遍く総べては『ちさたき』のために (ae.)
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白園百合(しらぞのゆり)とは【百科事典】


特殊タグだらけなのでPCでの閲覧推奨。
アニメに出ていたら、という体で作った某百科事典風のキャラ紹介。
小説が進んだらこちらも更新していきます。

更新履歴


2023/02/18 アニメ最終話までの内容と一部項目を追加。
2023/02/03 アニメ第6、7、8、9話の内容を追加。
2022/10/07 アニメ第3、4、5話の内容を追加。その他一部細かい内容を追加。
2022/09/10 アニメ第2話の内容を追加
2022/09/08 特殊タグ修正
2022/09/05 記事作成





 

 

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  注目 2022年夏アニメ リコリス・リコイル 

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白園百合

しらぞのゆり

白園百合とは、アニメ『リコリス・リコイル』の登場人物。

 

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──────────────────────────────────────────

 

 目次

 1 プロフィール

 2 概要

 3 人物

  3.1 容姿

  3.2 性格

  3.3 信念

 4 アニメ本編

 5 戦闘能力・スタイル

  5.1 戦術

  5.2 使用武器

 6 余談

 7 関連タグ

 

 「大丈夫さ、私がいる」

 「やりたいことを全力でやればいい。そのために私がいるんだよ」

 「ずっと見たい景色があるんだ。それを見るまでは死ねない」

 

 

プロフィール

──────────────────────────────────────────

 

L年齢

 

L誕生日

 

L血液型

L18歳

 

L12月24日

 

LO型

 

 

概要

──────────────────────────────────────────

 

いつでも穏やかな微笑みを絶やさない、リコリコの頼れる万能お姉さん。

喫茶『リコリコ』の看板娘の一人として親しまれる一方、実はDA(Direct Attack)でも指折りの実力を誇るファーストリコリスであり、わずか8歳のときに当時7歳だった錦木千束とともに「旧電波塔事件を解決に導いた」としてリコリスたちの間では有名な存在となっている。井ノ上たきなが喫茶『リコリコ』へ転属になる前は千束とコンビを組み、任務にあたっていた。

養成所時代から周囲へのフォロー能力に長け、加えて年齢に見合わぬ落ち着きぶりを見せていたことから、千束や春川フキを始めとする多くのリコリスたちから多大な信頼を寄せられており、彼女のことを百合姉と呼び慕うリコリスも少なくない。特に千束にとってはミカと同じく家族のような存在である。

千束と比べ単純な戦闘力では劣るものの、他のリコリスを率いての作戦行動を得意とし、大規模な作戦では常に現場指揮官を任されるなどDA上層部からの信頼も厚い。千束が『最強』のリコリスだとすれば、彼女は『最優』のリコリスと言えるだろう。

 

 

人物

──────────────────────────────────────────

 

【挿絵表示】

*1

容姿

白百合のように真っ白な髪を前髪ぱっつんで切り揃え背中の辺りまで伸ばした、落ち着きを感じさせる整った顔立ちの少女。その儚さを感じさせる幻想的な容姿とは裏腹に、多くの実戦を潜り抜けてきたその肢体は入念に鍛え上げられており、しなやかさと強靭さを併せ持っている。また口調は中性的であり、どこか見た目とは乖離した印象を受ける。

 

喫茶『リコリコ』での仕事着、さらには髪を結んでいるリボンや私服のカラーリングを含めて、普段から黒を基調とした服を着ていることが多い。服装にはあまり頓着がないらしく、千束が買ってきたものを着せられていることもままあるが、本人が自分には可愛すぎると判断した場合にはしれっと適当な服に着替えなおしている。

 

性格

常に穏やかで余裕を失わず、どんな事態に対しても動じることなく対処する冷静な人物。

年齢不相応と言ってもよいほどの懐の深さを備えており、いつも楽しげに騒いでいる喫茶『リコリコ』のメンバーたちを、ミカとともに後方から優しく見守っている。喫茶『リコリコ』へよく訪れてくれる街の人々や、リコリス一人一人に対して真摯に接していることから様々な相談事を受けることも多く、彼女に相談事をしたいがために来店する一般の客やリコリスも少なくない。

 

千束に対してはとことん甘く、お願いされれば大抵のことは叶えてしまう。ただし本人にとって明確な意図や意味がある場合には別らしく、千束が彼女とのペア解消を渋り、たきなも含め三人で活動しようと言った際には普段とは違う厳しい口調で却下していた。

 

信念

千束と同じく、殺人が許可され人命を軽視しがちなリコリスの中では異端な不殺・人命尊重主義を掲げている。その一方、千束がいない任務においては必要とあらば射殺を厭わないなど、あくまでも彼女の不殺は千束に合わせて行っているようである。

また、殺人を求められることが多いDAからの任務については、千束に話が通る前に彼女が引き受け処理していた。

 

上記からも分かる通り、彼女は千束が人を殺さずに済むように行動していることが分かる。そしてその徹底ぶりから起こされたとある行動は、第12話において登場人物たちのみならず、視聴者にも深いショックを与えることになった

 

本編での活躍

──────────────────────────────────────────

 

 □ 第1話

たきなたちが制圧にあたっていた銃取引現場とは別の現場でブラボーの現場指揮を執っていた。その後、DA本部の司令官である楠木司令より、銃取引現場へ急行してほしいと命令を受け、現地で対処しているリコリスたちの応援に行くことになるが、向かっている途中でたきなの独断行動により商人を含めた敵を機銃掃射で全滅させたため、現場を離れることになる。

 命令を無視して商人を殺した責任としてDAからリコリコに転属されたたきなに、初対面時には驚いた様子を見せたものの、その後は普段と同様に穏やかな様子で接していた。また、千束とたきながストーカー被害にあっていた依頼人を警護していた時には、遠方から狙撃銃(レミントンM700)のスコープを通して二人が上手くコンビとして活動できるか見守っていたが、たきなが依頼人を囮にして釣りを行った際にも、あくまでも手は出さず静観するに留めていた。

 

 □ 第2話

第2話では、千束、たきなと共にウォールナットの護衛にあたった。狙撃手として離れた距離から二人を援護し、敵部隊の一人を持っていたライフルを狙撃するという形で無力化している(この際、銃本体の破損による怪我を防ぐためにハンドガード部分を撃ち抜いている)。護衛対象であるウォールナットを守り切ることができず死亡させてしまい、ひどく落ち込んだ姿を見せていた千束を慰め、たきなに対しても「落ち度はなかった」と声を掛けるなど精神的なケアを率先して行っている様子が見られた。その後、ウォールナットが無事だったを知った千束から「知ってたなら教えてよ!」と責められていたことから、彼女自身もミカやミズキと同様に仕込み側だった模様。

 

 □ 第3話

リコリスのライセンスの更新に必要な健康診断と体力測定のためにDA本部に向かった千束達とは別に、司令から呼び出され本部を訪れていた。施設内を歩いているだけで他のリコリス達が集まってくるなど、DA本部でも他人の世話を焼いているらしいことが見て取れる。また、フキを始めとする一部のリコリスからは百合姉と呼ばれていた。千束とたきながフキとサクラのバディと行った摸擬戦も観戦していたが、どこか普段とは違う浮かない表情を浮かべていた。

 

 □ 第4話

千束とたきなの買い物デート回であったため、本人はほとんど登場していない(直接的な描写では押し入れから降りようとしたクルミを抱っこで降ろし、クルミから嫌がられたシーンのみ)が、たきなの服や下着を選んでいた際、「千束が百合のも選んじゃお」と言っていることから、下着を含め私服は全て千束チョイスのものを着用しているようである。

 

 □ 第5話

千束、たきなではなく彼女に焦点が当たった主役回となる。同じくファーストリコリスであるフキとともにDA本部から与えられた任務である、ブラックマーケットの制圧へ向かう。任務に同行した他のリコリス達を気遣いつつ、素早く制圧を進めていく。途中、装備と練度が明らかに異なる敵(百合曰く、元軍人かPMC、あるいは特殊部隊)と遭遇し一時苦戦を強いられるも、スモークグレネードを利用した近接戦闘で無力化することに成功。サード、セカンドとは別格であるファーストリコリスの実力を遺憾なく発揮した。その後も一人生き残っていた敵による射撃からフキを守り、その一名も自身の射撃により無力化。任務は無事成功したかに見えたが、施設には証拠隠滅のためのトラップが仕掛けられており、即時の脱出を余儀なくされる。フキが行きましょう、と百合に声を掛けるが…

 

「百合、姉…?」

 

そこには、自身の血で赤い制服を鈍い赤に上書きした、力なくぺたりと座り込む百合の姿があった。その様子にもはや助からないと悟ったフキは、もはや建物が全て燃えるまで時間がなかったことから百合を置いて、残りのメンバーで脱出することを決断する。彼女の指示に微笑みを浮かべた百合は、最後に千束とたきなの名前を呟いて炎の中に消えていった…。

 

「既に必要な処置は済ませた。あとは彼女が目覚めてくれるのを待つばかりだ」

 

Cパートにて、吉松シンジが病室で話している場面があり、顔こそ映らなかったものの、そこにはベッドで眠る人物の白い髪が見えていた。

 

 □ 第6話

直接の登場はなく、千束が見ていた夢の中でのみ登場している。フキにより報告された彼女の死亡は喫茶リコリコだけでなく、DA本部においても多くのリコリスに影響を与えており、死亡したことを信じない者や、フキ及びその任務に同伴していたリコリスを糾弾する場面が見られた。

 

 □ 第7話

6話と同じく直接の登場はなく、過去回想にのみ登場。幼少期の時点でファーストリコリスであり、また人格的にも年齢にそぐわない落ち着きぶりを見せていた。また他のリコリス達に平等に接している中で、特に千束に入れ込んでいたらしく、千束にとっては正しく母親や姉のような存在であったことがミカによって語られている。

 

 □ 第8話

吉松シンジと病室にて会話している姿が描かれた。フキを庇い重症を負った百合に対し、吉松は千束の使っている人工心臓のプロトタイプを与え命を繋がせたが、そもそもその全てが千束に人殺しを行わせるための仕込みだったことが明かされる。吉松は彼女を千束の『才能の理解者』であり、幼少期に千束の世話を焼いていたのもその才能に惚れ込んでいたからだと語るが、一方百合は「才能は人生の選択肢を示すものでしかない」と吉松を諭すように話していた。いつも穏やかさを失わない彼女も、この話では常に無表情あるいは鋭い目を吉松に向けていた。

 

 □ 第9話

喫茶リコリコから提供された百合が生きているという情報によって有志リコリス達による大規模な救出部隊が非公式に編制。アラン機関が管理していたと思われる研究施設から救出された。フキの通信で少なくともC(チャーリー)まで隊があったことが確認されており、仮に分隊としても最大30名程度が参加している計算になる。第8話では隠されていた全身の負傷具合も明らかになり、右腕は完全に動かず、両足についてもほとんどが力が入らない状態だった。また、人工心臓に関してもバッテリーは半日程度と常時充電をしていなければ生きていけない身体になってしまっている。

 

 □ 第10話

全身の怪我に加え人工心臓になってしまっているにも関わらず、百合は普段と同じく穏やかな態度を失っていない。また、千束が自分のせいで落ち込んでいると知った際には、たきなの助けを借りて「あそびのしおり」を用意し、二人をデートに誘った(なお、百合は千束とたきなの二人でデートに行かせるつもりだった)。

 

デートの最後、降り出した雪の中で千束とたきなが百合を救うことを改めて誓った一方で、百合自身はどこか寂しげな笑顔を浮かべていた。

 

 □ 第11話

真島によって延空木がジャックされる事件が起き、DAから喫茶リコリコへ連絡が来る。併せて、吉松からミカ経由で千束へ「百合君を助けたければ延空木へ来い」と連絡があり、また百合の人工心臓が充電できなくなってしまう。千束とたきな、ミカが百合の心臓が充電ができなくなった事を吉松による仕業と考え、延空木へ急行することを決める中、百合は静かに手帳へ何かをしたためていた。三人が向かったのち、彼女は考えを決めたように声を上げる。

 

「ミズキ、クルミ。聞いてくれ。私は、私は…千束に誰も殺させたくない。これは私から、喫茶リコリコへの依頼だ」

 

百合は吉松が千束に人殺しをさせる代わりに人工心臓を渡すのだと予想していた。そしてそれは百合にとって絶対に止めねばならないことだった。彼女に残された時間は、人工心臓が止まるまでの12時間のみ。自らの命を懸けた、百合の最後の戦いが始まる。

 

 □ 第12話

千束とたきなが延空木へ乗り込み、真島の部下を制圧していく中、百合とクルミ、ミズキはヘリで延空木へと向かっていた。何度か人工心臓の不具合によるものか、ヘリの中で胸を押さえフラつくこともありクルミから心配されていたが、その度に「大丈夫だよ」と何事もないかのように振る舞おうとしていた。

 

一方、千束とたきなの戦いも最終局面を迎えていた。吉松は百合の新たな人工心臓が、今は自分の体内にある旨を告げ、自らを殺害することで人工心臓を手に入れるよう千束に促す。千束が吉松を殺害することを決め、吉松を撃つが、たきなによって妨害されてしまい弾は吉松の脇腹に当たる。百合を救うために吉松を殺そうとする千束と、百合の意志と千束の心を守るために千束を止めようとするたきな。しかし二人には明確な実力差があり、たきなは千束に敗れてしまう。そして千束が今度こそ吉松を殺すために銃を構えたその瞬間。

 

一発の銃弾が、千束の『銃』を貫いた。

 

その銃弾は、百合がヘリの上から放ったものだった。千束が唖然としつつもまだ吉松を殺す気でいる事を察したたきなは姫蒲を吉松の元へ行かせて、自身は千束を再度食い止める。

 

吉松を逃がし、ミズキ、クルミと合流した二人が見たものは眠るように意識を失っている百合の姿だった。錯乱する千束をクルミとたきなが制す中、ミズキは百合が喫茶リコリコへ千束が人殺しをしてしまうのを止める依頼をしていたことを告げたのだった。

 

 □ 第13話

百合は、病室のベッドで目を覚ました。人工心臓はあの時、確かにバッテリー切れで停止していたが、一度完全に停止した事が良かったのか再度充電ができるようになり、百合は一命を取り留めたのだった。一時的とは言え心臓が止まってしまったことの後遺症として軽度の記憶障害を負ってしまったものの、それも千束とたきなを始めとする喫茶リコリコの面々とのコミュニケーションを通して順調に回復していく。

 

さらにクルミによって、人工心臓の現在の製造場所を突き止めることに成功する。そこで新たな人工心臓を手に入れた百合、そして千束は心臓を新しいものに入れ替え、これから先の、未来の話をするのだった。

 

ED後は、リコリスを引退しDAの訓練教官として働きながらも喫茶リコリコを継続している姿が描かれた。また、千束から「海外旅行って何を持っていけばいいのかな?」と質問されていることや、机に置かれたパンフレットからハワイ旅行へ行くことを決めているようである(千束が未来の話をした際に話していた、今まで出来なかったことの一つ)。

 

戦闘能力・スタイル

──────────────────────────────────────────

 

戦術

ファーストリコリスの名に恥じない実力の持ち主で、特にこと近接戦闘では数人の敵をたった一人で相手取り、殺害することなく無力化したりしている。相手の拳銃を奪い瞬時にスライドとフレームに分解してしまうなどどこぞのボスのような曲芸じみたことをすることもあるが、基本的には他のリコリスと同様、遮蔽物を利用した堅実な射撃戦を主としており、近接戦闘を行う場合でも千束のように相手の照準と射線を正確に読み取って回避するといったことはさすがにできないため、フラッシュバン等を使用してから突撃する方法をとっている。なお、近接戦闘の際に使用する格闘術はシラットクラヴ・マガなどをベースとして、複数の格闘術がミックスされた彼女独自のものであると思われる。

また、狙撃手としても高い能力を持っており、第2話では一射目こそ外したものの、続く二射目で傭兵が構えていたライフルだけを正確に撃ち抜いて無力化している。また、これまでの描写から彼女も千束と同じく不殺主義を貫いているようである。

 

使用武器

 □ グロック17

 カバンに装備しているメインウェポン。DA本部所属のリコリス達が所持しているものと同様の品。おそらく彼女自身が現場指揮を行うことが多い都合上、メンバーと使用する銃弾、装備の共通化を図る狙いがあるものと思われる。

 

 □ 拘束用銃

 第1話で装備していることが確認できる。

 ワイヤーを発射して対象を壁に縫い留めたり、縛り上げたりする、千束が使用していたものと同様の銃型の拘束具。

 

 □ レミントンM700

 第1話および第12話にて使用。

 ミカが第1話の冒頭にて使用していたものと同様の狙撃銃。

 

 □ ルガーLCP

 第13話にて百合の机に置いてあることが確認できる。

 非常に小型軽量で.380ACP弾を使用する自動拳銃。

 

余談

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名前について

本作の原案担当者のTwitterでの言及(こちら)によると、名前の由来は名前の通り、まんま植物(花)の百合から来ているとのことである。キャラクターの名前はそれぞれの初期イメージに合った花言葉を持つ花からつけられているそうで、百合の花言葉は「純粋」「無垢」など。

 

第12話について

Twitterなどを始めとするSNS上では、百合は千束の銃を破壊することに成功したものの死亡してしまったと考える視聴者が多くを占めていた(12話最後に表示された延空木についての報告書において、白園百合はリコリスとしての登録を削除されたと表記されていたため)。また、「千束に人を殺させるために命を懸けた吉松」と「千束に人を殺させないために命を懸けた百合」という対比的な表現がされていたこともこれを後押ししていた。

 

関連タグ

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 リコリス・リコイル

 喫茶リコリコ リコリス(リコリス・リコイル) 錦木千束

 井ノ上たきな 中原ミズキ ミカ(リコリス・リコイル) 春川フキ 

 

 ちさゆり:錦木千束とのコンビ(カップリング)タグ。

 たきゆり:井ノ上たきなとのコンビ(カップリング)タグ。

 ふきゆり:春川フキとのコンビ(カップリング)タグ。

 

 百合ショック:第12話で起きた百合の一連の行動の結果作られたタグ。

 

 

*1
※イメージ画像は、画像メーカープラットフォーム「Picrew」、「△○□×(みわしいば)」様の画像メーカー(https://picrew.me/search/creator?crid=72503)にて作成させていただきました。





ちさたきのために頼んだ。

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感想


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本編
1『求めよ、さらば与えられん』


千束すき。
たきなすき。
ちさたきすき。


 ───年─月──日

 今日から日記をつけることにした。

 この世界に転生し、始めこそ絶望したが…希望はある。

 

 そう、『ちさたき』である。

 

 ちさたきを目指すにあたって私はこれから長きに渡り戦い続けることになる。

 

 この日記はその長い戦いの記録だ。

 

 

 ───年─月──日

 今日、遂に千束を見つけた。可愛すぎて一瞬で分かった。

 え、こんな生命体いるの、可愛すぎるでしょ…確かに千束には類稀なる才能があるようだ。

 この可愛さは世界に届けられなくてはならない。余談だが、確かに銃弾を平然と躱していた。

 ちさたきのためにも強くなっておいて損はないのでそれなりに訓練を重ねて

 ファーストリコリスになった私でも、既にこのロリ千束に勝つのは難しいようだ。

 さすが歴代最高のリコリス。

 

 可愛さだけでなく強さも持ち合わせているとは…天は彼女に幾つの才能を与えたのだろうか。

 

 

 ───年─月──日

 千束とよく話すようになった。彼女はとても人懐っこい。

 そしていろいろなことに興味津々な子でもある。

 この世界では1歳しか差がないが、前世分のおかげでいろいろな知識が私にはある。

 私は極力、訓練以外の時間で千束と話すときには

 銃の扱いを始めとする戦い方の話はしないように努めた。

 私自身がその手の話にウンザリしているのもそうだが、

 可愛い千束にはこんな血なまぐさい世界ではない、

 もっと明るい世界のことも知ってほしいのだ。

 

 それはそれとしてすぐ抱きついてくるのはやめてほしい。いややめてほしくないが。

 あんまりやられるとあまりの尊さに死んでしまいそうだ。

 

 

 ───年─月──日

 千束から百合姉と呼ばれるようになった。もともと他のリコリスの子達からは

 そう呼ばれていたのでいつかは千束もそう呼んでくれるかな?と思っていたが、

 まさか本当に呼んでくれるとは。興奮し過ぎて死にそうである。

 

 それはそれとして、模擬戦で何度か千束と相討ちに持っていくことが

 できるようになった。まぁそれも今の内だと思うが。

 

 

 ───年─月──日

 千束の病気が訓練内でも顕在化してきている。激しい動きをするとすぐに倒れてしまうのだ。

 分かっていたことではあるが辛いことだ。しかし私は知っている。

 もう少しすれば彼女を救う救世主が現れることを。

 同時に彼女の人生にタイムリミットを付ける悪魔のような存在でもあるが。

 私はできる限り、彼女のお願いを聞いてあげることにした。

 そして毎日、彼女に「絶対に良くなる」と言い聞かせた。

 気休めだが、言わないよりずっといい。

 

 ちなみに最近は私にだっこやおんぶをさせるのが気に入っているらしく、

 実質私が車椅子の代わりになっている。

 可愛い。可愛いが、なんだか最近私の中の可愛いの方向性が少し変わってきた気もする。

 こう…父性的な、いや、今の身体に準じるなら母性か。

 

 千束の可愛さが私を母性に目覚めさせたらしい。あれ、私は姉じゃ……

 まぁいいか!私が母になるんだよ!

 

 

 ───年─月──日

 ついにアラン機関が千束に接触してきた。これでとりあえず千束は助かる。

 彼女の死は世界の損失だ。私のそんな独り言が聞こえてしまっていたのか、

 吉さんこと吉松シンジさんから「君はよく分かっているようだね」などと言われてしまった。

 ああ、分かっている。千束には可愛さという類稀なる才能がある。

 

 さすがの千束も手術は怖いらしく、珍しく何度も弱音をはいていた。

 私の言葉がどの程度彼女の不安を取り除けたのかは分からないが、

 手術前に私が言った「絶対に成功する」という言葉が効いたのか、

 千束は「行ってきます」と笑顔で手術室へ入っていった。

 

 本当に強い子だと思う。

 

 

 ───年─月──日

 千束の手術は無事成功した。

 千束はかの救世主から貰った銃とチャームを本当に大切にしている。

 そして、自分を救ってくれた救世主のように自分も他の人達を助けたいと言っていた。

 その言葉を聞いて少し泣きそうになってしまったのは内緒だ。

 大丈夫だよ、千束。君はたくさんの人達を助ける救世主に絶対なれる。

 アラン機関が「殺しの才能」のために彼女のその道を邪魔するというのなら、

 私がなんとかしてみせよう。

 

 これはちさたきを成すのと同じくらい大切な私の目標だ。

 

 

 ───年─月──日

 電波塔事件が起き、そして千束の力によって速やかに解決した。

 未来の彼女が言っていた通り、この事件から彼女はあの非殺傷弾を使うようになった。

 何度か彼女の試し撃ちに付き合ったがなかなかどうして当たらない。

 これを実戦で運用できるのは確かに千束くらいだろう。

 一応私も作戦に参加したが、結局ほとんど千束一人で片付けてしまった。

 

 しかし真島の能力は厄介だな。そして少し羨ましくもある。

 私も千束の足音や吐息、瞬きの音まで全て聴いてみたいものだ。

 

 

 ───年─月──日

 千束と先生…ミカがDAを離れることになった。喫茶リコリコの始まりだ。

 私は当初DAに残ろうと思っていた。

 リコリコに私がいてはアニメ通りのちさたきが起こらない可能性がある。

 百合の間に挟まるのはよくないことだ。

 具体的には死を以て償わないといけないくらいよくない。

 それに未来のことを考えるとDAにいる方が千束や

 たきなのサポートをできる可能性は高い。

 

 なので千束が「なんでDAに残るの!」と言い始めたときはとても困った。

 他のリコリスの子達は先生だけじゃなく百合姉まで持ってくつもりかよ、と反対してくれたが、

 結局千束の「お願い」に勝てなかった私はリコリコへついていくことになった。

 まぁちさたきを近くから見られるという点では悪くないのかもしれない。

 

 私は喫茶リコリコの壁になりたい。

 

 

 ───年─月──日

 千束と一緒に暮らす事になってしまった…。

 

 先生が千束一人では不安だが百合がいるなら安心だ、なんて言い始めるからだ。

 すっかり乗り気になってしまった千束を私が止められるはずもない。

 そろそろ自分を痛めつける必要があるんじゃないかと思い始めた。

 安いもんさ、腕の一本くらい…。

 

 ま、まぁ、たきなが来る前に私が部屋を出れば問題ないはずだ。

 

 

 ───年─月──日

 任務の都合でDA京都支部へ出張することになった。

 千束も行くと言って聞かなかったが、なんとかなだめて

 お土産を買ってくると言って納得してもらった。

 

 もののついでで京都支部で何人かのリコリスに指導をしたが、

 どの子も飲み込みが早く優秀だ。

 特に一人、やたらと射撃が上手い子がいた。

 

 …帰ってきてから気が付いたが、もしやあの子がたきなか…?

