ガンダムビルダーズハイ (さくらおにぎり)
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1話 始まりと再会と

  生か、死か。それは、終わってみなければ分からなかった。

 確かなことは、美しい輝きが一つ起こるたびに、何人か、何百人かの人々が、確実に宇宙の塵となっていくと言う事だ。

 

 

 

 宇宙要塞ソロモン。

 

 ア・バオア・クー、グラナダと三角を成す、ジオン公国軍の宇宙要塞が一角だ。

 ジオンの猛将ドズル・ザビが預かるこの牙城は、サイド3最後の砦であるア・バオア・クーにも劣らぬ防衛能力を備え、艦船やMSもまた相応の数が配備されている。

 

 対する地球連邦軍はそれを上回る数の戦艦と、MSジム、加えて支援ポッド・ボールを無数に並べた物量作戦で数で劣るジオン軍を攻め立てるものの、ジオン軍の抵抗反撃もまさに必死だ。

 

 そんな予断を許さぬ戦況の中、一隻のペガサス級のカタパルトデッキに、一機のMSが立つ。

 

 白を基調として、黒と赤の差し色で彩られた装甲。

 二つのアイカメラと二本の角のようなアンテナを持つそれは、ガンダムタイプと呼ばれるMS。

 

 ――ふと、視界の端の方に"ガンダム顔"をしたボールがいたのは気のせいだろうか?

 

『先行した第一小隊より通信です。「我、敵に包囲され離脱困難。救援を求む」とのことです』

 

 ブリッジクルーのオペレーターからそのような通達を耳にしてガンダムのパイロット――『イチハラ・アスノ』少尉は緊張感を走らせる。

 

「分かりました、すぐに救援に向かいます!」

 

 ノーマルスーツのヘルメットの気密を確認し、コクピットのコンソールを起動させると、それに呼応するようにガンダム翡翠色のアイカメラと、胸部の『A』のアルファベットのようなセンサーライトが輝く。

 

『エアロック閉鎖確認。ハッチ開放、出撃どうぞ』

 

「イチハラ・アスノ、『ガンダムAGE-I』、行きます!」

 

 リニアカタパルトが加速し、身体を襲うGに顔を顰めながらも、アスノはガンダムを発進させ――

 

 すぐ目の前から敵機が急速に接近してくるのをアラートが知らせてくる。

 

 征く先々でサラミス級を沈めながら、他機の三倍の速度で向かってくるのは……

 

 スカート付きのMS――リック・ドム、しかも"赤色"だ。

 

「あ、赤い彗星……!?」

 

 ルウムでの戦いで赤いザクを駆り、戦艦五隻を瞬く間に撃沈してみせた、ジオンの超エース級パイロット。

 その赤く塗られたリック・ドムのモノアイが、ガンダムを捉える。

 

「くっ、来る!?」

 

 反射的に、右マニピュレーターに握るドッズライフルのトリガーを引き絞り、DODS効果を帯びたビームが放たれるが、赤いスカート付きはひらりと機体を翻し、さらに距離を詰めてくる。

 

「わっ、うわっ、うわっ……っ!?」

 

『不慣れなパイロットめ、落とさせてもらう!』

 

 赤い彗星の不敵な声が聞こえたと思った時には、リック・ドムが担ぐビームバズーカの砲口がガンダムに向けられ、激しい光束が放たれる。

 

「あぁぁぁぁぁ!?」

 

 ロックオンされて鳴り響くアラートと、視界に広がる死の閃光を前に――

 

 

 

 

 

 ピピピピピ、ピピピピピ、と言う無機質な電子音が意識に届く。

 

「ぁぁぁぁぁ……あ?」

 

 ビームバズーカのメガ粒子が身体を焼くことはなく、そもそもここはガンダムのコクピット内ですらない。

 見慣れた自分の部屋で、腰を落ち着けているのは自分のベッド。

 先程からの無機質な電子音は、敵機からのロックオンを告げるアラートではなく、目覚まし時計のアラームだ。

 ほぼ条件反射でアラームを押し止めると、

 

「ゆ、夢か……」

 

 イチハラ・アスノは、今の戦いが夢であったことに安堵した。

 

 ガンダムのパイロットとして戦えると言う文字通り夢のような疑似体験だったが、まさか出撃直後に赤い彗星――シャア・アズナブルのリック・ドムに出くわすとは思わなかった。

 

 ソロモンでの戦いに、シャアが専用のリック・ドムに乗って来る……IF展開と"小説版"『機動戦士ガンダム』、ついでに"スカルハート"の『バカがボオルでやって来る!』がごっちゃになった展開を疑問に思わなかったのは、夢の中の設定故か。

 

「っと、起きないとな」

 

 決して今の夢の続きを見たくないからではない。

 勢い良くベッドから降りると、流れるように部屋着を脱ぎ捨てて私服へ着替える。

 

 

 

 フライパンで卵を焼きながらサラダ用のキャベツを刻みつつ、テレビのニュースを聞き流していたアスノだが、今朝のニュースは少しばかり聞き流すわけにはいかなかった。

 

『ガンプラ・バーサス 10周年特集!!』と言うタイトルの内容のニュースに釘付けだ。

 

 ガンプラ・バーサス。

 

 通称、『GPVS』

 

 自分の作ったガンプラを、自らの手で操縦出来るゲーム……数多のガンプラビルダー達が渇望して止まなかったものが、ついに日の目を見るようになった。

 

 細かな作り込みも逃さず再現する高度な3Dスキャナーや、様々なオリジナル設定を反映させるために常にアップデートを続ける自己学習AIなどなど、日本だけでない世界の最先端技術が惜しみなく注ぎ込まれた、ガンプラビルダー達の夢の完成形。

 

 OVA『模型戦士ガンプラビルダーズ』や、『ガンダムビルドファイターズ』、『ガンダムビルドダイバーズ』と言ったアニメの『ビルドシリーズ』や、ゲーム『ガンダムブレイカー』シリーズとも異なるものだ。

 

 それら番組特集の中で、目元を覆うマスクを被った若い金髪の男性がインタビューに応じている。

 

『遅過ぎると言うことはありません。今日初めてガンダムのことを知った子どもも、ファーストガンダムの頃からのファンだったと言う大人も、今から始められる。それがGPVSです』

 

 インタビューを受けている彼の名は、『アカバ・ユウイチ』

 

 模型雑誌でも毎号その名と顔写真(仮面付き)を載せ、ビルダーとしてもバトラーとしても超一流と言う、まさにガンプラ業界のカリスマ。

 バトルの際は自作したと言うマスクを身につけることから、往年のシャア・アズナブルやゼクス・マーキス、ラウ・ル・クルーゼなどを思わせる、"仮面の男"でもある。

 

「すごいよなぁ……」

 

 ぼんやりとそう呟いて、コトコトと味噌汁を煮込んでいた鍋が蓋を鳴らし始めた音に気づいて、クッキングヒーターを止めると、一旦ダイニングキッチンを出る。

 

 階段を登って二階に上がり、自室とは隣の部屋のドアの前に立つ。

 ドアの向こう側から目覚まし時計の電子音が聴こえているのだが、部屋の主はそれに気付いていないようだ。

 アスノは気持ちやや強めにドアをノックする。

 

「ミカ姉ー、そろそろごはん出来るよー」

 

 しかし呼び掛けても返事はない。

 とは言えこれはいつも通りなので別段不審に思うことなく遠慮なくドアを開ける。

 彼の視線の先にいるのは、毛布の中でもぞもぞしている若い女性。

 目覚まし時計のアラームを止め、カーテンを開けて、アスノは毛布を掴み、

 

「何やってんだミカァァァァァ!!」

 

 気合の入った鉄華団団長の叫びと共に思い切り引っ剥がす。

 

「んひゃっ!?」

 

 大声とともに引っくり返され、女性は情けない声と共に意識を覚醒させた。

 

「あ……あれ、アスくぅん……?お、おはよぅ……」

 

 完全に寝ぼけていたのか、呂律が回っていない。

 彼女はアスノの姉の『イチハラ・ミカ』。決して三日月・オーガスではない。

 

「はいミカ姉おはよう」

 

「んん……?今日って、日曜じゃなかったぁ……?」

 

「今日は休みでも大学に用事があるって、ミカ姉が言ってたんじゃないか。もうごはん出来るから、早く降りてきてよ」

 

「ふぁ〜い……」

 

 欠伸まじりの返事をするミカに、「二度寝しないでよ」と言い残してからアスノはダイニングキッチンへ戻っていく。

 

 

 

 二度寝することもなく、ちゃんと身嗜みを整えてきたミカと朝食を摂るアスノ。

 

「えーっと、アスくんの今日の予定は?」

 

「ん、ソウジとショウコの二人と、『鎚頭』の開店に合わせて行くくらいかな」

 

「はーい」

 

 この家は、中学三年生のアスノと、大学一年生のミカの姉弟二人で暮らしている。

 身内に何か起きたという話ではなく、ただ単に両親が溜まった有給休暇を一気に使って数ヶ月の間、夫婦水入らずの世界旅行に出ていると言うだけ。

 とは言え、姉のミカは生活能力がほぼ皆無に等しいため、家事全般は弟のアスノが引き受けているのが現状なのだが。

 

 

 

 朝食を始めとした朝の支度もおおよそ終えたところで、ミカは時刻を確認し、そろそろ予定時間に差し掛かろうとしていることに気付く。

 

「それじゃアスくん、行ってきまーす」

 

「はいはい、気を付けてね」

 

 アスノに見送られて、ミカは外へと躍り出た。

 

 

 

 ミカを見送った後はのんびり過ごしていたアスノは、約束した待ちあわせ時間に合わせて家を出た。

 

 桜の花びらは全て葉桜へと移り変わった頃。

 暖かな気温は、徐々に"暑さ"を伴うようになる。

 そろそろ衣替えかな、と思いながら、アスノは海沿いの道を往く。

 

 すると、海のよく見えるいつもの待ち合わせ場所に、いつもの待ち人が二人。

 

「アスくん、おはよー」

 

「おせーぞ、アスノ」

 

 一人は、肩ほどまで伸びた明るい茶髪をポニーテールで纏めた女子生徒。

 もう一人は、アスノよりも頭一つ背が高く、顔立ちの良い男子生徒。

 

 それぞれ、幼馴染みの『コニシ・ショウコ』と、悪友の『キタオオジ・ソウジ』だ。

 

「二人ともおはよう。ってかそんなに遅くないと思うけど」

 

 アスノは挨拶を返しつつ、二人の中に混じる。

 三人揃ったところで、移動開始だ。

 

 その移動途中にも話題は事欠かず、最近の話題は『中学生活最後の夏休みの予定』についてだ。

 

「やっぱり一度くらいは、GPVSの選手権に出るべきだと、あたしは主張します!」

 

 ビシッと右手を挙げて意見を述べるのはショウコ。

 GPVSの選手権大会は年に二回、夏と冬に一度ずつ開催される。

 その内の、夏大会に出場しようとショウコは言うのだ。

 

「あたし達、今年は受験生でしょ?夏休みが終わったら、本腰入れて受験勉強しなきゃだし、この三人でGPVSの選手権に出るとしたら、今しかない!」

 

 力強く頷くショウコに対して男子二人は。

 

「僕ら三人が出場したところで、記念出場で終わりそうだけど」

 

「いいじゃねーか、記念出場上等だ」

 

 アスノはやや消極的に、ソウジは斜め前向きだ。

 

「いや、やるからには優勝目指そうよ……」

 

 男子二人の微妙な反応に、ショウコはジト目になる。

 GPVSの選手権は、対戦人数別に別れており、1on1、3on3、5on5の三部が存在する。

 その内の、3on3の部に出ようとショウコは言うのだ。

 

「まぁとにかく、ショウコは夏休みにGPVSの選手権に出ようって意見を挙げたわけだ。他に何もなけりゃ、選手権に参加する方向だな」

 

 ソウジは既に選手権に参加するつもりでいる。

 

「よし!ソウくんは賛成として、アスくんは?」

 

 ショウコの視線がアスノに向けられ、アスノは困ったように眉の端を下げる。

 

「……まぁ、参加するだけならいいか」

 

「うーん……アスくんってさ、あんなにクオリティ高いガンプラ作れるんだし、バトルも強いと思うんだよね」

 

「製作の方ならともかく、バトルに関してはソウジとショウコの方が強いじゃないか」

 

 この三人、ことガンプラバトルに関しては妙にバランスが取れているのだ。

 

 アスノはバトルの腕は今ひとつだが、ガンプラ面はクオリティの高さから基本性能は非常に高い。

 

 ソウジはアスノとは真逆で、バトルセンスに優れている反面、ガンプラのクオリティは高くない。

 

 ショウコはそんな間を取り持つように、ビルダーとしてもバトラーとしてもそつなくこなせるが、どちらかと言えばバトラー寄りだ。

 

「アスノは操縦が慎重過ぎんだよ。もっとグイグイ動かせば機体もそれに合わせてくれるぞ?」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 やはりバトルに関しては消極的なアスノ。

 どうしたもんかと軽く頭を掻くソウジだが、そこへショウコがぱんっと手を鳴らす。

 

「まぁ、エントリーの締切にはまだ時間があるし、ゆっくり考えようよ。アスくんがどうしても嫌なら、他の案を考えればいいだけだし」

 

 夏休みの予定に関しては一度切り上げて、三人は目的地に到着する。

 

 

 

 ホビーショップ『鎚頭(ハンマーヘッド)』

 

 アスノ、ソウジ、ショウコの三人が通い詰めている、この地区では数少ないホビーショップだ。

 ちょうど開店時間に差し掛かる頃だったか、『白スーツ姿に黒髪を長く伸ばした伊達男』のような人物がシャッターを上げているところだった。

 

「名瀬さん、おはようございます」

 

「おはよーございまーす!」

 

「どもっす、兄貴」

 

 三人は、『名瀬さん』と言うらしい白スーツの伊達男に三者三様の挨拶をする。

 

 ここ、ホビーショップ・鎚頭は、店長とその奥さんが、それぞれ『名瀬・タービン』『アミダ・アルカ』にそっくりで、常連客達からは敬意を込めて「名瀬さん」「アミダ姐さん」と呼ばれている。ちなみに、ソウジは名瀬さんに随分世話になった過去があるらしく、敬称として「兄貴」と呼んでいる。

 

 まことしやかな噂では、名瀬さんは昔、極道組織の幹部を務めていたとか、単に運送業をしていたとか、アミダ姐さんは雇われの用心棒をしていたとか、ピンクの『百錬』使いのトップバトラーだったとか、様々な憶測が飛び交っているのだが、本人達はそれを黙秘している。

 

「おぅ、おはようさん。ちょいと待っててくれよ、すぐ開けるから、なっと!」

 

 ガラガラと勢い良くシャッターが上げられる。

 ホビーショップ・鎚頭、開店だ。

 

「あいよお待たせ。大会のエントリーは、カウンターでやってくれよ」

 

「「「大会?」」」

 

 大会と聞いて、何のことかと疑問符を浮かべる三人。

 その反応を見て、名瀬さんは呆れたように溜息をついた。

 

「なんだお前ら、知らなかったのか?今日はウチでGPVSの大会やるって、一週間前から告知してたぞ?……って、ここ一週間で三人とも来てなかったか」

 

「そりゃ聞いてねぇですって兄貴!大会……ルールは?」

 

 ソウジが慌てて名瀬さんに大会のルールを訊ねる。

 

「前がタイマン形式だったからな。今回は2on2だ。三人じゃ一人ハブられちまうが……まぁ今から形式を変えるわけにもいかないし、悪く思わんでくれや」

 

 無情にも告げられる大会ルール。 

 しかも彼ら三人の背後からは、大会出場に来たのだろうお客が続々と押し寄せてきている。

 思案の末、アスノが意見を挙げた。

 

「ソウジとショウコで組んでいいよ。僕は観客になるから」

 

 バトルが上手くない自分が出るよりは、自分よりも上手い二人に出てもらう方がいいと判断してのことだ。

 

「あー……悪ぃ、アスノ」

 

「ごめんね、アスくん」

 

 アスノを差し置いて自分達二人だけ出場することに、ソウジとショウコは頭を下げた。

 

 

 

 店内のショーケースには、百錬や百里、漏影、獅電、辟邪と言ったテイワズ系のガンプラが中心に並んでおり、中でも名瀬さん力作の、1/144スケールの強襲装甲艦『ハンマーヘッド』のフルスクラッチモデルが鎮座しているところだろう。

 

 それらを背景にして、大会参加者は順調に増えていき、あと一組でエントリーが締め切られる頃だ。

 

「参加枠、残り1チームだよ!誰かいないかい?」

 

 名瀬さんの奥さんであるアミダ姐さんが、よく通る声で残り一枠をアナウンスする。

 

「(まぁ、今から野良と組むって言うのもね……)」

 

 もう少し待てば勝手に埋まるだろう、と傍観していたアスノだったが、

 ここで事態は転換を告げることになる。

 

「ん?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ふと、視界の中にいた人物に目が向く。

 美しく長い黒髪は、店内の照明を照り返して艷やかに輝く。

 一目見て分かる品のある佇まいは、育ちの良さを思わせる。

 

 紛うことなき、美少女だ。

 

 ちらりと周囲を見やれば、何人もの男が彼女に振り向いている。

 そんな中、美少女はアスノの方を向いた。

 

「あ、あの……ペアに溢れてしまったのですか?」

 

「え、あ、うん。友達二人と来てたんだけど、今日が大会って知らなかったんだ」

 

 美少女に声を掛けられて緊張しながらも、アスノは自分がペアから溢れたと言う。

 

「そ、それなら……私とペアを組んでいただけませんか?」

 

「えっ……僕、バトルはそんなに強いわけじゃないんだけど、いいの?」

 

「か、構いません!むしろ、私と組んでください!」

 

 どこか必死そうな美少女の空気に圧されて、アスノは思わず「わ、分かった」と頷いてしまった。

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げて感謝する美少女。

 

「いや、そんなに畏まらなくていいから……」

 

 周囲の視線を気にしつつも、アスノは美少女を連れて最後のエントリーに向かう。

 

 エントリーナンバー40の紙に、それぞれの名前を記入したところで、エントリーが締切られる。

 

「そう言えば、名前まだ聞いてなかったか。僕は……」

 

 美少女に対して名乗ろうとするアスノだが、

 

「イチハラ・アスノさん、ですよね?」

 

 意外にも、美少女はアスノのフルネームを知っていた。

 

「あれ、前にどこかで会った?」

 

 これほど見目麗しい美少女なら、そう簡単に忘れるはずがないとアスノは記憶を掘り起こそうとするが、やはり思い出せない。

 

「やはり、覚えていませんか……」

 

 覚えがないと言うアスノに、美少女は肩を落とす。

 

「いや、その、本当に分からないんだ。ごめん」

 

「いいえ。あんな一瞬の出来事でしたから、覚えていないのも無理もないです」

 

 だから気にしないでください、と美少女は柔かく、しかしどこか寂しげに微笑む。

 

「あ、すみません。私、『ツキシマ・カンナ』と申します。よろしくお願いしますね、アスノさん」

 

「う、うん。よろしく、ツキシマさん」

 

 早速下の名前で呼ばれて、アスノは落ち着かない内心をどうにか抑えつける。

 

 シャッフルによってトーナメント表が作成されていく中、ソウジとショウコがアスノの元へやって来る。

 

「お、アスノ。野良のバトラー見つけ、……」

 

 ソウジが先に声をかけようとして絶句して、その後で続いてショウコも絶句する。

 アスノを見たから、ではない。

 正確にはアスノの隣りにいる人を見たから、だ。

 

「え、えぇと……アスくん?その人って……」

 

 ショウコが恐る恐る訊ねるが、対するアスノは何をそんなに恐れているのかと目を丸くしている。

 

「うん、さっき一緒に組んでくれませんかって。ツキシマ・カンナさんって人なんだけど……」

 

 アスノは何気なく彼女のことを紹介したつもりだったが、ソウジは目をかっ開いて迫る。

 

「やっぱりそうじゃねーか!ツキシマ・カンナって言ったら、『聖リーブラ女学院』から蒼海学園(ウチ)に転校してきたって超絶お嬢様だろうが!?」

 

「えっえっ、そうなの?」

 

「かーーーーーっ、これだからお前はガンプラバカなんだよ!」

 

 手で目を覆って天を仰ぐソウジ。

 

「B組の転校生だって結構噂になってるはずだけど……アスくん、ホントに知らなかったんだ」

 

 ショウコは呆れとも軽蔑ともとれるジト目でアスノを睨む。

 

「わ、私、そんなに噂になっているのでしょうか……?」

 

 どうしたものかと苦笑しているカンナに、ショウコは向き直って自己紹介する。

 

「っと、あたしは蒼海学園三年A組の、コニシ・ショウコ。よろしくね、ツキシマさん」

 

 一歩遅れてソウジも続く。

 

「同じくA組のキタオオジ・ソウジ。アスノやショウコとは、昔馴染みって奴だ」

 

 二人が名乗ってから、カンナも改めて名乗ったところで、大会のトーナメントが開催された。

 

 

 

 一足先にソウジとショウコがバトルに赴いている間に、アスノとカンナは軽く打ち合わせだ。

 打ち合わせと言っても、互いのガンプラを見せ合って、作戦はどうするかを簡単に決めるだけだが。

 

「アスノさんは、どんなガンプラを使っているのですか?」

 

「まぁ、そこまで大したものじゃないんだけど」

 

 そう言いつつアスノは、ポーチからガンプラを収めたケースを取り出し、その中身をカンナに見せた。

 

 白と黒のツートーンを基調としたリアル寄りのカラーリング。

 胸部に輝く『A』のアルファベットに似たセンサーライトが特徴的なそのガンプラを見て、カンナは目を見張る。

 

「エゥーゴカラーのAGE-1……一部のパーツを『アデル』に取り替えているようですけど、でも、この完成度はすごいです」

 

「うん。これが僕のガンプラ、『ガンダムAGE-I(アイン)』」

 

 製作したアスノが言うには、「AGE-1をRX-78に見立て、ガンダムMK-Ⅱとしての役目をウェアユニットとして組み込んでいる。最終的にフリットがAGE-1フラットを搭乗機として選んだため、実戦投入はされなかった」と言う独自設定もある。

 

「ツキシマさんのは?」

 

「その、まだ始めたばかりなので、アスノさんほど上手なものでは無いのですけど……」

 

 ちょっと恥ずかしそうに、カンナはバッグからビニールクッションに包まれたそれを取り出して見せる。

 

 1/144スケールのガンプラとしてはやや小柄で、鎧武者のような装甲を雅やかな紅白で彩った姿を、アスノは興味深そうに見つめる。

 

「『ライジングガンダム』か。無改造みたいだけど、始めたばかりでこの完成度……ツキシマさんこそすごいじゃないか」

 

「そ、そんな、褒めすぎですっ」

 

 あわあわと謙遜するカンナに、着眼点を見つける度にすごいすごいと頷くアスノ。

 その空間だけ桃色の空気が漂っているのに気付いていないのは、本人達二人だけである。

 

 

 

 やがて順番が回って来るのを見て、アスノとカンナはGPVSの筐体の前に立つ。

 スマートフォン内のGPVSのアプリをパーソナルデータを読み込ませ、筐体下部に備えられたスキャナーにガンプラをセット。

 精密に走査されたガンプラは、そのデータを反映させていく。

 それも完了したところで、ランダムステージセレクトが決定される。

 

 今回のステージは『インダストリアル7』

 

『UC』の始まりの地であるコロニーで、ロンド・ベル及びエコーズと、ガランシェール隊のクシャトリヤとの戦闘を再現するため、夜の市街戦になる。

 

 二人のガンプラがモニター内に構成され、カタパルトへと乗り込んでいく。

 演出によるものか、レッドランプが次々に切り替わり、オールグリーンを示す。

 出撃だ。

 

「大丈夫、出来るはずだ……イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「ツキシマ・カンナ、ライジングガンダム、参ります!」

 

 共にカタパルトから射出され、二機は戦火に包まれるコロニー内へと飛び立つ。

 

 

 

 アスノのガンダムAGE-Iとカンナのライジングガンダムが出撃完了する様子を、ソウジとショウコは近くのモニターから観戦する。

 

「アスくんのAGE-1、また完成度上がってるなぁ……ツキシマさんのライジンも、なかなか強そうだし」

 

 こりゃ強敵になるかもだね、とショウコは気楽そうにそう言うが、一方のソウジの表情はどこか優れない。

 

「どうしたのソウくん、疲れちゃった?」

 

「……いや、何でツキシマは蒼海学園に転校してきたのか、と思ってよ」

 

 だってそうだろ、とソウジは続ける。

 

「聖リーブラって言やぁ、何人もの有名人を輩出してるっつーくらいの名門女子校だ。そんなところからいきなり共学に転校なんざ、余程のことでも無きゃあり得ねーだろ」

 

「んー?言われてみれば確かにそうだけど……でもそう言うのに限って、案外単純な理由かもよ?」

 

「ほー、例えばどんな理由だ?」

 

 その理由とは何かとソウジが問えば、ショウコは自信満々に頷く。

 

「ズバリ、ツキシマさんは、アスくんを追い掛けて来たんだよ!」

 

「はぁ?んなわけ……無くもないな。アスノのお人好しのバーゲンセールに、コロッとオチたお嬢様の一人や二人、いても不思議じゃねーか」

 

 知らない内に誑かしていたのかもな、とソウジは苦笑する。

 

 

 

 アスノとカンナは、それぞれガンダムAGE-Iとライジングガンダムをインダストリアル7の市街地内に着陸させて、短く作戦会議。

 

「僕もツキシマさんも、基本的にバランス型……いやライジングガンダムはどっちかと言えば格闘機に近い?」

 

「いえ、私は格闘よりは射撃の方が得意ですから、バランス型だと思います」

 

「そっか。まぁ、初めて組むわけだし、お互いフォローしあいつつで戦おうか」

 

「はい」

 

 お互いの傾向や癖などはまだ把握出来ていないので、無理せずに無難に戦うべきだと進言するアスノ。

 

 作戦:いのちだいじに。

 

 それも終わって一呼吸の合間を置いてから、逆サイドから敵機の反応が近付いてくるのを見て、アスノは敵機の機体名を言い当てる。

 

「見えた。敵は……『ギャン』と『AEUイナクト』の、デモカラーだ」

 

 前者は『ファースト』のマ・クベが搭乗した試作機、後者は『00』ファーストシーズンの一話でのパトリック・コーラサワーの搭乗機だ。

 接近戦に長けるギャンが前衛、足も速く単独飛行も可能なAEUイナクトが後衛、と来るだろう。

 

「まだ距離がある内に……」

 

 アスノはコンソールのウェポンセレクターからドッズライフル、それも精密射撃モードで選択する。

 ドッズライフルの銃身が90度回転し、側部からフォアグリップが引き出され、ガンダムAGE-Iの左マニピュレーターを握らせる。

 

「よく狙って……」

 

 ジリジリとターゲットロックをギャンに合わせて、ロックオン。

 

「……当たってくれっ」

 

 ガンダムAGE-Iはドッズライフルのトリガーを引き絞り、より高出力のDODS効果を帯びたビームが放たれる。

 だが、既に捕捉されている状態で、なおかつ『相手が自分を狙っている』と認識されていては、いくら射撃が正確でも簡単に避けられてしまう。

 

『はっ、攻撃するから避けてくれって言ってるようなものだろ!』

 

 ビームを回避したギャンは、お返しとばかりシールドからニードルミサイルを連射、多数の針状のミサイルがガンダムAGE-Iへ襲い掛かる。

 

「うわっ……」

 

 アスノは慌ててシールドを構えさせてニードルミサイルの群れを防ぐものの、着弾と炸裂の連続にシールドが見る内に損傷して行く。

 

「アスノさん!」

 

 彼をカバーすべく、カンナはライジングガンダムのビームガンをギャンに向けようとするものの、

 

『相方の邪魔はさせんよ』

 

 それよりも先に上空からの銃弾がそれを阻害する。

 見上げれば、AEUイナクトが空中からリニアライフルを連射して、カンナの動きを阻害している。

 ギャンにガンダムAGE-Iを仕留めさせるつもりのようだ。

 

 そうこうしている内に、とうとうギャンはビームサーベルの間合いに踏み込み、ガンダムAGE-Iへ接近戦を仕掛けてくる。

 

「来る……っ!」

 

 アスノは再びウェポンセレクターを開いてビームサーベルを選択、左マニピュレーターにそれを持たせる。

 

『そんな動きじゃなぁ!』

 

 ギャンはビームサーベルをフェンシングのごとく素早い刺突で振るい、ガンダムAGE-Iも必死に抗するものの、装甲のあちこちがビーム刃に焼き切られ、シールドも上半分を斬り落とされてしまう。

 

「こ、この……!」

 

 やぶれかぶれにビームサーベルを振り下ろそうとするガンダムAGE-Iだが、ギャンは瞬時にシールドバッシュでその左腕を殴り付けて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた拍子にビームサーベルを取りこぼし、背中から地面に倒れてしまうガンダムAGE-I。

 

「(や、やっぱり僕じゃ無理か……?)」

 

 多少完成度が高いくらいで勝てるほどGPVSは簡単なものではないと理解していた。

 カンナと言う美少女の前で良いところを見せよう、と言う気持ちが無くもなかったが、それどころか無様を晒すだけだった。

 

 ギャンはビームサーベルを突き刺そうと迫りくるが、

 

「アスノさんは、やらせません!」

 

 リニアライフルの銃弾に機体を損傷されながらも、カンナのライジングガンダムが、ヒートナギナタでギャンに横槍を入れようとしている。

 

『あぁ?邪魔だ!』

 

 ギャンのモノアイがライジングガンダムを捉えると、シールド内から機雷――『ハイドボンブ』を射出し、真っ直ぐ突っ込んできたライジングガンダムは機雷にぶつかり、爆発をまともに受けてしまう。

 

「あうぅっ!」

 

 爆発に吹き飛ばされて倒れてしまうライジングガンダム。

 

『ふん、楽勝だな』

 

 近づいて仕留めるつもりか、AEUイナクトは左マニピュレーターにプラズマソードを抜いて、ライジングガンダムへ止めを刺そうと迫る。

 

「(ダメだ、僕のせいでツキシマさんまで……)」

 

 せっかくカンナが声を掛けてくれたのに、自分の不甲斐無さのせいで一回戦負けと言う情けない結果に終わってしまう。

 

 もはや諦めが脳裏をよぎりかけた時、

 

「まだだよアスくん!!」

 

「しれっと諦めてんじゃねーぞアスノ!!」

 

 ギャラリー達の中から、ショウコとソウジの声が届いた。

 

 

 

 いつも、そうだった。

 

 アスノが諦めかけた時、二人はいつだって「諦めるな」と叫んでくれた。

 ソウジがアスノを引っ張り、ショウコがその横についてくれた。

 そうして諦めずに取り組んで、成功したことだってたくさんあり、それでもダメだったこともあった。

 

 それにカンナも、劣勢だからと言ってアスノを見捨てたりせずに、自機の損傷すら厭わずに助けようとしてくれた。

 彼女もまた、諦めていないのだ。

 

 ならば、このバトルもそうだ。

 

「(ダメだったら……その時はその時だ!)」

 

 アスノの瞳に戦意の火が再び灯され、ガンダムAGE-Iを立ち上がらせる。

 諦めないと決めたなら、次はどうする。

 

『終わりだ!』

 

 今度こそ突き出されるギャンのビームサーベル。

 ビームの切っ先がコクピットを貫くその寸前に、

 

「行っけェーッ!!」

 

 アスノは思い切り操縦桿を押し上げた。

 機体各部のバーニアを炸裂させ、機体の完成度に見合った爆発的な加速と共にガンダムAGE-Iはギャンを躱し――そのままAEUイナクトの方へ突撃する。

 

『なっ』

 

 ライジングガンダムを仕留めるつもりだったAEUイナクトは、猛スピードで飛んで来るガンダムAGE-Iへの反応が遅れ、そのタックルをまともに受けて吹き飛ばされてしまう。

 

 体勢を崩したAEUイナクトへ向けて、ドッズライフルを撃ちまくる。

 

 一発、二発、三発、四発と、ややオーバーキル気味にAEUイナクトを撃破する。

 

 AEUイナクト、撃墜。

 

「や、やれたのか……?」

 

 身内以外の対人戦で、初めて敵機を撃破した。

 だが、それを喜んでいる暇はない、まだバトルは続いている。

 

「ツキシマさん、動ける?」

 

「あ、アスノさん……大丈夫です、ありがとうございます」

 

 ハイドボンブの爆発をまともに受けても、ライジングガンダムは立ち上がる。

 

『こいつ、やってくれたな!』

 

 敵を仕留め損ねた上に僚機を撃墜されたギャンは、今度こそ止めを刺そうと再びガンダムAGE-Iへ突進する。

 アスノはドッズライフルをその場で捨てると、残るもう片方のビームサーベルを右マニピュレーターに抜き放たせる。

 

「僕がギャンを食い止める」

 

 短くカンナにそう言うと、敢えてギャンの間合いへ踏み込むようにガンダムAGE-Iを前進させるアスノ。

 ギャンの繰り出すビームサーベルの連撃を、同じくビームサーベルと半壊したシールドで凌ごうとするものの、瞬く間にシールドごと左腕を斬り落とされてしまう。

 その勢いのままに攻め立てようと踏み込んでくるギャンだが、ガンダムAGE-Iは横っ飛びするようにギャンの左側へ回り込む。

 当然追い縋るべくギャンはモノアイを左側へ回転させ――

 

「今だ、ツキシマさん!」

 

「はい!」

 

 アスノの声に応じるように、カンナは頷いた。

 ライジングガンダムは左腕のシールドを切り離し、その盾下から、"弓"を展開する。

 ライジングガンダム特有の、ビームの矢を射る武器『ビームボウ』だ。

 

 ライジングガンダムはその弦――線状の指向性粒子を引いて弓をしならせ、砲口にビームが集束していく。

 

「必殺必中!ライジングアローッ!!」

 

 カンナの凛とした烈帛と共に放たれた"矢"は、真っ直ぐにギャンのボディへと向かう。

 

 ライジングアローに気付いたギャンは、シールドで身を守ろうとするが、文字通りの光速の一矢を見切れるはずもなく、コクピットブロックを貫かれた。

 

 ギャン、撃墜。

 

 同時に、アスノとカンナのモニターに『WIN!!』のテロップが表示された。

 

「……勝てた」

 

 バトルが終了し、リザルト画面が流れる前で、アスノは安堵に息を吐いた。

 彼にとっては、ソウジもショウコもいないバトルで、初めての勝利だった。

 

「アスノさん」

 

 隣にいたカンナが、柔らかく微笑んでいた。

 

「お疲れさまです」

 

「う、うん、こちらこそ」

 

 スキャンさせていたガンプラを手に取り、二人は筐体から離れた。

 

 自分にとっての、初勝利。

 これを機に、アスノの心はある事に傾きつつあった。

 

 

 

 一回戦こそどうにか勝ち抜けたアスノ・カンナペアだったが、そう何度も上手く行くことはなかったか、二回戦目で負けてしまった。

 もうひとつの、ソウジ・ショウコペアも二回戦まで勝ち抜いたものの、三回戦で今回の優勝候補ペアに当たり、善戦するに留まった。

 

 決勝戦の勝敗まで見届けた後、アスノ、ソウジ、ショウコにカンナを加えた四人で、スーパーマーケットのフードコートで昼食を兼ねた"残念会"をすることになったのだ。

 

「アスくんって、追い詰められないと実力発揮出来ないタイプだよねぇ」

 

 紙容器のドリンクを一口啜って、ショウコがアスノをそう評した。

 

「いや、追い詰められたって言うか。あそこでソウジとショウコが諦めるなって言ってくれなきゃ、多分諦めてたと思う」

 

 だからありがとう、とアスノは二人に礼を言う。

 

「そんな大した理由で言ったんじゃねーけどな」 

 

 それよりも、とソウジはカンナに目を向けた。

 

「ツキシマ。あんた、聖リーブラから転校してきたんだってな」

 

「はい、そうですが……そう言う情報ってどこから流れてくるのでしょうか?」

 

「聖リーブラはそんだけ有名な学校ってことだろ。そんなとこから、ウチみたいなド田舎学園にやって来たら、噂のひとつやふたつくらい漏れるだろうさ」

 

 それで、と続ける。

 

「一体何があってこっちに来たんだ?よほどのことでも無きゃ、聖リーブラから転校するなんてまずありえねーぞ」

 

 それを訊ねられ、カンナは少し遠い目をした。

 

「聖リーブラも楽しくて、お友達もたくさんいましたし、色んなことを一緒に成し遂げて来ました。でも、そう過ごしている内に、なんとなく『違和感』も感じていました」

 

 違和感?と聞き手の三人は声を重ねた。

 

「言ってしまえば……そうですね、"息苦しさ"でしょうか。それが辛いとか、嫌だとか、そう言うわけはなくて。私の学生生活はこれでいいのか、と疑問を覚えるようになったんです」

 

 そこでショウコが口を開く。

 

「大筋、読めてきたね……つまりツキシマさんは、男の子の友達が欲しかったと」

 

「ショウコ、茶化すなよ」

 

 こいつは真剣だぞ、とソウジは窘める。

 

「あはは……まぁ、それもあります」

 

 でもですね、とカンナは三人に改めて視線を向ける。

 

「それに……私をここへ導いてくれたのは、他でもないアスノさん……いえ、皆さんなんですよ?」

 

 ここへ――蒼海学園への転校を決意させたのは、アスノ、ソウジ、ショウコの三人だというカンナ。

 

 それはどう言うことかと、アスノが問えば……

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 

「「「えぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」」」

 

 フードコートに三人の絶叫が響く。

 他のお客が何事かと奇異の目を向けるが、そんなことは誰も気にしてなかった。

 

 カンナが言うには、「実は以前にもアスノ達三人と会ったことがある」とのこと。

 アスノ自身は、記憶に無いがどこかでカンナと会ったことがあるのだろう、とは思っていたが、それがまさか三人でいる時とは思っていなかった。

 

「え、いつ、どこで?あたし達三人と会ったの?」

 

 捲したてるように訊き返すショウコだが、「それは乙女の秘密です♪」とはぐらかされてしまう。

 

「特にアスノさんには、良くしていただいて……」

 

「そ、そんな印象に残るようなことだったの?」

 

 それこそ記憶に無いんだけど、とアスノは慌てる。

 

「アスくん、覚えてないの?」

 

「……残念ながら」

 

 ショウコが非難するような目をアスノに向けるが、覚えていないのだからどうしようもない。

 

「やっぱり、アスノのお人好しのバーゲンセールにコロッとオチてたのか……」

 

 呆れたように深々と溜息混じりにぼやくソウジ。

 

「だからなんだよそのバーゲンセールは……」

 

 確かにその人がツキシマ・カンナと知らずに何か親切にしたかもしれないが、誰でも彼でも安売りしているような物言いはアスノにとって不本意だった。

 

「アスノさん、転校してきた私にこれっぽっちも気付いてくれないんですよ?ちょっと泣きそうになりました……」

 

「そっか……ごめん」

 

 ぷぅ、と可愛らしく頬をふくらませるカンナに、アスノはただ謝るしかない。

 

「とにかく、皆さんとの出会いが、私の背中を押してくれたんです」

 

 清々しくそう言ってのけるカンナには、眩しささえある。

 

「いや、ツキシマさんってば、本当にアスくんを追い掛けてここまで来たんだね」

 

 罪な男だねぇ、とショウコはアスノへニヤニヤした表情を向ける。

 

「罪な男って言われても……あ、そうだソウジ、ショウコ」

 

 ふと、アスノはある事を思い出す。

 

「さっきさ、今年の夏休みはGPVSの選手権に出ようって言ってたよね。今日のバトルで、決心がついた」

 

 一度呼吸を入れ替えてから、ハッキリと宣言するように。

 

「出よう、選手権に。記念出場とかじゃなくて、優勝を目指して」

 

 全力で取り組むと言う、意思表明だ。

 

「アスくん……」

 

「アスノ……」

 

 ショウコとソウジは声を重ねた。

 

「あ、あの!もしよろしければ、私も仲間入りをさせていただけませんかっ!」

 

 そこへ、カンナも続いた。

 やる気になったアスノと、仲間入りをさせてほしいと言うカンナに、ショウコは弾けるような笑顔を見せた。

 

「んよーし!アスくんもやる気なってくれたし、ツキシマさんも加わった!これは優勝待ったなしだね!!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 仲間入りを果たしたことへの感謝に、カンナはぶんぶんと首を立てに振る。

 

「……」

 

 しかし、そのショウコとは対象的に、ソウジの表情は浮かないものだ。

 

「どうしたのソウくん、せっかくアスくんやツキシマさんがやる気になってくれたのに」

 

「いや……アスノがやる気になるのも、ツキシマが仲間に入ってくれるのも、それはいいんだよ」

 

 けどな、とソウジは浮かないその理由を話す。

 

「俺達は元々、3on3の部に出ようとしてただろ?ツキシマが加わったら、一人余るだろ?」

 

「「あっ」」

 

 アスノとショウコが「しまった」と言う顔をした。

 

「5on5の部もあるけど、あと一人がいねーだろ。その辺、どうするかって思ったんだよ」

 

「「「……」」」

 

 

 同じチームとして登録していれば、3on3の部でも選手を入れ替えてバトルを行うことは出来るが、それは少し違うだろうともソウジは言う。

 

「あの……やっぱり私、辞退しましょうか……?」

 

 横から割り込んできた身であるカンナは、おずおずと辞退しようとするが、

 

「あーあー!大丈夫大丈夫!ツキシマさんはもうあたし達の仲間だから!」

 

 慌ててショウコがカンナを思い留まらせる。

 

「……と言うことは、選手権までにあと一人を見つけるべきってことか」

 

「まぁ、それは何とかなるだろ。今日のところは、ツキシマの仲間入りを祝おうじゃねーか。ほらみんな、飲み物持ってくれ」

 

 問題点を言おうとするアスノだが、それは一旦棚上げするようにソウジは率先して音頭を取る。

 

「よーし……んじゃ、新しい仲間との出会いを祝して、乾杯!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 四人はそれぞれの紙容器を擦り合わせた。

 

 

 

 中学生活最後の夏休みを懸けた少年少女の青春は、今ここから始まる――。




 次回更新は未定になります。


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2話 相棒は青いアスタロト

 公立蒼海学園。

 

 海岸沿いに面した臨海の中学校であり、一般開放されている屋上ではきらびやかな海が見渡せるため、昼休みや放課後は生徒達の憩いの場にもなっている。

 

 その、ある日の昼休み。

 

 三年A組の教室内で、アスノ、ソウジ、ショウコの三人は……否、三人ではなく、今日からは四人。

 

「では、お邪魔します」

 

 そう、B組のツキシマ・カンナも加わったのだ。

 昨日のあれから互いの連絡先も交換し合い、晴れてカンナも仲間入りを果たした。

 今日はその親睦会……と言うよりは、単にショウコが一緒に食べたかっただけである。

 

「カンナちゃんようこそー!」

 

 昨日から彼女のことを下の名前で呼び始めたショウコは「どんどんぱふぱふー!」と囃し立てる。

 

「ほら、アスくんとソウくんも、ちゃんとカンナちゃんを歓迎してあげないと」

 

 ショウコは反応の薄い男子二人の肩を叩く。

 

「え?えぇと、ツキシマさんようこそ……」

 

 アスノは躊躇いがちに、

 

「えらっさーい、パチパチパチー」

 

 ソウジは棒読みしながらやる気のない拍手をする。

 

「アスノさん、キタオオジさん、よろしくお願いしますっ」

 

 そして律儀に二人にもお辞儀するカンナ。

 ショウコは「二人ともノリわるーい」と不満そうだが、お待ちかねのお弁当タイムである。

 

「さぁ、カンナちゃんのお弁当はいかがでしょうっ」

 

「そ、そんな大した物では無いですよ?」

 

 ショウコに急かされて、カンナは謙遜しつつ自分の弁当箱を開く。

 元・お嬢様学校のお弁当とは如何に、と期待していたショウコだが、

 

「……思ったより、普通だね?」

 

 こぢんまりとしたおにぎりがいくつかに、主菜、副菜がバランス良く小綺麗に並べられた、『普通のお弁当』であった。

 

「あぁ、おせち料理並みに豪勢なものだとばかり思ったぜ」

 

 ソウジもショウコと同じような期待をしていたようだが、微妙に肩透かしを喰らったようだ。

 

「で、ですから、そんなにすごいお弁当ではないと」

 

 ご期待に応えられなくて申し訳ないですが、とカンナは苦笑する。

 が、アスノの見る目だけは違った。

 

「いや、これ一見普通っぽいけど、中身は会食に用意されるようなモノだよ?例えばこれとか……」

 

 アスノはカンナの弁当に使われている食材――それも高級品質なものばかり――を挙げていく。

 

「そ、そうなのですか?」

 

 当のカンナすら、その実態は把握していない。

 

「はぇー、さすが料理が出来る人の目は違うね」

 

 ショウコも、アスノの料理に関する目敏さには感心するばかりだ。

 

「アスノさんのお弁当は、ご自分で作られているのですか?」

 

 今度はカンナの視線がアスノの弁当箱に向けられている。

 

「うん、まぁ、昨日の夕食の残り物だったり、朝食作るついでの詰め合わせだけど」

 

 そう言いつつ、アスノは自分の弁当箱を開いて見せる。

 見た目は、カンナの物とそう変わらないが、アスノの場合は使っている食材が高品質と言うわけではない、むしろ値引きなどがされて少し品質の落ちたものばかりだ。

 

「はわぁぁぁ……アスノさんのお弁当も美味しそうです……」

 

 カンナは目を輝かせてアスノの弁当箱を眺める。

 そんなに珍しいものじゃないんだけどなぁ、とアスノは苦笑する。

 

「残り物とか朝ごはんのついでとかで、このクオリティのお弁当が作れるんだから、アスくんはいい主夫さんになれるよねっ」

 

 見慣れているはずだが、ショウコもアスノの弁当に釘付けだ。

 

「いや、主夫とか言われても。ツキシマさんと同じこと言うけど、本当に大したことはしてないよ?」

 

「そう言うことを当たり前に出来るのが、アスノのすげぇところだよな」

 

 今日も普通に美味そうだ、とソウジは羨むように、購買で購入してきたおにぎりやパンと、彼らの弁当を見比べる。

 

「キタオオジさんのは………購買で買ってきたものでしょうか?」

 

 カンナの視線が、ソウジの昼食に向けられる。

 

「おぅ。今日は人気メニューの焼きそばパンが買えたからな、ラッキーだ。ひでぇ時なんかラスクの小袋しか買えないとかもあるからなぁ」

 

「そ、そんなに……この学園の購買部は、それほどの激戦区だと……」

 

 ソウジの体験談を聞いて、カンナは戦慄する。

 

「聖リーブラの購買ってどんな感じなの?」

 

 ショウコが、カンナの前の母校の購買事情を訊ねる。

 

「私自身は購買のお世話になったことはありませんが……出遅れた人ですらちゃんとした物を買えていた、と聞いたことはあります。キタオオジさんの言うような、お菓子しか残ってなかった、なんて話は聞いたことが無いので……やはり、普通の学園はそれくらいの購買戦争が日常なのでしょうか」

 

「あー……その辺はなんか格差の違いってやつかなぁ……」

 

 大きな学園ともなれば学食や購買のメニューもまた豊富だろう。

 そもそも、カンナと同じような弁当持ちと言う生徒も多いのかもしれない。

 

「まぁまぁ、とりあえず食べようか」

 

 アスノの言葉に、意識が食へ向けられる。

 

 いただきます。

 

 

 

 放課後。

 帰りのホームルームが終了するなり、ソウジは鞄を手に取ってアスノの席に近付く。

 

「アスノ、バトルやりに行かね?」

 

「うん、いいよ。ショウコとツキシマさんも誘う?」

 

「当然だろ」

 

 男子二人はカンナと、その彼女の席の向かいにいるショウコに話しかける。

 

「ショウコ、ツキシマ。この後でガンプラバトルしねぇか?」

 

 しかし予想外にも、ショウコは首を横に振った。

 

「あー、ごめんねソウくん。今日はカンナちゃんと一緒に出掛ける約束しててね」

 

「ごめんなさいキタオオジさん、今日はショウコさんの方が先着でして……」

 

 どうやら女子二人だけで出掛けるようだ。

 

「そうか、まぁそう言うこともあるわな」

 

 今日は少しタイミングが悪かったと、ソウジも特に気にしない。

 

「バトルはまた今度ね。行こっか、カンナちゃん」

 

「はい。アスノさん、キタオオジさん、また明日です」

 

 要件は済んだとして、ショウコとカンナは教室を後にしていく。

 

 そんなわけで、残されるのは野郎が二人である。

 

「んー、せっかく俺の新しいガンプラをバトルで披露してやろうと思ったんだけどなぁ」

 

 ソウジは和気藹々と教室を後にしていく女子二人の背中を見送りつつぼやく。

 

「ソウジって、新作作ったんだ?」

 

 見てみたい、とアスノの方から話しかけてくる。

 

「おぅ。どうせなら四人いる時にって思ったんだが、まぁいいか。アスノ、今日は気分変えてゲーセンでやるか?」

 

「うん」

 

 男子二人の放課後の予定も即決定、商店街地下のゲームセンターへ行くことになる。

 

 

 

 蒼海学園から徒歩十五分ほどの位置にある、古くも活気溢れる商店街。

 その、路地裏から地下へ続く、ちょっとアングラなゲームセンターが、二人の目的地だ。

 アングラと言っても、チンピラや不良の駐屯地と化していることもなく、単にこのようなゲームセンターで遊ぶことが年々廃れつつあるだけだ。

 罵詈雑言と奇声を唾と共に吐き散らしながら台パンし、時にはリアルファイトに発展していたような、かつての熱狂ぶりは既に過去。

 昔ながらの格ゲーやレースゲームの筐体には、その道のプロゲーマーがほんの二、三人いるくらいで、閑古鳥は鳴り止まない。

 尤も、そんな輩がいないおかげで、アスノとソウジは快適にガンプラバトルが出来るのだから、皮肉なものである。

 

「んじゃ、アーケードでやるか?」

 

 スマートフォンアプリのバナパスを読み込ませ、パーソナルデータを更新させつつ、ソウジはプレイモードを選択している。

 

「いいよ」

 

 アスノも同様に、ガンダムAGE-Iをスキャナーに読み込ませながら頷く。

 

 アーケードモード、コースは『機動戦士ガンダム』だ。

『ファースト』のアニメ劇中で行われた戦闘を、八つのコースで疑似体験しながら進めていくのだ。

 

 最初のステージはもちろん、『サイド7』

 

 リニアカタパルトに再現されたガンプラが乗せられ、オールグリーンを確認、出撃開始だ。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「キタオオジ・ソウジ、『ガンダムアスタロトブルーム』、行っとくか!」

 

 

 

 ゲートから放たれた両機は、自由落下するように降下していく。

 

「ソウジの新しいガンプラは、ブルーフレー……厶、じゃない?アスタロト?」

 

 アスノは、ソウジの新機体を一目見て、そのベース機の名前を言い間違えかける。

 

「ははっ、今ちょっと間違えそうになったろ?」

 

 思っていた反応をしたのか、ソウジの嬉々とした声が届く。

 

 それは有り体に言えば、『"アストレイブルーフレームセカンドL"のカラーリングをした"ガンダムアスタロト"』である。

 

 確かに全身のフレームは青く塗装され、装甲は白や橙色で彩られている辺り、確かにアストレイブルーフレームに似ている。

 

「腕や脚も左右対称になってるし……あっ、デモリッションナイフもタクティカルアームズっぽく塗装されてる!」

 

「だろ?これのマスキングがなかなか上手く行かなくてよ……」

 

「右手のハンドガンは、オリジナル?」

 

「オリジナルって言うか、ジャンクパーツをいくつか組み合わせて作ったヤツだな」

 

 などと呑気に会話している間にもコロニーの地表が近付いて来ているため、二人は操縦に集中し、着陸させる。

 

 同時に、敵機接近のアラート。

 

 コロニーの斜面を滑るように降下してくる、二機のザクⅡ。

 原作通り、デニムとジーンの二人だ。

 演出のためか、キャラクターボイスが流れる。

 

『デニム曹長!敵のMSが、動き始めました!』

 

『なに?部品ばかりだと思っていたが、完成品もあったのか』

 

『ですが、まだよく動けんようです。やります!』

 

『よせっ、ジーン!』

 

 その内、一機がザクマシンガンを構えて突出してくる。こちらがジーン機だ。

 

「俺がジーンをやる。アスノはデニムを頼むわ」

 

「了解」

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームがジーン機を迎え撃ち

、アスノのガンダムAGE-Iは回り込みながらデニム機にターゲットロックする。

 

 ジーン機のザクⅡはザクマシンガンを連射、120mmの弾丸が立て続けに放たれるが、ソウジは巧妙に操縦桿を捻り、ザクマシンガンの射撃を掻い潜りつつも距離を縮めていく。

 

 ある程度の距離を踏み込んだところで、ガンダムアスタロトブルームはハンドガンを連射、ジーン機のザクマシンガンを破壊する。

 

 射撃武器を失い、ヒートホークを抜き放とうとするが、そこは既にガンダムアスタロトブルームの間合いだ。

 

 ザクマシンガンを破壊した時点で加速していたガンダムアスタロトブルームは、サイドスカートのブーストアーマーからナイフを抜き放ち、

 

「よっと」

 

 一突きで、ジーン機のバイタルバートを貫いた。

 

『うっ、うわぁぁぁぁぁ!』

 

 コクピットを正確に狙った一撃は、核融合炉の暴発を起こすことなく、ジーン機は沈黙する。

 

 ザクⅡ【ジーン機】撃墜。

 

『おのれ!よくもジーンを!』

 

 原作通り、ジーンを殺された怒りによって突撃してくるデニム機。

 ガンダムアスタロトブルームへ、ショルダースパイクによる体当たりを仕掛けようとするが、

 

「そこっ」

 

 狙い澄ましていた、アスノのガンダムAGE-Iのドッズライフルの一撃によって、脇腹から脇腹を撃ち抜かれて、爆散した。

 

 ザクⅡ【デニム機】、撃墜。

 

 ジーンとデニムの二機を撃破して、その数秒後。

 

『見せてもらおうか、連邦軍のMSの性能とやらを』

 

 ゲーム進行の都合から、コロニー内に赤いザクⅡ――シャア専用ザクと、スレンダー機のザクⅡが現れる。

 

『少佐!自分はあの武器を見ておりません!』

 

『当たらなければどうと言うことはない、援護しろ』

 

 原作通りの台詞のやり取りの後、シャア専用ザクは一気に接近してくる。

 

「っと来た来た……シャアは俺が相手するから、アスノは先にスレンダーを倒して、そっから2対1に持ち込むぞ」

 

「分かった!」

 

 先程と同じく、突出してくる方をソウジが迎え撃ち、後詰めの方をアスノが仕留める戦法だ。

 

『MSの性能の違いが、戦力の決定的差ではないと言うことを、教えてやる!』

 

 高速で接近してくるシャア専用ザクに、ガンダムアスタロトブルームはハンドガンを連射して迎撃するが、通常のザクⅡとは比較にならない機動性で銃弾を掻い潜ってくる。

 構わずハンドガンを撃ちながら、左マニピュレーターのナイフで格闘戦を仕掛けようとするソウジだが、そのナイフの間合いに踏み込もうとする寸前に、シャア専用ザクは突如反転し――スレンダー機の相手をしようとしていた、アスノのガンダムAGE-Iの死角から迫ろうとしていた。

 

「ヤバいッ、アスノ!シャアがそっちに行ったぞ!」

 

「えっ!?」

 

 それと同時に、アスノのコンソールもアラートを鳴り響かせ、振り向いた時には既にシャア専用ザクのモノアイが目の前で妖しく輝き、

 

『遅い!』

 

 ――直後、アスノの視界が激しく震動した。

 

「うわっ……!」

 

 ガンダムAGE-Iの腹部に、シャア専用ザクの強烈な飛び蹴りが炸裂した。

 蹴り飛ばされた拍子に、スレンダー機のザクⅡの目の前まで転がってしまう。

 スレンダー機は、無防備なガンダムAGE-Iへザクマシンガンを浴びせ付けようと銃口を向けようとするが、

 

「させるかよ!」

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームは左マニピュレーターのナイフを投擲、スレンダー機の右肩装甲に突き刺さる。

 被弾によって怯むスレンダー機へ一気に接近するガンダムアスタロトブルーム。

 

「アスノ!シャアは頼む!」

 

「う、うん!」

 

 今度はソウジがスレンダー機を相手にして、アスノがシャア専用ザクの足止めだ。

 ヒートホークを抜き放って斬りかかってくるシャア専用ザクに、アスノもビームサーベルを抜いて応戦する。

 その間にも、ソウジは機体を加速させながらもウェポンセレクターを回し、デモリッションナイフを選択。

 ハンドガンをリアスカートに懸架させると、背部のアームが回転し、それへと右マニピュレーターを伸ばして抜き放った。

 抜き放ち、折り畳まれていた刀身が展開、ガンダムアスタロトブルームの全長を上回る長大な両手剣が姿を顕す。

 対するスレンダー機もヒートホークを抜いて接近戦に持ち込もうとするが、

 

「オラァッ!」

 

 振り下ろされたデモリッションナイフは、受け止めようとしたヒートホークを粉砕し、その勢いのままスレンダー機のザクⅡを頭部から叩き斬ってみせる。

 

『シ、シャア少佐っ、うわぁぁぁ!?』

 

 ザクⅡ【スレンダー機】、撃墜。

 

 撃破を確認したソウジはすぐに機体を反転させ、どうにかシャア専用ザクに喰い下がっているアスノのガンダムAGE-Iの援護に向かう。

 

 2対1ともなればさすがに苦戦はしない、すぐに巻き返してシャア専用ザクも撃墜して、まずはこのステージをクリアだ。

 

 

 

 ステージをひとつクリアする毎に、機体は万全の状態にされてから出撃になるため、いくら消耗しようとも突破さえすれば次に進めるのだ。

 

『ジオン公国にっ、栄光あれェェェェェ!!』

 

 ニューヤーク市街地にてガルマ・ザビのガウ攻撃空母を撃沈し、 

 

『見事だ!だが自分の力で勝ったのではないぞ!そのMSの性能のおかげだと言うことを忘れるな!』

 

 タクラマカン砂漠にてランバ・ラルのグフを撃破し、

 

『おっ、俺を踏み台にしたァ!?』

 

 黒海にてガイア、オルテガ、マッシュの三名からなる黒い三連星――三機のドムを全滅させ、

 

 ……と順調にクリアしつつあるアスノとソウジの二人。

 

 さて次はジャブローでの戦闘だと意気込んでいると、不意に画面から『WARNING!!』のテロップが表示された。

 

「あっ……ソウジ、ひょっとして」

 

「おぅ、向こうの筐体からだな」

 

 これは、乱入だ。

 アーケードモードを始める前に、乱入を受け付けるかブロックするかは選択できるのだが、ソウジは乱入を受け付ける設定にしていたのだ。

 

 二人が使用している筐体とは向かいにある空きの筐体にバトラーが入ってきたのだ。

 どうやら向こうも同じく二人組。

 

 ローディング画面に切り替わる。

 

「大丈夫かな……」

 

 勝てるかどうか、とアスノは少し不安になるが、ソウジは「大丈夫だろ」と笑い飛ばす。

 

「俺とアスノのコンビだ、余裕だぜ」

 

「だったらいいけど」

 

 やがてローディングが終了し、ランダムステージセレクト。

 

 選択されたステージは『ユニウスセブン【C.E.73】』

 

 C.E.(コズミック・イラ)における、核攻撃によって破壊された農業プラントであり、各所に土木作業機のメテオブレイカーが配置されている辺り、『DESTINY』劇中時のようだ。

 宇宙ステージではあるが、ユニウスセブン地表に着地は可能なため、一応地上戦は可能である。

 

 出撃準備完了となり、二人は再度出撃する。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルーム、行っとくか!」

 

 

 

 リニアカタパルトから射出されて、二機は崩壊した巨大な砂時計状の建造物の地表近くに到着する。

 

「ディアッカの台詞じゃないけど、やっぱりプラントも大きいんだな」

 

「こんなもんが地球に落ちるんだ。実際に起きたらとんでもねぇことになるだろうな」

 

 などとのんきそうに言葉を交わしているが、アラートの反応と同時に意識を切り替える二人。

 デブリの陰から姿を見せるのは、『シャルドールローグ』が一機のみ。

 

「シャルドールローグと、もう一機は?」

 

 アスノは視界を上下左右させるが、それらしい姿は見えない。

 

「もう片方はイモスナかもな。狙撃に注意しながら、シャルドールローグから倒すぞ」

 

「了解」

 

 すると、シャルドールローグは左腕に装備したドッズバスターを撃ちながら、右マニピュレーターのビームアックスを手に躍りかかってくる。

 

『だっしゃオラァ!』

 

 ガンダムAGE-Iとガンダムアスタロトブルームは散開しつつ、アスノが射撃、ソウジが格闘を担当する。

 

「そっちから来るんなら、話は早ぇ!」

 

 ソウジは迷わずにウェポンセレクターを回し、ハンドガンを納めてデモリッションナイフを選択、シャルドールローグへいきなり接近戦に挑む。

 その間にアスノのガンダムAGE-Iは、デモリッションナイフとビームアックスが打ち合う側面へ回り込み、ドッズライフルをシャルドールローグへ向けようとして、ふとその姿を見つける。

 

「(もう一機か!)」

 

 彼の視界に見えたのは、デブリの陰から対艦ライフルを装備した『ヅダ』

 デブリに寝そべるような形で対艦ライフルを構えており、その銃口はガンダムアスタロトブルームを狙っている。

 

「やらせない……!」

 

 アスノは即座に照準をシャルドールローグから外して、まだロックオン距離外にいるヅダへ向け、ドッズライフルを発射する。

 

『チッ、見つかってしまったか』

 

 自分が狙われていると察知したか、ヅダは狙撃を止めて急速離脱、ドッズライフルからのビームを躱す。

 

「ソウジ、もう一機が見つかった!対艦ライフル装備のヅダ!」

 

「ヅダか!なかなかいいセンスして……ぐぉっ!?」

 

 アスノの敵機発見の報を耳にしたソウジだが、一瞬とはいえ意識をそちらへ向けてしまったため、不意をつかれてシャルドールローグに蹴り飛ばされてしまった。

 

「ソウジ!」

 

 体勢を崩したガンダムアスタロトブルームを仕留めようと接近するシャルドールローグ。

 

『終わりじゃオラァ!』

 

『鉄血のオルフェンズ』系の機体には、ビーム兵器の攻撃を無効化するナノラミネートアーマーがあるが、GPVSでは無効化まではしてくれず、ダメージを軽減する程度しかないため、ビームアックスを直撃すれば撃破されてしまう。

 アスノはそれを阻止するためにドッズライフルをシャルドールローグへ向けようとして、

 

 このポジショニングは、ガンダムアスタロトブルームとの間にシャルドールローグを挟むような位置だった。

 

 ドッズライフルを撃ってシャルドールローグを撃破出来るだろうが、貫通してソウジまでフレンドリーファイアで撃墜してしまう。

 

「な、ら、こっちだ!」

 

 アスノはウェポンセレクターを回し、ドッズライフルとは別の射撃武装を選択すると同時に放った。

 それは、ガンダムAGE-Iのシールド裏に取り付けられたミサイル――シールドランチャーだ。

 Gエグゼスのグレネードランチャーを改造したそれは、今にもビームアックスを振り下ろそうとしているシャルドールローグの背部を捉え、炸裂。

 

『うおぉぉぉ!?』

 

 バックパックを破壊されたシャルドールローグは明後日の方向へ吹き飛ばされていく。

 

『そこだ』

 

 同時に――ガンダムAGE-Iのボディに対艦ライフルの砲弾が炸裂した。

 

「ぐぅぅぅっ!?」

 

 ヅダからの狙撃を受けて、モニターが激しく震動し、表示の数々がレッドアラートを告げてくる。

 機体の完成度が高かったために、耐弾性もそれに比例して即死はしなかったものの、甚大なダメージは受けてしまった。

 バルカンの一発でも喰らえば撃墜判定を受けるだろう。

 

「アスノ!?野郎、やりやがったな!」

 

 ソウジは操縦桿を押し上げて、シャルドールローグへ機体を加速させると、デモリッションナイフを勢いよく振り下ろした。

 ビームアックスで防御しようとするシャルドールローグだが、シャア専用ザクと同じようにビームアックスもろとも装甲を叩き斬られてしまった。

 

『チクショォー!』

 

 シャルドールローグ、撃墜。

 

「アスノ、動けるか?」

 

 シャルドールローグの撃破を流し見つつ、ソウジはアスノの機体状況を確認する。

 

「動けるけど、あと何か一発受けたらやられるかも……」

 

「無理すんな、あとは俺に任せろ」

 

 ガンダムフレーム機特有のデュアルアイがヅダを捕捉する。

 一度デモリッションナイフを折り畳み、左腕マニピュレーターにハンドガンに持たせ直すと、ソウジはヅダ目掛けて突撃する。

 対するヅダは中近距離戦になると判断したのか、対艦ライフルを放棄すると、ザクマシンガンを構えてガンダムアスタロトブルームへ連射する。

 襲い来る120mmの銃弾に対し、ソウジは巧妙に操縦桿を回し、漂うデブリを盾にしながら確実にヅダとの距離を詰めていく。

 ハンドガンの射程にまで踏み込めばソウジの方からも反撃し、中距離での射撃戦になる。

 しかし、相手のヅダもまた上手くガンダムアスタロトブルームの射撃をやり過ごし、土星エンジンを駆使した機動性で格闘戦へ持ち込ませない。

 

 近付こうとするガンダムアスタロトブルームと、それを近づかせないヅダ。

 

 ハンドガンとザクマシンガンの銃弾が交錯を繰り返し――先に弾切れを起こしたのは前者の方だった。

 

 カキン、と空撃ちしたのを見て、ソウジは舌打ちした。

 

「チッ、弾切れか。向こうの残弾は……」

 

 見やれば、ヅダはデブリの陰でザクマシンガンのドラムマガジンを交換しようとしているところだった。

 これでまたヅダは十分に弾幕を張れる。

 なんとか耐え凌ぐしかねぇか、とソウジは目を細め――不意にDODS効果を帯びたビームが彼方から放たれ、ヅダが隠れていたデブリを粉砕した。

 

「アスノか?」

 

「援護するくらいなら出来るよ、ソウジ」

 

 ガンダムAGE-Iのドッズライフルによる射撃だ。

 射撃を当てに行くような距離まで近付くわけにはいかないが、こうした障害物の排除くらいなら出来る、とアスノは言う。

 ちょうど新しいドラムマガジンを銃身にセットしようとしていたヅダだったが、その寸前にデブリがビームによって破壊されたため慌ててしまい、ドラムマガジンを取りこぼしてしまう。

 

『しまっ……!?』

 

 急いで拾いにいこうとするものの、

 

「よぉ、何してんだ?」

 

 その前に、ガンダムアスタロトブルームがドラムマガジンを蹴り飛ばしてしまった。

 そしてその両マニピュレーターには、ナイフが抜かれている。

 

『くっ、この……!』

 

 すかさず突き出されるナイフに、ヅダは咄嗟にシールドクローを展開して弾き返す。

 

「ここは俺の距離だ、ってな!」

 

 されどソウジは怯まずにガンダムアスタロトブルームを前進させ、果敢にヅダへナイフの連撃を繰り出す。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 ザクマシンガンを破壊し、シールドクローを斬り返し、ヅダの装甲を斬り裂いていく。

 

『まだだ!』

 

 ヅダは空いた右マニピュレーターにヒートホークを抜き放ち、なおもガンダムアスタロトブルームと激しく斬り合う。

 そこへ――

 

「ソウジ!避けてくれ!」

 

 不意にアスノの通信がソウジの耳に届き、彼は咄嗟にガンダムアスタロトブルームを下方向へ機動させる。

 ヅダもそれに追い縋ろうとするが、鳴り響くアラートに反応にし――

 

 ヅダのモノアイに見えたのは、自身が放棄した対艦ライフルを構えているガンダムAGE-Iの姿だった。

 

 それに気付いた時には既に遅く、対艦ライフルのマズルフラッシュと共に、ヅダのボディは撃ち抜かれてしまった。

 

 ヅダ、撃墜。

 

 

 

「おっしゃぁ!ナイス援護アスノ!」

 

「ソウジも、ナイスガッツだよ!」

 

 リザルト画面の前でハイタッチを交わす二人。

 

「ドッズライフルでデブリを壊すとかもそうだけどよ、敵さんが捨てた武器を拾って利用するってな、なかなか思い付かねぇぞ?」

 

 ソウジは、バトル中にアスノが見せた行動を思い返す。

 

「いや、あれは僕なりにソウジを援護しようって考えた結果だよ。やろうと思えば誰だって出来る程度だし」

 

「それを戦闘中に思い付けるのがすげぇんだって。……っと、アーケードはまだ続きだったな」

 

 リザルト画面が終了すれば、今度こそジャブローのステージが始まる。

 

「さて、ここからは後半戦だ。アスノ、気合い入れていけよ!」

 

「うん!」

 

 

 

 アスノとソウジがアーケードモードを進めている、その一方で。

 

 カンナとショウコは、ショッピングモールでウィンドウショッピングに励みつつ、女子トークに勤しんでいた。

 

「うーん……」

 

 しかし、ショウコは時折表情を険しくしてしまう。

 

「ショウコさん?悩み事ですか?」

 

 カンナはその険しい表情を見て、悩み事があるのかと訊ねるが、ショウコは「うぅん、違うよ」と首を横に振る。

 

「以前に一回、あたしとアスくん、ソウくんの三人で一緒にいた時に、カンナちゃんと出会ったんだよね?」

 

「はい、そうですよ」 

 

「それがどうしても思い出せないんだよね……」

 

 ショウコは、カンナと出会った時の事を思い出せないのをもどかしく感じているのだ。

 一番記憶に残っていそうなアスノですら、全く記憶にないと言う。

 

「ねっ、ヒント!ヒントだけ教えて!」

 

 カンナはそれを「乙女の秘密」として教えてくれないので、ヒントは無いかとショウコは縋る。

 

「ヒントですか?そうですねぇ……」

 

 考えるように視線を泳がせるカンナ。

 

「去年の、11月頃ですね」

 

「えぇっ、半年も前ぇ!?そんなの余計に分かんないって!」

 

「半年も前って言いますけど、これはけっこうなヒントですよ?」

 

「うーん、うーん……去年の11月って、何してたっけ……?」

 

 ショウコは今ひとつ不鮮明な記憶を辿り、カンナと出会った時の記憶を思い出そうとするものの、

 

「あーもーっ、無理!思い出せませーん!」

 

 早々に諦めた。

 

「ふふっ♪その時のことは、また追々話しましょう」

 

「その追々って、いつなのぉ……?」

 

 楽しげに微笑むカンナに、ショウコはぷくー、と頬を膨らませる。

 

「んー、でも……」

 

 ふと、ショウコは膨らませていた頬を萎ませる。

 

「カンナちゃんは、その時アスくんに良くしてもらったから、蒼海学園に転校しようって思ったんだよね?」

 

「それだけ、と言うわけではありませんが……あの日の出来事が、私にとっての人生のターニングポイントだったことに変わりありません」

 

 足を止めて、その場で会話する二人。

 

「あの後、熟考に熟考を重ねて、何日も何日も考え抜いて、そうして至った結論が転校でした。当然、お友達は残念がっていましたし、何人かは引き留めようともしてくれました。聖リーブラへの入学を奨めてくださったお父さんへの説得も、一朝一夕で成し得ませんでした。それでも、それでも私は自分の意思決定を取り消したくなかったんです」

 

「……そうまでして、『アスくんに会いたかった』の?」

 

「はい」

 

 カンナの是正を見て、ショウコは――

 

「そっか」

 

 ただ、そう頷いた。

 

「(これは、とんでもないライバルが出てきちゃったなぁ……)」

 

 自分とカンナの心の矢印は、同じ方向を向いているのだと確信して。

 

 

 

 ジャブロー、ソロモン、コンペイトウ暗礁宙域とクリアし、最終ステージはもちろん『ア・バオア・クー』だ。

 

 ザクⅡやリック・ドム、ゲルググが目白押しの戦線を突破し、迎撃に現れるシャアのジオングを撃破すればクリアだ。

 

 しかし最終ステージだけあって難易度も高く、アスノとソウジはジオングの猛攻の前に攻めあぐねている。

 

『見えるぞ、私にも敵が視える!』

 

 シャアのボイスと共に、ジオングは両腕を切り離すと、有線サイコミュとなって、多方向からのビーム射撃が二人を窮地へ追い込んでいく。

 

「ぐおぉっ……よくよく考えたら、一年戦争時にジオングみたいな全身ビーム砲な機体って、色々頭おかしくね!?」

 

 回避とデモリッションナイフを盾にしての防御を駆使してビームの嵐を凌いでいくソウジ。

 

「単純な出力で言えば火力お化けのZZを上回ってるから……ねっ!」

 

 そのガンダムアスタロトブルームと背中合わせに立ち回りつつ、ジオングの猛攻をやり過ごすアスノ。

 

 機体設定に関する雑談を交えつつの二人だが、実はかなり切迫している。

 

 翻弄されつつも、ドッズライフルやハンドガンで反撃を試みるものの、ジオングのスカート裏は多数のバーニアで構成されているため、(宇宙空間に限れば)機動性も非常に高い。

 

 自由自在に空間を機動するジオングは、さらに複雑に腕部メガ粒子砲を展開する。

 

「行けるか……?いやっ、やるしかない!」

 

 アスノはウェポンセレクターを回して、ドッズライフルからビームサーベルを選択し、

 

「そこだ!」

 

