白野ちゃんの多難な日々 (永平)
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月のウサギ

月の聖杯戦争の終結と共に消滅したザビ子こと岸波白野。
しかしそれを認めない者達により少女は復活する。
そとて始まるカーニバル、何故か四人のサーヴァントのマスターになっているわ、
死んだ筈の知り合いは生きてるわで、てんやわんや。
これはそんな世界の物語。
この作品はFate/EXTRAとCCCのキャラを使った短編集です。



月にあるセラフ内で起きた聖杯戦争。

その優勝者として聖杯にアクセスし、聖杯がもたらしていた争いなどを解消し、自身は消滅した

少女、名前は岸波白野。

しかしそんな事実は認められないと立ち上がった者達の手により、

こまけー事はどうでも良いんだよ。

と、ご都合展開そのままに白野は助け出された。

その結果、気が付けばムーンセルはサクラーズによって掌握されているわ、白野が契約しているサーヴァントが四体となってるわ、地上には白野の知り合い達が聖杯戦争や一連の騒動の記憶を持ったまま全員生還しておるわ、白野オリジナルも元気に毎日を過ごしているわとやりたい放題の状態となる。

これはそんな世界の話である。

 

 

「ええーーっ、ご主人様の頭からウサギの耳飾りが取れなくったんですか!?」

叫ぶキャスターの前には、頭を押さえるザビ子で少女な白野がベットの上にちょこんと

座っていた。

その近くでは、これはどうしたら良いかと、セイバーがおろおろとしている。

今は手で押さえられてヘタっているが、白野の頭にはウサギの耳が生えていた。

白野が手を離せば、ぴょこんと立つであろう。

「う、うむ、そうなのだ、余が奏者の頭にウサギの耳飾りを付けたら、こうなってしまった」

くっと、握り拳を握って顔を逸らすセイバーを余所に、必死に隠そうとする白野の手を掻い潜り、

キャスターがウサギ耳をモフル。

「うわー、これ完全にご主人様の頭にくっついて一体化しちゃってますよ」

やめてやめてと涙ぐむ白野に、キャスターは、フッハーご主人様モフル、マジ堪んねー、

これでタマモはあと10年は萌えられると息巻く。

「どうしてこんな事になったんですか?これ一種の呪いですよ、セイバーさんもしかして

外すな、外すんじゃない、外させはせんぞぉぉぉって、余程の邪念を籠めて付けました?」

キャスターと白野に責める目付きで見られ、セイバーはまたも、くっと顔を逸らす。

「余は、余はそんなつもりではなかったのだ、ただ奏者の、奏者の」

「ご主人様の?」

「バニーガール姿を見たかっただけなのだぁぁぁぁぁぁ」

だぁぁぁ だぁぁぁぁ だぁぁぁぁぁぁ

と、サクラーズがムーンセルを掌握し、四人のサーバントと一人のマスターのテリトリーとなったセラフの一部に建てられた豪邸、スーパーゴージャス・パクスローマナ・二人の愛の巣マイルーム邸内にセイバーの声が木霊した。

 

滅茶苦茶、邪な念籠ってるよねと、白野はじと目でセイバーを見る。

そんなセイバーに憤りを見せたキャスターが詰め寄った。

「何やらかしてんですか、セイバーさん見損ないましたよ!」

うんうんと頷く白野。

「どうして最後まで突っ走らないんですか、ご主人様の頭からウサ耳が生えたぐらいで、驚いて

止めるなんて、それでも唯我独尊のセイバーさんですか!」

うん?と首を傾げる白野。

「ご主人様のバニーですよ、バニー、そのままパクッと捕食するぐらいの勢いを持たないで、

よくもそれで奏者は余の嫁、異論は認めないってドヤ顔出来ますね」

「うぐぐぐっ」

ちょっとキャスターさん、何て事言いだすのと、白野は暴走し出す雰囲気を止めようとするが、

いきなりキャスターに抱き締められる。

キャスターはそのまま、うにゃっと驚く白野を嘗めんばかりに頬ずりし。

「ああん、もうタマモはタマモは堪りませんっ、うへへへっ観念するんだな、オレをケダモモと知って誘ったお前が悪いんだぜって、言いたく言いたくなっちゃいますっ」

完全に言ってるキャスターに、床を荒々しくひと踏みしたセイバーが憤りを見せる。

「ちょと待て、狡いぞキャスター、奏者にウサ耳を付けたのは余だ、奏者をふにふにする権利は

余にこそある。そこを退け」

ちょっとセイバー、何言ってるの? もう反省タイム終わり?短すぎる。

文句を言おうとする白野をキャスターが、くんかくんかと匂いを嗅ぎ、

「べーです、ああご主人さま、良いに・お・い、まるで媚薬のようですぅ」

ちょーーーとぉ、キャスターどさくさまぎれに変な所触ろうとするのは止めてっ、あと変な事

言うのも止めてっ。

などと言う白野に対してキャスターは狐耳をパタンと降ろし、まさに聞く耳持たない体勢で

対応する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

いよいよ追い詰められた白野。

私、女、女だから、女同士でこんなのフケツッ

どっちもウェルカムオーケーと呪術でなんとかするからオッケーな二人に対し、なんの効果も無い事を言いつつ、もぞもぞ動いて何とかキャスターの魔手から逃れようとするが、

サーヴァントの中では非力とは言え、そこは人を超越した存在の英霊、本気で取り押さえられれば、白野如きでどうこう出来るものでは無い。

「ふへへへ、なあ見ろよ、抵抗してやがるぜ、オレの下であ・が・け」

「むうううううっ、余の下でも足掻くが良いっ」

このままR指定の基準が跳ね上がりそうな展開になるかと思いきや、救いの手が入る。

 

パコンパコンと良い音がしたかと思うと、叩かれたセイバーとキャスターが頭を押さえた。

「いい加減にしたら、どうかね、マスターが怯えきっているぞ」

あまりの二人のはっちゃけ振りに、流石に拙いと思って助けに入ったアーチャーの後ろに、白野はささっと隠れる。

「ぐぐっ、お玉で頭を叩くなんて、アーチャーさん、それでも料理人ですか」

「ふっ、私は料理人ではなく、マスターを守るサーヴァントなのでね、こうして危機に参上した次第だ」

「相変わらず美味しい所を掻っ攫いやがりますわね、この紅茶」

「まったくだ、これから展開されるめくるめく余と奏者との甘美なるひと時。

それは、千年の後にも称えられる程の蠱惑的で優美な饗宴、芸術家達は揃って至高の美を描き、

作家は物語と為して貴婦人達の心を捉え続ける。

そんな美を、貴様はぶち壊したのだぞ、後世の者に詫びるが良い。」

いや、従者にうさ耳付けられた挙句、襲われたなんて事を千年も語り伝えられたくありません、

それよりセイバー、後世の人間じゃなくて私に謝って。

と、白野は睨むが、ウサ耳をつけたままなので、どうにも迫力が無い。

「むしろ可愛い、むしろ良い」

そんな白野に逆に鼻息を荒くするセイバー。

駄目だこのサーヴァント、もう反省の心なんて欠片も残っちゃいない。

脱力する白野の頭に手を置くアーチャー。

慰めてくれるのと、顔を上げる白野だが。

「君も君だ、こんな耳を付けたら二人が暴走すると分かっていただろうに、どうしてそう自爆する方向へ進むんだ?」

予想外のアーチャーの言葉に、カクンと顎が落ちた。

え?もしかしてこれ自主的に付けたと思われてる?

変態さんいらっしゃーいって誘ったと思われてる?

「うっふっふっ。ご主人様のご意志、このタマモよぉぉぉぉぉく分かりました、その誘い

乗っちゃいます、ええ、もうご主人さまに乗っちゃいますから♪」

全然分かってない、いや分かろうとしていない肉食狐がまた捕食モードに入る。

駄目だこれは、この場にいたら犯られる。

小動物的本能で危機を察知した白野はアーチャーを盾に逃げ出そうとするが

「ふふふふ、奏者よ、余の胸へ飛び込んでくるが良い」

白野はセイバーに回り込まれた。

残念、皇帝様からは逃げられない。

くるりと急回転してアーチャーの方へと戻る白野。

ここは最早アーチャーを頼りに二人のサーヴァントの魔手から逃れるしかない。

「ふふふふっ湯あみは済ませたか?神様にお祈りは?部屋の隅でぷるぷる震えて誘い乞いする

心の準備はOK?」

ニヤリと笑うセイバーの犬歯が異常に長くなったように見える。

「よっしゃぁぁぁぁ、犯ぇぇぇぇぇぇって犯るぜぇぇぇぇぇぇぇ」

キャスターはキャスターで盛大に気焔を上げる。

二人の迫力にガタガタ震える白野。

「君はよくこんなフリーダムな二人のマスターをやっていられるな、寝首を別の意味でいつ掻かれてもおかしくないだろうに」

そんな白野を見て、アーチャーは呆れるやら、感心するやら。

しかしセイバーとキャスターも大概だが、よく考えると、もっとフリーダムな奴のマスターも白野はしている。

全く君って奴はと、米神を指で押すアーチャー。

しかしここでアーチャーがケアに回らなければ、白野のSAN値は一日で0まで削り取られるだろう。

流石にアーチャーも、マスターである白野にくとぅるふ的発狂をさせる訳にはいかない。

やれやれ面倒な事だと思いつつも、見捨てるという選択肢は頭をよぎりもしない律儀者なアーチャーは、お玉とシャモジを両手にそれぞれ握って構えを取る。

二匹のケダモモと対峙するアーチャーの後ろで、白野はううっと唸る。

確かにセイバーとキャスターは少々問題がある。長い戦いを経て培った信頼感に揺らぎは無いが、

愛が深すぎる故の暴走には白野も身の危険を感じすぎる。

そもそもこの騒動の発端はセイバーの、奏者のバニーガール姿が見たいという頭が痛く成り過ぎる行動から始まった。

この手の迷惑をかけられた数は両手の指の数にまさる。

アーチャーにからかわれる所以である。

 

けど、

 

キュッと白野はアーチャーの腰の外套を掴む。

 

それでも、それでも私の大切な人達なんだもんっ、一緒に居たい

 

「待て、マスター、今の状況でその答えはまずい」

白野をセイバーとキャスターから守ろうとしていたアーチャーが慌てる。

何故君は敵に塩を送るどころか、燃え盛っている炎目がけて盛大にガソリンぶちまけ発言を

するんだ。

アーチャーはそう叫び出したくなった。

しかも涙目で言ったのである、その頭にあるウサ耳もあって効果倍増である。

(被捕食される側という自覚が全くないっ!?)

アーチャーは頭が痛くなる。

「奏者ぁぁぁぁぁぁっ、余は余はもう色々堪らんっ」

「ご主人さまっ、タマモはもう感極まって、尻尾増えちゃいました♪」

案の定、さらに猛り狂う二人。アーチャーは死闘を覚悟した。

 

さあはじまるザマスよ

いくでがんす

ふんがー

 

これから狂宴の始まり、逝くぜ逝くぜと鼻息の荒い二人と、マスターの考えなし発言に頭が痛いアーチャーが激突しようとしたその時。

 

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」

 

BBの叫び声が響いた。

 

「さっきからなに盛っているんですか、少しは周りの迷惑を考えて下さいっ」

 

突如空中に現れたBBの映像が持っていた指揮棒を一振りすると、セイバーとキャスターの足元にぽっかりと穴が開き、悲鳴を上げて二人は落ちていく。

「さてと」

邪魔者はいなくなりましたと、BBはちらりとウサ耳つけた白野に見てから盛大に溜息をつく。

「センパイ、貴女は本当に馬鹿ですね」

なっ!?心外だ、私は被害者なのにと白野は抗議するが

「しゃらっぷ、です、センパイ」

ぴしゃりと言われて、口を封じられる。

「あの二人がどんな存在が知らない筈はないのに、ほいほいダイナマイトを業火に投げ込む真似をするなんて、全く、本当に、お馬鹿さんですね、というかそのウサ耳早く取ったらどうです?」

口調はキツイが、白野のうさ耳をチラチラ見るBBの視線は熱い。

頬もほんのり赤くなっている。

それに気が付かない白野は、これ取れないのと言いながら自分の頭のウサ耳を掴んで引っ張る。

しかしどんなに引っ張っても取れないので、やがて諦めた。

「なんか、頭から生えてるんですけど、何時からセンパイはウサギになりました?月のウサギって

ベタすぎません?」

BBは白野の頭にあるウサ耳の付け根を見て、その耳が耳飾りじゃなく、本当に頭から生えているのが分かって、この上愛玩動物っぽさ増やしてどうするんですと呆れた声を出す。

白野はこのウサ耳はセイバーがふざけて付けたものであり、何時の間にか取れなくなって、こんな身の危険を感じる程の騒動を起こしたと説明した。

その説明を聞いて何か考え込んでいたBBだったが。

「こんな話をセンパイは知っていますか?ある時お腹を空かせて行き倒れになった旅人に何も

あげられる物が無いウサギは、焚火の中にその身体を突っ込ませ、自分の身体を差し出して旅人を救った、それを見た帝釈天がウサギを憐み、月へと昇らせた」

知らないと言う白野の方を見ず、BBは苛立たしげに床を叩くように足先を動かす。

「私の大嫌いな話なんですけどね、何様ですかその旅人、それにその帝釈天、憐れむなら旅人の

一人や二人助けろっていうんです、神とか仏とか言われてるぐらいなら、それぐらいしなきゃ嘘ですよね」

まあ、物語ですから、そこまで細かい事言わなくて良いんでしょうけどと言いつつ、BBの不機嫌さは収まらない。

ここまでBBが苛立つのは、その話が目の前にいる人物がかつてした行動の事をどうしても思い

起こさせるからだ。

 

いずれ燃え尽き灰になろうと、後に続く旅人たちの薪となろう。

オレの役目はその種火を守る事。

 

そんなやり取りをしくさった二人。

 

(月に居てウサギになるなんて、嵌りすぎって言うか、ほんと、どういうことですか。)

まさかその逸話の再現として白野の頭にウサ耳が生えたとでも言うのだろうか。

BBは馬鹿馬鹿しいと切り捨てる。

消滅する時を待つだけだった白野を救い出す為、数多の別世界の想いすら結集したのだ。

誰もが否と言ったのだ。

地上に帰った者も別世界の者すら否と叫んだ。

それぞれの世界で力技とはいえ、白野を消滅から救ったサーヴァント達の分御霊を現界させ、

BBもまた一万と二千回の果てに救われた事実を元に、この世界のムーンセルをもう一人のサクラと協力したとはいえ、掌握した末での救出劇。

その結果、今のサーヴァント四人というカーニバル状態となり、サーヴァント達に白野を取られっぱなしのBBはその事だけでも気に入らないのに、この上誰かが白野を奪おうとするのなら。

徹底的に潰してやると、BBは心に暗い炎を燃やす。

 

BBは、ちらりと横目で白野を見る。

全く本当に誰の目にも触れないように監禁して、二度と出さないでいてやろうかとも思うが、

様々な者に見せる様々な表情と想いがとても尊く見えるBBには、どうしても実行に移す気に

なれない。

はあっと溜息をつき、私も日和ったものですと思いつつ、どうしたの?と聞いてくる白野のウサ耳を八つ当たり気味に引っ張る。

「ま、別に良いんですけどね」

9393と電子な存在らしく感情を数字で表した後、BBは、

「兎に角、私がなんとかしてみます」

白野の頭からウサ耳を取り除く作業を請け負う。

本当!? ありがとう

てらいも無く素直に感謝の意を白野だが、BBが何か企んでいるような、小悪魔的な表情で自分を見ているのに気が付いて首を傾げた。

そこへ、空中にモニターが出現し、セイバーとキャスターが檻から逃げ出してそっちに向かったと、

白桜が慌てて報告する。

「やれやれ、猛獣は解き放れたという事か」

今までずっと黙って白野とBBのやり取りを見守っていた、アーチャーが肩を竦めた。

「私の作業が終わるまで、頑張って逃げ回って下さいねセンパイ♪」

顔から血の気が引いた白野にBBは悪戯っぽく笑いかけた。

 

数日後、白野の頭から無事ウサ耳はとれ、なんとかその間、自分の身を守り切った白野は安堵して気が抜けた事と、その間の心労のせいで数日間寝込む羽目になった。

 

そして、この騒動の間、一度も姿を現さなかったギルガメッシュは

「我のマスター、マジ愉悦」

傍観者に徹して一人、ワイン片手に愉しんでいた。

 

 



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その騒動も良き思い出(前編)

月の聖杯戦争の終結と共に消滅したザビ子こと岸波白野。
しかしそれを認めない者達により少女は復活する。
そとて始まるカーニバル、何故か四人のサーヴァントのマスターになっているわ、
死んだ筈の知り合いは生きてるわで、てんやわんや。
これはそんな世界の物語。
この作品はFate/EXTRAとCCCのキャラを使った短編集です。



月にあるセラフ内で起きた聖杯戦争。

その優勝者として聖杯にアクセスし、聖杯がもたらしていた争いなどを解消し、自身は消滅した少女、名前は岸波白野。

しかしそんな事実認められないと立ち上がった者達の手により、

こまけー事はどうでも良いんだよ。

と、ご都合展開そのままに白野は助け出された。

その結果、気が付けばムーンセルはサクラーズによって掌握されているわ、白野が契約しているサーヴァントが四体となってるわ、地上には白野の知り合い達が聖杯戦争や一連の騒動の記憶を持ったまま全員生還しておるわ、白野オリジナルも元気に毎日を過ごしているわとやりたい放題の状態となる。

これはそんな世界の話である。

 

「だだいまーです、愛しの妻、タマモちゃんが帰ってきましたよー、ご主人様、すりすりして

下さぁぁぁい」

買い物から自宅に帰宅したキャスターがハートマークを振り撒きつつ、元気よくドアを開けて中に入った。

「待てキャスター、奏者のスヘスベの頬の感触は全て余のものだ」

続いて抗議の声を上げながら、買い物袋を手に持ったセイバーも家の中へと入る

「ふふっーん、誰がそんな事を決めたんですかねー、ナミーは許しても、このタマモは

許しません」

「ふん、誰の許しもいらん、それは絶対真理なのだ」

「おやおやー、なに真理なんて言っちゃってますかね、タマモ切れちゃいそう♪」

「ふん、近頃とんと剣を振るう機会が無かったからな、丁度良い今からキツネ狩りと洒落込んで、手慰みとしようかの」

そんな風にギャイギャイ言い争う二人を出迎えたのは子供だった。

玄関の上り口に立つ子供が不思議そうに見た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あれ、この子はどこのお子様ですか?」

自宅に、見た事の無い子供がリスの人形を胸に抱きながら居たので、キャスターは首を傾げた。

「ふむ、どこの童女であろうか」

セイバーも気づき、子供を見る。

基本この家に見知らぬ者が訪ねてくる事は無い、怪しい奴は何人たりとも白野には近づかせねぇと、最高のセキュリティが仕掛けてあるのだ。

招かれない限りは入れない、そんな家の中に見知らぬ子供が居る。

誰かの知り合いかと二人は咄嗟に思った。

しかしジッと良く見ると。

「何故だろうか、どことなく奏者と似ている気がする」

「ええ、なんかご主人様と魂が良く似ているっていうか、これ同じじゃねえの?っていうか」

くりくりとした目でじっと自分達を見る栗色の髪を持った幼女を、セイバーとキャスターも

凝視する。

 

「ああ、おかえりなさい、セイバーさんキャスターさん」

そんな事を言いながら、家の奥から金髪と赤い瞳を持った少年が現れた。

「む、またもや見知らぬ少年、巫コーン、これは事件の予感がします」

「うむ、アーチャーや桜に聞けば何か事情が解るのだろうか」

二人にとって、幼女の方にはなんの脅威も感じない、むしろ頬をスリスリしたくなるような親しみを感じる。しかし少年の方は、子供の姿を取りながらも、油断しない方が良いとの思いを

起こさせる。

レオとは種類の違う黄金の王気を感じさせる少年を、セイバーとキャスターは警戒するように

見た。

「ああ、それなら僕が説明しますよ」

そんな二人を気にするのでも無く、事情を知っているらしい少年は話す。

「まずここに居る子ですが、これは白野さんです」

少年はぽんと隣の幼女、少年が言う所の白野の頭の上に手を乗せる。

「え?」

「は?」

呆気に取られる二人に、少年は次に自分を指さし。

「僕はギルガメッシュです、あ、ただし子供時代のですけどね」

 

「「えーーーーーーーーーーーーっ!」」

 

そんな叫び声がこの騒動の始まりを告げる鐘となった。

 

 

「ど、ど、どういう事だ、その愛くるしい童女が奏者だと!?」

「くっ、このタマモ一瞬とは言え、ご主人様のイケタマに気が付かなかったとは、一生の不覚」

子供のギルガメッシュ略して子ギルに教えられても、まだ完全に信じきれなかったセイバーに

比べて、幼女が白野である事を完全に悟ったキャスターは、直ぐに気が付かなかった事に悔しげに表情を歪ませる。

「見た瞬間に気が付けば、出し抜いて拉致ったのに」

歪みの無いキャスターだった。

「いや、そうでは無いだろう、本当にこの童女は奏者なのか?」

「分からないんですか? このイケタマ、まあ子供になって少し変化してますけど、間違いなく

ご主人様のものです、この正妻である私が保証します」

いつもはキャスターの正妻という言葉に反発するセイバーだったが今はその余裕も無く、改めて

白野を見た。

確かにその顔に面影は色濃く有る。小動物的雰囲気を持ちながらも内面にある漢らしさについては自分が知っている程感じられないが、これは子供になっているので仕方が無い面もある。

しかしこの瞳の奥に感じられる魂の輝きはどうか、これは確実に自分の知っている輝きである。

ならばやはりこの子供は。

「うむ、認めよう、これは奏者だ、だがそうなると何故子供の姿になっているのだ?」

「それは知りませんけど」

言いつつ、キャスターは子ギルを見る。つられてセイバーも子ギルを見た。

「あー、大人の僕のせいですね、ほら白野さんって子供時代が無いじゃないですか」

私の子供時代ってどんなだったんだろ?。

「そんな白野さんの呟きを地獄耳で聞いた大人の僕が、『ふはははははははっ、ならばこの我

が体験させてやろう』って言って、無理矢理若返りの薬を飲ませたんです」

なんて金ぴかがやりそうな事、二人は即座に納得した。

「なんて事してくれちゃってんですか、この金ピカさんはっ、こんな美味しそうな、いや、先を

越された、ちっ、いやいや、もう堪んねぇぜ、いやいやいや、素晴らしい事をしでかすとは、

なんてグッジョブです♪」

「あははは、狐のお姉さん、隠す気0ですね、むしろカミングアウトですか?」

子ギルに詰め寄ったキャスターは非難するどころか、親指を立てる。

「うむ、童女な奏者ありだ、実にありだ、一度この腕にすっぽりと抱きかかえた奏者を心ゆくまで愛でてみたいと、余は思っていた。流石にサイズ的に諦めていたがまさかこんな日がこようとは、余は嬉しいっ」

居なかった、常識人はここに居なかった。

哀れ、白野の運命は風前の灯という時に。

「やれやれ、やはりこういう事になったか」

玄関先での騒ぎを聞きつけ、つい先程、子ギルから事情を聞かされたアーチャーが家の奥から出て来た。

目の前で予想通りの事が起きている事に、溜息をつくアーチャー。

白野が子供化すれば、愛が深すぎる二人だ、猛るのは目に見えていた。

しかし、だからといって下手に隠せば、白野が居なくなった事を知った二人は必ず探す。

妖怪アンテナとヤンデレの勘をそれぞれ持つ二人だ、程なく見つけるであろう。

そしてもし、キャスター単独状態の時に子供になった白野が見つかったとしたら。

その先の事は想像したくも無いとアーチャーは頭を振る。

であるならば、全員に情報を流して、互いに牽制し合う方が騒ぎにはなるだろうが白野の安全の事を考えれば一番良い。

だから知られるがままにしていたのだが。

さて、どうしたものかと思う。

ヴェスビィオス火山の大噴火、熱情撒き散らしのセイバー

権能使うも吝かなし、ご主人様を国造り☆なキャスター

 

こんなの相手にどうしろと?

 

常識人のアーチャーは頭を抱えた。

「それじゃあ、アーチャーのお兄さん僕は行きますので、後はよろしくお願いします」

悩むアーチャーを余所に、騒動の元である子ギルがさっさとその場を離れようとする。

「待てギルガメッシュ、この騒動の元凶の癖にさっさと自分だけ逃れようとするのか」

嫌だなーと言って朗らかに笑い、アーチャーの敵意の視線を躱す子ギル。

「元凶だからですよ、僕が居たら、お兄さんたち色々気をもむことになるでしょ?

あの金ピカ今度は何をしでかすつもりかって、キャスターさん辺り、ショタ権限使ってお兄ちゃんプレイしようとしても、ぜってぇ許さねーとか言って暴れ出しそうですし」

余裕で想像出来る事態にアーチャーはこめかみを指で揉む。

「うむ、否定出来ないな」

「だから僕は退散するんですよ、でもまあ、大人の僕がしでかした事とはいえ、僕も責任を感じてますし、薬が切れて白野さんが元の姿に戻る時にはちゃんと戻って来ますから、安心してください」

「・・・・・マスターはどれくらいで元に戻るのだ」

「そうですね、薬も一口しか飲んでないですし、明後日ぐらいには戻りますよ」

「記憶の方は、子供になっていた時の事は覚えているのか?」

「はっきりとは憶えていないでしょうね、まあおぼろげに、郷愁のように残るって感じかな、あ、でも物凄いショックを受けたトラウマとかはしっかり残るかもしれませんね」

小悪魔的に笑う子ギルの視線の先に、二人に挟まれた白野の姿があった

「白野さんそろそろまずいかも、お兄さん助けてあげた方が良いですよ」

「・・・・そうしよう」

「じゃあ、頑張ってくださいねー」

手をヒラヒラさせて、軽く言った子ギルはその場から去って行った。

任されたアーチャーは改めて惨状に目をやる。

「ふはははははっ、あげて行くぞっ、奏者、余の溢れんばかりの熱情の全てを受け取るが良い」

「うへへへへへへっ、これはもうじゅるり、ぺろぺろ、うりゃあ、規制がなんぼのもんじゃいっ」

 

何時の間にか暴君とピンク狐に壁際にまで追い詰められている白野。

涙ぐんで、きゅっと胸のリス人形を抱きしめる、その様子に。

 

はいっハイッHAI、キマシタワーーーッと、二人はハイテンション。

 

お前らいい加減にしろと、キレたBBが攻勢防壁を展開する前にアーチャーが二人を止めた。

「そこまでにしておいた方が良い、どう見ても君らは悪者だぞ」

そんな可愛いレベルなのだろうかという疑問を余所に、キャスターは嘯く。

「はんっ、百万の支持よりご主人様の一の愛が私にとっては大問題、そんな正論ムダムダムダァァァァ」

「よくぞ吠えたキャスターよ、善と悪など物の見方でいくらでも変わる、そんなあやふやな基準で評価されても何ほどのモノがあろうか、余は、今、この熱情のまま行く!」

「マスターに口を聞いてもらえなくなってもかね?」

ピタリとセイバーとキャスターの動きが止まる。

ギギギギギッと錆びた機械を無理矢理動かすような音をたてて、二人がアーチャーの方を見た。

「え?」

見事に声がハモる二人に、やれやれ考えてもみたまえとアーチャーは説明した。

「今のマスターは身体もそうだが精神も子供、元の鋼の女であるマスターが耐えられる負荷でも

今の状態では耐えられる筈が無いだろう、君達は心のどこかで酷い目にあっても、マスターは

自分達から離れないでいてくれるだろうと、ある種の甘えがあるようだが果たして今のマスターの様子を見て、そう思う事が出来るかね?」

二人は恐る恐る白野を見ようとするが、

動きの止まった二人の隙をつき、白野は逃げ出し、アーチャーの後ろに隠れる。

「やれやれ、これはトラウマになったかな、元に戻った時に記憶はおぼろげにしか残らないようだが、果たしてここまで来ると、君達を避けるようになるかもしれないぞ」

ニヤリとアーチャーは意地悪く笑う。

セイバーとキャスターはこの世の終わりが来たような顔をする。

「そそそそそそそそそ奏者、余はそんなつもりでは、無かったのだ、ただその、奏者を愛でた

かっただけで、怯えさせるつもりなどこれっぽっちも無く」

「白野さま、わたしく少々取り乱してしまいまして、大変なご無礼を致してしまいました、

どうかお許し下さい」

「おいいいいいいいっっっっ!」

瞬時に猫を被るキャスターにセイバーが吠えた。

「このタマモ、許してもらえるまでこのように何時までも謝り続けさせて頂きます、例えこの身がこのまま朽ちようともかまいません、わたくしにとっては貴女に拒絶される事が何よりも

辛いのです」

涙交じりに切々と訴えながら床に両膝と三つ指をついて、キャスターは白野に深々と頭を下げる。

流石キャスター、猫かぶりにも年季が入ってる、もうやり慣れてるって感じがする。

「くっ、余だって、猫の一枚二枚被れるっ、その、プチ奏者よ、許すが良い、余は少々興奮して

しまったがゆえなっ」

やはり自称名優、セイバーとしては出来るだけ優しく取り繕ったつもりだが、いつもの皇帝様と

大して変わってない、まさしく役者が違った。

「うぷぷ、稀代の迷優(笑)」

頭を下げたままのキャスターが秘かに笑う。

「くっ、このっ、奏者よ、こんな腹黒狐に騙されてはいかんぞ!」

「だから大声を出すのは止めたまえ、怯えさせるだけだ」

窘めるアーチャーに必死に縋りいている白野は、セイバーと目が合うと、さっと隠れてしまう。

「あ、ぐ、ぐうぅぅ」

苦悶の声を上げるセイバー。

「うむ、ここまで来ると少し時間を置いた方が良いな、それにキャスター、子供相手に

大げさだ、顔を上げたまえ」

「いいえ、お構いなく、これは私の気持ちを表すための勝手な行動、許されなくても私は許しを

乞い続けます、それが私の出来る精一杯の誠意ですから」

だからそれは子供には重すぎるとアーチャーは言いたいが、同時に白野を怯えさせた事を本気で

後悔しているキャスターは、いくら言っても聞かないだろうとも思った。

白野に、あの人何してるの?頭がおかしいの?と、それだけでも良い、僅かでも自分に気を留めてくれるなら、それを手向けに笑って逝けると、この純情狐は本気で考えているのだ。

だからどうしてそれを普段見せられないと、アーチャーは思うが。

それがキャスターの業なのだろう。

「う、う、う・・・」

愛に命がけなのを態度で示したキャスターの姿を見て、セイバーは唸り続ける。

理解されないのは慣れているが、その魂を至上の美と自分が認めた白野に拒絶されるのは、

セイバーにとって何よりも辛かった。

だからといってキャスターのように出来るかと言えば。

自分は皇帝、皇帝が無様な真似は出来ないという意識が邪魔をする。

この身はローマの威光。屈せず媚びず、我が在り様そのままを示すだけでそれは示される。

何時もは鼓舞されるその言葉が、今のセイバーには空しいものに感じる。

それは我が在り様をそのままに示す事を最上のものと定めていた自分が

虚栄の為に己を偽る醜さを見せているからだ。

 

彼女は見せてくれた。

無様であろうが何であろうが躊躇わず、常に自分の生き様を、暗中の空にある道標のような煌めきを示し続けた。

それを美しいと思った、至上の美と判じた。

なのに自分は躊躇うのか?

自分を自分らしく見せる事だけを求めたいなら、ここは無様で良い。

至上の美を見せてくれた者に、偽る自分を見せたくは無い。

この心のままに。

皇帝だと駄目と言うのなら・・・。

「・・・・わたし」

ネロは白野に頭を下げる。

「わたしだって・・・そなたに拒絶されたくない、許してくれ、わたしはもう一度そなたに

名を呼んでもらいたい」

ぽろぽろと涙を流し、セイバーは謝った。

ぎゅっと、強くアーチャーの服を掴んでいた白野の手から次第に力が抜けていく。

恥も外聞もなく無様に泣く、そんなセイバーの頭を、

 

なでなで

 

白野が撫でた。

その足を微かに震わせ、まだ怯えを目に残しながらも、自分を守ってくれるアーチャーから離れ、白野はセイバーの頭を撫でてくれたのだ。

子供になろうと白野は白野、したいと思った事を、ついしちゃうのだ。

「うううううっ、奏者よぉーーーーーっ」

セイバーが白野に抱き付く、白野はビクッと身体を震わせるが、それでも逃げ出さずに拙いながら何度も、縋り付いてくるセイバーの背を撫でた。

白野はセイバーの身体越しにキャスターを見る。

「お姉ちゃんも・・・・怖い事しないなら、いいよ」

(!?)

声を聞いたキャスターが顔を上げると、白野が困った顔で自分を見ている。

何が良いのか聞くような真似はしない。

「ありがとう、ございます、とても、嬉しいです」

キャスターは泣き笑いの笑顔を顔に浮かべた。

 

少し前とは違う意味で、君達は何をしているのだと、

見ていて面映ゆくなったアーチャーはこれ見よがしにやれやれと、溜息をついた。

そして白野に視線を向け。

(君は本当に、厄介だな)

セイバーとキャスターに挟まれている白野に改めてそんな思いを抱いた。

世間一般から言うとあの二人は災厄だ。

なのにあの二人をあそこまで惹きつける。

白野が邪悪であるなら説明はまだ簡単だ。

しかしそうでは無い。

かつて白野は夢で金色白面とかいうでっかい者に、キャスターと共に在れば、その善良な性質は

己を死ぬほど苛むと言われたらしいが、多分その予想は外れる。

夢の出来事を真面目に考察するのもあれだが、白野は善良なだけの存在ではない。

じゃあ、何かと言われると、白野は白野でしか無いとしか答えられない。

自分のボキャブラリーの貧弱さに肩を竦めながら、それでもこの場がなんとか纏まった事に

アーチャーは安堵していた。

 

何時までも玄関先に居る訳にもいかないので、一同は居間へと移動した。

アーチャーが白野の機嫌を取るように、見た目も華やかな手作りの甘いお菓子をテーブルに置く。

思考がお子様状態の白野は目を輝かし、本当に食べても良いのとアーチャーを見、良いとの許可をうけると、嬉々としてお菓子に手を伸ばした。

もっきゅもっきゅとお菓子を頬張る白野に、なんとか先程の事を引き摺らずにすんだと胸を撫で

下ろすセイバーとキャスター。

慌ててお菓子を食べたせいで汚れた白野の口元を、キャスターがハンカチで拭いて綺麗にする。

元々誰かに奉仕をするのを喜びしているキャスターは、人の世話をするのも堂に入っている。

しきりに美味しいですか、良かったですねと声をかけるキャスターを羨ましげに見ていたセイバーだったが。

「むう、キャスターばかり狡いぞ、余も奏者の世話を焼きたい」

そんな事を言うセイバーをアーチャーが疑わしげに見る。

「出来るのかね、君に」

「疑うのか、アーチャーよ」

アーチャーの言葉にムッとした顔をするセイバー。

「私は君が子供をあやす所など想像できないのだが、どう見てもそんなタイプとは思えない」

「何を言う、余ほど童女を愛でた者はいない、知らぬのか? 一体余がどれ程の童女を侍らせた

のかを、薔薇の花を浮かべた豪奢なテルマエの中で童女を遊ばせ、楽しませたのかを」

フンスと鼻息荒い皇帝さまの全く見当違いの自慢に、アーチャーは項垂れる。

「・・・・・・君はマスターに近づくな、いいな」

「何故だっ、余は解らん」

「理解しないから、近づくなと言っている」

何気に狐耳でセイバーとアーチャーの会話を聞いていたキャスターも、うんうんと頷く。

寄らば斬るとのアーチャーと、触れれば呪うとのキャスターの二人の無言の圧力にセイバーは、

むむむと唸るが、やがて良い事を思いついたという顔をする。

「よし分かった、奏者に近付けぬとあらば、余はこのままでも奏者を愉しませてみせよう」

スクッとセイバーは立ち上がり、胸を反らす。

「ちょ、セイバーさん、何しでかすつもりなんですか」

嫌な予感がして慌てるキャスターを余所に、セイバーは取り出した薔薇を投げる。

「余の歌を聴くが良い、しかる後に陶酔の世界に落ちるのだ。

わが才を見よ、万雷の喝采を聞け、インペリアムの誉れをここに、咲き誇る花のごとく、

開け――」

「地獄の門を開くなぁーーーーーーっ!!」

瞬息の速さで距離を詰めると、バシンッと、どこからか取り出したハリセンでキャスターは

セイバーの頭を叩いた。

「何をするかキャスターよ、今、余は奏者に歌を贈ろうとしたのだぞ」

お歌、歌ってくれるの?

キャスターが何か言う前に、セイバーの言葉を聞いた白野が振り返り尋ねた。

「聞きたいか奏者よ」

コクコクと白野は頷く。

「ふふん、見たか聞いたかキャスターよ、やはり奏者は余の歌を望んでいるのだ」

「マスター早まるな、くっ、これが無知なる蛮勇という奴か」

悟ってる場合じゃねぇですと、アーチャーを一喝した後、何も知らないで期待している白野を

止めるわけにもいかないので、キャスターはセイバーに詰め寄る。

「ちょいとセイバーさん、貴女何ご主人様の無知に付け込んで、自分の邪な欲望を満たそうと

してるんですか。良い事教えてあげるよ、げへへ、げど後の責任は取らないからなっなんて、

どこの電脳桃色遊戯の鬼畜主人公ですか、セイバーさんがそんな外道とは思っていません

でした。」

「なにを言うか、邪な欲望などある訳ないだろう、余は純粋に奏者に喜んでもらおうとしている

だけだ」

「喜ぶ訳ないでしょう、ひきつけ起こして倒れるのがオチです、あなた生前、歌が終わる前に

スタンディング、はいはいワロスワロス、帰って良いですね?オベーションを受けたのを忘れたんですか?」

「ふっ、忘れたなそんな事、それに余は歌が終わるまで決して帰さぬから、そんな事も起きぬ」

「忘れるんじゃねえです!どんだけジャイアニズムなんですか貴女は!」

しかしセイバーは、キャスターに詰られてもどこ吹く風でちっちっちっと指を動かす。

「キャスターよ、責任を取らぬなどとは思い違いも甚だしい、余は奏者の将来の事もちゃんと

考えているのだ、幼い頃から至高の芸術に触れる、まさに最高の英才教育だろうが」

握り拳でドヤっとセイバーは自慢する。

「どこの何が教育ですか!貴女の場合、制裁狂育なんです!ご主人様がセイバーさんみたいな感性になったらどうするつもりですか!」

「素晴らしい事ではないか」

「どこがだぁぁぁっ!貴女あれですか、まさか、まずはその感性からぶち壊す、

ボエーーーーーーッなんて歌っちゃう人なんですか!それと都合の悪い事はすっぱり記憶喪失なんて、なに元キャラの似た設定まで拾ってるんですか!」

「ふん、なんだそのエリザベートに対する誹謗中傷のような物言いは、所詮芸術を理解出来ぬ者のやっかみ。ふふん、さてはキャスター、奏者が余の虜になる事を恐れているな」

「んなもん恐れる訳ねーっつうの、私が恐れているのはご主人様が洗脳される事です!」

貴女とエリザベートは金星でコンサート開いていたら良いんですっ」

怒涛のツッコミに体力を消耗したキャスターは、ぜぇぜぇと肩で息をする。

「そのセイバー、あまりマスターを苛めないでやってくれないか、君もマスターを泣かせる事は

本意ではあるまい?」

何を言われても、白野の為になると信じて疑わないセイバーと、ご主人様は私が守るとの使命感に燃えるキャスターでは何処まで行っても話が噛み合わない。

この不毛な言い争いを止めるべく、やんわりとアーチャーがセイバーを窘める。

「うむ、感動のしすぎで泣き出した挙句、目を真っ赤に泣き腫らさせるのは確かに良くない、

目をこしこし擦って痛痒い思いをさせるのは余も本意とする所では無い」

顎に指をあて、うんうん頷くセイバー。

「驚く程全然分かってねぇーーーーっ! どこまでポジティブシンキングなんですか貴女はっ!

もうあれですか、肉体言語でオ・ハ・ナ・シ・するしかないんですか?」

うぷぷぷ

語り合いからどつき合いに移行しそうになったその時、セイバー達は吹き出す声を聞いて動きを

止めた。

声の主の方を見てみると。

あはははと、そこではセイバー達のやり取りを見ていた白野が笑っていた。

何を言われてもめげないドヤ顔皇帝と、頭から湯気を出して手足をバタつかせてるお狐様と、

気苦労で生え際が危険領域まで推移しそうなアーチャーの様子がどうにもツボに入ったらしい。

「見よ、あの奏者の屈託の無い笑顔、ふっ、やはり奏者を一番楽しませる事が出来るのは余であるな」

益々ドヤ顔をするセイバー。

「だからどうして、そう無駄にポジティブなんですか、貴女は」

突っ込み疲れしたキャスターは力無く言った。

そこへ突然、

「歌といえば、このアタシよね」

金星の歌姫エリザベートが現れた。

キャスターが巫女―ンと尻尾と耳を逆立たせて飛び上がる。

「どっから、現れやがりましたか、このトカゲはっ」

「ふふん、仔リスが小さくなったって聞いて見に来たのよ」

こんな面白そうな事が起きてるのに、アタシをハブにするなんて許されると思っているの、と胸を張る。

「ちっ、あの小ギルめ余計な事を」

キャスターはここに居ない小ギルに秘かに呪詛の念を送った。

「うわー、本当に小さくなっているじゃない、うふふ、なんてふにふにしてるのよ、転がして

突ついたら、さぞかし良い声で鳴くでしょうね」

エリザベートは、自分を見上げている白野の鼻の頭や頬やらを爪先でツンツンと突く。

「それやったら剥製にするから」

ニッコリ笑顔のキャスター、だが目は全く笑ってない。

尻尾を増やす事も吝かじゃないと言うキャスターに、エリザベートは慌てる。

「べ、別にそんな事はもうしないわよ、そうね私の尻尾で優しく撫でて挙げるくらいかしら」

「それも力余って、ご主人様を床に叩きる結果に終わりそうなんですけど」

言いながら何処からか取り出した箒を逆さに立てるキャスター。

い・い・か・ら・カ・エ・レ

全身から、お前、はよ帰れオーラを出すがエリザベートは気が付かない。

「って、話が逸れたわ、とにかく歌よ歌、歌って言えば、このアタシ、エリザベートでしょ、

仔リスが歌を聴きたいっていうのなら、このアタシが歌ってあげるわ」

「なんつー児童虐待をしようとしてるんですか、この駄竜は」

「うむ、そうだな、おぬしとユニットで奏者を楽しませる趣向も悪くはない、むしろ良い、

ここはひとつ我らのデュエットで奏者を魅了しようぞ」

「乗ったわセイバー、仔リスをメロメロにしてあ・げ・る」

「やめぇい、話がぶり返してるじゃないですか、っていうかユニット?

