ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 (タク@DMP)
しおりを挟む

序章:鳴神の如く落ちる
第1話:ポケモン廃人、知らん地方に転移した。


 ポケモン廃人。

 それは、ポケモン対戦や色違いに命を懸けるがあまり、ゲーム時間の殆どを自転車でぐるぐるすることに命を懸けている人種の事を指す。

 大学生のメグルもその一人であった。

 今日も今日とて彼は自室のベッドに寝ころび、死んだ目で厳選作業を行っているのであった。

 

「……青いなあ」

 

 目指すは色違いのルギア。

 特に思い入れがよくあるわけではないが、対戦でよく使うポケモンは皆色違いにしたいという自己満足的な理由であった。

 このルギアが手に入るダイマックス巣穴での色違いの確率は(「ひかるおまもり」を持っていれば)1/100。

 普通の色違いに比べれば大分良心的な確率とはいえ、相当な数のレイドを周回するハメになる。

 おまけに、既に彼は5匹もの伝説のポケモンの色違い厳選に成功しており、その総作業時間の膨大さは想像に難くないものであった。

 

「……青いなあ」

 

 

 

(……すか? 聞こえ、ますか?)

 

 

 

「……いやそういうの良いから。この無限レイド編から解放してくんねーかな誰か」

 

 

(助けて……助けてください……)

 

 

 

「助けてほしーのはこっちなんだわ!! 早く色ルギアをよこせ!!」

 

 そう言いかけてメグルは口を噤んだ。

 部屋に木霊するのは聞き覚えのない声であった。

 とうとうポケモンのしすぎで頭がおかしくなったのだろう、と結論付けて再びレイド周回に戻る。

 どうせこの場には自分しかいないのだ。咎める者など誰も居ない。

 

(この世界を……助けて──)

 

「無理に決まってんだろ、こちとら引き籠りだぞ──ま、ポケモンの世界なら無双できるかもだけどな、ハハハッ」

 

 突如聞こえてきた声に臆することなく返事するメグル。

 完全にゲームにのめり込んでいた。

 そして、そう豪語出来る程に彼はポケモンというゲームを長年やり込んでいた。

 廃人歴、10年。

 厳選したポケモン、数知れず。ポケモンのタイプも、それぞれ覚える技も、能力の伸びやすさを示す「種族値」も既に全て暗記している。

 こうして、今まで専ら対戦を極めてきた彼だが、とうとう伝説の色違い厳選にまで手を出してしまった。

 ポケモンというゲームの沼は深い。マリアナ海溝程である。

 そしてメグルはまごう事なきポケモン廃人であった。

 

(……そうですか。それなら、いけますね?)

 

「……ったく、邪魔すんなっての──え」

 

 悪態をついてゲーム画面を見直し、言葉を失った。

 そこに現れたのは、ポケモン剣盾には登場しないはずのポケモンたち。

 大きな目玉に、アルファベットを崩したような姿のシンボルポケモン・アンノーンであった。

 それも1体や2体ではない。

 画面中を覆い尽くす勢いでそれは増殖していく。

 

「待て、待て待て、バグった!? バグったのか!?」

 

 思わず電源を切ろうとする。

 しかし、幾ら電源ボタンを押してもニンテンドーSwitchの画面は黒くならない。

 

 

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

 

 

 電子音が周囲から響き渡る。

 誰も居ないはずの部屋の壁に、ゲーム画面に映っているべったりと黒いシンボルたちがへばりついていた。

 本来、そこにいるはずのない「異物」達。

 本来、現実には存在しないはずの「ポケモン」達。

 それを目の当たりにして鳥肌が立つ。

 アンノーン達は不気味にこちらを見つめるだけだ。

 

「何で……? ポケモンが……アンノーンが……!?」

 

 

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

 

 

 

 有り得ない。ポケモンは架空の生物だ。

 そんな彼の常識など取るに足らないと言わんばかりに、アンノーン達は鳴き続ける。

 その目は真っ赤に染まっており、不気味さを際立たせていた。

 

「おい、やめろ……! 何だお前ら……!」

 

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

「ぴぴぴ……」

 

 その目が光ると共に──ベッドに突如虚空が開く。

 

 

 一瞬でメグルの身体は重力を失い、落下したのだった。

 

 

 

 

「なんでええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 叫びながら落ちていく。

 ベッドから投げ出された体は床へと吸い込まれていき、やがて意識を失ってしまった。

 

 

 ※※※

 

 

 

「……何が助けてくれだバカヤロー! 助けてほしいのは俺の方だーッ!!」

 

 

 

 首と背中の痛みで起き上がり、しばらくしてメグルは森の中に自分が投げ捨てられていたことを理解した。

 此処が何処かも分からない。

 しかし、茂みの近くを通ると時折、ゲームでは散々見慣れたポケモンが飛び出して来るのだった。

 

(ナゾノクサ……コラッタ……ニドラン……間違いねぇ、俺はポケモンの居る世界に飛ばされたのか……)

 

 尤も、今の彼は生身でステゴロ。

 今周りをうろちょろしているポケモンたちがどれほどゲームと同じ力を持っているのかは分からないが、もしもメグルの想像通りだった場合、この小さなポケモンたちにすら歯が立たない。

 彼らは人知を超えた能力、そして技を持つ。周囲に開いている穴ぼこなんて、ポケモンが開けたに違いない。

 

(人生で一番の命の危機かもしれん……)

 

 小さいからと言って侮るなかれ。コラッタの前歯は木々を削り倒し、ニドランは毒のトゲを持ち、ナゾノクサのばら撒く粉塵を吸えば昏倒してしまうだろう。

 ポケモンは怖い生き物です! とは、誰が言っただろうか。

 そうでなくても、大型のポケモンに襲われれば命を落とすことは確実である。

 従って、メグルに残された道はとにかく人の居る場所へ歩くことであった。

 尤も、地図も道しるべもアテも何も無いのであるが。

 当然、アルセウスフォン(似たような境遇のポケモンLEGENDSアルセウスの主人公がゲーム序盤に貰ったチートアイテム)など無い。

 本当に何も無いのか、とズボンをまさぐったが、出てきたのは透明な羽根だった。

 

(これは流石に激レアアイテムか……!?)

 

 と思って振ったり、投げたり、ふーふーしてみたり、地面に刺してみたが、何も起こらなかった。

 

「ゴミじゃねーかよ!!」

 

 と投げ捨てるのは簡単だったが、今この場ではどんなものがいつ役に立つか分からない。結局ズボンに刺したままにしておくのだった。

 

(夢なら本当に醒めてほしい……厳選したい……部屋が恋しい……俺には新作のポケモンをやるって使命があるのに……)

 

 しかし、幸い運は彼に味方した。

 しばらく歩いていると、木造の建築物が見えてきた。

 明らかに人造物で、人の手が入っているものだ。

 思わず駆け寄った。そして、立ち止まる。

 建築物の前には──何かが2つ、向き合うようにして鎮座していた。

 それは巨大な石像だった。高さ2メートルはあるだろう。その大きさも目を見張るものがあるが、メグルが驚いたのはそのデザインであった。神聖な獣を模したであろうそれは、どこか見覚えのある姿であった。

 

「ライコウ?」

 

 それは紛れもなく伝説のポケモンであるライコウの特徴を備えていた。稲光の如き鋭い眼光。口元からのぞかせる鋭く長い牙。猛虎の如き威風堂々とした佇まい。まさしくメグルがゲームやアニメで幾度となく目にして来たそれそのものであった。

 

「……よくできてるなあ」

「──此処は立ち入り禁止よ」

 

 ふいに後ろから声を掛けられる。振り返るとそこには見知らぬ少女が立っていた。

 

「君は……」

「私はユイ。キャプテン……代理なんだからっ!」

 

 ユイと名乗った彼女は、金色の髪を腰まで伸ばしている。メグルよりも頭一つ分ほど背が低く、華奢で小柄であった。しかし、その仕草は何処か大人びており、責任感を宿した目をしていた。彼女はメグルの方を見て呆れたように言った。

 

「神聖なおやしろに足を踏み入れるとは良い度胸ね。それとも、此処が何処かご存じで無い?」

「……いや、存じてない」

 

 存じているわけがない。メグルはふと後ろを振り向いた。自分がアテにしていた木造の建築物の正体がその「おやしろ」なのだろう。

 なるほど確かにライコウの像2つは、やしろを守るようにして立っていた。

 

「俺、森の中に落ちてきて……えーと……」

 

 必死に記憶を手繰り寄せる。

 しかしいくら思い出そうとしても、そこから先は霞がかかったようにぼんやりとしていた。

 

「悪いけど、何にも覚えてないんだ。どうして自分が此処に来たのかも分かんなくてさ」

「……はぁ、ダメそうね」

 

 ユイは心配そうな顔を浮かべる。

 

「とにかく着いてきて。私たちの町で話は聞くんだから──」

「俺はこれからどうなるんだ?」

「檻の中? 抵抗しても良いけど」

「ええ……勘弁してください! 俺まだ前科持ちにはなりたくないんです!」

「あっははは、冗談だってば! あんた、ウソ吐いてなさそうだし。なんか吐けなさそーな顔してるし。どうせ旅行客か何かで、道に迷ったんでしょ? 困ったことがあったときはお互い様だから!」

「た、助かる……ポケモンも居ないから困ってたんだ」

「ポケモンが、居ない? あんた、ポケモン無しで此処まで来たの!?」

 

 驚いた様子で彼女は目を見開く。

 道中は弱いポケモンしかいない上に襲ってこなかったので何とかなったが、よく考えたら此処まで無事で来れたのが奇跡のようなものなのだろう。

 

「あんたのポケモンは!? 迷ったの!? 探してあげなきゃ!」

「ま、待って。そもそもポケモンを持ってないんだ。いきなり気付いたら、この森に居て──」

「そんな事ある!? 死にに来たの!?」

「違う! 死にに来たなら、こんな人が来そうな所にわざわざ来ないだろ!」

「あんたねー……まさか──」

 

 彼女が言いかけた時だった。木々がざわめきたち、何かに怯えるかのように、ポケモンたちが飛んで跳ねては茂みへ消えていく。

 先程まで静かだったやしろの森は怯えるように騒ぎ立て始めた。二人は警戒するように周囲を見回す。

 突如、足元が暗くなった。

 

「……えっ?」

 

 2人が驚いて上を見上げると、そこには巨大な影があった。

 鳥だ。 

 それも、とても嘴が長い鳥だ。

 そして肌が大きく粟立つ。

 大きく広げられた翼は威風の証。

 何かを穿つために捻じれた嘴は不気味さと歪さを際立たせている。

 

「オニドリル……だよな……!?」

 

 メグルは呆然と呟いた。

 悠然とした振る舞い。

 しかし、そこからはある種の余裕、そして殺気を感じさせた。

 出会っても何もしてこなかった此処までの野生ポケモンたちとは違う。明らかな敵意すら感じさせる。

 そもそも野生ポケモンに限らず野生動物とは出くわしたら襲ってくるのが普通だ。

 ゲームでも草むらを歩いていたらポケモンが飛び出してきて戦闘になるのである。

 にも拘わらず、あのコラッタやニドラン、ナゾノクサが逃げるばかりだった意味を漸くメグルは思い知ったのである。

 野生ポケモンたちは、このオニドリルに怯えていたのだ。

 

「パラララララララ!!」

 

 あの独特の鳴き声を響かせながら、オニドリルは翼をはためかせる。

 その風圧だけでメグルの身体は吹き飛びそうになった。

 もしも本気で羽ばたけば、このやしろ諸共壊されてしまいそうな勢いだ。

 

「パラララララララ!!」

 

 威嚇するようにオニドリルは再び羽根を広げる。

 

「なあキャプテン代理さんよォ!? コイツ、この森のヌシとかそういう系のヤツなのか!?」

「違う! こいつはヌシ様じゃない! そもそもオニドリルなんて、この辺りに生息してないもの!!」

「じゃあ誰かが持ち込んだのか!?」

「知ったこっちゃない! でも目の前のこいつは、明らかに敵意を向けてる……この”おやしろさま”に……森のポケモンたちに! ”おやしろさま”の敵は、私の敵なんだから!!」

 

 鬼気迫る表情で彼女は赤い上蓋で閉じられたボールを握り締める。

 モンスターボール。メグルも見慣れた、縮小したポケモンを持ち歩くための道具だ。

 そして、ユイは慣れた手付きでそれを眼前に投げ入れる。

 

「あんたに恨みはないけど、この森を荒らすなら……痛い目見てもらうよ!」

 

 ぽんっ!! 音を立ててボールが弾けた。

 そこから現れた「モンスター」に一言。

 指示はそれだけでいい。

 トレーナーとポケモンの慣れた連携であった。

 

 

「レアコイル、撃ち貫け!! 10万ボルトなんだから!!」

 

 

 

【レアコイルの 10万ボルト!!】

 

 ──雷光直下。

 

 

 オニドリルの頭から激しい稲光が幾重にも重なって落ちる。

 

 

 下手人は磁石に目玉が付いたモンスターが3つ連なったポケモン・レアコイル。

 一瞬で周囲は真っ白になり、メグルは腕で目を覆った。

 目は眩んでよく見えないが、バチバチバチ、と何かが焼き切れる音が聞こえてくる。

 

(特攻)120ってこえー……ッ!」

 

 頼もしさよりも先に恐ろしさが先行する。レアコイルのC──もとい特殊攻撃力の高さはメグルもよく知っているが、それを目の当たりにする日など来るとは思っていなかった。

 アレを喰らった時のことなど考えたくない。黒焦げでは済まないだろう。

 

(オマケに飛行タイプに電気タイプは効果抜群……流石に確1だな──)

 

 オニドリルは先ず助からない。

 同情さえ禁じ得なかった。

 恐る恐るメグルは目を開ける。

 

 

 

 

 ──いない。

 

 

 

 オニドリルの姿が見当たらない。

 さっ、とメグルの顔から血の気が引いた。

 逃げた? 違う。

 彼は思わず頭上に目をやった。

 いない。

 しかし、わざわざやってきたのに尻尾を巻いて逃げるようには見えない。

 そもそも、先程の10万ボルトは確かにオニドリルに直撃したのだ。そこまではメグルの目にも確かに見えたのだ。

 

「ッ……ウソでしょ!? 何処!?」

「どうなってんだよ……!!」

 

 ふと地面に目を向ける。

 そこには、先程までは無かった大穴が開いている。

 

 

 

「地中か──ッ!?」

 

 

 

 

 地面が音を立てて砕けた。

 激しく回転しながら、それは突如勢いよく飛び出す。

 すぐに何かは分かった。

 オニドリルだ。

 文字通りドリルのように地中を突き進み、戻って来たのである。

 そしてその勢いのまま、レアコイルをカチ上げて──吹き飛ばした。

 

 

 

 【──効果は抜群だ!!】

 

 

 

 

 レアコイルは木に叩きつけられ、そのまま地面に転がる。

 鋼タイプと電気タイプを併せ持つレアコイルにとって、地面タイプの技は致命傷に等しい。

 しかし、レアコイルは非常に”頑丈”なポケモンだ。どんな攻撃を受けても、一撃は必ず耐える。

 

「今のは”穴を掘る”……ッ!? ──まだいける!! レアコイル!!」

 

(”穴を掘る”……ッ!?)

 

 さぁっ、とメグルの顔から血の気が引いた。

 確かにオニドリルというポケモンは、地面タイプの技を幾つか覚える。

 しかし、流石に元が飛行タイプだからか”あなをほる”は覚えないのだ。

 地中に一度潜行し、時間をかけて相手を地中から攻撃する技である以上、元々が地中に適応したポケモンで無ければ習得出来ないのは当然である。

 つまり、あのオニドリルはユイにとっても、ましてやメグルにとっても未知の存在であった。

 

「おい!! あいつは、俺達の知ってるオニドリルとは違うんじゃないか!?」

「今更それを知ったところで何? 私は此処を守るキャプテン! 引き下がる理由にはならない!」

「いや、そうじゃなくて──」

「そもそも、空を飛んでるポケモンに電気が効かない道理なんて無い!! もう1回当てれば落ちる!! レアコイル──10万、ボルトッ!!」

 

 弱弱しく3つのユニットが発電のために回転する。

 そして──再び雷撃がオニドリルを捉えた。

 

 

 

 

【レアコイル の 10万ボルト!!】

 

 

 

 

 二撃目は驚くほどにあっさりと、オニドリルの身体へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 そして。

 オニドリルは悠然とその場に立っていた。

 バチッ、バチッ、と身体に纏った電気はアース線のように脚から地面へと流れていく。

 

 

 

【効果がないようだ……】

 

 

 

 今度こそハッキリした。

 オニドリルは電撃を受けても立っていた。平然とした顔で。

 

「まさか……本当に、効いてないの!?」

 

 ユイはおずおずとモンスターボールに手を伸ばす。

 

「じゃあ、あのオニドリル、何タイプだっていうの──ッ!?」

 

 

 

 

「パラララララララララッ!!」

 

 

 

 

 翼を広げたオニドリルが威嚇しながら空中へ飛びあがる。

 そして、その目が赤く輝き──

 

 

 

【──オニドリルの 地震!!】

 

 

 

 

 ──急降下。

 地面は一気に砕け、衝撃波となって襲い掛かる。

 まるで津波の如き勢いで、土砂がメグルを、ユイを、レアコイルを飲み込む──

 

「これがポケモン──ッ!? こんなの、災害か何かじゃないか……!!」

「っ──!!」

 

 ユイは飛び出し、レアコイルに覆いかぶさる。

 しかし、最早間に合わない。

 この場に居る全員が、そしてやしろそのものが、土砂に喰われようとしたその時だった。

 

 

 

 

「──ビッシャァァァーンッ!!」

 

 

 

 ──雷鳴が啼いたようだった。

 

 

 土砂は押し寄せてこなかった。

 比喩ではなく、本当に1枚の静止画のように、先程まで蠢いていたそれらは停止していた。

 

 

 

 

「──ギュリリリィィィーンッ!!」

 

 

 

 雷鳴の如き咆哮に、メグルは思わず振り向く。

 やしろの屋根に──黒い体毛に黄金の鬣を携えた獣型のポケモンが佇んでいた。

 その姿はメグルの記憶のどのポケモンにも合致しない。

 大きさは中型犬ほどだ。しかし、石像として飾られている伝説のポケモンにも負けない程に威風堂々とした立ち振る舞いをしていた。

 

「ヌシ様……!!」

 

 メグルは否が応でもそのポケモンを「ヌシ様」と認めざるをえなかった。

 ”なるかみのやしろ”。

 その主に相応しい威容である。

 

 

 

【??? の じんつうりき!!】

 

 

 

 次の瞬間、空中に一時停止していた土砂が一気にオニドリルへと跳ね返される。

 想定外の反撃を受けたオニドリルは、悲鳴を上げると──戦況悪し、と判断して何処かへ飛び去って行くのだった。

 そして、ヌシもまた──忌敵を追撃することなく、そのまま見つめているのだった。

 

「……レアコイルごめん、ゆっくり休んで……」

 

 突っ走りがちなだけで、根は真っ当な善人なのだろう。ユイは労わりの言葉を投げかけながら傷ついたレアコイルをモンスターボールに戻す。

 戦闘は終わった。危機が去ったことを察知した途端、全身の力が抜けてしまった。

 あのヌシポケモンの介入が無ければ、どうなっていたのだろうか想像したくもなかった。

 メグルはへたり込み、現れたオニドリルのことを、そしてヌシのことを考えていた。

 

(……俺も見た事の無いポケモンが今、2匹も現れた……そのうちの1匹は、現地人のこの子も知らない姿のオニドリルだし……)

 

 やしろの屋根に佇む見た事のないヌシポケモン。

 そして、襲撃してきた明らかに姿の違うオニドリル。

 この地は、メグルが今までゲームやアニメで目にしてきた世界とは違うという確信を持ちつつあった。

 

 

 

(もしかして、もしかしなくても俺、知らない地方に飛ばされたのか──!?)

 

 

 

 

「大変!! 何でこんなになるまで──!?」

 

 ユイの明らかに取り乱した声でメグルは我に返る。

 見ると、屋根の上に先程まで佇んでいたヌシは──ぱたり、と力尽きたように倒れていた。

 その黒い体躯には、嵐に巻き込まれたかのように無数の擦り傷が付いていた。

 先程の戦闘で負ったものではない。そのまま体を引きずって戦っていたのだろう。

 本気で蒼褪めた彼女の顔を見るに、危ない状態であることには違いない。

 

 

 

「ヌシ様がボロボロなの!! ポケモンセンターに運ぶから手伝って!!」

 

 

 

 

 

 ──「ポケモン廃人、知らん地方に転移した。」




【オニドリル(???のすがた)】
きめんちょうポケモン タイプ:???タイプ
『捻じれた嘴で勢いよく地中を掘り進み、トンネルを作る。二つに別れたトサカは、鬼の如し威容を放つ。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:夢もねぇ!希望もねぇ!ポケモンもねぇ!

 ※※※

 

 

 

 ──倒れたヌシを手当し、ポケモンセンターに駆け込む。

 幸い、距離は然程離れてはおらず、迅速に傷ついたポケモンは治療されることになった。

 しかし、モンスターボールに入っているレアコイルはポケモンセンターの治療マシンで一瞬で回復したものの、野生ポケモンであるヌシはしばらく入院することになったのである。

 そして肝心のユイと言えば、

 

「……大丈夫っ。ヌシ様は強いから。きっと治るよ」

 

 と、気丈に振る舞っているが、落ち込んでいるようだった。

 表情は暗い。ポケモンシリーズで「キャプテン」の役職に就く人間はいずれも「ぬし」や「キング・クイーン」といった、強大なだけではなくその地域の守り神のような立ち位置の()()()()()()を世話する役目を持つ。

 それ故に、ヌシ様を傷つけてしまった彼女の無念は察するに余りある。

 メグルはこの地方のヌシ様をよく知るわけではない。しかし、今までにプレイしたゲームでは、いずれもキャプテンの世話するボスポケモンは設定上強いことは理解していた。

 相性差はあっただろうが、ヌシに深手を負わせたあのオニドリルも同等の力を持つと言っても過言ではないだろう。

 

(ヌシ様は精神的な支柱でもあるだろうし……ショックだろうな)

 

「──()()()()()()回復するまで時間がかかりそうだね」

「博士!?」

 

 ふと、後ろからそんな声が聞こえてきた。ショックで顔色が暗かったユイはそちらの方を向く。メグルも釣られて顔を上げた。

 サングラスをかけ、白衣を背中に羽織った青年が陽気に微笑んでいた。

 気さくそうに手を振ると、彼はこちらに歩いて来る。

 

「やっはろー♪ 無事で良かったよユイ君♪」

「どぅーどぅー」

 

 その傍らには、えかきポケモンのドーブルが立っている。

 尻尾が筆のようになっており、絵具のような体液を分泌する犬型のポケモンだ。

 

「いやぁーっ、大変なことになっちゃったねぇー。電気タイプが効かないオニドリルにヌシ様がやられたって?」

 

(何だこの陽キャ……)

 

「博士! 良かった、オニドリルの行方は──」

「それがさぁ、全っ然手掛かりゼロ! 空だけじゃなくって、地面にも潜れる鳥ポケモンなんでしょ? 何処に潜んでいてもおかしくないかなあ」

「……そ、そうかあ」

「んで、サンダースがあそこまでやられたのを考えると……電気が効かない、地面タイプってのは確実か」

「サンダース?」

 

 メグルは思わずユイに問いかけた。

 かみなりポケモンのサンダースは、黄色く逆立った体毛が特徴的だ。

 やしろにいた、あの黒いポケモンとは似ても似つかない。

 

「うん。なるかみのやしろを守っているヌシ様は、サンダース。姿が違うのは──この地方で採掘される特別な”たま”で進化するから」

「ヌシ相手に喧嘩を売れるほど強いなら、いつかまたサンダースを狙ってやってくるんじゃないかなァ? 確証はナッシングだけどねー♪ アッハハハ」 

「そんな、笑い事じゃないんだけど! 博士!」

「……博士? この人が?」

「こらっ、失礼!」

 

 思わずメグルは問うてしまった。何処からどう見てもチャラ男にしか見えない。

 言っていることも適当だ。最も、それだけあのオニドリルについて分からないことが多いということでもあるのだが。

 

「この地方のポケモン学の権威、イデア博士なんだからっ! 確かに見た目はダメ男だし、生活力ゼロだけど……立派な博士なんだからねっ!」

「ユイちゃん、君の方がボロクソ言ってない?」

 

 博士。多くのゲーム本編に於いてはプレイヤーに最初のポケモンを渡すことになる人物だ。

 その地方に於いても重要な立ち位置にいることが殆どである。

 見た目はアレだが、イデアが本当に博士ならば信用に足るし頼れることは違いない、とメグルは判断した。見た目はアレだが。

 ま、いっか、と適当に流したイデアは腕を組むと──メグルの方を見た。

 

「で、君は誰? 見たこと無い顔だけど、旅行客?」

「メグルって言います。えーと、その──」

「聞いてよ博士! こいつ、森の中でポケモンも持たずにやってきたの!」

「ポケモンも無しに!? ふぅーん……迷子か何かかな? じゃなきゃよっぽどな気狂いと見た」

「実は……」

 

 このままでは話が進まない。

 信じて貰えないかもしれないが、相手がポケモンの博士なら──と思い切って全てを話すことにしたのである。

 見た所かなりエキセントリックな性格であったし、多少突飛な話でも受け入れてくれるのではないか、と考えたのだ。

 

「──あんた、イカれてんの?」

「まあ、そうなるよな……俺もイカれてると思う。てか夢であってほしかった。夢であれ」

「なんか……あたしも、あんたがウソ吐いてるようには見えないのよね……あたしもイカれてるのかしら」

「ハッハ! ブラボー! 面白い! 最高に面白いね! 自室に居たらアンノーンが大量に出てきて、穴が開いて、気が付いたら知らない世界だった! もしこれがウソなら君、小説家になれるね!」

 

 にぃっ、と笑みを浮かべたイデアは──「でも」と続けた。

 

「ポケモンの力なら……世界を超えることだって不可能とは言えないよね? ユイ君」

「っ……そう、ですけど」

 

 そう、ポケモンの力ならば可能であることをメグルも知っている。

 例えばディアルガやパルキアといった「神」と呼ばれる伝説のポケモンだ。

 あるいは、それと同等の時間や空間に干渉できる存在か。

 

(とはいえ、そのおかげで信じて貰えて良かった……あんまり大っぴらには出来ないけど)

 

「ポケモンについてはどれくらい知ってる?」

「ゲームやアニメの中の存在、ですね……俺が元居た世界では」

「なるほどねえ。元の世界に戻りたい?」

「戻りたいです!!」

「即答ね……ま、当然か。親や友達も心配してるだろーし」

 

(心配するような友達は居ないけどな……)

 

 ユイの言葉に不覚ながら心を抉られるメグルであった。

 しかし彼は少なくとも、異能力を持ったモンスターが跳梁跋扈するこの世界にずっと居たいわけではなかった。

 確かにゲームやアニメのポケモンを連れた旅に憧れる気持ちが無かったわけではない。

 しかし、それはあくまでも創作の話だから楽しめるのであって、当事者になった今は全く笑えない。

 現に、レアコイルのあの電撃やオニドリルの地震攻撃を見た後だと猶更だ。あのようなモンスターと数えきれないくらい遭遇することになる。

 それに──彼は根っからのポケモン廃人だ。ポケモンの新作が彼を待っていた。

 

「と言ったって、メグルがどうやって此処に来たのか、彼自身も分かってないんじゃないですか?」

「だよねえ。だから、彼を此処に連れてきた犯人を突き止める必要がある。ヒントは君の話に出てきたアンノーンだと僕は思うんだよ」

「アンノーン……ですか。でも、あいつらに世界を超えるような力があるんでしょうか?」

 

 メグルの記憶にある限り、彼らの種族値はかなり低い。

 とてもそれだけの力を起こせるようなポケモンではない。

 

「無いね。()()()()、ハッキリ言って非力な部類なポケモンだ。でも、複数体集まった時に──奇跡の如き現象を起こすことがあるってね」

「!」

 

 アニメではそのような場面が幾度となく描かれていたのをメグルは思い出す。

 例えば結晶塔のエンテイなどが最たるだろう。何百匹も集まったアンノーンは、伝説のポケモンをそっくりそのまま再現してみせた。

 彼らはその名の通り不明な点が非常に多いポケモンだ。そして同時に、超常的な力を司るエスパータイプのポケモンでもある。

 そのため、複数体集まった時は何をしでかしてもおかしくない、というのがこの世界の研究者の人間の認識であるようだった。

 

「例えば2年前なんて、5匹のアンノーンが空をずぅっと真っ暗にしたことがあってね……3日くらいそのままだったよ」

「それほどまでとは……」

「んで、アンノーンというポケモンは限られた地域にしか生息していないんだ」

 

(そう言えばあいつら日本がモチーフの地方が舞台の作品にしか野生で生息しなかったような)

 

「──アンノーンが多く生息する地方。そして、アンノーンの描かれた古代文字が存在する地方。その数少ない一つが──この地方だ」

「この地方って言ったって……此処は何処か俺にはさっぱりで──」

 

 そう言いかけて、メグルに閃光走る。

 彼らはアルファベットの文字のような姿をしている。

 そして、アンノーンに似た古代文字が描かれた古代遺跡のある地方──ジョウトやシンオウでは特によく見られるポケモンだ。

 まだ希望を捨てるには早かったかもしれない、と彼は逡巡する。

 

(──アンノーンの生息地はカントーやホウエン、ジョウト、シンオウの4つの地域にしか生息しない。もしかしたら、ワンチャンこの地方はこの4つの地方のうちのどれかなのでは?)

 

(ハッハ!! 俺は今までプレイしたポケモンの地方の道順もダンジョンの中身も全部丸暗記してんだ!! いける!!)

 

 

 

 

「──ああ、言ってなかったね。此処はサイゴク地方。古くよりポケモンを”守り神”として祀る地だ。地理的にはジョウト地方の西方……って言っても分かんないか」

 

 

 

 

(あああああ!! そんな地方知らんァァァーッ!!)

 

 そもそも、サンダースのリージョンフォームが居る時点で知っている地方という線は無かったのである。哀れ。

 

「何で項垂れてんのよ、あんた……知らん世界に飛ばされてきた時点で今更じゃない? もしあたしだったら今頃寝込んでるわよ」

「そーゆーことじゃなくってぇ……!」

 

(覚えゲーも通用しねえなら、何で俺を此処に転移させたんだ!? 何処の誰か知らないけど、取り敢えずアルセウスぜってー許さねえ……!!)

 

 ※先に断っておくとアルセウスは無実です。

 

 斯くして。

 覚えゲーが通用しないポケモン廃人による異世界攻略が始まってしまったのである。

 

「それで……アンノーンは、何処に生息してるんですか? ちょっとあいつら乱獲してやらなきゃ──」

「アンノーンは、”アラガミ遺跡”に生息してるわ。だけど、その生息域が問題なのよ」

「アラガミ遺跡はね例によって立ち入り禁止なんだ。というか、おやしろさまのある区域は何処も立ち入り禁止なんだよね。キャプテン以外は」

 

(しかもすぐにはしばきに行けないんかい!!)

 

「んで、よしんば入れても、侵入者を阻むかのように強いポケモンがうじゃうじゃ生息してるんだよねぇー、死ねるよ?」

「キャプテンでさえ、生きて戻ってくるのは難しいわ。勿論、ポケモンを持ってないあんたを庇いながら進むなんてもってのほか」

 

 完全にラスダンか裏ダンの類じゃねえか、とメグルは内心で毒突いた。

 言わば、チャンピオンロードどころかシロガネ山のような危険地帯なのだろう。

 奥の遺跡に居るのが、あの弱っちいアンノーンというのがまた腹立たしさを加速させる。

 

「何か! 希望は無いんですか!?」

「あるよ」

「あるの!?」

「──当然、遺跡を踏破出来るくらい強いポケモントレーナーになることね」

「……」

 

 沈黙するしかない。

 それが出来れば苦労はしないのである。

 

「ま、いきなり強くなれって言われても困るよねぇ。だから、まずは”おやしろまいり”に挑んでみるのはどうかな」

「アンノーン達へのお礼参りなら今すぐ行きたいんですけど」

「違うわよ」

 

(伊勢参り……じゃなくて、アローラ地方のしまめぐりみたいなものかな)

 

「サイゴク地方の風習で、ポケモントレーナーになりたての少年少女は、その年のうちに5つのやしろを参拝するの。その過程でおやしろのキャプテンから試練を受ける。そして試練を突破することで”証”を手に入れるの」

 

(やっぱりしまめぐりだ)

 

 同じくキャプテンを有するアローラ地方にも似たような名前の行事があり、それを軸にポケットモンスター サン・ムーンのストーリーは進行するのである。

 

「そして、証を全て手に入れられたトレーナーは、アラガミ遺跡で森の神様に謁見する権利を手に入れられるんだ」

 

(え、要るんか? 謁見する権利……誰が欲しがるんだそれ……)

 

 どう考えても胡散臭さしか漂って来ないのだった。

 

「一応聞いておくんだけど、森の神様って?」

「このサイゴク地方の守り神よ。と言っても、誰も姿を見たことは無いんだけどねえ……あたしも一度、アラガミ遺跡の奥まで行ったことはあるけど、結局出会えなかったわ」

 

(伝説か幻のポケモンか……今は無視して良いかもな)

 

 どの道、何か条件が無ければ出会う事は叶わないだろう、とメグルは考える。

 一先ずは転移に直接関係のあるアンノーンに出会うことが最優先だ。

 

(どの道ポケモンを手に入れて鍛えないといけないんだから、当然と言えば当然か。いっそ、ジョウト地方やシンオウ地方に行ってみるのも手だけど……やっぱ手掛かりはこの地方にありそうだし)

 

 いずれにせよ、覚悟を決める必要はありそうであった。

 元の世界に戻る手段が、いきなり空から降ってくるわけではない。

 であれば、自らの脚で探しに行くしかないのである。

 

(やるしか……無いのか、おやしろまいり……)

 

 こんなはずではなかった、と項垂れる。

 

 

 

「取り合えず、今日は旅の準備をしようか。他に行く当てもないだろーしねぇ♪」

「はい……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 博士の家に泊めて貰えることになったメグルであったが、一先ず確認するべきはこの地方の地理である。

 

「んじゃあ、汚いところだけどゆっくりしていってよ」

「どぅーどぅー」

「マジで汚ェ……」

 

 研究器具、資料が散乱し、ダンボールがあちこちに積み上がっている。

 壁には博士の傍にいつもいるドーブルのラクガキが塗ったくられていた。

 他に研究員が居る様子はなく、この中には彼しかいないらしい。

 そりゃあこんな状態で助手が雇えるはずもない。

 

「此処がキミの部屋ね。暑かったら冷房付けて良いから」

 

 と通されたのは、空き部屋であった。

 普段博士はずっと1階の研究室に籠っているからか、他の部屋にはいかないんだとかなんとか。

 

(生活力ゼロってマジだったんだなあ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

(さて、言われるがままにお使いをするのがゲームの主人公だけどさ、俺はそうはいかないぞ)

 

 

 

 ポケモンの世界の地方は、現実世界の地域をモチーフにしている。

 そのため博士に貸して貰った地図を見れば凡そどの辺りかを調べる事が出来た。

 そして、しばし研究所を出て、町を回ってみることにしたのである。

 

(現実世界の地域で言えば、中国地方……そして此処は山口県の山口市にあたる場所……なのかな)

 

 シャクドウシティは丁度山口県の真ん中辺りに位置している。当然元の世界の街並みとは大きく異なる点も多いが、内陸部で山林に囲まれており、落ち着いた雰囲気の家屋が立ち並ぶ。人々はポケモンたちを当たり前のように連れており、周囲には和やかな空気が流れていた。

 そして、研究所を出て真っ先に目に着いたのは大きな五重の塔であった。

 それは、ジョウト地方の町にある同じものを思い起こさせる。

 

(やっぱり、何かしら関係あるんだろうな。ライコウの像があったなら、スイクンやエンテイの像もあるはず。森の神様も、もしかしたら俺が知っているポケモンなのかも)

 

 そもそも、ジョウト地方とは陸続きになっている地方だ。リージョンフォームこそあれど、新種のポケモンは居ないのではないか、とメグルは予想した。

 そして、もう1つ彼が詳しく調べたのは”おやしろまいり”についてだ。

 街を回っていると、本屋らしき場所があったので足を運んでみる。

 すると案の定、おやしろまいりに関する本やサイゴク地方のガイドブックのようなものがあったので、それをパラパラと立ち読み。

 

(おおよその世界観は分かった。この地方では、強いトレーナーとして認められるための方法が幾つかあって、遠回りのようで手っ取り早いのが”おやしろまいり”なんだ。その過程でトレーナーとして鍛えられる、と)

 

 それが、おやしろまいりに参加する大きなメリットらしい。これをクリアしたトレーナーは、すぐに大きな大会に出られるようになるのだという。

 失敗しても、他の地方に出て修行をしたり、キャプテンの下で修業をするといった道が開かれているのだとか。

 そして”おやしろ”の存在する街の場所を大雑把に調べたところ、全部で5つ。

 それぞれがサイゴク中に点在しており、町同士の行き来にはゲームのように道路を通ったり山超えをしなければならないようだ。

 しかし、ポケモンを鍛えることが目的である以上、そこをすっ飛ばすと強い敵相手に詰むことになりかねなかった。

 

(最強の旅パ、作ってやろうじゃねーか! ……と意気込んではみたものの、相手はあのオニドリルやサンダースなんだよなあ。当面、欲しいタイプのポケモンが2種類。地面タイプと──)

 

 まずは、あのサンダースもヌシポケモンならばいずれは戦う機会が来るかもしれない。

 電気ポケモンの対策は電気が効かない地面タイプで行うのが手っ取り早い。

 尤も、恐らく地面タイプであろうオニドリル相手にあのボロボロの状態で反撃していた辺り、それだけで勝てる相手とは思えなかったが、それでもいないよりはマシだ。

 そしてもう1つは──

 

(──あのオニドリルの対策になる水タイプが欲しい、かな)

 

 そもそも、水タイプは弱点が少なく、また弱点を突ける相手も多い。戦闘でも頼りになる存在だ。

 そればかりか、古のポケモンでは「なみのり」のひでん技で海を渡ることも出来る便利な立ち位置である。

 この地方にひでん技があるかどうかはさておいて。

 

(いやー、こうしてパーティを考えている時が一番楽しいんだよな、当面この2つは確定として──)

 

 そこまで考えた辺りでふと、メグルは思考を止める。

 

 

 

 

(──あれ? 結局俺、最初のポケモン貰ってなくね?

 

 

 

 

 ──悲報、今も尚手持ちは0匹。

 そもそも、ポケモンを捕まえるにしたって、戦闘をしなければならないわけで、そのためには自分のポケモンが必要なのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なに? 最初のポケモン? ……いる? やっぱり」

「いや、いるでしょ!!」

 

 そうでなければ、話にならない。

 

「あっははは、そう言ってくれると思ったよ♪ ナイスツッコミ!」

「怒りますよ」

「ごめんって。サイゴク地方では、慣習的に最初のポケモンはこの子って決まっていてね。お気に召すかは分からないけど──」

 

 彼は玄関に出た。

 ポケットに入っていた1つのモンスターボールをメグルの目の前に投げ入れる。

 

 

 

「──さあ、これが君の最初のポケモンだっ!」

 

 

 

 ぽんっ! 音を立ててボールが開く。

 そこには──

 

 

 

 

「……あの、博士?」

「……あれ? おっかしぃなぁー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──虚無(ヴォイド)

 

 

 

 

 

 ただただ虚無がそこに横たわっていた。

 つまり──ボールの中身は空。ただただ哀愁を漂わせながらモンスターボールは口を開けていたのである。




【サンダース(サイゴクのすがた)】
こくらいポケモン
タイプ:電気/エスパー
『勇猛果敢で恐れを知らない性質。空気中から体毛を通じて電気を取り込み、体内でサイコパワーに変えることが出来るため、疲れない。』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:アイドルが中身も可愛いとは限らない

 ※※※

 

 

 

(おっかしいなぁーっ、逃げ出したのかなあー? 心当たりなんて部屋が汚かったことだったり、おやつの木の実の味を間違えたり、そもそも気質が荒かったくらいなもんなのに……)

(心当たりしかねーじゃねーか、数え役満なんだわ!! 何やってんだあんたマジで!!)

(分かった分かった! 僕も探すの手伝うから! 仕方ないなぁーもう、メグル君ったら♪)

(俺が手伝う側だし、元はと言えば全部あんたの所為だろーが!! ハッ倒すぞ!!)

 

 

 

 ──最初のポケモンを自ら捕らえるのは、メグルからすれば考えられる限り一番面倒なパターンであった。

 しかし、見つけられなければ最初のポケモン無しで旅をするハードモードをやらされるハメになる。

 ついでに博士は、新人トレーナーに渡すはずのポケモンを管理不十分で逃がしたという事で、このままだとトレーナー協会だとか偉いところから怒られるんだとか。

 いっぺんちゃんとマジで怒られた方が良いんじゃないかと思いつつも、メグルは街を回りに回る。

 手分けして探すとのことだったが、正直もうあの博士はアテにしていない。

 町の人に聞き込みをしていたが、珍しいポケモンだからか割とすぐに見つかった。

 場所はシャクドウシティの名物・あかがねのとう。

 立派な五重の塔だが、その一階の屋根で気持ちよさそうに日光浴するポケモンの影があった。

 

「アレか……」

 

 メグルは懐から博士から貸して貰ったスマホロトムを取り出す。

 ポケモン図鑑機能が搭載されているこのアイテムは、ポケモンに翳せば即座にそのポケモンをスキャニングし、そのデータを表示する優れものである。

 

 

 

【イーブイ しんかポケモン ノーマルタイプ 所持トレーナーID:イデア】

 

 

 

 

 ──間違いない、とメグルは判断する。スマホロトムの機能のおかげで、野生のポケモンや他のトレーナーのポケモンと間違えることはない。

 あれこそまさに博士の下から逃げたイーブイ。うさぎや犬のどちらにも似てるようで似つかぬ小動物のポケモンだ。

 もふもふに自分で頭を埋め、イーブイはくぅくぅと寝息を立てて寝ている。

 幸い、スマホロトムの機能はこちらの世界のスマホの使い方と然程変わらない。登録された連絡先を選んで電話するだけだ。

 しばらくして、イーブイのモンスターボールを握った博士がやってくるのだった。

 

「流石メグル君っ! 僕が見込んだポケモントレーナーだねっ!」

 

(あんたの所為でまだトレーナーじゃないんだが?)

 

 言いかけたメグルだったが、喉の奥に仕舞いこんだ。偉い。

 あかがねのとうにいる住職さんに頭を下げて脚立を貸してもらい、屋根の上に登ると、キュートな寝顔を拝むことが出来たのだった。 

 

(あ……実物を見るとちゃんと可愛いんだな、やっぱり。声が悠〇碧なのも納得だわ)

 

 そう思っていた矢先であった。

 ぴくり、とイーブイの耳が動く。

 こちらの気配を感じ取ったかのように──パチリ、とその大きな目を開けるのだった。

 

「まあ此処は僕に任せておきたまえ。君はまだ、ポケモンとの接し方がよく分からないだろう」

「誰様ですか」

「こういう事もあろうかと、こんなものを用意していてね──」

 

 取り出したのは猫じゃらしであった。

 もう何から何まで間違っているような気がするメグルだった。

 本当にポケモン学の権威なのだろうか、この男は。

 

「好戦的な小型ポケモンは皆これが好きなんだ」

「はぁ……」

 

 猫じゃらしを取り出した博士は屋根に這いつくばると──

 

「はーい、イーブイちゃーん♡ こっちでちゅよ~♡ 戻っておいで~♡」

 

 でろっでろの態度で博士はイーブイに向かっていく。完全に騒ぎの所為かイーブイは起きてしまい、欠伸をしてこちらを睨んでいた。

 腰を低くし、目線を合わせる所は間違っていないと思うのだが、如何せん表情が率直に気持ち悪い。そしてイーブイの機嫌が露骨に悪く、もう既に失敗する予感しかしない。

 博士がボールを構え、そのままイーブイを捕まえようとしたその時だった。

 

 

 

「ケッ」

 

【イーブイの すなかけ!!】

 

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!! 目”がァ”ァ”ァ”ーッッッ!!」

 

 

 

 まあ、ダメだった。当然ダメだった。

 イーブイが後ろ足で蹴ったところから砂煙が舞い上がり、それがモロに博士の眼球に直撃した。

 目を抑えて、悲鳴を上げながら博士は屋根から転がって地面へ落ちていく。

 1階の屋根と言えど、アレは死んだんじゃなかろうか。南無。

 

(でも何でだろう、不思議と胸がすく思いだ)

 

 ぴくぴく、と足を震わせて倒れているホトケに手を合わせた後、メグルは再びイーブイと向き直る。

 しかし。

 

「──ケッ」

 

(ガラ、悪ッ!?)

 

 ぺっ、と何かを吐き出すイーブイ。目の前に毛玉を吐き出したのである。

 くしっくしっ、と後ろ足で頭を掻いた後、ギロリとメグルを睨み付けるのだった。

 僅か0.3m。ウサギサイズの目がくりくりとした小動物なのに、その態度はさながらグレッグルかゴロンダであった。

 

(つーか態度悪ッ!? 気性難とかそういうレベルじゃなくね!?)

 

「ケッ」

 

 もう一度毛玉が目の前に吐き出される。

 

「オイ!! ちったぁ媚びてみせろや!! お前はこっちの世界じゃアイドル的存在なんだぞ!! お前はイーブイ!! ピカ様に並ぶポケモンの顔なんだぞ!!」

 

 このイーブイは面と向かって相手に「馬鹿ブイねぇ」と言ってのけるタイプのイーブイである、とメグルは判断する。

 場の空気は既に剣呑そのもの。仮に手持ちに入ったとして、手懐けられるかどうかも怪しい空気が漂ってくるのであった。

 

「その子は少々性格に難があってねぇ……!!」

 

 死にそうな博士の声が屋根下から聞こえてくる。

 幸か不幸か生きていたようである。

 

「少々ってレベルじゃ無くないですか!?」

「イーブイにしてはとっても強い子なんだけど、気性が荒すぎて前に渡したトレーナーから返却されちゃったんだよ……!! たまにいるのさ、闘争本能が抑え切れないって子が!」

「育て方が悪かったんじゃないですか?」

「そんなぁ!?」

「プッキュルルルィィィ……!」

 

 明らかに威嚇している声が聞こえてくる。

 

「イーブイ、落ち着こうか。俺がお前の新しいトレーナーで──」

「プッキュルルルル」

 

【イーブイの たいあたり!!】

 

 ドスンッ!!

 鉛よりも重い一撃がメグルの腹に直撃した。

 身体全部を使った突進だ。

 臓物が全部出て来るかのような衝撃が襲い掛かり、メグルは腹を抱えて蹲る。

 

「ッ……おえっ、お……!!」

「きゅっぷぃッ!!」

「こいつ……!」

 

 博士が落としたボールをメグルは手に取る。

 カプセルの上蓋を押すとビーム光が発せられた。

 それが当たればポケモンを戻せるのであるが──身軽な動きでイーブイは躱してしまうのだった。

 

「っ……マジで何なんだオマエ!」

「きゅっぷい!」

「いけ好かねーヤツ! そりゃあ前の主人はお前を返しに来るわけだわ!」

 

 たいあたりの重みが未だにずしんと腹に残る。

 ポケモンは怖い生き物です! という「LEGENDSアルセウス」のラベン博士の言葉を彼は思い出していた。

 例え小さいポケモンと言えど、人間くらいなら打ち負かせるだけの力を持っているのだ。

 人間と仲の良いポケモンはそれを無暗に振るわないだけで、本当ならこうやって「体当たり」の一撃だけで捻じ伏せられてしまうのだ。

 

「おらっ、捕まれッ!」

「ぷるるるるっ」

 

 肝心のボールビームは全く当たる様子がない。

 この身のこなし方、素人目に見ても格別であることは確かだった。 

 更にその間に追撃を受け、態勢が崩れる。

 

(ッ……クソッたれ! とんだ貧乏くじだ!)

 

 瓦に倒れ込む中、メグルはイーブイを見やる。

 まだやる気だ。

 相手がポケモンだろうが人間だろうが関係ない。

 その闘志が消えることは無いのだろう。

 

(……くそっ、どうやったらあいつを捕まえられる? どうやって、捕まえる? ポケモンも居ないのに?)

 

 戦わせるポケモンなど居ない。

 肝心の博士は腰をやっちまったのか、そのまま屋根の下で悶えている。

 あのドーブルは何処にやったのだろうか。本当に役に立たない。

 

(……あいつの覚えてる技は──確か、たいあたりとすなかけか、電光石火らしき技は使ってないし、レベルは10より下ってところか?)

 

 考えねばなるまい。

 色違い然り。理想個体然り。伝説のポケモン然り。

 手に入りにくいポケモン程、欲しくなるのはポケモントレーナーのサガだろうか。

 メグルは──久々に闘志が燃えつつあった。

 目の前にいるのはただのイーブイかもしれない。しかし、手持ちが居ない今、最も捕獲するのが難しいポケモンと言えるだろう。

 ボールは1つ。ただし、ボールビームを当てればいいだけ。 

 普通に当てようとしても避けてしまう所為で当たらない。

 

(そして、その間に──イーブイは体当たりで襲い掛かってくる──ッ)

 

 言ってる間に、再びイーブイが地面を蹴った。

 その突貫が今度は頭を直撃し、メグルは瓦に倒れ込んだ。

 

「ッッッでぇぇぇ!!」

 

 後頭部を打ち付け、のたうち回る。

 しかし、追い詰められる度にメグルの闘志は加熱された。

 

(ッ……やんろ……!! こうなりゃヤケだ!! どうやってでも捕まえてやる……!!)

 

 そもそも。

 ポケモン廃人とは、対戦のために厳選を重ねる生き物であった。

 そもそも。

 ポケモン廃人とは、一度手に入れたいと狙いを定めたポケモンの為ならば如何なる苦行も受け入れる生き物であった。

 故に──彼の中からは既に諦めるという選択肢は消えつつあった。

 

(──ポケモンってのは、ポケモンをゲットするゲームだ! 基本に立ち返れ! これを乗り越えなきゃ、コイツより強いポケモンなんて捕まえられるわけないだろ!)

 

「メグル君っ! 逃げるんだ! 一度ユイ君を呼んでくる、弱らせれば──」

「……おもしれーじゃねーか、イーブイ。俺、どうせ育てるなら強いポケモンが良いって思ってたんだよね」

「ぎゅっぷいっ!!」

「だけど、所詮は進化前だな。お前の実力はそれっぽっちか?」

 

 虚勢だった。

 3度にわたる重い一撃を受け、既に意識がトびそうであった。

 しかしそれでも。

 ボールビームを当てる為の一瞬の隙を誘発するべく。

 メグルは──イーブイを挑発してみせる。

 

 

 

「──来いよ猛獣(モンスター)、お前はその程度か? 人間も斃せないんじゃあ、ポケモンに勝つなんて夢のまた夢だろ」

「プッキュルルルィィィ!!」

 

 

 

 イーブイ、キレた。

 

 

 

 再びこちら目掛けてイーブイが突貫する。

 腹に渾身の一撃が炸裂した。

 頭が真っ白になった。

 胃の中のものがひっくり返りそうになる。

 ぐらり、とメグルの身体が揺れ──博士が彼の名を叫んだ。

 

 

 

「つーか……まーえたっ……!!」

「ッ!?」

 

 

 

 しかし、今度はイーブイは離脱することが出来なかった。

 激痛と衝撃に耐えきったメグルがその小さな体をガッチリと両腕でホールド。

 

「お前が覚えてる技が”たいあたり”だけで助かったよ、何の捻りも無い、ただただ真っ直ぐ突貫するだけの技っ!! だから、軌道が読めたんだッ!!」

 

 暴れに暴れ、噛みついてまでくるイーブイ。

 しかし、意識を手放しそうになりながら、彼は握り締めたモンスターボールをコツン、とイーブイに押し当てる。

 ボールビームが間もなく放たれ──凶暴な毛玉は、今度こそボールの中に納まったのだった。

 

「っ……イーブイ、ゲット……完了っ」

 

 ぱたり、とそのままメグルは瓦の上に倒れ込む。

 イーブイの入ったモンスターボールを天高く掲げ──そのまま仰向けに倒れ込むのだった。

 

「ふふっ、意外と熱血というか……ほしいと決めたモノには一直線なところがあるんだねえ。良いトレーナーの素質アリ、かな」

 

 博士はその姿を見て笑みを浮かべる。

 頭には──でっかいたんこぶが出来ており、様子を見に来た住職さんが悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──報告は以上です。そちらからも何か異常があったら……お願いします。ええ、忙しいところすみませんでした」

 

 

 

 メグルが研究所に向かった後、すぐさまユイは他のキャプテンたちにメッセージで招集を掛けたのだった。

 と言っても、招集に応じたキャプテンはユイ以外の5名中2名。

 2人──()()()()()は、急用のためらしく応じず。

 もう1人は機械に弱いので、そもそもスマホロトムを持っていない。郵送か、最悪直接出向く必要があるだろう、とユイは考えるのだった。

 

(……サンダース。何であなたは一人で戦っていたの? あたしの事を頼ってくれないの? ううん、分かってる……あたしが、弱いからだよね)

 

 連絡を終えた後、彼女はポケモンセンターの一角で項垂れていた。

 メグルの前では見せなかったが、彼女の内心では落胆か渦巻いていた。

 ユイはまだ未熟だ。正式にキャプテンの職を引き継いだわけではない。

 その理由は──ヌシのサンダースが彼女を認めていないからであった。

 

(弱気になっちゃダメだよ、あたし……あたしが居なきゃ、誰がおやしろさまを守るって言うの──)

 

 パンパン、と頬を叩く。

 しかし、その度に脳裏をよぎるのはヌシサンダースの姿だった。

 先代キャプテンのまとめ役もしていたユイの父とサンダースの連携は見事なものだった。

 キャプテンとヌシの間にボールで繋ぐ主従は無い。あくまでも対等だ。

 故にキャプテンはヌシの力を求め、ヌシもまたキャプテンの力を自ら求める形が理想とされている。

 しかし、サンダースはたった1人で、あのオニドリル相手に戦い、そしてボロボロに傷ついた。

 サンダースは──彼女の力を求めて来なかった。

 彼からすれば、ユイはまだ庇護する存在でしかなかったのである。

 

「……何よ」

「電話ロトー! 電話ロトー!」

 

 スマホロトムがやかましく着信を伝える。

 電話を取り、その一報を聞いたユイは──落ち込んでいる場合ではなくなっていた。

 

 

 

「──やしろのもりから、野生ポケモンが大挙して迫っている……!?」




【イーブイ】
しんかポケモン
タイプ:ノーマルタイプ
『遺伝子が不安定で、環境に適応しやすい。守り神の加護を受けたイーブイは、通常とは異なる姿へと進化する。』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:あかがねのとうの戦い

「パララララララララッ!! パララララララララッ!! パララララララララッ!!」

 

 

 

 誇りも無ければ矜持も無い。

 しかし、仇なす者には相応の報復をせねばならぬ。

 本来なら電気を通さぬ身体には太刀打ちすら出来ないはずのやしろの主。

 だが、彼の者は激しく抵抗し、とうとう己を追い払うに至った。

 己に課せられた命を達するためならば、今度こそあの者を排さねばならぬ。

 オニドリルが目を付けたのは──あの時、あのやしろに居た少年だった。

 脅威の度合いなど関係ない。

 あの少年は、先程自分に屈辱を味わわせた一派の一人だ。ただそれだけの理由ではあったが──報復をしなければ気が済まなかった。

 

 

 

 ──扇動の喇叭は鳴り響く。其れは、逆恨みの”鬼”となった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──おーい、大丈夫かい? 生きてる?」

「イキテマス」

 

 

 

 仰向けで倒れたままメグルは震え声で答えた。

 たいあたりを喰らった場所が今も痛い。そして起き上がれない。

 

「まー、アレでも手加減はするように躾てあるから。辛うじて」

「手加減してコレかよ……」

「ボールに入ってるポケモンは、野生のそれに比べれば多少なりとも気質は穏やかになっているし、その力も抑えられているものさ。……本当に多少、だけど」

 

 その発言でメグルはゾッとした。

 もしもこのイーブイが野生ポケモンだったら、今頃彼の骨は砕かれていたことであろう。

 

「ともかく、これが初めてのポケモンだね。おめでとう」

 

 ボールの中のイーブイは、次に出した時はどのような振る舞いを見せるだろうか。

 きっと、一朝一夕ではあの性質は治らない。治るはずがない。

 

(まあ、長い目で付き合って行くしかないよな……とんだ問題児を手持ちにしちまった……)

 

「……ところでさ、メグル君。なんか空、暗くない?」

「え?」

 

 ふと、空を見上げる。

 確かに暗い。

 まるで、雲が太陽を覆ったかのようだ。

 そして間もなく──

 

 

 

「──パララララララララッ!!」

 

 

 

 あの独特な鳴き声が響き渡った。

 大きな翼が、五重の塔を横切るなり旋回し──地面へ軽やかに降り立った。

 通常のそれよりも遥かに大きな体躯。

 そして、地面を掘り穿つために捻じれた嘴。

 間違いなく、先程おやしろを襲撃したあのオニドリルだ。

 

「パララララララララッ!!」

「まさか──その日のうちにやってくるとは思わなかったね……しかも、町の中に!」

「な、何しに来たんだよコイツ!」

「さぁ? さっき追い返されたのを根に持ってるんじゃない? オニドリルって結構執念深い性格だし?」

 

 遅れて、町中にサイレンが鳴り響く。

 『巨大な野生ポケモンが街中に入り込みました、住民の方はただちに避難してください──』と。

 

「……仕方ないなぁ。センセイ、頼むよっ!」

「どぅーどぅー」

 

 博士は手早くボールを繰り出し、ドーブルを繰り出す。

 ドーブル自体は、種族値がかなり低い貧弱なポケモンだ。

 まともに戦っても、あの巨大なオニドリルに勝てるわけが無い。

 無論、あれだけ攻撃的であっても──イーブイもこの個体が相手では戦いにならない。

 

「そいつでどうやって戦──」

「センセイ、”キノコのほうし”、お願いねっ!」

「えっ!?」

 

 飛び掛かるオニドリルの攻撃を即座に避け──センセイと呼ばれたドーブルは身体を翻すと筆型の尻尾から緑色の粉末を大量に撒き散らす。

 

 

 

【ドーブルの キノコのほうし!!】

 

 

 

 その技は本来、文字通りキノコ型のポケモンで無ければ習得することが出来ない技だ。

 吸った相手は昏倒し、そのまま眠りについてしまう強力な催眠技である。

 そしてドーブルは一度見た相手の技をコピーしてしまう性質があり、例えキノコのほうしであろうがドラゴンタイプの大技だろうが習得することが可能なのだ。

 尤も、メグルからすればそんなことは常識だ。ダブルバトルでは何度、補助技を有効活用するドーブルに苦しめられただろう。

 驚いたのは──このポンコツ博士が、ドーブルに実戦的な技を覚えさせていた事である。

 

(この人、本当は研究職じゃなくてバトル畑の人間なんじゃ──)

 

「ッ……参ったね、メグル君」

 

 しかし盛り上がるメグルとは裏腹に、博士は苦い顔をしていた。

 地面に倒れ込もうとしたオニドリルだったが──しかし、その強靭な脚で地面に踏みとどまる。

 立ち振る舞いこそふらふらしているが、完全に眠ったわけではないようだ。

 

(おかしいおかしいおかしい! キノコのほうしは100%眠らせる技のはずだろ!?)

 

「どうやら身体が大きいからか──それとも、何か特殊な力でも持っているのか、完全には眠らせることが出来なかったようだ」

「っ……!」

 

(ぬしポケモンのオーラみたいなものが状態異常を防いでるのか……!? ちょっとは効いてるみたいだけど──)

 

「僕、実は今、センセイ以外のポケモン持ってないんだよねえ。だから、君とイーブイの力、貸してくれないかな」

「えっ、良いんですか!? ヌシでも勝てなかった相手ですよ!?」

「だいじょーぶ。その子、強いからね」

「……!」

 

 手持ちを信じてみろ、ということだろうか。

 

「行け、イーブイ!!」

 

 ぽんっ! 

 音を立てて、ボールからイーブイが飛び出す。

 さっきのさっきだからか、キッと毛玉はこちらを睨んでいた。

 しかし、すぐさま近くに戦い甲斐のある巨大な敵を認めると──そのまま一目散に突っ込んでいくのだった。

 

「って、まだ何にも指示してねえ!!」

 

【イーブイのでんこうせっか!!】

 

 残像が出来る勢いでイーブイは跳びはね回り、オニドリルの顔面を尻尾で薙ぎ払うのだった。

 がくり、と眠気に塗れた巨体が揺らぐ。

 その怒涛の攻勢を見て、先程の博士の言葉を思い出す。

 人間相手は手加減するように躾けていた、と──

 

「ね? 言ったでしょ?」

「でも今度は言う事を聞かないじゃないですか!?」

「それは……そうだね! それさえ解決できればいいんだけど。取り敢えず援護しようか! センセイ、”このゆびとまれ”お願いします!」

 

 ドーブルが絵筆の尻尾でオニドリルの顔面を塗ったくる。

 当然、怒り狂った凶鳥の狙いはドーブルへと向いた。

 ”このゆびとまれ”は自らに全ての攻撃を誘導する技だ。

 しかし、眠気に塗れた意識ではドーブルの身体を捉えることなどできない。

 俊敏な動きと攻撃誘導が合わされば、それは立派な”避ける盾”と化す。

 その間にイーブイがオニドリルに対して立て続けに攻撃を叩きこみ続ける。

 戦いは、あくまでもメグル達の優勢に進んでいるように思えた。しかし。

 

(──ダメだ。幾ら何でも、このまま力押しで勝てる相手とは思えない──ッ! これが通用するのは、あいつが半分寝てる間だ!)

 

 改めてメグルはスマホロトムでイーブイをスキャンする。

 覚えている技は「たいあたり、すなかけ、でんこうせっか、つぶらなひとみ」の4つだ。

 つぶらなひとみは攻撃力を下げる技だ。もし相手が攻勢に入っても、こちらへのダメージを軽減することができる。

 弱体化は対ボスの鉄則である。

 

(せめて、イーブイが言う事を聞いてくれれば──)

 

 

 

 

「ギッシャァァァァァーッ!!」

 

 

 

 突如眠気に塗れ。横から現れた凶暴な毛玉に攻撃を叩きこまれ。

 既にオニドリルの堪忍袋の緒は切れつつあった。

 絶叫がその場に響き渡る。

 衝撃波だけで、ドーブル、そしてイーブイの小さな体は吹き飛ばされてしまった。

 

「ギッシャララララララララ!!」

「あ、あらら、完全に怒っちゃったみたいだね……」

 

 オニドリルが地面に激しく降り立つ。怒りか、はたまたその身に宿した異なる力のためか、その目は赤く不気味に光っていた。

 罅の入った地面から尖った岩が次々に切り出された。

 単なる物理的な衝撃によるものではない。ポケモンの引き起こす超常現象の一つだ。

 そのタイプは地面。

 大地を蹴り、大地を穿ち、そして大地を鳴らし響かせる。

 

「──ギッシャラララララ!!」

 

 飛び上がったオニドリルの周囲には、無数の岩や瓦礫が舞い踊る。

 再び電光石火の勢いで攻撃を叩きこもうとするイーブイであったが、周囲を取り囲む岩に弾かれ、地面に吹っ飛ばされてしまう。

 それでも立ち上がり、向かって行こうとする根性は大したものであるが、あの状態のオニドリルが相手ではまともに攻撃など通るはずがない。

 危険を察知したメグルはイーブイに駆け寄り、無理矢理その身体を抱き寄せる。

 

「やめろやめろ! 見て分からないのか!? 無茶だ!!」

「ぷっきゅるるるるる!」

「ッ……デカいのが来る! 離れろ!」

 

 博士が叫んだ直後だった。

 オニドリルが空中に飛び上がる。

 そのまま周囲に漂わせた岩と瓦礫と共に──

 

【野生のオニドリルの──】

 

 

 

 

 ──地面目掛けて、回転しながら突っ込んでくるのだった。

 

 

 

 

 

【──ならくおとしッ!!

