サッパリとした男前 とりまる (mowさん)
しおりを挟む

1話 鳥丸京佳

こんにちはこんばんは
よろしくお願いします


 

 

 ボーダー本部のラウンジ。

 土曜の昼間ということもあってか、訓練や防衛任務の合間にこの場所を訪れる人間は多い。訓練生、正隊員問わず多くの人で賑わっており、見知った顔もチラホラ見かける。

 かくいう俺もその1人。ラウンジの1人用席に腰掛けアイスコーヒー(甘め)を啜りながら、ボーダーから支給されたスマホでA級ランク戦のログを眺めていた。

 

 今見ている試合は先月末に行われた太刀川隊、二宮隊、風間隊の3つ巴だ。

 どのチームも相当な実力を持っており、試合は拮抗しているように見えるが僅かに太刀川隊が優勢に見える。

 このメンバーで試合をする最後の機会ということもあってか、普段以上に気合いが入っているように見えた。

 出水先輩が鳩原先輩を落とし、風間さんが出水先輩を落とす。その隙をついて、二宮さんが風間さんを撃ち抜いた。

 目まぐるしい展開が続き、その後も人数はどんどん減っていく。

 試合も終盤に差し掛かり、残っているのは慶さんと京介、二宮さんだけになった。

 二宮さんが持ち前のトリオンを存分に発揮させた弾幕が2人を襲うが、京介がエスクードを展開して太刀川さんを守る。

 二宮さんのアステロイドが京介を貫くが、ほぼ同時に太刀川さんの旋空弧月が二宮さんを両断し、勝負は決した。

 最終スコアは6-4-2で太刀川隊の勝利。太刀川隊がA級1位を守り抜き、今期のA級ランク戦は幕を降ろした。

 

 「何回見てもいい試合だな」

 

 この試合を見るのはもう3度目だろうか。1度目はリアルタイムで、2度目は1週間前にログで。

 こういう良い試合を見るのは好きだ。学ぶことが多くあるし、何より見ていて熱くなれる。そしてこの試合は太刀川隊にとって特別な試合だし、より熱くなって見ることができた。

 何せ、京介が太刀川隊としてする最後の試合だ。感情移入してしまうのも無理はないだろう。

 京介はこの試合を最後に、本部から玉狛支部に移籍することが決定している。移籍の理由は知らない。

 何で兄弟なのに知らねえんだよ、とか言われそうだが知らんもんは知らん。

 京介が自分で決めたことに口を出すつもりはないし、あっちが話してこないなら一々理由も聞かない。

 もし俺が移籍することになったとしたら、京介も俺と同じようにするだろう。ドライに感じるかもしれないが、これが俺たちの兄弟関係だ。

 対応はドライでも仲は良いから問題ない。

 

 「ん?」

 

 スマホから視線を上げると、見知った顔が目に付く。

 天然パーマに顎髭を生やした男が周りをキョロキョロしながら歩いているではないか。知らない人が見たら不審者と間違われてもおかしくない。

 しかし、この組織に所属していて彼を知らぬ人間はいないだろう。そんな有名な男と目が合ってしまう。次の瞬間、軽く手を上げながら近づいてきた。

 

 「ここにいたか、京佳」

 

 「慶さん。こんにちは」

 

 俺に話しかけてきたこの人の名は太刀川慶。

 先程まで試合を見ていたA級1位太刀川隊の隊長にして、個人総合1位の猛者。名実ともにボーダーのB級、A級隊員の中で最も強い人間だろう。ただし、私生活は残念極まりない。パラメーターの全てを戦闘に振っている。実はサイヤ人なのではないかという疑惑が俺の中で話題になっている。

 

「いや、相変わらず京介とそっくりだな」

 

「まあ、双子なんで」

 

俺と京介は双子ということもあり、顔の造形はほぼ同じ。今は髪型が違うので見分けるのは容易だが、顔だけになってしまうと慣れた人間でないと見分けることは不可能だろう。

ちなみに、モサモサしてる方が京介で、比較的さっぱりとしたミディアムショートが俺だ。間違えないように。

 

「今ちょっといいか?」

 

「大丈夫ですよ。暇なんで」

 

慶さんが髭が生えている顎を掻きながら言う。

慶さんがこうやって話しかけてくる時は十中八九ランク戦のお誘いだ。俺としては強い人と戦うのは成長に繋がるのでウェルカムだが、この人は強すぎる。10本中2本取るのがやっとだ。追いつける気がしない。

 

「ランク戦ですか?」

 

「いや…」

 

ランク戦では無いようだ。何やら言いづらそうにしている。

この人がランク戦以外で話しかけてくるとなると…思いつくのは課題を手伝って欲しいくらいだが、流石に高校に入る直前の中学三年生に言うことはないだろう。無いと信じたい。無いと言ってださい、お願いします。

 

「回りくどいの苦手だから…たん…たんとう…?……」

 

「単刀直入ですよ」

 

変に難しい言葉使おうとして失敗しないでほしい。…単刀直入ってそんな難しくないし何なら簡単な部類だけど。

 

「そう!それだ!単刀直入に言うぞ」

 

曇り空が晴れるかのように慶さんの表情が一変する。俺が教えてあげたはずなのにドヤ顔してるのは何故?

 

「お前、ウチに入んない?」

 

「…ウチって言うのは、太刀川隊ってことですか?」

 

課題の手伝いでは無かったことに安堵するが、それ以上に衝撃的な相談だった。

俺が太刀川隊に?…ああ、なるほど。

 

「京介の代わりってことですか」

 

 

 太刀川隊から京介が抜ければ大幅な戦力ダウンだ。その抜けた分の戦力を補強するために俺を勧誘したってわけか。

 有難いお誘いだ、が…。

 

 「お断りします」

 

 俺は簡潔に告げる。すると慶さんはニヤリと笑った。

 

 「そう言うと思ったぜ」

 

 まるで予想通りといった様子だが、俺が断ることは実際予想通りだったのだろう。

 それもそのはず。俺が部隊に入るつもりがないというのはボーダー内に噂として広まっている。

 そして実際、その噂は当たっていた。俺は今のところ部隊に入るつもりはない。

 それが太刀川隊となれば尚更だ。

 

 「断られるのを分かってて何で誘ってきたんです?」

 

 「京介がお前のことを後任として推薦したからだ」

 

 「!…京介が…?」

 

 あいつは俺が部隊に入らない理由を知っている。なのに何で推薦した?

 理由は分からないが、後で問い質せばいい。

 

 「京介にお前が部隊に入らない理由を聞いた。…遠征に行きたくないんだろう?」

 

 「…まあ、そうですね」

 

 京介の奴…話したのか。別に全然良いんだけど。

 俺が部隊に入らない理由。それは今、慶さんが言った通りだ。

 俺は遠征に行きたくない。理由はいろいろあるが、一番は家族がいるからだ。

 俺と京介には4人の弟妹がいる。家は決して裕福とは言えないので、俺も京介もボーダー以外にバイトをしている。

 遠征は給料がいい。しかし同時に危険を伴う。最悪の場合、万が一もあり得るだろう。

 だから、俺は弟妹を守るためにこちらにずっと残ることに決めている。

 まあ、俺自身が遠征に興味ないってのも理由の一つだけど。

 

 「A級はどこも遠征目指してるでしょう?だから部隊には入りません。俺が部隊に入ったせいで目標を達成できなくなるのとか、そういうの嫌なんで」

 

 前の部隊を抜けた理由も同様だ。

 部隊が遠征を目指すことを決めたが、俺は「遠征に行きたくない」とチームメイトに告げた。

 和を乱すような発言だったが、あいつらは嫌な顔一つせずに「全員で行かないと意味ないし、遠征はやめよう」という結論に満場一致したのだ。

 優しくて仲間思いのいい奴らだったが、その優しさが俺には痛かった。

 ”遠征に行きたくない”という自分の都合で皆の目標を邪魔してしまったのが嫌だった。

 だから抜けた。

 

 「じゃあ何でB級の部隊にも入らない?B級ならすぐに遠征に行くってことはないだろ」

 

 「B級になったら給料減るじゃないですか」

 

 「ああ、そういうこと」

 

 俺の言葉に慶さんは納得する。

 A級には固定給があるが、B級にはない。家計を支えるために働いている俺にとってこの差は非常に大きい。

 そもそも、B級のチームに入るメリットがあまりない。

 

 「そういうわけなので。お誘いは嬉しかったです。ありがとうござ」

 

 「よし、京佳。お前ウチ入れ」

 

 「話聞いてた?」

 

 俺の言葉を遮って再び勧誘してくる慶さんに対し、思わず敬語なしで反応してしまう。

 今、理由もちゃんと言って断ったはずなんだけど。本当に話聞いてなかったんじゃないか、この人。そんなだから単位落と……いや、これ以上はいけない。危なかった。

 

 「遠征行きたくないって理由なら問題ないだろ。行かなきゃいい」

 

 「…そりゃそうですけど、慶さん達は遠征狙ってますよね?」

 

 「ああ。その通りだ」

 

 話が見えないな。太刀川隊は遠征を目指している。それなのに俺を勧誘する。

 …わからん。どういうことだってばよ。慶さん、とうとうアホにったのだろうか。元からアホという説もあるが。

 

 「俺達は遠征を目指すが…お前まで遠征に連れていくつもりはない」

 

 「…つまり、隊に入っても俺だけは遠征に行かないという事ですか?」

 

 「そういうことだな!」

 

 慶さんは笑顔を見せ、愉快そうに笑う。

 

 「遠征は部隊全員で行かなければならない、なんてルールはない。俺と出水、2人でも問題なく遠征に行ける」

 

 …確かに、慶さんのいう事は正しい。

 部隊全員揃っていないと遠征に行けないなんてルールはないし、遠征選抜試験も慶さんと出水先輩の実力を考えれば問題なく合格できるだろう。

 ……なら、何故…。

 

 「何故、俺を誘うんです?戦力的には問題ないでしょう?」

 

 俺が問うと、慶さんは「あ~~」と唸りながら頭をポリポリと掻く。数秒後、言い辛そうに口を開いた。

 

 「あー、まあ、あれだ。京介には内緒にしろって言われてるけど…まあいいか」

 

 良いのかよ。勝手に言うのは良くないと思うが、慶さんは本当に言っちゃダメなことは言わないタイプの人間だ。だから、言っても大丈夫なのだろう。

 

 「京介に頼まれたんだ。京佳が部隊を抜けてから寂しそうだから、自分が抜けた後部隊に入れてやってほしいって」

 

 「あいつが…」

 

 京介がそんなことを言うなんて完全に予想外だった。確かに、部隊を抜けてから…虚無感というか寂しさというか、何とも言えない感覚が胸の中にあった。3ヶ月程経った今でも、その感情は仄かに香ってくる。

 誰にも指摘されなかったし、自分でもいつも通りやれてると思ってたんだが…双子の兄の目は誤魔化せなかったらしい。

 

 「ま、無理にとは言わないけど」

 

 慶さんはそう言うが、俺の心は決まっている。

 

 「いえ、入ります」

 

 「え、まじで?」

 

 俺の返答を聞いた慶さんは目を丸くする。まさに啞然と言った感じだ。

 

 「そんなに驚きます?そっちが誘ってきたのに」

 

 「いや、まさかそんなにあっさりとは思わないだろ。もっと葛藤とかあると思うだろ、普通」

 

 「あー、なんか、京介に見抜かれてんのが悔しかったんで。あと、慶さんになら別に我儘言って迷惑かけてもいいかなって」

 

 「え…何それ、俺の扱い雑くない?」

 

 苦笑いしながら慶さんが言うので思わず笑ってしまう。

 その様子を見た慶さんは、不機嫌そうな顔で言った。

 

 「なに笑ってんだよ」

 

 「ふふ…すみません。いや、扱いが雑なんじゃなくて、それだけ信頼してるってことですよ」

 

 俺が言うと、慶さんは先ほどとは打って変わって照れくさそうに鼻を掻く。搔きながら「おい、やめろよ…」とか言ってる。

 この人、相変わらずチョロくて面白いな。アホだし。反応が見てて楽しい。まあ尊敬してるのは本当だからいいだろう(私生活を除く)。

 

 「よし、じゃあ早速…」

 

 「はい」

 

 すっかり上機嫌な慶さんが明るい声で言う。

 そうそう、早速入隊手続きの書類を作りに…。

 

 「入隊祝いのランク戦するか!」

 

 なんでだよ。

 

ーーー 

 

「ただいま…」

 

 玄関の扉を開け、小さな声で呟く。

 あの後入隊祝いのランク戦(?)をして例の如くボコボコにされた後、防衛任務を終えて帰宅した。

 

 既に時刻は11時を回っており、弟妹達は夢の中。両親も既に床に付いているだろう。

 静かな家の廊下を足音を立てないようにゆっくりと歩き自室へ入ると、明かりがついている。

 ふと部屋を見ると、同じ部屋で暮らしている京介が小説を読んでいた。相変わらずモサモサしているが、顔面はイケメンと言う他ない。ただの部屋着+本を読んでいるというだけなのに何かの映画のワンシーンのようだ。我が兄ながらイケメンすぎる。

 事実、こいつは学校でもボーダーでもモテまくりのモテ男だ。よく生駒さんが嫉妬しているし、何故か俺にも嫉妬の目を向けてくる。怖いからやめて欲しい。

 

「ただいま。まだ起きてたのか。明日朝からバイトじゃなかった?」

 

「おかえり。この小説が面白くて全然眠れない」

 

 京介は苦笑いしつつ、手に持った本を見せてくる。その本は小説に詳しくない俺でも知っているほどに有名な著書だった。

 

「へぇ、芥川龍之介とか読むんだ」

 

「図書室で適当に借りたんだけど、意外と面白いぞ。京佳も読むか?」

 

「いや、遠慮しとく。活字読んでると頭おかしくなる」

 

 背負ったカバンを床に置きながら答えると、「そうか」という短い相槌が聞こえてくる。

 とりあえず着替えようとし、掛けられているハンガーに手を伸ばして部屋着を手に取る。いそいそと着替えていると、京介が活字に目を落としたまま静かに口を開いた。

 

「太刀川さんに何か言われたか?」

 

「ん、ああ。チームに誘われたよ」

 

「どうするんだ?」

 

「入ることにした」

 

 京介が単刀直入に聞いてくるので、俺も隠すことなく素直に返答する。俺の返答に京介は一瞬驚いたが、直後に優しい笑みを浮かべた。

 

「そうか。太刀川隊は皆いい人だから…楽しくやれよ」

 

「…ああ」

 

 お前、俺が寂しがってるとか言ったらしいな?とでも言おうと思ったが、これをわざわざ言うのは無粋というものだろう。この言葉はそっと心の中にしまっておこう。

 

「そういや、玉狛はどんな感じ?やっていけそうか?」

 

「おまえも知ってるだろ。皆良い人だよ。あ、初めて会ったエンジニアの人も優しかったな。ちなみに小南先輩は相変わらずだった」

 

 小南先輩は騙されチョロガールとして有名だ。相変わらず…ということは、京介のくだらない嘘を信じたのだろう。

 

「へぇ?また嘘ついたのか?」

 

「俺と京佳、兄弟だと思われてるんすけど実はクローンなんすよって言ったら信じた」

 

「まじかよあの人…」

 

 そんな嘘を信じる人間がいるのか…。にわかには信じがたいが、それが小南先輩という生き物だ。詐欺師とかホストにチョロっと騙されるんじゃないかと本気で心配している。

 

「俺の方は上手くやっていけそうだから大丈夫だ」

 

「そうか。……じゃあ俺シャワー浴びてくる」

 

 自室から退出し、浴室へと向かう。

 俺も明日は朝からバイトがあるし、さっさとシャワー浴びて寝よう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 女子会

こんばんは。
早速ですけどキャラ崩壊が酷いです。何だこのバカな小説は…。

閑話休題。
早速評価や感想ありがとうございます!ルーキー日間ランキングも5位でした!感謝!!


 烏丸京介・京佳という双子はボーダー内でも有名であり、人気がある隊員だ。

 人気の理由は色々あるが、第1はやはり圧倒的なルックスだろう。

 そのルックスの良さはボーダー内どころか三門市内、いや全国的に見てもトップクラスであり、俳優やアイドルと並んでも何ら違和感ないだろう。その顔の良さは、男であろうとも目で追ってしまう程だと言われている。

 そして次に、性格の良さ。兄である京介はクールながらも世話焼きの一面を持っており、困っていることは手伝ってくれるし親身になって相談に乗ってくれる。15歳とは思えないほどの冷静さと優しさに心を射抜かれた女子は数知れず。

 弟である京佳はノリが良く、クールな京介と比べると話しやすい。大家族の長男としての性なのか、兄と同じく世話焼きで、特に年下に対してはとてつもない可愛がり方を見せる。普段は大人っぽい印象だが、時折見せる子供のような無邪気さとのギャップに心を射抜かれた女性は数知れず。

 

 そして2人ともA級隊員であり、戦闘力に関しても言う事はない。

 強いて上げる欠点といえば家が貧乏であることだ。そして弟妹も多いため、2人とも家族のためにボーダーと新聞配達のバイトを掛け持ちし必死に働いている。稼ぎの多くを実家に入れているため私物はあまり持っておらず、私服も先輩隊員のおさがりが多い。オシャレにこだわるような姿勢は見えない――というより弟妹を第一に考えているため自分のことには無頓着というべきだろうか。

 一見マイナスポイントに見えるが、この2人にかかれば「家族思いで素敵…」「弟妹のために身を削ってるなんて素敵…」という美談になってしまうし、おさがりの古着を着ても完璧に着こなしてしまうため欠点になっていないのである。

 というかそもそも、この2人の前では欠点も苦手なこともただのチャームポイントになってしまうのだ。

 

 こんなに完璧なら何か1つくらい悪い所を見つけたい…!そう思って近づく男子もいたが、2人にほだされて結局ファンの1人に成り下がってしまっていた。男女問わず堕とす、魔性の兄弟である。

 しかし、2人の欠点を探すことを諦めていない男が1人いた。

 その名は、生駒達人。漢の中の漢である。

 

 ここで勘違いしないでほしいのは、生駒は決して2人を嫌っているわけではないという事だ。

 人当たりもよく人懐っこい2人のことはむしろ好きであり、可愛い後輩として時々ご飯を奢ったりもしている。

 ではなぜこんなことをしているのか。それは、生駒の中に燃ゆる漢としてのプライド故だった。

 

 生駒は基本的に、モテたいと思っている。そんな中でボーダーのほぼ全ての女子の心を奪っていった烏丸兄弟の存在は、生駒にとって(相手がどう思っているかは兎も角)ライバルといっていいものだった。

 このままじゃ…ボーダーの全女子どころか三門市民全員が烏丸兄弟に惚れるのも時間の問題やないか…!と危機感を覚えた生駒は、2人の牙城を切り崩す武器として欠点を探しているのである。

 そんな隊長の様子を見た生駒隊の面々は一様にこう思った。「自分を高めるんじゃなくて相手を落とそうとしてるからモテないんじゃないの?」…と。

 それは生駒にとってぐうの音も出ないほどの正論であった。

 そもそも、本来の生駒はこんなにコソコソとした人間ではない。普段の彼であれば自己研鑽をし、全うにモテようと努力しているだろう。

 しかし、今の彼の精神状態は普通ではなく、極めて不安定な状態にあった。モテまくる烏丸兄弟への嫉妬心、自分がモテないことによる悲しみ、来月に迫るバレンタインデーへの焦り、寝る前の自分の鼻息のうるささ…etcetc…と、様々な要因が嚙み合った結果このような愚行に走っているのである。

 生駒隊のメンバーが生駒にそれを告げればすぐにでも正気に戻るだろうが、そうはしない。なぜなら-----面白いから。

 今日も生駒達人は、烏丸兄弟の欠点を探して歩く。

 彼が自分の愚かさに気づくのは、1週間後のことであった。

 

 「ん?太刀川さんと…京佳やんけ。何話してるんやろ」

 

 生駒がラウンジを歩いていると、京佳と太刀川が何やら話しているところを目撃する。

 そこまで珍しい絡みというわけでもないが、目当ての獲物の内の1人である京佳を見つけられたのは運がいい。京佳たちが話す近くにある自販機の陰に隠れ、2人の会話に聞き耳を立てる。

 自販機の陰に隠れている生駒の姿は、完全に不審者と言って差し支えないものだった。

 

 「じゃあ早速、入隊祝いのランク戦するか!」

 

 (ん?…今なんて言うた?)

 

 どうやら既に会話は終盤だったようで、生駒が聞き耳を立て始めたタイミングで会話は終わり、2人はラウンジを去っていく。

 生駒は2人が去っていくのに目もくれず、先ほど太刀川が発した言葉の意味を吟味していた。

 

 (入隊祝いってなんや?京佳がボーダー入ったんは俺よりも前やし…)

 

 自販機の陰で考え続ける生駒。相変わらず不審者である。

 そのあまりの不審者っぷりに、誰もその自販機に飲み物を買いに来ない。

 

 (…そういや、京介は玉狛に移籍するっちゅう話やったな…。入隊祝い…ってまさか今の会話…京佳が代わりに太刀川隊に入るっちゅう話か!?あかん…もしそうだとしたら大ニュースや…!)

 

 考えがまとまり、一つの結論に辿り着いた生駒。自分の推理に確信を持った生駒は、心の中で自画自賛する。

 

 (あかん…これ俺、名探偵の資質あるんちゃう?関西の服部平次って呼ばれてまうかもしれん…!)

 

 関西の服部平次は既にいる。

 

 (いや、ちゃうな…。現世に蘇った江戸川乱歩って呼ばれてまうな、これは)

 

 江戸川乱歩は探偵ではなく推理小説家である。

 

 (こうしちゃおれん!江戸川乱歩として、この推理を誰かに聞かせなあかん!)

 

 江戸川乱歩なら小説を書いてほしい。

 

 「あの…生駒先輩?」

 

 脳内でもいつものような天然マイペースっぷりを披露する生駒に声を掛ける人間がいた。

 

 「三上ちゃんやん。おつかれさん」

 

 完全に不審者であった生駒に声を掛けるという肝っ玉の持ち主は、A級3位風間隊のオペレーター・三上歌歩。

 さらさらの黒髪をボブに切りそろえており、童顔な顔だちをしている。しかし、見た目とは裏腹に圧倒的な包容力と母性を持ち合わせており、年上年下関係なく、女子は皆三上にメロメロである。

 自販機の陰に佇む不審者と幼気な少女。第三者が見れば通報されてもおかしくないシチュエーションだが、幸い2人はボーダー内でも顔が広いため通報されることはなかった。

 

 「そんなところで何してたんですか?」

 

 質問と共に、三上の純粋な視線が生駒に突き刺さる。

 

 (あかん…盗み聞きしてたなんて言うたら印象悪いよな…なんかいい感じの言い訳せな…)

 

 「ち…ちょっと立ち眩みしてもうてな。寄りかかって休んでたんや」

 

 苦しい言い訳だ。ラウンジなんだから座って休めばいいし、自販機の陰に隠れるように寄りかかる意味が分からない。

 そして今の言い訳の致命的な欠陥に生駒は気付く。ーーー俺、今トリオン体やんけ…と。

 トリオン体は基本的に立ち眩みなどにはならない、というのは周知の事実だ。そのため生駒の言い訳はすぐにバレてしまうだろう。

 ...しかし、そうはならなかった。

 

 「え!?大丈夫ですか!?あ、だからトリオン体になってたんですね…」

 

 三上は本気で心配した表情で声を上げる。どうやら、立ち眩み→トリオン体になって取り敢えず応急処置、という風に解釈してくれたようだ。

 まさか信じてもらえるとは思っていなかった生駒は自分の言い訳がバレなかったことに安堵するも、こんなにも純粋で優しい子を自分のくだらない言い訳で騙してしまったという罪悪感に苛まれてしまい、胸がずきずきと痛む。

 

 「んぐう…」

 

 「え?大丈夫ですか!?」

 

 あまりにも胸が痛んでしまい、思わず声を上げてしまう。そして、再び三上に心配をかけてしまったことに胸を痛め、変な声が出そうになる。

 さながら某レクイエムのような無限ループに陥ってしまっていた。

 このままではダメだと、生駒は呻き声をグッとこらえて気合を入れ直した。

 

 「もう大丈夫やから心配せんでええよ」

 

 「そうですか…無理はしないでくださいね…!」

 

 「もちろんや」

 

 その笑顔のあまりの眩しさに思わずたじろぐ。なんやこの子…ええコすぎるやろ…!と心の中で叫びつつ、三上との会話を続けていく。

 

 「ほんで三上ちゃんは?何してたん?」

   

「今から女子会なんですよ〜」

 

「お、ええな〜。楽しそうやん」

 

生駒は三上と雑談を続けながら、迷う。

さっきの話めちゃくちゃ言いたい、と。

しかし、生駒も一応常識のある人間である。確定していない情報、自分が推理した情報を勝手に人に言いふらしていいものかと葛藤する。

これがもし、自分の隊の人間に言うのであれば「へ〜そうなんすね。イコさん名探偵やないですか」「絶対嘘やろ」みたいな軽い感じで終わるから良いのだが、三上に言うとなると話は別だ。

 

(あかん、めっちゃ言いたい。イコさんの名推理を披露したい…!)

 

しかし、生駒は自分の欲望に抗えない。

三上なら口止めしておけば無闇矢鱈に言いふらすことはないだろう、と自分に言い訳した。

 

「あんな、三上ちゃん。聞いて欲しいことがあんねん」

 

「?なんですか?」

 

唐突な話題転換に三上が首を傾げる。生駒は慎重に言葉を紡いだ。

 

「これはただの憶測なんやけど、京佳が太刀川隊に入るかもしれん」

 

「え!?京佳って…か、烏丸くん!?」

 

予想より三上の反応が大きいことに生駒は驚く。しかし、京佳が部隊に入るのは実に3〜4ヶ月ぶりのことだ。今まで全ての誘いを断っていたことを考えるとこの反応も当然だろうと納得し、ただの推測であることを念押しすることにする。

 

「せやせや。多分、京介の代わりで入るんちゃうかな。まだ確定ではないけどな」

 

「そ、そうなんですね…」

 

「てか、三上ちゃん。時間大丈夫かいな。これから女子会なんやろ?」

 

「え、あ、そうでした!すみません!失礼します!」

 

女子会があることを思い出したのか、三上は生駒に礼をし、パタパタと走り去っていく。その様子を見届けた生駒は、ソロランク戦をするためにその場を後にした。

そして、歩きながら思い出す。

 

(口止めすんの忘れとった…。…ま、ええか)

 

ーーー

 

「歌歩ちゃん、いらっしゃい」

 

「お邪魔します!」

 

三上が訪れたのは加古隊の作戦室。三上を出迎えたのは金髪ロングのセレブ感満載の美女。加古隊の隊長である加古望である。三上はぺこりと会釈をし、隊室の中へ足を踏み入れた。

 

「ごめんなさい、遅くなりました」

 

「あら、いいのよ別に。気にしないで」

2人は作戦室の奥へと進んで行く。奥の部屋はまるでリビングのようになっており、ソファに座ったりコタツに入ったりして談笑している女子達の姿が見えた。

 

「みなさん、こんにちは!」

 

「こんにちは、三上先輩」

 

初めに挨拶したのは、量の多い髪をサイドテールに纏めた小柄な少女。加古隊攻撃手の黒江双葉である。約4か月前に入隊したにも関わらず、圧倒的な戦闘センスを見込まれて加古隊にスカウトされた。天才の名に恥じない戦闘力を持つ、立派な加古隊の隊員だ。

そんな天才少女は、今では普通の小柄の少女に見える。ちょこんとソファに座る姿は何とも可愛らしい。

 

「ささ、歌歩ちゃんも早く座って!」

 

「うん」

 

同じくソファに腰掛けていたセミロングの美女、嵐山隊オペレーターの綾辻遥が三上にソファに座るように促し、三上は大人しくそれに従い、綾辻の隣に座った。

 

「歌歩ちゃん、何食べる?色々あるよ」

 

コタツの上に並べられた多種多様なお菓子を見せながら三上に話しかけたのは、綺麗な金髪をボブにカットした女子。二宮隊オペレーターの氷見亜季だ。三上はピンク色の可愛らしいマカロンを手に取り、小さく口を開けて頬張った。

 

「ん、これすごく美味しい!」

 

「そうでしょう?私のお気に入りなのよ」

 

加古が紅茶を淹れたティーカップを卓上に置き、ゆったりとした動作でコタツに入る。明らかにセレブ感あふれる加古が普通にコタツに入る光景はミスマッチに思えるかもしれないが、加古は一般家庭で生まれて普通に育った普通の女性である。何もおかしいところはない。加古のセレブオーラはどこから来たものなのか、それは謎に包まれている。

 

「さて、揃ったわね。女子会始めましょうか」

 

本日のメンバーが全員揃い、加古が女子会の開始を宣言する。綾辻、三上、黒江、氷見、加古ら5人は楽しそうに談笑しながら甘いお菓子と共に紅茶を嗜む。

女子会開催からしばらく経過した時、三上がおもむろに口を開いた。

 

「そういえば、さっき生駒さんから聞いた話があるんですよ」

 

「ん?なになに?気になるかも」

 

「生駒くんの話ねぇ。面白そうだけど…多分下らない話よね」

 

真っ先に反応したのは氷見だ。興味津々な目で三上を見る。加古は頬に手を置き、半ば諦めたようにため息をついた。

加古の言葉はあながち間違っておらず、生駒は面白いが下らない話ばかりするというのは事実だ。

 

この前、加古が生駒と会話した際も下らない話を聞かされたばかりだった。「加古さん、俺の好きな丼って何か知ってます?」と思わせぶりな質問をした挙句、その答えは「カツ丼」という何の捻りもクソもない答えだったため、加古は溜息を禁じ得なかった。

ちなみに、この話は面白くない上に下らない。

 

「いや、下らない話じゃないんですよ。むしろ…結構重要な話というか…」

 

しかし、三上は加古の言葉を否定する。生駒が重要な話なんかするのか?という疑問に三上以外の4人は軽く首を傾げる。数秒の沈黙の後、三上の口から言葉が発せられた。

 

「生駒さん曰く、烏丸くんが太刀川隊に入るらしいです」

 

その発言に、再び4人は首を傾げる。烏丸はつい先日太刀川隊を脱退して玉狛支部に移籍したはず…という疑問が4人の頭を駆け巡った。

その疑問を最初に口に出したのは、黒江だった。

 

「烏丸先輩は今はもう玉狛所属じゃないんですか?まさか戻ってきたとか?」

 

その言葉に、三上以外の女子は頷く。烏丸が玉狛支部に移籍するという話はボーダー本部では有名な話であり、最近のトピックスでもあった。

重度の烏丸ファンガール-対面すれば緊張でまともに喋れない程-である氷見は、その事実にかなりショックを受けていた。そもそも、今回の女子会が開かれた理由が正に烏丸のニュースにある。

 

氷見は本部から烏丸がいなくなることを嘆きに嘆き、半泣きで打ちひしがれていたところを加古が目撃した。あまりの落ち込みようの氷見を見た加古は、気分転換のために今回の女子会を開いたのだ。

氷見は少しずつ元気を取り戻し、今では現実と向き合いつつあるが、未だにショックは大きいだろう。

加古としても、氷見の気持ちは少し分かる。想い人の顔を見る機会が減るというのが、年頃の乙女にとってどれほど辛いものなのかを想像するのは難しくない。

 

少し分かるとは言ったものの、むしろ加古にとっては共感できる内容だ。約1月前、お気に入りの男子をチームに誘って断られた時の寂しさを思うと、氷見の気持ちも十分に理解できる。

烏丸が移籍するという事実は、ファンガール達にとってそれほど衝撃的なものだったのだ。

 

「嘘!?烏丸くん戻ってくるの!?」

 

三上の発言を聞いた氷見は歓喜の表情を浮かべる。とても嬉しそうな氷見の様子を見た三上は、とても…それはもうとても言いづらそうにしながら次の言葉を紡いだ。

 

「あ…その………そうじゃないの。私が言ってるのは…もう1人の烏丸くんの話」

 

「もう1人……って、まさか…!」

 

三上の言葉に真っ先に反応したのは綾辻だ。淡麗な顔を驚きに染めている。綾辻の言葉を引き継ぐように、加古が静かに声を発した。

 

「京佳くんのことね…?」

 

「はい、そうです。本当かは定かじゃないですけど、太刀川隊に入るらしいんですよ…」

 

この場にいる全員が、驚きで表情を固める。

それもそのはず。何を隠そう、ここにいる3人――氷見と黒江を除く――は全員もれなく京佳のファンガールなのだ。

ファンガールたちが言葉を失う中、氷見が冷静に言い、黒江と三上が答える。

 

「じゃあ、烏丸くんの代わりに入隊するってことなのかな」

 

「多分、そうだと思います。けど、今まで全部断わっていたのにどうして急に…?」

 

「私の勧誘も断られたのに……」

 

そう、ファンガールたちが驚いている理由はそこだ。既に5人部隊に所属している綾辻以外の2人は、京佳を自分の部隊に誘っているのだ。しかし、どちらも呆気なく断られてしまっている。その後も京佳を勧誘する部隊は後を絶たなかったが、全て無惨に散っているのを知っていた。

もう二度と部隊に入らないのではないか、と噂されていた京佳が太刀川隊に入る。それはファンガール達-特に誘いを断られた加古と三上-にとってはあまりにも衝撃的な事実だった。

 

「そう…太刀川くんの部隊に…」

 

衝撃で言葉を失っていた加古が小さく呟く。その声は少し震えていた。その震えは、悲しみを孕んだ震えではない。確かな怒りを感じさせるものだった。

 

「ちょっと…太刀川隊の作戦室に行ってくるわね」

 

表情こそ穏やかなものの、目は穏やかとはかけ離れている。冷たい瞳には、明らかに危険な雰囲気が漂っていた。――ヤバい、直感でそう察した黒江は、加古の腕にしがみついた。

 

「加古さん落ち着いてください!人を殺せる目してますよ!」

 

「止めないで双葉!太刀川くんと京佳くんに問い詰めないと気が済まないの!大丈夫よ、京佳くんは殺さないわ!」

 

「太刀川さんは!!?」

 

黒江は必死に加古を止めようとするも、元々の身長差や力の差もあってズルズルと引き摺られていく。

急いで立ち上がった氷見も黒江と同じように腕にしがみついたことで、何とか加古の進撃を食い止めることが出来た。

 

「加古さん、少し冷静になってください」

 

腕にしがみついたまま氷見が言うと、加古は数回深呼吸をして口を開く。

 

「ふー…………そうね…ごめんなさい。取り乱してしまったわ」

 

加古はゆっくりと全身から力を抜き、再びコタツへと体を滑り込ませる。何とか加古を食い止めることが出来た氷見と黒江は、同時に大きく溜息をついて定位置に戻った。

そんな加古の荒ぶり具合を見た綾辻も正気を取り戻しており、ようやく本題に入れそうだった。

 

「それにしても…なんで急に入ることにしたんですかね?烏丸……京介くんの推薦とか?」

 

「…確かに、その要因は少なからずあるでしょうね。けど、それだけじゃない気がするのよ…」

 

三上が言い、少し考えた後に加古が答える。

加古の言う通り、京介の推薦があったとしても、今まで頑なに部隊に入ることを拒んでいた京佳があっさりと入隊するのは少し違和感が残る。他になにか理由があるような気がしてならなかった。

しかし、その理由が分からない。そんな中、黒江が遠慮がちに口を開いた。

 

「あの…太刀川隊のオペって国近先輩でしたよね…?その…やっぱり男の人って…あの…胸が…その…」

 

黒江の言葉を聞いた瞬間、綾辻、三上、加古の3人は一気に表情を変える。そして、3人はほぼ同時に叫んだ。

 

「「「あーーーー!!!」」」

 

3人は叫びを上げながら、自分の胸部に両手を置く。しかし、胸を手を置いたところで現実は変わらない。3人の中の最高サイズはC。対して太刀川隊のオペレーターである国近が有する居城のサイズはEである。

 

