るほどの力はありませんよ」

 

「そうね。けど幸運な事に貴女達は第四艦隊と、過去に日本海を解放した経験のある第四艦隊と同じ基地にいるのよ。彼女達から深海棲艦との戦いのノウハウを学べば今より多少マシになるんじゃないかしら」

 

世界的にも数少ない海を奪還した経験のある艦隊だし学べることは多いだろう。

 

「それになにも貴女達だけでインド洋を奪還しろと言っているわけではないのよ。第四艦隊と合流することで彼女達の協力を得られればより確実にインド洋から深海棲艦を駆逐することができる。その時貴女達が中心となって動けばそれでも十分Nelsonが貴女達を守った価値があると言うものよ」

 

死んでここまで悲しむ者がいるNelsonはやはり人格者ね。誰が言ったか人の価値はその人が死んだ時初めて判明するらしい。

Nelsonはイギリスだけじゃなく関わった多くの艦娘からその死を惜しまれる存在だった。その事実だけで彼女の偉大さがよくわかるしここにいる2人がNelsonに救われた命の価値が1人ではどうあがいても足りないと言うこともよくわかる。2人でようやく一人前、だけどそれでさえもNelson1人に届かないだろう。それを許容した上でせめて、なるほどNelsonが守りたくなるのも頷ける、くらいには思われるようになれれば合格といったところだろうか。

守る側が偉大だと守られた側も随分と苦労するのね。

…………私はどうなのだろうか。命をまるで代わりの効く物のように投げ打って戦い続ける二水戦の旗艦の命の価値。私自身はこれでもいいと思うけど形は同じでも中身はまるっきり違う現二水戦にこのスタイルが相応しいと言えるのだろうか。自分の事を偉大だと思ったことは一度もないけど今後私の行動を手本に二水戦が続くのであれば軽々と命を投げ捨てるような行動は慎むべきなんじゃないだろうか。

 

「陽炎さん」

 

「な、なに?」

 

考え込んでいたせいで返事がうわずってしまったけどJervis達は気が付かなかったみたいね。

 

「今の私達にインド洋から深海棲艦を駆逐できるほどの力があるとは思わない」

 

「近い将来、必ずそれが出来るほどの力を手に入れて見せます」

 

「「その時はインド洋から深海棲艦を奪還する為に力を貸してくれる?」ますか?」

 

「ええ。その時は必ず力になるわ」

 

いい目をするようになったじゃない。これならもう大丈夫ね。



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水葬

アニメ8話、マジでどうするんでしょうね。ニコニコで坊ノ岬は映画とか言うコメントをチラッと見た気がするですけどどうなんでしょうか。
8話が呉空襲ならワンチャンありそうな気が…


現役艦娘の葬式は虚しい事が多いからあまり好きではない。多くの場合その肉体はすでに海中に沈み死体の回収ができないからだ。死体が回収できないと言うことは必然的に棺の中身は空になりただ故人の遺影を眺めるだけの葬式になる。仮に運良く死体が棺に入ってもその遺体は近海に沈められる。水葬が悪いとは言わないけどいつ深海棲艦に奪われるとも分からない海に沈められるのはぞっとしない。

なにより私が艦娘の葬式が好きでない1番の理由はたとえ死体がなくとも葬儀は水葬の形を取ることだ。艦娘といえば海、その気持ちはわからなくないけど全ての艦娘が海を好いているわけではない。少なくとも私は嫌だ。何が悲しくて深海棲艦が生まれてくる海に沈められなければならないのか、せめて墓だけは陸地に作ってもらいたいと思うのは私のわがままなのだろうか。

 

「不思議なものね」

 

「なにがや?」

 

「どんなに活躍しても艦娘の墓が陸に造られる事はないに等しい。いくら艦娘とはいえ墓くらいはきちんと陸の上に作ってあげたらいいのに」

 

「初期艦4隻の墓は高野山にあるからまったくないわけやないやろ」

 

「中身はないじゃない」

 

初期艦の1人、初代連合艦隊旗艦吹雪は沖縄奪還作戦終了直後に潜水艦の雷撃で轟沈。第二代連合艦隊旗艦にして第一艦隊初代旗艦五月雨はここ、セイロン島への視察に向かう途中シンガポール沖で戦艦棲姫、空母棲姫、軽巡棲姫、駆逐古姫の計4隻の姫級との不意遭遇戦で轟沈。第二艦隊初代旗艦叢雲はフィリピン沖で飛行場姫のものとされる航空機による攻撃を受け轟沈。二水戦初代旗艦は太平洋打通作戦でミッドウェイ島近辺で姫級3隻を含む100隻程の深海棲艦の艦隊と二水戦が戦闘した際に轟沈している。皆海の上での戦死だから当然死体は回収できずに海の底。高野山の墓は当然空っぽだ。

 

「せやけど艦娘の死体を引き上げるんはそれが深ければ深いほど困難になる。人の背丈くらいの深さなら採算度外視でやればいけるけど初期艦達が沈んどるんは深さ50メートル以上のとこやから技術的にも資金的にも到底不可能や」

 

「彼女達ほど日本のために戦ったものはいない。いずれ引き上げてきちんとお墓に納めてあげてほしいものね」

 

「それはそうやな。ウチかて墓はちゃんと陸の上に作って欲しいわ」

 

「あら、アンタがそんな話するなんて珍しいわね」

 

誰よりも生き残る事に貪欲な黒潮が自分からこう言った死に関する話をするなんてそうない事だ。明日は槍でも降るのかしら。

 

「いずれ人は死ぬんや。たまにはこんな話もするやろ」

 

「それはそうだけど……」

 

「ひ孫に墓参りの場所で愚痴言われるんは嫌やからな」

 

あぁ、そう言う事。

 

「その心配をするならまずは結婚できるかどうかの心配をするべきじゃない?」

 

仮に相手が見つかっても艦娘の結婚はうまくいかない事が多いと言うし

 

「うっさいな。自分かて人の事言えんやろ」

 

「それもそう……」

 

ふと私は古い記憶を思い出し言葉を止めた。

 

「なんや、相手でもおるんか」

 

いや、けどあんなの親同士の軽い冗談……のはずよね?けど相手が相手だし……。自分で言うのもなんだけどお互い家柄がいいから他の親戚連中が調子に乗っていてもおかしくない……か?

 

「……私が昔イギリスにいたのは知ってるわよね」

 

「知ってるけどそれがどうしたんや?」

 

「その時イギリスにいた駐在武官が軍の高官を輩出する名家の本家筋の人間だったのよ。その人と意気投合して家族ぐるみの付き合いがあったんだけどその人には私より13、4歳上の息子がいたのよ」

 

「まぁ、駐在武官になるくらいの年齢ならそら子供くらいおるやろな」

 

「その息子もイギリスに来てたんだけど食事の席とかで親が小難しい話をしている時相手をしてくれてたんだけどそれを見た親が酔った勢いで許嫁にしようだとかどうとか言った事があったのよ」

 

彼はちょうど今の私と同じか少し下くらいの年齢だったけど私が同じように子供の相手をできるとは思えない。その点よく面倒を見てくれたと思うけどだからと言って許嫁は意味がわからない。

 

「なんやそんな話か。陽炎の恋バナが聞ける思ったのに」

 

「艦娘がそんなものに縁があるわけないじゃない」

 

艦娘に全く縁がないとは言わないけど少なくとも黒潮が好きそうな純愛ではなくもっとドロドロした感じのあまり聞いていて面白くない話なのは間違いない。

 

「それもそうやな。ほんで、えらく悩んどったけどこの話の何が問題なんや」

 

「アンタも知っての通り親戚や爺様が古い考えに囚われているから私の知らないところで勝手に婚姻届に判を押されていたとしても驚かないわ」

 

「いや犯罪やん」

 

その通り。普通なら私文書だか有印文書の偽造でアウトだけど生憎ウチは違う。

 

「うちの一族は外交官が多いけど過去には大臣を輩出した事もあるし色んな方面に顔が効くのよ。そんなの揉み消す事くらい簡単よ」

 

「権力者って怖いわ〜。絶対関わりたないわ」

 

ほんと、迷惑な話よね。

 

「歳が離れすぎてるし今頃結婚してると思うんだけど……」

 

「なんか不安があるんか?」

 

不安、と言うほどのものではないけど少し厄介な相手にこのことを知られているのよね。

 

「金剛がこのことを知っているのよ。金剛に外堀を埋められると面倒な事になるわ」

 

「金剛って陽炎のこと嫌っとる第三戦隊旗艦の金剛の事やんな」

 

「そうよ。小さい頃は本当の姉妹みたいに仲がよかったからお互い会えば色んな話をしていてこの事も話しているから覚えていれば面倒な事になるわ」

 

「何の意味がるねん。結婚さしたところで金剛に利があるとは思えんけど」

 

「そうでもないわ。アイツは私を一族のトップに立たせようとしているから私が結婚して一線を退く事は私の死亡率を下げる事につながるから利しかないわ」

 

金剛が本気で私の嫌がる事をするとは考えにくいけど人は変わるのもだもの。ありえないと断じるのは早計だろう。

 

「益々分からんな。何で嫌っとる相手をトップに立たせようとすんねん」

 

確かに今の彼女は私の事を嫌っているのだろう。彼女からすれば私は義務から逃げているようにしか見えないのだから。けど何と言われようと私は私の考えを変える気はない。

 

「金剛は能力には義務と権利がついてくるって考えているのよ」

 

「どう言うことや?」

 

「金剛と私、いずれか一方はいずれ当主として一族を率いる事になる。これは間違いないけど生憎私は一族に思い入れなんてないし、何か助けてもらった事があるわけでもない。だから好き勝手生きて好き勝手に死んでいこうと思うのだけど金剛はそれが我慢ならないのよ。私の方が優秀だと思っているから私が当主になって一族を導かなければならないのにそれから逃げている私は悪者ってわけ」

 

ほんと、馬鹿馬鹿しい話よ。母が死に、父が死んだ今、一族と言っても思い入れがあるのは今じゃ金剛と祖父母くらいのものだと言うのにそれが分からないなんて。

いや、彼女は人一番責任感が強いからたとえそれがわかっていたとしてもこれまで従ってきた一族に報いるためにも最高の当主を迎えようと考えているのだろう。気持ちはわからなくもないけど私は一族の手助けを受けたこともなければ恩恵を受けたこともない。艦娘になったのだって父が死んで直ぐ後のことだから一時的に本家、つまり祖父母の家で面倒を見てもらったけどそれはある当然のことと言えるのではないかしら。

なにより祖父母以外の連中は父が死んだ影響をどう上手く利用するかしか考えていなかったように思うから嫌いだ。だから私は一族になんの思い入れもないし助けたいと思うこともない。そんな一族の事を考えていない当主を迎える事ほど不幸なこともないと思うのだけど……。

 

「つまりなんや、陽炎の方がトップに立つのに相応しい実力持っとるのにそれから逃げ回るから嫌いっちゅうわけか?」

 

「簡単に言えばそうね。能力なんて立場が上がれば自然に身につくものだしなんなら今の金剛でも十分当主に相応しいと思うのだけど金剛はそれじゃ納得できないみたいね」

 

良き姉貴分だった金剛と今ではお互い嫌い合う仲になるなんてあの頃は思いもしなかった。面倒見のいい彼女だからこそ、一族の事を一番に考え最善と思われる行動を取ろうとしているのだろうけど甚だ迷惑な話しだ。

お陰で彼女の事を嫌いにならなければならなくなった。

 

「物語の世界やと自分こそが一族のトップに立とうとして蹴落としあったりするイメージやけど現実は全然違うんやなぁ」

 

「そりゃね。一昔前ならともかく今は深海棲艦との戦いで余裕がないからそんなことしてる暇ないわよ」

 

深海棲艦との戦いで余裕がないのは事実だけどそれ以外にも理由がある。私の一族の強い分野、つまり外交に関してはもはや対抗できる勢力がないくらい強大だ。各国の有力政治家やその一族と一族ぐるみで付き合いがあるからいまさらウチの一族以外を外交に使う意味はない。ただ昨今のゴタゴタで多少隙を見せたせいで他所の介入を招きそうになったから一族が団結して跡目争いは起きていない。あるのは押し付け合いだけだ。

 

「そう言うもんか。ほんで、陽炎を無理矢理結婚させて一線を退かせたいだちゅうんはわかったけど肝心の相手はどこにおるんや?」

 

「そんなの知らないわよ。名前だって苗字以外忘れちゃったしその苗字もありふれたものだから探しようもないしね」

 

わざわざ探す理由もないし、なにより今の今まで忘れていたしこの件はもう時効でいいでしょう。

 

「私に三十超えたオッサンと結婚する趣味はないしもしそんな事が起ころうものならロシアあたりに亡命するわ。実力の高い艦娘はどの国でも歓迎されるしそれが艦娘三大国以外であれば尚更よ」

 

「ほんでウチら二水戦が追手に差し向けられると。ウチは死にたないから亡命なんてせんといてや」

 

他に有力な部隊もないし追手に相応しいのは確かだけど正直今の二水戦なら返り討ちにできる自信がある。

 

「安心しなさい。苦しまないように殺してあげるから」

 

「マジで冗談やないからな。本気でウチは陽炎とやり合うんや嫌やからな」

 

ほんの冗談のつもりだったのに必死に懇願してくる黒潮に思わず私は苦笑いを浮かべた。

 

「冗談よ。そんなのやるわけないでしょ」

 

「ホンマやんな!?」

 

しつこいわね。

 

「なに、信じてないの?」

 

「いや、だって陽炎は言ったことは絶対実行するタイプやん。ここでちゃんと言質とっとかな後が怖いわ」

 

よくわかってるじゃない

 

「まぁ、確かに最悪の場合それくらいするつもりだったけどそんなに怖がらなくても良いじゃない。私とアンタの仲なんだから手加減くらいするわよ」

 

友人を手にかけるなんてできればしたくない。

 

「手加減云々やなくウチは陽炎と戦いたないんやって」

 

「……まったく、わかったわよ。そんなに言うなら亡命はやめて他の手段を考えるわ」

 

そう言うと黒潮は明らかにホッとしたような態度をとった。

そもそも金剛が外堀を埋めようとしてるって決まったわけじゃないからそんなに必死に懇願しなくてもいいのにそんなに私と戦うのが嫌なのかしら。

 

「そろそろNelsonの葬儀が始まるわね」

 

忘れそうになるけどここはNelsonの葬式の場だ。あまり不穏な話はするべきじゃないだろう。

 

「そうやな。そろそろ黙ろか。陽炎、煙草は吸ったらあかんで」

 

「吸うわけないでしょ」

 

まったく、私の事はなんだと思っているのか。そのくらいのマナーと礼儀は弁えている。

そう反論しようと思ったけど東洋艦隊の艦娘達が棺を運んでくるのが見えたからその機会を逸する事になった。



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煙を燻らす

Nelsonの葬儀の翌日、私達は日本に帰るためにスリランカを離れ巡航速度でマラッカ海峡を目指していた。

 

「やっぱり煙草はいいわね」

 

煙を肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと波の音に混じって隣から嫌そうなため息が聞こえた。

 

「なによ黒潮。言いたい事があるの」

 

「ないと思うんか」

 

黒潮が言わんとする事は理解している。けど人という生き物は不便なもので言葉で伝えないと相手の考えている事は伝わらない。

 

「さっぱり、検討もつかないわ」

 

「黒潮はその手に持っているものを早いとこ処分してほしいんですよ」

 

「あら、この12.7センチ砲の事?装備品を捨てるなんてできないわよ」

 

恍けたようにそういうと不知火は呆れたようにため息を吐き、それと同時に黒潮の右手が少しずつ上がっているのが目の片隅に映った。

 

「ああ、煙草の事ね!禁煙週間が終わって我慢できずについ吸ってしまったわ」

 

慌てた事を微塵も感じさせぬように今気付いたと言わんばかりにポンッ、手を叩いてそう言うと黒潮が目を細めた。

 

「海上での飲酒、喫煙は御法度やろ」

 

海上での飲酒、喫煙の禁止は軍規に明記された規則だ。飲酒はともかく喫煙まで禁止されるのは納得いかないけど一応ちゃんとした理由がある。

初代連合艦隊旗艦吹雪、同じく第二代旗艦五月雨の轟沈原因の一つに煙草の煙があるとされているからだ。吹雪は作戦終了直後、一服していたところを潜水艦に雷撃され轟沈、五月雨は咥え煙草をしながら航行していたところを姫級と遭遇して轟沈。

五月雨に関しては不意遭遇戦と言えばそれまでだが先手は深海棲艦に取られ完全に不利な体勢からの戦闘になっている。深海棲艦に先手を取られた原因が煙草の煙が遠くからでも見えた事が原因ではないか疑われた。

この件から吹雪轟沈に関しても煙草が原因の一つではないかと疑われ調査したところ煙草を吸っている艦娘と吸っていない艦娘だと後者の方が潜水艦に見つかりにくいという事が判明した。その事から吹雪と五月雨両艦の轟沈の原因の一つが煙草であるとされた事から現連合艦隊旗艦により海上での喫煙を禁止する規則が作られる事になった。

 

「今この場には私より立場が上のものはいない以上は私がルールよ」

 

軍規なんて罰を与えるものがいなければ有名無実化するもの、ここでは私が最高位なのだから何も気にする事はない。

 

「帰ったら司令はんに言いつけるで」

 

「それはやめて。どうしてから知らないけどあの人私に対してだけそう言う事に厳しいから間違いなく後で説教されるわ」

 

ほんと、なんでか知らないけど司令は私にだけそう言った事に厳しいのよね。なんなら他の艦娘が煙草を吸っていても何も言わないのに私が吸っていたら小言を言ってくるし意味わかんない。

 

「なら今すぐ煙草の火消すんやな」

 

「それは無理。だから黒潮も司令にはこの事黙っといてね」

 

ブチっと何かが切れる音と黒潮の右手が上がるのはほぼ同時だった。

 

「ええ加減にせぇや!」

 

そう言って右手に持った12.7センチ砲を私に向けて撃とうとするのを手首を掴む事ですんでのところで食い止めると黒潮を落ち着かせるようにもう片方の手を向けた。

 

「まぁ、落ち着きなさいよ。なにも理由もなく吸っている訳じゃないのよ。ちゃんと目的があって煙草を吸っているから説明くらいさせなさい」

 

部下の模範となるべき旗艦が率先して規則を破るようでは部下もそれを守らなくなるかもしれない。旗艦が率先してやるべきことではない。

 

「ほんまかぁ?」

 

「俄には信じ難いですね」

 

疑うような視線を向ける2人、いえ2人どころじゃないわね。後ろをよく見ると親潮、雪風を筆頭にほとんど全員が疑わしげな表情をしているわ。

 

「私達二水戦がスリランカに到着したすぐ後くらいからスリランカ、シンガポール間の航路が潜水艦の襲撃を受ける頻度が上がったのは知ってる?」

 

「第四艦隊がインド洋の西部と南部にかかりきりになっとるからシンガポール、スリランカ間の船団護衛任務を本来はシンガポール海峡とマラッカ海峡の防衛が主任務のシンガポール警備府の連中が一時的に受け持って以来、その航路で被害が増えとる言う話なら聞いとる」

 

「シンガポール警備府はインド洋派遣艦隊ほどの精鋭でもないから船団護衛はそれほどうまくいってないらしいわ。その上潜水艦の数が増えた事が原因で被害は更に拡大。1ヶ月くらいの間でVLCC*1が8隻沈んだらしいわ。他にも中型のタンカーや小型のものを含めてざっと50隻のタンカーが沈んだみたいよ」

 

元々インド洋全域を担当していたインド洋派遣艦隊が深海棲艦の襲撃により船団護衛に割ける戦力が減少した事がシンガポール警備府が駆り出された原因だけどこれの根本的な問題はインド洋の戦力の少なさにある。本来であれば東南アジアのように警備府を置いて専用の部隊が航路の安全を守るべきなのにスリランカのインド洋派遣艦隊と東洋艦隊以外は碌な戦力がいなく彼女達だけでインド洋全体の航路の安全を確保しているような状態だ。だから今回みたいに深海棲艦が攻勢をかけてきた時、簡単に防衛網に穴が開く。

 

「今回戦艦棲姫を倒した事で状況は改善するでしょうけど取り返したチャゴス諸島周辺海域の安定化のために戦力を割かないといけないから完全に元通りになるまでまだ時間がかかるわ」

 

「チャゴス諸島を深海棲艦に占領される前以上に要塞化せなまた取られるやろからな。で、それと煙草の何が関係あんねん」

 

「察しが悪いわねぇ。もののついでに私達でそいつらを仕留めて帰りましょうって事よ。煙草の煙で奴らが私達を襲撃してくれるかもしれないでしょ」

 

それ以外に海上で煙草を吸う理由なんてあるわけないじゃない。……吸いたかって言うのも理由の一つだけど。

 

「アホらし。そんな上手くいくわけないやろ。そもそも煙草の煙が深海棲艦に見つかりやすいって言っても煙草を吸わへん艦娘と比較したらって話やろ。

タンカーと比較したらそらタンカーの方がみつかりやすいしシンガポール海峡みたいな航路が限定されている場所ならともかく広いインド洋でそう簡単に潜水艦に遭遇するわけないやろ」

 

黒潮の言う事は正しい。煙草の煙が影響するのはあくまでも艦娘同士で比較した時であってより大きな船が相手だとそんなものは誤差に過ぎない。

更に言うとインド洋なんて広い海で小さな艦娘が同じく小さな深海棲艦に見つかる確率なんてとてつもなく低いだろう。

 

「そうね。いくら通常航路を通っているとは言え相手が待ち構えている近くを通らないと作戦が成立しないし賭けの要素が大きいわね」

 

「そやろ。やから大人しく煙草吸うのやめよか」

 

当たり前だけど敵の潜水艦のローテーションから外れていたりしたらダメ出しよしんばローテーションに合致していても艦娘を見つけられない可能性の方が高い。

タンカーでも連れていればあるいは攻撃を受けるかもしれないけど生憎私達は艦娘だけだ。潜水艦に見つかる可能性はごく僅かだろう。

だからこそ少しでも確率を上げようと煙草を吸っているのだけど黒潮はお気に召さないみたいね。

 

「けどそれとこれとは話が別よ。多少でも遭遇する確率を上げるために煙草はジャンジャン吸わないと。だから今回に限っては航行中の喫煙を許可するわ」

 

そう言って後ろを振り向くと何故か白けたような視線が向けられていた。

 

「今の二水戦に陽炎以外、喫煙者はいません」

 

「………」

 

不知火の言葉に私は一度煙と共に大きく息を吸い肺に送り込みしっかりと味わうと一気に吐き出した。

 

「知らなかったわ。前は結構いたからてっきり多いのかと思ってたわ」

 

「前も陽炎含めて三、四人やけどな」

 

そう言われて頭の中で呉の喫煙所で会ったことのある二水戦を思い浮かべると確かにそれくらいの数しか思い浮かばなかった。

 

「年々喫煙率は下がってますしそろそろ陽炎も煙草をやめたらどうですか?」

 

「…アンタまでそんなこと言うのね」

 

今まで何も言ってこなかったから無意識に味方だと思い込んでたわ。

 

「当たり前です。年頃の女の子が煙草なんて似合いませんよ」

 

「硝煙と血に塗れた年頃の少女なら十分似合うんじゃない?」

 

「硝煙はともかく血はないでしょう。深海棲艦にはそんなもの流れてないんですから」

 

私の言葉を鼻で笑って不知火は言った。

 

「あら、仲間の血と自分の血があるじゃない。それとも何、艦娘にも血は流れていないとでも言うつもり?」

 

誰も深海棲艦の血だなんて言ってないのに。失礼しちゃうわ。

 

「アホなこと言って話誤魔化そうとしてるんちゃうぞ」

 

チッ、誤魔化しきれなかったみたいね。

 

「分かった、誤魔化すのはやめるわ」

 

「煙草を止める気はないっちゅうことやな」

 

「流石黒潮。よく分かってるじゃない」

 

飄々と言うと黒潮は鬼のような形相を浮かべ拳を握りしめた。

 

「お取込み中すみません。報告があるんですが……」

 

気の毒そうな視線を黒潮に向けながら親潮が言った。

 

「あらどうしたの?」

 

振り返って尋ねると同時に、他にも何人か気の毒そうな表情を浮かべる子と少数だけど私に対して尊敬の眼差しを向ける艦娘がいるのが見えた。

 

「ソナーに感ありです。深海棲艦の潜水艦と思われます」

 

その言葉にほら見た事かと言わんばかりに視線を投げかけると黒潮はプルプルと拳を振るわせながら俯いた。

 

「……第三中隊前進!敵の潜水艦を叩くで!!」

 

そう言って命令も待たずに速度を上げる黒潮を止めたのは親潮だった。

 

「黒潮!潜水艦はそちらではなく10時方向です!!」

 

耳まで真っ赤にした黒潮は口を魚のようにぱくぱくと動かすと親潮を睨みつけた。

 

「報告は正確にせぇや!」

 

そう言うと改めて指示を出し直し潜水艦がいるであろう場所に前進を始めた。

 

「確かに親潮の報告は不正確だったけどあれって完全な八つ当たりよね?」

 

不知火にそう尋ねると彼女は肩をすくめた。

 

「八つ当たりしたくなる気持ちもわかりますけどね」

 

なんか棘がある言い方ね。

 

「……まあいいわ。第一中隊は対水、対空警戒を厳に。第二中隊は第三中隊のバックアップに向かいなさい」

 

返事をして不知火が去っていくのを見送り私は一度大きく息を吐くと後ろを振り返り言った。

 

「ところで本当に煙草を吸う子はいないの?」

 

未練がましい私の問いかけに全員からノーを突きつけられ少し悲しい気持ちになった。いや、良い事なんだけど……。

*1
Very Large Crude Carrierの略。20万トン〜30万トンクラスの大型タンカーを指す。一隻で日本が1日で消費する原油の三分のニに匹敵する量の原油を運ぶ事ができる




自分で言うのもあれですけど煙草関連の話多いな。
それはそうと自分の記憶が確かなら煙突から出る煙が原因で潜水艦に見つかったみたいな話があったようななかったような……。


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那覇泊地

いつかあの海で、今月末ですね。長いなぁ
それはそうと山城とかメインキャラっぽい扱いだった艦娘が序盤に消えた事に対して突っ込むのって野暮ですかね。


「疲れたぁ」

 

那覇泊地に到着し黒潮達二水戦主要メンバーと共に用意された部屋に入った私は行きとは比べ物にならないくらいの疲労感から思わずそう呟いた。

 

「ウチも疲れたわ」

 

私よりも更に疲労の色が濃い黒潮が溜息混じりにそう言った。

 

「まさかあんなにも釣れるとは思わなかったわね」

 

「陽炎はエスパーかなにかですか」

 

私達と同じく疲労困憊と言った様子の不知火が呆れたように言った。

 

「雪風よりも運がいいです」

 

「あれは運がいいって言うんでしょうか。むしろ悪いのでは……」

 

次々と溢れる愚痴とも呆れとも取れる言葉に私は何も言えなかった。

自分でも運がいいのか悪いのか、いやきっといいのだろう。そう思わないとやってられない。

 

「煙草を吸うたびに深海棲艦が現れるなんて誰も思いませんよ。お陰で多くの弾薬を消費しましたから予定になかった泊地による事になりましたから余計に時間がかかりました」

 

「その度にお偉いさんと挨拶しないといけないし本当に疲れたわ」

 

「泊地の司令官なんざよくて大佐やから今の陽炎より下やん。抜かれることなんてなんもないやろ。なんせ少将閣下なんやから」

 

深海棲艦との戦いで艦娘でない軍人の役割は小さい。艦娘の管理と日本近海における哨戒くらいだ。だから艦娘でない軍人はまるで平時のように年功序列と軍大学での成績により出世が決まる。けど最近は東南アジアに泊地が増えた影響でやや人手が足りていない。

元々泊地は深海棲艦から輸送船を守るために航路近くの島々に設置されて最低1個駆逐隊規模の駆逐艦を保有していた。艦娘が少ない頃は泊地の数も少なく指揮官は将官が担っていたけど艦娘が増えるにつれ泊地自体の数とその規模が少しずつ大きくなっていった。

全ての泊地に将官を配置しては人手が足らなくなり規模が小さい泊地は自然と佐官が指揮官を務める事も多くなった。

泊地の増加に伴い複数の泊地を束ねる存在として警備府が存在しているけどこれは将官が司令を務める事になっている。

 

「その言い方はやめてよ」

 

二水戦の再編を終えた時点でそれを評価され大佐に、戦艦棲姫を倒した件で更に少将に昇進している。本来なら戦艦棲姫を倒したくらいでは少将への昇進なんて叶わないけど昇進したのはNelsonが轟沈した影響だ。暗いニュースを少しでも明るいニュースで掻き消そうと、そう言う意図から私は昇進している。

半年足らずの短い間で少佐から随分と少将へと随分と昇格したものだけど正直あまりうれしくはない。私に限った話じゃなく艦娘は階級にこだわったりしない。そんなものなくても十分な給料を貰えるし名誉もある。それにこだわるのは余程野心に満ち溢れているか、何か目的がある艦娘だろう。

 

「途中で陽炎の煙草が切れたからよかったですけどずっと煙草を吸っていたらどうなっていたんでしょうね」

 

「別にどうにもならないでしょ」

 

「黒潮お姉ちゃんが止めなかったらずっと戦い続ける事になっていたって事ですか?」

 

途中立ち寄った泊地で煙草を補充しては黒潮に剣呑な視線を向けられついには取り上げられそうになって買い足すのを諦めたけどそれまでは殆どずっと深海棲艦と戦っていたわ。

 

「そんなわけないでしょ。東シナ海以降は煙草を吸っても深海棲艦とは遭遇しなかったからインド洋から南シナ海にかけては偶然、運が悪かっただけよ」

 

「そら東シナ海は完全に人類の勢力圏やからな。深海棲艦と遭遇する方が問題や」

 

東南アジアの勢力図は複雑だ。マラッカ海峡、シンガポール海峡は完全に人類の勢力圏だけどジャワ海は人類と深海棲艦が睨み合いを続けている。他には東ティモール周辺、バンダ海とティモール海なんかはほぼ完全に深海棲艦が占拠している。しかしパプアニューギニアとオーストラリアの間、アラフラ海は人類側の勢力圏となっていてその逆側に位置するソロモン海は知っての通り深海棲艦の勢力圏。東南アジアの状況はカオスに尽きる。島そのものは殆ど全て奪還済みだけど5年前に二水戦が東南アジアを主戦場としていた頃と比べて制海権を握っている範囲は減少している。

 

「本来なら南シナ海も人類が制海権を握っていたはずなんですけどね」

 

「3年前にスンダ海峡で深海棲艦の艦隊とスマトラ、ジャワの2つの警備府の連合部隊58隻が戦い大敗、スンダ海峡は深海棲艦の出入り自由になり南シナ海は深海棲艦に脅かされるようになりましたから仕方ないんじゃないですか?」

 

深海棲艦側は戦艦レ級1隻、ル級が2隻、空母ヲ級1隻を中核とする艦隊で数は60隻前後とほぼ互角だった。

空母の護衛を考えると前線における戦力はむしろ人類側有利だったけど運の悪い事に人類側には空母がいなかった。スマトラ警備府は空母を保有していたけどその虎の子の1隻が入渠中で作戦に参加できなかった事がこの戦いの勝敗に大きな影響を及ぼすことになった。

 

「あと少し、私達が着くのが早ければ勝っていたのは人類だったはずなんだけど……」

 

この戦いに私は援軍として派遣されている。別の任務で偶然シンガポールにいて一番近い二水戦が当時私の所属していた中隊だったからだ。

 

「もう3年前なんか。陽炎がえらい悔しがっとったん覚えとるわ」

 

「そりゃね。あの規模の戦いはいくら二水戦とはいえ経験できる機会はそう多くはないわ。何より私達が参加できていれば僅差ではあったかもしれないけど戦略的勝利を得ることができたはずよ」

 

この戦いにおける深海棲艦の被害は駆逐艦が8〜12隻、軽巡1隻が轟沈、戦艦ル級が大破した他中小破が30隻ほど。

対してスマトラ、ジャワ連合部隊は駆逐艦23隻、軽巡1隻、重巡3隻が轟沈。戦艦2隻と重巡1隻、軽巡1隻、駆逐艦5隻が大破している他にも中小破艦多数で無傷の艦娘はゼロ。

大敗と言っていいけど人類側の勝利条件は敵艦隊の壊滅ではなくスンダ海峡の制海権を維持する事だ。二水戦がいればそれがなしえた事疑いようがない。

 

「二水戦側の被害もなかなかひどい事になりそうやけどな」

 

「そりゃね。敵は私達の約4倍。正面からぶつかれば数で負けるけど魚雷や機雷を駆使して遅滞戦闘に努めれば周りの味方が到着するから敵は引かざるを得ない。私達ならそれくらいの時間は稼げるわ」

 

「数の上で互角であることにかまけて警備府の人達はそれをせず正面からの決戦を望んだから負けたという事ですか」

 

「その通りよ親潮。たとえ全滅しようが戦果を得れなかろうが要は戦略的勝利を得れればいいのよ。親潮、雪風、2人ともよく覚えておきなさい、貴女達もいずれはもっと規模の大きな部隊を率いる事になるのだから」

 

実のところ二水戦は戦術的敗北なら何度もしている。例えば北極海を奪還した際には二水戦の約半数が轟沈しているし東南アジアでの数々の戦いで二水戦は何度も戦術的に負けている。それ以上に勝ってるけどね。

だけど戦略的敗北は数えるほどしかない。二水戦が最強たる所以がこれだ。いくら被害を受けようとも戦略目的は必ず達成する。それくらいの信頼が二水戦にはあった。

 

「ほんまなら二水戦が水雷戦隊単位で動くことなんかそうそうないわけやからな」

 

「よくて中隊、大抵の場合は駆逐隊単位での行動を基本としていたわね」

 

ほんと、あの頃が懐かしいわ。経験豊富な中隊長や駆逐隊司令の下で指揮艦としての経験を積み各地へ派遣されるという好循環が造られていた二水戦が。

 

「本来の二水戦はそれだけでも十分戦局に影響を及ぼすほどの力がありましたけど生憎それができる指揮艦が陽炎以外だと私と黒潮しかいませんから」

 

不知火の言う通り、最低限の指揮ができるのはこの2人だけね

 

「ウチかてそんな自信ないけどな」

 

「そうね」

 

「そこはそんな事ないって言うとこやろ」

 

「だって事実じゃない。黒潮は二水戦に入ってからはずっと私の指揮下にいたから実践指揮なんて今回を除けば指揮なんて4年くらいしてないでしょ?」

 

私の言葉に黒潮は方をすくめた。

 

「まぁそうやな。それやって駆逐隊の指揮やし中隊規模となると流石にした事ないわ」

 

「私も中隊規模は演習でしか指揮した事がないですから実践指揮は今回が初めてですから実践指揮の点では黒潮と同じですね。陽炎はどうなんですか?」

 

不知火の問いかけに口元に手を当てて考えると私もあまりした事がない事に気がついた。

 

「……そういえば派遣先で現地部隊を統合して指揮した事はあるけど水雷中隊の指揮はないわね」

 

二水戦は即応戦力として各地に駆り出されるが同時に複数泊地での合同作戦などでは連合部隊の指揮を取る事もある。それで巡洋艦などを指揮下に収めて約30隻ほどの部隊を率いた経験なら何回かあるけど二水戦のように水雷中隊や水雷戦隊として編成された部隊を指揮したのは今回が初めてだ。

 

「こう改めて話してみると今の二水戦は指揮艦が少ない以前に部隊の指揮を教えられるものがいないのね」

 

「強いて言うなら私と陽炎ですか」

 

「一度呉で神通さん達に相談すべきかもしれないわね。日本海軍の即応部隊たる二水戦が水雷戦隊規模でしか動かないなんで大問題だわ」

 

かつての二水戦と比べるべきではないのかもしれないけど私としては再建するからには栄光ある二水戦実力だけでも匹敵するものにしたい。

それが二水戦第18駆逐隊司令としての、生き残った唯一の指揮艦としての務めではないだろうか。

 

「なんか大層なこと考えてそうやけどそう深く考えんでええんとちゃうか」

 

黒潮の言葉に思わず眉を顰めた。

 

「何考えてるんかはだいたい想像つくけどどうせあの頃の二水戦には戻れへん。今の二水戦にあった運用を上層部にはしてもらう事にしてウチらはその範疇で頑張るべきや」

 

「たとえ中身が変わっても二水戦はこの世界において最強でなければならない。それは絶対条件よ。伝統と誇りは捨てても実力まで捨てるなんて絶対にあり得ない」

 

私の答えに黒潮は肩をすくめた。

 

「まぁ、その方が陽炎らしいわな」

 

「実力が高くて悪い事はないですけど問題は部下達がそれについていけるかどうかですね」

 

「まぁ、なんとかなるでしょ。私が現役の内に部分的にでも駆逐隊単位での二水戦の派遣を再開したいものね」

 

でないと二水戦がそれをする機会は永遠に逸するこのになるに違いないのだから。



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大鯨

アニメ8話、今週ですね。


「戦艦棲姫との戦い、お疲れ様でした」

 

前回のように食堂に向かった私達を出迎えたのは意外な事にでち公ではなかった。

 

「ありがとう大鯨。ところででち、じゃなくて伊58はいないの?」

 

「すみません生憎母は昨日、船で横須賀に向かい留守なんです」

 

「そうなの?珍しいわね」

 

潜水艦隊旗艦のでち公が沖縄を離れるなんでそうそうない事だ。理由はいくつかあるけど一つはこの沖縄諸島が日本海への入り口となっている事に起因する。太平洋、日本の領海はほぼ人類が手中に収めているとはいえその範囲は広大だ。哨戒網を突破してから深海棲艦も年に何度か現れる。それに対応する為に第三艦隊がいるのだけどどうしても対応しきれない際に沖縄諸島周辺の哨戒を担当している潜水艦が遅滞戦闘を行ったり、場合によっては潜水艦隊が潜水艦を増派して敵艦隊を止める必要に駆られる。その指揮を取らなければならない事もあってでち公が沖縄を離れる事は滅多になかった。

 

「本当は二水戦の皆さんが着くまではいる予定だったんですが……」

 

「ごめんなさい。もう少し急ぐべきだったわね」

 

「いいえ、皆さんは人類のためにここに来る間多くの深海棲艦を倒してくださいました。お礼を言う事はあれど責める事なんてありません」

 

大鯨はこう言ってるけどでち公は怒っていたんじゃないかしら。でち公がいない食事はこれはこれで静かでいいものだけどいないと少しこの食事が味気なく感じるのはどうしてだろうか。

 

「伊58に会えないのは残念だけど今回は貴女の手料理を楽しむことを喜ぶ事にするわ」

 

「ふふ、お世辞を言っても料理以外は何も出ませんよ。母もギリギリまで出発を伸ばしていたんですけど流石に到着が遅れそうだったんで日持ちするものを作り置きするように言ったら渋々納得して出発しました」

 

それがこれですと言って見せてきたのは縦、横共に30cmはあろうかと言う寸胴鍋に入った大量のカレーだった。

 

「……海軍らしい選択ね」

 

海軍と言えばカレー。確かにその通りだし私自身嫌いじゃない。けどここに来る途中立ち寄った泊地で食べた食事のほぼ全てがカレーだったせいで正直嬉しくはない。と言うかしばらく見たくない

 

「母の一番の得意料理なんです」

 

笑顔でそう言われては事実をいいのも憚られる。なにより食べなかったら後ででち公に知られた時、何言われるか分かったもんじゃない。

 

「ありがたくいただくわ」

 

笑顔が引き攣っていないか不安になりながらもお礼を言うと大鯨は大輪の花のような笑顔を見せた。

 

「どんどん召し上がってください。まだお鍋2つ分ありますのでみなさんジャンジャンおかわりしてくださいね」

 

前言撤回。悪魔のような笑顔だわ。

いくら艦娘が普通の人間より大飯食らいとは言え所詮は駆逐艦、大型艦と比べると常識の範囲内で収まる。

 

「……みんな聞きなさい!」

 

振り返って二水戦を見渡すと私と大鯨の話を聞いていたのだろう幾人かの顔色が悪いのが見てとれた。

 

「ありがたい事に伊58が出張前に私達のためにこんなにもカレーを作ってくれたわ。きっとみんな食べたくて仕方がないでしょうけど欲張ってはみんなの分がなくなってしまうわ。そこで各中隊毎に一つの鍋に分けていただく事にしましょう」

 

因みに私の第一中隊には比較的よく食べる浜風がいるから多少マシだ。第三中隊なんて暁型の4人がいるから実質2個小隊みたいなものだから苦労するだろう。

 

「お腹空いてるようやったらウチらの分も食べてええからな」

 

案の定黒潮が助けを求めるような視線を向けてきた。

 

「そうね、もしこの鍋を食べ切ってもお腹が空いているようなら手伝ってあげなさい浜風」

 

流石に第三中隊は人手が足りなすぎる。可哀想だから多少手伝ってあげるとしましょう。

 

「陽炎教官。流石に私1人では……」

 

「浜風は特に食べるから言っただけで勿論他のみんなもよ」

 

そう言うと夕立が「ぽい!?」と奇妙な鳴き声をあげ他のみんなも信じられないものを見たような視線向けてきた。…まさか浜風だけだと本気で思っていたのかしら。

 

「なに?まさか伊58の好意を無碍にするとでも言うの?」

 

そう言って睨みつけると皆首を横に振った慌てたように席につきスプーンを持った。

 

「よろしい。じゃあ黒潮、不知火、みんなにカレーをよそってあげましょう」

 

「そんなお客様の手を煩わせるなんて……」

 

「大鯨は自分が作ったのを運ばないといけないでしょ?これくらい手伝ってもバチは当たらないわよ。不知火もそう思うでしょう?」

 

そう同意を求めると不知火は凄くいい笑顔で頷いた。

 

「陽炎の言う通りです。料理を用意したからと言ってその配膳まで1人でこなす必要はないです。特に今みたいに特殊な状況で人手がないのなら尚更です」

 

これに関してはでち公がいない事に感謝しないとね。でち公がいないから潜水艦隊は上も下も普段より一層緊張感を持って仕事をしていてどこもかしこも厳戒態勢で人手不足。本来はここまでする必要はないはずだけどでち公がいないだけでこんなふうになるんじゃ引退後が心配ね。

 

「そこまで言うのでしたらお願いしてもいいですか?」

 

「勿論よ。さぁ、不知火、黒潮、ジャンジャン配っていくわよ!」

 

私の呼びかけに不知火が心なしか頭より元気よくはいた答え、黒潮が申し訳なさそうな笑みを浮かべながら頷いた。

 

「みんな、皿を持って並びなさい!」

 

最初に私の前に来たのは浜風だっだ。磯風、夕立、夕雲と言った第一中隊の小隊長に突き飛ばされるようにして私の前に出ると恐る恐る皿を差し出した。

 

「やっぱり浜風が1番に来たわね」

 

たっぷりと皿にカレーを注いで上げると絶望したような表示を浮かべながら席に戻って行った。

次に来たのは敷波だった。狭霧にお尻を蹴り飛ばされながら私の前に来た敷波は顔を見る重なりこう言った。

 

「あの、あたしいまあんまりお腹が空いていなくて少なめにしてくれるとありがたいんですけど……」

 

「なに?お腹空いてるからたっぷり入れて欲しい?仕方ないわね〜」

 

1人だけ逃げるなんて許すわけないでしょうに。浜風の倍は注いであげないと。

こんな具合にみんなの皿に大量のカレーを注いだけど鍋にはまだまだカレーが残っている。最初は自分の分を少なめにしてみんなの皿に注ごうと思っていたけどその目論見は失敗した。私自身も大量に注がないと食べ切れる未来が見えない。

それに大鯨が作った料理もあるからでち公のカレーだけに集中するわけにはいかない。正直駆逐艦娘が食べる量ではないと思うけどカレー以外は大鯨が作ったものだ。小型艦の駆逐艦と違って普段の食事の量も多いだろう大鯨が用意したと言う事はもしかしなくても用意した食事の量は自分の食べる量を基準にしているだろう。となるとそれは私達では食べきれない量と言うことになる。

 

「陽炎教官、流石にこの量は無理ですよ」

 

ヒソヒソと小さな声で囁いてきたのは隣に座っていた狭霧だ。

 

「そんなの私もわかってるわよ。けどあんなに笑顔でもてなしてくれてるのに残すなんてできるわけないでしょ」

 

この時点ではカレーは8割ほど食べ終わっていたけど大鯨が用意した料理はまだ半分ほど残っている。正直私はお腹いっぱいでもう食べれそうにない。主力の浜風も死にそうな顔をしているしこれ以上はもう食べれそうにない。

 

「もうみんな限界です。第二と第三の机を見てくださいよ」

 

狭霧に言われてそちらを見ると第二中隊は不知火監視の元死にそうな顔をしながら料理を口に運んでいて第三中隊は暁型4隻が口を両手で押さえていて今にも吐きそうな様子だった。

 

「教官、旗艦として何が最善か教官ならわかっているでしょう。御決断を」

 

確かにこのままじゃ二水戦が戦わずして戦闘不能状態に陥るなんて言う意味不明な事態になりかねない。

 

「……そうね、貴女の言う通りね」

 

意を決して立ち上がると私の行動に気がついた大鯨が近寄ってきた。

 

「あ、おかわりですか?お椀お預かりしますね」

 

「いや、ちょ、そうじゃなくて……」

 

私の言葉は虚しくも大鯨の耳には届かず空っぽのお椀を持って大鯨はご飯をよそいに行ってしまった。

 

「さぁて、もうひと頑張りしましょうか」

 

きっと今の私は死んだ魚のような目をしている事だろう。果たして明日の私は無事呉に向かって出発できているのだろうか。

 

「え!?教官、大鯨にこれ以上は無理って言ってくれるんじゃ……」

 

「黙りなさい。教導隊で貴女は出されたご飯を残していいと学んだとでも言うの?」

 

「教導隊では食べないと翌日がキツイから出来る限り残さないようにと言われただけで過剰なまでに食べろとは一言も言われませんでしたけど……」

 

コイツ、ほんと無駄に頭が回るわね。

 

「狭霧、艦娘には避けられない運命(さだめ)と言うものがあるのよ」

 

「いや、ただのご飯ですよね」

 

「うるさい黙りなさい」

 

ペシンと軽く眉間にチョップを入れてやると狭霧は小さく悲鳴を上げて眉間を押さえた。

 

「ああ、陽炎教官のせいで大怪我を負ってしまいました。かくなる上は医務室で…痛い痛い痛い痛い!!!」

 

今度のは私ではない。狭霧の隣に座っていた巻雲が脇腹を思いっきり握りしめた事による悲鳴だ。

 

「逃げるなんて許さないですよ〜」

 

ニコニコと笑っているけど目は全く笑っていない。巻雲にこんな一面があったなんて知らなかったわね。

 

「おまちどうさまです。おかわり持ってきましたよ」

 

「あ、ありがとう」

 

そう言った大鯨の手にはこんもりとお椀に盛られた二合はありそうなご飯があった。

渋々私が受け取ろうとした時、ノックもなしに扉が開き1人の潜水艦娘が慌ただしく入ってきた。

 

「大鯨大変なの!!」

 

「イクさん、お客様の前ですよ。ノックくらいしてください」

 

イク、潜水艦伊19に大鯨が注意した。

 

「そんな事言ってる場合じゃないの!!!」

 

ただならぬ様子の伊58に大鯨は訝しげな表情を浮かべた。

 

「ゴーヤが、潜水艦隊司令官が、大鯨のお母さんが、死んだの!!!」

 

直後、お椀が割れる音と、大鯨の悲鳴とも慟哭とも分からない声が響きわたる中、伊19からでち公の状況を聞き出した。それが雷撃により船が沈んだ事で行方不明になっている状況だと知るや否や二水洗は即座に船の沈没海域に向けて一縷の望みを賭けて出撃した事は覚えている。潜水艦娘が簡単に沈むはずがないと信じて……。



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捜索

いつかあの海で、終わりましたねぇ。


私達が伊58の行方不明海域、四国沖に到着したのは那覇泊地を出発して1日と更に半日ほどの時を経て到着した時には現場海域は暗く捜索は困難な状態だった。

さらに言うならば到着時点で既にでち公が行方不明になってほぼ2日が経過し、普通の人間なら死んでいてもおかしくないけど彼女は艦娘、それも潜水艦娘だ。

 

「陽炎はほんまに伊58が生きとるって思うてるんか?」

 

「潜水艦娘は他の艦種と違って艤装が少なく防御力が低い代わりにあのスク水に艦娘として必要な最低限の能力が詰まっているわ。普段からあの格好をしてるでち公なら海に投げ出されても海中でやり過ごすことも可能なはず……」

 

潜水艦娘以外の艦娘は基本的には脚部艤装により浮力を得る。対して潜水艦娘はあのスク水そのものが浮力を得るための艤装となっている。だから潜水艦娘は基本的にはスク水さえ着ていれば生き残ることは可能だ。

 

「陽炎、正面の艦娘が部隊の所属を訪ねてきています」

 

不知火の言葉に正面を見ると発光信号で尋ねてくる艦娘を見つけることができた。

 

「夕立、返事をしなさい」

 

「了解」

 

「あと相手の所属も聞きなさい」

 

この海域にいるとすれば高知か和歌山、大阪あたりの艦娘だろうけど事件から結構時間が経っているし第二艦隊の艦娘もいるかもしれない。

形骸化して久しいけど一応この海域は第二艦隊の担当海域だ。

 

「……ぽい?」

 

「どうしたの夕立」

 

「一水戦っぽい」

 

その言葉に二水戦はざわめいた。一水戦が出撃するのは珍しい。それも沈んだ船の生存者を探すなどと言う戦闘以外での出撃となると尚更だ。

 

「引きこもりニートが珍しいですね」

 

辛辣だかけど不知火の言葉は的を得ている。と言うか仮にも元一水戦なんだからもう少しオブラートに包んであげればいいのに。

 

「不知火、あんたの古巣でしょ。話聞いてきなさいよ」

 

「その必要はないと思いますよ。向こうから近寄ってきています」

 

言われてみればたしかにモールス信号を打つ光が少しずつ近づいてくるのがわかる。

 

「第一水雷戦隊、第三駆逐隊所属の旗風と申します」

 

第三駆逐隊と言うと実戦部隊ではないわね。一水戦は第四、第五中隊に現役の艦娘が、第一から第三中隊に引退前の艦娘が所属している。第三駆逐隊は第二中隊の所属のはずだから彼女は実戦部隊ではないと言うことになる。

 

「第二水雷戦隊旗艦の陽炎よ。潜水艦隊旗艦が襲撃され行方不明との報告を聞いて捜索のために駆けつけたわ。現状を聞かせてもらえるかしら?」

 

「申し訳ありませんがそれはできかねます」

 

「……理由を聞かせてもらえるかしら」

 

「今回の件、捜索は私達第一水雷戦隊に一任されております故、二水戦の出る幕などございません」

 

「この海域は元々第二艦隊の担当海域のはず、一体誰がそんなことを言ったのかしら」

 

豊後水道から紀伊半島沖までの太平洋側の海域は第二艦隊の、呉鎮守府の担当海域だ。日本近海が平和になったことでそれも形骸化していたけどそれでも書類上変更されていない以上は有効と考えるべきだろう。

 

「連合艦隊旗艦、漣の指示です」

 

潜水艦隊旗艦ほどの人物が行方不明となれば連合艦隊旗艦が動くのも納得できるけどそれで動かすのがよりによって一水戦なんて正直旗艦の正気を疑いたくなる。

 

「指示がご理解いただけましたらお引き取りを願います。ここは一水戦の任地、何人たりとも侵入を許しません。強引に侵入しようと言うのなら沈めてでも止めさせていただきます」

 

沈めてでも止める……か。

 

「神風型如きが随分と大口を叩きますね」

 

「この数相手にどうやって沈めるっぽい?」

 

「寝言は寝て言うもんだよ」

 

「後ろで踏ん反り返る事が仕事の一水戦が何言ってるんですか〜」

 

私が返事をするよりも先に狭霧を筆頭に旗風の言動に対して思い思いの反応を示した。よく見ると雪風はいつのまにか私の横に来て12.7センチ砲を構えているし視界の片隅に映る黒潮も今にも攻撃体制に移行しそうな格好だ。

比較的穏健なはずの巻雲でさえも不愉快そうな反応をしているのだから武闘派連中がそう言った反応をするのは仕方のない事とはいえあまりいい傾向ではない。

 

「じゃあ現在の捜索状況だけでも教えてくれないかしら。生存者はいるの?」

 

「お答えしかねます。全ての調査が終わるまで、一切の情報を外部に漏らさぬよう命令されています」

 

一水戦の第一から第三中隊は艦娘としての最終キャリアであり多くの駆逐艦娘にとっては憧れの一つだ。けどその門は想像以上に狭い。番号付き艦隊に所属していようがどれほどの戦果を上げようが関係ない。もちろん最低限の実力は必要だけどそれよりもなにより所属艦娘には何があろうと任務を達成する事ができると言う信用が必要だ。

たとえ相手が誰であろうと命じられた事を忠実に確実にこなすと言う信用。その点で言えばこの旗風は任務に忠実と言うのは合格だろう。達成できるかどうかは疑問が残るけど。

 

「貴女の任務はわかったわ。その上で聞くけど貴女は今目の前にいるのが一体誰であるのか、それがわかった上でその言葉を発しているのよね」

 

「当然です。第二水雷戦隊旗艦旗艦、陽炎。たとえそれが日本最強と謳われた部隊であろうと変わりません。必要であれば今ここで海の藻屑となっていただきます」

 

仲間同士のじゃれ合い以外で殺すと面と向かって言われたのは初めての経験ね。

 

「是非もなし、なんて言えば貴女はそうするのかしら」

 

私の言葉に背後から武器を動かすような金属音が鳴り響いた。

 

「貴女にその意思があれば」

 

それはそれで面白くはあるけど生憎私に味方同士で撃ち合いをする趣味はない。

 

「いいでしょう。それが連合艦隊旗艦の命令であると言うのなら私達は大人しく呉に帰港するわ」

 

「陽炎教官!ここまで言われて黙って引くんですか!?」

 

「漣の命令となれば覆しようがないわ」

 

そもそも連合艦隊旗艦からの命令と聞いた時点で私に否やはない。これまでのやり取りは全てこの子達のガス抜きのためだけにやったことだ。

 

「ここで引き下がったら雪風達がなんのために急いでここまできたのかわからなくなります」

 

雪風まで……。まったく、困った子達ね。

 

「黙りなさい」

 

それほど大きな声ではなかったけど強い口調でそう言うと騒がしかった二水戦の艦娘は一様に黙りこんだ。

 

「私が、第二水雷戦隊旗艦陽炎が連合艦隊旗艦漣の命令に対して諾と答えたのよ。これに対して反論すると言う事はそれなりの論拠があの事でしょうね」

 

私に対して意見を述べるのは構わない。けど時と場合は選んでもらわないと困る。艦娘が軍隊に所属する軍人である以上、身内しかいないならともかく旗風のような他人がいる場でまでこうも反論されては私の、引いては二水戦自体の実力を疑われかねない。

 

「……さて、どうやら反論はないみたいだし全員呉に帰港するわよ」

 

振り向き指示を出した後、再び旗風の方を振り向いた。

 

「悪かったわね」

 

「いえ、大人しく引き下がってくださるのでしたらそれで構いません」

 

旗風の言葉を聞いて改めて頭を下げると改めて帰路についた。

元来、移動中の艦娘は姦しい。年頃の少女が何人もいるのだから当然ではあるけど今回はそうではなかった。豊後水道の入り口に差し掛かるまで誰1人として口を開く事はなかった。どうやら脅しが聞きすぎたみたいだ。

 

「ところで陽炎、気付いてましたか?」

 

「気付いたって何に?」

 

最初に口を開いたのは不知火だった。元来寡黙な彼女だけど長い付き合いから彼女が沈黙というものがあまり好きでない事を私は知っていた。あまりの静かさに痺れを切らして自分から話したというところだろう。

 

「旗風の視線ですよ」

 

「……あぁ、私しか見てなかったって事?」

 

雪風や狭霧が何を言おうとも彼女は私から視線を外さなかった。それ程までに私の事を脅威と見ていたのか、それとも私さえ落とせば今の二水戦なんて烏合の衆と侮られたか。

 

「彼女の事は多少なりと知っていますが、あそこで強行しなくてよかったです」

 

「あら、彼女そんなに強いの?」

 

強いだろうとは思っていたけど不知火がこうまで言うなんて相当ね。

 

「3年前のスンダ海峡の戦いでスマトラ警備府の駆逐艦娘を率いていたのが彼女です。駆逐艦娘の中でもやや性能の劣る神風型でありながら性能ではなく技術を持ってスマトラ警備府の駆逐艦娘のトップに立っていたあたり、その実力は推して知るべきでしょう」

 

あの戦いの数少ない指揮艦クラスの生き残り、そしてその撤退を指揮したのがスマトラ警備府の駆逐艦だったという。生憎私は彼女と会う機会がなかったけど随分と上手く残存艦娘をまとめて撤退したという話だ。

 

「それは確かに強いわね。彼女、もしかして三駆の司令駆逐だった?」

 

「ええ。なので間違いなく他の三駆もいたはずです」

 

「三駆どころじゃない気もするけどね」

 

おそらく他の一水戦もいた事は間違い無いだろう。でなければいくら旗風が強かったとしてもあそこまで強気にはなれないだろう。

 

「そうですね」

 

「いるとすればどの隊だと思う?」

 

「彼女の所属する第二中隊は当然としてあとは第一か第三、あるいはその両方でしょう」

 

「そうね、そんなところでしょうね」

 

現役艦娘で構成される第四、第五中隊を行方不明者の捜索くらいで出すとは思えないし妥当なところでしょうね。

さて、不知火との会話で少し空気も和らいだところでお説教の時間ね。

 

「……雪風、狭霧こっちに来なさい」

 