 

 

 

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 これまで以上に恐ろしい速度でオニドリルは地面に迫る──

 

「いけない! センセイ、リフレクター!!」

 

 その勢いで、彼が身に纏っていた岩が、瓦礫が砕け散り──衝撃波と共に飛び散った。

 それは瞬時にドーブルが展開した物理攻撃を受け止める障壁によって防がれる。

 しかし、それだけで終わるはずもなかった。地面は波打ち、幾重にもなってイーブイを、ドーブルを、そしてメグルと博士に向かって襲い掛かるのだった。

 障壁は敢え無く、一瞬で砕け散る。

 彼らはうねる地面に飲み込まれてしまうのだった──

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……この数の野生ポケモン……! まさか、オニドリルに住処を追われたの!?」

 

 

 

 小動物型のポケモンと言えど、彼らが人里に降りれば、被害はただでは済まない。

 町のポケモントレーナーたちも応戦しているが、如何せん数が多く、次から次へと山から下りてくるのであり、立て続けの連戦に苦しめられていた。

 

「ッ……! レアコイル、電磁波!」

 

 しかし、そこに現れたのがユイであった。

 レアコイルを繰り出して電磁波をネットのように張り巡らせることで近付くポケモンたちを無力化していた。

 麻痺したポケモンはその場で立ちすくむもの、そしてそのまま怯えて逃げ帰る者と様々だった。

 

「た、助かりましたユイさん!」

「あれだけの数を一瞬で制圧するなんて──!」

「驚いてる場合? 街に一匹も入れるんじゃないわ!」

「は、はいっ!」

 

(と言ったモノの──大群行進が止む様子はない、か……!)

 

 

 

「バオオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 

 

 怒号が周囲を揺らした。

 一際大きなリングマだ。

 その様子は明らかに錯乱しており、電磁波を受けても尚、暴れ続けている。

 無理もない。リングマの特性は根性──状態異常になった場合、攻撃力が跳ね上がるのである。

 そればかりか、ポケモンたちの技を受けても尚、怯むどころか突き進んでいる始末だ。

 

「──下がって! 死にたくなきゃ撤退しなさい!」

 

 ユイは呼びかける。最早、並みのトレーナーでは相手にならなかった。

 辺りの木々を腕で薙ぎ払い、根元からひっくり返している姿はさながら怪物の一言。トレーナーたちは逃げ惑うしかなかった。

 引っこ抜いた木をトレーナーたちに向かって振り回しており、彼らは逃げ惑うしかなかった。

 だが、その1人が木の根に足をとられたのか、転んでしまう。

 

「あぁぁぁーっ!! 助けてくれぇぇぇー!!」

「レアコイル、リングマに10万ボル──」

 

 そう指示しかけて口を噤んだ。

 射線上に逃げるトレーナーたちが居る。

 このまま撃てば当たってしまうし、直撃しても威力が弱まっているのでリングマを斃せない。

 

(そんなっ……あたしはまた肝心な時に──ッ!)

  

 俯いた顔は──次の瞬間には驚きに変わっていた。

 

 

 

 轟!!

 

 

 それは喝の如く。

 極雷がリングマの脳天を吹き飛ばす。

 バキバキバキィッ!! と音を立てて周りの木々が焼け焦げた。

 レアコイルのそれよりも遥かに大きな雷鳴。

 それを放てる者など1人しかいない。

 

「ヌシ様!?」

「……」

 

 全身に稲光を纏う黒いポケモン。

 ヌシのサンダースは、傷ついた身体を引きずり、そこに立っていた。

 

「だ、ダメだよ!! そんな身体じゃあ──」

「ビッシャァァァーン!!」

 

 電撃がユイの足元に落ちる。

 「手出し無用だ」と言っているようだった。

 サンダースの狙いは既に、下山する野生ポケモンたちに向いていた。

 

「サンダース……一緒に戦ってくれないの……?」

「……」

 

 くいっ、とサンダースは振り向く。

 その視線は此処からでもよく見えるまちのシンボル・あかがねのとうを向いていた。

 思わずユイもその方を双眼鏡を通して見る。

 ──大きな鳥ポケモンが、瓦礫や岩を浮かび上がらせていた。

 

「ッ……まさか──!」

 

 脳裏に過るのは──さっきやしろを襲ったオニドリルだった。

 町に住む人々が、そして未だにポケモンを所持していないメグルも危ない。

 

「手分けして、町の危機を救えってこと? ……やっぱり敵わないなあ」

 

 確かに、未だに対等ではない。

 傍から見ればヌシであるサンダースが、未熟なユイを従える関係とも取れる。

 しかし、彼女には落ち込んでいる時間などなかった。今彼女がやるべきことは、町を守る事。

 それがキャプテン代理として負った使命なのだ。

 自分がぐずぐずしていれば、町に住むポケモンも人々も危ない。

 

 

 

「ねえヌシ様! あたしさ、父さんみたいにヌシ様と一緒に戦うことは出来ないけど……あのオニドリルだけは、絶対に止めてみせるから──ッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:四倍弱点

「──ぷっきゅるるる」

 

 

 

 長い一瞬だった。

 爆音と衝撃波でさしものイーブイも意識が吹き飛んでいた。

 しかし、体が動かない。自分が何かの下敷きになっていることに気付いた。

 そして──すぐさま、体温の温もりに気付く。

 

「……無事、だったか」

「ッ……!」

「世話焼かせんじゃねーかよ、ほんとに……!」

 

 ボロボロになったメグルが、イーブイを庇っていた。

 服は破れており、全身が擦り傷塗れだ。

 伏せていたからか、辛うじて致命傷は免れることは出来たものの、彼の身体からは強い血の匂いが漂っていた。

 

「メグル君っ!!」

 

 声を掛けたのは博士だった。

 彼もケガこそしていたものの、メグルよりも離れていたからか軽傷で済んでいた。

 とはいえ、ドーブルはタダでは済まなかったのだろう。ぐったりと倒れており、”元気の欠片”を使って回復させている。

 

「お、俺は大丈夫──」

「大丈夫じゃないだろ!? リフレクターが無かったら死んでいたかもしれないのに……!」

「へっ、へへへ、確かにいけ好かないけど、それでもコイツは──この世界に来て初めて手に入れた俺のポケモンなんだ……!」

「っ……」

「そう思ったら身体が勝手に……キャラじゃないんだけどなあ……」

  

 オニドリルは攻撃の反動か、それともまだ”キノコのほうし”が残っているのか、地上で息も絶え絶えだ。

 しかし、直に息を整えて次の攻撃に入るだろう。

 その前に──

 痛みを抑え、胡坐を掻くように座ると──メグルはイーブイを持ち上げて言った。

 

「良いか? イーブイ。お前は強い。だけど──この勝負、お前だけじゃ勝てない」

「……ぷっきゅるるる」

「お前の持ってる技。持ってる力。全部活かして……あのオニドリルに一発、ブチかまそうぜ」

「……」

 

 ぽんっ、と彼の腕から飛び出すと──イーブイは再び戦場に立つ。

 しかし、今度はメグルの方をしっかりと向き──「ぷっきゅるる」と力強く鳴いてみせたのだった。

 「そこまで言ったのなら、やってみせろよ」と言わんばかりに。

 

「……メグル君、身体は──」

「むしろ、血もそんなに出てないし。正直死んだかと思ったくらいで」

 

(俺、引き籠りのはずなんだけどな? 身体だけスーパーマサラ人になった?)

 

 思い当たる節は無い。

 しかし、危機的状況から復帰したからか、驚くほど頭は冷静だった。

 

(それよりも。先ずはあいつを徹底的に弱体化させたい。幸い、イーブイには敵の攻撃力を下げる技がある)

 

「……補助技で、あいつの能力を下げよう、博士」

「……分かった。逃げるにしたって、あいつを無力化させないとね」

 

 息を吹き返したドーブル、そしてイーブイが再びオニドリルに相対する。

 

「センセイ、”キノコのほうし”お願いします!」

「イーブイ、”つぶらなひとみ”でヤツの攻撃力を下げろ!」

 

 ばちこーん! とイーブイの渾身のウインクがオニドリルに突き刺さる。

 興奮しきっていたオニドリルだったが、その戦意は削げて攻撃力は低下した。

 そして畳みかけるようにしてドーブルがキノコの胞子を撒き散らす。

 しかし、二度目にも関わらず完全にオニドリルは眠らない。やはり踏ん張り、そのまま戦闘を続行するつもりだ。

 だが、眠気に加えて攻撃力も下がっているからだろうか。

 既に嘴を使った攻撃は、もうイーブイやドーブルにも通用していない。動きは緩慢だ。

 となると、問題になるのはやはりさっきの大技だった。

 放つまで時間は掛かるが、その間、オニドリルの回りに岩が飛び回るため、本体に攻撃が通らなくなる。

 

(攻撃力を上げたら岩を破壊出来たりしないか? ”効果はいまひとつ”でも攻撃力2倍なら実質等倍だし)

 

「博士、プラスパワーとか持ってたりしない?」

「うーん、その子道具を嫌がるよ? ──あるにはあるけど」

「サンキュー!」

 

 ぽいっ、と博士がメグルに手渡したのは大きなカプセル状の道具だ。

 

「……イーブイ。俺を信じて、着いて来てくれるか?」

「……きゅっぷい」

 

 こつん、とその額にメグルはプラスパワーを押し当てた。

 赤い霧状のエキスがイーブイに降りかかる。

 顔はかなり嫌がっているが、今は言う事を聞いてくれるようだ。

 だが、それを大人しく待つほどオニドリルもお利口ではない。

 

「──パラララララララッ!!」

 

 オニドリルは眠気に耐えながらも、飛翔する。

 そして地面目掛けて回転する。

 ”あなをほる”の態勢である。

 幾ら攻撃力を下げようとも、地中からの不意の一撃は防ぎようがない。

 ポケモンならまだしも──人間ならば猶更である。

 しかし。

 

 

 

 

「──ランターン、冷凍ビームッ!!」

 

 

 

 

 瞬間、オニドリルは生命の危機を感じ、空中で受け身をとる。

 その場の誰もが驚きで目を見開いた。

 地表目掛けて放たれた最も苦手な”冷気”。それが砂の地面を一瞬でスケートリンクへと変えてしまう。

 

「っ……今のって──」

「冷ビー!? 誰が撃ったんだ!?」

 

 それを放ったのは新たに介入した第三者。いや、第三のポケモン。

 そして、指示をしたのは──

 

「……待たせたわね!」

 

 ──ユイ、その人だったのである。

 その傍らにいるのは、ランターン。チョウチンアンコウのような姿をしたライトポケモンであった。

 彼女の目に真っ先に入ったのは巨大なオニドリル。そして、ケガをしたメグルだった。

 

「って、メグル君ひどいケガ!! 大丈夫なの!?」

「何とか……」

 

 そう言ってる間に再びオニドリルの周囲に岩が浮かび上がった。

 博士とメグルの顔が蒼褪める。

 さっきの大技が──来る。

 

「っ……ちょっと!? あれじゃあ冷凍ビームが通る隙間が無いじゃない!」

「マズいな。あの後にデカいのが来るんだ。さっきはそれで全員やられてね」

「オオワザじゃない!! 何でそんなものまで!?」

 

(ヤバいな。冷Bさえあれば確1で終わりと思ったんだけどな!! でも、逆に言えば冷Bさえ通ればこっちの勝ちなんだけど──)

 

 考える暇はもう無かった。

 

「なあ、射線さえ通れば冷凍ビームは撃てるんだよな」

「……? そうだけど」

「それじゃあ──射線をこじ開ける!」

 

(これは賭けだ!)

 

 さっきはオニドリルに大技を使われる前に倒すつもりで使用したプラスパワー。

 しかし、今は強力な砲台──ランターンが居る。

 ならばイーブイが今出来て、この場にいる2匹では出来ないことがあった。

 

「大丈夫。君なら出来る。プラスパワーで火力は2倍」

「ぷっきゅるるる──」

「良いか、イーブイ。こういう時はイヤなヤツの顔を思い浮かべるんだ」

「えっ」

 

 イーブイは一度、博士の方を向く。

 そして──露骨にそっちを睨み付けた。

 

(イヤなヤツって、僕の事ォォォ~~~!?)

 

 残当である。

 

 

 

「──行けッ!! イーブイ、電光石火ァ!!」

 

 

 

 ブチッ

 

 

 

 イーブイは跳んだ。

 博士の叫びを他所に全脚力を以て跳んだ。

 思いっきり、岩の塊目掛けて頭突きした。

 プラスパワーで攻撃力は2倍。

 タイプ一致で威力は1.5倍。

 そして──博士憎しで効果は抜群。

 オニドリルの周囲を固めていた岩塊は粉々に砕け散ったのである。

 

「そ、そんなに僕の事がキライだったのか、イーブイ……」

「ッ……っし、道は開いた!! ランターン、冷凍ビームなんだからッ!!」

 

 

 

【ランターンの れいとうビーム!!】

 

 

 

 

 最早避ける余地などありはしない。

 飛行タイプと地面タイプ、共に氷タイプの技は効果抜群。

 4倍もの威力となった冷気が──オニドリルを貫いた。

 

 

 

 

【効果は 抜群だ!!】

 

 

 

 

【野生の オニドリルは倒れた!!】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──オニドリルは研究機関に送られたよ。今は色々調査してるみたいだね。と言っても、ずっと暴れっぱなしらしいけど」

「そうかあ……」

「ところで、見せておきたいものがあるんだけど」

 

 

 

 ──それから3日程しただろうか。野生ポケモンは無事に捕獲及び山へ送り返され、サンダースのケガも完治したことで、一連の騒動は終息を迎えたのだった。

 すぐにメグルはブッ倒れてしまい、そのまま入院となった。

 しかし、この世界の外科医術の高さもあってか(ポケモンの技を使ったヒーリングも込みで)、本日漸く退院となったのである。

 迎えに来た博士は、嬉しそうにメグルに羽根を見せた。

 それは彼にとっても見覚えのあるものだった。最初にやって来た時、ズボンのポケットに入っていた羽根だ。

 

「君、これをズボンに入れてたでしょ? 羽根が──君を守ってくれたんだよ」

「そうだったのか!? 博士、これって──」

「”まもりがみのはね”。文字通り、森の神様の力が込められた羽根さ。君、一体どうやってこれを手に入れたんだい?」

「此処に落ちてきた時にはもう、持ってたなあ……」

 

 あの時ゴミだと言って捨てなくて良かった、と安堵する。

 もし捨てていたら、オニドリルの大技を受けた時点で死んでいたかもしれないのだ。

 それを考えると──ほぼ無傷だった博士の身のこなしが際立つ。

 やはり、本来はバトル畑の人間だったのかもしれない。ドーブルの強さも合わさり。

 

「そうか。じゃあ、君がこの世界にやって来たのは──森の神様の思し召しなのかもしれないね。羽根は君が持っておくと良い」

「……聞きだしてやるよ。どうして俺だったのか。俺が何をしなければいけないのか」

「お、やる気だね?」

「何なら、今日にでも旅立ちたいくらいだ。早く元の世界に帰らないといけないからな」

 

 病院での生活は退屈そのものだった。

 そして、元の世界に戻ることを目的にしているメグルにとっては足踏みも良い所であった。

 

「それに……リアルのポケモンも悪いモノじゃなかったなって。少しだけ楽しみになってきてる自分が居るんだ」

「ははっ、その意気だ。そう言うと思ってね。助っ人を用意したよ」

「助っ人?」

 

 病院を出た後。

 そこには──ユイが立っていた。

 既に彼女は大きなリュックサックを背負っている。

 

「……なんか準備万端じゃない?」

「博士こそ遅い! 今日にでも出発したい気分なんだからっ!」

「俺まだ何にも準備してねーんだけど」

「なら、あたしも準備に付き合うんだから!」

 

 ……どことなく彼女はやる気十分だった。

 

「今回の件であたしにもまだまだ修行が足りないと思ってね。一先ずオニドリルも捕らえたし、君も1人で旅は不安でしょ?」

「そ、それはまあ。でもいいのか? そっちは……」

「安心して? これでも一度、おやしろまいりを終えてるのよ? 先輩をドーンと頼りなさいっ!」

 

 正直、同年代の少女と旅に出るのは気まずいとメグルは感じていた。

 とはいえ、本人は譲る気は無いようであるが。

 

「と言ったものの、何処から行けば良いんだ?」

「おやしろまいりの順番は特に決まっているわけじゃないよ。近くなら──先ず目指すはセイランシティかな!」

「セイランシティは、此処から南西に下ったところにあるわ。サイゴクきっての巨大な港町、まさに世界の窓よ!」

 

 そう言って、ユイはスマホロトムを取り出す。

 ぴっぴっ、とタップしてアプリを起動するとホログラムのマップが目の前に投影された。

 スマホでありながらホロキャスター(ホログラム投影機の機能がついた通信機。ポケットモンスターXYに登場)の機能も搭載してるのか、とメグルは感心する。

 そしてセイランシティの場所は、サイゴク地方の西の端だ。

 

(山口県の端の端、確か……武蔵と小次郎の決闘とか、源平合戦で有名な……下関、だったか?)

 

「それと──君が居なかった所為で、お姫様がずっと不機嫌でね。ほらよっと!」

 

 ぽんっ! と音を立てて、博士の投げたボールから毛玉が飛び出す。

 それはメグルの頭に引っ付き──全く離れない。

 そして、ずぅっと喉を鳴らしながら嬉しそうな顔をしている。

 

「ぷっきゅるるるる!」

「イーブイ!? ちょっ、くるしっ、むぐぐぐっ」

「何したのよ? この子手の付けられない暴れん坊だったのよ?」

「ハッハハハハ! よっぽど気に入られたんだねえ! ……ボクの事は嫌いだったみたいだけど」

「心当たりは幾らでもあるでしょーが、フラれた男がぐちぐち言わない」

「どぅーどぅー」

 

 慰めるようにドーブルが鳴いた。何の慰めにもなっていないが。

 

「……ったく、イーブイっ! 離れろって! 分かったから、分かったから!」

「ぷっきゅるるる」

 

 毛玉を辛うじて引き剥がす。

 相も変わらずふてくされた顔がそこにあった。

 だが、もう襲い掛かっては来ない。

 一歩前進したのだろうか、とメグルは少しだけ嬉しくなるのだった。

 

「イーブイちゅわーん!! 僕は離れるのが寂しいよ──」

プッキュルルルルルルルィィィ

「大変申し訳ございませんでした」

 

 前言撤回。

 やはり凶暴性は据え置きであった。

 ぎらり、と犬歯剥き出しで威嚇された博士は震えあがって平身低頭。その場に土下座してしまったのである。

 

 

 

「んじゃあ、一緒に行こうか。イーブイ!」

「……ぷっきゅい!」

 

 

 

 手持ちは1匹。仲間は1人。

 メグルの旅は此処から始まろうとしていた──

 

 

 

でも凶暴なイーブイに異性の同行者とか、正直不安しかねぇけどな!!

 

 

 

 ──全く以てその通りであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「種を撒こう。我らの天下のために」

 

 

 

「苗を育てよう。我らが日の目を浴びるために」

 

 

 

「地に埋もれようとも、いずれは咲き乱れてみせよう、花のように」

 

 

 

「オニドリルがやられたか」

 

 

 

「問題ない。種は幾らでもある。ヌシの力も知れた」

 

 

 

「──全ては、我ら”テング団”の計画の通り」




【メグル現在の手持ち】

イーブイ LV12 ♀ 特性:きけんよち 性格:やんちゃ
技:たいあたり、でんこうせっか、すなかけ、つぶらなひとみ
サイゴク地方の最初のポケモンはイーブイと習わしで決まっている。だが、その気性の荒さで初心者トレーナーから返却されてしまったため、博士が預かっていた。根っからの気性難で、ポケモンであろうが人間であろうが攻撃的。おまけにイーブイにあるまじきやさぐれた態度を見せることもしばしば。だが、本当に認めた相手には甘えん坊になる根っからのツンデレでもある。正直イーブイだから許されている所はあると思う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章:晴嵐吹くおやしろ
第6話:この世の全ての命に感謝して、いただきます


この世界の食文化に触れていますが、世界観を濃密に書くとなると避けられない描写になるので、書きます(鋼の意志)


 ──博士からは「サイゴクはとにかく山道が多いからねっ! 費用は出してあげるから、ちゃんとした装備で旅をしなよっ!」と言われており、さぞ過酷なんだろうとメグルはぼんやり考えていた。

 しかし、旅に出て1日目の終わり頃には、ぜぇぜぇ言いながら杖を突いている彼が居るのだった。

 徒歩オンリーの旅は辛すぎるものがある。それをこの世界の人間は当たり前にやっているのだから、メグルからすれば驚きであった。ポケモンの技を受けても多少は平気らしいので、やはりそもそもの身体の頑強さが違うのかもしれない、と思い直す。

 

(とはいえ、初っ端からマジで山に入るとは思わなかったな……過酷すぎやしないか)

 

 地図で見ると大したこと無さそうに見えるが何とやら、というやつであった。

 ここから何日間かかけて途中にある町を2つハシゴして、セイランシティに歩いて行くというのだから過酷そのものだ。

 尚、実際の山口市と下関市は、最早電車を使った方が良いレベルの距離であることを追記していく。ポケモンの世界の縮尺は、メグルの住んでいた世界のそれとは異なるのだ。

 

「なっさけないわねー、そんな状態じゃあリングマが出ても逃げられないんだからっ」

「山道、辛……んでもって怖!! リングマ出るのかよ」

「この辺りだと──本当にごくごくたまにね。逃げないと死よ」

「ぷっきゅるるるる」

「オメーも笑ってんじゃねえよ! ずっとボールの中に居た癖によォ!」

 

 相も変わらず性格の悪いイーブイであった。

 

「言ってる場合? 結局ポケモンの一匹も捕まえられて無いじゃない」

「うっ」

 

 山道を進んでいると、次々とポケモンが現れてきてそれの相手をイーブイを繰り出して戦う。

 ……ところまでは良かったのだが、なかなかポケモンが捕まらないのである。

 

「1つは弱らせ方が甘いわね。ポケモンがまだ動ける時は、ボールに入っても出てきてしまうわよ」

「体力バーとかあれば良いんだけどな」

「?」

「何でもない、こっちの世界の話だよ」

「それと、ノーコンは鍛えるしかないでしょ」

「うう……面目ねえ」

 

 メグルは元々、投擲系の球技はあまり得意ではない。そして、硬く、思ったよりも軽いモンスターボールは、投げれば明後日の方向へと飛んでしまったり、そもそも飛距離が伸びなかったり。

 そのまま野生ポケモンが逃げてしまうケースも多々あった。そして、それはイーブイからしても消化不良のようである。

 だが、メグルからしても消化不良には違いなかった。今日出会ったのはナゾノクサにコラッタ、イシツブテだ。捕まえておけば戦力にはなっただろうが、全部逃げられてしまった。

 

「まあ、最初からモンスターボールを上手く投げられる人間なんてそうそういないけどね。でも、ポケモンが強い人は大抵、ボールを投げるのも上手いわ」

「だとしても自分のノーコンっぷりに死にたくなるんだけど……」

「慣れていくしかないわ。慣れは遠くても一番の近道よ」

 

(嫌だな……球技への強さが手持ちの屈強さに繋がる世界じゃないか。めんどくせぇぇぇ~~~!!)

 

 元の世界でも、メグルはノーコン過ぎて、よく笑われたものであった。

 此処でもそれが足を引っ張るのか、と頭を抱える。

 

「でも今は腹ごしらえよ。暗い顔しないのっ」

 

 そうやってメグルが項垂れているうちに──彼とユイの目の前に、ジューッと豪快な焼き音を立てた肉汁たっぷりの大きな()もも肉が目の前に出されるのだった。

 

 

 

「──来た来た! 待ってたんだから! お肉の焼ける音って、どうしてこうも心が躍るんだろっ!」

 

 

 

 ──食事処「やまぶし亭」。山道を進むと、突如として絢爛としたこの食事処が現れるのは驚きであったが、この52番山道を進むトレーナーはこの「やまぶし亭」を目当てに訪れるのだという。

 シャクドウシティ周辺の名物らしい。

 それを見ながら、バツが悪そうにメグルは周囲を見回す。瓦の屋根の建物は、多くの人やポケモンでにぎわっている。

 店内の客は観光客や屈強そうな作業員など様々だが、皆がうどんや鶏もも肉、そして巨大なおにぎりをつつき合っているのだった。 

 注文していた「山賊焼き」がやってきて、ユイはご機嫌だ。メグルも、向こうの世界で小耳にはさんだ程度ではあったが、想像を超える大きさの鶏もも肉を前に圧倒されていた。

 よだれが出て来そうである。

 

「良いのか? わざわざこんなものまで奢って貰って……俺、バチが当たるよ」

「あたしのワガママで来て貰ったんだから、いーの。博士から貰ったおこづかいは、旅で役立てなさいな」

「もしかして、コレ目当てだったのか? 52番道路を選んだのって」

「そうよ? だけど、サイゴク地方にはもっと険しい山道があるの。今のうちに慣れて貰わないと困るんだから。そして、しっかり食べて体力もつける!」

 

 「いただきまーす!」と、その小柄さとは考えられない程豪快に肉にしゃぶりつくユイ。

 それを見ていると、メグルもガマン出来なくなり──思い切って噛り付くのだった。

 

「んまいっ!?」

「んふふっ、そうでしょそうでしょ!」

 

(表面はパリパリの皮、中の肉は噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。鶏肉ってのはあっさりとしているモンだが、下味もタレでしっかり漬け込んである、何よりも豪快な焦がし醤油が日本人の心を鷲掴み……無限に食えるぞ!?)

 

(添えてるネギも、やたらとデカいけど味の薄さは全く感じない、むしろ漬け込んである。焼き鳥のネギマのネギって滅茶苦茶うまいけど、それがそのままバカみたいなサイズで出てきたカンジだ……!)

 

(んでもって、爆弾おにぎりもボリューム満点……このために、山超えしてよかったまである……! 運動すると、やっぱり飯はウマくなるもんなんだな……!)

 

 思わず夢中になって齧り付いてしまった。

 しかし、サイズもあってかなかなか無くならない。

 

「本当にうめーよ、いつか返すわ! 倍にして!」

「出世返しで良いよ」

「おう、約束するわ。──ところでさ」

 

 山賊焼きを半分まで食べた所で、メグルはふと一つの疑問がわき上がってくるのである。

 

「この肉さ、すっげーうまいんだよ。しかもデカいし。俺の世界には無かったぜ、こんな()()

「そうね。良い()()でしょ?」

「……んで、この肉ってさ……何の肉なんだ?」

 

 

 

 

「え? カモネギだけど……」

 

 

 

 

 その場に沈黙が横たわる。

 

「……」

「書いてるじゃない、52番山道名物・カモネギの山賊焼きって」

「……」

 

 くわっくわっ、というカモネギの鳴き声が頭の中に響き渡った。

 カモネギとは文字通りネギを背負ったカモのポケモンである。

 

 

 

(──分かってたけどさあ!! じゃなきゃ、何の肉を食ってるんだって話だったけどさあ!!)

 

 

 

 よくよく考えていれば、ゲームでも薄っすらポケモンの肉を食べているという匂わせはあったのである。

 だが、そこに触れるのはタブーであるという風潮がポケモン界隈にはあった。ヤドンの尻尾を食べたり(サン・ムーンのアローラ地方など)、カマスジョーが美味であることが図鑑に記されてはいたが、ポケモンはあくまでもボールを投げたら友達になってくれるキャラクターであることが前提だからだ。

 しかしこの世界ではポケモンはキャラクターではなく、実際に生きている生き物である。

 

「どーしたのよ?」

「い、いや、そうだよな。冷静に考えりゃ、そうだよな。悪い、大丈夫。ちゃんと食べるから」

「なぁに? イヤだっていうの?」

「違う! 違うから! ちょっと気になってただけ!」

 

(モ〇ハンのモンスターの肉を食べるとなるとあんまり抵抗は湧かないけど、ポケモンの肉を食べるとなると途端に抵抗感が湧くのは何でだ? やっぱり、ボールを投げたら仲間になるからか? 頭が良いからか?)

 

 最も、前者はゲームの中でも食されているので「そういうもの」と考えられるのだろう。

 メグルは頭の中では割り切ることにした。何より、折角奢って貰ったのに嫌な顔をすればユイは傷つくだろう。それは忍びなかった。

 元居た世界でも豚やニワトリをペットにすることもあるし、家畜として食肉することもあるのだから。

 

(食わないと生きていけないもんな……何処の世界も同じか)

 

 現実はシビアであった。

 例えポケモンの世界であっても、人間に限らず全ての命は命を頂いて生きている。

 

「……因みに、この辺じゃ、他には何のポケモンを食べるんだ?」

「シャクドウ近辺だとジビエが有名だからね、色々あるわよ。シキジカとか、オドシシとか」

「へ、へえ……」

 

 天然の野生鳥獣を食する食文化をヨーロッパの言葉でジビエと言う。

 この世界のヨーロッパ──カロス地方辺りにも同様の文化があり、それがサイゴクにも伝わって来たのか、最近はオシャレな天然肉料理も多いんだとか何とか。

 

(んでもってシキジカ居るんだ……第五世代以降のポケモンも出るんだな。可愛いから食べるのは少しショックだけど、そんな事は言ってられないよな)

 

 シキジカは遠く離れたイッシュ地方に生息するポケモンだ。また、オドシシはジョウト地方では限られた場所にしか出現しない。

 だが、山岳地帯や森林の多いサイゴク地方には多数生息しているのだという。

 

「と、ところで……今の話を聞く限り、猟師とか居るのか?」

「そうそう、居るに決まってるじゃない。放っておくと農園どころか山そのものが食い荒らされるんだから。狩猟期間になると猟師が数を管理するの」

「……成程なあ」

「ウチの父さんも猟師で……ジビエの料理の研究もしてたんだ。キャプテンもやってたから、忙しかったのに、休みの日は私たちに料理を振る舞ってくれて」

「へえ、良い父さんじゃないか。俺の父さんなんて仕事で滅多に帰って来なかったのに」

「……ええ。自慢の父さんよ。父親ってだけじゃない。キャプテンとしても、尊敬できる人だから」

「そういや、キャプテン代理って言ってたけど、父さんの代理だったんだな。お父さんは今、何してるんだ?」

「……」

 

 ユイの顔が暗くなる。

 さぁっ、とメグルの顔から血の気が引いた。

 この気まずい空気、明らかに地雷を踏んだに違いない。

 そして、その理由が何故なのか何となく察しがついたのだった。

 

「……死んじゃった。半年前、だったかな」

「……ごめん」

「いいよ。いつか話すつもりだったし。誰かに話すと、楽になるんだ」

 

 力無く彼女は笑ってみせる。

 ずっと、無理に明るく振る舞っていたのだろうか、とメグルは推測する。

 誰がどう見ても疲れているようだった。

 

「ポケモンに背後からやられたみたいで……手持ちを出す前に襲われたみたい」

「……そうか」

 

 ユイは言った。

 サイゴク地方では、一般のトレーナーでは立ち入れない場所が多数存在する。

 その理由は──往々にして「危険」だからの一言に尽きる。ジョウト地方で言うシロガネ山並みの危険地帯が多数存在するらしい。 

 トレーナーが通る道路や山道、水道、そして洞窟は()()()()()()()()()()()()と言えてしまうほどらしい。

 そして放っておくと、そういった危険地帯からポケモンが降りてくることもあるので、ライセンスを持ったポケモントレーナーでもある”猟師”が数を減らさねばならないらしい。

 このように、常に自然と密接した環境にあるからか、”おやしろまいり”が出来るようになるのも17歳からなのだという。

 

「だけど、ポケモンを恨んではいない。人はポケモンの命を頂くもの。ポケモンが人の命を頂くこともあるだろう、って父さんは言ってたから。勿論、そんな事そうそう起こらないように努力するのがキャプテンや猟師の役目なんだけど」

「……シビアなんだな」

「カントーから来た人には、よく言われるわ。この地方では古くから身を守るためにも──皆、ポケモンを手に取って強くならなきゃいけなかったのよ」

 

(この地方、現代のはずなのに……実はヒスイ地方並みに危険なんじゃないか……? いや、ゲームじゃ分からなかっただけで、プレイヤーが行けない場所、知る由も無い場所では──こういう事が割とあるのか?)

 

「……そして、父さんの跡を継ぐためにも、あたしは早くキャプテンにならなきゃいけない。でも、ヌシ様があたしを認めてくれなきゃ、正式にキャプテンにはなれない」

「代理ってのは、そういうことか」

「……うん。町の人が言うには……焦ってるのが、ヌシ様に伝わってるんだって」

「……」

「だから、あたしも修行するんだ。早く、ヌシ様に認められるために……でも、この気持ちが既に焦ってるってことなのかな」

 

 やしろでの戦いで、突っ込んでいったのも焦りに起因する。

 父を亡くしたこと、そしてキャプテンという立場への責任感、今のユイは非常に不安定だ。

 しかし、これは彼女自身が解決すべき問題であり、来たばかり会ったばかりのメグルには何も出来ることはない。

 

「俺に出来る事は何にもないけど、応援してるよ。いつかキャプテンになれると良いな」

「……ありがと。その気持ちは受け取っておくっ。でも、君こそ人の心配してる暇無いんじゃない?」

「……確かに」

「明日は、みっちり訓練を付けてあげる。そのためにも、しっかり食べるっ! あたしの前で残すのは許さないんだからっ!」

「分かってるよ! こんな旨い飯、残すわけないじゃないか」

「なら良かった!」

 

 残りの料理を平らげると、二人は手を合わせる。

 生物はすべて、何かの命を頂いて生きている。

 人がポケモンの命を頂くこともあるし、ポケモンがポケモンを、そしてポケモンが人の命を頂くこともある、とユイは語る。

 この地方は自然と密接しているが故に、そういった価値観が深く根付いているのだろう。

 ごちそうさまでした、の重みが実感できる夕食だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──サイゴク地方のポケモンセンターは山道の途中に建設されており、宿泊施設としての役割も果たしている。

 その一室のベッドで、メグルはイーブイの毛をブラシでとかしてやった。1日に1回、必ずこれをしないと毛並みが悪くなるらしい。

 そして、ボールに戻してやろうとすると──イーブイは枕を占拠して、ボールに戻るのを嫌がった。

 

「……よっぽど汚い部屋が嫌だったんだな」

「ぷっきゅるるるる」

「分かった、そこで寝て良いよ。俺もう少し起きてるし」

「きゅるるるるっ♪」

 

 すぴー、と横で枕を独り占めにしたイーブイの寝息が静かに聞こえてくる中、ベッドに寝ころびながら、捕まえるポケモンの事を考えていた。

 ノーコンは死ぬ気で克服しようと誓ったので、今は置いておくものとする。

 

(ボールの投げ方はマスターするとして……何を育てるか)

 

 山道が多いとなると、必然的にイシツブテのような岩・地面タイプのポケモンとの遭遇は多くなる。今日も、イーブイで戦っていたために倒すまで時間が掛かった。

 やはり、水タイプの加入はメグルにとっても急ぐべきことであったのである。とはいえ、進化に使うアイテムが無いのでイーブイを進化させることは今は出来ない。

 

(そもそもイーブイの進化は慎重にしたいし。水タイプは選択肢が沢山あるから、それはナシで)

 

 だが、山道では当然水タイプなど居るわけがない。山道は川からは遠く、外れてしまうので、狙いにはいけないだろう。

 

(んで、もう1つはやっぱり地面タイプだ)

 

 いずれ戦うであろうサンダースの事を考えると、そこらへんでゴロゴロ転がっているイシツブテを捕獲したいとメグルは考えていた。

 岩・地面タイプは攻撃面では非常に優秀で、更に特性:頑丈でどんな攻撃も一撃は耐えてくれる。攻撃力も防御力も高い。

 

(あいつシナリオだと便利なんだよな、対戦だといまひとつだけど。しかも、ユイに協力してもらったらゴローニャがすぐ手に入るんじゃないか?)

 

 イシツブテは最終進化に通信交換を要する。逆に言えば、友達が居なければずっと、第一進化のゴローンのままなのだ。

 しかし、今はユイが居る。通信進化は彼女に協力してもらえば良い。

 

(つか、ゲームじゃないからぼっちでSwitch2台で通信進化とか無理じゃねーか、あぶねあぶね)

 

 ぼっちで通信進化はポケモンあるあるの語り草である。涙を拭こう。

 

(そして、最後に──色んな相手に対応できるポケモンを用意したいんだよな。そんでもって山道を駆け抜けられる、背中に乗れそうなポケモンって居ないかな)

 

 そう考えていた矢先。

 今日の夕食の時、話に出ていた1匹のポケモンがメグルの中で浮上する。

 

 

 

 

(そういえば、()()()って……()()()()()()?)




【サイゴク地方観光メモ(1)】
サイゴクは、他の日本モチーフの地方と比べても自然が豊かで、野生ポケモンの生息圏が非常に広く、勢力も強い。古くから住んでいる人々も、安寧を求めて移住してきた人々も、平等に自然の恩恵にあずかると同時に獰猛な脅威に曝されてきた。そのため、他の地方に比べるとポケモンとの関係に対して割り切ったりシビアな考えを持つ人も多い。

【52番山道(さんどう)】
整備された登山道となっており、途中には「やまぶし亭」といった食事処やポケモンセンターも建設されており、トレーナー修行の場に適している。道中には、イシツブテやナゾノクサの他、シキジカといった、初心者トレーナーでも捕まえやすいポケモンが生息している。稀にオドシシが出現することもある。一方で、山道を逸れた途端にメブキジカやゴローン、そしてリングマといった進化系のポケモンの生息地が待っているため、非常に危険。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:旅パはその場のノリと不測の事態で決定する

 ※※※

 

 

 

 ──イシツブテというポケモンが居る。

 岩でできた頭の両端から屈強な腕が生えた石ころのポケモンである。

 52番山道の中腹部は山岳地帯になっており、木々が少なくなってくる。

 そして、ごつごつとした岩に囲まれた道となっており、このような場所ではよくイシツブテが転がって移動しているのだ。

 その様子を見張るため草むらに隠れている不審な男女が居た。メグルとユイである。

 

「良い? 草むらにこうやって隠れて、ポケモンが近付いてきたところをボールを投げるの、返事はイエスマム」

「イエスマム」

「例えば今イシツブテが後ろ向いてるでしょ? そういう時にボールを投げると──」

 

 後ろから後頭部にボールをぶつけられ、怯んだイシツブテはそのままボールの中に納まってしまった。

 かくん、かくん、かくん、とボールが3度揺れ、完全にボールは動かなくなる。

 

「こうしてゲットできる、ってわけ」

 

 得意げにユイはイシツブテの入ったボールをメグルに見せつける。

 流石に手馴れている。

 これが、LEGENDSアルセウスではよく見られた、()()()()()()()()である。

 ポケモンの不意を突いてボールを当てることで、すぐにボールへ納めることができるのだ。

 

(今までのゲームでは分からなかっただけで、実はメジャーだったりするのか? ボール直投げ)

 

「じゃあ、実践ね!」

 

 ポイントを少し変え、双眼鏡で見渡すと、何匹かのポケモンがまとまって群生している。

 岩影でごろごろしているイシツブテに、シキジカ、そして──今回のメグルの目当てだ。

 

(見つけた!)

 

 トナカイのような姿をした、気難しそうな表情のポケモンが木陰で足を折りたたんで休んでいる。

 おおツノポケモンのオドシシだ。

 角についている丸い玉の所為で、遠巻きから見ると本当に大きな目玉のように見える。

 

【オドシシ おおツノポケモン ノーマルタイプ】

 

「なぁ、1つ聞きたいんだけど」

「何よ?」

「あいつ──オドシシって進化するのか?」

「え? ……また微妙な所を突いてきたわね」

 

 これまた微妙な顔でユイは言った。 

 

「実は進化系が数年前に見つかったのよ。ただ、人の育成下での進化法はまだ確立されていなくって」

「じゃあ──居るんだな? アヤシシが」

「そうね」

 

 ──アヤシシ。

 LEGENDSアルセウスで登場した、過去のシンオウ地方──ヒスイ地方で生息していたとされているオドシシの進化系だ。

 しかし、このポケモンはヒスイ地方特有の姿から進化するわけではなく、原種のオドシシからそのまま進化する文字通り新たな進化ポケモンだったのである。

 どうして現代では進化系のアヤシシが登場しないのかは理由付けされていない(メタフィクション的な理由では、LEGENDSアルセウスで初登場した後付け進化ポケモンだから、であるが)。

 アヤシシ進化のトリガーとなっていた”早業”が現代では失伝したからではないか、とメグルは考えている。

 そのため、アヤシシがこの地方に居ないなら諦めるつもりだったのだが──野生下での目撃例があるならば希望はあった。

 

(H73 A95 B62 C85 D65 S85……微妙に気難しそうな顔に違わぬ微妙な種族値だが、仮に進化しなくても序盤なら悪くない性能だし? 何より色んなタイプの技を覚えるから持っておきたかったんだよな)

 

 何よりアヤシシに進化さえすれば種族値は改善され、アタッカーとしての性能は高くなる。

 ……と、このように小難しい事を述べたが、一番は──

 

 

 

(レジェアル出身のポケモン、一回使って見たかったんだよな!!)

 

 

 

 これに尽きる。ポケモン廃人にもロマンはあるようであった。

 ぷしゅぷしゅ、と博士から大量に貰った”においけしスプレー”を振りかけると、メグルは早速草むらで腰を低くしてオドシシの背後に回り込む。

 そして、ボールを投げた。

 明後日の方向へ飛んだ。

 木の上の木の実にぶつかった。

 そして──オドシシの頭に木の実が落ちた。

 

 

 

「──ぶるるるぅぅぅぅーッ!?」

 

 

 

 気付かれた。

 

「そうはならんでしょ!?」

「なっとる、やろがいッ!!」

 

 哀れノーコン。

 潔く草むらから飛び出したメグルは、イーブイの入ったボールを目の前に投げ入れる。

 飛び出したイーブイは気合十分だ、と言わんばかりに甲高く鳴くのだった。

 

「もうこうなったらままよ! 今日こそポケモンを捕まえるぞ!」

「ぷっきゅるるるっ!」

「あーあ、もう……先が思いやられるなあ……」

「ぶるるるるるぅぅぅーっ!!」

 

 起き上がり、後ろ脚で地面を蹴るオドシシ。

 そのまま突撃してくると思いきや──2本の角をメグルとイーブイに向けたまま、その場で止まってしまう。

 

「へっ、何かと思えば、こけおどし──」

「ぷきゅー……」

「──じゃ、ねぇかぁ……ずごぉ」

 

 強烈な眠気がメグルとイーブイを襲った。

 そのまま彼は立ったまま眠ってしまう。 

 ”さいみんじゅつ”。文字通り相手を強制的に眠らせる技だ。

 オドシシは玉の付いた二本の角を目玉に見立てることで、相手に暗示をかけることが出来る。

 その応用が──この睡眠技だ。

 

「ちょっと起きて!! 逃げたわよ、あいつ!!」

「ふぇっ!?」

 

 気が付くと、オドシシは一目散に逃げていく。

 

「そう言えばアイツ、催眠術覚えるんだったな……猶更欲しくなったね! 今後の捕獲で楽出来るしな!」

「ちょっと。何で岩壁に話しかけてんのよ!!」

「あっだだだだだ!?」

 

 耳たぶを強く引っ張られるメグル。まだ催眠が抜けていないようであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 おぼつかない足取りでの追跡にはなったが、獲物はすぐに見つかった。

 襲ってこずに逃げていた辺り、種の特徴としては、やはり臆病な性格なのだろう。

 

「イーブイ! 今度は先手を打って畳みかけるぞ!!」

「ぶるるるるぅーっ!!」

「気を付けて! あいつの角を見ちゃダメなんだから!」

「わぁーってるって! 二度同じ手は喰らわねえよ! ”すなかけ”!」

 

 イーブイの後ろ蹴りから砂煙が巻き起こる。

 催眠術は命中率が低い技だ。命中率を下げてしまえば、そうそう当たることはなくなる。

 

「ぶるるるるゥーッ!!」

 

【オドシシの ねんりき!!】

 

 しかし、そこは野生ポケモン。

 ただで転ぶはずもない。目を瞑ったまま念じるオドシシ。

 直後にイーブイの身体が浮かび上がって、木の幹に叩きつけられたのだった。

 念動力で相手を攻撃するエスパータイプの技だ。

 そもそもがノーマルタイプということもあって、LEGENDSアルセウス以前の作品ではオドシシが習得しなかった”ねんりき”だが、この地方では覚えるようであった。

 それは──いずれオドシシがエスパータイプのアヤシシに進化することを意味しているようであった。

 

「ぶるるるるる」

 

 じり、じり、と倒れたイーブイに迫るオドシシ。

 そのまま前足を振り上げ、踏みつけの態勢に入る。

 しかし、やられっぱなしで終わるイーブイではない。

 ギロリとオドシシにガンを飛ばすと──

 

 

 

「そこ!! 電光石火!!」

 

 

 

 その空いた顎を目掛けて、勢いを付けた渾身のテールアタックを見舞う。

 まさにクリティカルヒット。

 脳みそに直に衝撃が伝わり、ぐらぐらと揺らす。

 態勢を崩したオドシシは、その場に倒れ込むのだった。

 

【──急所に当たった!!】

 

「ケッ」

 

 目の前に毛玉を吐き出すイーブイ。

 汚物でも見るような目でオドシシを見下ろす。

 

「おっと!? 効いてんな、今の!」

 

 だっ、とメグルは駆け出す。

 オドシシは砂で目が潰れており、立て直すのにも時間が掛かっている。

 この好機を見逃す理由はない。

 

(何も、自分のポケモンの後ろからボールを放り投げる必要はないよな!)

 

 オドシシの後ろに回り込むと──その後頭部目掛けて、至近距離でボールを叩きつける。

 一瞬、怯んだオドシシだったがもう遅い。

 その身体はボールの中に吸い込まれていくのであった。

 

「頼む、入ってくれよ……!」

 

 ぐるん。

 

 ぐるん。

 

 ボールは激しく揺れていたが──3度目でぴたり、と止まる。

 そしてカチッ! とロックの掛かる音が聞こえてくるのであった。

 

 

 

「しゃーっ!! 捕まえた、オドシシーッ!!」

 

 

 

 思わずボールを掲げてみせる。

 記念すべき、最初に捕まえたポケモンだ。

 

「成程、怯んでいる隙で後ろに回ってボールをキャスト……考えたわね」

「まあな。ノーコンでも、近くから投げれば絶対に当たるってわけだ」

「それはそれとして、さっきのはフォロー出来ないわよ」

「すいませんでした」

「まあでも、少しはやるようになったんじゃない? 創意工夫はトレーナーの必須スキルなんだから!」

「この調子で、次のポケモンも捕まえるとするかー!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その後はまあ早かった。

 催眠術を使うことが出来るオドシシが加わったことで、メグルはイシツブテ、シキジカの捕獲に成功したのだった。

 防御力は高いが特殊防御力がからっきしのイシツブテは”ねんりき”で体力を大きく削ることが出来たし、”シキジカ”はイーブイで真っ向から戦わせ、最後にオドシシの催眠術で眠らせて捕獲した。 

 こうして、2匹のポケモンを捕まえたところで、夜も暮れてきたので今晩は野宿することになった。

 サイゴク地方では、ポケモントレーナーの為にキャンプ用具の軽量化・小型化、そしてその量産に企業が取り組んできたらしい。

 あれだけ小さく折り畳まれていたテントも、組み立てると人一人が寝られそうなサイズとなったのだった。

 

「野宿はサイゴクのトレーナーの必須スキル! しっかり覚えときなさいよ!」

 

(剣盾がキャンプなら、こっちじゃストレートに()宿()か……サバイバルだなあ)

 

 ポケモンを寄せ付けないお香を周囲に設置し、テントを組み立てる。

 それが終わったら夕食の準備だ。昼はサンドイッチで済ませたので、夜はしっかりしたものが食べたくなってくる。

 やり方をユイに教えて貰いながら、持っていた米と水を飯盒に入れ、焚火セットに置いた薪に着火する。

 それに加えて、別の飯盒にはイモ(ジャガイモに似ている)とバター(ミルタンクの乳で作られているらしい)、そしてソーセージ(メグルは何の肉か詮索するのをやめた)をぶち込んだ。

 

「これが犯罪的に美味いのよねぇ」

 

 とのことで、間もなくバターの臭いが漂ってきて腹が余計に減ってくるのだった。

 パチパチ、と薪の音が鳴る中、ユイが鞄から鉄製の賽銭箱のようなものを取り出した。

 

「今日は二人だから大きいやつ使ったけど、小型のコンロもあるの」

(ゆる〇ャンのアニメで見たヤツだ)

「キャンプセットは定期的に見直すと良いわ。いずれは一人で野宿することもあるだろーしね。飯盒が無くてもコレと焼けるモンあったら死にはしないでしょ」

 

(よく考えたら、あんなデカい調理セットをよく持ち運んでいたよな……剣盾)

 

「さ、そろそろご飯が蒸れた頃でしょ。食べるんだからっ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──じゃがバタソーセージ(ジャガイモではない)は、中毒的な旨さであった。山道を歩いた後は、炭水化物と肉、そして鼻腔を突き抜けるバターの香りが身体に染みる。ソーセージはあまりにも美味しかったので、もう1度追加で焼いてもらったほどであった。

 

「何か悪いなあ。色々教えて貰って。すっごく助かった」

「あたしは父さんにそうしてもらったように教えてるだけよ。あんたが物覚えがよくて助かってるわ」

 

 メグルは既に、ユイがキャプテンとしての資質は十二分に持っているように感じた。

 彼を助けるためだけではなく、彼がひとりで行動するようになった後の事も見越しているのだ。

 曰く、サイゴク地方では小さい頃からサバイバル慣れするために町主導のキャンプ訓練も行われるらしく、子供たちは皆野宿には慣れているのだという。

 一方で、メグルは中学の頃の林間学校で山の宿泊施設に行ったっきりだ。サバイバルの知識・経験ともに雲泥の差が存在する。

 

「で、手持ちはコレで4匹でしょ。昨日に比べれば上出来じゃない? 催眠術持ちを最初に捕まえたのは賢かったわね」

「いやぁ、それほどでも?」

「ま、ノーコンは相変わらずだけど」

「うぐっ……」

 

 ポケモンの状態異常で、最も捕まえやすくなるのが「眠り」状態だ。

 催眠術が当たりさえすれば、一気にポケモンは無防備になり、ゲームでも捕獲率が跳ね上がる。

 そこを回り込み──至近距離のボールで捕まえる。

 物事はやはり基本に則って行うのが最も効率が良いのである。

 

「それで、セイランシティまであとどれくらいなんだ?」

「この後トンネルを抜けてスイジンタウンに着くの。そこに駅があるから、電車でセイランシティまで抜けるわ」

「長いようで短かったなあ」

「セイランシティは海沿いの町だし、また違うポケモンも見られるんじゃないかしら」

「楽しみにしとくよ。……ところでさ、セイランシティのヌシポケモンって何タイプのポケモンなんだ?」

「水タイプ。シャワーズよ」

「シャワーズか……」

 

 シキジカを捕まえておいてよかった、とメグルは胸を撫で下ろす。

 捕まえたばかりのポケモンでどこまで戦えるかは不明ではあったが。

 

「でも安心して。ヌシとは直接戦わないの。キャプテンが出したお題をクリアすることになるんだから」

「ありっ? そうなの?」

「大体、駆け出しのトレーナーがヌシポケモンにサシで勝てるわけないじゃない」

「それもそうか」

「でも、どっちみち水タイプのポケモンが関わってくるだろうから……その辺、気を付けておくことね。お題も、その時々で変わるらしくって」

「楽しみにしておくよ」

 

 となれば、水が天敵のイシツブテは使えない。

 相性に左右されないノーマルタイプのイーブイとオドシシ、そしてタイプ上有利なシキジカが重要になるだろう、とメグルは考える。

 

「ま、いざとなったらお前がどうにかしてくれるよな、イーブイ」

「ぷっきゅるるるる!」

 

 闘志充分だ、と言わんばかりにイーブイは鳴いてみせる。

 

「あと、ポケモンをテントの外に出しておくと良いわよ。今回はレアコイルが居るから、そっちは出さなくて良いけど」

「何でさ?」

「悪い事を考えるヤツが居ないとも限らないでしょ?」

 

 じろり、と彼女はメグルの方を睨む。

 

(よくよく考えたら女の子1人でのソロキャンってなかなかデンジャラスだよな……ポケモンに襲われるか人に襲われるか)

 

 キャンプ中の自分の身を守ってくれるのもポケモン、ということなのだろう。

 だが、少年少女が旅に出て野宿するのが当たり前の世界である以上、人間の価値観も元居た世界とは異なるのだろうか、とメグルは考える。

 

「ま、あんたにそんな度胸無さそうだけど」

「心配しなくても考えねーよ」

「とゆーわけで、ヘンな気は起こさないように。テントに近付くヤツは黒焦げにして良いってレアコイルには言ってるから」

「はいはい、分かったよ」

「んじゃ、あたしは寝るから。おやすみー」

「ああ、おやすみ」

 

 急ぐように彼女はテントの中に入っていく。

 メグルも既に疲れ切っていたため、下着だけになると──そのまま寝袋に潜りこんだのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──?」

 

 

 

 夜もすっかり更けた頃。

 ユイは、寝袋の中でふと目が醒めた。  

 ここ半年、ずっと彼女は寝付きが悪い。

 父が亡くなった時のショックを受けた記憶が──夢に姿を変えて出てくるのだ。

 しかし、今日は違った。

 外がやかましいのだ。

 レアコイルの金属音に似た鳴き声が聞こえてくる。

 

「レアコイルー? 何なのー?」

 

 テントを捲ると──ユイは言葉を失った。

 

 

 

「……ウソ……?」

 

 

 

 

 ──心臓が止まってしまうかと思った。夢でも見ているのかと思った。

 見間違えるはずもなかった。

 

 

 

 

「……父……さん? 何で居るの……?」

 

 

 

 ──月は赤々と輝いていた。凶兆を知らせるかのように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:”まじない”

 ※※※

 

 

 

「きゅるるるるっ」

「んが?」

 

 

 

 毛玉が呼吸器を塞いでいることに気付き、メグルは跳び起きた。

 息が苦しい。

 何かあった時のために、イーブイだけテントの中に出して寝かせていたのである。

 イーブイが頭にへばりついたまま寝袋から出ると、そのままイーブイはテントから出ていってしまった。

 

「おい、どうしたぁ?」

「きゅるるるるっ!」

「……何かあったってのか?」

 

 それを追ってメグルもテントから出ると──ユイのテントが開いたまま、もぬけの殻になっていたのである。

 ゾッとした。

 

「……ユイのヤツ、何処に行ったんだ?」

「ぷっきゅるるるる」

「でも、外はレアコイルが見張ってたよな? なんで──」

 

 そう言えば、と辺りを見回す。

 レアコイルも居ない。

 そして外が妙に明るいことに気付く。

 

(……月、赤くねぇか?)

 

 月が不気味なほどに赤く、そして大きく迫っているように見えた。

 何かがおかしい。

 元の世界でも、月が明るくなってオレンジ色になることはあった。

 だが、此処までではない。

 まるで何か禍々しいものが近付いている予兆にさえ思える。

 しかし、このままユイを放置することは出来ない。

 見張り役のレアコイルを引っ込めて、彼女がテントを離れるなど余程の事があったに違いない。

 

「……緊急事態だ」

「プッキュルルルル」

「……イーブイ、寝袋の臭いを追えるか?」

「プッキュイ!」

 

 イーブイをユイの寝ていたであろう寝袋に近付けさせる。

 ポケモンは知能が高い。例えイーブイであっても、警察犬のような使い方も出来るのだという。

 服を着こむ。テントとお香はそのままにして、メグルはイーブイにユイを追わせたのだった。

 

 

 

 

「……げっ」

 

 

 

 ──レアコイルを発見したのは、それからすぐあとであった。

 眠らされているのか、ごろんと木の下に3つのユニットがまとまって転がっていた。

 ポンポン、と叩くと「ジージージー」と金属音のような鳴き声を上げて再び動き出す。

 見た所目立った外傷は無いようだったので、メグルは安堵した。

 だが同時に、ユイがレアコイルとも離れ離れであることにメグルは気付いた。

 いよいよ彼女が危ない目に遇っている可能性が高い。

 

「レアコイル、お前の主人は──!?」

 

 混乱しているのか、ぐるぐるとユニットたちは回転するばかりだ。

 レアコイルに嗅覚もへったくれも無いのだろう。主人を追わせるのは酷だ。

 

「レアコイル、着いて来てくれるか?」

 

 理解したのかどうかは分からない。

 レアコイルはぐるぐると回転しているだけだ。

 しかしそれでも、ふよふよと浮き上がると、そのままメグルに着いてくるのであった。

 流石に賢い。長い間、ユイに付き従っているだけはあるのだろう──そう考えていた時だった。

 

 

 

 

【レアコイルの ラスターカノン!!】

 

 

 

 

 いきなりレアコイルが閃光をノーモーションで放ったのである。

 思わずメグルは尻餅をつく。

 そして、バキバキバキィ!! と何かが炸裂するような音が聞こえたので振り向くと──野生のメブキジカが倒れて、そこから煙が上がっていた。

 

「プッキュルルルル……!!」

「……助けてくれたのか」

 

 金属音のような鳴き声を発するレアコイル。

 しかし、感心している場合ではなかった。

 メブキジカは本来、山道を外れた場所に生息しているシキジカの進化系だ。

 それが山道に出てきていることは、自然に何か異常が起こっていることを意味していた。

 特に、このような状態では一人でうろついているであろうユイにとっても危険である。

 相棒同然のレアコイルをあのような場所に放っていた時点で”何か”が彼女の身に降りかかったことは確実だった。

 とてつもなく嫌な予感を禁じ得ないまま、メグルは森の奥へ奥へと進んでいく。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 赤い月に照らされているユイは、何処か浮世離れした空気を身に纏っていた。

 ぼんやりとしており、ポケモンも出さずにその場に突っ立っている。

 その様子に、メグルは話しかける事すら躊躇した。何かと話している。

 しかし、彼女の周りには誰も居ない。

 

「もう、心配したんだから……あたし、半年も待ってたんだからね……」

「……誰と、喋ってるんだ……?」

「プッキュルルルルィィィ」

 

 イーブイが警戒するように甲高く鳴く。

 レアコイルも、自分の主人を取り巻く異様な空気を前に心なしか慌ただしくしているようだった。

 メグルは思い切って近付いた。

 彼女は下着姿のままだった。寝苦しいので、他の服を脱いでいたのだろう。 

 華奢で色白な身体が、赫い月に照らし出された。

 

「……誰?」

「誰? じゃねぇよ──帰るぞ、ユイ」

「……駄目だよ。連れて行かせない」

「テントを空けて、自分のポケモンもほっぽりだして、どういう了見だよ?」

「……父さん。あたしを守って」

 

 彼女がぽつり、と呟いたその時だった。

 ユイの周囲に纏わりつくようにして、無数の人魂が浮かび上がる。

 メグルの肌が粟立った。しかし、次の瞬間にそれらは見覚えのあるものたちへと変わる。

 魂魄に人の顔が付いた可愛らしくも不気味な霊体のポケモン、そしてそれを取り仕切る一際大きな魔女の如き容貌のポケモンだ。

 

「ムウマに、ムウマージ……!?」

 

 

 

げんえぇぇぇぇぇええん

 

 

 

 咆哮が響き渡り、メグルは恐ろしさで立ちすくんでしまった。

 ムウマージの目は赤く輝き、夜の森に残光を残していた。

 此処までに出会った野生ポケモンたちとはレベルが違う迫力を醸し出す。

 ハッタリなどではない。恐ろしく凄まじい、肌で感じ取れるほどの野生の力が漲っているようだ。

 

(つか、この目の赤いのってオヤブンのそれだよな……!?)

 

 ──オヤブン。

 LEGENDSアルセウスに登場する、一際体の大きな個体のことである。

 そして、それらは漏れなく屈強、かつ狂暴。

 人を見ればノータイムで襲い掛かってくる存在だ。

 

【ムウマ よなきポケモン タイプ:ゴースト】

 

【ムウマージ マジカルポケモン タイプ:ゴースト】

 

 ムウマにムウマージ。

 2体は、同じ系統のポケモンで、ムウマージが進化系となる。

 特にムウマージは呪文を唱えることで相手に幻覚を見せる、半ば災厄のような生態を持つ。

 それを考えれば、ユイの今の状態にも納得がいく。

 ムウマージによって、彼女は幻覚を見せられておかしくなっているのだろう。

 

「おい、目ェ覚ませ!! そいつらはポケモンだぞ!!」

「──父さん……助けてッ!!」

 

 ユイが叫んだ。

 それに呼応するようにして、ムウマ達が一斉にメグルに飛び掛かってくる。

 しかしそれを、電気が纏めて薙ぎ払った。

 レアコイルだ。数の差は歴然だが、まとめて相手をしてくれるようだった。

 

(こっちはレアコイルに任せた方が良さげだな)

 

 その場を通り抜け、メグルは一気にユイに近付く。

 背後にはムウマージが憑りつくように佇んでいた。

 

「お前の相手は俺だ!!」

「げんぇぇええええええええん」

 

 ノイズの掛かった咆哮が再び響き渡る。 

 同時に、無数の木の葉が浮かび上がり、吸い込まれるようにしてイーブイを狙う。

 それを素早い動きで躱そうとするが、全て命中してしまうのだった。

 草タイプの技で、ムウマージが覚える技──マジカルリーフとメグルは判断する。

 この技を前に回避はムダ。絶対に命中してしまう恐ろしい技だ。

 

(マジカルリーフか!? ……イシツブテは出せないし、シキジカもイーブイも有効打が無い、となると──)

 

「すまん、戻れイーブイ!」

「ぷっきゅるるる!?」

 

 まだやれるぞ、と言わんばかりに鳴くイーブイだが、ノーマル技しか覚えていない上に耐久の低いイーブイ相手ではジリ貧は避けられない。

 シキジカはレベルが低い所為で、ゴーストタイプへの有効打となる”だましうち”を覚えていない。

 イシツブテはマジカルリーフの餌食となる。最悪手だ。

 消去法ではあったものの、この場で最もムウマージに対抗策出来るのは──1匹しかいない。

 

「──つーわけでお前を捕まえておいて正解だったわ、オドシシ!!」

「ぶるるるるゥーッ!!」

「目には目を、歯には歯を、ジョウト出身にはジョウト出身を! んでもって、ゴーストタイプには有効打のあるノーマルタイプを!!」

 

(本当は悪タイプが良いんだけど、居ないので仕方ないよね!!)

