転生したらうちはイズナでした(完) (EKAWARI)
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1.転生したらうちはイズナでした

ばんははろEKAWARIです。
NARUTOジャンルでは久しぶりで、小説書くのも久しぶりなので読みにくい部分もあるかもしれませんが楽しんでいただけたら幸いに思います。


 

 

 ……失敗と偽りばかりの人生だった。

 

「だから今度こそ本当のことをほんの少しだけ」

 

 それでもその人生に悔いはない。

 たとえどんな汚名を受けたとしてもどんな風に思われたとしても、誰が知らなくても己自身がオレは木の葉のうちはイタチだと判っていたから。

 弟を、父を、母を、友を、木の葉隠れの里を、多くのものを愛していたから。

 

 迷子の幼子のような顔をした弟を見る。

 ……サスケにはたくさん心労をかけた。

 弟をこれほど苦しめ追い詰めたのはオレだ。

 兄だからこそただ守るだけでなく、サスケの力を信じてやるべきだったのに、ついぞそのことに死ぬまで気づけなかった愚かな男、それがオレだ。

 今なら何がまずかったのかわかる。

 一人でなんでも出来ると嘯き、他者を頼ろうとしなかったこと、己に嘘をつき己自身を認めてやれなかったこと、弟の憎しみを煽り誘導して一本道を歩ませようとしたこと、それは即ち誰の事も信用していなかったということだ。それがオレの敗因だった。

 人は支え合って生きていくものだというのに、そんなことに死んでから漸く気づいた。

 人はオレを完璧と呼んだ。

 オレもそう思い込もうとした。

 だがオレは誰より不完全で嘘つきだった。

 自分の本心を偽り続け、サスケを、最愛の弟の人生を歪めてしまった。

 だからこそだ。

 嘘をついてばかりの人生だったけれど、それでも今この瞬間だけでもお前に誠実でありたいと思う。

 

「お前はオレのことを、ずっと許さなくていい……」

 

 許される資格もない。

 それでもオレの本当の想いを伝えよう。

 

「お前がこれからどうなろうとおれはお前をずっと愛している」

 

 そしてオレはその言葉を皮切りに、穢土転生が解け黄泉の国へと満ち足りた気持ちで戻っていった。

 それがオレのうちはイタチとしての最期の記憶。

 後悔はない。

 もう弟はオレに守られているだけの小さな子供じゃない。

 きっと道を間違えたとしてもナルトを含め多くのものが弟を支えてくれるだろう。

 死者であるオレにこれ以上語る言葉はない。

 だからこの思考も……ここで終わるはずだった。

 

 

 * * *

 

 

「……い…………おい……ズナ……」

 

 はじめに感じたのは水面を揺蕩うような感覚。

 頭は重く思考が鈍い。

 遠くから誰かの声がする。

 懐かしいような親しい人の声。

(……親しい?)

 不思議に回らぬ頭で考える。

 はて、何故オレは今そんなことを考えているのだろうか。

 オレは、うちはイタチはすでに亡くなり、穢土転生も解除されたはずなのに。

「……ズナ、……ズナ」

 泣きそうな声で誰かが必死に名前を呼んでいる。

 甲高い声変わり前の少年の声。

 それが誰かに似ているようで、酷く懐かしくて……。

(……サスケ……?)

 ふと今し方別れたばかりの弟の名を呼ぼうとして声が碌にでないことに気づいた。

 喉がヒリヒリして唾液すら出てきそうにない。

 重い頭を動かそうとしてパサリと頭の上に乗っていた手ぬぐいが落ちる。

 そうして漸く開けた視界の先には、十に満たない程の年齢をした弟の幼少期にどこか似通った少年が心配そうな形相で己を見ていた。

 一瞬わけがわからず戸惑う。

 そんなオレにほっとしたように眉間の皺を少し緩めながら、愛しさを滲ませた口調で少年がいう。

「良かった! 目が覚めたんだなイズナ! お前三日も熱が出て目を覚まさなくて……もう駄目かと……心配したんだぞ」

 そう言って涙ぐみながらも気丈な笑顔を見せて彼はオレをそっと抱きしめた。

「……にい、さ……」

 渇いた喉で噎せながら無意識にそう返した時、唐突にオレの脳裏の靄が晴れた。

 

(そうだ、オレは……オレの名前はうちはイズナ)

 

 うちはタジマの五男坊で……ついこの間3歳になったばかりのうちは一族頭領の息子だ。

 このどこかサスケに似ている少年は兄の一人であるうちはマダラで、忙しい父母に代わり積極的にオレや他の兄弟の面倒を見ていた。面倒見が良く愛情深い優しい人で兄たちの中でもオレは特にこの人によく懐いていた。

 オレの大好きなマダラ兄さん……。

 うちはイズナとしての記憶を元にそう思う一方で、先ほどまで表面化していたうちはイタチとしての思考が戸惑いをもたらす。

(うちはマダラとイズナの兄弟だと……?)

 それは知っている。

 判っている。

(創設期の人物じゃないか……)

 うちはマダラ。

 戦国時代にうちは一族を纏めていた男。

 初代火影であった千手柱間と共に木の葉隠れの里を作り上げ、後に里を抜けて九尾と共に木の葉を襲い、忍びの神と謳われた千手柱間と終末の谷での戦いの後死亡したといわれた人物だ。

 オレと共にうちは一族を滅ぼした仮面の男トビも「うちはマダラ」を名乗っていたが、そちらは偽物で本物のマダラではないと判断している。

 そしてうちはイズナはそのマダラの弟だったと伝えられている人物だ。

 のちにマダラは弟から目を奪い永遠の万華鏡写輪眼を手にしたという。

 いずれにしてもそれは、オレの……うちはイタチの知る限り70年近く前の出来事だ。

 そしてうちはイタチもまた死んでいる。

 ならばこうしてイタチとしての記憶もイズナとしての記憶もある己はなんなのか?

 おそらく転生……ではないだろうか。

 生者を生け贄に死者を塵芥で形作る穢土転生ではない。所謂生まれ変わりというやつだ。そうであれば理解できる。

 こんな風にくっきりと記憶が残っているのが異常といえば異常であろうが、おそらくこの記憶は、うちはイタチという男の人生は己の前世の記憶というやつなのだろう。

 何故なら記憶がはっきりした今、己はうちはイズナであり、それ以外の何者でもないからだ。

 うちはイタチは死んでいる。

 ならば己は……たとえその価値観や性格に人格がうちはイタチの延長線上にあろうともうちはイタチであるはずがない。

 けれどおかしなことだ。転生というものがあるのなら、普通は未来に生まれ変わると思うのだが、ここはうちはイタチから見たら100年近く過去の世界だ。

 

(いや、過去ではないのかもしれない……)

 

 病明けの重い頭でそう思う。

 うちはイズナの記憶によると今は戦国乱世である。

 忍びの子は5つで戦場に出され、弱いものは死ぬ。

 うちはイタチの人生の時のように忍者アカデミーなんてものはなく、子供は大人の弾除けでしかないし、忍務の難易度も分けられたりなどしていない。

 当然だ。アカデミーというものは忍びの里システムが出来た後に考案され、二代目火影である千手扉間によって作られたものなのだから。

 これがうちはイタチの記憶する戦国期と一致するのなら、それは今の時代から見て未来に出来るものだ。子供を守るという考え方自体そもそも存在しておらず、産めよ増やせよと多産によって損失を補填する、それを当然の考えとしている時代なのである。

 

 故にマダラも、他の兄達も子供ながらにとうに初陣は済ませている。まだ戦場に出た事のない兄弟など自分と一つ上の兄くらいのものだ。

 幼きこの身で世のすべてを知っているなどいうつもりもないが、自分がうちはイタチだった時代に調べた戦国時代の状況と今の状況はよく似通っている。

 そう考えるとやはり、イタチから見て100年前の過去の世界に逆行転生してしまったように感じる。

 けれど、イタチという前世の記憶を持つ自分がここにいる以上、うちはイタチという男がたどった世界と同じ歴史をこの世界も辿るとは限らないのではないだろうか?

 

 平行世界という概念がある。

 世界はいくつも枝分かれしており、一人の人間の行動次第でいくつも世界が分岐するという。

 バタフライエフェクト、胡蝶の夢、いろんな呼び名があるがまあ示しているのは同じものである。

 ならばうちはイタチの延長線上の人格を宿す自分がうちはイズナとしてここにいる以上、うちはイタチの記憶にある歴史と同じになりようがないのではないか?

 そも自分はイズナとしての知識を抜けば、歴史としてしかこの時代のことを知らない。

 うちはマダラが元は五人兄弟であることもうちはイタチの知識では知らなかった。

 果たしてそれが元のイタチの知る歴史のほうもそうであったのか、答えを知りようもなかった。けれど確信はある。おそらくここはうちはイタチの生きた世界とよく似ているだけの別の世界なのだろうと。

 そしてそう思う方がずっと楽だ。

 何故ならうちはイタチは元の世界のうちはイズナのことを知らない。

 イタチの知る世界の史実通りにしようとするほうが土台無理なのであるし、自分がイタチであったときのように再び自分に嘘をつき続ける人生を歩むつもりなどオレにはないのだから。

 

「イズナ?」

 ふと黙り込んだ自分を心配するような声に思考の海から浮上する。

「……こふ」

 兄さんと声をかけようとして声が出なくて再び咳き込む。

 三日間発熱したというだけあり、炎症がおきているのだろう。喉が張り付く感じがなんとも不快だ。

 そんなオレの背を摩りながら、心底心配そうな声でマダラがいう。

「大丈夫か? イズナ、兄ちゃん気が利かなくてごめんな。ほら、ゆっくり飲め」

 そう言ってオレの半身を起こしながら、自分より5つほど年嵩の少年は水差しをオレの口元へと差し出した。こくりと喉を鳴らし水を飲む。それだけの行為が酷く億劫だ。熱で乾いた喉はヒリヒリと痛み、口を開けることすら難儀するほどであったけれど、それでも水で喉を潤すたび少しずつ渇きは癒やされた。

 斐甲斐しく世話を焼きながらじっと見つめるもの言いたげな視線に、安心させるようになんとか目尻を和らげゆっくり見返す。

 すると今世の兄たるマダラは、「ん……熱はもう大丈夫そうだな」とオレの額にこつりと己の額を当て安堵したように柔らかな声で「良かった」とつぶやいた。

 続いてとたとたと軽くも騒がしい音が近づく

「マダラ兄! イズナの調子どう?」

「イズナだいじょうぶ?」

 そういってクリクリとした黒い眼がかわいらしいよく似た幼い兄弟が二人、襖を開けて顔を覗かせた。

「イズナ! 目が覚めたんだな!」

「イズナ、あのねボク花つんできたんだ、きれいでしょ。これみてはやくげんきになってね」

 そういって今の己よりは年上だが、まだ幼児といって差し支えない年齢の兄二人は突進するようにギュウギュウとオレを抱きしめた。

「こら! お前たち、イズナはまだ目が覚めたばっかりで、まだ体力も戻ってねェんだ! もっと静かにしろ」

 そんな風に困ったような顔をして弟二人を引き剥がすマダラに、いつかの前世の自分が重なる。

 うちはイタチであったとき、自分は兄の立場だった。

 けれど、今の己は、うちはイズナは弟だ。

 こうして思考がクリアになった今しみじみと思う。

 かつて己がうちはイタチであった時、あの世界のうちはマダラについて知っていることはそう多くはない。うちはマダラとはうちは一族の祖とも呼べる歴史上の人物であり、本人に会ったことはない以上、史跡や歴史書などからどういった人物か予測するしかなかった。

 ただ確かなのは、かつてうちはイタチであったとき、自分はうちはマダラという人物に良い印象は抱いていなかったことくらいだ。

 けれど、自分がうちはイズナとして生まれたこの世界でここにこうして生きている等身大のマダラは、イズナとしての自分が大好きなマダラ兄さんは、前世の最愛の弟サスケにその顔もチャクラもよく似ていた。

 まるで兄弟が年齢差もそのまま立場を入れ替え逆転したみたいだ、とそんなことを思った。

 ……前世の自分はこんなに兄弟はたくさんいなかったけれど。

「ほら、お前たちが騒ぐとイズナが休めないだろう」

「えー?」

「はーい」

「全く。イズナ、大丈夫か? お腹は空いていないか? 困ったことがあれば何でもいえよ。叶えられることがあればオレが叶えてやる」

 そういって慈愛に満ちた顔でニッと笑いながら、ポンポンとリズム良く背を摩るツンツンとした黒髪の少年は太陽のように眩しくて、前世の最愛の弟であるサスケにも似ていたけれど、少しだけ四代目の遺児たるあの少年……ナルトにも似ていた。

「ううん、大丈夫だよ、マダラ兄さん……ありがとう」

 

 うちはの瞳力は闇に浸り、憎しみや失意を募らせるのに比例し強まるという。

 この世界のうちはマダラは、自分の知る限りまだ写輪眼は開眼していない。

 ならばもしかしたら、自分の前世にあたるあの世界でも、昔のうちはマダラはこんな風に太陽のように笑える少年だったのかもしれない。

 深い瞳力は強い愛情の持ち主である証明のようなものでもあったのだから。

 かつてうちはイタチであったとき、己はうちはマダラに良い感情など抱いていなかった。そしてその人物評はうちはイズナとして生まれ変わった今も特に変わっていない。

 前世のうちはマダラのことは今も好きではない。

 だけど、オレは、イズナはこの人が好きだ。

 この人が笑えば嬉しいし、この人が悲しめば悲しい。

 今もほら、ポンポンと背を優しく叩きながら子守歌を歌ってくれている。

「……兄さん」

「おやすみ、イズナ」

 落ち着き澄んだ暖かい声。

 大好きな手の感触を感じながら、微睡みの中、この心優しく愛情深い少年に、うちはイタチの時と同じ歴史を辿らせるのは嫌だなとそう思った。

 転生するなんて思わなかったけれど、死んでも人はそう変われないと思うけれど、それでも文字通り転生したのだから、今度の人生はもう嘘で誤魔化したり一人で出来るなど驕らず、人を頼り、好きを伝えていきたい。

 アナタを一人にはしないから、だから今だけこのまま微睡ませてほしい。

 

 

 うちはイタチ享年21歳。

 転生したらうちはイズナでした。

 

 

 続く




原作で判明していないところは捏造ですので、マダラが5人兄弟で「弟たち」と複数形で呼んでいることから長男~三男のいずれかと、イズナがマダラの弟ということはわかっててもそれ以外の兄弟の年齢や名前が不明ですのでとりあえず当小説内では以下の設定で書いていますので、あくまでもこの小説内の設定としてご理解いただけたら助かります。

第一話時点の兄弟達の年齢

長男 ??? 生きてたら10歳、故人。
次男 マダラ 8歳
三男 ??? 6歳
四男 ??? 4歳
五男 イズナ 3歳

イタチさんとサスケが5歳差の兄弟なのでそれを逆転してみたのと、原作の柱間とマダラの水切り出会いイベント見てると見た目マダラとイズナ兄弟はそれくらい年離れていそうに見える&イズナは末っ子属性に見えるので5歳差にしました。


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2.写輪眼開眼

ばんははろEKAWARIです。
タグにつけている柱間の出番は次回から、扉間の出番は次々回からの予定です。
木の葉隠れの里創設まではシリアス風味ですが里が出来てからはコメディ路線の予定でお送りします。


 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 瞳が熱い。

 

「おい、このガキ……ッ」

 

 自分が変わる。変わっていく。

 その眼に相応しく、体が、脳が作り替えられていく。

 この感覚をオレはよく知っていた。

 現在の体では初めての現象であったけれど、うちはイタチという男の人生の記憶まるごと21年分宿すオレはよく知っていた。

 

「眼を合わせるなっ!!」

 

 ……うちは一族の血継限界……写輪眼が、開眼したのだ。 

 

 

 

 2.写輪眼開眼

 

 

「はい、そこまで!」

 澄み渡った快晴、向き合っている少年達二人を前に彼らより多少年嵩の少年が凜とした声を張り上げる。

 それを合図に、一人は優雅にも汗一つかかず、もう一人は汗だくのへとへとなのを隠すことも出来ず、フラフラの体で礼を取る。

「ありがとうございました」

「あり、がとう、ございまし、たぁ」

 向かい合う二人のうち汗一つ書いていないほうの少年のほうは、幼子とは思えぬ涼しげな声と品のある仕草でぐたりと座り込んだ一つ年上の少年へと手を差し出す。

「兄さん、立てそうですか?」

「……はぁ、はぁ……イズナは、すごいなあ。ボクじゃ手も足も出ないよ」

 その手に掴まり、イズナと呼んだ少年よりほんの少しだけ大きな少年は、よく似た黒い瞳に感嘆の色を乗せながら、なんとか体を起こした。

「まあ……前よりは勝負になってたんじゃねェか?」

 そういってこの中で一番の年長者である審判を務めた少年が苦笑する。

 二人は……否、審判の少年まで含めて三人は兄弟であった。

 この戦乱の世で千手一族と並んで最強と呼び声高いうちは一族の頭領たるうちはタジマの息子達である。

 兄弟はいずれもツンツンとしたコシのある黒髪に、二重まぶたのくっきりパッチリとした黒い瞳に、白皙の肌、中性的に整った面立ちと、典型的なといっていいうちは顔である。

 たとえその背にうちはの家紋がついておらずとも、見るものが見れば一目でわかるほどに典型的な一族の特徴を備えたその顔は、それだけ受けついだ血の濃さを想起させる。

 その印象に違わず、タジマの次男であり今は跡継ぎの……この組み手で審判を務めた少年マダラと、タジマの末の息子であり五男坊にあたる涼しげな態度の少年、うちはイズナは天才と称していい才覚の持ち主であった。

 別に今こうして汗だくで息を乱している少年……タジマの四男坊でマダラの弟にしてイズナの兄である彼が才能がないというわけでもない。

 寧ろ一族の同い年の少年達から見たら彼でも抜きんでているほうであるし、そうでなくば初陣で死んでいる。が、それとは比べものにないほどイズナが年齢に似合わず異常に強いだけであった。

 

 うちはイズナは不思議な子供だった。

 うちはタジマの末の息子だが、末っ子らしい甘えたなところはあまりない。

 強いて言うならタジマの次男坊である兄のマダラに対しては少しそういう側面を見せるが、基本的には涼やかで落ち着いている、品のある物静かな少年であった。

 大人びている……という言葉で形容して良いのかわからぬほどに落ち着いた物腰はどこか仙人に通ずるものを感じるが、なにせ今は戦乱の世である。

 子供はたくさん生まれたくさん死んでいく。

 子供は小さな大人であり、幼くとも子供らしく扱われることはない。それが戦国の世に生まれた忍びの子の宿命でもあった。

 故にどれほど早熟で大人びている子供であろうと、大人の視点から見れば手のかからない良い子以外の何物でもない。だからイズナがどれほど大人びていようが誰も気にしない。

 同じくらいの年齢の子供達以外は。

 けれど、子供達は知っている。肌で判っている。

 イズナは自分たちと何かが違うのだと。

 けれど、子供達は、うちは一族の同じくらいの年頃の子達はイズナのことが好きだった。

 うちはイズナはとても大人びていたが、スカしているというわけではない。

 悩みがあれば根気よく聞いたし、強くなりたいという子がいれば伸び悩んでいる内容についてコツを教えたり、手を差し出すことは厭わなかった。それでいて、見守るように必要以上に手を出すこともない。

 その立ち振る舞いも、慈愛を含んだ眼差しも、とても5歳になろうとしている幼子とは思えなかった。

 その有様は、まるで何千年も生きた仙人か仏のようだった。

 異物は排除される。

 幼い子供ならなおさら、そうなりやすい。

 うちは一族で100年に一度の天才と言われている子供はイズナの他にもう一人いる。

 イズナの実兄であるマダラがそうだ。

 彼は5歳で戦場に出されて以来メキメキと忍びの才を開花させ、10歳になる今は歴戦の大人達ですら屠る手練れとして知られていた。

 そんなマダラは一族の子供達には、実の兄弟を除き遠巻きにされている。

 それはマダラの強さが異質に映るから、というのも理由の一つであろう。

 実の兄弟であるイズナから見たマダラはとても不器用だけど愛情深くて、優しい人で、弟たちを守ろうと一生懸命なだけなのだけれど、ピリピリとした孤高の強者たるその態度は幼い子供達……場合によっては大人達にも受け入れにくいタイプの天才なのである。

 それに対しイズナはそうではなかった。

 イズナの才能が群を抜いていることなんて一目瞭然であったが、それでもイズナは他者を置き去りにしようとはしなかった。一人一人に同じ目線から声をかけ、その心に寄り添った。

 それはまるで……理想の親のようであったのだ。

 戦国乱世のこの時代において、子供達は使い捨ての肉壁に過ぎない。

 多くが生まれ、多くが年端もいかぬうちに死んでいく。

 そんな中自分だけ強くなることを由とせず、過干渉にならぬ範囲で少しでも生き残れるようにと強くなる術を与え、一人一人に向き合いながら見守るイズナの姿勢は子供達に安寧を与えた。

 親にしてほしかった愛を与えてくれたのは、漸く5歳の誕生日を迎えようとしているこの幼子だけであったのだ。

 だから子供達は、まるでひな鳥が親を慕うようにうちはイズナという異端の少年を慕った。

 幼き少年は、うちはイズナは本当の意味で大人びていた。

 その在り方は子供達を庇護する、大人そのものだった。

 どうしてイズナがそうであったのか。

 その大人達も子供達も、兄弟も誰も知らぬ理由だが、うちはイズナには前世の記憶がある。

 

 うちはイタチという名の……この時間軸から見たら一世紀ほど未来にあたる時間軸を生き、自らの一族を滅ぼしてまで里と弟を守り抜いて汚名を被って死んだ青年の、21年分の記憶である。

 他者から見れば悲惨な人生だったといえるだろう。

 けれどそれでもうちはイタチはその人生に悔いはなかった。

 たとえ里がどんなに矛盾や闇を抱えようと、木の葉隠れの忍びであることを、木の葉隠れのうちはイタチとして死んでいけた事を誇っていた。

 それでも一度死して穢土転生で現世に舞い戻ったときに思ったのだ。

 自分に嘘をつくべきではなかったと。

 今世でもイズナは天才だと言われている。

 けれど、前世のうちはイタチであった人生の時もそうだった。

 木の葉隠れの忍者アカデミー始まって以来の天才であると、麒麟児であるといわれ、人は己を完璧と呼んだ。あの木の葉の闇を担っていた志村ダンゾウにさえ完璧であると称され、三代目火影猿飛ヒルゼンには齢七つの時には既に火影のような子であるとそう評価されていた。

 一族のクーデター事件の真相を知らぬものには蔑まれ、真相を知るもの達にはこれぞ忍びの鏡と賞賛された。憎しみで道を一つに誘導した弟にさえ完璧だったとそう言われた。

 とんでもない。うちはイタチは完璧などではなかったし、彼は失敗したのだ。

 前世にあたるうちはイタチの人生においても己はうちは一族の頭領の息子だった。齢4つにして戦場へと連れて行かれ、幼くして忍びの才覚を現す自分に人は嫉妬と羨望と期待の重圧をかけた。誰もが己に期待し、お前なら出来ると言い、兄のように慕った友に……親友だったうちはシスイに眼と里と一族を託された。

 なまじ優秀であったからこそ一人でなんでも出来ると嘯き抱え込み、自分に嘘をつき続けた人生だった。

 オレは兄だから、だから弟はオレが守るのだと、5つ年の離れた弟をひたすら子供扱いして、一人の対等の人間として見ようとしなかった。

 弟が……サスケが正しい道を歩むことを願っていたのに、結果的に罪人にしてしまった。

 それは明確なうちはイタチの罪だと思っている。

 愛していると言いながら信用しなかったことが、自分自身を認めてやらなかったことが、己が出来ぬことを許容し、仲間に託すことをしなかったことこそが罪だった。

 そして今の己は、イズナは前世と同じ轍を踏むつもりはない。

 

 うちはイタチは死者だ。

 前世の記憶も知識も己のものとしてもっているし、今のイズナの人格は前世であるイタチの延長線上にあるけれど、それでもイズナはイタチではないし、イタチにはなれない。

 けれど、その想いを受け継ぐことは出来る。

 もう、誰に嘘をついても自分に嘘はつきたくはない。

 うちはイタチは汚名を被り、里を支える名もなき忍びの一人として、S級犯罪者として死んでいったけれど、それでも平和を愛し、少しでも多くの無辜の民の幸福を祈れるそんな青年だった。

 イズナである今も同じだ。

 戦も争いも嫌いであるし、人が死ぬと悲しい。

 だから少しでも、多くの人が生き延びられたらいいと、祈るように同じ年頃の子供達の面倒を見ていた。

 この手で出来ることなど限られている。たとえ前世の記憶や知識があろうと、幼い子供の体力やチャクラ量では出来ることに限度がある。この手で守ってやれなくても自分が与えた知識が、行動が彼らの生存を高めてくれたなら、それでいいとイズナはそう思った。

 

「ねえ、イズナは怖くないの?」

 ぽつりと小さな声で一つ年上の兄が言う。

「明日の戦がイズナの初陣だよ? 怖くないの……兄も……死んじゃったし」

 肩が、手が見れば震えている。

 イズナはそっと目を伏せる。きっと四兄のこの姿を見たら、厳格な大人達や父のタジマは「忍びの子が震えるとは何事ですか」と叱り飛ばすことだろう。だけど、兄は、彼はまだ6歳なのだ。

 前世のイタチの時代ならまだアカデミーに通っているような子供が戦場に出るなど、怖いのは当然である。だからそっとイズナはそんな兄の手を握って「……いいえ、オレも怖いですよ」と返した。

 戦はいつだって怖い。

 別に自分が死ぬことを恐れているとかではない。

 今更だ、自分が戦うことに恐怖などない。

 けれど、誰が死ぬか判らないことは怖いことだった。

 戦の度、子供の数が減っていく。次は誰が死ぬのか判らぬまま子供達は怯え、それでもそれを表に出すことを許されずに戦場に出て死んでいく。

 うちはタジマの子供達は、自分たちは五人兄弟だったという。

 けれど、残っているのは今ここにいる三人だけだ。

 長兄はイズナが赤子の時に戦場で死んでしまった。以来、次男のマダラこそがうちはタジマの嫡男である。

「安心しろよ、オレがお前達を守ってやるからな!」

 にっとマダラが笑う。

「マダラ兄……」

「そうですね、マダラ兄さんありがとうございます」

 ぎゅっと自分たちを抱きしめて太陽のように笑いかける次兄に癒やされ、微笑み返しながらもイズナは知っている。わかっている。これはマダラなりに自分たちを元気づけるための慰めの言葉で、兄の言葉通りになる確率はとても低いことを。

 たとえ同じ戦場に出ていたとしても、部隊が違えば行動を共にすることはない。リスクの分散のためにもおそらく自分たち兄弟は同じ隊に入れられることはないだろう。

 近くにいなければ守りようもない。だから、マダラがどんなに望もうとマダラ自身の手で弟達を守ることは出来ない。

 それでもマダラはいつも言う。『オレがお前達を守ってやる』と。そしてそのための努力を欠かすこともない。この兄は努力家で懸命で直向きで、そんなところまで前世の最愛の弟であったサスケに良く似ていた。

 けれど、ここまで懸命なのは自分たちを守ろうと必死なのは、忙しい父母に変わり親代わりを果たそうとするのは、長兄が死んで自分が後継者になってしまったこともあるのかもしれなかった。

 死んだ兄の分も弟である自分たちを守りたいとそう強く思っているのかもしれない。

 言葉にして確認したことはないけれど、それでも確信はある。

 自分も前世では兄だった身だ。マダラの気持ちは痛いほどわかった。

 けれど、弟達を守りたいというマダラのその願いは、望みは叶えるのはとても難しい。

 うちはタジマの三男である3つ年上の兄は、7歳の誕生日を迎える前に戦場で死んだ。

 千手との戦で敵に囲まれ、殺された。

 いつも弟を守ると言っているマダラは三兄を守れなかった。

 けれどそれは兄のせいではない。次兄は才能豊かな子供で、だからこそ前線に近い位置に送られることも多かった。たとえ同じ戦に出ていたとしても配置が違うのだ。一体どうやって守れというのか。遺されたのは、帰ってきたのは腕だけだった。

 隣で耐えきれず泣く一つ上の兄と、対照的に泣けず無力に自分を責め心で泣いている次兄に寄り添い、3つ上の兄の墓に花を供えた日のことを昨日のように覚えている。

 長兄のことは覚えていない。イズナが物心つく前に死んだからだ。それでも初めての兄弟の死に、自分も悲しい気持ちになりながらも、泣けない兄マダラの心が心配でその日一日寄り添い過ごしたものだ。

 それでも次兄は、弟が死んでも写輪眼を開眼することはなかった。

 あんなに忍びの才に溢れているのに、こんなに愛情深い人なのに、マダラの瞳は未だ黒い。

 

 

 * * *

 

 

 血潮の匂いがする。そこかしこから血と火遁の焦げた匂いがする。

 まだ忍びの里システムが出来る前の一族単位の戦場は酷く原始的で、見慣れているようで見慣れない。

 そんな中、イズナは周囲の歳が近い子供達を守るように、鮮やかに、舞うように戦っている。

「ほ、本当にこれが初陣なのか?」

 部隊に配置された大人が呆けるような声でそんな言葉を漏らす。

 忍びの子は齢5つで戦場へと出される。それが戦国乱世の習いだ。

 イズナはその才覚故に5つの誕生日を迎えるより少しだけ早く戦場へと出された。

 けれど、周囲の子供の誰よりもイズナは鮮やかで、強かった。

 幼い故にチャクラ量はたかが知れている。手足も小さく、体力もあまりない。

 それでも彼は天才だった。

 うちは一族は火遁と幻術に長けている一族として有名だ。

 それは彼らの血継限界である写輪眼が催眠眼という性質をも持つからという理由が大きい。

 けれど、そもそもうちは一族でなくとも幻術に長けているものなどいくらでもいる。

 故に写輪眼を開眼していなかったとしても、幻術に嵌める手段などいくらでもある。

 たとえば、音を使ったものや、手の動き、そんなものでも幻術に嵌めることは出来る。

 イズナは前世のイタチの頃から、幻術も体術も忍術も、手裏剣術もどれも覚えるのに苦労したことがない。チャクラ量には不安があれど、当たり前のようにどれもこれも手足の如く扱う事が出来た。

 一族が誇る写輪眼も、イタチからすれば手段の一つでしかなく、それがなくてもそれに変わる切り札も手段もいくらでももっていた。それがうちはイタチといううちは一族が産みだした天才だ。

 そしてその生まれ変わりであるイズナも、その知識を全て受け継いでいた。

 今戦で相対している彼ら……千手一族はうちは一族の事をよく知っている。

 写輪眼の厄介さも忌ま忌ましさも、誰よりもわかっているのは彼らだろう。だからこそ眼を見て戦わない習慣が身についている。けれど、未だ写輪眼に開眼していないイズナにすればそんなこと関係がない。

 眼を見て使う幻術にかからないなら眼を使わない幻術を使えばいいだけなのだから。

 そうして、幻術に嵌め感覚を狂わせながら正確な投擲術で手裏剣を放ち、味方の子供達や自分に迫る魔の手は烏分身や口寄せの鳥たちを駆使して躱す。

 それは間違いなく守るための戦いだった。

 無駄が一切なく、美しささえ感じさせるそれはまるで演舞のような戦いだった。

 見呆ける敵は代償にその命を散らした。

 

(いける……!)

 

 だからこそ驕ってしまったのかもしれない。

 たとえうちはイタチとしての21年分の記憶があろうと、どんな天賦の才に恵まれていようとうちはイズナは未だ5つになろうとしているだけの幼子にしか過ぎなかったというのに。

 どんなに無駄のないチャクラの運用や技術力があろうと、その体力もチャクラ量もその年齢に準じたものしかなくて、この手で届く範囲などたかが知れていたというのに。

 このまま守り切れると驕ってしまったのだ。

 

 イズナの周囲に配された5~8歳ほどの子供達はどれも酷く疲労はしていたけれど、深手を負ったものや死者は一人も出ていない。それは間違いなくうちはイズナの戦果である。

 それを見て部隊の大人は他の隊と合流を指示した。

 疲労など微塵も感じさせぬ涼しげな機動で他の子供達を気遣い、奇襲に合わぬよう神経を張り巡らせながら、イズナもそれに続く。合流する予定の隊は一つ上の兄が属する隊だった。

 そして、イズナはそれを見た。

 ……兄が敵の忍びに殺される瞬間を。

 

「……兄、さん」

 まるでスローモーションのようだった。

 700メートルほど先で崖の向こうに追い詰められ、兄の体に刃が刺さる。

 小柄な体は宙に浮かび、兄の口から花のように鮮血が散る。

 間に合わない。

 千手のようにうずまきのように生命力に秀でた一族ならもしかしたら、助かった芽はあるのかもしれない。けれど小さなあの体に、大人が突き立てた太刀の一撃はあまりにも無慈悲で、見ずともわかる。兄はもう事切れている。

 これが忍界最速と謳われた四代目火影波風ミナトなら、兄は助かったのかも知れない。

 あるいは前世の親友で瞬身のシスイと謳われた彼なら間に合ったのかも知れない。

 けれどイズナは、うちはイタチという人間の記憶を前世として持っているだけの子供だった。

 ここから兄を救う道なんて、どこにもなかった。

 無力感が胸を焼く。

 目視出来る位置にいたというのに、イズナは兄を助けることは出来なかった。

「あ……あぁ……」

 眼が熱い。

 写輪眼が開いていく。

 懐かしくて、けれどこの肉体では初めての感覚だった。

「ハァ……ハァ……」

 怒りはない。

 憎しみはない。

 目の前で兄を失い、イズナの胸を満たしたのは、救えなかったという自分への失意だけだった。

 

 

 * * *

 

 

 戦が終わり、簡単な葬儀の用意と後始末に大人達が奔走する中、イズナは久方ぶりに父に呼ばれ、褒め言葉を与えられていた。

 初陣で開眼するなどすごいことだと、その眼を褒められ、同じ部隊の大人からの報告で聞いた戦いぶりをも褒められた。

 他の大人達の目もある。その場では族長に敬意を示すためにも微笑み「ありがとうございます」と返したけれど、イズナはちっとも嬉しくはなかった。

 胸を満たすのはむなしさだけだ。

 四兄の死はイズナの写輪眼開眼を祝う声に潰され、話題にも上がらない。そのことが酷く苦々しい。

 別にタジマが息子の死をなんとも思っていないということはないだろう。きっと父だって苦しいに決まっている。息子の死が悲しくないはずがない。それでも自分を祝う声を聞くと「兄さんが死んだのに何を楽しそうにしているんだ!!」と怒鳴りつけてしまいそうになる。

 うちはイタチであったとき、自分は末の弟ではなく兄だった。

 兄弟は弟が一人サスケだけ。

 年が離れた自分を慕う弟のことがイタチはとても可愛くて、その小さな手が自分の手をきゅっと握ったそのとき、ああこの子を守るのが兄としての自分の役目なのだと、そのために自分は生まれてきたんだと大真面目に思った。五歳の時のことだ。

 サスケのことが可愛くて仕方なかった。

 けれどイタチはサスケを置き去りにした。

「また今度だ」と何度も嘘をつき、復讐され弟に殺されることを望み、弟の気持ちを踏みにじった。

 この世の不条理全てから守ってやりたかった。一方的に守られる側の弟の気持ちを考えることもなく。

 うちはイタチは守る側の人間だった。置いていく側の人間だった。

 こんな風に兄が目の前で殺されたなんて経験はなかった。

 今なら、前世の自分は酷く傲慢だったのだろうと、イズナはそう思う。

 兄と過ごした記憶がいくつもよぎる。

 高熱を出した自分に見舞い、野山で摘んだのだろう花で花束を作ってくれた。兄弟達の中で一番泣き虫で、甘えたで子供らしい性格の兄だった。

 自分なんかの開眼を祝うくらいなら、兄の死を悼んでほしかった。

「イズナッ」

「……マダラ、兄さん」

 戦装束から着替え、血と泥を落とした次兄マダラが名を呼び、イズナは思考の海から意識を浮上させる。兄はイズナの肩を確かめるように触れてから抱きしめると、「イズナ」ともう一度名前を呼んでから静かな声で言った。

「……写輪眼、開眼したんだってな」

「……ええ、開眼しました」

「そっか……辛かったな」

 そういって兄はマダラはぎゅっとイズナの体を抱きしめた。

 その暖かな体温に酷く胸が締め付けられる。

 兄は泣いてはいない。

 この人が自分たち兄弟を誰より大事に思ってて慈しんでいた事は知っている。

 亡くした兄はイズナにとっては兄だけど、マダラにとっても大切な弟で、悲しいのも苦しいのもきっと一緒で、だけど泣けないのは、泣かないのはもしかしたらイズナのためだったのかも知れないとそう思った。

「ねぇ、兄さん……」

 ポンポンとあやすように自分の背を叩く兄は母の代わりを務めるかのようで、この人もまだ10歳なことを思えばもの悲しく、けれど寄り添うようなあり方が嬉しくも愛おしい。

「戦は嫌ですね……力ないものから死んでいく……」

「ああ……そうだな」

「父上に褒められても、ちっとも嬉しくありませんでした」

「……そうか」

「戦、無くなればいいですね」

「……そうだな」

 二人寄り添って涙も流せぬままに兄弟の死を悼む。

 そんな二人を月だけが照らしていた。

 

 

 続く

 



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3.はじまり

ばんははろEKAWARIです。
正直闇堕ちものとかスレ○○ものとかの良さは全くわからなかったりするんですが、マダラは(柱間とセットで)見てておもしれーから好きです。


 

 

「……次からは戦場で会うことになるだろうぜ千手柱間」

 

 酷く重い響きで兄はそう言った。

 ずっと澄んだ黒色を宿していた兄の目が鮮やかな赤に染まる。

 一つ巴の写輪眼。

 

「オレは……うちはマダラだ」

 

 兄が死んで、弟が死んで、仲間が死んで、それでも開眼しなかった次兄の目が血のような色に染まる。

 千手柱間と……友との決別によって。

 その意味をオレは悟らずにはいられなかった。

 

 

 

 3.はじまり

 

 

 日が昇る半刻ほど前に目覚めるところからイズナの一日ははじまる。

 やや肌寒い澄んだ空気に包まれる、この瞬間がイズナは好きだった。

 キチンと布団は畳み、井戸水を汲み上げて顔を洗い、歯を磨き、それから髪を手櫛で梳かす。

 いつも通りのルーチンだ。

 身嗜みの大事さは前世のうちはイタチであった時代からほとほと身に染みている。うちは一族棟梁の息子として恥ずかしくないよう、礼儀作法と共にあまり意識せずとも行える習慣である。

 ただ、前世のうちはイタチの時は、自分は母ミコトに良く似たさらさらストレートの癖一つ無い髪で、髪の手入れに苦労した覚えがない。

 だが今は違う。

 濡れ羽色をしたうちはイズナの髪は、色艶こそ似ているけれど前世のイタチのものより癖が強く、兄弟おそろいのこの剛直なツンとした髪の指通りはまるで、前世の弟だったサスケのものによく似ていたし、前世では経験したことのない寝癖がつくという現象を、イズナは今世の体で初めて経験した。

 でも別に嫌じゃないし、今の髪もそれなりに気に入っている。

 これは自分の髪でしかないというのに、そのツンと立った一見硬そうでいて触ると柔らかい髪の感触に、前世でサスケの髪を梳いてやっていた時を思い出して、なんだか少しだけ幸せな気分になるから。

 だから前世よりほんの少しだけ手間がかかるこの髪も嫌いじゃない。

 寝癖がとれるまで水をつけて二度三度梳かして、それから赤い髪紐で肩甲骨の下あたりまで伸びた後ろ髪を一つに纏める。

 そうして日の出まで朝の走り込みへと向かう。

 日課の体力作りだ。

 忍びが忍術に使うチャクラとは、精神エネルギーと肉体エネルギーを混ぜ合わせて練り上げるものであり、いかに熟練の腕があろうといまだ7つの子供に過ぎぬ身には、年齢相応分のチャクラしか望むことが出来ない。

 故に知識のあるなしなど関係なく、大規模な術の行使を望むなら、少しでも高く身体能力を上げる必要がある。

 だからこそ精神エネルギーと肉体エネルギー、どちらもある程度育ってから漸くまともに使えるようになる火遁・業火球の術が、うちは一族では一人前の証明となっている。

 当然イタチも業火球は使える。

 しかし、未だ齢七つでしかないこの身ではたいした火力にはならないし、使えるチャクラに限りがある以上、この小さなこの身でメイン火力として振うには火遁・業火球の術がいささか非効率的である。

 故に今のところ戦場では口寄せの鳥を使った攪乱や、幻術、手裏剣術などをメインに、チャクラの温存と小柄な体を生かす方向性で戦っている。火遁を主力に組み込むのはもう少し歳を重ねて、身体エネルギーの量が増えてからだ。

 壁登りも水面歩行の行も、イズナにとってはいずれも息をするように出来ることで、何一つ困難にはならないけれど、それでも行えば使った分だけチャクラは消耗する。ならばチャクラ量を少しでも上げる足しくらいにはなるだろう。だから足場を問わず、水面も森の中も壁も構わず集落の回りを駆け抜ける。

 そうして夜が明けた頃に家に戻り、再び井戸の水で汗を流し、伝統的なうちは装束に着替えてから朝餉へと向かう。

 

「ただいま、戻りました。おはようございます、マダラ兄さん」

「おう、おかえり。おはよう、イズナ」

 そう言ってにかっと兄マダラが笑う。

 その顔は太陽のように眩しい笑顔で、姿形はサスケを連想させるのに、この兄の笑顔はやはり少しだけナルトにも似ていた。

「今日もまた父上はお戻りになられねェんだとよ」

「そうですか……」

 そんな会話をしながら、兄弟は一族の女中が居間に運んできた朝膳の前につく。

 ここの部屋で食事をとるのはマダラとイズナ、あとはたまに父タジマくらいのものだ。

 兄マダラと二人きりで「いただきます」と手を合わせ、教えられた礼儀作法通りに無言で朝餉を取る。

 食事中に喋るのははしたないとされるため、しんと静まりかえった空間には精々汁を啜る音がたまに聞こえてくるくらいのもので……それはまあ年少の少年二人の食卓と思えぬほど、随分ともの寂しい光景だった。

「……」

「……」

 これが三年前なら、もっと賑やかだった。

 父がいるときこそ厳格な空気が漂っていたが、その頃はまだ三番目の兄も四番目の兄も生きていたから。

 宗家の息子としてどんなに厳しく躾けられていたとしても、この真ん中の兄たち二人の感性は普通の子供そのもので、だからどれほど静かにしようにも限界があって、大好物があれば目を輝かせ、嫌いな食材があれば素直に嫌そうな顔をした。たとえ無言だったとしても目は口ほどにものを言うという。

 だから、この二人が生きていた時は間違いなく賑やかな食卓だった。

 だが、もう二人はいない。

 三兄は三年前に、四兄は二年前の千手との戦でその幼い命を散らした。

 ……イズナの写輪眼開眼という結果だけを遺して。

 だからもうこの家で騒がしくはしゃぐ子供はいない。

 次兄のマダラはうちはタジマの嫡男として、弟達を守らなければと早熟にも弟達の手本となるよう子供らしい振る舞いを放棄していたし、うちはイズナはそもそもうちはイタチという男の21年分前世の記憶を持つことも影響してか、これまたあまり子供らしい子供ではなく、物静かで落ち着いた子なのである。

 だからこの二人の食卓は子供らしからぬほどに物静かで、行儀が良く、それ故寂しいものがあった。

「ご馳走様でした」

「ご馳走さん」

 二人揃って米粒一つ残さずしっかり平らげ、膳を下げておく。台所まで運んだりはしない。それはこの家で働いている女中の仕事だからだ。彼女たちの仕事を奪うわけにはいかない。

 そうして二人揃って食後の茶を啜りながら、年嵩の少年が言う。

「なァ、イズナ。お前今日の予定だけどよ、またチビどもの面倒見んのか?」

「はい。いけませんか?」

「いや、そんなことねェけどよ……お前もよくやるよな」

 そういってマダラは苦笑する。

 イズナは普段から戦の予定が入っていない空き時間、修練所で一族の十歳から三歳くらいの子供達を纏めて集め、修行の面倒を見ていた。11を超えれば脱退することとなるが、それでもこの集まりから脱退したものを含めても一度でもイズナの世話になったことがある子供達は、皆よくイズナを慕っていた。

 

「フフ……素直で、皆可愛いですよ。マダラ兄さんもたまには顔を出しませんか」

「いや……あいつらが素直なのはお前が相手だからだろ? オレが顔を出して見ろよ、あいつら揃いも揃って硬直しやがって……中には泣き叫ぶ砂利までいやがる」

 だからオレは良いんだ、むっすりと拗ねたような表情でポツリと漏らす兄に、本当に不器用な人だなとイズナは思う。

 これが兄なりの子供達への気遣いで、優しさなことを弟たる少年はよく知っている。

 守るべき一族の子達を怯えさせたくないのだ。

 大体、兄のマダラが子供達に怖がられるのはその秀でた才能だけが理由ではなく、次代の当主たる「若様」であり、いつも仏頂面しているからだ。おまけに口も悪くて態度も尊大だ。

 自分や亡き兄達兄弟に対してはその顰め面も緩むけれど、子供達は将来的にはマダラにとって部下となる相手だ。故に舐められていけないと、気を張り隙を見せることはない。

 所詮子供と大人達は侮るが、そのあたりの態度に子供達もまた敏感だ。威圧を感じ取り、中には泣き出す子もいる。

 もう少し態度を和らげ、あの太陽のような笑顔でも向けてあげれば、子供達側も親しみを感じて寄ってくるのだろうけど、無責任にも「兄さんは怖い顔ばっかりしないで、もっと笑えば良いんだよ」なんてアドバイスするには、イズナは聡く、大人すぎた。

 イズナは実年齢こそ七歳の幼子でしかなかったが、うちはイタチという人間のまるごと21年分の前世の記憶を持っている。そして、イタチもまたうちは一族棟梁の嫡男だったのだから、兄マダラの立場はよくわかる。

 気を張り、舐められまいと隙を見せようとしないその態度は、まるで前世の父であるうちはフガクにそっくりだ。

 あの人も不器用な人だった。弟のサスケを目に入れても痛くないくらい可愛く思っていたのに、いつも父として長として正しくあろうと見せるあまり、その厳格さから弟には自分は好かれていないんじゃないかと怖がられていた。自分や母には父の本心などお見通しだったけれど、不器用で、優しさのわかりにくい人だった。

 そこまで考えてズキリと少しだけ胸が痛む。

 父のことも母のことも好きだった。けれど、彼らの命を奪ったのは、殺したのは他の誰でもないイタチ自身だった。

 忍務だったと言い訳する気はない。

 彼らには彼らの立場があり、イタチにもそれをするだけの理由があった。ならばそれは必然だった。後悔などしていないし、何度同じ日に巻き戻ってもイタチは同じ選択を選んだことだろう。それでも、愛がなくなるわけではないのだ。

 息子に殺される結末を許容し、静かに夫婦で寄り添っていたイタチの両親を思い出す。

 自分達を殺そうとしている息子に、お前は本当に優しい子だとそう呼んで、誇りに思うと言ってくれた父は、やっぱり不器用なだけで愛情深い人だった。

 ……過ぎた感傷だ。

 願わくば兄マダラの、この不器用な優しさが少しでも多くの人に理解されるといいのだが。

 

「では、マダラ兄さん、また後で」

「ああ」

 結局、兄がついてくることはなかった。

 そのまま一族の子供達が修練所としている広場へと向かう。

 すると同じく修練所に向かう他の子供達に出会う。

「イズナ様! おはようございます!!」

「ああ、おはよう」

 イズナは目を細め、大人びた微笑を湛えながら、一族の子に挨拶を返す。

 広場に到着すれば、クナイを研いだり思い思いに修練の準備をしていた子供達がぱっと、明るい顔を一斉にイズナに向け近寄ってくる。

 口々に慕う態度を隠すこともなくイズナ様イズナ様と名を呼んで、挨拶の声をかける子供達に、イズナもまた一人一人の名を呼びながら「おはよう」と挨拶を返していった。

「皆、変わりは無いか?」

「大丈夫です!」

「そうか……ならば、いつも通り午前中は年少組は体力作りと手裏剣術の訓練、年長組は模擬戦としよう」

 そうイズナが言うと子供達は元気に「はい!」と返事をした。

 それを合図にさっとイズナは影分身の印を組む。ぽんと軽快な音を立てて煙が晴れれば、そこにはもう一人のイズナが出現する。

 影分身はうちはイタチの歴史の時、二代目火影であった千手扉間が開発した実体を持つ分身だ。

 自立思考をするこの分身は通常の分身の術と違い、分け与えたチャクラの分だけ忍術も使えれば自立思考もし、術を解けば影分身が得た情報や経験は術者に戻る。故に偵察にしろ戦闘にしろなんにでも使える非常に便利な術だ。

 ただし、影分身の術は術の発動時に均等にチャクラ量を分けなければいけないというその性質上、チャクラ量に不安があるものにとっては諸刃の剣にもなりかねないし、本来ならこの時代にはまだ生まれていないはずの忍術である。

 いや、一体だけ出すならまだいいだろう。

 しかし複数の影分身を同時に出すとなると、術者の所持チャクラ量によってはチャクラの枯渇を招きかねない危険な技なのである。それ故に影分身の術自体はただの高等忍術に分類されていたが、多重影分身の術は禁術に指定されていた。

 四代目の遺児であり九尾の人柱力であったうずまきナルトの得意忍術で、彼が苦も無く多重影分身を扱えたのは、あくまでも彼が生命力に溢れたうずまき一族の末裔であったからというのが大きい。

 故に長期戦に備えチャクラの温存が必要となる戦場で、イズナが影分身の術を使ったことはない。

 けれど、この修練に関して言えば、イズナがチャクラを使うこそはそう多くないので、惜しみなく使うことにしている。

 そして年少組の修行見守りを影分身に任せ、イズナ本体は年長組と共により森に近い修練所に向かう。

 初陣から帰ってきて以来、イズナは子供達を年少組と年長組にわけて別々に面倒を見るようにしていた。

 

 基準は戦場デビューを果たしたか否かだ。

 まだ戦場に出ていないものを年少組、戦場に出された5歳から10歳の子供を年長組と分け、修行内容に差をつける。

 年少組ならば、まず戦場で生き残るための肉体作りが課題である。

 忍術については基礎知識は教えども、子供のチャクラ量などたかが知れているのだ、無理に忍術をやらせる意味も無い。故に正確な投擲術に、基本的な体の使い方を反復させ覚えさせるのがまずの課題である。体力がなくば、敵の攻撃から逃げることすらかなわないのだから。

 そして年長組には忍術や幻術、体術などの訓練もさせるが、基本的に午前中いっぱいはひたすら模擬戦を行わせている。

 木の葉の忍びであったうちはイタチの記憶を持つイズナとしては、戦場で最も重要なのはチームワークであるとそう思っている。

 なので、くじを引かせ、子供達を大体三人から四人で一チームとなるよう組ませ、基本は三つ巴戦をさせる。

 模擬戦の内容はその時々によって変えるが、基本的に大けがを負わせるような技や命に危険が及ぶ技以外はなんでもありで、おはじきを命に見立てて、敵チームから全てのおはじきを奪えば勝ちで全てが奪われたチームが負け、という内容だったり、旗を用意しての陣地の奪い合い合戦だったりと色々だ。

 チームメイトは毎回代わり、チームを決まったときに毎回五分だけ作戦を練る時間を与える。

 イズナはそれらの審判役だ。

 基本どのチームにも混ざらず、誤って誰かが命の危険が伴う術を放ったとかでも無い限り、勝敗が決するまでは何一つ口出しをしたりはしない。

 そうして終わってから、10分程度の時間を取り、チームごとに反省会をさせ、その上で誰も気づいていなかった点について一人一人に良かった点は褒め、悪かった点を指摘し、それからまた同じ演習内容で模擬戦を行わせる。

 うちはイタチ時代の木の葉隠れの忍びは大体決まったチームメイトで、スリーマンセルやフォーマンセルで動いていたものだが、戦場で誰がどの隊に属すのかは大人が決めることであり、必ずしも気が合う相手と組めるわけではない。

 だからこそ、その日の模擬戦で組むチームはランダムである。

 それは誰とでもある程度足並みを揃うことが出来るようにとの配慮だ。そして自分たちで考えさせることによってものを考えて動くという習慣をつけさせる。

 そうやってイズナが彼らを指導するようになってから、大人の弾除けでしかなかった子供達の死亡率は明らかに減るようになった。

 だから、しっかり言い聞かせるようにイズナは言う。

「大事なのはチームワークだ。たとえどんなに優秀な者でも一人で出来ることには限りがある。出来ないことを無理に出来ると嘯く必要は無い。一人で出来ぬ事も二人、三人でかかれば届くことも増える。だから、大事なのは助け合うということなんだ」

「イズナ様も? ボク達も、イズナ様を助けられる?」

「ああ、オレもいつもお前達には助けられているよ。守りたいものがあるこそ、人は強くなれる。オレも、兄さんやお前達を守りたいと思うから、だから強くなったんだ」

 そういって一人一人の名を呼びながら「頼りにしてる」と慈しむようにイズナが笑うと、子供達もまた嬉しそうに笑った。

 

 午前中は模擬戦、午後からは午前中に組んだチームごとに忍術や体術、幻術の訓練をさせ、イズナもまた希望者とはその都度忍び組み手を行ったり、見本が見たいと乞われれば術の見本を見せ、日暮れ前に解散させる、慣れきったルーチンだった。

「それではイズナ様さようなら」

「ありがとうございました!!」

 そんな風に頭を下げる子供たちに「ああ、しっかり休めよ」と返し、ヒラヒラと手を振って別れる。

 子供達の目は師か親を慕うような色が乗っていてキラキラ輝いており、非常に眩しい。

 そうして、子供達の迎えに来た女衆に手を引かれ彼らは帰っていくのだ。

 が、今日は揃って女衆が顔をそろえ、イズナに向かって「イズナ様」と名を呼び揃って頭を下げた。

「どうか、されましたか?」

 少しだけ戸惑いがちにイズナが声変わり前の澄んだボーイソプラノで問うと、女達を代表してか一番の年長者の母親が万感の思いを込めるように言う。

「イズナ様、いつも本当にありがとうございます。あなた様のおかげで、息子は今回の戦も生き延びることが出来ました」

「ありがとうございます」

 またも女達が揃って頭を下げた。

 見た目声変わりすら果たせぬほど幼い子供に揃って頭を下げる大人達というのは、なんとも奇妙な構図であるが誰一人それを不思議と思っている様子はない。それは、イズナがまるで何千年も修行を積んで悟りを開いた仙人か僧のような、そんな不思議な落ち着きを持った子供だから、というのもあるのかもしれなかった。

 けれど、イズナとしては困る。彼にとってはこんな風に揃って頭を下げられる理由などないのだから。

「頭を上げてください」

「いいえ」

 頑固にも女達は頭を下げたままだ。ほとほと困りながらも、いつも通り静かで落ち着いた声で少年は言う。

「オレはたいしたことはしていませんよ。生き延びることが出来たというのなら、それは彼の努力の結果です。オレに礼を述べるよりも、直接褒めてあげてください」

「ご謙遜を。あなた様のおかげであることなど、皆存じ上げております」

 血継限界を守る、という観点からこの時代のうちは一族の女がくノ一となり戦場に立つことは殆ど無い。彼女たちの仕事は、矢弓の如く失われる人材補填の為、少しでも多くの子供を産んで数を増やすこと、それが役目だ。

 この時代の忍びにとって子供達は守られるべき子供ではなく、大人の弾除けであり肉壁だ。酒の味を知れるほど生きることが出来る者などごく少数で、大抵は幼くして戦場で死ぬ。それが忍びの宿命だった。

 けれど、果たして腹を痛め産んだ我が子が次々失われているこの現状に、心を痛めぬ母親などいるものだろうか?