3人はその変わりようのない事実を受け止めたものの、自らの敗北を受け入れることが出来なかった。

ただ、この世は無常。敗北を認めなかったとはいえ、絶対に敵わない差がそこにはあった。

 

「嘘よ!京佳くんがおっぱい星人なわけないわ!」

 

「そうですよ!京佳くんはそんな人じゃないです…!」

 

「でも…それ以外に理由が…」

 

3人は完全に混乱してしまっている。最もサイズが乏しい三上は悲しげな目で自分の胸を見つめてしまっていた。

自分の何気ない発言で場が混沌に包まれてしまったことで、黒江もあわあわとパニックを起こし、氷見も「まさか…烏丸くんもおっぱい星人…!?」などと訳の分からないことを口に出し、自らの胸に両手を添えている。

しばらくその状態が続いた後、京佳ファンガール衆が一斉に立ち上がった。

 

「2人とも、行くわよ!」

 

「「はい!」」

 

加古、三上、綾辻は作戦室を飛び出して行く。あまりのスピードに黒江は止める間もなかった。

一方、氷見は未だに自分の胸に手を添えていた。





作者は以前半年ほど関西に住んでいたのでフィーリングで関西弁を書いてますが、関西在住の方にとっては違和感が大きいかも知れません。優しい目で見守っていただけると幸いです。
ファンガール3人衆が京佳に惚れた理由は後ほど描きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 太刀川隊

こんにちは
こんなアホな小説にたくさんの評価と感想ほんとうにありがとうございます
ルーキー日間ランキング1位も感謝です
これからも頑張ります


 

「うわ!なんだそれ!?」

 

「へへ〜ん。攻略動画見てきたもんね〜」

 

「まじかよ!柚宇さんそれはずりぃって!」

 

ボーダー本部。

その一室で2人の男女がテレビの前にあるソファに座り、指を忙しなく動かす。カチャカチャとコントローラーの音を響かせながら、楽しそうに騒いでいた。

3人の前のテレビには某スマッシュ格闘ゲームの画面が映し出されており、1対1の仁義なき戦いが繰り広げられている。

 

ここは、A級1位太刀川隊の作戦室。ゲームや漫画本、その他の物が乱雑に散らかるその部屋は、作戦室と言うには些か生活感に溢れすぎていた。

それもそのはず。この部屋にいる3人は全員が片付けが得意ではないーというより部屋を片付けようという思考にならないのだ。

 

先日まではここまで汚くはなかった。なぜなら、太刀川隊で唯一掃除ができる京介が部屋の掃除をしていたからだ。しかし、既に京介はいない。掃除役を失った太刀川隊の作戦室が汚くなるのは、当然の結果と言える。

 

「だー!負けた!柚宇さんもっかい!」

 

ゲームをしていた男女の1人、金髪が目立つ少年が顔を歪めて悔しがる。太刀川隊の射手・出水公平だ。高校1年生ながらも高いトリオン能力と繊細なトリオンコントロール、高い支援能力を持っている太刀川隊の主戦力の1人だ。

 

「え〜?また負けちゃうよ?」

 

出水の発言にニヤニヤしながら答える女子は、太刀川隊オペレーターの国近柚宇。ボーダー屈指のゲームオタクである彼女は、コントローラーを握りしめたまま出水を煽った。

 

「くそ〜。俺も動画見てくりゃよかったな〜」

 

「まあ、やるならいいよ?またボコボコにして勝っちゃうけどね〜」

 

国近の言う通り、実際出水はボコボコにされてしまっている。その理由は、国近が動画サイトで攻略動画を見てきたからである。国近はコンボのやり方やコツを解説している動画を見てしっかりと練習したことで、出水は為す術なくボコボコにされてしまった。

 

「違うキャラでやってあげよっか?まあ、それでも私が勝っちゃうけどね〜」

 

「くそ!次は絶対勝つ!……ん?」

 

再び仁義なき戦いが始まろうとした瞬間、作戦室の扉がコンコンとノックされる。

 

「ん〜?誰だろ?忍田本部長かな?」

 

「まじすか?太刀川さんまた何かやらかした?」

 

「まあ、とりあえず開けてみよっか〜」

 

国近が真っ先に予想したのはボーダーの本部長である忍田だ。本部長が作戦室に訪れることがあるのか?と思うかもしれないが、忍田は太刀川の師匠であると同時に太刀川の手綱を締める人間でもあるため、太刀川隊の作戦室を訪れることは多い。

太刀川が色々やらかした際に(主に学業面)作戦室に鬼の形相で現れ、太刀川を叱責するということはもはや日常茶飯事と言ってもおかしくなかった。

隊員達が普通は有り得ない"本部長"という可能性を真っ先に思い浮かべる辺り、太刀川のダメ人間っぷりが伺える。

 

「はいはーい。今開けますー!」

 

出水がコントローラーを置いて立ち上がり、作戦室の玄関へと向かう。国近は未だにコントローラーを握ったままだ。

出水が扉を開けると、そこには予想外の人達が立っていた。

 

「こんにちは、出水くん。太刀川くんいるかしら?」

 

腕を組み、微笑みながら言ったのは金髪のセレブ感溢れる美女。加古隊隊長の加古望だ。その後ろには綾辻遥と三上歌歩が控えていた。綾辻と三上は加古の影からチラチラと作戦室の中を覗き見ているが、そこには何も変哲ない乱雑な作戦室が広がるのみだ。2人の目当ての人物は見当たらない。

 

出水としては、この3人の組み合わせを見るのは珍しくはなかった。3人で談笑しているのを見たことがあるし、時々女子会を開いているのも国近から聞いたことがある。そのため出水は、今回も女子会をしていたのだろうかと予想する。

しかし、この組み合わせでここに来た理由が分からない。しかも目的は太刀川のようだ。国近に用事があるというなら理解できるが、この3人が太刀川を探しているというのは意味が分からなかった。

 

「あ、えと…どうも。太刀川さんは今いないですね」

 

「出水くん。烏丸……京佳くんは?どこにいるか知らない?」

 

次に質問を投げかけたのは三上だ。

 

「は?京佳?…京介じゃなくて?」

 

「うん」

 

今度こそ出水は呆気に取られる。

出水はこの3人が京佳のファンガールであることを知らないからだ。いや、知っていたとしても呆気に取られたかもしれない。

出水には、京佳を探しにここに来るということが理解できなかった。

京佳の兄である京介が太刀川隊を抜ける際、京佳を後任に推薦したという事実はあるものの、京佳が実際に太刀川隊に入るという話は聞いていない。

 

なぜ太刀川と京佳の2人を探しているのか。

なぜ京佳の居場所を自分に聞いてくるのか。

疑問は絶えなかったが、出水はとりあえず質問に答えることにする。

 

「いや…京佳も知らないですね」

 

「ホントに知らないの?」

 

背後に控えていた綾辻がジト目で質問を投げかけてきたため、出水は後頭部を右手で掻きつつ答えた。

 

「ほんとに知らないです」

 

出水の返答に、3人は顔を見合わせる。どうやら、出水が京佳の行方を知らないということが予想外だったようだ。

そりゃ知るわけないだろ…と心の中で呟きながら、出水は質問を返す。

 

「皆さんは2人に何か用なの?」

 

「ちょっと…ね」

 

質問に答えたのは加古だ。加古は笑顔で答えたが、その瞳は笑っていない。その瞳を見た出水は背中に変な寒気が走るのを感じる。

 

「2人がどこにいるか知ってるかしら?」

 

続けて問いかけてくる加古の瞳は、相変わらず笑っていない。まるで真冬の川のように冷たい瞳だ。

ーーーヤバい。出水の第六感がそう囁く。ここで変なことを言えば確実にヤバい。本能で理解した出水はゴクリと唾を飲み込み、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「あー、えと…太刀川さんはこの時間なら個人ランク戦のブースとかですかね?京佳は…分かんないですね。バイトしてるかランク戦してるか…もしかしたら防衛任務かもしれないです」

 

出水は自分に分かることを全て正直に答える。すると加古はニコリと笑い、口を開いた。

 

「そう。ありがとう。急にごめんなさいね」

 

「あ、いえ。お構いなく」

 

作戦室の扉が閉められ、嵐が去っていった。出水はその場で数度深呼吸をし、ソファへと戻っていく。ソファに座ると、隣でゲームをしている国近が質問を投げかける。

 

「ん?結局誰だったのかね?」

 

「加古さんと三上さんと綾辻さんだった」

 

「ふ〜ん。その組み合わせでここに来るなんて珍しいね〜。何の用だったの?」

 

「……太刀川さんと京佳が…やばいかも」

 

「……え?」

 

割と深刻そうな出水の声を聞き、コントローラーを操作していた国近の手が止まった。

 

「やばいって…どゆこと?」

 

「………わかんないけど、やばい」

 

あの3人が京佳のファンガールであることを国近は知っている。そのため、国近は大きく首を傾げた。

あの3人が太刀川は兎も角、京佳に危害を加えるというのは考えられなかった。3人の機嫌を損ねたり怒らせたりした場合は別だが、太刀川は兎も角、京佳があの3人の機嫌を損ねることをする訳が無い。

というかそもそも、なぜ太刀川と京佳が同時にやばくなるのだろう。太刀川は兎も角、京佳がヤバくなる理由を国近は全く理解できなかった。

 

「太刀川さんは何かやらかしたんだろうね〜。けど、なんで京佳くんまで?」

 

「…わかんねえ…。けど、太刀川さんが何かやらかしたのは確実だと思う…」

 

2人して太刀川のやらかしを真っ先に疑うーーーというか、2人の中では太刀川がやらかしたということが確定になっていた。

戦闘面は別として、日常生活に関してチームメイトにすら全く信頼されていないが、日常生活が完全にアレなため当然の結果といえる。

 

「太刀川さんだしいいんじゃない?」

 

「たしかに。太刀川さんだし別にいいか」

 

「でしょ〜?じゃゲームしよ〜!」

 

そう結論付けた2人は再びゲームを開始する。

太刀川は、自分の知らぬところでチームメイトに見捨てられていた。

 

ーーー

 

ボーダー本部の個人ランク戦ブース。

そこのソファに腰掛ける男が1人。

顎髭を生やし、隊服である黒のロングコートに身を包んだ男ーー太刀川慶ーーは、格子状目で周囲を見渡していた。

 

太刀川は先程まで烏丸京佳と個人ランク戦をしていたが、京佳の防衛任務の時間が来てしまったため解散。次の対戦相手を吟味しているものの、中々良い相手が見つからずに困っていた。

B級レベルの相手では太刀川が圧勝してしまうため、基本的にA級レベルの人間としか戦わないのだが、今日周りにいる人間の殆どはB級隊員だ。

B級隊員相手でもシステム上は問題なく戦えるが、運の悪いことに知り合いが周りに居ない。太刀川はボーダー内に知り合いは多いが、流石に正隊員全員と知り合いという訳では無い。

知り合いでもないB級の人間をA級1位の人間がボコボコにしてしまっては心象が悪いため、知り合いがランク戦ブースにやってくるのを待っているのであった。

 

「あ〜暇だ。村上とか来ねーかな……ん?」

 

ソファに座りながら大きく背伸びをした後、正面に視線を戻す。すると、丁度そのタイミングで見知った顔がランク戦ブースに足を踏み入れてきた。

太刀川の同学年かつA級レベルの実力を持つ加古望。そして三上歌歩と綾辻遥だ。

太刀川は相手取るに十分な実力を持った存在が現れたことに喜ぶと同時に、尤もな疑問を頭に浮かべる。なんでオペレーターが個人ランク戦ブースに来てんだ?と。

 

太刀川が頭に?を浮かべながら3人を見ていると、こちらを向いた加古と目が合う。太刀川を発見した加古達は、一直線に太刀川が座るソファへと向かって歩き出し、綾辻と三上もそれに続く。

太刀川の目の前まで来た加古は胸の前で腕を組み、静かに口を開く。

 

「太刀川くん。ちょっと話があるんだけれど、いいかしら?」

 

「急になんだ?つーか綾辻と三上はどうした?」

 

太刀川は首を傾げながら言い、綾辻と三上が答える。

 

「私達、太刀川さんにちょっとお聞きしたいことがありまして」

 

「急にすみません。今いいですか?」

 

2人の言葉に太刀川はさらに首を傾げた。

この3人が自分に対して質問をするという状況を、太刀川は全く想像できないからだ。

 

勉強に関しては一切教えられないだろう。聞く相手を間違っているし、太刀川に聞くような人間はボーダーにはいない。

戦闘に関しての質問なら少しは答えられるだろうが、加古の性格を考えると太刀川に何かを聞くことは無いし、綾辻と三上はオペレーターだ。前線で戦うことはない。かといって太刀川にオペレーターの知識は一切ないため、オペレーターに関しての質問をしても意味は無い。

そのため、この3人の聞きたいことを太刀川は全く予想できなかった。

 

「まあ…質問ってより問い詰めたい事があってきたの」

 

「問い詰めるって何をだ?何もしてねーけど」

 

加古は問い詰めると言っているが、太刀川は問い詰められる様なことをした覚えが一切なかった。

強いてあげるなら昨日、大学の講義があったが寝坊してしまい結果的にサボってしまったことだが、これは誰にもバレていない話だ。もしバレていたとしても忍田本部長は兎も角、この3人が何かを言ってくるというのは考えられないし有り得ない。

 

「私達が聞きたいのはね。京佳くんの話よ」

 

「京佳?あいつがどうかしたのか?」

 

太刀川はもう意味が分からなかった。なぜ京佳のことを自分に聞くのか、理解不能すぎて頭の中が?でいっぱいだ。

 

「京佳くん、太刀川隊に入るんでしょう?」

 

その言葉を聞き、太刀川は驚愕する。

京佳が太刀川隊に入ることを決めたのは、つい2〜3時間前の出来事だ。そのことはまだ誰にも言っていない。出水と国近にもまだ言っていないことを、何故加古が知っているのか。

 

太刀川が驚きのあまり言葉を失っていると、加古の目がスーッと細くなる。まるで獲物を狙う狩人のような瞳に太刀川は震え上がった。

 

「その反応、図星ね?どうやって誘ったの?私達が誘っても即答で断られたのに」

 

「え?あー…それはだな…」

 

ーーー何か知らんが…ヤバい。太刀川の直感が囁く。

しかし、どうやって誘ったかを言うつもりはなかった。それを言うということは、京佳の秘密を暴露してしまうのと同じことだ。

 

(遠征の件は…あんま人に言いたくなさそうだったよな…。実際秘密にしてたっぽいし。…うーむ、どうしたもんか)

 

太刀川はアホだが、流石に人が抱えている事情や気持ちを勝手に話すという事はしない。そういった良識は当然持ち合わせている。

故に、太刀川は必死に頭を回転させて考える。答えずに生きて帰るにはどうすればいいのかを。

 

「言えないの?」

 

「うっ…」

 

加古からの質問に対して言い淀んでいると、加古が据わった目で再度問いかけてくる。

もはや質問を超え、尋問に近い何かになりつつあった。

なんて答えるべきか、太刀川は必死に脳みそを回転させる。そして導き出した答えはーーー。

 

「あー………俺からは言えん。京佳に直接聞いてくれ」

 

とりあえず、京佳に振るという選択肢だった。

太刀川が勝手に事情を話すよりも、京佳の口から話した方が良いだろうという判断ーーーというのは建前で、京佳に丸投げしてさっさと目の前の恐怖から逃げ出したいというのが本音だった。

部下に面倒事を丸投げというのは隊長として如何なものかと思うが、太刀川がこの場を乗り切るにはこの手しか無かったのも事実。

太刀川は心の中で京佳に謝罪した。

 

「そう、私達には言えないってことなのね?」

 

「まあ…俺の口からは言えないな」

 

太刀川の言葉を聞き、加古は「そう…」と相槌を打つ。何やら、綾辻と三上が口に手を当てて驚いているが、そこに気を配る余裕は太刀川にはない。

ボーダーとして、目の前の脅威に対抗する。それが今太刀川にできる全てだ。

 

部下に丸投げしたとはいえ、太刀川にも一応考えがあった。

加古は聡明で頭もいい。綾辻や三上も同様だ。京佳が何かしらの事情を抱えているということを、加古達ならば良い感じに察してくれるだろうと太刀川は考えた。

しかし、太刀川の期待も虚しく。

加古ら3人は、完全に検討外れのことを察していた。

太刀川が女子の前では言えないような事情。それはつまり、そういうことだーーーと。

やっぱり京佳くんもおっぱい星人なんだーーーと。

 

「京佳は夜まで防衛任務らしいから、もし聞くなら明日にでも聞いてくれ。もういいか?」

 

そんなアホなことを考えているとは露知らず、太刀川はさっさとこの場から逃げ出そうとする。

しかし、加古がそれを許さない。

 

「ふーん。ねえ太刀川くん。私って結構スタイルいいと思うんだけど、どう思う?」

 

「…は?お前何言って…」

 

「いいから。答えて?」

 

加古の突拍子もない質問に、太刀川は「何言ってんだこいつ」といった視線を向けるが、加古は有無を言わさない。今度こそ、太刀川はパニックに陥った。

 

(こいつ、頭おかしくなったのか?え、スタイル?何だその質問?答えたらセクハラじゃねーか?)

 

太刀川はアホだが、それは学業面についての話だ。一般常識は持ち合わせている。

太刀川の常識では、女性にスタイルの話をするのはセクハラに該当すると認識していたたため、此度の加古の質問は本当に意味がわからなかった。

なんで自分にそんなことを聞くのかも理解できないし、直前まで京佳の話をしていたのに急にスタイルの話になるのも理解不能、何なら加古以外の2人が自らの胸に手を当てているのも意味が分からなかった。

 

なんて答えるべきか思案する間にも、加古の視線が突き刺さる。太刀川は覚悟を決めた。

 

「……………まあ、スタイルは良いと思うぞ、うん」

 

長い沈黙の後、できるだけ当たり障りのない答えを絞り出した。

これ、セクハラで訴えられたりしないよな?と内心震えつつ、加古の言葉を待つ。

 

「そう。ありがとう。急にごめんなさいね」

 

加古はそう言い、立ち去っていく。綾辻と三上がぺこりと会釈をしてきたので、軽く手を挙げて返した。

 

「……まじで何だったんだよ…」

 

嵐が去った。

その事に太刀川は安堵するも、疑問は拭えない。

とはいえ、考えても答えは出るはずがない。さっさと切り替えて、対戦相手を探すことを再開した。

 

ーーー

 

日曜日。

午前中の新聞配達バイトが終わり、俺はボーダー本部に赴いていた。

そして現在、俺は加古隊の作戦室へと向かっている。

なぜ加古隊の作戦室へと向かっているのか。それは今朝、加古さんからメッセージが届いていたからだ。

その内容はこうだ。

 

『京佳くん、今日時間ある?よかったら作戦室に来てくれない?』

 

加古さんに呼び出されることなど今まで無かったので、ヒヤヒヤしながら作戦室へと向かう。

断ろうかなーとも考えたが、時間があるのに嘘ついて断るのは失礼なので素直に行くことにした。もしかしたら重要な話かもしれないし。

 

作戦室の前に辿り着き、扉をノックする。

数秒後扉が開き、加古さんが出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい、京佳くん。急にごめんなさいね。さ、入ってちょうだい」

 

「あ、いえ、大丈夫です。お邪魔します」

 

加古さんに誘われるまま作戦室に入り奥にあるリビングへと向かう。リビングに到着すると、そこには予想外の光景が広がっていた。

まず、作戦室にいた人達に驚く。黒江がいるのは当然として、何故か綾辻先輩と三上先輩がソファに座っていた。

そして本当に意味がわからないのは、太刀川さんがいることだ。

太刀川さんは死んだ顔で座布団に座っていた。なんか心做しか震えてる気がする。

なにこれ、どういう状況なの?

これからここで何が起きるんだ。

 

…嫌な予感しかしなかった。





次回 修羅場( 笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 修羅場

こんばんは
何だこのアホな小説は…(2回目)
本当に評価や感想ありがたいです。これからも頑張ります


 

「えー…っと……これはどういう状況…?」

 

加古隊の作戦室。

ソファに座る綾辻と三上に黒江。腕を組んで立つ加古、なぜかいる太刀川を前にして京佳は困惑を露わにする。

加古に促されるままコタツの前に座ったはいいものの、京佳はここからどうしていいか分からなかった。

 

「さて…揃ったわね」

 

加古が腕を組んで仁王立ちしたまま言う。良く通る綺麗な声が響くが、その声音は恐ろしい程に冷たい。

京佳は「また太刀川が何かやらかしたのか?」と予想するが、それならば自分が呼び出された意味がわからない。そしてなぜ綾辻と三上がいるのかも分からない。もう何もかも分からない。

京佳自身が何かをやらかした記憶は無いので本当に謎だった。

 

「京佳くん」

 

「は……はい」

 

加古が口を開く。その圧倒的な迫力に京佳はたじろぎ、小さな声で返事をした。

 

「京佳くん、太刀川隊に入るんですって?」

 

「まあ、そうです」

 

加古の質問に、京佳は短く答えた。

昨日決まり、まだ誰にも話してないことを加古が知っていることを疑問には思ったが、どうせいつかは知られることだ。隠す必要は無い。

ということは、今回はその件で呼ばれたのだろうか?と京佳は予想した。

 

「ふーん。私たちの誘いは断ったのに、太刀川隊には入るのね?そんなに太刀川隊がいいのかしら?」

 

どうやら加古は、京佳が自分の誘いを断ったにも関わらず太刀川隊に入ることが気に食わないようだ。

 

(…あれ、綾辻先輩には誘われてないよな?なんでここに居るんだ?)

 

三上と加古には誘われたが、綾辻には誘われていないことを京佳は思い出す。もし自分を呼び出した理由が「誘いを断ったのに太刀川隊に入ること」だとしたら、綾辻がこの場にいるのは不自然だ。

 

しかし、そのことを口に出したところで状況は変わらないだろう。

そう判断した京佳は加古の逆鱗に触れないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 

「誘いを断ったのは、すみません。ただ、太刀川隊には他のA級部隊には無いものがあったので」

 

京佳の言う他の隊に無いものとは、遠征に行かなくてもいい、という隊長の許可だ。

以前所属していた隊では、京佳が遠征に行かないと告げたところ、全員で行かないと意味が無いというふうに意見が一致し、遠征を諦めた。

 

また、京佳は来年高校に進学したらバイトを増やすつもりでいる。今はまだ新聞配達のバイトしかしていないが、更にバイトを増やすとなれば防衛任務とのシフト調整が難しくなるのは目に見えている。

その旨を昨日のランク戦後に太刀川に伝えたところ「バイトが忙しい時は防衛任務に無理して参加しなくてもいいぞ」と言われたのだ。

 

そういった他の隊にはない、"太刀川隊の自由さ"に京佳は惹かれたのだ。

勿論、兄である京介の推薦もあってこそだが、上記の理由が大部分を占めている。

 

しかし、その言葉を聞いていた女子達の心中は穏やかではなかった。

 

「「他の隊に無いもの!?!?」」

 

「うお…」

 

京佳の言葉を聞いて真っ先に大声を上げたのは綾辻と三上だ。急に声を上げた2人にびっくりし、京佳は体を震わせ小さな声を上げた。

 

綾辻と三上が声を上げた理由は、自分達の予想が当たっていたことを確信したからだ。

他のA級部隊(自分達)にはなくて太刀川隊にはあるもの。

それはつまり、そういうことだ(大きなおっぱい)ーーーと。

 

「太刀川くん」

 

「は、はい」

 

加古が冷たい声音で太刀川に声をかけると、太刀川は小動物のような声を上げた。

 

「ちょっと、作戦室から出てくれない?」

 

「は?お前らが呼んだんだ」

 

「いいから」

 

「………はい」

 

あまりにも急な退出要請に抗議しようとするも、加古の笑顔の前では黙るしかない。言葉を遮られ、冷たい笑顔を向けられた太刀川の背筋が震える。

いかにボーダーで1位の実力を持っていようが、今の加古の迫力に逆らえるはずもなかった。

呼び出されたから来たのに、加古の都合で直ぐに帰される。都合のいい女よろしく、なんとも可哀想なことになっていた。

A級1位の隊長とは思えない情けない背中を見せながら、太刀川はゆっくりと退出して行った。

 

こうして太刀川が退出し、作戦室にいる男子は京佳1人になった。

もはや四面楚歌といえるような状況で、唯一の良心である黒江は京佳に哀れみの目を向けると同時に心の中で謝罪する。

 

(わ…私が胸の話をしなければ…ごめんなさい、京佳先輩…)

 

しかし、1粒の良心がいるとはいえこの状況は変わらない。砂漠に1滴の水を垂らしたところで何も変わらないのと同じだ。

京佳は周囲の突き刺さるような視線に何とか耐えつつ、加古の言葉を聞いた。

 

「…京佳くん、私達に無いものって…何かしら?もしかして、言えないようなもの?」

 

「え、いや……」

 

加古の問いかけに、京佳は思わず言い淀む。

京佳が言い淀んだ理由は、太刀川隊に入る理由が女子達に言えない理由だから、というわけではない。

入る理由は全然言える。では何故言い淀んだのか。

それはただ単に、加古達の突き刺すような視線に怯んでしまっただけである。

 

しかし、そんな事情など知らぬ女子達から見た京佳は「いやらしい理由があるから言い淀んだ」という風にしか見えていなかった。

 

「そう…やっぱり言えないのね…」

 

「え、別にそういうわけじゃ」

 

「いいのよ、京佳くん。京佳くんも男の子だもの。私は気にしないわ」

 

溜息を吐きながら言った加古の言葉に対して言葉を返そうとするも、加古の言葉によって遮られる。

そして、加古の続く言葉を聞いた京佳は脳内が?でいっぱいになった。

 

(なんで男の子って言葉が出てきたんだ???)

 

たしかに京佳は年頃の男子だが、その事と入隊理由に何の関連があるというのか。全く分からなかった。

 

「ねえ、京佳くん」

 

「は、はい。なんでしょう…?」

 

その疑問を口にする間もなく、加古の言葉が紡がれる。

そして次の瞬間に飛び出した言葉は、京佳とってあまりにも予想外ーーというか意味不明なものだった。

 

「私、大きさはあまりないけれど…意外と形はいいのよ?」

 

「……は?」

 

加古の言葉の意味が分からず、京佳はフリーズする。

大きさ?形?何を言っているのか理解できなかった。

完全に思考回路がショートしている京佳を横目に、加古は自分の胸を腕で覆うようにし、続けた。

 

「京佳くんがウチに入るなら、1回くらいは触らせてあげてもいいわよ?どう?ウチに入らない?」

 

京佳がおっぱい星人だと思い込んでいる加古が取った戦略。

それは、自分の胸を餌にすることだった。

普段の加古であれば決してこんな作戦を取ることはないが、今は京佳関連の問題でIQが50程下がっている。

故に、このようなアホな作戦に躍り出た。

 

太刀川隊の国近は胸こそ大きいものの、京佳のファンという訳では無い。京佳に気安く胸を触らせることはないだろう、多分。恐らく。

そう考えた加古は、自らの胸を餌にする作戦を思い付いた。

おっぱい星人である京佳(違う)であれば、必ず食い付くだろうーーと。

まさに自らの身を切る戦略だ。断腸の思いで取った作戦だが、太刀川隊の国近(のおっぱい)に京佳が取られるくらいなら、この程度は痛くも痒くもなかった。

 

しかし、他の女子達がそんな暴挙を黙って見ているはずもなく……。

 

「加古さん!それは禁忌ですよ!それなら私だって…その、触らせてあげてもいいです!」

 

「そうですよ!私だって……この中で一番小さいけど…京佳くんになら…!」

 

「遥ちゃんの隊はもう満員でしょう?隊に入るのは無理じゃない。歌歩ちゃんも無理しなくていいのよ?」

 

「確かに満員ですけど…加古さんの暴挙は見過ごせません!そんなことしたら、太刀川隊でも加古隊でも、どちらに入ろうとおっぱいに溺れる生活になっちゃいます!京佳くんには健全な生活を送ってもらいたいんです!」

 

「む、無理なんかしてないです!私は京佳くんになら…!」

 

「大丈夫よ、2人とも。京佳くんは私がちゃんと可愛がって大切にするわ。安心して」

 

「「可愛がるってどういう意味ですか!」」

 

 

まさにそこは、カオスであった。

周囲の狂乱に巻き込まれ、あわあわと右往左往する黒江。

全く見当外れの勘違いから、終わりのない哀れな争いを繰り広げる女子。

この世のアホさを全て詰め込んだような光景が、そこには広がっていた。

そんな中、1人の男は僅かに冷静さを取り戻していた。

 

(なんで胸の話してんだ?…というか、さっきの加古さんの話…大きさとか触るとかってそういうことか?……いや、なんでそんなこと言ってきたんだよ。意味わかんねえ…)

 

京佳は目の前で繰り広げられるカオスから「おっぱい」という単語を聞き、先程の加古の発言の意味を漸く理解していた。

しかし、なぜそんなことを言ったのかは一切理解できない。というか、どうせバカな理由なのは予想ができているため理解したくなかった。

とはいえ、このままでは自分がおっぱい星人だと思われたままになってしまう。何とかしてそれを避けなければならない。

そのためには、目の前の争いを止める必要がある。この無様な戦争に口を出すのは憚られたが、何とか勇気を振り絞って声を出す。

 

「あの……ちょっとまだ理解出来てないんですけど…。なんで先輩達は胸の話をしてるんですか?」

 

「「「え?」」」

 

京佳の言葉で、辺りが静まり返った。恐る恐るといった様子で、加古が口を開く。

 

「え?だって、京佳くんは……国近ちゃんのおっぱいが目当てで太刀川隊に入ったんじゃないの?」

 

その言葉を聞いた京佳は、あまりの驚きに表情を無くす。

色々言いたいことはあったが、真っ先に出てきた言葉があった。

 

ーーこの人、何を言ってんだ?

 

ーーー

 

「というわけで、俺が太刀川隊に入ったのは京介の推薦と今言った理由があるからです。断じて国近先輩の胸目当てじゃありません。分かりましたか?」

 

「「「……はい…」」」

 

先程のカオスとは打って変わって、いつもの静かさを取り戻した作戦室。

しかし、静かにはなったものの、そこに広がる光景は見るものが見れば驚愕する光景だった。

 

立ったまま腕を組む京佳の前に、正座をする女子が3人。

あまりに馬鹿すぎる勘違いをした京佳ファンガール達ーー加古、綾辻、三上ーーの3人だ。

3人は京佳の説明を聞いてやっと自分達の愚かさに気づき、顔を真っ赤に染めたまま俯いていた。

 

「あの…京佳先輩。最初に胸の話したの…私なんです」

 

黒江が恐る恐るといった様子で口を開き、京佳が溜息混じりに答える。

 

「そうかもしれないけど…信じたのはこの人達だから。黒江に責任はないだろ」

 

京佳の言葉を聞き、黒江はホッとした表情を浮かべた。

黒江は京佳のファンガールではないものの、ボーダーの先輩として京佳のことを尊敬している。時々勉強を教えてもらうこともあったし、黒江にとっては兄のような存在だった。

京佳から見た黒江も「可愛い後輩」であり、黒江と接する際は大家族の長兄である京佳が持つ兄属性が十二分に発揮されていた。

そんな尊敬する京佳に叱られるのではないか…と内心ビクビクしていたが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「ごめんなさい、京佳くん。私達、てっきり京佳くんがおっぱい星人だって勘違いして……」

 

「いやおっぱい星人って何ですか。どこの星なんすかそれ。あまりにもバカすぎるでしょ」

 

綾辻が震える声で謝罪してくるも、京佳はおっぱい星人というアホすぎる単語に鋭くツッコミを入れる。

もう色々酷すぎて頭痛がしてきそうだった。

 

「…とにかく、後で太刀川さんにも謝ってくださいね」

 

「「「…はい…」」」

 

とりあえず誤解は解けたようだ。京佳は一安心しつつも、勝手に巻き込まれた太刀川に同情の念を送っていた。

 

今回の太刀川は完全なるとばっちりであり、普段の行いを加味してもかなり可哀想だろう。

とはいえ、太刀川に対する誤解も解けた。色々あったがようやく解決だ。

厳密に言うと、誤解というよりは3人が勝手に暴走していただけだが、無事解決できたため(あともう色々面倒臭いため)京佳は良しとした。

 

「じゃあ、俺もう行っていいすか」

 

「ええ。…本当にごめんなさい…謝っても謝りきれないわ」

 

「京佳くん、ごめんなさい」

 

「ごめんなさい」

 

3人が一様に頭を下げてくるので、京佳は居た堪れない気持ちになる。悪いのは3人だが……。先輩、しかも女性に頭を下げさせるのは京佳の心が傷んだ。

 

「お詫びと言ったらあれだけれど…私達に出来ることがあれば言って?何でもするわ」

 

「私も出来る範囲なら何でもするから!」

 

「私も…!遠慮しないで言ってね…?」

 

そんな居た堪れない様子の京佳を前に、加古は平然と告げ、綾辻と三上も肯定する。

年頃の男子相手に「何でもする」と言うのは少し無用心に見えるが、京佳がそういったお願いをしてくる事は有り得ないと3人は分かっていた。

もし万が一、いや億が一そういったお願いをしてきたとしても「まあそれはそれでありっちゃあり」というのが3人の魂胆だった。

しかし、そんなこと当の京佳は知る由もない。顎に指を当てて小さく唸る

 

「もういいすけど……そこまで言うなら…うーん」

 

京佳としてはもう気にしてないため、わざわざそこまでする必要は無いのに…というのが本音だったが、折角の申し出を断るのも勿体ない。

こう言ってる事だし、どうせなら何かしてもらおう。

そう考えた京佳は、数秒の思案の後に口を開いた。

 

「んー。じゃ、今度いいトコの飯奢ってくださいよ。それでチャラってことで。俺もう行きますね、おつかれさまです」

 

京佳は小さく微笑みながら言い、作戦室を後にする。

そんな京佳の背中を、3人のファンガール(アホ)はぼーっとした瞳で眺め、黒江は小さく手を振って見送った。

 

京佳が退出したあとの作戦室は一瞬静かになったが、綾辻の発言で先ほどの騒々しさを取り戻した。

 

「ご飯奢るって…で、デートってことじゃないですか!!!?」

 

綾辻の発言に即座に反応したのは三上と加古だ。

 

「あ…!ホントだ…!うそ…私、京佳くんとデートできるの!?」

 

「…!確かに言われてみればそうね…!あっちからデートに誘うなんて…京佳くんもやるじゃない…!」

 

ニヤつきそうになる顔を必死で押えながら三上が言い、加古は「ふーん、なかなかやるじゃん」みたいな表情を見せる。

 

そんな中、黒江はーーコタツの上に宿題を広げ、既にペンを手に取っていた。

こんな騒がしい中で宿題をする度胸。既に大物のオーラを漂わせている。

 

「そうね…まず、いいトコのレストランで食事をするじゃない?その後は…」

 

「え!?加古さん…それはアウトですよ!そうよね、歌歩ちゃん!?」

 

「そうです!まだ20歳になってないのにそういうのはダメです!!」

 

「あら、何がダメなの?互いに合意の上なら…」

 

「「そういうことじゃないです!!!」」

 

周囲のアホな喧騒に紛れ、黒江はひたすらに問題を解いていく。

そして、心の中で大きな溜息を1つ。

 

ーー入る隊、間違えたかも…と。

 

それと同時に、ボーダーの女子って皆こんなにアホなの?という不安が襲う。

自分は絶対あんな風にはならない、黒江はそう覚悟を決めた。

 




次回、二宮隊


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 二宮隊


こんな時間にこんばんは
感想の返信遅れてますすみません!