 

 ──ノーマルタイプの技はゴーストタイプのムウマージには通じない。

 しかし、同時にゴーストタイプもノーマルタイプに有効打が無いのである。

 この勝負、タイプ一致技が通用しない者同士のぶつかり合いとなる。

 だが──

 

 

 

「げんぇぇええええええええん」

 

 

 

 ──流石そこはゴーストタイプと言うべきだろうか。

 ムウマージはぼんやりとした光をオドシシに放つ。

 すると、間もなくオドシシの様子がおかしくなるのだった。

 何かに憑りつかれたかのように、オドシシはふらふらと足取りが怪しくなる。

 

「うっわ、うっぜぇ!! こいつ……あやしいひかりまで……!!」

 

 あやしいひかりは相手を混乱させる技だ。

 しかも、その命中率は脅威の100%。

 そして混乱したポケモンは、まともに攻撃が出来なくなる。

 時には訳も分からず、自分を攻撃してしまうこともあるのがゲームでの仕様だ。

 しかし、この状況での混乱は更なる意味を持つ。

 今のムウマージは、半ばユイを人質に取っている状態だ。

 その状態でオドシシが技を撃てば、彼女にも当たってしまう可能性がある。

 ゲームならば自傷覚悟で突っ込めば良いだけの話である。

 だが、メグルが今対面しているこの状況はゲームではない。

 

「狡賢いってのは、こういう事を言うんだろな……!!」

「げんぇぇええええええええん」

「──だけど、搦め手が得意なのはお前だけじゃないみたいだぞ?」

 

 

 

 

【レアコイルの でんじは!!】

 

 

 

 

 微弱な電気が流れ込む。

 訳が分からないまま、ムウマージの身体は麻痺し、その場にのたうちまわるのだった。

 ちらり、とメグルは後ろを振り向く。

 既にムウマ達は皆倒され、散り散りに逃げてしまったようだった。

 そしてそれを制したのはレアコイルだ。

 スキャンでレアコイルの技を把握していたメグルは、あの包囲網さえ突破出来れば後は勝手にレアコイルがムウマージに電磁波を入れてくれるだろうと考えたのである。

 

「どうやらコイツも、お前に借りを返したいみたいだからな」

 

 その隙にメグルはオドシシに”キーの実”──混乱を治す木の実──を食べさせる。

 何が何だか訳の分からない様子のオドシシであったが、目の前に差し出された木の実は迷わず食すのだった。

 これで、状況は完全にひっくり返る。

 素早さが持ち味のムウマージの強みは、完全に殺されたも同然だった。

 

 

 

「──お父さんに──何するのッ!!」

 

 

 

 その時である。

 ユイの叫び声に応じるようにして──ムウマージの放つオーラが、一際強くなるのだった。

 未だに月は赤々と輝いている。

 

 

 

(こっからが……第二ラウンドか……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:”まやかし”

ぎぇんぎぇんぎえええええええええん

 

 

 

 ──あたり一帯に不気味な叫び声が響き渡る。

 ムウマージの周囲に炎が浮かび上がる。

 魔力の炎によって相手を燃やす技──即ちマジカルフレイムだ。

 麻痺させられて追い詰められたことで、いよいよ本気を出してきたということだろう。

 軌道を見切ろうとした矢先、オドシシの身体に炎が燃え広がる。

 

「ッ……マジかよ!?」

 

 それは文字通りの自然発火。

 回避等、並みのポケモンに出来るはずもない。

 悲鳴を上げて仰け反るオドシシ。

 流石に元が高速アタッカーの種族値をしているだけあって、その威力は強烈だ。

 しかし、その身体はビクビクと痙攣しており、鈍い。

 次の攻撃を繰り出すまでに、まだラグがある。

 

(──それまでに何とかユイを助けたい……!!)

 

 ちらり、とレアコイルの方を見やる。

 エネルギーを磁石型のユニットに溜めてはいるが、放つ様子はない。

 表情からは何を考えているか分からないレアコイルだが、その様子から自分と同じく歯がゆい思いをしているだろうとメグルは考える事にした。

 

「えっへへへ……父さん……父さん……!」

 

 虚ろな顔でユイはぶつぶつと呟き続ける。

 死んだはずの父の姿が彼女には見えているのだろうか。

 そのまま彼女はぽつりぽつり、と何かをムウマージに喋りかけ始めた。

 

「……ねえ、お父さん。あたしにはやっぱり、キャプテンなんてムリだよ……本当は才能なんて無いの、あたしが一番分かってる……」

 

 それは、己の無力感の吐露であった。

 

「全然、お父さんみたいに出来ないんだ。あたし、失敗してばっかりで……皆にも迷惑かけて」

「……そんな事、ずっと考えてたのか……?」

「レアコイルだって、あたしの事、見放してるよね……いっつも無茶させちゃってさ。やしろに大きなオニドリルが出たけど、あたし……ヌシ様が居なきゃ、どうなってたか分からないし」

 

 メグルには思い当たる節が無いわけではなかった。

 やしろのもりでの出来事だ。彼女は、オニドリルとの戦闘の事をずっと気に病んでいるようだった。

 それほどまでに、レアコイルには信用を置いているし、置いているが故の過ちだったのだろう。

 最も、相手は初めて現れたリージョンフォームのポケモン。それがよりによって最も相性の悪い地面タイプだったため、一概に彼女が悪いとは言えないのであるが。

 

「……あたし、やっぱキャプテン向いてないよ。ヌシ様も、それが分かっててあたしを認めてくれないんだ。あたしの中で最高のキャプテンはお父さんだけだよ。また、あたしに色々教えてくれるよね?」

 

 ずっと急に亡くなった父への思いを抑え込んでいたのだろうか。

 周囲には気丈な「キャプテン代理のユイ」を演じていたのだろうか。

 メグルの前では「頼れる先輩トレーナー」として振る舞っていたのだろうか。

 だとすれば、心に綻びが出来るのは当然の帰結であった。

 

「……やっぱり悩んでたんだな」

 

 ──メグルの前では彼女は立派なトレーナーであった。

 彼女を通して、如何に先代のキャプテンが偉大かを伺い知れた気がした。

 

「休めば良いだろ、逃げて良いだろって言ったところで──それだけ責任感が強いから、今までキャプテン代理としてやってきたんだろうけどさ」

 

(辛いことがあったらゲームに逃げてきた俺には真似出来ねーよ)

 

 その重圧は、勝手に外野がとやかく言えるほど軽いものではない。

 偉大な父。周囲からの期待。想像を絶するものであっただろう。

 仮にも一度、おやしろめぐりを達成した実力者であることがプレッシャーを余計に重くしたはずだ。

 そこから逃げたいという思いを、亡くなった父にぶつけたくなる気持ちはメグルにも理解出来た。

 しかし。

 

 

 

「でも──これだけは言える。まやかし見せられて決めた選択なんて、クソ喰らえだろ」

 

 

 

 ──それはあくまでも、彼女の手で決めるべきだとメグルは考える。

 今の彼女はムウマージに惑わされ、正気を失っている。

 そんな状態の判断が、一体何の意味を持つだろうか。

 彼女の道は結局、彼女自身が決めるしかないのである。

 

「──それにレアコイルはお前を見放してなんかない。それを今から証明してやるよ──オドシシ、まだやれるよな!!」

「ぶるるるるるるぅぅぅ!!」

 

 オドシシの咆哮がその場に木霊する。

 脅かす者。惑わす者。両者がぶつかり合おうとしていた。

 しかし──麻痺が此処で効いてきた。ムウマージは起き上がることが出来ず、立ち上がりはオドシシの方が速い。

 地面を蹴り、急接近。

 そのまま角を目玉に見立てたかと思うと──

 

 

 

「──オドシシ、ブチ破るぞ!! ”おどろかす”でアイツを怯ませろ!!」

「ぶるるるるるるぅぅぅ!!」

 

 

 

 ──渾身の霊気を纏った恐怖の叫びが放たれ、ムウマージは怯んでしまう。

 その一瞬の隙が最初で最後のチャンスとなった。

 さっきのマジカルフレイムでオドシシは大ダメージを受けている。

 

「んでもって──イチかバチかオドシシ、”さいみんじゅつ”だ!!」

 

 角を目玉に見立てることで強烈な催眠が発動する。

 しかし、既にムウマージは麻痺状態。

 ポケモンは一度に2つ以上の状態異常になることはない。

 何も起こらないことに業を煮やしたのか、再びマジカルフレイムの態勢に入るムウマージ。

 

(狙いは──!)

 

 ──尤も。そんな基本中の基本、メグルが理解していないはずがない。

 

 

 

()()()の方だ!)

 

 

 

 ぱたり。

 ユイの身体が地面に力無く倒れ込む。

 ムウマージの身体から彼女が離れた一瞬をレアコイルは見逃さなかった。

 再びムウマージがユイを取り込もうとする隙など与えない。

 既にエネルギーは溜めていたので、チャージ時間は不要。

 浮かび上がっていたので、射角と射線も確保。打ち下ろす形で、最大火力の閃光がムウマージの顔面目掛けて真っ直ぐ放たれる。

 

 

 

【レアコイルのラスターカノン!!】

 

 

 

 ──収束する光を避けられるはずもない。

 偽りもまやかしも全て晴らすかのように周囲は一際明るくなり、ぐるぐると回転しながらムウマージは崩れ落ちる。

 しかしそれでも辛うじて動ける様子であったが、

 

 

 

「──悪いな、ゲームセットだ。”ねんりき”!!」

 

 

 

 ──至近距離からの念動力を受け、漸くムウマージはその場に斃れ伏せるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ユイ。ユイ!!」

「……んぁ」

 

 

 

 外の月は、元の色に戻っていた。

 ユイは何が何だか分からないといった様子で目を開けると──真っ先に視界にメグルの姿が入るのだった。

 

「っ……何よ、どうしたの……あたし……頭、痛──ッ!?」

 

 妙な肌寒さで、漸く彼女は自らが置かれている状況に気付いた。

 上着こそメグルのものが掛けられているが、寝袋に入っていた時の下着姿のままだ。

 襲われたと思ったのか、彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「ヘ、ヘンタイ!! あ、あたし、なんでこんな姿で外に──ッ!?」

「違う違う!! あれを見ろ、あれを!!」

 

 メグルは慌てて指を差す。

 そこには、レアコイルが瀕死寸前のムウマージを押さえつけている光景が広がっていた。  

 どこから生えてきたのか分からない野生ポケモンを、相棒が押さえつけているのを見て、ユイは目をぱちくりとさせていた。

 それを踏まえて経緯を話すと、漸く彼女も落ち着いて来たのか、頭を下げるのだった。

 

「おい、そこまでしなくても──」

「ごめん。本当にごめん!! 錯乱してたみたい。薄っすらあたしも……思い出して来た。助けて貰ったのに疑うなんて」

「いや、誤解を受ける状況でしかなかったからさ」

「テントの外に出たら、月が赤くて……死んだはずの父さんが出てきて。そして着いていってるうちに訳が分からなくなって……そこから先は覚えてない」

「……そうか」

「でも、夢を見てた。父さんが生きてる夢。ずっと、あたしの憧れのキャプテンで居てくれる夢を」

 

 彼女はムウマージに近付いていく。

 その体躯は一般の個体の5割増しで巨大だ。

 

「本当に一際大きな個体ね……特殊個体?」

「ああ。そこが気になるんだ。()()()()みたいなもんかなあって。でも、俺がボールを投げてもなかなか捕まらなくってさ」

()()、とは言い得て妙ね。特殊個体なのかもしれない。でも、目が赤く光ってる」

 

(……この反応。この地方ではオヤブンは一般的な存在じゃない?)

 

「そもそも、野生のムウマもムウマージもこの辺りに出てくるなんて初めてなんだから。異常事態よ」

 

 その瞳は未だに赤い炎が揺れている。闘争心や狂暴性がそこに現れているようだった。

 レアコイルで押さえつけていられるのも時間の問題だろう。

 しかし、メグルでは何度ボールを投げても捕まえる事が叶わなかったのである。

 大分弱らせたにも関わらず、である。

 これ以上はボールのムダと判断したメグルは、ユイが起きるまで、レアコイルにムウマージを押さえつけてもらうことにしたのだった。

 

「試練をクリアすることで貰える証を持っていると、強いポケモンでも捕まえやすくなるのよ。こいつデカいし……余計に捕まりにくいんじゃないかしら」

「じゃあ俺が幾らボール投げてもムダってわけか」

「そうね。それで君の手柄を横取りするようで悪いんだけど、この個体、あたしが捕まえた上で博士に調べて貰わない? お香を無視して侵入したことと言い、大きいことと言い……何か、このサイゴクで起こってる異変と関係があるのかも」

「正直俺も賛成だ。色々気味が悪くて」

 

(高速特殊アタッカーは惜しいけど……気になることが多すぎる。この”オヤブン”の出所が何なのか、そもそも俺の知っている”オヤブン”なのか?)

 

 メグルとしては、このまま強力なムウマージで無双したい気持ちもあった。

 しかし、今捕まらないポケモンはどの道戦力として運用する事が出来ない上に、このムウマージにはまだ不可解な点が幾つもある。

 それならば、博士に調べて貰うのが得策だと考えた。

 

(LEGENDSアルセウスでも”オヤブン”が何なのか、どうして現代には居ないのかは説明されてない。ヒスイのそれとは別物だとは思うけど……気になるんだよな)

 

 オニドリルのような正体不明のリージョンフォームのポケモンと何か関係があるのか、それともないのか。

 ひいては、この地方そのものに異変が起こりつつあるのか。現時点では分からない。

 それを調べるのはきっと、研究者である博士に任せるのが手っ取り早い。

 ユイはモンスターボールをムウマージに軽く投げ付ける。

 すぐさまその身体はボールへと吸い込まれていき、そのままかくん、かくん、と揺れて、完全に中へと納まったのだった。

 

「おーすげぇ、俺何回やっても入らなかったのに」

「……」

「どうしたんだよ?」

「……ううん、本当に不甲斐ないなって。自分が許せないわ」

 

 悔しそうに彼女は言った。

 掌は、ムウマージの入ったボールを強く握り締めていた。

 

「サイゴクのムウマージは、人の悲しい感情を察知して、その人を助ける事があると言われてるの。ただし、自分の持っている力の範囲で、だけどね」

「それが──催眠術でまやかしを見せる、か」

「……うん。それは大抵、その人の望むものよ。この子も悪気は無かったのかもね」

「じゃあやっぱり──」

「だけど」

 

 彼女はきっぱりと言った。

 心配など無用だ、と言わんばかりに。

 

「あたし、もう後戻りするつもりは無いから」

「大丈夫なのか?」

「父さんは……あたしの背中を押してくれたもの。もし途中でほっぽりだしたら、怒られちゃうんだから」

 

 あくまでもムウマージに操られていた時に言っていたのは、彼女のネガティブな一側面に過ぎないのだろう。

 メグルが思っていた以上に、彼女の中では折り合いがついていたらしい。

 

「君にはまた助けられちゃったわね。ありがと。何をお返しすればいいのやら、ね」

「相手が相手だったし仕方ないさ。それに、レアコイルが居なきゃムウマージは倒せなかっただろうし」

「そうね。レアコイルもありがとう」

 

 レアコイルは何も言わない。

 しかし、心做しか磁石型のユニットはくるくる、と嬉しそうに回転しているようにメグルには思えた。

 だが、ユイの顔は晴れなかった。

 ムウマージは捕獲したとはいえ、今後同様の事態が起こらないとも限らないのだ。

 

「ねえ、あの赤い月は──ムウマージの見せた幻影だったと思う?」

「……幻影にかかってない俺にも見えたんだ。きっと違う」

「そうね……悪い事の前兆じゃなければ良いんだけど」

 

 月は──もう、いつも通り白く輝いていた。

 

 

 

「──セイランシティに急ぎましょう。あそこのキャプテンなら、何か分かりそうな気がするから」




【メグル現在の手持ち(スタメンに限る)】

イーブイ LV16 ♀ 特性:きけんよち 性格:やんちゃ
技:たいあたり、でんこうせっか、すなかけ、つぶらなひとみ
正直、そろそろノーマルタイプ以外の攻撃技を覚えさせたいとメグルは考えている。相も変わらず、主人以外の相手にはヤンキーな態度を見せる。


オドシシ LV17 ♂ 特性:いかく 性格:さびしがり
技:ふみつけ、さいみんじゅつ、ねんりき、おどろかす
此度の活躍でスタメン確定となった。催眠術がかなり便利で、ポケモンの捕獲に役立った。種族値も序盤にしては高いので、重宝している。尚、サイゴク地方ではアヤシシに進化するらしいが、進化条件は現時点では不明。技マシンで色んなタイプの技を覚えるため、最終的には万能特殊アタッカーにしたいとメグルは考えている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:青い空に青い海

 ──スイジンタウンから電車に揺られること数時間。

 ポケモンセンターで調べてみてもらったところ、ユイの体調そのものに特に異変は無く、問題なく旅は続けられるという。

 しかし、先日の一件は少なからず彼女の身体に疲労をもたらしたのか、電車の中では彼女はずっと眠っていた。

 かく言うメグルも長い電車旅で既に座り疲れていた。

 何も無い平坦な穀倉地帯が続いたかと思えば、徐々にビルが車窓から見えてくる。

 

 

 

 

『セイランシティ─青い海、青い空、世界の窓』

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──セイランシティは、サイゴクでも屈指の港湾都市として知られている。

 観光地としても、工業地としても、そして漁業の拠点としても、更には交通の要所としても重要な場所だ。

 しかし、それだけに留まらず、ポケモンを祀った神社も多数存在しており、それを巡る歴史マニアも多いらしい。

 このような事情もあってか人通りも多く、駅前はかなり賑わっている。

 

「”おやしろまいり”に来られたトレーナーですね。それでは、トレーナーカードの提出をお願いします」

「これですか」

「ええ、ありがとうございます。キャプテンを呼んできますので少々お待ちくださいね」

「……なあ、俺達ゃおやしろまいりに来たんだよな」

 

 受付の人が内線で話している間に、思わずメグルはユイに問いかけた。

 駅前からバスで10分ほどで、おやしろのある場所には辿り着いた。

 しかし、ゲートの向こうに見えるのは砂浜だ。

 青い空。白い雲。そして青い海。

 セイラン海水浴場──セイランシティでも有数の観光スポットのひとつなのだという。

 

「何処におやしろがあるってんだ!? どっからどう見ても砂浜と海しかないじゃねえか!」

「落ち着きなさい。おやしろはあっちよ」

 

 ユイが道路を挟んだ山を指差す。

 見るとそこに、古びた石段があった。

 その先におやしろさまが建てられているのだという。

 

「山の上か。でも何でわざわざ海水浴場に?」

「かつて、セイラン近海は暗礁が多くて船が通ることが難しかったの。通る船を見守るために、そして海の安全を願う為に、このおやしろは建造されたと言われているわ」

「はえー……成程ね。だから、小高い場所におやしろさまが建っているのか」

 

 

 

「おお、おお!! よォ来たのぉ!!」

 

 

 

 そうこうしていると、やってきたのは──アロハシャツを身に纏った腰の曲がった老人だった。

 歳は80歳はゆうに超えていそうであるが、その割には元気な声であった。

 目は、髭のように長い眉毛に隠れてよく見えないが、元気に入れ歯を剥き出しにしてくる様からは人柄の良さが伺える。

 

「っと、()()()()の所の娘か! 直に会うのは久しいのう!」

 

(ショウブ? ああ、ユイのお父さんの名前なのかな)

 

「御無沙汰してます、リュウグウさん」

「オニドリルの件は、()()()のヤツから聞いちょるわ。大変やったのう」

「はい……」

「そんな難しい顔はしなさんな! 今日は実家に帰ってきたつもりでくつろいできぃや!」

「いえ、あたしは──彼の試練を見届けなければならないので」

 

 ──リュウグウ。

 それが、このセイランシティのキャプテンの名前だ。

 言うまでもなく、キャプテンたちの中では最長老であり、立ち位置も実質的なリーダーのようなものらしい。

 その名前からメグルは、竜宮城から帰って来た浦島太郎を連想した。

 

「して、あんたが挑戦者か」

「は、はい……」

 

 一瞬、真剣な面持ちになったリュウグウ。

 しかしすぐにメグルの手を掴むと、ぶんぶんぶん、と振り回すのだった。

 

「よぅ来たのぉ! セイランは良い所やから、楽しんでいくといい! 市場には行ったか? あそこでは寿司が──」

「リュウグウさん、試練、試練!!」

「おおすまんすまん、忘れるところやった」

「……元気だなあ」

「さて、試練か」

「!」

 

 リュウグウの纏う雰囲気が変わる。

 

「おやしろまいりの試練。それは、おやしろさまと謁見するに足る人間かを確かめる神聖な儀式。故に、おぬしにも相応の心持で挑んでもらう」

「……その試練の内容とは?」

「このリュウグウ、キャプテンをやって早60年。試練の課題が厳しいとよう言われる。覚悟は出来てるか?」

「ッ……」

 

(そう言えば、ヌシとは直接対決しない分、試練はキャプテンの裁量で決められるのか。一体どんなお題なんだ──?)

 

 周囲は海。

 だが、内容は全く想像できない。

 ただならぬ空気を纏うリュウグウの姿は、さながら歴戦の猛者。

 それが提示する試練なのだから、さぞ険しいものに違いない。

 

 

 

 

「おやしろさまの見守る中で行う課題。それはズバリ──()()()()じゃ!!」

 

(ええええええーッ!?)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オフシーズンの海岸のゴミ拾いついでに、浜辺に打ちあがったポケモンを海に戻しちょいてほしいんじゃ!」

 

 

 

 ──曰く。

 セイラン海岸は海水浴場として知られているものの、やはり海である以上は色んなものが流れ着いてくるのだという。

 

「リュウグウさんの課題は日によって変わるけど、大体は海水浴場の手伝いよ」

「地域ボランティアじゃねーか!」

「オンシーズンだと海の家の手伝いをやらされるらしいわ」

「どっちもアレだな……」

「証が3つ以上なら、ヌシ様との直接対決が待ってるらしいけど、課題は据え置き。不十分ならヌシ様との謁見は叶わないわ」

「バイトが欲しいだけなのでは?」

 

 浜辺には、ポケモンが流れ着いていることがよくある。

 ただ生息しているだけならば良いのだが、種類によっては海に人間の力で戻してやった方が良いポケモンも居るのだという。

 例えば、おはぎのような姿をしたナマコのポケモン・ナマコブシはその最たると言えるだろう。

 気に入った場所から、飢えても動かないので、無理矢理餌を食べさせるために海に戻してやるらしい。

 アローラ地方のハノハビーチでもナマコブシを投げて海に戻すバイトがあるのだが、こっちはボランティアである。当然だがお賃金は発生しないのだった。

 

(そもそもナマコブシ、サイゴク地方に生息してたんだな……ナマコブシなら日本モチーフの地方なら、どこにでも居そうなもんだし別に良いのか)

 

「因みにこれは試練。その途中でモンスターボールを使う事は出来んぞ。お題はポケモンを海に戻すこと、じゃからのぅ! 戻すポケモンの種類は、このメモ紙を見てくれい」

「海岸清掃ボランティア・はじめてガイド……マジでボランティアなのか……」

「例えばここにイキの良いナマコブシが転がっておるじゃろう?」

「ぶっし(ナマコブシの鳴き声)」

「オメーが返事すんのかよ」

 

 リュウグウの足元に転がっているナマコブシは浅瀬や浜辺ではポピュラーな存在だ。

 おはぎのような人畜無害な姿の通り自ら攻撃することは無いが、危険を感じると内臓を拳のように膨れ上がらせて殴りかかってくる、なかなか恐ろしいポケモンである。

 そして、なかなかサイズが大きい。全長は30cm程度。メグルは勝手に掌サイズくらいに思っていたが、実際には潰れたドッジボールのようなナマコがお出しされた。確かにこれでは観光客が気味悪がるのも無理はないだろう。

 それを躊躇なく右手の掌に乗せると、リュウグウは大きく振りかぶるのだった。

 

「よぅ見ちょき。トゲや口を触らず、このように投げるんやぞ!」

 

 「ちぇーすと!!」の掛け声と共に、ナマコブシが海へと投げられていった。

 このご老人、御年87歳にしてなかなかの健肩の持ち主のようであった。

 

「因みに、うっかりトゲや口を触ると”とびだすなかみ”でブン殴られるんだから。あたしは数日顔が腫れたわ」

「こっわ……」

 

 ユイが頬をさする。

 当時の事を思い出すと、未だにナマコブシに恐怖を覚えるらしい。

 

 

 

「というわけで──”すいしょうのおやしろ”の試練、開始じゃ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(まあでも、ナマコブシ投げボランティアすれば証が貰えるんだから、そう考えれば楽っちゃ楽なのか……ん?)

 

 メグルは顔を顰めた。渡されたリストに書かれたポケモンを見る限り、海に戻すのはナマコブシだけではない。

 ナマコブシはまだ良かった。拾って海に向かって思いっきり投げれば良いだけだ。

 

「ぶっし……」

「おらよっ」

「ぶっし……」

「……うわぁ、結構転がってんね」

「ナカミィ……」

 

 肩をぐるぐると回しつつ、ゴミが落ちていたらゴミはさみトングでゴミ袋に入れていく。

 そうこうしているうちに額にだんだん汗が浮かんできて、日差しが憎たらしくなってきたころであった。

 

「あ、ハリーセンだ」

 

 今度は力無くハリーセンが浜辺で横たわっていた。手渡されたリストに記されたポケモンの一匹だ。

 ハリセンボンのような姿をしている見るからに危なそうなポケモンであるが、打ち上げられているのは気の毒である。

 だが、ハリーセンの針には毒がある。ナマコブシのように投げて海に戻すことは出来ない。

 

「ぷぴふぁー!」

「おああーッッッ!?」

 

 突如、甲高い鳴き声を上げてハリーセンが飛び掛かってくる。

 すんでのところで避けられたものの、もう少しで顔面が毒針塗れになるところであった。

 

「用心しちょけ、浜辺に転がっているハリーセンは、ただ昼寝してるだけだから、起こすと元気に襲ってくる!!」

「弱ってるって何だったんだよ! じゃあ寝かしておいてあげましょうよ!」

「海水浴場にハリーセンが居ったら、危ないやろ」

「そりゃそうだ、すいませんでした!!」

「大体のポケモンは打ち上げられたくらいでくたばりゃしないわよ。力が弱すぎて自力で戻れない子もいるけど」

「やっぱポケモンってすげぇや!」

 

 ナマコブシならばまだ良い。しかし、毒針を持っているようなハリーセンは、確かに海水浴場にいると危険なポケモンである。

 成程、ベテラントレーナーの強さを煩わせるほどではないが、観光客にとっては危険なので、海岸清掃は初心者トレーナーの課題になるのだろう。

 

「──オドシシ、”ねんりき”!!」

「ぷぴふぁーっ!?」

 

 しかし、毒タイプである以上はエスパータイプの技は効果抜群。

 念力で浮かび上がったハリーセンは、海へと放り投げられてしまったのだった。

 だが海岸清掃は終わらない。海水浴場はかなり広く、まだ先が見えない。

 

「うげっ……今度はコイツか……」

「うにうに」

 

【バチンウニ ウニポケモン タイプ:電気】

 

 最早投げて戻すとかそういうレベルではなくなってしまった。

 バチンウニ。見た通り、発電器官を持つウニのポケモンだ。

 こいつに至っては浜辺どころか草むらにも生息しているので、打ち上げられているとかどうとか関係なさそうである。

 

(あ、でも、可愛いなあ、やっぱり)

 

「うにうに」

 

 キラキラ、と綺麗な目でバチンウニはこちらを見ている。

 

「うにうに」

「かわいいなー、家に一匹置いてやりたいよな」

「うにうに」

「でもそれはそれとして海に帰れ! 投げ飛ばしてやれイシツブテ!」

「うにうに!?」

 

 試練は無情であった。

 幾ら放電する危ないウニと言えど、地面タイプには通用しない。

 そのまま、イシツブテ自慢の怪力で海まで投げ飛ばされてしまうのであった。

 

「すまんな……やっぱ危ないんだわ」

 

 このポケモンのサイズも凡そ30cm。

 ナマコブシとそうそう変わらない。

 それで放電するのだから、そもそも海水浴場に居て良いポケモンではないのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──陽も傾きだしたころ、漸く海水浴場の端から端までの清掃が終わった。

 疲れ切ったメグルは、リュウグウとユイと一緒にゲートの前に戻り、肩で息をしていた。

 中腰でゴミを拾うのはなかなか疲れるものがあった。

 

「ほっほ、ようやってくれたの! おかげで海岸は綺麗そのものじゃ!」

「……ほんとだ」

 

 夕陽に照らされた海岸は、海はとても綺麗だった。

 ずっしりとした重さのゴミ袋を置くと、思わずメグルは座り込む。

 言葉を失うほどに、茜色が鮮烈に海を彩っている。

 

「ワシは──セイランの海が好きじゃ。若い頃からキャプテン、退職するまでは船大工。ずっと海を見て生きてきたつもりじゃ」

 

 海を眺めながら、リュウグウは語る。

 ずっと昔から見てきて、その変化を見届けてきた海岸が両の目には映っている。

 

「海岸が海水浴場になった後、観光地になって人が来るのは良かったが……海や浜辺がゴミで汚れるのは心が痛かった。最初はワシ一人で始めたことじゃったが、だんだん町の人、外の人も手伝ってくれて」

 

 本当は、海水浴場なんて作らない方が良かったのではないか、と考える時期もあったという。

 

「そのうち、若いトレーナーたちにも()()()()を見て貰おうと、この課題を始めたのじゃよ。トレーナーとして大成しても、自然を愛する清い心を持ってほしいと思ってな」

「……分かる気がします」

「そうか。お前さんは真面目にようやってくれた」

 

 にぃ、とリュウグウは笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

「──だが、まだ試練は終わっておらんぞ?」

「……え?」

 

 

 

「ぷぴふぁーッッッ!!」

 

 

 その時だった。

 メグル達の目の前に巨大な波が立つ。

 全長1メートルほど。巨大なハリーセンがその場で咆哮を上げるのだった。

 

「仲間を海に戻してもらったハリーセンは、嬉しさのあまり戦いたくなるのじゃ!」

「通らねえよッ!!」

 

 思わず突っ込んだ。どんな理由だ。

 

「出たわね……近海の主」

「……これが試練の最後。このハリーセンを、おぬし一人の力で海に戻してみせよッ!!」

 

 

 

【ハリーセン ふうせんポケモン タイプ:水/毒】




【キャプテン1】
リュウグウ 男 87歳
セイランシティのキャプテンを務める男。穏やかで陽気な性格。海を愛する生粋の海男。若い頃は船大工とキャプテンの二足の草鞋を履いていた。現在は海水浴場の管理人もやっている。挑戦者が居ない時は、海岸清掃に精を出しており、海水浴場が綺麗なのはひとえに彼や、彼に協力する人達のおかげである。

ちなみに、ポケモンの人物の名前は植物の名前からとられている。今作のキャプテンは全員、同じ植物の名前の一部を切り取ってモチーフにしている(原作に同じ植物の別名モチーフの名前のキャラが居るが無関係としておく)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:誰か原種ハリーセンに進化系をください





「ぷぴふぁーッッッ!!」

 

 

 

 

 近海の主──ハリーセンは待ったなしと言わんばかりにメグル目掛けて飛び掛かってくる。

 大量に水を吸っているのか、それとも元々これほど大きいのか。

 52番山道で遭遇したあのムウマージを思い起こさせる体格差だ。

 先ほど通常サイズのハリーセンを見た後なので、余計に際立つ。

 

(でも目は赤くないし、あの”オヤブン?”とは関係ないのか」

 

「弱点技で攻め落とすか──オドシシ!! 念力で攻撃しろ!!」

 

 念動力を送り、ハリーセンを攻撃しようとするオドシシ。しかし、相手の方が仕掛けるのが早かった。

 ぷくーっと更に膨れ上がるハリーセン。

 その体躯は、最早人のそれよりも遥かに大きい。

 そして、体中を覆うトゲが光り輝いたかと思えば、まるでスティンガーミサイルの如く飛んで行くのだった。

 

 

 

【ハリーセンのミサイル針!!】

 

 

 

 それはフィールド中に撒き散らすかのように飛んで行き、そして爆発する。

 しかも誘導性が高いのか、ポケモンであるオドシシは愚か、メグルにまで向かって行く始末だ。

 

「危ない危ない危ない!?」

「ぶるるるるるる!?」

 

 被弾するオドシシ。

 悲鳴を上げて、その場に転がってしまう。

 

「ッ……あんなミサイル針があってたまるか! オドシシ、まだいけるか──ッ!?」

「ぶるるるるるるぅぅぅ!!」

 

 自らを奮い立たせるように吼えると、オドシシは立ち上がり、両角を目玉に見立てて念力を放つ。

 しかし、今度はハリーセンの身体が縮んでいき──

 

「プシュゥゥゥゥーッッッ!!」

 

 

 

 

【ハリーセンの ちいさくなる!!】

 

 

 

 

 ──その場から消えたようであった。

 オドシシも、メグルも敵を見失い辺りを見回す。

 あれほど巨大だったのに、見失うはずがない。

 

(何の技を使った!? まさかマジで”ちいさくなる”か!? それで念力を回避したってのか!?)

 

 次の瞬間、オドシシの身体が揺れる。

 スーパーボールサイズの何かが、その頭に突っ込んできたのである。

 よく目を凝らすと、それは全身にトゲがついた魚のような何か。

 つまり──ハリーセンのそれであった。

 

「げっ、まさかこのちっこいやつが、ハリーセン!?」

 

 伸縮自在。

 大きくなるのも小さくなるのも自由な敵を前に、メグルは歯噛みをする。

 ミサイル針を連発してオドシシにぶつけるハリーセン。

 小さく捉えづらい上に、今度は素早さが増している。

 

(大きい時はミサイル針で範囲爆撃、小さい時は当然回避率アップと速度アップか……だけど、オドシシのバテ方を見るに火力は据え置きだなこりゃ……!)

 

 苦戦するメグルを眺めながら、ユイは自分の試練を思い出していた。

 ナマコブシに殴られた痛い頬を庇いながら、あのハリーセン相手に頭の血管が千切れそうになりながら戦った時のことを。

 

「あたしとやりあった時もそうだけど、このハリーセン本当に野生産ですか? 強すぎません?」

「ショウブの所の娘よ。今だから言えるんじゃが、近海の主は──ワシが育てた」

「うん、そんな気はしてた」

「野生ポケモンであることは間違いないぞ? だが、試練用に育てておいたんじゃ」

「……初心者トレーナーにぶつける相手じゃない気がするんですけど」

「アレでも大分抑えとるぞ? 所詮は”ヌシ様”ではなく”近海の主”じゃからのう」

 

 と言いつつも、自慢げに話しているところがタチが悪い。

 海岸清掃は前座。試練の本番は、このハリーセンだ。サイゴクのトレーナーたちの壁となっており、リュウグウの試練を後回しにするトレーナーは後を絶たない。

 それでも、地理的な理由でセイランシティを回らねばならないトレーナーも居り、彼らの心を折っているのだという。

 言ってしまえば”序盤の壁”である。

 

「前から思ってたんですが、試練の最後にちいさくなるハリーセン置くのやめません? あの日も突破出来たのは、あたしだけでしたよね?」

「やめんよ? 野生ポケモンには、あのハリーセンよか強いヤツはいっぱいおるからの!」

「うわぁ……正直否定できない……」

 

 初心者トレーナーの頃にぶつかったハリーセンよりも、山で遭遇したリングマや、試練で戦ったヌシポケモンの方が強かったことをユイは思い出す。

 だとしても、もっと手心というものはないのか、とリュウグウに目で訴えかけるのだった。

 

「……それにワシ、突破出来ん試練は用意せんからのぅ」

 

 

 

「それならオドシシ──”ふみつけ”だ!!」

 

 

 

 強烈なストンピングが小さくなったハリーセン目掛けて繰り出される。

 硬い蹄に押し潰され「ぐぎゅえ」と潰れたカエルのような声が聞こえてくるのだった。

 

「お見事! ”ふみつけ”はちいさくなっている相手に対して効果抜群。しかも必ず攻撃が当たるからのぉ!」

 

 ポケモン廃人がポケモンの技の効果を丸暗記していないはずがないので、ある意味当然ではあったのだが、それはさておき。

 

「と言ったが──それだけで突破出来るような試練でもないんじゃがの」

 

 にぃ、とリュウグウは笑みを浮かべた。

 

「これなら倒れ──あれ?」

 

 踏みつけたはずなのに、オドシシの脚が浮き上がっていく。

 小さくなっていたはずのハリーセンの身体が、再び膨れ上がり始めたのである。

 その様はさながら風船。ありったけの空気を吸い込み、オドシシよりも遥か大きな姿となる。

 

「おいおいおいおい、また膨れ上がったァ!?」

 

 にんまり、と笑みを浮かべるハリーセン。

 そして全身から再びミサイル針が連射され、オドシシはそれを至近距離で受けてしまい、跳ね飛ばされる。

 

「ハリーセンは”ふうせん”ポケモン。伸縮は自在やからの! それに、電気技ならいざ知らず……弱点でもない物理技で仕留められるほど、ヤワな育て方はしとらんわい!」

「あれってズルだと思うんですけど。一回小さくなったじゃないですか」

「ポケモンに常識を求める方がおかしいとは思わんかね?」

「……」

 

 ユイは閉口してしまった。

 ふみつけで大きなダメージを与えられる、とタカをくくった矢先に再び巨大化したことでオドシシは大きなダメージを受けてしまった。

 それどころか、オドシシの様子がおかしい。

 

「──まさか」

 

 ひゅーひゅー、と息を荒げて苦しむオドシシ。

 先程踏んだ足が酷く腫れている。

 図鑑でオドシシの状態をチェックすると──”毒状態”と表示された。

 毒タイプの技を受けた覚えは無いため、考えられるのは一つしかない。

 

「──”どくのトゲ”か……!!」

 

 ハリーセンの持つ特性だ。

 触れた相手を毒状態にすることがあるのである。

 それによりオドシシは常に体力を削られる状態になっている。

 そしてそれを見過ごす近海の主ではない。

 

 

 

【ハリーセンの 塩水!!】

 

 

 

 激しい勢いでオドシシ目掛けて強烈な水柱が放たれる。

 避ける間もなく、それを至近距離で受けたオドシシは──そのまま倒れてしまうのだった。

 塩水はダメージを受けている相手に対し、威力が倍になる水タイプの技。

 文字通り、傷口に塩を塗ることによって与えるダメージを増加させたのである。

 ボールへ戻っていくオドシシを見やり、メグルは残るボールに手を掛ける。

 

「……やられたか。お疲れ、オドシシ」

 

(ここまでの状況を整理しよう。どの道、威力2倍のふみつけを受けてるから、ハリーセンも体力は然程残っていない)

 

(んで、ハリーセンは伸び縮みが自在。大小両方に対応出来なきゃ勝ち目はない)

 

「となると最後に頼れるのは──」

 

 ぷるぷる、とモンスターボールが震えている。

 目の前にいる強敵に心が躍っているようだ。

 メグルも。そして──イーブイも。

 

「ぷっきゅるるるるる!!」

「お前しかいないよなあ!!」

 

 飛び出すなり、電光石火の勢いでイーブイは巨大化したハリーセンに飛び掛かる。

 そのまま、毒針の無い顔面に目掛けて頭突きが入るのだった。

 「ぷぎゅえっ」と潰れたような声が響き、ハリーセンは仰向けに転がるのだった。

 地面に降り立ったイーブイは鼻を大きく鳴らし、後ろ脚で砂を蹴り上げる。

 闘志は充分、と言った様子だ。

 

「イーブイ。くれぐれも毒のトゲに気を付けろ。刺さったら痛いじゃ済まねーぞ!」

 

 再び、ミサイル針が続け様にフィールドを蹂躙していく。

 だが流石にオドシシよりも小さいからだろうか。

 その間を縫って、イーブイはミサイル針を回避していくのだった。

 

(種族値は低いが、戦闘センスはピカイチだからなウチのイーブイは! 当たらなきゃ、どうってことァ無いね!!)

 

「ぷ、ぷぴぴーッ!!」

 

 しかし、やられっぱなしのハリーセンではない。

 再びその身体を縮めて、イーブイ目掛けて飛んで行く。

 

「また小さくなった!!」

「小さくなっても技の威力は据え置きやからのぅ!! さあ、そのイーブイでどうやって戦うか見せぃ!!」

 

 

 

 

「それならもう決まってる──イーブイ、スピードスター!!」

 

 

 

 すっ飛んできたハリーセンに、ノールックで星型の弾幕が降り注ぐ。

 星の弾幕は高速で、そして素早く小さくなったハリーセンに誘導され、吸い込まれるように全弾命中したのだった。

 

(あっぶねー!! レベル技で習得じゃなきゃ終わってたわ!!)

 

 スピードスターは必ず相手に命中する技。

 小さくなっていようが関係ないのである。

 最後の最後まで隠していた奥の手。レベルが上がったことで自然と習得した技だったが、まさかこんな所で役に立つとはメグルは思わなかった。

 

(まあ、幾らなんでもこれで倒れただろ──)

 

「ぷぴふぁーッ!!」

「いっ!?」

 

 甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 地面に墜落したハリーセンだったが、まだ戦うつもりなのだろう。

 ぷくーっと再び大きく膨れ上がろうとした。しかし。

 

 

 

「トドメだ!! 電光石火!!」

「ぷっきゅい!!」

 

 

 

 ──それが決定打だった。

 ハリーセンは水を吐き出しながら、水風船のように海へと飛んでいき──ぽちゃん、と落ちていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「初心者ながら、なかなかの手練れじゃのう、ワシの試練を最初にクリアするとは」

「どーも……」

 

(あのハリーセン見た時はどうなることかと思ったけどな、冗談抜きで)

 

 

 

 ──斯くして。

 すいしょうのやしろの試練は全て終わった。

 とはいえ結果的に、”ちいさくなる”への対抗策があったから勝利出来たものの、そうでなければ憤死ものである。

 疲れ切った表情でメグルは溜息を吐く。

 最初でこれなので、残る試練が早くも先が思いやられるところである。

 

「あのハリーセン、試練に持ってきていいポケモンじゃねえだろ……これが”厳しい”と言われる所以か……」

「正直あたしもそう思う」

「そこで敗北し、スピードスターやマジカルリーフのような必ず当たる技のありがたみに気付くというわけじゃ。おヌシには不要だったみたいやがの」

 

(確かに、初心者トレーナーが貰うイーブイはスピードスターを覚えるし、技の効果をしっかり覚えていれば突破出来ないことはないのか)

 

 そこでうっかりスピードスターを忘れさせてしまったり、覚える前に挑んでしまうと痛い目を見るということである。

 初心者トレーナー相手に身の程を思い知らせる序盤の壁という役目は、果たせているのかもしれない、とメグルは思い直した。

 そして、それだけの試練を考えて置いたリュウグウは、やはり手練れであることも察する。闇雲に厳しいだけの男ではないのだろう。

 

「外に出れば、こやつより強い野生のポケモンなぞ幾らでもおる。しかし、ポケモンと技への知識と経験、そしてちょっとの機転さえあれば──乗り越えられるものなのじゃよ」

「そうね。当時は厳しすぎるって思ってたけど、今思うとちゃんと意味があったんだなあって」

「無理もないやろ、おヌシは電気技偶然ブチ当ててハリーセンを倒したからのう」

「お前……」

「し、仕方ないでしょ! 当たれば良いのよ!」

 

 恥ずかしそうにユイは目を逸らす。

 勢いで突っ走るところは、昔からだったらしい。

 

 

 

「さて、見事試練を突破したのじゃ、堂々とおやしろへ参ろうぞ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……えーとあたし……来て良かったんですか?」

「キャプテン代理やからの。トレーナーを見届ける側としての経験も大事やろ」

「……そう、ですね」

 

 

 

 ──すいしょうのおやしろ。

 それは、山の上に建てられた小さなおやしろだ。

 木々が重なり合って暗いが、木洩れ日が苔に覆われた地面に落ち、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 そして、おやしろを守るようにして1対の荘厳な獣のポケモンの像が立っていた。

 

「おーい、待てよイーブイ! おーいっ!」

 

 突如ボールから飛び出してしまったイーブイをメグルは追いかけながら石段を登っていく。

 やしろに立ち入った辺りで落ち着かなくなったのが、出てきてしまったのだ。

 

「大丈夫なんですかアレ?」

「ほっほ、たまにあるんじゃよ。個体差はあるがな」

「……やはり、進化系の居る空気を感じ取るんでしょうか」

 

 石段を駆けあがり、メグルは肩で息をしていた。 

 イーブイは疲れた様子もなく「ぷっきゅるるる」とこちらを見て嘲笑っている。

 やはり性格が最悪なのであった。

 

「はぁっ、はぁ、苦しい……コイツ、マジでいつか分からせる……!」

「ぷっきゅるるるる」

「っ……おい、いいかげんボールに戻れ──あ」

 

 それは、おやしろを守るように鎮座していた。

 

 

 

「──スイクン」

 

 

 

 

 思わずメグルの口から、その名が出るほどに威風堂々とした佇まいだった。

 左右に建てられた伝説ポケモンの像だ。

 なるかみのやしろがライコウならば、水を司るすいしょうのやしろはスイクン。

 どちらもジョウト地方の伝説のポケモンだ。

 像に気圧されながらも、メグルは二礼二拍手一礼。

 元居た世界と同様の参拝の作法を行う。

 否、そうせねばならないと思わせられた。

 

(形式だからとかマナーだからとかじゃなくって、否が応でも”そうしなければいけない”圧を……感じる……!)

 

 ──次の瞬間である。

 

 

 

 

 

「プルルルルルルルルー」

 

 

 

 

 甲高く、水面に響き渡るような透き通った鳴き声は一度聞けば忘れるはずがない。間違えるはずもない。

 メグルの中で該当するポケモンは1匹しか居ない。

 しかし現れたのは、記憶にあるその姿とは大きく異なるポケモンであった。

 

 

 

「……シャワーズ……なのか!?」

 

 

 

 青い体毛に、すらりとしたシルエットの獣。

 白い鬣をたなびかせるその姿は、像となっているスイクンと面影が重なる。

 そして魚のような尾は獣のような体毛に覆われたものになっている。

 

「かつて。ジョウトから災いを避けてサイゴクの地にやってきた人々は──()()()()()によく似たポケモンを見つけた」

 

 前に進み出たリュウグウが語る。

 

「そして、彼らはそのポケモンを聖獣の加護を受けた()使()()としておやしろに祀ったと言われちょる。それが、キャプテンとヌシポケモンの始まりじゃよ」

「っ……みつかい……か」

「後にそれらは、特別なたまで進化するイーブイの進化系と分かったんじゃ。他の地方では見られぬ、この地方独自の進化形を……今ではサイゴクのすがたと呼ぶ」

「プルルルルルルルルー」

 

 シャワーズが再び甲高く鳴く。

 ただそれだけで、その場の空気は冷たくなっていく。

 他のポケモンとは一線を画す立ち振る舞い、そして力だ。

 おやしろの屋根から音も無く降りると、シャワーズはメグル、そしてイーブイを見つめる。

 

(って、気圧されてる、のか?)

 

 気付けばイーブイはぴたり、とその場でお座りしていた。

 格上にも臆さないやんちゃなイーブイが、シャワーズを前に──震えているようだった。

 

 

 

【シャワーズ(サイゴクのすがた) ひょうすいポケモン タイプ:水/氷】

 

 

 

 

 甲高くもう一度シャワーズが鳴く。

 するとその目の前に、透き通った鉱石のようなものが現れる。

 雪の結晶のように、左右対称に広がった綺麗な水晶だ。

 

「それが試練を超えた証じゃ。受け取りんさい」

「は、はい──っ」

 

 メグルは言われるがままに水晶を拾い上げる。

 そして、それを見届けたシャワーズはおやしろの屋根に飛び上がり、そして何処かへ消えていったのだった。

 

 

 

 ──メグルのおやしろまいり、残るおやしろは──4つ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:”双魚宮”

 ※※※

 

 

 

 ──麺屋「つるべ」。

 セイラン駅周辺でも有名な、ちょっと良いお店だ。

 その名物は、目の前で瓦の上でジュージューと焼き音を立てている茶そばにある。

 メグルは、茶そば──明るい緑色の麺──を間近に見るのは初めてだったが、元居た世界ではテレビでたまに取り上げられていたので見聞きはしていた。

 

(この世界でも名物になってんだな瓦そば……ポケモンの世界って、俺らの世界と一種の並行世界みたいなもんかもしれないな……)

 

 いざお出しされたものは、熱された瓦に茶そばが乗っかって焼かれているというなかなかストロングな盛られ方をした料理である。

 タレにつけて食べるのが乙なんだとかなんとか。

 てっぺんには刻んだ卵焼きに肉、レモンらしき果実が乗っかっており、汁を絞るとあっさりとした風味になる。

 

「うまいっ……!?」

 

 いざ、勇気を出して食べてみると油で豪快に焼いた麺と、大根おろしを入れて甘辛くしたタレが最高に相性が良い。

 また、端の辺りは焦げてパリパリになっており、部位によっても味わいが違う。

 

(ストレートに焼いた麺としては美味いな……瓦に乗せる必要性は感じられないけど。この世界でも由来のようなものでもあるのか? 気になる……)

 

「ちなみにセイランシティだと茶そば弁当がスーパーに売ってるのは普通のことよ」

「そーなの!?」

「テレビで取り上げられると、どうしても奇抜な盛り方の店が話題になりがちやけどな、これくらいシンプルなのが一番うまいんじゃ」

 

(瓦に乗ってる時点で十分奇抜だと思うんだけど……)

 

「それにしても良いんですか? こんな御馳走してもらって」

「構わん、構わん、ワシからの餞別みたいなモンやわい。君だけ仲間外れにするのも可愛そうやからの」

 

 半個室のような席に、リュウグウとメグル、そしてユイは集まっていた。

 

「──話しにくい事は、この店ですればええわい。ショウブの所の娘に、メグルよ」

「……そうね」

「此処からはこの地方の危機に関することかもしれんからの。まあ飯でも食いながらじっくりと話すのが吉じゃて」

 

(リュウグウさんなりの気遣い、ってことか)

 

 瓦そばが半分ほど無くなった後、ユイは「先日から既にポケモンの生態に関する異常が2件起こっています」と切り出した。

 まずは、不明なリージョンフォームのオニドリルについて彼女は改めて話す。

 既存のオニドリルとは違う形状の嘴に異なるタイプ。そして、ヌシを始めとした現地の野生ポケモンやおやしろに対して強い攻撃性を見せたことを話すのだった。

 そして2つ目は、赤い月と共に現れたムウマージだ。

 

「信じられないかもしれませんが、ムウマージは野生ポケモン避けの焚火とお香を潜って、わざわざあたしを狙ってやってきたんです」

「ムウマージは昔から困った人を助けようとする習性があるからのう。オヌシの心に反応したんやろうな」

「……そうですね」

「一番の問題は、52番山道周辺にはムウマもムウマージも生息しとらんはずということやが」

「そう、そこなんですよ」

 

 ドン、と机を叩くとユイは立ち上がる。

 

「リュウグウさん、赤い月について何か知ってることはないですか!? 今朝の朝刊にも出てたし、幻じゃない……! 確かに赤い月は出たんです!」

「俺からもお願いします。あんなデカいムウマージが出てくるとは思わなくって」

「赤い目のムウマージが現れた時出ていた赤い月……か」

 

 髭を

 何かを思い出すかのようにリュウグウは思考する。

 そして「ふむ」と意味ありげに呟くと、

 

 

 

 

「……何にも分からんッ!!」

 

(えええええええええええ……)

 

 

 

 自信満々に言い放ったのであった。

 メグルもユイもずっこけそうになる。

 カハハハハ、と豪快に笑い飛ばすとリュウグウは残りの茶そばを全部平らげ、続けた。

 

「だってワシだって見たことがないモンを、何と説明すれば良いやら、じゃな」

「ス、スミマセンデシタ……」

「だが、1つだけ言えることがある。これは、ワシらが思っている以上に良くないことが進んでおるかもしれんの」

「……?」

「……そしてそれは、君にも重くのしかかってくるじゃろう」

 

 それでも、何か心当たりがあるような口ぶりだ。

 メグルとユイが顔を見合わせていると、リュウグウは意外な事を言い放った。

 

「メグル君。時に──君の事はイデア君から予め聞いていたのだ。君が違う世界から来たということはな」

「えっ!?」

「リュウグウさんスマホもロクに使えないじゃないですか! どうやって──」

「あやつのところに預けていた伝書デリバードが速達で届けに来たよ」

「伝書デリバードって……」

「リュウグウさんハイテクな機械に弱いのよ……」

 

【デリバード はこびやポケモン タイプ:氷/飛行】

 

 曰く。リュウグウはスマホの使い方が分からず、家には黒電話しか置いていないのだという。

 そこで、サンタクロースを思わせる鳥ポケモン・デリバードを使ってハガキのやり取りをすることがあるのだそうだ。

 

「混乱を招く故、他のキャプテンにはまだ教えておらんがな。しかし……有り得ん事ではないと思ったよ。ワシも過去、似たような経験をしたという知り合いを知っておる」

 

 「まあ、彼については秘密やから、伏せておくがの」と彼は続けた。

 メグルには思い当たる節がある。

 ポケモンの世界では過去、幾つも別の世界から人が流れてくる事案が起こっている。

 リュウグウ老人はそれについて知っているのだろう。最も、それについて話すと話がややこしくなるので口にしなかったが。

 

「”空が赤く染まる時、災い鬼となって来たる。人と獣、手を取り合ってそれを打ち払わん”」

「鬼……?」

「鬼と言う言葉は、この地方ではよく、災いの比喩に使うわね」

「へーえ」

 

 深くは考えずにメグルは頷いた。

 元居た世界でも同様の例えはよくあるものだった。

 

「”来たるべき時、空より森の神の御使いが来たるだろう”……」

「これが、サイゴク地方に伝わる言い伝えなんだから」

「そうじゃ。御伽噺とワシも思っていた。しかし、赤い月の件で──ワシは嫌なモノを感じちょったんじゃ」

「もしかして、言い伝えにあるようなことが起こるってことですか?」

「オヌシの登場は、サイゴクの危機の警鐘でもあるということだろう。森の神様が……何を思って君を選んだかは分からんがな」

「……俺にも何が何だか」

 

 メグルは腕を組む。

 「この世界を救え」、それが最後に聞こえた声だ。

 サイゴク地方の危機は言ってしまえば、一地方で起こった事件でしかない。

 しかし、それが全世界に波及するならば間違いなくそれは”世界の危機”足り得る。

 そんなものを、メグルは一人でどうにかできるとは思えなかった。

 故に、彼は既に決めていた。自分が今やるべき事を。

 

「……俺は正直、巻き込まれたようなもんです。早く元の世界に帰りたいと思っています」

「やろうな。ワシでもきっと同じ事を思う」

「でも同時に……この世界で何が起ころうとしているのか。俺が呼ばれた意味が何なのか知りたい」

 

(んで、しっかりと落とし前は付けてやろうと思ってるよ!! 早くポケモン新作やりたいしな!!)

 

()()()()か。若く、そして青い。何より()()()()()()。だが、それもまた良し。冒険は”知りたい”そして”見たい”から始まる」

 

 にぃ、とリュウグウはメグルを見つめる。

 

「それが結果的にサイゴク地方に迫る危機を解き明かすなら、ワシはいつでも協力するとしよう」

「リュウグウさん。……すみません、こんな突飛な話を受け入れてくれて」

「年の功じゃよ。長く生きていれば色々ある。それに──ハリーセンと戦っていた時のオヌシの目。なかなか良かったぞ。ワシ、それでオヌシの事を気に入ったんじゃよ」

「……え?」

「ポケモン勝負でワクワクしとる人間に、悪いヤツは居らんとワシは思うちょる」

 

(確かにハリーセンとの戦いは……なんだかんだ楽しかった)

 

 思い返せば、常識の通用しない相手ではあったものの、次の手、そして奥の手を考えながら戦う感覚は間違いなくメグルの知るポケモンバトルの醍醐味だった。

 

(……いつもそうだ。ポケモンバトルは……楽しいんだ)

 

 ポケモン廃人になってから、それを忘れかけることもあったが、新作が出る度に再びワクワクが戻ってくる。

 メグルがこれまで何度も経験してきたことだ。

 そして今、まさに──彼はポケモンの世界でそれを体感しようとしている。

 

 

 

「おやしろを巡りなさい。ポケモンと触れ合っていくうちに、何か分かることがあるかもしれん。今は、気負いなさんな!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 「つるべ」を出ると、もう夜もとっぷり暮れていた。

 リュウグウはふと、足を止めると振り返る。

 

「これから、オヌシは何処へ行くつもりかね?」

「実は決めてないんです。てか、この地方の事、俺まだまだ知らないことが多くって」

「此処から離れておるが──最も近いのはベニシティ。ふんえんのやしろがある場所じゃ」

「ベニシティ……」

 

 地図で調べると、元居た世界では広島県広島市に当たる場所だ。

 しかし、地理上では大きく離れている。

 此処が山口県の西の端・下関ならば、広島はそのずっと奥。山口県は横に広いのだ。

 だが、その間には電車が通る駅が存在するので実際に歩く距離は然程ではない。更に道路も複数経由する。

 その間に手持ちを鍛え、増やすことも可能だ。

 

(広島か……道のりは長いけど、その間にどんなポケモンと会えるのか……楽しみになって来た!)

 

「明日にでも出発しようと思ってます──」

 

 

 

「──ごめん、メグル君。出発、少しだけ遅らせてくれないかな?」

 

 

 

 ぴしゃり、とユイが言い放つ。

 顔は──強張っていた。

 その様子に思わずメグルは反論することなく口を噤む。

 何かのっぴきならない理由があるのだろうか、と考えていたが──

 

「……あの、リュウグウさん。一つお願いがあるんです」

「何かね?」

 

 

 

 

「──明日、あたしと、勝負してくれませんか? ()()()

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「ユイのヤツも困ったモンだなー……」

 

 

 

 ──おっま、どういうことだ!? バトルって──

 

 ──いいよ。

 

 ──ノリ、軽ッ!?

 

 ──明日の昼、セイラン海水浴場に来なさい。楽しみに待っちょるぞい。

 

 ──ごめんね、メグル君。ワガママ言っちゃって。

 

 と言ったやり取りの末、明日の昼にユイとリュウグウの試合が決したのである。

 理由を聞いてみても「久しぶりに戦ってみたくなったの」としか言わない。

 

(いや、俺は良いけど……なんか、見るからに思い詰めてるんだよな、あいつ……)

 

 出発が遅れるのは問題ない。

 それ以上に気になったのは、ユイの様子だ。

 ムウマージに虚を突かれる程に、彼女は自分の進む道について悩んでいる。

 キャプテンに自分が成る資格があるのか否か。

 

(ムウマージの餌食になったこととか、やっぱり気にしてんのかな……でも、後戻りするつもりは無いって言ってたし……今は信じてやるしかない、か)

 

「ぷっきゅい?」

「……飯はもう食っただろーが」

「プッキュルルルルル」

「おい!! へばりつくんじゃねえ!! そんな事してもオヤツはやらねーぞ!! 手持ちの健康管理はちゃんとしろってユイにしつこく言われてんだからな!!」

 

 またもや勝手にボールから飛び出し、おやつを要求するイーブイを無理矢理退け、メグルはベッドに突っ伏す。

 

 

 

(……キャプテンとキャプテン代理同士のバトル。気にならないって言うとウソになるんだよな……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ!! 寝坊したーッ!!」

 

 

 

 昨日の疲れが出たのだろうか。

 気が付けば、もう昼の11時で太陽は高く登っていた。

 急いで彼はポケモンセンターを飛び出し、セイラン海水浴場へ向かう。

 

(ユイのやつ、明日は朝早く起きるって言ってたな……俺には寝てていいって言ってたけど、試合は見たいんだよな!)

 

「ぷっきゅるるるるる」

「うっせーオメー、笑ってんじゃねえ!!」

 

 並走するイーブイの小馬鹿にしたような鳴き声が横から聞こえてくる。

 海岸はこのまま真っ直ぐだ。

 その勢いが付いたまま走りに走り──そして、何かに蹴躓いた。

 

「どわぁ!?」

 

 道路に突っ伏すに前に、そこに転がっていた何かにメグルはダイブした。

 人だ。

 倒れている誰かに蹴躓いて、その上に倒れ込んだのだ。

 

「……いったた、何だァ?」

 

 起き上がると、そこに転がっていたのは、少女。

 毛皮らしき厚手のコートを羽織った少女だった。

 彼女は痛がった素振りも見せずに、むくり、と起き上がる。

 

(何だ……この子……? 何で道で寝てたんだ?)

 

 その表情は長い前髪と、何かのポケモンらしき頭部の毛皮に隠れて伺えない。

 しかし、その顔色はかなり悪そうに見える。

 少女はメグルを、そして──イーブイを興味深そうに眺めているようだった。

 

「……」

「あ、そいつ狂暴なんで! 噛みますよ!?」

 

 案の定威嚇しているイーブイをひょい、と恐れることなく抱き上げる少女。

 そして──

 

 

 

「……いただきまーす」

「プッキュルルルルルル!?」

 

 

 

 ──その尻尾に齧り付くのだった。

 すぐさまパニックになったイーブイは、暴れまくる。

 だが、少女は意にも介さず尻尾をはもはもと齧ったままだ。

 その突拍子もない行動に恐怖さえ覚えたメグルは、すぐさまイーブイをひったくった。

 

「やめろ!! こいつはウチの手持ちだ!!」

「プッキュルィィィィ!!」

「……ごめん。ボク、お腹が空いてて……もうムリィ。その子、食べていい?」

「良いワケねぇだろーッ!?」

 

 少女はとんでもない事を言い出す。

 蒼褪めたメグルは全力で拒否。 

 イーブイも怯えながら、犬歯を剥き出しにして威嚇する。

 

「……うえ、もう死んじゃう……」

「あっ」

 

 ぱたり、と音を立てて少女は倒れ込む。

 そしてその後に「ぐ~ごぎゅるるるるるる」ととんでもない腹の音が聞こえてくるのだった。

 

 

 

(……このまま放っておけないし……仕方ないなあ)

 

 

 

 それにしても、とメグルは少女の恰好を見やる。

 フード付きの毛皮のジャケット。温暖なセイランシティには似つかわしくない格好だ。

 そして、肌の露出も殆どない。肌が弱いのか、日に焼けたくないようだった。

 

 

 

(変な恰好してるなぁ……コイツ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あれってキャプテン代理のユイじゃね?」

「すごーい! リュウグウさんと戦ってるんだ!」

「リュウグウーっ、気張ってけーい! ワシらも応援しちょるぞー!」

「おーいギャラドース!! 今日もがんばれよーっ!! 俺応援してるからなーっ!!」

「お姉ちゃん、がんばえーっ!」

 

 

 ──既に、海水浴場ではキャプテン、そしてキャプテン代理による本気の勝負が繰り広げられており、観客が多数集まっていた。

 無理もない。

 体長6メートルを超える巨大な鯉のぼりの如き龍が宙を舞っている姿を見れば、誰もが集まってくるというもの。

 しかし、町の中でそれに恐怖を覚える人間はいない。

 そのポケモン──ギャラドスがキャプテン・リュウグウの手持ちの一角を担う古株であるからだ。

 

【ギャラドス 凶悪ポケモン タイプ:水/飛行】

 

 

「──10万ボルトを、耐えた……!?」

 

 

 

 ユイが驚きの表情を浮かべるのも無理は無かった。

 リュウグウが繰り出した凶悪ポケモン・ギャラドスは、電気タイプを弱点とする水タイプと飛行タイプの複合タイプだ。 

 もしも電気を喰らえば、受けるダメージは4倍。ただでは済まない。

 しかし、彼女が何が起こったかを理解すると同時に「ガリッ」と何かを噛み砕く音が聞こえてきた。

 

(木の実──)

 

 

 

「ッ……ギャラドス。地鳴らしッ!!」

 

 

 

 直後。

 宙を舞うギャラドスが激しく砂浜を尾で叩きつける。

 地面は揺れ、その振動がレアコイルを支える磁場を崩し、地面に叩きつけた。

 

「ソクノの実じゃよ」

 

 その言葉でユイの推測は確信に変わる。

 効果抜群となる電気タイプの技を半減するきのみだ。

 

「本気じゃからな……ワシとてこうするわい。そして──トドメの地鳴らし!!」

「ッ……トドメを刺して! 10万ボルト!!」

「無駄じゃよ。既に()をやられちょるわい。結果は見えておる」

 

 打ち合いの結末は、レアコイルが態勢を立て直す前にギャラドスが再び地鳴らしを放ったことで決着した。

 

(相手をうねる地面に捕まえて、素早さを下げる地鳴らし……! 脅威以外の何でもない……!)