 彼女たちは言えなかっただけだ。

 我が子が死んでも誉れですとそう笑って言ってのけねばいけない立場で、心を押さえ込んでいただけだ。本当は戦場になど行ってほしくなかった。

 次の戦こそ息子が死ぬかも知れない、という恐怖を誰にも吐露出来ず、ただお父上のように強くなりなさいと口にし続けた。一人が死んで、二人が死んで、三人目が死んだ頃には心の涙も涸れた。それでも血を絶やしてはいけないからまた次の子も産む。

 その子も大人になる前に死んでしまうのかも知れないのに。

 それがどれほどの心痛と恐怖を与えたことか。

 ところが、イズナが子供達の面倒を見るようになった頃から、子供達の死亡率が目に見えるほど減るようになった。イズナと同じ部隊に配属された子供はとくに、大怪我もなく帰ってくることが多かった。

 子供達の修行を見ていると言っても、イズナはそれほど多く口出ししているわけではない。

 殆どは子供達自身に考えさせるようにしている。イズナが監修した子供達は、とても連携を取るのが上手い。それが生存率の上昇につながっている。

 誰のおかげなんて一目瞭然だった。

 だから女達は言うのだ。ありがとうございました、と何度も何度も。

 

「……」

 イズナは複雑な気分だった。

 ただ自分はしたいと思ったことをしているだけだ。

 イズナは前世に当たるイタチの頃から、その特出した才から異質で遠巻きにされるような子供だった。けれど、それでもいいと思った。戦が嫌いで、平和が好きで、甘味処巡りが趣味で、けれど忍務とあれば、必要ならいくらでも老若男女誰でも殺せた。嘘をつけた。それがうちはイタチという天才だった。

 里を、平和を愛していた。

 けれど、まだこの世界には木の葉の里はない。

 そのことが時々無性に悲しくて、寂しい時がある。哀愁、ノスタルジー。故郷への思い。ここも故郷だ。うちはイズナにとっては。だけど時々無性に帰りたくなる。木の葉隠れの里に。まだ生まれてもいないのに。

 子供達を教えているのは、未だ存在しない木の葉隠れのアカデミーをなぞっているのかもしれない。

 彼らを守りたい、生き延びてほしい、死んでほしくない、それも本当だったけれど、そんな風に今の故郷に里を投影させている部分がないとは言えなかった。

 そんなことを自宅の縁側でクナイの手入れをしながら考えていると、覚えのある気配が帰ってきた。

「マダラ兄さん、お帰りなさい」

「あ……ああ、ただいまイズナ!」

(……?)

 兄はいつも通り、唯一のこった弟に対して太陽のようにニカッと笑ったけれど、その姿に少し違和感を感じてイズナは内心で首をかしげる。

(……浮かれて、いる?)

 おそらくイズナ以外の人間にはいつも通りに見えるのだろうけれど、弟として生まれてからずっと一緒にいたイズナにはマダラがなにごとか心弾ませていることがわかった。

「何か、良いことでもありましたか?」

「……は、はぁ? 別になんにもねェよ、いつも通りだ。いつも通り」

 いや、明らかに機嫌が良さそうなのだが、と齢七つの少年は年齢に見合わぬ冷静な頭で思うも、まあ言いたくないことを無理に追求することもないだろうと思い「そうですか」と返し、クナイを布で包んで仕舞った。

「それより、イズナはどうなんだ? 何かあったか?」

 そう言って、兄がその日のことについて聞いてくるものだから、イズナもまた淡々とした口調でその日あったことを報告する。それを次兄は楽しそうに聞いていた。

 

 

 * * *

 

 

 あれからもイズナは変わらない日々を送っている。

 そう、あくまでもイズナは。

(あ、まただ)

 おかしいのはマダラだ。

 別に彼がふらっと出かけること自体はこれまでも度々あったことだ。

 けれどあの日なんだか上機嫌で帰ってきた兄は、どこぞから帰ってきた後ほんの少しだけ、イズナにしか気づけないほどに僅か落胆の色を乗せるようになっていた。

 イズナは悩む。

 本人がかくそうとしていることを暴こうとするのもどうかと思うのだが、しかし気になるし、いつもと違う兄が少し心配である。

 けれど悩んでいても仕方が無い。イズナは口寄せの烏を呼び寄せ、写輪眼を開き、その烏の視界を半分借り受ける。

 そして、兄に気づかれないよう離れた位置から追わせた。

「……!」

 イズナは烏に追わせながら、兄が集落を抜け出し向かった地理に見覚えがありすぎて驚く。

 たとえ自身の知識と光景が違えども、前世であったイタチにとってそこは故郷だったのだ、間違いようがない。

 そこは後の世に木の葉隠れの里と呼ばれることになる場所の近くにある河川敷だった。

 そしてそこには一人の少年がいた。

 白い羽織を羽織ったおかっぱ頭の少年。

 知り合いなのか迷い無く兄はその少年に近づき、声をかける。

 声は聞こえない。

 しかし口寄せの烏の視界を借りているイズナには、少年が唇の動きから何を言っているのかがわかって、再び驚く。

「はしらま」とそう確かに言っていたのだ。

 まさか、とイズナは思う。

 涙する少年を元気づけようとしているのか、相談に乗ろうとしているらしき兄を視界に納めながら、脳裏をよぎるのはとある人物の顔岩だ。

 この場所で、はしらまと名乗った少年。

 連想するのは初代火影である木の葉隠れの里創設者、千手柱間だ。

 仲睦まじそうに何やら話し込む二人は、初対面というわけではなさそうであった。

 なにより、柱間と話す兄の顔にイズナは驚きを隠せない。

 マダラは一族の誰と話している時よりも、自然体だった。

 この時、イズナは理解した。

 何故敵同士でありながら、うちは一族と千手一族が手を結んで木の葉隠れの里を作ったのか。

 書物にも、史跡にも残されなかった事実……二人は幼馴染みで、秘密の友であったのだ。

 どんな声で話しているのかは知らない。

 けれど、マダラは言う。

 川に石を投げながら、「お互い死なねェ方法があるとすりゃあ……敵同士腹の中見せ合って隠し事をせず兄弟の杯を酌み交わすしかねェ」と。

 それを聞いて眺めながら柱間も言う。「……腑を…………見せ合うことはできねーだろうか?」と。

 敵同士の家に生まれた少年二人が同じ夢を見ながら、同じものを望んでいた。

 これこそが、はじまりだった。

 木の葉隠れの里のはじまりだった。

 

 

 続く

 



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4.兄と柱間

ばんははろEKAWARIです。
イタチさんの「父上」と「父さん」を使い分けていたり、目上や敬意を払うべきだと判断した相手にはちゃんと敬語や敬称を使ってたりしてる礼儀正しいところが好きです。
今回の話は殆ど原作沿いだけど、次回くらいから原作ブレイク始まるよ。


 

 

 ……兄と柱間はどうやら会う度にどんどん仲良くなっていっているようだ。

 そんなことを思いながら鳥の視界でイズナは二人をさり気なく見つめる。

 

 あの日、後の木の葉隠れ創設者にして初代火影の千手柱間と兄が会っていると気付いた日から、実に一つの季節が終わろうとするほどの時間が経った。

 けれど、イズナは兄が宿敵とも言える千手家棟梁の嫡男と会っていることを父にも報告せず、ただ、兄が川辺に向かうときはこうして影分身を一体、山にいても不自然ではない野鳥へと変化させて、兄マダラに気付かれないよう彼の後を追わせ、本体は隠し事をしているなど微塵も感じさせないいつも通り、涼やかで悠然とした態度で子供達の面倒を見ていた。

 

 何故、そうしたのか。

 いけないことだとは判っている。

 うちはイズナとしての立場からすれば、一歩間違えればスパイと疑われる兄の行動は父に報告するべき案件であったし、兄を想う弟としては、彼の秘密の友人関係を覗き見するような真似は、人の心に土足で踏み入るような褒められたものではない行いである。

 けれど、イズナの中に眠るうちはイタチという故人の残滓が言うのだ。

 木の葉隠れの里、その始まりは今世の兄であるうちはマダラと、その好敵手であり不倶戴天の敵であった千手柱間が手を結んだことから始まった。

 戦乱の世であった当時、忍びの里システムという前代未聞の……のちに他国にまねをするものが続出したものを成り立たせた二人は、一体何を考えて、どんな思いで木の葉隠れの里を作ったのか。

 それを聞きたいと、うちはイズナの中のイタチの想いが訴えたのだ。

 推測は出来る。

 でもその人間の本当の想いなど結局本人でもなければわからない。

 だからこそ、知りたいと思ったのだ。

 その気持ちを。

 後に木の葉隠れと名付けた複数の一族からなる忍び里にどんな想いを込めて、どんな願いを託していたのか。その木の葉隠れの里の忍びであることを誇りとして死んでいったうちはイタチの願いを継承したものとして、本人達の口から偽りない想いを知りたかった。

 それが動機であったけれど、今は別の想いも生まれている。

 忍びの技を競い合いながら、未来について語り合う希望に満ちた二人の子供。

 次兄マダラと、未来の火影である千手柱間はイズナの想定よりずっとずっと仲が良く、性格は全く違うのにとても馬が合うようであった。

 こんなに活き活きとして、年相応に子供らしいマダラの姿なんて、弟であるイズナの目から見ても初めてのことだ。

 いつもうちは一族棟梁の嫡男として、張り詰め、気を抜くことも隙を見せることも良しとせず、自分たち兄弟を忙しい父母に変わり庇護者たらんとしていたマダラ。

 天才と言われ、同年代でも一歩抜きん出た実力を持ち、それに相応しい尊大さの鎧で自身を包み、故に誰にも心を許せなかったこの兄が、どうだ?

 千手柱間の前ではまるで普通の子供だ。

 

 喜怒哀楽も激しく、怒り、慰め、喚き、笑い、肩の力も抜いて夢を語る。

 うちはの次期当主などではなく、柱間の前ではただのマダラとして、対等の友として立っている。

 そのことがイズナの心を揺さぶる。

 いつも背負い込みがちな兄が、不器用な優しさを持つこの人が、気負うこともなく素をさらしありのままでいれること、そのことが奇跡のように尊くて、弟として嬉しくて、そして……かつてうちはイタチであったものとしても、うちはイズナ個人としても酷く羨ましい。

 

 前世、うちはイタチであった頃、イタチもまた麒麟児と呼び声高い子供であった。

 戦後生まれとしては異例な事に、忍者アカデミーをたった一年……七歳で卒業し、早々に忍びとなり11歳で暗部入りし、13で暗部の分隊長に抜擢され、そのままクーデターを企んだ一族の滅亡と暁への監視スパイ忍務を言い渡され完璧に果たし、汚名を被り弟の目の前で死んでいった。

 それがうちはイタチという男の人生だった。

 誰が見ても異常な経歴と言える。だからこそ、イタチにはサスケにとってナルトのような存在が……マダラにとっての柱間のような対等な友はいなかった。

 友人がいなかったというわけではない。

 親友ならいた。

 当時うちはきっての手練れと言われた瞬身のシスイがそうだ。

 でも彼とは少し年が離れていたし、親友で同胞で対等でありたいとは思いつつも、完全に対等な関係とは言いがたかった。イタチは彼を通じて忍びとしての在り方を学び、いろいろな想いをシスイは弟分兼親友であったイタチに託して逝ってしまった。託す者と託された者。友人だけど同時に兄弟分でもあった。

 親にさえ滅多に甘えた記憶がないイタチが、珍しい事に彼にだけは少し甘えていたように思う。でも果たして逆に彼がイタチに甘えたことがあったのかどうか……そう考えればやはり、なんでも言い合える関係ではなかったのだろう。

 イタチには当然のように当たり前に対等な、同世代の人間がいなかった。

 

 イタチと似たような経歴の持ち主なら、いるにはいる。元上司であるはたけカカシがそうだ。彼もまた天才忍者として知られ、アカデミーに通っていたのは一年にも満たず僅か五歳で卒業し、六歳で中忍、人手不足の戦時中とはいえ僅か12歳で上忍に昇進した紛れもない出世株である。

 しかし彼の時代は戦時中であったため、戦後と違って人手不足なことから八歳や九歳でアカデミーを卒業が当たり前、という環境の違いもあったからだろうか。

 カカシはイタチと違い、アカデミー入学時に同期生であった猿飛アスマやマイト・ガイなどといった面子と仲が良く、普通に対等な友人づきあいを続けていたようであった。

 そう考えると似ているのは経歴だけだといえるだろう。 

 

 暁で長年の相棒であった干柿鬼鮫という男がいる。

 里にいた頃のことについて詳細は互いに聞いたことはない。けれど、どこかで似たものを互いに感じ取っていたのだと思う。彼との関係は終始良好で、一緒にいてそれほど疲れぬ相手だった。おそらく、この組織から与えられた相棒に互いにシンパシーを感じていた。

 けれど、そもそもイタチがS級犯罪者で構成される組織である「暁」に入った理由は、将来木の葉隠れの里に仇なすかもしれぬこの組織を内側から見張るスパイの為であり、れっきとした任務である。

 そのため、互いに相手のことを気にかけつつも、探り合うことが当然で、本心を晒し合うことも、素を見せることもあり得ない相手でもあった。

 だからこの男もまた対等の友ではありえない。

 穢土転生で現世に舞い戻ったとき、暫く行動を共にした長門を思い出す。

 長門……ペイン六道を動かし、暁のリーダーをしていた男だが、弟弟子であるナルトの言葉で初心に返り、救われたのだというこの男は憑き物が落ちた後は、とても穏やかな性質をしていた。

 穢土転生後……つまり死後ということになってしまうが、彼とは対等であれたように思う。もしも出会い方や時代が違えば彼となら対等の友になれたのかもしれない……あくまでも「しれない」だ。

 結局イタチには対等の友なんて存在はいなかったし、そんな存在がいたらおそらく一人でなんでもかんでも出来るなんて自分に嘯いて、何もかも背負い込み、これしかないとそんな盲信で道を見誤ることもなかっただろう。

 

 現在イズナとして生きている今もそうだ。

 うちはイズナには対等な友がいない。

 それは忍びとして突き抜けたその才能だけではなく、精神年齢に開きがありすぎるという点も同世代の友人を作る障害となっている。

 同世代の子供達にとってイズナは庇護者であり、尊敬する理想の親にして師、そんな存在だ。

 誰もイズナを実年齢通りの幼い子供だなんて思っていない。イズナを守ってやらなきゃいけない小さな子供だなんて、そんな風に思っているのはせいぜい兄のマダラくらいだ。

 そのあまりにも幼子らしくない佇まいと、落ち着き払い悟りを開いた仙人のような物腰在り方に、一族の中にはきっとイズナは御伽噺に聞く六道仙人の生まれ変わりかなんかだと思って、拝む老人までいる始末だ。

 故に一族の子供達にとってイズナは対等な存在にはなりえないし、仮にイズナが彼らに友と呼んだら「畏れ多い」と彼らのほうから否定してくるだろう。そんなこと、言われずとも理解しているし、そうなるよう振る舞ってしまったのも自分だ。その自覚もあるし、後悔もない。そのおかげで戦死者は確実に減ったのだから。

 それでも、一人も自分と対等な友がいないという事実は、少し寂しくはあるのだ。イズナだって人間なのだから。

 だからこそ、互いに正体を隠しているとはいえ、飾らず付き合える対等な友を得た兄を羨ましく思う。

 

「よぉ、柱間」

 と明るく太陽にように快活な笑みを浮かべて、兄がおかっぱ頭の少年の名を呼ぶ。

「おう! マダラ」

 うちはイタチの時の歴史で「忍びの神」と後に呼ばれる戦国最強の男になるだろう少年が酷く、楽しそうに兄の名を呼ぶ。

 挨拶のように組み手を交わし、その忍びの技を競い合う。

 その実力はやや柱間が優勢なところはあっても、基本的に拮抗しているようだ。

 ポンポン飛び交う軽快なボケツッコミは、まるで漫才を見ているかのようだ。

 負けず嫌いで、ライバルで、けれどそのやりとりはコミカルでからっとしている。彼らは本当に仲の良い対等な友人であった。

 

「ホントに止まるんだ……」

「だからオレの後ろに立つんじゃねェー!!!」

「弱点見っけ……」

「小便したばっかの川に投げ込むぞゴラァ!!!」

 無邪気な少年達のやりとりは酷く楽しげでコントめいていて、戦乱の世とは思えぬくらいこの刹那だけは何よりも平和で、見ていて愛しい光景だった。

 いつも張り詰めていた兄が荷物を置いて自然体でいれるのが、酷く嬉しくて、平和からほど遠い時代と思えぬ心温まるやりとりは見ていて癒やされた。

 こんな風に誰かと張り合って、普通の子供みたいに喚き騒ぐ兄など、集落で見ることは出来ない。

 だから兄に悪いと思いつつも、イズナは里を作った想いを聞きたいという原初の望みの他にも、この二人のやりとりを聞くのが個人としても癒やしで楽しみとなっていた。

 けれど……わかっていたことだ、何事にも終わりが来ることは。

 

「イズナ」

 いつも通り子供達と広場で別れ、影分身を解いて兄や柱間の微笑ましいやりとりの情報を受け取りながら自宅に戻ったイズナを待ち受けていたのは、イズナやマダラの実父であるうちはタジマであった。

「話があります」

「……はい、父上」

 うちは一族の族長である父は厳かな態度で、屋敷に入り、座敷に入るとイズナに向き合い、言った。

「最近、頻繁にマダラが集落を抜け出し、どこぞに行っていること、お前は知っていますね?」

「……はい」

「以前からマダラにはそういうところがありましたが、最近やけにその頻度が高い。となると……誰かに会っていると考えるのが妥当……どこぞの馬の骨に誑かされたか。まぁ、いい。当主として命じます。イズナ、次にマダラが出かけるとき尾行し、相手が何者か突き止め報告しなさい。まさかお前に、出来ぬとは言うまいな?」

 父と弟がそんな会話をしていることなどつゆ知らず、マダラはその日もイズナでなくばわからぬくらい上機嫌な気配を隠しつつ帰宅した。

 

 正直父の言うとおり尾行などしなくとも、イズナは次兄が会っている相手が誰なのかくらい知っている。

 寧ろ、父に命じられる前から影分身をわざわざ鳥に変化させて兄につけていたくらいだ。

 全ての兄と柱間のやりとりを知っているわけではないが、それでも殆どは知っている。

 けれど、父に命じられた通り次に兄が出かけるとき、尾行することとした。ただし、いつものように影分身ではなく、本体のほうで。

 それは正式に当主として命じられた以上忍務であったから、というのもあるが少しでも兄と柱間の友人関係が、その時間が続いてほしいという願いもあった。

 そんな弟の心情も知らず、今日もまた兄はおかっぱ頭の少年とコントめいたコミカルなやりとりを繰り広げ、直角ガケ登り勝負を行い、それから二人並んで森の景色を一望していた。

 うちはイタチの記憶を持つイズナは、その立地から当然のように気付く。

 二人が今上ったその崖が、後に火影岩が彫られる場所であることに。

 そしてイズナという監視者がいることにも気付かず、交わされる少年二人の会話に、弟たる少年はキュッと胸を締め付けられるような思いがした。

 

「……だったら、兄弟は死んでねェ。見守ることもできなかったくせに……何が……何が……」

 慚愧の念に沈む兄に、その友人たる少年が問う。

「もう兄弟はいねーのか?」

「イヤ……一人だけ弟が残っている。その弟だけは何があろうとオレが守る!!」

(……兄さん)

 その決意に満ちた声音に、自分の前世を思い出す。

 ……同じだ。

 うちはイタチもそうだった。たとえ一族を滅ぼすことになろうとも、それでも、弟だけは、一族の罪を何も知らないサスケだけは守ろうとした。そうして独りよがりで身勝手なやりかたで弟を守り抜いて死んだ、そんな人生だった。

 そう思えば、兄とはそんな生き物なのかもしれない。

 弟を守るためなら、自分の命さえ惜しくない。でもそれは同時にもの悲しい決意だった。

 そんな友人を前に、柱間がわざとらしいくらい明るく快活な声で宣言をする。

「ここにオレ達の集落を作ろう!! その集落は子供が殺し合わなくていいようにする!! 子供がちゃんと強く大きくなるための訓練する学校を作る! 個人の能力や力に会わせて任務を選べる! 依頼レベルをちゃんと振り分けられる上役を作る。子供を激しい戦地へ送ったりしなくていい集落だ!」

 イズナは思わず生唾を飲み込んだ。

 この時代から見て、一世紀近く未来の時間軸を生きたうちはイタチの記憶を持っているイズナは知っている。今、柱間が宣言した内容はこの時代の人間から見たら世迷い言か夢物語の類いだ。

 けれど、それが実際に果たされた世界があることを知っている。

 しかしまさかそこまで、最初っから里の構想にあったとは思っていなかった。

 うちはイタチの生きた時代、あの世界で忍者アカデミーを最初に設立したのは千手柱間ではない、二代目火影である彼の弟千手扉間だ。アカデミーの設立は二代目火影の功績とされていた。というのに、その発案者まで柱間とは思わなかった。

 そんな風に密かに衝撃を受けているイズナを置き去りに、穏やかな声で兄と柱間のやりとりが続く。

「フッ……そんなバカなこと言ってんの……お前ぐらいだぞ」

「お前はどうなんだよ!?」

「ああ。その集落作ったら今度こそ弟を……一望できるここからしっかり見守ってやる……!」

 そんな友人を見て、柱間が笑う。

「へへへ……」

 声を出してマダラも笑う。

 そんな二人の友情がかけがえのないものに思えて、父に報告し、兄達がこんな風にただのマダラや柱間でいられる時間を終わらせることが、イズナには酷く苦痛だった。

 けれど、イズナは気付いてしまった。

 兄と柱間を尾行しているのは自分だけではない。もう一人いることに。

 それにこれが正式に命じられた任務である以上、どちらにせよ報告しないという選択肢などないのだ。

 マダラが帰宅するより先、一足早く集落に戻り、父に兄が会っていた相手は千手仏間の嫡男、千手柱間であったことを報告すると、父は狼狽と怒りが混じったような声を上げた。

「何!? それは真か?」

「は……間違いありません」

「おのれ仏間め……己が息子をスパイに仕立て上げたか」

 父はどうやら、千手柱間のことを兄から情報を聞き出すための間者と判断したらしい。ブツブツと、千手仏間に対する罵詈雑言を並べ立てている。

 おそらく……真相をこの人に告げたところで、何を戯けたことを言っているのかと父には理解されることはないのだろうと、イズナはしおらしく命令を待つ体で頭を下げながら思う。

「イズナ、マダラを連れてきなさい」

 ……そこからの展開は言わずともわかるだろう。

「え、は……あいつが、柱間が千手一族……?」

 兄はかわいそうな位に真っ青になっていた。

 真っ青な顔で酷く狼狽えているマダラだったが、元々兄はそれほど馬鹿ではない。だからたとえ姓を名乗っていなかったとしても互いにどこの一族のものかなど、本当は悟り分かっていたことだろう。

 分かっていても、信じたくないこともある。

 マダラにとっては今回の件がそうだった。それだけの話だ。

 そうして、間者の疑いをかけられたくなくば、柱間を使い千手一族の情報を持って帰ることを父から正式に命じられる。

 小さく肩をふるわせつつも、それでも振り絞るように「……わかりました」と返事する兄だったが、その常らしからぬ態度こそが、どれほどマダラにとってその命令が苦痛なのかを赤裸々に告げていた。

 言うことが終わり、父が去るも、兄はそのまま部屋が暗くなるまで食事も取らず座り込んでいる。

「マダラ兄さん……」

「イズナ、お前は……知ってたのか?」

「はい……父さんに報告したのは、オレです」

「そうか……」

「兄さん、オレは……」

「悪ィ、イズナ。暫く一人にしてくれねェか?」

 人に背中を見せるのが嫌いなくせに、背を向けてそう告げる兄は泣いているような気がした。

 

 そして決別の日が来る。

 互いに水切り石を投げて、おそらくそこに書かれた文字を見た兄と柱間は急用を思い出したなどと嘯きながら背を向け同時に走り出した。

「逃げるつもりですか……行きますよ、イズナ」

「……はい」

 そのまま川の中央に降り立ったのはタジマとイズナだけではない。

「考えることは同じようですね……千手仏間」

 鏡あわせのように千手の親子が向かいに立つ。

 幼くともその白髪赤目の特徴的な容姿で誰かわからぬはずがない。

「……のようだな、うちはタジマ」

「千手扉間……か」

「そういうお前は、幻惑のイズナか」

 タジマは仏間と向かい合い、イズナは扉間と向かい合い構えつつも、内心は憂鬱で仕方が無い。

 今回の件でどうやら自分にたいそうな二つ名がついていたことをイズナは初めて知ったが、まあそのことはどうでもいい。問題はこの流れだと自分は扉間と戦わざるをえない点だ。

 木の葉隠れの里が生まれることを、内心願っている身としては万が一でも扉間に死なれるわけにはいかないのだ。何故なら扉間こそがうちはイタチの辿った歴史においての二代目火影であり、里設立の立役者の一人であるからである。

 カリスマや戦闘能力の高さという点では柱間の方が優れているのだろうが、政治というのはそれだけでまわるものではない。実務能力という点で見れば、様々な術の開発者としても知られる扉間のほうが優れている。おそらく、この弟がいたからこそ、柱間の夢見た忍び里というシステムはあそこまでスムーズにまわったのだ。扉間なくばその損失は計り知れない。

 決して千手の味方と思われぬ振る舞いつつ、互いに損害が出ぬようにする。この場で必要なのはそれであろう。とはいえ、前世を思えば慣れた仕事でもある。と、イズナは思い直し、内心の憂鬱を消す。

 そも、相手はあの千手扉間である。

 向こうも未熟な子供に違いないが、油断すればやられるのはこちらであろう。

「「やめろ!!」」

 互いの兄同士の声が重なり響く。

 タジマと仏間、互いの族長同士が向き合い、自分は扉間と刃を交える。タジマは扉間の命を狙い、仏間はイズナの命を狙っている。

 さて、どういなすか、とイズナが行動に移るより先に後方から投げられた二つの石が、父親二人の子を狙った武器を弾き落とす。

 マダラと柱間、はじめに互いが交換した石がとぷんと水の中に沈んだ。

 兄二人は弟二人の間に割りいり、互いに向き合う。

「弟を……傷付けようとする奴は誰だろうと許せねェ!」

 兄が吠える。

 けれど柱間と……友になった少年と敵対することが本意でないことは明らかであった。

 マダラは言う。

「オレ達の言ってた……バカみてーな絵空事にはしょせん……届かねーのかもな……」

 そんなことないと、言えたらどれほどいいだろうか、と弟たる少年は思った。

 動揺する柱間の想いを置き去りに、マダラは決別の言葉を吐く。

「オレは……うちはマダラだ」

 次に友に向けた兄の目は、赤く赤く血のような赤に染まっていた。

 うちは一族の血継限界……写輪眼。

 それは失意や愛の喪失にもがき苦しんだときに目覚める、うちはの誇りにして呪われた目。

 兄弟の誰が死んだ時にも目覚めなかったそれに、千手柱間との決別によってマダラが目覚めたその意味がわからないはずがない。

 つまりは、マダラにとって、千手柱間とは、同じ未来を夢見た友との決別は、それほどに……重かったのだ。愛の喪失に苦しみ、写輪眼に目覚めるほどに。

 兄は去る。

 友と呼んだ相手に背を向け、もう振り向かない。

 

 その夜、オレは、うちはイズナは密かに集落を抜け、昼間に兄二人が決別した川辺に来ていた。

 兄と柱間が投げ、親たちが放った武器を弾いた石がどのあたりに落ちたのかは覚えている。

 その石にメッセージを書いて、兄は柱間に、柱間は兄に送った。

 それを拾い上げる。

 マダラから柱間に送られた石には「にげろ」と、柱間からマダラに送られた石には「罠アリ去レ」とそう書かれていた。

「ああ……」

 それを見てイズナはたまらない気持ちになる。

 敵同士なことは、互いに兄弟の敵であったことは、昨夜には既に二人はわかっていたはずだ。

 それでも尚、互いを思い遣り、相手の無事を願った。

 その友情のなんと尊いことか。

 うちはイタチの知る歴史を思い出す。

 木の葉隠れの里は、仇敵同士であった筈のうちはマダラと千手柱間が手を結んだことから生まれた。

 しかし、のちにこの二人は火影の座を競い、マダラはそれに破れ、里を抜けて九尾を操り里を襲撃、柱間と一騎打ちに臨み、初代火影・千手柱間に討たれることによって最期を迎えたという。

 うちは一族がイタチの時代警戒されていたのも、このときのマダラの行いが大きい。

 これほどに互いを思い合っていた親友の二人が、共通の夢であったはずの里を作り上げ、戦乱の時代を終わらせたのに、なのに何故最後は敵対して殺し合ったというのか?

 ふざけるな、とマダラの弟としてイズナは思う。

 兄は、マダラは幸せになるべきだ。

 その思いは、里を作るに至ったその想いは願いは尊いものなのだから。

 

(兄さん、オレはあなたの、あなたたちの夢が叶う瞬間を見たい)

 

 だから、イズナは決意した。

 この二人の友情をここでは終わらせないと、二人の友情はオレが守ると決意した。

 

 

 続く



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5.夢

ばんははろEKAWARIです。
この話書くにあたり原作65巻開きまくってるんですが、クレイジーサイコホモじいちゃんってなんであんな面白いの? 面白すぎてずるくない?


 

 

 兄の目が、見開かれる。

 

「……父様ッ!!」

 

 次兄マダラの三つ巴を描いていた写輪眼が模様を変え、それに伴い兄の纏うチャクラもまた禍々しく、変質し、変わっていく。マダラの憎しみ、苦しみに呼応するように、その血のように赤い瞳は万華鏡を描いていく。

 兄のチャクラが噴出する。

 その身に宿る怒りと、憎しみを教えようとしているかのように。

 万華鏡写輪眼。

 最も親しき人間の死によって開くその目をオレはよく知っている。

 うちはの歴史上でも開眼者は数えるほどしかいないといわれ、うちはイタチの知る歴史では最初の開眼者はうちはマダラだったとそう伝えられていた。

 もっとも……イタチの調べによるとマダラ以前から万華鏡写輪眼開眼者はそれまでもいて、強力な代わり使い続ければ失明のリスクがあることなどから、兄弟で目の奪い合いなども起きていたようだが。

 禍々しくて強力な瞳力は、絶望を知り、闇に浸れば浸るほどその分だけ力を増す。

 失望、怒り、悲しみ、憎しみ……そんな負の感情こそがうちはの瞳を強力にし、育てる。

 なら……兄は……。

 

 ……どうにも、ならないのだろうか。

 目の前の父の死よりも、寧ろその兄の変貌にこそ絶望して、気付けばオレの瞳もまた、兄に呼応するように万華鏡を描き、赤く輝いていた。

 

 

 

 5.夢

 

 

 秘密の友人であったうちはマダラと千手柱間の決別したその日から、三年の月日が流れた。

 あの日、二人が引き裂かれたその日からマダラの弟である少年……イズナは、兄達二人が互いに送った水切り石をお守り代わりに身につけるようになった。

 その石には兄と柱間の字でメッセージが書かれている。

「にげろ」

「罠アリ去レ」

 その石に文字を刻んだときには既に敵同士であることは理解していただろうに、願いを込め書かれたそれは、兄達が互いを思い遣っていた証だ。紛れもない友情の証明。

 だから、これは願掛けでもある。

 イズナはあの日、柱間との離別をきっかけに開眼した兄の眼を見て、その石を見て誓ったのだ。

 この二人にうちはイタチの知る歴史の結末は辿らせない、二人の友情はオレが守る、と。

 しかし、現実問題として、イズナもそうであるが、マダラも柱間も、その弟扉間も才覚こそあれど、今はただの子供なのである。

 木遁忍術を自在に操り、やがて戦国最強の忍びと呼ばれるようになる千手柱間と、その柱間と唯一渡り合えたといううちは最強の忍びうちはマダラ、穢土転生に多重影分身の術など数多の禁術の開発者となった千手柱間の弟千手扉間……彼らによってマダラの弟うちはイズナの死後、手を取り合い作り上げられたのが木の葉隠れの里……というのが、前世にあたるうちはイタチの歴史で知る木の葉隠れの里のはじまりである。

 あまり死者の知識を当てにするのもどうかと思うが、そのイタチの知る歴史を正史と仮定するなら、里が起こるのは今から15年近く先となる。

 柱間と望む未来について語るとき、マダラは言った。

「弱い奴が吠えても何も変わらねェ」

 それに対して柱間も言った。

「とにかく色々な術マスターして強くなれば、大人もオレ達の言葉を無視出来なくなる……」

 その兄達の会話を影分身経由で知ったとき、全くもってその通りだとイズナも思ったのだ。

 

 実際そうなのだ。

 どんなに理想を謳えども、弱者の声に耳を傾けるものなどいないし、子供の言葉を真剣に取る大人はあまりいない。また柱間はどうやら力さえあれば大人も自分たちを無視出来なくなると思っていたようだが……そもそも、女子供という言葉があるように、子供というのはそれだけで立場的には弱者だ。

 実力をつけるのも必要だが、同時に齢を重ね説得力を手に入れることもいる。

 そのことは当時一族でも抜きん出いた才と実績があったにも関わらず、13歳の子供だったイタチが前世うちはクーデター事件を止めようと奔走しても、然程大人達相手に効果を持たなかったことからもよく身に染みて分かっている実体験録である。

 ならば、時が来るまで耐え忍ぶだけだ。

 今は子供でも、いずれみんな大人になる……生きてさえ、いれば。

 現在のうちは一族族長はマダラとイズナの父うちはタジマであり、彼の中に千手と和解するなんて選択肢はないし、それは千手側とて同じであろう。それに、一族全体を見ても、今千手と手を取りたいと言い出したところで「寝ぼけているのか?」と良くて正気を疑われ、悪くて偽者や間者を疑われることとなろう。そうなれば目も当てられない。

 急激な変化は誰にとっても良くない変化をもたらす。

 ならば少しずつ変えていけば良い。

 いずれ機会が訪れたとき、兄の助けになるように。

 兄のマダラが背中を人に預けるのが苦手な事は知っている。ならば、その穴は自分が埋めればいい。

 

(兄さんが背中を人に預けられないのなら、隣を歩くこのオレが後ろに続く者と兄の間を繋げばいいだけだ)

 

 イズナは自分を過大評価する気はないが、逆に過小評価する気もない。

 出来ることは出来るし、出来ないことは出来ない。

 もう前世のように、出来ないことまで出来るなどと嘯くつもりもない。誰に嘘をついても、自分にだけは嘘をつかないこと。それが今を生きるうちはイズナの、忍道であり信念である。

 だからこそ、目標を定めたのならその日に向けて、出来ることをコツコツと積み上げる。

 故に、これもその一環だ。

 

「まあまあ、イズナ様ようこそお越しくださいました。わたくしどもは皆、あなた様がいらっしゃるのを楽しみにしておりましたのよ、フフ」

 そう言って一族の女衆が揃って上機嫌でイズナをもてなす。

 それに対し、イズナもまた年頃の娘なら……いやそれ以外も、魅了してしまいそうなくらい優美な微笑みを浮かべ、「お邪魔します」と見本のように洗礼された礼でもって返す。

 すると女達は揃って嬉しそうに笑った。

 そうして座敷に案内し、いそいそとお茶と本日のお茶請けをイズナの前へと差し出す。

「このおはぎは丁度今朝拵えたところですのよ。お口に合えばいいのだけれど……」

「いえ、とても美味しそうだ……ありがたくいただきます」

 そういってイズナはできたてのおはぎを受け取り、口に含むと、この常に物静かで大人びた子供らしからぬ少年には珍しいほどに、子供らしい笑顔をふわりと浮かべて、「うん、美味いよ」とポロリ、敬語の壁を剥がして嬉しそうな声を漏らした。

 それにほっこりと暖かい気持ちで女衆の顔も緩む。

 うちはイズナはいつもどこか、まるで何千年も生きた仙人か悟りを開いた御仏のような、不思議で異質な独特のオーラを放つ子供であったが、数年前、こうして彼を女達の集会所に招くようになった頃から、実はきちんと人間らしいというべきか子供らしいというべきか、な側面もあることも周知されるようになっていた。

 いつもは品のある物静かで大人な態度が常のイズナであるが、実はこう見えて、彼は前世であったうちはイタチであった時代から筋金入りの甘味好きだ。

 S級犯罪者である暁に所属してた時も、甘味処巡りが趣味であることを相棒の干柿鬼鮫に把握されていて、休息を取るときは大抵甘味処で一服することを提案されていたものだが、それもこれもイタチの趣味を理解した上での気遣いである。S級犯罪者として、尾の無い尾獣などと呼ばれていた霧隠れの怪人は、その経歴や人外じみた外見に似合わず、以外とあれで世話焼きで紳士な男であった。

 まあ、ともかくとして今は戦乱の世である。

 何かと争いが絶えぬこの時代、甘味は貴重品であるし、そもそも一族単位で暮らしている忍びが堂々と町の甘味処に行くことなど、子供であるなら尚更あり得ないというのもあり、現在ではイズナの前世から続く趣味は封印されているのが現状だ。

 戦国乱世のこの時代、甘いものが出される機会など滅多にあることではない。

 そのため一族の女達も集会所にイズナを招いて、貴重品ともいえる甘味でこうして実際にもてなすまで気付いていなかったのだが、彼の甘いもの好きは相当のようで、茶菓子を渡せばこの通り、実に美味しそうな顔で頬張り、ニコニコと幸せオーラをまき散らす。

 いつもは沈着冷静で大人びた子供が、一気に実年齢相応の子供に戻る瞬間である。

 元々イズナはうちは一族らしい、色白で華奢な中性的に整った美少年だったこともあり、甘味を味わうその姿があまりにも稚くかわいらしかったものだから、母性本能を刺激された女共の心はもうガッシリと鷲づかみである。

 中には「かっこよくって優しくて紳士な上に可愛いなんて反則だわ。こんな弟ほしかった!!」と叫ぶ新参者の新米母親もいるくらいだ。

 まあ、時代的には全く平和ではないのだが、この集会所でこの刹那は平和である。おかげでイズナの甘味好きが知られて以来、「これをイズナ様に」と女衆に甘味を預ける老人や、イズナシンパの一族のものなど、イズナに甘味を貢ごうとするものが増えていく一方であった。

 ……そんな零れ話は置いておくとして、数年前、女衆に揃って頭を下げられた日からであるが、イズナは多くて週に一度くらいのペースでこうして女達の集会所に招かれるようになった。

 子供達の修練を見ている関係上、お邪魔するのはそう長い時間でも無い。せいぜい一時間ほどだ。

 そもそも招かれたのだって、イズナがいつも子供達の面倒を見ていることに対しての、礼である。

 では何故彼女たちの申し出を受け、一族の女衆と交流を深めているのかといえば、一人でなんでもかんでも成し遂げようとした前世の反省を踏まえて、将来に向けての人脈地盤作りである。これもまた望む未来を引き寄せるため必要な行いだ。

 決して家では滅多に出てくることのない甘味が出てくるのが嬉しいから、というわけではない。……いや、多少はあるが。だって甘いもの食べたかったし……。

 ともかくも、和やかな感じで女達の話に耳を傾ける。

 奥様ネットワークというのも馬鹿に出来ぬものだ。男衆だけではわからぬ情報が次々に出てくる。それを、イズナは無理に口を挟んだりはせず、適度に相づちを打ったりなどして、意見を求められた時だけぽつりぽつりと言葉を返す。

 既にこんな日々もうちはイズナの日常の一部であった。

 

「明日の戦はまた千手とであると聞きました」

 7歳と9歳の息子を持つ母親が言う。

「こんなこと主人に言ったら怒られてしまうのでしょうけど……武功なんてあげなくて良いから、無事に帰ってきてくれればいいのですけれど……」

 それを聞いて、イズナは思う。

 

(変わったな……)

 

 ほんの3年前まで、たとえ女達だけの内輪の会話であろうと、こんな発言は御法度であった。

 一体誰が、腹を痛めて産んだ我が子が使い捨ての道具にされることを良しと出来るのか。けれど、戦に行ってほしくないなんて、そんな本音言わなかったし言えなかった。

 忍びは戦って死ぬために生まれてくる。

 そういうものであり、それが常識とされているのだから、それに反する言葉など家庭で守られている女の立場で言えやしない。我が子が死んでも嘆くことすら許されず、「よくやりました、母は誇りに思います」と心で泣いていたとしても笑って言ってのけねばいけない立場だった。

 だから、こんな発言をしたら、非難されて当たり前で、けれどここに集まった女衆で我が子の無事を祈る言葉を吐いた母親を罵倒する者はいない。それは、本当はみんな言えなかっただけで同じ気持ちでいたからだろう。

 些細なことかもしれない。

 けれどこれは確実に、うちは一族が変わってきた証明であった。

 だからこそ、言うなら今だとイズナは思った。

「……ここだけの話にしてもらえますか?」

 とても静かな声で、この場にいる唯一の男子である少年がポツリと言葉を落とす。

「オレも戦は好きじゃありません……誰も死なせたくはないし、殺すのも好きじゃない。こんな世の中終わればいいとそう思っています」

 嘘を言う必要は無い。

 必要なのは本当の気持ちを伝えること。

「いつか……オレ達が大人になる頃には、子供が使い捨てにされない時代……戦乱の世の終わりがくればいいと、いくつもの氏族が手を取り合い、協力して生きていける世の中が来れば良い。そう願っています」

 祈るように静々と捧げられた少年の言葉に、誰も何も言わなかった。

「イズナ様……」

 女達は思う、イズナの言葉は現時点ではただの夢物語だ。子供の妄言に過ぎない。

 けれど、この人なら、この方ならそれを現実に変えてくれるのではないかと、そうなればいいと女達もまた思ったのだ。

 夢を語る、夢を見る。

 すり切れた大人の女達は、久しぶりにその感覚を思い出していた。

 

 

 * * *

 

 

 戦場を怒声と血飛沫が飛び交う。

 火遁と木遁がぶつかりあう。

「柱間ァー!!」

「マダラー!!」

 戦う、闘う、刃を交える。

 かつて友と呼んだ二人はまるでそこだけ二人だけの世界のように、並外れた力を放ちながらぶつかり合う。口角が上がる。血湧き肉躍る戦いに歓喜している。

 全ての戦場で柱間の相手が出来るのはマダラだけで、また、マダラの相手が出来るのは柱間だけだ。

 そう言わんばかりに猛々しく荒々しく同じ夢を見た二人が、戦う。

 それはまるで、神に捧げる演舞のようで。

 

 だから、イズナは理解した。

 兄は、マダラは生まれながらに忍びの才を持つ子供であると言われていた。戦神に愛されていた。どの能力も総じて高く、かつてイタチであった時代カブトに「君がうちは一族の中で他と違うのは本当の意味での瞳力だ……人の心を見透かし心を読む」と言われたその聡明さと頭脳、高潔な在り方こそが何より隔絶してたうちはイタチとはまた別方向の天才である。

 うちはマダラは、戦を愛し、強者と戦うことに悦びを覚える、そんな人種であった。

 間違いなく平和を願っているのに、弟を守りたいと思っているのに、彼の神髄は守ることにはない。

 戦うことだ。その圧倒的なまでの武力で、血湧き肉躍る戦いで誰より優雅に力強く舞う。強者との戦いを渇望する。

 写輪眼を開眼するほどに、決別に苦渋を感じた友との死闘に歓喜している。

 それがうちはマダラの本質だった。

 友だった男を、千手柱間を殺さねばならないことに良心では苦しみながらも、その柱間と戦い殺し合えることに悦んでいる。

 美しい夢を胸に抱いているのに、繊細で愛情深く家族思いの優しい人であるのに、同時に彼はどうしようもなく戦闘狂で、血臭漂う戦場でこそ活き活きと輝く。

 その長い髪をなびかせながら、踊るように。

 友と戦うこと。宿敵と殺し合うこと。それに幸福を感じる人だと……12になり初めて同じ部隊で、同じ戦場に配置されてイズナは理解した。

 

「……ッチ、仕留め損なったか」

「……千手扉間」

 マダラと柱間。かつての友で今は敵の兄二人が戦場でいつもぶつかるように、イズナもまたなんの因縁か、ここ数年千手との戦で、毎度顔を会わせる男がいる。

 千手扉間。

 前世にあたるうちはイタチの時の人生で二代目火影だった男……千手柱間の弟。

 数々の術を生み出し、木の葉隠れの里を、兄の打ち出した政策を次々と現実的に実用可能なところまで持って行った鬼才の持ち主。

 うちはイズナは幻術使いとして知られている。

 別に、幻術だけが得意というわけではなく、イズナは幻術・体術・忍術に手裏剣術と、全ての技術が基準値を超える一流の技巧派であるが、幼子の身で使えるチャクラ量などたかが知れているため、チャクラ量の温存を考え、長く幻術や口寄せの鳥の攪乱をメインに戦っていたところ、「幻惑のイズナ」と気付けば名付けられていた。