 ビーム砲を放つジオングの右腕目掛けてビームサーベルを投げ付けた。

 それに反応したジオングの右腕は、光輪を描いて放たれるビームサーベルを躱すものの――伸び切った腕部のケーブルを焼き切られてしまった。

 接続を絶たれたジオングの右腕は沈黙する。

 

「おぉっ、やるなアスノ!」

 

 ジオングの腕そのものではなく、本体とを繋ぐケーブルを狙った攻撃を敢行したアスノに、ソウジは気炎を上げる。

 

 これでジオングの手数は大きく減らされた。

 

 対するジオングも、腰部のメガ粒子砲や残る左腕のビーム砲で二人を近付けさせまいとするが、手数が減った今、アスノとソウジは一気呵成に攻めかかる。

 ガンダムAGE-Iがジオングの左腕へドッズライフルを連射して攻撃を防ぎ、ガンダムアスタロトブルームがジオング本体へ接近する。

 ジオングは腰部と頭部のメガ粒子砲を連射、ガンダムアスタロトブルームを迎え撃つものの、ソウジは大胆にもそのメガ粒子とメガ粒子の間をすり抜けてみせ――

 

「オルァッ!」

 

 兜割りの要領でデモリッションナイフを振り下ろし、ジオングの脱出を防ぐように、頭部から叩き付けた。

 

『ララァ……私にも、刻が……!』

 

 コクピットの破壊判定により、ジオングは小爆発を繰り返して爆散していった。

 

 ジオング、撃墜。

 

 

 

『Mission complete!! 』

 

 最終ステージのリザルト画面を見送ると、輝かしいテロップと共にミッションコンプリートが告げられる。

 

「っしゃー、クリアクリア!」

 

 ソウジは心地好い達成感と共に背伸びし、

 

「何とかなったね」

 

 アスノはアーケードモードのクリアに安堵する。

 

「どうするよアスノ。次はゼータのステージやるか?」

 

「いや、途中で乱入もあったし、ちょっと疲れたかな」

 

 目がチカチカするよ、と目を擦るアスノを見て、ソウジは「まぁしょうがねぇか」と頷く。

 

 読み込ませていたガンプラを回収してから、二人はゲームセンターを後にしていく。

 

 

 

 商店街の隅の方で、自販機で購入したドリンクを片手に壁を背にするアスノとソウジ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やっぱりなぁ、アスノは操縦が慎重過ぎると思うんだよ」

 

 コーラを一口啜ってから、ソウジはアスノの操縦に関する指摘をする。

 

「実際、慎重にやってるんだよ。僕はソウジやショウコみたいに反応が早くないから」

 

「何だそりゃ。まるで俺が何も考えずに、反射神経だけでバトルしてるみたいな言い方だな?」

 

「そ、そうとは言ってないだろ?反応の早さと反射神経は別だよ」

 

「そんなもんかね」

 

 まぁそれはいいか、とソウジは流して、

 

「今年の選手権。5on5の部に出るならもう一人必要って話だけど、実際問題どうするよ?」

 

「どうするよって言われてもなぁ。他にガンプラバトルやってる友達とかいないし」

 

「『鎚頭』でガンプラバトルやってる奴に手当り次第声かける、ぐらいしか思い付かねぇ」

 

「地道な草の根運動だけど、そうするしか無いかなぁ……」

 

「っても、ちゃんと選手権で優勝する気がある奴をチームに入れたいよな」

 

 本気で声掛け運動していれば、一人くらいは勧誘出来るかもしれないが、頭数だけ揃えたところで選手権を勝ち抜こうと思う気概も無い者をチームに加入しても仕方無いのだ。

 

 アスノは紙パックのリンゴジュースを飲み干し、ソウジもコーラを飲み干してダストボックスへ押し込む。ポイ捨てダメ絶対。

 

「んじゃ、帰るか」

 

「うん」

 

 鞄を担ぎ直して、アスノとソウジは商店街を抜けて、自分達の住宅街への帰路につく。

 

 

 

 その日の夜。

 コミュニケーションツールである『RINE(ライン)』を起動させたアスノは、ソウジとショウコとの三人のグループラインを開いて、『カンナさんが参加しました』と言う通知を見つける。

 

「おっ、ツキシマさんが入ってきた」

 

 きっと、今日のショウコ辺りが招待したのだろう。

 既に三人ともトークに勤しんでいるようで、何十件も未読メッセージが溜まっているのを見て、アスノは慌ててトークの内容を読み取っていく。

 

 ショウコ『お、既読が3になった』

 

 ソウジ『やっとアスノが来たな』

 

 カンナ『アスノさん、こんばんは』

 

 既読数が増えたのを見て、アスノがトークに混ざってきたと三人が迎えてくれる。

 

 アスノ『ごめん、待たせた』

 

 ショウコ『今日のアスくんとソウくんの名コンビバトル、見させていただきました!』

 

 未読メッセージ内にソウジが動画を投稿していたが、今日のシャルドールローグとヅダとの対人戦のことだろう。

 しかもご丁寧に、アスノ視点とソウジ視点との二つに分けて用意されている。

 

 カンナ『キタオオジさんの操縦テクと、アスノさんの機転、感服致しました!』

 

 アスノ『機転って言っても、たまたま成功しただけだよ』

 

 ソウジ『とか言ってるが、狙ってなきゃ出来ないことを平然とやるのがアスノスタイル』

 

 ショウコ『ほら、やっぱりアスくんも強い!』

 

「(強いって言われてもなぁ……)」

 

 アスノにとっては、ソウジと組んでいたからこそ成し得たことであって、見知らぬ他人と組んだ時や、自分一人で戦うことになった時に、同じようなことが出来る自信は無い。

 

 カンナ『アスノさんはあまりご自分に自信が無いようですけど、もっと胸を張ってもいいと思います』

 

 そんなアスノの心境を読んだのか、カンナがそのメッセージをおくってきた。

 

 ショウコ『そう!アスくんに足りないのは自信だね!』

 

 ソウジ『ビルドファイターズのセイみたいな感じだな』

 

 アスノ『僕はセイほど完成度の高いガンプラは作れないけど、選手権のためにも頑張って自信をつけようと思う』

 

 ショウコ『その意気だよアスくん!』

 

 ソウジ『さすがアスノだ、何ともないぜ』

 

 カンナ『アスノさんの自信のために、及ばずながら私もお手伝いします!』

 

 自信をつける。

 まずはそれが第一目標か、とアスノは自分に頷いた。

 

 アスノ『ありがとう。そろそろ風呂に入るから、一旦ログアウトする』

 

 ショウコ『あたしもお風呂ー♪』

 

 ソウジ『俺もログアウトするわ』

 

 カンナ『では皆さん、また明日です』

 

 トークの区切りをつけて、アスノはスマートフォンの画面を閉じて、入浴することにした。

 

 

 

 グループでのトークが終了してもなお、ソウジは自分のスマートフォンの画面を眺めていた。

 眺めているのはトークの内容ではなく、ただ画面をそのままにしているだけ。

 

「………………」

 

 アスノとショウコ、そしてカンナ。

 

「アスノとツキシマ、か」

 

 経緯はどうであれ、アスノがカンナを呼び寄せたのは僥倖であった。

 GPVSの選手権出場はもちろんだが、それ以外にも理由があった。

 それは――

 

「……クソッ」

 

 一瞬、『自分にとって都合の良い展開』を考えてしまったことに自己嫌悪し、スマートフォンをベッドの上に放った。

 

「なに余計なこと考えてんだ、俺は……」

 

 少なくとも、それは今考えることではない。

 今は、今年の夏に開催されるGPVSのことを考えるべきだ。

 

 ソウジはそんな自己嫌悪を飲み込み、電灯を消して床についた。

 

 今夜は少し嫌な夢を見るかもな、とぼやきながら。



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3話 立ちはだかる赤き巨壁

 

 平日の朝も休日の朝も、アスノの起きる時間や、やることはあまり変わらない。

 朝は素早く起きてニュースを見流しつつ朝食を作り、朝食が出来たらミカを叩き起こす。

 ミカと一緒に朝食を食べ終えたあとは、軽くだけ片付けを済ませ、平日なら二人とも登校だ。

 

「アスくん、最近なんだか楽しそうねぇ」

 

 アスノが登校の準備を整えていると、ふとミカがそう声をかけた。

 

「そうかな?普通だと思うけど」

 

「んー、アスくんの様子から見るに、新しいお友達でも出来た?」

 

 特に楽しそうな自覚の無かったアスノだが、ミカにはお見通しのようだ。

 

「さ、さすがミカ姉……よく分かったね?」

 

「ふふ、お姉ちゃんはニュータイプだからね。アスくんのことくらいなら、何でもお見通しよ?ついでに言うなら、その新しいお友達って、女の子?」

 

「…………いや、ちょっと待ってミカ姉。そこまで当てられると逆に怖いんだけど」

 

 どうして分かるんだ、とアスノは戦慄する。まさか本当に例の新しいタイプだというのか。

 

「うぅん、今のはカマかけよ。そっかぁ、アスくんにもようやくショウコちゃん以外の、女の子友達が出来たのねぇ」

 

 うんうん、と何故か感慨深げに頷くミカ。

 

「その子は、どんな感じの人?かわいい?」

 

「あー、えーと……すごく綺麗で、かわいい、と思う」

 

 ショウコとはまた違ったタイプの美少女だと、アスノ自身は思っている。

 

「そっかそっか。……頑張れ、男の子♪」

 

 ミカは意味深な言葉を残してから、「それじゃ行ってきまーす」と足早に玄関を潜っていった。

 アスノはミカの後ろ姿を見送りつつ、

 

「頑張れって言われても」

 

 何をどう頑張ればいいんだ、と肩を落としてから一歩遅れるように自分も登校する。

 

 

 

 アスノ、ソウジ、ショウコの三人グループにカンナが加わるようになって数日。

 最近はカンナも朝の待ち合わせに集まるようになり、三人は徒歩圏内だが、カンナだけは電車通学なので、蒼海学園の最寄駅で待ち合わせ、と言う形にシフトしている。

 

 今日も駅前で、三人で雑談しつつカンナが来るのを待つ。

 

「身内戦しようよ!」

 

 今朝の話題はどうしようかと言う時、ショウコのこの一言が始まりだった。

 

「またいきなりだなおい」

 

 考え無しの思い付きのような提案に、ソウジは呆れた。

 

「身内戦って言うと、僕ら四人で……2on2ってこと?」

 

 ここで言うところの身内は、アスノ、ソウジ、ショウコ、カンナの四人のことだ。

 その内から二組に分かれてバトルするのか、とアスノは読み取る。

 

「そうそう。今はまだ五人目がいないから、こう言うのは今の内やっておきたいと思うの」

 

「別に五人目が入ってからでも出来るじゃねぇか」

 

 ソウジにそうツッコまれるものの、当のショウコは「そう言う細かいことはいーの」と頬を膨らませる。

 

「とにかく、今日は身内戦がしたい気分なの!」

 

 けってーい、と勝手に決定するショウコを見やりつつ、ソウジは呆れたようにぼやき、アスノは苦笑するだけだ。

 

「こうなったショウコは人の話を聞かねぇからなぁ……」

 

「あっはは……」

 

 すると、駅のホームに電車が到着し、改札の向こう側からそろそろ見慣れてきた黒髪が見えた。

 

「皆さーん、おはようございますー!」

 

 ぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってくるカンナ。

 しかし、

 

「はぅっ!」

 

 ブーッ、と言うブザーと共に改札のドアが閉じられてしまった。

 

「て、定期を通すのを忘れてました……」

 

 どうやら三人の元へ急ぐあまり改札を潜ると言うことが頭から抜けていたらしい。

 改めてカードリーダーに定期をタッチさせて、カンナは改札口から解放(?)される。

 

 カンナが加わってから登校を再開し、ショウコの挙げた『身内戦』の話題になる。

 

「身内戦、ですか……気を引き締めて臨まなければっ」

 

 背筋を伸ばして顔を強張らせるカンナ。

 

「いやいや、そんな緊張しなくてもいいからね、カンナちゃん。もっと気楽に、ね?」

 

 固くなるカンナに、ショウコはその緊張を解そうとするが、

 

「でで、ですがっ、皆さんの前で無様を晒すわけにはいきませんっ」

 

 当のカンナは真剣に臨むつもりだ。

 

「いいんじゃね?気ぃ抜いてポカやらかすよりは、真面目にやった方がマシだろ」

 

 ソウジは緊張感を高めるカンナを止めない。

 

「厳粛なる勝負をっ、お願いします!」

 

「いやツキシマさん、今すぐじゃないから。放課後になってからだよ」

 

 アスノは、深々とソウジに頭を下げるカンナの頭を上げさせる。

 

 三人から四人になって少しだけ騒がしくなったが、悪くない騒がしさだと、アスノは感じていた。

 

 

 

 そうして迎えた放課後。

 ホームルームを終えて、四人は真っ直ぐに『鎚頭』へ向かっていた。

 

「これからこの四人で身内戦……き、緊張しますっ」

 

 カンナは鞄を握り締めながら、まだ始まってもいないバトルを前に固くなる。

 

「ツキシマさん、今日はずっと緊張してたよね」

 

 今朝から今まで、昼休みすら緊張していたカンナに、アスノは苦笑する。

 

「緊張だってしますっ。特に、アスノさんと組んだ時にご迷惑をおかけしないかどうか……」

 

「まだ僕と組むって決まったわけじゃないけど……」

 

 アスノとカンナが仲良さそうに話している、その少し後ろにいるのはソウジとショウコ。

 前の二人に聞こえない程度の声量で、ソウジはショウコに話しかけた。

 

「で、ショウコさんよ。今日は身内戦したいっつぅ、その本音は?」

 

 含み笑いを見せるソウジに、ショウコは少しだけむっとしたように睨み返す。

 

「ソウくん、もしかして……分かってて訊いてる?」

 

「バレバレだからなぁ。気付いてないのは本人ぐらいじゃねぇか?」

 

 本人、と言いつつソウジは、アスノの背中を見やる。

 

「……身内戦したいって言うのは、建前だけじゃないよ?」

 

「そうか。まぁ、気張っていけよ」

 

「そう言う上から目線、ちょっとムカつくかも」

 

「素直じゃねーな」 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ソウジは喉を鳴らして笑う。

 

「……ソ、ソウくんもっ、好きな人出来たら教えてね、応援するからっ」

 

 ふいっとショウコはソウジから視線を逸らして、カンナに話しかけながら然りげ無くアスノの隣につく。

 

「……そりゃ、難しい相談だ」

 

 誰にも聞かれないように、自嘲するようにソウジは独り言を呟いた。

 

 

 

『鎚頭』に入店した四人。

 カウンターにいたアミダ姐さんは、アスノ達を見て愛想よく挨拶してくれる。

 

「おや、アンタ達かい。いらっしゃい」

 

 ショウコが代表として、来店目的を話す。

 

「こんにちは姐さん、今日は四人で身内戦しに来ました。筐体四人分、借りていいですか?」

 

「あぁ、いいよ。今なら空いてるから、遠慮なくどうぞ」

 

 アミダ姐さんが向ける視線の先は、無人のGPVSの筐体がスタンバイモードで待機している。

 

「ありがとうございまーす。んじゃ、早速やろっか」

 

 利用許可を得たところで、四人は筐体を占拠する。

 

「身内戦をするって言っても、チーム分けはどうするんだ?」

 

 肝心なことを聞いていなかった、とアスノはショウコにそれを訊ねる。

 2on2のバトルなのでチーム分けはどう決めるのかと。

 

「ん?普通にグッパで分けるつもりだよ」

 

 ジャンケンの『グー』と『パー』でチーム分けすると言うショウコ。

 四人で輪になり、ショウコが号令を取る。

 

「それじゃいくよー……グッとパーで分かれましょっ!」

 

 アスノ:グー

 ソウジ:パー

 カンナ:グー

 ショウコ:グー

 

「……分かれましょっ!」

 

 アスノ:パー

 ソウジ:グー

 カンナ:グー

 ショウコ:パー

 

「お、ショウコとか」

 

 アスノは、自分と同じ手を出しているショウコを見やる。

 

「やった!よろしくね、アスくん♪」

 

 アスノとショウコ。

 

 そしてもう片方は、ソウジとカンナだ。

 

「ん、ツキシマとか」

 

「よよっ、よろしくお願いいたします、キタオオジさんっ」

 

「アスノじゃなくて悪いがな。ま、気楽にやりますかね」

 

 やはり緊張しているカンナと、気楽そうなソウジが奥側の筐体に並び、その向かい側にアスノとショウコがつく。

 

「アスくんは、AGE-I?」

 

「うん。ショウコは……今日は?」

 

「実は……このショウコさん、今回は新作を用意したのです」

 

 得意気な顔を浮かべながら、ショウコは鞄のケースから自分の新作ガンプラを見せる。

 リアルスケールのものと比べても頭身が低いそれはSDガンダムのそれだ。

 

「これは……孫尚香ストライクルージュがベースに、……ん?あっ、これナイトストライクの軽装?」

 

「あったりー!孫尚香ストライクルージュとナイトストライクを組み合わせたの」

 

 アスノが言い当ててみせたように、ショウコのそのガンプラは、孫尚香ストライクルージュとナイトストライクガンダムを組み合わせた機体だ。

 

「ナイトストライクに妹がいたら……って感じの設定で作ったの」

 

「妹……そうか、ストライクの妹だからルージュなんだね」

 

 孫尚香ストライクルージュの頭部の、"頭髪"に当たる部分が金色に塗装されているのも、カガリ・ユラ・アスハ(ストライクルージュのパイロット)をイメージしたのだろう。

 

 

 

 オフラインマッチングで設定され、ランダムステージセレクト。

 

 今回選ばれたステージは『シベリア収監所』

 

 原典は『G』からで、ネオロシアによって拘束されていたドモン・カッシュが脱出してシャイニングガンダムに乗り込んだ時、ネオロシアのガンダムファイターであるアルゴ・ガルスキーもまた自機のボルトガンダムに乗り込み、凍り付いた海の上でガンダムファイトを繰り広げた。

 今回のステージはその再現であり、文字通り凍結した海上での戦闘になるため足元は滑りやすく、しかも熱や衝撃を与えると氷が割れて足場が崩れて海中へ、と言う意外と難易度の高いステージである。

 

 出撃準備、完了。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「コニシ・ショウコ、『プリンセスルージュ』、レッツゴー!」

 

 アスノのガンダムAGE-Iと、ショウコの新たな愛機――プリンセスルージュが、凍て付いた空間へと飛び込む。

 

 

 

 アスノ達四人がそれぞれチーム分けをしてローディングを待っている間。

 

 ふらりと、金髪碧眼の若い男性が『鎚頭』に来店した。

 

 来店に気付いたアミダ姐さんは「いらっしゃいませ」と言いかけて、

 

「あら……久しぶりじゃないの」

 

 見知った顔、それも特別なお客だったことに、アミダ姐さんは懐かしそうに目を見開く。

 

「最近は時間の余裕が無いもので。店長は……」

 

「俺を呼んだか?」

 

 彼が呼ぶよりも先に、名瀬さんがカウンターの奥から出てきた。

 名瀬さんはその男を見てから、次にアミダ姐さんに視線を向け、

 

「はいよ」

 

 アミダ姐さんはそれだけ告げて、カウンターの奥へ入れ替わる。

 

「よ、久しぶり」

 

「お久しぶりです」

 

 まずは互いに久しぶりの挨拶を交わす。

 

「今日はどうした?」

 

「少し余裕が出来たので、たまの挨拶にと。……ん?」

 

 ふと、金髪碧眼の男の視線が、GPVSの中継モニターに向けられる。

 

「そりゃちょうどいい。これから面白ぇもんが観られるぞ」

 

 名瀬さんは愉快そうに笑う。

 

「ほぅ、面白いものとな」

 

「あぁ、今年のGPVSの選手権優勝を目指すって意気込んでる奴らだ。俺から見ても、筋は悪くねぇと思うがね」

 

「あなたにそれほど言わせるとは……」

 

 男の碧眼が、ローディングが完了したモニターに釘付けられる。

 

 

 

 夜の内にシベリア収監所周辺の海域が凍結し、その翌朝にドモン・カッシュとアルゴ・ガルスキーが脱走した時の劇中に合わせ、フィールドには朝焼けが差し込み、凍結面に照り返して暖かな輝きを放つ。

 

「えーと、ショウコのガンプラはナイト系の機体だから、前衛?いや、ライフルはあるな……それ、ビームライフル?」

 

 アスノは、プリンセスルージュの外観を見ながら、どう立ち回るべきかをショウコと相談する。

 プリンセスルージュの右マニピュレーターには、ナイト系のSDガンダムには少し不似合いなライフルが持たされている。

 

「えっとね、これはビームじゃなくて、魔法弾を発射するって設定なの。判定はビーム扱いだけどね」

 

 名付けて『マギアライフル』だよ、とショウコは言う。

 

「マギアライフル……あぁ、"魔法銃"ってことか。なんか納得できる。でも、基本は接近戦の方が得意だよね?」

 

「うん、前衛はあたしに任せて。アスくんは援護をお願いね」

 

「了解。……っと来たか」

 

 両者の前方からアラートが鳴り響く。

 ソウジのガンダムアスタロトブルームと、カンナのライジングガンダムだ。

 ガンダムアスタロトブルームは以前と少しだけ異なり、リアスカート部に『カラミティガンダム』のバズーカ砲である『トーデスブロック』を改造したオリジナルのロケットランチャーを装備している。

 

『ショウコさんのガンプラ……あれは初めて見ますね、ナイト系のSDガンダムでしょうか』

 

『ありゃ、孫尚香ストライクルージュがベースか?』

 

 プリンセスルージュを視界に捉えたカンナとソウジが、第一印象を呟く。

 正面から距離を縮めていく両チームだが、その中で真っ先にアスノが動いた。

 

「まずは牽制だ」

 

 ガンダムAGE-Iはドッズライフルを構え、ガンダムアスタロトブルームへ発射し、プリンセスルージュもマギアライフルで魔法(ビー厶)弾を放つ。

 まだ距離がある内の牽制射撃だ、ソウジはビームを容易く躱し、

 

「はい隙ありっ!」

 

 それを狙っていたのか、即座にショウコのプリンセスルージュが飛び出し、マギアライフルを背中に納め、双剣『ワルキューレサーベル』を抜き放つなりガンダムアスタロトブルームへ斬りかかる。

 

『んーなわけあるか、よっ!』

 

 けれど、そこにショウコが飛び込んでくるのはソウジの想定内であったのか、ガンダムアスタロトブルームは瞬時にハンドガンを放り捨てて、ブーストアーマーからナイフを両手に抜いていた。

 ワルキューレサーベルとナイフが互いに打ち、合する都度に火花が舞い散る。

 

『ショウコさん、覚悟!』

 

 プリンセスルージュとガンダムアスタロトブルームが競り合う側面から、ショウコへ攻撃すべくカンナのライジングガンダムがビームガンを向けてトリガーを引き絞るが、

 

「そうはさせない」

 

 そこへアスノのガンダムAGE-Iがシールドを構えながら割り込み、ビーム弾を防いで見せる。

 ビーム弾を凌ぎ、すぐにドッズライフルを撃ち返す。

 反撃のビームに、カンナは慌てて操縦桿を捻ってやり過ごす。

 

『射撃戦はさすがに……ですが、格闘ならばっ』

 

 ライジングガンダムはビームガンをサイドスカートに納め、背中のヒートナギナタを抜き放ち、ガンダムAGE-Iへ斬り掛かる。

 だが、ガンダムAGE-Iはその場から飛び退いてヒートナギナタの間合いから逃れる。

 

「さすがに、MF相手に格闘戦じゃ勝てないからね」

 

 何せ向こうは"異種格闘技戦を行うガンダム"だ、正面からの斬り合い殴り合いになれば無類の強さを発揮する。

 それを理解しているアスノは、ライジングガンダムの格闘の間合いには近付かず、中距離での射撃戦に持ち込む。

 飛び退くガンダムAGE-Iへ、ライジングガンダムはすぐに振り返って頭部のバルカン砲を速射してくるが、アスノは慌てずにシールドでバルカン砲の銃弾を防いでいく。

 

「(よし、このままツキシマさんを引き寄せる)」

 

 ショウコとソウジの擬似タイマンを継続させるのがアスノの目的だ。

 その彼の思惑に乗せられるように、カンナのライジングガンダムはガンダムAGE-Iへ追い縋る。

 

 

 

 ナイフとワルキューレサーベルとの激しい斬り合いもしばし続いていたが、ふと両者は動きを止めて睨み合う。

 

『あれ?呑気に止まってていいわけ?』

 

 ソウジはガンダムアスタロトブルームのナイフをクイクイと動かしてみせ、ショウコを挑発する。

 

「ふっふっふっ……それはあたしのセリフだね、ソウくん」

 

 しかしその程度の挑発に動じるショウコではない。

 相手がソウジだからこそ、この挑発には"裏"があると見ているし、だから挑発を返す。

 

『ぁんだと?』

 

「今、あたしとソウくん、アスくんとカンナちゃんがそれぞれで擬似タイマン状態になっています」

 

『だからどうした?』

 

 来ねぇならこっちから……とソウジは操縦桿を押し上げようとするが、

 

「アスくんとカンナちゃん、一対一で戦ったなら、きっと勝つのはアスくんの方だよ。そうしたらソウくんは二対一って不利な状況になっちゃう」

 

『……揺さぶりかけてるつもりか?』

 

 カンナとて全くの素人ではない、何もできないままアスノに敗れるはずがない、とソウジは思い込みつつ、僚機画面のカンナのライジングガンダムの状態を確認する。

 ガンダムAGE-Iと、中近距離で付かず離れずの戦いを継続しているようだ。少し危なっかしいが、今すぐに撃墜されるようなことは無い――

 

 不意に意識の外から敵機接近のアラートが鳴り響いた。

 

『っておい!?』

 

 ほんの少し意識をカンナのライジングガンダムに向けていた、その隙を狙っていたのか、いつの間にかプリンセスルージュが迫り来ていた。

 ソウジも半ば反射的に操縦桿を振るい、ワルキューレサーベルをナイフで弾き返す。

 

『ショウコ!おまっ、騙しやがったな!?』

 

「敵の目の前でよそ見する方が悪いんですー!」

 

 先程までは互角であったが、不意を突かれた今のソウジは防戦一方であり、勢いに乗ったショウコの猛攻を凌ぐのが精一杯だ。

 だからこそ――それ以外のことに意識が回らなくなる。

 

 体勢を整えようと、ソウジはガンダムアスタロトブルームのブーストアーマーを噴かし――スラスターの蒼炎が足元の薄氷を溶かし、その部分が崩れ沈んだ。

 

『うぉっなんだ!?足場がっ!?』

 

 一度脆くなった薄氷は瞬く間に砕け、ガンダムアスタロトブルームを氷海へと引き摺り込む。

 

「もらったよ、ソウくん!」

 

 下半身が完全に嵌ってしまって身動きが取れないガンダムアスタロトブルームを仕留めるべく、ショウコはプリンセスルージュを加速させる。

 ワルキューレサーベルを突き出し、ガンダムアスタロトブルームのボディを貫かんと迫り――

 

『逆転の発想、ってな!』

 

 その寸前、ガンダムアスタロトブルームは両手のナイフで薄氷を叩き割り、自機を完全に氷海へ潜らせてしまう。

 

「っとそう来る!?」

 

 勝負あったと確信出来た一撃を躱され、ショウコは反応が遅れてしまう。

 慌ててプリンセスルージュを反転させ、レーダーでガンダムアスタロトブルームの動きを追う。

 

 その狙いは――ガンダムAGE-Iだ。

 

 

 

 ドッズライフルとビームガンが交錯し、ビームサーベルとヒートナギナタが打ち付け合い、時折シールドランチャーとバルカン砲が互いを相殺する。

 

『やりますね、アスノさん』

 

「ツキシマさんも、ねっ」

 

 ガンダムAGE-Iの振り降ろすビームサーベルを、ライジングガンダムはヒートナギナタで受け、弾き返す。

 

『えぇぃッ!』

 

 返す刀で踏み込みつつヒートナギナタを薙ぐライジングガンダムだが、アスノは操縦桿を引き下げてガンダムAGE-Iをバックステップさせてその一閃を躱す。

 

 両者の間合いが再び開いた、その時。

 

「んっ?真下から!?」

 

 自身の真下からと言う思いがけない方向からの接近警報に、アスノは目を見開く。

 慌ててガンダムAGE-Iを飛び退かせると、0.5秒前までいたところの薄氷が下から叩き割られ、デモリッションナイフを振り上げたガンダムアスタロトブルームが、海飛沫と共に現れた。

 

『不意打ち上等!』

 

 海面から現れたついでに飛び上がり、ガンダムアスタロトブルームはデモリッションナイフを振り上げ、ガンダムAGE-I目掛けて勢い良く振り降ろす。

 

「な、なんで海からソウジが……うわっ」

 

 アスノは再度操縦桿を捻らせ、間一髪のところでデモリッションナイフの一撃を躱し――叩き付けられた部分を中心に薄氷が叩き割られる。

 

 そのままバックホバーさせつつ、アスノは戦況を確認していく。

 自機の近くに、敵対反応が二つ。

 僚機――ショウコの反応は少し離れているが、真っ直ぐこちらに向かってきている。

 恐らくソウジが、ショウコとの戦闘中に氷海へと潜航し、下から不意打ちを仕掛けるつもりだったのだろう(ソウジが氷海へ潜り込んだのは偶発的なものだったが)。

 まずはショウコと合流したいが、さすがに二対一の状況を長く保たせられる自信はアスノには無かった。

 そうこうしている内に、ライジングガンダムがビームガンを、ガンダムアスタロトブルームがハンドガンを、それぞれ構えて発砲してくる。

 アスノは操縦桿を握り締めて、

 

「翔べっ、AGE-I!!」

 

 思い切り押し込んだ。

 すると、ガンダムAGE-Iは各部のスラスターユニットを炸裂させ、一気に飛び上がってビーム弾と銃弾を躱す。

 それだけに留まらず、ぐんぐん高度を上げて高空へと舞い上がる。

 ガンダムAGE-I自体に飛行能力は無い。

 だが、機体の完成度の高さが為せる推進力の強さが、高高度のハイジャンプを可能にする。

 ここまでの高度なら、スナイパーライフル並みの射程で無ければ届かない。

 

「ショウコっ、こっちだ!」

 

「アスくんっ?了解!」

 

 アスノの通信に反応し、ショウコはプリンセスルージュをガンダムAGE-Iの着地点へ急がせる。

 しかし、その長距離を狙える攻撃手段を、ライジングガンダムは持っている。

 

『この距離なら……』

 

 ライジングガンダムはシールドを切り離して、ビームボウの弓を展開し、ビームの弦を引き絞る。

 カンナのロックオンカーソルが捉えるのは、プリンセスルージュの背後。

 ライジングガンダムがその構えを見せ、ショウコがそれに気付いていないと悟ったアスノは、ほぼ咄嗟に操縦桿を押し出して機体を加速させていた。

 

『当てて、みせますッ!』

 

 放たれるは、ライジングアロー。

 輝くビームの矢が、プリンセスルージュへと迫り――

 

「ショウコッ!」

 

「えっ、きゃっ!?」

 

 ガンダムAGE-Iが、シールドを構えながらプリンセスルージュを突き飛ばし――ライジングアローがシールドの上半分を突き破り、さらにガンダムAGE-Iの左肩を抉った。

 

 モニターの左半分が激しく震動し、左肩の損傷を告げるアラートが鳴り響く。

 

「アスくんっ、大丈夫!?」

 

 左肩からスパークが漏れるガンダムAGE-Iの元に、プリンセスルージュが駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫。シールドが半分吹っ飛んだだけ」

 

 まだ十分戦えるよ、とアスノは気丈に振る舞う。

 

「ごめん、あたし全然気付いてなかった」

 

「僕も迂闊だった。ライジングアローの射程を見誤ってたよ」

 

 普通に狙撃出来るくらいはあるよ、とアスノは感心したようにぼやく。

 

『アスノの奴、あの咄嗟で最小限のダメージで抑えやがった』

 

 ソウジは、先程のライジングアローでショウコのプリンセスルージュは撃墜されると、確信していた。

 が、蓋を開けてみればガンダムAGE-Iがプリンセスルージュを守り、その上で被害を最小限に抑えてみせた。

 シールドは半壊したが、まだ脅威であるドッズライフルは普通に撃ってこれる。

 本来なら、プリンセスルージュの代わりにガンダムAGE-Iが撃墜されてもおかしくはなかったのだ。

 身代わりになってなお生きているアスノの悪運強さ……否、恐らく彼はこれも意図的に行ったのだと思い、ソウジは薄ら寒い感覚を覚える。

 

『さすがアスノさん……と言いたいですけど、今はあまり嬉しくないですね』

 

 カンナはライジングガンダムのビームボウを閉じて、ビームガンを持たせ直す。

 

 戦局はソウジ・カンナチームに傾いたが、アスノ・ショウコチームの挽回の目も十分残されている。

 

「アスくんに守ってもらったぶん、あたしも頑張らないと!」

 

「だからって突っ込み過ぎると援護も難しいけどね」

 

 戦意を高揚させるショウコだが、アスノがそれを諫める。

 バトルはまだまだこれからだ。

 

 

 

 モニターでアスノ達のバトルを眺めていた金髪の男性はふと立ち上がって、バトルブースの方へ足を向ける。

 

「どうしたんだい?」

 

 アミダ姐さんはその背中に声を掛ける。

 

「バトラーの血が騒いだ、ということにしていただきたい」

 

 背中越しにそう答えながら、彼は懐から『銀色のマスク』を取り出した。

 

 

 

 ガンダムAGE-Iのドッズライフルが貫き、ライジングガンダムのビームガンが放たれ、プリンセスルージュのワルキューレサーベルが閃き、ガンダムアスタロトブルームのデモリッションナイフが振り抜かれる。

 

 凍結した氷海も徐々に崩れ始めており、足場もその数を減らされていた。

 

 跳躍してドッズライフルの火線を躱したカンナのライジングガンダムは、着地しようとして、

 

『えっ!?』

 

 ズル、と接地がズレた。

 凍結した表面が溶けて滑りやすくなっており、これまでと同じように着地時ようとしたライジングガンダムは、スリップしてしまったのだ。

 尻もちをついてしまうライジングガンダムに、プリンセスルージュが飛び掛かった。

 

「カンナちゃん覚悟!」

 

 突き出されたワルキューレサーベルは、ライジングガンダムのバイタルバートを貫いた。

 

『うぅっ、ごめんなさいキタオオジさん……』

 

 ライジングガンダム、撃墜。

 

『マジかっ、こっから二対一はキツいな!?』

 

 ソウジはガンダムアスタロトブルームのハンドガンを連射してガンダムAGE-Iを牽制するが、保守的な立ち回りに切り替えたアスノは、付かず離れずの間合いを維持しながらも、ドッズライフルによる射撃をチラつかせてくる。

 

 このままショウコと連携してソウジを追い込んでいけば……

 

 そう思った時だった。

 

 

 

 ライジングガンダムが撃墜されて、自分のモニターがフィールドを俯瞰するような視点に切り替わったのを見て、カンナはちょっと落ち込む。

 だが、その落ち込みは別の驚きに変わることになる。

 

「お嬢さん、少々失礼する」

 

「えっ?」

 

 ふと、カンナに声をかける男性の声。

 カンナはパッと振り返ると、そこにいたのは銀色のマスクで目元を覆う金髪の男性。

 

「……えっ、あっ、あなたはもしかして……ッ!?」

 

 半信半疑と驚愕に絶句するカンナを尻目に、仮面の男はコンソールを操作しながら自分のバナパスとガンプラを読み込ませていく。

 

 

 

 突如、三人のモニターに『WARNING!!』の赤いテロップが横切る。

 

「なんだ?」

 

「えっ、乱入!?」

 

 アスノとショウコはすぐに辺りを見回して警戒する。

 

『おいおい、バトってる最中に乱入とかいい度きょ……』

 

 ソウジは自分が使っている筐体の隣――ついさっきまでカンナが使っていた筐体にいる人物を見て、

 

『…………へッ!?』

 

 間抜けな声を漏らした。

 

 数秒の後、彼方から雪煙を巻き上げながら高速で接近してくる、何者かの機体。

 

 シャア専用機のサーモンピンクを基調に彩られた体躯はずんぐりとしていて、特に脚部が太く重々しい。

 それは、ジオン軍の重MS『ドム』をベースにしたガンプラであるが……

 

「えっ……あのドムって、まさか!?」

 

 アスノは、自分の目に映るそのドムが、何かの見間違いではないかと疑った。

 見間違いではないとしたら、だが、

 

 だとしたら。

 

 雪煙が晴れ、その全貌が明らかになる。

 

 ドムをベースに、機体各部にバーニアや装甲、武装を増設し、それでいて無駄なく洗練されたその姿。

 

 そして何より、オープン回線にて流れてくるその声に、聞き覚えがありすぎた。

 

 

 

『見せてもらおうか。君のガンプラの性能とやらを』

 

 

 

 GPVS最強のバトラー――アカバ・ユウイチ。

 

 そして、その彼の愛機――『ドムソヴィニオン』。

 

 それが、アスノの前に現れたのだ。

 

「あ、あのー……もしかしなくても、アカバ・ユウイチさん、だったり……?」

 

 ショウコのプリンセスルージュが右マニピュレーターで挙手した。

 

『いかにも。私の名はアカバ・ユウイチ。ご覧の通りGPVSバトラーだ』

 

 セリフのひとつひとつが、シャア・アズナブルを彷彿させる。

 間違いない、なりすましではない本人そのものだ。

 

『突然乱入したことは謝罪しよう。だが、私は我慢弱い。どうしても確かめたいことがあってな』

 

 それは、とドムソヴィニオンのモノアイが、アスノのガンダムAGE-Iへと向けられる。

 

『イチハラ・アスノ君。私とバトルしてもらおう』

 

 アスノは一瞬、ユウイチから何を言われたのか理解できなかった。否、理解は出来ても自意識が思考に追い付いていなかった。

 

「……はっ?えぇっ!?僕ですか!?」

 

『そうだ』

 

「いや、その、なんで、待って、……えーっと、どうして僕なんですか?」

 

 あのアカバ・ユウイチから名指しで指名されると言う、嬉しさと畏れ多さと驚愕と混乱が綯い交ぜになり、アスノは頭の中ではぐるぐると渦巻いている。

 

『君のそのAGE-1、それと君自身に興味を持った。それ以上はあるかもしれないが、それ以下はない』

 

 アスノとユウイチの対話を、傍から聞いていたショウコとソウジは、戸惑うアスノに発破をかける。

 

『見ろよアスノ、あのアカバ・ユウイチさんのお眼鏡に叶ったんだろ!ほれ、一発かましてこいよ!』

 

「アカバ・ユウイチさんと戦えるなんて、選手権で決勝まで勝ち抜くくらいしか出来ないんだから!アスくん、ガンバ!」

 

 言いたいことだけ言ってから、プリンセスルージュとガンダムアスタロトブルームはその場から離れる。

 

「うっ、ぐっ……わ、分かった、頑張る……ッ」

 

 緊張を生唾と共に腹の底へ飲み込み、操縦桿を握り締め直す。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I……行きます!」

 

『アカバ・ユウイチ、ドムソヴィニオン、出るぞ』

 

 瞬間、何かが爆発したかのような轟音と共に、ドムソヴィニオンが一直線に突撃してくる。前傾姿勢で地表を"滑空"する様は、まるでケンプファーのようだ。

 

「はっ、速っ……!?」

 

 半ば反射でドッズライフルを撃つアスノだが、ドムソヴィニオンは速度と姿勢をそのままに、往なすようにドッズライフルのビームを躱す。

 

『当ててみるがいい。当てられるものならな』

 

 往なすと同時に抱え込むように構えたジャイアントバズを発射、一直線にガンダムAGE-Iへ飛んでくる。

 対するガンダムAGE-Iも、シールドランチャーを発射してジャイアントバズにぶつけて相殺爆破させ、

 

「当たってくれっ!」

 

 ジャイアントバズとシールドランチャーが巻き起こした爆煙を目隠しに、ドッズライフルを放つ。

 文字通り爆煙を突き破るビーム。

 

 だが、その先にドムソヴィニオンの姿はない。

 

「どこにっ?」

 

 アスノは慌ててレーダーを確認しようとして、

 

 正面にいなかったはずのドムソヴィニオンがいつの間にか目の前にいた。

 

「ぃぇっ!?」

 

『前方不注意だぞ、アスノ君』

 

 ドムソヴィニオンは再度ジャイアントバズを発射、先程よりも縮まった距離では、シールドランチャーによる迎撃も間に合わず、ガンダムAGE-Iは咄嗟にシールドで受ける。

 けれど既に半壊し、損傷も嵩んだシールドではジャイアントバズの弾頭の炸裂は防ぎきれず、シールドもろとも左腕が吹き飛んだ。

 

「うっ、くそっ!」

 

 肩口から吹き飛んだ左腕の損傷のアラートを見流しつつ、アスノは操縦桿を引き戻してドムソヴィニオンとの距離を置きつつ、ドッズライフルを捨ててビームサーベルを抜き放つ。

 

『ほぅ、敢えてライフルを捨てたか』

 

 ならば私も応えよう、とユウイチはウェポンセレクターを回す。

 ドムソヴィニオンはジャイアントバズを放り投げ、背部からビームサーベルを抜き放つ。本来ならばヒートサーベルであるそれを改造したものだ。

 滑空の姿勢のまま突撃してくるドムソヴィニオンに、ガンダムAGE-Iは真っ向勝負を仕掛ける。

 

 激突、ピンクとイエローのビーム刃同士の干渉が蒼白のスパークを迸らせる。

 

 だが、ビームサーベルの出力差があまりにも大き過ぎる。

 

「ぐっ……!?」

 

『サーベルのパワーはこちらが勝っているぞ?』

 

 彼が意図したかは不明だが、シャアの「サーベルのパワーが負けている!?」と言うセリフへの意趣返しともとれるような挑発だ。

 このままでは、ビームサーベルごと押し切られて機体を斬り裂かれてしまう。

 

「サーベルがパワー負けしてるなら……っ」

 

 アスノはウェポンセレクターを打ち込み、

 

「敢えて押し負ける!」

 

 不意にビームサーベルの通電を切り、同時に機体を屈ませる。

 当然、反発が無くなったドムソヴィニオンのビームサーベルは振り抜かれ、空振りに終わる。

 

『ほぅ』

 

「で、もう一度ッ!」

 

 再度ビームサーベルを出力させて、ドムソヴィニオンの右腕を斬り裂こうと振り上げ――

 それよりも先にドムソヴィニオンは真上へ上昇していた。

 

『甘いな』

 

 不敵な声がアスノに届いた時には、ドムソヴィニオンは急降下、ガンダムAGE-Iを上から踏み潰すように踵落としを叩き込んだ。

 

「ッ!?」

 

 ガンダムAGE-Iは薄氷に叩きつけられ、その衝撃で薄氷が砕け、氷海へ沈み込む。

 

「あっ……う、動け!?動いてくれっ、AGE-I!?」

 

 アスノは機体を上昇させようとするが、今の踵落としで機体が甚大なダメージを受けてしまったせいで動けなくなってしまっていた。

 

 ガンダムAGE-Iは、そのまま海中へ――フィールドアウトしていった。

 その間際、ドムソヴィニオンのモノアイが「私に勝つのはまだ早いぞ」と告げているように見下ろしていた。

 

 ガンダムAGE-I、フィールドアウト。

 

 

 

 バトルが終了し、リザルト画面が流れる前で、アスノは呆然としていた。

 

 瞬殺、惨敗。

 控えめに言ってそうとしか言えない結果だった。

 

「これが、アカバさんの実力……」

 

 否、全力では無いだろう。

 実力の、恐らくほんの一部。

 本気の全力なら、ドムソヴィニオンの姿を観察する間もなく撃ち落とされていただろう。

 

 ふと、向かいの筐体にいた仮面の男――アカバ・ユウイチが、アスノを見ていた。

 

「ぁ……」

 

 テレビや雑誌の向こう側でしか見れなかった姿が今、自分の目の前にいる。

 何か言われたら何と答えればいいのか。

 頭が真っ白になりそうになるアスノに、ユウイチは

 

「未熟千万」

 

 その四文字を叩き付けた。

 

「…………え?」

 

 開口一番のそれに、アスノは目を見開く。

 

「君のAGE-I、確かに素晴らしい完成度だ。だが、どこか妥協したようにも見られるな」

 

 妥協。

 そう言われてアスノは思い当たる節を否定出来なかった。

 

「バトルもだ。敢えて競り負けて攻撃をやり過ごし、反撃に移ると言う機転の良さ。しかし、二手三手先を考えている相手に受け身技は通じんよ」

 

「……」

 

 一方的な指摘だが、アスノにそれを言い返せる材料も力も無い。

 

「君達は、今年の夏の選手権の優勝をめざしていると聞いた。開催まであと三ヶ月。全てを整えて来たまえ」

 

 ユウイチは仮面を外して、その素顔を見せた。

 

 強き意志を宿した碧眼をしていた。

 

「私は、君の挑戦を楽しみにしている」

 

 それだけを言い残して、ユウイチは踵を返してバトルブースを後にしていった。

 

 そのやり取りを見ていた他の三人は。

 

「やべぇ、何だあのカッコよさ……惚れるだろ」

 

 ソウジは興奮気味にユウイチが去っていた方向を見つめ、

 

「さすが……さすがと言うべきですね……っ」

 

 カンナは彼に声を掛けられてから終始緊張しており、

 

「あの人って、あんなに大人気無かったっけ?」

 

 ショウコだけはちょっと幻滅していた。

 

 我に返ったアスノは、慌てて筐体からガンダムAGE-Iを取り出した。

 

 妥協したようにも見られる。

 

 そうユウイチに言われた通りだと思った。

 

「選手権で優勝するには、あの人と、あのドムを超えなくちゃいけないんだな……」

 

 自分にそれが出来るだろうか。

 いや、やらなくてはならない。

 

 優勝を目指すと決めたからには、全てを出し切るつもりで挑まなければ。

 

 間近に見た、アカバ・ユウイチと言う強大な壁。

 

 それを超えていくためには。

 

 アスノは、改めて優勝への決意を新たにした――。

 



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4話 狙撃せし汚れ仕事人

 身内戦……からのアカバ・ユウイチの乱入を受け、惨敗を喫したアスノ。

 ユウイチが去った『鎚頭』の店内の製作ブースの席で、四人は話し合っていた。

 

「やっぱり凄い人だね、アカバさん」

 

 開幕一番そう言ったのはショウコ。

 

「もしさっき選ばれたのがアスくんじゃなくてあたしだったとしても、多分同じような結果で負けてたと思う」

 

「俺も同感だわ。つか、アスノじゃなきゃあそこまで戦えるとは思えねぇ」

 

 ショウコの言葉に便乗するのはソウジ。

 

「私だったら最初の射撃に反応出来たかどうか……」

 

 カンナも然り。

 

「僕の実力云々はともかく、今の僕達じゃアカバさんのチームはおろか、アカバさん一人にだって勝てない」

 

 例えこの四人とユウイチが一人でバトルしたとしても、結果は変わらないだろう。

 アスノは、自分の手に握るガンダ厶AGE-Iを見下ろす。

 敗北による負の感情に押し潰されたのではない。

 むしろ逆――ユウイチとのバトルに負けたことが、彼の心に火を点けたと言ってもいい。

 

「(目の前で見たからわかる。アカバ・ユウイチさんの、あのドムの完成度!あれは、一週間や二週間で出来るものじゃない……!)」

 

 あのドムソヴィニオンと対峙して勝てるガンプラなど果たしてあるものか。

 いいや、作らねばならない。

 選手権の優勝には、彼を打ち破る必要があるのだ。

 彼だけではない。彼とチームを組んでいる者らや、それ以外のチーム。

 それら全てを打倒して勝ち抜いていくためには。

 

「あの人の相手をするのに恥ずかしくないガンプラを作るのはもちろん、僕達一人一人の操縦技術もそう、あとはチーム戦だから、連携も取れるようにならなきゃ」

 

 当たり前のことだ。

 だが、当たり前のことだからこそ、それを主軸にしなければならない。

 

「ってかそもそも俺ら、最後の一人がまだいねぇんだよなぁ」

 

 ソウジがそれをこぼした。

 そう。

 まだアスノ達は、ユウイチと同じ土俵に立つどころか、回しを腰にすることすら出来ないのだ。

 

「ねぇアスくん、ミカ姉さんってガンプラバトル出来たっけ?」

 

 ショウコは、アスノの姉であるミカの名を挙げた。

 が、当のアスノは「うぅん」と首を振る。

 

「ガンプラバトルどころか、ガンプラだって作ったことないよ」

 

「そっかぁ……」

 

 弟が弟なら、姉も姉……と言うショウコの淡い期待はそもそも論外だった。

 

「アスノさん、お姉さんがいるのですか?」

 

 ふとカンナが、アスノの家族構成について訊ねた。

 それに答えるのはソウジ。

 

「そっか、ツキシマはまだ知らないんだったか。アスノな、姉さんと二人で暮らしてんだよ」

 

「付け加えると、両親は有給休暇中で半年くらい家を空けてる。だから、今は僕と姉さんだけ」

 

「そうなのですか」

 

 ふむむ、と頷くカンナ。

 

「とまぁ、ウチの姉さんはガンプラ関連ではアテになりませんということで」

 

 あと一人、と来るとなかなか人材は見つからないものである。

 

「焦らなくてもいずれ……なんて悠長に構えてたら絶対に間に合わないし、早くなんとかしないと」

 

 どうしたものかとショウコも眉間を寄せる。

 

 暫し、沈黙。

 

 店内のBGMや物音だけがこの場を包み込む。

 

 ふと、店の自動ドアが開けられて、お客が一人入ってくる。

 浅黒い肌に銀色の髪と言う、東洋人には見られない容姿の青年。

 

 彼はまっすぐにカウンターへ向かい、名瀬さんへ話しかける。

 

「おぅ、お前さんか」

 

「どうも名瀬店長。本日もお日柄よく……そうそう、取り置きのHGの『ザクIスナイパータイプ【ヨンム・カークス機】』、受け取りに来ました」

 

 世辞を交えた挨拶をしつつ、来店の用件を持ち込む青年。

 

「はいよ、ちょっと待ってろよ」

 

 名瀬さんはバックルームに首を伸ばすと、「アミダー、『ジュゲ厶』の取り置き品を出してくれ」と声をかける。

 程なくして、バックルームからアミダ姐さんが、ザクIスナイパータイプ【ヨンム・カークス機】のパッケージを手にカウンターへやってきた。

 

「おぉ、これこれ。UC系ジオン残党のガンプラは人気過ぎて、再販してもすぐ無くなるから困るんですよ」

 

 ジュゲムと言うらしい青年はスマートフォンの電子マネー決済で会計を完了させ、満足そうにそのキットを受け取る。

 

「そうだジュゲム、良けりゃでいいんだが、ちと相談に乗ってやってくれねぇか?」

 

「相談?名瀬店長がオレに相談とは、珍しいこともあるもんですね?」

 

「いやいや、相談相手は俺じゃなくて……」

 

 ふと名瀬さんは、アスノ達四人へ視線を向けた。

 

「あそこの中坊どもだ」

 

「え?」

 

 中坊どもと言われて、アスノが反応する。

 そこで初めて、ジュゲムの視線が彼らに向けられる。

 

「男女四人が集まって何をしてるのかと思いきや……それで、相談と言うのは?」

 

「そこはあいつらから聞いてくれや」

 

 それだけ言うと、名瀬さんはカウンターの奥へ引っ込んでしまう。

 やれやれと呟きつつ、銀髪を軽く掻きながらジュゲムはアスノ達の元へ歩み寄る。

 

「えぇと……」

 

 降って湧いた突然の珍客に、アスノは戸惑うが。

 

「名瀬店長から相談を受けてやれと言われて来たが……あ、オレはジュゲムだ。寿(ことぶき)が限り無いって書いて、ジュゲムと読む」

 

「変わったお名前ですね?」

 

 カンナがジュゲムの(恐らく)名字に反応する。

 

「フルネームは物凄く長いみたいに言われるが、ジュゲムだ。それで、その相談とやらは、オレが聞いて解決出来るもんかね?」

 

 名前に関する話題はここまで。

 早速ショウコが切り込んでいく。

 

「あの、あたし達GPVSの選手権の5on5に出場しようと思ってるんですけど、どうしても一人足りないんです。それで、ジュゲム……さんでしたっけ」

 

「ふむ。オレに、その最後の一人になってくれと。そういう話か……」

 

 なるほどな、と頷くジュゲムは視線を明後日の方向に向けて、

 

「……こいつは使える」

 

 ふと、口の中で何かを呟いた。

 

「え?今なんて……」

 

 何を言ったのか聞き取れず、アスノは思わず訊き返す。

 

「あぁ、いいぞ。選手権に出たいから、仲間に入ってくれってことだろう?」

 

「ホントですかっ!」

 

 仲間になると聞いて、ショウコは真っ先に飛び付いた。

 

「良かったですね、ショウコさん」

 

 カンナも嬉しそうに喜ぶ。

 

「え?いや、なんか……えっと、いいんですか?」

 

 話がうまく行き過ぎてないかと、アスノは躊躇いがちに「本当に自分達のチームに加入してくれるのか?」と再確認を取る。

 

「んー?オレの腕じゃ信用ならないかな?」

 

 意地悪そうな笑みを見せるジュゲム。

 

「そ、そう言うわけじゃ……」

 

 そうではないとアスノは言おうとするが、

 

 

 

「あぁそうだな。信用ならねぇな」

 

 

 

 この空気を叩き切るようにそう発したのは、ソウジだった。

 

「ほぉ?」

 

 否定されるような言葉を聞いて、ジュゲムはソウジへ興味を向ける。

 

「アスノもショウコも、お人好し過ぎにもほどがあんだろ。虎の子の残り一人だぞ?そう簡単に決めていいわけねぇだろうが」

 

「なんでよソウくん、せっかくあたし達のチームに入ってくれるって言ってるのに……」

 

 ショウコは口を尖らせるが、ソウジの考えは変わらなかった。

 

「俺らは選手権の優勝目指してんだ。見も知りもしねぇ奴をホイホイ受け入れて、それで上手くやれるってのか?」

 

「そう睨むなよ、怖いじゃないか」

 

 ソウジは敵意を剥き出しにする一方で、ジュゲムは飄々とした態度を崩さない。

 

「ま、君の言うことも分かるさ。ようは、選手権を勝ち抜ける実力があれば、信用してもらえるんだろう?」

 

「そうとは言ってねぇ」

 

「実力の問題ではないと?」

 

 すると、フッとジュゲムの目が細まり、口元が歪な弧を描く。

 

「……なら、ここでオレの仲間入りの話はおしまいだ。『仲良しごっこ』がしたいなら、他を当たってくれたまえよ」

 

「ぁんだとテメェ!!」 

 

 自分達が本気で目指している目標を侮蔑するような言い方に、ソウジのその腕はジュゲムの胸ぐらを掴んだ。

 

「ソウジ!」

 

「ソウくんっ、ちょっと落ち着いて……」

 

 左右からアスノとショウコが抑えようとするが、それで体格の良いソウジは止められない。

 

「仲良しごっこだぁ!?俺らは本気でやってんだぞ!それをどの口が言ってやが……」

 

「そ れ さ」

 

 胸ぐらを掴まれても全く動じないジュゲムは、堂々と曰う。

 

「自分達の力を過信し、気に入らなければ熱くなって頭に血が上る。だから大局を見失う。『鉄血のオルフェンズの二期の鉄華団と同じだ』」

 

「…………ッ」

 

 ガンダム作品を用いた例えにソウジは言い返せずに、乱暴にジュゲムの胸ぐらから手を離す。

 

「『毒を食らわば皿まで』と言う諺を知ってるかい?オレと言う存在は毒だろうけど、得られる恩恵もそれに見合うぞ?」

 

 ソウジを試す……と言うよりも挑発するような物言いだ。

 

「……その恩恵ってのは、必ず得られるもんなのか?」

 

「証拠になるかは分からないが、判断材料にはなるかな?」

 

 するとジュゲムは自分のスマートフォンを取り出すと、GPVSのアプリのプロフィールデータを四人に見せた。

 

「バトラーランク……Sランク!?」

 

 ショウコがランクを見て目を見開く。

 F〜SSランクまである中で、二番目に高いランク。

 相当な回数のバトルを勝ち抜いていなければ到達出来ない位だ。 

 

「勝率も75.8%……これは、すごいですね」

 

 カンナも興味深そうにデータを見通していく。

 

 数字だけを見ても、この四人の誰よりも上なのは明白。

 だが、ソウジはまだ否定的だ。

 

「これだけじゃ無理だ。味方におんぶだっこされてきただけかもしれねぇしな」

 

「ははっ、こりゃ手厳しい。なら、どうする?」

 

 本当にオレを手放していいのか、とジュゲムはさらに挑発する。

 その態度と物言いにまた頭に血が上りかけるソウジだが、一度長く息を吐き出して落ち着きを取り戻す。

 そうして、バトルブースを指差した。

 

「バトルだ。俺とサシでやり合え」

 

「いいね、その方が分かりやすくていい。……だが今はダメだ」

 

「はぁ?」

 

「今日のところはガンプラを持ってきてないものでね。今週の日曜日はどうだろうか」

 

「チッ……分かった。なら次の日曜、ここの開店時間でどうよ」

 

「OK理解した」

 

 ジュゲムは一度その場を離れ、カウンターの名瀬さんを呼ぶ。

 

「名瀬店長。今週の日曜日の十時頃、筐体を二つ予約してもらいたい」

 

「あいよ、日曜の十時だな。……あんま虐めてやんなよ?」

 

「ご心配なく。軽く慣らしてやるだけですよ」

 

 名瀬さんからの予約許可をいただいてから、ジュゲムは去り際にソウジヘ目を向ける。

 

「では、今度の日曜日を楽しみにするとしよう。またね」

 

 軽く手を振って、ジュゲムは『鎚頭』を退店する。

 それを見送ってから、ソウジは舌打ちしながら鞄を引っ掴んだ。

 

「……今日は俺も帰るわ。じゃぁな」

 

 それだけ言い残して、さっさと『鎚頭』を出ていってしまった。

 

 彼を引き留めることなど、残された三人には出来なかった。

 

 

 

 結局、三人だけになったのでは会話も弾むこともなく、残る三人も『鎚頭』を退店して、帰り道を並んで歩いていた。

 

「なんだか、変なことになっちゃったね」

 

 ショウコは、努めて苦笑するように言った。

 

「キタオオジさん、どうしてあそこでジュゲムさんのことを「信用出来ない」と言ったのでしょう……?」

 

 カンナは、ソウジの不可解な拒否を疑問に思っていた。

 彼自身が言っていたように、アスノ達のチームはあと一人が足りなくて、売り込むような形とはいえ、ジュゲムがチームに加入すると言うのは朗報だったはずなのに。

 

 けれど、ソウジの不信感をジュゲムは「仲良しごっこ」と言った。

 

「(ソウジは昔から排他的と言うか、自分達と違う存在が混ざるのを嫌っていたしなぁ……)」

 

 アスノは、それを心中で呟いた。

 カンナの加入を喜ばしく思わなかったのも、恐らくそれだ。

 尤も、カンナは同じ学園、同い年、ショウコのことも考慮すれば、まだ受け入れることが出来たのだろう。

 

 だが、ジュゲムはどうだ。

 詳しい年齢は分からないが、少なくとも高校生かその辺り。

 自分達とは全く異なる存在だ。

 ジュゲムも自分がアスノ達にとって異質な存在だと言うことは自覚していただろう。

 そこでソウジが拒否を示すことで、「身内以外を加入させない」と読み取ったのだろう。

 故に、「仲良しごっこ」と言う言葉が出たのかもしれない。

 

 さらに不可解なのは、一度ソウジに拒否されても、皮肉を用いて自分を売り込んできたことだ。

 ジュゲムはただチームに加入したいだけではない、何か別の目的があって近付いてきたのか。

 

「(何にせよ、喧嘩になるようなことは避けなくちゃ)」

 

 今のアスノは、それで頭がいっぱいだった。

 

 

 

 日曜日になるまでの数日間。

 学園でのソウジは、表面上こそいつも通りだったが、アスノやショウコはそれが取り繕ったものだと言うことを知っている。

 

 鬼気迫る。

 そんな言葉が、今のソウジを表していた。

 

 だが、放課後になるとすぐにどこかへ行ってしまっていた。

 彼曰く、絶対に負けるわけにはいかないからと、一人でガンプラバトルの特訓をしていた。

 

 

 

 そして、訪れた日曜日。

 

『鎚頭』の開店に合わせるように、アスノ達四人は集まっていた。

 

 そこに、ジュゲムの姿もあった。

 

「おはよう」

 

「あんたに交わす挨拶はねぇ」

 

 出会い頭にこれである。

 

「随分嫌われたもんだな」

 

 なら早速始めようか、とジュゲムは一足先に入店し、筐体の方へ向かう。

 ソウジも後を追おうとして、アスノに止められた。

 

「ソウジ、本当にいいの?」

 

「良いも悪いもねぇ。……黙って見てろ」

 

 アスノの制止を振り切り、ソウジは筐体の前に立ち、ガンダムアスタロトブルームと自分のバナパスを読み込ませていく。

 

「(あんな怪しい奴に俺達のチームを乗っ取られてたまるか……あいつらは、俺が守る!)」

 

 ソウジは、自分の怒りが義憤だと信じて疑っておらず――それがただの独り善がりと言うことに気付いていない。

 

 怒りに満ちた彼の後ろ姿を、カンナは心配そうに見つめている。

 

「キタオオジさん、大丈夫でしようか……」

 

「大丈夫だよ、カンナちゃん」

 

 だが、ショウコは構えずに事を見守る。

 

「どんな結果になっても、ソウくんなら受け入れるから」

 

 その言葉には、確かな信頼が見えた。

 

 

 

 ランダムバトルフィールドセレクトは、『ラサ基地』を選択。

 原典は『第08MS小隊』からであり、シロー・アマダ達08小隊と、病院船であるケルゲレンを守るノリス・パッカードとの死闘を繰り広げた戦場だ。

 そこかしこに廃ビルが立ち並ぶため、市街戦になる。

 

 オールグリーンを確認、ソウジは操縦桿を握り直す。

 

「キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルーム……行っとくかッ」

 

『ジュゲム、『ダーティワーカー』、仕事の時間だ』

 

 

 

 08小隊が展開する方向から出撃したガンダムアスタロトブルームは、ハンドガンを油断なく構えながら周囲の索敵を急ぐ。

 

 ギリリと奥歯を軋ませて、ソウジはセンサーとモニターを食い入るように見比べる。

 一歩一歩、慎重に廃ビルを潜り抜けていくが、敵機の姿は見えない。

 

「どこだ……どこに隠れてやがる」

 

 来るならさっさと来い、とソウジは苛立ち、

 

 その苛立ちが反応を鈍らせ、唐突なアラートに気付くのが遅れた。

 

「そ、ぐおぉッ!?」

 

 そこかと言いかけて、モニターと操縦桿の激しい震動にソウジは顔を顰める。

 その正体は、一筋のビーム。

 ナノラミネートアーマーの恩恵と、ソウジが反射的に機体を挙動させたことで、直撃を避けることは出来たが、ガンダムアスタロトブルームの前面装甲が抉られた。

 

「クソがっ、狙撃かよ!」

 

 コンソールが被弾のダメージを伝えてくるがソウジは、すぐにビームが放たれた方向に視界を向ける。

 

 そこに、ちょうどノリス・パッカードのグフカスタムが出現する場所に、ジュゲムのガンプラはいた。

 

『ガンダムEz8(イージーエイト)』をベースとしているが、カラーリングは目立たないダークグリーンのワントーン。

 各部にバーニアやアポジモーターが追加されているのは、宇宙戦にも対応するためのものか。

 然りとガンダムアスタロトブルームを狙っているのは、長銃身のスナイパーライフル。

 

 表示されている機体名は『ダーティワーカー』

 

「ダーティワーカー……"汚れ仕事人"ってか?ナメた真似してんじゃねぇぞ!」

 

 ガンダムアスタロトブルームはすぐさまハンドガンを連射して撃ち返すが、狙撃の距離でハンドガンの射程など届くはずもない。

 ダーティワーカーはすぐにそこから降りて廃ビルの中へ隠れる。

 

「隠れたって位置が分かってりゃなぁ!」

 

 ソウジは操縦桿を押し出してガンダムアスタロトブルームを加速させ、ダーティワーカーが身を隠しただろう路地裏へ回り込む。

 予想通りそこにダーティワーカーは身を潜めていたが、

 

 突如として廃ビルが爆発した。

 

「!?」

 

 爆破されて細かくなった瓦礫が、ガンダムアスタロトブルームに降り注ぐ。

 強引に突破しようとするソウジだが、ダーティワーカーは懐からハンドグレネードを転がしてくる。

 このまま直進すればハンドグレネードを喰らう、そう見たソウジは慌てて路地裏から後退しようとするが、瓦礫の雨は次々に装甲を叩き、足元を埋め尽くしていく。

 

 ハンドグレネードが炸裂する。

 直撃こそ避けられたが、ガンダムアスタロトブルームは派手に吹き飛んで路地裏から追い出される。

 

「クッソッ!汚ぇ手使いやがって……!」

 

『汚い手と言うがな。そんな汚い手に引っ掛かる方が悪いんだろうさ』

 

 そう言い残しつつ、ダーティワーカーはすぐにその場を離脱、再びソウジの視界から姿を晦ます。

 

 吹き飛ばされてアスファルトを転がったガンダムアスタロトブルームを起き上がらせて、ソウジは状況把握を急ぐ。

 

「ヤツはどこにっ……」

 

 慌ててレーダーを見てダーティワーカーの位置を確認しようとして、

 すぐにまたアラート、の直後に彼方からのビームが放たれる。

 

「ぐっ……」

 

 ソウジは操縦桿を捻り、咄嗟にガンダムアスタロトブルームの左肩装甲でビームを受ける。

 ナノラミネートの塗膜を剥がされながらも、ビームから逃れる。

 左肩装甲は歪に融解してしまっている。

 ソウジは舌打ちしつつもコンソールを打ち込み、左肩装甲をパージする。

 

「コソコソしながらチマチマ遠くから……っ」

 

 近付いて来やがれ、と言いかけてソウジは押し黙る。

 激昂すればそれこそジュゲムの思うつぼだ。

 

 一旦ガンダムアスタロトブルームを廃ビルの陰に移動させ、ソウジは深呼吸して心を落ち着かせる。

 

「スー……、フー……、っし」

 

 幾分か冷静さが戻ってきたところで、改めてレーダーを見やる。

 既に索敵範囲外へ移動したのか、赤色の敵対反応は見えない。

 しかし問題ない、勝負が振り出しに戻っただけだ。 

 廃ビルの陰から様子を覗う。

 

 どこに潜んでいるかは見えない。

 

 あぁそう言えば、とソウジは思い出す。

 

『ガンダムビルドファイターズ』の劇中で、三代目メイジン(ユウキ・タツヤ)のケンプファーアメイジングが、レナート兄弟のジムスナイパーK9と対峙した時も、ちょうどこんな感じだったと。

 

 

 

 一方、観戦モニターで両者の戦況を見ているアスノ、カンナ、ショウコの三人。

 

「ソウジが冷静になったな」

 

 アスノは、ガンダムアスタロトブルームの挙動が落ち着くのを見て、いつものソウジに戻ったと確信する。

 バトル開始から今までは、明らかに冷静さが無かった。

 狙撃の距離でハンドガンを撃ち返そうとしたのも、普段のソウジなら有り得ないことだ、そんな距離から撃っても当たらないことを知っているのだから。

 

「ソウくんが落ち着いたのはいいけど、ジュゲムさんのEz8が一方的に撃ってくるって状況は変わんないよ」

 

 ショウコがそう口にしたように、状況そのものに変化はない。むしろガンダムアスタロトブルームが被弾したせいで、ソウジの方が劣勢だ。

 

「そうでもないと思いますよ」

 

 そう言ったのはカンナ。

 

「この市街地では、高所から隠れて狙撃出来るポイントは限られています。なら、そのポイントを警戒しながら進めば、キタオオジさんにも十分勝ちの目はあります」

 

 戦場全体を俯瞰した視点だ。

 高所からの狙撃は場所が限定的な上に、遮蔽物も多いため、ショウコが言うような「一方的に撃ってくる」ようなことは、思いの外起こり得ないものだ。

 

 して、ソウジはどう動くのか。

 三人は固唾を呑んで、彼の戦いを見守る。

 

 

 

 ソウジはウェポンセレクターを回し、ハンドガンからロケットランチャーに切り替えた。

 リアスカートからロケットランチャーを取り出し、空いたラッチにハンドガンを置く。

 そうしてからコンソールのマップを開き、拡大する。

 

「(このラサ基地で狙撃出来そうな場所っつったら……ここと、ここと、ここか)」

 

 およそ、三箇所。

 この三つのどこかに、ダーティワーカーは潜んでいるはず。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……勝負と行こうじゃねぇかっ!」

 

 ソウジは気合と共に操縦桿を押し倒し、ガンダムアスタロトブルームを走らせる。

 まずは一つ目のポイントへ向けて、ロケットランチャーを発射。 

 

「一つ目!」

 

 放たれた砲弾は違わずにその高所に着弾、炸裂した。

 反応はない、ハズレだ。

 

「二つ目ェ!」

 

 次の狙撃地点へ立て続けにロケットランチャーを発射、これも途中で撃ち落とされることなく炸裂した。

 ここもハズレ。

 

「なら……そこかよ!」

 

 最後の狙撃地点にもロケットランチャーを発射、炸裂したが、ダーティワーカーが姿を現すことは無かった。

 

「……全部ハズレか?」

 

 狙撃可能な位置にいないとすれば、ダーティワーカーはどこに身を潜めているのか。

 ガンダムアスタロトブルームはロケットランチャーを油断なく構えつつ、慎重に進み始める。

 

 すると不意に、廃ビルの隙間からアラートが反応し『銃弾が連射されてきた』

 

「っとそこか!」

 

 ソウジは咄嗟にガンダムアスタロトブルームを跳躍させて銃弾を回避し、その方向へロケットランチャーを撃ち返す。

 砲弾は廃ビルの隙間に飛び込み、炸裂すると同時に銃撃が止んだ。

 

「やったか?……いや、待てよ?」

 

 ダーティワーカーの射撃と言えば、ビームのはずだ。

 けれど先ほど襲い掛かってきたのは、実弾だった。

 何かおかしいぞ、とソウジはその廃ビルの隙間を覗き込むと、

 

 そこにあったのは、被弾したダーティワーカーでは無かった。

 

「武器だけ!?」

 

 ロケットランチャーの爆破で破壊されたのだろう、シールドと100mmマシンガンの残骸だけ。

 

『そう、攻撃して見せれば食い付くだろう?』

 

 同時に、背後から再びアラート。

 反対側の廃ビルの陰から、敵対反応が出現した。

 

「しまっ……」

 

 無防備を曝しているガンダムアスタロトブルームの背面へ、ビームが襲い掛かった。

 反応してみせたソウジだが、

 ハンドガンとロケットランチャーが、ビームに焼かれて爆散した。

 

 

 

 ジュゲムは、巧妙にソウジのガンダムアスタロトブルームを翻弄していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 最初は敢えて姿を見せ付けるように高所からの狙撃。

 

 そうして追い掛けてきたところに罠を仕掛けて足止め、さらに射撃を撃ち込む。

 

 ナノラミネートアーマーに阻まれるせいで思いの外粘っているが、次が決め手。

 

 向こうが警戒して近付いてこないのをいい事に、100mmマシンガンとシールドを組み合わせた即席の砲台を作り上げて、自機はその反対サイドへ移動。

 

 ガンダムアスタロトブルームは高所からの狙撃を気にしたのか、ロケットランチャーを三箇所ほど撃ち込んで炙り出そうとしてきたが、それは徒労に終わる。

 

 そして近付いてきたところで仕掛けを動かし、100mmマシンガンで陽動。

 

 それに気を取られている隙に背後へ回り込んで一発。爆発。

 

 これで終わり……だが、レーダー反応はまだ消えていない。

 

 次の瞬間には、爆煙を突き破りながら、デモリッションナイフを構えて突撃してくるガンダムアスタロトブルームがいた。

 

「……デモリッションナイフで防いだかな?」

 

 冷静に、そう読み取った。

 

 

 

「まだ……まだやれんだよぉッ!!」

 

 反応したものの回避は不可能だと悟ったソウジ。

 そこで彼は、背面にマウントしているデモリッションナイフを盾にして直撃を防いだ。

 ビームの拡散によってハンドガンとロケットランチャーが破壊されてしまい、その爆風がガンダムアスタロトブルームを吹き飛ばした。

 が、まだ戦える。

 

 ジョイントから吹き飛んだデモリッションナイフを拾い、爆煙を切り裂くように突撃する。

 

『そこまで被弾しながらも向かってくるとは……』

 

 後先を考えてはいないが、射撃武器を失った以上、接近戦を仕掛けるチャンスは、もうここしかない。

 

 ダーティワーカーの頭部からバルカンが速射され、ガンダムアスタロトブルームの装甲を叩くが、ソウジは怯まない。

 

「接近さえ、出来りゃぁ!」

 

 無謀な突撃が功を奏したか、ダーティワーカーはバルカンの速射を止め、迎え撃つためか脚部からビームサーベルを抜いた。

 これでようやく接近戦になる。

 

『被弾を厭わず接近を試みる。確かにオレにとっては、あまりしてほしくない戦法だ』

 

「覚悟しやがれっ!」

 

 薙ぎ払われるデモリッションナイフ。

 だが、ダーティワーカーの迎撃が不自然なほど緩慢なことに、ソウジは疑問に思うことが出来なかった。

 

『でもな』

 