 

 しかも、と彼女は宙を舞うギャラドスを見やる。

 

(このギャラドス、やはり攻撃する度に強くなってる気がする……!)

 

「なぁ、あのギャラドスの素早ささっきより上がってね?」

「気の所為じゃない?」

「でもよー、何で空中でずっとうねうねしてんだアイツ、踊ってんのか?」

 

 ──観衆の気の所為ではない。

 舞うことで身体を興奮させ、更に攻撃力と素早さを上げる竜の舞。

 その所作を、リュウグウのギャラドスは自然に普段の攻撃に取り入れているのだ。

 結果、攻撃をするだけで勝手にギャラドスは自らの能力を上げていくことになる。

 そしてそれを行えるように育成している時点で、最早年季が違うのだ。

 

「卵から育て、手塩にかけたこのギャラドス。さあ、どう戦う?」

 

(なら、並大抵じゃない素早さをぶつければ良い!)

 

「お願い──」

「──!!」

 

 次の瞬間、海水浴場が激しい光に包まれる。ギャラドスは攻撃の姿勢を取る前に感電して倒れていた。

 空中をふわふわと浮遊するボールのようなポケモンが飛んでいた。

 

【マルマイン ボールポケモン タイプ:電気】

 

「……半端な竜の舞で速度を上げた程度では、マルマインには追い付けんか。ふぅーむ、やっちょるのぉ」

「ったり前です……! 手塩にかけたのはこっちも同じなんだから!」

()()()は使わんのか?」

「……あたしが一番強いと思う面子を持ってきたつもりです!」

「そうか」

 

 ユイが繰り出したポケモンは、マルマイン。

 モンスターボールに似た配色の球体状のポケモンだ。

 その素早さは最早異次元の領域。空中で電磁浮遊しながら、不規則に飛び回っている姿は並大抵のポケモンではとらえられない。

 

「ワシのギャラドスを落としたことは褒めてやる」

 

(何が褒める、よ……! ポケモン2匹使ってやっとだってのに……!)

 

「──だが我が城壁、落とせるかな?」

 

 

 

「キュオオオオオオオオオオン」

 

 

 

 美しい咆哮がその場に響き渡る。

 とぐろを巻いた、妖艶な長魚の如きポケモン。

 凶悪で粗野なギャラドスとは真逆の美貌にその場にいた誰もが息を呑み、そして見惚れてしまっていた。

 

 

 

「……海の底にこそ都はあろうぞ。さあ、この先は極楽。引きずり込んでくれる」

 

 

 

【ミロカロス いつくしみポケモン タイプ:水】

 

 

 

 

 ──優雅な立ち振る舞いは竜宮城の乙姫。

 完全なる城壁がユイを押し潰すべく、迫りくる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:暗雲

 ※※※

 

 

 

「んーっ、おいしかった、ありがとうございますっ!」

 

(実用性重視の毛皮のジャケット、黒いゴーグル、雪国から来たのかって感じだな。肌色も何か……青い? のか?)

 

 

 

 曰く、すぐに食べられて美味しいもの、とのことだったので、その辺りに売っていた「ハリーセンバーガー」なるものを何個か購入し、差し上げるとほっぺを抑えて彼女は復活した。

 お金も持っていないとのことだったので当初、「もしや自分と同じ境遇の人間なのでは?」と疑念を抱いたメグルであったが、よく見ると彼女の背中には甲羅のようなポケモンが引っ付いていた。

 一先ずは持ち直したのか、落ち着いた様子で毛皮ジャケットの少女は起き上がる。

 肩に乗っているイーブイはずっと、毛を猫のように逆立てながら唸っているのだった。さっき食われかけた所為である。

 

「いやぁ、流石に死ぬかと思っちゃいましたよー、目の前のモノが全部食べ物に見えちゃって……ゴメンね、イーブイ」

「ヴルるるるるるるる……!!」

 

(イーブイが聞いた事の無い声で威嚇してる……)

 

 それに対し、怖がる様子を見せない彼女も彼女で肝が太いのであった。

 

「ボクは()()()。旅の石商人ですっ!」

「石商人?」

「はいっ。各地の珍しい発掘品を売り買いするのが生業で。今は修行の為にサイゴク地方の各地を巡っていたんです! セイラン海岸ではたまにポケモンの化石が獲れると聞きまして!」

「へーえ、そうなのか」

 

 ──古代のポケモンは、化石となって発見される場合もある。

 それを復元する技術がこの世界では普及しており、プテラやオムナイトと言ったポケモンは化石から復活して生きたポケモンとなるのである。

 

「そもそもサイゴク地方では、化石が獲れるスポットが沢山ありましてっ! この近くだとコハクタウンがオススメですよ!」

「んじゃあ、今度行ってみようかな。丁度目的地の途中だろうし」

「ええ、ぜひとも! ……それで、お兄さんは──ポケモントレーナーですか?」

「ああ。メグルって言うんだ。にしてもよ、何でこんな所で倒れてたんだよ。路銀でも無くしたか?」

「いや、お恥ずかしながら……サイフを落としちゃって。お兄さんは命の恩人ですよっ!」

「商人の要の財布を落としたのか……」

「いやぁ、お恥ずかしながらぁ」

「ヴるるるるるる……」

 

(コイツじゃなくて、見知らぬ誰かのポケモンの命の恩人かもしれねえ……)

 

 未だに唸り続けるイーブイを見やると、冗談抜きでそう思えてくるメグルであった。

 好きで食われたいポケモン等存在しないのである。やはり。

 

「お礼なんて要らねえよ。行き倒れて死なれても目覚め悪いしな」

「でも、ボクの気が収まりません──かと言って、持ち合わせも無いですし」

 

 ガサゴソ、と彼女はカバンの中を漁る。

 そうして取り出したのは──木箱であった。

 それを開けると現れたのは見覚えのあるシルエットの土人形。

 びくり、とイーブイが驚いたように震えた。

 

 

 

「こちらルージュラ(推定)の土偶ですっ! コハクタウン近辺の採掘場で発掘されたものなんですけど──」

 

(い、要らねえええええ!!)

 

 

 

 そもそもこの世界に土偶なんてあったのか、と驚愕するメグル。

 確かにルージュラに似てはいるが、頭に二本の角のようなものも付いているし、そもそも本当にルージュラかどうかも疑わしい。

 シルエットが似ているからそう呼ばれているのかもしれない、とメグルは思い直す。

 

「うーん、流石に微妙ですかね?」

「嵩張るしな……ルージュラは別に良いかな……」

「ええー? 可愛いのにー。分かってないですねぇ、はぁ」

 

(貰ったとして何処に飾るんだよ……)

 

「そうだ! こっちはどうでしょう」

 

 そう言って彼女が取り出したのは──綺麗な丸い宝石だった。

 半透明で、太陽に翳すと鈍く光る。

 そして、中にはOの字に似た刻印が刻まれているのだった。

 

「何だコレ──宝石?」

「ええ。ボクの故郷のお守りのようなものです。伝統的な加工品で、ネックレス、腕輪、指輪など、装飾品に付けるんですよっ」

「綺麗じゃないか。んじゃあ、貰うだけ貰っておこうかな」

「毎度~! いやぁー、お礼が出来て良かったですよ! うんうんっ」

 

(にしてもこんな石、どっかで見たような──ん?)

 

 思わずメグルは時計を見る。

 既にあれから、10分以上経ってしまっている。

 さぁっ、と血の気が引く。ユイの試合が下手したらもう終わってしまっているかもしれない。

 

「わっりぃ!! 俺、連れのポケモンバトルを見に行かなきゃいけねーんだよ!!」

「え? ポケモンバトルですか? それ、ボクも見に行ってもいいですか!?」

「え?」

「サイゴク地方に来たばかりであまりこちらのポケモンの事を知らないもので……」

「ああ分かったよ、着いて来い!」

「ありがとーございますっ!」

 

 イーブイが露骨に嫌そうな顔をしていたが、何か起こる前にボールに引っ込めて事無きを得たのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「すげぇ人だかり……!!」

 

 

 バチン、バチン、と電撃が迸る音が聞こえてくる。

 それを取り囲むようにして、海岸には人々が集まって激闘を見守っていた。

 マルマインがミロカロスに突貫し、ミロカロスの身体がビクビクと麻痺で痙攣しているのが見える。

 すぐに、その場に居たおじさんにメグルは慌てて話しかける。

 

「おじさん、今戦況は──」

「あ? あんさんあの子かリュウグウさんの知り合いか? 今互いに残り手持ちは2匹だよ」

「よ、良かった……」

 

 

 

 

「──マルマイン。大爆発ッ!!」

 

 

 

 

 「え」とメグルが声をあげる間も無く、大爆音がその場に響き渡り、辺りが吹き飛んだ。

 観客たちは飛び散る砂から目を手で守るのが精一杯であった。

 しばらくして──硝煙の臭いが漂う中、そこには真っ黒こげになっても笑っているマルマイン、そして──首をもたれたミロカロスの姿があった。

 

「ま、マジかよ正気かあいつ……!」

「ポ、ポケモンを爆発させた……!」

「まあマルマインにとって爆発はご褒美みたいなところがあるからな、暇になったら爆発してるような連中らしいし」

「そんなポケモンも居るんですね……ただただ可哀想なだけかと」

 

(どっちみち瀕死だろうだがな、あのマルマイン)

 

 ユイがマルマインをボールに戻すのが見えた。

 リュウグウは──その光景に動じることも無く、砂地に杖を突く。

 

「捨て鉢の戦術かと思っちょったが──そうでもないようやのう。ミロカロスを確実に突破するための術、か」

「”スパーク”、”いやなおと”、”だいばくはつ”……突破が困難な相手にはこれに限るんだから」

「最も、それしきで倒れるミロカロスではないがのう」

「ッ……!!」

 

 ミロカロスはボロボロになりながらも辛うじて首を上げ、甲高く鳴いてみせる。

 改めて、メグルはその耐久力の高さを思い知るのであった。

 自己再生といった高速回復技も備えているなど、ゲームでもしぶとさに定評のあるミロカロスだが、やはりこの世界でもそれは変わらないらしい。

 

(実際、同レベル同個体値の条件下でも、マルマインの火力じゃあ”いやなおと”込みでもHB特化ミロカロスは97%しか削れない)

 

 これはそもそも、マルマインの元々の攻撃が低いため、大爆発の威力も然程高くならないことも関係している。

 しかしそれでも、ミロカロスは既に虫の息だ。

 

(……特化すればA種族値がたった50の火力でもHBミロカロスを大幅に削れるのが、技の威力の重要性ってもんを示してるよな)

 

 実際には個体値差やレベル差といった条件は変わってくるとはいえ、疲弊したミロカロスを見ても大幅に外れているわけではない。

 脳内でダメージ計算を行いながら、メグルはユイの最後の1匹が残りのポケモンを倒すことが出来るかどうかにこの勝負が掛かっていると確信する。

 とはいえ特防の高いミロカロス。素早さが低く、火力も低いランターンでは仕留められない可能性もある、と考えていたが──

 

 

 

「お願い──このまま二枚抜きして。シビルドンッ!!」

 

 

 

 砂浜にどすん、と音を立てて降り立つのは大きなヤツメウナギのようなポケモンであった。

 シビルドン。魚のような姿でありながら陸棲であり、空中に電気の力で浮くことが出来るポケモンだ。

 また、コイル系統のように磁力に依存して浮遊している訳ではなく、特性”浮遊”の力で浮いているポケモンのため、地面技は通用しない。

 電気タイプの弱点は地面タイプのみ。シビルドンに弱点の技は存在しないのである。

 

「──自己再生で回復せい」

「それを撃たれたら勝ち目が無くなる!! シビルドン、10万ボルト!!」

 

 空中に浮かび上がり、そのまま一直線に何重にも重なった電撃を放つシビルドン。

 麻痺状態になり、動きが鈍くなっているミロカロスでは自己再生が追い付かない。

 そのまま感電し──黒焦げになったミロカロスが砂浜に横たわるのだった。

 

「……やるのうッ! だが、此処からが本番。分かっておるな?」

 

 ごくり、とユイは息を呑む。

 リュウグウの最後の手持ち。

 ボールの外からも並々ならぬ覇気を感じさせる。

 老人とは思えぬ健肩で、リュウグウはそのボールを大きく投げ入れる──

 

 

 

「──征けい、ヨワシッ!!」

「ぴちぴちぴちっ……」

 

 

 

 ──数秒後。

 小魚のようなポケモンが、砂浜で力無く跳ねていた。

 その場に沈黙が横たわる。

 

【ヨワシ こざかなポケモン タイプ:水】

 

「あの弱っちそうなポケモン……シビルドンの電撃で一撃では……?」

 

 ぽつり、とアルカはこぼす。

 何処からどう見ても切札のようには見えない。

 ぴち、ぴちぴち、と跳ねているヨワシは──大きな目から涙を流している始末。

 とてもではないが、戦えるとは思えないのだった。

 しかし、アルカの反応とは裏腹に観客たちは戦慄しており。

 

「終わりだ!! 何もかも終わりだ!!」

「リュウグウのヤツ、本気じゃ!! まさかあの小娘相手にヨワシを出すとは……本気の本気じゃな!?」

「これ、おじいちゃん、勝ったんじゃないの?」

 

 と、皆明らかにリュウグウが勝つかのように騒ぎ立て始める。

 忖度などではない。本当に「リュウグウが勝つ」と彼らは思っているのだ。

 

「って、えええ!? 何で!? どう見てもあんなので勝てる訳ないでしょー!?」

「ヨワシを見るのは初めてか……俺も()()を見るのは初めてだけど。見てりゃ分かるよ」

 

(つーかサイゴクに居たんだなヨワシ……ジョウト地方の隣なのに、アローラ地方のポケモンが結構いるのは気候が温暖だからか?)

 

 メグルは──既にヨワシの正体を知っている。

 確かに貧弱な体に違わぬ貧弱な種族値の持ち主だ。

 H45A20B20C25D25S40──と、最弱のポケモンと呼んでも差し支えない。

 だが、サイゴクの民はこのポケモンを決して侮らない。

 

 

 

「一騎当千。無双の狩り人の正体を見よ」

 

 

 

 

 リュウグウが宣った瞬間だった。

 波が沸き立ち、そこから無数のヨワシたちが現れる。

 その光景に歓喜する観客たち。

 そして、呆気にとられて言葉を失うアルカ。

 やっぱりか、と身構えるメグルと当事者であるユイ。

 無数の魚影がヨワシの周囲に集まっていく。

 びちびち、と弱々しく跳ねているだけだったヨワシだが、海から飛び出して来た大量の仲間が集まり、群れを成し、そして──

 

 

 

 

「ぎょえーっ!!」

 

 

 

 ──ひとつの巨大な魚影と化したのだった。

 

【ヨワシ(むれたすがた) こざかなポケモン タイプ:水】

 

「ヨワシの特性”魚群”。さあ、この()()()()()()()にどう立ち向かう?」

 

 一騎当千の大群。その言葉に矛盾は無い。

 ある程度育ったヨワシは群れを成し、潜水艦の如き巨大な魚となることで身を守る習性を持ち、普段は大量のヨワシを捕食する立場の大型水棲ポケモンが、逆に追いかけ回される程である。

 海から呼び出す仲間は、呼び出した側が海中だろうが海の外だろうが何処に居ても駆け付け、凡そ8メートル以上もの長さの巨体を形成するほどに集合するのである。

 その魚群は呼び出した側の力が強ければ強い程多くなり、リュウグウの繰り出した個体の大きさは10メートルにも達した。先程のギャラドスの大きさの比ではない。

 その様はさながら、生ける潜水艦であった。

 

(H45 A140 B130 C140 D135 S35──ムダはあると言っても、100越えが4つあるバケモノには変わりねえ)

 

 また、決して魚群の姿はハリボテではない。

 能力値も相応に跳ね上がっている。

 最底辺とも言える種族値から、一気にステータスの怪物へとのし上がったヨワシ。

 最早その姿は海の魔物と言っても過言ではない。

 その圧倒的な暴力を以てシビルドンに襲い掛かる。

 だが、多くの群れを率いているからかその動きは鈍重だ。その前にシビルドンが仕掛けた。

 

「シビルドン、10万ボルト!! 群れが多いなら、まとめて感電させて倒しなさい!!」

「……凝固し受け止めよ」

「ッ……!!」

 

 ぎゅっ、とヨワシの群れが集まり、砂地にどずん、と落ちる。

 電気を地面に逃がし──最低限のダメージで抑えたのだ。

 タイプ一致の抜群技を喰らったにもかかわらず、ヨワシの勢いが衰える様子は無い。

 

「今度はこちらから行くか。拡散、そして再集合! 構えい!」

 

 リュウグウの号令と共にヨワシの群れが一気に散らばり、シビルドンの周囲を取り囲む。

 電撃を放って撃ち落とそうとするシビルドンだったが、素早い小魚たち相手にそれが当たる様子は無い。

 統制の取れた動きで空中を泳ぐヨワシたちは、一瞬でシビルドンの背後に回り、再び巨大な魚影へと姿を変える。

 

(ヨワシの群れさえも指揮するってのか!?)

 

 ゲームでは有り得ない群れの動きにメグルは驚愕する。

 あるいは──今まで描かれていなかっただけで、ヨワシを操るならばこれほどまでのトレーナーの技巧が無ければその力を十全に生かせないということを表しているかのようだった。

 ヨワシの群れは1匹を除いてすべてが野生のポケモンだ。

 それを指揮して動く本体、そしてその動きを指示するリュウグウ。

 両者ともにその実力の高さが伺い知れる。

 

「一番主砲、撃てーッ!!」

 

 

 

【ヨワシの ハイドロポンプ!!】

 

 

 

 一直線に巨大な水の流れが滝の如くシビルドンに押し寄せる。

 不意を突かれたのもあってか、その身体は跳ね飛ばされ、砂浜に叩きつけられたのだった。

 

「地面技が効けば”地震”の一撃でイチコロだったんじゃがのう」

「う、ウソでしょ……!? ミロカロスよりも硬い……!? あたし達の方がダメージを受けているの……!?」

「当然や。ヨワシを育てて早60年。何度も()()()()はしてきたが、その度に先代よりも強く鍛えてきちょる。年季が短くともウチの手持ちでは最も強いと言えるぞ」

 

 その発言には年季の籠った重みがある。

 小魚の姿から進化しないヨワシは寿命が短い。竜の如き姿となり、下手すれば人よりも長生きするというギャラドスやミロカロスと比べれば数年で命を落としてしまうという。

 だからこそ、その度にリュウグウは新しい世代のヨワシを育て直してきた。

 前の世代よりも強く。前の個体よりも強く。

 研究を重ねてきた。

 それが──彼の強さに結びついている。

 

「水は様々に姿を変える。流体、固体、気体──自由自在。ヨワシはまさにその最たるじゃ。どう戦う? ショウブの娘よ」

「ッ……シビルドン、怒りの前歯!! 体力を減らせば魚群は崩れる──」

「拡散せい」

 

 次の瞬間、今度はヨワシの群れは拡散する。 

 飛び掛かったシビルドンの攻撃はかすりもせず、砂浜に喰らいつくことになるのだった。

 

「すごい……! あんなに大きいのに、シビルドンの攻撃を全部受け流してる!」

 

(そう言えば、この相手の行動に合わせたカウンター行動……近海の主のハリーセンに似てる……! やっぱ育てる人が同じなら育て方も同じ、ってことか……!)

 

 リュウグウの強さの理由をメグルは垣間見た気がした。

 ポケモンの生態を最大限に生かし、どのような状況にも対応できるからだ。

 現に今もヨワシは拡散と集合を繰り返し、完全にシビルドンをおちょくっている。

 どちらが格上かは火を見るよりも明らかだ。

 

 

 

「──蹴散らせい。ハイドロポンプ」

 

 

 

 今度は直上。

 空中から滝の如き激流がシビルドンを襲う。

 最早一方的な試合運びとなっていた。

 タイプの有利など知ったことは無い、と言わんばかりにヨワシの魚群は高らかに咆哮してみせる。

 そして、タイプ相性さえも覆されるほどに実力差が存在していることを突きつけられたユイは肩の力が抜けてしまうのだった。

 

「こ、こんなに、強いなんて……!!」

「……ワシも老いぼれ。勝負勘は昔に比べれば衰えちょる」

 

 そう言っているリュウグウの目は──サングラス越しにギラリとユイを睨んでいる。

 

「だが──最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()に負けはせんわい」

「ッ……!!」

「トドメじゃ。ハイドロポンプ」

 

 名残惜しさなど感じさせない宣告。

 もうまともに動けないシビルドンに、激流が浴びせられる──はずだった。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

 ──激流は降りかからない。

 ヨワシは完全に動きを止めている。

 そして群れは完全に離散し──元の小魚の姿に戻ってしまった。

 それをリュウグウはボールに戻すと、すごすごとユイに歩み寄る。

 周囲の空気は──何故か冷えており、霜が降っていた。

 

「……いかんな。ポケモンを回復させておきなさい、ユイ」

「え? で、でも──」

「おやしろで何かがあった。ワシは先に行く。来れるなら来なさい」

「……」

 

 そう言うと、リュウグウはそのままおやしろの方へ歩いて行くのだった。

 何があったのか飲み込めていないユイは、ぺたり、とその場に座り込んでしまうのだった。

 

「……何々? 折角いい所だったのに……途中で終わっちゃいましたよ!?」

「悪い! 俺も行くわ! 宝石ありがとな!」

「あっ、ちょっと、メグルさんっ!?」

 

 不満そうなアルカを差し置き、メグルはユイの元へ駆け寄ったのだった。

 ざわつく群衆。

 異様に冷え込んだ空気。

 おやしろへ向かったリュウグウ。

 セイランシティには──暗雲がかかっていた。

 

「あーあ、折角面白そうなバトルだったのに」

 

 つまらなさそうにアルカはメグルの背中を見送る。

 

 

 

「……面倒なヤツらが来たな。ボク達はさっさとズラかろうか」

 

 

 

 ──アルカは何かに話しかけると、興が醒めたようにその場から立ち去るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:ヌシ重大事変……ってコト!?

「──ユイ、リュウグウさんは」

「……すいしょうのおやしろよ。この霜は、シャワーズが降らせたものだわ」

 

 

 

 ぽつり、と彼女は言った。

 あの場でリュウグウに何を言われたのか、メグルには分からない。

 しかし、雲ったユイの顔からは行き詰まりのようなものを感じ取れた。

 

「……あたし、分からないの。どうすればサンダースに認められるのか。リュウグウさんと勝負すれば、ヌシに認められる理由のようなものが分かるような気がして」

 

 その結果は、完全に掌で踊らされ、打ちのめされるというものだった。

 タイプ相性では有利だったにも関わらず、ポケモン1匹を2匹で抑え込まなければいけない始末。

 エース同士のぶつかり合いでは、シビルドンはヨワシに歯が立たなかった。

 

「……本当はあたしは土俵にも立てていなかった。リュウグウさんには本気でって言ったのに、あたしは半端な気持ちで挑んでた。……手持ちたちにも、リュウグウさんにも申し訳ないわ」

 

(……相当思い悩んでんなあ。かと言って、この世界に来たばかりの俺が分かったようなことを言うのも違う気がするし……)

 

 メグルにはユイの気持ちは分からない。

 ゲームではなく、本物の命を扱ってバトルを行うトレーナーの苦労も、自分達より強大なヌシの世話をするキャプテンの苦労も。

 そしてそれらがままならない事による苦悩も。

 

(でも、これだけは言える事がある)

 

 それでも1つだけ。

 1つだけ彼にでも分かる事があった。

 例えゲームであったとしても──メグルは幾度となくポケモンバトルを重ねてきたのだから。

 

「俺はどうやったらキャプテンになれるかは分からないけどさ──勝負は次、勝てば良いんじゃね?」

「え?」

「元から格上なのは分かり切ってたんだろ。じゃあ、次はどうやったら勝てるか考えれば良い」

「か、簡単に言うわね! この世界に来たばかりのくせに! ポケモンを育てる大変さも、ポケモントレーナーの大変さも分からない癖に──」

「ああ、分からねーよ。俺はこの世界じゃポケモンド素人だ。生き物のポケモンをバトルに使うんだ。ゲームとは訳が違う。だけど──()()()()()()()()()だけは知ってる」

「……!」

「俺の住んでた世界では、ポケモンはタダのゲームだった。だけど、ゲームであってもお遊びじゃなかった。1つのゲームソフトを999時間以上やり込む奴らばっかなんだ、人生懸けてるのは皆同じだった」

 

(その代わり色々大事なモノを失った気がしないでもないけどな……)

 

 現にユイも「それはそれでどうかと思うんだけど……」みたいな顔をしている。当たり前であった。

 レーティングバトルやランクマッチは、れっきとしたポケモン廃人の巣窟。早々簡単に勝てるはずがなかったのである。

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを崩すなら、相応しい自分にならなきゃだろ」

「……!」

 

 数字は、ポケモン廃人にとって最も重みを持つものだ。 

 プレイ時間も例外ではない。対戦では、それだけ長い間培われてきた勝負勘や経験がモノを言う。

 異次元の読みや、変態的パーティ構築。それに打ち勝つことは簡単な事ではない。

 だが、だからこそ──廃人共は考える。

 ”次はどうすれば勝てるか”を。

 

「”次”頑張ろうぜ。今回負けても次回も負けるなんて誰も分からないだろ。勿論、次なら勝てる保障なんて無いけど……それでも勝ちたいから戦うんだろ、勝負師ってのは」

「……」

 

 ユイは呆気にとられたように彼の顔を見ていた。

 

「……えい」

「あだぁっ!?」

 

 そして──バチン、と強烈なデコピンを喰らわせるのだった。

 

「おい、何すんだよ!! 折角人が頑張って良い話っぽくまとめようとしたのに!」

「はっ、今一番頑張らないといけない新人トレーナーが何偉そうに言ってるんだか。フッツーに悔しいのよ!」

「あだぁっ!? 二発目!?」

「八つ当たりよ。甘んじて受けなさい」

「あんまりだ! 理不尽だ! あんまりすぎるだろ!」

 

 おでこを抑えるメグルを見ながら──くすり、とユイは笑みを浮かべてみせる。

 

「……あたしはキャプテン代理。おやしろの危機なら、駆け付けない理由は無い」

「ユイ?」

「……こんな所で凹んでる場合じゃなかったってことよ」

 

 立ち止まっている場合ではなかった。今はやらなければならない事がある。

 例え自分がどんなにダメでも着いて来てくれた手持ちが居る。それを裏切らないためにも──彼女は再び立ち上がる。

 

「ま、何て言うの──落ち込んでる場合じゃなかったわ。ありがと」

「……急ごう。俺も嫌な予感がするんだ」

「ええ。きっと……何かのサインだと思うの」

 

 周囲は異様な冷気に包まれていた。

 それがシャワーズが発しているものだとすれば、恐ろしい影響力だ。

 海岸からおやしろのある山の上までかなり離れているのだから。

 

 

 

「……何があったって言うんだ……?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「酷い……!」

「滅茶苦茶じゃないか……!」

 

 

 

 駆け付けたメグルとユイは言葉を失った。

 木々はへし折れ、スイクンの像は両方共見る影もないほどに崩れていた。

 周囲はあちこち凍り付いており、温暖なセイランシティに似つかわしくない程に寒い。

 そして、肝心のおやしろは、崩れ落ちている。激しく損壊しており、最早建て直さなければいけないレベルだ。

 手を下した犯人は、今も尚暴れ、見境なくおやしろを荒らしている。

 だがその正体に二人は衝撃を受けざるを得なかった。外敵ならばともかく、他でもない”ヌシ”がおやしろを破壊していたのだから。

 

「ヴルルルルルルルー……ッ!!」

「ウソでしょ? ヌシが、おやしろを壊したの……!?」

 

 その雰囲気は先ほどまでとは大きく異なる。

 目は青く光っており、背中からは凍てつく靄のようなものが常に放たれている。

 メグルは思わず身構えた。さっきまでのシャワーズとは何かが違う。

 リュウグウは顔をこわばらせて立っていた。

 

「二人共、手出しは無用」

「で、でも、リュウグウさん! 危ないですよ!」

「……分かっておるわい。シャワーズの様子がおかしくなっていることも、おやしろを壊したのがシャワーズであることも」

 

 苦虫を噛み潰したような声でリュウグウは言った。

 この事実を最も直視したくないのが彼であることは明白だ。

 ヌシとキャプテンはおやしろを守る存在。

 そのヌシがおやしろを破壊したのだから、重大な事件であることに違いは無い。

 

「シャワーズに何があったんですか!?」

「分からん。分からんが……ワシの目が届かぬところで、異常なことが起こったことは確かじゃ。こんな事は初めてじゃからのう」

「あっ、リュウグウさん!?」

 

 引き留めるユイの声も聞かず、リュウグウはシャワーズに近付いた。

 

「──さあ、シャワーズ。暴れるのは疲れただろう──」

「ヴルルルッ!!」

 

 荒ぶるヌシは、呻くような鳴き声を上げて、拒絶するように尻尾でリュウグウを薙ぎ払うのだった。

 

「リュウグウさん!!」

 

 吹っ飛んだ彼の身体を、ユイとメグルは二人がかりで受け止める。

 脇腹を抑えながら、息も絶え絶えにリュウグウは言った。

 

「こんな痛み……今、シャワーズが受けている苦しみに比べれば」

「でも──」

「好きで荒ぶるポケモンが居るわけがなかろうが! それに……娘同然のシャワーズに、どうして手を上げられる?」

 

 重い身体を引きずり、リュウグウは一歩、また一歩とシャワーズに近寄っていく。

 

「おお、おお、シャワーズ……ワシの可愛い可愛い娘よ。苦しいのかい? 痛いのかい? 教えちょくれ」

「ヴルルルルルルルーッ!!」

 

 目線をシャワーズに合わせ、リュウグウはシャワーズに語り掛ける。

 その声は、孫の子守をする祖父のような優しいものだった。

 

「お前は昔から優しくて、気の弱い子だったからのぉ。好きでこんな事をするわけがないとワシは思っちょる。大丈夫、怒ってなんておらんよ」

「ルルルルルルル……ッ!!」

 

 メグルもユイも、その場から一歩も動くことは出来なかった。

 通常のポケモンとは一回りも二回りも大きな力を持つヌシポケモンの放つ怒号の如き声を前に、立ち竦んでしまっていた。

 そして、その声からは悲しみ、苦しみが入り混じったものであることがはっきりと分かる。

 訴えかけるような声だ。

 それを受け止めるようにして、リュウグウはシャワーズを抱き寄せた。

 

「おお、おお、良い子じゃ、良い子じゃ──」

「ヴッ……ぷるるるるるるー」

 

 シャワーズの目が元に戻った。 

 慣れ親しんだ育ての親を前にして、正気を取り戻したのだろうか。

 その鳴き声も元の透き通ったものへと戻る。

 申し訳がないようにぺろぺろ、とシャワーズはリュウグウの頬を舐めるのだった。

 

「凄い……荒ぶるヌシを、落ち着かせた……!!」

「……これが、キャプテンの覚悟……」

「ワシの可愛い可愛いシャワーズ。おやしろなんて建て直せば良い。さあ、久しぶりに一緒に帰ろう。ばあさんがお前の好きなモモンの実のポロックを作っちょるよ」

 

 そう言って、リュウグウが探るようにシャワーズの顔に手をやろうとしたその時だった。

 

 

 

「ヴッヴルるるるるるる──!?」

 

 

 

 閃光が一瞬、迸った。

 リュウグウの身体が再び吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 電気だ。

 電気が──シャワーズの身体から放たれたのである。

 

「えっ……?」

 

 メグルは常識を超越した光景に、戸惑うしかなかった。

 第一に、シャワーズは水タイプのポケモンだ。

 確かにラプラスのようにサブとして電気技を覚えるポケモンが居るが、シャワーズはそうではない。

 リージョンフォームだから、の一言で片づけることも出来るが、そうには見えない。

 今のシャワーズは──常に電気を身に纏っているのである。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(っそうだ、リュウグウさんが──!)

 

 見ると、リュウグウは地面に倒れ、苦しそうに肩で息をしている。

 近付こうとしたがユイに制止された。

 

「……メグル君、触らないで!」

「わ、分かった……!」

「シビルドン、リュウグウさんを運んで! お願いね!」

 

 電気を放ち続けるシャワーズ。

 最早、何が何だか分からないまま、メグルとユイはその場から離れるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 やはりこの世界の人間は、ある程度頑丈に出来ているのだろうか、リュウグウは電撃を喰らいながらも、何とか喋れるようだった。

 救急をユイが手配し、感電の心配がないシビルドンが山の下まで運ぶのだというが、リュウグウはその前に言いたいことがあるようで息も絶え絶えに口を開くのだった。

 

「不覚を取ったわい……! 後少しだった……()()を取ろうとした矢先に……上手く行くと思ったんじゃが、油断はするもんじゃないのう……!」

「首輪?」

 

 メグルもユイも、暴れるシャワーズに目が行って、シャワーズにそんなものが付けられていたことなど気付かなかった。先程のリュウグウはシャワーズを宥めながらも原因を一瞬で見抜き、それを取り除こうとしたのだろう。傷つけないに越したことはない上に、それが迅速に事態を解決できる方法だったからである。

 最も、シャワーズが突如力を解き放ったことで、それは叶わなかったのであるが。

 

「シャワーズの首をよく見るんじゃ……いっづづづ、あんな首輪、見た事ないわ」

「リュウグウさん、喋らないで! 後はあたし達に任せてください」

「甘かった……今のあやつが山の下に降りれば、大変な事になる……」

「ッ……」

「でも……どうして、苦しんでいる自分の娘に手を上げられるというんじゃ……」

 

 やり切れない顔でリュウグウは言った。その目には涙すら浮かんでいる。

 ヌシポケモンを育てるのは、キャプテンの役目。

 我が子のようにシャワーズを可愛がってきたのがよく分かる。

 このように突如ポケモンが暴れ出す事自体がイレギュラーで、リュウグウも想定していなかった事態だったのだろう。

 

「……最早止むを得んか……シャワーズの為にも遠慮はいらん。責任はワシが全部取る……ワシの代わりに、あやつを止めてくれ……!!」

「……はい!」

 

 二人は、そう答えるしかなかった。 

 最早、一刻の猶予も無かった。

 シャワーズのためにも、そして町のためにも。

 ただでさえ強大な力を持つヌシが、何らかの要因で更に強力な力を持ってしまっている。

 野放しにすることは出来ない。だが問題は、シャワーズの暴れる原因だ。

 

(原因は──首輪?)

 

 首輪は人工物だ。

 何者かの手で付けられたと考えるのが妥当だ、とメグルは考える。

 

「シャワーズが暴れているのも、突然電気タイプみたいになったのも、あの首輪が原因……よね」

「首輪をぶっ壊すしかないよな……あんなの、見てられねえよ」

「そうね。……誰だか知らないけど許せない。絶対にシャワーズを助け出すんだから」

 

 そう言うユイの表情は──何か引っかかりがあるようだった。

 

「……どうした?」

「これ、あたしの気の所為かもしれないんだけど。さっきのシャワーズが放った電撃、ウチのヌシ様に似てた気がしたのよね」

「え!?」

 

 メグルには何も分からなかった。

 ただただ、突如シャワーズが電気を放ったようにしか見えなかったのである。

 しかし、電気タイプのエキスパートである彼女にはその違いが一瞬で分かったのだろう。

 

「電気ポケモンの放つ電気は当然、種類毎に違うわ。電圧も、電流も……その質も量も。サイゴクのサンダースが放つ電気には特殊な力が込められていて、色も黒混じりなの」

「ますます分からねえよ! シャワーズもサンダースも元は同じイーブイだから!?」

「あたしも分からないんだから! でも……まるでシャワーズに”サンダースの力が乗っかっている”みたいだった」

 

(……もう何も分からねえ。テラスタルやメガシンカじゃあるまいし、ポケモンのタイプがいきなり変わるなんてことあるのか? いや、あの首輪がそれを引き起こしている?)

 

 ポケモンのタイプは基本的先天的なもので、進化などで後天的に変わることがある。それ以外で変化するのは、さらに一段階限界を超えて一時的に進化をする「メガシンカ」。そして、タイプそのものを変えてしまう「テラスタル」だけだ。それほどまでにポケモンの持つタイプは絶対的なものなのだ。

 そこまで考えて、メグルには一つの仮説が浮かぶのだった。

 

 

 

(首輪が引き起こしてるのは……メガシンカやテラスタル……それに準じる現象って事なのか……!?)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:追憶──すいしょうのやしろ(1)

 ※※※

 

 

 

「バッカもーんッ!! 此処は神聖なおやしろやぞ!! お前らの遊び場やないんやぞ!!」

「げぇっ!! リュウグウのオッサンだ!!」

「逃げろーッ!!」

 

 

 

 ──24年前。

 リュウグウは、定年退職してからしばらくの間は、元の仕事先で顧問として呼ばれることも多く、忙しい日々を送っていた。

 しかし、数年も経てばその声が掛かることも無くなり、キャプテン業に専念できるようになっていた。

 それはそれとして、おやしろを遊び場にする悪童たちに頭を痛ませていたのであるが。

 

「ああ、ボロいのを良い事に、落書きしてからに……!! これじゃあ先が思いやられるぞ」

「くっそー、定年してから年々声がでかくなってやがる」

「前よりも元気になってね?」

「毛根は元気なくなったけどなあ、確実に」

ギャラドス はかいこうせん

 

 天に向かって一筋の閃光、そして轟音が静かなおやしろに響き渡るのだった。

 悪童たちはちびって、震えあがる。

 

「ひえーっ!! ポケモンは卑怯じゃねーかよ!!」

「オッサンにポケモンで勝てるヤツ居るわけねえじゃねえかよ!!」

「おーい!! オッサンの試練は誰も受けたくねーって皆言ってたぞーッ!!」

「無駄に厳しいから後回しにするんだってよ!!」

「俺もセイランのおやしろの試練だけは絶対受けねーよ!! ヴァーカ!!」

「おうおう来るんじゃねえ!! 二度と面見せんなクソガキ共!!」

 

 ほかの地方に行けばジムリーダーになれると言われたこともある。

 だが、仕事を辞めてその道に進むつもりは無かった。

 強くなりたくてなったわけではない。

 ただ、自分の守りたいものを守るために我武者羅にポケモンを育てていたら──いつの間にか敵う者が居なくなっていただけだ。

 キャプテンの仕事をしていると、本気のバトルを挑まれることもある。

 だが、思いつく限りリュウグウは負けたことなど無かった。

 

(……別に何の自慢にもならんけどな)

 

 自らのポケモンの力が、家族、おやしろを守るに足る……それが確かめられればリュウグウには充分だった。

 

(あとは……コイツに恥ずかしくない自分で居たいんや)

 

 崩れ落ちたおやしろを後にし、奥にあるリュウグウだけが知っている巣穴を開ける。

 そこでは、丸まったヌシのシャワーズが今の喧騒も気にせずに眠っていた。

 

「ぷぅ……ぷるる」

「……よぉ騒がしくて悪かったな、シャワーズ」

「ぷるるるるー……」

「定年してからも色々あって、後回しになってしまったけどな。ようやく、ゆっくり出来るんや」

 

 眠そうなシャワーズを他所に、リュウグウは高らかに言ってのける。

 キャプテンの職について早40年。潮風と経年劣化、そして過去に受けたであろう損耗で荒れたおやしろは、最早リュウグウの手には負えない。

 なんせリュウグウがキャプテンになった当時から、既にボロっちかったのだから相当である。

 そして、すいしょうのおやしろは小さかった。

 建造した時余裕が無かったからか、サイゴクのどのおやしろよりも小さく、みすぼらしかったのだ。

 または、元々は立派なおやしろが建っていたのかもしれないが、壊れて元のようなものを建て直す余裕が無かったのではないかとも言われていた。どちらにせよ──他のサイゴクのおやしろと比較しても、すいしょうのおやしろは見られたものではなかったのである。

 

 

(最初は、神聖なおやしろを建て直すなど言語道断……って言われて手出しできんかったけど、だんだん建て直しに反対するヤツも居らんこなってきた。……歳の所為で)

 

 故に、キャプテンである彼はいつか必ず、と心に決めた事があった。

 

「このリュウグウには夢がある!! ボロボロに荒れ果てたこのおやしろを、他のおやしろと遜色ないくらいに……綺麗にすることや!!」

 

 シャワーズは──興味が無さそうに欠伸をしている。

 しかし、構わずにリュウグウは語り続ける。

 

「セイランの誇る綺麗な街並み、綺麗な海岸。だけど……そこに荒れたおやしろがあったら不釣り合いや。何よりお前にも釣り合っちょらん」

「……ぷるる?」

「おうおう丸くなるな、ニャースかお前は。……なんや、これはこれで気に入っとるって言わんばかりやな。いかん、いかんぞ。お前は仮にも俺が鍛えたヌシなんぞ。昼間から寝てばっかやから威厳が無いって他のキャプテン共からナメられちょるんぞ」

「ぷわぁー」

「欠伸すんなや! いっつも眠そうやなぁ、お前ってヤツは。本当に昔から変わらん。やる気がない! そのくせ人に見られちょる時だけ、あんなにキリッとしてからに……ムダに頭が良い!」

「ぷるるる」

「笑うな! お前の事を言うちょるんやぞ……」

 

 まあお前のそんな所が好きなんやけどな、とリュウグウは続ける。

 マイペースで寝てばかりだが──シャワーズは間違いなく、ヌシに相応しい力を持っていた。

 普段こそこの通りだが、もしもひとたび戦いとなれば豪雨の如き強かさで相手を叩きのめす。

 それを知っているからこそ、リュウグウはシャワーズに相応しいおやしろと住居を与えてやりたいと常々考えていた。

 野生ポケモンの来訪が激しい時期があったからか、それとも潮風と嵐の所為か、すいしょうのやしろは他のおやしろと比べても酷く劣化している。 

 なんせ、スイクン像に至っては原型を留めないほどに崩れているのである。

 

(本来なら、キャプテンはおやしろに手を加えるべきではないと言われちょるが……此処まで酷いと止むを得まいよ)

 

 とはいえおやしろの建て替えには費用も時間もかかる。

 そのため、この日に向けてリュウグウはこつこつと貯金をしてきたのである。

 

「工事の間、久しぶりにうちに来い、シャワーズ。ウチの嫁がお前の好きなモンを作って待っちょるぞ」

「ぷるるるるるー?」

「ああもう、不思議そうな顔をすな。昔みたいにしばらく一緒に暮らそうって言っちょるんや」

「ぷるるるるるー」

「おお、おお、いきなり飛びついてくるな! ……全く、いつまで経ってもヌシらしくないやっちゃなあ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 娘が嫁に出てから、静かだったリュウグウ宅はシャワーズの来訪で久々ににぎやかになりつつあった。

 好物を作る妻のエプロンをシャワーズが引っ張っているのを見て、リュウグウも思わず笑みがこぼれる。

 かと思えば、あぐらをかくリュウグウの中で丸まって寝ているなど、すっかり昔のような振る舞いを見せるようになっていた。

 

「あらあらもう、可愛い子ね。あの頃みたいに、ずっとうちに居れば良いのに」

「それはダメや。こいつはヌシ。山に居って、野生ポケモンたちの見張りをせんといかん」

「見張るような怖いポケモンなんて、セイランには居ませんよ、あなた」

「居らんくても、それが役割やから仕方ないんや。それに、ポケモンの生態系は変わる。今は大丈夫でも、いつまたどうなるか……分からんのや。今だってヌシが不在の間は若い衆を山で見張らせちょる」

「はいはい、分かりましたよう」

 

 セイランの山は然程深くはない。

 そのため、他の地区に比べれば野生ポケモンの脅威度は低いと言われている。

 リュウグウの前のキャプテンの世代では山にリングマが出ることはしょっちゅうだったものの、開発が進んだ時代を機に力関係は完全に人間側に傾き──今ではもう、強いポケモンが出ることは無くなっていた。

 シャワーズが昼寝ばかりしているのも、そのためだ。戦ったり、わざわざ従えなければいけないような相手が居ないのである。

 

「そうだ。暇が出来たついでに……今度、水族館にでも行こうと思うちょるんや。ジュゴンのショー、久しぶりに見たいやろ?」

「あら、良いですねえ。シャワーズちゃんも一緒に?」

「そうや。たまにはな」

「プルルルルルー」

 

 娘が居た頃は、よく今のシャワーズである当時のイーブイと水族館に連れていったものだった。

 いつか水タイプのポケモンになるのだ。水タイプや海に慣らしておくべき、という考えの元だったが、イーブイは存外これを気に入ったらしく、リュウグウの腕に抱きかかえられながら食い入るように展示ケージを見ているのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ぽーん! ぽーん! とボールを鼻で突き、バブルリングを放つ白いアザラシのようなポケモン・ジュゴンのショーが観客を沸かせる。

 ……が、現実は非情なり。

 

「何時見ても良いなあ、ジュゴンのショーは……」

「あなた、シャワーズちゃん寝てますよ」

「えっ」

 

 いざ、連れて行くとこの通り。

 見飽きたと言わんばかりにシャワーズは気付けばリュウグウの腕の中で丸まっている。

 最早イーブイだったあの頃とは違うのか、と嫌でも彼は痛感させられる。

 

「た、退屈やったんやろか……」

「仕方ないんじゃないの? もうこの子も子供じゃないんだから」

「はぁー……わざわざ連れて来たのに」

「でも良いんじゃない? あの荒れたおやしろに居たら、ゆっくり体も休められないじゃないのよ」

「そうか?」

 

 サイゴクのすがた特有の白い鬣を撫でながら、リュウグウは息を吐く。

 とてもそんな風には見えない。シャワーズは何時、どんな時でも寝ているのだから。

 

(本当に一度でいいから、お前が何を考えているか見てみたいもんだよ俺は)

 

「ところであなた、おやしろは何時完成するんです?」

 

 妻の問いかけでリュウグウは我に返った。

 おやしろの建造は順調に進みつつあった。

 今までよりも大きく、そして立派なおやしろだ。

 サイゴク地方の伝統を踏襲しつつも、潮風や嵐に負けない設計にしたのである。

 これも信頼できる宮大工に頼んだからだ。

 

「ざっと後半月はかかるやろな」

「どれだけ大きいのを作ったんですか?」

「中はシャワーズが住めるようにしちょるからな。ヌシはきちんと祀らんといかん」

「幾つになっても子煩悩なのは変わらず、ねえ……」

「ハハハハハ、違いないわい」

「もう少しその優しさを、試練を受ける子に分けてあげたらどうです? 鬼のリュウグウさん?」

 

 じろり、と妻がリュウグウを睨む。

 彼の試練は厳しい事で有名だった。

 ただし、それは後々の時代のそれとは比べ物にならない。

 証を集めたトレーナーはヌシとの一騎打ちとなるが、シャワーズはどのヌシよりも強いことで知られていた。

 攻撃が当たらない。そして向こうは確実に攻撃を当ててくる。何より技構成もリュウグウが覚えさせたというだけあって情けも容赦もない。

 熱湯、冷凍ビーム、フリーズドライ、溶ける……並みのトレーナーが泣いて逃げ出すレベルだ。

 そして、ヌシとは戦わない新人トレーナーと言えば──泣いて逃げ出すレベルの試練だと言われていた。

 

「ハッ、試練を厳しくするのは当然やろ。鬼と呼ばれても結構。この辺りは手強い野生ポケモンも居らんからな……此処で性根が緩むと他で苦労する。だから、根性を叩き直さんといかんよ」

「……近海の主にギャラドスを置いたって聞きましたよ?」

「ギャラドスも倒せんヤツが、山でガチグマを倒せるわけないやろ」

 

 コイキングは、リュウグウ程のトレーナーが育てればすぐにギャラドスになる。

 そして、その強さもあって、最早初心者泣かせというレベルの強さのポケモンではなかった。大きさもあって、泣いて試練を投げ出すトレーナーも居るほどであった。

 

「後、近所の子達に至っては陰口叩いてますよ。雷親父、ハゲ、ギャラドスはピカチュウのおやつだって……」

「あれはあいつらがおやしろに入るからや! もう何べんも言うちょるんやが」

「子供のやることですもの」

「後ちょいちょい看過できん悪口があったんやけどな!? 俺まだハゲちょらんから!!」

「……ヴルル」

「ほぎゃーっ!?」

 

 ぴゅーっ、とシャワーズが口から水を吹きかける。

 眠りを邪魔するほどに騒がれたので、怒ったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そんなわけで、おやしろは無事に完成したのである。

 すいしょうのおやしろは、最も小さく荒れたおやしろと言われていたのも昔の話。

 見る人が見れば思わず唸る立派な鳥居と、大きなお宮を備えた神社に生まれ変わったのだ。

 

「出来た!! 出来た出来た出来たぞ!! 立派なおやしろや!!」

 

 瞬く間に話はセイラン中に広まった。

 誰もがそれを祝った。

 これだけ綺麗にすると、悪童どもも却って悪戯しにくくなったのか、落書きはめっきり無くなった。

 おやしろの中にはシャワーズの為の部屋を設けていた。家でシャワーズが使っていたブランケットを置いてやると、すぐに彼女はそこで丸くなって寝てしまったのだった。

 何日か空けて部屋の様子を見に来ると、やはりそこでシャワーズは眠っていた。

 ふふふ、と鬼のリュウグウに似合わぬ笑みを浮かべて、神社の手入れをして帰る。

 そんな日々が続いていたのだが──ある日、いつものように部屋を覗いたリュウグウは「あっ」と声をあげるのだった。

 シャワーズが何か丸いものを抱きかかえていたのである。思わず寝ているシャワーズに構わず部屋に押し入った。

 

「タマゴ!? 何時の間に!? 誰との子だ!?」

「ヴルルルルルルル……」

 

 唸るシャワーズ。

 寝起きは基本的に機嫌が悪いが、今日は一際だった。

 その腹には大きなタマゴが抱きかかえられていたのである。

 

「あっ……すまんすまん、起こすつもりはなかったんや」

「ぷるるるるー」

 

 が、相手がリュウグウだと知るや否や、すぐさまシャワーズは機嫌を直したようだった。やはり信頼した相手にはガードが緩くなるのだろう。

 ポケモンは──タマゴから産まれる。

 しかし、それがどこからくるのかはまだ分からないことが多い。

 

(ポケモンのタマゴは……()()()()()()()、ある日突然何処からともなくやってくることがあるという)

 

「詮索するのは野暮、か。お前もとうとう、親になるとは……」

「ぷるるー」

 

 愛おしそうにシャワーズはタマゴを抱き寄せる。

 信頼できるリュウグウには見せても良い、と言わんばかりに。

 

(こいつは親無しやったからワシらが家で育てたが……このタマゴの子は、おやしろで育てた方が良さそうやな)

 

「よし。俺も手伝う。昔からの好やからな」

「ぷるるるるー」

 

 シャワーズの尻尾は、珍しく機嫌が良さそうによく揺れていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その年の台風は例年よりも更に異常なペースで発達をし、サイゴク地方に迫りつつあった。 

 「セイランの風禍」。後にそう呼ばれる台風である。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:追憶──すいしょうのやしろ(2)

 ※※※

 

 

 

「──久しぶりやな……此処まで強いのは」

 

 

 

 するるるる、と全身に泡を纏わせて滑るように移動するシャワーズの動きに翻弄されるトレーナーは少なくない。

 しかし、こうして今相対しているトレーナーは違った。

 的確にレアコイルに指示を出し、少ないチャンスを逃さずにシャワーズに攻撃を当て続けている。既に彼のポケモンを5匹倒したシャワーズだったが、その間に彼は完全にシャワーズの攻撃の癖を見切ったようだった。

 

(……先の5匹を囮にするほどの胆力……6対1の数の利を生かしちょる)

 

「5年ほどパルデア地方で料理の修行をしていてね。あっちでは高級スパイスを手に入れるのに、ポケモンで戦わなきゃいけないのさ。ぬしがスパイスの材料を守っているんだ」

 

 男は得意げに語る。

 

「ほう、道理で」

「ところでよ、さっきからオッサン、戦いたいって気持ちがビリビリと溢れ出ている。俺は構わねえぜ、横入りしても」

「そうしたいのはやまやまじゃが決まりなんでな。俺は見守るだけや」

「ぷるるるるー」

 

 どっちでも良い、と言わんばかりにシャワーズは返事を返す。

 

「……これを耐えられるなら褒めてやろう」

 

 シャワーズが滑りながらレアコイルの周囲を舞う。

 そうしているうちに、レアコイルは何時の間にか泡に取り囲まれていた。

 ぶつかったくらいでは泡は壊れず、押し潰さんとばかりに迫ってくる。

 

 

 

(オオワザ──”むげんほうよう”。冷気エネルギーを凝縮した泡で敵を包囲し、一気に起爆する……さあ、これをどうやって突破する?)

 

 

 

 ぶくぶくと音を立てて膨らむ泡。

 それが爆ぜようとした瞬間だった。

 

 

 

「……小難しい事は苦手でね──最大出力の放電ッ!!」

 

 

 

 電気がやしろ中に飛び散る。

 一つ一つの閃光が正確に泡を貫き、そして吹き飛ばした。

 リュウグウはその光景を驚きながら見つめるしかなかった。

 幾ら放電と言えど、”むげんほうよう”の泡を破壊するのは容易い事ではないのである。

 

「ッ……驚いた。此処までとは思わなんだ。初見で”むげんほうよう”を突破するとは……!」

「今度はこっちから行くぜ。レアコイル──10万ボルトッ!!」

 

 ズガーンッ!!

 穿つような電気の束がシャワーズを打ち払う。

 そのまま全身が黒焦げになり、斃れているのだった。

 

 

  

 ※※※

 

 

 

「ぷるるるるるー」

 

 

 

 げんきのかけらで元気を取り戻したシャワーズは、不機嫌そうに丸くなってしまった。

 負けるといつも拗ねてしまうのである。故にリュウグウはそれを気にすることもなく、試練を突破した男に労いの言葉を掛けるのだった。

 

「見事。他の挑戦者は何度も敗れながら突破するが……一発でシャワーズを倒せたのはオヌシが久しぶりや。名前は──ショウブと言ったな」

「ああ」

「鍛えたその力。どう生かす?」

「夢を叶えるために使う」

 

 ショウブは笑みを浮かべて答える。

 志を持つ若者は嫌いではない。リュウグウは「続けなさい」と促す。

 

「自分の店を開きたいんだ。そのためにはポケモンの力も必要だ。野生肉料理の専門店を将来的には開きたくってね」

「となると猟師志望か」

「先ずはね。そのためにはポケモンは強くなきゃいけねえだろ」

「……ふむ。言えておる。猟師が減るとシキジカやオドシシが増えて山が荒らされる。皆歓迎するぞ」

「んで、サイゴクは狩猟文化で有名だが、今時の若いヤツは野生肉をあんまり食おうとしねえ。臭いだのクセがあるだの言ってな」

「まあ俺も食わん。海近くだとあまり野生肉は馴染みが無いな。魚は食うんやけどな」

「だろ? だから狩られたポケモンの肉をムダにしないジビエ料理の店を作るんだ」

「ジビ……? まあいい、いつか食いに行ってやろう。志があることは良いことやからな」

「そうか!? 嬉しいぜオッサン」

 

 ──この年にリュウグウの元を訪れたトレーナーの中では、ショウブは頭一つ抜けていた。きっと彼ならば全ての試練を終え、アラガミ遺跡にあるめぶきのおやしろへの参拝も難なくこなすだろう、と。

 

「だけど高い志があるのはオッサンも同じだろ。海水浴場の管理人までやってるんだって? 海が綺麗なのはオッサンのおかげだって話じゃねえか」

「ははは、仕事を辞めてキャプテン業だけだと暇なだけよ」

「町の人たち言ってたぜ。リュウグウさんは鉄人だ! ってよ。怖い所もあるけど、誰よりもセイランの町とポケモンが好きだって言ってたんだ」

「そりゃあ怖くないとキャプテンなぞやってられんよ。変なヤツがおやしろに、セイランに来たらどうする」

「そうかあ? 俺さ、オッサンには憎まれ役向いてないと思うんだよな」

 

 リュウグウはそれを言われて黙りこくる。

 この40年、強面の雷親父でやってきたつもりだった。

 しかし、たかがこの試練の間顔を合わせたこの男に、自分の内面を見透かされた気がした。

 だがムキになるのも癪だったので、笑って返す。

 

「余計なお世話や。俺は40年、これでやってきちょる。その身を全部、おやしろとヌシ、町に捧げるのがキャプテンというものよ」

「……ははっ、俺には真似出来ねえや。やっぱすげぇよ、オッサンは」

 

 ショウブは苦笑いで返すのだった。

 

「……ところでよ。最近立て続けに台風が来てるがおやしろは平気なのか?」

「流石に建て替えたばっかりってだけはあるわい。点検も問題無しや」

 

 セイランの風禍、と呼ばれる程にその年の台風は多かった。

 空でポケモンが暴れているのではないか、と考える者もいたが、暴風域を調査する勇気は無論リュウグウにも無かった。

 とはいえ、流石に建て替えたおやしろはその程度ではびくともしない。中のシャワーズはずぅっと台風の事など気にもせずにタマゴを抱きかかえていたことからも頑強さは証明されている。

 

「なら良いんだがな……他所じゃあヌシを避難させてるところもあるって聞いてよ」

 

 リュウグウは口を噤む。

 ヌシの安全を最優先するならば、それが一番いいのだろう。

 何より雨風が苦手なものもヌシの中には居る。それならば、キャプテンの家で一時的に預かるのも手だ。

 彼とて、シャワーズが心配だ。本当は家の中に入れてやりたいくらいである。

 しかし──そうはいかない理由があった。

 

「……実は今、一番難しい時期なんや」

 

 リュウグウは事情を話す。

 ショウブは意外そうに眼を見開いた。

 

「タマゴ!? そりゃあ大変だ。じゃあ神事の時、タマゴの面倒は──」

「嫁がおやしろの中で孵化装置に入れて温めちょる。終わったらシャワーズに返しておる。やはり自分でタマゴの面倒を見たいんやな。母性……なんかね」

「そ、そうだったのか……キャプテンは大変だな。ヌシの子供の面倒も見るのは……当然か」

「ああ、そうよ。もしオヌシがキャプテンになるなら、覚悟しとき。ヌシの面倒を見るのは全部キャプテンやぞ」

 

 笑ってリュウグウは言った。

 最も、大変などと感じたことは一度も無い。

 ヌシに奉仕するという使命以上に、シャワーズが喜んでくれるのが嬉しいのだ。

 

「ははっ、考えた事も無かったぜ。……なあオッサン! タマゴが孵ったら教えてくれよ! 俺、赤ちゃんを抱っこしに行くからな!」

「おうおう、来なさい! 俺もお前みたいな骨のある若者なら大歓迎やからな!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──若者とそんな会話をした数日後。

 今までで一番大きな台風がセイランを襲った。

 当初の予報は外れ、セイラン全域が暴風域に入る未曽有の事態。

 最大風速は40mを超え、脆い建造物は吹き飛ばされる程だった。

 

「電気……消えたわね……」

「なんや……話と違うやないか……! こんなに強い嵐は初めてや……!」

 

 停電した辺りで流石のリュウグウも不安を隠せなくなった。

 一番心配なのはシャワーズである。

 

「……シャワーズ……おやしろ……大丈夫やろうか」

「あの子が強いのは、あなたが一番分かってるでしょ?」

「……俺もおやしろに行った方が良かったやろか」

「お母さんになるんだから、デリケートな時期なのよ。どうせ迷惑がられて追い払われたんでしょ」

「ああ……ヌシも所詮は……野生ポケモン、か」

 

 念を押してリュウグウはシャワーズを家に連れ帰ろうともしたのだ。

 しかし、日に日にシャワーズは親としての顔が強くなっていく。

 先日はとうとう、リュウグウにさえ威嚇をする始末だった。タマゴの孵化が迫っているのだろう。

 暗い部屋の中で何も出来ないもどかしさにリュウグウは溜息を吐く。

 自然災害の前では、ポケモンの力も及ばない。

 

(早う過ぎ去っとくれ……)

 

 ──そうしているうちに、ぴかぴかと点滅して明かりが点いた。

 一先ずの安堵の溜息をつく。

 もう何時間たったのか、彼には分からなかった。

 ごうごうと鳴る風音の所為で、寝ることすら出来ない。

 それからさらにしばらくたっただろうか。

 

「あら電話……良かった、繋がるようになったのね」

 

 そう言って妻が電話を取る様を見ながら、徐々に風音が落ち着いてくるのをリュウグウは感じていた。

 しかし。

 

「ええ、ええ。……ええ!?」

 

 妻の声色がだんだん焦りを帯びたものになっていくにつれて、リュウグウは嫌な予感がしていた。

 

「何事や!?」

「あなた……おやしろのある山が崩れたって──下のご近所さんから電話が……!!」

「ッ……!!」

 

 最早、リュウグウは居ても立っても居られなかった。

 雨具を羽織り、モンスターボールを一つ手に取る。

 複数手に取れば紛失する可能性が高い。

 

「あなた!! 外は風が強いのよ!! 死んじゃうわよ!!」

「バカもん!! そんな事言ってられるか、こっちにはポケモンが居るんや、台風くらい何や!!」

「あなた!? ダメよあなた!! あなたーッ!?」

 

 玄関から飛び出すと、もう吹き飛ばされてしまいそうな勢いの風に殴られる。

 しかし怯むことなくリュウグウは目の前にボールを投げた。

 全長6メートル。巨大な竜が風にも負けず、空に浮かんでいた。

 

 

 

「……ギャラドス!! おやしろに急ぐんや!! 早く!!」

「ロロロロロロ……ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 そこからおやしろへ一直線に飛んで行く。

 吹き飛ばされそうになるのを抑え、必死にギャラドスを掴む。

 

「ああ……!! お、おやしろが……!!」

 

 土砂崩れの報告以上に──リュウグウは衝撃を受けていた。

 周りの地面が根こそぎ崩れ、おやしろの建てられた場所が土砂に埋まっているのである。おやしろは既に潰れてしまっており、シャワーズが生き埋めになっていることは容易に想像できた。

 

「ギャラドス、お前の力で土砂を退かすんや!! 俺も手伝う!!」

 

 ギャラドスが顎で倒れた木を退かし、水を吹いて土砂を吹き飛ばす。後には潰れて崩れたおやしろが残っていた。

 それをリュウグウは必死に崩れたおやしろの瓦礫を退かしていく。

 胸は痛い程に鳴り、手は血塗れになっていた。

 ……しばらくして。

 

 

「シャ、シャワーズ……」

 

 

 ──誰がどう見ても助かっているようには思えない程に変わり果てたヌシが──瓦礫の下から現れた。

 リュウグウは膝を突き、ギャラドスは悲しそうに吼えている。

 しかしそれでも最後の希望を託し、リュウグウはシャワーズに呼びかけ続ける。

 だが、半端に空いた瞳はもう二度と彼の顔を見ることは無かった。

 

「お前なら……吹き飛ばせたはずや……こんな瓦礫、こんな土砂……」

 

 そう言っても、もうシャワーズは答えなかった。

 

「……お前はヌシや……俺が育てたヌシなんや……こんなんで……こんな事で……」

 

 抱きかかえると──その腹には、まだ無事なタマゴが残っていた。

 思わず血が出るほどにリュウグウは唇を噛み締める。

 

「そうか……そうだったのう……お前は……親になるんやもんなぁ……」

 

 最後までずっと、シャワーズは──丸まってタマゴを守っていた。

 技を使えばシャワーズだけは助かることが出来たのは容易に想像できる。

 しかし、彼女はそれをしなかった。

 自らの命を賭してタマゴを守る方を選んだのだった。

 

 

 

「っ……よぉ、がんばった……痛かったなあ、苦しかったなあ……シャワーズ……」

 

 

 

 シャワーズの遺骸を抱きかかえ、リュウグウは一人、雨風が止んでもそこで泣いていた。

 

 

 ※※※

 

 

 

「酷い嵐だったな……生きてた中で一番だ」

「こっちの方はまだ良いさ! 下の家は浸水したって聞いたぜ」

「セイラン水族館、冠水したってよ……電力がやられた所為で魚ポケモンたちが皆死んじまって……ありゃ営業再開は無理だな」

「名物のジュゴンも流されて行方不明だって……この間見に行ったばっかだったのに」

「何処もかしこもこんな感じさ、やってらんねえよな」

「……なあ、おやしろ崩れちまったってよ。土砂崩れに巻き込まれて……御神体も見つからないみたいだ」

「あんなに立派だったのにな……」

「なあ、ヌシ様が……」

「嘘だろ!? シャワーズが……!?」

「リュウグウさん……大丈夫かよ……あんなに可愛がってたのに……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 何もかも無くなってしまった、がリュウグウの口癖になりつつあった。

 おやしろは崩れ、ヌシは死に、そして──要である御神体は無くなってしまっていた。

 御神体の見た目は青い石ころのようなものであり、イーブイの進化に用いる”たま”である。それを不変不動の御神体として祀るのである。

 だが、もうそれも見つからず仕舞い。否、見つける気力すらリュウグウは無くなってしまっていた。

 髪は一気に白くなってしまい、髭も伸びっぱなし。精気の無い目で縁側に座っているのである。

 

「……プッキュルルル」

「可愛いのう、お前は……可愛い可愛い、俺のイーブイ……」

 

 残ったのは無事だったタマゴだけ。

 そこからイーブイが孵ったものの、リュウグウの心が晴れることは無かった。

 そこに居るはずだった”親”は──居ない。

 共に喜ぶはずだった”友”は──居ない。

 この世の全部が終わってしまったようだった。

 

「プッキュイ」

「ああ、待て! 行かんでくれ、イーブイ──」

 

 ぴょん、と膝からイーブイが飛び出し、リュウグウは怯えたような表情で這いつくばり、それを追いかける。

 だが──部屋からポケモンフーズを持ってきた妻を見て、漸く安堵したのだった。

 イーブイのご飯の時間だったのだ。

 

「ねえあなた……ブイちゃんご飯よ……? 何処にも行ったりしないわよ」

「……っ」

「ダメよ……あなたがいつまでもそんなだったら、シャワーズちゃんが安心して眠れないじゃないのよ」

「……すまん」

「あなたもご飯を食べなさいな」

「……いらん。今は何も食う気にならん……」

「そんな事言って、もう1ヵ月経つじゃないの……目に見えて痩せてるわよ」

「お前は悲しくないのか」

「悲しいわよ……でもね。あなたも心配なのよ」

 

 台風でおやしろと一緒にシャワーズを喪ったのは、あまりにもリュウグウにとっては心を痛める出来事だった。 

 妻の言葉にも首を横に振るばかりだ。

 

「他の事なんてどうでも良かったんや……本当はシャワーズに喜んで欲しかっただけなんや……あいつのためだけに、あのおやしろを作ったんや……」

「あなた……」

「でも、あいつはあのみすぼらしい巣穴でも満足そうに寝ちょったんや……その幸せを壊したのは……俺の方やったかもしれん……」

「あんな台風が来るなんて誰も分かるわけないじゃないの……外に居たら、今度はタマゴがどうなっていたか分からないのよ……?」

「ッ……俺は……何のためにキャプテンをやってきたんや……あいつが居らんなら……キャプテンなんて……」

 

 ふらり、とリュウグウは立ち上がる。

 その背中は、この1か月で大分小さくなってしまった。

 

「あなた、何処へ行くの?」

「……散歩や」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「俺が一番分かっちょる……!! このままで良い訳が無いと……!!」

 

 

 

 悲しみを引きずりながら、リュウグウは荒れ果てた山を登る。

 土砂は既に埋め立てられ、舗装工事も終わった。

 崩れたおやしろのあった場所に、彼は立つ。

 考えられるだけの建材を自力で引きずり、用意した。

 御神体が無くとも、ヌシが居なくとも。

 せめて──子を守った親を弔うことが出来る、シャワーズの為のおやしろは作れるはずだ、と。

 

(俺は……俺は、やれるんや……!! 誰が何と言おうが、やれるんや……俺だって、大工の端くれなんや……!! 今まで船を幾つも作って来たんや……!! おやしろくらいなんだって言うんや……!!)