ステレオな上にあのチェイテ城で威力増大なんて、ご主人様を殺す気ですか!?」

カッカするキャスターの横で、眉間を指で揉むアーチャー。

「何を言うか、音楽の女神ミューズの化身たる我らが歌うのだ、万が一にもそんな事は無い」

セイバーはエリザベートと片手を合わせてポーズを取り、ビシリとキャスターを指さす。

「万が一にも生き残る事は無いの間違いでしょうが、だいたい貴女達のどこが音楽女神のミューズなんです、せいぜい手洗いミューズです」

「キャスター貴様、先程から聞いていれば言いたい放題、許せぬぞ」

そうだそうだ、とエリザベートもセイバーに追従して抗議の声を上げた。

「私だって許せません、こっちはご主人様の命がかかっているんですから」

三人は暫く唸り声を上げながら睨み合っていたが、やがてキャスターが諦めたように溜息をついた。

「分かりました、貴女達がそんなに歌に拘るのなら良いでしょう、歌で勝負しましょう、勝った方がご主人様に歌を聴かせる、これでいきましょう」

意外な言葉が飛び出て、セイバーとエリザベートはおろか、成り行きを見守っていたアーチャーも驚いた顔をする。

「歌だと?まさかお前が余らと歌勝負をすると言うのか?」

そうですとキャスターが答えると、エリザベートは肩を竦めて呆れた様子を見せる。

「勝負になるの?私達はアイドル、仔リスや子豚達に愛を振り撒くプロよ」

お前らが振り撒くのは哀しかねぇだろう、そんな言葉が喉まで出かかるが、キャスターはなんとか飲み込む。

「なら勝負は受けるという事で宜しいですね、まさかそこまで自信満々なのに、尻尾を巻いて

逃げるなんて事はしないですわよねぇ」

キャスターの挑発に二人はあっさりと乗る。

「巻くわけないでしょ、アタシの尻尾はこう、フリフリ可愛く動くの!」

「そうだ、余には尻尾は無いが、こう、くせっ毛がひょこひょこ動く」

ズレた事を言い出す二人に、ハイハイ分かりました、と手を動かし、

「じゃあ、勝負は受けるという事で良いですね」

「無論だ」

「核の違いを見せてやるわ」

「・・・・何か今、凄い発音の違いを聞いた気が・・・・いや意味は合ってますか」

ぶつぶつ呟くキャスターに、エリザベートは意味が解って無いようで首を傾げた。

とにかく歌勝負をする事が決まった事で、セイバーとエリザベートとキャスター、後はアーチャーと白野は邸宅の敷地内に設置してあるカラオケ会場へと向かった。

「大丈夫なのかね、勝敗は勿論だが、歌勝負という事は、一度は聴かなければならないという事になるが」

意気揚々と歩いて行くセイバーとエリザベートの後ろ、白野の手を引いているアーチャーが、

キャスターに向かって不安げに囁く。

「ああ、それなら心配ないですよ、私に策ありです、それにこうでもしないとあの二人、諦めそうにないですから」

そう言いながらキャスターは、ズンズン先へ行く二人の背中を見た。

よくもまあ、あそこまで根拠不明な自信を持てるものだと呆れるキャスターの横、アーチャーの

眉間に皺が寄る。

アーチャーと手を繋いでいる白野は何も分かっていない、単純にお歌を歌うと楽しげな様子を

見せている。

だがそれは仕方が無い、子供に戻って記憶が無いのだから。

だからこそ周りの者がしっかりと守らないといけない、知らず握っていた手に力が入ったようで、どうしたの?と、白野がアーチャーを見上げた。

そのあどけない顔と握っている小さな手の感触に、普段以上に過保護になってしまうアーチャーは、キャスターに安心して任せろと言われても、分かりましたと素直に頷けない。

「まあ、結果を御覧じろですけど、ま、駄目だったら最悪逃げちゃえば良いんだし」

余りにあっけかんと言うキャスターに、アーチャーは二の句が継げなくなる。

勝てば約束は守らせる、負けたら約束を守らないと、なんの躊躇もなく言い切るキャスターを

頼もしいと見るべきがどうか、アーチャーが悩んでいるうちにカラオケ会場へと一同は着いた。

カラオケ会場と言っても、そこは部屋の一室を改造したカラオケルームなどというチャチな物では無い。

この我の住む所に作る物だ、それ相応の物でなくてはならない。

と、ギルガメッシュ主導で造った結果、そこは最早コンサート会場といって良い程の規模を誇る

施設となっている。

「それではまずは、私が先に歌わせてもらいます」

ステージへと向かうキャスターの背中へ向かってセイバー達が悪態をつく。

「ふん、お前に余とエリザベートよりアイドルらしく歌えるとは思えん」

「そうよ、どうせあんたなんか、ドロッドロの怨歌しか歌えないんでしょ」

そんな二人にキャスターは振り向き、鼻で笑う

「私を何時までも呪殺系だと思ったら痛い目に遭いますよ」

「ほほぅ、なら見せて貰おうか」

「良いでしょ、女子三千世界で会わざれば、刮目して見よ」

「どんだけ会わないと変わらないのよ」

エリザベートの突っ込みを無視し、キャスターはジャンプして三回転、ハッとポーズを取る。

軽快な音楽が流れ出してキャスターは踊り出した。

 

 

ザビザビ言うのもおっけーおっけー、奇行するのもおっけーおっけー♪

モヤモヤするなら、すっきりしっぽり、タマモちゃんに任せなさい♪

もきゅもきゅする顔、らぶりらぶりー、セイバー見るのはバッテンバッテン♪

是?それとも激しく是?getピンクタイム!!

 

「な、こ、これは!?」

きゃぴってるスイーツ英霊にセイバーは驚愕に目を見開く。

歌声、ノリ、振り付け、ポーズ、その全てが自分達がしたいと思っていたもの。

パチンとウインクするキャスターにセイバーは仰け反った。

 

仔リスって言える、上目使いはお手のもの♪

嬉しすぎる、萌え過ぐるって言葉で胸の中、ゾクゾクするの♪

 

大事なシーン、ヘタレないで、今だ!ってモフッフかけてよ♪

ヘイ! タマモ何時でも バッチコーイ!

 

ザビ子の選択肢はマッパで駆ける、キャストオフのように自由で♪

いつもムチャで漢で、なのに部屋じゃシャイで♪

手におえない少女♪

ねぇ、タマモちゃんと恋しようよ!♪

キミの魂も、時にザビるヘンなクセも♪

丸ごとほら、尻尾でモッフてあげるよ、いぇい♪

 

「そんな、こんな愛ドルらしい歌が歌えるなんて」

手を前に出して、パチッとウインクして決めポーズをするキャスターに、

エリザベートはおろおろとする。

 

時に甘えて、すっごいすっごい、たまにイケモン、どっきりうっとり♪

婚姻届で、やたっねやったね、タマモちゃんは好きですか?

えっちな目付で、ハッテンハッテン いたずらしゃうぞ、しっぽりいっちゃえ♪

是?それとも激しく是?getピンクタイム!!

 

仔リスぽいって隙を見せたら負けちゃうかも・・・・貴女モフる♪

一目ぼれしたら狐はか弱いの♪ 

 

猫被りしそこねたなら、スイーツ英霊、ほら急上昇、ぎゅいーーーん♪

 

キミのイケタマ、ヤンデレホイホイ、記憶戻って、モフッフしてくれて♪

私何故か純で一途、なのにヤンで、九尾に戻っていく、うっそぉー♪

ねぇ、タマモ抱きしめてよ♪

何気ない笑顔も、不意のイケ台詞も熱くなるの♪

四畳半は本気の愛の証し♪

 

歌い終わったキャスターは最後の締めポーズのまま、歌の余韻に浸った後、目を開けて、

二人を見てフッと笑う。

 

ぱちぱちぱちと無邪気に喜び拍手をする白野の横で、

「ば、馬鹿な・・・負けただと」

がっくりとセイバーは両膝をついた。

「嘘よ、嘘よ、あんなピンク狐に負けたなんて」

エリザベートも涙目で何度も否定する。

しかし結果は明白だった。

「私がいつまでも貴方たちの後塵を拝すると思っていたんですか?」

勝利を確信した者の余裕綽々な態度でゆっくり近づいてくる。

「うう、く、来るな」

「い、嫌よ、私は認めない」

格の違いを見せつけられ、二人は後ずさる。

「これに懲りたら、那由多の彼方に至るまで修行し直してこーーーいっ」

 

「「うわーーーん」」

 

キャスターの一喝に二人は泣きながら飛び出して行った。

「さあ、ご主人様、音波怪獣達は追い払いましたよ」

カラオケ会場から逃げした二人を不思議そうな顔をして見送った白野を、キャスターは抱き抱える。

そのまま白野をステージに立たせ。

「では今度は二人で歌に合わせて踊ってみましょう、ほらこの曲なんてどうです?

見て見てザンスの『針千本飲ます』テンポの良い曲ですよ、アーチャーさん手拍子ちゃんとして

くださいね」

「それはいいが、一体君はどこであんな歌を覚えたんだ?」

両手を上げてやる気満々の白野を見て目尻を下げているキャスターに、アーチャーは尋ねた。

「それは勿論、ヒ・ミ・ツ☆です、きゃっ」

くるっと振り返り、一転桃色狐に変身して言うキャスターに、アーチャーはまともな回答を受けるのは無理と悟り、元々どうでも良い疑問だったので、それ以上何も追及しなかった。

その後、白野とキャスターは邪魔者の居なくなったカラオケ会場で心ゆくまで楽しんだ。

 



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その騒動も良き思い出(中編)

白野がギルガメッシュの手により子供となり、どたばた騒ぎとなったその日の夕方。

歌勝負に敗れ、傷心状態で引き籠っていたセイバーの自室のドアを白野が叩いた。

夕食が出来たので呼びに来たと言う白野をセイバーも流石に無視出来ず、自室より出て来た。

「むう、奏者には面目ない所を見せた」

姿を見せた途端に悔しげに言うセイバーを、白野はきょとんとした顔で見る。

どうも言っている事の意味が良く解らなかったようで、白野は夕食が用意されている居間へと

向かおとしていた足を止め、セイバーを見上げた。

「だが奏者よ、今に見ておれ、このような試練、真なる歌い手となる為に越えなくてはならぬ

壁の一つに過ぎぬ、必ずや余は歌☆を掴んでみせる」

ぐっと握りこぶしを作り、セイバーは天井を見上げて宣言する。

「また、傍迷惑な決意表明をしてくれやがりますね」

白野の付添をしていたらしいキャスターが姿を現し、呆れたように言った。

「げっ、キャスターお前も居たのか、奏者だけが呼びに来たのではなかったのか」

白野にしか目がいってなかったセイバーは、キャスターが居た事に驚いて思わず身構える。

「当たり前でしょ、ご主人様が自分で呼びに行きたいと言うから、その意思は尊重しますけど、

誰が猛獣の檻に一人で行かせますか」

昼間の歌勝負の事が尾を引いて、やたら警戒感を露わにしているセイバーの事は気にも留めず、キャスターは白野の頭を撫で、無事にお迎えが出来た事を褒める。

「猛獣とはなんだ、猛獣とは、余はそんな無節操では無い」

怒った様子を見せながらも、キャスターに褒められ顔を綻ばせている白野の事が気になるのか、

セイバーはチラチラと白野を横目で見ていた。

「まあそんな事よりも、セイバーさんが来ないと夕食が始められないんですから、とっとと来て

ください」

キャスターの物言いが少しばかり気に障るセイバーだが、ここでキャスターと言い合っていても

仕方が無いし、なにより白野を空腹状態のままにはしておけないと思い直し、素直に居間へと行くことにした。

 

セイバーが来た事で始まった夕食が終わった後、暫く話をしたり、桜が用意したおもちゃやゲームなどで遊んでいた白野が、くしくしと手で目をこすった。

「あら、ご主人様、もうおねむですか?」

コクンと白野が頷いた時、勝負のゴングは鳴った。

先ずはキャスターの先手、スススッと、白野の横に寄り添う。

「ご主人様、私と一緒に寝るのなら、この包容力のあるお胸でぎゅっとしてあげますよ」

ことさらバストアピールをするキャスター

(あ、あざとい)

キャスターには一歩後塵を取るその部分に手をやりながらも、セイバーはしかし負けてはおられぬと。

「ふっ、奏者よ余と一緒に眠るのであるなら、散る薔薇の花が目を愉しませ、安逸な眠りを約束

する芳醇な香り漂う寝床を用意しよう」

桜の元からくすねた、アロマテラピー効果抜群の精油の入った瓶を白野の前で揺らしながら言う。

キラキラ輝く瓶に興味を持った白野の目がそちらに行く。

(くっ、光り物とはやりますねセイバーさん)

どちらも退かぬ一進一退の攻防。

「「それで一緒に寝たいのはどっち?」」

白野の見えない所でお互いの背中を抓り合いながら、二人は白野に迫る。

「みんな一緒」

にぱっと笑う白野。

幼い事を生かした見事な返し技、二人はがっくりと肩を落とす、

これがもし元の状態であったなら。

「なに、余とこの淫乱狐の二人を一夜で相手にしようとは、流石奏者は豪胆よの、これには余も

まいったと言わざるを得ない。」

「きゃー、ご主人さま名だたる英雄相手に三人でなんて三人でなんて大胆ですわ」

などと言う二人に益々にじり寄られ

 

「「それで、メインはどっち?」」

 

などど、更に強く詰め寄られる事になるだろうが、

楽しそうに鼻歌を歌いながら、セイバーとキャスターの腕を引っ張る白野相手ではそんな事は

出来ない。

「ふむ、子はかすがいと言うが本当だな」

二人を軽くあしらった白野にアーチャーは感心する。

「なにしみじみと言ってるんですか、アーチャーさんは」

期待した最上の結果にならなかった事に少し不満顔のキャスターがアーチャーを軽く睨む。

「別に悪くはあるまい、君も望みどおりマスターに添い寝できるのだがら」

「まあ、そうなんですけどね、所でアーチャーさんは立候補しないんですか?」

「私が添い寝したとてマスターは楽しくはあるまい、それよりも君達と一緒に寝たほうが良い

思い出になるだろうし、するように努力するだろ?」

「割と、良い人ですよねアーチャーさんて」

見透かすようなアーチャーの態度が癪に障るのか、拗ねたようにキャスターが言う。

「別に私は良い人ではないさ、面倒事を避けたがるモノグサな男なだけだよ、マスターが夜泣きでもされた日にはかなわない」

アーチャーは皮肉な笑みを顔に浮かべてそんな事を言うが、それを馬鹿正直に取るキャスターではない。

常に一歩引いてマスターを守るサーヴァントに、フンッと顔を背け。

「まあ、そういう事にしておきます、ではまた明日」

「ああ、マスターの事を頼む」

それは言わずもがなな事ですと、キャスターはセイバーと共に白野に手を引かれ寝室へと

向かった。

 

「セイバーさん、寝ましたか」

白野を中心に、川の字に配置された布団の一つで横になっているキャスターが、セイバーに声を

かける。

その横では白野が静かに寝息をたてて寝ていた。

奏者よ、余が子守唄を歌ってやろうと、懲りずにのたまうセイバーの頬をキャスターが抓ったり。狐に人間の方が恩返しをするという捏造話をキャスターが聞かせたりしている内に、眠ってしまったのだ。

寝ている白野を起こさぬように声を押さえ、セイバーが応じる。

「いや、起きている、なんだキャスターよ」

「ここは休戦とまいりませんか」

「ふむ、どういう風の吹き回しだ、貴様の事、童女となった奏者を独り占めしようとすると

思ったが」

「まあ、確かにぷりちーなご主人様にあんな事や、こんな事や、あらまあ、そんな事まで、なんてしたいとか思ったり思わなかったりしちゃいますけど」

表に出しちゃいけないピンクな妄想に興奮して、思わず大きな声を出してしまいそうになった自分に気付いて、おっと危ないと再び声のトーンを落としたキャスターは、でも、と続ける。

「もう、ご主人様に本気で怖がられるのは嫌ですし、それにご主人様は自分の子供時代を知らないんですよね、記録はあっても記憶は無い、データとしては知る事は出来る、けど感じる事は出来

ない」

神妙な口調で言うキャスターの言葉はセイバーもまた神妙な口調で。

「うむ、地上の奏者は勿論子供時代をちゃんと過ごしているので記憶はある、その内容はここに

居る奏者も知る事は出来るが、いくら自分と同一存在といってもそれは違うよな」

「ですね、まあ子供時代の出来事なんて、そんなに有難る程に良い事ばかりじゃないですけどね」

「うむ」

生前の自分の事を思い出してセイバーは複雑な顔をする。

「けど、それでも宝石のように輝く一瞬があると思うんですよ、親とかそういう者が相手でなくともです、私はそれを紛い物だとしてもご主人様に感じて貰いたい」

キャスターは、何故普段その表情を見せられないと周りが突っ込みたくなる程の慈愛の表情で、

白野の髪を優しく撫でる。

「ふむ、余も同感だな」

「だから今は、ご主人様の前でだけは争わないようにしたいんですけどね、どうですセイバー

さん」

「うむ、分かった、奏者の前でだけは争わぬ事にしよう」

二人とも白野の前という事をやけに強調して、諍いをせぬ事、少なくとも肉弾戦はしない事を約束した。

そんな二人のやり取りを知ったのか、それとも何か楽しい夢でも見たのか、

寝ていた白野は、にへーと笑った。

 

翌朝。

「む、昨夜は何かあったのかね」

そうアーチャーが聞いて来る程、セイバーとキャスターの二人は時に相手に譲る事さえしながら

白野を間に挟み、朝食を摂っていた。

「別に、奏者には子供時代の良い思い出を持ってもらおうと、キャスターと約しただけのことよ」

「ですねー、最後の踏ん張りの理由の一つになれるような良い思い出をって、健気な健気な良妻狐は考えただけですね」

味噌汁を啜り、漬物を齧る二人に、アーチャーは感心した顔をする。

隣の桜も意外そうに二人を見る。

「ほぉー、君達も理性というものがあったのだな」

アーチャーの感想に、二人の顔が引き攣るが、はぐはぐとご飯を食べている白野の手前、堪えた。

「いや、別に貶そうとかそんなつもりは無い、ただ普段がアレでアレだからな、今朝の朝食も

どっちが自分の膝にマスターを乗せ、あーんするかで揉めるとか、頭の悪い問題が起きると覚悟

していたのだが、これは意外だった」

それが貶してるって事なんだよっ、心の中でツッコムが、白野の頭をなでなでして心を落ち着かせるキャスター。

食べる手を止め、見上げてくる白野の口元にご飯粒が付いていた。

「あ」

それに気が付いた桜が声を漏らす。

拙いっ

同じくその事態に気が付いたアーチャーは身を固くした。

白野の口元に付いている極上の真珠を思わせるご飯粒。

もしセイバーとキャスター、どちらかがお宝ゲットだぜーっと、このご飯粒を取って、口の中へ

パクッなんてしたら、それだけで戦争が始まりかねない。

緊張が食卓に走ったが、セイバーもキャスターもグッと堪えた。

「奏者よ、口元に食べ残しがついているぞ、慌てずに食べるが良い」

窘めるのみで、白野が自分で食べ残しを取る事を受容する。

こ、これは本物だ。

セイバーの対応を見てアーチャーは確信した。桜も驚きで目を丸くする。

セイバーは白野に見えないよう、自分の背中の後ろで握り拳を作ってブルブル腕を震わせていた。

キャスターもまた、下手な手出しをしないように自分の手の甲を強力洗濯バサミで挟んでいる。

そんな見えない努力の甲斐もあって、最近類を見ない程穏やかな朝食のひと時が過ぎた。

 

朝食が終わると、セイバーは白野を連れ出した。

「さあ奏者よ、これで遊ぶがいい」

そう言って、セイバーが白野に渡したのは粘土。

粘土板の上に置かれた、煉瓦の形をした粘土を白野は興味深そうにぺたぺた触り、やがてコネコネ捏ね始めた。

「ふむ、その手さばき実に筋が良い、余も負けてはおられぬな、なに歌では少々、ちょっと、

ナノレベルで後れを取ったが、造形では遅れは取らぬ、余の芸術の才を魅せてくれよう」

ぺたぺた、とったんとったん、と、白野が粘土を捏ねたり粘土板に叩きつけている横で、

セイバーもガシガシと粘土細工を造る。

「セイバーさん、また変な物を造らないでくださいよ、言っときますけどアメーバーなんて造っても感心なんかしませんから」

セイバー一人だけで白野の相手をさせたくないキャスターも遊びに参加し、少しだけ分けて貰った粘土を饅頭でも作るみたいに捏ねまわしていた。

「誰がそのような物を造るか、余が今から造るのは奏者の胸像よ、歴代の皇帝の胸像に遥かに優る物を造るゆえ楽しみに待つが良い」

 

そして数十分後。

「出来たぞっ」

セイバーが制作物を差し出す。

「どう見てもモアイ像です、本当に有難うございました」

キャスターが容赦なく批評する、確かにセイバーのソレは誰が見てもモアイ像だった。

まあ人類と分かるだけマシだったが、断じて白野では無い。

「で、セイバーさん、まさかこれがご主人さま☆なんて、ほざくつもりはありませんよね?」

「くっ、頭痛が頭痛さえなければ、こんな事には」

流石にコレを白野と言い張る事が出来ず、セイバーは悔しげに顔を背ける。

その横では白野が象を造り上げ、キャスターに褒められてニコニコ顔だった。

 

「さ、先程は思わぬ不覚をとった、だが余の引き出しはまだまだある」

粘土遊びが愉快な結果に終わり、自尊心を傷付けられたセイバーは、今度は白野をお絵かきに

誘う。

24色のクレヨン箱と何枚もの紙を渡され、白野は早速お絵かきをし始めた。

「セイバーさん、恥の上塗りって言葉知ってます?」

黙れと、セイバーは絵筆の先をキャスターの方へ向ける。

「この身は至高の芸術家、我が華やかさ、その目を一度取り替えて良く見るがいい、キャスターよ、お前は余を称える事となるのだ」

「あー、まあ、何でも良いんですけど、それでセイバーさんは一体何を描く気なんです?」

「奏者だ、愛らしい今の奏者の姿を永遠に残す為、神々もかくや、否それ以上の輝きに満ちた姿を描く」

そう言うと、猛然とキャンパスに絵を描き始めるセイバー。

そして暫くして。

「出来たぞ、見よ、余の芸術性の発露たる、この絵を」

「・・・・まさか、このムンクの叫ぶ男に酷似してるこれが、ご主人さまだなんて、まさかまさか至高の芸術家(笑)なセイバーさんはのたまいませんよね?」

「憎い、余は自分の頭痛が憎い」

セイバーはがっくりと両手、両膝を床につける。

「だが、これはこれで一つの芸術であろう?」

顔を上げ、ぐっと握り拳を作るめげないセイバーにキャスターは溜息をついた。

そんな二人の元へ白野が描き上がった絵を見せに来る。

「上手ですねぇ、ご主人様」

真ん中に笑っている白野、その両脇にマイクを持ったキャスターと手に持ったモアイを振り上げているセイバー。

楽しげな雰囲気が良く伝わってくる絵を見たキャスターは、白野の頭を撫でた。

褒められたのが嬉しくて笑顔になる白野の後ろで、セイバーが自分の描いた絵を掲げ。

「余の描いた絵もとにかく凄いぞ、奏者、見て驚くが良い」

折角描いたのだ、当初の予定とは少し違ったが見てくれと、白野に絵を渡そうとしたが。

「炎天」

キャスターの魔術によって絵が火に包まれ、叫び声をあげるセイバー。

「何をするキャスター!」

「あー、汚い花火でしたねご主人様、お目汚ししなくて良かったです」

怒るセイバーを無視し、キャスターは白野が描いた絵を手に持ち、これをどこに飾りましょうと

白野に話しかけていた。

大丈夫?

描いた絵は燃やされるは、話の輪から外されるわで、落ち込んでいたセイバーをしきりに気にしていた白野は、キャスターの話が一区切りつくと、とてとてと、セイバーに近づき顔を覗き込んだ。

「ああ、大丈夫だ奏者よ、今回は残念な結果に終わってしまったが、優れた美術品はその儚さも

価値の一つなのだ、次こそは奏者に感嘆の溜息をつかせて魅せよう」

「まだ懲りないんですか、セイバーさんは」

「必要が無いからなっ」

胸を張って言うセイバーを見て、白野は元気になって良かったと喜ぶ。

そんな白野をキャスターは、あまり調子に乗せてはいけませんよ、手が付けられなくなりますからねと、やんわりと窘めた。

 

 

暫くして遊び疲れたのか白野が眠気を訴えた。

それを耳聡く聞きつけたセイバーは、ならば余が添い寝をと振り返ると

既にキャスターが白野を膝枕していた。

(す、素早い)

どうにもこういうお世話系のスキルではセイバーはキャスターに後れをとる。

元々お世話される方のセイバーである、それは如何しようも無い事であった。

だからといって面白くないものは面白く無い。

さっきからどうにも良いとこ無しのセイバーが、むくれた顔で座布団の上に胡坐をかき、不満の声を上げる。

「むむむ」

「なにが、むむむですか」

正座した膝の上に抱きかかえた白野の頭を優しく撫でているキャスターが言う。

白野がもぞもぞと動き、自分の顔をキャスターの身体に擦り付ける。

「どうしたんですか、ご主人様」

近くにいる猛獣の唸り声に白野が目を覚ましたのかと思ったキャスターだが、そうでは無く

まだ白野は夢の中に居た。

まどろんでいた白野は

「ママ・・・・」

と、呟く。

ブハッ、

キャスターは思わず鼻喀血しそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。

危うく、白野をブラッディに染め上げる事になった所をギリギリ耐えたのはやはり母と呼ばれた事で得た強さのおかげが。

そしてそんな様子を見て益々面白くない顔をするセイバー。

「ず、ずるいぞ、余とて奏者にママと呼ばれてみたい」

「何言ってるんですか、そんな名誉セイバーさんに与えられる訳ないでしょう

だいたい考えてもみなさいな、セイバーさんの何処にそんな要素があるんです?」

「なんだとキャスター、余を愚弄する気か」

「だって、歌は駄目、造形は悪魔合体、絵においても魔除け、いや寧ろ引き寄せるレベル、

どうにも情操教育に悪い事ばかりしているじゃないですか。」

「くっ、それ以上は許さぬぞ」

「しかもしかも、今はおねむのご主人様を大声出して起こそうとしている、これではどうしようもないです」

「くくぅ」

悔しげな様子を見せたセイバーだが、流石にここで騒ぐわけにはいかないと、後の事はキャスターに任せて部屋から出て行った。

 

キャスターと白野を見ていられなくなったセイバーは居間に在って、テーブルに両肘をつけ、

頭を抱えて悩んでいた。

「むむっ、これは拙いぞ、キャスターに差を付けられっぱなしだ」

歌勝負ですら負けてしまい、セイバーは焦っていた。

ここらで一発逆転しなければ益々差がついて、セイバー(越えられない壁)<キャスターになってしまうかもしれない。

なにか無いかと考えていると。

「何をしているのかね」

アーチャーから台所から出てきた。

「アーチャーか、む、何を手に持っているのだ?」

アーチャーが皿を持っているのに気が付いてセイバーが尋ねる。

「これか、これはマスターの為にクッキーを焼いたのだ、まあこれは試作品なので、これが上手くいったら、マスターのおやつとして出すつもりなのだが」

ふむ、マッチョな外見に似合わず、マメな事よとセイバーは思ったが、ふと思いついた。

「料理か、良いかもしれぬ」

「なんのことだね?」

「いや、先程なキャスターめが事もあろうに奏者にママと呼ばれたのだ。さらに歌でも不覚を

とった、ここらで何か巻き返しをと考えていたのだが、奏者の胃袋を掴むのも良いと思ったのだ」

アーチャーはテーブルに皿を置いた後、一人納得しているセイバーを不信げに見る。

「君に出来るのかね?というか、そもそも君は料理を作った事はあるのかね?」

このセラフ内で共に暮らし始めてから今まで、アーチャーはセイバーが台所に立った所など見た事は無い。

「ん?無いぞ、あるわけなかろう」

「・・・・・何故自慢げなのかはこの際、問うのは止めよう、しかし初心者がいきなり他人の胃袋を掴む事など出来ないぞ」

どう考えても、情熱だけが先行した前衛的料理が出来るだけだろう。

「ふんっ、そんなもの余の溢れんばかりの才能を持ってすれば、容易き事よ」

根拠不明な自信:産廃レベルの料理が出来るフラグが一本立った。

「ふははははっ、この至高の芸術家たる余が作れば、きっと奏者の胃袋だけでなく、見た目も惹きつけるものが出来るであろうよ」

基本を知らないくせに、独自の工夫をしようとする:フラグが更に二本立った。

「・・・・味見はするのだろうな?」

アーチャーは、せめてもの予防線を張ろうするが、セイバーはとんでもないと、拒否する。

「余の料理の一片に至るまで全て奏者のもの、誰にもやらん」

お約束の味見無し:もはや地平の果てまでフラグが立つ。

駄目だ、失敗する未来しか見えない。

鍛錬によって培ったアーチャーのスキル心眼。

そんなもの使わなくとも明らか過ぎる結果にアーチャーは眩暈を覚える。

「許可・・・出来ない」

声を絞り出すように言うアーチャーに当然セイバーは反発する。

「なんだと、それはどういう事か」

「説明せねばならないのか?失敗が見たくないのに見えてるこの状況を、簡潔に言えば食材を無駄にする以前にマスターの命が危ない」

「む、アーチャーよ! まさか貴様は余が奏者を思い通りにする為に、料理に毒でも仕込むと、

そう言いたいのか、それはいくら何でも許さぬぞ!」

実際、自分の母親にそれをされているので、同じ疑いをかけられた事に割と本気で怒るセイバー。

「いや、毒は入れないだろう、毒が出来るだけで」

「うーん? それはつまり余が料理に失敗すると、そう言いたい訳か」

解ってくれれば幸いだ、と頷くアーチャーに、セイバーはそれは余りに浅はか過ぎる考えだと鼻で笑う。

「アーチャーよ、忘れてはおらぬか? 余には皇帝特権のスキルがあるのだ、余が出来ると言えばそれは出来る!」

ドヤん とセイバーは胸を張る。

有ったな、そんなワガママ過ぎる。じゃなくてスキル。

私にも出来るもん、小さい子供が言い出すそれを短期間とは言え本当に出来るようにしてしまう、とんでもない特性。

「ならば問題は何も無い、待っているが良い、今まで誰も一度も食したことの無い極上の料理を

食らわしてやろう」

セイバーは台所へと勢い込んで駆け込む。

しかしそうは言っても、文房具まで料理の材料にしたエリザベートの例もある。

似たようなタイプのセイバーがやらかさないかと心配なアーチャーは、監視する為に一緒に台所に立とうとするが。

「邪魔だ、気が散る」

癇癪を起したセイバーに蹴り出された。

そして暫し時間が立ち、セイバーの料理の完成を告げる声が聞こえてくる。

「出来た、出来たぞ、余の溢れんばかりの情熱を表現した赤料理が」

何処まで失敗フラグを立てれば、気が済むのだろうか、この皇帝さまは。

エリザベートと同じ赤過ぎる料理を作ったと嘯くセイバーに、アーチャーは頭を抱えた。

「くく、くくくく、アーチャーよ、お前は余が失敗作を作り上げた、そう思っていような、いや、今この時、この事を知った誰もがそう思うことだろう」

(む、なんだ、今までと雰囲気が違う、いやこれは!?宝具が解放された時の感覚。

まさかセイバー、君は招き蕩う灼熱厨房を展開したのか!?)

それは余の余による余の為だけの自分空間を世界に建築させる大魔術。

そこまでするかと呻くアーチャーに、湯気の立つ料理を乗せた皿を持ち、セイバーは不敵に笑う。

「料理イベントでは失敗料理で愉快がお約束、だが甘い、甘いぞ、余がそんなお約束守ると思うか? 余を誰だと思っている? そんなあたり前の事をするわけが無い、

目立てぬからなっ」

「こ、これは、まさかっ」

アーチャーはセイバーの作った料理に驚愕する。

「見よ、この目にも鮮やかな、情熱の赤を

喰らえ、舌を溶ろかす、この料理を

今ここに、ネロ・クラウディウスが示そう」

 

激・辛・麻・婆・豆・腐

 

「・・・・・・」

アーチャーは無言で愛剣の干将莫邪を抜いて構えた。

「むっ、何故だ、何故剣を抜くアーチャーよ」

「それをマスターに食べさせるつもりなら、私を倒してからにしてもらおうか」

「だから何故だと聞いている」

「私こそ聞きたい、どうしてコレを作る気になった」

目の前にあるモノを料理と認めないアーチャーは、顎をしゃくって指し示す。

「決まっておろう、この前、余は奏者が激辛麻婆豆腐パックを自分の部屋に隠していたのを

たまたま見つけたのだ、隠すぐらいなのだ好物なのであろう、であればこそ余はこれを作ろうと

思った」

(マスター、私があれほど激辛麻婆には手を出すなと言っておいたのに、フッフッフ、これはもう後でたっぷりと言い聞かせてやらねばな)

黒い笑いを顔に浮かべるアーチャー。

「む、何か黒いがアーチャーよ、これは激辛と謳ってはいるが、そう酷い辛さでは無い、

余がそんな単純なミスをするわけがなかろう」

いや、その可能性が120%だからアーチャーはこんなに殺気だっているのだが、

どう考えてもオチです、本当にありがとうございました。

アーチャーは剣をセイバーに付きつける。

「だから、そう剣呑な雰囲気を放つでない、余がそんなに信用できぬのか?

余が奏者に酷い事をしたいと、本気でそう思っているのか?

もしそう思われているとは、余は少し、悲しい」

 

なに、ここでワン皇帝・・・・だと。

 

いまのこの局面で、いつも踏ん反り返っているワン娘が、ちょっと俯き加減の上目使いで想いを

述べるという、心臓をクリティカルな高等技を繰り出したセイバーに、アーチャーは気圧された。

ここで下手な返しをすれば、確実にKYの烙印を押される事になるだろう。

不利な状況で足掻く愚を避ける為アーチャーはここで一旦引き、態勢を整える事にする。

「分かった、君がそこまで言うのなら、私が試食しよう」

「むぅ」

セイバーが不満げに唸る。

「余は、余の初めてを奏者に捧げたい」

ぐはっ、なんという別の意味にも取れる言葉を吐くのだろうか、砂糖を吐きそうになり、

もはや敗北一歩手前までに追い詰められるアーチャー。

しかしここで退いては守るべき白野の身が危うくなる。

「こ、子供の内に余り刺激の強い物を与えるのは良くない、カレーに蜂蜜やリンゴを入れて味を

甘く整えるように、まさか激辛麻婆豆腐に砂糖を入れる訳にもいくまい?」

「むむぅ」

納得いかない様子を見せて、中々承服しないセイバーであったが、重ねてアーチャーが白野の為と言うと渋々頷いた。

「中々の味だな」

アーチャーはレンゲで激辛麻婆豆腐を掬い、口に運び、そんな感想を言う。

あの神父のせいで食べる事に心理的負担を感じるが、それを抜きにすれば、セイバーの料理は

美味しいと言える。

まあ、料理についてはセラフ内には詳細なレシピがある、それに忠実に従って作ればそうそう

外れは無い、皇帝特権のブーストが掛かっているのであるならばこの結果も納得できる。

(しかし、料理の初心者がここまでの味を出せるとは、デタラメなスキルだな)

そう思いつつもアーチャーは問題無しと判断した。

「うむ、ならば余は奏者の為にクッキーをつくるぞ」

ふむ、と、アーチャーは自分の作った試作品のクッキーを見る。

つまり料理では駄目だったが、お菓子の初めては食べて貰いたいというか。

いつもの唯我独尊ぶりとのギャップに、どうも調子の狂うアーチャーはそのままセイバーに

全部任せる事にした。

その後セイバーが戻った台所から、

 

「うっ、頭が」

 

そんな声が聞こえた気がしたが、今までのセイバーの怒涛の攻勢にダメージを受け、注意力が低下していたアーチャーはつい気にする事もなく流してしまい。

(ふむ、作ったのはチョコクッキーか)

さらには碌に確認もせずに、嬉々として作ったお菓子を持って行くセイバーを見逃すという

二重のミスを犯してしまった。

 

そして今日のその時がやって来た。

 

「ちょいとセイバーさん、なんてモノをご主人様に食べさせてくれやがりましたか!

このコールタール固めたような、半ば炭化した物体Xをクッキーと言い張りますか貴女は!」

キャスターが吠えた。

「ち、違う余は奏者の事を思って、頭痛が、突然の頭痛で皇帝特権が切れたのだ」

セイバーが慌てた。

「しゃぁぁぁぁらっぷ、セイバーさんみたいなキャラが料理でオチがつかないなんてそんな事

あるわけ無いでしょうがぁ!」

響き渡る悲痛な叫び。乙女達の血闘、死線を渡る手料理イベント。

翻弄されるは巻き込まれ型主人公の宿命。

後に、我過てりとアーチャーが天を仰ぐ事になる、白野卒倒事件が起きた。

幸い、駆け付けた桜の迅速な処置により

なんか、じゃりじゃりしてた

と、白野が感想を述べるに留まるレベルに被害は収まる。

頭にバッテン絆創膏をつけ、正座させられているセイバー。

尻尾が増えたキャスターがどうしてくれようかと指をゴキゴキ鳴らしていたが

 

なんかこれ良く分からないけど、お姉ちゃんが作ってくれたから。

 

そう言った白野が黒い何かであるソレを紙に包んで箱に保管するという行動をとったので、

キャスターもそれ以上の追及ができなくなり、セイバーへの処罰もうやむやとなった。

 

「はぁ」

やる事なす事上手くいかないセイバーは溜息をついて、テーブルにつっぷした。

そのまま顔をテーブルにつけたまま、顔を横に向けて、テーブルの上の物を見る。

そこにあるのは自分が作ってしまった物体X。

指でソレをころころ動かしながら

「どうにもままならぬ事よ、このままキャスターの方を気にかけるようになってしまうのか」

それは嫌だ、しかし余は・・・・

と、珍しく弱気になるセイバー

そんなセイバーの背中に何時の間にかやって来た白野がぴとっとひっつく

「む、むおっ」

すっかり周囲への警戒が散漫となって、背後をとられた事に気付いてなかったセイバーは、

妙な声を漏らした。

白野はセイバーの背中を登り始める

「な、なんだ一体って、奏者か」

登りきれずに、ぷらーんとぶら下がっているのが、白野だと分かり、出来る限り優しく

引き剥がし、両手で抱えテーブルの上に座らせる。

「何をしているのだ?」

白野の目線に位置を合わせてセイバーが尋ねると

肩車

白野は両腕を上げて言う。

「うむ、肩車か容易い事よ」

セイバーは白野を肩車して立ち上がった、

高い、高い

普段の視線より高い視線となり、遠くまで見通せるようになって喜ぶ白野。

「楽しいか、奏者よ」

ぺちぺち、白野はセイバーの頭を叩きながら楽しいと答えた。その答えに満足するセイバー。

セイバーはその後、白野を肩車したまま色々な所に連れまわした。

幸い鴨居に白野の頭を激突させるというドジをする事もなく、白野は上機嫌のままだった。

やがて、小休止する為に居間に戻って来た時、テーブルの上に用意されていたおやつを白野を

膝に乗せ、共に食す。

そんな事をしている間セイバーは、つらつらと考える。

キャスターは白野にママなどと呼ばれた、ならば自分もそう呼ばれてみたい、だがいかんせん

その方面ではキャスターに劣る。

なにせ自分はと、セイバーは自嘲する。

セイバーにとって実の母親は権力闘争の相手でしかなかった、排除すべき対象でしかなく、

母の温もりなどついぞ知らぬままに終わった、なのに上手く母親役など演じられる筈もない、

少なくとも白野が望んでいる形では。

寂しく思っていたセイバーは、ふとある事に気が付く。

母親役が出来ぬならその対になる者になれば良いのではないかと。

とある英国紳士も、逆に考えるんだ、父親になっちゃえば良いんだ

と、言っていた気がする。

それに男装もしてるしなっ

誰一人男装とは思わない自分の服装も自信となり、セイバーは白野のパパになる事を決意する。

「ふむ、奏者よ」

セイバーは白野の頭にポンッと手を置く。

「余の事をパパと呼んでみる気はないか?」

白野はセイバーを見上げる。

「ま、まあ無理にとは言わぬ、奏者にも好みというものがあるからな、しかし、もしそう思って

くれれば、余は嬉しい」

白野は両手で持っていたお菓子に目を落とし、暫く口の中でもごもご言っていたが、

やがてセイバーを見上げ。

パパ

そう言って、ニパッと笑った。

一瞬、白野の笑顔に見惚れたセイバーはそっぽを向く。

が、すぐに白野の方へと顔を戻して笑った。

「うむ、全て任せるがいい、今から余は奏者のパパだ、力の限り甘えるが良い」

上手くいってなかったとはいえ、色々構ってくれたからか、それとも単純に両親が欲しかったからかは良く分からないが、白野はセイバーにそういう認識を持ったようだった。

 

「ほら、奏者飛ぶが良い」

セイバーは白野を抱き上げ、空中に向かって軽く放る。

一瞬の浮遊感が楽しいのか、歓声を上げる白野。

「一体、何をしてるのかね?」

頭に三角巾をつけ、ハタキを手に持ち掃除をしていたらしいアーチャーが顔を出す。

「なにやら先程からバタバタと騒がしいが」

空中浮遊の遊びの後、白野を背もたれの付いた椅子に座らせ、その椅子を前後に動かして、

乗馬ごっこをしていたセイバーがアーチャーを見た。

「見て分からぬか、奏者と戯れている、な、奏者よ」

うん、パパ

セイバーと白野のやり取りに、アーチャーは首を傾げた。

「パパとは何のことだ?」

「うむ、余は奏者のパパとなったのだ」

得意げな顔をして言うセイバーを、アーチャーは何を言ってるんだこいつはと、怪訝な顔で見る。

今度は何を仕出かそうとしているのかと、訝るアーチャーを白野は見上げ、やがてセイバーを

見た。

何かを訴えるような白野の視線に事情を察したセイバーは白野を肩車する。

フフン、何時もは見降ろされているアーチャーを、今は見降ろしている白野は得意げな顔をして

胸を反らした。

「勝ったな、奏者よ」

セイバーは親指を立て、白野もビクトリーと、親指を立てた。

なんか平和な二人。

そんな二人を見ていると、アーチャーも色々な疑問がどうでも良くなってきた。

一番のノッポになった事に得意げになっている白野にアーチャーは、

「ふっ、やれやれマスターにすっかり追い抜かれてしまったな。」

降参だと軽く両手を上げる。

フフフーン、と、白野は益々得意げな顔をした。

 

そしてその日もスーパーゴージャス・パクスローマナ・二人の愛の巣マイルーム邸は、

妙なほのぼの空間に包まれて過ぎていく。

 



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その騒動も良き思い出(後編)

白野が子供になってから三日目。

「やっほー、白野、遊びに来たわよ」

「お邪魔します」

縁側に面する和室様式の部屋で、白野とセイバーとアーチャーの三人でまったりとしていた時に

凛とラニが遊びに来た。

「あれ、その子は」

「見慣れぬ子が居ますね」

BB特製の極悪な機能を持つセキュリティで守られている家に知らない子供が居たので、

凛とラニが首を傾げた。

「あれ、なんかこの子、白野に似ていない?」

「確かに、ミス白野と同じ特徴があります」

「そう言えば、そうよね、なんかまるであの娘のこ・・・ども?」

「どういう事です?」

二人の眉が跳ね上がり、険のある目つきでアーチャーとセイバーの方を見る。

「ああ、それは」

アーチャーが事情を説明しようとした時、

「パパ♪」

白野の一言が響いた。

 

ピシッ

 