私の呼びかけに雪風は肩を落として、狭霧は戦々恐々とした様子で隊列を離れて私に並走した。

 

「自分で考え行動する事は悪いことではなくむしろ推奨さえするわ。けどその考えを出す時と場所は選んでくれないの困るのよ」

 

自分で考え行動する。部隊を指揮する艦娘に必要な事であり二水戦の艦娘にはそれをどんどんしてもらいたくはある。

 

「時と場所……ですか?」

 

「そうよ。雪風はそれがわかっているから肩を落としているのよね。狭霧に教えてあげなさい」

 

雪風には酷な事かもしれないけどこれも罰の一環だ。

 

「………あの場では陽炎お姉ちゃんは二水戦の旗艦として連合艦隊旗艦の命令を伝えに来た旗風と話していました。立場的に旗風は旗艦の代理人といえます。その中に二水戦の高々中隊の副司令と平隊員が割って入りあまつさえ砲口を向けるなんてあっていいはずがありません」

 

「その通り。そしてそれは何も貴女達2人だけの話ではないわ。他のみんなも随分と好き勝手言ってたわよね」

 

後ろを振り返り睨みつけると一瞬、隊列が乱れた。

 

「特に黒潮。アンタは止める側でしょう。何一緒になっていきりたってんのよ」

 

他のみんなみたいに口に出したりはしてなかったけど今にも砲口が旗風の方を向きそうだった事にはちゃんと気付いてたんだからね。

 

「一応あの海域はウチラの担当海域や。やのにあんな風に言われて掻っ攫われるんは気ぃ悪いやろ」

 

「否定はしないけど最年長なんだし年長者として後輩達の規範となるような行動をしなさいよ」

 

「ウチは正直もんやからな。そんなんできへんわ」

 

私よりも年上のはずなのにどうしてこうも子供っぽいのかしら。

 

「黒潮」

 

横まで睨みつけると黒潮はビクリと肩を揺らした。

 

「わかったからそう睨まんといてぇや」

 

「なら次はちゃんと立場に相応しい立ち振る舞いをしなさいよ」

 

明らかに本心ではなさそうな了解という返事が返ってきたけど今回はそれでよしとしよう。

 

「みんなも、時と場所はちゃんと考えて行動するように。それで今回の件は終わりとするわ」




しばらくはいつかあの海での感想を後書きで書く事にします。

まぁ、まず一つ言える事は全8話でやるないようじゃなかったなと思いました。12話とまでは言いませんけどせめて後2話あればもう少しマシな形になったのではないかなと思います。
で、一つ思ったのが前半の西村艦隊。あの話必要でしたかね。最終盤に山城達にもっとフォーカスを当てるならともかく龍鳳護衛以降はそう登場も多くないですしレイテをなくしてレイテ後から坊ノ岬に内容を絞ってアニメをして方が内容も濃くて今のになった気がします。レイテ前からレイテにかけてを描くのでもいいですけど。
何より第8話が内容に対して明らかに時間が少ない。あれ2話くらいかけてやる内容じゃないですかね。だから尚更レイテ削ってその分坊ノ岬の描写に時間をかけた方がいいのではと思ってしまう。まぁ、普通にレイテで艦隊が集結した時がクライマックス感あったしあれを最終話にしてもいい気がしますけど。

次回は龍玄としさんの時雨について個人的な考えを少し書こうかなと思います。あの歌いい歌ですよね。


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呉鎮守府

「Hey陽炎!聞きましたヨ。一水戦相手に尻尾を巻いて逃げてきたんですってネ!」

 

到着早々出迎えたのは私のよく知るアメリカかぶれの金剛だった。

私を煽りたいのは分かるけど少し考えれば分かった筈だ。今ここにいる二水戦がどういう状況か。昔の彼女はそんな事も分からないほど馬鹿ではなかったはずなのだけど……

 

「どうしたデスカ陽炎!何か言い返し」

 

その言葉は狭霧の拳により遮られる事になった。二水戦の中でも狭霧、雪風は特に気が短い。今回は偶然狭霧が近くにいたから先制は狭霧に譲ったけど直後、雪風が所謂ヤクザキックを放ち金剛の鳩尾にクリーンヒットした。

 

「か、仮にも戦隊旗艦になんて」

 

これも最後まで言う事はできなかった。今度は夕立の砲撃が金剛の足元に突き刺さりさらに追撃とばかりに磯風の砲弾が金剛の頭を掠めた。

 

「ちょっと!ここには弾薬もあるんですよ!!当たって爆発でもしたらどうすんですか!?」

 

金剛、ビビりすぎて口調が素戻ってるじゃないの。

 

「そんなヘマを夕立達二水戦がするわけないっぽい」

 

夕立の言葉に金剛の顔が青ざめた。

 

「Hey!陽炎、仮にも親戚同士なんデスから助けてくれてもいいんじゃないですカ!?」

 

「ごめんなさい今目にゴミが入って何が起こっているか分からないの」

 

目が痒いわ〜

 

「この音で何が起こっているかくらいわからないデスカ!?」

 

あ、今度は敷波の蹴りが脛に当たったわね。痛そうに脛を押さえてぴょんぴょん片足跳びをしているわ。

 

「嗚呼、耳鳴りまでしてきたわ。一体何が起こっているの」

 

「うわっ!ちょっとそんなもの当たったら死んじゃいます!」

 

巻雲、魚雷なんか投げちゃってダメじゃない。金剛型は戦艦の中では装甲が薄い方だから一発で轟沈しかねないわよ。

 

「大丈夫ですよ〜。ちゃんと火薬は抜いてます」

 

「そうですか、それなら安心……ってなるわけないですネ!」

 

そんなに簡単に火薬は抜けないですネ!なんて言ってるけどまさにその通り。訓練用の魚雷でさえ多少火薬は入っているし仮に自分で火薬を抜こうと思ったら相応の設備が必要だ。巻雲の言っている事はまず間違い無く嘘だろう。あとは訓練用である事を祈るしかないわね。

 

「陽炎一体どう言う教育してるデスカ!?」

 

少なくとも実弾を味方に撃ってもいいと言う教育をしてないことだけは確かだ。

……誰も信じないだろうけど。

 

「私は司令に報告をしないといけないから不知火、後は頼んだわよ。黒潮は私についてきなさい」

 

本当は最後まで見たいところだけどいつまでも道草食ってはいられないのよね。遠征から帰還した報告を司令にしないといけない。

 

「分かりました」

 

「まさかこのままの状態で提督のところに行くつもりですカ!?」

 

「耳鳴りが酷くて何言ってるか分からないわ〜」

 

金剛は腐っても戦艦だ。陸の上で駆逐艦に殴り倒されるような事はないだろう。艤装を付けてない状態で砲弾が直撃すれば大怪我は負うかもしれないけど逆に言うとそれだけだ。四肢を欠損でもしない限りはドックで治療可能だしそんなに大きな問題にはならない。よってここは放置一択だ。

なんなら二水戦とは言え駆逐艦くらいなら金剛が全員のしてしまうかもしれない。

 

「黒潮、アンタはどっちに賭ける?私は金剛が勝つと思うんだけど」

 

「なんや二水戦に賭けへんの?」

 

雪風達が抗議の声を上げながら金剛に対して更に猛攻を加えるのを横目に私は答えた。

 

「いくらなんでも陸の上で駆逐艦が戦艦に勝てるとは思えないわ」

 

文字通り馬力が違う。艦娘は常人とは比べ物にならないくらい力があるけど駆逐艦と戦艦ではその強化度合いが違いすぎる。例外はあるけど駆逐艦は戦艦を、大型艦を超える筋力は持てないと言うのは艦娘の間では常識だ。

 

「人を賭け事の対象にするじゃないですネ!」

 

自分だって逆の立場ならそうするくせによく言うわ。

 

「それに私が二水戦に賭けた方が金剛が苦しむ様を堪能できるじゃない」

 

「意味わからんわ。なんで陽炎が金剛に賭けたら金剛が苦しむねん」

 

「私が二水戦に賭けたら金剛は嬉々として二水戦を倒そうとするでしょう。そうすれば私を賭けに負けさせる事ができるもの。けど私が金剛に賭けて金剛が負けたら二水戦と言う私の部下に負けたと言う屈辱感を味わう事になるし勝てば私を賭けに勝たせたという敗北感を味わう事になるわ」

 

私の言葉に黒潮が深々とため息を吐いた。

 

「捻くれとんなぁ」

 

「捻くれてて結構。ていう事で金剛、私のためにせいぜい頑張るのよ!」

 

少し大きな声でドックに向かって声をかけるとふざけんじゃねぇデスヨ!という言葉が聞こえたがそれを無視して黒潮とともに司令室へ歩みを進めた。

 

「司令、二水戦旗艦陽炎只今帰還したわ」

 

「おかえり陽炎、黒潮。戦艦Nelsonが沈む中1隻の犠牲者も出さずに帰還した事は喜ばしい事は二水戦の復活を世に知らしめる事になっただろう。

現に連合艦隊司令部のお偉方は大喜びしていたぞ」

 

撃破した当初は私も嬉しかった。けど戦いの興奮が冷め冷静になるにつれ現実というものが見えてくる。

 

「戦艦棲姫1隻の艦隊相手に二水戦が全力で戦うなんて本来ならあってはならない事だわ。昔なら一個水雷中隊で対応していたわよ」

 

違いがあるとすれば被害の多さだろう。二水戦に被害が出るかは分からないけどインド洋派遣艦隊と東洋艦隊は確実に被害が増えている。それはデメリットではあるけど代わりに二水戦という強力な部隊を中隊単位で差し向けられるという事でありこの戦い全体で見れば各地に派遣できた方がメリットは大きいだろう。

 

「そういうな。中隊規模で戦隊並みの力を持っていた昔の二水戦が凄すぎたんだ。そこに追いつけていないからと言って悲観する事はないだろう」

 

「私が目指すのは昔の二水戦には勝てなくともそれに近しい実力を持つ部隊よ。この程度では到底近しい実力とは言えないわ」

 

「高すぎる理想は身を滅ぼすきっかけになり得るぞ」

 

「なら大丈夫よ。この理想は全然高くないわ」

 

私の理想は二水戦を超える事にある。けど私にそこまでの練度を持つ部隊を作れる自信はない。ならせめてそれに匹敵する部隊を作り上げようとするのはむしろ妥協の産物と言っていいだろう。

 

「まぁこの話はもういい。それより本題に入ろう」

 

「本題?任務の報告が本題ではないの?」

 

それ以外に話すべきことはないと思うのだけど。

 

「違う。本題は一水戦だ」

 

「ウチのテリトリーを犯した一水戦ね。けど連合艦隊旗艦からの命令なら仕方がないんじゃないかしら。もちろん、厳重に抗議すべきでしょうけど」

 

「……潜水艦艦隊旗艦伊58の護衛を担当していたのが誰か知っているか?」

 

「知らないわ。四国沖で沈んだなら担当としてはウチの指揮下にある泊地か、もしくは佐鎮の指揮下にある泊地の艦娘じゃないかしら」

 

日本本土において艦娘が配置されている港は意外と多い。重要港湾以上に位置付けられた港から艦娘を駐屯させるに適した港を抽出、そこに一個中隊程度の艦娘を配置して必要とあれば日本近海を通る船舶の護衛につける。引退間近の艦娘や極端に練度の低い艦娘が配置されるポジションだ。

重要港湾だけで100を超える数がありそこから厳選してもかなりの数が残る。

 

「九州、鹿児島沖から佐世保の連中と交代して一水戦の艦娘一個中隊が護衛についている」

 

「……伊58が行方不明になったのは深海棲艦の潜水艦の雷撃によって船が沈んだからよね。一水戦の連中が気づかなかったと言うの?」

 

旗風を見ても分かるように一水戦の実力は低くない。私達二水戦と比べるとその差は歴然としているけど潜水艦に雷撃された上にその下手人を取り逃すほど彼女達は弱くない。

 

「妙な話だろう?」

 

「そうね。さらにその規模の艦娘がいたのに伊58が行方不明というのもおかしな話ね。

船に乗っていたのなら爆発に巻き込まれるみたいな直接的な攻撃を受けない限りダメージは負わないわ。なのにどうして彼女は行方不明なんていう状態になっているの?」

 

「残念だが陽炎、その情報は古いな。さっき届けられた情報によると行方不明から12時間32分後に死亡が確認されている」

 

私達が沖縄を出発して直ぐにその死は確認されていたわけね。ならどうして旗風はあの海域に止まっていたのかしら。

 

「なぜ私達にそれを伝えなかったのか、どうしてあの海域に入る事が許されなかったのか。疑問は尽きないけどこの感じだとどうせ教えてもらえないんでしょうね」

 

「質問状は送った」

 

第二艦隊司令部からの質問なら直ぐに返事が返ってきてもいいはずだけどこの言い方だと返ってきてないのだろう。

 

「一体、連合艦隊旗艦は何を考えているのかしらね」

 

「ビッグセブンと謳われる艦娘がここ1年ほどで3隻も沈んでいる、世間のショックは大きいだろう。それを軽減するために何か手を打ちたかったのか……」

 

連合艦隊旗艦の意図が分からず黙り込んだ私達に黒潮が呆れたように口を開いた。

 

「そんな深く考えんでええんちゃう?

旗艦にどんな意図があったにせよそれがウチらとって悪い影響を及ぼすわけとちゃうやろ。味方が変なことしてるから言うて必要以上に疑うんわあんまようないと思うで」

 

「……黒潮の言う通りだな」

 

「そうね。深海棲艦相手ならともかく味方の艦娘相手にあれこれ邪推しても仕方ないわね」

 

思うところはある。けどそれを言ったところで何も変わらないのだからこれ以上の言葉は必要ないだろう。

 

「それはそうと司令はん、ウチ今陽炎と賭けやっとるんやけど司令はん証人になってや」

 

「何を賭けているんだ?」

 

「金剛と二水戦の乱闘騒ぎの勝敗や」

 

「さっきから騒がしいのはそれか」

 

執務室まで結構距離があるはずなのに時折物が壊れる音や発砲音が聞こえるあたりまだ戦いは続いているのだろう。

 

「そんでウチが勝てば陽炎が禁煙することなってるんやけど」

 

「待ちなさい黒潮。そんな事一言も言ってないわよ」

 

「それは賭けの対象決めずに言い出したら陽炎が悪いな。代わりにウチが負けたら禁煙せぇって二度と言わんからそれでええやろ」

 

それは悪くないわね。7割くらいの確率で金剛が勝つと思っているしこれは分の良い賭けなんじゃないだろうか。

 

「いいわ、それで手を打ちましょう。司令が証人よ」

 

「よし、ならすぐドックに戻るで」

 

さて、この賭けの結果だけど私の予想は外れた。なんなら黒潮の予想も外れた。

ドックに戻った私達が見たのは雪風と金剛が見事なクロスカウンターを決めて同時に倒れふしたところだった。

どうやら二水戦は私の予想よりも幾分か強かったみたいね。




アニメ8話のエンディングが遺影と言われてますけど個人的にはあれ結構納得してるんですよね。
と言うのもあの歌自体が艦娘というよりは実際の軍艦に対して歌っていると個人的には解釈しているんで最後に歌と一緒に艦歴出したのはしっくりきました。
もちろん内容的には艦娘に対しても歌っていると思うんですけどどうにも比重が実際の軍艦に対しての方が大きいような気がしてなりません。個人的にはすごく好きですけど。


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第二艦隊旗艦

私達が呉に帰還した3日後、第二艦隊旗艦の交代式が行われる事が決定した。現旗艦瑞鳳よりも階級が高くなってしまった以上、仕方のないことではあるけど出来ればもうしばらくの間は今のままでいたかった。

本当ならもう少し後の予定だったけど今になった理由はでち公が死んだ事にある。2日前に彼女の死が公表されると同時に国葬される事が発表された。各艦隊からは司令官と艦隊旗艦が少なくとも出席する事になり第一、第二、第三艦隊は著名な戦隊の旗艦、例えば一水戦や二水戦などの旗艦が参加する事になっている。

当然私も出席するけどその際に第二艦隊旗艦が第二水雷戦隊旗艦よりも階級が低いのでは具合が悪いから旗艦を引き継ぐ事になった。二水戦の旗艦だけでも持て余し気味なのに第二艦隊の旗艦まで務めるのは正直自信がない。おまけに瑞鳳はこれを機に楽隠居する気満々だからサポートは期待できない。

思わずいつものように煙草を吸おうとして私は口に咥えたココアシガレットを噛み砕いた。

 

「あ〜、煙草が吸いたい」

 

「賭けに負けたんやからそれで我慢せぇや」

 

「分かってるわよ」

 

金剛か二水戦、どちらが勝ったのか。雪風と金剛が倒れたのを見て引き分け、ドローになったとあの時の私は判断した。けど黒潮の判断は違った。

私があの場を不知火に任せたのをいい事に不知火も金剛と戦っていたと解釈しやがったのよ。そしてそれに不知火も乗っかったおかげで私はでち公の国葬までの間、人生初の禁煙をする事になった。

禁煙の手助けをするなんてニヤニヤしながらココアシガレットを渡してきた黒潮とVapeすら禁止にしてきた不知火はいつか絶対に泣かすとして果たして私はそんなにも長い間禁煙できるのだろうか。

 

「陽炎お姉ちゃんには長生きしてほしいですからこの機会に煙草はやめた方がいいと思います」

 

雪風、あんたもか。

 

「嫌よ。私は好きに生きて好きに死ぬの。煙草が原因で死ぬのもまた一興だし深海棲艦に撃ち殺されるのもまた一興、誰かに指図されて行き方を変えるなんてナンセンスよ」

 

「新しく入った艦娘の中には陽炎姉さんに憧れている子もいますし悪習を広めない為にもここは禁煙を継続するべきです」

 

喫煙者は辛いわね、どこにも味方がいないわ。

 

「いっそのこと司令に頼んで第二艦隊司令部を全面禁煙にするのはどうですか」

 

「残念だったわね不知火、それは無理よ。私には禁煙しろとか言ってるけど司令も結構なヘビースモーカーよ。それは絶対にあり得ないわ」

 

この第二艦隊の喫煙所で司令とあったのは一度や二度どころの話ではない。私が喫煙所に行けば3回に1回はパイプを吹かしている。

その度に禁煙しろって言ってくるけど人にどうこう言う前にまず自分が禁煙しなさいよ。

 

「えっ!?司令はん喫煙者なん?」

 

意外と知られてないのかしら、他の3人も驚いているわね。

 

「そうよ。何度も喫煙所で禁煙するようお説教されたわよ」

 

喫煙家に禁煙について説かれるなんて笑い話もいいところよ。

自分が咥えてるものをどうにかしてから言いなさいよね。

 

「しかもパイプって紙巻きの煙草と違って吸い尽くすまで1時間くらいかかるのよ。だから自動的に説教時間も1時間を超えるのよね」

 

まあ、説教を聞きながら煙草を吸えるから辛うじて耐えれているけど。

 

「あの司令が喫煙者ですか……」

 

「なによ、なにか言いたい事がありそうね」

 

不知火が言葉に詰まらなんて珍しいわね。

 

「知っていますか?第二艦隊司令官は艦娘からの人気が高いんですよ」

 

「アレが?

いくらなんでも歳が離れすぎじゃない?」

 

艦娘は下は10代前半から上は20代前半と幅広いけど現役バリバリの艦娘とはどう考えても20近い歳の差がある。

 

「そうですか?私達より12、3歳上で司令官職をしている有望株なら充分許容範囲ではありませんか?

事実、艦娘の結婚したい司令官ランキング不動の1位は第二艦隊司令官ですよ」

 

12、3上ってことは30代前半って事よね。落ち着いてる雰囲気してるしもっと歳上だと思っていたわ。それより

 

「結婚したい司令官ランキングってなによ。私そんなの知らないわよ」

 

「陽炎はそうでしょうね。日本の艦娘御用達のミリタリー雑誌、米国のArmadaをリスペクトした無敵艦隊という雑誌があるのですがそれで紹介されていました」

 

リスペクトと言うよりそれはもはやパクリでは?

 

「それってもはやパクリやろ」

 

「リスペクトです。

一水戦や二線級の艦娘は暇ですからね。意外とこれが人気あるんですよ」

 

へぇ、そんなに人気なら一回読んでみようかしら。

 

「それで第二艦隊司令官が紹介されていたと」

 

「曰く若くして艦隊司令官に上り詰めたイケメン提督。艦娘が結婚できれば引退後の生活も安泰」

 

噂だと海軍軍人は世間一般の女性の間では結婚したい相手の職業ランキングで上位に来るらしい。

高収入で仮に相手が戦死しても莫大な年金が与えられるから死後の心配はない。そして艦娘にとってもそれは同じらしい。

 

「引退後の艦娘は年金こそありますが番号付きの艦隊に所属するか泊地で指揮艦でもしない限りは額は高くなりませんからね。

弱い艦娘は所属泊地の司令官やあわよくば第二艦隊司令官のような有望株との結婚を狙っているらしいですよ」

 

まぁ、たしかに30代前半で第二艦隊司令官なら有望株なのは間違い無いわね。

 

「それと第二艦隊司令官が人気なのはもう一つ理由があります」

 

最後に言うということはそれはきっと聞けば驚くようなとんでもない内容なんだろうと正直少し期待していた。

 

「喫煙者ではない事です」

 

「……は?」

 

「喫煙者ではない事です」

 

「いや思いっきり吸ってるわよ」

 

もしかして私が知っている第二艦隊司令官と別人?

 

「どうやら上手い事隠しているみたいですね。最近の艦娘は喫煙についてかなり嫌がる傾向にありますから喫煙者というだけで結構ランキングが下がるんですよ。

例えば大湊鎮守府の第五艦隊司令官。彼は35歳で独身だったので第二艦隊司令官程ではないにしろ人気があったんですけど喫煙者だとバレて順位が7つほど下がりました」

 

元々の順位がどれくらいかは知らないけど喫煙者が嫌われる事だけはよくわかったわ。

 

「ていうか不知火そういう雑誌好きなのね。意外だわ」

 

そう言うと珍しく不知火は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「別に好きというわけではありません。ただあまりにも娯楽が無くて暇で暇でしょうがなかったんですよ」

 

「本土ならゲームとかあるんじゃないですか?」

 

「一水戦は不知火のように安定を求める艦娘が多いですからね。この雑誌は各地の司令官を詳しく説明した記事もありますから人気だったんですよ」

 

雪風が疑問を投げかけたけど不知火はそれを無視してそう言った。

 

「けどやっぱり現実問題として艦隊司令官ともなれば普通の艦娘が会うことは少ないですからね。第二艦隊司令官の順位は憧れによる部分も大きいのではないでしょうか。なので実際は本土にある泊地の司令官とかの方が人気だと思います」

 

「その情報って必要でしたか?」

 

今度は親潮が訝しげな表情で尋ねた。

 

「必要です」

 

「なに、もしかして不知火は司令と結婚したかったの?」

 

「いえ、それはないです。不知火は他者に頼らず自分で自活できるように生活基盤を整えるつもりなので」

 

正しい判断ね。このまま何十年も戦争が続くなら司令官と結婚する事のメリットは大きいけど流石にどこかで決着がつくだろう。そうなると軍人に使われる費用は削られるのは必然だ。軍人の数は減り年金も減らされる。安定していても今ほど優雅な余生は過ごせないに決まっている。

 

「不知火は司令が喫煙者だと知ったわけだけどどうするつもりなの?」

 

「特に何も。喫煙者なのを知らずに雑誌に煙草を吸わなくてイケメンで素敵とか投書しているのを読んで笑わせてもらいますよ」

 

少し口角を上げているあたり本気でそう思っているのだろう。

 

「相変わらず良い性格しているわ」

 

「ありがとうございます」

 

ほんと、良い性格してるわ。

 

「ところでどうしてゲームとかをせずに雑誌を読んでいるのかしら。やっぱり好きなの?」

 

私がそう尋ねると不知火は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「その話はもう良いじゃないですか」

 

「ダメよ、それだと雪風の質問を無視することになるわ。それは悲しいわよね雪風」

 

「言いたくないなら」

 

「か・な・し・い・わ・よ・ね」

 

趣味は無いなんていってた不知火が初めて見せた趣味らしい趣味。ここで全部聞かずにいつ聞くのか。

 

「はい、雪風は悲しいです」

 

私の圧に屈して雪風が頷くのを見て私はそれ見た事かと言わんばかりに不知火に視線を送った。

 

「相変わらず暴力的ですね。嫁の貰い手がなくなりますよ」

 

「別にそんなものいらないわよ」

 

結婚なんてする気はないけどもし欲しくなったら嫁に行くんじゃ無くて婿取りすれば良いだけだしね。

 

「で、どうして読むのがその雑誌なのよ。よくよく考えたらオータムクラウド先生って言う売れっ子漫画家だっているわけだし読むものをそれに限定させる必要はないわよね」

 

「残念なことに第一艦隊で出されている物は不知火の好みとは外れていて読んでいなかったんですよ」

 

「ならどうしてその雑誌は読んでたの?好きではないって理由で漫画は読まなかったのなら雑誌も好きじゃないなら読まないはずよね」

 

いつも澄ました顔でいる不知火の表情が歪むことのなんと愉快な事か。もうちょっと遊ばないともったいないわ。

 

「雑誌と漫画は別でしょう」

 

「けど自分の好みで読む読まないを決める点では同じじゃないの?

雑誌だけが別な理由があるの?」

 

ふふ!あの不知火があんなにも感情を露わにするなんていつ以来かしら。

訓練学校時代は何度もあったけど最近ではめっきり見なくなっていたから懐かしいわ。

そんな余計な事を考えていたからだろうか。不知火が足早に近づき手を振り上げた事に気付いた時には全てが遅かった。

 

「良い加減にしてください!」

 

真っ直ぐに振り下ろされた手刀は私の額の中心を性格に撃ち抜き私は額を抑えて倒れ込んだ。

不知火も雪風や狭霧に負けず劣らず手が出やすい事をすっかり忘れていたわ。

 

「アンタ人に暴力的とかなんとか言いながら自分も大概暴力的じゃない」

 

「問題解決のもっとも手っ取り早い手段です。

お望みならもう一発お見舞いしますがいかがですか?」

 

流石にアレを二発喰らうのはごめんだわ。

 

「分かったわよ。もう聞かないから勘弁してちょうだい」

 

「わかれば良いんです」

 

黒潮相手なら防げた物も流石に不知火相手では無理があったわね。

本当はもう少し追及したいけどこれ以上すれば本気で怒られそうだし辞めるしかないわね。残念だわ。




結局あの謎のみかん推しはなんだったのか。
未完と掛けているのかそれとも他に理由があるのか。

それはそうと8話の最後、現代のシーンで色んな艦娘出ていましたけどあれってどういう法則で出していたんでしょうか。
利根型は筑摩が出なかったけど北上、大井は2人とも出てますしよくわからん。
よくよく考えたら不知火とか作中で登場した一部艦娘も出てないですね。
何故でしょうか。


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控室にて

でち公の国葬が行われたのは私が旗艦になって5日後のことだった。

戦時中という事もあり規模そのものはそう大きくはなく主だった参列者は三権の長と閣僚の半分、それと野党の党首、皇室から勅使、日本軍統合幕僚長、陸海空の幕僚長、連合艦隊旗艦と言った面々だ。この他にも各国の大使と主要な艦娘などが参加している。

この中に加わるのは正直気が引けるけど第二艦隊旗艦として参加しないという選択肢はない。

 

「なにも2時間も前から会場入りしなくてもよかったんじゃないかしら」

 

「他の参列者への挨拶もあるからな」

 

そうは言っても私が挨拶しなければいけない相手なんて総理大臣と統幕長、海幕長、旗艦の4人くらいのものだ。

その4人全員が到着すらしていないのだから思わず愚痴をこぼしたくなるのも仕方がないだろう。

 

「新しい第二艦隊旗艦に挨拶したいって人は参列者の中にも沢山いるから対応頑張ってね」

 

呑気にお茶を飲みながら前第二艦隊旗艦、瑞鳳が言った。

 

「貴女が旗艦のままならこんな面倒な事にはならなかったのに」

 

縦社会の軍において階級が上の人間を指揮下に収めるのはたしかに歪だ。けど艦娘の階級にそれ程の意味があるのかもまた疑問の余地がある。

司令達正規の海軍軍人と私達艦娘では同じ階級制度を使ってこそあるけどその内実は異なる。例えば私は少将という地位についているけど艦娘ではない少将と比べると士官としての知識は不足している。だから私が艦娘でいられなくなった後に示される道は引退か艦娘の育成くらいのもので普通の少将ができる泊地の指揮官とかにはなる事は基本できない。

 

「私はもうすぐです引退だしそろそろ楽をさせてくれてもいいと思うの」

 

「比較的戦線が安定している今の状況じゃあ空母なんて殆ど出撃機会がないじゃない。十分楽してるでしょ、少しは手伝ってよね」

 

2、3年前は瑞鳳も東南アジアに派遣されていたけどここ1年くらいは呉ににいる時間が増えている。その頃と比べれば十分楽をしているわよ。

 

「最近デスクワークが多くて腰痛が酷いの。だから暫くはお昼寝して過ごしたいんだ」

 

金剛や日向を筆頭にいかにも武闘派という連中が集まった第二艦隊において瑞鳳は数少ない穏健派と言えた。

そもそも空母という艦種自体が最前線に出て自ら戦う事が少ないせいか穏健派が多いのだけどこの瑞鳳はその中でも特に大人しい部類に入る。その代わり頭の回転がすこぶる早くて戦い方もかなりヤバい。

正確な爆撃と緻密な魚雷の投射で逃げ道を無くして確実にダメージを与えてくる。昔一度訓練で戦った事があるけど二水戦に所属して以来避ける以外の選択肢を選ばざるを得なかった数少ない経験だ。軽く弾いて爆弾を逸らしたけど爆発のダメージは入れられたしなかなか貴重な経験だったわ。

 

「腰痛が酷いことと昼寝は関係ないでしょう。第一艦娘が腰痛なんてなるわけないじゃない」

 

無駄に頭が回るからこんなふうに理屈にすらなっていない屁理屈を言ってくる。おとなしそうに見えて意外と性格が悪い。第二艦隊最大欠点は指揮艦に私以外脳筋や腹黒い奴ばかりでまともな艦娘がいないことね。

 

「それにまだ23歳よね。暫くは現役じゃない」

 

平均的な引退年齢がだいたい25歳。早い艦娘だと23歳でも引退する者はいるけどそう多くはない。瑞鳳にまだ衰えは見えないし少なくとも1年は大丈夫だろう。

 

「そんなギリギリまで艦娘として戦うのは二水戦くらいだよ。普通衰えが見え始める1、2年前から本土の泊地や訓練学校で悠々自適に過ごすものだよ」

 

昔に比べて艦娘が増えた事と昨今の戦線が安定している状況から高齢艦娘は衰えが見え始めるギリギリまで戦うことは無くなった。そんな危険な事をしなくても代わりとなる艦娘は存在するからだ。

それは数の少ない大型艦でも変わらない。代わりの艦娘を確保した上で余剰分を陸、空軍に出向させているから余程大きな作戦で大敗北を喫したりしない限りは質的にはともかく量的な面で艦娘が不足する事はない。

 

「アンタの代わりになるような軽空母がそうそういるわけないでしょ」

 

空母艦娘が主力のアメリカなら瑞鳳クラスの軽空母は2桁単位で存在するだろうけど生憎日本は水雷戦隊が主力だ。彼女程上手く艦載機を使える軽空母艦娘は空母艦娘を含めても片手で収まるほどしかいないだろう。

 

「引退したいのなら優秀な後任を用意しなさいよ」

 

彼女の第三航空戦隊に所属するもう1人の艦娘、隼鷹は優秀ではあるけど彼女程ではない。

第二艦隊における航空戦力の主力は第三航空戦隊だ。瑞鳳がいなくなるだけで第二艦隊は航空戦力を著しく損なうことは間違いない。その代わりとなる艦娘を見つけるのは先任者としての義務だ。

 

「人事は私の仕事じゃないよ?」

 

「隠居を決め込むならそれくらいは用意しなさいよ」

 

艦隊の人事は各戦隊の旗艦が自分の戦隊の人事を司令に提案してそれを承認する形をとっている。最終的な人事権は司令にあるけど旗艦の提案を司令が拒否する事は慣例としてあり得ない。

人事に司令が口出ししない以上第三航空戦隊旗艦の瑞鳳が決めた人事がそのまま第二艦隊の人事となる。なら後任を見つけることぐらいしなければならないだろう。

 

「そんな事言っても今日本にいる若手空母の中でも隼鷹はトップクラス、それ以上となれば私と同じような年齢ばっかりになるよ?」

 

私が知る情報と瑞鳳が持つ情報に大きな差異がない事に正直私はがっかりした。空母艦娘なら知ってる事が多いと思ったけどそうでもなかったみたいね。

 

「やっぱりそうなのね」

 

「5年前に戦線が安定して以来大型艦は戦う機会がめっきり減ったからね。その少ない機会を私達みたいなベテランが使ってちゃ後任が育つわけがないよ」

 

5年前、良くも悪くもそれが全ての転換点だ。

5年前に第二艦隊が東南アジアのおよそ9割を奪還した事で戦線は一時的に安定した。それからは各地で防衛の要として戦っていた大型艦は訓練学校の教官や本土に近い泊地の旗艦という戦う機会のない部署に回されていた。

もちろん警備府であれば大型艦がいだけどそれもごく少数だ。それらの多くは5年と言う歳月の間に引退したり戦死しているしその後任は彼女達ほど練度は高くない。戦線の安定は資源と、防衛の主力となっている小型艦の練度は上げたけど大型艦の平均的な練度は下がる結果につながった。

 

「今第二艦隊にいる大型艦が引退したら第二艦隊の戦力は激減する事になるわね」

 

「そうだね。けど二水戦がいれば問題ないよ」

 

「馬鹿な事言ってるんじゃないわよ。大型艦、特に空母がいないと制空権に関してはどうしようもないんだから」

 

防空能力の高い秋月型だけでは流石に限界がある。空母には空母をぶつけるのがセオリーだ。

 

「それは上次第じゃないかな。そこのところどうなの提督?」

 

「俺もあまり詳しいわけじゃないが少なくとも艦隊司令官クラスでは大型艦の練度低下は問題視されている。

特に伊勢型のような艦種が変わるタイプが不足気味だ。下手をすれば航空戦艦で作られる第四航空戦隊なんかは今の代で終わりかねない」

 

「そんなに酷いの?」

 

航空戦艦と言う艦種は練度が高い伊勢型と扶桑型が改装を受ける事でしか出現しない。大型艦の練度が上がる機会の少ない昨今の状況では改装を受ける大型艦は減っているけどそれほどとは思わなかった。

 

「戦艦、空母の改装はこの2、3年殆ど行われていない。行われたとしても陽炎よりも年上の艦娘ばかりだ」

 

つまり元々ある程度練度の高いベテランがようやく改装にたると判断されたから改装が実施されたと言う事だろう。

 

「陸、空の連中はともかく海軍の大型艦娘はもっと積極的に使うべきかもしれないわね」

 

「沈んだ時の被害がすごい事になるがな」

 

「多少沈んでもリカバリーできるようにしてるでしょ」

 

確かに沈むのは痛いけど年間数十隻単位で沈むならともかく護衛の小型艦の練度が高い今の日本ならどれだけ悪くても2桁に届くかどうかと言うところだろう。

 

「現状駆逐艦や巡洋艦でどうにかなっているからな。そう簡単にはいかないさ」

 

「ならいっそアメリカから空母を借りるって言うのはどう?

代わりにこちらからは駆逐艦を出せばあちらとしても文句はないんじゃないかしら」

 

小型艦、特に駆逐艦の練度に関しては日本に及ぶ国はない。代わりに空母の練度はアメリカほど高い国はなく戦艦に関してはイギリスに勝る国はない。

アメリカは駆逐艦の数は日本よりも多いけど練度についてはかなり劣っている。日本では二線級の部隊でもアメリカじゃ最前線に立てるくらいだからその差は歴然だろう。

 

「深海棲艦の殆どいない東シナ海あたりなら多少艦娘を引き抜いても問題ないでしょ?」

 

「確かにそうだが……」

 

「これ以上空母の練度が下がるのは空母艦娘としては見過ごせないかな」

 

「そう言うなら何か代案を出しなさいよ」

 

「代案を出しても出さなくても上層部が頷かないと意味ないでしょ?」

 

瑞鳳の言う事は正しい。私の出した案だっで上層部からすれば受け入れ難いものだろう。駆逐艦最大の利点はその数にある。どれほど広大な馬を取り返しても空母や戦艦では数が少なすぎる。

取り返した海を維持するには駆逐艦が必要不可欠だからそれを減らすような事はしないだろう。たとえ日本では実践に耐えられないと判断される艦娘だとしてだ。

 

「大型艦の練度低下は早急に解決しないといけない案件だから提案すれば通ったりしないかしら」

 

「瑞鳳が何度もやっているが通っていない。上層部は余程大型艦を失いたくないらしい」

 

「やってたなら初めにそう言いなさいよ」

 

これまでの議論が全部無駄って事じゃない。

 

「随分と真剣そうだったからな。水を刺すのも悪いだろう」

 

まぁ、確かにそれを伝えられていたらこんな話さっさと切り上げていたけどそれならそれで別の話をすればいいだけじゃない。

 

「さて、そろそろお前に挨拶したい奴らが来るころだ。旗艦として第二艦隊が軽く見られないよう堂々振舞ってくれよ」

 

「当たり前でしょ」

 

とはいえこの後何十人もの人達の対応をすると考えると気持ちは萎えるわね。

階級が上がるなんてなにもいい事がないわ。




結局のところいつかあの海ではどう締められたやでしょうか。
最後、鎮守府が無傷なあたり一応勝利したと見るべきなのか、それとも敗北して人類が絶滅した事を鎮守府から人を消した事で表現したのか、はたまた勝利したからこそ鎮守府から人が消えたのか。
一体どれなんでしょうか。


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国葬後

国葬なんて大仰な事を言っているけど結局のところただの葬式だ。

参列者こそ豪華だけどやる事は変わらない。強いて言うなら友人代表として連合艦隊旗艦漣が弔辞を読んだ事が生前の伊58の発言から少し意外に感じたくらいだろうか。

 

「意外とあっけないものだったわね」

 

待ち時間2時間に対して葬儀の時間はざっと3時間強と言ったとこだろうか。

 

「葬式だからな、そう長々とするものでもないだろう。

那覇泊地なら所属艦娘が張り切って準備するだろうが今回は政府の用意した葬儀委員会が取り仕切ったからな。こんなものだろう」

 

艦娘の国葬は慣例として所属する鎮守府、または泊地で行われる事が慣例だ。そしてその準備は所属する艦娘達が中心となって行われるから自然と準備には力が入る。

本来なら伊58が所属していた那覇泊地で国葬をするところだけど今回の一件から海上を移動する事は危険と判断され東京、日本武道館で行われる事になった。

潜水艦隊からは不満の声が上がったけど水葬に関しては那覇泊地に棺を運んで行われる事で妥協点を見出した。

そしてその潜水艦隊からの参加者は伊58の娘の大鯨と伊58の死を伝えてきた伊19、なんと彼女は潜水艦隊の副司令官だった。伊58とほぼ同世代で艦歴なんて私の倍以上ある大先輩だ。

 

「その代わり沖縄だとこんな数の一般人は集まらなかっただろうし伊58もそこに関しては喜んでるんじゃない?」

 

瑞鳳の言うように日本武道館から横須賀鎮守府に続く道の沿道は人で埋め尽くされ軍と警察が共同で警備に当たっていた。

確かに沖縄だとこれほどの数の一般人が集まる事はなかっただろうけど

 

「葬式というより各国の有名艦娘見たさな気がしないでもないわね」

 

日本武道館を出たでち公の棺は海軍幕僚部庁舎前を通り横須賀基地へと向かう。後方を大鯨、伊19の乗る車が追従し前方を連合艦隊旗艦が乗る車が先導する。

旗艦の姿を見たくて沿道に集まった人も多いだろう。

 

「ドイツ大洋艦隊旗艦のBismarckやイギリス本国艦隊旗艦のWarspite、アメリカ太平洋艦隊旗艦Saratoga。ビッグ7こそきていないけどみんな実力者揃いだね」

 

「実力者揃いと言ってもSaratoga以外は現場を離れて随分経つし本当に実力のある艦娘はきてないわね」

 

欧州は深海棲艦と戦う事が殆どないから当然と言えば当然だけど世界最強の潜水艦の葬式だ、もう少しましな艦娘が来てもいいと思う。

 

「あれ見て、現役最強の潜水艦のドイツ潜水艦隊旗艦じゃない?」

 

揶揄うような声音で瑞鳳が指し示す先にはドイツ海軍の潜水艦娘、U-511がいた。

 

「自称でしょ」

 

「少なくとも現役潜水艦艦娘の中では戦闘経験も実績も一番多い。あながち間違いではないだろう」

 

司令のU-511を擁護する言葉に思わず鼻で笑った。

 

「散兵線が基本だったでち公の現役の頃と群狼が主流の今の艦娘じゃその戦闘経験も実績も何もかもが違いすぎるわよ」

 

「そうだね。なんならウチの潜水艦隊の古参潜水艦娘の方が強いんじゃないかな?」

 

「否定はしないがドイツが誇る潜水艦娘だ。もう少し評価してやってもいいんじゃないか?」

 

私と瑞鳳の反論に司令は苦笑いを浮かべた。

 

「ドイツが潜水艦の本場だったのは艦娘が出現する以前、100年以上前の話よ。今は日本の方が潜水艦の質も数も上じゃない」

 

15年ほど前までは潜水艦の運用方法が明確に定まらず潜水艦娘も前線に出て戦っていたけど今は潜水艦の役目がオリョクルにほぼ固定されている。

当時の日本は主に散開線と呼ばれる方法で基本的に1隻で深海棲艦と戦うことになる関係から潜水艦娘1隻毎の練度が高かった。

それに対して現在、世界的に主流の群狼戦術は複数隻で敵艦を取り囲みタコ殴りにすると言うものだから1隻ごとの練度が高くなるはずがない。

 

「何より群狼を使う潜水艦が仲間との連携を誇るのではなく個人の武を誇るなんて愚かな事この上ないわ」

 

「当面の脅威がなくなり予算を減らされたドイツ海軍が艦娘五大国と呼ばれた栄光を維持するための手段にされているだけでU-511が積極的に喧伝しているわけではないだろう」

 

確かに彼女自身ではなくドイツ海軍の広報が最強って自称してるみたいだけど……

 

「艦娘五大国と言っても実質は三大国とその他2カ国だったじゃない」

 

艦娘五大国と聞き1番初めに思い浮かぶのがアメリカ、イギリス、日本、ドイツ、ロシアだけど北極海の奪還以来その呼び名が使われる事はめっきり減った。

元々五大国のうちアメリカ、イギリス、日本とドイツ、ロシアの差は大きかった。この2カ国に並ぶほど強力な艦娘を有する国としてフランス、イタリアが挙げられるけど五大国の構成国がこの2カ国になる事も少なくなく呼び名としては寧ろ艦娘七大国、あるいは艦娘超大国と四大国と呼ぶ方が適切と言えるかも知れいない。

 

「まぁ、否定はしない」

 

そう言って司令は肩をすくめると煙草を咥えた。

 

「潜水艦最強とかどうとか今の対深海棲艦の戦略、戦術においてはさして重要なものでもないからな」

 

昨今の潜水艦の使い方のトレンドはオリョクルによる資源収集特化。

余程戦力に余裕がないとなれば前線に出す事もあるけど今の情勢でそれはあり得ない。例外として深海棲艦の輸送妨害に心血を注ぐドイツが南大西洋で小規模だけど潜水艦による通商破壊をしているけどそれが唯一の事例だ。

 

「だから世界最強とか言ってると余計に滑稽に思えるのよね」

 

「潜水艦が強さを誇ってもしれてるしね。負けるのなんか対潜手段を持たない戦艦や正規空母くらいだよ」

 

「そもそも潜水艦が正面切って戦うなんて有り得ないだろう。どちらが勝つかなんて考えるだけ無駄だ」

 

今の時代、潜水艦は主役ではないのだから最強が誰かという談義自体が無意味だ。

 

「しっかし本当、今日は色んな艦娘が来てたわね。

おかげで随分疲れたわ」

 

さっきあげたのだってほんの一部だ。日本の番号付き艦隊、第八以外の全ての艦隊の旗艦とその提督。ロシア、フランス、イタリアの主力艦隊の旗艦。その他にも艦娘保有国の旗艦が参加していたから私は彼女達に挨拶されたりしたりで大忙しだった。

 

「日本の第二艦隊旗艦だからね。大抵の艦娘が格下になるから仕方ないよ」

 

瑞鳳はニッコニコしながらそう言うけどできれば旗艦なんて譲らないでほしかった。

瑞鳳の言う通り、日本の第二艦隊旗艦ともなればアメリカ、イギリス以外の国の艦娘のトップに匹敵する。だから基本的に私は挨拶しに行く側ではなくされる側だから移動や挨拶するために順番待ちをする事はない。ただ次から次へと艦娘や各国の大使が来るせいで気が休まる時間がなかった。

おまけに瑞鳳はいつのまにか部屋から出て近くの喫茶店でパフェを食べていたと言うしほんとうにムカつくわ。

 

「ていうかアンタ今日参加した理由は旗艦になったばかりの私のサポートでしょ?

もう少し手伝ってよ」

 

「あれロシア北方艦隊の旗艦じゃない?」

 

「ちょっと、無視しないでよ!」

 

しかも北方艦隊旗艦なんて今のロシアじゃただの名誉職じゃない!そんなに気にするような艦娘でもないでしょ!!

 

「私はもう旗艦じゃないからいいじゃん」

 

川内さんの後を継ぐ前からずっと真面目だったのにどうして急にこんな不真面目になるのよ。

 

「陽炎、瑞鳳は三航戦の旗艦に任命された時からずっと気を張っていたんだ。せっかく肩にの荷が降りたんだ、少しくらい自由にさせてやれ」

 

「まだ三航戦の旗艦じゃない」

 

「半年もすれば呉の訓練学校の校長になることになっている。少しくらい多めに見てやれ」

 

訓練学校の校長ですって!?

 

「ちょっと聞いてないわよ!」

 

「言ってなかったからな」

 

「だから今は提督と一緒に必死で後任の軽空母艦娘を探しているところなんだよ」

 

「それならさっき控室で話題になったんだから言ってくれでもいいじゃない。2人とも人が悪いわよ」

 

丁度引退について話していたのにどうしてそれを言ってくれないのか。やっぱり私以外の第二艦隊の指揮艦連中は碌な奴がいない。

 

「で、後任人事はどうなってんのよ」

 

「さっぱり。なんなら隼鷹一隻にして隼鷹引退後は三航戦は欠番にする案も出てるよ」

 

「それは不味くない?」

 

四航戦も後任が中々見つからないし下手すれば航空戦力全滅もあり得る。

 

「最悪正規空母まで手を広げるっていうのは……」

 

「それも検討したが第五航空戦隊と取り合うことになる。第一艦隊と揉めるのは避けたい」

 

「いよいよ大型艦娘の不足が問題となってくるわね」

 

私達水雷戦隊だけでも戦えなくはない。けど大型艦がいるのといないのとではやはり戦いの難易度が大きく変わる。

 

「水雷戦隊だけでもどうにかなると言えばなるが……」

 

「大規模作戦がしにくくなるのよねぇ」

 

東南アジアの奪還。主力となったのは第二艦隊、特に第二水雷戦隊だ。けど戦艦、空母が大量に入り乱れた大規模な艦隊決戦となれば二水戦だけでは勝ち切るのは難しい。

私が唯一参加した二水戦全軍が集った大規模戦闘、それは第二艦隊のほぼ全てが参加した戦いでもあった。あの経験で私は水雷戦隊だけではあまりにも規模が大きすぎる戦闘は勝ち切ることが不可能に近いことを学んだ。

両軍合わせて200隻を超える戦闘は二水戦の練度以前に弾薬が足りず駆逐艦程度なら一撃で葬れる戦艦、重巡洋艦はその打撃力を持って私達の継戦能力を高めた。

空母だって遠距離から敵の中枢部に対して電撃的に攻撃を仕掛け指揮系統を麻痺させようとしたり重要な役割を担った。

 

「各地の部隊を一時的に指揮下に収めることもできるが流石にそれは避けたいか」

 

「そうね。練度も不明、信頼関係もないとなればどう運用していいかわかったもんじゃないもの」

 

「この際妥協するしかないのか、それは嫌だなぁ」

 

歴史ある四航戦が自分の代を境に弱体化するのはやはり物悲しいものがあるのだろう。

 

「二水戦だけでも大変なのに第二艦隊の事まで頭を悩まさないといけないなんて……」

 

「それについては私がなんとかするから大丈夫だよ」

 

「本当に?」

 

「本当、本当。だって元々陽炎さんにこの話するつもりなかったんだよ。なのに提督が口を滑らすから」

 

そういえば提督が瑞鳳が校長になるって言ったから判明したんだったわね。

 

「すまん、つい口が滑った」

 

「陽炎に少しでも負担をかけないようにって話だったのに」

 

第二艦隊の指揮艦はまともなのが私以外いないって言ったけど前言撤回。

やっぱり瑞鳳は優しくて最高だわ!

 

「後任が見つからなかったら陽炎に丸投げしようとも言っていたがな」

 

司令の言葉に瑞鳳はそっぽを向いて下手くそな口笛を吹き始めた。

やっぱり前言撤回。第二艦隊は私以外まともな指揮艦がいないわ」




いつかあの海での世界線だと陽炎はどうなったんだろう。
触雷して沈没?
いずれにしてもアニメで動く陽炎が見たい。いや、一期でいたけどもっと見たい。


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一つの謎

ちなみに前回司令が咥えた煙草は陽炎から没収したものです。
なのでじつは陽炎、内心相当ムカついていました。


でち公の死について、私は一つだけ納得できないことがあった。

残念なことにでち公が死んだこと自体は変えようのない事実だけどその死因が深海棲艦の潜水艦による雷撃が原因とは俄には信じられなかった。

 

「お忙しい中わざわざ沖縄までお送りいただきありがとうございました」

 

「お世話になった伊58の棺を沖縄に送り届けるなんて重大な任務を他の誰に任せるわけにはいかないわ。寧ろ二水戦を指名してくれてありがとうってこっちがお礼を言いたいぐらいよ」

 

伊58の棺を運ぶにあたり再び潜水艦による雷撃を受けぬよう護衛が必要だった。

その護衛に大鯨達潜水艦隊は二水戦を指名した。潜水艦への備えとして暫くの間二水戦は呉に留まることになっているから外洋に出る機会がなくなる。唐突に決まった事だからその期間もまだ決定していなかった。

できれば呉で待機する前に一度、外洋を航行したいと思っていたから大鯨達からの要請は渡りに船だった。

 

「母を撃沈した潜水艦はまだ見つかってないんですよね?」

 

「そうみたいね。船に乗っていた連中は全滅してるから目撃者は護衛の一水戦だけ。その肝心の一水戦が敵艦の捕捉に失敗しているのが痛いわね」

 

後になって知った事だけど護衛についていたのはあの旗風率いる第三駆逐隊4隻のみ。数は少ないけど不知火曰く第三駆逐隊は一水戦の中でも特に実力者揃いらしくその力は第四、第五中隊の現役艦娘に勝るとも劣らないと言う。

そんな彼女達が一体どうして潜水艦を見逃したのか、疑問は尽きない。

 

「多分もう人類の勢力圏からは脱出しちゃってるの」

 

「そうでしょうね」

 

伊19の言う通り、いくら潜水艦の足が遅いとはいえ人類の勢力圏から逃げるには十分な時間が経過している。下手人を見つけるのは不可能だ。

 

「私が潜水艦母艦でなければ……」

 

潜水艦母艦大鯨は練度が一定に達したと認められれば軽空母に改装されることがあるけど現代では潜水艦母艦はオリョクルの効率を良くするためだけに存在しているからその練度が大きく上がることはない。

加えて水雷戦隊主力の日本に態々改装してまで空母を使う事はあり得ないから大鯨の願いが叶う事はないだろう。

 

「貴女は自分の手で仇を打ちたいでしょうけど艦娘には艦種に応じた役目があるわ。

敵討は私達実戦部隊に任せて貴女は吉報を待っていなさい」

 

我ながらなんとも情けない言葉だと思う。

この広い太平洋からでち公を撃沈した潜水艦を見つけ出すこと自体が困難だ。そもそもでち公を撃沈した潜水艦がどれかなんて目撃者がいない以上分かるはずがない。と言うかそもそも目撃者がいても深海棲艦の判別なんて何か特徴がない限りは不可能だ。

 

「私だって艦娘なのにどうして……」

 

「大鯨、ゴーヤはきっと大鯨が戦場に出る事は嫌がると思うの」

 

「私が戦えないからですか」

 

「違うの、ゴーヤは元々大鯨に艦娘になって欲しくなかったの。だから大鯨が潜水艦母艦になった時、安心していたの」

 

そりゃそうでしょうね。子供が艦娘になって命のやり取りをするなんて悪魔もいいところ。自分が守ることのできる潜水艦母艦になったのは不幸中の幸いというやつなのかしら。

 

「だから大鯨は敵討なんて考えずに後の事は陽炎みたいな次世代の担い手に任せてここで引退まで平和に過ごせばいいの」

 

「貴女はそれでいいんですか!?」

 

「ゴーヤとの付き合いは大鯨より長いの。それが一番いいと思うのね」

 

「なら貴女はどうなんですか!?

貴女は私と違って母と共に20年近く戦い続けて力もある、仇を打つ事は容易でしょう?

航続距離の問題があると言うのならそれこそ私の出番です!自分の手で仇を討とうとはこの際言いません。せめて貴女の手で仇を討ち、それに少しばかり私が協力できたのならそれで本望です」

 

大鯨の問いかけに伊19は首を横に振ることで答えた。

 

「それはできないの。大鯨、諦めて欲しいのね」

 

「意気地なし!」

 

目に涙を一杯溜めた大鯨はそれだ言うと基地に走り去った。

 

「……なかなかキツイことを言うわね」

 

「それがあの子のためなのね」

 

潜水艦母艦に戦闘能力はない。改装すれば話は別だけどそれが許される事はないだろう。つまり私と違って親の仇を一生討つことができないと言うことだ。そんなの私には想像もつかない。

 

「死んでも仇を討ちたい。残された者の中にははそう考える人だっているのよ」

 

「残して逝った者はそんな事しないで欲しいと思っているのね」

 

「かもしれないわね」

 

いや、きっとそうなのだろう。

私は子供もいなければ結婚もしていないから親の気持ちというものはわからない。けど自分の大切なものが自ら消えてなくなろうとするのは悲しい事だ。

 

「無責任だとはわかっているの。けど陽炎にあの子の事を、大鯨の事をお願いしたいのね」

 

唐突な伊19の言葉に私は思わず眉を顰めた。

 

「それ伊58にも言われたんだけど」

 

「ゴーヤが沈んだ後のことを頼めるのは陽炎と漣だけなのね」

 

「もしかして旗艦にも言ってるの?」

 

「当然なのね」

 

過大な評価、胃に悪いわね。

 

「伊58と旗艦は仲が悪いって聞いていたのだけど?」

 

「古い友人の最後の頼みを聞き入れないほど漣の心は狭くないの」

 

「伊19、貴女も伊58との付き合いは長いんでしょ?なら貴女が代わりに守ってあげたらいいじゃない」

 

私の言葉に伊19は首を横に振った。

 

「イクはゴーヤ程強くはないし当然陽炎にも漣にも勝てないの。だから大鯨を守り切る事はできないのね」

 

「比べる相手がおかしいでしょ。深海棲艦と比べるのならともかく私や漣なんて味方じゃない」

 

「……確かにそうなのね」

 

驚いたように瞬きを数度した後、彼女はそう言った。

 

「それはともかく大鯨の事を頼むのね」

 

「しつこいわねぇ。言われなくても伊58に頼まれていたし大鯨の事はできる限り気にするわよ」

 

そう言うと伊19は安心したように笑みを浮かべた。

 

「ところで一つどうしてもわからない事があるのだけどいいかしら?」

 

私の問いかけに伊19は頷いた。

 

「伊58が雷撃された日、どうして貴女は伊58が死んだと判断したの?」

 

「ゴーヤは船に乗っていたの。その船が沈められたら死んだと判断するのはなんの不思議もないの。ちょっと早とちりだったみたいだけどなのね」

 

「そうね。たしかに普通の艦娘なら乗っている船が沈められたら死んだと判断してもしょうがないかもしれないわね。けど伊58は潜水艦よ。潜水艦はそのスクール水着みたいな艤装があれば艦娘としての最低限の機能は果たされるわ」

 

那覇泊地を出発した時は気が付かなかったけど彼女はたしかにゴーヤが死んだと言った。よくよく考えるとこれはおかしいのよ。

 

「陽炎の言う通り普通の艦娘なら船を沈められたら死ぬ可能性が高いの。だから死んだと判断したのね。艦娘にとってそれは普通のことなの」

 

確かに潜水艦娘以外の艦娘ならそれも仕方ないだろう。けど伊19は潜水艦娘だ。普通思いつくのは自分が船に乗っている時に雷撃されたらどうなるのか、つまり船外に出て海の底で敵をやり過ごすと言う事が思いつくのではないだろうか。

 

「貴女みたいな潜水艦娘は私達と違って船に乗る事を忌避しない。なぜなら船が沈んでも自分1人が生き残るのは比較的容易だからよ。

多くの艦娘にとっての常識は潜水艦娘にとっての非常識よ」

 

潜水艦娘が乗った船が撃沈され潜水艦娘が海の底で敵をやり過ごしたと言う事例はいくつかある。

潜水艦娘である伊19がそれを知らないわけがないしその可能性に賭けない理由もない。

 

「……勘がいいのは生き残る上でとてもいい事なのね」

 

突如として伊19の雰囲気ががらりと変わった。

流石古参艦娘とでも言うべきだろうか。私が、潜水艦に対して優位に立てるはずの駆逐艦娘である私が潜水艦娘に警戒感を抱く事になるなんて考えもしなかった。

 

「けど勘が良すぎるのも考えものなの」

 

「褒められた、と思っていいのかしら?」

 

背筋に冷や汗が流れるのを感じながら場合によっては伊19を取り押さえる事を考えないといけないかもしれないと体をこわばらせた。

 

「本当はあの時既にゴーヤは死んでいた筈だったのね。どんな心変わりがあったのかは知らないけどそれから半日以上戦っていたのには驚いたのね」

 

「心変わり?」

 

「なんでもないの、忘れて欲しいのね」

 

そう言うと彼女は疲れたようにため息を吐いた。

 

「貴女は伊19を殺したの……?」

 

囁くような声で尋ねると彼女はキョトンとした表情を浮かべると大きな声で笑い始めた。

ひとしきり笑うと目元の涙を拭き私の問いに答えた。

 

「ゴーヤとイクは戦友なのね。そんなゴーヤを殺すなんてできないの」

 

「伊58が殺されたのは知っていたのに?」

 

彼女の話を統合して考えると伊58が暗殺されたのは間違い。けど問題は下手人は誰かだけど単純に考えれば潜水艦戦隊からかしら。

 

「イクはゴーヤが殺されたのは知らなかったのね。ただゴーヤが行方不明になったとしたら殺された可能性が高いって事を知っていただけなの」

 

違うか。潜水艦の姿を見ていないと言った一水戦が下手人の可能性もあるのかしら。よく考えると一水戦の行動はおかしい。

第二艦隊の領分を侵したのもそうだけど死亡が確認されてから1日以上現場海域に留まった理由はなに?