 

「あ、京佳くん。いいところに」

 

平日の夕方。

学校が終わり、いつものようにボーダー本部に訪れている京佳。

ラウンジに向かう通路を歩いていると、正面から歩いてきたスーツ姿の人物が目に入る。

スーツを着用した金髪の青年は笑顔で京佳に話しかけた。その様子は正しく爽やかな好青年というべきものだ。

その人物は見知った相手であったため、京佳は挨拶を返した。

 

「犬飼先輩。こんにちは」

 

京佳に話しかけていた人物は、A級4位二宮隊の銃手・犬飼澄晴だ。

犬飼のコミュ力は相当高く、ボーダー内でも友人は多い。勿論京佳も友人の1人だが、かつては銃手ランクを競いあったライバルでもある。

そんな旧知の仲である後輩に対し、犬飼はいつも通り笑みを携えながら話しかける。

 

「京佳くん、今時間ある?」

 

「えっと…」

 

犬飼の質問に答えるため。京佳はスマホを取り出して時間を確認する。

現在の時刻は16時過ぎ。防衛任務が18時からなので、少しは時間が空いている。

 

「あと1時間半くらいなら暇です。ランク戦ですか?」

 

「あ~違う違う。ちょっとウチの作戦室来てくれない?」

 

「作戦室ですか…?……まあ、いいですけど」

 

作戦室という単語を聞き、京佳は返答を渋ったが結局は了承する。

しかし、その様子を不審に思った犬飼は首を傾げた。

 

「あれ?もしかしてウチ来るの嫌かな?別に無理しなくてもいいんだよ?」

 

以前呼んだときは普通に来たのに、何故か今回は少し微妙な反応だ。

ウチの作戦室が嫌なのかな…?とも思ったが、その可能性は低いだろう。

犬飼は勿論、京佳は辻とも仲が良い。二宮との関係も良好だ。

問題があるとすれば女性陣だが、鳩原とも仲は悪くない。氷見はアレだが…流石に嫌っているという事はないはずだ。

何故京佳の反応が少し微妙なのか。犬飼には原因が分からなかった。

 

「あ。いや、そういうわけじゃないんで大丈夫です」

 

犬飼の言葉を京佳は否定する。

京佳が反応を渋った理由は、二宮隊が嫌いだからとかそういう理由じゃない。

その理由とは、先日起きた加古隊作戦室での事件のせいだ。

「今回もまた変なことになるんじゃ…?」と予感して一瞬渋ったが、よく考えたら二宮隊の面子であんなことが起こるはずがないと確信した。

 

京佳にとって犬飼と辻は良い先輩だし、鳩原も大人しい性格だ。

二宮さんは言葉こそ少しキツいが、意外と優しいことを京佳は知っている。

氷見とはあまり話したことないが…多分大丈夫だろう。

 

二宮隊は全員が真面目だし隊長が厳しい人だから問題ない。そう結論付けた京佳は、作戦室に行くことを承認した。

が、念の為。石橋を叩いて渡るため、何が目的で呼び出したのかを聞くことにした。

 

「行くのはいいですけど、何するんです?」

 

京佳の質問に、犬飼は即答せずに数秒間「ん~」と唸る。

数秒後、犬飼の口から飛び出た言葉は京佳にとって予想外の単語だった。

 

「…リハビリ…かな?」

 

「…リハビリ…?」

 

京佳は心の中で呟く。

 

ーー誰の??…と。

 

二宮隊に怪我人なんかいたか…?と京佳は考えるが、犬飼の言うリハビリは病気や怪我に由来するものではない。

チームメイトの弱点を克服するため、今回犬飼は動いたのである。

 

「まあ、来れば分かるよ」

 

京佳が心の中の疑問を口に出す前に、犬飼が微笑みながら言う。

誰に対して何のリハビリをするのかは分からないが、京佳は「リハビリの手伝いなら…まあいいか」と軽く考え、犬飼について行くことにした。

 

ーーー

 

ボーダー本部。二宮隊作戦室。

その一角、モニターやPC機器などが並べられたデスクに座り、1人考え事をしている美少女がいた。

二宮隊オペレーター・氷見亜季である。

 

氷見は自らの顎に手を当て、真剣な眼差しで何かを思案している。

氷見が今真剣に考えていること。それは「今後のランク戦の戦略について」とか「オペレーターとしての悩み」とか、ボーダーの活動に関係する類のものではない。

はたまた学業面や金銭面について考えているわけでもない。

氷見が今までにないほど真剣に考えていること、それは…「どうやったら烏丸くんと仲良くなれるのか」だ。

 

京介に思いを寄せる女子は大量にいる。ボーダー以外も含めればそれはもう膨大な数になるだろう。

氷見も烏丸京介のファンガールであり、京介に対して密かな恋心を秘めている。

 

そのため、何とかして京介と近づきたい、と考えるのは恋する乙女の性であり、他の女子たちに差をつけたいと思うのも当然なのだが…1つ問題がある。

それは、氷見は極度のあがり症ということだ。

京介を前にしてしまえば会話すらままならず、会話どころか人間がギリギリ理解できるレベルの声を発するのが精一杯。目を合わせることなど出来た試しはなく、いつも視界に入ってくるのは自分のつま先だけ。

 

それでも以前は京介だけではなく、全男子の前でこれが発症していたという。それと比べれば今は大分マシになったといえるだろう。

ここまで改善した理由は鳩原の荒療治によるものだが、その内容が「烏丸くんと比べたら他の男子なんて大したことない」と思い込ませるというものだ。

言わば京介を神聖視することで他の男子を相対的に落とすという作戦のため、京介に対してのみの緊張具合だけを見れば、むしろ悪化してしまっていた。

 

そんな中、氷見は必死になって京介と仲良くなる方法を考えるが思いつかない。

そもそも、京介と会話することを想像しただけで緊張のあまり倒れそうになるというのに、実際に話せというのは無理にもほどがある。

 

そんな氷見を見かねた犬飼が先程「俺にいい考えがあるから、ひゃみちゃんは待っててね」と言って作戦室を出て行ってから10分。

氷見が「犬飼先輩、どこ行ったんだろう?」と疑問に思っていると、作戦室の扉が開いた。

 

「犬飼先輩、どこ行ってたん……で…す…???………っ!?!?!?!?」

 

開いた扉の方を向いた氷見が扉から入ってきた人物を見て言葉にならない声を上げる。

1人目は犬飼だ。これは予想通り。

しかし、2人目が問題だった。

完全に予想外の人物が、そこには立っていた。

 

「あ、氷見先輩。おつかれさまです」

 

烏丸京佳である。

先程、烏丸京介以外の男子は問題ないと言ったが少し語弊があった。

正確に言えば、”烏丸兄弟以外の男子”だ。

 

氷見が思いを寄せるのは兄である京介だが、弟である京佳とは双子の関係である。

双子という事は即ち、顔の造詣がほぼ一緒という事。

全くの別人とはいえ、顔が京介とほとんど同じである京佳と話すことができないのは自明の理。

髪型こそ違えど、氷見の目の前にいるのは同じ顔のイケメン。

氷見が冷静でいられるはずがなかった。

 

「ひゃ…なっ………い……いぬぬ……ひい……」

 

「なんですって?」

 

もはや言葉ですらない氷見の発言に対し、京佳が聞き返す。

犬飼は両手で口を押え、必死に噴き出すのをこらえていた。

 

「氷見先輩?大丈夫ですか?顔真っ赤だし、熱とかあるんじゃ……」

 

「っ……っ……!!!!????」

 

京佳は顔が茹でダコのようになっている氷見に近づき、顔を下から覗き込む。

氷見は声にならない叫びを上げた。もう氷見の脳内はパニックをとうに越してアルマゲドンである。

 

そして京佳の方は勘違いをしていた。

目の前の茹でダコ(氷見)の体調が悪いと勘違いし、全く見当違いの方向で納得する。

あ、犬飼先輩の言ってたリハビリって氷見先輩の看病の事か、と。

 

一方その頃、犬飼は腹を抱えて床にうずくまっていた。

 

「体調も悪そうですし…どこか横になって休んだ方がいいんじゃ……」

 

「や…っ…えっ…!?やす…っ…!?!?!?!?」

 

氷見は更に顔を赤くする。

氷見の脳内はもはや秩序が崩壊してしまっており、今の京佳の発言を全く違う意味で捉えてしまっていた。

 

横になって一緒に休むということはつまり……そういうお誘いだーーーと。

 

ちなみに京佳は一言も「一緒に」とは言っていない。その言葉は氷見の幻聴に過ぎないが、その幻聴が氷見の脳内に更なる混沌を巻き起こし行動をヒートアップさせる。

もう完全に吹っ切れた氷見は、椅子からゆっくりと立ち上がって京佳の手を取る。

普段の氷見では絶対に取りえない行動に犬飼が目を見開いて驚愕した。

 

「……奥のベッドで一緒にやす」

 

「わーーーー!ひゃみちゃんストップ!どうしてそうなったの!」

 

先程まで笑い転げていた犬飼が氷見の口を手で塞ぎ、爆弾発言を線でのところで止めることに成功する。

あと1秒遅ければヤバすぎる爆弾が投下されていたため、ファインプレーと言わざるを得ない。

 

「ちょ、ひゃみちゃん!こっち来て!」

 

犬飼が氷見の手を引き、作戦室の奥へと忙しなく歩いて行く。

その様子を見ていた京佳は、訝しげに首を傾げた。

 

ーーー

 

「ひゃみちゃん、落ち着いて。深呼吸しよ」

 

作戦室の奥。

犬飼が静かな声で氷見に語り掛け、氷見は言う通りに深呼吸を繰り返す。

数十秒後、ようやく平静を取り戻した氷見がそこにはいた。

 

「す、すみません犬飼先輩。取り乱してしまいました」

 

「いや、別にいいんだけど…何であんなこと言おうと思ったの」

 

犬飼は先ほどの問題発言未遂に対して氷見に問い詰める。

すると氷見は、顔を微妙に赤らめながら言った。

 

「だ…だって、烏丸…京佳くんが、一緒に横になって休もうって言うから…」

 

「言ってないね!?」

 

氷見の発言に犬飼が鋭くツッコむ。ツッコまれた氷見は明らかに困惑の色を示した。

 

「え…?言ってませんでした???」

 

「横になって休め、とは言ってたけど”一緒に"とは一言も言ってなかったよ!どっから持ってきたのその言葉!」

 

「あ…なんだ…聞き間違えか…」

 

「いやもはや幻聴の類でしょ」

 

氷見の言葉を聞いた犬飼は深くため息を吐く。

まさか京佳を前にした時でさえここまでパニックになるとは思っていなかったのだ。

 

「ひゃみちゃん、京佳くん相手でも無理なの?別人なのに?」

 

「何言ってるんですか犬飼先輩。京佳くんと京介くんは同じDNAを持って同じ日に生まれたほとんど同じ顔の双子なんですよ?もはやそれは同一人物といっても過言ではないです」

 

犬飼の溜息交じりの言葉に対し。氷見は圧倒的な早口で応戦する。

言ってることは全く納得できなかった犬飼だが、氷見の迫力に押されて「あ、はい」としか返事が出来なかった。

 

「じゃあ2人が同じなら、京介くんと京佳くんどっちも好きってこと?」

 

「いえ、それは京介くんです」

 

即答だった。

あまりの速さに「さっきは同一人物って言ってたじゃねえか」というツッコみを言う気も失せる。

このままだと頭が痛くなりそうだったので、犬飼は会話のハンドルを小さく切り返した。

 

「けど、この体たらくじゃ京介くんと話すのは夢のまた夢だよ?京佳くんと目を合わせて話す練習して、少しでも耐性つけた方がいいんじゃないの?」

 

今回作戦室に京佳を連れてきた理由はこれだ。

氷見を京介くんと会話できるようにするため、まずは京佳で烏丸耐性を付けることが目的だったのだが、京佳相手ですらこれだ。

犬飼は、もうこれ無理じゃない?と思いつつ、何とかチームメイトの力になろうと奮闘する。

 

「それはつまり、京佳くんと目を合わせて会話するってことですか?」

 

「それ以外何があるの?」

 

「つまり犬飼先輩は…私に学校を辞めろと仰るんですね!?」

 

「ごめん本当に意味わかんない。なんでそうなったの???」

 

あまりにも突拍子のない氷見の発言に犬飼は本気で困惑する。

何がどうなったら学校を辞めるという話になるのか。もはやウミガメのスープをやっている気分になっていた。

 

「だって、京佳くんと目を合わせて会話なんかしたら…絶対妊娠しちゃいます」

 

「しないよ?何言ってんの???大丈夫????」

 

犬飼は困惑を通り越して心配する。

ウチのオペレーターってこんな感じだったっけ?もしかして頭おかしいんじゃないか?病院探した方がいいのか?…と。

 

「だって、京佳くんと目が合った人が妊娠したって言ってましたよ」

 

「そんなわけないでしょ!誰だよそいつ!」

 

「え?加古さんです」

 

「ただのノリだよそれは!むしろ本当に妊娠してたら京佳くんがバケモンだわ!!」

 

まるで常識を語るように言う氷見に犬飼はツッコミを入れ、続ける。

 

「目が合って話しただけで妊娠とか言ったら…さっきひゃみちゃん京佳くんの手触ってたけど?それは大丈夫なの?」

 

犬飼の指摘を聞いた氷見は自分の手の平を見つめてフリーズする。

数秒後、フリーズから解き放たれた氷見は顔を真っ赤にし、目を見開いた。

 

「うそ……私、妊娠して…」

 

「ないよ?」

 

「いえ、犬飼先輩。私さっきから胸の辺りが気持ち悪いんです。心臓も破裂しそうだし、これは間違いなく悪阻です」

 

「違うよ?それ緊張しすぎただけだからね?てか悪阻はそんなに早く来ないし悪阻で心臓は破裂しねーよ」

 

犬飼は思った。

ああ、帰りてえ…と。

 

ツッコみに疲れ、もう面倒くさくなってきた犬飼は京佳を面白半分(もう半分は氷見のリハビリのため)で呼び出したことを後悔する。

まさか氷見の烏丸拗らせが酷いとは思っていなかったのだ。

軽率な判断をした事を反省した。

反省したので…。

 

「京佳くん~!なんかひゃみちゃんが京佳くんの子供妊娠したって~!」

 

「え!?い、犬飼先輩!?」

 

面倒なことは京佳に丸投げすることにした。

自分で蒔いた面倒事の種を後輩に片づけさせる。

まさに外道である。

 

作戦室の奥に京佳がゆっくりとやってくる。

京佳の顔が見える位置に来たことで、氷見は半分パニックになってしまった。

 

そんな中、京佳が氷見に近づいて膝を折る。

 

「え…?京佳くん?」

 

京佳の行動が理解できず、犬飼は困惑の声を上げる。

しかし、京佳はそんな犬飼に反応せず、氷見の前に両膝を付いた。

変わらず困惑している氷見と犬飼を無視し、京佳は両手を口元に当てて呟いた。

 

「…あ、あの時の…」

 

「心当たりあんの!?」

 

京佳の言葉に犬飼が反応する。

京佳は立ち上がり、犬飼の瞳を真剣な目で見据えて言った。

 

「はい、犬飼先輩。間違いなく俺の子です」

 

「え、うそでしょ。もしかして…手が触れただけで…?」

 

犬飼は両手を首元に添え、まるで乙女のようなポーズを取る。

そんな犬飼に対し、京佳はどや顔で言った。

 

「もちっすよ。………元気に生まれてきてくれよ、京平」

 

「くっ…もう名前つけてる…?しかも男の子なんだ…くふっ…!」

 

既に名前をつけてしまっている京佳に犬飼は吹き出しそうになりながらも何とかツッコミを入れる。

犬飼は必死に笑いを堪えながら、何が起きているのか理解出来ず完全にショートしている氷見に話しかける。

 

「ひ…ひゃみちゃん、よ、良かったね。くっ……に、認知してもらえたよ…ぐっ……」

 

「ひゃ……え…あ…あばばば…」

 

「(あばば…?)氷見先輩、2人で育てていきましょう」

 

犬飼は耐えきれずに吹き出した。

そして爆笑しながら犬飼は思った。

京佳くん、意外とノリいいな…と。

 

ーーー

 

ボーダー本部。

その廊下をコツコツと歩き、二宮隊作戦室へと向かう1つの影があった。

高級感あるジャケットに身を包み、両手をポケインして優雅に歩く男。二宮隊隊長・二宮匡貴である。

 

飄々と廊下を歩き、ようやく作戦室の扉が見えてきた。扉を開けようとすると、中から騒がしい声が聞こえてきた。

 

『京佳くん~!なんかひゃみちゃんが京佳くんの子供妊娠したって~!』

 

「……っ!?!?!!!?」

 

二宮は驚きのあまり立ち尽くす。二宮の表情は普段の無表情からは掛け離れ、凄まじい驚きを顕にしていた。額や背中から有り得ない量の冷や汗がダラダラと滝のように流れていくのを感じる。

衝撃的すぎる言葉が聞こえてきたことで、二宮はパニックに陥る寸前だった。

 

二宮は脈打つ心臓を何とか抑え、コメカミに指を当てて冷静になるように務める。

今のは何かの聞き間違いだ。今のは決して犬飼の声ではないと、自分に必死で言い聞かせる。

 

しかし、このまま堂々と作戦室に入る勇気は流石の二宮ですら持ち合わせていなかった。中に入ったとしても何て言えばいいのか分からない。

そこで二宮はとりあえず様子を見る事にする。作戦室の扉に耳を当て、普段なら決して取らない間抜けなポーズで中の様子を伺う。

 

『はい、犬飼先輩。間違いなく俺の子です』

 

「…っ!!?!!!???!?」

 

中から聞こえてきたのは、聞こえてきて欲しくなかった声。

烏丸京佳が子供の存在を認知したことを表す声だった。

 

あまりの衝撃に二宮は立ちくらみを起し、その場にしゃがみこんで頭を抱えた。

加古や太刀川あたりに見られたら生涯ネタにされそうなポーズだったが、そんなことを気にしている余裕は今の二宮には無い。

目の前で明かされた衝撃の事実に、ただひたすら愕然とするのみだった。

 

「……………赤飯……買ってくるか…」

 

完全にパニックを起こし思考を停止させた二宮は、とりあえず赤飯が必要だと考えた。

壁伝いに何とか立ち上がり、よろよろと廊下を歩き出した。まるで亡霊のような立ち振る舞いだ。

そんな二宮とすれ違う人間は皆、底知れぬ恐怖を覚えた。

そして、ふらふらと歩く二宮を遠目から目撃した太刀川は死にそうになるほど爆笑した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 すれ違い

こんばんは
もうキャラ崩壊が酷いですこれ
なんだこれ…(困惑)
ほんとうに読んでいただいてる方には感謝しかない


 

 

ある日、三門市内の焼肉店に2人の男が来店した。

ボーダー本部所属の隊員、二宮匡貴と東春秋である。

2人は元チームメイトであり。戦術面での師弟関係でもある。関係は良好で、別のチームになった今でも師弟として交流を続けている。

 

そんな2人であるが、今日は珍しく二宮からの誘いで焼き肉に来ていた。

普段食事に行く際、ほとんどの場合は東が誘う側なのだが今回は逆だった。

何かあったのだろうかと何となく察した東は、網の上に並べられたタンをひっくり返しながら口を開いた。

 

「お前から誘ってくるのは珍しいな。何かあったか?」

 

「実は…相談がありまして」

 

二宮の言葉に東の眉がピクリと動くが、そこまで驚きはない。むしろ予想通りだった。

二宮は良くも悪くも我が道を行く、という性格だ。二宮をあまり知らない人間からすれば、二宮が誰かに相談したり頭を下げることは有り得ないと思うだろう。

しかし、実際はそうではない。二宮は必要であれば誰かに頭を下げる事のできる性格である。

実際、二宮は自分より年下の出水を師事していたこともあるし、東には何度も相談を持ち掛けている。

 

二宮の性格を大体把握している東からすれば、二宮が相談を持ち掛けてきたことに驚く要素はない。

とはいえ、二宮が自分から何かを相談してくるのは確かに珍しい。何か重大な事が起きたのだろう、と東は予想した。

 

「相談か、珍しいな。チームについてか?」

 

「まあ……そうですね」

 

東の質問に対し、二宮は少し言い辛そうに答えた。その反応に東は僅かに目を細める。

二宮は何事もズバッと言い切るタイプの人間だ。そんな二宮が言い辛そうにしているということは、余程大変なことが起きたのだろう。

そう予想した東は、二宮の取り皿に焼けた肉を置いた。

 

「まあ、言い辛いならゆっくりでいいそ。肉でも食いながら話してくれ」

 

「ありがとうございます」

 

二宮は取り皿に置かれた肉(厚切り塩タン)を箸で掴み、レモン汁につけて一口で頬張る。

一応食欲はあることを確認した東は安心し、網の上に新たな肉を乗せて焼き始めた。

 

「…その、この話は誰にも言わないでほしいんですけど…」

 

「ああ、わかった。誰にも言わない」

 

「実は…」

 

東は身構える。

二宮がここまで言い辛そうにするなど、かなり重大な案件に違いない。

例えば「チームメイトの誰かが辞めたがっている」「チームを解散しようと思っている」などだ。

どんなに難しい相談が来たとしても、東は元隊長として…そして師匠として、真摯に対応する覚悟を決めた。

そんな東の耳に届いた言葉は、想像を遥かに超越するあまりにもヤバいものだった。

 

「氷見が……妊娠したみたいで…」

 

「…なんだと?」

 

東は思い切り目を見開いた。

あまりの驚きに思考が付いてこないが、東は何とか冷静さを保とうとする。

 

(妊娠?今そう言ったのか…?いや、まさかな…聞き間違いだろう…)

 

自分の耳に入ってきた言葉を聞き間違いと思っている時点で、既に冷静ではない。

東は眉間を指で摘まみ、目を瞑る。

 

(今のは聞き間違いだ。……絶対そうだ)

 

東は現実逃避を始め、先ほどの言葉を聞きな違いだと決めつける。

数回深呼吸をした後、震える声を絞り出す。

 

「あー、すまん。ちょっとよく聞こえなくてな。悪いんだがもう一回言ってくれるか?」

 

「氷見が妊娠したみたいなんです」

 

「あー…そうかそうか…。成程…氷見が…」

 

東は二宮の言葉を数秒間かけてゆっくりと飲み込み、手に持っていたトングを机に置いた。

再び眉間を指で摘まみ、心の中で頭を抱えた。

 

(聞き間違いじゃなかった………)

 

本当は気付いていた。聞き間違いではないと。1回目に聞いた時から気付いていた。

しかし、聞き間違いだと信じたかった。聞き間違いであってほしかったが、その願いは届かない。

現実逃避も虚しく、無情な現実が東の目の前に突き付けられた。

 

ーーーこんなのなんて答えればいいんだ……!と、東は心の中で叫ぶ。

戦闘員の中で最年長とはいえ、東もまだ23歳。昨年大学を卒業したばかりの大学院生であり、勿論結婚などしていない。

そんな東にとって、16歳の少女が妊娠したという相談はあまりにも重すぎるものだった。

とはいえ、年上として何もせず無責任に相談を放り出すことはできない。

そう考えた東は、取り敢えず思いついた質問を投げかける。

 

「えーと…父親は?」

 

「俺は信じたくないんですが……京佳だそうです……」

 

「なん…だと?」

 

本日2回目の現実逃避ポイントが早くもやってきてしまった。

東は冷や汗を額に滲ませる。

 

(京佳……!?京佳って…烏丸か?い、いや、そんなわけはない……聞き間違いだろう。もしくは同名の別人だ…そうであってくれ…)

 

東は再び現実逃避を始めた。あの烏丸京佳がそんなことをするなど信じたくなかったからだ。

 

「あー、京佳ってのは…烏丸か?」

 

「はい…」

 

東は震える声で問いかけるも、帰ってきた答えは無常。

東は心の中でのみならず、現実でも頭を抱えた。

 

「噓だろ…あの京佳が……」

 

東は今までに感じたことがないほどのショックを受ける。東はあまりのショックに頭を抱えたまま動かなくなった。

もはや二宮よりもショックを受けているように見える。

しかし、東がここまでショックを受けるのも無理はない。

何故なら、京佳は元東隊。つまり、東と京佳は元チームメイトだった。

京佳は東の元部下であるため、東は京佳の性格を熟知している。

東が知っている彼はノリが良く、心優しい家族思いの少年だ。時折見せる子供らしさも相まって、東は京佳を弟のように可愛がっていた。

そんな彼が女子を妊娠させるなど、そんなことをするはずがない。何かの間違いではないかと東は予想した。

 

「その話、誰から聞いたんだ?」

 

「作戦室で犬飼と氷見と京佳が話しているのが聞こえたんです。犬飼は氷見が妊娠したと言っていて、京佳はそれを認めていました…」

 

「なるほど。つまり、話しているのを聞いただけで本人から直接聞いたわけじゃないんだな?」

 

「はい、そうです」

 

そこまで聞いた東は顎に指を添えて脳みそを高速で回転させる。

よく考えると、京佳と氷見の性格上2人がそういうことをする可能性は限りなく0に近い。

烏丸兄弟と目も合わせられない氷見がそういうことをできるはずがないし、そもそも氷見は京介派閥だったはずだ。

そして京佳が軽率に女性に手を出すような男じゃないのは誰もが知っている。

 

以上の点を踏まえ、情報を整理する。

二宮が直接報告された訳ではないとなると、1つの可能性が浮かび上がる。

それは、犬飼ら3人の会話はただのノリによる冗談だったという可能性だ。

犬飼と京佳はどちらもノリがいいし、氷見は烏丸兄弟を前にするとパニックになってしまう。

氷見が本当に懐妊したと考えるよりも、京佳を前にパニックになった氷見を犬飼が揶揄い、京佳がそれに乗っかったと考える方が自然だ。

いや、それしか考えられない。

先程までの現実逃避とは違い、しっかりと考えて出した結論に東は確信を持つ。

 

しかし、これはあくまでも東の推理に過ぎない。本当に懐妊した可能性も微粒子レベルで存在している。

まずは当事者に真偽の確認を取るべきだ。そう考えた東は長考の末ようやく口を開いた。

 

「とりあえず…まずは本人に話を聞いた方がいいんじゃないか?」

 

「確かに…その通りですね。まずは話を聞くべきでした」

 

東は「本当に妊娠したのか、まず確認すべき」という意味で言うが、二宮は全く違う意味でその言葉を嚙み砕く。

二宮は「なぜ妊娠したのか、その辺を含めた詳しい話を聞くべき」という風に解釈してしまっていた。

日本語は難しい。改めてそれを感じますね。

 

「聞くときは慎重にな。真偽が分かったら連絡してくれ」

 

「…?わかりました(真偽?何のだ?)」

 

二宮は東の発言に僅かな違和感を覚えるも、勘違いしていることに気付く気配はない。

なぜなら、二宮の中では氷見が妊娠していることは確定事項になっているからだ。

作戦室から聞えてきた犬飼と京佳の発言を、完全に信じ切ってしまっている。

ピュアというべきか天然というべきか。流石は二宮、相変わらずである。

 

「さあ、とりあえず食うか」

 

「はい。頂きます」

 

東と二宮は焼き肉を再開する。

互いの微妙な食い違いに気付かぬまま、焼肉は終了した。

 

ーーー

 

「なんか会議だって。なんだろーね?」

 

「さあ…ランク戦はオフシーズンですし…何かあったんですかね?」

 

「ん〜どうだろ。辻ちゃんと鳩原は来てないしねー」

 

二宮隊の作戦室。

普段作戦を立て際に使う大きなデスクに腰掛ける人影が2人。

二宮隊銃手・犬飼澄晴と二宮隊オペレーター・氷見亜季が鎮座していた。

本日、二宮に「会議だ」と言われて呼び出された2人は疑問を頭に浮かべながら静かに隊長の到着を待つ。

 

数分後、作戦室の扉が開き、堂々と二宮が入室来てきた。

二宮は氷見らが座るデスクの一角に座り、おもむろに口を開く。

 

「…氷見、何か俺に言うことがあるんじゃないか?」

 

「え??」

 

二宮に名指しされた氷見は首を傾げる。

言わなければいけないこと?自分は何かやらかしただろうか?と。

氷見が首を傾げる中、隣に座る犬飼は何となく察していた。

 

(あー…このメンツ…もしかして…?)

 

もしや、先日起きた二宮隊作戦室での珍な出来事。

氷見と京佳、犬飼が行ったコント。その事を言っているのではないか…と。

あの時3人は、おふざけで妊娠やら何やら騒いでいたため、それが二宮に聞かれてしまい、本当に氷見が妊娠したと思っているのではないか。

 

その予想は完璧に的中していたが、犬飼は「まさか二宮さんがそんなことを信じるわけないよな〜」と楽観視していた。

しかし、犬飼は甘く見ていた。

二宮という男の真面目さと……天然さを。

 

「俺には言えないことなのか?」

 

二宮が質問を重ねてくる。

氷見は必死に頭を回転させ、思い当たる節を探した。

数秒の思案の後、氷見は1つの解を導き出す。

 

「あ、もしかして…冷蔵庫にあったジンジャーエール、二宮さんのでした?」

 

「違う」

 

氷見が必死で捻り出した答えは不正解だった。

二宮の迫真の答えに対して氷見は勘違いし、全く見当違いの言葉を吐く。

 

「あ、二宮さんのじゃないんですね…よかった」

 

「いや、それは俺のだがそうじゃなくて………お前飲んだのか?」

 

「すみません。名前書いてなかったので…」

 

「そうか。なら仕方ない」

 

(…いいのかよ)

 

犬飼は心の中で小さくツッコミを入れた。

実際、作戦室にある冷蔵庫のルールとして「自分のものには名前を書く。誰でも自由に飲食できるものは無記名」というルールがあるため、今回の件に関しては名前を書いていなかった二宮が悪い。二宮の対応も当然と言えるだろう。

 

「…いや、そうじゃなくてだ。他に何かないのか?」

 

目の前で行われるコントのようなやり取りに、犬飼は腹を抱えて机に突っ伏した。必死で笑いをこらえ、ぷるぷると震える。

そんな犬飼を見た二宮は怪訝そうに声をかけた。

 

「…犬飼?どうした?」

 

「す、すみま…せん…。くっ…ちょっと腹が…痛くて…ぐっ…」

 

「そうか。大丈夫か?」

 

「ぐっ…大丈夫…です…!」

 

さすがに苦しい言い訳だったが、二宮はアッサリとそれを信じた。その事実が犬飼の腹筋をさらに苦しめる。吹き出しそうになるのを必死に堪え、目の前で行われるコントに耳を傾けた。

 

「氷見、言いにくいのは分かるが…報告する義務があるんじゃないか?」

 

「えっ……と…すみません、心当たりがないです」

 

「そうか…」

 

二宮は「シラを切るつもりか」と鋭い目線で訴える。

氷見から言う気がないのなら、こちらから問い詰めるまでだ。そう考えた二宮は、鋭く言葉を放った。

 

「烏丸の件だ」

 

「え!?烏丸くん!?」

 

氷見が声を荒らげ驚愕する。

妊娠の件がバレていたからーーではない。氷見が密かに抱いている気持ちがバレてしまったと思ったからだ。

つまり、氷見はこう思った。なぜ二宮さんが自分が密かに抱いている烏丸京介への恋心を知っているのかーーと。

とはいえ氷見が烏丸京介を好いているという事実は、彼女と関わったことのあるほぼ全ての人間が知っているため、全くもって"密か"ではないのだが。

ちなみに二宮は鈍感なので知らない。

 

そんな氷見の反応を見た二宮は確信する。

やはり、妊娠の件は本当なのだ…と。

 

一方、犬飼も驚愕していた。

まさか本当に妊娠の件を信じたのかと。

 

「言いづらいのはわかるが、そういうことは報告するべきだ」

 

「な、なんでですか!私の勝手です!」

 

「……そうかもしれないが、親御さんはどう思う?」

 

「どう思うって……きっと応援してくれます!」

 

「そうだとしても…隊長である俺にひと言くらいあってもいいんじゃないか?俺はそこまで信用がないのか?」

 

「なんでですか!確かに二宮さんのことは尊敬してますし信頼してます!けど……乙女のプライベートを全部話すのは違います!」

 

「それはもう、プライベートとかそういう話を超えた重大な報告だろう」

 

「な、何を言ってるんですか!?二宮さんは私の何なんですか?」

 

「?…隊長だが」

 

2人のすれ違いは続く。

一方その頃犬飼は……笑いを堪えることに必死だった。

もはや椅子に座ることすら出来ず、地面に蹲って必死に声を出さないよう腹筋に力を入れる。

そんな時、犬飼の中で天使が囁いた。

『そろそろ誤解を解いてあげようよ!見てられないよ!』ーーと。

しかし、同時に悪魔も囁く。

『こんな状況止めるなんて勿体ねぇ。面白いからこのままにしとこうぜ』ーーと。

 

犬飼は腹筋を擦りながら、どうするべきか考える。

目の前で行われるコントを止めるべきか否か。

数秒の思案の後、犬飼はーーー悪魔に魂を売った。

 

「おい、犬飼。お前は知っていたんだろう?なぜ俺に報告……お前どうした?大丈夫か?」

 

そんな時、もう1人の悪魔(二宮)が犬飼に声をかけた。

しかし、犬飼は笑いを堪えることに必死で返事ができない。今口を開いてしまえば間違いなく吹き出してしまうだろう。

犬飼は腹筋に全力で力を込めながら、右手の親指を立てて大丈夫であることを伝えた。

 

「…?大丈夫ならいいが…無理はするなよ」

 

なんでこれで誤魔化せるんだよ!と犬飼は心の中で叫んだ。

もう限界だ、我慢できない…犬飼の口から笑い声が溢れそうになった瞬間ーー。

 

「え、なにこれ…どういう状況ですか?」

 

作戦室の扉が開き、隊員である辻が姿を現した。

作戦室の光景を目にした辻は本気で困惑する。

二宮と氷見が座って口論しているのはいい。だがなぜ犬飼は床に蹲ってプルプルと震えているのだろうか。意味がわからない。

 

「辻、聞いてくれ」

 

辻の姿を認識した二宮が口を開き、冗談など一切感じられない真剣な眼差しで言葉を続ける。

 

「氷見が…妊娠したことを隠してるんだ」

 

「え?」

 

「は?」

 

作戦室内が静寂に包まれる。

辻だけではなく氷見ですら呆気に取られる中、静寂を切り裂いたのはこの男。

 

「ぶっ…!あはははは!もう無理!あははははは!」

 

犬飼が大声で笑い出し、作戦室は困惑の嵐で包まれた。

そんな中、辻は状況が呑み込めず本気で戸惑った。

ーーー何だこの状況は…と。

 

ーーー

 

「つまり、妊娠云々はただのノリで、そんな事実はないということか?」

 

「はい…そうです」

 

先程のカオスから一変、落ち着きを取り戻した作戦室。

二宮ら4人は椅子に座り、冷静に状況を整理していた。

事の顛末を全て聞いた二宮は、右手を顔に当てて大きくため息をついた。

誰も信じないような冗談を信じてしまったのはまだ良いとして、二宮は確認もせず勝手に決めつけて行動をしていたのだ。

それはプライドの高い二宮にとっては許し難い行動であり、普段の二宮であれば有り得ない行動だ。二宮は自分が冷静さを完全に失っていたことに今更気づき、心の中で小さく呟く。

俺はこんなにアホだったのかーーーと。

 

「…勘違いをしていた。すまん、氷見」

 

「い、いえ。大丈夫です…」

 

氷見は二宮の謝罪を受け入れる。

それと同時に「二宮さん、あんなの信じちゃうんだ…」と困惑を顕にし、作戦室でふざけるのは金輪際やめようと心に誓った。

 

「犬飼、お前は気づいてたのか?なぜ言わない?」

 

「…いや、面白すぎて…」

 

「お前な…」

 

再び大きなため息。

事態は紆余曲折あったものの、何とか収束した。誤解も解け、一件落着といえる。氷見の恋心が二宮にバレてしまったが、まあ誤差と言えるだろう。

しかし、事の顛末を全て聞いた辻は無表情のまま心の中で呟いた。

 

ーーこの隊、みんな馬鹿なのか?