場に鋭く亀裂が入ったような音が響く。

白野はセイバーに言ったのだが、勿論二人はそう取らない。

女性であるセイバーでは無く、横のマッチョメンに向かって言った、そう受け取った。

ゆらりと凛の身体から赤いオーラが立ち上がる。

「あんた・・・・・」

凛の極寒の視線を受け、思わず腰を動かし後ずさるアーチャー。

「ついに、ついに本性をあらわしたわね、このドンファンッッッ」

ドンッと力強く床を踏んで一気に距離を詰めた凛はアーチャーの胸倉を掴む。

「やったのね、手を出したのね、手籠めにしたのね、正直に言いなさい、殺してあげるから!」

ガックンガックンと、前後に揺さぶられたアーチャーは

「ま、待て、君は勘違いしている、その子は私の子供でも何でない、」

「あんた、好き勝手やっておいて認知もしないっていうの、最低、今すぐここでブッチKELL」

ガント発射の態勢を取る凛に、最初の衝撃から立ち直ったラニが声をかけた。

「落ち着いてくさい、ミス遠坂、アーチャーの言う通りでしょう、第一年齢が合いません」

「年齢?」

アーチャーの額に指を付きつけて、今まさに天誅を下そうとしていた凛は、ラニの方へと

振り返る。

「はい、ついこの間会ったとき、ミス白野に妊娠の兆候はありませんでした。なのにいきなり

この年齢の子供が現れるなど、どう考えても有り得ません」

ラニに冷静に言われた凛は少しの間考えていたが、やがて、それもそうかと納得した。

ずっと隠していたという可能性も僅かながらあるが、白野にそんな兆候が表れたのなら、

セイバーとキャスターの二人が大人しくしている筈が無い。

という事で凛の誤解は解けたのだが。

「だとするとこの子は何?」

「そこまでは私にもわかりませんが」

「うむ、なら余が教えてやろう」

今まで白野をあやしていたセイバーが口を挟んだ。

 

「成程、若返りの薬ねぇ、相変わらず無茶するわね、あの金ピカ王」

セイバーから事のあらましを聞いた凛は溜息をついた。

「信じ難い話ですが、実際子供となったミス白野が居るのでは信じざるを得ないですね」

じっと白野を見るラニの横で凛が考え込む。

(しかし若返りの薬か、この成分を研究して、もし量産、いえ老化を遅らせる薬でも良いわ、

作る事が出来たらそれを売って、ぐふふ)

目が$マークになった凛を、白野が見上げる

「む、なにか凛の様子がおかしいぞ」

「ミス遠坂の悪い癖がまた出始めた気がします」

セイバーは白野を自分の方へと引き寄せ、ラニは溜息をついた。

(でもどうやって? あの金ピカが素直に薬をわけてくれる筈が無いし、サンプル、そうサンプルがあればそれを分析して、どこかにサンプルが・・・・って、居たーーーっ、何よ何よ目の前に

居るじゃない。あの薬を飲んだってことは白野の血液の中にはきっと薬の成分が溶け込んでいる筈)

「くっ悪寒が、マスター気を付けた方が良い、凛の身体から妙な気配が漂い始めた」

(いえ、でも駄目よ、駄目、凛、そんな友達をお金儲けの道具にするなんて、でも・・・)

みんなが警戒する前で、葛藤する凛の心の中では二つの心が争っていた。

悪魔な心の凛は主張する。

「なに言ってやがる、こんな金儲け機会を見逃すなんて極めつけの馬鹿のすることだぜ、

あいつにゃサンプル料として売り上げの1パーセントでも握らしときゃ十分だ」

唆す悪魔な心に対し、天使な心は反論する。

「なんて事を言うんですか、彼女は大切な友達なんですよ、そんな不誠実な態度をとって良い訳がありません」

「てめぇ、良い子ぶりやがって」

「そんな事はありません、悪魔な貴女にもわかっている筈です、彼女がどれほど大切な存在か」

切々と訴える天使な心の説得に、始めは渋っていた悪魔な心も遂に折れた。

「ちっ、分かったよ」

「分かってくれましたか」

決着がついた、こうして天使と悪魔、良心と悪心の争いは・・・

「仕方がねぇ、ここはリベート10%でどうだ」

「いえいえ、お友達としては15%は支払わないと」

無かった、そんなものは無かった。

ここにはアカイアクマしか居なかった。

既にサンプル化は決定事項で、葛藤していたのはリベートの額だけだったらしい。

「「合意完了」」

悪魔と天使?ががっちり手を組む。

「ねぇ、白野ぉー」

凛が猫撫で声で話しかける。

「ちょぉぉっと、血を抜いてみない?」

「ちょっと待てっ、何を考えてる、凛!」

手をワキワキさせて白野に迫る凛に、セイバーが怒り出す。

「大丈夫大丈夫、ちょっと、ほんのちょっとだけだから、ほんのちょっと先っぽだけだから、

ほら注射の針をぷっ刺すだけだから、後はタンクに」

「絶対駄目だっ!」

セイバーはバンッと机を叩く。

「なんでよ、これってただの献血よ、瀉血よ、売血よ」

「ばっ!?」

「ミス遠坂、取り繕えてません、何を考えているかバレバレです」

「ちぃ、しまった」

自分の失言に、凛が盛大に舌打ちをした。

「凛よ、奏者に手を出せば余が許さぬ」

「な、なによセイバー殺気立っちゃって、ちょっとした冗談よ、遠坂ジョーク?」

「ミス遠坂、それは余りにも白々し過ぎます」

「そうだぞ、君が人身売買のたぐいをするとは思わなかったな」

「うっ、わ、悪かったわよ、確かにちょっと自分を見失っていたわ」

みんなに責められてシュンと身体を縮こませる凛。

「いえ、ミス遠坂の場合、自分をさらけ出したというのが正解です」

「うるさいわよ、ラニ、人が反省しているんだから、余計な茶々入れないっ」

 

「なにか随分賑やかですねー」

騒ぎを聞きつけたのか、キャスターと桜が部屋へ入って来た。

「はい、ミス遠坂がいつものやらかしをしたせいで、騒がしくなってしまいました」

「ああ、成程」

また凛さんが隠してないSG2を盛大に披露したんですね、分かります

と、桜が頷く。

「ちょっと頷かないでよ」

「まったく凛さんときたら」

言いながら、キャスターは座布団の上に座る。

桜はお茶を入れてきますねと言って、台所へ向かった。

 

「しかし、ミス白野がいくら子供状態になったとはいえ、ただ遊ばせておくだけというのは、

本当に良い事なのでしょうか?」

桜が持って来てくれたお茶を啜っていたラニが、そんな事を言い出した。

「と、言うと?」

空になった湯呑にお代わりを煎れてくれたアーチャーに頭を少し下げた後、ラニが続ける。

「はい、ミス白野は私の目から見て、余りにムダが多すぎます、まあそれも魅力に繋がっているのですが、もう少し彼女を矯正したほうが良いと思うのです、それには今の子供の内から教育するのが良いと私は判断します」

「でもラニ、貴女子供に何か教えたって経験あるの?いきなり高等数学なんて教えても理解

出来ないわよ」

凛の疑問にラニは軽く頭を振る。

「大丈夫です、確かに私には初等教育レベルの事を人に教えた経験はありません、しかし私には

このマニュアルがあります、これを使えば、子供の教育の仕方もばっちりです」

ラニが自分の少し前を指でつつく素振りをすると、空中に画面が現れる。

なにか検索していたラニはこれですと、画面を指さした。

「うーん、マニュアル頼りってのはちょっと不安だけど、まあ一般的教養レベルを教えるぐらい

なら問題無いのかな、ちなみにどんなハウツーなの?」

「はい、源氏物語の光源氏オススメの」

「待てぇい、それは教育ちゃう」

「おかしな事を言いますね、子供の頃からちゃんとした教育をし、理想の人物に仕立て上げる為のハウツーなのでは?」

「違うから、それ全然意味が違うから」

「いやいやいや。実に素晴らしいですよ、小さい内からご主人様を自分好みに仕立て上げる、

夢がありますドリームです、ご主人様のイケ魂はこれ以上磨く必要もありませんけど、

ちょっと奥手でシャイな部分を矯正・・・くふふ、って、あ痛っ」

アーチャーはキャスターの頭を平手で叩く。

「それ以上はやめたまえ、だいたい君達はマスターの教育の事で盛り上がっているようだが、

マスターはずっと子供のままと言うわけでは無いぞ、なのに何かを学ばせようとしても殆ど

意味は無いと思うが」

「ホム、ならば学校ごっこというのはどうでしょう?これならミス白野も楽しめますし」

「巫女ーん、ついに来ました魅惑の女教師プレイ、夜の個人授業でご主人様を魅了しちゃうぞ」

「なんだと、けしからん、余にもさせろ」

「あー、もうそんなイメクラみたいなのは良いから、あんた達ほんとに白野の情操教育に悪い事

しか言わないわね」

ラニの提案に非常に良い喰い付きをした二人を凛が窘める。

「酷い侮辱を聞いた」

「余達の、この生き様を見れば良い影響しか与えないだろうが」

「まあ、反面教師にはなるだろうな」

しれっと言うアーチャーにキャスターが噛みつく。

「なんですとっ、なに言いくさりやがりますかこのドンファン、アーチャーさんの奔放過ぎる

女性遍歴の方がよっぽど教育に悪いです」

「まあ、余にはかなわぬがな」

「待て、それこそ事実無根の言いがかりだ、訂正を求める」

「何が言いがかりですか、アーチャーさんの生前の傷の何割かは痴情のもつれでブッスリされた

痕だとか、その筋では有名ですよ」

「どの筋だ、いい加減な事を言うのは止めたまえ!」

「はっはっは、それぐらい躱して見せねば、ナイスボート一直線だぞ」

「セイバー、君も何を言っている」

 

「まあ、学校ってのを体験するのも面白いかもね」

取り敢えず凛は、ギャイギャイと言い合う三人を放置する。

「はい、私達は月の表側でも裏側でもまともな学校生活などしませんでしたし、この子供になったミス白野に気分だけでも味あわせてあげるのも良い事かと」

「予選もとても学校生活なんて言えるもんじゃ無かったし、やってみますか、あ、言っとくけどさっきの光源氏な教育は駄目だからね」

「分かっています、私なりに考えてやってみます」

「じゃあ、ここでは何ですので、場所を移動しましょう、洋間が良いですね」

五月蠅いここじゃ無理ですとは口に出さなかったが、桜は白野を連れてそそくさと和室を出ようとする。

凛とラニもいまだに言い合いをしてる三人を置いて洋間へと向かった。

洋間へと入ると、桜が取り敢えずそれらしい雰囲気を出す為に黒板を用意する。

「じゃあ、私は算数を教えてあげるわね」

椅子にちょこんと座る白野の前に伊達眼鏡をかけた凛が立つ。

やがてどたどたと足音を立て、セイバー、キャスター、アーチャーの三人も部屋の中に入って

来て、参観者がやたら多い授業が始まる。

「それでは問題ね、山田くんは100円持っていました、ある時太郎くんが売っていた50円の

お菓子が欲しくなりました、そこで山田くんは太郎くんにお金を払い、お菓子を手に入れました、山田くんの手に残ったのは幾らでしょう?」

凛の算数の授業はそんな問題から進められた。

 

「では次の問題です花子さんはよし子さんから200円借りてました、ある日よし子さんから150円返して欲しいと言われました、さあ返した後の残りは幾ら?」

始めのうちは凛が出す問題を時折指を折って一生懸命考える白野の様子を、ほわほわしながら見ていたセイバー達であったが、その内違和感に気が付く。

「では、次の問題です、一郎くんは300円で株を買いました、そして相場爆上げ、持っていた

株を売ったら500円になって戻って来ました、さて幾らもうけたでしょう?」

 

「「「「さっきからお金の問題しか出していない・・・・」」」」

 

アーチャー達が冷や汗を流している前では凛の授業が益々ヒートアップしていた。

「では問題、400円の元手で貨幣相場利用して200円儲けたら元手と合わせて幾ら?

金って割と相場が上下するけど、150円儲けたら合わせて幾ら?お買い物するとポイントって

つくじゃない、20円ほどポイント溜まったら幾らの買い物が出来る?このポイント結構馬鹿に

ならないから意識してないと駄目よ、あと働いて賃金を貰って、あ、ただ働きは絶対しちゃ

いけないからね、これ大事、あとあと」

あ、あう・・・お金・・大事?

凛の怒涛のお勉強に晒され、白野はふらふら頭を揺らしながらついそんな事を言う。

「そうよ、そうなのよ、お金は大事って分かってくれて嬉しいわ」

「何が嬉しいのかね」

我が意を得たりと喜んでいた凛の頭を、アーチャーが軽くチョップした。

「ちょっと、何するのよ、アーチャー」

「色々落ち着いて下さいミス遠坂、貴女は算数を教える筈なのに、今までずっとお金の事しか

話していません、経済を教えるのではないのですよ、というか経済でも無い気もしますが」

凛の抗議に、アーチャーの代わりにラニが応じた。

「なによ、お金は大事でしょ、私は算数と一緒にその事も教えてあげてるの、一石二鳥じゃない」

「全く、凛は相変わらずよの」

「そうですよ、あんまりお金お金って言ってると、そのうち膝に乗せた孫よろしく、ご主人さまから、『お姉ちゃん、お金臭ぁい』なんて言われかねないですよ」

「なっ!?」

流石にキャスターの言葉にショックを受けた凛は肩を落とした。

 

「ではミス遠坂がオチ付いた所で、次は私の授業といきましょう」

言葉の微妙なニュアンスの違いに首を傾げている凛を余所に、ラニが授業を始める。

「私が教えるのは倫理です、これは財布が豊かでも心が貧しくてはより良き人生は送れないから

です、丁度反面教師も居るので分かり易いと思いますが」

ラニの言葉に凛以外の一同が頷く。

「何、さらりと人の事デスってるのよ、それに私は充実した人生送ってるわよ」

「おや、別に私はミス遠坂と言ったわけでは無いのですが、自覚があるのですか?」

「今のさっきで白々しいわよ、と言うか、倫理なんて今の白野には難しすぎるでしょうが」

「ホム、そうかもしれませんね、では道徳で行きましょう」

そうして今度はラニの授業が始まった。

「人は嘘をついてはいけません、その場では良い事が一時的に起きるかもしれません、しかしその先良かったと思っていた事以上の悪い事が起きるのです、結局は自分を苦しめる事になるのです」

凛とは違うのだよ、凛とは

まるで歴戦の教師のような自身に満ちた態度で授業を進めるラニ。

なによ、マニュアル頼みの癖にと僻む凛を無視し、ラニは大きく手を広げ。

「そうです自分を偽わるのはイケナイ事なのです、さあ解放しましょう、貴女を縛り付けている

物を脱ぎ捨て、私と一緒に気持ち良くなってみませんか?」

 

「「「「おぃぃぃ、何を教えようとしているんだ!」」」」

 

ラニお前もかっ

と、ローマ帝国風に言うセイバーにラニは意外そうな顔をする。

「おや、セイバー、貴女は同意してくれると思っていましたが」

誰が同意するかと憤るセイバーの元へすすっとラニは近づくと

「解放されたミス白野の姿は実に美しいと思うのですが?」

ピクッとセイバーの眉が動く。

「た、確かにその奏者は実に悩ましい存在となるのは間違いではないが、いや、しかし、

だが・・・」

色々悩むセイバーにアーチャーが咳払いをする。

「こほん、セイバー、君はマスターのパパではなかったのかね?」

アーチャーの指摘に、流されそうになったセイバーは、ハッと我に帰る。

「そうだ、余はそんな、げふっ、奏者の嫌がる事は、がふっ、するわけは、ぐふっ、無い」

「なんか随分心の中で葛藤してるみたいね」

凛がむせ返りまくるセイバーを見て、しみじみ言った。

 

その後ラニの授業は強制終了となり、次はアーチャーが黒板の前に立った。

「ふむ、では次は私か、では家庭科といくか」

その授業内容にキャスター達は納得する。

「まあ、バトラーなアーチャーさんらしい授業ですね」

「適任ではあるな」

「桜は基本医者だし、キャスターはイメージがアレだし」

「失礼ですね凛さんは、私はご主人様に尽くす良妻狐ですよ」

などと周りの保護者?達が言っている前で、アーチャーがそれではどのような事をしようかと

悩んでいた。

(通常は料理だが、しかし炎と刃物を扱うから危険があるな、裁縫は、駄目だ、マスターの指に

針穴がいくつもあきそうだ)

妙に過保護になって考え込んでいたアーチャーは、ふと思いついた。

「よし、掃除をしよう」

「掃除ですか?それって家庭科なんですか?」

キャスターが首を傾げた。

「家事に含まれるのだ、家庭科と言ってもおかしくは無いだろう、それに何より掃除なら怪我の

心配は無い」

「ああ、まあそうですね」

アーチャーが考えている所を察してキャスターが頷いた。

「でも掃除って、どこを掃除するんですか?」

「ふむ、私はマスターには自分の部屋の片づけをして貰おうと思っている」

「ご主人さまの・・・」

「部屋・・・だと?」

桜の問いに対してのアーチャーの答えを聞いて、キャスターとセイバーがショックを受けた顔を

した。

「やりますねアチャ男さん、授業にかこつけてご主人様の部屋に入り、掃除と称してご主人様の

お宝ゲット☆しようとするとは」

「うむ、これには余もまいったと言うしかない」

「・・・・・君達の煩悩から掃除しても良いんだぞ」

凄みのある声を出すアーチャーにキャスターは、パタパタと手を振る。

「嫌ですねー、アーチャーさん冗談ですよ、冗談」

「うむ、余も冗談だ。筋金入りのムッツリであるお前がこの程度で馬脚を表す筈が無いからな」

非常に言いたい事があるアーチャーだったが、この二人をまともに相手をしていると、授業が脱線したままで戻らない、咳払いをして場を仕切り直すと。

「では、行こうかマスター」

アーチャーは白野の手を引き、白野の部屋へと向かう、当然の如く後を付いて行くその他の面々。

部屋に入ると、アーチャーは白野にハタキを渡す。

白野は早速、部屋の中の置物などの埃を払い始めた。

その後ろでは

「うふふー、ご主人様の部屋の掃除って少しドキドキしてしまいますねー」

「うむ、奏者のどんなお宝が眠っているか、そう考えるだけでワクワクが止まらん、何せ入った事は何度もあるが、家探しした事はないからな」

「あの二人とも、今からするのは掃除であって何かを漁りにきた訳では」

桜の指摘にセイバーとキャスターは、

「無論分かっている」

「当たり前じゃないですか」

と、のたまう。

「なんて言いつつ、どうして貴女達はタンスを開けようとしてるのよ」

「んもぅ、嫌ですねー、これはこういう時のお約束です」

「うむ、そうだ、そしてもう一つのお約束、それはベットの下に隠されたお宝アイテムをゲット

することだ」

セイバーがビシッとベットを指さす。

その指さす先でアーチャーがベットメイキングしていた。ベット下の埃を払う事も忘れていない。

「なんだと!?くっ、アーチャーに先を越されるとは」

「やっぱあのドンファン油断ならねー、こういうラッキーイベントだと抜群の強さを見せやがる」

「け、けどほら、別に何も無いかも知れませんし、そこまで気にする程じゃ」

ぐぎぎっと、歯軋りして悔しがり、今にもアーチャーへ飛び掛かろうとするキャスターと

セイバーに対し、桜があたふたと場を取り成そうとするが、

「でも、あの娘結構貧乏性っていうか、物を色々貯め込む癖があるのよね」

凛が口に手を当て思い出すように言った。

「ちょっ、凛さん今そんな事言ったら」

「あ、ごめん」

自分の失言に気が付いた凛が素直に謝った。

「そ、そうよね、普通無いわよね、ハムスターじゃあるまいし、そんなベットの下に恥ずかしい物を隠すなんて・・・・」

と、凛が言いかけた時。

「信じられん、まさかこんな物を隠していたとは・・・・」

アーチャーの呟きが聞え、一瞬場が固まる。

「ちょっ、マジで!? まさか本当にイケナイ本があったんですか」

「なんだと!?ならば奏者の嗜好を知る為にも、是が非にでも見なければならぬ」

鼻息を荒くする二人を桜が慌てて止める。

「そ、そんな駄目です、先輩のプライバシーを暴こうとするなんて、絶対駄目です」

そんな桜に、キャスターはニヤーーーリと怪しく笑う。

「あれー、そんな事言っちゃって良いんですか桜さん、もしかしたら貴腐人御用達の本かも

しれませんよ」

「なっ!?」

「ご主人様もあれで乙女な所がありますし、もしかしたら、もしかしたりするかもしれません」

「なっなっなっ」

「ほーら桜さん見たくなってきた、見たくなってきた」

キャスターは桜の顔の前で指をぐるぐると回す。

「・・・・し、仕方がありませんね、キャスターさんに呪術をかけられたら、私では抵抗

出来ませんし、ほんと不本意なんですけど一緒に先輩の秘密を見ちゃいます」

テレッテレとなる桜。

「ふっ、チョロい」

「桜・・・・貴女」

凛がどこか痛ましげに桜を見た。

 

「ではでは、見ちゃいましょう、覗いちゃいましょう、はい、それではオープン」

そんなにショックだったのか、いまだに手の中の物をじっと見て動かないアーチャーの手元を

キャスターが覗きこむ。

そこにあったのは、

「あれ? なんですこれ、激辛麻婆豆腐パック?」

予想していた物とはかけ離れた物があったので、キャスターが首を傾げる。

「あー、そっちか、そういえば奏者は好きであったな、激辛麻婆豆腐」

期待外れな結果にセイバーは落胆を見せた、その横でセイバーを押し退けるかのように

身を乗り出していた桜も肩を落とす。

「え、そうなんですか?アーチャーさんはご主人様には絶対に麻婆豆腐は出すなって言ってましたけど」

そう言った時のアーチャーの鬼気迫る顔を、キャスターは顎にひとさし指をあて思い出す。

あれは全く有無を言わせない態度だった、余程白野に悪影響を及ぼすものと思っていたのだが、

どうやら違うらしい、とキャスターは思った。

「いやいや、あれで奏者も中々でな、カワイイ顔してやるのだよ」

「そ、それはどんな風にですか、ドキドキします、もしかして激しく?」

「うむ、激辛だ」

「きゃー」

セイバーの頷きにキャスターが黄色い声を上げる。

「あのキャスターさん、何でもそっち方面に持っていくのはやめた方が」

「はい来た、カマトト発言、桜さーん、ご主人様が隠していた物がピー本じゃなかったからって、突然良い子になるんですか?もし隠されてたブツがエルエル本だったら、今頃はイケナイ娘に

なってたんじゃありません?」

「そ、そんな事ありませんっ」

桜は顔を赤くして顔を背ける。

「む、それにしても先程からアーチャーはなぜ動かないのだ」

「さあ、期待の物が出なくてショックでも受けてるんじゃ」

「キャスター、お前では無いのだぞ」

「てへ、ぺろ」

キャスター達がそんな事を言っていると、突然アーチャーは激辛麻婆豆腐パックを投げ捨てるようにして、段ボールに入れた。

突然の行動に、何事!?と、驚いたキャスター達の前で、アーチャーは全ての麻婆パックを

段ボールに詰め、ガムテープで何重にも封印処理をした後、産廃のラベルを張った。

「ちょっ、何してるんですか、普段から食べ物を粗末にするなって言ってるアーチャーさんらしく無い行動ですよ、それ」

「食べ物・・・だと?」

ゆらりとアーチャーが振り向いた。

「ひっ」

その迫力に、キャスターは思わず後ずさった。

「これは食べ物では無い、形容しがたい赤いナニかだ」

アーチャーは激辛麻婆豆腐パックを封印したダンボールに、ハザードマークさえ付けた。

「は?形容しがたいって、ただの麻婆なんじゃ」

その余りに大袈裟な対応に、キャスターはやや引き気味となる。

「これには言峰マークがついていた」。

「言峰マーク?なんですそれ?」

「奴が試食し、泰山店基準を満たした物にのみ貼られる悪夢のマークだ、マスターにこれを

食べさせる訳にはいかない」

「し、しかしだな、奏者が知らぬ間に勝手に処分するというのは、拙いのではないか?」

今の白野は何も知らないので、アーチャーの豹変をただポカンとした顔で見ているだけだ。

しかし元に戻った時に仕舞っていた物が全部捨てられていたとなれば、流石に白野も怒るだろうと、セイバーはやんわりアーチャーを窘めるが。

「マスターには常々、常々言っていた、アレにだけは手を出すなと」

アーチャーはこの件に関しては聞く耳を持たないらしく、きっぱりと言い切る。

「私も鬼では無い、個人の味の好みは尊重しよう、辛い物好きというのも構わないし普通の

麻婆豆腐であれば許容もしよう、だがこれは駄目だ、一度手を出せば、味覚は破壊され、

アレ以外何もまともに感じられなくなる、まさに悪夢のブツだ」

「あの、麻薬じゃないんですから」

「同じだっ、ダメ、絶対」

もはやこの拒絶の仕方は、魂に刻まれた生前のトラウマレベルだ、ここに至っては一同にアーチャーを止める術は無かった。

 

アーチャーの処理が終わり、部屋の掃除も楽しいお宝アイテムが出る事無く完了した後、

今度はセイバーが黒板の前に立つ。

「ふむ、次は余の出番だな、余の授業はずばり美術だ、そして余が描く!」

「あー、はいはい、もういいですから」

すぐさまキャスターが、次の人出て、次の人と他の皆に手招きする。

「待て、なんだその態度は」

「どうせまた心霊写真が出来上がるだけでしょ」

「なんだと!今度は大丈夫だ、ほら三度目の正直と言うではないか」

「みんな二度ある事は三度あるの展開しか予想してません」

「くっ、馬鹿にするなよキャスター」

「だいたいセイバーさんが絵を描くだけなんて、それのどこが美術の授業なんです?」

「ふ、愚問だな、余の美術の授業は優れた美術品に触れる事で奏者の心を豊かにする事なのだ、

そして余の描いた絵画はそのまま優れた美術品となる」

「よく言いますね、いつもご主人差のSAN値を削り取るような絵しか描けないくせに」

「ええい、黙れキャスター、見ているが良い、今度こそ至高の芸術作品を造り上げて魅せよう」

セイバーの気合一発、筆が舞い絵具が飛び散り独自空間がキャンパス上に展開する。

 

「出来だぞ、見よ!今回は彩り鮮やか、艶やかに化粧を施した麗しき奏者の顔を描いた!」

バンッと出来上がった絵をセイバーは披露する。

「とっても、写楽な絵です。ウホッ、良いネタ☆ですね」

何故だぁぁぁぁぁっと、セイバーは頭を抱え、天を仰ぐ。

「だいたい化粧って、なんで歌舞伎の隈取にするんですか、それ以前にご主人様はこんな瓜長な顔してないでしょうが」

キャスターが絵に描かれている顔の線に沿って指を這わせながら言う。

「まあ、これはこれで美術と言えますけどね、ご主人様の似顔絵なんて言い出さなければ」

キャスターにけちょんけちょんに言われ、拗ね顔になるセイバーを桜がまあまあと宥めた。

 

「あー、じゃあ、美術はこれで終りね、次の授業に行きましょう」

凛が取り敢えずその場を締め、キャスターが進み出た。

「はいはーい、それでは私の番です、このタマモ魅惑の保険体育を・・・げほっ」

「真面目にやりたまえ」

言い出す事を予想して身構えていたアーチャーが、すかさずキャスターの頭にチョップする。

「分かり易過ぎる」

「ミス遠坂風に言えば鉄板ガチガチ出来レースと言う奴ですね」

次々と突っ込まれたキャスターは不満げな顔をする。

「ぶー、分かりましたよ、なら歴史でいきます」

キャスターは黒板へと向かい、チョークで大きく文字を書く。

 

萌え

 

「は?」

その二文字を見て、凛が怪訝な顔をした。

「そもそも萌えという言葉は1980年代後半から成立したというのが一般の説ですけど、

その経緯はよく分かっていません、それと言うのも」

「待てキャスター、なんの歴史だ、なんの」

「何って、萌えとオタクの文化史ですよ、これも立派な歴史です」

セイバーの疑問の声に、キャスターがさも当然に答える。

「別に構わないでしょ?個人の裁量に任された授業なんですから」

「で、でも、キャスターさん、幾ら何でもそれは・・・・ここは普通に世界史とかやれば

良いんじゃないですか?」

そんな事を言う桜に、キャスターはチョークを手の中で玩びながら意味ありげに笑いかける。

「あら、桜さん、この後は乙女の×算の変遷の話でもしようと思ってたんですけどね」

「・・・・・・・・別に、学校ごっこだから何でも良いですよね」

「桜・・・・貴女」

凛はやはりどこか痛ましげに桜を見た。

 

一部で批判の声が出たが、キャスターは気にせずそのまま歴史の授業を進めた。

聖地アキバの事、絶対領域の黄金比率の事、愛でるOK・NOタッチな事。どれそれ上下どっち

論争な事を話す。

そして手をパンパンと打ち、知識はここで終わりと言って、すすっと白野に近づいた。

「はい、ではでは次に実践とまいりましょう、ここに取り出した狐耳、ご主人様に着けちゃい

ます」

素早く白野の頭に狐の耳飾りを着けるキャスター。

「あぁーん、らぶらぶらぶりー」

狐の耳飾りをつけた白野を見て、キャスターは嬌声を上げる。

「では次に尻尾、いやーん、もう尻尾がある者同士モフり合いましょう モフり愛ありがとう、

そして狐な二人はお互いお尻をくんくんして仲間の確認を・・・」

「させん!」

今までケモモ白野にほわんとなっていたセイバーが、キャスターを止めた。

「まったく好きあらばピンク展開に持っていこうとして」

「むう、凛さんも黙って見てた癖に」

「貴女はやり過ぎなのっ」

凛は気恥ずかしさに頬を赤く染め、強い口調で言った。

 

「えーと、それでは最後に私の授業ですね」

キャスターがセイバーに引き摺られて下がり、桜が代わりに白野の前に立つと、ぺこりとお辞儀をした。

「それでは私は保健の授業をしたいと思います」

「ふむ、桜にぴったりだ」

「そうですね、適任と言えます」

「それじゃあ、ちゃっちゃと始めちゃって」

「ちょっと待てぇい!」

みんなあっさり、桜が保健の授業をする事に納得したので、キャスターが荒ぶる。

「私の時はみんな一斉にパッシングした癖に、桜さんだと何でそんなにあっさりと認められるん

ですか」

「キャスター、これを見よ」

セイバーがキャスターに鏡を見せる。

「この鏡が何か?」

「インラン狐が写ってるだろう?それが理由だ」

「ほほぅ、淫蕩皇帝が良く言ってくれちゃいましたね」

セイバーとキャスターがお互いの視線をぶつけ合って火花を散らしているのを余所に、桜が授業を進める。

「病気になるのは身体の中に悪い菌が入るのが主な原因です、なので外から帰ったら、うがい手洗いをしっかりして下さいね、あと身体を清潔にしておく事も大事ですよ」

桜はBBが持っているような指揮棒を軽く回しながら、授業を進めて行く。

白野の先生役をするというのが、桜にとってはかなり楽しい事らしく。

「私の事はブロッサム先生と呼んでくださいね」

と、ノリノリだった。

桜は白野に健康について色々噛み砕きながら説明する。

食事は健康な身体を作る上で大切な事だと話した後。

「それと、食事の前には必ず手を洗いましょうね、でないと身体にバイキンが入っちゃいますから」

ここ要チェックですよと、桜は指揮棒を上下に揺らす。

「特にキャスターを触った後にはな」

フッと腕組みしたセイバーが笑った。

「ほほほ、セイバーさんを触った日にはもう、防護服を着ての除染作業並みに完全滅菌処理しないと駄目ですよねー」

尻尾をことさら左右に振り、口に手をあてキャスターが笑う。

「くくくく」

「ふふふふ」

「なんかあの二人変な笑い声上げて、睨み合ってるけど良いの?」

「ま、まあ、暴れ出す事はあるまい、多分な」

 

一時危険な状況にもなったが、なんとか学校ごっこも無事に終わり、みんなで和室へと戻る。

「それで、白野は何時までこのままなの?」

バリっと煎餅を齧り、凛が尋ねた。

「うむ、ギルガメッシュが言う事を信じれば、今日にも元に戻る筈だ」

「へー、そうなんだ」

「まあ、ご主人様もずっとこのままという訳にもいきませんしね」

キャスターが、桜から受け取ったお茶をすする。

「今のご主人様、非常に愛らしいのですが、元の姿に戻らないと、あーんな事や、こーんな事や、うへへ大人しくしろやな事、出来ませんものね♪」

キャスターは身体をくねらしていつものピンクな事を言うが、どことなく言葉にキレが無い。

「少しだけ名残惜しいと言うか、あ、先輩がこのままで良いなんてそんな事思っているわけじゃ

無いんですよ」

お盆を胸に抱いていた桜が、思わず漏らした気持ちを慌てて自分で否定した。

「いや、桜君の気持ちも解らないでも無い、私にもそうした気持ちが無い訳では無いのでね」

「うむ、そうだな」

手はかかったし、気も使った、始めは白野の為にと思っていたのだが、

何時の間にかこの状況を楽しんでいた。

皆は複雑な顔をする。

「なら写真でも撮ってみたら?」

なんとなく場がしんみりした所へ凛が提案した。

「写真か」

「そ、みんなで撮った思い出の写真を残すなんて悪くないんじゃない?白野は子供時代の写真

なんて持ってるわけ無いし」

「ふむ、良いかもしれぬな」

何時の間にか取り出した薔薇をセイバーが手でくるくる回す。

「変に倒錯した写真撮らないでよ」

何を想像しているのか含み笑いをしているセイバーに、凛が釘を刺す。

当たり前だと慌てるセイバーの横、キャスターが手を挙げ身体を乗り出した。

「はいー、それはナイスですよ、早速私とご主人様のエンゲージメントフォトを撮らないと」

「待て、いつお前と奏者が婚約した」

キャスターの四畳半計画を聞かされたセイバーがすぐさま噛みつく。

 

「ま、なんでも良いわよ、みんなが笑ってられる写真が撮れれば」

「悪くはないか、とはいえ、マスターは色々と揉みくちゃにされそうだ」

「写真という記録保存の方法も記憶の保存には良いでしょう」

「それでは、私カメラ用意しますね」

「じゃ、そんな記念写真撮ろうか、今この時が確かにあった事を残すために」

凛が白野の手を取り、優しい顔になって言う。

桜は少し照れて、ラニは自分の表情を隠すように指で眼鏡を上げて、アーチャーはやれやれ君も

大変だと少し呆れた顔をして、口喧嘩を止めたセイバーは何時もの様にドヤ顔で、

キャスターは慈しむように。

 

最高の思い出を残しましょう。

 

そんなみんなに、

白野は華のような笑顔を浮かべた。

 

写真はまずはみんなの集合写真を撮った。

その後は個別に白野と写真を撮る。

セイバーは白野を抱きしめて、頬をスリスリとしながら。

キャスターは膝の上に乗せた白野の胸の辺りで両手を組み。

凛は白野を引っ張るように手を引き、ピースサインで。

ラニは白野に眼鏡をかけさせ、一緒に指で眼鏡を上げる仕草をして。

アーチャーは二人で正座し、その前にぶっとい杭を打った激辛麻婆豆腐パックの空箱を置いて。

桜はお揃いのリボンを頭につけて。

それぞれが、それぞれの想いのまま写真を撮る。

 

最後にみんなで肩を抱き合い、じゃれつき合い、笑い合う集合写真を撮って終わった。

 

 

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そしてこの短くも賑やかな時間の終わりを告げる者が姿を現す。

「白野さんも子供時代を満喫したようですね」

みんなで白野が子供になった後に起きた出来事を語り合っていた場に、子ギルが姿を現した。

「そろそろ元に戻る頃なので様子を見に来たんですけど」

「ふむ、そうか」

白野の頭を撫でながら、この賑やかな騒動も遂に終わりかと寂しげな声を出すセイバー。

「あれ、もしかしてこの子供ってギルガメッシュ?」

「ああ、そうだ」

アーチャーが答えると凛が驚きで目を丸くする、ラニも驚いていた。

「うそ、この子供がどうやったらアレになるのよ、どんな突然変異よ」

「あはは、また随分とハッキリ言いますね、まあ確かにそう言う気持ちは分かり過ぎる程

分かりますけど、ほんとに大人の僕はどうしてああなっちゃうのかな」

「それでマスターは、後どれ位の時間で元に戻るのだ?」

アーチャーが尋ねると、

「今ですよ」

即座に子ギルが答えた。

その言葉を聞いて、皆それぞれ想いにふける。

「夢は醒めるか」

「マスターにとってこの時間が有意義なものであったなら、良いのだがな」

「どうしたんです皆さん? まるで白野さんとお別れするような顔をして、元に戻るだけですよ

彼女は」

子ギルの言葉にキャスターが明るい声を出す。

「そうですよ、ご主人様は帰って来るんですよ、みんなで熱烈に歓迎しちゃいましょう」

「歓迎ねぇ、白野にとっては訳の分からない歓迎になりそうだけど」

「まあ、ミス白野ならいつもの奇行の如く、なんなく対応しそうですけど」

「あはは、先輩ならそうしそうですね」

違いないと、皆の顔に笑みが浮かぶ。

 

そんな時。

「あ、まずい」

子ギルが突然呟く。皆がどうしたのかと見る中で子ギルが、あははと笑う。

「いやー、もう元に戻るんですけどね、若返りの薬には一つ問題があるんですよ」

「問題だと?」

セイバーが、聞いてないぞそんな事はと、眉を顰める。

「前に、身体に負担はかからないと聞いていたのだが」

返答次第ではと剣呑な雰囲気を出すアーチャー、キャスターも目を細めた。

「いえいえ、身体に悪影響が出るとか、そういう事では無いんです。

この若返りの薬、身体も精神も若返って、身体に負担もかけず後遺症も何も無いんですけど」

なら問題は無いのではと、弛緩しかけた空気が次の言葉で一気に張り詰めた。

「服のサイズまでは変わらないんですよね、当たり前ですよね」

あはははっと笑う子ギルに、一同の表情が凍りつく。

「服って、ま、まさかっ!?」

一斉に皆が子ギルを見る。

その時、子ギルの身体が輝きだした。

「ぬわっ」

と、セイバーが妙な声を上げる中、子ギルの身体は光に包まれ、シルエットだけとなる。

これはつまりギルガメッシュが元に戻るという事。

馬鹿止めろ、誰か止めろと、そんな声も空しく、

シルエットがどんどん、どんどん大きくなる。

なってしまう。

 

「ふははははははははははははははははははははははははははははははっ

我さま、ここに爆誕っ、雑種ども伏して仰ぎ見よっ!」

 

げぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ、A・U・O!?

 

裂けた服が舞い散る中で元の姿に戻ったギルガメッシュに、全員の間に戦慄が走る。

早く服を着ろぉぉぉっとの声をギルガメッシュは足下に拒絶する。

 

「たわけ!王の復活に目を逸らすとは何事か!さあ雑種共、我がこの完璧な肢体、存分にその目に焼き付けよ、しかる後に拝し、己が矮小さを脳髄の一滴までに刻み込むが良いっ、

我が宝具大・開・帳!」

 

AUO キャストオフッ フルオープンッッッ!!

 

両手を思いっきり広げ、常識という世界を真っ二つに切り裂く最悪の一撃が今放たれた。

その真正面に居たのは。

 

ハ・ク・ノ☆

 

「ナニ晒しとるっ、おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

尾を八尾まで増やした怒りのタマモの玉天崩がAUOに炸裂する。

一瞬で白野の視界から消え去るAUO。

スクッとセイバーが立ち上がった。

その目は限りなく冷たい。

生前は数多くの裁判を取扱い、名裁判官としても知られていたネロがこの事態をジャッジする。

「被告っ、ギルガメッシュ、罪状っ、キャストオフ、

判決は死刑!死刑だ!! 死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑!!

そこを蹴れ!!あそこを蹴れ!!我とか言う奴のソレを根絶やしにせよ!!

目標!!ゴールデン!!死刑執行!!」

 

よっしゃぁぁぁぁぁぁぁと、応じたキャスターの練りに練った一撃の連続打撃。

 

「まずは金的っ! 次も金的っ! 往生しやがれ、これがドトメの金的だぁっ!

砕けろやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

「む、むごい・・・」

いくら自業自得とはいえ、その処刑執行は流石に男として同情して良いレベルだと、

アーチャーは思わず目を背けた。

「セセセセセセセンパイを早くここから非難させないと」

我に帰った桜が、あわあわあわあわと珍しく取り乱す。

「そうね、色々修羅場すぎるわねこれは、こんな所に居たら白野の教育上、拙すぎるわ」

「私は有りだと思うのです」

ラニはクイッと指で眼鏡を押し上げる。

「ラニ、なにを言っているの?」

「このままいけば、ミス白野もまたキャストオフする、それはつまり人の解放という真理への

到達・・・・」

その特殊すぎる真理に至ったラニはギルガメッシュの行為を肯定しようとするが、

「ラニ自重しなさい、でないと、あれよ」

凛は、スッと処刑実行現場を指さす。

そこは凄惨な屠殺場、執行人たる彼女達には躊躇いの文字は、無い。

「・・・・・・・・・・・自重します」

「ええ、それが良いわね」

ラニは素直に引き下がった。

「しかしまあ、最後までこれなんてね、落ち込んでる暇も無いじゃない」

凛はクスリと笑った。

 

最後の最後で阿鼻叫喚の地獄絵図な展開となったこの騒動も、

修羅な現場から避難した白野が元の姿に戻った事で終了する。

 

「お帰りなさい」

「お待ちしてましたよー、ご主人様」

「うむ、健やかそうで何よりだ」

「どこか具合の悪い所は無いかね?」

「もし何かあれば、服を脱いでください、観察します」

「あのラニさん観察では無く診察です、それにそれは私がしますから、

とにかくお帰りなさい先輩」

 

それぞれがそれぞれの表現方法で白野を迎える。

子供から大人になった白野は目をぱちくりさせるが、

みんなの顔を見回し、やがて顔を綻ばす。

 

「うん、みんな、また逢えたね」

 

そう言って、白野は華のような笑顔を浮かべた。

その笑顔は、今はもう見る事が出来ないと思っていた笑顔。

え、まさか憶えてる!?

と、驚く一同に、白野は悪戯っぽく

なんとなくね

と言って身を翻し、家の奥へと駆けて行く。

待って下さいー、待つのだーとキャスターとセイバーが後を追う。

その様子を凛が呆れたように見る。

桜は少し困った顔をしていた。

ラニはさもありなんと頷き。

アーチャーは縁側に出て、空を見上げる。

「やれやれ、賑やかなのは変わらないか、少しは落ち着いてもらいたいものだが」

そう言いつつ、その口元は笑っていた。

 

スーパーゴージャス・パクスローマナ・二人の愛の巣マイルーム邸は今日も通常運転、

事もなし、岸波白野の時間は流れ続けていく。

 

 

ちなみにあの光り輝くAUOをまともに見てしまい、後の影響が心配された白野だったが、

身体ともに精神も幼くなっていたのが幸いし、特にショックも受けずトラウマにもならずに

済んだ。

 

良かったね、はくのん。

 

 

 

え?ギルガメッシュはどうなったかって?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・TS化?

 

 




感想有難うございました、これを励みにこれからも作品を作っていきたいと思います。

今回の反省点はBBを全く出せなかった事。
どうも桜もそうですけど、BBも基本待ちタイプだとイメージしてますので、助けを求められれば即参上、そうでなければ見守る事に徹する、そんな感じになってしまってます。
子供白野にはみんな優しかったので出番を作れませんでした。

まあ、裏で子供白野の仕草に悶えてたり、一緒に写真撮れなくて落ち込んでたりしてるんでしょうけど。



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教えてブロッサム先生 地上編

「では、先輩良いですか、この世界の地上の様子を説明しますね、

まず地上の状況は資源が枯渇し、西欧財閥主導の管理社会となったままで、レオさんはまだ西欧財閥を完全掌握しておらず、凛さんもレジスタンス所属と一応なっています」

「でもこの二人、ラニさんを通じて結構頻繁に情報交換していますので、聖杯戦争前のような単純な対立関係となっていません。というかぶっちゃけ協力体勢です」

「レオさんは今の管理社会を良しとせず、より良い未来を模索しつつ、西欧財閥を完全掌握する為にユリウスさんと共に暗躍中です。ユリウスさんですが、影の実行部隊に所属しているのは変わりませんが通常の半分だけだった寿命は、ラニさんのアトラス院の技術や、ムーンセルの有している情報により通常の人ぐらいまで延びています。」

「ラニさんはアトラス院に居ます、これは秘中の秘ですが実は桜・BBとの通信回線を持っており、地上から月への接触が出来なくなっている現在において、唯一の窓口になっています。なので地上の先輩の友達がセラフに来るには、ラニさん経由でないと行けません」

「ガトーさんは世界を放浪していますが、情報収集という役割も担ってもらっています」

「シンジさんとジナコさんですけど、先輩はデーターだけで地上に降りて、地上の回線を使ってネットゲームで一緒によく遊んでますよね」

「ちなみに、その時使っているアバターがこれです

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前: ぷちの

 

鳴き声: ザビ!、ザビ!