 

 慣れた手付きで木組みのおやしろを作っていく。

 宮大工ではなかったが、見様見真似だった。

 しかし、どうしても手が止まってしまう。

 雨が降っていないのに、材木には雫が零れるのだった。

 

「うぅ、うぅ……あああ……ぐっず……」

 

 人前では見せなかった涙がにじむ。

 

「シャワーズ……シャワーズ……どうして、どうして逝ってしまった……俺より先に逝ってしまった……ヌシは長生きするんやなかったんか……せめて俺が先に死ぬんやなかったんか……うう……シャワーズ……」

 

 ぐしゃぐしゃになり、もう施工どころではなかった。

 おんおんと泣いても、ヌシはもう戻って来なかった。

 

 

 

「水臭いぜ、リュウグウのおやっさん!!」

 

 

 

 その時。

 後ろから──声が飛んでくる。

 振り返るとそこに居たのは、町の若者や、かつての船大工仲間達だった。

 

「俺達、皆でお金を集めたんだよ! おやしろが吹き飛んだって聞いてな」

「リュウグウさん、あれだけ町の為に頑張ってるのに、俺達だけ何もしねえのはナシだろ!?」

「そうやって皆に言ってたらよ、こんなに集まって……宮大工、呼べそうなんだ!」

 

 若者の一人が、ボウルに集まったお金をリュウグウに見せる。

 一人一人の分は些細な金額だったかもしれない。しかし、それらが集まれば──もう1度おやしろを建て直せるだけの金額になっていた。

 しかし。リュウグウの顔は晴れない。

 

「バカもんが……おやしろがあっても、御神体が無ければ……」

「なあオッサン……俺達、御神体がどっかに飛ばされてないかって思って、泥まみれになりながら山ン中や町ン中探したんだよ」

 

 そう言って前に出たのは、しょっちゅうおやしろを遊び場にしていた悪童たちだった。

 その手には──青いたまが握られていた。

 

「そしたら土砂の石っころの中に紛れてたんだ!!」

「やっぱ、いっつも怒鳴ってるオッサンじゃなきゃ物足りねえよ……元気出してくれよ……」

「……俺達、オッサンがそのまま居なくなっちまわないかって思ってたんだよ……」

「だからよ、またバカもーんって怒鳴ってくれよ……」

「ッ……」

 

 しばらく、リュウグウはそれを見つめていた。

 

「俺は……やり直して良いのか?」

「当たり前だろ! シャワーズちゃんだって、オッサンがこんなになってるのを見て喜ぶはずがねえ!」

「また建ててやろうぜ、おやしろをよ!」

「ッ……俺で良いのか……?」

「リュウグウさん以外に誰がやるんだよ、キャプテンを!」

「俺達も全力でリュウグウさんを助けさせてくれよ!」

「……っ」

 

 思わず縋りつくように、リュウグウは御神体を握り締めていた。

 そして、それを抱きしめるようにし、すすり泣く。

 

「すまん……本当に、本当にすまん……バカもんは……俺の方や……俺こそが大バカもんや……」

「リュウグウのオッサン……」

「船大工の癖に情けない……こぉんなに沢山の人に支えられてたのも忘れて、一人でキャプテンの仕事に酔ってたんや……」

 

 おやしろは──キャプテンとヌシが守るもの。野生ポケモンと人々の境となるもの。

 しかし、おやしろは、キャプテンとヌシだけのものではない。町の人々、町のポケモンの支えとなるものだった。

 

「俺は今、恥ずかしい……本当に恥ずかしい……こんな大事な事も忘れて……シャワーズに、イーブイに、謝りたい……」

「謝んなよ、胸を張っておやしろを建て直そうぜ、リュウグウさん!! シャワーズちゃんの為にもよ!!」

 

 それから数年後。

 すいしょうのおやしろの試練は、サイゴクのキャプテン筆頭とヌシのシャワーズが立ちはだかる最難関として現在に至るまで再び名を馳せることになる。

 おやしろは、慎ましやかなものにはなったが、より雨風にも潮風にも負けない頑丈な造りになった。

 だが、鬼のリュウグウと呼ばれた男は──すっかり陽気な好々爺として皆に好かれるようになっていた。

 

「なあばあさん、ワシは今幸せじゃよ」

「あの大きなおやしろを建てた時よりも、ですか?」

「うむ……ワシはあの頃気付かんかった……良い家族に恵まれ、良い町に恵まれ、良いポケモンたちに恵まれた……こんなに贅沢な事があるか?」

「きっと他にありませんよ、じいさん」

「……そうやのう……シャワーズもそう思うか?」

「ぷるるるるるー」

 

 新たなヌシは──同感だ、と言わんばかりに甲高く鳴くのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ぱちり、と病院で目を醒まし、リュウグウは起き上がる。

 昔の事が夢に出ていた。しかし、電撃を受けた体が激しく痛む。

 感電傷特有の痣が肌には浮かび上がっていた。

 

「行かんと……いけん……ワシが……シャワーズを……」

「ダメですよ、じいさん……そんな身体で何処に行くの!?」

「シャワーズが危ないんや……ワシが、ワシが力づくでも止めんといかんかったんや……なのに……!!」

 

 彼は今、病室から出ることすらままならない。

 最強のキャプテンも、ポケモンを出すことが出来なければただの人間でしかない。

 だがそんなことはリュウグウには関係無かった。

 今この瞬間も、シャワーズは荒ぶって暴走している。

 それを抑える為に、メグルとユイが戦っているであろうことは想像できる。

 もしも、彼らに止められなければ──もしもシャワーズが町で暴れれば──最悪、彼女が殺されることも考えられる。 

 

 

 

「もう嫌なんや……ワシが生きとるうちに……喪うのは……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:夢幻泡影

”すいしょうのヌシ シャワーズ”


 ※※※

 

 

 

「ヴルルルルルルーッ」

 

 

 

 シャワーズが唸ると共に、泡が浮かび上がる。

 それが地面にぶつかり、弾けると共に電気が走った。

 

「良い? ヌシポケモンは4つの技とは別に、”オオワザ”を持つの」

「オニドリルの時も言ってたなそれ。必殺技みたいなもんか」

「そうね。出すまでに時間がかかる代わりに、周囲も巻き込んで壊滅的な被害を出す技よ。放たれる前に倒すか、放つ予兆が見えた時点で阻止するしかないわ」

「ああ、気を付ける」

「あたしも、あのシャワーズと直接やり合うのは初めてだから……お父さんから聞いた知識しかないのよね」

 

【シャワーズ(サイゴクのすがた)<????> ひょうすいポケモン タイプ:電気/エスパー】

 

 何かの要因でタイプが”上書き”されていることをメグルは確信する。

 加えて、リュウグウの言っていた首輪は確かに目視で認めることが出来た。そこには奇妙な宝石が埋められている。

 

「やっぱ電気タイプになっているのね?」

「ああ。電気技は今のあいつには通用しない」

「シャワーズを倒す必要はないわ。効率から考えても、あの首輪の破壊を最優先よ」

「となると、作戦があるんだな? キャプテン代理さんよ」

「ええ。当然あたしが楯になるわ。君のポケモンは後ろから援護をお願い──!」

 

 ユイがボールを投げると、ランターンが飛び出す。

 

「特性”蓄電”で電気技無効か……! 成程考えたな!」

「ッ……何処まで通用するか分からないけど、シャワーズの放つであろう技は全部、ランターンで受け止められるんだから!」

「逆に言えば、ランターンがやられたら一気に苦しくなる、か」

「だから──そうならないよう頼むわよ。異世界のポケモントレーナー君!」

「プレッシャーが重いなあ!!」

 

 べちんっ、と音を立ててランターンが尾びれで地面を叩き、跳ね上がったかと思えばシャワーズに飛び掛かる。

 

「──薙ぎ払いなさい!!」

 

【ランターンの ハイドロポンプ!!】

 

「ッ!?」

 

 強烈な水流がシャワーズを襲う。

 更に、畳みかけるようにしてランターンを飛び越えてオドシシが角をシャワーズに見せつける。

 

「眠らせろ!! 催眠術だ!!」

 

【オドシシの さいみんじゅつ!!】

 

 目玉の如き角がシャワーズに突きつけられた。

 しかし、それを見る前に──シャワーズの身体が音を立てて溶解する。

 

「んなっ!?」

 

(そうか、シャワーズの身体の細胞の成分は殆ど水と同じ──液体になることで逃げやがった!!)

 

 流体となって地面を流れるシャワーズ。

 その身体は再び、獣の姿へと再構築されていく。

 ただでさえ当たりにくい催眠術は、今回は更にアテにならないとメグルは確信する。

 見ると──首輪に取り付けられていた石はと言えば、流体となったシャワーズの中に守るようにして取り込まれたままだ。スライムの中に入れられた玩具のように。

 

(もしかして、手放そうと思っても、自分では手放せない状態なのかアレ……)

 

「ああもう、これがあるから厄介なのよコイツ! 流体になる性質を生かして攻撃を避けるんだから……!」

「ぷるるるるるー」

 

 シャワーズの目が妖しく光る。

 周囲の空気が冷たくなり、唇が乾いていくことにメグルは気付く。

 急速にランターンの周囲の空気が冷えていき──冷気が収束した。

 

「これってまさか──フリーズドライ!?」

 

 急速に体組織が冷却されたことによって藻掻き苦しむランターン。

 水に適合した身体を持つポケモンにとって、体そのものを急速に冷凍するフリーズドライは、氷タイプでありながら効果抜群となる技だ。

 

「シャワーズってフリーズドライを──いや、覚えないよな!? リージョンフォームで氷タイプ持ってるからか……!?」

「マズいわね……! 有効打を持ってたなんて……リュウグウさん、1年の間に覚えさせたでしょ……!」

 

(シャワーズの特攻を加味しても、ランターンは後1発フリーズドライを耐えられればいい方か? 抜群だし、多分次は無い……!!)

 

 今ので確実にランターンの体力は半分以上削られただろう、とメグルは判断する。

 となれば壁役の後ろからメグルがサポートするのはかなり難しい。

 しかし、シャワーズは最早待つつもりなどない。するする、と周囲を凍らせて滑るようにして移動しながらランターン、そしてオドシシの周囲を舞い続ける。

 そうしている間に、おやしろには大きな泡が浮かび上がっていた。

 

「マズい!! オオワザ来る!! 泡を壊して!!」

「オドシシ、踏みつけだ! 踏みつけて泡を壊せ!!」

「ランターン!! 放電──はダメだから、10万ボルト!!」

 

 1つ。また1つ、と泡を叩き割っていく。

 しかし、とてもではないが全ての泡を破壊出来る様子は無い。

 

【野生のシャワーズの──】

 

 

 

「──ヴルルルルルーッ!!」

 

 

 

 浮かび上がった泡が次々にオドシシとランターンに纏わりつく。

 

 

 滑りを帯びた泡は体中を滑らせ、オドシシは体勢を崩してしまう。

 

「伏せて!!」

 

 泡に塗れて転び、動けない2体目掛けて──シャワーズが薙ぎ払うようにして激流のブレスを吐き出す。

 

(まずっ、死──)

 

 

 

【──むげんほうよう!!】

 

 

 

 

 それは、ランターンの放ったハイドロポンプとは比べ物にならない勢いだった。

 オドシシの身体もランターンの身体も軽々と吹き飛ばされ、木々にぶつかり、地面に倒れる。 

 むげんほうよう──それは、無数の泡で相手を惑わせ、拘束している間に本体が最大威力の水のブレスを放って葬り去る技だったのである。

 ばきばきばきぃ、と木が折れる音を聞いたメグルは起き上がり、オドシシが倒れていることを視界に認めた。瀕死状態だ。

 

「っ……おい、おいおいマジかよ……!!」

 

 ただの”水”と侮っていたところがある、とメグルは認識を改めざるを得なかった。

 水圧を上げれば岩さえも抉る、それが水だ。刃にも、大槌にも、大筒にも変化する。変幻自在。それが水だ。

 ぞっ、とする。今の一撃を人が喰らえば、ただでは済まない。タガが外れたヌシの攻撃だ。体が原型を留めていれば良い方だろう、と考える。

 

「相変わらずヤバい技だわ、むげんほうよう……ランターンの残りの体力が全部削られた……!!」

「……戻れオドシシ!」

 

(確かに()()()()の名に相応しい恐ろしい技だ……! 泡が追尾してくるから、先に割らなきゃどの道ブレスから逃げられないってわけか……でもあんな数の泡、どうやって割れば……!?)

 

(考えろ。考えろ考えろ! シャワーズを倒す必要はないんだ、あの首輪さえ壊せればいい! だからむしろ──此処からが本番だろーが!)

 

「行け、イーブイ!!」

 

 首輪一点狙いならば、むしろこちらの方が手っ取り早い、とメグルは判断する。

 身体の小さいイーブイならば、シャワーズの懐に潜りこんで戦うことが出来るはずだ、と。

 

「狙いはヤツの首輪だ! 気合入れてけよ!」

「プッキュルルル!!」

「ッ……頼むわ、レアコイル!!」

 

 その横にはレアコイルが並び立つ。

 

「”トライアタック”!! 狙撃するのよ!!」

 

 電気、氷、炎、3つの力を帯びたエネルギー弾を放つレアコイル。

 それは地面を跳ねながらシャワーズ目掛けて的確に飛んで行く。

 しかし、再び身体をどろどろに溶かし、その攻撃を躱すシャワーズ。

 流体、個体に自在に変身できる相手に遠距離技は通用しない──

 

「──普段より5割増しで動きにキレが増してる……だけど!」

「誘導できればこっちのもんだ! スピードスターッ!!」

 

 ──流体状態を解除した瞬間に、飛びあがったイーブイが必中の星型弾を放つ。

 それは吸い込まれるようにしてシャワーズの首輪に全て命中した。

 バチッ、バチッ、と紫電を放ちながらシャワーズは「ヴッ」と苦しそうな声をあげて地面に転がる。

 回避と攻撃の間の隙を狙った集中攻撃。それに対して不意を突かれたのだろう。

 しかし。

 攻撃を受けた首輪の宝石が妖しい光を放つと──その身体は再び電気に包まれていく。

 

「ヴッルルルルルルーッ!!」

 

 喉の奥から唸るような声と共に、その身体から電気が放出されていく。

 技の領域にまでは昇華こそされておらず、暴走の苦しみから捻り出されたものではあったものの、それは辺りを強烈に打ち鳴らし、そして焦がしていく。

 

「ダ、ダメだ、これじゃあ近付けない……!? ってイーブイ!?」

「ケッ」

 

 苛立ちを隠せない様子で毛玉を地面に吐くイーブイ。

 その雷を華麗なステップ回避で躱した後、ぴょん、と飛び上がると木の幹に跳ね返るようにして──シャワーズの頭目掛けて頭突きを見舞う。

 

「ヴッ……!?」

 

 怯んで仰け反るシャワーズ。

 気に食わないと言わんばかりに睨みつけるイーブイ。

 試練の後に気圧されていたのは何処へやら、その視線は喧嘩の相手へと向けるものへと変わっていた。

 あるいは──矜持も誇りも無く暴れるヌシポケモンに、向ける畏怖など無いと言わんばかりだ。

 

(体を張って、活路を見出してくれたのか……!?)

 

「……そうだな。ビビってらんねーよな。俺はポケモントレーナー……お前はそのポケモンだ。目の前の相手を、先ずは倒すことを考えれば良いよな!」

「プッキュルルルッ!」

「電光石火だ! お前の頭の硬さなら、ブチ抜ける!」

「プッキュイ!!」

「……援護よ、レアコイル!! トライアタックでシャワーズを撃って!!」

 

 じり、じり、と後ろ足で踏ん張りながらも慣れない電撃を放ち続けるシャワーズ。

 しかし、背中にトライアタックの弾幕が当たったことで体勢を崩してしまう。

 そこにイーブイが首元に潜りこみ、首輪の宝石目掛けて再び頭突きを見舞い、離脱する。

 目視出来る程に、既に宝石にはヒビが入りつつあった。

 

「ッ……よし、このままのペースで行けば──壊せる!!」

「ヴルルルルルルーッ」

 

 しかし。

 最早シャワーズもなりふり構ってはいられないのだろう。

 その周囲に再び泡が大量に浮かび上がった。

 ”むげんほうよう”──オオワザの構えだ。

 泡がこちらに向かってくるまでに時間は掛かるとはいえ、泡はこちらを絡めとる罠であり、そしてシャワーズまでの道を塞ぐ盾となる。

 

(だからこそ、いっぺんに全ての泡を叩き割る必要がある──高火力のポケモンで高威力の範囲技で泡を全て吹き飛ばす!)

 

「メグル君、イーブイを伏せさせて! レアコイルの放電で一気に泡を全部割る!」

「りょーかい!! イーブイ、引っ込んでてくれ!」

 

 フルチャージの放電を放つべく、ユニットを回転させて発電し続けるレアコイル。

 しかし、今度は一気に周囲の温度が下がる。

 

「ッ!?」

 

 ぎぎぎ、と発電のために回転していたユニットの動きが止まる。

 シャワーズがレアコイルの周囲に冷気を集中させたのだ。

 急激に冷やされたことで霜が浮かび上がり、表面が凍り付いてしまう。

 そして──そのまま発電を担っていたU字磁石の動きは完全に停止してしまうのだった。

 

(”むげんほうよう”はレアコイルの放電で倒したって聞いたけど……! リュウグウさん、まさか対策を──)

 

【野生のシャワーズの──】

 

(技ですらないけど……他のポケモンならいざ知らず、()()()()()()()()()()()()()くらいなら出来る……ってことォ!?)

 

「おい、どうしたんだ!? 放電は──!?」

「ダメ! 阻止された! レアコイル!! もう良い!! トライアタックでシャワーズに狙いを定めて!!」

 

 既に水ブレスのチャージの態勢に入ったシャワーズ目掛けて弾幕を放つレアコイル。

 しかし、そこまでに続く道は大量の泡が楯となり、受け止められてしまう。

 もしも今のシャワーズが水タイプだったならば、10万ボルトの一撃で怯ませることが出来ただろう。

 だが、現在の彼女は電気タイプ。10万ボルトは通らない。そして、トライアタック程度の威力ならば泡で受け止めてしまう。

 ヌシのオオワザを破るのは──決して簡単ではない。

 

 

 

──むげんほうよう!!

 

 

 

 大量の泡が付きまとうようにしてレアコイルを、そしてイーブイを取り囲む。

 

「マズい、電光石火で避けろ!」

 

(って、アニメではやってたけど出来るのかよ!?)

 

 流石にそこは俊敏なイーブイ。

 飛んでくる泡を掻い潜るようにして避けていく。

 しかし──死角から大量にのしかかるように飛んできた泡から逃れることは出来ない。

 

(ヌシってマジでバケモンじゃねえか……! あんなの、大量のドローン兵器を一括で操ってるようなもんだろ……!?)

 

 メグルも、そしてユイも、大量の泡に阻まれ、最早2匹をボールに戻すことさえ叶わない。泡は破裂する度に新しいものがくっついていき、遂には完全に身動きがとれなくなってしまう。崩れたおやしろは、大量の泡で溢れており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 だが、それは──シャワーズの放った水の柱に、一薙ぎで壊されるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:覚醒

 ※※※

 

 

 

 ──部屋には、小さい頃に買ってもらったポケモンのぬいぐるみを置いており、机にはモンコレが未だに置かれている。

 彼らが画面の中に居ることが生き甲斐だった。 

 

「さーて今日も自転車こぐかー」

 

 いつからだろうか。ポケモンを数字でしか見られなくなったのは。

 ポケモンの名前を聞くと種族値の並びが浮かび上がるほどになってしまったのは。

 ポケモンを「強い」「弱い」だけでしか考えられなくなってしまったのは。

 

(このゲーム、結局行き着く先は対戦だからなー、仕方ないんだけどなあ)

 

 と言いながら、何匹ものタマゴを生ませ、個体値が悪ければ逃がしを繰り返す作業。

 対戦も好きなのだ。強いポケモンが作れなければ勝てない。

 厳選作業も何時の間にか「そういうものだ」と割り切っていた。やはり彼らは数字の羅列でしかないのかと考える。

 

(……お前らに会えたら……お前らが”生きてる”って思えるのかもなあ)

 

 だなんて言っていたら、ポケモンLEGENDSアルセウスが発売されて。

 ヒスイ地方に息づいている彼らは本当に生きているようで。力強く、そして恐ろしくて。

 あまりにも解像度の高い敵意を向けてくるポケモンのリアリティに度肝を抜かれて「やっぱ虚構で良いや」と思ったのはさておき──やはり確信したのだ。

 ポケモンは”居る”のだ、と。

 

 

 

(もしポケモンが居たら俺は──そいつらを連れて、広々とした大地を駆け巡って──何処までも、行けそうな気がするんだ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……痛たたた……」

 

 

 

 タガの外れた無差別射撃が泡どころか周囲をまとめて薙ぎ払ったのが見えたっきり、記憶がぶつ切りになっている。

 自分もまた、余波で吹き飛ばされていたことに起き上がったメグルは気付いた。

 

(なんてヤバい攻撃だ……こ、こいつを山の下に降ろすわけにはいかない……降ろしたら町もブッ壊されるぞ……!?)

 

 周囲を見渡すと、木々は倒れ、おやしろの残骸は散乱していた。

 下手人であるシャワーズの姿が見えない。

 そこに仰向けになってユイがぐったりとしているのが見えた。レアコイルが3機バラバラになって転がっている。

 

「ッ……皆……! いっ……」

 

 メグルは足を抑える。

 吹き飛ばされた所為で足をケガしたのである。

 ズボンは破けており、そこから赤いどろどろが流れている。

 起き上がり傷を庇った途端に──倒れた木の上に──ボロ雑巾のようにイーブイが引っ掛かっているのが見える。

 そして、それを捕食せんとばかりにシャワーズが近付いているのが見えた。

 

「やめろ!!」

 

 思わず声が出ていた。

 びくり、と声を震わせてシャワーズがこちらを睨む。

 その目は最早正気を失っているとしか思えない程かっ開かれている。

 首輪の宝石はヒビこそ入っているものの、砕けるには至っていない。

 

「手を出すな……!!」

 

 イーブイの入っていたボールを向けようとした途端、腕が動かない事に気付いた。

 周囲の空気が冷たい。

 身体が──凍り始めていることにメグルは気付いた。

 

(ッ……野ッ郎……!! 身体が動かねえ……!?)

 

 前足でイーブイの顔を押さえつけるシャワーズ。

 その口が開かれる。

 きぃぃぃん、と甲高い音が聞こえてきて、メグルはゾッとした。

 動けないイーブイ相手に、あの極大威力の水ブレスを放つつもりなのだ。

 

「やめろ!! やめるんだ!! シャワーズ!!」

 

 もし至近距離で受ければ──水圧で身体はバラバラになるだろう。

 だが最早シャワーズに理性のタガは無い。

 敵対した相手を徹底的に叩き潰す意思だけで動いている。

 

「そいつは、相棒なんだ……!!」

 

 聞く耳を持たない。

 

 

 

 

「──逃げろ、イーブイッ!! 殺されちまうぞーッ!!」

 

 

 

 ぴくり、と耳が動いた気がした。

 しかしもう間に合わない。

 手を伸ばそうとしても、伸びない。

 

「ッ……イーブイ!!」

 

 

 

 

「──ぶろろろろろッ!!」

 

 

 

 太鼓が響くような音が周囲に鳴る。

 

 

 

 水ブレスは放たれなかった。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 それを阻止した影が、立ち塞ぐようにしてシャワーズの前に現れる。

 そのポケモンの名前を──思わずメグルは呼んだ。

 

「シビルドン……!」

 

 先程、リュウグウを山の下まで運んだユイのシビルドンだ。

 衝撃を流体となって受け流したことで、水ブレスのチャージは不発に終わる。

 再び電気を放つシャワーズだが、電気タイプのシビルドンには通用しない。

 そればかりか──その傍には、ふらふらになりながら主であるユイが立っている。

 

「……あーあー、無様。本ッ当に無様」

 

 頭から血を流し、びしょぬれではあるが──確かに彼女は立っていた。

 「まだ戦える」「むしろここからだ」と言わんばかりに。

 そればかりか、歯を強く喰いしばり、怒りを滾らせている。

 

「こんな有様で、キャプテンがどうこうだとかよくも言ってたわね、本当に……我ながら自分への甘さに反吐が出る……!」

「ユ、ユイ……!?」

「ッ……何だかすっごく腹が立ってきたッ!! やられ放題のあたしがッ!! ちょっと負けたくらいでうじうじしていたあたしがッ!!」

 

 シビルドンが鼓舞されるように腕を振り上げる。

 トレーナーとポケモンの精神状態は──間違いなくリンクしている、とメグルはこの時確信した。

 トレーナーが奮い立てば、ポケモンもまた奮い立つのだ。

 

「覚悟は良い? あたし達のパッションで、ショートさせてやるんだからッ!!」

「ぶろろろろろろろッ!!」

「──腕に10万ボルトを纏わせて!! 格闘戦なんだからッ!!」

 

 巨大な腕に電気を纏わせ、シビルドンは次々に打つ、打つ、打ち続ける。

 それを流体となって躱し続けるシャワーズだが、流体状態は長い間維持することが出来ないのか、とうとうその攻撃を喰らってしまう。

 当然、効果はいま一つだが──構うことなくシビルドンは押し続ける。

 

(実は理屈とか考えずに押せ押せのストロングスタイルが一番合ってたのか!? 迷いがあるから、力を十全に出せなかったのか……!)

 

 とうとう抑え込めぬと言わんばかりに再び大量の泡を浮かび上がらせるが──それはシビルドンが電気を纏わせた尾で薙ぎ払い、消し飛ばしてしまう。

 泡が拡散する前に、全て消してしまえば、シャワーズも水ブレスをチャージする余裕などない。

 そもそも、シビルドンの技ですらない攻撃でチャージが途切れる程デリケートな集中を要する水ブレスだからこそ、相手を泡で拘束しなければならなかったのである。

 

「オオワザはこれで見切った!! 初動で接近して泡を薙ぎ払い、あんたに水ブレスを撃たせないッ!!」

 

(こ、こええー……今後とも怒らせんとこ)

 

 とはいえ、ユイの表情は既に怒りだとか諸々でガンギまっており、直視するに堪えない。

 彼女の強さの一端を思い知るメグルだった。

 オオワザを打ち消され、空振りに終わり──シャワーズに残るのは強烈な疲労だ。

 そこに大きな隙が産まれる。

 シャワーズの身体から電気のオーラが消えていく。

 

【シャワーズ ひょうすいポケモン タイプ:水/氷】

 

「タイプが戻った……!? ダメージを受けたら解除されるのか!?」

「今のうちにイーブイを回復させなさいッ!! 早くッ!!」

「ッ……ああ、分かった!!」

 

 最早ボールに戻すのも惜しい。ダメージを受けた状態で長い間が立ち過ぎている。

 ユイがげんきのかけらをメグルに投げて渡す。 

 時間が経ったからか、凍えていた身体も元に戻り、メグルは走り出す。

 

(イーブイ、俺は確かに元の世界に戻りたいけどよ──お前が倒れた時に確信したんだ)

 

 例えその先に終わりがあっても。

 否、終わりがあると確信しているからこそ。

 メグルは──ポケットの中の夢に、元気を託すべく駆ける。

 

 

 

(──今は、お前と一緒に……旅をしていたいッ!!)

 

 

 

 黄色い欠片をイーブイに押し当てる。 

 それが霧のように散り、降りかかった。

 瀕死だったイーブイだったが、その身体に再び熱が帯びていく。

 ぱちり、とその目を開ける。

 

「プッキュルルルル!!」

 

 流石は闘争心の塊と言ったところか。

 此処が戦場であることを思い出したかのように、イーブイは再びその場に立つ。

 そして、自らを地に着けた「強敵」を前にして吼えてみせるのだった。

 

(シビルドンとシャワーズの実力は互角──いや、シャワーズがむしろ押している……だから、此処の最後の一押しが重要になってくる)

 

 しかし、今のイーブイの体力では下手に戦っても返り討ちにされるだけだ。

 それほどまでにシャワーズの放つ電気は、水は、そして冷気は脅威となっている。

 

(何か使えそうなものは──)

 

 思わず鞄を漁った。

 イーブイもそれを座して待つ。

 主ならば、この状況を突破する一手をそこから編み出すと信じて。

 鞄をまさぐるうちに──メグルは、とてつもなく熱くなっている何かが入っていることに気付く。

 

(何だ!? スマホが壊れてバッテリーが熱くなってんのか!?)

 

 と思い取り出すと──それは宝石だった。

 さっき、アルカから貰った「O」の印字がされたものだ。

 触れると熱い。火傷をするほどではないが、まるで生命の如き脈動を感じさせる。

 そしてそれに反応するように、ズボンのポケットに入れていた”まもりがみのはね”が熱を持つ。

 

「ッ……まさか……そんなことは無いよな……!?」

 

 透明な羽根。そして宝石。

 一見、何の関連性も無いものであり、役に立つようには見えない。

 しかし。それは2つ揃った時、確かに共鳴したのである。

 

「ヴルルルルルーッ」

 

 シャワーズが再び咆哮する。

 見ると、今度はシビルドンが泡塗れになっており、拳を撃つこともままならなくなっている。

 ずるずると滑り、シャワーズに近付くことさえできない。

 その隙を見計らってか、今度こそシビルドンを仕留めるべくシャワーズが周囲に泡を浮かび上がらせるのが見えた。

 

(なーにがオオワザだ!! 全部オメーの匙加減じゃねーか!! 連発する上に学習までしやがって!! Zワザは1回しか使えねーんだぞ!!)

 

 悪態を内心で吐く間にメグル達の周囲にも泡が浮かび上がる。

 最早万事休す、と思われたその時だった。

 

 

 

「──プッキュルルルルル!!」

 

 

 

 羽根が突如メグルの手から飛び出す。

 それが霧のように散ったかと思うと──イーブイの身体に何かが覆いかぶさった。

 

「ッ……何だ!?」

 

 光だ。

 光が周囲を包み込む。

 

「まさか進化……ッ!?」

 

 そうメグルが呟くも、イーブイの姿()()()()()は変わる様子が無い。

 しかし、イーブイの様子は変容していた。

 周囲には木の葉が舞い、イーブイの目は翠に輝いている。

 そして、その背中には羽根の形をした光が浮かび上がっていた。

 

(シャワーズと同じ……!? 一時的なパワーアップ……!? 暴走……!?)

 

 直感だが、そう感じとる。

 形容しがたいオーラをイーブイは身に纏っていた。

 

 

 

【イーブイ<??????> しんかポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 しかし、理屈ではない。理論でもない。

 チャンスはこの瞬間だけだ、と確信する。

 何故ならば、イーブイは一瞬だけこちらを振り向いてみせたからだ。

 イーブイも「行けるよ」と言っているようだった。

 

「ポケモンで勝つ方法──()()()で、()()()()()で、尚且つ()()()()の技をぶつける。その()()()()()()が難しいんだけどな」

 

 にやり、とメグルは気付けば笑みを浮かべていた。

 

 

 

「……そのチャンスが来たなら、ぶつけない理由は無い! たっぷりお返ししてやれ、イーブイッ!!」

 

 

 

 その叫びと共に──イーブイは咆哮した。

 木の葉が嵐となって吹き荒れる。

 

 

 

【イーブイの──】

 

 

 

 危機を感じ取ったシャワーズはすかさず、シビルドンに集中させていた泡を全てイーブイに向ける。

 しかし、その泡は全て霧となって消え失せる。

 

 

 

 

──リーフストームッ!!

 

 

 

 

 翠の嵐が──シャワーズを包み込み、吹き飛ばす。

 おやしろを漂う泡も、そしてシャワーズを縛り付ける妖しい宝石も、全て消し飛ばす。

 

「すごい……!」

 

 ユイも思わず声が漏れていた。

 背を押したメグルでさえも言葉を失っていた。

 そのままぐるぐると嵐に巻き込まれて宙を舞っていたシャワーズだったが──地面に叩きつけられ、遂にダウンしたのだった。

 

 

 

【効果は抜群だ! 野生のシャワーズは倒れた!】

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「やった……」

 

 

 

 

 イーブイの光の羽根が消え去る。

 シャワーズの首輪の石は砕け散り、もう荒ぶる力も感じられない。

 確かに成し遂げたのだ、とメグルもユイも顔を明るくする。

 一方、最後の一撃を決めたイーブイはと言えば、へとへとになってしまい、その場で「ぷきゅー」と息を漏らしながらへばっているのだった。

 

(何だったんだ今のは……でも、とにかく勝てた……!)

 

「そうだ、メグル君。シャワーズの様子を──」

「ああ、手当してやらないと」

 

 シャワーズもまた、激戦でケガをしているのが見える。

 すぐさま治療すべく、メグルとユイは駆け寄ろうとした、その時だった。

 

 

 

「此処まではよくやってくれた」

 

 

 

 空から、声が聞こえてきて、二人の進路を阻んだ。

 思わず足を止める。

 長い鼻の赤い仮面で顔を覆い、素顔は伺い知れない。

 山伏のような服に身を包んだ姿はさながら──メグルの元居た世界でもよく知られる妖怪・天狗を思わせる。

 そんな怪人物が何人もその場に降り立つ様子は、異様の一言。 

 何者だ、と問う余裕も無く、彼らの方から名乗ったのだった。

 

 

 

「──我々、テング団の為に働いてくれたこと……感謝するぞ。若きトレーナーたちよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:”テング団”

「──何だ……!? あんた達は……」

「シャワーズのオーラを回収しろ」

 

 

 

 

 正面に立った天狗が言うと共に、後ろに居た天狗たちが動けないシャワーズに寄って集る。

 その様子を見るに真っ当な集団では無いと判断したユイは「何よあんた達!! 無礼よ!! 此処を何処だと心得るの!!」と切ってかかる。

 

「……無礼は承知。このポケモンには我らの目的の礎になって貰うだけの事。何、少しだけ力を貰うだけよ」

「貰う!? 勝手に何を言ってるの──!?」

「──手伝ってくれたのはお前達の方だ、少年、少女。見事にヌシを()()()()()()()

「ッ!?」

 

 その言い方は──まるで、シャワーズの力を欲していながら、その暴走さえも勘定に入れていたとでも言わんばかりだった。

 

「……特に少女。お前の所のサンダースには同胞が世話になったのでな」

「同胞……!?」

「なんせ、先ではオニドリルをぶつけても弱らせはしたものの、オーラ回収に出向いた同胞が1人、大怪我をしてな」

「ッ……まさか。あのオニドリルを嗾けたのは──」

「そうだ。全て、サンダースからオーラを頂戴するためよ。ヌシと呼ばれる個体は我らを異物とし、激しく抵抗するからな。オマケに力が強大すぎる」

 

 全てが繋がった。

 あのリージョンフォームのオニドリルは、そもそもテング団を名乗る彼らの所有していたポケモンだったのである。

 

(にしちゃあ、捕まったよなアイツ……モンスターボールに入れてなかったのか?)

 

 というメグルの疑問はさておき、激怒したのはユイの方だった。

 

「……キレたわ。()()()()()()()()()()()()()()()、全部あんた達の仕業ね!」

 

 ユイは目を見開き、シビルドンがその背後からぬるりと天狗の男たちに飛び掛かる。

 這いずり回りながら、電気を帯びた腕を振り回し、そのまま殴りかかろうとするが──

 

「……邪魔をするなら、容赦はしない。行け、ダーテング」

 

 

 

【ダーテング(???の姿) からすてんぐポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 ──それを受け止めるようにして現れたのは、天狗の如きポケモン・ダーテング。

 その顔は黒い仮面で覆われており、メグルの知る姿とは異なる。

 そして、葉で出来た団扇のようになっていた両手は、鳥の羽毛のようになっている。

 団扇はシビルドンの腕をいなすと、地面へと流す。

 

「ッ……! こいつ、強い……!?」

 

(なんか黒っぽいから悪タイプは残っているとして……飛行タイプが付いた……ッ!? ダメだ、一発でタイプが判別出来ない……!)

 

「何安心しろ。命を獲るわけじゃあない。我々は……おやしろを破壊するついでに、ヌシから少しだけ頂くのだ。()()()()()

「オーラ……!? 何言ってんの、そんなよく分からないものにわざわざヌシ様達やおやしろを傷つける価値があるっていうの!?」

「ある!!」

 

 天狗の男は断言した。

 それと共に、シビルドンはダーテングに組み伏せられてしまう。

 見るとシビルドンの身体が緩み、ぐったりしているのが分かった。”ねむりごな”を吸わされたのだ。

 格闘戦で歯が立たないことを察したユイは、眠った相棒をボールに戻す。敵は──強い。

 

 

 

「──サイゴクの地に、サイゴクに住まう者に、サイゴクのポケモンに、仇名す理由が……我らにはある!!」

 

 

 

 高らかに宣言する天狗の男の後ろでは、今もシャワーズに妙な石を翳している男たちの姿がある。

 下手をすればシャワーズそのものに危害を加えられかねないと考えたメグルは、最早この状況で自分が出来ることは一つでも相手から情報を引き出すことだと察する。

 

「その理由は何だ?」

「……。……おやしろなどという下らぬものを破壊し、ヌシの力を全て我らの下に置く。それこそが、我らがサイゴクをひっくり返す第一歩よ」

 

(意図的に反らしたな、回答を……微妙に分からね)

 

「世界征服でもしようってのか? 今時古臭いと思うんだけどな」

 

 メグルは前に進み出る。

 

「覚えておけ、少年。これは我らの悲願。征服などという温いものではないよ」

 

(……ンなもんお前達の匙加減だろ)

 

「それよりも──我々はそこの少年に用があるのだ」

「……俺?」

「……オージュエルは何処で手に入れた? オーパーツの製法は? 誰からオーライズの事を教わった?」

「いきなり知らねえ単語出すんじゃねえよ」

 

(オー……ジュエルって、あの宝石か? んで、それはともかくオーパーツとオーライズって──何の事だ? もしかして、さっきのイーブイに起こった変化?)

 

「……すっとぼけるつもりなら、実力行使だ。お前の持つオージュエルなど我らは山ほど持っているから興味も無いが……オーパーツとオージュエルの出所は知らんとな」 

「ジュエルは拾った」

「通らん!! ……サイゴクには無い鉱石だぞ」

 

 言った天狗は懐から団扇を取り出す。そこには「O」と印が刻まれた石が埋め込まれていた。

 そして、ダーテングの腕には──稲光を放つたまが鎖で縛られている。

 

(俺の持ってる宝石と同じ──!?)

 

 

 

「──吐かぬなら、吐くまで嬲れば良いだけの話。……ダーテング、オーライズッ!!」

  

 

 

 「O」の刻印が光り輝く。

 それと共に、ダーテングを取り囲むようにして光の輪が現れ──ぎゅっと縛りつける。

 そして、ダーテングの身体は黒い稲光を放ち、おやしろを明るく照らす。

 

【ダーテング(???の姿)<AR:サンダース> からすてんぐポケモン タイプ:電気/エスパー】

 

「ッ……変身した……!! シャワーズの時みたいに暴走したの!?」

「過剰にオーラを注げば暴走するだろう! だが、適量ならば……このように、ポケモンにオーラを纏わせることが出来る!!」

「まずい……今のあたし達に勝てる相手じゃない……!!」

「……ッ」

「──さあ吐け。吐かぬと、シャワーズ諸共全員黒焦げであるぞ」

 

 はったりではない。

 その稲光の恐ろしさは、ユイもメグルも熟知している。

 先のシャワーズが纏っていたものと同質。ヌシのサンダースが持つそれと同じだ。

 じりじりと近付くダーテングに、メグル達は何もすることが出来ない。

 

(かと言って、こいつらに変な古物商から貰ったって言ったって……信じて貰える風には見えないよなあ!?)

 

 何より、あのアルカという少女に足が付くのがメグルには嫌だった。

 彼女に危害が及ぶ可能性がある。

 

(……待てよ。そもそも何であの子、このオージュエルとかいう石を持ってたんだ……?)

 

「さあ、吐け。吐くのだ──」

 

(そんな事考えてる場合じゃねえ!! 命の危機!!)

 

 イーブイは未だにへばっており、起き上がる気配なし。

 手持ちを出そうとすれば、その瞬間に電気が二人を襲うだろう。

 とにかく時間稼ぎをしよう、とメグルは口ばしる。

 

「……電気タイプの力が使えるなら、こんな回りくどいことをしなくても、それでシャワーズどうにか出来たんじゃ──」

「オーライズに関する実験も兼ねていたのだ。ヌシも弱らせ、おやしろも破壊出来、我らは危険な戦いをする必要が無い。一石三鳥だ」

「ッ……やっぱお前ら気に食わねえわ」

「遺言はそれか?」

 

 キィィ、と音が鳴る。

 ダーテング達が電撃を放つべく団扇をメグルに向ける。

 万事休すと思われた──

 

 

 

「──寄って集らんと力も誇示出来んとは。さもしい連中よのう」

 

 

 

 その時だった。

 水を纏った何かが目の前を横切る。

 怯んだダーテングは、すぐさま乱入者に飛び掛かるが、跳ね除けられてしまった。

 打ち据えられ、地面に転がり、大きくダメージを受けたようだった。

 

「チッ……”カウンター”か……!! ……貴様、何者だ」

「何、ただの老いぼれキャプテンじゃよ」

 

 メグル達は息を呑む。

 そこには──病院に運ばれたはずのリュウグウが立っていた。

 そして、ダーテングに襲い掛かったのはラグラージ。ぬまうおポケモンにして、ホウエン地方の最初のポケモン・ミズゴロウの最終進化系だ。

 

(水御三家はいっぱいいるけど……よりによってラグ!? リュウグウさんのポケモン、強いヤツしか居ねえ……!!)

 

 メグルからしても対戦でも幾度となく使い、そして使われたポケモンだ。

 水・地面タイプという構成は草タイプしか弱点が存在しない上に、火力、耐久、そして覚える技のレパートリーの全てが優秀な優等生だ。

 そして同時に、種族値上では──御三家(各地方で最初に貰えるポケモン)の中では、最も数値が大きい。

 つまり見方によれば、ラグラージを”水御三家最強”とするトレーナーは一定数存在する──とされている。

 そんなポケモンを、ただでさえトレーナーとして貫禄のあるリュウグウが使っているのは、まさしく鬼に金棒であった。

 

「ひとつ問おう……なにゆえ、サイゴクに仇名す」

「答える義理は無い」

「ならば、こちらからも話すことは何も無い」

 

 かつん、とおやしろのあった場所に杖の音が響いた。

 

 

 

──ただちに去ね

 

 

 

 ぞくり、とメグルは背筋が凍る。

 今まで聞いた事が無いほどにドスの効いたリュウグウの声だった。

 まさに一触即発。此処で激戦が巻き起こると思われたその時。

 

「……シャワーズのオーラ、回収しました!!」

「──撤退だ。目的は全て果たした」

 

 ひゅん、とひとっ跳びで彼らは木の上に登る。

 天狗たちはダーテングを連れ、その場から消えていった。

 リュウグウはそれを追撃する様子も無い。彼の身体を考えると無理もないのだが。

 

「逃げられた……結局、あいつらの好き放題にさせて……何も守れなかった……」

「んな事言ってる場合かよ! シャワーズは!?」

「……そうだった!」

 

 見ると、杖を突きながらリュウグウがシャワーズに近付いている。思わずメグルは彼の肩を支えた。

 とてもではないが、これ以上自力で歩けるようには見えなかった。

 ユイは急いでシャワーズに近付くと、鞄から”げんきのかけら”と”かいふくのくすり”を取り出すのだった。

 ぐったりしている。目は半開きで、意識は朦朧としているようだ。文字通りの瀕死状態で、今すぐ回復させないと命が危ない事が目に見えて分かった。

 

「リュウグウさん、この子の応急手当をするから──あなたはじっとしてて」

「うむ、頼む……」

「つーか、リュウグウさん、あんた病院に運ばれてたんじゃ……!?」

「……バカもん。娘の一大事に……どうして寝ていられるんじゃ」

「抜け出して来たんだな……」

 

 ──しばらくしただろうか。

 意識も朦朧としていたシャワーズは目を開け、リュウグウに向かって申し訳なさそうに鳴くのだった。

 しかし、リュウグウはすぐにそれを抱きしめる。

 

「ぷるるる……」

「おお、おお、よう頑張った……可愛い可愛い、ワシらのシャワーズ……」

「ぷるるるる……」

「お前が生きていてくれれば、それで良いわい……大丈夫、おやしろはまた建て直せばええ。何度でも何度でも、建て直せばええ……」

 

 おやしろは壊れた。

 そして、シャワーズのオーラも奪われた。

 テング団を名乗る彼らに、メグル達は何一つ太刀打ちできなかった。

 しかし──それでも、守れたものが一つあるとするならば、老キャプテンとその大事な一匹の尊い絆である。

 

「勝負は大負けも大負けだったけど……最悪の事態は避けられたと思うぜ」

「……悔しいけど、そうね」

 

 空は──雨あがりのように晴れ渡り、虹がかかっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:雨上がり、地固まる

 ※※※

 

 

 

「……リュウグウさん、結局傷が開いて入院伸びたんですね……」

「ほっほっほ、面目ない」

「本当に、何やってるんですかあなたは……シャワーズちゃんの為とは言え、死ぬかもしれなかったんですよ?」

「ぷるるるー……」

 

 

 ──不機嫌そうな声で鳴くシャワーズに、苦笑いするリュウグウ。

 後日、彼の入院する病室に、メグルとユイは集まっていた。

 その傍らではリュウグウの妻が、彼にリンゴをナイフで剥いてやっていた。

 ユイは今回の出来事をまとめた報告書を書き上げると、リュウグウに手渡す。

 今日集まったのは、先日すいしょうのおやしろで起こった事件を振り返り、今後のテング団に対する対策方針を決めるためである。

 

「今回の出来事は……多分、テング団があの首輪でサンダースのオーラをシャワーズに過剰に注いで、暴走させたことが発端だと思います」

「奴らの目的は、おやしろの破壊。そして弱ったシャワーズからオーラを採取すること、か」

「ずっと見張ってて、シャワーズが弱るのを待ち構えてたんだろうな」

 

 そう考えると胸糞の悪い話だ。

 結果的にシャワーズの命に別状は無かったものの、全てがテング団の掌の上で踊らされていたのだから。

 

「でもよく考えたら、流体になったら首輪からは抜けられるわよね? 自力で外せたんじゃないの?」

「シャワーズは流体になってる時、自分の体の中に首輪を取り込んでいたからな……まるで自分で離したがらないみたいだった」

「身に余る強烈な力に一度溺れれば、手放せなくなる。ヤクみたいなもんや。……可哀想に、シャワーズ。手放したくても首輪が手放せなかったんやろうな」

「……猶更許せないわね、あいつら。絶対こうなる事を分かってて、シャワーズに首輪を嵌めたんだから」

 

 彼ら全員が使えるだけの分のオーラを採取するのに、大分時間を掛かっていたのを見ると、ヌシを弱らせなければいけない点が本当にネックだったのだろう、とメグルは考える。 

 オニドリルによる襲撃も、首輪を使った暴走も、ヌシを弱らせて一緒におやしろを破壊するための手段の一つだったのだろう。 

 前回と今回で、手段が違った点については単なる憶測にすぎないが、オニドリルが現在捕獲されている点を鑑みると──自分達のポケモンにリスクが及ぶ可能性を憂いたのだろう、とメグルは考える。

 

(にしても、この時代にモンスターボールを使ってなかったのもどういう事だ? オニドリルもモンスターボールに入れておけば、捕まえられずに済んだってのに……ヌシポケモンにしては扱いがぞんざいな気もする)

 

 モンスターボールを用いないのは、それこそ昔のシンオウ地方で暮らしていたシンジュ団やコンゴウ団くらいなものだ、とメグルは考える。

 あるいは野生ポケモンであることに意味を持つ「ヌシ」のいずれかだ。

 にも拘らず、彼らはダーテングを使役する際にもボールからは出していなかった。恐らく、ずっと近くで潜伏させていたのだろう。

 そうなるとオオワザを放てるほどに強力な個体であるあのオニドリルを、彼らなら力づくで取り返しに行きそうなものであるが、未だにそういった動きは無いらしい。

 

「分かった事も沢山あるわ。オーライズは、奴らが使うポケモンに他のポケモンのオーラを纏わせて変身させること」

「オージュエルはトレーナー側が持つ道具……カロス地方で言う”キーストーン”みたいなもんなんかのう」

 

(そうなると、オーパーツがポケモンに持たせる”メガストーン”に相当するってことか?)

 

 心当たりは2つ。

 シャワーズの首輪についていた宝石が、サンダースのオーラを込められた”オーパーツ”だったのだろう、とメグルは考える。

 そしてもう1つについて論じる前に、ユイの方からその件について触れてくれた。

 

「それでメグル君のイーブイも、オーライズ出来ていたみたいだけど、あれはどういうことなの?」

「そうやな。いつの間にオージュエルを手にしていた?」

「実は……ユイとリュウグウさんの試合を見に来る前に、石商人を名乗る女の子から貰ったんだ。行き倒れていたところを助けたお礼に」

 

 その時の事を話すメグル。

 石商人を名乗る不思議な少女・アルカ。

 彼女についてはセイランに長く住むリュウグウも知らず、やはりどこかからやってきて旅をしているのだろう。

 行方はあの後眩ませており、分からない。

 

「石商人……発掘物を取り扱う商人やな。コハクタウンに集まっていそうなもんやが」

「偶然にしては出来すぎているわね。もしかしてそのアルカって子、テング団と何か関りがあるんじゃないの?」

「……ありそー。なんか、半ば押し付けられた気がしないでもないんだよなあ」

 

 メグルはオージュエルを取り出し、皆に見せる。

 しばらくそれを見つめていたリュウグウだったが「相分かった。君が持ってなさい」と言うのだった。

 

「良いんですか?」

「君は信用できる若者だからの。その力を無暗に使うことは無かろうて」

 

(あったけぇ……)

 

 リュウグウの期待を裏切ることは出来ないな、とメグルは感じた。

 自分の祖父も病気せずに生きていれば、こんなに頼れる爺さんだったのかもしれない、とふと思う。

 

「……待ってよ。メグル君のジュエルのことは分かったけど、オーライズってポケモンのオーラを纏うんでしょ? じゃあ、イーブイは何のポケモンのオーラを纏ったの?」

「きっと”もりのかみさま”じゃねーかなーって」

「え?」

 

 ぎょっ、とした顔でユイは問いかける。

 正体不明ではあるが、この地方の伝説のポケモンのようなものだ。

 驚くのも無理はない。しかし、メグルの中ではこの仮説はほぼ確定的だった。

 

「”まもりがみのはね”と俺のオージュエルが反応したんだ。オーパーツがポケモンのオーラを纏わせるためのアイテムだとするなら……」

()()()()()()()()()()()ってこと!? じゃあメグル君のイーブイはこれからまもりがみ様の力が使えるってこと!?」

「いや、それが無理そうだ」

「え?」

 

 メグルもそう考えていたのだが、人生そう簡単には上手くいかないらしい。

 

「……実はあの後、何処を探しても何処にも羽根は見つからなくって……あの一回で消えちまったみたいなんだ」

「ッ……え、ええええ……どうして? オーパーツは一回使ったら無くなっちゃうのかしら」

「だとしたら、使う側としては不便な代物だよな」

 

(だけど、テング団の連中を見てるとどうもそうには見えないんだよな……羽根が例外だっただけな気がする)

 

 結局、オーライズそのものについても、オージュエル、オーパーツについても分からない事があまりにも多すぎる。

 そしてサイゴク地方で騒乱を起こそうとしているテング団についても、分からないことが多い。

 しばらく思案していたリュウグウだったが剥かれたリンゴを齧ると「よし」と何かを決意したように呟いた。そして──

 

「ユイ君。念には念を押して、シャクドウに一度戻ってくれまいか」

「え?」

「──とにかく。既にほかのおやしろには、ヌシの保護とおやしろの厳重警備をするように通達しておるわ。シャクドウには代理であるオヌシが居った方がええやろ」

「……あたしで良いんでしょうか?」

「ワシは言ったはずや。シャワーズを止めてくれ、とな。二人がかりとは言え、それを成し遂げたんや。信頼しとるぞい」

 

 それでもまだ、心のもやもやは晴れない。

 ユイは──確かめるようにリュウグウに問いかけた。

 

「……リュウグウさんは、どうやってヌシ様に認められたんですか?」

「さあのう。ワシも先代が親父やったからな。毎日シャワーズと一緒に居た……それだけや。だからハッキリ言って、ワシの生き方なぞオヌシの生き方の何の足しにもならんぞ」

「え?」

「オヌシの人生はオヌシの人生。オヌシはオヌシなりに、サンダースに認められるために精進しなさい。そもそもキャプテンになって終わりやないんやからな」

 

 にっ、とリュウグウは笑ってみせる。

 ユイは思案する。最強のキャプテンであるリュウグウの生き様をもう一度見れば、自分に何が足りないのか分かるような気がしていた。

 しかしそれは間違いだった。何故ならば、彼の生き方はユイの生き方とは大きく異なるのだから。

 

「人生は長い! キャプテンがどうとか関係なく、先ずは日々を胸張って生きなさい! ショウブのヤツも……オヌシが暗い顔しちょると成仏できんやろ」

「……そうですね」

「何。いつかは認めてくれるわい。楽に行こうぞ、こんな時だからこそな」

 

 少しだけではあったが、ユイの肩から力が抜けた気がした。

 キャプテンになるのを焦るあまり、「鉄人」であるリュウグウを真似ようとしていたところが少なからず彼女にはあった。

 

「そんで、メグル君はおやしろめぐりを続けなさい」

「えっ良いんですか?」

「今の君ではどの道テング団には勝てん。奴らに用心しながら、より強くなるんや」

「……確かに」

 

(正直、メイン戦力がイーブイとオドシシなのはしんどいものがある……共同戦線張るのが当たり前だったけど、自力で戦えるようにならねーと)

 

「おやしろめぐりは……残る4つのおやしろを攻略した暁に、アラガミ遺跡の奥の奥にある”めぶきのおやしろ”へ参拝することになっておる。それで一人前や」

「ッ……めぶきのおやしろ……そこに森の神様が居るんですね」

「誰も会ったことはないがのう」

「小さい祠みたいなものだし、キャプテンも居ないわ。強いて言うなら──サイゴクのキャプテン全員の管轄と言ったところかしら」

「でもワシ、オヌシならなんとなーく森の神様にも会えそうな気がするんじゃよなあ。頑張ってくれい」

「っ……はい!」

「とはいえ……厄介な事になる前に──君に、あの妖しい石を渡した怪しい女の子を探しなさい」

「これからテング団の活動が活発化するにつれて、オーライズの事も知れ渡るんじゃないかしら。悪い奴らが使う力として」

 

 疑われるようなことはするべきではないな、とメグルは考える。

 今はオーパーツが使えないため、どの道オーライズする事も出来ない。

 しかし、仮に使えたとしても極力使うのは避けた方が良い、とその場に居る全員が考えていた。

 現時点ではブラックボックスそのものの現象でもあり、何が起こるか分からないからだ。

 それこそシャワーズのように暴走する可能性も高い。

 

「力に、ポケモンに善悪は無い。使う者に善悪があるだけや。それを生かすも殺すもメグル君次第や。最も、ワシは信じておるがな」

「……ありがとうございます」

「ワシはどうせ今は此処から動けん。シャワーズと一緒に、これからどうするか考えるよ」

「ぷるるるるるるー」

「そうね。また無茶しそうになったら全力で止めますよ、ねえシャワーズちゃん」

「ぷるるー」

「うっ……」

 

 ずしん、とリュウグウの上で丸くなり、シャワーズは怒ったように彼を睨み付けるのだった。

 「もう無茶しないでね、おじいちゃん」と訴える孫のようだった。

 

「おお、おお、可愛いワシのシャワーズ。何処にも行ったりせんよ」

「ぷるるるるー」

「やれやれ……ポケモンと奥さんの尻に敷かれるのは何処も同じってことね」

「そうだなあ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「と言う訳で、いったん此処でお別れね」

「……そうなるのか」

「プッキュルルル」

 

 

 

 セイランシティの駅には夕陽が差し込んでいた。

 もうすぐ、電車がやってくる。

 それを見送りたいのか、イーブイも自らボールから飛び出していた。

 

「あんた一人で旅出来るの?」

「教えて貰ったことをちゃあんと覚えておくよ」

「野垂れ死には勘弁してよね。きちっと生きて、また会うんだから」

「分かってる。俺だって元の世界に生きて戻りたいからな」

「プッキュルル」

 

 甲高く鳴くと、イーブイはメグルの頭に飛び乗った。

 「こいつは面倒見るから」と言わんばかりに。これではどちらが保護者か分かったものではない。

 

「なあ、リュウグウさんも言ってたけど……ユイはもっと自信もって良いと思う」

「そうかな。あたし、良い所全然なかったよ?」

「そんな事ねーよ、俺何回も助けられたし、俺一人じゃシャワーズは助けられなかった」

 

 そして何より、鮮烈に目に映っている。

 彼女が本気を出して戦った時の姿は、間違いなく将来キャプテンになるであろうことを確信させるものだった。

 

「シビルドンが合流した後、シャワーズと互角に戦ってた時、すっごく……えーと、なんつーのかな……うまく言えねーんだけど──カッコ良かったからさ」

「っ……」

 

 彼女は目を逸らす。

 顔が赤くなっていたのは、きっと夕陽の所為だけではない。

 

「も、もうっ! あんたは褒めすぎなんだから! 女の子をおだてないのっ!」

「そういうつもりじゃねーんだけど……」

「何? お世辞だったっていうの?」

「違う違う! 本気でそう思ってる、って!」

「うーそーくーさーいーんでーすけーどー?」

「めんどくせ……」

「何か言った?」

「めんどくせ、って言った」

「はぁ!? 何でそんな事言うのよ!」

「そういうところがめんどくせーんだよ!」

 

 一頻り言い合った後──二人で笑い合う。

 このやり取りも、後少しで終わりだ。

 

「っ……はははっ、確かにめんどくさかったわね、あたし」

「でも、すっげー世話になったよ」

「めんどくさいのは否定しないのね……此処から先は、あんたの力で切り開くのよ」

「ああ。俺は──あの石商人を探しだす。テング団の事を知ってるかもだし……もしかしたら、奴らが”世界の危機”ってヤツに関係してるかもだしよ」

「言えてるわね。あいつら、何か大それたこと考えてる」

「ああ。世界の危機なんてモンに発展する前に、止めりゃあいいんだろ。そのために強くなるよ」

「元の世界に戻りたいから?」

「それもあるかもしれないけど」

 

 やはり、理由は唯一つ。

 此処まで彼を突き動かして来たものは、彼にとって揺るがないものだった。

 

 

 

「……やっぱり俺、ポケモンが好きなんだ。だから……あいつらにすっげー腹が立ったんだよ。それだけだ」

「同感。最初はあんたの事変なヤツだって思ってたけど……あたし達、気が合うみたいね」

 

 

 

 固く手が結ばれる。

 そして、電車が音を立ててやって来た。

 

「次に会う時は、あたしはキャプテンになってると思う」

「じゃあ、最後に試練に挑みに来る。キャプテンになったお前に、挑みに行くよ」

「ええ。首を洗って待ってなさい! 受けて立つんだから!」

「待ってるのはお前の方じゃないかな……」

「細かい事はいーのっ!」

 

 旅路は別たれた。

 メグルはベニシティを、ユイはシャクドウシティを目指す──

 

 

 

「──シャクドウシティで、また会おう!」

「プッキュルルル!」

 

 

 

 

 

 

 ──第一章「晴嵐吹くおやしろ」(完)

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

▶はい

いいえ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート記録:第一章終了時点

【第一章の登場人物】

 

メグル 男 19歳

ゲームが好きな大学2年生。ポケモンが虚構の存在である世界から突如、転移した。小心者だが好奇心旺盛。思い立てば、一直線。ポケモンへの愛は誰にも負けない。ポケモン歴10年にして根っからのポケモン廃人であり、ポケモンの種族値や覚える技は各作品毎に暗記しているほど。

一方で身体能力は並み以下であり、ボールを投げるのはあまり得意ではない。

機転やその場の閃きに長けており、ゲームでの知識を現実世界に落とし込むのが上手いが、一方で手持ちはまだ育っているとは言えず、野生ポケモンの脅威や見た事の無いリージョンフォームの敵相手に苦戦させられることもしばしば。

この度、すいしょうのおやしろの試練をクリアしたことで「すいしょうのあかし」を手に入れた。残るおやしろは4つ。

 

手持ちポケモン

メグルの育成方針は、スタメンを明確に決定してそれらの育成に注力するというもの。完全初見のサイゴク地方では何のポケモンが仲間になるか現時点では分からないが、パーティの役割に当てはめられるポケモンが見つかり次第、それを一軍として育成する。

道中で野生ポケモンを捕まえる度にサブメンバーは適時入れ替えていくことになる。

 

 

イーブイ ♀ 特性:きけんよち

技:でんこうせっか、スピードスター、すなかけ、つぶらなひとみ

非情に喧嘩っぱやく、そしてやんちゃな問題児。その振る舞いは、小動物然とした他のイーブイとは大きく異なり、さながらグレッグルやズルズキンと例えられるほど。気に入らないことがあれば技をどんな相手にもぶつけ、毛玉を吐きかけるヤンキーである。

その一方で、イーブイにしては戦闘力が非常に高い上に、特性もレアな隠れ特性であるため、メグルはこのイーブイの個体値もかなり優秀なのではないかと踏んでいる。「一体誰が厳選したんだ?」と思ったが、一先ず考えないでおくことにした。最大の武器は小柄さを生かした小回りの良さと、石頭である。そこに、メグルの観察眼と戦術が組み合わさる事で、最大の鉄砲玉足り得るだろう。

 

 

オドシシ ♂ 特性:いかく

技:ふみつけ、ねんりき、さいみんじゅつ、おどろかす

流石に元非進化ポケモンというだけあって、種族値上では全ての能力がイーブイよりも優秀。

そのため、メグルは切り込み隊長的な役割をオドシシに期待している。

何よりも”催眠術”をメグルは対野生ポケモン戦でアテにしており、相手を眠らせればノーコンの彼でも捕獲を容易としてくれるだろう。

また、進化後のアヤシシ共々技マシンで様々なタイプの技を習得するため、戦場を選ばないマルチタレントとしての役割をメグルは期待している。

 

サブメンバー

 

イシツブテ、シキジカ

 

 

 

ユイ 女 18歳

キャプテンである父が亡くなったことで、シャクドウシティのキャプテン代理となった少女。現在はキャプテンへの正式な就任を目指しているが、ヌシであるサンダースに認められておらず、代理の立場に甘んじている。

面倒見が良く、気前の良い姉御肌だが、同時に父の死を発端とした一連の出来事で傷心気味。

電気タイプの使い手としてはかなりの実力者ではあるが、この不安定な状態が少なからず彼女に心身に悪影響をもたらしており、ポケモンたちの本来の実力を引き出せているとは言い難い。

一方で、本来の前のめりな気質が出ている時は、それがポケモンにも伝わり、キャプテンにも負けない程の実力者に成り得る。

 

容姿

金髪を、コードのように何本も束ね、後ろに流している。目は青い。

子供のように見られることを嫌っており、体型も5年ほど前からあまり変わっていないくらいには華奢。

しかし、野外活動の賜物か全身に薄っすらと筋肉が付いており、引き締まっている。

 

手持ちポケモン

電気タイプが中心となっている。その弱点を補うようなタイプ複合や特性を持ったもので構成されており、隙は少ない。

切り込み隊長であるレアコイルは父の形見であり、進化させていないのは父がついぞレアコイルを進化させなかったためである。

 

レアコイル 特性:がんじょう

 

マルマイン 特性:せいでんき

 

ランターン ♀ 特性:ちくでん

 

シビルドン ♀ 特性:ふゆう

 

残る2匹は不明。

 

 

 

イデア 男 28歳

シャクドウシティに研究所を構える若い博士。飄々とした雰囲気で、何を考えているか分からない。むしろ何も考えていないかもしれない。

ズボラで大ざっぱな性格であり、私生活はだらしない。そのいいかげんな態度もあってか、良く思わない人間もいるが、逆にそのキャラがウケてメディアに出演していることもある。

生物学を専攻しており、研究はそつなく行う。しかし、その本領はポケモンバトルの強さにあり、補助技を多用するなどテクニカルな戦術を好む。

博士になる前は何をしていたのかを知る人は少ないが、メグルはイデアがかつて優秀なポケモントレーナーだったのではないかと推測している。

 

手持ちポケモン

現時点ではドーブルの「センセイ」1匹のみだが、他にも所有していることが分かる。

しかし、大抵ボールを研究所に置きっぱなしにしている所為で、センセイしか手持ちに居ないこともしばしばだという。

 

ドーブル(NN:センセイ) ♂ 特性:テクニシャン

 

 

 

リュウグウ 男 87歳

セイランシティのおやしろとヌシポケモンの世話をするキャプテン。サイゴク地方にいるキャプテンでは最高齢であり、その実力もトップ。サイゴクにポケモンリーグは存在しないが、実質的にチャンピオンと言っても過言ではない。

おおらかな好々爺だが、昔は非常に厳格で「鬼のリュウグウ」と呼ばれていた。今も、試練やポケモントレーナーの心構えには厳しい考えを見せる。

一方で、サイゴク地方のトレーナーや自分が世話をしたポケモンを全て自分の子供のように可愛がっており、よく面倒を見ている。

所持するポケモンは全て水タイプでありながら、いずれも種族値が高かったり技が豊富であるような隙の無いポケモンが揃っている。

そしてそれを指揮するリュウグウも、卓越した戦術視点の持ち主であり、これらを破るのは容易ではない。

 

手持ちポケモン

育てるのに手間がかかるポケモンばかりであり、彼のポケモンへの愛情が感じられる。

また、ギャラドスが所作に”りゅうのまい”を取り入れていたり、ヨワシの魚群の動きが常軌を逸した群体行動を見せるといった特異性は、熟練トレーナーのリュウグウの育て方によって編み出されたものである。

残るまだ見えない手持ちも、例に漏れず強力とウワサされている。

 

ギャラドス ♂ 特性:いかく

 

ミロカロス ♀ 特性:かちき

 

ヨワシ ♂ 特性:ぎょぐん

 

ラグラージ ♂ 特性:げきりゅう



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メグルと学ぶ!ポケモン廃人基本用語(3値編)

今作でしばしばメグルが口ばしる、別に知らなくても良い廃人用語を知らない人向けに軽く解説していきます。気になったら、調べてみてね。
ちなみに、この記事は第八世代(ソード・シールド)までの情報で書いています。現在発売中の第九世代(スカーレット・バイオレット)の育成環境だと話が変わってくる点もあります。


そも、ポケモン廃人とは?