 

 

 






書いて欲しいキャラがいれば感想で教えてください。
ちなみにアホになります(確定)
※規約違反らしいので後日アンケートします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 歓迎会

おかしい
今回で唯我を出そうと思ってたのに長くなりすぎるから2話に分けることになるなんて…


 

三門市内にある焼肉屋。

その一角で4人の男女がテーブルを囲んでいた。

 

その中の1人、顎髭を生やした青年がグラスを手に取って立ち上がった。

 

「え~それでは…京佳の入隊を祝して…乾杯!!!」

 

「「「かんぱ~い!」」」

 

彼らはボーダー本部所属・A級1位太刀川隊。

本日彼らは、京佳の入隊手続きが正式に完了したことを祝して歓迎会を開いていた。

 

そんな中、本日の主役である烏丸京佳はグラスに注がれた烏龍茶をちびちびと飲みながら口を開いた。

 

「なんか…いいんすか?こんなに高そうなお店…」

 

京佳は周囲を見渡し、そわそわしながら不安そうに言う。

京佳の家は貧乏であるため、こういった高そうな焼き肉店に来るのは初めての経験だった。

といっても、この店はボーダーの隊員が良く通う店であり、超高級というわけではない。一般的なチェーン店よりも少し高い程度だろう。

しかし、京佳からすれば”焼き肉”という単語だけで全てが高級に見えてしまう。故に落ち着かず、柄にもなくそわそわしていた。

そんな京佳の様子を見た出水が口を開いた。

 

「大丈夫だから気にすんな!今日はお前が主役なんだから遠慮すんなよ!どうせ太刀川さんが全部払うんだし!」

 

「はっはっは。そうだぞ京佳。俺が払うから好きなもん頼め!今日はみんなで旨いもん食うぞ!」

 

「ひゅ~!太刀川さん、太っ腹~!」

 

「そうだろ国近、もっと俺を褒めろ!」

 

「いえ~!太刀川さんのあごひげ~!」

 

「だろ~~?……ん?それ褒めてんのか?

 

「太刀川さん、ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく…」

 

出水の言葉に、太刀川が気分良さそうに反応する。国近と太刀川がコントを繰り広げている中、京佳は素直に感謝の言葉を口にした。

太刀川は日常生活こそアレだが、こういったところでの懐は広い。

流石は大学生…と京佳が素直に感心していると、隣に座る国近がメニューを見せてきた。

 

「京佳く~ん、何食べる?ご飯食べる派?」

 

京佳はメニューを見た瞬間に困惑した。

 

(…肉ってこんなに種類あんの?ランプとかギアラとか聞いたことねえ…。黒毛和牛!?実在したのか...)

 

ワクワクと興奮からニヤケそうになる表情を必死で引き締めながらメニューを眺める。

ここでニヤケてしまっては先輩方に子ども扱いされ、今後甘やかされてしまう可能性が高い。それは避けなければならない。

別に甘やかされるのが嫌というわけではない。むしろ、大家族の兄として生きてきた京佳は誰かに甘えたいという欲は強い方だ。

 

では何故甘えないのか。そこには深く複雑な理由がある。

ーーそう、恥ずかしいからだ。

 

京佳は大人びているように見えて年頃の男子。誰かに甘えるなど恥ずかしくて出来るはずがない。

故に、京佳は自分の浮かれ具合を隠していた。

しかし、そんな京佳の様子を見て他の3人は全員同じことを思った。

 

(((あ…めっちゃワクワクしてる…)))

 

つまるところ、京佳のワクワクは抑えきれず微妙に溢れてしまっており、他の3人は全員それに気付いていた。

普段の凛々しい態度から一転、年相応の子供らしさをみせる京佳。

そのギャップに国近は母性を搔き立てられ、出水と太刀川は慈しむような瞳で京佳を眺めていた。

 

「あ、ご飯食べたいです。あと…この高そうな肉、食ってみたいです」

 

数秒後、京佳が指したのは如何にも高そうな雰囲気を漂わせた霜降りの肉だ。

こんなに良さげで美味しそうな肉を食べる機会は今までなかったため、溢れ出そうになるワクワクを抑えながら平静を装って答えた。

しかし、溢れ出るワクワクは抑えきれない。そんな様子を見て心を動かされた3人は、京佳に美味しい物を食べさせるため各々のおすすめをプレゼンする。

 

「お、京佳くんセンスいいね~。あ、あとこれも美味しいよ?一緒に食べよ~」

 

「これもおすすめだぞ。歯ごたえあって旨いぜ」

 

「京佳、俺のおすすめはこのタンだ。食ってみろ」

 

今日の集まりの主役は京佳であることに間違いはないのだが、”京佳と美味しい物を食べる会”ではなく”京佳に美味しい物を食べさせる会”に変貌してしまっていた。

ただまあ、本人たちは楽しそうなので良いだろう。

注文を終え数分後、頼んだ飲み物や肉が届いたので、4人はわいわいと楽しそうに話しながら肉を焼き始める。

 

「京佳くん。これもう食べれるよ~」

 

「ありがとうございます」

 

国近がいい焼き加減のタンを京佳の取り皿へと乗せる。京佳はタンをレモン汁に付け、白米と一緒の頬張った。

 

「どうだ、京佳?美味いか?」

 

「まじ旨いっす」

 

太刀川の質問に京佳は微笑みながら答える。

その微笑はあまりにもイケメンすぎたため、国近のみならず太刀川と出水でさえ少しドキドキした。

 

「ほら、京佳。カルビもいけるぞ」

 

「京佳、これも食え」

 

「あざす」

 

「京佳くん、これ食べる〜?」

 

「ふいふぁふ」

 

出水と太刀川が続けて京佳の皿に肉を乗せる。

京佳がそれを口に入れ美味しそうにモグモグしていると、口に肉が入った状態で国近に話しかけられ、もごもごと返事をした。なんて言ったいるかわかりづらかったが、国近は分かったようなのでいいだろう。

 

後輩が隊を抜け寂しがっていた3人の下に現れた新たな後輩。可愛い後輩が出来た3人のテンションは明らかに上がっていた。

3人は肉を焼き、良い感じに焼けた肉を京佳へと与える。年上風を吹かせ、京佳を存分に甘やかしていた。

 

一方で、京佳も甘やかされるのは…まあ甘やかされたいとかは無いけど…別に嫌じゃないっすけど?という感じの為、両者winwinの関係が成り立っていた。

入隊祝いーーという名の京佳を甘やかす時間ーーはどんどんと過ぎていき、お腹も少し膨れてきたなというタイミングで、太刀川が思い出したように口を開いた。

 

「ああ、そういや…もう1人新人が入るらしいぞ」

 

「新人?ウチに?」

 

出水の質問に、太刀川は「ああ」と短く頷く。

 

「そんなの今聞きましたよ。てか、らしいってなんすか。会ったことないんすか?」

 

太刀川を除く3人が同じ疑問を思い浮かべており。それを出水が代表して口に出した。

 

「ないな。まーあれだ。上からのあれで、ウチに入れろって指示なんだよ。なんでも大手スポンサーの御曹司だそうだ。確か京佳と同い年だぞ」

 

「へ~。お金持ちのボンボンってこと?」

 

太刀川が肉をトングでひっくり返しながら出水の質問に答えると、国近が塩キャベツをむしゃむしゃしながら反応した。

 

「まあ、そういうことだな」

 

「金持ちっつーと…なんとなくいい奴そうな気がしますよね」

 

「確かに。来馬さんとか小早川さんとか、性格良くて朗らかな人ってイメージあるっすね」

 

出水と京佳は新人の人柄を予想する。そこで思い浮かべたのがボーダーにいる金持ち、来馬と小早川だ。

来馬は鈴鳴支部の隊員であり、実家は鈴鳴支部のビルを1棟丸ごと無料でボーダーに譲渡するほどに太い家である。

来馬自身は金持ちながらも、それを誇示するようなことは一切しない。他の追随を許さない圧倒的な優しさと溢れ出るイイ人オーラが凄まじく、”ボーダーの仏”という異名が付くほどだ。

 

小早川も金持ち…という言葉が霞むほどのガチのお嬢様であるが、性格はおおらかで優しい。噂によると怒らせたらヤバいらしいが、この面子で小早川を怒らせた人間はいないため真偽は知る由もない。

この2人のせいで、出水と京佳は金持ち=優しいというイメージを持ってしまっていた。

そんな京佳らの反応を見た太刀川は、首を傾けながら唸る。

 

「ん~どうだろな。A級に入れろっていったのはそいつらしいし…分からんなぁ」

 

「ん~?つまり、ボンボン君が”自分をA級に入れろ!”って無茶言ったわけ?」

 

「ま、たぶんそんな感じ。なんでウチの隊なのかは知らん」

 

太刀川の話を国近が要約する。その話を聞いていた京佳は、肉を食べる手を止めることなく言った。

 

「つか、よくそんな話通りましたね。普通無理でしょ」

 

「まあ、大手スポンサーの御曹司だからなあ…。上も断れんかったんだろ」

 

「それを自分でわかってて言ってるとしたら、そいつ結構性根が曲がってそうっすよね」

 

太刀川と出水の言葉に、京佳は頷く。

あくまで推測でしかないが、もしそうだとしたら確かに性格は宜しくなさそうだ、と。

そいつの性格がどうであれ上手く付き合っていく自信が京佳にはあったため、特に気にする必要はないのだが。

太刀川と出水、国近も同様のため性格云々について特に気にしている様子はなかった。

 

「ま、実際会ってみないと分からないでしょ~」

 

「そうすね」

 

「…京佳?お前まだ食うのか?」

 

国近が力の抜けた声で言い、京佳が短く相槌を打つ。その間も、京佳の箸とトングは止まらない。箸とトングを巧みに使い分け、ひたすら肉を焼いては口に運ぶのを繰り返している。

先程からずっと食べ続け、尚且つペースが一切落ちていない京佳を見て、出水が心配そうな声を上げた。お前、そんな食って大丈夫か?ーーと。

そんな出水の心配など露知らず、京佳は微笑みを携えたまま左手の親指を立てた。

 

「もちっすよ」

 

「あ、そう…。まだ食うか?食うなら頼むけど」

 

「食います。なんでも食うんでお任せで」

 

「お、おう…」

 

食い気味な京佳の反応に若干たじろぎながら、出水はメニューを開いた。

結構満腹に近い状態だった出水も、パラパラとメニューを捲って肉の画像を眺めていると”まだいけるかもな”という気持ちになってきた。

京佳に触発されるように、出水の食欲に再び火が付いてしまった。

 

「あ、出水くん!私抹茶アイス食べたい」

 

「柚宇さんは抹茶アイスっすね。太刀川さんは?」

 

「いや、俺は腹いっぱいだ」

 

「おけっす」

 

一旦は一段落したが、再びメニューの吟味と注文が始まった。

わいわいと中高生3人が楽しそうに話す中、唯一の大学生である太刀川は遠い目で窓の外を眺めて黄昏ていた。

太刀川は中高生たちの食欲に内心ビビりながら、自身の財布の中身を必死に思い出していた。

 

太刀川が黄昏ている理由。それは持ってきた現金で会計が足りるかどうか微妙だからだ。

中高生の食欲ーー特に京佳ーーを完全に舐めていた太刀川は、先日財布の中を見た際の記憶を頼りに「まあ、足りるだろ」と判断し金を下ろしてこなかったのだ。

 

しかし太刀川の記憶は曖昧で、財布に何枚諭吉がいたかはうろ覚えだった。なぜ確認しなかったのだろうか。

ここで確認して下ろしに行くなりすれば解決するが、ここで財布を出して確認するのはダサいので嫌だった。

そのため、太刀川がとった行動はーー自分は追加注文せず少しでも安く済ませることだ。実際、腹は膨れているため食べなくても問題はない。

この場で自分にできることを最大限やり遂げた太刀川は、神に祈る。

ーーーどうか、足りますように…と。

 

ちなみに足りなかったので出水が2000円出した。

 

ーーー

 

京佳の歓迎会の翌日。

太刀川隊の作戦室に、現在の太刀川隊メンバーである4人が集結していた。

4人は作戦室のロビーに集まっており、ソファやクッションに座ってだらけていた。

国近はクッションに座りゲームのコントローラーをポチポチし、太刀川と出水はソファに座ってぐだぐだしており、ゲームに励む国近の背後には京佳がいた。

京佳は国近のすぐ後ろで、モフモフと大きなカー○ィのぬいぐるみに頭を突っ込みうつ伏せで爆睡している。

作戦室内は、これから新人を迎えるとは思えない雰囲気を漂わせていた。京佳にいたっては寝ているため迎える気0である。

ちなみに京佳が顔面を突っ込んでいるカー○ィのぬいぐるみは、国近が入隊祝いでプレゼントしたものである。

プレゼントに顔を思い切り突っ込んでるのはいいの?と思うかもしれないが、当の国近は「こんなイケメンに顔を突っ込んでもらえてカー○ィも幸せだね~」とか思っているから、まあいいんじゃないだろうか。

 

「なんつー寝方してんだよ…」

 

そんな奇天烈極まりない京佳の寝相を見た出水が小さなツッコミを零す。

それに反応したのは、同じソファでだらけていた太刀川だった。

 

「まあ、今朝も新聞配達だったらしいし。疲れてんだろ」

 

「いや、それは知ってますけど…息苦しくないんですかね?」

 

「いいんじゃないか?ほら、幸せそうな顔してんだろ」

 

「いやその言い方死んでるやつですから。てか今顔見えねえし」

 

出水と太刀川がミニコントを繰り広げていると、ゲームの画面をポーズ画面にした国近が振り向いた。

 

「あはは、確かに息苦しそ~」

 

国近は笑いながらコントローラーを床に置き、体を90度回転させて女の子座りになる。

カー○ィのぬいぐるみに国近の足がくっついたのを確認すると、国近はうつ伏せで爆睡する京佳の両肩を掴んだ。

「えいっ」という可愛らしい声と共に京佳の体がひっくり返り、京佳の淡麗な顔面とカー○ィが離れた。

 

「ふふ…すっごい寝てるね~。さ、ゲームしよ」

 

その様子を太刀川と出水は絶句した。

女子が男子の体を軽くひっくり返しているが、そのことに驚いたわけではない、

国近は今、オペレーター用のトリオン体に換装しているため、腕力は一般人より遥かに強い。むしろ生身の男子くらいひっくり返せて当たり前だ。

 

太刀川と出水が驚いたのは、京佳の頭が目を疑う場所に着地したからだ。

京佳の後頭部が着地したのはクッションでも床でもない……国近の太ももだった。

世間的に言う”膝枕”の状態になっているが、国近は何事もなかったかのようにコントローラーを手に取り、上半身を少し捻って目線をテレビに向けた。

そんな様子を見ていた2人の男は…驚きのあまり口を開けてポカーンとしたままフリーズしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 唯我尊

こんばんは
アンケートの投票感謝です
圧倒的にののが1位!

お前ら全員おっぱい星人ってことかァ!?
この小説は変態しか読んでないってことだなァ!


 

太刀川と出水は目の前であまりにも自然に行われた膝枕に理解が追い付かずに目を回す。

しかし、流石はA級1位というべきか。不測の事態にも即座に対応し、何とか冷静さを取り戻した出水が恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あの…柚宇さん…?」

 

「ん?どした~?あ、出水くんもゲームする?」

 

「あ、いや、それ…」

 

「それ?……どれ?」

 

「あ、いや、なんでもないっす…」

 

「そう?ゲームしたいならいつでも言ってね~」

 

国近はどうやら膝枕を何とも思っていないようだ。そのことに出水は額に汗を流しつつ困惑する。え、これ俺が変なのか?ーーと。

そんな出水のポンポンと肩を叩く男がいた。出水が所属する隊の隊長・太刀川慶である。

 

「出水。お前は変じゃない、俺はちゃんとわかってる」

 

「た……太刀川さん…!」

 

太刀川が親指を立ててドヤ顔をし、出水が両手を口元に当てて感動のポーズを見せる。

太刀川隊の友情を示す感動のシーンだ。涙なしでは見られない。

それはさておき。

その後も2人は茶番劇を繰り広げていたが、それに終止符を打ったのは他でもない太刀川だ。

 

「出水、お前は気付いていないみたいだな」

 

「…な…気づいてないって…何に?」

 

「…ふっ…アレを見ろ」

 

太刀川は出水を鼻で笑うと、ある方向を指さす。出水は太刀川の行動に若干イラっとしつつも、大人しく太刀川の指の先を見た。

指が指し示すのは、先程とは変わらない光景。国近がゲームをしながら京佳に膝枕をしている情景だ。

先程見たのと変わらぬ光景だ、そう感じた出水は国近に聞こえないよう小さな声を発し、太刀川もそれに倣う。

 

「膝枕でしょ?気づいてるに決まって」

 

「違う。ただの膝枕じゃねえ」

 

「え…?」

 

出水は驚愕する。

ただの膝枕じゃない?なら一体何だというのか。

 

「よく見ろ、出水。京佳が起きた時の視点を考えるんだ」

 

「視点…?……!まさか…!」

 

「ああ、そうだ…!」

 

太刀川のヒントを元に考えた出水は、1つの答えを導き出した。

その答えとは、京佳が目を覚まして一番最初に目にするものである。

普通は天井、もしくは膝枕をしている人物の顔が目に入るはずだが、それなら何も問題はない。

今回の場合、それ以外の物が最初に目に入るから、太刀川と出水は騒いでいるのだ。

 

京佳が目を開けると、真っ先にあるものが目に入る。

そのあるものとは、もう皆さんお分かりであろう。

そう、国近のおっぱいだ。

 

Eカップというボーダー内でも五指に入る胸の持ち主である国近に膝枕をされるというのはそういうことだ。

つまり、京佳が目を開けるとそこにはた芳醇に実った果実が2つ並んでいる、しかもそれを下から独占して見れるという。まさに男にとっての楽園である。

 

「出水。俺は思うんだ。隊長として、作戦室でそんな不純なことを許していいのか?って」

 

「…太刀川さんの言う通りです、俺も隊員として見過ごせません!」

 

太刀川と出水はもっともな理由を口に出す。

決して京佳にだけイイ思いはさせない!とかは思っていないし、嫉妬とかそういうのでもない。

大事なチームメイトに”お前だけふざけんなイケメン”とか思うわけがないし、別に国近の果実を下から眺めるのが羨ましいとかは一切思っていない。

ただ隊長として、そして隊員として…己の責務を全うするだけだーー。

 

「とりあえず、京佳はまだ寝てる。起きる前にやめさせるぞ」

 

「出水、了解。…柚宇さ~ん!」

 

「ん~?」

 

出水の呼びかけに国近は声だけで反応する。すかさず出水は攻撃を仕掛けた。

 

「俺ら今日、ケーキ買ってきたんすよ。みんなで食いません?」

 

「え~!食べたい~!」

 

太刀川と出水は心の中でハイタッチをした。

実際、出水と太刀川がケーキを買ってきているのは事実であり、給湯室の冷蔵庫には5切れ(5種類)のケーキが保管されている。ケーキを食べるとなればソファに移動するだろう。その場合、膝枕を辞めざるを得ない。

出水は自らの完璧な作戦を自画自賛し、太刀川はそれを心中で称えた。

 

ここでひとつ疑問がある。

今日に限って何故ケーキを買ってきたのか。その理由は新人が来るからである。

つまるところ、冷蔵庫にあるケーキは新人を歓迎するための物なので、本来であれば今食べてはいけないはずの物だ。

とはいえ、今ケーキを食べても新人の分は1切れ残るため数という面では問題ない。しかしそうなった場合、新人は4人に囲まれながら1人でケーキを食すという気まずいにも程がある状況になってしまうのだが。

 

この際しょうがない、と2人は一瞬で新人を切り捨てた。まだ会ってもいないのに、あまりにもな扱いである。

しかし、出水と太刀川に新人を気に掛ける余裕はない。

一刻も早く膝枕をやめさせる、そのことで頭がいっぱいだ。

 

「…あ~でも、後でいいかな。今動けないし。ごめんね~」

 

国近は数秒考えた後、京佳の顔をチラっと見ながら言った。

その答えを聞いた出水は「あ、おけっす」と短く答え、悲しい目で太刀川の顔を見た。

 

「太刀川さん…柚宇さんは俺らとのケーキより…京佳を…」

 

「お…落ち着け出水…!今のは…あれだ!京佳も含めて太刀川隊だろ?だから全員揃ってないと意味がないってことだ!」

 

太刀川が必死に励ますも、出水は目に見えて落ち込んでしまった。

こうなりゃ、俺が国近を振り向かすしかないな…!とまるで恋する乙女のような意気込みで、太刀川は国近に声を掛ける。

 

 

「国近、そろそろ忍田さんが新入りを連れて来るはずだからゲームやめとけよ」

 

「ん~、おっけ~」

 

太刀川がまるで隊長のような真剣な声音で言うと、国近は気の抜けた返事を返した。

返事はのほほんとしたものだったが、行動は素早い。すぐにセーブをし、ゲームを終了した。

いつもは適当な国近も必要な指示は聞く。国近柚宇は、やればできる子なのである。

 

一方太刀川は、真剣な顔つきで指示を出しながら内心ほくそ笑んでいた。

国近にゲームをやめさせれば、その場に座り続ける理由はない。

という考えのもと隊長権限で命令を出した太刀川。自らの欲望のために権力を使う、まさに汚い大人である。

 

「あと何分くらい~?」

 

「ん?そうだな…。約束が13時だから、あと10分くらいじゃないか?忍田さん、時間はきっちり守るタイプだし」

 

ゲームの電源を切りながら国近が問いかけ、太刀川が時計を確認しながら答える。

現在の時刻は12時48分。忍田が新入りを連れてくると言っていたのが13時なので、約束の時間まで10分程度だ。

 

「まあ、京佳はギリギリまで寝かせといてやろう」

 

「そっすね」

 

太刀川の言葉に今まで黙りこくっていた出水が反応した。

太刀川達の勝利条件は”京佳を起こさずに膝枕をやめさせること”。

膝枕のまま京佳を起こしてしまっては、起きた瞬間に国近の下乳が目に入ってしまうからだ。

その任務を完遂するため、太刀川は最後の手を打つ。

 

「京佳をソファに移動させるか。床だと体痛めそうだしな」

 

「!了解です」

 

太刀川の言葉に出水が凛々しい顔で答えた。

太刀川の最後の手、それは国近を移動させるのではなく京佳を移動させることだった。

京佳を寝かせたままソファに移動させるとなると、国近は膝枕をやめざるを得ない。

出水は太刀川の完璧な計画に気付き、心の中でスタンディングオベーション。普段はどうしようもないほどアホな隊長だが、重要な事案の時は頼りになる。

それを再認識した出水は、太刀川に対する尊敬の念を抱いた。

ーーー太刀川さん、一生ついていきます……!と。

 

あとは国近が席を立ち膝枕をやめれば太刀川と出水の任務は完了するのだが……そうは問屋が卸さない。

 

「え~?起きちゃうんじゃない?」

 

「こんだけ熟睡してりゃ大丈夫だろ。出水、移動させてやれ」

 

「了解です。柚宇さん、ちょっと失礼しますよ」

 

「はいよ~」

 

出水は立ち上がり、京佳と国近のもとへと向かう。私服のままトリオン体に換装した出水は、京佳の膝裏と肩の下に腕を入れて軽々と持ち上げた。

所謂お姫様抱っこというやつである。普通なら胸キュン展開のはずだが、今回はどちらも男だ。胸はキュンキュンしないが、代わりにキマシタワーが建ちそうではある。

出水はソファの上に京佳をゆっくりと下ろし、トリガーをオフにする。役目を終えた出水は、再びソファに身を沈めた。

運んでいる間も京佳は穏やか顔で眠ったままであり、一切起きる気配を見せなかった。

 

「全然起きなかったね~」

 

国近が言いながら立ち上がり、京佳が眠るソファへと向かっていく。

そんな国近を横目に、出水と太刀川は雑談に花を咲かせていた。

 

「ほんとにな。眠れる森の何とやら……だな」

 

「はは、キスしないと起きないってやつですか?」

 

「そうそう、もしそうだったらお前どうする?」

 

「いや~流石に男にキスすんのはな~。募集したら女子が山ほど応募してきそうなんで心配ないんじゃないすか?」

 

「それもそうか。はっはっは」

 

太刀川と出水はソファの上で顔を向け合い、2人で気分良さそうに笑う。

それもそのはず。何せ国近の膝枕を中断させ、国近の下乳を守ることに成功したのだから。

別に羨ましいとか嫉妬とかそういうのじゃなく、純粋なボーダー隊員としての責務から生まれた失敗は許されない任務。それを達成することができた。

やはりA級1位たる俺たちに不可能はないと、自分達の実力を再確認した2人は自負心を更に強いものにする。

 

しかし、悲劇はまだ終わらない。

完全に祝勝モードに入っていた2人は気付いていなかったのだ。

今、京佳と国近がどういう状況にあるのかを。

 

「なあ、くに……っ!?」

 

「?どうしたんですか、太刀川さ……っ!!」

 

太刀川が出水から視線を外し、国近の方を見た瞬間に絶句する。太刀川の挙動を不審に思った出水も国近の方を向き、同じように絶句した。

テーブルを挟んだ向かい側にあるソファに京佳が仰向けになってスヤスヤと寝息を立てている。

これはいい。出水がソファに運んだのだから、そこに京佳がいるのは当然だ。

そして、同じソファに国近が座っているのもいい。

2人が絶句した理由、それは…。

国近の太ももに再び京佳の頭が乗っていたからだ。

 

「うそ…だろ……」

 

太刀川が絶望の声を上げる。

膝枕を見たからではない。今の膝枕には先程と比べて決定的な違いがあったからだ。

つい数分前まで床で行われていた膝枕とは違い、国近の手がフリーになっている。

ゲームのコントローラーが握られていた手は…今は京佳の頭に添えられていた。

慈しむような目線を京佳へと向ける国近。スヤスヤと眠る京佳の頭部へと右手を持っていき、優しく頭を撫でている。

 

そんな国近の振る舞いを見た男2人は愕然とした。まさかここまでしても膝枕をやめないというのは予想外だったのだ。

否、1回は確かに膝枕をやめたのだ。しかし、再び膝枕になってしまった。

なぜこんなことになったのだろう……。油断や慢心は確かにあったかもしれない。それを考慮しても、ここまで状況が悪化するとは思ってもいなかった。

しかし、これ以上何か言っても怪しまれる可能性がある、打つ手がなくなった2人は、今にも死にそうな声音で口を開いた。

 

「太刀川さん……」

 

「…なんだ、出水」

 

「……羨ましいです…」

 

「そうか。…俺もだよ」

 

先程までの”ボーダー隊員としての責務”とは何だったのか。

完全にメッキが剝がれた2人の口から、桜のように本音が散った。

 

ーーー

 

「失礼する」

 

太刀川隊の作戦室に1人の男が訪れた。ボーダー本部長・忍田真史である。

忍田は作戦室の扉をノックして中に入ると、そこには太刀川隊の隊員がソファに座っていた。

京佳と国近が同じソファに座り、その向かいには太刀川と出水。先程目覚めたばかりの京佳はまだ眠そうだ。

 

京佳が目覚めた際、膝枕されているにも関わらず平然と「おはようございます」と言い、それに対して国近も至って普通に平然と返事をした。

それを見た男2人が再び絶句したというシーンがあったが割愛する。

 

「慶と出水の元気がなさそうだが……何かあったのか?」

 

そんな作戦室の様子を見た忍田は首を傾げた。

忍田の目から見て、同じソファに座る太刀川と出水は見るからに元気がない。

体調が悪いのか、それとも何かあったのか。

 

何かあったのか、と聞かれれば答えはYESかもしれない。

しかし、実際は太刀川と出水が紆余曲折の果てに勝手に燃え尽きただけなので、何もなかったと同義と言っていいだろう。

心配に思った忍田の問いかけに答えたのは他ならぬ太刀川だった。

 

「何もないんで…、それで新人ってのは?」

 

「ああ、紹介しよう。入ってきなさい」

 

太刀川は質問に答え、すぐに新人の話題へと転換する。

ここまで素早く話題を変えたのは、先ほどまでの自分達の醜態を師匠である忍田に感づかれたくなかったからだ。

その目論見は成功し、忍田は疑問を感じることなく話題の転換に乗っかった。

 

忍田が扉の外に向かって呼びかけると、扉を開けて部屋に入ってくる人影が1つ。

おかっぱのようなぱっつん前髪をした、如何にも坊ちゃんといった風貌の男子だった。

 

「この子は唯我尊。この部隊に入隊させることになった。新たな仲間として迎えてやってくれ」

 

唯我、と紹介された男子はおかっぱを靡かせながら腕を組んで堂々と佇んでいる。

出水は心の中で「こいつ態度でけーな」と呟くも、口には出さない。太刀川も同様だ。

国近と京佳は唯我の態度など一切気にせず、この後食べる予定のケーキに胸を躍らせていた。

 

「私は失礼する。頼んだぞ、慶」

 

「りょーかい。任せてください」

 

忍田が部屋から退出し、唯我が残された。

数秒の沈黙の後、組んでいた腕を開いた唯我がエラそうな態度で口を開いた。

 

「ボクの名前は唯我尊。知っての通り、ボクの親は最大手スポンサーの社長さ!」

 

髪をふぁさぁ…と靡かせ、堂々とした態度を見せる唯我。

そんな唯我の言葉を聞いた4人の反応は薄い。そのことに気付き、唯我は困惑する。

唯我としては、大手スポンサーの御曹司というだけでチヤホヤされると思っていたが、そんな様子は一切ない。

沈黙に包まれる作戦室。その静寂を破ったのは隊長である太刀川だった。

 

「とりあえず俺たちの紹介しとくか。俺は隊長の太刀川慶。どうぞよろしく。んで、こいつが出水公平」

 

「あー…よろしくな」

 

太刀川の言葉に合わせ、出水が軽く手を上げて挨拶する。

その調子で、太刀川は残った面子の紹介も始めた。

 

「このさっぱりした男前が烏丸京佳」

 

「さっぱりした男前です、よろしく」

 

「そんでウチの紅一点、国近柚宇」

 

「よろしく~」

 

「……よろしく頼むよ…!」

 

予想と違った反応に戸惑いながらも、唯我は挨拶を返した。

そんな唯我を横目に国近は立ち上がる。

 

「さ、お待ちかねのケーキの時間だ~」

 

「あ。俺お茶淹れますよ」

 

「お、気が利くね~京佳くん。じゃ、行こっか~」

 

まるでケーキがメインだと言わんばかりの国近の態度だが、実際ケーキの方がメインだと思っているので誤解ではない。

ちなみに京佳もケーキのことで頭がいっぱいになっており、うっきうきで茶を淹れに行った。

 

「ケーキ?」

 

国近らの発言を聞いた唯我は首を傾げた。その様子を見ていた太刀川が唯我が持っているであろう疑問に答える。

 

「まあ一応、お前の入隊祝いってとこだな」

 

太刀川の言葉に唯我は胸がジーンと熱くなる。

自分のためにケーキを用意してくれていた…しかもそれをみんなでたべるだなんて…!なんていい人達なんだろう…!と。

ただ、唯我は知らない。太刀川たちは先程、私利私欲に塗れた理由で先にケーキを食べようとしていたことを。

まあ、当の唯我は嬉しそうなのでいいのではないだろうか。知らぬが仏とはこのことだ。

しかし、プライドが死ぬほど高い唯我は素直な感謝の気持ちを表すことはない。まるでツンデレのような反応を見せた。

 

「ふ…!安物のケーキは食べる気にならないな…!まあ、どうしてもと言うなら食べるのもやぶさかではないが…!」

 

「あ、そう。じゃあ京佳に食わせるわ」

 

「え、あれ…」

 

そんな唯我のツンデレは出水によって粉々に砕かれ、唯我は再び困惑した。

唯我としては「そんなこと言うな。安物で悪いが頼むから食ってくれないか?」みたいな展開を予想していたのだが、全く違う方向に転がっていく。

 

「食べよ~」

 

唯我が戸惑っている間に、国近と京佳がケーキと茶をお盆に乗せ、取り皿やスプーンを持って歩いてきた。それらを机の上に置き、2人は先程と同じ並びでソファに座る。

 

「さ、選んで選んで~!」

 

机に並べられたケーキは5つ、それぞれ違う種類のケーキだ。

ショートケーキ、チョコレート、チーズ、モンブラン、イチゴのタルト、どれも美味しそうな輝きを放っている。

 

「京佳、こいつケーキ食わねーらしいから2つ選んでいいぞ」

 

「あっちょ」

 

「まじっすか。じゃあこの2つで」

 

出水が唯我を指しながら言う。

唯我が何か声を上げようとするも、それよりも先にウキウキの京佳がチーズケーキとタルトを自分の取り皿に移した。

太刀川、出水、国近もそれに続き、あっという間にケーキは無くなる。

唯我が啞然としていると、出水がモンブランをもぐもぐしながら口を開いた。

 

「唯我、お前何してんだ?突っ立ってないで座れよ」

 

某射手ランク1位よろしく言葉を放つ。

その言葉を聞いた唯我はわなわなと震えながら口を開いた。

 

「なんだこの雑な扱いは!ボクはスポンサーの息子だぞ!?もっと敬ったらどうなんだ!」

 

大声で慟哭する唯我だが、太刀川ら4人は全く動揺していない。

むしろ、何言ってんだこいつ?という感情を孕んだ目で唯我を見つめていた。

そんな中、チョコレートケーキを口に入れながら太刀川が言う。

 

「まースポンサーの息子っつってもなー。すげーのはお前の親父さんで、別にお前はすごくねーだろ。それで敬えとか言われてもなー」

 

「ぐっ」

 

「つーか、別に雑じゃないだろ。お前が食わねーって言ったんじゃねえか」

 

「うっ…」

 

太刀川の正論が唯我に突き刺さり、続いた出水の正論が唯我を殴る。

しかし、唯我は折れない。すぐさま反撃に出る。

 

「ふ…!いいのか、そんなことを言って!ボクが父に言えば…!」

 

「また父親か。お前自身は何ができんだよ」

 

その反撃は出水の一言で止められた。出水の言葉に、唯我はたじろぐ。

 

「それは…」

 

「ほら、なんもできねえだろ」

 

言い淀んだ唯我に対し、出水は更に追撃する。

実際、出水の言う事は唯我にとっての図星だった。

唯我は今まで親の七光りとして生きてきた。何かあれば父親の名前を出してきたし、父親が何とかしてくれた。

自分自身の力だけで何かを成し遂げた記憶など殆どない。

 

唯我は自分自身に大した力がないことを知っている。しかし高いプライドが邪魔をし、それを認めることはできなかった。

等身大の自分から目を背け、父の力を借り、まるで自分が強くなったように暗示をし、自分を騙しながら生きてきた。

 

「なんか…思ってたよりも薄っぺらい人ですね」

 

「酷すぎる!」

 

黙ってしまった唯我に、京佳の言葉が深く深く突き刺さる。

会心の一撃をくらった唯我は、涙を流しながらその場に膝をついた。

 

「ありゃ?」

 

そんな唯我の様子を見た出水は困惑する。まさかここまでメンタルが弱いとは思っていなかったのだ。

唯我は今までの人生、悪口やら批判やらを直接言われたことが無かったのでメンタルが豆腐なのは当然っちゃ当然だが、出水にはそんなこと知る由もない。

 

「あーあ、出水先輩。言い過ぎっすよ」

 

「え、ちょ、これ俺のせいか?トドメ刺したのお前じゃね?」

 

「何言ってんすか。俺じゃないっすよ。ですよね、国近先輩」

 

「ん~…これは出水くんが悪いかな~」

 

「まじかよ…」

 

「はっはっは。ウチはいつも通りだな」

 

全ての罪を出水に押し付けることに成功した京佳。

それに加担した国近。

その様子を見て笑う太刀川。

いつも通り、何も変わらない太刀川隊の風景がそこにはあった。

ただひとつ、地面に膝を付く唯我を除いて。

 

「まあ、唯我」

 

「…はい?」

 

グズグズと涙を流す唯我に太刀川が声をかける。

 

「ウチはこんな感じだ。お前のことを特別扱いなんかしない。それが嫌なら他のとこへ行け。それでもいいなら……俺達は歓迎するぞ」

 

その言葉を受け、唯我が周囲を見渡す。

先程までわちゃわちゃしていた面子は、全員真剣な眼差しで唯我を見ていた。

唯我はゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。

 

「よろしく…お願いします」

 

「おう。ようこそ、太刀川隊へ」

 

