アイズによく睨まれるんだけど多分絶対に黒竜のせい (川瀬ユン)
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きっと間違ってない

僕はね、緩めの恋愛勘違いが書きたかったんだ………


 

 

【ロキ・ファミリア】ホーム、黄昏の館の中庭。

 日差しが爛々と差し込む昼間に、その場は風切り音で満ちていた。

 鋼の調べを奏でるのは得物である大剣。閃く斬撃は空を裂き、身体駆動を以て重厚な刃は疾駆する。確かな練度と経験に鍛えられた剣術は一閃ごとに速度を跳ね上げていく。

 

 その剣術に型はなく、実践と修練の果てに洗練された動きが一切の無駄もなく繋がれていく。『ステイタス』と精神をより深くまで同調させるように、身体各部の僅かな動作をも制御して振るわれる黒鉄は疾風と化していた。

 

 その、ある種老成された剣を振るうのは、幼さは消えているも大人とは言い難い青年であった。闇を梳かしたような黒髪に黒曜石に似た色彩の黒眼。

 軌跡を描いているのは【ロキ・ファミリア】所属Lv.6冒険者『終焉滅竜(フロレスタン)』グラン・ブレイズ。

 間違いなくこの時代でも指折りの『英雄候補』。

 ギルドから通達された『強制任務』が迫る中、戦闘衣(バトル・クロス)を整備に出しているグランは技術の向上に努めていた。

 

 より鋭く。より疾く。より正確に。

 技術を積み重ね、大振りの得物を加速させていく。

 まるで眼前に敵がいるかのように明確な剣気を発しながら放たれる斬撃は極小の嵐と形容されるほど、圧縮された暴虐だった。

 回転を絡めた斬撃から回し蹴り、人間離れした身体操作で唐竹割りに移行した。いや、次瞬には斬閃の軌跡は新たに描かれている。

 迸る斬撃は疾風怒濤を叫びながら遍く森羅を斬り刻まんと猛り狂う。

 

 追憶から引き出した嘗ての強敵を浮かべ、脳を高速回転させながら『駆け引き』を思考し、『技』を繰り出す。

 加速した思考は極限の集中を齎し、付随する形で体感時間を圧縮させ、加速世界にその身を置かせた。

 

 

 

 その光景を、近くの木陰でじっと見つめる人影があった。明媚な金髪と金眼に人形のように整った美しさを持った少女、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインである。

 昼食時に見かけなかったグランの姿を探し、彼が普段から鍛錬に使用するこの中庭に訪れていた。

 常日頃から食事も忘れて鍛錬に没頭することが多々あるグランに昼食を渡しに来たアイズだったが、眼前に広げられた剣舞に意識を奪われる。

 文字通り血と汗の結晶、膨大な戦闘経験に培われた剣術は大剣特有の()()と斬撃に時間差は瞬刻も存在しない。故に剣戟の暴風は埒外の威力と速度を併せ持つという、馬鹿げた理不尽を備えていた。

 

 そんな鍛錬を、時を忘れたようにアイズは眺めていた。

 恰好も、雰囲気も、剣術も似ていないというのに、その姿に父の後ろ姿が重なって見える。

 その姿に、よく分からない熱を帯びた感情が溢れてくる。

 胸の奥で猛る黒い炎とは違うその温かさを感じた瞬間、斬り上げの体勢で静止したグランがアイズに目を向けた。

 黒と金、少し見開かれた瞳と目が合う。

 

「……何か用か?」

「えっと、グランお昼食べてなかったから……これ」

 

 大剣を背に納め流れる汗を拭いながら問いかけるグランにアイズは持っていたバスケットを見せた。厨房で作ってもらったかなりの数のサンドイッチ。

 今までの経験上、時間を忘れて剣を振るった後のグランは大食漢と形容するのが正しい程によく食べる。それゆえ調理担当の団員も苦笑しながら大量のパンを調理してくれた。

 

「ん、ありがとな」

 

 山盛りのサンドイッチとアイズを数度往復したグランは微笑を浮かべながら木陰に座り込んだ。アイズと比べると暗いその瞳は心なしか、キラキラと輝いている。

 表情が人よりも薄いのがもったいないと思う笑みを見て、もっと笑えばいいのにと、自らを棚に上げながらアイズは考えた。

 長い間一緒にいるが未だ彼が何を考えているのかは分からない時が殆どだ。だが、グランはみんなが思ってるよりも表情に出やすいことを知っている。

 少しの遠慮や困惑と、頬張るサンドイッチに溢れる喜色。子供のようなその顔を見ることが出来るのは、普段からグランの隣に居るアイズの特権であり、ささやかな独占欲を満たしてくれる。

「冒険」に挑む時の雄々しい顔とは異なる、当たり前のような日常で浮かべられるその顔を見ると自然に、アイズから『剣姫』の顔は消えている。

 ただただ、心は安らかに。

 叶えなければならない悲願が生まれるよりも前、父と母との優しく温かい世界で屈託なく笑っていた幼き自分に戻っているように感じられた。

 この瞬間、この一時だけは、失った筈の優しい一時にアイズを包み込んでくれる。

 

(……お父さんと、やっぱり似てるな)

 

 温和な笑みを浮かべながらも、覚悟を灯し絶望に立ち向かった父と。

 自分と同じように黒竜に全てを奪われ、更に()()()()()()()運命を超克せんと立ち上がる彼は、根本的な部分が似ていた。

 

 最後のサンドイッチを飲み込んだグランはアイズに目を向けた。

 サンドイッチは優に三十を超える数が存在していた筈だが、ものの数分で一切が消えている。

 気づかれていたのかと驚くアイズと、眉を寄せるグラン。

 

「……何でそんなに俺の顔を見ている?」

「…………グランの顔を見てると、精神力(マインド)が回復するから……」

「俺の顔はポーションじゃねぇよ??」

 

 どうしょうもないほど苦しい言い訳をしてしまう。しかし、顔を見るのが好きだからと正直に言うのは恥ずかしさが勝る。証明するかのように、アイズの頬の辺りに熱が集まり、薄く紅に染まっている。

 ばつが悪く、グランから目を逸らしながら内心で汗をかいた。

 容赦がない返しが来るのも至極当然。流石に言い訳が通じるわけがなく、鋭い返しがアイズに襲いかかる。磨き上げた剣術も、言葉を切り裂くことは叶わなかった。さしもの『剣姫』も形無しであった。

 

「ごめん……私が見たかっただけ。……嫌、だった?」

 

 しゅんとしながら本心を告げる。特に意識をせず上目遣いになりながら尋ねた。

 人によれば興奮のあまり気絶しそうな『剣姫』の上目遣いを前に、『終焉滅竜(フロレスタン)』でさえも怯むように声を詰まらせた。

 

「あ──ーいや、別に嫌ってわけじゃ、ないが……」

「───!!」

 

 返答に困ったように言葉を詰まらせながらグランは口を開いた。

 嫌ではない、つまりは了承でもある返答にアイズは目を見開き、輝かせる。

 これからは堂々と父に似た黒髪の青年を眺めて良いのだと、溢れる嬉しさは空間に伝播する。心なしか、アイズの周囲もキラキラと輝いて見えた。

 

「……悪いけど、今から軽く寝るぞ」

 

 恥ずかしさか、はたまた別の感情か、居心地悪そうに視線を彷徨わせていたグランは座っている木陰にそのまま寝転がった。

『食べてすぐ寝るとミノタウロスになる』ということわざを無視してLv.6の体は微睡みに揺蕩おうとしている。

 頭の下に腕を組み、目を閉じる。

 5秒とせず、グランは小さく寝息をこぼし始めた。普段は固まりきっている表情筋は目を疑う程に緩んでいる。

 

「…………えいっ」

 

 その緩みきった寝顔をぼんやりと見つめていたアイズは何かに思い立ったように体を倒した。

 こてん、とグランの体温が感じられるぐらい近くに横たわる。その温かさはアイズに睡眠欲となって囁きかける。

 組まれた腕を動かさないように慎重に解き、よりグランに近づく。その過程でアイズの頭の位置にグランの腕が置かれた。一瞬迷ったアイズはその腕に頭を乗っける。

 俗に言う腕枕である。

 

(温かい……)

 

 陽だまりにいるような安らぎと眠気がアイズを満たす。少しでも動けば触れてしまう程にグランとアイズの顔の距離は限りなく零だった。

 腕から伝わるより鮮明な体温に、なんだか笑ってしまう。

 呆れてしまうほどに広がる蒼穹の空の下、グランの寝顔を眺めていると小さく欠伸が込み上がる。

 眉尻に重くのしかかる睡魔に、アイズは身を任せ、微睡みの底に落ちていった。

 

 残されたのは、笑ってしまうほど優しく温かな光景と、身を寄せ合う黒と金の少年少女だけだった。

 

 

 

 

 

(いやいやいや、ちゃうちゃうちゃう)

 

 自分の腕を枕代わりにして真横で眠りにつくアイズを見て、グランはあり得ない程目をカッ開いた。

 完全に嘘寝を決め込んでいたわけである。

 

 グラン・ブレイズは転生者だ。

 神様転生と呼ばれるものではなく、前世で意識が消えたと思えば赤子の姿に生まれ変わっていた。

 楽観的で頭が弱いグランは転生について真面目に考えることは無く、前世では味わうことが無かった大自然を駆けて暮らしてきた。

 

 そんなグランに、転機が訪れる。

 母が読んでくれたお伽噺のような英雄譚、その中に何故か既視感があるものが混ざっていた。

 

 黒竜の片目を穿った大英雄と風の精霊の英雄譚。

 もしやと思ったグランは村長に『ダンジョン』について尋ねた。すると、本当にあったのだ。『ダンジョン』が、『オラリオ』が。

 

 その後、なんやかんやあって何故か現れた隻眼の黒竜に呪われ、なんやかんやして【ロキ・ファミリア】に入り、死ぬほど頑張ってLv.6に至ったグランだが、今現在、過去に類を見ない程の途方も無い危機に陥っていると思っていた。

 

(今日もアイズは俺の事を睨みすぎだろ!あれバレてない? 絶対バレてない!?)

 

『アイズに黒竜の力使ってんの、バレてね?』である。黒竜の呪いを逆利用して力の一部を使っているグランはその能力の特性上、極力バレないように使ってきたつもりであった。

 

 嘘である。

 この男、所構わず助けを求める人の下に突っ込み黒竜の力をバリバリ使って助けてきたのだ。

 当然、そんなことはとうの昔にバレている。単純にグランがそのことに気づいていないだけだ。

 

(バレたらどうなんだよ俺!? 怖い怖い怖いって、復讐姫(アヴェンジャー)の効果乗った付与魔法(エアリアル)使われたら木っ端微塵だぞ!? 呪われてるから俺竜種属性持ってるし!)