ポケットモンスターというゲームはやり込み要素の多いゲームである。

対戦(及びそれに使うポケモンの厳選・育成)、図鑑埋め、色違い、このような要素に深くのめり込んでしまったが最後、幾ら時間があっても足りないことは請け合いである。

こうなってしまえば、ポケモンを数値でしか見られなくなったり、色違いに異様な執念を燃やすようになってしまい、最悪リアルに悪影響を及ぼしたり及ぼさなかったりする。

つまるところポケモン廃人とは、ポケモンのやり込み要素のやり過ぎで純粋な心を失ってしまった人々──つまるところ劇中冒頭のメグルのような人種の事を指す。

 

「余計なお世話だバカ!!」

 

 

 

3値(種族値・努力値・個体値)

ポケモンのゲーム上では名言されていないが、対戦では最も重要な3つの隠しステータスである。

 

種族値

ポケモンは種族毎に、HP(H)、攻撃(A)、防御(B)、特攻(C)、特防(D)、素早さ(S)のステータスが設定されている。

 

HP=ポケモンの体力。

 

攻撃=ポケモンの物理攻撃力。物理技で与えるダメージはこのステータスで計算する。

 

防御=ポケモンの物理防御力。物理技で与えられるダメージはこのステータスで計算する。

 

特攻=ポケモンの特殊攻撃力。特殊技で与えるダメージはこのステータスで計算する。

 

特防=ポケモンの特殊防御力。特殊技で与えられるダメージはこのステータスで計算する。

 

素早さ=ポケモンがどれだけ速く行動できるかを示す数値。

 

ネット上ではしばしば、このステータスをHABCDSと各ステータスをアルファベットで略する。

 

例1:イーブイの種族値

H55 A55 B50 C45 D65 S55(合計325)

 

例2:サンダースの種族値

H65 A65 B60 C110 D95 S130(合計525)

 

ポケモンが進化すると強くなるのは、この種族値の値が高くなるからである。上の例では、イーブイからサンダースに進化したことで種族値の合計が200上昇した。

ちなみに、メグルはLEGENDSアルセウスまでに登場した全てのポケモンの種族値を丸暗記しているため、ポケモンを見ると種族値が頭に正確に浮かぶ。一周回って才能である。

 

「因みに種族値が高いからってそのポケモンが強いとは限らないし、低いからって弱いとは限らない! ポケモンの強さを決定するのは色んな要素が絡むぞ!」

 

 

努力値(きそポイント)

ポケモンが後天的な努力で手に入れる事が出来るポイント。

相手のポケモンを倒したり、アイテムを使うことで決まった数値が各ステータスに貯まっていく。そして、貯まった努力値はその時点でステータスに影響を及ぼすので、何時努力値を振っても問題は無い。

 

「捕まえたばかりのポケモンが、手持ちと同じレベルでもあまり強くないと感じるのは気の所為じゃない。ポケモンは努力値でステータスの伸びが強くなっていく!」

 

例1:野生のホシガリスを倒すと、HPの努力値が1振られる。

 

例2:マックスアップをポケモンに使うと、HPの努力値が10振られる。

 

1匹につき合計で510まで、各ステータスには252まで振ることが出来る。

努力値が溜まったステータスは、その分だけ伸びが良くなる。そのため、ポケモン対戦ではどのステータスにどれだけ努力値を振るかが重要である。

ちなみに1つのステータスに極限まで努力値を振ることをぶっぱと呼ぶ。

 

例1:ASぶっぱ(攻撃と素早さのステータスに努力値を252振ることを意味する)

 

例2:H140 A108 B4 D4 S252(HPに140、攻撃に108、防御に4、特防に4、素早さに252の努力値を振ることを意味する)

 

「ちなみに旅では不特定多数のポケモンと戦う以上、努力値を狙ったところに振るのが難しいから、俺は気にしないようにしてるぞ! んな事やってたら日が暮れるどころじゃないからな!」

 

と言った事情もあるので、この作品では努力値の話はあまり出てこないと思われる。

因みに最近は努力値を振ることが作品を経る毎に楽になっており、昔より育成のハードルは下がった。

 

 

個体値

ポケモン1匹1匹に定められた才能による強さ。

同じイーブイでも強さが微妙に違うのは、各ステータス毎に個体値が決まっているからである。

個体値は0から31まで決められている。廃人は最も高い個体値のステータスを「V」と呼ぶ。

 

例1:3V(HP、攻撃、防御、特攻、特防、素早さの6つのステータスのうち、3つのステータスの個体値が31であることを示す)。

 

例2:C抜け5V(6つのステータスのうち、特攻のステータス以外は個体値が31であることを示す)。

 

「足の速さ、頭の良さが人によって違うように、ポケモンも生まれた時から能力が違う……世知辛いぞ!!」

 

 ちなみに、廃人はしばしば良い個体値のポケモンを狙うためにタマゴをポケモンに産ませて厳選行為を行う。これが俗に言う「孵化厳選」である。預け屋にタマゴが作れる組み合わせのポケモンを預け、より個体値の高いポケモンを生み出すのである。

 だが、旅ではこんな事をしている場合ではないため、この作品では個体値の話はあまり出てこないと思われる。

 

「ゲームならさておき、ポケモンが生きているこの世界で孵化厳選してる奴の気が知れねーよ……」

 

 少なくとも、オメガルビー・アルファサファイアに登場する緑髪の貴公子は孵化厳選に手を染めているであろうことが示唆されている。

 ポケモン世界の闇は深い。

 ちなみに最近、「おうかん」と呼ばれるアイテムを使うと個体値を最大の31まで引き上げることが可能になったが、量産性が悪く、ポケモンのレベルを100まで上げなければ使えない。大事なポケモンに使ってあげよう。

 

「正直、タマゴが作れるポケモンならおうかんを使わずに孵化厳選した方が手っ取り早い……でも、貴重な色違いポケモンや旅を共にしたポケモン、思い入れのあるポケモンを対戦で使えるようになったのは進歩だな!」

 

 また、ゲーム内部で個体値を確認する方法には「ジャッジ」が存在する。サン・ムーン以降はゲームを進めるとボックスでジャッジ機能が使えるようになる為、興味がある人は調べてほしい。

 

「そのステータスの個体値が最も高いVの時、ゲーム上のジャッジ機能では”さいこう”の能力と表記されるぞ! この”さいこう”を増やすために厳選を行うのだ!」

 

 ちなみに対戦勢の多くは「おうかん」を伝説のポケモンに使うのが殆どである。これらのポケモンからはタマゴが産まれない上に、個体値が3Vから4V固定のためである。

 

「今でこそ伝説のポケモンはおうかんで個体値を最大に上げるのが主流だが、6世代(XY)までは何度もリセマラしたり、妥協した個体で対戦することもしばしばあったんだ……」

 

 

 

性格

3値とは別にポケモンには1匹1匹性格が存在する。

これによって、ポケモンのステータスに上がりやすいものや下がりやすいものが設定されている。

 

例:意地っ張りな性格(攻撃のステータスが上がりやすく、特攻のステータスが下がりやすい性格)

 

どの性格になるかはランダムとなっており、分からない。

しかし、かわらずのいしを持たせたポケモンの子供は親の性格を引き継ぐため、孵化厳選ではしばしばこの仕様を利用して理想の性格のポケモンが作られる。

また、最近は「ミント」と呼ばれるアイテムによって、性格によるステータスの補正を変えることが出来るようになった。相変わらず量産性は悪いが、大きな進歩である。

 

「昔は伝説のポケモンの性格もリセマラして厳選してたんだが、ミントのおかげで気にしなくて良くなったんだ……今思うと正気の沙汰じゃなかったな……」

 

 

つまり……

ポケモン廃人は対戦のために”理想の個体値”で且つ”理想の性格”のポケモンを厳選し、”最適な努力値振り”をして対戦に望む。作品を経る毎に厳選・育成の難易度も下がってきているが、敷居が高いことには変わりない。

 

「それでも昔を知ってると、楽になったと思うよ……マジで……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章:紅に染むる蒼穹
第21話:そもそもカセキ復元マシンの原理が謎


 ──石商人の少女・アルカのポケモンバトルに「危げ」の言葉は無い。

 

 

 

「ごめんねー、おにーさんっ。ボク、ポケモンバトルすっごく強いんですよねー」

「な、なんだこのガキ……!!」

「わ、分かった!! 悪かった!! 悪かったから、見逃してくれ!!」

「じゃあ……ダすものダしてください。分かってますよね?」

 

 うんうん、と路地裏の荒くれものたちは首を縦に振り、札束を握り締めて彼女に渡す。

 

 

 

「まいどーっ♪ カブトもご苦労さんですっ!」

「ピギィ」

 

 

 

【カブト こうらポケモン タイプ:岩/水】

 

 

 

 下手人は──こうらのようなポケモン・カブトであった。

 カゲボウズ、ドガースといった荒くれものたちの手持ちを屠ると、再びそこが定位置だと言わんばかりにアルカの背中に張り付いてしまう。

 ひーふーみーよー、と札束を数える彼女は、ぺろり、と口元を舐めた。ポケモンバトルでは、勝者に賞金が支払われる。落とした財布の分には敵わないが、当面の旅費は工面できそうだった。

 怯えたスキンヘッドのトレーナーたちは彼女に道を譲る。

 そこに居た全員が、アルカに倒されたのだ。抵抗など出来るはずがなかった。

 

(あのおにーさんには感謝しなきゃ。腹が減ってたらポケモンバトルどころじゃなかったし。また会えると良いなー)

 

 悪魔のような笑みを浮かべ、アルカは路地裏を去る。

 

 

 

(──さーてと。目指すべきは──ベニシティ……だったかな!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『コハクタウン─変わらぬ自然の遺物は、文字無き古文書』

 

 

 

 ──ベニシティへの道は非常に遠く、険しいため、セイランシティから電車に乗っていくのが手っ取り早いと言われている。

 実際、山口県の西の端・下関市から広島県の中央である広島市に行くようなものだから、徒歩などもっての外であったし、仮に徒歩で行く場合サイゴク山脈の鬼の如く強い野生ポケモンと戦うことになるだろうとのことで、少なくとも証を一つしか持っていないような新人が通って良い道ではないのだという。

 加えて、試練の難易度は持っている証に応じてキャプテンの裁量で変わる。そのため手持ちを鍛える、ないし新たな手持ちを手に入れなければ突破することは難しい。

 そうでなくとも、またテング団の介入といったイレギュラーな事態が起こらないとも限らない。

 道中が実質無いも同然ならば寄り道してでも手持ちのレベルを上げなければ話にならない。

 そこで候補に挙がったのは──コハクタウン。セイランシティの北東に位置するこの町は、化石の産出地として知られており、”トゲトゲ洞”と呼ばれる鍾乳洞はトレーナーの修行の地としても有名だ。

 だが、メグルからすれば何が何でも手に入れたいのはやはり「ポケモンのカセキ」であった。

 

(で、化石の産出地に来たからには──()()()()()()()を探すしかない、よなあ!)

 

 ──この世界に於けるポケモンの化石──もとい()()()は、復元することで復活する不思議な代物なのである。

 何故普通のポケモンの死骸は復元しても生き返らないのか、何故カセキならば復元すると生き返るのかは定かではないが、長年地中にいたことで復活する条件が整うでは? とメグルはざっくり考えている。

 そもそも普通のポケモンですらカセキ以外の方法で生き返る、生まれ変わる事があるので(ドラメシヤやガラルサニーゴ、一部の伝説のポケモン)、最早ポケモンとはそういうものであり、深く考えてはいけないのかもしれない。

 閑話休題。

 当然、コハクタウンでもポケモンのカセキが見つかることがあり、コハク博物館にはカセキ復元装置もあるのだという。

 となれば、カセキさえ見つかれば必然的にカセキポケモンは手に入るという事であった。が。

 

(──見つかるわけが無かった!! カセキなんてそうそう簡単に!!)

 

 コハクタウンでは一般向けに化石採集場が開かれている。

 しかし所詮、一般人の掘り出すことの出来るカセキなどたかが知れているのだ。

 例えば古代の植物の化石も立派な化石である。

 そして仮に見つかったとして、それがよく分からない小さな虫の化石だったり、復元しようがないような小さな爪だったり骨だったりしても文句は言えないのである。

 つまり、化石はよく見つかるが復元するに足るカセキが見つかることはやはり稀なのであった。

 

(だ、ダメだ……石を割れども割れども、植物しか見つからねえ……!)

 

「わぁー、すごいですねー♪ 初めてでそんなに見つかる人はそんなにいないですよ~♪」

 

(博物館の係員のお姉さんが気ィ遣ってめっちゃ褒めてくれるけど……ッ!!)

 

「あ、あの……ポケモンのカセキって出るんですか……? てか、どんなカセキが見つかるんですか……?」

「えーと、オムナイトやカブトみたいな水産ポケモンが殆どですねー。大昔、この辺りは海だったようですよ」

「ほ、他には?」

「実はリングマやオドシシのような現生種の骨が見つかることもあって。ただ、彼らは復元装置に入れても復元できないんですよね」

「何でなんでしょうね。イマイチそれが分からないんですが」

「カセキになるには、年月が足りていないようなんですよね。それでも100年くらい前の地層だったみたいですけど」

「ふーむ……やっぱりそうなのか……」

「あ、因みにそれはリーフの石ですよ」

「えっ」

 

 メグルは二度見する。

 曰く、植物の化石がポケモンの進化に関わるアイテムとなることもあるのだという。

 メグルが採掘した植物の化石は、草タイプのポケモンの進化に関わるリーフの石と呼ばれるアイテムだったのである。

 

「プッキュイ!」

「えっ」

 

 見ると、頭の上に乗っかっていたイーブイがリーフのいしに手を伸ばそうとする。

 さっとメグルの顔から血の気が引いた。イーブイは──リーフの石に触ると草タイプのリーフィアに進化するのだ。

 しかし、メグルはイーブイの進化はじっくり選ぶと決めている。うっかりここで進化されたら堪ったものではなかった。

 

「ダメダメダメ!! まだ早いからダメ!! お前の進化先沢山あるんだから、もっとじっくり選ぼう!? な!?」

「プルルルッキュイ」

「そんな顔してもダメ!! せめて進化の石全部揃えてからだ!」

「……プッキュルルル」

「わぶっ!?」

 

 狂暴毛玉はあろうことか頭にへばりついておねだりをしてくる始末。

 体感、ユイと別れてからはイーブイが甘えてくる頻度が増えたと感じるメグルだった。

 ワガママも増えたが、それ以上に気を許しているかのような態度が増えたような気がする。

 進化を渋る彼に猛抗議しているが、無理矢理リーフの石を奪い取るようなことはしない。

 

「お前の攻撃的な性質は、物理攻撃の高いリーフィア向きではあるけど……」

「攻撃的なリーフィアって想像するとイヤですね……なんか……」

「お前進化したら死ぬまでその姿で過ごさなきゃなんだからな? 後から変えられないんだからな?」

「プルルルル……」

 

(そもそもリーフィアって晴れ前提のスペックな所があるからな……タイプは数が多いから選択肢も多い。一先ずリーフの石は保管しとこ)

 

「あ、悪戯防止に石用のケースがあるんですけど、博物館で買っていきます?」

「是非ともお願いします」

「プッキュルルル!?」

 

 係員のお姉さんの提案で、メグルは石用ケースを購入したのだった。1000円くらいだったが、鍵付きの頑丈かつ立派なモノであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「プーキュルルル」

「ふが!! ふがふがふがふが!!(すいませーん!! 誰か退けてくれませんかね、この凶悪毛玉!!)」

 

 

 

 石をケースに仕舞って鞄に入れた辺りで、イーブイは顔面にへばりついてしまうのだった。

 目が見えないので、ボールビームを撃つことも出来ない。

 

「分かった!! 分かるよ、お前の気持ち!! 強くなりてーんだろ!! だからさっさと進化してーんだろ!! でもな、イーブイには8つの進化先があるんだ、簡単に進化したら絶対後悔するんだからな!?」

「プッキュルルル!!」

「良いか、此処に8つのイーブイの進化系がいます!!」

 

 無理矢理毛玉を押しのけ、メグルはセイランシティで購入したイーブイの進化系が描かれたタペストリーを目の前に出した。

 

「イーブイは──お前は誰に進化したい?」

「プッキュイ?」

 

 イーブイは非常に遺伝子が不安定なポケモンだ。

 そのため、環境や状況によって全く違うタイプのポケモンへと進化する。

 

 ──水タイプ・あわはきポケモンのシャワーズ。

 

 ──炎タイプ・ほのおポケモンのブースター。

 

 ──電気タイプ・かみなりポケモンのサンダース。

 

 ──エスパータイプ・たいようポケモンのエーフィ。

 

 ──悪タイプ・げっこうポケモンのブラッキー。

 

 ──草タイプ・しんりょくポケモンのリーフィア。

 

 ──氷タイプ・しんせつポケモンのグレイシア。

 

 ──フェアリータイプ・むすびつきポケモンのニンフィア。

 

 この8体だ。

 ハッキリ言って、道徳的な面ではイーブイの望む姿に進化させてやりたいのがトレーナー心である。

 しかし、メグルの知るポケモンの世界において、この8体にはハッキリと明確な性能差が存在するのである。

 イーブイの進化系の種族値は、同じ数値を入れ替えたものになっている。そのため、是が非でも良い配分のポケモンとあまりよろしくない配分のポケモンが生まれてしまうのだ。

 そしてその全てが単タイプであること、覚える技の範囲も違うことから、やはりそこで性能に違いが生まれてくる。

 

(どんなポケモンも……タイプと種族値、習得技……この3つのステータスからは逃れられない……絶対に……!!)

 

 これが、メグルの持論であった。

 どんなに種族値が良いポケモンであっても、タイプや習得技が微妙だと活躍できない。

 一方で、種族値が低いポケモンであってもタイプや習得技によっては思わぬ活躍が出来ることもある……それがポケモンだ。

 廃人心としては、耐久に優れており技範囲も優秀なシャワーズかニンフィア、そしてブラッキーをメグルは推す。

 または、高速アタッカーとして優秀なサンダースかエーフィだ。

 

(ブースターは足が遅く、耐久も低い。火力はあるけど、やはり他に優秀なポケモンが多い炎タイプなのが痛い。リーフィアは天候前提のスペックだし、草タイプも層が厚く、わざわざイーブイから進化させたいかと言うと……うーん。グレイシアもリーフィアほどじゃないが、やはり天候前提……!)

 

 どうしても、ブイズで進んで進化させようとなると、この5匹が候補となってしまうのである。

 そしてブラッキーは攻撃性能が低く、対戦では使いやすいが旅パでは使いづらい。

 こうして絞られたのは、結局4匹。

 

(や、分かるよ? 旅パなら性能なんて気にしなくていーじゃんって気持ちは分かる。俺も出来ればそうしたかった。だけど──サイゴクの自然環境は過酷!! あまりにも!!)

 

 ポケモンが生きているこの世界で、あまりポケモンを数値として見たくはないところもあるメグルであったが、どうしても手持ちの強さは生存率に直結する。

 これまで、何度も危険な相手と戦っている以上、強い進化系に進化させてやりたいと思うところもある。

 廃人魂はそうそう簡単に治るものではない。むしろ生き方と考え方にこびりついているのである。そもそもポケモンを見ただけで種族値がパッと浮かび上がるような人種なのだから、土台無理な話であった。

 

(俺はどうすりゃいいんだ!! 性能で見るべきか? お前のやりたいように進化させるべきか! 加えてコイツの性格も考慮しないとだよな……)

 

 イーブイの攻撃的な性格や性質を考慮した場合、最も向いているのはブースターかリーフィアとなる。逆に遠距離攻撃を主体とし、技を使う側の精神状態がモロに影響するエーフィやニンフィアとはあまり噛み合わず、耐久が高くとも攻撃力が低いブラッキーは候補から外れてしまう。

 もっと言えば、イーブイの「やんちゃ」な性格は物理攻撃が上がりやすくなるため、猶更ブースターやリーフィアが向いているのである。しかし、防御力が下がってしまうので元より防御力を捨てているブースターの方が相性が良い。それが最良の選択かはさておき。

 

(ブースターはなァ……俺には扱いこなせる気がしねえよ……体力が低いのと素早さが遅い所為で”フレアドライブ”を1回撃ったら瀕死になりかける未来しか見えない……)

 

 結論。

 特攻が下がるような性格でもないので、特殊技を主体とする進化系でも良しとすることにしたメグルであった。

 

「……で、お前はどれに進化したいんだ?」

「プッキュルルル?」

「だろー? 今すぐには決められないだろ」

 

 首をかしげてしまったイーブイ。

 どうやら彼女も、今はどれに進化すれば良いのかは分からないようだった。

 

(……やはり俺の一存で決めて良いとは思えない……しかし……!! うっかり進化させた結果、強敵相手に苦労するのは、俺とイーブイ、そして他の手持ち達……!!)

 

 愛でて終わりならば、それで良かろう。カジュアルな対戦で使うのも良かろう。それをメグルは決して否定しない。

 しかし、このサイゴクの旅では──メグルはこの過酷な自然の中で生き残らなければならない。真っ先に頼りになるのはポケモンとなる。

 であれば、ある程度ポケモンを性能で選ぶのも許されて然るべきではないだろうか、と彼は考える。

 ──メグルは再び採集場に足を運ぶ。

 他の進化の石ないしカセキが見つかる事を期待して。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「もー無理、バテた……」

 

 

 

 メグルは大の字になって地面に転がる。

 あれから2時間。日はもうすぐ暮れそうだ。

 にも拘わらず、一向に何も収穫は無かった。

 向こうの方から「すっげー!! これ”ひみつのコハク”じゃね!?」「これ水の石じゃね? パねー!!」という声が聞こえてきた時は殺意さえ湧いた。

 

「──ぷっきゅるるるっ!」

「笑ってんじゃねえ! オメーの進化する石なんだぞ!」

「ぷっきゅるるる」

 

 寝っ転がるメグルの顔面に、イーブイがへばりつく。

 呼吸が出来なくなりそうになるので引き剥がそうとするが、なかなか離れようとしない。 

 首のモフモフが鼻も口も塞ぎ、命の危険を感じたので、

 

「だーっ!! モフモフで殺す気かオメーは!!」

 

 起き上がり、凶暴毛玉を何とか振り払うのだった。

 ぽてっ、と地面に落ちたイーブイは拗ねてしまったようにそっぽを向いてしまう。

 

「良いかオメー、スキンシップにしたってもっとやりようってモンがな」

「プッキュルルル」

「聞く耳持たずか……」

「……プルル?」

 

 その時だった。

 イーブイがふと、空を見上げる。

 ピン、と警戒するように耳を立て、身構える。

 あまりの切り替えの早さに、メグルは彼女が何かを感じ取ったのだと気付いたが──周囲を見回してもポケモンの気配は感じられない。

 

「イーブイどうした? 悪い冗談は止せ」

「……プッキュルルル……!」

「月でも気になるのか……?」

 

 彼女の目はじっと空を見据えている。

 そこには、白昼月が西の空から浮かび上がっている。

 

(そう言えば、おかしいよな)

 

 ──月は東から空へ昇り、西に沈む。

 それが元居た世界の常識だ。

 しかし、今メグルが見る限り月は西()()()()()()()()()()いっている。

 

(そういやLEGENDSアルセウスの攻略本にもあったな。月は西から昇って東に沈む……って。ンなバカなって思ってたが……この世界ではそれが当たり前なのか)

 

 薄っすらとした知識でメグルは思案する。

 そもそも、”つきのいし”でポケモンが進化したり、月の光で不思議な力を得るポケモンが居る。

 この世界における”月”は、明らかにメグルの知るものとは大きく異なる。

 そう言えば──この間、赤くなったのも月だったな、と考えた矢先だった。

 

 

 

 

「プッキュルルルル……ッ!!」

 

 

 

 イーブイが警告するように甲高く鳴き、毛が大きく逆立った。

 周囲の空が赤暗く染まっていく。

 そして、薄白かった月が──カッとペンキをぶちまけたように赤くなったのだった。

 さっ、とメグルの顔から血の気が引いた。

 ヤミカラスが怯えたように逃げる鳴き声が聞こえ、バサバサと飛び立つ羽根音が遅れてやってくる。

 

「……赤くなった……!? 嫌な予感がしてたってか……!?」

「プッキュルルルルル……!」

 

(とっとと帰るに限る……こないだみたいに、デンジャラスな野生ポケモンが出てくる前に──)

 

 そう言えば、まだイデア博士から、この赤い月現象について何も報告を貰っていないことにメグルは気付いた。

 分かっているのは、先のムウマージのような凶暴化した強力な個体のポケモンが何処からともなく現れるということである。

 従って、早めに安全な所に退避するに限る、と判断するメグルであったが──

 

 

 

「嫌ーッッッ!! 助けてェェェーッ!?」

 

 

 

 

 ……耳を劈く事件性のある悲鳴。

 どうやら帰りたいとは言ってられないようであった。




【サイゴク地方観光ガイド・コハクタウン】
切り立った崖と岩山に囲まれた町。大昔は海だったため、ポケモンのカセキがよく産出される。化石採集場は考古博物館が管理しており、一般のトレーナーでも採掘することが出来るエリアが存在する。トゲトゲ洞と呼ばれる鍾乳洞が有名。

主な施設

・コハク考古博物館

・トゲトゲ洞

・化石採集場


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:この頭で「虫」と言い張るのは無理がある

「ギッシャラララーッッッ!!」

 

 

 

 

 大木が音を立てて倒れる。

 切断面は綺麗で、鋭利な刃物でばっさりと一掻きであった。

 その様を目にすれば悲鳴が飛び出し、恐怖で立てなくなるのも無理はない。

 

「ひっ、ひぃっ、助け──ッ!!」

「ギィッ……!!」

 

 その悲鳴を聞けば、当然獲物の鳴き声と狩人は感知するだろう。

 ずっ、と地面を蹴るだけで残像の残る速さで標的の前に現れ、鎌を振り上げる。 

 目に鮮烈な赤い残光を残しながら──

 

 

 

「──イシツブテ、いわおとしだッ!!」

 

 

 

 ──頭に岩が落とされるのだった。

 しかし、危機を察したのか下手人はその場から消え──気が付けばメグルの目の前にまで近付いている。

 

(速ッ……!? 避けた上に、こっちの方まで……!?)

 

「ひえええっ……!! 今のうち今のうちッ!!」

 

 慌てて逃げていく白衣姿の男。

 研究員だろうか、とメグルは判断する。

 本来なら化石採集場には野生ポケモン──それもこのような危険な種類が現れるはずがなく、面食らってしまったのだろう。

 突如現れた脅威を前にして腰を抜かしてしまったのか、這うようにしてその場を離れるのだった。一方、肝心の襲撃者と言えばメグルに照準を合わせ、威嚇するように鎌を振り上げる。

 

「ギッシャラララ……ッ!!」

「出たね……!」

 

 

 

【ストライク かまきりポケモン タイプ:虫/飛行】

 

 

 

 

(H70A110B80C55D80S105……恐ろしく速い動きに幹を斬るほどの威力、流石ストライクってところか……!)

 

 ストライクは、トカゲのような頭を持ちながら腕にはカマキリのような鎌を持つ変わったポケモンだ。

 腹部は昆虫のように長く伸びているものの、脚部は爬虫類のように鋭い爪が付いている。そして、小さいものの羽根が背中からは伸びているのだった。

 素早い動きで獲物を切り付け捕食する習性を持ち、ステータスは元々非進化ポケモンというだけあって強力だ。

 岩タイプの技を受ければ4倍のダメージこそ喰らってしまうが──当たらなければどうということはない。

 如何にして、この捕食者の攻撃を避け、そして攻撃を当てるかがメグルにとっての課題となる。そのためには先ず、素早さで同じ土台に立てねば話にならない。

 

「イシツブテ──ロックカットで素早さを上げて、食らいつけ!」

 

【イシツブテの素早さがぐーんと上がった!】

 

 身体の表面を磨き上げ、速度を上げたイシツブテは飛び出し、ストライクに掴みかかる。

 岩の身体が相手では、ストライクの刃も切り裂くには至らない。

 互いに間合いを突き放し、両者は睨み合う。

 

「ギッシャラララ……!」

「ッ……やっべぇヤツ……!! 苦手なタイプ相手でもまともに戦えるのか……だけど、猶更()()()()()()ッ!! イシツブテ、”たいあたり”!!」

 

 突貫するイシツブテ。

 しかし、残像が残るほどの速度でストライクはそれを躱してしまう。

 

「マジかよ……!!」

「ギッシャラララッ!!」

 

 脅威に足らず、と今の一瞬で判断したのだろう。

 間合いを詰めたストライクは、司令塔たるメグルを目掛けて鎌を振り上げる。

 途中、イシツブテが抑え込もうと飛び出したが、あと数歩でメグルの喉笛目掛けて刃が届く。

 

「──やっば──ッ!!」

 

 故に。

 ストライクは、メグルの手に握られているものを全く警戒していなかった。

 咄嗟に、身を守るようにしてメグルはボールを喉元に持って来て──ボタンを押す。

 ぽんっ!! と音を立てて、それは中から飛び出した。

 

 

 

 

 

「プッキュルルルルルッ!!」

 

 

 

 

 ──クリーンヒット。

 

 

 

 ストライクの頭を吹っ飛ばす勢いで、強烈な頭突きが炸裂した。

 思わぬ不意打ちと、脳を揺さぶる衝撃に襲撃者は悶え苦しむ。

 そして、当たり前のように着地した凶悪毛玉は、倒れ伏せたストライクにガンを飛ばすのだった。

 やはりこのイーブイ、普通ではない。

 

(イシツブテの岩技を使えば一撃で倒せるけど、それじゃあ捕まえられねえ……! 此処は頼むぞイーブイ!)

 

「ギッシャラララ……!!」

「キュルルルル……!!」

 

 睨み合う両者。メグルもそこに割って入る勇気など無く、イシツブテをボールに引っ込め、その対決を見守る。

 先に動いたのはストライク。

 摺り足で一気に間合いを詰め、必殺の鎌をイーブイ目掛けて振り下ろす。

 しかしイーブイも速い。見切ったと言わんばかりに、ストライクの股下に潜りこみ──

 

「──電光石火!!」

 

 ──メグルの声に合わせて、背中に強烈な頭突を喰らわせる。

 が、その姿は幻のように掻き消えてしまうのだった。

 

「んなっ、当たらないのかよ今のも──!?」

 

(──って、そりゃそうか!! さっきのは俺という標的に向かってきたところを運良く迎え打てただけで、こいつの素早さは尋常じゃない……!!)

 

 

 

 

【ストライクの 影分身!!】

 

 

 

 

 遅れて、周囲には大量のストライクの残像が現れる。

 当然、どれが本物かは一瞬で見分けがつくはずもない。

 イーブイを本気で倒すべき敵と認めたストライクは、彼らを打ち倒すべく大量の残像で一気に切りかかる。

 素早い斬撃がイーブイを襲う。

 速度故に正確性を欠き、一撃一撃は致命傷にはなりはしない。

 しかし、確かにその精度は敵の居場所を捉えるごとに増していく。

 刃の切れ味と共に。

 

「キュルルルッ……!!」

 

 斬られた場所から鮮血が飛び散り、いよいよメグルは、幾ら凶悪毛玉でも真っ向勝負でストライクには敵わないことを察する。

 

「イーブイ、チェンジ!! 出番だオドシシ!!」

 

 ──ならばこちらも、元非進化ポケモンで相手をするまで。

 屈強なオドシシが相変わらず残像を展開したままのストライクを迎え撃つべく、メグルの傍に降り立つ。

 間合いを見計らっているストライクだったが、いよいよ獲物2つがまとまっているのを見てまとめて始末に掛かるべく、カチンカチンと鎌を鳴らしながら狙いを定めた。

 

「良いかオドシシ。残像が幾つあったところで、本物は1つ。そして、そいつは今この瞬間も虎視眈々と俺達を狙っている」

「ブルルルルゥ……!!」

「つまり、俺達を見ていなきゃいけねえんだ……分かるな?」

 

 オドシシが頷く。

 ストライクが、残像を引き連れて赤い眼光を残し──飛び掛かった。

 しかし。

 

 

 

 

「──さいみんじゅつ!!」

 

 

 

 

 ──襲い掛かるということは、()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()ということ。

 つまり、目を逸らすことが許されないということ。追う側である捕食者の宿命である。

 故にストライクは、()()()()()()

 こちらを視認しなければならないが故に、是が非でもそれに引っ掛かるしかなかった。

 オドシシの催眠術は、角を目玉に見立てて相手に暗示をかけるというもの。

 幾つ残像を生み出したところで、向かってくる本物はそれを視認しなければならず、それは自ら催眠に掛かりにいくようなものだった。

 まさに、攻撃の瞬間こそが最も無防備になる瞬間だったのである。

 

「ギッシャッ……!?」

 

 ぐらり、と身体が揺れ、残像が消える。

 ストライクの身体は地面に倒れ──メグルの目の前まで滑り込んで来る。

 それを見逃す彼ではない。

 すぐさま、その後ろ頭にモンスターボールを叩きつけるのであった。大きな体が小さなボールへと吸い込まれていく。

 

「ッ……頼む。マジで入っててくれ……!!」

 

 メグルは懇願しながらその場から離れ、息を潜める。もしも飛び出してくれば、次こそ自分の命が危ない。

 かくん。かくん。かくん。

 ボールは音を立てて揺れ──そして、静かにカチッとロックが掛かるのだった。

 

 

 

【やったー! ストライクを捕まえたぞ!】

 

 

 

「っしゃーッ!! ストライク、ゲットだぜーッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「いやぁ、さっきは助けていただき、ありがとうございましたぁ」

 

 

 

 赤い月はすっかり元に戻っており、先程の白衣の男はお礼を言いにメグルの元へ戻ってくるのだった。丁度、イーブイの傷の手当をしていた彼は立ちあがると「いえいえ、どうも」と返す。

 

「実はわたくしこういうものでして」

 

 言った彼は名刺を取り出す。

 それを見てメグルは驚いた。

 

「え? ……コハク考古博物館……館長ォ!?」

「ははは、と言っても石を追いかけ続けて早数十年。今日もこの辺りで拾える進化の石について調べていたのですが、石に夢中で月が赤くなっていたことにも近付いて来たストライクに気が付かず」

 

 無論、笑い事ではない。研究者とは何処かしら頭のネジが外れているものなのだろうか。

 

「そこでお礼と言っては何ですが」

「もしかしてカセキを!?」

 

 メグルが期待するのはそれであった。

 邪な考えであったが、最早それくらいしかカセキを手に入れる方法は無いと考えたのである。

 しかし目の前にお出しされたのは──

 

「いや、我らコハクタウン”トゲトゲ洞”のマスコット”トゲトゲくん”のキーホルダーを……」

 

(──要らねえ!! 町起こしに失敗した集落の微妙なマスコットじゃねえか!!)

 

 最早それはポケモンですらない何かであった。

 ハリーセンに似たような微妙な顔した微妙なキーホルダーである。

 当然だが、嵩張らなくても要らない。

 

「丁重にお気持ちだけ頂きます」

「えええーッ!! かわいいのに……皆買わないんだよなあ、これだけ」

「そりゃそうでしょうよ……それよりもポケモンのカセキを──」

「しかし不吉なモノですな。月が赤く染まるとは……この間然り今日然り、またいつ起こるか」

「あの? あのー? だからポケモンのカセキを……」

「おーっと、君のイーブイ。何か石ころを触っているようですが、良いのですかな」

「もしもーッし!! 俺のカセキ──って、え?」

 

 見るとイーブイは、先程の戦いで両断された岩から欠けた石に触れようとしている。

 そこには、炎の如き模様が浮かび上がっている鉱石が転がっていた。

 今度こそメグルの顔に冷や汗が浮かび、血の気が失せる。

 間違いない。あれこそ探し求めていた進化の石。しかし、それは今イーブイが触れるべきものではないものでもある。

 

「おや、アレは炎の石──」

「ストーッッップ、イーブイッッッ!! ステイ!! ステェェェイ!!」

 

 

 

 ぴとっ

 

 

 

 イーブイの前足が石に触れる。

 

 

 

「考え直せぇぇぇぇーっ!?」

 

 

 

 叫ぶメグル。

 しかし……何も起こらない。

 不思議そうにぺたぺた、と石を触るイーブイだったが──進化する様子が一向に無い。

 思わず石を拾い上げるメグル。確かに炎を宿したような輝きの鉱石だ。

 

「炎の石……()()()()()()、イーブイが触ればブースターへ進化する石ですな」

「え?」

 

 それは、あたかもこの地方では炎の石に触れてもイーブイがブースターに進化しないと言わんばかりの物言いであった。

 しかし現に目の前のイーブイは、進化していない。つまり、館長の言っていることは正しい事が証明されているのである。

 

「何で!? このブロマイドにはイーブイの進化系全部映ってますけど!? 進化しねえの!?」

「ああ、それはカントーのシルフカンパニーが出してるブロマイドで、何処の地方でも売られてる商品ですな。こっちでは珍しい姿である()()()シャワーズ、ブースター、サンダースが映っているからサイゴクでは人気なんですな」

「俺てっきり、()()()()()()()()使()()()()()()姿()()()()()()と思ってたんですが」

「この地方では常識ですな」

「ええ……」

 

 確かにブロマイドには「シルフカンパニー」の文字が書かれている。

 これが全国で流通しているものであり、描かれているブイズも全国で通用する原種の姿であることには納得していた。

 てっきりメグルはこれを見て、サイゴクでも石に触れれば普通の進化をするものだと考えていたのだ。

 

(誰も一言でも言わなかったよな!! この地方では普通の姿のシャワーズ、ブースター、サンダースが拝めないって!!)

 

 と思ったメグルであったが、よくよく考えてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アローラ地方では、タマタマがアローラナッシーに進化こそするが、普通の姿のナッシーには進化しないのと同じようなものである。

 しかし、この例では進化するためのアイテムは変わらない。どの地方だろうがタマタマは同じリーフの石で進化する。

 だがメグルのイーブイは、そもそも炎の石に触れてもブースターには進化しなかったのである。この点がこれまでのリージョンフォームとは異なる点だ。

 原種への進化の道が残されているようで、そもそもこの地方では原種に進化出来ないというトラップが仕掛けられていたのである。

 

「イーブイは8つの姿に進化するのはご存知ですな?」

「それはまあ」

「エーフィ、ブラッキー、リーフィア、グレイシア、ニンフィア。この5つの姿は他の地方でも見られる姿なのですな」

「はぁ。……これら5種にはリージョンフォームは存在しないんですね?」

「少なくとも、この地方ではそうですな」

 

 つまり、転がっていた石が炎の石ではなく、氷の石、リーフの石、太陽の石、月の石だとアウトだったわけである。

 しかし幸か不幸か、目の前に落ちていたのは炎の石であったため、イーブイは進化せずに済んだのだ。

 

「しかし、何故か……サイゴク地方で生まれたイーブイは、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()!」

「何で!?」

「……サイゴク地方でイーブイをシャワーズ、ブースター、サンダースに進化させるには”たま”が必要なんですな」

 

 そうして進化したイーブイは、サイゴクの姿のシャワーズ、ブースター、サンダースとなるらしい。

 

「”なるかみのたま”、”すいしょうのたま”、”ようがんのたま”。これらのアイテムは普通の進化の石以上に希少価値が高く、サイゴク地方でシャワーズ、ブースター、サンダースの3匹を進化させられる人はあまりいないのですな」

「……でも何でそんな特別な進化をするんですか?」

「恐らくは、この地方で生まれたイーブイに秘密があるのかもしれないですな。ここで生まれたイーブイは皆、”おやしろさま”と”ヌシ様”の加護を受けていると信じられておるのですが……そこに何か関係があるのかと」

「加護ォ? オカルト染みてるな」

「……この地方で生まれたイーブイは皆、大昔のヌシの血を引いているとされているのですな。あるいは、サイゴクという地に何か秘密があるのか……分からないことは多いですな」

「他所から連れてきたイーブイは、炎の石、雷の石、水の石で進化するんですか?」

「そう。そこがミソ!! なんと、ちゃあんと進化するのですな」

「な、なんだその面倒な仕様は……」

「その代わり、”たま”では進化しないことが既に証明されているのですな」

「……サイゴクで生まれているか否かがポイントなのか」

 

 まとめると、メグルのイーブイに限らず、サイゴク地方で生まれたイーブイは炎の石、水の石、雷の石では進化せず、特別な”たま”によって水・電気・炎タイプの進化系に進化するということ。

 一方で、他の5種類の進化系には普通に進化してしまうので、うっかり進化しないように注意が必要なのは相変わらずであるということだ。

 

「取り合えず、この”かわらずのいし”をお礼にあげるので、イーブイに持たせておくと望まぬ進化を防げますな」

「ありがたく貰っておきます」

「プッキュルルル!?」

 

 不服そうに鳴くイーブイ。

 しかし、もうこんな事で肝を冷やしたくないメグルは、さっさと”かわらずのいし”のペンダントをイーブイの首から下げてしまうのだった。

 不満そうなイーブイであったが、ぷい、と拗ねたようにそっぽを向いただけで、そのまま大人しくするのだった。

 「主人の判断にゆだねる」とでも言わんばかりに。凶悪毛玉であることには変わりないが、やはり最初に比べれば素直になった気がした。

 

「ついでにトゲトゲ君も──」

それは要らねえ

 

 ──ドンマイ、館長。

 ちなみにカセキは結局貰えなかった。当然と言えば当然であったが。

 

 

 

(……取り合えず、イデア博士に捕まえたストライクを見せたいよな。赤い月について聞きたい事もあるし)




【メグル現在の手持ち(スタメンに限る)】

イーブイ LV23 ♀ 特性:きけんよち 性格:やんちゃ
技:スピードスター、でんこうせっか、すなかけ、つぶらなひとみ
頭の硬さを生かした突貫攻撃は相変わらずの強さ。同レベルの同種に比べて明らかに頭一つ抜けている。どの進化系を選ぶかはまだ未定。やはりそう簡単に決められる問題ではないのである。


オドシシ LV22 ♂ 特性:いかく 性格:さびしがり
技:さいみんじゅつ、とっしん、ねんりき、おどろかす
さいみんじゅつの便利さはゲーム以上のもの。持ち前のタフさもあって、要所要所で活躍を見せる。取り合えず10万ボルトとシャドーボールの技マシンが欲しいメグルであった。


ストライク LV26 ♂ 特性:むしのしらせ 性格:せっかち
技:かげぶんしん、れんぞくぎり、つばさでうつ、きりさく
文句なしのスタメン入り。赤い月の時に現れた個体だからか、通常種よりも体の大きさも大きい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:ポケモンにも因縁というものがある

 ※※※

 

 

 

「赤い月、ねぇ。あった、あったよ。資料。全く人使いが荒いんだからぁ、このこのぉ」

 

(そういやこの人こういう人だったな……)

 

 

 

 ふぁあああ、と大あくびを浮かべながらイデア博士はスマホ越しに言った。

 自分から掛けたものの、即刻切りたくなったメグルだったが、我慢して話を続ける。

 彼に連絡したのは他でもない。サイゴク地方で起こっている「赤い月」現象について、だ。

 突如前触れもなく月が赤くなり、短時間ではあるものの凶暴な野生ポケモンが出現するのである。

 

「にしては今の今まで連絡寄越さなかったじゃないですか」

「仕方ないじゃない、僕は忙しいからねぇ。これでもテレビ番組に出させてもらってる身分だし、論文だって書いてる。勿論、”赤い月”についてもね」

「……あれは結局何なんですか?」

()()()()()()()()()、とでも仮定しておこうか」

「ッ……」

 

 さらり、と博士は言ってのける。

 

「と言っても、確証は持てない。なんせ、月にまで影響を齎すことが出来るようなポケモンが居るとは思えないからね。なんせ月って、この星から30万km離れたところにある衛星よ?」

「……異常は月そのものではない、と」

「──光の屈折が変わったことで、月と空が”赤く光っているように見えている”。これが僕の仮説かな。でも、僕は天文学素人だから期待しないでねー」

「でも言ってることは何となく分かりました」

「何らかのポケモンが空で暴れてて、その影響が僕らの見ている景色にも出てるんじゃないかな。ま、理由はどうあれ月が赤く見えるなんて、それはそれで尋常じゃないからさ。相当大きな異変と見て良い」

「っ……赤い月現象って、俺が来る前から起こってたんですか?」

「実は散発的に起こってたよ。ただ、君が来る前は幻か何かって言われててね。つまり、発生時間が短かったんだ。それが回を増すたびに発生時間が──長くなってる」

「……ムウマージには何か異変が起きてましたか?」

「体が大きいのは群れのボスだったってことで説明がつく。ただ、目が赤く光って凶暴化してたのは──やはり、赤い月の影響なんだろうね。それを見たことで興奮し、そして力が増した。赤い月が出ている時、大気中にはポケモンを凶暴化させる何かが充満しているんじゃないか?」

 

 推論を述べた博士だったが、結局ムウマージを調べ回しても全く以て”ポケモンを凶暴化させる何か”については分からなかったらしい。

 赤い月について、その原因を論じることは出来ても、正解に近付くことは今の所出来ないのである。

 

「逆にメグル君。ムウマージとストライクに遭遇した君は、彼らから何か感じ取ることが出来たか?」

「えっ」

 

 そう言われても、すぐに答える事は出来ない。

 彼らから感じることが出来たと言っても、本能のままに暴れていたようにしか見えないのである。

 

「とくには……よく暴れてるなあ、と」

「……そうだね。しかし、捕まえた後のムウマージは実に大人しかったよ。少なくとも君の所のイーブイや、今大学の研究施設に居るオニドリルよりはね」

 

 となれば、やはり”赤い月”はポケモンを凶暴化させると考えて良いのだろう、とメグルは考える。

 ただしそれは、本能を刺激するとかそういうレベルではなく、性格が豹変するレベルのものであることが伺える。

 まだボールからは出していないが、わざわざ人里近くにやってきたあのストライクも、そうなのだろう。

 

「怖いのは、ポケモンと人の住む場所の境界が無くなることだよね。人がポケモンの住む領域を犯すとは言うけど、逆も起こり得る。そして、その”逆”が赤い月によって頻発するかもしれない」

「っ……ポケモンと人がぶつかり合う事がある、と」

「無くは無いよね」

 

 そうなれば、人もポケモンも互いを恐れる時代に回帰してしまうだろう。

 モンスターボールと、長い時間をかけて積み上げられてきた人とポケモンの距離感が破壊されてしまうことを意味する。

 ただでさえサイゴク地方は野生ポケモンの勢力が他の地方と比べて強い方だ。人の生活が脅かされれば、人は野生ポケモンを排除するしかなくなってしまう。

 

「”赤い月”の起こる時間が長くなればなるほど、人とポケモンのバランスは崩れやすくなるだろう。その前に原因を突きとめなきゃね」

 

(あれ? じゃあ結局何にも進展してなくね?)

 

 正味、何も分からないままであった。

 同時に”赤い月”が決して座視出来るものではなく、異変がサイゴクを侵食していることは分かったが。

 

「リュウグウさんからは聞いてるけど”テング団”なる怪しい団体がうろついてるらしいし……くれぐれも気を付けるように」

「大丈夫なんですかね、この地方」

「少なくともキャプテンたちは黙って見てるつもりは無いみたいだよ」

「と言いますと?」

「先日リュウグウさんが退院してね」

「!」

「どうやら、キャプテンを集めて大合議をする……らしいね。それまで、どうやら全てのおやしろは閉鎖。ヌシポケモンも匿うようにしてるみたいで、しばらく試練は受けられないようだ」

 

 セイランのおやしろで、暴走したシャワーズの攻撃を浴び、負傷していたリュウグウ。

 しかし既に彼は完全に持ち直しており、後遺症も無く病院を去ったのだという。

 そして可愛がっていたヌシポケモンを傷つけられて、黙っているわけがなかったのである。

 当然、テング団の標的になりかねないヌシポケモンを保護し、更に方針が固まるまではおやしろを閉鎖する判断に踏み切ったところにリュウグウの本気が伺える。

 

「大合議っていつあるんですか?」

「3日後みたいだよ。それまで、ゆっくり戦力を整えたら良いんじゃないか。君がこの地方を救うって言うなら、強くなるに越したことは無いでしょ」

「……時間はたっぷりあるな。でもリュウグウさん、何をするつもりだろ」

「あの人……昔から怒ったらとても怖い人だからね。昔は鬼のリュウグウ、だなんて呼ばれてたみたいだよ?」

 

 ごもっともであった。

 となると、今ベニシティに行ってもすぐに試練が受けられるわけではない。

 

「で、次はベニシティ……”ようがんのおやしろ”か」

「炎タイプ、ですよね」

「ああ。キャプテンのハズシさんが担当するのは、炎タイプ。おやしろがあるのも、活火山の”ひのたまやま”だ」

「火山で戦わされるのか……ただ、炎タイプに強いポケモンがイシツブテしか居ないんですよね。イシツブテをゴローンに進化させれば、まだ戦えるとは思うんですが」

 

(ゴローンは炎タイプに対しては滅法強い。だけど、先の試練を考えるとそれだけで勝てるとは思えない……)

 

「取り合えず、ポケモンを捕まえていけば良いと思うよ。コハクタウン近辺には、トゲトゲ洞っていう鍾乳洞とカルスト台地があるからね。あの辺りには岩タイプや水タイプのポケモンも居る」

「……ところで博士」

「何だい?」

「……コハクタウンの化石採集場って、本当に化石出るんですか? 俺一日掘ってたんですけど……」

「いやあ、だって大きい化石って大体掘り尽くされちゃってるから、デカいのなんて早々出やしないよ」

「……そ、そうなのかなあ」

 

 さっさと諦めて、明日はトゲトゲ洞に向かうことにしたメグルであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 見晴らしの良いカルスト台地を南下していき、順路に従っていくと大鍾乳洞である”トゲトゲ洞”がぽっかりと穴を開けていた。

 洞内からは常に地下水が溢れ出している。

 図鑑で確認すると、この辺りに生息しているのはズバットやコロモリと言ったコウモリ型のポケモン、そして淡水に生息する水タイプのポケモンである。

 現状、イーブイとオドシシ、そしてストライクの3匹をスタメンとしているメグルは、残る3匹の枠を埋めるつもりで捕獲しにかかるのだった。

 

「つー訳で役に立つのが、ストライクの”みねうち”ってわけだ」

 

 ──科学の力ってすげー!! とメグルが感じたことが一つ。

 それは、ポケモンセンターに備え付けられているパソコンにポケモンを預ける際、”技の習得と忘れさせ”が出来るようになったという点だ。

 元々ポケモンはモンスターボールに入っている際、自身の身体を電気信号に変えることが出来るという習性を持つ(ポケモンをパソコンに”預ける”ことが出来る理由である)。

 その際、ポケモンの持つ記憶分野に介入することでポケモンが忘れていた技を思い出させることが出来るようになったのだという。

 メグルは今所持していないが、携行出来るポケモンボックスさえ手に入れられれば、実質的にどこでもポケモンの技の管理が出来るようになる代物だ。

 

(要するに何処でも思い出し・忘れさせが出来るようになったってことじゃないか。ゲームでも実装されてほしーなぁ)

 

 因みにLEGENDsアルセウスではそんなものが無くてもフィールド上でポケモンの技覚えが可能であった。その原理については敢えて触れないものとする。

 閑話休題。

 それを利用したメグルは早速、ストライクに”みねうち”を習得させることにした。

 これは、どんなに攻撃してもポケモンのHPを必ず1残す技である。

 ポケモンはHPが減れば減るほど捕獲しやすくなるのが常識だ。しかし、うっかり”倒し”てしまうと──ポケモン特有の性質で小さくなって逃げてしまい、捕獲出来なくなってしまう(モンスターボールはこの性質を利用したものである)。

 そのため、ポケモンを倒さないギリギリの所まで体力を減らすこの技は有用だ。そこをオドシシに交代し、”さいみんじゅつ”で眠らせればほぼ確実に捕獲は成功するだろう。

 

(恰好良いし、強いし、有能、今からハッサムになった時が楽しみ──)

 

 そう思って、目の前にストライクの入ったボールを放り投げる。

 実は、捕まえてからの顔合わせはこれが初めてだ。

 洞窟に潜る前に、一言挨拶でもと考えていた。が──

 

 

 

「ギッシャラララァ……ッ!!」

(あれぇーっ!? なんかすっげー機嫌悪い!?)

 

 

 

 飛び出した矢先、威嚇するように鎌を振り上げるストライク。

 フーッ、フーッと鼻で息をしており、興奮したようにじりじりとメグルの方に詰め寄る。

 

「あ、あのー、ストライクさん? お、俺は食っても美味くないですよ?」

「ギッシャララララ……!!」

 

 すっ、と振り上げた鎌を、メグルのベルトにぶら下げたボールに向けるストライク。頭が良いのだろう。それを押せば中からポケモンが出てくることを学習している。「出せ」と命令しているようだった。

 トレーナーの癖に、逆らうことが出来る雰囲気でもないため、メグルはボールを放り投げるのだった。

 

「ブルルルゥ?」

 

 現れたのは──オドシシ。

 ストライク捕獲の立役者となった手持ちだ。

 現れたオドシシは落ち着き払った様子で、息をすると目の前に現れたストライクの敵意を感じ取ったのか呆れたように身構えるのだった。

 

「ギッシャララララッ!!」

「……ブルルゥ」

 

(な、何だなんだ!? イーブイやイシツブテじゃなくて、オドシシ……ッ!? 明らかに因縁があるみてーな空気……!」)

 

 間に割って入って止めたいところだったが、ストライクの鎌の威力は先の戦いでよく知っている。

 とてもではないが、介入できそうにはない。

 一方的にストライクが襲い掛かる様子は無い。

 だが、納得がいかないようにオドシシを睨み付けている。

 オドシシはと言えば、いざとなればいつでも眠らせることが出来るからか、それともストライクに思う所があるのか、毅然とした態度で佇んでいる。

 

(分からねえ……俺にはポケモンの言葉とか分からないから、全く……!!)

 

「ギッシャラララ……!」

 

(もしかして、眠らされたのを根に持ってる……!?)

 

 カチン、カチン、と両方の鎌を打ち鳴らし、威嚇するストライク。

 それに対し身構えるオドシシ。

 一触即発の空気が漂っていたその時だった。

 

「プッキュルルル!!」

 

 ぽんっ!!

 勝手にボールからイーブイが飛び出し、両者の間に割って入る。

 何時も通り傍若無人な態度でイーブイは「混ぜろ」と言わんばかりにストライク、そしてオドシシにまでガンを飛ばすのだった。

 

「お、おい、イーブイ……!?」

「……ギッシャラララ……!」

「プッキュルルル……!」

「ブルルゥ」

 

(コイツら、実はすっげー仲が悪いのか……!?)

 

 まさに三つ巴。

 意図しない顔合わせとなった3匹に、メグルは戦慄するしかない。

 

(……オドシシ捕獲の時はイーブイが戦って、ストライク捕獲の時はイーブイはやられかけたけど、オドシシが捕獲に寄与してるんだよな……あれ、じゃあこれって──3竦み、ってコトォ!?)

 

 イーブイ→オドシシ→ストライク→イーブイ。

 タイプ相性上は互いに互角。

 しかし、今この場では3者の実力は「戦い方の相性」もあって互角。

 イーブイは身体が小さく小回りが効くため、オドシシの催眠に頼った戦い方が通用しない。

 一方、ストライクの方が素早さが高い上に攻撃力も高いので、一度マウントを取られれば倒されてしまう。

 だが、ストライクは直線的な戦い方が災いしてオドシシの技に引っ掛かってしまう……といった具合だった。

 

(オドシシは”あやしいひかり”を覚えてる……ストライク戦ではうっかり倒したらアウトだから、使わせなかっただけだけど……イーブイに刃を向けたら、オドシシは何時でも”あやしいひかり”が撃てる……!)