 前世で見たOPのロリたきなの顔を思い出せればいいのだが、

 如何せん記憶が薄れていて思い出せない。ついでに言えば

 周りの真剣さに押されて私も真面目に指導していたので

 顔を見ている余裕もあまりなかったし。

 

 まぁ、仮に彼女がたきなでもさすがに本編が始まる頃には

 私のことなんぞ忘れているだろうが。

 

 

 ───年─月──日

 ここ最近は千束と暮らしながら様々な任務にあたっている。

 一度家に男の子版リコリスこと、リリベルが襲撃してきたときには驚いたが、

 それ以外には割と落ち着いた日々を送っている。

 それに少しずつだが先生が本編の甘々な感じに変化していっている。

 

 一つショックだったのは、千束が私を百合姉ではなく

 百合と呼び捨てで呼ぶようになったことだろう。

 千束は喜んでいるのでいいけど、これが姉離れというものか……。

 

 しかし、落ち込んでいる場合ではない。

 

 もうすぐ私の目的が始まるのだから。

 

 

 ───年─月──日

 長らく日記をつけていなかったが、今日ついにたきなが

 喫茶リコリコに左遷されることになるきっかけの事件が起きた。

 アニメ本編の時間軸のスタートだ。やっと始まりますね、僕たちのちさたきが。

 

 ちなみにたきなは本当の本当に美人さんだった。それにやはり礼儀正しい子だ。

 やや過剰な感はあるが、こんな私にも敬意を持って接してくれるのだから。

 

 余談だが、たきなはめっちゃいい匂いした。千束とはまた違ったうまあじがある。

 はーすこすこ。

 

 

 ───年─月──日

 ちさたきの邪魔をしてはいけないので

 千束との長きにわたったルームシェアを本日解消することにした。

 

 本当ならたきなが来る前に解消しておくべきだったが、

 なかなか言い出せずにいたのだ。

 

 千束に説明したら悲しそうな顔を一瞬見せた

 ものの、一応納得はしてもらえたらしい。

 

 これでちさたき同棲回には何の影響もないはずだ。

 

 

 ───年─月──日

 わたしは いま

 

 ちさとのへやで

 

 ちさとにべっどにおしたおされています

 

 

 は??????????

 なんで??????????

 





ちさたきのために頼んだ。

評価
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2『愛は寛容であり、また情が深い』

『──絶対に良くなる。大丈夫だよ、千束』

 

『絶対に成功する。起きたらまた、こうやって話をしよう』

 

『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』

 

『千束』

 

『千束』

 

『──千束』

 

 いつだって、君の言葉は私を救ってくれる。

 

 君の「絶対」が私の背中を押してくれる。

 

 君が名前を呼んでくれるから、こうして生きようと思える。

 

 だから、だから私は──。

 

 

 私には姉のような存在が一人いる。白園(しらぞの)百合(ゆり)。百合(ねえ)。……百合。

 

『初めまして、千束。私は白園百合だ。よろしくね』

 

 今でも覚えてる、きっと消えることのない記憶。私と百合の、初めての会話。

 

『きょうくんれんでたたかったひと…』

 

 百合はこの時から赤い制服…つまりはファーストリコリスだった。毎日いろいろな人と戦うので誰が誰だというのをいちいち覚えていなかった私でも、その赤い制服と戦い方は印象的だった。

 そして何より、「銃弾を避ける」なんておかしなことをしてみんなから避けられていた私に、声をかけてくれた数少ない人物の一人だったから。

 

『そう、今日訓練で戦った人だ。百合って呼んでね。私も君を千束と呼ぶから』

『…わたしとはなすときらわれるよ』

 

 だからこそ、私は百合にそんなことを言っていた。私に話しかけてくれるような優しい人が、私と同じように嫌われてしまうのは嫌だったから。

 

 けれど、百合は

 

『嫌われないよ。それに千束も嫌われてなんていない。みんな少しだけ驚いているだけさ。ほら、一緒にみんなのところへ行こう』

 

 そう言って、微笑みながら私の手を引いてくれた。ここからだ、閉じていたはずの私の世界が広がったのは。

 

 

 

 

『くっそ、相変わらず当たらねぇ…!』

『次回は当てられるといいねーフキー?』

『てめ、千束…!』

『はい、二人ともそこまで。千束もフキも、みんなもお疲れ様!』

 

 訓練が終わってもみんなから前ほど嫌な視線を向けられることもなくなっていた。フキは…初めからあんまり変わらないけど。

 

『百合姉!』

『百合姉だ~!! お疲れさまー!!』

『あっ、おい千束!』

 

 フキの声を振り切って百合に抱き着く。そうそう、この頃からだっけ。私が百合のことを百合姉って呼ぶようになったのって。

 百合は私とたくさん話をしてくれて、先生が教える「リコリスの戦い方」じゃない、もっと暖かくてキラキラしたことを教えてくれる。だけどそれは私だけに限った話じゃなくて、フキもそうだし、他の子達にもそうだ。だから百合はみんなから百合姉と呼ばれていた。みんな百合と話すのが大好きで…1歳しか変わらないはずなのに、先生と同じくらい大人みたいに感じられて、少し不思議でもあった。

 

『千束、お疲れ様。今日も頑張ったね』

『ふふふ~うん!』

 

 頭をゆっくりと撫でながら、百合もハグを返してくれる。

 羨ましそうに見ているフキを含む周りの子達には悪いけど、これだけは私の特権だ。

 

 

 

 

『ッ…ううっ…』

『千束!? おい、千束!』

 

 それから少し経って…私は徐々に激しい運動ができなくなっていった。先天性の疾患。心臓の病だ。

 

『百合姉! 千束が!』

『ゆ、り…ねえ…』

『大丈夫、大丈夫だよ』

 

 百合が私を抱っこして医療室へ運んでくれる。壊れ物でも扱うみたいに優しく、慎重に。

 やがて車椅子を使わないといけないくらい病気が進んでも、私は百合に抱っこして移動してくれるようせがんだ。病気は辛かったけれど、百合を独占できて嬉しいとも思っていた。

 百合は毎日、私に大丈夫だと、絶対に良くなると言ってくれた。何の根拠もない言葉だけれど、その言葉は他の誰の言葉よりも信じられる、魔法の言葉だった。

 

 

 

 

『…あなたでしょ!? 私を助けてくれる人!』

 

 もう顔は思い出せないけれど、その日は見かけない人が来ていて、直観的にその人が私を助けてくれる人だと分かった。

 その人は自分を救世主だと言っていて、私もそうなりたいと思った。

 

 そして手術の日、私は百合にだけ、抱えていた弱音をはいた。

 

『絶対に成功する。起きたらまた、こうやって話をしよう』

 

 絶対。百合はそう言った。なら、きっと今回も大丈夫だ、私は百合に行ってきますと言った。百合はいつものような穏やかな笑顔で行ってらっしゃい、と言った。

 

 

『お祝い? 誰から?』

『救世主だ』

 

 手術は百合が言った通り、無事成功した。先生から渡されたお祝いの品を開けながら、百合に頭を撫でてもらう。私は、百合がいるこの世界に帰ってこられた。

 

『なら、人を助ける銃だね。…ねぇ、百合姉。私も私を助けてくれた救世主さんみたいに、みんなを助けられるかな』

 

 百合はなんだか少しだけ泣きそうな顔をしたあと、すぐにいつもの笑顔でこう言ってくれた。

 

『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』

 

 

 

 

 それからもいろいろなことがあった。

 電波塔事件に、今やたくさんの人の居場所になった喫茶リコリコの開店。あの時にはとっても困らせちゃったっけ。私はてっきりついてきてくれるものだと思っていたのに、百合はDAに残るって言うんだもん。その方が千束のためになる、なんて言われたけど結局私が「お願い」したら折れてくれた。ずっと昔から、百合は私のお願いに弱い。

 百合と一緒に住むようになったのもこの頃だ。すごく嬉しかった。この家は私と百合の家。一緒に仕事をして、一緒に帰って、一緒にお風呂に入って、私にはもうない心臓の音を聞きながら一緒に眠って……新しい心臓になっても、私はみんなと同じ時間を生きられるわけじゃない。その事実すらも、百合と過ごすこの時間があれば受け入れられる気がした。

 

 ──そしてさらに月日は流れ。リコリコに新しい仲間がやってきたのだった。

 

『今日からよろしく! 千束で~す!』

『井ノ上たきなです。それで…あの人はどちらにいらっしゃいますか?』

『あの人~?』

 

 私がそう聞くとたきなの代わりにミズキが答えてくれた。

 

『百合よ、百合。店に来たときからずぅっと言ってんのよ。白園百合さんはどこですかーって。もーうるさいったら』

『百合は仕事だ、と言ったら自分も手伝いに行くと聞かなくてな』

 

 さらに先生が補足してくれる。たきなが百合を…? 確かに百合はリコリスの中じゃ有名だけど…。

 私がなんとも言い表しづらい不安に襲われていると、ちょうど百合が帰ってきたのだった。

 

『ただいま戻りました──っと君は…』

 

 私がお帰りなさいと言うより先に、たきなが百合に、捲し立てるような勢いで言う。

 

『本部から転属してきました、井ノ上たきなです! あなたの元で共に任務にあたれる機会を得られ、本当に光栄です。よろしくお願いします!』

『そうか、君が……。私は白園百合だよ。よければ百合と呼んでほしい。よろしくね、たきな』

『はいっ!』

 

 そのあともたきなは話を続け、百合は優し気にその話を聞いていた。それは私がたきなに仕事に行こう、と言うまで続いた。

 …私はこの時、たきなに少しだけ嫉妬してしまっていた。だって百合、たきなにすごく優しいじゃん。いや、百合は誰にでも優しいけど、たきなを見る目は他の子達を見る目とはちょっと違ってた。なんていうか…きらきらした、とでも言えばいいのか。夢が叶った、みたいな目でたきなを見てた…気がする。

 

 こんなの初めてだ。たきなは間違いなく良い子で、可愛い。嫉妬なんてするべきじゃないのに、心が言うことを聞いてくれない。

 

 そしてこの日は、さらにショックな出来事があった。初めて百合に「お願い」を断られたのだ。当分、百合は任務中私とはペアを組まず、私とたきながペアになると先生が言っていた。別にペアを解消する必要なんてないのに。私と百合とたきなの3人でいいじゃん。百合ならきっといいよって、いつものように言ってくれると思ったのに。それだけは絶対にダメだ、なんて、今までにないくらい真剣な顔で言われてしまった。他の人も居たからなんとかあの場では笑って誤魔化したけれど、二人っきりだったらきっと泣き出してしまっていたと思う。

 

 まぁ、いい。よくないけどいい。家に帰れば百合にはいつでも会えるのだ。百合と私はかれこれもう10年近く一緒に住んでいる。だから大丈夫。

 

 ──そう、思っていたのに。

 

『ああ、千束。私、別のセーフハウスに移ることにしたから』

 

 言い出すのが遅くなって、ごめん。百合はなんてことない様子で、そんなことを言う。

 

『え、ええ!? な、なんで!?』

『いろいろと事情があってね。まぁ、たまに様子は見に来るし、店でも毎日会うから大丈夫だろう?』

 

 話をしながらも、百合はテキパキと自分の私物をまとめていく。どうして? 別のセーフハウスに行くにしても私物を何から何まで持ち出す必要なんてないのに。

 大丈夫じゃ、ない。そう言えればどれだけよかったか。でも頭の中の冷静な部分が、私が百合に寄りかかり過ぎた結果が、この状況を招いたんじゃないの? と囁く。思えば、ペアのことだって──だからここで私が大丈夫じゃないと言ったら百合から今度こそ見限られはしないだろうか、と。

 

 だから──

 

『そ、そっかー。でもたまに様子見に来ちゃうんだ? 百合ったら大好きすぎか、私のこと!』

 

 だから、そんな風に冗談めかして、平気なふりをしてしまった。

 

 結局その日は、その後何を話したかも覚えていないほど、茫然自失で一夜を過ごすことになった。明日には冗談だったって、百合が言ってくれるかもしれない。それにまだ、百合は当分いるはずだ。その間に心変わりするかも。

 

 そんな藁にも縋るような思いは、早々に打ち砕かれることになる。

 

 朝起きるといつものように朝食が置いてあって、百合は先に仕事に出ていた。どこか安心した自分がいた。ああ、百合はまだいるんだって。そういえば、昨日百合の部屋はちょっと騒がしかったけど、どのくらい片付いたんだろう。興味本位で部屋を覗いて……唖然としてしまった。

 

 部屋にあったのは元々備え付けられていたベッドと、机だけ。それ以外の百合がいた痕跡はどこにもなかった。

 

「うそ……」

 

 つまりはもう、百合はこの家には帰ってこないのだろう。一緒に任務へ行って、頑張ったねと褒めてもらって、くだらない話をしながら笑い合って、一緒の家に帰る。そんな当たり前の日常は、今日からはもうない。

 

「……」

 

 どれだけそうしていたのかは分からない。鳴っているスマホも無視して、私は百合の部屋の中に立ち尽くしていた。

 別に死んでしまったわけじゃない。また会える。分かってる、その通りだ。けど…

 

 鳴り響くスマホが、急に煩わしく感じられて、思い切り叩きつけてやろうか、そんなことを思ったその時だった。

 

「千束! よかった無事で! 電話にもずっと出ないから心配したんだよ!? 何かあったの? …ッ、もしかして、心臓──」

 

 百合のその、私を想う必死な顔を見たとき

 

 自分の中で何かが弾けた気がして──

 

 気が付けば、身体が勝手に動いていた。





ちさたきのために頼んだ。

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3『探せよ、さらば見つからん』


バランス。


 ──初めて見たあなたは、誰かがしていた噂話のあなたよりもずっと鮮烈で。

 

 ずっと、私が追い求めていた、答えそのものでした。

 

 

 それはいつものように訓練を終えた後のことでした。

 訓練後は速やかに着替え、次の訓練に備え休息や移動を速やかに行うべし、というのが私たちに与えられた現在の命令。そんな中でも、貴重な時間を誰かとの雑談に費やす人達もいるらしく、その話は私が壁に背を預け、休息をとっていた時に聞こえてきたものでした。

 

『電波塔のコンビの話、知ってるでしょ?』

『そりゃあんだけみんなが話してれば嫌でもねー』

 

 電波塔のコンビ。数年前に起きた、東京を象徴とする巨大タワー、電波塔がテロリストに占拠されたという事件。その規模にも関わらず、事態はたった二人のリコリスによって速やかに収束した。それを成したのが、電波塔のコンビと呼ばれる、二人のファーストリコリス……この話は地方に所属するリコリスですら知っているほどの有名な話です。

 

『けど今更どうしてその話? 何か新しく分かったことでもあったの?』

『それがね、来るらしいの』

『来るって…え、マジで?』

『そう、京都支部に来るの! 電波塔コンビの一人が!』

 

 先輩が司令が話してたのを聞いたんだって、とその人は喜々として言いました。先輩のリコリスがそんな話を司令が話していたのを聞き、それを後輩のリコリスに広め…と言ったところでしょうか。そもそも上官の話を盗み聞きしてそれを広めるなんて、組織に所属する人間としてありえない行為だと思いますが。

 つまるところ事実かどうかも分からない、伝言ゲームが広まった噂話。馬鹿馬鹿しくなった私はそちらに意識を向けるのをやめて瞼を閉じ、次の訓練まで身体を休めることに専念したのでした。

 

 

 

 

 

 それから一ヶ月程の時間が流れました。それくらいの時間が経てば一時流行った噂話なども忘れられるもので、誰もその話をしなくなっていました。そしてもちろん、その間に件のファーストリコリスがこの京都支部へやってきたという事実もありませんでした。

 

 結局噂話は噂話だった、ということなのでしょう。

 

 ──だからこそ驚きました。先輩であるセカンドリコリスの一人が、その映像を私たちに見せた時は。

 

 いつものような訓練と訓練の合間の時間。しかし、他の休憩時間と比べると少しだけ猶予のあるそんな時間に、セカンドリコリスの先輩が、私達が休憩していた更衣室を訪れたのです。

 

『お疲れさん。ちょっと気合が入る映像持ってきてやったぞ』

 

 そんなことを言いながら、彼女は手でスマートフォンを弄んでいました。噂話が大好きな子達がすぐそれに食いつき、それ以外の子達も先輩に「ほら集合」なんて声をかけられ、渋々集まります。

 

『よーし、じゃあよく見ろよ』

 

 得意げに言い放ち、その先輩はスマートフォンである動画を再生し始めました。そこに映っていたのは…。

 

 そこに映っていたのは、摸擬戦用のキルハウスと、ここにいるリコリス全員が憧れているであろう赤い制服を身にまとった真っ白な少女の姿でした。

 

『はぁっ!? 嘘っ!? ちょっ待て……!?』

 

 先輩の持っていた拳銃が一瞬にして奪われ、スライドとフレームに分かれて捨てられました。そして、それをした張本人は、呆気に取られつつも距離を取ろうとする先輩の首と脚を極め、即座に拘束。その動作の隙を突こうと身体を出した別のリコリスへはまるで予め位置が分かっていたかのように、ノールックで拘束用銃を撃ち、拘束…その後も巧みに姿を消しては、陽動を交えつつ同じような手段でリコリス達を制圧していき……

 

 気が付けば、ものの数分でセカンドリコリス二人を含む、計五名が床に寝かされていました。

 

『な、気合入るだろ?』

 

 そう満足げに言い放つ先輩とは裏腹に、私達はすっかり言葉を失っていました。まるで無駄のない、最適化された合理的な動き。いくらファーストリコリスとはいえ、この人数差と、勝利条件の差。それがあってなお、ここまで隔絶した実力の差が、そこにはあるのだと。もし仮にこれが拘束の必要すらない任務ならば、もっと早く終わっていたのでしょう。

 

 なるほど、彼女が──

 

『やっぱ、電波塔のヒーローコンビは違うな』

 

 ──電波塔事件を制した、ファーストリコリスの一人。

 

 これが私の目指すべき、ひいては全てのリコリスが目指すべき場所なのだと……その日、私は理解したのでした。

 

 

 

 

『彼女のことは知っている者も少なくないだろう。DA本部から、ある事情で来てもらっている白園百合君だ』

 

 あの映像を見た次の日、基礎訓練を終えた私達に召集がかかりました。そして指定された訓練室へ向かうと、そこには教官と…赤い制服の彼女がいたのでした。

 

『よろしくお願いします』

 

 白園、百合。…彼女の凛とした佇まいはとても自然体で、浮かべている表情も、あの映像で見た鋭利さとはかけ離れた穏やかなものでした。

 教官によれば今日の残りの訓練は彼女に見てもらうらしく、私はいつも以上に気を引き締めました。彼女に失望されたくなかったのです。

 

 ──けれど、そんな私の意気込みとは裏腹に、この日の訓練は表面上とても和やかなものになりました。

 

『良い射撃の腕だね。基礎の習熟がきちんと出来ているよ』

『動き方の癖を上手く取り払えたね。その調子だ』

『さっきのは良い判断だった。あとはそうだな、もう少し──』

 

 初めの数分、私達の訓練の様子を見た後、彼女は私達を褒めて回りました。もちろんそれだけではなく、動きが拙い部分へのフォローやアドバイスもしていましたが…それは普段私達を訓練している教官が行うような「指導」ではなく、どちらかと言えば諭すような、幼い子に対して行うようなもののように見えました。

 私に対してもそれは変わらず、ただ彼女は射撃の腕を褒めるばかりです。周りの子達はいつもと同様、真剣に訓練に励みながらもそんな彼女の言葉に喜んでいるようでしたが、私は酷い思い違いをしていたのだと落ち込むことになりました。

 

 つまり、私達は、私は、彼女に「指導」してもらうレベルにすら達していない。そういうことなのでしょう。初めの数分で私達の底は見えてしまった。だから後の時間はもう、差し障りがない言葉だけで終わらせることにした、と。訓練生だから当然? 相手はファーストリコリスだから? …違う。けれどそういう風に考えていた自分がいたことを…私は最後まで否定しきれずにいました。

 

『──ッ…!』

 

 訓練が終わり、何人かの子達が彼女を囲んで会話をしている時には、私の落ち込みは悔しさに変っていました。次こそはあんな言葉ではなく、あなた自身の言葉が聞きたい。東京の本部に行けば、あなたは私を認めてくれますか? 今度こそ私を見てくれますか?

 

 それが「リコリスの使命に殉ずる」という目的以外で、私にできた新しい目的になりました。

 

 

 

 

 

『明日から本部か、頑張れよ』

『はい』

 

 それから月日は流れ、私はここDA京都支部から東京にあるDA本部へと転属することが決まりました。彼女に、白園百合さんに追いつけたなどとは思っていませんが、セカンドリコリスとして、少なくともDAの役に立てているという確かな手応えが感じられていました。

 

 ようやく彼女の前に立つ権利を得た。そんなことを思いながら私は京都支部の同期や先輩方に見送られ、DA本部へ向かったのでした。

 

 ──しかし

 

『DA京都支部から転属してきました、井ノ上たきなです。』

『今日からお前と組むことになる春川フキだ。まぁよろしくな』

『豊富な実戦経験を持つベテランだと伺っています。よろしくお願いします』

『は、ベテランねぇ…間違っちゃいないが、どうもな』

 

 それは私がDA本部に来てすぐのこと。私がこの後起きる事件の日まで、パートナーを組んでいた春川フキさんと話していたときのことです。

 彼女は赤い制服、即ちファーストリコリスであり、私が事前に聞かされていた限り、かなりの場数を踏んできた文字通りのベテランでした。だからこそ、彼女のその反応は少し不思議でした。

 

『どうも、とは?』

 

 だから、自然と聞き返していたのです。

 

『あーなんでもねぇよ。上には上がいるって話で…はぁ。思い出したら会いたくなってきたな、百合姉…』

 

 最後の方は私へではなく、独り言だったのでしょう。ほとんど聞こえないような、空気に溶けてしまうような声量でしたが…私は聞き逃しませんでした。

 

『百合姉…それって、白園百合さんのことですか!?』

『うおおっと!? なんだよ急に大声だしやがって!?』

『答えてください』

 

 詰め寄った私に少し動揺したような素振りを見せたあと、彼女は言いました。

 

『…そうだよ。白園百合さんのことだ』

『やっぱり…。本部にいらっしゃるんですよね? どこにいらっしゃいますか?』

『いや、百合さんはここにはいねぇよ』

『今は任務中、ということですか?』

 

 ため息を吐くと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら彼女は答えました。

 

『違う。DA本部自体にいないんだよ。あの馬鹿が先生ともども連れて行っちまったからな』

 

 

 DA本部に彼女はいない。さらに聞いたところによれば、彼女がいる支部は支部とすら言えるか怪しいような場所なのだと、フキさんは言っていました。それが分かってすぐ、私はDA本部の司令官である楠木司令に話をしに行きました。

 

『納得がいきません。なぜ彼女ほどのリコリスがDA本部ではなく、あんな支部に配属されているんですか』

『彼女自身の意思だ。それに彼女はどこにいようが我々DAにとって最高戦力の一人に変わりはない』

『どこにいても? なら本部でもいいはずでしょう?』

『彼女が望めばな。しかし本人はあそこにいることを希望している。まぁ、彼女がというよりは……』

 

 そこで一度言葉を区切ると、なんにしても白園百合をDA本部に戻すことはできん、と楠木司令は締めくくりました。

 

『なら、私をその支部へ転属させてください』

『……まさかお前までそんなことを言い出すとはな。あいつは相変わらず人たらしというわけか……いずれにせよ、その要望を叶えてやることはできんな。人を遊ばせておけるほどDAに余裕はない。ことセカンドリコリスは特にな』

 

 だったらファーストリコリスは余計にそうでしょう! という言葉を私はなんとか抑えました。言っても堂々巡りになるだけ。司令の中では既に結論が出ていることなのでしょうから。

 

 

『ダメだっただろ?』

 

 その夜、寮に戻った私はフキさんに今日あったことを話していました。…憧れだったはずの寮。嬉しいはずなのに、どこか味気なく感じられるのは、やはり彼女がいないからなのでしょうか。

 

『はい。まったく聞く耳を持ってもらえませんでした』

『だろうな。けど、どっちかと言えば司令だってあの人には戻ってきてほしいはずだ』

『司令は本人の意思だと言っていましたが…』

『ああ。昼間言ったろ、馬鹿が連れてっちまった、って。ま、あいつがあっちにいる限りは百合姉もあっちにいるだろうな』

『その馬鹿、とは?』

『千束だよ。錦木千束。電波塔事件の、って言えば分かるだろ?』

『…なるほど。私自身がそちらの支部に行く、という提案が却下されるわけですね』

 

 私のその言葉を聞くと、フキさんは驚いたあとに笑い出しました。何かおかしなことを言ったでしょうか?