 

 原作を読んでいるグランは不壊属性すら壊す埒外の出力に恐怖している。何故か自分の腕を枕にして真横で寝ているこの顔の良い少女は、己を即死させる恐れがあるのだ。

 端から見ればアイズの寝顔を見つめているように見える裏で、グランは荒れ狂っていた。

 

(ちょっと前からいつも俺の横に居るし、今みたいに距離感バグってるし、これかなり怪しまれてるんじゃないの!? 嫌だッ、トマト野郎にはなりたかねぇよ!)

 

 この場合のトマト野郎は真っ赤に染まっているというわけでは無く、潰れたトマトのように真っ赤な花を咲かせる、という意味だ。

 思考回路が極端にネガティブに傾いている。

 

 

 恋愛経験皆無の恋愛クソ雑魚なグランは、アイズが無意識のうちに向けている感情に一切気がつかない。

 彼女が自分の存在に救われていることに、グランは気がつかない。

 彼女の他にも、自分に特別な感情を抱く人が多いことに、この男は気がつかない。

 

「…………まぁ、寝るか」

 

 長々と考えることは苦手なグランは現実逃避という名の昼寝を敢行する。

 横で眠る少女に恐怖すると同時にその顔の良さに見惚れていると、眠気が無限に湧き上がってきた。

 

 眩しいぐらいに日が照らす蒼穹の下、馬鹿な転生者と恋愛感情に気づかない天然少女は、一時の夢想に身を寄せ合いながら任せるのだった。

 

 

 




黒竜関係は完全に独自設定で考えてます。続くかも


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どこで間違えたかが分からない

ざけんなや
書き溜め作らん
ドブカスが


 

 

 漆黒が天に坐する。

 終焉の炎が一切の森羅を滅相する。

 咆哮はただ、避けることができない焼滅を告げる。

 解き放たれた黒炎は、希望も絆も想いも、意に介さずに焼き尽くした。

 

 圧倒。

 絶滅。

 不条理。

 

 絶望に抗う勇気を手に立ち向かう人々を、その劫火は不平等なまでに平等に焼き尽くす。

 遍く神威すらもそれを止めることは叶わず。

 天にて終焉を冠する竜は邪悪に目を細め──────闇黒の顎は全てを飲み込み、漆黒の奔流が左腕に注ぎ込まれた。

 

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 鳥の鳴き声が僅かに聞こえ薄光が差し込む早朝。

 掛け布団を跳ね飛ばして起きたグランは、全身に浮かぶ汗を気にも止めずに荒い息を吐く。

 吐いて、吸って、落ち着きを取り戻すようにまた深く息を吐く。

 

「またあの夢かよ…………」

 

 追憶の中で満ちたのは耐え難い憤懣に、堪えようがない憎悪、そして黒竜滅殺の誓いだけだった。

 

 顔を苦渋に歪め、忌まわしき過去の追憶を忘れようと目をつぶる。

 暗闇に支配された視界は、ただグランの心を掻きむしるだけだった。

 

 

 

 

 

 朝の鍛錬も程々に、グランはホームを出てを目的地に向かって大通りを歩いていた。

 目指す先は【ディアンケヒト・ファリミア】。医療系のファミリアとして最大手であり都市最高の治癒術師を誇り、【ロキ・ファミリア】とのパイプも大きい。

 

(あっぶねー。アミッドとの約束すっぽ抜かすとこだった……)

 

 とある事情から【ディアンケヒト・ファミリア】、いや【戦場の聖女(ディア・セイント)】と親密な関係にあるグランは、遠征に向けて道具(アイテム)補充ともう一つの目的のために時間を取ってもらっている。

 

(いやぁ、この前ガチ忘れで修行してたら二週間口聞いてくれなくなったからな……マジで気をつけよ)

 

 表情には微塵も出さずにグランは心の中で震えに震えていた。

 怒りを露わにしたアミッドは歴戦の猛者であり常日頃から知能指数が低い考えしかしないグランからしても格段に恐ろしい。

 

 大通りには日中ほど賑わってはいないものの、数人の影は地面に浮かんでいる。

 その少ない人たちの全ての視線を浴びながら、グランはアミッドへの恐怖に怯えるのに忙しく気づかないまま、目的地にたどり着く。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました、今回は約束を守ってくれたようでありがたいです」

「うっ、あー…………すまん」

 

 入り口から入ったグランに声をかけたのは鉄仮面の上からジト目を向けてくる銀髪の美少女だった。

 遅刻、ドタキャンの常習犯であるグランへのアミッドの信用は限りなく零に等し、それを自覚しているグランもまた肩身がどうしようもなく狭かった。

 

「……まぁ、それは置いときまして。まずは何かご購入しますか?」

「ん、そうだな……高等回復薬(ハイ・ポーション)精神力回復薬(マジックポーション)を10ずつに高等精神力回復薬(ハイ・マジックポーション)を5本頼む」

「あなたはどうせ無茶するんですから回復薬がもっと必要だと思うのですが……毎回治癒するのも大変なんですよ?」

 

 軽くため息をついたアミッドは慣れた仕草で棚から回復薬を取り出しながら愚痴にも似た小言をぶつける。

 彼が個人的にアミッドと深い関わりがある理由、呪いの鎮静以外にも治療を何度も行っている。

 

 そんな命の恩人からの痛い言葉を受け、ギクリと体が固まる。

 

「い、いや……そりゃ分かってるんだけどさ……」

 

 冷や汗を流しながら出たのは、弁明になっていない言い訳。

 カチン、と何かが押されたような音と共にアミッドから凄まじい威圧感が立ち上る。

 

 一歩、無意識に足を下げていて。

 確定した終わりを前に今までの感謝を述べているような顔つきを浮かべる。

 流石に反省の意を浮かべているのだろう。

 

(え、どこで選択肢間違えた!?いやでもまぁ、毎回なんとかなってるし大丈夫か!)

 

 全くそんなことは無かった。

 とことん楽観的である。

 こんな思考をする奴、地獄を見て正解だ。

 その意を受信したかのようにアミッドは怒涛の責めを敢行した。

 

「分かってる? 分かっていないから何時も無茶をして大怪我で此処にやってくるのでしょう!」

「まずあなたは自分の身をもう少し大事にしなさい! 治療をすると重傷すぎて何度卒倒しかけたことか!」

「人を助けることは讃えられるべき善行ですが、自分を犠牲にするやり方はどんな悪行にも劣らない愚行です」

「それに約束ぐらいは必ず守ってください! 今まで何回すっぽ抜かしてきたのですか! あなたの()()は類を見ないほど危なく、恐ろしいのですよ!」

「…………心配する、こっちの身にもなってください…………」

 

 

「…………本当にすまん」

 

 ぐぅの音も出ない圧倒的に正しい糾弾、さらには懇願にも似た思いも告げられた。

 さしものグランも、それを前にたじたじになる。

戦場の聖女(ディア・セイント)】から放たれた人を殺しかねない正論機関銃は余りに威力が強すぎた。

 

「まぁ、何を言ってもあなたには無意味なんでしょうが……」

 

 一際大きいため息をついたアミッドは少々ぶっきらぼうにポーションを渡す。

 苦笑を浮かべ代金を払うグランの決意に似た炎が迸る目を見たアミッドは頭を悩ませながらも糾弾をやめる。

 言ってやめるような男ではないことなど、随分前から知っているのだ。

 

「まったく……ほら、奥に来てください」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 アミッドに連れられて、グランは奥の工房に足を踏み入れる。

 植物から鉱物といった多様な素材と薬品や調合器具で所狭しに埋め尽くされた、通い慣れたアミッドの工房。

 

 いつものように椅子に座り、上着を脱ぐ。

 引き締まった体には回復薬(ポーション)により殆どの傷跡は残っておらず、目立つものは二つ。

 胸に刻まれた大きな爪で切り裂かれたような跡と─────真白の包帯。精霊の気配を色濃く感じさせるその()()()を慎重に解くと、黒く、何かに侵食されているように変色した左腕が異質な存在感を放っていた。

 

「…………侵食状況に悪化は見られませんね。前のような出力での解放をしない限りでは完全に制御下に置かれています」

「本当か。安心……はできないだろうけど、まぁ気をつけるよ」

 

 極小の魔法円を展開し、巫山戯た『魔力』がグランの左腕───その深奥に潜む呪いを正確に看破する。

 アミッド級の最高位以外では干渉すら不可能な呪いに対して、解呪に一極集中した砲撃に見合う、いや超える程の出力で『魔法』を発動。

 

 白銀の粒子は収束し鎖を象る。

 聖なる輝きを秘めた全癒魔法は封をするように左腕に絡みつき、何かと拮抗するように火花を散らせ、数秒後に粒子へ還る。

 

「いつものように侵食抑制を行いました。…………解呪は、残念ながら……」

「アミッドが気にすることじゃない。ありがとな、これで遠征でも全力で戦える」

 

 全力での『魔法』使用で乱れる息を整えながらアミッドは表情を曇らせる。

 そのことを微塵も察知せずに、グランは微笑を浮かべ感謝を述べる。

 

(よっしゃ、これで完璧! 遠征でも暴れたるぞー!!)

 

 腕を軽く回しながら蛮族に似た思考回路を回すグランは気づかない。

 自分の姿を、痛ましいものを見るように見るアミッドに、気がつかない。 

 いや、正確に言えば視線には気づいている。

 

(ん、アミッドどうかしたのかな? まぁ、ディアンケヒト様の相手してたらそりゃ体調も悪くなるわ。いつもより労うか!)

 

 考えていることがとんでもなく不敬である。

 世が世なら晒し者になり磔にされているだろう。

 ディアンケヒトが聞けば憤死して送還されそうだ。

 

「いつも、本当に感謝している。ありがとう、アミッド。これからもよろしく頼む」

「…………あなたは、本当に」

「ん?」

「いえ、これからも【ディアンケヒト・ファミリア】をご贔屓にお願いします」

 

 何故か固い態度で見送るアミッドに困惑しながらグランは大通りに出る。

 そして、急に固い態度に変わったアミッドに対して首を傾げた。

 

(なんだ? めっちゃ怖かったんだけど最後の感じ。やっぱりストレス溜まってんのかな…………?)

 

 この男、感情の機微を悟るのが絶望的に下手くそだった。

 脳内の姿が現実に投影されたら、知性を感じさせない顔が浮かぶだろう。

 とんでもない間抜け面である。

 

(んじゃホーム帰って飯でも食うか、肉だ肉!)

 

 脳内に肉厚のステーキを浮かべ足を弾ませ(当社比)ながら帰路を辿っていると突然、何かに足を掴まれた。

 下を見るとそこには溢れんばかりに涙を浮かべた小さな少女がいる。

 

(何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何??????)

 

 脳がバグった。

 彼は前世からコミュニケーション能力が低かった。

 

「ママ……何処ぉ?」

 

 どこから見ても完全な迷子の少女だ。

 

(何で???? どうすりゃいいの?????)