 肉厚の剣刃がダーティワーカーを叩き斬る寸前、そのダーティワーカーは急にガンダムアスタロトブルームへ向かって加速した。

 そして、デモリッションナイフを振るおうとしているガンダムアスタロトブルームの脇下を潜り抜けた。

 

「はっ?」

 

『だからといって、白兵戦が不得手とは誰も言っていない』

 

 デモリッションナイフを振り抜いたガンダムアスタロトブルームは今、完全なノーガードだ。

 ダーティワーカーは逆にそこから組み付き、ビームサーベルをガンダムアスタロトブルームのバイタルバートを焼き潰し――たところでエネルギーを切った。

 

『さて、これで勝負あったと思うんだが、どうだ?』 

 

 しかもトドメを刺されることなく、情けをかけられた。

 

「…………」

 

 ソウジは操縦桿から手を離してコンソールを打ち込み、、それに応じるようにガンダムアスタロトブルームはデモリッションナイフを手放した。

 

 ガンダムアスタロトブルーム、リタイア。

 

 

 

 勝敗が決し、ジュゲムの勝利に終わった。

 これで、ジュゲムがソウジに実力を示すことが出来たわけだが、肝心のソウジがどのような判断を下すのか。

 ジュゲムが先に筐体から離れて、ソウジを待つ。

 だが、ソウジは筐体の前から離れずに、リザルト画面を睨むように見ている。

 

「ソウジ……」

 

 アスノは不安だった。

 ソウジは、負けたからと言って逆ギレして当たり散らすような男ではないと知っている。

 知っているからこそ、彼がどう判断するのか読めなかった。

 

 もう十数秒の間を置いてから、ソウジはガンダムアスタロトブルームを片手にジュゲムの前に立つ。

 

「で、オレの力は、君達の役に立てるだろうか?」

 

「………………」

 

 やや沈黙。

 その後に、ソウジは気まずそうに頭を掻く。

 

「わーったよ!あぁまで完璧にやられちまったんじゃ、文句なんか言えねぇっての!」

 

 そして意を決したようにジュゲムに向き直る。

 

「……この間は悪かったな」

 

「気にしないでいい。オレも少し意地悪が過ぎたと思っていたからね」

 

 ソウジの方から和解を持ちかけ、ジュゲムはそれを受け入れた。

 

「それと、……これからよろしく頼む」

 

 ぶっきらぼうに、そう言った。

 

「こちらこそ」

 

 頷くジュゲム。

 ここに、最後の一人が揃った。

 

 

 

 アスノ、ソウジ、ショウコ、カンナ、ジュゲムの五人は、製作ブースの一角を占拠して、互いの自己紹介を行う。

 自己紹介というよりは、中学生四人がジュゲムに質問する、と言う形が近いのだが。

 

「おぉぉぉぉぉっ、Ez8のカラーリングをジムスナイパーに似せて、武装も大型のスナイパーライフル……まるで08小隊劇中の意趣返しだ……!」

 

 特にアスノは、ジュゲムの愛機であるダーティワーカーに釘付けだ。

 

 劇中では、ガンダムEz8は友軍であるジムスナイパーに狙撃されて、機体の左半身を失うほどのダメージを負わされてしまうのだが、このダーティワーカーはそのシーンに対する意趣返しが込められているような色合いだ、とアスノは言う。

 

「ブルーディスティニーの2号機と3号機も、元々は陸戦型ガンダムがベースだからね。Ez8を宇宙にも対応させるのはそう難しくはないよ。さすがにハイモビリティとか、へビーアームドとかの、ギャザービート級の改造はしなかったけどね」

 

「バックパックはジムストライカーの高出力ランドセルにバーニアを追加して、宇宙戦にも対応……あ、よく見たら100mmマシンガンにも改造がされてる?これはすごいな……!」

 

 アスノのコアな設定を引き出した上でのガンダムネタにもついていけるジュゲム。

 

 そんな二人を遠巻きから見る三人は。

 

「あー、ありゃもうついていけねぇわ」

 

 ソウジは呆れたように。

 

「あたしもちんぷんかんぷん……」

 

 ショウコは苦笑するだけ。

 

「今日のアスノさん、なんだか輝いて見えます」

 

 カンナは少し眩しそうにアスノを見つめている。

 

「ところで君達、チームを組む以上は、チーム名はどうするつもりなんだ?」

 

 ふと、ジュゲムは四人にチーム名のことを訊ねた。

 

 GPVSの選手権へのエントリーは、インターネットから必要項目を入力して送信、申請するのだが、その必要項目の中にはチーム名の入力も必須である。

 

「「「「………………」」」」

 

 それを訊ねられたアスノ達は、それもまったく考えてなかったことに気付いて、四人とも沈黙した。

 

「どうしてもと言うならオレが決めてもいいが、出来れば君達が決めてくれよ?」

 

「うっせ、言われなくても分かってら」

 

 ソウジは不機嫌そうに返す。

 

「んじゃー……『インフィニティ』はどうよ!」

 

「えぇー、『サイレントトリガー』の方がいいよ!」

 

 早速、ソウジとショウコの意見がぶつかった。

 この分だと、次に挙がりそうなのは『ミラーズ』になりそうだが。

 

「チーム名、チーム名かぁ……僕じゃこう言うセンスは無いしなぁ。ツキシマさんはどうかな」

 

 アスノは早くも他に任せて、カンナの意見を求めた。

 

「そうですね……」

 

 ギャーギャーとどっちがいいだの悪いだのと言い合っているソウジとショウコの前で、カンナは真剣に考える。

 ジュゲムは事の推移を黙って見守っているだけ。

 

「でしたら……星を意味する『エストレージャ』はいかがでしょうか?」

 

 カンナが挙げた意見に、言い合っていた二人もぴたりと止めて彼女に向き直る。

 

「星?」

 

 何故星なのか、とアスノは訊ねると。

 

「星型って、五角形ですよね。ちょうど五人って数が合いますし、『五つでひとつ』と言う意味を込めてみました」

 

 星って安直ですけど、とカンナは言うものの、

 

「僕は賛成だな」

 

 アスノが一票。

 

「星か。シンプルで分かりやいし、悪くねぇな」

 

 ソウジも一票。

 

「カンナちゃんセンスいいね!あたしも賛成ー!」

 

 ショウコも一票。

 

「ならここはオレも便乗して一票、これで満場一致かな」

 

 最後にジュゲムが一押しして、満場一致。

 

「で、では、私達五人は、チーム・『エストレージャ』として、出場しましょうっ!」

 

 チーム・エストレージャ。

 

 星の銘を関した凸凹チームが、今ここに誕生した――。



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5話 いざ勝負!VSチーム・ブルーローズ

 ジュゲムの加入によって、ついにチームを結成したアスノ達。

 その日の夜。

 RINEのグループトークにも、ジュゲムは招待された。

 中学生は四人は学園でも会えるが、彼だけは違うので、連絡手段として互いのIDを交換したのだ。ソウジだけは不服そうだったが、「まぁしゃぁねぇな」と最終的には承諾した。

 

 ということで、ジュゲムが招待されたその日の晩のトークである。

 

 ジュゲム『初めまして こんにちは』

 

 ショウコ『ジュゲムさんようこそー!』

 

 カンナ『ようこそいらっしゃいましたー!』

 

 アスノ『ようこそー!』

 

 ソウジ『いらっしゃいませ、こんにちは、いらっしゃいませ、こんにちは』

 

 ショウコ『ソウくんそれブックオンの挨拶でしょw』

 

 ソウジ『いいから話題はよ』

 

 ショウコ『はいはーい。それで、せっかくジュゲムさんが加入して結成した、あたし達チーム・エストレージャ。そのデビュー戦になる練習試合として、よそのチームとバトルしてみたいと思います!』

 

 アスノ『早速だな』

 

 ソウジ『ハム先生「望むところだと言わせてもらおう」』

 

 カンナ『どこのチームと練習試合をするのですか?』

 

 ショウコ『それはまだ決まってなかったり……』

 

 ジュゲム『これから決めるということかな?』

 

 ショウコ『( ゚д゚ )彡そう! ジュゲムさんの言う通り!』

 

 アスノ『確か公式サイトでチームを登録して、掲示板でフリーバトルを募集とか出来るんだっけ?』

 

 ソウジ『出来るっちゃ出来るが、俺らはまだ結成したばっかのチームだ。普通に募集したら、初心者狩りのカモにされるかもしれねぇな』

 

 ジュゲム『顔の見えないインターネットの、コメント上だけのやり取りだ。「チーム初めて結成しました!」などと公言すれば、悪意のある誰かに目を付けられる可能性もあるね』

 

 ショウコ『うーん、その辺はどうもねぇ……』

 

 カンナ『もしよろしければ、私の知り合いにお声がけしましょうか?』

 

 ソウジ『お?意外なところから人脈が』

 

 ショウコ『ホント!?それってどんな人?』

 

 カンナ『連絡を取りますので、一旦失礼しますね』

 

 一度トークを停止。

 数分後に、カンナの呟きが表示された。

 

 カンナ『連絡が取れました。練習試合も快諾していただきました』

 

 ショウコ『カンナちゃんナイス!』

 

 アスノ『それで、どこのどんなチームなんだ?』

 

 カンナ『家族旅行の旅先でお友達になった方のチームです。チーム情報も送りますね』

 

 続いてカンナが送信するのは、GPVSの公式サイトを経由するURL。

 タップしてサイトに接続すると、チーム情報が表示された。

 

 チーム名は『ブルーローズ』

 

 リーダーは『ソノダ・アズサ』という、カンナと同じ女子中学生で、メンバーは全員女子中学生で構成されている若いチームのようだ。

 チームランクはCと、中堅どころといったところか。

 

 カンナ『あとは、向こうとこちらの都合を合わせるだけです。いかがでしょう?』

 

 ソウジ『俺らと同じ中学生なら、土日どっちかでいんじゃね?』

 

 アスノ『僕は土日どっちでも大丈夫だと思う』

 

 ショウコ『あたしも大丈夫。ソウくんも大丈夫よね?』

 

 ソウジ『大丈夫だ、問題ない』

 

 カンナ『あちらは、土曜日の午後からが良いとのことです』

 

 ジュゲム『なら、オレも土曜に都合を合わせようか』

 

 ショウコ『土曜よろし!』

 

 ソウジ『土曜よろし!分かってんの!?』

 

 アスノ『分かってる!子どもじゃない!』

 

 カンナ『今のは、ブライトさんですか?』

 

 ジュゲム『いや、今のはトーレスの方かな』

 

 ソウジ『なんで分かったの、やばくね?』

 

 アスノ『じゃぁ、土曜日の午後にチーム・ブルーローズとバトルってことで』

 

 RINEのトークが終了し、今週土曜日に5on5のチームバトルの予定が立てられた。

 

 

 

 土曜日を迎えるまでの間、アスノ達チーム・エストレージャは、出来るだけ都合を合わせつつ、チーム戦の特訓やミーティングを行っていた。

 ジュゲムは都合もあってあまり顔合わせには来れず、十分とは言い切れないものの、チームの連携や作戦もある程度はサマになりつつある。

 

 そんな中の、平日のある日の昼休み。

 

 人も疎らな屋上で、アスノ達四人は集まっていた。

 昼食を兼ねたミーティング(と言うのはほぼ建前で、四人で集まって談笑しているだけ)だ。

 

「さぁ、今日もミーティングミーティングぅ!」

 

 元気にミーティングをするぞと言い張りながらも、弁当箱を広げるのはショウコ。

 

「ミーティングって言っても、ただくっちゃべってるだけじゃねぇか?」

 

 苦笑しながらも今日の購買戦争の戦利品を広げるソウジ。

 

「違いますよキタオオジさん。これも立派なミーティング、私達の選手権優勝の、大事な一歩です!」

 

 ショウコと同じようにミーティングするぞと意気込みつつも弁当箱を用意するのはカンナ。

 

「まぁ、根を詰めるようなミーティングよりは、楽しいくらいの方がいいと思うよ」

 

 無難に軟着陸するように〆るのはアスノ。

 

 まずは各々の昼食をある程度進めて、適当なところで。

 

「んじゃ、そろそろ真面目にやりますか」

 

 ソウジが進行役を買って出て、"ミーティング"を開始する。

 

「俺のアスタロト、アスノのAGE-I、ショウコのルージュ、ツキシマのライジン、それとジュゲムのEz8。こうしてみると、意外と遠近バランスが取れたチームだよな、俺らって」

 

 彼ら五人は、巡り合わせのようにバランスの取れたチームだった。

 

 アスノとカンナは遠近共に卒なく戦えるオールラウンダー。

 

 ソウジとショウコはクロスレンジでの近接戦闘を得意としている。

 

 ジュゲムはその四人のカバーをするように長距離射撃と作戦参謀を努める。

 

 この五人のバランスの良さが、吉と出るか凶と出るか。

 

「どっちかって言うと、汎用タイプのガンプラを、それぞれの役割に特化させてる感じだよね」

 

 そう補足したのはアスノ。

 

 ガンダムAGE-Iは、脚部をアデルのものに取り替えている以外は大きな変更点が無いので、ほぼノーマルウェア――可不可のない安定した性能バランスを持つ。

 

 ガンダムアスタロトブルームは、接近戦を好むソウジのカスタムから、格闘戦に特化しているように見えるが、武装次第では砲撃戦も十全にこなすことが出来る。

 

 プリンセスルージュは、孫尚香ストライクルージュと言う三国伝系列の機体なため、格闘戦しかほぼ出来ないが、ライフルの類を装備することで、射撃戦にも対応出来る。

 

 ライジングガンダムは、MFでありながら、MSと言う兵器としての側面を強く意識した機体であるため、これも武装次第で遠距離戦も可能になる。

 

 ダーティワーカーは、狙撃に特化した機体であるものの、元がガンダムEz8(陸戦型ガンダム)なため、やはり装備によって得意な間合いが変わるだろう。

 

「司令塔役はジュゲムさんがするし、あたし達はジュゲムさんの立てる作戦を元にバトルしてく感じかな」

 

 ショウコが言うように、狙撃機――最後方に陣取る機体は、他の僚機の動向を後方から把握し、刻一刻と変化する戦況に応じて指示を与える役割も含まれる。

 

「あのー……少しよろしいでしょうか」

 

 ふと、カンナは躊躇いがちに挙手した。

 

「はいカンナちゃん、どうぞ」

 

 ショウコが発言許可を下ろす。

 

「ジュゲムさんのことなのですが……あの人、以前はチームに所属していたのですよね?」

 

 カンナのその意見と言うか疑問は、他三人も感じていた。

 ジュゲムは確かにハイランカーで、勝率も高い。

 それだけの戦績があれば、既にチームに所属しているものだろう、とアスノ達も思うところがある。

 けれど、ジュゲムは無所属だったために、チーム・エストレージャに加入した。

 

「なのに、どうして私達のチームに加入したのか、が分からなくて……」

 

 それに対して、ソウジは「さぁな」とどこか投げ遣りに応えた。

 

「昔はどこで何やってたかなんて、関係ねぇし興味もねぇ。今は俺らのチームにいる。そんだけだろ」

 

「でも、僕は気になるかな」

 

 しかしアスノは、カンナの疑問を真剣に感じていた。

 

「あれだけ実力があるなら、チームとしては絶対に手放したくないはずだよ。仮にもし、以前はどこかのチームに所属していたとしたら、何か理由があって抜けたのか、チーム自体が解散したのか……」

 

 その辺りのことを、ジュゲムは明かそうとしない。

 訊ねようとしても、どこか煙に巻くような発言ばかり繰り返し、結局その真意を伺うことが出来ないでいた。

 

「まぁ、言いたくないことって誰にでもあるんだし、無理に暴こうとして関係がギクシャクするのも嫌だし、今はこのままでいいと思うの」

 

 教えたくないことを無理に訊き出すことはない、とショウコはアスノの思考を遮る。

 

「それより、ごはんの続き食べよっか。ぼーっとしてたら昼休み終わっちゃうしねっ」

 

 ミーティングはそこで終了し、四人は食事に集中することにした。

 

 

 

 そして迎えた土曜日、時刻は15:00の少し手前。

 

 アスノ達五人は、蒼海学園から少し離れた位置にある大型のゲームセンターに訪れていた。

 五人分の筐体の空きを確保したところで、カンナはスマートフォンを開き、ビデオ通話を行う。

 数秒のコールの後に画面に、青いロングストレートヘアの少女――ソノダ・アズサの顔が映る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『もしもし、カンナ?』

 

「こんにちはアズサさん。間もなく刻限です、準備のほどはいかがですか?」

 

『こっちは万事問題無いわ。部屋はこちらで作るわね』

 

「分かりました。ではお互い、死力を尽くしましょう」

 

『えぇ、こちらも勝ちを狙いに行かせてもらうわ』

 

 カンナはニコニコと、アズサは真剣な顔を最後に、通話が切られた。

 

「そう言えば、私達のチームリーダーってどなたになるのでしょうか」

 

 ふとカンナは思い出したように、他四人にその話題を振る。

 

「ん?そんなのアスノに決まってんだろ?」

 

 何を今更とでも言うように、ソウジがアスノをリーダー推薦する。

 

「な、なんでそこで僕?そこは普通、ソウジだろ?」

 

 ソウジの方がリーダーらしいだろ、とアスノは言うが。

 

「アカバさんのお眼鏡に叶うくらいだし、アスくんがリーダーの方がいいと思うよ」

 

 ショウコが後押しし、

 

「これはもう認めるしか無いんじゃないか?」

 

 ジュゲムが逃げ場を潰し、

 

「アスノさんなら、きっと立派にリーダーをやれますよ」

 

 トドメとばかりカンナからの期待。

 

「うっ……わ、分かった、なんとかやってみせるよ」

 

 チーム・エストレージャ、リーダーは、イチハラ・アスノに決定。

 準備は可能な限り行った。

 あとは、出たとこ勝負だ。

 

 

 

 各々のガンプラとバナパスを読み込ませ、同期させていく。

 オンラインフリーバトルモード、5on5。

 

 ランダムフィールドセレクト、『モラリア空軍基地』

 

 原典は『00』のファーストシーズンからで、AEUとPMCトラストが集結した基地であり、そこへソレスタルビーイングの四機のガンダムが攻撃を仕掛け、作戦は順調に進むかと思いきや、ガンダムマイスター刹那・F・セイエイのガンダムエクシアの前に、傭兵アリー・アル・サーシェスのAEUイナクトカスタムが現れ……と言う場面だ。

 

 GPVSのフィールドとしては、余計な障害物の少ない、シンプルで広い地上戦を展開可能だ。

 

 マッチング同期が完了、出撃スタンバイ。

 

 いよいよ、チーム・エストレージャの初陣だ。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I!」

 

「ツキシマ・カンナ、ライジングガンダム!」

 

「キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルーム!」

 

「コニシ・ショウコ、プリンセスルージュ!」

 

「ジュゲム、ダーティワーカー」

 

 全機のアイカメラが力強い輝きを放つ。

 

「チーム・エストレージャ、行きます!」

 

 一斉にリニアカタパルトから打ち出され、モラリア空軍基地へと出撃していく。

 

 

 

 出撃完了し、着地していくチーム・エストレージャの面々。

 全機の着地を確認するや否や、ジュゲムは通信を繋ぐ。

 

「さてさて全機、通信状態はどうか?」

 

 アスノは「大丈夫です」と、カンナは「感度良好です」と、ソウジは「言うまでもねぇ」と、ショウコ「バッチグーです」と、それぞれ伝える。

 

「このフィールドでは小細工を仕掛けるのは難しい。状況を見て、随時オレが指示を出そう。よろしいか?」

 

 四人から「了解」を聞き、ジュゲムは頷いた。

 

「よーし……それじゃぁまずはセオリー通りに行こうか」

 

 セオリー通り、という指示の下、ガンダムアスタロトブルームとプリンセスルージュが前に、そのやや斜め後ろ左右にガンダムAGE-Iとライジングガンダム、一番後ろ中央にダーティワーカーが控える、矢状陣形を整えて前進開始。

 

 そうして間もなく、この中で最も索敵範囲の広いダーティワーカーが、敵対機の姿を捉える。

 あちらも、アスノ達と同じような陣形を取りつつ向かってくる。

 

『ガンダムヘビーアームズ』の改造機に、『シュヴァルベグレイズ』、袖付き仕様の『ドライセン』、『ギラ・ドーガ』、少し色の違う『Gバウンサー』の五機。

 

 ガンダムヘビーアームズの改造機の機体銘は、『ガンダムアズールカノン』と言うらしく、HGACのガンダムヘビーアームズをベースに、『ガンダムヘビーアームズ改【EW】』の要素を組み込んだ機体のようだ。

 ジュゲムはその場でダーティワーカーを止め、捕捉状況を各機に伝える。

 

「ふむ……恐らくはドライセンとギラ・ドーガが前衛、足の速いシュヴァルベとGバウンサーがそのフォローに回り、指揮系統を統括するのがヘビーアームズってところかな」

 

 もう数秒もしない内に、双方の射程に入るだろう。

 距離が離れている内に、ダーティワーカーはビームスナイパーライフルを構え、戦闘にいるドライセンに狙いを付け、狙撃。

 

『狙撃?』

 

 しかし、不意を突かない射撃は反応され、ドライセンはビームを躱す。右肩を掠めた程度で、大したダメージにはなっていない。

 ダーティワーカーの狙撃を狼煙に、本格的な衝突が始まった。

 

 ギラ・ドーガがビームマシンガンを、シュヴァルベグレイズがライフルを連射して牽制、それに対してプリンセスルージュがマギアライフルを撃ち返し、ライジングガンダムもビームガンで応戦する。

 

 もう一方では、ガンダムAGE-Iとガンダムアスタロトブルームが、ドライセンとGバウンサーを相手取ろうとするが、その背後から、アズサのガンダムアズールカノンが後詰めに来る。

 

『墜させてもらうわ』

 

 ガンダムアズールカノンは両腕に備えたダブルガトリングガンを向けると、ガンダムAGE-Iとガンダムアスタロトブルームに凄まじい銃弾の嵐を撃ち込む。

 

「さすがヘビーアームズ、間近でみると火力やべぇな」

 

 ソウジはダブルガトリングガンの銃弾を掠めながらも、巧妙にやり過ごしている。

 

「呑気なこと言ってる場合じゃないって……!」

 

 アスノもシールドを使いつつも被弾を防いでいるが、それも長くは保たない。

 そうこうしている内にも、ドライセンとGバウンサーはそれぞれヒートサーベルとビームサーベルを抜いて近接戦闘に持ち込もうとするが、その側面からダーティワーカーが頭部バルカンでドライセンを牽制しつつ、100mmマシンガンでガンダムアズールカノンも牽制する。

 

「指揮官機はオレがマークしておこう。二人とも、そちらは任せるよ」

 

 ガンダムアズールカノンの相手はジュゲムが受け持つようだ。

 

「了解です」

 

「言った端からやられんなよ?」

 

 アスノは素直に応じ、ソウジは皮肉を交えて応じる。

 

「ドライセンは俺が。アスノはGバウンサーを頼むぞ」

 

「うん」

 

 ガンダムアスタロトブルームは、ドライセンへ向けてハンドガンを撃ちつつ、左マニピュレーターにナイフを抜き放って近接の間合いに持ち込む。

 

「先手必勝ォ!」

 

 ナイフを突き出すガンダムアスタロトブルームだが、ドライセンは巧みにヒートサーベルを振るってそれを弾き返す。

 

 火花と熱プラズマが鎬を削り合うもう一方、ガンダムAGE‐IとGバウンサーは、双方とも中距離の間合いを維持しつつ、ドッズライフル同士の応酬だ。

 相手からのドッズライフルを警戒しつつも、アスノは味方機の戦況を見やる。

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームは、重装の機体であるドライセンを相手に巧妙に立ち回っており、余程のことが無ければ負けることはないだろう。

 

 カンナのライジングガンダムとショウコのプリンセスルージュは、互いに連携しあってギラ・ドーガとシュヴァルベグレイズを寄せ付けないが、双方とも決め手に欠けて膠着している。

 

 アズサのガンダムアズールカノンと対峙するジュゲムのダーティワーカーは、積極的に攻撃はせずに回避を重点に立ち回っている。

 恐らくは、弾切れを狙っているのか。

 

 するとふと、Gバウンサーはドッズライフルを撃ちながらも距離を詰めてきた。

 シールドに備え付けられたシグルブレイドによる格闘戦を行うつもりだろう。

 今は目の前の相手に集中だ、とアスノは操縦桿を握り直した。

 

 

 

 100mmマシンガンで牽制しつつ、アズサのガンダムアズールカノンの注意を向けさせる、ジュゲムのダーティワーカー。

 ダブルガトリングガンの弾幕は距離を置くことでダメージを最小限で凌ぎ、時折発射されてくる肩部のホーミングミサイルは頭部バルカンで撃ち落とし、余裕があればビームスナイパーライフルでも反撃して見せる。

 そうして、ガンダムアズールカノンを他に向かわせないように、狡猾に立ち回っている。

 

『ここで足を止められるわけにはいかない……』

 

 すると、ガンダムアズールカノンはその場で上昇すると、両脚外側部に備え付けられたマイクロミサイルポッドを開き、全弾発射した。

 ダーティワーカーから見れば、まさにミサイルのシャワーだ。

 しかし、

 

「狙いが甘い?」

 

 対するジュゲムは、マイクロミサイルの弾道がダーティワーカーに向けたものにしては不自然であることに気付く。

 直後、ダーティワーカーの前方にマイクロミサイルのシャワーが叩き込まれ、何十もの爆発がアスファルトを吹き飛ばして爆煙を立ち昇らせる。

 けれどそれは、ダーティワーカーを撃墜するためのものではなかった。

 

「ははぁ、なるほど。しかしこれじゃ迂闊に動けないか」

 

 ジュゲムは、アズサの思惑を見抜いた。

 ダーティワーカーはシールドで爆風を防ぎつつ距離を取り、カンナとショウコに向けて回線を開く。

 

「お嬢さん方、敵指揮官機がそちらに向かっている。注意してくれ」

 

 ビームスナイパーライフルを構え直しつつ、ダーティワーカーは爆煙を突っ切りながらガンダムアズールカノンを追う。

 

 

 

 カンナとショウコは、ギラ・ドーガとシュヴァルベグレイズを相手に中近距離で競り合っていた。

 が、ジュゲムからガンダムアズールカノンがこちらに向かってくると聞かされ、攻撃の手を緩めざるを得なかった。

 

「アスくんとソウくんの方は大丈夫かなっ……?」

 

 ビーム弾と銃弾が襲い来る中、プリンセスルージュは左マニピュレーターに持つワルキューレを、ユニオンフラッグやAEUイナクトが持つ防御装備『ディフェンスロッド』の高速回転させて防ぐ。

 

「あのお二人ならきっと大丈夫です、私達は自分の心配に集中しましょうっ……!」

 

 ライジングガンダムもシールドで銃撃を防ぎつつ、頭部バルカンとマシンキャノンで反撃する。

 しかし、そこへガンダムアズールカノンの増援が到着してしまった。

 

『ここまでよ、カンナ!』

 

 ガンダムアズールカノンは両腕のダブルガトリングガンと、胸部のガトリング砲、合計六門による重機銃が猛火を噴く。

 

 この弾幕には堪らず、引けを取るしかないライジングガンダムとプリンセスルージュ。

 

 さらに、ガンダムアズールカノンは両肩装甲を開いて残ったホーミングミサイルを発射、その上からバックパックに懸架されていたキャノン砲を展開した。

 原典のガンダムヘビーアームズには無いオリジナルの装備だが、参考元は実は存在する武装である。

 

 これは、アニメ放送当時中に連載されていたコミック版『新機動戦記ガンダムW』に登場したガンダムヘビーアームズのバリエーション武装である、『キャノンパック装備』を参考にされたものだ。

 アニメにおける『ガンダムヘビーアームズ改』に当たる機体として活躍し、さらにこの装備で本編完結を迎えている。

 

 ホーミングミサイルがカンナとショウコを分断し、その溝を広がるようにキャノン――『ガイアントキャノン』の砲弾が撃ち込まれ、着弾した砲弾がアスファルトを捲りあげて炸裂する。

 

『もらった!』

 

 ガンダムアズールカノンの砲撃に便乗するように、ギラ・ドーガがビームトマホークを抜いてライジングガンダムに斬りかかろうとするが、その寸前に無防備な脇腹をビームが撃ち抜き、ギラ・ドーガは沈黙した。

 

 ギラ・ドーガ、撃墜。

 

「射程ギリギリだったけど、間に合って何よりだ」

 

 ギラ・ドーガの不意を文字通り突いたのは、ジュゲムのダーティワーカーだった。

 

 

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームは、依然としてドライセンとクロスレンジでの戦闘を続けていたが、それも終息に向かいつつあった。

 ドライセンの左腕部から連射される三連ビームキャノンを掻い潜りつつ、ガンダムアスタロトブルームはその大きく広がった袖の中へナイフを投げ放つ。

 ビームを発射しているそこを損傷されて爆発、ドライセンは左腕の肘から下を失う。

 

『くっ……生意気ィ!』

 

 ドライセンは怯まずに、背部からローター状の物体――『トライブレード』を射出、ガンダムアスタロトブルームを斬り裂こうと迫るが、

 ナイフを投げ付けた時点でウェポンセレクターを切り替えていたソウジは、ハンドガンを連射してトライブレードを撃ち落とす。

 その間にも、ドライセンはヒートサーベルを構え直して距離を詰めてくる。

 ガンダムアスタロトブルームはナイフに続いて、ハンドガンもドライセンへ投げ付ける。

 当然それをヒートサーベルで切り捨てるドライセンだが、そのために僅かながらの時間を稼がれていた。

 その稼いだ時間で、ガンダムアスタロトブルームはデモリッションナイフを抜いていた。

 

 瞬間、デモリッションナイフとヒートサーベルが激突するが、刀剣の質量差が違い過ぎたか、ヒートサーベルは半ばから圧し折られた。

 

『まずっ、い……!?』

 

 慌ててドライセンはバックホバーして距離を取ろうとするが、

 

「逃がすかよ!」

 

 そこは既にソウジの間合いだ。

 上段から振り抜かれたデモリッションナイフが、ドライセンの重装甲を一撃で粉砕する。

 肩口からコクピットに当たる部位を潰されたドライセンは、モノアイを弱々しく点滅させ、やがて沈黙する。

 

 ドライセン、撃墜。

 

「よっしゃ、一機撃破だ!」

 

 敵機撃破を確認し、ソウジはグッと拳を握る。

 

 ガンダムアスタロトブルームがドライセンを撃破した戦況は、アスノの視界にも見られた。

 

「ジュゲムさんとソウジが一機ずつ墜としたか。僕も負けてられないな」

 

 せめてこのGバウンサーだけでも、とアスノは攻めかかろうとするが、ドライセンの撃破を見て形勢不利を悟ったか、踵を返して飛び立ち、アズサのガンダムアズールカノンの方向へ向かう。

 

「逃さない!」

 

 アスノは操縦桿を押し上げ、ガンダムAGE-Iを加速させた。

 Gバウンサーは高機動タイプ故に足の速い機体だが、ガンダムAGE-Iの最高速度もそれに劣るものではない。

 両者は互いに牽制しながらも、混戦の中へ巻き込まれていく。

 

 

 

 ガンダムアズールカノンはなおもダブルガトリングガンを撃ちまくり、さらにシュヴァルベグレイズがそのフォローに回るため、カンナとショウコ、ジュゲムは攻めあぐねていた。

 ジュゲムは遠距離からの狙撃を試みようとするものの、シュヴァルベグレイズが付かず離れずの間合いを維持して狙撃を阻害するのだ。

 

 そこへ、互いにビームサーベルで斬り合いながらも、ガンダムAGE-IとGバウンサーが介入に現れる。

 Gバウンサーは僅か隙を突くようにガンダムAGE-Iを蹴り飛ばすと、その間にガンダムアズールカノンの元へ合流していく。

 

 ガンダムアズールカノン、Gバウンサー、シュヴァルベグレイズの三機が、並んで体勢を立て直す。

 

『数的不利ではあるけど、まだここから巻き返せる』

 

 冷静さを失わず、アズサは残る僚機に指示を与え、自機はやはりその場に留まって砲撃を敢行する。

 Gバウンサーとシュヴァルベグレイズの二機は互いに連携を取りつつ、ジュゲムのダーティワーカーを警戒するように立ち回る。

 

「なるほどなるほど、オレのことが厄介で仕方ない感じかな」

 

 執拗なまでに狙撃をさせないシュヴァルベグレイズを視界に捉えつつ、ジュゲムは操縦桿を不規則に揺らし、ダーティワーカーを左右にスラロームさせながらバックホバーさせる。

 何気なくやっているように見えて、実はかなり高度なテクニックである。

 後方を見ずにホバリングしながらそれが出来るのは、機体のバランスを熟知していなければ成し得ない。

 さらに頭部バルカンを散発させつつの攻撃だ、シュヴァルベグレイズはライフルで牽制しつつ距離を詰めていく。

 双方とも撃墜を狙える間合いではない。

 

 が、ジュゲム自身、ここで自分がシュヴァルベグレイズを撃破しようとは考えていない。

 

「しかしだな、そんなにホイホイとオレばかりを狙っていいものかな?」

 

『何を……』

 

 しょせんはハッタリだと、そう判断したシュヴァルベグレイズだが、

 気が付けば、ガンダムアズールカノンの援護が届く範囲から外れていた。

 

『しまっ、孤立した……!?』

 

「いいタイミングだ、コニシちゃん」

 

 孤立したシュヴァルベグレイズの背後から迫るのは、ショウコのプリンセスルージュ。

 

「こっちは数的有利だし、各個撃破は常套手段ってね!」

 

 プリンセスルージュはマギアライフルを納め、ワルキューレサーベルを両手に抜いて斬りかかる。

 シュヴァルベグレイズもライフルを捨ててバトルアックスを抜き、ワルキューレサーベルと打ち合いながらもワイヤークローで弾き返していくものの、

 

「ついでにこれはいかがかな?」

 

 ダーティワーカーはハンドグレネードを転がし、シュヴァルベグレイズの足元近くで爆破させる。

 直撃ではないがバランスを崩されて転倒してしまったところを、チャンス派のショウコが逃すはずがない、ワルキューレサーベルの一閃が、シュヴァルベグレイズを斬り裂いた。

 

 シュヴァルベグレイズ、撃墜。

 

 残るはガンダムアズールカノンとGバウンサーのみ。

 

 

 

 ガンダムAGE-IとGバウンサーが互いのビームサーベルで斬り合い、その後方からライジングガンダムとガンダムアズールカノンが撃ち合う。

 

 ビームサーベルと、時折シグルブレイドによる斬撃を織り交ぜて攻めたてるGバウンサーに、アスノはやや防戦気味、ガンダムアズールカノンの嵐のような弾幕に、カンナも苦戦を強いられる。

 

「アスノさんっ、『チェンジ』です!」

 

「チェンジ、了解……!」

 

 アスノとカンナの間で、作戦コードが交わされた。

 

 すると、アスノは操縦桿を押し出して、Gバウンサーに真っ向から突っ込む。

 対するGバウンサーも迎え撃つためにビームサーベルを振り翳そうとするが、その寸前にガンダムAGE-Iは、Gバウンサーにぶつけるように勢いよくシールドを切り離した。

 Gバウンサーはビームサーベルでそれを斬り捨て――残っていたシールドランチャーが爆発して爆煙を撒き散らす。

 

『目眩ましを!』

 

 爆煙を突き抜けるようにGバウンサーは前進し、爆煙を突っ切り――そこにガンダムAGE-Iの姿はなく、代わりにライジングガンダムが目前にいた

 

『な、なんでライジングが……!?』

 

 ガンダムAGE-Iではなく、ライジングガンダムがいたことにGバウンサーは思わず加速を止めてしまい、反射的にレーダーでガンダムAGE-Iを確かめようとして、それが致命的な隙を生んでしまった。

 

「行きますよッ!」

 

 カンナはウェポンセレクターを回し、輝く掌のアイコンが表示されたそれを選択した。

 

「私のこの掌が光って唸る!あなたを倒せと輝き叫ぶ!」

 

 すると、ライジングガンダムの右マニピュレーターに液体金属が塗布され、クリアグリーンの輝きを放つ。

 

「必殺!ラァイジングフィンガァァァァァーッ!!」

 

 カンナの凛とした裂帛と共に放たれたその必殺技――『ライジングフィンガー』は、Gバウンサーのバイタルバートを貫き、爆散させてみせた。

 

 Gバウンサー、撃墜。

 

 

 

 Gバウンサーを突破したアスノは、アズサのガンダムアズールカノンに肉迫せんと間合いを詰める。

 

『あとは私だけか……だとしても!』

 

 ガンダムアズールカノンは、残弾僅かのダブルガトリングガンを両方とも捨てると、右マニピュレーターをバックパックへ伸ばし、ウェポンラックに懸架させていた、ヒートダガーを抜き放つ。

 

「ダブルガトリングガンは打ち止め……反撃だ!」

 

 右マニピュレーターにドッズライフル、左マニピュレーターにビームサーベルを持ち直したガンダムAGE-Iは、ガンダムアズールカノンに迫るが、まだ相手の射撃武装が尽きたわけではない、ガンダムアズールカノンは胸部ガトリング砲とマシンキャノンを併用して弾幕を張る。

 ダブルガトリングガン二丁よりは弾幕は薄いが、それでも正面から受け切れるものではない。

 アスノは弾幕の前に迂闊に近付けず、中距離からドッズライフルによる射撃を行うものの、距離が空いている以上はガンダムアズールカノンも躱してしまう。

 だが、躱すために一度弾幕を止める必要がある。

 

「い、ま、だ!!」

 

 スラスターを炸裂させ、ガンダムAGE-Iは爆発的な加速と共にガンダムアズールカノンへ迫る。

 間合いに踏み込み、ビームサーベルを振るう。

 

『まだァァァァァッ!』

 

 ガンダムアズールカノンはヒートダガーでビームサーベルを弾き返し、

 

「(よく見たらこのフロントスカート、"カスタム"の方じゃないか!?)」

 

 アスノは、ガンダムアズールカノンのフロントスカートが、ガンダムヘビーアームズ本来のものではなく、ガンダムヘビーアームズカスタムの方であることに気づく。

 

 だとすれば、

 

『これで!』

 

 ヒートダガーの間合い――ほぼゼロ距離で、ガンダムアズールカノンはそのフロントスカートを開き、内蔵されたマイクロミサイルを覗かせた。

 

「!!」

 

 それに気付いたアスノの反応は早かった。

 操縦桿を殴り倒し、ガンダムAGE-Iは距離をつめ――そのタッチの差で、マイクロミサイルが放たれた。

 

 マイクロミサイルの爆風が、両機を包み込む。

 

「アスノさん!」

 

 最も近くにいたカンナが、アスノを呼ぶ。

 

 爆煙が晴れ――そこには、マイクロミサイルの直撃と、その爆発によって満身創痍のガンダムAGE-Iが、同じく満身創痍で仰向けに倒れたガンダムアズールカノンの喉元にビームダガーを突き付ける姿があった。

 

「僕の勝ちだ」

 

『……負けたわ』

 

 ガンダムアズールカノンはヒートダガーを手放し、続いて相手からのリタイアを告げるテロップが表示される。

 

 ガンダムアズールカノン、リタイア。

 

『Battle endnd.Winner.Estrella!!』

 

 

 

 バトルはチーム・エストレージャの完勝で決着。

 リザルト画面が流れる中、カンナのスマートフォンに、アズサからのビデオ通話の着信を告げる。

 

『お疲れ様、カンナ』

 

「お疲れ様でした」

 

『こうも見事にやられるとはね……悔しいけど、認めるしかないわね。やるじゃない』

 

「はい!私の自慢のチームです!」

 

 えへん、とスマートフォンを片手に胸を張るカンナ。

 

『そう言えば、カンナのチームは全員そこにいるのよね』

 

「はい、そうですよ」

 

『なら、あのAGE-1のバトラーは?ちょっと顔を見たいのよ』

 

「顔が見たい、ですか?」

 

 カンナは視線を画面越しのアズサから、一歩後ろにいるアスノに向けられる。

 

「アスノさん、アズサさんが顔を見せてほしいと」

 

「僕?」

 

 なんでまた、と言いながらもアスノは、カンナの差し出すスマートフォンを手に取る。

 

「もしもし?」

 

『これ、ビデオ通話なのだけど……あなたが、AGE-1のバトラーで間違いないかしら?』

 

「はい、そうです」

 

『敬語じゃなくていいわ。カンナと同い年でしょ?』

 

「あ、うん。それで、僕の顔が見たいって言うのは……」

 

『私を負かしたバトラーが、どんな人か確かめたいだけよ。もう知ってるとは思うけど、私はソノダ・アズサ』

 

「僕は、イチハラ・アスノ」

 

 互いに名乗ると、アズサは凝視するように目を細める。

 

『ふぅん……』

 

「な、なに、そんなに変な顔じゃないと思うけど」

 

『変な顔じゃないわ。ただカンナの初こ、……うぅん、これ以上言うのは無粋ね』

 

「えぇ……」

 

『もう大丈夫よ。カンナと代ってくれる?』

 

「あ、うん」

 

 アズサの言う通り、アスノはスマートフォンをカンナに返す。

 

「では、アズサさん。今日はありがとうございました」

 

『こちらこそ。私達のチームも、まだまだって痛感したわ。それじゃぁ、また今年の選手権でね』

 

「はい。負けませんからね」

 

『そのセリフ、そっくりそのまま返すわね』

 

 互いにそう告げあって、通話は終了。

 

「さーて、俺らのデビュー戦も会心の勝利を決めたことだし、これから初勝利祝いでもやるか!」

 

 背伸びしつつ、ソウジはこの勝利の祝宴を提案する。

 

「いいねソウくん!じゃぁあたし、この近くのケーキショップに行きたーい!」

 

 ショウコは便乗しつつ自分の希望を言う。

 

「ケーキ!お祝いにはピッタリですね!」

 

 ケーキショップと聞いて、カンナも目を輝かせる。

 

「おぉ、あそこだね。安くて美味しい、いい店だ」

 

 ジュゲムも反対することなく頷いている。

 

「アスノさんも、早く行きましょう行きましょう!」

 

「お、おー!」

 

 カンナに急かされるように、アスノも頷く。

 

「(今日のバトルは勝つことが出来たけど、アカバさんと戦うにはまだまだ足りない)」

 

 アスノは、今回のチーム・ブルーローズとのバトルで、自らの力量不足を感じていた。

 まだまだ、まだまだ高みを目指せる。

 そのための、AGE-Iの改造プランなども続々と思い浮かんでくるが、

 

「おーいアスノ!なにぼさっとしてんだー?」

 

「アスくーん!早く早くー!」

 

 少し前方から、ソウジとショウコに呼ばれる。

 

「(いや……今は今日の勝利を喜ぼう)」

 

 アスノは一旦その思考を置いておき、自分達のチームの勝利を喜ぶことに専念した――。



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6話 デート!?デート?デート!!

 チーム・ブルーローズとのバトルを経た、その日の晩。

 

 スマートフォンでガンプラの投稿サイト『ガンプラグラム』を眺めていたアスノは、ふとRINEの着信に気付く。

 

「(ツキシマさんから?)」

 

 呟きを送ってきたのは、カンナだった。

 それも、グループの方ではなく、個人宛の。

 律儀な彼女のことだ、きっと今日のバトルのお疲れ様でしたを告げに来たのだろう、とアスノは気楽に構えつつ、トーク画面を開いた。

 だがその内容は、アスノの予想とは異なるものだった。

 

 カンナ『こんばんは、アスノさん。突然で申し訳ないのですが、明日の日曜日って予定はありますか?』

 

 アスノ『特にないよ。強いて言うなら、AGE-Iの改造をどうしようか考えるくらいかな』

 

 カンナ『つまり、実質フリーということでしょうか!』

 

 アスノ『まぁそうだけど、それがどうかしたの?』

 

 カンナ『でしたら明日葉』

 

 アスノ『明日葉?』

 

 カンナ『すみません、誤送信してしまいました。明日は、私と一緒にお出かけしませんか?』

 

 アスノ『お出かけ?いいけどどこに行くの?』

 

 カンナ『今日行ったところをゆっくり見て回る、というのはいかがでしょう?』

 

 アスノ『あぁなるほど。今日はゲーセンとケーキ屋しか行ってなかったから』

 

 カンナ『そのとおりです!』

 

 アスノ『分かった。じゃぁ、何時にどこで待ち合わせにする?』

 

 カンナ『十時に、現地の駅前でよろしいでしょうか?』

 

 アスノ『十時だね、OK』

 

 カンナ『ありがとうございます!では、また明日です。おやすみなさい」

 

 アスノ『また明日、おやすみ』

 

 最後に『おやすみなさい』のスタンプを互いに送信し合って、やり取りは終了。

 

 時刻はもうそろそろ日付が切り替わる頃。

 さて明日に備えてもう寝ようと思い――明日の予定を再々度確認する。

 

「…………………アレ?これって、もしかしなくてもデート?」

 

 休日に、男女が二人で、お出かけ。

 実際はそうではないが、傍から見る分には……

 

「(やばい、なんか緊張してきた……!?)」

 

 果たして今夜は眠れるのか、いやそれよりも明日はどうするべきなのか、アスノはベッドの中で悶々とし始めた。

 

 

 

 結局、眠りについたのは明け方頃で、目覚ましのアラームに叩き起されるように起きたアスノ。

 

「今日はアスくん、なんだか眠そうねぇ」

 

 いつもはミカの方が眠そうにしているのだが、今日に限っては逆だった。

 それでもちゃんと朝の家事をこなせるのは、生活習慣が為せる業か。

 

「うん……あぁそうだミカ姉。僕、今日はこれから出かけて、返ってくるのは多分夕方頃になると思う」

 

「そうなの?」

 

「そう。今日はツキシマさん……最近になってチームを組むことになった人と出掛けるんだけど」

 

「………………」

 

 そこまで聞いて、何故かミカは固まった。

 

「ミカ姉?もしもし、起きてる?」

 

 もしや目を開けたまま寝るという器用なことをやっているのかと思ったアスノだったが。

 

「……ア・ス・く・ん?」

 

「は、はいっ」

 

 不意に声のトーンを落として目を細めるミカに、アスノは思わず姿勢を正した。

 

「そう言う大事なことは、お姉ちゃんにもっと早く相談しなさい」

 

「いや、でも。その予定が決まったのって、昨夜だったし。そもそもその時間、ミカ姉寝てたじゃん?」

 

「そんなの起こしてくれたら良かったのよ。アスくんが女の子とデートするなんて聞いたら、眠気なんか吹き飛ぶのにー」

 

 ぶーぶー、とブーたれるミカ。

 

「それで、そのツキシマさんとは、何時にどこで待ち合わせ?」

 

「えぇと、昨日も行ったとこの現地駅前で、十時に待ち合わせ」

 

 待ち合わせ時間を聞き、現在時刻を比較するミカ。

 

「よーし、まだ十分間に合うわね。いいえ、間に合わせます」

 

 いつもの、のほほんとしたミカとはまるで別人のようにキリッと眦を鋭くする。

 

「アスくんの人生初デートのために、お姉ちゃん張り切っちゃうわよー」

 

「いや、なんでそこでミカ姉が張り切る必要があるのさ?」

 

「はいまずはヘアセットから。アスくんは黙って座ってなさい」

 

「アッハイ」

 

 こうなった我が家の長女は絶対に止まらない。

 弟としてそれを知っているアスノは、早々にあきらめて、ミカにされるがままを選択した。

 

 

 

 ヘアセットから始まり、服装のコーディネイトやポケットに仕込むハンカチのデザインまで、厳しい、それはもう大変厳しいチェックを無事にクリアした頃には、もう出なければならない時間もギリギリである。

 

「う〜〜〜〜〜んっ、カ・ン・ペ・キ!これならどこの女の子とデートになっても恥ずかしくない」

 

「ミ、ミカ姉っ、僕もう行くからっ」

 

「そうそう、今日は遅くなってもいいからねー」

 

「ちゃんと夕食時までには帰ってくるから!行ってきます!!」

 

 なんてことを言うのか、この姉は。

 全く……とぼやきながらも、アスノは最寄り駅へ急ぐ。

 

 

 

 昨日も乗った路線の各駅停車の電車に揺られること、三駅ほど。

 

 その途中、電車の窓ガラスに写る自分を見るアスノ。

 

「(パッと見はそんなに変わらないけど、何だか僕が僕じゃないみたいだ。さすがミカ姉……今日の夕飯はミカ姉の好きなものを作ってあげよう)」

 

 ミカに感謝しつつ、スマートフォンの現在時刻と、降車駅の到着予定時刻を照らし合わせても、待ち合わせ時間の十時には余裕で間に合う。むしろ、少しだけ待つくらいだろう。

 

 

 

 ……と、軽く考えつつ電車を降りたアスノであったが。

 

「あっ、アスノさーん!おはようございますー!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 既に、改札前でカンナが身を乗り出さん勢いでぶんぶんと手を振ってくれているではないか。

 それを見て、アスノは慌ててポケットから切符を取り出して改札に通した。

 

「お、おはよう。ツキシマさん、早いね……?」

 

 改札前では邪魔になるので、少し横へずれてから。

 

「はい!今日が楽しみで楽しみで、思わず三十分も早く来てしまいました!」

 

 ものすごく目をキラキラ輝かせてそう宣うカンナ。

 

「……そ、そんなに早くから待ってたの?」

 

「そうですよ。アスノさんが来るまでの三十分間、緊張してたんですからね?」

 

「ご、ごめん。そんなに早くから来てるとは思わなかった」

 

 どうやら少しばかり、カンナと言う女の子を甘く見すぎていたようだ。

 

「いえいえ、ちゃんと間に合わせ時間には間に合ってますから、アスノさんが謝ることはありませんよ」

 

 それにしても……、とカンナはアスノの頭から足先をじっくりと見つめる。

 

「えぇと、どこか変なところとかある?」

 

 ミカを疑うつもりはないが、もしやどこかやり過ぎたのかとアスノは不安になるが、

 

「そんなことありませんっ!」

 

 食い入るようにアスノの言葉を否定するカンナ。

 

「昨日と比べても、髪型や服装もしっかりしていて……いつもの自然な感じもいいですが、こうしてきちっとしているのも、新鮮です」

 

「あ、ありがとう」

 

 自分も何かカンナを褒めなければと、アスノは彼女の髪や服装を見て、必死に言葉を探り出す。

 

「そ、そう言えばツキシマさん、それって夏用の服だよね」

 

「そうですよ」

 

「昨日に着てた服とだいぶ違ってたから……に、似合ってるよ」

 

 アスノとしては、勇気を振り絞った褒め言葉だったが、

 

「ほふっ」

 

 何故か、カンナからはそんな声が漏れた。

 

「保父?」

 

「あ、あぁいぇっ、アスノさんに服を褒めてもらえるとは思っていなくて、思わず脳機能が停止していました……あ、ありがとうございます……」

 

「う、うん」

 

 こんな駅前の往来で、薄桃色の空気全開。

 周囲からは「てぇてぇ……」「リア充、自爆スイッチを押せ」「厚い本厚い本……」「やめろ……見るな……見せるな!!」などと温度差のある言葉を投げ掛けられており、アスノはさすがにまずいと判断する。

 

「さ、さっ、いつまでも駅前にいないで、早く行こうツキシマさんっ」

 

 そして無意識の内にカンナの手を取って先導していく。

 

「おぅふっ!?あ、あ、アスノさんをアスノさんにアスノさんがアスノさんのはわわわわわっ……」

 

 アスノに手を取られて、またもカンナが大変なことになっているのに気づくのは、この後だった。

 

 

 

 カンナを連れて駅前から離れたアスノは、人気が少ないところまで移動する。

 

 周囲の人数も疎らになったところでカンナの手を離そうとするが、

 

「……あの、ツキシマさん?」

 

「は、はい、何でしょう?」

 

「もう手を離しても大丈夫だよ?」

 

 アスノの視線の先が、自身の手と繋がれたカンナの手に向けられる。

 そのアスノの手を、カンナがガッチリ掴んで離さないのだ。

 

「ふぁっ、すすすっ、すみませんっ!」

 

 それに気付いて、カンナは慌てても手を離す。

 アスノがもう少し乙女心を理解出来るなら、彼女が気付くまでは優しく握ってあげていたものを……

 

「で、ではっ、モールに入りましょうっ、ぜひ入りましょう!」

 

「お、おぉー……!」

 

 顔を背けるようにしてモールへ足を向けるカンナに、アスノはなんとか合わせるのが精一杯だ。

 

 

 

 ショッピングモールに入館して、館内の案内板を前に、カンナはアスノに訊ねる。

 

「アスノさんは、どこか目当ての場所はありますか?」

 

「んー……僕は書店とか雑貨屋を見たら十分かな。基本はツキシマさんの好きにしてくれていいよ」

 

「いいのですか?でしたら、お言葉に甘えまして……」

 

 好きにしてくれていい、と言う自分の言葉を、アスノはちょっとだけ後悔することになる。

 

 

 

「アスノさん、これはいかがでしょうっ」

 

 試着室のカーテンを開けて、カンナはアスノにその姿を見せつける。

 

「えぇと、ごめんツキシマさん。似合ってるのは似合ってるけど、さっきとどう違うのか分かりません……」

 

 アスノは、自分のファッションに関する眼力の弱さと、数刻前の自分の発言を後悔していた。

 

 カンナはその「好きにしていい」と言うアスノの言葉の通り、何店もあるブティックを片っ端から見て周り、一店につき数十分もかけて、何着も試着してはアスノに感想を求めるのだ。

 

「アスノさん、ジャーマングレー各種の見分けは出来るのに……」

 

 どう違うか分からないと言うアスノの回答に、カンナは眉の端を落とす。

 

「興味の有る無いの問題だと思う……」

 

 塗料と衣類とでは、比較しようがないのだが。

 仕方なく、カンナは試着室のカーテンを閉じる。元の服に着替えるのだろう。

 

「(こういうの、ミカ姉なら詳しいんだけどなぁ……)」

 

 だからといってミカに同行してもらうわけにはいかないくらいにはアスノも理解している。

 

 

 

 そのブティックを後にして、ちょうどお昼時の少し前頃の時間帯に差し掛かっていたので、早めの昼食も兼ねてどこかで食べようと言う事になった。

 

 実はミカから『デート代』と称したお小遣いをいくらかもらっているアスノは、少し"お高そう"なレストランにしようと考えたのだが、当のカンナが「ハンバーガーにしましょう」と目を輝かせて提案してきたので、断り切れずに駅近くのバーガーショップに並ぶことに(おかげで出来るだけ価格のあるオーダーは出来たが)。

 

 その上、カンナはテイクアウトによる持ち帰りを希望した。

 店内で食べなくていいのかとアスノは懸念したが……

 

「そういえば、こういう公園で座って飲み食いするって、小学校の遠足以来かもしれないな」

 

 ビルとビルの合間に点在するような場所にある公園に来ていた。

 その公園内のベンチに腰掛けて、先程テイクアウトしたものを食べましょう、というのがカンナの提案だった。

 

「たまにはお外で行儀を気にせず、食べたい物を思い切り食べたいと、常々思っておりまして……」

 

 そう言いながらも、カンナはテイクアウトの紙袋を開けて、ホルダーに乗せられたドリンクをベンチに置き、まだ十分温かい大きめのバーガーを取り出す。

 

「ツキシマさんって、家でも礼儀作法とかけっこう厳しいんだ?」

 

「そうなのですっ。小さい頃から、それはもう口うるさく叩き込まれまして……お上品な食べ方なんて、家族の前でする必要が果たしてあるのでしょうかっ!」

 

 ふんす、と憤りを頬をふくらませることで顕すカンナ。

 

「まぁ、家にいる時くらいは、普通に食べたいって気持ちは分かるよ。レストランとかだと周りの目もあるから、なんか緊張するしね」

 

「そう!まさにアスノさんの言う通りですっ!」

 

 包装紙を丁寧に解くカンナ。

 その包装紙の解き方ひとつでも、彼女の育ちの良さが染み付いているのを物語っていると言うべきなのか、いや今は余計なことは言うまい、とアスノも自分のバーガーを取り出す。

 

「というわけで、今日は思いっきりいかせてもらいます」

 

 いただきます。

 

 大きく口を開けて分厚いバーガーにかぶりつくカンナ。

 

「ん〜〜〜〜〜っ、もいひぃれふぅ♪」

 

 幸せそうに味わうカンナのその様子に、アスノもそれを見倣ってみる。

 少なくともカンナよりは食べ慣れているこのバーガーと向き合い、かぶりつく。

 これを食べる時は、ソウジやショウコと一緒に、他の利用客の喧騒の中で食べていたが、そよ風の中、静かな物音と、遠くから聞こえる子ども達のはしゃぐ声の中で食べると言うのは、

 

「うん、なんだかいつもより美味しい気がする」

 

「ですよね、ですよね!」

 

 アスノの素朴な反応に、カンナは嬉しそうに頷く。

 

 

 

 屋外での食事を終えた後は、二人にとってお待ちかねのガンプラの物色だ。

 モール内の家電製品店へと入ろうとして、

 

 ふとカンナはその足を止めて、明後日の方向に目を向けた。

 

「ツキシマさん?」

 

 どうしたのかとアスノも、カンナの視線の先を追う。

 

「……えぇっ、そりゃ困るよ!?もうすぐイベントが始まるのに……」

 

 その先には、若い男性がスマートフォンを耳にして何やら話し込んでいる。

 

 イベントと聞いて、アスノは店頭のポップに気付く。

 

 ポップには『ガンプラ製作体験 君もガンプラを作ってみよう!』と大きく主張している。

 イベントというのはこのことだろうか。

 

「う〜〜〜〜〜ん……分かった、なんとかするしかない。終わったらまた連絡するから……うん、分かった、じゃぁ」

 

 そう言って、スマートフォンでの通話を終えて、大きな溜息をつく。

 

「はぁ、参ったな……」

 

「あの、何かお困りでしょうか?」

 

 そこへ、物怖じせずにカンナが話し掛けに行く。

 

「ん?君は?」

 

 スマートフォンを懐にしまいつつ、男性はカンナに向き直る。

 

「ただの通りすがりです。先程、イベントで何か困っているのを聞いたところで。お手伝い出来ることがあればと」

 

 カンナの申し出を聞いて、男性は考え込むように視線を泳がせ、

 

「……実は、これからここで行われるイベントで、小学生を対象にしたガンプラの製作体験会をするんだけど、トラブルに巻き込まれて欠員が出てしまったんだ」

 

 男性はカンナと、その隣りにいるアスノにも目を向ける。

 

「君達二人、ガンプラを作ったことは?」

 

「もちろんありますし、今も持ってます」

 

「僕もあります」

 

 アスノとカンナのその答えを聞いて、男性もう少しだけ考えて、バッと頭を下げた。

 

「すまないっ。せっかくのデート中なのに申し訳ないけど、どうかイベント進行を手伝ってほしい」

 

「で、デートッ!そそそ、そんな風に見られているのでしょうかっ、わた、私達……!」

 

 デートと言われて、カンナは頬を赤らめて狼狽えている。

 アスノも、カンナと恋人同士と思われて少し愉悦感を覚えるが、今はそれどころではないと思い直す。

 

「分かりました。それで、僕らは何をすればいいですか?」

 

「ありがとう、助かる!スタッフさん達への説明は、俺からしよう。君達には逐一指示するから、それに従ってほしい」

 

 早口で伝える男性は、自分の名前を名乗る。

 

「そうそう、俺は『ナルカミ・ハヤテ』。君達は?」

 

「僕は、イチハラ・アスノです」

 

「ツキシマ・カンナです、よろしくお願いします!」

 

「イチハラ君とツキシマさんだね。よしっ、早速だがまずは付いてきてくれ」

 

 男性――ハヤテのあとに付いていき、見かけた担当者に説明しつつ、スタッフオンリーのバックルームへ入室する。

 

 

 

 今回のガンプラ製作体験会だが、司会進行はハヤテが引き受けて、基本的には彼も一緒になってガンプラを作って見せ、参加者の子ども達もそれに合わせるのだが、ヘルプを頼まれた時にそこへ駆け付ける、と言うのが、アスノとカンナの役割だ。

 また、イベントの途中にちょっとした"ヒーローショー"が行われるとのことで、これに関しては慌てずにハヤテに同調してくれとのこと。

 単なるガンプラ製作体験会にヒーローショーとは何なのか、とアスノとカンナは疑問に思ったが、無茶なアドリブを強いるわけではない、と言うハヤテの言葉を信じる。

 

 予定時刻になり、体験会場には多くの小学生が集まる。

 小学生と言っても、そのほとんどは低学年だ。

 誰も誰もが期待の眼差しを向けてくる中、ハヤテは堂々と躍り出た。

 

「ガンプラ製作体験会に来てくれたみんな!こんにちはぁぁぁぁぁーッ!!」

 

 マイクも使わず、叫ぶように挨拶をしてみせるハヤテ。

 

「「「「こんにちはー!」」」」」

 

 対する参加者たちも皆揃って挨拶を返す。

 

「いいね!みんな元気いっぱいで俺は嬉しいぞ!そして、俺の名前はナルカミ・ハヤテだ!気軽にハヤテ教官と呼んでくれ!みんなよろしくねー!!」

 

「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」

 

 なんともテンションの高い体験会である。

 

「さぁっ、今日ここでみんなに作ってもらうのは、EGの『ガンダム』だ!みんな大好きRX-78だね!ちなみにRX-78っていうのは、ガンダムの型式番号だ!ちゃんと覚えておこうね!」

 

 ハヤテがそういうと、周りのスタッフ達がライトパッケージ版のEGのガンダムのキットを一人ひとりに手渡していく。

 

「よーし、みんなガンプラをもらったね?それじゃぁ早速作ってみよう!」

 

 

 

 ハヤテの説明を交えつつの組み立ては、EG特有の組立てやすさを抜きにしても、とても分かりやすいものだった。

 それでも間違ってしまったものは、ハヤテの他にパーツオープナーを片手に、アスノとカンナがサポートに回る。

 

「(僕もガンプラを初めて作った時は、四苦八苦してたなぁ)」

 

 拙い手付きでニッパーを握り、何度も組み間違えては親に取り外しをしてもらったりと、それはもう苦労したものだ。

 

「はいった!おねーちゃんありがとう!」

 

「ふふっ、どういたしまして♪」

 

 アスノの反対側には、カンナが優しくレクチャーしている。

 

 

 

 製作体験会が開催されて30分が経った頃。

 ハヤテがゆっくりと組み立ててみせたガンダムが完成し、参加者の小学生達も出来た出来たと嬉しそうに掲げてみせる。

 

「よーし!みんなよくやった!ガンプラはこんな感じに作るんだ!今日のガンプラは簡単に作れるキットだけど、中にはこれの三倍の時間はかかる難しいガンプラだってある!でも、慌てずにゆっくり、じっくりと組み立てていけば必ず出来上がる!今日覚えたことを忘れずに……」

 

 すると、突然このブース周辺の電灯が消灯した。

 

「ん、なんだ?急に電気が消えた?」

 

 ハヤテは分かりやすいほどにキョロキョロと見回しているが、どうやら予定していた"ヒーローショー"が始まったらしい、とアスノは読み取った。

 そして、

 

「ぐわははははは!」

 

「この店のガンプラは、ぜーんぶオレ達のモンだ!」

 

 それぞれザクⅡ、ドム、ゲルググの頭部を模した被り物をかぶった、『悪の怪人』が三人ほど現れ、売り場のガンプラを次々に買い物かごに詰め込んでいる。

 なんとも分かりやすい敵役である。

 

「待て!そこのお前達!そのガンプラをどうするつもりだ!」

 

 そこへハヤテが、特撮ヒーローばりのアクロバティックなアクションをキメながら駆け付ける。

 

「あぁん?なんだお前は!」

 

 ザクⅡ頭がやけにハキハキとした声で応じる。それに合わせてモノアイがチカチカと発光しているのも、細かい芸だ。

 

「俺はナルカミ・ハヤテだ!そんなにいっぺんに買ったら、他のお客さんが買えなくなるじゃないか!」

 

「うるせぇ!お前が誰だか知らねぇが、これはオレ達のモンだ!」

 

 今度はドム頭が強気で食ってかかって来る。

 

「ガンプラが欲しいのはお前達だけじゃない!欲しい気持ちは分かるが、何も全部買い占めることは無いはずだ!」

 

 ハヤテの"正義の味方"を見せ付ける言葉に、ゲルググ頭も応じる。

 

「偉そうなこと言いやがって!そんなに言うなら、ガンプラバトルでケリを付けてやろうじゃねぇか!」

 

 ゲルググ頭の指した先には、このブースのすぐ近くにあるGPVSの筐体。ちょうど、六人分用意されてスタンバイしている。

 

「望むところだ!俺が勝ったら、その自分勝手な買い占めを今すぐやめてもらう!」

 

「(いや、なんでそこでガンプラバトルで決めるんだ)」

 

 アスノは声にせずにツッコミを入れる。あくまでもこれは余興なので、そういう筋書きなのだ。

 

「いいぜ!その代わりオレ達が買ったら、お前はここから出て行きな!」

 

 ザクⅡ頭が条件を付け、ハヤテが「いいだろう!」と頷く。

 

 そして三人の悪の怪人は、それぞれ懐からガンプラを取り出し、見せつけるように突き出す。

 ザクⅡ頭が『ザクⅢ改』、ドム頭が『アルケーガンダム』、ゲルググ頭が『ガンダムキマリスヴィダール』のようで、いずれも丁寧に仕上げられているのが一目で分かる。

 

「クックックッ、オレ達のガンプラはしっかり塗装も改造もしているんだ!ここにいるガキどものガンプラなんかじゃぁ、太刀打ち出来ねぇな!」

 

「ぬっ、この完成度!?さすがに俺一人じゃ厳しいか……!」

 

 やや大袈裟に、一歩退いてみせるハヤテ。

 すると、スタッフがアスノとカンナの元へ駆け寄って、彼に耳打ちをする。

 

「ナルカミさんに味方してください」

 

「あ、はい」

 

 アスノが頷いたところで、カンナがつかつかとハヤテの元へ向かう。

 

「待ちなさい!このガンプラバトル、私も参戦させていただきます!無作為な買い占めは、このツキシマ・カンナが許しませんッ!」

 

 声にも真剣味を帯びさせて、力強い身振り手振りで演じるカンナ。ノリノリである。

 

「……なら、僕も一緒に戦うぞ!この店のガンプラは、僕達が守って見せる!」

 

 脳内に幼児向けのアンパンなヒーローを浮かべつつ、アスノも努めて熱血的に演技する。

 

「おぉっ、心強い!これで三対三だ!」

 

 ハヤテも腰のポーチから、そのガンプラを見せつけてみせる。

 全身を黒く染められ、銀色の差し色が加えられ、背中には複数の手裏剣を背負ったような外観。

 それは『才蔵ガンダムデルタカイ』をベースにしているらしい、SDガンダムの改造機だ。

 

「この俺のガンプラ、『黒影丸 』が!お前達の好きにはさせんぞ!」

 

 

 

 オフラインモードの3on3フリーバトルに設定され、アスノ、カンナ、ハヤテの三人は筐体に各々のガンプラを読み込ませていく。

 

 ランダムステージセレクトは『CGS基地郊外』を選択。

 原典は『鉄血のオルフェンズ』からで、ギャラルホルンのクランク・ゼントがグレイズ単騎で、火星のCGS(鉄華団の前身組織)に決闘を申し込む場面の再現なため、夕暮れの荒野のフィールドだ。

 

 オールグリーンを確認、出撃シークエンスが行われる。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「ツキシマ・カンナ、ライジングガンダム、参ります!」

 

「ナルカミ・ハヤテ、黒影丸、行くぞォォォォォッ!!」

 

 

 

 再現されたリニアカタパルトに打ち出され、三機は火星の大地へ降り立つ。

 

 すぐにハヤテの方から、接触通信が行われる。

 

「向こうの三人は俺の知り合いだ。手加減して戦ってくれるから、遠慮なく倒してくれ」

 

 なるほど、このバトルも演技のひとつらしい。

 

「分かりました」

 

「お任せ下さいっ」

 

 打ち合わせを終えると、それを待っていたように、ザクⅢ改、アルケーガンダム、ガンダムキマリスヴィダールがゆっくりとした速度でやって来る。

 

「俺がザクⅢ改に回る。残る二つは君達に任せるよ」

 

 ハヤテはそう言い残して黒影丸を加速させて、ザクⅢ改へ向かう。

 それを見送りつつ、アスノはカンナと通信回線を合わせる。

 

「ツキシマさん、どっちとやる?」

 

「では、私がキマリスヴィダールを。アスノさんはアルケーをお願いします」

 

「了解」

 

 それぞれの相手にロックオンカーソルを合わせると、向こうもそれに合わせてきた。

 

『このオレのアルケーガンダムが、お前をぎっちょんぎっちょんにしてやるよ!』

 

 アルケーガンダムはGNバスターソードライフルを向けて、ビームを連射してくる。

 が、それらは散発的で狙いも甘く、ガンダムAGE-Iには当たらず足元に着弾、砂煙が巻きおこる。

 なるほど、攻撃そのものは大したこと無いが、派手に撃っているように見える。

 

「(遠慮なくやってくれと言ってたし……まぁ、倒すつもりでやろう)」

 

 アスノはガンダムAGE-Iのシールドを構えつつ砂煙を突破し、目視でアルケーガンダムの姿を捉えつつウェポンセレクターからドッズライフルを選択、素早く照準を合わせて射撃。

 するとアルケーガンダムも反応して回避はするものの、わざと左腕を撃ち抜かれるように動いた。

 

『ぐおぉっ、腕が一発でやられるとは、なんて火力してやがるんだ!?』

 

 肩口から左腕を失ったアルケーガンダムは、怯んだように後退る。

 

「仕留める!」

 

 アスノはウェポンセレクターを回し、ドッズライフルからビームサーベルに切り替える。

 サイドスカートからビームサーベルを抜き放ったガンダムAGE-Iは、アルケーガンダム目掛けて突撃する。

 斬りつけようと振り翳すガンダムAGE-Iに対し、アルケーガンダムはGNバスターソードのライフルモードを解除、本来のバスターソードに変形させて、ビームサーベルを受け、弾き返す。

 

『バカめ!こっちにもあるんだよ!』

 

 反撃のつもりか、アルケーガンダムは左脚の爪先からGNビームサーベルを発振させ、わざと一拍置いてから緩慢な動きで蹴り付けようとしてくる。

 

「遅い!」

 

 アスノも演技を合わせ、アルケーガンダムのGNビームサーベルをシールドで受け流してみせる。

 

『受け流しただと!?』

 

「行っけぇぇぇぇぇッ!」 

 

 受け流して即座に、ガンダムAGE-Iは再びビームサーベルを上段から振り下ろしながら斬り抜け、アルケーガンダムのボディを真っ二つに斬り裂いた。

 

『バカなぁぁぁぁぁ!?』

 

 背部のコアファイター諸とも斬り裂かれたアルケーガンダムは、疑似GN粒子を撒き散らしながら四散していった。

 

 アルケーガンダム、撃墜。

 

 

 

 同じ頃、カンナのライジングガンダムも、ガンダムキマリスヴィダールと交戦を開始していた。

 

『喰らえ!』

 

 ガンダムキマリスヴィダールは、ドリルランスを腰溜めに構えながら、やや速いくらいの速度のホバー機動でライジングガンダムへ突進する。

 対するライジングガンダムは、ビームガンとマシンキャノンを連射して迎え撃つが、ナノラミネートアーマーの恩恵に守られたガンダムキマリスヴィダールの突進は止まらない。

 

『そんなものが、このキマリスヴィダールに通じるかよ!』

 

 速度をそのままに、ライジングガンダムへ迫るガンダムキマリスヴィダール。

 ライジングガンダムはビームガンを捨て、ライジングシールドを腕部から切り離し、ビームボウの射出体勢に入る。

 が、まだビームの弦は引き絞らず、バルカン砲とマシンキャノンで牽制を続ける。

 ガンダムキマリスヴィダールのドリルランスがライジングガンダムを貫く、その寸前にカンナは操縦桿を跳ね上げてライジングガンダムを跳躍させ、ガンダムキマリスヴィダールの頭上を飛び越えるようにやり過ごす。

 

『なにィ!?』

 

 勢いを殺すために、ガンダムキマリスヴィダールはゆっくりと速度を落としながら振り返り――

 振り返った先には、既にライジングガンダムのビームボウの砲口から、ビームの矢が集束している。

 

「必殺必中ッ、ライジングアロー!!」

 

 引き絞られた指向性の粒子線が弾け、光速のビームの矢がガンダムキマリスヴィダール目掛けて放たれ、

 その一矢は、ナノラミネートアーマーすら貫通させてみせる。

 

『な、何故だぁぁぁぁぁ!?』

 

 コクピットブロックを射貫かれたガンダムキマリスヴィダールは、その場で膝を折り、火星の大地に横たわった。

 

 ガンダムキマリスヴィダール、撃墜。

 

 

 

 さらにもう一方では、ハヤテの黒影丸がザクⅢ改に挑みかかっていた。

 黒影丸の両手に握るのは『荀彧ストライクノワール』の武装を改造した双銃剣『無明閃 』。

 

「そぉりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃァ!」

 

 目にも止まらぬ二丁拳銃の連射が、ザクⅢ改にビーム弾の嵐を浴びせつける。

 

『クソォ、なめやがって!』

 

 ザクⅢ改もビームライフルを撃ち返すものの、黒影丸は距離を詰めながらも無明閃でビームを斬り弾いていく。

 

「そこだァッ!」

 

 黒影丸は、両手の無明閃を頭上へ放り投げると、背部に備えている大型手裏剣『颶風刃』を手にして投擲、大気切り裂く六文字手裏剣はザクⅢ改のビームライフルを右腕ごと斬り裂く。

 

『ぐわぁっ!?』

 