 

『悪ぃ、悪ぃ。あー、懐かしいなぁって思ってさ。私も前に同じこと司令に言ったことあるよ。てか、ここのリコリスは大抵通る道っつーか…』

 

 けどなんでお前まで? とフキさんが聞いてきました。

 

『京都にいたんだろ? さすがの百合姉でも噂だけで人は堕とせないだろうし…いや、あり得るのか…?』

『ずっと昔、京都支部に来たんですよ。そこで彼女の戦い方を見て…少しですが指導もして頂きました』

『あー、なるほどな』

 

 それでか、とフキさんは納得した様子で言いました。同時に、小さい頃に見る百合姉は劇毒だからなぁ、とも。

 しかし、百合姉とは。

 

『少し気になったのですが、なぜフキさんは百合さんのことを百合姉と呼んでいるんですか』

『…………油断してただけで普段から百合姉って呼んでるわけじゃ…』

『? それは分かりましたが、なぜ百合姉と……』

『だーもう! 今日はもう寝る!! 明日から普通に任務だからな! 京都とは比べ物にならないくらい忙しいと思えよ!』

 

 結局その質問には答えないまま、フキさんは眠ってしまいました。

 

 その後も、私はどうにか方法はないかと考えていました。かと言って自ら支部に転属になるような真似を仕出かすことはできません。それはDAにとってのマイナスにしかならない。そもそもそんなことをして彼女に会ったとしても、それこそ失望されてしまうかもしれない。一瞬でも、なら転属になるようなことを、なんて考えた自分が嫌でたまらなくて、一心不乱に任務にあたりました。

 

 どうしたら、どうすれば──

 

 私はフキさんに、何度も百合さんをDA本部に戻す方法はないか、意見を求めました。けれど彼女は「できたらとっくにやってる」「あの馬鹿を連れ戻す方が早い」と半ば既に諦めているようでした。

 

 私自身上手いやり方が思いつかず、ただ時間だけが過ぎていき…

 

『司令部! こちらアルファ1! 私達でやれます! 射撃許可をください!』

 

 ──あの事件が起きました。

 

『お前…エリカを殺す気か』

『生きてますよね?』

『──ッ! クソッ……』

 

 振り上げた拳を力なく下すと、フキさんは私を無視して歩いていきました。

 誰にも被害は出ていない。合理的で、無駄のない判断だったと思います。

 

 この後、私は司令に呼び出され──

 

『転属ですか』

『指令を無視して作戦を台無しにした責任は重い。現場指揮官からも越権行為の報告が来ている。一度、あいつの元で指導してもらうべきだとな。ある意味では、お前の要望を叶えることになってしまうが』

 

 ──彼女のいる、あの支部へ行くことになり、そして。

 

「ただいま戻りました──っと君は…」

 

 彼女に、再会することができたのです。

 

『本部から転属してきました、井ノ上たきなです! あなたの元で共に任務にあたれる機会を得られ、本当に光栄です。よろしくお願いします!』

『そうか、君が……。私は白園百合だよ。よければ百合と呼んでほしい。よろしくね、たきな』

『はいっ!』

 

 あの日向けられた、ただ穏やかなだけの瞳とは違う……明確な意志の宿った瞳。

 

 それを見て──私は私のこれまでが間違っていなかったのだと、ようやく確信できたのでした。





ちさたきのために頼んだ。

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4『全てのことを、愛をもって行え』


ちさたき多め。


 ───年─月──日

 わたしは いま

 

 ちさとのへやで

 

 ちさとにべっどにおしたおされています

 

 

 は??????????

 なんで??????????

 

 どうやら千束は具合が悪かったらしい。

 いきなり馬鹿みたいな力で部屋に連れていかれたあげく

 ベッドに押さえつけられたのはさすがに驚いたが…おかげですぐ気が付くことができた。

 

 だってどう見ても様子がおかしかったし。顔は真っ赤だわ、目も充血しているわ、

 そもそも朝からずっと連絡がつかないわ…体温計がなかったから

 額を合わせて測ったので正確かは分からないが、案の定、平熱よりかなり高く感じた。

 

 おそらく具合が悪くて朝起きられず、ようやく起きれて虚ろな意識のまま

 私の部屋へ助けを求めに来たといったところか。

 そしてちょうど部屋へ来た私を見て不安感が押し寄せてきた…と。

 

 とりあえず千束は部屋で寝かしつけてきた。「どこにも行かないで」と、うわ言のように

 言うので、昔のように布団をかけて頭を撫でていたらいつの間にか眠っていた。

 

 なんにせよ心臓の問題でなくて一安心だ。

 

 風邪なんかのとき、一人だと不安になるのはよく分かる。

 今日のところはこのままこちらのセーフハウスに留まることにしよう。

 

 

 ───年─月──日

 朝食を作っていたら、朝早く起きてきた千束にいきなり抱き着かれてしまった。

 は??? いい匂いすぎるだろ…。しかしそういうのは私ではなく

 たきなにやってもらいたいところだ。とはいえ彼女たちがそういうのを平然とやるように

 なるのはまだもう少し先のことだろう。待ち遠しい限りである。

 

 それはそれとして、まだ体調が良くないからもう少しだけいてほしいと

 千束が言うので、今日もこっちで過ごすことになりそうだ。

 

 しかし千束が一話から二話の間に風邪を引いていたとは…。

 話と話の間が概ね一ヶ月空くのでそんなこともあるだろうが、私がいなかった場合は

 どうなっていたのだろうか。

 先生やミズキあたりがお見舞いに行ったのか? それともたきなが…?

 

 …もしや、ちさたきチャンスを逃したのでは…?

 

 

 ───年─月──日

 千束が動けないので、たきなと二人でリコリスの仕事をこなしつつ

 リコリコの方の仕事を回している。

 

 ミズキが「仮病じゃないの?」と言っていたが、千束に限って

 仮病なんて真似はしないだろう。むしろ動けないことを歯がゆく思っているはずだ。

 

 たきなはリコリコの仕事に疑問を感じているようではあるが、しっかりこちらの指示は

 聞いてくれている。この疑問もまた、ちさたきを成すのに必要な要素の一つ。

 

 万事順調だ。

 

 昨日はチャンスを逃したなどと言ったが、問題はなさそうである。

 

 

 ───年─月──日

 ようやく千束の風邪が治った。

 今日から再び千束とたきなのペアで任務をこなしてもらうことになる。

 

 たきなが私とのペアの方が学べることが多いと言ってきて少し困ったが、

 私が何か言う前に、千束の方からたきなの手を握って任務に連れ出してくれたので

 助かった。やっぱりちさたきじゃないか! 

 

 この千束の積極性こそがちさたきを支えているのだとちさたき学会の権威は語る。

 たぶん名誉教授あたりも言っているだろうと思う。私も言った。

 

 しかし生で見るちさたきはちょっと破壊力が高すぎるな…ラピ○タのポ○じいさんの

 気持ちが理解できたかもしれない。

 

 まぁ私はしまってもらうつもりも目を逸らすつもりもさらさらないが。

 

 

 ───年─月──日

 千束が頻繁に私のセーフハウスを訪れるようになってしまった…。

 

 リコリコでの仕事が終わったあとなど、千束は時間が合うタイミングでは大抵私についてきて

 そのまま私のセーフハウスで一緒に夕食を済ませている。そのうえ徐々に着替えや果ては映画の

 ディスクなんかも持ち込むようになり、居間が千束色を帯びつつあると来たものだ。

 

 ルームシェア自体は解消できて一つ屋根の下ではなくなったものの、

 これではあまり今までと変わりないので意味がない。

 

 どうにか策を講じなければ…。

 

 

 ───年─月──日

 リコリコでの仕事終わり、いつものように千束が私についてこようとしていたところを見た

 たきなが、「お二人はいつもどこに行っているんですか?」と聞いてきた。

 

 千束が気になるのだろう。とても良い傾向だ。なぜか千束が答えるのを渋ったので

 私が正直に、私のセーフハウスへ行っていると答えたところ、

 千束がいきなりたきなを「私の家に行こう! 映画見よう!」と連れて行ってしまった。

 

 えっっっお家デートですか????????

 ちさたきお家デート???????

 

 同棲回はまだ先だからなぁ、なんて考えていた自分の既成概念を打ち砕く至高の一撃である。

 これもう同棲前倒しすらあるんじゃなかろうか? いやあるな?? あるわ(確信)

 なんならこのまま今日は千束の家にたきなが泊まる可能性もある。つまり…お泊まりデートか。

 

 えっっっっっお泊りデートですか????????

 ちさたきお泊りデート!?!?!?!?!?!??

 

 アニメだけでは知りえなかったちさたきがここにもあった。

 

 ありがとう…それしか言う言葉が見付からない…。

 

 お祝いを兼ねて今日は夕食を少しだけ豪華にしたが、ちょっと作り過ぎてしまったかもしれない。

 何せ一人分の食事を作るなんてここ数年あまりやっていなかった。

 まぁ、少しずつ慣れていけばいいだろう。

 

 

 ───年─月──日

 千束が前ほどは私のセーフハウスを訪れなくなった。おそらく…いや、まず間違いなく

 たきなと過ごすようになったからだろう。

 

 まぁそれでも週に2、3回は来ているのだが。

 

 いずれにせよ、時間とともに私のところを訪れる回数はさらに減っていくだろう。

 対策を講じるまでもなかったようだ。

 

 …これを少し寂しく思ってしまうあたり、

 私は千束と長く時間を過ごし過ぎてしまったのかもしれない。

 

 それはそれとして、千束とたきなが二人で映画見てる部屋の壁になりたい。床でも可。

 

 

 

 

 

 ───年─月──日

 今日、ウォールナットからミズキが管理するリコリコのメールアドレス宛に

 緊急の依頼が送られてきた。

 

 始めは依頼に懐疑的かつまったく乗り気でなかったミズキも相場の3倍という

 破格の報酬を一括前払いで提示され一瞬で心変わりしたようだ。

 

 いくらかは私も仕事をするつもりだが、基本的には千束とたきなに任せて

 私は遠方から本編を堪能させてもらうつもりでいる。

 

 既に先生から、千束やたきなに伝えるカバーストーリーとは別の、本来の作戦に

 ついて説明は受けた。あとは任務当日を待つばかりだ。

 

 これが終わればウォールナットこと、クルミが喫茶リコリコの仲間に加わる。

 ついに喫茶リコリコフルメンバーだ。

 若干一名、異物が混入してしまっているが許してほしい。

 

 …しかし何か忘れている気がするのだが…。

 

 

 ───年─月──日

 ウォールナットの死を偽装するという作戦は無事成功を収めた。

 作戦に必要なことだったとはいえ、千束が大泣きする姿を見るのはさすがに堪えるものがある。

 

 その後は店に戻ったあと、たきなが千束へ今回の方針は

 無理があったと噛みつくところまで本編と同様だ。少し違う部分があったとすれば、たきなが

 私にもいろいろ言ってきたところだろうか。これは私という本来いない人間がいる以上

 仕方のないことなのだが。それと一つ分かったこともある。

 

 たきなが随分と私を過大評価している、ということだ。

 

 単純な戦闘能力では私は当然千束には及ぶべくもないし、

 射撃の腕だけとってもたきなの方が優れているのは間違いない。

 まぁ、独り言だと思うが、たきながDA本部に、と言っているのが聞こえたので、

 彼女が戻りたがっているという点で見れば、大筋は変わらないので一安心ではある。

 

 …それと私が何か忘れているな、と思っていた内容が早くも分かった。

 

 吉さんだ。

 

 すっかり忘れていたが、吉さんは一ヶ月前からリコリコを訪れるようになっている。

 前回、前々回とニアミスで遭遇していなかったのだが、

 とうとう今回バッタリ会うことになってしまった。

 顔覚えてないよ、を装おうとしたのだが、なんか妙なフレンドリーさで接してきて

 無事無駄に終わった。

 

 そのうえ先生だけでなく、私に対しても

 「千束とここでどんな仕事をしてるんだい?」と釘を刺してくる始末だ。

 吉さんだって私にどうこうしてほしいわけではあるまいし、ミカのついでに言っておくか

 くらいのノリだとは思うが。

 

 なんにしてもこれでリコリコ、待望のフルメンバーである。

 

 余談だが、クルミもそれとなく香ってみたところやはりいい匂いがした。

 千束やたきなとはまた違う、甘さと落ち着きを感じさせるフレーバーだった。

 





ちさたきのために頼んだ。

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5『愛は傲慢にならず、また誇らない』


クルミが入ってたトランクケースの中は絶対いい匂いがすると思った。


「ち、さと?」

 

 今日までずっと一緒に生きてきて、初めて見る顔。まるで迷子になった小さい子供のような…不安げな表情をした百合が、文字通り目と鼻の先にいる。

 本当、いつまで見ていても飽きない顔だな、なんて場違いにもそんなことを思う。私よりもさらに色素の薄い綺麗な白い髪に、少し潤んだ瞳。髪型に無頓着な彼女は、私がずっと昔に好きだと言ったこの髪型を今日まで続けている。これは私の、醜い独占欲だ。

 

 ここからどうすればいいのか、よくは知らないけれど。

 

 そんなのは、きっとどうだっていい。自分の中にある、ドロドロとしたモノに従って全部を百合にぶつけようとした、その時だった。

 

「──千束、もしかして具合が悪いのかい?」

 

 えっ、という言葉が出る前に、百合の顔が私に近づいてきて額と額が優しく当たる。

 んー、と百合は悩むような声を上げたあと、すぐに私と百合の位置が逆転した。

 

「熱がある…と思う。体温計じゃないからはっきりとしたことは言えないけど」

「え、えっと…?」

 

 そのまま小さな子供にするように私に布団をかける百合。これはよく見たことがある…百合のお姉さんモードだ。

 有無を言わさぬ手厚い介護に、いつの間にか私の中にあったモノは自然と静まっていった。次に来るのは羞恥心と、あんなことをしてしまったという罪悪感…かけられた布団にぎゅっと包まり、唸る。

 すると百合が布団から出ていた頭を撫で始めた。

 

「…どこにも行かないで」

 

 あんなことをしておいてよくも、と自分で自分を責めつつも、そんな言葉が出ていた。百合は傍にいるよ、と言った。

 

 その後私が眠ってしまうまで、このやり取りは何度でも続いた。

 

 

 

 翌朝、薄っすらと聞こえてくる百合の可愛らしい鼻歌と、朝ごはんのいい匂いで目が覚めた。

 急いで部屋から出てキッチンへ向かう。

 

 ──百合が、いる。

 

「おはよう、千束。今日は早いね。いつもならもっとお寝坊さんなのに──っと、どうしたの?」

 

 いきなり抱き着いた私に火を使っているから危ないよ、なんて言いながらも百合は決して引き剝がそうとしたりはしない。

 具合はどう? と聞かれたのでまだ体調が良くないからもう少しだけいてほしいと百合に伝えた。その「お願い」も受け入れられて、百合は今日もこの家に帰って来てくれるようになった。

 

「となると着替えとかも取ってこなきゃかな」

 

 百合は百合のままだった。私がどれだけ寄りかかっても、なんてことないように、優しく微笑んで支えてくれる。

 本当は風邪なんて引いてないけれど、もう少しだけ。もう少しだけ、私は仮病を続けることにしたのだった。

 

 

 

 その後何日かそんな日々が続いたあと、先生から「そろそろ戻ってこい」と電話で叱られてしまった。やっぱり先生にはバレバレか。ミズキも気が付いてそうだし、確かにそろそろ潮時かもしれない。お店に来てくれるみんなも心配してくれてるだろうな。たきなもコンビを組んで早々に放置する形になってしまったから謝らないと。

 

 次の日の朝、私は百合にもう大丈夫だから、と伝えた。百合との生活が終わってしまうのは名残惜しかったけれど、それについてはもう良いアイデアが浮かんでいた。

 

「そうか。元気になってよかったよ」

「うん! ごめんね~迷惑かけちゃって」

「迷惑じゃないよ。でもたきなや先生、それに常連の人達…特に伊藤さんが心配してたよ。見てもらわないと漫画が進まないーって」

「私の心配じゃなくないそれ!? でも…うん! 今日からは元気な姿を見せちゃうよー!」

 

 

 

「──百合さんと一緒に行動する方が学べることは多いと思います」

 

 復帰して早々、たきなとは言い争いになってしまった。仕方ないけどね、全面的に私のせいだし。

 一つ困ったのは、たきなが百合とコンビを組みたいと言い始めてしまったこと。どうやら私が百合に仮病で甘えていた間、たきなは百合と二人で仕事をしていたらしい。

 

「ええ~。そんなこと言わないでよ、たきな~」

「言います。そもそも千束さん、リコリスが自分で自分の体調管理もできないようでは困ります」

「それは悪かったって~」

「百合さんはどう思われますか?」

 

 たきなは結局私を無視して百合に直接聞こうとしていた。けど結果は見えてる。私が三人で、って言ったとき、百合はいつもと違う雰囲気で「ダメだ」と言っていた。

 だから今回もそう言うのだろう。

 

 そう、思っていたのに。

 

 百合は無言で困ったように微笑みつつも、どこか考えているようだった。どうして? 私のときは即答だったのに。

 

 結局、百合が何か言う前に私はたきなを強引に連れ出して仕事に向かった。

 

「どういうつもりですか、千束さん」

 

 そんなこと私が聞きたい。そう思いつつも、たきなに当たるのは筋違いなのは分かっていたから、それっぽいことを言って誤魔化した。

 

 

 

「ねぇ百合、今日もそっちでご飯食べてってもいい?」

「ああ、構わないよ。昨日作りすぎてしまったのがいくつかあるから、それを手伝ってもらえると助かるかな」

 

 百合が二人で暮らしていたセーフハウスを完全に出て行ってから数日。私は百合が今暮らしているセーフハウスによく遊びに行くようになった。百合が離れていくのなら、私の方から寄ってしまえばいい。なんともシンプルで今まで考えもしなかったことだ。

 百合も百合で一人分の食事を作るのが久しぶりすぎて毎度作りすぎてしまうらしく、特に迷惑そうな顔をすることもない。まぁ、百合なら例え他のリコリスの子がいきなり泊めてと言ってきても嫌な顔一つせず泊めてしまうだろうけど。そこが百合の良い所であり悪い所だとも思う。

 

「そういえば気になる映画見つけたんだよね~。後で見よ?」

「いいけど夜ふかしはしないよ? あとちゃんと自分の家には帰ること。いいね?」

「はーい。分かってる分かってる!」

 

 そんな話をしているうちに百合のセーフハウスに到着した。私のセーフハウスと同様に何もないフェイクの部屋から入る仕組みだが、百合の場合、生活スペースの方もかなり物が少ない。というか、百合の私物って服とか手帳とかそんなくらいな気がする。一応本を読むためのタブレットなんかは持っているみたいだけど、それ以外は私が百合にプレゼントした雑貨くらいなものだ。服にしたって私が買ってきたものがほとんどだし。

 物欲というか、百合は欲らしい欲がない気がする。いつも与える側。映画は私が観るから百合も観るだけで趣味ではないだろうし…読書くらい?

 

 そんなことを考えていると、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。百合はかなり料理上手だ。私が小さいときから…と言っても百合と私は1歳しか違わないけど、一緒に住み始めてからはいつも百合がご飯を作ってくれていた。私は大抵後片付けだけ。そういえば片付けにしたって初めは危ないからってやらせてくれなかったんだよね。

 

「何か良いことあった?」

「ん? んーん、なーんにも!」

 

 楽しい気持ちが顔に出ていたのか、エプロン姿の百合がそんなことを言ってきた。何か良いこと、なんて毎日起きてるんだよ? 百合といるだけでその日は良い日なんだから。

 

 私のそんな気持ちが伝わっているのかいないのか、百合も穏やかに微笑み返してきたのだった。

 

 

 

 

「お二人はいつも一緒にどこへ行っているんですか?」

 

 喫茶リコリコの営業も終わり、戸締まりやガスの共栓の確認なんかも終わっていざ帰ろう! というとき、たきながふとそんなことを聞いてきた。

 

「えーっと、一緒にって?」

 

 いつかはこうなるだろうな、という気はしていた。たきなは百合のことをすごく気にしていて、よく百合のことを見ている。

 分かっているくせに、とっさにそんな質問を私が返したのはどうするか時間を稼ぐためだったのだが、それは百合の言葉で一瞬で台無しになってしまった。

 

「私のセーフハウスだよ」

「百合さんのセーフハウス…」

 

 考え込むたきなの瞳に、行ってみたい、という興味の色が見えた私はとっさにたきなの手を摑んで声を上げていた。

 

「よしたきな、私の家に行こう! 映画見よう!」

「えっ? ええと…」

 

 話が見えないと言わんばかりに困惑するたきなの手を怪我はしない程度に、されど強めに引いて走り出した。

 

「はい、上がって上がって!」

「は、はぁ」

 

 すっからかんなフェイクの部屋を見て、たきなは「プロの部屋だ…」なんて呟いていた。そんなたきなを階下の本当の部屋に案内すると、感動していたらしい表情は一瞬にして消えて、呆れた、みたいな目を向けられてしまった。

 

「ちょおーっと座って待っててね。あ、その辺空いてるとこ座っていいよー」

 

 コーヒーを用意しながら我ながらここ数日で随分散らかってしまったな、と思う。これまでは百合が少しでも散らかすとすぐ掃除してくれていた。それも千束らしいね、なんて喜びながら。…百合って駄目人間が好きなのかな? いや、別に私は駄目人間のつもりはないけどね!

 たきなに向けようとしていた…いや、向けてしまっていた気持ちをなんとか取り去るために、関係のないことを雑多に考えながら手を動かしていれば、すぐに準備もできてしまっていた。

 

「お待たせー。先生が挽いてくれてるのと同じやつだから美味しいよ? お店のにはちょっと劣るかもしれないけどそこは私の気持ちが入ってるから。愛情たっぷりだから」

「…ありがとうございます」

 

 たきなは何か言いたそうだったけど、はぁ、と一度ため息をつくと大人しくコーヒーを飲み始めた。

 そんな彼女を横目に私がよく観ている名作映画の中からテキトーにチョイスして映画を流す。

 

「この映画見たことある? 未来から送られてきた人間そっくりの機械が追い回してくるってやつなんだけど」

「いえ、ないです。映画自体あまり…というかほとんど見ませんので」

「そうなんだ? じゃあ今度厳選した千束セレクション貸しちゃうよ! あ、それとも今日みたく(ウチ)で観る?」

「……本当に映画を見るために連れてきたんですか」

「ん~? そうだよ? あとはたきなと仲良くなりたいからかな? …お、始まった」

 

 デデンデンデデン、という有名なBGMが流れて本編が始まる。

 映画を見ながらも考えていることはまったく別のことだった。たきなをできるだけ百合に近づけさせないようにしなければならない、ということだ。それが今の私の頭を占めている一番のこと。元々私とたきなは任務のときはペアを組むし、プライベートはこうしてたきなと定期的に映画を見るなり理由をつければ百合と引き離すことは十分できる。その分百合と過ごす時間が減ってしまうけど、仕方ない。なぜなら…。なぜなら、百合は、たきなを相当気に入っているみたいだから。

 

 今思えば、初対面の時から百合らしくない反応だったと思う。百合は優しいけど、それは平等な優しさだ。百合はみんなに等しく優しい。例外は私だけ。

 

 …だったんだけど。

 

 画面を真剣に見つめている、飾り気のない長い黒髪を真っ直ぐに下ろした少女に目を向ける。

 たきなは綺麗で、可愛い。そして任務にも常に全力だ。少しそれが行き過ぎてしまう部分はあるけれど。ざっと見ても、百合がたきなを気に入っている理由がなんとなく分かった気がする。

 

「ハンドガン程度ではびくともしませんね」

「でしょ? これに追いかけられるとかホラーだよホラー」

 

 気に入っている。けれど、今はそれだけだ。百合がたきなと接する時間が少なければ、それ以上芽が大きくなることはない。笑顔で会話しながらこんなこと考えている自分が心底嫌になるけれど、これ以上百合がたきなを好きになるのを防ぐため。延いては、残り少ない百合との時間を邪魔されないため…。

 

 こうして私は、たきなと仲良くなることを決めた。

 

 

 

 

カンッカカンッ!!