 

 迷子の少女への対応。

 これまでで最難関の障壁。

『冒険』を、しよう(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 アミッド・テアサナーレにとって、グラン・ブレイズは放っておけない青年であった。

 彼との始めての邂逅は、ボロ雑巾のようなグランの治療だった。

 自分より一歳年下の少年が、生死の境を揺蕩っているのだ。

 与えられた衝撃は今になっても鮮明に思い出せる。

 

 次に会ったのは、グランが【ディアンケヒト・ファミリア】に来たときのこと。

 グランの主神であるロキとディアンケヒトは数度言葉を交わすとアミッドとグランを連れて工房に行った。

 そこで、真白の包帯を解いた奥に、途方も無い邪気を放つ左腕が顕れた。

 

 ただ、恐ろしかった。

 感じた威圧感に足が竦み─────苦痛に歪んだグランの顔を見て、震えは止まった。

 その顔が、助けを求めているように見えて、その時からアミッドはグランを気にするようになった。

 ───そして、余りに非力な自身に愕然とした。

 

『偉業』の後に重傷を負ったグランを癒やすことしかできず。

 呪いを解呪しようとして抑制しかできず。

 無茶を繰り返すグランを止めることはできず。

 

 それでも『ありがとう』と言って前進を続けるグランを前にして、不甲斐なさで潰されそうになって。

 形容できない感情に満ちて。

 死にたくなるほどの無力感が溢れて。

 

「…………どうしたらあなたは─────」

 

 その後に。

『止まってくれるのか』と言おうとしたのか、また別の言葉を言おうとしたのか、それはアミッドにさえも分からなかった。

 




アミッドさんは恋愛とは違う感じの激重感情持っててほしい。


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(幼女との接し方は)もしかしなくても間違ってる

なんで迷子イベントで一話使ってるんですか?


 

(幼女との接し方は)もしかしなくても間違ってるかもしれない

 

「ふぇぇ……ママぁ…………」

 

 日の出の薄光に覆われていた空が蒼天の陽光が差し込む時刻になったころ。

 まばらだった人影も、活気を思い出したように増えている。

 そんなオラリオのとある一角において、中々混沌な絵面があった

 

 そこにいない母の名を漏らしながら瞳に涙を溢れさせる幼女と、困惑しながら────表情は鉄仮面のまま、動けずにいるグラン。

 

 ミスマッチを疑わずにはいられない二人組に、通りを闊歩する人たちは視線を集めていた。

 傍から見れば不審者と被害者、或いは人拐いにしか見えないのだから当然である。

 グランが都市有数の第1級冒険者でなければ憲兵を呼ばれていたかもしれない。

 

(えやっべーよやっべーよ。まずいって凄い涙たまってるってどの角度から見ても完全完璧に迷子だって。えなんで俺にしがみついてんのちょっと俺子供の世話とかやったことないし絶対苦手なんだけど。つーか周りの視線痛ッッ! んな見てんなら誰か助けてくれよほら今にも泣き出しそうじゃんまずいまずいどうしよう!?)

 

「…………母と、はぐれたのか?」

「う、うん。始めてオラリオに来たからお店を見てたら、ママとパパが居なくなってて…………」

 

 よくある典型的な迷子だった。

 おそらく、商人の娘なのだろう。

 子供の興味を引く多様な店があるこの都市で迷子になるのは、大して珍しいことでもない。

 

 問題はこの少女が都市外から来たため構造に詳しくないという事と、グランの赤特コミュニケーション能力である。

 動かない表情筋に低すぎる会話能力。

 流石にグラン自身も焦りに焦っている。

 

(どうするッ!? この場合一回ホームに連れてくか? リヴェリアとかフィン、ティオナやティオネならガキンチョの相手もできんだろ)

 

 第一級冒険者の高速回転した思考回路が弾き出したのは結論は人任せ。

 よし、と脳内でプランを構築し笑顔(当社比)を浮かべ幼女の方に顔を向ける。

 

「………………」

 

 聞こえるのは、啜り泣く音と強まった服を掴む力。

 唯一残された僅かな灯火に縋るように、服越しに感じる孤独からの不安。

 その手が、助けを求めているようにも見えて。

 

 幼女に合わせるように屈みその小さな手を握って、目を合わせる。茶眼がびっくり──したように見開く。

 

「……何処らへんではぐれたことに気づいた? 案内してくれるか?」

「…………うん」

 

 突き刺さる視線に内心『散れぇ!!』と叫びながら通りを進む。

 思考回路が完全に三下である。

 

「あー、名前は?」

「…………ソナタ」

「ソナタ……そうか」

 

 内心グランは余りの会話の下手さに絶望している。

 傍から聞いても軽く地獄だ。

 話の種を膨らませるという選択肢が存在していないのだろう。

 

「わぁ……!」

 

 迷子とはいえ、まだ子供だ。抱えていた不安も忘れて未知に溢れた都市に夢中になっている。

【ファミリア】のメンバーなのだろう武装を固めた数人の集団が迷宮の方角に歩いているし、通りには雑多とした道具店(アイテムショップ)や優美な装飾に彩られた剣が飾られた武器屋。

 他にも裏通りには怪しげな雰囲気を醸し出す露天が見え隠れしている。

 

 ソナタが都市に夢中になっている中、グランは阿呆ほど話題を考えるも何一つとして出てこない。

 この男、前世から目的が定まると途端に無能になるタイプの人間だった。

 

「…………オラリオは楽しいか?」

「うんっ! 私の町じゃあ見たことないものが沢山あって凄いんだ! それに、冒険者をこんなに見るのも始めて……!」

 

 確かに、『世界の中心』とも言われるオラリオは冒険者の質も数も他とは比べ物にならない。

 そこらにたむろしている荒くれ者でも、都市外に行けば一定以上の実力者になれる程であると言えば、集まった力の大きさは否応にも理解できる。

 

(まぁ、この都市クソみたいに強いバケモン沢山いるもんなー。俺も怖いよここ)

 

 バケモン筆頭であるLv.6は他人事のようにうんうんと肯定する。

 誰に言ったって戯言でしかない。

 そんな事をつゆも知らないソナタは迷子だということも忘れたようにグランの手を引っ張る。

 

「ねぇねぇ! バベルってあっちでしょ! 行こうよ!」

「…………バベルではぐれたのか?」

 

 どう見ても迷子である状況を忘れているが、万が一を考えて口を開いた。

 ? と疑問が顔に浮かんでいるが、徐々に自分が迷子という事を思い出したのか、瞳に溢れんばかりの涙が集まっている。

 

(え、これ俺ミスった? 迷子ってこと分からせちゃった?)

 

 子供にオブラートに包み込まない正論と疑問は容赦ない凶器であることをグランは知らない。

 そのせいでとんでもないガバをやらかしたのだと、遅れて気づいた。

 

(あ──これまっずいか!?!? こんぐらいで泣くとは思わないじゃないですか!?)

 

 冷や汗が滝のように流れるがそんな事を気に留める暇はない。

 そんなことよりも、今にも溢れ出しそうな涙をどう止めるかが重要だ。

 Lv.6の超人的な速度で回転した思考回路は刹那の間に結論を弾き出す。

 

(これ無理だわ)

 

 余りにも情けない結論だった。

 刹那を分解した瞬刻に流れた思考の中に幼子を泣かせない方法は一切出てこない。

 グラン・ブレイズ、完全敗北である。

 ソナタが泣き出す数秒前、遠い目をして蒼穹の奥に目を細めてる。

 空は、泣きたくなるほどに晴天だった。

 

(泣きそうなのはソナタちゃんだけどな)

 

 やかましいとしか形容の仕方がない。

 現実逃避に馬鹿な事を考えていた、その時。

 

「えっと…………大丈夫ですか?」

「ん…………」

 

 向けられた声に振り向いた先に、見たのは処女雪を想起させる白髪に深紅(ルベライト)の瞳。

 ギルド支給の貧相な装備を身に着けた、どことなく兎のような外見を持つ少年。

 

 正史、つまりは原作における主人公。

 ───ベル・クラネルが、そこにいた。

 

(うぇぇェェ!!?? ベルくんじゃん!! 何でここにいんの!!? いや全然居ていいんだけどさ。うぉッ、マジで主人公いんじゃん感激…………ってちゃうちゃう、ソナタちゃん泣きそうなのは変わってねーよ!?)

 

 原作主人公とオリ主の邂逅は。

 劇的なものとは言い難い、泣きそうな幼女を間に挟んだものという、少々滑稽なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ベルくん、髪留め買うために頑張ってたろー? 明日は久しぶりに羽根を伸ばしてもいいんじゃないかと思うぜ?』

 

 昨晩、主神であるヘスティアと一緒にジャガ丸くんを頬張っていると、そう言われる。

 ファミリアに入団してからは低階層とはいえ毎日ダンジョンに潜り奮闘してきた。

 最近は特に夜遅くまで探索を繰り返してきたため、碌に都市を出歩いていない。

 そんなベルを見かねてか、ヘスティアはサムズアップと笑顔で明日は休むように言った訳である。 

 

 バイトに行ったヘスティアにちょっぴりの罪悪感と感謝を浮かべながら活気に溢れる迷宮都市に身を投じた。

 機能美を感じる飾り気の無い、しかし性能の高さが醸し出される武器に夢中になったり、多いとは言えない所有金(ポケットマネー)で青果店から果実を買ったり、あてもなく都市を歩き回るベルはダンジョンとは違う『未知』に溢れた迷宮都市を存分に楽しんでいた。

 

 少し早い昼食として日頃からお世話になっているジャガ丸くんを齧りながら北西のメインストリートを歩いていたベルは、かなり珍妙な光景に遭遇する。

 

 黒髪の青年と今にも泣き出しそうな小さな女の子。

 表情にこそ出ていないものの慌てている雰囲気を感じる青年と、涙の洪水を起こそうとしている少女を目前にして、自然に体が前に進んでいた。

 

「えっと…………大丈夫ですか?」

「ん…………」

 

 振り向いた青年の顔は鉄仮面のようで、しかし困惑の気配を色濃く感じさせた。

 一先ず泣きそうな女の子に手を付けていないジャガ丸くんを渡し涙を引っ込めさせる。

 食べたことのないそれに意識を集中させているのか、泣き出しそうだったのは何だったのかと言いたくなる程に熱心に食べている。

 

「もしかして、迷子の子なんですか?」

「あぁ……都市外から家族と来たようでな、対応に困っていた」

 

 つい最近このオラリオにやってきたベルは、迷子になる理由も深く理解できた。

 小さな子供がこの都市に来て大人しく親についていく訳が無い。

 

「ソナタちゃん? お母さん達は何をしにこの都市に来たの?」

「えっと…………パパが村の小麦を売りに来たの」

 

 小麦、つまり目的地は農業系のファミリアになるだろう。

 あの手のファミリアは育てる以外にも買い取りや調理にも手を伸ばしている事が非常に多い。

 