 

「下手人は一水戦なの?」

 

「それはないと思うのね。今の一水戦ぐらいじゃゴーヤどころかイクでさえ殺せないのね」

 

「いくら伊58が強くても潜水艦よ。駆逐艦複数隻からタコ殴りにされたら敵わないでしょ?」

 

一水戦が対潜装備を持っていなければ話は別だけどね。

 

「たとえそうだとしてもゴーヤなら少なくとも1隻は道連れにしていると思うの」

 

……たしかに、武器がなくてもでち公なら駆逐艦の1隻や2隻、簡単に道連れにできるわね。

 

「なら一体誰に殺されたと言うのよ」

 

「知らないのね。イクはあくまでも殺された可能性が高いと思っているだけなのね」

 

コイツ、ここに来てそんな事を言うか。明らかに殺された事に確信を持っているでしょうに。なんなら下手人の正体さえ知ってるんじゃないかしら。

 

「イクは陽炎よりよっぽど長く生きてるのね。だから陽炎が知らない事もいっぱい知っているし知りたくもない事だってたくさん耳に入るのね」

 

「潜水艦艦隊のNo.2ともなればそうでしょうね」

 

「ゴーヤもそうなの。イクもゴーヤも漣も艦娘として長く生きすぎたのね」

 

潜水艦娘の艦娘としての寿命は他の艦種と比べてすごく長いけど連合艦隊旗艦もと言うのはどう言う事かしら。たしかに彼女が艦娘になったのはでち公達よりも早いけど……

 

「そろそろ後進に後を譲ってもいい頃だと思うのね」

 

「意味がわからないわ。一体伊58の死とどう繋がるって言うのよ」

 

「いずれわかるの。だから陽炎、その時は日本のことを頼むのね」

 

そう言うと彼女はこれ以上話す事はないとばかりに私に背を向けでち公水葬の式場へと向かった。

水葬への参加は那覇泊地の関係者と招待された一部民間人のみに限定されていたから私が彼女を見たのはこれが最後になった。

でち公の水葬直後より行方をくらました彼女はその翌日、那覇泊地が一望できる小高い丘の上で縊死しているのが発見された。




陽炎主役でアニメやってくれないかなぁ。


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誰が為の死か

潜水艦艦隊の副司令官が自殺した。

その情報は拡散される事なく那覇泊地、及びごく一部の艦娘のみにしか知らされる事はなく対外的には事故死とされた。

真実を知らされたごく一部の艦娘の中には私を含む伊19を捜索した二水戦もふくめられていて呉への帰還の途につく二水戦はその話題で持ちきりだった。

 

「何が原因だったんでしょうか」

 

真横を航行していた不知火もやはり気にせずにはいられなかった。

 

「伊19の事?」

 

「艦娘が、それも潜水艦娘が首を吊ったところで簡単には死ねません」

 

「艦娘や深海棲艦由来のもんやないと傷一つつかへんもんな」

 

不知火とは逆側を航行する黒潮が不知火の言葉に答えた。

わざわざ艦娘精神注入棒に艤装由来の素材を使っていることからも分かるように艦娘に傷をつけるのは難しい。

艤装や深海棲艦と以外の数少ない艦娘にダメージを与える方法の一つが窒息だった。

 

「何故首を吊るなんて方法を選んだんでしょうか」

 

「艦娘が艤装とかを使わずに死ねる数少ない方法の一つが首吊りだからでしょうね」

 

首を吊る以外には毒や潜水艦娘でなければ溺死なんかがある。

艦娘はごく普通の一般人と比べれば車と衝突して死んだりなんかする事はまずない。だから深海棲艦や艦娘と関わりのない死亡事例は世界中を探しても年に数例しかない。

その数少ない事例の一つが日本の艦娘で埋まった事は残念でならない。

 

「艤装を使わない理由がわからないと言っているんですよ」

 

「そんなものは私にもわからないわよ。

艤装を使いたくない、あるいは使えない理由があったからそうしているわけだしそこを深く考える必要はあるのかしら。結局のところ死んだ伊19にしか理由はわからないのだし考えるだけ無駄よ」

 

どんな理由があるにせよ私は自殺というものが嫌いだ。

まだ生きるという事ができるのに、生きたいと思っても生きられない人だっているのにその権利を放棄する愚か者。

それに類別された伊19の考えなんてどれだけ考えたところでわからわけがないから私は彼女について深く考える事をやめていた。

 

「そうでしょうか?」

 

「これが他殺ならまだしも自殺よ。どんな方法を選んだかで自殺という結末が変わるわけじゃなのよ」

 

「ホンマにそうやろか」

 

深刻そうな表情で黒潮が反論してきた。

 

「伊19の死が伊58の死と無関係とは考えにくいやろ?」

 

「そうね。だからどうしたのよ」

 

「でち公の死も違和感を抱かざるを得ないという事ですよ。というか伊19は本当に自殺なんですか?」

 

黒潮にも不知火にも私が伊19と会話した内容を話していないけど2人もでち公の死に対しても違和感を抱いたみたいね。

 

「多分、あまり深入りしない方がいいわ」

 

真相が気にならないと言えば嘘になる。

けどそれ以上にこの事件は下手に首を突っ込むと手痛いしっぺ返しを受ける事になる事になると私は半ば確信していた。

伊19と直前に会話した時は彼女がでち公の死に関わっていると思っていたけど仮に不知火が言うように伊19が自殺でなかったのなら彼女の死因は知りすぎたからという事になんじゃないだろうか。

 

「好奇心タマをも殺すですか」

 

「いや猫やろ」

 

「猫とはタマの事でしょう?」

 

「たしかに多摩はニャーニャー言ってるけどそれは違うでしょ」

 

多摩は球磨型軽巡洋艦2番艦と言う歴とした艦娘だ。

 

「そもそも軽巡洋艦の多摩なんざ年間で何隻死んどるかわからんやろ」

 

たしかに軽巡洋艦である多摩は戦場において私達駆逐艦と共に深海棲艦と戦う機会の多い艦種だから自然と轟沈する数も多くなる。

 

「誰が軽巡洋艦の多摩と言いましたか?タマは不知火の家の近所に住む野良猫の事です」

 

「なんで態々固有名詞出すねん。わかるわけないやろ」

 

「冗談です。面白いでしょう?」

 

そんな表情変えずに面白いでしょうなんて言われても反応に困るわよ。

黒潮も顔が引き攣ってるし。

 

「……冗談はともかく陽炎は何か知っているんですね?」

 

少し頬を赤くしながら不知火は話を戻した。

 

「さて、何のことかしら」

 

「深入りするつもりはありませんが陽炎に今回の一連の事件について何か心当たりがあるのなら先に言っておいてください」

 

「どうして?」

 

「まだ事件が終わっていないかもしれないからですよ」

 

でち公の死に関わっている疑惑のあった伊19が死んだ事で全て終結したように思うけど違うのかしら。

 

「陽炎と伊19が直前に会話した事は少し調べればわかります。そこで何を話したのか、それを知るのは伊19と陽炎のみ。伊19が都合の悪い事を話したのではないかと勘繰った何処かの誰かが陽炎を狙わないとも限らないでしょう」

 

なるほど、たしかにそれはあり得る話ね。

 

「けどそれは伊19が口封じされたと言う前提の元に成り立つ話よね?」

 

「そうですね。ですがもしもと言う事もありますし陽炎が用心するに越した事はないでしょう」

 

「まさか私が殺されるとでも?」

 

私は日本最強の部隊、第二水雷戦隊の旗艦。大抵の艦娘は返り討ちにできる自信がある。

 

「陽炎に勝つ事ができる艦娘はそう多くはないですが油断すればどんな強者だって足元を掬われます」

 

高く評価されているのは嬉しいけどこんなに警戒するよう促すのはらしくないわね。

 

「何をそんなに怖がってるのよ。この話はあくまでも伊19が他殺である事を全体に成り立つものよ」

 

「陽炎が思わせぶりなこと言うから不知火が心配しとるんやろ」

 

「私のせい?」

 

話を振ってきたのは2人の方なのに。

 

「まぁ、これから暫く呉に滞在する事になりますし正直心配はしていませんが」

 

「そうね、呉鎮守府に缶詰めになる以上は殺されるような事も起きないでしょうね」

 

考えれば考えるほど憂鬱になる。深海棲艦の潜水艦への備えだから日本近海の安全が確保されるか戦線になんらかの異常が起きない限りは呉から離れる事はないだろう。一体どれほどの期間になるのやら……。

 

「暫くは訓練浸けやな」

 

「そうね。私としては小隊指揮艦の指揮能力向上と部隊の連携力を上げる事に重点を置きたいと思っているのだけど2人はどう思う?」

 

「それよりも個人の実力の方が先とちゃうか?

壊滅前と比べたら実力がめちゃくちゃ落ちとるし」

 

黒潮の言う通り前の二水戦と今の二水戦じゃ個人の実力は大きく劣っている。

わかりやすい例だと親潮だろうか。前の二水戦だと彼女はしたから数えた方が早い実力だったけど今の二水戦だと彼女に勝てる可能性があるのは各小隊の小隊長と他数名と言ったところだろう。

それほどまでに今の二水戦隊員の力は弱い。けどそれは大した問題ではない。

 

「個人の力は部隊の連携で補えるわ。昔、個人の実力では一水戦に及ばなかった二水戦が並んで最強と言われたのは部隊の高い連携力と指揮艦の指揮能力があったからよ。

わざわざ個人の実力を上げずとも部隊の力が上がれば自然と二水戦は以前の力を取り戻すわ。個人の実力アップはそれからでも十分よ」

 

本来、二水戦は個人の実力をそれほど重視しない。それが変わったのは多分一水戦反乱後からだと思う。

個人主義だった一水戦に流れていた人材が一水戦反乱後から少しずつ二水戦に流れるようになり二水戦は変わった。

人材が流れ込んだだけなら二水戦としての伝統を保てたかもしれないけどタイミングが悪かった。東南アジア奪還のために二水戦は小隊単位での運用が多くなり部隊での連携よりも個人の力がそれまでよりも重要になった。そんな事情もあって私がが入った当時の二水戦は反乱を起こした一水戦に近い戦い方をしていた。

もっとも、一水戦みたいに実力至上主義ってわけではなくみんな仲が良かったけどね。

 

「けどここまで個人の実力が低いと不安やわぁ」

 

「不知火は一水戦からの編入ですけど黒潮は元々二水戦でしょう。

不知火より不安がってどうするのですか」

 

「いや、不知火は前の二水戦知らんから不安にならんのやろ。ウチは前のを知っとるから余計に不安になるんよ」

 

正直私も不安だ。この状態ではどんなに頑張っても中隊単位での派遣が精々でそれさえ送り出す側の私は不安な気持ちを抑えられないだろう。

せめて個人の実力だけでも壊滅前に戻せればこの気持ちは治るだろうけどそれではダメだ。

二水戦は個人ではなく部隊の連携力で最強と言われ部隊、それを今更個人の力の集合で最強を目指すなんて意味がわからない。

 

「そう考えると今回の呉滞在はちょうどいい機会かもしれないわね」

 

なんだかやる気がみなぎってきたわ!

かつて私の中隊長だった神通さんみたいに隊員達をビシバシ鍛えて最強の二水戦を作り出す。その絶好の機会だもの!!

 

「うわぁ……なんか陽炎がメチャクチャやる気なっとる」

 

「うわぁとはなによ!」

 

「扱かれる夕立らが可哀想やな思ってな」

 

どうやら黒潮はなにか勘違いしているみたいね。

 

「アンタには特にキツイ訓練をしてもらうからね。なんせ二水戦の中隊長、黒潮がトップに立って戦地に行く事だって今後あるんだから」

 

そう言うと黒潮は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「勿論不知火、アンタもだからね!」

 

「わかっています」

 

不知火は黒潮と違ってやる気を漲らせている。

 

「さぁ、そうと決まれば巡航速度でちんたら帰ってられないわね。

全艦第三戦速、急いで呉に帰投するわよ!」

 

後ろからブーイングが聞こえたけど一睨みするとそれは止んだ。

生意気にも反抗してきた分も加えてビシバシ鍛える事を心に決め第二水雷戦隊は速度を上げた。



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鎮守府裏

横須賀鎮守府に次ぐ広大な敷地を持つ呉鎮守府、その鎮守府庁舎裏に普通の人間が立ち寄る事は滅多にない。

薄暗く、ジメジメとしていてアンダーグラウンドな雰囲気を醸し出し艦娘の間では大昔に轟沈した艦娘の霊が現れるなどと噂されるお世辞にもいい場所とは言えないそこは一部の人間にとっては聖地だった。

 

「呉での生活には慣れたか?」

 

煙を吐きながら問いかけてきたのは第二艦隊では数少ない私の煙草仲間、日向だ。

 

「慣れたも何も私はここの所属よ。今更一体何になれるって言うのよ」

 

年季の入った灰皿に灰を落としながら答えると日向は苦笑いを浮かべた。

 

「それはそうだが二水戦は各地を転戦していただろ。特に陽炎が入ったばかりの頃の二水戦の主戦場は東南アジア、呉に戻ることなんて殆どなかっただろう」

 

「二水戦教導隊は呉にあるし訓練学校は呉の訓練学校出身よ」

 

「確かにどちらも同じ呉鎮守府だが場所は全然違うだろ。

特に訓練学校は寮こそ呉にあったが主要な学校施設は桂島にあるから呉鎮守府にそこまで馴染みはないんじゃないか?」

 

たしかに訓練学校時代は呉所属の意識はなかったし教導隊も意外と第二艦隊司令部のある鎮守府の中心部とは距離があるから呉所属の意識が薄い。

二水戦に所属してからも殆ど東南アジアで戦っていたから二水戦所属してから呉に滞在したのは教官をしていた時期を除けばそう多くはない。

 

「日向の言うように二水戦は各地を転戦していたのよ、環境の変化でどうこうなるような鍛え方はしてないわ。慣れる以前の問題よ」

 

東南アジアは元々日本ほど発展してないかったのに長い間深海棲艦に制海権を握られていた影響で文明レベルが数十年後退したような有様だった。

カビ臭い虫の湧いたベッドで寝れたらいい方で場合によっては地面に布や落ち葉を敷いただけなんて言うまるで野生動物の寝床のような場所で寝たのだって一度や二度ではない。

ふかふかのベッドと蛇口をひねればすぐに飲み水が出る環境というだけでも天国みたいなものだ。

 

「陽炎が二水戦に入った頃は東南アジアの奪還は殆ど終わっていただろう?

停泊地の状況も良かったんじゃないか?」

 

私が加入した頃には東南アジアの奪還は最終盤だったけどだからと言って後退した文明が復活しているわけではない。なにより日向達大型艦と違い私達は最前線を戦い続けるから任地の環境はすこぶる悪い。

 

「大型艦は航続距離も長いからある程度環境が整った場所に停泊できるけど私達駆逐艦は航続距離が短いのよ。

自然と最前線の奪還されたばかりの地域に停泊する事になるから場合によってはプレハブ小屋さえ建ってない事さえあったわ」

 

戦艦みたいな大型艦は運用コストと練度の高い艦娘が少ないことからかなり設備が整った場所に派遣される。

私達駆逐艦とは違って大事にされているのよね。

 

「それは……その、すまん」

 

まぁ、私がそれを経験したのは1年あるかないかの期間だったけどそれでも2度とあれは経験したくない。長い間あれを経験した二水戦の先輩達には頭が上がらない。

……そう言えば黒潮はギリギリあれを経験していないのか。なんかムカつくわね。

 

「気にしないで。二水戦がこき使われるのはいつものことだもの」

 

ほぼ確実に戦果を上げることのできる二水戦が停泊地の設備が整っていないなんて言うくだらない理由で派遣されないなんて事はあってはならない事だ。

 

「……そうだな。

だが陽炎はそうかもしれないが他の連中はどうだ。元々二水戦だった黒潮、親潮、雪風は陽炎と違い東南アジア奪還後の所属だし他のメンバーは新規の隊員だ。陽炎と同じだと考える訳にはいかないだろう。少し気にかけてやった方がいいんじゃないか?」

 

「環境が良い分には問題無いんじゃないかしら。

それよりも新人連中にサバイバル訓練が出来なかったのが今更になって心配になってきたわ」

 

「……あぁ、第二艦隊も手伝わされるアレか」

 

サバイバル訓練自体は訓練学校でもするけど二水戦教導隊のサバイバル訓練はそれとは比べられないほど厳しい。

これは教導隊での訓練、その最終盤に行うものでそれまでの班などは関係なく人数すらもランダムで行われる。

 

「あの狂気的なサバイバル訓練。今回はしなかったんだな」

 

「狂気的ってなによ。アレくらい実践的でないといざという時困るわよ」

 

瀬戸内海に多数存在する無人島。そこに重物料投下器材に艦娘をくくりつけて空挺投下、高度が地上10メートル程度で地上に待機していた第二艦隊の艦娘が投下機材を遠隔で爆破、艦娘に対して轟沈しない程度の損傷を負わせる。これによってより実践的なサバイバル訓練ができると言うものだ。

 

「本当に怪我をさせる必要はあるのか?」

 

「実際にサバイバルするような時って基本的には深海棲艦と戦って傷を負っているはずよ。

だから艦娘なら死なない程度の爆薬をつけている訳」

 

爆弾だって敢えて配置に偏りをつけて全員の傷の度合いが同じにならないようにする工夫もしてある。

 

「爆破する側の気持ちも考えてもらいたいものだ。何度やってもあのボタンを押すのは慣れない」

 

「それはごめんなさい。私としてもあの訓練は二度とやりたくは無いけどアレが必要なのもまた事実なのよね」

 

運悪く大破した上に4人で島とも言えないような小さな岩礁に放り出されるなんて言う経験は二度としたく無い。

だけどあの時飢えと脱水症状で死にかけたおかげで同じような状況でも生き延びれる自信がついた。二度とやりたく無いけど。

 

「死人が出ないかハラハラするから辞めてくれ」

 

「やるとしたら現二水戦に対してよ。教導隊の艦娘相手じゃ無いわ」

 

まぁ、神通さん達が必要だと思えば今教導隊で訓練している艦娘もすることになるでしょうけどそれは私の預かり知らぬ事だ。

 

「味方相手に爆弾のボタンを押したくは無いのだが……」

 

「艦娘があのくらいで死んだりしないわよ」

 

10メートルくらいの高さから落ちたくらいじゃ精々小破止まり、爆弾のダメージを考えても大破まで行くのはマレだ。

 

「そう言う問題ではなく……」

 

「日向は味方を傷付けるような真似をしたく無いって言ってるんだよ」

 

背後から聞こえたこの場に不似合いな人物な声に煙草を落としそうになりながら振り返った。

 

「瑞鳳?どうして貴女がここにいるのよ」

 

第二艦隊の元旗艦、瑞鳳。喫煙者じゃ無い彼女がこんな場所に来るのはあまりにも不可解だった。

 

「これ以外にここに来る理由があるの?」

 

そう言って瑞鳳がピアニッシモを取り出した。

タール量が少なくて女性人気が高い、初心者向けの煙草だ。私はタールが少なすぎてあまり好きでは無いけどこれを好む艦娘は多い。

 

「アンタ煙草吸ってなかったわよね」

 

なんなら瑞鳳は私が煙草を吸っていると注意してくる艦娘の1人だった。

 

「もう旗艦じゃないしね。なにより実戦から離れることになるし良いかなって」

 

「陽炎は知らないだろうがコイツは三航戦の旗艦になる前までは煙草を吸っていた」

 

煙を吐き出しながら日向は親指で瑞鳳を指差した。

 

「よくって程じゃないよ」

 

「昔は私が喫煙所に行く時はいつも一緒に来ていただろう」

 

日向は愛煙家だ。私が喫煙所に行くと四回に一回はいる。

 

「そんなに煙草が好きなのにどうして辞めたの?」

 

「見栄だ」

 

私の質問に答えたのは日向だった。

 

「三航戦の旗艦は二水戦旗艦と立場は同じになるだろ?

もちろん、二水戦旗艦は艦隊旗艦も兼ねているから厳密には違うが殆ど変わらない立場だ」

 

「昔から二水戦に憧れてたんだよ。戦隊の一軽空母ならともかく二水戦の大多数から敬語を使われる立場の戦隊旗艦ともなれば相応の振る舞いが必要かなって」

 

「そんな事で煙草を辞めれるのね」

 

感心すればいいのか、呆れればいいのか判断に迷うわね。少なくとも私には無理な事だけは確かだ。

 

「でもなんで今になって煙草を始めるのよ」

 

「もうすぐ第二艦隊を離れることになるしいいかなって」

 

そんなノリでいいのかしら。ある程度の決意を持って禁煙をしていたのだから続ければいいのに。

 

「訓練学校の校長でしょ。

教育者としては禁煙しといたほうがいいんじゃない?」

 

戦隊旗艦なんかよりもよっぽど禁煙した方がいいに決まっている。

 

「どうせ才能ないのが殆どなんだから煙草吸ってるところ見られても別にいいかなぁ」

 

基準がよくわからないわ。

訓練学校は一期あたり千人弱が入学する。その内実戦に出れるレベルになるのが1割ほど、約百人と言ったところだ。番号付き艦隊に所属できるのはその内1割強と言ったところだろう。

 

「割合的には一つの学校から毎回10隻くらい番号付き艦隊に配属される艦娘が出るはずよ」

 

「そんなの才能あるとは言わないよ。最低でも第二、第三、第四、それと第一の現役枠に入れるくらいの艦娘じゃないと才能あるって言わないよね」

 

一つの訓練学校に3、4人ってところかしら。なかなか厳しい条件ね。

 

「少なくとも数人はいるだろうしその子達の前で見栄を張ろうとは思わないわけ?」

 

「だって引退してる身だし」

 

「今はまだ引退してないんだから少しくらい取り繕いなさいよ」

 

「だってそろそろ我慢の限界だし」

 

「それなら仕方ないわね」

 

どれほどの期間かは知らないけど私が二水戦に入った時には旗艦だったから少なくとも年単位、同じ愛煙家としてこれ以上言うのはよくないわね。

 

「それにしてもその禁煙って年単位でしょ?私なんて1週間しただけでも気が狂いそうだったのによくできたわね」

 

「ヤニ中*1の陽炎と比べられても……」

 

やにちゅう?……ヤニ中!?

 

「いや私別に中毒なんかじゃないけど」

 

私の言葉に日向がため息を吐いた。

 

「私がここに来たら毎回いるのにか? 一体いつ仕事をしてるんだ」

 

「毎回は言い過ぎでしょ。二水戦訓練中はちゃんと現場に出ているし書類仕事だってちゃんとこなしているわよ。今だって私のところに来てた仕事が終わったからここに来てるのよ」

 

やるべき事をやらずに来るわけないじゃない。

 

「相変わらず煙草以外はいう事ないな。瑞鳳など川内の跡を継いで第二艦隊旗艦になった時など1ヶ月ぐらい毎日残業していたぞ」

 

「もう二度としたくないよ」

 

「それは川内さんが戦死して引き継ぎができなかったからでしょ」

 

まぁ、二水戦旗艦が戦死して旗艦が変わるのは第二艦隊ではいつもの事だけど。

 

「それもあるけどやっぱり艦隊旗艦は激務だよ。二水戦旗艦と兼任しながらよく艦隊旗艦なんてできるよね。陽炎も川内も」

 

「瑞鳳も三航戦旗艦と兼任してたじゃない」

 

「護衛の駆逐艦含めて4隻だよ。駆逐隊一つ分の戦隊と40隻以上が所属する水雷戦隊じゃ比べ物にならないよ」

 

戦隊って水雷戦隊以外はどんなに多くても4隻なのよね。つまり駆逐隊一つ分、これで戦隊旗艦の手当ては同額だってんだからやってられないわ。

 

「私が言い出しといてなんだが仕事の話はその辺にしておこう。煙草が不味くなる」

 

「それもそうだね」

 

リフレッシュのために来ているのにどうしてストレスのかかる話をする必要はないわね。

*1
ヤニ中毒。ようは煙草依存症



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姉妹

二水戦が暇なのはいいことだ。それは戦闘がない、つまり戦線が安定しているということに他ならないからだ。

けどそれをよしとしない人達も存在する。二水戦ほど練度が高い部隊を複数作りたい。そのために二水戦に教導をさせようと上層部が考えつくのにそう時間は掛からなかった。

 

「二水戦による教導なあ。教導隊で教官したうちらはともかく新人連中にそんな事できるんか?」

 

「雪風は無理だと思います」

 

「少しくらい期待してもいいんじゃないですか?」

 

雪風は無理、親潮はできる。質問した黒潮は明言してないけど雰囲気的に試すくらいはしてもいいと思っていそう。

 

「不知火はどう思う?」

 

私の問いかけに不知火はお茶を一口啜ると口を開いた。

 

「無理です」

 

そう言うと今度はさらに盛られた煎餅に手を伸ばした。

 

「無理ですって……もうちょっと何かコメントはないの?」

 

「自分達の訓練で手一杯の艦娘が他の艦娘に教導などできると思いますか?」

 

「まぁ無理ね」

 

「そう言う事です」

 

私もあの子達が人に戦い方を教えることができるとは到底思えない。

あの子達の大半はまだまだ実力不足だし残りの半分も二水戦としては及第点、到底ものを教える立場にない。

 

「人に教える事で成長に繋がることもあると思います」

 

親潮が少しムッとしたような表情で言った。

 

「彼女達は教導隊で陽炎達二水戦の予想を超え多くの艦娘が二水戦に所属する事になりました。しかしそれは陽炎達の見積もりが甘かったからだとも言えます。

不知火が知る二水戦はあの程度の実力ではありません」

 

「そりゃ甘くしたからね」

 

まぁ、今となってはもう少しキツめでもよかったと思わなくもないけど今更それを言ったところでどうしようもない。

 

「それにしてもレベルが下がりすぎです。もうあと半分くらい落としてもよかったと思います」

 

「途中でカリキュラムを変える余裕がなかったし仕方ないわ」

 

なによりあの時は時間もそれを実行する人材も不足していたから変えたくても変えれなかった。

 

「それにしても意外ね。あんたがそんなに二水戦の事を考えているなんて思わなかったわ」

 

「駆逐艦である以上は不知火にとっても二水戦は憧れです。その憧れが汚れるような行為をしてほしくないと思うのは自然なことではないですか?」

 

駆逐艦娘で二水戦に一度も憧れを抱かない艦娘は存在しない、とは言わないけど見つける方が難しいのは確かだ。

多かれ少なかれ駆逐艦なら二水戦に憧れを抱く。抱かないものがいたらそれは親や親類縁者に無理矢理志願させられた哀れな艦娘か、旧一水戦の関係者だろう。

 

「アンタはそう言うのとは無縁だと思ってたわ」

 

冷めた性格の不知火が何かに熱中している所が想像できなかったこともあって少し驚いた。

 

「憧れくらい抱きます」

 

「ならどうして初めから二水戦に入らなかったのよ」

 

二水戦に憧れて志願したなんていう艦娘も少なくないし実際二水戦にもそういう艦娘は多くいた。

 

「陽炎も知っているでしょう。二水戦ほど戦いが多く死にやすい部隊はありません」

 

「あら、二水戦の死亡率は低かったわよ」

 

安全な本土の部隊と比較すればそりゃ高くなるけど戦闘数と比較すればその死亡率は極端に低い。

 

「一水戦と給料が同じなら安全な一水戦を選ぶ、道理ではありませんか?」

 

「最終的な給金は減っちゃうじゃない。私と同じ時期に二水戦に入ればより多くのお給料を貰えてたのよ?」

 

一水戦は三年任期な上優秀でなければ声すらかからない。不知火の実力ならいずれ一水戦に入れただろうけどそんな事するくらいなら同じ給料の二水戦に入った方が手っ取り早く給料が手に入る。

 

「その頃はそんなに必要ありませんでしたから。当時の任地は東南アジアとはいえ比較的平和でしたからね。二水戦に入って忙しく動き回るよりも楽に必要なお金がもらえました」

 

「なら一水戦をクビになった後二水戦に入ったのはどうしてよ」

 

「クビと言うと語弊がある気がしますがまぁそれはいいです。

一水戦所属中に妹が新しくできましてその分お金が必要になったんですよ」

 

「またできたの?」

 

不知火は両親の他に弟と妹がたしか合計8人? いる大家族の長女だ。1人増えるだけで必要なお金は増える。それに不知火は妹達に最低でも高校ば出させたいとかでとにかくお金を稼ぎたがっている。

深海棲艦の襲来以来高等教育を受けられる場所は減っているから学費も相当高いらしい。

 

「もう少し自重して欲しいものですが脳味噌が猿ですからね。聞いちゃくれません」

 

妹達の事は溺愛している不知火だけど両親についてはネグレクト同然に育ったと言うから蛇蝎の如く嫌っている。

初めの頃は最低限のお金を入れていたみたいだけど不知火が艦娘になった頃からそれすらもなくなり妹達の生活費とかは全て不知火が賄っているらしい。

 

「随分歳離れた妹やな」

 

「他にも8人くらいいるわよ」

 

「9人、不知火合わせて10人兄妹です。ほんとあの猿共は自重という言葉を覚えて欲しいものです」

 

殺気立つ不知火に黒潮達はそっと距離をとった。

 

「けど妹達は可愛いんでしょう?」

 

「当たり前じゃないですか。不知火が艦娘になってから生まれた妹以外はみんな不知火が育てたんですよ。可愛くないわけがないです。

本当なら新しい妹達も不知火が育てたかったのですが艦娘である以上それは叶いません。代わりに休暇で帰った時には精一杯お世話しました」

 

見てわかるように不知火は兄妹を溺愛している。

 

「訓練学校の時もよく写真見てはニヤニヤしてたもんね」

 

揶揄うような声音で視線を向けるのと同時に不知火の振り上げた拳が私の頭部に命中した。

 

「痛っ! ちょっとなにするのよ!!」

 

「不知火はニヤニヤなんてしてません」

 

「はぁ!?ニヤニヤして「不知火はニヤニヤなんてしてません」」

 

「……そうね不知火はニヤニヤなんてしてなかったわ」

 

まったく、なんで私が殴られないといけないのよ。

言葉に出すともう一、二発殴られそうだから言わないけど。

 

「にしても不知火がそんな大家族の長女やったなんて意外やわぁ」

 

「そうですか?」

 

「陽炎とじゃれあってるのみてたらどっちかと言えば妹に見えるで」

 

「こんな妹いらないわよ」

 

「不知火だってこんな姉はいりません」

 

黒潮の言葉に私と不知火はほぼ同時に答えた。

 

「仲ええなあ」

 

「仲がいいのは事実だけど不知火が妹は嫌よ」

 

別に不知火が嫌いというわけじゃないけど妹に不知火は嫌だ。

 

「陽炎が姉はないでしょう。不知火が姉で陽炎は妹です」

 

ちょっと待て。

 

「アンタが私の姉はないでしょ」

 

「?」

 

いやなに不思議そうな顔してんのよ。

 

「まぁ、そうやって言い争ううちはどっちも妹みたいなもんか」

 

「なら誰が姉なのよ」

 

「ウチやな」

 

「「それはない」です」

 

胸を張って親指で自分を指差しやがったからそう言うと偶然不知火と被った。

 

「意見があったわね」

 

「そうですね」

 

不知火と顔を見合わせて拳を胸の位置に掲げると黒潮は慌てたように雪風の影に隠れた。

 

「ちょっと2人して暴力はあかんやろ!」

 

「暴力じゃないわ」

 

「鉄拳制裁です」

 

「同じや!」

 

雪風の両脇からにじり寄る私達を止めたのは親潮だった。

 

「陽炎姉さんも不知火姉さんもあまり黒潮さんを揶揄わないであげてください。

関西人なのに冗談もわからない人なんですから」

 

皮肉とも取れる言葉だけど驚くなかれ、なんと親潮本気でこれを言ってる。

 

「そうね、関西人なのに冗談もわからない黒潮を揶揄うのは良くないわね」

 

「そうですね。冗談もわからない関西人を揶揄っても何も楽しくないですね」

 

当然私達2人は悪意100%でこれを言ってる。黒潮に鉄拳制裁するよりこっちの方が面白そうだ。

 

「お前ら……!」

 

「きゃー!黒潮が怒ってる!冗談なのに!!」

 

「大丈夫ですか陽炎。冗談もわからないエセ関西人の黒潮に何かされましたか!?」

 

棒読み気味に不知火に抱きつくと不知火も意図を察してくれた。黒潮から見えない方向に顔を向けて2人で顔を見合わせニヤニヤしながら煽ると黒潮が立ち上がる音が聞こえた。

 

「なに、暴力?これだから冗談の分からないエセ関西人は」

 

顔を向けると青筋を浮かべた黒潮が拳を掲げていた。

 

「やるなら受けて立ちますよ」

 

不知火が不敵に笑いそういうと黒潮は動きを止めた。

 

「いや、今ここで殴ったらウチがエセ関西人認めるようなもんやん」

 

小さな声で呟くと拳を収め笑みを浮かべた。

 

「そんなウチが冗談もわからんエセ関西人とかそんなわけないやん」

 

若干笑顔が引き攣ってるけど関西人としてのプライドか拳での対応は避けた見たいね。残念。



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教導

「それで、派遣するのはしゃあないとして誰向かわすんや」

 

「依頼自体の数は大した量じゃないけど……」

 

それぞれ1人ずつでいいなら私達だけでもなんとかなるくらいの数しかない。

 

「なら不知火達で手分けして行きますか?」

 

「それも悪くないけど、今後のことを考えるなら新人連中に経験を積ませたいじゃない。

私達の中の誰か1人と小隊一つで派遣するのがいいんじゃないかしら」

 

今回の依頼きりで終わるのならいいけどこの状況がしばらく続く以上まだまだこの手の依頼は来ると考えた方がいい。

なら今後新人連中を派遣できるよう訓練した方が先々間違いなく楽になる。

 

「えーウチそれ嫌やわぁ」

 

「私だって嫌だけど仕方ないじゃない」

 

私なんて問題児の狭霧達がいるから自分で提案したけどほんと気が進まない。

 

「自分の中隊の隊員の面倒を見るようにするからアンタ達が狭霧達とどこかに教導に行く事はないわよ」

 

他にも問題児は多いけどあの子達ほど問題児の集まった小隊はない。貧乏くじを引く事がないんだからそれで納得してほしいわ。

 

「一番の問題児を引き受けてくれるんやったらええけど……」

 

「不知火も問題ありません。ウチの子達はみんないい子ばかりなので」

 

「陽炎姉さんは1人で3個小隊の面倒を見ることになりますけど大丈夫ですか?」

 

「大丈夫に見える?」

 

第二艦隊旗艦と二水戦旗艦、両方を兼任しながら教導もなるなんて普通に考えたら無茶もいいところよ。

 

「無理そうなら手伝います」

 

「雪風にも手伝わせてください!狭霧達を連れてビシバシ鍛えてきます!!」

 

「あら、ありがとうそれなら任しちゃおうかしら」

 

狭霧達が可哀想な目にあう気がしないでもないけど普段の行いが悪かったと言う事だろう。無事を祈っとこう。

 

「親潮、雪風、あんま陽炎を甘やかしたらあかんで」

 

「2人とも陽炎の演技に騙されないでください。

本当に無理ならこんな遠回しな言い方しません」

 

「第二艦隊旗艦と二水戦旗艦を兼任してるのよ。仕事が多くて休む暇もないわ」

 

「嘘つけ。毎日喫煙所で煙草吸うくらいには暇な仕事やろ」

 

「最近煙草の消費量が増えていますよね。また禁煙させますよ」

 

ちょっとなんでそんな事まで知ってるのよ。いや、まだ証拠はないかもしれないしなんとか誤魔化さないと。

 

「なんのこと?最近は喫煙所に行く暇もなくて大変なのよ」

 

「最近煙草を買う頻度が多くなったと酒保の間宮が心配してましたよ」

 

後方支援を担当する間宮や伊良子と言った給糧艦は基本的に艦娘の料理を作る事が仕事だ。けどそれ以外にも鎮守府の主計関連の業務例えば酒保の管理も担当している。

私が煙草を買うのもこの酒保だけど最近の酒保で販売してる煙草はニコチン含有量の少ないのばかりだから物足りないのよね。

 

「間宮の気のせいじゃないかしら」

 

「教官をしていた時が1週間に1回ワンカートン買っとったんが今は4日でワンカートンに増えとるみたいやで」

 

「なんだまた少ない…じゃなかった結構多いわね」

 

「少ないやって?」

 

しまった口が滑った。

 

「黒潮、たったそれだけですか?」

 

「4日でワンカートンやで?メチャクチャ多いやろ」

 

「陽炎はひどい時は1日でワンカートン吸ってましたよ。所謂チェーンスモークと言うやつで不知火はそれを見て煙草を辞めました」

 

不知火!余計な事を!!

 

「え?不知火姉さん煙草吸ってたんですか?」

 

「訓練学校時代に少しだけ」

 

「何が少しよ。1日1箱開けるベビースモーカーだったじゃない」

 

私が煙草吸い始めたのだって不知火が原因だし。

 

「訓練のない土日に吸い貯めとか言ってワンカートン以上吸ってた陽炎に言われたくありません。それに今は吸ってません」

 

「訓練学校なんて5年以上前やろ?ならもう時効や」

 

なるほど、5年以上前なら時効なのね。

 

「嘘は良くないんじゃないかしら不知火」

 

私の言葉に不知火は首を傾げた。

 

「一水戦時代喫煙所が少ないって愚痴を聞いた覚えがあるけど?」

 

「……認めましょう。確かに不知火は一水戦に入ったばかりの頃は暇だったんで煙草をまたはじめてしまいました」

 

「本当に一水戦の時だけ?ウチに入ってからも吸ってるんじゃないの?」

 

ここぞとばかりに追及すると不知火は表情は一つ変えずに吸ってませんと言った。

 

「間宮に聞いちゃおうかしら」

 

「どうぞお好きな様に」

 

「じゃあ聞いてくるわね」

 

立ち上がり部屋から出ようとする私を黒潮が引き止めた。

 

「待てや、逃げるな陽炎。まだ話は終わってないで」

 

チッ!バレたか。

 

「可愛い可愛い妹艦達がお姉ちゃんの事を思って自主的に手伝ってくれるって言うんだからもうこの話は終わりでいいじゃない」

 

「そうはいくか。艦隊旗艦までやっとんのに煙草消費量上がるってどんだけ暇なんや。理由聞かせてもらうまでは逃さんで」

 

「そうですね。仕事が増えてるはずなのに煙草が増えてる意味がわかりません」

 

「雪風も気になります!どうやってお仕事早く終わらせてるんですか?」

 

黒潮、不知火と違って単純に仕事を早く終わらす方法を知りたそうな雪風の純粋な視線が痛い。

 

「第二艦隊旗艦って元々他の艦隊旗艦に比べると仕事が少ないのよ」

 

「少ない?」

 

「艦隊旗艦は主に通常時においては所属艦娘を提督と共に管理する管理職の役割、戦闘時における前線指揮官の二つの役割を持っているわ」

 

第四艦隊旗艦は少し特殊だけど他の艦隊は全てこの形をとっている。

 

「他の艦隊での旗艦は管理職としての役割が強いけど第二艦隊は基本は二水戦旗艦が兼任しているから前線指揮官としての活躍が多いわ。

だから元々艦隊旗艦としての事務仕事の多くは提督が受け持っていたのよ」

 

「艦隊旗艦の仕事が少ないんは分かったけどならなんで兼任前より暇になったんや?」

 

「そんなの海外への派遣がないから時間がたっぷりあるからよ」

 

二水戦の旗艦としては二水戦への装備や各種弾薬の分配、練度管理と言った事が通常時の主な仕事だけど艦隊旗艦は二水戦だけでなく第二艦隊全体の装備や各種弾薬の分配、練度の管理、それに加えて提督と一緒に行う予算編成が主な仕事になる。

予算編成はともかく装備の分配は海外への派遣がない現状は均等に分配すればいいだけだし練度管理は各戦隊旗艦からの報告書の確認だけで済む。

予算編成も今までと大きく変わることはないから海外派遣がなければすぐに終わる。

 

「そんな簡単に終わるもんなん?」

 

「艦隊旗艦になったばかりの時は毎日遅くまで執務室で仕事してましたよね?」

 

「それは川内さんが沈んでからの引き継ぎがうまくいってなかった事が原因ね。その頃は二水戦壊滅の穴を他の第二艦隊で埋めてたから尚更引き継ぎできなかったのが祟って瑞鳳も随分苦労したみたいよ。

それが積もり積もって私が艦隊旗艦になったときに大量に降りかかってきたのよ」

 

いやぁ、あの時はびっくりしたわね。執務室の中が書類だらけなんだもの。まぁ、簡単なのばっかりだから慣れればすぐ終わったけどあれにはまいった。

 

「だから今は暇なんやな」

 

「そうね」

 

「なら教導も手伝わなくて大丈夫ですね」

 

……しまった!

 

「いやー最近書類仕事が多くて腰痛が酷いから教導任務は無理かな〜」

 

「腰痛なら尚更体動かせや。運動不足やろ」

 

「え?あ、えっと……」

 

「陽炎、諦めてください」

 

「……もう、わかったわよ」

 

せっかく楽できると思ったのに。

 

「て事で親潮、雪風、陽炎のことは手伝わんでええからな」

 

「雪風、狭霧達と教導行きたかったです」

 

「この暇人働かせなあかんからそれはまた今度な」

 

雪風、狭霧達に何か恨みでも…ってもしかしてまだ間宮羊羹の事怒ってるの?

 

「どうしてそんなに狭霧に拘るのよ」

 

「狭霧が問題起こすさないわけないです。旗艦である陽炎お姉ちゃんの前でそれをやられたら二水戦の立つ背がないから雪風が責任を持って見張りたいです」

 

「……ちなみに問題を起こしたらどうするつもりなの?」

 

「艦娘としての精神を注入しなおしてやります」

 

やばい、目が本気だ。なんならちょっと怖い。

 

「雪風、二水戦内ならともかく他所に行ってまであの棒を使うのはダメよ」

 

なんなら狭霧達相手でなくても使いそうな雰囲気だし。

 

「心配しないでください陽炎お姉ちゃん」

 

よかった、ちゃんと弁えてるみたいね。心配しすぎだったかしら。

 

「他所で醜態を晒す様なら砲弾を叩き込んで海の藻屑にしてやります」

 

違う、そうじゃない。

 

「いえそれはダメよ。いや、ダメじゃないけどダメよ」

 

確かに他所で醜態を晒す様なら相応の罰を与えないといけないけどそれはダメだ。

 

「そんな事したら下手すりゃ軍法会議よ。やるなら呉に戻ってからにしなさい」

 

「了解しました!」

 

「いや2人とも待てや」

 

「何よ黒潮」

 

「沈めるのはあかんしそもそも狭霧達は陽炎が連れてくんやろ?雪風は今回関係ないで」

 

「そうですよ。それに狭霧達は最近大人しいじゃないですか。教導隊時代の印象で考えるのは偏見がすぎます」

 

まぁ、確かに最近はお菓子を少しギンバイするくらいだけどそろそろ暴れる気がするのよね。

 

「ここらで引き締めとかないと何するかわかったもんじゃないわ」

 

「もうちょい自分の部下を信じたったら?」

 

「無理。どんだけ煮湯を飲まされたと思ってるのよ」

 

なんか思い出したら腹が立ってきたわね。

 

「よし、決めた。

一番初めの教導任務には狭霧達を連れて私が行くわ」

 

「なんか悪い事考えてへん?」

 

「大丈夫よ。狭霧達には教導のやり方を骨の髄まで染み込ませてやるだけだから」

 

楽しみだわ。久しぶりにアイツらを扱き倒してやるんだから。



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ドラム缶

久しぶりに狭霧達メインです。


「ちょっとみんな聞いた!?」

 

呉鎮守府、第二水雷戦隊寮の談話室に駆け込んできたのは第十五駆逐隊の秋雲でした。

皆が驚いて視線を向ける中最初に口を開いたのは十五駆の旗艦、夕雲でした。

 

「秋雲さん扉は静かに開けてください。みんな驚いてますよ」

 

「あ、ごめん。ってそんな場合じゃないよ!」

 

いつになく慌てた様子に夕雲だけでなくその場にいた全員が不思議そうに視線を向けると秋雲は言葉を続けました。

 

「教導任務が二水戦に依頼されてるのはみんな知ってるよね?」

 

それは昨日、私が執務室に始末書を提出しに行った時に聞いた陽炎教官小さな呟きから判明した事でした。

駆逐艦娘全員で事の真偽を明らかにするため奔走したところどうやら私達二水戦に教導の依頼が来ていると言う事が判明しました。それもなんと小隊毎に派遣です。

そこから二水戦の寮内はお祭り騒ぎでした。自分たちがされた訓練と称した拷問を他の部隊にできるとなれば喜ばない二水戦はいません。寧ろ喜ばなければ二水戦とは言えません。

おかげで昨日から寮内はその話で持ちきり、派遣先でどの拷問を行うか皆で楽しく話し合っていました。

 

「その教導任務に教官達もついてくるってさっき廊下で不知火と黒潮教官が話してたんだよ!」

 

その言葉にさっきまで喜びに満ち溢れていた談話室は阿鼻叫喚の嵐となりました。かく言う私もその1人です。

 

「ぽいっ!?」

 

「秋雲さん、今嘘だと言えば半殺しで済ませてあげますよ?」

 

「えっ!陽炎教官達と教導任務に行けるんですか!?」

 

「教導先まで教官がついてくるなんて親が職場にまで着いてくるみたいなものじゃないですか!嫌ですよそんなの!!」

 

約1名喜んでる奴がいた気がしますがそんな事に気が付かないくらい叫んでいると慌てふためく私達を嘲笑うか様な笑い声が談話室に響きました。

 

「アッハッハッハ!ようやく僕達の絶望が理解できたみたいだね!!」

 

それは第二中隊の第十七駆逐隊の時雨でした。彼女の指揮艦はあの雪風教官です。

時雨の後ろには10隻ほどの二水戦の艦娘が時雨と同じように笑みを浮かべて立っています。

 

「教官が司令を務めてる部隊はお通夜状態。

それに気が付かずに馬鹿騒ぎする君達をどう殺してやろうと徹夜して考えていたけどどうやらその必要も無くなったみたいだ!!」

 

よく見ると時雨とその後ろにいる艦娘達の目の下には隈ができています。徹夜したと言うのは嘘ではない様です。

今の今まで気がつきませんでしたけど教官が隊長を務めている部隊は最初から教導任務についてくる事が確定していましたね。しかしそれに気付かずはしゃいでいた私達に対して恨みを持つのはお門違いもいいところです。

 

「特に第一中隊!お前達は陽炎教官が駆逐隊を率いていないことをいいことに僕達のことに気がつくこともなく馬鹿騒ぎしていたね!!

他の中隊は多少は僕達に気を使って自重していたのに!!!」

 

あ、これ私達が標的になる奴ですね。逃げないと。

そう思い気付かれないようそっと扉の方へ移動しようとすると何故か夕立が縛られて転がっていました。何故?

 

「夕立は強いからね。先に行動の自由を奪わせてもらったよ」

 

私の行動に気がついた時雨が逃がさないとばかりに距離を詰めながらそう言いました。

よくよく考えれば教官を除けば該当する艦娘は12隻。正面には時雨合わせて10隻と言う事は2人ほど足りません。扉の外か物陰に隠れているのがいますね。

 

「他は強くないみたいな言い方ですね」

 

指揮能力では叶いませんが単純な戦闘能力なら陽炎教官達を除けば上位に入る自信があるので時雨の物言いは少し勘に触ります。

もっとも、時雨も私と同程度の実力があるので私が不利な事に変わりはしませんが。

 

「他の面子だと狭霧と磯風あたりは厄介だけど磯風については部屋で休んでいた所を簀巻きにして転がしてるから問題ないよ。

3人の内2人は拘束済み。狭霧1人だけなら全員で掛かればどうにでもなるよ」

 

言われてみれば談話室には十四駆逐隊の指揮艦である磯風の姿はありませんね。既に捕まっていましたか。

 

「さぁ、観念しておとなしく僕達の恨みを受け取るといいよ」

 

ジリジリと距離を詰めてきますが幸いなことに一番近くにある窓が空いています。巻雲あたりを囮にして私は窓から脱出すれば逃げ切れる。そう考え行動に移そうと巻雲に視線を向けた時でした、突然視界が反転したと思えば地面に打ち付けられた衝撃と上から誰かに押さえつけられる様な感覚が私を襲いました。

 

「時雨、狭霧は捕えたよ!」

 

私の上から聞こえた声は聞き慣れた敷波の声でした。

 

「は?え、うん。……ありがとう?」

 

どうやら計画になかったみたいで時雨達も戸惑っている様でした。

 

「これで後は単純な実力なら負けない相手しかいないよ!」

 

確かに残りは指揮艦とはいえ戦闘面はそれほどでない夕雲や二水戦でも最弱に近い巻雲と言った面子しか残っていませんが敷波は一体どの立場からそれを言っているのでしょうか?

 

「味方してくれるって言うのはありがたいけど僕達の最大の復讐対象は敷波だよ?」

 

その言葉に私を押さえつける敷波の力が少し緩みました。

 

「意味がわからないって顔してるけど昨日敷波が何をしたのか忘れたの?」

 

「敷波貴女一体何をしたんですか!?」

 

これはもしかして敷波の悪行に私達が巻き込まれた感じじゃ無いですか!?

 

「え、えーと……心当たりがないんだけど」

 

「昨日君が僕達になんて言ったか覚えてないのかい?」

 

敷波は本気で覚えていないようで戸惑っています。

 

「敷波一体何を言ったんです、よく思い出しください」

 

うまく行けば矛先を全て敷波に向けられるかもしれません。なんとしても思い出させないと。

 

「昨日、僕達が雪風教官と教導に行くことに真っ先に気がついた君はお通夜状態で夕飯を食べている僕達に近づいてこう言ったんだよ。

“あ、時雨達は教官と一緒に教導に行くことになるんだよね? いや〜羨ましいなぁ。ぜひ帰ってきたら是非教官達の素晴らしい指導方法について教えてね? 代わりに私がした楽しい教導についてもたっぷり教えてあげるから”ってニマニマ笑いながら言ったんだよ」

 

煽ってはいますけどそれだけでここまで怒ることはないでしょう。私がやられたらその場で殴り倒していますが。

 

「それだけじゃないよ。お風呂でも、寝る前にもこっち見ながニヤニヤ笑いながら煽ってきたじゃないか!」

 

殺気立つ時雨達に敷波の拘束が緩みましたけどここで逃げるそぶりを見せたらより酷い目に遭う気がします。大人しくしているフリをしましょう。

 

「そ、そんな事あったっけ?」

 

「やった側は忘れていてもやられた側はそう簡単には忘れないんだよ」

 

昨日の話なのに忘れている敷波の記憶力の悪さを心配すべきか、それともそれほど小さな事だと思っていた能天気さに怒るべきなのか判断に迷いますね。

 

「だから狭霧や他のみんなについては簀巻きにして夕飯抜きくらいで済ませるつもりだったんだよ」

 

どうせ今逃げたら夕食は抜きになるのでそれくらいなら許容範囲ですね。大人しく捕まってもいい気がします。

 

「けど敷波、君はダメだ。夕飯抜きくらいじゃ済ませやしないよ」

 

「参考までに何をするのか教えてくれたりしないかな〜」

 

身の危険を感じた敷波が私の上から離れゆっくりと私が使おうとしていた窓に近づいていきます。

 

「う〜ん、実はまだ考えていなくてね。いろんな案が出たんだけどどれも過激すぎて僕達が教官に罰則を食らいそうなんだよね」

 

一体どんな内容だったのか気になりますけどとんでもないない答えが返ってきそうなので聞くのはやめときましょう。

 

「今有力なのはドラム缶に首から下を詰めてコンクリで固めるのなんだけど狭霧はこの案どう思う?」

 

なぜ私に聞くのでしょうか。

そもそも少し煽られたくらいでここまで怒る必要はないでしょうに。いえ、駆逐艦娘の中でも特に血の気の荒い艦娘が集まる二水戦なら当然でしょうか。

 

「出すときが面倒なのでコンクリは勘弁してあげたらどうですか?」

 

絶望したような表情を浮かべていた敷波が私の答えに希望を見出したようなそんな表情を浮かべました。

 

「一生出さないから関係なくない?」

 

時雨の言葉に敷波は窓に向かって飛び込みました。

 

「ふぎゃ!?」

 

残念な事に時雨に足首を掴まれて窓枠に顔面をぶつけてしまいました。

 

「逃すわけないだろ」

 

「一生コンクリ漬けなんて言われて逃げないわけないじゃん!!」

 

「コンクリ漬けにするだけで海に沈めないんだから感謝してほしいよ」

 

すぐに死ぬかジワジワと死に向かうかの違いでしかない気がするのですが……

 

「安心して、ちゃんと餌はあげるから。たまに忘れるかもしれないけどその時は諦めてね。あと二水戦が任務で派遣されたら餌をあげる人がいなくなるけどその時は根性で生き延びてね」

 

それにしても敷波の拘束が外れた時がチャンスと思っていたのですが流石は二水戦、そんな隙を与えず簀巻きにされてしまいました。これで夕飯抜きは確定ですね。

 

「時雨、コンクリ漬けが教官達にバレたらただではすみませんよ」

 

このまま見捨てるのも寝覚が悪いですし助け舟を出す事にしました。

 

「瀬戸内海は無人島が多いから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

……敷波の冥福を祈る事にしましょう。

それにしても二水戦の中では比較的温厚な時雨があそこまで怒るなんて一体どれほど煽ったのでしょうか。少なくともさっき時雨が言っていた以上のことをしたのは確実ですね。

 

「コンクリ漬けなんて物騒ねぇ」

 

聞き慣れた、しかしこの場にいるはずのない人物の声にその場にいた全員の動きが止まりました。

 

「なんか妙に騒がしいから覗いてみたけどどうやら正解だったみたいね」

 

「その声は陽炎教官ですか?」

 

簀巻きにされたせいで身動きが取れず声で判断するしかありませんが時雨達の怯え具合からも間違いないと思います。

 

「雪風もいます。狭霧随分と面白い格好してますけどどうしたんですか?」

 

あ、時雨達終わりましたね。冥福を祈ります。

 

「時雨達にやられました」

 

教官達に見つかりましたしこれで私の戒めも解かれますね。

 

「時雨、なにか申し開きはある?」

 

「……ありません」

 

時雨は堪忍したのか肩を落としてそう言いました。

 

「そう正直なのは良いことよ。

実は磯風からこの騒動のあらましは聞いているからそう落ち込まなくていいわ」

 

「い、磯風!? 抜け出してたのかい!?」

 

「当然だ。この磯風、縄抜けくらい習得している」

 

私の位置からは姿は見えませんが声からして間違いなく十四駆逐隊の指揮艦の磯風です。

 

「二水戦内で喧嘩する分には構わないけど流石にドラム缶に詰めるのはやり過ぎよ。夕立と狭霧みたいに簀巻きにして転がすくらいにしなさいよ」

 

……簀巻きにするのは良いんですね。

 

「狭霧達には散々煮湯を飲まされてきたから個人的には大歓迎よ」

 

「……陽炎教官、もしかして私をこのまま放置する気じゃないですよね?」

 

なんだか嫌な予感がします。

 

「だから敷波も簀巻きにするのは許可してあげるわ」

 

「陽炎教官聞いてますか!?」

 

「うるさい」

 

その言葉と同時に背中を衝撃が襲い私は吹き飛ばされました。

あの野郎蹴りやがったな。私はサッカーボールじゃねぇんだぞ。

 

「パワハラです!」

 

「二水戦じゃ普通のことよ。

ほら時雨、早く捕まえないと逃げられるわよ」

 

幸運にも陽炎教官に蹴られたせいで室内の様子がよく見えるようになりました。

陽炎教官が声を掛けると窓枠に足をかけていた敷波を時雨が引きずり倒して簀巻きにしてしまいました。

 

「さて、時雨。二水戦内での喧嘩は構わないと言ったけど罰則がないとは言ってないわ。雪風頼んだわよ」

 

いつの間にか拷問用の棒を肩に担いでいた雪風教官が地獄の閻魔も逃げ出すであろう笑み浮かべて時雨達に宣言しました。

 

「鎮守府外周を100周、夕飯までに終わらなければ当然夕飯は抜きです」

 

その言葉に時雨達は行って参りますと敬礼して走り出しました。

その後に続いて雪風教官も棒を振り回しながら追いかけていきました。

 

「……夕立達はどうなるっぽい?」

 

「時雨達が帰ってきたら解いてもらいなさい」

 

「解いてくれないんですか!?」

 

「面倒だし私は解かないわよ。仕事の続きしないといけないし」

 

そう言うと陽炎教官は寮から出て行きました。

結局時雨達がヘトヘトになって戻ってくるまで私達はその場に放置され続けました。磯風達にほどくよう頼んだりもしたんですが流石二水戦、みんなニヤニヤしながら聞こえないふりをしてきました。いつか殺す。




書いてて思ったけど狭霧回全部ギャグ回な気がする


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第十三駆逐隊と陽炎

最近pixivで陽炎のイラストとか漫画見てたら陽炎型箱推しになりました。


二水戦に依頼された教導任務で一番初めに派遣する事になったのは私の率いる第一水雷中隊第十三駆逐隊だった。

当初は狭霧達をどう扱き倒そうかと楽しみにしていたけどいざこうして教導先に向かうとなると途端に憂鬱な気持ちになってきた。今からでも代わってくれないかしら。

第二水雷戦隊の他の部隊に関しては不知火と黒潮を中心に桂島で訓練学校の生徒に対して訓練を行っている。これも上層部から依頼のあった事でしばらくの間は各鎮守府にある訓練学校で授業を行う事になっている。

 

「アンタ達、出発前にも言ったけど二水戦に相応しくない行動とったら承知しないからね」

 

「陽炎教官その話もう数えきれないほど聞いたっぽい」

 

「何度言っても不安が拭えないから言ってるのよ」

 

これから行くのは呉からほど近い大阪湾にある阪南泊地。ここに四国や和歌山などの艦娘が集まり私達の教導を待ち受けている。

それだけなら私もここまで心配しなかったけど今回ばかりはそうはいかなかった。

 

「なんてったって今回の任務、連合艦隊旗艦が視察に来るかもしれないのよ」

 

「連合艦隊旗艦って……それ本当ですか!?」

 

「あくまでも予定が合えばの話だけどね。教導任務を行う1週間、その内のどこかで来る可能性は極めて高いわ」

 

一度壊滅した二水戦がどこの程度使い物になるのか、多分それを判断する目的もあって連合艦隊旗艦は教導の視察にらのだろうからヘマはできない。

 

「だからもし二水戦に相応しくない行動を取ったらドラム缶に詰めて大阪湾に沈めるから」

 

あまりにも大きなやらかしがあると連合艦隊旗艦だけでなく教導相手の艦娘達からも幻滅されかねない。

日本の切り札たる二水戦が不甲斐ないところを見せる訳にはいかない。

 

「ドラム缶に詰めるのはダメって言ってましたよね?」

 

「そうだったかしら?」

 

「ボケたんですか?歳ですねおばさん」

 

「あ゛?」

 

コイツ言うに事欠いて!