 

「あっ!? お、おい!? 盾に使うのはなしだ~!!!」

「たきな! なんかそれダメらしいよ!」

「無理言わないでください!」

 

 今、私達は依頼人である…犬の着ぐるみ…じゃなくてリスの着ぐるみを着た妙なハッカーさんの護衛をしている。

 

「百合、来てる!?」

『もちろん』

 

 ここは追手から紆余曲折を得て避難することになったスーパーの跡地だ。場所はすぐに割れて絶賛交戦中。私とたきながハッカーさんとスーパーの中にいて、百合はその援護と追手の()()()のために外にいるというのが現在の状況…スマートに行けば車を替えつつ真っ直ぐ逃走だったわけだから状況はあんまりよくない。すっかり慣れっこだけど。

 

『見えたよ。千束、たきな、外から何発か援護する。いけるね?』

 

 そんな状況でも、いつもの余裕を失わない落ち着いた声。百合だ。

 

「おっけーばっちこーい!」

「了解しました」

 

 その通信の直後、入口側のガラスを貫通し二発の弾丸が飛来した。百合の援護射撃だ。一発は逸れたけどもう一発はお相手のアサルトライフルのハンドガードに命中した。衝撃とパーツの破片で傷を負うだろうけどマガジンと機関部は外しているから命に別状のある傷じゃない。

 

 相変わらず良い腕してる!

 

「なっ…!」

「百合やるぅ!」

『場所が割れたから外のを何人か引き付けて下がる。あとは任せたよ、二人とも!』

 

 その後はたきなが私が銃弾を躱すのを見てドン引き(たぶん)したりもあったけど、中にいた人達は無事制圧。

 私はたきなが当てた弾で傷を負った相手の手当てをして、その間に二人には先に脱出するように言った。私もすぐ追いかけるから、なんてちょっと縁起でもなかったかな?

 

 そして応急処置も終わったとき、その人が言ったのだ。

 

「そっちはやめろ! うちのハッカーのドローンが見てる…待ち伏せしているぞ」

「っ!」

 

 すぐに向かったけれど、結果は──

 

『たきな!出ないで!』

 

カンッ

 

 その音のあとに、フルオートの銃声が響いて…

 

 ──後に残ったのは、血を弾けさせた、リスの着ぐるみだけだった。

 

「失敗です…護衛対象は死亡です」

『すぐに緊急車両が到着する。遺体と荷物を回収して現場を離脱しろ。百合、念のため周囲の警戒を頼む』

『了解、先生』

 

 

 

 

 この後、私はこれまで生きてきた人生の中でもたぶん一番のドッキリを経験することになった。

 まぁ、でも任務は成功! …たきなとはまた少し言い合いになっちゃったけど。

 

「そっちの方がよく似合ってるよ~。よろしくクルミ~」

「よろしく千束」

 

 実際には誰も死んでなくて、リコリコには新しい仲間が加わることになったのだった。





ちさたきのために頼んだ。

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6『私は、私を強くしてくださる方によって何事でも成せる』


たきな視点。
併せて百科事典の方も更新しておりますのでお暇な時にでもどうぞ。



「少しの間、百合とペアを組んで仕事をしてもらうことになった」

 

 朝、喫茶リコリコへ訪れた私を待っていたのは、店長のそんな言葉でした。

 疑問に思った私はすぐになぜかと質問しようとしましたが、私がそう言い出すよりも先に、店の奥から出てきた百合さんが

 

「千束が風邪を引いてしまってね。すぐ良くなるとは思うけど、その間私が千束の代わり、というわけさ」

 

 と、答えてくれました。…あんなに元気そうな人が風邪とは。そもそも平和を守るリコリスとしてどうなのか、という気持ちはありましたが…私としてはあの人よりも百合さんと一緒に任務にあたれる方が良かったので、その時は特に何も言わず、ただ分かりましたと返事をしました。

 

「少しの間よろしくね」

「はい、こちらこそご指導のほどよろしくお願いします」

 

 

 

「この上だね。暗くて狭い階段…どう攻める?」

 

 百合さんとの初任務はDAから命令があった、武装組織の制圧任務でした。百合さんがこのような形で、任務中も逐一、私にどうするべきかと問いかけてきます。

 私に対する試験であり、同時に授業のようなものなのでしょう。私は少し考え、答えました。

 

「私が先行します。百合さんは援護を」

 

 すると、百合さんはなるほど、と言った後、こう続けました。

 

「少なくともまだ5、6人程度は上にいる。もし待ち構えているとすれば練度は高くないとはいえリスキーだ」

「私なら問題ありません、制圧できます!」

 

 すぐに私はそう言い返していました。実際、今回の相手はそれほど練度の高くない、言ってしまえば拳銃で武装したゴロツキ程度のものです。訓練を重ねたリコリスであれば、それほど問題なく制圧できるでしょう。少なくとも私にはそれができるであろう自信がありました。

 しかし、彼女は

 

「殺害する前提ならね」

 

 そう言いました。今回の任務ではDAから生きて捕らえるように、とは言われていません。仮に言われていたとしても、彼らは全員悪人。死んでも文句なんて言えない連中のはずです。

 …千束さんといい、なぜそこまで不殺にこだわるのか、私には不可解でした。そんな私の不満げな気持ちが顔に出ていたのか、百合さんはさらに付け加えました。

 

「こう考えよう。殺すよりも殺さずに制圧する方がはるかに難易度は高い。だからこそ学べることはただ単に殺害するよりずっと多いってね」

 

 任務における合理性と、自身の成長。本来であれば前者を選ぶべきなのかもしれません。けれど、それを言っているのはファーストリコリス、それも、全リコリスの中でも模範的な存在。私は、彼女に追いつきたい。彼女に見てもらいたい。

 

「…分かりました。けれど、やっぱり私が先行します」

 

 私の腕なら殺さずに加減できます、と言うと──

 

「いいね」

 

 百合さんはいつもより少し獰猛な笑みを浮かべながら、そう言ったのでした。

 

 

 

 

 百合さんとの任務を終えて数日が経ち、ようやく千束さんが復帰しました。

 

「いやー、ごめんね、心配かけちゃって。でももう大丈夫、見ての通り元気いっぱいな千束です!」

 

 店長と百合さんから、今日からまた二人で仕事をしてもらう、と言われた私は自然と言い返していました。

 

「百合さんと一緒に行動する方が学べることは多いと思います」

 

 これは純然たる事実だと私は思います。千束さんと任務をこなすより、百合さんとの方が成長していると実感ができるのです。確かに千束さんとはまだ数回しか任務にあたっていませんが、彼女の普段の言動や性格から考えれば百合さんより教導する能力に劣るのは間違いありません。

 

「ええ~。そんなこと言わないでよ、たきな~」

「言います。そもそも千束さん、リコリスが自分で自分の体調管理もできないようでは困ります」

「それは悪かったって~」

「百合さんはどう思われますか?」

 

 悪びれもせずそんなことを言う千束さんを無視して、私は百合さんに直接声を掛けました。彼女ならきっと私の言うことを理解してくれるはず。

 実際、百合さんは少し考えている様子でした。これなら──

 

 そう思った次の瞬間には、私は千束さんに腕を掴まれ外に連れ出されていました。

 

「…どういうつもりですか、千束さん」

 

 自分でも分かるくらい刺々しくなってしまった私の言葉に、千束さんは先ほどのような軽い言葉を重ねるばかり。

 結局その日を境に、私は千束さんと再度ペアを組むことになりました。決め手となったのは百合さんが言った、「千束は私よりも数段強い。学べることは私以上にあるさ」という言葉でしたが…強いかはともかく、学べるかどうかは疑問が残ったままでした。

 

 

 

「お二人はいつも一緒にどこへ行っているんですか?」

 

 いつものように、喫茶リコリコの閉店準備も終わった頃、私はここ最近ずっと疑問に思っていたことを二人に質問しました。

 お店が終わって夜の仕事もないときには、百合さんと千束さんはいつも一緒にどこかへ行っていました。それが彼女たちの強さに何か関係するのかと思ったのです。

 

「えーっと、一緒にって?」

 

 千束さんはあくまでも答えるつもりはないらしく、わざとらしい言い方でそんなことを言っています。最近薄々思っていたことでしたが、彼女は嘘をつくのが苦手なようです。

 すると、結局百合さんが答えてくれたのでした。

 

「私のセーフハウスだよ」

 

 百合さんのセーフハウス…きっと何もない、さながらプロの部屋なのだろう──

 

「よしたきな、私の家に行こう! 映画見よう!」

 

 その次の瞬間には、私は千束さんに腕を掴まれて…前にもありましたね、こんなこと。

 千束さんは私の言葉にはまったく聞く耳を持たず、そのまま彼女のセーフハウスと思われるマンションまで連れていかれました。

 

 

「はい、上がって上がって!」

「は、はぁ」

 

 彼女の勢いにたじろぎつつも、私は既にどこか諦めている部分がありました。普段の様子や、ちょっとした時間に百合さんや店長、ミズキさんが聞かせてくれた千束さんのパーソナリティ…そこから考えると、彼女はいつも「唐突」なのでしょう。あるいは、この唐突さがファーストリコリスになるには必要なのでしょうか…。

 

 そんなこと考えているうちに、彼女の家の一番広いであろう場所、リビングに着きました。そこで、私は少し彼女のことを誤解していたのかもしれない、と反省することになりました。

 かくして、目の前に広がっていたのは文字通り何もない部屋(・・・・・・)でした。

 

「プロの部屋だ…」

 

 自然と、そんな言葉が口から零れていました。これぞプロの部屋…何も残さず、無駄は一切ない。いつでも放棄可能な場所。

 千束さんもまた、プロだったのです。

 

 …そう、思っていたのですが

 

「ああそっちじゃないよ。こっちー」

 

 すぐに私は彼女に対して抱いた印象を撤回し、即捨て去ることになりました。

 曰く、長く仕事してると色々あるのよ、とのことでしたが…それにしたって、こっちの生活スペースの方は散らかりすぎではないでしょうか。映画のブルーレイディスクに、開封されて放置された食べかけのお菓子…これが果たしてプロの部屋なのかと疑問を隠せません。

 

「ちょおーっと座って待っててね。あ、その辺空いてるとこ座っていいよー」

 

 千束さんにそう言われ、ソファにまで侵食していた雑多な物を除けつつ、座りました。

 少しするとコーヒーが出され、私はお礼を言って飲み始めます。そうこうしている間にも千束さんは何事か準備をしていたらしく、程なくリビングの大きなディスプレイには何やら映像が流れ始めました。

 

「この映画見たことある? 未来から送られてきた人間そっくりの機械が追い回してくるってやつなんだけど」

「いえ、ないです。映画自体あまり…というかほとんど見ませんので」

 

 私が正直に答えると、千束さんは微笑みながら

 

「そうなんだ? じゃあ今度厳選した千束セレクション貸しちゃうよ! あ、それとも今日みたくウチで観る?」

 

 そう言いました。その笑顔はどこか百合さんにも似ている気がしましたが…私としては本当に映画を見るつもりで連れてきたのかと呆れてしまい…口にも出していました。

 

「ん~? そうだよ? あとはたきなと仲良くなりたいからかな? …お、始まった」

 

 けれど彼女は私のそんな態度や言葉にも動じることなく、そう答えたのでした。

 いったい、この人は何を考えているのやら…無理に付き合う必要もない、そう思い始めたとき、私は百合さんが幾度となく言っていたある言葉を思い出しました。

 

『千束と仲良くしてあげてほしい』

 

 仲良く。つまりは良好な関係を築け、ということでしょう。二人で映画を見るという今のこの状況は百合さんの言った良好な関係を築く一助にはなるはずです。

 それに、百合さんがわざわざそう言ったということは私にとっても少なからず良い影響があるからだろうと思います。

 

「ハンドガン程度ではびくともしませんね」

「でしょ? これに追いかけられるとかホラーだよホラー」

 

 こうして私は、百合さんから与えられた任務として(・・・・・)、千束さんと仲良くなることを決めたのでした。





ちさたきのために頼んだ。

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7『恵みは命ある限り長い』

 ───年─月──日

 ミズキがせっかくDA情報部に解析させた写真を

 一瞬でクルミがさらに高解像度のものに解析し直したと私に愚痴ってきた。

 これは決してDA情報部が劣っているわけではなく、言ってしまえば比較対象が悪いだけなのだが

 元・情報部のミズキとしては相当悔しかったのだろう。

 

 この話を聞きつつ…私は笑い出しそうになるのをなんとか堪えていた。

 

 なぜかと言えば。

 

 ついに本編3話、即ち千束とたきなのハグ→百合ゴーランド確殺コンボが見られるからだ。

 

 薄れつつある前世の記憶の中でも一際輝く「ちさたき」の超重要イベント。

 これだけは絶対に見逃すわけにはいかない。

 

 念のために、千束にそれとなくたきなも本部に行くのか聞いてみたところ

 一緒に行くよ、と言っていたのでたきなも同行することはまず間違いない。

 

 明日、あの場所から真の意味で二人の道が重なるのだ。

 

 

 

「──ここだと思った。リコリスはみんな好きだもんねー。ここ」

 

 そこはDA本部のリコリス達が暮らす寮内にある、大きな噴水の前だった。リコリス達の憩いの場所…って言えばいいのかな。私もよく百合とここに来てたっけ。

 

「別に、私はここにそれほど特別な思い入れはありません。昔の私なら…違ったのかもしれませんが」

 

 たきなは私がこれまで見たことがないくらいに落ち込んでいた。理由ははっきりしてる。

 

「司令に…DA本部へ戻ってくるようにと言われました」

「…うん」

 

 私とたきなが手に入れた銃取引の新情報となる写真の提出と、百合が楠木さんに言っていたらしい、たきなへの評価の高さ。

 その二つが決定打となって…たきなはDAに復帰するよう、楠木さんから言われた。もっとも、元々楠木さんはたきなをいずれ本部に戻すつもりだったんじゃないかと私は思っていた。おそらく、たきながリコリコへ左遷されたのはとかげの尻尾切りのためだろうけど、実のところ上層部は末端のリコリスには大した興味なんて持ってない。だから正直、ある程度ほとぼりが冷めてハッキングのことを誤魔化せた後ならば、それこそしれっと戻したところで問題はないのだ。

 それに、左遷先である私たちの喫茶リコリコには百合がいた。本部からの信頼も厚い百合の元で、数ヶ月間訓練を受けなおした…とでも言えば、仮に文句が出たとしても納得するだろう。

 

「たきなは優秀じゃん? だったらやっぱりさ、本部にいる方がいいよ」

 

 私としても、たきなが本部へ戻ってくれた方が嬉しい。そうすれば今まで通り、百合との時間が戻ってくるんだから。

 

 ──けど

 

「あなたはいいですよね!! 何もしなくとも、ずっと百合さんから見てもらえる! 私も…」

 

 今まで理性で押さえつけていた、感情的な姿と、言葉。でも、それは私にも痛いくらいに分かることだったから。

 

「同じだよ。たきな。私も同じ。たきなが来てから、私もずっと同じ気持ちだった」

「ち、さとさん…?」

 

 たきなが驚いた表情で私を見ている。無理もない。きっと今の私はいつものように笑ってない。

 

「たきなが初めて来た日、百合はたきなを見て夢が叶った子供みたいな目をしてた。私にしか…ううん、私にもほとんど見せてくれたことのない、そんな目で」

「…はい。あの時、私も百合さんにようやく見てもらえたって…そう思いました」

「聞いていい? どうしてそんなに百合に執着するの?」

 

 たきなは少しだけ間を置いてから話し出した。

 

「昔…私がまだ京都の支部にいたとき、百合さんが来たんです」

「百合が?」

 

 そう質問しながらも、私は欠けていたピースが埋まっていくような感覚に襲われていた。

 

「はい。そこで私は百合さんの戦い方を見て…あれこそが、リコリスが目指すべき場所だと思ったんです」

 

 たきなは興奮したように、白い肌を赤く染めて続けた。

 

「私は、あの人に見てもらいたい。あの人の瞳に映っていたい…けれど、それは叶わない。…あなたがいるから」

 

 きっとそれは、たきなが初めて私に言ってくれた本心で──だからこそ、私も本心を言わないといけないと、そう思ったんだ。

 

「ねぇ、たきな。ちょっとだけこっちに来て?」

「…? なんですか…っ!?」

 

 近づいて来たたきなの頭を、私は胸に抱きしめていた。

 暴れるたきなや、噴水の周りにいた野次を無視して、私はたきなに言った。

 

「耳を澄ましてみて? 心臓の音…聞こえる?」

「心臓の、音…?」

 

 十秒、二十秒…目を閉じて音に集中していたたきなが、呟くように言う。

 

「音が…しない?」

「そう。私の心臓、機械なんだ」

「機械…? ペースメーカーですか?」

「違う違う。心臓そのものが、機械」

 

 呆気に取られるたきなを見ながら、私は言葉を続ける。

 

「でね。実のこと言うと私の心臓、あと一年とそこらで止まっちゃうの」

「…じゃあ」

「そ。あと一年とそこらの命。ずっとじゃない。私が百合に見ていてもらえる時間は、あとそれだけしかない。だから──」

「だから、譲れ、と?」

「うん。私がいなくなったら、百合はたきなだけを見てくれるよ?」

 

 逡巡と葛藤。でも、たきなの答えは分かってる。けれど、返ってきた言葉は予想通りの言葉と…予想外の言葉だった。

 

「…分かりました。ですがそれなら尚の事──DA本部に戻るわけには行きません」

 

 えっ、という私の言葉を無視して、たきなは続ける。

 

「あなたが約束を守るか分からないじゃないですか。心臓が動かなくなる前に、任務で死んでしまう可能性だってありますよね?」

「い、いや、私強いし。そ、それにたきなからしたら私が早くいなくなる方が都合が…」

「約束は約束です。あなたの心臓が自然に動きを止める日まで、私があなたを守ります」

「ていうかそれじゃ意味ないじゃん! 結局また百合がたきなを見ないようにガードしないといけなくなるし…」

「ああ、やっぱり()()はそういうことだったんですね。私も私で、百合さんからあなたと仲良くするように言われていたので特に何も言いませんでしたが。それに関しても問題ありません。心苦しいですが…仕事以外で百合さんとは極力関わらないようにすればいいんですよね?」

 

 たきなの性格なら私に構わず百合の方に行くんじゃないかな、と思ってたのにやたら付き合ってくれるなと思ってたけど…やっぱり百合絡みだったんだ。

 たぶん百合のことだから、妹の友達に「妹と仲良くしてあげてね」って言う姉心…いや、もうこれ母親感すらあるけど、そんな感じで言ったんだろうなぁ。納得、納得…じゃなくて!

 

「たきな、楠木さんから直接戻ってこいって言われたんでしょ? じゃあやっぱ無理…」

「それも良い考えが浮かびました。要するに本部に戻ってくるな、と言われるようにすればいいんですよ。ちょうどさっき、フキさんから摸擬戦の話されてましたよね?」

「聞いてたの? あれはほら、いつも私が本部(こっち)来ると百合を返せーって仕掛けられてる、恒例行事みたいなもので…」

 

 たきなは私を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「摸擬戦なら任務じゃありませんし…『お前なんて戻ってくるな』と、言われるようなことをしましょう」

 

 

 

 

「やっぱりお前使い物にならねーリコリスだよ!! 百合姉のとこで何を学んで来たんだ!? 命令違反に独断行動…それに()()()()()まで! 二度と戻ってくんじゃねー!」

「あ、あはは…」

 

 フキの罵倒を涼し気な顔で受け流しているたきなを見ながら、私は力なく笑っていた。

 たきながやったことは単純明快で、その手のゲームなんかである「死体撃ち」だった。実戦と同様のルールでの摸擬戦は、基本的にペイント弾が数発ヒットすればそれで終了だけど、たきなは死亡扱いの数発をフキが人数合わせに連れてきたリコリスに入れたあとで、マガジンを換えて全弾を撃ちこんでいた。さらにマガジンを換えようとしていたので私が止めなかったらまだまだ撃つつもりだったと思う。

 司令としても、戻せるなら戻すが無理してまで本部に戻す必要もないと考えていたのだろう、摸擬戦の様子とフキの言葉を聞いて、当分また百合の元へ預けておくことにしたらしい…狂犬、という言葉が私の頭には浮かんでいた。

 

「約束、守ってもらいますからね、()()

「おっ、おう…」

 

 

 ───年─月──日

 結論から書く。

 

 今日、「ちさたき百合ゴーランド」は発生しなかった。

 私が見逃したわけではない…と思う。DAから依頼された次の作戦の指揮をとるにあたって

 参加するリコリス達を見ておきたい、という理由をこじつけてDA本部にやってきた私は、

 他のリコリスの子達に揉みくちゃにされながらも何とか脱出し、

 その後は噴水が見える場所でわくわくしながら待機していたのだ。

 

 会話こそ聞き取れなかったが、噴水の前で確かに千束はたきなを抱きしめていた。

 なのに百合ゴーランドまでは行かず、その後二人揃って

 フキとその相棒であるサクラとの模擬戦に臨んでいた…。

 

 そう、ここもおかしいのだ。

 

 模擬戦が行われたのは本編通りだが、私の記憶が正しければ摸擬戦が始まってすぐは

 たきなはいなかったはず。千束がたきなが来るのを信じて待ち、その後でたきな

 がやってくるという流れだった。始めから二人が揃っていたこともあって、

 模擬戦は千束とたきなの圧勝に終わり、たきなもフキを殴っていない。

 

 …ここまで書いていて思ったが、リコリコに来たとき、たきなの顔に治療の跡はあったか?

 あの時はたきなに会えた喜びとちさたきが始まることに浮かれて気にしてなかったが…。

 気になって喫茶リコリコの公式Twitterにアップされた写真を確認したところ

 たきなはやはり怪我をしていなかった。これはいったい…?

 

 何か、私がいることで本編とは違うことが起きてしまっているのか…?