「となると…………え、えーとっ農業系のファミリアはどっちに集まってますっけ?」

「それ程遠くはない。案内しよう…………その子を頼んでもいいか?」

 

 申し訳無さを少ない言葉数に込められた頼みに、直ぐに頷く。

 鋭い双眸と固い表情に意識を吸われるが、悪い人ではなさそうだ。

 ソナタと手を繋ぎ、前を進む背中を追いかける。

 

「この都市、凄いねっ! 村には無いものがそこらじゅうにあるの!」

「僕も来たときはびっくりしたなぁ…………何が気になったの?」

「えっとね、えっとね───冒険者!」

 

 返ってきた返答は、少々意外なものだった。

 この年頃の女の子が装飾でも食べ物でもなく冒険者が気になると言うのは、中々珍しいのではないだろうか。

 

「私ね、将来冒険者になりたいの! 英雄譚に出てくる英雄みたいに、すっごい魔法を使って、ダンジョンを探索するんだ!」

「それは、凄いね」

「うん! だってダンジョンには『未知』が溢れているんでしょ! おじいちゃんがそう言ってたの!」

 

 英雄譚の英雄のように、『未知』を追い求めたいと意気込むその姿が、まるで嘗ての自分を見ているようで、ベルは思わず苦笑してしまう。

 似たことを言うたびに笑顔を浮かべていた祖父の気持ちがなんとなく分かった気がする。

 その後も目を輝かせながら喋り続けるソナタに相槌を打ちながら前を行く背中を見る。

 

 恰好は市民が身に着けるようなものだが、纏う気配は限りなく冒険者に近い。

 ドが付くほどの素人であるベルでさえも、その気配が俗に言う上級冒険者であると感じられる。

 未だオラリオの冒険者について疎いベルは知らないが、もしかしたら『英雄候補』に名を連ねるような冒険者なのかもしれない。

 

 そんな思考に沈んでいると、少し不貞腐れたようにソナタが腕を引っ張ってくることに気づいた。

 彼女の話も耳から通り抜けていたようで、反応しないベルをジト目で見てくる。

 

 その後、談笑をしていると農業系ファミリアが集まる区域に辿り着く。

 おそらくソナタの親がいるであろうこの区域も、当然のように人で溢れている。

 

「今から親を探してくる。そこで待っていてくれ」

 

 この中から探すのかと、頬を引きつらせるベルに、グランが話しかけた。

 一緒に探した方が早いと言おうとした瞬間、風が巻き上がったと思えばグランの姿は消えている。

 

(…………ッ!? 速すぎる…………!?)

 

 自分とは異なりすぎる速度域。

 目視すら不可能な加速に瞠目する以外に、ベルの選択肢は存在しなかった。

 恩恵(ステイタス)を間違いなく持っている人間の動きであり、同時にベルの遥か彼方の次元まで器が昇華されている。

 

(これが、僕と同じ冒険者!? これが───現代を生きる『英雄』!?)

 

 始めて目の当たりにした上級冒険者の実力の片鱗。

 自分の横で目を輝かせるソナタとは対象的に、ベルは驚愕に身を沈めていた。

 

(僕は、このままでいいのか……?)

 

 今日を生きるのに精一杯で、心の片隅にダンジョンでの出会いを求めるだけの、そんな『現在(いま)』に身を置いていていいのか? 

 そんな思考で脳が満ちようとしていた、刹那。

 

「───ママっパパッ!!」

「ソナタッ!!」

 

 思考の渦を切り裂くように、声が響く。

 ハッと声の方へ振り向くと、一組の男女が走り寄っている。

 隣りにいたはずのソナタも声に涙を滲ませながら駆け出す。

 

「遅くなった。動かないでいてくれたこと、感謝する」

「あ……えっと……」

 

 ここに来て、名前を知らないことに気がついた。

 そわなベルの様子に気づいたのか、僅かに浮かべた苦笑と共に口を開く。

 

「俺はグラン・ブレイズ。ロキ・ファミリア所属の冒険者だ」

「ロキ・ファミリア─────!? って、グラン・ブレイズ…………【終焉滅竜(フロレスタン)】!?」

「あぁ、それよりあっちが呼んでるぞ」

 

 オラリオに来て以来、最大の衝撃がベルを襲う。

 自分の予想通り、いや予想を超える第一級冒険者! 

 驚愕のあまり、固まったベルにまた苦笑を浮かべて視線をうながす。 

 

 促された先には、抱きしめ合う家族がいた。

 泣きながら謝り合うソナタと両親を見て、安堵の息を吐く。

 達成感に似た温かな感情に浸っていると、ソナタ達が目の前にいた。

 

「お二人とも、娘が本当にお世話になりました……! 本当に、本当にありがとうございます……!」

「お兄ちゃん達ありがとう! 迷子になって、凄い怖かったけどお兄ちゃん達がいたから楽しかった!」

 

 元気に感謝を告げるソナタに自然と笑いがこぼれる。

 頭を下げ続ける両親に慌てながら頭を上げてもらい、事情を説明してもらった。

 

 予想は的中。

 村で取れた小麦をお得意様であるファミリアに売りに来たが、初めてのオラリオに興奮したソナタがはぐれ、それに気づいた両親は大慌てで探したらしい。

 何事もなく娘が帰ってきた事に心底ホッとしたようで、顔には深い感謝が浮かび上がっている。

 

「では、我々はそろそろ行かなければ……」

「えっ! もう行くの!? 私、お兄ちゃん達といたい!」

 

 どうやら、約束の時間をすっぽ抜かして娘を探していたらしい両親は少し顔を青ざめさているとソナタが異論を示した。

 いやだ。

 まだ離れたくない。

 もっと一緒にいたい。

 

 そうぐずるソナタに困り果てる両親。

 ベルもどうしたらいいのかが思いつかず、動けずにいると。

 横から、グランがソナタに近づく。

 

「ソナタ、俺たちと離れるのは、嫌か?」

「嫌! だって、ここで離れちゃったらもう会えないもん!」

 

 用事を果たした商人がそう長く滞在するわけもなく、ましてやまた来たところでグランやベルとまた会える保証もない。

 それが分かっているから、ソナタは認めたくないのだろう。

 

「お別れしちゃうのは、寂しいんだもん……」

「……ソナタ」

 

 うつむくソナタに目を合わせるように屈み、グランは言葉を紡ぐ。

 

「これでお別れ、ではない。この都市にいれば、必ず俺たちにも会える」

 

 そう言いながら、グランは掌を開く。

 そうして、開いた口は、詠唱を紡ぐ。

 

「【起きろ(ラグナ)】」

 

 超短文詠唱を引金に、魔法が撃発された。

 

 掌に、黒炎が巻き起こる。

 黒炎は掌から空中へと逆巻き───花を象った。

 象った端から、炎は揺らめきながら結晶へと変質していく。

 

 生み出されたのは、黒と赤の結晶で出来た一本の花。

 どこかの貴族が持っていても違和感がない優美な結晶花を、グランはソナタに渡す。

 

「お前が大きくなって、それでも『未知』を追い求めると思うならば、オラリオに来い。その花が、その証だ」

「…………本当? また、会える?」

「あぁ、約束しよう」

「───うんっ!」

 

 その言葉を受けて、結晶花にも劣らない、満面の笑みが咲いたのだった。

 

 

 

 

 

「クラネル、今回の件は助かった。できれば、何か礼がしたいんだが……」

「えぇ!? べ、別に何もなくて大丈夫ですよ!?」

 

 馬車に乗り、この場を去っていくソナタに手を振っていたベルは突然来た言葉に驚愕する。

 考えなしに突っ込んだベルはあの感謝と笑顔で満足していたのだから、思考が焦りで回転する。

 

(お礼……武器───それは流石に駄目だろっ)

 

 思い浮かべたのは、【ヘファイストス・ファミリア】製のナイフ。

 あの白銀の刃の、とんでもない値段を思い出し頭を振る。

 

 今自分が何を望んでいるのか。

 思考の渦に身を沈めていく。

 

 ───あの速さを見て、どう思った? 

 ───現在(いま)の『英雄』を見て、どうしたいと感じた? 

 

「僕は─────強く、なりたいです」

 

 要望でも何でもない、抽象的な願い。

 心で燃え盛ったのは、昔からの英雄願望。

 瞳から炎が迸り、グランと目が合わさる。

 

「…………そういうことなら、遠征までの間、戦い方を教えよう」

「え…………っ!?」

 

 返ってきたのは、予想外の提案。

 より『高み』に至るための切符を渡され、仰天する。

 何より、Lv.6に教授願えるという事実がベルを動転させていた。

 

「えっと、───よろしくお願いします!」

 

 芽生えた意志はまだ未成熟で、灯火にも満たないけれど。

 ベルの声は、蒼穹の果てまで響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

(あれ? 俺原作壊しちゃった?)

 

 判断が遅い。

 原作開始前なのに、アイズより先に関係を築くだけでなく師匠ポジまで奪っている。

 

(まぁ、なんとかなるか! それより強くなりたいって言ってたし、俺の腕が火を吹くぞー!)

 

 魔法を使えば本当に腕から火を吹ける奴が言っても比喩表現には成りえない。

 魔法を知っている者ならば普通にドン引きするレベルだ。

 

(そういやノリノリで魔法使ったけど、アミッドに怒られるかこれ? …………まぁ、バレないか!)

 

 その後、鬼の形相で迫るアミッドの存在に、グランはまだ気づいていなかった。

 

 




魔法は小出ししていくスタイル


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(主人公の師匠をやるのは)間違っていないと思いたい

メモリア・フレーゼ未履修なのでキレ散らかしながら履修してきます


 

 ベルがグランに師事する事になった翌日。

 ベルは一人、いつものようにダンジョンを探索していた。

 

 ダンジョンの2階層に怪物の鳴き声が響く。

 目の前で威嚇をしてくるのは、二体のコボルト。

 今までなら通路の角に隠れて一体を撃破、続けて二体目も始末するという奇襲に近い戦法を取っていたがグランから教わった内容を反復させて、少し趣向を変える。

 

(今の僕でも、余裕を持って捌ける。落ち着け……!)

 

 短刀を握る手の平がじわりと湿る。

 恩恵を授かってから一ヶ月と経っていないせいか、真正面からモンスターと戦うということに、未だ慣れきってはいない。

 軽く息を吐いた直後、飛びかかる一体にステップを刻み回避する。

 

(意識するのは、相手の機動と自分の動き! 突っ込んだ後の体は無防備!)

 

「フッ!!」

 

 眼前に広がる鋭い牙に湧く恐怖を無視して、鋭く吐いた息と共に短刀を首筋に振り抜く。

 抵抗なくその血肉を切り裂いた体勢から、勢いをそのままに回転。

 

(一体が瞬殺された、動揺で動けないだろ!?)