 ビームライフルの爆発に仰け反るザクⅢ改。

 

『まだだ、まだ終わらんよ!』

 

 クワトロ・バジーナの名言を口走りつつ、ザクⅢ改は左マニピュレーターにビームサーベルを抜き放ち、黒影丸へ迫る。

 

「その粋や良し!ならば俺も全力で応えよう!」

 

 放り投げた無明閃をキャッチし、再び取る黒影丸。

 そしてハヤテはウェポンセレクターを回し『SP』と表示されたそれを選択した。

 

「これで決めてやるッ!」

 

 すると、黒影丸は無明閃を水平に構え、その場で高速回転を開始し――やがてそれは"黒い竜巻"となる。

 

『こ、この気迫は……何なんだ!?』

 

 ザクⅢ改は加速を停止して脚を止める。

 

「秘技・『無影旋風斬 』!!」

 

 黒い竜巻そのものとなった黒影丸はザクⅢ改へ突進、巻き込んでいく。

 

『がぁぁぁぁぁッ!?』

 

 ズタズタに斬り裂かれたザクⅢ改は天高く打ち上げられ、高速回転を終えた黒影丸は着地。

 

 カキンッ、と言う小気味よい音と共に無明閃が背部へ納められると、同時にザクⅢ改が派手に爆散していった。

 

 ザクⅢ改、撃墜。

 

『Battle ended』

 

[newpage]

 

 バトルが終了し、子ども達が歓声を上げて喜ぶ中、怪人達はその場で崩れ落ちた。

 

「な、何故だ……俺達はただ、欲しいガンプラを取られたく無かっただけなのに!」

 

 ザクⅡ頭が、悔しげに握り拳で床を叩く。

 

「それは、どういうことだ?」

 

 子ども達の声援に応えていたハヤテは、項垂れる怪人達の前に立つ。

 

「お前に分かるものか!ずっと欲しかったガンプラが、目の前で売り切れるのを見過ごすしか出来なかった、俺達の悔しさが!」

 

「やっと、やっと買えると思ったのに、またお預けだぞ!?」

 

「そうだ!ガンプラが欲しいのは、俺達だって同じだ!」

 

 怪人達は膝を着きながらも、ハヤテに自分達の思いを吐き出す(演技ではあるのだが)。

 

「……そうか。そうだったんだな」

 

 するとハヤテはザクⅡ頭の前で屈み込み、視線の高さを合わせる。

 

「その気持ちは、俺にもよく分かる。欲しくてたまらないガンプラが目の前で売り切れたら、そりゃあ悔しい。俺も、何度泣きそうになったことか……」

 

 だけどね、とザクⅡ頭の肩に手を置く。

 

「悔しいからって、腹いせに他の人達に迷惑をかけてもいいわけじゃない」

 

「でもよぉ!」

 

 

 

「ガンプラは、平等だ」

 

 

 

 ハヤテは強く、優しくそう言ってのける。

 

「今日ここで買えなかったら、また明日、別のお店に行けばいい。どこに行っても無いのなら、次の再販を辛抱強く待つんだ。悔しいのは、君達だけじゃない。悔しさを胸にしまい込んで、再販を待っているのは、みんな同じだ」

 

「ガンプラは、平等だ……」

 

 ドム頭がそれを反芻し、

 

「悔しいのは、みんな同じ……」

 

 ゲルググ頭も理解するように呟く。

 

「俺達は、やっちゃいけないことを、やろうとしていたんだな」

 

 ザクⅡ頭はモノアイを光らせると、立ち上がった。

 そして、子ども達の前で頭を下げた。

 

「みんな、ごめんな!」

 

 それに倣うように、ドム頭とゲルググ頭も頭を下げる。

 

「俺達が悪かった!」

 

「もう、こんなことは二度としない!」

 

 怪人三人が改心を見せたところで、ハヤテは大きく頷いた。

 

「よーしいいだろう!みんな!彼らを許してあげてもいいかな!?」

 

 そう問い掛ければ、「いいよー!」「ルール守れよー!」「顔見せてー!」と次々に、許す声が上がる。一部は何か違うが。

 

「「「みんなありがとー!」」」

 

 怪人達はもう一度頭を下げてから、買い物かごに詰め込んでいたガンプラを棚に戻し、それぞれひとつだけ手にしてレジへ持っていく。

 

「予想外のアクシデントだったけど、一件落着だ!さぁ、今日からみんなも、レッツ・ビルド!!」

 

 ハヤテのその言葉を締めくくりに、製作体験会は子ども達の声援に包まれて無事に閉幕を迎えた。

 

 

 

 スタッフオンリールームに連れてこられたアスノとカンナに、ハヤテは深く頭を下げた。

 

「君達のおかげで、イベントは無事に成功できた。本当にありがとう!」

 

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

 

 カンナは笑顔で謙遜しつつ応じる。

 

「僕らも楽しかったですし、ガンプラを作っているみんなを見ていて、初心に帰っていました」

 

 アスノも頷く。

 

「そう言ってくれると助かるよ。……あぁ、そうだ」

 

 するとハヤテは、自分の財布から千円札を四枚ほど抜き取ると、ニ枚ずつにして二人に差し出した。

 

「今日のお礼と、デートの邪魔をしたお詫びだ。受け取って欲しい」

 

「えぇっ、そんな、受け取れませんよ!?」

 

 いきなり現金を差し出されて、アスノは慌てて拒否しようとするものの、

 

「アスノさん、ハヤテ教官は厚意で受け取って欲しいと言っているのですから、ここはありがたく頂戴しましょう」

 

 意外にも冷静なカンナは、ハヤテに「ありがとうございます」と一礼してから、お札を受け取る。

 

「え、えーっと……じゃ、じゃぁ、ありがとうございます……」

 

 カンナに倣うように、アスノも腰を引かせながらお札を受け取る。

 

「っと、それじゃぁ俺はこれから身内に電話しないとならないから、またね!」

 

 

 

 予想外の収入を得ながらも、アスノとカンナはガンプラのコーナーを見て回り、それぞれが買いたいものを購入した頃には、もう夕暮れ時が近付いていた。

 時刻を確認しても、少なくともアスノはミカのためにも遅くなるわけにはいかない時間帯だ。

 

「そろそろ帰ろっか。ツキシマさんも、門限とがありそうだし」

 

「そう、ですね……」

 

 帰らなくてはならないと言われ、カンナは気を落とす。

 出来ることならもう少し……と言いたいところだが、中学生が夜遅くまで出歩いていいものではないだろう。

 

 

 

 ショッピングモールを後にして、今朝も乗ってきた電車に乗車する。

 この時間帯の乗客は疎らで、今いる車両にはアスノとカンナの二人しかいなかった。

 

「今日は、楽しかったよ。誘ってくれてありがとう、ツキシマさん」

 

「私も、今日はたくさん試着しましたし、普段は食べられないハンバーガーもいっぱい食べましたし、イベントのお手伝いもしましたし、とても楽しい一日でした」

 

 しかし、カンナの表情は先程から浮かないままだ。

 

「まだ……まだ、帰りたくないのに……」

 

 帰りたくないのに、と言われて「じゃぁこのまま夜遊びにでも行こっか」とはアスノも言えない。

 

「アスノさんに……まだ……、……のに……」

 

「ツキシマ、さん……?」

 

 ふと。

 

 アスノはこの光景に何故か既視感を覚えていた。

 そう、この夕闇に染まる電車の中を、いつか前に見たことがあった。

 

 そうだ、ちょうどこの時間帯、この席に女の子が泣いていて――

 

「………………あ」

 

 不思議と、その朧気な記憶の中にいた少女と、カンナの姿が重なった。

 

 あの時――ソウジとショウコとの三人でつるんでいた時に、泣きそうな顔をした少女がいて……

 

「もし、かして……ツキシマさんは、あの時の……」

 

「やっと……やっと、思い出してくれたんですね」

 

 そう言って、カンナはポケットに手を入れて、一枚のハンカチを取り出した。

 

「これは……僕が持ってたハンカチ?」

 

 こくりと頷いて、カンナは過去を紐解いた。

 

「半年前のちょうどこの時、私は親に反発して、無謀な家出をしていました。ですが、頭が冷えた時には全く知らない駅にいて、帰るに帰れなくなり、どうすればいいか分からずに泣いてしまい……その時私の目の前にいたのが、ショウコさんとキタオオジさんと一緒に楽しそうにしている、アスノさんでした。私に気付いたのはアスノさんだけで、何も言わずにこのハンカチを差し出してくれて、そのまま去っていったのです」

 

 何故アスノの名前を知っていたのかは、その時に三人の会話から聞き取っていた、ということらしい。

 

「いつか必ず……アスノさんが、あの日のことを思い出した時に、返そうと思っていました」

 

 取り出したそれをそっと差し出すカンナに、アスノは受け取った。

 

「やっと、今日やっと、返せる日が来ました」

 

 安堵に、両手を胸に添えるカンナ。

 安堵から、意を決したように瞳を開く。

 

「アスノさん。私は……」

 

 カンナが何かを伝えようとした、その刹那。

 

 甲高い金属音と、急な震動がそれを遮った。

 

『ご乗車のお客様、大変失礼致しました。踏切の非常停止ボタンを確認したため、やむを得ず急停車しました。再発車まで、今しばらくお待ちくださいませ』

 

 車掌のアナウンスが流れる。

 

 ――なんと、タイミングの悪いことか――

 

「……ふぅ、びっくりしてしまいましたね」

 

「う、うん……」

 

「…………」

 

「……」

 

 

 

 それから、二人の間で言葉が交わされることはなく、アスノの最寄り駅が近付いてきたため、彼はそこで降りる。

 

「じゃぁ、ツキシマさん。また明日、学園でね」

 

「はい、また明日です、アスノさん」

 

 互いに軽く手を振り合って、アスノは駅のホームから改札へ向かう。

 

「(もしかしてツキシマさんは、僕のことが……)」

 

 いいやそれは妄想が先走り過ぎだろう、と思い直す。

 それに今のは告白ではなく、もっと別のことを伝えたかったのかもしれない。

 

「っと、買い物にも行っておかないと……」

 

 敢えてそう声にして、アスノは近場のスーパーへ向かった。

 カンナがあの時、何を伝えようとしたのかは、考えないように。



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7話 試練は過去からやって来る

 ※今回はバトルシーンにて、AIユニットとバトルすることになります。
 その際に登場する名前は、Pixivのみに投稿している小説作品のキャラクターも含まれます。


 アスノとカンナのデート(?)を終えて、週明け月曜日。

 いつも通りに朝のひと時を過ごしたアスノは、あることを脳裏に浮かべながら投稿していた。

 

 それは昨日の、夕暮れの電車の中で座る、何かを決意して告げようとした、カンナの真剣な顔。

 

「(ツキシマさんは、僕のことが……いや、そもそも僕は、あそこでもし告白されたとしたら、何て答えたんだろう?)」

 

 素直に気持ちを受け入れたのか、急過ぎると拒絶したのか、返事を待ってほしいと煙に巻いたのか、有耶無耶なままにしたのか……

 しかし全てはあとの祭りだ、昨日のことを今日考えても、都合のいいことばかりが思い浮かび、そんな自分に自己嫌悪したくなる。

 

「なーに朝からシケてそうな雰囲気出してんだ、よっ!」

 

「ノブッシ!?」

 

 意識がぼんやりとしていた後ろから、ソウジの声と背中を叩かれた衝撃と驚愕に、アスノは思わずネオジャパンの軍用MSの名をこぼす。

 

「……ノブッシ?」

 

 何故そこでノブッシなのかと、ソウジは瞬きを繰り返す。

 

「あ、ぁ?あぁ、おはようソウジ」

 

「はよっす。朝からどうしたんだ?」

 

 隣につくソウジは、様子のおかしいアスノにどうしたのかと尋ねる。

 

「えーと……」

 

 アスノ自身、これを言うべきか迷った。

 

 もし今ここで「ツキシマさんって僕のことが好きなんだろうか?」とソウジに相談したらどう答えられるか。

 

 十中八九、「お前寝ぼけてんじゃね?」と真顔で言われるだけだろうな、と即座に結論が出た。

 

「その、ツキシマさんって、ライジングガンダムが好きなのかなって」

 

 結局、そんな風に誤魔化した。

 

「いや、それを俺に訊かれてもな。まぁ、GPVSにも使ってるくらいだし、好きなんじゃねぇか?」

 

 それは遠回しに「ツキシマはお前のことが好きなんじゃねぇか?」と言われたような気がしなくもないが、この場合は"好き"の方向とベクトルが異なる。

 

「そ、そっか」

 

「なんか変なこと訊く奴だな、お前……」

 

 呆れるソウジだが、ともかく誤魔化しには成功した模様。

 そろそろすれば、ショウコと、その次にカンナとも合流出来る頃合いだ。

 

「ってか話は変わるけどよ、もう六月ってことは、そろそろ梅雨の時期なんだよなぁ」

 

 こんだけ晴れてるのに雨とか有り得ねー、とソウジは空を仰いでぼやく。

 

「今日の天気予報でも、夕方からは雨みたいだしね」

 

「夕立がそのまま雨になるってか?降る前に帰っておきてぇな」

 

「僕は折りたたみ傘があるから、降っても大丈夫だけど……」

 

「マジかよ用意周到過ぎかよ」

 

 他愛のない話を続けながら、ショウコと、その後に続くカンナとの合流を待つ二人であった。

 

 

 

 見た目だけなら普段と何も変わらない、授業の光景。

 アスノも、いつもならまともに授業を受けているのだが、今日はそうもいかなかった。

 

「(今朝に会ったときも、何事も無かったかのようだし……やっぱり昨日のあの時、ツキシマさんは僕に告白するつもりじゃなかったのか?)」

 

 シャーペンの進む手は滞り、教師の声も耳を掠めるだけ。

 

「………………」

 

 考えても考えても、自分にとって都合のいい解釈ばかりが頭に浮かぶばかりだ。

 ふとアスノは、無意識に視線を左に向け――

 

 カンナと目があった。

 

 その彼女はニコリと微笑みを返すだけ。

 

「!」

 

 アスノは慌てて視線を前に戻す。

 幸い、教師の目は黒板に向いていたようで、彼のカンナの覗き見はバレなかった模様。

 

 

 

 昼休み。

 さていつもの四人でミーティングとは名ばかりの集まりと洒落込むところであったが。

 

「アスノ、ちょっと付き合えよ」

 

 購買部から戻ってきたソウジが、アスノにそう声をかけた。

 

「え、いいけど。ショウコとツキシマさんはいいの?」

 

 アスノの視線が、女子二人に向けられる。

 その二人も、急にどうしたのかと、男子二人を見比べている。

 

「たまには男同士で話さなきゃならねぇこともあんだよ」

 

 いいから来いよ、と半ばソウジに引き摺られるように歩かされるアスノ。

 

「うわ、引っ張るなよ……ごめん二人ともー!」

 

 アスノは引かれながらも女子二人に軽く手を振る。

 何があったのかと、カンナとショウコは顔を合わせるだけだった。

 

 

 

 中庭のベンチの、一番端まで連れて来られたアスノ。

 ソウジが座るのを見て、彼も隣に座る。

 

「それで、男同士で話さなきゃならないことって?」

 

 連れて来られた理由であるそれを問い掛けるアスノ。

 

「そうだな……」

 

 ソウジは言葉を選ぶような間をおいてから、話し始める。

 

「ショウコとツキシマ」

 

「え?」

 

 いきなり女子二人の名前が出てきて、アスノはなおのことその意図が読めずに困惑する。

 

「もし、その二人から同時にコクられたら、お前ならどっちを選ぶよ?」

 

「と、突拍子無さすぎだよ……え、えぇ?何その、究極の選択」

 

「茶化すなよ。こっちは真面目に訊いてんだ」

 

 ソウジは声音こそいつも通りだったが、付き合いの長いアスノは、その声音から『いつもと違う』ことを感じ取っている。

 

「ショウコとツキシマさん、「どっちを恋人にしたいか?」って質問……で、合ってるよね?」

 

 念のために確認して、それに黙って頷くソウジ。

 

「んー……」

 

 難解。

 二択しかない選択肢で、この先の運命を決めかねない……そんな予感があった。

 ソウジも急かしたりはしない、ただ待っている。

 

「正直……今ここでどっちかハッキリ決めるって言うのは無理だよ。例えの理想論でも」

 

「……そうか」

 

 アスノの答えはどちらでもなかった。

 けれどソウジはそこで不満を見せることなく頷いた。

 

「そういう、ソウジは?」

 

 自分が答えたのだからそっちも答えろ、とアスノは言う。

 

「……秘密だ」

 

「何だよそれ?」

 

 ソウジのことだからはっきりした答えが来ると――どっちかは分からなかったが――思っていただけに、この答えは拍子抜けだ。

 

「秘密は秘密だ。男同士でも言えねぇことはある」

 

「そういう言い方、ズルいと思うんだけど?」

 

「ほっとけ。お前だって似たようなもんだろうが」

 

「……」

 

 そう言われると返せない。

 結局この話題の結論は、どちらも有耶無耶にするしか無かった。

 

 

 

 放課後は、四人の都合を擦り合わせつつ、ジュゲムもオンラインで参加してくれるとのことで、今日はGPVSに最近追加されたという新たなモードを試してみることになった。

 

「で、その新しいモードって言うのは?」

 

 ショウコは、公式サイトを見ているソウジにそれを訊ねる。

 

「っとな、過去にGPVSで優秀な結果を残したバトラーのデータをコピーした、AIと戦える機能らしいな」

 

 尤も、データを元にしたAIなので、その当時のバトラーには及ばないらしいが。

 

「ということは、アカバさんのデータもあるのかな?」

 

 アスノは、擬似的にとはいえあのドムソヴィニオンと戦えるのではないかと期待する。

 

「先行実装版だから、その辺は実際に見てみねぇと分からねぇな」

 

 いつもの『鎚頭』の看板が見えてきた。

 

 

 

 名瀬さんとアミダ姐さんに挨拶をしたら、早速バトルブースを使わせてもらい、RINEでジュゲムとも連絡を取りつつ、オンラインモードで新機能『黒歴史モード』という項目を選択する。

 

 アスノ達四人と、ジュゲムとが同期し、通信が繫がる。

 

「あーあー、こちらジュゲム。通信状態、良好なり」

 

「よーし、繋がったな。んじゃ、早速やってみますか」

 

 ジュゲムとの通信状態を確認してから、ソウジは黒歴史モードを設定していく。

 

 誰のAIと戦うかを設定することも出来るようだが、残念ながらアカバ・ユウイチのデータは項目に無かった。

 よって、ランダムで決めることになる。

 

 ・Arima hibiki

 

 ・Aria fon arcanecie asuna

 

 ・Minazuki sumer

 

 ・Ichinose yui

 

 ・Oyama koudai

 

 以上の五名と戦うことになるが、アスノ達にとってはいずれも知らない名前だ。

 

 ランダムフィールドセレクトは『アイランド・イーズ』を選択。

 原典作品は『0083』からで、地球へのコロニー落としを目論むデラーズ・フリート、それを阻止すべく迎え撃つ連邦軍という構図だが、さらにデラーズ・フリートを裏切ったシーマ・ガラハウにより、混沌とした戦場となっていく。

 

 GPVS上では、地球を背景としたシンプルな宇宙空間での戦闘になる。

 

 出撃準備完了、オールグリーンを確認。

 

「イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-I、行きます!」

 

「ツキシマ・カンナ、ライジングガンダム、参ります!」

 

「キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルーム、行っとくか!」

 

「コニシ・ショウコ、プリンセスルージュ、レッツゴー!」

 

「ジュゲム、ダーティワーカー、仕事の時間だ」

 

 一斉にリニアカタパルトに打ち出される、チーム・エストレージャの面々。

 

 

 

 出撃してすぐに、ジュゲムはセンサー範囲を広げて索敵する。

 

「さてさて、まずは何を仕掛けてくるか……」

 

 彼がそう呟いた瞬間、アラートが鳴り響き――直後、彼方から一筋のビームが放たれてくる。

 先頭に位置するソウジのガンダムアスタロトブルームは、それを躱す。

 一拍を置いて、今度は一対の砲弾が飛来するが、ソウジはこれも回避。

 

「キャノンタイプがいるみてぇだな」

 

『ガンキャノン』か、あるいはそれら派生機がいるのだろうと読み取るソウジ。

 ビームと砲弾による狼煙が上がり――敵対反応が三つ、急速に近付いてくる。

 

 迫りくるは、『ソードインパルスガンダム』、『ガンダムアストレア』、第四形態の『ガンダムバルバトス』の三機。

 いずれも、近接戦闘で高い攻撃力を持つ機体だ。

 

 その内、ガンダムバルバトスはその場に留まり、背部のサブアームと連結された滑腔砲を展開、大口径の砲弾を発射してくる。

 先程の砲弾は、あの滑腔砲によるものかもしれない。

 

 ソードインパルスガンダムは、その特徴的なレーザー対艦刀『エクスカリバー』を両手に抜き放っての二刀流となり、ガンダムアストレアも右腕に備えた『プロトGNソード』を構えて突進してくる。

 

「インパルスはイチハラ君、アストレアはキタオオジ君でそれぞれマークだ。コニシちゃんはバルバトスを頼むよ。ツキシマちゃんはオレと後衛のキャノンともう一機を捕捉だ」

 

 戦況を読み取り、素早く指示を出すジュゲム。

 ガンダムアスタロトブルームはハンドガンを撃ちながらガンダムアストレアへ挑み、ガンダムAGE-Iはソードインパルスガンダムに攻撃を仕掛け、プリンセスルージュはガンダムバルバトスへ向かう。

 

 ライジングガンダムとダーティワーカーはそれらの間をすり抜けて、離れた位置にいるもう二機を補足する。

 

『ケルディムガンダム【GNHW/R】』と、『ガンキャノン』だ。

 

 狙撃機と砲撃機が並んで先制射撃を行ってきたらしい。

 捕捉されたと気付いたケルディムガンダムは、すぐにGNライフルビットとGNシールドビットをアサルトモードで展開、接近を阻むように弾幕を展開し、その隙間からガンキャノンがビームライフルと肩部キャノンを正確に撃ち込んでくる。

 

「こ、これでは近付けません……」

 

「んー、こりゃキツい。ケルディムのビットが止むまでは様子見だな」

 

 適度に撃ち返しつつ、弾幕をやり過ごすカンナとジュゲム。

 

 

 

「くっ、そっ!これじゃ反撃出来ないッ……!」

 

 ソードインパルスガンダムの、二刀のエクスカリバーによる暴風のような斬撃の前に、アスノは防戦一方だ。

 長大なレーザー対艦刀を荒々しく振り回し、時には連結させて勢いに任せた乱撃は息つく暇すら与えさせてくれない。

 ドッズライフルで狙い撃ちにしている暇などない、同じくビームサーベルを二丁抜いて、どうにか対抗するものの、向こうの反応速度は恐ろしく速い、まるで先読みでもしているかのようだ。

 そして、僅かでも隙を見せればエクスカリバーを突き込んでくる。

 とにかくイニシアティブを取り直さなければ、とアスノは思い切り操縦桿を引き倒してガンダムAGE-Iを急速後退させる。

 しかし対するソードインパルスガンダムは瞬時に反応、連結させたエクスカリバーを振りかぶって――それを回転させながら投げつけて来た。

 しかも、その上から高エネルギービームライフルを連続で撃ち込んでくる。

 ビームの火線が回転するビーム刃と衝突、まるで追い掛けるかのように追尾して襲い掛かる。

 

「なんて攻撃のし方だ!?」

 

 ビームコンフューズならまだしも、連結したエクスカリバーをビームライフルで射撃して敵機に誘導するなど、人間業ではない。

 

「うっ、うわっ……」

 

 アスノは咄嗟にシールドでエクスカリバーを防ごうとするものの、艦艇すら叩き斬る破壊力を誇るレーザー対艦刀だ、単なるシールドで防ぎきれるはずもなく、ガンダムAGE-Iはシールドもろとも左腕を失ってしまう。

 

 

 

 アスノが大苦戦している一方で、ソウジもまた大苦戦している。

 

「クソッタレっ、身軽過ぎんだろうが……ッ!」

 

 ガンダムアスタロトブルームはデモリッションナイフを叩き込もうと振りかぶるものの、ガンダムアストレアはひらりふわりと舞うように宇宙空間を機動し、掠りもしない。

 デモリッションナイフによる斬撃を諦めて、ハンドガンとナイフによる至近接戦闘に持ち込もうとすれば、プロトGNソードで斬り込んでくる。

 デモリッションナイフを使おうとすれば回避に徹し、ハンドガンとナイフではプロトGNソードに対応しきれない。

 

「バルバトスの太刀でも用意すりゃ良かったか……いや、無いもん強請りはナシだ!」

 

 ソウジはウェポンセレクターを回し、デモリッションナイフを一度背部に納め、ナイフ二丁によるインファイトを敢行する。

 ガンダムアストレアもプロトGNソードによる格闘戦を仕掛けてくる。

 ガギンガギンとナイフとプロトGNソードが打ち合うものの、質量の差によって打ち負けているのはガンダムアスタロトブルームの方だ。

 反撃に右のナイフを突きだすガンダムアスタロトブルームだが、ガンダムアストレアは首を捻るような動作でナイフの切っ先を躱し、即座に反撃のプロトGNソードが一閃。

 ガンダムアスタロトブルームは右腕を斬り落とされてしまう。

 

「こ、な、くそがぁっ……!」

 

 

 

 ショウコのプリンセスルージュは、ガンダムバルバトスの滑腔砲による砲撃を掻い潜って、接近戦に持ち込む。

 持ち込んだのはいいのだが、

 

「ひぇっ、ひぇっ、こわっ、ムリムリムリッ!」

 

 滑腔砲を手放すなりメイスを構え直すガンダムバルバトスは、まさに阿頼耶識システムと一体化したかのような、ヌルヌルとした有機的な挙動で襲い掛かってきたのだ。

 幸いといえば幸いなのか、メイスによる大振りな打撃は、プリンセスルージュには当たりにくい。

 

 が、それは幸いでも何でもなかった。

 

 ワルキューレサーベルを抜き放ってメイスの間合いの懐に潜り込もうと試みるショウコだが、ガンダムバルバトスの挙動反応は異常に早く、メイスが空振りしても即座に引き戻されてガードの体勢を取られてしまい、そうして弾き返されればその0.5秒後には再びメイスか、あるいは滑腔砲の砲弾が飛んでくる。

 

 マギアライフルによる射撃も、ガンダムバルバトスの機動性の前には当たることもなく、当たったところでビーム判定なので、ナノラミネートアーマーの特性に阻まれてまともなダメージにはならない。

 

 ガンダムバルバトスは宇宙という真空の世界をまるで泳ぐように立ち回り、獣のようにプリンセスルージュの隙を虎視眈々と狙っている。

 

 

 

 カンナとジュゲムの二人だが、こちらも大苦戦である。

 ようやくケルディムガンダムのビットによる弾幕が止んだと思えば、今度はガンキャノンが積極的に前に出て、ビームライフルと肩部キャノン砲を的確に使い分け、時には併用して、ライジングガンダムとダーティワーカーに反撃の隙を与えさせない。

 

「なんとか、接近戦に持ち込みたいところなのですが……!」

 

 ライジングガンダムはバルカンを速射しつつヒートナギナタを抜くものの、ビームライフルの射撃は正確で、肩部キャノン砲は一撃必殺の破壊力を連射してくる。

 かといってガンキャノンに気を取られれば、その奥に控えているケルディムガンダムに狙い撃ちにされる。

 

「さて、こりゃどうしたもんかね」

 

 ジュゲムは攻めあぐねているこの不利な戦況にぼやく。

 彼も隙あらば狙撃を行おうとしているものの、あくまでも汎用機を狙撃仕様に改造したダーティワーカーと、最初から狙撃を前提とした機体であるケルディムガンダムとでは、狙撃合戦になれば後者に軍配が上がる。

 

 

 

 結論から言えば。

 

 ガンダムAGE-Iはソードインパルスガンダムの連結したエクスカリバーに細切れにされ、

 

 ガンダムアスタロトブルームはまともに反撃出来ないままガンダムアストレアに真っ二つにされ、

 

 プリンセスルージュはほんの一瞬気を抜いた瞬間にはガンダムバルバトスに掴まれて首を引きちぎられ、

 

 ライジングガンダムは被弾して体勢を崩したその直後にガンキャノンの肩部キャノン砲に粉砕され、

 

 ダーティワーカーはガンキャノンとケルディムガンダムに挟撃されて身動きが取れなくって、

 

 全機とも撃墜、敗北する。

 

 

 

「っかー!クソ強ぇわコレ!」

 

 後頭部を搔きながら、ソウジは一度筐体から離れる。

 

「ほとんど何も出来なかったよ……」

 

「あたし途中から半分諦めてた……」

 

 アスノとショウコも気落ちしている。

 

「最近のAIは凄いのですね……」

 

『これでもオリジナルには及ばないんだ。当時がどれだけ桁違いなレベルだったか、よく分かるよ』

 

 カンナは技術の進歩に感嘆し、ジュゲムはスマートフォンの通話越しに何事も無さげに溜息をひとつ。

 

 製作ブースの椅子に座って一休みしていると、名瀬さんがカウンターから顔を覗かせた。

 

「リリースされた新モードはどうよ?」

 

「やべぇっすわ、兄貴」

 

 ソウジが溜息混じりに答えた。

 

「そんなにか?」

 

「ほっとんど何も出来ませんでしたからね……でも、このあとでもう一回行きますよ」

 

 ともかく、黒歴史モードの勝手は分かったので、次は負けるかとソウジは気持ちを切り替える。

 

 

 

 再度同じモードで、ランダムセレクト。

 

 ・Nakamura aoi

 

 ・Katsui tomoki

 

 ・Ashihara miyu

 

 ・Kusanagi tsurugi

 

 ・Sagimiya satsuki

 

 ランダムステージセレクトは『ベルリン市街地』

 

 原点作品は『SEED DESTINY』からで、地球連合軍特殊部隊ファントムペインのエクステンデッド、ステラ・ルーシェが乗り込むデストロイガンダムが市街地を蹂躙し、それを食い止めるべくザフト軍のシン・アスカと、無属のキラ・ヤマトが出撃し、一時共闘することになる場面であり、GPVS上では焼き払われた市街戦になる。

 

 そうして再び出撃したチーム・エストレージャの五人であったが……

 

 

 

「またダメだった……」

 

 アスノはMFも真っ青な動きをするマスラオの徒手空拳に終始圧倒され、

 

「これ、ほんとに勝てんのかぁ!?」

 

 ソウジはバンシィ(EP.5)の勢い任せな格闘攻撃の前に競り負け、

 

「あーん!無理無理無理ぃ!」

 

 ショウコは執拗に死角に回り込んでくるガンダムデスサイズヘルに辟易し、

 

「い、一体どうすれば……!?」

 

 カンナはモンテーロの巧みな攻防に手も足も出せないままに撃墜され、

 

「やれやれ、そう上手くはいかないねぇ……」

 

 ジュゲムは搦め手を正面から突き破ってくるZガンダムに為す術もなく、

 

『Battle ended』

 

 先程と同じような結果で終わってしまった。

 

 

 

 それからもう何度か黒歴史モードでプレイするものの、一勝どころか一機も墜とせないまま、アスノ達の気力が尽きた。

 

「「「「………………」」」」

 

 この場にいないジュゲムを除く四人は、製作ブースの椅子に座って真っ白に燃え尽きていた。

 

「まぁまぁお前ら。今日勝てなかったくらいで落ち込むなよ」

 

 名瀬さんは燃え尽きたアスノ達を見て、苦笑する。

 とはいえ彼らの気持ちは早々すぐには切り替わらない。

 どうしたもんかと名瀬さんは思案し、踵を返してバックルームに声をかける。

 

「おーい、アミダー」

 

 するとすぐにアミダ姐さんが「なんだい?」と顔を出した。

 

「あいつら、AI相手に手も足も出なくて落ち込んでるみたいなんでな。ちょっと、"魅せて"やってくれねぇか」

 

「アタシはもう引退したんだけどねぇ……ま、若い子らに可能性を見せるくらいならいいか」

 

 そう言ってアミダ姐さんは顔を引っ込めて、すぐに出てきてはそのまま筐体に向かう。

 

「お前ら、モニター見てみな。『人間はAIごときに負けねぇ』ってのがよく分かるぞ」

 

 名瀬さんの言葉に、アスノ達は死んだ魚の目をしながらモニターに目を向ける。

 

 それは、暗礁宙域へ出撃する、ピンクの『百錬』。

 相対するのは、黒歴史モードのAI。

 

 ・Sakurai airi

 

 ・Itou ricca

 

 ・Shindou akira

 

 ・Ichinose mai

 

 ・Ameno habakiri

 

 ウイングガンダムゼロ、グリムゲルデ、ダブルオーライザー、ハンブラビ、ジンハイマニューバの五機が、一斉に百錬に襲い掛かる。

 

 可変機であるウイングガンダムゼロとハンブラビが、それぞれネオバードモードとMA形態へと変形性し、左右へ展開。

 

 バスターライフルと背部ビームライフルによる牽制射撃を、百錬はそれら火線と火線の間を最小限のアクションでやり過ごす。

 

 真っ先に切り込んでくるのはダブルオーライザーで、GNソードⅢによる格闘戦を持ち込み、その数歩後ろからグリムゲルデとジンハイマニューバがライフルで援護射撃を仕掛ける。

 

 対する百錬はなおも最小限でやり過ごす。

 

 ついにダブルオーライザーがGNソードⅢの間合いに踏み込んでくるが、振り抜かれるクリアグリーンの剣刃を百錬は掠めるか掠めないかの文字通り紙一重で躱すと、瞬時にリアスカートから片刃式ブレードを抜き放ち様にダブルオーライザーのボディを斬り裂いた。

 

 ダブルオーライザー、撃墜。

 

 ダブルオーライザーの撃墜を判断し、グリムゲルデはヴァルキュリアブレードをシールド裏から展開し、ジンハイマニューバは重斬刀を抜き放って、百錬の前後から迫り、さらにウイングガンダムゼロはバスターライフルを、ハンブラビはMS形態に変形して腕部ビームガンを連射して百錬をいやらしく釘付ける。

 

 ビームの雨を躱し、時に片刃式ブレードで斬り弾いていく百錬だが、そうこうしている内に後ろからグリムゲルデと、前からジンハイマニューバが迫る。

 

 百錬は突如前方のジンハイマニューバへ向けて加速、アサルトライフルを連射する。

 

 ジンハイマニューバは重斬刀を寝かせて構えてアサルトライフルの銃弾を的確に弾き返していくが、ガードの姿勢を取っているために咄嗟に反撃が出来ず、百錬はジンハイマニューバに肉迫、脚部を繰り出して重斬刀もろとも蹴り飛ばし――その蹴りつけた反動をそのままグリムゲルデが迫る方向へ急加速する。

 

 グリムゲルデはそのままヴァルキュリアブレードで斬り掛かるものの、その特殊合金の双剣は百錬の装甲を捉えることは叶わず――それどころ百錬は、ジェットストリームアタックを掻い潜ったアムロのガンダムのごとく、グリムゲルデを『踏み台にする』と、距離を取って腕部ビームガンを連射しているハンブラビとの間合いを一瞬で詰める。

 

 ハンブラビはすぐにビームサーベルを抜き放って迎え撃とうとするものの、それよりも先に百錬がハンブラビの脇を潜り抜けて背後から組み付くと、バイタルバートにアサルトライフルを数発ゼロ距離射撃を行い、撃墜判定を食らわせる。

 

 ハンブラビ、撃墜。

 

 しかし百錬は撃墜したハンブラビを掴んだまま、追い縋ってきたグリムゲルデへ迫る。

 

 その側面からジンハイマニューバが27mm突撃機甲銃を連射してくるものの、百錬は掴んでいたハンブラビを盾にして銃弾を防いでいく。

 

 逆サイドからもウイングガンダムゼロがバスターライフルで百錬を狙い撃ちにしようとするが、百錬は被弾して爆散寸前のハンブラビをウイングガンダムゼロに向けて蹴り飛ばす。

 

 当然、ウイングガンダムゼロはバスターライフルを発射、ハンブラビを撃ち抜き、爆散によって一時的にウイングガンダムゼロの視界が奪われる。

 

 今度こそグリムゲルデのヴァルキュリアブレードは百錬を斬り裂かんと振り翳されるが、その寸前に百錬は左マニピュレーターに握っていた片刃式ブレードを投げナイフのようにスナップを効かせて投擲、それはグリムゲルデの頭部へ突き刺さる。

 

 メインカメラを破壊されて動きを止めたグリムゲルデだが、AIにとってそれは一瞬のことで、すぐに再行動しようとするものの、その"一瞬"はあまりにも致命的だった。

 

 刹那、百錬は左サイドスカートからナックルガードを引き出して左マニピュレーターに装着、グリムゲルデのバイタルバートに、スパークを迸らせたナックルをボディブロウのように叩き込み、粉砕した。

 

 グリムゲルデ、撃墜。

 

 ここまで三機が撃墜されたことによって、ジンハイマニューバはスラスターユニットを翻してウイングガンダムゼロと合流する。

 

 その間に、百錬はナックルガードを放棄し、グリムゲルデの頭部に突き刺さった片刃式ブレードを回収して、残るウイングガンダムゼロとジンハイマニューバに向き直る。

 

 一拍の間を置いて、ジンハイマニューバは27mm突撃機甲銃を連射しつつ百錬へ接近し、ウイングガンダムゼロは左右のバスターライフルを連結させて、ツインバスターライフルとして構える。

 

 対する百錬は、27mmの銃弾を躱す――のではなく、敢えて受けながらジンハイマニューバと真っ向から向かう。

 

 元より百錬と言うMSは、障害物との衝突が想定されるデブリベルトでの行動を前提としているため装甲が分厚く、多少の被弾は無視できるのだ。

 

 格闘戦の間合いに踏み込んでもジンハイマニューバは重斬刀を振るうことなく、すると不意に百錬の下方へと急速離脱した。

 

 ジンハイマニューバがいた位置の真後ろに、ツインバスターライフルを構えたウイングガンダムゼロが控えており、その二門の銃口は確かに百錬をロックオンしている。

 

 引き絞られるトリガー、吐き出されるは濁った金色をした破壊の閃光。

 

 コロニーひとつをたった一射で破壊するそれは、MS一機を撃破するにはあまりにオーバーキル。

 

 原作では、防御力に特化した機体であるメリクリウスのプラネイトディフェンサーを貫通して破壊するほどの破壊力だ、例えナノラミネートアーマーに守られた機体であろうとそれは変わらないだろう。

 

 されど、AIのその正確無比な射撃が、百錬の反応速度に追い付くことはなかった。

 

 ジンハイマニューバが下方へ急速離脱した時には、既に百錬は上方へと急上昇しており、最初からツインバスターライフルの射線上から離脱していたのだ。

 

 ツインバスターライフルを照射し、反動で隙を晒しているウイングガンダムゼロに素早く接近した百錬は、片刃式ブレードでボディを一閃する。

 

 ウイングガンダムゼロ、撃墜。

 

 残るはジンハイマニューバのみだが、ここまで酷使してきた片刃式ブレードはすっかり刃毀れして使い物になりそうになく、アサルトライフルの残弾やスラスターのガスも残り僅かだ。

 

 しかし百錬の闘志は、出撃してからのそれと比べても何一つ衰えておらず、命を燃やすがごとくスロットルを開き、アサルトライフルを撃ちまくる。

 

 銃弾が交錯し、双方のライフルが破壊される。

 

 ジンハイマニューバは重斬刀を両手で構え直して突撃、対する百錬はほぼ丸腰だ、まだもう片方のナックルガードはあるものの、この咄嗟ではすぐに使うことは出来ない。

 

 突き出される重斬刀はしかし、百錬には届かない。

 

 何故ならば、百錬はその剣刃を『白刃取り』しているのだから。

 

 白刃取りした状態から百錬はジンハイマニューバの腹部を蹴り飛ばし、ついでに重斬刀を奪い取り、瞬時に距離を詰めて一閃した。

 

 ジンハイマニューバ、撃墜。

 

『Battle ended』

 

 アミダ姐さんは、五対一と言う大幅なハンデを、涼しい顔で跳ね返してみせたのだ。

 

 

 

「「「「……」」」」

 

 アスノ達四人は、モニター越しに映るアミダ姐さんが駆るピンクの百錬を、惚けたように見つめていた。

 凄い、と言う言葉すら出てこない、圧倒的な操縦技術。

 彼女がその昔、GPVSのトップバトラーだったのは、伊達では無かったということを、思い知らされる。

 

「お疲れアミダ。調子はどうだったよ?」

 

 筐体から出てきたアミダ姐さんに調子を訊ねる名瀬さん。

 

「んー、あと23秒は早く行けたと思うんだけどねぇ。ライフルも壊されたし、アタシの腕も落ちたか」

 

 どこか不満げに鼻を鳴らすアミダ姐さん。

 これでなお腕が落ちた結果だと言うのなら、全盛期だった頃など想像もつかない。

 

「……とまぁ、人間やろうと思えば、AIなんざへのカッパってことだ」

 

 名瀬さんは、アミダ姐さんの戦いぶりを見せて、アスノ達にそう言った。

 

「お前らの目標の先にいるアカバも、これくらいは普通にやって退けるだろうよ」

 

「「「「…………」」」」

 

 少年少女達は顔を見合わせ。

 

「よしっ。ソウジ、もう一戦やろう!」

 

「おっしゃ!やってやろうじゃねぇか!」

 

「あたしも頑張るぞー!」

 

「ではでは私も奮起してみましょう!」

 

 意気消沈はどこへやら、瞳の輝きを取り戻したアスノ達は再び筐体へ繰り出す。

 

 その様子を眺めつつ、名瀬さんは「お元気なこって」と。アミダ姐さんは「若いんだよ」と相槌を打つ。

 

 

 

 もう一戦だけ黒歴史モードに挑んだアスノ達は、やはり勝利するには至れなかったものの、五機の内の二機を撃破することが出来た。

 それは大きいものではないが、確実な進歩だ。

 

 進歩を実感したところでそろそろ帰宅しようかと言う時だった。

 

 ドアの向こうには、土砂降りとはいかないものの、傘無しで歩くには勇気がいる、それくらいの量の雨が降っていた。

 

「あっ……夕立ち」

 

 黒歴史モードの攻略に夢中で、今朝の天気予報のことがすっかり抜け落ちていた。

 

「うーわマジかぁ」

 

 傘の無いソウジは頭を掻く。

 

「やば、あたし傘無いよ……」

 

 ショウコも青褪めている。

 カンナは「あー……」と呆然と雨雲を見上げる。

 

 さすがに『鎚頭』の閉店時間まで居座るわけにはいかず、そこまで待っても止みそうに無いだろう。

 

「しゃーねぇ、ここはいっちょ走りますか……じゃ、俺はここで!」

 

 ソウジはトントンと靴の爪先で床を鳴らすと、敢然と雨の中を駆け出した。

 

「ソウくんは元気だねぇ……アスくんも傘無い感じ?」

 

 ショウコはアスノに目を向ける。

 

「うぅん、僕は折り畳み傘があるから」

 

 そう言いつつ、アスノは鞄からコンパクトに丸められた傘を取り出してみせる。

 

「えーっ、アスくんズルーい!」

 

「ズルいとか言われても……ツキシマさんは?」

 

 カンナも傘が無いのかと思えば、彼女はスマートフォンを耳に当てて電話していた。

 

「……あ、もしもし、カンナです。今、ホビーショップの『鎚頭』にいるのですが、この雨でして……はい、はいそうです。お願いしますね。……はい、店内にいますから。……はーい、待ってます」

 

 通話終了。

 

「私は車が迎えに来ますから、大丈夫ですよ」

 

「な、なるほど」

 

「カンナちゃんのお嬢様っぷりを感じるね……」

 

 家内に使用人がいて、わざわざ自動車で迎えに来させると言う。

 一庶民では、裕福な家庭でなければその考えも及ばないだろう。

 

「ですからアスノさん、ショウコさんを送ってあげてください」

 

 今この場で傘を持っているのはアスノだけで、カンナは安全に帰ることが出来る。

 そうなれば、必然的にアスノがショウコを送るべきだろう。

 

「えっ、えぇと、カンナちゃん?その……いいの?」

 

 そこで、ショウコは躊躇った。

 本当は、カンナこそがアスノに送ってもらいたかったのでは無いのかと。

 しかし当のカンナはそれを意に介することなく。

 

「アスノさん。ちゃんとショウコさんをエスコートしてあげてくださいね?」

 

「あ、あぁうん」

 

 そして肝心のアスノも、ショウコの躊躇の意味に気付くはずもなく頷いている。

 

「行こっか、ショウコ」

 

「う、うん……ありがとう?」

 

 アスノは傘を広げ、ショウコもその中へ納まる。

 

「じゃぁまた明日ね、ツキシマさん」

 

「ば、ばいばーい」

 

「また明日です」

 

 帰りの挨拶を交わしてから、アスノとショウコは相合傘で雨中を往く。

 

 

 

 雨の中、二人は黙々と歩く。

 普段は他愛もない話で盛り上がるはずなのに、今日に限っては互いに無言。

 アスノとしては、ショウコの方から話題を振ってくれるとばかり思っており、ショウコは何を話せばいいか分からずに戸惑うばかり。

 少なくとも、この場にソウジか、もしくはカンナがいればこうはならなかった。

 ソウジなら二人共通の話題を持ち込んで来るし、カンナならアスノをそっちのけで女子トークに勤しめるから。

 

 けれど、いざこうして二人きりで、それも相合傘と言う、否応なく物理的に距離を縮めなければならない状況では尚の事。

 

「(ど、どうしたんだろうショウコ……今日はめずらしく無言だ……)」

 

「(こ、これってチャンス?チャンスだよね?せっかくカンナちゃんが譲ってくれたんだし……でも、どうしよう……)」

 

 何か話さなくては、コニシ・ショウコらしくない。

 

 ガンプラの話……それは今じゃなくてもいいだろう。

 カンナの話……アスノを前にして話せるものか。

 天気の話……話すまでもなく雨である。

 

 ふとショウコは、隣り合っているアスノの目線の高さの違いに気づいた。

 中学二年生の春頃は同じくらい、どちらかといえばショウコの方が高かったはずだった。

 それが、いつの間にか追い越されている。

 

「アスくん、背、伸びたね」

 

「え?そ、そうかな?」

 

「ほんと。だって、もうあたしより高いじゃん」

 

「言われてみれば、確かに……」

 

 測るか、何かと比べなければ、身長の伸びなど自覚出来ないものだ。

 

「「…………」」

 

 しかしこの話では長続きしなかった。

 が、それがきっかけにアスノは話題を思い付いた。

 

「そ、そうだ。今日の昼休みに、ソウジと話してたことだったんだけどさ……」

 

「あ、うんうん。何かな?」

 

「なんて言ってたかな……確か、「もし、ツキシマとショウコから同時にコクられたら、お前ならどっちを選ぶよ?」だったかな?」

 

「(えっ)」

 

 ショウコは、自分の心臓がざわめくのを自覚した。

 そのソウジの問いかけに、アスノはなんと答えたのか。

 

「僕はその時、今ここでハッキリ決めるのは無理だよって答えたんだけどさ」

 

「……そ、そっかぁ」

 

 残念だったのか、安心したのか、どちらとも言えなかった。

 

「ソウジはどうなんだって訊き返したら、本人は「秘密だ」って言ってさ。そりゃズルいよって」

 

「アスくんもソウくんも、ヘタレさんだねー」

 

 でもさ、とショウコはアスノの顔を見上げた。

 

「……昼休みの時は無理だったなら、"今"は?」

 

「えっ……?」

 

「あたしと、カンナちゃん。二人一緒に告白されたら、どっち……?」

 

 アスノは、言葉に詰まった。

 

 

 ショウコのその顔が、真剣そのものだったから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 カンナとショウコ、どちらを選べと問われたなら……

 

「ツキシマさんとショウコの、どっちって……そんなの、今だって答えられないよ」

 

 昼休みのソウジに対する答えと同じ、結論の先送り。

 

「そっか……そうだよね。アスくんって優しいから、簡単に決めたりしないよね」

 

 仕方ない仕方ない、とショウコは努めて、"らしく"笑顔を見せる。

 

 が、

 

「(あたしが目の前にいるのに、『先にカンナちゃんの名前を挙げる』んだ……)」

 

 少なくとも、今のアスノの心の中を占める割合が、ショウコよりもカンナの方が高いということ。

 

「ショウコ?まさか、どこか具合が悪いの?」

 

 それが顔に出ていたのか、アスノはそんな的外れな心配をしてきた。

 

「う……うぅんっ!全然平気!なんなら、雨の中でスキップだってしちゃ……ゃっ!?」

 

 スキップするフリをしようとした瞬間、濡れた地面に足を滑らせたショウコ。

 

「っと、危なっ!」

 

 アスノは咄嗟に空いている方の手で、ショウコの腰を掴むように支えてやる。

 

「っ……」

 

 その、アスノの手の優しさに気付いてしまう。

 まるでガラス細工に触れるような。

 カンナにしてやればいいものを、どうしてそれを自分にまで向けるのか。

 

「ショウコ、大丈夫?」

 

 なのに、アスノの顔はどこまでもいつも通り過ぎて。

 

「な……ナイスキャッチアスくんっ。さすがだね!」

 

 無理矢理笑顔を作って、ショウコはアスノの手から離れる。

 

「ここまででいいよっ、またね!」

 

 そして、そのままアスノの傘を飛び出していった。

 

「え?ちょ、ショウコ!?まだ……行っちゃったよ」

 

 まぁそう遠いものではないから大丈夫か、とアスノは気を取り直して歩き出す。

 

 

 

 もう、耐えられなかった。

 あれ以上アスノの近くにいたら、あらぬことを口走ってしまいそうだったから。

 

「(バカ……あたしのバカ……ッ!なんで、あんなこと訊いたりして……アスくんが困るだけじゃない……ッ!)」

 

 ショウコは自分を罵りながら走った。

 

 降り頻る雨で、溢れそうになる涙を誤魔化しながら。



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8話 学期末の戦場

 梅雨入りを経て、七月。

 登校前の短時間、制服に着替えたアスノは、自分の勉強机に座っていた。

 

 手元にはルーブリーフとシャーペン、目の前に立つのは愛機ガンダムAGE-I。

 

 何をしているのかと言えば、夏の選手権に向けたガンプラの改造案を練っているのだ。

 

「(AGE-Iの基本性能を高めるのは当然で、それは僕の努力次第。問題は、チーム戦での連携力)」

 

 ガンダムAGE-Iはビーム兵器が中心の兵装群だが、実弾や物理攻撃なら、ソウジのガンダムアスタロトブルームが得意とする分野だ。

 長距離のビーム攻撃ならば、カンナのライジングガンダムのビームボウや、ジュゲムのダーティワーカーのビームスナイパーライフルで事足りるだろう。

 ショウコのプリンセスルージュはどちらかと言えば格闘戦の方が得意。

 そうなると、アスノに求められる役割は。

 

「(全体のバランス、だよな)」

 

 ビーム兵器を主体として、前後共にバランスの良い武装、どのような戦況にも即応可能な、器用貧乏ではない優れた汎用性。

 そう言った概念書き連ねて思い浮かべるのは、

 

「『アムロ・レイ』」

 

 "機動戦士ガンダム"において、原点にして起源、起源にして頂点、頂点にして最強であると"公式見解にて認定された"MSパイロット。

 戦略、戦術、戦況、敵対機、タイミング、搭乗機、いずれも問わずに、常に最大の戦果を挙げ続けてみせたその勇姿は、まさに最強に相応しい。

 アムロ・レイと聞いて真っ先に思い付くMSは、もちろんRX-78-2(ガンダム)。その次に浮かぶのはνガンダムだろう。

 そうして浮かび上がる構想や妄想、捏造されるIF設定などが次々にアスノの脳内を巡り――至ったのは。

 

「……『アムロ・レイがA.G.歴の世界に異世界転生したら、どのような"ガンダム"を生み出すのか』」

 

 きっとメカオタクとしての本領を発揮して、ガンダムAGE-1にコアファイターを搭載したり、ドッズライフルの代わりにハイパーバズーカやガンダムハンマーを搭載したり、時にはジェノアスキャノンに乗り込んでガフランを鹵獲したりするかもしれない。

 それと敵対するヴェイガンも真っ青である。

 

 そうなると、ガンダムAGE-2の簡易型(リ・ガズィのような機体)で三世代編のXラウンダーパイロット達を軽々撃退し、急ピッチで仕上げた専用ガンダムに乗って戦場を圧倒し、ゼハート・ガレットのガンダムレギルスRと壮絶な殴り合いを繰り広げ、崩壊するラ・グラミスを「俺のガンダムは伊達じゃない!!」と支え押し上げようとするなどなど……

 

「っと……」

 

 思わず妄想ばかりが先走ってしまった。

 

 それはともかくとして、アスノが目指すガンプラは、あくまでもバランス重視。

 前衛として身体を張ることも出来て、後衛として支援することも出来て、前後ともに卒なくこなせるスタイルにして、なおかつ一対一での戦いにも抜かりなく。

 

 武装にしてもそう。

 

 ドッズライフルの強化はもちろんとして、シールド内にミサイル、ビームサーベルが二丁。

 加えられるならバルカンとファンネルも搭載したいところだ。

 

 そこまで考えたところで、そろそろ登校時間に差し掛かる。

 

「っと、行くか」

 

 鞄を担いで、アスノは一度リビングへ。

 

「ミカ姉、行ってきまーす」

 

「はーい、いってらっしゃ~い」

 

 ミカに見送られて、アスノは玄関を出る。

 

 梅雨が明ければ、夏はすぐそこだ。

 その前触れとして、

 

「もう暑くなってきたな……」

 

 急激に上がりつつある気温に、アスノはぼやいた。

 

 

 

 学生の本分は勉学である。

 それを体現するかのように待ち受けるのは。

 

「かーーーーーっ、期末テストとかやる気しねぇ……」

 

 頭を抱えて机に突っ伏すのはソウジ。

 

「ダメですよキタオオジさん。学生である以上は、ちゃんと勉強もしなければ」

 

 優等生的発言をするのはカンナ。

 

「期末テストって言っても、そこまで鬱屈するものかな……」

 

 アスノは、ソウジが何故頭を抱えるのかがあまりよく分かっていない。

 

「アスくんの成績が良いのは知ってるけど。カンナちゃん……は、一学期の中間にはいなかったんだっけ?」

 

 ショウコはカンナの成績を訊ねようとして、彼女が転入生であったことを思い出す。

 

「聖リーブラでの成績でしたら、確か全教科とも90点以上はとっていたはずですね」

 

 カンナはなんでもないことのように言うが、

 

「超お嬢様学校でそれはやべぇ……」

 

「ツキシマさん、すごい……」

 

「想像以上だね……」

 

 三者三様、カンナの秀才ぶりに戦慄する。

 

「そ、それほどのことでは……皆さんの成績はいかがでしょう?」

 

 今度はカンナが三人の成績を訊く番である。

 

「あたしは、普通くらい?アスくんは前の中間で、学年八位だったもんね?」

 

 ショウコは普通程度と言う。

 

「うん、「ちゃんと勉強もしなさい」って、ミカ姉にみっちり絞られたからね……」

 

 アスノは何だか遠い目になる。

 ミカは普段からのほほんとしているものの、その実、今通っている大学にはほぼトップの点数で入学すると言う才女でもある。

 その優秀な姉の手前もあって、アスノもこと勉強に関しては真面目に取り組んでいる。

 

 最後のソウジはというと……

 

「下手すりゃ夏休みは補習三昧だ……」

 

 とのこと。

 これはまずい、とアスノ、ショウコ、カンナは声を揃えた。

 

 夏休みはGPVSの選手権大会が控えているのだ。

 補習の日と、選手権の開催日が重なったらおしまいだ。

 そうでなくとも、夏休みの最初の方で"強化合宿"も考えている彼らとしては、補習は何としても回避しなければならない。

 

「勉強会をしましょう」

 

 すかさず、カンナがそう言った。

 

「そうだね、僕も賛成だ」

 

 アスノはカンナの提案を支持する。

 

「まぁ、あたしも補習受けたくないし」

 

 ショウコも然り。

 賛成多数にて、勉強会の実行は可決だ。

 

「お、お手柔らかにな、お手柔らかに……」

 

 本日より素敵な勉強地獄が始まり、そしてそれは逃れることも免れることも許されないことだと悟り、ソウジは恐怖に声を震わせる。

 

 

 

 テスト勉強期間中の休日とは、休日に非ず。

 

 アスノ達中学生四人は、市民会館に併設されている図書室に開館時間に合わせて入館していた。

 利用目的は、もちろん勉強のため。

 

 ソウジは「何も休日まで勉強漬けにしなくてもいいじゃねぇか……」と朝から憔悴しきったような顔をしているが、そこで容赦しないのがアスノ、カンナ、ショウコの三人である。

 

 図書室なら他の利用者も騒がず静かで、余計なものは何もない、ついでに冷房が程よく効いていて快適、つまりは集中して勉強するには持って来いの環境である。

 

「ではでは、早速始めましょう。キタオオジさん、分からないところはどこでしょうか?」

 

 カンナは数学の教科書を開いて、テスト範囲のページに合わせる。

 

「テスト範囲をイチからお願いします……」

 

「「「………………」」」

 

 どうやら、ソウジの勉強の苦手っぷりは筋金入りのようだ。

 

「じゃぁ……イチからみっちりやろうか?」

 

 目の笑っていない笑顔のアスノから死刑宣告が発された。

 女子二人もしかり。

 寒さのそれではない意味で震えながら、ソウジは地獄の勉強会に放り込まれた。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 お昼時になって、ようやく図書室を出る。

 

「ん〜っ、勉強したねぇ」

 

 あっつーい、と日射しを浴びながらショウコは背伸びする。

 

「なかなか集中して出来たと思います」

 

 カンナは自販機で購入したお茶を啜る。

 

「まぁ、ほとんどソウジのために付き合ったようなものだけどね」

 

 アスノは苦笑しながら、自身の後方を見やる。

 

「」

 

 そこには、白目を剥きながら千鳥足で歩く、魂の抜けかかったソウジの姿が。

 

「ソウくーん、生きてるー?」

 

 ショウコがそう声をかけるものの、

 

「ぁあ……なんとかな、なんとか……なら、死ぬまで生きて、命令を果たしてやろうじゃねぇか……」

 

 火星軌道上からのダインスレイブの一斉射を受けて瀕死の昭弘・アルトランドと化したソウジだが、辛うじて生きているようだ。

 

「止まるんじゃねぇぞ、ですよ。お昼ごはんが済んだら、もう一度勉強です」

 

 それに合わせてか、オルガ・イツカの最期の命令を真似しつつも、再度の死刑宣告を告げるカンナ。

 

「ま、まだやんのかよ!?」

 

「当然です。キタオオジさんの夏休みを守るためならば、このツキシマ・カンナ、世界人口の1/4をビーム兵器で焼き払うことだって躊躇いません」

 

 天使(ハシュマル)だ、天使(ハシュマル)が舞い降りた。

 

 テスト勉強の厄祭戦を前に、ソウジは再び戦慄する。

 

 

 

 昼食後に再び市民会館の図書室へ赴き、またニ時間ほど集中してテスト勉強。

 

 それも済んだ頃には、まだ日も高いが夕方頃。

 

「……さすがに、詰め込み過ぎたでしょうか?」

 

 カンナは、自分の目の前に広がる光景を見てそう呟く。

 

「ソウくん記憶力はいいんだから、やろうと思えば勉強も普通に出来るの、にぃっ……」

 

 ショウコは、図書室のテーブルに突っ伏しているソウジを引き摺り起こそうとするものの、彼女一人ではさすがに動かせない。

 

「へっ……生きてりゃ良いことあるもんだな……いい土産話が、出来た……」

 

 先の昭弘の台詞の続きなのか、完全に力尽きたソウジから、そんな満足げな呟きがもれた。

 

「こらこら、テストが始まる前に死んでどうするのさ。身構えている時に死神は来ないものなんだか、らっ」

 

 ショウコの反対側から、ソウジを引き摺り起こそうとするアスノ。

 

 

 

 もうしばらくエクトプラズムを口から浮かべていたソウジだったが、閉館時間が近くなればさすがに自我を取り戻した。

 

「ま、まさか、明日もこれやるんじゃねぇだろうな……?」

 

 ソウジは恐る恐るそれを訊ねる。

 明日も朝からこの時間まで勉強漬けなのかと。

 

「いいえ、さすがに連日ではしませんよ」

 

 そう答えたのはカンナ。

 しかしその彼女はにっこりと聖女のような笑みを浮かべながら、ルーズリーフの束をソウジに差し出した。しかもけっこう分厚い。

 

「その代わり、宿題を用意しました。今日勉強した範囲の復習ですよ」

 

「はぁっ!?この上から宿題まであんのかよ!?」

 

 休日とは何だったのかとソウジは声を上裏返らせる。

 しかも、

 

「週明け月曜日の朝にチェックするからね、ソウジ」

 

「ちゃんと出来てたら、その日の学食はあたし達三人の奢りでいいけど……出来てなかったら、その逆だよ?」

 

「それって俺が三人分のランチ払うってかァ!?」

 

 宿題が出来ていればその日の昼食代が浮き、出来なければ三人分のランチ代を払うという、悪魔の契約を突き付けるアスノとショウコ。

 

 鬼かお前らは、とソウジは恨めしげに三人を睨むが、

 

 

 

「「「やってしまえばどうということはない」」」

 

 

 

「………………アッハイ」

 

 と、赤い彗星理論で丸め込まれてしまった。

 

 

 

 勉強会が終わった後にちょっとGPVSを……と思っていたソウジだが、三人から突き付けられた宿題の量を見て、そんな余裕は無いと即決する。

 

 さっさと終わらせなければ不必要な出費を強いられるので、それはなんとしてでも避けねばと、ソウジはその日の晩から宿題に手を付けようとして、

 

「」

 

 またしてもエクトプラズムが口から浮かびかけた。

 ページ数が多いのは当然として、内容の濃さも半端ではない。

 下手をすれば今日の勉強量を上回るレベルだ。

 

 ――ここからが本当の地獄だぞ――。

 

 ソウジの脳裏に、全身黒タイツのジャック・オ・ランタンが狂ったように踊る姿が視えた。

 

 

 

 ところ変わって。

 GPVSのホログラムが生成するフィールドは、『バイオ脳建造プラント』

 原典作品は『クロスボーン・ガンダム』の続編たる『スカルハート』に当たり、地球圏に潜伏していた木星帝国(ジュピターエンパイア)の残党が潜む極秘プラントで、その中で『アムロ・レイ』の戦闘データを反映したバイオ脳を搭載した『アマクサ』が試作されている。

 

 ミッション名『最終兵士』

 

 同様に『スカルハート』のタイトルのひとつで、トビア・アロナクス達の表向きの企業である『ブラックロー運送』に、木星じいさんと名乗る『グレイ・ストーク(ジュドー・アーシタ)』と言う男が「拐われたアムロ・レイを奪還してほしい」と依頼するところから始まるストーリーを再現したミッションだ。

 

 輸送艦『リトルグレイ』のカタパルトに立つのは、クロスボーンガンダムX1改・改(スカルハート)でも無ければ、『ガンプ』でもない、鮮やかな赤い機体――ドムソヴィニオン。

 

「アカバ・ユウイチ、ドムソヴィニオン、出るぞ」

 

 それを駆るのは仮面の男、アカバ・ユウイチ。

 ジャイアントバズを抱え、宇宙空間に赤い軌跡を残すかのように一直線に加速する。

 

 スクランブル発進してきた木星帝国の主力機『バタラ』や、MA『カングリジョ』が群れを成して迎え撃つものの、ドムソヴィニオンは澱みなくジャイアントバズを発射、発射、発射。

 360mm口径のロケット弾頭は、回避運動を取ろうとするバタラやカングリジョの群れを正確に捉え、吹き飛ばしていく。

 

 防衛網を容易く突破したドムソヴィニオンは、プラント内部へと突入する。

 

 その先に現れたるは、銀色に暗緑色の差し色を加えた、15m級のMSが標準の時代の中では大型機に分類される、全長18mほどの機体。

 クロスボーンガンダムに見られる、ホリゾンタルボディに似た胴体形状。

 木星帝国機特有のゴーグル状のフィルタの下にモノアイ、それを左右一対に備えたデュアルアイ。

 クワガタムシの頭角を思わせるシールドクローに、その表面には半月状に分割して備えられた棘付きの鉄球。

 

 木星帝国が、クロスボーンガンダムX2を基礎に開発した試作機、そしてそのバイオ脳にはアムロ・レイの戦闘データを刻み込ませたMS、アマクサだ。

 

「試させてもらうか、アムロ・レイの戦闘データのバイオ脳とやらを」

 

 ユウイチはそう呟くと、瞬時にドムソヴィニオンを加速させてアマクサへ迫る。

 対するアマクサの反応も早く、即座にビームライフルを放つ。

 ドムソヴィニオンはビームを躱しつつも接近していくが、アマクサの二射、三射と続け様に予測射撃されるビームを前に、躱すことは出来ても肉迫には至れない。

 

 ウモン・サモン、ヨナ、ジェラドと言う準エース級三人のフリント三機をわずか十七秒で撃破してみせた、その反応速度と攻撃の正確性はアムロ・レイに迫るものがある。

 

「であれば……ファンネル!」

 

 ドムソヴィニオンは、サザビーのバックパックを小型化したような背部ユニットから筒状の物体、ファンネルを一斉射出、それらは意志を持ったかのような有機的な機動を取りつつも、アマクサへ向けてビームを放つ。

 

 しかしアマクサは即座に対応し、ファンネルが放つ四方八方からのビームを躱しつつも、そのファンネルへ正確にビームライフルを撃ち込んで破壊する。

 

 けれどファンネルが撃ち落とされることはユウイチにとって予測の範疇だ、アムロが戦闘の最中にファンネルの軌道を完全に読み切って正確に撃ち落とすなど珍しいものではない(が、常人には到底不可能な神業に変わりない)。

 

 アマクサがファンネルに注意を向けている内に再加速、ビームサーベルを左マニピュレーターに抜き放って迫る。

 アマクサもビームライフルをその場に放棄し、ビームサーベルを抜いてドムソヴィニオンと鍔迫り合う。

 鍔迫り合い、弾かれ合い、一撃、二撃とビームサーベルが合し、三撃目が振るわれる寸前にドムソヴィニオンは急速後退してアマクサのビームサーベルを躱し、即座にジャイアントバズを発射する。

 

 即応、アマクサはビームサーベルを振るってジャイアントバズの弾頭を切り落として無力化、さらに返す刀のようにシールドから分割されたハイパーハンマーを連結、ドムソヴィニオンを叩き潰さんと振るわれる。

 

「フッ!」

 

 ユウイチは操縦桿を絶妙なタイミングで跳ね回す。

 それに合わせ、ドムソヴィニオンはその場で回転し――

 

 なんと『回し蹴りでハイパーハンマーを蹴り返した』。

 

 重厚な脚部による質量と、重力化で滑るようなホバーを可能にするほどのバーニア出力を持つドムならではの芸当だ。

 

 人体の重心移動と、バーニアの推進力を完全にシンクロさせ

る――MSのキックでハンマーを蹴り返すと言う尋常ならざる力業に、アマクサのバイオ脳は一瞬反応が遅れ――しかし寸前で反応し、ハンマーが直撃するギリギリでシールドを切り離して躱す。

 アマクサを通過したハイパーハンマーは、プラントの頑丈な隔壁を容易く粉砕する。

 

 スカルハート劇中でも、トビアはクロスボーンガンダムのシザーアンカーで、ハイパーハンマーのチェーンを掴み、スイングバイの要領でカウンターを叩き込むと言う『いかに優れたニュータイプでも初めて見る攻撃には反応が遅れる』ことを見極めた奇策を以て勝利を収めている。

 

 これを基に、ユウイチはハイパーハンマーを蹴り返してカウンターを行ったが、ギリギリで反応されてしまった。

 

 アマクサはハイパーハンマーを放棄すると、再びビームサーベルによる接近戦をしかけてくる。

 ドムソヴィニオンは残弾の無いジャイアントバズを捨てると、再びビームサーベルを構え直して真っ向から迎え撃つ。

 

 ビームサーベル同士による、乱撃の応酬。

 

 その最中に、二基だけ残っていたファンネルがアマクサの死角に回り込み――即座にアマクサは反応し、ビームサーベルでファンネルを叩き斬るが、

 

 一瞬でもファンネルに注意を向けたその隙を、ドムソヴィニオンは的確に突く。

 

 左胸部に内蔵された拡散ビーム砲――本来ならばジェネレーター出力不足の問題から目眩まし程度の効果しかないそれを、ユウイチは高密度に改造、強力なメガ粒子砲と化したそれを放つ。

 

 ファンネルへの攻撃と言うタイムラグを射し込まれたアマクサは、いかに強力な戦闘データを用いたバイオ脳と言えど反応速度に限度はあり――ボディを貫かれた。

 

 アマクサ、撃墜。

 

「ふむ、こんなところか」

 

 ミッションクリアを確認して、ユウイチは仮面を外す。

 

 彼が行っていたのは、テストプレイ。

 

 次のGPVSのアップデートの際に追加されるミッションが、ちゃんとクリア可能なものかを確かめるためだ。

 そうしてクリアしてみせて、このミッションの難易度は的確なものだと言うことを示す。

 

 プレイ動画のデータを開発部へと送信し、そしてまた次のテストプレイに勤しむ。

 

 

 

 ソウジがヒーコラ言いながら、カンナから与えられた宿題地獄に追われている一方で。

 

 そのカンナはスマートフォンを片手に、キョロキョロと住宅街を見回す。

 

「この辺りのはず……イチハラ……イチハラ……」

 

 ふと、目に入ったステンレスプレートに印字された『市原』の表札を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 一度深呼吸をしてから、インターホンを押し込む。

 

 ピンポーン、と言う電子音から数秒後に、

 

『はい、イチハラです』

 

 アスノのそれではない、女性の声が応じてきた。

 

「お忙しいところ失礼いたします。私、ツキシマ・カンナと申します。イチハラ・アスノさんはいらっしゃいますか?」

 

『ツキシマ……あぁ、アスくんの彼女さんね』

 

『ちょっ、ミカ姉!何言ってるのさ!?』

 

 インターホンのスピーカーから、当のアスノの声も混じってくる。

 

『あぁ、お待たせツキシマさん。今開けるから……』

 

「か、彼女さん……わた、私が、アスノさんの……あわわわわわっ……」

 

 

 

 何故カンナがイチハラ家を訪ねてきたのか。

 当然ながらそれは、テスト勉強のためである。

 

 だというのにミカは。

 

「お姉ちゃんこれから二、三時間くらい出掛けてくるから、『ごゆっくり』とどうぞ〜?」

 

 と、ニヤニヤしながら出掛けていった。

 

「全くミカ姉は……」

 

「ご、ごゆっくり……ごゆっくり……ッ!」

 

「ツキシマさん、気にしないでいいから。ほら、テスト勉強するんでしょ?」

 

「ハッ、私は一体何を……?」

 

 何の妄想を脳内に広げていたのかは知らないが、ともかく真面目に勉強しに来たのだから、二人はリビングのテーブルに着いて勉強道具を広げる。

 

「それで、どこがどうって?」

 

「えぇと、ここですね……」

 

 

 

 根は真面目な二人なので、いざ真面目に勉強しますとなれば、黙々と書き進めていく。

 

 少し休憩しましょうかとカンナが提案し、アスノはすぐに麦茶と軽く食べれるお菓子を用意する。

 

「それにしてもキタオオジさん、大丈夫でしょうか」

 

 ふとカンナは、ソウジのことを話題にした。

 

「大丈夫って?」

 

「ほら、昨日に宿題を出しましたよね。ちゃんとやってこなければ学食奢りというペナルティ付きの」

 

「あぁなるほど。ちゃんと出来るかどうか心配って?」

 

「そうです。さすがに出し過ぎたと思わなくもないのですが、赤点回避のためには、これくらいはしなければと……でも、大丈夫かなと」

 

 あの分厚い紙束、丸一日を費やせば出来るはずだが、カンナとしてはやはり不安なようだ。

 

「大丈夫だと思うよ。ソウジって夏休みの課題とかも、ギリギリになってからやり始めるタイプだけど、なんだかんだ言ってちゃんとやってくるから」

 

 だからきっと大丈夫、とアスノは言う。

 

「アスノさんがそう言うのなら、私も信じます」

 

 カンナも頷く。

 

「お話は変わるのですが……アスノさん、選手権に向けたガンプラ作りの進捗はいかがですか?」

 

「うーん、色々と考えてはいるんだけどね。前衛はソウジとショウコ、後衛はツキシマさんとジュゲムさんがいるから、僕の役目としては、その間を取り持つ役と言うか、バランス型というか……」

 

 そうだ、とアスノは提案する。

 

「ツキシマさん、僕の部屋、見てみる?」

 

「見てみたいですっ!」

 

 アスノの部屋に入れると聞いてか、カンナは喰い気味に頷く。

 カンナの押しの強さにちょっと気後れしつつも、アスノはカンナを部屋に招いた。

 

 

 

「こ、ここが、アスノさんのお部屋……」

 

 カンナはキョロキョロと忙しなく部屋を見渡す。

 見渡して、部屋の一角――硝子張りのショーケースに飾られたガンプラの数々に視線が止まる。

 

「まぁ、お見せするほど大したものじゃないけど」

 

「すごいです……」

 

 カンナは眩しいものを見るように、ショーケースのガンプラ達を見つめる。

 

「いや、だからすごいものじゃなくて」

 

「………………」

 

 アスノはそれ以上何も言えなかった。

 彼が手掛けたガンプラ達を見るカンナが、宝物を見つけた幼子のように、真剣に輝いていたから。

 

「よく見たら……AGE系のガンプラが多いのですね?」

 

