咲-side story- A (小走やえ)
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誇り-小走やえ編-
Ep1.「誇り」一本場


21世紀・・・世界の麻雀競技人口は数億人を越え、世界で麻雀を知らぬ者はいない程であった。我が国日本でも大規模な全国大会が毎年開催され、プロに直結する成績を残すべく高校麻雀部員達が覇を競っていた

 

…冬を越え、暖かな空気が街を包む。朱色の光が照らされる道を二人の少女が歩く。

 

由華「先輩、今日の私の打ち筋はどうでしたか?何か変な所あったりしませんでしたか?」

 

やえ「由華、お前も一年間一生懸命麻雀に取り組んできたんだ。それも、王者”晩成”の麻雀部でだ…そろそろ自信を持って麻雀に臨んでも良いんじゃないか」

 

由華「いえ、私はまだ自分に頑張ってるとは言いたくないんです…後悔したくない、ですから…」

 

やえ「そうか…ん、良い心掛けだ」

 

話を途中にしながらも、お互いの帰路につく。やえは後輩に自信をつけさせる為にどうしようかと、思考を悶々とさせながら。

 

やえ「ただいまー……また、か」

 

やえはリビングに入り気づく、煙は天井を汚し臭いは不快な気持ちにさせる。やえの姉、小走一重(かずえ)がどこか遠くを見つめる様に煙草を燻らせていた。

 

やえ「姉貴、今日も行ってきたのか?」

 

一重「あー、やえおかえりー。うん、いってきたよー雀荘。また、かてないしまけなかったよー」

 

一重は十年前晩成高校の麻雀部に所属しており、レギュラーを張っていた。そして、その年の晩成高校には30年連続の県大会優勝兼インターハイ出場が掛かっていた。

 

やえ「まだ、普通の…普通に頑張って考えて打つ麻雀は出来そうにない、の、かな」

 

晩成高校が未踏の記録に手を掛けた手を払った者がいた、阿知賀女子学院麻雀部である。一重は大将を務めていた、その時阿知賀との点差は普通ではなく、晩成の優勝はほぼ決まっていたはずだった…。

 

一重「だって、かてないけどまけもしないんだもん。まけるのはこわい、こわくてふるえてしまうから」

 

赤土晴絵、それは晩成高校の栄光を打ち破った阿知賀の伝説。勝利を諦めない彼女の意思と、少しだけ麻雀の神様に愛されていたお陰で阿知賀はオーラスにドラマを起こした。阿知賀と晩成高校の点差は31800点、子の阿知賀は三倍満をツモるか倍満を晩成より直取りしなくてはならない状況だった。

 

南4局 0本場 13巡目 ドラ6

 

一重(仲間から受け継いだ点棒を守り切って、優勝するんだ!)

 

トンッ

 

スッ

 

 

赤土(役満も三倍満も今はいらない、対面の晩成から直取りの倍満を和了って決める…まぁ、そこまでの手が入ってないだけなんだけどね)

 

タンッ

 

トンッ

 

赤土(それ、私の当たり牌なんだよねぇ…ま、見逃してツモ切りだね)

 

トンッ

 

タンッ

 

一重(これは染め手の阿知賀に厳しい牌、けれど下家が切った後にツモ切りしてる…だから)

 

タンッ

 

赤土「ロン!面混一七対子赤ドラドラ、16000です」

 

小走一重の中に亀裂や歪みが生じたのはこの頃だった。プレッシャーに圧し潰される事なく、冷静に打牌を続けていた彼女は突如に現れた違和感と喪失感によってそれらが崩れた。

 

一重「………。お、めで、とう…ござい、ます…」

 

涙を流して、僅かばかりの声量で声を震わせて祝辞を述べた。この時はまだ、彼女の中に悔しさと反骨心が残っていたのかもしれない。

 

やえ「姉貴、今日は夕飯はどうする?」

 

どこか遠くを見据える一重にやえが問い掛ける、けれどやえが期待した返事は返ってこない。いつかの昔から変わらない一言。

 

一重「食べてきたから要らない」

 

感情の起伏も表情の変化もない淡々とした言葉。やえは諦めて自室に戻る。

 

やえ「今年の大会で何かを見せる事が出来ないなら、私達は変われないんだろうな…」

 

ネット麻雀を数回繰り返して、一つ一つの対局の牌譜を眺めながらごちる。今のままでは県はともかく全国は厳しい、それが重くやえの両肩に現実としてのしかかる。

 