 

「ちょっと本気切れ(マジギレ)はやめてくださいよ!冗談じゃないですか!!」

 

艦歴の短い艦娘が影で艦歴の長い艦娘の事をおばさんやらお婆さん呼ばわりするの事は割とよくある事だし私自身言った事はあるけど…

 

「面と向かって言われるとムカつくわよ」

 

それが自分の生徒だった小娘に言われると尚更よ。

 

「あの……謝りますから手に持った主砲は降ろしてくれませんか?」

 

「なら今後は不用意な発言は慎むことね」

 

私の言葉に狭霧が力無くはいと答えると夕立がそう言えばと前置きして言った。

 

「教官の煙草も二水戦に相応しくないっぽい?」

 

嫌なとこをつかれたわね。

 

「そんな事より」

 

「そんな事じゃないですよ! 栄えある二水戦が喫煙なんかで後ろ指刺される訳にはいけません!」

 

「そうだよ。やっぱり喫煙しようよ」

 

真剣そうな表情を作っているけど2人とも笑みが隠しきれていない。狭霧も敷波もここぞとばかりに私を口撃してくる。

 

「ちゃんと喫煙所使うわよ」

 

「本土じゃ喫煙所のない泊地も増えてるらしいですよ〜」

 

「ええ、そうなの?」

 

喫煙者に厳しい世の中になったわね。

 

「巻雲は煙草吸ってる教官はかっこいいから好きですよ〜」

 

「ありがとう巻雲。巻雲も吸ってみる?」

 

煙草の箱を差し出すと巻雲は慌てたように両手を振った。

 

「それは遠慮しときます〜」

 

「あら残念。けどそれがいいわね」

 

わざわざ自分の部下に不健康になる事を勧める必要もないわね。

……そのままポケットに戻すのもなんだか馬鹿みたいだし折角だから一本吸おうかな。

そう思って軽く箱を振って煙草のフィルター部分を露出させ、口に加える。マッチを取り出そうとポケットに手を入れると後ろから手が伸びて咥えていた煙草がとられた。

 

「ちょっと何するのよ」

 

振り向くと私が咥えていた煙草を巻雲が手に持っていた。

 

「航行中の煙草は御法度ですよ〜」

 

ニコニコと笑みを浮かべて言っているけどなんと言うか…目が笑っていない。巻雲、こんな表情もできたのね。

 

「ちょっとくらいいいじゃない。スリランカから帰る時だって吸ってたんだし」

 

「ここは民間船も多いですし誰が見てるかわかないですよ〜」

 

「栄えある二水戦が規則違反なんて情けないですよ教官」

 

「そうそう。やっぱり煙草は良くないよ」

 

ほんと、この2人はここぞとばかりに来るわね。一体誰にこんな性格の悪いこと習ったのかしら。

 

「まぁ、たしかにここは民間船舶も多いし見られる可能性は高いわね」

 

しょうがない諦めるとしましょう。

私がため息をついて前を向くと2人は拍子抜けしたようだった。

 

「え、教官本当に吸わないんですか?」

 

「いつもみたいに屁理屈捏ねたらどうなの?」

 

こいつら私に煙草を吸わさせたくないのか吸わせたいのかどっちなのよ。いや、これはいつもの意趣返しで徹底的に私を叩きたかったと言うところかしら。

 

「吸わないわよ、規則だもの。それともアンタ達は私に規則違反を犯してほしいの?」

 

「そ、そ、そ、そんなわけないじゃないですか!」

 

「……そうですよ」

 

吃りながら狭霧が反論しそんな狭霧に呆れたような視線を送りながら敷波が同意した。狭霧って嘘とか上手だった気がするけどなんで今回に限ってこんなに動揺してるのよ。

 

「ふーん、ならお言葉に甘えて吸おうかしら」

 

そう言うと狭霧は露骨に嬉しそうな表情を浮かべた。火をつけた瞬間に非難する気満々じゃない。露骨すぎるでしょ。

 

「けどやっぱり規則は規則だしなー」

 

「いやいやそんなの気にするなんて教官らしくありませんよ! 規則は破る物、そう教えてくれたのは教官じゃないですか!」

 

「そんなの一度も教えたことないわよ」

 

思わず睨みつけたけどそれも仕方がないだろう。事実を捏造した上にその事実がすこぶる不名誉なものだったのだから。

 

「え? だってスリランカから帰還する時二水戦では自分が規則だって言ってたじゃないですか。あれって規則破ってますよね?」

 

「……私は一度も規則の破り方は教えてないじゃない」

 

「上官や先輩から直接教えてもらうだけでなく見て自分で学ぶ。素晴らしき艦娘の伝統じゃないですか!」

 

ヤバイ、何も言えない。確かに訓練学校で学ぶ以外の基本的な事は上官や先輩から教えてもらったり自分で見て学ぶから狭霧の言い分は間違っていない。けどだからと言って規則破りに関してまで同じと思わなくてもいいじゃない。

 

「狭霧、私と貴女では立場が違うわ。だからこの件についてはもうこれで終わり!」

 

もう話す事はないとばかりに狭霧達から顔を背けて前を向くと嬉々とした声で更に追撃を仕掛けてきた。

 

「逃げるんですか教官! 部下への説明責任を果たそうとは思わないんですか!!」

 

「そうですよ! そんな短い一言では納得できません!! 悪い事ならそう言ってきちんと謝罪すべきじゃないですか!?」

 

弱みを見せたらここぞとばかりに追撃するのは敵に対してするなら手放しで褒められる事だけどこんな仲間内でやられたら面倒な事この上ない。一体誰がこんなこと教えたのかしら。

 

「部下への説明責任なんて守秘義務の一言で済むのよ」

 

「ふざけないでください。二水戦司令部は説明責任を果たすべきです」

 

「そうだそうだ! 市民が納得しないぞ!」

 

「アンタ達はマスコミが何か? 市民にバレてないんだから説明責任なんて発生しないわよ」

 

そもそも艦娘が海上で煙草を吸った事でとやかく言う市民はいない。

 

「二水戦司令部は事実を隠蔽するんですか!?」

 

「責任者をだせー」

 

いよいよ攻め方が雑になってきたわね。

 

「責任者は私よ。

遊ぶのもそろそろ終わりにしましょう。もう30分もしないうちに阪南泊地に到着するんだから」

 

私の言葉にはーいと間延びした返事で2人は答え真剣な表情を作った。

 

「ところで泊地に到着する時って礼砲はいるんですか?」

 

「外国の港じゃないからいいわよ。那覇でもしなかったでしょ?」

 

狭霧の質問に呆れ混じりに答えた。

 

「そうですけどどうせなら何かしたくないですか?」

 

「必要ないわって言いたいところだけど今回は教導だしね。なにか派手な事をして二水戦の練度を知らしめるのもいいかもしれないわね」

 

礼砲は事前に通達していないと無駄な誤解を生みかねないから却下。

整然とした艦隊運動を見せてもいいけど駆逐艦5隻じゃインパクトに欠ける。

 

「いっそのこと最大船速で泊地に突入、出迎えの艦娘達の目の前ギリギリで止まるなんてどう?

もちろん相手に波をかけたりするのはダメよ」

 

「あの、ギリギリってどれくらい……」

 

「海上で艦娘が停止して話をする距離、つまり1メートルよ。もちろん出迎えの艦娘の前では今の単縦陣から単横陣に切り替えるから」

 

そう言って首だが振り返ると夕立、敷波、巻雲が狭霧を睨みつけていた。

最大船速で相手の前に出て波をかけるななんて言うのは無理難題もいいところ。余計な事を言った狭霧睨みつけたくなるのも当然だ。

 

「少しでも失敗してみなさい。帰った時には教導隊の訓練の数倍キツい訓練を受けさせるから」

 

私の言葉に狭霧達は震え上がっていたけど多分訓練を受ける事はないだろう。最低限二水戦に足ると考えて彼女達の入隊を許可しているわけだし失敗する事はない…と思う。多分。



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艦娘精神注入棒.Re

第二水雷戦隊に教導を受けるべく近畿、四国より阪南泊地に集まった艦娘の数は32人、二水戦よりもやや少ないけど新人4隻引き連れての教導と考えれば中々難易度が高い。

しかも艦種が駆逐艦だけでなく軽巡や重巡までいるときた。当然だけど私に大型艦の訓練経験なんてないからこれを聞かされた時は頭を抱えた。

任されたからには最善を尽くすけど流石にこの人数だ、私の目が全体まで見通すのは不可能だから狭霧達を信用して任せる事も多いだろうけどアイツらを信用できるものかと問われると……。思わずため息を吐いた私は悪くないと思う。

 

「教官ため息なんてついてどうしたんですか?」

 

狭霧の問いかけに視線を上げるとそこには雪風が愛用している棒、艦娘精神注入棒を持った狭霧がいた。もちろんこれは雪風が普段使っているものではない。そんなもの持ってきていたら事前に止めている。

これはこの阪南泊地で倉庫の肥やしになっていた物だ。ある程度の歴史がある泊地ならこの棒は必ず1本はある。なんなら複数本ある泊地もありこの阪南泊地には2本ありもう1本は敷波が使うつもりで素振りをしている。

私がため息をついた理由はまさしくその事で私は最初二水戦でもない艦娘にそれを使う事を止めようとした。けど2人から向けられた視線に、戦艦クラスの眼光と形容されることのある不知火以上の眼光で私を萎縮させコイツらは私からアレを使う許可をもぎ取っていった。

 

まだまだヒヨッコだと思っていたけど私を萎縮させるなんて大したものだと言う嬉しさ半分、アレを使う事で二水戦にいらぬ悪評が立たないかと言う心配半分で胃が痛い。

だからと言って今更使うなと言うのも憚られるから止める事もできず内心で酷い事をしないよう祈るばかりだ。

 

「思ったよりも泊地にいる艦娘が多くて不安に思っただけよ」

 

あえて本音を言う必要もないしそう答えると狭霧は意外そうな表情を浮かべた。

 

「教官でも不安に思うんですね」

 

「ここに来る時にも言ったでしょ。アンタ達が何かやらかさないかって心配もあるから不安なのよ」

 

「あれ本気で言ってたんですか?

いくら私でも二水戦の名を汚すような事はしませんよ」

 

その棒を使う事で二水戦の名を貶める事になり得ると言う事に気がついて欲しいのだけど。

 

「教導隊で私達が受けたようにサボる者にはコイツで艦娘としての精神を注入してやりますよ」

 

そんな私の願いを知った事かと言わんばかりに狭霧は言った。

 

「本土の艦娘なんて腑抜けてるから思いっきりやればいいっぽい」

 

「狭霧も敷波と一緒に素振りをすればいいんですよ〜」

 

夕立と巻雲が狭霧を煽る様子に私は顔が引き攣るのを自覚した。

元をただせばこんな過激な事をするようになったのは教導隊での訓練が原因でありそれを行ったのは雪風だ。けどそれを止められなかった私にも責任はあるから今の状態は自業自得ともいえる。

 

「程々にしなさいよ」

 

そんな私の心配が杞憂に終わった……はずもなく目の前ではまらそマラソンを行う艦娘達の後ろを元気に棒を振り回して追いかける狭霧達の姿があった。

今やっているのはあまりにも基礎体力が低すぎる艦娘達に最低限普段からやるべき量のトレーニングを叩き込んでいるところだ。

先頭を夕立が走り真ん中に巻雲、後方から狭霧と敷波が棒を振り回して追いかけ脱落者が出れば尻を引っ叩く。

断っておくけどこれ断じて二水戦式などではない、あれは雪風の暴走だ。

……一体私は誰に言い訳をしているのだろう。

 

「ちょっと貴女なに休んでるんですか!」

 

狭霧の怒鳴り声で私は我に帰った。

視線を向けると息も絶え絶えになった艦娘が転けた状態で起き上がれないでいるようだった。その艦娘に対して例の艦娘精神注入棒を振り下ろそうとする狭霧に目を剥いた。

 

「狭霧!」

 

狭霧が振り下ろした棒が艦娘に当たるすんでのところで止まり一体なぜ止まるのかと不思議そうな表情を浮かべた。

 

「なんですか教官」

 

「その棒を下ろしなさい」

 

「どうしてですか?教導隊だとこれで殴り飛ばして走らせていましたよね?」

 

深海棲艦でさえ裸足で逃げ出しそうな眼光で尋ねてくる狭霧に思わず後退りしそうになったけどなんとか耐えて私は言った。

 

「ここは教導隊ではないし彼女は二水戦の候補生でもない。

教導隊のような指導は行き過ぎていると言わざるを得ないわ」

 

私の言葉に狭霧は一瞬不満そうな顔をしたけどすぐに了解といい敬礼をした。

 

「敷波もそれでいいわね」」

 

敷波もまた狭霧同様不満そうではあったけど納得したように返事をした。

それを見届けると私は倒れている艦娘にゆっくりと近づくと声をかけた。

 

「ごめんなさい、ウチの連中が怖がらせてしまって。疲れたのなら休んでもいいのよ」

 

「私達の時は有無を言わさず蹴り飛ばしてきたのに…」

 

「その代わり雪風にその棒で殴られそうになったのを止めてあげたじゃない」

 

狭霧の言う通り教導隊の時はこんなふうに優しく声をかけたりはしなかったけどそれは彼女達が二水戦の候補生だったからだ。

いくらなんでも自分の部下でもない艦娘相手にそんな事はしない。

 

「助けてもらった数倍は雪風教官に殴られていますし助けられた数だけ陽炎教官に蹴り飛ばされてますよ」

 

「雪風に殴られるのに比べたら安いもんじゃない?」

 

「それはそうかもしれませんけど……って私のことはいいんですよ。

たしかに雪風教官や陽炎教官に殴られるのは嫌でしたけどあれがあったから毎日の訓練についていけたのもまた事実です。中途半端な優しさはコイツらのためになりませんよ」

 

つまり私達からの罰則が嫌で頑張ったけど結果としてはそれが今の狭霧を形作ったと思っているのね。

 

「それは違うわよ。あんな少しの期間で劇的に体力が向上することはないから元々のアンタの実力よ」

 

私の言葉にキツネにつままれたような表情を浮かべる狭霧を無視していまだに這いつくばったままの艦娘に視線を向けた。

 

「ほらアンタもいつまで這いつくばってんの。今の間で十分休めたでしょ。さっさっと立ち上がりなさい」

 

「えっ!?」

 

この子は何を驚いているのかしら?

 

「私と狭霧が話してる間に十分休めたでしょ?」

 

私達が話したのは時間にして1分から2分と言ったところだろうか。さらに言うとこの子が倒れてからだとその倍は時間が経過しているだろう。

 

「お、鬼……」

 

「はい?何かいった?」

 

声が小さくて聞き返すと彼女は何も言ってませんと大きな声で返事をすると他の子達に追いつくべく全力疾走を始めた。

 

「なんだ、全然元気じゃない。心配して損したわ」

 

「これならもう少し厳しくしてもいいんじゃないですか?」

 

狭霧も同じことを思ったのだろうそう提案してきた。

 

「そうかもしれないわね。けどそれで殴るのは厳禁よ」

 

「……了解です」

 

結局この日は体力作りだけで終わった。私の予定だと艤装を使った訓練もするつもりだったのだけど体力が無さすぎてそれどころではなかったからだ。

これが泊地の中でもベテランの艦娘なら話が違ったのだろうけど生憎今回の相手は新兵。本土の泊地の新兵と言うと訓練学校では落ちこぼれだった艦娘の方が多い。とんでもなく優秀な成績だったら前線での消耗を惜しんで本土に回される事もあるけどそんなの殆どいない。だから私の予定通りに事が運ばなかったのだろう。

 

翌日からは体力作りはしないで艤装を用いた訓練を開始する事にした。こんな事していたら1週間の教導が陸の上で走っているだけになるからだ。

とはいえ基礎体力のない艦娘に艤装を用いた訓練をして意味があるのかと言われると正直あまり意味はない。

艤装を操る事自体に体力はあまり必要ない。けど艤装を長時間激しい艦隊運動を交えて捜査するとなれば話は別だ。艦娘同士がぶつからないよう注意しつつ上官の指示に従って主砲を打ち魚雷を放つとなれば慣れていないと体力的にも精神的にもかなりキツイ。慣れたら慣れたでさらに激しい艦隊運動に切り替えるだけだから体力はあって損はない。

2日目は予定した訓練の半分も終わらずに岸に艦娘が打ち上げられる事になった。

 

「まったく本土の艦娘はだらしなさすぎます!」

 

「前線だとこれくらいで根を上げる事はないっぽい」

 

「安全な本土にいる事で腑抜けたんですよ〜」

 

「アタシ達は本土でもあれ以上の訓練してるのにサボってるんじゃないの」

 

私達二水戦にあてがわれた部屋の一室で夕飯を食べながら愚痴をこぼす4人を嗜める事を私はしなかった。

本土の艦娘が腑抜けているのは想像できていた。ただその想像のはるか上をいくほど腑抜けていたから明日以降の訓練計画も改定せざるを得なかった。

 

「これは本土の艦娘というよりは制度そのものの問題でしょうね」

 

「どういう事ですか?」

 

「命の危機ってものが間近にあれば誰でも死ぬ気で訓練するでしょ

本土にはそれがないから誰も真面目に訓練しないしする必要がない」

 

「けどこの間本土の近くに潜水艦が現れたったぽい」

 

夕立の言う潜水艦は伊58を撃沈した連中の事だろう。

私達の教導にこれの影響が少なからずあった事は想像に難くない。けど現場の艦娘にその影響があったかと言われると疑問が残る。

 

「本土の守護は第一艦隊の役割とでも思ってるんじゃないかしら。あの事件の直後、近隣の泊地から潜水艦の追撃に艦娘を出した泊地はほとんど無かったみたいよ。襲撃後すぐに旗艦からの命令があったから一部は事件のことを旗艦の命令で知ったなんて話もあるし本土の連中は腑抜けすぎているわ」

 

「自分たちが戦うことはないって思ってるんですかね〜」

 

「そうでしょうね。まったく酷い話だわ」

 

こんなの私達が教導する以前の問題だ。意識改革から始めるべきじゃないかしら。

 

「都合のいい事に明日、連合艦隊旗艦が視察に来る事が決まったわ。朝からきて1時間ぐらい訓練を見た後、私は旗艦と教導に関して話すからその時に伝える事にするわ」

 

「陽炎教官がいない間はどうすればいいですか?」

 

「アンタ達で訓練をしなさい」

 

目の前で喜びを隠そうともしないのを見ると不安ではあるけど旗艦と話すのが最優先、信じて任せる事にする。だけど釘くらいは刺しておこうかしら。

 

「ただし、後で酷い訓練をした事がわかったら後でその10倍は酷い訓練をさせるからそのつもりでいるのよ」

 

私の言葉に狭霧達は一瞬動きを止めた後、任せてくださいと元気に返事をした。

……本当に大丈夫かしら。



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連合艦隊旗艦

教導が始まって3日目、護衛として第三駆逐隊を伴った連合艦隊旗艦漣は1時間ばかり私達の教導を見た後阪南泊地の会議室へと移動した。

狭霧達を残す事に不安を感じながらも漣に連れられ部屋に移動した。

妙な緊張感ぎ漂う中、漣が口を開いた。

 

「こうしてちゃんと話すのは初めてですね」

 

「すみません、第二艦隊旗艦になった際お会いできればよかったんですけど……」

 

私が彼女と会ったのはでち公の国葬が会った時だけ。本来なら艦隊旗艦の交代は一大イベントで連合艦隊旗艦を交えた式典の際に会って話をする筈だったけどいろんなゴタゴタが重なって結局できていない。

 

「責めているわけではありませんよ。第二艦隊の旗艦なんて元々会う前に戦死することの方が多いですしね」

 

式典をすると言っても激戦区にいる第二水雷戦隊旗艦が兼任することの多い第二艦隊旗艦、式典をしない事も多い。なんなら旗艦の言うように式典を行うよりも先に死んだなんて例もある。

 

「いえ、それでも最近はだいぶ落ち着いていましたしこちらからこう言った機会を設けるべきでした」

 

実際問題最近は割と暇を持て余していたしこちらから横須賀に会いに行くべきだった。

 

「最近はゴーヤが死んだり随分と忙しかったから私も時間が取れなかったですし気にすることはありませんよ」

 

潜水艦隊司令官だった伊58の死は日本に割と深刻な影響を及ぼした。

彼女の受け持っていた業務は膨大だ。潜水艦隊の主任務はオリョクルだけど一部の潜水艦娘は沖縄諸島、アリューシャン列島、小笠原諸島等と言った日本本土から離れた島々の哨戒も担当していた。それら全てを総括していたのがでち公だった。

その潜水艦隊のトップ、さらにはNo.2までもが死んだとあっては哨戒に影響がないはずもなくそのサポートに連合艦隊司令部は奔走しているらしい。

 

「やっぱり伊58が亡くなった穴は大きいんですか?」

 

「潜水艦隊があれだけ多くの人員を抱えながら問題を起こさなかったのは彼女のカリスマあってこそですから大変ですよ」

 

潜水艦艦隊の規模縮小で数が減ったとはいえ数だけでいえば未だに最大の艦隊だ。最盛期には全駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母を合わせたよりも多い数が所属していた事を考えれば多少減ったくらいでは誤差でしかない。

 

「そんな事より二水戦の方はどうですか?」

 

「二水戦ですか? 壊滅前ほどの力はまだありませんけど私が現役のうちに戻したいと思っています」

 

黒潮達と話す時には酷評することが多いけどなんだかんだあの子達の実力は高い。インド洋に派遣された時、1隻の脱落もなく帰って来れた事が良い証左だ。

 

「それは楽しみです」

 

そんな話をしていると扉がノックされお盆に湯呑み、それとお茶菓子を乗せた旗風が入ってきた。

 

「旗風がいれてくれたの?」

 

「はい」

 

「旗風の淹れるお茶は美味しいですよ」

 

「こう言うのって普通泊地の艦娘が用意するんじゃ……」

 

仮にウチの鎮守府で同様のことがあれば鎮守府の艦娘にお茶とお茶菓子は用意するよう指示する。もちろん旗艦が断ったのであれば話は別だけど。

 

「是非貴女にも旗風の淹れるお茶を飲んで欲しいと思ったんですよ」

 

「そう言う事ならいただきます」

 

旗艦の言う通り、旗風の淹れたお茶は美味しかった。お菓子は間宮羊羹でお茶によく合う。

 

「すごく美味しいです。これは旗艦が旗風にお茶を淹れるよういうのも納得です」

 

「そうでしょう」

 

満足したように旗艦は頷くと真剣な表情を浮かべた。

 

「さて、本題に入る前に貴女には謝らなければありませんね」

 

謝ると聞いて私が思い浮かべるのは一つ、そしてそれはおそらく間違っていない。

 

「ゴーヤが亡くなったあの日、第二艦隊の領分であるにも関わらず一水戦を使わせた事をまず謝罪します」

 

そう言って旗艦は頭を下げた。

 

「……謝罪を受け入れます。しかしできれば理由をお聞かせ願えませんか?」

 

「もちろんです。しかしその前に一つ質問を。

この旗風なんですがあの日、相対してどう思いましたか? 率直な感想を聞かせて欲しいんです」

 

「感想ですか? けどあの一瞬ではそう多くのものは感じ取れませんよ」

 

「構いません」

 

彼女の実力は高い。それは間違いないけどそれがどれくらいのものかと問われると言葉にするのは難しい。

 

「単純な実力なら二水戦で中隊長を任せてもいいと思います」

 

少なくとも黒潮と同等かそれ以上の実力はあるだろう。その時点で実力面では合格だ。

 

「指揮能力についても彼女の実績なら問題なくこなせるでしょう。スンダ海峡での撤退の妙は私も聞き及んでいますしもしかすると指揮能力は私以上かもしれませんね」

 

私は指揮艦としてはまだまだ未熟だ。もちろん大抵の艦娘には指揮能力でも勝る自信はあるけど多くの経験を積んだ指揮艦娘相手には流石に勝てると思えない。

 

「陽炎もよくやっていますよ。インド洋では一隻の脱落艦も出さなかったではないですか」

 

「昔の二水戦なら全員で事にあたる必要はありませんでした」

 

「それについては否定はしません。しかし今の二水戦は完全に別物、そこまでする必要はないんじゃないですか」

 

「今の二水戦はもう壊滅前の二水戦と同じではない、そんな事はわかっています。けどその二水戦の生き残りとして、少しでも伝統を復活させ二水戦に近づけたいんです」

 

「伝統……ねぇ」

 

私の言葉に旗艦が不機嫌そうに呟いた。

 

「陽炎、私に言わせれば壊滅前の二水戦も私が知る二水戦とは別物ですよ」

 

「……どう言うことかしら」

 

「初代旗艦電が作り上げた二水戦は電を一つの頭としてまるで生き物のように戦った。そしてそれが発展し中大規模でも中隊長を頭としても同じことができるようになったのが13,4年前のことです」

 

漣の語る二水戦は私の知る二水戦とは違った。中隊規模でも戦隊規模でも二水戦はそこまでの艦隊運動はしていない。

基本的には駆逐隊は中隊長から中隊長は戦隊長から命令を伝えられそれを達成するために行動する訓令戦術を用いていた。

 

「上から細かく命令されその通りに動く、指揮する側の負担は大きいですが数が集まれば強大な力を発揮できる。

これが変わったのは私の一水戦が二水戦に負けて壊滅した後の事です」

 

「一水戦の壊滅と関係が?」

 

「あります。元々二水戦は一水戦と比べて個人の実力では劣っていました。昔は番号の若い艦隊に精鋭を集めていましたからこれは仕方のないことでもあります。

しかし初代旗艦である電はそれをよしとしたなかった。初期艦と呼ばれる私達5人の実力は拮抗していましたから二水戦が弱いからと言って電の実力まで疑う人はいなかったんですけどどうも彼女のプライドが二水戦は弱いと言われるのを許せなかったみたいですね」

 

自分の率いる部隊が弱いと言われるのは私だって嫌だから電の気持ちはよくわかる。けどだからと言って最強の部隊を作り上げられるかと言うと話は別、元々弱い連中を最強と謳われる程の部隊に育て上げるのは並大抵のことではない。

 

「電は個人の練度ではなく艦隊の練度を上げる事に注力しました。結果として中隊以上の規模では一水戦は二水戦に勝てなくなりましたからその考えは正しかったのでしょう。相変わらず規模が小さければ一水戦の方が強かったですけどね。

だからと言って一水戦が艦隊での練度を上げなかったわけではありませんよ。訓令戦術を用いていたので駆逐隊規模だろうが中隊規模だろうが練度の高い部隊運用ができました」

 

訓令戦術を用いた部隊の運用、これは私の知る二水戦に近い。二水戦は戦線の拡大とともに派遣する部隊の規模を小さくしていった。小規模でも強大な破壊力を持つ二水戦は広い戦線にピンポイントで投入するよりも分散して投入した方が戦線全体で見ると大きな成果を挙げられたからだ。

 

「ちょうど壊滅する前の二水戦は私が指揮した一水戦に似ていました。壊滅した後は一水戦向きの人材が二水戦に流れた影響でしょうね」

 

「一水戦向きの人材が来たからと言ってそう簡単には二水戦が方針を曲げるとは思えませんけど……」

 

「もちろん直ぐに今の状態になったわけではありません。一番の原因は東南アジアの奪還に際し派遣規模を小さくしたことでしょう。否が応でも訓令戦術を用いるしかなくそれまでの方針を転換せざるを得なくなった。

そして一水戦向きの人材が二水戦に流れた事でそれが可能になった。ちょうど陽炎、貴女のようにね」

 

まさか自分の名前が告げられるとは思わず驚き目を見開いた。

 

「何を驚いているんですか。本来貴女の実力、そして指揮能力なら問答無用で一水戦は勧誘しています。もちろん一水戦が壊滅する前の話ですけどね」

 

旗艦の言葉に何も返せないでいたけど気にした様子もなく話を続けた。

 

「指揮能力も個人の実力も十分な艦娘が増え二水戦は段々と戦隊の連携ではなく個人の実力を伸ばす方向にシフトしていきました。駆逐隊規模だと連携よりも個人の力の方がものを言いますし正しい判断です。

そもそもその頃は戦隊規模で集まることも少なくなりましたから連携とかないんですけどね」

 

旗艦の言葉を私は否定できない。なんせ戦隊旗艦に私が出会ったのは数えるほどしかないし私が所属してから二水戦が全て集まったのはあの日含めて二度しかない。

 

「最近の二水戦はむしろ私が率いた一水戦に似ていた。あぁ、もちろん壊滅した時の一水戦とは違いますよ。あれもまた一水戦ではありますけど私が率いた一水戦とはあまりにもかけ離れている。

けど最近の二水戦は少し昔に戻りました。中隊長相手には訓令戦術を使う事もあるみたいですけど駆逐隊には結構細かく指示を出す事が多いみたいですね。部下を信用していないんですか?」

 

「私からすればまだ部下というよりは馬鹿な生徒と言う感覚の方が大きいですから……」

 

図星を突かれて気まずくなった私は旗風が淹れてくれたお茶を飲んで誤魔化そうとして湯呑みを持ち上げようとして失敗した。

小さな音を立てて湯呑みは倒れ中のお茶が机に溢れた。

 

「す、すみません!」

 

「構いませんよ。旗風、拭いておいてください」

 

手伝おうとソファから立ちあがろうと足に力を込めたけど行動は伴わなかった。私の身体はソファに縫い付けられたかのようにピクリとも動かなかったのだ。

そんな私の様子を見てニコニコと笑みを浮かべる漣に私は言い知れぬ恐怖を感じた



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虚つき

「思ったよりも早かったですね、適合率の問題でしょうか?」

 

体に力が入らず座っているのさえ辛くてさらには息苦しさを覚える。

 

「なにをしたの……」

 

息が苦しくてそれを言うので精一杯だった。

 

「喋るのもやっとと言った感じですか、本当はもう少し会話を楽しみたかったんですけど仕方ありませんね。ここからは私が一方的に話す事にします」

 

旗艦が何かやったのは間違いない。多分旗風が淹れたお茶に何か入っていたのだろう。いくら艦娘が頑丈と言っても薬や毒には弱い。

 

「さて、どこから話しましょうか」

 

悩む様子の漣に旗風が助け舟を出した。

 

「漣さんと伊58の関係性から話せば良いのではないでしょうか」

 

「そうですねそうしますか」

 

旗風の言葉に頷くと考えるように目を瞑り数秒後口を開いた。

 

「陽炎はゴーヤから私が一水戦の件で彼女の事を恨んでいる、そう聞いていますよね?」

 

辛うじて頷く事で答えると漣は言葉を続けた。

 

「それ嘘なんですよ。私とゴーヤが袂をわかった理由は艦娘の在り方について、その方針が相容れなかった事に端を発します」

 

一体何で対立したのか、興味がないわけじゃないけど正直動けないこの体をどうにかして欲しい。

 

「きっかけは一水戦と二水戦の戦いでした。

艦娘に対抗する術が同じく艦娘によるものしかない事に気が付いた軍上層部と政府がその対策に乗り出しました」

 

私の一族は政治の中枢にも多く関わっているけど聞いた事がない話だ。

 

「まず初めに行ったのは後顧の憂いを断つために秘密裏にドイツ、ロシアに対して艦娘の保有制限を設ける事でした。

国内の復興を優先したいという事情もあったみたいですけど資源の輸入をちらつかせれば両国ともに喜んで艦娘の保有数を削減してくれました」

 

ドイツもロシアも大国、おそらくこれは日本だけが働きかけたものではない。積極的に日本が働きかけたのなら私の一族が関わるはずだから多分主導したのはアメリカかイギリスだろう。

 

「次に問題となったのがもし艦娘同士が戦いになった時どうするのか。その対応で私とゴーヤの意見が割れました。

私は艦娘には艦娘を用いるしかないと考えゴーヤは技術の発展により艦娘に対抗、上手くいけばそれを対深海棲艦に転用しようと考えていました」

 

でち公の考えは長期的に見れば正解だけど短期的には漣の考えが正しいように思う。どちらも日本の将来の事を考えているしこれだけで仲違いするのだろうか?

 

「問題は政府の対応です。ゴーヤと私は艦娘が今後戦争の道具になると確信していましたけど日本政府は楽観的な対応に終始しました。

いや、楽観視というと少し違いますね。ロシアとドイツの艦娘保有数を削る事には協力してくれたわけですし。

政府としてはこれ以上艦娘に力を持たせたくない、だからと言ってわざわざ技術開発費を投じてまで艦娘に対抗する必要もないと考えました。現状でも艦娘と戦う事になっても一水戦の事例のように何とかなると考えていだんでしょうね」

 

政府の反応も理解できる。日本は世界でもトップクラスの艦娘保有国、仮にロシアが後ろから牙を剥こうとも大湊の第五艦隊を中心とした防衛体制が日本への侵攻を許さないだろう。

いや、そもそもこれは本当に想定しないといけない事なのか。仮にもロシアやドイツは味方だ。

そんな私の内心を見透かしたかのように漣は驚愕の事実を告げた。

 

「ウラジオストクを母港とするロシア太平洋艦隊が度々領海侵犯をしていたのは知っていますか?」

 

驚いて声をあげそうになったけどでたのは吐息だけ、けど漣にはそれで伝わったみたいだった。

 

「第五艦隊が追い払っていましたけどその頻度も数もあまりにも多かった。

だからアリューシャン列島へ深海棲艦が攻勢をかけたのは渡りに船でした。敢えてアリューシャンを深海棲艦に明け渡す事でロシアに再び深海棲艦の恐怖を与える事ができましたからね」

 

つまるところ漣、でち公の予見した未来へと近付きつつあるわけだ。

保有数を制限するだけでは不十分、何らかの対策を講じなければ深海棲艦との戦いが終わった途端即開戦なんて未来もあり得ると。

その対策、と言うより嫌がらせとしてアリューシャンから撤退したのね。あの作戦には私も参加していたし利用されたみたいで気分が悪い。

 

「しかしそれでもなお政府は動きませんでした。それどころかドイツやロシアからの資源輸入を促進するためオリョクルの縮小を決定します。

それに伴い政府にとって目の上のたんこぶであるゴーヤを退役させる事も決定、私達はさらに困難な状況に陥る事になりました」

 

思った以上に大きな話になってきたわね。こんなに規模が大きいのに私の耳に入らないとなると想像よりも状況は悪いのかもしれない。金剛も苦労する事になるわね。

 

「ここでゴーヤと私で意見の対立が起きました。政府にどのようなアプローチで私達の意見を通すか、私と違いゴーヤは現状のまま迂遠なアプローチを続ける事にしました」

 

……何となく旗艦がしようとしている事がわかったかもしれないわ。

薄々気が付いてはいたけど、どうやら私の命もここまでのようね。

 

「自分の意思を通す最も手取り早い方法は暴力を持って他者を抑圧する事、それは歴史が証明してくれています」

 

歴史上暴力で意見を押し通した例は幾らでもあるけどそれと同じかそれ以上に失敗した例も多い。

けど艦娘全体に影響力を持つ連合艦隊旗艦のやる事だ。おそらく、いや確実にそれは成功させるのだろう。

 

「そしてその最大の障害となるのが伊58と二水戦でした。引退したとしてもゴーヤの影響力は侮れません。そして世界最強の名を欲しいままにするあの戦隊を相手にするのは流石の私でも骨が折れます」

 

連合艦隊旗艦を持ってしても二水戦の相手は骨が折れる、その評価は誇るべきなのかしら。

 

「ゴーヤは戦友でしたけど私の邪魔をするのなら容赦はしません」

 

「…あなたがころしたの……?」

 

絞り出すように尋ねると漣は頷いた。

 

「私以外に彼女に勝てる艦娘はいませんから」

 

「戦友って言っていたくせに簡単に殺すのね」

 

私の皮肉に彼女はフッと笑みを浮かべた。

 

「息をするのも苦しいでしょうにまだ話す元気があるんですね。旗風、念の為縛っておきましょう」

 

本当に喋れると思っていなかったのだろう、旗風は驚いた様子を見せながらも私を後ろ手に縛り上げた。

心配しなくても少し喋るだけで精一杯だって言うのにこんなにキツく縛らなくてもいいじゃない。きっとこれは嫌がらせだ。

 

「いずれにせよ私とゴーヤのうち戦って生き残った者がこれからの日本の艦娘を引っ張っていく、これは私たち2人の共通認識でした。

事実、彼女は古参の潜水艦娘幾人かと協力して私を暗殺する計画を立てていました。私が先手を打ったので不発に終わりましたけどね」

 

意外と過激なところのあるでち公ならあり得ない話ではないしでち公が引退目前だったことを考えたら尚更考えても不思議ではない。仮に漣が死ねば艦娘の纏め役たる連合艦隊旗艦の地位に艦歴が最も長く艦娘からの信頼の厚いでち公が着く可能性は極めて高いからだ。

 

「正直なところ艦種的に相性がいいのでゴーヤを始末するのはそう難しくないだろうと思っていました。それよりも問題なのは二水戦でした」

 

それはそうだろう。私でも苦戦はするだろうけどでち公を沈められる自信がある。それくらい駆逐艦と潜水艦の相性はいい。相性がいいのに私でも苦戦するあたりでち公の強さも相当なものではあるけど。

となると今の事態、二水戦壊滅が今回の事態の引き金になったのかしら。

口ぶりからして彼女に二水戦を壊滅させる手段はなかったようだし。

 

「龍驤があの報告を、深海棲艦の大艦隊が島に潜んでいると言う報告をしてきたのは僥倖でした」

 

……は?

 

「…今…なんて言ったの……?」

 

いまだに息は苦しいけどそんな中にしている場合じゃない。ここで全て聞き出さないと死んでと死にきれない!

 

「私はソロモン諸島に深海棲艦の艦隊が潜んでいることを知っていたと、そう言ったんですよ」

 

「嘘よ。だって第八艦隊司令部にそんな報告は……」

 

いくら連合艦隊旗艦でも艦隊司令官を飛び越えて報告を受けるなんてあり得ない。普通艦隊司令官を経由して旗艦に報告が行くはず、と言う事はまさか…!!

 

「一応言っておきますけど第八艦隊司令部は関係ありませんよ。

私と龍驤はここにいる旗風同様彼女が艦娘になる前からの付き合いなんですよ」

 

艦娘になる前からの付き合い、不知火から聞いた話から鑑みるにその答えは一つ。

 

「……元一水戦」

 

「その通り。龍驤の母は元一水戦、朝潮型駆逐艦五番艦朝雲です」

 

一体漣はどれほどの準備をしてきたのだろう。偶発的ではあったのかもしれないけどこうも簡単に二水戦を壊滅に追い込んだ手際といいでち公を暗殺した手際といいなんの準備もなしにできる事じゃない。

 

「誤算だったのは彼女が沈んだ事ですね。本当ならあの作戦の後、二航戦あたりに編入させるつもりだったんですけど残念でした」

 

さっきまでとは打って変わって漣は心底悲しそうな表情をしていた。

 

「そして何より最大の問題は陽炎、貴女が生き残った事です」

 

意外な言葉だった。けど同時に少し誇らしくもあった。私という艦娘が世界最強の駆逐艦である、いやもしかしたら艦娘としても世界最強かもしれない漣に脅威として認識されていたと言う事は一艦娘としては誇らしいと思う。

 

「二水戦の優先排除目標は戦隊旗艦、各中隊の中隊長及び駆逐隊の指揮艦でした。

その中でも戦隊旗艦川内、それと第四中隊の中隊長神通、そして第十八駆逐隊司令駆逐艦の陽炎。この3隻には特に沈んでいて欲しかった」

 

ほんと、随分と高い評価をしてくれたわね。嬉しくて涙が出るわ。

あるいはそれ程まで高い評価でなければ私は今ここで無様な姿を晒す事もなかったのだろうか。

 

「深海棲艦相手ですから元々上手く行くとは思っていませんでした。けど作戦自体は思いの外上手く行きました」

 

今考えられる最も最悪のパターンは漣が深海棲艦と何らかの方法で意思疎通が可能で深海棲艦を思うがままに操れると言う事だったけどどうやらそれはない様子に内心安堵した。もっとも、それが私に直接関係あるのかと問われるとおそらく関係はないだろう。

 

「二水戦の壊滅、これは私にとっても予想外でした。中隊長クラスを1、2隻と川内あたりを持っていってくれれば上出来だと考えていたのに戦隊旗艦と中隊長、二水戦のほぼ全てを沈めてくれたわけですから」

 

優先排除対象3隻中2隻が沈んだとなれば深海棲艦を利用すると言う博打じみた作戦としては大成功と言えるわね。だけどこの漣の事だ、これが失敗しても何らかの方法で二水戦を壊滅させるための作戦を別に用意していたのだろう。

 

「ですがその分、陽炎が沈まなかったと言うのが余計残念に思えてしまいましてね。

戦場でけりをつけるのも一興でしたが思いの外復活した二水戦が強そうだと、インド洋での戦いから判明したのでせめて貴女だけでも最終作戦を始動する前に始末してしまおうという考えに思い至った訳です」

 

「初期艦ともあろうお方が随分と卑怯な手を使うのね」

 

「卑怯、確かに私は卑怯なんでしょう。しかし私の可愛い可愛い一水戦を、第一艦隊を1隻でも多く生き残らせるためならその程度の批判は甘んじて受け入れましょう」

 

……第一艦隊?

 

「おや、それは知らなかったんですね」

 

私が混乱しているのに気がついた漣は意外そうな表情で言った。

 

「第一艦隊所属の艦娘の殆どは一水戦の関係者ですよ。例えば第一戦隊旗艦の長門ですけど彼女の叔母は元一水戦の駆逐艦暁です」

 

そうか、漣がこうも自信ありげに語るのはそれが理由だったんだ。仮に彼女が行動を起こしたとして対応するのは第二艦隊。一水戦単体なら簡単に倒せるけど相手が第一艦隊となれば話は別、下手をすれば負けもある。

いや、敵は第一艦隊だけにはとどまらないのかもしれない。ここまで用意周到なんだ、その手は他の艦隊にも伸びていると考えた方が自然だ。

 

「戦いの勝敗は始まる前に決まっているとは言うけど自分がされる立場になるとこれほど絶望的なものもないわね」

 

これだと私が生きていても多分結末が大きく変わる事はないだろう。

ここで死ねるというのは案外幸せな事なのかもしれない。第二艦隊が、いえ二水戦が二度も壊滅する姿を見る事がないのだから。

 

「……もう聞きたい事はないわ。殺しなさい」

 

元々捨てていた命、今更惜しむものでもない。

私は覚悟を決め漣を見据えた。




漣の謀略にハマって身柄を拘束された陽炎はこのままだと殺されちゃう!

お願い死なないで陽炎!

アンタが今ここで倒れたら、黒潮達との約束はどうなるの!?

時間はまだ残ってる。ここを耐えれば漣に勝てるんだから!

次回「陽炎死す」デュエルスタンバイ!(大嘘)

ちなみに次回のタイトルは「艦娘」の予定です


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艦娘

「陽炎はせっかちですね。もう少し私の話に付き合ってくださいよ」

 

こっちにはもう話したいことなんてないって言うのに……

 

「私の父は深海棲艦の研究者でした」

 

漣の父親の年代で深海棲艦の研究者と言うと下手をすれば深海棲艦発見当初からの相当な古株研究者、もし生きていればその道の権威となっていてもおかしくない。

けどこれまでとの話の関連性が無さすぎる。一体何を話したいのだろう。

 

「深海棲艦を研究していた父はその過程であるウィルスを発見します。名前をFBK-1、つまり吹雪型駆逐艦一番艦吹雪のウィルスでした。それから1週間程で数十種類の艦娘のウィルスが見つかりました。さてここで問題です。このウィルス、どこから見つかったと思いますか?」

 

艦娘になるためにはウィルスを注射する事は艦娘の間では周知の事実だけどその出所と言うのは知らないわね。

噂自体は色々ある。例えばイルカの体内から見つかったとか海鳥の体内から見つかったとか、変わり種だと元々人間が持つ常在菌だったとかだ。

 

「実の所このウィルス、海洋生物であれば持っている可能性は極めて高いんです。ですから父が見つけたウィルスの内一番最初のウィルス、つまり吹雪のウィルス以外は全て魚介類や海洋哺乳類から見つかっています」

 

へぇ、そうなんだ。なんらかの生物の体内から見つかったと言う噂は多くあったけどそこまでは幅広い生物から見つかったのならある意味全ての噂は事実だったわけだ。いや、人間は違うか。

 

「ですが吹雪だけは異質でした。後に他のモノも同じ場所から発見される事になりますけどこの吹雪のウィルスの出所は貴女も噂くらいは聞いた事はある場所です」

 

異質と言われてもこれに関しては候補が多すぎる。異質というからには多分海洋生物以外から出たのだろう。さっき言った以外にもゴキブリの体内からだとかドブネズミの体内からだとか、特に一番ひどい噂だと……

 

「海岸に深海棲艦の死骸、それが吹雪を見つけた場所でした。その後さらに調べると漣や電と言った駆逐艦のウィルスが複数その死骸から見つかっています」

 

「…うそでしょ……」

 

正直一番眉唾な噂だと思っていた。いや、眉唾と言うよりは信じたくない噂と言うべきか。だってそうじゃない。もし深海棲艦の中からこのウィルスが見つかったのであれば艦娘とは、深海棲艦とはなんなのか。

姿形が違うだけで本質的に艦娘とは深海棲艦と相違ないのではないか。そんな嫌な疑問が湧いてきてしまう。

 

「本当です。その後の研究で深海棲艦の多くは海洋性物達がこのウィルスに感染し変異したモノだと判明しています」

 

変異、私は違ったけど多くの艦娘はこのウィルスを注射されると姿形が変化する。深海棲艦が元々生物でウィルスが原因で変異したと言うのであればこれが深海棲艦から見つかったと言う説得力が増してくる。

 

「そして姫級や鬼級と言った深海棲艦の組織を調べた結果それらは人間由来な事も判明しています」

 

最悪の事実、艦娘によっては心を病みそうね。

 

「まぁ、そんなの調べるまでもなかったんですけどね。

なんせ艦娘を生み出す過程で何人も深海棲艦を作り出していますから」

 

なかなか驚愕の事実だけどその場合一つ疑問が残る。

 

「人間は姫級になるんでしょう、どうやって処理したの?」

 

「文字通りの意味で私は最初の艦娘なんですよ。

もちろん適性があるかパッチテストはしましたけどまさか自分の父があそこまで狂ってるとは思いませんでしたよ」

 

ケラケラと笑っているけど笑い事じゃない。

もし漣が艦娘になれていなければ全てが破綻して下手をすれば日本は、いや世界は滅んでいたかもしれない。

 

「幸運な事にウィルスを注射した人たちの多くは不完全な深海棲艦になりました。分かりやすく言うなら体の一部が深海棲艦のようになりつつもヒトとしての意識は残していたりですね。

しかしそう言った人達は時間経過と共に徐々にヒトとしての意識をなくしていきました」

 

幸か不幸か艦娘としてはおそらくまだ未熟だったであろう漣でも対処できるくらいにはそれらは人であったんでしょうね。お陰で日本はまだ存続している。

 

「100人ばかり実験体を始末した頃でしょうか、父は研究結果を国に売りました。その結果潤沢な研究資金と施設が用意され新たに4人の艦娘が誕生しました。吹雪、叢雲、電、五月雨の4人です。彼女達は皆自衛官でした」

 

「……実験体はどうやって用意したのよ」

 

「あの頃は皆飢えていましたからね。食料をやる、寝床をくれてやる、服をあげる、そう言えば皆ホイホイついてきましたよ」

 

口ぶりからして漣も協力していたんでしょうね。積極的だったのか、命じられてやったのかはわからないけど。

 

「政府が一枚噛む事でそんな事はなくなるかとも思いましたけど結局変わりませんでした。変わったとしたら実験体を孤児院や避難施設から直接手に入れられたので詐欺まがいなことをせずに済んだ事ですね」

 

自国民を害するなんて国としては最悪ね。当時の状況を考えれば言い訳はいくらでもできるけど守るべき国民を犠牲にした時点で非難されるべきだろう。

 

「その政府での実験終了後、資格のある自衛官20名対してウィルスを注射、結果生き残ったのはさっき言った4人だけと言うわけです」

 

成功率25%、今では成功率はほぼ100%でごく稀に起きる失敗も艦娘になれなかったと言うだけで死亡事例はない。

 

「この確率が劇的に改善するのはこれから約1年後のことですがそれまではこの危険度の高いウィルスを使い続けていました。因みに潜水艦娘も初期は危険度の高い方法でした。ゴーヤと自殺したイクもこっちのウィルスですね」

 

出所は知らなかったけど初期艦達の強さがウィルスの違いによる事は有名な話だ。初期のウィルスは死亡率の高さにさえ目を瞑れば現在使われているものよりも高い力を得る事ができる。

だから初期艦相手に現代艦娘が一対一で戦って勝てる可能性は殆どない。一水戦反乱の際に止めようとした潜水艦娘達が初期艦に全滅させられた最大の理由がこれだ。

 

「さて陽炎、実はこのウィルスは深海棲艦から採取したものとそうでないものでは毒性も効能も大きく異なるのを知っていますか?」

 

そんなの私が知るわけない。それを漣も分かっているから私の答えを聞かずに話を続けた。

 

「元々深海棲艦から採取したウィルスは海洋生物から採取した物よりも毒性が高くどれだけ毒性を落としても海洋生物産のウィルスの無毒化前よりもよっぽど強力なんです。

だから艦娘には通常、海洋生物から採取されたウィルスを無毒化したものを注射します」

 

深海棲艦から採取されたものが注射されていなくてよかったと喜ぶべきなのか、それとも深海棲艦になり得る物を注射されたと悲しむべきなのか……。いやそもそも私達と深海棲艦って何が違うの?だめだ、考えが纏まらない。

酒の席での与太話ならともかくこんなのとても素面で聞ける様な話ではない。酒とは言わないけどせめて煙草くらいは吸わないとこんなのまともに聞いてられやしない。

 

「ねぇ、私のスカートの左ポケットに煙草とマッチが入ってるから吸わせてくれない?」

 

私の言葉に漣は信じられないものを見るような眼差しを向けてきた。

 

「今このタイミングでそれを言いますか」

 

「こんな話を素面で聞けるほど私は図太くないのよ」

 

「……旗風、煙草を取ってあげてください」

 

私のポケットを弄って煙草を取り出すと旗風は漣に投げ渡した。

 

「ありがたいわ」

 

渡された漣は煙草を一本取り出すと私の口に咥えさせた。

 

「無毒化方法が確立される前の艦娘は基本的には海洋性物から採取したウィルスを培養した物を注射していました。初期艦の殆どもこの海洋生物由来の物を無毒化せずに打ち込みました。これでも今の艦娘よりもよっぽど強力な艦娘ができます」

 

「ちょっと、火をつけてよ」

 

まさかマッチの付け方がわからないわけじゃあるまいし咥えさせるだけと言うのはひどくないだろうか?

 

「煙草は体に悪いですよ。まだまだ若いんですからいい機会です、禁煙しなさい」

 

「はぁ!?こんなの生殺しもいいところじゃない!」

 

「五月蝿いですねぇ。旗風、猿轡かましといてください」

 

漣の命令に旗風は手際よく私の口から煙草を取り上げ何処からともなく取り出した布を口に押し込んだ。

 

「…どこまで話しましたっけ?」

 

「昔は海洋生物のウィルスを培養して注射しているところまでです」

 

「そうでした、ありがとう旗風」

 

疲れた様に溜息を吐くと漣は話を続けた。

 

「ほとんどの艦娘は海洋生物由来のウィルスでしたけど3人だけ、最初から深海棲艦由来のウィルスを注射された者がいました。1人は私、もう1人は吹雪、そして最後に名前も知らない1人の孤児です」

 

深海棲艦から取り出したウィルスを体内に入れるだなんてよくできるわ。悍ましくて私には到底できそうにない。

 

「私と吹雪はこの注射で他の艦娘よりも強力な力を得る事ができましたけどはっきり言って危険性から考えるとその強化具合は微々たる物、リスクを考えると性能としては海洋性物由来のもので十分でした。

両方のウィルスのメリットとして毒性を抑える前だと10年程度で起こる艦娘の弱体化はなく老化が極めて遅くなるというメリットがありますけど生き残りが私しかいませんしいつまでこれが続くのか詳細な研究結果はありません」

 

でち公に取り押さえられるくらいだからその強化率はお察しというものね。

不意をついたとか漣が正常な状態じゃなかったからとか色々事情がありそうではあるけどだとしても本来相性が良くかつ使われたウィルスの関係で地力が上の漣が負けている。その時点で使う価値はないウィルスと言える。

老化が抑えられるのだって深海棲艦との戦いを力が弱まるまでずっと続けなければならないという事だし人によってはデメリットにさえなり得るだろう。

 

「では2人が成功したのなら残りの1人はどうなったのか、結果は失敗し深海棲艦になりました」

 

憎むべき深海棲艦を倒すために艦娘になるはずが深海棲艦になるなんて酷い話もあったものね。

 

「幸いにも私含む当時の一水戦が待機していたので犠牲者は責任者だった私の父だけで済みました。いい気味です」

 

嘲笑を浮かべる漣に私は彼女が決して自ら好んで研究に協力していたわけではない事にようやく気がついた。

 

「アイツが死んだと知った時は精々しましたよ。ようやくこの馬鹿な研究も終わり犠牲者がいなくなる、そう思っていました」

 

これは嫌いというよりは憎んでいるとかそう言った感じなのかしら。そりゃそうか、いくら親でも殺人をさせるような奴を好きになるのそう多くはない。

 

「父が最後にしていた研究は深海棲艦由来のウィルスのリスクをどう軽減するかというものでした」

 

なるほど、リスクとリターンが釣り合わないから使用しないとなったけどそれが釣り合うのなら話は別という事か。

 

「知っての通りウィルスを適性のある少女に打ち込む事で少女は艦娘へと姿を変え、そしておよそ10年で耐性ができ艦娘は最終的に抗ウィルス薬を打つ事で完全に艦娘としての力を失います。

これは無毒化したウィルス特有の現象でして無毒化前だと私やゴーヤのように力が衰える事はありません。そこで考えられたのが引退が近い艦娘に対して無毒化前のウィルスを打ち込めば抗体ができている関係で私達のように強力な艦娘となるのではないかというものでした」

 

漣達と私達普通の艦娘の違いはわからないけど理屈としてはうまくいきそうな気がするわね。

インフルエンザとかはワクチンを打っていれば感染しても軽く済むっていうし艦娘でも同じ事が言えるかもしれない。

 

「父の死後もこれは研究され10年ほど前に実証実験がなされましたが失敗しました。ちなみにこの方法の生存率なんですけど0%、実験体は全て深海棲艦へと姿を変えたそうですよ」

 

志願したのか強要されたのか知らないけど実験体になった艦娘は可哀想ね。せっかく艦娘になったのに最後は自らが討伐される事になるなんて……

 

「陽炎、どうして私がこの話をしたと思いますか?」

 

冥土の土産という奴じゃないのかしら。

 

「ここに深海棲艦から採取し培養したJDDKG-1、つまり陽炎ウィルスがあります」

 

漣曰くポケットから取り出したアンプルは私が艦娘になる時に打ち込まれた奴のヤバいバージョンみたいだけど生憎それが本当か知る術はない。

知ったところでどういう反応をすればいいのかもわからないし。

 

「ふふふ、訳がわからないという顔ですね」

 

不気味な笑みを浮かべながらアンプルを折り中の薬剤を注射器に吸い出す様子はさながらマッドサイエンティストと言った様子だった。

 

「第二水雷戦隊第13代旗艦陽炎、貴女には私のためにここで深海棲艦となってもらいます」

 

その言葉に私は薬で体が上手く動かせないのも拘束されているのも忘れて逃げ出そうとした。身を捩ってソファから降り、数メートルを這って進んだけど旗風の手で床に押さえつけられた。

 

「流石の陽炎も深海棲艦になるとなれば慌てますか」

 

逃げられないのならせめて舌を噛み切ろう、そう思って口を動かすけど猿轡をされているからそれすらできない。

 

「陽炎なら自殺しかねないと思っていましだけど正解みたいですね」

 

この猿轡も私を拘束するためにわざわざ用意していたものというわけね。通りで手際がいいと思ったのよ。

 

「さらばです陽炎、次に会う時は敵同士ですね」

 

不気味な笑みを浮かべて漣は私の首に注射を刺し薬剤を注入した。

薬剤が注入される感覚と同時に首筋が熱を持ちそれが段々と身体全体へと広がっていく。体内をかき混ぜられるような、そんな気持ち悪い感覚と共に私の意識は混濁していった。

どこからともなく湧き上がる見覚えのない記憶、これが深海棲艦になるという事なの?