こうして、太刀川隊に新たな仲間が加わった。

ちなみに唯我の分のケーキは既に京佳が食べてた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 弓場隊

こんばんは
今回ののさん回にするつもりだったのに完成したら何故か帯島回に。
なぜだ?
次回はののさんメインにしますほんとです。

あと京佳のステータスとトリガー構成乗せます
オリジナルトリガーがありますねなんでやろな


 

 

ー烏丸京佳ー

16歳 高校生 男

A級1位 太刀川隊 万能手

好きなもの 肉 ぬいぐるみ 家族

嫌いなもの 香草類 ホラー系全般

 

トリガーセット

メイン アステロイド(突撃銃「改」) スケルトンキー(試作) シールド バッグワーム

サブ  弧月 旋空 シールド エスクード

 

パラメーター

トリオン 8

攻撃 9

防御援護 10

機動 7

技術 9

射程 4

指揮 5

特殊戦術 2

 

total 54

 

ーーー

 

 

「こんにちは」

 

ある休日の昼。

烏丸京佳は、とある部隊の作戦室に訪れていた。

作戦室の扉をノックし、中に入る。京佳の挨拶に反応したのは、腕を組んで扉の前で仁王立ちしている眼鏡をかけた男だった。

如何にもヤンキー…というより、”漢”といった風貌の男は、ニヤリと口角を上げながら口を開いた。

 

「よく来たなァ、京佳ァ」

 

「どうも、弓場さん」

 

威圧感のある言葉だったが、京佳は気にする素振りなく答える。

ここはB級4位弓場隊作戦室。目の前にいる漢は弓場隊の隊長であり銃手ランクの2位に君臨する漢、弓場拓磨。この作戦室の長たる人物だ。

一見怖そうな見た目だが、思った以上に優しく人情に厚い。そのため、隊員からの信頼も高く、年下からも慕われている。

慣れるまでは口調や態度で物怖じしてしまう人もいるだろうが、慣れてしまえば無問題。頼れる兄貴のような存在だ。

それは京佳にとっても同じであり、京佳は弓場の事を兄のように慕っていた。

 

「お、来たな」

 

弓場と京佳の会話が聞こえたのか、オペレーター用のデスクに座ってPCと睨めっこしていた女性が顔を上げた。

茶色がかったフワフワの髪をボブカットで纏めており、オペレーター用スーツのネクタイを外して着崩しており、上着のボタンも全て外している。

容姿のレベルはかなり高いが、驚くべきはその胸部だ。

そのバストサイズは胸囲の…間違えた、脅威のIカップ。他の追随を許さない圧倒的なOPP(おっぱいパワー)で全ボーダー隊員内でトップの座に君臨している。

ちなみにスーツを着崩している理由は、ボタンが全部閉まらないからだ。ボーダー全女子が羨む悩みだろう。

そんな彼女の名は、弓場隊のOPである藤丸のの。隊長の弓場を陰で支える体育会系の姉御だ。

その豪快な性格故に学校ではあまりモテないらしいが、整った容姿と気のいい性格、圧倒的なOPによってボーダーでは男女問わず人気の女性だ。

 

「ののさん、どうも」

 

京佳が藤丸の方を向き軽く会釈をすると、藤丸はデスク上を素早く片付けて席を立った。

 

「ま、とりあえずこっち来な」

 

「はい」

 

藤丸と弓場に案内され、京佳は作戦室の奥へと通された。

作戦室の奥は応接間のような装いになっており、1人掛け用のソファが2つ、そのソファの前にはテーブルが置かれている。

京佳は何回か弓場隊作戦室に訪れたことがあるため、この部屋を見るのは初めてではない。見慣れた……とまではいかなくとも、見知った光景だ。

しかい、そんな光景に見慣れない人物の姿が見える。13~14程度の子が、ソファに座っていた。

中性的な顔立ちに短めの髪、日にこんがりと焼けた健康的な肌。容姿だけを見ると、男女どちらとも言い切れない。

初めて見る顔に、京佳は一瞬困惑する。なぜこの子は弓場隊の作戦室に堂々といるのだろうか。

京佳は疑問を浮かべるが、その疑問はすぐに解決する。

 

「帯島ァ!」

 

「はいっス!」

 

弓場が鬼気迫る表情で叫ぶと、ソファに座っていた。少年(少女?)が立ち上がる。

両手を後ろに回し、背筋をピンと伸ばした状態で大きく口を開いた。

 

「初めまして!自分、弓場隊に入隊することになった帯島ユカリっス!よろしくお願いするっス!」

 

「烏丸京佳です、よろしく」

 

帯島の元気いっぱいな挨拶に、京佳は軽く右手を上げて答えた。

弓場隊は前期終了時に2人の隊員が脱退したため、新人の募集を行っていた。中々良い人材が見つからずに困っていたらしいが、どうやら解決したようだ。

これで京佳の疑問は解けた。しかし、新たな疑問が浮上する。

目の前の子は…男女どちらだ…?と。

名前から判断すると女子だが、ユカリという名の男子がいても不思議じゃない。

声は高めだが、まだ声変りが来ていない可能性もある。

答えが出ずに、京佳は心の中で唸る。その様子を見ていた弓場が、メガネをくいっと持ち上げながら言った。

 

「ま、とりあえず座れやァ」

 

「うす」

 

京佳は言われるがまま、1人掛けのソファに腰掛ける。

帯島の隣に座った京佳の目の前、机を挟んだ先には腕を組んで仁王立ちの弓場。そして京佳の背後、何時の間にかソファの後ろに立っている藤丸。

京佳が座った後、数秒間の静寂が流れる。その沈黙を破ったのは、藤丸だった。

 

「おいこら京佳!久しぶりじゃねーか!」

 

藤丸は京佳の頭に両手を添え、まるで犬を撫でるようにわしわしと京佳の頭を撫でまわし始めた。

一方の京佳は特に抵抗せず、されるがままに撫でまわされている。嫌がることもしない、というかむしろ気持ちよさそうだ。撫でられて喜ぶ犬のような、何とも言えない表情を浮かべている。

弓場は心の中で「また始まりやがったなァ…」と悪態を吐くも、それを表には出さない。

帯島はただ1人。この場にいる人間の中で唯一、驚愕を露にした。

 

「えっ??」

 

「帯島ァ。気にすんな、いつものことだ」

 

「え、あ、はいッス」

 

困惑していた帯島に対し、弓場がフォローを入れる。

帯島は「これがいつも通り?距離近くないッスか?」と思ったが、弓場のフォローを飲み込んで何とか納得した。

 

「急に呼び出しちまってすまねェーな」

 

「いや、全然大丈夫っすよ。今日は特に予定無かったんで」

 

仁王立ちしたままの弓場が話を切り出し、藤丸に撫でられたままの京佳が答える。

京佳が弓場隊作戦室を訪れた理由。それは、弓場に呼び出されたからに他ならない。何でも、頼みがあるらしい。

弓場が年下に何かを頼むというのはかなり珍しい。滅茶苦茶レアな出来事だった。

 

「頼みがある」

 

「はい」

 

「単刀直入に言う。…帯島の師匠になってくれねェか?」

 

「いいすよ」

 

弓場が頭を下げると同時に、京佳は即答する。

あまりにも早い返事に、弓場が一瞬目を丸くした。

 

「即答じゃねーか!」

 

藤丸が京佳の肩を揉みながら言う。

その様子を見ている帯島は「貴女の方が肩凝ってるんじゃ…」と藤丸の胸部を凝視しながら思ったが、本人は京佳の肩を揉むことに満足してそうなので特に言及はしない。

ただ、座る京佳の頭部に藤丸の盛り上がった部分が触れそうになっていることに帯島は内心ハラハラしていた。

 

「まあ、断る理由も特にないんで。…あ、ひとつ聞きたいんすけど、なんで俺なんすか?」

 

肩を揉まれながら京佳が問う。その問いに答えたのは弓場だ。右手でメガネに触れながら言葉を吐く。

 

「まァ、色々理由はあるが……」

 

弓場は静かに、京佳に依頼した理由を並べる。

まず第一に、歳が近いこと。京佳は現在中学3年生、対して帯島は中学1年生だ。ボーダー内でも年齢が低い帯島にとっては比較的話しやすいだろう。

2つ目は京佳の年下に対する面倒見の良さだ。

京佳は大家族の次兄ということもあり、年下に対して兄属性特攻を持っている。帯島とも友好な関係を作れるだろうという狙いだ。

 

「なるほど、納得しました」

 

「ありがとよ。今度飯でも奢らせろや」

 

「じゃあ焼肉で」

 

「おう」

 

弓場と京佳の会話が一段落したところで、帯島が立ち上がる。

背筋をピンと伸ばし、京佳へと体を向けた。

 

「京佳センパイ!これからよろしくお願いするッス!」

 

帯島は腰を曲げ、頭を深く下げる。京佳はそれに答えるように、右手を軽く挙げた。

 

「ああ、よろしく」

 

京佳も椅子から立ち上がる。それによって、藤丸は肩もみを中断させられたが、特に気にしてはない様子だ。

たが、ある出来事が発生していたのを帯島は見ていた。京佳が立ち上がる瞬間、藤丸の盛り上がった部分に京佳の後頭部が少し触れていたのだ。先程懸念していた出来事が発生してしまい、帯島は内心ヒヤヒヤする。

しかし、当の本人達はそれを気にしていない。というか気づいてすらいない様子だった。

なんで気づかないんだろう?と帯島は疑問に思うも、口には出さない。帯島は気の使える女の子だった。

 

「訓練室借りても?」

 

「ああ!好きに使えよ!」

 

「あざす」

 

京佳の言葉に、藤丸が反応した。了承を得た京佳は帯島の瞳を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。

 

「じゃあ、帯島。とりあえず…今どのくらいデキるのか見せてもらう」

 

「はいッス!」

 

その言葉を吐いた直後、京佳は思い出した。

 

(そういえば、帯島が男子なのか女子なのか聞いてなかったな…)

 

今更聞くのも何か失礼な気がして気が進まない為、京佳は考えるのをやめた。

ーーまあ大丈夫だろ、と。

 

ーーー

 

弓場隊の訓練室に移動した京佳達。

作戦室に作られた住宅街。黒いロングコートに身を包んだ京佳と、弓場隊の隊服に身を包んだ帯島が10m程の距離を空けて対峙する。

その脇、ポケットに両手を突っ込んだまま塀に寄りかかる弓場の姿が。弓場は2人の戦いを静かに見守る。

 

「遠慮はすんなよ。いつでもいい。全力で来い」

 

「はいッス!」

 

京佳は、右手にアサルトライフル、左手に弧月を構えて帯島に向かい合う。帯島は弧月を両手で握りしめ、目の前に立つ京佳に意識を集中させる。

 

(A級1位……そんな人が自分の師匠になってくれるなんて…)

 

帯島は京佳の左肩に視線を向け、ゴクリと喉を鳴らした。

ロングコート左肩には、A級1位部隊所属であることを示すエンブレムが施されていた。

3本の刀と、そのバックに映える三日月。紛れもない、太刀川隊のエンブレムだ。

 

(自分が勝てる相手じゃない。けど…怖気付いたらそれ以前の問題!全力で行く!)

 

帯島は弧月を握る拳に力を込め、全力で地面を踏み込む。

トリオン体による身体能力の向上により、生身では出しえない速度で京佳へと肉薄した。

帯島が振るう弧月を、京佳も同じように左手の弧月で受け止める。数秒の鍔迫り合いの後、帯島の近くに真っ白な立方体が浮かび上がった。

立方体はバラバラと分割され、更に小さな立方体となる。

 

「アステロイド!」

 

帯島が叫ぶと同時、小さくなった立方体が弾丸となり、京佳へと襲いかかった。

 

「シールド」

 

迫り来る無数の弾丸を受け止めるべく、京佳は六角形のシールドを作り出す。

弾丸はシールドによって相殺されるが、帯島の攻撃は止まらない。

京佳の剣を上へと弾き、弧月をシールドへ向けて振るう。シールドは弧月によって砕け散り、弧月の鋒が京佳の首へと向かっていく。

京佳は上体を逸らして迫り来る弧月を避け、右手に持ったアサルトライフルの引き金を引いて反撃する。

連射される弾丸をシールドで防ぎながら、帯島は再度刀を振るった。

 

「悪くない」

 

「ありがとうございます…!」

 

京佳は帯島の攻撃を軽々と弧月で受け止め、静かに口を開く。

帯島は京佳の言葉に対して返事をしつつ、攻撃の手は緩めない。弧月を振るい、アステロイドを放つ。

 

「…が、それじゃ届かないぞ」

 

「…!」

 

しかし、その全てが京佳によって受け止められる。京佳を崩すどころか、会話をする余裕を奪い取ることすら出来ない。今も尚、弧月は軽々しく受け止められ、アステロイドは全てシールドで防がれている。

帯島は、京佳の余裕そうな様子に焦りを感じていた。

 

「…ハウンド!」

 

再び、帯島が立方体を出現させる。立方体な弾丸となるが、先程までとは違って軌跡は弧を描き、京佳の周囲を囲むように射出された。

誘導弾が四方から迫るが、京佳に焦った様子は見えない。バックステップで弾丸の方位から逃れつつ、避けきれないハウンドはシールドで防ぐ。

バックステップで下がりながらも、お返しと言わんばかりにアサルトライフルを乱射した。

帯島は銃口から吐き出されるアステロイドをシールドで防きつつ京佳との距離を詰め、弧月で切りつける。しかし、その攻撃も容易く受け止められてしまった。

帯島の内心に燻る焦りは少しずつ大きくなっていた。

 

(このままじゃ攻撃は通らない…!なら…!)

 

焦った帯島が一方踏み込む。先程よりも力強く振るわれた弧月が京佳へと向かう。京佳はその攻撃を弧月で受け止めるーーのではなく、自らの弧月で攻撃を受け流した。

 

「くっ…!」

 

受け流されることは予想外だったのか、帯島が短い声を上げた。なんとか体勢を崩さないよう努めるが、一歩踏み込んだせいで踏ん張りが効かない。バランスを崩し、上体が前のめりになる。

その隙を京佳は逃さない。

 

「っ……!」

 

迎撃の体勢が整う前に、京佳の鋭い一撃が帯島を襲う。弧月が帯島の体に迫り、肩から先の右腕を切断された。

右腕が切り飛ばされたことにより、右手に持っていた弧月も手放してしまう。京佳の反撃を受け止める術が無くなってしまった帯島に、二の太刀が迫った。

 

容赦なく振るわれた弧月は帯島の胸ーートリオン供給器官ーーを貫く。帯島のトリオン体は、戦闘体の活動限界に達した。

 

『トリオン供給器官破損』

 

帯島の脳内に機械音声が流れ、トリオン体の破損が元に戻る。

勝負がつき、京佳と帯島が向き合う。先に口を開いたのは京佳だった。

 

「どうだった?」

 

「…途中、焦って安易に踏み込んじゃったッス…」

 

京佳の言葉を引き継ぎ、帯島が口を開いた。

今回の帯島の敗因、それは勝負の中盤で決着を急ぎすぎたことにある。

それを自分で理解しているのは良い事だ、と京佳は口元に笑みを浮かべた。

 

「そうだな。俺が余裕そうな態度を見せてたのはその為だ。まんまと乗せられたな」

 

「はいッス…」

 

京佳が戦闘中に口を開いたり余裕そうな態度を見せていたのは、帯島の焦りを煽ってミスを引き出すためだった。そのことを深く受け止めた帯島は俯き、唇を噛み締める。

こんな体たらくでは師匠になることを断られてしまうかもしれないーー。立ち込める不安が帯島の内部を支配していた。

その様子に気づいたのか、京佳が帯島の頭に手を置いて優しく撫で始めた。

 

「…えっ!?」

 

突然頭を撫でられたことに驚愕し、帯島は頬を仄かに染めた。慈しむような手つきで優しく頭を撫でながら、京佳は続ける。

 

「そこまで気に病む必要は無い。動き自体は悪くなかった。お前は絶対強くなるよ。これから頑張っていこうな」

 

「……はいッス!」

 

京佳の言葉を噛み締め、帯島は元気に返事をする。先程までの黒い不安は既に何処かに吹き飛んでいた。

 

「よかったじゃねェか、帯島ァ」

 

「はいッス!」

 

今まで黙ってその様子を眺めていた弓場が口を開き、帯島が元気に声を上げた。

 

「京佳ァ、ウチの帯島を頼んだぞ」

 

「まあ、俺が何かしなくても帯島は強くなりますよ」

 

京佳の返事を聞いた弓場は口元に微かな笑みを浮かべ、帯島も嬉しそうに口を緩める。

帯島は京佳の目を見つめ、先程と同じように深く頭を下げた。

 

「これからも頑張るッス!よろしくッス、師匠!」

 

「ああ」

 

師匠、という呼ばれ方にむず痒さを感じつつ、京佳は静かに頷いた。

 

「まだやれるか?」

 

「勿論ッス!」

 

帯島の返事を聞いた京佳は、再び武器を構える。帯島は真剣な眼差しで弧月を構え、京佳へと向かって行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 藤丸のの

こんにちは
遅くなりました!ちょっと最近流行りのウイルスに罹ってしまいまして…。
今回は多分のの回です。


 

ボーダー本部。

三輪隊の作戦室、その一角にある4畳半程度の和室に3人の女子が集まっていた。

そのうちの1人。綺麗な黒髪が目を引く、まさに大和撫子というのがふさわしい女子ーー三輪隊のオペレーターである月見蓮ーーが口を開いた。

 

「それで、のの。相談って何?」

 

その視線の先にいるのはふわふわの茶髪をボブに切りそろえた女子。弓場隊のオペレーター、藤丸ののだ。

本日、月見は藤丸に「相談がある」と持ち掛けられたため、三輪隊の作戦を男子禁制にして女子会の会場にしている。

 

月見は締め出してしまった男子たちに申し訳なく思いつつも、堂々と女子会を決行していた。彼らは女子会を開催するための尊い犠牲となったのだ。南無。

そんな三輪隊を裏で統べている月見だが、聡明な月見を持ってしても相談の内容を予想できなかった。中々口を割らない藤丸に対し質問を投げかける。

しかし、藤丸は「いやあ、そのー」という感じで言い淀む。見かねた月見はもう1人の女子に話を振った。

 

「…羽矢も何か言ってあげて」

 

羽矢と呼ばれた茶髪ロングの女子は、湯吞に注がれた緑茶を静かに啜る。

彼女は今期新設された王子隊のオペレーター、橘高羽矢。

橘高と藤丸、月見は同い年であり、気の許せる友人として以前からよく一緒に行動している。

また、藤丸と月見は橘高の秘密を知る数少ない人物でもあった。

 

「のの、あんた普段はもっとズバズバいうタイプでしょ?何で言い辛そうにしてんのよ」

 

「確かにそうだなぁ。…よし、単刀直入に言うぞ」

 

藤丸が大きく息を吐き、覚悟を決めた瞳を見せる。

そんな様子を見ていた2人も自ずと真剣な表情になり、相談に対して真摯に向き合う姿勢を見せた。

数秒後、藤丸の口が開く。

 

「…京佳が……帯島に取られちまうかもしんねえ…!」

 

「「…はい??」」

 

その言葉を聞いた月見と橘高は思わず間抜けな声を上げた。

意味が分からなかったが、藤丸の瞳は真剣そのものだ。真剣な相談という事は理解しているが、如何せん相談内容が意味不明すぎる。

考えることを諦めた月見が、右手で頭を押さえながら言う。

 

「…どういうことかしら?」

 

「つまりだなァ」

 

変わらずに真剣な表情を見せている藤丸が詳しい説明を始めた。

烏丸京佳が弓場隊の新人である帯島ユカリの師匠になった。このままだと帯島に京佳が取られてしまうかもしれないーーと。

その説明を聞いた2人は「そもそも京佳くんはお前の物じゃねえだろ」というツッコミをいったん飲み込み、驚きを露にした。何せ、京佳が弟子を取るというのは初の出来事だったからだ。

 

「へえ、京佳くんがねえ…」

 

「京佳くんの弟子かあ…。京佳くん、よくOKしたわね」

 

「まァ、弓場の頼みじゃ断れねぇだろうよ」

 

藤丸の言葉に2人は納得する。

圧倒的な兄貴肌である弓場の直々の頼みを断れる人間は多くないだろう。それは京佳であっても同様だ。

 

「あー…それは断れないわね…。京佳くん、今回が初弟子よね?」

 

「そのはずよ。…まあ、そもそも京佳くんに弟子入りしようとする人間があまりいなかったからでしょうけど」

 

橘高の問いに答えたのは月見だ。いつもと変わらない落ち着いた様子で述べる。

月見の言う通り、今まで京佳に弟子入りしようとした人間はほとんどいない。理由は京佳が慕われていないから…ではなく、人気すぎる故だ。

京佳には男女問わずファンが存在し、その数はボーダー内では3指に入る。ちなみに残りの2人は京介と嵐山だ。

そんな大人気イケメンの京佳の弟子になろうものなら、周囲のファン達の嫉妬の視線を一様に浴びることになる。その視線から生まれる圧倒的な圧力に耐えれるメンタルを持つ人間などいないだろう。

そのため、京佳に弟子入りを申し出た人間はほぼ皆無。例外として加古望が挙げられるが、「いや、俺射手じゃないし加古さん普通にめっちゃ強いし年上の女性に教えんのは気まずいんで…」と言われて断られていた。無念。

ちなみに同じ理由で京介にも弟子はいない。

 

「その帯島って子は女の子?」

 

「ああ」

 

「…それは…嵐が起きそうね」

 

橘高の質問に藤丸が答えると、月見の顔つきが鋭くなる。

初弟子というだけでも波乱を生みそうなニュースだが、それに加えて女子ときた。月見の言う通り、この話が広まればボーダーが嵐に包まれてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

特に、このニュースを聞いた時の京佳ファンガールの行動が予想できない。

自分たちも京佳に弟子入りしにくる…とかであれば可愛いものだが、嫉妬を爆発させた過激派たちが何をするかは予測不能だ。

とはいえ過激派の人数は多くないうえ、過激派の筆頭が加古望(アホ)のため問題ないだろうが、万が一の可能性も捨てきれない。

 

「それでよ、京佳って年下に甘ェだろ?年も近えし、帯島が京佳に惚れちまう可能性が高ェ」

 

「惚れちゃうだけならいいんじゃないの?別に付き合うと決まったわけじゃないんだし」

 

「そりゃあそうだけどよ。ライバルが増えちまうだろーが」

 

藤丸の言葉に反応した月見。それに対して藤丸は即座に切り返した。

要するに、帯島が京佳に惚れたらライバルが増えてしまう、その前に何とかしたい、というのが相談の本質のようだ。

藤丸は真剣な表情をしているが、相談の内容が内容なので何とも言えない雰囲気になっている。

とはいえ、橘高と月見も10代の乙女だ。藤丸の気持ちは分からないでもない。

ライバルが増えるという事はつまり、自分の恋が叶う確率が下がるのと同義だ。まして、相手は強力なライバルが数多く存在する京佳。少しでもライバルを減らしたいという気持ちは理解できる。

とはいえ、まだ惚れると決まった訳じゃない年下のチームメイトに対して何か策を弄するというのは少し大人げないように思えるが、背に腹は代えられないのだろう。

 

「まあ、話は分かったわ。それで、どうするつもりなの?」

 

「わかんねェ…どーすりゃいいと思う?」

 

藤丸は橘高の質問に対して質問で返す。その質問に対して2人は「質問を質問で返すなァ!」と某殺人鬼よろしく激怒する…ということはなく、真剣な表情で思案を始めた。

数秒後、まず口を開いたのは橘高だ。

 

「なら、さっさと告白なりすればいいじゃない」

 

「いや、無理だなァ。あいつ、あたしのことを姉貴みたいなもんだと思ってやがる」

 

藤丸の言葉に橘高は納得する。

確かに、京佳から見た藤丸は気のいい姉貴といった印象だろう。頼れる先輩として見られてはいるが、女として見られているかと言ったら微妙だ。頭を撫でられたり背後からハグされても何の反応も示さないあたり、異性の恋愛対象としては見られてない可能性がある。

 

「というか、まだ恋に発展すると決まったわけじゃないんだし、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」

 

次に口を開いたのは月見。

飛び出した言葉は至極真っ当な意見だ。まさに正論と言えよう。

確かに京佳はイケメンであり、帯島が惚れる可能性はあるだろうが、100%ではない。

実際、月見と橘高は京佳のことをイケメンだとは思っているが別に惚れてはいないーー橘高は京佳を創作の際のモデルにしているため、惚れた惚れない以前の問題かもしれないが。

とはいえ、どんな理由があろうと2人が京佳に惚れていないのは事実。どんなにイケメンでも全女子が惚れる訳ではないという証左だ。

しかし、藤丸はその言葉をバッサリと切り捨てる。

 

「いや、ぜってェ惚れる」

 

藤丸は正に自信満々、曇りなき眼を凛と輝かせる。

その瞳を真っ直ぐに見据え、月見は静かに質問を紡ぐ。

 

「……その心は?」

 

「京佳ほどのイケメンによ、マンツーマンで指導されたら惚の字になるのは分かりきってるだろォが!」

 

正に迫真。藤丸は覇気溢れる表情で答えた。

あまりにも迫真過ぎたため2人は一瞬気圧されるが、橘高は負けじと反論する。

 

「根拠になってないわよ。ただの憶測じゃない」

 

「羽矢ぁ、想像してみろよ?...訓練室で京佳と2人きり、優しくも真剣な表情の京佳に手取り足取り教わっちまったら…惚れるに決まってんだろ?」

 

「そんなこと…」

 

橘高は藤丸に反論しようとするも、脳内では京佳と2人きりのシチュエーションを妄想していた。ボーダー屈指の隠れヲタクである橘高のヲタク脳がフルに回転する。

 

ーーー

訓練室に京佳と2人で立つ橘高、初めての戦闘訓練が上手くいかずに落ち込む橘高に京佳が声をかける。

 

『羽矢さん、最初はそんなもんすよ。気にしないでください』

 

『でも…京佳くんが忙しい合間を縫って教えてくれてるのに……私ってほんと駄目ね…』

 

『…そんなこと言わないでくださいよ』

 

『えっ…?』

 

俯く橘高の手に京佳の手が重なる。驚いて顔を上げると、目の前には真剣な瞳で橘高を見つめる京佳がいた。

 

『羽矢さんはダメなんかじゃない。ちゃんと努力することができる…素敵な人です』

 

『そんなこと……っ!?』

 

再び俯こうとした橘高の顔に、京佳の手が触れる。

顎を優しく抑えられ、顔を動かすことができない。

 

『顔…下に向けんなよ』

 

いつもよりも低く鋭い声に橘高の息が詰まる。けれど、橘高は顔を逸らすことができない。

そのまま京佳の顔が徐々に近づいてくる。

 

『や、だめ…』

 

『…うるせえ口だな』

 

『あっ…』

 

そうして2人の唇が重なって...。

 

ーーー

 

「なるほど…」

 

妄想を終了させ現実に戻る。橘高のヲタク脳をフル回転させた妄想であり、京佳のキャラ崩壊もが甚だしいが、本人の表情を見るに大満足のようだ。あまりにもアホすぎる妄想である。「うるせえ口だな」とか少女漫画以外で初めて聞いた。もっと他になかったのだろうか。

数秒間黙りこくっていた橘高を月見が訝しげに見つめていたが、そんなことは気にせずに橘高は言葉を発する。

 

「これは…惚れちゃうわね、間違いなく」

 

「だろォ?」

 

「なんでそうなったの?」

 

月見と藤丸は正反対の反応を示す。藤丸は嬉しそうな笑顔を見せているが、月見は「意味が分からない」と言いたげな表情だ。

橘高が今の妄想だけで京佳に惚れてしまう事はないが、本人に目の前で同じ事をされたら…橘高といえど惚れてしまうかもしれない。

三次元に興味はない、と言っている橘高でさえこうなってしまうのだ。普通の女子なら一瞬で惚れてしまってもおかしくないだろう。

 

「こうなったら、ライバルが増える前に武器を使って仕留めに行くべきじゃないかしら?」

 

橘高が言う。何やら狩猟民族のような言い草だが、別に京佳を殺そうとしているわけではない。心を仕留める、という意味である。

藤丸はそれを瞬時に理解したが、武器とは一体何か、それが分からなかった。そのため、橘高に訝しげに聞き返す。

 

「武器ィ?」

 

「ええ、それよ」

 

橘高が指さしたのは…藤丸の胸部。服の中で大きく実った2つのメロンだ。

藤丸は自らの最強の武器に目をやる。両手で下からメロンを持ち上げながら言った。

 

「これでかァ?京佳が胸ごときに靡くとは思えねェけどなァ…」

 

たゆんたゆんと柔らかく揺れるメロンを見た橘高は思わず眉間に皺を寄せ、自分の胸に手を持っていく。だが、世の中は無常。自らの胸部にたゆたゆに実ったメロンなど存在せず、手は胸の前の虚空を切った。

 

「まあ、確かに...」

 

1人落胆しつつ、何とか口を開く橘高。

確かに藤丸のふじまるは強力な武器だが、京佳が相手となると話が違うのではないか。京佳は胸ごときでは靡かないんじゃないか、と予想した。

 

「そんなことないんじゃない?男子ってのは基本、大きなおっぱいが好きなのよ」

 

口を開いたのは月見だ。橘高の唐突な掌返しに困惑していたが、漸く冷静さを取り戻したようだ。

自信満々の月見。どこからその自信が湧いてくるのだろう、と橘高は疑問を浮かべる。

 

「それ、京佳くんもなの?」

 

「ええ、本人が言ってたわよ」

 

「え!?」

「あァ!?」

 

月見の爆弾発言に2人は目を見開く。

本人が言ってたとはどういうことだ?京佳が自ら月見の前で「おっぱいすき」とでも言ったのだろうか。

もしくは、月見に対して「おっぱい触らせてください」とでも言って頭を下げたのだろうか。

どっちにしろただの変態であり、京佳がそんな行動を取るとは考えにくい。

様々な憶測が2人の脳内を飛び交う中、月見が口を開く。

 

「昨日、出水くんと京佳くんがラウンジで話してるときに通りかかってね。たまたま聞いちゃったのよ」

 

月見はそのまま、昨日聞いた話を2人に伝える。

 

昨日、月見が三輪隊の作戦室へ向かう途中、ラウンジを通りかかると偶々出水と京佳を見かけた。

急いでいたため話しかけはしなかったが、2人の会話が少し聞えてきたのだ。

 

『なあ京佳。お前、胸とおしりどっち派?』

 

『胸っすね』

 

『即答かよ』

 

といった如何にも男子学生特有のトークだったらしい。

月見がそれを伝えると、2人はホッとした表情になる。

 

「よかったわ、男子がよくする会話を聞いちゃっただけなのね。てっきり私は京佳くんが蓮に対して、胸を見せてください、とか言ったのかと思っちゃったわ」

 

「そんなわけないでしょ」

 

橘高の言葉にため息混じりのツッコミを入れる月見。

 

「そりゃあな。そんなこと蓮に言ってたら変態だしなァ」

 

「ええ、それはさすがの私もドン引きよ」

 

何はともあれ、月見の活躍で3人は強力な情報を手に入れた。

そう、京佳は胸派だということ。そして、今ここにはボーダーTOPのサイズを持つ女子がいる。

戦いは敵の弱点を突くことが大事。そして、こちらには敵の弱点になりうる強力な武器がある。

つまり、相手の弱点を突く準備は万全という事だ。

 

「京佳が胸派ってこたぁ、この胸を使って誘惑しちまえばいいってことだな?」

 

「ええ、他に取られるのが嫌ならさっさと自分のものにしちゃいなさい」

 

「要するに、既成事実を作っちまえってことだろ?」

 

「いえ、そこまでは言ってないけれど…」

 

藤丸の言葉に困惑する月見。

恋愛における既成事実ってのはつまりセッ…のことを指すのだが、本当に意味が分かってるのかと月見は不安になる。

それは橘高も同様で、不安げな表情で藤丸に声を掛けた。

 

「既成事実まではいかなくていいわよ…。色仕掛けで相手に自分を意識させて、その後にアタックして落とすってことよ」

 

「なるほどなぁ…!よし、じゃ行ってくるわ」

 

「…え?今から行くの?」

 

「噓でしょ?行動力すごすぎない?」

 

藤丸が不意に立ち上がる。残りの二人は呆気にとられつつも言葉を吐いた。

 

「ったりめーよ。善は急げっていうしなァ」

 

そう言って藤丸は作戦室を出ていく。

色々とツッコミを入れたい部分があったが、もう今となっては後の祭りだ。

湯吞に注がれた茶を啜りながら、月見が最も懸念していることを口に出した。

 

「…今思ったけど、胸を使って色仕掛けって……ののに出来るのかしら?」

 

「…さあ?」

 

2人の懸念は最もだ。

藤丸は容姿こそ整っているが、その豪快すぎる性格ゆえかあまりモテない。そのうえ自分から他人を好きになるということも今まで無かった…というより、恋愛というものにあまり興味がなかった。

故に、藤丸は恋愛経験0なのである。

そんな彼女が急に色仕掛けでアタックするなど……よく考えたら不可能なのではないだろうか。

不安しか残らないが、2人にはどうすることもできない。あとは藤丸次第だ。

心の中で応援しつつ、2人は再び湯飲みに口を付けた。

 





2回目のアンケ入れてます
各アンケートの上位の方から書いていこーかなーと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 もみもみ

こんばんは
仕事忙しくて更新遅いです申し訳ない
感想読んでるんですけど返信できてなくてすみません!時間ある時まとめて返します!

こんかい、サービス回です


 

「何がダメだったかわかるか?」

 

「ッス!…弧月で切り合ってる時、サブトリガーが疎かになってしまいました…!」」

 

「その通りだ。切り合いの最中に弾を使おうっていう意識が足りない。まあ、両手で別々の動きをするのは慣れないと難しいから…次からはそこを意識しながらやろうか」

 

「はい!…弧月の扱いはどうでしたか?」

 

「悪くないと思うけど…まだ攻め気が足りないな。守りと捌きは上手いし、そこを重点的に考えるのはいいけれど、その先も考えなきゃな」

 

「なるほどッス!」

 

ここは弓場隊の作戦室。

先日、晴れて師弟関係となった2人の男女がソファに座り、先程まで行っていた摸擬戦の反省会を行っている。

京佳は持ち前の兄属性を存分に発揮し、年下である帯島に対して丁寧に優しく指導を行う。帯島は持ち前の妹属性を存分に発揮し、素直にそれを受け止める。既に良好な師弟関係が出来上がりつつあった。

 

そんな2人を横目に、オペレーター用のデスクでキーボードを叩く女性が1人。

弓場隊おっぱ…じゃなくて、弓場隊オペレーター・藤丸ののだ。

一見冷静そうに仕事に打ち込んでいるように見える彼女だが、実は内心滅茶苦茶焦っていた。

 

(やべェ…!なんか京佳と帯島イイ感じじゃねェか!?)

 

何を隠そう。彼女は京佳に対して密かに思いを寄せている乙女なのだ。

豪快な性格をもってしても、中身は年頃の女子。恋をしてしまう年頃なのである。

そんな彼女の純情な感情を、目の前の光景が刺激する。

 

後輩の女子が、それもチームメイトが、自らの想い人とイイ雰囲気なのを見せつけられている。もうそれは仲良さそうにキャッキャウフフしている。

…実際は摸擬戦の反省会をしているだけなのでキャッキャもウフフもしていないのだが、仲良さげに話しているのは事実だ。藤丸の目には2人がイチャイチャしているようにしか見えなかった。もう気が気でない。

 

藤丸は仕事に集中する振りをしつつ、時々2人の方向へと視線を向ける。

訂正。時々じゃなくて滅茶苦茶見てる。5秒に一回くらいのペースで目と首が動いている。

もはやガン見と言っていいレベルのチラ見をしているが、肝心の2人は視線に気付いていない様子なのでギリギリセーフといったところか。

 

「京佳センパイ!射手トリガーのコツってありますか?」

 

「俺は本職の射手じゃないが……まあ、上手く弾を散らすのがコツだな。削り合いじゃ銃手の方が有利だからーー」

 

藤丸は2人の会話に耳を傾け…というか全神経を集中させる。何なら身体も2人の方向に少し傾いている。あまりにも必死だ。

藤丸は2人の会話を聞いてほっと一息吐く。どうやらイチャイチャしているわけではないと一安心するが、仲良く話しているのに変わりはない。

このままでは時間の問題だと考えた藤丸は、京佳を落とすための作戦を実行に移そうとする。

そう、橘高と月見にアドバイスされた必殺の策、胸を使った色仕掛けだ。

しかし、問題があった。それは…。

 

(…色仕掛けって……どうやりゃいいんだ?)