 

 急速に移り変わる景色の中、逆手から順手に切り替え、呆然と立つ二体目のコボルトの胸に突き刺す。

 ガリ、と魔石に傷が入ったのかその体躯を灰へと変わり、迷宮内は静寂に包まれた。

 

「よし……!」

 

 今朝から始まったグランとの特訓で行ったことは基礎的な能力の確認だった。

 使用武器である短刀の基本的な振り方や鍛錬方法をグランの助言のもと行う中で、常日頃の探索で意識しろと言われたことは2つ。

 

 1つ目は戦闘に関してはズブの素人であるベルは動きの無駄が多い。故に無意識で行っている戦闘の行動をより()()()に行う意識を持てということ。

 

 回避は何時もより攻撃を引き付けてから行い、斬撃はコンパクトに収める。

 一発の威力が高いとは言えない短刀だからこそ必要となる技術を、思考することで通常よりも早くその身に定着させるため、つまるところは技術の早熟だ。

 

 2つ目は相手の行動を五感から得られる情報から読み解き、複数の行動パターンを作るように思考しろということ。

 

(一体目が突っ込んだ時にもう一体も攻撃してきたら、どうすればよかった?)

 

 複数のパターン構築能力は、一朝一夕で身につくものでは無い。

 だからこそ必要なのは()()()()()()()

 

 鍛錬とは積み重ねであり、どんなに僅かな事でも繰り返すことで大きな力に至るもの、とはグランの言である。

 

 呑気に歩くゴブリンに背後からこっそり近づき一突き(バックスタブ)

 足音を消して動き、一撃で終わらせるための速く鋭い刺突。

 普段の探索に比べて、精神的な消耗が早い。

 行動一つ一つに意識を集中させているのだから当たり前ではあるが、被弾の可能性も当然増える。

 

「うわっ!?」

 

 ゴブリンから取った魔石──正確に言えば『魔石の欠片』をバックパックに仕舞った直後、角から飛び出してきたゴブリンが獰猛に牙を突き立ててくる。

 バックパックは動きに支障が出るほど重くなく、いつもなら避けれない一撃では無いが、乱れた集中力では対応は困難だった。

 

 お返しとばかりに土手っ腹に蹴りをぶちまかす。直撃したゴブリンは派手に宙を飛び、地面に激突。

 洞窟に近い荒れた地面を削りながら転がるゴブリンは四、五と回転した後に動きを止めた。

 

「……フゥ」

 

(意識することが増えるだけで、めちゃくちゃきつい……!)

 

 今まで無意識下で行ってきた動作を能動的な意識のもと行う。

 それは処理しなくてはいけない情報量も、当然跳ね上がっている事も表している。

 

 額から流れる汗を無造作に拭い、荒れる息を整える。

 吐いた息は溜まった熱を放出するように熱い。

 

 グランに、Lv.6の冒険者に師事する。

 まるで物語のようで、何かに期待していた。

 特別な特訓。秘められた能力の覚醒。

 頑張れば頑張るだけ、能力が天井知らずに伸びると、心の何処かで期待していた。

 

(───そんなこと、あるわけないだろッ!)

 

 足りないのは圧倒的に修練時間。

 冒険者になって半年も経っていない正真正銘の素人であるベルは、今この瞬間に零から全てを積み上げなくてはならない。

 その事実はただ重く、のしかかったそれに、ベルは足を止める。

 

「…………でも」

 

 それでも、強くなりたいと望んだのだから。

 ベルに諦めるという選択肢は欠片も存在せず、心に灯った気炎は消えることなく燃えている。

 

「ブレイ……グランさん、今何してるのかな……」

 

 名前で呼んでくれと言ったあの冒険者は。

 地下迷宮から遠く離れた蒼穹の下で、何をしているのだろうかと、思いを馳せる。

 淡い憧憬の相手に少しでも近づこうと自らの心を奮起させて、ベルは新たに壁から産まれたコボルトにナイフを向けた。

 

 

 

 

 ベルがそんな思考を浮かべていたのと同時刻。

【ロキ・ファミリア】の鍛錬場に、超絶たる剣戟の嵐が吹き荒れていた。

 嵐の中心にて斬撃を奏で合うのは、グランとアイズ。

 

 閃く銀の軌跡と、破断を齎す黒鉄の斬撃。

 収束された刹那に夥しい程の斬撃が互いを喰らわんと空間を走り、間隙を突かんとばかりに時の流れすらも穿つ。

 

 衝突し合う銀と黒鉄であるが、走る斬閃の数は銀のそれが黒鉄を超えている。

 いかにレベルの差が隔絶とした能力差を生み出すとしても至高に近しい領域まで鍛えられた剣術は片手剣の特性も合わせて、神速となった。

 階層主すら斬断する連閃が、幾重にも重なり怒涛を象り表す。

 

「───不足しているぞ」

「ッッ!!」

 

 だが。

 疾風怒濤の剣撃を前に、対抗するのは大斬撃。

 描かれた軌跡は、数多の銀閃とぶつかり、喰い破る。

 この瞬間も、放たれた七の閃きと剛撃が相殺された。

 

 斬撃と斬撃が衝突する度に空間は耐えきれないと歪み、衝突音は蒼穹の果てまで響き渡る。

 レベル5とレベル6の常識を彼方に放り捨てた()()()()

 

 始まりは、アイズから提案された軽いものだった。

 

 朝日すら姿を見せない早朝にいつもより早く目を覚ましたアイズはこっそりとホームを出るグランを目撃した。

 こんな早くからどこに行くのかと不審に思ったアイズはこれまでの冒険者人生で培われた気配消しと魔法(エアリエル)が乗った風による無音移動を汎用して尾行を始める。

 母の風を使う理由に、心のなかで幼いアイズが目を細めて見てくるのが、少々辛かった。

 

 そうして尾行の甲斐があり、壁上でグランが見るからに初心者な白兎に似た少年に短刀の扱い方を教えていることが判明した。

 別にアイズは他派閥の冒険者と関わりを持ったり、指導をする事をだめとは思っていない。それにアイズ自身もグランから剣を習っていた事もあり、その光景に懐かしさを覚えたのも事実。

 

(…………むぅ)

 

 しかし、その一方で釈然としないのも、また事実。

 その時間があるのなら、自分(アイズ)にも剣を教えてほしいと心の片隅で思ってしまう。

 何故か脳裏に思い浮かぶ『もっと構って!』と書かれた旗を振っている幼い自分の光景を振り払う。

 

 これ以上あの場に居ればグランに勘づかれるだろうと、衝撃に胸を打たれながらアイズはホームに帰った。

 調度品が殆どない自室に戻り、グランに貰ったジャガ丸くんを模したぬいぐるみを抱えベットに倒れ込む。

 

 目をつむり、思い浮かべるのは先程の光景。

 あの白兎に似た少年に戦い方を教えるグランを思い出すと、なんだかつまらないと思う。

 それが嫉妬に似た感情と気づかないアイズは足をばたつかせ、頬を膨らませた。

 

 それからモヤモヤとした感情に支配されジタバタとしていたアイズはティオナから朝食を告げられ食堂に向かった。

 着いた食堂で真っ先に目についたのは一人だけ明らかに料理の量が多いグランだ。目の前に積まれた料理の山は瞬く間に胃袋に吸い込まれていく。

 

 呑気に食事に勤しむグランに、八つ当たりに近いモヤッとしたものが生まれる。

 心のなかで小さなアイズも両手を振り回して怒りの念を示していた。

 ちょこんと、空いているグランの隣に座ったアイズはちらりとその横顔を見る。

 

「…………? どうかしたか?」

「グラン、今朝どこか行った?」

 

 ストライクゾーンど真ん中をアイズは突っ込んでいった。

 腹の探り合いなど知らんとばかりに真っ直ぐ投げた疑問にグランは少し目を見開いた。

 

「…………い、いや別に、どこにも行ってないけど……なんでだ?」

「ううん、特に何も無いよ……」

 

 視線が彷徨いまくってるグランと、余りにも苦しいはぐらかしをするアイズ。

 腹の探り合いが下手くそにも程があると言いたくなるほどに見るも無惨であった。

 これがオラリオの誇る第一級冒険者と知ったら憧れを抱く子どもたちは気絶どころではすまないだろう。

 

「ん……今日、しない?」

「……そういえば最近やってなかったか、あぁいいぞ」

 

 戦闘狂のきらいがある二人の交流手段には手合わせがいの一番に現れる。

 要所要所を省きすぎな会話に、二人とも気づかなかったが、近くで驚きのあまり山吹色の髪を逆立たせるエルフがいた。

 魔法円を展開して大騒ぎになりかけたのは余談である。

 

 そうして始まった手合わせ。

 最初は二人ともギアを抑え軽く始まったそれは、時間が経つに連れ激化していった。

 今に至っては両者トップギアに迫る速さで剣戟が展開されている。

 

 全力で振るった『デスペレート』が銀の斜線を描き、迫りくる黒鉄塊と衝突、衝撃波が生み出される。

 刃を通して襲う衝撃は剣を取り落としかねない程に大きく、たまらずアイズは後退した。

 

(やっぱり、私と比べて一撃が重い……!)

 

 荒く地面を削りながら止まったアイズは()()()()()()斬撃を受け止め歯噛みする。

 スキルでも魔法でも無い、技術による飛ぶ斬撃。グランが行使する理外の神技を弾き、地面を蹴り砕く事で突貫を敢行する。

 

 その速度に暴風が吹き荒れ、アイズの金髪が舞う。

 全速力での突撃、構えられた大剣に不壊剣がぶつかり、爆発音と聴き紛うような大音量の衝突音が天高くまで響いた。

 

 魔法を使用していないとはいえ、桁外れの身体能力から放たれたその突撃は深層域のモンスターまで消し飛ばす威力を持っている。

 だというのに。

 

(完全、防御……!?)