 

「プッキュルルル……ッ!!」

 

 ストライクに臆することなく狼藉を咎めるイーブイ。

 

「ギッシャラララ……!!」

 

 その生意気で小さな首を今すぐ掻きに行くことが出来るものの、そうなればオドシシの”あやしいひかり”に引っ掛かってしまうストライク。

 

「ブルルゥ……!」

 

 そして、イーブイを捉えることが出来なくとも、ストライクに対しては技を一撃は耐えて催眠ないし混乱させることが出来るオドシシ。

 同じパーティーとは思えない程に、緊迫した空気がその場に漂っていた。

 

「……ギッ」

 

 しばらくして。

 ストライクは、その場から背中を向ける。

 「今日の所は見逃してやる」と言わんばかりに。

 オドシシがメグルの方を向いたので、そのまま戻してやると、イーブイがギロリとメグルの方を睨んでいるのに気付いた。

 

「悪かったって……本来は、こういうのは俺の役目だって言いたいんだろ」

「プッキュルルル」

 

 手持ちのポケモン恐ろしさに、介入することが出来なかったことに不甲斐なさを感じるメグルであった。

 ストライクはと言えば、ずっと拗ねたように後ろを向いている。

 

(こりゃまた、難しいヤツを手持ちにしちまったなぁ……)




このスタメン、一触即発。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:カメカメパニック

 ──さて。一触即発ではあったものの、その後のストライクは上手く仕事を果たした。

 ”つばさでうつ”の一撃で相手ポケモンの体力を削り、そこを”みねうち”で畳みかける、シンプルながら強力な対野生ポケモンへの戦闘をそつなくこなす。

 しかし、いざ戦闘中に引っ込めようとするとストライクは激しくそれを拒否した。引っ込めて、オドシシに交代するのが彼には分かっているようだった。

 

(ちゃんと普段の指示には従順なんだけど……もしかして、すっげープライドが高い感じ……? オドシシに対抗心燃やしてんのか。性格は”せっかち”なのに意地っ張りなヤツだなぁ)

 

 現状、収穫はズバット(ストライクが攻撃すると、弱って落っこちてきたので捕獲)、コロモリ(同じく)といまいちパッとしない。

 

(ズバットはクロバットまで育てれば強いんだけど、そこまでが貧相だからな……コロモリは特性:たんじゅんのアシストパワー型が強いんだけど、コイツは普通の特性なんだよな……)

 

 とはいえ、先に進めば進むほどに、地下水が流れ込んで大きな池のようになっているエリアが見えてくる。

 そうなると水タイプのポケモン──ヘイガニやアメタマと言ったポケモンも散見された。

 一先ず水タイプのポケモンを捕まえなければ話にならないので、そのままストライクの”みねうち”を駆使して2匹ともゲット。

 特にヘイガニは、進化系のシザリガーが攻防ともに優れたポケモンであり、一先ず手持ちに加えることにしたのだった。

 と、このように。引っ込めようとすると嫌がる事を除けば、此処までストライクに目立った瑕疵は無い。 

 それどころか、技欄を”みねうち”で1つ埋めてしまっていることが勿体ないくらいには、やはり能力の高さが光る。

 

(ほんっと、気性の荒ささえどうにかなれば良いんだがなあ……)

 

 鍾乳洞を観察しながらポケモンを捕まえて行き、早1時間。

 水タイプのポケモンはちらちらいたが、岩タイプのポケモンはイシツブテくらいなものだ。

 もう捕まえているポケモンに用は無い。

 

『ポケモン世界のあるある:洞窟にはイシツブテとズバットがウザいくらい出てくる』

 

 捕まえるものも捕まえたので、順路に従って帰ることにするのだった。

 最奥の大空洞は、大量の鍾乳石が連なり、光り輝くトゲトゲ洞の名物である。

 メグルは鍾乳洞など見たことが無かったので、感心しながら見て回るのだった。

 

(何万年もかけて、今の形になったんだよな……自然の神秘ってもんを感じるよな)

 

 が、しかしその直後であった。

 メグルが自然の美しさではなく、人間の愚かさを感じ取ったのは。

 と言ってもゴミが捨てられていたとかそういうレベルではない。

 ……何かが陣取っている。大空洞のド真ん中で。

 それの姿を見た時、メグルは──命の危機を感じ、すぐさま石柱に隠れたのだった。

 

 

 

(生態系はどうなってんだ生態系は!! お前ら禁じられた外来種を平気で持ち込んでるじゃねえか、分かってんのか!?)

 

 

 

 

 ──大空洞でふてぶてしく寝ているのは、ポケモンであった。

 それも、カジリガメ。本来なら、サイゴク地方≒中国地方には居ないであろうカミツキガメをモチーフとしたポケモンだ。

 当然、カジリガメもイギリス≒ガラル地方に多く生息しており、断じてこんな場所で陣取って良いポケモンではないのである。

 

【カジリガメ かみつきポケモン タイプ:水/岩】

 

【逃げて野生化した外来種。鉄でも岩でも何でも噛み砕いてしまう頑強な顎を持つ。】

 

 見ると、周囲の鍾乳石が無惨にもボロボロにされている。

 トゲトゲ洞は地下水が川のように流れており、そこから外の河川に伝っているのであるが、既に洞内にも被害が出てしまっている。

 無論、図鑑にもカジリガメがこの辺りに出てくるとは書かれていない。

 サイゴク地方では持ち込まれて逃げた外来種がごく稀に出現するのみであり、見つかったらその時点で大事件だとか何とか。

 

(やっぱりどの世界でも人間は愚か!!)

 

 そしてこのカジリガメというポケモン、岩タイプを複合しているがばっかりに現状の手持ちではロクな有効打が無いのであった。

 尚、シキジカはロクな草タイプの技を覚えない模様。

 

「ガージガメェ……ッ!!」

「ひっ……!!」

 

 メグルは入り口越しに隠れる。

 

「痛ッ!?」

 

 脚に激痛を感じ、思わず壁に向かって蹴り飛ばす。

 ごろん、と目の前に何かが転がった。

 起き上がるなりギロリとこちらを睨み付けるポケモンたち。

 

「カンメェェェ」

「カンメェェェ」

「カンメェェェ」

 

(げぇぇぇーっ、進化元ォ!?)

 

【カムカメ くいつきポケモン タイプ:水】

 

【ペット用として輸入された。何にでも噛みつくほど気性が荒く、逃がされて野生化した。】

 

 カジリガメの進化元であるカムカメだ。

 それも3匹。

 1匹は未だにメグルの脚に噛みついている上に、今のメグルの声でカジリガメがパチリと目を開けてしまった。

 

「ガジガメェ……!!」

「いっ……こ、この野郎……やるってのかよ……!」

 

 向こうは4匹。

 一方、こちらは1人。

 このままでは勝ち目がない。

 せめて、進化元であるカムカメを散らさなければいけない。

 ズボン越しとはいえ、既に足からは生暖かいものが流れている。

 

「お前ら出てこい、総力戦だ!! こいつらは逃がしちゃいけねえ、全員捕まえるぞ!!」

 

 一先ず、主人の足にカムカメが噛り付いているのを認めたイーブイは──その様を見て……嗤っていた。

 相も変わらず性格の悪い凶悪毛玉であった。

 

「って、バカ!! コイツの頭に一発、電光石火叩き込めェ!!」

「ぷっきゅるるるー」

 

 ごつんっ、と石頭による手痛い一撃がカムカメに喰らわされる。

 流石に堪えたのか、ようやくカムカメはメグルの脚から離れるのだった。

 改めて、敵は親玉含めて4体。こちらはスタメンだけでは3体しか居ない。

 このままでは数上では不利を取る。そこでメグルは更にもう1匹を戦線に投下する。

 

「残りは──シキジカ、頼むぞ!!」

「きゅっきゅるっ」

 

(つってもコイツ、まともな草技覚えてねーんだよな……どうしたもんか)

 

 と思っていた矢先である。

 突っ走ったのは──ストライクだった。

 ストライクは虫/飛行タイプ。岩タイプを持つカジリガメとの相性は絶望的に不利となる。

 その技を喰らえば一撃で倒れてしまうだろう。

 

「待てッ! ストライク、待った!!」

 

 大空洞の壁を駆け、蹴り、そして回転して勢いをつけながらカジリガメの首を目掛けて刃を振るうストライク。

 しかし、その斬撃は見事にカジリガメの岩の如く硬い肌に阻まれてしまう。

 

「ガジガメェ……ッ!!」

 

 当然、効果はいまひとつ。

 次に来るのはカジリガメの手痛い反撃である。

 

 

 

【カジリガメの いわなだれ!!】

 

 

 

 どすんっ、と地面を踏み鳴らすカジリガメ。

 その瞬間、地面が砕けて岩が持ち上がり──そのままストライクどころか皆にまとめて降りかかるのだった。

 が、しかし。

 流石はストライクと言ったところだろうか。オドシシやイーブイ、シキジカが被弾する中、彼だけは俊敏な動きで岩を見切る──どころか、それを足場にして再び斬撃を見舞う。

 最も、その攻撃はやはり分厚い装甲に阻まれてしまうのであったが。

 

(なんつー速さ……!! 俺はとんでもないヤツを仲間にしちまったかもしれねぇぇぇああ!?)

 

 と言っている場合ではない。

 メグルにも岩が降りかかってきて、慌てて避ける。

 地面が砕け、その場に石ころが飛び散り、破片が転がる。

 人間が直撃すればひとたまりも無い。

 

(本来カジリガメはレベルで”いわなだれ”は習得しない……ってことは、やっぱり人に飼われてた個体か……!?)

 

 先の”いわなだれ”による被弾は、イーブイ、オドシシ、シキジカには少なくないダメージを与えた。

 これでは取り巻きのカムカメを散らすどころではない。見るとカムカメ達は、親分の放った岩には被弾しておらず、皆的確に避けているのだった。

 

(あるいは、既に”どこに落ちてくるか”分かっていたのか……!? 本能レベルで連携が取れている……!!)

 

 タイプが不利にもかかわらず、未だにカジリガメと格闘戦をしているストライクを横目に、他の手持ち達を見やる。

 しかし、カムカメ達の攻撃に加え、メグルが全員への指示を捌けていない所為で動きは散漫だ。

 格下のはずの相手に苦戦を強いられている。

 イーブイとオドシシを誘導してぶつけたり、2匹がかりでシキジカに喰らいつくなど、数の利を生かしている。

 

(ま、まずい……!! 押されてる、このままじゃ……!!)

 

 メグルも多対多戦は初めてということもあって、気圧されてばかり。

 ゲームでは起こり得ない状況に加え、我の強い手持ちを制御出来ていない。

 焦りばかりが募っていく。

 

【カジリガメの ”がんせきふうじ”!!】

 

「ッ!?」

 

 その時だった。

 ストライクの身体が一気に岩に押し潰され、閉じ込められる。

 当然、タイプ一致4倍のダメージを受けたストライクはそのままダウン。

 更に、他の面々もカムカメの攻撃を喰らい続け、ダメージが蓄積していっている。

 

 

 

【カジリガメの ”いわなだれ”!!】

 

 

 

 ──そこに降りかかるのは岩石の雨。

 全体に範囲が及ぶその攻撃を前に、疲労が蓄積していた残る3匹も一掃され、倒れ込んでしまうのだった。

 

「ッ……も、戻れ皆……!!」

 

(ダ、ダメだ、イシツブテで水タイプ4匹を抑え込めるとは思えない、ヘイガニも有効打が無い……!!)

 

 じりじりと後ずさる。

 実質的に全滅のこの状況。

 しかし逃げようにも、カムカメ達が退路を塞いでしまっており、逃げ場はない。

 

(お、落ち着け、こういう時にってユイに教えて貰った秘策があるんだ……!)

 

 メグルは鞄から、がさごそと何かを取り出すと──カムカメ達に投げ付けた。

 

 

 

「行けェ、ピッピ人形ーッッッ!!」

 

 

 

 いちもくさんにそれを見るなり噛みつきにかかるカムカメ達。

 退路は開かれた。カジリガメが岩石を降らせてくる前に、血塗れの脚を引きずりながらも可能な限り全速力でその場を離れるのだった。

 ピッピ人形は野生ポケモンを強く引き付け、その間に逃げることが出来る。

 脚は痛かったが逃げた。まあ逃げた。

 ボールに戻した手持ちのポケモンを庇いながら、メグルは旅に出て初めて野生ポケモン相手に敗走したのである。

 

 

 ※※※

 

 

 

「いっだだだだだだ!?」

「それで、カジリガメ達に挑んだんですか? 無茶をしますね……」

「あいつらそんなに強いんですか……ッ!? いや、うちのポケモンたちも全滅させられたんですけど」

「半月ほど前に逃げ出して大ニュースになった個体で……その後、大分移動していたみたいで各地の河川で目撃こそされど、暴れ回るわチームワークが強いわで、手が付けられなくって」

 

 まさかトゲトゲ洞に逃げ込んでいたとは、と看護師さんが言った。

 噛まれた脚はぐるぐる巻きに包帯で固定してもらい、更にポケモンが病気を持っていることを見越して注射まで打たれたメグルであった。

 手持ちは皆回復マシンに預けている。

 結果から言えば、ポケモンは捕まえられたがカジリガメに手を出したがばっかりに、散々な結末であった。

 結局のところ、今まで無事に野生ポケモン相手の戦闘を切り抜けて来られたのは、ユイや博士のような同伴者の影響が強かったのだ、と思い知らされる。

 サイゴクの自然は、新人トレーナーが楽々相手取れるほど甘くは無い。

 最も、今回の件に関しては、あのような凶暴なポケモンを外から持ち込んだ人間の愚かさに起因するのであるが。

 

(分かっちゃいたけど、相当フォローされてたんだな、俺……悔しいけど……)

 

「最も、場所が分かったなら彼らは地元の猟師チームが捕獲しに行くでしょう。トゲトゲ洞から逃げる前に向かうと思うわ」

「それなら良かったです……」

 

 痛み止めの薬を出して貰い、回復してもらったポケモンのボールをベルトからぶら下げ、メグルは失意に満ちた顔でポケモンセンターを去るのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あっははははは、そんな事があったのかい!? あのイーブイでもどうにもならない相手が居たんだねえ」

「笑いごとじゃないんですけど……」

 

 

 

 その日の夜。

 スマホで今日あった事をメグルは博士に報告した。

 確かに博士としてはいい加減なイデアだが、トレーナーとしては一家言ありそうな人物だとメグルは考えていた。

 故に、思い切って相談してみることにしたのである。今の自分のパーティが抱えている問題を。

 

「……ガッタガタなんですよ、俺のパーティ。スタメンたちは仲が悪くて……捕まえたストライクも、オドシシに因縁を吹っ掛ける上に俺の言う事聞かなくって」

「ふむぅ。それが原因でカジリガメ達にも負けたと」

「そこまでは──思ってないです。俺がカジリガメの強さを見誤ったのもあると思います。後、指示も的確に出来なかった。ストライクを……抑えることが出来なかった」

「つまり、トレーナーとポケモン、両方に非があったってことだよねえ。結構結構」

 

 何処か嬉しそうに博士は言った。

 

「……どうしたら良いんでしょうか。これからおやしろを全部回らなきゃいけないのに、こんな所で全滅してたら……」

「珍しく弱気だなァ、メグル君ったらぁ。……そりゃあ、()()()()()()()()を求めちゃダメだよ。ポケモンが可哀想だ」

「え?」

「最初っから強くて従順なポケモンは居ない。最初っから統率の取れたパーティは存在しない。最初っから……優秀なトレーナーも居ないよ」

 

(あ、それも、そうか……)

 

「僕だって野生ポケモンに何回も全滅させられたしねー」

 

 けらけら、と博士は笑いながら言った。 

 しかし、次の瞬間には真面目な声色で続けるのだった。

 

「トレーナーって語源はトレーニングから来ている、つまり”鍛える人”って意味だ。それが()()()()()()()()()()事を怠ったらダメじゃない。でしょ?」

「ッ……己とポケモンを、鍛える……」

「丸投げになっちゃって悪いけどねー。でも、旅の中できっと今抱えている問題の答えは見つかるよ。きっと、ね。だから、根気強くポケモンに向き合うこと、かなあ。一朝一夕で強くなれるなら誰だって苦労してないんだから」

 

 メグルは己が焦っていた事に気付いた。

 ポケモンはゲーム上のデータではない。

 ボールで捕まえたポケモンは、無条件で言う事を聞くものだと思っていたし、戦わせていれば勝手にレベルが上がって努力値が溜まって、強くなっていくものだと無意識のうちに思ってたが、それは違った。

 彼らは確かに生きている。生きている以上、思い通りに動くわけではない。きっと時間は掛かるだろうが、長い目で彼らを見ていかなければならないのである。

 

(俺は……ゲームからまだ抜け切れてなかったんだ……俺が今所持しているのは……生き物だ。人と意思を通わせることが出来る生き物なんだ)

 

「トレーナーは育てるポケモンを選ぶ権利がある。なら、選んだポケモンにくらいは誠実に向き合いたいよね。トレーナーは1回1回の自分の選択に責任を持つべきだ。そうだろ? 命を預かってる身だからね、そりゃあ」

「命を預かってる身……か。確かにその自覚は……足りてなかったですね」

 

(……今回は、手持ち全員をぶつければ勝てると思って向かって行ったのがそもそもの間違いだった……こいつらの為にも、さっさとピッピ人形で逃げれば良かったんだ)

 

 そうすれば、手持ちへの被害は最低限で済んだ。

 勝てない勝負を最初から仕掛けるべきではなかったのである。

 サイゴクの野生ポケモンは強い、と聞く。これから何度も似たようなことは起こりえる。

 その時、判断を下さなければならないのはメグルだ。ポケモンはトレーナーの指示を聞いて動くのだから。

 

(こいつらだって生きている。気に入らない事があれば反発するのは当たり前、傷つけば痛い思いをするのは当たり前、俺の思った通りに動かないのも当たり前……俺を認めて着いて来てくれるように……俺自身がまず、こいつ等に相応しい俺にならなきゃいけなかったんだ……)

 

「まあ、気長にやりなよ。あんまり思いつめないで。素人なら誰でも通る道だよ」

「……博士もそんな時期が?」

「あったよあった。君と似たような感じさ。そんな時どうしたかは──敢えて教えない」

「俺自身でどうにかしろ、と」

「だってケースバイケースだからね。それを探すのは君の仕事さ。だって君、ポケモントレーナーでしょ。ふふっ」

「……そうですね」

「ま、今みたいに僕が暇してる時なら話し相手くらいにはなってあげるよ。ユイ君が居なくなって寂しいだろうしね」

「……ありがとうございます、博士。ちょっとだけ楽になりました」

「おおう、普段がぞんざいなだけに素直に礼を言われると照れるなァ。もしかしてメグル君もようやく、僕の偉大さとありがたみに気付いた? ところでこれは余談なんだけど、僕の論文がこの間──」

 

 

 

 ブツッ

 

 

 

「……これさえ無けりゃあ良い博士なんだけどなあ」

 

 それはそれ、これはこれ。無慈悲に通話を切るメグルであった。

 そして1つ聞き忘れたことがあったことに気付く。

 

 

 

(そう言えばイデア博士って……博士になる前は、どんなトレーナーだったんだろう……)

 

 

 

 きっと優秀だったのだろう、と思い直す。

 そして、宿の机に6つのボールを置いた。

 明日、コハクタウンを出る。

 まだポケモンは完全に鍛えられたとは言えないが、それでも己とポケモンに向き合い続けるため、メグルは次の試練へ続く道に歩みを進める。

 

(どうせすぐには試練を受けられないんだ。出来るだけの準備はしてやるさ。我武者羅に鍛えるだけが、ポケモンを育てる事じゃないのなら)




【サイゴクニュース】
逃亡していたカジリガメ1匹とカムカメ3匹がトゲトゲ洞の奥地・大空洞で捕獲された模様。空洞内はカジリガメが齧った後が残っているとのことです。くれぐれも、外来種のポケモンにはご注意ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:大都市・ベニシティ

 ※※※

 

 

 

「でっけぇぇぇーっ!?」

 

 

 

 ──ベニシティはサイゴクで最も大きな大都市である、とメグルはかねがね聞いていた。

 しかし、蓋を開けてみれば想像していた以上のものが広がっていた。

 まず、駅が別次元に巨大なのである。地方都市出身のメグルからすれば、考えられない程に。

 構内だけでも迷子になりそうになるレベルだ。そうやって、入り組んだ建物を何とか抜け出して3階から見下ろすと──ベニシティの全貌が明らかになる。

 ビル群が立ち並ぶのみならず、その周囲を覆うようにしてモノレールが取り囲んでいる。

 自然に支配されているサイゴクの地で、人間が集落を発展させることが出来る数少ない場所、それが海辺だ。

 セイランシティ然り、そしてベニシティ然り。

 だが、ベニシティのそれは──セイランシティのそれを遥かに上回る。

 

 

 

『ベニシティ─夕暮れに佇む未来都市』

 

 

 

(そもそもが恐ろしくデカい町だぞ此処……ッ!? 地図の上では広島市どころか廿日市市や呉市まで入っているんじゃねえか……!?)

 

 各地方に大体1つはある大都市枠があるとするならば、サイゴク地方ならば皆がベニシティと答えるだろう。

 しかし、そのエリアは大きく3つに別れており、広島市に当たる文字通りの大都市・セントラルエリア。

 人の手が入った自然公園が多数存在する、元居た世界における廿日市市に当たるナチュラルエリア。

 そして港湾を中心として発展した、呉市に当たる町のポートエリア。

 最終的な目的地はおやしろの存在するポートエリアから南下し、橋で渡ることが出来る島──”ひのたまじま”だ。

 これでは町を一周するだけでも一日では終わらないだろう。

 

(念のために、アルカらしき人を誰か見ていないか探して回るか……商人ってなら、取引相手の多いデカい町に居てもおかしくない)

 

 そもそも、あんな変わった格好の人間は早々居ないので、聞き取りを適当なタイミングで打ち切ることもできる。

 目撃例が無いならば、そもそもベニシティには居ないと判断することが出来るのだ。

 とはいえ、ベニシティはあまりにも広い。

 そのため、試練に向けた準備と並行していく必要があると考えるのだった。

 

(それにしても……おやしろは閉まっているし、どっから行ったものか……)

 

 迷路のように大きく広い駅を出ると、広場が見えた。

 テニスコートのように区切られた一角で──何かがぶつかり合う音が聞こえた。

 

「──ニドラン、”つのでつく”!!」

「何の、マダツボミ、”まきつく”攻撃だ!!」

 

 子供たちがポケモンを戦わせている。

 観光用パンフレットを見ると、町の各地ではバトルスポットと呼ばれるポケモンバトルをするためのコートが設けられているという。

 調べてみると、ベニシティは人口が多い故におやしろまいりを控えた子供も多く、彼らが来たる日に備えてポケモンを鍛えているのだとか。

 また、ストリートバトルに興じるトレーナーも多く、更に町が大会を主催する日さえあるのだという。

 ベニシティの主な興行は”スポーツ全般”。ポケモンを使ったレース、球技、そして──ポケモンバトルも例外ではない。

 

(そう言えば俺、まともなポケモンバトルはしたことなかったな)

 

 ポケモンたちは先の敗北でかなりストレスを溜めている。

 バトルが良い発散の機会になれば良いのだが、とメグルは考えた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「石商人? そんな怪しいヤツ見なかったぜ」

「そうか……」

「ところで、あんたのイーブイ強かったな……何かイヤな事でもあったのか? イーブイらしからぬおっかなさだからよ」

「いつもの事だから気にしないでくれ」

「いつもの事なの!?」

 

 メグルは初めて、トレーナー同士でのポケモンバトルを行った。アルカについての聞き取り調査をしている途中で、唐突に挑まれたのである。

 とはいえ相手は、おやしろまいりをしていないような年齢の短パン小僧。哀れ、彼の連れていたズバットとコラッタは、イーブイが叩きのめしてしまった。

 イーブイの機嫌は()()()()()で、普段以上に攻撃は苛烈の一言。勝てるはずがなかった。

 

(流石にその辺の子供のポケモンには負けはしないか……つーか、そんな事は先ずコイツが許さねえか)

 

「なあなあ、おにーさん、オイラもおやしろまいりしたら強くなれるかな!? 早く旅立ちたくって仕方ねーんだわ!」

「ど、どーだろ。俺もまだ1つしかおやしろを巡ってないから……でもよ、大変だぜ? 1人旅」

「それが醍醐味なんだろー!? おにーさんさぁ、何でおやしろまいりに出たんだよ」

 

(そりゃあ、シバきに行かないといけないヤツが居るからに決まってんだろ!!)

 

 メグルをこの世界に連れてきたアンノーンの生息地は、おやしろまいりの終点・アラガミ遺跡だ。

 彼自身が望んでおやしろまいりをしたわけではなく、元の世界に戻るための手掛かりを探すための手段だったのである。

 

「他の地方じゃあ、オイラの妹くらいの年齢のジムリーダーも居るくらいなのにさ、サイゴクは17にならなきゃ旅に出られねーんだぜ!? おかしいよなぁ」

 

(おかしくもなんとも無いと思うぞ、こんな危ない地方……)

 

「ああでも、そういえば……イッコンタウンの()()()()()()()()は俺と同い年くらいだっけ」

「……イッコンタウン?」

 

 思わずメグルは地図を取り出す。

 位置的には岡山県・吉備中央町に相当する場所だ。

 そこに座すおやしろは──”よあけのおやしろ”である。

 

「キャプテンってのは、おやしろめぐりをしなきゃなれないんじゃねえのか? 流石に」

「ンなルールは無いらしーぜ。ヌシ様に認められればそれで良いってよ。でも、イッコンのキャプテンはポケモンバトルも強いんだってさ」

 

 曰く、他の地方に留学して修行をしたのだという。

 

「あ、でもよ! 強いのは、うちのハズシさんも同じ、いやそれ以上なんだからな! ……ちょっと()()だけど」

「アレ? 問題でもあるのか」

「癖がつえーんだよ……良い人には違いないんだろーけどさ、ちょっと近寄り難いよな」

「ふーん……」

「俺も早く17になって”おやしろまいり”してーよ。何なら、ジョウト地方かホウエン地方を旅してーくらいだけど、遠い地方はもっとダメだって親が言うんだぜ。万が一の時に目が届かないってさ」

 

 きっと彼は、この大都会で何の不自由もなく育ってきたが故にこんな事が言えるのだろう。

 少し外に出れば、待っているのは獰猛な大自然と野生ポケモンの脅威である。

 安全な移動手段と言える鉄道ですら、野生ポケモンとの接触に備えて頑強な装甲が張り巡らされていたのをメグルは思い出した。

 他所の地方で運用されている電車ですら、大型ポケモンに負ける事があったのだろう。きっと。

 

「なあ、1つだけ言っておくけどよ」

「ンだよ、おにーさん」

「……()()()()()()()()()()、だぜ。どんなに可愛く見えてもな」

「はぁーっ、怖い生き物ォ!? そんな事ねーよ、俺と俺のパートナーを見りゃ分かるだろ? 仲良しだぜ仲良し。どんな怖い事があるってんだよ。それぁ、おにーさんの所のイーブイが奇特なだけだぜ」

「負けてるのに、よくそこまで偉そうに出来るなこのガキんちょ……」

「うっせー! 次会った時はぜってー勝ってやるからな!」

 

 そう言って短パン小僧は走り去っていくのだった。

 

「……若いって良いなあ」

 

 そう言うメグルも、まだ19歳であった。

 

「……なあイーブイ。お前、こないだの敗けでモヤモヤ溜まってんのか?」

「プッキュルルル」

「……わりーな。俺がもっと強ければ……お前に悔しい思いさせないで良かったのにさ」

「プッキュイ」

 

 ぷい、とイーブイはそっぽを向いてしまった。

 やはり不甲斐ないと思われているのだろう、とメグルは感じる。

 ポケモンバトルには勝利したものの、もやもやは晴れないままであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「いやー、参った参った。俺の敗けじゃぁ」

「ギッシャララララ!!」

 

 カチンカチン、とバトルが終わっても尚鎌を鳴らして威嚇をするストライクをボールの中に戻す。

 ポケモンは前提として闘争本能の強い生き物だ。ストレス発散に丁度良いのは、ポケモンバトルとなる。

 しかし、ストライクはイーブイ以上に苛烈な戦いを見せた。建物の壁を蹴って勢いをつけた回転斬りは常軌を逸した威力であり、試合相手の男が繰り出したバチンウニはあっという間に倒されてしまうのだった。

 

(こええー……マジ切れじゃねーか、俺の指示殆ど聞いてなかったぞコイツ……)

 

 まるで、かつてのイーブイを見ているようだ。

 そしてイーブイと違って、なまじ殺傷力の高い武器を持っているのが更にタチが悪い。

 言う事を無理矢理聞かせようとすれば、トレーナーに待っているのは死である。 

 

「んで、人探してんだっけ?」

「あ、ああ。そうなんですよ」

 

 試合後にメグルはさりげなくアルカについて、対戦相手の男に聞くことにした。しかし。

 

「ベニシティは人だらけじゃけど、そがいな変わった格好の人は見んかったでぇ」

「こっちでも手掛かりなしか……」

「まあじっくり探せばええ、ベニシティは懐が広い町じゃけぇ、ゆっくりしていきんさい」

「そうします」

「ところで、あんたのストライク強かったの……にしても終始怒ってたが何か嫌なことでもあったんか?」

「あるにはあったんですよね……」

 

 ストライクもやはり、先の敗北を引きずっているようだった。

 その鬱憤をバトルに向けてくれている分にはまだ良いのだが、いつか変な方向に爆発するであろうことをメグルは危惧していた。

 

「主力たちの気性が荒くて困ってて」

「我の強いポケモンに引っ張られとるんじゃろ。苦労しとるなぁ、気持ちは分かる」

「いやぁ、分かっちゃいます? 揃いも揃ってヤンチャなんですけど、抑えられない俺も悪い所があるんで……」

「ポケモンと仲良くなるなら……やっぱ野宿じゃろ」

「え?」

「お好み焼きじゃ、お好み焼き! キャンプセットでポケモンと一緒に囲んで食べるお好み焼きは絶品じゃけぇ!!」

「ね、熱弁しますね……」

 

(そういやキャンプでカレー作るくらいだし、お好み焼きくらいいいのか)

 

「なんせその道20年じゃけぇ」

 

 言った男は、何処からともなく鉄ヘラを取り出すのだった。

 どうやら、お好み焼き屋の主人だったようである。

 

「ベニと言えば、お好み焼き。ベニ焼きって言うヤツが居るが間違いや!」

「そうなんですね……」

 

(似たような話は、世界が変わってもあるんだなぁ……)

 

 言わば広島のお好み焼きと大阪のお好み焼きの話である。

 

「レシピはバトルしてくれた好で譲っちゃるけぇの! キャンプでも作れるくらいには簡単じゃから!」

「え、えと……ありがとうございます……」

「キャンプでポケモンと飯を囲む。それだけで、ポケモンと仲良くなれるけぇの!」

「そんなもんですかねぇ」

「大事なのは、ココやろココ」

 

 くっ、と親指でお好み焼き屋の主人は胸を指す。

 

「トレーナーが真っ向からガツンとポケモンに向き合ったら、分かり合える。俺も昔、おやしろめぐりしてたから分かる!」

「じゃあ……ありがたく貰っときます」

「ついでに、夜になったらいつでも俺の店に来んさい! 丁度此処の裏じゃけぇ!」

 

 暖簾が無かったので気付かなかったが、見てみると確かに店らしき建物がある。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 とはいえ、レシピを貰ったのは丁度良かったとメグルは考えていた。たまにはおやしろまいりやテング団の事など忘れて、ゆっくりキャンプでもしたい。明日は大合議の前日だが、バトル以外でポケモンたちと改めて触れ合うためにもナチュラルエリアにあるというキャンプエリアに足を運ぼうと考えていた。

 何戦かトレーナーたちとのポケモンバトルをこなした後、メグルは稼いだ賞金を元手に必要なものを買い集めた。

 そうしているうちに、すっかり日は暮れてしまっていた。

 

(……思えば、激動の日々だったな……)

 

 どかっ、とベッドに転げ込むとメグルはぼんやりと考える。

 おやしろまいりを進める事、そしてポケモンを捕まえて育てることに必死になっていた。だが、それだけではなく、この世界に来てからは何時どんな時もポケモンに囲まれていて気が休まらない。

 

(明日は一日ゆっくりしよう。俺も疲れた……)

 

 思えば、デジタル中毒のような生活をしていた元居た世界と違い、此処ではポケモンの世話に追われている。彼らの分のご飯も用意しなければならないし、ブラッシングなどの手入れも必要だ。そうしているうちに、あっと言う間に一日が経ってしまい、スマホを見ている時間など無いのである。おかげですっかりデジタルデトックス出来たメグルだったが、やはりゲームが恋しい。現実のポケモン育成はゲームのように上手くはいかない。

 

(仲良くなれれば良いんだけどなあ、こいつらと)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:探し物は忘れた頃に見つかる

 ※※※

 

 

 

「──つー訳で、完成したのがコレか……」

 

 

 

 ベニのキャンプ場で行った初めてのお好み焼きづくりは大変で、ひっくり返すのすら一苦労だった。

 生地に食材を乗せて焼き、その隣でソース蕎麦を焼いて最後にその上に乗せる。

 単純な料理だが、鉄板から発せられる熱気と相まってなかなかこれが難しい。

 後、肝心なのはソースだという。ポケモンが好む味と香りの木の実が配合されており、これがポケモンを喜ばせるとか何とか。

 

「よーし、お前ら出てこーい!!」

 

 ボールを丸ごと全部、放り投げる。

 イーブイ、オドシシ、ストライク、イシツブテ、シキジカ、ヘイガニの6匹が飛び出して来た。

 全員、きょとんとした様子であったが、香ばしいソースと生地の焼けた匂いで鉄板の方に寄ってくる。

 しかし、案の定ストライクはオドシシの姿を見るなり威嚇を始めるだった。

 

「やめろ! 飯の時間なんだぞ、ストライク……」

「ギッシャラララ……ッ!」

 

 咎められたからか、今度はメグルの方を向くストライク。

 その殺気の混じった視線と、両手の鎌に恐怖感を抱くメグルだったが──それでも手持ちには変わりない。

 

「ほら、これやるから……な? 落ち着こうぜ」

 

 切り分け、フォークで刺したお好み焼きをストライクの口元に持っていく。

 すんすんと鼻をひくひくさせた彼だったが、がぶり、とそのままフォークごと噛みつくのだった。

 そのまま、もっと寄越せと言わんばかりに「ぐるるる」と喉で鳴くので、こんな事もあろうかと用意していた大きい一切れをまとめて差し出すと、夢中でかぶりつく。

 

「普通に食ってる……よーし、皆の分もあるからなーっ!」

 

(手持ち6匹分ともなると、材料費嵩むなあ。時々しか無理だわこりゃ……)

 

 そう言って、全員にお好み焼きを取り分けようとしたその時だった。

 

 

 

「はわー、これはなかなか見事なお好み焼きなのですよー」

 

 

 

 ──テーブルに誰かが居る。

 あまりにも自然過ぎて見過ごしそうになったが、巫女装束の女の子がお好み焼きを前にして、目をらんらんと輝かせている。

 イーブイも、そしてメグルも、全く前触れなく現れた彼女を前にして怪訝な表情を浮かべるしかない。

 

 

 

「いや、お前は誰だよ!?」

「ほわっ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ほわ、ごめんなさいですよ……美味しそうな匂いがしたもので、寝ぼけて釣られて来ちゃいましたです」

「それは良いんだけど……え? 寝ぼけてた?」

「はいー、オバケさんが出るのは、夜だと相場が決まっているのですよー、今の今まで寝てたのです」

「オバケ? ゴーストポケモンか?」

 

(まさか夜までテントで寝てるつもりだったんじゃないだろうな、この子……夜行性か?)

 

 紫の袴を履いた巫女装束の少女は、中学生ほどの背格好に見えた。

 少なくともおやしろめぐりが出来るような年齢には見えない。

 地元の神社の巫女さんだろうか、とメグルは考えていたが、何となくそれも違うような気がしていた。

 なんせ、おやしろがあるのはポートエリア。此処からはセントラルエリアを挟んだ場所にあるのである。

 おまけに、オバケ探しに興じる巫女さんなど聞いた事が無い。

 

「ベニシティは、わたしの故郷よりずっとずっと大きい町だと思っていたけど、こうやって落ち着ける場所があるのは良い事だと思うのですよー」

「えーと、オバケを探しにわざわざこんな所に来たのか?」

「いえいえー、オバケ探しはついでなのですよー。ベニシティで大事な用事がある、とお声が掛かったのですー。でも、それまで時間があるので観光をしていたのですよー」

「だけどあぶねーだろ、夜は怖いポケモンも出るらしいぜ? 襲われたらどうするんだよ」

「その心配はないのですよー。わたしのポケモンは、みーんな強いのですよー」

 

 周囲の空気が冷えたような気がした。

 彼女が腰にぶら下げているモンスターボール。

 そこから、何処か身の毛のよだつような気配が感じ取られたのだ。

 

(な、なんだ、このヤなカンジは……この子、何者なんだ?)

 

 メグルは、あまり彼女の心配はしなくて良いような気がしてくる。

 人は見掛けによらず。持っているポケモンさえ強ければ、身を守ることは出来るのだろう。

 

「わたしのポケモン、皆からはよーく怖がられているのですよー。でも、わたしの言う事はちゃあんと聞いてくれる、良い子達なのですよー」

「は、ははっ、そりゃいいじゃねえか。俺なんか全然言う事聞いてくれねえのに」

「それは──あなたが、自分のポケモンを怖がっているからじゃないですかー?」

「ッ……見てたのか」

「怖がっている相手の言う事をポケモンは聞かないのですよー」

 

 お好み焼きをがっつく手持ち達を見ながら──メグルは嘆息した。

 オドシシはさておきストライク相手には少なからずメグルは恐怖感を抱いている。

 最初に出会った時、確かに彼の事を「欲しい」と思った一方で「自分では手が付けられないかもしれない」とも考えていたのである。

 

「わたしたちは、ポケモンの言葉はわからないのですよー。でも、言葉が無くても通じるものってあると思うのですよー」

「……言葉が無くても通じるもの、って何なんだよ。それがわかりゃ苦労しないっての」

「ふふっ、少なくともポケモンがあなた様に着いて来てくれるのは、少なからずあなた様を認めている証なのですよ。そうでなくては、ポケモンは主を見限って離れることだってできるのですよー」

 

 やはり彼女は只者ではない、とメグルは直感する。 

 態度こそほわほわとしているが、その芯には一本、強いものが捻じ込まれているようだった。

 

「……敵わないな。俺はやっぱり、まだまだだ」

「旅の中で分かる事も多いと思うのです。だから焦らずにゴーゴー、なのですよー」

「……一体君は何者なんだ?」

「ふふっ。わたしはヒメノ。ゴーストタイプとオバケが好きな、ただの巫女さんなのですよー」

 

 言った彼女は、ひらり、と舞ってみせる。

 

「そも、わたしだって上手くいかないことの一つや二つはあるのです。昨日なんて、オバケの代わりにヘンなおねーさんに出会ってしまったのですよー」

「変なお姉さん?」

「昨日、”カブラギ遺跡”という場所でオバケを探していたのです。そしたら、ずっと遺跡を観察している不思議なお姉さんと出会ったのです。その時に少しお話したのですよー」

 

 

 

(ああ、ボクはサイゴクの遺跡を調査してるんだ。今日はこの辺りで寝泊まりしようと思っててさ。あ、これ誰にも言っちゃダメだよ! ボク、邪魔されたくないんだからねっ!)

 

(分かったのですよー)

 

 

 

 と言ったやり取りを交わしたのだという。

 

「あっと……これ、誰にも言っちゃいけなかったんでしたー、うっかりさんだったのですよ」

「そうなの!?」

「あまりにも怪しかったので、ついお口が喋ってしまったのですよー」

 

 悪びれずに言ってのけるヒメノ。

 意外と肝が据わっているのかもしれない。

 

「……なあ、そのお姉さんってどんな格好をしてたんだ?」

毛皮のジャケットでゴーグル付けた怪しいお姉さんだったのですよー」

 

 そんな胡乱な人物は1人しか該当しない。

 アルカだ。アルカは”カブラギ遺跡”という場所で何かを調べている。

 そして、その周辺で寝泊まりをしているのだという。となれば、目指す場所は決まった。

 

「ありがとうヒメノちゃん、カブラギ遺跡に行ってみるわ!」

「はいー、貴方にオバケさんの加護があらんことをー、なのですよー♪」

「それは別に要らないかな……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ヒメノと別れた後、ピクニックを中止したメグルはカブラギ遺跡に向かう事にした。

 言わば、大昔の集落の跡らしく、住居や道具などが発掘されるらしい。

 近くには貝塚と言って、食べて捨てられた貝や魚(のポケモン)の貝殻や骨が見つかったのだという。

 周囲は開けた高原になっており、カブラギ遺跡は盆地の中に座していた。しかし──

 

「プッキュルル」

 

 何処にもあの怪しい毛皮女の姿は見られない。

 しかし、イーブイは警戒するように鼻をひくつかせながら周囲を見回している。

 以前、イーブイはアルカに捕食されかけたことがある。それで、彼女の匂いを覚えていたのだろう。

 ……恐ろしい天敵として。

 そしてその匂いを辿るようにして、イーブイは走り出すのだった。

 

「プッキュルルルィッ!!」

「……居るんだな? その先に」

「プッキュイ……!」

 

 遺跡から外れた所に森がある。

 比較的開けているからか、周囲の野生ポケモンの脅威度は低めだ。キャンプを張るには丁度良いのだろう。

 周囲からはせせらぎの音も聞こえてくる。

 近くに──川がある。

 しばらく進んでいくと、水が落ちるような音が聞こえてくる。

 

「川か? 水辺はキャンプを張るには持って来いってことか」

「ぷっきゅるるる」

 

(高原の奥に泉があって、そこから川が流れてるってことか……)

 

 草を掻き分け、進んでいく。

 そうするうちに水の音はどんどん大きくなっていく。

 滝だ。泉から湧いた水が滝になって落ちているのである。

 そして近付く度にイーブイの眉間に皺が寄っていくのが分かった。

 天敵・アルカがすぐそこに居る事を確信しているのだろう。

 

「プッキュルルル!!」

「……オーケー、行こう!!」

 

 人影が薄っすらとだが見える。

 だっ、とメグルはイーブイと共に思い切って茂みの奥に飛び出した。

 

 

 

 

「えっ」

「えっ……?」

 

 

 

 

 ……メグルは硬直する。小さな滝、そして泉。

 以前会った時は毛皮のジャケットで隠れて分からなかったが、凡そ太陽を浴びたそれとは疑わしい程に青白い肌が全て目に飛び込んできた。

 しかし、その体躯は肌色とは裏腹に健康的に丸みを帯びている。

 つぅ、と雫、そして水が、綺麗な楕円を描く胸を伝って落ちていく。

 目を覆い隠す程に長い前髪からは、右目だけが見えており、ルビーのように赤い。

 青白かった頬は、メグルを視認するなり──かぁ、と紅潮するのだった。

 つまり彼女は一糸纏わぬ姿で水浴びしていたのである。

 

 

 

「きっ、きゃああああああああーッッッ!?」

 

 

 

 甲高い悲鳴が泉中に響き渡った。

 すぐさまメグルは視線を逸らしたが、動揺のあまり尻餅をついてしまう。

 

「待て待て待てーッ!! 違う!! そういうつもりじゃなかったんだ!!」

「お、お、お、おにーさんっっっ!? な、なんで、こんなところにッ……!? ボ、ボク、は、ハダカ、見られ──ッ!!」

「違う!! そういうつもりじゃなかったんだ!!」

「じゃ、じゃあ此処から離れてくださいーッ!! ポケモン出しますよ!!」

「ごめんなさいでしたーッ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ほんっとにもうっ!! 人が水浴びしている所を覗くなんて、サイテーです!!」

 

(あんなところで水浴びしてる方が悪いと思うんだが……)

 

 ぷんすか、と怒るアルカ。

 毛皮のコートを着込み、ゴーグルをつけると見覚えのある姿に戻ってしまった。

 

「不服そうですね?」

「いや、そんな事ねーよ? 俺、何にも見てねーから」

「ウソです。さっきからおにーさん、ボクの方を見ないじゃないですか!」

 

 当然だが、鮮烈に記憶に焼き付いて当分離れはしないだろう。

 それを彼女も分かっているのか、じとりとメグルの事を見つめると小声で「……えっち」とののしるのだった。

 

「……違うんだって……俺は単にお前に会いたかっただけで」

「それはそれで気持ち悪いんですけど……どうやってボクの居場所を突き止めたんですか?」

「気持ち悪い言うな、正統な理由があるんだわ」

「ま、まぁ……でも、ボクとしても”会いたかった”って言われるのは悪い気はしないですし? あの美味しい食べ物を恵んでくれた恩もあるし──此処はボクの懐に免じて、裸を見られた件はチャラにしてあげても──」

 

 

 

「──以前、俺に渡した宝石とテング団の事について残さず喋って貰おうか」

 

 

 

 

 一気にアルカの顔が不機嫌になっていく。

 

「テング団って奴らが、おやしろやヌシポケモンを狙ってる。そいつらが使ってた石と、お前が前に渡した石……同じなんだよ」

「ノーコメントで」

「お前はあいつらの仲間なのか! ……実際に被害が出てんだ。答えて貰わねーと困る」

「それは違います! ……あいつらは……ボクの故郷の……そうですね、何と言えば良いんだろう。自警団? 軍? ま、野蛮な奴等ですよ。何処で嗅ぎつけたか知らないけど関わらない方が身のためです」

「そういうわけにはいかねえよ。つーか、お前の故郷って何処なんだ?」

「辺鄙なド田舎ですよ。サイゴク以上にね」

 

(ド田舎……? いやまさか)

 

 メグルは先ほどのアルカの裸を思い出す。

 いやらしい意味ではない。

 彼女の身体で真っ先に目についたのは──あの青白い肌だった。

 

(肌の色については突っ込んで聞きづらいけど……出身を示すには良い材料だ。()()()()()()()()()()んだよな、あんな色の肌……)

 

「……もう良いですか? サービスは此処までですよ」

 

 彼女は話を打ち切るように──モンスターボールを構えた。

 

「……何のつもりだよ? まだ聞きたい事は山ほどあるんだ。石の事とか」

「ボクだって身バレが怖いんですよ。貴方がテング団にボクの居場所を漏らさないとも限らない。そうしたら、あいつらにまた絡まれる。調査の邪魔になります」

「そんな事しねえよ」

「じゃあ、賭けましょう!」

「賭ける?」 

「ポケモンバトルですよ。この地方じゃあ、よくやることみたいじゃないですか」

「何処でもやるだろポケモンバトルは」

「……。勝ったら、貴方の欲しい情報を何でも教えてあげます」

「俺が負けたら?」

 

 アルカは自信たっぷりと言わんばかりの笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

「──何でも、ボクの言う事を聞いてもらいますからねッ!」




【登場人物】
アルカ 女 ?歳
毛皮のジャケットを着込み、ゴーグルをつけた少女。目は前髪に隠れてよく見えない。癖の強い赤毛と、青白い肌が目を引く。好奇心旺盛で気さくな一方、非常に強かかつ計算高い一面を持つ……が、そこかしこに抜けている所があり、全てが完璧とは言い難い。名前の由来はムラサキ科の植物のアルカネット。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:金銀ポケモンの鳴き声は似てるのが多い

「──それでは、いきますよっ!」

 

 

 

【ポケモントレーナーの アルカが勝負を仕掛けてきた!!】

 

 

 

 

 ──勝負は3対3。

 アルカは早速自分の背中にしがみついていた甲羅の如きポケモン──カブトを繰り出して来る。

 同時にメグルは、オドシシを繰り出す。

 一致技のノーマルタイプ技は通りにくいが、岩タイプに対して等倍で通る技は持ち合わせている。

 主力であるエスパー技だ。

 

「オドシシ、ねんりきだ!!」

 

 浮かび上がったカブトは早速、木の幹に叩きつけられてしまう。

 だが、あまり響いていないのかカブトはごろん、とひっくり返って前脚を威嚇するように振り上げるのだった。

 

「……びくともしませんよ。カブト、”あまごい”だっ!」

 

 

 

 

【あめがふりはじめた!】

 

 

 

 

「んなっ……雨戦略だと!?」

 

 カブトの目が不気味に赤く光る。

 それと共に頭上に曇天が広がっていく。

 そしてすぐさま、ざぁざぁと音を立てて雨が降り注ぎ始めたのだった。

 ポケモンバトルに於いて、天候は重要な要素となる。

 日照りの時は炎の技の威力が上がり、砂嵐の時は岩タイプの守りは盤石なものとなり、霰が降る時は荒れ狂う吹雪が味方となる──等々。 

 

「──雨を受けたカブトはパワーアップします!! 今のダメージを取り返すよ──カブト、ギガドレインだっ!!」

 

(特性・すいすいか──!!)

 

 そして、雨状態のとき水タイプの技の威力は高まり、特性・すいすいを持つポケモンの敏捷性もまた跳ね上がる。

 カサカサカサと先程までとは比べ物にならない動きでカブトはオドシシの身体に登りあがり、その牙を身体に突き立てる。

 

「ッブルルルルゥ!?」

 

 そのエネルギーが一気にカブトに取り込まれ、オドシシの身体から気力が抜けていく。

 ギガドレインは、与えたダメージの半分を自分の体力として吸収する技だ。

 先程カブトが受けたダメージは、これで帳消しとなってしまう。

 振り払おうとするオドシシだが、その前にカブトはその身体から離れてすぐさま離脱。

 続け様に「”げんしのちから”!!」の掛け声と共に、周囲の岩を浮かび上がらせてオドシシ目掛けて投擲するのだった。

 

「避けろ──ッ!!」

「せいぜい逃げれば良いんじゃないですか? 特性・すいすいが発動したカブトに追いつけるポケモンなんて、早々居やしませんけど!」

「ッ……雨パの有用性をわかっているのか!?」

「雨……パ?」

「いや、何でもない」

 

 流石の脚力のオドシシは、降り注ぐ岩を避けながらカブトに迫っていく。

 しかし、それを追い詰めるようにしてカブトは正面切って強烈な水の柱を放つ。

 

 

 

 

「──カブト、”しおみず”だよっ!!」

 

 

 

 

 傷口に塩を塗り込む強烈な一撃。

 更に、雨水を取り込んで強化されたそれはオドシシを押し流す程の勢いだ。

 

(雨で威力が上がった必殺技──流石に倒れたかな──ッ!!)

 

「オドシシ──」

 

 次の瞬間には倒れたオドシシが転がっているだろう、とアルカは笑みを浮かべる。

 しかし。

 

 

 

 

「──”バリアーラッシュ”だ!!」

 

 

 

 

 ──水の柱が裂けた。

 正面から突っ切ったオドシシがカブトに強烈な頭突きを加える。

 驚愕したものの、アルカは何が起こったのか理解した。

 オドシシの周囲には障壁が張り巡らされており、それが水流から身体を守ったのだ。

 正面突撃故、オドシシも少なからずダメージを受けているが、それよりも攻撃中に不意の一撃を喰らったカブトは怯んでしまっている。

 そして、一度展開されたバリアはオドシシをずっと守り続けている。

 

「へっへ、驚いたかよ? バリアを纏えば、多少の無茶は効くってもんだからな!」

 

(レジェアルだとBD1段階上昇……! 現実に落とし込むなら、バリアを常時展開ってところか……! これは強いぞ……!)

 

 オドシシが習得した新たな技──それがバリアーラッシュだ。

 突貫と共に周囲に障壁を張り巡らせることで衝撃を軽減し、更に相手から受ける反撃をいなすことが出来る攻防一体の技である。

 

「……ですが、雨はまだ続いていますよ! もう一度、”しおみず”です!」

「もう1回、正面突破の”バリアーラッシュ”だ!!」

 

 追い詰められたカブトが、最大出力の水流を放つ。

 それを更に守りを固めたオドシシが突っ切り──カブトに強烈な頭突きを叩きつける。

 バキッ、と何かが割れる音が響いた。

 カブトの甲羅にヒビが入り、目から赤い光が失われたのを確認すると──アルカは肩を竦め、ボールを翳す。

 

「……あーあ。まさかカブトがやられるなんてね」

「ッよし! 倒した!」

「ブルルルルゥ!!」

 

 得意げに地面を蹴り上げるオドシシ。

 以前のハリーセン戦では苦しめられた”しおみず”を克服した形となる。

 面白そうに笑みを浮かべたアルカは、2つ目のボールに手を掛けた。

 

「調子に乗らないでください。まだ、2匹手持ちは残ってるのをお忘れなく!」

「ッ……」

 

(雨はまだ降り続いてる。次も雨要員か……!?)

 

「──撃ち砕いちゃってよ。ヘラクロス!!」

「プピファーッッッ!!」

 

(ヘラかよ……!)

 

 投げられたボールから甲高い声をあげて現れたのは──屈強な両手両足を持つカブト虫の如き容貌のポケモンであった。

 てっきり水タイプが出てくるものと思っていたメグルは肩透かしを食らったが、同時に脳裏に過ったのは──

 

ヘラクロスに限った話じゃないけど、やっぱハリーセンと鳴き声似てんだなあ……第二世代のポケモンってキー変えただけの使い回し多いから……)

 

 こっちではなく。

 

(H80 A125 B75 C40 D95 S85……!! 虫タイプの中では最強クラスの種族値を持つ上に技にも恵まれているヤベーやつ……!!)

 

 タイプは虫、格闘。

 虫タイプの通りにくいタイプに対して弱点が突きやすい格闘と、格闘タイプの通りにくいエスパーに対して弱点が突ける虫という攻撃面で強力な複合だ。

 しかも、格闘タイプ故か他のタイプの技も豊富に覚える点も見逃せない。

 その複合の都合上、飛行タイプには滅法弱いが、もし先手を取ることが出来たならば岩技で返り討ちにすることもできるのである。

 何より優秀なのは無駄の無い優秀な種族値である。

 

「カブトからいきなりレベル上げすぎじゃないか……!?」

「怖気づいちゃいました?」

「ッ……」

 

(オドシシは弱点を突けるが、突かれる関係でもある……!! だけど、火力が高いヘラクロスの前で下手に交代すると却って不利になる……!!)

 

 ヘラクロスの攻撃種族値は125。ストライク以上だ。

 そこから放たれる技を受けてしまえば、どの道不利になる事は避けられない。

 ポケモンバトルに於ける交代には大きなリスクが伴うのである。

 

「──こうなりゃ、バリアーを盾にして”バリアーラッシュ”だ!!」

「”かわらわり”だよ、ヘラクロス!! バリアーをブチ破っちゃえ!!」

 

 更にバリアーを展開して突貫するオドシシ。

 しかし。それ目掛けて繰り出された平手によるチョップは、容易くそのバリアを打ち砕き、オドシシの脳天へと叩きこまれたのだった。

 ぐらり、とオドシシの身体が揺れ、地面に倒れる。

 

 

 

 

【こうかは ばつぐんだ!!】

 

【オドシシは たおれた!】

 

 

 

 

「ッ……速い……!! そして一撃が重い……!!」

 

(かわらわりは”リフレクター”や”ひかりのかべ”も破壊出来る技、オドシシのバリアを破るのも容易いってか……!)

 

 そうなれば、ぶつける相手は1匹しか居ない。と言うよりも、それ以外有り得ないレベルだ。

 聊か不安は残るが、メグルは──ヘラクロスに対する強烈なカウンターは用意しているのだ。正直本当に不安ではあるが、カウンターではあるのだ。

 

「すまんオドシシ、戻ってくれ……流石に格闘タイプは無理だったわ……」

 

(マジで不安は残るけど……俺はどうにかしてくれるって思ってるぞ!)

 

 そもそも残るイーブイではヘラクロスにはどうやっても勝てない。

 

「──ストライク、頼んだ!!」

「ギッシャラララ!!」

 

 ボールから勢いよく飛び出したストライク。

 その素早さはヘラクロスを超えている。

 しかし、相手との力量差を考慮すれば、同等であろうとメグルは考える。

 更に相手が岩技を持っていることを持っていることは想像に容易い。故に、この勝負──先に相手の首を掻いた方が勝者と相成る。

 

「ストライク、つばさでうつ!! 速さならお前が上だ!!」

 

(てか、そうであってくれ!)

 

「虫・飛行タイプなら、岩技で一発です! ”いわなだれ”!」

「プピファーッッッ!!」

 

 地面を砕き、切り出された岩を空中に放り投げるヘラクロス。

 しかし、それを前にしても怯むことなくストライクは突貫していく。

 落ちていく岩を紙一重で避け、更にそれを足場にして高く飛び上がると、空中で回転しながらヘラクロス目掛けて刃を振り下ろした。

 

「へっへん!! ”いわなだれ”くらいのスピードなら乗りこなせるって実証済みなんだよ、うちのストライクは!!」

「でも、貴方のストライク、つばさで攻撃してなくないですか?」

「……あれ?」

 

 そう言えばそうである。

 尚、刃による一閃は、あっさりとヘラクロスの強靭な腕に受け止められてしまうのだった。

 しかし、それで更にムキになったのか、ストライクはヘラクロス目掛けて続け様に鎌で斬り付け続ける。

 そのラッシュを前にして、ヘラクロスも岩を投げ付ける暇がないのか防戦一方になってしまっている。

 だが技ですらない攻撃で倒せるほど、ヘラクロスはヤワなポケモンではない。

 

「おい!! ストライク!! 言う事!! 言う事を聞いてくれマジで!! ”つばさでうつ”!!」

「ヘラクロス!! 攻撃を引き付けて、”つばめがえし”!!」

 

 さっ、と重心を下げてストライクの攻撃を躱したヘラクロス。

 そしてその大きな角を刀に見立て、大きく振り下ろす。

 大ぶりな一撃目は、さしものストライクもあっさりと身体を翻して避けることが出来た。

 しかし”つばめがえし”は必中技。外れることは無い。何故ならば一撃目は只の囮でしかないからである。

 即座にヘラクロスは角を切り返し、ストライクの身体を斬り上げるのだった。

 

「ギッシャッ!?」

「おいストライク!!」

 

 ぐらり、とストライクの身体が揺れた。

 つばめがえしは飛行タイプの技。効果は抜群だ。

 それが攻撃力の高いヘラクロスから放たれたのである。

 ストライクの胸には斬られた痕がくっきりと残っている。

 想像以上の力で放たれたことがメグルにも分かった。

 

「やれやれ、互角の種族同士……少しは楽しめると思ったんですけど……終わりだね。”いわなだれ”!!」

 

 ストライクの頭上に岩が降り注ぐ。

 疲弊した身体では、さっきのように避けることなど出来ない。

 すぐさまそれに押し潰されてしまい、ストライクはそのまま生き埋めになってしまうのだった。

 

「まっずい……戻れストライク!!」

「おにーさん? ダメじゃないですか。ちゃあんとポケモンには言う事聞かせられるようにしてなきゃ」

「ッ……すまん」

「ああでも安心しました。ボールに入れてるからと言って、ポケモンは必ず言う事を聞くわけじゃないんですね」

「……? どういう事だよ」

「こっちの話ですよ。さあ、早く3匹目を出してください」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──結局。

 残る他の手持ちでヘラクロスに勝てるはずもなく。

 イーブイをぶつけたメグルであったが、あっさりとヘラクロスの”かわらわり”を前に沈んだのだった。

 勝敗は2対0。メグルはアルカの3匹目を拝むことなく、敗北を喫したのである。

 

「ねえおにーさん。何であのストライク、言う事を聞かないんですかね?」

「俺に聞かれても困る……ただ、オドシシに因縁を持ってることは分かるんだけどな」

「何かあったんです?」

「捕まえた時に催眠術を掛けたのがオドシシだったんだ」

 

 前回に引き続き、今回まで。

 正直ヘラクロスは、ストライクが”つばさでうつ”を当てれば勝てない相手ではなかった。

 いや、勝っていたはずの相手だ。

 それだけに、メグルの中では無念が募りつつあった。

 

「ふぅん……ボクには、あのストライクがずっと言いようのないようなむしゃくしゃを抱えているように見えました」

「むしゃくしゃ?」

「はい。それを晴らすためにバトルで発散しているようでした」

「……そうか」

 

 ヒメノに言われたことと併せて思い当たることが一つ、メグルにはあった。

 彼はストライクに対して少なからず恐怖を抱いている。

 それがストライクにも伝わっており、関係性を難しいものにしてしまっているのだろう。だからこそ1度、腹を割ってみるべきとアルカは諭す。

 

「それが分かっただけでも、今回のバトルは収穫だったな」

「前向きなんですね?」

「じっくり向き合ってみるさ。自分で捕まえたポケモンだからな」

「……なんかいい話風に終わらせようとしていますけど忘れてません? 賭けのこと」

 

 そう言えば、そもそもがそんな話であったことをメグルは思い出した。

 結局、賭けには負けたので情報は手に入らず仕舞い。そればかりかアルカの言う事を聞かなければならないのである。

 

「……忘れたり、しませんよね?」

「え、えーと、俺が出来る範囲でお願いしたいんだけど」

「大丈夫ですよ。命は獲りませんから。そうですねー……」

 

 彼女は意地悪そうな笑みを浮かべると、近付いてくる。

 

 

 

 

 

 

「──ボクとデート、してくれませんか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:ドキドキデート大作戦(ではない)

「──おっそい! 2分遅れですっ!」

「うるせーうるせー、ちゃんと来ただけ良しとしろや」

 

 

 

 その次の日。

 待ち合わせ場所は、ベニステーションの南口にある噴水モニュメント。

 半分に割れたモンスターボールが二つ並び、カップから水が溢れているというデザインだ。

 さて、「デート」と言ったはいいがこの石商人の少女が何の考えも無しにそれを提案するはずがない、とメグルは考えていた。

 ましてやポケモン廃人にいきなり春等訪れるはずがないからであるとも彼は考えていた(尚、メグルがこの年まで彼女が居ない事と、彼がポケモン廃人である事に直接的な因果関係は無い)。

 従って、このデートにかこつけてアルカが何を企んでいるのかが気になってメグルは昨晩結局眠れなかったのである。

 

「あれー? おにーさん隈が出来てますよ? そんなに楽しみだったんですか?」

「ああ、楽しみにしてたよ……オメーが何を企んでるのかを考えるとワクワクして仕方なくってな。で、何でデートなんだよ」

「若い男女はデートをするのが都会のトレンドらしいじゃないですか」

「ハァ? 何言ってんだオマエ……」

 

 何処かズレたアルカの言葉にメグルは頭を抱える。

 この少女、ひょっとして石や発掘品の事以外はからっきしなのではないか、と。後バトル。

 

「まさかオメー、デートがどういうものかよく分からずに付き合わせたのか? 正直そんな気はしてたけど」

「失礼な! 若い男女が食事、買物、観光や映画を楽しむことですよね? でも、それの何が楽しいのかボクには分からなくって……故に、見識を広げようとかねがね思っていたのですが、ボクには相手が居らず」

 

(奇遇だな俺も居ねーよ、自慢気に言うな)

 

「でも、ボクって、専門外の分野だったとしても一度気になっちゃうと確かめなきゃ気が済まないタチなんですよね」

「なあ、そういうのって好きな相手とするもんじゃねーのか?」

「いませんよ、そんなの。遺跡がボクの恋人ですから。だから丁度良い所に居るあなたに付き合ってもらうんじゃないですか」

「はぁ、さいですか……」

「そもそも折角こんなに大きい町を見て回るんです、荷物持ちの1人は居ないと大変じゃないですか。負けたんだからそれくらい然るべきですよね?」

「こんの……俺は荷物持ちかよ、つーか最初っからそれが目的だったな」

「正解! そもそも人の水浴び覗いておいて美味しい思いが出来るだなんて思わないことですよ」

「はー、ンなこったろうと思ったけど。んでお姫様。デートコースのアテはあるのかよ」

「そういうのは男の人が決めるものだと書いていましたけど?」

 

(このバカ……!! ノープラン……ノーライフ……!!)