 そんな技巧派幻術タイプとして見られているイズナにぶつけるのだから、感知タイプである扉間にもなろう。子供の時点でどちらも並の大人を凌ぐ技術を持つ者同士だったのだから尚更だ。

「イズナ様ッ」

 イズナの部下に当たる子供達が敬愛するリーダーを守ろうと陣を取る。

「止せ、オレが行こう。お前達には奴の隊を任せる」

「……はい! 任せてください!!」

 扉間は時空間忍術である飛雷神の術の開発者にして使い手だ。その他にも多用な技を使用するこの男を相手に、部下達に勝ち目はないことくらいイズナはよく理解している。

 だからイズナは前に出る。扉間を押さえ、扉間のつれた仲間達はそのまま部下に任せる。

 そして刃を交える。

 兄であるマダラと柱間二人の戦いのような派手さはないが、多彩な戦闘手段がウリの技巧派二人の戦いは無駄がなく、別の意味で洗練されていて美しい。

 だが、それに見惚れるものなどいない。

 そんなことをすれば死ぬからだ。

 が、幾度目かの刃を交えたあと、怒鳴るような声で扉間が言う。

「おい!」

 どうして呼び止められたのかわからず、内心でイズナは首を傾げる。

「何故貴様手を抜いている」

「……なんのことだ」

「とぼけるつもりか」

 飛雷神の術で背後から斬りかかりながら、扉間が言う。

 それに心外とばかりにイズナは言う。

「とぼけてなどいない。オレはアナタ相手に、油断などしない」

 千手扉間。

 イタチの歴史では後の火影。

 飛雷神の術に、多重影分身の術、穢土転生の術など禁術も含め数多の術を開発し、木の葉隠れの里設立に貢献した木の葉の礎ともいうべき男。

 この男が作った術の使い手だけならば、扉間を超える後進はいくらでもいた。だが、この男が下に恐ろしきはその合理性に特化した術の使い方。

 たとえば穢土転生の術。

 これは生きている人間を生け贄とし、それを代償に生き返らせたい人物の遺伝子情報を用意し印を結ぶことにより、塵芥で生前の人物の人格や技をそのまま現世に召喚するという、生命への冒涜じみた術である。

 後の世の使い手に伝説の三忍と謳われた大蛇丸、その部下薬師カブトなどがいる。

 彼らは扉間が開発した穢土転生の術を改良し、より生前の能力を再現した形で強者を次々と現世に呼び戻した。前世にあたるイタチもそうして死人の身ながら現世に呼び戻された一人だ。

 しかし、扉間にしてみればそもそも穢土転生の術の精度を上げる理由なんてなかったのだ。

 大蛇丸やカブトは伝説に残る忍びや歴代影達など強者を手駒にする、という穢土転生の使い方をしていたが、開発者である扉間は違う。

 敵の忍びを二人捕まえたら一人を生け贄にもう一人を穢土転生にして蘇らせ、その情報を抜いた後、交乗起爆札を仕込んだ穢土転生体を敵陣に送る。そして家族や仲間が帰ってきたと喜んだところで仕込んでいた起爆札を発動。周囲の敵ごと巻き込んでまるごとドカン、だ。

 まさに合理性だけを追求し、最小のコストで最大の効果を出す卑劣で外道極まりない戦法である。

 尚、扉間に罪悪感は全くない。

 卑怯? 卑劣? 知ったことか。敵を確実にたたいて何が悪い。勝てば官軍を地で行く男、それが千手扉間であった。故に彼は同時代の他国の影にも卑劣な男と知られている。

 だが、彼が悪人かといえば、そうではない。

 イタチの知る歴史でそもそも忍者アカデミーを設立したのは千手扉間である。イタチの知る歴史で三代目火影だった猿飛ヒルゼンもまた扉間の生徒で、彼は数多くの後進を育てた名教育者でもあった。

 戦い方については合理性に特化しすぎて非道な戦法が目につくが、子供達を慈しみ、残されたものに次を託すことを知っている、そのためなら自分の全てを擲てる、火の意思のなんたるかを心得ている立派な火影だった。

 未だ年若いが、そんな人物を相手に油断など、するわけがなかった。

 その時撤収の合図が来る。

「チッ」

 烏分身で目を眩ませ、部下と合流してその場を後にする。

 未だ扉間と決着がついた試しはなかった。

 

 そうしてマダラと柱間、イズナと扉間。兄は兄と、弟は弟と、幾度もの戦場で巡り会い、抗戦し、戦って戦って戦い続け、イズナが14歳を迎えたときのことだった。

 ……父が、死んだのは。

 

「……父様ッ!!」

 戦場に兄マダラの声が響く。

 兄弟二人の父は、うちはタジマと千手仏間は、相打ちとなり、うちはと千手両兄弟の目の前でその命を散らした。

 柱間との戦いで珍しくも足を滑らせた兄を庇うように、前に出たタジマが何を考えていたのか、イズナにもなんとなくでしかわからない。

 うちはと千手、次代の当主となろうマダラと柱間の力は、このとき既に族長である両父親を超えていた。数多の戦場で、2~3年前から既にマダラと柱間が戦国乱世でも1,2を争う最強格であるとささやかれていた。戦場はこの二人の独壇場で、二人のための舞台で、現うちは当主であるタジマも、同じく千手当主であった仏間も混ざるには力が足りなさすぎる。

 故に、兄にとってもそれは想定外であったのだろう。

 忍びの道を口を酸っぱくして説いていたはずの父親が、自分を庇うなんてマダラは思いもしなかった筈だ。誰にとっても想定外で、だけどイズナは思わず衝動的に父は体が動いてしまったのだろうと察してしまった。

 どんなに心を殺そうとしていても、道具と嘯いても、忍びもまた人間であり物ではない。我が子への情などないかのように振る舞っていたとしても、完全になくせはしない。

 そして飛び込んできたタジマを見て、仏間も飛び込んだ。

 長年の宿敵を討つ好機だと瞬時に判断して。

 けれど、タジマもただではやられなかった。その瞳術で逃げ出せぬようしっかり捉えて、致命傷を浴びせられると同時に、タジマも仏間に痛恨なカウンターの一撃を打ち込んだ。

 父が死んだ。

 自分を庇って、目の前で。それが何をマダラにもたらしたのか……万華鏡写輪眼の開眼である。

「よくも……」

 激しい怒りに駆られ、憎悪にチャクラを禍々しく変質させながら、兄の瞳が模様を替え変わっていく。

 うちはを……悪に憑かれた一族と称したのはイタチの時の歴史の千手扉間だ。

 それは、負の感情が瞳力を高め育て、強い情に目覚めた者の殆どが闇に捕らわれ悪に堕ちるその性質を知っていたからだ。

 この目は闇がよく見える。長じ深まれば、次第に光が見えなくなっていく。

 だからこそ、イズナはその兄の変質にこそ絶望した。

 戻れないのではないかと、思ってしまったのだ。そんな心に呼応するようにイズナの万華鏡もまた、開いていく。

 だが、闇があれば光もあるものだ。

「もういい! 終わりだマダラ、もうやめよう」

 柱間が叫んだ。

「父上達の代でこの苦しみも、憎しみあう歴史も終わりにしようぞ! 忘れたとは言わせん、オレは、オレは……あの日のお前と見た夢を、現実にして続きを見たいのだ!!」

 その言葉に、イズナは正気を取り戻す。

 そして冷静さの戻った頭で兄を見る。兄のマダラの瞳は、揺れていた。

 憎しみとかつての夢の残滓の間で揺れていた。

 それを見てイズナは確信する。

(まだ……間に合う)

 思うままに、柱間の言葉が続く。

「忍び最強のうちはと千手が組めば、国も我々と見合う他の忍び一族を見つけられなくなる!! いずれ争いも沈静化していく! 二人が組めば成せぬことはない……! だから、マダラ、さぁ」

 そうして手が差し伸ばされる。

 マダラは動揺し、葛藤している。自分の中の怒りや憎しみと、少年時代の想いと戦っている。

「何が……」

 けれど、昔の想いを振り払うように柱間の言葉を断ち切ろうとしたのだろう。

 その決定的な言葉が今兄の口から飛び出してくるのを察し、イズナはストップをかけるようにマダラの手を取った。

「……イズナ?」

「兄さん、柱間さんの手を取りましょう」

 その弟の言葉が予想外だったのだろう、兄たる涙袋が特徴的な青年は絶句した。

「あの時オレは言いましたね……父に報告したのは、オレだ、と。それはつまり、オレは……アナタとあの人が何を話していたのか、何を夢見たのか……知っているという事だ」

 その言葉に、マダラはますます目を大きく見開く。

「……オレは嬉しかった」

「え?」

「オレもそうです。オレも同じ事を望んでいました。兄さんがオレと同じ夢を願いを抱いていたと知って……嬉しかった。オレも、兄さんと柱間さんの語った「子供が殺し合わなくて良い集落」という夢を見たい。あなたたちにその夢を叶えてほしい。それがオレの願いです」

 そして懐から守り袋に入れていた二つの水切り石を差し出し、兄に握らせる。

 それを見て、マダラは唾を飲み込み、弟の顔を凝視した。

「いいんです、兄さん。その夢は捨てなくて良い。夢をこれから現実に変えましょう。そのためならオレも助力を惜しみませんから」

「イズナ……」

 憎しみに怒りに荒ぶっていたチャクラの禍々しさが霧散していく。

 それに伴い万華鏡を描いていた赤い瞳がすぅと、澄んだ黒に戻っていく。

 そして父親二人の死体を一瞥する。

 悲しみはある。父親の死に胸は痛い。けれど、もう兄は憎しみにとらわれていない。

 ……万華鏡に開眼した者が闇に堕ちやすいのは事実だ。しかし、全てのものがそうでないことをうちはイタチの21年分の記憶を持つイズナは知っている。

 前世の親友だったシスイがまさにそうだった。彼は別天神という最強の幻術を宿す目を持ちながら道を間違えることなく、里を想い、人を想い、イタチに全てを託して死んでいった。光を信じていた。

(信じよう)

 この人の弟だからこそ、うちはマダラのたった一人残った弟として、兄は闇の誘惑になど負けぬと信じようと思った。

「……ったく、しょうがねェな」

 マダラが笑う。

 太陽のように、仕方なさそうに、愛おしそうに。

 その顔は、千手柱間と決別以来見ることが出来なかった、次兄のイズナが一番大好きな笑顔だった。

「ったく、おい! 柱間ァ!! 今日はここらで引いてやる! てめェの提案は保留だ、保留!」

「おお! つまり、マダラ……!!」

「だから、保留だと言ってんだろうが!! 自分に都合の良い変換してんじゃねェぞコラ!!」

 ついさっきまで本気で殺し合っていたとは思えぬコントめいたやりとりをしたあと、マダラは族長として撤退の指示を出し、父の遺体を前に苦渋に満ちた顔を一瞬浮かべた後、無言で背を向け走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 その日は綺麗な満月だった。

 戦後処理も終わり、父の葬儀も明け、他にも細々としたことをイズナが片付け自宅に戻ると、兄マダラは、庭に面した縁側で月を肴に酒を飲んでいた。弔いの酒だろう。

 戦場では存在感があって苛烈でまるで鬼神の如き人なのに、こういった姿はそれはそれで一枚の絵のように酷く様になっている。

「よぉ、イズナ」

「はい、兄さん」

 静かな表情と声で、兄が弟を呼ぶ。

 それに月見酒に付き合えぬ代わりのように、月見団子を用意して兄の隣に並び座る。

「お前さ……昼に言ってたこと、本気かよ?」

「はい、本気です」

 見れば兄は手元で石を弄んでいる。

 イズナが渡した石だ。

 見覚えのありすぎる字で「にげろ」と書かれている。

「オレの夢は、兄さんと柱間さんの夢見た集落で、そこで生まれてくる兄さんの子供を抱っこしたり……修行を見たり、そうやってなんでもない日常を過ごして、ああ平和だな、なんて思いながら、名を隠すこともなく好きな店に入って、好きなだけ美味しいものを食べる、そんななんでもない未来がほしい」

「……夢物語だぞ」

「それを現実にするのがいいんですよ」

 そういってイズナがクスクスと笑うと、マダラも漸く表情を緩めた。

「そうか……それがイズナの夢か……なら、叶えてやらねーとな」

 それから暫く二人で月を見上げた。

 父の死を悼むように、沈黙を捧げた。

 嗚呼……本当に今日の月は綺麗だ。

 月光は優しく全てを白く照らしている。

 元々は五人兄弟だった。兄達は幼くして死んでいった。だから、二人残された兄弟でそれまでに死んだ全ての命を悼むように寄り添う。

 きっと、戦乱の世が終わるのはもうすぐだ。

 終わらせたい。

 否、この手で終わらせよう。

 

「もう一つ、夢を語っても良いですか?」

 ぽつり、と弟がこぼす。

 なんだよ、と兄が返答する。

「マダラ兄さんと柱間さんが夢見た集落が軌道に乗り、泰平の世が訪れたら……その暁には、火の国中の甘味処を制覇する。それがオレのもう一つの夢です」

「ん? んん……?」 

 キリッとした顔で吐かれたイズナの言葉が想定外すぎて、マダラは一瞬何を言われたのかわからず考え込む。

 それからゆっくり、まわりだした脳で、探るような声で兄たる青年は言う。

「あー……イズナ? オマエ、ジョークとか言えたんだな……?」

「ジョーク? いえ、ジョークじゃありませんが」

 何言ってるんだ? と言わんばかりの至極真面目な澄んだ黒い目で返され、マダラは思わず吹き出した。

「プッ、アッハッハ、なんだそりゃ! オマエ、甘味処を制覇って」

 なんで笑う、とばかりにイズナの目が珍しくもじと目を描く、それに益々笑いがこみ上げてきて、ハリネズミの如き長髪がトレードマークの青年は爆笑した。

「ククッ、あー、笑った笑った」

 イズナはむっすりと、ヤケ食いのように月見団子をかじる。

 ヤケ食いのくせに、所作だけは酷く綺麗なのがまたおかしかった。

「あー、悪かった。笑って悪かったからそんなに拗ねるなよ、な?」

 そんな弟が可愛くて、マダラは笑って少年の自分より少しだけ柔らかい髪をくしゃりと撫でた。

「……別に拗ねていない」

 とかいうが、どう見ても拗ねている。

 こりゃからかいすぎたかなと兄たる青年は思ったが、普段大人びた弟が自分にはこんな子供っぽい一面を見せることが、酷く嬉しくって仕方なかった。

「なぁ、イズナ、それオレが着いていってもいいか?」

「兄弟二人旅ですか、良いですよ」

「甘いもんばっかりじゃ偏るだろ? だから美味い稲荷寿司の店も追加だ」

「いいですね。それなら、オレは昆布が美味い町にいって、昆布握りも食べたいです。キャベツを添えて」

「そんなに色々食ってたら太っちまうな」

「その分動けばチャラですよ」

 軽快な口調で、顔立ちはよく似た兄弟がポンポンと言葉の応酬を繰り返す。

 そんなことをしているうちに、次第に心が軽くなってきて、二人どちらからともなく、クスクスと顔を見合わせ笑った。

 

 それから静かな声でマダラが言った。

「……柱間から書状が届いている。例のバカみてェな夢物語の件だ。夢物語だと思ってたんだがなァ……」

 見れば兄の肩は震えていた。けれど、イズナはそれを兄を想い、見ないふりをし、ただ静かに次の言葉を持つ。

「忍界最強のうちはと千手が手を結ぶ……か。同盟、受けるか」

 

 三日後、返答の手紙を出した。

 そうしてこの三ヶ月後、諸々の調節を経て正式に同盟は為り、今は無名の里が起こる。

 イズナの中に残されたうちはイタチの知る歴史よりも10年早い、歴史上初めての忍び里の誕生だった。

 

 

 続く

 

 



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6.ただいま

ばんははろEKAWARIです。
漸くあらすじに内容が追いつきましたが、なんか日刊ランキング総合4位二次部門1位になっていました、ご愛顧いただきありがとうございます。
因みにこの話「転生したらうちはイズナでした」は全10~12話くらいで完結の予定ですので、このあたりで折り返しとなっております。


 

 

 父である前族長の葬儀も終え、昨夜の弟とのやりとりにより腹が決まったマダラは、早速翌日の夜、集会所にて、女達を除く一族の主要メンバー全てを集め、「千手と同盟を結ぶ」と年若いながらも威厳を感じさせる厳かな口調でその決定を告げた。

 瞬間、ざわめきが場を伝播する。

「なんですと!?」

「正気か!?」

 途端高まる怒声。

 一族の反応は大きく三つにわけられている。

 一つは血走った目で怒りを滲ませ、青二才めと言わんばかりに族長になったばかりのマダラをにらみつけるもの。これは亡き父と同世代くらいの忍びが多い。

 一つはむっつりと考え込むように沈黙を保つもの。老人かあるいはマダラと同年代と、その少し上くらいのものが多い。

 一つは伺うようにマダラの隣に座る弟のイズナを見るもの。漏れなく揃いも揃ってイズナが手塩にかけ育てた世代であり、若い衆の実に8割がこの反応を返した。

「マダラ……様!」

 ギリっと、歯ぎしりせんばかりに憎々しげな顔を浮かべながら、父より一つ年上の男が声を上げる。

「わかっているのですか!? ご自分が何をおっしゃっているのか!!」

 それを皮切りに、その男の両隣に座っている男達も荒々しく立ち上がり続く。

「よりによって千手と手を組むだと!? ふざけるな!! 忘れたのか! 殺された親兄弟の事を!! 先祖の無念を!!! 貴様のような若造の決定など誰が認めるか!!」

「世のことも碌に分からぬ青二才が!! 貴様千手の犬に成り下がったのか、貴様など最早当主ではない!! 奴らを、千手を皆殺しにする、その時まで止まらず戦い続けるのだ……!! それが貴様がやるべき務めであろうが!!」

「……黙れ」

 一瞬だった。

 一瞬でずん、と腹の底に沈むような、悍ましくも禍々しく冷たいチャクラが場を包み、重圧に押しつぶされるように男達はへたり、と腰を落とした。

 殺気混じりのチャクラに、冷や汗が止まらない。

 直接その圧を向けられていないものも、年若いものなら気絶しないようにするのが精一杯なほどの威圧感で、そのチャクラの持ち主たる新当主マダラは、御簾のようにかかる長い黒髪の間から、赤く万華鏡を描きギラギラと輝いている瞳で睨み付けるというには無に近い、鋭く冷ややかな視線を覗かせている。真っ正面からその眼に晒された三人の男達は、はくはくと碌に息さえ出来なくなる。冷や汗がとまらない。

 そうしてすっかり刃向かう気概が消えたのを見て取ってから、スゥと涙袋が特徴的な青年は、赤く染まった禍々しい万華鏡を凪いだ黒に変え、それから静かな声で言った。

「先祖の無念を、兄を、弟を、父を奪われたこの怒りを、憎しみを忘れたことはねェ。千手は不倶戴天の敵だった、納得できない出来ねェって気持ちはよーく分かっているつもりだ」

 ガリガリと長い髪を鬱陶しげに掻上げながら淡々とマダラは続ける。

「だが、奴らを憎み続けてなんになる? 殺して殺されて、いつまで砂利どもを犠牲にし続けるつもりだ? ……どこかでこの連鎖を断ち切らねーといけねェんだ。それが今だった、それだけの話だ」

 オレはもう弟を亡くしたくねえと、ぽつり、戦場での鬼神の如き姿が嘘のように、苦悶と憂いを感じる表情で吐き出す涙袋が特徴の若き当主の姿に、はっと幾人もの一族のものたちが唾を飲み込む。

「亡くした先祖や親兄弟の無念を晴らしてやりたい気持ちもわかる。だが、それ以上にオレは、これからのほうが大事だ! 生きている弟の方が大事なんだ!! 弟に……いずれは生まれてくるガキどもに未来をくれてやりたい。だから、親兄弟を失った無念を、その怒りを飲み込んではくれねェか。オレの為にじゃねェ、ガキ共の未来のためにだ」

 

 そうは言うが、本当はマダラこそが誰より腑が煮えくり返っている。

 父を、兄を、弟達を殺した千手が憎い。憎くてたまらない。

 うちはマダラは愛情深く家族想いの男だ。誰よりも、血を分けた実の親兄弟こそが最も大切だ。その大切なものを奪われたのだ。それは敵だって同じだ。立場は同じで、これは戦で仕方なかったことくらいちゃんと分かっている、理解している。奪ったのはこちらも同じであることくらい。それでも、感情が叫ぶのだ、許せない!! と。

 その愛が深ければ深いほどに怒りも恨みも狂おしいほどに身を苛む。

 うちはの血の体現者ともいうべき男、それがうちはマダラだ。そういう性質だ。だからこそマダラは誰よりも強く、うちはの才に愛され生まれ落ちた。

 けれど、あの日の光もまた、マダラを捉えてやまない。

 ……あの日、あの河原で、マダラは陽の光に出会った。

 ダッサイ髪型と格好をした、同い年くらいの少年。

 鬱陶しくも絡んできて、こちらが怒鳴ったら一気に落ち込んで、やたらとテンションがコロコロと変わる。けれど、何故か……懐かしいような、近い何かを感じたのだ。

 少年は「柱間」と名乗った。

 弟が死んだとそう泣いた少年は、同じようにこの戦乱の世の中を変えたいと願っている、馬鹿な子供だった。

 そうして何度もあの河原で出会い、未来への希望を話して、馬鹿みたいにはしゃぎあって、術を競い合って……友と、なったのだ。

 柱間と過ごす日々は泣きたくなるくらい眩しくて、楽しかった。

 本当は、父に告げられる前からわかっていた。柱間がどこの誰なのか。聞かずとも特徴からわかった。それはきっと柱間も同じだ。それでも、ただのマダラと柱間でありたかったのだ。

 うちはマダラとしての自分は、兄弟を殺した千手を許せるはずがなかったのだから。

 だから、決別は決まっていた。

 それでも「にげろ」とそう石に書いて渡したのは、それはどうしてだったのか……。

 うちはマダラは情深い男である。

 だからこそ、もう心を傾けた柱間の存在を……他人と断じる事なんて出来なかった。

 あの馬鹿みたいにコロコロ表情を変える光に等しい友を、守りたかったのだ。

 けれど、唯一残った弟を危険に晒すならば話は別だ。

(柱間を、殺そう)

 オレはうちはマダラなのだから。そう、決意を固めると、身を裂かれるように痛む胸と引き換えに写輪眼を得た。友とかつて呼んだ宿敵の息子を殺すために得た力。

 そうして幾度も戦った。戦っている間は何も考えずにすんだ。奴と渡り合い、殺し合う。けれど拮抗するその実力に、もしかすると自分をも超えているのではないかと思える奴の強さに歓喜した。柱間と、奴との殺し合いが楽しくて楽しくて仕方なかった。

 それでも奴に「マダラ」と呼ばれる度に、心が揺れた。

 またあんな風に馬鹿な話をして、笑い合いたいと願う。そんな自分こそが許せなかった。亡くなった兄を、死んだ弟達を裏切っているようで許せなかった。だから、どんなに戦場で柱間に夢の続きを呼びかけられたとしても、首に降ることはなかった。奴を殺さなければと益々意固地になった。

 だから、思いもしなかったのだ。

『柱間さんの手を取りましょう』

 だなんて、イズナに……唯一生き残った弟に言われるなんて。

 弟が自分と同じ夢を、柱間が語った集落を同じく夢見ていたなんてマダラは知らなかった。

 でも、気づける余地はあったのだ、これまでも。

 

 弟のイズナは兄であるマダラから見ても、愛情深く繊細で心優しく他人の痛みに寄り添える、それでいて聡明な子だった。

 一度高熱で命が危ぶまれたことこそあったものの、物静かで落ち着いていて、何もかも見通すような凪いだ瞳をしていた。幼い頃から末っ子らしく甘えてくることは滅多になかったけれど、それでも他の弟達に比べれば自分には少し甘えたところも見せてくれていたと思う。

 イズナは不思議な子供だった。

 忍びの才に生まれつき恵まれ、戦神に愛されているようなマダラから見ても、末の弟は普通の子供とも自分とも異なっていた。それでも、血を分けた弟だ、自分を慕ってくれる小さな弟が可愛くて仕方なかった。

 イズナは末っ子だというのに、兄気質なのか、それとも老人共がほざくように本当に六道仙人の生まれ変わりかなんなのか、正直マダラにも見通せていないのだが、面倒見が良く子供が好きで甲斐甲斐しい。

 子供、といっても弟と同い年や中には年上も含まれていたのだが、イズナが彼らを見る目はとても同年代の子供を見るそれではない。慈しみ、庇護すべきものを見る目だった。

 そう、自分がイズナや死んだ弟達に向けているものと同じだ。

 イズナは少しでも多くのものが生き残れるよう、齢四つの頃には彼らの修行を見るようになった。

 子供が子供の面倒を見ている、なんて客観的に聞くと変な話だが、実際問題としてイズナは良き師であり、また良き父で、母で、兄だった。

 この戦乱の世に生まれた以上、たとえ齢五つの幼子だろうと親に甘やかされることは許されない。

 それがどれほど辛いことか。

 イズナは繊細で優しい子だ。だからこそ、わかっているのだろう。子供達の抱える寂しさを。

 イズナは時には敏し、褒め、悪いところは悪いと順を追って言い聞かせ、一人一人の名を呼び、その上で修行では手を抜くこともなく、口出ししすぎず、だからといって放置しすぎるということもなく、絶妙な距離感を維持しながら彼らと関わり続けた。

 それは親の愛に飢えた子供達にとって、理想の親の像そのものだったのだ。

 ボクを見て、ボクを褒めて! 子供ならあって当然のその欲求をイズナは見事に満たした。

 その上、礼儀正しく愛くるしい容姿をしている。

 故に、年寄りや女衆にもイズナはとても好かれたし、身内の贔屓目抜きでもイズナのようなものを人格者と呼ぶのだろうとマダラも思う。

 自慢の弟だった。

 そんな弟は忍びの才にも恵まれていた。

 己も大概天才と呼ばれているが、はたして自分と比べどちらが上かと聞かれると分からない、というのが答えだろう。

 マダラは弟に弱い。弟が可愛くて仕方ないし、弟を傷付けるものは全て殺してやりたいくらい憎い。だから、この弟と戦うなんて耐えられない。という理由もある。

 が、兄である自分から見ても、底が知れないというのもあった。

 チャクラ量に体力・膂力等はまずマダラの方が上だろう。しかし、気付いたときには兄も知らぬ技もイズナは当然のように行使している。

 好んで使用するのは幻術と、口寄せの烏を使った攪乱に手裏剣術、10を超えてからは火遁系統の術を使うことも多いが、隠し球の数も両手の指に収まらないほどありそうに見える。弟が全力で戦闘しているところなど、生まれてからずっと一緒にいるマダラでさえ見たことがない。

 一目で初見の術を習得に苦労することなく使えるところは、マダラもイズナも大差は無い。

 しかし、この弟は底を見せたことがないのだ。だから答えは分からない。

 でも強いことが果たして幸いであるといえるのだろうか?

 いや、弱いよりはいい。

 弱ければ簡単に他の兄弟のように死んでいる。

 そういう意味ではマダラはイズナに天賦の才があったことに感謝している。

 だが、強者との戦いに胸躍るマダラと違ってイズナは……戦が嫌いだ。

 殺すことは出来る。

 凡人のように殺すことが出来なくて逆に殺されると言うことは、まずない。

 でも表情一つ変えず人を男女の別なく殺すことは出来ても、それを愉しんだりは出来ない。必要だから、出来ると言うだけだ。イズナに、マダラのように戦いを悦ぶ嗜好はない。

 戦後仲間の死に、兄弟達の死に嘆く同胞を見ては悲しみを抱けど、自分たちのように敵への怒りや憎しみに駆られることはない。ただ、敵も味方も関係なく死者の存在に胸を悼めるだけだ。

 戦のない世の中が来れば良いと、本心から願っていたこと、兄であるマダラが知らないわけがない。

 ガキ共の面倒を見ているのも、子供達が死なないようにと、生き延びる力をつけさせる為だ。

 本当にあの子は、イズナは優しい子だから。

 

 マダラは千手を信用出来ない。

 柱間を、かつて友だった男を信じてやりたい気持ちはある。だけど、弟のようにはあれない。

 それはマダラがそういう気質だからだ。疑い深くネガティブ思考で最悪を常に頭にいれ続ける。イズナほどではないのかもしれないが、マダラもまた聡明な頭脳がある。先が見えすぎて、人の醜いところが見えすぎて、だからこそ他人を信じられない。

 それでも、弟が望んだのだ。

『兄さんと柱間さんの語った「子供が殺し合わなくて良い集落」という夢を見たい。あなたたちにその夢を叶えてほしい』と。

 ならば叶えるしかないではないか、兄として。

 ……本当は思っている。

 うちはの当主には戦うしか取り柄のない自分などより、イズナのほうが相応しいんじゃないかって。

 

 柱間が太陽なら、イズナは月明りのようだ。

 太陽は闇に生きるものには眩しすぎて、場合によっては憎々しくも忌まわしくもある。

 けれど夜闇を包み込む月の光は、闇でしか生きられぬものにも優しく寄り添い、安寧さえ与える。

 イズナの静謐で慈しむような微笑みは、望月の白い光によく似ている。

 その光に惹かれるように、イズナは色々な人に好かれ、愛されている。

 ……マダラなどよりも、ずっと。

 だけど、それでもマダラにとっては弟だ。唯一残された最後の弟なのだ。

 弟がそんなか弱くはないことぐらい知っている。愛くるしい見目に反して、繊細で心優しくはあるが同時に弟は誰よりもその心が強い。それでも守ってやりたいのだ、兄として。

 だからこそ、矢面に立つ族長の地位は自分が良かった。

「文句がある奴はオレを倒してみせろ。その手で、力尽くでオレから族長の地位を奪って見せろ。それすら出来ぬ弱者なら口を噤むんだな。……明日いっぱいまでは待ってやる」

 その言葉を締めに、解散させた。

 

 ……嗚呼、今日も良い月だ。

 まん丸とした満月もいいが、少し欠けた十六夜に衣のように雲がかかっているのも、また格別な風情がある。そんな中、神社の境内で月光を浴びるマダラの背後に人影が一つ。

「棟梁」

 そう己にかけられた若い男の声を合図に、くっきり浮いた涙袋と、ハリネズミの如き黒の長髪が特徴的な青年はゆっくりと振り返る。

 立っていたのは一族の若者の一人だ。イズナより三つほど年上の青年で、嫁を迎え家庭を持ち、大きくなった今も弟に良く懐いていた。

 確か、末弟の初陣の時も同じ部隊にいた筈だ。

「千手と同盟を結ぶなんて本気なんですか? 奴らを信用出来るとでも……?」

「本気だ。信用は……まァ、これからの奴ら次第だな。正直オレとて、信じ切れているわけじゃねェ。それでも、この戦乱の世を終わらせるには信じるしかねェだろうよ」

「イズナ様も……?」

 恐る恐るといった口調で弟の名が出された。

 ああ、これが本題か。だからあの場では聞かなかったのか、とマダラはなんとなく納得しつつ「そうだ」と答えを返す。

「イズナの望みだ。おそらくオレよりあいつの方が……千手柱間という男を信じている。うちはと千手が手を取り合うことによって泰平の世が来ること、それが作れると信じている」

 それを聞くと男は唾を飲み込み、それから苦悶に満ちた顔を見せ、くしゃりと自分の頭を押さえ込むと、絞り出すような声で「そう……ですか」と答えた。

「オレは……千手を信じることは出来ません」

 だろうな、オレもそうだ、と心の中でマダラも返す。

「オレの二番目の弟は、千手との戦が元で死にました……! 弟はまだ七つだったのに、目を潰され、体中切り刻まれて……! 痛みと恐怖に歪んだあの最期の顔を忘れることなんて出来ません……!! オレは、オレは……千手が憎い!! 憎くて、憎くてたまらない!!」

 見れば、赤く赤く血のように、男の瞳が三つ巴を宿して闇夜に輝いている。

「でも……オレは、あの人の事が好きです」

 ふっと、禍々しいほどに揺れていたチャクラの高ぶりが治まり、瞳が黒に帰る。

「あの人がいたから、今のオレがいる。あの人が戦い方を教えてくれたから、これまで生き延びてこれた。オレにとってあの人は恩人で……カミサマのような、人です。だから、あの人が望むなら、こんな感情捨てて見せます。胸の中で腑が煮えくり返っていたとしても、笑って奴らの手を取ってみせる」

 そうして本当に大切なものを想う慈しみに満ちた顔で、男は自身の体を抱きしめた。

「だけど、信用出来ないのは変わっていません。裏切られる可能性を捨てきれない。手を取った次の瞬間、背後から切り捨てられるんじゃないかって……だからお願いです、マダラ様。あの人を守ってください。オレにはあの人を守れるほどの力が無い。だからお願いです、マダラ様……!!」

 ガバリと勢いよくマダラより二つほど年下の男が頭を下げた。

「……言われるまでもねェ」

 静かながらも力強い声で、新たにうちはの当主となった青年が言葉を返す。

「イズナのことはオレが守る。この命に代えてもな」

 だから心配いらねぇよ、そう声をかけて後は振り返ることもなくマダラは去って行った。

 

 男は暫し立ち尽くす。

 ふと、その時優しい視線を感じて後ろを振り向く、するとそこには思った通りの人が立っていた。

「イズナ様、見てたんですか? はは……かっこつかないなァ」

 そう泣きそうな顔でくしゃりと髪を掻上げる男に対し、男より随分と線の細い年下の少年は男の名を呼びながら、ちょいちょいと手で招き寄せると、素直に近づいてきた年上の男に対し、額に人差し指と中指を揃えてトンと押すと、「許せ」とまるで小さな弟に呼びかけるような声で言った。

「お前達に負担をかけていることは分かっている。その選択が苦痛であることも。それでもオレは……」

「いいえ、わかっている……いいんです、そんなこと。……アナタ様が本当は戦などお嫌いだったこと、知っていましたよ、オレ達は。それに……オレと女房の間にだっていずれややこが出来る。イズナ様が、オレ達の子供の事まで考えてくださっていることくらい……わかっています」

 ただ、これだけは聞かせてくださいと男は言う。

「イズナ様、アナタは今幸せですか……?」

 それにふわりと、中秋の名月のような、慎ましく澄んだ微笑みを浮かべながら「ああ……」と返した。

「お前達のような理解者に恵まれて、オレは幸せだ」

「なら……いいです」

 そういって男もまた、くしゃりと泣きそうな顔を笑みに変えて、ぐちゃぐちゃの感情を無理矢理飲み込んで微笑った。

 

 

 * * *

 

 

 あの会合の二日後、全ての一族のものが千手と組むことに納得したわけではないが、しかしマダラに挑むような気概のある者もおらず、予定通り承諾の手紙をだし、更にその一週間後、うちはマダラ、千手柱間両名揃って火の国大名と会見し、里を興す承諾と援助を取り付けるため火の国首都へと旅立つことが決まり、その当日。

 

「おお、マダラァーーー!! 会いたかったんぞーーー!!」

「だぁああ!! 喧しい!」

 感極まって、かつての幼馴染みで秘密の友に抱きつこうとした満面の笑みを浮かべる千手の新しき当主の顔は、見事に炸裂したうちはの若き当主の長い足で蹴り飛ばされた。

「うう、酷いぞ、久々というのにマダラが冷たいんぞ……漸く戦場以外でも堂々と会えるようになったというのにつれないんぞ……オレはこの日が来るのを、こんなに楽しみにしてたのに……」

 ずうぅ~んとまるで、キノコでもそのまま生えてきそうな勢いで落ち込み始めた柱間を前に、「ウ、ウゼエ~!! お前、その落ち込み癖まだ治ってなかったのかよ!? 嘘だろ、おいっ!」とマダラは返して、それから「あー、蹴って悪かった。別にオレだって楽しみじゃなかったわけじゃねーよ。だから、そんなに落ち込むなよ、な?」と、幼い子供をなだめるように腰を屈め、ポンとこの旧友の肩を手を置いた。

 すると柱間は、それまでの地の底までめり込まんばかりに落ち込んだ姿はどこへやら、「マダラ~!!」と感極まった声をあげて、ガバリ。そのまま涙袋が特徴的な青年の体をしっかり抱きしめ、「やっぱり、マダラは優しいんぞーーー!!」と頬ずりする勢いでハグを続けた。

 はじめは「痛ェ、てめェいい加減にしろよこの馬鹿力が」だのと悪態を返すマダラだったが、旧友の目の端に浮かんだ水滴に気付いたからだろう。

「ったく、しょうがねェな」

 と、慈愛混じりのあきれたような声で言ってポンポン、子供の背をあやすように叩き、柱間の体を抱きしめ返した。

「ふふ、やはりマダラはマダラぞ。その優しさも暖かさも変わってないんぞ……ちょっと顔はイカツくなったけど」

 それまでよしよしと幼子の子守をするかのように接していたマダラであったが、最後にボソッと付け足された言葉を前にブチっと顔を怒りに歪め、そのままベリッと柱間の体を引き剥がした。

「だァーー!! うるせェ! 昔からなんでてめェはそう一言多いんだ!!」

「ガハハハ! そちらこそ昔と変わらぬな! マダラも元気そうで何よりぞ!!」 

 

 そんなコント染みたやりとりを繰り広げるうちはと千手の新当主二人の目の前には、当主の弟二人が真逆の表情で肩を並べて見物している。

 一方は微笑ましそうにニコニコとしながら兄二人を見ている、黒髪黒目の華奢な体格をした白皙の美少年。

 一方は、「オレは今何を見せつけられているのだ?」と言わんばかりの死んだような目をした白髪赤目の、少年と青年の間くらいの年齢をした男。まだまだ若いが、体格自体は殆ど大人と変わりない。

 言わずともわかるかもしれぬが、前者がうちはマダラの弟であるうちはイズナであり、後者が千手柱間の弟である千手扉間である。

 扉間は、頭が痛いと言わんばかりに額を手で押さえながら「兄者……これから自分たちが何をするのか本当にわかっておるのだろうな?」と確かめるように苦労人気質が染みた声で問うた。

 それに、カラカラと脳天気そうな明るい声で兄が言う。

「わかっておるわかっておる。これからオレとマダラは二人で火の国の首都に入り、三日後の大名との会談で里の設立とその援助を引き出してくるのであろう。マダラとオレが揃えば百人力よ。な~に、大船にのったつもりでこの兄に任せるが良いぞ!」

 と胸をドンと叩き、煌めくウインクのおまけ付きで告げる柱間であったが、弟の胸によぎるは不安ばかりだ。

 それはマダラとのやりとりを見て益々深まるばかりだった。

「兄者、前から言うておるが、やはり此度の会見はオレがいく。兄者は……」

「マダラがおるからいらん。お前は待機!!」

 ズビシッと指を突きつけ、即座にアッサリと柱間は弟の希望をはねのけた。それに益々死んだ顔になる弟。そのマダラがおるから心配なのだ! という、弟の心兄知らずとはこのことである。

 が、どうやらそんな柱間を見て不安感に駆られたのは扉間だけではなかったらしい。

 終始やたら浮かれたハイテンションで、旅支度というにはあまりに軽装をした千手の若き棟梁の姿を見て、うちはの新当主たる青年は、「おい、柱間、お前ちゃんと手ぬぐいは持ってるのか?」とか言い出した。

「ぬ? 持っておるぞ」

「水筒は?」

「大丈夫ぞ!」

「大名に提出する書簡は忘れちゃいねェだろうな?」

「大丈夫ぞ! ガハハハ!! マダラは母上みたいよのう」

「誰が母親だコラッ!!! こんな図体のでけェ手のかかる息子なんてお断りなんだよォ!!」

 と、ガハハ笑いを続ける柱間と、その体をガックンガックン揺らしながら感情を露わに怒鳴りつけるマダラ。そんな漫才にしか見えない二人を前に、扉間は酸っぱい顔をして、隣に立つ同じ境遇の筈の少年に言葉をかけた。

「おい、あれを見て貴様は何も思わんのか」

 それに対し、ちょっと癖のある長い黒髪を赤い髪紐で一つに束ねた、とても綺麗な顔立ちの少年がサラリと言う。

「嗚呼……あの二人、見ていて微笑ましいですよね。フフ、兄さん達が楽しそうでオレも嬉しいです」

 それはまるで菩薩のような、何一つ混じりっけの無い慈愛に満ちた顔だった。

 ……ここに集うはボケばかりか。

 扉間はツッコミを入れることを放棄した。

 

「それでは、扉間後は頼むぞ!!」

「イズナ……暫く留守にするが、気をつけろよ。まぁ、お前なら大丈夫だとは思うが……行ってくる」

「もういい兄者、さっさと行け。オレはもう何も言わん」

「はい。大丈夫ですよマダラ兄さん。兄さん達こそお気をつけて、お帰りお待ちしています」

 かくてマダラと柱間の凸凹漫才コンビは、仲良く肩を組んでそのまま旅立つのであった。

 

 

 * * * 

 

 

「千手とうちはが手を組む……同盟だと!?」

 ガタン、と音を立て立ち上がったブクブク肥上がった男は、吹き出物だらけの醜い顔に更に醜悪な表情を乗せながら、此度千手とうちはが共同で新しく集落をたてる、ついては火の国の認可を受けて新たな里として稼働したい、という申し出があることを部下の報告で受け憤慨する。

「ふざけるなッ!! 卑しい忍び風情がわしらと対等なつもりか!」

 男は火の国の役人であった。

 とはいえ、父の七光で跡を継いだだけであり、悪どいことは得意でも、仕事は不正以外は碌に出来ない国の癌のような男である。

 この時代、忍びは一族単位で雇われる。

 そして古来よりうちはと千手は不倶戴天の天敵同士で、また戦国最強と名高い二つの家は片方が別の大名家に雇われれば敵対する大名家はもう一方を雇う、というのが半ば常識となっていた。

 そして男は、同じ嗜好を持つものを集めてこっそり賭けの胴締めをしていた。

 名のある忍びは幾人もいる。その中で次は誰が死ぬのか、どちらが戦で負けるのか、だ。

 そもそも戦乱時代というが、死ぬのは忍びばかり。

 それを雇う国側からしたら、血と血で争う戦国の世も対岸の火事である。

 だが、戦国最強と名高いうちはと千手両家が組んでしまえば……賭けは成り立たない。

 男が憤慨するのは、身勝手ではあっても男の立場からすれば当然のことだった。

「もういい、大体奴らは元々敵同士なのだ! 少しの不和で簡単に綻びる! こうなれば奴らが疑心暗鬼で分断するよう工作員を放って……」

「それは困るな」

「……は?」

 ぞわり、突如男の体に怖気が走る。

 ばっと周りを見渡すも、誰も見えない。

「だ、誰だ!?」

 誰もいない、その筈だ。けれど、何か違う。ほんの数秒までのこの部屋と何かが……冷や汗が流れる。ドクドクと心臓が早鐘を打っている。呼吸が荒い。

「……だな」

 誰もいない筈なのに、秀麗な……声変わりを終えたか終えなかったかくらいのかすれた少年の声が、落ち着き払った声音で男の名を呼ぶ。

 役人の目には相変わらず何も見えない。でも、確実に何かがいる。

「うちはと千手、その同盟に……横やりを入れるのはやめてもらえないか?」

 だが、わかった。この物言いは確実に、この目に見えぬ侵入者は千手、もしくはうちはに属する忍びだ。

 悪寒は変わらない。けれど、相手が見下すべき忍び風情であるということが知れると、男は虚勢を保つためにも尊大な口調で「ハッ」っと吐き捨てるとベラベラと罵倒の言葉を続けて吐き出した。

「何故儂がそんなものに従わねばならん。大名にペコペコと付き従い金を集るしか能のない卑しい蛆虫風情が。忍びなどという下等種の分際で火の国の役人である儂に楯突くだと!? 身の程を弁えろ小賢しい」

「ならば、仕方ない」

 ……何故そこにいたのに気づけなかったのだろうか。

 そこには秀麗な少年が一人立っていた。

 男色も女色も問わず色事にも当然のように傾倒する男のような俗物から見れば、小姓にでもして寝所に呼び込みたいほどに美しい少年だ。

 少し癖があるも艶のある射干玉の髪、くっきりした二重まぶたの切れ長で涼しげな瞳。すっと通った鼻筋に、ぽってりと少し厚めの唇。小さな顔の作りに華奢な体躯に象牙色の肌。黒い髪と白い(かんばせ)のコントラストが美しい。

 変わった模様をした赤い瞳が不思議な輝きを帯びていた。

 そんな風に見惚れる男が正気に戻るより先に、「今からお前は24時間、追われ続ける」という言葉が届き、同時に男は見覚えのある森の中に連れてこられていた。

「は……? は?」

 そこは男が普段から使っていた狩り場だった。

 狐狩りも男の趣味の一つだ。猟犬を使い、獲物を追い立て、可愛い犬共が獲物を食い殺すのを、籠から眺めるのが娯楽の一つだった。

(なんだこれは?)

 男には理解できない。このどこまでもリアルな世界が幻術で出来ているということさえ、わからない。

 ガサガサと、草木の向こうからグルグルと飢えた猟犬が顔を出す。

 哀れな餌は、獲物は自身だった。

「ひいい!!」

 男は食われる。

(痛い! 痛い! イヤだ、助けてくれ!)

 心で叫んでも助けは来ない。

 脳裏にあの声が響く。

『うちはと千手に手を出すな』

「は、誰が……」

 それでも虚勢を張ってそう言ってのけると、気付いたら無傷で食われる前の場所にいた。そして草木の向こうからまた猟犬のうなり声が聞こえてくる。

 男はたまらず、逃げ出した。

 でも、終われない。終わらない。

 宣言された24時間が終わるまでは。

(助けてくれぇ……!)