 

藤丸が色仕掛けの事を良くわかっていない、ということだ。もはや作戦以前の問題だった。

 

「ん~~…」

 

藤丸は唸って考えるも、良い案が思いつかない。

数十秒後、藤丸が自らの胸に触れながら導き出した答えは…。

 

(とりあえず…胸揉ませとくかぁ)

 

何のひねりもなく、ただ胸を揉ませるというものだった。

もはや色仕掛けというより、ただの痴女なのではないだろうか。

 

(つーか、揉めっつっても、あいつぁ多分揉まねえだろーな。かといって他に何すりゃいいかわかんねえし…言うだけ言ってみっか)

 

藤丸が「胸揉んでいいぞ」と言ったとしても、京佳が「うひょーやったぜ」とか言って本当に揉むというのは考えにくい。とはいえ、他に何かしようにもこれ以外何も思いつかないのも事実。

ならば色仕掛をやめればいいんじゃ?と思うかもしれないが、彼女は友人の前で「色仕掛けをする」と公言してしまっている。今更引けないし、引いたら女が廃る。女に二言はないのだ。

ここで断られるのも女としてはちょっと悔しい気がしなくもないが、自分の言葉に噓を吐かせるよりも百倍マシだーーと藤丸は考えている。流石は弓場隊のOP。女ながらも圧倒的な漢気である。

藤丸は意を決して立ち上がってソファに座って飲み物を飲んでいる2人の元まで歩いていった。

帯島が同席しているため、彼女には今から行われる一部始終を見られてしまうが、藤丸は特に気にする様子はない。見たきゃ見りゃいい…!という豪快なスタンスで堂々と口を開き、意中の相手の名を発した。

 

「おい、京佳ぁ!」

 

「はい?」

 

想い人の名前を呼んだとは思えない、乱暴な…というかヤンキーのような口調だったが、藤丸はコレが平常運転である。それは京佳相手でも変わらない。

急に声をかけられたことで小さく首を傾げる京佳。その目の前で、藤丸は自らのメロンに両手を置いて口を開いた。

 

「……揉むか?」

 

「ぶっっっ!?がはっごほっ」

 

藤丸の言葉に真っ先に反応したのは帯島だ。

言葉の意味を理解した瞬間、口に含んでいた緑茶を思いっきり吹き出す。中途半端に吞み込んでしまった緑茶が気管に入ってしまい思いっきり咽た。

胸を押さえて咳をしつつ、帯島は思う。この人、急に何言ってんの?ーーと。

 

「あん?帯島?」

 

「大丈夫か?」

 

「…だ、だいじょうぶッス…」

 

藤丸と京佳が帯島に声をかけ、帯島が目尻に涙を浮かべながら答える。

あまりにも自然な様子の2人を見た帯島は「今のは聞き間違いだ」と考えた。豪快さに定評のある藤丸といえど、唐突に「おっぱい揉む?」なんて聞くはずがないと。

何とか自分を納得させて落ち着いた帯島を横目に、再び藤丸が爆弾を投下した。

 

「京佳ぁ、揉むのか?揉まねえのか?どっちだ?」

 

帯島は再び咽そうになるのを堪え、先程までの自分の考えを訂正する。

 

(全然聞き間違いじゃなかったッス…!)

 

帯島は今までに類を見ないほどの困惑を露にするが、何とか思考回路は保っていた。

「何言ってるんですか!?」というツッコミを口に出そうとするも、それよりも早く京佳が口を開いた。

 

「あ、いいすよ」

 

「えっっ!?」

 

「まあ、そうだよなぁ………あん?」

 

京佳の口から飛び出た予想外すぎる言葉に、帯島のみならず当事者である藤丸でさえも驚愕する。

当然だ、藤丸も帯島も、まさか京佳が承諾するとは思ってもいなかったからだ。

言葉を失っている2人を見回し、京佳は首を傾げた。

 

「…揉んでほしいんすよね?いいすよ。じゃあ、とりあえずここ座ってください」

 

京佳は落ち着いた様子で立ち上がると、自分が座っていたソファをポンポンと叩く。

 

「あ、え?」

 

「?どうしたんすか?ほら、早く」

 

完全にパニックに陥り何も考えることが出来なくなっている藤丸は、京佳に誘導されるがままソファに腰掛けた。

ソファに腰を下ろしたところで、藤丸は我に返る。それと同時に帯島も平静を取り戻した。

 

(ま、待て待て…!あたし、今から京佳に胸揉まれんのか!?予想以上に恥じィ…!どうせ断られるだろ…とか思って言わなけりゃよかった…!かといって今更引けねェし…)

 

(い…今からイケないことが起きるッス…!み…見ないようにしないと…!)

 

京佳は藤丸を座らせると、顔を真っ赤にしている藤丸の背後に回り込む。

そのまま背後から藤丸の肩に手を添えると、藤丸が可愛らしい声を上げた。

 

「ひゃっ…!」

 

「どうしました?」

 

「な、なんでもねェ…」

 

藤丸の心臓は痛いほど脈打ち、全身の体温を上げていく。ドキドキが周りに聞えそうだった。

そんな2人の様子を見ていた帯島は、隣のソファで顔を真っ赤に染める。両手を顔に当てて目を隠しているものの、指の隙間からチラチラと様子を伺っていた。

これから何が起こるのか興味津々な様子で、小さく「ふぁあ…」というような声を漏らしている。まるで小動物のようだ。

 

「なるほどなぁ。後ろからたぁ…意外といい趣味してんじぇねェか」

 

藤丸が強がりの声を上げるが、声は少し震えている。少しでも緊張を和らげようとして言った言葉だったが、逆効果になったようだ。

「後ろから揉まれる」という事実を言葉に出してしまったことで、今から起きることに対する想像力が働いてしまい、今まで以上に緊張が増していく。もう藤丸はどうにかなりそうだった。

 

「?普通じゃないすか?前からは揉みにくいですし」

 

「へ…へェ…なるほどなァ」

 

「はい。じゃあ、揉みますね」

 

「お…おう…」

 

京佳がゆっくりと口を開く。藤丸が短く返事をし、ギュッと目を瞑る。

帯島はムッツリスケベよろしく指の隙間から様子を伺う。

京佳の手が藤丸の胸に触れーーーることはなく、そのまま藤丸の肩を揉み始めた。

 

「あ~結構凝ってますね」

 

「「え?」」

 

肩を掴み、力を入れて揉み解している京佳。その様子を見た2人の女子は困惑する。

そして困惑すると同時に、自らの勘違いに気付いた。

そう、京佳は初めから、胸を揉むのではなく肩を揉むつもりだったのだと。

自らの勘違いに気付いた2人は再び顔を赤く染めた。

藤丸は、こんな純粋で良い後輩に胸を揉ませ、私利私欲のために色仕掛けを仕掛けようとしたことを恥じた。

帯島は、肩を揉むという話を胸を揉む話だと勝手に勘違いし、チラチラと指の隙間から覗いていたことを恥じた。

京佳は、特に恥じることなく淡々と手を動かす。2人が顔を赤くしている理由などは露知らず、吞気に按摩を続ける。

 

「この前揉んでもらったんで、お返しです。いつでも言ってくれれば揉みますよ」

 

「そ…そうかァ……」

 

京佳のテクニックによって、藤丸が解れていく。藤丸の気持ちよさそうな所を見つけ出し、指でぐりぐりと刺激した。

京佳が指に力を加えると、藤丸は思わず声を漏らす。気持ちよさそうな声を聴いた京佳は満足げにほほ笑んだ。

 

「あっ…あ~…」

 

「どうすか?ここ」

 

「あ、ああ…イイ…」

 

藤丸の顔が快楽によって蕩けていく。気持ちいい所を指で押され、藤丸の表情は崩れ切っていた。

京佳が前に手を回し、藤丸の固くなっている部分を指で刺激し、解していく。

 

「鎖骨回りも固くなるんすよ。痛くないすか?」

 

「あっ…はぁ…大丈夫…」

 

「それはよかった」

 

「んっ…!気持ちいい…」

 

しかし、京佳の責めは終わらない。藤丸の気持ちいい所を的確に刺激して解していく。

 

「あっ…そこ…!」

 

「ここがいいんすね?じゃあ…こんなのはどうすか?」

 

「っ…!それ、やば…っ!」

 

京佳が指で気持ちよくなる部分を刺激し、藤丸は表情を崩して喘ぐ。

作戦室には京佳の囁き声と、藤丸の甘い声が響いており、それを目で見て耳で聞いている帯島は、何かイケナイものを見ているようで頭がおかしくなりそうだった。

 

「あっ…はっ……ああん…」

 

「ここ、凄いことなってますね」

 

「んっ…もっと…強くして…あっ…!」

 

「了解す。痛かったら言ってください」

 

「ぁっ…あぁ〜…気持ちいい…」

 

そんな様子(肩もみ)を見ていた帯島は、顔を赤く染めながら心の中で呟いた。

これ、自分が見たらダメな気がするッスーーーと。

 

ーーー

 

「だいぶ楽になった。ありがとな、京佳」

 

「いえいえ、お安い御用です」

 

肩に手を当て、ぐるぐると肩を回しながら言う藤丸に対し、京佳は笑顔で答える。

藤丸は色仕掛けという当初の目的をすっかり忘れ、京佳の肩もみを満喫していた。

 

「俺、今から防衛任務なんでもう行きますね」

 

「おう、いつでも遊びに来な」

 

「はい。帯島もまたな」

 

「ッス!またご指導お願いします!」

 

京佳は2人に挨拶をし、部屋の出口へと向かっていく。

扉を開けて外に出ようとした瞬間、背後から藤丸に声をかけられた。

 

「あ、そうだ。…京佳ァ」

 

「はい?」

 

振り向くと、腕を組んで立っている藤丸の姿が。首を傾げている京佳に向け、続く言葉を投げかける。

 

「お前、好きなスイーツとかあるか?」

 

「スイーツ…ですか?」

 

唐突な質問だが、藤丸にとっては大事な質問だ。

来月に控えたあるイベント。そのために京佳の好みを知っておくのは重要であり、他のライバルに差をつけるためにも欠かせない。

京佳は不意な質問に一瞬困惑を示したものの、数秒の思案で直ぐに答えを出す。

 

「ん~…わらび餅っすね」

 

「そうか。引き留めて悪かったなァ」

 

「いえ、じゃ俺はこれで」

 

そのまま京佳は退出していき、作戦室には2人の女子が残される。

数秒の静寂の後、藤丸が口を開いた。

 

「なあ、帯島ァ…。バレンタインにわらび餅って……」

 

「…あんまり聞いたことないッス…」

 

「だよなァ…」

 

藤丸は静かに息を吐く。

バレンタインにわらび餅はあまりにもミスマッチ過ぎる。

海外から輸入されてきたバレンタインというイベント。学生のバレンタインで男子にプレゼントする物といえばチョコがほとんどであり、その他はクッキーやマカロン、ケーキなどが殆どだろう。。

そんな中でわらび餅などという純和風の物をプレゼントするというのは、有り得なくはないかもしれないが、あまりにも珍しすぎる。

言わば、バレンタインのわらび餅というのは、正月のおせちにチョコレートフォンデュが出てきみたいな事だ。なんか少し違うかもしれないが、まあいいだろう。

 

「あ!チョコ味のわらび餅とかどうですか?」

 

「……アリだな」

 

帯島の献策に対し、藤丸はニヤリと笑みを浮かべる。

ただのわらび餅だとアレだが、チョコ味ならいけるかもしれないと。

そんな藤丸の様子を見た帯島は、ニヤニヤしながら声を掛けた。

 

「これで京佳センパイに喜んでもらえますね!」

 

「なっ…!バっ…!そんなんじゃねェよ!つか、まだ京佳にやるなんて一言も言ってねェだろーがこら!」

 

顔を赤くして明らかに焦りを見せる藤丸。

どうやら京佳への好意を隠せてると思っていたらしいが、帯島には筒抜けだった。

というか、弓場も神田も外岡も、チームメイトは全員気付いていた。気付かれていることに気づいていないのは藤丸ただ1人。

そもそも、さっき自分で”バレンタイン”って言っていたのだが…京佳が関わるとファンガールはみんなアホになってしまうので、まあしょうがないだろう。

 

その最たる例が加古望だ。

彼女は通常であれば優秀な思考力と美貌を持ち合わせた聡明な女性なのだが、京佳が関わってしまうとおっぱい星人やら何やらと喚きだすアホになってしまうのだ。

烏丸京佳という存在は、世の女子たちをダメにする。まるで違法薬物のような言い方だが、あながち間違ってないだろう。

 

閑話休題。

 

1月もあと数日で終わり、2月に差しかかる。

女子達の決戦の日(ただのバレンタイン)が、近づいていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 映画


こんばんは
今回は那須さん回…の予定が何故か真木理佐に全てを持っていかれました。
なんだコイツ!?
次回は那須さんメインにしたい


 

ある休日の昼下がり。

ボーダー本部所属、B級10位那須隊隊長である那須玲は、映画を借りるため駅前のレンタルビデオ店に赴いていた。

車で送ってくれた母が店の外で待っているため、早目に映画を決めてしまいたいのだが中々決まらない。

そんな那須は数本の映画が入っている籠を手に持ちながら、棚に並べられた数々の映画を素早く吟味していく。

ふと、棚から視線を外すと。視界の端に見知った顔が映った。

パーカーにジーンズというシンプルな装いの男子である。男子は両腕を組みながら。映画が並べられている棚を真剣な眼差しで見つめている。

その男子は横顔しか見えないものの、整った容姿であることは一目瞭然。ただ立っているだけだというのに、まるでファッション誌の1頁のようなオーラを醸し出している。

 

男子の名は烏丸京佳。ボーダー本部では知らない人間がいないほど有名な人物であり、那須も当然知っている。

彼はボーダー内に多数のファンガールが存在し、那須の知り合いにも何人かファンガールが存在している。那須も当然ファンガール…というわけではなく、仲の良い後輩というポジションだ。

思わぬところで知り合いに出会ったことで、那須のテンションが少し上がる。年相応のあどけなさが残る笑みを浮かべながら京佳へと近づいていく。

ボブに切りそろえた綺麗な髪を小さく揺らしながらゆっくりと歩いていき、手に取った映画のパッケージを眺めている京佳の背後へと辿り着いた。

那須は音をたてないように籠を地面に置き、「えいっ」という可愛らしい声を上げながら京佳の両目へと手を伸ばし、背後から京佳の視界を塞いだ。

 

「だ~れだ?」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、那須が京佳の耳元で囁く。

不意に目を塞がれた京佳は一瞬困惑するも直ぐに冷静さを取り戻した。

数秒の思案の後、回答を口に出す。

 

「…那須先輩?」

 

「ふふ、正解よ」

 

那須は美しい微笑を携えながら、京佳の目を塞いでいた手を外す。

背後から声をかけられた男子はゆっくりと振り向くと、目の前に立つ美少女を認識して静かに微笑んだ。

 

「那須先輩、こんにちは」

 

「ええ、こんにちは。京佳くんも映画を借りに?」

 

「はい」

 

「私も映画を借りに来たの。…京佳くん、ホラー好きなの?」

 

京佳が手に持っている映画のパッケージは、洋画ホラーの金字塔ともいえる作品だ。

豪雪によってホテルに閉じ込められた家族に訪れる恐怖を描いたものである。

那須は映画の内容を軽く思い出しながら京佳に問うと、京佳は今一要領を得ない微妙な反応を示す。

 

「いやまあ…好きってわけじゃないんすけど」

 

「そうなの?」

 

「はい。嫌いってわけでもないんで、偶には見てみようかなって」

 

噓である。

この男、ホラーは大の苦手である。

ホラー映画やホラーゲーム、この世のホラーと名付けられた全てのものが悉く苦手である。

どの程度苦手かというと、深夜にホラー映画を1人で観たらガチ泣きする自信がある程度には苦手であるし、肝試しなどに参加した暁には失神してしまうかもしれない。

それほどまでに、ホラーや怖い話など、ホラーというジャンルそのものが苦手だった。

では何故、天敵ともいえるホラー映画を自らの意思で借りに来たのか。

その理由は、昨日の夜に遡るーーー。

 

 

 

「京佳~、映画借りてきたから見ようぜ」

 

太刀川隊の作戦室。

ソファでくつろいでいた京佳に声をかけるのは、太刀川隊の射手である出水公平だ。出水の手にはブルーレイディスクが入ったプラスチックケースが握られていた。

 

「いいすよ。何の映画すか?」

 

「ん、最近話題になってたホラー映画だな」

 

「っ!」

 

出水の言葉を聴いた瞬間、京佳の顔が露骨に引き攣る。しかし既に京佳から目を離していた出水がそれに気づくことはなく、嬉々とした様子で映画を再生する準備を進めていた。

スムーズに準備を進めていく出水の表情は、映画に対する期待により喜色に染まっていたが、対する京佳の顔色は見る見るうちに憂に染まっていく。

 

そんなに嫌なら見なければいいのでは?と思うかもしれないが、そうはいかない。何せ、既に出水からの誘いを了承してしまっているのだ。今更見ないという選択肢を取ってしまえば、それ即ちホラーが苦手と宣言しているようなものだ。

そう、京佳はバレたくないのだ。ホラーが苦手ということを。

別にホラーが苦手だからといって馬鹿にされることはないだろうが、京佳としては周りにバレるのは何としても防ぎたかった。

理由は単純。ホラーが苦手=何となく子供っぽい気がして恥ずかしいから、である。

京佳は大人びているとはいえ思春期の男子。ホラーが苦手だと周知されてしまうのは、あまりにも恥ずかしいことであった。

 

故に、この場から逃げるという選択肢は残されておらず、鑑賞中に驚いたり叫んだりもNG。

いつも通り、平静を保ったまま、「ホラー?余裕っすよ」といった感じでホラー映画を見なければならないという、京佳からしてみれば半ば拷問のような状況が生まれていた。

 

「よっしゃ、じゃあ見ようぜ」

 

漸く準備が終わったのか、出水が部屋の電気を消した後、京佳の隣へと腰掛ける。

映画が再生される中、京佳は静かに目を閉じて覚悟を決めた。

 

 

 

「おつかれ~~…って、え…?どした?」

 

太刀川隊の作戦室に国近が入室してくると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

ソファに座ったまま苦笑いを浮かべる出水。出水に右側から抱きつき、顔面を思いっきり出水の右肩にめり込ませている京佳。まるで木に捕まっているコアラのようになっていた。

ソファに座るコアラ(京佳)と出水を交互に見渡しながら、国近は困惑を露にする。

ふと、国近がテレビに目をやると、何かの映画のスタッフロールが流れている最中だった。その雰囲気と表示されたタイトルから、ホラー映画であると予想した。

国近が何となく状況を察していると、不意にコアラ(とりまる)が口を開いた。

 

「……おれ…ホラー……むりなんすよ…」

 

出水の肩に顔をめり込ませたまま、震えた声を上げる。その声は今にも消えそうに儚く、哀愁漂うものだ。何ならちょっと泣いてそうだ。

そんな京佳の様子を見た出水は「言われなくても見りゃわかるわ…」というツッコミを小さく呟いた。

国近は慈しむような笑みを浮かべ、天敵に怯える小動物のようになってしまった京佳の元へと歩み寄り、優しく頭を撫でる。

京佳が落ち着くまで、出水と国近はぷるぷると震える京佳をあやし続けた。

 

 

 

ということがあったからだ。

ホラー映画によって先輩たちに情けない姿を見せてしまった。2人が京佳を揶揄ってくることはなかったが、京佳は大変恥ずかしい思いをした。

では何故、再びホラー映画を観ようとしているのか。

それは、京佳の覚悟の表れだ。

そう、京佳は天敵たるホラー映画を克服するため、ホラー映画をレンタルしようとこの場所の来たのだ。

覚悟を決めた京佳は、とりあえず有名な映画から攻めていこうと決め、有名な洋画ホラーを借りようとしていたところで那須に遭遇したのだった。

 

ホラー映画を借りようとしていたところを映画好きの那須に見られたのは想定外だったが、京佳としては問題はない。

ホラー映画が苦手という事実は出水と国近しか知らないため、京佳がホラー映画を借りようとしている本当の理由を知られることはない。

 

「京佳くん、結構映画見るの?」

 

「そんな頻繫には。たまに見るくらいすね。でも映画は好きです」

 

「そうなのね。もし良かったら、おすすめの映画教えようか?」

 

「いいんすか?」

 

「勿論!そうね…アクションとかは好き?」

 

取り留めのない会話を繰り広げる京佳と那須。

傍から見れば美男美女のカップルにしか見えない光景は、周囲を通り過ぎる者達の目を保養し、浄化させていく。

もしこの場を京佳ファンガールが通りかかったなら面倒なことになっていただろう。しかし幸運にもファンガールが通りかかることはなく、2人の美形が仲睦まじく会話をする平和な時間が過ぎていった。

 

「色々教えてくれてありがとうございます。じゃ、また今度」

 

数分後、数本の映画(ホラー含む)を持って京佳が立ち去ろうとすると、那須が京佳を呼び止める。

 

「あ、待って京佳くん!この後時間空いてる?」

 

「?まあ、はい。これ観ようと思ってたんで、一応は」

 

呼び止められた京佳は足を止め、再び那須を見つめる。

何の用だろう?ボーダー関係だろうか?と京佳は予想するも、その予想は大外れだ。

一瞬の間をおいて、京佳が予想だにしていない言葉が那須の口から発せられた。

 

「もし良かったら…一緒に映画見ない?」

 

ーーー

 

所変わって、ボーダー本部。

その一角、とある部隊の作戦室の扉を叩く1組の男女の姿があった。

男女の手にはレンタルビデオ店のレジ袋が握られており、その中には数枚のブルーレイディスクが入っていた。

可憐な美少女ーー那須玲が扉をノックすると、数秒後に扉が開き、室内から1人の女子が姿を現した。

中から姿を現したのは、黒髪の美女。艶のある綺麗な黒髪をショートで切り揃え、ボーダーのオペレーターに支給される制服に身を包んでいる。

那須が可憐な花だとするならば、この少女は孤高の花。クールビューティと言うに相応しい美少女に対し、那須が微笑みながら声をかけた。

 

「こんにちは、真木ちゃん」

 

「…いらっしゃい、那須」

 

那須の挨拶に訝しげな様子で返答するのは黒髪ショートの美少女改め、冬島隊オペレーターの真木理佐。

彼女はボーダー内の女子で最も苛烈な性格であり、自分の意見をズバズバと遠慮なく言うタイプの人間だ。

その性格もあってか、冬島隊を表と裏から支配しているのは彼女であり、隊員である男2人は彼女に頭が上がらない。A級2位部隊を切り盛りするナタ振り役の姉御肌、それが真木理佐だ。

ちなみに、そんな苛烈な彼女も三上歌歩にはメロメロである。

 

そんな真木は、那須の隣に堂々と立っている男子の姿を見て目を細める。男子は鋭い眼光で射抜かれるが、全く怯む様子を見せずに口を開いた。

 

「真木先輩、どうも」

 

「……なんでお前がいる、京佳?」

 

軽く右手を上げて挨拶をする京佳に、真木は冷たい声音で問いかける。京佳が問いに答えようと口を動かした瞬間、隣の那須が声を上げた。

 

「駅前のレンタルビデオ店に行ったら偶然会ったのよ。京佳くんも映画借りてたし、折角だから一緒に観ようと思って。ダメかしら?」

 

那須が両掌を合わせ、可愛くお願いしてくる。とはいえ、真木としては京佳いても問題はなかった。那須が良いと言っているなら断る理由はない。

 

「まあ、那須がいいなら私は構わないけど。さ、入って?」

 

真木が部屋に入るように促すと、2人は足並みをそろえて作戦室に入室した。

真木はソファを指差し、2人に座るように指示した後、お茶を淹れるため給湯室へと向かっていく。

数分後、真木がお茶と茶菓子を乗せたトレーを持って給湯室から姿を現した。ソファの前のテーブルにトレー置き、ソファに座る京佳の隣に腰掛ける。京佳は美女2人に挟まれるが、特に動揺することはなかった。

 

「それで、今日は何の映画を観る?」

 

真木が静かに問いかけると、那須は紺色のビニール袋から何枚かのブルーレイディスクを取り出した。

 

「ん~、どうしようかしら。アクション、ホラー、ラブストーリー、鮫…色々借りてきたけれど、何か見たいのある?」

 

ホラー、という単語が出た瞬間に京佳の体がビクンと震える。那須と真木が真剣な表情で映画を吟味する中、ソファに姿勢正しく座っている京佳は内心冷や汗ダラダラだった。

何故誘いに乗ってしまったんだろう…という後悔が渦巻く。とはいえ、京佳を責めることはできないだろう。那須ほどの美少女に上目遣いで誘われ、断れる男子などいるのだろうか。いや、いない。

このままでは、京佳の秘密である”ホラーが死ぬほど苦手”ということがバレてしまう。

百歩譲って、太刀川隊の面々にバレたのは良い。同じ隊で行動していく以上、遅かれ早かれバレていたことだろう。しかし、他隊の人間、しかも女子の先輩2人にバレるというのは許容しがたい事態であった。

しかし、今の京佳に出来ることはほとんどない。せいぜい、ホラーがチョイスされないように願うだけだーーー。

 

「このホラー映画、気になってたの。これにしない?」

 

嗚呼、現実は非常である。真木の言葉が発せられた瞬間、京佳は絶望した。

真木が手に取ったのは、20年ほど前の邦画ホラー。水を題材にした有名な作品だ。

 

「いいわね。これ、私も気になってたのよ。有名だけど1人じゃ怖いから見れてなかったのよね」

 

「私も観ようと思って全然見てなかった。那須はホラー苦手?」

 

「う~ん…苦手ってほどでもないけれど、この映画恐いって有名じゃない?」

 

「そうだね」

 

「だから1人じゃ見る勇気が出なかったんだけど…今日は真木ちゃんと京佳くんがいるから安心だわ」

 

人知れず絶望に包まれている京佳に気づく素振りもなく、那須と真木は楽しそうに言葉を交わしながら着々と映画鑑賞の準備を進めていく。

画面に映像が映し出され、広告が終わり本編へと突入していく。

2人の女子が楽しそうにしている中、1人の男子は周囲に気付かれないように静かに絶望していた。

 

ーーー

 

映画も中盤に差し掛かっており、謎がどんどん大きくなっていき、徐々に雰囲気が暗くなっていく。

序盤は余裕そうな態度を見せていた京佳も、徐々に不穏になる空気を前にして完全に気を小さくしていた。

その時、事件が起きた。

少女の幽霊が出現したタイミングで京佳の上半身がビクンと跳ねる。

あまりの恐怖で我を忘れた京佳は、隣に座る真木の左腕に抱き着いた。

 

「「えっ!?」」

 

女子2人が驚愕の声を上げ、驚きに表情を染める。

驚いたのは、映画で幽霊が出てきたからではない。京佳が急に真木の腕に抱きついたからだ。

2人は状況が理解できずに数秒間呆けていたが、逸早く冷静さを取り戻した真木が自らの腕に抱きつき、瞼を固く閉じて小刻みに震えている京佳に声をかける。

 

「……京佳?だ、大丈夫か?」

 

あまりに出来事に、普段は一切動揺しない真木が珍しく狼狽えている。

真木の問いに対して、京佳は小さな声で言った。

 

「おれ…ホラー無理なんすよ…」

 

もはや泣きそうになっている京佳を見た真木は、どうしようもないほどに庇護欲を搔き立てられる。

真木は思わず京佳を抱きしめそうになったが、強靭な理性を駆使して何とか踏み留まった。

 

「そうだったのね…。ごめんなさい」

 

そんな2人の様子を見ていた那須が申し訳なさそうに謝罪をする。その直後、那須は何かを思い出したかのように声を上げた。

 

「あれ?…でも……ホラー映画借りてなかった?」

 

京佳は確かにホラー映画を借りており、それを那須は確実に目撃している。

とはいえ、目の前の京佳の状態を見るに、ホラーが苦手というのは噓ではなさそうだ。

では、何故ホラー映画を借りようとしていたのか。その答えは京佳の口から発せられる。

 

「その…ホラー苦手なのを克服したくて…」

 

「なるほどな…」

 

京佳の声に反応したのは真木だ。真木は苦笑いを浮かべつつ、納得した声を上げる。

 

「…どうする?この映画やめておく?」

 

「いや…」

 

那須の問いかけに、京佳は言葉を飲み込んで考え込む。

数秒後、京佳は小さな声を上げながら、映画が映し出されている画面へと顔を向けた。

 

「頑張ってみます…」

 

京佳の声に、2人の美少女は小さな笑みを浮かべる。柔らかな笑みを携えながら、那須は京佳の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。

京佳は未だ真木の腕に抱きついたまま、恐る恐るといった様子で映画の画面を眺める。まるで小動物のようになってしまった京佳を見て、真木の脳内に衝撃が走った。

 

何だ、この可愛い生き物は?ーーと。

普段の飄々としたイメージとのギャップに真木の母性と庇護欲がどうしようもなく煽られる。

溢れでる庇護欲を抑えきれなくなった真木は、抱きつかれていた腕を無理矢理振りほどいた。

京佳が呆気に取られる中、真木は自由になった左腕を京佳の背中に回し、京佳の左肩を掴んで抱き寄せる。

京佳がされるがままに真木に体重を預けて体を密着させる中、真木は微笑みながら京佳に語り掛けた。

 

「こっちの方が安心するでしょ」

 

「…そうすね…。安心します」

 

2人はそのまま、ホラー映画を鑑賞する。1人がもう1方を抱き寄せる、どう見てもカップルにしか見えない。

京佳が映画に反応してビクンと体を震わせる度、真木は京佳の頭を撫でて落ち着かせる。もはやカップルを超えた何かになりつつあった。

まるで「こいつは私の物だ」と言わんばかりの態度を見せる真木。そんな真木の男前すぎる言動を見た那須は、頬を薄く紅潮させながら度々2人の様子を伺う。

 

2人の距離は驚くほど近く密着している面積も大きいが、当の本人達は全く動揺していない。この場で一番動揺しているのは那須であり、これが当たり前だと錯覚してしまいそうばほど、2人の様子は自然だった。

那須はそんな様子を観つつ、「真木ちゃん大胆!」や「このまま恋に発展したりするのかしら…!」とか、年頃の乙女らしく余計なことばかり考えていたせいで、映画の内容が全く頭に入ってこなかった。

 





次回更新は1週間以内にします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 バレンタイン①


まじで遅くなりました
全然面白い展開が思い付かなかった。
早く更新しなきゃと焦った結果
更新遅れた上に大して面白くない話が出来上がるという1番ダメな感じになっちゃった。
要するにネタが思いつきませんでした。誰か俺にギャグセンスと文才をクレメンス


 

ーーバレンタインデー。

キリスト教圏の記念日であり、欧米などにおいて盛んなイベントである。

毎年2月14日に行われ、カップルたちが愛を祝う日。カップルだけではなく、家族や親友と祝う人もいるという。

日本でもバレンタインデーという言葉は広く浸透しており、主に女性が男性にチョコを贈る日だとされている。

男性が女性にチョコを贈る”逆チョコ”なる文化もあるにはあるが、基本的に日本では女性→男性の構図が一般的だろう。

本命チョコ、友チョコ、義理チョコetcetc…。様々な種類はあれど、世の女性は自分の身近な人、大切な人にチョコを贈る。

友人、家族、恋人、お世話になった人、憧れの人…。贈る方も贈られた方も、素晴らしい1日になることは間違いなしだ。

 

ちなみに、世の男子達は仄かな期待と希望を胸にこの日を迎え、貰えずに涙を流す者、貰えて狂喜乱舞する者など様々だが、今回は割愛する。

今回フォーカスするのは贈る側…即ち女性側の視点、それも片思い中の女性だ。

片思い中の女性は、意中の相手にどうやってチョコを渡そうか、受け取ってくれるだろうか、気に入ってくれるだろうか…と、渡す前も渡した後も、1日悶々とした気持ちで過ごすことになるだろう。

チョコを渡して気を引くことができるか否か、それは女性にとって”戦”といっても過言ではない。

 

ーーしかし、その意中の相手がとんでもないモテ男だった場合、単なる戦では収まらない。

数多くいるライバルたちにどうすれば差をつけられるのか、どうすれば一歩先へ行けるのか、彼に選ばれるにはどうすればいいのか…と、他からリードを取るために様々な戦略を弄し、ライバルたちを出し抜こうとする。

数多くの女性達が自らのプライドを懸けて戦うのだ。その様相はまさに戦争である。恋は戦争、とは上手く言ったものだ。

 

閑話休題。

ここはボーダー本部のラウンジ、普段から多くの人で賑わう場所ではあるが、今日はいつも以上に人が多い。そして、そのほとんどが女子だ。

数多くの女性が、ある人物たちの到着を待ちわびており、ラウンジは妙に静かな雰囲気に飲み込まれていた。

 

本日は2月14日。

このボーダー本部内で、恋の戦争の火蓋が…切って落とされようとしていた。

 

ーーー

 

加古望は、烏丸京佳を探してボーダー本部内を練り歩いていた。

大学の帰りにボーダー本部に赴いた彼女の鞄には、綺麗にラッピングされたチョコレートが入っている。

このチョコ――ちなみに、本命チョコである――を京佳に渡すため、彼の姿を探し回っているのである。

しかし、一向に京佳の姿は見えない。太刀川隊の作戦室やランク戦ブース、ラウンジなど彼が普段よく訪れる場所を回ってみたものの。京佳の姿は無かった。

本人に電話をしても繋がらない。どうしようもなくなった加古が、京佳の兄である京介に電話をしたところ、「本部に行ったはずっすよ」と言われたため、現在も虱潰しに探しているのだった。

 

ここまで見つからないうえ電話も繋がらないとなると、”何か事件に巻き込まれたのではないか”という疑惑が加古の脳内を過ぎる。

例えば、京佳を独り占めしようと画策するファンガールが京佳を拉致したーーという可能性も有り得なくはない。

普通に考えれば、ボーダー本部内でそんな犯罪行為が行われたとは考えにくいが、烏丸兄弟の人気を考えれば有り得ない話ではない。特に、京佳となれば尚更だ。

これまでのボーダー本部は、京介派と京佳派に分かれており、人数比率は五分五分だった。しかし、京介の玉狛支部への移籍に伴い、京介派から京佳派へ乗り換える女子が多くいた。そのため、京佳ファンの派閥は他の追随を許さないほど大きなものになっていた。権力はないにせよ、人数だけで見れば圧倒的なのだ。

それほどまでに大きな派閥だ。変なことを考える人間がいても何らおかしくはない。

まして、拉致監禁では飽き足りず、ヤンデレよろしく「京佳を殺して永遠に一緒にいる…!」などと考える輩が現れる可能性は0ではない。

 

その考えに至った瞬間、加古は苦笑いを浮かべた。

 

(さすがにあり得ないわね。一週間姿が見えない、とかなら有り得るけど、まだほんの1時間程度だもの)

 

自らのあまりに可笑しい推理に対して苦笑いを浮かべつつ、加古は通路を歩いて行く。

とはいえ、このまま京佳が見つからないことを許容はできない。

何せ、今日は加古にとって勝負の日。チョコを渡して終わりというわけではない。その先まで…具体的にはベッドインまで済ませる覚悟でこの場に立っているのだ。

逸早く京佳を見つけなければ、他の人間に京佳を奪われてしまうかもしれないのだ。

 

(けど、このまま探してても埒が明かないわね…)

 