 

 その黒鉄は、不動を貫いた。

 全身を固定するように足を地面を叩きつけ、万力を以て行われた防御は渾身の突撃を完璧に受け止めてみせた。

 両者の距離は零。大剣を振るには近すぎる距離にグランが選んだのは回し蹴り。

 大剣を突き刺し回転。遠心力を乗せた高速の蹴撃にアイズは咄嗟に剣を滑り込ませる。次瞬に全身を衝撃が駆け巡り、アイズはまたしても弾き飛ばされた。

 

 剣を地面に突き刺し、減速。

 不壊属性が故に折れない剣だとしてもたまらず悲鳴を上げている。

 ある程度まで減速した後、地面を蹴り宙で回転、着地する。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 呼吸を乱し、荒く肩を揺らすアイズと、疲れを感じぬ動きで大剣を構えるグラン。

 続く戦闘の中で、やはり現れるのはレベルの差。

 未だグランと同じ領域に至っていない自分に焦りを覚え、無意識のうちに風を集める。

 

 高まる【魔力】はマジックユーザーと見紛う大きさで、集う風は嵐に成ろうとしている。

 対面するグランもまた、左腕から黒炎を揺らし、魔法を使った全力体勢に移行しようとしている。

 それに伴って溢れてくる黒竜の気配に心の内で黒い炎が猛るが、()()()()()()()()()()

 故に、顕現するのは()()()()()()()()()()()

 

「【黒風(ニゼ)───」

「そこまでだ。鍛錬場を壊す気なのか、お前らは……」

 

 黒風が解放され、黒炎が奔る寸前、玲瓏な声が響いた。

 二人揃って声の方向に振り向く。その先にいたのはこちらをじっと睨むリヴェリアがいた。

 まずい、と辺りを見渡せば、そこらじゅうに刻まれた斬撃に粉砕され、半壊状態の鍛錬場がそこにあった。

 

 つーと、冷や汗が流れる。これまでの経験があろうがなかろうが、どうやったって叱られる未来しか見えない。

 助けを求めてグランを見るが無表情のまま、その目は悟ったように光を消している。

 その表情がやけに面白くて、小さな笑みが浮かんで、次の瞬間には怒気を迸っているリヴェリアに青ざめた。

 

 そうして、正座で加減を知らない事を叱られながら、ちらとグランを見る。

 

(私も……早くいかなきゃ……Lv.6に。グランの、隣に)

 

 追いつきたいと、離れたくないと、置いていかないで、とアイズは更なる高みへの昇華を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

(まじあっぶね。アイズ怖すぎだろ、あんなんもろ殺す気だって、あんなガチの斬撃駄目でしょ普通)

 

 目に穴でも空いているのか? 

 発言が余りにブーメランだ。全力で大剣を振っていたのは自分も同じだというのに厚顔無恥がすぎる。

 正座で説教を聞きながら、グランは内心冷や汗を拭った。

 

(魔法使う前にリヴェリア来てくれて本当に助かったわ。どう見たって【復讐姫】と接続してたろあれ、俺も魔法使わなかったら即死だから怖いんだよな。でも魔法使ったらなんかアミッド分かるみたいだし、遠征前に無駄に使ってるとまた叱られるから軽く詰んでたんだよな)

 

 先日、調子に乗って魔法を使った後、アミッドと早すぎる再会をしたグランは死んだ魚と同等で生気を失うまで叱られた。

 顔の良い女とおとなしい性格の人ほど怒れば恐ろしいのだと、グランは今世で骨身に染みている。

 

(そういやベルくん頑張ってるかな? 原作前の早熟なしだからステイタス強化より技術メインでやるつもりだけど、そんな成長期待できないかなぁ。原作始まるまでに並列思考とある程度の身体操作ができれば良いかな)

 

 精神状態のイカれ方なら世界クラスではある。

 考えていることが指導者として最底辺をぶっちぎりで通過している。ダンジョンでめちゃくちゃ頑張っているベルに向けるには、流石に酷すぎた。

 

 それに、求めるレベルが高すぎる。並列思考とかそんな短期間でできるレベルじゃないから。身体操作も、こいつの想定の内容は戦闘機動に壁蹴りとバク転を完璧に組み込むレベルである。チャートがガバガバというか、要求がハイレベルすぎる。

 

(まっ、俺が原作以上にベルくん強化しちゃうから。原作よりもイージーモードなるんじゃね? 感謝してくれよ、ベルくん? まあ俺より強くなったらキレ散らかすけどなァッ!?)

 

 バグってる情緒の忙しさで既にキレている。

 もう少しだけでもLv.6の貫禄を見せてほしい。

 

(遠征は来週辺りだっけ? あー何か新種が出てくる……とかそんなんだったよな? ま、俺がちょちょいのちょいって感じで倒してちゃうか!)

 

 死語を宣いながら戯言を溢すな。

 見せてほしいのは馬鹿の貫禄じゃねぇよ。

 

 




そろそろ原作突入したいしガチ目の戦闘パートも書きたいですね


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(この耐性の低さは)間違っていて欲しかった

アルゴノゥトめちゃくちゃ面白いですね
あと本作は時間とか日数とかあまり考えずに書いてるので矛盾とかあったら心のなかで笑っていてください


 

 グランとの鍛錬は開始してから一週間ほどが経過した。

【ロキ・ファミリア】の遠征は明日に控えてあり、この時間も終わりが近づいていた。

 いつものように振りと機動の効率化指導を行い、追加された模擬戦を行う。

 訓練用の刃引きされた短剣を構えるグランめがけて短刀を振るう、シンプルかつ超高難易度。

 

 白刃を振って、振って、振るう。

 この一週間で積み上げるだけ積み上げた『技』と『駆け引き』のありったけをぶつける。

 

 振れば振るほど、彼我の実力差が明確に突きつけられる。

 動けば動くほど、自分の杜撰さが死にたくなるほど目につく。

 

 空気を切りながら迫る白刃に横から軌道を変えるよう短剣を叩く。面白いぐらいに体勢が崩れた。

 斬撃に続くように放った蹴撃を、僅かな身じろぎで躱す。まるで蹴り自体が外れにいったようだ。

 

 自身の最大の武器である『敏捷』を駆使して、最速の連撃が閃く。

 野兎のような瞬発性、冒険者になって一ヶ月も経っていない者のステイタスでは考えられない速度で短剣が鈍い光の軌跡を多重に描く。

 

「まだだ、全身の駆動が足りないぞ。斬撃の精度が低い。もっとだ、もっと思考を速めろ」

「グッ……!? 分かり、ました!」

 

 その全てが、意味をなさない。

 極みの領域に手が届いている隔絶した技量が、全てを撃ち落としていく。

 身体能力によるゴリ押しではない、単純に鍛え上げられた技術が空間もろとも斬撃を喰い破る。

 

 全身ごと弾かれたベルは勢いそのまま、再突撃。

 より巧く、より速く、斬撃を重ねていく。

 全身の動きを連結して、より効率良く力を腕に伝達させ、斜線を生み出す。

 愚直なまでに教えを血肉へ変え、死にたくなるほどの無力感すらも心の奥で迸る炎の燃料とし、更に先へと加速する。

 

 斬撃の勢いを利用され、弾き飛ばされる。空中で体勢を制御、着地する。息を吐くと同時に足を前へと振るい、兎のように地を駆け、ステップを刻みフェイント、直手に握った短刀を突き出し、刺突。

 

 横から叩かれ軌道を変えられる。しかし、僅かに狙いから逸れたのか少し、足の位置が不安定になっている。

 

(ここッ!)

 

 半ば無理矢理勢いを回転に転換。沈んだかのように深くしゃがみ、足を刈るように蹴りを放つ。当たるかどうかの瀬戸際、手応えは感じない。脳が警告を全開で鳴らす、まずいと知覚したときにはもう目の前に蹴撃が迸る。

 威力も速度も、自分と大きな開きはない。それでも顎を掠ったその一撃は、ベルの脳を容易く揺らした。

 

「ガッッ! …………グフォ…………」

「不用意に隙に飛びつくな。わざと餌を残す、『駆け引き』の基本だ。回避手段を確保してから攻撃に移れ」

「はい……!」

 

 揺れる視界としっちゃかめっちゃか動き回る脳を必死に抑えながら、指導を脳に叩き込む。

 気を抜けば倒れそうな体に喝を入れながら思考を回した。

 

(あんな見え見えなの、罠に決まってるだろ! 蹴りより深く沈んだ体制からの斬撃のほうが対応の幅も広がった…………!)

 

 自省と改善点を洗い出し、脳の一番奥にぶち込む。荒れる息を必死に整えながら短刀を構え、グランがわざと作っている隙を精査する。

 

(防御態勢が右に傾いている。なら左を…………どうやって左を空けさせる? あぉ、くそッ! 崩せる組み合わせがどれかが分からない!)

 

 一週間のうちに叩き込んだ思考の高速化。

 回転する思考回路が複数の手を浮かべるも、どれとどれを合わせるのが最適解かが分からない。がむしゃらに選んだ手段では、意味がない、教えから外れている。

 

 思考の奥、闇の底に沈んだベルは動けず、その姿を見てグランは構えを変える。

 ハッと、その姿を確認したベルは慌てて防御を固めた。

 先程までのは攻撃型の戦闘機動、思考回路の効率化。これから始まるのは防御の訓練。

 

「辞め、変えるぞ。受けて、避けて───未来の己を追い越せ」

「はいッッ!」

 

 ベルがギリギリ捌けない速度で、軌跡が円弧を多重に描く。

 歯を食いしばり被弾の硬直を無視、より多くの斬撃を受け流す。

 

 求められるのは、現在の超克。限界を知るかと踏み越え、更なる高みに手を伸ばすことだけ。

 白熱する脳をより酷使し、ベルは剣戟の嵐に真っ向から立ち向かった。

 

 

 

「終わりだ。飲め、倒れるぞ」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………ありがとう、ございます……!」

 

 迫る無限に等しい攻撃を、避けて受けて流して逸して弾いて利用して反撃して、ベルは壁上に倒れ込んでいた。

 視界の焦点が定まらない、呼吸をしなければ死にそうなのに息を吸うたびに肺が痛む、四肢が極度の疲労から不細工に痙攣した。

 なんとか上体を起こし、水筒を受け取ったベルは中身を一気に流し込んだ。ポーション特有の甘味を僅かに感じる、グランがいつも持ってくるドリンク。

 水で薄めたポーションにダンジョン産の果実や天然塩をブレンドした特製ドリンクを嚥下すれば、溜まった疲労が薄まり、呼吸が安定化する。

 

「昨日に比べて、攻防どちらも反応が鋭くなっていた。斬撃の精度、防御の精密性も高まっている。だが、駆け引きが甘い。合計で十回は似たような餌に引っかかっているぞ」

「駆け引き…………」

「そうだ、上層のモンスターは知性が薄い。故に罠を仕掛けることは無いが、その先、中層レベルからは訳が違う。考えもせず攻撃すれば、待っているのは全滅だ」

 

 だから思考を回し、相手よりも駆け引きで上手に立つことが必須なのだと、グランは言う。

 確かに、ゴブリンやコボルト、ダンジョンリザードと接敵しても繰り出されるのは単調な攻撃ばかりだった。

 

「俺は明日からしばらくダンジョンに行く。俺がいない間も……言うまでもないか」

「えっと、遠征ですよね? グランさん達は本当に深層域まで行くんですか?」

 

 奇妙な縁のもとグランに師事をしているベルだが、ふとした時に目の前にいる師が雲の上の存在と思い出す。

 深層域、ベルには想像もつかない別次元の場所とはどんなところなのか、疑問に思った。

 

「深層域……あそこからは全部が変わる。…………詳しく話してもいいが、それは戻ってからにしよう」

「えっ……遠征が終わってもまだ指導してくれるんですか!?」

「その気だったが…………そちらの意思による。嫌ならば──」

「ぜんっぜん嫌じゃないです!! むしろ嬉しいというか、ありがたいというか、ええっと……」

 

 食い気味に言うベルにグランは少し驚いたように口を閉じる。そして言いよどむベルを見て、頬を緩めた。

 

「そうか……なら俺が驚くほど成長してみせろ。我が弟子」

「え…………ッ!! は、はい、師匠!!」

 

 強くなりたいと思って指導を請い、己を鍛えてくれている人から、弟子と呼ばれて。

 夢に描いた『英雄』に等しい存在から、期待をしてもらって。

 誰よりも愚直に力を積み上げようとするベルが、燃えないわけがなく。

 胸で迸る炎は絶えず燃え盛り、この人に追いつきたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

(我が、弟子……師匠……? グランの、弟子? な、なんで…………?)