やえ「明日は新入生歓迎会だったな、この辺で終わりにし眠るとしよう」

 

パジャマに着替えてベッドに潜る。最近良い夢見てないと思いながらも、寝息をたてて暗闇に落ちていく。

 



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Ep1.「誇り」二本場

朝練がある為にやえの朝は早く、家族の誰とも基本的には一緒に朝食を取れない。けど、その日は違った。

 

一重「おはよう、やえ」

 

やえ「おはよう姉貴…珍しいね」

 

一重「たまには、ね」

 

何気ない会話が嬉しい、いつもない会話だから。この時間を続けていたい思いはあるが、時間がそうさせてくれない。

 

やえ「それじゃあ、そろそろ行ってくるね」

 

一重「うん、行ってらっしゃい」

 

笑顔で手を振り、やえのことを見送る。当たり前の事だったことが今再び起きている、それが心から嬉しくてしょうがなかった。元気に返事をして玄関を出て行く。

 

………晩成高校、麻雀部部室。

 

やえ「良子、今年こそはI.Hのあの壁を越えて頂きへと足を踏み入れよう。私達にはもう、今年しかないんだから」

 

やえの神妙な顔から何かを察した良子は黙って、重く頷く。

 

日菜「大丈夫、私達は誇りを持って驕る事なく練習を続けてきた。簡単には負けない」

 

眼鏡を掛けた木村日菜が自信のある表情で語る。それにやえを始め、晩成レギュラーの面々が往々に頷く。

 

やえ「取り敢えずは、放課後の新入生歓迎会だな。そうだ、由華喋ってみるか?」

 

由華「む、無理です!先輩方の代わりなんて私にはとても出来ません」

 

やえ「代わりになる必要などないが、次代を背負うのは由華だろう。少しは人前に出て喋らなきゃだぞ」

 

由華「先輩方の代は、まだまだ終わりませんから」

 

が細く、弱々しい声、けれど由華の瞳には自信が充ち満ちており、少しはやえ達三年生を安心させる事が出来たみたいだ。

 

良子「さぁ、あと一回東風を打とう。それぐらいで丁度良い時間になるだろう」

 

良子がそう言って卓に着くと、やえ、由華、日菜が席に着き紀子が採譜を始める。こんな時間もいつかはなくなってしまうのか、と由華は思うのと同時に終わらせないと心に誓った。

 

東二局 7順目 ドラ 4萬

親 小走 やえ

 

一一四六七⑤⑥⑦⑧⑨ⅳⅵⅸ 引→ⅷ

やえ(配牌から手があまり進んでないな、ドラが邪魔になっているな。なら)

打→四

 

三四五六七八②②③⑤西西発

由華(この順目でのドラ切り、シャンテン数の優先か手役優先のどちらか、やえ先輩に好牌先打なんて薄っぺらい考えはない…つまり、ここは鳴く!)

「チー!」→四三五 打 発

 

ⅰⅰⅱⅲⅲ⑥⑧⑨中中中発白 引→白

日菜(仕掛けるの早いなぁ…でもおかげで面白いの引いたね。発は今の一枚切れ。チャンタを目指すのにも⑥は要らない、だから勿論)

打→発

(仕掛けが入ってるからね、日よったっんじゃないよ)

 

良子「ポン!」→発発発

東東南南南四四五六七⑨

打→⑨ テンパイ(四-東待ち)

 

やえ(テンパイ、か…高いな) 引-八

打→ⅸ

 

由華(来ましたね、あと1シャンテン。ただ良子先輩の牌姿が不穏な空気を醸してますねぇ) 引-④

打→西

 

日菜(鳴けば手が痩せていくだけだよ、良子ちゃん。見せてあげるよ、リーチの恐怖を!!) 引→⑦

日菜「リーチ!」 打→⑥ テンパイ(ⅱ待ち)

 

良子(チャンタの捨て牌にしか見えない…だが、リーチを掛けたって事は和了れると思ってるってことだよな。満貫張ってるんだ、降りる事はない!)引→ⅰ

打→ⅰ

 

やえ(ⅰをツモ切りしたって事は満貫以上、そして索子に目が瞳が普通でない動きをした日菜は索子テンパイの可能性が高い、引いてきたのは赤いⅴ…面白い)引→ⅴ赤

打→⑧

 