 

特殊能力: 四人のサーヴァント、執事、芸術家、狐、金持ちの何れか、もしくは全員を召喚、

      ただし泣いた状態では、必ず八尾状態のタマモが召喚されるのでとっても危険、

      決して泣かせてはいけない。

 

「作成にはフリーソフトぷちコレを使用しています」

 

「そして地上に居るもう一人の先輩ですが、今現在西欧財閥から指名手配されています、

これは地上から月への接触が出来なくなったと同じ時期に流れた『開かれない聖杯戦争の優勝者、岸波白野』という噂のためです。確証が無いただの噂だったのですが、事が事なだけに、地上の先輩を確保しようと、西欧財閥が指名手配しました。しかし幸いレオさんが徹底的に骨抜きにし、実効性の薄いものとなっています、取り消せなかったのは、聖杯がらみの案件な為、まだ西欧財閥を完全掌握していないレオさんでは強引に取り消す事が出来なかったからです」

「地上の先輩は今は生前のアーチャーさんである、教官さんと行動を共にしています。

月の先輩とは会っており、月での出来事も知っています。

その際、地上の先輩は月の先輩の事を双子の姉と認識しました。名前は同じ岸波白野だったんですけど、地上の先輩は目覚めた時に生まれ変わったのだと言って、逃亡中の偽名を自分の本当の名前としています。」

「凛さん達も地上の先輩の事は月の先輩とは別人との認識で。独立した別個人として友人関係を結んでいます。地上の先輩と月の先輩は同一存在であったため、性格などよく似ていますが、やはり生きてきた環境が違うため、若干の差異があります。」

 

「今現在の状況はとりあえずこんな所です、それでは失礼します」

 

 



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月の宴

月の宴

 

 

「ふむ、月の上での月見というのも、また趣があるものよ」

縁側の床に、肘があたる部分に何枚もの上等な布を敷いて横臥しているセイバーは、ワイングラスを掲げる。

グラスの中のワインに月が映え、時折グラスを揺らして月の変化を楽しむセイバー。

「ディアナ神が姿を現しそうな良い風情よ、清浄な月と見目良い花、最高の酒の肴よの」

コトリと空になったワイングラスを床に置き、その前に居る者へとセイバーは目を向けた。

花ってもしかして私の事?

白野は自分を指さし、ちょっと首を傾げる。

うむうむとセイバーは満足げに頷く。

なんで私が花なんだろうと

溜息をつきつつ白野は空になったグラスにワインを注ぐ、セイバーはアーチャーが作ったつまみをひとつ口に放り込み、ワイングラスを再び持った。

「奏者は飲まぬのか?余が注ぐぞ」

私はいらないと白野はかぶりを振る。

「ふむ、そうか、まあ酒は愉しむもの無理強いはせぬ」

そう言いつつワインで口を湿らすセイバー。

ところでさ、お月見をするのは良いんだけど、どうして私がウサ耳つけるの?前に取れなく

なって、軽くトラウマなんだけど。

ワインの入った瓶の口に指をあて、中身が零れない程度に回しながら、白野が言った。

「良いではないか奏者よ、実に似合っているぞ、月にウサギ、これぞ風流というやつであろ?」

そうなのかな?と白野は首を傾げつつ。

また、取れなくなるなんて事ないよね。

と、心配する白野が自分の頭に着けられたウサ耳をしきりに触る。

その度に位置がずれるので、どうやら取れなくなる事はなさそうだと白野は安心する。

 

 

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「む、奏者よ、あんまり動かすものでは無いぞ、ベストポジションからずれる故な」

セイバーに窘められ、ウサ耳を弄るのを止めた白野は、少し眉を寄せた。

「どうしたのだ?そんなにウサ耳をつけるのが不満か?まるで1000年以上もの間

つけ続けたかのように、しっくりとしているのだが」

うーん、まあ耳だけでバニーガール姿になれって言うんじゃ無いから良いんだけど、これ着けるとBBが不機嫌になるんだよね。

前に白野の頭からウサギの耳飾りが撮れなくなって、ちょっとした騒ぎになった事があった。

目の前に居る皇帝さまとお狐様が荒ぶり、白野があたふたしていた時、状況を見かねたBBが

手助けをしてくれたのだ。

その時、なんとか取ったウサギの耳飾りをBBは忌々しげに見た後、さっさとダストシュートに

放り込んで消去させた。

それ以来、BBは白野がウサギの耳飾りを着けていると非常に不機嫌な様子を見せるようになっていた。

まあBBにしみたら、人に手間をかけさせておいて、なんでまた何を同じ事をしてるんですか、

馬鹿ですかって事なんだろうけど。

などと言いながら、白野は自分の頭についているウサ耳の先をちょいちょいと指で玩ぶ。

「ふむそうなのか意外だな、あの者なら逆にウサギのハンティングを楽しみそうなものだが」

あの、因みにそのハンティングの獲物って。

グラスを軽く揺するセイバーに、分かってはいるけど一応確認したいと白野が尋ねると。

「そんなの言うまでも無く奏者だ」

他に誰が居るのかと屈託なく笑うセイバー。

対称的になんでそんなに楽しそうなのと落ち込む白野。

「うむ、安心するが良い、その時は余が先に狩る故な」

・・・・何を安心すれば良いのか、ちょっと良く分からない

白野は手で額を押さえる。

「まあそれよりもだ、折角の月の宴、奏者も愉しまねば損だぞ」

セイバーに勧められて白野は団子を一つ頬張る、抑え目の甘味が程好い感じで幾らでも食べられ

そうだ。

甘い物を食べたせいか、前に追い回されたのを思い出して気重そうだった白野の顔も綻ぶ。

「なに、夜は長い、こうして奏者を独り占めする機会は、そうあるものではないからな、今宵は

余も存分に愉しまさせてもらおう」

あははお手柔らかに、変な事は無しでねと、少々ぎこちなく笑う白野を見て、セイバーは笑みを

浮かべる。

「ふふ、肌を重ねるより、心を重ねる方が何倍もの陶酔感を得られると教えてくれたのは奏者ではないか、今宵は何もせぬ、ただ膝枕はしてもらう」

セイバーはずりずりと白野ににじり寄り、こてっと頭を白野の膝の上に預けた。

白野はローマ時代の人って良く寝ながら物を食べれるな、いやジナコもそうだったかと思いつつ、セイバーにされるがまま、共に月の宴を楽しんだ。

 

 

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「はいセンパイ、メールです」

次の日、夜遅くまでセイバーの月の宴に付き合わされて、少々寝不足の白野の元へ、BBがやって来て、手紙を手渡しした。

ありがとうって、なんでわざわざBBが届けてくれたの?

こんな手間暇かけず、直接メールで送信すれば良いのにと尋ねる白野に、

「何でって、縛りプレイですよ、縛りプレイ、ワンちゃんプレイが趣味なセンパイなら好きですよね縛りプレイ」

BBは意味ありげに笑う。

好きじゃありません。

かつてのBBのやらかしを思い出し、白野は心持ち後退る。

「まあ、センパイの戯言は無視するとして、桜と話し合ったんです、ある程度の不便や不合理は、ここの生活にリアリティを感じさせる事になるだろうって。

要するに整いすぎた電脳空間なんて味気無いから、遊びを作ろうっていう、とっても優しい

BBちゃんの気遣いなんですから、甘受してください」

BBに軽く指揮棒で頭を数回ポコポコされた白野は特に反発したりせず、素直に頷いた。

「それでメールの内容ってなんだったんですか?」

紙での情報のやり取りという非効率なやり方にかえって興味をそそられたのか、白野に手紙を渡した後もBBは立ち去らずに、何が書かれているのか聞いてきた。

白野は手に持っていた折り畳まれた手紙を広げて読む。

うーん、キャスターからお月見のお誘い、昨日セイバーとしたの、知られちゃったみたい。

暫くして、微かに上品なお香の香り漂う手紙を読み終わった白野がちょっと困った顔をした。

セイバーとだけ狡いとの対抗心からだろうから、多分きっと今日も夜遅くまで付き合わされる。

明日も寝不足かなと思う白野をBBが少々冷たい目で見る。

「・・・・それでまた、あの変態趣味を披露ですか?」

へ、変態って、もしかしてウサ耳をつける事?

なんでお月見の度にウサ耳を着けさせられるのを知っているのと、慌てる白野。

バレて無いと思っていたんですかと、BBは呆れた顔をする。

「全く、捕食系の前でそんな恰好をするなんて、センパイ馬鹿ですか、馬鹿ですよね、

ああ馬鹿でしたか」

そ、そこまでバカバカ言わなくても良いと思うんだけど

などと口を尖らす白野を

「馬鹿な事ばかりしてるからです」

BBはバッサリ切り捨てる。

「だいたい何でそんな事するんです?別に好きでやってる訳じゃないですよね?」

確かにちょっと恥ずかしいけど、ほら好きな人には笑っていて欲しいでしょ

不意を突かれて、白野の言葉の理解に少々時間がかかったBBだが、言葉の意味を理解すると

頬を染めて、そっぽを向く。

「――っ、本気で馬鹿ですよね、センパイって。

よくそんな恥ずかしい事、平気な顔して言えますね、頭おかしいんじゃないんですか?」

うっ、ひどい言いぐさ、私だってこんな事知らない人が相手なら恥ずかしくて言えないよ、

でもBB達にはそんな気をつかう必要はないでしょ?

笑いかけてくる白野をBBは見る事が出来ない。

何の邪気も無い笑顔と嘘偽りの無い好意をこんなにも真っ直ぐぶつけられると、BBも対処に

困ってしまう。

(こんな時、こんな時は)

自分の経験からは最適行動を導く事の出来ないBBは、こういう場合どうすれば良いのか、

対応行動パターンを様々検索するが

笑えばいいと思うよ、ハグしちゃえば良いんじゃない、キスしちゃいなよ、

もうお前ら結婚しろよ、爆発しろ

全然役に立たない。

検索する場所を間違えているのか、ヒットする対応方法はBBにとって、かつてのBBチャンネルの時とは別な意味で、恥ずかしくて転げ回りたくなるものばかり。

(たくったくったくぅ、センパイのバカ、センパイのバカ、センパイのバカ)

結局心の中で散々悪態をつくだけとなるBB。

これだから、センパイは困るとBBは心の中で毒づく。

人の心を散々振り回して掻き乱す、天然でやってくるのが滅茶苦茶性質が悪い。

それで暴君や狐や悪鬼やらに狙われる事になっても懲りない、自覚が無い、計算が無い、

ほんとに始末に負えない。

そんな人を惑わす悪魔(BB主観)は、

うーん、BBは好きな人の笑顔を見るのは嫌い?

などと言って、ぶちぶち呟いているBBの顔を覗きこむ。

ハッとし、我に帰ったBBはことさら不機嫌そうな顔をつくり。

「私はセンパイがヘラヘラ笑っているのを見ると、頬を思いっきり引っ張りたくなります」

む、厳しい。

「当たり前です、人に散々迷惑かけて手間かけさせて、それで笑っていられたら頭に来るじゃないですか、おまけにこれからもやらかす気配濃厚なら、猶更です」

ツンとそっぽを向くBBを白野は意外そうに見た。

え、私そんなに迷惑かけてる?

なんて事を言った白野を、BBは引っ叩きたくなった。

「自覚・・・無いんですか?」

冷たく言われて、白野は頭を抱える。

ある・・・よね、やっぱ。

考えてみれば色々と思い当たる節があり、呻くように言う白野に、BBは当たり前ですと

何度も頷く。

「だいたいセンパイは、今までの事なんかと比べようも無い程の大き過ぎる迷惑を私達にかけて

いるんです、忘れるなんて、許されません」

BBの口調が今までとは違ったものとなる。

「自分ではよかれと思ってたんでしょうけど、自己満足なんですよ、ほんと」

BBはもはや白野を見ていない、過去に想いを馳せるような遠い目付をする。

白野もBBの様子が変わったのを感じて表情を改めた。

「例え世の中の殆どの人が立派だと思った行為でも、それがとても迷惑な行為だと思う人が

居るんです、はっ、世界の為だから我慢しろ?私はまっぴら御免ですね、

自分勝手?それこそそんな自分勝手な事を言う人の言う事なんて聞く気は無いですね、私は」

BBは白野には目もくれず、世界に挑むかのように何も無い空中を睨み付け、心情を吐露した。

別にBBには白野を責める意図は無かったのだろうが、月での一連の出来事の中心に居た白野にはBBの想いが解って、一言一言が胸をつく。

 

白野は、元々聖杯戦争の為の舞台装置の一つであるただのNPCだった。

それがふとした事で心を持ち、動き、様々な経験をして誰も予想してなかった聖杯戦争の勝利者となった。

しかし例え頂点に立ったとはいえ、当時のムーンセルにとっては白野は不正なデーターでしか

無い。

聖杯戦争が終われば初期化される運命は変わらない、それを何とかしようとした者達が

様々な騒動を巻き起こした。

BBもその内の一人であり、その騒動の果てに今がある。

それが良かった事だとは白野には言い切れない、だが悪かった事だと言う気は無い。

原因となった者としては結果を良くしたいと思うだけだ。

とはいえ、BB達をそんな無茶な事をさせるまで追い詰めてしまった事には、忸怩たる想いを

抱いていた。

・・・・・ごめんね勝手な事して

思わずそう言った白野をBBは睨みつける。

「私はセンパイには謝られたくなんて無いです」

白野の謝罪を拒否するBB。

それだけ怒っているという事だ、許したくない程に。

そして同時にそんな想いを抱いて欲しく無いと考えているからだ。

 

うう、厳し過ぎる。

楽をさせてくれないBBに白野は困ってしまう。

実際あの時の消失の件に関してはみんな厳しい。

助けられたあの時の連続お説教やら何やらについては、今思い出しても身震いする程だ。

まあ、それだけ心配と苦労を掛けさせたのだから、仕方が無いと、反論は出来ないと、

そう思った白野だったが、それでも一つだけみんなに言いた事があった。

助けられた時は平謝りやら、八つ当たりの攻撃やらの逃走で忙しくて、そんな余裕も無くて言えなかった。

その後、折を見てみんなに言っていたのだが、そういえば、BBにはまだ言ってなかったと

白野は気が付いた。

基本BBはセラフの管理にかかりきりで、積極的に表に出てこないので言いそびれてしまっていたのだが、これが良い機会だと白野はBBの正面に立ち、じっと目を見る。

 

BBにも知っておいて欲しい事がある。

顔を背けようとしたBBだが白野の声が真剣なものであった為、思い直して白野の視線を受け止めた。

確かにあの時は自分勝手な判断だったかもしれない。

仕方が無かった、しょうがなかった、あれしか取りようが無かった、色々と言えるし、

もしあの時に戻れば、多分私は同じ事をすると思う。

BBの表情が険しくなるが白野は構わず続ける。

だけど正直に言えば怖かった。

納得はしていた、覚悟もしていた、でも心の奥底にあった恐怖は捨てきれなかった。

私が聖杯に働きかけて、みんなが助かったとしても、その時に私はそこに居ない。元々私の存在はあやふやな物だったし、聖杯戦争が無かった事になって、この身体が分解されたら、もう何も、

記憶も記録も全て消え去ってしまうかもしれない。

白野は自分の手を見る。友人達との想いを繋いだ手。

様々な、本当に様々な事があった、その度にこの手で色々な想いを掴んだ。それが目覚めただけの白野を完全な一人の人間として覚醒させてくれた。

自分が分解されそうになったあの時、この手が崩れて行くのを見た時の言い様の無い淋しさを

思い出した白野は、ぎゅっと握り拳を作る。

 

消えるって事が怖かった、もしアーチャーが一緒に付いてきてくれなかったら、私は迷って

トワイスみたくずっとあの場に留まってたかもしれない。

白野は今までの口調とは一転して冗談めかして言う。

情けないでしょと苦笑いを顔に浮かべる白野。

 

(そんな事、しない癖に)

そんな様子を見ていられなくて、BBは目を伏せる。

震えてだろうが、涙を流しながらだろうが、きっと白野は聖杯へのアクセスをしたであろう。

あのサクラ迷宮から出て行ってしまった時からそれは分かり切っていた。

もう聞きたくないとBBは思った、これ以上白野の話を聞いていると、あの時の絶望感を

思い出してしまうから。

しかし白野は続ける。

だから、私は言いたいんだ。

BBにとって、どれほど時が経っても忘れる事が出来そうに無い笑顔を顔に浮かべて。

 

助けてくれてありがとう。貴女に逢えて良かった。

 

そんな事を白野は言った。

 

「――っ、」

言葉にならない声を上げて顔を背けるBB。

あはは、これってほんと、言うの恥ずかしいよね。

やっと言えた、でも毎度これを言う時は恥ずかしいと、白野は照れながら、頬を指で掻く。

(聞いているこっちが恥ずかしくて死にそうです)

BBは八つ当たり気味に、思わず監禁ワンちゃんプレイ一週間をやりそうになったが、

何とか踏み止まった。

そのままその場に沈黙が降りた。

BBは白野の告白に対して何も答えてはくれず、会話が途切れて間が持たなくなった白野は、

ふと思いついたように言う。

そういえば、BBとは二人で遊んだ事とか無かったよね。

突然突飛な事を言い出した白野に、BBは顔を上げ訝しげな表情を見せる。

ねぇ、BBも今度二人でお月見しようか?

差し出された手を見ていたBBはやがて目を伏せる。

「私はいいです、月ってあんまり好きじゃありませんから」

ムーンセルを掌握してるのに?

BBの言う事を不思議に思った白野は首を傾げる。

「別に好きだから掌握してるんじゃありません、必要だからしてるんです、だから

わざわざ月を見たいとは思いません」

あくまで管理し、見守る者として一歩を踏み出さないBBを前に、白野は少し考え、

やがてホムと手を打ち、

なら、ぷちピクニックしよう

そう言って、白野はBBの手を取って庭へと飛び出す。

「ちょっ、待ってくださいセンパイ何するんですかって、裸足のままですよ、履物を履いて

外に出てください」

こうした方が、今ここに自分の足で立って居る事がよく分かるから良いよと、無邪気に笑う白野にBBは戸惑う。

「馬鹿な事言ってないで、って、引っ張らないで下さい、ああ私の足まで土まみれに」

ひきこもりイクナイ、外出るOK

ことさらおどけて言う白野に釣られ、BBも顔に笑みを浮かべた。

(本当に仕方が無い人)

まるで駄目亭主に対する苦労性の妻のような感想を、白野はBBに持たれる。

でも良いかとBBは思う、こんな人だなんて分かっていた、こんな人だから自分は救われた、

こんな人だからあの日の昇降口で路傍の石にすぎないモノに声をかけてくれた。

「もう仕方が無いですね」

BBは白野の手を握り返した。

「後でしっかり馬鹿にさせてもらいますけど、今は楽しみましょうセンパイ」

 

そうして白野とBBは時間の許す限り、二人の時間を楽しんだ。

 

この日以降BBの白野に対する態度が多少柔らかい物となった。

 

 

 

 

おまけ

 

ある日の白野。

 

白野は今日も今日とて、ゲーム対戦のために地上へとアクセスする。

そしてこの日、罰ゲームを賭けてシンジと対戦するも敗北。

下図のような罰ゲームを受ける事になってしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

まるごしシンジくん、『フッ、オレはエリザの料理でも喰っちまうんだぜ』に、

パックンチョされるの刑。

勿論、この直後とんでもないモノが召喚され、たちまち地獄絵図が展開される事になった。

相変わらず警告を素直に受け取らないワカメの所業の後始末をしたBBの苦労が偲ばれる。

 

そしてこの白野ぱっくん事件が起きた事によって、セイバーとキャスターがゲーム参戦する事になった。

二人はフリーソフトぷちコレを使いアバターを取得、時間さえあれば白野に付き添う事となる。

そのアバターは以下の通りである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前: 赤帝(本当はミューズと付けようとしたが何度やっても登録拒否されたので、

    この名前となる)

鳴き声: ドヤ!

特殊能力:歌を歌うのが大好き、でもボエーーーーッとしか歌えないので、みんな逃げてしまう。

     自分が出来ると言い張れば何でも何となくで出来てしまう(ただし芸術関連を除く)

      

 

名前: キャス狐

鳴き声: コーン

特殊能力:猫被りが名人芸。搦め手が割と得意。

     余り勝敗そのものに拘らない為、熱くなって暴走する事は無いが、

     ぷちのに他の者がべたべたしているのを見ると、尻尾が増える。

     増えた尻尾はタマモナインの一人となって勝手に動き出してしまう。

 

さらにだが、この二人の参戦により、ゲームプレイ時間の増えた白野が夜更かししまくり状態になった為、怒ったBBによる介入を招く事になる。

ちなみにその時使用されるのかこの姿。

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前: ベベ

 

鳴き声: モー

 

特殊能力:ぷちのがゲームに夢中になって夜更かししすぎると、連れ戻しに来る。

     万能で何でもできるが、ゲームには参加しない。

     お仕置き用七色ビームを放ち、一瞬で強制送還用落とし穴を作る事が出来る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

BBはぶちぶちと文句を言っているが、割と楽しそうにやっているので、誰も変わろうとは言わない。

 



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月のお宿

月のお宿

 

「ほう、温泉かね」

白野達が住むスーパーゴージャス・パクスローマナ・二人の愛の巣マイルーム邸のバトラー、

では無く、クラス:アーチャーは、拭いていたガラスのコップをキッチンに置いた。

時々本気で自分のサーヴァントのクラスが分からなくなる白野と、他のサーヴァントである

セイバーとキャスターの三人が台所のアーチャーの元へとやって来たのは、昼食が終わって

暫く経った頃だった。

どうも昼食を食べた後、三人で何か話し合って、その結論が出たので知らせに来たらしい。

「そうなのだ、余もローマ人の一人として入浴に関しては並々ならぬ関心がある、日本もまた

入浴については色々と深い造詣があり、その最たるものが温泉だと聞いた」

アーチャーはキャスターをちらりと見た。

キャスターは日本出身の英霊だ、セイバーに温泉の事を教えたのも彼女だろう、白野は一応

オリジナルが日本出身であるので、同じく日本出身と言えるが、なにせ生まれたのが月である、

風俗に関して詳しくは無い。

「ご主人様も入った事が無いと言いますし、ここは一つ体験してみようという事になりまして」

キャスターの言葉を裏付けるように白野も頷いた。

「それは良いが」

アーチャーは白野を見て何か言いかけるが。

「なら決定、すぐ決定、はい出発の日取り諸々などは、私にお任せ下さい」

「うむ、では余も支度せねばな」

キャスターとセイバーは続きを言わせずに温泉行きを決定事項にすると、バタバタと自分の部屋へと走って行った。

「本当に良かったのかね?」

温泉行きを楽しみにしている様子を見せている白野に、アーチャーは尋ねた。

何が?

白野が首を傾げる。

「いや、温泉と言えば入浴の事だ、つまりは裸となる」

何を当たり前の事を言うのかと、白野は益々不思議そうな顔をする。

「だから、中で男湯と女湯で別れてしまうが、良いのか?」

アーチャー、もげろ

白野が手の甲にある令呪をことさら見せて、言い放つ。

「あ、いや、すまん、言葉が足りなかった」

混浴じゃ無いのが不満かこのドンファンと、怒りを見せる白野をアーチャーは慌てて宥めた。

「つまり、私が言いたかったのは、あの、二人が暴走した時に止めに入る者が居ないという事だ」

白野はアーチャーの言葉の意味を考える。

風呂に入る→当然裸→二人が野生にかえる→捕食行動→サーヴァントにはサーヴァントでないと

駄目→残念、男は入れませんでした→計画通り、ミッションコンプリート。

白野の顔が青ざめる。

「まあ、あの二人も風呂場で馬鹿騒ぎをするとは、それ程、いや、きっと多分、まあ少しは覚悟

しておいた方が良いか」

セイバーは純粋に温泉を楽しみにしていたようだし、キャスターもきっと純粋に楽しんでもらいたいとの想いで提案した筈、そう二人とも純粋に温泉を目的としているだけだ、

純粋にそうなんだ。

やたら頭の中で純粋という言葉を繰り返しながら、二人が不純な目的で温泉行きを決定した

なんて、考え過ぎだと自分を落ち着かせようとしていた白野を不安にさせるアーチャー。

「そういえば、ローマの浴場ではある位置に座った者は、夜のパートナーを募集している者だと

いう風俗があったとか」

何故、今その事を思い出した!

白野がアーチャーをグーぱんちで殴る。

「いや、マスターを殊更不安にさせようと言うわけでは無いが、非常時の事を考えて対応策を考えた方が良いんじゃないか?」

殴られても大したダメージを負ってないアーチャーに言われ、白野も顎に手をあて考えた。

アーチャー。

暫く考え込んでいた白野が、アーチャーの顔を真剣に見る。

「ふむ、何か手を思いついたかね?」

女装って好き?

「なんでさっ」

思わず自分でも意味不明な言葉を発してしまうアーチャー。

「いや、待て、どうしてそんな・・・・まさかマスターは、私に女のフリをして女湯に入れとでも言うのか」

うんうんと頷く白野に、アーチャーは額に手をやる。

「落ち着けマスター、風呂場での女装は意味が無い、それにもし仮にだ、それで誤魔化せたとしても私との混浴になるのだぞ、良いのか?」

目隠しして、拘束着で雁字搦めにすれば大丈夫。

目にキラキラと星を浮かべてナイスアイデアと言う白野。

「その状態の私に何か意味はあるのか?」

魔除けの意味があるよ、きっと。

ていっと、混乱状態にある白野の頭をアーチャーは軽くチョップする。

「冷静になって、もう少し現実的な案を出したまえ」

じゃあどうしろと?

叩かれた部分を両手で押さえ、恨みがましい視線を送ってくる白野に、やれやれとアーチャーは溜息をつく。

「まあ、単純に考えれば、誰か抑止力となり得る別の女性に同行してもらえば良いだろう。ふむ、該当するのは桜君達か」

桜で、イケイケ状態になったセイバーやキャスターを止められるんだろうか?

疑問に思う白野に、アーチャーはニヤリと笑いかける。

「もう一人のサクラ、BBにも同行してもらえば問題は無いだろう?」

確かにBBならあの二人にも対抗できるだろう、桜もムーンセルに働きかけは出来るのだが、

どうしてもその性格上、荒事に向いていない。

折角の旅行なんだから、みんなで行った方が楽しいよねと、危機回避の為というより、みんなで

楽しめるのは良い事だという事に意識の重点が移った白野が、嬉しそうに頷いた。

 

「それで私達にも温泉旅行に付きあえって、そう言うんですかセンパイは」

桜と共に呼び出されたBBは、何時もの様に少し不機嫌な様子を見せていた。

「確かにセイバーさんとキャスターさんが暴走したら、先輩の身は危険ですし、あ、いえ命の危険があるとか、そう言うんじゃ無いんですよ、あのお二人だって先輩を大切に想ってますし、

ただその・・・・」

隣に居た桜はとりなすように口を開いたが、途中でごにょごにょと口ごもった。

「なに桜、はっきり言ったらどうなの、貴女最近少し大人向けの少女マンガとか読んでるじゃない、そういう表現の仕方色々知ってるんでしょ?」

「な、何故それを!? じゃなくて、わ、私は人の心の機微を知るための参考資料として色々な

文献を閲覧しているだけです、ドキドキしたり、思わず先輩とだったらなんて考えた事

ありません」

完全にちょっぴりイケナイ事も考えちゃってますと暴露する桜。

白野はその発言を聞かなかった事にした。その横ではアーチャーが、桜くんも色々感情豊かに

なって良い事だと、どこかズレた感慨を胸に抱いていた。

「ふーん、ま、その知識欲を拗らせて薄い本の文化までドップリ浸からないと良いわね」

「浸かりません!」

珍しく桜が大きな声を上げた。

「まあ、それは置いとくとしてです、なんで私がセンパイに付合わなければいけないんですか? あの二人の思惑にまんまと乗せられて、自業自得です、だいたい危険があるなら温泉行きを

止めればいいじゃないですか」

もっともな発言をするBBだが。白野はそれは出来ないと言う。

セイバーとキャスターも別に邪な考えはもたず、ただ純粋に温泉を楽しみたいだけかもしれないし。だったら温泉旅行を無かった事にするのは可哀想だし。

あたふたと二人を弁護する白野を、BBは馬鹿にしたように見る。

「それ、本気で言ってます?」

BBに聞かれ、そうだとー良いなーと目を逸らす白野。

そもそも、二人に信じられない所があるからBB達に助けを求めたのである。

ここで本気だと言っても信用しないだろう。

「ま、センパイのそんな所、今更言っても直らない事はよく分かってます、仕方が無いですね、

見捨てても寝覚めが悪いですし、特別に付き合ってあげましょう、なにせ私は、

健気ーーな後輩ですから」

白野にウインクし、頬に指をあてたポーズを取ってわざとらしく言うBB。

ありがとうBB、一緒に温泉を楽しもうねと笑顔で答える白野に。

「ふんっ、そんな取って付けたような言葉で私が喜ぶと思っているんですか、私は忙しいですから、当日また会いましょうね」

途端、先程までの余裕綽々の態度を一変させ、BBは逃げ出すように姿を消した。

 

 

そして温泉旅行の当日。

「それで桜、これから行く温泉宿とはどんな処なのだ?」

温泉旅行に行くのは白野、セイバー、キャスター、桜、BB、アーチャー、それとどこからか温泉行きを聞きつけ、この我の目の届かぬ所で、愉快な事をするのでは無いと言ってついて来たギルガメッシュの七人。

「はい、海に面した山の中腹あたりにある鄙びた温泉宿です。

宿からは海と山の景観を楽しめ、海の幸、山の幸を堪能出来るようになっています」

桜は手の中に端末の画面を出して確認しながら言う。

「まあ、イメージとしては熱海を思い浮かべれば良いですね」

キャスターが補足説明するが、白野やセイバーにはその地名を言われても余りピンとこない。

「あー、分かりませんか、とにかく落ち着ける良い所と思ってくれれば良いですよ」

苦笑いしたキャスターは、宿が見えるようになると、白野の手を引き、あれですあれと宿を

指さした。

 

着いたのは少々古びた感じの受ける木造の建物の温泉宿。

白野は辿り着いた温泉宿の玄関の戸をガラッと開けた。

 

「温まりますか?」

 

目の前に神父(カソック服の上に温泉宿の法被を重ね着した言峰37歳)が居た。

黙って戸を閉める。

「どうしたのだ?奏者よ」

くるりと温泉宿を背にして額に手をやる白野に、セイバーは首を傾げた。

うん、いや、有り得ない者を見たというか、ちょっと場所を間違えたみたい。

そんな事を言った白野に、桜はきょとんとした顔をして手元に端末の画面を呼び出すと検索する。

「そんな事ありませんよ、確かにこのお宿で間違いありません」

桜がナビで確かめて頷く。

そう・・・なんだ

間違いであってくれなかったんだと、顔色を悪くした白野に、

「はい」

桜が屈託なく答える。

じゃあ、もう一度勇気を出してみてみるね。

なんで勇気が必要なんだろう?と、皆が首を傾げる前で、白野は慎重に戸を開ける。

 

「おいでやす」

 

京都弁で、オ・モ・テ・ナ・シ・をする神父(ガタイの良い渋すぎる声の中年)が居た。

ピシャッと戸を閉める。

「だから、どうしたというのだ、奏者よ」

真っ青な顔をした白野に訝しげに尋ねるセイバー。

どうも私は疲れているらしい、幻覚が見える。

力なく頭を振る白野を見て、セイバーは、それは大変と、

「ならば早速湯につかり心身ともに癒さねばならぬな、では余が先陣を切ろう」

白野の横をすり抜けセイバーが温泉宿の玄関の戸に手を掛け一気に開く。

「・・・・・・・・」

暫く中を見たままセイバーの動きが止まる。

やがて、無言で戸を閉めた。

「嫌な事件だったな」

しみじみ言って、白野と同じく頭を振るセイバー。

「あの、何か変な物でありましたか? 特におかしな物は配置して無い筈ですけど」

言いながら、今度は桜が玄関の戸を開けた。

桜の動きが止まる。

やっぱりと納得する白野とセイバーの方へと桜は振り返り。

「言峰さんがお出迎えをしてくれてるだけで、後は何も無いんですけど」

それが魔境的におかしな点だろ!?

と、驚いて声を上げる白野とセイバーとは逆に、桜は平然としている。

BBもまた、それがどうしたという顔で居た。

キャスターは微妙な顔つきをしていたが白野とセイバー程、動揺はしてはおらず。

アーチャーはこめかみを指でおさえ、ギルガメッシュは我関せずの態度で居た。

なんで、あんなのが当然のような顔して居るんだと、問い詰める二人に桜は困惑の表情を顔に

浮かべた。

「その、言峰さんは優秀な上級AIです、色んな事を卒なくこなしてくれますから、このお宿の

従業員を一時的にお願いしたんですけど」

何故お願いしたんだと、どんより顔をする二人にBBが桜の説明の補足をした。

「まあ、使い勝手が良いですし、遊ばしておくのも勿体無いですから、それにあの神父が暇を

持て余しているほうがセンパイ的には怖くないですか?」

BBの指摘に、確かにそれはもっともだと思い、白野は言峰従業員化に不承不承納得する。

 

宿に入ると、白野一行は言峰による案内は不安過ぎるので断り、この温泉宿を設定した関係で、

内部構造を良く知っている桜に案内を頼み、廊下を歩いていた。

いきなり物凄い歓迎を受けてしまったね

白野がしみじみ言うと、

「強烈だったな」

セイバーが応じた。

「それで部屋で荷物を置いた後、どうしますか?」

今後の予定を尋ねる桜にセイバーが答える。

「何か凄く疲れた、とにかく風呂に入って癒されたい」

白野も頷き、キャスターもご主人様がそう望むなら異存は無いと言い、BBも付合う意志を見せると桜も頷いた。

男性陣には、この後は自由にしてくれて構わないと、桜はおまけ扱いするが、元々この温泉旅行は白野とセイバーの為のもので、自分はその付添と思っているアーチャーには別に不満は無い。

ギルガメッシュはフリーダムが基本なので、初めから我は好きにするという態度である。

 

白野達は部屋に荷物を置き、お風呂セットを持って、温泉宿のメインである浴場へと入る。

「ほう、湯船の周りを岩で囲っているか、ふむ、加工もせずにそのままに置いてあるのだな」

セイバーは珍しげに浴場を眺め回す。

「木やら何やらあるが、彫像は一つも無いな、日本では彫刻で飾り立てる事はしないのか?」

「まあ、日本の温泉宿では普通はしませんね、ここでは自然と一体化した風情を楽しむんです」

何十本も植えられている松と松の間に海が見える、その先に連なる山々が霞んで見えた。

「ふむ、なるほど」

キャスターの説明を聞きつつ、セイバーは浴槽の縁まで進んでしゃがみこみ、手で湯を掬う。

指の間から流れる湯を見ていたセイバーは満足げな顔をし、

「よい湯のようだな」

「勿論ですよ、ここは泉質最高の美人の湯なんですから」

この湯を再現するには苦労したんですよと、キャスターが自慢する。

セイバーは持参したMY湯手桶を引き寄せ、中に手を突っ込む。

「ふむ、ならば後は薔薇の花を浮かべれば完全だな、それっと」

「待てや」

キャスターはセイバーの頭をガッシと鷲掴みにする。

「む、何をするかキャスターよ」

「セイバーさんこそ、何しでかそうとしてるんですか、私が桜さんに色々言って、苦労して

調整したんですから余計な手を加えないで下さい」

最高の状態そのままを白野に味わってもらいたいと言うキャスターに、セイバーは頬を膨らます。

何か揉めそうな気配に、白野は新しいお風呂を楽しむ為にここまで来たのだから、そのまま

楽しもうよとセイバーを宥めると他の者に先駆けて、そっと温泉へと入る。

湯船に身を沈め、心地よさげにする白野を見たセイバーもそれ以上不満を口にする事もなく白野に続いて湯船の中へと入った。

元々風呂好きということもあって、一度湯に身を委ねれば、セイバーも先程の不機嫌さも

吹き飛び、上機嫌な様子を見せる。

キャスターと桜とBBも湯の中へと身を浸す。

「あ、そうそう、念のために言っておきますけど、ここでのはっちゃけは許しませんからね、

もしそんな事をしたら」

BBは目を細め、右腕を上げる。

すると湯煙の中に鎮圧用に改造された黒イカ、シェイプシスター改の姿が朧げに浮かんだ。

ゲッという顔をするセイバー。

「何故そんなものを持ち込む、風呂に武器など無粋の極みで禁止の筈だろうが」

セイバーの剣幕にもBBはどこ吹く風と涼しい顔で、

「これは武器ではありませんよ、あくまで発情した獣を縛るロープですよ、セイバーさん」

ワザとらしくニッコリと笑う。

そんなロープがあるかと食って掛かるセイバーだが、BBは有無を言わせず、文句があるなら

入浴禁止と申し渡す。

大丈夫、セイバーやキャスターはそんなマナー違反はしないよ、私は信じているから。

白野がちゃっかりもう一人の問題児であるキャスターも含めて、追撃する。

ターゲットが自分である事が分かりきっているので、白野も動きが素早い。

セイバーもこの連続攻撃には沈黙し、キャスターも内心はともかく、笑顔で当然ですと答えた。

 

こういう解放感のあるお風呂も良いよね。

お湯に浸かっている白野が伸びをする。

その隣で静かに手で湯を掬い、顔にかけるセイバーも同意する。

「確かに余も大規模な浴場を作ったが、流石に壁が何も無いのとでは比較にならぬな」

「この湯と自然との一体感を味わえるのが良いんですよねー」

キャスターは手に持った御猪口にとっくりから酒を注ぎつつ言う。

「って、待てキャスター、お前は風呂に何を持ち込んでいる」

「何って、日本酒ですよ」

クイッと日本酒の入った御猪口を傾けるキャスター。

「こういう楽しみ方もあるって言う事です」

悪戯っぽく笑うキャスターに、成程その手もあったかと、セイバーは顎に鍵型にした指をあてる。

「センパイは駄目です」

興味深げな視線をキャスターが持つ徳利に向けていた白野が何かを言い出す前に、

BBが釘を刺す。

私にもちょっとだけ良いかな?