まるで身体が作り変えられていくかの様な気持ちの悪さを最後に私は完全に意識を失った。



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我が世の春

陽炎教官がいなくなった事で私たちは水を得た魚のような状態になりました。

 

「陽炎教官がいなくなったからと言って訓練が甘くなるとは思わないでよね!」

 

特に敷波が顕著で生き生きと例の棒を振り回し生徒達がそれから逃げるために必死で訓練に臨んでいます。

陽炎教官がいたから自重していたけどいないとなれば話は別、私も手を抜いている生徒には海に沈めるつもりで棒を振るいます。これが我が世の春という奴ですかね、気分がいいです。

 

「陽炎教官が帰ってきた時ガッカリさせないためにもちゃんと訓練についてきてくださいね〜」

 

巻雲は私達と違って激励するだけですけど目が笑っていません。何かあれば容赦なく鉄拳制裁を下す構えですね。

 

「もしついていけないなら夕立が手取り足取り教えてあげるっぽい」

 

夕立は一見すると優しそうな対応ですけど実際は一番苛烈な対応です。

私達……少なくとも私は訓練についていけないのなら鉄拳制裁を与えた後は少し休ませるつもりです。

対して夕立は無理矢理にでも訓練について来させるために隣で見張り続けると宣言しているのです。生徒達がそれに気が付いているかどうかはわかりませんが。

 

「艦列乱れてるから敷波指導してきて欲しいっぽい」

 

にしても本土の艦娘は酷いですね。訓練学校で習う様な簡単な艦隊運動でさえ乱れが生じています。

普段一緒に訓練をしていない者同士だからと言い訳できないこともないですけど私達の様な艦隊に所属している艦娘と違い泊地所属の艦娘は任務部隊を編成して活動することが多いです。この程度の連携で齟齬が出ては本土防衛に不安を抱かざるを得ません。後で陽炎教官に伝えないといけませんね。

そんな事を考えているとまた1隻、艦列を乱す艦娘を見つけました。

 

「そこ!艦列が乱れていますよ!!波があるわけでもないのにどうしてそんなに艦列が乱れるんですか!!!」

 

波がないどころか今日は風も吹いてなくて航行に支障をきたす障害は何もない。だと言うのにここまで艦列が乱れるなんて一度訓練学校からやり直した方がいいんじゃないでしょうか。

 

「これは酷すぎるっぽい」

 

夕立が私のそばに近寄ると周りに聞こえない様小さな声で言いました。

 

「陽炎教官が見たら顔真っ赤にして怒鳴るっぽい」

 

「それで済めばいいですけど……」

 

怒鳴るのは確定ですけど。

 

「どうなるっぽい?」

 

「卒倒するんじゃないですか?」

 

頭の血管が数十本単位で切れるんじゃないでしょうか。

 

「流石にそれはないっぽい」

 

「賭けますか?」

 

「負けたら間宮羊羹1本っぽい」

 

「それで行きましょう!」

 

間宮羊羹1本は嬉しいですね……負ければ痛いですけど。

あれって基本的に食事のデザートとしてしか供されないので1本丸々手に入れるのって難しいんですよね。もちろん私はギンバイして数本確保してますけど。

 

「ゴチになるっぽい」

 

「もう勝ったつもりですか?」

 

「だって陽炎教官が人前で無様に気絶するなんて想像できないっぽい」

 

それを言われると辛いですね。私も陽炎教官が人前で気絶する姿なんて想像できません。

 

「もしかしたら弁慶みたく立ち往生するかもしれないじゃないですか」

 

あの人ならそんな器用な事できても驚きません。

 

「……陽炎教官死ぬっぽい?」

 

目を開けて海上に立ったま真っ直ぐ海底に沈んでいく教官の姿を思わず想像しましたけどそれを振り払って口を開きました。

 

「立ち往生するからって死ぬわけじゃないでしょう」

 

「冗談っぽい」

 

「夕立の冗談は分かりにくいです」

 

本気で疑問に思ってそうな顔をするから冗談かどうかの判別がつけられないんですよね。

 

「もう少し冗談とわかりやすい反応をしてくださいよ」

 

私の言葉に夕立が不満そうな顔で反論しようとした時でした、阪南泊地司令部から通信が届きました。

 

『こちら阪南泊地。先ほど連合艦隊旗艦漣、及び護衛の第三駆逐隊が当泊地を出港しました。まもなく教導部隊の近くを通過しますので注意してください』

 

連合艦隊旗艦が近くを通過するとなれば相応の対応を取らなければなりません。

通信を聞いてざわめき艦列を乱す生徒の前に夕立が立ち塞がると命令を下しました。

 

「全艦隊列を整えて旗艦の見送りに備えるっぽい」

 

後に私達はこの判断を後悔することになります。連合艦隊旗艦、いえ漣に必要なのは見送りではなく砲弾の雨と魚雷による追撃だったんですから。

とは言え当時の私たちがそんなの知るわけもなく、そもそも半人前の泊地の連中を引き連れて戦闘なんてしたところで戦いになるわけもなく結果としてはこれは正しい判断だっのでしょう。

私達が事態を知るのはこの日の訓練が終わった直後の事になります。後になっていくらでも気付く余地はあったはずなのに気が付かなかった自分の間抜けさを呪いましたけどこの時はそんなこと思いましていませんでした。

 

連合艦隊旗艦がこの阪南泊地を去ってから数時間が経った頃、訓練は終了しました。

泊地の港につき生徒達が疲れた様子で艤装を片付ける中、ふと思い出した様に敷波が口を開きました。

 

「そう言えば陽炎教官戻ってこなかったね」

 

「そう言えばそうですね」

 

訓練に集中していて全然気が付きませんでした。

 

「きっと巻雲たちの事を信用して泊地でゆっくりしていたんですよ〜」

 

「陽炎教官に限ってそれはないっぽい」

 

確かに陽炎教官は私達のことを散々問題児呼ばわりしていましたしここで長時間目を離すなんてあり得ませんね。

一体私達のどこが問題児なのか皆目見当がつきませんが今更それを認めたとも考えにくいです。

 

「もしかして居眠りでもしてるんじゃない?」

 

「あの陽炎教官がですか?」

 

俄には信じられま……いやそんな事ももないですね。訓練は厳しく私達に二水戦らしい行動をするように指導する陽炎教官は一見すると真面目な艦娘に見えます。だけど航行中の煙草厳禁という規則を破って喫煙したり勤務中に喫煙所で煙草吸ったりどちらかと言えば不良艦娘の部類。あり得ない話じゃないですね。

 

「陽炎教官が連合艦隊旗艦との会合に使った部屋ってどこでしたっけ?」

 

「第2応接室だったはずですよ〜」

 

「狭霧、陽炎教官が居眠りしてると思ってるっぽい?」

 

「あり得ない話じゃないでしょう。あの人、人には規則を守るよう言うくせに自分には割とルーズじゃないですか」

 

煙草とかタバコとかたばことか。

 

「もし仮に居眠りしてたらあの人の弱みを握れると言うことですよ。それって最高じゃないですか?」

 

それが決め手でした。私達はスキップでもしそうな軽やかな足取りで陽炎教官がいるであろう第2応接室に向かいました。

幸運な事に、とでも言いましょうか。応接室の扉を開けた私達の目にソファの影から床に投げ出された足が見えました。体勢からしてまず間違いなく床にうつ伏せに寝転んでいます。あの第二水雷戦隊旗艦の陽炎ともあろう人がだらしなく床に寝転んでいるんです。

それを確認した時、思わず私達は顔を見合わせて笑みを浮かべていました。起こさないようにそろりそろりと足音を消してゆっくりと近づく中、最初に異変に気がついたのは夕立でした。

 

「陽炎教官、縛られてるっぽい?」

 

「縛られている?」

 

夕立の言葉にソファ越しに覗き込むと確かにうつ伏せ状態の教官は頑丈そうなロープで後ろ手に縛られています。

 

「腕が鬱血してるじゃないですか!」

 

ソファを飛び越えてロープを解こうとした私を止めたのは巻雲でした。

 

「待ってください!急に解いたらクラッシュ症候群とかになりませんか?」

 

クラッシュ症候群、挫滅症候群とも呼ばれ長時間瓦礫などで腕や太腿が圧迫されていた時、それから解放された時に起こるものです。圧迫されていた事で毒素が溜まりそれが圧迫から解放されると同時に体全体に周り最悪しに至る。縄でそうなるのかはわかりませんがいきなり解くより医官を呼んだ方が良さそうですね。

 

「それより教官息してる!?」

 

敷波に言われて私は慌てて生死の確認を行いました。死んだらクラッシュ症候群も何もないですしね。

 

「猿轡まで噛まされてるじゃないですか!」

 

一体誰が、どうしてなんて考えている場合じゃないですね。そんなの後からいくらでも考える時間があります。

 

「呼吸は荒く、脈拍も安定していないですけど生きてはいます。誰か医官を呼んできてください」

 

巻雲が慌てて部屋から出ていくのを横目に私は陽炎教官の詳しい容体を確認します。

 

「目につく外傷はありませんね。体温計がないので詳しい事は分かりませんけど熱が高いように感じます」

 

服なんかを捲り上げてもこれと言った外傷はなさそうですね。

 

「そもそも陽炎教官、なんで縛られてるっぽい?」

 

「なんでって誰かに襲われたからじゃないの?」

 

「陽炎教官なら大抵の相手は返り討ちにできます」

 

確かに夕雲の言う通りこの状況は変です。陽炎教官に正面きって確実に勝てると言える艦娘なんて日本には連合艦隊旗艦くらいしかいません。その旗艦でさえ部屋を荒らさずに、おまけに無傷で取り押さえるのは不可能だと思います。

ざっと見渡した感じ部屋が荒らされた形跡もないですし陽炎教官に外傷はない。極めて奇妙な状況です。

 

「その机の上にあるお茶、飲まないでくださいね」

 

ふと机の上のお茶が目につき敷波と夕立に声をかけました。

 

「飲みかけのお茶なんて飲むわけないじゃん」

 

「確保しておいた方がいいっぽい」

 

「そうですね。あとで成分を調べてもらいましょう」

 

さすが夕立、敷波と違って察しがいいですね。

 

「……毒でも入ってるの?」

 

「それは分かりませんけど可能性は高いですね」

 

「狭霧、本当に外傷はないっぽい?」

 

「一通り見ましたけど目につく外傷は無さそうです」

 

わざわざスパッツを脱がしたりしてないし縛られている関係で胸のあたりとか腕なんかは服を捲りにくくて見れてませんけどそれ以外は大体見れたはずです。

 

「わざわざ縛ってるって事はこの中に入ってるのと陽炎教官を昏倒させているのとは別の薬品を使ってる可能性が高いっぽい。首筋くらいはよく見た方がいいっぽい」

 

「注射痕ですか。確かにそれなら見逃してる可能性はありますね」

 

どうせ巻雲が帰ってくるまで手の打ちようがないですし探してみますか。

そう思って首筋を見ると意外とすぐにそれは見つかりました。

 

「ビンゴです。さすがは夕立、何かわかりませんが陽炎教官は注射されたみたいですね」

 

しかも艦娘に注射を打てると言う事はちゃんと艦娘精神注入棒と同じ物で作られた物。滅多な事では病気にならない艦娘に注射は無用の長物、使われるとしたら実験等で採血する時くらいですから一体どこでそんな物手に入れたのやら……。

 

「た、大変ですよ!!」

 

開け放していた扉から医官を連れた巻雲が飛び込んでくるなり叫びました。

 

「二水戦の旗艦が襲われた事以上に大変なことってあるんですか?」

 

今一番大変な問題はこれだと思うんですがけど。

 

「く、呉が……呉が……」

 

急いだせいか息が上がっている巻雲は途切れ途切れに言葉を発します。

 

「はいはい、ゆっくり喋ってくださいね。医官さん、陽炎教官の事をよろしくお願いしますね」

 

陽炎教官のこと以上に大変な事はないだろうと思い適当に巻雲をあしらいながら医官に陽炎教官の事を託すと巻雲に向き直りました。

 

「で、呉がどうしたんですか?」

 

「呉が空襲を受けたんですよ!!!」

 

それを聞いた時私は愕然としました。

そんな事はあり得るはずがないんです。呉は最前線より遠く、潤沢な兵力から哨戒網も最前線とは比べ物になりません。深海棲艦が来れば必ず呉に到達する前に捕捉される筈です。

しかし巻雲の青褪めた表情がそれが真実であると物語っていました。

 

「詳細は!?」

 

「わ、分からないですよ〜。巻雲も空襲を受けたと聞いただけで……」

 

「巻雲はここで陽炎教官の様子見てて欲しいっぽい!夕立と狭霧、敷波で詳しい情報収集してくるっぽい!!」

 

呉は、第二艦隊は、第二水雷戦隊がどうなったのか。今の私達に必要な情報はそれだけでした。



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目覚め

私が目を覚ました時、あたりは暗闇に包まれていた。これがあの世という物なのか、案外味気ないものね、なんて考えながら首を動かすと機械の光らしき物とカーテンの隙間から月明かりが漏れていた事で私はそこがあの世ではない事を知った。

深海棲艦になった上で私自身の意識が残っていると言うのは拘束されずに寝かされている時点で候補にない。理由はわからないけど漣の意図とは違う結末になった事は間違いないようだ。

いや、実はこの施設が漣の保有する秘密基地で私は拉致されたと言う可能性もあるか。その場合あの時私が聞いた話は全て嘘だった可能性が高い。

 

いずれにせよここがどこなのか把握しなければ何も始まらないだろう。

そう結論づけ私がベッドから起きあがろうとすると部屋の扉が開いた。

扉が開いたことで差し込んだ廊下の明かりで思わず目を細めると扉を開けた人物が言葉を発した。

 

「陽炎教官目が覚めたんですか!?」

 

そう言って近づいてきた人物は狭霧だった。

 

「ここは……」

 

「阪南泊地の医務室です」

 

阪南泊地の医務室と言う事は理由は分からないけど漣の思い通りにはいかなかったということね。

 

「私はどれくらい寝ていたの?」

 

「私達が発見して約3時間、トータルではおそらく半日ほどかと」

 

思ったほど時間が経っていないことに内心安堵しながらさらに質問を続けた。

 

「漣はどこにいるの?」

 

「……それを話す前に伝えなければならないことがあります」

 

珍しく神妙な面持ちの狭霧に嫌な予感が湧いてくる。

 

「呉が空襲を受けました」

 

その言葉を聞いた時私は全てを察した。

 

「下手人は第一艦隊ね」

 

私の言葉に狭霧は驚いた様子を見せた。

 

「よく分かりましたね」

 

「私が漣なら第二艦隊の旗艦を暗殺するだけで済ませはしない。返す刀で第二艦隊と余裕があれば他の有力な艦隊をいくつか叩くわ」

 

可能ならば佐世保の第三、大湊の第五にちょっかいをかけるだろう。

 

「ではやはり陽炎教官が気絶していたのは」

 

「ええ、漣のせいよ。アイツに妙な薬品を打ち込まれたのよ」

 

身を起こし床に足を付けると立ちくらみが起こり思わずベッドに手をついた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「問題ないわ」

 

「もう少し休んだ方がいいんじゃないですか?」

 

その言葉に思わず狭霧を睨みつけた。

 

「バカ言わないで私は第二艦隊旗艦よ。こんな所で大人しく寝ていられるわけないでしょう」

 

私の艦隊が攻撃されたと言うのに大人しく寝ているなんて事できるわけがない。

 

「……分かりました。では報告を続けさせてもらいます」

 

「私の制服はどこ?」

 

狭霧に頷くことで返事をすると私は尋ねた。

 

「そちらのクローゼットの中です」

 

クローゼットを開けるとそこには確かに陽炎型の制服が入っていた。

制服をハンガーごと取り出すとベッドに放り投げ続いて病院着を脱ぎ捨てる。

 

「何をしているんですか?」

 

「決まってるでしょ。呉に戻るのよ」

 

「正気ですか!?」

 

「第一艦隊が呉を襲撃したとなれば状況は最悪に近いでしょう。今すぐ動かないと手遅れになるわ」

 

もう手遅れである可能性はかなり高いけど何もしないよりはマシだ。

 

「第二艦隊の被害状況、轟沈艦だけでいいわ」

 

私の問いかけに狭霧は渋々と言った様子で答えた。

 

「幸いな事に二水戦は桂島にいて無傷です。現時点で判明している戦艦、空母の轟沈艦は三航戦の瑞鳳、四航戦の日向、伊勢。第四戦隊の大和、武蔵」

 

第二艦隊が保有する航空戦力は第三、第四の2個航空戦隊4隻。うち3隻が轟沈したとなれば航空戦力は全滅と判定していいだろう。

戦艦についても高速戦艦である金剛型4隻からなる第三戦隊と第二艦隊の打撃力の中心となる第四戦隊の大和型2隻。大和型は練度こそ金剛型に劣るけどその火力は侮れない。これが2隻とも沈んだのは大きな痛手だ。

煙草仲間だった瑞鳳、日向は言わずもがな、伊勢も大和と武蔵も知らない仲じゃない。艦娘なんてモノをやっていると知り合いが沈む事は多々あるけどそれは全て深海棲艦の手でだ。仲間の筈の艦娘の手によってではないしそんな事があっていいはずがない。

 

「第三戦隊と第十一から第十五戦隊の巡洋艦連中はどうなったの?」

 

「未だに鎮守府の瓦礫に埋もれていて被害不明だそうです」

 

全滅はないだろう。けど戦艦空母にここまでの被害が出ているという事は他の艦娘の生存も絶望的だろう。

 

「提督は?」

 

「ご存命です。怪我も殆どされていないそうです」

 

提督が生きているのなら私がいなくてもなんとかなっているはずだ。だけど早く戻るに越したことはない。

 

「十三駆を呼び出して呉に帰投する準備をするよう伝えて」

 

「……了解しました」

 

不満そうな様子ではあったけど狭霧は私の命令に答えて通信機で十三駆に私の命令を伝えた。

 

「それと教官、漣の宣戦布告がネットに流れていますけどご覧になられますか?」

 

「別にいいわ。どうせ有る事無い事でっち上げてるんでしょ」

 

「それについては私の知識ではなんとも言えません」

 

「……やっぱり見せて」

 

意外と勤勉な狭霧が判断つかないと言う以上それは高度に政治的なのか、あるいは機密情報に関する事を言っていたという事だ。それならば少し興味があった。

10分ばかりの動画で漣は口上と自らの主張を述べた。

動画で見た漣の訴えは大きく分けて二つ。

 

一、現行の非艦娘中心の政治体制から艦娘中心の政治体制へ移行し艦娘の権力を拡大し権利を保護する。

二、これまでの艦娘に関する非合法、非人道的な実験の公表と責任者の処罰と被害者及び被害者遺族への賠償。

 

色々と屁理屈捏ねてたけど要はこういう事だ。前者はともかく後者は一考に値する。私が艦隊旗艦でなければ漣に共感したかもしれない、そんな演説内容だったけど生憎私は彼女に敵認定されている上に私を殺そうとした人物。そんな奴の下に付くわけがない。

 

「艦娘の権力を強くし権利を保護するなんて言ってるくせに第二艦隊を先制攻撃で叩くあたり本当に守る気があるのか疑わしいわね」

 

どんな高尚な理由を掲げようと第二艦隊にとって漣は敵だ。和解の道はないしする気もない。政府がどんな対応をしようと第二艦隊としての方針はすでに決まっている。

 

「政府は何か声明を出した?」

 

「今のところ特には。突然の反乱ですし対応に苦慮しているみたいですよ」

 

おそらく漣はかなりの準備をしてきている。第一艦隊に一水戦の関係者を集めたのは序の口、本拠地としている島以に物資を集積するのは当然として近隣の島に隠し拠点くらい用意してるかもしれない。それどころか……いや、これは考えないでおきましょう。

 

「夕立達の準備状況はどうなってる?」

 

「教官が動画を見てる間に準備ができたと報告がありました」

 

「そう、分かったわ」

 

狭霧に返事をした後、私ははたと口元に手を当て考える体勢をとった。

 

「教官どうかしたんですか?」

 

私の様子に不思議そうな表情を浮かべて狭霧が尋ねた。

 

「狭霧、あんたには艦娘と戦う覚悟はある?」

 

第二艦隊の大型艦は壊滅しているけど二水戦は健在。

そして反乱の首謀者は最強の艦娘漣。そこから導き出される答えはこの鉄火場に二水戦が投入される可能性は極めて高いということだ。

私は殺されそうになった以上その相手に対して躊躇はしない。

けど狭霧は、その他の艦娘達はどうだろう。私と違って殺されかけたわけでも無ければ漣に恨みがあるわけでもない。

昔一水戦が反乱した時、事件が終わった後二水戦を去る艦娘は少なくなったというし士気にに影響が出ることは間違いない。

 

「陽炎教官が、私達の旗艦が害されたんですよ?

それに対して報復すら加えず引き下がるならそれは二水戦とは言えません。確実に海の底に沈めなければ後世の笑い物になります」

 

そういやこの子、二水戦でも特に血の気が荒い方だったわね。

 

「相変わらず血の気が荒いわね」

 

思わず苦笑いを浮かべると狭霧は真剣な表情で口を開いた。

 

「私は二水戦に憧れて艦娘になりました。私の憧れが負けっぱなしなんて許せるわけないでしょう。血の気が荒いと以前の問題です」

 

意外、と言うわけでもない。多かれ少なかれ二水戦になろうと志す艦娘は憧れというモノを抱いている。そもそもそういった特別な思い無ければ教導隊での過酷な訓練をやり遂げるなど到底不可能だろう。

 

「陽炎教官、私は常々思っていました。艦娘最強は二水戦の旗艦が、第二水雷戦隊旗艦陽炎こそがならなければならないものだと。

今の今までその座にいたのが老いぼれた老艦娘だったのがおかしいんです。漣と直接戦い勝つ。それは教官に与えられた義務であると私は思います」

 

なかなかどうして、キツいこと言ってくれるじゃないの。

あの漣に勝つ事がどれほど難しいかわからないわけじゃないでしょうに。

 

「旗艦は私で無ければならないわけじゃないわ。狭霧やってみる?」

 

「教官!」

 

からかい混じりにそう言うと彼女は私を睨みつけた。

 

「冗談よ。私もいい加減あの老艦娘が最強と言われる事に飽き飽きしていたの」

 

漣に勝つのは難しい。けど彼女が前線に出て戦ったのはでち公の件を除けばもう10年以上前の話だ。そこに付け入る隙があるかもしれない。

 

「時代遅れの老艦娘に、今が誰の時代なのか教えるとしましょうか」



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瓦礫鎮守府

私達が呉に戻ったのは事件が起きた日の深夜、日を少し跨いだ頃だった。普段なら到着室に灯りがついていているくらいで真っ暗な鎮守府は珍しくそこかしこに明かりが灯り、光が動き回っていた。

艤装についた探照灯を頼りに鎮守府を見るとそれは第二艦隊が母校とするあの呉鎮守府と同じ場所だとはとても思えなかった。

赤煉瓦の鎮守府庁舎は瓦礫の山に変わり果て艤装などが置いてあった工廠は鉄骨を残して全焼。私達の住んでいた艦娘寮は唯一形をとどめていたけど中には重傷を負った艦娘や鎮守府関係者が並べられていた。

 

「貴方が無事で良かったわ司令」

 

崩壊した鎮守府の前で指揮をとっていた司令は頭に包帯を巻いてこそいるけど比較的傷は浅そうだった。

 

「この後の事を考えれば俺が生き残るより瑞鳳達が生き残ってな方がよっぽど有意義だっただろうよ」

 

いつもと違い荒んだ様子に私は内心驚いた。二水戦がソロモンで壊滅した時でさえ驚いた様子は見せても口調が荒くなる事はなかった司令がここまで感情的になるなんて。

 

「生き残りはどれくらいいるの?」

 

「今掘り起こしている最中だが巡洋艦連中は現在8隻の生存が確認された。金剛型はまだ掘り起こせてない」

 

第二艦隊の巡洋艦は16隻、半分が掘り起こされた計算ね。生存者はもっと少ないと思っていたから嬉しい誤算だわ。

 

「瑞鳳達の轟沈は確認されているみたいだけどどうしてなの?」

 

瓦礫に埋まっていたなら金剛達同様生死不明になるはずなのにどうして轟沈が確定しているのかしら。

 

「アイツらは敵の来襲に気がついて直ぐに艤装を纏って対抗したから被害状況はこっちでもよく把握できてる。隼鷹以外は轟沈だ」

 

全員沈んでいてもおかしくなかったし隼鷹が生き残っただけ儲け物ね。

 

「隼鷹の容態は?」

 

「大破したが入渠できれば問題なく動ける」

 

「肝心のドッグは無事なの?」

 

「無事だと思うか?」

 

でしょうね。これだけ破壊尽くされて無事だったらそっちの方が驚きだ。

 

「近場の泊地に運ぶ必要があるわね」

 

私の言葉に司令は不愉快そうに眉を顰めた。

 

「漣の宣戦布告から約半日、行方不明になった艦娘は報告があっただけで100を超える」

 

行方不明と言うけど実質漣と合流したと考えていいだろう。漣のカリスマ性からすれば少し少ないように感じるけど泊地ごと寝返っていれば発覚も遅れるし黙認して報告していない部隊があるかもしれない。それを考えるとキリがないけど多分実際はもっと多いのだろう。

 

「司令の懸念は理解できるわ。けど事ここに至って私達には選択権はないものだと思ったほうがいいんじゃないかしら」

 

司令はドックを借りた泊地で漣に靡くものがでて隼鷹を害される事を警戒しているのだろう。もし漣に先手を取られずに戦いが始まっていたのならその可能性を考慮して入渠を遅らせると言う手段も取れたかもしれない。

だけどもうダメだ。私達は先手を取られたどころか既に負けつつある身、なりふり構わず戦力の回復を図るべきだ。

 

「援軍の当てがあるとすれば?」

 

そんなものあるとは思えないけど一応これには答えるべきだろう。

 

「それでも変わらないわ。私達には時間がないのよ」

 

一見すると反乱を起こした側の漣は時間が経てば補給の関係から自壊するように思うだろう。けどそれは大きな間違いだ。

司令が言っていた行方不明艦があの数で済むわけがない。まず間違いなく日を置く事に数を増やしていき補給を圧迫するだろう。だからその前に漣は規模の大きな泊地を占領して強引に物資を獲得すると同時に本土に対する橋頭堡を確保する。

そうなったらもう私達じゃ手をつけられない。上層部がどう判断するにせよ第二艦隊は独断専行してでも漣と戦い雌雄を決する。そうしなければ漣達は手のつけられないくらい大きな勢力になる。

 

「あの要望が聞き届けられる事はない。なら少しでも早く手を打たないと手遅れになるわ」

 

艦娘主導の政治体制、ようは国を明渡せと漣は言っているけどこの民主主義国家でそんな事が許されるはずがない。まず間違いなく拒否される。

 

「解答期限は1ヶ月後と長い。ギリギリまで待ってもいいんじゃないか?」

 

「それこそ漣の思う壺でしょ。その間に反乱艦が1000隻くらい集まっても驚かないわよ」

 

その長い回答期限は漣がさらに仲間を集めるための時間稼ぎに過ぎないだろう。物資そのものは1ヶ月分用意してるのかもしれないけど果たして漣を慕って集まった艦娘の分まで用意できているのだろうか。

いずれにせよこれは時間稼ぎに過ぎな事だけはたしかだ。

 

「違いない。上層部がどう判断しようと関係なく第二艦隊は漣に攻撃を仕掛けなければならない」

 

現状漣は補給に不安を抱えているけど必ずしも時間が私達に有利に働くとは限らない。むしろ内憂を抱えている分持久戦は私達に不利かもしれない。

 

「多少離脱者がいたとはいえ敵の数は第一艦隊だけで約80隻。行方不明になった艦娘が合流すると180隻を超える。現状第二艦隊は怪我人含めてざっと40隻。戦力差は絶望的ね」

 

いくら精鋭揃いとはいえこの戦力差は如何ともし難い。唯一の救いは漣さえどうにかすれば彼女達は自然と瓦解すると考えられる事だろうか。

 

「一概にそうともいえない。行方不明になった者には陸、空軍への出向組も多く含まれているから合流できない可能性もある」

 

「なら置き物連中の数によってはなんとかなるかもしれないわね」

 

彼女達は訓練学校で最低限の航海術しか身につけていない。

ネットに流された声明によると漣が拠点としているのは小笠原諸島姪島。私達なら簡単に辿り着けるその場所も、置き物連中は命懸けの航海をしなければならない。

 

「行方不明のうち半分以上は出向組だ」

 

「朗報ね。それならなんとかなるかもしれないわ」

 

今すぐに行動を開始すればなんとか互角の戦いができるかもしれない。戦っている最中に横槍を入れられる可能性はかなり高いし実際の勝率はそう高くはないだろう。

練度に勝る私達が第一艦隊相手に互角かそれ以下の戦いをしなければならないのは甚だ遺憾だけどこの際仕方がない。

 

「稼働する全ての艦娘を連れてすぐに出撃するわ」

 

「ダメだ」

 

「……理由を聞かせてもらえるかしら?」

 

持久戦は私達に不利、それがわからない司令じゃないから何か理由がある。それを聞いてから行動しても遅くはない。

 

「一つ聞きたい、漣の軍門に降ると言う選択肢もあるがそれを選ばないのは何故だ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は司令の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。

 

「アイツは二水戦を壊滅させるために意図的に情報を隠したの。そんな奴に下げる頭なんてないわ。二度とそんな事口にしないで」

 

私の言葉に司令は驚いたように目を見開いた。漣が二水戦の壊滅に関わっていると思っていなかったのだろう。私だって聞いた時は驚いた。

だからこそアイツの下に付くわけにはいかないし倒すのは私でなければないけない。

 

「……すまなかった」

 

「私のほうこそごめんなさい。熱くなりすぎたわ」

 

仮にも司令は上官、胸ぐらを掴むだなんて営倉にぶち込まれても文句は言えない。まぁ、今はその営倉がないんだけど。

 

「援軍を用意した」

 

「冗談じゃなかったんだ。よくこんな短期間で用意できたわね」

 

「1週間待てば100隻ばかり数を増やせる。その半分は第一艦隊に勝るとも劣らない練度だ」

 

魅力的な提案ではあるけど時間がかかりすぎている。1週間後だとその程度の数では対抗しきれない。

 

「ダメよ、そんなにも待てないわ」

 

「いいや待てる。確かに敵の数は今の数倍から10倍程度まで数を増やすだろう。だがそうなれば流石に物資が足りなくなるはずだ。追加の物資を得るために出てきた部隊を叩く」

 

「そこに漣が出てくるとは限らないじゃない」

 

いくら準備をしていてもこっそりと準備できる物資はそう多くはない。

いずれ漣が物資を求めて部隊を出すのは間違いないけど基本的には第一艦隊で事足りる。そこに漣がいる可能性は低い。

 

「いいや、出てくる。漣は虎の子の第一艦隊を失うわけにはいかない。

しかしだからと言ってそれ以外の艦娘では撃退される危険と必要以上に物資を消費してしまうリスクがある。

少なくとも初戦においては確実に勝利を得るために漣自らが第一艦隊を率いてくるはずだ」

 

「もし漣が出てこなかったら?」

 

「その時は第二艦隊が出てきた部隊を叩けばいい」

 

……なるほど、一理ある。確かに漣達はお世辞にも物資が多いと言えない状態なのは間違いない。

だから泊地を襲うと私も思っているしそれをされるまでがタイムリミットだと思っている。だからそれまでに漣の本拠地に突撃して叩くつもりだったのだけど……

 

「一歩間違えば漣に泊地の占領と物資の獲得を許す事になるわよ」

 

「仮に泊地を占領されたとしよう。漣は物資を姪島に移動させるか、泊地をそのまま再利用し新たな本拠地とするかを選ぶ必要がある。

前者の場合は物資を移動させている漣達を強襲すればいいし後者の場合は姪島から非主力部隊が移動するまでの間に泊地に留まる漣達を攻撃すればいい。

泊地を獲られる事は漣に一時的な隙を作らせる事になるからむしろ推奨したいところだ」

 

時間は私達に味方しないと考えていたけど必ずしもそうではないのか。長期的に見れば漣に有利かもしれないけど短期的に見れば私達に有利に働くこともあるのね。だけどこの作戦にも穴はある。

 

「集まった艦娘と第一艦隊の連合艦隊できた時はどうするのよ」

 

「その時は諦めるしかないな。しかしその可能性は低い。殆どは艦隊に所属できないような烏合の衆。そんな部隊を指揮下に組み込んだらむしろ第一艦隊の足を引っ張る事になりかねない。陽炎はそんな艦隊指揮したいか?」

 

有能な敵は恐ろしいけど無能な味方はそれ以上に恐ろしい。私が漣なら練度が不透明な連中を率いたくないわね。

 

「……わかったわ。司令の言う通り、漣が本拠地から出てきたところを叩く事にするわ」

 

本音を言うなら今すぐにでも出撃したいけど勝率が高そうなのは司令の案だ。この一戦は絶対に負けられない。勝利を手にするためにも私は自分の感情を押し留めた。



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瓦礫の女

陽炎主役の小説が読みたい。


「それにしても派手にやられたわね」

 

改めて鎮守府を見渡すと本当に酷い。

無事な建物は艦娘の寮くらいで一面瓦礫の山。鎮守府で働くのは艦娘だけではない。むしろ艦娘でない人の方が割合としては大きい。そんな中8隻もの艦娘を掘り起こすことができたのは運が良かったと言うべきだろう。

 

「まったくだ。奴ら手心を加えると言うことを知らないらしい」

 

「敵相手に手心も何もないでしょ」

 

「そりゃそうだ」

 

第一艦隊が行った空襲は一、二、五航戦の空母艦娘6隻だと考えられている。それが6回にわたって反復攻撃を行ったと言うからこれだけの被害を被ったのも納得できる。

それにしてもここまで思い切りがいいのはそれだけ漣に対する忠誠心が高いからなのか、それとも他に何か理由があるのか。

そんなことを考えていると司令が唐突に口を開いた。

 

「陽炎、煙草をくれないか」

 

「ここは喫煙所じゃないわよ」

 

いくら煙草が好きでも最低限のマナーは守らなければならない。ただでさえ喫煙者に対する風当たりが強いのにこれ以上強くなられたらたまったもんじゃない。

 

「まだそこかしこで煙が燻っている。喫煙所みたいなもんだろ」

 

喫煙所とは即ち煙を吸う場所の事。暗くて見えにくいけど至る所で煙が出ているしこれは実質喫煙所ね。

 

「司令の煙草はどうしたのよ」

 

「あの中だ」

 

そう言って指差したのは瓦礫の山となった鎮守府だった。

 

「ご愁傷様。分けてあげたいところだけど生憎私も漣に取り上げられて手元にないのよ」

 

結局取り上げられたまま返されてないのよね。

予備のマッチは寮の部屋にあるけど煙草はもしかしたら切らしてるかもしれない。今の環境で追加の煙草を買いに行くなんて馬鹿げた事はできないししばらく禁煙か。

 

「……あぁ、そういえば漣と会っていたんだったな」

 

「報告とかいる?」

 

今はそんなことをしている場合ではないけど司令が必要だと言えばしなければならないだろう。

 

「時間がある時に話してくれればいい。そんな事より今は瓦礫の撤去と救助だ」

 

「そうね。私は何をすればいいかしら」

 

こう見えても私はこの鎮守府で二番目に偉い立場にある。下手に救助活動を手伝いに行けばそれまでに作られていた救助体制に悪い影響を与えかねない。

 

「食堂付近はまだ手付かずだ。十三駆を連れてそっちで作業してくれ」

 

「わかったわ」

 

空襲があったのが日が落ちる前。その時間はドックや艦娘の待機室、各戦隊に割り当てられた部屋以外に艦娘がいたとは考えずらい。戦力である戦闘艦がいるであろう場所を優先して掘り起こしていた結果、間宮達くらいしかいない食堂付近は後回しにされたのだろう。

 

十三駆を連れて瓦礫の山を登り食堂付近で声を上げながら瓦礫を掘り起こすと間宮達は厨房があった辺りで比較的すぐに見つかり順調に救助作業は進んだ。

 

「間宮達は案外軽傷だったしこの分なら救助作業は意外とすぐに終わるかもしれないわね」

 

彼女達も救助活動に回せれば漣達との戦いも思ったよりも戦力差がない状態で戦えるかもしれない。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり。どうだった?」

 

さっき見つかった間宮を送り届けるついでに狭霧には現在見つかっている第二艦隊の艦娘がどれくらい増えているかの確認も頼んでいた。

 

「指揮艦クラスが見つかっていませんね。巡洋艦は10隻も見つかってるのに指揮艦が1隻もいません」

 

狭霧の報告に思わず頭を抱えたくなった。

二水戦で指揮を取るとしたら不知火と黒潮になる。不知火はともかく黒潮はそれほど艦隊指揮の経験が豊富なわけではない。味方だけで100隻を超える大艦隊となればできれば黒潮よりも経験豊富な指揮艦を1隻、欲を言えば巡洋艦の指揮艦を2隻欲しい。

実力はともかく単純な艤装に付随する指揮機能では駆逐艦娘よりも巡洋艦娘の方が上だから前線部隊の指揮はできる事なら巡洋艦に任せたい。

 

「現時点でその数という事はもうこれ以上は難しいかもしれないわね」

 

広い鎮守府の中から艦娘がいた可能性の高い場所を優先して探していたのに見つかったのは巡洋艦が10隻のみ。指揮艦クラスがことごとく見つかってない辺りサボって女子会でもしていたんだろう。

精鋭揃いとはいえ年頃の少女達が集まる泊地や鎮守府では稀に見る光景だった。特に戦闘のない本土だとその傾向は顕著で本来即応待機している艦娘は専用の部屋にいなければならないけどしょっちゅう別の場所に行ったりしていた。

本土が攻撃されたのなんて20年近く前が最後だし気が緩むのもしょうがない。それに第二艦隊が即応する事なんて本土の泊地で対応しきれないような敵が出た時くらいでそんな事はそんない。

 

「食堂でお茶でもしてたらここで見つかるかもしれませんね」

 

冗談混じり狭霧が言ったけどそれは十分あり得る話だ。

 

「アンタは配属されてから呉鎮で過ごした時間が短いからわかんないでしょうけど呉って暇なのよ」

 

私も各地を転戦していたから呉鎮にいた期間はそう長くはない。だけど少なくとも狭霧よりはよく知っている。

 

「本土近海に深海棲艦が現れれば一番最初に対応するのは泊地の艦娘。対応できない敵なら鎮守府から艦隊が出るって仕組みでしょ?

だから私達がいきなり出撃って事態はまずあり得ないのよ」

 

私の言葉に狭霧は考えるような少し素振りをすると口を開いた。

 

「大規模な艦隊が近づけば哨戒網に早い段階で引っかかりますから即応待機組だけでなく休憩中の連中も出撃できる。かと言って小規模なら泊地で十分対応可能ですし第二艦隊の出番はないという事ですか。

言われてみれば鎮守府から艦隊がいきなり出撃するなんて艦娘による奇襲でもない限り有り得ませんね」

 

第二艦隊だけでなく本土に置かれる鎮守府が即応待機する必要があるのかどうかはここ最近よく議論の対象になっていた。

艦娘に緊張感を持たせるためにも待機しておく方がいいという意見もあれば緊張感も何もサボり気味の即応待機なんてあってもなくても変わらないと言う意見もあった。

結局いつも結論は変わらず現状維持に落ち着く。

 

「ですけど幾ら何でも不真面目すぎませんか?」

 

「不真面目は語弊があるわね。上手い力の抜き方を知っていると言って欲しいわ」

 

ここでそれを認めたら私だけでなく二水戦の先輩や第二艦隊の他の先輩達まで不真面目だと認める事になる。それは第二艦隊の名誉にかけて認められない事だ。

 

「そう思うなら目を合わせてくださいよ」

 

「そんな事より救助を再開するわよ!」

 

なんか後ろで狭霧が文句言っている気がするけど気のせいでしょ。

 

「食堂の厨房部分はあらかた探し終わったし次はそれ以外を探すわよ!!」

 

望み薄だけど早めに訓練が終わったりした艦娘がいるかもしれないし本当に女子会してた艦娘がいるかもしれない。

 

「口を動かす暇があれば手を動かす。1隻でも多くの艦娘を救い出すのよ」

 

「お喋り始めたの教官じゃないですか」

 

「なんか言った?」

 

軽く拳を握りしめて尋ねてやると狭霧は顔を真っ青にして首を横に振った。それでいいのよ。

 

「けどこんなところに艦娘がいますかねぇ」

 

暫くして狭霧が愚痴をこぼした。

 

「いるかいないかでいえばあるんじゃないかしら。数は多くはないと思うけど」

 

多くて2、3隻と言ったところだろう。いや、もしかしたら金剛型が4隻ともいるかもしれないわね。金剛型だけ1隻も見つかってないあたりどこか別のところに固まっていたと考えた方がいいかもしれない。あの4隻結構仲良かったし。

 

「そう言えば死体安置所ってどこにあるのかしら」

 

「そう言えば見てませんね。まだないんじゃないですか」

 

「瑞鳳達が轟沈してるのに?」

 

「沈んだなら引き上げられないから死体安置所なんか必要ないですよ」

 

それもそうか。だけどこの鎮守府にいるのは艦娘だけじゃないのよね。

 

「艦娘以外にかなりの死者が出ているはずよ。ないのはおかしいわ」

 

もしかしたらそっちに巡洋艦連中がいるかもしれない。じゃないとここまで見つからないのはおかしい。

 

「提督に聞いてきますか?」

 

「そうね。正確な数を知らないと無駄足踏むことになるし」

 

漣がいつ動くかわからないしできるだけ早く救助活動をやめて対応できる体制にうつりたい。流石に今日という事はないだろうけど早く行動するに越した事はない。

 

「じゃあ聞いてきますね」

 

狭霧にお願いと返事をしようときた時だった。彼女の足元の瓦礫が崩れ右腕らしきものが地面から生えてきた。

 

「うわっ!」

 

思わず狭霧が悲鳴を上げて飛びのくくらいにはホラーな光景だった。

私も予想外の光景に唖然として数秒固まってしまった。

 

「た、助け出さなくていいっぽい?」

 

いつのまにか近くに来ていた夕立が恐る恐ると言った様子で尋ねてきてようやく私は正気に戻った。その頃には瓦礫の山が数センチばかり大きくなっていて中にいる人物が自力で這い出ようとしているみたいだった。

 

「そ、そうね。上の瓦礫をどかしましょうか」

 

かなり元気というか力が有り余っているみたいだし放っておいても自力で出てきそうだけど手助けはするべきだろう。

狭霧達と恐る恐る近づくと突如瓦礫の下からくぐもった、しかし大きな怒声が上がった。

 

「Goddamn!!!」

 

その声と共に瓦礫が吹き飛び中から金剛型戦艦一番艦金剛が出てきた。本来なら喜ばしい事だけど私はこの瞬間、いつか絶対に彼女をぶち殺すと心に決めた。何故なら……

 

「ふべ!?」

 

吹き飛んだ瓦礫の一つが私の顔面にぶち当たったからだ。

絶対に殺す。



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家族

可愛い黒潮を書きたかった。


金剛が見つかった後、彼女の部下の比叡、榛名、霧島が立て続けに見つかった。同時に装備を整えた救助部隊が到着した事で私たちの救助活動は終了ししばしの休憩が与えられることになった。

 

「こう言っちゃなんだけど……暇ね」

 

救助活動の疲れから寝袋にくるまって一眠りした後の私達は暇を持て余していた。本来ならいくらでもある暇を潰すための手段が全てなくなっていたからだ。

煙草は取り上げられたせいで手元にない。暇を潰すために待機室とかにおいてあるトランプやその他ボードゲームは焼けたか瓦礫の下。

今負傷者が寝かされている寮には多少の私物があるけど元々呉に帰ることが少ない二水戦が持つ私物はそう多くない。

 

「しりとりでもしますか?」

 

「さっきやったやろ」

 

親潮の提案を黒潮がバッサリと切り捨てた。しりとり、あっち向いてホイ、親指ゲーム(これの呼び方で一悶着あったお陰で余計に時間が潰せた)、指相撲、腕相撲できる事はなんでもやった。

 

「雪風が寮からトランプとってきましょうか?」

 

いくら私物が少ないとはいえトランプくらいは誰でも持っている。だけど今回に限ってはダメだ。

 

「トランプなんて殆ど運が絡むゲームなんだから雪風が一人勝ちするじゃない。却下よ」

 

艦娘がするメジャーなゲームでトランプやサイコロと言った運が絡むゲームは雪風の一人勝ちになる事が多い。そんなの面白くないし却下するに決まってる。

 

「陽炎は暇なんやったら司令はん手伝ってきたらええんちゃう?」

 

「追い払われちゃうのよ。今の私の仕事は体を休める事なんだってさ」

 

私には本来第二艦隊に関する事務作業があったけど全部司令が引き受けてくれている。

手伝いたかったけど司令曰く私が注射されたモノが何かわからないから体を疲れさせるような事は慎むべきなんだそうだ。

 

「黒潮なんか面白いこと話して。関西人でしょ」

 

「関西の人間が全員おもろい思たら大間違いやで」

 

雑に話を振ったら不知火みたいな目で睨みつけてきた。さすが同型艦、そっくりね。

 

「じゃあアンタが艦娘になった理由でも話してよ」

 

「ウチが艦娘になった理由?」

 

「長い付き合いだけど黒潮の理由は聞いた事なかったしちょうどいい機会じゃない」

 

艦娘になってからもっとも長い付き合いなのは不知火だ。だけど艦娘として一緒に過ごした時間が一番長いのは黒潮だったりする。不知火とは訓練学校以来ずっと離れ離れだったしね。

 

「今の時代どこにでもあるしょおもない理由やで」

 

「この際時間を潰せるならなんでもいいわよ」

 

私の言葉に黒潮はため息を吐くと話し始めた。

 

「ウチの親はウチを産んですぐに深海棲艦の空襲で死んだから物心ついた頃から孤児院で過ごしとったんや。

けどその孤児院が酷うてな。ろくに飯も食えへんようなとこで足らへん飯を子供どうしで奪い合う毎日やった」

 

日本本土が深海棲艦に最後に攻撃されたのは20年くらい前の話。私と同年代の艦娘だと辛うじてその犠牲者がいるかどうか、黒潮の年齢なら結構そういう艦娘は多いかもしれない。私と同じ理由と言っていいのかしら。

 

「孤児院って人数分の食料含む必要な物資を国から現物時給してもらえるはずですよね?」

 

「親潮そりゃ幻想やで。実際は支給されてもんの殆どは職員が消費するか売っぱらうかして懐に入れとる」

 

「子供を守るべき大人がそんな事するなんて世も末ね」

 

私は物心ついた頃には海外にいたからその頃の日本の状況は知らないのよね。風の噂で聞いた話だと元々食料自給率は高くないから餓死者とかも結構出ていたらしい。

 

「世話する大人の分の物資は渡されていないんですか?」

 

「渡されとるけどそれがウチらの飯を減らさん理由にはならへんよ。むしろ嬉々として自分らの飯を豪華にするのに使っとったわ」

 

子供のためというより自分のために孤児院を経営していたみたいな振る舞いね。

 

「黒潮お姉ちゃんはその人たちを恨んでるんですか?」

 

「あの頃はみんな余裕がなかったししゃあないって思うとる」

 

懐の深いことを言ってるけど顔は苦々しげだ。仕方ないと思ってもそれはそれとしてムカつきはしたのだろう。

 

「黒潮が艦娘になったのはちゃんとご飯が食べられるようになるためですか?」

 

「ちゃうちゃう。ウチが艦娘になったのは家族が欲しかったからや」

 

「家族ですか?」

 

「艦娘には姉妹艦があるやろ、あれに憧れてん」

 

艦娘は使用されたウィルスによって同型艦という区分に分けられる。それらは艤装や制服に類似点が多くて現実の船になぞらえて同型艦、あるいは姉妹艦と呼ばれる。

もちろん本当に血の繋がりがあるわけではないし必ずしも姉妹艦が仲良くなるとは限らない。

 

「ウチに肉親はおらんけど艦娘になれば姉妹はできるんちゃうかと思ったんが艦娘になったキッカケや」

 

おもろなかったやろと恥ずかしそうに頬をかきながら言ってきたけど私はそうは思わない。

 

「ひ孫に看取られて死にたいっていうのもそれが理由?」

 

100歳まで生きてひ孫に看取られて死にたいと言うのは常々黒潮が言っている事だ。

 

「そうやな。ウチに家族と呼べるもんはおらんかったけど、これから作る事はできるからな」

 

「あら、私は家族じゃないの?」

 

姉妹艦が、家族が欲しいから艦娘になったという割には付き合いの長い私の事に言及しないのは酷い話じゃないだろうか。

 

「……家族って思てくれてるん?」

 

「当たり前じゃない。一体何年二水戦として一緒にいたと思ってるのよ」

 

私の言葉に黒潮はそうかと言うとはにかむように笑って俯いた。

 

「ところで親潮はどうなの?」

 

ちょうどいい機会だし今ここにいる親潮と雪風のキッカケも聞いておこう。

 

「私ですか? 私は艦娘に深海棲艦の攻撃から守ってもらったからですね」

 

「親潮の年齢で直接艦娘に守られるって珍しいわね」

 

私の年齢なら辛うじて本土空襲とかがあったから艦娘に守られると言うのも理解できる。だけど親潮の年齢だと船にでも乗らない限り深海棲艦の脅威にさらされる事はなかったはずだ。

 

「父が仕事の関係で沖縄に引っ越す事があったんですけどその時に」

 

オリョクルの本拠地である沖縄は日本で、いや世界でも有数の経済都市だ。一昔前はアメリカのゴールドラッシュのように多くの人が一攫千金を夢見て沖縄を目指した。けど当時は今ほど航路の安全が確保されていなかったから辿り着けずに命を落とした人も多い。

 

「あら、じゃあ今も実家は沖縄にあるの?」

 

「いえ、今は東京に戻っています」

 

有数の経済都市とはいえまだ経済力では東京の方が上だし海運とかの流通面でも東京の方が便利だ。沖縄で成功したものが支社を置いて東京に帰って悠々自適に過ごしていると言うのもよく聞く話だし親潮の両親もそれなのかもしれない。

 

「雪風はどうなの?」

 

「雪風は特に理由はありません。なんとなく適性検査を受けたらいい結果が返ってきてなんとなくで艦娘になりました」

 

これはこれで珍しいわね。なんらかの信念があって艦娘になる者が多い中なんの信念もなく艦娘になってそれどころか二水戦にまで入るなんて。

 

「二水戦に入ったのはどうして?」

 

「雪風の指揮艦だった人がいつの間にか推薦してました」

 

「それで教導隊の訓練に耐えれたの?」

 

雪風みたいな理由で教導隊に入る艦娘は度々存在する。だけど往々にして本人にやる気が足りなくて厳しい教導隊の訓練についていけずに脱落していく。

 

「せっかく推薦してくれたからには受からないといけないと思って頑張りました」

 

あれって頑張ってなんとかなるような物じゃないと思うんだけどなぁ。

 

「陽炎はどうなんや」

 

「私がなった理由は昔話したじゃない」

 

「ウチは知っとるけど親潮らはしらんやろ」

 

聞かれてもないのに話す内容でもないから付き合いの短い2人には話した事なかったわね。

 

「母は物心着く前に、父は私が11歳の時に深海棲艦に殺されたわ」

 

父が死んだ時の事は今でもよく覚えている。イギリスから地中海を通って日本に帰還している時の事だった。シチリア沖で乗っていた船が深海棲艦の艦載機に爆撃された。爆弾が爆発した近くにいた父はその時の怪我が原因で手当ての甲斐なく3日後に死亡した。幸い私は父に庇われて擦り傷程度ですんだけど血塗れの父に抱き抱えられた私を怖がらせない為に自分の怪我を顧みず穏やかに声をかけ続けてくれた事は一生忘れる事ができない。

 

「復讐ですか?」

 

親潮の問いかけを私は思わず鼻で笑ってしまった。

 

「まさか。復讐心なんてモノは深海棲艦に抱くにはあまりにも勿体無い感情よ」

 

「じゃあどうして艦娘になったんですか?」

 

心底不思議そうな雪風に私は微笑みかけた。

 

「確かに深海棲艦に恨みを持って艦娘になった人もいるでしょう。だけど深海棲艦は人ほど高度な知能もなければ文明もない、所詮本能でしか動けないケモノでしかないのよ。そんな下等生物に恨みを抱くなんて愚かなことよ」

 

「なら陽炎姉さんはどうして艦娘になったんですか?」

 

「人に害なすケモノを駆除する為。ようは害獣駆除のためね」

 

私の言葉に2人は驚いて絶句したようだった。まぁ、たしかに両親を殺されて艦娘になったと聞けばその理由は復讐だと考えるだろう。だけどただのケモノに復讐心を抱くなんてあまりにも情けなさすぎる。所詮相手はケモノ、ならそれに対しては相応の態度を持って対応すべきだ。

深海棲艦に対して復讐心はいらない。必要なのはただ無心で奴らを駆逐する強靭な精神だけだ。

 

「なぁなぁ陽炎。話は戻るんやけどちょっと聞いてもええか?」

 

私の服の裾を軽く引っ張りながら黒潮が上目遣いに問いかけてきた。

 

「いいわよ」

 

「あんな、ウチの事家族って思てくれてるんやったら……」

 

恥ずかしそうに少し下を向くと何かを決心したかのように頷き顔を上げた。

 

「たまにでええんやけどお姉ちゃんって呼んでええか?」

 

少し瞳を潤ませて恥ずかしそうに頬を染めている黒潮に思わず勢いでいいわよって言いそうになったけどギリギリのところで踏みとどまった。

 

「アンタ私より歳上じゃない。アンタがお姉ちゃんで私が妹じゃないの?」

 

「妹は親潮と雪風がおるしなにより陽炎は陽炎型の長女やろ? 