 だとしたら…。

 

 いや、まだ早まるべきではない。帰りの電車の中で、というか駅に行くまでの車の中から

 一緒だったが、二人を観察していて明らかに昨日までとは違う、自然な雰囲気が

 二人の間で流れているのを私はひしひしと感じていた。

 

 現に、たきなは千束のことを呼び捨てで呼ぶようになっている。

 

 なら大丈夫だ。百合ゴーランドが見られなかったのは本当に残念だが…

 「ちさたき」は生きている。

 

 しかし念のため、次善の策も考えておこうと思う。ちさたきを成すためだ。

 最後まで二人を見届けるにあたって、それほど私の生死は重要ではない。

 千束やたきな、先生、ミズキにクルミ…リコリコに来てくれている人たち。

 フキに、私を姉と慕ってくれたリコリスの子達…。

 

 皆を悲しませるのは本望ではないが、私にも私の目的があるのだから。

 

 

 

 

 いつからだろうか。

 

 もっと早く、気が付いておくべきだった。

 

 されど、手段はある。

 

 ──遍く総べては『ちさたき』のために。

 

 

 

 たきなとあの約束をした日から時間は流れ、私は前のようにほとんどの時間を百合と過ごすようになっていた。たきなは生真面目に私との約束を守ってくれている。…仕事のとき文字通り私の側から離れようとしないのはちょっと生真面目すぎるとは思うけど。

 でもやっぱり気負う必要がなくなったからかな? たきなとは前よりずっと自然に仲良くできている。この間なんか一緒に下着も買いに行ったからね。あれは先生も悪いけど、さすがにトランクスはちょっと…まぁ、開放的だって言うのは私も穿いてみて思ったけどさ。ついでに私も百合に似合いそうな下着を選べたので大満足だった。服といい、百合は放っておくと地味なのばっかり選ぶから、その辺は私がしっかりしなきゃいけない。

 

 百合は前以上にグイグイ行く私に少し困ったように微笑みながらも、私とのそんな時間を楽しんでくれているみたいで嬉しい。

 残り少ない時間、その全部をこんな風に過ごせるなら…やっぱり私は何も怖くないよ。この幸せな時間をくれた救世主さんにはまだお礼を言えてないけど、「いつか絶対に会えるよ」って百合が言っていたから心配はしていない。

 

「ねぇねぇ、百合」

「なんだい?」

 

 私の頭を、まるで宝物にでも触れるように優しく撫でながら、百合はそっと微笑む。

 まるで小さい頃に戻ったみたい。私としてはちゃんと大人に見てもらいたいんだけど、これはこれで心地良いから百合はズルい。

 

「明後日さ、リコリコの定休日だから二人で遊びに行こうよ!」

「…そうだね。じゃあそのためにも明日の仕事はしっかり片付けないと」

「言ってくれれば私も手伝ったのに…」

「フキ達も一緒だからね。それにファースト三人はさすがに過剰だよ。さ、そろそろ寝よう?」

「はーい。おやすみ、百合〜」

 

 百合は「おやすみ、千束」と言って部屋を出ていった。でも、別の家に行くんじゃなく、隣の部屋。

 明後日は…あの水族館に行こうかな。あとはスイーツ巡りも…。

 

 そんな幸せな気持ちのまま私は微睡みに誘われて…

 

 

 

 

 

 次の日、百合は私達の前からいなくなった。





ちさたきのために頼んだ。

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8『罪は絶えず、私の前にある』


前話の透明文字を見つけてくださった方が感想にいて嬉しかったです。さんくす。



 ──最後に見えたあなたの背中は、思っていたよりもずっと華奢で。

 

 ただ私は、あなたに呼ばれなかった自分を悔やんだ。

 

 

「朝からずっと落ち着かない様子っすけど、なんかあったんすか?」

 

 そう話しかけてきたボーイッシュな少女は、現在の私の相棒、乙女サクラだ。

 

「…別に落ち着かないってほどじゃねぇだろ」

「え~? 普段のフキさんと比べたら一目瞭然っすよ~」

「じゃああれだ。普段が落ち着きすぎてんだよ」

 

 なんすか、それ、と言いながらケラケラと笑うサクラを横目に見つつ、やっぱ傍から見ても今の私は落ち着いてないんだな、と少しだけ冷静になる。

 だが、あの人の顔を思い出すとまたすぐ元通りだ。正直仕方ないと思う。千束のやつと違って、私は今回のように大規模な任務でもなければ会えないのだから。

 

「…そろそろか」

 

 そんなことを考えているともう時間になっていた。あと数分もすれば彼女が来るはずだ。

 

「どこ行くんすか? まだブリーフィングまでは時間が…」

「ちょうどいいな、お前も来い」

 

 実際に会えば、こいつも私の気持ちが分かるだろう。

 ぐえっとオーバーリアクションをするサクラを連れて、私はDA本部の受付へ向かった。

 

 

 

 

「やぁ、お疲れ様、フキ」

 

 久しぶりに会った彼女――百合姉…いや、白園百合さんは、前に会ったときと何も変わらず、つい甘えたくなってしまう包容力と余裕に満ちていた。…髪、少し伸びたかな。綺麗な真っ白い髪が以前より瞳に近い位置に来ている気がする。手を伸ばして触れてみたくなる衝動をなんとか抑えながら、私も挨拶を返した。

 

「おっ、お疲れ様です! 百合さん!」

「うん。けど、わざわざここまで出迎えてくれなくてもいいんだよ? 私も元はここにいたんだし、さすがに迷子になったりはしないからね」

「い、いえ。私がしたいからしてることで――」

「おお、この人が噂の白園百合さんっすか!」

 

 私と百合さんの会話を遮るようにして声を上げたサクラ。…そういえば連れてきてたんだったな。百合さんと話しているうちにすっかり忘れてしまっていた。

 

「君は乙女サクラくんだね? フキと仲良くしてくれてありがとう」

「いやいや、それほどでもないっす! へぇ…百合姉って呼ばれてるのもちょっと分からなくもないっすね。なんか雰囲気が姉! って感じっす」

「ふふ、そうかな? でも最近はもうフキも百合姉とは呼んでくれないんだ。千束といい、少し寂しい気もするよ」

「えっ? いやいやいや、フキさん今も普通に百合姉って――」

「百合さん! このまま立ち話も邪魔になりそうですし、そろそろ行きませんか!」

 

 今度は私が会話を遮る番だった。…相変わらずサクラのやつは放っておくと言わなくていいことまで言おうとする奴だ。悪い奴ではないんだが…。

 百合姉は周りを見回すと、そうだね、と言った。私も倣って周りを見てみれば、おそらくは百合姉目的であろうリコリス達が集まってきている。とっさだったのでそこまで考えていたわけではなかったが、この分だと丁度よかったようだ。

 

 移動中、百合姉には見えないようにサクラの尻を軽く…いや、割と力を込めて強めに蹴る。

 

「痛ったぁ!?」

「なんだいきなり…百合さん、気にしなくていいですから。こいついつもこんななんで」

 

 そんな光景を見て、百合姉は優しくふふっと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「怪我をした子達は脱出口近くまで下がって。――フキ、まだ弾はある?」

 

 百合姉がタクティカルリロードで中途半端になっていたマガジンから、弾を移し替えてフルマガジンを作っている。

 

「フルマガジンは今入れてるので最後です。残りは移し替えても全弾まではいきません」

「私も似たようなものだ。…困ったな」

 

 今、私と百合さんが率いる二分隊は、今回のターゲットが潜む()()()()()にいた。DA情報部による事前調査からターゲットは一見何の変哲もない民家の地下を違法改築に増築を重ね、武器及び薬物を売りさばくブラックマーケットにしていたらしい。

 ファースト二人を含む分隊だ。少なくとも事前に得られていた敵の武装や人数、練度からすれば正直過剰とすら言えるレベルで、実際つい先刻までは何の問題もなく任務は進行していた。

 

 ――連中が出てくるまでは。

 

「人数こそ少ないが…武装も練度も段違いだ。フルオート仕様、それも精度からすると粗悪品じゃなく正規品のAR-15に、防弾装備。元軍人? あるいはPMCか…特殊部隊とかだったら千束が喜びそうだけど」

 

 百合姉は冗談めかしてそう言ったが、状況はあまり良いとは言えない。人数で言えば分隊未満だが、まるで隙がない連中だ。そのうえこちらもかなり削られてしまっている。人数でこそまだ優位を取れているが、それはあまり利になっていない状況だった。

 

「…セカンドとサードは下がらせますか?」

 

 それで弾の問題はある程度解決する。人数差が優位にならない以上、妥当な判断だ。それに千束ほどではないにしても、私も百合姉との連携には自信がある。

 だが百合姉はううん、と言うと背負っていた鞄を下して非殺傷グレネードを取り出し、軽く準備運動をし始めた。切迫した事態に似つかわしくない行動だが…百合姉か、あるいはあの馬鹿なら()()するだろうな、とも思った。

 

「フキ、後詰めは頼んだよ」

 

 

 

 

 

 

 かくして、先ほどまで塞がれていた通路の先には、四人の男が転がされていた。…相変わらず、百合姉の近接戦闘術には驚かされるばかりだ。単純な制圧速度ではあの千束にすら勝っているように見える。まだ銃弾を躱したりしないだけ人間だが。

 

「…やっぱ、ファーストってあんなじゃないとなれないんすかね」

「アホか。百合さんや千束が特別なだけだ」

「とか言ってるフキさんも大概じゃないっすかー…」

 

 気絶した連中を縛り上げながら、サクラが自信なさげに言う。そりゃセカンドやサード相手なら、私でも数人程度一瞬で制圧できる。でなければファーストになんて選ばれない。けどファーストの中でも実力差は当然ある。ベテランだなんて呼ばれていても常に上には上がいるのだ。

 

「百合さん、拘束完了しました。事後処理のための班を…ッ!?」

 

 百合姉はいきなり視線を遠くへやりながら私を突き飛ばした。直後、パスンパスン、と籠もった音――サプレッサーによる消音効果を伴った銃声だろう――が聞こえた。

 もう一人隠れていたのか、私が撃ち返そうと身構えた時には、百合姉の射撃が相手を捉えていた。射手は一人アーマーを着ていなかったらしく、うっ、という声のあと、持っていたライフルを床に落とす。空かさず他のリコリスが距離を詰めると、射手は諦めたのかゆっくりと両手を頭の後ろに当て、投降の意思を示した。

 

Oh, my fucking God!(クソ、クソ!) What the hell…!?(なんだってんだよ…!?)

「はいはーい、大人しくするっすよー」

 

 サクラが縛り上げようとすると、それまで脂汗を浮かべて喚いていた男が、笑い出す。私達に対してではなく、それは誰かと話しているようだった。

 

HAHAHAHAHA!!(ははははは!!)I know,There's always a catch!(だよな、話が上手すぎると思ったんだ!)

「は? アンタ何言って…」

 

 そして次の瞬間、奥の扉が吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

「ッ!!」

 

 直後に火の手が広がり、私達がいる部屋にまで侵食してくる。すぐに私は叫ぶように指示を出した。男が笑い出した理由が理解できたからだ。

 

「全員すぐに撤収するぞ!! 施設ごと全部吹っ飛ばして証拠を消すつもりだ! クソッ…百合姉、行きましょう…百合姉…?」

 

 百合姉はその場に、力なくぺたりと座り込んでいた。それを見たときには、もう私は、きっと何が起きたのか…いや、何が起きていたのか分かっていたと思う。

 リコリスとして幾度となく作戦をこなしていれば、()()()()場面に遭遇することだって当然ある。胸付近と、脇腹。そこから広がった、私や百合姉の着るこの制服よりも鈍い赤色が、それを証明していた。

 

「……」

 

 その目を見れば、百合姉が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。怪我人を予め下がらせていたから、ここにいるリコリスは最低限自分で動ける。だが、人を背負って逃げられる余裕は、もはやない。…ましてや、この傷では、もう。

 

 こうしている間にも火は私達を取り囲もうとしている。

 

 ――私は、百合姉の妹分としてここにいるんじゃない。現場指揮官として、この赤い服に見合うリコリスとして、ここにいる。

 

ちさ…たき…

「ッ…百合姉…」

 

 

 

 そこからは、私もよく覚えていない。ただ、百合姉を置いていくと言ったとき、他の奴らがなら自分も行かないと言い出して、とっさにそいつらを殴ったのは覚えている。

 必死に逃げて、私達は奇跡的に生還した。迎えが来て回収された時も、報告をした時も、全てに現実味がなかった。

 

 千束は、もうこの事を知っただろうか。いっそ、全てを知った千束が今すぐ私を殺しに来てくれればと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったね、危険な仕事を頼んでしまって」

 

 スーツを着た男が、ベッドに眠る少女を見つめながらそう言った。いえ、と言葉を返す、片目を髪で隠した妖艶な女の姿に、男は満足そうに頷く。

 

「既に必要な処置は済ませた。あとは彼女が目覚めてくれるのを待つばかりだ」

 

 男の手が少女の真っ白な髪に触れる。

 

「神が与えた才能は、正しい形で世界に示されなければならない」

 

 ――それこそが、与えられた者の使命なのだから。

 

 男は微笑むと、病室を後にし、女もそれに続く。

 

 病室には、ただ静かに眠る少女だけが一人残されていた。





ちさたきのために頼んだ。

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9『あなたの望む何物も、これと比べるに足りない』


百科事典の方も更新しておりますのでお暇な時にでもどうぞ。



 それは何の変哲もない、幸せに満ちたいつも通りの日常。

 先生がいて、ミズキがいて、クルミがいて、たきながいて…百合がいる。

 

 ミズキが店のテレビを見ながらお酒を飲んで、朝っぱらからくだを巻いていた。

 

 先生は少し忙しそう。なんでも珍しいコーヒー豆が手に入ったらしくて、美味しい淹れ方を模索してるんだって。

 

 クルミは…ああ、いたいた。奥で寝っ転がってゲームしてる。現代っ子め…いや、私も現代っ子か。そもそもクルミって何歳なんだろ?

 

 たきなは今日も真面目に、せっせと開店の準備を進めてる。私の顔を見るや否や、今日も元気そうでよかったです、なんて言ってきた。あのねぇ、たきなさん。そんなちょっと一晩目を離したからって死なないからね? 私を何か別の生き物と勘違いしてない?

 約束したからって言っても真面目すぎ。ね、百合もそう思うでしょ?

 

 百合…?

 

 

 ──場面が、変わる。

 

 電話の受話器を手に、顔を強張らせた先生。ゆっくり開かれた店の扉と、生気のないフキの姿。

 

 フキが何かを言おうとして、先生に抱きしめられた。先生はよく帰って来てくれた、と言った。

 

 泣きじゃくるフキを座らせて、先生が私の方を向く。先生、どうしたの? そんな怖い顔して。フキ、なんで泣いてるの?

 

 

 先生が、ゆっくりと、私に言う。

 

「────────」

 

 嘘だ、という私の言葉は、言葉にならないまま立ち消えて…

 

 手からすり抜けていったグラスの割れる音だけが、店の中に響いた。

 

 

「──千束。たきなです、入りますよ」

 

 貰った鍵で千束のセーフハウスへ入ると、わたしはそう言いました。返事はありません。けれど、それもいつものこと。

 梯子を降りて本来の居住スペースへ行き荷物を置くと、ソファーで眠っている千束の姿がありました。

 

(…今日は眠れたんですね)

 

 最近ではまるで見ることのなくなった穏やかな表情。そんな彼女の様子に、気休めに過ぎないと分かっていても少しだけ安堵して、わたしは食事の準備に取り掛かります。

 やがて料理が完成した頃、ちょうど千束が目を覚ましました。

 

「おはようございます、千束」

 

 首だけ動かしてわたしの方を見る彼女の瞳は、わたしを映しているようで、実際には何も映してなどいないのかもしれません。

 ボーっと静かにこちらを見つめ続ける千束の様子も、いつものことで…その中でもこれはまだ()()()でした。

 

 千束の目に入らないよう、包丁を始めとする金属製の調理器具を素早く持ってきたバッグの中へと仕舞います。

 

「千束、食べなくちゃ倒れてしまいますよ」

 

 わたしの言葉と並べられた料理を見て、千束は力なく首を横に振りました。ここ数日まともに食べていないはずなので、そろそろ身体は限界のはず。

 …千束には悪いですが、一週間ほど前にやったように、最悪口移しで食べてもらうことになるかもしれません。席を立って千束の隣に座ろうとすると、千束は小さな声で「ごめんね」と言いました。ほんの一瞬だけ、光を灯した千束の瞳。それはきっと、千束が先ほどまで見ていた穏やかな夢のおかげ。そしてその夢に出てきた、あの人のおかげなのでしょう。

 

 約束ですから、と言って千束を抱きしめると、彼女は弱弱しく、けれど自分の意思で抱きしめ返してくれました。

 

 どうか、次に千束が見る夢も、千束に優しいものでありますように。

 

 わたしには、そう祈るだけで精一杯でした。

 

 

 

 

 

 

「――千束、今日もダメそうか」

「…はい。食事だけはなんとか取らせましたが…」

 

 臨時休業の札が掛けられた喫茶リコリコの店内に入ると、クルミがそう聞いてきました。

 ここ最近、毎日のように交わされているやりとりです。私が答えると、クルミはそうか、とだけ言って再びノートPCへ向き直りました。

 

「バッグ、預かっていただいてありがとうございました」

 

 本来、リコリスとしてあり得ない行為かもしれませんが、わたしは千束のセーフハウスを訪れるにあたって銃を始めとする武器を全てリコリコに預けていました。

 一度、千束がわたしの銃を奪い取って千束自身に向けたことがあったのです。その時はなんとか事なきを得ましたが…もう一度起きないという保証はありません。千束の自宅にあった彼女自身の銃からも、非殺傷弾とは言え全て弾を抜き、調理器具や、食器まで、彼女自身を害せる物は徹底して持ち出しました。それでも千束が本気で()()()()()()と思えば…いくらでも手段はあります。これも所詮は気休めでしかないのでしょう。

 

「毎日すまないな、たきな」

「…したいからしていることですから」

「けど、アンタだって辛いでしょ? 千束の様子ならアタシだって見にいけるんだから、たまには…」

 

 店長へそう返せば、カウンター席に座っていたミズキさんが店長の言葉へ続けるようにして、そんなことを言いました。

 

「いえ、やらせてください。でないと、わたしまで…」

 

 続く言葉は、口には出しませんでした。…一度言葉にしてしまったら歯止めが効かなくなりそうだったから。

 それを最後に静まり返ってしまった店内。そんな静寂を破ったのは、何事か作業をしていたクルミでした。

 

「まさかあの千束がこうまでなるとはな。なぁ、ミカ。百合は千束にとってなんなんだ? 仲が良いのは見ていれば分かるが、そんなもんじゃないだろ、これは」

 

 百合。白園百合さん。それは、わたしが出来る限り口にしないようにしていた彼女の名前で…それを聞いた店長は、ゆっくりと語り始めました。

 

「…百合は千束にとって、姉であり…母親のような存在だ。千束があの制服に袖を通したあの日から、二人は一緒に生きてきた。そして…私はそれをずっと見てきた。百合にとっての千束が、手のかかる妹だったのか、あるいは自分の娘のような存在かは分からないが…百合も千束のことを大切に想っていたのは間違いない」

「血の繋がらない家族か」

「ああ…」

 

 店長の声色は、痛ましいながらもどこか穏やかで…見てきたであろうそれが、かけがえのないものだったのだろうと言うことが伺えました。

 

「昔から、百合は落ち着いた子だった。周りとそう何歳も変わらないのにな。百合と話していると、つい子供と話しているのだということを忘れてしまう。私ですらそうなんだ、千束やフキ…他のリコリスからすれば、百合は最も身近にいて、頼りになる存在だっただろう」

「そうね…百合は確かにそんなだわ。見た目はともかく、アンタ中身はいったい何歳なのよ、ってね」

「千束は特にそうだ。百合は、平等なあの子にしては珍しいと思ってしまうくらい千束の世話を焼いていた。この店を開いたときは…大変だったよ。千束が百合をDAから無理矢理連れてきてしまったからね。他のリコリス達が挙って店に来て…」

 

 聞き覚えのある話でした。千束がDA本部へ来るたびに仕掛けられているという摸擬戦の理由。フキさんは、あの馬鹿が連れて行ってしまった、なんて言っていましたっけ。

 店長はそこで、堪えるようにして話を止めました。

 

「…少し、出てきます」

 

 いくらクルミのドローンと監視カメラがあると言っても、今の千束には自分で自分を守る力も、武器もありません。誰かが、彼女を守らなくてはならない。これもわたしの日課の一つでした。彼女の部屋が見える位置から、襲撃者が現れないよう見張ること。

 誰かの返事を待つことなく、わたしは再びリコリコを後にしました。…これ以上、誰かが苦しむ姿を見たくない。そんな感情だけが、わたしの足を動かしていました。

 

 

 

 

 

 

「本当に…どうかしてますね」

 

 気が付いたのは、店を出てそれなりに歩いてからでした。背中にあるはずの重みがない。

 そこでようやく、わたしは自分が武器を入れたバックパックをまたリコリコに置いてきてしまったのだと理解しました。千束を守りに行くのに、そのための武器を忘れるだなんて。

 

 そんな、普段ならまずしないような忘れ物をして店に戻ると、クルミが普段いる押し入れの方から話し声が聞こえてきました。

 

「もう言うべきじゃないか? これ以上は千束が持たないだろ」

 

 千束の名前…わたしはとっさに息を潜めました。

 

「…分かってる。だが、これでもし違ったとすれば…今度こそ千束は自分で自分を殺してしまいかねん」

「それはそうだが…」

「なんにせよ、百合が生きているという確たる証拠を見つけてからだ」

 

ガタッ

 

「…たきなか?」

 

 あるいは、始めから気づかれていたのでしょうか。店長がそう言うと、私が声を出すよりも先に押し入れの反対側から声が聞こえてきました。

 

「い、いや~み、ミズキで~す…な、なんちゃって…」

 

 …どうやらミズキさんも盗み聞きしていたようでした。ならそっちがたきなか、と言われ、私も今度こそ顔を出しました。

 

「話、聞かせてもらえますか?」

 

 店長は観念したようにため息をつき、クルミ、と呼びかけました。

 

「…説明はボクがするが、怒られる役までは引き受けないぞ」

「分かってる」

 

 

 

 

 

 

「百合さんが…生きてる…」

 

 クルミが見せてくれたのは、DA本部からハッキングして手に入れたであろう、百合さんが行った最後の現場の情報でした。

 

「正確にはかもしれない、だけどな。少なくともデータベースを漁った限りじゃあの現場から百合の焼死体…というか、女の死体や…骨なんかは見つかっていないらしい。もしかしたら外部のクリーナーを使ったのかもと思ってそっちの線も洗ってみたが、その様子もない」

 

 続けて画面に出てきたのは現場から提出されたであろうレポート…フォーマットからして、リコリスの現場指揮官が書いている物だと分かりました。

 

「不可解なのは、この傷でどうやって脱出したのかだ。この前喫茶に来てた千束と同じ赤服のやつも言ってたが、どう見たって致命傷だったそうじゃないか」

「それが千束に…私達にこの話をしなかった理由ですか?」

 

 そうだ、と答えたのはクルミではなく店長でした。

 

「千束が今どんな状態か、たきなも分かってるだろう」

「…はい」

 

 千束の取り乱し方は普通ではありませんでした。クルミを死んだことにするために、その死を偽装したとき、千束は泣きじゃくっていましたが…今回は、少なくともわたしが知っている限りでは一度として涙を流してはいません。代わりに、まるで電池が切れてしまったように無気力な状態と、自分で自分を傷つけようとする状態を繰り返しています。…実際のところ、わたしがこうしてわたしのままでいられているのは、千束がわたしよりもずっと深く傷ついて…壊れてしまっていくのを見てしまったからだと…そう思います。

 それでも…

 

「それでも、私は…これ以上千束のあんな姿を見たく、ありません…」

「…たきな」

 

 例えか細い希望だとしても、千束は、私は。

 

「――それでも十分です。百合さんが生きている可能性が少しでもあるなら、千束はきっと立ち直ってくれる。私は千束と約束したんです! …資料をください。今から千束と話してきます」

 

 もう一度、百合さんに会いたいから。





ちさたきのために頼んだ。

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10『愛は、すべての咎を覆う』

 

 ───年?月??日

 ようやく文字を書ける程度には腕と手が動かせるようになったので

 久方ぶりに日記を書くことにする。

 以前使っていた日記帳はあの時の火事で私ごと燃えてしまったのか手元にないので

 とりあえずは置かれていたメモ帳を拝借させてもらっている。

 

 こうして日記を書けているのだから当然だが…どうやら私は死に損なったらしい。

 今は窓すらない、隔離された病室のような部屋に閉じ込められている。

 

 日に数度現れる看護師らしき人は私の質問には答えてくれなかった。

 おそらく余計な情報を与えないよう口止めされるのだと思うが…

 正直聞くまでもなく、下手人が誰かははっきりしている。

 

 胸に繋がったケーブルと、鼓動がないという不思議な感覚。

 こんなことができる連中なんてアラン機関…というか、吉さんしかいないだろう。

 

 良い所に上手いこと死ぬことができそうな場所があったので飛びついたのだが罠だったようだ。

 余計な事をしてくれたものである。ただ、安易に死にに行った

 私も早計だったことは否めないので一旦この怒りは仕舞っておくとしよう。

 

 そのままなら間違いなく死んでいたであろう私をわざわざ治療してまで捕らえたのだ。

 相手が吉さんであるならば、その目的は何となく見えてくる。

 まさか私にアランの言う才能とやらがあるとは到底思えないし。

 

 そうなった時取れる選択肢を増やすためにも、この身体のリハビリは必須になるだろう。

 

 

 ───年?月??日

 左腕が動くようになって数日が経つのだが、

 右腕が一向に動く気配がない。というかそもそも感覚がなく、

 ただくっついているだけ、といった具合だ。

 

 …これもしかして一生動かないやつでは?