 ガンダムAGE-1 ノーマルを始めとして、キット化されていない機体まで見様見真似ながら再現したりと。

 特に、『ガンダムAGE-FX』『ガンダムAGE-2 ダークハウンド』『ガンダムAGE-1 フルグランサ』による、三世代の"トリプルガンダム"が力強いポージングで並ぶその空間が目立つ。

 

「ツキシマさん。どうして僕がAGE系のガンプラを中心に作ってるのか、分かるかな」

 

「えっ……ど、どうしてでしょう?」

 

「ヒントは、僕の名前」

 

「名前……名前……イチハラ・アスノ……、……あっ?」

 

 カンナは、その共通点に気付いた。

 

「フリット・"アスノ"、アセム・"アスノ"、キオ・"アスノ"……アスノさんの名前と同じ……」

 

「正解。自分と同じ名前の主人公だから、だよ」

 

 正確にはファミリーネームだけど、とアスノは照れくさそうに苦笑する。

 

「AGE-1を使ってるのも、イチハラの"イチ"……ONE(1)だから。アスノ家のイチ番目のガンダムってこと」

 

「何だか……運命的ですね」

 

「運命は大袈裟かもしれないけど、何かの巡り合わせみたいなものは、感じたかな」

 

「……巡り合わせ」

 

 そっと、カンナはショーケースのガラスに指先を添えた。

 

「私とアスノさんとが出逢えたのも、巡り合わせなのでしょうか?」

 

「そう、だと思う。去年の十一月、あそこで僕がツキシマさんのことに気付くことが出来たから、今こうして一緒に勉強したり、ガンプラバトルをやってる。気付かなかったら、ツキシマさんだって蒼海学園に転校しようと思わなかったと思うよ」

 

「はい……」

 

 しばし、ショーケースに触れる指先を見つめていたカンナだが、やがて意を決したようにアスノに振り返り――

 

「あの、アスノさ……、……っ」

 

 何かアスノに言おうとしたカンナだが、自分の視界に入った存在に、意識がそちらへ向けられる。

 

「ツキシマさん?どうし、……え」

 

 カンナが何を見ているのかと、アスノはその視線の先に続き、

 

 

【挿絵表示】

 

 

 半開きになったドアの隙間から、出掛けていたはずのミカが、ものすごく楽しそうに目を輝かせて覗いていた。

 

 

 

「な、何やってるの……ミカ姉……」

 

「あ、お気になさらず。続きをどうぞ〜?」

 

「いや、続きって何を……」

 

 ミカが一体何を期待しているのかを測りかねるアスノ。

 そんな様子を見てか、カンナはぷくぅぅぅぅぅと頬を膨らませている。

 

「アスノさんの、あんぽんたん」

 

「あ、あんぽんたんって……」

 

「さぁっ、休憩はおしまいです。きっちり勉強しますよっ」

 

 ぷぅぷぅ怒りながら、カンナはアスノの部屋を出てリビングへ戻っていく。

 

 僕が一体何をしたんだ、とアスノは困ったように戸惑う。

 

「ミカ姉が変なことしたから、ツキシマさんが怒っちゃったじゃないか」

 

「どちらかといえば、アスくんのせいだと思うけどね〜?」

 

 意味深にニヤニヤしながらミカは「それじゃもう一回出掛けてくるね」と出て行った。

 

「ツキシマさんもミカ姉も、なんなんだ?」

 

 テスト勉強するか、とアスノは気持ちを切り替える。

 

 だからお前はアホなのだ。

 

 

 

 週明け月曜日。

 

 ソウジは死んだ魚の目をしながら、カンナから与えられた"宿題"を教室の机の上に叩き付けた。

 

「ど、どうだ、ちゃんとやって来たろ……?」

 

 それを受け取ると、アスノとカンナが二分割してすぐさま採点していく。

 

「……こっちの正答率は七割くらいだね」

 

「こちらは……ざっと六割ほどです。合格ですよ、キタオオジさん」

 

 合格。

 つまり、今日の学食は三人の奢りだ。

 

「や、やったぜフラン、ヘヘッ……」

 

 やったぜフラン砲(∀ガンダムの拡散ビーム砲)でターンXのウェポンプラットフォームを破壊した時のジョゼフ・ヨットのセリフを発するソウジ。

 さすれば。

 

「兄弟よォ、今、女の名前を呼ばなかったかい?」

 

 すると、ショウコが急に声にドスを聞かせつつ、足を組んで椅子に座り、両手を頭の後ろで組んで踏ん反り返った。

 

「期末テストでなぁ、たかが一科目が安全になっただけでテストが終わった気になっているというはなぁ、赤点ギリギリの学生が甘ったれている証拠なんだよォ」

 

「いや、ショウコ。ソウジもちゃんと頑張ってきたから、これ以上はよしとこうよ」

 

 ギム・ギンガナムのふてぶてしさ全開のセリフを発するショウコを、アスノは抑える。

 

「まぁそうだけどさ。テストは数学だけじゃないし、安心してもらうにはまだ早いかなーって」

 

「でしたら、各科目で宿題をご用意しましょうか?」

 

 懸念を述べるショウコに、カンナは第二の宿題の厄祭戦を提案する。

 

「や、やめろ!お前らは俺を夏休み前に殺すつもりかッ……!?」

 

「ソウジ。赤点だらけで選手権出場が出来なくなるか、赤点回避して死ぬか、どっちがいい?」

 

「どっちも選びたくねぇよその二択ゥ!?」

 

 

 

 そして運命の期末テストを迎え、採点、返却。

 

 放課後になって、カンナはアスノ達のやって来た。

 

「アスノさん、今回はいかがでしたか?」

 

「うん、中間テストの時よりは少し上がったかな」

 

 みんなでテスト勉強したしね、と言うアスノ。

 

「あたしも前よか上がった感じ」

 

 ショウコも成績が上がったらしい。

 

 一番の懸念材料であったソウジはというと……

 

「すげぇ……」

 

 その彼は、各教科の答案用紙を広げて持って来る。

 

「赤点回避どころか、入学以来最高の点数だ……!」

 

 それらは全て75点以上をキープしている。

 

「やったねソウくん!」

 

「さすがソウジだ、なんともないぜ!」

 

「おめでとうございます!」

 

 三者三様、ソウジの頑張りを喜ぶ。

 

「はーーーーーっ、あんだけやって赤点だったら、どうしようかと思ったわ……!」

 

 すっかり気の抜けたソウジは、崩れ落ちるように椅子に座り込む。

 

「けど、これで心置きなく選手権に臨めるってこったな!」

 

「選手権前の合宿も安心して出来ますね!」

 

 カンナがそう挙げたように、夏休みの上旬の間に、どこかしらで合宿を考えている。

 それをどこでするのかという話になりそうだが……

 

「いやっ、今はそれよりGPVSだ!十日間で溜まりに溜まった鬱憤晴らしだ!」

 

 行こうぜ、とソウジは我先に教室を飛び出していき、残る三人も慌ててあとを追う。

 

 後背の憂いは絶たれた。

 あとは、前を向いて進むだけだ。

 

 忘れられない夏は、もう目前だ――。



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9話 熱い夏、冷たい夕立

 夏の陽射しを照り返し、プリズムの輝きを放つ海峡を跨ぐ大橋を、一車の白いリムジンが駆ける。

 

「何ていうか……こんな贅沢が許されていいんだろうか」

 

 そのリムジンの、座り心地が良すぎて逆に違和感しかしないシートに背中を預けながら、アスノは誰と言わずそう呟く。

 

「くー、かー、くーかー……」

 

 アスノとは逆に、座り心地に早くも適応して居眠りをしているのはソウジ。

 

「うーん、カンナちゃんがお嬢様なのは知ってたけど、まさかこれほどとは思わないよねぇ……」

 

 アスノに同調するように苦笑するのはショウコ。

 

「わ、私としては、タクシー代わりのつもりでご用意させたのですが……」

 

 しれっととんでもないことを言うのはカンナ。

 

「いい眺めだ……夏が来たって感じだ」

 

 現実逃避か素で言っているのか、ぼんやりと海峡を眺めながらぼやくのはジュゲム。

 

 少しだけ前に遡る――

 

 

 

 一学期の終業式を終えて。

 チーム・エストレージャの五人は、兼ねてより予定していた夏合宿を実行しようとしていた。

 

 合宿ということで、それをどこで行うのかという話になったのだが、そこでカンナが案を示した。

 

「私の別荘はいかがでしょうか。旅費交通費などもかかりませんし、出迎えは私の方で車を出しましょう」

 

 これを聞いて、アスノ、ショウコ、ソウジの三人は絶句した。

 別荘があるだけでも驚愕モノだが、しかも利用するに当たって料金は取らないという。

 

「……もしかして、どこか既に予約を入れていたのでしょうか?」

 

 絶句した三人を見て、カンナは恐る恐る訊ねて来た。

 

「……あの、ツキシマさん?何ていうか、いいの?」

 

 いち早く正気を取り戻した(?)アスノが、本当にそこを利用してもいいのかと。

 

「訳アリ物件ではありませんよ。ちゃんと土地の所有権の元に管理しておりますので」

 

 そういう問題じゃない、と三人は言外に声を揃えた。

 

「ま、まぁ、いんじゃね?どっか適当な近場の宿でも取ろうかと思ってたけど、連れて行ってくれるんなら、ありがたく行こうじゃねぇか」

 

 次に正気を取り戻した(?)ソウジは、素直にその厚意に甘えさせてもらえばいいという。

 

「え、えーと……あたし、パーティドレスとか無いし、何なら社交ダンスとか出来ないんだけど……」

 

 どこへ行くのか勘違いしているのか、ショウコは思い切り的外れな心配をしている。

 

「服装は私服で構いませんし、社交ダンスは……必要であれば、練習の場もありますよ?」

 

 ガンプラに社交ダンスは必要ないかもしれないが、カンナも的を外した回答をする。

 

「あの、皆さん?選手権に向けた夏合宿をするのですよね?」

 

 何か間違ってないかと、カンナは懸念する。

 

 紆余曲折はあったものの、ともかくはカンナが招待する別荘での二泊三日の夏合宿が仮定、ジュゲムとの予定も擦り合わせた上で決定された。

 

 その上でカンナは、"特別講師"も一人招待したという。

 

 それは一体誰なのかと三人が訊くと、カンナは「それは当日までの秘密ですが、アスノさんもご存知の方ですよ」と答えた。

 もしやアカバ・ユウイチのことではないかと期待した三人だが、それならアスノだけでなく、ソウジもショウコも知っているはずであり、「アスノさんもご存知の方」には当てはまらない。

 特別講師とは、一体誰なのか。

 

 

 

 蒼海学園の校門前からリムジンに揺られる(実際は揺れなどまるで感じなかったが)こと二時間ほど。

 

「ここが、ツキシマ家の別荘になります」

 

 カンナが率先して先頭に立ち、それを見せる。

 白磁のような大理石の壁に、景観のために配置されたのだろう植木。

 プレジデントハウス……とまではいかないが、それに類するものがあるほどの、巨大な屋敷。

 

「「「………………」」」

 

 案の定というべきか、幼馴染み三人はまたも絶句し、

 

「ほほー、これまた立派な別荘だ」

 

 ジュゲムは抑揚なく感嘆する。

 

「さぁ、早速中へ。"特別講師"の方もお待ちになられているはずです」

 

 カンナの案内に従い、四人は玄関ロビーを潜る。

 

 寝室は女子二人と、男子二人、加えてジュゲムと特別講師のための三箇所をキープ済みである。

 それぞれの寝室に荷物を置き、ガンプラ製作のための諸々を手に、この別荘の『工作室』へ向かう。

 カンナが別荘に滞在中は、そこでガンプラを作っているという。

 

 そこへ案内されたアスノ達。

 カンナがドアを開けると……

 

「やぁ!待っていたよ、チーム・エストレージャのみんな!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 やたらとテンションの高い若い男性――以前にガンプラ製作体験会の司会進行を努めていた――ナルカミ・ハヤテがサムズアップを決めて待ってくれていた。

 

「ハ、ハヤテ教官!?」

 

 真っ先に反応したのはアスノ。

 なるほど、確かにカンナとアスノだけが知っていて、ソウジとショウコは知らない相手だ。

 

「久しぶりだね、イチハラ君。覚えていてくれて光栄だ」

 

「も、もしかして、ツキシマさんに呼ばれた特別講師って言うのは……ハヤテ教官のことですか?」

 

「もちろんだ!ビルドでもバトルでも、君達のために力を尽くそう!」

 

 屈託のない爽やかな笑みで頷くハヤテ。

 

「アスノ、知ってんのか?」

 

 ハヤテとは初対面であろうソウジは「こいつ誰?」という顔をしながらアスノに素性を訊ねる。

 

「うん、前にツキシマさんと出掛けてた時に、知り合った人なんだ。子ども向けのガンプラ製作体験会の時に人手不足で困ってたとこに、僕とツキシマさんがその場に居合わせたから」

 

「いやぁ、あの時は本当に助かったよ。今回は、前の恩返しも兼ねているからね」

 

 おっと失礼、とハヤテは襟を正す。

 

「改めて、今回君達の特別講師として招待された、ナルカミ・ハヤテだ。みんな、よろしくね!」

 

「よろしくお願いします、ハヤテ教官!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 カンナは元気よく、アスノは腰引き気味に挨拶を返す。

 

 ソウジとショウコも互いに顔を見合わせて、とりあえずは挨拶だ。

 

「えー、俺はキタオオジ・ソウジっす。よろしくお願いします」

 

「あたしはコニシ・ショウコです。よろしくお願いしまーす」

 

 最後にジュゲムだが、彼は少し反応が違った。

 

「ナルカミ・ハヤテと聞くと……あなたは確か、去年の冬の選手権の準優勝チーム、『月影』のリーダーでは?」

 

「おぉ、俺のことを知ってくれていたか。そう言えば君は確か……」

 

「オレはジュゲムです。よろしくお願いします、ナルカミ教官」

 

 ハヤテはジュゲムのことを思い出そうとしたが、それよりも先にジュゲムは遮るように自己紹介をした。

 

「ジュゲム?はて、そんな名前だったか……うーん、まぁいいか」

 

 半年前の事なのでうろ覚えなのもやむ無しとして、ハヤテは本題に移る。

 

「それじゃぁ早速、レッツ・ビルドと行こうか!俺も自分のガンプラを作るけど、何か手伝ってほしいことがあるなら、いつでも言っていいからね」

 

 そう言ってハヤテが指す先は、広々とした長テーブルに椅子がいくつかに、エアブラシとそれら塗装ブースが壁に並んだ、まさに万全の構えの製作スペース。

 

「はい教官、早速質問いいですか?」

 

 真っ先に挙手したのはショウコ。

 

「何かな、コニシさん」

 

「選手権の準優勝チームのリーダーなんですよね?どんなガンプラか、見せてくれますか?」

 

「もちろんだ。ちょっと待ってくれよ……」

 

 ハヤテは踵を返し、自分の荷物からケースを取り出してくる。

 

「これが俺のガンプラ、黒影丸だ」

 

 ケースを開いたハヤテに、ソウジもショウコの横から覗く。

 

「おっ、佐助デルタガンダム……じゃねぇな、才蔵デルタカイの方っすか?」

 

「その通り。ベースは才蔵の方だけど、一部パーツは佐助のものや、荀彧ストライクノワールを組み込んで製作しているよ」

 

 ハヤテの説明を聞きつつも、ショウコはその完成度に目を見張る。

 

「おぉ……パッと見はほぼ真っ黒なのに、ところどころの微妙な塗り分けがすごい……!」

 

「ワールドヒーローズ系は塗り分け地獄だからね……苦労したんだよ、これ」

 

 ソウジとショウコが、ハヤテと会話している間。

 

「ではアスノさん、始めましょうか」

 

「うん」

 

 カンナとアスノは製作スペースに移動していく。

 

 ジュゲムも自身のダーティワーカーに手を付けるつもりらしく、製作スペースへ移る。

 

 

 

 各々が製作を開始して一時間ほどが過ぎた。

 

 アスノはAGE-Iの全面強化改修し、

 

 カンナはライジングガンダムに別キットのパーツを組み込んで根本的な強化を図り、

 

 ソウジはガンダムアスタロトブルームをどう改造していくかの試行錯誤を繰り返し、

 

 ショウコはカンナと同様に、プリンセスルージュに別キットを組み込んでおり、

 

 ジュゲムは緻密にダーティワーカーのリペイントやウェザリングを行っており、

 

 ハヤテはマイナーな機体である『スペルビアジンクス』をスクラッチしつつ作っている。

 

「ねぇカンナちゃん」

 

 ふとショウコは、カンナに話しかける。

 

「何でしょうか?」

 

「GPVSする時は、どこでするの?」

 

 完成したガンプラの試運転、あるいは普通にバトルをする時、それはどこでするのかとショウコは訊ねた。

 恐らくは近くのアミューズメントスポットでするのだろうと思っていたショウコであったが、

 

「この別荘で出来ますよ」

 

 予想外な答えが帰ってきた。

 

「「「ゑっ」」」

 

 またしてもアスノ、ソウジ、カンナの三人の声が重なる。

 

「へぇ、家庭用の筐体があるのか」

 

 ジュゲムは驚かずに頷いている。

 

「バトルをしたい時も、ここで出来るんだよ。俺も最初は驚いたけどね」

 

 ハヤテは苦笑しつつも抜かりなくスペルビアジンクスのパーツを作っていく。

 

「あ、でも今、僕達は自分のガンプラに手を付けてる最中だし……予備のガンプラとかも持ってきてないな」

 

 バトルしようにも、バトルに使えるガンプラを持ってきていない、とアスノは言うが。

 

「でしたら、ここで飾っているガンプラを貸し出しましょうか」

 

 別荘にまでガンプラを飾っているというカンナ。

 

「何から何まで……なんか、肩身が狭ぇ」

 

 万全過ぎる体勢に、ソウジは態度を萎縮させる。

 

「うん、なんか……庶民でごめんなさいみたいな」

 

 ショウコも、ソウジと同じように気後れしている。

 

「ここにいる面子なら、合わせて六人か。ツキシマちゃん、筐体は何台あるかな?」

 

 冷静に受け止めているのはジュゲム。

 

「さすがに六台も無いので、3on3は出来ませんが、四台あるので、2on2は可能ですよ」

 

「ふむ。それなら交代しつつになるね」

 

 筐体の数を教えるカンナに、同じく冷静に頷くハヤテ。

 さて六人中の四人、誰がバトルするのかと言うと。

 

「僕は今ちょっと手を離したくないし、一旦パス」

 

「私も今は製作に集中したいので……」

 

 アスノとカンナは作業中なのでパス。

 

「となると、俺とショウコの二人か?」

 

 そうなると残された四人は必然的に、ソウジ、ショウコ、ジュゲム、ハヤテの四人。

 

「チーム分けはどうするの?また前みたいに、グッパーで決める?」

 

 組合せはどうするのかとショウコは案を挙げるが、

 

「ふむ、ならここはオレがナルカミ教官と組もう。いいですね、教官?」

 

 ジュゲムはハヤテと組むと進言。

 

「もちろんだ。よろしく頼むよ、ジュゲム君」

 

 ハヤテもそれに了承したことによって、

 

 ソウジ&ショウコVSジュゲム&ハヤテ

 

 の2on2バトルになる。

 

「ガンプラとGPVSの筐体は、隣のショールームにありますので、どれでもお好きなものをどうぞ。あ、壊さないでくださいね?」

 

 カンナが隣室のショールームを指し、バトルに臨む四人はそちらへ移動する。

 アスノとカンナは二人で製作に集中だ。

 

 

 

 ショールームのガラスケースにずらりと並ぶガンプラ群。

 

「おぉー、どれも綺麗に仕上がってるね。さすがカンナちゃん」

 

 ショウコはどれにしようかと目移りさせている。

 

「んじゃー俺は……これにすっか」

 

 ソウジはガラス戸を開けて、その中から重MS『ディランザ』を選んだ。

『水星の魔女』に登場するジェターク社の量産型MSで、派手なマゼンタピンクカラーに長大なビームパルチザンを装備した、グエル・ジェタークの専用機だ。

 

「じゃぁあたしは……F91!」

 

 ショウコは『ガンダムF91』を選んだ。

 設定全長15m級の機体が、重厚なフォルムを持つディランザと並ぶと、いかにサイズ差があるかが分かる。

 

「ディランザとF91、か。ならオレは……おっ、ガブスレイがあるじゃないか」

 

 ジュゲムが選んだのは『ガブスレイ』

『Z』に登場するティターンズの可変MSだ。

 

「ジュゲム君はガブスレイか。よーし、それじゃぁ俺はラヴファントムで行こうかな」

 

 最後に、ハヤテが『ガンダムラヴファントム』を選んだ。

 こちらは『ガンダムビルドダイバーズ』に登場する、ストライクフリーダムガンダムがベースの格闘機だ。

 

 筐体の電源を入れて立ち上げ、オフラインの2on2バトルを選択。

 

 ランダムフィールドセレクトは『アーティ・ジブラルタル』

 

 原典作品は『V』からで、宇宙世紀におけるマスドライバーを保有する中立地であったが、一方的な武力制圧を試みるベスパと、それを阻止せんとするリガ・ミリティアとの戦いが繰り広げられる。

 

 障害物として、フィールド中央を大きく横切るマスドライバーが配置されており、破壊してもペナルティはない。

 

「キタオオジ・ソウジ、ディランザ、行っとくか!」

 

「コニシ・ショウコ、ガンダムF91、レッツゴー!」

 

『ジュゲム、ガブスレイ、仕事の時間だ』

 

『ナルカミ・ハヤテ、ガンダムラヴファントム、行くぞぉぉぉぉぉッ!!』

 

 

 

 ソウジのディランザと、ショウコのガンダムF91が到達し、索敵開始。

 

「重い機体の割に、反応は悪くねぇな」

 

 ディランザ自体、初めて操縦するソウジだが、その操作性に難を示すこともなく、早くも順応しつつある。

 ディランザは重量級の機体でありながら、機動性も標準レベルを維持しつつ、操縦性も容易であることから、多くのジェターク寮生が本機を使用しているという。

 

「いかにも強そうなのに、第一話でキレイに負けてから一切出てきてないよね、そのディランザ」

 

 ガンダムF91の武装を確認しつつも、ショウコはその派手なブレードアンテナと、それに添えられた(卑猥な形状と囁かれている)羽根飾りを見やる。

 

「活躍面じゃいいとこ無しのダリルバルデよりはマシじゃねぇか?デザインはダリルバルデの方が好きなんだけどなぁ」

 

 水星の魔女のストーリーの都合上の問題なのか、決闘で負けた機体は基本的に再登場しない。

 

 それはさておくとして、前方より敵対反応が接近。

 

 ノワールストライカーを改造したラヴストライカーを広げて飛行するハヤテのガンダムラヴファントムと、MA形態に変形したジュゲムのガブスレイ。

 

『先制攻撃をさせてもらう』

 

 ハヤテは原典機由来のマルチロックオンシステムを起動し、ディランザとガンダムF91を同時にロックオンすると、

 

『当ぁたれぇぇぇぇぇーーーーーっ!!』

 

 サイドスカートのレールガン『クスィフィアス3』と、ラヴストライカーの連装リニアガンを展開、さらには腹部のビーム砲である『カリドゥス』を含めたフルバーストを放つ。

 カリドゥスで両機を分断し、二対の電磁加速砲が追い撃ちをかける、計算された攻撃だ。

 

『狙い撃つ』

 

 ジュゲムのガブスレイもMS形態に変形し、フェダーインライフルを構え直すなり、ガンダ厶F91目掛けて連射する。

 

「っ、とっ、とっ!逃げ回りゃ死にはしないっと!」

 

 ショウコは巧みに操縦感を振るって回避していく。

 しかしジュゲムの射撃は、ショウコとソウジとの距離を引き離すためのものだ、早くも連携が取れる距離を失われてしまい、ショウコもまだそれに気づいていない。

 

「行くぜ!」

 

 ソウジも攻撃を回避するなり、ディランザのビームパルチザンを出力し、十字槍のようなビーム刃を発振させ、ガンダムラヴファントムへ突進する。

 対するガンダムラヴファントムもビームカマを構え直してディランザを迎え撃つ。

 

 同じ濃いピンクと黒を基調とし、クリアグリーンのビーム刃の長物を扱う機体。

 

 ビームパルチザンとビームカマが衝突、弾かれ合う。

 ディランザは左脚を一步下げて重心を低く構え、素早くビームパルチザンを突きだす。

 

『なんのっ』

 

 対し、ガンダムラヴファントムはラヴストライカーを翻してバック転、ビームパルチザンを躱し、着地と同時に跳躍し、急降下しながらビームカマを振り下ろす。

 

「なめんな!」

 

 ディランザはビームパルチザンを薙ぎ払ってビームカマを弾き返すが、ガンダムラヴファントムは弾かれた勢いを逆利用して瞬時に体勢を立て直すと、

 

『そぉらそらそらそらそらそらァッ!!』

 

 縦横無尽にビームカマを振るいながらもディランザへ肉迫する。

 その乱撃を前に、ソウジは必死にビームパルチザンで防いでいくものの、防戦一方に傾く。

 

「クソッ、強ぇ!教官とか呼ばれてんのは伊達じゃねぇってかっ」

 

『いい反応だキタオオジ君!だが隙だらけだぞ!』

 

 瞬間、振り上げられたビームカマがビームパルチザンを跳ね上げ、がら空きになったディランザのボディに、ラヴストライカーの連装リニアガンが撃ち込まれる。

 

「ぐおぉっ!?」

 

 砲弾が炸裂、ディランザは吹き飛ばされる。

 バイタルバートへの直撃、しかしディランザの重装甲が幸いしたか、損傷はしたものの撃墜はされなかった。

 だが、ソウジが体勢を立て直そうとしている内に、ガンダムラヴファントムは明後日の方向――ショウコのいる方へ向かっている。

 

「やらせるかよ!」

 

 ソウジはすぐにディランザを起き上がらせ、その後を追う。

 

 

 

 ガンダムF91のビームライフルと、ガブスレイのフェダーインライフルが交錯する。

 フェダーインライフルと肩部メガ粒子砲を掻い潜りつつ、ショウコは果敢に格闘戦を挑み、ビームサーベルを振るうものの、対するジュゲムは素早くウェポンセレクターを回し、フェダーインライフルの銃剣ビームサーベルを選択、フェダーインライフルの柄尻からビームサーベルが発振され、槍のようにして受ける。

 一撃、二撃と打ち合い、ガンダムF91が三撃目を振るうべくビームサーベルを振り下ろそうとした時、不意にガブスレイは右脚を振り上げ――右脚だけをMA形態に変形させ、クローアームでガンダムF91の左腕を挟み込んだ。

 

「そっかっ、ガブスレイの脚って……!」

 

『バイアランカスタムにも採用されるくらいには強力らしいね』

 

 メギメギメギメギと嫌な軋轢音を立てて、ビームシールドの展開も間に合わずに、ガンダムF91の左腕がクローアームに握り潰されていく。

 

「や、やばっ……!」

 

 ショウコはすぐにコンソールを打ち込み、ガンダムF91の左肩から下を切り離してすぐに飛び下がる。

 しかしそこで安堵する余裕は無かった。

 

 ソウジの相手をしていたはずの、ハヤテのガンダムラヴファントムが上空からビームカマを片手に猛スピードで降って来ているのだ。

 

『覚悟はいいかい?』

 

 ビームカマを振りかぶり――

 

『受けてみろぉっ、そぉりゃぁぁぁッ!』

 

 なんとその間合いから投げつけて来た。

 ビームブーメランのような光輪を描きつつ、高速回転するビームカマがガンダムF91に襲い掛かる。

 

「なっ、な、なんとーッ!?」

 

 驚くよりも先にショウコの反射神経が上回る。

 咄嗟、ビームサーベルをビームカマへ投げ付け、瞬時にウェポンセレクターを回し、背部の一対のバインダー――『ヴェスバー』を選択し、破壊力を高めたそれをビームサーベルに向けて放つ。

 投げ付けたビームサーベルにヴェスバーのビームがぶつかり、そのメガ粒子の波動が拡散する――ビームコンフューズだ。

 蛍光グリーンの障壁がビームカマを食い止め、弾き返す。

 

『ビーム……いやっ、ヴェスバーコンフューズか!考えたなコニシさん!』

 

 跳ね返ってきたビームカマを取り戻すガンダムラヴファントム。

 

「ふぅ、危な……」

 

『だが、迂闊だね』

 

 ビームカマを凌いで安堵する間はない、ヴェスバーでビームコンフューズを為している間にも、ガブスレイはガンダムF91の死角に回り込んでおり、フェダーインライフルをその背後に向けて放ち――

 

 その直前に、ビームの十字槍が火線に割り込み、掻き消してしまう。

 

『おや?』

 

 それはビームパルチザン――ソウジのディランザだ。

 

「ソウくん遅ーい!あたし今危なかったんだから!」

 

「無茶言うなって、ディランザは空飛べるほど速くねぇんだか、らっと!」

 

 ビームパルチザンを引き、即座にビームライフルを撃ち返すディランザ、ガブスレイもその場を跳躍してビームを躱す。

 

「ビームシールド使えねぇんだろ、とっとと俺を盾にしろって!」

 

「言われなくてもそうしますー!」

 

 ディランザはビームバルカンを速射しながらガブスレイへ突進し、その背後へ隠れるようにガンダムF91が続く。

 

『ふむ、仕切り直し』

 

 ジュゲムはガブスレイを変形させ、ビームバルカンを躱しながら急速離脱、ガンダムラヴファントムの元へ急行する。

 

「待ちやがれ、逃がしゃしねぇよ!」

 

 ディランザとガンダムF91はガブスレイの背面へ向けてビームライフルを撃つものの、その間にガンダムラヴファントムが割り込むと、ビームカマを高速回転させて即席のビームシールドのようにして防いでしまう。

 

『さぁ二人とも!形勢不利のようだが、ここからどう巻き返すのか、俺に見せてくれ!』

 

 ビームカマを大きく構えてみせるハヤテ。

 

「いっちいち暑苦しい教官だな……!」

 

「ソウくん!あたし達のチームの底力、今こそ見せる時でしょ!ほら、突撃ー!」

 

 ゲシゲシとディランザのリアスカートを蹴るガンダムF91。

 

「うっせぇ!分かってるってーの!」

 

 文字通り尻を蹴られ、ソウジは操縦桿を押し出してディランザを加速させる。

 向かってくる二機に、ガンダムラヴファントムはガブスレイの前に躍り出る。

 ふと、ジュゲムはハヤテへ接触通信を行う。

 

『教官、"二人ジェットストリームアタック"です。分かりますね?』

 

『ん?よぉしっ、心得たぞっ!』

 

 ジュゲムの言葉を汲み取ったハヤテ。

 直進、再びディランザとガンダムラヴファントムが激突するかに思えたが。

 

 ビームパルチザンとビームカマが衝突、しかしガンダムラヴファントムは即座に弾かれるように飛び下がり、

 その背後から銃剣ビームサーベルを発振させたガブスレイが迫る。

 

「それくらい読めてらぁ!」

 

 瞬時、ディランザはビームパルチザンを振るってフェダーインライフルを弾き返し、重心を入れ換えると同時にショルダーシールドのスパイクでガブスレイを吹き飛ばす。

 

「行けショウコ!」

 

「はーい!ジュゲムさん覚悟ー!」

 

 さらにディランザを踏み台にしてガンダムF91が跳躍し、ビームライフルとヴェスバー二基を同時に展開、ガブスレイを撃ち抜かんとするが、

 

『ふむ、残念』

 

 諦めたかのようなジュゲムの呟き。

 だが、

 

『オレと教官の勝ちだ』

 

「ぁんだと?」

 

「えっ?」

 

 瞬間、ディランザとガンダムF91の『真上から』、カリドゥスとクスィフィアス3、連装リニアガンが降り注ぎ、二機とも撃ち抜かれてしまった。

 

 ディランザ、ガンダムF91、撃墜。

 

『Battle ended.』

 

 

 

「クッソー!そこで教官が来るとか聞いてねぇ!」

 

 ソウジは悔しげに項垂れる。

 

「あれ、囮は教官じゃなくて、ジュゲムさんの方だったね」

 

 ショウコは、最後に二人が仕掛けてきた攻撃の意図を察した。

 最初に前衛たるガンダムラヴファントムが攻撃してみせ、時間差攻撃による本命をガブスレイだと思わせ、それすらも囮で、本命の本命はガンダムラヴファントムのフルバーストで二機同時撃破。

 それこそが、ジュゲムとハヤテの狙いだったのだ。

 

「さすがはチーム・月影のリーダー、お見事です」

 

「いやいや、あの場で二人ジェットストリームアタックを思い付いたジュゲム君も素晴らしい!」

 

 ジュゲムとハヤテは、互いの活躍を認めてハイタッチしている。

 さて次はどうするかと思った時。

 

「よしっ、俄然燃えてきた。とっととガンプラ強化して特訓だ!」

 

「うんっ、早くガンプラ完成させて、もっとバトルの練習しなきゃだね!」

 

 ディランザとガンダムF91をショーケース内に戻して、ソウジとショウコは工作室へ戻っていく。

 

「うんうん、二人ともやる気に満ちて何よりだ」

 

 満足げに頷くジュゲム。

 

「あぁ、そう言えばジュゲム君。ひとつ思い出したことがあるんだ」

 

 ふとハヤテは、思い出したことをジュゲムに話す。

 

「確か君、前はチーム・『ヘルハウンド』にいたと思うんだが……」

 

「人違いではありませんか?」

 

 不意に、ジュゲムはどこか食い気味にそれを遮った。

 

「オレは今回チームを組んで大会に初出場の、ジュゲムです。あまり土足で人の中に入ると、ハマーン様に「俗物」と罵られますよ?」

 

「む?しかしあのEz8は……いや、分かった」

 

 ジュゲムの様子から何かを悟ったハヤテは、それ以上の詮索は止めにした。

 

 

 

 別荘地での合宿は、まさに至れり尽くせり。

 食事やおやつは、一流シェフやパティシエが手掛けた最高品質の料理が提供され、浴場は大理石作りの大浴場が男女別。

 寝室周りでも、シーツの交換や清掃は執事やメイド達の手によっていつの間にか行われている。

 

「俺、これから大人になって高級ホテルとかに泊まることがあっても、これ以上の環境は無いって断言出来る気がするわ……」

 

 初日の晩、風呂上がりに、特上のベッドの上で寝転がりながらソウジはそうぼやいた。

 

「僕もそう思う……」

 

 アスノも、この充実過ぎる待遇に、逆に疲れている。恐らくはショウコも同じように感じているだろう。

 

「アスノ、もう寝んのか?」

 

「いや、もうちょっとガンプラに手を入れてからにするよ」

 

 そう言いつつ、アスノはガンダムAGE-Iの改造パーツの製作を継続する。

 

「そうか。んじゃ、俺ももうちょいやるか」

 

 ソウジも、ガンダムアスタロトブルームの改造パーツを手にかけていく。

 

 男子二人が眠りについたのは、日付も変わりかける頃だった。

 

 

 

 夜明け。

 時刻は6:30、アスノとソウジの部屋に、アスノのスマートフォンから通話の着信音とバイブが発される。

 

「ん、んん……?で、電話ぁ……?」

 

「おいアスノ、電話鳴ってんぞ」

 

 アスノよりも先に起きていたらしいソウジは、アスノのスマートフォンを充電器から抜くと、彼に押し付ける。

 通話の相手は、ショウコからだった。

 

「ふぁい、もしもしぃ……?」

 

『アスくんおっはよー!今日もいい天気だよー!』

 

『ショウコさん、あまり大声だとアスノさんの心臓に悪いですよ』

 

 耳をつんざくようなショウコのモーニングコール。

 

「……ショウコ?朝からどうしたの……」

 

 まだ寝ぼけ状態のアスノは、重い瞼を擦りながらショウコに何が起きたのかと訊ねる。

 

『ハヤテ教官が、外に出てラジオ体操するぞって』

 

「ラ、ラジオ体操……?」

 

「はぁ?なんでまたラジオ体操?夏休みの小学生か?」

 

 その横から、ソウジも何故ラジオ体操なのかと耳を傾けている。

 アスノは、ソウジにも聞かせるためにスピーカーモードに切り替える。

 

『ガンプラ作りもガンプラバトルも、健康な身体があってこそ、とのことです』

 

 カンナがその理由を代弁してくれる。

 

『ほら、二人とも早く起きる!ジュゲムさんと教官、もうラジオ体操の準備出来てるから』

 

「わ、分かった、すぐ行くよ」

 

 通話を終えたところで、アスノとソウジはすぐに身辺整理と洗顔を済ませて、屋敷の外へ急ぐ。

 

 

 

 朝から蝉の群れが爆音のジャズを掻き鳴らす中、屋敷を出たすぐのところで、先に出ていた四人が待っていた。

 

「おはよう二人とも!待っていたよ!」

 

 朝からテンション高くイキイキしているハヤテ。声量からして蝉に負けていない。

 

「おはようございます、ハヤテ教官」

 

「はよーごさいまっす」

 

 アスノは礼儀正しく、ソウジは生返事でそれぞれ挨拶を返す。

 

「さぁ、早速ラジオ体操第一だ!ラジオ体操第一!!まずは両腕を上げて背伸びの運動!!」

 

 ハキハキと、キビキビと、ラジカセも使わずに自分の声でラジオ体操の音頭を取る。

 

「「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ!」」

 

 女子二人は元気よく、

 

「「ごー、ろーく、しーち、はーち……」」

 

 男子二人は気怠そうに、

 

「にー、に、さん、し!」

 

 ジュゲムはごく普通に。

 

「イチハラ君とキタオオジ君!声が小さいぞぉ!ガンプラバトルは、気合と気迫と気持で勝負だ!次は上下運動!!」

 

 朝のラジオ体操どころか、もはや体育の授業である。

 

 

 

「うーん、いい感じに汗をかいた。さぁ、シャワーを浴びたら、朝ごはんが俺達を待っているぞ!」

 

 一体どれだけ強靭な声帯をしているのか、第一、第二まで音頭を取ったにも関わらず咳払いひとつしないハヤテ。

 

「な、なんでハヤテ教官、あんなに、元気なんだ……?」

 

 アスノはぜーはーと息を切らしている。

 

「あ、朝から声出し過ぎて、むしろ頭痛ぇ……」

 

 ソウジは早くもヘロヘロである。

 

「な、なかなかハードなラジオ体操でしたね……」

 

 カンナも汗を拭っている。

 

「情けないぞー三人とも!あたしはまだまだ元気だね!」

 

「さてさて、極上の朝食を戴こうとするかね」

 

 ショウコは元気いっぱいをアピールし、ジュゲムも平気な顔で屋敷に戻って行く。

 

 

 

 朝食を終えたら、アスノは早速製作ブースを占拠してガンダムAGE-Iの改造を再開。

 カンナもその右隣席に付いてライジングガンダムの改造。

 ショウコはその反対、アスノの左隣についてプリンセスルージュの改造を進める。

 ソウジもショウコの隣でガンダムアスタロトブルームの改造。

 朝のラジオ体操のおかげもあってから、その進捗は著しいものだ。

 

 ちなみにジュゲムとハヤテは、カンナのショーケースからガンプラを借りつつ、タイマンバトルに興じている。

 

 

 

 午前中を緩やかに過ごし、昼食のあとも製作だ。

 

「アスノさん、SDのAGE-2のパーツも使うのですね?」

 

 カンナは、アスノのスペースにあるBB戦士の『ガンダムAGE-2』のパッケージを見やる。

 

「うん。HGでもいいんだけど、SDの方がパーツの作りが簡単だから、モノにもよるけど改造しやすいんだ」

 

「なるほど……参考になります」

 

 ふむふむと頷くカンナに、「そこまで大したことしてるわけじゃないんだけど」とアスノは苦笑する。

 アスノとカンナが和気あいあいと話し合う、その隣。

 

「………………」

 

 アスノの左隣でプリンセスルージュの改造パーツを製作しているショウコ。

 しかしその進捗具合は、右隣にいる二人ほど進んでいない。

 チラチラと、アスノとカンナの楽しそう様子を横目で見つつ、製作を続けているが、やはりすぐに手が止まってしまう。

 

「どうしたんだショウコ?さすがに疲れた?」

 

 ふとアスノは、彼女の手が頻繁に止まっているのを見て、声をかける。

 

「え?……あー、うん、そうかも?」

 

 ショウコは、咄嗟にそう言い繕った。

 

「なんかこう、上手くいかなくてさ」

 

 ガサガサと孫尚香ストライクルージュのパッケージに、製作途中のパーツを放り込んで収納する。

 

「あたし、ちょっと気分転換しに行くね」

 

「え、ちょっ、ショウコ……」

 

 足早に製作室を出ていくショウコを、アスノは止められなかった。

 

「さっきまで元気だったのに、急にどうしたんだ?」

 

「どこか具合が悪いのでしょうか……?」

 

 もしや体調を崩しているのではないかと心配する二人だが、

 

「……別に体調不良ってことじゃねぇだろ。単に行き詰まってるだけじゃね」

 

 その二人に視線を向けないままにそう言うのはソウジ。彼の手元にはHGIBOの『ガンダムヴィダール』のパッケージが置かれている。

 

 晴れ渡っていたはずの空は、いつの間にか薄灰色の雲が覆いつつあった。

 

 

 

 ショウコは一人屋敷を出て、近くの浜辺をなんとなしに歩いていた。

 

「はぁ……」

 

 溜息、ひとつ。

 

「(分かってるのに。カンナちゃんはアスくんのことが好きで、アスくんもきっと……)」

 

 なのに。

 アスノの気遣いを受ける度に、その優しさが心を揺さぶる、期待してしまう。

 

 あの夕立ちを思い出す。

 期待して、諦めかけて、それでも期待してを繰り返して。

 

 砂浜に座り込み、前髪を掻きむしる。

 

「(なんかあたし、すっごい女々しい……)」

 

 こんなところで、こんなことをしていても、何もならないのに。

 けれど、今は屋敷に戻りたい気分ではない。

 

 不意に、冷たい滴が頭に触れる。

 一滴……から、一気に冷雨が降り注ぐ。夕立ちだ。

 

「やばっ……!」

 

 ショウコは慌てて砂浜を立ち上がろうとして、不意にその雨が遮られた。

 

「何やってんだ、ショウコ」

 

 それは、傘をさしてやっているソウジだった。

 

「あっ、ソウくん……」

 

「こんなこったろうと思ったよ。アスノもツキシマも心配してんぞ、ほれ」

 

 手を差し伸べるソウジに、ショウコは頭を振る。

 

「イヤ」

 

「は?いやって、お前……」

 

「今戻るの、すっごいイヤ」

 

「……」

 

 大きく溜息をつくソウジは、ショウコの後ろに回り込むと、彼女を羽交い締めにして強引に立ち上がらせる。

 

「んじゃ屋敷じゃなくて、せめて雨凌げる場所に行くぞ」

 

「ん……」

 

 近くにある、閉店した海の家に移動する。

 ベンチに座る。

 

「……なんか飲むか?」

 

「いいよ、気ぃ遣わなくて」

 

 財布を取り出そうとしたソウジだが、ショウコは遠慮した。

 暫しの沈黙。

 

「……で、何があったよ?」

 

 埒が明かないので、ソウジは何故ショウコが戻りたがらないのかを訊ねる。

 

「…………」

 

「『アスノとツキシマの仲の邪魔になるから』、か?」

 

 意図したわけでは無いだろうが、ソウジはショウコの図星を突いた。

 

「っ……人の心、読むなし」

 

「図星かよ。……アスノとツキシマが、そんなこと思うか?」

 

「そんなことない、と、思うけど……なんか、邪魔してる気になるの……あたしお邪魔虫だって、そう感じるの」

 

 ショウコのその言葉の裏にある意味を汲み取れないほど、ソウジは鈍くないし、付き合いの長さもある。

 

「……告っちまえよ」

 

 だから、ストレートに促した。胸に痛むもの感じながら。

 けれどショウコは首を横に振る。

 

「ダメだよ……もうすぐ選手権だし、こんなことでギクシャクしてたら、カンナちゃんやジュゲムさんにも迷惑になる……」

 

 彼女も分かっている。

 今ここでアスノに好意を告白すれば、彼はその優しさ故に心の整理がつかなくなる。

 そしてその告白の返事は、ショウコが聞きたくない内容だと言うことも。

 

 ギチ、とソウジは苛立ちに奥歯を鳴らした。

 

「……なら、何も言わねぇまま、ずっとウジウジしてんのか?」

 

「ッ!」

 

 ソウジのその言葉が、ショウコの心を逆撫でする。

 

「分かんないよっ!『誰かを好きになったことがない』ソウくんにっ、あたしの気持ちなんて!!」

 

「……っ」

 

 誰かを好きになったことがない。

 それは、額面以上の意味を以てソウジに突き刺さる。

 

「……悪い」

 

「うぅん……あたしもごめん……」

 

 踏み込み過ぎた、とソウジは自分の発言を後悔した。

 

 また、暫しの沈黙。

 

 降り頻る雨音だけが二人を包む。

 ややあって。

 

「…………いい加減、帰ろっか」

 

 ふと、ショウコが立ち上がった。

 空の明るさを見ても、そろそろ夕食時が近い頃で、さすがに屋敷にいる者らも心配するだろう。

 

「おぅ」

 

 それを見てソウジも立ち、ショウコを傘の中に入れてやり、土砂降りの中を歩き出す。

 

 ――互いの心の靄は、晴れないままに。

 

 

 

 雨が降ったため、塗装は後回しにしていたアスノは、全てのパーツを作り上げ、あとは晴れた日に塗装をするだけとなった。

 

 カンナも同様で、午前中にパーツにサーフェイサーを吹き付けた状態で置いている。

 

「ショウコとソウジ、遅いなぁ……」

 

「もうすぐ夕ご飯ですが……どうしましょう、私達も探しに行きましょうか?」

 

「うーん、17時を過ぎても帰ってこなかったら、一度ソウジに電話してみよう。それで……」

 

 アスノがそこまで言いかけたところで、ガチャリと玄関からドアが開けられた。

 帰ってきたのは、ソウジとショウコの二人。

 

「たっだいまー!」

 

「ただいまーっと」

 

 ショウコが元気よく、ソウジは気怠げにそれぞれ「ただいま」を告げる。

 

「あ、二人ともおかえり。どこいってたの?」

 

 二人が変わらぬ姿で帰ってきたので、アスノはいつもの調子で訊ねると、

 

「逢い引きしてた」

 

 しれっと、ソウジが爆弾発言をこぼした。

 

「んなわけないでしょっ!もう、バカソウくん!」

 

 ベシベシとソウジの広い背中を叩くショウコ。

 

「……逢い引きでも合い挽きでもいいけど、もうすぐ夕食だよ」

 

 微妙に訝しげに二人を睨むアスノ。

 

「はいはーい、ごはんの前に手洗いうがいだね」

 

「はいよー」

 

 ショウコとソウジは回れ右をして、それぞれ充てがわれた部屋へ向かう。

 残されたアスノとカンナは。

 

「さっきのソウジ、なんか変だったな……」

 

「え?私はどちらかというと、ショウコさんの方に違和感が……」

 

「……それってつまり、二人ともなんか変ってことだよね」

 

 アスノはソウジの、カンナはショウコの、それぞれの異変を感じ取っていた。

 

 

 

 夕食の後に入浴を予定していたが、ソウジだけは「途中になってるパーツの改造をやっておきたい」と、入浴を後回しにした。

 

 ブルーのガンダムマーカーを片手に、細かい部分塗装を塗り込んでいるソウジ。

 ふと、ドアがノックされる。

 

「ん、アスノか」

 

「残念、オレだよ」

 

 アスノではなく、ジュゲムだった。

 

「なんだ、あんたか」

 

「入るよ」

 

 ソウジの返事を待たずに、ジュゲムはドアを開けた。

 

「根を詰めたい気持ちも分かるけど、一度リフレッシュしたらどうだい」

 

「あぁ、ここだけやったらな……」

 

 塗装に集中したいソウジは、ジュゲムに見向きもしない。

 

「コニシちゃんと何かあったのかい」

 

 ズルッ、とマーカーがズレて、不必要な部分に塗ってしまうソウジ。

 

「……ちっ。別に、なんでもねぇよ」

 

 舌打ちしてすぐにキムワイプを取り、不要な塗装部分を擦る。

 

「ならいいけど、出来ればそのギクシャク、選手権までには収めといてくれよ?」

 

「あんたはお気楽でいいよな、羨ましいぜ」

 

 ソウジは一旦片付けて、入浴の準備をして部屋を出ようとする。

 その、擦れ違う寸前に。

 

「そういう年頃なのは分かるけど、素直になった方が人生損しないものだよ」

 

「…………」

 

 ジュゲムのその言葉に、ソウジは何も返さなかった。

 

 ――夕立ちは、未だ止みそうにない。



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10話 ハヤテ教官の個人指導

 

【挿絵表示】

 

 

 スマートフォンのアラームが、意識を叩き起す。

 

「ん、ぅ……?」

 

 ベッドの中で、ショウコは音源たるスマートフォンはどこかと手を伸ばす。

 スマートフォンを手に取り、アラームを停止させる。

 

「ショウコさん、おはようございます」

 

 一足先に起きていたカンナは、ようやく起きたショウコに声をかける。

 

「…………ぉはよう」

 

 ぬぶぉぉぉぉぉ……と明らかに寝不足状態から叩き起こされましたと言いたげに、ショウコは腕で目を擦る。

 

「昨夜は、あまり眠れなかったようですね?」

 

「うん……」

 

 半分目を閉じながら頷くショウコに、カンナは苦笑する。

 

「ですけど、もうすぐハヤテ教官のラジオ体操が始まりますし、頑張って起きましょう」

 

「うん……」

 

 ショウコ自身、眠れなかった理由は分かっていた。

 

 アスノへの恋心に、そのアスノとカンナの親しげなやり取りに、「告白すればいい」というソウジの言葉。

 

 それらが綯い交ぜになり、心がぐちゃぐちゃになる。

 

 結局自分はどうしたいのか。

 

 アスノと恋人として付き合いたいのか、アスノとカンナの仲を応援したいのか、ソウジの言う通りアスノに告白すればいいのか、それすらも分からない。

 

 のろのろと顔を洗い、動きやすい格好に着替えた頃には、コンコンと女子部屋にノックがされたので、カンナが応じる。

 

「はーい、ハヤテ教官ですね?おはようございます」

 

「二人ともおはよう!さぁ今日もいい天気だ、ラジオ体操の時間だぞ!」

 

「うるさ……」

 

 ……何の悩みも無さそうなハヤテのハイテンションに、ショウコは少しだけ羨ましく思った。

 

 

 

 昨日と同じ、体育の授業もかくやの熱血のラジオ体操(ショウコと、何故か同じく眠そうなソウジは、ハヤテに「声が小さいぞぉ!!」と発破をかけられた)を終えて、シャワーと朝食を終えて。

 今日は合宿最終日で、昼過ぎにはこの屋敷を後にして地元へ帰る手筈になっている。

 昨日の夕立はすっかり晴れ、絶好の塗装日和。

 

 そこに、ハヤテは提案を持ちかけてきた。

 

「今日は君達に、バトルの個人指導をしようと思う!」

 

「はい教官、バトルの個人指導って何ですか?」

 

 最初にアスノが挙手する。

 

「君達はこれから塗装をするだろう?塗装の乾燥を待つ間に、俺と一対一のバトルをしよう、という話さ」

 

 なるほど、とジュゲム以外の四人は頷く。

 そのジュゲムは、個人指導というタイマンバトルを昨日に何度もしているので、今日は四人の塗装を手伝うとのこと。

 

「塗装を終えた人から順番でいいからね。俺は逃げずにしっかりと待っているぞ!」

 

 さぁ誰からでもどこからでもかかってこい、とハヤテは腕組みをキメてみせる。

 

「まぁ、とりあえず塗装しようじゃねぇか。ツキシマ、今日もガンプラを貸してくれるんだよな?」

 

 ソウジは、個人指導に使うガンプラもカンナのものでいいかと訊ね、カンナも「もちろんです」と頷く。

 

 

 

 アスノとカンナはエアブラシで綿密に塗装し、ショウコも眠そうな目を擦りながらも、繊細に筆塗りをしている中、最初にソウジが塗装を終えた。

 

「はい教官、俺が最初っす」

 

「先鋒はキタオオジ君だね。よーしっ、張り切って行くぞォ!!」

 

 目の中がメラメラと燃えているかのようなハヤテの気合の入れように、ソウジは若干引きながらもバトルブースへ向かう。

 

 カンナのショーケースは既に解錠されている。

 さてどれを使おうかとソウジは視線を左右させ、

 

「こいつだな」

 

 そうして手に取ったのは、『ケンプファー』。

『ポケットの中の戦争』に登場する、ジオンの強襲型MSだ。

 

「教官は何使うんです?」

 

「それはお楽しみだ。さぁ、始めよう!」

 

 早速筐体を起動させ、オフラインのフリーバトルを選択する。

 

 ランダムフィールドセレクトは、『ホンコンシティ』

『Z』が初出であり、サイコガンダムが初登場した回の再現だ。

 

「キタオオジ・ソウジ、ケンプファー、行っとくか!」

 

 ニューホンコンの夜の町並みを、群青の闘士が降り立つ。

 

 ポンプアクション式のショットガン二丁、リック・ドムIIのジャイアントバズ二丁、シュツルムファウスト二丁に、ジオン系には珍しい頭部のバルカンに加え、ビームサーベルも備えた重装備でありながら、推進力だけで低空を"滑空"する、驚異的な機動性を有するMS。

 

「教官は、何を使ってくるんだ?」

 

 ケンプファーはモノアイを左右させて、索敵を急ぐ。

 すると、

 

『どこを見ている!俺はここだッ!!』

 

 突如、上空からオープン回線のハヤテの声を拾う。

 

「上かっ」

 

 ソウジはその方向を見上げると、

 

 そこには、高層ビルの屋上に腕組みしながら直立する、『ガンダムアスタロト』がいた。

 

「アスタロトだと?」

 

『その通り!君の愛機のベース機を使って、戦ってみせよう!』

 

 グクォィンッ、とガンダムフレーム特有のツインアイを光らせるガンダムアスタロト。

 

「上等ォッ!」

 

 ソウジはウェポンセレクターを回し、左のジャイアントバズを左マニピュレーターに持たせ、それを上空へ発射して牽制する。

 ガンダムアスタロトはビルの上から飛び立ってジャイアントバズの砲弾を躱し、同時にリアスカートに納めていたライフルを取り出すと、飛び降りながらケンプファーへ向けて連射する。

 ソウジは操縦桿を捻り回し、ケンプファーを蛇行させながらバックホバーさせて銃弾を躱しつつ、反撃にショットガンを撃ち返す。

 放たれる散弾を前に、ガンダムアスタロトは左腕のサブナックルを盾にし、前面装甲や頭部と言った部位を守りつつ、それ以外はナノラミネートアーマーの防御力で受ける。

 ガンダムアスタロトが着地しようとする、その寸前をソウジは狙っていた。

 

「そこォ!」

 

 ケンプファーはジャイアントバズのトリガーを引き、ちょうど着地して一瞬とはいえ動きが止まるタイミングに合わせてロケット弾頭が襲いかかるが、

 ガンダムアスタロトはほんの僅かにスラスターを噴かし、左腕を支点にするようにして砲弾をやり過ごして見せる。

 

「ちっ、今のを躱すかよ!」

 

『着地の隙を狙うのは常套手段だけどね、当然その可能性は常に想定するものだ!』

 

 着陸完了したガンダムアスタロトは、再びライフルを連射しながらケンプファーへ迫る。

 

「近付いて来るんならな!」

 

 ソウジも操縦桿を前に押し出し、ケンプファーをガンダムアスタロト目掛けて突撃させる。

 ライフルとショットガンの銃弾が交錯し、銃弾同士がキンキンとぶつかり落とされ合う。

 そこへ、ソウジはウェポンセレクターを回し、左のジャイアントバズを背部ラックに納め、続いて左大腿部からビームサーベルを抜き放って接近戦へ持ち込む。

 ガンダムアスタロトも同じく、左のブーストアーマーからナイフを抜き放ち、ケンプファーのビームサーベルと打ち合う。

 鍔迫り合わずに弾き返し合い、ケンプファーは即座にその間合いでショットガンを撃つものの、ガンダムアスタロトはその場から左向きへ側転をするように散弾を躱し、素早くライフルをうちかえす。

 

「クソッ、避けんのが上手ぇ!」

 

 ソウジは悪態をつきながらもケンプファーを加速させて、ライフルの銃撃から逃れるが、何発かが装甲を掠める。

 

『さぁどうしたキタオオジ君!ケンプファーは強襲型、攻めに転じなければ性能を発揮出来ないぞ!?』

 

 逃げるケンプファーを追い掛けるガンダムアスタロト。

 

「うっせぇ分かってらぁ!」

 

 スケートのカーブのようにケンプファーを旋回させ、ガンダムアスタロトを正面に捉える。

 一度ビームサーベルを左大腿部に戻し、もう一丁のショットガンを取り出して二丁拳銃のような形で構えて突進する。

 

「オラオラオラァ!」

 

 左右から連続で散弾を発射するケンプファー。

 対するガンダムアスタロトは、やはり左側転で躱し、側転と同時に跳躍し、瞬時にライフルとナイフを納めると、デモリッションナイフを折り畳んだ状態で抜いて、それで機体を隠すようにして散弾を防ぐ。

 

『ショットガンは広範囲を攻撃出来るが、距離が遠ければ威力は低くなる!数を撃てばいいというものじゃぁない!』

 

「ならこいつでどうよ!」

 

 右、左、とショットガンを撃ちまくるケンプファーだが、不意に右のショットガンを捨て、右脚のシュツルムファウストを手に取って発射する。

 けれどガンダムアスタロトは、その場で折り畳んだデモリッションを地面に打ち付け、同時に刃を展開、ポールダンスのように機体を跳ねさせる。

 追尾機能を持たないシュツルムファウストの弾頭は空振りし、その先のビルに炸裂する。

 

「なっ、なんつー避け方しやがる……!?」

 

 デモリッションナイフの開閉機構を回避に利用してみせるハヤテの技量に、ソウジは度肝を抜かれる。

 

『来ないならこっちから行くぞォ!』

 

 着地と同時に地面を蹴り、デモリッションで薙ぎ払おうと迫るガンダムアスタロト。

 

「クソッタレ!」

 

 ケンプファーは撃ち終えたシュツルムファウストを捨てて、右ラックのジャイアントバズを抜いて発射するが、ガンダムアスタロトはゆらりと機体を左下へ傾けるようにして弾頭をやり過ごす。

 

 一度距離を取らなければ、とソウジはケンプファーをバックホバーさせるが、そのすぐ後ろは袋小路になっていた。

 

「げっ、行き止まりかよ!?」

 

『地形の把握を怠ったようだね?仕留めさせてもらう!』

 

 必殺の一撃を叩き込むべくさらに加速してくるガンダムアスタロト。

 

「(やべぇっ、どうする!?)」

 

 迎え撃つためにジャイアントバズを発射するものの、先程と同じような挙動で躱されてしまい――そこでソウジは気付いた。

 

「(こっちが撃っても全部右側に……そうかっ!?)」

 

『もらったぞぉぉぉぉぉぉッ!!』

 

 ガンダムアスタロトはデモリッションナイフを振り下ろし、

 

「イチかバチかァ!!」

 

 ケンプファーは咄嗟に左のショットガンを『デモリッションナイフへ向けて』撃った。

 すると、ほぼゼロ距離の散弾がデモリッションナイフへ撃ち込まれ、弾き返す。

 

『おぉっ!?』

 

 弾かれて仰け反ったガンダムアスタロトは、機体が『左側へ傾いてしまい』、大きくバランスを崩す。

 反撃のチャンスは、ここしかない。

 

「喰らいやがれ!」

 

 ソウジはすぐに右のジャイアントバズを発射、ガンダムアスタロトのボディへ炸裂する。

 

「こいつも持ってけ!」

 

 左のショットガンを捨てて、もう一丁のシュツルムファウストも発射、これも直撃させる。

 

『ふっ……お見事!』

 

 爆煙が晴れると、前面装甲が吹き飛ばされたガンダムアスタロトはガクリと膝を折り、力尽きた。

 

 ガンダムアスタロト、撃墜。

 

 

 

 バトルが終了し、ソウジは深く息を吐き出した。

 

「ふぅーっ、なんとか勝てたか」

 

 その向かいでは、ハヤテが「素晴らしい!」と拍手している。

 

「よくぞ、俺の立ち回りを見抜いてくれた!」

 

「そりゃ、あんだけ同じ方向にばっか避けてたら、気付きますって」

 

 ハヤテのガンダムアスタロトが左側にばかり回避運動を取っていた理由。

 それは、ガンダムアスタロトの装備の重量が『左側に傾いている』こと。

 ハヤテはその傾いた重量バランスを逆利用し、装備の重さを"支点"にしていた。

 追い詰められたところでようやくそれを見抜いたソウジは、デモリッションナイフを弾き返してバランスを崩させたのだ。

 絶妙な重心移動でバランスを保っていたところを崩されてしまえば、立て直しにも時間がかかる。

 そこを一気に畳み掛けたのだ。

 

「でも、あんな立ち回り方もあるのかって、勉強になった気がします。あざっした」

 

「合格だ!俺とのバトルで何か一つでも勉強になったこと!それだけで十分!」

 

 うむうむと頷くハヤテ。

 

「さぁ、次の人に交代だ。キタオオジ君は、あとは自由時間でいいよ」

 

「うっす、失礼します」

 

 ソウジはケンプファーをショーケースに返してから、製作ブースへ戻る。

 

 入れ替わるように次にハヤテの個人指導を受けるのは、

 

「よろしくお願いします、ハヤテ教官!」

 

 直立不動の状態でビシッと腰を45度に曲げてみせるのは、カンナだ。

 

「次はツキシマさんだね。さぁ、君の実力を俺に見せてくれ!」

 

「はい!不肖ツキシマ・カンナ、全力で行きますっ!」

 

 

 

 次なるランダムフィールドセレクトは、『ギガフロート』

 原典作品は『SEED ASTRAY』に当たり、ジャンク屋ギルドが保有する大型人工島で、建設途中のそこへ、ロンド・ギナ・サハクの『"未完成の"アストレイゴールドフレーム天』がロウ・ギュールに襲いかかり、偶発的に戦闘になる場面の再現だ。

 

「ツキシマ・カンナ、『スターバーニングガンダム』、参ります!」

 

 そして、カンナが今回選んだガンプラは、スターバーニングガンダム。

『ガンダムビルドファイターズ GMの逆襲』に登場する、イオリ・セイがレイジ専用機として製作し、ガンプラマフィアとの戦いで一時的に使用し、後にビルドバーニングガンダムとして再改造されるガンプラだ。

 

 リニアカタパルトに打ち出され、スターバーニングガンダムがギガフロートの人口の大地に降り立つ。

 

「教官は一体何のガンプラを……」

 

 カンナがそう呟いた時、前方よりアラートが発され、

 

「ロックされて!?」

 

 ロックオンされた、つまりは長距離射撃がされる可能性が高い。

 カンナは即座に操縦桿を捻って、スターバーニングガンダムに回避運動を取らせ、そのすぐ横をビームの矢が通り過ぎた。

 

「ビームの弓矢……と、言うことは」

 

 攻撃された方向を見やれば、そこには悠然と『ライジングガンダム』がビームボウを構えていた。

 

「やはり、ライジング!」

 

『御名答だ、ツキシマさん!さぁ、自分とは違うライジングガンダムを相手に、どう戦うかな!?』

 

 ソウジの時と同じく『自分のベース機と同じ機体を使ってくる』ハヤテ。

 尤もカンナの場合は、改造前までは無改造のライジングガンダムを使っていたので、ソウジとのケースは異なるが。

 

 スターバーニングガンダムとライジングガンダム。

 その両者の姿は、どことなく似ている。

 

「……行きます!」

 

 カンナは操縦桿を押し出して、スターバーニングガンダムを前進させる。

 ライジングガンダムの脅威は、ビームボウを用いた貫通攻撃と、MF特有の近接攻撃能力の高さ。

 ビームボウを使わせず、なおかつヒートナギナタの間合いにも踏み込まない、中距離――ビームライフルの間合いを維持する。

 スターバーニングガンダムが放つビームライフルに、ライジングガンダムはMFらしい軽快な動きで飛び跳ねてビームを躱し、反撃に素早くビームガンと頭部バルカンを連射する。

 

 ビームライフルとビームガンの火線が混じり合い、両者は付かず離れずの間合いで射撃戦を継続する。

 

 膠着状態。

 

『中距離の間合いを維持して持久戦に持ち込みたい、と言う君の思惑は分かるとも。だがしかし、相手が突然膠着状態を破ってきたらどうするかな?』

 

 そして!と、不意にハヤテはライジングガンダムをバック転させて、スターバーニングガンダムから大きく距離を取る。

 

『GPVSは、やろうと思えば、オリジナルの必殺技を編み出すことだって出来る!』

 

 ライジングガンダムはビームボウの弓を展開。

 しかし、矢をつがえるその右マニピュレーターは、発光する液体金属――ライジングフィンガーを纏う。

 それを見たカンナは、良くない意味で閃いた。

 

 シャイニングガンダムのシャイニングソードにシャイニングフィンガーのエネルギーを注ぎ込む必殺技が、シャイニングフィンガー・ソードならば…… 

 

「ま、まさか……ライジングフィンガーで、ライジングアローを!?」

 

『俺のこの手が光って唸る!お前を倒せと輝き叫ぶ!喰らえ!愛情と情熱と熱血のォ!』

 

 ライジングフィンガーが引き絞るビームの矢は、稲妻のごとく激しく迸り――

 

 

 

『ライジングフィンガー・アロォォォォォーーーーーッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 ズドゴァァァァァンッ!!と、まさに自然の雷(いかずち)そのものを発射したかのような巨大なビームの矢がスターバーニングガンダムへ襲い掛かる。

 

「こっ、これはまず……!?」

 

 瞬間、ライジングフィンガー・アローが、ギガフロートをえぐり飛ばした。

 その轟雷が通過した地点に、スターバーニングガンダムはいない。

 けれど、撃墜されたわけではない。

 

『なるほど、咄嗟に海に潜ったようだね』

 

 ハヤテは、敵対反応が海中に点在していることを読み取る。

 

 ここ、ギガフロートというフィールドは、広大な人工島のフィールドであり、人工島としての足場を中心に大きく水中に囲われている。

 

 ライジングフィンガー・アローが発射される寸前、カンナは即座にフルスロットルでスターバーニングガンダムを飛び退かせ、そのまま逃げるように水中へ飛び込んだのだ。

 

 おかげで即死はしなかったものの、ギガフロートの1/3が吹き飛んでしまい、ただでさえ不安定な足場がさらに不安定になってしまった。

 

「はっ、はーっ、はーっ……し、心臓に悪い攻撃でした……」

 

 カンナは安堵に胸を撫で下ろす。

 だが、安堵の時はいつまでも続かない、後を追うようにライジングガンダムも水中に潜って来た。

 

『さぁツキシマさん!バトルはまだ終わっていないぞ!ここからは水中戦だ!』

 

 ライジングガンダムはビームガンを捨てて迫りくる。

 

「(スターバーニングの武装はビーム中心……機体選択を誤りましたか……)」

 

 スターバーニングガンダムは、ゴッドガンダムやシャイニングガンダムの意匠が強いガンプラだが、あくまでも『ベース機の存在しないオリジナル機』であるため、原作のMFのように水中でもビーム兵器を使うようなことは出来ない。

 頭部のバルカンこそ実弾射撃だが、水圧で落ちた射程では牽制にもならない。

 

「(オリジナルの必殺技……)」 

 

 であれば。

 

「ならば、真っ向勝負です!」

 

 カンナはウェポンセレクターを回し、『SP』のアイコンを選択する。

 

「RGシステム、解放!」

 

 すると、スターバーニングガンダムの各部のクリアパーツが、炎に似た朱い輝きを放つ。

 圧縮されたプラフスキー粒子を全面に解放する、高出力状態。

 

『RGシステムか!ならばっ、真っ向勝負には真っ向からお応えしよう!』

 

 なおも加速するライジングガンダムは、再び右手にライジングフィンガーを纏わせ、スターバーニングガンダム目掛けて突撃する。

 けれど、スターバーニングガンダムはまだ動かない。

 

『その首いただいていくぞ!ラァイジングゥッ、フィィィンガァァァァァーーーーーッ!!』

 

 水流を斬り裂きながら突き出されるライジングガンダムの輝く右掌。

 

「これが私の真っ向勝負です!」

 

 すると、スターバーニングガンダムは大きく構えを取り、両腕にプラフスキー粒子を集束させ――

 

「『ストーンクラッシュ・スカイサプライズナックル』!!」

 

 眩いまでの朱と蒼の輝きを纏う光球が、『驚』の漢字と共に放たれる。

 

 つまりは、流派東方不敗ヶ最終奥義『石破天驚拳』の英読みである。

 

 ライジングフィンガーと、ストーンクラッシュ・スカイサプライズナックルが正面から激突し、凄まじいばかりの閃光が海中を照らし出す。

 

『うおぉぉぉぉぉっ!?』

 

 閃光の後。

 ライジングガンダムは、突き出した右腕から全身にかけて亀裂が走り――砕け散った。

 

 ライジングガンダム、撃墜。

 

 

 

「はふぅ、勝てました」

 

 リザルト画面を見流しながら、カンナはほっと一息ついた。

 

「やるじゃないかツキシマさん!その場で即興の必殺技を繰り出すとは、俺も文字通り"驚"かされたよ!」

 

 ハヤテはパンパンと手を鳴らして、カンナを称賛する。

 

「いえ、教官が「GPVSではオリジナルの必殺技を編み出すことが出来る」と教えてくれたからです。ライジングガンダムという機体の型に嵌っていた私にとって、「目から鱗」とはこのことです!」

 

「合格だ!原作のガンダムファイター達も、苦境を打破するためにその場で必殺技を編み出してみせているからね!創意と工夫、そして熱い魂があれば!大抵の逆境は跳ね返せるものだ!」

 

「た、大抵、なのですね……?」

 

「うん。全部が全部ではないね。どうしても無理なこともある」

 

 そこは仕方ない、と真顔で頷くハヤテ。確かにその通りではあるのだが。

 

「まぁともかく!キタオオジ君に続いて、ツキシマさんも合格だ!それじゃぁ、あとは自由時間で構わないからね」

 

「はい!お疲れ様でした!」

 

 スターバーニングガンダムをショーケースに戻して、カンナは製作ブースに戻って行く。

 

 続いてカンナと入れ替わるようにやって来たのは。

 

「よろしくお願いします、ハヤテ教官」

 

 アスノは緊張しながら頭を深々と下げる。

 

「次はイチハラ君だね。さぁ、好きなガンプラを選んでくれ!」

 

 ハヤテがフリーバトルの設定を変更している間に、アスノはショーケースに並ぶガンプラの前に立つ。

 

「昨日も見せてもらったけど、やっぱりどれも完成度高いなぁ……」

 

 目移りしつつも、彼が選んだのは、『フリーダムガンダム』だった。

 

 

 

 ランダムフィールドセレクトは『暗礁宙域(P.D.)』

 

 原典作品は『鉄血のオルフェンズ』からで、鉄華団とタービンズが、宇宙海賊ブルワーズとの戦闘になった宙域で、そこら中にデブリが漂っており、加えて放棄されたエイハブリアクターも転がっていることから、地点によっては引力も発生する、難易度の高いフィールドだ。

 

「イチハラ・アスノ、フリーダムガンダム、行きます!」

 

 リニアカタパルトに打ち出され、フリーダムガンダムはその蒼き自由の翼を広げて、デブリベルトの中へ飛び込む。

 

「(ソウジとカンナの話によると、ハヤテ教官は僕らの愛機のベース機を使ってくるってことらしいけど……」

 

 そうなるとハヤテが使って来るのは、ノーマルウェアのガンダムAGE-1か。

 

 すると前方より敵対反応。

 アスノは有視界でその姿を捉え――

 

「……あれ?AGE-1じゃない、『ガンダムMK-Ⅱ』だ!?」

 

 彼の予想とは異なる機体がそこにいた。

 

『はっはっはっ、AGE-1で来ると思ったかい?残念だが違うぞ!』

 

「そうか、僕のAGE-Iが『MK-Ⅱをモチーフにしているから』、そのチョイスなのか」

 

 意表は突かれたものの、その仮説に納得するアスノ。

 

『A.G.版のガンダムMK-Ⅱ、というその設定は考えたものだね。さて、そのモチーフ元のガンダムを相手に、どう戦うかな!』

 

「行きます!」

 

 フリーダムガンダムは即座にルプス・ビームライフルでガンダムMK-Ⅱを狙うものの、ガンダムMK-Ⅱはその辺に漂っていたデブリを蹴り飛ばしてビームを弾いてしまう。

 構わずにルプス・ビームライフルを連射するが、ガンダムMK-Ⅱはデブリを足場にして跳躍し、三角跳びの要領でデブリからデブリへと跳躍を繰り返す。

 ガンダムMK-Ⅱのバーニアが足回りに集中していることもあって、まさに忍者のようだ。

 

「速い……!」

 

 加えて、その跳躍の合間にもビームライフルやハイパーバズーカを撃ち返してくる。

 それだけの高速機動を行っていながらも正確な射撃だ、やはりナルカミ・ハヤテというバトラーの実力は、選手権準優勝を飾るほどということらしい。

 

『普通に撃っても、このデブリベルトではまず当てられないぞ!さぁどうするイチハラ君!』

 

 ……その上で、相手に発破をかけてくるときたものだ。

 余裕があるのは間違いないだろうが、相手によっては挑発とも取られかねない。

 しかしこの状況を正確に理解しているのも確かだ。

 FCSを狂わせる不規則な高速機動に、先読み射撃をしたところでデブリを盾にされてしまう。

 

「(普通に撃っても当たらないのは分かる。分かる、けど……)」

 

 トランザムも無しに残像が残るような速度で縦横無尽に駆け回っている相手に、普通じゃなくてもどう当てれば良いものか?