ならお姉ちゃんやん」

 

理屈はわからなくもない。いや、やっぱりわからない。おかしいわね、黒潮ってこんなキャラじゃなかったような気がするんだけど……。

 

「親潮らはええのにウチほあかんの……?」

 

残念そうにしょんぼりとした黒潮を見て私は慌てた。そんなにも姉に、家族に憧れを持っていたとは思わなかったからだ。

 

「あかん事ないわよ! 大歓迎、大歓迎よ!!」

 

焦りすぎて黒潮の関西弁がうつったけど黒潮はそれを気にした様子もなくまるで向日葵の様な笑顔を向けて抱きつくとぐりぐりと私のお腹に頭を押し付けてきた。

生まれた時から家族のいない天涯孤独。一体それがどれだけ寂しい物なのか私には想像ができない。だけどその荒んだ心が私の言葉で、行動で少しでも満たされたのなら仲間として、家族としてそれほど喜ばしい事はない。

そう思うと私は自然と黒潮の頭を撫でていた。これまでの孤独な人生を慰める様に、必死で生きてきた黒潮を褒める様に。




キリが悪いから入れなかった狭霧の話です。

「丁度いいところに来たわね狭霧」

ラムネの瓶を4本ほど持って近くを通りかかった狭霧に声をかけると彼女は一瞬嫌そうな表情を浮かべた。私だって上官にオフの時捕まればいい思いはしないけどもう少し隠しなさいよね。

「今艦娘になった理由を聞いてたんだけどアンタも話しなさいよ」

「それ今しないといけない事ですか? 私罰ゲーム中で早くこれ持って行かないとみんなに文句言われると思うんですけど……」

「暇なのよ。今はなさなさい」

命令する様な口調で言うと狭霧はため息を吐いて了解と告げた。

「簡単に言えば二水戦に憧れたからですね」

「へぇ、二水戦に」

正直悪い気はしない。今の所全員が二水戦に関係のない理由だったから寧ろ気分がいい。

「たしが私が10歳になる前くらいの話ですね。テレビで二水戦の特集が組まれて深海棲艦をバッタバッタと薙ぎ倒していく映像に憧れを抱きました」

「二水戦ってメディア露出が少ないしその特集私が二水戦に入る直前の奴かしら」

「多分そうですね。陽炎教官っぽい艦娘は映ってませんでしたし」

もう少し私が早く二水戦になっていたら狭霧からの憧れと尊敬の対象になれたのかしら。それならもう少し扱いやすく……なるわけないか。

「もう行ってもいいですか?」

「少しは暇を潰せたわ。ありがとう」


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火は裏切りを知り得ず

その問題が提起されたのは呉の空襲があった翌日の夕方、救助活動と瓦礫の撤去が一通り済み第二艦隊の主要メンバーで会議をした時の事だった。

 

「Hey 陽炎。私はそこの不知火が信用できないですネ」

 

金剛は椅子代わりの瓦礫から立ち上がって不知火を指差した。当の不知火は少し金剛に視線を向けただけですぐに元の姿勢に戻って目を閉じた。

 

「元一水戦だから裏切るのではないかってこと?」

 

「そうですネ。漣から送り込まれたスパイの可能性がありマース」

 

正直に言うとその可能性を考えなかったわけじゃない。

いくら不知火との付き合いが長いとは言えその大部分は文通だけで実際に会っていたわけじゃない。不知火の全てを知っていると断言できるほど私達の関係性は深くない。だけど私個人としては不知火を信頼したいと思っている。

 

「それについては俺が事情聴取をしておいた。不知火がスパイである可能性は低い」

 

「根拠を提示するデース」

 

珍しく司令に食い下がる金剛に私は思わずため息を吐いた。

 

「……あまり意味のある事とは思えないわね」

 

「意味!? 意味ならありマス。コイツが裏切り者なら私達の勝率を上げる事ができますネ!!」

 

「それが意味ないって言ってるのよ。それで上がるのは精々数パーセント、私は不知火が抜ける事で下がる勝率の方が大きいと思うわ。なんせ私達には指揮艦が少ないんだから」

 

それだけでなく不知火はなんだかんだ二水戦の子達に慕われている。不知火が仮定の話で作戦から外される様なことがあれば士気に関わる。

 

「私だって指揮艦デスネ」

 

「私と役割被るでしょうが」

 

複数艦種の入り乱れる艦隊戦は水雷戦隊単体での戦いとは大きく異なる。最後方に予備戦力の大型艦と水雷中隊を配置して敵と直接交戦する前線には水雷中隊と巡洋艦の戦隊からなる部隊を複数配置する。

今の第二艦隊には私含め指揮艦が4隻だけど金剛は私と一緒に後方に予備戦力として控える事になる。敵の規模からして前線の部隊は最低でも2つ、できれば中央と両翼の3部隊欲しいから他にもう1隻くらい指揮艦が欲しい。そうすれば中央突破からの背面展開や両翼包囲と言った少し複雑な作戦を使えるかもしれない。

 

「陽炎が一部隊率いて前線に出ればいいデース」

 

「そんな事したら指揮系統メチャクチャになるでしょうが」

 

艦隊戦において旗艦は予備戦力とともに後方に控えるのが定石だ。偵察機よりもたらされる情報を整理して適宜予備戦力を投入、敵を効果的に撃破しなければならないからだ。もっとも第二艦隊みたいに水雷戦隊の旗艦が艦隊旗艦の場合は最終局面で指揮艦先頭の精神で陣頭指揮を取ることも珍しくない。だけどそれはあくまでも最終局面での話だ。

 

「私が第二艦隊の旗艦である以上部下の統率は私の義務よ」

 

余計な首を突っ込むなという思いを込めて睨みつけると金剛は肩をすくめた。

 

「軽いJokeデース。本気にしないでくださいネ」

 

飄々とした金剛に思わず舌打ちをして私は司令に向き直った。

 

「不知火の件は司令を信用して指揮艦として部隊を率いてもらうわ」

 

私は第二艦隊の旗艦。いくら不知火の事を信頼していても個人の感情で動くわけにはいかない。対外的には司令と言う上官の調査を信用していると言う形を取らないと下に示しがつかない。まだ私に直接何か言ってきた子はいないけど二水戦の中にも不知火の事を疑っている子もいるだろうしこのスタンスを崩すわけにはいかない、と思っていたのだけど……

 

「まさか二水戦の誰一人として不知火の事を疑ってないなんてねぇ」

 

会議が終わった後、不知火の処遇に関して二水戦のメンバーに告げたら二水戦からは驚きの声が上がった。

曰く第二水雷戦隊ともあろうものが仲間を疑うなど言語道断。第二水雷戦隊と同じ第二艦隊に所属している癖にそんな事もわからない金剛は今すぐ血祭りにあげよう。不知火を参加させることについて文句が出るならともかくまさかその逆、疑うと言う発想すらないなんて思いもしなかったしましてやそんな過激な意見が飛び出すなんて思わなくて宥めるのに苦労した。

仲間思いなのはいい事だけど少しくらい疑うと言う事を知らないといつか痛い目を見る事になるんじゃないかしら。教導隊の訓練に頭脳面での訓練も追加すべきかもしれないわね。

 

「ありがたい話です。不知火は仲間に恵まれました」

 

なんて表情一つ変えずに語る不知火に私は胡乱げな視線を向けた。

 

「本当に裏切ってないのよね」

 

「心外です。まさか陽炎から疑われるなんて」

 

「私個人としては信用しているわよ。だけど不知火の事を疑うのは第二艦隊の旗艦として部下の生命を守るための最低限の義務よ」

 

表情が変化しないからわからないけど多分これは不知火流の冗談だろう。だからほんの少しだけ私も本音を話す。

 

「それよりいいの? アンタの元仲間と戦うことになるけど」

 

「……思うに私は最初から彼女達にとって不知火は仲間じゃなかったんだと思います」

 

不知火の言葉に困惑しながらも私は無言で続きを促した。

 

「一水戦の関係者が漣が緊密な関係を築いていた事は話しましたよね?」

 

不知火の問いかけに前に聞いた一水戦の内情を思い出しながら頷いた。

 

「不知火含め幾人かの艦娘は一度か二度の食事でその後仕事以外で関わることがありませんでした。そしてそれは一水戦内でのグループ分けが済んだ事を意味します」

 

「漣の味方かどうかって言う事?」

 

「今にしてみれば漣の味方ではないと判断された艦娘は不知火みたいになんらかの事情で一水戦を離れる事が多かったです。きっと味方を増やすためだったんでしょうね」

 

「だけどそれが不知火を漣のスパイでないと言う証拠にはならないわ。この戦いが終わるまで、私は貴女を草疑い続けなければならない」

 

友達を疑うなんて不愉快な話だわ。それもこれも全部漣のせいよ。

 

「個人的には残念ではありますけどそれでいいと思います。陽炎は第二艦隊の旗艦ですから個人の感情でリスク管理を怠るなんてあってはなりませんから」

 

「まぁ、疑ったところでなにかが変わるわけでもないんだけどね」

 

戦闘中に裏切られでもしたら私ができる事なんて予備戦力を送り込んで部隊の崩壊を防ぐくらいだけどそんなの焼け石に水だ。

 

「ですが警戒対象を不知火だけに絞ると思わぬところで足をすくわれることになりかねませんよ」

 

「わかっているわよ。第二艦隊内に一水戦と関わりのある艦娘がいないとは限らないし警戒はするつもりよ」

 

調査の方は司令がしてくれるみたいだけど物資の手配他色々することがあるからあまり期待できないかもしれない。

なにより漣が簡単な調査でバレる様なスパイを送り込んでいるとも思えない。

 

「だけどスパイがいるかもしれないと思わせる事で第二艦隊を疑心暗鬼に陥らせて十分な力を発揮させない事ができるだけで漣の目的は達しているとも言えるわ」

 

「厄介な話ですね」

 

苦々しげに呟く不知火に私は溜息を返した。

 

「だけど幸いな事に二水戦のみんなはスパイなんて存在しないと思っているわ。それどころか仲間を疑う金剛は敵だと言わんばかりの勢いよ」

 

「仲間を信じる強い心の持ち主達です。不知火は良い仲間に恵まれました」

 

不知火自身もあまりよくない傾向だと思っているのだろう、気まずげに私から目を逸らした。

 

「親潮と雪風まで一緒になって金剛を血祭りに上げようとするのはダメでしょ」

 

新人連中がそう言うならともかく中隊の副隊長を務める2人がそっちに回るのは流石に予想外だった。

 

「これで黒潮まで向こうに回ってたらストレスで医務室に駆け込んでいたでしょうね」

 

「面白い冗談ですね」

 

「なによ。私って意外と繊細なのよ」

 

今でさえ胃がキリキリ痛んでいるのにこれ以上私の負担を重くしないでほしい。

 

「いえ、そうではなく医務室は爆破されているのにどこに駆け込むのかって話です」

 

そういえばそうだったわね。空爆の被害にあった人のために救護所を設けてはいるけど医務室は今存在しなかったわね。

 

「それに陽炎の場合ストレスの原因は雪風達ではなく煙草が吸えていないことが原因ですよね」

 

「アンタ人のことなんだと思ってるのよ」

 

いくらなんでもほんの数日煙草を吸えなかったくらいで胃痛がくるわけないじゃない。

 

「実は瓦礫をどかしている時に煙草を一箱見つけたんですがそう言うのならこれは司令官に渡してきますね」

 

「貰ったところで火をつけるものがないから別にいいわよ」

 

手元にあるのに吸えないとなれば余計にストレスが溜まりそうだ。

 

「そうですか」

 

不知火がつまらなさそうに口を尖らせた。

 

「そういえばさっきの会議では特に言及がありませんでしたけど援軍の件ってどうなったんでしょうか」

 

現在の第二艦隊は第一艦隊の半分程度の数しかないから司令が要請したと言う援軍の存在は私達が勝利するためには絶対に必要な存在だ。

 

「私も特に聞いてないわね。元々あんまり期待してないけど」

 

「陽炎は司令官が嘘をついていると思っているんですか?」

 

「司令を信じてないわけじゃないけど援軍で数は第一艦隊と同等になっても質の面では期待できないと思うのよね」

 

それにその援軍にスパイがいないとも限らないし。今になってあの時司令の言う事を聞いたのを後悔している。すぐに出撃して奇襲を仕掛けた方が勝率は高かったんじゃないかと言う思いがどうしても拭えない。

 

「佐世保の第三艦隊あたりが来てくれたら安心ですけどどうでしょうね」

 

「それは無理でしょ」

 

日本海の入り口を守る第三艦隊はどんな非常事態でも絶対に動かせない。もし動かしたタイミングで深海棲艦がくれば日本の資源地帯を脅かされ優位に推移している深海棲艦との戦いが一気に劣勢になるからだ。

 

「動かせる艦隊がないなら必然的に援軍は東南アジアあたりの暇な泊地から戦力を抽出する事になるけどそんなの二線級の艦娘ばっかりじゃない。期待するだけ無駄よ」

 

「少しは司令官を信用してあげたらどうですか?」

 

「信用してるわよ。だけど今回ばかりはこれが限界じゃない?」

 

私の問いかけに不知火は答えなかった。不知火自身もこの戦いに勝機を見出せないでいるのだろう。

だけど幸いな事に二水戦の士気は高く局地的、あるいは一時的にであれば優位に立つことも可能かもしれない。それを希望に一種の隙をついて漣を倒す。第一艦隊は止まらずとも漣を慕って集まった艦娘は解散を余儀なくされるんじゃないか。根拠なんてないけどそれを信じて決戦に臨むしかない。



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援軍到着

彼女達が到着したのは呉の空襲から1週間後の事だった。

 

「援軍来たの?」

 

寮から持ってきたトランプで黒潮達と七並べをしている所に狭霧からもたらされた報告に私は内心歓喜した。

 

「じゃあ会いに行かないといけないわね」

 

「ちょっと待ちいや。次陽炎の番やからそれだけやってたらどうなんや」

 

嬉々として立ち上がる私に待ったをかけたのは黒潮だった。

 

「待たせるわけには行かないからこの勝負はドローって事にしておいてあげるわ」

 

「パス二回目のくせになに言ってるんですか」

 

あたかも勝っているような態度で黒潮に途中退席を告げると不知火が苦言を呈してきた。

 

「まだ三回目じゃないわ」

 

まるで私が負けているかのような物言いに(事実、負けているのだけど)精一杯の強がりでそう言った。

 

「でしたら最後のパスをして行きますか?」

 

嫌味ったらしく言う不知火の言葉を聞かなかった事にして私は狭霧に尋ねた。

 

「援軍はどこにいるの?」

 

「提督の所に挨拶に行ってます」

 

「あ、司令はんとこから帰ってくる時には人数分のラムネ取ってきてな」

 

狭霧に礼を言ってその場を離れようとする私に向かって黒潮が言った。

 

「なんで私がそんな事しないといけないのよ」

 

「罰ゲームや。どうせ陽炎がドベなんやからええやろ」

 

黒潮の言葉に舌打ちをしながら渋々了承すると姉ちゃんありがと、なんてニッコニコの笑顔で言われるもんだから毒気が抜ける。

あの日以来度々姉ちゃん呼ばわりされるけど黒潮はまるで牙を抜かれた獣の様に大人しくなっていた。元々雪風達見たく闘争本能に溢れていたわけではないけど最近の黒潮は少し心配になるくらい大人しい。大人しいことが悪いわけではないけど二水戦の中隊長なのだからもう少しらしさと言うものを見せて欲しいと思う。

 

さて、司令が手配した援軍だけど今日到着したのは第一艦隊に勝るとも劣らないと言われた精鋭部隊だった。

 

「お久しぶりです。第四艦隊、第四水雷戦隊旗艦兼インド洋派遣部隊旗艦の由良です」

 

集まった艦娘達の中から代表して挨拶してきた由良に私は驚いた。艦娘の足で1週間やそこらでスリランカから呉まで艦娘が来るのは不可能に近いからだ。深海棲艦がいる場所を多く通らないといけないし途中の補給や休憩を考えればどんなに頑張っても2、3週間はかかる。

 

「随分早かったわね」

 

「そちらの提督さんが手配してくれた飛行機でインドから中国、最後に日本海を渡って来ました」

 

航空機は深海棲艦の発生前と比べると随分と廃れた。最大の理由はやはり海が深海棲艦に支配された事だろう。海上を飛んだ飛行機はことごとく撃墜される。それを護衛するために艦娘が艦載機を展開しようにも飛行高度と航続距離の関係ですこぶる効率が悪い。

結果、飛行機は深海棲艦の脅威が殆どない大陸内での移動にしか使われなくなり需要が減少した。これによりジェット燃料の生産量も飛行機、特に大型ジェット機の生産数が減り続け、現在では最も高価な移動手段となっていた。

 

「初めて飛行機に乗りましたけど私達とは比べ物にならないくらい速かったですよ」

 

艦娘の移動に飛行機が使われるなんて聞いた事がないし日本だとよっぽどの金持ちか要人でないとなる機会がないのが飛行機だ。正直すごく羨ましい。

 

「援軍はありがたいけどインド洋は大丈夫なの?」

 

「戦艦棲姫の撃破以来、インド洋は深海棲艦の活動が低下しています。有事の際には残してきた2個水雷中隊と大型艦が対応しますし指揮も東洋艦隊のSheffieldに預けていますから問題ありません」

 

他国に自国の艦娘、それも国内トップクラスの練度を誇る精鋭艦娘の指揮を他国の艦娘に預ける事に問題がないわけじゃない。だけど非常時である事とイギリスと言う日本と密接な関係にある国である事が辛うじてこの事態を正当化できている。

 

「由良以下水雷中隊が2個と巡洋艦の戦隊が2つ、合計34隻が第四艦隊から。さらに東洋艦隊から駆逐艦2隻、潜水艦艦隊より軽空母が1隻の合計で37隻だ」

 

第二艦隊の残存艦は二水戦が私含め37隻、第三戦隊の金剛型4隻と巡洋艦連中が10隻の計51隻。これに援軍が加われば数の上では88隻になる。数の上では第一艦隊と互角か、私達の方が少し多いかもしれない。

だけどその援軍に一つ気になることがある。それは潜水艦艦隊から来たと言う軽空母の存在だ。私が記憶している限りあの艦隊に軽空母はいない。

 

「陽炎さんお久しぶりです。軽空母龍鳳です」

 

挨拶されても最初は誰なのか分からなかった。聞き慣れない龍鳳という艦娘の名前に彼女の顔をよく見るとそれが誰かわかった。

 

「もしかして大鯨?」

 

大鯨の制服は白いセーラー服だけど今の大鯨の制服はピンク色のセーラー服へと変わり少し大人びた印象を受けた。

 

「はい。改装して軽空母に艦種が変更になり軽空母になりました」

 

艦娘の数が増加した事で全ての艦種において艦娘の不足がない事と日本がそれほど大型艦を重視していない事から昨今では艦種が大幅に変わる改装を受ける艦娘は滅多にいない。だから大鯨のこの変化にどう反応すればいいのかよくわからなかった。

 

「この手の改装の数は年々減ってはいたがそのノウハウを失わないために少数だが行われていた。彼女はそれに自ら志願して認められたんだ」

 

司令が何か言っているけどそれすら耳に入らないくらい私は動揺していた。伊58に彼女の事を託されたのに龍鳳が第二艦隊と共に漣討伐に赴いては彼女との約束を破ることになるのではないか。

 

「伊58は貴女が深海棲艦と戦う様な事を、ましてや同じ艦娘と命のやり取りをする様なことを望んでいなかったと思うわ」

 

辛うじて搾り出した言葉はこの場にあまりにも不釣り合いな言葉だった。

 

「漣さんと母が仲違いする前、私は漣さんと何度会った事があります」

 

「貴方にとって知らない仲じゃないと言う事じゃない。なら尚更参加するべきじゃないわ」

 

私達の多くは彼女の事を、反乱した第一艦隊の事を知っているわけじゃない。だからと言って第一艦隊と殺し合いをしてもいいと言うわけじゃないけど龍鳳が戦うよりは幾分かマシだろう。

 

「母を殺したのが漣さんと知ってしまったのにそれを知らないふりをしている事なんてできません」

 

「知ってたの?」

 

「漣さんが反乱したその日、謝罪から始まる手紙が送られてきました」

 

律儀とでも言えばいいのかしら。わざわざ自分が殺して艦娘の娘に手紙を送るなんて。

 

「なら貴女が漣との戦いに参加したいのは復讐が目的?」

 

「どうなんでしょうか?」

 

「どうなんでしょうかって……」

 

不思議そうな顔されても困るわよ。

 

「私自身、よくわかっていないんです。母の仇を討ちたいのか、それとも漣さん自身の口からこんな事をしたか聞きたいのか、はたまたそれ以外の理由なのか」

 

航空戦力が軽空母1隻しかない現状、龍鳳の加入はありがたい。だけどこんな精神状況の龍鳳を戦いに参加させてもいいのかどうか、私は迷っていた。

 

「敵の航空戦力は一、ニ、五航戦の6隻。貴女が加入してもこちらの航空戦力は2隻。数の上では三倍、だけどこちらは軽空母だから実際はもっと差があるわ」

 

それだけじゃない。改装して軽空母になったと言うことは艦載機の扱いにおいては間違いなく参加する空母艦娘の中で一番下だ。多分できる事は偵察と艦隊の直掩くらいじゃないだろうか。

 

「司令、本気で龍鳳を参加させるつもりなの?」

 

「今は1隻でも多く空母が欲しい。集められる戦力としては洋上を航行できれば及第点と言っていい」

 

海軍所属の空母は約300隻、その殆どは本土ではなく東南アジアに展開している。この1週間で軍上層部の意向は漣の捕殺で纏まった。私達の動きを黙認してくれているとはいえあくまでも私達の動きは独断専行に過ぎない。だから必要以上に部隊を動かす訳にもいかずかと言って少ない戦力では漣との戦いに負けかねない。

 

「せめて本土にいる空母を持って来れなかったの?」

 

「空母を保有しているのは第三、第五だがどちらも日本海という日本の資源地帯がある海域への防衛を担当している。いくら上層部が我々の動きを黙認していると言ってもここから空母を持ってくるのは無理だ」

 

「東南アジアに展開している空母は……」

 

「信用できない。その点龍鳳は実力面では不安が残るが信用というただ一点においてどんな艦娘よりも勝っている」

 

現在部隊を離脱し漣との合流を図ろうとしていると言われている艦娘は約500隻。数の多い駆逐艦や軽巡洋艦の離脱者の割合は少ない一方で重巡、戦艦、空母と言った艦娘の離脱者は極めて多い。前者と後者で半分ずつくらいだけど元々駆逐艦、軽巡洋艦だけで艦娘全体のおよそ八割を占める事を考えれば後者の割合がいかに高いかよくわかる。

 

「わかったわ、今はこれで納得するけど司令は当初100隻の援軍を用意するって言ってたわよね。残りの63隻はいつ用意できるの?」

 

「すでに用意して展開済みだ」

 

「どう言う事?」

 

漣との戦いはまだ始まってすらいない。なのに展開済みだなんてまるでこちらから仕掛けるみたいじゃない。

 

「ありがたい事に大盤振る舞いしてくれて実に150隻の潜水艦娘が小笠原諸島周辺で哨戒と合流する艦娘の撃破に当たってくれている」

 

「援軍って潜水艦のことだったの……」

 

詳しく聞かずに水上艦の事だと思っていたのは私の落ち度だけどなんだが釈然としない。

 

「潜水艦の足でよく1週間なんて言う短い期間で展開できたわね」

 

「潜水艦隊保有の高速輸送艦を全て使って小笠原諸島近海まで運びましたから展開は3日程度で済みました」

 

「小笠原諸島に行ったの!? 危ないじゃない下手すれば攻撃されて輸送艦ごと海の藻屑よ!!」

 

「漣さんは1ヶ月は攻撃しないと言ってました。だから今近づいても攻撃はされないと思いました」

 

第二艦隊が奇襲を受けた事をすっぱりと忘れ去り呑気に近づいた潜水艦娘達に呆れるべきなのか、それとも漣の事を信じた豪胆さを褒めるべきなのか。

 

「それで、現状どれくらいの艦娘が合流してるのよ」

 

「確認できたのは200隻弱です。ですが展開完了前に合流している艦娘は見逃していますから正確な数は不明です」

 

第一艦隊と合わせて約300隻。なかなかの数ね。

 

「それと現地の潜水艦艦隊の指揮官だが……」

 

「なによ勿体ぶって。早く言いなさいよ」

 

何故か言い淀む司令に続きを促すとため息を吐いた。

 

「第二水雷戦隊教導隊の校長神通が元部下の教官連中を引っ提げて前線に出張っている」

 

「……はい?」

 

「一度漣とは戦ってみたかったそうだ」

 

「現地潜水艦娘の指揮が目的よね?」

 

そもそもあの人達は全員艦娘としての能力が衰えているから戦うなんてもってのほかよ。

 

「今の二水戦候補生達はどうなってるのよ。次の候補生が入学して訓練中のはずよね?」

 

「全員が出張ったわけではない。電を筆頭に責任感のある教官が何隻か残っている」

 

安心していいのか悪いのか……。と言うか司令、暗に神通さんの事責任感がないって言ってるわね。

 

「叢雲は残ってないの? あの人無口だけど責任感はあるわよ」

 

「何かあった時の抑え役として神通に同行している」

 

「教頭が残って電が抑え役としてついていくのが普通じゃないかしら」

 

「叢雲はじゃんけんで負けた。珍しく大声を出して悔しがっていたぞ」

 

あの叢雲が悔しがって大声を出すなんてよっぽど神通さんについて行きたくなかったのね。

 

「ともかく神通達が前線にいるから突然動きがあってもある程度は対応できる。それこそいきなり第一艦隊が出てこない限りは潜水艦艦隊の艦娘からの情報を統合して正確な報告を上げてくるはずだ」

 

「そうね。ならそれまでに部隊の休息と、できれば龍鳳の訓練をしたいわね」

 

「近々隼鷹も戻ってくる事になっている。決戦の日までに完璧に準備を整えるぞ」




神通って打つとたまに陣痛になってる。


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英国艦娘

呉空襲後に鎮守府跡地から少し離れた場所に作られた仮説喫煙所、そこで私は久しぶりの煙草を楽しんでいた。元々呉鎮守府にあった喫煙所は空爆で跡形もなく消し飛んだから前と比べて煙草を吸うのに少し歩かなければならない。

 

「それで、アンタ達はなんだって四水戦にくっついてここに来たのよ。まさか戦いに来たなんて馬鹿なこと言うためか来たわけじゃないでしょ」

 

今の私は気分がいい。約1週間ぶりの煙草を吸っている今なら大抵のことは許せそうだ。

 

「貴女は前に機会は自分で掴み取るものだと言いました」

 

Nelsonが死んですぐの事だったか、たしか彼女達を慰めるのに言った記憶がある。

 

「私達は陽炎さんの役に立ちたいと思ったわ。だから言われた通りその機会を掴み取らせてもらったのよ」

 

「半人前のアンタ達じゃすぐに死わ。戦力が足りないからと半人前の駆逐艦を連れ出して死なせたとあっては二水戦の名折れよ」

 

「龍鳳だって半人前じゃない」

 

痛いところをつかれたけどこれにはちゃんと反論できる。

 

「あれは空母よ。たとえ半人前だろうと空母護衛は駆逐艦の仕事。もし空母が沈めばそれが新人だろうとベテランだろうと護衛の責任になるの。

だけど駆逐艦は沈めば全て自分の努力不足。実力不足と分かり切っている駆逐艦を前線に出して沈めたとあっては指揮艦失格よ」

 

「なら大丈夫ですね」

 

「私達1人だと半人前でも2人集まれば一人前になれるわ」

 

Jervis、Janusの言葉に私は思わず天を仰いだ。

 

「半人前が2人いようが10人いようが半人前には変わらないわよ」

 

正直その考え方は嫌いじゃない。だけど半人前がどれだけ集まろうと一人前にならないのは厳然たる事実だ。

 

「それは連携も取れない様な人達の話ですよね」

 

「私達は訓練学校の頃からの仲。お互いのことをよく知っているから連携力も高いです。2人合わされば一人前になれます」

 

本来であればなんと言われようとダメの一言で突っぱねられるんだけど彼女達がここにいるということは司令がそれを許可したということだ。それだけで彼女達の参加を認めるには十分と言えるけどそれを素直に言うのもなんか癪だ。

 

「まぁ、この煙草分の借りは返すべきよね」

 

「本当ですか!?」

 

「今更嘘とかなしなんだからね!」

 

元々参加させる以外選択肢がないのだから借りを返せれてないのだけどこの子達にそれは分からないだろう。いずれこの借りは別の形で返すとしましょう。

 

「ただしアンタ達は私と一緒に後方で予備戦力として控えてもらうから」

 

四水戦と一緒に前線に出すとこの子達だと本当に轟沈しかねない。流石にそれは忍びないし死んだNelsonに対して申し訳が立たない。それどころウチの国のゴタゴタに他国の艦娘を巻き込んだ上に死なせたとあっては国としても色々とまずい。

 

「それで十分です!」

 

予備戦力だから最終局面で私と一緒に突撃できてるとか考えているのだろうとても嬉しそうにしている。そうでなくても世界最強の水雷戦隊、第二水雷戦隊の戦いを間近で見られるのだからその喜びはひとしおだろう。

 

「ところでアンタ達せっかく喫煙所に来てるのに煙草吸わないの?」

 

「私は辞めたのよ」

 

そう言えばJervisは辞めたとかNelsonが前に言ってたわね。

 

「Janusは?」

 

「ご一緒させてもらいます」

 

「Nelsonが辞める様に言ってたのに……」

 

Jervisが避難するようにJanusはを見つめるけど肝心のJanusどこ吹く風、全く気にした様子もなく煙草を吸い始める。

 

「いつまでも死人に縛られるのは良くないわ」

 

別に強制する訳じゃないけど艦娘として生きていく上で死人なんてこれから何人も見ることになる。忘れるか、思い出として懐かしむに留めた方が賢明だ。

 

「Nelsonの事を忘れろとでも言うの!?」

 

「そう言うわけじゃないわ」

 

睨みつけてくるJervisにどうしたものかと少し考えた後、私は少し昔話をすることにした。

 

「これは深海棲艦に両親を殺されたある艦娘の話なんだけどね」

 

唐突に変わった話に驚いた様な顔をしたけど2人は静かに私の話を聞いてくれた。

 

「彼女は自分の命尽きるまで深海棲艦と戦い続ける覚悟で艦娘となり半ば死を望むかの様に戦い続けているわ。それが悪い事だとは思わないけど死人とはようは過去の人間よ。未来ある人間が過去の、もういない人間に囚われて命を散らすまで戦い続けようだなんて愚かな話だと思わない?」

 

人には駆除の為とか言っているけど実際のところ私がやりたい事なんてただの復讐だ。深海棲艦なんていう殆どケモノに近いモノに対して復讐心を抱こうだなんて不毛だという事は私自身がよく分かっているし、分かっているからこそ人にはカッコつけて駆除の為だなんて嘯いている。

無駄な事だと分かってはいるけどそうでもしないと私は未来(さき)へと進めない。全ての深海棲艦を倒して初めて私は過去を振り切れる。一体何年、何十年かかるかわからないけどそれをやり遂げるまて私の時間(とき)は止まったままだ。

 

「そうは思わないわ。その人が一体誰だか知らないけどまだ生きてるんでしょ?」

 

「そうね、生きてるんじゃないかしら」

 

「ならいいじゃない。艦娘の使命は深海棲艦を倒す事なんだからそのまま深海棲艦全滅させちゃえば万事解決よ」

 

そんな単純な考えでいられるならどれほどいいだろう。

 

「彼女は指揮艦なのよ。部下を自殺まがいの戦いに巻き込む事はどう説明するの?」

 

部下と言っても二水戦だから自ら戦いの場に足を踏み入れたがる子達しかいない。

だけど戦術レベルで見れば私が中央突破などの突撃を多用したリスクとリターンが大きい戦法を好んでいるから必要以上に大破轟沈の可能性を孕んでいるのを許容できるかと言われればそれは違うのではないだろうか。

 

「文句を言われてないなら問題ないじゃない。仮に不満があれば口で言うしそれができない環境なら反乱を起こすんしゃないの」

 

反乱ね……。

 

「漣みたいに?」

 

「そうね。ヨーロッパじゃ自分の意見が通らなかったら反乱を起こすのは水兵の権利よ」

 

イギリスだとバウンティ号やスピットヘッドとノアの反乱が有名だし世界的にはドイツのキール軍港の反乱なんかも有名だろう。

不満を溜め込めば反乱を起こすと言うのは海軍の性なのだろうか、案外多い。

 

「今この状況でそんなこと言うのね」

 

「こんな状況たからこそ言えるのよ。今以外にこれほどこの例えが効果的な場面はそうないわ」

 

「違いないわね」

 

日本だと不適切だ云々言って批判が来そうだけどこう言う小粋なジョークは私は嫌いじゃない。

 

「Nelsonは死んだ、それは事実だけど何もその死に囚われているわけじゃないのよ。死んだNelsonが天国で心配せずに暮らせる様に少しでも懸念事項を無くすのは悪いことなの?」

 

「そう言う考えなら私は何も言わないわ。だけどJanusはどうかしら」

 

「煙草を辞めたらNelsonは心配する必要がなくなって私達の事なんて忘れてしまうんじゃないかと思うと辞める気にはなれません」

 

それが本心なのか、それとも煙草吸いたさからくる言い訳なのかはわからない。だけどJanusもまたNelsonの死に縛られているのだろう。

 

「人にはそれぞれ違った考えがあるから私の考えを強制するつもりはないわ。だけど先達からのアドバイスとして、頭の片隅にくらいは留めておいて欲しいわね」

 

私が言えた義理じゃないかもしれないけど同じ駆逐艦として少しでも長生きできる様願ってアドバイスした。

 

「だけど煙草仲間が1人減るのは寂しいような嬉しいような、毎回複雑な気持ちになるわ」

 

思わず嘆いてしまうくらいにはJervisの脱喫煙者は私にダメージを与えていた。

 

「煙草が体にあまり良くない事はわかっているから引退後のことを考えるなら吸わない方がいい、そんなことわかっているわ。だけど煙草好きとしては仲間が1人減るのは寂しい、複雑な気分よ」

 

煙草を吸わない、吸ったことのない人に煙草を進めるのはダメだと思うけど元喫煙者に対して喫煙を勧めるのは罪だろうか。

 

「やっぱり1本だけ吸っていかない?」

 

「吸いません!」

 

やっぱりダメか。

 

「まぁ、一度やめたなら無理に吸わせるのは良くないか」

 

そう言って煙草を灰皿に押し付けて2本目に火をつけようとした時だった。甲高いサイレンの音が鎮守府に鳴り響いた。

 

「来たわね。思ったよりも早かったと嘆くべきか、援軍が合流した後で良かったと喜ぶべきか……」

 

「このサイレンって敵襲よね? 何呑気ならこと言ってるのよ!」

 

「これは漣が動き出した事を知らせるサイレンよ」

 

「なら尚更焦らないといけないじゃないですか!」

 

焦る2人に苦笑いを浮かべながら私は2本目に火をつけた。

 

「問題ないわ。漣が拠点とする姪島から本土まではかなり距離があるから焦っても暫く戦闘は起きないわ」

 

これから行われるのは哨戒部隊からの情報を精査して漣にどう対抗するか、どこで決戦を行うのかそれを考えるだけの単純作業。立場上私は司令と会議をする必要があるけどこう言った戦略的な事は私よりも司令の方が得意だ、あまり焦る必要はない。

 

「だからこれは漣達反乱軍との戦いの準備を開始する事を知らせるサイレンに過ぎないのよ」

 

だけど漣との決戦に備えてこれまで準備してきているから今から準備する必要もない。このサイレンは完全に勇足だ。

 

「距離的に漣達が巡航速度なら1日くらいの余裕はあるし潜水艦艦隊も展開しているわ。余裕を持って準備することができるわよ」

 

だけど私は指揮艦、いつまでもゆっくりしているわけにはいかない。まだかなり残っている煙草を灰皿に押し付けると私は行動を開始した。

 

「貴女達はゆっくりしてなさい。私は司令と作戦会議してくるから」

 

面倒だけどこれが指揮艦の役目。1隻でも多く部下を連れ帰るためにも多少面倒でも作戦会議をしないといけない。

 

「あの、私達はどうすれば……」

 

「まだゆっくりしてていいわよ。次にサイレンがなった時が出撃の合図だから」



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出撃準備

会議室扱いになっている司令がいるテントにはすでに第二艦隊の指揮艦と由良が集まっていた。

 

「司令、漣達の動きはどうなってる!?」

 

Jervis達の前では落ち着いている様に装っていたけどその実私は焦っていた。漣の動きが予想よりも早かったからだ。

 

「神通の報告によると漣は麾下の艦隊を80隻程度の艦隊5つに分けてそれぞれ別方向に向けて進軍を開始した」

 

「厄介なことになったわね」

 

龍鳳の報告では漣の元に辿り着いたのは約200隻だった。だけどそれは潜水艦の展開が済んでからの話だから実際はもっと多い。この報告から推測するに合流している艦隊は最低でも300隻、もし拠点に1個艦隊規模の艦娘が残っていたらその数は400隻を超えてもおかしくない。脱走したと言われている艦娘は500隻だけど大半はまともに航行できない置き物連中、これだと合流した艦娘があまりにも多すぎる。多分判明していない脱走した艦娘がかなり存在するのだろう。

 

「敵拠点に艦娘は残ってる?」

 

「いないそうだ。漣の奴は物資が足らぬと見て早々に泊地を占領するつもりの様だ」

 

余程物資が少ないのかそれとも元から1ヶ月待たずにある程度の数が集まれば仕掛けるつもりだったのか、個人的には後者の様な気がするけどどうなんだろうか。

 

「漣が小笠原諸島の姪島を拠点に選んだのには相応に理由があったはずやのにそれを放棄するってどういう事なんや?」

 

「そんなの姪島が仮の拠点に過ぎずはなから長期間そこで籠城する気がなかっただけですネ」

 

黒潮の疑問に答えたのは金剛だった。

 

「小笠原諸島に拠点を置くメリットなんてこちらから容易に反撃出来なくするくらいしかないし金剛の言う通りどこかのタイミングで大きめの泊地を占領する気だったんでしょうね」

 

物資を奪って姪島に帰ってくれた方が包囲戦をできるから個人的には助かるのだけどこうなってはそれはもう期待できないだろう。

 

「それで、どれが漣の率いる本隊かわかっているの?」

 

5つ全てを私達だけで撃破する事は時間的に不可能に近い。だけど漣の部隊さえ撃破してしまえば後は烏合の衆、この反乱を終結させることができる。

 

「目星はついている様だが断定はできていないみたいだな」

 

「ならそれぞれが目的としているであろう泊地の見当はついてるの?」

 

せめて目的地だけでも目星がついていれば迎撃するにしてもしやすくなる。

 

「不明だ。5つの艦隊が扇状に広がりそれぞれ別の泊地を目指しているせいで明確な目的地を推測することが困難だ」

 

「扇状なら両端は最北端と最南端の泊地を目指していると仮定するのが道理ではないですか?」

 

不知火の意見に私は懐疑的だった。

 

「そもそも泊地を目指ざしてるんじゃなくてそれら全てが囮という事も考えられるわ」

 

「どれか1つに攻撃を仕掛けた途端全ての艦隊が進路を変えて不知火達を攻撃するということですか?」

 

「そうよ。素直に泊地を占領しに来たと考えるのは安直すぎるんじゃないかしら」

 

もし私達の撃破が狙いなら泊地を防衛すると言う方針そのものが破綻してしまう。

 

「仮にそうだとしてもこちらから攻撃しなければ漣達は泊地を占領し物資を手に入れます。攻撃する以外の選択肢は無いのでは?」

 

「だけど敵が反転して私達に全戦力を叩きつける可能性を考慮するのは重要な事よ。敵が反転して私達の側背から掣肘する事を考えずに作戦を立てては反転してきた時対処しきれないわ」

 

私達の数的な優位性はあくまで漣が部隊を分けた事による一時的なものでしか無い以上はこれを最大限に活かすために全ての可能性を考慮に入れた上で作戦を立てる必要がある。

 

「そんなの取れる手段は二つくらいしか無いデース。一つは敵が泊地を襲っている間に漣の本隊を叩く、もう一つは敵同士が最も離れたタイミングで漣の本隊を攻撃、他の艦隊は潜水艦艦隊に遅滞戦闘を命令してできる限り撃破までの時間を稼ぐ。これくらいしかないデスネ」

 

「前者は信頼できない泊地とその所属部隊に遅滞戦闘を、後者は信頼のおける潜水艦艦隊に遅滞戦闘をさせるという違いしかないわね。だけど取れる作戦はそれしかないでしょうね」

 

「やけど泊地所属の艦娘って言っても精々20隻が限度、潜水艦は150隻おる言うても速度差がありすぎるから振り切られたりそもそも発見できんかもしれへんしで上手く行かへんのちゃうか?」

 

どちらにも相応にメリットデメリットがある。前者は戦力としてあまり信用できないし後者は纏まった数をぶつける事ができないしできたとしても無視して進軍されたら意味がない。

 

「それなら潜水艦隊による足止めを行う艦隊と泊地に足止めさせる艦隊の二つを作るのはどうですか?」

 

「由良の提案は悪くないと思うけど潜水艦に足止めされた事で違和感を感じて合流されたら厄介よ。できればある程度敵の作戦通りに行動させた上で漣を攻撃したいわ」

 

敵にこちらの想定外の行動をされるより敵の想定通りでもある程度こちらでも行動の予測がつく方が対処しやすい。

 

「泊地の連中は信用できない。司令、私は潜水艦艦隊での遅滞戦闘を具申するわ」

 

「最初からそのつもりで潜水艦艦隊については用意していた。既に神通に命じて予想進路に網を張っている」

 

「流石司令ね。本隊の目星はついているのよね」

 

漣達が横須賀に到着するのにおそらく1日から2日かかる。けど私達が迎撃位置に着くのにもどんなに早くても半日はかかるから早めに出撃して迎撃体制を整えたい。

 

「ついているがあまりに根拠が薄い」

 

「今更そんなこと言わないでよ」

 

「この作戦なら強襲を受けた時最も対応がしやすい場所、つまり中央に漣は陣取っているのではないかと神通は言っている。つまるところ敵の作戦から予想を立てたに過ぎない」

 

「それは根拠が薄いんじゃなくてただの推測じゃない」

 

予想外だった。てっきり第一艦隊の艦娘がいたとかもう少しちゃんとした根拠があるものだとばかり思っていたわ。

 

「その推測を裏付けるために神通は一当てしたいらしい」

 

「漣の所在を確かめるためだけに潜水艦を使うなんてその後の遅滞戦闘の効果が薄くなるわよ」

 

「そうじゃない陽炎。神通は潜水艦娘ではなく自分たちで一当てするつもりらしい」

 

その言葉に思わず頭を抱えた私を誰が責められるのだろうか。

これが大先輩である神通さんでなければ口汚く罵っているところだけどそれを辛うじて押し留めて無言で足をジタバタするだけだった私を誰か褒めて欲しい。

 

「あの人達なら泊地所属の艦娘程度なら負けないとは思うわ。だけど第一艦隊ともなれば流石に無理よ。大人しく私達の到着を待ちなさいよ」

 

「それについては神通から伝言がある」

 

「どうせ碌な事じゃないんでしょ」

 

「『待つのはいいですがあまりに遅い様だとメインディシュを食べ遅れますよ』と言っていた」

 

「あの人達が漣達に勝てるわけないわ」

 

全盛期ならともかく衰えた今じゃ足止め、それも轟沈前提での足止めがやっとのはずだ。

 

「そうだな。漣達第一艦隊でなければ可能性はあるかもしれないが流石に第一艦隊はなぁ」

 

「第一艦隊がどれか分かっていないのに攻撃を仕掛けては敵が作戦を変更する恐れがありますネ。今すぐに止めるべきデス」

 

「中止するように要請はした。その上でさっきの発言だ」

 

「ウチらが間に合わんかった時に攻撃する言う意味で強気な事言っただけでいくらなんでも本当に攻撃する気はなかったんちゃう?」

 

黒潮の言う通りならどれだけいいことか。

 

「本当にそう思うの? あの神通さんよ。やると言ったからには絶対にやるわ」

 

「けど中止するよう命令したんやったらやらんやろ」

 

「第二艦隊司令官に教導隊への指揮権はない。元第二艦隊所属だから何かと言う事を聞いてくれるがその気になればこちらの要請など無視できる」

 

呉鎮守府の敷地内に教導隊が存在するからなにかと勘違いされがちだけど教導隊の教官連中に対する指揮権を司令は持っていない。

現役艦娘が教官であればその限りではないけど今の教官連中は全員引退艦娘だ。あの人達の行動を制限する術はない。

 

「叢雲に期待するしかないわね」

 

「そうだな」

 

「何呑気な事言ったんねん。ならすぐに出撃してあの人ら止めなあかんやろ!」

 

「今更出撃したところで追いつかないわよ」

 

神通さん達の位置から漣達と接触を図ろうとすれば数時間でそれが可能だ。だけど私達は神通さん達と合流するだけで1日高い時間を必要とする。焦っても無駄だ。

 

「だけど漣達への対処を考えればいつまでも呉にいるわけにもいかないのも事実ね。司令、どのあたりに展開するのがいいと思う?」

 

「どこに展開しようとも対応できない部隊が必ず出てくるがその中でも最も対応しやすい場所、東京湾か駿河湾あたりでの待機が一番いいんじゃないか?」

 

「泊地でもなく沖合でもなく湾内待機にした理由は?」

 

「泊地そのものは信用できないがかと言って沖合だと補給に難がある。不意打ちをされにくくされても対応でき、補給も受けやすい湾内での待機が最適だろう」

 

敵の両端の部隊に対する対応が甘くなるけどそれらに関しては第三と第五艦隊が対応してくれると信じましょう。仮に負けても私達が着くまで足止めはできるしね。

 

「ならそれで行きましょう。各員に食事と仮眠を取らせた後出撃するわ」

 

「神通さんの件はどうするんや?」

 

「どうせ漣達と戦うのは暫く先よ。神通さん達の行動ですぐに出撃する必要があるかと思ったけどこの際あの人は無視して私達は私達のすべき行動をとるべきよ」

 

私の言葉に黒潮が納得すると司令が解散を宣言し皆この決定を部下達に伝えるためにテントを去った。



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開戦

いつのまにか投稿初めて一年過ぎました。予定だと一年かからないはずだったんだけど書きたい話が次から次へと出てくるから……。上手くいかないものですね。


漣率いる本隊が判明したとの連絡が入ったのは私達が駿河湾に停泊して3時間ばかりが経過した頃だった。

漣出撃から既に20時間ばかりが経過し5つの艦隊は本土間近まで迫っていたギリギリのタイミングだった。

 

「流石は神通さん達やな。これならなんとか食い止められそうや」

 

「そうね。だけど一体どうやって突き止めたのかしら」

 

「まさか本当に突撃したわけじゃないですネ」

 

「そんなまさか……」

 

いや、あの神通さんならあり得る。だけどきちんと成果を持ち帰っているという事は仮に突撃していても損害は軽微ということだ。

 

「今考えても仕方のない事ね。詳細は後で確認するとして私達は急いで漣達の予想進路に向かうわよ」

 

私達と漣が出会うのにそれほど時間は掛からなかった。

既に漣達は本土にかなり近い場所にまで接近していてそれを迎撃する私達も最大戦速で向かったからだ。

 

漣達の姿を視界にとらえた時、すぐに次の行動に当たる事ができなかった。今まで艦娘同士でこれほどまでの規模の艦隊が戦ったことはない。勿論演習でならいくらでもあるが本気で殺し合うつもりで戦った事は記録にある限りゼロだ。相手が深海棲艦であれば問答無用で攻撃すればいいけど今回の相手は一応話の通じる艦娘だ。何か一言、開戦前に告げておくべきなのではないか、そんな考えが頭をよぎった。

 

「降伏勧告くらいはすべきなのかしらね」

 

「今更そんな事言って降伏する様な人達だとは思えないですネ」

 

「私もそう思うけどおそらく今回の戦いは今後また艦娘同士の争いが起きた時の基準になるわ」

 

「基準というなら一水戦の反乱がそれに当たるはずデス。あれに則って陽炎の号令一下仕掛ければいいですネ」

 

金剛の言う事は部分的には正しいと思う。確かに反乱という意味では一水戦の前例があるけどあれはあくまでも水雷戦隊単位で今回とは規模が異なる。漣の本隊から無血での降伏を引き出せるならそれに越した事はないはずだ。

 

「……漣と通信をするわ。今更降伏するとは思えないけどもし受諾するならそれに越した事はないし、しないとしても形式的には降伏勧告は必要でしょう」

 

私が漣との通信回線を開くよりも先に漣側から通信が入りこの場にいる全艦娘が一つの回線に耳を澄ませることになった。

 

『第二艦隊及びそれに協力する艦娘達に告げます。降伏しなさい』

 

誰もが聞いたことのある連合艦隊元旗艦漣の声が通信機から流れるとともに私は、いや私達は自然と身をこわばらせていた。

敵になったとはいえ長きに渡り艦娘のトップであり続けた漣の言葉は良くも悪くも私たちに大きな影響を与える。

 

『我々艦娘はこれまで多くの犠牲を出しながらこの国を守ってきました。しかしそれに対する人々の反応は極めて冷淡なものです。さらに強い艦娘を作るために艦娘を犠牲にし、失敗すればそれを隠蔽する。

私はそれを何度も見てきました。いい加減私達艦娘はこの事に対して怒りを表明してもいい頃合いだとは思いませんか?』

 

その言葉は私が思う以上に私の艦隊に打撃を与えていた。動画越しと違い直に漣の言葉を聞いたせいもあってか少なからず動揺した艦娘がいた事を私は確かに感じ取った。

だから私は漣のこの口撃に対して反撃をしなければならなかった。

 

「艦娘の定義とは何か、深海棲艦の定義とは何か」

 

自然と口に出た言葉をどうにか形にするためにほんの一瞬だけ間を置く必要があった。はからずしもその間はここにいる全艦娘の注目を私に集中させる事に成功していた。

 

「姿形が違う、遺伝子的な違い、そもそも深海棲艦は生物なのか否か。色々な考え方があるでしょう」

 

艦隊の動揺を取り除くための時間を確保する目的も含めて私はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「だけどそのいずれもが無意味な考え、物事は単純に考えるべきよ」

 

私は一度大きく息を吐くとさらに言葉を続けた。

 

「艦娘同士が争う事はこれまでも、これからも一度たりとも起こり得ない。

自分自身が艦娘だと認識しているのなら、自分を害そうとする者は必然的に深海棲艦よ。そして私達の目の前いる奴らは私達の仲間を、第二艦隊の艦娘を轟沈させた。私は自分自身が艦娘であり仲間である第二艦隊も艦娘であったと確信しているわ。である以上はそれを轟沈させた奴らはただの深海棲艦よ」

 

降伏勧告を送るつもりだったのにこれじゃまるで宣戦布告だ。

 

『随分と強引な論法ですね。その論法に則るならば私達もまた自分自身が艦娘であると確信しています。即ち貴女達は深海棲艦という事でいいですか?』

 

「深海棲艦の戯言ね。みんな聞かなくていいわよ」

 

漣との会話が私達に良い影響を与える事はない。できる限り会話の時間を短くするためにも私はハンドサインで艦隊陣形を形成する様に指示した。

 

『これは手厳しい。貴女ほどの実力者を相手にするのは骨が折れますからね。できる事なら血を流さずに味方に引き入れたいと思っていたのですが』

 

「今更その言葉を信じると思うの? アンタに殺されかけたのに」

 

『心外ですね。私は陽炎が戻ってくると信じていましたよ』

 

本気でそう言っているのかどうか、通信越しでは漣の真意はわからない。だけど一つ言える事があった。

 

「本当にそう思っているのなら艦隊を展開しないんじゃないかしら?」

 

『それはお互い様でしょう。貴女だって艦隊を展開しているじゃないですか』

 

お互い目的を達成するためには目の前にある艦隊を蹴散らすしかない。だから少しでも早く艦隊を展開させ先制攻撃をしようといたしていたのだけど、条件が同じとあって艦隊の展開速度で機先を制する事はできなかった見たいね。

 

「私達の目的は元連合艦隊旗艦漣の捕殺よ。標的と出会っていながら何も行動を起こさない理由はないわ。だけど貴女の目的は私達の撃破ではないはずよ」

 

『私が目的を達するための最大の障壁は貴女です。出会ってしまった以上は味方につけるか、さもなくば実力で排除するしかない。前者を断られた以上は艦隊を展開するのは当然のことですよ』

 

お互いのこの場での目的は互いの首を取る事で一致している。

漣に対しては捕殺が目的だと言ったけど、実際はそうならないだろう。私が負けた時は私がこの海に身を沈める事になるしその逆もまた然り。お互い敗北は即、死へと直結する。生きて捕まるなんて事はあり得ないし、ましてや敗北した上で逃げ延びる事はもっとあり得ない。この戦いの決着は私と漣いずれかが死んだ時に着く。

 

『時に陽炎。どうやら第二艦隊だけでなく、第四艦隊も混ざっている様ですけどそれで私に勝てると本気で思っているんですか?』

 

漣は第四艦隊が弱く弱点かの様に問いかけてくるけどそれは間違いだ。

 

「10年前ならいざ知らず。今の第一艦隊なら第四艦隊でも十分戦えるわ」

 

『舐められた物ですね。第四艦隊など鎧袖一触に粉砕して貴女の顔を拝むとしましょうか』

 

第四艦隊の位置は艦隊の中央。本来、作戦の第一段階は中央の第四艦隊を起点に全面攻勢に打って出る事だった。これは分散していた敵の艦隊が合流する前に前衛部隊を突破し、漣を倒すという意図を持った物だけどこれが成功するとは最初から思っていない。しばらくしたら第四艦隊は攻勢限界を迎えた様に見せかけ急速後退、それを追撃してきた敵の中央を両翼包囲して叩く作戦だった。上手くいけば予備兵力も投入してくれるかもしれないしこれが成功すれば勝敗は決したも同然だ。

だけど今の漣言動が本当なら向こうから中央の第四艦隊に攻撃を仕掛けてくれる事になる。これならより作戦が実行しやすい。

 

「望むところよ。なんなら第四艦隊の場所を教えてあげましょうか?」

 

『あまり舐めないでください。堂々と中央に艦隊を展開しているのがよく見えますよ』

 

話している間に両艦隊は展開を終え、号令一つで攻撃できる状態になった。

本来艦娘の戦いは水兵射撃が基本だ。だけどその規模が大きくなれば遠距離から曲射による戦いも起こり得る。今回の様な艦隊規模であれば特に戦艦などはレーダーを用いて後方から砲撃を行うし前線の駆逐艦や巡洋艦もその動きを制限し戦艦の砲撃を有効打たり得る物にするために曲射を行う。

 

「金剛」

 

「敵の位置はレーダーで捕捉済みですネ」

 

「隼鷹」

 

「偵察機、直掩機共に展開完了しているよ」

 

その返事に私は目を閉じて深呼吸をする事で心を落ち着かせた。

 

「全艦、攻撃開始!」

 

私の命令で隣の金剛が砲撃を開始すると同時に漣達第一艦隊からも砲撃音が響きあちこちに水柱が立ち始める。

 

「こちらの被害と向こうの損害は?」

 

「どちらもゼロです」

 

私の問いかけに龍鳳が答えた。

 

「まあ一発目だしそんなもんでしょうね」

 

「私達の狙いは敵の中央部隊の誘因。敵の両翼への攻撃を強めマース」

 

「それだと露骨すぎるかもしれないわ。ここは敢えて中央への支援砲撃を強めましょう」

 

「それだと誘引できなくなら可能性がありますネ」

 

金剛の言う事には一理ある。だけど中央より実力が上であるはずの両翼への援護などと言う不可思議な行動は漣にこちらの意図を露呈させかねない。中央への援護はそのまま漣達の突破を困難にさせるけどそこは金剛達の腕の見せ所だろう。

 

「敵に中央こそが弱点だと錯覚させるのよ。その上で第四艦隊にはタイミングを見計らって後退を開始させるわ」

 

「それで本当に釣れますカ?」

 

「もちろん全力で援護したら中央への攻撃を躊躇う事になるだろうから砲撃はある程度加減するのよ」

 

「難しい事言ってくれますネ」

 

「できないの?」

 

難しい事は私も理解している。だけど金剛達なら、第二艦隊ならできるはずだ。

 

「できるに決まってマス」

 

「ならお願い。それとJervis、この事を第四艦隊に伝えてきて」

 

通信回線も暗号も元々同じ日本海軍に所属していただけに筒抜けになっている。だから重要な連絡については直接伝言という形で伝えることが事前に決まっていた。その役目はJervisとJanusの東洋艦隊の駆逐艦2隻が受け持っている。

 

「本当に中央を攻撃してくるんでしょうか」

 

そんな疑問を口にしたのは狭霧だった。

 

「五分五分じゃないかしら」

 

漣が本当に第四艦隊を狙って中央の第四艦隊を攻撃してくるか、正直してこない可能性は十分にあると思う。漣達の勝利条件は味方の艦隊が合流するまでの時間稼ぎ。それに対して私達は合流される前に漣を倒す必要がある。

一番いいのは早期に敵の前衛部隊を突破して漣の直卒部隊を叩くことだけど今の状態でそれはできない。作戦を変更して適度な段階で第四艦隊を後退させて敵の中央を引き摺り込んで殲滅、少なくなった敵前衛部隊突破して漣を倒す事に切り替えたわけだけど……。

 

「そもそも第四艦隊の後退に乗ってくれない可能様あるのよね。ただ耐えていれば漣達の勝利条件は自ずと達成されるわけだし」

 

私達の作戦は当初から一貫して敵に早期決着の可能性を見せて攻勢に出させる事を目指している。

本来なら早期決着のため速攻を仕掛けるべきなのにやや受動的な作戦になったのには理由がある。私達に攻勢を支援するための大型艦が少なく突破部隊である水雷戦隊に対して十分な支援を与えることができないからだ。空母の数が少ないから制空権は艦載機の殆どを戦闘機とする事でかろうじて拮抗状態に持ち込んでいるし戦艦も第一艦隊の方がほうが攻撃力、防御力ともに高い長門型などを揃えているから正面からの突破は困難だ。

こちらが有利なのは速力と駆逐艦の練度だけど最精鋭の二水戦は数が少ないし速度は活かせられる場面が少ない。結果この作戦に落ち着いた。

 

「だけどよっぽど我慢強い守備的な指揮艦でない限りは後退する敵艦隊に対する攻撃を躊躇う艦娘はいないわ。指揮艦が駆逐艦娘あれば尚更よ」

 

駆逐艦は他の艦種と比べて攻撃的な艦娘が多い。だけど艦歴が20年を超える漣がそれに当てはまるのか私は自身が持てない。その長い艦歴の間に普通の駆逐艦娘にはない我慢というものを覚えていても不思議ではないからだ。

 

「それに既に作戦は始動しているわ。今更そんな心配無意味よ」

 

後は野となれ山となれ。作戦通りに敵の中央を誘引できれば最高だし、もしできなければ予備兵力の出番になるだろう。



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打開

よく見たら前回投稿時間間違えてました。分のところを変え忘れてたみたいです。


戦いが始まって約1時間。この間中央の第四艦隊は突撃と後退を三度行い第一艦隊の中央部を誘引しようとした。

幸いにも大破や轟沈した艦娘はまだ出ていなくて私達は高い戦闘能力を維持していた。だけどそれは漣達第一艦隊も同じで未だに決定打を与えられずにいた。

 

「上手くいかないわね」

 

「相手はただ耐えれば勝てるわけですし当然といえば当然ですがそれにしてもいやらしい事この上ないですね」

 

私の呟きに答えたのは狭霧だった。

 

「後退する度に両翼に敵の砲撃と攻撃機が飛んでくるのはこっちの意図がバレてるっぽい?」

 

「そうね。そのせいで逆に第四艦隊が敵の中に孤立しかねないから突撃はそれほど効果的じゃないし、かと言って後退しても向こうは必要以上に追撃を仕掛けてこない。よく統率されているわ」

 

漣の勝利条件の一つが耐える事とはいえここまで徹底されると嫌になる。

漣達は現状維持でもいいかもしれないけど私達はそうはいかない。局面を打開する義務はこのままだと負けるしかない私達にある。

 