 

 安いもんさ、腕の一本くらい、とは前に書いたが、本当に支払うことになるとは。

 

 だがまぁ、まだ利き腕が残っているだけ良かった方とも言える。

 ハンドガン程度ならまだ十分に扱えるのだ。

 

 問題は脚の方だが…こればかりはギプスが外れてみないと分からない。

 痛みはあるのでおそらく神経は繋がっていると思うが

 せめて片足だけでもまともに動くことを期待しよう。

 

 

 ───年?月??日

 今日、吉さんの助手的ポジションである姫蒲さんが私の元へやってきた。

 これでアラン絡みであることはとりあえず確定だ。

 

 私が吉松さんは来てくれないのかな? と聞くと姫蒲さんはえらく動揺していた。

 …書いてて思ったが、本来なら私は彼女と吉さんの関係を知らないはずなので

 あの反応も当然というものか。

 

 ちなみに姫蒲さんは大人っぽい良い香りがした。ミズキに近い感じの香りなので

 天然ではなく香水の香りだろう。それでもここ最近は消毒液の匂いばかりだった

 のでなかなかうまあじだった。

 

 

 ───年?月??日

 足の固定具が外れたので、誰もいないときに一人で

 立ってみようと試みたのだが、なかなかどうして上手くいかなかった。

 

 力が上手く入らない感じだ。今までどうやって立ってたっけ、と

 我ながら人体の神秘を感じてしまった。それでも動かないわけではないので

 リハビリ次第では杖を使って歩くくらいならできそうではある。

 

 途中で看護師に見つかり注意…というか悲鳴を上げられてしまったので

 次回からは見つからないよう、タイミングを見計らう必要がありそうだ。

 

 

 ───年?月??日

 見て見ぬ振りをしていたのだが、さすがに髪が邪魔になってきた。

 私が眠っていた間もすくすく成長していたらしいこの白髪は、

 そろそろ私の腰の長さにまで来ている。

 

 ヘアピンとかもないので前髪も強敵だ。

 

 切れるものなら切りたいが、ハサミなんて貸してもらえないだろうし

 とりあえず編み込んでまとめてみたのだがやはり長いものは長い。

 

 千束が見たら何と言うだろうか。これだけ長ければいろんな髪型ができる!

 と嬉々として弄り出しそうな気がする。

 たきなのツインテールも最初は千束がセットしていたし。

 

 …私がいなくなったあと、千束はどうしているだろうか。

 きっと私が死んだと聞かされたとき、千束は大泣きしただろうと思う。

 クルミのときもそうだったし、小さい頃飼っていた犬のリッキーが

 死んでしまったときもそうだった。あの子はとても感受性が豊かで優しい子だ。

 

 そんな優しい子を泣かせてしまったという事実を、私は正しく胸に刻む必要がある。

 

 それでも、これは必要なことだった。任務中こそ千束とたきなはべったりで

 それこそ本編以上に仲を深めていたが、任務外では千束は相変わらず私にべったりで

 たきなも千束と私の間に入ってくることはなく、むしろ避けていたようにすら見えた。

 

 おそらく、たきなは私に気を遣っていたのだろう。そして千束も、私が関わりすぎたせいで

 姉離れ、あるいは親離れできずにいたのだ。

 それらの要因が今一歩、ちさたきが完璧な物になるのを邪魔していた…。

 

 つまりは全て私のせいだったというわけだ。

 

 ちさたきの幸せの邪魔をする者は誰であれ容赦はしない。

 そしてそれは当然、私自身も例外ではない。

 

 以前にも書いたが百合の間に挟まるのはよくないことだ。

 具体的には死を持って償わないといけないくらいよくない。

 

 私がいなくなったことでちさたきは完成されただろう。

 だが、それはそれとしてきちんと死んで…いや、

 死に直して今までの清算はするつもりだ。

 

 私は本来、二人のストーリーには存在しない異物なのだから。

 

 

 ───年?月??日

 今日、ようやく吉さんと話をすることができた。

 

 やはりというべきかこの男、かなりガンギマッている。

 使命のためならばいかなるものも犠牲にできるし、

 そのためなら自分や他人を巻き込むことも躊躇しない狂人だ。

 てかちょくちょく「君ならば分かるだろう?」とか言ってくるのは何アピールなんだ。

 私は間違ってもこの狂人の同族ではない。

 殺しの才能を世界に届けるとかいう訳の分からない使命よりも、

 私のちさたきを成すという使命の方が遥かに崇高な使命だ。

 一緒にするのはやめろ。

 

 …で、そんな話がようやく終わったかと思えば、

 次は「君がいながらなぜ千束はああなったんだ」とか言い出す始末である。

 知らないよ、そもそもかっこつけて救世主とか名乗った吉さんが悪いのでは??

 

 最終的には急に押し黙って「また来るよ」とか言って帰っていった。

 狂人の相手は実に疲れる。今日はリハビリしたらすぐに寝よう。

 

 

 ───年?月??日

 食事が流動食から、ある程度固形物の混ざった食事に変わった。

 味自体はあまり変わっていないが、食べている感はこっちの方がある。

 

 後はお風呂かシャワーには入れれば文句はないのだが…

 こっちは相変わらず蒸しタオルだった。

 

 自分では自分の匂いはよく分からないが、さすがにこの毛量でこれは気になるところだ。

 

 

 ───年?月??日

 また来るよという宣言通り、再び吉さんがやってきた。

 今回は前回より落ち着いているようだ。初っ端からまともな話をしてくれた。

 

 吉さん曰く、この人工心臓は千束が使っている物のプロトタイプにあたる物らしい。

 耐用年数も低いうえに、内部バッテリーが半日しか保たないという発展途上なシロモノだ。

 

 吉さんは私に千束が使命を果たしたなら千束の心臓に加えて私の分の心臓も渡すと言ってきた。

 つまり、

 

 「自分を殺せば君自身だけでなくお友達も助かるよ、だから早く私を撃ってね♡」

 

 と千束に交渉するつもりなわけだ。狂人すぎる。

 しかし、正直割と有効な手段かもしれない…。

 

 千束自身が助かるだけなら、千束は絶対に彼を殺したりはしないだろうが

 仲間の命が助かると言われたならどうだろう。

 早くしないとお友達が死ぬぞ、と吉松に言われたとき千束は吉松を撃った。

 もし仮にそんな状況に陥ったなら千束は吉松を殺してしまうのではないか。

 

 それはマズい。非常にマズい。

 このまま行くとまた私がちさたきの邪魔をしてしまううえに

 千束が人殺しをすることになってしまう。

 

 ここから脱出するのが一番だが、この身体ではまだ難しいか…?

 いっそ舌でも噛んで、と思ったがアレは苦しいだけで死ねないらしいし、

 当然、この人工心臓のケーブルも対策されているだろう。

 

 となれば延空木のごちゃごちゃとした展開に合わせて上手いこと姿を消すしかない。

 ついでに完成されたちさたきを拝んでから消える…がベストなんじゃない…?

 

 要は千束とたきなに見つかる前になんとかすればいいのだ。

 

 ここまで来てちさたきを台無しにしてたまるか。地面を這ってでも消えてやるからな。

 

 

 ───年?月??日

 リハビリを終えたので今日も日記を書いて寝ることにする。

 

 正直成果が出ているかはイマイチ分からないが…

 それでもできる限りのことをやっておくべきだろう。

 

 しかし、今日は外が騒がしい気がする。さっきも私の部屋の前をドタドタと

 大人数が移動していく音が聞こえた。少なくとも私が目覚めてからはなかったことだ。

 

 まぁたぶん、寝て起きる頃には静かになっているだろう。

 

 

 ───年?月??日

 

 わたしは いま

 

 このびょうしつのようなへやで

 

 ちさととたきなにだきしめられています

 

 うしろには ふきやほかのりこりすたちもいます

 

 は??????????

 

 なんで??????????

 





ちさたきのために頼んだ。

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11『義人はいない、ただ一人として』

『──彼女の死は世界の損失だ』

 

 廊下を歩いていた私に聞こえてきたのは、まだ幼い少女のものであろうそんな言葉だった。

 

『シンジ、どうかしたのか』

『ああ…』

 

 連れ立って歩いていたミカにそう言われ、私は初めて自分が足を止めていたことに気付いた。

 私が今気にするべきなのは彼女…類稀なる殺しの才能を持つ少女ただ一人のはずだ。しかし、私はその声の主である少女…真っ白な髪をした、静謐な雰囲気を纏わせた少女が気になって仕方がなかった。

 

 そんな私の様子が分かったのだろう、ミカも私が見ていた少女を見つけ、さらに紹介までしてくれた。

 

『あの子か…名前は白園百合。他のリコリスと比べると…そうだな、随分と年齢不相応に大人びた子だ』

 

 話していくか? と聞いてくれたミカにいや、と答え私達は再び歩き出した。

 通り様、その少女…白園百合君と一瞬だけ目が合った。

 

『────っ』

 

 その時に見た彼女の瞳は今でも忘れられない。

 その瞳には、幼い子供とは到底思えない情念と、はっきりとした意志が見て取れた。彼女は、私と同じ瞳をしていたのだ。

 

 彼女の死は世界の損失だ。少女はそう言った。分かっているのだ、この少女は。神が与えた才能の正しい在り方と、その使われ方を。

 幼き理解者に敬意を表し、私は一言だけ彼女に声を掛けた。

 

『君はよく分かっているようだね』

 

 ミカに聞いた話によれば、彼女は千束と出会ってから片時も離れることなく世話を焼いていたらしい。

 これからもきっと彼女は千束に寄り添い続けるのだろう。その才能を、正しく世界へ届けるために。

 

 

 

 

『ありがとう。私もなる。救世主!』

 

 すまん、と小声で言うミカと、私へと子供とは思えない鋭い瞳を向ける百合君。言葉こそないが、彼女は私に「この手術を成功させろ」と、そう視線で訴えかけていた。

 

(もちろん成功させるさ。何も心配はいらない)

 

 この心臓もまた、アランが認める偉大な才能が作り出したものだ。現在知られている技術の数世代先を行く、最も実用に足る代物…それが、千束の新たな心臓となる。

 彼女にも、ミカにそうしたように詳しい説明をしてやりたいと思ったが、そんなことではなく、直接手術の結果で示す方が彼女は安心するだろう。

 

 去り際、私もまた百合君と同じように目線で「心配はいらない」と伝えた。私の意思が伝わったのだろう、一度目を瞑ると、彼女は安心したように息をついた。

 

 

 

 

『行くのか?』

『ああ。私の…私達アラン機関の仕事はここまでだ』

 

 千束の手術が成功し、私はミカの元を去ることにした。

 才能を支援した者は、支援された者と必要以上に関わるべきではない。あとは本人が、その才能を正しく世界へ示せばそれでいい。

 

 それこそが我々アラン機関というものだ。

 

 それに、千束の側にはミカと…百合君がいる。

 

『さようならだ。約束だぞ。才能を世界に届けてくれ──類稀なる殺しの才能をね』

 

 

 

 

 

 

 

 ──だからこそ、こうしてもう一度顔を合わせることになってしまったのが残念でならなかった。

 

『やぁ。ミカ』

 

 あれから時は流れ、私は再びミカの元を訪れた。

 やはり千束は私のことを覚えてはいなかった。百合君はいないようだったが、千束と、それに千束が紹介してくれた井ノ上たきな君の会話から彼女もこの喫茶店で働いているようだ。

 

 そこでしたのは他愛もない話ばかりだったが、私はミカがかつてと随分変わってしまったらしいことにすぐ気が付いた。

 

(やはり情報通り、か)

 

 失望を感じながらも、私はもう少しの間だけ、千束達の様子を見ることに決めた。

 

 

 

 

『にぎやかだね』

『最近よく来てくれるね』

『君のおはぎは美味いからね。前はコーヒーもまともに淹れられなかったのに』

『十年も経てばな』

 

 この一ヶ月間、私はこの喫茶店をよく訪れていた。

 あるいは、とそういった気持ちがなかったわけではないが、結果はやはり情報通りであり…予想通りだったと言えるだろう。

 

 千束は、人殺しを…その才能を世界へ示してはいなかった。

 

 そして、ようやく顔を合わせることができた百合君も、かつてとは随分変わってしまっていた。

 私を見つめるその瞳には、やはりかつてのような、狂気と見紛うほどの意志の光は宿っていなかったのだから。

 

 …この私のやり方がアラン機関として、あってはならないタブーを犯す行為であることはよく理解している。

 それでも、私はこのまま千束がその才能を示すことなく終わってしまうことが許せないのだ。

 

『ミカ、それに百合君は…千束とここでどんな仕事をしてるんだい?』

 

 

 

 

 

 

 

()()が目を覚ましたそうです」

 

 Forbiddenでミカと、想定外の乱入者であった千束、それにたきな君と別れ帰路についた私を待っていたのは、私の秘書のような役回りをしてもらっている彼女、姫蒲君のそんな言葉だった。

 

「そうか! 彼女は大丈夫そうかな?」

「はい。この分であれば数日中にも会話ができる状態まで回復するかと」

「分かった。引き続き彼女をよろしく頼むよ」

 

 お任せを、という姫蒲君の言葉を最後に私は電話を切った。これでもはや、他のプランは必要なくなったと言っていい。彼…真島君がアラン機関(我々)を探るような動きを見せているのが気になるが、然るべき()を用意するのに彼はまだ必要だ。何より、千束と違い彼はその才能(ギフト)を正しく世界に示しているのだから。

 

 それにしても──

 

「千束が望む時間を与えてやろう、か…」

 

 ミカは本当に変わった。千束と過ごしたであろう時間が、彼を変えてしまった。

 出会った頃とはまるで違う千束へ向ける穏やかな瞳が、そして千束を自由にしろと言いながらも、最後まで外すことのできなかった銃の安全装置が、その変化を如実に物語っている。

 

 ──そして、彼女…白園百合君も。

 

 かつて、間違いなく彼女は私と同じく千束の持つ才能への理解者だった。あの瞳とあの言葉を私は今でも鮮明に覚えている。

 だからこそ…今の千束の現状が残念でならない。彼女はなぜ、この現状を良しとしているのだろうか。彼女の死は世界の損失だと言った、あの言葉に嘘はなかったはずだ。

 

「彼女もまた、狂わされたか」

 

 才能とは神の所有物だ。情に流された程度で、その才能が世界に示されないまま終わるなどということがあってはならないのだ。

 千束の望む時間を与えてやろう、か。ああ、与えてやるとも。だが、その前にやるべきことがある。順番を違えてはいけない。そしてそれを正すためなら…私は手段を選んだりはしない。

 

 遍く総べては正しき才能の在り方のために。

 

 それが成されるのならば、この命すら差し出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、関係あるかもしれない情報が見つかったぞ。この間のあいつと同じように非殺傷弾を使ったやつの記録…いや、実のところ噂レベルだけど…電波塔事件って知ってるだろ?』

「ああ、あれ折ったの俺だからな」

 

 え、どゆこと? と困惑した反応を見せるハッカーを無視して続きを促す。

 

「んで?」

「あ、ああ…この時のテロリストはたった二人に倒されたっていう…」

「二人は本当だが…ハハッ! なるほどな!」

 

 あの動き、あの反応。…それに聴こえなきゃおかしいはずなのに欠落した音。

 なるほど思い返してみれば一致する部分しかない。

 

「こりゃあ運命だな。…だが」

 

 あの場にはもう一人、化け物がいたはずだ。俺はあの場所で二人組の小さな悪魔を相手にした。

 そしてこの間戦ったとき、その片割れはいなかった。あの黒髪の女じゃないのは確かだろう、奴はあんなもんじゃなかった。それに大概、奴も奇妙な音をしていたから、あの場にいたのなら気が付いていたはずだ。

 

「おいハッカー。こいつが終わったら少しばかり調べてもらいてぇことがあんだが」

『え? あ、ああ』

 

 ハッカーの返事を聞きながら、渡されていたUSB──曰く、ハッキングの足掛かりになるらしい──を持って車から降りる。

 

「じゃ、とりあえず通信ジャミングと逃走経路の確保、頼んだぜトップハッカー」





ちさたきのために頼んだ。

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12『罪を犯す者は、罪の奴隷である』

「百合、百合っ、百合っ!!」

 

 ようやく…ようやく見つけた百合の姿に、ここがまだ安全な場所じゃないということも忘れて、私は走り出していた。

 ぎゅっと、衝動のままに百合を抱きしめる。隣にはたきなもいて、二人揃って同じことを考えていたみたいだった。

 

「千束…それに、たきなに、フキまで…」

 

 百合が困惑したように言う。久しぶりに聞く、百合の声。百合が生きてる、目の前にいる。やっと会えたんだ。遅くなってごめんね、迎えに来たよ、百合!

 

 ……あ、れ? 百合…?

 

 その身体の包帯は? は? その、ケーブルは?

 

「ッ、千束!」

 

 目の前が真っ暗になりかけたところで、ふわっと柔らかいものに抱き締められた。百合じゃない。でも、落ち着く音。壊れかけていた私を、繋ぎ止めてくれた人。

 

「た、きな…」

「落ち着きましたか?」

「…うん。ありがとう、たきな。もう大丈夫」

「今は、百合さんを連れて一刻も早くここから脱出することだけ考えましょう」

 

 いいですね? と言うたきなに、うん、と返事をして、私は立ち上がった。…百合がいなくなったあの日から、私はたまにこんな風になる。いきなり視界が、世界が真っ暗になって、何も分からなくなる。

 百合を見つけられたから、きっともう大丈夫だって、そう思ってたんだけど…どうやらそう簡単に治ってはくれないみたいだった。

 

 …ここはまだ戦場だ。戦っている最中にもしこれが起きたら致命傷になりかねない。

 頭を切り替えるために外へ意識を向けると、フキとその相棒…乙女サクラの会話が聞こえてきた。

 

「百合さんと話さなくていいんすか?」

「…たきなも言ってたろ。リコリスの任務で来てるわけでもないんだし、今の私達は、言っちまえばただの不法侵入者だ。さっさとここを抜けるのが先決だろ」

 

 それに合わせる顔がねぇよ、と消え入るような声でフキが言って…その直後、銃声が響き渡った。

 

「うおっ!?」

「チッ、まだいやがったのか! サクラ、下がってろ、ブラボー、チャーリー、退路の確保はできたか!?」

『こちらブラボー、地下駐車場制圧完了!』

『こちらチャーリー、建物周辺の確保完了! いつでもどうぞ!』

「了解だ! 千束、たきな、聞いてたな!?」

 

 その会話の間にも、廊下の向かい側から聞こえてくる銃声が徐々にこの部屋に近づいて来ていた。

 脱出地点の地下駐車場は向かってきてる連中のちょうど逆側だけど、百合を安全に連れ出すためには全員大人しくさせる他にない。

 

「急ぎましょう。百合さん、歩けますか?」

「…ごめん、まだ脚に上手く力が入らないんだ」

「たきながおぶってあげて。私は部屋の前を綺麗にしてくるから」

 

 たきなの返事を待つことなく、私は廊下に飛び出した。

 銃声とマズルフラッシュ、独特の火薬の匂い。けれど、私には当たらない。全部視えてる。身体全体をフルに使って、距離を詰めれば…

 

ドドンッ

 

 後は、引き金を引くだけ。いつも通りだ。

 

 そうやって、淡々と目の前の敵を処理しながらも、頭に浮かぶのはさっきの百合の姿だった。

 抱き締めたときに感じた違和感。少しでも強く抱き締めたら、簡単に壊れてしまうんじゃないかと想ってしまうほどに細く、筋肉が落ちてしまった身体に、少しも動かない右腕。

 

 そして、何より――

 

(心臓の、鼓動…)

 

 大好きだった、いつでも穏やかで、優しくて、私を落ち着かせてくれたあの音が、なかった。

 百合の服の袖から出ていたケーブルが、私の考えている事が間違っていないのだと言うことを物語っていた。

 

(よくも、百合をこんな目に…!)

 

 さっきまで抱いていた感情が、裏返っていくのが分かる。

 真っ暗なはずなのに、相手の姿だけがしっかりと視えていた。…きっと、今私達と戦っているこの人達は関係ないのかもしれないけれど、もう誰でもいい気分だった。

 

(百合を…百合を、百合を!百合を!!)

 

 気がつけば、あんなにいたずの増援も、立っているのはたった一人だけになっていた。そして、そ最後の一人が、私に「殺さないでくれ」とう。

 

 百合をあんな風にしておいて? 殺さないで? それって虫が良すぎない?

 

 ゆっくりとそいつの元へ近づと、頭に被っいたヘルメットを取り上げる。銃口を額にピタリとつた。

 

「や、やめてくれ…」

 

 非殺傷弾でも、それこそ頭に零距離で撃込み続ければ殺せる。そうだ、殺してしまえばいい。百合を、たきなを、私の大切な人達を傷つけるやつらは、一人残らず。

 

 なんだ、簡単なことだったんだ。そう思い、引き金を引こうとした瞬間――

 

『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』

 

 ずっと昔に言ってもらった、百合の言葉が頭を過った。

 

「ゆ、り…?」

 

 たきなに抱き締められたときと同じように、真っ暗だったのが晴れていくのが分かる。

 同時に、以前の私なら絶対に考えもしなかったであろうことをしようとしていたことを自覚して…上がってくる吐き気をなんとか堪えたのだった。

 

 

 ───年?月??日

 ───年─月──日

 

 わたしは いま

 

 このびょうしつのようなへやで

 

 ちさととたきなにだきしめられています

 

 うしろには ふきやほかのりこりすたちもいます

 

 は??????????

 

 なんで??????????

 

 

 ……怒涛の一日だった。

 千束やたきな、フキを筆頭としたリコリス達にいきなりあの部屋から

 連れ出されたと思ったら、即山岸先生の元に連れて行かれ、

 そこで散々自分の身体の現状を聞かされたと思ったら、

 次は大挙して押し寄せたリコリスの子達に大泣きされ…最終的に

 

 「病人なんだから安静にさせろ!」

 

 と山岸先生がリコリス達を追い出してようやく静かになった。

 今日のところはこのまま山岸先生のところに泊まることになるだろう。

 検査入院ですか? と聞いたら馬鹿言うなと言われたので、

 また当分入院生活かもしれないが。

 

 それはそれとして…

 

 ちょっとこのちさたきおかしくない?????

 言葉ではなく目線で会話していることが多々あるし、

 たきなは何かあるとすぐに千束を抱きしめるし!

 正直本編の最後でもここまでは行っていなかったと思う。

 

 やっぱ死んで(死にきれなかったけど)正解だったようだ。

 

 予定は狂ったが、これを見れただけでも価値はあったと言えるだろう。

 なんなら少しだけ生きることに未練が湧いてきてすらいるのだが…

 

 どちらにせよ、千束とたきながずっと近くにいるので、行動は制限されることになるだろう。

 当面は大人しくしつつ、この完成形ちさたきを拝むこととする。

 

 …しかし今日はいろんな意味で疲れた。

 久々に嗅いだちさたきの甘い香りで興奮して眠れないかとも思ったが

 この分ならぐっすり眠れそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傍らに眠る百合とたきなの髪を一撫でして、一人静かに部屋を出る。そして月明りが射す廊下の窓から夜空を見上げながら、私はぼんやりと考える。

 

 あいつが…真島が言っていた。アラン機関はお前が思っているような組織ではないと。つまりはその通りなのだろう。百合をこんな目に遭わせたのが真島の言う通り本当にアラン機関なのだとすれば、あいつらはこの世界に存在してはいけない連中だ。

 

(吉さんに…会って確かめなきゃ)

 

 その答え次第では――

 

 フクロウのチャームを、砕かんばかりに強く握り締める。手を開けば、彼岸花のような真っ赤な血が、フクロウを染めていた。




ちさたきのために頼んだ。

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13『受けるよりは与える方が、幸いである』

 ───年─月──日

 入院生活から二週間近くが経過し

 ようやく外出が許可されるようになった。

 …と言っても当然のごとく千束とたきなが同伴だが。

 

 私に構っている暇があったら二人の時間を過ごしてほしいものである。

 

 始めに二人に連れてこられたのは喫茶リコリコだった。

 今の私の姿を常連の方々に見せたら何を言われるか分かったものではないと

 二人にはしっかりと言ったのだが、無事スルーされ強制連行と相成った。

 

 …案の定、私が来た途端店は大騒ぎになってしまった。

 そのうえ山岸先生の所に引き続き、大泣き&抱きしめられる始末。

 

 常連の方々はともかく、今日初めて来たお客さんは意味が分からないだろう。

 本当に申し訳ない限りである。

 

 

 ───年─月──日

 今日、楠木司令から呼び出しがあった。

 そういえばすっかり忘れていたが、私はまだ一応リコリスという扱いなのだったか。

 

 私の救出作戦はリコリスの正式な作戦ではなかったという話だし、

 そこまでして救出した私も、もはやリコリスとしては戦えない完全なお荷物なので

 処分が下されるのだろうと思い意気揚々と馳せ参じのだが、司令から言われたのは一言

 

「お前が生きていてよかった」

 

 だ。ええ…。

 

 私はもう戦えないよーとか、この服着ていい立場ではないんじゃないー? とか、

 諸々言うだけ言ってみたのだが、やはり処分等は一切なしである。

 ついでにフキ達作戦に参加したリコリスへの処罰も私が引き受けると言ったが、

 こちらについても「そもそもそんな作戦はなかった」の一点張りだ。

 

 処分がないと分かった時点で興味を失いほとんど話を聞いていなかったのだが、

 同伴者の千束とたきなが何やら喜んでいた場面があったので、

 結局その後もそういう話は出なかったのだろう。残念な限りだ。

 

 帰り際、訓練を見てほしいというリコリスの子達に群がられてしまったので、

 アドバイスできそうな所はしてきたが…正直なところ実践して見せてあげられないので

 効果はいまひとつな気がしなくもない。

 

 訓練を一緒に見ていたたきなからは「やはり百合さんが適任だと思います」と

 よく分からないことを言われたが、あれは何だったのだろうか。

 

 

 ───年─月──日

 久しぶりにフキと話した。

 乙女サクラが嫌がるフキを喫茶リコリコに連れて来たのだ。

 

 開口一番謝られた時は何事かと思ったが、

 どうやらフキは、自分のせいで私がこんな状態になったと思っているようだ。

 加えて私を置いて撤退したことも気に病む要因になってしまっているらしい。

 

 リコリスは責任感のある子達が多いが、フキはその中でも特にそれが強い子だ。

 だからこそ自分のせいで、と思ってしまったのだろう。

 

 だが現場指揮官としてのフキの判断は何も間違ってはいなかったし、

 私がフキを庇ったのだって結局のところ私の都合だ。

 フキは何も悪くない。というかぶっちゃけ10:0で私が悪い。

 …といったことを伝えたところ、大泣きされてしまったのだが…。

 ミカの力も借りて何とか泣き止んでもらったが、

 次は次で「一生私が百合さんを守ります」なんて言い始めて困ったものだった。

 

 フキは少し真面目すぎる。

 そこが彼女の良い点でもあるのだろうが、相棒のサクラみたく

 もう少しテキトーさというか、緩さを身に付けてほしいものだ。

 

 

 ───年─月──日

 ミズキとクルミが人工心臓のことを調べていた。

 これは確か千束が喫茶リコリコを閉店することを決めた場面だったはずだ。

 

 私が取っ捕まったことでその必要がなくなったのか、

 千束の人工心臓への破壊工作は行われていないので、千束の寿命は2ヶ月にはなっていない。

 

 話しかけたところミズキに「これは…エロい…男…あの…ちゅー…」と

 誤魔化されてしまったが…なるほど、もうそれくらいの時期というわけだ。

 

 えっっっっ??? てことはちさたきデート回見れないの??????