 

『イチハラ君、フリーダムの強みを忘れたかな?その機体は、『単騎で複数を相手にするための機体』だぞ?』

 

 ふと、テンションを抑えた落ち着いたハヤテの声が届く。

 

『そして、MSがデブリを足場にするには、ある程度の質量が必要なんだ。さすがに石ころくらいのデブリでは足場にならないからね』

 

 これは、何かの"ヒント"だ。

 

 襲い掛かるビームや散弾をやり過ごし、時にはシールドで防ぎつつ、アスノは思考を回転させる。

 

 フリーダムガンダムは単騎で複数を相手にするための機体、MSがデブリを足場にするにはある程度の質量が必要……

 

「……そうかっ!」

 

 アスノは操縦桿を引き下げて、フリーダムガンダムを下げさせながらもウェポンセレクターを開き、ルプス・ビームライフルの上からプラズマカノン『バラエーナ』とレールガン『クスィフィアス』を同時にダブルセレクト。

 しかし、マルチロックオンシステムは起動しない。

 

「行っけぇぇぇぇぇーーーーーッ!!」

 

 多数の火砲を同時に放つフルバースト、それらを左から右へ扇状へ薙ぎ払う。

 その攻撃は決してガンダムMK-Ⅱを狙ったものではない、あくまでも当たればラッキー程度のもの。

 

 多数のビームと電磁加速弾は、次々に周囲のデブリを吹き飛ばし――辺りはまっさらな宇宙空間となった。

 つまり、ハヤテが行っていたデブリからデブリへの高速機動ができなくなったというわけだ。

 

『……俺としては『フルバーストを使った先読み射撃』をしてほしかったところだけど、だがこれもアリだ!』

 

「って言っても、今のでけっこうなエネルギーを使いましたけどね」

 

 原典と違ってGPVSは、核エンジン搭載機はビーム兵器なら無制限に撃てるわけではない。

 ただでさえエネルギーや弾を大きく消耗するフルバースト、それを連続して使えば相応の消耗は避けられない。

 

 故に、ここからは短期決戦。

 

 フリーダムガンダムはルプス・ビームライフルをリアスカートに納め、左右のクスィフィアス上部にマウントされているラケルタ・ビームサーベルを両方とも抜き放って連結、双刃のビームサーベル(アンビデクストラスハルバード)として、ガンダムMK-Ⅱへ突進する。

 

『まだ距離がある内からサーベルを抜くか!思い切りが良くてよろしい!』

 

 ガンダムMK-Ⅱはその場でビームライフルとバルカンポッドを連射して、迫りくるフリーダムガンダムを迎え撃つ。

 アスノは操縦桿を振り回してビームを避け、バルカンポッドの銃弾はシールドで受ける。

 

 そしてある程度の距離が縮まれば、フリーダムガンダムは連結したラケルタ・ビームサーベルをビームブーメランのように投擲した。

 しかし、それを当てるにはまだ距離が遠く、ガンダムMK-Ⅱは回避してしまう。

 ではどうするのかと言うと。

 

「あの時の、ソードインパルスなら!」

 

 すぐにルプス・ビームライフルを取り出し、高速回転するラケルタ・ビームサーベル目掛けて発射する。

 ビームサーベルの波動にビームの火線がぶつかり拡散し、同時にラケルタ・ビームサーベルの軌道が変わる。

 

『なんとっ!?』

 

 これも回避しようとするハヤテだが、アスノは次々にルプス・ビームライフルを連射し、回避運動を取るガンダムMK-Ⅱを先回りするように誘導する。

 たまらず、ガンダムMK-Ⅱはバックパックからビームサーベルを抜いて、追いかけて来るラケルタ・ビームサーベルを弾き返そうとし、

 

「今だっ!」

 

 その隙をアスノは狙っていた。

 ラケルタ・ビームサーベルが弾き飛ばされ――そのためにビームサーベルを振るう動作を必要とするタイムラグに、クスィフィアスを撃ち込んだ。

 一対の電磁加速弾が、真っ直ぐにガンダムMK-Ⅱのボディを貫いた。

 

 ガンダムMK-Ⅱ、撃墜。

 

 

 

「か、勝てた……」

 

 ふぅ、と一息つくアスノに、ハヤテは興奮気味に称賛する。

 

「君も合格だイチハラ君!二度も俺の予想を裏切ってくれた、その奇抜な戦術!考えようと思えば思い付くとはいえ、それを戦闘中に思い付き、即実行に移せる行動力も見事だよ!」

 

「あ、あはは……ありがとうございます。でも最後の、射撃でサーベルを誘導するって言うのは、前にAIと戦った時に同じような攻撃にやられたことがあったから、思いつけたんです」

 

 あの時はソードインパルスのエクスカリバーでしたけど、と付け足す。

 

「それこそ素晴らしい!過去の積み重ねを現在(いま)に活かせている証拠だ!これからもその感性を大切にするんだぞ!」

 

 グッと親指を立てて見せるハヤテ。

 

「はい!ありがとうございました!」

 

 一礼して、フリーダムガンダムをショーケースに戻してから、製作ブースへ戻るアスノ。

 

 さて、残る最後はショウコだ。

 だが、

 

「…………よろしくお願いします」

 

 そのショウコはどこか上の空だ。

 

「コニシさん?具合が悪いなら、無理をしなくてもいいんだよ?」

 

「身体は元気ですからご心配なく」

 

「うーん……ご心配なくと言うのなら、こちらも行かせてもらうけど」

 

 今朝のラジオ体操の時からだが、昨日までの元気さが見えない彼女の様子を訝しみつつも、ハヤテはフリーバトルの設定を切り替える。

 

 ショウコは、ショーケースのガンプラを見やる。

 

「どうしよ……」

 

 どのガンプラにするか迷っているのではない。

 

 今の自分が、何をしたいのかが見えていない。

 

 実のところ、新たなプリンセスルージュの塗装を進めてはいるが、その進捗は芳しいものではない。

 

 当然だ、明確なビジョンも見えていないのだから。

 

 ふらふらとショーケースの前を右往左往し、薄紅色の流線型の機体――『ガーベラ・テトラ』を手に取った。

 原典は『0083』からで、元々はガンダム試作4号機『ガーベラ』だった機体をシーマ・ガラハウへ"横流し"する際に、ジオン系を思わせるように偽装を施したものだ。

 

 ランダムフィールドセレクトは『ダイダロス基地』

 

 初出は『SEED DESTINY』からで、地球連合軍(というよりはロゴス)の月面基地であり、大型戦略砲『レクイエム』を備えている。

 GPVS上では、シンプルな月面フィールドとして機能している。

 

「……よしっ、コニシ・ショウコ、ガーベラ・テトラ、レッツゴー!」

 

 どうにか気持ちを切り替えようと、ショウコは掛け声を張ってガーベラ・テトラを出撃させた。

 

 

 

 ザフト側として出撃したガーベラ・テトラは、ビームマシンガンを油断なく構えつつ、索敵を急ぐ。

 

「自分の愛機のベースか、そのモチーフの機体ってことは……ストライク系かな……?」

 

 プリンセスルージュが、孫尚香ストライクルージュにナイトストライクガンダムのパーツを加えたものなので、ストライクガンダムか、ストライクルージュか。

 

 そう思っていたショウコだったが、不意に前方からアラートが反応し――レクイエムが突如大爆発を起こした。

 

「ゑっ?」

 

 一体何が起こったのかとショウコは混乱していると、大爆発しているレクイエムの砲口から、"ソレ"が現れた。

 

 それは『ジャスティスガンダム』ではあったが、だけではなかった。

 そのジャスティスガンダムが乗り込む形の、双胴艦のようなオプションは……

 

「ミ、『ミーティア』装備のジャスティスぅ!?」

 

『はっはっはっ、驚いたかい?本当はデンドロビウムを用意したかったんだけど、さすがに持ってなかったから、ミーティアで代用だ』

 

「いや、そういう問題ですか!?」

 

『さぁ、原作ならガーベラ・テトラをぶち抜いたデンドロビウム、とはいかなかったが、そのデンドロビウムっぽいミーティアを相手に、どう立ち回るかな!?』

 

「えぇと……お前は一体っ、どっちの味方だ!?」

 

 ショウコは操縦桿を押し出してガーベラ・テトラを加速させ、ビームマシンガンをばらまく。

 ミーティアを纏うジャスティスガンダムは、そのサイズとは裏腹に高い運動性を以てビーム弾を躱していきながらも、ミーティア各部のコンテナを開き、無数の対艦隊ミサイル『エリナケウス』を一斉発射、ショウコの視界を埋めつくさんほどの大型ミサイルが襲い掛かる。

 

「(全部の破壊は無理……ならっ)」

 

 ショウコは操縦を大きく引き下げてガーベラ・テトラを急速後退させながらも、両腕の110mm機関砲を連射、先頭のミサイルを撃ち抜く。

 すると、ミサイルの爆発に後続のミサイルが次々に誘爆、誘爆の連鎖によって全弾が破壊される。

 ミサイルの爆風を、再加速したガーベラ・テトラが突っ切る。

 爆風を突っ切った先に、ジャスティスガンダムは二種一対の高エネルギー集束火線砲を差し向け、これも一斉射撃。

 ミーティア先端のビーム砲で正面を薙ぎ払い、本体側面の連射力に優れるビーム砲と、さらにはジャスティスガンダム本体のファトゥム-00からのビーム砲『フォルティス』で追撃してくる。

 

「さ、す、がに、キッツい!」

 

 次々に襲い来るビームを必死に回避していくショウコ。

 ミーティアはその大きさ故に対MSの近接戦闘に弱い、懐に潜り込みさえすれば勝機はある。

 

『どうしたコニシさん!火力に圧倒される気持ちは分かるが、反撃しなければ勝てる戦いも勝てないぞ!』

 

「そんなの分かってますぅー!」

 

 火力で圧倒している側が何を言っているんだと言い返したいが、それどころではない。

 

『昨日までの、強敵を相手にも一歩も引かない元気な君はどこへ行った!?自分の持ち味を活かせない者が、何かを勝ち取ることなど、無理の一言!!』

 

「なっ……」

 

 自分の持ち味を活かせない者が、何かを勝ち取ることなど無理。

 

 その言葉にショウコの操縦が一瞬止まり、ビームにガーベラ・テトラの左腕を撃ち抜かれてしまう。

 

『何を怖がっている!何を迷っている!何を遠慮している!全身全力でぶつかっていけ!それでこその君のはずだ!!』

 

 

 

「あの……教官、その言い方だとあたし、すごい迷惑な人みたいなんですけど」

 

 

 

『グフッ!?い、いや、俺はただ、元気が一番だと言いたかっただけで……!』

 

 手痛い反撃をされて、思わずハヤテの操縦の手も止まる。

 

 ガーベラ・テトラとジャスティスガンダムが互いに止まり、惰性で漂う。

 

「………………でもまぁ、そうですよね。うじうじしてるのは、あたしらしくない」

 

 アスノとカンナの二人を傍から見ていただけで、何を恐れていたのか。

 自分の気持ちに嘘をついてまで身を引く必要はないはず。

 

「よーーーーーしっ、行くぞぉー!!」

 

 今度こそ気持ちを切り替えたショウコは、思い切り操縦桿を押し出してガーベラ・テトラをフルスロットルで加速させる。

 元よりガンダム試作4号機の骨頂は、その機動性。

 一拍遅れて操縦を取り戻したジャスティスガンダムも、ビーム砲の先端から超大型のビームソードを集束させ、ガーベラ・テトラを薙ぎ払うが、

 

「はいその瞬間待ってましたー!」

 

 ビームソードを往なすようにして躱したガーベラ・テトラは、素早く飛び込んでジャスティスガンダム本体の前に躍りでると、ビームマシンガンを捨ててビームサーベルを抜き放つ。

 

『いいぞコニシさんっ!だが俺も簡単にはやられないぞ!』

 

 ジャスティスガンダムは左マニピュレーターをミーティアから離すと、左サイドスカート内部のラケルタ・ビームサーベルを逆手で抜き放ち様に、ガーベラ・テトラのビームサーベルを受け止める。

 鍔迫り合いになるが、ガーベラ・テトラはその体勢のまま腕部機関砲を連射、ジャスティスガンダムに銃弾を浴びせつける。

 PS装甲に阻まれて有効打にはならないが、至近距離射撃によってジャスティスガンダムは体勢が崩れつつあり――ガーベラ・テトラはそのまま推進力で押し切り、押し返されたラケルタ・ビームサーベルがジャスティスガンダムのボディに突き刺さった。

 

 ジャスティスガンダム、撃墜。

 

 

 

 バトルが終わって、ショウコは自分の胸の中にある"モヤ"が晴れていることに気付いた。

 

「はーーーーー……スッキリしたかな」

 

「コニシさん、お疲れさま」

 

 向かいの筐体から、ハヤテが顔を覗かせた。

 

「君が何に悩んでいるのか、俺には分からない。だけど、一応の人生の先達として、伝えたいことは伝えたつもりだ」

 

「教官。あたし、悩んでたんじゃなくて、逃げてたんです」

 

 悩みではなく、逃げていたと言うショウコだが、その顔は晴れていた。

 

「怖かったんです、今のみんなとの関係が変わるのが。でも、教官が「自分の持ち味を活かせなければ勝てないぞ」って教えてくれたおかげで、それじゃダメなんだって気づけました」

 

「うん、そうか」

 

「だから教官、ありがとうございました!」

 

「合格だ!よくぞ自分の弱さを認め、殻を割ってみせたね!それが出来る人間は意外と少ないんだ。自分は弱いんだと、認めたくないからね。その弱さを認めることで、必ずや強さに繋がる!」

 

 ハヤテは満足げに頷いた。

 

 

 

 全員のガンプラの塗装乾燥を待つ間に最後の昼食を終えて、帰る準備を整える。

 最後に乾燥させていたパーツを回収して荷物を纏めたら、最後にハヤテからの挨拶だ。

 

「みんな、よく俺からの個人指導を受け、そして合格してくれた!これで、俺達はライバルだ!チーム・月影のリーダーとして、今季の選手権で君達と戦えることを楽しみにしているよ!」

 

「そっか、ハヤテ教官も自分のチームで選手権に出場するんですね」

 

 アスノは忘れかけていたが、ハヤテもチームを所属する身だ。

 つまり、選手権を勝ち抜いていけば、いずれはぶつかることになる。

 

「上等。アカバさんにブルーローズの連中、ハヤテ教官、強い奴は多い方がいい。全員ぶっ倒してやろうじゃねぇか」

 

 バシッと拳と掌を鳴らすソウジ。

 

「いいねソウくん!あたしも燃えてきた!」

 

「ならば私も一緒に燃えましょう!」

 

 ショウコとカンナもテンションを上げる。

 

「さぁ、そろそろ時間だ。家に帰るまでが合宿だからね」

 

 ハヤテのその言葉を締め括りに、行きと同じくツキシマ家のリムジンに乗る。

 

 

 

 夏の選手権はもう目前だ――。



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11話 五芒星の名の元に

 第23回GPVS選手権大会。

 

 その会場はバンダイホビーセンターのある静岡県にあり、普段はコンサート会場や商品展示会などに利用されるのだが、年に二回は、GPVS選手権の特設会場となる。

 

 新幹線と電車を乗り継いで、アスノ達『六人』は、夏の日差しが差し込むその会場に辿り着く。

 

「着いたなぁ」

 

 等身大の『ガンダムエアリアル』が聳え立つ会場を見上げながら、アスノは早速スマートフォンでガンダムエアリアルを撮影しまくる。

 

「改修型じゃなくて、一期前半の方なのな」

 

 かくいうソウジもスマートフォンのカメラを忙しなく動かしている。

 ショウコとカンナもしかり、そして、

 

「凄い盛り上がりね〜、私も記念に撮ろーっと」

 

 何故か、ミカもこの場にいた。

 

 彼女はアスノ達の保護者として同伴しており、同時に応援にも来てくれたのだ。

 

「……」

 

 けれど、この中でジュゲムだけが無口で、どこかピリピリとした空気があった。

 

「ジュゲムさん、緊張しているのですか?」

 

 ひとまず満足に撮影を終えたカンナが、いつもの飄々とした雰囲気とは違う剣呑ささえあるジュゲムに声をかける。

 

「…………そうだね、緊張はしているかな」

 

 しかしカンナに声を掛けられると、すぐに取り繕うように雰囲気を変えてみせた。

 

「さて、思う存分撮影したら、会場に行くとしよう」

 

 ジュゲムは徐ろにスマートフォンを取り出すと、ガンダムエアリアルをカシャカシャと撮影しているが、カンナから見れば、適当に連写しているようにしか見えなかった。

 

 その様子を不審がるカンナだが、次に掛けられた声に意識を向けることになる。

 

「カンナ」

 

 そちらにいたのは、青い髪の少女――ソノダ・アズサだ。

 彼女の後ろには、女子中学生グループのチーム・ブルーローズのメンバー達も控えている。

 

「あら、アズサさん。お久しぶりです」

 

「久しぶりね。前は不覚を取ったけど、この大会では負けないわ」

 

「ふふっ、ぜひとも決勝トーナメントでお会いしましょうね?」

 

 前回の雪辱を果たすべく闘志を燃やすアズサに、カンナもまた柔らかな口調とは裏腹にその闘志に真っ向から受けて立つ。

 

 また、その反対側では。

 

「あ、ハヤテ教官」

 

 大学生くらいの青年グループの中に、アスノはつい先週によく見ていた姿を見つけて、声をかける。

 

「ん?おぉ、イチハラ君。ここで会ったが百年目ってね、カクリコンの仇は取らせてもらうぞ!」

 

「しれっとジェリドのセリフを持ってきますね?」

 

「まぁそれはともかくだ。俺達のチームも優勝を目指しているから、君達が相手でも遠慮なく行かせてもらうよ」

 

「もちろんです。全力で戦わなきゃ、教官には勝てませんからね」

 

「その粋やよし!教官としても、一人のライバルとしても楽しみだ!うおぉぉぉぉぉ、燃えてきたぞォォォォォッ!!」

 

 この真夏の中で、彼の周囲だけ3℃ほど上がっているように感じられる。

 戦う前からいきなりテンション超一撃のハヤテを諫めるように、彼のチームメイトが「このバカがすまん」と苦笑してくる。 

 

 顔見知り達と挨拶を交わしたところで、間もなく開会式が始まるアナウンスが流れてきたので、一行は会場内へ向かう。

 

 

 

 何百人もの選手がひしめく開会式は、GPVSの開発陣からの挨拶と言ったものから始まる。

 そして、

 

『続きまして、アカバ・ユウイチ氏からのメッセージです』

 

 その名が出ると、場内は静かにざわめいた。

 何せ、全GPVSのバトラーの憧れの存在だ。どのようなメッセージをくれるのかと浮足立つ。

 

 壇上にユウイチが立つと、ざわめきが途端に止む。

 

『諸君、今日ここに集ってくれたこと、まずはそれに感謝を述べたい。よくぞ来てくれた』

 

 その姿はどこか、ダカールやスウィートウォーターで演説を行ったシャア・アズナブルを想起させる。

 

『我々バトラーは、今日この日のために半年間、手と力を尽くしてガンプラを作り上げ、バトルの腕を磨いてきた。今大会初出場という者も、最初の大会から今日まで皆勤だと言う者も、皆等しく。正面から全力でぶつかっていくのも良い、狡猾に勝ちを狙いにいくのも良い。だがこれだけは言わせてほしい』

 

 スッ、と両手のひらを上に向け、前に伸ばす。

 

『楽しもう。どのような結果になろうとも、この選手権大会に出場して良かったと、楽しい思い出として残る、そんな大会にしたいと、私は切に願う。この場に立つバトラー達も、観客席に座る皆様も、今日という日を楽しもうではないか!』

 

 握り拳を掲げてみせれば、バトラー達を筆頭に歓声が轟く。

 

 

 

 実に気の高まった開会式を終えたところで大会は開催され、早速バトルが始まる。

 

 A〜Gの7ブロックに分けられたリーグ戦で、最も勝ち点を多く稼いだチーム一組だけが、決勝トーナメントに進むことが出来る。

 ブロック分けは抽選にて決められ、アスノ達チーム・エストレージャはEブロックに、アズサ達チーム・ブルーローズはBブロックに、ハヤテ達チーム・月影はGブロックに。

 アカバ・ユウイチ率いるチーム・『レッドバロン』はシード権により、最初から決勝トーナメントが確定している。

 各ブロック代表と、チーム・レッドバロンによる8チームによって、決勝トーナメントは幕を開けるのだ。

 

 各ブロックにて熾烈な戦いの火蓋を切って落とされる中、アスノ達五人は円陣を組んでバトルの時を待っている。

 

「ついに来たね……」

 

 アスノは緊張感を滾らせてそう呟く。

 今までは動画の中でしか見なかった場所に今、自分達が立っているのだ。

 

「なーにいっちょ前に緊張してんだよ、アスノッ」

 

 バシッと軽くアスノの背中を叩くのはソウジ。

 

「そういうソウくんも、声上擦ってるしねぇ?」

 

 なんとか緊張を隠そうとしていたのだが、ショウコの目(耳?)は誤魔化せなかった。

 

「ふふっ、少しくらいは緊張してもいいと思いますよ。私も緊張してますから」

 

 カンナも頷いているが、かくいう彼女も少し膝が笑っている。

 

「まぁ何にせよ。ここまで来たところで、オレ達のやることはいつもと同じ。戦って勝つだけだよ」

 

 ジュゲムはいつもと変わらぬ余裕のある微笑を浮かべるだけ。

 

「よーし……もちろん勝ちは狙いに行く。けど、アカバさんが言っていた通り、みんなで全力で楽しんでいこう!」

 

 アスノが激励を発すれば、四人とも「おぉー!」と合わせてくれる。

 

 

 

『続きまして、Eブロック第三試合、チーム・エストレージャ対、チーム・フィフスソルジャーズの対戦になります。両チーム、準備をお願いします』

 

 アナウンスに従い、アスノ達五人は筐体にバナパスと愛機を読み込ませていく。

 

「相手チームのフィフスソルジャーズは、前の冬季大会で決勝トーナメントに進出している。中近距離戦に特化したチームだ、早速の強敵だね」

 

 ジュゲムが冷静に、通信回線越しに相手チームの情報を伝えてくれる。

 

「はっ、強敵だからなんだ。全部ぶっ飛ばせば済む話だろ」

 

 ソウジは拳と掌をバシッと打ち鳴らして気炎を吐く。

 

「そうそう、総当たり戦だから、とにかく勝たないとね」

 

 ショウコも気合十分だ。

 

 ランダムフィールドセレクトは『ジャブロー』

 宇宙世紀における、地球連邦軍の本部が隠された大自然のフィールドで、今回は森林地帯の中で戦うことになるようだ。

 

 各々のガンプラがリニアカタパルトに乗せられ、出撃準備完了だ。

 

「キタオオジ・ソウジ、『ガンダムアスタロトブルームⅡ』、行っとくか!」

 

「コニシ・ショウコ、『ロイヤルプリンセスルージュ』、レッツゴー!」

 

「ジュゲム、ダーティワーカー、仕事の時間だ」

 

「ツキシマ・カンナ、『ガンダムダイアンサス』、参ります!」

 

「イチハラ・アスノ、『ガンダムAGE-(ダブルアイン)』、チーム・エストレージャ、行きます!」

 

 

 

 ジオン軍サイドでの出撃となったアスノ達は、上空から降下していく。

 原作のジャブローと異なり、「降りられるのかよぉ!?」と言いたくなるような弾幕が襲い掛かってくることもなく、順次着陸していく。

 

 まずはアスノのガンダムAGE-X。

 ガンダムMK-Ⅱを意識したカラーリングから、どちらかといえばνガンダムに近いものに塗り替えられ、ビームサーベルは両足外側部に増設された装甲に格納している。

 Gエグゼスのビームライフルをベースにバレルを増設した『ロングドッズライフル』を持ち、頭部にはGバウンサーのアンテナをビームバルカンとして改造して組み込んでいる。

 そしてリアスカートには、SDのガンダムAGE-2のダブルバレットウェアのツインドッズキャノン一対を備えているが、これにはある仕掛けがある。

 なお、機体銘の『X』はエックスではなく、『I』を二つ重ねて「ダブルアイン」と読む。

 

 次にカンナのガンダムダイアンサス。

 四肢をウイングガンダムゼロのものに取り替えて軽量化し、機動性を大きく向上させている。

 オーソドックスなビームライフルとシールドを装備し、ヒートナギナタはリアスカートに懸架させ、代名詞たる弓矢は背部ラックを折り畳んでいる。

 ウイングガンダムゼロの腕部である関係上、ライジングフィンガーが使えなくなった代わりに、ビームサーベルが追加されているため、結果的に汎用性は向上した。

 また、ダイアンサスは『撫子』の英読みであり、『ネオジャパンの『ヤマトガンダム』の対になる機体として試作されていたが、第13回ガンダムファイトに備えて『ニンジャー』をベースとした『シャイニングガンダム』の開発を急いだために、お蔵入りとなった』というカンナの設定があったりする。

 

 次にソウジのガンダムアスタロトブルームⅡ。

 機体各部に装甲板を追加して耐弾性を強化し、肩部とフット部は『ガンダムヴィダール』の物に取り替え、宇宙機動性と格闘能力を向上させている他に大きな変化は見られないが、よりソウジにとって戦いやすく最適化された機体となったため、元々の武装であるハンドガンやロケットランチャーも装備可能だ。

 

 次にショウコのロイヤルプリンセスルージュ。

 肩とバックパックに『レイフガンダムGP04』のパーツを加えており、元の演者である『ガンダム試作4号機』由来の大型スラスターによる高機動性を実現している。

 武装面は、ザクウォーリアのビーム突撃銃を改造した『マギアマシンガン』に、背部に装備された『マギアサーベル』の他、肩部装甲内にはガーベラ・テトラを意識した『110mm機関砲』も内蔵している。

 

 ジュゲムのダーティワーカーは特に改造点は見当たらないが、合宿の際にリペイントが施されて総合性能は僅かながら上昇している。

 

 

 

「さてと。相手さんは距離を詰めて戦いたいはずだ。早めに捕捉して、有利に運びたいねぇ」

 

 着陸するなり、ダーティワーカーはすぐにセンサー類を起動させ、戦況把握を急ぐ。

 

 敵対反応は、突出して向かってくる三機と、その後続にもう二機。

 

 フライトユニット装備の『アストレイレッドフレーム』、『シャイニングガンダム』『ダブルオーライザー』の三機。

 後続は『ジェスタ』と『Hi-νガンダム』の二機。

 

 なるほど、前衛三機で暴れ、その支援に後ろの二機ということらしい。

 

「と……なると、こっちは"逆張り"で行こうか。キタオオジ君とコニシちゃん、前衛は任せたよ」

 

 ジュゲムはウェポンセレクターからビームスナイパーライフルを選択しつつ、指示を出す。

 

「あいよ」

 

「了解でーす」

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームⅡと、ショウコのロイヤルプリンセスルージュが前に出る。

 

「さぁて、生まれ変わったアスタロトブルーム、お披露目と行こうじゃねぇか!」

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡの右マニュピレーターに握るのはハンドガンではなく、『ガンダムアスタロトオリジン』のショットガンの改造品だ。センサーとマガジンを増設して、精度の向上と装弾数を増加させている。

 突出してくる三機に向けてトリガーを引き絞れば、広範囲に銃弾を飛び散らせる。

 被弾を嫌った三機は即座に散開し、

 

「選り取り見取り!」

 

 そこへショウコが飛び込み、ロイヤルプリンセスルージュはマギアマシンガンを連射しながらダブルオーライザーへ迫る。

 

 早速陣形を乱されたチーム・フィフスソルジャーズだが、ロイヤルプリンセスルージュの相手はダブルオーライザーに任せ、アストレイレッドフレームとシャイニングガンダムはガンダムアスタロトブルームⅡに注意を向ける。

 

「オラァ!ビビってんじゃねーぞ!」

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡはさらにショットガンを放って、相対する二機の注意を引く。

 

 しびれを切らしたのか、シャイニングガンダムは散弾を強引に突破して、徒手空拳による肉弾戦を仕掛けようと迫りくる。

 対するガンダムアスタロトブルームⅡも左マニュピレーターにナイフを抜いて肉弾戦に迎え撃とうとして――その寸前に横っ飛びでシャイニングガンダムのパンチを躱す。

 シャイニングガンダムは即座にガンダムアスタロトブルームⅡを追撃しようと目を向け、

 

「不運だったね」

 

 そこを狙い澄ましていた、ダーティワーカーのビームスナイパーライフルが火を吹き、反応が遅れたシャイニングガンダムはボディをまともに撃ち抜かれた。

 

 シャイニングガンダム、撃墜。

 

 ソウジをブラインドにした連携プレイだが、ソウジの回避が少しでも遅れていたら誤射になりかねない、非常に際どいタイミングであった。

 不利を悟ったか、アストレイレッドフレームはビームライフルを撃ちながら後退し、ジェスタとHi-νガンダムと足並みを揃えようとするが、

 

「させるかよ!」

 

 シャイニングガンダムの撃破によってフリーになっていたソウジが強襲をかける。

 アストレイレッドフレームからのビームライフルはナイフで斬り弾き、一気に肉迫、ショットガンとナイフをその場に捨てると、デモリッションナイフを抜き放って薙ぎ払う。

 対するアストレイレッドフレームは、フライトユニットによるジャンプでデモリッションナイフの一撃を躱し、素早くガーベラストレートを抜き放って斬りかかる。

 デモリッションナイフを空振りして隙が出来ていたガンダムアスタロトブルームⅡだが、即座に爪先のブレード――ハンターエッジを展開し、ガーベラストレートのレアメタルの剣刃を蹴り弾く。

 

 ジェスタがアストレイレッドフレームを、Hi-νガンダムがダブルオーライザーを、それぞれ援護しようとする。

 

 ビームライフルによる援護射撃を敢行しようとするジェスタだが、そうはさせんと足止めするのは、カンナのガンダムダイアンサス。

 取り回し重視のビームガンから持ち替えた、威力も重要視したビームライフルを連射して、ジェスタの進路先に張り付く。

 

 もう一方で、Hi-νガンダムはフィンファンネルを展開し、ダブルオーライザーを援護しようとするものの、そのフィンファンネルに立ち塞がるのは、アスノのガンダムAGE-X。

 

「行けるはずだ……『ドッズファンネル』!」

 

 すると、ガンダムAGE-Xのリアスカートに装備されていたツインドッズキャノンが自立機動し、フィンファンネルを撃ち落とそうとDODS効果を帯びたビームを放つ。

 手数こそ少ないものの一発一発が強力なファンネルとなる。

 自然とHi-νガンダムの注意はそちらへ向けられ、フィンファンネルとドッズファンネルによる、ファンネル同士の応酬が始まる。

 

 

 

 デモリッションナイフとガーベラストレートが打ち合い、鉄の火花が弾け飛ぶ。

 

 アストレイレッドフレームはフライトユニットを翻して飛び下がり、ガンダムアスタロトブルームⅡはデモリッションナイフを叩き付けようと距離を詰めて振り下ろす。

 

「逃さねぇよ!」

 

 しかし、アストレイレッドフレームは突如フライトユニットを切り離し、その切り離された勢いでデモリッションナイフを躱し、ガンダムアスタロトブルームⅡの斜め上を取る。

 ガーベラストレートを上段から兜割りのごとく振り下ろし――

 

「技を借りるぜ、教官!」

 

 だがガンダムアスタロトブルームⅡは、地面に叩き込んだデモリッションナイフの切っ先を地面にめり込ませたまま跳躍、ポールダンスのようにぐるんと空中で回転して、ガーベラストレートの一閃を躱す。

 

 デモリッションナイフを支柱にする、ハヤテがやってみせた回避運動だ。

 

 この一撃で仕留めるつもりだったか、アストレイレッドフレームは慌ててフライトユニットを呼び戻そうとするが、そこでフライトユニットを呼び戻すためのタイムラグが命取りだった。

 ポールダンスで一周したガンダムアスタロトブルームⅡは、デモリッションナイフから手を離してアストレイレッドフレームの死角に回り込んだ。

 

「くたばれ!」

 

 そのまま脇から組み付き、抜き放ったもう片方のナイフでバイタルバートを念入りに抉った。

 

 アストレイレッドフレーム、撃墜。

 

 

 

 カンナのガンダムダイアンサスは、ジェスタと鎬を削り合っていた。

 

「……行きます!」

 

 中距離でビームライフルを撃ち合っていた両者だが、不意にガンダムダイアンサスの方から膠着を破り、ビームライフルを納めてリアスカートからヒートナギナタを抜いて突進する。

 接近戦を仕掛けてくると読み取ったジェスタはビームライフルを納めてビームサーベルを抜き放って迎え撃つ。

 しかしその突進の途中で、ガンダムダイアンサスは振りかぶり――まだ射撃の間合いからヒートナギナタを槍投げの要領で投げ付けた。

 その距離から飛んでくるヒートナギナタに一瞬虚を突かれたジェスタだが、すぐにビームサーベルを振るってヒートナギナタを弾き、ヒートナギナタは上方へ飛ばされ――その方向に既にガンダムダイアンサスが回り込んでおり、その弾かれたヒートナギナタをキャッチし、

 なんとその高度からもう一度ヒートナギナタを投げ付ける。

 これまた虚を突かれるジェスタだが、二度も同じでは通じぬと言わんばかりに、今度はヒートナギナタを脇の間を通すようにやり過ごし――一瞬でもヒートナギナタに意識を向けていたが故に、ガンダムダイアンサスの次の動きに対する対応が遅れる。

 

 急降下したのか、上空にいたはずのガンダムダイアンサスは着陸しており、ビームボウ――『ロビンフッドガンダムAGE-2』の弓を改造したそれを構えていた。

 

「当てます……!」

 

 既に弦を引き絞っていたカンナは、迷いなく矢を放つ。

 真っ直ぐに射たれた光速の矢は、寸分違わずジェスタのバイタルバートを貫いてみせた。

 

 ジェスタ、撃墜。

 

 

 

 ショウコのロイヤルプリンセスルージュは、機敏に動き回って、トランザムライザーとなったダブルオーライザーの攻撃を掻い潜り、マギアマシンガンを撃ち返す。

 量子化によってビーム弾をすり抜けるダブルオーライザー、瞬時にロイヤルプリンセスルージュの死角に回り込んでGNソードⅡからビーム刃を発して斬り裂こうとするが、そこはショウコの予測範疇だ、ダブルオーライザーが量子化した時点で彼女は既にウェポンセレクターを回し、背部のマギアサーベルを抜き放ち様に振り返り、ダブルオーライザーの斬撃を弾き返す。

 

「ショウコさん、援護しますよ!」

 

 そこへ、ジェスタを撃破したことによってフリーになっていたカンナのガンダムダイアンサスがビームライフルによる援護射撃を加えてくれる。

 

「カンナちゃんさんきゅっ!」

 

 これもまた量子化でやり過ごすダブルオーライザーだが、連続で量子化で回避したせいで、そのトランザムが限界時間を迎えてしまう。

 トランザムライザーの量子化は、GPVS上では大半の攻撃を無傷で回避するのだが、これを行うとトランザムの制限時間を大きく削られてしまう。

 それを立て続けに二回も行えば、当然それだけ粒子を使うことになり、限界時間も早まる。

 

「行っけぇぇぇぇぇッ!!」

 

 ロイヤルプリンセスルージュは旋回、ガンダムダイアンサスを巻き込まない位置からマギアマシンガンと、左肩の110mm機関砲を連射、動きを止めたダブルオーライザーへ浴びせつける。

 予想よりも早くにトランザムの限界時間を迎えてしまったダブルオーライザーは、落ちてしまった機動性でロイヤルプリンセスルージュの弾幕攻撃を凌ぎ切ることは出来ず、オーライザーのバインダーを破壊され、バランスが崩れたところを畳み掛けられ、撃破された。

 

 ダブルオーライザー、撃墜。

 

 

 

 アスノのガンダムAGE-Xは、確実にHi-νガンダムを追いこんでいる。

 ドッズライフルと同等の破壊力の貫通力を持つ、ドッズファンネルによる射撃は、ファンネル同士の射撃で猛威を振るう。

 ファンネル同士が正面からビームを撃ち合えば、DODS効果によって正面からビームを貫き、フィンファンネルごと破壊するのだ。

 

 瞬く間にフィンファンネルの数を減らされたHi-νガンダムは、一度フィンファンネルを背部ラックへ呼び戻し、ビームライフルとニューハイパーバズーカを併射してガンダムAGE-Xを寄せ付けまいとするが、

 

「ドッズファンネル……サーベルモード!」

 

 アスノはウェポンセレクターを切り替えた。

 すると、自律していたドッズファンネルはさらに分離し、ライフルとファンネル本体二対に別れ、ファンネル本体は、ドッズライフルを切り離したそこからビームサーベルを発振、Hi-νガンダムへ襲い掛かる。

 縦横無尽に襲い来るビームサーベルとDODS効果を帯びたビーム射撃に、Hi-νガンダムも再度フィンファンネルを展開して対抗しようとするが、それ故にガンダムAGE-X本体への注意が逸れてしまう。

 そして、その隙を逃すアスノではない、ロングドッズライフルを両手で構え、ロックオン。

 

「そこッ!」

 

 高出力かつ螺旋状に放たれたビームは、とっさにシールドを構えたそれごと、Hi-νガンダムを撃ち抜いてみせた。

 

 Hi-νガンダム、撃墜。

 

『Battle endnd.Winner.Estrella!!』

 

 

 

 初出場の中学生メインのチームが、前季の決勝大会出場チームを完封勝ちしてみせた。

 前触れなく現れたダークホースに、会場は沸き立つ。

 

 拍手と歓声の中、アスノ達チーム・エストレージャは、互いにハイタッチする。

 

「よっしゃぁ!完璧じゃねぇの俺ら!」

 

 苦戦することもなかった完封勝ちに、ソウジはガッツポーズをキメてみせる。

 

「当然!あたし達は勝ちを狙いに行ってるからね、こっちはやる気が違うんだ!」

 

 自信満々に、なおかつ然りげ無くリディ・マーセナスのセリフを交えつつ胸を張るショウコ。

 

「まぁまぁ、まだ一勝目だ。気を抜かずに行こうじゃないか」

 

 完封勝ちに驕り高ぶることなく、ジュゲムは落ち着きを払って頷いている。

 

「やりましたねアスノさん!……アスノさん?」

 

 カンナは隣の筐体にいるアスノに呼びかけて、反応がない。

 

 その彼はリザルト画面のまま、ガンダムAGE-Xを睨むように見つめている。

 

「ファンネルの反応が鈍い気がする。もう少し早く出来ないかな……」

 

 先程のバトルの最中、二種一対のドッズファンネルを見事使いこなして見せたアスノだったが、その完成度はどこか満足いくものではないようだ。

 とはいえ、ブロック毎の予選の一戦一戦の合間は短い、今からパーツを分解して加工する時間はない。

 その時間があるとすれば、予選と決勝トーナメントの合間の昼休みくらいか。

 

 次のバトルに備えたバトラー達が控えているのを見て、アスノは慌てて筐体を空ける。

 

 

 

 アスノ達の戦いの一方で、アズサ達チーム・ブルーローズもまた着実にBブロックで勝ち点を稼いでいた。

 

 コロニー『メンデル』付近のデブリベルトにて、そのアズサのガンダムアズールカノンは両腕のダブルガトリングガンと胸部ガトリング砲を斉射する。

 広範囲に渡る面制圧砲撃に、敵対機である『ライトニングガンダム』と『G-ポータント』は散開して被弾を避けようとするが、左右から展開したシュヴァルベグレイズとギラ・ドーガに張り付かれ、多方向からの銃弾に撃ち抜かれていく。

 

 ライトニングガンダム、G-ポータント、撃墜。

 

 その二機の僚機である『ストライクフリーダムガンダム』と『ガンダムAGE-2』は、Gバウンサーとドライセンにマークされており、援護に向かうことが出来ないでいる。

 

 瞬く間に数的有利の状況を生み出したチーム・ブルーローズは、フォーメーションを組み直し、数の利を活かした弾幕戦に持ち込む。

 

「手数で押し込むわ!」

 

 ガンダムアズールカノンを中心に、ライフルやマシンガンを広範囲にばら撒き、ストライクフリーダムガンダムはビームシールドで防ぎ、ガンダムAGE-2はストライダーフォームに変形して、それぞれ弾幕を凌ごうとしている。

 そこへ、相手リーダー機の『高機動型ザクⅡ』が、ナックルシールドを片手に弾幕を掻い潜って接近戦に持ち込もうとしてくる。

 それを見て、Gバウンサーは率先して相手を引き受け、ドッズライフルを納め、ビームサーベルを抜き放って高機動型ザクⅡを迎え撃つ。

 

 乱れる戦況の中、アズサはウェポンセレクターを複数同時に開き、ロックオンマーカーも複数同時にマニュアルで制御し、ガンダムAGE-2にホーミングミサイルを、ストライクフリーダムガンダムにはダブルガトリングガンを、高機動型ザクⅡにはマイクロミサイルを、それぞれに向けて全弾発射。

 

 ストライダーフォームによるスピードで弾幕を掻い潜っているところへホーミングミサイルが追尾し、ガンダムAGE-2は対応しきれずにホーミングミサイルを直撃する。

 

 ガンダムAGE-2、撃墜。

 

 ストライクフリーダムガンダムの方は絶え間なく降り注ぐ弾幕に耐えきれずに体勢を崩し、崩した瞬間にギラ・ドーガのビームマシンガンとドライセンの連装ビームキャノンに撃ち抜かれる。

 

 ストライクフリーダムガンダム、撃墜。

 

 残る高機動型ザクⅡは、マイクロミサイルの弾幕を凌いで見せるもの、その隙を狙っていたGバウンサーは急速接近、シグルブレイドでナックルシールドを持つ右腕を斬り捨て、怯んだところへビームサーベルを突き込んだ。

 

 高機動型ザクⅡ、撃墜。

 

『Battle ended.Winner.Blue rose!!』

 

 

 

 ハヤテ達チーム・月影もまた、Gブロックでも激戦を繰り広げる。

 

 砂漠地帯の『ダカール』にて、僚機の『スサノオ』と連携して『劉備ストライクガンダム』を撃破してみせた、ハヤテの黒影丸。

 

「今こそ好機だ!突撃ィィィィィィィィィィッ!!」

 

 相手チームの陣形が乱れたのを見抜くや否やハヤテは自ら突撃、敵陣を掻き乱して乱戦に持ち込む。

 立て直そうとするよりも先に突っ込んできた黒影丸に、敵機の『インフィニットジャスティスガンダム』は慌てて対応しようとするものの、無明閃の二刀流で一気呵成に攻め立てられ防戦一方だ。

 敵機の『0ガンダム』がフォローに回ろうとするものの、そこへ『レイダーガンダム』が割り込み、破砕球ミョルニルを振り回してGNビームガンをかき消す。

 乱戦の最中でもドッズライフルの精密射撃モードによる狙撃を試みる敵機の『ガンダムAGE-1』だが、『イフリート・ナハト』がナハトブレードを抜いて斬り込んでくるのを見て対応を急ぐ。

 苦し紛れにビームマグナムを撃とうとする敵機の『ユニコーンガンダム』だが、そうはさせまいと『クロスボーンガンダムX2』がショットランサーを射出、発射寸前だったビームマグナムに突き刺さり、メガ粒子の塊は発射を阻害されて暴発、ユニコーンガンダムを巻き込んだ。

 

 ユニコーンガンダム、撃墜。

 

 瞬く間に二機落とされて、混乱する敵チーム。

 連携が取れなくなったところをイフリート・ナハトのナハトブレードがガンダムAGE-1を斬り裂き、その撃墜に気を取られたインフィニットジャスティスガンダムは黒影丸の無明閃のゼロ距離射撃を受け、0ガンダムも決死の覚悟で反撃するものの、レイダーガンダムのミョルニルに粉砕されてしまった。

 

『Battle ended.Winner.Tsukikage!!』

 

 

 

 各ブロックの戦いも進み、アスノ達チーム・エストレージャは、全試合完封で全勝、ぶっちぎりの勝ち点で決勝トーナメントへ進出、それを追うようにブルーローズと、月影も決勝トーナメント進出を決定付けていく。

 

 7チームの決勝トーナメント進出が決定された後、午前の部は終了。

 午後からは決定トーナメントが始まるのだ。

 

 

 

 特設会場のフードコートで昼食を取ろうと考えていたアスノ達だが、その前にお手洗いに行っておきたいと言うジュゲムは、一足先に用を足していた。

 手も洗ったところで、さてアスノ達が待っていると言うところで。

 

 ふと、洗面台の鏡越しに、ジュゲムの顔を見ている男がいた。見たところは、ジュゲムと同じくらいの青年だ。

 それに気づいているのか、そうでないのか、ジュゲムは素知らぬフリでその場を去ろうとして、

 

 その男に先回りされた。

 

「おいおい、久々の再会だってのに、随分とツレねぇな?」

 

「……失礼、どこかでお会いしたかな?」

 

 相手はジュゲムのことを知っている。

 

「まさか、『元チームメイト』の顔を忘れたとか言うなよ?」

 

「忘れるも何も、初対面だろう」

 

 しかしジュゲムは何食わぬ顔で惚けてみせる。

 

「そうしらばっくれんなよ、『トウゴ』。無能だったお前が、中坊どものチームに取り入ってなに偉そうなことやってんだ、ん?」

 

「何を勘違いしてるか知らないが、人を待たせてるんでね、通してもらうよ」

 

 ジュゲムはため息混じりにその男の横を通り抜ける。

 その間際に「あぁ、そうそう」と、前置きを置いて。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「本当の愚か者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだそうだ。……どっかで聞いたような話だろ?コレ」

 

「……チッ」

 

 相手の不快気な舌打ちに、ジュゲムは鼻で笑ってからそれを背にした。

 

 

 

 ――熱く激しい戦いの陰で、暗く冷たい思惑が渦を巻く。



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12話 復讐の引き金

 アスノ達の見えないところで、ジュゲムが一悶着あったところで。

 

「みんなすごく強いのね。総当たり戦なのに、全戦全勝って」

 

 フードコートで、各々好きなものをオーダーしていく中、ミカは身内贔屓無しにそう称えた。

 

「そりゃ、俺らは優勝目指して来てますから」

 

 ソウジはさも当たり前のように言ってのける。ミカの前だから『えぇかっこしぃ』をしたいだけだろうが。

 

「この調子で優勝まで……と言いたいけど、ベスト8まで来ると、楽なバトルにはならないかな」

 

 アスノは、自分達以外のベスト8まで勝ち残ったチームを思い返す。

 

 アズサ達ブルーローズに、ハヤテ達月影はもちろんだが、少なくとも各ブロックの猛者を打倒してきたチームばかりだ。

 予選のように、トントン拍子には勝ち進めないだろう、とアスノは睨む。

 

「まぁまぁ、今ここで考えても仕方ないし、まずはごはんだね!腹が減ってもバトルは出来るけど勝てないって、昔の偉い人も言ってたくらいだし!」

 

「ショウコさん、それは『腹が減っては戦はできぬ』のことでは?」

 

 的を得ているのかそうでもないようなことを言うショウコにカンナは冷静にツッコミを入れた。

 朗らかな笑いが緊張を解すが、ジュゲムだけは、どうにも深刻そうな顔で黙りを決め込んでいた。

 

「……なんだ?あんたがそんな顔するなんて、らしくねぇの」

 

 ふと、ジュゲムの様子に気付いたソウジが、純粋に疑問に思った。

 いつも余裕ありげな笑みを浮かべているこの褐色肌の男が、何故そんな顔をしているのか。

 

「……あぁ、ちょっと緊張で胃が辛くてね」

 

「おいおい大丈夫か?いざバトルになって体調不良でしくじるとか、勘弁してくれよ」

 

「ちょっと薬局で胃薬でも買ってくるよ」

 

 もういつもの飄々とした様子に戻ったジュゲムは、ふらふらとフードコートを後にしていった。

 その後ろ姿を見送って、アスノは抱いていた疑念を口にした。

 

「なんだか今日のジュゲムさん、変じゃないかな?」

 

「午前に、会場の前にいた時も様子がどことなく妙でしたし……」

 

 それにすぐ理解を示したのはカンナだ。

 

「さっきお手洗いに行った後もだよね。本人は胃が辛いって言ってたけど……」

 

 ショウコも、ジュゲムの違和感には気付いていた。

 

「(素直になった方が人生損しないって、人にそう言う割に、てめぇが一番素直じゃねぇのな)」

 

 ソウジは声にこそしなかったが、夏合宿の時にジュゲムに言われた言葉を思い返していた。

 

「うーん、私はジュゲムさんのことはあまり知らないけど、何か悩みがあるのかしらねぇ」

 

 何気なくミカがそうこぼした。

 

 

 

 決勝トーナメントのトーナメント表が公開された。

 

 真っ先に注目されるだろう、シード権によって最初から決勝トーナメントに君臨する、アカバ・ユウイチ率いるチーム・レッドバロン。

 その位置は、アスノ達チーム・エストレージャの反対側――つまりは、双方勝ち進めば決勝戦で当たる形だ。

 アズサ達チーム・ブルーローズとは、準決勝で当たり、ハヤテ達チーム・月影は、レッドバロンと準決勝でぶつかることになるようだ。

 

 

 

 まずは決勝トーナメント、第1試合。

 

 アズサ達チーム・ブルーローズは、『ヘルハウンド』というチームとのバトルを控えていた。

 

「それじゃ、先に準決勝で待ってるから。負けたりしないでよ、カンナ」

 

「アズサさんも、ご武運を」

 

 バトルの前にそのようなやり取りがあった、カンナとアズサ。

 

「ヘルハウンドって強いのかな、聞いたことないチーム名だけど……」

 

 ショウコが何気なくそう言った。

 

「毎年、打倒アカバ・ユウイチを目指しているチームだよ。そこそこには、強いはずだ」

 

 意外にも、それに答えたのはジュゲムだった。

 

「それに、リーダーの『イヌイ・シゲル』は狡猾な男だ。ソノダちゃん達も、楽には勝たせてもらえないだろうね」

 

 しかも、敵情にも何やら詳しい。

 横からそれを聞いていたソウジは、いつものジュゲム"らしくなさ"に訝しがる。

 

「何だ何だ、あんたが他人のことをそんなに話すなんて、今日は本格的にどうしたんだよ」

 

「…………ちょっと、お喋りが過ぎたな」

 

 そう溢してから、ジュゲムはこれから始まるバトルに目を向ける。

 

 

 

 ランダムフィールドセレクトは『フロンティアⅣ』。

 

 原典は『F91』の冒頭部分に当たり、制圧を目論む『クロスボーン・バンガード』と、駐留する連邦軍が交戦するのだが、兵の士気に加えてMSの性能の差があまりにも大き過ぎたため、連邦軍は抗戦らしい抗戦はほとんど出来ないままに全滅、ハイスクールの生徒達のシーブック・アノーらもそれに巻き込まれてしまう。

 

 GPVS上では、シンプルな市街戦を繰り広げることになる。

 

 バナパスとガンプラを筐体に読み込ませつつ、アズサは静かに闘志を燃やしている。

 

「(これに勝てば準決勝戦でカンナと戦える……負けるわけにはいかない)」

 

 ヘルハウンドがどこのチームだかは知らないが関係無い、吹き飛ばして勝ち進むまでだ。

 出撃準備完了の表示を確認して、アズサは操縦桿を握り締める。

 

「ソノダ・アズサ、ガンダムアズールカノン、チーム・ブルーローズ、行くわよ!」

 

 勢いよく操縦桿を押し出して、アズサはガンダムアズールカノンを発進させる。

 

 クロスボーン・バンガード側から出撃するチーム・ブルーローズは、コロニーの宇宙港から内部へと進入していく。

 コロニー内へ進入、地表へ降下する。

 しかし、ここまで来てもまだチーム・ヘルハウンドの動きは見えない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「罠を張って待ち構えているわね。各機、トラップや狙撃に注意して」

 

 僚機らからの「了解」を確認し、ドライセンが先頭に立って市街地へ進む。

 モノアイを世話しなく上下左右させて警戒し――不意に建造物と建造物の隙間から『ハイザック』と『ジンクスⅢ』がビームライフルを覗かせて射撃してきた。

 

「二機だけ……迂闊に踏み込まないで、この場で応戦する!」

 

 恐らくこの二機は陽動か囮だと見立てを立てたアズサは、深追いせずにこの場で留まる作戦を取った。

 追撃を仕掛ければ、向こうの思う壺だろうと判断したアズサだったが、

 

 市街地に踏み込んで来た時点で、彼女らの敗北は必至であった。

 

 遮蔽物を間に挟んだゲリラ戦を続けるハイザックとジンクスⅢに対し、アズサ達は辛抱強くこの場での砲撃戦を継続し――

 

 突如、アズサのコンソールがアラートを告げる。

 

「狙撃、じゃない……下から!?」

 

 その方向は、自身の足元周りからだった。

 視界を下に向けようとするよりも前に、無数の爆発がガンダムアズールカノンを襲った。

 それは他の僚機達も同じで、機体のあらゆる方向から爆発が発生し、決してそれは大きなダメージでは無かったが、しかし体勢を崩されてしまい、そこへハイザックとジンクスⅢが躍り出て、ヒートホークやGNビームサーベルでギラ・ドーガとドライセンを切り裂いてしまう。

 

 ギラ・ドーガ、ドライセン、撃墜。

 

「なにっ、何がっ、起きて……!?」

 

 地雷や機雷の類ではない。

 何が起きているかは分からないが、ともかくこの場に留まるのは危険だと察し取ったアズサは、ガンダムアズールカノンを後退させようとして、

 その背後から敵機だろう『ウィンダム』と『レギンレイズ』が回り込んで来ており、この場からの離脱を許さない。

 

「くっ……邪魔よ!」

 

 ガンダムアズールカノンはダブルガトリングガンをウィンダムとレギンレイズに向けて掃射しようとするが、今度はダブルガトリングガン自体が爆発し、弾倉が引火して爆散する。

 

「ど、どうして……!?」

 

 既にシュヴァルベグレイズも撃破され、残るGバウンサーがどうにかハイザックを撃破したところだが、その隙をジンクスⅢに突かれてビームサーベルを突き立てられてしまう。

 

 Gバウンサー、撃墜。

 

 完全に包囲されてしまったガンダムアズールカノンだが、全てのミサイルとガトリング、ガイアントキャノンまで駆使して事態の打破を嘗みるものの、ヘルハウンドの面々からの一斉掃射が放たれる。

 

「カンナ……ごめん」

 

 ビームと銃弾が次々に装甲を貫き、ガンダムアズールカノンは崩れ落ちた。

 

 ガンダムアズールカノン、撃墜。

 

『Battle ended. Winner.Hell hound!!』

 

 

 

 会場は不気味な沈黙に包まれた。

 当然だろう、どんな手品を使ったのか、ブルーローズのガンプラの各所が突如謎の爆発を起こしたのだから。

 

「アズサさん……」

 

 観客席からバトルを観戦していたカンナは、筐体を前に項垂れるアズサをただ見ているしか出来なかった。

 

「おい、何だよ今の……インチキじゃねぇのか?」

 

 ソウジは声に憤りを含ませた。

 

「今のって、レナート兄弟の『タイムストップ作戦』?」

 

 正体不明の爆破攻撃を見て、ショウコは『ガンダムビルドファイターズ』で行われた特殊攻撃のそれを挙げる。

『ジムスナイパーK9』に搭載された、1/144スケールのジオン兵のフィギュアを飛ばし、相手のガンプラの関節や局所に爆弾を設置し、一定時間後に爆破させる、というものだ。

 

「いや……あんな砲撃戦の真っ最中にそんなこと出来ないよ?」

 

 しかしその可能性を否定したのはアスノ。

 ガンプラサイズから見ても、兵士のフィギュアは非常に小さく、ビームや爆発が飛び交う中で飛ばせば、簡単に吹き飛んでしまう。

 

「兵士のフィギュアを使うところは間違ってないよ」

 

 そう答えたのは、ジュゲムだった。

 

「あれは、『兵士のフィギュアに対MS砲を持たせて、遮蔽物の隙間から砲撃を行わせた』んだ。爆弾の設置より確実性は劣るけど、グリスで滑ったりしないし、何より相手の認識を誤らせるという効果が大きいね」

 

「……んなこと、出来んのか?」

 

 さすがのソウジも耳を疑った。

 

「不可能じゃないさ。相当の完成度や、緻密な操縦制御は必要だけども、『実際にオレもやったことがある』からね」

 

 見ただけで何故それだと見抜いて、なおかつジュゲム自身もそれを実行したことがあるのか。

 

「ジュゲムさん、もしかして……」

 

 カンナは、もしやの可能性を口にしようとして、ジュゲムは席を立った。

 

「後で話そう。それより、次はオレ達のバトルだ」

 

 どの道、このバトルを勝ち抜かなければ、ヘルハウンドと戦うことすら出来ないのだから。

 

 

 

 太平洋上空。

 原典は『UC』のEpisode:5『黒いユニコーン』に当たる場面で、ミネバ・ザビとバナージ・リンクス、及びユニコーンガンダムを宇宙へ上げるために発進した連邦軍のガルダと、それらの奪還を試みるため追い縋るガランシェールとの、空中戦だ。

 フィールドの八割は空中であり、足場と言える足場はガルダとガランシェールのみ。

 当然、落ちたらフィールドアウトである。

 

 ガランシェール側から出撃するアスノ達。

 彼らの中で唯一空戦に対応出来るのは、ベースジャバーを持ってきていたジュゲムだけであり、他四人はガランシェールを守るような迎撃戦を強いられていた。

 対する相手チームも、単独飛行可能な機体や可変機を投入してきており、アスノ達は防戦にならざるを得ない。

 

「クッソー!何もこんなフィールド選ばなくてもいいだろうが!」

 

 ガランシェールの周囲を飛び回って攻撃して来る『リ・ガズィ・カスタム』にショットガンとロケットランチャーを撃ちまくる、ソウジのガンダムアスタロトブルームⅡ。

 

「よくよく考えたら私達、空中戦に弱いチームですよね……!」

 

 カンナのガンダムダイアンサスもビームライフルとバルカン砲で、上空を飛び回る『アリオスガンダム』に抵抗する。

 

「くーっ、『シャイングラスパードラゴン』でも作っておけば良かったよ……っ!」

 

『フリーダムガンダム』にマギアマシンガンで必死に対空迎撃するショウコのロイヤルプリンセスルージュ。

 そこへ敵機の『1.5ガンダム』がアルヴァアロンキャノンを集束し、ガランシェール自体を攻撃して足場を潰そうとしているが、アスノのガンダムAGE-Xのドッズファンネルがそれを阻止してみせる。

 

 1.5ガンダム、撃墜。

 

「ようやく一機か……ジュゲムさん!1.5ガンダムは何とか倒せましたよ!」

 

 四人が対空迎撃をしている一方で、ジュゲムのダーティワーカーは慎重にビームスナイパーライフルのスコープを覗いていた。

 

「ありがとさん。ならオレも、仕事の時間だ」

 

 照準の先にいるのは、ガランシェールの艦艇に取り付こうとしているインフィニットジャスティスガンダム。

 シュペールラケルタ・ビームサーベルを引き出そうとしているところを、一射。

 いざガランシェールを攻撃しようとしていたインフィニットジャスティスガンダムはその狙撃への反応が遅れ、横腹を突き破られる。

 

 インフィニットジャスティスガンダム、撃墜。

 

「次」

 

 ジュゲムはベースジャバーを移動させ、ガンダムアスタロトブルームを攻め立てているリ・ガズィ・カスタムに照準を合わせ、まだロックオンしない。

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡはショットガンを連射してリ・ガズィ・カスタムをどうにか取り付かせないように抵抗しているが、いくら弾数を増やしているとはいえ、限度はある。

 

「(もう弾がねぇ……!)」

 

 あと一、二回引き金を引けば、ショットガンは残弾ゼロになるだろうところで、偶然にも散弾の数発がリ・ガズィ・カスタムにぶつかり、ほんの僅か動きを鈍らせ、

 

「そこだ」

 

 リ・ガズィ・カスタムが動きを鈍らせた瞬間ロックオン、ダーティワーカーからのビームスナイパーライフルがリ・ガズィ・カスタムの背部ユニットを貫いた。

 まともな推力を失ったリ・ガズィ・カスタムはフラフラと高度を落としていき、フィールドアウトしていった。

 

 リ・ガズィ・カスタム、離脱。

 

 形振り構わなくなったか、アリオスガンダムはトランザムを起動し、狙撃をして回っているダーティワーカーを狙おうと迫る。

 

「ジュゲムさんっ、トランザムのアリオスがそっちに!」

 

 ショウコの注意喚起を受け、ジュゲムは「問題ないよ、こっちで対処する」と返す。

 トランザムの上からMA形態という超高速形態でGNツインビームライフルを連射してくるアリオスガンダム。

 MS一機を乗せたベースジャバーの旋回性では振り切れず、粒子ビームがベースジャバーのバーニアを撃ち抜く。

 バランスが崩れる中、ダーティワーカーはビームスナイパーライフルを捨てて、脚部からビームサーベルを抜き放ち、間髪無くアリオスガンダムは機首のGNビームシールド発生機を開き、クワガタムシのごとくダーティワーカーを挟み込んだ。

 しかし、これは既にジュゲムの計算の内だ。

 

「倍返しだ」

 

 挟み込まれたそのゼロ距離で、ダーティワーカーは頭部バルカンと腹部の歩兵バルカンを撃ちまくり、さらにビームサーベルを突き立てる。

 ヒリング・ケアのガラッゾの時のような苦し紛れの反撃とは違う、確実にアリオスガンダムの急所――GNドライヴを覆う装甲の薄い部分を狙った攻撃だ。

 アリオスガンダムは爆散、しかし爆風がダーティワーカーを下方へ吹き飛ばしてしまう。

 

 アリオスガンダム、撃墜。

 

 ダーティワーカー、離脱。

 

 同時に、残る一機になっていたフリーダムガンダムが無謀にもラケルタ・ビームサーベルによる接近戦を仕掛けようとしたところを、ガンダムダイアンサスのビームボウが貫いた。

 

 フリーダムガンダム、撃墜。

 

『Battle ended.Winner.Estrera!』

 

 

 

 不利な戦況すらも奮戦して勝利したエストレージャに、歓声は上がる。

 

「やれやれ、何とかなったねぇ」

 

 一番大立ち回りを演じたジュゲムは、涼しい顔をしながらそう宣った。

 

「全くだぜ……これ、大西洋とかダーダネルス海峡とかでの戦闘でも俺らキツくね?」

 

 疲れたようにソウジはぼやく。

 今回は僅かな足場を除けばほとんどが空中であったが、フィールド全体が海洋でも厳しい戦いを強いられるだろう。

 

「まぁ、勝てたからいいじゃん」

 

 それよりさ、とショウコはジュゲムに訝しげな視線を向けると。

 

「ジュゲムさん、あのヘルハウンドってチームのこと、なんか知ってるでしょ?」

 

 彼女のその言葉に、アスノとカンナも頷く。

 

「そうだね、……でもちょっと場所を変えてからね」

 

 あまり他人に聞かれたくない話をするのだろう、ジュゲムは声のトーンを下げた。

 

 会場の外に出て、日陰のある場所まで移動してから、ジュゲムは"昔話"を始めた。

 

 

 

 ――もうお察しの通りだろうけど、オレは半年前……去年の冬季選手権まで、チーム・ヘルハウンドに所属していたんだ。

 

 それより以前はまぁ、それなりに仲良くやれていた方だと思うけどね。

 

 さっきも言った通り、『打倒、アカバ・ユウイチ』を目標にして選手権に臨んでいたっていうのは、その時から変わらないんだけど。

 

 で、ひとつ前の選手権、去年の冬季選手権にも出場していて、あと一戦勝てば予選リーグを突破できるところで、そこそこ強いチームと当たってね。

 

 オレ達はその時、対チーム・レッドバロンに備えて、戦力の温存……本命とは違うガンプラで勝ち抜いていたんだけど、オレはそこで作戦立案の時に意見したんだ。

 

「出し惜しみはここまでだ、切り札を切ろう」ってね。

 

 でも、リーダーのシゲル……イヌイ・シゲルは、それを聞いてくれなかった。

 

「レッドバロンと当たるまでは温存だ」と。

 

 そうだと決定したんなら、出し惜しみしたままでやるしかなかった。

 

 足りない分は、知恵と工夫でなんとかしようとはしたんだけど、やっぱりダメだった。

 

 出し惜しみするあまり、本命を切る前に敗退してちゃ世話ないってわけだね。

 

 負けてからオレはシゲルに「やっぱり出し惜しみなんてするべきじゃなかった」と言ったんだけど、その時にそいつ、なんて言ったと思う?