「今の所漣は一貫してこちらの攻勢を行っている第四艦隊に対して戦艦、空母の支援を集中させている。両翼のいずれかに突撃させて敵の判断を見たいわ」

 

もしも攻勢に出た部隊に同じように砲撃と航空支援を集中させるならチャンスかもしれない。

 

「Janus、不知火の右翼部隊に攻勢を強めるように連絡してきて」

 

ついさっきJervisが第四艦隊への伝令へ行っていてまだ帰って来てなかったから第四艦隊と黒潮には巻雲と敷波に頼んだ。

 

「どうするつもりですか教官」

 

「もしこれで不知火側の敵戦力が増えるようならそのまま一時後退させ敵兵力を誘引、黒潮率いる左翼に予備戦力を投入して敵右翼側から半包囲するわ」

 

戦艦はともかく航空機に関しては補給や展開時間から航空部隊を突然別の場所に展開するのは困難だ。

 

「斜行戦術ですか」

 

右翼を後退させ左翼は突撃、中央の位置が変わらないから陣形は斜めになり狭霧の言う通り斜行戦術に当たる形になる。

 

「なんの反応もしなければどうするっぽい?」

 

「その時はその逆、黒潮達左翼を後退させて不知火達の右翼は前進して敵左翼部隊から半包囲すればいいわ」

 

「そうかもしれませんけどなんの反応もされないのはは不気味じゃないですか?」

 

たしかに明らかに脆弱な第四艦隊からの攻勢に対しては全力で応対しているのに第四艦隊より数は少ないとはいえ精鋭の第二艦隊からの攻撃に対してはなんの反応も示さないのは少し不気味だ。

 

「だけど私達に様子を見ると言う選択肢はないのよ。敵の合流にはまだまだ時間がかかるけどいつまでも手をこまねいてはいられないわ」

 

開戦直前に届いた情報によると潜水艦隊による足止めはうまくいっている。一番近い艦隊でも合流に数時間はかかると言うからじっくりと漣の首を締め上げるのも一つの手ではある。

だけど補足漏れの可能性や艦隊ではなく小隊や戦隊単位に分散して強引に潜水艦隊の足止めを振り切ってくる可能性だってあるから早めに決着をつけるに越したことはない。

 

「早期決着を目指すのは理解してますけどやや焦りすぎなのではないでしょうか」

 

「そんなことはないわ。この攻勢で決着がつくだなんて最初から思っていないし本当の目的は別にあるのよ」

 

相手は私よりもずっと艦歴の長い漣だ。私の作戦くらい簡単に看破してくるに違いない。

 

「この1時間で第四艦隊は随分と弾薬を消費したみたいだからここら辺で第四艦隊の艦娘に順次補給をさせておきたいのよ」

 

艦娘が保有している弾薬はそれほど多くない。基本的には水平射撃が可能な近距離での砲戦を想定しているから命中率が高く一度の海戦で使う砲弾の量は数十から百数十発程度、そして艦娘が通常搭載する量は大体500前後。

駆逐艦娘の場合は最大で毎分10発程度撃つことが可能だけど常にそうするわけではない。距離が遠かったりすれば発射速度は落ちるし逆に突撃したりして距離が近ければ発射速度は最大速度に近くなる。その分砲弾の消費量も増えるから攻勢に出ていた時間の長い第四艦隊は他の部隊と比べて砲弾の消費が大きかった。

 

「1時間程度の交戦時間ならまだ余裕があると思います。わざわざ右翼が攻勢に出るタイミングで補給しなくてもいいんじゃないですか?」

 

「右翼が攻勢に出るからこそよ。今なら敵は攻撃する右翼部隊に集中するから比較的安全に補給ができるわ。逆に今を逃せば安全に補給できる機会はない」

 

どんな展開でも中央の第四艦隊が果たす役割は戦線の維持だからしばらくの間第四艦隊は安全だ。度重なる攻勢で減った弾薬の補充をするのは今を置いて他にない。

 

「じゃあ夕立達は念のため第四艦隊の支援に行くっぽい?」

 

「そんな事したら不知火達の攻勢から中央の第四艦隊に漣の注目が移るかもしれないから必要ないわ」

 

攻勢の主軸は不知火の右翼部隊。そっちに戦力を集中するなら黒潮の左翼部隊が攻撃を開始するけどこの時一番やられてまずいのは中央の第四艦隊への攻勢だ。この場合こちらの右翼部隊が前進しつつ第一艦隊の中央が突出することになるから下手をすれば不知火達との連携が断ち切られる恐れがある。

ただこれをすると私達は不知火達右翼の壊滅と引き換えに第一艦隊の中央及び右翼を予備兵力を使って半包囲し各個撃破する作戦に出るつもりだし漣もそれをわかっているはずだ。そんな危険を犯すはずがない。

 

「ですが援軍を送らなければもし敵中央部隊が攻勢を仕掛けて来たら支えきれないんじゃないでしょうか」

 

「向こうも物資を消費しているからこっちが大人しくしてると見れば同じように補給するんじゃないかしら」

 

希望的観測が混じっているけど多分この予想は外れていないと思う。

第四艦隊は三度の突撃と後退を行ったけど敵はその度に苛烈な砲火で防衛し後退に際しては突出こそしてこなかったけど曲射まで用いた追撃をしてきていた。第四艦隊ほどでないにしろ間違いなく物資が減っている。

 

「向こうは腰を据えてじっくりと戦いたいわけだし安全に補給できるチャンスがあればきっと補給をするわ」

 

漣の勝利条件は他の艦隊が到着するまで耐える事。ここまで第四艦隊の攻勢を耐え続けて来た以上ここでもそれに準ずる選択をするはずだ。

 

「ですがもし攻勢に出て来たらどうするんですか?」

 

「その時はそれが予備兵力の投入タイミングになるわね。おそらく一時的に戦線を押し込まれてしばらく攻勢に出るのが困難になるわね」

 

案外、その展開もあり得るかもしれない。こちらが後手に回り続ければ漣は比較的少ない労力で多大な時間を得る事ができる。でも逆にこちらが迅速に対応すれば労力に見合った結果を得ることはできずともすれば中央部隊の壊滅を招きかねない。なぜなら不知火は攻勢に出てるけど左翼の黒潮は待機状態、左翼の余力と予備兵力を持って突出して来た敵中央を叩く事も可能だ。

 

「念の為に私達も少し前進しておきましょうか」

 

「敵の砲火に晒される可能性が高くなるっぽい」

 

夕立の意見は正しい。指揮系統を麻痺させるために前進した私を狙ってくる事は想像に難くない。だけどそれ以上にメリットもある。

 

「問題ないわ。距離的に砲撃はそれほど苛烈なものにはならないだろうし第一艦隊の艦載機からの攻撃も前進して第四艦隊に接近しておいた方が対応しやすいわ」

 

なんせこちらは空母の数が少ない。負担を軽くするためにも部隊同士が近い方がいい。それに前線に近い方が戦場の様子をよくしれて指揮も取りやすい。

 

「巻雲ただいま戻りました〜」

 

「敷波戻りました」

 

「Jervisも戻りました」

 

巻雲、敷波、それとJervisが戻って来て私達の話は一時中断した。

 

「ご苦労様。黒潮と由良は何か言ってた?」

 

「由良さんはそろそろ一度補給したいって言ってましたよ」

 

やっぱり第四艦隊は補給が必要だったみたいね。

 

「それは手配済みよ。黒潮はどうだった敷波」

 

「特になにも。強いて言うならそろそろこの行動にも飽きて来たって言ってました」

 

「漣が不知火に反応しなければその飽きからも解放されるでしょうね」

 

「Janus戻りました」

 

「お疲れ様。不知火は何か言ってた?」

 

少し遅れて帰って来たJanusにも同じ質問をするとJanusは困ったように頬を掻いた。

 

「突破して漣を沈めてしまってもいいんですよねって言ってました」

 

「それはもちろん。できるのならやってしまいなさい」

 

不知火の戦力じゃ突破はできても漣まで倒すのは戦力不足が否めないけど突破した時点で私が第一中隊を率いて援護に入るし全く問題ない。

 

「教官、右翼部隊が動き始めました」

 

報告を聞いている間に不知火達は陣形を変更して戦線を押し込み始めた。

 

「第四艦隊も強かったけど流石に第二艦隊には劣るわね」

 

中央の攻防で第四艦隊の凡その実力はわかっているけどやはり第二艦隊には少し劣る。第四艦隊は戦線をほとんど動かすことが出来なかったけど不知火達はどんどんと前進している。敵がその場に止まって受け止める事ができないと判断して勢いを受け流そうと艦隊を後退させているのもあるけどそれにしても前進スピードが速い。これなら右翼方面から第一艦隊を包囲できそうだ。

 

「金剛、不知火の方に砲撃を集中してあげて」

 

辛うじて崩壊は防いでいるように見えるけど流石に支援砲撃が集中すれば崩れるだろう。

 

「それはちょっと待つですね陽炎」

 

「どうしてよ。今がチャンスなんだから躊躇う理由はないわよ」

 

「敵右翼、つまり黒潮の左翼部隊正面に動きがありマス」

 

「……なんですって?」

 

金剛はレーダーを装備しているから私よりもよっぽど戦場の状態を把握できている。無視すべき意見じゃない。

今回の戦いに臨むにあたって私は双眼鏡を首に下げていたから直ぐにそれを手に取り左翼正面に目を向けようとした。

 

「教官左翼部隊が!!」

 

狭霧の言葉に顔を上げると今まで見た事のないような数の水柱が左翼部隊から上がっていた。




裏で3本くらい艦これの小説作ってるんですけど投稿するか迷ってます。
一番多いのでもまだ五千字くらいしか書けてないですし投稿するとしても当分先にはなると思いますけど。


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黒潮

戦闘描写は難しいと言う人はよく聞くけど自分も同じタイプなんで毎回苦労します。

今回の話は特に。精神がゴリゴリすり減った。


「なんやなんや!」

 

戦闘開始から約1時間、唐突に降り注いだ砲弾の雨に思わず叫んでもうた。指揮艦が取り乱すなんてあんまええ事やないけど今回ばかりは許してほしい。

 

「被害報告!」 

 

なんとか動揺を落ち着けて怒鳴りつけるように叫ぶと幸運な事に直撃した奴はおらんかったみたいで一番被害が酷いのでも小破止まりやった。

やけどそれで敵の攻撃が終わるはずもなくさらなる追撃がウチらを襲った。

 

「黒潮、正面から敵機!」

 

親潮の叫び声に反応して敵上空を見ると豆粒のような黒い点々が大量に蠢いとった。

 

「多すぎやろ!」

 

ちゃんと数えたわけやないけど少なく見積もって200機以上の艦載機がこっちに向かって来とった。

 

「親潮、陽炎に援軍送るよう要請!!」

 

「敵に傍受されます!」

 

「そんなこと分かっとる! せやけどこのままウチら左翼部隊が突き崩されてそのまま全軍の瓦解に繋がりかねへんやろ!!」

 

秋月型がおるとはいえウチらの対空戦闘能力は200を超えるような艦載機に対処できるほど高ない。おそらく正面の敵も時間を置かずに突っ込んでくるしここで援軍をもらわなこの戦いに負ける。

 

「なりふり構ってる暇はあらへん。親潮は自分の駆逐隊と二十一駆を使って対空戦闘! 十九駆と巡洋艦連中は正面の敵の足止めや!!」

 

「駆逐隊一つとだけだと前線の戦力が足りません! せめてもう一個駆逐隊ないと」

 

「あの数に一個駆逐隊で対応できるわけないやろ! 陽炎から援軍が来るまでだけなら正面の敵はなんとかする!!」

 

本来なら指揮下の艦娘全員で応戦したいくらいやけど正面の敵がそれを許してくれるとは思えへん。

艦載機による攻撃に巻き込まれんよう同時というわけではないやろうけどそのギリギリのラインを攻めてくることは間違いない。ならそのタイミングをずらすために少数の戦力で反撃するしかない。敵機が引き上げた後ならまだ体勢を立て直すことも可能かもしれへん。

 

「グダグダ言ってる暇はないで! ええから親潮は対空戦闘に集中するんや!!」

 

言うてる側から正面の敵が砲撃を開始してきた。まだ距離があるからあたりはしてないけどこれで艦列を乱したら対空砲火の効果が減少してまう。

いや、むしろこのまま突っ込んで乱戦に持ち込むべきか? そうすれば敵の艦載機は誤射を避けて……いや、アカン。まず間違いなく敵機の方が先に接触するからより悪い状況で敵右翼部隊とぶつかる事になる。

 

「いっそ急速後退して敵との距離を稼ぐべきか?」

 

「後退するんですか!?」

 

しまった、声に出したつもりはなかったんやけどな。

 

「いや、今更もう遅いわ。ここで陽炎からの援軍が来るまで食い止めるで。命令に変更なしや」

 

本来ウチらは正面の敵右翼部隊を抑えつつ中央の第四艦隊が引きずり込んだ敵中央部隊の側面を叩く事が任務やった。それが敵が乗ってこんかったせいで不知火の右翼部隊を前進させて右翼からの包囲を目指した。やけどその瞬間、敵は右翼を放置して支援砲撃と艦載機をウチらに差し向けてきた。艦載機の数的には第一艦隊が出せる最大数のざっと三分の一くらいやけど飛ばした艦載機の回収と補給、攻撃ペースとかを考えたらほぼ全力と言ってええ。多分この艦載機の攻撃が終わった後、あんま時間を置かずに第二派が来る。ただ耐えればええだけやのにここで決めに来るとはすっかり騙されたわ。

まず間違いなく戦いの天王山はここや。ウチらの働きいかんでこの戦いの趨勢は決する。多分この攻撃をただ食い止めるだけやとアカン。こっちの勝利条件が漣の撃破である以上、たとえこの攻撃を食い止めたとしてもその後に敵に対して攻撃できるくらいの戦力がないと、こっちの勝利条件を達成できへん可能性があるからや。不知火なり第四艦隊なりが攻勢に出た時、ウチらの戦力が少なかったら敵右翼部隊に行動の自由を与える事になりかねんから可能な限り犠牲は抑えなアカン。

 

「損な役回りやなぁ。こういうんは不知火が受け持って欲しいわ」

 

被害を最小限に抑えつつ、敵の攻勢は受け止める。改めて考えるとウチみたいな指揮艦初心者がやるような事とちゃうな。

 

「巡洋艦は敵の一番突出しとる部隊に対して砲撃を集中。駆逐艦は魚雷を扇状に発射、その後は主砲で嫌がらせや。当てる必要はないで。敵の進軍速度を少しでも遅くする事が目的やからな」

 

多分、いや確実にこの攻撃で沈む艦娘が出るやろうな。敵艦載機の攻撃に対抗する艦娘が少ないしその段階で沈む艦娘が出てもおかしない。

一応ウチら艦娘には主砲以外にも艤装に備え付けとる機銃がある。それらはウチらが操作して手動で迎撃するだけでなく自動で艦載機を迎撃する事もできる便利な装備やけど、欠点として自動迎撃は精度が悪くなる。新米の艦娘なら自動のほうが迎撃効率がええなんて事もあるけどウチら二水戦がそれに当てはまるはずもなく皆この機銃を信用してへん。迎撃する親潮らはともかくウチらは自動迎撃でこの機銃を使う事になるやろうけどどこまで信用していいのやら。

 

そんなことを考えながらも手に持つ主砲は接近する敵に向かって弾を撃ち続ける。時折上空で爆発音が聞こえたり真横に爆弾が降ってきたりしてメッチャ怖いけど全部無視や。当たりそうなんは親潮達が撃墜してくれるし撃ち漏らしがあっても普段は頼りにならへん自動迎撃の機銃がなんとかしてくれると信じて上は気にせず撃ちまくる。

ウチの普段の行いが良かったんかウチはなんとか被弾ゼロで敵機をやり過ごす事ができた。せやけどウチの十九駆は1隻が中破、2隻が小破。それとウチの指揮下に入っとる4隻の巡洋艦の内1隻が中破、他は小破やった。

 

「親潮そっちの被害はどうや!?」

 

「こちらは至近弾で艤装が少し損傷したくらいで全員無事です」

 

「よし、第一派はなんとか凌いだな。次は正面の敵右翼や!!」

 

予想に反して轟沈艦がおらんかった幸運を喜ぶ暇もなく、もうすぐ敵は水平射撃が可能な距離になる。敵の空襲で艦列が乱れたウチらが対抗し切れるかはギリギリのところやけど、艦列を整えての行儀のいい艦隊戦やなく敵味方入り乱れた乱戦状態に持ち込めばなんとかなる。

 

「艦列は整えんでええ! 全艦突撃用意や!!」

 

仮に防ぎ切れたとしてもウチらも敵の右翼も再度攻撃するような戦力は残らんやろう。せやけどそれでこっちからの攻撃の可能性が無くなるから戦術的には多少のメリットがある。

 

「旗風!?」

 

敵右翼に近づくにつれて敵の艦娘の顔がよく見えてくる。驚いた事にそこには旗風の、敵の第三駆逐の姿があった。不知火曰く三駆は一水戦の中でも精鋭揃い。おるとしたら最も激しい戦闘が予想される中央か、もしくは予備戦力として後方に控えるかのどっちかやと思っとった。

 

「魚雷発射用意! 残っとる魚雷は全部出すんや!! 出し惜しみする必要はないで!!」

 

乱戦になれば同士討ちが怖くて魚雷なんざ撃てへん。ウチら十七駆はさっき魚雷を撃ったからすっからかんやけど他は余っとる。敵の艦列が乱れるには十分な数を撃てるはずや。

 

「敵艦も魚雷を発射したようです!」

 

「こっちも魚雷発射や! 回避行動は最低限にできる限り速度を落とさずに突っ込むで!!」

 

ここで大きく回避運動を取れば敵に対して隙を見せる事になる。真っ直ぐ魚雷に突っ込んで最低限の動きで避ければ隙を晒す事もない。普通の艦娘やと無理かもしれへんけどウチらは二水戦、追従する巡洋艦連中も第二艦隊の艦娘や。できへんはずがない。

 

「敵が回避行動を取ったらその瞬間全艦主砲を叩き込むんや!!」

 

第一艦隊にはウチらと同じ動きはできへん。そう思って敵が魚雷を避けて隙ができたところを叩こうと思ったけどそれはできへんかった。思いの外敵右翼の動きは良くてウチらと同様魚雷に突っ込んで最小限の動きでかわしよった。

こうなったら主砲を撃ったところで大した効果は期待できへんけどしゃあない。こっちから撃たんでもどうせ向こうから撃ってくるんやし先手必勝や。

 

「全艦、主砲撃ち方はじめ!」

 

遠距離戦で行われる曲射と違って近距離の水平射撃は艦娘の練度が如実に出る。ウチらが攻撃を始めると殆ど同時に敵も攻撃を始めたんやけどその第一射でウチが見える範囲三隻、味方が被弾した。そんで敵には二隻が被弾。ウチが旗風に撃った弾はあっさりと避けられて水柱を上げるにとどまった。

この旗風は二水戦に勝るとも劣らへん実力者。ウチ以外やと親潮なら相手できるやろうけど他やと少し不安が残る。ウチが相手するしかない。

 

追撃を仕掛けようとしたけど旗風はそれを読んで先に主砲を撃ってきた。もちろんそんなもんに当たるほどウチは間抜けやない。簡単に避けさせてもらうとお返しに主砲を撃ち返した。

互いの部隊の隊長同士が一騎打ちを始めたからか周りの艦娘は邪魔をせんようにウチらから少しづつ距離をとった。

まぁ乱戦状態やし不意打ちは全然あり得るから警戒はせなあかんけど場所を開けてくれたんはありがたい。

 

「二水戦の黒潮ですか。陽炎以外は大した事がないと思っていましたけど中々どうして強いですね」

 

撃ち合いの最中唐突に旗風が話しかけてきた。

 

「ウチかて二水戦や。弱いわけがないやろ」

 

この戦いまでの一連の行動から、この旗風が第一艦隊内でも特に漣の信頼が厚いんは間違いない。ここで倒せれればウチらの勝利に一歩近づく。

だからこそ不思議に思うのはなぜ旗風が右翼部隊の指揮を取っとるんかといことやな。

 

「ですが貴女は敵を信用しすぎです。乱戦に持ち込んだのなら周りの警戒はキチンとしないといけませんよ」

 

「黒潮後ろです!」

 

敵と話したり、交戦中に敵の意図を考えたり余計なことしとったんが悪かったんやろうな。親潮の叫び声に振り向くと同時に足元に大きな衝撃が走り魚雷が当たった事を悟った。艤装が煙を上げ小規模な爆発を繰り返しながら足元がゆっくりと海に沈む中、頭は意外と冷静に旗風の策に嵌められた事を導き出した。

乱戦状態で魚雷を撃つ事は味方の同士討ちの危険がある。やけど今ウチの前には旗風しかおらんからその危険は殆どない。多分ウチは誘い出されたんやな。

 

失敗したなぁ。もっとウチに経験があればこんな事にはならんかったやろうに。まさか二水戦の生き残りでウチが最初に沈む事になるなんてなぁ……。

 

なんならウチ、陽炎、親潮、雪風の二水戦の生き残り4隻の中で一番年上やから沈むより先に引退するもんやと思ったったし。

せめて二水戦の生き残りの中で唯一の轟沈になってほしいなぁ。あの3人にはウチの代わりに長生きしてほしいわ。

 

そう言えば陽炎の泣いてるとこって見た事ないな。

二水戦が壊滅した時も陽炎は涙一つ見せずに事後処理しとったっけ。そんな暇もなく忙しかったと言えばそれまでやけど……。

 

ウチが死んだら泣いてくれるかな。長い付き合いやし少しくらい泣いてくれてもバチは当たらんやろ。

 

……気付いたら首まで海面に浸かっとんな。

意外と時間かかった気がするけど多分実際はほんの数秒とかなんやろな。これが走馬灯って奴なんかなぁ。

 

 

 

……ウチ、もうアカン。

 

「陽炎……」

 

さいならぁ〜……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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突撃

黒潮達左翼部隊からの通信による援軍要請。それから私が援軍を送り出すまでには少し時間がかかった。と言うのも漣は確実に黒潮達の部隊を倒す為に私のところにも艦載機を送り込んできていたからだ。

第一艦隊が保有する空母は6隻。それぞれ100機前後の艦載機を有しているから合計で600機。多めに見積もってその三分の一が戦闘機だとしても400機は爆撃機や攻撃機だ。現在黒潮側に200機、そして正面から同じく200機の艦載機が突っ込んできている。余程黒潮のところに援軍を送ってほしくないらしい。

 

「全艦対空戦闘! 終わり次第私が第一中隊を率いて黒潮の援護に行くわ!!」

 

だけどそれが実行される事はなかった。私達が敵を撃退した時、既に黒潮達は敵と乱戦状態に陥っていたからだ。

 

「援護に行くなら指揮は引き継ぎますけどどうしますカ?」

 

乱戦状態でなければ一当てして引き返す事もできた。それなら予備兵力がいなくなる時間も最低限で戦線に与える影響も小さい。だけどあの混乱状態だと事態を収拾するには暫くの間左翼部隊にかかりきりになる必要がある。その間に中央なり右翼なりが突破されそうになれば対応できる部隊がいない。

 

「……仕方ないわね。十四、十五駆で黒潮の救援をさせる。流石に予備兵力が長時間無くなるのは避けたいわ」

 

結論から言えばその決断は遅かった。

 

『陽炎姉さん! 黒潮が、黒潮が……!!』

 

親潮から私への直接の通信に私は嫌な予感を感じた。

 

「落ち着きなさい親潮。何があったの?」

 

『黒潮が……轟沈しました!!』

 

その時受けた衝撃を、私は生涯忘れる事はないだろう。

黒潮との付き合いは不知火に続いて長い。だけど一所にいた時間では不知火よりも長かった。

 

「黒潮が……!? そんな……」

 

『他にも既に2、3隻轟沈していて私達だけで抑え切るのは不可能です! 早く援軍を!!』

 

言いたい事は幾つもあった。だけどその全てを堪えて私は一言だけ搾り出した。

 

「少し時間を頂戴」

 

『時間なんてありません! すぐにでも援軍を』

 

「いいから少し黙ってて!!」

 

怒鳴りつけた後、私は親潮との通信を切断した。今は何も聞きたくない。ただ考える時間だけが欲しい。

 

「陽炎、考えるのは構いませんが時間はあまりないデース」

 

「そんなのわかってるわよ!」

 

「ならすぐに援軍を出すですネ」

 

援軍、援軍か……。

 

「ねぇ金剛。私達の勝利条件ってなんだったかしら」

 

「何を今更聞くですか。そんなの漣を倒す事デース」

 

「そうよね。じゃあ私達の敗北条件は?」

 

「分散した敵が引き返して合流する事ですネ」

 

「違うわ。それは私達が敗北する前提条件の一つであって敗北条件ではないのよ。極端な話、敵に合流されたとしても漣さえ倒せば敵は旗頭を失い私達は勝利できるわ」

 

「なら敵の勝利条件は何だと言うですカ?」

 

一見すると私達の方が不利に見えたこの戦いだけど、私達の目標は第一艦隊ではなく漣だ。

 

「指揮艦を全滅させるか、継戦意思を削ぐこと。場合によっては、敵は私達を全滅させなければならないかもしれない。それにに対して私達の目標は極めてシンプルよ」

 

漣だけを狙えばいい私達と違って敵は私達全滅させなければならない。漣自身の戦闘能力が高いから一概にどちらの方が簡単と断言する事は難しいけどたった1人を倒せばいい私達の方がいくらか容易だろう。

 

「なるほど。それで、陽炎はどうするつもりデース」

 

「今更左翼部隊の混乱を収拾しても敵に勝てるとは思えないわ」

 

私達は攻め続けるしかない。ここにきて互角だった戦力が私達側が不利になるのならば、やる事は一つだ。

 

「親潮がうまく敵をいなすかもしれませんネ」

 

「あの混戦状態じゃあ指揮なんて取れないでしょ」

 

「……見捨てるですカ?」

 

「たとえあれをなんとか立て直せれても彼我の戦力比は戦闘開始前と比べて開くのは確実よ。だけど今なら敵と対等に戦える」

 

左翼は全滅するかもしれない。なんなら中央も、右翼も全滅するかもしれない。それでも漣さえ倒せば私達の勝ちなんだ。

 

「金剛、全体の指揮をとりながら左翼部隊の援護はできる?」

 

「誰に物言ってるですカ。余裕のよっちゃんデース」

 

最悪できなくても仕方がないと思っていたからこの返答は頼もしい。

 

「狭霧、第四艦隊の補給はどれくらい終わっている?」

 

「まだ3割ほどしが終わっていません」

 

「そう、3割も終わっているなら十分よ。ここから先は残弾を機にする必要はないわ」

 

多分、以前までの私だとこの作戦の成功率は低かったと思う。経験も実力も漣に大きく劣っていたから一対一で戦えても勝つ可能性は低かっただろう。

不本意な事だけど漣にあの注射をされて以来、私の調子はすこぶるいい。艤装の操作も、身体能力も明らかに上がっている自覚がある。最初は気のせいかと思っていたけど多分あの注射は適合したんだろう。今の私が漣に劣っているのは経験だけ。それさえも長らく実戦から離れて感覚が鈍っているであろう事から帳消しにできる。今の私なら漣を倒せる。

 

「第四艦隊は敵中央に対して全力で攻撃、乱れた敵に対して私達第一中隊で突撃して敵中を突破するわ」

 

「左翼の援護にいかないんですか!?」

 

「言葉の通りよ狭霧。後は金剛の判断で援護をしてくれるわ」

 

援護するのか他の手段を取るのかは知らないけどここから先の指揮は金剛の役目になる。無責任と言われるかもしれないけどたとえこの艦隊がどうなろうとも漣を倒すのが私の責務だ。

 

「右翼はどうするデスカ」

 

「右翼はこのままでいいわ。最悪私が突破できずとも不知火が突破して漣を倒せばそれでもいいしもし倒せなくても一時的に指揮系統が麻痺するでしょうから私が突破する隙が生まれる」

 

不知火なら私達の行動を見て合わせてくれるはずだ。

 

「じゃあ私は第四艦隊と合流するから後は頼んだわよ」

 

「貧乏くじを押し付けられた気がしますが仕方ありませんネ」

 

「な、納得できません! こんなの戦術的に間違っています!!」

 

「今は時間が惜しいから詳しい説明は移動しながらしてあげるわ。第一中隊、前進するわよ」

 

狭霧の抗議を封殺して私は部隊を前進させた。

 

「確かに私がやろうとしている事は戦術的合理性に欠くわ。だけど今まさに負けそうになっている私達には、こんな無茶苦茶な手段を取るしか手は残されていないのよ。お行儀の良い戦い方ができる時間はもう終わったわ」

 

私だってできる事なら正当な艦隊戦で決着をつけたかった。こんな邪道とも言える戦い方はしたくなかった。

 

「戦線が崩壊するのが先か、漣を倒すのが先か。決着はそれで着くわ」

 

せめて黒潮が生きていれば……。

 

「黒潮教官が死んだからヤケになったわけじゃないんですね?」

 

「狭霧」

 

「はい」

 

「二度と、少なくともこの戦いの間は二度と、その事を口にしないで。この戦いが終わればいくらでも非難は受けるから」

 

私の声は震えていなかっただろうか。いつも通り話せていただろうか。上手く答えられたと信じたいけど、多分いつも通りでは無かったのだろう。

その証拠に狭霧は息を呑んでそれ以上その事に言及しなかった。

 

事前に司令部を前進させていたおかげで第四艦隊との合流にはそれほど時間は掛からなかった。

 

「由良」

 

「陽炎さん!? どうしてここに?」

 

「左翼が崩れたのは知っているわね」

 

「はい。ですからてっきり左翼の援護に行くものだと……」

 

「アレを助けたところで、もはや私達に勝利はないわ。それならいっそ今仕掛けるべきよ」

 

流石は指揮艦とでも言うべきだろうか、由良にはそれだけで十分だった。

 

「巻き返す事はできないんですね」

 

「少なくとも私には無理よ」

 

せめて黒潮が生きていれば、そう思わずにはいられない。指揮艦である黒潮が生きてさえいればまだなんとかなったかもしれない。親潮だと数の減った左翼部隊を指揮して、敵右翼の攻勢を受け止めることができない可能性が高い。だからと言って予備戦力を投入してもジリ貧になるだけ。

金剛には戦力差を理由に今攻勢をすべきと主張したけど、一番の理由は指揮艦の問題だ。せめて親潮や雪風が育ちきっていれば展開も変わっていたはずなのに……。

 

「それに不知火の敵左翼の突破もなかなかいい感じに進んでいるし、ここで中央部が攻勢を強める事は右翼部隊の援護にもつながるわ」

 

「了解しました。漣の元まで突撃すればいいんですか?」

 

「敵中央を突き崩すだけでいいわ。貴女の部隊がこじ開けた穴を私達二水戦第一中隊で広げて突破し漣を倒す」

 

それ以外に手はない。黒潮の死を無駄にしないためにも今ここで、漣を倒さなくてはならいない。

 

「……美味しいところだけ持っていくんですね」

 

予想外の発言に私は言葉に詰まった。

 

「インド洋の時もそうでした。私達が二水戦に劣っているのは事実でも艦隊決戦をさせてもらえないほど弱いとは思っていません」

 

そう言えばあの時はインド洋に巣食う深海棲艦の海上戦力はほぼ全て二水戦で駆逐したんだったわね。

 

「貴女達が強い事は知っているわ。だけど漣を相手にするには力不足よ。それよりも私達が突破した後、敵に挟撃されないよう中央をしっかりと抑えて欲しいのよ」

 

と言うか少しでも時間が欲しい今、その事でごちゃごちゃ言わらたくない。

 

「それで十分なんですか?」

 

「ええ。私達の背後が脅かされなければそれでいいわふ」

 

「……質問を変えます。敵中央を完膚なきまでに撃破しなくてもいいんですか?」

 

思わぬ言葉に虚をつかれ私は目を瞬かせた。

 

「できるのであればしてくれればいいけど……」

 

正直今まで互角の戦いを演じてきた相手を今さら撃破すると言われても強がりにしか聞こえない。

 

「ではそのように。しばらく待ってください。貴女達が突撃する為の穴を開けます」

 

そう言うと由良は指揮に戻った。



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最終決戦

はっきり言おう。私は由良を、第四艦隊を舐めていた。さっきまでの戦いから精々が第一艦隊と互角だと考えていた。だからこの突破も最終的には私達の助力が必要になり漣と対峙する際には多少数を減らした状態になると思っていた。

 

「指揮艦の許可は降りたわよ! みんな思う存分暴れちゃいなさい!!」

 

由良の号令一下第四艦隊は巡洋艦による砲撃を行うと由良を先頭に整然と突撃を開始した。軽巡洋艦が先頭に立って突撃するという軽巡洋艦のいない今の二水戦にできない水雷戦隊のお手本のような突撃だった。まるで熱したナイフでバターを切るかのように簡単に敵の戦線を断ち切ると由良は部隊を二つに分け敵の背後に回り込む動きを見せた。

あまりの手際の良さに一瞬行動が遅れそうになったけど辛うじてそれは回避し私達は由良がこじ開けた穴を突破することができた。後ろでは敵の指揮艦がなんとか包囲されないように必死の抵抗を続けているけどあれは時間の問題だろう。

 

「まさかこんなに簡単に突破できるなんて……」

 

「敵の油断でしょうね」

 

「油断ですか?」

 

「少なくとも単純な実力ではこんなに圧倒できるほど第一艦隊と第四艦隊に実力差はなかったわ。だけどこれまで由良達は突破ではなく誘引にこだわっていた事、敵の右翼が攻勢に出ていた事。そして私達の右翼が攻勢に出ていた事で中央は戦線を維持するとでも思っていたんじゃないかしら」

 

つまりさっきの私と同じような思考に陥っていたと言える。

お互いが取り返しのつかないミスを一つずつしたおかげでさっきまでは漣がかなり優勢だった戦況ももはやどちらが有利とは断言できなくなった。私達が無傷で突破できたとあっては後は私達と漣の本隊との直接対決に託された。いや、もしかしたら私達が優勢になっているのかもしれない。敵が優位に戦えているのは私達の左翼部隊を相手にする右翼部隊だけ。それ以外は悉く劣勢に陥っている。上手くいけば中央と右翼どちらか、あるいは両方が戦闘中に合流できるかもしれない。

 

「教官、漣っぽい」

 

夕立の言葉に正面をよく見ると駆逐艦娘が1隻、後ろに20隻程度の艦娘を引き連れてこちらに近づいてきていた。

 

「殊勝な心掛けね。自分から倒されにきてくれるなんて」

 

大声で話せばお互いの声が聞こえるくらいにまで近づくと私は漣に声をかけた。

 

「随分といい顔をするようになりましたね。黒潮が死んだのがそんなにも」

 

その瞬間、私は漣に向かって主砲を撃っていた。距離的にも絶対に当たるはずがなあのは分かっていたけど、あんな事を言われて黙っている程私は大人しくない。

 

「随分なご挨拶ですね」

 

「黙りなさい。次余計なこと言うと沈めるわよ」

 

「そんなこと言わずともどうせこの戦いが終わればどちらかは海の底ですよ」

 

ケラケラと漣は笑った。なんとなく癪に触る笑い方だった。

 

「色々と言いたい事はあったけど、もういいわ」

 

「私はもう少しお話を楽しみたいんですけどね」

 

「アンタに付き合ってたらこっちが負けちゃうじゃない」

 

これは嘘だ。漣が私の言葉を信じて時間を稼ごうとすれば私達は勝利に近づける。

 

「そうとは限りませんよ。こちらの中央と左翼は劣勢のようですし互角と言ったところでしょう」

 

そう言って笑う漣には焦る様子は見られない。漣の言う通り戦況は互角、なんなら私は今はこちらが少し有利と思っている。少し前と違い漣と相対する事ができたおかげで目標を達成できそうな私達と、こちらの左翼側でしか優位を確立できていない漣とならこちらが有利だ。

だと言うのに漣はどこか余裕を感じさせる不気味な笑みを浮かべ続けている。

 

「私にはアンタが一体なにを考えているのか分からないわ」

 

思わずそんな言葉を発してしまうくらいに、彼女は不気味だった。

 

「所詮他人ですからね。分からなくても仕方ないですよ」

 

「相手が対話できる人である以上、状況と言動からある程度の考えは推察できる。だけど今のアンタはまるで深海棲艦みたいに考えが読めないわ」

 

不気味な笑みが段々と喜びを噛み締めるかのような笑みに変わり、私はますます漣のことが分からなくなった。

 

「そうですか、それはよかった。私の意図が読めない事が有利に働く事はあっても不利になる事はないですからね」

 

「そういう意味で言ってるわけじゃ……」

 

「教官、右翼部隊が突破に成功したそうです」

 

狭霧からの報告と同時に漣も同様の報告を受け取ったみたいで、近くの駆逐艦娘から何か話しかけられていた。

 

「もう少し話していたかったんですけどどうやらその時間はないみたいですね」

 

「戦艦が4隻に空母が6隻。半分は接近戦だとまともな戦力にならない大型艦だと言うのに勝てると思っているの?」

 

こっちは私を合わせて13隻の駆逐艦。対して漣は漣を合わせて駆逐艦は9隻。総数では少し負けているけど相手の殆どは大型艦。これが遠距離からの砲撃戦なら大型艦に分があるけど、この距離なら駆逐艦が大型艦に負ける事はまずない。じきに不知火も合流するしこっちが有利だ。

 

「私は貴女が生まれるよりもずっと昔から戦い続けてきたんですよ。深海棲艦だけじゃありません。非公式ながらがら艦娘を処理した事だってあります。今更貴女達くらいに手間取るわけがないでしょう」

 

漣の纏う空気が変わった。そう認識するのと同時に彼女は主砲を私に向け発砲、直後に背後の艦娘達も攻撃を開始した。

 

「全艦突撃! 敵の懐に入って確実に沈めなさい!!」

 

距離的には駆逐艦が有利とはいえ、もっと近づかないとこちらの被害が大きくなる。駆逐艦の主砲で戦艦や空母を沈めるのは不可能に近い。だけど近距離から、必殺の距離からの魚雷なら沈める事ができる。しかしそれは近づくまでの間敵の砲火にさらされると言うことでもある。並の駆逐艦なら被弾したりして達成は難しいけど、二水戦ならそれが可能だ。

漣もそれを分かっているし、それを防ぐために駆逐艦がいるけど距離が近くなれば誤射を恐れて自然と戦艦の砲火も弱まるはずだ。もしも巡洋艦がいれば話が変わったけど幸い今の漣の手元に巡洋艦の姿は見えない。両翼のどちらかに援軍として派遣したのだろう。

 

「その後は各駆逐隊毎に隊長の指揮で各個に敵を撃破! 私は漣の相手をするわ!!」

 

おそらく、いや確実に私以外では漣の相手はできない。だからと言って味方を指揮しながらでは私が漣に負ける。必然的に指揮は駆逐隊が独自の判断で行動し戦ってもらうことになる。そしてそれは漣も同じだった。

 

「事前の計画通り私が陽炎の相手をします。その他の二水戦は長門を指揮艦として迎撃してください」

 

漣を避けるように二つの駆逐隊が前に出て私の両脇からも三つの駆逐隊が突撃を開始する。私の真後ろにいた夕立の十三駆が若干出遅れ磯風、夕雲の十四、十五駆逐隊が敵の駆逐隊と戦いを開始しその奥の戦艦空母に対しては十三駆逐隊が攻撃を開始した。

その様子を視界の端に捉えながら私は漣と向き合った。漣に集中しなければならないのはわかっているけど、今戦っているのは私の部下である以前に生徒だった艦娘達だ。その艦娘が私の手から完全に離れて戦うとなっては気にしない方が難しい。

 

「部下の心配をしている場合ですか?」

 

そんな私の隙を漣が見逃すはずがなく容赦なく主砲を撃ってきた。だけどそれらは全て私の周りに水柱を作るだけだった。

この距離で漣クラスの艦娘が外すなんてあり得ない。水柱が晴れた瞬間、咄嗟に漣の太腿についている魚雷発射管に目を向けるとそれは定位置に戻ろうと回転していて、いくつかの発射管は空になっていた。

発射された数はそう多くはない。放射状ではなく私が直進してくると想定して撃っていると予想して、私は右に舵を切った。漣は右手で主砲を持っているから右側、つまり漣から見て左側は体のせいで若干可動域が狭く狙いにくいからだ。

 

「おやおや、そんな安直に逃げていいんですか?」

 

だけどそれはあくまでも漣がその場から動かなければの話。私の逃げる方向を予測していた漣は回避行動に合わせて私に平行するように舵を切り主砲で追撃を仕掛けてきた。私の主砲は両手で持つタイプで引き鉄は右手に掛かっているから左側の可動域が狭くなる。私が右側に逃げ漣が並行すると言うことは左側に漣が来ると言うこと。逆に漣は右側に私を見るから私と比べて漣は主砲を扱いやすくなる。

 

「きゃっ!」

 

漣は今度は外さなかった。やっぱりさっきのは魚雷から目を逸らすためのカモフラージュだったのだろう。放たれた2発の砲弾の内の1発は足元に落ち至近弾、もう1発は左肩に命中した。

 

「きゃだなんて随分可愛らしい悲鳴ですね。撃たれるのは初めてですか?」

 

「少なくとも艦娘に実弾ぶち込まれたのは初めてよ」

 

揶揄う漣を睨みつけながら言い返すと漣はまた笑った。

 

「今時の艦娘ですねぇ。私がバリバリの現役だった時はしょっちゅうでしたよ」

 

艦娘と艦娘の戦い。それ自体は過去を振り返れば多くはないけど存在はする。だけど反乱と呼べるような規模のものは日本では一水戦の反乱と今回の漣の反乱だけだ。

 

「昔は訓練用の弾薬なんてありませんでしたから訓練にも実弾を使いましたし、跳ねっ返りの強い艦娘相手に実弾でわからせることもありましたから」

 

雑談を交えながらもお互いに攻撃の手が緩む事はない。この雑談すらも相手に隙を作るための小細工に過ぎない。最初に私が一発もらったようになんらかの形で隙を作らないと私達クラスの戦いだと砲弾が掠ることさえないからだ。

 

「もちろん政府に反抗しようとする艦娘を沈めたことも一度やなどではありません。故にどこに砲弾を当てれば沈みやすいか、どんな戦い方をすれば勝ちやすいかも熟知しています」

 

そう言って放たれた漣の砲弾を避け、お返しに主砲を叩き込むと予想外な事に漣の艤装のマストを折る事に成功した。まさか当たると思ってなかったから一瞬動きが鈍ると、その隙を付く形で漣が再び砲弾を打ち込んできた。1発は偶然主砲の装甲に当たり弾かれ無傷。もう1発は右の太腿に当たった。

 

「マストが吹き飛んだくらいじゃダメージはないも同然。それくらいで集中が乱れるようじゃ私には勝てませんよ」

 

さらに追撃仕掛けてきた漣の砲弾が左腕、胸元と連続で命中し大きく体勢が崩れた。判定としてはまだ小破くらいだけどこのままだとまずい。

がむしゃらに魚雷を発射してとにかくこの攻撃を一時的にでも中断させないと押し切られる。

 

「そんな魚雷が当たるはずないじゃないですか」

 

そんな事は分かっている。だけど魚雷回避のために一瞬とはいえ漣の狙いが甘くなったおかげでなんとかこの砲撃から逃れる事ができた。

 

「よくもやってくれたわね!」

 

ここまで一方的に攻撃され続けてきたんだ。そろそろやり返さないと気が収まらない。

 

「そんな単調な攻撃が当たるわけないでしょう」

 

「そわなこと知ってるわよ!」

 

だけど私の攻撃は簡単に避けられる。当然だ。私だってこの程度の攻撃なら避けれる。これまでのやり取りを通して私と漣の実力に大きな違いはない事は分かった。あるのは経験、それも対人戦の経験に関する差だ。深海棲艦に対しては未来位置を予測して撃てば大抵はそのまま当たってくれる。一部の個体は避けてくるけどそれはごく少数だ。当然だが漣はその個体以上の練度を誇る。命中させるには、さっきから漣がしているような小細工を弄するしかないけど、多分大抵の小細工は漣に見抜かれる。自分がやるような事を他人にやられて引っかかるほど漣は甘くない。

 

「なら何か手を打たなければこのまま押し切ってしまいますよ!」

 

経験において漣には勝てない。だけど私にも漣に勝る点はある。それを活かせればまだまだ勝機はある。



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決着

多分今までで一番長いです。


私の勝機、それは艤装の性能差。艦娘には改ニと言うものがあるタイプとないタイプがある。技術的な問題や性能面から改ニを実装しても意味がないと判断され開発が停止したりと理由は様々だけど改ニとただの改とでは性能面での違いは大きい。そして漣にこの改ニはなく私にはある。当然、私はその改ニになっている。

本来カタログスペックでは私の方が有利で艤装の操作能力などの単純な実力は拮抗している。これなら私が有利になりそうなものだけど漣はその差を経験によって埋めている。

 

「改ニでない艦娘に負けるわけがないでしょ!!」

 

いくら性能差があってもダメージを負えばそれも意味が無くなってくる。

 

「私がなぜ改ニになっていないと思いますか?」

 

攻撃の手を緩める事なく漣が問いかけてきた。

 

「そんなの知らないわよ!」

 

ダメージを負ったせいであまり余裕がない。そんな事を考える暇があるなら漣にダメージを与えるために作戦を立てたい。

 

「開発する話もありましたが断ったんです」

 

普通改ニを作るとなれば断る理由はない。なぜならそれだけで艦娘はさらに強大な力を身につける事ができ深海棲艦に対して優位に立てるからだ。

 

「そんなもの必要ないくらい強いからですよ」

 

「他の漣はあなたとは違う」

 

漣という艦娘は本来特別強い艦娘ではない。カタログスペック上も特筆したものがあるとは言い難い。

 

「かもしれませんね。ですが私にとって漣とは私自身の事でありそれ以外は偽物でしかありません」

 

「随分と極端な意見ね」

 

「本物の私が必要ないと言っている以上は必要ないんですよ。そしてその証拠に改ニである陽炎がただの改の私に押されている。これで必要などとは口が裂けても言えません」

 

本当にふざけた話だ。漣の言う通り私は現在押されている。だけどそれは艦娘対艦娘の戦いに慣れていない事が大きい。小手先の技術もそうだけどなにより艦娘同士の戦いにおいては深海棲艦と違う点が多い。一つに艤装へのダメージがある。さっき漣はマストを犠牲に私に攻撃を当てたけどあのマストは艦娘にとってなくても構わない飾りのような装備だ。基本的にはマストの破損でも被害判定になるけどその実、艦娘の行動になんら影響を与えない。流体力学的に速度が少し変わるとかあるのかもしれないけどそんなの微々たる差でしかない。

 

「舐められたものね。アンタと違って対人戦に慣れてないからこうなっているだけよ。すぐに巻き返すから見てなさい」

 

「残念ながら指を咥えて見るほど私はお人よしではないんですよ」

 

その言葉と同時に主砲が火を吹き私の周りに水柱を作る。だけど今度は逃げなかった。漣はさっきみたいに魚雷を置いているかもしれないけどここで逃げてはさっきと同じだしなにより本来正面からの魚雷なんて避けるのは簡単だ。なのにさっき回避行動をとったのは明確なミスだった。

 

「貴女ならそうしてくるでしょうね」

 

漣もそれを予想していたのだろう。魚雷だけでなく主砲も撃ってくるけど今度は当たらない。全てを最小限の動きで避けた上でこちらも主砲を撃ち返すと漣もこちらに向かって突撃してきた。

 

「超近距離での砲雷激戦がお望みならいくらでも相手してあげますよ」

 

「その慢心に後悔して沈みなさい!」

 

超近距離での砲雷激戦。

訓練学校では駆逐艦娘が砲撃、雷撃を使う砲雷激戦の適正距離は20メートル前後と教えられている。魚雷の発射が目視で確認しにくくもっとも魚雷の性能を引き出せるとされていて、かつ水平射撃が可能な距離だからだ。

だけど艦娘同士の演習や深海棲艦との戦いでそれが実行される事は少ない。魚雷の発射は視認されるけど、5メートルから10メートルほどの距離での砲雷激戦の方が砲撃、雷撃ともに当てやすく実践経験豊富な艦娘からは好まれている。この実践で使われる5メートルから適正距離の20メートルまでの距離での交戦を近距離戦と呼ぶ。中距離は曲射を用いながらも雷撃ができる距離。長距離は雷撃ができない砲戦距離のことを指す。

では超近距離とは何か。一部の艦娘は艤装に剣や槍を持つものがいる。その艦娘達が斬り合いを行えるような距離での交戦を超近距離戦という。その距離では砲撃はかろうじて可能だけど、魚雷に関しては発射に際し1メートルから2メートル先に魚雷が射出される事から雷撃は困難になる。魚雷を手に持って叩きつけたりすればどうとでもなるから全く使えないわけではないけどこの距離では普通の艦娘は原則として砲撃、武器を用いた斬り合い、それと手足を使った肉弾戦が主な攻撃手段となる。

 

「慢心? 違いますよ。これは勝利を確信している。ただそれだけの話です」

 

「それを慢心って言うんじゃない!」

 

その言葉と同時に私達は主砲どうしがぶつかりそうな距離で発砲した。

その距離では流石の私達も避ける事ができない。私は腹部に、漣は胸部に直撃弾を受けた。

 

「とうとう捕らえたわよ!」

 

「捕らえたとは言いません! 貴女の方がダメージを負っているのですからこちらが有利です!!」

 

お互いに怒鳴り合いながらも砲弾を叩き込んでいく。魚雷を使いたいけど下手に発射菅を動かすと誘爆の危険に晒すことになる。だからマジックアームの先にある発射管を私の体の影になる位置に置いて私は漣と交戦している。だけど漣は太腿に直接発射管がある関係でそれができない。狙えれば1発で逆転できる。だけどこの距離では俯角が足らずに発射管に当てるのは難しい。できればもう少し離れたい。

 

「逃しません!」

 

当然漣がそれを許すはずがなく私が離れる動きを見せるとピッタリとひっついて並走してきた。

 

「逃げたんじゃないわよ!」

 

言い返しながら私は左足で漣の顔に向かって蹴りを放った。

海上で日本の足で立つ艦娘が片足立ちになると言うのは、陸で片足立ちになる以上に困難だ。艦娘によっては二本足で立つのでさえできず陸に配置される事もある事から、その難易度の高さが伺える。

だからこの蹴りというのは奇襲の効果が高くやられた側は大抵相手の予想外の動きに硬直し蹴りをもろに受ける。だけど漣も私もそれくらいの事は当たり前のようにできる艦娘だ。漣は驚いた様子もなく右手で受けると左足で同じように蹴りを放ってきた。

 

「その程度の事で驚くと思いましたか?」

 

「そんなわけないでしょ。今のは全部囮よ!」

 

言うや否や私は今まで後ろに隠していた魚雷を至近距離から撃ち込んだ。海中で爆発し相手に大ダメージを与える魚雷には砲弾とは比べ物にならない量の炸薬が詰まっている。それを直接叩き込めば駆逐艦など一撃で沈める事ができる。

 

「失望しましたよ陽炎。その程度の小細工で私に魚雷を当てられると思っていたなんて」

 

撃ち出された魚雷の側面を漣はそっと撫でるように触る事で軌道を逸らし全ての魚雷は明後日の方向へ飛び去った。

 

「そんなの知っているわよ」

 

だけどそれは小さいけど間違いなく漣に初めてできた隙らしい隙だった。魚雷発射とほぼ同時に後進をかけて漣の左足の魚雷を狙って主砲を撃った。

 

「……!? やってくれましたね陽炎」

 

残念な事に漣が最初に魚雷を撃っていたせいで誘爆させられた魚雷は1、2本だったから思ったほどのダメージを漣に与える事ができなかった。だけどその左足からは大量の血が流れていて脚部の艤装全体に少なからず被害があるように見えた。判定としては中破寄りの小破か、中破判定か。

 

「油断するからそうなるのよ」

 

「油断していたつもりはないんですけどね」

 

「その傷だともう私には勝てないわ。大人しく降伏しなさい」

 

脚部の傷は戦闘能力に直結する。さっきまでの機動力は間違いなく出せなくなっているからこの後の戦いは私に優位に推移する。

 

「降伏? 今更そんな事するはずが無いと貴女ならわかるでしょう」

 

「そうね。だけど私は反乱軍討伐部隊の指揮艦として、できる事ならば首謀者を生きて捕らえなければならないのよ」

 

「甘いですね。貴女の大事は友人の黒潮を殺した相手に対してそんな事を言うなんて」

 

「甘い? そんなわけないじゃない。アンタにはここで名誉ある戦死なんてさせやしない。衆目に晒されて惨たらしく死になさい」

 

死んだ後に報道で晒し者にされるか、死ぬ前に晒されるかの違いでしか無いかもしれないけどどうせなら後者で死んでもらわないと私の溜飲が下がらない。

 

「随分と恨まれたものですね」

 

「恨まないと思う?」

 

「それもそうですね」

 

そう言うと漣はため息を吐いた。

 

「この傷だと貴女に勝つ事は難しい。それは認めましょう」

 

強い艦娘だ。自らの不利を敵の目の前で認められるなんて。だけどその強さはこの状況を脱却できることとイコールではない。これはただの強がりだ。

 

「ですが貴女を沈める事ができないわけではないですよ!」

 

その言葉を言い終わると同時に漣は私に向かって突撃を敢行してきた。

 

「相打ち狙い!? そんな事になったらアンタ達の負けよ!!」

 

漣の勝利条件は私を沈めることではない。私と漣が沈むのなら戦術的にはともかく戦略的には私の勝利だ。

 

「連合艦隊旗艦として、最強の艦娘として貴女のような小娘に負けるわけにはいかないんですよ!」

 

お互いに主砲を乱射しながら距離詰める。今度は避けたりしない。いや避ける必要もない。足の負傷で狙いが甘くなっている漣の攻撃なんて避けるまでもない。

逆に私の攻撃は面白いように当たる。機動力の落ちた漣が私の攻撃をうまく避けられていないからだ。

 

「今度こそ沈みなさい!」

 

「いくら駆逐艦でもそんな豆鉄砲で簡単に沈むはずないでしょう!」

 

叫ぶと同時に漣は残った右足の魚雷発射管から魚雷を射出した。

 

「当たるわけないでしょ!」

 

「そんなの知っていますよ!!」

 

再び超近距離での肉弾戦が始まった。拳がお互いの顔面に入り次の瞬間にはお互い主砲を鈍器のように使い殴る。砲身が曲がったりするから推奨はされていないけどこの距離だと有効な攻撃手段だ。

 

「いい加減沈みなさいよ!」

 

「それはこちらのセリフです!!!」

 

少しずつ、だけど着実にダメージは積み重なっていく。このままいけばダメージの総量で勝つことができる。

 

「主砲と魚雷だけが攻撃手段だと思っていると、足下を掬われますよ」

 

そう言うと漣は艤装に備え付けられた機関銃を私の顔目掛けて乱射してきた。思わず腕で顔を庇うと漣は私の腹に蹴りを放つと距離をとった。

 

「貴女にプレゼントを差し上げます」

 

そう言って漣が投げ渡してきたのはドラム缶のようなもの、つまり爆雷だった。これは潜水艦を沈めるためのものだから炸薬も多い。

顔に飛んできた爆雷を左手で払う。爆雷は起爆する深度を設定して爆発させるから払ったくらいで爆発はしない。だけどこれは私の隙になる。即座に漣は主砲、機銃といった使える兵器と肉体を持って全力で攻撃を仕掛けてきた。

 

「鬱陶しいわね! 機銃くらいで沈むはずないでしょ!!」

 

主砲は多少当たったけど致命傷じゃない。

 

「そんなの知っていますよ」

 

次の瞬間、漣は増速して私にぶつかろうとしてきた。艦娘同士の衝突は轟沈の原因になり得る。手足を使った殴り合いならともかく体全体がぶつかれば、まるで実船同士がぶつかったかのような衝撃でお互いが大破、ないしは轟沈する事になる。

だけどこの距離でそこまで速度の出ていない漣なら辛うじてだけど避けることができた。多分初めからぶつかるつもりだったらそうはいかなかったけど、漣が躊躇したのかそれをしなかったのが運の尽きだ。

 

「もらったわ!」

 

漣が私の横を通り抜け即座に追撃のため振り返ると漣も上半身を捻って右手の主砲でこちらに狙いを定めていた。

艦娘同士の訓練などにおいては背中の艤装に命中弾があると基本的には轟沈と判定される。艦娘が艦娘として行動するのに必要な物の殆どの機能がそこに詰まっているから、撃ち抜かれた時点で海上で動くことが困難になるからだ。浮く機能については脚部艤装だから相手は海の上に立っていられるけど、動けない艦娘なんてただの的だ。

この時私は完全に振り返って漣から背面の艤装が見えない状態。それに対して漣は背面の艤装の側面が私に晒されていた。あの態勢でおまけに脚部に負傷がある艦娘に対しての攻撃を外すような事はない。

私が撃った砲弾は漣の背面艤装に命中し背面艤装はいくつかの小さな爆発を起こした後、一際大きな爆炎を上げ黒い煙を至る所から吐き出し完全に機能を停止した。

だけど流石は漣と言うべきだろうか私も無傷ではなかった。私が主砲を撃った直後、私の視界の右半分は真っ黒に染め上げられた。顔の右側に手を当てると手にはベッタリと赤い血がついていた。

 

「どうやら私の負けのようですね」

 

黒い煙を吐き出しながら小規模な爆発を繰り返す背面艤装チラリと見て漣は言った。

 

「そうね、私の勝ちよ」

 

念のため漣の主砲がこちらに向けられても対処可能なように警戒できる位置に移動してから私は言葉を返した。

 

「ですが貴女には絶対に消えないプレゼントを残す事ができました」

 