 宴は続く。

 

 

 * * *

 

 

 月読にかかり、だらりと体を投げ出す男に更に幻術をかけながら、ため息を漏らす少年が一人。

 彼はうちはイズナ、今まさに火の国の大名と謁見のため旅立ったうちはの新族長の弟である。

 月読にかけられた男には、さぞかしうちはや千手に対する恐怖が植え付けられていることだろう。

 その恐怖という感情だけは残し、今宵己がここに現われたという痕跡を何一つ残さぬよう、通常の幻術を使い記憶の改ざんを施していく。

 うちはと千手、戦国最強と呼ばれ敵対してた二つの家が、消耗も少なく手を結ぶことを良く思わないものなどいくらでもいる。歴史上初めての忍び里なのだ、敵が多いのも当然と言える。

 故にイズナは千手と同盟了承の手紙を出してから、この一週間の間、当主である兄マダラの許可の元、諜報に長けた部下達を動かし、うちはと千手の同盟を阻むために動き出しそうなもののうち、国にとっても癌であろう悪巧みしか能のない真っ黒なものだけピックアップし、彼らと「おはなし」する為に直接動くこととした。

 それは父の死と同時に開眼した、万華鏡写輪眼の試運転も兼ねている。

 結果として、まあ開眼したあのときには既に気付いていたことなのだが……自分の目に宿ったのは左目は術者の質量時間まで自由に作られる幻術の「月読」、右目は視認する対象を燃やし尽くすまで消えぬ黒炎を発生させる火遁の「天照」……前世のうちはイタチの時と全く同じ能力だった。

 通常、万華鏡写輪眼は開眼者ごとに違う固有の能力を宿すものであるのだが……やはり魂が同じだからか、それともうちはイタチとうちはイズナはその人格が同一といっていいからなのか、結果は前世で慣れ親しんだそれと同じになった。

 ……まあ、使い慣れているほうが、瞳力を育てるにしても都合が良いのだが。

 なにせ万華鏡写輪眼の固有能力は強力な代わりに、体や目への負担もとんでもないので。永遠の万華鏡写輪眼で無い限り、使えば使うほど視力も失うそのリスクは前世のイタチの時によく知っている。

 多用できるような力ではないのだ、これは。

 とはいえ、慣れた能力であるし、使ったのは月読だけだ。

 疲労もたかがしている。

「イズナ様……」

「わかっている、行くぞ」

 イタチの知る歴史よりも柱間もマダラもまだ若い。

 それはそれだけ周囲に舐められるというわけで、敵は多いのだ。

 たとえ自分たちを危険視するものが敵対し、同盟が破綻するよう暗躍されたとしても、真っ当な相手ならあの二人なら何者が来ても正面から粉砕するのは簡単であろうが、それでも出来ることはしたい。

 今日のターゲットはあと三人、ただの敵対者ではない。

 国にとっても癌であろう奴らをおとなしくさせるため、イズナは夜闇を駆ける。

 

 

 * * *

 

 

「ただいま帰ったのだぞー!」

 旧友二人が大名との会談の為旅立ったその四日後、テカテカと精気に溢れた肌艶で陽気に笑いながら柱間と、ガッシリ肩を組まれて鬱陶しそうにしつつも、なんだかんだ満更でもなさそうなマダラが、とりあえず千手とうちは両集落の中間くらいの位置に木遁によって生み出された山小屋へと、無事帰還した。

「ったく、いつまでもガキみてェにはしゃぎやがって、いい加減離れろ。ただいま、イズナ」

 柱間を適当にあしらう傍ら、最愛の弟へ愛しさの隠し切れていない微笑みを浮かべるうちはの族長。

「おかえりなさい、マダラ兄さん、柱間さん」

 そう言って互いにお帰りのハグを始めるうちはの兄弟をチラリと見て、期待するような顔をこれまた自身の弟に向ける柱間であったが、扉間は兄のそんな視線をガン無視して、「それで首尾良くいったのであろうな、兄者」と尋ねる。

 そんな弟の反応にやや残念そうにする柱間であったが、切り替えの早さには定評のある男だ。

 ぱっと笑顔を浮かべて「無論ぞ、オレとマダラの二人がいて出来ぬことはない!!」と断言し、そのまま千手とうちは、それぞれ主要メンバー三人ずつの計六人しかいない小規模な宴会に移る。

 そうして道中男二人旅であった事や、首都でのことなどを面白おかしく……まあ殆ど喋っているのは柱間で、マダラはツッコミばかりだったのだが、側近と弟達に聞かせるのであった。

 因みに当然、両手の指で足りないくらい道中に襲撃があったようだが、そもそも相手はうちはイタチの知る歴史では「忍びの神」と謳われた千手柱間と「うちはの伝説」うちはマダラである。全く何の障害にもならず、当然のように蹴散らされた。

 一人でさえ相手したくないのが二人の二乗である。

 どう考えてもやばすぎるツーマンセル過剰戦力タッグであった。可哀想に、こんな人外と人外予備軍を敵にまわした刺客の冥福を祈ろう。合掌。

 そうやって、柱間が酔い潰れたのをきっかけにお開きとなり、扉間は兄をズルズル引きずりながら、マダラとイズナは酔い冷ましにゆったり歩きながらそれぞれの集落に帰ることとなった。

「ったく、柱間の奴、本当にどうしようもねェ」

 とかブツブツ言っている兄は不機嫌な顔をしているが、実のところ上機嫌なのは気配で丸わかりである。そんなマダラの反応が可愛らしくて、思わずイズナは「フフッ」と微笑む。

「なんだよ」

「蟠り、無事溶けたようですね」

 良かった、と告げる弟の目は澄んだ黒で凪いでいる。

 どこまでも、人の奥底まで見通しているような、瞳。

「イズナお前……」

 どこまで見えていた、と兄たる青年はそんなことを訪ねそうになって思わず口を噤み、それから左右にゆっくりと首を振ると、「……いや、なんでもねェ」と返した。

「星、綺麗だな……」

「ええ、そうですね」

 そんなたわいもない会話を最後にあとは無言で夜道を歩き続けた。

 

 里を興す許可を得たといっても、すぐに里が出来るわけでもない。

 男達が戦に出ている間に女達が世話をしていた畑や家畜、家の整理などもある。

 そうして柱間がある程度木遁で整えたという、里の予定地に実際に引っ越しに乗り出し移動が始まったのは、うちはと千手両前族長が亡くなり、同盟を組むことが決まった日から三ヶ月後のことだった。

 うちは側から一番最初に移動することが決まったのは、マダラとイズナの兄弟。

 他の者は次の日から順にやってくる。

 里までの、出来たての道を歩く。その度にイズナの胸に懐かしさがこみ上げる。

 そうして、たどり着いた。

 まだ、里と呼ぶのは烏滸がましい。小さな集落といった規模で、とりあえず柱間の木遁忍術で仮の住宅が作られている。

 その集落の真上にはあの崖……まだイタチの記憶の中にあるような顔岩は存在していないけど、よく知っている。この場所のことはおそらくこの場にいる誰よりも、イズナこそが一番よく知っている。

「!? お、おい、イズナ……お前」

 後ろから動揺し狼狽える兄の気配がする。

 けれど、胸がいっぱいで答えるような余裕がない。

「なんで、泣いてるんだよ?」

 言われて、気付いた。

 ぽろぽろと、音もなく次々に頬に滴が伝う。

 マダラの覚えている限り、この弟が、イズナが泣くなんて、物心ついてからは初めてのことだった。

「泣くなよ、な? な?」

 どうしていいのかわからず、おろおろと戦場での鬼神の如き姿が嘘のようにマダラは心底困った顔で、弟の肩を抱く。

 そんな兄を、静かに流れる涙もそのままに、イズナは「兄さん」と見上げる。

「いえ……少し、嬉しくって……感極まってしまったようです」

 そういって、イズナは懐にしまった手ぬぐいで自分の涙を拭った。

「そっか……」

 兄は酷く優しい顔をして、ぽんと弟の頭に手を乗せ、そろりと撫でる。

「はい、だから心配しないで大丈夫ですよ」

 そういって安心させるように微笑った。

 

(帰ってきた)

 

 その表現は正しくはない。

 ここはうちはイズナの故郷ではなく、木の葉隠れの里はこれからここから始まるのだ。スタートに漸く足が届いたところだ。だから、帰ってきたなんて表現は相応しくない。

 それでもイズナの魂が、心が訴えかけてくるのだ。

 嗚呼、漸く帰ってこれたのだ、と。

 だから、イズナは胸の内で、記憶の中だけにある自分の前世にあたるうちはイタチへと、その言葉をかけた。

 

 ただいま、と。

 

 

 続く



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7.扉間とイズナ其の壱

ばんははろEKAWARIです。
なんか予定のところまでいかなかったんですが、長くなったので前後編に分けることにしました。というわけで扉間とイズナ前編です。


 

 

 うちはと千手が同盟を組んだ日から6ヶ月、無名の世界初となる氏族を問わぬ忍び里が正式に認可され稼働し始めてから3ヶ月を過ぎた頃、正式に里の名は「木の葉隠れの里」と決まり、初代里長……火の国を守る影の忍びの長を略して『火影』と名付けられた、の初代火影に正式に千手柱間が任命された。

 これは合議の結果決まったことであり、ほぼ満場一致といって良かったのだが、初代火影となった柱間だけが「火影はマダラが良かったんだぞ~」と駄々を捏ねては「ウゼエ。民意で決まったもんにいつまでグチグチ言ってるつもりだ、ああ?」と本人に一蹴され、実の弟には「それより仕事しろ、兄者」とにべもない。

 まあ、でもこの結果は里が出来た時から分かりきっていたことでもある。わかっていなかったのは当事者である千手柱間当人だけだ。

 言われずとも皆わかっていることだろうが、木の葉隠れの里は戦国時代でも最強の名を欲しいままにしていた天敵同士であるうちは一族と千手一族が手を結んだことから生まれた。

 その後、うちの氏族も参加させて欲しいという各地から申し込みを来る者拒まずで受け入れ、現時点ではうちはに千手、猿飛に志村、秋道、奈良、山中と七氏族と……これからの発展を見越して引っ越してきた、忍びではない商人や鍛冶屋、飲食店を営む一家に大工などが暮らしている。

 他にもうちはの写輪眼の源流とも言われ、三大瞳術の血継限界を持つとして有名な日向家も里に加えて貰えないかと打診を受けている。

 きっとこの後更に増え、この先里は大きく発展していくだろう。

 そんな木の葉隠れの里だが、里を作ったうちはと千手は同格であり、この二家に優劣などないのだが……後から参入してきた氏族達からすれば、どちらを頼りにやってきたのかといえばそれは千手……もっといえば千手柱間の人望がでかい。

 なにせ、うちはといえば血継限界を守るためなのだろうが、閉鎖的かつ秘密主義で有名な血族だ。

 おまけに、現在の当主はあのうちはマダラである。

 

 マダラも柱間も、ここ2~3年前から戦国乱世でも最強格ではないかと囁かれ始めていた。

 それほどに圧倒的な武力を誇る二人であり、強いのも敵にまわすとおっかないのも大差なく、戦場で出会ったら「迷わず逃げろ」と言われている。

 そういう意味でも同格といっていいのだが、しかしこの二人には明確な違いがあった。

 マダラは……戦闘狂なのだ。

 本人は間違いなく皆争うことのない泰平の世を欲しているし、弟を守りたいという内に秘めた願いは純粋で、身内思いで情深く繊細で気を許した相手には甲斐甲斐しく尽くすタイプ……と美点もたくさんあるのだが、それらの美点は戦場では全く見えてこない。寧ろ逆の存在にしか見えない。 

 マダラが平和を望んでる?

 嘘つけ! ならなんであんな楽しそうに戦うんだ!! とはマダラと遭遇したら当然思う感想である。

 血飛沫をまき散らしながら、流れる長髪靡かせ鮮やかに戦場の華にして鬼神と貸すマダラの姿は、弱者相手にはゴミ屑を見るような目で見下しながら手を下し、強者相手にはニィィと凶悪な笑顔を浮かべながら笑って飛び出す……その姿のおっかないこと!!

 これを見て平和を求めているんだと言われても、説得力なんてどこにもない。

 まあ、そんなマダラも戦の最中でなければわりと思慮深く、常識人の一面もあるのだが、ぶっちゃけその姿を知っている者は限られている。

 くどいようだが、うちはは閉鎖的な一族なのである。

 柱間はマダラの美点もよく知っているから、愛情深くて本当は良い奴だと思っているからこそ、かつて同じ夢を共有したマダラが火影となり、里の民達を兄弟のように我が子のように見守って欲しい! とか無邪気に思っているのだが、それに同意する人間がいるか? といったら別にいないのである。

 それに対して柱間はどうか? と言われたらマダラよりも圧倒的にとっつきやすい。

 とんでもない強さを誇るのも確かだし、柱間とて戦国を生き抜いてきた男故安易に敵を見逃したりはせず殺すときはきっちり殺すが、技の競い合いこそ好んでいても、だからといって戦まで好んでいるわけでもない。そのあたりは「いつの世も戦いか……」という口癖にも表われている。

 なによりうちはと違って千手は元々「愛の千手一族」とも言われ、他族の娘を嫁に迎えたり嫁に出したりと、親族も多く付き合いのある家も多い。そうなればプライベートの顔も自然知られるようになる。

 柱間の性格を一言で表すなら豪放磊落。

 からっとしていて付き合ってて気持ちの良い男であり、話せば話すほど人を惹き付けるカリスマ性を持つ、太陽のように明るい男である。

 長年の仇敵同士である千手とうちはが手を結んだというのは、他族にとって青天の霹靂に等しかったニュースであるが、実際に柱間を知るもの達からみればあの千手柱間なら有り得るのかも知れない……そう思わせるだけの魅力と不思議な説得力が柱間にはあった。

 

 火影の地位は火の国の代表と里の上役の間で選出され、決められた。

 その上役とは、まさに里に参入してきた氏族の族長達やその側近がそうであり、彼らの多くはうちはではなく、千手柱間が興した里であるから、ならば騙し討ちされることもなかろうと判断して里に加わることにしたのだ、里長に柱間を推すのは当然と言えば当然だった。

 他に里長候補といえば、うちはの内部では「イズナ様を里長に……」という声も実のところあったのだが、そのイズナ本人が千手柱間を火影に推薦していることを知るなり、彼らは「まあ、イズナ様がそうおっしゃるのなら……」と引き下がった。

 うちは一族内でイズナの人気は若者と一部の老人、女達を中心になかなかとんでもないことになっていたりするのだが、しかしそれ以前の問題として、イズナはこの時点で若干15歳、先月誕生日を迎えた……の少年で、「幻惑のイズナ」「烏使いイズナ」として勇名を馳せる優秀な忍びではあるのだが、他の氏族から見たイズナは現時点ではただのうちは族長の弟でありケツの青い若造なのである。当然、他族からしてみれば「そもそもなんでこんな小僧が里長候補に名が上がったんだ?」と困惑しかない。

 幼少期から何度も刃を交えてきた千手扉間から見れば、うちはの人間がイズナを火影に推薦しようとした件については「ああ……まあ、マダラよりは妥当だろうな」という反応だったりしたのはここだけの話だ。

 そうして順当に順当を重ねて里長は柱間と決まったのだが、元々この里は千手とうちはが組んだことにより出来たので、うちはの立場を汲まねばならんだろう。

 というわけで、うちはの族長であるうちはマダラが火影補佐官達の纏め役兼火影不在時の代役で、その弟でうちは一族内で圧倒的な人気を誇るうちはイズナが火影補佐官に就任することが無事決まった。

 他にも、柱間の弟である扉間、奈良と猿飛の長も補佐官と重役として里の運営を担うこととなる。

 

 さてさて、出来たばかりの里であるがやることはとても多い。

 それは法の整備であったり、それぞれの一族毎の風習の摺り合わせであったり、商店街や公園の整備など、やることを羅列してはキリがない。

 なので、それぞれ重役達で主に進める事業を分担し、里への結界関連については山中、法や風習の摺り合わせなどは奈良、飲食店や商人との繋ぎなら秋道、任務の依頼レベルの仕分け作業の原案作成については志村、全体の監督には猿飛……そして、忍界初の試みである、忍者アカデミー設立事業と木の葉忍術研究所の設立については責任者に千手扉間、その副官にうちはイズナがつくことに決まった。

 マダラについては完全に柱間の補佐専門だ。

 しかし、そう決まったと同時に多くの者が疑問に思ったのは、何故イズナが扉間の学校設立や研究所の副官……サポートに選ばれたのか? ということだが、扉間からしたらイズナを選ばない理由のほうがない。

 だって、扉間は知っていたのだ。

 元々うちはは連携を得意とする一族ではなかった。

 秘密主義で閉鎖的な彼らは、一族内の結束力はあったものの一人一人の能力が高いからというのもあるのだろう、同時に個人主義者で溢れがちで、連携をそう得手としていなかった。

 ところがこの近年、若年層に限られるも、猪鹿蝶で有名な秋道、奈良、山中の連携に劣らぬ動きを見せる者がうちはにはちらほらと見受けられ、それは年を重ねる毎に増えて洗練されていく。

 それまで矢弓の如く子供が次々と亡くなっていたというのに、幼子でも見事に息の合った連携を見せるため大人でも手出しすることが難しくなり、次第にうちはは数を増やした。

 それが誰を中心をして為された事なのか。

 一体誰がこんな見事な連携を、その必要性を教え込み、咄嗟でも阿吽の呼吸で出せるよう昇華させたのか、扉間が調べぬ筈がない。

 中心にいるのは扉間よりいくつか年下の、いつも戦場で顔を合わせていた少年。

 そう、うちはイズナだ。

 あの少年を中心にうちはは変わった。教えたのは、イズナだ。

 つまりあの少年は教育の大事さを、適切な教育方法を知っている先駆者だ。ならば、敵でなくなった今、それを使わぬ理由があるものか。

 そうして会話を通し改めて思い知らされるのは、イズナの聡明さだ。

 1を聞いて10を知るという言葉があるし、まさに扉間自身そのタイプなのだが、これはイズナにも当てはまる。そんな二人の会話は事務的で淡々としているが、テンポが良く、時には扉間が気付いていなかった問題点をも指摘してくるので、彼との会話は扉間からしても大変為になったし、言いたいことが互いに呼吸するようにわかったものだから、ストレスも殆ど起きなかった。

 忍者アカデミーは入学年齢は4~6歳。

 一定のチャクラ量があることを条件に、簡単な筆記試験に合格すれば入学出来ることとした。

 教育期間は全部で6年。試験を受ければ短縮も可能。

 今は公園予定地で週に2度、お試し教室を行っている状態だが、来年の春から火影塔近くに建築予定の校舎で本格的に開校する予定だ。

 教育するには教師がいるので、何か適当な人材はいないかとイズナにふったところ、イズナと同い年くらいの四人のうちは一族のものを紹介された。

「お前がうちはの子供に教育の真似事をしていたのは判っている」

 最初にアカデミーの事業の責任者に扉間が就任したことを告げ、イズナは副官であること、お前がうちはの子供達に教育を施したのは知っているのだから、洗いざらい吐けとばかりに扉間が威圧したときにイズナが話してくれたことだ。

「確かに自分が彼らにチームワークを教えました」と。

 そうしてどんなことをしてきたのか聞き出すと、話の終盤にイズナが言ったのだ。

「後継者でないとはいえ、オレも当主の息子でしたからね。子供達の為にいつまでも時間を作るのは難しかった。そこで、オレが12になった時に言われたんです。『どうか、イズナ様、オレ達に任せてください』と」

 イズナは10歳までの子供を集め、それまで纏めて一人で面倒を見ていた。

 子供達は戦場に出てない5歳以下の年少組と戦場に出ている年長組にわけ、年少組の監督を影分身に任せ、年長組は自身で見ていたが、イズナはあくまでもその日の修行内容について方針を決めるのと審判役に徹し、よほど子供達が危険なことをやらかさない限りは手を出さなかったとのこと。

 しかし、それでもしっかり見守り、一人一人の行動全てを把握していた。

 何十人もいる子供達を相手に、である。

 人より情報処理に長けている扉間が聞いても、見ているだけとは実際にそれをするのがとんでもなく大変なことくらいよく判る。それを年齢一桁の頃から続けてたと聞いてしまえば、内心(化け物か……)と若干引いてしまうのも仕方ないことだろう。

 イズナの教室は11になれば卒業であったらしい。

 まあ、学校とか教室とか卒業という言葉は使っていなかったそうだが、実際やってることは青空教室と大差ないので今後はそう扱う。

 そうして11になれば卒業した彼らであったが……大きくなるにつれ、イズナがとんでもない負担を背負っていることにも気付いた。

 何せ族長の息子である。

 年を重ねれば、任せられる仕事も増えるし、そうなると子供達を見ている時間を作るのも骨だ。

 そこでイズナ教室の卒業生達の出番である。

 彼らはとにかくイズナの役に立ちたかったし、11~13歳くらいの子供は、子供達に交ざるには大人すぎるけど、大人から見たら子供過ぎる微妙な年齢だ。大人と子供の中間……つまり一番暇を持て余していてやることの少ない年齢だったわけだ、イズナを除けば。

 だから彼は敬愛するイズナへの恩返しの為にも、それまでイズナがやっていた子供達への教育の件について手を上げた。

 とはいえ、彼らは超人ではない。

 イズナみたいに全部の子供を見る?

 どう考えても無理である。凡人は逆立ちしたって天才にはなれないのだ。

 なので、彼らはイズナのチームワークという教えを胸に、それぞれ役目を分担することにした。

 イズナの生徒の中でも特に仲が良かった三人組がスリーマンセルを組んで幼年組の修行担当、一人は模擬戦の監督担当、一人は幻術の指導担当、一人は体術の担当、一人は忍術の担当……とそれぞれ得意ジャンルごとに分かれることによってイズナがやっていた作業の穴を埋めたのである。

 そしてまた一年が経ったら、次に卒業した子供達が先輩の後を引き継ぐ。

 大体そんな感じで、ここ二年ほど、イズナ自身が子供達を直に面倒見るのは月に三回ほどに激減したわけなのだが、イズナとしては個人に頼りっきりじゃないこの変化を大層喜んだ。

 自分たちで考えて、みんなで力を合わせて次世代に繋げていくこと、一々言われずともそこを汲み取り行動に移した生徒達が誇らしかった。

 なので、今回イズナが子供達の教師にどうかと扉間に推薦したのは、イズナの後釜として子供を指導した第一号の生徒達だ。その中でも年長組担当の、模擬戦を担当していたもの、幻術を担当していたもの、体術を担当していたもの、忍術を担当していたものを扉間に紹介した。

 顔合わせの時は元敵同士なのもあり……まあ扉間が厳格な雰囲気で実際おっかなかったのもある、でコチコチに緊張していた彼らだったが、これから毎週末2日間、公園予定地でアカデミーの前身となる臨時教室を開く予定なのだが、その教師をやらないかとイズナに声をかけられると、俄然やる気に満ちた顔で「やります」と答えたので採用する流れとなった。

 とはいえ、そこまで問題が置きなかったわけではない。

 基本的にアカデミーは扉間に任された案件であり、その副官に正式にイズナが指名されているわけではあるが、それまでうちは一族は閉鎖的で秘密主義な一族として有名だった。

 ここ近年、若年層に限るとは言えうちはの若者達の見事なチームワークの良さこそ噂になっていたし、目を見張る者があったが、学校に集まるのは一族は一つではない。複数の一族が集まるのだ。

 なのに大事な我が子を預かる教師が、よりにもよって閉鎖的で有名なうちは一族。

 教育に差をつけられたりするんではないか? 

 自分の一族だけ贔屓するのでは?

 ……とまあ、そんな感じの不安の声が上がった。

 なので、元々猪鹿蝶の連携の良さで有名な秋道、奈良、山中の一族の男達が代表で一名ずつこれまた教師として人材を提供し、うちはの四人を合わせ計七人が教師となり、その初仕事を猿飛、志村、秋道、奈良、山中の族長達が遠目から見学することに決まった。

 結果として、当初懸念されていた問題は起こることなく、イズナの推薦したうちはの教師達も驚くほど真面目に一族の垣根を越えて、真剣に指導していたし、これが初授業とは思えぬほど手慣れたものだった。

 実際、その授業に参加した各氏族の子供達……皆5~8歳くらいの厳選された20人である、の評判もとても良い。授業の最後に、うちはの教師陣のリクエストで急遽イズナもまたそこに混ざることとなり、その見事な手裏剣術を見本として披露したのだが、用意された20の的、真後ろにある的まで同時に真ん中ぴったりにあてる神業じみたその腕前に、子供達の興奮が上がりに上がったことを明記する。

「兄ちゃんすげー!!」

「はわわわ、かっこいい」

「きれー」

 あれは完全に子供達のヒーローだった。

 イズナは子供達の心をここでも見事掴むのであった。

 ともかくとして、イズナの推薦には間違いが無かったようだ。

 扉間はイズナが紹介したうちは一族のもの四人を、来年のアカデミー開校後も正式に雇うと決め、それぞれ雇用条件……週末に行う仮教室での給与も含む、のすりあわせなども行った。

 やることは多い。

 自分で術を開発する研究者でもある扉間としては木の葉忍術研究所のほうも早く軌道に乗せたいところであるが、最優先は世界初の忍者アカデミーという学校事業のほうなのである。

 どうにも研究所を本格的に始動させるにはあと2~3年待つ必要がありそうだ。

 

 コンコン。

 いくつもの書類という書類を自分に与えられた執務室で片付けていると、規則正しいノックの音と共が響く。それに嗚呼イズナが来たのかと思いながら「入れ」と許可を取ると「失礼します」とイズナはきっちり、躾が行き届いた綺麗な礼と共に姿を現した。

「……扉間さん、飛び級制度についてなのですが」

「問題があったか?」

 先にも述べたが、忍者アカデミーは4~6歳で入学、6年で卒業だが試験を受ければもっと早く卒業も出来る……という形で考えている。

 なにせ人によって才能は違う。しっかり学ばせるのもいいが、有能な人間を遊ばせておくのも勿体ないし合理的ではないなと思った結果、そのような形態で雛形を作ることにした。

「飛び級で短縮出来るのは3年まで……と制限をかけませんか?」

「……理由を聞こう」

 イズナがどういう人間かは扉間はわかっているつもりだ、何の理由もなくこんなこと言うはずもないと思うし、扉間が何故試験を受けたら6年に満たず卒業を可能にしようとしたのか、その考えは理解している筈だと確信をしている。

 なにせイズナは貴重な、扉間と同レベルで話せる人間なのだから。

 それに対しイズナはいつも通り涼しげな美貌に、落ち着いた口調で述べる。

「柱間さんが何故学校を作ろうと言い出したのか……里を作るに至った理由も同じですが、何故かは御存知ですか?」

「ああ……」

 他人であるイズナに言われるでもなく知っているし、イズナも扉間が柱間の語った夢を把握していると理解した上で言い出しているのはわかるが、それに何の関係があると、そんな思いも同時に扉間の胸にわく。

 そんな扉間の心の動きも見抜いていそうな程、相変わらず凪いだ黒の瞳に誠実さを浮かべながらイズナは言う。

「子供が死なない里……子供を守るのが動機です」

「何が言いたいのだ……」

「だからこそ、1年に満たず卒業が可能なシステムでは本末転倒に為りかねない」

 そう懸念を表明した。

 

 イズナには、うちはイタチという男の21年分の記憶がある。

 イズナの前世の記憶だ。ここと似た世界の、ここよりも時系列が60年ほど先に生まれた男の、記憶。

 うちはイタチは、アカデミー設立以来の天才と呼ばれ麒麟児と称された子供だった。

 故に戦後生まれとしては異例な事に僅か1年でアカデミーを卒業し、7歳で忍びとしての世界に入ったし、そのことを当時は疑問にも思うこともなかった。

 可愛い弟のサスケを守ってやる為にも早く大人になりたかった、というのもある。

 守りたいものがたくさんあった。

 うちはイタチは自分が子供であることを早々に放棄していた。

 それに周囲もうちはの棟梁の嫡男だった天才と言われるイタチに期待をかけていた。あまりにも早熟すぎて教師にも感嘆され、イタチを子供として扱うものはあまりいなかったのもその状態に拍車をかけた。

 三代目火影にさえ7歳にして火影のような考えを持つ子と見られていた。

 だが、今にして思えば、イタチが子供らしからぬ子供だったのも事実ではあるが、それでもあのときのイタチは子供だったのだ。

 子供らしくあれる時間は有限だ。

 そして子供同士の付き合いがあるからこそ、結べる絆もある。

 これは後悔……にあたるのだろうか。

 別にその人生やその時々の選択に対しての後悔は全くなかったのだけれど、それでも思うのだ。

 もう少し同期の子達と足並みを揃えて成長していたら、自分はサスケに対してあんな失敗はしなかったんじゃないかって……自分を見失い何者かわからなくなることもないのなかったのではないかって。

 子供同士での付き合いでしか育めぬ関係もある。

 同じ年の子供達と切磋琢磨する、その経験が圧倒的に自分には不足していた。今も、前世も。

 だから、子供が子供でいられる時間を作る、そのこと自体が柱間が理想に掲げた「子供を守る」という事に繋がると、イズナはそう信じている。

 扉間も馬鹿ではない……どころか有数の頭脳の持ち主だ。イズナの言葉を聞いてどういう意味かは数瞬で理解をする。その上で「それは必要か?」と問う。

 それにイズナは「はい、必要なことです」とキッパリと言い切った。

 

(ふむ……)

 

 そんな凜とした澄んだ黒い眼で、力強く扉間を見ている年下の少年を前に、扉間は以前から思ってた思いが胸をもたげ、心の中で苦笑する。

 

(やはり、兄者と似ているのかもしれんな……)

 

 そんなことを思っているとしれたら大概の人間にはぎょっとされるのかもしれないが、扉間はほぼ確信にも満ちた思いでそんなことを考える。

 自身の兄千手柱間と、うちはマダラの弟うちはイズナ。

 両名の表面的な印象は、真逆だ。

 扉間の兄である柱間は、豪放磊落を絵に描いたような性格で、太陽のように眩しく騒がしい。甘いところも多いが頑固で理想主義者で、その理想を果たすために耐え忍ぶことを知っている人間だ。

 戦乱の世の常識に真っ向から刃向かい、子供を犠牲にするこんな忍び世界は絶対間違っていると豪語するほどに自分というもの、考えを持っている人間で、迷惑をかけられることも多いが、扉間は自分と全く違う強さを持ったそんな兄が好きだった。

 対してイズナは、長年の宿敵だったうちはの人間だ。

 月を思わせる静謐さがあり、物静かで大人びており、部下思いで思慮深い。いつだって沈着冷静で聡明で頭が良く回る。その目は何もかも見透かすようだ。涼しげな美貌は人形のように作り物めいており、その纏う独特の雰囲気は、まるで何千年も修行した仙人か、悟りを開いた高僧のようだ。

 一見すると兄とは真逆の人間のように思える。

 だけど、扉間はこのイズナと何度も対峙し、何度も刃を交えてきた。隙など全く見せぬこの少年を倒そうと、何度も情報を探り方法を模索した。そうして見えてきたことがある。

 おそらく、イズナは兄者と同類ともいうべき人間なんだろう、と。

 先の青空教室での振る舞いを思い出す。

 イズナは、どの子供にも分け隔て無く平等に慈しむ。

 人を殺す術に長けているにも関わらず、人を殺すことを忌むべき所業と想い、平和を愛し生きることの出来る人間だ。なんでもない日常こそを愛している。

 そして先を見つめている。

 自分の理想を追い、それを果たすために努力を怠らない人間だ。夢を現実にしようと足掻きもがける人間だ。きっと、兄の思う里の姿に、火影に一番近いのは、体現しているのは……兄が火影にしようとしたマダラなどではない、この少年だ。

 

 うちはの大人達が千手を信用出来ないと思うように、扉間とてうちはを信用出来ない。

 とくにマダラなど信用出来ない相手の筆頭だ。兄の底無しのマダラへの信用こそ扉間の理解の範囲外である。

 それは何も千手と不倶戴天の敵だったからなんて感情論な理由ではない。

 うちはが悪に憑かれやすい一族だからだ。

 奴らの瞳力は憎しみの強いものこそ顕れるというそんな噂がある。

 けれど、この噂はほぼ本質を突いているだろうと確信している。

 何故なら扉間はあの日、父がうちはタジマと相打ちとなって死んだあの時に見たからだ。

 あの眼を。

 うちはマダラと、うちはイズナの変質を。

 

 扉間は感知タイプだ。

 だから、感じたのだ。

 あのとき、マダラのチャクラは禍々しく悍ましく変化していった。その変化を目の前で見ていたからこそ知っている。

 マダラが父親の亡骸を前に、憎悪と怒りに飲まれると同時に奴の脳内には特殊なチャクラが吹き出していた。それが視神経に反応し、奴の目は模様を変えた。

 酷く不吉で闇深い、悍ましいチャクラだった。

 そしてそんな兄を見ながらイズナのチャクラの反応も変化した。暗い感情を呼び水にやはり脳内に特殊なチャクラが吹き出し、その眼の模様を変えた。

 とはいえ、兄の方と違って弟は変化して尚、そんな悍ましい気配はなかったのだが……。

 しかし、目の前で見たから尚更理解したのだ。

 写輪眼とは、負の感情を呼び水に進化する忌まわしき力であると。

 あの時のことを思い出す度、ゾッとする。あまりのことに言葉をかけることさえ忘れたほどだ。

 まあ、空気を読まぬ柱間の一言を呼び水に、すぐに正気に戻ったイズナがマダラを丸め込んだ故に何も起こらなかったが、あれを放置し、奴が闇を育てていたらどうなったかなど扉間は考えたくもない。

 うちはマダラは危険だ。

 兄はマダラは愛情深くて繊細という。

 意外かも知れないが扉間もそこは理解している。その上で、危険だと口を酸っぱく言っているのだ。

 マダラは強い。

 おまけに戦闘狂で、平和を求めていると言われても納得が出来ないほどに、戦場でこそ活き活きと輝く。そんな人間が、あんな眼を持っていて、しかもすぐに感情的になるのだ。

 情深いと言うが、それが原因でいつ足を踏み外すかわからぬ危うさがマダラにはある。

 そんな奴、信じられるか。いつ火種になるかわらかない地雷を抱えるなんて冗談じゃない、というのが正直な扉間のマダラに対する感想である。

 マダラは兄やイズナとは違う。

 あれは平和を享受出来る人間ではないと、扉間はそう思っている。

 強さだけは本物なのに、不安定。

 そんなやつを身内に抱えるのはごめんなのである。

 

(でもまあ、この男がいればなんとかなるのかもしれん)

 

 チラリと自分より年若い少年を見る。

 うちは一族には情深く繊細な者が多いが、この少年もそうだ。

 彼にもまさしくその特徴は備わっている。

 だが、彼が他のうちは一族と違うのは彼の心は酷く安定しており、マダラなど多くのうちは年長者に見る不安定さがない。それに本当の意味で目が良い。先を見通し真実を見通せる眼を持っている。

 人と協力することを、慈しむことを知っている。

 子供を宝と、一族に囚われることなく全体を見て、人に寄り添えるそのその在り方は酷く好ましい。

 きっとこの里で誰よりも兄と同じものを見ているのはこの少年だ。

 気付けば薄らと唇の端が持ち上がる。

 愉快な気持ちをポーカーフェイスに隠して、扉間は「なら、許可しよう」とイズナに告げた。

 

 うちはなど信用出来ない。

 奴らは危険だと扉間は正直に思っている。

 けれど、もしかしたら考えを変える日も来るのかも知れない。

 来ないかも知れない。

 全てはこの少年次第だ。

 けれど、そんな賭けも悪くないなと、珍しくもそんなことを思いながら、今日も扉間は仕事に忙殺されるのであった。

 

 

 続く

 

 



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8.扉間とイズナ其の弐

 ばんははろEKAWARIです。
 今回の話は本当は前回とワンセットの予定だったのでタイトルこそ扉間とイズナですが、別名兄者結婚編です。ナチュラルに柱マダ戦国最強お笑いコンビがいちゃついてますけど、柱ミト&マダモブ♀要素ありありでお送りします。
 ……柱間とマダラは原作見ててもいちゃつきどつき漫才してるようにしか見えねえんだよなあ。


 

 

 木の葉隠れの里が興って1周年を迎えた年の春、初代火影にして千手一族当主千手柱間が結婚した。

 なにせ柱間は里長にして当主、そして唯一の木遁使いという立場の男だ。

 いつまでも独り身が許されるわけもなく、前々から結婚しろという声は長老衆を中心に上がっていたが、「里がある程度落ち着くまでは」との声に、ならば1年待とうとなったのだ。

 それに、そうなれば大々的にお披露目も出来るという目論見もあったらしい。

 お相手は渦の国から来たうずまきの姫……ミトだ。

 うずまき一族は燃えるような赤毛が特徴で、生命力と封印術に長けた一族で千手から見れば遠縁にもあたる。

 うずまき一族は、今回柱間がマダラと共に一族の垣根を越えて作り上げた「忍び里」というシステムを非常に高く評価しているらしく、木の葉隠れの里を手本に「渦潮隠れの里」を興すことにしたという。

 ついては両家の架け橋の証明として、うちの姫を何卒柱間殿の嫁に……というのが今回の経緯である。

 まあ、柱間の嫁候補の釣書はそれこそうずまきミトの他にも沢山あったのだが、上記にも述べたように元々千手とうずまきは遠縁の親戚であることだし、うずまき一族は封印術に長けた一族だ。

 中でもミト殿は若いながらに非常に優秀なくノ一で、多彩な封印術を自在に操るだけでなく、敵意の感知まで出来るのだという。これから里を興すという渦潮隠れと、この結婚を通して連携を高めていくこともあるだろうし、火影の嫁にうずまきの姫なら不足なし。

 口うるさい長老衆まで諸手を挙げて皆喜ぶほどの、良縁だった。

 

 因みに木の葉隠れの里もう一方の立役者であるうちはマダラについては、とうに結婚済みである。

「次の春分に行われるオレの結婚式、その夜の披露宴に弟のイズナ殿と一緒に参加して欲しいんぞ!」

 と仕事帰りに友と共に飲みに行った際、柱間がそういえばマダラもうちはの当主になったからにはオレと一族内の立場は同じだよな~と思い「お前は結婚しないのか?」と問うた所「もう結婚してる」とかサラッと言われるものだから、あんぐりと初代火影様の口は大きく開いて暫し固まり、それから「え、え? えーーーー!!?」と激しく動揺のまま叫んでは「煩ェ!」とマダラにぶん殴られた。

「いつ、いつ結婚したんぞ!?」

「あー、この里に引っ越す十日程前だったか。そういやお前がうちに飲みに来るタイミングで鉢合わせたことはなかったから、紹介していなかったな」

「マダラの薄情者~!! なんで、式にオレを呼んでくれぬのだッ!!」

 そのままワーワーと大声で叫んで騒ぐ姿はまるっきり子供のようである。

「喧しい。うちは千手と違ってそんな大々的に結婚をお披露目したりしねェんだよ……まあ、お前が披露宴に参加して欲しいってんならいくけどよ……嫁は行かねェぞ」

「なんで!?」

「いや、あいつ丁度臨月に入る頃だし……先週から実家に戻ってる。あと、オレに合わせてのそういう付き合いとか嫌がる奴なんだよ」

「既に子供まで出来てる!?」

 突如知った友の近況に、ガーンとショックを受けてそのまま撃沈する柱間であったが、それでも気になったのだろう。結婚の経緯や相手についてそのままついで訪ねる。

 だが、面白い話は特にあったかといえば別になかった。

 柱間とミトが政略結婚であるのと同じで、言ってしまえばマダラの結婚もまた、族長としての責務の一環である。

 まあ、『兄さんと柱間さんの夢見た集落で、そこで生まれてくる兄さんの子供を抱っこしたり……修行を見たりしたい』という弟の願いを叶えてやりたいという思いも若干無くもなかったが、あくまでも動機の一つだ。

 当主となったからにはいつまでも独り身は如何なものか。

 強くて優秀な血を残すのは一族としての義務であり、族長としての仕事の一つだ。

 そのことから当主になってまもなく、長老衆を中心にマダラのお相手探しが始められた。

 とりあえずマダラの希望としては「夫としての義務は果たすが、オレに過度の期待を抱いたり、女々しく泣いてオレに縋り付くような弱い女でなけりゃあなんでもいい」と出し、結果「妻としての義務は果たしますけど、私にやたら干渉してきたり束縛してくるような男でなければなんでもいいわ。愛だの恋だの言い出さない殿方なら尚良し」などというふざけた結婚条件を掲げていた女の釣書が渡されることになった。父方の又従兄妹だった。

 まあ、一族内なんて皆顔見知りなわけで、当然マダラもその女の事を前から知っていたが、そもそも男と女では別々に育てられるのが慣わしであり、そこまで詳しく知っているわけではないのだが、いざ顔合わせの時顔色一つ変えずに「あら、私のお相手は族長様ですか」とあっさり言う傲岸不遜さには良い度胸しているな、この女とは思った。

 まあ、自分の顔を見るなり泣き叫んだり、あるいはやたら秋波を送られるよりは余程良い。

 それでマダラが「不服はないのか?」と訪ねると、女は無関心な顔と平坦な口調で「特には。まあ干渉し過ぎてこなければそれでいいです」と返し……それ以上話すこともなかったので、10分ほど沈黙が続いた後に「結婚する(します)か」、と同時に口にしていたそうな。

 そして次の日そのまま互いの兄弟と親だけ招いてさっさと式を挙げたんだとか。

 いや、なんぞそれおかしくない? とはマダラの口から淡々と語られるその話を聞いた正直な柱間の感想である。

 まあ終始そんな感じなので、この二人の結婚生活は新婚特有の甘さからはほど遠く、一応同じ家に住んでいるけどどっちかというと同居人みたいな距離感で、同居人と違うのは夫として妻としての義務で夜はやることやってたってくらいのものである。

 ……道理で気付かないわけだ。

 そもそも族長であるマダラの家は広く、離れには弟であるイズナが同じ敷地内に住んでいるし、日中は雇いの女中が二人ほど通ってきているし、妻も妻で別に喧嘩しているわけではないのだが、実家に戻っていることや友人宅に遊びに行っていることも多いらしい。

 特に柱間が飲みに来る日は火影の相手するの面倒だな~っという本音の元、敏感に察知しさっさと実家に避難してしまうそうだから、何度も遊びにいっているにも関わらず、一度も遭遇しなかった現状ができあがったようだ。

 それに対し「あいつはそういう奴だからな」とカラッとしており、それほど頻繁に家から出ている妻に対し浮気を全く疑っていないあたり、まあなんだかんだ上手くいっているようである。

 いや……それともただたんにそこまで妻となった女に興味がないのか、真相がどちらなのかはマダラのみぞ知る。

 閑話休題。

 ともかくとして、マダラ既に結婚してた事件に衝撃を受けたりもしたが、柱間とミトによる結婚式の話である。

 花嫁一行は丁度式の一週間前に到着し、料亭で挨拶と相成った。

「うずまきミトです、これからよしなに宜しくお願い致しますわ、柱間様」

 このときうずまきミト、若干16歳。

 嫋やかな微笑みを浮かべ、そう三つ指をついて挨拶をしたうずまきの姫は、それはそれは美しく生命力に溢れ、キラキラと澄んだその心を写し取っているかのように輝いていた。

「千手柱間だ、うむ、お越しになったミト殿!!」

「あらあら、柱間様、私達これから夫婦になりますのよ? 呼び捨てでかまいませんわ」

「そ、そうかの? では、ミト。これから長い付き合いとなるが、末永く宜しく頼むぞ」

 そういって照れたようにはにかむ若き初代火影と、お淑やかに笑う若き姫の姿は美男美女で誰がどう見てもお似合いだった。

 

 そうして、木の葉萌ゆる夜と昼で日の長さが同じとなるその日、二人は火影塔のすぐ前で結婚式を挙げた。

「火影様おめでとうございます」

「おめでとう!!」

「なんて綺麗な花嫁さんなんだ」

「火影様ー! 末永くお幸せにー!!」

 次々に押しかける里の民に祝福されて、照れるように笑いながら、年若き火影は美しい妻と共に花のシャワーを浴びるのであった。

 そうして夜は披露宴だ。

 昼の結婚式は誰でも参加できるよう外で行われたが、夕方より開催された披露宴は違う。

 参加するのは要人ばかりで、木の葉の上層部に火の国の大名からの使者などが集まり、政治色が強い。まあ殆ど挨拶巡りで終わってしまうので、食事を楽しむ暇もなく、本当に気軽に食事を楽しみ腰を落ち着かせることが出来たのはその後、馴染みの料亭を貸し切りにして親しいものだけを集めた無礼講な二次会の時だ。

 もう、今日だけで一生分の祝福を受けたのではないかと思える柱間は、火の国の使者が帰った後漸くジワジワと結婚したという実感がわいてきたらしい。飲めや歌えやで用意してもらった大好物のキノコ雑炊を掻き込みながら、隣に座って同じく大好物の稲荷寿司をじっくり味わっているうちはマダラに寄りかかりながら、「マダラー! これも、美味いぞー飲んでるか? 今日は良き日ぞ、もっと飲めー!」とうざがらみしては「食事中に喋るな馬鹿、行儀悪ィぞ柱間ァ」とか言われて頭をグリグリされている。

 まあ、いつも通りと言えばいつも通りである。

 しまいには、マダラにじゃれつきながら、米粒を頬につけている姿を見て、「米粒までつけてガキかお前は。本当にてめえはみっともねェな、嫁に愛想尽かされても知らんぞ」なんて言いながら布巾でぐいぐいと柱間の顔に着いた米粒を拭い取り、甲斐甲斐しく世話を焼き始めてる辺り大概マダラも酔っているのやら……平常運転なのやら。

 そんな風にマダラに世話されて嬉しそうに、更にマダラにじゃれにいく柱間という永久機関である。

 ……なんだこの二人の空間。

 

 そんな二人を見ながら死んだ魚のような眼をした男が一人と、ニコニコ微笑ましそうに見ている少年が一人。

 今日の主役の片割れたる千手柱間の弟である千手扉間と、うちはの当主マダラの弟うちはイズナである。

「兄者め……義姉者を差し置いて、何をまたマダラと延々と下らんことをしておるのだ、式を挙げた日くらい自重しろ兄者ァア」

 などと怨霊めいた声を漏らす白髪の青年はこちらも平常運転である。

 因みに主役のもう片割れたるミトは、柱間とマダラのすぐ側の席で此度親戚となった千手一族の女性陣とニコニコ楽しそうに会話をしており、やきもきする義弟と違って、友人にじゃれつく夫を気にしている様子はなかった。わあ、ミト強い。

 まあ、ブツブツは言っても、めでたい席で大好きな兄のご機嫌っぷりに横やりを入れに行くのは遠慮したのだろう、いつもみたいに直接文句を言いに行くでもなく、隣でブツブツといっている扉間の姿は、それだけ兄弟の絆や兄への想いを感じさせて、にこにこ微笑ましくこちらも見守りつつ、イズナはキャベツを味噌だれにつけながらもきゅもきゅ食すのであった。

 そしてクルリ、そんなイズナを恨めしそうにじと目で眺めながら、ため息を一つ。

 苛立ち混じりのむすっとした顔で扉間はイズナに言う。

「おい、貴様はあれを見て本当に何も思わんのか!?」

 そう指さす先には、マダラの膝に頭を乗せて寝転がりながら「んー……寝心地が悪い。マダラの膝は硬いのぅ」とかじゃれる柱間と、そんな昔ながらの友人に「なら、乗っかるんじゃねェよこの馬鹿」とか返しつつ、自身の膝の上に乗っかってる頭をべしべし叩きながら、お猪口で酒を煽るイズナの兄の姿。

 イズナは口の中に詰め込んだキャベツをモグモグと20回ほど咀嚼してから、ごくん。

 しっかり口の中身がなくなってから、凪のように落ち着いた物腰と声音で一言。

「仲良いですよね、あの二人」

 となんでもないように返すのであった。

 いや、仲が良いってレベルじゃないだろ。なんで成人したいい年の男二人が膝枕なんてしとるのだ気色悪い! とかいう扉間の渾身のツッコミは誰の心にも届きそうになかった。

 

(やはり、こいつとは合わん……)

 

 主に感性が。

 なんであれを仲良いなーって微笑ましそうに済ますのか。それがうちはイズムなのかそうなのか、うちはの愛ってそういうものなのか。そういやこいつらおかえりの挨拶で兄弟同士でハグとかしてたしな! スキンシップが平常運転か!! とりあえず兄者は自重しろ!!!