 

「負けたのはお前が立てた作戦のせいだ」ってね。

 

 その通りと言い切ってしまえばそうでしかないんだけど、出し惜しみした上での作戦を要求したのはあいつだ。

 

 そしたらまぁ、大喧嘩になってね。

 

 終いには、「お前みたいな無能はいらねぇ、消えろ」だ。

 

 いやぁ、ひどい言いぐさだね、人の意見は無視しておいて"無能"呼ばわりって。

 

 オレはシゲルのお望み通り、ヘルハウンドを抜けて、ある一つの誓いを立てた。

 

「オレのやり方で、オレを否定したあいつらを否定し返してやる」と。

 

「あの時正しかったのは、お前じゃなくてオレだったんだぞ」と言ってやる一心で、この半年間をガンプラの製作とバトルの技術、策を練ることに費やした。

 

 ……言ってみれば、暗い"復讐心"だよ。

 

 だからオレは、自分の『クロサキ・トウゴ』の名を隠して、ネット上で追跡されないようにハンドルネーム『ジュゲム』になった。

 キャスバル・レム・ダイクンが、復讐のために仮面を被ってシャア・アズナブルになったようにね。

 

 ガンプラもそうだよ、復讐と言う汚れ仕事を遂行するための機体……だから汚れ仕事人(ダーティワーカー)なんだ。

 ジムスナイパーカスタムと似たようなカラーリングにしてるのも、『同胞を撃ち殺す』って言う皮肉を込めたものさ。

 

 そこで、チームを組もうとしていた君達を見かけたのは僥倖だったよ。名瀬さんの提案を聞いてやるという建前の下でね。

 

 そうして、君達を利用して復讐を成し遂げるために、この大会に臨んだ――。

 

 

 

「で、だ。オレには対ヘルハウンド戦を想定した、作戦プランがあるんだけど……」

 

 "昔話"をそこで終えたジュゲムは、次の準決勝で戦うことになるヘルハウンド戦に備えた作戦を明かそうとするが、彼は少しだけ躊躇した。

 

「……これは、完全にオレの私情だけで立てた作戦。最終的には勝てる算段だけど、君達は決していい思いはしないだろう。オレのわがまま勝手のために、君達を駒にして、使い潰すための、とんでもない作戦だ。けれど、君達が掲げる『選手権の優勝』のためには避けて通れない戦いだ。勝つためだから仕方ない、そう思わせるために……」

 

「前置きが長ぇ」

 

 躊躇しながらも言葉を続けるジュゲムを前に、唐突にソウジが口を挟む。

 

「昔のジュゲムさんがどうだったか、なんて今は大事じゃないんだし、そんな堅苦しいのはいいから、早く作戦を教えてくださいよ」

 

 ショウコは挑戦的な目を向けて息を巻いている。

 

「コニシちゃん?いやしかし、オレはね……」

 

 まだ躊躇するジュゲムに、カンナも続く。 

 

「私達は今まで、ジュゲムさんの立てた作戦と指揮のおかげで勝ち抜いてこれました。私達が嫌な思いをするからなんて理由で、ご自分の為したいことを諦めないでください」

 

「……ツキシマちゃんまで」

 

 さらにはチームリーダーたるアスノまでもが同調する。

 

「大丈夫。例えどんなに無茶苦茶な作戦でも、僕達はジュゲムさんを信じて従うだけですから。どんと来い、です」

 

 アスノの言葉に、カンナとショウコは苦笑しながら頷き、総意である事を示す。

 そんなクラスメート達を頼もしく思いながら、なおも踏ん切りの付かない様子のジュゲムに、ソウジは最後の一押しを押す。 

 

「いいから言っちまえよ。あんたが無茶苦茶なことを言うなんざ、俺ら全員慣れてんだ。ほら、さっさと作戦立てねぇと時間が無くなっちまうだろ」

 

 珍しく驚いた表情を見せるジュゲムに、ソウジは堂々と言い切った。

 

「『あんたが俺らを利用するってんなら、俺らもあんたを利用すりゃぁおあいこだ』。違うか?」

 

 

 

 第三試合。

 

 チーム・レッドバロンの、今季の初陣だ。

 

 仮面を身に着けた、堂々たるその姿が会場に現れれば、観客席は一気に沸き立つ。

 

 ランダムフィールドセレクトは『ガルナハン・ローエングリンゲート』

 

 原典は『SEED DESTINY』に当たり、強力なローエングリン砲と、強固な陽電子リフレクターを持つMA『ゲルズゲー』が立ち塞がる、地球連合軍の要塞だ。

 高低差の激しい崖が特徴的なフィールドだが、原作再現のためか、小型のガンプラであれば地下空洞を通ることが出来たりもする。

 

 ユウイチの愛機、ドムソヴィニオンがリニアカタパルトに立ち、モノアイを力強く輝かせる。

 

「アカバ・ユウイチ、ドムソヴィニオン、チーム・レッドバロン、出るぞ!」

 

 地球連合軍側から出撃する、レッドバロンの面々。

 

 彼のドムソヴィニオンの他には、『ゲルググJ』『ギラーガ』『グリムゲルデ』『ダリルバルデ』と言った、"赤い"機体が続く。

 

 対するザフト軍側から出撃してくるのは、五機とも『デスティニーガンダム』だ。

 しかしそれぞれ、カラーリングの変更と、一部カスタムが施されているそれらは、設定上のみ存在する、七騎のデスティニーガンダムで構成された部隊『コンクルーダーズ』のそれのようだ。

 七騎のデスティニーガンダムの内、その内二機はオリジナルの『シン・アスカ』機、オレンジ色の『ハイネ・ヴェステンフルス』機(設定上のみ)が公式化されているため、ちょうど五機空いている概算だ。

 緑色、赤色、白色、黒色、ピンク色という構成から、ザフト軍の軍服の色と、『ミーア・キャンベル』のライブザクウォーリアを模したものだろう。

 

 全機がデスティニーガンダムのみの、チー厶・『コンクルーダーズ』は、一斉に上空から左翼ウェポンラックから高エネルギー長射程ビーム砲を展開すると、ローエングリンゲート全体を薙ぎ払うように一斉射してくる。

 

 けれどユウイチ達は何ら慌てることなく散開して高エネルギーを躱し、即座に対空迎撃を撃ち返す。

 

 ゲルググJの大型ビームマシンガンと、ギラーガのビームバスターに貫かれ、ピンク色と緑色のデスティニーガンダムが早くも撃墜される。

 

 残る内、指揮官だろう黒いデスティニーガンダムは高エネルギービームライフルで射撃を継続し、残る赤と白のデスティニーガンダムが光の翼を広げて突撃する。

 

 高速で迫りくる二機のデスティニーガンダムに対して、ドムソヴィニオンは真っ先に突撃し――その二機の間をすり抜けて、黒い指揮官機のデスティニーガンダムを狙う。

 

 続くのはダリルバルデだが、ダリルバルデは背部一対のドローンユニット『イーシュヴァラB』を射出、ビームサーベルを発振させて赤いデスティニーガンダムを迎え撃ち、自身はビームジャベリンを手に白いデスティニーを相手取る。

 

 イーシュヴァラBに足止めをされる赤いデスティニーガンダムに、素早い機動でグリムゲルデが接近し、振り下ろされるアロンダイトの一撃を受け流すと、瞬時にシールド裏からヴァルキュリアブレードを回転させて突き出し、VPS装甲のそれすらも容易く斬り裂いてみせた。

 

 ダリルバルデのビームジャベリンと白いデスティニーガンダムのアロンダイトが激しく打たれ合う中、不意にダリルバルデはぐるりと身を翻し、脚部の『シャクルクロウ』を射出、白いデスティニーガンダムの右腕に組み付くと、ワイヤー越しに電流を流し込み、間接攻撃を行う。

 白いデスティニーガンダムは左マニピュレーターのパルマフィオキーナでシャクルクロウのワイヤーを焼き切り、電撃から解放され――背後からのアラートが鳴り響いたと思った瞬間には、二分割されたビームジャベリン――ビームアンカーとビームクナイを握る『イーシュヴァラA』が、白いデスティニーガンダムを斬り裂いていた。

 

 残る黒い指揮官機のデスティニーガンダ厶に、ドムソヴィニオンが迫る。

 両肩のビームブーメラン『フラッシュエッジ2』を投げ放つが、ドムソヴィニオンはファンネルを展開、三基一対のそれらを制御して瞬時にフラッシュエッジ2を撃ち落とす。

 続いてジャイアントバズを発射、黒いデスティニーガンダムは左手首からビームシールド『ソリドゥス・フルゴール』を発振させて砲弾を防ぐ。

 砲弾の爆煙が立ち昇る中、ドムソヴィニオンは構わずにそのまま二発、三発とジャイアントバズを連射、立て続けに黒いデスティニーガンダムを爆煙が包む。

 すると爆煙から現れた黒いデスティニーガンダムは、左腕を失っていた。

 いくらビームシールド越しとはいえ、いくらVPS装甲とはいえ、立て続けに攻撃を受けては無傷ではすまない。

 やぶれかぶれにアロンダイトを抜き放って突撃してくる黒いデスティニーガンダムだが、ドムソヴィニオンもビームサーベルを抜き放ち、振り抜かれるレーザー対艦刀の一閃をひらりと躱し、すり抜け様にビームサーベルで黒いデスティニーガンダムのボディを斬り裂いてみせた。

 

 デスティニーガンダム、撃墜。

 

『Battle ended. Winner.Red baron!!』

 

 レッドバロンの圧勝というある種の予定調和、しかし観客席の興奮は凄まじく、さらにユウイチがギャラリーに向かって会釈してみせればもう最高潮。

 

 

 

 続く第四試合は、ハヤテ達チーム・月影のバトルだ。

 レッドバロンほどの圧勝ではないにしろ、前大会セミファイナリストチームは伊達ではない。

 

 ラグランジュ5『エクリプス』にて、早くも相手チームを追い詰めており、ハヤテの黒影丸は敵リーダー機のΞガンダムの前に躍り出る。

 30m近い巨躯のΞガンダムとSDの黒影丸を比較すると、そのサイズ差はまさに巨人と小人。

 無数のファンネルミサイルが黒影丸を取り囲むが、即座に両手の無明閃を連射、ファンネルミサイルを次々に撃ち落としていく。

 埒が明かないとビームサーベルを引き抜いて接近戦に持ち込むΞガンダムだが、

 

「秘技・無影旋風斬!受けてみろォォォォォーーーーーッ!!」

 

 黒影丸は無明閃を水平に構えて高速回転を開始し、黒い竜巻そのものとなってΞガンダムを呑み込み、ズタズタに斬り裂いた。

 

 Ξガンダム、撃墜。

 

『Battle ended. Winner.Tsukikage!!』

 

 チーム・月影も無事に勝ち抜き、準決勝にてレッドバロンと当たる。

 

 

 

 ここまで勝ち残ってきたベスト4が激突する。

 

 この熾烈な準決勝を勝ち抜いた者同士が、決勝への舞台に立つことを許される。

 

 準決勝第一試合 エストレージャVSヘルハウンド

 

 仄暗い復讐心を乗せた五芒星(ペンタゴン)と、血に飢えた地獄の猟犬(ヘルハウンド)が、静かに冷たく対峙する――。



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13話 電光雷轟、神算鬼謀

 チーム・ヘルハウンドとのバトルに臨む、チーム・エストレージャの面々。

 間もなく試合開始につき、両チームスタンバイの、その少し前。

 

「あぁ、ここにいたのね、カンナ」

 

 ジュゲムの"昔話"と作戦会議を終えたところで、先ほどにヘルハウンドに敗北したアズサが、カンナに話しかけてきた。その表情には、幾分かの消沈が見られた。

 

「アズサさん……その、」

 

「仇は取る、なんて殊勝なこと言わないでいいわよ」

 

 カンナが何を言おうとしたのか、アズサはその先を遮る。

 

「私達は負けた、それだけよ。あなた達に雪辱を果たせなかったのは残念だけどね」

 

 アズサの視線が、カンナの後ろにいる面々にいる向けられる。

 

「これから私が言うことは、ただの独り言なんだけど……」

 

 独り言を言いますとわざわざ前置きを置くアズサ。

 

「実際に戦ってみた私個人の感想。あのチーム、ゲリラ戦が得意なのは間違いなさそうだけど……なんとなく、『足並みが揃い切れてない』ようにも見えたわ。隙があるとすれば、多分そこよ」

 

「…………さぁ皆さん、行きましょうか」

 

 確かにそれを聞いたカンナは、敢えて返事をしなかった。

 これはアズサの独り言なのだ、それに一々反応するのもおかしな話だから。

 

 

 

『これより、準決勝第一試合、チーム・エストレージャと、チーム・ヘルハウンドとのバトルを開始します。両チーム、出撃準備をどうぞ』

 

 アナウンスに従い、両チームの面々は筐体にバナパスとガンプラを読み込ませていく。

 

 そんな最中、ヘルハウンドのリーダーたる、イヌイ・シゲルはジュゲムに敵意の視線を向けていた。

 対するジュゲムは、そんなシゲルの視線に気付いているのかそうでないのか――いいや気付いているだろう。気づいていて敢えて無視しているのだ。

 お前など眼中に無いと言われているようで、シゲルとしては少し面白く無かった。

 

「(トウゴ……てめぇが何を企んでるか知らねぇが、俺の邪魔をするってんなら、昔の仲間だろうが容赦はしねぇ)」

 

 無能だと謗った男が、今度は自分の敵になって立ち塞がる。

 何かの因果のようなものは感じるが、そのようなジンクスなど知ったことではない。

 

 全機のガンプラが読み込まれたところで、ランダムフィールドセレクトは『サンダーボルト宙域』を選択する。

 

 原典は『サンダーボルト』に当たり、破壊されたコロニーや、撃沈された戦艦の残骸が無数に漂う暗礁宙域で、それら残骸がぶつかり合い帯電したデブリによって、稲妻が閃くような発光現象が絶えないことから、連邦、ジオンの双方から『サンダーボルト宙域』と呼ばれている。

 

 GPVS上では、障害物であるデブリが非常に多い上に、不定間隔で強いフラッシュが発生し、運が悪いとその稲妻に巻き込まれてダメージを受けるという、非常に危険なフィールドである。

 

「サンダーボルト宙域か……各機、稲妻には注意して立ち回れよ」

 

「「「「了解」」」」

 

 僚機らからの応答を確認したところで、出撃開始だ。

 

「イヌイ・シゲル、ガンダムファラクト……チーム・ヘルハウンド、喰らい尽くす!」

 

 リニアカタパルトから打ち出されるシゲルのガンプラは、漆黒の装甲にひょろ長い四肢、バックパックから伸びる肩の大型ブースターと長銃身のライフルが特徴的な、『ガンダムファラクト』。

『水星の魔女』に登場するペイル・テクノロジーズが開発した、高い機動性と優れた射撃能力が売りの、GUND-ARM搭載型MSだ。

 ガンダムファラクトを先頭に、ハイザック、ジンクスⅢ、ウィンダム、レギンレイズが続く。

 

 

 

 今回のフィールドがサンダーボルト宙域だと見るなり、ジュゲムはすぐにチームメイト達に通信を飛ばす。

 

「ラッキーだ。これは……面白いことになりそうだ」

 

「面白いこと、ですか?」

 

 何のことかとアスノが訊ねると。

 

「作戦プランをちょっと修正する。各員、よぉく聞いてくれよ……」

 

 ジュゲムの作戦とは、如何なるものか。

 

 雷鳴轟く暗礁宙域に、五芒星は輝くのか。

 

 

 

 いち早くデブリに取り付いたヘルハウンドの面々は、即座に行動を開始していく。

 

「よぉし、向こうはまだ動いてねぇ。プラン4で誘い出すぞ」

 

 了解の応答を返し、作戦を展開していく。

 デブリの陰から、シゲルはウェポンセレクターを開き、ロングライフル『ビームアルケビュース』を選択する。

 

 やがて、サンダーボルト宙域に、チーム・エストレージャのガンプラが現れる。

 しかし、その構成にシゲルは疑念を抱いた。

 

「アスタロトに孫尚香ルージュ、ライジン、Ez8……、……AGE-1はどこ行った?」

 

 見えたのは、ガンダムアスタロトブルームⅡ、ロイヤルプリンセスルージュ、ガンダムダイアンサス、ダーティワーカーの四機だけで、リーダー機たるガンダムAGE-Xの姿は見えない。

 

「まぁいい……どうせどこかに潜んでいる。このまま作戦通りに行くぞ」

 

 元々、ジュゲムのダーティワーカーが最初に姿を見せないものだと想定はしていたが、それがガンダムAGE-Xに代わっただけのことだと、シゲルは作戦を継続する。

 

 しかし捕捉できている四機が、トラップの類などまるで警戒しようともせずにフラフラとデブリベルトに突入していくのを見て、ハイザックが嘲笑う。

 

「バカが、真っ直ぐ来やがった」

 

 十分踏み込んできたところで、トラップを起動させようとしたハイザックだが、

 

「ん……いや、ちょっと待て!」

 

 シゲルは咄嗟に待ったを呼びかけた。

 敵はこちらの素性を知っているトウゴ(ジュゲム)が指揮を執っているはずなのに、あまりにも迂闊過ぎるのだ。

 まるでこちらのトラップの起動を待っているかのように……

 

 けれどその制止の声は既に遅く、僚機らは作戦通りにトラップを起動させると、『一部のデブリが破裂して、網が飛び出した』。

 これは、ダミー隕石の中にネットを仕込んだものだ。

 ただのデブリだと思って通過しようと思ったらまんまと網に掛かって機体を絡め取られる……はずだった。

 

 目に見える敵機はネットが絡みついても、慌てるどころか無抵抗に仰け反るだけ。

 

「お、おい、なんかおかしくないか?」

 

「よく見ろバカ!こいつらはダミーバルーンだ!連中、『俺達と同じ手』をぶつけて来やがった!」

 

 ダミーバルーンだというシゲルの声に、僚機らはすぐにカメラを拡大させ、よく見ると『それっぽい色と形をした風船人形』だった。

 同時に、ネットが絡み付いたダミーバルーンが次々に破裂すると、煙と共に無数の光の粒が飛び散る。

 

「なんだ、スモーク?」

 

「ちが……通信……!?」

 

 目眩ましのスモークかと思えば、次々に僚機達からの通信が途絶していく。

 

「落ち着け!こいつは『ナノミラーチャフ』だ……クソッ、通信が途絶してやがる!」

 

『鉄血のオルフェンズ』に登場する撹乱物質だと気付いたシゲルだが、それを口にしても僚機達には届かず、その様子のモニタリングも砂嵐になる。

 

「ビームでも何でも打てば吹っ飛ぶってのに!気付けよ!」

 

 ナノミラーチャフは熱に弱く、ビームやミサイルの爆風で簡単に消失してしまうのだが、虚を突かれたせいでそのことに気づけない僚機に、シゲルは声を荒げる。

 ビームアルケビュースを撃ってナノミラーチャフを吹き飛ばそうと考えたが、下手に撃つと自機の位置を気取られてしまう。

 

 ナノミラーチャフに混乱している内にも、戦況は動く。

 

 

 

 ナノミラーチャフの散布と同時に、ソウジのガンダムアスタロトブルームⅡは敵中堂々と突撃する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おぉらぁぁぁぁぁッ!!」

 

 レギンレイズに狙いをつけると、デモリッションナイフを抜いてフルスイング。

 ガンダムアスタロトブルームⅡの接近に気付いたレギンレイズは、130mmライフルのソードユニットでデモリッションナイフを受けるが、弾き飛ばされて体勢を崩してしまう。

 

「格闘の間合いにさえ踏み込めりゃ、十分なんだよ!」

 

 ナノミラーチャフの効果を吹き飛ばさないように、あくまでも格闘戦で攻め立てるソウジ。

 

 その逆サイドからは、カンナのガンダムダイアンサスがヒートナギナタを手にジンクスⅢへ躍り掛る。

 

「せぇいッ!」

 

 振り抜かれるヒートナギナタに、ジンクスⅢはGNビームシールドを展開し、ガンダムダイアンサスの斬撃を凌ごうとしている。

 

「トゥトゥヘヤァーッ!モゥヤメルンダ!」

 

 さらに(アスラン・ザラの格闘攻撃時のボイスを真似しながら)ショウコのロイヤルプリンセスルージュが、マギアサーベルを抜いて、ウィンダムへと攻めかかる。

 

 通信が途絶しているのは彼らも同じだが、予めジュゲムから「ナノミラーチャフを使う」と教えられているため、混乱することなく、状況を確かめながら立ち回っている。

 

 現在フリーなのはハイザックだけだが、そのハイザックは持ち場を離れてでも僚機の援護を行うべきなのか、それともあくまで作戦プランを継続するべきなのかを測りかねて、モノアイを右往左往させている。

 シゲルからの指示が無く、しかもその彼からは独自判断を許されていないので、結局最初のプラン通りに動くしかないはず……とジュゲムは、そう作戦会議で言っていた。

 

 

 

 イヌイ・シゲルという男は、基本的にはワンマン気質だ。

 自分の判断力に自信を持ち、事実彼の判断力もあって、チーム・ヘルハウンドはそこそこの実力を持つことが出来て、こうして決勝トーナメント戦にまで勝ち上がっている。

 

 けれど、他人からの意見を聞き入れるかどうかはまた別の話だ。

 彼にとっては、自分が正しいと思っていることを遠回しに否定されているも同然なのだから。

 故に、クロサキ・トウゴとは作戦会議の場で意見が反り合わないこともあり、彼をチームから追放した時は清々したものだ。

 邪魔者を排除したことで、今度こそアカバ・ユウイチをその天上から引きずり下ろすと意気込んで臨んだこの大会。

 けれどそこで待っていたのは、何故か「ジュゲム」と名乗るトウゴが、中学生チームの作戦参謀を気取る姿。

 

「(どこまでも俺の邪魔をしやがって……!)」

 

 ナノミラーチャフの効果は脆くも絶大だった。

 ちょっと作戦プランを乱されたぐらいで、あぁも簡単に翻弄されて。

 

「クソがァ!」

 

 ついに痺れを切らしたシゲルは、ガンダムファラクトをデブリの隙間から乗り出させ、ビームアルケビュースを連射し、ナノミラーチャフを焼き払い、ようやく通信回線が回復した。

 

「ナノミラーチャフなんざに惑わされてんじゃねぇ!」

 

 すると、ガンダムファラクトの姿を発見したのか、ダークグリーンのガンダムEz8こと、ダーティワーカーがデブリの隙間から飛び出し、ガンダムファラクト目掛けて100mmマシンガンを連射しながら突撃してくる。

 

「来やがったか、トウゴ……パーメットスコア3!」

 

 シゲルはウェポンセレクターから『GUND-ARM』の項目を選択し、その段階数値を上げた。

 機体とパイロットとの同調率が上がり、ガンダムファラクトの各部が紅く発光する。

 

「行けよ、『コラキ』!」

 

 同時に、ガンダムファラクトのブラストブースターに設置されていたそれらが蠢くと、二対ずつになって自律機動し、その隙間に紅いビームを発振させる。

 これはガンダムファラクト特有のビット兵器であり、このビーム自体に攻撃力は無いが、『接触した部位の機能を一時的に麻痺させる』という効果を持つ。

 

 コラキによってスタンさせたところを、必殺のビームアルケビュースで狙い撃つ、というのがガンダムファラクトの基本戦術だ。

 

 するとダーティワーカーはコラキによるスタンを警戒し、そこで接近を止める。

 

 ガンダムファラクトは一度ビームアルケビュースを納めると、袖口からビームサーベルを抜き、脚部のビーム砲『ビークフット』を撃ちながらダーティワーカーへ迫る。

 対するダーティワーカーも左マニピュレーターにビームサーベルを抜き放って迎え撃つ。

 

 瞬間、双方のビーム刃が激突し、サンダーボルト宙域に激しい閃光を撒き散らす。

 

「司令塔が自ら出てくるとは、戦いの基本がなっちゃねぇなぁ、トウゴ!」

 

『……』

 

 接触通信に対する相手は何も答えない。

 鍔迫り合いをしている最中にも、ダーティワーカーの背後からコラキが回り込み、迫る。

 ダーティワーカーは強引にガンダムファラクトを弾き返し、コラキのビームを躱すべく下方へ逃れる。

 しかしそれはガンダムファラクトとの距離を離すことになり、すぐに再びビークフットからのビームが襲い来る。

 

「(ナノミラーチャフの効果は切れたのに、AGE-1の姿はまだ見えねぇ……わざと数的不利になってんのか?)」

 

 ジュゲムが立案しただろう作戦があまりに不可解で、読みきれない。

 事実、連携を取り戻した僚機四機は、数的優位を活かすように立ち回り、敵チームの三機を追い込んでいるにも関わらず、まだリーダー機のガンダムAGE-Xは現れないのだ。

 狙撃を狙っているのかもしれないが……しかしこと長距離狙撃ならばダーティワーカーの方が適任だろう。

 シゲルが憶測を立てている内にも、ダーティワーカーはコラキを振り切って再びガンダムファラクトへ100mmマシンガンを連射しながら迫りくる。

 

「「お前だけはオレが討つ」ってか?ハッ、お仲間はそのための捨て駒か!」

 

 ジュゲムが何らかの感情を含ませているのは分かっているのだ。

 その感情とはおそらくは、自身を追放したシゲルに対する復讐。

 だから、狙撃の役割を他人に任せてまでこうして自分に執着するのだと、シゲルはそう見て取った。

 

 瞬間、どこかで帯電したデブリが激しく発光し、稲光が宇宙を切り裂き――ハイザックの撃墜が通知された。

 

「……バカが、サンダーボルトに巻き込まれやがったのか」

 

 運の悪いことだ、とシゲルは吐き捨てて、ダーティワーカーに注意を向け直す。

 

 ――その"決めつけ"が、自身の首を真綿で絞めていることに気付くはずもなく。

 

 

 

 ハイザックを『撃墜した』ことで数的差が無くなり、ガンダムダイアンサスとロイヤルプリンセスルージュは、背中合わせに立ち回りながら、ジンクスⅢとウィンダムを相手取っている。

 

「上手く引き付けているようですね」

 

 ガンダムダイアンサスのビームライフルとバルカン砲でウィンダムを牽制しつつ、カンナはショウコに接触通信を行う。

 

「今のところはね。ほんと、直前になってとんでもないこと考えたよねぇ、ジュゲムさん」

 

 同じく、ロイヤルプリンセスルージュのマギアマシンガンと、左肩の110mm機関砲を連射してジンクスⅢを寄せ付けないショウコ。

 

 二人の視線の先にいるのは、ガンダムファラクトを追うダーティワーカーの姿。

 

 とは言え、ジンクスⅢとウィンダムの連携もなかなかのものだ、カンナとショウコは徐々に追い込まれつつある。

 

「『次の雷』はまだなのぉ!?」

 

「辛抱ですよ、ショウコさん……っ!」

 

 ガンダムダイアンサスがシールドで、ウィンダムからのビームを防ぎ、ロイヤルプリンセスルージュもマギアサーベルを高速回転させてビームシールドのようにしてジンクスⅢからのGNビームライフルを跳ね返す。

 

 そしてその瞬間――帯電したデブリ同士の衝突による、"落雷"が発生、激しいフラッシュがサンダーボルト宙域を照らす。

 

 同時に、一筋のビームが閃光の中を横切り――ウィンダムの背後を貫いた。

 

 ウィンダム、撃墜。

 

 しかし同時に、

 

「…………わりぃ、しくじった」

 

 ソウジのガンダムアスタロトブルームⅡの撃墜通知が届いた。

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡ、撃墜。

 

 

 

 デブリに身を潜め直していたシゲルのガンダムファラクトだったが、再びサンダーボルト宙域に落雷が襲った。

 

 そのフラッシュが終わると同時に、今度はウィンダムが撃墜されたのを見て、シゲルは声を荒らげた。

 

「ハァ!?また巻き込まれやがったのか!?」

 

 一度なら偶然だと思えるが、二度も同じことが起きれば、さすがに「何かおかしいぞ?」とシゲルの中で疑念が浮かぶ。

 

 しかし同時に、青いガンダムアスタロト――ガンダムアスタロトブルームⅡが撃破されたことも通知される。

 

「(これでやっと一機……っても数的不利には変わりねぇ。敵のリーダー機は一体何を企んでやがる?)」

 

 ここまで戦況が動いても、ガンダムAGE-Xはまだ姿を見せない。

 しかしそれを考えている暇はない、ガンダムファラクトを発見したダーティワーカーが再び距離を詰めてくる。

 

「クソっ、考える余裕もねぇ!」

 

 シゲルは操縦桿を引き下げ、ブラストブースターを加速させてガンダムファラクトはダーティワーカーとのイニシアティブを保つ。

 

 ビークフットのビーム砲と100mmマシンガンの銃弾が交錯しつつ、再び互いのビームサーベルが衝突する。

 

「トウゴ!テメーいい加減しつけぇんだよ!」

 

『……』

 

 されど通信先から返ってくる声はない。

 

 ハイザックとウィンダムが撃墜された今、僚機のジンクスⅢとレギンレイズの二機は合流して足並みを揃えようとしている。

 とはいえ、ガンダムダイアンサスとロイヤルプリンセスルージュもなかなかに粘るようで、互いに連携しつつも、ジンクスⅢとレギンレイズを合流させないように立ち回っている。

 

 シゲルは独断を決意する。

 

 本来なら僚機と連携して発動するトラップを、単独で使おうとするのだ。

 眼前にいるダーティワーカーさえ排除出来れば、自分も前線に出ることで数的優位によって押し切れる。

 

 そう高を括ったシゲルは、ビークフットのビーム砲でダーティワーカーを牽制しつつも、誘い出す。

 

「(そうだろうよ、お前なら俺を仕留めたくて追ってくるはずだ)」

 

 怨敵を自分の手で倒したいだろうジュゲムなら、この誘いに乗ってくるだろうし、仮に追ってこなければビームアルケビュースで背後から狙い撃ちにするだけだ。

 

 すると狙い通り、ダーティワーカーはガンダムファラクトを追ってくる。

 

「(よぉしいいぞ、てめぇならそう判断するはずだ、俺を逃したくないならな!)」

 

 100mmマシンガンの銃弾を避けながら、デブリとデブリの間を縫うように潜り抜けていく。

 

 そうこうしていく内に、ジンクスⅢがロイヤルプリンセスルージュを撃墜し――また宙域に激しい稲妻が迸り――一拍置いてジンクスⅢも撃墜される。

 

 けれどシゲルはもう僚機の撃墜を気にしない、いいや気にしている場合ではない。

 迫りくるダーティワーカーを確実に仕留めるためには、一時たりとも集中力を途切らせてはならないのだから。

 

 そして、ダーティワーカーがついにそのポイントに踏み込んだ。

 

「もらったァッ!」

 

 その時を待ちに待っていたシゲルはウェポンセレクターを押し込む。

 

 瞬間、ダーティワーカーが通過しようとした時、突如として何発もの爆発が襲い掛かった。

 

 ブルーローズとのバトルでも使った、対MS砲を持たせたフィギュアの兵士達による砲撃だ。

 

 本来なら他の僚機と連携して、さらに多数の砲撃を喰らわせるつもりだったが、ダーティワーカー一機を仕留めるだけならこれだけで十分だった。

 

 対MS砲による砲撃で全身のバーニアを破壊され、もうダーティワーカーはまともに動くことさえ出来ない。

 

「残念だったなぁ、トウゴ!」

 

 ガンダムファラクトはビームアルケビュースを構え、その銃口をダーティワーカーのボディへ向ける。

 

「てめぇの……負けだァ!」

 

 引き絞られるトリガー。

 放たれるビームは、ダーティワーカーのボディを貫き、爆散させた。

 

 ダーティワーカー、撃墜。

 

「あとは……ライジンとAGE-1」

 

 随分手こずらせてくれたが、あとは僚機のレギンレイズと連携すれば、ガンダムダイアンサスもリーダー機のガンダムAGE-Xも倒せるはずだと、シゲルは読む。

 

 レギンレイズの位置をレーダーで確認し、その方向へ向かおうとして、

 

「……は!?」

 

 

 

『撃墜したはずのダーティワーカーが、何故かビームスナイパーライフルを向けてガンダムファラクトを睨んでいた』。

 

 

 予想出来ていなかった突然の事に、シゲルの思考が一瞬フリーズした。

 

 即座、ダーティワーカーがビームスナイパーライフルを発射、しかし咄嗟の挙動でガンダムファラクトを回避させたが、ブラストブースターの片方もろとも右腕を肩から撃ち抜かれてしまった。

 主武装のビームアルケビュースと、高機動の生命線であるブラストブースターの片方を失い、ガンダムファラクトの戦闘力は激減する。

 

「な、な、な……なんで、生きて……!?」

 

 まるで幽霊を見ているような気分だ。

 しかし攻撃されてダメージを受けた以上、眼の前にいるダーティワーカーは幽霊ではない。

 

『分からないかい?』

 

 ダーティワーカーは再度ビームスナイパーライフルを構え直し、ピタリとガンダムファラクトのボディへ向ける。

 

『どうして敵のリーダー機が見当たらないのか、とか考えたんじゃないかな?』

 

 その声――ジュゲムの声がオープン回線で届く。

 

 撃墜したはずの相手が何故そこにいるのか。

 何故敵のリーダー機であるガンダムAGE-Xが見当たらないのか。

 加えて、サンダーボルトが発生する度に限って僚機が撃墜され、敵機も撃墜するのか。

 

 一見、何の関連性もないように見えるが、それらを繋ぎ合わせてみると……

 

「まさか……『Ez8は最初から二機いた』のか!?」

 

 恐らくは、ダーティワーカーが二機いるのとを悟られないように、サンダーボルトの発生という眼が引く瞬間に合わせて狙撃することで、敵を撃破していたのだろう。

 

『ご明察だよ、シゲル』

 

 他ならぬ、ジュゲムが肯定した。

 つまり、ガンダムAGE-Xはそもそもこのフィールドにはおらず、敵リーダーは予備機のダーティワーカーを使っていたと云うことだ。

 

 全てが全て、ジュゲムの手のひらの上で踊らされていた。

 

 その事実が、シゲルのプライドを逆撫でした。

 

「…………………………トォゴォォォォォォ!!」

 

 左マニピュレーターにビームサーベルを抜いて斬りかかるガンダムファラクト。

 けれど馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくる相手をダーティワーカーが見逃すはずがなく、もう一射。

 

 ガンダムファラクトのバイタルパートを容赦なく貫いた。

 

 ガンダムファラクト、撃墜。

 

 

 

 種を明かせばなんのことはない。

 

 ジュゲムは、自分の愛機とは別にもう一機、ダーティワーカーを用意していた。

 

 アスノにそれを使わせて、シゲルのガンダムファラクトと立ち会わせることで、「ジュゲムは自分の手でシゲルを倒すつもりだ」と相手に思わせる。

 

 そうしてダーティワーカーという『ジュゲムの機体』が見えやすいように立ち回らせ、ジュゲム自身のダーティワーカーは後方のデブリベルト内に潜む。

 

 さらに、フィールドがサンダーボルト宙域であることも利用し、宙域に発生する稲妻に合わせて狙撃をすることで、あたかも『稲妻に巻き込まれて撃破された』と思い込ませて誤認させる。

 

 そして、シゲルがアスノのダーティワーカーを撃破することで、「ジュゲムを倒した」と油断させ、そこで勝ちの決まった盤を引っくり返す。

 

 残されたレギンレイズも、カンナが粘り強く戦ってくれていたおかげでジュゲムが背後を取って狙撃、スラスターを潰されたところをガンダムダイアンサスのヒートナギナタで斬り裂かれて撃破された。

 

『Battle ended.Winner.Estrella!!』

 

 瞬間、会場に歓声が轟いた。

 

「勝った」

 

 ジュゲムはリザルト画面を前に、静かにそう呟いた。

 

 無能だと罵られた自分の策を以て、無能だと罵った相手の策を覆した。

 復讐を成し遂げ、勝利を掴み取ったという達成感。

 しかし、ジュゲムの心はどこか空虚だった。

 

「……復讐を成し遂げても、虚しいだけっていうのは、本当なんだな」

 

 復讐を成し遂げ、相手の無様を見て、嘲笑う。

 

 その果てに待っていたのは、言葉にできない虚無感だった。

 

 何故、こんなことにムキになっていたのかと、自分で自分をバカバカしく思う。

 

 そして、その理由は、自分でも分かっていた。

 

「やりましたね、ジュゲムさん!」

 

「一時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ……」

 

「心臓に悪い綱渡りでした……!」

 

「ジュゲムさんの神算鬼謀は世界一ィ!」

 

 アスノ、ソウジ、カンナ、ショウコが、口々に自分を称えてくれる。

 捨て駒同然の作戦に乗り、乗機を撃破されて思うところもあったはずなのに。

 

「(あぁ……オレは彼らと一緒に優勝したいんだ)」

 

 打倒アカバ・ユウイチなど、過ぎた夢。

 優勝のために、ひたむきになって頑張り、壁にぶつかって倒れても、立ち上がってみせる。

 そんな彼らの"熱"に、自分も当てられて、熱くなっていた。

 

「……トウゴ」

 

 勝利の余韻に浸っていたところで、向かいの筐体からシゲルが声をかけてきた。

 それを見てソウジが舌打ちし、シゲルに対して肩を怒らせるが、ジュゲムはそっと制止し、毅然としてシゲルに向き直る。

 

「て、てめぇの力は、よく分かった。今から、これからだって遅くはねぇ。来年の冬季大会、もう一度俺達のチームに……」

 

「断る」

 

 シゲルの勧誘を、秒で断るジュゲム。

 

「な、何言ってんだ!てめぇのその力がありゃ、打倒アカバ・ユウイチだって夢じゃ……」

 

「オレにそんな稚拙(チャチ)な目標なんていらない」

 

 ジュゲムは踵を返した。

 彼との決別を意味するように。

 

「オレの目標は、彼らと優勝することだからね」

 

 そうしてジュゲムは"チームメイト"の元へ戻っていき、シゲルは悔しげに歯噛みする。

 

 ジュゲム(トウゴ)を無能だと決め付けて追放したのが仇になり、牙をむかれ、食いちぎられたのだと。

 後悔したところでもう遅い、足取り重く、彼らは会場を後にしていった。

 

 

 

 準決勝第一試合は、これにて終了。

 

 続く第二試合は、チーム・レッドバロンVSチーム・月影。

 

 今年の冬季大会のファイナリストとセミファイナリストが、ここに激突する――。



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14話 竜虎相搏つ

 チーム・月影。

 

 過去数年の選手権大会でも、必ず決勝トーナメントに勝ち残ってきた強豪チーム。

 

 リーダーのナルカミ・ハヤテによる草の根運動で集まった生え抜きかつ叩き上げの実力者が揃い、なおかつハヤテ自身の実力も極めて高く、実質的にGPVSのナンバー2とさえ言える。

 

 ナンバー1は言うまでもなく、アカバ・ユウイチ率いるチーム・レッドバロンだ。

 

 けれどハヤテ自身は、ナンバー1たるユウイチの影を追っているわけではないし、ナンバー2の座に甘んじているわけでもない。

 

 彼は、そんなランクなどに興味は無いからだ。

 

「例えどんな形でも、みんなで楽しく、思いきりガンプラバトルをやって、その上で勝とう」

 

 それは、彼らのポリシー。

 バトルに勝つよりもまず楽しむこと。

 楽しんで、楽しんで、楽しみ抜いたその先に勝つ。

 そうやって、これまでのバトルは勝ち抜き、時には敗北を喫してきた。

 

 今大会も、その心と想いは変わらない。

 

 

 

 ついに来た。

 

 ハヤテは控え室のベンチに腰掛け、今か今かと闘志を静かに、しかし強く滾らせていた。

 

 今年度の冬季大会決勝戦にて、惜敗を喫した相手――レッドバロン。

 

 チームメイト達も同じく、前回の雪辱を果たすべし、でも正々堂々楽しもうと、この半年間を待ちに待ち、気炎を上げている。

 

 残念ながら今回は決勝戦でのバトルではないが、それでもレッドバロン――ひいては、アカバ・ユウイチと戦うことに変わりはない。

 

 そして、この準決勝を勝ち抜いた先に待っているのは、アスノ達エストレージャ。

 

 彼らを鍛え上げた教官として、またナルカミ・ハヤテ個人としても、アスノ達とのバトルは楽しみだった。

 

「(待っていてくれよイチハラ君達、俺たちは必ず決勝へ進んでみせるぞ!)」

 

 ふとそこへ、準決勝第二試合開始のアナウンスが響く。

 

『これより、準決勝第二試合、チーム・レッドバロン対、チーム月影の試合を開始します。出場選手は、出撃準備をどうぞ』

 

 それを聞いて、ハヤテはバッとベンチから立ち上がり、声を張り上げる。

 

「よぉしっ、いよいよ俺達のバトルだ!みんなっ、気合入れていくぞ!勝つのは俺達チーム・月影だ!前回の雪辱を果たすのはもちろん!そして決勝戦ではイチハラ君達も待っている!ぬおぉっ、燃えてきたぞォォォォォォーーーーーッ!!!!!」

 

 ビリビリビリビリと窓ガラスが震えるほどの声量に、チームメイト達は肩を竦めて、「分かったから落ち着け」と苦笑する。

 

 

 

 アスノ達は観客席へ移動して、じきに始まるだろう準決勝第二試合の開始を待ち望んでいた。

 

「出来ることなら、アカバさんとハヤテ教官、どちらにも勝ち残ってほしいところですね」

 

 しれっとアスノの右隣に陣取るカンナは、今回の勝敗について悩ましく思っていた。

 アカバ・ユウイチとこの選手権で戦い、そして優勝することを掲げながらも、彼らにとっての教官役を全力で努めてくれたナルカミ・ハヤテとも戦いたい。

 

「こればっかりは仕方ないって言うのも、わかるけどね」

 

 堂々とアスノの左隣を陣取るショウコは、カンナの言葉に応じる。

 どちらとも戦いたい。

 けれどそんな贅沢な望みは叶えられない。

 ユウイチとハヤテ、両者がぶつかってしまうのなら、どちらかがどちらかを押し通るしかない。

 

「そ、そうだね……はは……」

 

 その女子二人に挟まれて、両手に華状態のアスノは、気まずそうに苦笑するだけ。

 

「おいおい両手に華じゃねぇかアスノ。ヒューッ、モテ期到来だな」

 

「アスくんったらモテモテねぇ〜」

 

 ショウコの逆隣にいるソウジと、カンナの隣席にいるミカは、そんな羨まけしからん状態のアスノを見て冷やかす。

 

 場内にブザーが鳴り響き、照明が落とされていく。

 

『皆様、大変長らくお待たせ致しました。これより準決勝第二試合、チーム・レッドバロン対、チーム・月影のバトルを開始致します』

 

 アナウンスと共に、歓声が響き渡る。

 両チームが入場、スポットライトが当てられる。

 

 まずはチーム・レッドバロン、アカバ・ユウイチ。

 冷静堂々たるその姿がスポットライトに照らされ、両サイドから勢いよくドライアイスが噴出される。

 中央近くまで来てから軽く手を上げれば、さらに歓声が上がる。

 

 そして逆サイドのチーム・月影、ナルカミ・ハヤテ。

 こちらは威風堂々たる姿で入場し、同じくドライアイスの噴出と共に迎えられる。

 ギャラリー全体が見える位置まで来ると身を翻し、声援に応えるがごとく握り拳を振り上げれば、ユウイチへの歓声に勝るとも劣らない盛り上がりを見せる。

 

 レッドバロンと月影の応援合戦になりかけたところで、ランダムフィールドセレクト。

 

 今回のフィールドは、『ランタオ島』

 

 原典作品は『G』に当たり、第十三回ガンダムファイトの決勝バトルロワイヤルが行われる熾烈な戦場だ。

 

「アカバ・ユウイチ、ドムソヴィニオン、チーム・レッドバロン、出るぞ!」

 

 レッドバロン側は、ユウイチのドムソヴィニオンを筆頭に、予選と同じく、ゲルググJ、ギラーガ、グリムゲルデ、ダリルバルデの四機。

 

「ナルカミ・ハヤテ!黒影丸!チーム・月影……行くぞォォォォォぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 月影側は、ハヤテの黒影丸は同じだが、予選の時とは若干構成が変わり、クロスボーンガンダムX2はそのままだが、残りの機体の登場にギャラリーは驚愕する。

 

 

 

 ズガァンッ、と地響きを起こしながら着地したその巨躯を見て、ユウイチは仮面の内側で驚きを見せながらも、その機体名を口にする。

 

「ほぅ、『サイコガンダム』とは。対我々用の切り札といったところかな?」

 

 一定のサイズを上回るガンプラは、バトラー三人で一機を操縦しなければならないレギュレーションがあり、サイコガンダムはその代表格だ。

 設定全長だけでも40mはあるそれは、SDガンダムである黒影丸と比較すると巨大に見える。

 尤も、大きさばかりではなく、並大抵の攻撃は無傷で跳ね返す重装甲に、強力なIフィールドを備え、ニューホンコンの町を瞬時に火の海に変える恐るべき火力も兼ね備える。

 

「サイコガンダムの強みはIフィールドですが、懐には弱い。ここは私が接近戦を仕掛けます」

 

 この中で唯一、ビーム兵器を持たないグリムゲルデがそう進言するが、ユウイチはそれを採用しない。

 

「焦るなよ。あのサイコガンダムは、謂わば"タンク役"。向こうは短期決戦がお望みなのさ」

 

 大型機故の火力と防御力を全面に押し出して、ヘイトと消耗を誘い、そこを残る黒影丸とクロスボーンガンダムX2が攻め立てる……恐らくはそのような作戦だと読み取る。

 であれば、それに正面から付き合う必要はない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「五番機(ダリルバルデ)はX2をマークだ、可能なら撃墜しても構わん。二番機(ゲルググJ)は私に続いて援護しろ。三番機(ギラーガ)、四番機(グリムゲルデ)はサイコガンダムの陽動を頼む」

 

 A.B.Cマントを着用するクロスボーンガンダムX2には、2タイプのイーシュヴァラで多方向からビーム刃による攻撃を仕掛けられるダリルバルデ、サイコガンダムの陽動には脚の速いギラーガとグリムゲルデで迎え撃ち、そしてユウイチ自身とゲルググJはハヤテの黒影丸と相対する。

 

「「「「了解!」」」」

 

 ユウイチからの指示を受け、レッドバロンの面々は散開し、各々相手すべき敵機をマークしていく。

 

 

 

 ランタオ島の、原典で言うところのガンダムヘブンズソードが現れる地点で、ハヤテはレッドバロンの面々の動きを見て、「そうきたか」と呟く。

 

「よぉしっ、プランB2だ。そっちは任せたぞ!」

 

 すると黒影丸はサイコガンダムのそばから離れ、そのままドムソヴィニオンとゲルググJを引き離していく。

 サイコガンダムとクロスボーンガンダムX2が固まって動き、残る三機を引き付けるのだ。

 

 サイコガンダムは両腕のマニピュレーターの指先のビーム砲と、胴体部の拡散メガ粒子砲を一斉掃射、それに合わせるようにクロスボーンガンダムX2がザンバスターとショットランサーのヘビーマシンガンを撃ちまくり、ダリルバルデ、グリムゲルデ、ギラーガの三機を寄せ付けまいと弾幕を張る。

 

 対するレッドバロンの面々も当初の作戦通りに、ダリルバルデが二種類のイーシュヴァラを展開し、クロスボーンガンダムX2のA.B.Cマントを斬り裂こうと攻撃を開始するが、そのクロスボーンガンダムX2はすぐに飛び下がり、代わりにサイコガンダムの全身のビーム砲がメガ粒子の雨を降らせる。

 

 イーシュヴァラを破壊されるわけにはいかないため、ダリルバルデも迂闊には踏み込めず、肩部のドローンシールド『アンビカー』でイーシュヴァラを守るがサイコガンダムの火力は凄まじく、僅か数発でアンビカーが破壊されてしまう。

 

 であれば、とギラーガが双刃の槍である『ギラーガスピア』を手にサイコガンダムの懐へ飛び込もうとするが、その前にクロスボーンガンダムX2が割り込み、ザンバスターとヘビーマシンガンを連射して近付けさせない。

 

 さらにダリルバルデを牽制しつつもサイコガンダムは片手のビーム砲でギラーガを撃ち抜こうとするが、そこへグリムゲルデが割り込んで、ヴァルキュリアシールドで指先のビームを受ける。

 

 しかしナノラミネートアーマーに守られたグリムゲルデのヴァルキュリアシールドと言えど、サイコガンダムのビームの出力を防ぎ切ることは出来ず、一瞬で表面のナノラミネートが剥がされてしまう。もう一発受ければ、腕もろとも貫かれるだろう。

 

 

 

 サイコガンダムとクロスボーンガンダムX2が善戦してくれている内に、ハヤテの黒影丸は、ユウイチのドムソヴィニオン、及び彼の僚機たるゲルググJを相手に、原作で言うところのグランドガンダムが待ち受ける渓谷で対峙する。

 

「現れたか……」

 

 ハヤテはウェポンセレクターを回し、黒影丸は無明閃を両手に構える。

 それに合わせるように、ドムソヴィニオンはジャイアントバズを、ゲルググJは大型ビームマシンガンを構える。

 

『半年前の雪辱を果たす、と言ったところかな?』

 

 オープン回線で、ユウイチの声が届く。

 

「そうですとも。……けど、それは目的半分。俺達は、ガンプラバトルを楽しみに今日、このステージに立っているんですよ」

 

『フッ、そうだったな。君達のチームとは、そういうものだった』

 

「……さて、前哨戦はここまでにしましょうか」

 

 黒影丸はスッと静かに身を沈めると、

 

「吶喊!!」

 

 瞬間、ドムソヴィニオンとゲルググJの視界から、黒影丸が"消える"。

 

 消えたと言っても、ハイパージャマーやミラージュコロイドのようなステルス機能を使用したわけではない。

 目視では追い切れないほどの素早さで、渓谷を駆け回る黒影丸。

 まるでトランザムシステムを起動しているかのように、その機動に残像が尾を引く。

 

『さらに速くなったか、さすがはナルカミ君』

 

 しかし、とドムソヴィニオンは急速にバックホバーしつつ、地面に向かってジャイアントバズを発射、弾頭は地面に炸裂すると、砂煙を巻き上げる。

 ゲルググJも同様にバックホバーしつつ、油断なく大型ビームマシンガンを構え、黒影丸を迎え撃つ。

 いくら素早くとも、砂煙の中を突っ切ろうものなら、気流に変化が生じる。

 しかしジャイアントバズが巻き起こした砂煙に気流の変化は見られず――その一秒後に、砂煙を切り裂くように現れたのは、大型手裏剣の颶風刃。

 

 ドムソヴィニオンとゲルググJはその大型手裏剣を躱し、

 

「そぉりゃぁぁぁぁぁッ!!」

 

 半歩遅れて黒影丸が砂煙から飛び出し、無明閃からビーム弾を、その上から頭部のバルカン砲を撃ちまくりながら突撃してくる。

 颶風刃を躱すというワンクッションを置いた連撃だ、ドムソヴィニオンもゲルググJもすぐさま反撃には移れない。

 しかしユウイチの反応も早く、即座にウェポンセレクターを回す。

 

『ファンネル!』

 

 ドムソヴィニオンのバックパックからファンネルが射出され、無明閃のビーム弾を撃ち落とすようにビームを降らせる。

 

 ――既に放たれているビーム弾をファンネルのビームで相殺させるという、人間離れした絶技を平然と行っているのだが――

 

 突撃する黒影丸の右側面――ハヤテの利き腕側へ回り込んだゲルググJはすかさず大型ビームマシンガンを連射し、ドムソヴィニオンの援護に回る。

 側面からの射撃に対し、ハヤテは即座に反応し、操縦桿を弾くように振るえば、それに呼応するように黒影丸は横っ跳びしてビーム弾を躱し、そのまま渓谷の壁に蹴りつけ、壁キックするような三角跳びでドムソヴィニオンの斜め上を取る。

 

『そこ!』

 

 ファンネルを呼び戻しつつ、ドムソヴィニオンはジャイアントバズを発射、黒影丸を撃ち落とさんと360mmの弾頭が迫る。

 

「なんのっ!」

 

 瞬時、無明閃を一閃し、ジャイアントバズの弾丸を斬り捨てて直撃を避け、左の無明閃を背部に納め、颶風刃を抜き放ち――ドムソヴィニオンの方を向いたまま、ゲルググJへ投擲した。

 注意が自分から外れていると思っていたゲルググJは大型ビームマシンガンで狙撃しようと構えていたが、飛来してくる巨大な手裏剣を見て、すぐに回避する。

 風を斬り裂く颶風刃をやり過ごし――たと思った瞬間には、目の前に無明閃を両逆手に構えた黒影丸が、SDガンダム特有の"瞳"を睨ませていた。

 

「ガラ空きだぁぁぁぁぁッ!!」

 

 一二三四閃。

 黒影丸がゲルググJの脇を潜り抜けたと思った瞬間には、既にゲルググJはバラバラに四散していた。

 

 ゲルググJ、撃墜。

 

「さぁ、これで一対一(タイマン)。フェアプレーの精神で行きましょう!」

 

『やるな、ナルカミ君。ならば私も、遠慮なくいかせてもらおう』

 

 ドムソヴィニオンはモノアイを一際強く輝かせると、黒影丸へ突進する。

 

 

 

 戦況は現在、二極に別れている。

 

 ひとつはユウイチのドムソヴィニオンと、ハヤテの黒影丸の疑似タイマン。

 

 もうひとつは、レッドバロンのギラーガ、グリムゲルデ、ダリルバルデの三機と、月影のクロスボーンガンダムX2とサイコガンダム。

 

 先手を取ったのは月影。

 

「今のところは、教官達の方が優勢っぽいけど……」

 

 ショウコは目を細めながら、モニターに映る戦いを見つめる。

 

「アカバさんとハヤテ教官の疑似タイマンになるってんなら、優勢とも言えねぇな」

 

 ソウジは、激しく斬り結ぶドムソヴィニオンと黒影丸の姿ではなく、もう片方の、サイコガンダムが大映しになっているモニターを見やる。

 それを補足するようにジュゲムが自身の考えを口にする。

 

「あのサイコガンダムはタンク役。X2と連携してどうにか向こうの三機を釘付けているけど、サイコガンダムが倒れれば三機分の戦力が一気に削られるんだ。そうなれば、数的不利は必至」

 

「つまり、サイコガンダムとX2が戦力を釘付けしている内に、ハヤテ教官がアカバさんを倒すことを期待する……という作戦でしょうか?」

 

 ジュゲムの補足に、カンナがハヤテ達の作戦の思惑を読み取る。

 

「超エース級には超エース級をぶつけるのがいい。オレが思いつけるだけ、という枕詞がついた最善最良の作戦だけどね。多分そうだろうさ」

 

 さてどう来るかな、とジュゲムは刮目する。

 

「アカバさん……ハヤテ教官……」

 

 アスノは、赤と黒の両雄を見据える。

 

 まさに、竜虎相搏つ。

 

 古来より、竜が"権威"を、虎が"勇猛"としてそれぞれ讃えられてきたのなら、ユウイチが権威たる"竜"、ハヤテが勇猛たる"虎"と見えるだろう。

 

 

 

 ドムソヴィニオンと黒影丸は、互いに中近距離でのミドルレンジで戦い続けている。

 戦いの最中にグランドガンダムの渓谷を抜け、復活したデビルガンダムが現れる、ランタオ島の中心へと移動していた。

 

『フッ!』

 

「うおぉぉぉッ!」

 

 ドムソヴィニオンのビームサーベルと、黒影丸の無明閃による、激しい斬り合い。

 二刀流で攻め立てるハヤテに、ユウイチはビームサーベル一丁で互角に渡り合う。

 

「向こうも長くは保たない……決着は早めに着けさせていただく!」

 

 ハヤテはウェポンセレクターを回し、カタナのアイコンが表示されたそれを入力した。

 

 無明閃を二つとも納め、リアスカートの忍刀を抜き放つ。

 

「『妖刀【ナイトロ】』……抜刀!!」

 

 解き放たれた刃は、鬼火のような蒼焔を纏う。

 才蔵デルタカイの演者は、『ガンダムデルタカイ』――即ち、『n_i_t_r_o』システムの搭載機。

 ひとつの武装として組み込んだそれは、得物の寿命を喰らうことで絶大な破壊力を纏わせる、禁忌の業。

 その切り札を躊躇いなく切るハヤテに、ユウイチは口角を上げる。

 

『ほぅ、ナイトロシステムの転用技か。面白い!』

 

 即座、ドムソヴィニオンはファンネルを展開し、自身の周囲に展開すると、フルバーストのように広範囲を薙ぎ払う。

 しかし黒影丸は薙ぎ払われるビームの隙間を抜け、急速にドムソヴィニオンへ接近する。

 これに対してドムソヴィニオンはあくまでも冷静に、バックホバーと蛇行を不規則に繰り返しつつファンネルのビームで牽制し、黒影丸とのイニシアティブを保つ。

 

「喰らえ!」

 

 黒影丸が妖刀【ナイトロ】を、居合斬りのごとく振るえば、鬼火がソニックブームのように放たれ、ドムソヴィニオンを焼き払わんと迫る。

 

「そぉらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらぁぁぁぁぁッ!!」

 

 一撃だけではない、何発もの鬼火の乱舞が、ドムソヴィニオンを攻め立てる。

 鬼火の威力は凄まじく、直撃ですらない、掠めただけでドムソヴィニオンのサーモンピンク(シャアレッド)と黒の装甲が焼け爛れる。

 

『チィッ』

 

 今大会において、ドムソヴィニオンが初めて被弾した。

 

「まだまだァァァァァッ!」

 

 それに喜ぶことなく、ハヤテはこの機を逃さぬと言わんばかりに勢いづく。

 

 被弾によって歯噛みしたユウイチだが、焦りはしない。

 

『さすれば!』

 

 ドムソヴィニオンは左胸部のメガ粒子砲にエネルギーを集束させ、それを足元の地面に向けて照射した。

 ジェネレーター直結型のその出力は凄まじく、ランタオ島の大地を容易くえぐり飛ばす。

 

 それを目の前でされたハヤテからすれば、岩石と土砂の津波が迫りくるようなものだ。

 けれどハヤテはその場で意図的に目を閉じ――それに呼応するように黒影丸もまた"目"を閉じ――、カッと見開く。

 

「一 刀 両 断 ッ ! !」

 

 最上段の構えから妖刀【ナイトロ】を振り下ろし、巨大な鬼火の斬撃が、岩石と土砂の津波を真っ二つにしてみせた。

 

『ほぅ、これも凌ぐか』

 

 だが、とユウイチは仮面の目元のフィルター越しに、黒影丸の妖刀【ナイトロ】の刀身を見やる。

 

『どうやら、時間切れのようだ』

 

 妖刀【ナイトロ】はその蒼炎を消し、刀身はボロボロに焼け爛れている。

 鬼火の破壊力は絶大だが、その代償として刀の寿命を喰らい、なおかつそれはごく僅かな時間で喰い尽くしてしまう。

 

「(……仕留めきれなかったか)」

 

 ハヤテは素早く僚機の確認画面を見る。

 

 レッドバロンのギラーガとダリルバルデは撃破してくれたようだが、相打ちにサイコガンダムは撃破され、残るクロスボーンガンダムX2も、グリムゲルデを相手に決死の反撃を試みている。

 

 仮にここでドムソヴィニオンを撃破することが出来たとしても、クロスボーンガンダムX2の援護を行えるだけの余力は残らない。それは向こうも同じだ。

 

「元より余力なんて残すつもりは無いけどね……!」

 

 ハヤテはウェポンセレクターを回し、妖刀【ナイトロ】の『SP』のコマンドを切り、その隣りにあるもうひとつの『SP』コマンドを打ち込む。

 

「この俺の全身全霊全力全開全知全能、受けていただくッ!」

 

 黒影丸は無明閃を抜き放ち様に水平に構え、駒のように高速回転を始め――やがて黒い竜巻そのものと化す。

 

 

 

「秘技・無影旋風斬ッ!受けてみろォォォォォォぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 

 

 全てを巻き込み呑み込む巨大な竜巻は前方に傾くと、そのまま突撃を始めた。

 

 それはさながら流派・東方不敗の、『超級覇王電影弾』のごとし。

 

 ドムソヴィニオンは回避運動を取ること無く、正面から見据える。

 

『君のその全て、正面から受けてみせよう』

 

 左胸部のメガ粒子砲にエネルギーを集束し――さらに集束し、さらに集束させ――バチバチと赫いスパークが迸る。

 

『エネルギー最大出力……『バーストソニックキャノン』、発射!!』

 

 震脚をするがごとく、ドムソヴィニオンの重厚な脚部が地面にめり込み、暴発寸前まで集束された赫い超高エネルギー体が、一点へ向けて吐き出された。

 反動もまた凄まじく、深くめり込んだドムソヴィニオンの脚部がガリガリと削られる。

 

 黒影丸の無影旋風斬と、ドムソヴィニオンのバーストソニックキャノンが、正面衝突する。

 

 

 

 グリムゲルデのヴァルキュリアブレードが、ついにクロスボーンガンダムX2のボディを貫いた。

 グリムゲルデ自身も、右肩装甲にショットランサーの穂先が突き刺さり、装甲はビームザンバーによって灼かれ、フレームも軋みを上げているが、どうにか倒すことが出来た。

 

『あとは、敵リーダー……』

 

 ショットランサーの穂先を無理矢理引き抜き、使い物にならないヴァルキュリアシールドを腕部から切り離し、まともに動かせる左マニピュレーターにヴァルキュリアブレードを握り直す。

 ユウイチを除いて、レッドバロンの中で残っているはグリムゲルデだけだ。

 早くリーダーを援護に向かわなくては、とグリムゲルデは機体を引きずるようにして、ドムソヴィニオンの反応方向に向き直ると。

 

『は?』

 

 凄まじい衝撃波が目の前に広がっている、と思った瞬間には、グリムゲルデは衝撃波をまともに受け、機体が四散した。

 

 グリムゲルデ、撃墜。

 

 

 

 両者の最大の必殺技同士の激突は、凄まじい余波を生み、知らぬ間にレッドバロンのグリムゲルデを撃破していた。

 

 メガ粒子の照射を終えたドムソヴィニオンは、左胸部のメガ粒子砲の砲口から黒煙を噴出している。

 

 対する黒影丸は吹き飛ばされ、全身からスパークを漏電させながらも、立ち上がる。

 

「まだだ……まだ、勝負はついていない……ッ!」

 

 片方だけ、それも半ばから折れた無明閃を握り、ドムソヴィニオンを見据える。

 

『ふむ……幾度傷付き倒れようとも、闘志ある限り立ち上がる、その粋やよし』

 

 だが、とユウイチはウェポンセレクターを回し、ファンネルを選択、一基だけがバックパックから放たれ、黒影丸に向かう。

 

『私に勝つのは、まだ早かったようだな』

 

 瞬間、ファンネルからのビームが、黒影丸のボディを貫いた。

 コクピットに当たる部位を貫かれ、黒影丸は立ったまま、その"瞳"を閉じた。

 

「……いやはや、さすがとしか」

 

 黒影丸、撃墜。

 

『Battle ended.Winner.Red baron!!』

 

 

 

 直後、会場に爆発的な歓声と拍手が響き渡る。

 レッドバロンの勝利を喜ぶ者、月影の善戦を称えるもの、様々ではあったが、両者の戦いがこの歓声を呼んだ。

 

 歓声の中、黒影丸を筐体から回収しながらも、ハヤテは一息つく。

 

「(また、届かなかったなぁ……)」

 

 今年も、後一歩及ばなかった。

 悔しいけれど、後悔はない。

 あらゆる手と策を尽くしてなお、アカバ・ユウイチという壁は高かったのだ。

 

 すると、向かい側からユウイチが歩み寄ってくると、右手を差し出してきた。

 

「今回も良いバトルだった。ありがとう」

 

 ハヤテもすぐに頷いて、握手に応える。

 

「こちらこそ。まだまだ自分の力不足だと、痛感するばかりです」

 

「喉元まで迫られると言う危機感を与えてくれるのは、今のところは君達だけだ。私達のチームにとっても、毎度良い刺激になる」

 

「ははっ、そう言われるとまた来年の冬こそはと意気込みたくなりますね」

 

「フッ、それは楽しみだ」

 

 ハヤテとユウイチだけではない、レッドバロンと月影の綿は達も、互いに握手を交わしている。

 

「次の決勝戦……チーム・エストレージャは、俺が鍛え上げた子達です。そう簡単には勝てませんよ?」

 

「ほぅ、君が手ずから鍛えたと。それも楽しみだな」

 

「さて……」

 

 ハヤテはユウイチとの握手を終えると、すぐにその手首を取って、ユウイチの勝利を称えるために天高く突き上げさせる。

 

「会場のみんな!応援ありがとおォォォォォォぉぉぉぉぉーーーーーッ!!!!!」

 

 そうしてまた、会場は歓声と拍手に包まれた。

 

 

 

 その中で、ソウジは腕組みしながら、ユウイチを見据える。

 

「やっぱ、勝ち残ってくるのはレッドバロンだったな」

 

「ですけど、ハヤテ教官達の戦いぶりも素晴らしいものでした。どちらが勝つのか分からないくらいに」

 

 月影のフォローをするわけではない、率直な意見をカンナは述べた。

 

「オレ個人としては、レッドバロンが勝ち残ってくれたほうが都合が良かったけどね。対月影用の作戦プランは考えていなかったから」

 

 ある意味で、月影が勝ち残ってしまっていたら勝ち筋が見えないまま戦うところだった、とジュゲムは苦笑する。

 

「でも、これであたし達の最後の相手はアカバさん達になった。正直、一番キツいよね」

 

 予想していたこととは言え、ショウコの声に緊張が走る。

 

「でも、今更ここで逃げるわけにもいかない。この大会を優勝することが、僕達が掲げた目標だから」

 

 決意を胸に、アスノは最後の戦いに臨む。

 

 

 

 いよいよ、決勝戦。

 

 チーム・レッドバロンVSチーム・エストレージャ

 

 全勝無敗の王者と、今大会初出場のチャレンジャーが今、激突する――。



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15話 想い、刻み

 今回はバトル無し回です。


 レッドバロンと月影のバトルは、レッドバロンの勝利に終わり、互いに勝ち残ってきた両者――エストレージャとレッドバロンの決勝戦が始まる。

 

 ――と、言いたいところであったが。

 

『えー、会場の皆様にお知らせ致します。先程のバトルの影響で、システ厶に一部不具合が生じていることが確認されました。システムメンテナンスのため、15:00に決勝戦を開始致します。悪しからず、ご了承くださいませ』

 

 会場のアナウンスから、筐体のシステムメンテナンスが行われると放送され、決勝戦開始時刻は15:00……今から約一時間後になった。

 

 ギャラリーでは、一時座席を離れる者や、その場に居座ってバトル開始を待つ者とに分かれる。

 

 アスノ達は前者にあたり、これから決勝戦に備えた作戦ブリーフィングを行うのだ。

 

 

 

 選手控え室に集まったエストレージャの五人。

 

 備えられたホワイトボードの前で、ジュゲムはどこから取り出したのか、指差し棒をピッとホワイトボードに突き付ける。

 

「さて、改めて言うまでもないだろうけど……彼我の戦力差は圧倒的。つまり、正面からぶつかるのは無し寄りの無しだ」

 

 年齢は関係無いとはいえ、こちらは中学生主体で、向こうは少なくとも全員大学生以上、経験値の差に大きな開きがあるのは違いないだろう。

 

「んーなことは分かってんだよ。で、今度はどんな小細工をカマそうってんだ?」

 

 ソウジとて理解している。

 エストレージャの中で、なおかつ一対一の白兵戦ならばソウジが最も強いが、その彼ですらまともに一対一でぶつかれば敗北は必至。

 分かっていて負け戦を挑もうとするほど、ソウジはこの勝負を捨ててはいない。

 

 これからそれを説明するのさ、とジュゲムはホワイトボードのマグネットマーカーをパチパチと並べていく。

 

「過去の選手権の傾向から、決勝戦のフィールドは恐らく宇宙になるだろうけど、地上の重力下であることも想定する」

 

 それぞれ、赤のマーカーが敵対機、青のマーカーが味方機とする。

 

「レッドバロンの面々は、アカバ氏以外の四人も全員揃ってエース中のエース。一対一の白兵戦でも、数対数の連携戦も、何でもござれ。ハッキリ言って、死角無しだ」

 

 赤のマーカーが矢状陣形を整える。矢状の先頭に立つのがユウイチのドムソヴィニオンだろう。

 

「一人になっているところを狙われたら、確実に墜とされる。そこでまずは、こちらの戦力を3:2に二分割する」

 

 次に青のマーカーを三つと二つにそれぞれ並べる。

 

「分配は……そうだね、イチハラ君とツキシマちゃんのツーペアと、オレ、キタオオジ君、コニシちゃんのスリーカードかな」

 

「はいジュゲムさん、相手の手札がフルハウスだった場合はどうするんですか?」

 

 そこですかさずショウコが挙手する。

 

「その場合は、ディーラーのイカサマを疑おうか」

 

 しれっとそれに反応して見せるジュゲム。

 

 何の話かと言えば、『Gガンダム』の9話のことであり、ネオイングランドのガンダムファイター『ジェントル・チャップマン』に接触するため、主人公の『ドモン・カッシュ』はカジノに乗り込み、ポーカーで勝負する一場面だ。

 

 この際、ドモンはエースのスリーカードを出し、対するチャップマンはフルハウスを叩き出すのだが、即座にドモンはディーラーであるチャップマンの妻『マノン・チャップマン』が不正をしたことを見抜く。

 

「紅茶に強壮剤を仕込んでいる可能性も無くはないけど、今は除外しておこう」

 

 話が逸れる前に、ジュゲムは作戦会議に意識を向け直させる。

 

「アカバ氏は、イチハラ君とのバトルを強く望んでいるようだからね。だから彼は、恐らく単独でイチハラ君の元へ向かうはずだ。そこは、イチハラ君とツキシマちゃんのコンビに任せる」

 

 先頭の赤のマーカーが動かされ、二つの青のマーカーの前に移動する。

 ユウイチを相手取る役目を与えられ、アスノとカンナは緊張しつつ頷く。

 

「で、残るオレ達三人の方はというと、向こうの四機が同時に襲い掛かってくる可能性が高い。数的有利の内に押し込みたいはずだからね」

 

 赤のマーカー四つが、青のマーカー三つとぶつかる。

 

「この時オレ達三人は、戦いつつも少しずつ、イチハラ君とツキシマちゃんがいる地点へ移動していく。そうすると、相手から見れば、「向こうは数的不利だから、乱戦に持ち込みたいはずだ」と思うだろう。格下が格上相手に対抗しようと思ったら、相手にとってされたくない行動を取り続けることだからね」

 

 青のマーカー三つをするすると動かしてから、赤のマーカー四つもそれに合わせるように近づけていく。

 

「だから、乱戦に持ち込む……『フリをする』。乱戦に持ち込まれたくないと相手が動くようなら、即座に合流するフリをやめて、全力で反撃」

 

 乱戦に持ち込みたいのか、真っ向勝負がお望みなのか、そのどちらでもないのか――こちらの思惑をハッキリさせずにフラフラとどっち付かずの動きを見せて、相手に精神的なストレスを与えさせる。

 

「これでもし、相手が追ってこなくなるようなら、遠慮なくアカバ氏を包囲して袋叩きにするだけだ」

 

「なんつーか……あんた、マジで性格悪いな」

 

 ソウジは顔を引き攣らせる。

 謀略……というより、嫌がらせをやらせれば右に出る者はいないのではなかろうか。

 

「性悪結構。お上品な作戦で勝てるような相手なら、オレはこのチームに要らないからねぇ」

 

 悪辣に嗤うジュゲムのその顔は、まさに謀略家のソレだった。

 

「策としては以上。そして最も重要なのは……このバトルに臨む、オレ達の意気込みだ」

 

 そう、お上品な作戦や性悪な策をいくら練ったところで、それを実行するバトラー達が弱気では話にならない。

 とはいえ、ここまで勝ち残ってきたアスノ達が、そんな気後れすることもなく。

 

「分かりました!」

 

「全力を尽くします!」

 

 大一番を任されたアスノとカンナは力強く頷き、

 

「派手にやってやろうじゃねぇか!」

 

 ソウジは拳と掌をバシッと打ち鳴らして気合を見せ、

 

「あたし達の夢の大舞台、優勝でキメなきゃね!」

 

 ショウコも両手で拳を握って意気込んだところで、

 

 コンコンとノックがされて、すぐに誰かが控え室に入ってくる。

 

「みんなー、気合が入ってるのはいいけど、気負い過ぎちゃダメよー」

 

 そこに現れたのは、アスノ達の引率者というか保護者のミカだった。

 

「はいこれ、私からの差し入れね」

 

 ミカは手にしていたビニール袋をテーブルに置いた。

 袋の中には、ボトルジュースが五人分と、フードコートで購入してきたらしいたい焼きが五人分だ。

 

「おぉー、さすがミカさん気が利くぅ!あたしカスタードとコーラね!」

 

 我先にと差し入れに手を伸ばすショウコ。

 

「あ!?ショウコてめっ、コーラは俺のだぞ!」

 

 先駆けたショウコに続くソウジは、コーラに手を伸ばすショウコを横合いから取り返そうとする。

 

「こーら。喧嘩したら、めっ」

 

「「アッハイ」」

 

 喧嘩になる前に、ミカの鶴の一声で二人は大人しくなる。

 

「それと、アスくんにお客さんよー」

 

「僕にお客さん?」

 

 一体誰だろうかと、アスノは控え室の出入り口の方を向く。

 すると、赤い軍服のようなトレンチコートに銀色のマスクで目元を覆う金髪の男性――ユウイチが待ってくれていた。

 

「突然ですまないね、アスノ君」

 

「あ、アカバさん!?」

 

 よもや決勝戦の相手チームの総大将自らがやって来るとは思っておらず、アスノは動揺する。

 

「む、もしや都合が悪いところだったか?」

 

 ドリンクとたい焼きを手にしているアスノを見て、出直すべきかとユウイチは言いかけるが、

 

「い、いえ、大丈夫です。それで、僕に何か?」

 

「少し時間が空いているのでな。決勝の前に、君と話をしておこうと思ってな。いいだろうか」

 

「はい、あ、えっと……」

 

 アスノは振り返って、ジュゲムを見やる。

 

「せっかく敵情視察に来たのに残念でしたね、アカバさん。作戦のブリーフィングはもう終了したところです」

 

 冗談めかした風に言うジュゲムだが、つまりは席を外してもいい、ということだ。 

 

「構わんよ。どのような策を用いてくるか、楽しみにしておこう」

 

「えーっと、じゃぁ、ちょっと行ってきます」

 

 ユウイチに連れられて、アスノは控え室を後にしていく。

 それを見送ってから、ジュゲムも残ったジュースとたい焼きを手に取る。

 

「さてと、オレもこれから少し、ナルカミ教官と会ってくるよ」

 

「ハヤテ教官にですか?」

 

 カンナがその理由を訊ねる。

 

「さっきのレッドバロンと月影のバトルから、情報を引きだしてこようかなと。すぐに戻るさ」

 

 ひらひらと軽く手を振って、ジュゲムも控え室を後にする。

 

「…………」

 

 ふと、コーラをソウジに譲ったショウコは、アスノとジュゲムが去った出入り口を見つめていた。

 

 

 

 会場の出入り口付近の日陰になっているところで、アスノとユウイチは互いに向き合う。

 

「あの、アカバさん。さっきから気になっていたんですけど、そのトレンチコート、着てて暑くないですか?」

 

 この八月真っ只中、分厚そうな生地の長袖のコート。

 GPVSのトップバトラーとしての対外的なポーズもあるだろうが、そんなもの着ていて熱中症になったりはしないのだろうかとアスノは懸念する。

 

「砂漠地帯のように、日差しや熱気が強い場合、下手に露出させるよりも、全身を薄い布で覆った方がむしろ涼しいものだぞ」

 

「いや、ここ日本ですから……」

 

「……まぁ、それはいいだろう」

 

 本当は暑くて仕方無いのに、選手権大会が終わるまでずっとその格好でいるつもりらしい。

 

「よくここまで勝ち残ってきた。優勝を目指したいという君達の熱意は、どうやら本物だったようだ」

 

「え、えぇと、ありがとうございます?」

 

 早速褒め称えてくるユウイチに、戸惑いつつもアスノは頷いた。

 

「だが、泣いても笑っても次が最後、決勝戦だ。無論、我々も死力を尽くして君達を倒す。アスノ君と選手権で戦いたいという願いはこれで果たせるが、チームとしての勝利を譲るつもりはない」

 

 私と君は今や優勝争いのライバルだからな。と挑戦的な視線をアスノに向けるユウイチ。

 

「僕も、いや……僕達も、アカバさん達と戦えて嬉しいです。でも、優勝を目指すのが僕達の目的ですから、勝ちは譲れません」

 

「フッ、当然さ。むしろ、勝ちを譲るつもりだったなら、失望していたところだった」

 

 すっ、とユウイチは目元の仮面を取外して素顔を見せると、右手を差し出す。

 

「会場にいる全ての人の心に残る、最高のバトルをしよう」

 

「はい!」

 

 アスノもその手を取って握手する。

 

 万感、実に万感。

 

 握手を終えて、ユウイチが再び仮面を装着する。

 

「では、私はそろそろ失礼する。君にも、待っている人がいるようだ」

 

「待っている人?」

 

 アスノの疑問に、ユウイチは彼の背後を指した。

 

 振り向くと、少し離れた位置からショウコがいるのを見かける。

 アスノとユウイチの会話が終わるのを待っているようだ。

 

「今から45分後に、また会おう」

 

 そうして、ユウイチはトレンチコートを翻して颯爽と去っていく。一々何をやってもサマになる男である。

 ユウイチと入れ替わるように、ショウコが歩み寄ってくる。

 

「お話はもう終わった感じ?なに話してたの?」

 

「うん、「会場にいる全ての人の心に残る、最高のバトルをしよう」って握手した」

 

「アカバさんから期待されちゃってるねぇ」

 

 ニヤニヤと笑うショウコだが、次の瞬間には表情を元に戻して、会場のドームを見上げる。

 

「この三ヶ月、あっという間だったね」

 

「GPVSの選手権大会の優勝目指そうって話をしてたら、いつの間にか色んなことがあったよなぁ」

 

 アスノはしみじみと、これまでの三ヶ月を思い返す。

 

 カンナと(知らぬ間に知り合って)再会し、選手権大会優勝を目指そうと志して、

 

 ソウジやショウコとも共にバトルをしあったり、

 

 アカバ・ユウイチと突然の邂逅を果たし、ライバルとして認められたり、

 

 紆余曲折の末に助っ人としてジュゲムが加入して、チーム・エストレージャを結成し、

 

 カンナの伝手で、ソノダ・アズサ達チーム・ブルーローズとバトルしたり、

 

 そのカンナと二人きりで出かけた先で、ナルカミ・ハヤテと知り合い、

 

 AI相手のバトルに奮戦して自分達の実力を高め、

 

 ソウジの成績がまずいので、テスト勉強の厄祭戦を開いたり、

 

 ツキシマ家の別荘を貸し切っての合宿で、ハヤテとの個人指導を受けたり、

 

 そうしてやって来た選手権大会に待っていたのは、ジュゲムの因縁の相手、チーム・ヘルハウンドのリーダー、イヌイ・シゲルで、

 

 レッドバロンと月影との激戦の末に制したのは、レッドバロンで、

 

 そして、今に至る。

 

「っと、しみじみしてる場合じゃないか。みんなの所に戻らないと」

 

 控え室に戻ろうとしたアスノだったが、

 

「待って」

 

 ショウコはそれを引き留めた。

 

「え?」

 

 アスノとしては、外は暑いので早く控え室で涼まりたいのだが、ショウコの表情を見て足を止めた。

 

「あのね……あたし、どうしても、自分の気持ちに嘘はつきたくなくて……」

 

 その表情は――そう、確か六月の梅雨入りで、ショウコとの二人きりの相合い傘で帰り、「あたしと、カンナちゃん。二人一緒に告白されたら、どっち?」と質問をされた時と同じ。

 

「けど、ホントは……我慢出来なくて、爆発しそうで、でも、すごく、怖くて……!」

 

「シ、ショウコ、ちょっと、落ち着……」

 

 アスノはショウコを落ち着かせようとするが、

 

「好き……なの」

 

 絞り出すようなその声。

 そして、

 

 

 

「あたし!アスくんのことが好き!昔からずっと!昔よりずっと!」

 

 

 

 もはや取り繕いなど不要とばかり、ショウコは想いの丈をぶちまけた。

 

「っ……」

 

 ストレートかつド直球の告白に、アスノは頭の中が真っ白になるのを自覚する。

 けれど、真っ白な頭の中に浮かんだのは、

 

 カンナの顔だった。

 

 だとすれば、しかしアスノは躊躇った。

 

 今ここでハッキリさせてしまったら、きっとショウコを傷付けるだろう。

 想い悩む。

 今なら、ショウコを傷付けずに"ナァナァ"でやり過ごすことも出来る。決勝戦を間近にして、気まずい空気は作りたくない。

 だが、ショウコもそれを分かっているはずで、分かった上でこうしてアスノに正面からぶつかったのだ。

 ならば。

 

「…………ショウコ、ごめん」

 

 包み隠さず、心のまま、正直に。

 

「僕には、好きな人がいるんだ」

 

「ッ……うん、知ってる」

 

 やはり、ショウコも知っていた。

 

「きっと、って言うか……絶対その娘も、アスくんのことが好きだよ」

 

 アスノの意中の相手が、誰なのかを。

 

「ん……、うんっ。あたしの気持ち、聞いてくれてありがと!」

 

 ショウコは踵を返して、顔だけを向けた。

 

「決勝戦、頑張ろうね!」

 

 瞳の中に雫を溢れさせた作り笑顔。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……うん!」

 

 アスノは力強く頷いた。

 ここで迷わずに、しっかり頷いてやることが、ショウコの望みだと信じて。

 

 それだけ告げてから、ショウコは走り去っていった。

 

 彼女の後ろ姿を見送って、アスノは。

 

「……びっくりした」

 

 大きく息を吐き出した。

 この一瞬でどっと疲れた気がする。

 けれど、浮ついていた腹積もりは、しっかりと定まった。

 

 

 

 

 

 告白、してしまった。

 

 そして、フラレた。

 

 やってしまったという後悔と、言わなければ良かったかもしれないという後悔が、ショウコの心を苛む。

 

「(これでもし負けたら……絶対あたしのせいになる)」

 

 もしもアスノがユウイチに遅れを取ったりしたら、決戦を前にアスノを惑わせるようなことを告白してしまった自分のせいになる。

 