由華(⑧は日菜先輩にも良子先輩にも厳しい牌、つまりやえ先輩も好手。…私のこのテンパイは何を意味するのでしょうか)引→②

打→西 テンパイ(四待ち)

 

日菜(誰の目も打牌も諦めてないなぁ…一発ならず、か。やえがどうするのか)引→⑦

打→⑦

 

良子(一発はなかったがまだ中盤、ツモは誰にでも数がある…ドラでなくて良いから私の所に東がいてくれれば良しとしよう)引→北

打→北

 

やえ(ふふ、来たか。だが、最大の邪魔があるな…経験と観察眼を信じれば良子はドラと役牌のシャボ待ち、リーチを掛けた日菜はチャンタ本線の索子下待ち、由華は一矢を報いろうと待ちは悪いが他の二人には振ろうとは思ってないな。東風でこんな事をするのは私ぐらいかもしれないな、王者は魅せる姿勢を崩さない!)引→五

打→⑨ テンパイ(ⅶ待ち)

 

由華(分からないや、でもやえ先輩は多分出遅れてる。だからこのまま)引→⑥

打→⑥

 

日菜(あ、ここでこれ引くんだ…と、盲牌してるとばれちゃうよ)引→ⅴ

打→ⅴ

 

良子(ⅴね、また匂いが鼻をくすぐってくるぜ。待ちは上の三牌か下の三牌のどれかですってな)引→南

打→南

 

やえ(待ってろよ、お前たち。王者の道筋というのがどういうものが見せてやる)引→ⅲ

打→ⅷ

 

由華(!やえ先輩が攻めてる、これは不味いよ。待ちが悪い上に下手に動けないのに)引→八

打→八

 

日菜(あれ、私ってリーチを掛けたんだよね。おかしいなぁ…誰も降りてくれないし。恐怖を感じてるのが私になっちゃってる)引→七

打→七

 

良子(やえが来る前に!引け、私!…まぁ、厳しいか)引→③

打→③

 

やえ(だろうなぁ…ツモると思ってた、だからこそ私ぐらいだと感じたんだ、私だけの手順。親だからと言って手を緩める事はしない、それが私の打牌の意味だ)引→ⅶ

「リーチだ!」ゴッ! 打→ⅸ テンパイ(ⅱ-ⅴ-ⅷ待ち)フリテン

 

由華(来ちゃったよ、私には来てくれないのに…ううん、諦めないよ!)引→ⅷ

打→ⅷ

 

日菜(由華ちゃんがまっすぐ攻めてる、私はリーチを掛けてるから動きようもない、だから勝負だよ!やえちゃん)引→⑨

打→⑨

 

良子(さて、降りてしまえば東風だそのままズルズルと負ける事もある。満貫で親を蹴れたら最高だよな)引→六

打→六

 

やえ「一発は出来過ぎだな…ツモ!リーチ一発ツモピンフ三色赤裏1。8000オール!」ゴォッ!

 

良子「はは、フリテンリーチを一発かよ。やり過ぎだぜ」

 

由華「索子の上は大丈夫って確信があったのと、ドラを引かないと思い至らないと無理ですよね、そんなの」

 

日菜「私の和了牌…ずるい」

 

やえ「やっぱりか。まぁ、まだ二局だ終わりまでは半分の道のりだ、気を抜くなよ」

 

朝の麻雀はそのままの勢いもあって一位を取ることが出来たが、やり過ぎ感は否めない。あのⅶは和了るべきだったろうな…私も気分で打牌がブレるのは直さないとだな。

 

※小走やえ 最終手形 ドラ→四 裏ドラ→⑥

一一 五六七 ⑤⑥⑦ ⅲⅳⅴ ⅵⅶ ツモ→ⅱ

 

ただまっすぐ、魅せる姿勢の打牌。

それが今の小走やえの思う最高の打ち筋-!!