 いい加減、胃薬を調合してもらうべきなのかもしれない。

 扉間は思った。

 なんで自分だけこんな心労負わねばならんのか、理不尽だ。なんらかの形で仕返ししないと気が済まない。

 それからふと、ある噂を思い出し、ニヤリとそれはそれは悪い笑みを浮かべながら言った。

「おいイズナよ、良いのか? お前の兄は兄者の女房役とか呼ばれておるぞ」

 自分の兄がおなごに例えられていると知れば、さすがのイズナも多少は動揺することだろう。

 そう思って嫌がらせもとい皮肉を込めて、そんなことを言い出した扉間であったが、しかし、相手は隠れ天然ボケ……そうは問屋が卸さなかった。

「ああ……」

 イズナは用意されていたわらび餅に手を伸ばしながら、火影室での二人のやりとりを思い浮かべる。

 沢山積まれた書類を前に「マダラー! 助けてくれ全然終わらないんぞー!!」と泣き言を言いながらしがみつく柱間と、「ええい、離れろ鬱陶しい。っち、たく、だからそっちの書類は昨日のうちに片付けとけと言ったんだ馬鹿。お前が脱走なんてするからだぞ自業自得だ」とか口では厳しいことを言いながら、甲斐甲斐しく世話を焼き、テキパキと積まれた書類を柱間にも見やすいように仕分けして、片付けていくマダラの姿。

 そんな口では厳しいながらも自分に甘い友の姿に感激して飛びついては、「仕事しろ馬鹿」とそのまま叩き落とされる火影様と、八つ時に「まぁ、お前も頑張ったからな、これくらい良いだろ」と照れくさそうにツンとそっぽを向きながら買ってきた饅頭と共に手ずから入れた茶を柱間に差し出す兄マダラ。

 火影塔での日常である。

「柱間さんとマダラ兄さんのやりとりって夫婦漫才みたいですからね。気持ちは分かります」

 ごくん。

 わらび餅を飲み込んだ後、そう扉間に返すイズナに、ガクンと白髪赤目の青年はうなだれ死んだ目で黄昏れるのであった。

 

 ところでこの会話をバッチリ聞いてる男がいた。

 言わずと知れた千手柱間当人である。

「ぬ? マダラが女房役とな? 扉間よ、そのような噂が流れているとは真か?」

 いつの間にか酒瓶片手にちゃっかり近寄ってきた本日の主役たる火影様は、まじまじと弟を見つめながら酒臭い息を吐きつつ訪ねる。

(何故に兄者が反応するのだ……)

 扉間は遠い目をした。

 そもそも、何故兄とその友のマダラがそんな噂を流されたかと言われれば、嫌みや皮肉の一環である。

 元々うちはと千手は不倶戴天の敵同士であった。

 争い憎み合い殺し合い……それが何百年も続いてきた。

 ところが、柱間とマダラに代替わりした途端にこの両家は争いをやめ、手を取り世界初の忍び里なんてものを興した。それを聞いた他家の多くの感想は「ふざけんな、馬鹿」である。

 おまえら、仇敵同士だろうが何仲良しこよししてんだよ、戦国最強と名高かったおまえらに手組まれたらこっちに打つ手なくなるだろうが、馬鹿野郎! しかも実際会ってみると関係に罅入れる余地あるどころか、ガチで仲が良いし、男同士のくせになにいちゃついてんだコラ! おまえらちょっと前まで殺し合っていたくせになんなのその仲の良さ、オマエら出来てんじゃねえの、クソッタレェ~!! という怒り混じりの皮肉を込めて、八つ当たりと共に流された噂なのである。

 まあ、弱い犬はよく吠えるというし、所詮人の噂も七十五日だ。

 扉間はこちらが騒がねばそんな事実無根の……事実無根だと信じたい、噂もそのうち消えるだろうと思ってこれまで放っておいたのだが、あんまりにも自分だけが胃を痛めている現状に腹が立ったので、軽口のようにその噂を口にしたのである。 

 だが、その皮肉を向けたかった相手はイズナに対してであって、断じて兄である柱間に対してではない。

 まあそんなわけで、嫌がらせは失敗したことを悟りつつ「……まあ、そういう噂もある」と返すと、この兄はおかしそうに腹を抱えて大笑いしだした。

「ガッハハ! なんとそのような噂を立てられているとは知らんかった! ふむ、マダラがオレの女房役か、おお……そうとも! オレとマダラこそが木の葉隠れの里の父母ぞー!!」

 そういって、柱間は酔っ払いテンションもそのままにいえーいと、拳を天に突き上げながらガッハハとクルクル回った。

「は~しら~ま~!!」

 ガッシリ、テンション高い火影様の肩を後ろから掴みながら、子供が夜道で見たら泣き出しそうな凶悪面を浮かべてマダラが言う。

「おい、コラ、だーれが誰の女房だって? 柱間ァ……このオレを女房……女呼ばわりするたぁ良い度胸じゃねェか」

 元来プライドの高いマダラとしては、流石に女に例えられるのは腹に据えかねたらしい。

 今に人でも殺しそうな、どす黒さを湛えた笑顔だった。

 そんなマダラの反応を見て、ずぅううんと柱間のテンションがキノコでも生えそうな勢いで盛り下がる。

「……す、すまん。お前とセットでそう呼ばれるほど、他者から見てもオレ達が仲良しに見えてるのだと思うと嬉しくて……お前を傷付けるつもりはなかった……それほど嫌ならもう言わぬ……でも、お前がおらねばこの里が生まれなかったのは事実ぞ……オレとマダラが里の生みの親ぞ……」

「だああ! その落ち込み癖マジ鬱陶しいからやめろ! お前本当にそういうところ面倒くせえな!!」

「それに……オレとお前で選ぶなら、愛情深くて面倒見も良いし、細かいところまで気がつくマダラのほうが母親っぽいんぞ……」

 ボソリ。

「ああ!? てめェ柱間ァ! 誰がいつもお前の尻拭いしてると思ってるんだゴラァ!! オレが母親ならてめェは夫というよりどら息子じゃねェか!!」

「ハッハッハ、すまんすまん。いつもお前には助けられておるな、感謝してるぞマダラよ」

 付け加えられた一言に益々マダラは顔を凶悪に変えて、柱間の襟元をグイッと掴んでガクガク揺さぶりながら怒鳴りつけたが、残念なことにこの初代火影様には全く通じている節がなかった。

 そんな二人のコミカルなやりとりを見ながらクスクスと上品に笑う女が一人。

「フフ……柱間様とマダラ様は本当に仲が良いのですね。妬けてしまいますわ」

 今日柱間と結婚したミトだった。

 彼女は袖口で口元を隠しながらクスクスとおかしそうに笑い、慈愛の瞳で二人を見つめている。

 その姿も口調も、妬けてしまうと口で言いつつも実際は全く妬けているようには見えない、包容力と暖かさに満ち満ちたものであった。

 それを見て、チラリ、マダラと柱間の二人は互いに目線を交わすと、マダラはニヤリと笑って言った。

「おいおい、柱間ァ随分とイイ女を嫁にもらったじゃねェか」

「そうであろう、オレの自慢の嫁ぞ!」

 そういって柱間は太陽のように笑った。

 

(……楽しいな)

 

 そんな兄達のやりとりを見ながら、しみじみとイズナは思う。

 きっとこの先もこんな日常が続くのだろう。

 続いて欲しい。

 否、続かせる。

 その為ならなんだって出来ると力強くイズナは思いながら、もきゅもきゅとよもぎ餅に舌鼓を打った。

 

「全く兄者は……」

 隣でブツブツ漏らす苦労人な火影の弟を前に、イズナは苦笑しながら、そっとお茶を手渡す。

「扉間さん、いつもお疲れ様です」

 そのイズナの言に、扉間は一瞬嫌そうな顔を浮かべると「おい」とぶっきらぼうな声で続けた。

「……前から思っておったが、その敬語と「扉間さん」とはなんだ。貴様、昔はそうではなかったであろうが」

 どうやら昔と呼び方が違うことを、気にしていないような素振りで気にしていたらしい。

 それにサラッとイズナは答える。

「今は同じ陣営ですし、それに上司ですから」

 というのは建前だ。

 実際はうちはイタチの時の歴史で二代目火影だった千手扉間という男に、その能力や人間性に敬意のようなものを感じているから敬語を使っているが正解である。

 それに、益々ムッツリと不快気に眉を顰め、白髪の青年は言った。

「やめろ」

 確かに自分の方が年上である。それにアカデミー事業の責任者は扉間であり、イズナは副官……そういう意味ではなるほど部下である。

 しかし、扉間は……口に出して言ったことはないが、このうちはイズナという人間のことは正しく評価しているつもりだ。副官? あくまでもそれは肩書きの話だ。

「いいか、兄者相手には弁えもらわねば困るが、オレにさん付けも敬語もいらんわ、気色悪い」

 大体うちはイズナがメイン事業を担当することなく、副官止まりであるのは、ひとえに年齢の問題でしかない。実際はサブどころかメインでいくつもの事業を受け持て達成出来る能力があることくらい、扉間は誰よりもよく知っている。

 おそらく扉間が知る誰よりもこの少年は優秀だし、うちは一族内でも彼の有能さは常識だ。

 しかし、くどいようだがうちは一族とは閉鎖的な一族であり、他族から見たイズナは何故か異様に自分の一族に支持を受けているケツの青い若造にすぎない。年齢一桁で二つ名持ちになっていることからも、忍びとして優秀なのだろうとは思われているが、兄であるマダラのように個人主義に出ることもなく影に徹するその姿勢からも、そこまで能力が特出しているとはわからないのだ、有象無象には。

 見た目は華奢で線の細い美少年なのもいけない。ようは舐められやすい外見をしているのだ。

 それに対し、同じく族長の弟という立場で年若いながら、何故扉間がアカデミー開校に術開発研究所建設と二つも事業を任されたのかといえば、それを成せるだけの能力を知られているというのもあるし、見た目からして厳格で、体格も殆ど大人と代わり映えしないその容姿の説得力も一躍買ったのが大きい。

 つまり、己とイズナの立場の違いを分けたのはそういうものが原因であり、それは年と共に実績を示せば解消される問題であり、いつまでも自分の副官という立場にこの男を置いていく気など、そんな勿体ないこと扉間は考えていない。

 何故なら、この男は……。

「オレとお前は同格であろうが……!!」

 そう、モヤモヤした想いを扉間が吐き出すと、イズナは一瞬ぽかんと、珍しくも放心したように目を見開き、それから嬉しそうに破顔した。

 そしてふっと、大人びた笑みを続けながら、落ち着いた声で言う。

「同格、か。そうだな……ならば、次からそうしよう」

 その覗き見た素の表情はあまりに酸いも甘いも知った大人の男めいていて、愛らしい美少年といった容姿とのギャップになんだか居心地の悪い想いを抱えながら、扉間はそんな自分の気まずさを誤魔化すように、ごほん。

 咳払いを一つつくと、テーブルに並んだ料理から一皿を選び、ずいとイズナに差し出した。

「……それより、貴様、先ほどから見ておればキャベツと甘味と水菓子しか食わんではないか。もっと肉も食わんか、ほら」

 ズザザザッ。

 次の瞬間、イズナは見事なポーカーフェイスのまま距離を取る。

「……ぬ?」

 再び皿を近づける。

 イズナはスススと近づけた分だけ扉間から遠ざかった。

「……」

 それからばつの悪そうな顔をして、ぽつり。

「…………ステーキは苦手だ」

 などと、苦々しい声で言い出した。

「は?」

「焼いた肉から滴る肉汁と油……見ているだけで、胸焼けがする……気持ち悪い。駄目だ、それを食わねば飢え死ぬとでも無い限り食べたくない……肉は嫌だ」

 普段は大人びていて隙のない少年が吐き出した子供っぽい本音に、扉間はがくりと脱力した。

「おぬし……そんなだから、いつまでも細いのだ……」

 自分でも気にしていたのだろう、扉間の言葉を聞いてイズナは肩を落とし、無表情じみた顔のまま落ち込む。

 

(仕方ないな……)

 元々扉間は四人兄弟の二番目である。千手柱間にとっては弟ではあるが、二人の弟がいた兄でもある。だから、だろう。らしくもなく、イズナの頭に手を伸ばし、ポンポンと励ますように撫で「まあ、肉が食えぬのなら無理はせんでもいいが、せめて魚は食えよ」と慰めの言葉をかけ、酒を煽った。

 朧月がそんな一同を優しく照らしていた。

 

 

 続く

 

 

 




水菓子=フルーツの別称


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9.石碑

ばんははろEKAWARIです。
本当は次回の話までで一つの話の予定でしたが、例によって長くなるので分けました。筆が乗るとどんどん長くなるのですが、いい加減短くコンパクトに纏められるようにしたいです、9話です。


 

 

 木の葉隠れの里が生まれてから2年と少し、うちはイズナが17の誕生日を迎えたと同時に、イズナは来月いっぱいを持って扉間のアカデミー事業と木の葉研究所プロジェクトの副官を外れることが合い決まったこと、扉間とその兄、初代火影・千手柱間両名の口から告げられた。

 去年の春開校した忍者アカデミーももうすぐ第一期生が卒業となる。

 今のところ問題らしい問題は特に起きておらず、強いて言うなら木の葉隠れの里に参入した氏族の数も30を超えたため、当初教師として働く予定だった7人だけでは手が足りず、急遽あれから参入した氏族の中から公募を募り、もう3人ほど教師の数を増やしたのと、くノ一専門の授業も必要なのではないかと千手側からもくノ一の教師を増やした程度だ。

 その際、新しく募集した教師達は、大体がなんらかの怪我や不調で忍びの道を引退したいと考えていたものが大半だったのだが、彼らに教育のノウハウはない。

 そこで教育の先駆者であり、誰かに教えるという事に慣れているイズナと、イズナの教え子で教師の真似事をして、うちは年少組の面倒を三人一組で担当してたスリーマンセル組が、アカデミー開校前に2週間ほど教員研修の真似事をする運びになった。

 はじめは教師としての在り方を教える側の人間が、揃いも揃って閉鎖的で有名なうちはの人間で、しかも14~16歳の少年達ばかりであることに不満や不安を感じる大人達のほうが大多数であったのだが……研修1日目が終わる頃にはうちはの少年達に対する評価はガラリと変わった。

 研修担当に選ばれるだけあり、皆酷く教えるのが上手い。

 それにやけに手慣れている。

 何か質問を飛ばせば理知的にわかりやすく解説してくれるし、学校というシステムに対する疑問を飛ばせば淀みなく丁寧に答えてくれる。うちはは閉鎖的という前評判と違って、どの一族のものであろうと態度を変えることなく、誰にでも平等に接する。それはリーダーであるイズナのみではなく、うちはスリーマンセルの3人組もそうだ。

 とくにイズナはとてもではないが、その落ち着いた物腰といい、姿勢考え方聡明さ全てが16になったばかりの少年とは、話せば話すほど思えなくなる。

 

 うちはイズナがうちは一族内で最も愛されている人間であることは、木の葉に移住したものの中では有名な話である。中には、イズナと道で出会うなり恭しくイズナに手を合わせ拝みだす老人と、それを困った顔で返すイズナ……という場面に出会ったことがある人間もちょくちょくいる。

 あとは成人を迎えるか迎えないかくらいの年齢から下のうちはのものは、高確率でイズナのシンパで、彼がいると無愛想で有名なうちはのものさえ笑顔で彼に駆け寄っていく。

 その場面も、他族のものから見たら不可解で、確かに族長の弟で二つ名持ちの優秀な忍びなんだろうし、容姿も優れているが、なんでまだ成人もしていないような少年がこんなに慕われているんだ? と疑問に思っていたものだ。しかし、研修を終えた頃にはそんな大人達もすっかりイズナに感心を寄せるようになったし、ああこりゃ慕われるなと納得するようになった。

 眉目秀麗で威圧感を与えぬ風貌かつ、優しくて温厚な物腰。聡明で博学で一人一人をよく見ているし、器も大きく滅多なことでは声を荒げず、よく人間が出来ている。何か判らなくて困っている人間に対し根気強く付き合う忍耐強さもあるし、生真面目なように見えてジョークも通じるし、誠実だ。

 ああいうのを徳が高いというのだろう。

 相手は年下の少年だというのに、「良くやった」と褒められると自分が誇らしく思えてきて、もっと期待に応えたくなる。言葉に力があるというべきか、不思議に彼の言葉はするりと心の奥底に浸透するのだ。

 そうやって上手くイズナに乗せられながら研修を2週間ほど終えた大人達について、イズナとうちはスリーマンセルの3人で全員分の得意なことや教師の適性などについて、細かくレポートを書いて扉間に提出し、正式に教師として採用が決まっていた7人と共に小会議を開き、今回公募を受けて集まり研修を受けた15人の中から、厳選して特に教師適性が高そうな3人を正式採用者として選ぶ運びとなった。

 とはいえ……折角研修を受けた相手をそのまま放り出すのも勿体ない。

 なので研修の結果教師の採用からあぶれたもの12人に対しては、孤児院で働く道や、あるいは扉間の木の葉忍術研究所のスタッフ……もしくは火影塔の事務手続き手伝いとして働かないかと、そちらの道が示されることになった。

 先にも述べたとおり、教師の公募に飛びついたものは、元より怪我や不調が元で忍びの道の引退を考えていたものが中心だ。適正により本人に最適そうな職場を割り振って声をかけたのもあり、殆どのものがありがたく扉間の提案に乗る運びとなる。

 授業のカリキュラム、教科書の手配など全ては1年の準備期間で滞りなく済ませており、扉間とイズナの采配に抜かりはない。とてもこれが世界初の忍者アカデミーで、この世界に前例のないことだとは思えぬほどに、この2人の手配は完璧であり、かくて問題が発生することもなくスムーズに月日は流れる。

 ならば、もうイズナを自分の副官の地位に拘束する理由もない。

 それが初代火影千手柱間の弟にして、木の葉隠れ忍者アカデミー初代校長兼木の葉忍術研究所初代所長、千手扉間の判断だった。

 そして扉間の副官を降りると同時に、イズナにはそれまでの功績を元に、上層部からも満場一致の可決を受けて、二つの役職を代表として任されることとなった。

 一つは外交官……といっていいのか。一応木の葉隠れの里は火の国所属であり独立国ではないので、呼び方に悩むところではあるが。兎も角も、他国の要人達を歓待したり、火の国の大名や使者たちを持て成し、彼らと里を繋ぐパイプ役の役目で、イズナはその長だ。

 要人護衛に関する忍びの派遣について、緊急時には火影を通さずイズナ自身の権限で選んで編制出来る権利もある。

 

 火の国・木の葉隠れの里が興って以来、イズナは扉間の副官としてアカデミー設立業務や木の葉忍術研究所の設立の為に尽力していたが、別にそれだけが彼の仕事だったわけではない。

 イズナの本職は火影補佐官のほうであり、当然兄マダラと共に火影塔に詰めて、火影の仕事を助けたり、スケジュール管理をしたり、時には火影や……火影が出られない時は火影代理を務める兄、それに護衛の暗部達と共に火の国大名や、役人達との会合にも、付き添いという形で向かうことが度々あった。

 それで、要人の歓待などイズナが代表として熟すことも多かったのだが……まあなんというか、イズナは誰が相手でも相手方の要人に気に入られやすく、イズナが入った日はスムーズに……木の葉隠れの意見も反映されやすく、会談が比較的楽に進んだのだ。

 それについて『イズナだからな、これも当然だ』とドヤ顔で語ったのは、その兄のマダラである。

 まずうちはイズナはうちは一族らしい中性的で整った顔立ちに、華奢な体躯をした色白の美少年である。背中まで伸ばして赤い髪紐でひとまとめにした黒髪は、これまた一族には多いツンツンとした髪質から多少の癖こそあるが、施された教育の良さ故か身だしなみは整っており、その立ち振る舞いには品がある。

 美しい容姿だからこそ、無表情の時は冷たい印象に空恐ろしささえ与えるが、そっと静かに微笑めば、柔和な容姿は威圧感を与えにくい……第一印象で人に好かれやすい外見をしている。

 パッチリとした二重まぶたに、通った鼻筋と厚めの唇に小さな顔。

 少年らしくしなやかで、全体的にほっそりとした一見華奢な体躯。

 黒髪黒目と色彩こそ地味なれど、華やかで酷く目立つ容姿をしているのだが、本人の控えめな性格を現すように落ち着いた物腰と、静謐な佇まいは押しつけがましいところがなく、彼の隣は清涼な小川に足を浸すような心地よさを与える。

 そして口を開けば、驚くほどに色々な物事に対して造詣が深く精通しており、随所にその聡明さを覗かせる。

 しかし頭でっかちな学者共と違って、差し出がましい口を聞いたり、自らの知識をひけらかす事もない。その穏やかな物腰と、適度に打たれる相槌が、話す側の気分を良くさせる。

 まあ、ようは聞き上手なのだ、この少年は。

 それでいて若さ故の青さというものは微塵も感じさせず、まるで何千年も生きた仙人か、悟りを開いた高僧の如き独特のオーラを纏っている。

 それにその目だ。

 うちは一族は代々血継限界に写輪眼を持つが故に、目の良さを誇りにしているものが多い。

 写輪眼の能力は多岐に渡るが、強力な催眠眼という性質も併せ持つため、幻術を得意としているものも多く、その眼と視線を合わせるだけで幻術に落とされかねないから、うちはと戦うときは眼を見ないようにして戦うことは半ば常識と化している。

 写輪眼はチャクラの視認化に、動体視力の上昇、強力な催眠眼など能力は多岐に渡り、どれも非常に強力だ。故に開眼するとしないでは戦力に大幅な差が出やすい。写輪眼を得たものは大抵急激に成長する。が、それは強者の驕りをも誘発しやすいということだ。

 急に得た巨大な力は全能感に酔わせやすくする。そこで踏みとどまり自分を顧みることが出来る者は、余程の自制心の持ち主くらいだろう。

 彼らは眼の良さを誇っているわりには、その目は……眩みやすく出来ている。

 というのも、写輪眼の開眼条件の話でもある。

 愛の千手といわれる千手一族と、力を信条としてきたうちは一族。

 けれど本当はうちは一族ほど愛情深い一族はそういない。けれど、その愛情は繊細で、暴走しやすさをも孕む。何故なら写輪眼は、うちは一族のものが愛情の喪失や自分の失意に藻掻き苦しんだときに覚醒する力だからだ。

 その時特殊なチャクラが脳内に吹き出し、視神経に反応して眼に変化を与える……これが写輪眼である。そして写輪眼は憎悪や苦しみ、失意に絶望など負の感情を糧に瞳力を増す。

 だからこそ、強力な眼の持ち主ほど闇に目が眩み、自分を見失い、道を踏み外しやすくなる。

 ……そういう性質なのだ。

 だが、全員が全員そうというわけではない。

 その代表のような存在がうちはイズナである。

 彼は万華鏡写輪眼に目覚めて尚、その目は澄み渡った色を湛え、その瞳は人の奥底の心胆まで見通す。

 たとえその目を写輪眼の赤に染めず、黒のままであっても、イズナの目と対峙したものは、まるで自分の心が丸裸にされたような錯覚を受ける。

 けれど、困ったことにそれが心地よいのだ。

 恐ろしいと言えばその心地の良さこそが恐ろしい。

 全ての真をその眼は余すことなく見ているのではないかと思わせられて、それが嫌ではないのだ。

 うちはイズナは本当の意味で目が良いのだと、彼の前では全てが丸裸になるのだと。

 故に、木の葉隠れの里が出来て以来密かに誰ともなく囁かれ、新たに名付けられた通り名がある。

 イズナの瞳は世の真全てを映し出す、故に……『真眼のイズナ』と人は彼をそう呼ぶ。

 

 正直未だにうちはを信じられないと思っている他族のものも多くいる。だが、この少年ならば信用出来ると、一度接して人となりを知ってしまうと、そう思わせるだけのものがイズナにはあった。

 だからこそ、外交官、要人と里の橋渡しという大切なお役目もイズナなら相応しいというのが上層部からの太鼓判であった。実際働けば、まあその通りであったのだが。

 そしてイズナに課されたもう一つの仕事が、木の葉隠れ祭事企画実行委員会会長である。

 戦乱の世においては平和を求められるものではある。が、実際に平和が来れば物足りなさを感じるのもまた人間だ。ずっと平穏が続けば人間というのはそれはそれで腐ってしまう。つまり、人生に必要なのは適度な刺激である。

 2年と少し前、不倶戴天の敵同士であったうちはと千手が手を結び、木の葉隠れの里を興したことによって徐々に戦乱の世は終結を向かえた。

 はじめは良かった。

 戦乱が終わったと言えど忙しくやることが大積で、情勢に適応するだけでいっぱいいっぱいで余裕がない。けれどいざ余裕が出来てしまうと、ああ退屈だな……って思ってしまうのが人間なのである。

 刺激がない。なら刺激を用意すればいい。つまり、イベントだ。

 というわけでイズナに任されたのは火影や里の住民のスケジュールに合わせつつも、適切な時期を選出し、夏祭りの縁日や、豊穣を祝した祭りなどの開催の決定と、その人員の手配、実行の手続きの他、当日の警備体制の選出、他にも色々必要だと思ったイベントは企画書を書いて火影に提出し、上役会議でその許可をもぎ取ってきたり、といったものが主な仕事になる。

 責任者はイズナであるが、別にいつだってやらなきゃいけない仕事でもないので、外交官との仕事と共にイズナが請け負うことになったのである。

 正直言うとイズナは内心とても心躍った。

 なにせ、祭りと言ったら屋台、屋台と言ったら綿飴やリンゴ飴に鯛焼き、焼きトウモロコシ。美味しいものが沢山出る。普段は物静かで大人びているためそんな印象抱かれにくいが、イズナの趣味は甘味処巡りである。つまり、美味しいもの……というか甘味に趣味だと豪語出来るくらいには目がない。

 お祭りで何を食べようか、考えてくるだけでウキウキと心が弾む。

 それにイズナは平和が好きだ。人々が笑って暮らせるそんななんでもない日常が大好きだ。

 お祭りとなれば、みんな喜ぶ。子供も男も女も老人も、みんな笑顔になる。なら、めいいっぱい楽しんで欲しい。楽しんでくれるといいな。それを自分の手で企画して出来るとなると、イズナはとても楽しみで仕方なかった。その人々の笑顔に繋がる仕事を任されたことに、幸せな気分だった。

 

 因みに、この年の変化はイズナが扉間の副官の地位を外れ、外交官の長の地位に就いたのと祭事実行委員長に選ばれただけではない。

 この年、木の葉隠れの里では木の葉警務部隊と大規模な刑務所が設置された。

 なにせ木の葉隠れの里も去年あった火影の結婚や、アカデミーの開始に伴い、新たに参入してきた忍びの氏族や移住希望の一般人などの数も随分と増えた。

 となると、里内の治安維持は必然である。人が増えればその分痴漢や万引、スリなど犯罪の数が増えるものだからだ。流石に火影のお膝元である忍び里で凶悪犯罪を犯すものなど滅多にいないだろうが、それでもいないとは言い切れないし、犯罪者を取り締まり睨みをきかす人間は必要だ。

 そこで刑務所を設置し、その側に木の葉警務部隊本部詰め所と、里の東西南北のうち本部がない3カ所に警務部隊派出所が設けられることとなり、これもまたイズナが新役職で出発する春と共に正式に稼働する。

 警務部隊を置く……というのを上役会議でイズナが聞いたとき、思い起こしたのは前世に当たるイタチの父フガクとその部下達だったが、そもそもイタチの記憶にある木の葉隠れの里と、イズナの今暮らす木の葉隠れの里はイコールというわけではない。

 そのことは発案者である扉間の話を聞いて行くにつれ、強まる。

 イタチの人生の時、警務部隊はうちはを監視する檻でもあり、うちはに対する首輪でもあり、引いてはうちはが木の葉隠れの里に対してクーデターを企むに至った遠因でもあった。

 強い忍びの犯罪を取り締まれるのは強い忍びだけ、と警務部隊である自分たちを誇りに思うと同時に、いつまでも自分たちは里に信用されないし、自分たち一族は里の隅に追いやられている。まるで自分たちこそ犯罪者のような扱いだ、ふざけるな、こうなれば……と里への不満を燻らせる大人がどれほど多かったことか。そしてその警務部隊を設立したのはイタチの歴史のほうでも二代目火影である千手扉間であった。 

 だが、そのイタチの知る政策の警務部隊と、イズナが今生きる世界で火影の左腕たる扉間が語った警務部隊の政策は同じというわけではない。

 なにせ、イタチの歴史の時の警務部はうちは居住区と隣接していたし、警務部隊に所属するのは漏れなくうちはの忍びばかりであった。

 が、今世で扉間の説明の元設置されようとしている警務部隊は、別にうちはの居住区と隣接しているわけではないし、「主にうちはに任せたい」とは言われたものの、所属するのもうちはばかりというわけでもない。

 いや、既にうちはの忍びのうち六割が警務部隊に所属することが決定したが、他にも捜索や追跡に長けた犬塚や油女、白眼の日向の忍びなども警務部隊に勤めることに決まった。

 この時点でイタチの記憶で知る警務部隊とは別物である。

 それにイタチの歴史の時には派出所なんてものもなかった。どうやら警務部隊の仕事は犯罪の取り締まりだけでなく、落とし物預かりや、迷子を送り届けることなども業務に含まれているらしい。なので、すぐに住民が駆け込めるようにと、四畳一間くらいの小さな小屋が派出所として設けられるのだ。

 そこにうちはの忍び二人に他族の忍び一人の三人でスリーマンセルを組んで、本部から8時間交代の24時間体制で各派出所に人を派遣するのだそうだ。

 うちはは閉鎖的な一族と知られている。 

 若者や女衆の意識は大分変わってきたが、それでもイズナは知っている。父と同年代くらいの忍びは未だに他族の忍びを下に見ていることを。けれど、歪みやすいとはいえ、元来うちは一族は情深い一族なのだ。釜の飯を食えば仲間……とまで単純にはいかないだろうが、それでも実際に接してしまえば情が沸くこともあるだろう。だから、これを機会に一族偏重主義な考え方も変わればいいとイズナは祈るばかりだ。

 そんな風に新生活を思い浮かべ、見た目は完全にいつも通りの涼しげな態度、中身はウキウキしながら、今日も仕事をその有能さを最大限に発揮して、テキパキと片付けているイズナであったが、そんな時だった。

「イズナ、ちょっと良いか?」

「……? はい」

 兄であるマダラに声をかけられたのは。

「お前、今日は定時上がりだったな」

「はい、そうです」

 基本的にイズナはとても優秀である。

 人の数倍の仕事量を任せられても、常人の数倍のスピードで片付ける。その為、余程のことがない限り残業に雪崩れ込むこともなく、今日も仕事が片付かなくて家に帰れな~いと泣き言を言うハメになった経験も、彼の記憶にはない。故にこのまま何事もなければ今日も夕方5時には本日の業務を終えて、家に帰ることが出来るだろう。

 ついでにいえば兄のマダラも大概優秀なのであるが……火影である千手柱間の右腕を務める彼は、なんだかんだで身内限定の面倒見の良さを友人たる柱間相手にも発揮して、自分の分の仕事は終わっているのに柱間の仕事を手伝った結果、結局定時には上がれなかった……なんて事態になることもそこそこ多い。

 とはいえ、なにかといえば戦だった時代に比べると、今のほうがよっぽどホワイトな環境だろうが。

 そもそもあの時代には、定時に帰るという概念は存在しなかった。

 しかし何の用なのか、その弟の疑問を当然のように把握しているマダラは苦笑を浮かべ、それから「オレも今日は定時上がりの予定だ」と伝えたあと、こう言った。

「今日の夜南賀ノ神社まで来てくれねェか? ……話したいことがある」

 このとき、なんだかイズナは嫌な予感を覚えた。

 兄・マダラはいつも通りに一見振る舞っているように見えるが、なんだか危うい気配がする。

 じっと兄の顔を見上げる。少年時代はその容姿も中身も前世の弟サスケと似ていたマダラであるが、歳月と共に目の下の涙袋がくっきりと浮かび上がり、ハリネズミのように伸ばされた黒の長髪は片目を隠しピンピンと跳ね、筋肉もついて上背も伸び、体格も良くなったので、サスケに似ている……と思う機会は年々減っていったのであるが、危うい時のこの表情や雰囲気は、やはりどこか前世の弟と似ていた。

 サスケは純粋で……それ故他者に染まりやすい子だった。そして極端から極端に走りやすい暴走しやすい子でもあった。

 思えば現世の兄マダラにも、そういうところがある。

 だから、外見はすっかり共通点が減ってしまった今も、時折似ていると感じてしまうのかも知れない。

 

(……兄さんは何を考えている……?)

 

 兄は、悲観主義者だ。

 頭は回るのだが、いかんせん先を見すぎて足下が見えなくなりやすい悪癖がある。考えすぎるという意味では一周回ってある意味馬鹿だ。

 よく自分や柱間のことを夢見がちな理想主義者のように評することがあるが、正直自分や柱間さんより兄さんのほうがよっぽど夢見がちな理想家なのでは? とイズナが思ったことも一度や二度ではない。

 妥協が出来ないというか、潔癖すぎるというべきか……。

 理想がでかすぎて現実と折り合いをつけるのが下手くそなのだ。

 心優しい人なのだ、本当に。

 争いのない世界を祈っているし、こぼれたものをどうしても見てしまうし、その上に築かれた平穏など偽者なのではないのかと疑ってしまう。それもこれも彼の潔癖な優しさからきたものだ。

 だが、兄は……戦闘狂なのである。

 平和を願って祈っている筈なのに、誰よりも争いを求めてしまう。戦場でこそ活き活きと輝き、強敵との戦いに幸福を感じる。殺し合いに飢える。その自己矛盾。

 そういう意味では千手扉間のマダラに対する危惧は正しい。

 自分やあの兄の友でもある千手柱間がいる限り、兄は踏みとどまろうと頑張るだろうけど、平穏で戦いのない日々は彼の心を苛む……何故かと言えばそれは彼がうちはマダラだからだ。

 そしてそれを自覚しているからこそ、兄は本当は心の奥底では争いのない世界など夢物語と諦めている。どうしてかって? 自分が戦いのない人生に耐えられないからだ。自分が出来ないことなら、他者も出来ないだろうと、そう結論づけるのはたやすい。

 であるからこそ、ガス抜きの為に定期的に初代火影を通してS級任務を兄に回してもらっていたのだが……そもそもマダラは戦国最強ではないかと言われた双璧の一人である。

 ちょっと強い敵くらいでは、兄にとってはお遊びにしかならないのだ。

 そうなると鬱憤がたまる。鬱憤がたまると悪い方へ悪い方へ考える。マダラの悪い癖である。

 まあ、なんにせよ、話してくれる気があるのならいいだろう。

 そう思って、イズナはいつも通りバリバリ仕事を片付け、きっちり定時に上がって一度着替えてから、南賀ノ神社へと向かうのであった。

 

「……一つの神が安定を求め陰と陽に分極した。相反する二つは作用し合い森羅万象を得る」

 夜の境内にて、他族に一度も見せたことのない石碑の前で兄は滔々と、万華鏡写輪眼によって解読した文を読み上げていった。

 相反する二つの力が協力することで、本当の幸せがあると謳っている、と。

 次兄はどこか思い詰めたような無表情じみた顔と淡々とした声で言う。

「だが……別のとらえ方もできる」

 そこから兄が語った話を聞いて、イズナは漸くうちはイタチの歴史の時何故マダラが里を抜けたのか、第四次忍界大戦が起こされたのかを理解した。

 と、同時に怒りがこみ上げた。

 思い出す。

 脳裏によぎるのは前世イタチだった時代、誰にも気付かれることなく何度も南賀ノ神社に出入りしていた仮面の男である。一緒に一族殲滅を担った相手でもあるが、あいつは何度もこの石碑のところに足を運んでいた。おそらくは解読の為に。

 第四次忍界大戦を起こした主犯は、そのマダラもしくはトビと名乗ったあの仮面の男であったことは知っている。なにせイタチは死後薬師カブトによって穢土転生にて現世にて舞い戻り、ある程度のことは聞いたから。大幻術の無限月読とやらを目的としての犯行だったそうだが、まあイタチの役目は穢土転生を止めるまでだ。

 死人がいうのも不謹慎だが、あの時イタチはもう一度木の葉を守る為に動けることは嬉しかった。最期にはもう二度と言えるはずのないと思っていた想いを弟に告げることさえ叶った。悔いはない。

 あのあとどうなったのかをイタチは知ろうとすら思わなかった。

 何故なら信じていたから。

 きっと、ナルトが、木の葉に芽吹いた若き火の意思達が食い止めてくれるだろう。弟サスケのことも、ナルトがいれば、皆がいれば大丈夫だと、そう思った。だからその結末を知ろうとすら思わなかった。

 たとえ誰になじられても、自分は木の葉隠れのうちはイタチだ。

 そう誰に言われずとも自分自身が知っているから、だから別に後悔はなかった。

 でも、未練がないわけでもなかった。

 当然だろう。

 うちはイタチが死んだのは21歳の時だ。

 苦難に満ちた人生だったのは確かだ。

 大人になった弟の姿も見たかったし、弟に子供が生まれたらその子を抱き上げたかった。シスイに後を託されたのに、結局あんな形でしか名誉を守れず、自分で決めた道とはいえ両親を殺すことは苦しくて仕方なかった。だから……断罪されたかったのだ、他ならぬ愛する弟の手によって。

 そして大犯罪者である自分を討つ形で、弟が木の葉の英雄になるシナリオを描いた。

 それが弟のためだと自分に嘘をついた。本当は自分のためだった。自分が断罪されたかったのだ。だから破綻した。弟がサスケが真っ当に幸せになることを願っていたはずなのに、自分に嘘をついたから弟を歪めたのだ。

 それがうちはイタチの人生だった。

 けれど、それでもイタチには後悔はない。怒りも憎しみも一度死んだ時に昇華され、ただもう一度木の葉を守るため動けることが誇らしかった。弟にもう一度会えたことが不謹慎だが嬉しかった。

 そういう男だ、それがうちはイタチだ。

 だが、ここにいるのはうちはイタチではない。

 うちはマダラの弟、うちはイズナである。

 うちはイタチはあくまでもイズナの前世にあたる存在であり、その人格・知識・記憶を継承したとはいえここに生きている自分はイタチではない、イズナだ。

 当然だろう、何故ならうちはイタチは死んだのだから。

 だから、イタチが怒らなかったとしても、イズナは違う

 兄から石碑を読み解いて思ったことなど胸のうちを一通り聞いて、沸き起こったのは怒りだ。こんなものに踊らされたのかという怒り。

 

(この石碑が全部の原因なんじゃないか……?)

 

 イズナは憎々しげに石碑を睨む。

 大昔に六道仙人からうちは一族へと残されたという石碑。

 これを見て、イタチの知る歴史のマダラも狂った。人は争うしかないということに絶望し、夢の世界に救いを求めた。

 ふざけるな、とイズナは思う。

 望む夢は自分の手で現実に変えるからいいのだ。夢の世界に逃げ込むなど、偽者相手の人形遊びと何が違う。イタチは木の葉隠れを愛していた。里の矛盾や闇を含めてそれでも愛していたのだ。

 そのイタチが一族を抹殺しなければいけなかったのも、イタチの知る世界でマダラが里を抜けるハメになったのもみんなみんなこれのせいなんじゃないのか?

 そんな想いを込めながら、イズナは怒りを湛えた冷ややかな低い声で「マダラ兄さん」と兄を呼ぶ。

「アナタは偽者のオレなどで満足できるのか?」

「え?」

 イズナは激怒している。静かに燃えるように、我を忘れるどころか寧ろどこまでも冷徹に怒っている。

 初めて弟の逆鱗に触れた兄は、そんな弟の姿に動揺しながら、弱ったようにイズナの顔を伺う。

「偽者のオレなどで満足か、と聞いている」

 大体にして、イタチが弟サスケを愛していたように、イズナとて今世の兄たるマダラのことを愛している。幸せになって欲しいと願っている。なのに、この石碑ときたら、我が愛しき愚兄をなんたる道に誘うのか。

 

(ふざけるな)

 

 イズナとして今まで生きてきてこれまでで最大の怒りが、止めどなく沸々とその脳を焼く。

 これは駄目だ。

 兄を、一族を不幸にするものだ。

 イズナには守りたいものが沢山ある。

 里もそうだし、兄もそうだ。そして、去年生まれたばかりの姪を思う。

 可愛くてふにゃふにゃの柔らかく温かな命に、イタチの人生の時生まれたばかりのサスケを思い出したものだ。泣き虫で、小さくて、イズナがそっと抱き上げるとキャッキャと可愛らしく笑った。その顔は、イズナの写輪眼開眼の切っ掛けとなった亡き一つ上の兄にも似ていた。愛おしい命。

 マダラは娘が誕生しても、まあいつも通りの調子で、溺愛したりすることもなく淡々として見えていたけれど、イズナは知っている。

 早く帰れた日は手慣れた様子で自分の娘のおしめをかえたり、ミルクを飲ませてトントンと背中を叩いてゲップさせたり、あやして寝かしつけたり。そもそも、イズナ達兄弟の面倒を見ていたのはこの次兄だったのだ。他の人がきくと以外だろうが、元々マダラは子守にはなれている。

 それでも弟が娘を可愛い可愛いと抱きしめ可愛がると「なんだか、オレよりイズナのほうが父親みたいだな」なんて苦笑していたけど、眩しいようなものを見るように眼を細めて自分たちを眺めていた慈愛に満ちた視線。

 世間にありがちな娘にメロメロな父親……というわけではなくとも、きちんと娘を大切に思っているのは伝わってきたものだ。

 イズナはそんな日々も愛していた。

 姪の幸せを願った。

 自分が慈しみ育ててきた、一族の子供達皆愛していた。

 それを、脅かし揺るがすものなど許せるだろうか? いや、許せないだろう。

 

「兄さんは、オレとこの石碑のどっちのほうが大事なんだ」

「イズナに決まってんだろ!!」

 即答だった。

「ならば、これはもういらないだろう」

 カッ。

 イズナは天照を発動した。

「な……なぁあああ~!!?」

 兄が素っ頓狂な声を上げるも、イズナはなんでも燃やせる黒炎で塵も残らぬほど石碑を粉々に燃やし、ふぅと、右目から血の涙を流しながらもすっきり、そう書いてあるような爽やかで清々しい声と表情でマダラに振り返り言った。

「これで一件落着ですね……!」

「いや、いやいや……イズナァ!? お前、お前何を燃やしてんだァアあ!?」

「何って石碑ですが」

「石碑ですがじゃねェよ!?」

 そういってショックで放心しながら、石碑の跡地をペタペタ未練がましくなで回す兄を見て、ふぅとイズナは深呼吸を一つ。

 それから兄に言い聞かせるような声で、弟は言った。

「いいですか、兄さん。これからの一族にこんなものはいらない。未来は自分で切り開くものだ。こんな石ころが何を守ってくれるというんだ?」

 ……マジの目だった。

「いやでも……」

 それでもタジタジになるマダラに向かって、いい加減しびれを切らしたイズナは断言した。

「オレがルールです」

「……ええー……」

 ……いつも協調性を尊重し、人を思い遣っている弟が初めて見せた唯我独尊な姿だった。

 

 こうして、六道仙人が残し黒ゼツによって書き換えられ、千手とうちはが争う原因となっていたうちはの石碑は、その日怒れる少年の手によって永遠にこの世から消滅させられたのであった。

 

 

 続く




※イズナの可愛い姪っ子=オビトの祖母


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10.火影

やあばんははろEKAWARIです。
今回の話……特に終盤の展開は、この「転生したらうちはイズナでした」ってネタが降りてきたときに1話の次に脳内に降りてきたシーンだったりします。
というわけで武練祭編です。


 

 

 燦々と日が照る中、ヒュルリと木の葉が風に揺れ舞う。

 渓谷の手前で赤い鎧をつけて対峙する、長髪の男が二人。

 一人はうちはの族長・うちはマダラ。

 まるでハリネズミのように量が多くてツンツンした黒い長髪を靡かせて、赤い瞳をギラギラと輝かせつつ、壮絶な表情でニィィと笑いながら、低くよく響く声でもう一方に声をかける。その姿は悪鬼羅刹のように見るものの目に映る。

「ハハッ、イイ顔してるじゃねェか、柱間ァ。お前もこの時を余程待ちわびてたと見える」

 それに対するは千手の長にて木の葉隠れの里を治める火影、千手柱間。

 ストレートの長い黒髪をこれまた風に靡かせながら、男らしく整った顔に真っ直ぐな闘志を乗せて、もう一方よりも爽やかな表情ながらもこの戦いに対する興奮に口角を上げ、好戦的に爛々と輝く瞳で友を見る。

「そうだな、マダラよ。主とこうしてヤリ合うのも、随分と久方ぶりだからな。どれほど強くなったかと思うと……心躍る」

「ハッ、そりゃあこちらの台詞だ」

 ブワリ。

 滾るあまりか、巨大なチャクラを双方荒立たせ、クツクツと腹の底から込み上げてくる笑いもそのままに、同時にニヤリ。

「行くぜ、柱間ァア!!!」

「来い、マダラァア!!」

 

 そうして忍界最強の火影・忍びの神の異名を取る男と、そのライバルにして友人で、うちはの生きる伝説とも鬼神とも呼ばれる男は、うちはイタチの知る歴史で終末の谷と呼ばれた地にて激突した。

 

 

 

 10.火影

 

 

 木の葉隠れの里が出来てから3年目となる年、夏至の日に開催が決まったその前代未聞のイベントを前に、木の葉中の人々はわいわいと盛り上がっていた。

「おい、聞いたか。夏至の日に行われる第一回・木の葉隠れ武練祭! 目玉はあのマダラ様と火影様の一騎打ちなんだろ? お二人とも共に戦国最強と噂されていたし、どちらのほうが強いんだろうな?」

「ばーか、そりゃあ火影様に決まってる!」

「いやいや、そりゃわからんぞ? マダラ様も、うちはの生きる伝説、歩く鬼神と言われているお方だ。遠くから一度だけ戦っている姿を見たことあるけど、そりゃもうおっかねえのなんの。ありゃ人間じゃねえよ。火影様もそりゃあお強いんだろうけど、オレはマダラ様に賭けるぜ」

 そんな会話がそこら中から聞こえてくる。

 夏至の日に開催が決定した、火の国木の葉隠れの里主催、第一回武練祭。

 名目上は戦神に武芸を奉納するお祭りということになっており、千手の神職を務める巫女姫と、うちはで知らぬものはおらぬ族長の弟イズナによって、まず舞台で剣舞神楽を奉納した後に、火影である千手の当主千手柱間と、うちはの当主であるうちはマダラ両名が、事前に結界を張って見学者には被害が出ないようにした上で、渓谷の前で戦い激突するのだ。

 そのイベントを企画したのは、木の葉隠れ祭事企画実行委員会会長を勤めるうちはイズナその人だ。

 イズナは知っていた。

 自分の兄マダラが柱間と戦えないことに、日々鬱憤を募らせまくっていたことを。

 なにせ、イズナのたった一人残った兄のマダラは……筋金入りの戦闘狂なのである。

 本人は平和が来ること争いのない世の中が来る事を祈っていたにも関わらず、皮肉にも血湧き肉躍る戦いこそが何より兄を輝かせる。強者との戦いこそが何より楽しい、そういう人なのだが……残念ながらマダラと良い戦いが出来るものなど滅多にいない。

 だって、腐っても戦国最強説流された片割れの一人だ。そこらの上忍レベルではとてもではないがお遊戯にしかならないし、S級任務も子供のお使い感覚でこなしてしまううちはが誇るハイスペックバトルマニアなのである。

 そんな兄が人生で最も充実を感じる瞬間とは何か?

 可愛い娘をあやしている時? 

 違う。嫌いではないだろうが、そうじゃない。

 友と酒を飲交している時?

 まあ、楽しくないとは言わない。其の証拠に表情はいつになく緩んでいる。

 弟と一緒に月見としゃれ込んでいる時?

 月光浴を好むだけあり、最愛の弟と方や月見酒、方や月見団子を手に過ごす時間をそれなりには楽しんでいるかと。

 だが正解は……柱間と殺し合っている時。

 そうなのだ。マダラにとって柱間は友であるが、それ以前にライバルでもある。負けたくないと思うけど、同時に自分より強い、自分を負かせるとしたらそれは柱間しかいないと認めている。

 きっと柱間と全力でぶつかって、その結果殺されたとしてもマダラは満足であろう。

 柱間と戦い殺し合う瞬間に至福の喜びを感じている。

 そういう人なのだ、うちはマダラという男は。

 だが、今の2人は敵同士ではなく、千手柱間は守るべき火影様で、マダラは其の右腕で……それはそれで楽しんでいないわけでもない。だって子供の頃から同じ夢を見て、唯一同じ目線で言葉と技を交わした友なのだから。

 特に2人で里設立の許可を取るために火の国首都まで共にした旅路は愉しかった。

 2人揃って息抜群のコンビネーションで、次々やってくる刺客をちぎっては投げ蹴散らしぶっ飛ばして本当に楽しかった。おかげでそれまで『たとえ柱間相手だろうがやっぱり信じきれねェ』とか思ってたのに、気付いたらそんな感情どこかにいっていた。

 あー、こいつ馬鹿だなあなんにも変わってねェやと思ったら、警戒するのも馬鹿馬鹿しくなって、友の……千手柱間という男の腑が見えた気がしたのだ。

 それに本当はもう一度、マダラもまた子供の頃のように柱間と馬鹿をやって笑い合いたいと、そんな願望が捨て切れていなかった。その象徴ともいえるものをマダラは弟のイズナから受け取ってしまった。

 自分と柱間が決別の時に互いによこした水切り石。「にげろ」「罠アリ去レ」と書かれたそれは確かな2人の友情の徴で、あの時マダラは確かに柱間の腑が見えていた……もっとも弟の危機を前に、それぞれの家のことも考えて柱間を切り捨てたのもマダラなのであったが。

 だから、柱間に頼られ、一緒に夢見た集落を現実に変えて歩み、時には酒を飲交す今の在り方も嫌いではない……が、物足りなくはある。

 何故ならマダラが全力でぶつかることが出来るのは、本気で相手になるのは柱間だけだからだ。

 

(柱間と戦いたい……)

 

 酒を飲交しながら、時々かつての柱間との戦いを夢想したが、それでも立場的にお前と全力でまたヤり合いてェななんて、そんなことは言えなかった。

 そうしてフラストレーションを溜めていた矢先に弟に言われたのだ。

『来年の夏に武練祭というイベントを考えているのですけど、マダラ兄さん、その祭りの目玉として火影様と戦いませんか?』

 その言葉に気付いたら一も二もなく頭を縦に振っていた。

 実際に次の上役会議の時に弟は、イズナはそのイベントの概要とメリットを訥々と語り、きっちりとわかりやすく纏められた資料と共に、お偉方から許可をしっかり捥ぎ取ってきた。

 柱間とまたヤり合える。

 そのことにどれだけマダラが歓喜し興奮し、夢見るほどこの日が来るのを心待ちにしたことか。

 酒を飲交しながらダベるのも嫌いじゃないけど、柱間との殺し合いこそがマダラにとって一番の悦びだった。

 

 もう一方の主役である初代火影様であるが、命の奪い合いが含まれぬ勝負なら、柱間もまたマダラと戦うことは大歓迎なのである。

 何せ2人の出発点は水切りのライバル。

 あの戦乱の世に、自分と同じように世の中を変えたいと願う馬鹿な子供が他にいたと知って、しかもそれが自分とは別の一族で、柱間はとても嬉しかった。マダラの存在を天啓だと思った。今でも柱間はマダラとの出会いは自分の運命だったと信じている。

 だが、同時に忍びとしてはライバルでもあると、柱間だって認識している。

 マダラと技を競い合い、夢を語り合ったあの日々は今でも柱間にとって心の宝物だ。

 大切な友であるから、だからマダラの命を奪いたくない。

 だってマダラとの出会いは天啓だったと思っている。マダラがいなくば、里の夢もなかった。

 同じ夢を抱いた友を、優しくて繊細で家族想いなこの友人を失いたくなどない。

 だから、戦場でマダラと対峙することには憂鬱を覚えた。敵同士として過ごす日々は柱間の心を苛んだ。心底和解出来る日が来ることを願った。柱間はマダラと殺し合うことが嫌だった。写輪眼を発現するほどに自分を切り捨てることがマダラにとっても苦痛なのも知っていたから、尚更その手を諦めたくなかった。ただ、戦い合い殺し合い続ける日々を終わらせたかった。

 だが、幼少の砌、マダラと切磋琢磨してたあの遠い日に抱いていたのは充足感だ。

 馬鹿なことを言って、笑い合って、それから技を競い、忍び組み手を交わしたあの日々は本当に楽しかった。つまり、命の取り合いでさえなければ、柱間もまたマダラと戦うことは大好きなのだ。

 あれからどれだけ強くなったのかを考えるとわくわくする。

 それに両者の力に差はあれど、柱間と真っ当に戦えるのがマダラだけなのもまた事実なのだ。

 火影としての仕事で書類仕事に忙殺される日々に、自分で選んだ道といえど鬱憤をため込んでいたのも事実だ。それが堂々とマダラとまたヤり合えると知った忍びの神のテンションはうなぎ登りに上がり、いつもは遅々として進まないことも多い書類の塔をバリバリと片付けはじめた。

 そんな兄を見て弟は一言。

「能力はあるのだから、いつもそれくらい真面目に仕事しろ兄者」

 と、そんな辛辣な言葉を吐いたとか吐かなかったとか。

 とにかく命の取り合いでなくマダラと戦えるということは、柱間にとっても浮かれるくらい楽しみなことなのであった。

 

 一方そんな風に浮かれる火影様とその右腕に対し、ピリピリしているのが木の葉結界班を率いる山中一族当主だった。

「これより、武練祭で使用する結界術の演習を行う!」

「「「はっ!!」」」

 そのイベントの知らせと、正式に決まった企画書の写しを渡されたとき、山中一族族長の胸に襲ってきたのは、マジかよ……という感想だった。

 自分の一族以外は敵が常の忍びとしては珍しい事に、山中・奈良・秋道の三家は猪鹿蝶として元々コンビを組んでおり、一緒に活動する仲であった。

 そんな中、あの不倶戴天の敵同士で最強と言われたうちはと千手が当主の代替わりを期に手を取り合い、国の許可をもぎとって一緒に忍び里を興したと聞いたときは、なんの冗談かと思ったのも記憶に新しい。けれど、其の噂が真と知ると、奈良家当主と秋道当主と話し合い、その忍び里に加えて貰えないかと交渉することが決定したのだ。

 猪鹿蝶の頭脳は奈良家だ。

 その為奈良家当主に代表として交渉にいってもらったのだが、意外や意外。

 なんの駆け引きもなくあっさりと千手柱間に「良いぞ!」と返事をもらい、かくて猪鹿蝶の三家は猿飛・志村に続く三番目に木の葉隠れの里に加わったのだ。

 おかげで自分たち三家は里の幹部も幹部。

 山中一族は里の結界・防衛関係の仕事の代表職を振られることとなった。

 まあ、木の葉隠れ参入時点では妥当な割り振りではあった。

 が、その時に比べ随分と木の葉隠れの里に参入する氏族の数も増え、山中一族よりも結界術に長けた一族も中には混ざっている。なので、この役職がちょっと身に余るなあ、と思っていた矢先のこれである。

 まず、武練祭にはいくつもの目的がある。

 

 一つには、うちはマダラと千手柱間のガス抜き。

 木の葉隠れの里が出来て以来、この2人は碌に実力を発揮する機会もなく、鬱憤をため込んでいた。特に戦闘狂であるマダラは、最愛の弟もいるにも関わらずつい石碑に書かれていた道にフラフラしそうになったくらい、全力で戦う機会がないことに内心滅入っている。

 はじめ、山中家当主や秋道家当主などが議会の際に、うちはイズナに質問をしたのだ。

「わざわざ木の葉から離れた渓谷に移動して開催せずとも、闘技場で戦えば良いのではないか?」

 それに対して、イズナは静かに首を横に振り答えた。

「闘技場では兄と火影様が力の十分の一も出すことは叶いません」

 ……と。

 2人が全力で戦うには狭すぎるのだ、闘技場だと。それに、そこを守る結界となると円形状で張ることとなるが、そんなやり方では結界班は10秒も持たない。神への奉納という意味でも失礼にあたるでしょう。といつも通り冷静にうちは族長の弟は解説した。

 

 一つには、祭りを行うことにより経済の活性化と商人の呼び込み。

 祭り当日は、渓谷の上の広場で有料の三段座席と、無料の立ち見席を用意するそうだ。それから木の葉と祭りの開催地の間をつなぐ形で、出店などを格安の出店料で出させる。

 丁度夏至が開催日だ。

 万が一にも熱中症で倒れないよう、見学席の上には日差しを遮る大きな簡易屋根をとりつけ、下忍相手のDランク任務として、当日交代交代で団扇で風を観客席に送り込む仕事を依頼書として出すとのこと。

 まあ、ようは人力扇風機だ。

 団扇で延々と風を起こし煽ぎ続けるには体力も忍耐もいる。風遁の適正のあるものが自力で行うにしても、風量の調節など繊細なチャクラコントロール技術を要求されることとなるだろう。なのでその辺を鍛えさせるのに良い機会だろうと、イズナはそう説明した。

 因みに夏至を開催日に選んだのは、その日が一番火の神に近づく日だから、火の国の行事として縁を担ぐには良いだろうとのことだそうだ。

 尚、席料や出店料などこの日の売り上げは必要経費を除き、全てアカデミーの運営費用と孤児達の支援金に回されるのだそうだ。

 

 一つには、抑止力の誇示だ。

 血で血を争う戦乱の世は、3年前のうちはと千手による和解と忍界初の忍び里システムによって終焉を迎えた。そして、木の葉隠れの里をモデルに各国でも忍び里の形成がブームとなり、今や歴史の転換点にきている。

 そうして各国の実力が拮抗した時、どうなるか……一族単位から里単位に変わった大戦争の始まり……になる可能性がある。勿論、折角泰平の世が訪れたというのにそう易々と戦国時代に逆戻りする気はないが、何の手も打たなければ笑えないことにそうなる可能性が否めない。

 それを奏上したのはうちはマダラだったが、そんな兄に対する弟の言は「そうならない為に努力するんですよ」とのことで、これもまたその為の一環なのである。

 さて、敵に攻め込まれないようにするには一体何が有効であろうか?