 しおりまで作ってデートに誘うたきなも、それを凄く喜ぶ千束も、

 雪降る場所で別の道を行くことで千束を救うことを誓うたきなも見れないの??????

 

 喫茶リコリコが閉店しないのは嬉しいが、それ以上に対価が大きすぎる。

 この日はショックで何も手に付かなかったし上の空だった。

 

 見たかった…ちさたき冬デート……。 

 

 

 ───年─月──日

 冬デートこそ見逃したが、

 よくよく考えてみればデート自体は私がセッティングすれば見れるのではないだろうか。

 

 そう思い立ってからの私の行動は早かった。

 たきなに意見を聞きながらデートのしおりを作って

 二人にデートの提案をしたのだが…なぜか三人で行くことになってしまった。

 

 これは完全に私が一番嫌いな百合の間に挟まるやつである。

 

 どう責任取ればいいんだ…死ねば、死ねばいいのか…???

 けどこれすごいよ、たきななんてさ

 まるでこれが普通だと言わんばかりに千束にあーんしているのだ。

 千束も千束で嫌がるどころか、それを普通に受け入れている。

 私が見ているのに気づくと二人して顔を真っ赤にして誤魔化すのだが、それもまた愛おしい。

 私にはあーんはしないでほしいが。

 

 ついでに日付は間違いなく違うはずだが、

 最後には雪降る幻想的なちさたきは見ることができたのでよしとしよう。

 

 

 ───年─月──日

 今日も今日とて喫茶リコリコに連行されている。

 私は一応病人だった気がするのだが、こんな毎日のように

 病室から連れ出されていて大丈夫なのだろうか??

 ちなみに山岸先生は既に諦めたような表情をしている。止めろよ。

 

 余談だが、最近クルミが少しだけ私に心を開いてくれるようになった。

 前は頭を撫でようものなら一瞬で距離を取られていたものだが、

 今では撫でても逃げないどころか、

 撫でだすと私が撫でやすいようにと寄ってきてくれるのだ。

 

 ちさたきがあり、撫でさせてくれるクルミがいる。

 あとは吉さんとついでに真島がどう動くか次第で、

 私の残り時間をどう使うかが決まることになる。

 

 原作との乖離が激しくなった今、どう転ぶかはもはや分からないが、

 千束の寿命問題だけは確実に解決しておきたいところだ。

 あの狂人のことだし遠からず何か仕掛けてくることだろうと思う。

 

 今はちさたきを眺めながら待つとしよう。

 

 

 ───年─月──日

 突然だが、

 

「貴方の残り寿命はあと半日です。具体的には12時間かそこらで死にます」

  

 と言われたらどうするだろうか。

 

 ……なぜこんなことを書いているかって? 決まっている。

 

 私の人工心臓、充電ができなくなっちゃいました。

 

 そして充電できなくなるのに合わせて、吉さんから先生…ミカ経由で千束へ

 延空木で待っていると連絡があったので、

 故障とかではなく、おそらくそういう仕込みが予めされていたのだろう。

 ついでに真島も銃をばら撒いて無事暴れ出したらしく、

 楠木司令からも喫茶リコリコへ連絡が来ている。

 

 しかしさすがは吉さん、元より逃げられてもいいように手を打っていたというわけだ。

 なるほどイカレている。

 

 ……………いやどうするんだこれ。本当にやってくれたなあの狂人!!!

 

 不味い。これはマジで不味い。

 私が死ぬのは別にいいが、このまま行くと千束はまず間違いなく吉さんを殺してしまうだろう。

 千束が愛の深い子であることは育ての『親』であり『姉』でもある私が一番よく知っている。

 止めようにも、千束とたきな、それに先生はもう既に延空木へ向かってしまった後だ。

 私もついて行ければワンチャン展開を変えられたかもしれないが、

 「待ってて、絶対に助けるから」と言われて有無を言わさずお留守番である。

 

 つまりはもう日記なんて書いてる場合ではないのだが、

 日記を書くくらいしかやることがないのだ。

 

 もうこのまま待つしかないのか。確かにちさたきは成った。だが、千束の夢を守るのも、それと同じくらい大切なもののはずではなかったのか。

 

 いや待て。まだ…まだ、策はある。

 

 

 

 

 重苦しい雰囲気が支配する喫茶リコリコの中。手帳を閉じると、私は意を決して声を上げる。

 

「ミズキ、クルミ。聞いてくれ。私は、私は…千束に誰も殺させたくない。これは私から、喫茶リコリコへの依頼だ!」

 

 ちくしょおおぉおぉ!!! 待ってろよ、吉松シンジ!!!! お前の思いどおりにはさせん!!!!!

 

 私の戦いは、これからだ!!!! クソが!!!!!!!





ちさたきのために頼んだ。

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14『滅びに至る門は大きく、その道は広い』


百科事典の方も更新しておりますのでお暇な時にでもどうぞ。



『――本当に行くのかい?』

 

 喫茶リコリコへ向かう途中。車椅子に乗った百合が、またそんなことを言う。病室を出る時、病院を出る時、そしてこうして歩いている時…百合は今日、何度も同じことを言っている。

 

『行くに決まってるじゃん! ようやく外出できるようになったんだよ!』

 

 伊藤さんも北村さんも、常連のみんなが百合を待ってるよ、と私も今日何度言ったか分からない内容を口にする。

 

『こんな状態で喫茶リコリコに行ったら、何を言われるか分からないだろう?』

 

 …なんて百合は言うけれど…それ以上に私は、「百合がいる喫茶リコリコ」をもう一度見たかった。それで初めて、百合が本当に帰ってきたと思えるだろうから。

 

『大丈夫だよ、先生が事前に事情を話しておいてくれてるから』

 

 先生も同じ気持ちだったのか、事前にカバーストーリー(それらしい嘘)を用意してくれている。それでも納得していないらしい百合は、今もちょくちょくたきなに助けを求める視線を送ってるけれど…そんな姿がいつも大人っぽい百合とは真逆に見えて少し可笑しかった。

 

 私のそんな顔を見て、百合も困ったように笑った。

 

 

 

 

 百合が帰ってきた日(あの日)からずっと、私は探し続けている。アラン機関、吉さん…吉松シンジ。

 百合が囚われていたあの研究施設のような場所は、間違いなくアラン機関と関係がある場所だった。彼に繋がる、最も大きな手掛かりだ。

 

 後日、私は一人でもう一度その施設を訪れた。けど――

 

『嘘…』

 

 たった一夜にして、そこは本当にただの(・・・)廃病院となっていた。地下へ繋がる扉があった場所は、他とまったく変わらない古びたコンクリート壁に変わっていて、私達が脱出に使った地下駐車場は、まるで始めからそうであったかのように、完全に埋め立てられていた。

 クルミが、アラン機関はどれだけ調べてもまるで尻尾を掴ませないと言っていた理由が、私にもよく分かった気がした。元々、この施設を知ったのだって真島が私の家へ現れた際に置いていったUSBメモリのおかげで、私達だけでは、もしかすると百合を見つけることはできなかったかもしれない。

 

 アラン機関に繋がる最も大きな手掛かりを失った私は、積極的にDA本部の任務を手伝うようになった。百合とフキ達が交戦したという部隊のように、アラン機関に雇われた連中が他にもいるかもしれない。

 たきなは『私も一緒に行きます』と言ってくれたけれど、私は一人で任務に行くことを選んだ。…私は銃弾を避けることができるけれど、他の人にはできない。あんなに強い百合だって、ああなってしまった。私はこれ以上、私の近くの人達が、傷つくのを見たくなかった。

 

『たきなは百合と一緒にいてあげて』

 

 任務に行くとき、私は決まってたきなにそう言っていた。卑怯だって、そう思う。私は百合を理由に使って、たきなを踏み止まらせてたんだから。

 そんな自分が嫌で、けれどそれ以外のやり方もよく分からなくって。私達はどこか、ギクシャクしていたけど、私は誰にも心配をかけたくなかったから、表面上はいつも通りに振る舞っていた。

 たきなもたぶん、そう。百合と私のために、言いたいことを我慢してくれていた。

 

 だけど結局、百合には全部お見通しだったみたいで、ある日百合がたきなと一緒にデートに行こうって言ってきた。遊びのしおり、と書かれた冊子は、私に内緒で二人で作ったものらしかった。

 始めは『千束とたきなの二人で行っておいで』なんて百合は言っていて、経験上、こういう時の百合は言葉で言ってもなかなか聞かないから、たきなと顔を見合わせて頷いて、二人で強引に連れ出した。ごめんね、って私がたきなに言うと、たきなは「心当たりがありすぎて、どれに謝られてるのか分かりません」ってジト目で睨んだ後、笑った。百合はそんな私達を見て、優しく微笑んでいて、変わってしまっても変わらないものがあるんだって、そう思った。

 

『まだ時間はあります。百合さんは生きていて、クルミや店長、ミズキさんが人工心臓のことを調べてくれている』

 

 だから大丈夫、一人で抱え込まないで、と優しく降る雪の中で、たきなは私を真っ直ぐ見つめて言う。

 またごめんね、と言いかけて、今度はありがとうって返した。

 

 そうだ、時間ならまだある。一人じゃない。だからたきなの言うように、きっと大丈夫だ。

 

 

 

 ――そう、思っていたのに。

 

 

 

 開店前、朝の優しい静寂が満ちていた喫茶リコリコの店内に、ビービーというブザー音が響き渡った。

 同時に、店の奥で朝の仕込みをしていた先生が、いつもの優しい声とは違う、切羽詰まった声を出していた。

 

『おい、どういうことだ!? シンジ!!』

『先生――』

 

 私が言い切る前に、次は喫茶リコリコの電話が鳴った。取ろうとして、躓きかけ、たきなに支えられる。

 

『はい、喫茶リコリコです。…楠木司令』

『たきなか』

 

 たきなが電話を取る。手持ち無沙汰になった私は、さっきから鳴り響いているブザー音の元を探そうとして…それが、百合の車椅子から鳴っていることに気付いた。

 

『百合…?』

 

 私の言葉に答えたのは百合ではなく、私の前にブザー音がどこから鳴っていたかに気付いていたらしい、クルミとミズキだった。

 

『充電用バッテリーは満タンのはずだが…おかしいな』

『クルミ? それってどういうこと?』

『ああ。そもそもこの音は――』

 

 次に言葉をかき消されるのはクルミの番だった。

 

『千束』

『千束!』

 

 先生とたきなに、同時に名前を呼ばれる。

 百合がいなくなった時と同じような、嫌な予感がした。

 

 

 

 

「話しておかなくては…ならないことがある」

 

 延空木へと向かう、たきなが運転する車の中。

 そう言って先生が聞かせてくれたのは、先生と吉さんの過去と…私が抱いていた救世主という夢のために、百合がどれだけ尽くしてくれていたかということだった。

 

 私はずっと、私を救ってくれた人に恥じない人間になりたかった。

 貰った時間で沢山の人を救いたくて、けれど誰かの時間を奪いたくなくて。

 

 それはきっと、本当なら…ただの子供の我儘で終わるはずだった。

 でも私には…百合がいた。

 

 百合は、DAから来るどうしても()()()()()()をしなくてはならない仕事を、全て引き受けてくれていたのだと、先生は言った。当時の私はそんなことなんて気が付きもせずに、私が人を殺さないのをみんなが認めてくれているのだと、そう思っていた。

 

 そして私は…結局百合を、あんな目に遭わせてしまった。

 

 全部吉さんが悪いんだ。

 ――違う。

 吉さんが、百合を傷つけたんだ。

 ―――違う。

 

『なら、人を助ける銃だね。…ねぇ、百合姉。私も私を助けてくれた救世主さんみたいに、みんなを助けられるかな』

『千束なら絶対にできるよ。これから君はたくさんの人を救うんだ。私のことだってこうして救ってくれただろう?』

 

 救えてなんて、ない。ずっと、ずぅっと、逆だった。

 私は、私の夢で、きっとどんなことだってできる素敵な人を、縛っていたんだ。

 

 吉さんのことも、先生のことも、私には酷いだなんて言える資格は初めからなかったのだということを…私はようやく理解できたのだった。

 

 

「吉松氏が…百合さんの心臓を?」

 

 車を延空木へと走らせながら、私達は車内で今の状況を整理していました。

 

「…うん。百合を助けたければ延空木へ来いって」

「タイミングからしても間違いない。百合の人工心臓には元からそういう細工がしてあったんだろう。…まさかここまでして、千束にアランチルドレンとしての使命を果たさせようとするとはな」

 

 店長は、先程まで吉松氏のことを…そして、百合さんが千束の夢を守っていたのだということを、千束に話していました。店長と吉松氏の間には強い信頼関係があった。そんな彼から見ても、やはり吉松氏の行動は常軌を逸するものなのでしょう。…千束の最も大切な人を利用してまで、彼女に人を殺させようとしているのですから。

 

「満充電だとしても、百合さんの心臓が止まるまで12時間もない…」

 

 百合さんに埋め込まれている人工心臓は、千束が使っているものより古い、プロトタイプのようなもの。しかしそれでも、現代の医療技術の先を行く代物であり…充電できなくなったバッテリーをどうにかすることは、私達では不可能でした。

 

「手術にかかる時間を考えれば、タイムリミットはさらに短い。幸い、既に腕の良い医者は捕まえてあるが…」

「すぐに、心臓を手に入れなきゃいけない」

 

 千束のその言葉が全てでした。私達には、もはや時間も選択肢もない。真島や、その部下を越えて、吉松氏を捕らえなくてはならない。そして、彼が持っているであろう、百合さんを助けるための人工心臓を手に入れる。さもなくば…。

 

「…急ぎましょう」

 

 頭をよぎった最悪の想像を打ち消すように…私は無心で車の速度を上げたのでした。

 

 

 

 

「フキさん!」

「たきな! 千束に先生も」

 

 延空木に着くと、既に周辺にはリコリスによる包囲網が敷かれており、そして同時に人払いが行われていました。

 

「ああ。状況はどうだ」

「既に即応部隊が延空木へ入ってますが…トラップが張り巡らされていて少し苦戦しています。私の班もこれから内部へ突入予定です」

 

 現場指揮官として現地へ来ていたフキさんへと店長が状況を確認している間にも、千束は延空木の遥か上を見据えていました。

 

「フキ、そっちは任せた」

 

 そして武器を取り出し、臨戦態勢へと入り終えると…ようやく千束はフキさんの方へと向き直りました。

 

「任せたって…千束、お前はどうする気だよ?」

「詳しく説明してる時間はないけど、急がないと百合が危ない。私とたきなは真っ直ぐ上を目指すから」

「っ、おい千束!? 百合姉が危ないってどういうことだよ!?」

 

 店長に「手術のことはお願い」とだけ言うと、千束は走り出していました。

 

(千束…)

 

 ――今の千束を、絶対に一人にしてはいけない。

 

 百合さんがいなくなったあの日の千束と同じ何かを感じた私は、フキさんと店長へ会釈をし、すぐに千束の後を追いました。

 

 

 

 

 内部へ入るとエレベーターは止まっていて、使えるのは非常用の階段のみでした。先程フキさんがトラップに苦戦していると言っていましたが…確かにここならば、いくらでもトラップを仕掛けられるでしょう。

 しかし千束は経験によるものか、あるいは弾丸すら躱して見せるあの観察力によるものか…トラップを避け、あるいは誘発させて速度を落とすことなく前へ進んでいきます。

 百合さんと任務を共にしたときも痛感しましたが、これがファーストリコリスというものなのでしょう。…私は、ただ千束の後ろからついて行っていただけでした。

 

 少しずつ敵と交戦するようになり、トラップは減ってきましたが…次は千束の戦いぶりに驚くことになりました。

 

(いつもの千束とは…まるで違う)

 

 遊びのない、最適化された動き。

 最低限の動作によって相手を戦闘不能にする動きでした。それなのに、どこか陰鬱な、何かに迷っているような顔をしていて…

 

「行こう、たきな」

「っ、はい!」

 

 交戦と移動を繰り返し…やがて、私達は開けた部屋へと出ました。

 

「ここは…」

『よぉ、早かったじゃねぇか』

「ッ、真島!」

『ハハハッ、そう怒るなよ。俺はそもそもここにはいねぇよ。お前らにゃ興味ないんでな。だが、お前らのお目当てならこの上にいるはずだぜ』

 

 それじゃあな、と言い残して、スピーカーは静かになりました。真島も、その部下も、そしてトラップすらもここにはないようでした。

 

「行きましょう、千束」

「……うん」

 

 さらに階段を上がるとそこには…一人の男が立っていました。

 

「吉松…シンジ」

 

 待っていたよ。そう言って、彼は笑ったのでした。




ちさたきのために頼んだ。

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15『命に至る門は狭く、その道は細い』


リコリコ続編感謝。



「大丈夫そうか?」

 

 ミズキに手伝ってもらいながら(というかほぼミズキにやってもらいながら)ヘリの床にせっせとスナイパーライフルを固定していた私へ、クルミがふとそんなことを言ってきた。

 

「大丈夫さ。確かに万全とは言い難い状態だけど…銃本体は固定しているし、当てる自信ならある」

 

 と、自信満々に私は答えたのだが、どうもクルミはお気に召さなかったらしい。可愛らしい小さな口からはぁ、と溜息を吐いてから「心臓のことだ」と続けた。ああ、心臓か、心臓ね…うん…。

 正直言って、今の時点でもかなり違和感はある。まだ時間的にはバッテリー切れまで余裕があるはずだが、それは最低限心臓が動く時間であって、こうして身体を動かせる時間ではないのだろう。だがまぁ…。

 

「大丈夫だよ」

 

 私としては、もうそう答えるしかない。というか、保ってもらうしかないのだ。

 

「こいつが大丈夫って言い出したら、もう何言ったって聞きゃしないわよ」

「…千束に恨まれるな」

 

 クルミは再び溜息を吐くと興味を失ったらしく、ヘリの座席に座ってタブレットを弄り始めた。ミズキが「ていうか手伝えよ!」とクルミに向かって叫ぶがどこ吹く風といった様子だ。

 …しかし千束に恨まれる、か。

 

(いっそのことそうなった方が親離れしてくれるのかなぁ)

 

 ぎゃーぎゃー言いながらも手際よく作業を進めるミズキを眺めながら、私はそんなことを思ったのだった。

 

 

 

 

「不味いことになってるな」

 

 ヘリを飛ばし始めて少し。私のなでなでにも微動だにすることなくタブレットとにらめっこしていたクルミが、呟くように言った。

 このタイミングで不味いことと言えば本編の流れ的に一つしかない。

 

「真島かい?」

「ああ。リコリスが戦ってる映像をバラ撒いてる。ラジアータも抑えられてるな」

 

 はい当たり〜。

 

「このまま行けば上の連中は、きっとリリベルを使ってリコリス達を処分しようとするだろうね」

「懐かしい〜昔はよく店に来てたもんねぇ」

 

 あの頃は私と千束もよくリリベルに襲われていたっけ。あの連中、窓とか家具とかを平然と壊すので毎回大変だったものだ。千束が、私が作ってあげたお気に入りのぬいぐるみを壊された時なんてそりゃあもうヤバかった。

 結局、私と千束がDAの仕事を手伝うという条件で先生と楠木司令が上に交渉し、リリベル達による襲撃はなくなったのだが。元よりDAの仕事をバリバリやるつもりだった私からすれば、条件なんてあってないようなものだったので、一応千束じゃなくて私に多めに仕事を振ってね、とだけ言って二つ返事でオーケーした。

 

「まるで客みたいに言うな」

「刺客だから客と言えば客…ッ…!!」

 

 私がウィットに富んだ(テキトー)ジョークを返そうとしたその瞬間、思いっきり胸の辺りに痛みが走った。

 あっ、ちょっと意識飛ぶっ♡ ちょっと飛んでんじゃねぇよ!

 

「お、おい! 百合、しっかりしろ!」

「っ…ふー…ごめん。もう大丈夫、ちょっとクラっとしただけだから」

 

 咄嗟に支えてくれていたらしいクルミにお礼を言って今後の展開へ思考を巡らす。

 このまま空路を行けば、延空木へはすぐに辿り着くだろう。その後は窓辺で話しているor戦っている千束とたきなを見つけられれば、そのすぐ近くにあの狂人もいるはずだ。見つけられれば後は簡単。この魔法の狙撃銃でぶち抜けばいい。

 

 要は千束が()ってしまうより先に私が()ってしまえばいいじゃん大作戦だ。

 

 少々脳筋すぎる気がしなくもないが、手段のエレガントさを選んでいられるほど余裕がある場面ではない。

 …後はもう、撃つ瞬間に心臓が暴れないことを祈るしかない。

 

 ちょっぴりフラグが立った気がしたが気の所為だろう。…気の所為だよね??

 

 

「待っていたよ」

 

 そう言って微笑む彼を見ても、私に殺意は湧いてこなかった。あんなに憎いと、許してはいけない存在だと…あの夜は確かにそう思っていたはずなのに。今は、まるで鏡でも見ているみたいだと、そう思う。

 

 百合から大切なもの奪っていたのは、私も同じだったのだから。

 

「私を殺しに来てくれたんだろう? 君達に時間が無い事は私もよく知っているつもりだ」

 

 無駄な問答はよそうじゃないか。そう言って、吉さんはシャツの前を開ける。

 

「まさか…」

 

 その声が私から溢れたものだったのか、たきなのものだったのかは分からない。けれど私達は二人とも、どうしなければならないのかを理解したはずだった。

 

 彼の胸元には大きな傷跡…手術痕があったのだから。

 

 …どうして、こうも世界は上手く行かないことだらけなんだろう。

 大切な人の人生を奪い続けて、次はその人が必死に守ろうとしてくれた(もの)すらも、壊さなくちゃいけないなんて。

 

(……百合を、助けよう)

 

 ――そして、それが終わったなら彼女の前から消えよう。

 

 私にはもう、彼女の傍にいる資格はない。

 

 鞄を下ろす。その中には、彼女への()()()()()()が入っている。

 

 マガジンを落とす。そして、入れる。

 

「千束…?」

 

 たきなに、ゆっくりと微笑む。これから百合をよろしくね。百合にはたきなみたいな純粋で真っ直ぐな子の方が相応しいと思うから。

 

 引き金に指を掛ける。こんな時にも脳裏に浮かぶのは、百合の柔らかい笑顔だった。

 

(百合)

 

 ごめんね。ずっと…ありがとう。

 

 指に力を入れる。そして――

 

 一発の銃弾が、放たれたのだった。

 

 

「……ッ!?」

 

 そろそろかな~と思いながら、スナイパーライフルのスコープを覗き込んで狂人探しに勤しんでいた私の目に飛び込んできたのは、なぜだか殴り合いを繰り広げている千束とたきなの姿だった。

 

 ………??????