 



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Ep1.「誇り」三本場

新入生歓迎会や仮入部期間も終わり、晩成高校麻雀部は一年生の本入部を受け集会を開いていた。

 

やえ「一年生の諸君、私が今司会の良子から紹介された部長の小走やえだ。私ら晩成は奈良の頂点として君臨し続けている、それゆえ意識の高い者が多く層も厚い。レギュラーとなるには困難な壁がいくつもあるだろう、然しだ諸君。実力主義であるうちでは実力を示せば誰にでもレギュラーの座を勝ち取る事が出来る、諦めなければ栄光を掴み取る事が出来るのだ。我々、先輩は勿論死に物狂いでレギュラーを勝ち取りに行く、守る。一年生の皆には是非、我々を追い詰めて頂きたい。以上だ…共に頑張ろう!」

 

部員一同が大きい声で返事をする。壇上に立つやえには壮観であり、その迫力たるや凄まじいものでる。

 

由華「先輩、お疲れ様です。一年生のみならず、2.3年生の士気もあがりましたね」

 

やえ「あぁ、今回は噛まなくて良かった……本当に」

 

苦笑しながらやえは思い出す。二週間前の新入生歓迎会の部活動説明で思い切り噛み、一年生の失笑や同部員達の喜色満面の笑みを。今でも良子や紀子にはネタにされ笑い者にされている、それがプレッシャーとなっていた。正しく話せた事への安堵感からか、肩を落とし溜息を吐く。

 

由華「あはは…」

 

良子「さぁ、部員の皆で今日より一週間を掛けて部内大会を開く。運も実力の内とは言うものの牌譜を採る、一打一打に説明が出来ない打ち筋をするものを皆の代表とはしない。それを考え、自分の実力を発揮するように!よし、皆割り振った卓に着いてくれ」

 

良子の指示を受けて一斉に動きだし、合図で各卓で戦いが始まった。

 

やえ「ふむ、良い打ち方をする。名前は?」

 

???「は、はい!岡橋初瀬って言います!」

 

やえ「そうか、初瀬」

 

初瀬「はい!」

 

やえ「二週間後に選考メンバーでの合宿をする、参加しないか?自分でも分かるだろうが、レギュラーはおろか補欠に入る力量は今のところない…だが、鳴きとオリの判断は目を光るものがある。今年は無理かもしれないが、来年以降の晩成を背負う一人として合宿に参加してほしい」

 

初瀬「あ、ありがとうございます!ぜひ、頑張らせていただきます!」

 

良子「やえの目に止まるってことは必然的に私らの目にも止まる、プレッシャーはそれなりに掛かるけど大丈夫か?」

 

初瀬は友の顔を思い出す、共に晩成で戦おうと誓った新子憧の事を。今は憧と変わらない実力、もしかしたら下かもしれない、そんな思いが初瀬に掛かる重圧を和らげていた。

 

初瀬「認めて頂いたのに、それを拒否することは出来ません。今、自分が出来ることを必死にします」

 

初瀬の瞳には強い意思が宿っていた。それは良子や紀子、由華と日菜…そしてやえを頷かせる。

 

やえ「決まり、だな」

 

そして、初瀬を含めた晩成高校の合宿が始まる。

 

※※※※※※※合宿の始まる六日前の事。

 

家に帰って来て、煙草の匂いが鼻につかないのは久しぶりかもしれないな。……、だが遅い。いつもならもう帰って来ていてもおかしくはない時間のはずなのに。

 

「一人だけの静かな時間というのは、寂しくあり退屈なんだなぁ…いつも姉貴がいたから気づかなかった」

 

やえが気を紛らわせる為に着けた、テレビの音が響くリビングの中独りごちた。ふと、テレビの音量を下げる。玄関の方から複数の声が聞こえる。両親に頼まれていた、新聞の支払いだろうか、それとも町内の募金の話だろうかと思案巡らせながら玄関へと向かう。

 

「誰だ?」

 

ドアの覗きガラスから外の人を見た。いつも来る新聞の配達員でも、町内の人でもない。会ったことがない人間が二人立っていた。インターホンが鳴る、やえは訝しみながらディスプレイ横のボタンを押す。

 

「はい、小走ですがどちら様でしょうか?」

 

「お届け物をお届けに参りましたぁ!」

 

冗談っぽく笑みを浮かべながら喋っている、声からは勿論表情を見て相手が女性だと気づき、やえの警戒心が少し和らぐ。

 

「うちは頼み物は何もしてないも思うのですが」

 

「いえ、お届け物に頼まれてお届けに上がった次第なんで、心当たりがないのは至極当然だと思いますえー」

 

そう言って、女性はカメラの前にお届け物と称したものを移させる。それは、やえの知ってるものだった。

 

「姉貴…?」

 

「そうでーす、小走一重さんですー。お部屋までお運びするんで開けて頂いても宜しいですか?」

 