 平和を謳って自分たちは争いませんみんな仲良くしましょうなんて言って、うんそうしようなんて言う奴がどこにいる? いると思うのならそいつの頭にはお花畑が咲いている。

 政治もまた、武力を介さない戦争なのである。

 故に必要なのは抑止力の誇示だ。

 自分たちにはこれほどの力があると、襲いかかったらどれだけ痛い目に遭うのか、どれだけ損害が出てデメリットが多いのか、それを判らせるのが近道だ。

 だからといって襲いかかられてもいないのに、先手必勝とこちらから襲ってはこっちが悪人になるし、本末転倒だ。それに窮鼠猫をかむという言葉もあるし、相手に痛みや損害を与えるようなやり方をすれば、恐怖や恨み怒りなどによって何が何でも相手を潰さねばと思い、敵の敵は味方理論で一致団結して木の葉隠れの里に攻め込まれるかもしれない。

 それでは意味がないのだ。

 そこで、火影とその右腕の戦力を神への奉納をお題目として、堂々と見せつけることが出来る武練祭である。武力行為ではない、あくまでも祭りの一環だ、と言われたら他国に口を挟む隙はない。

 柱間は強い。どれくらい強いかと言われたら、お前もう人間じゃないだろってレベルで、山を割り地形を塗り替えられるレベルで強い。

 マダラも強い。何せこっちも余裕で地形とか塗り替えられる。おまけにバトルジャンキーで、戦場で嬉々として長い髪を靡かせ縦横無尽に駆け巡る様は、まさに鬼神の如き有様だ。

 なら、見せつければいいのだ。其の強さを。

 だから、祭り当日は他国のスパイも沢山入るだろうが、気にせず見せつけてから帰せばいい。ついでに財布の中身を沢山落としていってくれたら万々歳だ。

 柱間とマダラの戦いは既に神話の粋に迫ろうとしている。同業者から見ても、実際の2人の戦闘力は突き抜けすぎてて、まんま報告すれば巫山戯ているのかと疑われるだろう。

 だがどうだ? 全ての間者が同じ報告をすればどう思う? 目撃者はいくらでもいるのだ、こちらは2人の武力を隠す気などない。

 さすれば気付くはずだ、木の葉と戦争する無謀さを。

 敵にまわすことがどれだけ馬鹿馬鹿しいのかを。

 当日は火の国の大名子息夫妻や、初代火影の舅にあたる渦潮隠れの長も賓客として訪れる。

 彼らにもどれほどの戦力があるのか見せつければいい。

 これほどの力があるのだと納得すれば、まわされる依頼の数もまた増えるだろう。木の葉隠れの里の良い宣伝になる。

 

 一つは、木の葉隠れ結界班に経験値を積ませ、全体の力の底上げをさせること。

 結局の所、何事も実践に勝る経験はなく、それが火影とその右腕の戦いを防ぐとなるととんでもない経験値となるだろう。

 当日は、渓谷を守るように半円形状の結界を10人体制の3組30分交代で、一部5分ほど時間を被らせながら行うことになっている。

 その時結界術は衝撃を逃がす形で張るのが基本だ。とりあえず、結界班は崖下、観客達は崖上という配置だが、無理にマダラや柱間の技を受け止めようとすれば、どれだけ強固な結界を張っていようとあっという間に壊れてしまう。なので、そらすように半円形状に張り、結界班はただ観客がいる木の葉方面さえ守れればそれでいい。

 大体マダラと柱間の戦いで地形が変化しないと思う方がどうかしている。

 なので客人達にさえ害が出なければそれでよいのだ。なので結界が張っていない部分がどれほど無茶苦茶になろうとも、当日は其の周辺に立ち入り規制だけかけてイズナは構わない方針だ。

 大体そうでもしなければ兄とその友人は全力などとてもでないが出せない。

 とはいえ、これはあくまで祭事である。

 故に制限時間は2時間までと決められており、それを過ぎれば雇った楽団の大太鼓の音によって終了の合図を出し、兄達が和解の印を結ぶことでイベントの終了とする。

 それが夏至の『武練祭』の目的の全容である。

 

 というわけで山中家当主はその結界班の結界術が、当日使い物になるよう鍛えねばならない立場だが、要人も観戦に来るとのことなので、気が重い。

 でも、やるしかないのだなんとしても。

 まあ、それでももし万が一結界班の結界に当日問題があれば、要人の歓待という形でVIP席に座る初代火影千手柱間の弟である千手扉間と、うちはマダラの弟にして木の葉祭事実行委員会会長のうちはイズナがなんとかするそうだが、極力出来ればこちらに頼るな、死ぬ気でやれとのお達しなのであまり当てにするわけにはいかない。

 そんな結界班達の額には木の葉を模した額当てが揃ってつけられている。

 

 これが出来たのは半年前。

 木の葉隠れの里も興って3年目に入り、随分と里も大きく所属する忍びも数を増やしたので、何か木の葉隠れの里の忍びであることを証明する揃いのものがいるのではないかと、言い出したのは当の里長火影様である。

 そうして出来たのがこちら、木の葉を模した額当てで、これからはこれをつけたものが木の葉の忍びの証となる。それを聞き、試作品が出来て火影室に持ち込まれ、真逆の反応を示したのはうちはの兄弟だ。

 兄のほうは「え? こんなダサいのつけるのかよ? マジかよ……」って言わんばかりの反応に対し、逆に弟のほうは嬉々として額宛を頭部につけて、上機嫌に木の葉マークを撫で回していた。

 マダラは目つきも悪いし口も悪いが、こう見えて教養はしっかりたたき込まれているし、風流人なのだ。

 衣装にはこだわりがあるし、粋を理解している。趣味は鷹狩りだし、月光の元詩を詠んで月見酒と洒落込むのも好きだ。そんな彼から見たら、この木の葉を模したみんな揃いの額宛は「ダサい」の一言。

 だが、イズナの感想は違う。

 たとえS級犯罪者として汚名を被り里の闇を押しつけられたとしても、それでも木の葉隠れを愛した忍び……それがイズナの前世であるうちはイタチという男の人生だった。だから、たとえ里を抜けてその証に額宛に傷を刻んでも、イタチは死ぬまで木の葉隠れの額宛をつけ続けた。それがイタチの誇りだったから。付け続けた額宛は彼の故郷への愛の証だ。

 転生し、今の自分はイズナであってイタチではないけれど、それでもその想いを受け継いだのだ。

 イズナにとってこの額宛はその証明だ。

 それを今世でも額に巻けるのは誇らしく嬉しいことなのである。

 なので正直マダラは「こんなダセえのつけたくねーな」が本音だったけど、弟があんまり嬉しそうに額宛をつけるものだから、自分はつけねえなんて言えなかった。ただ、せめてもの抵抗として、頭につけるのではなく腰帯代わりに帯の上に巻くことにしたのだが、それでご容赦願いたい。

 そうやって額宛で一族の垣根を越えた統一化を図ると共に、忍びシステムも段々制度が整ってきた。

 上忍、中忍、下忍でまずランク分けされることに決まったが、アカデミー卒業者は下忍からスタートすることに決まり、正式に下忍になったもの全員にこの額宛が支給されることとなった。

 そして現時点では誰を上忍と中忍にするのかはそれぞれの一族ごとに、能力を判断して族長が任命して火影に承認してもらっている状態だが、今後のその形態でいくわけにもいくまい。

 そこで今度からアカデミー卒業者は上忍師と組んで4人一組のフォーマンセルを基本として活動し、その実績に応じて、半年に一度開催予定の中忍試験の合否でランクの昇格を出来る制度とすることになった。この辺を整えたのは山中一族と同じく木の葉隠れ古参参入組の猿飛家である。

 そして中隊長として働ける能力があるものを中忍とすることに決まったわけだが、ランクが変わればそのことが一目でわかる方法があったほうがいいのではないかと、今議論されている最中だ。

 揃いのベストがいいのではないかとまあそんな感じで会議には上がるが、正式に決定するにはもう暫し時間がいるのかも知れない。

 そして中忍から上忍の昇格であるが、一定数の高難度任務の達成と上忍2人以上の推薦で上忍に昇格するとした。

 まあ、そんなわけでこうして皆揃いの額宛をつけて、来る武練祭に向け訓練を続けているのであった。

 

 

 * * *

 

 

 そうこうしているうちに武練祭当日が訪れた。

 今日もまた良き日柄で……を通り超して真夏日でとても暑いのだが、それ以上に火の国初の試みにわいわい集まった人出の熱気がこれまたすごい。

 木の葉から舞台となる渓谷と、そこより1㎞ほど離れた地点に設置された神楽用の櫓舞台……こちらも立ち見は無料であるが、座席は有料である、を前に人々は今か今かと演目を待っている。

 祭りの開始は昼の2時。

 まずは祭りの開始の挨拶と、その後にうちはイズナと千手の巫女姫による剣舞神楽が20分ほど、楽団による雅楽の演奏と共に行われる。

 そうして約1時間後、3時半から渓谷のほうで初代火影である千手柱間とその盟友うちはマダラによる対戦が戦神への捧げ物として行われる。

 その為、左右端の観客席を挟む形で戦神の像が飾られている。

 そうして決着がつく……もしくは2時間が経過することによって和解の印により、祭りは終了となる。

 その渓谷から木の葉に向かって2~3㎞離れた地点に簡易宿泊施設を用意しており、寝泊まりが可能だ。祭り前後3日間だけのみの出張営業という形で、遊女や、小さいながら賭博所も置いてある。

 親子連れもいるであろうから、そういった大人の楽しみを出来る宿は揃って右側の通り、家族連れなどで楽しめる施設は左側と分けることになっている。また、要人・賓客用の宿は万が一があってはならない為護衛の忍びも配置させるし、他の簡易宿泊施設と違ってしっかりした造りとなっている。まあ、其の分一般人がそこを使用するとなるとお祭り価格なのもあってお高いのだが、簡易宿を選ぶもきちんとした宿を選ぶも個人の自由である。

 

 そして、神楽が始まった。

 シャンシャン、と涼やかな音を立てて、美しい黒と白の男女2人が舞台の上に姿を現す。

 正面右に見えるは、白い巫女装束に緑の隈取りをし、髪を高らかに結い上げた千手の姫御子。

 対し左に見えるは、伝統的で古風な黒きうちは装束にいくつもの飾りをつけ、姫と揃いの意匠をした赤い隈取りをし、これまた姫と同じく髪を高らかに結い上げたうちは族長の弟。

 顔に施された化粧のせいだろうか、それともその装束と奏でられる太鼓や笛の音の効果故か、揃いの鈴のついた飾剣を左右対称に携えた男女2人は、まるでこの世のものでないように神々しく美しい。

 シャンシャンと、髪飾りと剣に取り付けられた鈴の音が涼やかに鳴る。

 まるで巴を描くように、まるで2人で1つであるかのように、白き女が舞い、黒き男も舞う。

 長い袖と取り付けられたいくつもの飾りがひらひらと蝶のように舞い踊り、人々を幻想の世界へと誘う。剣と剣を合わせる動作ですら、一つの絵のようにいつまでも見ていられるほど美しい。

 琴が鳴る。

 笛が響く。

 シャンシャン、シャンシャンと清涼な鈴の音が夏の暑ささえ忘れさせる。

 誰もがそこに神を見た。

 本当に、恐ろしいまでに美しいひとときだった。

 最後、2人揃って礼を取る、それを見て人々は息をするということを漸く思い出した。

 次の瞬間喝采が沸いた。

「凄かった」

「ああ、国に帰ったあともこれは自慢できるぞ」

 興奮のままに観客は喋る。本日の目玉は忍びの神とうちはの鬼神の一騎打ちである。そう皆思っていたし、それは正しい評価である。だが、その前にこんな素晴らしいものが見られるとは思っていなかった。

 結局こんなものは前座に過ぎない、そんな予想は良い意味で裏切られた。

 きっと何十年も練習してきたんだろう、そんな風にこの世の芸術の極致を見たとばかり賞賛している観客は知らない。

 実は、この剣舞神楽の練習など、忙しさを理由に一度しか通して行われていなかったことなど。

 千手の巫女姫とリハーサルの時に行って、彼女の演舞を目で見てコピーしたあと、通し稽古であまりにイズナが姫の踊りにピタリと合わせて完璧に熟すものだから、あ、こいつ練習いらないなって思われたことなど……天才というのはいるものなのである。

 

 そうして渓谷に舞台を変え、いよいよ千手柱間とうちはマダラの戦いが始まる。

 だがまあ……わかっていたことだが、奴らの戦いは次元が違った。

「柱間ァ!!」

「マダラァア!!」

 そんな風に互いの名を呼び合いながら、爛々と目を輝かせ、活き活きと口角をつり上げながら、非常に楽しくバトルする火影とその右腕。地面は抉れ、岩盤は吹き飛び、木の巨人と青いチャクラで出来た巨人が大立周りを演じている。

 大規模火遁が広範囲を焼けば、負けじと大木が花を咲かせながら相手に襲いかかり、「うちは返し!」なんて言葉と共に放たれたうちは族長の大団扇が巨大な風を発生させぶわりと花粉を巻き上げる。

 その姿、はっきり言ってどこの怪獣大戦争。

 いやいや、これが同じ人類とかおかしいでしょ! って話であり、案の定紛れているスパイ連中は顔を青くさせるばかり。 

 逆にここまで巨大な力だと現実感が薄れるのも確かで、エンターテイメントとして火の国大名の子息夫妻は「ほぉーほぉー」とキラキラ目を輝かせている。まるっきりヒーローショーを見ている子供が如き反応である。規模がでかすぎて、これがガチバトルということを理解出来ていないのかも知れない。

 その隣に賓客として座っている渦潮隠れの里長は、「……柱間殿が娘婿で良かった」と引きつった青い顔でつぶやき、その更に隣の席に座っている火影夫人は「フフ……柱間様とマダラ様、楽しそうで良かったですわ」とニコニコ笑っている。わあミト強い。尚、マダラの嫁は「面倒」の一言で欠席した。

 そして、兄嫁とよく似たニコニコ顔で自分の隣に配置されている男を見て、呆れを隠せぬ白髪赤目の火影の弟が1人。

「随分と嬉しそうだな……」

「ああ、嬉しいとも。兄さんは、火影様と戦っている時が一番活き活きとする。あの人が幸せなら、オレも嬉しい」

 そう暖かく見守るような目で2人の戦いを見ているのは、うちは族長の弟であり、先ほど見事な神楽で観客を沸かせた当人のうちはイズナだ。

 それを見て、内心でつい扉間は突っ込む。

(なんでおぬしは弟を見守る兄みたいな視線をしとるのだ。弟なのはおぬしだろうが……!)

 扉間は前から気付いていた。

 イズナはマダラの末の弟であり、マダラが兄でイズナが弟である、間違いなく。

 なのに何故かこうして、時折兄が弟を見守るような視線をマダラに向けているということに。

 自身が兄でもあり弟でもある立場だからこそ扉間は気付いた。

(本当に不可解な所の多い男だ……)

 しかし扉間にそのことを追求する気はない。

 この男は自身の兄と同類であり、同じく里を守り、子供達の未来を思う同志だ、ならばそれだけわかれば十分だと扉間は思っている。

 戦いを眺める。

 扉間の目から見ても、とても忍びと思えぬ怪獣大決戦の如き兄達は活き活きと、童が泥遊びに興じるが如く楽しげに戦い続けていた。

 

 

 * * *

 

 

 結局柱間とマダラの戦いは時間内に決着がつくことはなく、三度響いた大太鼓の音色によって終わりを告げた。それまでの激しい戦いが嘘のように、ピタリと戦いをやめた双方は和解の印を結ぶと、揃って疲れを感じさせぬ優雅な仕草で礼を一つ、途端拍手喝采の大歓声で、大好評のまま第一回木の葉武練祭は終了を迎えた。

 そうして武練祭は千手柱間が火影の座を退くまで毎年夏至に続けられた。

 その度に忍びの神とうちはの鬼神はドッカンドッカンと怪獣大戦争を繰り広げたわけだが、10周年となる年、大名一家が揃って見学に来たその日、うちはマダラがどこぞで捕まえてきた九尾を口寄せで引き寄せた時は、尾獣を知るもの達は揃ってあんぐり口を開けた。

「九尾を連れてくるのはありなんぞー!?」

「煩ェ! 口寄せを連れてくるななんてルールはねェ!!」

 とかって口論にもなったが、須佐能乎纏った九尾よりでかい木龍を出す柱間も柱間で大概である。

 尚、その後九尾は柱間の妻ミトに封印され、火影と其の右腕による男2人ぶらり旅によって各地にいた尾獣達が次々捕獲され、第一回五影会議の時に柱間が尾獣の分配しようと言い出した時は、木の葉上層部の人間も閉口せざるを得なかった。

 因みに、武練祭の後火の国では九尾たんぬいぐるみや、九尾たん饅頭、須佐能乎纏った九尾人形などが売れまくったそうだが、まあおかげで火の国の経済が活性化したので結果オーライという奴であろう。

 

 

 * * *

 

 

『火影になった者が皆から認められるんじゃない。皆から認められた者が火影になるんだ』

 その言葉を言ったのは前世にあたるうちはイタチであったが、今イズナはしみじみとその時の言葉が自分に返ってきてしまったことを実感している。

 

「イズナ様ー! おめでとうございます」

「二代目火影様万歳!!」

 次々に振りかけられる言葉の中、陽気にガハハハと笑いながら14年と半年ほど火影を務めた先代火影……千手柱間が言う。

「欲を言えばマダラの火影姿も見たかったのだが、うむ、イズナ殿であれば安心して後を任せられるな! マダラの弟ならオレの弟も同然よ! 火影はこれで引退となるが、何かあればどんと頼るが良いぞ!」

 続いて、兄が言う。

「イズナ、本当におめでとう。柱間の奴が着てるときはなんてダセえ格好だと思ったもんだが……お前には似合うな。まあ、困ったら柱間に頼らずともオレが支えてやるから無理はせずに頑張れよ」

 それから、白い髪と赤い目をした先代の弟は「心配はいらんだろうが、まあ期待している」とだけシンプルに纏めた。

「イズナ、二代目火影就任おめでとう」

 

 こうしてこの日、里中の民に祝福されて、木の葉隠れの里に新たな火影が誕生した。

 うちはイズナ29歳の春のことだった。

 

 

 続く



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11.受け継ぐもの其の壱

 ばんははろEKAWARIです。
 あと三話で完結すると思ったのに、例によって予定の所まで一話で終わらなかったので二話にわけました。
 なんか今回はオビトのお祖母ちゃん回。
 次回こそプロフェッサー猿飛ヒルゼンが出演する筈。お楽しみに?


 

 

 夏の暑い日、火の国木の葉隠れの里からほど遠くない渓谷で、向かい合わせに2人の男が立っていた。

 1人は裾の長い墨色のうちはの戦闘装束に、白と赤を基調とした長衣と、赤い髪紐で一つに結わえた黒髪を風に靡かせている。

 色白の肌、三つ巴を映し出した鮮やかな赤い目はどこまでも静謐を湛えており、人の奥底の心胆まで見透かすようだ。通った鼻筋にぽってりと厚めの唇、そこそこの上背はあるが三十路近くなって尚、細身の体躯をした中性的な美丈夫。其の額には木の葉の額宛がしっかり巻かれ、長衣の背には「二代目火影」と鮮やかな緋色で刺繍されている。

 そう、彼こそが木の葉隠れの里が誇る二代目火影、うちはイズナ。

 対するは、白髪赤目をした強面の男。ガッシリとした体格に切れ長の一重の目は、男らしさを感じるつり目がちな三白眼。色白の肌に両頬と顎中央にある計三本の赤い線が特徴的だ。全体的に色素が薄い。

 黒い戦闘衣装の上に青い鎧を身につけており、首回りの白いファーが暑そうだ。額宛と一体型の面頬をつけており、こちらも額部分には木の葉のマークが刻まれている。

 彼は先代火影の実弟にして、木の葉隠れ忍術研究所の所長兼忍者アカデミー初代校長の、千手扉間である。彼は自分……正確には、自分たちと呼ぶのが正しいわけであるが、に崖上から注がれる数多の視線に、ムッツリと不機嫌気な表情を繕うこともせずに、同じ境遇の男に向かい言う。

「……戦いを見世物にされるのは、どうも慣れんな」

 その言葉にイズナも思わず苦笑する。

 それから凪のような静けさを思わせる微笑と物腰のまま、小川の(せせらぎ)のような落ち着いた声で言う。

「何かあれば手伝うと言ったのはアナタだぞ」

「む」

 そう言われると、文句も言えなくなる。

 そうやって生真面目にもムッツリ黙り込んだ男を前に、今代の火影となった男は、ククッとおかしそうに邪気のない……されど静かな笑みを浮かべると、眩しそうに目を細め、軽やかに言った。

「オレ達は、一蓮托生なんだろう?」

 ……それは扉間が10ヶ月ほど前、うちはイズナが次の火影に決定した、上層部会議直後にかけた言葉の引用であった。

「……行くぞ」

「ああ」

 

 

 

 11.受け継ぐもの其の壱

 

 

 来年の春の訪れをまって、木の葉隠れの里の創設者たる初代火影、千手柱間が引退する。

 そのことが正式に議会で決定したのは、11回目の武練祭が終わった2ヶ月後のことだった。

 まあ、前から柱間はそろそろ次代に引き継ぎたいな~っとさり気なく遠回しに自己主張していたのだが、その前年の勝手に弟達に執務押しつけて、マブダチのうちはマダラと一緒に尾獣探しのブラリ旅と、勝手に捕まえた尾獣達を他国に無料で分配未遂事件……扉間による軌道修正によって各国に買い取らせた、の事件のせいで、上層部に散々突き上げられたのが決め手だったと言っていい。

 では誰が次の火影になるのか。

 柱間の引退が発表された会議で、誰かがあっさりとごく自然な様子で言った。

「そりゃイズナ様しかいないでしょう」

「うむ、そうだな」

「イズナ君なら安心だ」

「二代目火影がイズナ様なら大名や役人達も諸手を挙げて歓迎されるだろう」

 ……議論する余地もない程に満場一致の可決であった。

 マダラは「流石オレの弟。イズナなら当然だ」と思ってそうな顔で兄馬鹿宜しくうんうん頷いているし、別世界で二代目火影となっていた千手扉間は、「まあ、妥当だろう」と思っていつもの調子で腕組みしながらムッツリ黙っていた。柱間は暢気な空気を振りまきながら「おお、次の火影はイズナ殿か」などと思いながら朗らかに笑っている。

 この場で戸惑っているのはイズナ本人だけである。

 とはいえ、うちはイズナは多少天然ボケの気はあれど空気の読める人間だったので、内心の戸惑いは全く表に出さず、いつも通りの涼しげで上品な微笑みを浮かべて進行を見守っていたのだが。

 かくて、うちはイズナが木の葉隠れの里二代目火影に決定した。

 

 

* * *

 

 

「オレは……次の火影はアナタだと思っていた」

 会議が終わりゾロゾロと役員達が退出する中、イズナは白髪赤目をした初代火影の弟に向かって、話があるとばかりの目線を注ぎ、それに気付いた扉間と共に彼の執務室に入ると、そんな言葉を部屋の主に向かってかけた。

「ワシが?」

 その言葉に強面は変わらないながらも、扉間は不思議そうに片眉を上げる。

「おかしなことを……ワシよりも適任のものがおるというに、何故ワシが継ぐ必要がある」

 口に出して言ったりはしていないが、実際問題として扉間はうちはイズナこそが兄の跡を継ぐに相応しいと認めていた。

 うちは一族自体に対しては正直今も不信は抱いている。その写輪眼の仕組みを思えば、危惧して当然だ、とは扉間の言い分である。里から危険を遠ざけるのが自分の役目と自負していた。故に、圧倒的な強さと同時に危うさを抱え込んでいるうちはマダラなどは時限爆弾のようにしか思えず、どんなに兄や自分も認めるイズナが擁護しようと、いつか里に仇なすのではないかと猜疑心を止めることは出来ない。

 万華鏡写輪眼まで開眼しておいて、完全に自分の感情を抑制しコントロール出来るうちはイズナのような男のほうがレアなのだ。

 闇を見ても闇に引きずられず、痛みや悲しみ苦しみを知りながらも光を信じ、人を信じることを知っている。自分の夢を、子供達の未来を現実的な手段で解決しようと模索し実行出来る。一族の垣根に囚われることなく里人達を心から我が子を想うように慈しめる。そんな男だと認識しているからこそ、扉間はこの男ならば兄の跡を託せると思ったのだ。

「ワシにはアカデミーの校長と研究所の所長だけで十分よ。まぁ、近々上忍師として弟子を取ろうとは思っておるがな」

 そう、冗談めかして言う。

 まあ、元々表情がそんな変わるほうではないので、口角が薄ら上がったくらいなのだし、声音はそんなに変わって聞こえないのだが。

「……何かあれば声をかけろ。手伝いくらいするのは吝かではない。お前が表から里を背負うなら、ワシが裏から支えるくらいはしてやる」

 ポンと自分より少し年下の青年の肩を叩く。

 ……思えば、この男とも長い付き合いになる。はじめは敵同士だったが、されど今は同じ未来を見、同じ方向へ歩む(ともがら)であると思っている。

「ワシとおぬしは一蓮托生だからな」

 そういって扉間は、木の葉隠れ発足以来里を支え続けてきた術開発の天才は、目尻を和らげ、薄い唇の口角を上げて、男臭く微笑った。

 

 

 * * *

 

 

 さてさて、三十も半ばと男盛りな時期に火影を引退した千手柱間であったが、彼が火影を引退してどうしているかと言われれば、滅茶苦茶充実した日々を送っていた。

 これまで火影業が忙しくてあまり構えなかったから! を理由に子供達を構いまくったり……尚、子供達にはウザがられた。長男に修行をつけたり、趣味の盆栽の世話をしたり、庭造りにこだわってみたり、気まぐれから家庭菜園に手を出してみたり、禁術の編纂をしたり、書を嗜んだり……意外かもしれないが、柱間は達筆なのである。

 他にも趣味の賭け事で有り金全部巻き上げられて、弟の扉間にお説教されて連れ帰られたり、息子に花札教えるついでに賭場に連れて行こうとして、「お前砂利相手に何考えてんだ」といつもは自分に甘いはずの友まで冷たい目をして、弟の扉間とタッグを組んで叱ってきたり。

 またある日は、友人にして相棒のうちはマダラと共に超難関S級任務を散歩でもするようなノリで受けて出かけていったり、マダラの趣味に付き合って一緒に鷹狩りに行ったついでに、川魚を素手で捕まえて弟の扉間のお土産にしたり、土砂崩れで川にかかってた橋が壊れて困っている村の話を聞いたら、そのまま出かけて木遁で仮の橋を架けにいったり、マダラと一緒にS級任務受けて暴れたり、暴れたり、やっぱり暴れたり。ヒジキみたいなの生やした刺客を撃退しちゃったり。

 いや、もうこれまでの書類仕事への鬱憤を晴らすかのように、活き活きと好き勝手活動していた。尚、報告書は大体マダラが書いてくれた。

 因みに柱間の子供に関しての話なのであるが、彼は今年、正月を過ぎた頃に第三子に恵まれたのだが、そのことについて一言「子供が生まれるときには九尾の封印が緩むようでなあ、チャクラが漏れておったから慌てて抑えるハメになったものよ。ガハハハ」なんてイズナの火影就任祝いの酒の席で笑い話のように言い出すものだから、その場の空気が凍った。

 なんでそんな重要なことを言わなかったんだ、ふざけんなこの馬鹿と上層部に散々責められた初代様は威厳もなく縮こまり、ズゥウウンとその日一日鬱陶しくもキノコ生やして、嫁にヨシヨシされて過ごしたんだそうな。

 

 

 * * *

 

 

 まあ、火影が代替わりするも元々イズナが二代目を継ぐだろうというのは、木の葉隠れでは半ば常識のように思われていたので、特に火影交代の混乱や不安などもなく、するべき仕事をこなしていればそのうちに武練祭の時期が来た。

 今年から武練祭の剣舞神楽を奉納するのは、うちは族長マダラの長女にしてイズナの可愛い可愛い姪っ子と、先代火影千手柱間の長男だ。

 射干玉色をしたうちは装束の特徴を取り入れた巫女服を纏った齢14の美しい娘御と、千手らしい白い紋袴装束の意匠を取り入れつつも神職らしく纏めた舞い衣装姿の齢12の少年は、去年までの舞手と違い酷く初々しく微笑ましい。

 緊張に少し硬くなりつつも、それでも下を向くことなく必死に前を向くうちはの巫女は、夢叶った感動故かキラキラとその黒曜石の瞳を輝かせている。

 そんな姿を見て、イズナの口元と目尻も思わず緩む。

 

 兄マダラの娘である彼女が、初めて武練祭の剣舞神楽を見たのは彼女が5歳の時のことだった。

 その年の夏、兄嫁はマダラとの2人目の子供を身籠もり、産み月が近いのもあり実家のほうへと戻っていた。

 元々族長であるマダラ宅はうちはのどの家よりも大きく、昼間は通いの女中が2人雇われているし、敷地内の離れにはマダラの弟であるイズナも住んでおり、朝食とタイミングによっては夕食は共にしている。自分がいずとも人手は足りている。そのこともあって家に置いていっても問題ないと兄嫁は判断したのだろう、彼女は自分の出産準備に実家に戻る際に娘を連れて行くことはなかった。

 信頼からきた行動……ともとれるが、娘からしたら母に捨てられた気分だろう。酷くあっさりとした気質の女はうちはにしては繊細さに欠けており、泣き虫で甘えたな娘の心情がわからないらしい。

 別に我が子を愛していないわけではないのだろうけど、まあちょっと……いや大分無神経な所があるのだ、彼女は。

 娘にとって不幸中の幸いは、目つきが悪くて厳つい容姿をした父親は、溺愛というほど娘に入れあげてなくとも、意外にも子守は手慣れていたのと、そのあたりの機微に敏く気遣いが細やかな叔父が身近にいたという点だろうか。

 とにかく、出来るだけ兄弟2人揃っていつもより姪に気にかけて、寄り道せずに家に帰ったし、マダラは友からの酒の誘いも断って、出来るだけ寂しい想いをしないよう娘に構っていた。

 けれど、武練祭の時期は剣舞神楽の舞手であり要人を持て成す役目があるイズナも、武練祭で火影と戦いを奉納する父マダラも娘の相手をすることは出来ないし、母もいず寂しい想いをしている娘一人をあの広い家に置いていくなど、情深いうちはの人間として看過できない。

 故に、姪に父親であるマダラの雄志を見せてあげようという想いもあって、イズナは正式にDランク任務として姪の武練祭への付き添いと子守を、アカデミーを卒業したての下忍達に依頼し、剣舞神楽奉納の時も関係者席に姪を座らせ、自身は役目を果たすために櫓舞台へ向かった。

 結果、姪は初めて見る剣舞神楽を前にキラキラと黒き眼を輝かせて、「おじさま、すごい! すごいすごい! すっごくきれー!! わたしも、わたしもこんなふうにおどりたい!」とピョンピョン飛び跳ねながら大絶賛した。その時から姪の将来の夢は武練祭の剣舞神楽の舞手になることになった。

 イズナの可愛い姪っ子はその後も舞いに対する興奮が抑えきれず、ふわふわ浮き足立った様子で、どんなに自分が感動したのかを一生懸命に叔父に語る。付き添いの下忍達と上忍師はそんな叔父姪2人の様子にほっこりしていた。

 それは渓谷に場所を移動しても変わらず、どうも姪には自分の父親の雄姿よりも、叔父が千手の巫女と舞っていた姿のほうが格好良く素晴らしいものに見えたようで、肝心の父親と初代火影様の怪獣大戦争が如し人外バトルにはあんまり興味を示さなかった。

「わたし、おじさまみたいな、まいてになる!!」

 とのことで、それを聞いたマダラはオレの弟が一番なのは当然だと、兄として誇らしく思うと同時に、1人の父親としては娘に全く興味をもたれなかったことに少し拗ねた。

 キラキラとした目で自分に憧れてくれた、可愛い姪の夢を叶えてあげたいと思わない叔父がいるだろうか? いやいない。

 それからイズナは火影塔に出勤し定時で帰れる日は一日一時間、姪の舞いにおける師となった。

「重心がずれている。もう少し肩を落とすんだ」

「はい、おししょーさま!」

 稽古中は叔父様ではなく、自分を師と呼んで、あまり要領は良くないながらも、一生懸命言われたことを熟そうと必死に努力する姪はとても可愛かった。

 ……正直言えば、イズナには少しだけ残念な気持ちもなかったわけではない。

 この里が出来る前に兄マダラにも語った話であるが、イズナは将来兄に子供が生まれたら、忍術の修行をつけてあげる日を楽しみにしていた部分があった。けれど、実際は忍術の師ではなく神楽を舞う為の師となった。

 だが、まあ……姪の性格を考えれば納得ではあるのだ。

 なにせこの子は兄マダラとあのマイペースな兄嫁の子供と思えぬくらい、泣き虫で内気な心優しい子だ。人を傷付ける力などに惹かれるわけもない。そう考えれば忍以外の夢を抱くのも、姪にとっては良いことなのかもしれない。

 だから、教えられることは教えるつもりだ。なんなら、千手の巫女姫に正式に依頼して、彼女の知る神楽舞いを全て伝授してもらうのも悪くない。幸い、自分なら一度見せて貰えれば大体覚えることが出来る。なので、一度覚えて改めて姪に教えていくのも悪くない……とイズナはそんなことを思った。

 それに忍術の師でなく舞踏の師であれども、師は師である。

 可愛い姪に教え託していくものがあるということが嬉しかった。

 そうして今年から、彼女が武練祭の二代目神楽の担い手となる。

 

 シャンシャンと、鈴の音を響かせながら黒い装束の巫女姫と、白い装束の少年が左右対称に飾剣を掲げながら舞台へと姿を見せる。

 始まれば緊張してた姿はどこへやら、年に似合わず厳かに、しかし若木のような瑞々しさを湛えながらうちはの少女と千手の少年が舞う。まるで巴を描くように、2人で1つの太極を顕す。

 白と黒、男と女、千手とうちは、右と左、上と下。

 太極から生じるは両義であり、陰の中の陰、陰の中の陽、陽の中の陰、陽の中の陽、これら併せて四象と為し、四象は八卦を生じさせる。之、宇宙也。

 シャンシャンと飾りにつけた鈴が鳴る。神に高らかに謁見を申し込むかのように、清涼な鈴の音を立て場を支配する。

 琴が鳴り、笛が響く。

 神よ、ここにあれと、宇宙を体現する。

 舞いは軽やかに、2人で1つであるように。長い袖と裾を靡かせて、ひらひらと。

 指先から振う飾剣の先まで神を宿す。

 ほうとため息をつくほど見事なれど、同時に先代よりも軽やかに、伸びやかに木の葉に芽吹いた若木2人は戦神に捧げる為に舞い踊る。

 どうか、どうかおいでませ、と神への祈りを天へと届かせるように。

 剣舞神楽。

 シャン。

 鈴の音を響かせて、少女と少年はゆるりと礼を取った。

 途端、わあっと歓声が広がった。

「今年の神楽も凄かったな」

「嗚呼。イズナ様が火影に就任し、舞い手が変わると聞いてどうなるかと思ったが、これは金を出すだけの価値があった」

「先代ほどこなれてはいないけど、でも初々しくて良いわよね。2人とも雛人形みたいで可愛いわ」

「オレ、ファンになっちゃったよ」

 そんな声が次々聞こえてきて、姪の初舞台をVIP席から見ていたイズナはそっと控えめに微笑んだ。

「確か、うちはの舞い手は火影殿の縁者であったか」

 眩しそうに目を細めながら姪を見守っていると、そんな風に火の国の大名に声をかけられる。

「はい、我が兄うちはマダラの長子で、私から見て姪にあたります」

「ホッホッホ、流石は『真眼のイズナ』の縁者。年若いながら見事な舞いであった。後で追加の褒美を取らす故、姪御殿によろしく伝えるがよい」

 そんな風に大名はご機嫌そうに笑った。

 

 だが、剣舞神楽が終わったということは、次の演目は火影による武練の奉納である。

 故に舞台を渓谷の底に変え、そこに立つは当代火影であるイズナと、先代火影の弟千手扉間だ。

 見れば、用意されている関係者席前列には、先代火影である柱間と其の息子、イズナの兄マダラと其の娘……イズナから見れば姪にあたるが、ワクワクとした顔で揃って並んで座っている。

 二代目火影としてイズナが武練祭の目玉として戦うと聞いたときから、兄達といえばこんな調子である。

 火影を継いだ以上イズナが祭りの最後に戦うのは当然として、まあ何故扉間が相手に選ばれたかと言われたら、木の葉隠れが生まれる前の戦いでは、戦場で顔を合わせてもイズナと扉間の戦いに決着がつくことがなかったため、ライバルであると兄達に認識されているのもあるし、いつもいつも弟達同士の戦いをしっかり見る機会がなかったため見たかったという兄馬鹿的な理由もある。

 まあ、あれだけ馬が合っているので当然なのかも知れないが、マダラと柱間は全く違う性格性質のように見えて、それでも一部はよく似た同類なのだ。

 扉間から見れば、確かに自分たちの戦いに決着はついたことはないが、実のところイズナはどこか手を抜いていたように感じていたし、トータルでは同格と思っていても、忍びとしてはイズナの方が格上だと思っていたりするのだが。

 兎も角も、静かに対立の印を結んで、2人の戦いは始まった。

 

 そこらの熟練の忍びでも目で追えない超スピードで、両者共に印を組む。

 扉間の水遁が激流のように小さく纏まった分威力を増して飛び出し、それをうちはらしく火遁で相殺するのかと周囲に思わせながら、しかしイズナが出したのもまた水遁であった。

 何故、と普通は疑問に思うのだろうが、しかしイズナは扉間がどういう人間であるのかよく知っているつもりだ。

 水遁と火遁がぶつかったとき何が起こるのか、といえば水蒸気による霧の発生である。視界が潰されれば一見写輪眼があるイズナのほうが有利に思えるだろうが、その心理を利用して意識の外から攻撃を放ち仕留めにかかってくる、そういう男だとイズナは扉間を正しく評価している。

 そうして相殺されても気にすることもなく、流れるような動きで扉間もイズナも次の手に切り替える。その切り替えの鮮やかなこと! 体術に忍術、手裏剣術を問わず、次から次へと出てくる術の応酬は、あっという間に100を超えるのではないだろうか。

 無駄が一切なく、刹那のタイムラグさえ存在しない武技の応酬は、削ぎ落とされた美を感じさせてそれはそれで酷く芸術的である。

 その時観客達もまた理解した。

 怪物の弟は、それもまた只人ではないことを。

 大体にしてド派手で、豪快な兄達の巨大さで陰に隠れがちであるが、そもそもこの弟達2人も兄達2人とは全く別方向の天才である。

 千手扉間は忍びの才としては秀才レベル止まりであるが、合理性に特化し無駄を排したその戦い方こそが何より恐ろしい。人の思い込みの虚を突くことに長けているし、忍界一とマダラに評されるくらいにはスピードも速い。何よりいくつもの禁術を生み出した術開発の天才である。また千手一族だけあってチャクラ量も体力も恵まれているほうだ。

 ……人外に足を突っ込んでいる兄と比べてはいけない。

 うちはイズナは、兄であるうちはマダラ同様忍びとしては天賦の才に恵まれている。幻術・忍術・体術に手裏剣術まで全てが高ランクの超一流とも呼ぶべき使い手であり、そこらの上忍程度ではその高速で結ばれる印を見切ることは出来ず、口寄せ契約を交わした烏を使役し、幻術も絡めて攪乱するような虚と実織り交ぜる戦い方が非常に上手く巧みである。だが一番恐ろしいのはその洞察力と聡明さであり、五手も六手も先を見据えて行動する。常人と比べ最も彼が隔絶しているのは、その視野の広さや在り方といえる。ただ、惜しむらくは体力やチャクラ量といったものはそこまで恵まれているとはいえず、どちらかといえば多いほう止まりなことだろうか。

 その点、あの千手柱間相手に丸一日ぶっ通しで戦い続けられるチャクラ量と体力を誇るうちはマダラと比べれば、残念ながら肉体的には恵まれなかったともいえる。

 それでも、その頭脳に関していえば、弟達は揃って兄達を凌駕している。

 2人とも判っている。

 これがどういう戦いであるのかを。

 これは武練祭。

 戦神に戦いを奉納するお祭りであり、見学者にとってこれはエンターテイメントであり、求められているのはパフォーマンスだ。見応えのある戦いを観客は求めている。

 そして木の葉隠れの里からの思惑としては、火影の武威を他国に示すことに拠る抑止力の誇示こそが重要な仕事だ。間者の戦意を折ることが出来れば、それでこのイベントは成功といえる。

 ……はっきりいえば、扉間はこういう戦いはやりにくい。

 何せ、彼の戦い方はひたすら合理性に特化している。水遁で人を殺すのに大量の水などいらぬとばかりに、チャクラも練らずに圧縮した水針を飛ばす「天泣」などの術に、その理念はよく顕れている。

 最小の労力で相手を効率よく殺す、それが千手扉間の戦い方であるからして、こういうエンターテイメント的な戦い方など、これまで意識したこともない。

 だが、必要性はわかっているし、そもそもその頭脳こそが恵まれた男である。故に、パフォーマンスとして普段は使わないような見た目が派手な術も技の応酬に織り交ぜる。

 次々に繰り広げられる多彩な忍術や体術。

 息の合った技の応酬の数々。

 機能美に特化したように見せて、双方とも観客へのサービスも捏ねて派手で見栄えのする技も混ぜている。

 それをみて、ほうと感嘆のため息をつきながら親子連れでやってきた娘がつぶやく。

「きれい……」

 兄2人の戦いが人間やめた怪獣大戦争で剛の極致であるのなら、弟2人の戦いは技を極めた柔の極致である。其の戦いはまるで一つの芸術のように美しい。

 そして、この2人の戦いに決着がついたのは、開始してから30分ほど経ったくらいのことだった。

 飛神神斬りで貫かれたのは烏分身で、ザァーッと大量の烏が飛び立ち観客の目が眩んだ次の瞬間、緋色の巨人が扉間の体を押さえ、イズナの形良くほっそりした指がピタリと男の頸動脈を押さえるようにかけられていた。

「終わりだ」

 これがもしも戦の最中ならば、扉間は認めなかっただろう。

 だが、これは祭りであり、更に言うならば二代目火影の力のお披露目でもある。そこの所を弁えているからこそ、扉間は「そうだな……」と素直に負けを認めた。

 赤い巨人が解かれる。

 巨人の正体は、別々の能力を宿す万華鏡写輪眼を備えたうちは一族が手にする絶対防御、須佐能乎である。が、名称は知らずとも、去年まで毎年行われていた先代火影とうちは当主の戦いをもって、青い鎧巨人の存在は人々には知られている。ならば、この赤い巨人もおそらくあれと同じものなんだろうとは予想はつく。

 が、なんだか兄が使役するほうよりも、女性的で優しげな造形である。

 それを見て観客らはあの巨人って術者の気質とか反映してるのかなーと、一部のものは思ったとか思ってないとか。

 また観客は知らないことだが、これを使用し続けるのは細胞に負担がかかりまくるので、兄のように長時間イズナは使うことは出来ない。彼はマダラと違い体力おばけではないのだ。

 ともかくも、決着はついたので共に和解の印をとる。

 それから、イズナは観客のほうを見てふわりと微笑み、扉間に目配せすると、水遁と火遁を適切に組み合わせ、使役している烏たちが飛び立つのにあわせるように崖の上まで虹を出現させた。

 その粋な演出に「わああーーー」と観客が沸く。

 先代とは全く違うが、それでも美しささえ感じる技巧の極致とその演出に観客達は沸き立ち、スパイはその技量の高さに腰を抜かし、大盛況でもって第12回武練祭は終了を迎えた。

 去年とは全く違う内容ながらそれでも感動を与える戦いを見せた新しき火影を前に、皆、新しい時代の幕開けを感じていた。

 

 ……が、当事者である当代火影イズナと、先代の弟で左腕を務めていた扉間だけがこのイベントに問題点を感じていた。

 まず、第一に、2人とも必要とあればいくらでも戦えるし手を汚せる人間であるが、別に戦うこと自体は好いていない。

 特に扉間は必要ならいくらでも戦うけど、こんな催しに関わる時間があるなら術開発に時間をかけたいし、イズナの火影としての顔見せも兼ねているため今年は付き合ったが、毎年付き合えと言われたら御免被る。はっきりいって冗談ではないし、自分はそんな暇人じゃない。

 と、2人が思うということは……後続の火影の中にも、こんなイベント面倒だなあと思うものが出てくる可能性が高いということである。そりゃ当然だ。火影を目指しているものがみんなバトルが好きか? と聞かれたら、ただ里をよくしたい守りたいから火影になるのであって、別に戦うこと自体はそんなに……って者も混ざるだろう。

 そもそも武練祭を開催することにはいくつか目的があったのだが、毎年開催するハメになったのはどうしてかといえば兄達2人のガス抜きの為である。

 千手柱間の場合は執務疲れからの気分転換であり、うちはマダラの場合は生粋のバトルジャンキー故、柱間との戦いが一番の特効薬であることから心を安定させるため……って側面がでかかった。

 つまり、火影が代替わりした以上、毎年やる理由もないなっていうのがイズナと扉間の結論である。

 時代が変われば必要なものも変わる。

 先代から受け継ぎ、次代へ繋げていかねばいけないものは残し、逆に不要なものは排除していく。それが二代目火影を賜った自分に与えられた使命であるとイズナは思っている。

 受け継いでいくもの、それは想い、意思、命。

 時代は変われば人は変わる。

 それでも変えてはいけないものもあれば、変えたほうがいいものもある。

 だからこれも、必要な仕事だ。

 とりあえず扉間と議論した結果、これからは武練祭は3年に1度の開催とし、そして火影と戦う相手については、武練祭の一ヶ月前に上忍以上のものの中から立候補者同士で闘技場にてトーナメントを組み、その優勝者と戦うという形でどうかという方向で決まった。

 あとは細かいところについてレポートという形で、今回の武練祭を終えて見えた問題点などを纏め、次の上層部会議の際に提出、承認を得る。

 そうやって扉間との議論を白熱させているイズナは気付いていなかった。

 今年の武練祭で念願だった剣舞神楽の舞い手を務めた姪が、自分の父と先代火影主催で貸しきりで行う身内だけの慰労会に、師匠にあたる大好きな叔父が来てくれると期待して、ワクワクと待ち続けていることに。

 きっとすぐに来る。叔父は褒めてくれると思っていたのに、1時間経っても現われず、2時間経っても姿を見せず、先代火影が自分の父の胸に寄りかかって鼾をガーガーかきながら寝こけてもやってこなかった時の姪の気持ちに、イズナは気付いていなかった。

 

 後日姪に「私、ずっと待ってたのに、なんで叔父様来なかったの。私の、晴れの舞台だったのにぃ」と泣かれながらなじってこられたので、ひたすら謝って、彼女の機嫌を取り戻すために休日を潰して彼女の買い物に付き合い、甘味処で姪が満足するまでひたすら団子を貢がされることになるのは、まあ仕方のないことなのである。

 

 

 続く



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12.受け継ぐもの其の弐

やあ、ばんははろEKAWARIです。
今回は次世代編といっていいのかなって内容ですが、初期構想だとカガミの出番など一切なかったはずなのに、気付いたらアカデミーで子供達と話しているシーンが消えて代わりにカガミとの会話シーンが出てました。コメントでカガミについて聞かれたせいっすかね? ではどうぞ。


 

 

 うちはイズナが二代目火影として活動するようになって半年が過ぎた。

 とはいえ、火影業は順調そのものである。

 何せ元々イズナは火影補佐官として火影の仕事がどんなものかなど、引き継ぎをする前から知っている。寧ろ引き継ぎ作業1日目で「これ引き継ぎ作業する必要あるんですか……?」と言われた結果、火影を継ぐまでの期間、自分の前の役職引き継ぎとその引き継ぎ先への手伝いやアドバイス、与えられていた火影補佐官としての仕事を普通にこなして、火影を継承する一週間前にはやるべき仕事は全て終わらせた。

 そうして突如沸いてきた休暇を前に、姪や甥と共に甘味屋でまったりしたり、うちは一族で修行をつけてほしいと希望する子供達や、其の友達である別の一族の子供達、みんな纏めてイズナが修行をつけてやったりとか、イズナ的にはわりと充実した休暇を過ごした。とりあえず甥姪と一緒に食べる団子が美味かった。

 で、代替わりすると同時に実際に火影としての執務が始まったわけだが、先代である千手柱間とは違い、そもそもイズナは机に向かって書類相手に缶詰な日々は別に苦痛ではない。

 おまけに元々前世からアカデミー始まって以来の天才だの麒麟児だの囁かれてきただけあって、その頭脳も能力も頗る優秀だ。つまり、柱間がついつい逃亡したくなるような仕事量が机の上に置かれていたとしても、午後には綺麗に空っぽにしてしまうくらいに仕事が出来た。おまけに報告書に細かい添削までつける余裕まであるというハイスペックぶりである。

 しかし、次々とやってくる仕事をなんでもないように熟すイズナであったのだが、彼には憂慮があった。

 自分は別にいい。

 たとえ人の3倍くらいの仕事量を振られたとしても、普通にきっちり定時の17時には片付いている。何の問題も感じていない。だが、世間の平均的な能力に比べ、自分が人より出来る人間である自覚はある。つまりだ、今は問題ないがこの仕事量……後世の火影は困るのでは?