と、口を開きかけていた白野はBBにピシャリと言われ、身体を僅かに縮こませる。

桜はそんな白野を見て苦笑していた。

 

その時、隣の男湯ではギルガメッシュが不満をぶちまけていた。

「何故、我がお前などと一緒に風呂に入らねばならぬのだ」

ビシリと指さす先にアーチャーが湯に浸かっていた。

「それがこの温泉の醍醐味だ、共に入り、共に湯を愉しむ、お前は愉しみを十全に味わわぬ

つもりか?」

口から出まかせだが、日本の風俗にそれ程詳しくないギルガメッシュには分からない。

「それとも何かね、未知の快楽には気後れするかね?」

更にこのように言われては、ギルガメッシュも引き下がる事などしない。

「ふん、良いだろう、ならばこの我が試してくれる」

湯に浸かり直すギルガメッシュに、口八丁での誤魔化しではあったが、隣に白野が居る状況で

騒ぎにならずにすんで安堵するアーチャー。

ギルガメッシュと共に入浴したのは勿論共に未知の快楽を追及する為で無く、ただ単にこいつを

一人で野放しにしておきたくは無いという考えからである。

なにせ隣には白野が居る。

白野が入浴するという意志を示した時に、ギルガメッシュが、よし我も入るぞと言い出した時にはアーチャーは肝を冷やした。

それで無くとも危険人物が二人、白野と共に入浴するのだ、この上暴走の規模ではその二人に勝るギルガメッシュをフリー状態にするのは危険すぎる。

内憂は桜とBBで封じる事も出来るだろうが、外患については自分が抑えるしか無いとアーチャーは気が進まないが、ギルガメッシュとの二人で入浴する事を決意した。

「ふはははは、マスターよ、許す、この我の背中を流せ」

などど、いつ言い出さないかと警戒するアーチャーの前で、ギルガメッシュはまだ不満を表し、

手で湯を叩いた。

「それにしてもだ、貴様と入浴するという不快感を別にしても、この温泉には我慢が出来ぬ」

「良い湯だと思うが?」

キャスターを除けば、旅行のメンバーの中では最も温泉に造詣が深いアーチャーは湯に目を落として言うが、

「狭い!」

ギルガメッシュは一言で切って捨てる。

「そうか?十分な広さを持っていると思うが」

アーチャーは周りを見回す。

優に10人以上は入れる浴場である。狭いとは思えない。

だがギルガメッシュはそんなアーチャーの感想を聞いて鼻で笑う。

「たわけ、お前と我の器の大きさを同じにするではない、こんなものはタライだ」

「・・・・・ならお前はどのくらいのサイズが良いのだ?」

「我に相応しいサイズはあれよ」

ビシッとギルガメッシュが指さすその先。

「海・・・・なんだが」

「ふはは、我を感心させたくば、あれくらいもってこい」

「・・・・・・」

「ふははははは、この我のスケールの大きさに恐れ戦いて言葉も出ぬか」

「ああ、本当にお前の(馬鹿さに)恐れ戦いて言葉も出ないな」

「で、あろうな」

満足した様子でふんぞり返るギルガメッシュにアーチャーは何も言わない。

ここで下手にギルガメッシュの気分を害して暴れられた挙句、男湯と女湯の壁を壊されるなどど

いう桃色展開をされたら、またエロゲ主乙などと不名誉な事を言われかねない。

とにかく何事も無いよう祈りながらアーチャーは湯に浸かっていた。

 

その時、女湯の方では

程好く出来上がった様子のキャスターが白野に枝垂れかかっていた。

そんなキャスターに、セイバーは湯にのぼせた訳でも無いのに、顔を真っ赤にする。

「何をするかキャスターよ、奏者から離れろ」

「あららん、セイバーさんは知らないんですか?」

「こういうお宿でお酒が入った時は、ブ・レ・イ・コ・ウ・と言って少々の痴態は許されるって

いうルールがあるんですよ」

 

ルール

 

その言葉にキャスターを止めようとしていた桜とBBの動きが止まる。

「そんなローカルルールがあったんですか」

「調べる必要がありそうね」

元々が管理AIである二人は、それがルールと言われてしまうと、つい確認作業を優先して

しまう。

その隙をキャスターがつく

「ご主人さまぁー、タマモ酔っちゃいましたー、えい」

にゃあ

と変な声を出す白野。

それ以上は駄目だと、白野に纏わりつくキャスターの腕をセイバーが掴む。

「何をするんですか、セイバーさん」

「何をではない!そんな事は余の目の前ではさせん、混ぜろ、いや、止めろ」

一瞬、湯にのぼせた訳でも無いのに眩暈がした白野。

「あらあら、酔ってもいないシラフのセイバーさんが止めに入るとは、なんて無粋なんでしょう」

「む、無粋とな」

「そ、ブレイコウにシラフの状態で真面目くさって注意する人はとーても無粋です、

そうなってます」

知らないのを良い事にヘンテコルールをどんどん付け加えるキャスター。自称至高の芸術家であるセイバーは、無粋と言われるのは嫌だと思考停止し、手が止まる。

「だからそこで黙って見てて・・・」

「いや待て、それなら余も酒を飲めば良いではないか、その手に持っている酒をよこせ

キャスター」

「嫌でーす」

ベーと、キャスターはセイバーに舌を出してみせる。

・・・・・。

キャスターの気がセイバーの方に向かっている隙に逃げ出そうとした白野だが、そろりと離れた

瞬間、キャスターの尻尾にモフッと首を絡め取られて動きを封じられた。

 

その頃男湯では

「なにか、女湯のほうが騒がしいな」

少し前から男湯と女湯を仕切る壁の向こうから、バタバタと誰かが争う音が聞こえてきたので、

思わず誰とは無しにアーチャーは呟いたのだが、ギルガメッシュが耳聡くその声を拾った。

「ふはは、ついにその時が来たということよ」

「その時だと?どういう事だギルガメッシュ」

「ふん、やはり貴様は無知だな、知らぬのか、こういう温泉場において女湯から女どもの姦しい声が聞こえてきた時、それは漢達よ動けという狼煙よ」

胸を反らすギルガメッシュに、アーチャーの眉が跳ね上がる。

「何? まさか、お前!?」

「ふはははは、そうよ、こういう温泉シーン時には必ず起こる、いわゆるお約束

ノ・ゾ・キ・だ」

やはりかとアーチャーは手で顔を覆う。

「この我は全てを愉しむ、この必須イベントも愉しみ尽くしてくれよう」

湯から立ち上がり男湯と女湯を仕切る壁の方へと進むギルガメッシュを、アーチャーは慌てて立ち上がり、止めようとする。

「ふん、何をびくついている、ぷちゲートオブバビロンで一本投射するだけだ。

大丈夫だ、問題無い」

「それは駄目というフラグだ!だいたい宝具なのだぞ、一本だけでも十分クレーターが出来る、

というかそれはもうノゾキでもなんでも無い」

そんな制止の言葉をギルガメッシュが聞く筈も無く、白野達の安全の為にアーチャーもやむを得ず干将莫邪を作り出そうとしたその時、

 

女湯と男湯を仕切る壁の一部が吹き飛んだ。

 

「ちょっとセイバーさん、なに思いっきり人を突き飛ばしてくれるんですか」

「うるさい、お前がさっさとその素敵アイテムをよこさぬからだ、だいた・・・い」

「は?、セイバーさん何突然固まって、一体どうし・・・・・た」

縺れ合ったまま壁を壊したキャスターとセイバーの目の前、ソレはあった。

 

湯から上がったギルガメッシュとアーチャー、そして少女達、遮る物は、何も無い

「あ」

「あ」

「あ」

「あ」

・・・・・・・・。

ちなみに無言で固まっているのは白野。

何とも微妙な空気を切り裂いたのは馬鹿では無く高笑い。

「ふははははは、見ろフェイカーよ、やはりラッキーイベントが起きたぞ」

誰もが押し黙ってしまったそんな中で一人ギルガメッシュが実に愉しそうに笑う。

その高笑いで我に帰った女性陣が、タオルで慌てて身体を隠す、湯の中に深くつかるなど行動を

起こし、事もあろうにこちらから乱入してしまった事を恥じて、どう謝ろうかと思っていた

その時、衝撃の第二撃が放たれる。

「全く持って、壊す手間が省けたというものよ」

そのギルガメッシュの言葉で、その場にピシリと亀裂が入る。

「壊す?」

「手間?」

「ですって?」

「もしかして、これも」

・・・・・・・。

女性陣の視線が厳しいものとなる

「ち、違うこれは誤解だ、というか壊したのは君達だぞ」

「その通りだフェイカーよ、我はお約束に従い、壁に風穴を開けようとしていたのだが、

よもやそちらから攻めてくるとはな、少し意外だったが、それもまた良し、貴様らがそれほどまでに求めるならば応えよう、この雄姿、見せ付けてくれる、女達よ思う存分堪能するが良い」

お前は黙れとアーチャーが止める暇もあればこそ、ギルガメッシュが自らを詳らかに披露する。

 

途端、それを仕舞ってください、やめろこの馬鹿と悲鳴と怒号が浴場内に上がる。

「ふははははははははは、どうしたどうした、貴様らには高貴すぎたか」

 

・・・・・・・・。

 

壁が破壊されてからずっと無言状態の白野。ギルガメッシュはそんな白野の様子に気が付く。

「どうしたマスターよ、お前はかつて我の神話礼装すら見たではないか、怯む必要は全く無い」

 

「「「「「 全然ちげーーーよっ 」」」」」

 

白野以外のものが突っ込む。

「む、反応が無いな、湯気でよく見えぬか、ならば近寄ってよく見るが良い」

などと言いながら、自分から白野に近づいて行くAUO。

 

白野が湯に沈んだ。

 

「来るなギルガメッシュ、それ以上奏者に近づく事は余が許さぬ」

BBの手により水着着用となったセイバーがギルガメッシュの前に立ち塞がる。

「ふん、なんだ雑種よ、貴様ルールを知らぬのか、温泉に水着着用は不可だ」

「黙れ、というかBBよ早くこいつにも何か着けろ」

セイバーが怒鳴り、BBがはいはいと指揮棒を振る。

 

二人の野郎にイチョウの葉装備。

 

「なんでさっ」

まともな水着を着けてくれと叫ぶアーチャーをBBが冷めた目で見る。

「貴方達に割くリソースはそれで十分です、そんな事より今から、お・仕・置・き・ですよ」

突然湧いた黒イカの足にギルガメッシュは縛り上げられる。

「あ、この黒いのってギルガメッシュさんはトラウマものでしたっけ」

ぐるぐる巻きにされたギルガメッシュを見て、BBがクスクス笑う。

「何を言うか、小娘、この我にトラウマなど出来よう筈も無い」

「そうですか、なら遠慮なくいかせてもらいます」

「ぬ、貴様、よもやそこま――」

ギルガメッシュは全身を絞り上げられたうえ、唯一露出した顔をシェイプシスターの足で

ビシバシとしばかれた。

その様子を見て、やれやれと溜息をつきながらアーチャーは肩をすくめる。

「なに、部外者のような顔してるんですかアーチャーさん、貴方もですよ」

BBがぴしぴしと指揮棒を手に打ち付ける。

「なんだと!?私は違うぞ」

「そんなイチョウの葉一枚で、フルオープンしている人の言い訳なんて聞きませーん」

BBの横に立ち、殺すと顔に書いたまま笑顔をつくるキャスター。

「ふっふっふ、どうやら鍛えに鍛えたこの一撃、一度アチャ男さんにもお見舞いする必要がある

みたいですね」

「ま、待てキャスター、私の話を聞け」

「聞きません♪ タマモ行っきまーす、手前は逝けや」

 

その日その時、温泉宿の風呂場に珍百景がさく裂した。

 

しかもその様子を動画撮影されて投稿、

などは流石にされなかったらしい。

「そんなのがサーヴァントなんてセンパイの名誉に係わりますから」

とはBBの談である。

 

 

脱衣所の外に設置されている休憩室で、湯疲れとは別の理由で頭がふらつく白野は、

マッサージチェアに深く身体を沈み込ませていた。

「あの、大丈夫ですか先輩」

桜が心配そうな様子で白野の顔を覗き込んだ。

大丈夫と、若干顔を青ざめさせた白野が答える。

「これを飲んでください」

あまり大丈夫そうには見えない白野に、桜は良く冷えたフルーツ牛乳を渡した。

お礼を言った後、白野はフルーツ牛乳を一口飲む。

美味しいね、これ

と、続けてコクコクとフルーツ牛乳を飲んでいる内に、白野も先程の珍百景の衝撃から立ち直ったようだ。

リラックス状態になった白野を見て、桜は良かったと微笑んだ。

「それで先輩、この後は食事となるんですけど、用意にまだ時間がかかりますので、その」

桜はもじもじと少し躊躇った後、白野に手を差し伸べる。

「それまで、私と一緒に散歩道を歩いてみませんか、景色が良いんですよ」

おずおずと差し出された手をちょっと見た後、白野はすぐにその手を取って立ち上がり。

うん、行ってみよう、案内してと、桜の手を引っ張った。

桜は嬉しそうにして請け負い、二人は散歩道をゆっくりと景色を楽しみながら歩いた。

 

 

「そろそろ食事も出来上がった筈なので、広間の方へ行きましょうか」

少し名残惜しげな様子を見せて桜がそう言い、白野と桜は食事の用意がされている広間へと

向かった。

広間に入ると、どうやらやって来たのが二人が最後のようで、他の皆は既に座についていた。

「奏者よ、少し遅かったな、もう既に料理は並べられた後だぞ、さあここに座るが良い」

セイバーは自分の隣に置かれている座布団をぽふぽふと叩く。

白野と桜が座につくと、夕食が始まった。

 

「む、この料理はアーチャーとキャスターが作ったのか」

セイバーは箸で取った煮物をしげしげと見て、感心したように言う。

「はい、皆さんなんだかんだ言って舌が肥えてますし、料理上手で皆さんの好みを良く知っているお二人に作ってもらったほうが良いと判断しました」

「ふむ、しかし二人は良かったのか?わざわざ旅行に来たのに、作業などして」

セイバーは煮物をパクリと口にしながら、アーチャーとキャスターの方を見る。

「なに、新鮮で活きの良い上等な食材を取り扱わさせてもらったのだ、中々楽しかったよ」

「ま、私はご主人様の為だと思えばなんとでもない事ですし」

「それにだ、あの神父に任せて料理にアレが混ぜられたら事だからな」

「アレとはなんだ?」

急に眉を顰めたアーチャーにセイバーが尋ねたが

「・・・・知らなくて良い事だ」

思い出したくも無い事だと、アーチャーは話を打ち切った。

セイバーはその不自然さに、一瞬なんだとも思ったが、すぐにどうでも良い事かと思い直す。

「と、言う事ですのでお二人に甘えさせてもらいました」

桜はこれで調理についての話はお終いですという風に、ポンと両手をたたいた。

 

「あ、そうそうセイバーさんには特別料理があるんですよ」

食事を続けようとしたセイバーに、キャスターが忘れてましたと料理の乗った新たな皿を

差し出した。

「ん?そうなのか、だが何故だ」

「ほら、セイバーさん温泉楽しみにしてたじゃないですか、だからどうせならとことん楽しんで

もらおう思いまして」

「む、そうか悪いなキャスター、腹黒淫乱狐のお前にも僅かなりとも良い所があるのだな」

 

ひくっ

 

キャスターの口端が引き攣るが、それでも笑顔のまま皿をセイバーの食膳に置く。

「ふむ、これはなんだ、刺身のようだが、何の魚だ?」

「フグです」

ぶっ

白野が吹き出した。

「どうしました先輩?」

突然むせた白野の背を桜が撫でる。

「ふむ、なかなか上手いな、」

ゲホゲホ言ってる白野を余所にセイバーは刺身をぱくぱく食べる。

「でしょでしょ、もう、極楽に逝くような味ですよ」

ニヤリと意味ありげに笑うキャスター。

キャ、キャスター、フグ調理免許持ってるんだよね、ねっ

持っているって言ってお願いと懇願するように聞いた白野に、キャスターはニッコリ笑い。

「勿論、持ってません♪、ただぶつ切りにしてそのまま、全部、出しました」

セイバー食べちゃ駄目ぇぇぇ

キャスターの言葉を聞くや否や、縋り付くようにして必死で止める白野に、セイバーは首を

傾げる。

「何を慌てているのだ奏者よ、この刺身美味いぞ、奏者も食べてみるが良い」

えっ!?

白野が驚いて目を丸くする。

キャスターがあわてて二人の間に割って入った。

「駄目です、貴女ご主人様を殺す気ですか、その魚、物凄い毒を持ってい・・・・・

あ、いけない、これ私知らないって事になってるんだった、知らずに出しちゃう、

どじっ娘タマモちゃん、てへ♪」

キャスターは舌をぺろっと出し、自分で自分の頭を軽くこずく。

セイバーの手から箸が落ちた。

「・・・・・・キャスターよ、つまりお前はこの余を毒殺しようとしたと、そういう事なのか?」

怒りにぷるぷる震えながら言うセイバーに、キャスターはぱたぱたと手を横に振る。

「嫌ですねー、そんな事あるわけないじゃないですか、これは悪魔でうっかりです、

毒じゃなくて、たまたま毒になっちゃったんです」

余りに嘘くさいキャスターの言い訳にセイバーが怒りで顔を真っ赤にする。

「そこに直れキャスター、余がお前を狐刺身にしてやるっ」

「殺気立たないでくださいよ、これは座興ですよ座興、こういう宴席の場にはつきものなんです、それにもし当たっても三日三晩苦しむだけになってますって」

「結局、苦しむのではないか!」

「当たればの話です、これは誰に当たるかドキドキなのを愉しむイベントなんですよ♪

ほら今を楽しまなくちゃ」

悪びれることなくあっけらかんと言うキャスターに

「誰に当たるかって、食べてるのが余一人なのだ、余に決まっているだろうが」

当然のように怒るセイバー。

「まあまあ、これは宴席で笑いを取る為ですよ、ご主人様だってこのサプライズにドキドキですよ」

確かに白野はドキドキした、したくなかったが。

「考えてもみてください、当たらなければ、いつ当たるかでご主人さまを楽しませ、当たったら当たったで、ご主人様に膝枕で介抱される、ほら、セイバーさんは立場と味で二度美味しい思いを

するんです」

「ん、そうなのか、いや待てしかし」

なんとなく誤魔化されそうになっているセイバーを見て、白野が秘かに溜息をつく。

「さ、ご主人様にはこちらの毒別料理、じゃなくて特別料理をどうぞ」

この雰囲気で出しますか、キャスターさんと思わなくも無い白野であったが、折角用意してくれた物である。

見もせずに拒否するのはあんまりだと思い、キャスターの出した料理を見て、言葉を失った。

「マグロのかぶと焼きです♪」

デンッとマグロの頭が置かれる。

「待て待て待て、なんだこれは、奏者に捨てる部分を食べさせるつもりか」

悩んでいたのが一転、キャスターに食って掛かるセイバーに、様子を窺っていたアーチャーは、

やはりなと苦笑する。

「ああ、セイバー確かに見慣れない物だと思うが、別にキャスターは嫌がらせに出したわけでは

無い、それはマグロのかぶと焼きと言って、ちゃんとした料理だ、中々の珍味で、頭肉、ほほ肉、目玉、あご肉とそれぞれに味わいがある、まあ見た目は豪快だがね」

「そうですよ、折角海の見える温泉宿に来たんですから、こういう珍しい物を食べてみないと」

先程フグのぶつ切りを出されたセイバーは不審げな顔つきだが、白野はアーチャーも保証してくれたこともあり、マグロのかぶと焼きに箸を伸ばす。

美味しい。

マグロの頭肉を一箸取り、口に運んだ白野が思わずという風に感想を述べると、セイバーも興味をそそられたのか、箸を伸ばす。

これはご主人様のものです、

キャスターがセイバーに手を出すなと威嚇すると、反発したセイバーとの間に険悪な雰囲気が

流れたが。

それならと、白野が自分でマグロの頭肉を取り、セイバーに食べさせてあげる。

「げっ!?くっ、しまった、ご主人様にあーんしてもらうご褒美をみすみすさせてしまうなんて」

キャスターは握り拳をつくり、悔しがる。

白野は、さっきのお詫びも含めてね、と言うと、キャスターは猶更自分の失策を悟って悔しがる。

逆にセイバーは策士策に溺れたなと、ふふんっと鼻を鳴らし、胸をそらす。

さらに食べさせてもらおうと、口をあけるセイバーにもう一度、マグロの頭肉をとってあげようとした白野だが、キャスターが慌てて止めた。

「二度のご褒美なんて駄目です、仕方ありません、セイバーさんもどうぞ」

「ふん、余は奏者に食べさせてもらうから別に良い」

ニヤリと意地悪そうに笑うセイバーにキャスターは、キーッと、ハンカチを噛んで引っ張りそうになるが、

わたしも食べたいから、セイバーも自分で食べてね。

白野がそうとりなし、セイバーもそれ以上キャスター苛めはせずに自分でマグロのかぶと焼きに

箸を伸ばした。

 

「あ、ご主人様、これどうですか?」

一見すると食べる部分があまりなさそうなマグロのかぶと焼きに、

どの部分を食べたものかと、少し行儀悪く迷い箸をしていた白野にキャスターが椀に取り置いた

マグロの目玉を差し出した。

「なんだこの目玉おやじは、まさか目にもの喰らえというのか」

目玉そのものを進められたので手をつけるのに躊躇していた白野の代わりに、セイバーが言う。

「むう、見た目はグロテスクな感じですけど、トロットロの食感で美味しいんですよ」

チラっと横目で見たアーチャーが頷くのを見て、白野は眼肉を食べてみる。

これも美味しい

プルプルしてるねこれと、顔を綻ばす白野に、すかさずセイバーも箸を伸ばす、わざわざ白野が

取った所と同じ部分の眼肉をとると、ハムッと食べて、同じく美味いと言った。

白野とセイバーが、さっきからどことなく二人の世界を醸し出しているのを見ていたキャスターが少し面白く無いと頬を膨らますが、それに気付いた白野が取り皿に眼肉を取り、

キャスターも食べて

と、差し出すと、すぐに花丸笑顔になる。

どうせなら食べさせて下さいと調子に乗った発言をして、セイバーにデコピンされるが、

白野が、頑張って料理を作ってくれたご褒美とキャスターに食べさせてあげた。

感激するキャスターに今度はセイバーが、むーっと不満げな顔になる。

セイバーとキャスターの相手に忙しい白野を見て、桜はしみじみとした様子で

「先輩も大変ですね」

と同情するが、傍らのBBは面白く無さそうな顔をする。

「かなり自業自得な所があると思うけど、無視でもしてればあそこまで苦労する事も無いのに」

「でもどこか楽しそう」

食べる手を止め、白野達を見た桜が羨ましそうに言う。

「まあ、センパイもどちらかというと奇行好きだから、良いんだろうけど、全く厄介な人」

BBは忌々しげに言おうとするが、どうしてもほっとかれて拗ねてるような口調になってしまう。

そんなBBを見て桜はクスリと笑った。

 

「ふむ、マグロのかぶと焼きはどうやらマスターの意表をついたようだな」

きゃいきゃいと燥ぐ白野達にアーチャーは満足げな顔をした。

だがその横に居るギルガメッシュはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「はんっ、あの程度で満足とはつくづく我がマスターは凡の凡よの」

我は違うぞと言うギルガメッシュに、付き合うのも面倒だが、付き合わないともっと面倒な事に

なると、今回の旅行でギルガメッシュのお目付け役をする事を覚悟しているアーチャーが尋ねる。

「ならお前はどの程度で満足すると言うのだ?」

「知れたこと、このBIGな我様にはBIGな物が良く似合う」

持っている箸をオーケーストラの指揮者のように振り、ギルガメッシュは堂々と言う。

「この我様を満足させたければ、クジラのかぶと焼きをもって来い!」

「・・・・・・」

「ふははははは、この我様のBIGさに言葉も出ぬか」

「ああ、本当にお前はBIG(馬鹿)だな、(呆れて)言葉も無い」

「ふっ、漸く己の分を知ったか、良いぞ雑種」

「ああ、私はこっち側でいい、お前の(アレな)側にはとても足を踏み入れられない」

アーチャーの分を弁えた発言?に、ギルガメッシュは食事の間、終始機嫌が良かった。

 

夕食も終わり、満足した白野とセイバーとキャスターの三人はお腹ごなしと、温泉宿の一角に

設置されているゲームコーナーへやって来ていた。

セイバーとキャスターは、ぬいぐるみを取るクレーンゲームの台に張り付き、仔リスの人形を

取ろうと奮闘し、白野はそんな二人から離れ、テーブル型のゲーム機の椅子に座る。

この温泉宿の例の従業員の趣味なのか、設置されたコンピュータゲームの元祖であるインベーダーゲームに興味をそそられて、デモを眺めていた白野の後ろに人が立つ。

「楽しんでいてくれているかね」

いきなり背後から話しかけられ、白野はびくりと身体を震わし、振り返る。

「ふむ、どうやらコレに興味があるのかな」

白野に声をかけたのは色々つぶしの効く神父、言峰だった。

「何故こんなゲーム台を置いてあるかと言いたげだな、それはこのような鄙びた温泉宿には

レトロなゲーム機を置くのが良いと、データーにあった為だ、全く単純極まりないゲームだが、

それでもここでしか遊べないと思えば、これはこれで趣があるだろう?」

インベーダーゲームの画面に手を置き、言峰はニヤリと白野に笑いかける。

この神父のこの笑顔を見ると、白野はどうしてもまた何か碌でも無い事をされるのではないかと、思わず身構えてしまう。

「なに、そう警戒しなくても良い、今の私はしがない温泉宿の従業員だ」

そこが分からないと白野は首を傾げる。

聖杯戦争の監督役などをしていた上級AIである言峰が、何でまたこんな事をしているのか?

月の裏側に落とされた時の購買の店員はBBのいやがらせだろうが、これもそうなのかと

疑問を呈する白野に、言峰は否定した。

「いやなに、BBはただ単にその能力がある者に仕事を任せたにすぎない、まあ少々能力過多だが、そこはそれ、好きな人には最大限のおもてなしをされて欲しいという、いじらしい乙女心と

いう奴だな」

BBも普段そっけないく悪ぶっているような態度をとっているが、所詮その心の内は。

と、この転んでもタダでは起きない神父は、一番知られたくない相手であろう白野に対して

そんな事をぬけぬけと言ってのける。

「まあ、私も所詮は中間管理職なのだよ、上司には逆らえぬ、上司が白と言えば黒でも白と言わねばならない、これも中間管理職の悲哀というやつだな」

悲哀・・・・なんて似合わない言葉だ。なんかこれ幸いと何か企みそうな気がする。

そんな感想を漏らしてジト目で見てくる白野を、言峰は気にする風でも無く。

「ふっ、まあ私も任された以上は全力を尽くす、温泉宿の間取りや調度品の配置、気温湿度に至るまで整えた、無論このような温泉場での必須イベントの為の舞台装置もちゃんと用意した」

言峰は演劇の始まりを告げる興行主のように両手を広げる。

ん?必須イベントの為の舞台装置を用意した?

言峰の大袈裟な態度より、その言葉が気になった白野は考え込み、はたと気付く。

そういえば、女湯と男湯を仕切る壁が発泡スチロールかって思うぐらい、妙に脆かった!

ま、まさか、こいつのせい!?

突然湧いた疑惑に白野が目を見開いて見る前で、言峰は続ける。

「そして食事にもサプライズを用意した」

は?サプライズって、

それってフグか!?フグのことかぁ!

「さらにこういう場では、夜には童心にかえって枕投げに興じる事になるだろうと思うが、

なに心配は無用、もみ殻の代わりに、クレイモアイ地雷の鉄球を仕込んでおいた、

存分に殺り合いたまえ」

おいっっっ、何をさせるつもりだ!

「さらにさらに夜も更ければ、年頃の娘達が集まっているのだ、恋バナに話を咲かせる事だろう、無論一字一句漏らさず記録して、ディスクに焼いて旅の記念に配ろうではないか、

ああ、もしかしたら外部にデーターが流失してしまうという変事が起きてしまうかもしれないが、

なに些細な事だ、気にはしないでくれ」

それって絶対確定事項ですよね、地上のみんなにも筒抜けになるって事ですよね、

そしてからかわれるんですね、分かります。

「おや、どうしたのかね、そのこいつコロスみたいな顔は、私は君に楽しんでもらおうと

色々と趣向をこらしたつもりなのだが」

ニヤリと言峰は顔に笑みを浮かべる。

嘘だっ! 絶対自分が愉しもうとしてるだけだっ!

ぐぎぎっと、歯を噛みならす白野を見てはっはっはと笑う言峰。

「いやはや申し訳無い、所詮私はただのAI、融通が効かず見当違いの歓迎をしてしまった

ようだ、許してくれたまえ」

全然誠意の籠って無い謝罪をして言峰は去って行った。

 

「見よ、奏者よ、この人形何処となく奏者と似ていよう」

満足する戦果をあげたのか、戦利品の人形をほくほく顔で持ったセイバーが白野の元へとやって

来た。

「あれ、どうかしたんですか、ご主人様?」

キャスターも同じくクレーンゲームの所からやって来たが、白野がゲーム機につっぷしているのを見て首を傾げた。

なんか私疲れた。

黄昏ている白野に、理由は良く分からないが、これはいけないと思ったキャスターが白野の背中に手をやり。

「お疲れなら、もうお休みになられたらどうですか?このキャスター添い寝をしますよ、

きゃっ、何時でもタマモは是枕です」

「このピンクはさておき、疲れているのなら休んだ方が良いな、部屋に戻るとするか」

くねくねと身体をくねらすキャスターを押し退けたセイバーに促され、白野達は自分達の部屋へと帰って行った。

 

部屋に戻った後は白野の気晴らしになればと、キャスターがトランプをする事を提案し、

白野も含めて、皆が同意し、暫く遊んでいると就寝時間となった。

しかし布団に入って、電気を落とした後も直ぐに眠るわけでもなく、

「こうやって大勢で一つの部屋で一緒に寝るなんて、無かったことですから、新鮮ですねー」

キャスターがごろりとうつ伏せになり、上体を起こす。

白野も続いてうつ伏せになり、顎を枕に乗せた。

セイバーは布団の中で腕組みをし、

「ふっ、余はそんな経験は幾度となくあるぞ」

自慢げに言った。

「はいはい、ハーレム乙、そんな爛れたのじゃねーですよ、なんというか、こう修学旅行の夜?」

「なんだそれは?」

「あー、なんて言ったら良いでしょうね、若い学生達の集団旅行のドキドキな夜?」

「ふむ、ハッテン場か?」

「違いますっ!そんな古代ギリシャ的な考えしないでください」

「まあ、難しい事考えず、今のこの雰囲気が楽しいで良いんじゃないですか?」

BBがそう言うと、セイバーが頷いた。

「ふむ、それならなんとなく余も感じているぞ」

「なんとなくでも分かってくれれば良いんですけど」

上手く説明できなかった事に、キャスターは少し不満そうな様子を見せる。

私にも分かる、なんか色々な事話したくなるよね

布団の中から楽しそうな声を白野は上げた。

「なら、話をしましょうか、少しぐらいの夜更かしは、内緒で」

桜が悪戯っぽい顔をして言うと、BBは布団の中で肩を竦めた。

とはいえBBも反対するわけではなく、白野達は取り留めも無い話をし始めた。

やがてキャスターが

「ではでは、次は恋バナと行きましょう」

「ふむ、それは良いな、では聴くが良い、余と奏者の蜜月を」

「はぁ?なに捏造話しようとしてるんですか、そういうのって後で引けなくなって困る事に

なりますよ」

「なんだと、誰が捏造などするが、お前こそありもしない既成事実をでっち上げるつもりだろうが」

「んな事、する訳ねーです、確実に起きる未来だから、捏造じゃありません!」

「どこの誰が確定させた、そんな未来は無い、絶対無い」

ぎゃいぎゃいと言い合う二人に白野は力なく笑う。

このままで行くと、この場から逃げ出したくなるくらいの惚気話を聞かされる事になる。

他人が対象ならまだ顔を赤くするだけで済むが、自分との事を言われては流石に耐えられない。

それにと、白野は思い出す、ゲームコーナーで会ったあの神父の言葉を。

夜のお話会を録音してディスクに焼く。

まさかとは思うが、あの神父ならやりかねない。

ここは二人を止めるべきと、

まあ、そういう大切な思い出は、それぞれの心の中にそっとしまっておいて欲しいな。

そんな事を言って、セイバーとキャスターの頭を冷やそうとする白野に桜も続く。

「そ、そうですよ、本当に大切な物は無闇やたらに他の人に晒さない方が良いですし」

桜の援護射撃に、白野は布団の中で、グッジョブと親指を立てる。

ふむ、それもそうかと納得した二人に白野は胸を撫で下ろし、桜は話題を変えた。

 

そんな事をしていた女性陣の部屋の隣。

布団の上に胡坐をかいたギルガメッシュが、手に持った枕を畳に投げつけた。

「これはどういう事だ、何故貴様と一緒に同じ部屋で寝なければならないのだ、ふざけるのも

大概にしろ」

「それが温泉宿の楽しみ方だ、皆で同じ部屋で雑魚寝をすると言うのが、こういう場の醍醐味だ」

「たわけ、そう言えば何でも許されると思っていたのか、貴様は」

(流石に何度も通用せぬか)

アーチャーは心の中で舌打ちをする。

正直に言えば、アーチャーもギルガメッシュと一つの部屋で二人きりで寝るなど真っ平御免だが、ギルガメッシュの監視役を自認しているアーチャーとしては共に寝るしか選択肢が無い。

「とにかく貴様は出て行け、確か布団部屋なるものがあったな、そこへ行け」

「それは駄目だな、お前に一人寝をさせる訳にはいかない、お前が(やらかさないか)心配でならん」

「殺られたいのか貴様、この我がその気になれば貴様なぞ」

「ふっ、随分と滾っているなギルガメッシュ、だかそんな強気で良いのかね

身体の方は忘れていないんだろう?」

「ぐっ、貴様っ、この我様に恥を掻かせる気か!?」

 

などという展開が為されている隣の部屋では。

「あの二人、何を言ってるんですかね?」

隣から聞こえてくるどこか怪しい会話に、何時の間にか自分達の会話を止めて、女性陣が聞き耳を立てていた。

「え、ナニって・・・・えっと」

桜がごにょごにょと口ごもる。

なんの事?

この中でただ一人普通の聴覚を持つ白野だけが、隣から流れてくる会話を良く聞き取れず、

突然他のみんなが息をひそめた事に首を傾げていた。

「ご主人様は、なにも気にしなくて良い事なんですよ」

「うむ、夜も更けて静かにせねばならぬしなっ」

誤魔化された白野は、本当にそれが理由かなと思いつつ掛布団を自分の口元まで引き上げる。

 

そしてその隣の男性陣の部屋では。

「恥をかかせるつもりは無い、まあアレを一度味わったら、誰でも逆らえ無くなるだろうからな」

「ええぃ、何度何度も人の身体を好き勝手しおって」

「ふっ、癖にでもなったか?」

「誰がなるか! だいたい貴様余裕な態度を取っていられるのも今の内だぞ」

「ほう、ヤルかね」

「ふっ、なーに、隣の女どもに気付かれなければ良い事よ、覚悟は良いな」

 

その時、女性陣の部屋では。

「なんか隣、凄い事になってません?」

BBが頭が痛いと手で押さえる。

「うわー、仲がハッテンですよ、あ、ご主人さまは耳栓耳栓、腐りますからね、色々と」

安眠用と言ってキャスターは白野の耳に耳栓を装着する。

相変わらず隣の声が聞こえてなかった白野は、何でわざわざと思いながらも、素直にキャスターの言う通りにした。

「まあ、余はどちらともいけるから否定はすまい、だがあの二人では少々絵面がの」

「うう、まさかこんな所で始める気じゃ」

 

その隣の男性陣の部屋では。

「随分と強気な事だ、どうやらまだ縛られ足りないと見える、二度と忘れられないくらい激しく

身体に刻む込む事にしよう」

「ぐっ、おのれっ、貴様何をするか」

「いや何、こういう時の為にと思ってね用意していたのだよ」

 

この後、アーチャーがBBから借り受けていた鎮圧用シェイプシスターを展開し、同室は嫌だ貴様出て行けとゴネるギルガメッシュを縛り上げ、これは躾けとばかりにビシバシ叩いたのだが。

その叩かれる音とギルガメッシュの上げる苦悶の声に、隣の女性陣の妄想は頂点に達した。

「まさか、あの二人がそこまで行っているとは、意外と言うかなんと言うか」

「ううむ、倒錯の世界よの」

「そんな、アーチャーさんのクール鬼攻めなんて」

「桜、貴女・・・・」

他の四人の不審な態度に相変わらず訳が分からず首を傾げる白野だった。

 

そして次の日。

洗面台で顔を洗っていたアーチャーに

「おやおや、昨日はお楽しみでしたね」

ニヤニヤ笑いながら、キャスターが近づく。

「何が楽しい事などあるものか、昨日は奴が暴れて大変だったのだぞ」

疲れを滲ませアーチャーが言う。

「ほうほう随分と激しかったようで」

「ああ、縛り上げて何度も何度も躾けたのだがな、最後まで屈服しなかったよ」

「いやはや、お盛んですね、タマモ照れちゃいます」

「ん?照れる?」

「大丈夫ですよ、もうみんな知ってますから」

「あ、ああ、そうなのか、やっぱり隣まで聞こえてしまったか、マスターは大丈夫だったか?」

安眠妨害はしなかったかと尋ねるアーチャーに、キャスターは心配ご無用と手を胸の辺りまで上げる。

「当たり前です、そんなお耳汚しさせる事はこの私が認めません、ちゃんと耳栓を渡して

何も聞こえ無いようにしてましたから」

「ふむ、念に入った事だな、ところで今朝は妙に他の女性陣から生暖かい視線を送られるのだが、昨日の夜の事がそんなに気になったか?」

「まあ、確かに気にはなりましたけど、大丈夫です、みんなちゃんと理解してくれましたから」

「そ、そうか、なら良いのだが」

どことなくキャスターの会話に違和感を感じるアーチャー。

その違和感の正体は帰宅後に判明するのだが、今はまだ知らぬがブッタ状態であった。

 

そうして一部誤解を残したまま温泉旅行は終了した。

白野もセイバーも概ね楽しめたようで、帰宅後の騒動をまだ知らない帰りの道中は和気藹々としたものだった。

 

 

 

おまけ

 

ある日の白野

 

某ネット上にて

 

「やれやれ、やっとぷちこれを導入できたよ、これでワカメアバターともおさらばだ、全く何で

僕がワカメ姿なんだ、ほんと訳の分かんない対応だったよ」

「いやいやシンジくんのは納得の伝統芸能だったしょ、それよりジナコさんがハロの姿って、

そっちの方が訳わかめっす」

「・・・・それもある意味納得の姿だって気もするけどね」

そんな二人が作ったアバターは下記のようなものだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

名前: キナコ

鳴き声: っす。

特殊技能: ゲームの時以外は寝ている廃プレイヤー。

     煽り技能は名人芸であり、結構心理戦が得意。

     後、持久戦が得意であり、時間の経過とともに強くなっていく。

 

 

名前: ワカメ、ではなく、バカメ、でもなく、マキリ

鳴き声: 海藻類に鳴き声などない(只よくフッと鼻で笑う)

特殊能力 アジアのゲームチャンプなだけに実力は折り紙つき、プレイヤーの実力が大きく

    物を言うような対戦ゲームではぷちのはまず勝てない、運の良し悪しで結果が大きく左右

    されるすごろく系その他などなら、妙な幸運を発揮するぷちのも勝てる。

 

「・・・・自分で作っておいてなんなんっすけど、悪意を感じるオプションっすね」

「まあ、それはともかくとして、今日はこれでゲーム勝負といこう」

「ぷちこれ専用ソフトっすか、なんかこれとっても地下ソフト臭がするっすね」

「まあ、普通のレースゲームだと白野は絶対僕には勝てないからな、ハンデだよハンデ」

という訳で、本日は水泳レースゲームを行う事になった。

 

みんな水着に着替えて、用意スタート。

結果は以下の通り。

 

赤帝 きわどすぎる水着で失格。

キャス狐 ぷちのの艶姿に鼻血噴出してリタイア。

マキリ プールの底に根付く。

キナコ 居眠りして起きず。

ぷちの 無事泳ぎ切り勝利。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なんだよこのクソゲー、まともに操作出来ないじゃないか、どうしていきなりウォール化

するんだ、変なとこばっかに拘わって、技術の無駄遣いじゃないかよ」

「いやいやいや、このソフトって、どうやらアバターに水着を着せて楽しむのが主な目的らしいっすから、レースについてはおまけみたいなものだったんっすよ、この妙な個性への拘りも、

この手のソフトらしいって言えばらしいっすよねー、こういうの私は好きっすよ」

「くそっ、そもそもこのソフトって男と女で扱いの差か激し過ぎるだろ、

イチョウの葉やカエデの葉やマスクって、こんなの水着でもなんでも無いじゃないか

だいたいなんだよ一番ましなのが赤フンなんて、どこのOTOKO塾だよ」

「だから、そこが良いって言ってるすよ、この男女の差別的扱いがツボっすねー」

 

ちなみに今日の白野は勝利でご飯が美味しかったらしい。

 

 



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とおいとおい昔のきつねの話

今回は独自設定に基づいた話です、名前もありませんがオリキャラも出ます。
苦手な方は戻るボタンで戻ってください。

特に気にしないという方は先に進んでください。


今より遠い平安の頃、人に興味を持ったある神の意識の写し身が世に舞い降りた。

これが初めての事ではなく、場所は違えど、かつて幾度も人の世に降り立ち、興味の赴くままに

振る舞い、無邪気に人の癖に染まり、ただただ愉しみ国を混乱させた。

その末はいつも同じ、討たれては元の木阿弥、元へと還る。

記憶は失われ、何をしたかの記録は積み重ねられるが、残るのは燻る想いのみ。

自分が欲したものはこれだったのか?惹かれたものがこんなものだったのか?

享楽に身を浸している時は愉しいと思っていたが、いざ元へと戻れば、どこか満たされず虚しいという想いがある。

さればこそ幾度も人の世へと赴く。

そして数度、人の世を混乱させ、今再び現世に降りようとしたこの時、一つの決意をした。

 

此度は人に尽くそうと。

 

今までは興味の赴くままに振る舞っていた。

力を使って人を操り、滑稽な様を見せ続けるその姿に喜びもしたが、

それでは得られない、何かがあるのが分かった。

だからこそ此度は超常の力を使って愉しみのまま人を使役するのではなく、

人にただ仕えて富と栄華をもたらす。

その想いだけを抱いて、無垢なまま、一人の少女に転生した。

 

此度の生は北面の武士の拾い子で名は藻女(みずくめ)。

18の歳に宮中へ女官として入った。

その美貌、その博識は皆を惹きつける。

ついには時の権力者の眼に止まり、玉藻の前と名を授かって、助言と献身をもって仕えようと

するも、今までの業故か、主はその時より病を得てしまった。

何故だ?

何のせいだ?

宮中に渦巻く疑念と猜疑、それは新参の身である玉藻へと向かい。

追及の果てに、独りの陰陽師によって正体を暴かれ、玉藻は宮中を追われた。

 

失意を抱いて宮中を出れば、そこに絶望があった。

都を離れ、遠く落ち延びようとした道すがらには骸が打ち捨てられていた。

貧困に疫病、様々な苦役によって倒れた者達。

宮中にあればそれはどこか余所の世界の出来事だが、一歩、都から出れば、周りは全て

これだった。

たった一つの場所を富ませるために、その他からは過酷に取り立てる。

積み上げられた骸から臭気が立ち上がり、嘆きの声と念が満ちているのが世界の現実。

これは今までの業の報いだろう。

宮中という、世から切り離された繭の中から眺めるだけであれば忌避、あるいは揶揄するだけで

済んだが、今はこの身を浸して染める。

玉藻は逃げるようにして道を駆け去り、やがて辿り着いたのは那須野の地。

多数の眷属である狐が住まう薄が原。

時を経たある日の夜、月が昇り、白銀の光が照らす野にて、玉藻はその者らと出会った。

 

捨てられた者達なのであろうか。

一人は少年、痩せこけている。

一人は少女、死病に取りつかれて死にかけている。

少年は少女を抱きしめて玉藻を見ていた。

眷属の狐が玉藻に寄り添い、述べる。

 

少女は病を得て捨てられた、少女の兄である少年はそれを不服とし、共に家を出た。

だが少年一人が病を得た少女を抱えて生きていける筈も無く、この地で死に絶えようとしている。

 

余りにありふれた事、ただ見過ごせばそれで終いだと言う眷属の狐を余所に玉藻は少年と少女に

近づいた。

人ならぬ、耳と尻尾を出したままで。

少年は玉藻を見たままで逃げようとはしない。

少女はもはや目も見えていないのか、あらぬ方を虚ろな目で眺めていたが、手だけはしっかりと

少年の手を握っていた。

 

「ここは人の立ち入らぬ化生の住まう地、何故この地に至り、何故今また逃げない?」

 

玉藻の問いには答えず、少年は妹の身体をより強く抱きしめる。

 

「その妹が邪魔で逃げられぬのか?ならばうち捨てれば良い、お前が捨てずともそれは直ぐに

死ぬ、お前一人なら生き延びられるやもしれぬ」

 

そのままでいるのであれば、縊り殺してやろうとでも言うように玉藻は手を少年に伸ばす。

少年の唇がわななき、言葉を紡いだ。

 

「妹を助けてください」

 

玉藻の手が止まる。

「何故私に助けを求める?私はお前らを喰らう事はあっても助ける道理は無い、この人ならざる

身を見て、まだ世迷言を言うのか?」

などと玉藻は散々に脅すが、それでも少年は妹を離さず助けを乞い続けていた。

その様子は余りに頑なで愚かだ、自分が楽になるよりもなお大切な、掛け替えのない者の手を

決して離そうとしない。

やがて玉藻は溜息を一つつき、しばしそこで待てと言い置いて、身を翻した。

「助けるつもりですか?」

玉藻の意を察した眷属の狐が寄り添い、顔を見上げてくる。

追いすがる眷属の狐を無視し、玉藻は住処より霊薬を持ち出す。

「意味はありませぬ、この世には無意味に無数の死がばらまかれ続けられています。

あのような命の一つや二つ救った所で何ほどの事がありましょうか?」

非難めいて言う眷属の狐に、玉藻はかぶりを振る。

「確かに意味は無い、それでも私は知った、あの者らを見捨てる事は容易いし、誰もが見捨てる

だろう、だが私は今ここであの者らを知ってしまった、あのあまりに愚かな者らを、だから助ける、他の誰でも無く私が助ける、それを意味無き事と笑うならそれで良い、私も自分の奇行に笑いがこみ上げる」

自嘲する玉藻に眷属の狐はそれ以上何も言わなかった。

 

玉藻は少年と少女を助けた。

少女は霊薬によって命をとりとめ、少年もまた、玉藻や狐達が持って来た食料で生命を繋いだ。

行くあての無い二人はその地に留まり、ともに暮らすことになる。

玉藻はある時、元気になった彼に尋ねた。

何故あの時、私に助けを求めたのか?

私が恐ろしくはなかったのか?

その問いに彼は、はにかみながら答えた。

「僕はあの時、貴女の事を知らなかった、だから恐れなかった。

そして貴女の事を知った今ではもう恐れる事は出来ない」

玉藻はまじまじと彼の顔を見、そして赤らめた顔を背けた。

涙で滲んだ瞳をみられまいと、玉藻は立ち上がる。

まさか自分自身をそのままに見て評価してくれる事が、これほど嬉しい事とは玉藻は思って

いなかった。

顧みれば宮中ではその美貌と見識を褒め称えられ、人を引き寄せた。

しかしその中ではたして何人が玉藻自身を見てくれていたであろうか?