膝の辺りまで沈んだ漣は口元に笑みを浮かべてそう言った。

 

「肉体の欠損はドックに入っても治癒しない。私の視界は今後一生半分のままね」

 

「そうですね。貴女はこれから朝起き夜になって眠るまでその半分になった視界で私の事を思い出し続ける事になる」

 

「ムカつく話だわ」

 

心底嬉しそうな表情を浮かべる漣に私はそう吐き捨てた。

 

「陽炎……」

 

何事か漣が話す事を躊躇するかのような素振りをみせ私無言で言葉の続きを待った。だけどそれが発せられるよりも先に背面の艤装がさっきよりも大きな爆発を起こし漣は急速に沈んでいった。

驚く私に向かって漣はとても美しい笑みを浮かべると一言言った。

 

 

「     」

 

その言葉を耳にした瞬間、私は思わず彼女に手を伸ばしていた。

どうしてそんな事を言うのか。敵である私に伝える事じゃないしましてや沈めた相手に言う言葉じゃない。いやそれ以上にあんな表情で言う事じゃない。

だけどその言葉の真意を問いただす前に漣は海面から姿を消した。残ったのは漣の血と燃料。それと漣の制服の一部くらいのものだった。

 

「……なんなのよ。一体なんだったって言うのよ!」

 

思わず私は手に持つ主砲を海面に叩きつけた。それくらいにあの言葉は不可思議で私の精神を逆撫でする言葉だった。

肩で息をしながら震える拳を握り締め私は残った左目を閉じた。

 

「終わったんですね陽炎」

 

「ええ、終わったわ」

 

いつのまにか来ていた不知火に背後から声をかけられたけど、私は振り返る事なく答えた。なんとなく今の顔を見られたくなかった。漣のせいで感情がぐちゃぐちゃになった今の顔を。

 

「でしたら今一度降伏勧告を。この不毛な戦いを終わらせるためにも、一刻も早く」

 

不知火の言葉に私は無言で頷いた。

できる事ならもう少し頭を整理する時間が欲しかったけどそうもいかない。こうしている今も、私の部下達は死んでいっているかもしれないのだから。

 

私から発せられた降伏勧告は意外な事にすんなりと受け入れられた。漣についてきた第一艦隊ならむしろ漣の敵討とばかりに対抗を強めると思っていたから拍子抜けした。だけどこれ以上の被害が出ないのならそれに越した事はない。私は降伏した第一艦隊に武装解除を命じここに第一艦隊との戦いの終結を宣言した。

交戦開始から1時間28分後。第一艦隊という強大な艦隊にしては呆気なく、だけど第二艦隊としては予定通りの速攻でこの戦いは幕を閉じた。




やっぱり戦闘描写って難しい。あまり地の文を多くすると躍動感がない気がするけどかと言って少なすぎると戦闘描写が伝わらない。
今回のは地の文が多すぎる気がするんだよなぁ。いや、そもそも設定関連が入っているからそこをこの話までに出せていればもっと躍動感があったのか。自分の実力不足を痛感しました。


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一ヶ月後

暫くは後日談です


漣の反乱は彼女の死をもって終結した。それから1ヶ月も経てばその全貌もだんだんと明らかになってきた。

反乱参加艦娘は446隻。内訳は駆逐艦283隻、重雷装巡洋艦含む軽巡洋艦48隻、航空巡洋艦含む重巡洋艦が42隻、航空戦艦含む戦艦が24隻、軽空母含む空母が38隻、補給艦や工作艦、水上機母艦などその他艦娘が11隻。

このうち私達と戦ったのが第一艦隊の駆逐艦(空母の護衛艦だった12隻含む)54隻、重雷装巡洋艦含む軽巡洋艦7隻、重巡洋艦12隻、航空戦艦含む戦艦4隻、空母6隻、そして連合艦隊旗艦漣の合計83隻。その内轟沈したのが駆逐艦15隻、軽巡洋艦2隻、重巡洋艦3隻、戦艦1隻、空母2隻の計23隻で損耗率約27.7%。

対する私達第二艦隊、第四艦隊の被害は第二艦隊駆逐艦9隻、重巡洋艦3隻、第四艦隊駆逐艦5隻、重巡洋艦1隻の合計18隻で損耗率が約20.4%。

 

反乱全体で見るとこの他に反乱軍183隻、友軍は16隻の被害を出している。全体で見ると私達の大勝利と言っていいけど第一艦隊との戦いでは辛うじて勝利を手にしたなすぎない。特に私たちの被害の内駆逐艦7隻、巡洋艦3隻は黒潮が率いた左翼部隊で、この部隊だけだと損耗率は62.5%。巡洋艦に至っては1隻を残して全滅している。それに対し第一艦隊は漣の直属部隊が漣含め駆逐艦7隻、戦艦1隻、空母1隻の轟沈で損耗率約52.6%が最大で部隊ごとに見ると私達の方が損害が大きい。

第四艦隊も結局は、体勢を立て直した敵中央部隊の逆撃で、元々損害を受けていた艦娘を中心に6隻が轟沈している。最後は第一艦隊が底力を見せたと言えるだろう。

 

その反面、ここ以外では終始優勢に事は進み特に13隻という1個水雷中隊しかない戦力で1隻大破した以外は被害を出さずに100隻近い艦娘の撃沈に貢献した第二水雷戦隊教導隊の活躍は凄まじい。彼女達が相手した艦隊が文字通りの寄せ集めだった事も原因ではあったけど全盛期二水戦を彷彿とさせる活躍に一部からは現役復帰を望む声が上がったほどだった。

 

だけどこれはあくまでも漣達と合流していない艦娘の話。漣討伐後に各地から寄せられてきた報告によると、行方不明艦娘は1500隻を超えた。もちろん、今更報告をよこしてきた馬鹿共には罰を与えている。だけどその数が多すぎたせいで厳正に処罰したのは泊地の艦娘全てが行方不明になっていたくせに報告をせず、深海棲艦からの脅威に対抗できず泣きついてきた本物の馬鹿くらいのものだ。

 

「みんな馬鹿ばっかりね」

 

新たにもたらされた報告は駿河湾に餓死した艦娘が打ち上げられたという報告だった。まともに航行できないくせに一丁前に海に出て彷徨い、遭難し最後は餓死するか、脱水症状で死んで浜に打ち上げられる。漣との戦いが終結してから1日1件は必ず寄せられる報告だ。

 

「馬鹿な報告を聞くのが嫌なら連合艦隊旗艦なんてやめてしまえばいいんですよ」

 

思わず呟いた独り言に答えたのは音もなく部屋に入ってきた不知火だった。

 

「代理をつけなさい」

 

「第四代連合艦隊旗艦への就任は確定でしょう。なんせ先代旗艦漣を倒したんですから」

 

「わからないわよ。連合艦隊旗艦の職務を廃止するって案もあるし必ずしも私が旗艦になるとは限らないわ」

 

漣が死んだ事で連合艦隊旗艦は空席になった。面倒な事に漣の次の連合艦隊旗艦の最有力候補が私だった。消えない傷を負ったとはいえ、漣を倒した事で私は名実共に日本最強の名を手に入れた。今は呉から横須賀に移動して連合艦隊旗艦代理の任につき職務を代行している。連合艦隊旗艦という役職が廃止されるにせよされないにせよ、似たような立場に置かれる事は間違いない。

 

「不知火こそ第二水雷戦隊旗艦の椅子の座り心地はどう?」

 

「代理ですよ。まだ陽炎から正式に渡されていません」

 

「第二艦隊旗艦だけでも大変なんだから二水戦の旗艦だけでも引き受けてくれていいんじゃない?」

 

「第二艦隊旗艦代理も金剛が務めていますよね?」

 

呉では金剛が第二艦隊旗艦代理に、不知火が第二水雷戦隊旗艦代理の任につき私に代わって艦隊を運営している。他にも親潮と雪風もそれぞれ中隊長として水雷中隊を率いる事になった。

 

「暫定的だけど名誉ある第一艦隊旗艦でもあるのよ。その分の仕事も多くて大変なのよ」

 

「反乱に参加しなかった数隻しか所属艦娘がいないのにですか?」

 

第一艦隊は現在、旗艦である私を除いて駆逐隊が一つしか存在していない。たった4隻の駆逐艦を除いた全てがあの反乱に参加したからだ。因みにその唯一残った駆逐隊が不知火の率いていた第十一駆逐隊で4隻のうち3隻は不知火の元部下だ。

 

「それでもやる事は多いのよ。所属艦娘の減少に伴う穴埋め、あるいは部隊の解体のための手続きとか色々あるのよ」

 

二度も反乱騒ぎを起こした第一艦隊は解体する動きが出始めている。そもそも殆ど出撃がなかった第一艦隊を残す理由も元旗艦だった漣がいたからだ。いなければ早々に解体されていてもおかしくなかった。

 

「第二艦隊をそのまま第一艦隊に名称を変更して運用するという案もあると聞きましたが?」

 

「司令が却下したわ」

 

元第二艦隊司令長官だった司令も今は連合艦隊司令長官代理の任についている。前司令長官は漣の反乱を防げなかった事から更迭、第一艦隊司令長官も同じく更迭。軍政方面から司令長官を出す案もあったけど結局実戦部隊から司令長官を出す事になり司令がその職に就く事になった。

 

「英断ですね。第二艦隊が第一艦隊になったところで第一艦隊のした事が消えるわけではありません」

 

「なにより第二艦隊を第一艦隊の代わりにしようの言う考えが気に入らないわ」

 

第一艦隊と第二艦隊では元々の役割が違いすぎる。日本の矛である第二艦隊と日本の盾であった第一艦隊とではたとえ名称を変え、役割を変えたとしても元の第二艦隊の気風が簡単に抜けるわけがなく数年単位での艦隊の再編が必要になる事は間違いなかった。

 

「そもそも本土防衛のための艦隊なんてもはや必要ありません。陸、空軍への出航組と泊地の艦娘で本来は十分なはずです」

 

いくら弱いと言っても最低限主力部隊が帰ってくるまでの間支えるくらいの戦力はある。個人の力は弱くとも数が集まればその限りではない。

 

「そうね。結局のところ本土防衛の為の部隊は人々が安心感を得る為以上の効果はありませんしあるだけ無駄ですね」

 

「入れ替わりの激しい他の部隊と比べて入れ替わりの少ない本土の艦隊は反乱が起こりやすくなるしこの際第一艦隊は欠番にした方がいいわね。本土には第二から第五艦隊がいるわけだし」

 

「第五以外は基本海外ですけどね」

 

「第三は日本にいるわよ」

 

厳密には第二艦隊も日本にいるにはいるが大抵の場合そのほとんどは海外で任務についている。同じく第四艦隊も母校は舞鶴だがほとんどのメンバーはスリランカにいる。

 

「台湾の高雄、沖縄、佐世保に分散配置されてるじゃないですか」

 

「佐世保と沖縄は日本じゃない」

 

「そもそもあれは本土防衛ではなく日本海の防衛でしょう」

 

日本の一大資源地帯である日本海。そこを防衛するための部隊が第三艦隊だ。

 

「そうね。第三艦隊の任務に日本本土の防衛はない。同じように第二艦隊にも第三艦隊にも日本海と太平洋の守護という任務はあっても日本本土の防衛任務はない。だけどそれは第一艦隊にも言える事よ」

 

「そうですね。第一艦隊の役割は第二艦隊が受け持たない紀伊半島より北の太平洋側地域の防衛。本土自体の防衛は陸、空軍の役目で我々海軍はあくまでも深海棲艦を上陸させないため部隊で本土の防衛というよりは本土に近づかせないための部隊。実質的にそれは本土防衛のための部隊といえますが最終防衛ラインは陸、空軍です」

 

「最終防衛ラインが脆弱な陸、空軍の担当になっているのは問題だけどそれは私達海軍が頑張ればいい話。そもそも第一艦隊が出撃した事自体随分と前の話だしやっぱり必要ないわね」

 

演習を兼ねて時折小規模な部隊を各地に投入して第一艦隊の力を知らしめることはあったけどそれは本来必要なものじゃない。絶対に第一艦隊が必要な出撃機会というのはもう10年近く起きていない。

 

「思うに今の第一艦隊に必要なのは、有事の際に日本本土の泊地を指揮して深海棲艦を迎撃する司令部としての能力なのではないでしょうか」

 

「面白い意見ね。だけどそれをしようにも本土の泊地に所属する艦娘は軽巡洋艦以下が殆どで重巡洋艦以上の打撃力があまりにも低すぎるわ」

 

本土の泊地には戦艦と正規空母はいない。それらの力は陸、空軍にの存在から必要ないからだ。

 

「ですから陽炎の連合艦隊旗艦としての最初の任務は本土の泊地の再編成ではないですか?」

 

「嫌な事言わないでよ。そんなの気が遠くなるわ」

 

本土に一体幾つの泊地があると思っているのよ。いや、本土だけじゃない。再編するとなれば本土以外からも艦娘を持ってかないといけないから規模はかなりのものになるわね。

 

「頑張ってください」

 

「アンタも手伝いなさいよね」

 

「不知火は二水戦の旗艦として練度向上、それと指揮艦クラスの轟沈率の高さをどうにか改善したいですからそんなの無理ですよ」

 

指揮艦の轟沈率の高さ。それは度々二水戦の問題として話題に上がっていた事だ。私はそれに対して何も思わなかった。むしろそれが伝統で良い事とさえ思っていたけど多分、いや確実にこれは良くない事だ。私は二水戦のそう言った悪いところも含めて好きだったけど不知火はそんな元二水戦じゃない。寂しい事だけど私は、いや二水戦は変わるべきなのかも知れない。そしてそれをできるのは私ではない。

 

「そう。なら仕方ないわね」

 

「貴女の好きな二水戦を変える事を反対しないんですね」

 

「私の好きだった二水戦はもういない。復活させようとは思っていたけどそれは私のエゴよ。今の私は二水戦だけを見るわけにはいかないの。だから、もういいわ」

 

二水戦が変わるのは寂しい。だけどそれは必要な変化だ。旧二水戦の関係者は今の二水戦に2隻しかいない。それも二水戦の中で新人に分類された2隻だ。彼女達に二水戦の復活は無理だろう。二水戦の意思を完全に継ぐ現役の艦娘はもう私しかいない。

 

「だけど長い現役期間の間でいつか必ず二水戦を復活させてみせるわ」

 

「……そうですか」

 

不知火はどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「そういえば陽炎、そろそろお見舞いに行く時間ではないですか?」

 

知らないに言われて時計に目を向けると次の予定の時間が迫っていた。

 

「そうね。ちょっと出かけてくるわ」



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病院

横須賀にある海軍病院。そこには1人の艦娘が入院していた。艦娘は基本的にはドックに入渠すれば傷が治るけど引退するような年齢の艦娘だとその効力は無くなる傾向にある。たとえ一般人とかけ離れた力を持っていようと傷付けば病院に入院して治療を受けなくならなくなる。艦娘が年齢によって引退する理由の一つだ。

 

「お久しぶりです。お加減はいかがですか?」

 

その病室の主人は私の問いかけに不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「これが良さそうに見えますか?」

 

「よくは見えませんね」

 

彼女、神通さんは身体中に包帯を巻いて不機嫌そうな様子だった。

 

「だけど漣と戦ってその程度の怪我で済んだんだからよかったじゃないですか」

 

「いいわけないでしょう! 早々に脱落した私は漣に負けてから手の空いていた潜水艦に護衛されて泊地に帰還。お陰で戦闘には一切参加できず、以来ずっとベッドの住人ですよ!!」

 

神通さんは漣が艦隊にいるか確認するために教導隊を率いて一撃離脱を前提とした突撃を仕掛けた。それによる漣側の被害はなかったみたいだけど逆に教導隊側も被害なく離脱できる寸前まではいった。けどそのギリギリのところで神通さんが漣の挑発に乗って進路を反転、叢雲の制止を無視して攻撃を仕掛けた。結果返り討ちにあって教導隊は漣の本隊から軽い追撃を受けら事になり神通さんは大破した。だけどそれ以外は被害を出す事なく離脱に成功した。

 

「引退して随分経つのに無茶するからですよ」

 

「それを言ったら教導隊には私よりも軍歴の長い艦娘はいますしなんなら私の指揮下で漣と戦いました」

 

「駆逐艦と軽巡洋艦を比べないでください。元々小型艦の方が能力の減衰は小さい傾向にありますし神通さんの方が衰えているのは当然ですよ」

 

何故かは知らないけど傾向として大型艦になればなるほど早く力を失う傾向にある。もっとも、それは個人差が大きくて小型艦でなくても長い間力を失わずに戦い続けることができる大型艦も存在する。

 

「まさか漣に一撃たりとも浴びせる事ができずにおめおめと逃げ帰ることになるなんて思いませんでした」

 

あの漣相手にそれだけの傷を負って逃げられただけでも十分だと思うけど神通さんにとって、それは不本意な結果だったのだろう。

 

「追撃が苛烈でなかったのも癇に障ります。漣達の物資がそれほど多くなかったとしてもその程度の相手と認識されたのは元二水戦として許し難い侮辱です」

 

少なくとも漣の本隊においては十分な物資を確保した上で攻勢に出ていると私達は思っていた。だけどそれは間違いだった。漣達は元々それほど多くの物資を備蓄しておらず、水と食料は精々1個艦隊が2ヶ月程度活動可能な程度。燃料はそこそこ豊富だったみたいだけど、弾薬に関しては私達と戦うだけで精一杯。仮に私達を撃破したとしても泊地を奪取できるほどの物資は残らなかったと判明している。だから神通さん達への追撃も最小限だったし第四艦隊と中央での攻防もそれほど苛烈なものにならなかった。事実、私達に降伏した後の第一艦隊には私達の半分以下の弾薬しか残っていなかった。

 

「ですけどそのおかげでこうして話す事ができているわけですし……」

 

「敵に侮られた私のプライドはどうなるんですか!」

 

その気持ちが分からないわけではない。だけど指揮艦として第二艦隊を率いた経験からプライドよりも優先すべき事があることもわかっている。だから神通さんの言葉に今は簡単に頷く事ができない。

 

「指揮艦にはプライドよりも優先しなければならないこともあります」

 

私の言葉に神通さんは驚いた様子を見せた。神通さんは数少ない二水戦の旗艦数少ない生き残りではあるけど彼女が旗艦だった期間は極めて短い。神通さんは第二水雷戦隊旗艦ではあったけど第二艦隊の旗艦は兼任していないしなんなら戦隊を率いて戦ったこともない。神通さんは引退する直前に旗艦が戦死したから一時的に二水戦の旗艦を務めたけど本来は旗艦を務める人材じゃなかった。私も二水戦が全滅しなければどんなに頑張っても中隊長が関の山だった。漣からはなぜか高く評価されていたけど私自身は未だに旗艦というものに自分が向いているとは思えないけどそれでもこの職責についた以上は相応しい立ち振る舞いをしなければならないと思っている。神通さんはその自覚ができる前に旗艦の座を退くことになってしまったんじゃないだろうか。昔はそんなこと思わなかったけど今はそう思う。

 

「二水戦の旗艦なら時にはプライドを優先しなければならない時もあります」

 

「神通さん、二水戦だろうと指揮艦であることは変わりません。指揮艦ならそれにふさわしい行動をしなければなりません。最優先は任務の達成。次にいかに被害を少なくして部下を連れ帰るか。任務の達成がもちろん一番重要ですけど任務の重要度によっては被害を少なくするために失敗することを覚悟して諦めるのも時には重要なことです」

 

私にとって二水戦はたとえどんな危機にあろうとも任務を達成する武闘派集団だった。だけど漣との戦いが終わってから改めてこれまでの記録を読み返すと中隊長クラスはともかく戦隊旗艦ともなれば時折苦渋の思いで部隊を維持するために撤退を選択することもあった。もちろん戦術的、戦略的にそれができないこともあったみたいだけど戦隊旗艦に限ってはその選択を間違えた事は殆どない。二水戦が最強と言われたその一端を、私は漣との戦いが終わってようやく理解する事ができた。

 

「陽炎、貴女がそんなにも弱気になったのは黒潮が死んだからですか?」

 

「神通さん」

 

努めて平静に私は彼女の名前を呼んだ。だけどそれは私が思っているほど平静ではなかったのだろう彼女の顔が強張った。

 

「あまり舐めないでください。確かに貴女は二水戦の先達で戦隊旗艦を務めた実力者でもあります。ですがすでにその在籍期間では私が抜き去りそれどころか第二艦隊旗艦を務め、今は連合艦隊旗艦の座さえ視野に入っています」

 

教導隊時代お世話になった人にこんなことを言うのは気が引けるけど世間では現役最強なんて言われる私がここまで舐められた態度を取られるのも問題だろう。

 

「実績なき旗艦の分際であまり調子に乗らないでください。中隊規模ならその考えでも良かったのかもしれません。しかし戦隊、艦隊と率いる規模が大きくなれば戦局全体に及ぼします。それほどの規模の部隊を率いた事があればプライドを優先するなどと軽々しく言えるはずがありません」

 

「……言ってくれますね」

 

「事実です。そして私はこれまでの二水戦ではダメだと感じたから生粋の二水戦ではない不知火にその座を譲ったんです」

 

不知火が二水戦旗艦になると聞いた神通さんは連日病院から抗議の手紙を送り続けてきた。神通さん以外にも元二水戦からはいくらか反対の手紙やメールが届いたけどその悉くを無視して私は不知火を旗艦の座につけた。だいぶ薄れていたとはいえ一水戦の良さも二水戦の良さも知る不知火なら次の時代に相応しい最強の二水戦を作り上げてくれると確信していたからだ。本当は私自身でそれを成し遂げたかったけど連合艦隊旗艦代理、第一艦隊旗艦と言った職責からそれは難しい。

それにそろそろ二水戦は、いや日本は変わるべきなのかもしれない。漣という古い時代の艦娘が死に彼女と共に戦った上層部の連中も今回の件で一掃される。

 

「これから艦娘は変わります。漣という先の時代の艦娘が死に私という新しい時代の艦娘が最強の座に座った以上は必ず変えます」  

 

「そんな事をしてなんになるというのですか」

 

「それはまだわかりません。だけど艦娘に変革をもたらすのは漣を倒した者としての義務だと思います」

 

漣は変革を望んで反乱を起こした。彼女の主張だけを聞けばそれほど悪いものには思えなかった。だけどそれは正当な手段によってなされるべきだった。そしてそれを潰したのは他でもない私だ。彼女の主義主張を潰した以上は彼女のしてきた事全てに対して私なりの答えを出して変革する義務がある。

 

「漣の反乱で海軍内にも第三者委員会を作り彼女の証言が事実かどうか調査するという動きがあると聞きましたよ。それで変革など自動的に進むでしょう」

 

「確かに話は持ち上がりました。だけどそんなのすぐに立ち消えましたよ。どうやら余程探られたくないみたいです」

 

海軍上層部は一掃された。私が使う事の出来る全ての手段を使って調べた感じだとおそらく根っこは政治家連中だ。深海棲艦との戦いが始まってすでに26年になる。それだけの期間があれば当時の大物議員はすでにいないけどその下についていた中堅、若手議員は大物と呼ばれるまでになっている。多分その連中だろう。

 

「……そうですか」

 

こうなった以上漣の死に意味は無くなった。彼女が死ぬ事で艦娘について新たな議論が巻き起こるだろうと思っていた。だけど結局は現状維持に留まった。

これでもまだマシな方だと思う。多分、私以外が漣を倒していたら艦娘は今までよりも悪い方向に向かっただろう。私の一族が強大だった事と私自身が漣以上の実力を見せた事で御し難いと思われたからか、議員連中は接触すらしてこなかった。

 

「それで、貴女が第二の漣にならないという保証は?」

 

「漣も最初から反乱を起こそうとしていたわけではないでしょう。それと同じように仲間がいるうちは私もそんなことしませんよ」

 

「ではいなくなればそうなると?」

 

「そんな事その時にならなければわかりません。それにあくまでも私の目標は深海棲艦の駆逐です。そのついでに深海棲艦が倒しやすいように組織を改革しよう、それくらいの気持ちでしかないんですよ。私に漣ほどの熱意はありません」

 

あくまでも私が漣に変わって艦娘を変革しようというのは漣の意見を真っ向から叩き潰した事から来る義務感からだ。わざわざ自ら国と敵対してまで変革をしようという気力はない。それに彼女の死に際に放った言葉がどうしても引っかかる。

 

「そうですか。ならば私のような艦娘はもう用済みなのでしょうね」

 

漣との戦いが終結して私が連合艦隊旗艦代理に就任してから私は神通さんと今日まで会う事がなかった。

いくつか理由はあったけど一番の理由は艦娘全体を変革するにあたり私がまず手をつけるべきは日本の艦娘の代表たる二水戦であるべきだと考えていたからだ。

 

「沈黙は肯定とみなしますよ。貴女は二水戦が変わるべきだと言った。そして日本の艦娘も変わると。ならばその二水戦を育て上げる教導隊は、多くの駆逐艦娘が目標とする第二水雷戦隊教導隊の校長である私は改革の障害に他ならないでしょう」

 

「……そうですね。だけどそれだけが理由じゃありません。神通さんはあまりにも衰えすぎました。いくら漣相手とはいえ軽巡洋艦が駆逐艦相手に大破するなんてあってはならない事です。潮時ですよ」

 

「……そうですか。いえ、確かにそうなのかもしれませんね」

 

神通さんは私の言葉を噛み締めるように目を瞑って頷いた。

 

「わかりました。後ほど正式な書類を作成して辞意を表明させてもらいます」

 

「ありがとうございます」

 

私は深々と頭を下げた。

 

「少し疲れました。今日はもう帰ってくれますか?」

 

神通さんの言葉に私はもう一度頭を下げて病室を後にした。



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牢屋

多分次がラストになると思います。


病院を出た後私が向かったのは軍刑務所だった。今ここには漣と共に反乱を起こした艦娘が収監されている。その中の1人に私は会いに来た。

 

「久しぶりね。こうして顔を合わせるのはアンタにお茶をご馳走になって以来かしら」

 

アクリル板の向かい側に腰掛けた艦娘に私はそう声を掛けた。同時に刑務官の艦娘が部屋から出て行きこの場には私と彼女しかいなくなった。

 

「そうですね。今再びお茶をご馳走できないのが残念です」

 

「二度とごめんよ」

 

彼女、旗風に薬を盛られて以来知らない人が淹れたお茶を飲む事に躊躇いを覚えるようになってしまった。他所で人と会う時とかお茶を出されても飲めないから苦労する。

 

「今日はアンタに漣について聞きたい事があって来たのよ」

 

「第一艦隊旗艦長門の方がよかったのではないですか? 私はただの駆逐隊司令でしかないのですから」

 

「アンタがあの反乱の実質的No.2だった事は調べがついているわ」

 

漣から信用されているとは思っていたけど彼女がNo.2だとは思っていなかったから聞いた時は少し驚いた。

 

「それで、一体なにから聞きたいんですか?」

 

聞きたい事も言いたい事もたくさんある。だからどれから話すべきか迷ってしまう。しばらく考えてから結局一番気になっている事から聞く事にした。

 

「漣が死の間際どんな様子だったか知りたくない?」

 

「お礼でも言われましたか?」

 

確信を持った言い方に思わず返答に詰まった。あの日、漣は海に沈む中私に向かって笑顔でありがとうと言った。敵から送られるのにこれほどおかしな言葉はないしましてや自分を殺した相手に送る言葉じゃない。

 

「……どうして分かったのよ」

 

「あの人は弱かった。確かに艦娘としての戦闘能力は強かったです。けど私や貴女と違って志願したわけではなく半ば強制とも言える形で艦娘になったせいでしょうか、精神面は酷く弱かった。ですがその弱みを誰にも見せる事なく旗艦を続けていたんです」

 

連合艦隊旗艦だった漣には違和感があった。多くの艦娘は艦娘になる事で容姿や口調などが似通ったものになり艦娘になる前の人格とは似ても似つかないものになる。狭霧のような例外もいるけどあれは例外中の例外だ。そしてもう1人、漣もそうだった。彼女は落ち着い敬語口調で話していたけど本来漣はもう少し明るいと言うか、変わった感じの艦娘だ。それが連合艦隊旗艦を務めるための仮面だったと言うのならなんだか納得できる。

 

「あの人にとって最大の不幸は他の初期艦が全員死んだ事にあります。もし誰か1人でも生き残っていれば連合艦隊旗艦などと言う重圧に苦しむ事もなかったでしょう」

 

「だけどそれは仕方のない事よ。漣以上の適任がいなかったんだから」

 

「そうですね。ですが彼女の不幸はそれだけには留まりません。社会の闇、艦娘の闇を嫌と言うほど見せられた事が彼女の弱い精神をさらに脆弱なものにしました」

 

彼女の父親が非人道的な実験を行いそれを漣さんにも協力させていたのは本人から聞いた。だけどそれがどれほど彼女に影響を与えたのか私にはわからない。

 

「これ以上嫌なものを見たくないから反乱を起こしたって言いたいの? 思えば準備も杜撰だったみたいだしこれじゃまるで自殺ね」

 

物資が少なかったのもそうだけど何より彼女ならもっと協力者を用意できたはずだ。事前に協力者達と演習でもできれば上々。そうすればあんな1個艦隊同士の戦いではなくある程の規模と練度の艦隊で私達と戦えたはずだ。

 

「間違ってはいないと思いますよ。私もあの人は死にたがっていたと思っいます。だからこそ貴女にお礼を言ったでしょう」

 

「なんでそう思うのよ」

 

「私には11歳年の離れた姉がいましたが初めて漣と会ったのはその姉に会いに行った時でした。その時あの人はお酒と睡眠薬や抗鬱剤などの薬を持ち歩いていて私の前でもそれを飲んでいました。こんなのが連合艦隊の旗艦なのかと当時は愕然としましたよ。なのでいつ自殺してもおかしくない精神状態だったと思いますよ」

 

アル中に薬中のダブルパンチ。そんな人の指揮下にいたなんて知ったら卒倒する艦娘がでそうね。

 

「そんなプライベートな様子を見せるなんて随分漣と親しかったのね」

 

「姉は一水戦の旗艦なるほど優秀な人でしたから」

 

初耳だった。一水戦の旗艦ともなれば個人の実力も指揮能力も優れた人物だったのだろう。

 

「一水戦の旗艦。それはすごいわね」

 

「今から10年、いえもう11年になりますか」

 

懐かしそうに語る旗風を他所に私は11年前の一水戦旗艦が誰であったか思い出そうとした。

 

「11年前と言えば旗艦が天龍に交代した頃よね。貴女の姉は天龍の前任者?」

 

一水戦が反乱を起こすきっかけとなった天龍とその先代旗艦が交代したのが丁度それくらい前だったはずだ。

 

「いいえ、私の姉は一水戦に殺された天龍でした」

 

「……どう言う事? そんな事情がありながらなんで一水戦と協力して反乱を起こすなんて事になるのよ」

 

彼女の事情なら一水戦に恨みを持って然るべきで一水戦に入った事自体不可思議だ。

 

「世間じゃ色々言われましたけど姉と当時の一水戦の仲は良好でした」

 

「良好だったならどうして殺されるような事になるのよ。それに天龍は毎日轟沈寸前まで追い詰められるほどの怪我を負っていたそうじゃない。仲が良かったのならなんでそんな事するのよ」

 

おまけに彼女が死んだ時、顔で誰か識別できないほど酷い状態だったと言う。仲がいいのにそんなことをする意味がわからない。

 

「一水戦は命を賭して姉の名誉を守ってくれました」

 

「名誉?」

 

「姉は国が行った実験の犠牲者です。漣さんが言っていたでしょう。より強力な艦娘を生み出すために艦娘に対してウィルスを打ち込んだと。その実験唯一の被験者にして犠牲者が私の姉です。今は貴女が成功して生存率0%から生存率50%になりましたけどね」

 

そう言われて漣が私に注射を打つ前に言われたことを思い出した。確か彼女は艦娘に対する強化実験で艦娘に無毒化前のウィルスを打ったと言った。てっきり複数人を実験台にしたと思い込んでいたけど1人目で失敗して諦めたと言うことなのだろうか

 

「知っての通り姉は一水戦に殺されましたが、真実は実験に失敗して深海棲艦になった姉を討伐したと言うものです。その上で一水戦は姉が深海棲艦になったと言う不名誉を隠すために姉の顔を判別不可能なまでに潰し自分達は反乱を起こしました。その反乱も姉や昔行った非人道的な実験を詳らかにするためのものでした。もちろん、姉が深海棲艦になったと言うのは隠した上で公表させるつもりでしたよ」

 

「公式記録によると一水戦はなんの主義主張もなく、ただいたずらに反乱を起こしたと言われているわ」

 

「それは間違いです。死んだ伊58から聞きませんでしたか? 漣さんが反乱に加担するような言動を取ったと」

 

旗風の問いかけに私は無言で頷いた。

 

「あれは一水戦が反乱を起こした本当の理由を伝えられたからです」

 

「でち公、伊58は艦娘の事を最優先にして考える優しい艦娘だったわ。そんな彼女がそれを知って漣の事を止めるとは思えないのだけど」

 

「もちろん伊58もその内容は知っていました。ですが当時は今ほど戦線が安定していませんでしたから、漣を反乱に参加させ一水戦に協力するメリットと日本が混乱に陥るデメリットとを考え後者の方が大きいと考えたようですよ。これは紀伊半島沖で2人が戦った時に聞いた話です」

 

でち公は優しい艦娘だったけど艦娘全体のことを最優先に考えられるだけの理性があった。連合艦隊旗艦である漣との友誼よりも艦娘全体へのメリットを優先しても不思議ではない。

 

「漣と伊58の袂が分たれた原因はそれなの?」

 

「いいえ。彼女達の仲は分たれていたわけではありません。意見の相違はありましたけど漣さんもその選択については最善だったと理性の面では理解していました。ですが感情面では別、一水戦に協力したいと思っていました」

 

「だけど伊58はそれを止め一水戦は反乱軍の汚名を着ることになった」

 

「はい。日本を混乱に導かないためにも政府は不都合な真実を隠して都合のいい事実だけを公表しました。一水戦が反乱を起こしたという事実だけを……」

 

政府の対応も酷いけど当時の一水戦にももっといい対応があったのではないか。そう思わずにはいられないわね。

 

「反乱を起こしたと言う汚名をを負ってでも天龍が深海棲艦となったと言う事実を隠した。確かにアンタが一水戦と協力するのも理解できるわ」

 

だけど一つ納得できないことがある。

 

「だけど酒や薬に溺れるほどに弱っていた漣が多くの艦娘を巻き込む反乱という強行に出れた事だけは理解できないわ」

 

それほどまでに弱っていた漣が多くの艦娘が死ぬことになる反乱を自ら主導できたとは考え難い。たとえそれで自分が死ぬ事を望んでいたとしてもだ。そもそも本当に死ぬ気なら伊19のように首でも吊ればよかったんだから。

 

「流石は連合艦隊旗艦陽炎。鋭いですね」

 

揶揄うような口調の旗風を思わず睨みつけた。

 

「そうです。あの人にそれが出来るほどの精神的な強さも決断力もありませんでした。漣さんを焚き付け反乱を起こすよう誘導したのは他でもない私なんですよ」

 

「……アンタは自分で自分はただの駆逐隊の司令でしかないと言ったわね。そんなただの駆逐隊司令がどうやれば連合艦隊旗艦に反乱を起こさせる事ができるっていうのよ」

 

いくら弱っていたと言っても連合艦隊の旗艦だ。長年日本を守り続けていたのにそれを全て台無しにしかねない反乱を起こすという選択をどうすれば取らせる事ができるというのだろうか。

 

「私の姉、天龍の件について問い詰めた時の事です。私は姉の日記や直接聞いた話から一水戦が姉を害するとは考え難いと思い艦娘になる前に直接問い詰めたんですよ」

 

「よく会う事ができたわね」

 

「一水戦の反乱は人目に触れないように隅に追いやられているだけで秘匿されている訳ではありません。毎年小規模ですが慰霊祭を開いていました。今回の反乱関係者の中でも重要な役目を担った龍驤とはここで知り合ってます。もちろん漣さんも来ていましたのでそこで問い詰めました」

 

少なくとも私は聞いたことがない話だった。もしかしたら海軍や政府主導の公的な慰霊祭ではなく漣や一水戦関係者による私的な慰霊祭なのかもしれないけど、いずれにせよあれほどまで上層部が隠したがっていた事件を後世に伝えるような事をしていることは驚きだ。

 

「報告書では姉の日記を根拠に日常的に暴行を受けていたと言われていましたけどそれは間違いです。そのような記述はどこにも無くあるのは一水戦の訓練で毎日のように入渠しているがこれまでで一番充実している毎日だと前向きな言葉が並んでいました」

 

入渠するような訓練を毎日行っている時点で異常ではあるけど本人が喜んでいるのならあまり問題はない気がするわね。だけど多分、世間一般的には異常な事態と見ていいだろう。

 

「他にも姉に連れられて当時の一水戦にあった事もありましたから姉との関係が良好だったのは私が身をもって証明できます」

 

「もしかして一水戦の汚名を晴らしたかったの?」

 

「最初はそうでした。しかし漣さんから真実を聞き、証拠資料まで見せられたらそれをするべきでない事は分かりました。してしまうと政府どころか艦娘という存在の危険性が世間に伝わり深海棲艦との戦いに影響を及ぼしかねませんからね」

 

漣が反乱を起こした際、彼女は過去の艦娘に対する非人道的な実験の公表を主張したけどその具体的な内容については触れなかった。実験の結果、艦娘が深海棲艦になり得るという事実はいくら反乱を起こすほど錯乱していても世間に伝えるべきではないと判断したのか、それとも政府との交渉材料にしたかったのか。

 

「ですがそうなると当時の反乱関係者は誰も救われません。特に反乱に即応して一水戦に撃破された第一艦隊は悲惨すぎます。

一水戦は第一艦隊司令部を通じて軍上層部と政府に天龍が深海棲艦になった事実を伝え真実を話すよう要求しました。だというのにそれを無視し一水戦との戦いに駆り出され哀れにも撃破されたわけですから」

 

世間一般だと艦娘は高給取りで優遇されていると思われがちだ。けど公僕である以上はたとえ無謀だとしても戦わないといけない時は戦う必要がある。それが同じ艦娘だったのは当時の第一艦隊に取っては相当な不幸だった。

 

「そんな彼女達のためにも真実を明らかにすべきだと言えば一発でした。いえ、厳密には他にも色々と言ったんですけど精神的に弱っていた漣さんは簡単に頷きました。だけどそれには一つ条件があったんです」

 

「それって簡単に達成できない条件だったから煙に巻くために頷いたんじゃないの?」

 

「そうかもしれません。ですが現実的に実現不可能ではない内容でしたから、やはり漣さんにも思うところがあったのでしょう。彼女が出した条件は私が艦娘となり第一艦隊に所属する事でした」

 

なるほど。確かに難しいけどある程度の実力があれば不可能ではない。そんな絶妙なラインだ。

 

「だけどそれだと真実を明かす事が目的よね。一体全体どうやったら反乱を起こすなんてことになるのよ」

 

「条件を達成すれば協力するという言質をとった後、少しでも早く第一艦隊に所属するために一水戦関係者と連絡をとり協力を呼びかけました。実力面で劣る事があってもコネさえ有れば当時の第一艦隊は入れなくはないですからね」

 

「まさかと思うけど真実を話して協力させたんじゃないでしょうね」

 

「今にして思うと随分と短慮だったと思いますがその通りです。ですが後悔はしていません。そうしないと協力は得られなかったでしょうし一水戦の真実が反乱の関係者以外に伝わる事は無かったでしょう」

 

「それが再び一水戦が反乱したという汚名を着ることになったとしても?」

 

私の問いかけに旗風は無言で頷いた。

 

「少なくとも今回の件で私達以外にもあの反乱の真相を知る人物が現れました。それも一艦娘では無く連合艦隊旗艦という超大物です」

 

「私がそれを知って何か行動すると思ってんの?」

 

仮にも敵同士だったと言うのに随分とおめでたい頭をしている。私が彼女達に協力する義理なんてどこにもないと言うのに。

 

「黒潮の件は残念でした」

 

その瞬間、私の手は目の前のアクリル板を突き破り旗風の襟を掴んで目の前に引き摺り寄せた。

 

「他でもないアンタが言うことでもないしソレがあるからこそ、私がアンタの言う反乱の真相とやらを知ったところでアンタの思うように行動するはずがない。違う?」

 

私の言葉に旗風は目を細めると声を小さくして口をほとんど動かさずに囁いた。

 

「貴女がワクチンでの強化に成功したおかげで凍結された実験が再び動き出す可能性が高いです。私が話した反乱に関する全ての証拠はもっとも信頼できる一水戦に託してあります。貴女の良きように使ってください」

 

その言葉に一度旗風を睨みつけると突き飛ばすようにして彼女を壊れたアクリル板の向こうに戻した。

 

「気に入らないわ」

 

思わず吐き捨てると私の背後の扉と旗風の背後の扉両方から刑務官の艦娘が飛び込んできた。

 

「ごめんなさい。つい気持ちが昂ってアクリル板を壊してしまったわ」

 

刑務官に何か言われるよりも先に先手を打ってそう言うと彼女達は困惑したような表情を浮かべた。

 

「私はまだ話す事があるから戻っててちょうだい」

 

有無を言わせぬ態度でそう言うと彼女達は敬礼して戻って行った。刑務官をする艦娘なんて陸、空軍に出向する艦娘より多少マシなくらいの実力しかない艦娘だ。それほど真面目ではないし連合艦隊旗艦代理からの命令となればたとえそれがおかしな命令でも彼女達は従う。

 

「私は海軍を、艦娘の在り方を変えるつまりよ。だけどそれは漣のためじゃないしアンタのためでもない。今の艦娘は多かれ少なかれ漣の影響を受けているから私の都合のいいように変える。ただそれだけの事よ」

 

大型艦の陸、空軍への出向。艦娘の練度の不均衡。それら全てが漣を中心とした古い世代の人間がしてきた事の弊害だし妙な実験だって極論、漣達古い世代がそれ以外の手段で深海棲艦に対抗する術を見つけられなかった事が原因だ。

 

「私には敵も多いけど味方も相応に多い。漣と違って使える人脈も多岐に渡る。なんせ元々そう言う家柄だもの」

 

この選択を取るのは不本意だ。だけど私がしたい事を成し遂げるためには力がいる。

 

「アンタはそこで私が艦娘を、日本を変えるところを指を咥えてみてなさい。反乱なんか起こさずとも変えられることはあると見せてあげるわ」



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エピローグ

「旗風からはいい話を聞けたか?」

 

軍刑務所から出た私を出迎えたのは第二艦隊司令にして現在は第一艦隊司令と連合艦隊司令の代理を務めている私の司令だった。

 

「なんでこんなところにいるのよ」

 

「神通に喧嘩を売ったと聞いたからな。心配になったんだ」

 

「あの人に喧嘩を売ったくらいでどこうなるほど私は弱くないわ」

 

「そんな事はわかっている。俺が言いたいのは敵ばかり作っていて苦しくないかと言うことだ」

 

敵を作るのは簡単だ。相手の主張に対してすべて反対してしまえばいい。私は漣を倒してから1ヶ月の間に彼女と関わりの深かった軍や政府の高官を多数引退に追い込んでいた。その一部は放っておいても引退せざるを得なかった過度殆どは私が働きかけたから引退した人物達だ。このままそれに近い人達もまだまだ排除するつもりだし上の世代には私の味方は現れないだろう。

 

「味方なら不知火や二水戦のみんながいるわ。敵ばかり作ると言うけどこれから私がするのは漣が作り上げてきた艦娘の歴史をぶち壊すようなことよ。私より上の世代が全て敵に回ったとしてもそれは仕方のない事じゃないかしら」

 

「政治家一家の娘らしからぬ言葉だな。何事も自分の意見を通すには敵よりも多くの味方の方が必要になる。言っちゃ悪いが不知火達じゃ力不足だ。お前は不本意かもしれないが漣の影響の大きい世代から有力者を味方につける必要がある」

 

「私は使えるもの使うつもりよ。それがたとえどんなに不本意な事であったとしても」

 

実家の力を借りるのは不本意だけどこの際仕方がない。どんな手を使ってでも私は漣が成し遂げられなかった、成し遂げようとしなかった事をやり遂げて見せる。

 

「それはお前がやらなければならない事なのか?」

 

「他でもない漣を倒したのが私よ。私がやらずして一体誰がやるって言うのよ」

 

「俺がやる」

 

その言葉に思わず司令の顔をまじまじと見返した。司令との付き合いは長いけどそんな事を言われるほどの付き合いじゃない。あくまでも艦隊司令とその旗艦でそれ以上でもそれ以下でもない。

 

「誰に任せても私が思う改革と全く同じものになる保証はないしむしろならない可能性の方が高いわ。その申し出はただのありがた迷惑よ」

 

私の言葉に司令は煙草を取り出し火をつけ一息吸うと煙を吐き出した。

 

「お前の指示に逆らわず、お前が見る未来と全く同じものを目指すとしてもか?」

 

「……仮にそうだとしても何かの拍子に妥協する可能性もある。それが自分の行動からくるものならともかく他者に任せてその結果、妥協するようだと感情的に折り合いがつけられる自信がないわ」

 

端的に言うのであれば私は私の手によって改革を成し遂げたいのであって私がしたい改革をしてくれるのならば他の誰かがやってもいいと言うわけではない。

 

「それに改革を実行する事は漣を倒した私に課せられた義務であり漣を死後も完膚なきまでに叩きのめすために必要な儀式みたいなものよ。他の誰にも譲るつもりはないわ」

 

「人の死にそこまで意味を持たせる必要があるのか? どんな人格者も、生前どんなに高尚な考えを持っていようとも人は死んだらそこで終わりだ。死者に影響を受ける事を否定しないが、死者に執着する必要はないだろう。死者とはつまり過去の人間、今を生きる俺達が必要以上に執着する事はないだろう」

 

死者に執着する。父が深海棲艦に殺され私は深海棲艦を絶滅させるべく艦娘になった。そして今、私は殺した漣に対して執着してその死を理由に改革を断行しようとしている。

 

「それにお前は気付いていないのか、それとも意図的に目を逸らしているのかは知らないがお前が改革をしようとする理由は漣じゃないだろう」

 

「どう言う事? 私が改革をするのは他でもない漣を倒した事が理由よ。事の是非はともかく私は彼女の思想を武力を持って否定した。否定した以上はそれに見合った行動をしなければならい。司令の言う通り私は死者に執着して今を生きようとしている。けどそれでもいいじゃない。人は何かに縋らなければ生きていけない私の場合、それが偶々死者だったと言うだけの事よ」

 

死者に執着する事が悪い事なのかどうか。今の私はそれに縋らなければ多分生きていく気力というものが湧かないと思う。思うに私の中の時間(とき)は何度か止まっている。一度目は父の死で、二度目は二水戦の壊滅で。三度目は漣の死だ。だけどそれらに縋る事で私は未来(さき)へと進む事ができた。私が先に進むためにも私は死者に執着し、縋るしかないんだ。

 

「その執着する対象が漣ではないと言っているんだ。なぜお前が目を逸らし続けるのか分からんがあえて言おう。お前が執着しているのは黒潮だろう」

 

旗風の時同様、手を出しかけたけどすんでのところで踏みとどまった自分を褒め称えたい。それほどまでに私の中で黒潮というワードは地雷になっている。

 

「アンタが私の司令じゃなかったら胸ぐら掴んで引き倒してるわよ」

 

私の言葉に司令はなんの反応も見せずに呑気にポケットから煙草を取り出して火をつけると私に箱を差し出した。

 

「吸うか?」

 

珍しく紙巻を吸っている事に少し驚いた。

 

「遠慮しとくわ。しばらく煙草は断つ事にしたの」

 

実の所私はこの1ヶ月間煙草は一切吸っていない。漣に取り上げられた後にJanus、Jervisに煙草をもらったけどあれは最後の戦いの前に吸い切ってしまった。生きて帰れない可能性も考えて後悔のないように全て吸っておこう、そんな気持ちだった。それから煙草を買い足す事もなく私にしては珍しく1ヶ月も煙草を吸っていない。

 

「それも黒潮の影響だろう?」

 

辛うじて司令を睨みつけるだけにとどめたけど艦娘なら間違いなく殴り倒している。

 

「漣に重きを置いているのならお前は煙草を吸うはずだ。なんせ奴は喫煙者ではないからな。漣を否定した事が問題と言うお前の理屈なら、漣を否定するために煙草を吸って然るべきだろう」

 

「何でもかんでも漣結びつけないでよ」

 

「三度の飯より煙草が好きなお前が漣くらいの死で煙草を辞めようとするのはおかしな話だ。そもそも艦娘の改革だって連合艦隊旗艦とその部下程度の関係性で自分の人生を賭けてまでやろうとするような事じゃない」

 

「アンタが私の何を知っているって言うのよ」

 

司令との関係も漣よりはマシだけどそれほど深いものじゃない。なのに私の全てを知っているかのように話されるのはなんだか癪だ。

 

「知っているさ。一体どれだけの付き合いだと思っているんだ? お前と言う人間がどんな人間か、俺はよく知っている」

 

司令が私に向けた目は全てを見透かすような、そんな目だった。

 

「親しい人間の死に涙を流して悲しむ普通の少女。だがそのまま悲しむわけではなく自らを犠牲にしてでも死んだ人間の為に行動できる強い少女だ」

 

力強い視線で真っ直ぐにそう言われるとなんだか恥ずかしい。

 

「そしてお前の親しい人間の括りには漣は入らない。漣くらいの人間の為に自らの人生を犠牲にするほど心優しくはない」

 

なんだかこの言い方はムカつくわね。まるで私が人よりも心優しくないと言われているみたいだけどこれを心優しくないと言うのは余程の聖人か、そうでなければ他者を否定したいだけのただのクレーマーだ。

 

「だから俺は漣のためでなく戦死した黒潮の為に、その死が意味のあるものであったとする為にお前は改革などと言う壮大な事をやってのけようとしていると思っていたんだが?」

 

煙草の定位置だったポケットに手を伸ばしそうになりそこが空っぽな事を思い出して私はため息を吐いた。

 

「不思議だったのだけど司令はどうして私の事をそんなにも気にかけてくれるの? 漣と戦うと決めた時、司令は私を引き止め生かそうとした。二水戦が壊滅した直後も司令は私が戦死覚悟で敵討ちをしようとするのを黒潮を使って止めたわ。そして今、私が艦娘の改革という困難な道を選ぼうとするのを引き止めたわ。どうして?」

 

今にして思えば不思議な事が多い。司令というのは艦娘を困難な道に、場合によっては死地に送り込む事も仕事の一つになる。二水戦の壊滅後に関してはまだ理解ができる。だけど漣との決戦に関しては司令の立場なら積極的に戦うよう命令する事はあれどそれを躊躇するような事はないはずだ。

私が改革をしようとする事を、間違いなく私の人生の大半を賭けてやる事になるであろう困難な改革を自分が代わりにすると言ってまで引き止めている。

 

「……お前の親父さんと面倒を見ると約束したからな」

 

予想外の言葉に言葉が出なかった。私の困惑を読み取った司令はため息と同時に勢いよく煙を吐き出すと言った。

 

「どうもお前は忘れているようだがお前と会ったのは艦娘になった時が初めてじゃない。昔イギリスで会っているしなんならよく遊んでやっただろう」

 

多分、今の私は随分と間抜けな顔をしていたと思う。イギリスで接点のあった司令と同じくらいの歳の差の人なんて1人しかいないからだ。

 

「気がつかなかったわ。私が艦娘になってから長い間一緒にいるのはウチの連中の差し金?」

 

司令の証言が正しいのならイギリスにいた頃、父が酒によって許嫁とか言い出したのがこの司令という事になる。

 

「そっちからは特に何も言われていない。強いて言うなら俺の意思だ」

 

「なによそれ。ストーカー?」

 

冗談めかしてそう言うと司令は困ったような表情で頬をかいた。

 

「そう言うつもりはないがそう言われても無理はないだろうな。俺としては世話になったお前の親父さんとの約束を破らない為って言うのと後は昔遊んでやった子供が死ぬのは目覚めが悪いから近くにいたと言うだけなんだがな」

 

私が同じ立場だったとしてその行動自体は理解できなくもない。お世話になった人に子供の事を頼まれてたら多少は気にかけるだろうし職場から同じなら尚更だ。

 

「父が許嫁がどうとか言う話をしたけど貴方が独身なのもそれが関係してる?」

 

いつだったか不知火達と司令が結婚したい司令ランキングで1位だとか言う話を聞いたから結婚相手には困らないはずだ。なのに司令は指輪としていなければ結婚していると言う話も聞いた事がない。

 

「結婚して欲しいのか?」

 

「そんなわけないでしょ。もしあれを真に受けて独身貫いてるなら誠実を通り越して気持ち悪いわよ」

 

大昔の父との約束と言うだけで私のそばにいたと言うだけでも随分と真面目で誠実な人だと思うけど許嫁の話まで守る気なら真面目を通り越して気持ち悪い。ロリコン疑惑が出てくる。

 

「許嫁の話は酒の席での冗談だと後から話されている。俺が結婚していないのはいつ死ぬともかわからない軍人という職業で結婚などして相手を不幸にしたくないと思った。ただそれだけの話だ」

 

やっぱりこの人は真面目だ。軍人と、それも軍の高官との結婚なら死んでも多額の年金が入ってくるから生活に不自由はしない。それに司令ほどの立場なら死ぬような場所に行く事なんてそうそうないはずだ。なのに結婚しないなんて余程相手の事を悲しませたくないんでしょうね。

 

「もし黒潮を死なせた事でお前が人生を賭けてその死を意味あるものにしようとしているのなら辞めておけ。漣を倒し、反乱を鎮圧した時点で彼女の死は意味のあるものになった。彼女が死ななければ反乱を鎮圧できたかどうか分からないんだからな」

 

「死なせずに反乱を鎮圧する未来もあったはずよ」

 

黒潮を死なせた事は私の指揮が拙かったから。漣と旗風の指揮下が上手かったからと言われればそれには素直に頷くしかないけどそれ以上に私の指揮が不味かったのは紛れもない事実だ。

 

「だがそうはならなかった。ならなかった以上鎮圧を持って彼女の死に意味を持たせろ。連合艦隊旗艦となってしまっては今後親しい人や部下を死なせる事なんて幾度もある。その度に死を背負い意味を持たせようとしてはお前が持たない。それをするくらいなら今ここで手を引くか、そうでなければ折り合いをつけろ」

 

「その忠告は父との約束があるからしてくれるの? もしそうなら貴方は自分で自分の言葉を否定している事になるわ。死者に執着するなと言った貴方の方が余程執着してるじゃない」

 

司令言葉をゆっくり煙草をふかすと口を開いた。

 

「約束を守る事と執着する事は違う。一体いつ黒潮が自分の死に対して責任を持ち意味を持たせろと言った」

 

「部下の死に意味を持たせるのは指揮艦としての義務よ。なんの意味もない死なんて認められるわけがないわ」

 

部下の死を意味のないものにするなんて指揮艦として一番やっちゃダメな事だ。遺族にも、死なせた艦娘自身にも申し訳が立たない。

 

「それは反乱を鎮圧した時点で意味を持たせているはずだと言っているだろう。お前は一体誰の意思で改革などという大された事をしようとしているんだ。黒潮か? 漣か? それとも駆逐艦娘陽炎、お前自身の意志か?」

 

「私自身の意思よ。決まってるじゃない」

 

改革をしようと決めたのは私自身だ。そしてそれを持って黒潮の死に報いようとしたのも私の意思だ。

 

「ならば黒潮の死を理由にするな。他者を理由にした改革などどこかで破綻するに決まっている。それがお前の意思なら胸を張れ。他者の為に改革をするなどと言う情けない事を言うな」

 

一転して背中を押すような事を言う司令に私は困惑した。

 

「不思議ね。貴方は私を止めたかったんじゃないの?」

 

「それが死者への執着からの行動でないなら俺は喜んでその背中を押し協力するさ。それが面倒を見るって事だろう」

 

口元に笑みを浮かべる司令に私は呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「私はもう子供じゃないわ」

 

「知っている」

 

「ならどうしてまだ父との約束に拘るのよ」

 

「可愛らしい妹分の面倒を見るのは兄貴分の役目だろう」

 

その言葉になんだかよく分からないけど少しムカついた。司令の脇腹に軽くパンチをすると彼は煙草を口から落とし脇腹を抑えた。

 

「か、艦娘の力でパンチはたとえ軽くてもメチャクチャ痛いんだぞ」

 

「だけどこれからも支えてくれるのならそれに慣れなさいよ。これから長い付き合いになるんだし今みたいに私から手を出す事もないわけじゃないんだからね」

 

そう言って這いつくばる彼に手を差し出すと痛そうに脇腹を抑えながらも私の手を取った。

多分これから予想もしていない困難な事も起こるだろう。なんなら漣を との戦い以上の困難だってあるかもしれない。その時には今いる二水戦の仲間達がいるとは限らない。だけどこの人だけはずっと一緒なんだろう。そう思うと少しだけ嬉しくなった。1人孤独に歩むはずだった道が明るくなった、そんな気がした。




はい。とりあえず完結です。
普段自分が作品作る時は設定とか事前にちゃんと作るんですけど今回は所詮キャラクターが勝手に動く方式でやったので割と設定の荒があったりしました。
ただコンセプトと言うか目標として評価を0から10まで均等に分布させて平均が5〜6にしようと言うのがありました。内容の是非で評価が分かれ、文章を書く能力で人を集め引き込みたい。そんな考えからです。是非は分かれたので目標の半分は達成できたかなって感じですかね。

ちなみにこの後は番外編として漣とでち公の戦い、過去の一水戦の反乱についてあたりを出したいと思ったます。いつになるかわかりませんけど。
モチベーションが上がれば続編、あるいは2部みたいなのも続きとしてこの後書いてもいいかなと思ってます。狭霧達を最後だけでないですし彼女達主役もありかもしれないですね。

という事でではまだいずれお会いしましょう。


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