このまま虱潰しに探すのは時間の浪費が大きすぎる。

そう判断した加古はスマホを手に取り、ある人物に電話をかけた。

 

「…もしもし?ーー…」

 

ーーー

 

「京佳くん?…大丈夫…?」

 

冬島隊作戦室。

ソファに座っている那須が、自らの右腕に縋り付いて震えている男子ーー烏丸京佳に対し、頭を優しく撫でながら声を投げかけた。

京佳は小動物のようにプルプル震えながら、目の前のディスプレイに映しだされているホラー映画から背けていた。

 

「……無理はするなよ?」

 

そんな京佳の様子を見兼ねたのか、京佳の右隣に座っている真木が声を掛けた。その声に、京佳が震える声で答える。

 

「だ、だいじょぶす」

 

「…疑わしいな…」

 

「ふふ…じゃあ、進めるわね?」

 

「うす…」

 

薄暗い部屋のソファに、男女が3人。字面だけ見れば何やらいかがわしい雰囲気が漂っているが、残念ながらホラー映画を観ているだけである。

本日、この3人は冬島隊の作戦室で映画鑑賞会を実施していた。

真木、那須、京佳という何とも珍しい組み合わせだが、この3人が集まって映画を観るのは初ではない。

先週の土曜日、この3人で映画を観て以来、2回目の映画鑑賞会である。

 

前回の鑑賞会の際、京佳のホラー映画嫌いが露呈してしまった。その後、もう完全にプライドを捨てた京佳が2人に対し、「ホラー映画を克服するのを手伝ってほしい」と頼んだのだった。

2人は「また京佳の可愛い姿が見れる!」と満更でもなかったため、互いにWIN-WINの関係と言えるだろう。

 

本日鑑賞している映画は、洋画ホラーでも有名な一作だ。

養子として引き取った少女の狂気が徐々に露になっていく、幽霊ではなく人恐系の映画だ。

しかし、京佳は人恐系の映画も当然ダメなようで、蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまっていた。

 

「そんなに苦手なら無理して克服しなくてもいいんじゃないの」

 

「…いえ、一度言ったことなので。やれるだけやってみます」

 

真木が映画を観ながら言い、恐る恐る映画を観ている京佳が答える。ちなみに、まだ那須の腕に抱きついたままである。

男に二言はない、という事だろうか。小動物のような様子の京佳から吐き出された妙に男らしい言葉に、女子2人は少し感心するが、様子が完全に小動物の為かっこいいとは思わなかった。

ちなみに、京佳は口では男らしく言って見せたものの、内心では「もうやめたい」と泣き言を零しまくっている。

 

その後もなんやかんやあって映画は進んでいき、遂にクライマックス。

ラストシーンを鑑賞し終えた京佳は、今までにないほどに顔が死んでいた。魂が抜けてしまったのかと錯覚するほどである。

 

「死んだか?」

 

「まだギリギリ生きてるわね」

 

「丁重に弔ってやろう」

 

「真木ちゃん…まだ死んでないわよ?」

 

顔が死んでいる京佳を目撃した2人が、何やら不穏な会話を繰り広げているが京佳の反応は薄い。ホラー映画に奪われたのか?と錯覚するほどだ。

そんな京佳の様子を見かねたのか、何とか話を逸らそうとする那須。何やらいい案が思いついたのか、自らの鞄をごそごそと漁り始めた。

 

「京佳くん、これどうぞ」

 

「え…」

 

那須がカバンから取り出したのは、丁寧にラッピングされた小包。透明な袋の出口は可愛らしいリボンによって止められており、中には小さなカップケーキのようなものが3つ入っていた。

京佳は一瞬啞然とし、「なんで急に?」と疑問を浮かべるが、今日が何月何日なのかを思い出して漸く腑に落ちる。

今日は2月14日、所謂バレンタインデーというやつだ。京佳は学校でも大量のチョコを受け取っていたが、ホラー映画の衝撃が大きく今の今まで忘れてしまっていた。

 

「ありがとうございます」

 

まさか那須から貰えるとは思っていなかった京佳は驚きを露にしつつも、礼を言って小包を受け取る。

袋を手に取った京佳は、中身をまじまじと眺めながら口を開いた。

 

「これ、手作りですか?めっちゃ美味そう」

 

「ええ、美味しいかは分からないけれど…」

 

京佳の問いに、那須は少し照れた様子を見せた。

 

「お世話になってんのは俺の方なのに、なんかすみません」

 

「ふふ、いいのよ。ホワイトデー、楽しみにしてるわ」

 

「うす」

 

付き合いたてのカップルのような初々しい雰囲気が周囲に流れる。ちなみに2人は付き合ってないが、あまりにもお似合いすぎるので第三者が見れば付き合っているようにしか見えないだろう。

そんな中、1人静かに紅茶を嗜んでいた真木に那須が声を掛けた。

 

「真木ちゃんは何かないの?」

 

「私?あると思うのか?」

 

「ええ」

 

「………」

 

那須は微笑みながら、真っ直ぐに真木の鋭い瞳を見つめる。数秒間無言で見つめ合った後、真木が諦めたように息を吐いた。

 

「…はあ…那須には敵わないな…。…京佳」

 

真木は半分諦めたような様子で鞄に手を突っ込み、中からラッピングされた小箱を取り出した。

 

「那須のと違って市販のだが…どうぞ」

 

「まじすか。ありがとうございます」

 

京佳が小箱を受け取ると、真木から声が上がる。

 

「手作りじゃなくてがっかりしたか?」

 

「え?いやいや、手作りとか市販とか関係ないですよ。まじで嬉しいです」

 

「っ…!そ、そうか…」

 

満面の笑みで答える京佳に、真木は若干たじろぎ、勢いよく顔を背ける。よくよく見ると、真木の耳がほんの少しだけ染まっていた。

まるで、付き合う直前の男女のような甘ったるい雰囲気が流れる中、那須は微笑みながら2人の様子を見ていた。

 

ーーー

 

ボーダー本部ラウンジ。

本日も多くの隊員がラウンジに訪れ、休憩やら雑談やらを楽しんでいた。

その一角、周囲の楽しげな雰囲気とは一線を画す、異様な雰囲気を放っている一団がいた。

異様な雰囲気といっても、喧嘩をしているとかそういうことではなく、集まっている女子たちの気迫が原因だろう。

テーブルを囲み、椅子に座りテーブルを囲んでいる5人の女子。その中で最も最年長である加古望が口を開いた。

 

「じゃあ、貴女達も京佳君を見てないのね?」

 

そういって問いかける視線の先には、ボーダー本部でも屈指の美少女達が並び、首を縦に振っていた。

まず1人目は、嵐山隊オペレーターの綾辻遥。

2人目は、風間隊オペレーターの三上歌歩。

ここまではいつもの面子であり、加古を含めた3人は京佳ファンガールの筆頭として有名である。

以前発生した「おっぱい星人事件」からは少し大人しくしていた3人だが、バレンタインという一大イベントを完遂すべく、再び集まっていた。

ここまでは問題ない。問題なのはこの先の人物である。

 

3人目は、隊長である加古に無理矢理招集されてしまった、加古隊攻撃手の黒江双葉。

黒江は京佳のことを尊敬しており好感を持っているが、あくまで先輩としてである。恋愛感情はないにも関わらず、加古によって面倒な集会に召集されてしまった。

そして最後の4人目は、不運にもラウンジを偶然通りかかり、加古に捕まってしまった被害者ーー草壁隊隊長兼オペレーターの草壁早紀だ。

 

「となると、どこかの作戦室にいる可能性が高いわね…」

 

「作戦室…諏訪隊とかですかね?京佳くんって確か、諏訪さんに可愛がられてましたし、笹森君と仲良かったはずです」

 

「いえ、諏訪隊の作戦室にはいないらしいわ。さっき小佐野ちゃんに確認したの」

 

「う~ん、彼が行きそうな作戦室ってどこでしょう…」

 

加古、綾辻、三上の3名が真剣な表情で意見を交換する中、未だに状況を吞み込めていない草壁が隣に座る黒江に小さく問いかける。

 

「黒江…。これ、どういう状況なの?」

 

「…簡単に説明するとーー…」

 

黒江は草壁に向け、簡潔に説明を開始する。

京佳にチョコを渡したいが当の本人は行方不明。見つけ出すための作戦会議だーーと。

それを聞いた草壁は澄ました顔で「なるほど…」と答えるが、内心では焦っていた。

偶然通りかかったとはいえ、自分がここに呼ばれたという事は、自分も京佳にチョコを渡そうとしていること、鞄の中に手作りのチョコが入っているのがバレている。

ーーつまり、誰にも言っていない、自分しか知らないはずの京佳への気持ちがバレているのではないか、と。

目の前でああでもないこうでもないと会議が繰り広げられる中、草壁の脳は思考の海に沈んでいく。

 

なぜバレたのか、いつからバレたのか、京佳本人にもバレているのか、様々な疑問が草壁の脳内に浮かんでは消えていく。

しかし、当の草壁は知る由もないだろう。

草壁が会議に呼ばれた理由が「偶々通りかかったから」以外には何もないという事を。

厳密に言えば「偶々頭のいい後輩が通りかかったから取り敢えず参加させてみよう」という理由であり、それ以外の理由はない。

草壁の秘めた気持ちに気付いている人間はこの場にはいない。

 

「早紀ちゃんはどう思う?」

 

「えっ!?あ…そうですね…」

 

深い思考の海へと沈んでいく最中、加古に声をかけられた草壁は一瞬体を震わせる。

加古の質問に答えるため思考を巡らせるが、京佳が行きそうなところなど草壁のは見当もつかない。

作戦室にもランク戦ブースにもいないとなると、そもそもボーダーに来ていない可能性の方が高いのではないだろうか。

 

「京佳先輩ってそもそも本部に来てるんですか?」

 

「烏丸くん…あ、京介君の方に聞いたら、京佳君は本部に向かったって言ってたの。だから本部にいる可能性が高いわね」

 

草壁の疑問に答えたのは加古だ。そして、綾辻が続く。

 

「電話も出ないし、どっかで寝てるとか?」

 

「あ、有り得るかも!……寝るなら私を誘ってくれればいいのに…」

 

綾辻の考えに三上が共感した。後半にボソボソと何か呟いているのが草壁の耳に入ったが、気にしたら負けだと思い無視する。

 

「……もしかして、京佳くん。誰かと添い寝…いえ、下手すればそれ以上のことを…?」

 

加古が何やらはっとした様子で言うが、飛び出してきた言葉は突拍子のないものだった。

草壁が「流石にそれはないでしょ…」と口に出そうとした瞬間、尊敬するオペレーターの先輩2人が声を上げる。

 

「え、うそ…京佳くんの貞操が危ない!」

 

「えっ?」

 

「早く見つけないと京佳くんが汚されちゃいます!」

 

「ええ!?」

 

「2人とも、手分けして探すわよ。一番先に見つけた人は京佳くんを好きにしていいわ!」

 

「それ勝手に決めていいんですか!?」

 

草壁の困惑の声もツッコミも、もはや3人の耳には届いていない。

京佳の貞操が危ないと言って京佳を探そうとしているが、この3人が一番危険なのは火を見るよりも明らかだった。

勝手に暴走してしまったファンガールたちを呆然と見つめている草壁の隣、ツインテールの少女は呆れた目で自らの隊長を見つめる。

もはや普段の面影が無いほどのアホさを目の当たりにし、黒江は静かに目を閉じた。

 

 

一方その頃。貞操の危機が訪れている烏丸京佳は…。

 

「………」

 

「……京佳くん、生きてる?」

 

「返事がないな。…ただの屍のようだ」

 

ホラー映画で死んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 バレンタイン②

こんにちは
ペース激遅ですが何とか更新してます
誰か俺にネタをくれ!!!


 

「あ~~……やっぱホラーきっついな……」

 

烏丸京佳は疲れたような表情でボーダー本部の通路を歩く。

先程まで京佳は、那須玲&真木理佐という映画好き2人とホラー映画鑑賞会を実施していたが、案の定ホラー描写に耐えられずに死にかけ、SAN値がピンチっていた。

那須と真木による手厚い介抱によって何とか正気を取り戻したが、脳裏には先程まで見ていたホラー映画の描写が鮮明にこびりついている。

その恐怖によって足取りは心成しか速くなり、出来るだけ背後や横に意識を向けないようにしながら目的地へと急ぐ。

ホラー映画を観た直後、実際には何もいないはずなのに、背後に何かがいると感じてしまう現象。今の京佳は正に、その現象に苛まれている。

故に、京佳は一直線に目的地へと急ぐ。

 

数分歩いただろうか、漸く目的地に到着した。

京佳は何事も起こらなかったことに安堵しながら、扉を開けた。

 

「お疲れ様……で…え?」

 

扉を開けると、驚愕の光景が広がっていた。

視界に飛び込んできたのは、いつも通りの作戦室……ではなかった。

普段とは明らかに違う点が1つ。目の前のソファの上に美少女達が並んで腰かけている。加古望、綾辻遥、三上歌歩、草壁早紀の4人が、ゆったりとした様子で腰かけているのだ。

ちなみに国近はソファですやすやと寝ているが、これはいつもの光景なので問題ない。

そのうちの1人、加古望が笑顔でこちらを向き、挨拶をしてくる。

 

「おかえりなさい、京佳くん」

 

加古は表情こそ笑顔だが、瞳は一切笑っていない。言いえぬ圧を感じる眼差しだった。

困惑を隠せない京佳は、無言でゆっくり扉を閉めた。

 

「ふ~~~……」

 

京佳は静かに目を閉じ、深く息を吐く。

もしかして部屋を間違ったのかもしれない、そう考えた京佳は瞼を上げ、2つの瞳で目の前の扉をしっかりと確認する。

扉はどこからどう見ても太刀川隊作戦室に繋がるものであり、何度も作戦室に訪れている京佳が間違えるはずもない。

であれば、今見た光景は幻覚だろうか。月詠やらの瞳術を掛けられた覚えはないが、もしかするとホラー映画によるあまりの恐怖で、脳みそが疲れているのかもしれない。

 

「……よし…」

 

静かに息を吐き、深呼吸。数回の深呼吸の後、再び静かに扉を開く。

作戦室の中では先程と同様に、加古望、綾辻遥、三上歌歩、草壁早紀の4人がソファに腰かけており、国近はソファですやすやと眠っている。

どうやら、目の前に広がっている光景は幻覚の類ではなさそうだ。

よく見ると太刀川と出水の姿がないが、京佳がそれを疑問に思う前に加古が口を開く。

 

「おかえりなさい、京佳くん」

 

先程と一字一句違わぬ挨拶を投げかけてくる加古の瞳はやはり笑っておらず、冷たい瞳から発せられる言葉に表せない圧が京佳を襲う。

下手したらさっき見たホラー映画より恐いかも、と思ったがそれを口に出すことはない。口に出したらどうなるかは、火を見るよりも明らかだからだ

冷たすぎるプレッシャーを一身に受けながら京佳は静かに目を閉じる。そして、心の中でひとこと。

 

ーーーなんだよこの状況は。

 

京佳が心の中で呟いた言葉は誰にも聞こえるはずもなく。

京佳の胸中に静かに沈んでいった。

 

ーーー

 

時間は少し遡り、京佳がホラー映画を観て死にかけ、真木と那須に抱きついて半泣きで震えている頃。

太刀川隊の作戦室では、太刀川隊の面々が何時ものようにグダグダと駄弁っている。もはや作戦室というよりだらける為の部屋と化しつつあった。

もし定期的に掃除をしている京佳がいなければ、恐らくこの部屋は死ぬほど散らかり、他の追随を許さない魔境になっているだろう。

 

「京佳くん、遅いね~」

 

「なんか用事あったんすかね?」

 

ソファにだらしなく腰掛けながらスマホゲームをする国近。彼女が発した言葉に、同じくソファに座っている出水が反応する。

普段であれば、既に京佳は作戦室に来ている時間のはずだが、一向に来る気配がない。何かしらの用事があるのだろうと出水が予想したところで、餅を乗せた皿を手に持った太刀川が口を開いた。

ちなみに、太刀川は”ボーダー敷地内でのきな粉餅”が禁止されているため、今皿に乗っているのは海苔餅だ。

 

「……今日はバレンタインだしな。女子に捕まってんだろ」

 

「「あ~~~……」」

 

餅をモグモグと頬張りながら言う太刀川の言葉に、出水と国近は納得の声を漏らす。

京佳がモテるのはボーダーでは周知の事実であり、彼のファンは数え切れない。

そして今日はバレンタイン。京佳にチョコを渡したい女子が大量発生し、京佳が多くの女子に囲まれる光景というのは想像に難くない。

更に、今年は兄である京介が本部にはいないのだ。去年以上の女子が京佳に群がるのは明白だろう。

女子に囲まれた京佳が苦笑いを浮かべつつ、次々に渡されるチョコを受け取っていく様子を容易に思い浮かべた出水は、京佳に対して同情を贈った。

 

「そういや、柚宇さんから俺らにチョコってないの?」

 

ふと、思い出したように出水が言う。その声には、去年もあったし今年もあるんじゃない?という期待が込められていた。

出水の発言から数秒後、国近は「ふっふっふ」と変な笑い声を上げながらぬるっと立ち上がった。

 

「あるに決まっておろ~~う」

 

自信満々の様子の国近。腰に手を当てて豊満な胸を張りながら答えた。

そんな自信に満ちている国近を見て、太刀川の体に電撃が走る。

 

「国近……おま……ま、まさか…」

 

絞り出すように言う太刀川。言葉の続きを紡いだのは、胸を張ったままドヤ顔を披露する国近だ。

 

「察しがいいね~、太刀川さん。……その通り!今年は~…手作りだよ~ん!」

 

「「うおおおおおお!」」

 

「今ちゃんと作ったよ~」

 

例年通りであれば市販品をポイっと渡すだけだった国近が、手作りのチョコを持ってきた。

その事実を目の当たりにし、太刀川と出水は喜びのあまり狂喜乱舞。大声で叫び、喜びを全身を使って表現していた。

テンションMAXな2人を静止するように、国近が静かな声音で言う。

 

「ただし、渡すのは全員揃ってからね~。唯我くんは今日来れないみたいだからあれだけど、京佳くんが来るまで大人しく待っていること~!」

 

「「はい!!」」

 

まるで犬の躾をしているかのようだ。

その後、京佳が来るまで待つことになった国近と犬2匹は再び普段のようにソファ座り、これでもかという程にダラダラと寛ぎ出す。とはいえ、犬たちはワクワクのあまり少し落ち着かない様子だ。

その数分後、作戦室の扉がノックされた。「ついに京佳が来た…!」と確信した犬たちは、全速力で扉へと向かい、ハイテンションで扉を開けた。

 

「遅かったじゃねえ…か…?」

 

「京佳!お前を待ってたんだ…ぜ…?」

 

「こんにちは、出水くん、太刀川くん」

 

扉を開けたイッヌたちの前に立っていたのは、烏丸京佳ではなく、烏丸京佳ファンの方々だった。先頭に立つ加古が、いつも通りの微笑みを浮かべる。

加古、三上、綾辻に加えて、何故か草壁もいる。犬どもからすれば、ファンガールに混じって草壁がいるのは意味不明だった。

もしや、草壁もファンガールの仲間入りしたのか…?という説が浮かび上がるが、今はその疑問を解消している暇はない。

出水はデジャヴを感じ、無言のままゆっくりと扉から離れていく。出水が戦線離脱したため、必然的に太刀川がファンガールの対応を行う(ことになってしまった)。

 

「え、あ~…皆様お揃いで……何の用?」

 

何の用か予想出来ているものの、太刀川は念の為問いかける。

 

「京佳くん、いるかしら?」

 

返ってきた答えは案の定。というか、それ以外の理由でこの面子が太刀川隊の作戦室に来る理由はほぼない。

 

「あ~残念だが、今日はまだここには来てねーぞ」

 

「そう。どこにいるか知ってる?」

 

「知らん」

 

加古の問いかけに対し、太刀川は噓偽りなく答える。事実、京佳はここには来ていないし、京佳の居場所など太刀川には知る由もない。

京佳がホラー映画を観ながら美女2人に甘やかされているなど知らないし、ましてその相手が那須と真木などとは誰も予想もできないだろう。

 

「本当に?」

 

「いや、まじだって。噓つく意味ねーだろ」

 

太刀川を一瞬疑っていた加古だが、噓を吐いてはいないと判断したようだ。疑いの目線を止める。

太刀川らも知らないとなると、とうとう打つ手がなくなってきた。どうするべきか……と加古が思案していると、後ろに控えていた綾辻が提案する。

 

「じゃあ、京佳くんが来るまでココで待たせてもらえばいいんじゃないですか?」

 

「……!名案ね!そうしましょう!」

 

綾辻の案を聞いた加古は微笑みながら即採用。

一方、綾辻の案を聞いた太刀川と出水は顔をひきつらせた。「え?ここで待つの?噓だろ?めんどいから帰ってくんない?」とでも言いたそうな表情だ。

ここで勘違いしてほしくないのは、太刀川と出水も加古らを嫌っているわけではないということだ。

加古も綾辻も三上も草壁も容姿が整っているうえ性格も悪くないため、嫌いな男子は少ない、というかほぼいないだろう。

しかし、京佳が絡むと話は別だ。ファンガール達は基本的に京佳が絡むと頭が悪くなるため、京佳が絡んだ案件では関わりたくないというのが太刀川と出水の本音だ。

草壁は一見大丈夫そうに見えるが、この面子と行動を共にしているとなると油断はできない。加古らのアホさに毒され、草壁もアホになっている可能性は大いにある。

アホになった草壁を見てみたい気持ちはあるが、それ以上に面倒事に巻き込まれたくなかった。

 

太刀川の背中に、出水の視線が突き刺さる。背中に突き刺さる視線は「断ってください!」と訴えているように感じた。

隊員からの頼みを無碍にはできない。隊長としての威厳もある。ここはきっぱりと断るべきだ、と太刀川は判断した。

太刀川は頼りになる背中で「任せろ」と返事をすると、真剣な眼差しで加古を見据える。

真剣な表情を見せる太刀川に、加古が微笑む。

 

「いいわよね、太刀川くん?」

 

「悪いな、加古。俺らも忙しいから」

 

「ふうん」

 

「ああ。申し訳ないが帰ってくれ」

 

「じゃあもうレポートは手伝わな」

 

「ってのは冗談だ。遠慮なく入ってくれ」

 

隊長の威厳とは何だったのか。真剣な表情はまったく意味を成さず。威厳もクソもないただのダメ人間がそこにはいた。

情けない姿を見せる自らの隊長に冷たい視線を浴びせる出水。

見るからに気落ちし、全身から敗北感を溢れさせている涙目の太刀川。

意気揚々と作戦室に侵略してくるファンガール達。

そんなことより、どうやって誰にもバレずに京佳にチョコを渡すか考える草壁。

いつの間にかソファで寝落ちしている国近。

太刀川隊作戦室に、混沌が生まれようとする中、出水と太刀川は全く同じことを考えていた。

 

((隙を見て逃げよう……!))

 

京佳が帰ってくるまで、残り24分。

映画のクライマックスシーンを観ている京佳は、真木の腕に抱き着いて震えていた。

 

ーーー

 

そして現在に至る。

現在、作戦室にいるのは加古らファンガールと国近、そして京佳のみ。太刀川と出水の姿はない。

実は、出水と太刀川は数分前に「忍田さんに呼ばれているから」という理由で逃げ出すことに成功していた。

加古らも別に太刀川達に用はないため、見逃したのだった。

しかし、太刀川と出水は戦場からは逃げ出せたものの、2人には更なる苦難が待っている。

具体的には、ランク戦ブースやらラウンジやら行く先々で京佳のファンガールに出会い、京佳宛のチョコを死ぬほど預かるという苦難なのだが……。A級1位の精鋭たちだ。きっと乗り越えられるだろう。

 

閑話休題。

京佳の目の前には、4人の美女(と昼寝する女子1人)がいる。

体面になるように2つ置かれているソファの片方には加古、綾辻、草壁が座り、もう片方には三上と国近(眠り)が座っていた。

目の前に漂う微妙な雰囲気にたじろぎつつ、京佳は何とか口を開く。

 

「えっ…と…」

 

「急にごめんね、京佳くん。私たち、京佳くんにチョコ渡したかったんだけど見つからなかったから……作戦室にお邪魔させてもらってたの」

 

困惑気味の京佳に声をかけたのは三上だ。優しい声音で話しかけると、京佳の緊張も少しは取れたようだ。

 

「ああ、なるほど。すみません、ちょっと用事があって」

 

「ううん、全然いいのよ。ところで電話にも出なかったけど、何してたの?」

 

続いて問いかけてくるのは加古だ。微笑を浮かべながら口を開いているが、言葉にはどことなく棘があるように感じる。

京佳は「着信なんか来てたか……?」と疑問を浮かべたが、その疑問はすぐに解消することになる。

京佳は映画を観る際、スマホの電源を切っていたことを思い出した。より映画に没頭するため、電源を切っていたのだ。

京佳はスマホを取り出して電源を付けると、加古や綾辻から何件かのメッセージと着信が届いていたことを確認した。

 

「あ~すみません。映画見てたんで電源切ってました」

 

流石に「怖さのあまり那須先輩と真木先輩に抱き着いて半分泣きながらホラー映画を観てました」とは言えないので、真実を隠しながら事実を伝える。噓はついていないので問題ないだろう。

京佳の説明を聞いた女子たちは納得した様子を見せた。

 

「何の映画見てたの?」

 

「ホラー映画っす」

 

「へ~!京佳くんホラー好きなんだ!」

 

「まあ、得意ではないですけど……」

 

「立ったままだと疲れるわよ?座って話しましょ」

 

「あ、確かにそうすね」

 

綾辻や三上と会話をする京佳に加古が声を掛ける。

加古の言葉に促されるまま、京佳は空いているスペース……三上の隣へと腰掛ける。

ソファに腰かけて直ぐ、三上が驚愕の声を上げた。

 

「えっ……?」

 

「?どうしました、三上先輩?」

 

三上の声に反応したのは今まで静かにしていた草壁だ。尊敬する先輩が急に声を上げたので疑問に思ったのだろう。

三上は無言のまま、京佳の胸のあたりに顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「何をしてるんだこの人……」という京佳の困惑の目線を一切気にせず、三上は犬のように京佳の胸元を嗅ぐ。傍から見ればただの変態女子高生にしか見えないが、京佳は困惑こそすれど特に抵抗は示さなかった。

後に京佳は語る。「俺があの時、三上先輩を止めていれば……あんなことにはならなかったのかも…」と。

 

「み……みかみか…?」

 

流石に不審に思ったのか、綾辻が三上に声をかける。

その瞬間に顔を上げた三上は表情を驚愕の一色に染め、わなわなと震えながら声を上げた。

 

「……京佳くんから、真木ちゃんの匂いがする!!」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

本日、太刀川隊の作戦室に特大サイズの爆弾が投下された。

 




ちなみに、黒江は前話の後こっそり逃げ出しました
面倒事に巻き込まれたくないんじゃ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 バレンタイン③

めちゃくちゃ遅くなりました。申し訳ない。
執筆する時間が全然取れなかったのと、ネタが思い浮かばなかったのが主な原因です。
ネタがまじで思いつかないんで、更新少し遅くなりそうです。

あ、活動報告にネタ募集してるんで何かあればお願いします。


 

ーーー真木ちゃんの匂いがする!

 

太刀川隊作戦室に木霊した三上の声は、その場にいる全員の体に稲妻を走らせた。

張本人である三上は勿論、容疑者である京佳、その他のファンガール達は動揺を隠せない。

そんな混沌の中、綾辻が震える声を上げた。

 

「みみみみみみみかみか!?ままま真木ちゃんって……あの真木さん!?」

 

「うん…京佳くんから真木ちゃんの匂いがするの…」

 

「勘違いじゃないんですか?」

 

「勘違いじゃないもん」

 

草壁が疑問の声を上げ、三上は短くそれに答える。その後、再び京佳の胸元に顔を埋めてクンカクンカと匂いを嗅ぎ始めた。傍から見れば完全に変態である。

 

「うん、間違いない。真木ちゃんの匂いだよ」

 

再び爆弾を投下する三上の瞳は真剣そのものであり、嘘を言っているようには思えない。この場の雰囲気が少しずつヤバくなっている事を察した京佳は、額に冷や汗を浮かべる。

 

「あの、三上先輩…俺から真木先輩の匂いがするって?…気のせいじゃないすか?」

 

何とかこの状況を打破しようと、京佳は苦しい言い訳をする。何とか捻り出した言い訳だったが、それは三上の一言でバッサリと切り捨てられた。

 

「私、真木ちゃんと一緒にいること多いもん。真木ちゃんの匂いはすぐ分かるよ」

 

「…京佳くん、ちょっとお話聞かせてもらえるかしら?」

 

いつの間にか冷たい眼になった三上に続き、絶対零度の雰囲気を醸し出す加古が口を開く。

ここが凍土なのではと錯覚するほどの冷たい雰囲気を放つ加古を前に、京佳は背筋を震わせながらも何とか弁明の言葉を紡ぐ。

 

「いや、ほら…その、真木先輩と映画見てたんすよ。それだけです」

 

「ふーん、そう?」

 

京佳の弁明に対して冷徹な笑みを浮かべた加古はソファから立ち上がり、ゆったりとした歩調で歩き始めた。ソファに座る京佳の背後まで回ると、京佳の肩に自らの頭を乗せ、耳元でそっと囁く。

 

「ただ映画を見ていただけで、嗅いで分かるほど匂いがつくかしら?…ねえ……本当は何してたの?」

 

耳元で囁かれた京佳の背筋がゾワッと震える。

ーーーこの場にいたら、死ぬーーーと、直感で理解した京佳は立ち上がって逃げ出そうとするが、加古が京佳の肩をがっちりと押さえ込んでいるため立ち上がることが出来ない。

加古以外にも、綾辻と三上、草壁の3人が冷たい瞳で京佳を見つめている。どう考えても逃げ出せる状況ではない。

完全に四面楚歌。もはや逃げ場はなかった。

 

「言えないことをしてたのかしら?」

 

加古の綺麗な声音が、今はとても恐ろしい。ゆっくりと耳に浸透していく声は、京佳にとっては悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

もはや、この場を切り抜けるには本当のことを言うしかない。ホラー映画にビビって女子の先輩に抱きついた、という余りにも恥ずかしい事実を。

そんな恥ずかしすぎる事実を赤裸々に告白してしまえば、京佳のイメージやプライドが粉々に崩れ去ってしまうだろう。しかし、正直に告白する以外に道は無い。

覚悟を決めた京佳は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「その、真木先輩と…冬島隊の作戦室でホラー映画を見てて…」

 

「うん?へ〜………それで?」

 

「その、真木先輩のことを……抱きました…」

 

静寂が、作戦室を包む。

ファンガール達は状況を呑み込めていないようで、ポカーンとした表情を浮かべている。

周囲の雰囲気が可笑しくなったことを察知した京佳は、疑問を表情に浮べた。しかし、この雰囲気になったのは完全に100%京佳の責任である。

動揺した京佳は今、「抱きつきました」ではなく「抱きました」と言ったのだ。言葉に意味自体に大差はない。実際、京佳の言っていることは真実である。京佳は先程、真木の腕を抱いている。

が、「抱きました」という言葉をただ抱きついたという意味で捉える人間は居ないだろう。

事実、この場にいるファンガール達は、「抱く」という言葉を全く違う意味で捉えていた。

京佳がしっかりと言葉を選び、「抱きつきました」と言っていればこれから起こる惨劇は防げただろう。もし、「腕を抱きました」と言えばこんな事にはならなかっただろう。

だが、タラレバを話しても意味は無い。

既に、過去一の破壊力を持つ爆弾が投下されてしまったのだ。

 

「…え、京佳くん?嘘よね?」

 

「……うそ、え?京佳くんと真木ちゃんって…え?」

 

「……じゃあ、京佳くんの…初めてって…え、うそ…」

 

加古、三上、綾辻は順番に震える声を上げる。ちなみに、草壁は発言の意味を理解した瞬間、完全に放心してしまっていた。

京佳の言葉足らずによって、一瞬で作戦室は混沌に包まれた。

血の涙を流しそうな目で京佳を見つめる加古。

涙目で京佳を見つめる三上に、ふるふると全身を震わせている綾辻。

京佳の言葉が信じられず、魂が口から飛び出そうになっている草壁。

またしても何も知らない国近柚宇さん(17)。

 

「…え、なんすかその反応…。…まあ確かに、先輩の女性に対して失礼だったかもしれませんけど……真木先輩も了承してましたよ?」

 

「なっ……!?」

 

更なる爆弾投下。作戦室は混沌を超え地獄の様相を呈してきた。

そしてタチが悪いことに、京佳は何一つ嘘を言っていない。

真木は実際に「遠慮せず私の腕使っていいからな」と言っているのだ。

 

故に、京佳は理解が追いつかなかった。なぜ、目の前の女性たちはこんなにも狼狽えているのだろう。魂のようなものが口から出ている者もいる始末だ。

確かに腕に抱きついたのは少し問題があったかもしれないが、お互いの了承があったのだ。R指定に引っかかる行為でもないし、別に問題ないだろう。

そこまで考えたところで、京佳はハッとした。

あ、2人きりで映画を見ていたと思ってるから、変に疑われているのかーーと。

 

そして再び、京佳は口を開く。

そこから発せられる言葉が、この地獄をさらに悪化させるとは知らずに。

 

「あ、補足ですけど、別に二人きりじゃないですよ。那須先輩もいましたから、安心してください」

 

「な……なん…だと…?」

 

女性陣の脳に再び稲妻が走る。

京佳は今何と言った?

真木だけではなく、那須もその場にいたと…そう言ったのか?