 

 ちらりちらりと脳裏をよぎるのは前世における弟の友人だ。

 うずまきナルト。

 四代目火影波風ミナトと其の妻うずまきクシナの遺児であり、九尾の人柱力だった少年。

 中にいる九尾と同一視され、長く里の大人達に疎まれて育ったけれど、それでもくじけず前をむいていた金髪碧眼のオレンジ色の忍服を着た少年。

 火影になりたい、火影になったらみんなが自分を見てくれると思っている彼に、『火影になった者が皆から認められるんじゃない。皆から認められた者が火影になるんだ』とだから仲間を忘れるなと諭したのは前世の自分……うちはイタチだった。

 彼との関わりはそこまで多くはない。

 そもそも暁にスパイとして潜入してた上に、世間における自分の立場はS級犯罪者だった。ナルトとの出会いも敵としてである。それでも、弟を諦めないと告げる強い瞳に、火影になりたいと真っ直ぐ告げる其の在り方に、夢を叶えて欲しいとイタチは思った。うちはイタチはうずまきナルトという人間を好ましく思っていたのだ。

 けれど、イタチは死人である。

 穢土転生で蘇ったときナルトと再会して、改めてこの子や新たな火の意思を継いだ子達がいる限り、サスケは大丈夫だなと安心した。穢土転生を解除するまでが役目だ。自分が黄泉へと帰った其の先の未来を、既に死人の立場でイタチは知ろうとも思わなかった。

 けれど、信じていた。きっとナルト達がいるなら大丈夫と。

 そして思っていた。

 オレがそれを見ることはあり得ないけど、それでもナルトはどうか将来良い火影になってほしい。1人で何でも成せるなどと驕らず、仲間がいるということを忘れないで欲しい。でもオレの言葉は届いたように見えたから、きっとナルトなら大丈夫だ、同じ過ちを犯さないだろう。ナルトならきっと其の夢を叶えられるとそう思っていた。

 うちはイタチは死人だ。

 既に死んで生まれ変わって、転生して、ここにいる己はうちはイズナであり、イタチではない。

 でも自分の中のイタチに語りかけるように、イズナは夢想する。

 あのオレンジ色の少年が将来火影としてこの場に立つ姿を。

 そうすると見えたのだ。

 あまりに次から次へと舞い込む書類を前にぐったりと、「仕事、多すぎるんだってばよ~……」と撃沈する姿が。

 勿論実際に見えたわけではなく、あくまでイズナの想像である。が、ありありとそんな光景が脳裏に浮かぶほど、正直ナルトは事務仕事が得意そうではない。

 寧ろ先代の千手柱間と張るか、それ以上に苦手そうである。

 しかも……色々うちはイタチの知る歴史とは差異があるため、この世界でも生まれるかまでは知らないが、彼が生まれてくるのは今から45年近く未来なわけで……更に彼が成人して火影を継げるようになる頃となると、まあ70年近く先で、その頃には更に里は大きくなっているから其の分更に書類は増えてそうである。

 ……いや、そもそもこの世界でもナルトが生まれてくるのかは知らないし、この世界に生まれたとしてもこの世界の彼が火影を目指すかどうかまでは知らないけど。

 でもナルトが継ぐにせよ、継がないにせよ、先代の千手柱間といい、必ずしも書類仕事が得意なものが火影になるとは限らないのは事実なので、自分が火影である期間にその辺変えたほうがいいかなと、後に受け継ぐもののために思いながらも、イズナは休憩を取るため、口寄せの烏を執務室に一羽おいてから「少し出かけてくる」と声をかけ、暗部を連れて火影塔を出た。

 

 やはり考え事をする時のお供は甘いものに限る。

 甘味だ、甘味がオレを呼んでいる。三色団子がとても食べたい気分だが、今日はどこの茶屋にしよう。

 そんなことをウキウキルンルンと弾む気持ちで考えながら……尚、見た目はいつも通り涼やかで玲瓏なる美貌で、足音一つ立てていないし、平常通りにしか見えない姿で落ち着いた物腰であり、「火影様こんにちは」と言われたら、薄ら微笑を浮かべて「ああ」と返事しながらその都度手を振りながら歩くサービスつきな感じのイズナなので、内心団子でいっぱいで浮かれているようには全く見えないのだから、大した演技力と言える。

 そう思っているとタッタッタと軽快な音を立てて、よく知っているうちはの子供が前方からやってきた。

「あれ、二代目様だ! こんにちは」

「カガミ」

 それは前世にあたるうちはイタチの親友シスイの祖父……うちはカガミだった。

 うちは一族にしては珍しいクルクルの髪に、優しげな垂れ目が特徴の、10歳前後くらいの少年だ。

「息災か」

「はい、元気いっぱいです! 二代目様は?」

 キラキラとした笑顔が眩しい。

 シスイは釣り目であり、カガミは垂れ目という違いはあるが、別世界では祖父と孫だった……この世界でもシスイが生まれてくるかは知らないので、ここでも祖父と孫になるかは判らないが……だけあり、笑った顔や雰囲気はシスイとよく似ている。

「オレも元気だ。……どこかからの帰りか?」

「はい! 扉間先生からお使いを頼まれて、その帰りなんです!!」

 そう楽しげに弾んだ声からは、恩師を心から慕っているのがよくにじみ出ている。

「そうか。……オレはこれから茶屋で休憩なんだが、良かったら付き合ってくれないか? お前達の話を聞かせてくれると嬉しい」

「いいんですか!? やったー! えへへへ、ヒルゼン達に自慢しよっと」

 そんなことを言うカガミを連れて茶屋に入り、団子を3人前注文する。……尚、そのうち2人分はイズナの取り分である。

 そうして、驕られた団子分の対価を払わなきゃと思ったのかも知れないが、カガミはコロコロと変わる豊かな表情と身振り手振りで、自分のまわりの友達のことや、機密に関わらない範囲で扉間の木の葉忍術研究所でのことなど、色々話してくれた。

「扉間のことは好きか?」

「はい、大好きです。扉間先生は一見とっつきにくて怖そうだけど、本当は優しいし、すごく教えるのだって上手くて、尊敬してます」

 そんな言葉に感慨深くなる。

 うちはイタチの時代、うちは一族が隅に追いやられたのは、二代目火影だった扉間の警務部隊に一族を纏めて押し込めた政策も原因の一つだと言われていた。でも、前々から遺跡や書籍などで創設期のことも調べていたイタチは違うのではないかと思っていた。

 千手扉間という男は、確かに敵から見たら恐ろしい男であっただろうと思う。その合理性に特化して、効率を突き詰めた手腕は、微塵の容赦もなくただ的確に敵の急所を射貫く。他国の同時代の影達から見た彼は、道徳心の欠片もない非道で卑劣な男である。

 だが、しかし彼は身内に認定した相手には須く平等だ。

 彼がうちは一族を危険視していたのも事実だが、その証拠に側近にうちは一族の者を取り立てていた。他ならぬこのカガミである。それに警務部隊自体が重要な立ち位置だったのも事実で、内心疎ましく思っていたのだとしても、それでもイタチの時代一般人には「うちははエリート」と尊敬の念を集めていたあたり、きちんと彼なりにうちはの立場も考えての政策だったことが窺える。ならば、うちはがああなってしまったのは、彼のせいではないのではないか?

 時代が変われば、其の時代に合わせ変えねばならぬこともある。それをしなかったのは其の時代の大人の怠慢である。

 シスイが死に、うちはイタチにシスイ殺害の嫌疑がかかったときに、父フガクの部下3人に対してイタチは言った。

『オレの器は、この下らぬ一族に絶望している』

 それもまた間違いなくイタチの本音だったのだ。こんな奴らの為に、シスイが死んだのかと思うとあまりにやるせなかった。最後まで里を想い、一族を想い、自分に眼を託して死んでいったシスイを思えば、あまりに彼が浮かばれなさすぎてやるせなかった。

 どうして、一族のことしか見えてないんだろう。

 どうして、其の先がないと、わからないのか。

 どうして、折角終わった戦争を、揺り起こそうとするのか。

 どうして、どうして……シスイはこんな奴らの為に死ななければいけなかったんだ。

 そんな想いを止めることが出来なかった。今思えば無理もない。なんだかんだと、どれほど早熟であろうとも、当時のイタチは12そこいらの子供だった。生まれ変わり、転生しうちはイズナとして生きている今の自分だからこそ、あの時のイタチは子供だったと、そう判る。

 わかっている。別にうちは一族だけが悪いわけでもないのだ。時代が変わったのに、政策を変えなかった上層部の怠慢も、ダンゾウの野望も、そういったものも原因だった。九尾の件もある。いろんなものが重なって、あれは起きたのだ。

 そして同じ過ちは起こさせない。

「カガミ、里は好きか?」

「はい! 里も、二代目様も、扉間先生も、ヒルゼンや、ダンゾウ、ホムラ、コハル、トリフ……みんな、みんな大好きです!」

 この笑顔を、子供達を守る。火の意思を次へと託していくその為の礎となる、それが火影を継いだオレの役割だと、そうイズナは思っている。

 

 

 * * * 

 

 

 あれから、イズナは火影が不在でも里が回るように仕事の振り分けを見直し、改善案を上層部会議へと提出した。

 はじめは渋い顔をされた。

 まあ、一見火影が楽をしたいだけの政策に見えなくもないので、それはわかっていた。なので、訥々と火影に何かあった際に混乱が生じては意味がないこと、後世の為であることを納得いくまで説得した。

 元々イズナは仕事が出来るし、休暇は休暇で楽しむが仕事には真面目で誠実である。

 そういう共通認識があったことが功を奏し、イズナの案は最終的に承認された。まあ、日頃の行いの賜物だろう。これを提案したのが日頃から、ちょくちょく仕事から逃亡していた初代火影様であったのなら、「お前がサボりたいだけだろ!」と却下されていたに違いない。

 ただ、問題はあった。

 ……イズナは優秀すぎた。

 火影の仕事量を一般人が働くのと同じ量になるよう減らした結果、時間を持て余したのである。

 だからといって自分で出した提案を、暇だからというだけでやっぱり無しで! とはいかないし、そんなことイズナもする気はない。火影のやるべきことが減った分、仕事を割り振られた者達はひいひい言いながらもそれに慣れようと四苦八苦しているのだ、それを甘やかすのは優しさどころか残酷さだ。

 なので空き時間をどうするか考えた結果、アカデミーへの訪問と、武練祭の売り上げで支援金を出している孤児院への慰問の予定などを入れることとした。

 万が一があったとき連絡が出来るよう、火影室には口寄せの烏を残し、影から守る暗部が2人と、護衛小隊6人のうち3人だけ引き連れて火の国中にある孤児院に慰問する。

 時には不正や虐待を見つけて、その証拠つきで役人に突き出したり、などの1幕もあったが、基本的にはそこまで非道いのもそうそうはない。ただ、食事は足りているか、衣服はあるかなど孤児院の院長にその都度尋ねて、足りない物は金ではなく、里人に募りカンパされた物品を直接渡すこととした。

 それから実際に子供達とふれあい、話をする。

 30を過ぎてもうちはらしい美しい面立ちをした、静謐で柔和な微笑みを浮かべた二代目火影様はどこにいっても大体人気だった。

 そしてある日、孤児院で8歳の女の子に言われた。

 イズナが31歳の頃だ。

「火影様、あのね、わたし、武練祭の舞姫になりたいの」

 なんでも2年前の武練祭の時、当時はまだ生きていた両親と共に彼女は第12回武練祭を見に行ったんだそうだ。それが最後の両親との暖かな思い出だったという。そこで行われた生まれて初めて見る神楽に、彼女はとても感動したのだという。

「でも、あれはうちはか千手じゃないと出来ないって聞いたの。ねえ、火影様、わたしうちはでも千手でもないけど舞姫になれますか?」

 それにイズナは、ポンと優しく彼女の頭を撫でながら言った。

「大丈夫だ。本当にそうなりたいと望み、努力するのならなれるさ」

 10年後、彼女の望みは叶う。

 やがて大きくなった彼女はイズナの姪に弟子入りし、第16回目の武練祭で見事神楽の舞い手を務めた。その後も神楽に限らず様々な舞踊に精通した彼女は、世間を騒がし、火の国中で人気で色んなイベントに引っ張りだこの、その道で名を知らぬ者はおらぬ舞姫となった。その時に彼女は語ったという。「あのとき、二代目火影様に大丈夫と言われたから、凄く安心してそれで頑張れたのよ」と。

 以来、武練祭の舞い手にうちは一族か千手一族がなるという軛も解かれ、なりたい者がなれるようになった。

 三代目政権の時など、剣舞神楽を踊るのは男女一組だけでなく、順々に三組も踊るようになり、火影による演舞時間が短くなった代わりのように、神楽の閲覧のイベント時間を延ばしたりしたのだが……まあそれはちょっとした未来の話である。

 

 

 * * *

 

 

 二代目火影であるイズナ政権は、酷く安定して穏やかに時間が過ぎていった。

 だからといって、世界全体が泰平の世だったかといわれたらそれは語弊がある。あくまでも安定していたのは木の葉周辺だけのことであり、痛ましい事件もあった。

 そう、金閣銀閣兄弟による雲隠れの里へのクーデター未遂事件と、二代目雷影の殺害である。

 第17回武練祭が終わった翌年のことだ。

 その年、二代目雷影から木の葉に同盟を結べないかという打診があった。

 木の葉隠れの里からしてみれば願ってもない話ではあるが、しかしイタチの記憶を持つイズナからしてみれば、安易に飛びつけない話である。

 なにせ、前世にあたるうちはイタチの時の歴史では、この雲隠れの里から来た同盟の申請を受け、二代目火影だった千手扉間が出向き、そこでクーデターを起こした金閣銀閣部隊から木の葉の忍び達を逃がすために扉間が囮になり、一応彼は木の葉隠れに後に帰ってはきたものの……その時の戦いの傷が原因で死んだのだ。

 そしてこのクーデターが原因で第一次忍界大戦が狼煙を告げる……というのがイタチの記憶で知る歴史である。

 まあそのへんもあったので、火の国の大名を含め調整もあるので少し考えさせてくれと返答を先延ばしにしたところ、雷影はあああまり木の葉隠れの里は乗り気ではないのだな、と判断し、今度は岩隠れの土影に会談を申し込んだところ……そのタイミングで金閣銀閣兄弟によるクーデター事件が勃発した。

 正直、火の国と木の葉隠れの里には関係ない事件といえば事件だ。

 しかし、そもそも柱間が何故木の葉隠れの里を興したのかといえば、戦乱の時代を終わらせ、子供達を守るためだったのだ。他国のことだし、知りません~なんて、そのクーデターのせいで忍界大戦にまで発展することを思えば言えるわけがない。

 なので、イズナは迅速に各里や、国、あと同盟国である滝隠れの里や渦潮隠れの里などにも根回しし、世論を味方につけて、クーデターという手段で忍界の平和を荒らす金閣銀閣がいかに不届き者であり、それを放っておくことはいかに各里にとっても害であるのかを切々と訴えた。

 このイズナの対応に「他国のことなど放っておけ!!」と扉間は苛立ちを見せたが、扉間の兄であり初代火影である柱間が「よぅ言った!!」と大絶賛しイズナの肩をもったため、結局扉間は引かざるを得なくなった。

 そうした根回しが良かったのだろう。

 金閣銀閣によるクーデター事件は3ヶ月以内に収束し、忍界大戦が始まることもなかったことをここに記載する。

 

 そうしてイズナが火影になってからも瞬く間に時は過ぎていき、第18回武練祭の時期が来た。

 このとき二代目火影うちはイズナは47歳、対峙するは血継限界以外の木の葉隠れの里にある全ての術を解き明かしたと言われている男……教授(プロフェッサー)猿飛ヒルゼン27歳。

 実は2人がこうして武練祭の目玉として対峙するのは、これが2度目である。

 1度目は3年前の第17回武練祭。

 その時もヒルゼンは、上忍のみが参加できる武練祭火影への挑戦権をかけたトーナメントで見事に優勝を掴み、こうしてイズナに挑みかかってきた。

 イズナもうちはが生み出した天才ではあるが、ヒルゼンもまたあの柱間が一目置いていた猿飛サスケの嫡子で、全属性を巧みに扱う天才と名高い。イズナの前世にあたるイタチにとっては敬愛する火影の1人であり、歴代火影でも最強……柱間のとんでもぶりを知っているといや、それはないと思ってしまうが、まあそんな風に囁かれていた男でもある。

 故にその成長が楽しみな忍びであった。

「二代目様、胸を借ります」

「来い」

 如意棒を構え、闘志を燃やす若者に対し、イズナはだらりと手を下げ一件隙だらけに見える姿をさらす。でも知っている。見る者が見ればわかるのだ、どこにも隙などないことを。

 元より格上相手なのは承知の上。ヒルゼンは果敢に駆け出す。

 ゴウッ。

 ヒルゼンの踏み込みにより地面に裂け目が出来岩が飛び、そして如意棒による重い打ち込みがイズナを襲う。それを一瞬で重心を見切り、すっと手を添えることによって綺麗に逸らした。

 次いで、足下にある岩盤が砕け舞う。

 猿飛ヒルゼンは小柄な体に、扉間につけられた「サル」というあだ名によく合う俊敏さを持つが、その身に似合わずとんでもないパワーファイターである。

 何せイタチの時の歴史では50を超え、引退し老いて尚、その如意棒の一撃は九尾を里の外まで吹き飛ばすほどのものであった。故に、まともに受けたらイズナの細い体など一撃で戦闘不能に追い込まれる。が、それはまともに受けたらの話である。

 故にいなす。全ての攻撃をそらし、口寄せの烏で惑わせ、眩ませる。

 高速で印を組み、火遁を放てば火遁で返す。地面を破壊し、巻き上げるほどの攻撃を息も尽かせぬほどの怒濤の勢いで繰り出せる。これがヒルゼンの強みである。

 そのあまりの破壊力に観客達も息を飲む。

 膂力に恵まれることはなかったほっそりとしたイズナの体など、一撃あたればそれだけで致命傷である。そう、当たればだ。一撃も当たらない。どれほどの猛攻も涼しい顔でやり過ごし、意識の外から手裏剣が迫り来る。次の瞬間分身大爆破。しかしそれを容易に食らうヒルゼンに非ず、爆風をも使って一度距離を取る。瞬間、大手裏剣が迫り来る。

 次は自分の番だというように、涼しげな顔をしたまま次々に術がヒルゼンに襲い来る。それらを回避しながら相殺して、隙をついて火遁・火龍炎弾を繰り出す。

 息をもつかせぬ迫力と緊張感ある戦いに観客の喉が知らず鳴る。

 そうして流麗と豪快、印象は真逆なれどどちらもテクニカルな技の応酬の末、ついにその時が来た。

「うぉおおおっ!!」

 闘志を燃やした若者の一撃がついに二代目火影を捉えた、そう思われた次の刹那、それは綺麗にひっくり返った。

「八咫鏡」

 年老いて尚、玲瓏な凜とした声が響く。

 同時に、緋色の巨人が出現し……いや、幻術によってそこにあることに気付かせていなかっただけで、ヒルゼンが飛びかかるより先にでていたのだが、その盾が全ての攻撃を跳ね返す。

 自分の放った技を返された衝動で一瞬ヒルゼンの体が硬直する。次には決着がついていた。

「降参するか?」

「……参りました」

 そういって手を上げるが、其の瞳に敗北感などなく、次は勝つと言わんばかりに爛々と眼が輝いている。いい目だ、そう思ってふっと目を細めてイズナは笑う。

 次の瞬間、割れんばかりの大歓声が飛び交った。

「凄かったな」

「ああ、3年前の戦いも凄かったけど、それ以上だった」

「それにしても、あの赤い巨人なんなの? まるで女神様みたいだった」

「オレ知ってる。親父に聞いたことある。扉間様との戦いでもあの巨人出したって聞いたぞ」

「ただの眉唾話だと思ってたんだが、本当に赤い巨人なんていたんだな。ってことは、マダラ様の青い鎧巨人みたいなのも、初代様の木で出来た巨人とかもマジでいたの? え? マジ?」

 などそんな声が飛び交う。

「でも、火影様相手にここまで戦えるあいつもすげえよ」

「ああ……本当に二代目様やられちゃうのかなって思ったもん、吃驚した」

 それらの声を聞いて、イズナは……ああ、そろそろ潮時だな、とそう思った。

 初代火影である柱間から受け継いだもの、受け継ぐもの、それを次代の火の意思に渡す時が来たのだろうと、自分に対して闘志を燃やしている青年を見ながらイズナは思った。

 

 

 * * *

 

 

「い、今なんと?」

「次の上層部会議で、君を次の火影に推薦しようと思っている」

 猿飛ヒルゼンは呆然とした顔で、火影椅子の今代の主を見る。

「おそらく承認されるだろう。君のことは誰もが認めている。オレは君なら良い火影になると思っている」

「……引退されるのですか?」

「何も今すぐじゃない。君が今年に入って綱手・自来也・大蛇丸の3人を受け持つ上忍師になったばかりなのは知っている。だから、そうだな。2年後に火影を継ぐ。其の心づもりでいて欲しい」

 そのイズナの言葉に、ヒルゼンは漸く感情が追いついたのだろう。

 じわじわと不安や責任感……そしてそれ以上の喜びが胸に溢れ、誇らしさに胸を張りながら「はっ!」と返事をした。

 

 志村ダンゾウが千手扉間の木の葉忍術研究所所長室に呼び出しを受けたのはその一週間後のことだった。

「は? 今なんと……」

「サルが次の火影に決定した。……まあ継ぐのは2年後だがな」

 それはダンゾウにとって青天の霹靂であった。

 ダンゾウにとって猿飛ヒルゼンはライバルであり幼馴染みであった。また2人でツーマンセルを組んで任務に出たことも多く、ヒルゼンにはもしかすれば親友とそう思われているのかも知れない。

 けれど、ダンゾウは自分に出来ぬことが出来るヒルゼンに劣等感を抱いていた。あの甘さを憎みながら羨んでもいたのだ。ダンゾウにとってこいつにだけは負けるのは嫌だ、そう思っていた男こそが猿飛ヒルゼンだ。故に、敬愛する師から告げられた言葉に、幼馴染みとして友として喜ぶべき場面だろうと思いながらも、昏い気持ちがドロドロと沸く。

 どうしてあいつばかりいつもいつも……皆に認められるのだ、と嫉妬する。

 そんなダンゾウを前に、とても自分より20以上年上と思えぬ若々しい容姿の師はこう続けた。

「それに伴い、ワシも引退を考えておる。アカデミーの次の校長はカガミに譲り、そして研究所所長は……」

 次の瞬間、抱いていた黒い気持ちも忘れ、ダンゾウは呆けた。

「ダンゾウ、お前に任せようと思うておる」

「え?」

 目を瞬かせる。

 次にジワジワと師である千手扉間の言った言葉が徐々に胸に浸透する。

「私で、よろしいのですか?」

「だからそうと申しておるだろう、待て、何故泣く」

 ダンゾウはずっと認められたかった。

 ヒルゼンよりも自分をこそ認めて欲しかった。

 それは誰に?

 師だ。ダンゾウは誰より師である千手扉間を敬愛していた。火影よりも敬愛していた。その師に自分の研究所の跡を継いでほしいと言われたとき、報われたとそう思ったのだ。

「里にとってこの研究所はなくてもならんものだ。お前はここからサルを支えてやれ」

「はい、扉間先生、喜んで」

 かくて別世界では「根」という暗部組織を作り、木の葉隠れの闇となった男は、根を張ることもなく、一研究員として生きていくこととなるのだ。

 そしてこの2年半後、火影の代替わりと共に、忍者アカデミーの校長と木の葉忍術研究所の所長も代替わりすることとなる。

 うちはイズナが50歳の誕生日を迎えた日のことだった。

 

 

 続く



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13.兄弟ブラリ二人旅

ばんははろEKAWARIです。
最終回も大分近づいて参りました中、今回は柱間とマダラ回です。


 

 

 

 ……そこは地獄だった。

「ひっぐ……うぇええ……あーんあーん」

 泣き叫んでも誰もここには来ない。

 迎えはいない。

 ジャラリと鎖が重々しい音を立てる。

 今は泣いているあの子も、きっとそのうち涙すら涸れていくのだろう。

 そんなことを思いながら、少女は、今日もぼんやりと地下にとりつけられた唯一の窓を仰ぐ。

 高い……鎖に繋がれ転がされた自分には決して届かない。

 けれど、あの窓からはお日様の光が入ってくるから、夜は月明りがほんのり照らすから、だからまだ正気でいられた。

 否……本当に正気なのかはわからなかったけれど。

 ここに連れてこられた子供の数は日々増えたり減ったりする。食事は一日一回、ペットの餌のように深皿に入れられた雑穀粥を這いつくばって四つん這いで食べることになる。

 ひもじいから、それしかないから食べるけど、まるでお前は人間じゃないと言われているみたいだった。それでも、連れて行かれたら、きっとその時は本当に終わる。

 そんなことを思いながら、少女は太陽の夢を見て微睡む。

 お父さんは殺された。四肢を落とされ殺された。

 お母さんは、目の前で男の人たちによって裸にされてよってたかられて、いじめられて、なんだかすごくいやな気分になることをさんざんさせられて、首をしめられ殺された。

 ……まだ10日も経っていないのに、随分と昔の出来事のような気がする。

 ねえカミサマ、わたしは、わたしたちはなにか悪いことをしたのでしょうか?

 そんな風に自分の内側に問いかける少女にとってその日、とびっきりの奇跡が起きた。

 きっとこの日を彼女は忘れないだろう。

 

「?」

 何かが騒がしい。目を開いて、聞き耳を立てる。

「……んだ、あんたは。あ、ああああー」

 小さな声だったけど、それは確かに少女達に『餌』をいつももってくる男の人の悲惨な叫び声だった。

 ギィとドアが開いた。

 久しぶりの明かりに眩しくて、目を懲らす。

「……惨いことをする」

 其の先には一人の男の人が立っていた。

 おじさんと呼ぶには歳を取り過ぎていて、おじいさんと呼ぶにはちょっと若い。白髪交じりの豊かな黒髪を赤い紐で一つに縛って風に靡かせている。首元や口元、目元には年相応に皺などもあったけれど、なんというべきか……美しく歳を取ったそんな印象の、澄んで凪いだ赤色の、綺麗な瞳の人だった。

「おい、イズナ。もう大体片付いたぞ」

 そう言いながらひょいと顔を覗かせたのは、なんだか彫りが深くて気難しそうで偏屈そうな、黒髪と白髪が斑に入り交じったおじいさんだった。

 おじいさんといっても、背中はピンと伸びているし、足腰もしゃんとしていたけれど。男性のお年寄りには珍しいくらいに、髪の量が多くてフサフサで豊かなのが印象的だった。

「ああ、すまない。ありがとう兄さん」

 そう言いながら髪を結っているほうのおじさんが、子供達一人一人の鎖を外していく。

 そうして最後に少女に取り付けられた鎖をも外しながら、年老いて尚酷く綺麗な顔立ちのその男の人はふわりと暖かな笑みを見せながら言った。

「もう大丈夫だ。……今まで、よく耐えたな」

 それはまるで、いつか見た菩薩像のような、仏様のような微笑みで。

 慈しむような優しい声は、幼き日の母の声を想起させた。

「……カミサマ?」

「……カミサマじゃないんだがな。元火影で、今はただの忍びだ」

 きっとこの日を少女は生涯忘れないだろう。

 カミサマかという問いは否定されたけれど、しかし少女は確かにその日、自分にとっての『カミサマ』を見つけたのだ。

 

 

 

 13.兄弟ブラリ二人旅

 

 

 うちはイズナが50歳の誕生日を迎えたその日、里は新しい火影の誕生を祝っていた。

「三代目様万歳!」

「猿飛ヒルゼン様、火影就任おめでとうございます!!」

 これもまた時代の節目だろう。

 なのでこれを機会にイズナの兄マダラもまた、自分のもっていた役職であるうちは一族族長という立場を、一族の親戚筋の男に譲った。

 それに……約束をしていたのだ。

 旅装束を整えたうちはマダラとうちはイズナの兄弟が、あうんの門で共に姿を見せたのはそれから一週間後のことだった。

「本当に行くのか?」

 そう尋ねたのは、50歳を超えているとはとても信じられないくらい若々しい見た目をした、白髪一つない長い黒髪の男だった。一重まぶたに通った鼻筋のなかなかの男前で、見た目だけなら三十代にしか見えず、とてもではないがこの旅立つ兄弟の兄と同年代には見えない。

 彼の名は千手柱間。この国の初代火影であり、兄弟の片割れうちはマダラの友である。

「嗚呼、約束していたからな。集落が軌道に乗り、泰平の世が訪れたら、二人で火の国中の甘味処や、他にも美味い稲荷の店を制覇する……ってな」

「そんなこと初耳ぞ……」

 ずぅううんっといつもの如くキノコでも生えてくる勢いで落ち込み始める友を前に、ハリネズミのような長髪と涙袋が印象的な男はカラカラと笑いながら言った。

「当たり前だろ、ばーか。約束したの里が出来る前だぞ。それに、なんでオレが一々弟との約束をお前に話さななくちゃならん」

 見た目は随分と変わったけど、その気安いやりとりは本当に昔から変わらなくて、それが自分が守れたものをイズナに実感させて胸が温かくなる。

「嗚呼、落ち込むな落ち込むな。大体お前はオレと散々諸国を廻っただろう。まさか、弟と約束を果たすより先に、お前と諸国行脚することになろうとは、オレとて思ってなかったぞ?」

 そういってククッと笑うマダラを見ているうちに、柱間も落ち込むことをやめてつられるように笑った。それから友の手を取り、確かめるような声をかける。

「マダラよ。また、帰ってくるのだな?」

「何を当たり前の事を言っている、柱間。オレがここ以外のどこに帰ると言うのだ」

 そんな風にどことなく不安そうな様子を見せる初代火影に、兄をフォローするようにうちはの弟も言葉をかける。

「今年はヒルゼンに代替わりしてから初の武練祭ですからね。祭りの時期には帰ってきますよ」

 そういうと漸く安心できたのだろう。柱間はパッと明るい笑顔を浮かべて、「そうか! では土産話を楽しみにしておるぞ!!」と一転して明るい声で送り出す決意が固まったようだった。

 そんな男たちと夫のやりとりを、おかしそうにクスクスと笑いながら見守っている貴婦人が一人。

 千手柱間の妻であるミトである。

「昔から本当に柱間様はマダラ様のことがお好きですわね」

「おう! マダラはオレの運命故な」

「運命ってお前……」

 いや、それでいいのかと呆れながらもチラリとマダラはミトへと視線を向けるが、柱間の妻である女は気にする素振りもなく、寧ろニコニコと微笑ましそうに見守るばかりであった。

「お二人の仲がいいのはいいことですわ。ね、イズナ様」

「ええ、そうですね。ミトさん」

 そういって穏やかにニコニコ笑っている弟の微笑みも、柱間の妻である彼女そっくりの慈愛たっぷりなそれであった。

 そんな風にそっくり同じような笑みを浮かべる弟と友人の嫁を見て、実はこの2人似たもの同士なのでは? とマダラは疑った。

「そうだわ、イズナ様。出発する前にこちらをどうぞ」

 そう言いながらニコニコと……昔は美しい赤い髪だったが、今は少し色褪せて茶色がかった髪色をした五十路の女は、根付型のお守りを渡す。丈夫そうな赤い巾着に、デフォルメされた九尾の刺繍が可愛いらしい。

「ミトさん、こちらは?」

「お守りですわ。微力ながら私の力を込めまして……悪意に反応するようになっておりますの」

 そっと後半の声はイズナにだけ聞こえるように、潜めた声で初代火影を支え続けた賢夫人は言った。

 イズナはじっと澄んだ黒い眼で見返す。それに何も答えず、昔より少しふくよかになった女はニッコリ笑って言う。

「いってらっしゃいませ、イズナ様、マダラ様。主人共々お帰りお待ちしておりますわ」

 そうやって見送られ、歩く鬼神と真眼のイズナと呼ばれるうちはの兄弟は、36年前の約束を果たすために旅立っていった。

 

 

 * * * 

 

 

 さてさて、火の国中にある甘味処を制覇する、という目標で旅立った2人であるが、最初の目的地は昆布が名産品となっている海辺の町だ。火の国中全ての甘味処を制覇する、というのが旅の主題なわけなので、急ぎの旅でもなく、まったりと2人揃ってゆっくり歩いてぶらぶらと目的地に向かう。途中で甘味処があったりしたら勿論見逃すことなく入店する心積もりである。

 任務の時は瞬身の術などを使って急ぐことも多いから、こんなにのんびりと外を歩くのは初めてだ。時々会話することもあるが、2人とも黙っていることも多い。だが、その沈黙は苦痛ではない。穏やかで暖かい。ただ、たどり着く先の町でどんな味に出会えるのか、どんな景色に出会えるのかを考えるとイズナはワクワクした。

 気まぐれ満載の、兄弟ブラリ二人旅だ。

 だがまあ、どんな因果か……もしかしたら渡されたお守りの作用もあったのかもしれないが、ちょっとこの旅は本来の意図と違うものとなった。

 というのも……事件遭遇率がやたら高かったのだ、この兄弟は。

 やれ、目の前で違法な人身売買だ、やれ、他国の脱け忍による違法な人体実験施設やら、そんなものに遭遇して、元火影という立場で捨て置けるだろうか? いや、火影が関係していなかったとしても、火の国内で行われたそれを、見捨てなければいけない理由もなく見逃せるわけもないのだ、イズナとしては。

 その為人身売買組織は都度潰したし、人体実験施設も潰した上で脱け忍達は、彼らを追いかけていた追い忍達に無力化した上で引き渡して、脱け忍達の出身国と現火影の猿飛ヒルゼン、それから火の国の役人の下へと知らせの鷹を送り、その人体実験の道具として使う為に、地下へ捕まっていた子供達は全員救出した上で、馴染みの孤児院へと全て預けた。

 まあ、そんな感じで思ったより全然のんびり出来ない旅であったのだが、なんだかんだ合間合間ではちゃっかり昆布にぎりや甘味の数々、美味い稲荷寿司などを堪能していたので、要領が良いというべきか。そんな風にドタバタしているうちに夏が近づき、2人は行き同様にのんびり歩いてブラブラと故郷へと帰っていくのであった。

 

 

 * * *

 

 

「ハッハッハ、それはそれはなんだか賑やかで楽しそうで良かったではないか」

 カラカラと酒を飲みながら言うのは、初代火影である千手柱間だった。

 結局うちはの兄弟が木の葉隠れの里に着いたのは第19回武練祭が開始される時期の1週間前だった。旅立つ前と全く変わった様子もなく、普通にのんびり歩いて帰ってきた2人に対し、柱間はあうんの門の前でそわそわしっぱなしで、「おお、2人ともよぅ帰ってきた! お帰り!」と兄弟の姿を見るなり飼い犬が大好きな主人を見て駆け寄るような調子で、ぱっと顔を輝かせて兄弟一纏めに抱きついてきた姿が記憶に新しい。

 それを見て、兄に連れてこられた様子の千手弟は「いい年して何をやっておるのだ、兄者……」と呆れた様子で頭が痛いとばかりに額を手で押さえ込んでいたし、柱間の妻であるミトは「まぁまぁ、それだけ柱間様も嬉しかったのですよ、フフフ……」と微笑ましげに3人を見つめていた。

 因みにマダラは「往来で何やってんだこの馬鹿」と殴って柱間を引き剥がした。

 それから一週間後の武練祭を一緒に観戦する約束を取り付け、次に兄弟が旅立つのは1ヶ月後であることを知った柱間は、マダラに「では、武練祭が終わった一週間後にうちに飲みに来んか? とっておきの酒を用意しておくぞ」と親友を飲みに誘った。 

 そうして今、こうやって二人で月を見ながら、酒とつまみの干し貝……マダラからのお土産である、を肴に縁側でだべっている。

 はじめは旅についての話をしていたのだが、次第に家族や孫についての話に移行していった。

「それでなー、綱がなー、最近つれないんぞー」

「確かもう11になるんだったか? 年頃の娘なんてそんなもんだろ。放っておけ。無闇に構うからウザがられるんだ」

「そういうマダラは、反抗とかされたことなさそうだの」

「……まぁな」

 静かに酒を嗜みながら嫁に行った娘を思う。

 マダラは3人の子宝に恵まれたが、結局成人するまで生きたのは、上の長女だけであった。

 25歳の頃、出来た子供は二卵性の双子の男子であった。

 しかし、夏の盛りを過ぎた頃、予定日を10日ほど越えてから漸くきたそれは酷い難産で、生まれた子の兄のほうは生まれついての病弱であった。結局長男は1年と保たず、冬の寒さに耐えきれずに死んでしまった。そして、その出産で産後の肥立ちが悪かったのだろう、妻も体調を崩しがちになり、長男が亡くなった3年後に妻もまた風邪を拗らせて死んだ。

 そんなマダラに長老連中は再婚を進めてきたが、「血を残すという義務は既に果たしただろう」と言葉を返し、見合いの釣書は全て断った。実際その時点では次男は健康体で生きていたのもあり、問題はなかった。

 だが、その次男も下忍となった1年後、12歳で亡くなった。

 死因は事故……とある意味言えるのだろうか。別に忍びとして珍しい話ではないが、その日次男は所属する班員達と共に商人の護衛任務を受けていた。特に何の変哲もないC級任務だったし、商人も何度も木の葉隠れの里に依頼を出したことのある常連だった。

 が、依頼を受けた帰りだ。

 次男の所属している班はたまたま他国出身の脱け忍らしき凶悪犯の事件に巻き込まれ、上忍師は当然自分が担当する下忍達を守ろうとしたものの1人では手が足りず、息子は……次男は仲間のくノ一を庇って死んでしまったのだという。肺を一突きで、刃には毒が塗られていて……応援が駆けつけたときには、既に亡くなっていた。亡骸が帰ってきただけ上等だ。しかし、弟の死体を見て、忍びの道を選ばなかった長女は泣きに泣いた。

 そんな風に下の息子を亡くした兄と、弟を亡くした姪が心配だったのだろう。

 イズナは離れから本邸に引っ越し、火影業の合間合間に姪を励ますように寄り添い続けた。

 やがて、イズナが元住んでいた離れを教室という形で開放して、マダラの娘はそこで琴に舞い、華道などを一族の垣根に囚われず、望む者には一律同じ月謝で教えるようになった。

 そうやって色んな人間と関わったのが娘には良かったのだろう。次第に娘は笑顔を取り戻して、二十歳を過ぎた頃に長老衆の用意した見合いに従い、警務部隊に勤める一族の男に嫁いでいった。

 ……とはいえ、舞いの稽古などを行うときは大体うちの離れで行っていたので、毎日とはいわずとも、結構な確率でマダラやイズナも顔を合わせていたのだが。

 今も週に3回は離れを無料開放し、申請さえあれば、僅かな手数料で書道や華道に茶道、舞踏など、色々な教室に使われている。

 柱間に孫が生まれたように、マダラにも孫が生まれた。娘はちょくちょく子供連れでやってくるので時々、マダラ自身がしごいてやることもある。まあ、孫息子には若干苦手意識をもたれているようで、どちらかといえばイズナのほうを慕っているようではあったが。

 うちの弟は最高だからな、当然だと思いつつ、祖父はオレなんだが……とちょっと拗ねてしまったのはここだけの話である。

 まあ、なんにせよマダラは娘に反抗されたこととかは特にない。柱間みたいに過干渉な真似はしてなかったからかもしれない。

 どっちにせよ、孫も生まれて、もう随分と大きくなって……歳を取るはずだ。

 ふと、気付いたら柱間がじーっとマダラの顔を見つめていた。

「……なんだよ」

「いやなに、マダラよ、こうしてみるとおぬし随分と老けたのぅ。マダラの頭が白黒斑ぞ」

「お前が老けなさすぎなんだよ馬鹿、オレは年相応だ。お前といい扉間といい、その老けなさどうなっている。他の千手はちゃんと年を取ってるだろう」

 マダラの目元や口元には皺が刻まれ、かつて豊かだった黒髪は大分白髪混じりの灰色となっているのに対し、柱間は相変わらずの艶っとした健康的な肌色と、白髪一つないストレートの黒髪だ。その若々しさはどう見ても30代ほどにしか見えず、見た目の年齢は親子ほど離れているように見えた。

「ガッハハ、オレにもよくわからん!!」

「一度、捌かれちまえ」

「酷いぞ!?」

 それから2人揃って「プッ」と笑った。

「嗚呼、本に本に今宵は真に楽しいのぅ」

「お前はいつも楽しそうに見えるがな?」

 濃紺の着流し姿で、頬杖をつきながらマダラがからかうような声で言うと、柱間は「いや、そうでもない……」となにやら真剣な声音でポツリと言葉を落とした。

「オレがいつも楽しそうに見えるというのならば、それはお前の御陰ぞ、マダラよ」

 そう言って、いつも太陽のように明るく騒がしかった男は、そっと目を細めて静かに語り出した。

 

「嗚呼、マダラ。我が友よ。オレはお前がオレの運命で、お前とのあの日の出会いは天啓であったと……そう思っておるのだ」

「運命とは、また恥ずかしい奴だな」

「友よ、茶化さないでくれ」

 いつも騒がしかった目は嘘のように凪いでいる。

 マダラは思わず黙って、長年の友の声に耳を傾けた。

「オレは幸せなのだ」

 そういって天を仰ぐように顔を上げ、真っ直ぐな長い黒髪を背に流した男は無骨な大きな手で自分の目元を覆った。

「あの日お前と語り合ったように、里を作り、学校を作り……残った兄弟も死なせず、あまつさえ弟達はオレ達と同じ夢を見てくれて……その先を継いでくれた。そして理解のある妻を持ち、子や孫にも恵まれて……子等は一族の垣根を越えて友と遊び、あの頃よりずっと多くのものが酒の味を知れる年まで育つことが出来ている」

 2人が敵同士だった事も知らず、互いに一族の名を伏せ、語り、競い、笑い合った日々を思い出す。

 マダラは弟が死なぬ世を欲していた。敵同士で殺し合わずに済む方法があるのではないかと、そんな方法ないだろうと思いながらも願掛けをやめることは出来なかった。

 柱間も同じだ。戦乱の世を変えたいと望んでいた。子供らが殺し合わずに住む集落をなんて、あの時代から見たらただの砂利の戯言で、夢物語で、けれど真剣に其の方法を欲していた。

 子供らの命が湯水の如く消費されるあの時代に、同じ夢を見た馬鹿な子供が2人。

 相手が不倶戴天の敵で兄弟達の仇だった千手と知って尚、それでも死んで欲しくないと「にげろ」と水切り石に書いて投げたあの日、柱間もまた「罠アリ去レ」と石を投げてよこした。

 確かにあのとき2人の気持ちは同じだった。

「そしてオレの隣にはお前がいる。もう殺し合うこともなく、お前とこうして酒を飲み明かして、たわいのない話に現を抜かして……幸せぞ。嗚呼、マダラよ、オレは紛うことなき果報者なのだ」

 けれど、結局弟を傷付けるものは何一つ許せなくて、マダラは柱間を殺すことを決意し、友を切り捨てたその胸の痛み苦しみから、写輪眼を開眼した。あの頃……もう一度こんな風に隣で笑い合って、こんな風に酒を飲んで過ごせるようになるなんて、マダラだって思っていなかった。

「ここはまるで夢のようだ。幸せで、幸せで、幸せすぎて……真にお前がここにいるのか、ここは本当に現実か、時々酷く不安になる」

「お前……成人してからやけにベタベタしてくると思ったらそれが原因か」

 やけに、くっつきたがることには気付いていた。

 ただ、そこに悪意は全く感じなかったから、何か抱え込んでいるような気もしたから、口では邪険なことを言ったり、軽く叩いたりはしてもマダラも柱間を突き放したりはせず、好きなようにやらせてた。

 ……なんだか急に柱間が老けて見える。ほんの少し前まで、こいつはちっとも老けないなとそう思っていたのに。

 

「夜、一人で眠っている時には夢を見るのだ……赤い月の中、雨が降っていて、オレはお前の亡骸を抱えている。お前を……殺めたのはオレで、それが現実ではないことくらいわかっておる。ただの悪夢だと。だが……お前を殺めた感触がまるで真のようで、酷く魘され目が覚める」

 段々と柱間の声が泣いてるような枯れた声になる。

 それに対し、敢えて軽い調子でおどけるようにマダラは言葉を返す。

「酷ェな、勝手にオレを殺すな、馬鹿が」

「嗚呼、そうだ。あれは現実ではない。きっとあまりにもオレは幸せすぎて……今の現こそ夢のようで……もしもお前があの時手を取ってくれなければ、と……そんな不安が見せた夢ぞ」

 そんな言葉をかけながら、柱間はぎゅっと友の背に手をまわして、その体を抱き寄せた。マダラは拒絶しなかった。友のその腕が小刻みに震えていることに気づいていたからだ。

 拒絶の代わりにポンポンと、幼子の子守をする調子でその背を叩く。

 もう大丈夫だと教えるように。

 ぐしゃりと柱間が顔を歪める。まるで童が泣くのを堪えるような顔だった。

「臆病と笑うてくれ、マダラよ。こうして触れて、掴んでいないとお前は……次の瞬間には消えていそうで、この現実(ゆめ)も覚めてしまいそうで……オレは怖いのだ」

 ぎゅううと柱間はマダラを抱きしめる。「痛ェよ、馬鹿力」といつもならそんな軽口を返すところだが、マダラは何も言わず、トントンとリズムをつけながら、ただただ友の背を叩く。

 暫くしてから、漸く柱間はマダラの体を解放した。それからグイッと水でも飲むかのように酒を煽る。

 目尻にはキラリと水滴が滲んでいた。

「お前あっての夢で、里ぞ。お前がいたから、オレは夢を諦めずに済んだのだ……」

 そういって、柱間は月を仰ぐ。

 それから、不安そうに瞳をユラユラ揺らして、迷子の子供のような顔でマダラを見る。

「マダラよ、お前こそが我が天啓だった。だから、なぁ友よ……消えんでくれ」

 それを見て、嗚呼しょうがねェなと思うあたり、マダラも大概この友には甘いのだ。

「……今更、消えねェよ。飲み過ぎだ、馬鹿。いくらお前の見た目が若くても、オレもお前もいい加減ジジイだ。加減くらい覚えろ」

「ハハ……そうさなあ……」

 酒に酔ったからではない。

 それはわかっていても敢えてマダラは全ては酔っているから、そのせいだということにした。

 男の弱音など、聞かないフリをしてやるのが優しさというものである。

「折角の良い月なんだからな」

「嗚呼……そうよな。まことに良き月ぞ……」

 月の光は穏やかに、優しく柱間のことも、マダラのことも照らしていた。

 

 ……千手柱間が亡くなったのはこの翌日のことだった。

 朝、いつも夫が目覚める時間に起きてこないことを心配した妻のミトが寝室に入ったところ、穏やかに眠るように息を引き取った柱間を発見した。

 死因は不明。

 本人の魂は既に体を離れ、確かに亡くなっているにも関わらず、其の細胞は生きていて朽ちることを知らぬように瑞々しかった。とんでもない生命力を持つその細胞の持ち主だった柱間が何故死んだのか。寿命だったのかどうかすらもわからず、その肉体は妻であるミトに渡され、棺に納められた遺髪の分を残して、弟である千手扉間に引き取られ、木の葉忍術研究所地下に納められたという。

 木の葉隠れを作り上げた偉大なる創設者の片割れで、初代火影だった男の死に、次々献花が届けられ、その死を惜しまれた。

 享年55歳。

 戦国最強の忍び、忍びの神と敵に恐れられ、その愛嬌のある微笑みと明るい人柄に味方に慕われ愛された男は、戦国の平均寿命を越え安らかに眠ったのだ。

 きっと男に悔いはなかっただろう。

 その男の友人だったうちはマダラと、彼の偉業を受け継ぎ二代目火影となったうちはイズナも、偉大なる初代火影の死に喪に服した。

 そして千手柱間の死から49日を過ぎた後、兄弟は再び旅立つ。

 数ヶ月~長いときは1年ほど、火の国中のあちこちへと兄弟ブラリ二人旅を繰り広げ、気まぐれのように一ヶ月ほど木の葉に帰ってきてはまた旅立つ。その間約5年。

 その間、うちはの兄弟2人は、何の因果かいくつもの事件にあい、いくつもの事件を解決した。

 甘味処巡りが主題だった筈だが、トラブルには事欠かず、行く先々で悪と出会い、それを倒し、虐待を受けた子供達や虐げられた女性たちなど数多の人々を救い、沢山の感謝を受けた。

 

 うちはイズナの瞳は世の真実全てを見抜く、悪なるもイズナの眼の前では丸裸も同然だ。故に『真眼のイズナ』と人々は畏れ慕い呼んだ。

 悪しきを挫き、弱きを助けるその在り方は、これをする為に火影を引退したのかと、真眼のイズナの名声は火影を引退して尚高まるばかりであった。

 その『歩く鬼神』と『真眼のイズナ』のうちは兄弟による5年の旅路は後に『マダラとイズナ』『真眼のイズナ』『うちは兄弟世直し旅』など絵本という形で出版され、多くの火の国の民に親しまれることとなる。

 まあ、その際旅立ったとき兄弟は二人とも五十路を越えていたのだが、この手のお約束として弟は美しく凜々しい若武者姿に描かれ、『歩く鬼神』という異名からか、兄のほうは8割の確立でデフォルメされた鬼の姿に描かれてたりしたのは、ご愛嬌という奴であろう。

 因みにこの5年の旅路について、弟は『火の国甘味処大全』という本を、兄のほうは『火の国隠れた名店名所グルメガイド』という本を出版し、グルメマニアの間ではその細やかな描写かつ簡潔でわかりやすい紹介などを絶賛され、その売り上げは火の国中にある教育機関への支援金という形で全額寄付という形で手元に残さなかったのも、なんと高潔な人物かという評判に繋がった事をここに記載する。

 

 旅が終わった後も、二人の在り方はそうそう変わるわけではない。

 弟は近所の子供の修行を見てやったり、まったりと甘味処でお茶をしたり、舞いや書など、時には忍術と関係ないことも教室を開いて教えたりもする。

 兄も兄で趣味の鷹狩りに興じたり、たまに大暴れしたいときにS級かA級任務を受けたり、孫息子に修行をつけてやることも多々あった。

 そうしているうちに月日は経ち、イズナは58歳、マダラは63歳となった。

 

 

 続く



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14.月下の語らい

ばんははろEKAWARIです。
原作でオビトはまるでマダラが100歳近い老人みたいな反応してるけど、色々計算したら原作でオビトに出会ったときのマダラって70代後半くらいの年齢でしかないんすよね(笑)
ともあれ、次回、最終回!