その言葉を聞く事なく、やえは玄関の鍵を開けて訪問者を招き入れる。額には冷や汗が垂れて来ている、何か悪い物を思い出したかの様な表情をしながら。

 

「町の雀荘でな、この女の人が凄い気を撒き散らせてたから、うちと桜でちょちょいと気を削ったらこうなってしまってなぁ」

 

「あまり宜しくない説明だよ。それじゃあ、私達が彼女に危害を加えた様に聞こえるでしょうに」

 

「もし、そうだとしたら家まで連れて来る理由は…まぁ、色々有りそうですけど、他意はなさそうに見えますね」

 

「良いねー、下手にオカルトに憑かれているより全然良い理解の早さだね。それに警戒心もあり、洞察力もありそうだ」

 

「芳香ちゃん、話が飛びすぎて何を言ってるか分からない。エトピリカになりたいペンギンもそこまで無闇に飛ぼうとしないよ」

 

「姉貴のいつも感じる嫌な感じがしないのは、あなた方がどうにかしてくれたという事ですか?」

 

「あっはっはっは!好意的に言ってる様に聞こえるけど、そうは見えない瞳だねー、素直は美徳だけど隠した方が良い気性もあるんだよー……特に、憎悪や憤怒なんてものはね」

 

「芳香ちゃんに話をさせると進まないし、わからないだろうから私が説明するね。その前に、一重さんを休める所に運んで、落ち着いて話をしようか」

 

一重の寝室まで三人で協力して運ぶ。やえの見立てでは理知的で話がしやすいのは桜と呼ばれた方だろうなと決め。話の切り出し、会話の展開は良子と呼ばれた女性は少し遠くに置いた方が良さそうだと考えた。



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Ep.1「誇り」四本場

奈良より遠く離れた地ー長野。そこでも、高校生雀士として覇を競い合う者たちがいた。そして、清澄高校麻雀部に所属する悩める少年が一人いた。

 

須賀京太郎は考えていた、己の弱さは今は考えないようにしようと。同部活の女子達は素人目に見ても強い、それも圧倒的に。俺の麻雀を始めた動機なんて安っぽい、安易なものだ。でも、他の人達は違う。真剣に、真摯に想いを乗せて麻雀を打っている。原村和や宮永咲は全国に出て勝つ理由があるという、部長の竹井久は最初で最後のインターハイである為に想いは一塩だ。部長のその二年間を見てきた染谷まこ先輩も同じである。片岡優希は仲間思いである、皆の為に頑張る姿が見て取れる。じゃあ、俺は?となる訳だ。

 

京太郎「俺は弱い、向上心も今はない。けど、楽しそうに打つあいつらを見て、俺も同じように楽しみたい。でも……」

 

部室内は京太郎一人である。独りごちても反応などはありはしない、だからこそ京太郎は誰にも言わない悩みを吐露していた。

 

京太郎「オカルトってなんだよ。東場で配牌やツモが良いとか、樌をしたら絶対有効牌とか悪待ちだと和了りやすいとかなんなんだよ。なんなんだよ!……俺にはそんな神様じみたもの備わってねぇんだよ、くそ。和も牌効率が出来て当たり前のように話してくる、いやそれは俺の不勉強か」

 

惨めだ。その一言に尽きる、何をどうしたら俺は強くなれるのだろう。そもそも、俺は麻雀が好きなんだろうか。ひたすら負けて、楽しめずにいるこの麻雀が俺は好きだというのか?

 

京太郎「咲の加樌に対して槍樌出来た時は楽しかった、東場吹いた優希を南場では逆にロン出来た時とかも。まこ先輩や和に良い手筋だと褒められた時は本当に嬉しかった。部長は構ってあげられないのを気にして二人きりの時は丁寧に教えてくれている。負けていても、俺はたのしんでいるんだな……けど」

 

やっぱり、あの領域で共に切磋琢磨しあうチームメイトでいたい。そう、強く思う。雑用やらで役に立てるのは確かに悪くはない、けどこと練習において役に立てていない。それが酷く歯がゆく惨めな気持ちにさせているんだろうな。

 

京太郎「上手く、強くなりてぇ……」

 

京太郎の言葉は静寂にまみれて消えたー。

 

場所は長野から奈良へと戻る。小走やえは訪問者から告げられた事実にショックを受けていた。

 

やえ「不沈不浮?」

 

桜「そう。やえちゃんのお姉さんのオカルト症状に名を付けるなら、ね。まぁ、そのまんまなんだけど」

 