そして自分自身も知られようとする努力はしなかった。

自分に宿っている特別なものを他人に魅せる事こそ、良しと思っていた。

だからこそ、自分が人間で無いとわかった時に恐怖と疑心と不安に苛まれ、

他人に化物と呼ばれ蔑まれる光景を想像して震え、誰にも相談できず、ひとりで怯えた。

誰にも知られようとしなかったが故に、纏っていたものが引き剥がされた時、

追われ、決別され、ひとりぽつんと佇むしかなかった。

人間では無い。

ただそれだけの理由で玉藻は居場所を奪われた。

何の害も与えず、富をもたらそうとしていたのにその事は分かってもらえず、分かってもらおうとせずにいた為の帰結。

 

ああ――、なんて私は愚かだったのでしょう・・・・。

 

知りたいと思うなら、知られなければならなかったのだ。

今までは表面だけをなぞるかのように、人の成りのみして来た。

だから、それが引き剥がされた時、だまされたと思われても仕方のない事だったのだ。

飾り立てた煌びやかさに目が惹かれ、自分は人をよく知ろうとはしていなかった。

都のみが世界ではなく、宮廷のみに雅はあるのでは無い。

天にあって地を照らす月を愉しみ、虫の音に舞いを舞う。

風に揺れる薄が原に心許す者達と居る。

風雅はここにある、営みはここにこそある。

玉藻は兄妹と暮らし、その後も幾人かの捨てられた子供を助けた。

 

 

そして遠く都に報告が入る。

 

曰く、かつて宮中を騒がした化け物が子供を攫っている。

曰く、かの化生が本性を露わにし、子供喰らい、力をつけて都に復讐にくる。

曰く、早急に最終的な解決を求む。

 

朝廷は討伐軍を編成する。

8万もの大軍が那須野の地を目指し、

道を野を村を進むその大軍を留めるものは何も無く、全てを焼き尽くす。

それを知った玉藻は、もうだますつもりはないと、立ち去れと言うのなら立ち去るからどうか

私の事は忘れて欲しいと訴えるも、誰も耳を貸さない。

玉藻は決意する。

もう迫る討伐軍を押し留める術は無い、自分がここに居れば必ずこの地に討伐軍は至る。

せめて人の子らだけは無事でいて欲しいと、縋る子らを諭して残し、自分一人で逃げ出す。

 

こちらへと来い、お前らの狙いは私だろう。

 

玉藻はことさら己の存在を誇示し、北へと落ちる。

同じ人ならば討伐軍も危害を加えはしまい、狙われるのは自分一人、そう思っての事だったが、

玉藻は忘れていた。

人は自分が人と認めた者しか人として扱わない事を。

宮中にあっては集められる富は当然のものであり、伴う苦衷は知らずにいれば良い事、死を厭い、雅を求める性にとって、死臭が蔓延する輪の外は見たくも無いものであり、そこに居る者を同じ

人間とは認めようとはしない。

 

那須野の地に上がった煙を見て、慌てて戻り。

躊躇いなく焼かれた骸らを見た玉藻の意識はそこで途絶える。

気が付けば八万の討伐軍も消え、そこに生きている者は誰も居なかった。

 

呆然と焼野原を見つめても、もはや笑いかけてくれる者が出て来る事は無い。

どれ程佇んでいたのか、やがて自失から立ち直った玉藻は慟哭する。

 

なんと狭量な生き物。

なんて身勝手な憎しみ。

なんて思いあがった独善。

 

この溢れる血の涙より八百万の軍勢を生み出して都へと攻め上り、

お前らの望みどおりに殺戮し尽くしてやろうか。

大化生に堕ちようとする玉藻に眷属の狐が寄り添い言う。

 

「それで本当に良いのですか? 貴女は知ったのでは無いのですか?

人の愚かさを、そして人の愚かさには色々なものがある事を」

 

玉藻は零れ落ちようとする想いを留めるかのように、胸の前で手を握り締める。

追い立てる人間が居る。

共に居る人間が居る。

憎む者も居れば慕う者も居る。

いずれも人。

一方的な憎悪をぶつける者らだけが人では無い。

自分と一緒に過ごした者らも紛れも無い人なのだ。

恐怖に怯え、生に縋り

人に寄り添い、外れた者は排斥する。

 

なんて――弱弱しくも愛おしい、限りある命たち

 

涙を拭き、顔を上げ、遠く地平に目を向ければ、そこに人の群れの気配がする。

一度は壊滅させられた討伐軍が再び寄せようとしていた。

玉藻は眷属の狐に説得を試みる事を眷属の狐に告げる。

 

「無駄な事、万に一つも聞き入れる事はありますまい」

 

などど、いつものような苦言を呈する事もなく、眷属の狐は頷いて引き下がった。

玉藻が化生に堕ちるのではなく、あくまで人の身を保ったまま逝くことを決意した事を知った

からだ。

 

シャンと鈴の音が鳴り、玉藻は踊る。

逝った者達を送る踊りを踊る。

 

既にススキは無く、ここに集った者も居ない。

ただ灰が舞い上がる。

それは舞い散る花の様に

それは降り積もる雪の様に

 

玉藻が踊るたびに、

しんしんと灰が降る。

 

いかほど時を重ねようとも忘れはしない。

かの輝きを。

 

命は巡る。

どれほど姿や名が替わろうとも再び出会う。

例え永劫の時の果てであろうとも、また見つけられるように、

再び出会った者らに自分だということが分かるように、

踊り終わった玉藻は、打ち放たれる矢の雨の中へとその身を晒す。

 

私はここに、

あなたに尽くす、

かいなに抱かれ、かいなに抱く。

 

恐れないで、受け入れて下さい。

そのまま三日三晩訴え続けた後、最後はその胸に破魔の矢を受けることで終わった。

 

 

そして千年余りの時が流れる。

そこは人々が営みを繰り返した星ですらなく、人々がずっと見上げてきた月。

古よりの観測者が作り上げた電脳空間の片隅で今にも消えようとする者が居た。

それは余りに弱々しく、取るに足らない存在。

なのに限りある命の一滴も無駄には出来ないと精一杯に足掻いていた。

しかし結果は変わらず、誰にも気に留められずに消え去るだけというまさにその時、辺りに声が

響く。

 

「その魂、ちょおっーーーとまった! 暫く、暫くぅ!

何処の誰とかぜーんぜん存じませんが、その慟哭、その頑張り

他の神さまが聞き逃しても、私の耳にピンときました!

宇伽之御霊神もご照覧あれ! この人を冥府に落とすのはまだ早すぎ。

だってこのイケメン魂、きっと素敵な人ですから! ちょっと私に下さいな♪」

 

再び狐が舞い降りる。

とおいとおい昔、人に興味を持った神の意識が懲りもせずに、今また人と交わろうとしていた。

 

 

 

おまけ

 

ぷちストラ劇場 ある日の白野

 

今日地上に遊びに行った際にキャスターに髪を梳いてもらった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

気持ち良かったので、セイバーにもしてあげることにした。

 

埋まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

お団子を解くと、あんなに凄いのかとくらくらする頭を手で押さえつつ、気を取り直して

今度はキャスターの髪を梳いてあげようとした。

 

確信犯的に尻尾でモフられ動けなくなった。

 

 

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いくらもがいても抜け出せずにいると、BBが強制介入(でっけぇ斧)して来て、脱出できた。

 

 

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その後みんなで帰った

 



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月のパーティー

はぁー。

その日の昼下がり、キャスターと二人で居た白野は、長々と溜息をつくと、両手をちゃぶ台に

投げ出し、突っ伏した。

ちゃぶ台を挟んで対面に座り、お茶を飲んでいたキャスターがそんな白野を見て首を傾げる。

「どうしたんですか、ご主人さま?」

コトリと、キャスターが湯呑を置いて尋ねる。

うん、実はね、キャスターも知ってると思うけど、明日レオ達がやって来るでしょ?

「はい、来ますね」

その事については白野に言われるまでもなく、キャスターも知っていた。

普段、凛やラニは結構頻繁に遊びに来るのだが、レオやユリウスのハーウェイコンビまでが

来るのは、その立場もあって、珍しい。

なので、折角の機会だからパーティーでも開こうという話となり、白野も乗り気で準備していた、だからキャスターも白野はレオ達の来訪は楽しみにしていると思っていたのだが、

今になって憂鬱そうな態度を見せている、突然どうしたんだろう?と、キャスターは疑問に

思った。

「レオさん達が来るのに、何か問題でも?」

実は西欧財閥の要であるハーウェイ関係者が来るのは迷惑?

でもご主人さまは立場とかそんな事、気にもしませんよね。

などと思いつつキャスターが問うと、案の定白野はかぶりを振る。

レオ達が来るのは楽しみだし、パーティーを開くのも問題無い。

そこは力を籠めて白野は言うが、

けど。

続く言葉は肩を落としながら言った。

「けど?」

そこでダンスを踊る事になっちゃったんだ

白野はそこでまた溜息をついた。

成程とキャスターは頷いた。

「つまりは、ご主人様はきわどい恰好をして、必要以上に身体を密着させる扇情的な踊りで

フィーバーするのが恥かしいという事ですね、分かります、ご主人様に羞恥プレイさせて、

もじもじさせたいという気持ち、よく分かります」

いや、そんなの分からなくて良いから、というか、いきなり曲解して肯定派にまわらないで

くれないかな?

白野はキャスターの豹変ぶりにツッコミを入れるが、

「勿論ご主人様の相手はこの私、不詳タマモが務めさせて頂きます、ええそうですとも、

絶対他の奴らになんかにはさせませんから」

全然聞いてくれていなかった。

もうBBに頼んで、明日は私の周りだけピンポイントでファイヤーウォールでも張ってもらおうかな。

ぼそりと白野が言うと、キャスターの狐耳がぴくりと動く。

「ご主人様、嫌ですねー、冗談ですよ冗談、そんなカーニバルみたいな踊りする訳ないですよねー」

ボケ倒して、折角頼ってもらえる機会を不意にするのは御免だと、キャスターはコロッと態度を

替え、着物の裾で口を隠し、わざとらしく、ホホホと笑う。

「まあ、レオさん達を招いてのパーティーと言えば、当然西欧風のパーティー、そこでダンスと

言えば、上品なワルツとかになりますよね」

キャスターが正気に戻ったので、白野もそうそうと頷く。

「踊れないですよね、ご主人様は」

そうなんだよねー

と、指をちゃぶ台の上でぐるぐる回しながら白野は言う。

今までそんな上品なものにはとんとご縁が無かった白野である、いきなり踊れと言われても無理がある。

「でもそんなに堅苦しく考えなくても良いんじゃありませんか?どうせ超身内のパーティーですよ、まあ桜さん達が用意しますから気合の入ったものになりそうですけど、どうせお気楽な雰囲気ですから、少しぐらいの失敗はご愛嬌というものですよ」

キャスターはそう慰めるが、白野の顔は晴れない。

むしろ益々暗くなる。

・・・・あのレオが、RECの用意をしてないと思う?

その白野の言葉に、あー、そう言えばそうですねと、キャスターは納得した。

「やらかしを期待されて、その通りになって、しかも永久保存されるのが嫌と、そういう事ですね、ご主人様」

キャスターの言葉に、白野はこくこくと頷いた。

その場かぎりの事なら良いんだけどねーと、かつてのさくら迷宮での事有るごとのRECアタックで精神ライフを削られまくっていた白野は、またもちゃぶ台に突っ伏す。

「ふむ、そうですねー」

キャスターは指を顎に手をあて少し考え込むと、なにか良い手を思いついたのか、

ぽむと手を打つ。

「私、良い解決方法を思いつきました」

にこやかにそう言ったキャスターを、白野は顔を上げて見る。

「要するにダンスを踊れるようになれば良いんですよね」

うん、そうだけど

ウインクしながら、人差し指を立てて、いかにも楽しげな様子を見せるキャスターに、白野は

今までの経験から、そこはかとなく嫌な予感を覚えた。

「ならばこうしましょう、私が呪術でちょちょいのちょいって念を込めて、ご主人様とリンクする人形を作りますから、それをこうささっと動かして、ダンスを踊れるようにしましょう」

・・・えーと、つまりはその人形を動かすと私の身体も同じように動くとか、そういう事?

白野が問うと、

「そうでーす」

キャスターは嬉しそうに答えた。

「だから、ご主人様、私に髪の毛下さいな、私が特別に念を込めた形代を作りますから」

手を差し出すキャスターから、白野はじりっと僅かに後ずさる。

それって、もしかして午前二時あたりに釘を打っちゃう、藁が材料の人形とかそういう危ない物

なんじゃないかな?

そう言いながら、腰を浮かしかけた白野の後ろ、キャスターは素早く回り込んだ。

「ご主人様の髪の毛、げっとー♪」

あっ!?

と、いう暇もあればこそ、白野の髪の毛を一本ぷち抜いたキャスターは、嬉々とした様子を

見せながら走り出す。

待って、待ってよキャスター。

白野が言うが、こういう時に待てと言われて待つ奴はいない。

キャスターも例に漏れず、あっという間に何処かへ走り去ってしまった。

 

なにかとんでも無い事になってしまった。

キャスターが姿を消し、この後に起きる事をあれこれ想像して、白野はその場にへたり込んで

しまう。

「どうしたのだ奏者よ、なにやらキャスターめが、跳ねながら家の外へ飛び出していったのだが」

がっくり肩を落としている白野の元へと、セイバーと桜が顔を出した。

キャスターが走り去っていったであろう方向を指さすセイバーに続き、

姿を現した桜は落ち込んでいる白野を見て、大丈夫ですかと、心配そうに顔を覗き込む。

セイバーもまた、何事があったのかと柳眉を寄せた。

実は・・・

白野が先程のキャスターのやり取りを説明すると、

「奏者とリンクした人形か、なんともはや」

セイバーは本当にそんなものが出来るのかと、半信半疑な様子を見せるが

「でも、キャスターさんなら出来そうですよね、そういう事」

キャスターが呪術EXなのを良く知っている桜は、不安げな様子を見せた。

そこへ。

「ご主人様、出来ましたー」

話題の主のキャスターが飛び込んで来た。

早やっ!早いよキャスター

姿を消してから左程時間が経っていないのに、もう戻って来た事に吃驚している白野に、

キャスターは手に持った人形を見せる。

それは二頭身で白野の姿を模した可愛らしい人形だった。

「それが例の奏者とリンクした人形とやらか?」

セイバーがしげしげとキャスターの手元にある人形を見る。

白野の人形など市販されているわけは無いので、恐らくそれはキャスターの手縫いのものだろう、かなり上手く作られている。

セイバーも以前、白野をモデルに人形作りに挑戦した事があったが、

キャスター曰く、なにこのマリモなどと言われてしまう代物だった。

その時の悔しさも手伝ってか、セイバーは自慢げに人形を見せるキャスターに対して不信な態度を露わにする。

「本当にその人形を動かした通りに、奏者も動くのか?」

疑いの眼で見られてキャスターは憤然と反論した。

「勿論です、私のご主人様への愛を疑うんですか?」

「いや、その傍迷惑さは疑わないが、それとこれとは話が別だろう」

傍迷惑さではセイバーさんもあんまり変わらないと思うんだけどな

白野の横で、セイバーとキャスターの遣り取りを眺めていた桜はそんな事を思う。

白野もまた同じ感想を抱いているのか、なんとも微妙な顔をしている中、

「なら、証拠を見せてあげます、えい」

と言い、キャスターがおもむろに人形の手を動かす、すると

 

ふにっ。

 

白野、桜にπタッチ。

「なっ!?」

えっ!?

突然の事に目を丸くするセイバーと白野、桜はと言えば

「あ、そんな、先輩いきなりなんて駄目です、こういうのは、えーと、その、もう、仕方が無い

ですね先輩は、特に深い意味は無いんですけど、今日の夕ご飯は先輩の好きな物のフルコースに

しますね」

固まってる白野を余所に、照れながらも嬉しそうに言う桜、当然の如くセイバーが怒り出す。

「待て、桜、なに二度目のラッキーイベントを狙っている、お前のターンはもう終わりだ!」

「まったく、わざとらしいくらいに露骨にご主人様を調教しようとしますね、汚い、流石桜汚い」

セイバーに続き、しれっと言ってのけるキャスター。

「お前のせいだろうが、何を言っているのだキャスター!」

セイバーは噛み付くが、キャスターはどこ吹く風と涼しい顔。

「い、言いがかりです、別に私は先輩を誘惑しようだなんて、そんなつもりは・・・ありません」

桜は桜で冤罪だと主張する。

しかし白野の服の裾を、指でしっかり摘まみながらの主張なので、余り説得力は無い。

ええぃ、どいつもこいつもと、頭に血が昇ってカッカしてきたセイバーにこの事態を招いた

キャスターが反省した態度を見せる、

「確かに不用意でしたね、もう少し周りを確認して試すべきでした、そう、桜さんでは無く

私がご主人様の前に立ってからやるべきでした、そうして既成事実を積み重ねて・・・・うへへ」

なんて事もなく、キャスターは今日も通常運転。

「おいっキャスター、お前はいつもの如くピンクな妄想を脳に湧かすな、そもそもこういうのは

余の担当だろうが、余は何時でも奏者をウエルカムだ」

セイバーはそう言い放つと腰に両手をあて、我こそここに在りと胸を誇示するように身体を

反らす。

「この場で一番ミニマムなくせに、何を言ってるんだが」

へっと、軽く嘲けるように言うキャスターに、セイバーは振り返り、黙れと手を横に一閃。

「大きさでは無い、フィット感が大事なのだ!」

「持たざる者の僻みですね、大事なのは包容力ですよ」

「なんだとっ」

「なんですか」

睨み合うセイバーとキャスターに桜がおずおずと話しかける。

「あの、ところでさっきから先輩が置いてけぼりなんですけど」

その言葉に、セイバーとキャスターは、あっと言って白野を見た。

白野は先程から固まったままだったが、皆に注目されると、頭だけぎこちなく動かし、

引きつったような笑顔を顔に浮かべる。

「それ、凄く危険なんじゃ無いかな、かな?」

白野はキャスターの持ってる人形を指さす。

「そんな事ありませんよ、とっても愉快なお人形様です、みんなを笑顔に出来るんですよ」

どこが?

どう考えても呪いの類です、何が愉快か分かりませんと、白野が疑問を呈すると。

「ほら、例えば今ここで人形の足を動かして、ご主人様がチアガールを披露すれば、

みんなほっこりとします」

そのみんなって、絶対私だけ除け者だよねっ、ね。

羞恥プレイの強要なんてどう考えてもR展開ハッテン、ハッテンじゃないっ

「だ、大丈夫です、私が絶対そんな事はさせません」

私、いま俎板の上の鯉状態だと慌てふためく白野に、桜がRタグを付けさせるような真似は

させませんと勢い込んで言う。

おおっ、いつもはちょっぴり頼りなさげな桜が、こんなにも力強く言い切ってくれるなんて。

と、感動する白野。

「けど、限界ギリギリまでのチキンレースはすると」

「え!?」

しかしキャスターの一言に固まる桜を見て、その感動も風の前の塵に同じく吹き消える。

あの、何故そこで動揺するんですか桜さん?

あと何故バレたんだとでも言いたげなその顔はやめてください。

たそがれ白野の前で、桜は数秒沈黙した後、

「・・・・・しませんよ、そんな事」

嘘だっっっっっ!

みんながツッコムような事を言った。

「わ、私だってみなさんの健康管理を任されているんです、見極めぐらい出来ます、チキンレースなんてなりません」

そういう否定じゃなくて、お願いだからピンクな事はさせないって言って

白野は泣きたくなりながら桜に訴える。

「はっ!?そ、そうでした、先輩の意志を無視するなんて駄目です、そんな事はさせません」

白野に縋られ、我にかえった桜が一歩前に出て、セイバーとキャスターの前に立ち塞がる。

キャスターが黙って人形の手を動かした。

つつっと、白野に背中を指でなぞられ、桜は変な声を出してへたり込む。

「うむ、流石は奏者よ」

「ふっ、ちょろい」

さ、さくらーっと、駆け寄る白野に、

「わ、わたしはもう駄目です、私が私で無くなる前に、逃げてください先輩」

桜は弱々しく言う。

いやいやいや、なんになるつもりですか貴女は、そんなホラー物語のようなストーリー展開

いらないから、しっかりして桜。

白野はそう言ってぐったりとしてしまった桜を揺さぶる。

しかしそれは何の効果も無く、

えへへと、幸せそうに、にやけ始める桜の変容に白野は恐怖を覚えた。

もはや遮るものは何も無い、このまま桃色の波に流されるのみかと、白野の背中を冷や汗が伝う。

「でもまあ、桜さんの言にも一理ありますね」

「うむ、奏者が嫌がる事は、余もしたくはない」

逃げ場無く追い込まれたか、いやいやここは囲地、孫子先生私に力を、なんとか謀をめぐらして

切り抜けねば。

とかなんとか考えていたところへ、唐突にキャスターとセイバーにそんな事を言われ、

え!?もしかして流れが変わった?私助かったの?と白野は顔を上げる。

「けど、嫌よ嫌よも好きのうちとも言いますけどね」

「うむ、そうだな」

やっぱり変わって無かった!

自分を自在に上げ下げして翻弄するこの二人には敵わないと白野は身ぶるいした。

「あのご主人様、そんなに怯えないでください、そんな様子を見せられるとタマモは悲しいです。

大丈夫ですよ、こんな人形を使ってご主人様にイタズラなんてしませんから」

「その通り」

本当に?

すっかり仔リス状態になって尋ねる白野に、キャスターとセイバーはコックリ頷く。

「だいたい余がそんな人形で満足するものか、するなら生身の奏者に直接あれこれする」

「そうですよ、反応が少ないってつまらないですよねー」

「うむうむ、訳が分からないと困惑しながらするより、恥じらいを露わにさせるのが良い、

じつに良い」

「その点については全面的に同意です、そんな訳で安心してくださいね」

セイバーと意気投合してがっしり手を組み、にっこり笑うキャスターに白野は、

そうか、それなら安心、良かったR展開なんて無かった・・・・・・・。

なんて思って良いのか?

と、白野は手で顔を覆い、悩む。

それって、某少佐の如く『ただの戦争ではもはや足りない、一心不乱の大戦争を望む』

なんて言う、もっと拙い状況を起こす気満々って事なんじゃ。

なんて事だと、アウトオブコントロールになった二人を想像して慄く白野。

その横でのっそりと桜が身体を起こした。

「あれ、私どうしたんだろう」

なにかのセーフティーが働いたのか、ヤバげな様子を見せていた桜は元に戻っていた。

いつもの状態に戻った桜を見て安心した白野はふと何かを思い付いた。

「あ、そうだ、別に遠隔操作なんかされなくても、ダンスが踊れるようになるプログラムを

インストールしてもらえば良いんだよ、桜そういうのってある?」

ナイス私、よく気が付いたと、表情を明るくさせた白野に聞かれ、少し考え込んだ桜が

あると思いますよと答えると、

じゃあお願い。

身を乗り出す白野の前に、滑り込むように動いたキャスターが立つ。

「でもご主人様、その手の技能プログラムのインストールは口づけでするって決まってますけど、良いんですか? 勿論私は何時でも是枕です♪」

言いながら、ちょいちょいとキャスターは白野の鼻先を指でつつく。

「え!?別にそんな決まりは、うぷっ」

言いかけた桜の顔を、キャスターは尻尾で、ばふっとはたいて、それ以上の発言を封じた。

「うむ、実は余もダンスには一家言あってな」

話がなんか面白い方向に転がったと、セイバーがキャスターを横に押し退け、コホンと咳払いをし、自分がその任には最適とアピールする。

「ローマ帝国の時代の踊りとワルツじゃ全然違うでしょ、何いい加減な事を言っているんですか

セイバーさん」

押し退けられたキャスターもそのまま大人しくしているような性格では無い、セイバーを逆に

白野の前から押し退けようとする。

「それぐらい皇帝特権でなんとでもなる!」

しかし、そうはさせじとセイバーも押し返し、二人は白野の前で押し合いへしあいをし始めた。

もう遠隔操作で良いです。

これ以上揉め事が発展すると、家にまでダメージが出かねないと悟った白野は、そう力なく答える以外出来なかった。

 

そしてパーティー当日。

レオ、ユリウス、凛、ラニの四人が遊びに来て。

「やあ、お久しぶりです白野さん」

うん、ほんと元気にしていた?

などと、アハハと和気藹々に話し合い

「そのドレス似合ってるじゃない」

凛もね

なんて、きゃっきゃ、ウフフと花咲かせ。

パーティーは滞る事無く、楽しげな雰囲気で進んでいき、ついに問題のダンスタイムに突入した。

 

「では白野さんのパートナーは兄さんにやってもらいましょうか」

レオの少し意外な申し出に白野は思わずユリウスを見た。

確かに背丈から言うと丁度良いくらいだし、正装した姿も様になっている。

だが普段裏工作に従事しているその姿から、どうにもワルツを優雅に踊るというイメージが

湧かない。

「まあ、そういう事になった」

普段と表情を変えることなくユリウスが言う。

淡々と言うその様子は、まるで何かの仕事を始めようとしているようで、その意味では小器用に

こなしそうにも見える。

が、ハーウェイカレーの印象が強すぎて、本来の任務に関係する以外のスキルが高そうには

思えない。

白野は思わず、ダンスなんて踊れたんだと呟いてしまい。

しかし直ぐに失礼な発言だったと気が付いて、慌てて取り消そうとしたが、

「いや、別に良い、正直俺もまともに踊れん」

その認識は間違ってないとユリウスは言う。

「そうです大丈夫ですよ、30分で踊れるようになる即席コースを三十時間かけて練習したぐらいですから、兄さんも初心者ですよ、だから白野さんも、いつものように、気楽に踊ってくださいね、上手く踊れるかどうかなんて気にしなくて良いですよ、本当に、いつものように、

してくださいね」

レオもやたらに、『いつものとおり』、というのを強調して、ユリウスの発言を補足した。

悪意は無い、しかし興味は津々、

いつものように、やらかしてくださいねREC用意して待ってますから。

言葉にこそ出してはいないが、グッと親指を立てるレオを見ていると、白野はそういう風に

期待されているのをひしひしと感じてしまう。

しかし、そんなお魚咥えるどら猫を追いかけるような、愉快なハクノさんとは今日でオサラバ、

今回は期待を裏切って見せると、白野はチラリと目で部屋の片隅に居るセイバーとキャスターに

合図した。

合図を受けたセイバーがコクリと頷く。

「キャスター、奏者からのサインだ、ミッションを開始する」

「オーケー、こちら狐、これより行動を開始する」

キャスターは段ボールを取り出した。

まるで熟練の傭兵の如くシニカルに笑いながら、段ボールの中から人形を取り出した。

「音楽が流れ始めた、ごっこ遊びで、遊んでいる暇は無いぞ」

「分かってますって、えーと」

もぞもぞと人形を動かすキャスター。

しかし特に白野の様子に変化は無い、ぎこちない動きのままである。

「何をしているんだ、何も変わっていないではないか」

白野の様子を窺っていたセイバーが、なんの効果も表れていない事に少し苛立ちながらキャスターに言う。

「そんな事を言ってもですね、これ体格差があるから、丁度良い具合というのが

中々測りづらくて、これぐらいかな、えいっ」

 

キンッ

 

白野はいきなりユリウスの股間を蹴り上げた。

「むっ」

ユリウスが押し殺したうめき声を短く上げる。

あわわわっ

突然、前振り無くやらかしてしまい、取り乱す白野に、

「い、いや、気にすることは無い、不慣れな時には良く有る事だ」

滅多に無いでしょう?的確にその瞬間を目に捉えて肩を小刻みに揺らすレオとは対照的に、

ユリウスはそんなフォローをした。

その気遣いに、却って白野は顔を赤くする。

 

一方、セイバーとキャスターは狼狽えていた。

「おい、何をしているか、キャスター、奏者がユリウスにぷち天宝崩をかましてしまったではないか、あれはちょっとあんまりだ」

「いやだって、そうは言ってもですね、これ、意外と調整が難しいんです、えーと、

これだけ動かすとこれだけ動いて」

キャスターは色々と人形を動かす。

その度にカクカクとパペットの不思議な踊りをしてしまう白野。

その様子を見てセイバーは業を煮やす。

「ええぃ、もう良い、お前には任せられん、余に貸せ」

「駄目です、おおざっぱなセイバーさんが上手く操れるわけ無いでしょう、私がやります」

奪い取ろうとしてくるセイバーから、キャスターは人形を取られまいと懐内に隠そうとする。

「何を言うか、余は至高の芸術家だ、よこせ!」

「それが今、なんの関係があるっていうんですかっ」

「ふんっ無知だな、つまりはこの指先は繊細にして器用ということだ」

「あれだけ悪魔合体した物を量産し続けながら、どこからそんな自信が出て来るんですか、

貴女は」

「良いから、貸せっ」

「駄目ですっ、ていうか、そんな動かさないでください!」

 

バチーーン。

 

白野はユリウスを平手打ちした。

 

沈黙が辺りを支配する。

 

セイバー、キャスター組、狼狽え度さらに倍。

「おい、益々状況が悪くなった、どうするつもりだ!?」

「120%セイバーさんのせいじゃないですか、どうするもこうするも、このままじゃ、

よっぽどうまくフォローしないと、ご主人様ぷんぷん丸ですよ!」

「だったら、素直に余によこせっ、完璧にフォローしてやる」

「だからどっからそんな根拠不明な自信が湧き出るんですか、

貴女懲りるとか、反省とか、そういう単語が頭の中に無いんですかっ」

「お前こそ自分の非を認める謙虚さに欠けているぞ」

「謙虚の欠片も無い貴女に言われたくねーです、だから動かすなって言ってるでしょ!」

 

ドタンッ

 

白野は近くに居た凛を押し倒していた。

 

もはや修復不可能な程の沈黙が辺りに降りた。

 

「くくく」

 

レオが笑い出した。

 

「あ、貴女も結構な肉食系だったんですね、白野さん、こんな衆人環視の中での大胆な行為、

ダンス中に足を踏んだり、転んだりは予想していましたが、流石にこれ程とは僕も想定外でした、

乾杯です」

良いネタ有難うございましたと、グッと親指を立てるレオ。

それがトドメとなる。

 

そうして、有耶無耶のうちにダンスタイムは終わり。

・・・・・・。

白野が無言のまま、ズンズンと大股で歩き、セイバーとキャスターの元へとやって来る。

「あ、あのご主人様、そんな大胆な歩行は、ちょーっと、はしたないかなって、

タマモはタマモは思っちゃたりなんかして」

「そ、そうだぞ、奏者よ、折角のドレス姿だ、もう少し楚々とした態度をとっても罰はあたらぬと思うが」

キャスターとセイバーは、互いに手をとり合って、怒れる白野に愛想笑いをする。

 

・・・・二人とも

 

感情を押し殺した声で白野が言うと、キャスターとセイバーは喉の奥で小さく悲鳴を上げた。

桜、然りだが、普段怒らない人が怒ると凄く怖い。

仔リスから鵺にジョブチェンジした白野の迫力に、二人はあたふたとして。

「あ、えーと、一応言い訳らしいものもあったりするんですけど」

「う、うむ、そのつい、な」

 

ごめんなさいは?

 

しどろもどろの二人の言葉を、白野はしゃらっぷ黙れとひと睨みして封じ、それだけを言う。

「「ごめんなさい」」

二人は素直に謝った。

 

取り敢えずセイバーとキャスターに対しては、それで治まったが、まだ治まりが付かない者が

白野達の元へと勢い込んでやって来た。

「一体さっきのは何よ、あんた突然何してくれたりしてるのよ!」

怒りの為か羞恥の為か顔を赤めた凛が憤然とした様子を見せ、白野にビシッと指を付きつける。

凛の後ろ、続いてやってきたラニも納得のいく説明を求めますと眼鏡をくいっと指で押し上げた。

あ、えーと、それはね、この人形が全部悪くて。

今度は白野がしどろもどろに、キャスターが持つ人形を指さしながら、一連の事について

説明をする。

だが、凛は納得した様子を見せず。

「はぁ、全部人形のせい? あのねぇ、もっとましな言い訳はないの?」

ましな言い訳も何も全部本当の事と言う白野をじろりと睨み、

凛はひょいとキャスターから人形を取り上げる。

「こんな人形がどうだっていうのよ」

あっ!?と、白野達がいう間も無く、くいっと、人形を動かしてしまう。

 

パフッ

 

白野がラニの胸に顔をうずめた。

「ちょっ、白野、いきなり何してるのよ!?」

凛が驚きの声を張り上げる。

いやだから、人形を動かすからって、止めてよして触らないで、もっとしちゃうから

などという言葉も空しく、突然の白野のご乱行に取り乱す凛がじたばた、人形を滅茶苦茶に振り。

 

すりすりすりりりり

 

白野もまた、顔をラニの胸に埋めたままの状態で、左右に動かしてしまう。

「遂にふっきれたんですか?」

冷静にラニがツッコんだ。

 

ちっがぁぁぁう!

 

身体の自由を取り戻した白野が慌ててラニから離れて否定するも、すぐ傍から感じる

殺気にも似た圧力にハッとして、振り向く。

ニッコリと凛が笑っていた。

あの凛さん、なんで貴女はそんなに良い笑顔なんでしょうか?

私には理解できないんですけど。

棒読みで言う白野の前で凛はパチリと指を鳴らし、

「セイバー、キャスター、私が許す、どうやらこの娘、いけない欲を持て余しているようだから、満たしてあげなさい」

恐ろしい事を言った。

「待っていたこの時を」

「夜のカーニバルですね、分かります」

いきなり凛の側に裏切るセイバーとキャスター。

カクンと顎が外れたように、あんぐりとする白野。

それは無い、有り得ない、なにがどうしてどうなって、こんなジェットコースターBADENDになるのか、

私は信じない、信じとうない、白野は現実を拒否するように目を瞑り、耳を塞ぐも、

 

世紀末伝説告げる指の音、所業無情の響きあり

サバ双者のピンク色、奏者必襲の理をあらはす

溺れる者は藁をもつかめず

ただハレルヤと祈るがごとし

猛る者もついに本性表す

ヒャッハーするモヒカンの前の農民に同じ

 

どっかの琵琶法師が奏でるヒラケ物語よろしく、残酷な事実をつきつけられる。

「待ってください、それ以上はいけません」

危うく、白野が散るぞ悲しきな目に遭いそうになった時、不穏な状況を察した桜が間に入った。

「今までの先輩の行動には訳があるんです、ちゃんと話を聞いてください!」

必死に桜はセイバー達を押し留めようとするが、

ヒャッハーッ、邪魔者は消毒だと、キャスター達の興奮は治まらない。

「そうですか、話を聞いてくれないんですか、そうすると私は・・・・」

俯く桜の後ろ、BBの影がちらつく。

拙い、レッドゾーンまで踏み込んだかと、セイバー、キャスター、凛の動きが止まる。

ラニは元より聴く体勢。

皆が大人しくなった事で、元に戻った桜から改めて白野と人形の関係の説明を受けると、

漸く凛とラニも納得し、なんとかその場は治まった。

その後、なにか面白そうな事をしていますねとやって来たレオ達も、先程の愉快なハプニングはキャスターの用意した人形のせいと知った。

「成程それで、いやいや、全く違和感が無かったせいでそんな裏事情があったなんて

気が付きませんでしたよ」

うんうん頷くレオに、はぁ!?と、目を剥く白野。

なんで違和感が無いの!? わたしそんなに破天荒キャラ!?

「はい」

おいっ!

笑いを堪えて、間髪入れずに答えたレオにデコピン16連打したくなった白野だが、

悪いのはこちらなので何とか堪えた。

「でもこれ、身体を思うように操れるなんて危険じゃないの?」

凛はテーブルの上に乗せられた人形を指でつつきながら言う。

危険です、こんな物に頼ろうとした自分を罵倒したい気分です。

白野は恨めしそうに、元凶となったキャスターを見る。

「うう・・・そんなつもりは無かったんです、私はご主人様に良かれと思って、

それがこんな事になるなんて、私はなんて、なんて愚かだったのでしょう」

軽く睨まれたキャスターは、よよよっと、着物の袖で目頭を押さえた。

そんな態度を取られると白野はむぅっと黙って、何も言えなくなってしまう。

「で、本音は?」

しかしそんな擬態に騙されないセイバー。

「ご主人様の新しい側面を開発したいかなって、いやいやそんな事思っては・・・・

ちょっぴり思ってたかも」

イケナイ娘ですね私って

そんな事を言って自分の頭を軽くこずくキャスターに、白野は本当に何も言えなくなる。

「あ、あの先輩、キャスターさんも悪気だけは無いと思うんです」

ズーンと、重苦しい雰囲気を纏う白野に桜がフォローを入れるが、

「その代り屈折した愛っていう、却って厄介なのがたっぷりあるけどね」

その気遣いを見事に打ち壊す凛。

ラニはくいっと眼鏡を指で押し上げ。

「屈折した愛ですか? それはつまりミス遠坂が心に抱いているようなものですか?」

「違うわよ!どっちかと言うと管理願望なんかある、貴女が持ってるものでしょう!」

「そうですね、ミス遠坂はもっと分かり易く、陰と陽を直接的にぶつけてくるものですから、ちょっと違いますね」

「ほむ、淫と妖、成程分かりました、つまりミス遠坂の場合は直接的にヤリに行くと」

「全然っ違うから、言葉の意味も何もかも!レオ、ふざけた事言ってるとグーパンチいくわよ」

「おやおや、何故か、ミス遠坂を怒らしてしまいましたか、僕とした事が不覚ですね」

ニコニコ笑いながら言うレオ。

「あんた、だんだん良い性格になってきてるわね、というか月の裏側で見せてた面が強くなって

ない?」

「いやいや、友人達の薫陶よろしくですよ、まあ、気が置けない相手だからとも言えますけどね」

ニコリとレオが笑い、凛は、クッと言い負かされたように悔しげな様子を見せる。

そんな二人を見てユリウスがやれやれと小さく肩を竦めた。

「ところで始めの疑問である、屈折した愛とは」

「いえ、ラニさんそれはもう良いですから、それよりも問題はこの人形の事です、

どうしましょうか」

人の心の機微については、今だ貪欲に知りたがるラニを桜が軽く窘め、話を元に戻した。

「とにかく、白野とのリンクを断ち切るしか無いんでしょうけど、出来るのキャスター?」

「出来ますよ」

凛の問いに、キャスターはあっさりと答えた。

「ちょちょいと儀式を行えば、直ぐに断ち切る事は出来ます」

なら、やってよと、疲れた様子を見せた白野が言う。

分かりましたとキャスターが人形に手を伸ばしたが、レオが止めた。

なんで?

みんなが疑問符を顔に浮かべる中、

「こんな面白・・・いえ、貴重な機会はそうあるものではありません、

あっさりと終わらせるのは、つまらな・・・いえ、もったいないでしょう」

天使の笑顔で、(白野にとって)悪魔のような事を言うレオ。

あの、被害者として言って良い?

白野が手を挙げ発言する。

隠す気も何もあったもんじゃない、くたばれ、このハーウェ、もがもが

言ってる途中で、白野は後ろからキャスターに口を塞がれる。

「ご友人にそんな汚い言葉使いをしてはいけませんよ、ご主人様」

キャスターはしおらしく言うが、この後の展開の何を期待しているか丸わかりなので

説得力が無い。

「いやレオ、あまり白野のトラウマになる事はしない方が良い、この人形は速やかに

処分すべきだ」

流れ的に生贄にされそうになっているのを流石に見かねたユリウスが、白野を庇う発言をする。

ユリウス、グッジョブと親指を立てる白野。

「大丈夫ですよ、兄さん見極めはちゃんとしますし、無茶な事させるつもりは毛頭ありません、

ただ記念写真を撮りたいだけです」

「記念写真だと?」

「はい、こういうパーティー会場では色々な衣装を着て、記念写真を撮るのも愉しみの一つなんです、白野さんは恥ずかしがり屋ですからね、少しだけはじけてもらおうと、そう思っているだけです」

あれだけ奇行をするこの娘か恥ずかしがり屋なわけが無いと思うけど。

そう思いはしたが、口には出さない凛。

「ふむ、仮装パーティーというものか」

「はい、色々なコスプレをして、色々なポーズを取るんです」

それは薄い本のパーティーの事じゃないかぁっ!

白野は暴れるが、キャスターにしっかりと片手で口を塞がれ、もう一方の手で身体をロックされているので、もがもが、もぞもぞするのが精一杯である。

「成程分かった」

分かるんじゃない!

そのツッコミは言葉にならず、いと悲し、な思いをする白野。

「で、でも、先輩が」

捕らわれ状態の白野を見た桜が口を挟みかけるが、

「男装した彼女はさぞ凛々しいでしょうね、桜」

「・・・・・・はい」

あっさりレオに言いくるめられた。

終わった何もかも・・・・

脱力する白野を、床に落とさないようキャスターが抱き抱え直す。

流石に気が咎めたのか桜が、

「だ、大丈夫です、絶対外には漏らしませんから、部外秘で管理は完璧にします」

慰めになるんだか、ならないんだか分からない事を言い。

「そうよ、私のニーソに賭けて、絶対領域は守らせるわ」

「履かせないのは駄目ですか?」

「駄目、絶対」

凛もまた変な写真は撮らせないと請け負う。

「僕の趣味を信じて下さい」

なんてのたまうレオの言葉は、

肉食系の趣味の何を信じれば良いんですか?

などとの不安を誘ったが、

「まあ、レオの悪ふざけが暴走しないようにはする」

ユリウスが監視を請け負ってくれたので、たぶん大丈夫だろうと白野は少しは安心する。

一番の不安要素であるキャスターとセイバーの二人だが、

「見るYES、NOタッチの精神で行きますよ、露出に走らないで下さいよ、セイバーさん」

「うむ、無論の事だ、ただ扇情的というのではお里が知れる、見せれば蠱惑的というものでは

無い、魅せるのが肝心なのだ」

どうやら二人は紳士協定らしきものを結んだようで、最悪の事態は避けられそうだと白野は胸を撫で下ろした。

 

「それでは始めましょうか、あ、そうそう、白野さんの精神ライフを削るのは300まで

ですから、みなさん承知しておいて下さいね」

まるで遠足でも行こうかとのノリでレオが言う。

「はい先生」

キャスターがノリのままに手を挙げ、レオに質問する。

「ランドセルのオプションは禁則事項に入りますか?」

「いや、それは入らぬな、多分。 童な奏者、有りだ」

レオでは無く、セイバーがすかさず頷きながら答えた。

「いや、そこはリボンぐらいにしておきないよ」

マニアックすぎるでしょと、凛が自分の頭につけているリボンを軽く触りながら言うと

「私を食べて♪ですか?それはまた一気にご主人様の精神ライフを削りそうですね、

でも、それも有りですね」

ぐっと握り拳をつくるキャスター。

「いや、だからそういうのはナシだって、貴女達も露出は駄目って言ってたでしょ」

「おやおやー、私は別にリボンだけ身体に巻くなんて言ってませんよー

服の上からで十分じゃないですか、ふふん、凛さんも意外にイケナイ娘の想像をするんですねー」

キャスターのにまにま笑いに、凛は顔を赤らめる。

「ほむ、つまりは見えなければどうという事は無い、ということですか、ならば履かなくても」

「いえ、それは先輩の精神リソースを使いすぎです、もっと効率的にするべきです」

いつになくシビアな表情を見せる桜にラニも頷く。

「そうでしたね桜、無駄は省くべきです、そう、履いて無いと思えば良いのです、

見えないからこそ見える、確認できないからこそ、可能性は否定できない、

ああこれこそ叡智というものなのですね」

皆が盛り上がっている中、会話を聞いているだけで精神ライフが0になりそうになっている

白野は、

もうどうでも良いから好きにして。

と、流れに身を任せるまま、打ち上げられたマグロ状態になっていた。

 

その後始まった撮影会で締めくくられ、歓迎パーティーは盛況のうちに終わる。

また次の有あ・・・じゃなくて、パーティーまでと、

なんかみんな結束を強めてハイタッチしてる中、

虚脱状態の白野は心の中で、二度とこんな人形作らせるもんかと、固く固く誓っていた。

 

 

おまけ。

ぷちストラ劇場。 

ある日のはくの 『あんたがたどこさ』

 

今日も白野は地上に行ってサタディナイトフィーバー、ゲットしたレアアイテム掲げて

ポーズをとりネトゲに興じる。

そんな訳で思いっきり夜更かし、を通り過ぎて翌日まで延長戦。

 

「悪い子は居ねがーっ」

BBがいつもの如く連れ戻しに来る。

 

【挿絵表示】

 

しかし帰り道には誘惑が一杯。

 

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白野、アビリティ【とんずら】発動、ワンダリングを開始する。

 

【挿絵表示】

 

「スネェェェェェェクッ!?」

振り返れば貴女は居ない、BBちゃん、大ショーーック。

段ボール、段ボールはどこだ!?