「(アスくん、ごめん……でもっ、どうしても言いたかったから……っ!)」

 

 涙を堪えながら、会場の通路を駆ける。

 

 そんなショウコの前に待っていたのは。

 

「はっ、はぁっ……ソ、ソウ、くん……?」

 

 通路の壁を背に腕組みをしていた、ソウジだった。

 

「なん、で……ここに……?」

 

「……アスノに、告ったんだろ?」

 

 何故ここにいるのかには答えず、ショウコが何をしたのかを突く。そしてそれは当たっていた。

 

「…………うん」

 

 否定することもなく、是正するショウコ。

 ソウジは一瞬二の句を詰まらせて、喉の奥の感情を押し止めた。

 

「フラレちゃった」

 

 アスノに向けたものと同じ、涙の溢れた作り笑顔を向けるショウコだが、ソウジにはそれが痛々しく見えてならなかった。

 

「知ってたんだろ。アスノとツキシマは両想い……ってか、両片想いだってこと」

 

「うん……」

 

「……なら、なんで告ったんだよ。フラレんのは、分かってたんだろ」

 

「それでも、アスくんが好きだったから。アスくんとカンナちゃんが二人並んでるのを見てると、「お似合い」だなって思っても、あたしの気持ちは変わらなかったから……」

 

「……そうか」

 

 彼の心が自分に向かないと分かっていてもなお、ショウコはアスノに想いを告げた。

 それを為したと聞いて――ソウジは、釈然としない"苛立ち"を覚えた。

 

 ふと思い出したのは、「素直になった方が人生損しないものだよ」と言うジュゲムの反論できない言葉。

 

「そ、そろそろ控え室に戻ろっか!カンナちゃんも心配するだろうし」

 

 そう言って、ショウコは歩き出そうとして――

 

「……お前とアスノが上手くいけばいいと思ってたよ!」

 

 不意に、怒鳴るような声がソウジから放たれた。

 

「けど……そんなの嫌だった!」

 

「ソウ、くん?」

 

 吐き出すようなソウジの声に、ショウコは戸惑いながら振り向いた。

 

「アスノがツキシマをチームに連れて来た時、ラッキーだって思っちまったんだ。「アスノがツキシマがくっつけば、俺にもチャンスがあるかもしれねぇ」って。……とんだ自己嫌悪だぜ」

 

「え、ちょ、なに、何の話?」

 

「……けど、結局こうなっちまった。今は選手権だからってモタモタしてる間に、お前はアスノにコクっちまった」

 

 今のソウジは、怒っているような、泣いているような、とても不安定なものだった。

 

「好きな女の子に向かって無責任に「告白しちまえよ」とか言って傷付けて、そんな俺は自分の好きな女の子に告白なんてしないまま、勝手にフラレた気になって……ははっ、情けねぇったらありゃしねぇや」

 

 瞬間、ショウコの中で全てが結び付いた。

 

「ちょっ……もし、かして、ソウくんの好きな女の子って……」

 

「っそ。お前だよ、ショウコ」

 

 いともあっさり肯定された。

 

「えっ、うそっ、そんな、そんな風に見えなかっ……!?」

 

「マジ。マジ寄りの大マジだ」

 

「い、いつ、いつから……っ?」

 

「忘れた。忘れるくらいずーっと前からだ」

 

 勇気を振り絞ってアスノに告白して、フラレて、落ち着こうと思っていた時に、とんでもない爆弾だった。

 

「〜〜〜〜〜……っ、頭も心も浮ついてる時になんてこと言うのっ」

 

「悪ぃ」

 

 悪い、と言いつつも、まったく悪びれないソウジ。

 

「でも、まぁ……ショウコは、こんな時にコクるくらい、アスノのことが好きなんだろ?」

 

「……うん」

 

「アスノとツキシマが両片想いだって分かってても、好きなんだろ?」

 

「……うん」

 

 気持ちの確認。

 ややあって、ソウジはショウコの頭に手を伸ばし、優しく髪を撫でる。

 

「お前のそういう、何があっても挫けてもめげても、「これ」って決めた気持ちだけは絶対曲げねぇところが好きなんだよ、ショウコ」

 

 別の男の子のことを好いている、その気持ちの持ちようが好きになる理由とは、皮肉なものと言うべきなのか。

 

「……その、ソウくん。ごめ……」

 

「言わんでいい、全部分かってる」

 

 そっと、ショウコの髪から手を離す。

 

「勝とうぜ、俺達みんなで」

 

「……うんっ、ありがとソウくん!」

 

 大きく頷いてから、今度こそショウコは控え室へ駆け戻っていった。

 

 ショウコの後ろ姿を見送って、ソウジは脱力したように座り込んだ。

 

「ははっ……結局、こうなっちまったかぁ……っ」

 

 ボロボロと、ショウコの前では見せられなかったアツイものを零して。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 控え室に戻って来たアスノだったが、何故か室内に残っていたのはカンナしかいなかった。

 

「おかえりなさい、アスノさん」

 

「ツキシマさん、ショ……いや、ソウジとミカ姉は?」

 

 ショウコのことはともかく、ソウジとミカまでどこへ行ったのかと訊ねるアスノ。

 

「キタオオジさんはお手洗いに行くと言って、その後でミカさんは「アオハルの予感がするから」とだけ言って」

 

「……どゆこと?」

 

 ソウジはお手洗いに行ったのは分かるとして、ミカの言い回しには一体どんな意味があるのか。

 

「さぁ?」

 

 カンナは敢えて知らないフリをした。

 ソウジと、その後でミカがどんな理由で控え室を後にしたのか、なんとなく分かっていたから。

 まぁ試合開始の時刻には戻ってくるだろうとして、アスノはベンチに座った。

 

 決勝戦開始まで、あと20分。

 

「あのさ、ツキシマさん」

 

「なんでしょう?」

 

 アスノは何気無くカンナに声を掛けて――

 

「この選手権が全部終わったらさ、聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 背水の陣を敷いた。

 

「…………えっ」

 

 ボッ、とカンナの両頬に火が灯る。

 

「いや、その、多分、僕が何を言いたいか分かってると思うんだけど。それは、後にしておきたいから」

 

 ショウコは言っていた、「きっと、って言うか……絶対その娘も、アスくんのことが好きだよ」と。

 

「は、はっ、はいっ……」

 

 緊張しながらも、カンナも頷く。

 

 やはり、あの日――カンナと二人きりで出かけた日の帰り、夕暮れの電車の中で、彼女が言いかけたことは、アスノの想像通りだった。

 

 伝えたいことはある。

 けれど、どうせなら――カッコよくキメたいから。

 

 ただ、これから対する相手は、そう簡単に"カッコよく"勝たせてくれる相手ではないけれど。

 

 だからこその、背水の陣。

 

 これで、絶対に負けられなくなった。

 

 

 

 数分後に、情報収集を終えたジュゲムが戻って来て、その後でミカが、"目を真っ赤にした"ソウジとショウコを連れて帰って来た。

 

 アスノはミカに「どこで何してたのさ?」と訊ねてみると。

 

「ひとつは、乙女の秘密。もうひとつは、男の子の意地かな?」

 

 と、茶目っ気たっぷりにはぐらかされた。

 

 それを聞いて、カンナはちょっとだけ気まずそうに、ジュゲムは事情を察したのか何も言わず、アスノだけはなんのことか分からなかった。

 

 ――ほんの少し前、ミカはショウコを慰めて思い切り泣かせてあげて、その後でソウジにも同じように慰めて(ソウジは意地を張って泣かなかったが)あげていたのだが――。

 

 それも、ここまで。

 

 決勝戦開始五分前になって、チーム・エストレージャは控え室を発つ。

 

 

 

 

 

『ご来場の皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただいまより決勝戦、チーム・レッドバロン対、チーム・エストレージャのバトルを開始致します』

 

 アナウンスが流れ、待ち侘びたこの時にギャラリーは沸き立つ。

 

 ドライアイスの噴射と共に、冷静堂々と現れる、アカバ・ユウイチ率いるチーム・レッドバロン。

 

 それと相対するは、アスノ達チーム・エストレージャ。

 

「行こう、みんな」

 

 数多くのバトルと経験を経たアスノの姿は、既に一チームリーダーとしての自信と風格があった。

 

 双方、筐体にバナパスとガンプラを読み込ませ、同期完了。

 

 ランダムフィールドセレクトは、『アクシズ』。

 

 原典は『逆襲のシャア』で、核パルスエンジンを起動させ、刻一刻と地球への落下コースへ向かうアクシズを舞台に、ロンド・ベルとネオ・ジオンが激しい戦闘を繰り広げる、最後の決戦に相応しいフィールドと言えるだろう。

 

 エストレージャはロンド・ベル側、レッドバロンはネオ・ジオン側と、恐らくは主催側が意図的にポジションを決めたのだろうが、誰もそれに異論を申し出る者はいない。

 

 出撃、開始。

 

「それじゃぁ行くとしますか……ジュゲム、ダーティワーカー、仕事の時間だ!!」

 

「今のあたしに怖いものなんか無いよ。コニシ・ショウコ、ロイヤルプリンセスルージュ、レッツゴー!!」

 

「もう迷わねぇし躊躇いもねぇ……キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルームⅡ、行っとくか!!」

 

「これに勝てば、アスノさんは私に……じゃなくて、ツキシマ・カンナ、ガンダムダイアンサス、参ります!!」

 

「僕の全力、ここで出し切ってみせる。イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-X、チーム・エストレージャ……行きます!!」

 

 最後の戦い、その火蓋は切って落とされた――。



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16話 儚くて、激しくて、偽りない

 アクシズの核パルスエンジンに火が点き、ゆっくりと――地球寒冷化という未曾有の危機へのカウントダウンを開始する。

 

 ――アクシズ、行け。忌まわしい記憶と共に!――

 

 何としてでもアクシズを破壊しなければならないロンド・ベルと、アクシズを守るネオ・ジオンとの熾烈な決戦の背景で。

 

 

 

 アクシズを取り巻く外周辺。

 

 ゲルググJの大型ビームマシンガンと、グリムゲルデのヴァルキュリアライフルに加えて、ギラーガのビームバルカンの波状射撃を前に、ソウジのガンダムアスタロトブルームⅡと、ショウコのロイヤルプリンセスルージュは攻めあぐねている。

 

「チッ、さすがに一筋縄じゃいかねぇってか!」

 

「元々こっちは数的不利だしね!」

 

 でも、とショウコはスロットルを押し上げて、ロイヤルプリンセスルージュを加速させる。

 両肩と背部の大型バーニアの炸裂は、苛烈な弾幕を掻い潜り、全くの無傷とはいかずとも直撃を避けている。

 反撃の隙が見えれば、即座にマギアマシンガンを連射し、相手の連携を止めさせる。

 ショウコの牽制射撃に合わせるように、前衛二人と足並みを揃えつつも後方から援護狙撃を行うのは、ジュゲムのダーティワーカー。

 

「あまり攻め急がないようにね。作戦は、ここからだよ」

 

 ソウジとショウコが熱くなり過ぎないように、適度に冷静な言葉をかけるジュゲム。

 

「わーかってらっ、おらよォ!」

 

 連携射撃が一瞬とは言え弱まったのを見抜き、ガンダムアスタロトブルームⅡはすかさずショットガンを連射し、ゲルググJらを引き下げさせる。

 反撃に怯んだように見えたが、次の瞬間にはダリルバルデはプロペラのようにビームジャベリンを振り回しながら突撃し、その一步後ろからギラーガもギラーガスピアを構えて続く。

 

「俺が行く!」

 

 ソウジは即座にウェポンセレクターを回してデモリッションナイフを選択、ガンダムアスタロトブルームⅡはショットガンをリアスカートに納め、バックパックに折り畳んでいた肉厚の長剣を抜き放ち様に振り降ろす。

 

 瞬間、ダリルバルデのビームジャベリンとデモリッションナイフとが衝突し、力が拮抗し合う。

 

「(向こうの方が『パワーがダンチ』、さすがジェターク系ってわけか!)」

 

 ペイル系が飛行能力と機動性重視を、グラスレー系がバランスと対GUND-ARM特化をそれぞれ売りにしているのなら、ジェターク系の骨頂は重装甲と馬力だ、白兵戦になれば、ベネリットグループ随一と言えるだろう。

 

 鍔迫り合いになる前に、ガンダムアスタロトブルームⅡはビームジャベリンを弾き返し、蹴り飛ばすついでに脚部のハンターエッジでダリルバルデを蹴り裂こうとするが、ダリルバルデは左肩のアンビカーで受け流す。

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡとダリルバルデが鎬を削り合う側面から、ギラーガが文字通りギラーガスピアで横槍を入れようと迫るものの、その前にショウコのロイヤルプリンセスルージュが左マニピュレーターにマギアサーベルを抜いてインターセプト、マギアサーベルとギラーガスピアが鍔迫り合う最中に、マギアマシンガンの近距離射撃を敢行しようとするものの、それを嫌ってかギラーガはすぐさま弾かれたように飛び下がる。

 

 人数不利である以上、足を止めているわけにはいかないため、ソウジはダリルバルデとの打ち合いを強引に止め、急速後退。

 ダリルバルデはすぐに距離を詰めようとするものの、ロイヤルプリンセスルージュが後体しながらマギアマシンガンのビーム弾をばら撒いて来るのを見て、一旦引けを取る。

 

「そろそろ、イチハラ君とツキシマちゃんが接敵する頃だ。一度退くよ」

 

 ゲルググJとグリムゲルデを同時に相手取り、防戦一方ながらも持ちこたえていたジュゲムは、作戦プランを進行させる。

 

「あいよ!」

 

「了解でーす!」

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡとロイヤルプリンセスルージュはダーティワーカーと合流し、アクシズの表面近くへ向かっていく。

 するとジュゲムの予測通り、レッドバロンの四機はすぐに追撃をしてくる。

 

「ここまでは順調か……」

 

 敵の動きを注視しながら、ジュゲムは自分に言い聞かせるように呟く。

 勝ち筋はいくつかのパターンに分岐しているし、その過程も頭に入っている。

 問題なのは、勝ち筋を崩してくる不確定要素がどこに潜んでいるかであり、その不確定要素を一つずつ確実に潰し、勝ち筋から出来るだけ逸れないルートを作っていくかにかかっている。

 

 ふと、アクシズの表面から光が見えた。

 

 

 

 数分前。

 出撃してすぐに、アスノのガンダムAGE-Xと、カンナのガンダムダイアンサスは歩調を合わせつつ、アクシズ表面へ接近しながらも、ドムソヴィニオンの姿を索敵する。

 ジュゲムの戦術予測通りなら、アカバ・ユウイチは単独でアスノと戦うはずだと。

 

 すると不意に、二人のコンソールに多方向からのアラートがけたたましく鳴り響く。

 

「多方向!?」

 

「ファンネルです!」

 

 咄嗟にアスノとカンナはその場を離れ、0.5秒後に二人がいた空間を高出力のビームが通り過ぎた。

 それは、どこからか放たれてきた、六基のファンネル。

 

『ほぅ、避けたか』

 

 ファンネルが呼び戻される先には、アクシズから姿を現した、赤いリック・ドム――ドムソヴィニオン。

 

 ファンネルがバックパックのコンテナに納まると、悠然とジャイアントバズを構える。

 

『さぁ、雌雄を決しよう、アスノ君』

 

「……行きます!」

 

 瞬間、ロングドッズライフルのビームと、ジャイアントバズの砲弾が交錯し、双方とも回避する。

 

 同時に、ガンダムダイアンサスがビームライフルを連射し、ドムソヴィニオンの動きを阻害しようとするものの、ドムソヴィニオンは瞬時に加速してその場を離脱し、イニシアティブを保つ。

 

「ドッズファンネル!」

 

 アスノはウェポンセレクターを開き、ファンネルのアイコンが表示された項目をダブルセレクト、リアスカートのドッズファンネルが切り離される。

 ドッズファンネルと、ロングドッズライフルの三つ、さらにガンダムダイアンサスのビームライフルによる射撃が、ドムソヴィニオンに不規則な波状射撃を仕掛ける。

 

『甘いな』

 

 しかしドムソヴィニオンは、機体各部のバーニアを細かく駆使し、鋭くも滑らかな軌道を描いてビーム射撃を掻い潜りながらもジャイアントバズを撃ち返してくる。

 飛来するロケット弾頭に対して、アスノは素早くウェポンセレクターを切り替え、頭部両側面のビームバルカンを速射して迎撃、ジャイアントバズの砲弾が撃ち抜かれて派手な爆発を起こす。

 この爆煙をブラインドにして、アスノは操縦桿を押し出してガンダムAGE-Xを前進させる。

 

 爆煙を突き抜け――た、そのすぐ目前に、ドムソヴィニオンのモノアイがドアップで現れる。

 

 

 

「『!」』

 

 

 

 銃火器によるゼロ距離射撃か、ビームサーベルを抜いての接近戦か。

 

 どちらがどう仕掛けるのか――否、このまま突っ込む!

 

 ガァンッ、とガンダムAGE-Xとドムソヴィニオンが、互いに頭突きをするように正面衝突し、互いに弾き飛ばされた。

 

『――ファンネル!』

 

 ドムソヴィニオンは即座に姿勢制御しながらも、ファンネルをコンテナから射出、まだ姿勢制御が出来ていないガンダムAGE-Xにビームが降り注ぐ。

 

「くっ……!」

 

 アスノは操縦桿を大きく引き寄せ、ガンダムAGE-Xを飛び下がらせてファンネルからのビームを躱す。

 

「アスノさん!」

 

 回避に徹するガンダムAGE-Xを見て、カンナは注意を引こうとビームライフルと頭部バルカンをドムソヴィニオンへ向けて連射する。

 するとドムソヴィニオンは突如加速、ビームは避け、バルカンの銃弾は装甲の厚い部分で受けつつも、ガンダムダイアンサスへ急激に肉迫し、左マニピュレーターにビームサーベルを抜き放った。

 

 対するカンナもすぐにウェポンセレクターを切り替えて、ビームライフルを納めて、代わりにリアスカートにマウントしているヒートナギナタを抜いて迎え撃つ。

 

 瞬間、ヒートナギナタの刃とビームサーベルがぶつかり合い、両者の間に閃光を撒き散らす。

 

 しかしドムソヴィニオンの方から強引にヒートナギナタを弾き返し、返す刀の回し蹴りがガンダムダイアンサスの腹部を蹴り飛ばす。

 

「あぅっ……!」

 

 ドム特有の大柄な脚部による蹴脚は想像以上に重く、ガンダムダイアンサスは大きく吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛んだガンダムダイアンサスへジャイアントバズを発射しようとするドムソヴィニオンだが、それよりも先に体勢を立て直したガンダムAGE-Xのドッズファンネルのビーム射撃がそれを阻害する。

 

『ムッ』

 

 即座に機体を翻して、螺旋状に放たれるビームを躱すドムソヴィニオン。

 ファンネルも追従し、ドッズファンネルを撃ち落とさんと射撃を開始するが、ドッズファンネルはすぐに本体たるガンダムAGE-Xのリアスカートにあるプラットフォームに引っ込んでしまう。

 同時に、ガンダムAGE-Xはシールド裏からドッズキャノンを連射しつつロングドッズライフルを納め、右マニピュレーターにビームサーベルを抜く。

 

 激突――ビーム刃同士が干渉しあい、鍔迫り合う。

 

 以前――身内戦の最中に乱入された時には全く勝負にならなかったがあの時とは違う。

 改造改修を経たガンダムAGE-Xのビームサーベルもまた強化され、ドムソヴィニオンにもパワー負けしない。

 

『パワー負けしないか。この三ヶ月でよくここまで強くなった』

 

 接触通信から、ユウイチの感心するような声が届く。

 

「あなたに追い付きたいって、みんなで一緒に優勝したいって、必死でしたからね!」

 

 一撃、二撃、三撃、とビームサーベルが交錯し、

 不意にドムソヴィニオンの左胸部のメガ粒子砲のエネルギーが集束するのを見て、ガンダムAGE-Xは急速離脱、その0.5秒後に激しいメガ粒子砲が吐き出される。

 メガ粒子砲の余波は凄まじく、掠めたガンダムAGE-Xのシールドの表面が焼け爛れてしまう。

 しかし、エネルギーの消耗と反動もあって、メガ粒子砲の照射直後に僅かだけ無防備な瞬間がある。

 

「そこです!」

 

 そこへ、体勢を立て直したガンダムダイアンサスがビームライフルを撃つものの、ドムソヴィニオンはその場でビームサーベルを振るい、ビームライフルの火線を斬り弾く。

 

『面白い……!』

 

 

 

 観客席では、ミカとソノダ・アズサ、ナルカミ・ハヤテが三人並んだ席に着いていた。

 一人はエストレージャの保護者で、一人はエストレージャのライバル、そしてその彼らを鍛え上げた教官。

 共通の話題があり、波長が合えば、意気投合もすぐだった。

 

「ソウジくん達が先に動いたわね……ナルカミ教官、今の状況の解説をお願いしまーす」

 

 ガンダム作品知識にも戦術にも疎いミカは、アクシズ表面方向へ移動していくガンダムアスタロトブルームⅡ、ロイヤルプリンセスルージュ、ダーティワーカーの三機を見て、戦況はどうかとハヤテに訊ねる。

 

「ふむ……真っ向勝負では太刀打ち出来ないのは、イチハラ君達も分かっているでしょう。ジュゲム君が事前にいくつか策を仕込んでいたとしても、そもそもの地力の差が大きいから、策を看破される可能性も高いですね」

 

 ハヤテは腕を組みながら、二局に頒かたれた戦況を見据える。

 

「今のところは両者の力が拮抗しているように見えますが、その実、イチハラ君達の方は綱渡りをなんとか渡っているだけです」

 

 ほんの僅かでも踏み外せば、あるいは綱にほんの僅かに綻びがあれば、即座に敗北が決まるような、そんな危うい均衡の元にこのバトルは続いているというハヤテ。

 

「このままだと、彼らは負けると?」

 

 仮にも彼らの教官のつもりなら擁護しろと、ミカの反対側にいるアズサもそうは言えない。彼女も同じようなことを考えていたから。

 

「このままなら、ね」

 

 途端に、ハヤテの目がイキイキと子どものように輝く。

 

「だが!そんな逆境でも覆してみせるのがエストレージャというチームだ!きっとこの会場の誰もが驚くような逆転劇を見せてくれるさ!!」

 

「は、はぁ……」

 

 悲観的になるのは良くないが、期待しすぎるのもどうなのか。

 だからといってこの、真っ赤に燃えて勝利を掴めと轟き叫ぶ爆熱教官は聞かないだろう。

 

 アズサはこの、あまり人の話を聞いてくれなさそうな教官から意識を外し、戦況の変動を見据える。

 

「頑張って、みんな……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ミカは彼らの奮戦を期待するしかなかった。

 

 ――ちょうど、ロンド・ベル艦隊から第六波、本命の核ミサイルがアクシズ目掛けて殺到するものの、シャアのサザビーのファンネルによって迎撃され、アクシズ表面近くを眩い爆発が多発する。

 

 

 

 ジュゲムの作戦通り、アスノとカンナが戦っているアクシズ表面へ近付いていくソウジ、ショウコ、ジュゲムの三人。

 乱戦に持ち込ませるものかと、それに追いかけて来るレッドバロンの四機。

 だがそれこそがジュゲムの目論見通りであり、突然振り返って反撃を繰り出そうとした、その時。

 

 ギラーガは途中で足を止め――方向転換し、アクシズの裏側へ迂回するように移動、意図に気付いたのかダリルバルデもそれに続く。

 

「チッ、こっちの動きを読まれたか」

 

 舌打ちこそすれど、ジュゲムは焦らない。

 この場で作戦プランを修正すれば済む――それを戦闘中に出来る人間は存外少ないのだが――のだから。

 

「キタオオジ君とコニシちゃんは、迂回した敵の追撃に向かってくれ。絶対にアカバ氏と合流させるな」

 

 ジュゲムは即座にソウジとショウコに指示を与える。

 

「あんたはどうするつもりだ?」

 

 ここで二人とも抜けたら、残るゲルググJとグリムゲルデを一人で相手にすることになるぞ、とソウジは言う。

 

「なんとかするさ。……幸い、まだ打てる手はある」

 

 なんとかする。

 ジュゲムのその言い方に、ソウジはどこか引っ掛かるものがあったが、ショウコの声に意識を引き戻される。

 

「ソウくん、『ここはオレに任せて行け』ってヤツだよ!ほら、あたし達は空気読んで今の二機を追い掛けるよ!」

 

「それフラグだろうが。……フリじゃねぇけど、やられんなよ」

 

「あぁ、そっちは任せたよ」

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡとロイヤルプリンセスルージュが方向転換するのを尻目に、ジュゲムは通信を切り、ゲルググJとグリムゲルデの相手に集中する。

 

「やれやれ、分の悪い賭けだな、これは……」

 

 三人で敵四機を足止めしつつ、アスノとカンナがユウイチを撃破、そうして士気の下がった相手を各個撃破する、というのがジュゲムの作戦プランだったが、策を見抜かれてしまい、突然修正を強いられてしまった。

 打てる手があるのは嘘ではないが、恐らくそれは決定打にはなるまい。

 

 だが、やるしかない。

 ジュゲムは腹を据えて相対する二機を見やる。

 

「さてさて。オレの実力、どこまで通じるか……いざ勝負といこうか」

 

 もちろん、真っ向勝負なんてしてやるつもりはないが。

 右にビームスナイパーライフル、左に100mmマシンガンをそれぞれ備えて、ダーティワーカーは己が仕事を全うするのみ。

 

 

 

 アクシズの裏側から表面へ向かう敵機を追う、ガンダムアスタロトブルームⅡとロイヤルプリンセスルージュ。

 するとギラーガとダリルバルデは追手に気付いたか、踵を返して対峙する。

 ギラーガはXトランスミッターからギラーガビットを放ち、ダリルバルデは背部一対のイーシュヴァラBを射出し、迎撃を開始、多方向からの攻撃にソウジとショウコは迂闊に近付けず、ガンダムアスタロトブルームⅡとロイヤルプリンセスルージュは背中合わせに立ち回る。

 

「クソッ、数的不利じゃねぇってのによ!」

 

 ソウジは悪態を付きながら、ショットガンとハンドガンを撃ちまくってギラーガビットを相殺し、イーシュヴァラBを弾き返す。

 

 これでもまだ互角ではない。

 如何にしてどう、勝ち目をもぎ取るか。

 

「平気平気!これくらいなんとでもなるしっ!」

 

 ショウコはまだ気丈に振る舞いつつ、マギアマシンガンと110mm機関砲を撃ちまくる。

 どうにかギラーガビットを全て撃ち落としたが、イーシュヴァラBのビームサーベルが斬り裂こうと迫る。

 

「ショウコ!援護は任せる!」

 

 ソウジはそう言うなり、左の操縦桿を弾くように押し引いた。

 

「そらよ!」

 

 するとガンダムアスタロトブルームⅡはハンドガンを投げ捨てて――イーシュヴァラBに向けて投げられたそれはビームサーベルに破壊されるがしかし、弾倉がビームに引火して爆発、イーシュヴァラBもろとも破壊した。

 これを警戒したか、ダリルバルデはもうひとつのイーシュヴァラBをバックパックに呼び戻し――それを狙っていたガンダムアスタロトブルームⅡはショットガンを撃ち尽くす勢いで連射、ダリルバルデを牽制しつつもショットガンを捨てて、デモリッションナイフを抜いて接近戦に持ち込む。

 

「うらぁッ!」

 

 勢いよく振り抜かれたデモリッションナイフとビームジャベリンが再び激突、力比べへと縺れ込む。

 ダリルバルデは力比べの姿勢のまま、胴体部のビームバルカンを速射、ガンダムアスタロトブルームⅡを怯ませようとするが、低出力のビーム弾ではナノラミネートアーマーに対してほぼ無力だ。

 不意に、ガンダムアスタロトブルームⅡの方から鍔迫り合いを止め、ダリルバルデはビームジャベリンを空振りする。

 空振りしたところに、デモリッションナイフを叩き込もうとフルスイングするソウジ。

 即座にダリルバルデの左のアンビカーが肩から切り離され、デモリッションナイフの一撃を受けるものの、勢いの乗った重撃はそれすらも粉砕する。

 

 デモリッションナイフとビームジャベリンが打ち合うその背後を、ロイヤルプリンセスルージュとギラーガが中距離射撃で互いを制し合う。

 マギアマシンガンと110mm機関砲の弾幕に対して、ギラーガはギラーガスピアを高速回転させ、即席のビームシールドのようにして防ぎ、それが止むや否や胸部のビームバスターを照射、薙ぎ払って来る。

 

 そう来るだろうと思っていたショウコは操縦を捻り返しつつウェポンセレクターを開き、左マニピュレーターにマギアサーベルを抜き放ち、ビームバスターを照射していた反動で動きを止めているギラーガへ躍りかかる。

 対するギラーガは左手首のビームバルカンの砲口からビームサーベルを発振させ、ロイヤルプリンセスルージュの攻撃を食い止める。

 

「いただき!」

 

 ビーム刃の鍔迫り合いを繰り広げる最中、マギアマシンガンの近距離射撃を敢行しようとするショウコ。

 しかしギラーガは不意に鍔迫り合いを強引に打ち切り、その場でサマーソルトするように機体を翻し――膂部に備えている多節鞭――『ギラーガテイル』を振るい、マギアマシンガンを斬り裂いた。

 

「うっそ!?エヴィンじゃないけど、うわっ……!」

 

(余計なことを口走りつつ)ショウコは慌ててマギアマシンガンを手放して、爆風から逃れるロイヤルプリンセスルージュ。

 間髪入れず、ギラーガは反撃にギラーガスピアを突き出す。

 咄嗟にショウコが回避を取ったが、ロイヤルプリンセスルージュの右頬と金髪の頭部装甲、肩口付近を焼き斬る。

 

「なめんな、しっ!」

 

 損傷警告を無視しながら、ショウコは操縦桿を捻り出す。

 即座、空いた右マニピュレーターで突き出されたギラーガスピアの柄を掴み、それを支点に鉄棒のようにぐるんと機体を翻し、強烈な回し蹴りをギラーガの頭部に叩き込み、ついでにその手に持っていたギラーガスピアも奪い取る。

 

「(損傷率42%……まだイケる!)」

 

 半壊寸前だが、まだ十分に機体は動くなら問題はないはず、とショウコは110mm機関砲を連射しながらイニシアティブを取

り直していく。

 

 次第に、ガンダムアスタロトブルームⅡとロイヤルプリンセスルージュが再び背中合わせになるように立ち回り、ダリルバルデとギラーガは前後から挟撃せんと動きを変えるが――

 

「ソウくんっ、"スイッチ"!」

 

「おぅ!」

 

 ショウコの合図にソウジが応じると、背中合わせになっていた二機はぐるりと互いの前後を"入れ替える"。

 

 すると、今度はガンダムアスタロトブルームⅡがギラーガを、ロイヤルプリンセスルージュがダリルバルデを、それぞれ相手することになる。

 

 突如としてマークしていた相手が変わったことに、ギラーガとダリルバルデは警戒から身構えようとする。

 

 ギラーガスピアを奪われたままのギラーガは、右マニピュレーターにギラーガテイルを抜き放ち、ガンダムアスタロトブルームに向けて鞭のように振るう。

 これに対してソウジは敢えてデモリッションナイフを突き出し、刀身にギラーガテイルを絡み付かせ、

 

「技をパクるぜ、教官!」

 

 ハヤテとの個人指導で覚えた、『デモリッションナイフを防御や回避に転用する技能』。

 ギラーガテイルが絡みついた状態で、ソウジは強引にデモリッションナイフを折り畳んだ。

 当然ギラーガテイルが挟まってしまうため、完全に折り畳むことは出来ないのだが、不意にギラーガテイルを引き込まれた形になるため、ギラーガは右腕から無防備に引き寄せられてしまう。

 ほぼゼロ距離の間合いにまで引き寄せたソウジは、デモリッションを捨ててギラーガに組み付くと、サイドスカートのブーストアーマーからナイフを抜き放ち、

 

「こいつでっ、どうよ!」

 

 ギラーガのバイタルパート目掛けて思い切り突き込み、内部を抉り出した。

 

 ギラーガ、撃墜。

 

「よっしゃっ、まずはひと……っ!?」

 

 ギラーガの撃破を喜ぶ間もなく、ソウジは視界に入った光景に声を詰まらせた。

 

 ロイヤルプリンセスルージュの動きが明らかに鈍っており、ダリルバルデのイーシュヴァラA――ビームジャベリンを分離したビームアンカーとビームクナイをそれぞれ持たせた前腕――と、もうひとつのイーシュヴァラBの三つのドローン武装に追い立てられている。

 

 

 

 損傷率42%――不吉な数値だった。

 42――死に――という数値を見た瞬間そう思ったショウコだったが、そんな奇妙なジンクスなど気にしている場合ではないと、ダリルバルデを挑み掛かったまでは良かった。

 

 イーシュヴァラAの波状攻撃を、こちらも――ギラーガから奪った――ギラーガスピアを分離させて対抗し、弾き返しつつも接近戦を仕掛けようとするが、ダリルバルデは接近されるのを嫌って胴体部のビームバルカンを速射してくる。

 接近したい側のショウコは、ビームバルカンの直撃を避けるようにして最短で接近を試みようとして、

 

 ビームバルカンのビーム弾が二発ほど右肩を掠めた瞬間、ロイヤルプリンセスルージュの右の肩口付近がショートし、内部から爆発した。

 

「えっ!?」

 

 何故急に、とショウコの動揺を突くかのようにダリルバルデはもうひとつのイーシュヴァラBも展開し、一気に攻めたててくる。

 右腕を肩から失ったロイヤルプリンセスルージュ――肩部の大型バーニアは機動性の要だ、それを失えば一気に機動性が低下する。

 

「ちょっ、やっ、やばいって……!?」

 

 フラフラと不安定な機動で、どうにかイーシュヴァラによるビーム刃を回避していくものの、長くは保たない、次の瞬間にはやられる。

 

 三基のイーシュヴァラがロイヤルプリンセスルージュを取り囲み、ズタズタに引き裂かんと襲い掛かる。

 

「(あ、これ、やられちゃうヤツ……)」

 

 どう躱してもイーシュヴァラのどれかを直撃し、動きが止まった瞬間に確実に仕留めてくる。

 ショウコの中で諦めが脳裏を過――

 

 

 

「俺のショウコにっ、手ぇ出すなァァァァァッ!!」

 

 

 

 突如、イーシュヴァラが牙を剥くその中をガンダムアスタロトブルームⅡが飛び掛かり、ロイヤルプリンセスルージュを掴み、自機の後方へ投げ飛ばす。

 

「ソウくっ……!?」

 

 結果、ロイヤルプリンセスルージュは撃墜されなかったが――その身代わりに、ガンダムアスタロトブルームⅡに三基のイーシュヴァラが襲いかかった。

 

 右肩に、左脚に、胴体に。

 

「ソウくん……っ、なんでっ!?」

 

 撃墜寸前だった自分のことなど放っておけば良かったのに、とショウコは声を荒げる。

 しかし応じられたノイズ混じりの通信の、ソウジの声は柔らかいものだった。

 

「へっ……男ってのは、好きな女の前じゃ、『えぇかっこしぃ』をしていたいんだよ」

 

 バジジッ、とビームサーベルが突き刺さった胴体部がスパークを漏らし――

 

「悪ぃ、あと頼むわ」

 

 小爆発。

 ガンダムアスタロトブルームⅡはツインアイの光を消し、撃墜判定を受けた。

 

 ガンダムアスタロトブルームⅡ、撃墜。

 

 敵機の撃破を確認したダリルバルデはイーシュヴァラをガンダムアスタロトブルームⅡから引き抜こうと制御し、

 

「――よっく、もぉぉぉぉぉっ!!」

 

 瞬間、ロイヤルプリンセスルージュは残されたバーニアをフルスロットルで開き、一直線にダリルバルデへ突撃する。

 神風特攻とも言える突撃に、ダリルバルデは虚を突かれたように一瞬動きを止めるが、すぐさま蹴り出すように右脚のシャクルクロウを射出、ワイヤークローと化したそれがロイヤルプリンセスルージュに咬み付き、高圧電流を流し込む。

 

「んっ、ぐっ、ぎいぃ……ッ!」

 

 高圧電流に機体が内部から焼かれるものの、ショウコは構わずにさらにスロットルを強引に押し上げ――もはや、不退転。

 損傷が重なった所へ高圧電流が重なり、ロイヤルプリンセスルージュのバーニアが爆発していくが、なおも止まらない、否、もう止まらなくなった。

 そのままダリルバルデの腹部へ頭突きをするように突っ込み、残された右腕でシャクルクロウのワイヤーを掴み、それを無理矢理ダリルバルデの胴体へ押し付ける。

 高圧電流でボイルされたロイヤルプリンセスルージュに加えて、シャクルクロウの電撃を逆流され、ダリルバルデにまでそれが及ぶ。

 

「――あ」

 

 しかし耐えきれなくなった機体は内部から爆散し、ロイヤルプリンセスルージュは粉々に砕け散った。

 

 ロイヤルプリンセスルージュ、撃墜。

 

 しかし、高圧電流を流している最中のシャクルクロウのワイヤーはダリルバルデに触れたまま。

 ダリルバルデは覚束なくなりつつある制御でシャクルクロウのワイヤーを取り除こうとするものの、そのためにはイーシュヴァラAを呼び戻さなければならないのだが、機体がこんな状態ではドローンの制御などしようが無く――ついにダリルバルデの耐電性を越え、機体が内側から爆発した。

 

 ダリルバルデ、撃墜。

 

 

 

 ソウジとショウコが自らの機体を犠牲にして、ギラーガとダリルバルデを道連れに撃破した頃。

 

 ジュゲムのダーティワーカーは、ゲルググJとグリムゲルデの波状攻撃を前に、どうにか撃墜されないように立ち回るので手一杯だ。

 

 格上相手――それも二対一で持ち堪えていられるのは、ジュゲムの実力があってこそだが、防戦一方であることに変わりはない。

 

 グリムゲルデが二刀のヴァルキュリアブレードをシールド裏から展開して猛然と斬り掛かり、その後ろからはゲルググJが大型ビームマシンガンのスコープ越しに睨んでおり、僅かでも隙が見えれば即座に狙い撃ってくる。

 

 それでもジュゲムは功を焦ることなく冷静に攻撃を捌き凌いでいくが、やはり地力の差があるせいか、徐々に追い詰められてしまう。

 

「(キタオオジ君とコニシちゃんがやられたが、向こうも二機失った……二人とも相討ちに持ち込んだか)」

 

 ソウジかショウコのどちらかでも生きていれば、こちらの援護に来てもらいたいところだったが、そう都合良くはいかないらしい。

 

 ドムソヴィニオンと戦っているアスノとカンナはまだ健在。

 

 ここまでは順調……とはいかずとも、想定の範囲内ではある。

 

 自機のダーティワーカーも、防御と回避を優先して立ち回っているが、損傷度は深まりつつある。

 

「……本当に分の悪い賭けだな、これは」

 

 小さくそう呟くや否や、ジュゲムはウェポンセレクターを回し、ダミーバルーンのそれを選択、多数のダーティワーカーに似せたダミーバルーンを膨らませ、向かって来るグリムゲルデに向かって射出すると、全速力でその場を離脱する。

 

 突然敵機の反応が増えたことに一瞬挙動を乱したグリムゲルデだが、しょせんは子供騙し、とヴァルキュリアブレードでダミーバルーンのひとつを斬り裂き――爆発した。

 

 これは、『ポケットの中の戦争』劇中で披露された、『バルーンの中にハンドグレネードを仕込んだ即席のトラップ』、その応用だ。

 

 仕込んでいたグレネードのサイズの問題から、グリムゲルデの装甲を破壊するには至らなかったものの、爆風で体勢を崩し、何よりも『乗り手を瞬間でも動揺させる』という副次効果が大きい。

 

「勝ったな」

 

 この賭けは、自分の勝ちだ。

 

 振り向きざまにビームスナイパーライフルを構え、ほとんど狙いも付けないマニュアル制御で発射。

 

 高出力のビームはナノラミネートアーマーすらぶち抜き、グリムゲルデのコクピットを貫いた。

 

 グリムゲルデ、撃墜。

 

 だが、ビームスナイパーライフルを発射した、その反動。

 

 ほんの僅か、けれどそれはゲルググJの反撃を許すには十分過ぎた。

 

 即座、大型ビームマシンガンのビーム弾がダーティワーカーに襲い掛かった。

 

 腕を、脚を、頭部を、スラスターを、センサーを、ビームスナイパーライフルを撃ち抜かれ、機体のあらゆる部位がレッドランプをがなり立てる最中、ジュゲムはもうひとつの"賭け"に出た。

 

「気付いてくれよ、ツキシマちゃん」

 

 撃墜の寸前、最後にキーを押し込み――

 

 ダーティワーカー、撃墜。

 

 

 

 ユウイチのドムソヴィニオンとの激しい戦いを繰り広げる、アスノとカンナ。

 不意に、ガンダムダイアンサスのセンサーが、ごく微弱な発信を捉えた。

 集中していなければ気付くことすら出来なかっただろう。

 

「……?」

 

 識別信号は、味方からのもの。

 その内容は短文のメッセージだ。

 

『HES−88方向より、敵機接近。注意されたし』

 

「(これは……)」

 

 方角から見るに、恐らくはジュゲムが足止めしていた相手、ゲルググJかグリムゲルデだ。

 

「アスノさん、敵が一機こちらに向かってくるようです。私が迎撃します」

 

「分かったっ!」

 

 一時たりともドムソヴィニオンから目を離してはならないアスノは、カンナを信じて頷く。

 カンナはガンダムダイアンサスを反転させ、メッセージの指定した方角へ向かっていく。

 

 コンソールを打ち込み、センサーの感度範囲を広げ――彼方よりとても小さい、しかし確実にそこにいる、敵対反応を発見する。

 あちらはまだこちらを捕捉出来ていない。

 

 ならば、とカンナはウェポンセレクターを回し、『SP』のそれを開いた。

 

 ビームライフルを納め、シールドも左腕のコネクタから切り離し、バックパックに折り畳んでいるビームボウを抜く。

 

 "弓"が展開すると、同時に指向性の粒子線が発振される。

 

 半身の姿勢を取り、右マニピュレーターが"弦"を引き絞る。

 

 ビームの矢が形成され、さらに集束・増幅していく。

 

 バチバチと弓と弦からスパークが弾け迸る。

 

 既に敵機の位置は見えている。しかしまだ射ない。

 今ここで射たところで、恐らくは躱される。

 だから、確実に一矢で仕留める。

 

 ビームボウのエネルギーはとっくに臨界――否、暴発寸前だ。

 

 まだだ、向こうがこちらを捕捉して意識を向けるまでは。

 

 近付きつつある敵対反応を、目視で捕捉、大型ビームマシンガンを抱えたゲルググJを発見する。

 

 同時に、ゲルググJのモノアイがガンダムダイアンサスへと向けられ――今だ!

 

「『必勝必携 アロー・オブ・ダイアンサス』ッ!!」

 

 極限まで引き絞られた粒子線を放ち――自然災害の稲妻そのものを投射したかのような、凄まじい閃光の奔流が放たれた。

 

 光の速さで放たれた閃光の矢、ゲルググJもガンダムダイアンサスが何かを発射したという認識は出来たものの、それに対して回避するか大型ビームマシンガンで迎え撃つかの判断が僅かに遅れ――奔流がゲルググJを呑み込み、消滅させた。

 

 ゲルググJ、撃墜。

 

 しかしその代償も大きかった。

 あまりの反動にガンダムダイアンサスは左肩の関節が胴体から吹き飛んでいた。

 加えて、今のエネルギーの大半を費やしてしまったので、ビームライフルを撃つことも難しいだろう。

 

 ソウジ、ショウコ、ジュゲムが撃墜され、カンナももう動けない。

 

 あとは、大将同士の一騎討ちだ。

 

「勝って、勝って私に告白してくださいね、アスノさん」

 

 その彼に聞こえないように、カンナは小さく呟いた。

 

 ――同じ頃、ロンド・ベルのブライト・ノア率いる内部工作隊がアクシズ内部の爆破に成功し、アクシズは真っ二つに分断されていくのが見えた。




 次回、最終回予定です。


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終話 また、明日へ

 ホビーショップ『鎚頭』

 

 今日も開店しているのだが、肝心のお客は来ない。

 何せ今日はGPVSの選手権大会だ、ここに来店する顧客のほとんどは静岡県の会場にいるか、あるいは自宅やネットカフェなどでバトルの中継動画を視聴しているのだから。

 

 閑古鳥が鳴くどころか、閑古鳥すらいないほど来店客はいないが、これ幸いとばかりに名瀬さんもアミダ姐さんもパソコンの動画に釘付けだ。一応、来店客や電話応対はアミダ姐さんが受け持つことになっているが。

 

「大将同士の一騎討ちになったか」

 

 名瀬さんは、アスノのガンダムAGE-Xと、ユウイチのドムソヴィニオン以外の状況が映らなくなったことで、残されているのはお互いのリーダー機のみだと読み取る。

 

「どっちが勝つと思う?」

 

 アミダ姐さんは、白と黒のガンダムと、真紅のドムを見比べながら名瀬さんに問い掛ける。

 

「普通に考えりゃ、アカバだな。いくらこの三ヶ月間頑張っても、年単位での経験値ってのはそう簡単に覆せるモンじゃねぇ」

 

 だが、と名瀬さんの見据える視線の先にいるのは、ガンダムAGE-X。

 

「アスノ(あいつ)なら、俺の考えなんぞひっくり返してくれちまう……とも、期待しちまうな」

 

 結局、勝負というものは終わるまでは分からないものだ。

 それも、どちらがどちらも一進一退の攻防を繰り広げ、奇策珍策を練り込んだ末の真っ向勝負ならなおのこと。

 

 子どものように目を輝かせる名瀬さんに、アミダ姐さんは「これだから男ってのは何歳(いくつ)になっても変わらないねぇ」と優しく微笑んだ。

 

 

 

 アクシズ表面に、白と赤の機影が激しく入り乱れる。

 

 カンナの援護が無くなったと言っても、それでアスノの闘志は弱まりはしない。

 ドムソヴィニオンのファンネルには、ライフルとサーベルの2タイプのドッズファンネルで対抗し、その数を減らていくものの、ドッズファンネルも片方分が破壊されてしまう。

 

 互いのファンネルがエネルギー供給のために呼び戻されれば、ロングドッズライフルとジャイアントバズが交錯する。

 

 爆薬の炸裂と共に、ガンダムAGE-Xのバイタルパートめがけてジャイアントバズの砲弾が襲い来る。

 

 紙一重でシールドで受けるものの、完成度に見合った弾頭の破壊力を受け止めきれず後方へ吹っ飛ぶ。いくらアスノが手掛けた堅固な盾と言えど表面は半壊しており、次はもうシールドが保たないだろう。

 アスノは震動に顔をしかめながらも姿勢制御し直し、アクシズ表面に着地、と同時に踏み込み、両方の衝撃でアクシズの一部が砕け散る。

 

 ドムソヴィニオンの頭上からの渾身の振り降ろし……に見せかけて急制動を掛け、ビームサーベルを突き出したドムソヴィニオンのに懐に飛び込み、右切り上げ、左薙ぎのビームサーベルがドムソヴィニオンのボディを斬り裂くがしかし、寸前で躱されていたのか、そのダメージは浅い。

 

 ビームサーベル同士による光速の剣戟。

 迷い無く急所を狙う躊躇いなさ。

 何手凌がれても引くことはない。

 

 それら全てが受け流され、払い、逸らし、絡め取られる。

 本当に、

 

『――素晴らしいな、アスノ君』

 

 ドムソヴィニオンがビームサーベルを切り返し、不意に跳ね上げられて機体の重心が持っていかれるガンダムAGE-X。

 

 いくら完成度の高いガンプラといえど、使い手たるバトラーは生身の人間だ。

 動きを止めること無く、同時に攻撃や防御、回避を高速で繰り返せば、どこかで必ず集中力が切れ、致命的な隙がうまれる。

 

 一手足りない。

 

 この真紅のリック・ドムの喉元に咬みつき、喰いちぎるには、まだ足りない。

 

 ビームサーベル同士の剣戟の最中、無防備になったガンダムAGE-Xの腹部に、ドムソヴィニオンの重厚な右足が叩き込まれる。

 

「ぐっ、うぅ……ッ!」

 

 激しい震動に視界がブレる。

 直後に発射されたジャイアントバズの砲弾をほぼ無意識にバーニア出力で強引に避け、しかし僅かに右側頭部にぶつかり、信管が作動、爆発。

 爆炎は右側頭部と右肩装甲を焼き、右のビームバルカンの使用不可と右肩の損傷をけたたましく伝えてくるコンソール。

 

 ジャイアントバズの弾頭がガンダムAGE-Xのシールドに再び炸裂――の寸前にアスノは咄嗟にシールドと左腕を繋ぐジョイントを切り離し――、破壊され、ロングドッズライフルのビームがドムソヴィニオンのジャイアントバズを掠め、爆破させる。

 

『チィッ』

 

 メイン武装であるジャイアントバズが失われれば、ドムソヴィニオンは即座に左手から右手にビームサーベルを持ちなおして接近を試みる。

 ガンダムAGE-Xも左手のビームサーベルで打ち合うものの、ドムソヴィニオンの返す刀の一閃でロングドッズライフルを斬り裂かれてしまう。

 

「まだだ!」

 

 ロングドッズライフルを失ったことに動じること無く、アスノは即座にウェポンセレクターを切り替えてビームバルカンを選択、残された左側頭部からビーム弾を速射して、ドムソヴィニオンの頭部のクリアレンズを損傷させる。

 

『させんよ!』

 

 ドムソヴィニオンはその場で右脚を振り上げてガンダムAGE-Xを蹴り飛ばし、すぐさま左胸部のメガ粒子砲を集束し、照射。

 

「(追撃が来る!)」

 

 アスノはほぼ直感的な反射で操縦桿を捻ってメガ粒子砲を躱し、残されたもうひとつのドッズファンネルを射出し、それを左腕に装着させる。

 ドッズファンネルは遠隔攻撃端末としてだけでなく、直接保持してドッズキャノンとしても使用することも出来るのだ。

 姿勢を制御しつつドッズキャノンを連射、ドムソヴィニオン牽制する。

 メガ粒子砲の発射の反動で僅かに動きを鈍らせていたドムソヴィニオンだが、最小限の回避のみでビームをやり過ごしていく。

 すると、不意にドムソヴィニオンの挙動が止まり、それに応じるようにガンダムAGE-Xもその場で静止する。

 

『アスノ君。今の私には、少しだけ"恐怖"がある』

 

「恐怖、ですか?」

 

 互いのビームサーベルが切っ先を向け合い、睨み合う。

 

『命のやり取りではなく、君とのこの勝負がいつ終わってしまうのか。私にはそれが怖くてならない』

 

「もっとこのバトルを楽しんでいたい、ってことですか?」

 

『そうだ。だが勝負とは文字通り、"勝"つ者と"負"ける者を決めること。この楽しい時間はいつまでも続かない』

 

 そして、とドムソヴィニオンのモノアイが力強い輝きを放つ。

 

『それも、もうそろそろ幕引きだ』

 

「なら、決めましょう。どっちが、この勝負に幕を下ろすのか」

 

 ガンダムAGE-Xのツインアイもまたそれに呼応するように輝く。

 

 瞬間、加速。

 

 ビームサーベル同士の衝突、刺突、激突。

 

『やるようになったな、アスノ君!』

 

 ドムソヴィニオンのビームサーベルがドッズキャノンを斬り裂き、ガンダムAGE-Xは即座にドッズファンネルの基部からライフル部分を切り離して誘爆を防ぐ。

 

「こんっ、のぉッ!」

 

 ドッズファンネルをビームサーベルモードに切り替え、トンファーのように振り下ろしてドムソヴィニオンの左腕を斬り落とす。

 

『なんとっ!?』

 

 片腕を失い、ドムソヴィニオンは距離を取るために飛び下がる。

 ここで初めて、ユウイチが後手に回った。

 攻め込むなら今しかない。

 右のビームサーベルと、左腕のビームサーベルの変則的な二刀流を以てガンダムAGE-Xは突撃、内部爆発によって分断されていくアクシズを足元にドムソヴィニオンへ追い縋る。

 

「ここで、決めるッ!」

 

『なめるな!』

 

 左右のビームサーベルによる連撃で攻め立てるガンダムAGE-Xに対し、ドムソヴィニオンは右のビームサーベルだけで対抗する。

 

 激しく斬り結ぶ最中、アスノは。

 

「あぁ……本当に良かった」

 

『何が、だ?』

 

「実を言うと僕、最初はこの大会に出たいって思わなかったんです。ソウジとショウコに誘われて、その時は記念出場でいいかなって」

 

『だが、今は違うな?』

 

「はい。本気で優勝を目指そうって決めて、そうしたら今まで見えなかったことも見えるようになって、……好きな人も、出来て。今日までガンプラバトルを続けてきて、本当に良かったです」

 

『フッ、それは良かった』

 

 正面からぶつかって弾き返すのではない、強い力に対して弱い力を与えてベクトルを逸らすようにして、受け流している。

 ガンダムAGE-Xが空振りしたところへ、ドムソヴィニオンは素早い居合斬りのごとくビームサーベルを振るい、その右腕を斬り落とし、間髪無くバーニアの加速によるタックルでガンダムAGE-Xを弾き飛ばす。

 

『そこだ、ファンネル!』

 

 ドムソヴィニオンは残り二基のファンネルを射出、姿勢制御が出来ていないガンダムAGE-Xにビームが襲い掛かる。

 アスノは胴体部への直撃を避けるべく機体を捩らせるが、左脚を撃ち抜かれ、頭部の右半分を抉られてしまう。

 

 視界は半減――しかし怯む理由にはならない、すぐさま反撃の算段を立て直せるものだ。

 

「……な、ん、とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 損傷によるレッドランプの箇所がコンソールを埋め尽くしてもなお、アスノは己の力を振り絞って操縦桿をフルスロットルで押し出し、爆発的な加速と共に、ガンダムAGE-Xはドムソヴィニオンへと突っ込む。

 

『ならば、受けて立つまで。ユニバァァァァァァァァァァーーーーース!!』

 

 ドムソヴィニオンもまたビームサーベルを構え直して突撃する。

 

 双方の最大出力のビームサーベルが正面衝突する。

 

 左腕のドッズファンネルの基部から直接ビームサーベルを放ち、全身ごと突っ込ませているガンダムAGE-Xのビームサーベルと、あくまでもマニピュレーターに保持しているドムソヴィニオンのビームサーベル。

 力と力の押し比べはやがて――ドムソヴィニオンの手首にスパークが漏電し、グラついていく。

 

 全身ごと突っ込んでいるガンダムAGE-Xと、片腕のパワーだけで支えているドムソヴィニオン、どちらの負担が大きいかは明白。

 

 そして、

 

「行っけぇぇぇぇぇェェェェェーーーーーッ!!」

 

 ガンダムAGE-Xが、ドムソヴィニオンを押し切った。

 

 ドムソヴィニオンのボディを、ガンダムAGE-Xの左腕が貫く。

 

 ――その光景は、プロヴィデンスガンダムの息の根を止めた、フリーダムガンダムの最後の一撃に似た構図であった――

 

『――見事だ』

 

 ドムソヴィニオンの弱々しくモノアイが点滅し、やがて消失した。

 

 ドムソヴィニオン、撃墜。

 

 ――同時に、アクシズを押し上げようとしていたνガンダムから虹色の光があふれだし、アクシズを包み込んで行く。

 

『Battle ended. Winner.Estrella!』

 

 

 

 一瞬の静寂――の瞬間には、会場を揺るがさんほどの拍手と歓声が轟き渡る。

 

「アスくん!みんな!おめでとうー!」

 

 ミカは座席を立って、アスノ達に祝詞を投げかける。

 

「ぬおぉぉぉぉぉ!良く戦ったっ、良く戦ったぞチーム・エストレージャ!最高のバトルだったぞぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 滝涙を流して感動しているハヤテの大音量に耳を塞ぎながらも、アズサは「おめでとう、カンナ!」と叫ぶ。

 

 その反対側では、チーム・ヘルハウンドのリーダーであるイヌイ・シゲルは、

 

「チッ……やるじゃねぇか、トウゴ」

 

 自らの悲願とも言える、打倒アカバ・ユウイチを成し遂げたことに、舌打ちしながらもどこか嬉しそうに呟いた。

 

 

 

 

 一方、ホビーショップ『鎚頭』では。

 

「はっはっはっ……ついにやりやがったか!」

 

 選手権の様子を中継している動画をパソコンで観ていた名瀬さんは、愉快そうに手を鳴らす。

 

「フフッ、勝っちまったねぇ」

 

 その後ろからアミダ姐さんも動画を覗いている。

 

「こりゃ早速宣伝だな。『選手権優勝チームの常連店』ってな」

 

 ちと忙しくなるぜ、と動画を閉じた。

 

 

 

 拍手と歓声が響く中、アスノと、仮面を外したユウイチは互いに握手を交わした。

 

「ありがとうございました、アカバさん!」

 

「こちらこそ、本当にいいバトルだったよ」

 

 仮面を外したユウイチの素顔は少し汗ばみ、けれど清々しい。

 

「負けるとは思っていなかったが、不思議と悔しくは無いな。全力を出し切ってなお負けた時、すんなりと受け容れられるというのは本当らしい」

 

 うむ、と満足げに頷くユウイチ。

 

「おめでとう、アスノ君。私を降した今日この時から、君は最強のバトラーになった」

 

 GPVS最強のカリスマたる、アカバ・ユウイチから認められる。

 それは、全バトラーにとっての至高の栄誉とさえ言える。

 だが、アスノは首を横に振った。

 

「いえ……僕は最初、ツキシマさんと二人がかりで戦ってました。もし、最初から最後まで一対一だったら……」

 

 実質、二対一で相手取っていたユウイチの方が消耗は激しかったはずだ。

 途中からカンナが抜けたとは言え、消耗具合で言えばアスノはユウイチの半分ほど。

 これは対等な条件下とは言い難い、それでユウイチに勝ったと言っても、果たしてそれは本当に彼を超えたと言えるかどうか。

 

「ならば、今度は最初から一対一で戦おう。今は、私を倒して優勝したことを喜んでほしい」

 

 納得いかないなら納得がいくまで何度でも戦えば良い、しかし勝利の美酒に酔いしれるくらいはいいだろう、とユウイチは言う。

 

「はい!」

 

「……と言いたいが、君達は受験生か。来年の冬季選手権大会には、出られないか」

 

「え。…………ア、ハイ、ソウデス?」

 

 一瞬、来年の高校受験のことが頭から抜け落ちていたアスノは、思い切り次の冬季選手権大会に出場するつもりだったので、カタコトになりながら頷く。

 

「まぁ、慌てることもあるまい。しっかりと次の準備が出来ると思えばいい。もちろん、勉学も含めてな」

 

 高校受験のことが頭から抜け落ちていたのを見抜いたか、ユウイチは「勉学も」という部分を強調した。

 いくらガンプラバトルで鎬を削り合ったと言えど、社会的な大人の正論としてそう言われては、まだ子どもでしかないアスノは強く言えなかった。

 

 

 

 この後、チーム・月影とチーム・ヘルハウンドによる三位決定戦が行われ、結果は月影の圧勝という形に収まった。

 元々、ヘルハウンドの面々の大会参加目的が『打倒アカバ・ユウイチ』であり、そのチーム・レッドバロンと戦えない以上、彼らにとっては単なる消化試合でしかなかった。

 

 

 

 三位決定戦を終えれば、表彰式だ。

 

 優勝:エストレージャ

 

 準優勝:レッドバロン

 

 三位:月影

 

 三チームの代表者――イチハラ・アスノ、アカバ・ユウイチ、ナルカミ・ハヤテの三名が表彰台に乗り、それぞれにRX-78(ガンダム)の胸像を模した金、銀、銅のトロフィーを授与される。

 

『それでは、見事栄誉を勝ち取った御三方にコメントをいただきましょう。まずは三位のチーム・月影のリーダー、ナルカミ・ハヤテさんからどうぞ!』

 

 アナウンサーからの指示の元、スタッフがマイクを用意し、まずはハヤテへと手渡される。

 マイクを受け取ったハヤテは一度咳払いをしてからマイクこスイッチを入れる。

 

『いやぁ実に熱い戦いの数々!どのチームも優勝を目指して直向きに頑張って来たという想いがヒシヒシと伝わって来てとても喜ばしく嬉しい限りです!今大会に出場したチームの中には俺が教官として直々に指導したバトラーもいてどの試合も目が離せませんでした!我々チーム・月影は三位という結果に収まり今回も優勝することは叶いませんでしたが来年の冬季大会へ臨む闘志は潰えておりませんしむしろ例年よりも熱く燃えています!特に今大会ではぶつかる組み合わせではありませんでしたがチーム・エストレ……』

 

『あのすみませんナルカミさん、大変熱くて素晴らしいコメントなのですが、次の方も控えておりますので……』

 

『え?あぁすいません。つい熱くなってしまいました。では、最後に一言だけ……』

 

 と、マイクのスイッチを切ると、思い切り息を吸い込み――

 

「会場のみんなぁ!応援あぁりがとォォォォォぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 最後に、マイクを使わずに感謝を叫んでみせた。

 直後に割れるような拍手の嵐。

 

「ふぅ。はい、以上です」

 

 スタッフに小さく会釈して、マイクを返すハヤテ。

 

『はい、ナルカミさんありがとうございました!続いては、準優勝のチーム・レッドバロンが主将、アカバ・ユウイチさん、どうぞ!』

 

 次はユウイチがマイクを受け取る。

 

『ご来場の皆様。今季選手権大会も暖かく、そして熱く見守っていただき、誠にありがとうございました。今季大会は、過去最高の盛り上がりを見せ、開会式にも申し上げた通り、実に楽しくて、思い出に残るバトルとなりました。今回、我々チーム・レッドバロンは惜しくも準優勝という結果になりましたが、皆様の変わらぬ声援にチーム一同、感無量の喜びを感じております。今後ともGPVSという一大コンテンツをご贔屓に、よろしくお願いいたします』

 

 最後に仮面を外して、深く一礼。

 ハヤテの時と同様に、盛大な拍手。

 

『はい、アカバさんありがとうございました!それではトリを飾るのは、今大会の優勝チームのリーダー、イチハラ・アスノ君、どうぞ!』

 

 そして最後にアスノ。

 

「き、緊張します……」

 

 震える手でマイクを受け取り、数度の深呼吸の後に、マイクのスイッチを入れた。

 

『えーーーーー……っと。今回が、選手権大会初出場かつ初優勝の、チーム・エストレージャの、イチハラ・アスノです。元々、僕らがこの選手権大会に出場し、優勝を目指そうと決めたのは、中学生活最後の思い出のためでした』

 

 静まり返る会場。

 

『出場しようと決めてから、この三ヶ月間、色んなこと……本当に色んなことがあって、チームのみんなと一緒に、自分に出来ることを精一杯取り組んできました』

 

 そうだ、とアスノは視線をある方向に向ける。

 

 その視線の先にいるのは、カンナ。

 

『僕には、好きな人がいます。その人には、この大会で優勝したら告白しようって決めていました。で、こうして優勝することが出来たので……今、この場でその人に想いを伝えようと思います』

 

 ざわざわ、ざわざわと静かにざわめく会場。

 

「おいおい……アスノの奴、マジか?」

 

「うん、あれはマジの時の顔だよ」

 

「確かこれ、テレビ中継もやってるよな?」

 

「全国のお茶の間に、二人の関係が白日の下に……」

 

 ソウジとショウコが互いに耳打ちする。

 

「………………」

 

 そのすぐそばにいるカンナはソワソワしっぱなしである。

 

『僕の好きな人……それは、チームメイトの、ツキシマ・カンナさんです』

 

 アスノは毅然と背筋を伸ばして、カンナを見据える。

 

 

 

『ツキシマさん……僕は、イチハラ・アスノは!君のことが好きです!僕と、恋人として付き合ってください!』

 

 

 

「!!」

 

 真っ直ぐに好意を叩き付けられ、カンナは頬に熱を迸らせて硬直する。

 そう言われるのだと予め分かっていても、いざそれが実行に移されるとなれば大違いだ。

 

 しん……と静まり返る会場。

 

 それを見計らったように、ジュゲムはカンナの肩を優しく叩く。

 

「ほら、ツキシマちゃん。イチハラ君は勇気を出したぞ。次は君の番だろう?」

 

「は……は、はいッ」

 

 我に返ったカンナは、早歩きで表彰台へ向かう。

 そこへ、気を利かせてくれたスタッフがもう一本マイクを用意して、カンナに手渡してくれる。

 

 そして、表彰台に立つアスノと向き合う。

 

『わ……私も、ずっと、アスノさんのことが好きでした!去年の十一月のあの日、泣いていた私に手を差し伸べてくれた、あの日からずっと!』

 

 ですから、と震える声でカンナはアスノの気持ちを受け入れた。

 

『ふっ、ふ、ふちゅちゅか者ですがっ、よよっ、よろしくお願い致しまふゅっ……!』

 

 瞬間。

 決勝戦の決着が着いた時以上の拍手が、祝福となって二人を包み込んだ――。

 

 

 

 続いて閉会式。

 閉会を締めくくるのはアカバ・ユウイチであったが、その直前に起きた『一大告白』のインパクトが大き過ぎて、閉会式どころではなかった。

 それでもユウイチは形式的な閉会の言葉を告げ終えて、粛々と、そしてざわざわと閉会式は終了。

 

 これにて、第23回GPVS選手権大会は幕を閉じた――。

 

 

 

 

 

 

 

 その後日。

 

「ハイッというわけで!あたし達チーム・エストレージャの選手権大会優勝と、アスくんとカンナちゃんお付き合いおめでとうの会を兼ねた、祝勝会をおっ始めまーす!」

 

 合宿の宿泊先でもあった、ツキシマ家の別荘にて、ショウコは音頭を取っていた。

 

「ひゃっほーっ!」

 

「いぇーい!」

 

 ソウジとミカはテンション高く応じ、

 

「やったぜ、成し遂げたぜ」

 

 ジュゲムはニコニコしながら頷き、

 

「あの、私この席にいていいのかしら……?」

 

 何故かチーム・ブルーローズを代表としてアズサと、

 

「うおぉぉぉぉぉっ、イチハラ君とツキシマさんっ!おめでとおぉぉぉぉぉォォォォォーーーーーッ!!」

 

 彼らの教官たるハヤテも、この席に着いていた。周囲への騒音を気にすることもないので、最初からテンション超一撃だ。

 

 そして、

 

「「………………」」

 

 今回の祝勝会の主役である、アスノとカンナの二人は、隣合って縮こまっていた。

 

 

 

 実のところ。

 

 この"祝勝会"とは名ばかりの二人の冷やかし会の前に、アスノはカンナのご両親に呼び出されていた。

 

 お茶の間に堂々と放送された一大告白。

 

 当然それは、娘と、その彼女が作り上げたガンプラの勇姿を視聴していたカンナの両親の目と耳にするところにあった。

 

 衆人環視の中でも臆すること無く想いを告げる好青年、というイメージは先行していたが、蝶よ花よと育ててきた娘の彼氏たる少年がどのような男なのか、対面したくてしょうがなかったのだ。

 

 アスノは緊張しつつも失礼の無い丁寧な物腰で、「お付き合いさせていただくことになりました」と深々と頭を下げるその様子は、これから結婚でもするのかと思うほどのものであった。

 

 そこからは、自身のことを根掘り葉掘り訊かれ、ついでに娘のどこを好きになったのかも根掘り葉掘りと訊かれ、隣でカンナが頭から湯気を出しそうになるほど真っ赤になりつつも、結果として交際は認められた。

 

 ……一応、あちらからは「自分達の見ていないところで"ナニ"をしようとも構わないが、無責任なことは許さない」と釘を刺されたのだが。

 

 

 

 ツキシマ家に仕えるコックやパティシエの手により、普通ならば手を出すことすら躊躇うほどの高級料理やスイーツが惜しみなくテーブルに運び込まれていく。人数があるとは言え、明らかに夏合宿の時よりもメニューが豪華である。

 

 主役二人をそっちのけで遠慮なく食べていくソウジとショウコとハヤテ、遠慮しがちながらもスイーツが気になるアズサとミカ、の二局を前に、アスノの隣からカンナが「アスノさん」とちょんちょんと突く。

 

「ん?」

 

「本当に、ありがとうございます」

 

「ど、どうしたの、急に?」

 

 唐突に感謝を告げるカンナに、アスノは戸惑う。

 

「これまでの、色んなことです」

 

 去年の十一月に、運命的な邂逅を果たしたこと。

 

 新学年になって転入、『鎚頭』で再会できたこと。

 

 選手権大会出場のため、チームに受け入れてくれたこと。

 

 二人きりで出かけた時に、運命の日を思い出してくれたこと。

 

 一緒にテスト勉強を頑張ったこと。

 

 夏合宿、ここで寝食を共にしたこと。

 

 選手権大会を勝ち抜き、そして最後に告白してくれたこと。

 

「とても短かったようで、とても長かった三ヶ月でした。どれもこれも、私の思い出として強く焼き付いています。だから、アスノさん。私にこんなにもたくさんの、素敵な思い出を、ありがとうございます」

 

「それは……ちょっと違うんじゃないかな」

 

「違う、のですか?」

 

 違うと言うアスノに、カンナは意外そうに小首をかしげる。

 

「もう三ヶ月経ったけど。でも、まだ三ヶ月なんだ。そりゃ、僕たちはそろそろ本格的に受験に備えなきゃいけないから、これまでみたいな、"楽しい思い出"はそんなに作れないと思うけど……」

 

 でもさ、と続ける。

 

「僕は、これからのことだって楽しみなんだ。ツキシマさんはどこの高校に上がるんだろう、僕もそこに行きたいな、とか。ツキシマさんと二人なら受験勉強だって楽しくなるかな、とか。受験が終わったらツキシマさんと何して過ごそうかな、とか……」

 

「アスノさん」

 

 ふと、カンナは遮った。ちょっとだけ、不満そうに頬を膨らませて。

 

「カンナ、です」

 

「え?」

 

「いつまで私のことをツキシマさんと呼ぶのですか。私達は、その……こ、こいびとどうし、ですから」

 

 そこまで言われて、ようやくアスノにも合点が入った。

 

「あっ、そうか。ごめん」

 

 名字ではなく、名前で呼んでくれと。

 

「じゃぁ……カンナさん」

 

「さん付けもいらないですよ?」

 

「その、これは単なる自己満なんだけど。カンナさんのことを大切にしたいって気持ちを込めて、さんを付けたいんだ」

 

「たっ、大切にににににっ……!」

 

 アスノの無自覚かつ予想外の反撃に、カンナは声を裏返す。

 

「だから……これからもよろしく、カンナさん」

 

「よよっ、よろしくお願いしますっ、アスノさんっ!」

 

 しかし二人とも迂闊である。

 この場にいるのは、二人だけではないのだ。

 

「へっへっへっ〜、なんだかお二人さん、イイ雰囲気じゃないすか〜?」

 

 炭酸ジュースを片手に、酔っ払ったつもりなのかショウコがニヤニヤしながら絡んできた。

 

「人前で堂々とイチャつきやかってなぁ。おいアスノ、そのまま押し倒してぶちゅーっといっちまえよ」

 

 便乗するのはソウジ。

 

「おっ、押し倒……!?そっ、それはダメ!不良で不潔で不健全よ!!」

 

 何故か全く無関係なアズサが飛び火を受けている。

 

「いいわね〜。青春青春、アオハルだわ〜」

 

「まだ学生なんだから、ハメを外し過ぎないようにね」

 

 青春を羨むミカに、大人としての正論を忠告するハヤテ。

 

 ツキシマ家の使用人達もこの様子を見守っており、「あらあらうふふ」「あ〜、尻が痒い……」などと言っている。

 

 ……先程の思い出語りも全て聞かれていただろう。

 それに気付いた瞬間、カンナは

 

「……〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」

 

 沸騰して音を鳴らす薬缶のごとく真っ赤になっていく。

 そして、

 

「きゅ〜……」

 

 と可愛い鳴き声と共に気絶してしまった。

 

「ちょっ、カ、カンナさん!?」

 

 アスノは慌ててカンナを介抱しつつも、

 

 この楽しくて仕方ない時間と、カンナと共に歩むこれからの未来に、期待と希望を膨らませるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、月日が流れて。

 

 アスノとカンナ、ソウジ、ショウコ、ジュゲムはそれぞれの進路を進みつつも、連絡は頻繁に取り合っていた。

 

 中学生らの受験のためにパスしていた冬季選手権大会。

 

 次の夏季大会になってようやく、チーム・エストレージャは再び舞台に立つ時が来た。

 

『さぁっ、今大会の注目チーム!前年の夏季大会にて、レッドバロンを打ち破った優勝チーム、エストレージャの登場です!!』

 

 スポットライトと派手なドライアイスの噴射と共に、五芒星は現れる。

 

「行こうか、カンナさん」

 

「はい、アスノさん」

 

 各々、この一年でさらに改修を加えた愛機を読み込ませ、ランダムフィールドセレクトは『インダストリアル7』を選択する。

 

「キタオオジ・ソウジ!」

 

 青いフレームのガンダムアスタロト。

 

「コニシ・ショウコ!」

 

 ナイト風の孫尚香ストライクルージュ。

 

「ジュゲム」

 

 ミリタリーテイストなガンダムEz8。

 

「ツキシマ・カンナ!」

 

 大和撫子を思わせるライジングガンダム。

 

 そして、

 

「イチハラ・アスノ!チーム・エストレージャ、行きます!!」

 

 無駄なく洗練されたガンダムAGE-1が、翔び立つ――。

 

 

 

 

 

 FIN



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