 

 えっ??? いやこれどういう状況???? なんでこの二人が殴り合ってんの?????

 

 まるで分からない…分からないが見た感じ千束が優勢のように見える。まぁそうなるよねって感じだが。…リコリスは一応格闘技術も教わるものの、射撃技術と比べるとそれほど優先されないのが普通だ。任務の性質上そもそも殴り合う前に速やかに終わらせるのが基本だからである。

 だが千束は弾を躱せることや、不殺を守っていることもあって、格闘(そっち)方面の技術もかなり鍛え上げられている…というか、私が鍛えたのだ。ワシが育てた!

 

 …なんて流暢に解説してる場合じゃないっ!

 

「ミズキ!」

 

 即座に指示を飛ばしてヘリをさっき見ていた場所へ向かわせる。

 何にしても今がチャンスだ!

 

(吉松、吉松は…いた!)

 

 脇腹を押さえた状態で支柱に背を預けていた。その隣にはこちらもこちらでダメージを負っているっぽい姫蒲さんの姿もある。

 …わりと最終局面っぽいな? それだけにちさたきがバトってるのが凄い違和感あるけど…

 

「近づけたけど、こっからどうするわけ!?」

 

 と、ヘリを操縦してくれていたミズキの声で意識を引き戻される。

 

「ヘリのハッチを開けてくれ。クルミ、すまないが私の身体を支えてくれるかい?」

「それ固定してたときからイヤ〜な予感はしてたけど、やっぱそういう感じね」

 

 続く、ちょっと百合(アンタ)らしくない気もするけど、というミズキの言葉は聞かなかったことにして、私はスコープの先の狂人へと照準を合わせる。予想の倍ぐらい風が強くてちょっとこれ当たるのか…? ってなってきてるが、多少ブレてもこの距離なら当たる気もするし、当たればどの部位だろうが確殺だ。

 

(さらば、吉さん)

 

 そうして引き金を引こうとした、その瞬間だった。

 

「ッ…うッ…!?」

 

 さっきよりも遥かにデカい、刺さるような痛みが走ったのだ。

 

(ぐあー!!! このポンコツ心臓がぁ!!?!)

 

 なんと視界まで明滅してくる始末。もうダメかも分からんね、となったところをなんとか『ちさたき』を想うことで繋ぐ。

 そしてなんとか再度スコープを覗き込んだ私を待っていたのは、吉さんの頭へと銃を向ける千束の姿だった。

 

(ヤバいヤバいヤバい!!)

 

 もうぶっ放すしかない。千束に当たらないよう、これまで培ってきたスナイパー的直感で着弾地点を調整し…今っ! ここっ! 今度こそここっ!!

 

「…ぁっ」

 

 次は引く前ではなく、引き金を引いた瞬間。私をこれまでの人生でも経験したことのないような感覚が襲った。

 力が入らない。意識が抜けていくような、そんな感覚だ。焦りすぎて心拍数が上がりすぎたのだろう。たぶん、使い切ったのだ。走馬灯は見なかったが、世界が随分ゆっくりに…スローモーションの映像でも見ているかのように感じられる。

 

 ゆっくりと迫っていく銃弾は、確実に吉松の元へと向かっていた。やはり私のスナイパー的直感は正しかったようだ。

 

 そして、私が意識を手放す直前。最後に見た光景は、吉松が私の放った銃弾に貫かれる姿…ではなかった。

 

(…………は?)

 

 銃弾は、千束が吉松に向けていた銃を貫いていた。

 

(はああぁあぁ!?!?!!?!)

 

 満足感は一瞬にして何処へと去り。

 今度こそ私は、意識を失ったのだった。

 

 

白園百合

YURI SIRAZONO

ID:ABCDEFGHI

 

AGE:18

SEX:female

DOB:12/24

MARKS:A+

 

confidential

 DA支部『喫茶リコリコ』所属のファーストリコリス。幼少期から安定した精神性と、優れた思考力、戦闘能力を誇り、周囲からの信頼も厚く、重要な任務には必ず召集される。

 

 ------

 

 

 

secret

任務管理番号:XXXXXX-XA

 第一現場指揮官として当該任務に従事。施設の制圧に成功するも、致命的な外傷を負い、第二現場指揮官である『春川フキ』へ指揮権限を移譲。

 回収地点到達時までの生存は絶望的と判断され、同現場指揮官による指揮の元で部隊は脱出。現場の状況及び報告から『KIA』と認定される。

 

任務管理番号:XXXXXX-XA 補足

 『KIA』と認定されていたが、生存が確認される。外傷の程度と移植された人工心臓のスペックから、以後の任務参加は絶望的と判断されるが、DA関東本部・東京支部の楠木司令官の提言により、ファーストリコリスとして留め置かれる。

 

 ------

 

 

 

Top secret

任務管理番号:XXXXXX-XB

 DA支部、『喫茶リコリコ』に依頼された延空木奪還及び真島の殺害任務において、本来従事者ではないにも関わらず任務に参加。

 

 状況終了事、人工心臓のトラブルからDA直轄の医療施設へと搬送。その後、同支部所属のファーストリコリスである『錦木千束』と、セカンドリコリス『井ノ上たきな』より、  が報告される。

 

 以後、リコリスとしての登録を削除。

 




ちさたきのために頼んだ。

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16『恵みが、遍く総ての者と共にあるように』


百科事典の方も更新しておりますのでお暇な時にでもどうぞ。



 ───年─月──日

 少しずつ記憶の靄が晴れてきたので、

 それを整理するためにもこうして日記として、文章に起こしてみることにする。

 

 始めに、私は延空木で起きた一件以来、いくつかの記憶を欠損した状態になっていた。

 山岸先生曰く、『エピソード記憶障害』と呼ばれるものらしい。

 原因は私の人工心臓が止まったことによる、脳の酸素不足時間が長かったため…だそうだ。

 4~5分間以上脳への血流が止まると脳の細胞は死んでしまうらしいので

 後一歩遅ければ私は記憶障害どころか、容易に命を落としていたことだろう。

 

 そう。私の人工心臓はあの時、確かにバッテリー切れで停止していた。

 

 だが一度完全に停止した事が良かったのか、

 はたまた奇跡によるものか、

 その直後から私の心臓は再度充電できるようになったのだ。

 しかしそれでも動き出すまでに時間がかかってしまったため、

 こうして記憶障害を負うことになってしまったが。

 

 抜けた記憶を取り戻すのに、この日記は大いに役に立ってくれた。

 つけ始めてそれほど経っていないのか内容こそ多くないし、

 過去に記された多くの内容が千束とたきなのこと(日記内では『ちさたき』と略されていた)

 で、更には時折未来を知っているかのような不思議な書き方をしていたのは気になったが、

 それでもないよりはずっといい。おかげで現状、私はほとんど過去の自分を取り戻せている。

 

 それに『ちさたき』という響きは、何故か分からないがとても心に響くものがあるのだ。

 

 もう少し時間はかかることだろうが、

 この分ならばそう遠からず私は全ての記憶を取り戻せることだろう。

 

 

 ───年─月──日

 穏やかで、どこか退屈にすら感じられる日々が流れている。

 何もかもが解決したわけではない。

 それどころか、吉松シンジからは結局、人工心臓を手に入れることは叶わなかったので

 依然として私の心臓も、そして千束の心臓にもタイムリミットが迫っている。

 

 だが千束が誰も殺さずに済んだのだから、これでよかったのだと思う。

 

 それに、私にはクルミが人工心臓を作った人物と、

 その場所を見つけてくれるだろうという奇妙な確信があった。

 

 まるで、過去にその場面を見たことがあるかのような感覚だ。

 

 …過去に、私が日記に記していた

 未来を知っているかのような文章はこれと同じものだったのだろうか?

 

 何にしても、今は頑張ってくれた千束とたきなを甘やかしてあげる事こそが

 私にできる数少ない大切な事の一つだと思う。

 以前の私は、二人の間に入ることは良くないことだと思っていたようだが

 今の私の感覚すると、それはよく分からないことだ。

 せっかく二人が私という人間を求めてくれているのだから、応えてあげるべきだろう。

 

 それとも、二人は恋人同士だったりするのか?

 確かにそれならこれまでの日記にも説明が付く気がする。

 

 明日、二人が起きたら聞いてみることにしよう。

 

 

 ───年─月──日

 今日、ついにクルミが人工心臓を作った人物を見つけ出した。

 初めて作られた際に使用された町工場は既にないようだが

 新たな人工心臓を吉松が用意していたことからしても

 まだどこかで作られていることは間違いない。

 クルミは心臓関連の怪しい治療記録を探れば今現在の出処も分かるはずだと言っていた。

 

 さすがはクルミだ。

 

 問題があるとすれば、製造場所を見つけたとして、

 千束と私の分を用意してもらえるかどうかだが…

 その辺りは、その時になったらまた考えればいいだろう。

 

 それとこれは余談になるが、千束とたきなに二人は恋人同士なのかと

 それとなく聞いてみたところ、二人揃って「違う」と返されてしまった。

 

 つまりは全て過去の私の勘違いだった、ということだ。

 なら、私が二人を甘やかすことは何も問題はない。

 

 今日から更に気合を入れて二人を甘やかすことにする。

 

 

 ───年─月──日

 千束に膝枕をしていたところ、いきなり千束が

 

 「私は本当に百合と一緒にいていいのかな?」

 

 と言ってきた。

 

 どういうことか分からなかった私が、千束になんでそんなことを言うの?

 と返したところ、千束は今まで堪えてきたのであろう涙とともに、その内心を語ってくれた。

 

 曰く、「自分のせいで百合にこんな風な怪我を負わせてしまった。ずっと百合の大切な時間を奪ってきた」のだと。

 

 私が千束が受けるべきだった任務を肩代わりしていたというのは事実だが

 それは私が勝手にやっていただけのことだ。

 詰まるところ千束がここまで思い詰めることになったのは私の言葉足らずが原因なのだろう。

 

 なので私は昔、彼女にやっていたように優しく髪を撫でながら

 私がどれだけ千束のことが好きなのかを事細かに言葉にして聞かせることにした。

 最後には千束は顔を真っ赤にして逃げようとしていたが

 抱きしめると大人しくなったので続けた。

 

 どうやら千束は途中で眠ってしまっていたようなのでどれだけ伝わっていたかは分からないが

 千束のためにもこれからは定期的に千束に私の気持ちを伝えていくことにしようと思う。

 

 

 ───年─月──日

 千束に私が元々使っていた銃をあげた。

 

 先生が銃弾を買い付けるついでに壊れた千束の銃も取り寄せようと思うが

 何がいいか? と千束に聞いたことから話は始まったのだが、

 銃を壊したのは私だし費用は私に払わせてほしい、と言ったところ千束から

 

「なら百合の銃が欲しい!」

 

 と言われたのだ。

 

 私が使っていたグロック17は別段特別なものではなく、他のリコリス達も

 広く使っている普通のものなので、千束には新品なら本部に頼めば貰えると

 言ったのだが、千束がどうしてもというので、結局私が使っていたものをあげた。

 

 元々、片腕になってしまった以上銃を変えないととは思っていたので私自身は

 問題ないのだが…千束は本当にそれでいいのだろうか?

 

 私に気を遣っていないといいのだが。

 

 

 ───年─月──日

 千束だけでなく、どうやらたきなも悩みを抱えていたらしい。

 喫茶リコリコの地下にあるシューティングレンジで

 彼女の射撃訓練を見守っていたところ、ふと溢すように呟いたのだ。

 

「私は正しかったのでしょうか」

 

 と。

 

 たきなに話を聞いてみると、彼女は延空木の時、千束が吉松を殺そうとするのを止めたが、

 それが本当に正しい判断だったのか、ずっと迷っていたらしかった。

 私はまず、たきなに言えていなかったお礼を言った。

 そして、彼女の判断が間違いなく正しかったのだと言うことを伝えた。

 たきなが止めてくれていなければ、私はきっと間に合わなかったことだろう。

 

 たきなは「私は貴女を見殺しにしようとした」と言うが、

 私は今もこうして生きているのだから、やはり彼女は何も間違ってなどいない。

 

 私の説得に根負けしたのか、最後にたきなは

 「私を見ていてくれますか?」と言ってきたので

 「ずっと見ているよ」と私が返すとようやく納得してくれたらしく

 晴れやかな笑顔を見せてくれた。

 

 たきなにしては珍しい表情だ。けれど、とてもよく似合っていた。

 

 

 ───年─月──日

 今、私達の手元には二つの人工心臓がある。

 

 クルミが現在の製造場所を突き止め、私達はそこを訪れることができた。

 

 どんな天才科学者が出てくるのだろうかと身構えていたが、現れたのは

 いたって普通の、一般人のような人だった。

 

 その人もアランチルドレンだったようで、アランの支援によって

 人工心臓を作り上げたと言った。そして、千束がその人工心臓を

 持っていることを告げると、その人は唐突に千束に礼を言ってきたのだ。

 

 曰く、彼女のおかげで人工心臓という分野の研究は何十年も先に進んだのだと。

 

 クルミは「よくもまぁ悪びれず言えるもんだな」と呟いていたが、それもそのはずだ。

 おそらくこの人工心臓は数多のリコリスを使った人体実験によって成ったものなのだから。

 千束はこれを知らないが、知る必要もない。

 

 だがおかげで私達はそれほど苦労することなく新たな人工心臓を手に入れることができた。

 これもまたある種の人体実験だからかもしれないが、安全性は既に立証されたものだと

 その人は言っていた。私の頭には吉松が浮かんでいたが、この人工心臓は彼がその身に

 埋め込んだものと同じものなのかもしれない。

 

 いずれにしても、私と千束はこの心臓を信じる他にない。

 

 手術は明日。執刀医は、既にミカとクルミが見つけてくれている。

 

 ずっと昔、千束が手術を受けた日のように私は彼女に

 

 「絶対に成功する」

 

 と言った。千束も私に同じ言葉を返してくれた。

 

 

 ───年─月──日

 実はあまり、これまで私は先のことを考えたことがなかった。

 リコリスとして生きて、そして千束の最後を見届けるのだろうと

 漠然とそう考えて生きていた。

 

 だが、その漠然とした未来は今日で変わった。

 私と千束は二人とも新たな人工心臓の移植に成功したのだ。

 

 私はこれからどう生きていくのだろう。

 

 分からないが、そこにはきっと千束がいて、たきながいて、先生がいて

 ミズキがいて、クルミがいて…私を慕ってくれるリコリスの子達や

 喫茶リコリコを訪れてくれる人達がいるのだろう。

 

 だからきっと、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

Top secret

任務管理番号:XXXXXX-XB

 DA支部、『喫茶リコリコ』に依頼された延空木奪還及び真島の殺害任務において、本来従事者ではないにも関わらず任務に参加。

 

 状況終了事、人工心臓のトラブルからDA直轄の医療施設へと搬送。その後、同支部所属のファーストリコリスである『錦木千束』と、セカンドリコリス『井ノ上たきな』より、生存が報告される。

 

 以後、リコリスとしての登録を削除。

 高い教導能力から適正を認められ、リコリスの指導監督任務を新たに与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、だろう…?」

 

 何の変哲もない、ある日の朝。

 二人の寝顔を眺めるために、いつものように一人先に起きた私は、()()を思い出した。

 

「えへ…百合ぃ…私も大好き…」

「百合さん…ずっと私を見て…」

 

 幸せそうに、二人は時折寝言を言いながら眠っている。

 そして二人の髪をそっと一撫でして、私は己に向き合った。

 

 さて、私は。

 私は、何をした?

 

 何だ、この、カップリングは…。

 『ちさたき』の姿か? これが…。

 

 千束に堂々と「君を愛している」などと言い。

 たきなにも「ずっと見ている」と告白紛いのことをし。

 

 『ちさたき』を穢した醜さ。

 

 

 

 

 

 私はこの、転生者が百合の間に挟まった超絶地雷カップリングを生み出してしまったことをこの先一生後悔することだろう。

 死ぬしかない。死ぬしかないが…このままでは終われない。

 

 そうだ。そうだとも! 世界はまだまだこうして続く!!

 

 失敗を糧に、今度こそ完全完璧な『ちさたき』を成すんだ!!!

 

 遍く総べては『ちさたき』のために!!!!

 

 

 

 To Be Continued…?




一旦これで完結にさせていただきます。
そのうちスレかTwitterのアニメ実況まとめみたいなので1話出すかも。

それはそれとしてちさたきのために頼んだ。

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おまけ
【リコリス・リコイル】白園百合とかいう女



短いですがまとめスレ風のやつです。



..

 【リコリス・リコイル】白園百合とかいう女

〇20XX年X月X日  □アニメ

..

 

 名前:まとめ速報

 ようやく見終わったけど

 この人全編通して酷い目に遭いすぎじゃない?

 

 

 名前:まとめ速報 1

 それはまぁはい…

 

 

 名前:まとめ速報 2

 徹頭徹尾千束のために生きてきた女だ

 面構えが違う

 

 

 名前:まとめ速報 3

 こいつのせいで千束の才能が台無しになったんだよなぁ

 

 

 名前:まとめ速報 4

 千束の才能を理解しながら全てを台無しにした女

 

 

 名前:まとめ速報 5

 心臓湧きすぎで草

 

 

 名前:まとめ速報 6

 百合に完全敗北した心臓さんは帰ってもらって…

 

 

 名前:まとめ速報 7

 姫感あって可愛らしい髪型から繰り出される

 圧倒的スパダリぢから

 

 

 名前:まとめ速報 8

 生きてて本当によかった

 

 

 名前:まとめ速報 9

 百合姉は周りを狂わせすぎる…

 

 

 名前:まとめ速報 10

 千束が人たらしなのも百合姉を見れば納得なんだよね

 

 

 名前:まとめ速報 11

 相談したらどんな内容でも親身に聞いてくれるし

 適切なアドバイスまでくれる白髪美少女…どうです?

 

 

 名前:まとめ速報 12

 けど百合姉は「好きです!」って伝えても

 「うん、私も大好きだよ」って色っぽい感情一切抜きで返してくるから

 

 

 名前:まとめ速報 13

 百合に情緒狂わされてるモブリス絶対たくさんいるよな

 

 

 名前:まとめ速報 14

 有志で救出作戦組まれてそれを上が黙認するレベルだからなぁ

 狂信者はかなりいると思う

 

 

 名前:まとめ速報 15

 百合姉にモテないって相談して「君はカッコいいよ」って言ってもらって

 じゃあ僕と付き合ってくれませんかって言ったら困った顔で「ごめんね」って

 言われたいだけの人生だった

 

 

 名前:まとめ速報 16

 >>15

 リコリスには殺人が許可されています

 

 

 名前:まとめ速報 17

 思えばたきなも丸くなったもんだ

 

 

 名前:まとめ速報 18

 初期 「リコリスには殺人が許可されています!!!1!!」

 後期 「千束に人は殺させない…!」

 

 百合ナイズが成功したな

 

 

 名前:まとめ速報 19

 百合のおかげというか

 千束の介護のためというか…

 

 

 名前:まとめ速報 20

 百合って結局千束が精神やっちゃってた時のこと知らないんだっけ?

 

 

 名前:まとめ速報 21

 百合と再会したときにはある程度治ってたから知らないんじゃない

 まあ教えるようなことでもないでしょ

 

 

 名前:まとめ速報 22

 その頃は百合も百合でボロボロだったからね…

 

 

 名前:まとめ速報 23

 その頃というかそっから最後までボロボロのままだったんですが

 

 

 名前:まとめ速報 24

 延空木のときの百合痛々しすぎて見てて辛かった

 

 

 名前:まとめ速報 25

 死の間際でクルミを撫で続けた女

 

 

 名前:まとめ速報 26

 >>25

 あれはたぶん痛みを紛らわすためだったんじゃねぇかな…

 

 

 名前:まとめ速報 27

 ゆりくるはキテた

 

 

 名前:まとめ速報 28

 ゆりちさが一番!

 

 

 名前:まとめ速報 29

 ゆりたきなんだよね

 

 

 名前:まとめ速報 30

 ちさたき…(小声)

 

 

 名前:まとめ速報 31

 てか銃撃ち抜くの序盤でもやってたけどどんな技術だよ…

 

 

 名前:まとめ速報 32

 しかも二回目のときは死にかけだったぞ

 

 

 名前:まとめ速報 33

 殴り合いは千束より強くて射撃はたきなより上手い

 

 

 名前:まとめ速報 34

 >>33

 百合姉って強さ的にはどんなもんなんだろ?

 千束が史上最強リコリスだからその次くらい?

 

 

 名前:まとめ速報 35

 小説の方だとフキの方が自分より強いって百合本人が言ってる

 

 

 名前:まとめ速報 36

 >>35

 これ百合姉がそう思ってるってだけじゃない??

 

 

 名前:まとめ速報 37

 一応言っとくが千束が強すぎるだけでフキもモブリスが束になっても勝てない化け物やぞ

 

 

 名前:まとめ速報 38

 百合姉が頭を撫でるだけで全リコリスが腰砕けになるから百合姉が最強だよ

 

 

 名前:まとめ速報 39

 百合姉によしよしされたい…

 ママァ…しゅきぃ…

 

 

 名前:まとめ速報 40

 姉なのか母なのかはっきりしろ!

 

 

 名前:まとめ速報 41

 もし百合が死んでたらって思うと鬱すぎて吐きそう

 

 

 名前:まとめ速報 42

 あからさまにフラグ立ちまくってたから逆に死なない気はしてた

 

 

 名前:まとめ速報 43

 百合姉ってあんまり自分を大事にしてない感じがして闇を感じる

 

 

 名前:まとめ速報 44

 千束の前にもフキ庇って死にかけてるしな

 てか吉さんがいなかったらあのまま死んでたわけだし

 

 

 名前:まとめ速報 45

 大事にしてないわけじゃなくて

 本人の中に優先順位があるってだけでしょ

 

 

 名前:まとめ速報 46

 ロリの時からあの性格な時点で闇が深くないわけないんだよなぁ

 

 

 名前:まとめ速報 47

 まぁ大人エミュしてたんだろうな

 千束とかフキとかの他のリコリスのために

 

 

 名前:まとめ速報 48

 そもそもリコリスってシステムが闇深定期

 

 

 名前:まとめ速報 49

 戸籍のないロリ集めてあんなことやってるわけだからな

 

 

 名前:まとめ速報 50

 そういや百合姉がよくなんか書いてた手帳ってなんだったの

 遺書?

 

 

 名前:まとめ速報 51

 >>50

 普通にちさたき宛てのメッセージじゃない?

 クルミとミズキに千束に人殺させたくないって言う前も書いてたし

 

 

 名前:まとめ速報 52

 じゃあやっぱ遺書だな…

 

 

 名前:まとめ速報 53

 たきなを千束とやたら一緒にさせたがってたのも

 全部自分が死んだ後のことを考えてだろうから…

 

 

 名前:まとめ速報 54

 延空木行くヘリの中でのクルミすき

 小さい身体で百合を支えてて泣ける

 

 

 名前:まとめ速報 55

 百合姉歩けるようにはなるんだろうか

 ミカ先生と同じく杖コースかなぁ

 

 

 名前:まとめ速報 56

 13話の最後でちょっと時間飛んでたっぽいけど

 あの時もまだ車椅子だったね

 

 

 名前:まとめ速報 57

 百合の格闘アクション好きだったからいっぱいかなしい

 

 

 名前:まとめ速報 58

 >>57

 フキ庇う前の格闘シーンめちゃめちゃ力入ってて変な笑いが出た

 

 

 名前:まとめ速報 59

 あんなほっそりしてるのに押し倒そうとしたら押し倒されるんだよな…

 

 

 名前:まとめ速報 60

 >>59

 その前にリコリコ看板娘ズに撃ち殺されるぞ

 

 

 名前:まとめ速報 80

 もし二期なりOVAなりがあるなら百合姉には平和に過ごしてもらいたいね…

 

 

 

 引用元・【リコリス・リコイル】白園百合とかいう女

 




ちなみに安価無効にしてるのはまとめスレの再現演出なのでミスではないです。

それはそれとして、ちさたきのために頼んだ。

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