段ボールを叩けばきっと出て来る筈。

取り乱し、うろたえ者となった挙句

 

【挿絵表示】

 

BB、トラウマ、オープンセサミ。

 

【挿絵表示】

 

行動不能状態になる。

 

【挿絵表示】

 

しかしそこにタイミング良く、泉からでは無く茂みから、

「お前が無くしたのは、金の我か?それとも銀の贋作か?

はたまた、平凡なこいつか?」

白野を連れた、ギルガメッシュ登場。

 

【挿絵表示】

 

BB、

「コ・ロ・シ・てでも奪い取る」

と、発奮。

「うわー、なにをする貴様、よもや、そこまでっ」

ギルガメッシュを突き飛ばして、

「イケモンゲットだぜっ」

白野を確保。

そして、始まる二人の時間。

お仕置き、お仕置きをするんだ、

と、ボコスカウォーズの開始。

 

【挿絵表示】

 

その後二人は手を繋いで、家へと帰った。

 

【挿絵表示】

 

ちなみに、帰宅後、白野さんまた彷徨の元凶が判明。

 

【挿絵表示】

 

滅殺の罰を与えられた。

 

 




みなさん感想ありがとうございます。
今回は、休み中だったので、ついおまけを張り切ってしまい、
本編?より、おまけの方が時間が掛しまいました。

白野の受難は続くよ、どこまでもと、これからも短編制作を頑張っていきたいと思いますので、
よろしければ読んでいってください。

それではまた。


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エリザマスター (前編)

「エリザさん、貴女は今日から、カラオケ会場の使用を禁止します」

タシッと指揮棒を手に打ち付け、BBはエリザに向かって冷たく言い放つ。

話はこれで終わりです、反論は許しませんと、きびすをかえすBB。

「な、な、なんですってぇーーーーー!」

絶対納得いかないと叫ぶエリザの声が、家中に響き渡った。

 

エリザの高周波を受けて耳を手で押さえて、相変わらず馬鹿みたいに響く声だと、

BBは顔を顰める。

「そんなの納得いかない、横暴よ、横暴、官憲の暴力的圧制には断固抗議するわ」

貴女もその権力者側だったでしょうがと、自分を棚にあげるエリザの発言にBBは呆れる。

事の起こりはエリザが、カラオケ会場に設置してあるオーディオ機器のボリュームを全開にし、

恋のドラクルフルファイヤーッと、のたまい、全力で歌った事だ。

一応、声が必要以上に周囲に拡散しないよう、フィールドを張ってあったのだが、

爆音の奔流の前には戸板一枚ぐらいの効果しかなく、易々突破され、

空を飛んでる鳥は落ちるは、カエルはひっくり返るは、白野達が住むマイルーム邸のゴキブリは

一斉に飛び出て次々と昇天するわと、大変事になった。

無論、白野達も無事ではいられず、桜はお茶を零し、新たな人形を縫製していたキャスターは針で指を刺し、丁度ワインを飲もうとしていたギルガメッシュは鼻からワインを飲む羽目になり、

ゴキブリの一斉行動に驚いたアーチャーは、変事が起きた、大丈夫かマスターと白野の部屋へと

飛び込み、隠れて激辛マーボーを食べていた白野を見つけてしまい。

白野はナマハゲ化したアーチャーから、逃げる事になってしまった。

唯一耐性?があるセイバーだけは午睡を貪ったまま、目覚めなかったが、他の面々は変事の発生源のカラオケ会場へと向かい、そこで絶好調と興が乗ったエリザが、嬉々として宝具を開帳する

場面に遭遇、超絶音波攻撃をまともに受けてしまう。

 

この死屍累々の惨状を見かねたBBは、まずは満足とやりきった顔をしているエリザの首根っこを摑まえて、マイルーム邸の一室に放り込み、カラオケ会場の使用禁止をエリザに言い渡したのだが。

なんで禁止されるか理解できないエリザは不満たらたらである。

「言った筈です、反論は許さないと、歌を歌いたければ、私が別に用意してあるベルベット空間を使いなさい、そこなら思いっきり歌っても構いません」

 

BBはエリザに指揮棒を付きつける。

「えー、あそこって仔リスを閉じ込めた犬空間じゃない、どんなに広くたって独りで

閉じ込められるのは絶対嫌っ」

生前のトラウマもあり、エリザはBBの提案をにべなく拒否した。

「なら仕方が無いですね、せいぜい野原にでも行って、宝具は使わないで歌って下さい」

「そんな地味なとこ、やだー」

エリザは手足をバタつかせる。

「歌うなら、設備が整ってるカラオケ会場じゃないと歌った気がしないの、なんで私の

邪魔をするのよ、ちょっとぐらい燥いでも良いじゃない」

「貴女のどこがちょっとですか、あれだけの事を引き起こした癖に」

反省の念をかけらも見せないエリザに、もういっその事白野に黙って一週間程、特設の牢獄に監禁してやろうかと思ったBBだが、出て来たエリザが白野に泣きつくのも面白くないので考え直す。

「分かりました、じゃあ、条件をつけます、貴女が騒音レベルで無い歌を歌えるようになったら、カラオケ会場の使用を許可しましょう」

「騒音って何よ、私の歌はみんな最高なの!」

いきり立つエリザをBBは冷たく見る。

「これが最大の譲歩です、別にプロ並みになれとは言いません、けど、少なくても普通の

一般人レベルまでなってから出直してください」

そう言うと、後は取りつく島も無くBBは自分の部屋へと戻って行った。

取り残されたエリザは、なによなによと、暫く地団駄踏んで憤懣やるかたなしという態度を見せていたが、やがてそんな事をしていても状況は一向に変わらないと思い直し。

カラオケ会場の使用許可を取るべく行動を開始した。

 

え? 禁を解くのを協力しろ?

エリザが向かったのは白野の元、カラオケ会場の使用許可の為の協力を求められ、白野は困惑した表情を見せる。

なにしろ、白野もエリザの爆音事件の被害者である。

折角、脅威が封印されたと思ったら、すぐさまその封印の解除の協力を要請されれば当惑もする。

「そう、あんな無理解信じられない、私の歌が歌わられないなんて世界的損失よ」

むしろ復活する事が、世界の危機に繋がる気がするんだけど。

協力をしぶる白野。

「な、なによ、仔リスまでそんなこと言うの・・・」

非協力的な態度を見せる白野に、エリザは目を潤ませる。

信じてたのにと、無垢な信頼を傷つけられショックを受けた様子を見せられると、

白野は絆されてしまう。

頭ごなしの否定はよくないよね、うん

何度も、自分だって酷い能力の持ち主だった、それをみんなが見捨て無いでくれたから、

ここまでこれたと、心の中で反芻して自分を納得させた白野は、心理的葛藤を乗り越え、

エリザへの協力を承諾した。

嬉しそうな顔を見せるエリザに、白野は自分の判断が間違ってないと思う、

思いたい、思えると良いなぁと、自分に言い聞かせた。

正直エリザの歌は、白野がここまで悩むほど酷い。

しかし酷いからと言って、誰も手をつけずに放置したままでは、上手くなりようが無い。

そもそも何事も初めから上手く出来る者はいない、まあ、なんでも出来る天才も居るがそれは稀・・・・ではなく、白野の周りには結構居るような気もするが、普通は居ない。

自分も凡庸のたぐいである白野はこれを機にエリザの歌が少しでも良くなればと考えたのだが、

ふと疑問が頭に湧いた。

ところでなんで私を選んだの?

白野は別に歌の専門家では無い、寧ろど素人。

歌の練習方法など知らない。

なのに何故と尋ねた白野にエリザは眉を顰める。

「なに言ってるのよ、仔リスは私のファンクラブの会長でしょ?協力は当然じゃない」

えっ!?いつからそんな事になったの?

驚く白野の顔の前で、エリザは指を振り子のように振り、

「出会って、目と目が合った瞬間からよ」

きっぱり言い切る。

えー。

納得いかないとの声を上げる白野。

「そうなのっ!」

そうなんだ・・・・はぁ・・・。

しかしエリザに畳み掛けるように言われて、渋々認めてしまう。

「あ、そうだ」

エリザは唐突に、パンと手を打つ。

「そういえば、仔リスにファンクラブのメンバーズカードを渡すの忘れてたわね、

私としたことがうっかりしてたわ」

そんなものまで用意したんだ。

無駄に用意が良いんだねと思う白野へ、エリザはどこからかカードを取り出して渡す。

「はい、これ、栄光の会員番号00000000000001番よ、誇りに思いなさいよね」

・・・・・あの、これ桁が軽く人類の総数超えているんだけど

カードに印字されている会員数の桁を見て、白野が恐る恐る尋ねると、

「勿論、なんていっても、私は銀河に跨るアルティメットアイドルなんだから」

ふんすっと鼻息荒く、エリザは自慢げに胸を反らす。

多分何を言っても無駄だと悟った白野は、話を先に進める事にした。

 

それで、BBにカラオケ会場の使用を認めさせるっていう事だけど、

具体的に私は何をすれば良いの?

普通に考えれば第三者に頼む事と言えば、批評かコーチ役ではあるが、

白野は歌のコーチなど出来ない。

しかしだからといって、もしここで、今から歌うから、悪い所があったら指摘して頂戴などと

言われでもしたら、白野としては、まるっと全部としか答えようが無い。

そうなったら、多分エリザはその認識から改めさせてあげると言って、白野を縛り上げ、

延々と歌を聴かすという無間地獄を発現させるだろう。

そ、それだけは避けねばと内心冷や汗を掻く白野に言われ、当初の目的を思い出したエリザは、

そうそう、それなのよと話を戻す。

「いい、先進的なものに対する世間の評価は常に冷たい物なのよ」

(先進的というより前衛的だよね、金星水準で)

などと白野が思っているのを知らず、エリザは話を続ける。

「そんな頭こちこちの教条主義な審査員の認識を粉砕するには、なにが必要だと思う?」

(粉砕する破壊力だけは十分あり過ぎるんだけどなー、物理的な意味でも)

「仔リスちゃんと聞いてる?」

なんか、白野の様子がおかしいと、エリザは怪訝な顔付きをした。

疑われた白野は、心の声はおくびにも出さず、勿論と頷く。

「答えは簡単、ファンの熱い声援、これよ」

えーと、もしかして私がBBの前でエリザを応援するの?

え?まさか、あんな事しでかしても、まだ自分の実力は疑ってないの?と、

エリザとの認識のズレに内心慄きながら、自分の役割を確認する白野。

「そう、仔リスがあのわからず屋の前で私を褒め称えるの」

上手くいくんだろうか、いや、むしろ上手く要素が全く見当たらないと白野は悩む。

「なに、自信無いの?」

こくりと白野は頷いた。

「仕方ないわねー、じゃあ、私がやり方を教えてあげる、その通りにやれば良いわ」

あの、それって要するに八百長だよね、実力を認めさせるとかそういうレベルの問題で

なくなっている気が・・・。

自分の決意はなんだったんだろうかと、虚しくなりながら、白野が指摘するが、

エリザは癇癪をおこしたように、床を足で踏み鳴らす。

「いいのっ、まず私が歌えるようにならなきゃいけないんだから、じゃないと何時までたっても

スターダムに昇り詰められないじゃない、ほら言うでしょ、嘘も流し素麺って」

(それだと評価も評判も、ただ下がりって事になるよね)

ヘンテコ知識を聞かされ、二の句が継げない白野を見て、エリザは肩を竦める

「このコトワザ知らないの?ほんと仔リスは無知ね、嘘だって流れるようにつけばみんな信じて

本当の事になるって意味よ」

白野は生唾をごくりと飲み込んだ。

(そんなむちゃくちゃ教えたの、キャスターなんだろうか?いやあの神父あたりも怪しい)

「とにかく、そういう事だから、私の言うと通りにする、反論は許さないから、何があろうとも

私の教えた事だけを言えば良いの、分かったわね!」

びしっと指さされた白野は素直に頷いた。

 

「いい、勝負を賭ける曲は、新曲【恋のドラクルドリーム】よ

この曲でBBをメロメロにするの」

(その認識だけがドリームな歌な気がする)

エリザは尻尾を揺らし、得意げだが、白野はどこまで行っても悲観的な考えが拭い去れない。

「歌う前に、私がまずはこう言うわ

『BB、私の歌の真価を知りなさい、貴女は今日、本当の感動を知るのよ』

そしたら、すかざす仔リスが

『その通りエリザ、君の実力は本物だ、世界のみんなはメロメロさ!』

って、言うの」

うん・・・

なんとも言えない微妙な顔をした白野が頷く。

「次は、私が軽くさわりを歌うから、そしたら

『やったねエリザ、その調子』

とはやし立てる、爽やかにね。

その後、私がサビの部分を歌って、決めポーズを取るから、

仔リスも、こう感極まったっていう様子を見せてね、熱烈に褒めちぎるの、

『キャー、エリちゃん素敵ーっ、誰にも出来ない事をしてのける、

そこに痺れる、憧れるー。

もう、その存在全てが罪っ、だっ!』

ってね。」

あの、感極まった様子って、もしかして私が、そのいかにも媚び媚びってますポーズをするの?

エリザがお手本と称してやって見せたポーズは、なんか甘ったるい擬音が付きそうな、

少なくても自然界では生じ得ないポーズ。

したくない、やりたくない。

そう思った白野は、

まさか、人には見せられない代物なのに、人前でやらなきゃいけないの?

そこまでしなくて良いよねと、淡い期待を胸に抱き尋ねるが、

「するのっ」

ドンっと、手にした槍で床を叩き、エリザは一喝。

はい。

白野はすぐさま頷いた。

「後はえーと、あ、そうそう、私が歌い終わったらなんだけど、

こう言うのを忘れないでよ

『もうエリちゃん最高ぉー、アンコールアンコール』

そして、最後の締めね、

『流石だね、エリザ、私ほんとビックリだよ、いやほんと

なんでこれが知られないんだろ、全く世界の損失だよ』

これで完璧よ」

御花畑全開の予想図を頭に思い浮かべ、舞い上がったエリザは両手を組み合わせ、

その場でくるくると回る。

一方で白野は不安げな様子を見せる。

「もう、悩まない、考えない、録音データーの再生の如く場の空気を詠まないで

言いなさい!それで何もかも上手くいくんだから、余分な事を仔リスはしない、分かった?」

う、うん

それだけ強く言われても、やはり白野の心にはしこりが残るのか、やや歯切れ悪く頷く。

「じゃあ、これを持って行こうかしら」

そう言いながら、エリザがドスンと置いたのは黒くて四角い箱。

なにこれと、白野が尋ねると

「これはカラオケセットよ、購買部から買ったの」

エリザは、ぱしぱし、四角い箱を叩く。

半額の大特価でお買い得だったのよと、エリザは得意げに言うが、

それ、定価いくらなの?

「え、知らないわよ、そんなの」

あっさりとエリザは言った。

・・・・・ぼられてないか?

適正な定価が分からない以上五割引きと言っても、どの価格に対しての五割引か分からない、

極端な話、購買部の店員が他の店の二倍以上の定価を定めていたら、

何にも割引していない事になる。

まさかそんなアコギな事はしていないだろと白野は思うが、一応エリザに確認してみた。

その購買部の店員って・・・・。

「勿論、元監督役の神父よ。」

ドッと白野の額に汗の粒が浮かぶ。

監督役、その名称を聞き、嫌な予感が胸中に湧き上がる。

「どうしたの仔リス?」

顔を覗き込んでくるエリザに、白野は曖昧な笑い顔を顔に浮かべ、

その店員、売る時になにか怪しい態度とか、変な事とか言ってなかった?

「ん?別に言ってなかったけど、これはお客様、ご奉仕価格だとか、出血覚悟、

心して買うが良いとか」

エリザは顎に指をあて、天上を見上げながら、カラオケセットを買った時の事を思い出しながら

言う。

お客様、が、ご奉仕価格とか、お前が出血覚悟、散財する事を心して買うが良いとか

言ってないよね?

何度もやらかされて、流石に神父の事を良く知ってる白野が恐る恐る確認すると、

「そんな事・・・言ってないわね、うーん、でも思い出してみれば、途中やけに言葉を飲み込んでいたとか、そんな感じはしたけど」

白野は手で顔を覆う。

もはや、ぼられているのは間違いが無い。

クーリングオフは効くだろうか、いや無理だよね、クレームをつけて商品交換、駄目だ

商品自体の機能に問題なければ何も言えないなどと、つらつらと考える白野の肩を

エリザは気楽にぱたぱたと叩く。

「なに暗くなってるのよ、仔リス、そんなにしょぼんでないでBBの所へ行くわよ」

あ、うん。

エリザに笑いかけられ、もう白野は考えるのはやめた。

 

 

「さあ、BBやって来たわよ、覚悟しなさい」

呼び出したBBに、エリザは指さし、昂然と言ってのける。

何を覚悟すれば良いのやらと呆れ顔をしたBBは、エリザの隣に居る白野を見て、眉をひそめた。

「なんで、センパイまで一緒に来てるんですか?」

「それはもうあれよ、私の熱烈のファンとして貴女の無道行為に、どーしても抗議したいって

聞かなくて」

え? そんなことは、

 

ぎゅむっ

 

無いと言いかけた白野は、黙れと、エリザに足を踏まれる。

「そうなんてすか?」

怪訝な顔つきのBBに、

はい、一応。

白野が頷く。

「・・・・・ついにあの変態的なマーボーの汁が、頭の中に混じりましたか?」

マーボーは関係ないでしょ、マーボーは。

BBの偏見?に白野が憤慨した様を見せる。

やめてよ、さりげなくマーボーをdisするのは、あの子はちょっとやんちゃな味付けなだけで、何にも罪は無いの。

別の抗議をする白野の頭を、エリザは槍でコツンと叩く。

「そんな事はどうでも良いのよ、さあBB、私の歌を聴いてひれ伏しなさい」

気合を込めて言うエリザに対し、

はいはい分かりました、ちゃっちゃっとやって下さいと、BBはやる気なさそうに答えた。

 

「じゃあ、いくわよっ!」

マイクを構えたエリザが合図し、白野は頷く。

しかしその前にBBが溜息をつき。

「全く、なんて無駄な事を、貴女の歌なんて、あのジナコ・カリギリが、ぎぉおーーっす、

なんて叫ぶ程の超音波兵器じゃないですか」

 

その通りエリザ、君の実力は本物だ、世界のみんなはメロメロさ! 

 

白野は親指を立て、爽やかに言いきった。

沈黙が流れる。

「・・・・知ってるなら、どうして止めないんですか、センパイ?」

ジト目のBBにエリザが慌てる。

「ちょっ、ちょっと割り込まないでよBB、段取りが狂うでしょ」

「は?段取りって」

追及されそうになって、拙いと思ったエリザは誤魔化すように先に進める

「と、とにかくミュージックスタートよ」

ポチッとなと、ボタンを押して、マイクを傾けるが、

 

キィィィィィィィィィィンンッッ

 

焦って操作してしまった為に何か調整を間違えてしまったのが、耳をつんざくハウリング音が

鳴り響き、BBは耳を押さえた。

 

やったねエリザ、その調子。

 

爽やかに言う白野。

「・・・・先輩?」

BBは怪訝な顔で、白野を見た。

なにかおかしい、その顔が如実に物語る。

雲行きが怪しくなって、エリザは更に焦り、

「ちょっと何よこれ、不良品じゃない! 折角、仔リスのお財布からお金抜き取って買ったのに! あの店員憶えておきなさいよ」

なっ!?

さり気無く暴露された笑撃の事実に白野は絶句、しかしエリザはそんな白野には気付かず、

機械を蹴り上げる。

すると、蹴りどころが良かったのか、正常に音楽が流れ出した。

口をパクパクさせる白野を余所に、やったね、これからが本番よと、気を取り直したエリザは

歌い出す。

が、あいかわらず酷い、

BBは顔をしかめ、懐の軽くなった白野は胃を押さえた。

しかしエリザはそんな事は気にせず、ノリノリで歌い続け、やがてサビの部分となる。

いよいよだから、仔リス、タイミングを外さないでねとエリザは白野に目配せをし。

白野もやけくそ気味に、媚び媚びの応援ポーズをとり。

エリザはくるりと回って決めポーズ。

そして、

 

ドンガラガッシャーン

 

思いっきり振り回した尻尾が激突、カラオケセットはふっ飛んで逝った。

 

キャー、エリちゃん素敵ーっ、誰にも出来ない事をしてのける、

そこに痺れる、憧れるー。

もう、その存在全てが罪っ、だっ!

 

白野が上げる嬌声が、辺りに虚しく響いた。

「なによなによ、なんなのよ、こんなの有り得ない、こんなの嘘よ、

もうこうなったらアカペラよ、私の美声で酔いしれなさい」

エリザはマイクを高く掲げ、いざ歌わんと気合を入れて、

 

ガリリッ

 

空回り、もつれた舌を思いっきり噛み、涙目でしゃがみこんでしまった。

 

もうエリちゃん最高ぉー、アンコールアンコール。

 

そして曲が終わる。色々終わる。

最後に白野がしみじみと

 

流石だね、エリザ、私ほんとビックリだよ、いやほんと。

なんでこれが知られないんだろ、全く世界の損失だよ。

 

嘆息した。

 

重い沈黙が流れる。

エリザは地面に膝をつき、ガックリと項垂れ、BBはそんなエリザを醒めた目で見降ろす。

白野はと言えば、もうどうしたら良いのこれ?と、手で顔を覆っていた。

「・・・・・エリザさん」

重い重い沈黙をBBが破る。

「悪い事は言いません、貴女アイドルなんて似合わないことはやめて、素直にコメディアンに

なったらどうですか?そのほうが良いですよ、絶対」

「ちょ、なによそれ、わたしのどこにそんな要素があるっていうの!?」

「何処も何も、もう全部としか言いようが無いんですけど」

エリザに死刑宣告並みの事を言った後、BBは白野を見る。

「あと、センパイ」

え、なに? 私?

白野は自分を指さし、なんで呼ばれたの?と、不思議そうに首をかしげる。

「センパイは八百長の共犯者として、後でお仕置きですから」

えーーーっ、なんでぇーーっ

「当たり前です」

白野が上げる抗議の声を、BBは指揮棒を手にぴしゃりとうちつけ、遮った。

 

エリザはその後、滝に打たれて修行すると称して、シャワーを浴びに行き、

白野はお仕置きを受けることになった。

完全にとばっちりだよねと、肩を落とす白野へBBが用意したお仕置きは、

本日の夕食の準備において玉ねぎのみじん切りをする事。

涙目になったところをわざわざ写メで撮られて、みんなに送信されるという屈辱の中、

今日の夕食の当番であるキャスターが首を傾げる。

「なんで突然、ご主人様はお仕置きを受ける事になったんですか?」

台所の隅で送信されてきた映像をじっと見ている桜に、ますます涙目な白野は昼間の出来事の

説明をした。

「? どうしてご主人様が、エリザさんのお手伝いなんかするんです?

しかも、よりにもよって歌関連なんて理由がありませんよね」

まあ、そうなんだけどねと、白野はこめかみを指で押さえつつ、

えーと、一応、私はエリザのファンだから。

その衝撃の一言に、二人はてき面に動揺した。

「ごごごご、ご主人様、どうしてしまったんですか、人生に疲れてしまったんですか?」

「先輩はいろいろ頑張り過ぎなんです、もっと気楽に生きていいんですよ、

あ、私カウンセリングも出来ますから」

なんか二人がとっても優しくなる。

あ、いや別に大して事じゃないんじゃないかな?

やたらに気遣いをされて、慌てた白野が、なんでも無いと言うが、

「大した事なんです!ご主人様はただでさえ、味覚面で爆弾を抱えているのに、この上聴覚まで」

感情が高ぶって胸が詰まったのか、キャスターは着物の袖で目元を覆う。

「どうしてセンパイばかり、こんなつらい目に、私が変われれば」

何故か話が大袈裟になっていく。

このままだと、二人がエリザの元へ襲撃しかねない、何とか宥めないと白野が思ったその時、

「やっほー、仔リス、こんな所に居たの」

空気を読まずエリザがやって来た。

キャスターと桜がぎゅいんと急角度で頭を動かし、エリザを見た。

二人の身体から湧き出る剣呑な圧力に、エリザは腰を引く。

「そうですか、そうですね、こいつをコロコロすれば良いんですね」

腕まくりをして、キャスターは札を取り出し、

「この人のせいで、先輩は不幸になる・・・この人のせいで」

桜は静かにぽそりと言う、手に持っている包丁がなんか怖い。

「ちょ、ちょっと、なに二人とも、いきなりヤンでるのよーっ」

助けを求めるようにエリザは白野を見、拙いと思った白野もエリザと二人の間に割って入った。

二人とも落ち着いて、どうどう、まだ慌てる時間じゃない。

セーフと手を広げ、頭を軽く振り、なんとか白野なりに二人を宥めようとするが、

「ご主人様どいて、そいつ殺せない」

「・・・・・」

二人は臨戦態勢を解かない。

キャスター、そういうのは良いから、STOP THE ヤン。

あと桜も無言は止めて。

必死に白野がキャスターと桜に対して説得を繰り返し、なんとか二人は落ち着きを取り戻した。

 

不慮の事故が起きる事を心配した白野がエリザを逃がした後、夕食の準備が再開。

その途中で、

「先輩、エリザさんの手伝いをするのは良いんですけど、無茶だけはしないでくださいね」

桜が心配そうに白野に声をかけてきた。

うん、しないよと、白野が笑いかけると、桜はホッとした顔をする。

そんな桜を見て、桜はもう大丈夫、元に戻っていると安心した白野だが、

気になるのはキャスターがしきりに鍋をかき回している事である。

中身があるので、まだ安心だが、その表情が怪しげな薬を作ろうと鍋をかき回す、

魔女のそれになっている。

あの、キャスター、その料理って私達が食べるのだよね?

自分達が食べるものであれば、少なくとも毒は作るまいと思って、白野がキャスターに尋ねた。

「・・・・・きゃっ、私、分量間違えて、余分に作り過ぎちゃった、

ほんとどじっ娘タマモちゃん、でも大丈夫これは無駄にしませんから・・・・・絶対」

ブッている態度から一転、醒めきった顔をするキャスターに白野は戦慄する。

こ、怖いよキャスター、その余分は捨てて、お願いだから!

白野に縋り付かれたキャスターは、困った顔をする。

「駄目・・・ですか?ちょこっと、ほんのちょこっとでも駄目ですか?」

駄目。

きっぱり言われて、キャスターは口を尖らすが

「むぅ、仕方が無いですねー」

結局は白野の言う通りにした。

こうしてその日の夕食は無事に終わり、夜が明けて次の日。

 

 

私、思うんだけどね。

白野は朝食後にエリザの元へと赴いた。

やっぱり下手な小細工しないで実力勝負でいった方が良いと思うんだ。

現状、その方が遥かに無謀なのだが、白野はエリザに昨日のような事はしないで、

真っ向からBBにぶつかった方が良いと言った。

「だから、その実力をBBが認めないのが問題なのでしょうが」

しかしエリザは、あくまでBBが悪意を持って正当な評価をしていないと主張する。

哀しいまでの認識のズレ、生前自己愛で完結したエリザにとって他者の想いを汲み取るのは

困難な事なのだろう。

意固地になっているというより、本気で分からないのだ。

まずはそこを理解せねば、何も始まらないと、白野は首を横に振る。

「むぅ、仔リスは私が間違っているって言うの?」

白野のその行為を、自身の否定と感じたエリザは顔を歪める。

間違っていると言うより、知らないだけだと思ってる。

小さく唸り声をあげるエリザに、白野は警戒も見せずに言う。

「知らないって?」

一人より、二人、二人より三人、楽しい事は何倍にも、悲しい事は何分の一になるって事をね。

「なにそれ、訳が分からない、だいたい私以外がなんだって言うのよ、そんなの何の価値も無い」

エリザは頭痛がするのか、手で頭を押さえる。

「そうよ、そんなの居ない、人間なんていない、みんなみんな家畜なのよ」

エリザの声がタガが外れたように高くなる。

その目には狂気が宿りつつあった。

人であることは必要?

そんなエリザの手に、白野は自分の手を重ねる。

それだけで、エリザは正常に引き戻されたのか、ハッとして白野の顔を見た。

言葉をかわし、意志をまじえ、触れ合えることも出来るのなら、

想いを通じ合う事は出来ない?

温もりを知り、安らぎを知り、楽しさを知る事は、エリザとなら出来ると私は思ってる。

白野はエリザの目をまっすぐ見て、言う。

「なっ、な、なななな」

見つめられたエリザは顔を真っ赤にし、口をぱくぱくとさせる。

今のエリザは14歳前後の肉体と人間性で固定されている。

悪魔として投獄され、最後の瞬間までの悪夢の記憶も有している為、

狂気も内包しているのは確かだが、恋に夢見る少女性も有しているのだ。

夢を見れるのであれば、大丈夫。

分からないのなら、それでもいい、まずはそこから始めよう。

自分もそうだった、何も無い所から、みんなと始めた。

だからエリザも一緒にねと、白野は微笑む。

 

恋愛脳の持ち主にこの対応は無い。

自覚が無いのが本当に性質が悪い。

自分で地雷原に地雷をまいているのだから、どうしようも無い。

 

無い無い尽くしの白野。

そんな白野を

「ふははは、見事、Niceだ、マスターよ、相も変わらずブーメランを恐れぬ、その蛮勇、

良いぞ飴をやろう」

まさに愉悦との笑い声が響き、どこからともなくギルガメッシュが現れ、

エリザはバッと白野から跳んで離れた。

わざとらしくスカートの埃をパッパッと払い、ギルガメッシュを軽く睨み。

「な、なによっ、ゴージャス突然現れないで、吃驚するじゃない」

「そんな些末事はどうでも良い、しかしマスターよ、相変わらずの相変わらずぶり、

堪能させてもらった、よかろう、この我も以前の約束果たすとしよう」

ギルガメッシュの突然な我様発言が理解出来ず、白野もエリザも首を傾げる。

「この我が黄金Pとして、そこな者をプロデュースしてやると言ってるのだ」

ギルガメッシュに指差され、え?私?とキョトンとするエリザ。

そんな約束したの?

と、白野が聞くと、エリザは空を見上げ、少し考え込み、

「そういえば、そんな事も言われたわね」

以前ギルガメッシュが戯れ気味に言った事を思い出したエリザは、本気で言っているの?

と、訝しげにギルガメシュを見た。

「この我に二言はあるが、今は無い、なにマスターもやる気になっているのだ、

この我も手を貸すのはやぶさかでは無い」

どこまで本気で言っているのか分からないが、白野としてもギルガメッシュの提案は

渡りに船である。

エリザの力になると言ったものの、白野には相変わらず具体的な方法がさっぱり思いつかない。

ギルガメッシュは王様だから演奏を聴く機会も多かっただろうし、なんだかんだ言っても博識だ、自分よりは音楽に関して詳しいだろうと頼もしく思い、白野は頷く。

 

「待ってよ、いきなりやって来て、勝手に話を進めないでよね」

なんとなく話が纏まりそうだった雰囲気だったのだが、しかしエリザは口を尖らす。

「む、なんだ不満か?」

「ふ、不満とか、そういうのじゃなくて・・・」

一方的すぎるのが、何か気に入らないと、エリザは続けようとしたが、

白野に駄目なの?と、少し不安げに見られると、途端に言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。

「ま、まあ、仕方が無いわ、仔リスがそこまで期待してるって言うのなら、私も少しは応えてあげようなんて思ったりもするわ、ゴージャス、貴方のプロデューサ就任を認めてあげる」

白野にじっと見られ、エリザは照れ隠しに髪を手で掻き上げながら、ギルガメッシュの提案を

承諾した。

 

「ふむ、ならば早速レッスンと行くとするか、行くぞ」

ギルガメッシュに促され、エリザは頷くが、白野は少しだけ困った顔をした。

えーと、私は歌とか全然駄目だけど、いいかな?

自信なさ気に言う白野に、ギルガメッシュはモウマンタイと手を一振りする。

「無用な心配だ、お前にはお前で大事な役割がある、と言うわけだ、行くぞ、ピヨすけ」

え!?なんでピヨ?わたし事務なんてしたことないのに。

突然変な呼ばれ方をした白野は、自分を指さし、素っ頓狂な声を出す。

「知らん、なんでも良いから、付いてこい来い」

ちょっと、手を引っ張らないで、そんなことしなくても行くから、あーっ

白野はずるずると引き摺られていった。

 

こうしてエリザ補完計画が始まる事になった。

 

 

 

おまけ

 

ぷちストラ劇場 

ある日の白野 ダンスえぼりゅーしょん。

 

本日は白野達はダンスゲームに勤しむ事になった。

いつもの制服で踊ろうとした白野に、

「そんなのありえないっす」

と、ジナコの教育的指導が入る。

その結果、ネコ耳メイド、ポニテ仕様という姿で踊らされる白野。

解せぬ・・・。

悩む白野に、

「そんなんだから、白野さんはクラスで三番目なんっすよ」

ジナコが指摘。

こんな事させられてるから三番目になるんじゃないかと、白野は渋るも、

セイバーとキャスターの猛烈プッシュにより押し切られ、

はくにゃん、せいにゃー、たまの三人でダンシング。

 

【挿絵表示】

 

「お前、頭おかしくなったの?」

なんて、のたまったシンジはセイバーとキャスターの連携技で轟沈。

白野がもうこんな羞恥プレイ勘弁してください、私の精神値は限界ですと頼み込むまで、みんなで踊り続けた。

 

【挿絵表示】

 

 

しかし皆で楽しく遊んだこの音ゲーだったが、まさか後にあのような悲劇をもたらす事になるとは、この時は誰も予想していなかった。

 



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エリザマスター (後編)

はっちゃけ過ぎて、BBにカラオケ会場の使用禁止を言い渡されたエリザ。

なんとか禁を解除しようと、エリザは白野に協力を求める。

しかし白野に音楽知識は無い、どうしたものかと考えているうちに、ギルガメッシュが

やって来て、エリザのプロデュースをする事を申し出た。

 

そうしてエリザのレッスンが始まったのだが、ギルガメッシュがエリザのレッスンの為に

選んだ場所は、BBがピクニック用にと、わざわざ作り上げたキャンプ場。

普段人がおらず、少々大声を上げても周りには迷惑を掛けないという事で選んだのだが、

「うー、なんかしょぼいわね、ちゃんとしたスタジオとか無いの?」

ちゃんとした場所でのレッスンを期待していたエリザは不満の声を上げる。

「いきなりは用意できん、とりあえずここで我慢しろ」

いずれ用意すると言うギルガメッシュに、エリザも今は仕方がないと承知した。

「ではまずは基本的なことから始めるか、現在夜逃げしている音程をどうにかせねばなるまい」

でも帰って来る気配無いよね。

白野の呟きにギルガメッシュも頷く。

「うむ、だがそれを戻さぬことには話にならん」

まあ、確かに、そうだよね。

ギルガメッシュの言葉に白野も納得する。

音程を外したままでは、道からランナウェイして目的地に着こうとするものだ、

辿り着けるわけが無い。

「そういうわけだ、エリザ、お前の作った歌、歌詞について今は何も言うまい、

だが付けられた曲の方を見直す必要がある、五線紙を見せて見ろ」

ギルガメッシュが差し出した手を、エリザは不思議そうに見る。

「五線紙?なにそれ」

「まさか五線譜の事を知らぬのか?」

音符マークを色々書き込む作業だよと、白野は補足説明するが、尚もエリザは首を傾げた。

「いや、だから全然知らないって」

「きさま、五線譜も知らないで作曲したとかよく言えたな、それだから音程さんが身投げして、帰ってこなくなるのだ」

いや、身投げじゃもともと帰ってこれないから、そこは匙を投げたとか

マイルドな表現にしたほうが良いと思う。

全然マイルドじゃない表現で白野はフォローする。

勿論エリザがそんなもので納得する筈も無く、苛立たしげに頭を両手でわしわし掻く。

「あー、もう訳の分からない事をごちゃごちゃ言って、頭が痛くなるじゃない、

いいのよそんなの知らなくても、歌なんてフィーリングよ、勘よ、思い付きよ、その場のノリよ、

私ぐらいになれば音楽の神様が降りてくるのっ」

どう考えても、それで降りてくるのは死神です、本当にありがとうございました。

白野が心の中でツッコみを入れる。

「まあ良い、楽譜を書けなくても作曲自体は出来るからな、知らぬでもなんとかなる」

作るだけならね。

疲れたように言う白野。

「だがそれでは、所詮独りよがりの土管リサイタル、他人を納得させるには、正しい音程と、

聴く者の耳を気にして歌を歌わねばならぬ」

そう言いながらギルガメッシュは一枚の紙をエリザに渡した。

「なによ、これ」

「練習用の歌だ、音痴なのは一つ一つの音の正確なピッチを把握せず、ただ好きなように

闇雲に歌っているからだ、まずは単音できちんとキーを取り、音を覚えてから、

フレーズに繋げるべきだな」

なんかマトモな事を言ってると驚く白野の前で、渡された紙に視線を走らせていたエリザが

顔を上げた。

その顔にはありありと不満の色が見て取れた。

「ちょっと、なによこれ、ラララーとしか書いてなくて、歌詞も何もないじゃない」

「だからまずは単音の音を確認、その後ピッチを変えて、音を覚えると言っているだろうが」

ギルガメッシュが言うと、エリザはふくれっ面をする。

「こんなのつまんない、私、やらないから」

ぽいっとエリザは紙を放り投げた。

そんな態度をされても、驚く事にギルガメッシュは怒る事はなかった。

なに、わがままなアイドルを軽くいなすのもプロデューサーのスキルの一つよ

との事であり、愉しむ事については真面目だよねと白野は素直に感心する。

「ふむ、貴様は面白くないと駄目か」

「あたりまえでしょ」

顎に手をあて、考え込んでいたギルガメッシュは顔を上げ、エリザに別の歌詞カードを渡す。

「ならばこれでどうだ、ラが駄目なら、ドでいくぞ、歌詞も付けた、ほら歌ってみろ」

「仕方ないわねー」

とエリザは歌詞カードを手に取り

「ドッ、ドッ、ドッ、ドリフの大爆~♪」

と歌い出して、直ぐに、

「って、なによ、これ!」

バシッと歌詞カードを床に叩きつけた。

「何と言われてもな、貴様のお望みの通りに単音と歌詞を組み合わせたものだが」

「こんなもの歌わせないでよ、もっとなにか別な方法は無いの!?」

「こんなものとは随分な物言いだな、これはかつて有名アイドルも出演していた

サタイディナイト大集合のものだぞ」

「局が違うでしょ、局が!」

(な、なんでそんな事、知ってるんだろう、この二人は)

ギルガメッシュとエリザのやりとりを聞いて、白野の額に汗がにじむ。

いつもながらだが、英霊なんて身の上の癖に、みんな酷く俗っぽい事まで知っている。

サーヴァントは現界する時に現代の知識は与えられるとは聞いていたが、

なにもここまで教えないでもと白野は思う。

しかし、星の営みの始まりから観測し続けた観測機としては、どんな些細な情報でも

与えられずにはいられないのだろう。

恐るべきジオ・・・じゃなくて、ムーンセル。

「しかし、これが不満となれば、さて・・・・・」

一人おののく白野を背にし、ギルガメッシュは再び顎に手をあて、考え込む、

やがて何か思いついたのか、片手を上げる。

ジャラリと鎖の音が何故か聞こえたかと思うと、

「そもそもの話だが、貴様は基本、歌う時に力が入り過ぎている、コントロールすべきだ、

その第一歩として、まずは人がどの程度で卒倒するかを知れ」

そう言い、ギルガメッシュは身体を半身ずらす。

すると、ギルガメッシュの後ろ、

ふごふごふごーっ

何時の間にか、天の鎖で縛られ、猿ぐつわまで噛まされていた白野が暴れていた。

「カナリア役はじたばたするな」

ギルガメッシュが一喝すると、

ぶこぶこふごごーー!

(カナリア!? それってつまり、私が限界を測るバロメーター!?そんなの嫌ぁーーっ)

白野の抗議が強くなる。

「なんかぴちぴちって、釣り上げられた鮎みたいね」

白野を見ていたエリザはクスリと笑い。

「はっはっは、全くだな」

ギルガメッシユも屈託なく笑った。

人にこんな事しておいて、なに穏やか空間を作ってやがりますか、あなた達はーー!

蹴ろうとするが、悲しいかな足も縛られているので、ぴちぴちする以外、何も出来ない。

「ふむ、何時まで眺めていても仕方が無いな」

ギルガメッシュは暴れる白野を担ぎ上げ、王の財宝の蔵から出した豪奢な椅子に座らせた。

「さて、これでこいつはこの通り、身体の自由を奪われ、完全に聴く体勢だ」

ギルガメッシュは椅子の後ろから白野の両肩に手を置き、ニヤリと笑う。

どうせなら耳の自由を奪ってぇぇぇ!

自由になる部分を必死で動かし、止めてよしてとアピールするが、この二人にそれは通用しない。

「ふふふ、仔リス、心配しなくても大丈夫よ、たっぷり虐め・・・じゃないわ、そんな事になる訳ないし、楽しませて、あ・げ・る」

いやいやいや、それ絶対言い間違いにならないから、助けて、ギルガメッシュ。

多分無理だろうと思ったが一縷の望みを賭けて、白野はギルガメッシュを見る。

するとギルガメッシュは何かを耳に詰めている最中だった。

一人だけ助かろうとしてるぅぅぅぅ、狡い狡すぎる。

自分が今座ってる豪華な椅子が、電気イスとしか思えない白野は

もがきにもがくが全ては無駄だった。

 

そして始まる、リサイタル。

 

 

強引んぐ、WAY!!GO歌え!!

張り切って歌いましょう

一際輝く、私になりたい

 

ノンブレーキで歌ってみましょ♪

って思ったら、またみな逃げてる!?!

そんな時も落ち込まないで

チェイテがある、監禁!!

フルボリューム、会場開催♪

って思ったらBB制限!?!

こんな時でもくじけないで

鮮血魔嬢、開帳。

 

だってね、誰もが知らないもの♪

だから誰でも教えてあげる

ヒットチャートには載ってないけど

そんな無理解、吹き飛ばすのよ

さあ歌おう!!

 

強引んぐ、WAY!!GO歌え!!

歌って踊って

この世を全部

ハッピーランドでドリームランド

強引んぐ、WAY!!GO歌え!!

張り切って歌いましょう

一際輝く、私になりたい♪

 

どうよっ

歌い終わった後、エリザは得意げに白野を見る。

 

チーン

 

反応が無い、ただの抜け殻だった。

「ふむ、また見事にぶっちぎったな、マスターはこの通りか」

意識を手放した白野の頬をぺしぺし叩き、様子を窺っていたギルガメッシュは頭を振り、

顔を上げた。

「え?どういう事?もしかしなくても感激のあまり気を失ったの?」

「いや、違うな、意識が過酷な現実に耐えられず、夢の中へと逃避しただけだ」

「えーと、つまり分かり易く三行で言うと?」

「下手

 音痴

 歌(笑い)とか」

「はぁ!?何よそれ、私の歌が酷いって言うの!?」

「まあ今はな、しかしこれで限界値が分かった。

後はいかにうまくコントロールするかだな」

ギルガメッシュが頭ごなしの否定をしなかったので、取り敢えず矛を収めたエリザは

白野を見やる。

「ところで、仔リスはこのままなの?」

エリザが白野を指さす

「なにか問題があるのか?」

「えー、だって仔リスが起きてないと、なんかつまんない」

両手を後ろ手に組み、エリザは足元の小石を蹴る。

「ふむ、見られてないと燃えないか」

「そうよ、私はアイドルなの、みんなに注目されてないといけないの」

絶対的なアイドル像が頭の中にあるエリザは目を輝かして言い、

「まあ、確かに人の目はあった方が良いか、ならば起こすとするか」

エリザの言に一定の道理を認めたギルガメッシュはそう言うと、王の財宝の蔵から

見事な平皿を出す。

そんなものを出して、一体何を始める気?