 

 その光景を遠くから眺めていたアイズは軽く脳が破壊された。

 この一週間で魔法を使った隠形は格段に精度を上げていた。そう、アイズは毎日二人の修行風景を観察していたのである。

 普通にストーカーだが、その風の使い方を非難していた心の中の幼い自分も今や興味津々といった感じで凝視し、頬を膨らませ抗議するように何度も跳ねている。

 

 魔法を乗せた風が二人の会話を届け、アイズは謎の衝動に全身を貫かれていた。

 ずっと一緒にいて、これからも一緒に居ると思っていた青年に懐く少年と頬を緩める青年。

 今にも寝込んでしまいそうな体を必死に抑え、ホームを目指す。

 

 纏う空気はおどろおどろしく、子供が見れば普通に泣くだろう。

 人が殆どいない早朝で本当に良かった。

 ホラー作品主演のような空気のままアイズは自室に戻る。門番をしていた団員は直面した直後に気絶したが、残念なことにアイズは気づいていない。

 

 自室にドス黒いオーラを撒き散らす空気汚染機が完成しているが、誰もそんなことには気がつかない。

 当たり前だ。こんな早くから起きている方が少ない。

 この日、【ロキ・ファミリア】内で突如悪夢を見る者が多数出たのは完全な余談である。

 

 この一週間、脳破壊の嵐だった。

 グランが偶に見せる笑みやベルを褒める言葉の数々に、苦しさが溢れた。

 ころころと表情を変え、喜びを表す少年によくわからないもの(嫉妬)が溢れた。

 小さなアイズも両目に涙を溜め込んでいる。洪水寸前だ。

 

 もっと近くにいたい。もっといっしょにいたい。

 そんな思いがとめどなく生まれて、胸の中を満たしていく。

 

「グラン…………」

 

 名前を言うと、切なさが止まらない。体中を舐めるように熱が全身を巡り、顔が熱くなる。

 今日もまた、アイズは理解の範囲外にある感情に振り回される。

 

「遠征で、隣に並べれるように、頑張ろう」

 

 その切なさも奮起に変えて。

 明日からの遠征でグランに並べれるようにと、気合を入れて───

 

「師匠……むぅ……グランの、ばか……」

 

 それでもやっぱり、頬を膨らませ、今も壁上にいるはずのグランに、そっとそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ベルくん思ってたより強くなってなくね??)

 

 ベルと別れたグランは一人、困惑の渦に呑まれていた。

 

 早熟スキル無しのベルではさして成長の見込みは無いだろうと考えていた割に、難しすぎる期待をしていたグランは思った通りにならない指導に苦戦していた。

 いや、普通に見ればベルの動きは格段に洗練されているし、成長速度もかなり早いのだが期待がデカすぎる。指導者に問題ありまくりだ。

 

(いや、確かに原作よりかは強くなってると思うよ? でも普通に餌に飛びつくし、もっとこう……なんかないのかな)

 

 指導精神が赤特のグランは首を傾げながら身震いをする。

 なんだか、毎日誰かに監視されているように感じる。

 

(明日から遠征……帰ったあとは早熟スキルゲットしてるだろうし、俺も手数倍にしようかなぁ)

 

 やめろ、死ぬぞ。

 今でも毎回死にかけまで頑張ってるベルに対して試練が多すぎる。

 しかし、グランの信条は『気合と根性でゴリ押し』なため少々脳が筋肉寄りになっている。

 近々、いつもよりボロボロのベルに仰天するヘスティアの姿が幻視できた。

 

 そんな考えを浮かべながら、裏路地を歩くグランの前から、ローブを着た人物が現れる。

 

 姿は見えない。だが、漂う雰囲気は婬靡で、蕩けてしまうほどに甘く、美しい。

 そのオーラには、いや、神威には覚えがあった。

【ロキ・ ファミリア】に所属しているが故に、何度か対面したことがある、オラリオの『頂天』が所属するファミリアの主神。

 

「美の神フレイヤが、俺に何の用だ」

「あら、ばれちゃった。特に用はないわ、でもあなたと少し、お話したいと思って」

 

 顕になる美貌は時が止まるほどに美しく、優美な笑みを浮かべている。

『美』という概念が押し込められたその存在に、しかしてグランは眉一つ動かさない。

 

「話……?」

「えぇ、そうよ。今までもあなたと話してみたかったんだけど、あなた、いつも忙しそうだったから」

 

 今なら大丈夫と思って、来ちゃった。と笑みを携えグランに近寄るフレイヤ。

 ここに、『美の女神』と『終焉滅竜(フロレスタン)』の会合が果たされた。

 

 

 

 

(ちょっとまってちょっとまって、顔近いって近いよ顔。えっ、顔良すぎだろこの女神。まって心臓ヤバいって、え、はぁ〜〜??? 距離感バグってるだろお前オタク勘違いさせる系の女神様なの??)

 

 今までにないほど動揺していた。

 グランという男は、顔のいい女に尽く弱い。というか実は耐性が低いのだ。

 今まではアイズには恐怖、アミッドにも恐怖、リヴェリアにも恐怖…………恐怖しかないが別の感情があり大して現れなかったがこの男、恋愛面はクソ雑魚なのだ。

 

 綺麗すぎる女神が好意を持ってると勘違いしてしまうほど近距離で微笑んでいる。その事実だけでもう脳内はショートしきっている。

 

(あぁこんな美人とお茶とか緊張どころじゃないって、そ、素数数えよ……1、2、3、4、5、6…………)

 

 数えているのは素数ではなく自然数だ。

 そんなことにも気づかないぐらいには、グランはパニクっている。

 

「…………こちらが場所を指定していいのなら、構わない」

「フフッ、ならエスコートよろしくね? 悪い竜さん?」

 

 そう言って、フレイヤはグランの腕に自らの腕を絡ませる。

 それにしたがって、胸部の豊かな装甲もまた、グランに押し付けられ形を変えていた。

 最後には吐息でグランの耳にダイレクトアタック。完全な勝ちである。

 

(くぁwせdrftgyふじこlp?????????)

 

 お前これでいいのか? 

 そんなグランの内心を知ってか知らずか、フレイヤは面白そうに笑みを深めるのだった。

 




俺はラブコメが書きたかったはずなのに何でヒロインの脳を破壊して主人公を恋愛クソ雑魚の馬鹿にしたんだろう?誰か教えてくれ……


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(オリ主が俗物なのは)間違っているかもしれない

狂ったようにプロセカとOWやってました


 

 

 早朝、朝日が雲の間から僅かに差す、静寂が広がる時間帯にグランは大通りから外れた喫茶店に入った。

 

「マスター、すまないが……」

「…………」

 

 こんな時間から客が居るわけもなく、一人カップを磨いていた店の主人はグランに目を向けたと思えば、胡乱な眼差しで突いてくる。

 目配せで貸し切りを頼む。美の女神と密談していたとオラリオ中に広まったら、堪ったものではない。

 

 唯でさえ多い闇討ち地味た襲撃がこれ以上増えれば、色々とまずい。偶に襲ってくるやたらと強い猫獣人や四人組の小人族、エルフとの戦闘では魔法の使用も躊躇う余裕もなく、必然的にアミッドやリヴェリアからの説教が待っているのだ。

 

「マスター、紅茶と…………」

「じゃあ、私も同じのを」

「……!? お前さん…………はぁ」

 

 凛と響いた、『美』が限りなく込められた声。

 目を見開いた店主はグランをじっと見つめ、頭痛を堪えるように息を吐きながら茶葉を取り出し、何も言わずに準備を始めた。

 最大限の感謝を目で伝えたグランは窓辺の席に腰を下ろし、ローブの下に微笑みを隠した女神と今一度、対面する。

 

 銀糸を思わせる髪がローブの奥に見え隠れし、姿を見せずとも圧倒的なまでの美しさを醸し出している。フレイヤは意図的に神威を抑えているにも関わらず、それでも遍く人々を魅了する美貌を宿していた。

 

 こうして対面し、表面上は一切動揺しないグランもまた、黒竜の呪いがゆえの神威への耐性が無ければ、必ず目を奪われていただろう。

 

「いい雰囲気のところね。見た感じ、行きつけのお店なのかしら?」

「あぁ、かなり前からの付き合いのおかげで、こうした急な事にも、多少の融通が効く」

 

 肩をすくめながら皮肉めいた事を言うグランに、フレイヤの微笑は崩れない。

 鳥のさえずりと、茶を淹れる音のみが広がる空間で、グランが話を切り出した。

 

「それで、貴方ともあろう神が、一体全体俺に何の用だ」

「あら? 気になる子供に話しかけるのに理由はいるかしら?」

「それは……光栄と言うのが正解か?」

 

 下界の者なら放心するような、甘く蕩けた声音に対して、やはり眉一つ動かさずに鉄仮面を崩さないグラン。

 そんな様子を見て、フレイヤはローブの下で笑みを深めた。

 

(纏わりつく黒炎と、揺らぎながらも崩れない…………神威への耐性、『美』もやっぱり効かない……!)