 

 

 

 イズナが58歳になったその年、忍界全体に嫌な雰囲気が漂っていた。

 嵐の前の静けさというべきか、あちらこちらで火種が燻っているような嫌な雰囲気だ。

 イズナはとうに火影を引退した身ではあるが、それでもあちこちに目や耳はある。それに……イタチの記憶によるとこの年代の少し後の時期に、彼の世界では第二次忍界大戦が始まっていた。

 この世界はイタチの記憶とは既に別の歴史を歩んでいる。しかし、金閣銀閣のクーデターといい、同じになる部分もあるわけで、全く同じになるわけではなくとも、イタチの記憶も参考程度には頼りにしていいだろう。別世界で生きた死人の記憶を鵜呑みにするのはそれはそれで問題ではあるが。

 確証は無い。

 確証は無いが、イタチの記憶と、それから実際に集めた目や耳から入手した情報、それらを摺り合わせた上で、イズナは現火影である猿飛ヒルゼンに提案した。

「三代目、次の会談に悪いがオレを護衛小隊の一人として連れて行ってくれないか」

「先代様?」

 元火影を護衛に連れて行けなんてそんなこと聞いたことが無い、ヒルゼンはぎょっとした顔で先代火影を務めた男を見る。

 火影が代替わりして以来、イズナがこんなことを言い出したのは初めてだ。

 彼は自分を弁えている。

 だから、火影を引退した今、あまりヒルゼンのやることに口を出したりはせず……精々5年の旅の時に、色々起きたトラブルの件でこちらに詳細を送って承諾印を求めたくらいで、あとは木の葉隠れの里に戻ってきた時は目立たないようそっとひそやかに余生を送っていた。

 それは、前政権のトップが現政権のトップに口出しすれば、現政権が揺らぐことを知っていたからだろう。だから、ヒルゼンのやることに口を出したことは無い、これまでは。

 次の会談といえば、岩隠れの里との会談の事だろう。

 最近の緊張した忍界の空気は、ヒルゼンとて気付いている。そこで、岩隠れと同盟を組めないだろうかと会談に向かうことになっていたのだが……ヒルゼンは知っている。うちはイズナの嗅覚の鋭さを。これまで一切口出しなどしなかったのに、わざわざ護衛小隊として連れて行け、というのなら、何かあるのだろう。

「わかりました」

 だからヒルゼンは、色々聞きたいこともあったが飲み込んでその提案を受けることとした。

 ただ、何が起きてもいいように、万全に装備だけは調えながら。

 

 

 * * *

 

 

「……まさか、風と水が組んでいるとは」

 そんなことを漏らしたのは、三代目の護衛小隊の一人だった。

 ……会談は失敗した。

 というより、正確には会談は火影を呼び寄せるための罠だったというほうが正しい。

 風の国も、水の国も……更にいえば土の国も不満を抱いていたのだ。

 それは何にか?

 火の国木の葉隠れの里の……大樹の如き安定感に、である。

 火の国は豊かな国だ。緑が眩しく、情勢は酷く安定している。否、安定しすぎていた。他国はそうではない、砂隠れの里がある風の国は砂漠ばかりで人が暮らせる場所が限られている。霧隠れの里がある水の国など寒冷な気候で、食べ物も豊潤とは言いがたい。岩隠れの里が存在している土隠れだって、荒涼とした大地に岩だらけという人が住むには不適切な土地だ。木の葉隠れの里とはあまりに違う。

 だから、嫉妬を買ったのだ。

 自分は苦しいのに、なんで、あいつだけ……そんな負の感情は容易に敵意に変わる。

 それでも8年前までは千手柱間が……戦国最強と呼ばれた忍びの神が生きていた。

 若い世代には眉唾と思われているあの男のデタラメさを、同年代は、年寄り達は知っている。まるで御伽噺のような戦いを、あれは現実に出来る力がある。全てが桁違いの怪物だ。

 けれど、本当に死んだという確信ももてず、多くの間者を放った。そのうち引退した二代目火影が兄であるあの『歩く鬼神』をつれて、火の国中を回り出した。

 それも、どこから嗅ぎつけているのやら、まるで悪意が判るかのように、火の国に燻る火種を次々と消していった。中には自分たちの国がじっくり何年もかけて仕込んだ種もある。

 巫山戯んな! といいたいが、自国を守ろうとするのは当然といえば当然であるし、あくまでも奴らがまわるのは自分のテリトリーである火の国だけだ。歯痒い思いを戦争を望んでいる勢力はギリギリ歯軋りしつつ見送った。

 そうしたら、ぱったり、3年前を境に奴らはそんな行動をやめた。

 さて、でもどこまで信じて良いのやら、本当に引退したのか? わからず更に人を送るが、わかったのはどうやら大人しく兄弟揃って木の葉隠れの里に籠もっていることだ。いや、兄のほうはちょくちょく任務を受けて出て行っているので、厳密には籠もりっぱなしというわけでもないのだが。

 それを受けて、水と風が結託した。そして土にも誘いをかける。

 岩隠れとしては迷うところだ。

 火の国が妬ましいのは岩隠れも一緒だったが、金閣銀閣のクーデター事件に自国が巻き込まれた時、真っ先に自国を救援しに駆けつけてもらった恩もある。故にまあ、蝙蝠とも言おうか、火の国の三代目火影が自国に接触して会談で同盟を結ぶことを希望している、その会談の具体的な日時などの情報を横流しにした。

 故に、岩隠れの里を目前にして三代目火影御一行は、水と風の精鋭部隊による襲撃を受けたのだ。それと同時に水と風による宣戦布告も為された。

 いくら三代目が強く、二代目も……姿を偽ってわからないようにしているとはいえ、護衛としてついている。木の葉有数の実力者がここに揃っているといえる。しかし、多勢に無勢。連絡用の鳥を飛ばし、こうして森の中に逃げ込んだ次第である。

 だが、元々このあたりは火の国のテリトリーでは無い。襲ってきているのは水と風であるが、おそらくこのあたりの地形についても土からある程度情報が横流しされていることだろう。

 つまり絶体絶命に近い。

 さて、定石を考えるなら、誰かを囮に残し陽動としたあと、自分たちは……特に火影である三代目が火の国にたどり着き、反撃の態勢を整えるのが一番だと思われるが……だが、歴代火影でも殊更甘い三代目にとって、誰かに囮になれというのはあまりにも……。

 そんな風に下唇を噛みしめる齢38の現火影に対し、ぽん。

 優しく肩を叩き、そしてふわりと安心させるように微笑みながらイズナが言った。

「……大丈夫だ」

「二代目様……」

 次の瞬間爆音が響き渡った。

 ドッゴーン!!

 そんな派手な音を立てて、土煙が上がり、衝撃になれた筈の忍びの体もよろめかし爆風で飛ばす。

 護衛小隊の中でも一番若い忍びが驚きに目を見開く。

「!! あれは……!?」

 そこにいたのは巨人だった。青い鎧の見ているだけで悍ましさの伝わる骸骨のような巨人だった。

 次いでこの世の地獄から湧いて出たような、低い低い男の声が戦場一帯にピリピリと響く。

「オレの可愛い弟に手を出した砂利共はどこだァ!?」

 白髪を靡かせて、青い巨人と共に現われたのは、歩く鬼神、うちはの生きる伝説と呼ばれた男だった。

 年老いて尚量の多い長髪を靡かせて、怒りにギラギラした光る赤い目をしたその老人は、年老いて尚覇気に陰りは無く、その形相、チャクラ、気配はまさに、鬼。

「マダラ兄さん」

 すっと、年老いて尚張りのある清涼感のある落ち着いた声で、弟が兄の名を呼ぶと、兄はぱっと青い巨人を消して「イズナッ!」と弟の名を呼びながら近寄ってきた。

 そして冷静な瞳で弟の先代火影のほうは、安心させるような微笑みを三代目一行に向けながら「大丈夫だ、オレと兄さんで殿を務める。三代目も皆も早く里に戻った方が良い」と言った。

「しかし……」

 ヒルゼンは渋る。

 ある意味当然だ。いくら強いと言っても、兄は63歳で弟は58歳。全盛期に比べ随分と衰えているだろうし、もう隠居している年齢だ。そんな風に心配してくれている現火影に対し、心外だなと言わんばかりの顔で、冷静にイズナは告げる。

「心配、いると思うのか?」

 そうして目線の先は、兄によって跡形もなく吹き飛ばされた森の一角だ。

「いらないでしょうね……」

 三代目は納得した。

「御武運を」

 そうして三代目は木の葉隠れの里につくなり、霧隠れの里と砂隠れの里、そして其の共謀を黙認した岩隠れの里に対して抗議声明を送り、宣戦布告に対して応戦を決意する。

 尚、マダラとイズナの兄弟は何事もなかったように、三代目一行が里に帰ってきた3日後に帰国した。

 そもそもこの2人はとんでもなく敵に回したくないツーマンセルなのである。うちは兄の馬鹿げた火力に気を取られれば、うちは弟の巧みな幻術に絡め取られ、情報全てを気付いたら引き出される。かといってチャクラ切れを待とうにも、そもそも2人揃って体術の腕前も超一流であるし、弟の手裏剣術に至っては、大抵の大術の発動を事前に察して死角から投げた正確無比の手裏剣術によって、相手の術の発動を阻害するぐらいの、神懸かった腕の持ち主である。

 精鋭の10や20差し向けても、敵にすらなれなかったといえる。

 まあ、そんな経緯でこうして第一次忍界大戦が始まった。

 始まった忍界初の五大国入り交えた大戦争は終結まで約2年かかった。戦後処理には約1年だ。

 うちはイタチの記憶に存在する第二次忍界大戦の時期より少し早い開始時期に始まり、うちはイタチの記憶する世界の第二次忍界大戦よりも何年も短い戦争期間だった。

 たった2年で済んだのは、久しぶりの戦を前にマダラが大張り切りして、大暴れしまくったせいも大いに関係しているだろう。世界は『うちはの生きる伝説』の恐ろしさを思い出したのだ。

 イタチの記憶する第二次忍界大戦と、この世界で起きた第一忍界大戦は、起きた時期は似ているが詳細は異なる。

 しかし、何の因果か、この世界でも綱手は弟の縄樹を失い、綱手・自来也・大蛇丸の3人は三忍の称号を受け、この戦争の数年後、自来也は雨隠れの里で長門、小南、弥彦の3人を弟子に取ることとなる。

 変わることもあれば、変わらないこともある。

 でも人生などそんなものなのかもしれない。

 

 そしてこの戦争から約8年……

 

 

 * * *

 

 

「ごほ……ごほ……ごほ……」

 自分の咳き込む音で、イズナは目が覚めた。

 息が苦しい。

 少し体を起こす。

「ごほ……こふ……」

 この時間はいつもそうだ。

 暫くすると小鳥の声と共に朝日が障子を淡く照らしていく。それと共に、段々と息苦しさが収まってきて、イズナは深呼吸をゆっくり繰り返しながら体を起こす。

「…………」

 口元にはべったりと、赤い血がついていた。

 

 うちは一族の族長がうちはフガクに代替わりを果たしたのはつい数年前の事だ。

 前世の自分にとって父親だった人の、若々しい姿にほんの少しだけ懐かしいような感覚も覚えるが、うちはイズナにとってはフガクとて愛しい里の子の1人だ。若き族長の誕生は誇らしい。

 だが、気付いた。

 切っ掛けは自分の前世にあたる、うちはイタチの両親であったフガクとミコトが結婚したこと。

 前から少し体がだるいとは思っていた。それを歳を取ったせいだと思っていたが、どうやら肺を病んでいたらしい。

 おそらく、前世の……うちはイタチの時と同じ病気だ。

 だが、今更悔いもない。この年まで生きて、文句をいうなどそれこそ罰が当たる。

 兄であるマダラは病気を治す方法があるのでは無いかと、検査を受けることを必死に訴えたけど、イズナは首を縦には振らず……弟の頑固さを知っている兄は、そのうち検査を受けることを訴えることを諦めた。

 その代わりのように、趣味だった鷹狩りさえやめてイズナに寄り添っている。

「イズナ、大丈夫か?」

 心配そうに粥を手に兄が部屋へと入ってくる。

「ええ、兄さん。大丈夫です」

 イズナは微笑んだ。

 

 その日は暑い夏の日だった。

 8月の雲一つ無い、月の綺麗な夜。

 いつもは病気を心配してすぐ寝床に入るよう口煩い兄が、何かを予感したのか、弟からの「一緒に月見をしませんか?」という誘いを断ることもなく、共に並んで家の縁側から2人揃って月を見上げる。

 ……今までもこんな風に何度も兄弟2人揃って月を見上げたものだ。

 兄のマダラは月光浴が好きだから、というのもあるのだろう。兄は酒を片手に、弟は月見団子を片手に静かに語り合う時間が好きだった。

 父が死に、2人が万華鏡写輪眼に目覚めたあの夜もそうだった。

 2人揃って月を見上げ、今までに死んでいった一族や父に兄弟達の冥福を祈りながら、それでも未来を夢見て語り合った。

 けれど、もう弟は……イズナは大好きだった団子を食べることすら出来ない。

 2人とも年老いた。

 真っ黒だった髪は真っ白で、手も首元もしわくちゃだ。

 マダラなどひ孫まで生まれた。娘とそっくりな要領の悪い泣き虫のくせに、火影になるんだと豪語している、生意気なガキンチョだ。

 ……リンリン、と鈴虫が鳴いている。

 夏の空は澄んでいて、こんな日は星がよく見えるのだろう。マダラの目はそこまで見えていなくて、なんとなく月の輪郭がわかる程度なのだけれど。

 それでも月の光は好きだった。

 ゆっくりと隣に座って月を見て微笑んでいる弟に視線を向ける。

 年を取り皺が増え、髪は白く染まり老いて……それでも弟が尚綺麗に見えるのは、おそらく内側から溢れたその魂の在り方が美しいからなのだろう。

 清浄な空気と静謐な微笑みは昔から変わらず、嗚呼まるで中秋の名月のようだなと昔と変わらず兄は思う。全てを照らす月の光は、闇の中でしか生きることが出来ないものにも、等しく優しく包み込む。

 この弟の在り方は、魂は月の光によく似ている。

 ……いっそ、今聞いてしまおうか。

 今までずっと聞かないようにしていた。けれど、もう時効だろう。

「なぁ、イズナ……」

「はい、なんですかマダラ兄さん」

 昔と変わらず、凪のような澄んだ瞳が静謐さを湛えてそこにある。

「お前は言ったな。オレが結婚しないのは、扉間と同じ理由だと。兄との家督争いを避ける為だと」

「…………」

「あれ、嘘だろう」

 イズナは何も言わない。ただ、月のように、静かに微笑んだままだ。

「もう一つの理由のほうも知っているが、それも言い訳に過ぎん」

 そもそも扉間と同じ理由で済むのは火影になる前だけだ、けれどそれさえ嘘だろうと兄は言う。

「まぁ……お前の嫁になりたがるやつがそうそういなかったのも事実だがな」

 イズナは色んな人間に好かれていた。女子供にも好かれていた。けれど、それは異性としてではない。

 昔からうちはイズナは不思議な子だった。

 まるで子供の頃から子供らしくなく、異質なのに皆に慕われる。その佇まいは、オーラは、何千年も生きた仙人か、あるいは悟りを開いた高僧を思わせた。誰もが皆、実際に相対すれば、その徳の高さを感じた。うちはイズナはそういう存在だった。

 故にそれとなく、イズナと婚姻するつもりがあるのかと、族長としての仕事としてマダラは年頃の女達に尋ねた。皆、揃って答えるのだ。「畏れ多い」と。

 イズナを慕っているのは事実であれど、その隣に並び立てる自信がないと、無理だと全員揃って首を振るのだ。それに、イズナ自身も「家督争いを避ける為、自分は家庭を持たない」と、千手扉間が結婚しないのと同じ理由だと周囲に説明していた。

 そんなものか、と嫁にいきたがる女が実際いないのもあるし、一族内にそういう空気が流れていたのは事実だ。

 だが、それでも万華鏡写輪眼を開眼した優秀な血を残さないなど、長老衆に納得できるわけではなく、再びせっつかされるようになった成人したくらいの年、イズナはある紙を長老衆に差し出して、それを読み理解した長老衆は、納得した上で結婚させることを諦めた。イズナの体の秘密は、一族にとっても恥になるとそう判断したからというのもあるのだろう。

 当然、族長であり兄であったマダラもそれを見て、弟の体のことを知った。

 成程、そういう理由なら結婚させるメリットなどどこにもない。

 けれど、それが理由で結婚しないというのは、何か違和感があった。結婚はメリットだけでやるものか? 弟ほどの人間ならそれでもいいと思う女だっているだろう。いや、マダラ自身は族長の義務として行ったので、そういう面が多くを占めるのを否定はしないが、弟の性格を知っているからこその違和感だった。

 家督争いを避ける為なんてそれこそ言い訳だ。

 火影に就任後も、イズナはやってくる縁談は全て断った。自分の体のことを仄めかせば、それが目的だったものは大体退いた。

「オレはこの里と結婚したからな。お前達全てがオレの子だ」

 そう慈愛に満ちた目で微笑みながら弟が告げれば、そんなものかとそのうち縁談を進めてくる勢力自体いなくなった。

 その言葉自体に偽りなどないだろうと兄は思う。

 けれど、本当の理由では無い。

 そのことに気付いていながら、今までマダラは弟に指摘することは無かった。

「お前が結婚したくなかっただけだ。自分の家庭を、作りたくなかったんだろう?」

 それは……事実だった。

 

 イズナは結婚をしたくない。

 自分の家庭を持ちたくなかった、だから結婚しなかった。

 どうしてか……それは自分がうちはイズナだったからだ。

 うちはイタチの記憶を持つ、うちはイズナという人間だったからだ。

 かつてイタチは、弟のサスケを除く全てのうちは一族を其の手で皆殺しにした。その中には父のフガクと母のミコトも含まれている。どうしてそんなことをしたのかと言われたら任務でもあり、戦争を避けるためでもある。けれど、それを決意して実行したのはイタチ自身なのだ。

 イズナはイズナだ。

 イタチは前世の自分ではあるが、今のイズナとイコールというわけではない。何故なら、うちはイタチは死んだのだから、死人の想いを引き継ぐことは出来ても、イズナはイタチにはなれない。

 けれど、其の人格は地続きで、本質は何も変わらない。

 つまり、自分は必要とあればどれほど慈しんでいる一族の子供達だろうと、己の手で皆殺しに出来る人間なのだ。そんな真似はさせないと、そんなことにならないようにしてきたけど、そう出来るという事実は胸のしこりとして片隅に引っかかる。

 この世界にうちはイタチの罪などどこにもない。そもそもうちはイタチは未だ生まれてすらいない。ここにいるイズナも、イタチの記憶を持っているだけでイタチでは無い。

 けれど、思ってしまうのだ。

 自分に暖かな家庭を築く資格などあるのだろうかと。

 かつて父を母を一族みんなを殺したその記憶を持ちながら、家庭を為す……そんなこと、誰が許したとしても、イズナ自身が許せない。

 誰に嘘をついてもいい。

 それでも自分に対してだけは嘘をつかない。

 それが今世での……うちはイズナの忍道なのだ。

 素知らぬ顔で妻となる女を愛し、養子を迎え我が子として可愛がり、何食わぬ顔で父親となる。

 そんなこと、イズナはしたくないし出来ないと思ってしまった。

 家庭を持ちたくなかった。

 兄の子を可愛がる、里の子供達皆を愛す、それだけで十分だった。

 そんな中、兄との家督争いを避ける為生涯独身を宣言していた千手扉間の存在は都合が良かった。

 イズナと扉間は立ち位置が似ていたから。里人の多くは扉間と同じ理由といえば納得してくれた。それに、兄がそれとなく一族の女達に尋ねて自分に嫁ぎたいと思っている年頃の娘がいないことも把握していたから、尚更断りやすかった。

 それでも血継限界の一族だ。

 希少な血を残すことにそんな綺麗事をと憤慨する老人に対しては、その言葉を封じる手段がイズナにはあった。

 何故なら、イズナは……そもそも子供を作る事が出来ないからである。

 

 イズナにとっては幸運な事に……恐らく、イズナと同じ状況なら、世の男性の9割以上が不幸だと断じるだろうが……イズナは無精子症であった。

 イズナの体がいつまでたっても華奢な体格であったことも、膂力が低いのも、生来の部分もあるが……男性ホルモンの量が平均よりも低かった事も関係している。

 それが判明したのは16の頃だ。

 アカデミーも開校し、漸く活動を始めた木の葉忍術研究所で、とりあえず、最初は職員全員の体の検査からスタートすることとなり、当時扉間の副官を務めていたイズナも検査の対象となった。

 其の結果、判明したのがイズナが非閉塞性無精子症であり、射精は出来ても子供を作ることは出来ないという事実だった。

 故にその診断結果を長老衆に提出した上で、要は己には子種がないことを告げると、前途の状況も手伝いイズナに結婚を勧めるのを諦めた。まあ、ある意味当然である。何故イズナに結婚させたがったかといえば、子供を作り優秀な血を残させる目的なのだから、結婚したところで子供が出来ないのなら、結婚させるだけ無駄……もっと言えば嫁に出す女の腹が勿体ない、というのが長老衆の結論である。

 そしてイズナに子供を作る能力がないというのは、一族にとって恥だ。イズナもマダラもそうは思わないが、長老衆はそう考えた。

 だから、イズナが最初に言った「家督争いを避けるために結婚しません」という表向きの理由を支持したし、イズナには子供を作る能力がないと知り、イズナを六道仙人の生まれ変わりかなんかだと思って神聖視してた年寄りに至っては、「やはり、世俗の者とは違いましたか」と、益々その思いを強めて、神格化されてしまったのが誤算と言えば誤算ではあったが。

 火影就任後も、一族以外から来る結婚の申し込みに対しては、「家督争いを避けるために生涯独身を貫く旨」を懇切丁寧な文章で断りの言葉を入れた上で、さり気なく子種が無い事を仄めかせば、「そうですか、それは残念ですな。やはり貴方様はご立派な方だ、これからも頑張ってください」と大体向こうのほうから引いてくれた。

 まあ、そんなものである。

 結婚とは家と家を繋ぐもの。では何を持って繋ぐかといえば生まれてくる子供によってである。それが結婚してもいつまでも子供が出来ないとなると、責められるのは女のほうだ。しかしこの場合、子供が出来ない原因が男のほうであるとはじめから判明している。自分の娘に石女という不名誉な疑いをかけられる事を容認する父親はそうそういない。

 だから、イズナが独り身なことを誰も何も言わなかったのだ。

 しかしそんな弟に向かって、兄は言う。

 

「たとえ子供を作る事が出来ずとも、それこそ養子を取り、家族として暮らす事は出来る。だが、お前はそれを選ばなかった。子供も出来ぬのに自分に嫁がされる女に申し訳ないから? 違うな……お前は自分が家庭を持つ事が嫌だったのだ」

 その兄の言葉に、「嗚呼、見抜かれていたのか」とイズナは観念するように思う。

 ……別に、この人を侮っていたわけではない。

 ちょっと……どころでなく、大分ではあるが悲観主義者で考えすぎて一周回って馬鹿なところもなくはないが、それでもこの人は基本的に頭は良く回ったし、繊細が故に敏い。

 それでもここまで見抜かれているとは、イズナは思いもしなかった。

「お前が何かを抱え込んでいているのは知ってた。きっと、家庭を作らなかったのもそれに関係してたのだろう。でも聞かねェよ、何を抱え込んでいたのかまでは。でもなぁ、イズナ。お前は後悔していないのか?」

「……はい、後悔はありません。オレは、たとえ誰に何を言われて、どう思われようと幸せな生涯を送ったとそう思っています」

「そうか……ならいい」

 そう言って兄は、再び月を見上げる。

 ……殆ど見えていないはずだ、もうこの人は。

 それでも眩しそうに月を見上げる姿は、年老いて尚酷く様になっていた。

「……何故」

 今まで何も言わなかったのに、今それを尋ねたのだろう。そんな弟の気持ちがわかったのだろう。イズナの兄は苦笑してから、ポンポンと弟の頭を撫でると、其の手を重ねてから、なんでもないように言った。

 

「オレはお前のお兄ちゃんだからな」

 ニっとマダラが笑う。

 太陽のような、あの日守りたいと思った慈愛に満ちた顔で。

 そうしてイズナは思っていた以上に、この人に甘やかされて守られていた事を知る。

「マダラ兄さん……」

「ああ」

「兄さん、愛しています」

「オレもだ。オレの可愛いイズナ。お前のことを誰よりも愛しているよ」

 段々と声が遠くなっていく。視界が霞む。重なった手が温かい。そのぬくもりを手放さないように、今は殆ど力の入らない手で兄の手を握る。ゴツゴツしててしわくちゃの、年を取った手。大好きな……イズナを守ってきた、手だ。

「……眠っても、いいですか」

「嗚呼、ずっとオレがついている。だから、安心して眠れ」

 その暖かな声に安心して、イズナはそっとその目を閉じた。

 そして、そのまま、永遠に目覚めることは無かった。

 うちはイズナ享年69歳。

 うちはイタチという少年がこの世に誕生する、十月十日前の出来事だった。

 

 そして、兄もまた弟の後を追うかのようにその1年後に亡くなった。

「イズナや柱間のいねェ世界に興味はねぇ」

 とそんな言葉を残して。

 世間が第25回武練祭の黄色い閃光と三代目火影の対戦の凄さに沸き立つ中、突如出回ったうちはの生きる伝説、歩く鬼神と呼ばれた男の最期に、驚きの声が木の葉隠れ中に席巻した。

 木の葉隠れの里の名付け親にして創設者の片割れたる男の死んだ日は、何の因果か……それとも柱間の言うとおりこれが運命だとでもいうのか、初代火影千手柱間の命日と一緒であったという。

 享年75歳。

 誰もが認める大往生であった。

 

 

 続く



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エピローグ『真眼のイズナ』

ばんははろEKAWARIです。
今回で『転生したらうちはイズナでした』は終了となります、ここまでご覧いただき有り難うございました。


 

 

 冬が終わり、雪は溶け、やがて草木が萌葱色に染まる頃……木の葉隠れの里に70回目の春が来た。

 

 今日もまた歴代火影を模した四つの顔岩が、並んで里全体を見守っている。

 右から順番に初代火影・千手柱間、二代目火影・うちはイズナ、三代目火影・猿飛ヒルゼン、四代目火影・波風ミナトのものだ。そして其の横に、次の火影の顔岩の為のシートがかけられている。

 ここは火の国、木の葉隠れの里。アカデミー生達は丁度春休みを満喫している時期であり、公園などで遊ぶ子供達の声がそこいらから響く。

 そんな中とある一軒の家の中で、顔馴染みの青年に絵本の朗読をしてもらっている少年が一人。

 少年は子供といえど、本来はまあ読み聞かせをしてもらうようなそんな年でも無いのだが、其の青年とはたまにしか会えないのも手伝い、彼が自分に会いに来た時に思い切って頼んでみたのだ。自分の愛読書を読んで欲しいと。きっとこの機会を逃せば次はないだろうから、まあそういう意味では最後の思い出作りである。

 そんな少年の頼みを「いいぜ」と快く引き受けた青年は、その子供を自分の膝の間に座らせて、聞き取りやすいように滑舌良く臨場感たっぷりに、そこに描かれた物語を語っていく。

 「……そこで彼はこう言ったのです。『この眼は全ての真実を見抜く。この真眼のイズナの目に見破れぬ悪など無し、お前達も年貢の納め時だ、我ら兄弟を敵に回してただで済むと思うな』」

「おー」

 金髪碧眼で、両頬にまるで動物のひげのような三本線が特徴的な10歳ほどの子供は、その台詞を聞いてパチパチと拍手をする。其の青い眼はワクワクと輝いており、いかにも「よっ、待ってました」と言わんばかりの風情だ。

 そんな少年に苦笑しながら、右側の顔面には幾重ものしわのような傷跡をつけ、左側には顔の半分を覆うほどの黒い眼帯をつけた黒髪の青年は、ぱらりぱらりと少年に絵が見やすいようにとゆっくりページをめくりながら、朗読を続けていく。

「……こうして子供達を次々毒牙にかけた悪人共は、『真眼のイズナ』とその兄である『歩く鬼神』によってバッタバッタとなぎ倒され、村には平和が戻ってきたのでした。めでたしめでたし」

 そうやって最後のページまで辿り着くと、金髪の子供はぐーっと伸びをするように両腕を伸ばし、本当に楽しそうな声で言う。

「かー、やっぱ二代目はカッコイイってばよ!!」

「ナルトは本当に二代目の話が好きだなあ。ミナトセンセ拗ねるぞ~」

 そう、黒髪眼帯の青年がからかうように言うと、金髪の少年は焦ったような早口で捲し立てる。

「だって本当にカッケーんだもん、しょうがねーだろォ? 大体オビトだって二代目のこと好きな癖にぃ!」

 そういって、照れくさそうにプイッとそっぽを向いた金髪の少年、彼の名前は波風ナルト。

 四代目火影波風ミナトと、其の妻クシナの間に生まれた一人息子だ。

 そんな彼にオビトと呼ばれた眼帯をつけた青年……彼のフルネームはうちはオビトといい、エリートと呼び声高いうちは一族の一人であり、ナルトの父波風ミナトの弟子の一人であり、そして……二代目火影うちはイズナの実兄だった、『歩く鬼神』うちはマダラの曾孫である。

「まぁ、否定はしねえけど、でもオレ四代目の事だって好きだぜ?」

「う……そりゃオレだって、父ちゃんの事も好きだし……尊敬もしてる……けどさ……でもさでもさ、かっけーもんはしかたねーだろォ!? 悪しきをクジイて弱きを助ける! その目で暴けない悪はナシってやっぱチョーかっこいいってばよ!!」

 と、主張しながらナルトが掲げたのは、先ほどまでオビトが読んでいた絵本『真眼のイズナ』第3巻だ。うちはイズナが火影を引退後、その兄と共に火の国中を巡った世直しの旅を題材にした絵本は、『マダラとイズナ』『うちは兄弟世直し旅』など色々な著者によって書かれてきたが、ナルトのお気に入りは断然『真眼のイズナ』シリーズだった。

 このシリーズの特徴は『この眼は全ての真実を見抜く。この真眼のイズナの目に見破れぬ悪など無し』という決め台詞で、お約束の如く、悪党がその台詞を言われた後、バッタバッタ倒されていくという、爽快な王道勧善懲悪物語に仕立て上げられている。因みにタイトルに兄の姿が一切見られないように、このシリーズでは弟にして元火影であるイズナが完全に主役の物語として描かれており、兄は旅の道連れの番犬みたいなポジションだ。

 まあ、とはいっても、『真眼のイズナ』ほど極端に弟を贔屓して描かれるのは珍しいってだけで、二代目火影であったイズナの兄、マダラの扱いがそういうポジションに描かれること自体は、別段珍しいわけでは無いのだが。

 というのもだ、そもそもアカデミー生高学年以上を対象年齢に書かれた『うちは兄弟世直し旅』シリーズ以外の作品では、基本的にうちはマダラは赤鬼をデフォルメされた姿で書かれており、人間として書かれることは滅多にないからだ。……史実を下敷きにした物語なのに。

 なんでそんなことになったかと言われれば、まあ二代目火影が元から老若男女問わず人気の高い人だったので、彼が主役の話を聞きたがる人が多かったというのもあるが、イズナの兄マダラの異名が『歩く鬼神』だったという事も大きい。

 国によっては言うこと聞かない子供に「我が儘言ってるとマダラが来るよ」という脅し文句があったとかなかったとか、そんな話があるくらい畏れられていた男なのだ、うちはマダラという忍びは。

 そんなわけで『歩く鬼神』というその異名からイメージを膨らませて、大体本で登場するときは鬼をデフォルメされた形で書かれがちだったわけだ。といっても、たとえ作者や出版社が違えど共通のイメージというものはあり、作者によっては黒髪だったり白髪だったりするのだが、大体右目を隠すような髪型のハリネズミのような長髪をした筋骨隆々な大男で、目つきが悪くギラギラ光る赤い目の、紺色の着流しを着た赤鬼姿で描かれている。

 対し、その弟のイズナは木の葉隠れの里に残った顔岩のビジュアルをベースに、凜々しく美しい若武者姿で描かれがちだし、特に、今ナルトが手に持っている『真眼のイズナ』シリーズなんか、男の子ウケ抜群のヒロイックな姿に描かれている。逞しいって感じの見た目ではないが、完全無欠の理想のヒーローって感じだ。白と赤の風に靡いてヒラヒラしている火影マント姿など、実際の旅の時は着ていなかった筈だが、完全に見栄え重視で絵本の中では着せられている。

 ……物語の元ネタとなる旅に出たとき、確かこの兄弟はどちらも齢50を越えていた筈なのだが、方や赤鬼、方や強く美しい若武者とは、全く酷い兄弟格差もあったものである。その辺、その『鬼』の子孫であり実物にもあったことあるオビトとしては苦笑するしかない。

 前途の通り、マダラが人間の姿で描かれている読み物なんて、対象年齢が高めの『うちは兄弟世直し旅』シリーズくらいなので、火の国で育った子供達の中には、うちはマダラは本物の『鬼』だと誤解して、人間と鬼の異種族兄弟だと誤解している子までいるくらいだ。

 大きくなって、歴史を授業で習う頃には其の誤解は訂正されるのだが……しかし。

(あのジジイは赤鬼じゃなくて人間だったけど、まあ結構この鬼のデフォルメのデザイン、本物に似てんだよなあ。特に髪型と目つきとかジジイそっくりだ)

 と、本に書かれた赤鬼を見ながら、オビトがそんなことを思っていると知ったら曾祖父のことだ。もしもこの場にいたらオビトをボコボコにしていたに違いない。まあ、もう死んでいる相手なので心配する意味も無いが。

 そんなことを考えていると、再びキラキラ光る大きな青い眼で、何かを期待するようにナルトが黒髪の青年を見上げている。

「なぁなぁ! オビトは二代目に会ったことあるんだろ? 実際さあ、どんな感じだったんだ? やっぱカックイイ?」

 今にもワクワクと聞こえてきそうな声音だ。そんな弟分として可愛がっている子供の姿に苦笑しながら、思い出を辿りオビトは答えていく。

「いや、会ったことあるって言っても、オレのガキの頃だし、あの人も大分歳だったしなあ……」

 オビトが初めてうちはイズナに会ったのは、オビトが5歳の頃だ。もしかすれば赤子の時に会ったこともあるのかもしれないが、覚えている限りではその時が最初。

 ある日、一緒に暮らしている祖母が『あらあら、お父さん会いに来てくれたの? まぁ、叔父様も?』と言う声が聞こえたので、誰が来たのかと思って玄関に出たら、その絵本にもなった有名なうちはの兄弟2人がそこに立っていたのだ。

『何、お前んとこの砂利がアカデミーに入学したと聞いてな。顔を見てやろうと思っただけだ』

 と蓮っ葉な口調で話していた非常に目つきの悪い老人が、自分の御先祖様だったというわけである。

 そして其の横で『すまないな、相変わらず兄さんは素直じゃ無いんだ』と困ったような慈しむような声でそんな言葉を言っていた老爺こそが、この国で知らぬ者はおらぬ二代目火影『真眼のイズナ』だった。

「あー、でもどんなって言ったら……」

 オビトは思い出す。

 絵本の中の若武者と違って、その人は年相応に皺を重ね、髪は白く、年老いて……それでもシャンと背筋は真っ直ぐ伸びていて、そこにいるだけで清浄な空気が流れていた。

 其の空気に圧倒されるように、初めて見たときオビトは思ったのだ。

「……キレーな人?」

 ボソリ。思わずと言った感じで漏れたオビトの言葉に、ナルトが不思議そうに首を傾げる。

「??? キレー?」

「なんていうかそういう雰囲気? 品がある? 御利益ありそうな感じ? こう一目で見るだけで只者じゃないみたいな?」

「なあ、オビト。何言ってんのか全然わかんねーってばよ……」

 ……だよな。わかんないよな、と自分でナルトに言っておきながらオビトは思った。

 でも思ったのだ。なんだか、空に浮かんだ満月のように綺麗な人だなあと。

 自分でも年寄りの……それも男を形容するには不適切な表現だったと思うが、他にどう答えたらいいのかもわからなかったので仕方が無い。

 そんなことを思っていると、ふと気付いた。

「あ、そうだ……サスケの兄貴に似てるかも」

「イタチのにいちゃんにぃ?」

 オビトはそんなに関わる機会はないのだが、一時期カカシの部下だった同じ一族の少年を思い起こす。

「佇まいとか、纏っている空気とか……あと表情、そういやそっくりだったな、イタチと」

 自分が会ったうちはイズナは60半ばの老人で、イタチはまだ10代の少年だ。故に年齢が違いすぎて今まで考えもしなかったが……よくよく思い出してみると、顔はともかく、ちょっとした仕草や表情などがイタチは二代目火影だったうちはイズナに瓜二つだ。まあ、イタチはイズナほど愛想は良くないが、それでも時々見かける弟のサスケを慈しんでいる時の表情とか、思い出してみると記憶の中のイズナと本気でそっくりである。

(道理で長老衆がイタチを見て『イズナ様の再来だ……』って騒ぐわけだ)

 そんなことをオビトが考えている間に、ナルトのほうでもイタチの姿を思い出す。

 年も5歳離れているし、アカデミー在学時期も被っていないからそこまで関わる機会が多かったわけでは無いのだが、時々サスケを迎えに来たイタチと遭遇することはあったので、ナルトにとって顔見知りではある。

 サスケの兄貴なだけあって顔はサスケそっくりだったので、はじめナルトはこいつもサスケみたいにクールでスカしてんのか? と思ったものだが、弟を迎えに来たイタチはナルトと目が合うと、ナルトの目線に合うようにわざわざ屈んでから『こんにちは、ナルト君だな。いつも弟が世話になっている。うちの弟と仲良くしてくれてありがとう』と微笑ったので、次の瞬間どーせこいつもサスケと同じような感じだろ? と決めつけた事に罰が悪くなったものだ。

 そんな兄とナルトのやりとりを見て、『兄さん! そんな奴に挨拶する必要ないって! 大体別にオレはナルトに世話になってねー!』とか生意気な事言ってたサスケとは大違いである。あとサスケはぜってーブラコン。いかにもオトナって感じで優しそうなお兄さんで、一人っ子のナルトとしてはちょっとサスケが羨ましくなったものだ。まあ、其の直後に自分にはオビトやカカシのにいちゃんがいるからいっかと思い直したのだが……オビトはちょっと、あんまりにいちゃんって感じじゃないけど。

「つまり、やさしそーな人ってこと?」

「うん……うん? まあ、それでいいか。なんかそんな感じだ」

 と、2人揃って似たような表情で適当にうんうん話を結んだ。

 いや、お前達血も繋がっていないのにそっくりだよ、と常々評してたのはオビトの相棒で、彼同様ミナトの直弟子であるはたけカカシだが、ここに彼はいないのでツッコミもまた不在だった。

 

 ガチャリ。

「ただいまー」

 そんな声と共にちょっとだけ疲れたような明るい女性の声が玄関から響いてきて、ナルトはぱっと顔を輝かせるととてとてと玄関に向かう。

「母ちゃん、おかえりー」

「ただいま、ナルト」

 そういって玄関にやってきた息子をハグっと抱きしめた、赤髪が美しい女性、彼女こそがナルトの母親で、四代目火影波風ミナトの妻である波風クシナ……旧姓うずまきクシナである。

 ああ、癒やされるうって顔に書いてるかのようにわかりやすく感情を乗せながら、愛息子をギュウギュウ抱きしめる母親に対し、クシナさんは相変わらずだなと思いながら、苦笑するようにオビトも声をかける。

「お邪魔してます」

「! オビト来てたの? 来てくれたのは嬉しいけど、明日から忙しくなるんだし、うちに来る暇があるんならリンちゃんといなきゃ駄目でしょ」

「いやいや、そのリンに言われたんですってば! 『明日確実に休む為にも今日は夕方まで脱けられないから、オビト、ナルト君に会いに行ってあげなよォ? きっとナルト君、喜ぶよ?』って」

「相変わらず尻に敷かれてるってばね……安心したわ」

「そ、それに四代目にも『ん、オビトも明日から忙しくなるからね、今のうちにしっかり休むんだよ? あ、でもナルくんにも会いにいってくれると嬉しいな。最近、オビト会いに行ってなかったから寂しがってたよ』って言われて、カメラ渡されたし」

「何、オビトに言ってんだよ……父ちゃん」

 ナルトは羞恥のあまり、真っ赤にして俯いていた。

 性質が悪いのは、ナルトがオビトが来なくて寂しかったのは事実って点である。だが、そこは気付かなかったフリをするのが思春期にさしかかろうとしている息子への気遣いってものじゃないのか。

 いや、父親の事は好きなのだが、ナルトは心の中で『父ちゃんのアホー! 天然!』と罵倒した。

 そんな息子と、弟のようにも息子のようにも思っている青年の様子に苦笑してクシナは「そう、それならいいんだけど」と慈しみに満ちた母の顔で微笑む。

「次に休める日が来たら、リンちゃんと2人揃ってうちに来なさいよ。カカシも呼んでお祝いしてあげるから。うんと御馳走、作ってあげるってばね」

「はは、楽しみにシテマス」

 そんな2人のやりとりを見て、身悶え状態から解放された金髪の子供が声をかける。

「オビト、もう帰るのか?」

「ああ、もうすぐ夕方だからな。クシナさんお邪魔しました。じゃあまたな、ナルト」

 そんな風に軽く挨拶をするオビトにナルトは、「オビト!」と名を呼んで、それから緊張と決意を込め、次のように言った。

「オレ、すぐにオビトに追いつくから! んでんで、ぜってー二代目も父ちゃんも、オビトも超すすっげー火影になるから! だから待ってろよな!! 明日の就任式見に行くかんな、トチんなよな!!」

 びっと親指を立てて、ナルトはそう宣言した。

 それに対し、傷だらけの顔にニッと愛嬌のある笑顔を浮かべて、オビトもまたびっと親指を立て返しながら「おう、楽しみにしてる」と返した。

「トチんねーよ、ばーか」

「うっせ、オビトのくせに」

「オビトのくせにってなんだこら! ナルトのくせに!」

「いててて、いひゃいひゃい、ふねんな、はかおひとぉ!」

 ナルトの頬をムニーっとつまみあげるオビトと、つままれるナルトというじゃれ合っているようにしか見えない息子達のやりとりを前に、クシナはほっこりとした気持ちでああ、きっとこの先もこの里は大丈夫だなと思えて、思わず笑った。

 

「お邪魔しました」

 今度こそ波風家を後にして、オビトは自宅に向かう途中その顔岩を見上げる。

 右から2番目に描かれた顔岩……自分の、御先祖様の弟だったというその人。

 亡くなる1年ほど前から肺を患い、床から出られなくなったその人に、曾祖父が忙しいとき代わりに買い物をしたり、祖母に言われて届け物をしたりしてたのは子供の頃のオビトだった。

 亡くなる前は本当に衰えて、碌に握力もなかった弱った手で優しく頭を撫でられて「ありがとう」と、微笑まれたその顔はよく覚えている。

 初めて会ったときと比べものにならないくらい気配が薄弱になっていたけれど、それでもその笑顔は変わらなくて、あの日、初めて会ったときに言われた言葉を思い出す。

『オビト君、君は火影になりたいと聞いた。何故なりたい? どんな火影になりたい? 君は火影をどんな存在だと思っている』

 そしてその人は、オビトの出した答えを聞いて、満足そうに、微笑ったのだ。

 まるでそれが正解だと言うように。

 それはオビトの原風景だ。

 オビトが火影を目指すと口にするとき、リンの言葉の次にこの時のこの人が、オビトの励みになり芯となった。

 

 真眼のイズナの瞳は全ての真を見抜いたという。

 なら、きっとあのときのオビトの言葉は間違っていないのだろうとそう思えたから。

 きっとこの道は間違いじゃない。

 だから、あの人や、歴代火影達が紡いできた想いを、火の意思をこの胸に抱えて。

 明日、うちはオビトは火影と成る。

 

 

 転生したらうちはイズナでした・完。




 連載開始前に、pivivのネタメモに記載してたキャラ紹介再録


 うちはイズナ(元イタチ)

 穢土転生で弟に愛告げて消えた……と思ったら気づいたらイズナに転生してた人。この話の主人公。
 原作マダラに対してボロクソな評価してるしそのことを覆すつもりもないが、自分の兄となった少年期マダラに対して「兄弟の立場は逆だがチャクラの質といいなんだかサスケに似ているな」と思っている。
 口寄せの烏通して柱間とマダラの交流を知り、マダラが弟が安心して暮らせる里作りたいと思っている事や柱間との別離が写輪眼開眼するくらいマダラにとって辛いことだったことを知り、兄マダラを闇堕ちさせない! 柱間との友情途絶えさせない! と決意する。
 イタチとしての人生の最後、1人で出来ると思いこんだのは間違いだった支え合うべきだったのだと後悔しており、同じ間違いは犯さないの精神で協調性を今世では重視している。
 前世は前世、今世は今世と線引きしっかりつけているので、たとえ自分の人格が前世のイタチの延長戦であろうと今の己はイズナであり、うちはイタチは死者だと思っているので大体前世と同じ轍踏まないモットーに生きていく。
 色んな意味でマジ有能な御仁。
 ブラコン属性愛の人なので今世の兄たるマダラのことも当然愛している。
 趣味は相変わらず甘味処巡り。あと昆布握り美味い。
 色々やった結果後の世でついた2つ名は「真眼のイズナ」
 引退後の兄弟2人旅が絵本になっている。


 うちはマダラ

 柱間大好きおじいちゃんでお馴染みのインドラの転生体。
 この世界でも柱間キチの弟ラブである。
 元イタチ現イズナの頑張りの結果光属性マシマシの陽キャな少年期時代の性格の延長線上な性格に育った。
 愛する弟より大事なものなんてあるのか? とか真顔で言い出すヤベエ奴。
 イズナのおかげで特に人望失墜とかも起きてないので里が出来たあとも族長のまま。
 弟第一だが親友の柱間も大好きだし絶望に落ちてないので「仕方ねえなァ」と言いながら初代火影柱間を生来の面倒見の良さ前面に出して支える。弟に対してデレデレかつ柱間に対してツンデレ。
 弟が亡くなった一年後に「イズナや柱間のいねェ世界に興味はねぇ」って亡くなった。大往生。
 弟の手の上でコロコロされているようでそうでもないお兄ちゃん。 
 繊細さと自由人さが同居している。
 子供が死なねえ世の中欲しがってるくせに柱間とドンパチやるの大好きな戦闘狂。
 

 千手柱間
 
 毎度お馴染みアシュラの転生体な初代火影。
 柱間細胞ってなんなんだろうね……柱間マジチート。 
 マダラの存在は天啓!と豪語してやまない。
 マダラのマブダチ。
 マダラの弟ならオレの弟も同然ぞ!! とかマジで思ってたりするオッサン。
 嫁との仲は良好で孫の綱手甘やかしまくっているが、それはそれこれはこれでマダラマダラ言い出すしマダラにダダ甘どーん! マダラもマダラで柱間キチなのである意味噛み合っているのかもしれない。
 


 千手扉間

 元イタチ現イズナと共に里作りにおいて重要人物となる柱間の弟。
 アカデミー創立の立役者でありのちにアカデミーの校長と研究所の所長の二足の草鞋を履くこととなる。
 原作のイズナとはともかく、この世界のイズナ(元イタチ)とは息ピッタリの相棒っぽい関係になる。
 有能その2。
 研究所の次代所長にダンゾウ指名したためこの世界だと根が生まれない。
 研究と次世代育成が趣味。


 うちはオビト
 マダラのひ孫で4代目火影波風ミナトの弟子。
 エピローグ部分の語り部である。


 おまけ:この物語には関係がなかったので書かなかったこの世界の三忍に関する設定。


 加藤綱手

 原作とは経緯と亡くした時期が違うがこの世界でも弟の縄樹を失い、それを切っ掛けに医療忍術の第一人者となっていき、加藤ダンと知り合い彼と恋仲になる。
 大戦が起きた時期が原作と違う為、ダンは失わなかったものの、大戦の2年後ダンは別任務で重傷を負い、一命は取り留めたものの、代わりに下半身不随になり、生殖機能も失った。しかし綱手は「それでもいい! 生きて帰ってきてくれただけでいいんだ……」と25歳の時に加藤ダンと結婚。千手綱手から加藤綱手になった。
 その後綱手は木の葉病院の医院長になり、ダンは車椅子ながら綱手の補助として事務という形で綱手を支えている。子供こそいないが、今も万年ラブラブおしどり夫婦である。尚、この世界の綱手はダンが生きていた為か、血液恐怖症にはなっていない。
  

 自来也

 おそらく原作と一番変更点の少ない人。性格も立ち位置も殆ど変わらずお弟子沢山の毎度おなじみエロ仙人。
 この世界ではオビトの師匠でもある。


 大蛇丸
 
 原作で大蛇丸の両親が死んだ時期って丁度金閣銀閣クーデターの時期前後くらいなわけだが、この世界では金閣銀閣によるクーデター事件からの大戦の発展が起きなかったため、バタフライエフェクト的に大蛇丸の両親も生存、少なくとも大蛇丸が成人するぐらいの時期まで両親は死んでいない。
 そのせいか、原作終盤のサスケの保護者やってた時期の性格に近い感じに成長した。
 木の葉忍術研究所主任。次期研究所所長となるだろうと囁かれているオカマである。


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