訝しげな顔をするエリザの前で、ギルガメッシュはわざとらしく、

「おっと、ここにこんなにも美味しい激辛マーボーがあるではないか、

食うか?」

食べるっ!

白野は、シュタッと手を挙げ、跳ね起きた。

「あ、仔リス起きた、でもなんで?」

「ふっ、こやつの業だ」

ギルガメッシュは、少しだけ肩をすくめ、平皿を蔵にしまう。

「あ、あれ、ここは? それにマーボーは?」

周りをきょろきょろ見回していた白野は、ギルガメッシュと目が逢うと首を傾げながら尋ねた。

「お前は何を言ってるのだ? ここは屋外のキャンプ場で、お前はエリザのプロデュースの

手伝いをしているのだろうが」

「あー、そうだったね、ところでマーボーは?」

レンゲを持つ仕草をする白野。

「そんなものは無い」

きっぱりとギルガメッシュが否定すると、白野は動揺を見せる。

え!? だ、だって私しっかりと『食うか?』って、聞いたよ

「やれやれ、マスターの妄想ここに極まれりか、存在せぬ物を有ると言い張るとは、

全く嘆かわしい事よ」

ギルガメッシュは眉間を軽く指でつまみ、ことさら嘆息してみせる。

「え、あれは白昼夢?・・・・・・そうか、そうだったんだ」

ギルガメッシュに完全否定された白野は、がっくりと肩を下ろす。

置いてけぼりになっているエリザは少し苛立ちを見せ、会話に割って入った。

「もうっ、それはいいから、続きよ続き」

続きと聞いて、思わず耳を押さえる白野。

うろたえるなとギルガメッシュは手を一振りし、

「ならば、次はリズム感を得る事にするか」

その言葉に白野は驚き、目を丸くした。

え?じゃ、じゃあ、限界を知っただけで、もうボイストレーニングお終いなの?

なにそれ、何にも効果無いっていうか、わたし気絶し損?

「たわけ、なんという認識の浅さよ、お前は一日で何もかもを変えられると思っているのか?

今日の主目的はまず状態の確認だ、それに基づきスケジュールを組んでいくのだ」

あー、なるほど、確かに一朝一夕で上手くなる訳ないか、今後のレッスン内容を決める為にも、

今日はどれだけのレベルか、限界を見極めようとしてるのか、納得納得・・・・

しかけて、白野はある疑問が頭の中に湧く、

あれ?ちょっと待って、じゃあそもそも私の役割って何?

手伝えと言われて連れて来られたが、何をするわけでも無く見学してるだけ、

意味が無いんじゃないか?

何を求められているのかと、考える白野はふと、ここに腕をひっぱられて連れて来られた時の事を思い出した。

あの時ギルガメッシュは、

『よし、行くぞ、ピヨすけ』

と言って白野の腕を取り、キャンプ場まで引き摺って行った。

その時は、某なお人を模してピヨと言われたのかと思ってしまったのだが、

もしあのピヨすけのピヨと言うのが、そのまんま鳥の鳴き声を意味してたら? 

そうやって改めて考えてみると、

鳥が鳴く・・・限界を知りたい・・・求められる役割・・・・・。

ま、まさか・・・。

全てのピースがかちりと嵌る感覚。

白野は恐る恐る自分がさっきまで座っていた椅子を見る。

そして頭に浮かぶ四文字。

 

カ・ナ・リ・ア

 

は、謀ったな、ギルっ

漸く自分に求められていることが分かって、白野は顔面蒼白となった。

白野が顔を上げると、視線の先、腕組みをし、口端を笑みで吊り上げているギルガメッシュが

居る。

白野は思わず尋ねた。

あ、あの、一つきいていいかな?

「なんだ?」

私の事、ピヨすけって言ったのは、もしかしてミスリードさせる為の、わざとなの?

ニヤリ

ギルガメッシュは笑う。

それだけで白野は全てを察した。

くっ、このハクノンもひよっていたか、AUOの無法の量を見誤っておったとは。

白野は脂汗を流し、口元を歪める。

そしてこれから訪れるであろう過酷な運命に立ち竦んだ。

ように見えて、その実、そろりそろりと足を動かし、後ずさっていた。

しかし、そっと逃げ出そうとする白野の頭を、ギルガメッシュはガシッと掴み、

「これこれ何処に行く、そこの奴」

そう言って、ギルガメッシュは、白野をぐいっと自分の元へと引き戻す。

ギルガメッシュの前に立った白野は引き攣った笑顔を顔に浮かべ。

ちょっと頭痛が腹痛したんで、家に帰ろうかと。

「ほう」

ギルガメッシュは目を細めた。

「それはここに居られぬ程、我慢出来ぬ事か?」

論ずるまでも無いでごさる。

 

ギリギリギリ

 

ギルガメッシュは白野の頭を掴んでいる手に力を籠め、白野は悲鳴を上げた。

「貴様の頭の中に巣食った痛みは治ったか?」

御意。

白野は握り拳を掌にあて、承服の態度を取る。

「ならば良し」

鷹揚にギルガメッシュは頷く。

じゃ、そういう事で

白野はさりげなく帰ろうとしたが、ギルガメッシュに通じる筈も無く、

もう一度、ギルガメッシュに引き寄せられた。

「お前、ジョエりたいのか?」

めっそうもございません。

頭を掴まれたまま、ギルガメッシュに凄まれたのでカクカクと白野は頷く、

「ならばよく見ておけ、お前も関係者なのだ」

へー、最近は生贄も関係者っていうんだ。

恨めしげな目付をする白野の頭を、ギルガメッシュは黙れとばかりに、

わしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「たわけ、昔も今もメインディッシユだろうが」

最後にぽふっと軽く頭を叩いて、ギルガメッシュは白野の頭を解放した。

なんか嫌な言われ方だよね。

白野が乱れた髪を手で梳いていると、

「だから私を無視しないで!」

二人だけで話していて、また放っておかれたと、エリザは不機嫌な様子を見せる。

「いや、そんなつもりは無い、マスターが小動物っぽく、うろちょろするから、

捕まえておいただけだ、早速次のレッスンに進もう」

仔リスならしょうがないわねと、白野には理解しがたい理由でエリザは納得し、機嫌を直した。

 

「さて、歌い手として、歌が重要なのは言うまでも無いが、それだけではアイドルは務まらん、

曲に合わせてリズム良く踊る必要がある。

その際に求められるのはリズム感と、後は身体の柔軟性も必要だ、油の切れたブリキ人形のようでは、誰が誉めそやそうか」

「それはそうね、大丈夫、この私のしなやかな肢体を見て、どんな踊りでも踊って見せるわ」

エリザは両手を広げて、さあ御覧なさいと自分の身体を披露する。

確かに言うだけあって、エリザの身体は瑞々しさで満ちている。

ある部分は無いが。

シャランと、エリザは手を伸ばし、よく見なさい、そして感嘆の声を漏らしなさいと言う。

自慢するだけあって、肌質も滑らかで、上質の絹を思わせる。

やはりある部分は無いが。

希少価値とステータスを認めるギルガメッシュは頷いた。

「うむ、ならば、始めよう、リンボーダンスをっ!」

え?

思いがけない発言を聞かされ、白野が、何で?と疑問を挟む前に、ギルガメッシュは

エリザに火のついた松明を渡す。

そして陸上競技の走高跳のように設置された水平の棒を指さし、

「くぐれ、踊れ、歌え」

と、のたまった。

「はぁ!?なんでそんな事、しなきゃいけないのよ」

エリザは訳が分からないと言うが、もっともな言い分である。

どこの世界に、アイドルのレッスン方法としてリンボーダンスを取り入れる事務所があると

言うのか?

エリザの怒りに白野も頷く。

「だいたい、なんで松明持ちながら踊るのよ、どこかの人食い人種のバーベキュー大会じゃないのよ!」

エリザに詰め寄られても、ギルガメッシュの涼しげな表情は崩れない。

「何を言うか、このダンスはリズム感と柔軟性が両立していなければ、踊りきる事が出来ないのだぞ、それに何処もやった事が無いからこそ初めてやった者が大きな成果を得られるのだろうが。

そもそも松明が変だと言うが、貴様はいつもラブラブファイヤーとかやっているではないか、

炎こそが情熱の証、それを持って踊るのは耳と視覚の双方から訴えるという事。

つまり、このリンボーダンスこそが究極のアイドルのレッスン方法だったんだよ!」

「な、なんだってー」

ギルガメッシュの断言にエリザは両手で握り拳を作り、驚愕の声を上げた。

あの・・・二人とも、ノリが変な方向に・・・。

とんでも理論のギルガメッシュに、反応良く応じるエリザ。

その内、ノストラダムスの予言書にも乗っていたなどと言い出さないか心配になった白野が、

二人を止めようとしたが、

「目からウロコよ、ゴージャス、そういう事なら、私やるわ!」

エリザが感銘の声を上げてしまう。

やっちゃうんだ・・・・。

制止しようとした、白野の手が虚しく空中に泳ぐ。

「さあ、燃え上がるがいい!」

話はまとまったと、ギルガメッシュが号令一発。

「ファイヤーーーーっ!!」

エリザは叫び、周りを取り囲むように設置されたバーベキューセットから炎が吹きあがった。

こんな使い方してるって知ったらアーチャー怒るだろうな・・・

などと思う白野の前で、

「ほっはっ、ほっはっ」

リズムをつけて、エリザが仰け反りながら棒の下をくぐろうとする。

「そしてその状態で歌ってみろ」

そして黄金Pの指示。

「わ、分かったわ、やのーしゅ、さ、さささんで」

松明を回しながら、必死で歌を歌おうとするエリザを見て、

拙い、なんか万国ビックリショーみたくなってきてる。

白野の頬に汗が一筋、伝った。

 

暫くしてレッスン?が終わり、腰を手で押さえたエリザがふらふらしながら、

白野達の前に戻って来た。

「よくぞ踊りきった、さて、次はといきたい所だが、休憩を挟まねばならん」

次はどんな無茶をさせるつもりなんだろうと、心配顔の白野の前でギルガッシュは意外にも

無理は良くないと言った。

「貴様の声質は最上だ、しかし素質に頼り、酷使すれば涸れもする。

手入れをしなければ名剣とて、欠け、錆びるものだ」

え?エリザの事を真面目に考えてる?じゃあ、あのリンボーも愉悦とか関係なしに本気で考えた

メニューだったんだろうかと考える白野を余所に、ギルガメッシュは続ける。

「常に手入れをしろ、喉に乾きは禁物、だから蒸気を蒸気をあてるのだ。

さあ、この湯けむりがばんばん立ち上る熱湯の湯に入れ、そして吸え、思う存分に」

ギルガメッシュが指し示す先、いつ用意したのか、人が入って優に足を伸ばせる程の大きさの、

アクリル板を組み合わせて出来た湯船が置かれていた。

白野の口の端がヒクッと吊り上る。

よく分からない、判断がつかないと悩む白野、

「ちょっとこれ、煮立ってるじゃない、こんなに入れっていうの?」

入れと言われたエリザも、その湯船を覗き込み、火口のマグマのように泡立つ湯を見て、

抗議の声を上げた。

「無論だ」

「なんでよ、こんなのそれこそアイドル活動に何にも関係無いじゃない!」

その場で足を踏み鳴らして憤るエリザに、ギルガメッシュは肩をすくめた。

「ふっ、貴様知らぬようだな、この熱闘舞絽を!そしてこれを進めた理由を!」

「え、な、なによ、なにを知ってるのゴージャス!?」

「知らぬのならば教えてやろう、熱闘舞絽とは、秦時代末期、時の覇王を嗤い、煮殺された、

琥 馬射琉の故事に由来する、伝統的な自己主張の手法なのだ。

秦時代末期、時の覇王は強大な力をもって、国を統一せんとしようとしていた。

しかしその戦い方は余りに苛烈にして凄惨、全てを焼き、全てを殺し、何十万という投降兵を

穴埋めにしても顔色一つ変えぬ程のもの。

そんな暴虐な覇王に対し、無名の説客であった琥 馬射琉はただ一人、あえて薄手の絽一枚のみ

着て、後は寸鉄も帯びずに覇王の前に出て、その非を鳴らした。

無論、覇王は激怒して部下にこいつを煮殺せと命じ、琥 馬射琉は水を張った大鍋に入れられ

煮られた。

しかし琥 馬射琉はそんな状態でも、大声で覇王の非を鳴らし続けた。

熱き湯の中で、身に着ける物は絽、一枚、しかし舌を存分に舞わせ、

覇王に一人闘いを挑み、最後には熱湯の中に沈んだ。

その壮烈な死に様は、琥 馬射琉ここに在りと、周りに強く強く印象づけ

その名は1000年の後も残ったという。

後に、あえて熱湯に浸かるという苦行を為しながら己の意を主張し、

存在を周囲に誇示しようとする事を熱湯コマーシャルと呼ぶようになったが、

これはこの故事が由来であることは言うまでもないな。」

どうしてだろう、無茶苦茶うさんくさいのに、決してツッコミを入れてはいけない気がする。

ギルガメッシュの説明に、白野は片手で顔を覆う。

「故にだ 数多の売りだし中のアイドルはこの熱闘舞絽を用い、己の存在をアピールし、

スターダムへと上り詰めようとしたのだ」

「そ、そうだったのね、これにそんな由来があったなんて知らなかったわ」

白野とは逆にエリザは素直に感心していた。

「貴様はトップアイドルを目指しているのだろう?いずれこのような事をする必要は出てくる、

その時に数秒も持たぬようでは失笑しか与えられん。それでも良いのか?」

「良いわけないでしょ!」

「ならば浸かれ、そして吸え、これは一石二鳥と心得よ」

「良いわよ、やってやろうじゃないの、いくわよーー」

エリザは水着姿となり、勢いをつけ、ざぶんと熱湯に浸かる。

「あちゃちゃちゃーーーーーーっ、ほあちゃっ」

エ、エリザ・・・なんか世紀末救世主みたくなってる・・・

じたばた暴れるエリザを、白野が痛ましげに見る。

ふははは、喉の潤いを存分に堪能しておるか?」

「してる暇無いわよ!」

 

そしてまた暫くして。

「よし、これで十分喉は潤ったな、次にいくか」

ぜぇぜぇと荒い息を吐くエリザにギルガメッシュは、次行ってみよー、次と、声をかける。

その掛け声に、不安が増す白野。

「な、なかなかハードだったわ」

エリザの方は気にする余裕も無く、ただギルガメッシュの次の指示を待った。

 

「お前は、BBの前で歌を歌った時、一度のつまづきで取り乱し、その後はボロボロだったそうだな」

以前のやらかしを思い出し、エリザは顔を歪ませる。

「メンタルが弱いっ、鍛える必要がある」

そう言ったギルガメッシュはザルと手ぬぐいを取り出した。

なにこれ?と、疑問顔のエリザにギルガメッシュは、

「次はドジョウ掬いをやれ!」

白野は思わず噴き出した。

ゲホゲホとむせる白野を背にエリザは今度こそ納得できないと、

槍を取り出し、返答次第ではと剣呑な様子を見せるが、

「貴様は知らぬのか、この怒城掬いを」

ギルガメッシュは余裕綽々の態度である。

ま、またか・・・

なんとか呼吸を整えた白野の前で、ギルガメッシュは書房的知識を披露する。

「それは漢成立の時代、才能があり大望もあったが、縁に恵まれず、いまだ野に燻っている男が

居た。

その男はある時、町のチンピラに絡まれて、許して欲しければ自分の股をくぐれと言われたのだ。

普通ならば激怒して拒否するだろう、しかしそうするとチンピラ達も暴れる、そんな連中に

下手な怪我を負わされてもつまらないと考えた男は、

まるでドジョウを掬うかのように、下人の股ぐらへと滑り込み、潜り抜けた。

大志を胸に抱いていれば、一時の恥などなんとでも飲み込める。

やがてその男は才能をとある群雄に認められ、大元帥にまで上り詰め、100の城を落とし、

国士無双とまで呼ばれたと言う。

その事を知った者らにより、この怒城掬いは出世踊りとして広く親しまれ、

宴においても縁起の良い物として数多く踊られたのだ。

恥辱を乗り越え、栄光を掴む、正に今の貴様に相応しいではないか」

 

ああ入れたい、それ色んな逸話が混じり過ぎてるとか、そもそも時代が滅茶苦茶とか、

凄くツッコミを入れたい、でも入れられない、これが世界の抑止力?

両手で顔を覆う白野。

「貴様のメンタルを鍛えると共に、トップアイドルへと上り詰められるように縁起を担ぐのだ、

踊れ、今すぐに」

力強く断言するギルガメッシュの勢いに押し切られ、エリザは首を縦に振った。

「わ、わかったわ、もう覚悟完了よ」

(ちゃ、着実に芸人の道をひた走ってる・・・・)

目の前の光景を見ている白野の額に汗が滲む。

「こ、これは結構くるわね、心が折れそうになるわ」

「だからこそ価値があるのだ、この踊りを完璧に踊り切った暁には、貴様はどんなハプニングにも笑ってこなせる程の鋼の精神を手に入れる事が出来る」

ギルガメッシュの励まし?を受けながらも、エリザは踊り続けた。

 

そしてまたまた暫くして。

エリザはドジョウを掬いきって、踊り終える。

「うー、なにか今更だけど、アイドルとは真逆の道に進んでいる気がするわ」

本当に今更ながらだが、何か釈然としないものがあると言うエリザに、ギルガメッシュは

首を横に振って否定する。

「なにを言うか、これもアイドルの一つの形、この世界にはな、バラドルというものがあるのだ、貴様は立派にアイドルの道を進んでいる」

待て待て待てぃ

白野が今度こそツッコミを入れようとしたが、直ぐ傍に居たギルガメッシュに頭を押さえられて、発言のタイミングを失する。

「なんですって!?」

エリザが声を上げた。

(あ、バラエティーアイドルなんて言われて、エリザが怒り出した、でも当たり前だよね)

ギルガメッシュのあんまりなレッスン内容に、エリザの怒りは当然だと白野は思うと同時に、

BBにコメディアンとしてなら有望と評価されて、キレかかった時の様子を思い出し、

きっと手の付けられない程の癇癪をおこすんだろうなと、溜息をついた。

「薔薇ドル、なんか高貴っぽくていいかも」

なっ!? エ、エリザ!?

そっちか、そっちに解釈しちゃたのかと、白野が心の中でツッコむ中、

エリザはぐっと握り拳を作り。

「なんか全然関係ないと思ってたけど、そういう事ならまだ続けても良いわ」

気合の入ったエリザだが、ギルガメッシュが制する。

「いや、今日はこのぐらいにしておこう、初日から飛ばしていても後が続かん」

「むぅ、私はまだまだやれるけど、そうね、少し疲れた気もするし、バスにでも入りたいわ」

「ならば、ここで今日は解散だ、ではな」

立ち去ろうとしたギルガメッシュの後ろ姿を見ていたエリザは、ハッと大事な事を忘れていたと、慌ててギルガメッシュを呼び止めた。

「ちょっと待ってよ、カラオケ会場の使用禁止を解く話はどうなったのよ?」

「む、どうなったも何も、それはこれからの成果次第であろうが、今は無理だぞ」

「え!? 冗談じゃないわよ、その為に私はこんな事までしてたのよ」

エリザはザルを掲げ、いかに自分は努力したかを説明するが、ギルガメッシュは軽く聞き流す。

「別に練習なら、あの会場を使わずとも出来るだろうが」

「嫌よ、私はあそこを使いたいの、じゃないとやる気が保てないわ」

「ふむ、仕方が無い、ならばこれでも使うか」

エリザが引き下がらないと見るや、ギルガメッシュはUSBメモリを取り出す。

それで何をするのと白野が尋ねると、

「いやなに、これで加工した録音データーを渡したら、一発で合格だろう」

ちょっと!? それって今までのレッスン、全否定ですよね!?

目を丸くして白野は驚きの声を上げた。

「何を言うか、お前は今のあやつの実力でまともに歌って、BBを納得させる事が出来ると

思うのか?」

ギルガメッシュはエリザを指さして言い、白野は口ごもってしまう。

確かにその通りだが、それでも納得出来ない白野は食い下がる。

で、出来ないと思うけど、だから練習して。

「たわけ、あやつがそんな長い時間我慢できるか、途中でキレるのがオチだ。」

それはそうかもしれないけど、いきなりそんな手段に出るだなんて。

それにあからさまに加工してあるんじゃ、どう考えてもBBが納得する筈が無いし。

正論を言う白野に、ギルガメッシュは余裕の笑みを浮かべる。

「そこは抜かりはない、ちゃんと対BB用の音楽映像も入れてある」

え?対BB用って何?

キョトンとした顔をする白野。

クククッと、ギルガメッシュは悪い顔で笑う。

「いやなに、大したものではない、ちょっとお前が風呂場でご機嫌に歌って、はしゃいでいる映像が入っているだけだ、これならば奴も受け取らざるを得まい」

なっ!?

それって賄賂!?不正!?付け届け!?芸能界の闇!?

というより、なんで私の映像が贈答物になってるの!?

さらに付け加えると、そもそも私はそんな独演会おっぱじめた覚えは無い!

いきなり当事者になるという急展開に、白野は狼狽える。

「へー、仔リスったらそんな事してたの?」

漏れ聞こえてくる二人の会話を聞きつけ、興味津々な様子でエリザまでもが顔を覗かせる。

してない、私はそんな事してない。

必死に否定する白野にエリザが肩を竦め、頭を軽く振る。

「やってる奴ほど、そう言うのよ」

「ちなみにこんな映像だ」

白野が反論する前に、畳み掛けるようにギルガメッシュが記録映像を再生した。

「うわー、仔リスったらノリノリじゃない」

ポータブルAVプレイヤーで再生された映像を見て、エリザが意外よねーと、感心した声を出す。

「ふむ、『ラップラブアップでうっうっうー♪』か、ほほぅ、中々のはじけっぷりだな

おおっ、イエィなどとポーズまで取るか」

ば、馬鹿なっ、そんな歌、私は一デジベルだって歌ってない、それにあんなポーズだってしていないっ

「いや、だって、ねぇ」

違う違うと全身で否定する白野だが、エリザには生暖かい目で見られ、全く信じられていない。

わ、わたしはやってないと、ぐずり出した白野の肩にギルガメッシュはポンと手を置き。

「まあ、確かにこれは地上の駄肉がコラとやらで作ったものだから、お前が知らぬのも

当然でもあろうがな」

 

こらぁぁぁぁーーっ!!

 

思わず白野は大きな声を出していた。

「なに、仔リスだじゃれ?」

ちっがぁぁうっ!

「ふっ、愉悦」

この愉悦クラブの会員め。

睨みつけてくる白野をギルガメッシュは軽くいなした。

「そういうわけだ、これを渡せば見事合格に」

ならないから、っていうか、させないから、私が全部暴露して、絶対認めさせないから。

「ちっ、このわがままマスターめ」

わがままでも何でも無い!むしろ冤罪の名誉棄損で訴えても良いレベルだよ

憤りを見せる白野の額をギルガメッシュはツンッと指で突く。

「ではどうしろと言うのだ、お前に何か良い手でもあるのか?」

良い手・・・・

キルガメッシュに言われ、白野は顎に手をあて、考え込んだ。

エリザは歌声自体は良いんだよね?

「ああ、それについては我も認めてはいる、

しかし、自分だけで楽しんでいるから、音程やらなにやらが滅茶苦茶になっている。

なまじ歌声が良いだけにその不協和音は破壊レベルだな」

「な、なによ」

不満そうな顔を見せるエリザをチラリと横目で見たギルガメッシュは、白野に視線を戻し、

「己を押さえて、誰かの為に歌う、そんな心構えでも出来ればまともになるのだが。

そうだな、我のマスターにでも歌を捧げて見たらどうだ?少しはマシなものになるかもしれぬぞ」

ギルガメッシュはニヤリとエリザに笑いかけ、エリザは顔を茹で上がらせた。

「な、ななな、なにいってるのよ、わたしはアイドルなのよ、誰か一人のものになんて

ならないのよ、さ、さ、ささ捧げるなんて、そんなの恥ずかしい真似出来ないわ」

おもいっきり動揺した様子を見せるエリザに、ギルガメッシュはニヤニヤと笑みを顔に

浮かべ続けた。

そっか

白野が呟く。

ギルガメッシュの発言はエリザをからかったものだが、白野にとって打開策を思いつく

切っ掛けとなった。

誰かの為に、誰かと共に、自分本位でなく歌う。

そんな事が出来れば、BBも納得させられる歌が歌えるかもしれない。

白野は自分が思いついた事をエリザへと提案した。

 

 

そして次の日、エリザは再びBBを呼び出した。

「それで、センパイはまたエリザさんと一緒に来て、今度はどんなコントでも披露して

くれるんですか?」

連日に渡って呼び出されたBBは、不機嫌な様子を隠そうともしていない。

こんな茶番はもうたくさんですと口を尖らすBBの前で、白野が持って来たCDプレイヤーのスイッチを入れる。

 

(この曲は?)

流れて来た曲にBBが意外そうな顔をした。

それは激しいリズムでは無く、穏やかなリズム。

誰もが思わず口ずさむ事が出来る、どこかで聴いたような曲。

なんで?と思うBBの前で、白野とエリザが互いに向き合い手を合わせる。

パンッと子気味良い音がして、二人はくるりと回り、

白野と繋いだ手を振り、エリザが歌い出す。

(童謡・・・ですか、これ?)

エリザが歌い出したのは子供の為に作られた歌。

美しい空想や純な情緒を傷つけず、これを見守り優しく育む事を目的とした歌。

そんな歌を歌って、踊る。

(って、お遊戯じゃないですか!?何やってるんですか!?)

白野とエリザがしている事を把握したBBは当惑する。

 

てっきり、またデスメタルの極改悪版のような歌を聞かされると思って身構えていたのに、

いきなり二人がお遊戯を、しかも嫌々でなく楽しそうにやり始めた。

当初、ピリピリした雰囲気を纏い、険しい顔をしていたBBだったが、

二人を見ている内に、すっかり毒気の抜けた顔をするようになっていた。

(まさか、こんな手で来るなんて)

意表をつかれた形のBBは、エリザと共に踊っている白野を見た。

この選曲は白野の入れ知恵であると考えて間違いない、あの目立ちたがり屋のエリザが

こんな歌を歌う事を思いつく筈が無いのだ。

童謡を選んだのは奇抜な思いつきのようで、そうでは無い、

ちゃんとエリザの状態を考えて選んでいる。

確かに童謡もプロレベルの物を要求するのであれば、かえって歌唱力が必要とされるのだが、

今回求められているのはそういう類のものでは無い、要は騒音にならない事を示せば良いのだ。

そういう意味では童謡は悪い選択では無い、とっつき易く、歌い易い。

聴いている方も、大抵は歌が上手い下手かでは無く、

楽しそうか、そうでないかで良し悪しを判断する。

しかも、暴走しがちなエリザを押さえる為に、二人でお遊戯という形にしたのだ。

これでは益々歌唱レベルで判断するという意識が霞む。

子供が楽しく遊んでいる所を見せられる事程、年長者の心を和ませるものは、そう無い。

(相変わらず、センパイは変な所で気が回りますね)

BBにとって悔しい事に、その思惑は当たっている。

別に誰かの協力を仰ぐことを禁止したわけでは無い。

BBは、エリザがまた勘違いをしてセイバー辺りに協力を仰ぎ、二人でデュエットして、

自らトドメをさす展開は予想していたが、白野と二人でお遊戯をやり始めるのは

流石に予想外だった。

楽しげに歌って踊っている二人を見ていると、

よくそんなに無邪になれますよねと、呆れはするが悪印象は持ちづらい。

小細工なしで、歌う楽しさを見せられれば、認めない自分はただ意固地になっているだけの

分からず屋に思えてくる。

一つ問題があるとすれば、あのエリザにどうやってそんな事をさせるかだが

何をどう言いくるめたのか、エリザは不貞腐れる事もなく、楽しげに歌い踊っている。

 

最初、エリザも白野の提案に難色を示していた。

アイドルらしくないと言うエリザに、

私はファンクラブ会員一号なんでしょ?

と、白野が尋ね。 エリザがなんで突然と、やや怪訝な顔をしながら頷くと、

最初のファンと一緒に歌う最初のコンサートをやろう。

白野はそう言って、手をさしだしてエリザに笑いかけた。

月の裏側でエリザと一緒に駆けたあの時に聴かせてくれたように、また聴かせて欲しい。

今度は剣戟でなく、その歌声を。

少しの間、もじもじとスカートの裾を掴み、逡巡したエリザではあったが、

結局は差し出される白野の手を取った。

 

それがこの結果。

(まったくセンパイ、貴女という人は)

一緒になって楽しげに踊る白野を見て、BBはそっと溜息をついた。

毎度碌な目に遭わないのに、どうしてそこに楽しみを見出してしまうのか。

素知らぬ風を取れば、酷い目に遭う事も減るだろうに、

賢く生きるより、馬鹿みたいに手を取り合って共にはしゃぐ事を選ぶ。

ほんと馬鹿なんですから、だから貴女はクラスで三番目なんですよ。

色々と文句を言いたくもなるBBだが、そんな白野だからこそ、

今自分も他の癖のある面々と同様にここに居るのだろう。

 

BBは白野の作戦勝ちを認めた。

「貴女達は、よくそんなお遊戯なんか出来ますね、恥かしくないんですか?」

歌い終わった二人に、BBは負け惜しみじみた事を言う。

それが今出来る事の精一杯で、その事実にBBは少し拗ねた顔をした。

かわいいは正義!BBも一緒にやろう

しかし白野はそんなBBに向かって、楽しかったよと上気させた顔を向けて、

躊躇いなくそんな事を言ってのける。

「なっ!? ば、バッカじゃないですか、センパイは」

不覚にも顔を赤らめてしまったBBは、顔を背けて悪態をつく。

にやにや

にやにや

二人に笑われ、BBは不機嫌な顔をつくり、

「合格、取り消しますよ」

ジト目で言った。

ちょっと、まってそれはナシ・・・って合格?

慌てた白野だが、直ぐにBBの言葉の意味する事に気が付き、本当なの?と、聞き返す。

「ええ、特別上手かったとは言いませんが、少なくとも騒音レベルではなかったですから」

「やったわ、仔リス、オーディションは合格よ」

うんうん、良かったねー

手を取り合って喜ぶ二人に、やれやれ、そんな大げさな物でも無いでしょうと、

BBは肩を竦めた。

「でも、エリザさんはよくこんな事をする気になりましたね。

いつもとは方向性が逆でしょ?」

どんな風にエリザを納得させたのかが少し気になったBBが尋ねると、

エリザは、ふふんと得意げに笑い、

「これもファンサービスの一環よ」

そう言って胸を反らした。

(ファンね・・・・)

BBは、白野がどうやってエリザを説得したのかを察した。

「まあ、スーパーアイドルのエリザちゃんも、一番のファンの要望には少しは答えてあげなきゃ

いけないしね」

仕方が無いのよ、ほんとはやりたく無いんだけどね、などと言うが、

尻尾をぶんぶん振りながらなので、嫌がってないのは明白だ。

「はぁー、全くほんとに、どうしてそう地雷原の地雷を自分で増やしていくのか、

BBちゃんには理解できません」

いやー。

照れる白野に、

「全然感心してませんから、呆れ果ててるんです私は」

白野にピシャリと言ったBBは、エリザの方へと向き直り。

「エリザさん、一応使用再開許可は出しましたけど、また前のようにやらかしたら、

直ぐに許可を取り消しますからね」

「わ、分かってるわよ、少しは自重するわ」

「思いっっっっきり、自重してくださいね」

エリザはBBに、今度やったらこんなものじゃ済ませませんよと、ぶっとい釘を刺された。

 

こうしてエリザは再びカラオケ会場の舞台に立てる事になる。

そこで歌われる歌のレベルはお察しだが、少なくとも以前の音響結界を突破する

ソニックウェーブを出す事は無くなった。

今のところだが。

 

ギルガメッシユ改め黄金Pによるレッスンも続けて受けているようで、

稀に美しいハミングが聞えてくるようになった。

しかしその声に釣られて赴けば、そこに待ち受けているのは、

「あら、私の歌を聴きにきたの? 良い心がけじゃない」

スーパーじゃいあんリサイタル。

この為、新たにエリザに付いたあだ名は【セラフのセイレーン】。

美しい声に釣られて吸い寄せられれば

残念、エリザちゃんでした

ジャーン、ジャーン、げぇ、エリザっ!?

と、地獄を見る事から付けられた。

 

正直、エリザの歌唱レベルは大して変わって無いが、それでも最底辺をぶち抜き続けていたのが

少しでも上向き加減になったのは大きく、白野の心労も少しばかりに軽減されたのだった。

 

 

 

 

おまけ

 

ぷちストラ劇場 

ある日の白野、お前は既に詰んでいる。

 

白野達が地上へと遊びに行くようになって暫く後、音ゲーPLAYと称して、

セイバーが地上でリサイタルを開いている事を知ったエリザ。

「私も誘いなさいよ」

と、自分も白野達について行く事を決める。

一人でも大変なのにステレオで多重放送事故なんてとんでもないと、キャスターは反対するが、

エリザは秘かにぷちコレでアバターを作り上げてしまう。

ちなみそのアバターはこれ

 

【挿絵表示】

 

名前 エリリン

鳴き声 ~♪ ぷひー

特殊能力 熱くなり易く、勝とうと思えば力が入って負け、

勝とうと思わなければ勝つというトリッキーな実力の持ち主。

殺人音波や殺人料理など、とにかく多彩な攻撃方法を持つ、

多分、人を殺す技を108は持っていると思われる。

 

そして気が付けば、エリザは地上に降りていた。

何故ここに居ると、皆が呆気に取られている中、セイバーが、

「うむ、折角の機会だ、余とユニットを組むか」

と、誘いをかけ、

「良いわね、セイバー、私達の歌声を地上に響かせましょう」

と、エリザもノリノリで受けた事により、

自らを完璧と嘯く鬼核害ユニット、

その名もヘル・ミッショネルズが結成される事になった。

私がナンバーワーンッの一号。

 

【挿絵表示】

 

称えるが良い、余は歌キングであるの二号。

 

【挿絵表示】

 

勿論決め技は二人で犠牲者を前後に挟んでの熱唱、意識が吹っ飛ぶコラボンバー

 

荒野(にしてしまった)大地に響く歌声。

 

お前たちは私達の鼓膜を破ったのだぞ(感情値-10)

 

これが某文明発展ゲームなら、『お前の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』と即宣戦布告と

なるであろう、その傍若無人な行為。

しかし止められる者もおらず

「私達の歌をきけーーーっ」

「余達は、最後まで、聞いて、くれなきゃ、歌うのはやめないっ」

と、逃げ惑う者達を捕えては次々と屠っていき、その所業は留まることをしらず、

最早、文化的破滅を達成してしまうかと思われたその時、

迫りくる脅威を止める為、白野が立ち上がる。

「何をする気ですか」

「正気ですか、馬鹿な事は止めてください」

との制止の声を振り切り。

白野は真っ赤な招待チケットの半券をもぎって、放ると

「この世には完璧にコラボしちゃいけないものが、ただ一つだけある、

それは黄金劇場と鮮血魔嬢だっ!」

と、言い残し、自ら犠牲となって二人の侵攻を食い止めた。

 

【挿絵表示】

 

その壮絶な爆死っぷりに、みんな涙し、

「奏者よ、見事な散りざまであった」

「仔リス、貴女の残してくれた思い出は忘れないわ」

感慨深げにしている二人に、お前らのせいだと、物理的ツッコを入れた。

 

ちなみに、白野はこの一件でセラフへと強制送還、体調不良で三日間寝込むことになった。

 



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無銘の願い 岸波白野との出会い

私にとって記憶は失われるだけのものであった

であるにもかかわらず後悔の念だけは何時までもしぶとく心にへばりつくものらしい

私には忘れる事の出来ない 否 忘れるわけにはいかない記憶がある。

あれは難民キャンプ 一時的な教官として招かれた私はそこに紛れ込んだ一人の少女に

生きる術を教えて欲しいと 教え子に頼まれた。

その少女は平凡な少女だった。

容姿はわりあい整っていたが、人が思わず振り返るような美人という程でもない 

そう クラスで三番目くらいという感じ。

だが三番目というのは実に微妙な順位だ。

そのせいか少女の印象は薄い ついでに愛想も無い。

煌めくような才は感じさせず 存在自体がどことなく曖昧な少女。

私はついでの事と思い、気軽に引き受け、そして後悔した。

少女はやることなすことがどんくさく物覚えが悪く なのに時折突飛な行動をしては

面倒をかけさせられる 尻ぬぐいをした回数は数える気にもならない。

なのに 放っておくことが出来なかった。

彼女はどんな時でも諦める事はせず 投げ出す事はせず

へこたれるということがなかった。

だからなのだろう 私が居なくなればこの子はどうなってしまうのか 放ってはおけない

そう思わせる少女だったのだ

思えばこの少女を紹介した私の教え子である彼女は、良い言い方をすればリスクと

リターンのバランス感覚が鋭い、悪く言えば損得感情で動く性質であった。

偽悪的にボランティアなどまっぴらと公言して憚らないというのに、

この少女については損得抜きで本当に親身になっている。

 

不思議に思い どんな知り合いなのかと問うと

「戦友」

と、なんとも微妙な表情で答えた。

正直、意外な答えだった、その教え子は扱いづらい所もあったが能力はピカ一で

およそ無能な者を戦いに巻き込むことを良しとしない。

それは彼女なりの優しさだ

能力の無い者を戦いに巻き込めば、その者は必ず死ぬ。

そんな事になるくらいなら、自分がその者の分も戦う

そんな覚悟を持った人物だったからだ。

なのに 足手まといにしかなりそうにない少女が戦友とはどういうことだ?

私のそんな疑問を彼女は敏感に察したのだろう。

「見くびっていると、いつの間にか逆転されてるわよ」

彼女はいたずらっぽく、そしてどこか寂しげに言った。

そしていつの間にか 本当にいつの間にか少女は私のパートナーに居座っていた。

理解しがたい不可解さだった。

なんとなく、まるでそうである事が始めから決まっていたかのように

少女と私は行動を共にするようになっていたのだ。

「お幸せに」

教え子の多分に冷やかしを込めた一言は、万の言葉で抗議しても足りない程であったが

それでも私は少女と行動を共にする事を拒否はしなかった。

その後、私は人並みの幸せらしきものを感じるようになった。

在りし日の災害で一人生き残り、世のため人の為に生きねばならないと心に誓い 

常に追われるような毎日の中でついぞ感じることのなかった安らぎを 

少女と共に居る事で時に感じる事があった。

それは悪くない日々であった。

そして心の余裕が出来たからなのか、私の行動に対する賛同者も現れるようになった。

友人も出来た。

その友人のマネージメントの元、私は自分の使命感に没頭していった。

協力してくれる友人が居た

理解してくれる恋人が居た

充実していた日々だった

だが、そんな日々にも終わりの時が来る。

まるでそれまでの身勝手な正義の体現の矛盾が吹き出すように

あの事件は起きた。

旅客機の中、危険なウィルスが蔓延した。

一分単位で乗客が死んでいく中

それでも乗客達は死力を尽くして空港を目指した。

無論、簡単に出来たわけではない、最初は罵り合っていた、暴力沙汰も起きた

しかしそれでも最後は手を取り合い

誰か一人でも助かるならと助け合った。

私はその状況を旅客機に乗り合わせた少女の携帯から漏れる声で知った。

尊い行為だ

特別な者がではない。

どこにでも居る普通な人たちが懸命に行った特別な行為

だが彼等が地上に降りればウィルスの感染は本格化する

乗客五百人の命と地上の都市三十万の命

どちらも罪のない人々だ

違いはただ多いか少ないかだけ

むしろ旅客機の中の人々こそ最大の被害者だ

地獄の中で なお生き残ろうと励まし合い助け合った

その最後まで人間としての誇りを捨てなかった人々を私は少女ごと撃った

地上に降りれば、空港に不時着できれば、誰かが生きて帰れる・・・

あの少女も

「私も頑張ったんだよ」と もう一度笑いかけてくれたかもしれない

だが私はそんな小さな願いごと藻屑にした。

あれが決定的な出来事だった。

恐らく、いや間違いなく私をマネージメントしていた友人は、私に疑念を抱いた。

もし仮にあの時、私が少数の命を優先したとしても

友人は私を見限りはしなかっただろう。

むしろ親しい者を救うという人間らしい行動をした私とより強固な絆が

生まれたかもしれない。

だが私は撃った 機械的に何かの装置のように

友人はあの時恐れたのだ、己にとって最も親しい者ですら、この男は平然と切り捨てる

この男はなんだ?

悪か?

いや悪ならもっと利己的に行動する

善か?

罪なき者達を平然と切り捨てる行為が善であろう筈がない

ではなんだ?理解不能なモノ、善も悪も超えた

より恐ろしいなにものかではないか?

私を恐れた友人の手により私は捕られ、司法の手により処刑された。

当然の末路だ。

名前無き無銘として使役される事になるのも致し方無い。

私は自らそう行動したのだから

だが未練は残ったらしい

あの少女の笑顔をもう一度見たい。

なんと身勝手極まりない願いであろうか

自分から切り捨てておきながらそんな願いを抱くとは。

自己嫌悪をもよおす願い、だからこそ今もその願いを忘れずにいるのだろう。

だからこそ 今 こんな愚かな事をしようとしてるのだろう

目の前に居るのは名も知らぬ少女。

それは聖杯などという餌につられて集まった愚か者達の一人

それは自分が特別な者だと 特別に扱われる者だと思っている鼻持ちならない者達の一人

だが 少女が発するのは、才能満ちあふれた者の高尚で高慢なお題目ではない

 

生きたいと諦めたくないと

 

ぶざまで見苦しく しかし見捨てることの出来ない赤子の泣き声を上げている

それは酷く心に響く訴え。

しかし、道理から言えば少女を助ける理由は無い。

だが見捨てる理由も無い

彼女を助けた所で何かがどうにかなるわけでは無い、見たところなんの才能もなさそうな凡人だ、例え聖杯戦争に参加したところで一回戦か二回戦で敗退するだろう

今死ぬか、それともこの先死ぬかの違いでしか無い。

だがそうだとしても彼女を助け、馬鹿を見るのは自分一人ですむ

この少女の声に応え、マスターと仰ぐことになっても酷い目を見るのは自分だけだ

なら、心のままに動こう。

私の記憶は失われるもの

私は名を奪われた者

無銘

だが己を失おうとも、いまだ心の中に眠る願い。

理由もなく説明もなく摘み取られる平凡な命

その力になる。

生前 叶えることの出来なかった願いのままに少女、岸波白野のサーヴァントとなった。

それがどのような結果になるとも知らず

それがどれほど幸せな事であったかも知らずに。

「酷い話だ 間違っても呼ばれる事なぞないように祈っていたが

抑止の輪はどんな時代でも働き者ということか、いいだろう、

せいぜい無駄な足掻きをするとしよう、

俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はどこに居る?」

 



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