 

 神でも一見して変化が見えないその表情、しかしフレイヤはその奥───グランの『魂』をしかと見た。

 

 面と向かって会うのはこれが始めてだが、前々からフレイヤはグランに興味があった。

 言ってしまえば、彼の今までの功績が故に。

 

 暗黒期、年端もいかない少年でありながらの活躍に始まり、過去に闇派閥の神が放出した神威を無視し、あろうことか()()()()()()()()()()()()()という前人未到の偉業を果たしているのだ。

 

 知れば知るほど興味が止まらない愉快な子供。それがフレイヤのグランへの印象だった。

 

(魂に揺らぎが見える……やっぱり、この子の神威への耐性は完璧じゃないわね)

 

 しかし、想定外──いや、想定以上。その輝く魂はフレイヤの瞳を捉えて離さなかった。

 その目を焼く魂を前にして、美しいと、それが欲しいと、純粋にそう思った。

 

「貴方、私のところ来ない?」

「…………そういうことは、もう少し後に来ると思っていたんだが」

 

 率直に伝えた言葉に対し、僅かに眉をひそめるグランを見て愛おしさが生まれる。

 鉄仮面に見えて魂の動きと合わせれば、一部の感情が読み取れた。

 

(困惑…………でも揺るがない。もうちょっと揺さぶってみようかしら)

 

「それだけ貴方が欲しいって、思ってるのよ?」

「それは光栄だが、美の神からの勧誘は破滅の呼び声と、昔からロキから言われていてね」

「ふぅん……? 貴方が『破滅』なんかに堕ちるとは思えないけど?」

 

『あの男に、レベルの一つなど意味をなさないでしょう。全力でぶつかれば───我が身とて、どうなるか分かりません』

 

 フレイヤの脳裏にオッタルが言っていた言葉が思い出された。

 黒竜の力、その一端を自身の権能として操る青年が今まで何度も『破滅』に近しい『異常』を踏破してきた事をフレイヤは知っている。

 それこそ古代の『英雄』にも劣らない格上殺しを成すこの青年が破滅に堕ちるなど、想像がつかなかった。

 

(それにしても、固いわね。そういうところも可愛いのだけれど、少しぐらい驚いた顔も見てみたいわ…………)

 

 神からすれば軽いお遊びのようなもの。

 ふとあの鉄仮面が剥がれる姿が見てみたいと、そう思って───何の予兆もなしに、限定的に神威を解放した。

 広がっていく銀の粒子は『美』そのものであり、紅茶を淹れていた老店主が石像のように固まる。

 いや、辺り一帯の時が止まった。そう感じるほどに、世界から音が消え失せた。

 神であろうとも魅了するその神威は、遍く下界の生命を骨抜きにする。抗うことなど不可能、そんな自然の摂理に似た理不尽。

 だが、

 

「───戯れはやめろ」

 

 それを黒炎が()()()()()

 見えたのは一瞬、顕れたのは刹那。

 その瞬刻の内に左腕から迸った焔が銀の粒子を喰らい尽くし、世界に時が戻ってくる。

 

「俺個人への戯れはいい。だが今のは、境界線を超えていたぞ神フレイヤ」

「…………そうね。今のは私が悪かったわ、少し、はしゃぎ過ぎちゃった」

 

 神威に当てられたからか、呆けた足取りでカップを運ぶ店主を尻目に睨むグランに謝罪する。

 オラリオに長くいれば、神の戯れに嫌でも慣れてしまう。

 

(これ、長くなりそうだな…………いやもう美の女神様の美貌を堪能するしかないだろこれ)

 

 跳ね上がり続ける心拍の果てに辿り着いたのは限りなく俗物に近い開き直りだった。

 ショートを繰り返した思考はまともに機能せず、元から高いとは言えないIQはサボテンと同等まで下がっている。

 ため息を一つ溢し、諦めたように紅茶を一口飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、なんで俺フレイヤ様のこと抱えてんの? 体柔らかすぎだろ、惚れるぞ???)

 

 フレイヤを抱え、フレイヤ・ファミリアのホームにひた走りながら、グランは脳内に特大の疑問符を浮かべた。

 

 フレイヤから話を振られ、それに答える。そんな一般的な茶会に近しいやり取りの後、気づけば帰りの付き添いをすることになり、何故か俗に言うお姫様抱っこをして街を駆けている。

 

 会話の中でも何度かど壺にはまる感覚があったが、返事を返すのに精一杯で意識を向けることなど出来はしなかった。

 しかし、拝み倒せるほど整った顔を眺めた結果、グランのコンディションは理論値に近しいほど上がっている。

 

(おっしゃ、フレイヤ・ファミリアがなんだ。オッタルだろうがかかってこいや!)

 

 テンションとイキリ具合も理論値に近しいほど上がっている。内心で済んでいるからいいが、本当に喧嘩を売れば被害の規模にロイマンが三回は気絶するだろう。

 

(てか、フレイヤ様エグすぎない? いい匂いするし体凄く柔らかいし、偶に聞こえる吐息エッッッっ!!!! バイノーラルだろこれ。あれ? 俺DLsiteで買ったんだっけ?)

 

 さほど残っていない前世の記憶を使ってR-18ボイスに改竄するのはやめろ。

 

 魅了には抵抗できているのに本人の耐性が低すぎた。グランは優しくされれば、すぐ絆されるぐらいにはチョロい。そんなチョロ男が女神の破壊力に抗えるわけもなく、見るに堪えない無様を晒していた。

 

「貴方の腕、逞しいわね。これから先、その腕で私を包んでくれないかしら?」

「…………申し訳ないが、御免蒙らせてもらう。俺も命が惜しい」

 

(は──ー声良すぎだって。本当に好きになっちゃうからやめて欲しい…………いやガチで揺らいでるんだけど!!)

 

 こいつ、これで明日から遠征って信じられるか? 

 

 

 

 

 

 

 

(良い、本当に欲しくなっちゃった)

 

 グランの腕の中で、フレイヤは思考を回していた。

 考えているのは、今も輝くグランの魂。

 魂を侵食しようと蠢く黒炎に魂は揺らぎ、しかしその恒星のような白光は陰りを見せず、煌々と極光を放っている。

 

 ただ、その輝きに目を焼かれた。

 不屈の精神と、未知に溢れたその全てが、自分の手元にあればどんなに良いだろうと思えた。

 高鳴る鼓動は『恋』の始まりにも似て、フレイヤの体を火照らせる。

 

(どうやってこの子を落とそうかしら───)

 

 熱に浮かされたように浮かべた笑みは、極上すら容易く塗り替えるほどに、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、月明かりがオラリオに静寂を伝えた頃、廃教会の地下にて、神───ロリ巨乳女神(ヘスティア)は眷属のステイタスを更新する裏で唸っていた。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:G105→G116

 耐久:I67→I79

 器用:H134→H147

 敏捷:H174→H189

 魔力∶I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

(トータル50超え……!? 一週間ぐらい前から感じてたけど、【経験値】の質と量が跳ね上がってる……?)

 

 更新したステイタスに描かれる、一週間前とは比にならない上昇値。

 目を疑わずにはいられない不自然な増加に、ヘスティアは眉をひそめる。

経験値(エクセリア)】とは、その眷属が経験した事象であり、成し遂げた軌跡、その質と量の値である。それは即ち、同じ内容でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヘスティアは知らないが、グランの指導により鍛えられ、日々の探索でその教えを反復するベルの【経験値(エクセリア)】は見違えるほど上昇している。

 グランの教え、能動的な戦闘思考と戦闘後の再思考はベルの経験を通常よりも上質な物へと変えていた。

 

(それに、なんかスキルになりそうな【経験値(エクセリア)】もあるし…………なんだか怪しいぞぉ?)

 

 感じた違和感。

 ベル個人だけでの成長と言うには、いささか急すぎる。何か、それこそ外的要因によるものだと言われた方が納得ができる。

 

「はい、更新内容。…………さてベル君」

「ん? なんですか、神様?」

 

 こてん、と首を傾げる白兎に胸がキュンとし、抱きしめたくなるが我慢し疑問をぶつける。

 

「いやなに、最近良いことでもあったかい?」

「え、えーと…………特に何もないですよ……?」

 

 (ダウト)! 

 動揺からか声は軽く震え、目も泳いでいる。そして、何より、神に嘘は通じない。

 ミョンミョンとヘスティアの髪が被告人(ベル)を咎めるように叩く。

 

(なんだ? 何か怪しい奴らに騙されてるんじゃないのか……? ベル君、めちゃくちゃ純粋だからな…………)

 

 そんな模範的な神としての思考の裏側に広がるのは、メラメラとした嫉妬の熱。理由が定かではないがベルの急成長の裏には自分ではない『何か』がいて、その存在はスキルに現れかけるほどベルに影響を与えている。

 

 その事実だけでもう十分だった。

 

(き〜〜〜!! 誰だ、僕のベル君に手を出したのは!! 僕以外にベル君が染められてるのが我慢ならないねっ!)

 

 そんなNTRれたみたいな感じで言わなくても…………。

 

 ヘスティアの邪念に似たオーラを感じ取ってか、ぶるりとベルの体が震える。

 本能的に、この状況はマズイと理解できる。

 鍛えられた思考回路が行動を弾き出すのは一瞬だった。

 

「ぼ、僕素振りしてきます!? 更新ありがとうございます!」

「あ、ちょ! ベルくーん!?」

 

 一瞬の隙を狙って上に乗るヘスティアから逃れ、素早くインナーを着込み、短刀を掴んで地下から出る。

 

 月明かりの下に逃げれば、夜の冷気が肺に吸い込まれ身を引き締めた。

 息を吸って、吐いてを数度繰り返した後、体に叩き込まれた軌跡の後を追うように刃を振るう。

 上書きするように描かれた自分の軌跡は理想のそれと程遠く、何度も繰り返すことで僅かに理想に近づいていく。

 

 ベルの中には、二つの願望があった。いや、一つから派生したと言うべきか、『英雄になりたい』という願望と『可愛い女の子との出会い』という願い。英雄色を好む、と祖父から教えら(洗脳さ)れたせいで、ベルの中でその二つの願望の比率は『出会い』に傾いていた。

 

 そんな中で出会った、英雄(グラン)

 その強さに、絶望するほどに遠いその姿に、心を揺さぶられた。

 子供の戯言のように、英雄みたいに強くなりたいと、そう思った。

 

(でも…………)

 

 短刀を振るう腕を止め、空を見上げる。

 

(強くなりたいって、思った)

 

 運命のような出会いでは無くても、鮮烈に刻まれた。

 

(でもそれは…………)

 

 果たして。

 その思いの矛先は、暗闇に隠されていて。

 

(僕は、どうなりたいんだろう)

 

 見上げた夜空に、答えは見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

(ああああああああああああ!!!!!!)

 

 ホームの自室で荷物を纏めていたグランは、内心で絶叫と共に頭を抱えていた。

 

(この一週間、ベル君の育成とアイズの睨み目に心持ってかれてたけど、椿んとこ行ってねぇじゃん!)

 

 手元にある黒鉄の大剣もかなり長いこと使った愛剣だが、Lv.6に至るため倒した漆黒の木竜の素材を、グランは椿に預けていた。

 

(預けてから結構経つけど、まだ作ってるぽかったし。そろそろ顔見せとこうと思ってたのに、俺完全に忘れてんじゃん!? この剣もそろそろガタが来始めてるし、主武装交換考えてたのに!)

 

 まだ完成してないにしろ、完成度合いの確認をしたかったと、心の内で咆哮する。

 現実ではじっと固まり、心では荒れに荒れる姿は、どちらも観測できれば混沌に相応しいだろう。

 

(…………もう知らね。寝よ)

 

 現実逃避。

 明日の自分に、荷造りの途中も悶々とした思いも放り投げて、ベットに倒れ伏す。

 こんな男が美の女神に鮮烈に刻まれてるって、信じられるか? 

 

 




次回からやっと本編(ソード・オラトリア) スタートです。
テコ入れベル君はかなりめちゃくちゃなテコ入れですけど僕の低IQじやこれ以上は思いつきませんでした。


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