良子「ただ、それは彼女のオカルトのほんの一端でしかない上にオカルトの毒みたいなものだ」

 

やえ「毒?」

 

桜「うん。お姉さんは元々、点数調整に起因した能力を持っていたんだと思う。けれど、何らかの理由があってそれは根底から否定された。恐らく圧倒的な力に屈服するという形でね」

 

やえ「つまり、どういう事なんですか?」

 

良子「早い話がこのままだと廃人になって小走一重という人間はこの世に存在しなくなる。まぁ、その危機を私らで防いだってわけさ」

 

やえ「一体どうやって……」

 

桜「オカルトにはオカルト。良子のオカルトで一重さんのオカルトを喰い、そのオカルトを私のオカルトで斬った」

 

荒唐無稽な話にも程がある、然しやえは有無を発せずに呆然としていた。

 

良子「まぁ、理解しろってのが無理ってもんだ。とにかく、お前の姉は無事でオカルトから解放された。まぁ、自ら想いを裏切ったんだ、蝕まれたのはその代償みたいなものだったんだろう」

 

桜「やえちゃん。もし、何か尋ねたい事やお姉さんに何かあったら私達を訪ねて来て。暫くは奈良の雀荘で麻雀打っているだろうから」

 

さ、行くよ。と桜が良子に促す。玄関へと向かう二人に向けてやえは声を絞り出す、待ってと。

 

やえ「ありがとうございます」

 

良子「あはは、礼はお姉さんが回復してからにしな。それにお姉さんの本当の回復はきっと君みたいな子が頑張らないと、ね」

 

桜「じゃあ、また縁があったらね」

 

玄関のドアが閉まる。やえは良子の言葉の真意を計れずにいた。本当の回復とは一体、なんだろうと。

 

 

 



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Ep.1「誇り」五本場

合宿の最中で目立った事などはなかった。晩成の層は厚い、それをまた再確認出来たぐらいだろうなとやえは一人思う。共に切磋琢磨しあうライバルがいるから頑張ります、とは岡橋初瀬の言である。私には近くにはいない、全国の地に立ってそこで悔しい想いをした。先輩方の涙や表情は今も忘れてはいない、そして10年前の姉の事も。

 

やえ「今の私でどこまでの高みへ登れるのだろう、案外麓で頂きを見上げるだけかもしれないよなぁ……ったぁ!」

 

背中に痛みが走る、隣には良子が立っていた。良子は手をさすりながら話す。

 

良子「私らの代で全国を知ってるのはあんただけだ、でもそいつがしょぼくれていちゃあ…話にならないだろう。私らは、あんたに着いて行くと決めたんだ。なぁ、大将?」

 

あんたは先鋒だけどな、と冗談まじりに語るが良子は厳しい視線を向けていた。無論、私にだ。そう、だな。後輩もいるんだ、恰好悪い所は見せてられないよな。

 

初瀬「小走先輩!私の同じ中学で麻雀していた子がいたんですけど、それが阿知賀で麻雀部だったんです!」

 

岡橋が血相を変えてコンビニから出てくる、そして私にとっての衝撃の発言をしていたことに遅れて気付く。阿知賀で麻雀部、だと?あのジャージの子もってことか。視線をジャージを着た少女に写し、観察する。然し、あれ下に履いてるんだよな、短いだけだよな。

 

やえ「あれは、相当打っているんだろう。ここからでも分かるぐらいに手にマメが出来ている」

 

初瀬「そ、そんな!?」

 

後輩に恰好付けるのは先輩の特権だろう?良子。

 

やえ「ふふん、心配しなさんな。私は小学生の頃よりマメすら出来んぐらい打ってる!」

 

初瀬「小走先輩!」

 

岡橋が尊敬の眼差しを向けている事は分かるが、良子や紀子、由華と日菜は口に手を当て体を震わせていた。あいつら、笑っていやがる。

 

良子「まぁ、そのぐらいの方が心強いさ」

 

日菜「そうだね、やえはそのぐらいが丁度良いかもしれない」

 

紀子「やえは部長だからもっと頑張らないと、ね」

 

由華「先輩、輝いてます!」

 

来週からいよいよインターハイ県予選が始まるというのに、かなり気が抜けてしまったな。学校についてからの解散式では、引き締めるような挨拶をしないとだな、うん。

 