それが意味するのはつまりーーー3Pということではないか。

 

「京佳くん…?」

 

「はい?」

 

京佳のすぐ後ろに立っていた加古は震える声で京佳の名前を呼ぶ。京佳は呆気からんとした様子で返事をするが、ここで再び周囲の異変に気が付いたようだ。

加古のみならず、三上と綾辻、草壁も先程以上に様子が可笑しい。彼女らは先程まではあわあわと狼狽えていたのだが、今では据わった冷たい目で京佳を見つめていた。

あれ、俺なにか不味いこと言ったか?と京佳が自らの発言を遡ろうとした瞬間、三上が口を開く。

 

「京佳くんって…真木ちゃんと那須さんと付き合ってたりするの?」

 

「…は?……いや、付き合ってないですけど」

 

一瞬質問の意味を飲み込めなかった京佳だが、何とか頭を回転させて答えを返す。すると、背後の加古が再び言葉を放つ。

 

「ふぅん。じゃあ、体だけってこと?恋愛感情はないの?」

 

「(体だけ…?どういう意味だ?)…まあ、ないですね」

 

京佳は加古の言葉の一部を不審に思うが、考える前にとりあえず質問に返答する。

加古の言葉の意味を考えようとした瞬間、背後から加古が京佳に抱きつき、身動きを封じた。

 

「えっ?」

 

「恋愛感情がないなら、私でもいいってことよね?」

 

加古に背後から抱きつかれ、耳元で囁かれる京佳。

ボーダーに多数のファンがいる京佳とも言えど、女性に抱きつかれて耳元で囁かれるという経験は初だ。しかも、京佳はこう見えてバリバリの思春期である。年上の美女に抱きつかれては平静を保つのは厳しい。その証拠に、見るからに狼狽えている。

その隙を逃さず、加古が追撃を仕掛ける。

 

「お姉さんが優しくしてあげるから…ね?」

 

「…は?それってどういう…」

 

加古は京佳の顎に手を添え、強制的に横を向かせる。真横を向いた京佳の顔の正面に自分の顔を持ってくると、ゆっくりと顔を近づけていった。

 

「え、ちょ…!」

 

京佳は何とか抵抗を試みるも、ガッチリと抱き締められているため上手く体を動かせない。

2人の距離が徐々に近づき…そして唇がーー。

 

「「ちょっと待ったーーー!」」

 

触れ合う前に、蚊帳の外に放り出されていた三上と綾辻が大声を上げてソファから立ち上がった。

その大声で草壁も正気を取り戻すも、2人と同じように加古に向かって殺到することはなく、どさくさに紛れてコソコソと何かをしている。

物凄い勢いで京佳らの元へと近づくと、2人は加古の腕をガシッと掴み、京佳から引き剥がそうと力を込める。

 

「離れてください!!何1人だけ抜け駆けしようとしてるんですか!」

 

「みかみかの言う通りです!そんなの許しません!」

 

京佳の周囲で、ファンガールたちによるキャットファイトがスタートした。京佳は完全に巻き込まれており、身動きが取れない。

ワイワイガヤガヤと、作戦室は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈する中、今までソファで眠りこけていた国近が余りのうるささに目を覚ました。

 

「ん〜、うるさいなぁ〜………え、なにこれ、どういう状況?」

 

目を覚ました国近は、周囲の状況を確認した瞬間に本気で困惑する。周囲のやばすぎる状況を目にし、普段寝起きがあまり良くない国近も一瞬で目を覚ました。

 

「あ、国近先輩。あー、これは…えー……」

 

そんな中、女子たちのキャットファイトから何とか抜け出した京佳が、国近に状況を説明すべく口を開くが、何と説明すればいいのか分からず、それ以上言葉が出てこない。

 

「…あ〜……ん〜……もっかい寝るね〜…」

 

「え、ちょ、まってください国近先輩」

 

国近は目の前の惨劇に手を出すことを諦め、再び睡眠の姿勢を取るが、京佳はそれを何とか阻止しようと右往左往。

既に睡眠の姿勢に入りかけていた国近だったが、京佳の助けを求めるような視線を受けてしまったため、複雑な表情を浮かべた。

目の前の惨状に手を出すのが面倒臭いという気持ちと、京佳の助けを無碍にするのは心が痛いから何とかしてあげたいという、背反した2つの感情がせめぎ合い、なんとも言えない表情になってしまっていた。

国近は大きく溜め息をつくと、ソファから面倒くさそうに立ち上がって戦場へと赴く。国近はオペレーターとはいえボーダー隊員、戦場から逃げ出して助けを求める後輩を助けるのも、ボーダーに所属するA級隊員としての責務である。

ーーー最も、逃げてきた後輩は国近と同じくボーダーに所属するA級隊員であり、尚且つ戦闘員なのだが、その事実には目を向けないようにした。

 

「こら〜!いい加減にしなさ〜い!」

 

国近がぽわぽわとした力のない声で言い、ファイトを繰り広げる3人の頭頂部にゲンコツを食らわせる。

ゲンコツが頭部に直撃した3人は、ハッと我に返り、同時に国近へと顔を向けた。

 

「く、国近先輩!止めないでください!これは正義に基づいた戦いなんです!」

 

「そうです!加古さんの横暴を止めなきゃいけないんです!」

 

「なにを言ってるの。私はただ実力行使で京佳くんを手に入れようとしただけよ」

 

「「それがダメだって言ってるんですよ!!!」」

 

「も〜。皆1回落ち着いてよ。で、一体何があったの〜?」

 

争いを繰り広げていた各々が声を発し、再びカオスに包まれようとしたタイミングで、国近の全てを包み込むかのような慈悲に溢れた声が響く。

その声を聞き、再び正気を取り戻した3人。今度は京佳の方へと顔を向けた。京佳は「え、なんで俺?」という表情をしているが、今回に関してはコイツが原因なので情状酌量の余地はなしだ。

数秒後、意を決したように、最年長である加古が口を開く。

 

「京佳くんが、淫らなの!」

 

「「は?」」

 

京佳と国近の口から思わず間抜けな声が出てしまうが、それに構うことなく加古は続ける。

 

「京佳くんは、恋人でもない女の子を侍らせて、エッチなことをしてるのよ!!!」

 

その言葉に対し、残りのファンガール2人は深く頷く。

一方、京佳と国近は、頭の上に大きなハテナマークを浮かべたまま固まっていた。

 

ーーー

 

太刀川隊の作戦室は、先程までの喧騒狂乱が嘘のように静まり返っていた。

作戦室にいるのは先程までとほぼ同じ面子だが、国近を除いた面々は作戦室の床に揃って正座させられていた。ちなみに、その面子の中に草壁の姿はない。ファンガール達がキャットファイトを繰り広げる中、面倒事に巻き込まれたくないが故に隙を見て退出していた。あまりにも賢い判断である。ちなみに、ちゃっかりチョコは机の隅に置かれている。『京佳先輩へ 草壁より』という置き手紙も添えてあるあたり、抜け目ない。

 

閑話休題。

それぞれの言い分をしっかりと聞き出し、全ての事情を理解した国近は、目の前の人達のあまりのアホさに頭が痛くなりそうだった。今直ぐに不貞寝してしまいたい気分だったが、それを何とか堪え、事態を収集させるべく言葉を紡ぐ。

 

「えっと、話はわかったけど……とりあえず、女の子たちは暴走しすぎかな〜?」

 

「「「…すみませんでした」」」

 

正座させられている女性陣ーー先程まで戦争を繰り広げていたファンガール達ーーは、国近の言葉に対して申し訳なさそうに頭を下げた。

そして、その隣で同じく正座している京佳も、いたたまれなそうな表情をしている。

 

「京佳くんも、紛らわしい言い方はしちゃダメだよ。…まあ、双方の勘違いってことで、この話は終わりでいいかね〜?」

 

「「「「了解です」」」」

 

そんなこんなで、太刀川隊作戦室の乱は集結を迎え、解散へと向かった。

ファンガール達がおずおずと退出していき、加古、三上、綾辻は微妙な空気を漂わせながらボーダーの廊下を歩いていく。

そこで、加古はある事実に気がつき、小さく声を上げた。

 

「…そういえば、チョコ渡してないわ…」

 

「「あ」」

 

結局、何一つ目的を達成できなかったファンガール達だった。




ちなみに、ファンガールたちはこの後引き返しましたが、チョコを渡すだけで中に入れて貰えなかった模様。

ーー草壁ちゃんのこと全然描写してなかった。やっぱ期間空くとダメダメですね。少し強引ですが修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 ホワイトデー①

大変長らくお待たせしてしまいました。
これからはちゃんと更新したいと思います。頑張ります


 

 3月14日。所謂、ホワイトデーである。

 一般的にホワイトデーとは、バレンタインデーに女性からチョコを貰った男性が、お返しとしてクッキー等のお菓子を渡す日である。

 このイベントは基本的に、バレンタインデーに女性からチョコを貰うことが出来た勝ち組にしか参加できないイベントであり、チョコを1つも貰っていない負け組からすれば特に何もすることがない。

 勝ち組は女性にお返しをし、負け組はその様子を見て血涙を流す。それが、ホワイトデーというイベントだ。

 

 当然、三門市にもホワイトデーは存在している。

 ホワイトデーを間近に控えた今日、ボーダー玉狛支部に3人の男たちが集結していた――。

 

ーーー

 

「さて、お前たち。準備は良いな?」

 

「「うす」」

 

 ボーダー玉狛支部。

 元は川の水質管理に使用されていた施設を改造して造り上げられた基地の一画にて、3人の男たちが佇んでいた。

 1人は、鍛え上げられた筋肉を持つ男の中の男、ボーダー玉狛支部所属の木崎レイジだ。彼は落ち着いた筋肉の異名を持つ、ボーダーのナンバーワン筋肉だ。

 そんな彼の前に立つのは2人の男。もさもさした男前の烏丸京介と、さっぱりした男前の烏丸京佳だ。

 ボーダー屈指のモテ男たちと、ボーダー屈指の筋肉が揃った。A級の実力者である彼らがなぜ、この場に集まっているのか。もうお分かりだろう。

 そう――。

 

「今日はお前らにマカロンの作り方を教える。しっかりついてこい」

 

「「了解」」

 

 ホワイトデーのお返しを作るためだ。

 レイジはとある女性に、烏丸兄弟は大量のファンガールたちにお返しを送るため、本日は玉狛支部のキッチンでクッキングだ。

 エプロンに身を包んだ3人は戦場(キッチン)に足を踏み入れる。静謐な空気の中、静かな筋肉が口を開いた。

 

「お菓子作りで一番大切なことは、分量をしっかり計ることだ。目分量は絶対によせ。いいな?」

 

 レイジの真剣な言葉に、烏丸兄弟は力強い眼差しで答えた。そしてレイジ主導の元、マカロン作りがスタートした。

 3人とも料理ができるという事もあり、滞りなくマカロン作りは進んでいく。素晴らしい手際で調理を進めていき、あっという間に完成まで漕ぎつけた。

 

「おお~」

 

「うまそう」

 

 トレーの上に並べられた色鮮やかなマカロンを眺め、京佳と京介は思わず感嘆の声を上げた。ピンク色や緑色など、色とりどりのマカロンは鮮やかで美しく、見ているだけでも楽しい気分になってくる。

 ウキウキした様子の兄弟は、2人同時に物欲しげな目でチラリとレイジを見た。何を言わんとしているか一瞬で察したレイジは、やれやれといった様子で溜息を吐く。

 

「…1個だけだぞ」

 

「やったぜ」

 

 料理長の許可を得た2人は、焼き立てのマカロンを1つ掴み、豪快に頬張った。サクサクした生地の中にふわふわのクリームが隠されており、その2つが絶妙なハーモニーを奏でている。焼きたてという事も相まって、思わず笑顔になってしまう美味しさだった。

 普段はクールな2人の男前が珍しく破願していると、支部の入り口が勢いよく開いた。中に入ってきたのは、赤を基調とした制服に身を包んだ1人の美少女だ。

 

「ただいま~って、メッチャ良い匂いするんだけど!なになに!?何作ってるの!?」

 

 羽のようなアホ毛をぴょこぴょこさせながらキッチンへと向かってくるのは、ボーダー玉狛支部所属の小南桐絵。玉狛第一のエース攻撃手でありながら、簡単に騙されてしまうモテカワガールである。

 犬のように素早く甘い匂いを嗅ぎ付けた小南がキッチンに到着すると、トレーに並べられている大量のマカロンを見て目を輝かせた。

 

「マカロンじゃない!え、これ食べていいやつ!?」

 

「悪いが、これはホワイトデー用のやつだ。食うのはダメだ」

 

「ええ~~!ケチ~~……って、あれ?」

 

 唇を尖らせていた小南が何かに気付いたようだ。京介と京佳を交互に見ると、納得したような声を上げた。

 

「あ、とりまるのクローン!」

 

 納得し、「クローン」などと言っている小南を見て、京佳は首を傾げる。

 全くもって意味が分からないが、京佳はクローンという単語に聞き覚えがあった。

 京佳は記憶を掘り返す。数秒の思案の後、2か月ほど前に「実は双子じゃなくて、クローンだ」という噓をついたという話を京介から聞いたことを思い出し、ようやく小南の意味不明な発言に合点がいった。

 そして、そんな突拍子もない噓を2か月以上信じている小南に、京佳は憐みの目線を送った。

 

「小南先輩、すみません。クローンってのは噓です」

 

 不意に京介がネタバラしを始めた。それを聞いた小南は驚愕で目を剥く。

 

「えっ!?そうなの!?え、じゃあ何なの?」

 

 京佳が「普通に双子です」と答えようとした瞬間、それを声に出す前に京介が再び口を開く。

 

「実はこれ、俺の父親です」

 

 あまりのも突拍子のない噓をつく京介に、京佳は思わず溜息を吐きそうだった。

 こんな同年代の父親が居てたまるか、と京佳は心の中でツッコミを入れ、流石にこれは騙せないだろ……と高をくくっていたが、

 

「えっ!?そうなの!?」

 

「まじか」

 

 悲しいかな、小南があっさりと信じてしまった。これには京佳も驚きを隠せない。

 チラリと横目で京介を見やると、アイコンタクトで「な?小南先輩、面白いだろ?」と訴えてきた。

 確かにこれは面白いと京佳は思った。それと同時に、どのレベルまで騙せるのかが気になったので、先程以上に意味不明な噓をついてみることにする。 

 

「ちなみに、レイジさんが母親です」

 

 そう口に出すと、京介とレイジが似たような仏頂面で「それは流石に無理だろ」といった視線を京佳にぶつけた。

 京佳も「まあ流石に無理か」と心で呟き、ネタバラしをしようとした瞬間、小南の様子がおかしいことに気が付いた。

 アホ毛が特徴的なモテカワ騙されガールは、その表情を驚愕の色に染めていた。両手で口元を覆い、震えた声を絞り出す。

 

「え……そうだったんだ…」

 

「うそだろ」

 

「このレベルでもいけるのか……」

 

「……」

 

 大方の予想を覆し、小学生でも信じないような噓を信じてしまった小南。あまりの騙されやすさに、普段はクールな男たちも驚きを隠せない。

 京佳と京介は呆れ交じりの声を出し、レイジは頭を抱えて眉間に皺を寄せていた。

 

「……よし、ラッピング進めるぞ」

 

「あ、はい」

 

 もはやネタバラしすら面倒になったのか、未だに驚愕している小南を放置し、レイジがラッピングに手を付け始めた。

 小南が「言われてみれば、家族っぽいわね……」などと呟いているのを完全に無視し、男3人はホワイトデーの準備を進めていった。

 

 後日、小南によって「烏丸兄弟の母親はレイジ」という意味不明な噂がボーダー内に流されることとなる。それを耳にした諏訪の腹筋は死んだ。

 

ーーー

 

 3月14日。遂にやってきたホワイトデー当日。

 ボーダー本部は、バレンタインデーの時とは一風変わった雰囲気に包まれていた。

 多くの女子たちがチョコを上げた男子からのお返しを楽しみにしており、普段はクールな彼女も例外ではなかった。

 ここはとある部隊の作戦室。そこに備えられたデスクに座るツインテールの少女は、どこか落ち着きのない様子で時計をチラチラと眺めている。

 彼女の名前は草壁早紀。いまだ中学生という若さでありながら、その敏腕で癖のある隊員を纏めるA級部隊の隊長である。

 普段はクールで感情が表に出にくい彼女だが、今日は滲み出るワクワクを隠せないでいた。ある人物の来訪を今か今かと待ちわび、ソワソワしている。

 そんな状態で待つこと数分が経ち、遂に作戦室の扉がノックされた。

 椅子から勢いよく立ち上がり、素早く扉へと向かう。逸る気持ちを抑えながら、手鏡で身だしなみのチェックも忘れない。

 身だしなみを確認し終え、扉の前で数回深呼吸。そして意を決して扉を開くと、そこにはさっぱりとした男前が佇んでいた。

 

「草壁、おつかれさま。悪いな、急に来ちゃって」

 

「お、おつかれさまです。京佳先輩。いえ、私は全然大丈夫です」

 

 草壁が柔らかい表情を見せる男前――烏丸京佳に挨拶を返すと、京佳は手に持った紙袋から小さな箱を取り出した。

 透明な箱は水色のリボンに彩られ、中には4色のマカロンがまるで宝石のように並んでいる。京佳は小さな宝石箱を草壁に差し出した。

 

「バレンタインはありがとう、美味しかった。これお返し。よかったら食べて」

 

「ありがとうございますっ」

 

 草壁は箱を受け取ると勢い良く頭を下げた。京佳からのお返しに今にも飛び上がりそうだったが、想い人を前にそんなはしたない姿を見せるわけにはいかず、グッと堪える。

 その代わり、大事なものを抱きしめるように、京佳から貰ったお返しを両手で優しく包んだ。

 

「お邪魔してごめんな。じゃあ、また」

 

「あっ、あの……」

 

 用事を終えた京佳がそのまま立ち去ろうとするところを呼び止める。しかし、緊張からか次の言葉が中々紡げない。

 不思議そうな顔で首を傾げている京佳を目にし、早く言わなきゃという焦りが襲い来る。緊張で足元がぐらつく中、優しい声が草壁を包んだ。

 

「どうした?何か用事でもあった?焦らずに言ってごらん」

 

 包み込むような声が届き、緊張が解れる。たったこれだけの言葉で気持ちが楽になるなんて私はチョロい女なのかもしれない、と草壁は思った。

 チョロい女だとしても、京佳の声で緊張が解れたのは事実。あと必要なのは、勇気を振り絞ることだけだ。

 草壁は息を吸い、大きく吐く。それを数回繰り返し、ようやく言葉を紡いだ。 

 

「…よかったらお茶でも飲んでいきませんか?良い茶葉があるんです」

 

 それを聞いた京佳は目を丸くした。草壁の緊張している様子を見て、もっと重要な頼み事をされると思っていたのだろう。しかし実際は、可愛い後輩からのお茶の誘いだった。

 京佳はこれからもお返しを配って回らなければいけないため長居はできないが、少しくらいならいいだろうと判断した。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて、一杯頂こうかな」

 

「あ、ありがとうございます。早速用意しますね」

 

 京佳が了承すると、花が咲いたような笑みを見せる草壁。普段のクールな隊長ではなく、完全に1人の恋する乙女の姿だった。

 

ーーー

 

「おう、京佳ァ。遅かったじゃねえか」

 

「すみません」

 

 草壁とのお茶会を終えた京佳が次に向かったのは弓場隊の作戦室。そこで待つのは、ボーダー最強のOP(オペレーターではなくおっぱいぱわー)である藤丸ののだ。

 京佳が作戦室の扉をノックすると、藤丸はいつも通りの様子で扉を開ける。しかし、表情は見るからに明るく、見る人が見ればこの瞬間を楽しみにしていたのが一目瞭然だろう。

 

「はい、ののさん。バレンタインはありがとうございました」

 

「おう。いいってことよ」

 

 そんな藤丸に対し、京佳は手作りのマカロンが入った箱を差し出す。藤丸はそれを受け取ると嬉しそうにはにかんだ。

 

「マカロンか。良いセンスしてんじゃねーか」

 

 藤丸は綺麗に包装された箱を手に持ち、上機嫌な口調で言うと、京佳は少し照れ臭そうに口を開く。

 

「マカロン作ったのは初めてなんで、お口に合うかは分からないすけど」

 

「手作りィ?」

 

 藤丸は驚愕し、手に持ったマカロン入りの箱をまじまじと見つめる。あまりのクオリティの高さにてっきり市販品だと思っていたため、驚きを隠せなかった。

 改めて見ても手作りには見えないほどの完成度で、思わず感嘆の息を吐いてしまうほどだ。

 

「へえ……すげェな。スイーツ作りもいけんのか」

 

「レイジさんに教えてもらいました」

 

 京佳がレイジの名前を出すと、藤丸は納得したように頷いた。レイジが料理上手の最強万能筋肉なのは、ボーダー隊員の間では有名な話だからだ。

 

「あ、そういえば帯島いますか?アイツにも渡したいんすけど」

 

「帯島は今日は来てねェな。あたしが渡しとくか?」

 

「じゃあお願いしていいすか」

 

「おうよ」

 

 京佳は藤丸にもう1つマカロンを手渡す。藤丸はそれを受け取ると優しく微笑んだ。

 

「ありがとな。またいつでも遊びに来いよ」

 

「はい、弓場さんにもよろしく伝えてください」

 

 では失礼します、と続けて京佳が退出していった。残された藤丸は、手に持ったマカロンを眺めて小さく息を吐いた。

 藤丸はマカロンを大事そうに持ったまま近くの椅子に腰掛ける。そして徐にスマホを取り出すと、ブラウザの検索欄に文字を入力し始めた。

 

「へへ…」

 

 検索欄に入力された文字列は”ホワイトデー マカロン 意味”。

 その検索結果を見た藤丸は、ニヤニヤとした笑みを零した。嬉しそうに持ち上がっている頬には、仄かな紅が差している。

 ホワイトデーのマカロン。それが意味するのは『あなたは特別な人』という告白。

 とはいえ、京佳にそのつもりはないだろうし、もしかしたらマカロンを渡す意味なんてのも考えていないかもしれない。そうだとしても、藤丸の心は満たされていた。

 だからこそ、悔しさも感じる。このマカロンを渡しているのは自分だけではないという事実に。

 自分だけを特別だって言わせたい、自分だけを見ていてほしい。そんな独占欲にも似た想いを自覚した彼女は、ニヤリと口角を上げた。

 

「ぜってェあたしのモノにしてやる」

 

 恋する乙女が見せる、可憐で獰猛な表情。

 美麗で、それと同時に荒々しくもある表情。

 どうしようもなく魅力的で、綺麗だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 ホワイトデー②

言い訳は必要ないだろう
ただ長期出張に行ってて執筆する気力がなかっただけだ(言い訳)

というわけで帰ってきました。お待たせ致しました。
これからの更新頻度は……仕事次第…ですかね

できるだけ頑張ります


 

 藤丸ののにマカロンを渡した後、京佳の足は次なる目的地へと向かっていた。

 さすがはボーダー1、2を争うモテ男。バレンタインに大量のチョコを貰っているため、お返しをする相手の人数も相当なものだ。

 とはいえ、京佳が受け取ったチョコのうち殆どは匿名である。京佳と関わりのないファンガールが直接渡してくることは少なく、バレンタイン期間限定で太刀川隊作戦室前に設置される「烏丸宛バレンタインBOX」に入れていくことが殆どだ。

 匿名の相手にお返しを用意するのは不可能だ。そのため、烏丸兄弟がお返しを用意するのは、匿名ではない相手だけになる。…それでもそこそこの人数にはなるが。

 なお、「烏丸宛バレンタインBOX」は烏丸京介が所属する時代より引き継がれし、太刀川隊が誇る聖遺物である。

 

 さて、そんなモテ男が向かうは、風間隊の作戦室だ。

 ちょうど到着した京佳は、作戦室の扉をコンコンとノックする。

 

 「は~い」

 

 京佳を出迎えたのは、綺麗な黒髪をボブに切り揃えた小柄な少女。風間隊オペレーターの三上歌歩だ。

 三上は京佳を認めると、花が咲いたような笑みを零す。

 

 「おつかれさまです」

 

 「あ、京佳くん。いらっしゃい!風間隊の皆はいないけど、折角だし少し上がっていかない?」

 

 「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 三上と共に作戦室に入ると、室内に風間隊のメンバー達は見当たらない。その代わり、京佳も見知った1人の少女がソファに座ってお茶を嗜んでいた。

 綺麗に切りそろえられた短めの黒髪と鋭い雰囲気を携えた女…ボーダーのマキリサこと真木理佐である。どうやら、三上とお茶をしていたらしい。

 そんな真木が京佳へと顔を向ける。

 

 「……京佳?なんでここに…」

 

 「ちょうど良かった。真木先輩もいたんですね」

 

 「まあね。それで、歌歩に何の用?」

 

 「京佳くんはね、バレンタインのお返しを渡しに来てくれたんだよ」

 

 真木の質問に答えたのは京佳ではなく三上だった。嬉しそうな表情で上機嫌に答える。

 それに続き、京佳が紙袋からマカロンを取り出した。

 

 「三上先輩のチョコ、美味かったです。これ、お返しです」

 

 「ありがとう!わ~、マカロンだ!大事に食べるね!」

 

 三上はマカロンを受け取り、大事そうに両手で持ちながらキラキラした瞳でそれを見つめる。

 そんな様子を見た京佳は、頬をポリポリと掻きながら小さく呟いた。

 

 「まあ…初めて作ったんで、口に合うか分かんないですけど」

 

 「え!?手作り!?京佳くん、お菓子も作れるの!?」 

 

 「レイジさんに教わりながら作りました」

 

 「…木崎さん、ほんと何でもできるね…」

 

 「完璧な筋肉ですよね。尊敬します」

 

 2人は木崎レイジを完璧超人だと思っているいるようだ。

 が、2人は知らない。木崎レイジはとある人物の前ではポンコツ筋肉になってしまうことを。

 

 「良かったな、歌歩」

 

 「うん、嬉しい!」

 

 「真木先輩も、ありがとうございました」

 

 「「えっ?」」

 

 京佳が真木にマカロンを差し出すと、真木と三上が同時に声を上げた。

 2人とも目を丸くしており、予想外の展開に驚いているようだ。

 

 「え、真木ちゃん、京佳くんにチョコあげてたの!?」

 

 三上は真木がチョコを渡したことを知らなかったらしい。それなら驚くのも頷ける。

 だが、渡した本人である真木が驚いている理由は不明のままだ。

 

 「まあ……渡したが……これを私に?」

 

 「何で真木先輩も驚いてるんですか」

 

 「いや、私が渡したのは市販品だぞ?お返しなんてするほどの物じゃないだろう」

 

 どうやら、ただの市販品を渡したためお返しは無いと思い込んでいたらしい。

 しかし京佳としては、手作りだろうと市販品だろうと、どちらも嬉しいことに変わりはなく、お返しをするのは当然のことだ。

 もし貰ったのがチロルチョコ1つだとしても、京佳は貴賤なくお返しをするだろう。

 まあ尤も、京佳にチロルチョコなどを渡す女子が居るはずもないが。 

 

 「手作りとか市販品とか関係ないすよ。嬉しかったんで、お返しです」

 

 「……あ、ありがとう」

 

 真木は京佳からマカロンを受け取ると、小さな声でお礼を言う。

 そこには普段のような鋭さは一切なく、少し恥ずかし気に視線を僅かに京佳から逸らしていた。

 

 「…真木ちゃん、照れてる?」

 

 「……照れてない」

 

 「そっか~」

 

 「…歌歩。なんだその顔は」

 

 「べっつに~」 

 

 「おい、ニヤけるな」

 

 「真木先輩、照れてるんすか?」

 

 「うるさい、さっさと出ていけ」

 

 「あ、はい。お邪魔しました」

 

 京佳がちょっかいを出すと、真木が鋭い眼光を取り戻した。

 それに射抜かれた京佳はそそくさと作戦室を後にしようとすると、背後から声をかけられた。

 

 「京佳」

 

 「はい?」

 

 「……来年は楽しみにしておけ」

 

 「え、もしかして手作りですか?まじか、超楽しみです」

 

 「うるさい黙れ帰れ」

 

 「はは、すみません。じゃ、真木先輩、また今度映画見ましょう」

 

 「…はいはい。またね」

 

 「三上先輩もありがとうございました」

 

 「は~い!マカロンありがとね!」

 

 京佳が作戦室から出ていくのを見送り、2人はソファに腰掛ける。

 真木が卓上のティーカップに手をかけようとし、隣に座る三上からの視線に気づいた。

 ジト目を向けてくる三上だが、真木には覚えがなく首を傾げる。

 

 「歌歩?どうかした?」

 

 「…別に何でもないよ」

 

 「…そう?」

 

 「うん。それよりさ、京佳くんに貰ったマカロン食べよ。あ、紅茶のおかわりいる?」

 

 「そうだね。じゃあ、いただこうかな」

 

 「は~い。じゃ、ちょっと待ってて」

 

 三上がソファから立ち上がり給湯室に向かった。

 

 「はあ……ライバル増えちゃったかなぁ」

 

 給湯室で紅茶を淹れながら三上は小さく呟いた。

 

ーーー

 

 「遅いわね…」

 

 ボーダー本部の作戦室にて、こたつの中からそんな呟きが聞こえてきた。

 いいとこの紅茶を啜りながら独り言ちるのは、物憂げな表情を見せる金髪の美女。

 こたつ+紅茶という、微妙にミスマッチに見える組み合わせだが、彼女が放つ優美なオーラのせいか妙に様になっていた。

 物憂げな表情のまま小さく溜息を吐き、ティーカップに口をつける様子は儚くも美しい。

 

 「”もう少しで行く”って連絡来たのに…何してるのかしらね」

 

 彼女はどうやら誰かを待っているようだ。こんな美女を待たせるとは…罪深い人間もいたものだ。

 

 「…ま、京佳くんは人気者だし、気長に待ってあげるわ」

 

 どうやら、彼女が待っている人物は京佳というらしい。なにやらイケメンそうな雰囲気だ。

 彼女はそう言うと、再びティーカップに口を付ける。男に待たされているというのにこの余裕、なんて器が大きいんだろうか。

 

 「…けど遅いわね。さっきボーダー本部に着いたって連絡来たのに。どこで道草食ってるのかしら」

 

 そういう彼女の顔には、僅かながらではあるが不満げな様子が見え隠れしている。

 つい数秒前「気長に待ってあげる」と言っていた人間のセリフか…?これが…?

 

 「まさかとは思うけど、私と会う前に他の女と会ってるんじゃ…」

 

 まさか、そんなわけないでしょう。

 

 「…私を差し置いて、他の女とお茶でも飲んでるんじゃ…!?」

 

 ははは、いやいや、そんなわけないですよ。

 

 「……可愛い後輩にバレンタインのお返しを渡しに行って、すぐに帰ろうとしたら呼び止められて、『少しお茶でもどうですか?』って言われて言葉に甘えてお茶をした結果、私のところに来るのが遅れてるんじゃ…!?」

 

 盗聴器でも仕掛けているんじゃないか、と疑いたくなる程に正確な予想だった。恐い。

 

 「これは……来たら問い質さないといけないわね…」

 

 完全に彼女の妄想なのだが、問い質すことが確定してしまった。妄想のくせに大正解を引き当てているから質が悪い。

 そんなこんなで数分後、作戦室の扉がノックされた。その音を聞いた瞬間、不満げだった表情が一気に明るくなる。

 上機嫌に扉へ向かって開けた瞬間……彼女の表情は先程までと比べ物にならないほど不満を爆発させていた。

 

 「……おい、なんだその顔は」

 

 扉の先に立っていたのは、ミスター仏頂面でお馴染みの男、A級4位二宮隊隊長の二宮匡貴だった。

 そんなかつてのチームメイトを見た金髪美女こと加古望は、不満を一切隠すことなく大きなため息を吐いた。

 旧知の仲とはいえ、あまりにも失礼である。

 

 「はあ……二宮くん、何の用?」

 

 「今日はホワイトデーだろ。ほら」

 

「え、二宮くん、ホワイトデーのこと知ってたの?」

 

「知ってるに決まってるだろう」

 

 そう言う二宮の手には、誰もが知っているブランドの紙袋が握られていた。大きさからして中身はバッグだろうか。義理チョコへのお返しとしては大盤振る舞いだ。

 加古は本命以外にも多数の知人に義理チョコを渡しており、元チームメイトである二宮にも(不本意だけどしょうがないし、渡さないで後から文句言われたら面倒だから)渡していた。

 どうやらそのお返しという事らしい。

 

 「二宮くんってそういうことできたのね」

 

 「ふざけるな。去年も渡しただろうが」

 

 「そうだったかしら。それにしても、ホワイトデーにブランド品を寄越すなんて、なかなか良いセンスしてるじゃない」

 

 「お前が言ったんだろうが」

 

 加古は二宮にチョコを渡す際、「お返しはブランドのバッグでいいわよ」なんてことを言った記憶がある。

 とはいえ、加古としては9割冗談で言ったものであり、まさか真に受けるとは思っていなかった。

 二宮匡貴、相も変わらずおもしれー男である。

 

 「まあ、いいわ。ありがとね」

 

 加古が礼を言うと今度は二宮が表情を変えた。何とも言えない…いや、何故か加古を慮るような表情をしている。 

 何よその顔、という加古の問いに、二宮は表情を変えないまま答える。

 

 「……お前が素直に礼を言うとはな。体調が悪いなら医務室まで連れてってやるが?」

 

 「…あら?喧嘩なら買うわよ?」

 

 「馬鹿言うな。俺は弱い者イジメはしない」

 

 「ふふ、面白いこと言うわね。…殺してあげるからブース行きましょ?」

 

 「妄想は程々にな。出来もしないことを堂々と口に出すな」

 

 「大きいのはトリオンキューブと態度だけみたいね。脳みそも大きければ良かったのに」

 

 神聖なホワイトデーだというのに、周囲が鮮血で染まりそうな殺気が周囲を渦巻く。

 もしここに小動物がいれば一目散に逃げ出すだろうし、小学生がいたら号泣しているのは間違いない。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図といえる険悪さMAXの雰囲気を切り裂いたのは、この空気に全く気圧された様子のない男の声だった。

 

 「あれ?二宮さんも来てたんすか?すみません加古さん、遅くなりました」

 

 2人は殺気を収め、声の方へと顔を向ける。そこには、加古が待ち焦がれていた人物…烏丸京佳が立っていた。

 

 「あ、京佳くん。遅かったじゃない。そのせいで変なのが来ちゃったのよ」

 

 「おい、もしかして俺のことか」

 

 「あら、正解。二宮くんにしては名推理ね」

 

 「烏丸。こんな捻くれた大人にはなるなよ」

 

 「あはは。相変わらず仲良しですね」

 

 京佳の能天気な声に2人は「どこをどう見たらそう思うんだよ」と心の中でツッコミを入れる。

 そんな2人の胸中を知ってか知らずか、京佳は手に持っていた手作りマカロン入りの袋を差し出そうとして……フリーズした。

 

 「?京佳くん?」

 

 「か、加古さん、その袋…」

 

 京佳の目線の先には、二宮が加古に渡したブランドの袋がある。

 

 「ああ、これ?二宮くんがくれたのよ。ガラじゃないわよね~」

 

 「黙れ」

 

 二宮と加古がいつもの掛け合いをする中、京佳の視線は自らの手に持ったマカロン入りの袋へと注がれていた。

 そして再びブランド品へ行ったと思えばマカロンへ戻り、またブランドへ行ってマカロンに……。

 京佳の視線がシャトルランするたび、彼の顔色は少しずつ落ち込んでいく。

 そして何を思ったのか、差し出したマカロンを引っこめると、ゆっくりと体を180度回転させ、Uターンを開始した。

 

 「ちょ、え、京佳くん!?どうしたの!?」

 

 踵を返そうとした京佳を加古が呼び止め、何故そうなったのか理由を問う。

 数秒の沈黙の後、京佳が静かに口を開いた。

 

 「……ブランド品と比べたら、俺が作ったマカロンが情けなく見えてきたんで……すみません、出直してきますっ!」

 

 そう言って走り出そうとした京佳。しかし、加古が腕を掴みギリギリのところで引き止める。

 なんとか京佳の気分を戻し、京佳のお手製だというマカロンを手に入れるべく必死になって声を上げる。

 

 「ま、まって京佳くん!贈り物っていうのは気持ちが大事なのよ!」

 

 「でも、ブランド品と俺のマカロンじゃ、気持ちが籠ってても勝てないですよ!」

 

 「そんなことないわ!……ちょっと、二宮くんも何か言いなさいよ」

 

 「は?…ふざけ…っ!?」

 

 これまでの流れを静観していた二宮に対し、加古からの応援要請。それを即断ろうとした二宮だったが、加古の目を見た瞬間、全身に悪寒が走った。

 

 (こ、こいつの眼……断ったら本気で俺のことを殺すつもりだ……!摸擬戦とかじゃなく、俺の人生を本気で終わらせる気だ…!)

 

 加古の凄まじい眼光から発せられる殺気。それは二宮匡貴に死を幻視させるほどの力を孕んでいた。

 本気で殺すはずがないと理性は囁いているが、二宮は本能で理解した。本気で自分を殺すつもりだと。何もかもを無視して本気で殺すという"凄み"を感じたのだ。

 

 「そ、そうだ、落ち着け烏丸。俺の一切気持ちの籠ってない適当に選んだブランド品なんかより、お前のプレゼントの方が何倍も価値がある」

 

 「そうよ!こんな仏頂面で愛想の欠片もない上に気遣いも下手くそなトリオンしか取り柄のない男が何も考えないで買ったブランド品よりも、京佳くんが一生懸命作ったマカロンの方が何百倍も価値があるわ!」

 

 「(好き勝手言いやがって……後で覚えとけよ…)」

 

 京佳を慰めるのに便乗してあまりにも好き勝手言われている二宮の額には青筋がくっきりと浮かんでいる。

 とはいえ今言い返すと人生が終わるのが目に見えている。怨恨を忘れぬよう、そっと心に刻んでおいた。

 

 「そ、そうですかね?」

 

 「そうよ!二宮くんのプレゼントには価値はないの!わかった!?」

 

 「はい!わかりました!加古さん、ホワイトデーのお返しです!どうぞ!」

 

 「ありがとう、京佳くん。大事に食べるわね」

 

 ようやく京佳は元気を取り戻し、加古は京佳の手作りマカロンを手に入れることが出来た。

 めでたしめでたし。





二宮「めでたくないが?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。