背中より刺激を受けて振り返る、その刺激の正体は良子の手ではなかった。夕焼けにより大きく影が伸びているからだろうか、山を背景にしたジャージの子が大きく、物語に出てくる怪物の様に錯覚してしまう。その子はこちらを見据えているのだろうか、その視線は私の体から動きを奪っているようだ。

 

良子「やえ?バスがでるでー?」

 

日菜「部長だろうが、規律を守らなければ置いて行く。それがやえの言葉、だから運転手さん出発してください」

 

紀子「いや、ダメでしょ日菜」

 

由華「先輩?」

 

やえ「い、いや。なんでもない、行こう」

 

最近、今みたいな感覚を知っている気がする。恐怖というよりなんだろう得体の知れないものが自分の周りを囲い、まとわりつくような。気のせいだと良いんだけど。

 

 

数日後。

県予選前日の事である。やえは、姉が帰宅しても見当たらない事に気付き外に出る。姉の行き場所など、昔ならすぐに分かったものだけれど、最近の姉の行く場所など思い浮かばない。

 

やえ「はぁ…はぁ…。どこに行ったんだ、あの不良姉」

 

まさか、と。やえは街中の雀荘へと足を向ける。前に見知らぬ二人は言っていた、オカルトに魅せられた者はオカルトが絡まなくとも後遺症が残る事があると。そして、それは姉にとっては麻雀という博打をするという中毒なのではないかと。魅せられたかは、別として姉は麻雀への想いは強い、それが良いものか悪いものかはまた別としてだが。

 

そして、そこに一人の女性が現れる。

 

桜「あれ、やえちゃんだ。どうしたの?そんな息切らして」

 

やえ「姉が帰って来ないんです、もしかして心当たりとかあったりしますか?」

 

桜「……。静かにしてられるなら案内してあげるよ?」

 

どういう意味があるんだ、その言葉は。場所は知っているが、私がそこにいると不味い場所ってことか?いや、だけど姉がそこにいるのなら。

 

やえ「分かりました、静かにしますので案内して下さい」

 

桜「お姉さん想いだね、羨ましいよ。……ほんとに」

 

後半は小声で聞こえなかったが、着いておいでと案内してくれた。その間、会話は一切なかったけど。そして、案内された場所はやはり雀荘だった。中に入ると、姉達は奥の個室で打ってると話す。奥部屋のドアの窓からこっそり覗いてね、と言われ気付かれない様に中の様子を窺う。

 

女性「弱いな、弱すぎる。意志も薄弱、技術も下手。そんなだから、オカルトに身を心を滅ぼされそうになる」

 

芳香「まぁまぁ、弱きは力を欲するもんだと言ってたのもあんただろ?なら、仕方がないさ」

 

女性「なら、悪魔に取り憑かれてまで叶える願いが歪で正しくないものだとも言っただろう?こいつは、犯した罪を清算して初めて前に進める、そうだろう?小走一重」

 

一重「……そうだ、私はそれだけの罪を犯した。家族、チームメイト、友人、監督とコーチにも迷惑だけをずっと掛けてきた。その恩を返すには私自身が前と同じではいけない、変わらなくてはならないんだ」

 

芳香「良い姉妹、だな」

 

一重「やえは自慢の妹さ、だからこそ私はかっこいいお姉ちゃんじゃないといけないのさ」

 

女性「箱ラスを何度も繰り返してる人間の台詞とは思えんな、少しはましになったってことか」

 

一重「ふん、まだ心までは負けてない。それに、麻雀をしっかり打つのは久しぶりなんだ」ズズッ

 

芳香「力が溢れてんな、引き締めていこうか」

 

女性「当然だ、有象無象に負けては我々の面子に関わるだろう」

 

なんだ、このオカルトにまみれた麻雀は。なぜ、そこでカンをする意味があるんだ。それに、その手を降りたら次はないかもしれないんだぞ。ドラ12だと?ずっと、この状況で箱ラスを続けたというのか……姉は、本気で昔に戻って本気で変わろうとしてるってことか。

 

やえ「私も頑張らないとな」

 

桜「そうだよー、明日は頑張ってね」

 

やえはお礼を告げ、その場を後にした。そして、中ではようやくのことでトップを取った一重の姿があった。

 

一重「ツモ、立直一発ツモ………四暗刻」

 

深く息を吐いて、手に眼を向ける。ありがとう、こんな私に来てくれて。



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