 

 一体何処の雑誌を読んだのだろう、出版社に文句を言ってやる、とメグルは三度頭を抱えた。

 しかし、メグルとて無計画ではない。不本意なデートではなかったが、予めベニシティの事は調べておいたのが役に立つ。

 この際、逆に彼女を自分の行きたい場所や買い物に付き合わせてしまおうかと考えるのだった。

 

「──なあオマエのポケモンさ、レベルで覚えない技覚えてたよな」

「ああ、これですか。それはもう”技マシン”という文明の利器を使ったんですよ!」

 

 やっぱりな、とメグルは確信する。

 ”技マシン”とは、ポケモンに使うことで記録された技を覚えさせることが出来るディスクのことだ。

 ポケモンはレベルで新しい技を覚えるが、それだけは技の範囲が狭く戦いづらい。現にメグルもその問題に悩まされていた。

 ゲームで技マシンを手に入れるには、購入するか拾わなければならない。

 この世界でも同じなのだろうが、しかし技マシンとはなかなか貴重品なのか、セイランではまともなものが売っていなかったのである。主に威力の低い”いわくだき”だとか使いどころの難しい”どろかけ”などである。

 

「んで、それは何処で買ったんだよ」

「ああ、ベニに来た時にショッピングモールのディスクショップに寄ったんです。そこの技マシンコーナー、なかなか良いのが揃っていて……」

「よーしそこに行くかー」

「おにーさん?」

「お前田舎モンだから知らねーだろうけどデパートで買い物はデートの定番だぞ? 良いデートは技マシンを選ぶところから始まるんだってよ、知らんけど」

「いや、それおにーさんが技マシン買いたいだけ──」

「デートコース決めてねーのが悪いんだよ」

「絶対違う気がしますーッ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「いやー大漁大漁! ちょっと高かったが、まあ必要経費だわな!」

「あ、あのー? 何でボクがおにーさんの買い物に付き合わされてるんですか? 普通逆じゃないんですか?」

「分かってねーな、それがデートってもんなんだよ、知らんけど」

「絶対違いますよね!?」

 

 ショッピングモールの4階の技マシンショップで一通りのものを買い集めたメグルはご満悦であった。

 凡そ、今の手持ちに足りていない技マシンは揃えられたと言っても良い。

 例えば”でんげきは”。オドシシが習得出来るので、電気タイプが居ないメグルのパーティには有難い1品だ。

 例えば”つばめがえし”。これは必ず命中する飛行タイプの技で、ストライクのメインウェポンに成り得る。……最もストライクが言う事を聞けばの話であるが。

 

(流石に”10万ボルト”や”シャドーボール”は高過ぎて手が出なかったけど、当面はこれで十分だろ。もっと金が溜まれば、オドシシに良い技を覚えさせてマルチアタッカーに出来るんだけど)

 

「……そうだ! 映画見に行きましょう、おにーさんっ! 映画!」

「オメー、俺の買い物に付き合わされるのが嫌で今捻り出しただろ」

「デートの定番と言えば映画と聞きました! 丁度この辺りには3つほど映画館があるんですよ!」

「3つもあるのかよ……つーかお前、ショッピングモールなんだからブティックとかあるじゃねーか、行かなくて良いのかよ」

「ボク、服には興味ないので。替えも持ってますし」

「とことんまで煌びやかなモンとは無縁なヤツだなー……」

「それに、こんなに人が行き交う場所だと落ち着かないんですよ。ボクはもっと、落ち着ける場所が良いです」

「それで映画って訳か」

 

 一先ずマップを一緒に確認する。

 ショッピングモール周辺には確かに3つも映画館が建てられていた。

 特にどれという拘りも無いので、一番大きい場所を選び、アルカを連れてそこに入る。

 が、映画を見るとして問題は鑑賞する映画であった。

 

「……えーと何々。”ハチクマン4”? ”Full Metal Cop2─アイルビー・バック─”? ……このシリーズまだやってたのかよ」

「知ってるんですか?」

「つーか見覚えのあるタイトルがちらほら……イッシュ地方発のポケウッド映画? ああ、そういうね……」

 

 メグルがかつて遊んだ「ポケットモンスター ブラック2ホワイト2」では、ポケウッドと呼ばれる場所で映画を撮影することが出来た。

 そこでは、ポケモンバトル風の選択肢を選んで行くことで展開が変わり、映画の結末が変わるというものだったのである。

 特に「ハチクマン」と「Full Metal Cop」はシリーズ化されているのか最新作が未だに上映されているらしい。

 

「邦画は……何か良いの無いのかよ?」

「あ、おにーさんっ! ボクこれが良いです!」

「え? ……何々”禁じられた恋─カジッチュから始まるふたりの関係─”……お前コレ、恋愛映画じゃねーか、恋愛分からなそうなオマエにこれが分かるのかよ?」

 

 しかもご丁寧に年齢制限付きである。

 

「失礼な! 恋愛くらいボクにも分かりますよ! 好き合ってる男女が婚姻契約を結ぶ前に付き合う事ですよね?」

「間違ってはねえが……」

「とにかく! デートには恋愛映画が良いと聞きました! これで恋愛も一緒にお勉強というわけですよ! まさに一石二鳥!」

「そういう発想が先ず良くないんじゃねえかなあ……」

「石も古代遺物も勉強からです!」

「いやでもぜってーお前には早い気が──」

「バトルに負けたんですよね? お忘れじゃないです?」

「……はいはい、お姫様の言う通り」

「それじゃー、このポップコーンって食べ物と飲み物の代金はおにーさん持ちで!」

「暴君だぁ……」

 

 と、映画が始まるまでは傍若無人に振る舞っていたアルカであった。が──2時間後。

 

 

 

 

「……あ、あ、あう……」

 

 

 

 映画館から出てきたアルカの青白い頬は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。

 無理も無かった。映画の中身は所謂オトナの恋愛モノ。しかも内容は不倫を題材としたドロドロとしたものだったのである。

 ただでさえ恋愛への知識が薄い彼女には、あまりにも刺激が強すぎた。かく言うメグルも何度か目を逸らしたくらいだ。

 手で顔を覆いながらも指と指の間からずっと見ていたアルカは2時間の間それを見ていたわけで。

 

(……こいつ意外とカワイイな。あんなに私はファムファタルですみたいな顔してたのに、おぼこ娘じゃん)

 

「あ、あわわ……男の人と女の人がハ、ハダカで、抱き合ってて……ちゅーも、なんかすっごくえっちで……こんなの映画で流して良かったんですか!?」

「だから言っただろーが! オメーには絶対早いって!」

「し、しかも、け、結婚してるのに他の女の人に会いにいって……そ、それってダメなことですよね……?」

「お前の故郷基準でもNGだったんだ」

 

(まあでも意図せず折檻出来たから、これはこれで良いか。人の言う事聞かなかったらどうなるかってのがやっとわかっただろコイツも)

 

 ついでに情緒と情操もぶっ壊された気もするが、メグルは気にしない事にした。

 

「……あ、あの、おにーさん」

「何だよ?」

「おにーさんも……いえ、何でも無いです!! 何でも無いですから!!」

「とにかく、映画の事は忘れろ! 腹減ったから飯でも食おうぜ」

「……はい」

 

 あれだけ威勢が良かったのに、映画を見た後のアルカはすっかりしおらしくなってしまった。

 

(こういう時にオシャレな所に行くと、却って映画の事思い出させちまいそうだよな……)

 

「お前、なんか食いたいモノは?」

「……とくには無いですけど」

「んじゃあ、この汁なし担々麺でも食いに行こうぜ」

「っ……おにーさんも、ボクをご飯の後に……食べちゃうんですか? 映画みたいに……」

 

 目は見えないが、きっと潤んでいたと思う。

 メグルは蒸発しそうになる理性を「相手はコイツだぞ」で抑え、

 

「考えてねーわ!! 映画の事は忘れろっつったろ!!」

 

 と、アルカの手を引いて昼食の場に連れていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「かッッッら!! おにーさん、騙しましたね!?」

「騙してねーよ、辛いって書いてただろーが、おこちゃま」

「お、おこちゃまとは何ですか! これくらい食べられますからっ!!」

 

 ムキになって汁なし担々麺をかきこみ、再び「かッッッら!!」と火を噴く。

 そして水を飲み干し「まだ辛い……」と泣き言を言いだす始末。

 取り合えず先程までの変な空気を一新すべく中華麺の店に連れてきたのだが、ある種効果はあったらしい。

 

(良かった……これで、映画どころじゃねーだろコイツも)

 

「……何ですか。人が苦しんでるところを見て楽しいんですか。おにちく」

「いや別に。お前さー、バトルの時は結構余裕ぶってたから、それ以外はポンコツなんだなって」

「シンプルに悪口なんですけど!! ほんっと最悪ですね!!」

「うっせー、バトルで勝てないんだからこういう所で仕返しさせろ」

「おにーさん、友達いないでしょ」

「いねーよ、よく分かったな泣くぞ」

 

 ゲンガーの通信進化のために、わざわざ3DSを2台用意していた者だ。面構えが違う。

 

「それにしてもよく今まで困らなかったな……そのざっくりとした都会観で……」

「ボクの故郷とサイゴクじゃあ文化が違うんですよ文化が……それとボク、身寄りが無いんです。親切なおばあさんに運良く拾われて、それで色んなことを教えてもらったんですけど」

「そのおばあさんって、サイゴクの人なのか?」

「そうです。石や発掘品以外興味が無かったボクに、広い世界を教えてくれた人なんです。……もう亡くなっちゃいましたけど」

 

 彼女の出自を聞き、あの世間知らずっぷりにも少しだけ納得が行ったメグルであった。

 

(ん? でも、結局こいつの出身ってどこなんだ? あんまりサイゴクからは離れてないのか?)

 

「それで、好きな事を調べながらサイゴクの事を回ってみることにしたんです。丁度探したいものもありましたし」

「探したいもの?」

 

 その問に対して仕返しだ、と言わんばかりにアルカは悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせたのだった。

 

「教えません。ヒミツです」

 

 その時の笑みが──何とも小悪魔的で、不意に心を掴まれてしまいそうになるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──水面に立つ赤い鳥居を高速船で潜り抜けた先に赤い屋根の木造建築が存在感を放つ。

 ベニシティ・ミヤコ島の浅瀬に座すサイゴクポケモン委員会本部……つまりキャプテンが合議の場として集う場所である。

 

 

 

「──由々しき事態である。愚かにもサイゴクに仇名す者、サイゴクに仇名すポケモンが現れ、おやしろとヌシ様を狙っておる」

 

 

 

 カン、と杖の音が鳴った。

 キャプテンの立場は表面上同等。

 しかし、実際は最も最高齢であり筆頭の実力を持つリュウグウが議長としての役割を果たす。

 

(始まるのね……ついに)

 

 そして、キャプテン代理であるユイも呼び出され、出席していた。

 いずれも一度、おやしろめぐりで会った事のある面子とはいえ、今回は事情も事情であるが故に皆言い知れぬ殺気を放っているように見えた。

 

 

 

 

「この非常事態に際し──急遽諸君らキャプテンを招集した。これより、大合議を執り行うッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:わくわく大合議(ではない)

「……先日、シャクドウを襲ったオニドリル。続けて我がセイランを襲ったテング団。両者に共通するは、共に出自が不明であり、サイゴクに仇名すモノと言う事」

 

【セイランシティキャプテン・リュウグウ】

 

「──断じて許してはおけぬ。しかし、無用な混乱をサイゴクに招くことはしたくない。そこで。改めてキャプテンの皆から、此度の事変に関する意見を聞き、それを元に今後の意向を決めたいと考えておる。よいな?」

 

 カツン、ともう一度リュウグウは杖を鳴らす。

 現在、おやしろは全て閉鎖されて厳戒態勢が敷かれている。

 ヌシポケモンは各自の裁量に任せるとはいえ、凡そは保護されているのが現実。

 

「先ず、イデア博士とシャクドウ大学からの報告を取りまとめる。ユイ」

「はい……皆さん、お手元の資料をご確認ください。私が大学と博士から預かっている情報を皆さんに共有したいと思います」

 

【シャクドウシティキャプテン代理・ユイ】

 

(うっわー……代理とはいえ、大合議の場に立つことになるなんて思わなかった……すっごく緊張するんだけど)

 

 内心、ユイは冷や汗だらだらであった。

 この場に居るキャプテンは4人。

 皆が皆、全員癖の強い人物ばかりなのである。

 一度おやしろめぐりで皆と会っているが、今は立場が違う。

 挑戦者の時のような甘えた態度は許されない。代理とはいえキャプテン同士はあくまでも同輩であり、おやしろの名を背負っているのだから重圧も相応である。

 

「コホン──イデア博士とシャクドウ大学の共同研究の結果、先日捕獲されたオニドリルの遺伝情報はほぼ既存のオニドリルのそれと同じことが分かりました」

 

 部屋の正面に映像が映し出される。

 そこには、シャクドウ大学で行われたオニドリルの遺伝子情報検査の結果が表記されていた。

 全員の目は、捕獲されたオニドリルに向けられる。

 既存のそれとは大きく異なるドリルの如き嘴、そして地中を潜行するに耐えうる頑強な羽根。

 それらの特性を備えていながら、遺伝子の情報はほぼ同じ。それが指し示す事実は唯一つ。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです。従って、このオニドリルを正式にリージョンフォームとして認めます」

 

 しかしそうなると、問題が一つ発生する。

 リージョンフォームとして、このオニドリルをどういった立ち位置に置くか、だ。

 

「──問題は、この地上の何処にも、このオニドリルと形質が一致するリージョンフォームは存在しないんです。特徴的なドリルの如き嘴と、長時間の地中潜行に耐えうるだけの器官を備えていながら……」

「つまり、どの地方のポケモン図鑑でも記録されていない、この地方で初めて確認されたすがたということで良いかの?」

「……そうなります。しかし、この地方で進化したとは考えづらいんです。この地方独自のすがたならば、もっと早いうちに確認されていてもおかしくはないんです」

「──煙たくなってきたでござるな」

 

 全身を忍び装束に包み、顔を布で覆い隠した人物が言った。

 

 

 

「……何処の馬の骨とも知らぬポケモンが入り込んでいるということでござろう。美しきサイゴクを穢すなど以ての外。由々しき事態でござる」

 

【クワゾメタウン”ひぐれのおやしろ”キャプテン・キリ】

 

 

 

 ──彼の名はキリ。

 クワゾメタウンのキャプテンであり、代々続く忍びの家系の末裔。

 現在も尚、”すながくれ忍軍”と呼ばれる忍びの組織の頭領を務めており、その技を如何なく発揮している。

 しかし、その表情は常に覆い隠されており、感情どころかその性別さえも伺い知ることは出来ない。

 

「更に先日セイランシティのおやしろが襲撃された時、テング団と共に現れたダーテングの姿をあたしのスマホロトムが自動的に記録していました」

「……ダーテングまで」

「そしてこのダーテングについても、どの地方のリージョンフォームにも存在しない、独自のすがたであることが分かりました」

「これはこれは面白くなってきましたねー。もしかして、オバケさんのリージョンフォームも居るのでしょうか?」

「これ。洒落になっておらんぞ、ヒメノよ」

 

 巫女服の少女が──微笑みながら言った。

 それをリュウグウが窘める。明らかに危機感に欠ける発言であった。

 

 

 

「ふふっ、失礼したのですよー」

 

【イッコンタウン”よあけのおやしろ”キャプテン・ヒメノ】

 

 

 

 ヒメノは──イッコンタウンのキャプテンを務める少女だ。

 昨日、メグルと出会った時と変わらぬ、どこか気の抜けた表情で彼女は受け答えてみせる。

 一見何にも考えていないようにさえ見える彼女だが──決してその場の全員は彼女を侮ることをしない。

 否、そんな事が出来るはずもない。

 今も尚、彼女が腰からぶら下げているモンスターボールからは、身の毛のよだつような気配が湧き出ているからである。

 最年少でありながら、ある意味、キャプテンの中では最も恐れられている存在である。

 

「……つまり。同じ時期に現れ、おやしろとヌシポケモンを襲撃した出自不明のポケモンは……テング団が持ち込んだものであると考えるのが自然でしょう」

「では、テング団はどうやってこのような個体を手に入れたのですー?」

「それは──分かりません」

「遺伝子改造、と言う可能性も無きにしも非ず。その線については調べているでござるか?」

 

 キリが問うた。

 前例が無いわけではない。

 倫理面の問題で禁じられてはいるが、遺伝子を弄ることでポケモンの姿かたち、能力に影響を与える研究は確かに存在する。

 だが、彼の懸念とは裏腹にユイは首を横に振った。

 

「その線ははっきりと”無い”と断言されています。あのオニドリルは、私達の知る環境よりも更に過酷な環境で自然に形質変化したものだ、と大学側とイデア博士が結論を出しています」

「……承知した。しかし気味が悪いことには変わりないでござるな」

「まとめますと、現在サイゴクを脅かしているリージョンフォームは、何処から来たのかは不明です。この地上の何処にも同型のポケモンが記録されていないのだから当然なんですけど」

「それでは八方塞がりでござろう。リージョンフォームの出所を突き止めない事には……生態の解析も進まないでござる。オニドリルに続きダーテング。ならばほかにも存在していてもおかしくはない。しかし生息地すら分からないのでは──」

「あら、そうでもないわよ、キリちゃん」

 

 その場の淀んだ空気を払拭するような、陽気な声が聞こえてくる。

 にぃ、と口角を上げながら鶴の一声を上げた人物は立ち上がった。

 

 

 

「此処から先は……憶測混じりだけど、ワタシの経験を基にした仮説を説明するわ。良いわね? ユイちゃん」

「あ、はい、お任せします──ハズシさん」

 

【ベニシティ”ようがんのおやしろ”キャプテン・ハズシ】

 

 

 

 濃い化粧に、厚いリップ。そしてライダースーツを着込んだ大柄の男だ。 

 見る人が見れば間違いなく「オネエ」と呼ぶであろう風貌である。最も外見に違わず言動も「オネエ」なのであるが。

 

「実は今回の大合議をリュウグウの旦那に提案したのは、ワタシなのよ♡」

「そうだったんですか!? 今初めて知ったんですけど」

「ええ。だってこれから話す情報はオフレコだもの。皆、キャプテン以外で他言は無用よ、イイ?」

「……承った」

「はいなのですよー」

 

 「良い子ね」と言った後、ハズシは向き直る。

 

「地上に居ないなら、奴らが()()()()から来た……という線は考えられないかしら?」

「違う、世界……!?」

 

 ユイには思い当たる節があった。

 メグルは──ポケモンの居ない世界からやってきた少年だ。

 確かに荒唐無稽かもしれない。しかし、今の彼女には他人事のようには思えなかった。

 

「オバケさんとどっこいどっこいなのですよー」

「いいえ、そうとも言えないわ。”ウルトラビースト”の前例を知っているなら、だけど」

「ウルトラ、ビースト……ですー?」

「……知識としては知っているでござる」

「むぅ……ウルトラビースト、か」

 

 完全に初耳と言わんばかりに首を傾げるヒメノ。

 聞いた事があると何かを直感したキリ。

 そして、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべるリュウグウ。

 キャプテンたちでさえ、その単語に対する反応は様々だ。

 ユイはと言えば──当然、知らなかった。

 

(何それ、初めて知ったんだけどあたし……!!)

 

「ええ。アローラ以外だと国際警察の隠ぺいで広くは知られてないと思うわ。言わば──無数の異界に通じる穴・ウルトラホールを通って別世界から来た生命体の事を指すの」

「俄かには信じられないのですよー」

「証拠ならあるわ。6年前、アローラ地方で捕獲されたUB01 PARASITE。神経毒を持つ危険な生物よ」

 

 全員は、その異様な姿が映った映像を見て息を呑む。

 PARASITEと呼ばれたその存在は、ガラス質で構成された顔の無いクラゲのような生命体であった。

 

「ッ……実在したでござるか、ウルトラビースト……!!」

「なんだかオバケさんみたいなのですよー」

 

(何なの、コイツ……!! こんな生き物、本当に居るの……!? そもそも、生きてるのコイツ……)

 

「彼らはいずれも既存のポケモンに当てはまらない異様な性質、そして凶暴性を持っていたわ」

「じゃあ、あのオニドリルやダーテングもウルトラビースト……!?」

「もし彼らが本当に異界から来たなら、そう呼んでもいいかもしれないわね」

「生息地が見当たらないからと言って異界の生物と判断して良いものか……眉唾モノでござるな」

「ええ、だから参考程度に留めて頂戴。でも前例が無いことだもの。どんな可能性だってあるって思わない?」

「然り。あらゆる可能性を視野に入れるべきじゃ。ユイ。オヌシも分かるじゃろ?」

「はい……」

 

 メグルの件を経験したユイは、ハズシの言う「可能性」を否定することは出来なかった。

 

「ただ……今回の件、ワタシはウルトラホールが絡んでいるわけではないと考えているわ」

「それはまた何故?」

「ワタシ、シャクドウ大学の研究に少しお邪魔させてもらったのだけど……オニドリルには無かったのよ。ウルトラホール特有のエネルギーが」

 

 ウルトラホールは、限られた一部のウルトラビーストが開けることが出来るとされている。

 その際にエネルギーが発生し、ポケモンに対して強力に働きかけるほどである。

 アローラ地方の”ぬしポケモン”が強力である理由は此処にあり、ウルトラホールから発せられたエネルギーがポケモンの力を引き出すと考えられている。

 しかし。オニドリルの身体からはこの独自のエネルギーは感知されなかった。

 これは、今回の件にウルトラホールが絡んでいる訳ではないということを示す大きな材料となる。

 

「つまり。ハズシ殿の仮説はこうだ。”異世界”は確かに存在し、今回現れたオニドリルやダーテングはそこからやってきたということでござるな。ただし、ウルトラホールとは無関係、と」

「ええ。どうやってこっちに来たか分からないから、今のところはお手上げって感じ」

「……そうなると、過去に語られてきた伝承にヒントがある可能性は高いでござるな。もしかして、今回のようなことが過去にも起きたやもしれないでござる」

「うむ……強ち否定は出来んな」

「何が起こるか分からない。それだけは皆、覚悟しておいて頂戴。ま、キャプテンになった時点でそんなことは分かり切ってるでしょうけど」

 

 ポケモンは──何でもアリの生物。

 それは、キャプテンである彼らが最も分かっているはずだった。

 しかし人間、己の理解の範疇から外れたものが現れると素直に受け止め難いものである。

 各々に衝撃を残したまま、合議は続く。

 

「……では、続いて……今後のおやしろの行動指針を決めていきたいとワシは思う」

 

 現在、サイゴクのおやしろは全て封鎖され、ヌシポケモンは厳重に保護されている。

 しかし、おやしろは試練の場であり、同時にヌシの住処でもある。

 元々ヌシは野生ポケモンでなければならない以上、人が常に居るのは彼らにとってもストレスが掛かるのである。

 また、いつまでもおやしろの厳戒態勢を解かない事は、テング団のテロルに屈することを意味していた。

 

「テング団の目的は、おやしろの破壊、そして──ヌシポケモンのオーラの奪取じゃ」

「オーラ、か。強いポケモンには強い力が宿るというが、それを手に入れるとは……面妖でござるな」

「奴らの使っていた”オーライズ”なる技術は、ポケモンのオーラをオーパーツなる道具に封じ込め、オージュエルと呼ばれる石で解放することでポケモンに鎧のようにして纏わせるもの……と推測されておる」

「テング団は、より強いポケモンのオーラが欲しいのかもしれないわね。ウチのヌシポケモンたちは打ってつけ、か。でも、最終的な目的は見えず仕舞いね。おやしろを壊して何がしたいのやら」

「……下らん。ただの暴徒でござろう。力で現状変更など許されることではない。ましてや人間の都合にポケモンを巻き込むなど以ての外でござろう」

「ヌシポケモンを避難させた理由はそこにある。しかし、いつまでもこうと言う訳にはいかん。先ず、諸君らの見解をワシは聞いちょきたい」

「はいー、それではヒメノから提言があるのですよー」

 

 ふわふわとした笑みを浮かべながら、ヒメノが手を上げた。

 

「……うむ。分かった。申してみよ」

「はいー。テング団は、おやしろさまに仇名す危ない集団なのです。怖いのです。でも、なるかみ、すいしょうと立て続けに狙われるのは……ヌシ様も、ひいてはおやしろも()()()()()()証拠なのですよー」

「うん……うん? うん、続けよ、ヒメノ」

「──侮りは外患を呼ぶ最大の要因なのです。報復されないと思われているから、好き勝手されるのですよー」

 

(アレ、なんかすっごくイヤな予感がするんだけどあたし……)

 

 ユイの心配など他所に、部屋の空気が下がる。 

 くすり、と可愛らしい笑みを浮かべながらヒメノはその先を言った。

 

 

 

 

「怨み返し。ただちに討伐部隊を編成し、テング団を一人残らず潰滅する……これが、”よあけのおやしろ”の総意なのですよー♪」




この少女、危険につき──


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:怨み返し

※ヒメノ、イッコンタウン→よあけのおやしろ キリ、クワゾメタウン→ひぐれのおやしろ

のキャプテンです。作中でミスがあったので修正し、此処で追記しておきます。


 通称・御三家と呼ばれるおやしろがある。

 それが、シャクドウの”なるかみのおやしろ”、セイランの”すいしょうのおやしろ”、そしてベニの”ようがんのおやしろ”である。

 この3つは、かつてジョウト地方からサイゴク地方に移住してきた民が、伝説のポケモンに敬意を払い、一族の繁栄を祈願する目的で建築されたおやしろである。

 故に、それぞれ”伝説の三聖獣”と呼ばれるポケモンと、それに似通った力を持つイーブイの進化系がヌシポケモンとして祀り上げられた。

 対して──それよりも歴史が古いのはイッコンの”よあけのおやしろ”、そしてクワゾメの”ひぐれのおやしろ”。

 この2つのおやしろは御三家とは成り立ちが異なる。

 元々、イッコンとクワゾメは野生ポケモンと戦う為に城塞や砦を建築して武装していた過去がある。それほどまでに、その時代のポケモンの襲撃は苛烈だったとされている。

 誰よりもサイゴクに降りかかる災いに対して敏感なのが、この2つの町であり、彼らは決して外敵の存在を許しはしない。

 故に、ヌシポケモンはかつて災いに対して果敢に立ち向かったポケモンの子孫である。その武功によって選ばれたヌシであるが故に、イーブイの進化系とは関係がない。

 おやしろとはサイゴクの均衡の象徴である。ヌシポケモンとはサイゴクの秩序の象徴である。

 それが決して犯されることなかれ。

 それを乱すならば、例え同じサイゴクの民であっても許すことなかれ。

 それこそが責務である。

 イッコンのキャプテンは代々そう教えられる。

 

「──甘い考えは、サイゴクを滅ぼす元なのです。おやしろを閉鎖して守りに入っている場合ではない、とヒメノは考えるのですよー♪」

 

 ヒメノは特に、祖父である先代キャプテンの考えを色濃く残している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 怒鳴って追い出すだけで済ませるリュウグウとは訳が違うのだ。

 そもそもが防衛施設の神棚から発展したおやしろであるが故に、更に厳格な姿勢を取っているのは当然と言えば当然であるのだが。

 

(今からテング団に戦争を吹っ掛けるってこと……!? そんな事して町に何か被害が出たらどうするの……!?)

 

(……気持ちは分かる。しかし非常に危険な考え方じゃ。奴らの戦力は未知数。刺激すればどうなるか分からん。巻き添いを受けるのはいつも、民なのだぞ……!)

 

 が、しかし。当然このようなタカ派真っ逆さまの考えは、一歩間違えればサイゴクに無用な争いを招く元となる。言ってしまえば防衛を口実に攻め込むことも出来るからだ。

 そしてそれが可能なほどに、ヌシポケモンの力は──強大なのである。

 過去、何度かおやしろ間での争いはあり、多くの血が流れた。文明が発展したことで争いは消えていったが、それでも大合議は開かれる。

 暴走する者が現れないように必ず、こうして意見と見解を共有する場を設けるのである。

 

「相分かった。しかし、それはこちらの一存では決められん。分かっておるな? ヒメノよ」

「おやしろとヌシが襲われて尚、この期に及んで日和見主義に走る者を最早キャプテンと呼べるでしょうか? リュウグウのおじいちゃんも……当事者ですよね?」

「……」

 

 タカ派とも呼べる彼女の言動に、リュウグウは──ある男の面影を見た。

 ”よあけのおやしろ”の先代キャプテンの顔であった。

 

 

 

()()()……オヌシは今もまだ、そこに居るのか……?)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──10年ほど前の事である。

 イッコンの近辺ではヌイコグマとキテルグマが大量発生した。アローラから密輸されたものが逃げ出し、繁殖したと言われている。

 キテルグマは餌を求め、度々人気(ひとけ)のあるおやしろや町の近くに姿を現した。

 当初こそリュウグウの進言もあって、現れ次第猟師が捕獲するという方向性であった。

 しかし、見慣れない可愛らしいポケモンであったが故に、不用意に進化前のヌイコグマに近付いた子供が──進化系であるキテルグマに殴り殺された上に、貪り食われるという事件が起こったことで事態は急変したのである。

 

「何故だリュウグウッ!! 人が死に、おやしろにまで入られているのだぞ躊躇している場合ではないッ!!」

 

【イッコンタウン”よあけのおやしろ”キャプテン(当時)・アサザ(76歳)】

 

「野生ポケモンが侵入し被害が出る。そのために防衛を固める。それは正しい事だ。しかし、此度のポケモンとて人間の被害者。無暗に殺さず、捕まえて元の地方に返すべきではないか。そのためのモンスターボールではないのか」

「ならん!!」

「……ッ」

 

 当時のイッコンタウンのキャプテン・アサザは、急進的にキテルグマの討伐に乗り出した。

 それは捕獲ではなく、根絶。全てを皆殺しにするという結論であった。

 なんせ、どの個体が人殺しの犯人かは分からないのである。そしてそれを調べるのもリスクが付きまとう。

 ならばもとよりサイゴクに居てはいけない生き物、これ以上増えないうちに全て根絶せねばなるまい、というのがアサザの考えだった。

 

「死者の怨みは……報復を以てのみ晴らすことが出来る!! どの道人を手に掛けたポケモンは生きていてはいけないのだ!! 熊型は特にそうだ、分かっているだろう!! 人の味を覚えれば、例えトレーナーであっても牙を剥く!!」

「言っていることは分かる。重々承知している。しかし……ならば該当する個体を──」

「どうやって判別する。殺して胃の中を調べてみるか?」

「……それは」

「ほうれ見た事か。我らは虱潰しに人殺しを行った個体を探すことなど出来ん。だから、根絶やすのだ!! そして親を殺された進化元は……必ず人間に憎悪を抱き、仇名す!! これもまた根絶やすしかないのだ……ッ!! 諸共に!!」

「ああ分かっちょるよ。痛いほどな。だが……進化前だけでも助けてやれんのか……」

「リュウグウ。自然を侮ると、どうなるかお前が一番知っているはずだ。お前がそうやって甘い考えだったから、ヌシも死なせたのではないか? ええ?」

「ッ……」

「やめねえか、バカジジイ!! 人の辛い過去掘り出して、どういう了見だコラ!!」

 

 当時、既にキャプテンに就任していたユイの父・ショウブが割って入る。

 外来種の駆逐には概ね賛成だった彼だったが、とうとうアサザの態度に業を煮やしたのである。

 

「リュウグウの爺さんが、どれだけあの件で苦しんだのか、あんた知ってんだろ!? どんな神経してやがんだよ……ッ!!」

 

【シャクドウシティ”なるかみのおやしろ”キャプテン(当時)・ショウブ(29歳)】

 

「ええい黙れ、止めるな小僧!! 人が死んでおるのだぞ!!」

「いいや、止めるぜ。あんたは……いや、あんた達は怒りに囚われて、()()()()()()を忘れているように思える。冷静じゃない人間たちに駆除作戦を任せるわけにはいかない」

「止めるなら、今此処でお前に引導を渡してやろうか? 小僧……」

「おう、望むところだクソジジイ!!」

 

 

 

「やめんかッ!!」

 

 

 

 リュウグウの渾身の怒号がその場に響き、アサザもショウブもボールに掛けた手を止める。しかし──叫んだあと、力無い表情でリュウグウはゆっくりと俯いて言ったのだった。

 

「……もうよい。分かった。……ワシが甘かった。つまらぬ情に流されるべきではなかった。外来種の根絶に……セイランのキャプテンとして、ワシは賛成する」

「爺さん……」

「……アサザの言う通り。奴らはサイゴクに居てはいけない命……そして、大合議の場でキャプテンの和を乱すわけにはいかん」

「分かれば良い、リュウグウ。しかしお前も老いたな。いい加減、後継者の1人でも見繕っておいてはどうだ?」

「……そうかもしれんのう」

 

 ──結果。

 イッコンタウン近辺の山から、ヌイコグマとキテルグマは1匹残らず消えた。その後、密輸に関わった組織もまた、アサザ主導の下で潰滅させられたという。

 駆除が終わったと聞き、リュウグウはイッコンタウンに足を運んだ。野外で、ビニールシートの上に並べられたキテルグマとヌイコグマの亡骸を見ながら──リュウグウは嘆息した。

 

「……何と惨い……此処までせんでも、と思ってしまうのはワシが甘いだけか……アサザ……」

 

 アサザのやった事は間違っていない。甘言を言っているのは自分の方だ。

 しかし──他に方法は無かったのか。何の為のモンスターボールなのだろうか。

 外来種を排除することは出来たものの、はっきりと後味の悪さがリュウグウに残っていた。

 やっていることは間違っていない。だがアサザのやり方は怨みを以て相手に報復するというもの。

 ”よあけのおやしろ”の成り立ちを考えれば無理もなかった。必勝を祈願すると共に、ポケモンとの激突で亡くなった人を弔うためのおやしろだからだ。そもそも「怨みを抱えれば抱える程に人やポケモンは強くなる」という思想が根底にあるのである。

 いつかそれが、大きな災いを生む元になるのではないか、とリュウグウは考えていた。怨みを力の源とする前時代的な風習を未だに崇高するアサザを危険視していた。

 だが──そう考えているうちに、アサザは先のキテルグマ駆除の四十九日後、熱病に三日ほど魘されたのち、あっさりと亡くなった。

 最後は譫言のように──「クマ……クマが……」と呟いていたという。キテルグマの祟りではないか、とあちこちでウワサされた。

 

 

 

(アサザよ、オヌシは何も間違った事はしちょらん……ワシが甘かっただけじゃ。だが……()()()()()()()()()()。人であれ、ポケモンであれ、例え相手が誰であろうと怨みを以て接してはいかん……ワシもまた、戒めねばならん事じゃ……)

 

 

 

 その後9年の間、イッコンタウンには長らくキャプテンが不在の時期が続く。次にキャプテンとして認められたのは、アサザの孫”達”であった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──キャプテンと呼べると思う」

「ッ……! 代理さんが、いきなり何ですかー?」

 

 

 そう言ったのは──割って入ったユイだった。

 

「だって、ヌシに認められれば誰であってもキャプテン。貴方だってそうだったじゃない、ヒメノちゃん」

「その資質に疑問を抱いているのですけどねー、ヒメノは。サイゴクを守る意思を持つ者がキャプテンなのですよー」

「それは……他でもないヌシ様を疑うことになるよ、ヒメノちゃん。そんな事、貴方達には出来ないでしょう?」

「……ッ!」

 

(ひえっ……)

 

 ヒメノの殺気が自分に向けられたのをユイは感じ取った。

 自分よりも遥かに年下にも関わらず、胸には確かに並々ならぬおやしろへの思いが詰まっている。

 しかし、それでも彼女の──”よあけのおやしろ”の行動にはブレーキを掛けねばならない。

 ユイは辛うじて正気を保ちながら、言葉をひとつひとつ紡いでいく。

 

「……人の意見も聞いてみようよ、ヒメノちゃん。あたしもそうだけど……一人で突っ走ったって、何にもならないんだよ」

「……」

「うむぅ、おヌシは大事な事を見落としちょる。相手が人間であるならば報復に走る可能性だってある。おやしろを守りながら、奴らの出方を慎重に伺うのじゃ」

「報復など覚悟の上、なのですよー」

「ねえ、ヒメノちゃん。貴方達のテング団を許しておけないという気持ちは分かるわ。でもね……それが却って、町の人たちの平穏を乱すことになったら大変でしょう?」

 

 ハズシが諭すようにして割って入る。

 

「キャプテンってのはね。おやしろだけじゃなくて、町の安全も守らなきゃいけないのよ。そのキャプテンが、勝手に突っ走っても仕方ないでしょう?」

「……でも、おやしろが──」

「どうせならこちらも相手に悟られないように動いて、奴らの拠点を見つけて一網打尽にした方が良いと思わない? ねえ」

「その間に仕掛けられたらどう責任を取るつもりですー?」

「逆に問おう、ヒメノ殿。あのような集団如き、相手取ることが出来ない”よあけのおやしろ”ではあるまい? 今一度熟考を願うでござる」

 

 キリは冷静だった。

 武功に秀でた”よあけのおやしろ”を逆手に取った問いかけであった。

 流石にこの状況では旗色が悪いと考えたのか、笑顔は崩さないままでヒメノはぱちん、と両の手を叩く。

 

「……それでは、対案を提示するのですよー♪ 人を止めておいて、何も無いということは──無いですよね?」

 

 最も、目は笑っていない。

 

「”ひぐれのおやしろ”としては、すながくれ忍軍を動員し、テング団の監視を行っている。彼らを追っていれば、いずれ本拠地に辿り着くと考えているでござる」

「”ようがんのおやしろ”としては、おやしろへの人員を増やす事で警備体制を固めたままで対応するわ。物量は多いのよ、任せておいて♡」

「”すいしょうのおやしろ”は──おやしろ再建まで、此方の人員を各地に派遣し、支援する」

「え、えーと……”なるかみのおやしろ”も──大体そんなカンジで! ただ、研究施設の警備も固めなきゃ、だから他よりも人員が要ると思う」

 

 概ね「警備を固めて静観、ただし監視と調査を続ける」という具体案を持ち、同じ方向性で向いているキャプテンたちを前に1人そっぽを向くわけにもいかず。

 

「はぁ……勝手にヒメノが熱くなっていたのがバカバカしいのです。では”よあけのおやしろ”も、今回の所は右に倣うのですよー」

 

 と、折れたのだった。

 こうして、波乱はあったものの滞りなく大合議は終わったのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「旦那。お疲れ様」

「……ハズシ殿」

 

 

 

 大合議が終わり、キャプテンたちが去っていく中、リュウグウは一人、佇んでいた。

 アサザは生きている、とリュウグウは確信した。

 しっかりとヒメノの中に生きている。今も尚。

 いや、ヒメノだけではない。”よあけのおやしろ”そのものが、今も尚アサザの考えが根付いているのだろう。

 

「やれやれ……弟君が似なかったのが幸いかしら」

「……長らく平和な時が続いたのだ。ワシらが平和ボケしているだけやもしれんぞ」

「珍しく弱気なのねぇ、旦那」

「我らは今、戦争を仕掛けられているも同然。”ひぐれのおやしろ”の言い分は大いにわかる」

「でも、そこで冷静さを欠いたらお終いよ。熱狂は人を狂わせるわ。あの子もそれを分かってくれれば良いんだけど」

「……そうじゃのう」

「ねえ、旦那。サイゴクの言い伝えって、よく”鬼”が出てくるじゃない」

 

 それは、災厄の象徴として出てくる言葉だ。 

 言い知れぬものを、形容しがたいものを昔の人は”鬼”という怪物に例えたのである。

 

「ワタシね、好きな”鬼”の戯画があるの。おやしろで鬼が暴れている絵よ。でも、鬼同士が争っているだけで人はそこに描かれていない」

「絵は……おやしろ同士の争いを描いたもので、誰の心にも”鬼”は居るって戒めだったかのう」

「そうよ。ワタシたちはポケモンを怪物と呼んで恐れ、敬い、時にぶつかってきた歴史を持つわ。でも……他でもないワタシたちが怪物にならないように気を付けなきゃね」

 

 そう言って、ハズシはボールを目の前に投げる。

 現れたのは──れっかポケモンのファイアローだ。 

 夕焼けのように鮮やかな紅の羽毛を持つ猛禽の如きポケモンである。

 その足には、ハングライダーのような機器が取り付けられている。

 

「それじゃ、ワタシも失礼するわ! 旦那は身体に気を付けて!」

「ああ待てい、ハズシ殿」

「何よ?」

「……もうじき、見どころのある少年──メグルがおやしろに来るじゃろう。試練の相手をしてあげい」

「あーら。贔屓目なのね。らしくもない」

「色々あってな。折を見て話す。各自、人が多いと喋りづらい事もあるだろうからな」

「……そうね」

「今は何も考えずに、あやつの事を頼みたい」

「良いわ、たぁ~っぷり、可愛がってアゲル♡」

 

 そう言って、ハズシはファイアローにぶら下がり──飛んでいくのだった。




【キャプテン2】
ヒメノ 女 13歳
イッコンタウン”よあけのおやしろ”のキャプテンを務める片割れ。常にのほほんとしており、どんなことにも動じない強い胆力の持ち主。霊感があり、オバケが見えるらしい。一方で、おやしろとヌシポケモン、そしてイッコンタウンには並々ならぬ思いを抱えており、祖父の教育からかそれに仇名すものを決して許しはしない。顔ではいつものように笑っていても、その選択には情けも容赦もない。そのため、先代である祖父と同じく「暴走」の可能性を危惧されている。
 加えて、他の地方で修行をしていたためか、おやしろまいりをする年齢に達していないにも関わらず、キャプテンの中ではリュウグウに次ぐ実力者と目されている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:激情

4/10大幅に加筆修正しました


 ※※※

 

 

 

「キリさんっ、今日はありがとうございました──」

「礼は不要でござる。サイゴクの危機、共に乗り越えるでござるよ」

 

 

 

 忍び装束の上、マスクに覆われて素顔は分からないが、キリの態度は温和で紳士的だ。

 ユイも試練の時には随分と世話になっており、彼に好意的な人物は多い。

 

「と言っても、あたしキャプテンじゃないから、何処まで出来るかは分からないけど……」

「今、ヌシ様に認められなくとも、地道に出来る事を積み重ね、耐え忍ぶ。それもまた道でござる」

「皆そう言うんですけどねー……」

「キャプテンは気苦労も多い。今のうちから慣れておくのは大事でござろう」

「気苦労──」

「お二人で何のお話をしているのですー?」

 

 声が聞こえてきて、二人は思わず振り向いた。

 

「げっ、ヒメノちゃん──」

「ヒメノ殿」

 

 ユイはヒメノの姿を再び見るなり身の毛がよだってしまった。

 自分よりも年下にもかかわらず、大人にも負けない威圧感を放っていた彼女に、すっかりユイは気圧されてしまっていた。

 

「ユイ様ー、()()()()()()()()()()、という言葉があるので、これからもよろしくなのですよー♪」

「あ、あはははは……そ、そうね」

「……そう。それはそれ、これはこれ、なのですよー。()()()

「ッ……!」

 

 そう言った彼女は──いきなりボールを天高く投げた。

 

 

 

「──ジュペッタ。”シャドークロー”、なのですよー♪」

「いけないッ!!」

 

 

 

 おどろおどろしい幾つもの手がキリを狙う。

 しかし、それを護るかのように──全身が殻に覆われたポケモンが彼の目の前に現れた。

 影の手は現れた標的を貫くように何重にも重なって突き刺す。

 殻は盾となり──パキッ、と音を立てて砕け散る。

 そうして中から現れたのは、粒子で構成されたこんぺいとうのようなポケモンだった。

 

「ッ……よし。よく耐えたでござる、メテノ」

「しゃらんしゃららんっ」

 

 宇宙に集まった塵を装甲として纏うポケモン──メテノ。

 その本体は成層圏のナノ粒子が突然変異したものと考えられており、硬い外殻の内部に今まさに跳ね回っている本体が隠されている。

 ナノ粒子の本体を守るだけあって、外殻の硬さは強靭の一言。 

 だが、それが破られたことは、影の手の威力の凄まじさを意味していた。

 

【メテノ ながれぼしポケモン タイプ:岩/飛行】

 

「メテノの殻が一瞬で破られた……相変わらずジュペッタとは思えないすさまじい強さね……ッ!!」

「本当なら殻どころか中身諸共ぺちゃんこなのですよー♪」

「ケタ、ケタケタケタッ!!」

 

 不気味な笑い声をあげるのは──ジュペッタ。

 ぬいぐるみに怨念が宿ったポケモンだ。

 自分を捨てた子供を探し、彷徨うという恐ろしい習性を持つという。

 まさに、呪いを武器に戦う”よあけのおやしろ”のキャプテンに相応しいエースポケモンであった。

 

「……何のつもりでござるか、ヒメノ殿」

「良い機会だし決着を付けに来たのですよー♪ ……以前に舐めさせられた辛酸、此処で晴らす時、なのですよー」

「以前……ッ!? キ、キリさん、ヒメノちゃんと何かあったの──!?」

「何ということは無い。キャプテン同士の合同修行で打ち負かした。それだけの事でござる」

「……それで、キリさんを憎んでるの!?」

 

 ユイは思い出す。

 父のショウブは「結局、イッコンの新しいキャプテンの姉の方には1度も勝てなかったなあ」とぼやいていたのだ。

 それが示すのは、ヒメノが恐ろしい実力の持ち主であるということ。それに裏付けされた自信の持ち主であることだ。

 

(キャプテンの中でもヒメノちゃんに勝てるのは珍しい……キリさんに敵愾心を抱いているの……!?)

 

 ユイは恐る恐る、ヒメノの顔を見やる。

 その表情は──予想に反し、ほんのりと赤く染まっていた。

 ユイは目を擦り、もう一度その表情を見やる。

 何かがおかしい。てっきり、顔は笑っていても目は笑っていないものと思っていたのに、さながら恋する乙女のように恥じらう仕草を見せていた。

 

(あれっ!? なんか違う──!?)

 

「……素顔も、素性も、全て暴きたい。そう思うのは、恋患う乙女にとって当然のことなのですよ」

「え、は? こ、恋……!?」

「私の戦術。ポケモン。その全てが通用しなかったのは……リュウグウのおじいちゃん以来、なのですよー。ヒメノは、結婚するなら……自分よりも強い人、と決めているのですよー♪」

「……それから会うたびにポケモン勝負を挑まれて辟易しているでござるよ……」

「情熱的なあぷろーち、と言ってほしいのですよー!」

 

 むぅ、とヒメノは珍しく頬を膨らませた。

 

「あーあ、この年頃の女の子によくある恋に恋するって奴ね……後年黒歴史になるタイプの」

 

 ユイの指摘は正確に的を射ていた。

 幾ら苛烈なキャプテンと言えどヒメノは所詮、まだ13歳の子供なのである。

 

「くすすっ。愛余って憎しみに転ずると言いますので。あなたは応じるしかないのですよー♪」

「とんだ脅迫でござるな……メテノよ、いつも通り短期決戦でござる。しかし相手はヒメノ殿、用心でござるよ!」

「しゃらんしゃらららん」

「用心だなんて。ヒメノのことなど歯牙にも掛けていないのに、よく言うのですよー。だから、たっぷりと呪ってあげるのですよー♪ ジュペッタ、準備は良いですー?」

「ケタケタケタケタケタッ」

 

 ひょい、と跳んだジュペッタは建物の屋根に飛び上がる。がぱぁっ、とジッパーで閉じられた口が大きく開いた。

 そこから再び幾つもの手が伸び、メテノ目掛けて襲い掛かる。

 ”シャドークロー”。幻影の魔手。それも、先程よりも遥かに数が多く、勢いも増しており、ジュペッタ本体よりも巨大な千手の怪物となって襲い来る。

 まるでそれ自体が怪物のように肥大化した影の手は、蜘蛛のようにのたうち回りながら虱潰しにメテノを叩いていく。

 質量そのものは無いのか手が叩いても屋根や桟橋は軋みすらしない。

 だが、一度捕まればそのまま飲み込まれてしまうであろうことは想像に難くない。

 

(そもそも、あたしのポケモンであれを避けられるポケモンって居る……ッ!? 居ない、よね……!?)

 

 決して攻撃の軌道も単調ではない。フェイントを織り交ぜながら、あの手この手でメテノを捉えようと無数の手が襲い来る。

 だが、それでも尚メテノが一度も被弾していないのは、偏にキリの育成の手腕に拠る所が大きく、決してジュペッタがノーコンだからではない。

 むしろ、並大抵かそれ以上程度のトレーナーならばジュペッタの放つシャドークローの物量に押し潰されて倒れてしまうだろう。

 

(そも、ヒメノの前では何処に逃げるかもお見通し。()()()()()()()()()お見通し。通用しないのですよー。……なのに。回避軌道が全く読めない。キリ様。貴方の事がヒメノには全く分からないのですよー♪)

 

 マイクロ粒子のみで構成された身軽な体。小ささ。それを生かし、メテノは持ち前の身軽さを生かしてそれから逃れ続ける。

 急加速と減速を繰り返し、不規則な軌道を描きながら影の手を逃れ続けていく。

 しかし、それを大人しく許すヒメノではない。

 

「ならば”のろい”も掛けて、短期決戦なのですよー♪」

「なっ……!!」

 

 ジュペッタの背中に巨大な釘が現れて、一気に打ち込まれた。

 それと同時にメテノの身体にも巨大な釘が現れ、打ち込まれる。

 ”のろい”は体力を削ることで、相手を呪う技。呪われた相手はその体力を消耗し続けるのだ。避けられるならば、不可避の一撃を叩きこむのみ。死なば諸共。まさに”よあけのおやしろ”キャプテンらしい切札である。

 こうなれば最早長期戦は不可能。ジュペッタを早期に倒すか、メテノが力尽きるか、だ。

 

「最も、その体力なら一撃でも当たればオシマイなのですよー♪」

「ならばこちらも渾身の一撃を喰らわせるのみでござる。メテノ、ストーンエッジを放つでござるッ!!」

「当たらないのですよー。ジュペッタ、”シャドークロー”なのですよー♪」 

 

 メテノの周囲に塵が集まっていき、それが次第に巨大な苦無型の刃となり、雨のようにジュペッタへと降り注ぐ。

 1つ1つがその首を狙う正確な射撃。

 それさえも紙一重でジュペッタは躱していき、自らの両腕を伸ばしてメテノを狙う──しかし。

 

「居ない!? 岩に紛れて消えたのです……!?」

 

 ヒメノは目を見開いた。

 一瞬、岩陰に隠れた間にメテノの姿は視界から消えていた。

 ジュペッタも、いきなりメテノが消えたからか辺りを見回している。

 

「言ったでござろう、短期決戦、と」

「──まさか」

 

 上空から落ちてくる影。

 それがジュペッタの背後を取った。

 

 

 

「最大出力──”メテオビーム”でござるッ!!」

 

 

 

 その掛け声と共にメテノの表面に集められた宇宙のエネルギーが、集中し──ジュペッタを消し飛ばす勢いで放たれる。

 それは岩タイプの特殊技でも最大の威力を誇る大技であり、とうてい”のろい”で自らの体力を削っていたジュペッタが耐えられる代物ではなかった。

 吹き飛ばされたジュペッタは、文字通りボロ切れのように桟橋の上に叩きつけられ、そのまま動かなくなるのだった。

 

(た、溜めるのに時間が掛かるメテオビームをあの時間で……!? 一体どんなカラクリを……!?)

 

「あーあ……勝てると思ったのに、残念なのですよ」

「決着でござるな。……メテノ! すぐに戻るでござるよッ!」

「しゃらんしゃらららんっ」 

 

 いつになく急いだ様子でボールを取り出すキリ。

 メテノはそれに吸い込まれていく。

 それを見やると、落胆しながらもヒメノはジュペッタをボールに戻すのだった。

 そして、握ったボールに「お疲れなのですよー」と呼びかけると、キリの方へ向き直る。

 

「今回もヒメノの敗け、なのですよー。結局、キリ様のことは分からず仕舞いなのですよー」

「世の中には知らなくて良いことも沢山あるでござる」

「ふふっ、ミステリアスなキリ様、素敵なのですよー♪」

「ねえ、このレベルの()()()()()を毎回やってんの……!?」

「ユイ様は私達の事をいささか買いかぶり過ぎなのですよー♪ このくらい、キャプテンならば当然なのですよー♪」

「……あんたねぇ……」

 

 ユイが胃が痛くなるのだった。

 このヒメノという少女、あまりにもアクが強すぎる。

 

「……理解したでござるか? キャプテンには()()()が付きまとうものでござるよ」

「頭も痛くなってきた……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──コハクタウンに続き、ベニシティでも博物館に連れて行かれるとはメグルは思わなかった。

 

「んで? 満足か?」

 

 大量の買い物の荷物を引きずりながら、メグルは問うた。

 アルカはきらきらとした目で返す。

 

「はい♡ いやー、ベニシティの博物館も良いものでしたねー。ガラル地方の奇妙な化石の特別展示!」

「目は輝いてるけど、本当にキラキラしたものとは無縁な奴だなぁ……」

 

 期間限定の特別展示は、ガラル地方の化石特集だった。

 ガラル地方の化石は特殊で、種類が異なるはずの2つの化石を合体させて復元することでキメラの如き1匹のポケモンになるのだ。

 何故化石同士で合体するのか、それとも元々このような異様な姿だったのかは分かっていない。

 それを見るなりアルカは目を輝かせており「古代の浪漫ですね!」と叫んでいた。

 

(カセキメラ、か……強いからいつかは手に入れたいが、遠いガラルの化石は流石に手が出ねえなあ)

 

 さて、廃人目線だとこのガラルの化石ポケモンは話が変わってくる。

 ユーザーから”カセキメラ”と呼ばれる彼らは──とにかく火力特化のポケモンである。

 能力値自体は平均的だが、相手よりも先に行動した時に威力が跳ね上がる専用技の火力が非常に高く、対戦でも活躍していたポケモンたちだ。

 しかし、このサイゴク地方では流石にガラルの化石は手に入らない。目の前に実物の化石は展示されているものの、メグルは生殺しであった。

 博物館を出た後、ほくほく笑顔でアルカは「実はホウエンの化石はですねー」と未だに化石のことについて語りが止まらなかった。興奮冷めやらぬ、というやつである。

 

「ほんとーに化石が好きなんだな……」

「化石に限ったことではありません! 発掘される遺物は長い年月をかけて……不思議な力を得ると言います。それが──きっと、ボクが探しているモノに最も近しいモノだと思うんです」

「それがお前の旅する理由、か」

「はいっ」

 

 その笑顔は純粋そのものだが──それでも彼女が何を探しているかはメグルには想像も付かなかった。

 貴重なポケモンのカセキか、遺物か、それとも──考えても絞り込むことが出来ない。

 

「おにーさんは、何か好きなものがありますか? ボクの化石や遺跡探しみたいに」

「……俺の、好きなものか」

 

 そんな問いかけに──メグルは自然と返していた。

 

「俺は──多分、物心ついてからずっとポケモンが好きなんだ」

 

 ポケモンと言うゲームが好きな理由なら、間違いなくあの無限にも等しい戦略性だと答える。

 だがきっと、彼女にそんな話をしても仕方がない。

 

「何でポケモンが好きなのかって言われても困るけど──姿かたちは違うし、こっちと同じ言葉でしゃべるわけでもない。だけど……なぜか俺と同じ場所を向いてくれる。それって実は、凄い事だと思うんだ」

 

 ただ単に言う事を聞くだけの道具ではない。

 彼らはメグルの住んでいた世界の動物と比べれば知能が高く、そして持つ能力も桁違いに高い。

 そんな彼らが人間と通じ合う事が出来るのは、とてもすごいことではないかと彼は考える。人間に牙を剥こうと思えば剥けるし、現にそれで命を落とした人だっている。だがそれでも──この世界の大多数の人間は、ポケモンと心を通わせて生きている。

 

「ポケモンがこの世界に全部で何種類居るかは分からない。だけど、全然違う姿で全然違う力を持っているポケモン全部と、ボール1つで友達になろうと思えばなれる。そう思うとワクワクしないか?」

「ッ……仲間、友達」

 

 少なくともメグルは昔、アニメを見た時はそう考えていた。

 流石にボール1つだけでは非現実的な話だとは思う。現に今、メグルはボールに入れたストライク1匹に手を焼いているのだから。

 

(勿論ボール投げただけで友達になれるのは理想論さ。だけど、その理想があるから俺は……ストライクと仲良くなるのを諦めてないんだと思う)

 

「……その考え方、好きです! モンスターボールがあれば、この世にある全てのポケモンと友達になれるかもしれないって考え!」

「っ……そうか?」

「じゃあ猶更! ストライクとも早く仲良くならなきゃ、ですね!」

 

(否定、されなかった……それどころか、キラキラとした目でこっちを見てくれる)

 

 どきり、と胸が跳ねる。

 前髪に目は隠れているが、確かに表情は輝いていた。

 

(こいつ……キラキラしたものとは無縁と思ってたけど、驚くほどに……真っ直ぐだ)

 

 思わず、彼女の目に吸い込まれそうになり、目を逸らした。

 

(バカバカ、チョーシに乗るな俺!)

 

「ん? どうしたんですか、おにーさん。顔、赤いですよ」

「何でもないっ」

 

 そっぽを向いたその時。ぷるるるる、とメグルのスマートフォンが鳴る。

 思わずそれを手に取ると──イデア博士からだった。

 

「はい博士──」

「あっ、メグル君!? 聞いてよ、おやしろ、明日から空くんだってさ! 試練に挑めるよ!」

「マジですか!? ありがとうございます!」

「いや、僕は何もしてないけどねー。んじゃっ、張り切ってそのまま2つ目の試練も突破しちゃってよ!」

 

 曰く。

 大合議の結果、警備は固めたままでおやしろは開くことになったのだという。

 

「また試練に挑むんですか?」

「ああ、おやしろの閉鎖が解除されたんだってよ。だけど、不安は尽きねーぜ……せめて、ストライクが俺の言う事を聞いてくれればな……」

「案が無いこともないです」

「というのは?」

「──ストライクとオドシシをもう1度対面させてみてください。それで分かるはずです」

「……!」

 

 何時になく真剣な眼差しでアルカはこちらを見つめてくる。

 メグルは、その目に吸い込まれそうになりながらも──誤魔化すように腰のベルトに吊り下げたモンスターボールを指でなぞった。

 

「……ポケモン同士の揉め事は、ポケモン同士でしか解決できませんから」

「分かったよ。正直……猫の手も借りたかったんだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:不足

「オドシシ!! ストライク!! 出てこい!!」

 

 

 

 メグルがボールを投げると共に、2匹が飛び出して来る。

 場所は変わり、ベニシティの広場の一角にあるバトルコート。

 多少彼らが暴れても良いように広めのスペースを取っているのだ。

 そして万が一の事があったときに仲裁に入れるように、イーブイがちょこんとメグルの足元に座っていた。

 けだるそうに「くあぁ」と欠伸をしていたイーブイだったが、犬猿の仲とも言える2匹が出てくるなり露骨にしかめっ面をして引き下がる。

 既に、2匹は臨戦態勢を取っており「何故一緒にした馬鹿主人」と言わんばかりにメグルに向かって「ぷきゅー」と抗議してみせる。

 

「……わり、イーブイ。うっかり殺し合いになりかけたら一緒に止めてくれ」

「ぷっきゅるるるる」

 

 死ぬのはお前だけで十分だ、と言わんばかりに彼女はそっぽを向いた。

 

「そんなイヤそうな顔するなよ、お前のチームメイトみたいなもんなんだぞ……さて」

 

 現れたストライクは、案の定オドシシを睨み付け鎌を振り上げて威嚇している。 

 それを受け、オドシシもまた地面を蹴って睨み返す。

 一触即発。いつこのままバトルに発展してもおかしくはない。

 

「ストライクは──オドシシが催眠術で昏倒させて捕まえたんですよね」

「そうだな」

「ストライクと言うのはとても血の気の多いポケモンで知られています。個体差にもよりますが……やっぱり消化不良が原因じゃないでしょうか?」

「消化不良ォ? ……どういうこったよ」

「決着を付けたいんですよ、きっと。だから──そのためにボクが居るんじゃないですか」

 

 そう言うと、アルカはバトルコートの反対側に立ち、腰に手を当てた。

 にしっ、と笑みを浮かべると、彼女は「ストライク! 今だけ、ボクの傍で戦ってくれますか?」と叫ぶ。

 それに──ストライクは怪訝そうな顔で首を傾げた。

 

「ギッシャラララ……?」

「闘いたいんでしょう? オドシシと。ボクが闘わせてあげますよ、彼と」

「……成程、そう言う事か。もう1回、全力でぶつかり合えばフラストレーションは発散できる、って訳だな」

「御明察!」

 

 とはいえ、トレーナーの立場としては手持ち同士を戦わせることは難しい。

 どちらかに肩入れすることになってしまうからだ。熟練のトレーナーならば2匹に指示を出しながらスパークリングさせることも可能だが、初心者のメグルにそれを求めるのはあまりにも酷だった。

 ストライクは「捕獲」という形で終わってしまったあの日の試合の決着を強く渇望しているのである。

 

「でもよ、そいつお前の言う事聞くのかな?」

「心を通わせることが大事でしょ。ポケモンは主従じゃなくて──相棒だから。例えそれが一時の間でも」

 

(相棒──か。レジェアルではよく聞いた言い回しだ)

 

 事実、ストライクは反発する様子もなく、オドシシに向かって構えている。

 オドシシとの決着。待ちわびたこの瞬間の為ならば、彼にとってプライドなどつまらないものなのだろう。

 

「ま、とにもかくにも、やってみねーと分かんねーよな。オドシシ、頼むぞ!」

「ブルルルルゥ……!!」

 

 ギンッ、とオドシシの眼光がストライクを捉える。

 特性・威嚇。大きな二本の角が目玉の形を成すことで相手を威圧し、攻撃力を低下させるのだ。

 

「では始めましょう。……もう、ガマンできないみたいですしね! ──ストライク、思いっきり行っちゃえ!!」

 

 ぎゅん、と地面を蹴ったストライクがオドシシの周囲を走り回る。

 そして風を斬る勢いで回転すると、素早く鎌を振り上げた。

 

「やっぱり速い……ッ!!」

「”つばめがえし”!!」

 

 それは回避不可避の切り返し。

 一撃目を一歩退いて避けたオドシシだったが、すかさず放たれた二撃目に切り上げられて顔面を切り裂かれる。

 だが、その斬撃はオドシシの周囲を守るバリアに受け止められていた。

 

(俺が反応できなかったから、自分で展開したのかバリアを……!!)

 

「流血は免れたってとこかな。人が、ポケモンの反応についていかなきゃダメですよ、おにーさんっ!」

「ッ……分かってる!! オドシシ、バリアーラッシュだ!!」

 

 展開されたバリアが更に巨大化し、オドシシの周囲を守る盾と化す。

 そして、そのまま攻撃を終えたストライク目掛けて突貫するが、直線的な動き故にそのまま避けられてしまうのだった。

 流石飛行タイプ、地上攻撃は羽根を使って飛ぶことで難なく躱されてしまうのである。しかし。

 

「そのまま──”でんげきは”ッ!!」

 

 ストライクが飛んだ瞬間だった。

 オドシシの角に電気が迸り、そのまま角を伝って稲光が枝状に周囲に広がる。

 空中に居たストライクが当然回避できるはずもなく、電気の枝に捉えられて感電したストライクは四肢を広げたまま地面に落ちるのだった。

 

【オドシシの でんげきは!!】

 

【こうかは ばつぐんだ!!】

 

「ッ……よっし!! 当たった!!」

「打ち合いでは不利、ですか……」

 

 アルカの言う通り、真っ向勝負では有効打を持たないストライクが不利だ。

 加えてストライクは威嚇で攻撃力が下がっており、更に”バリアーラッシュ”で障壁を展開したことで、オドシシは見た目以上に堅牢になっている。

 そのため、初撃の”つばめがえし”さえもオドシシには痛手になっていないのである。

 一方、ストライクは”でんげきは”を次にまともに受ければ致命傷は免れないだろう。

 しかし、それを受けて尚ストライクが怯む様子はない。カチンカチンカチン、と鎌同士を鳴らせると、大きく鎌を広げてオドシシに迫る。

 ──かと思った瞬間、その身体が幾重にも増えた。

 ”かげぶんしん”だとメグルは直感する。残像が見える程の高速移動により、オドシシの周囲を取り囲むようにして走り続ける。

 

「連続、”つばめがえし”!!」

「マズいッ……”でんげきは”で残像諸共消し飛ばせ!!」

 

 確かにオドシシの守りは堅牢だった。

 だが、それ以上にストライクの手数は大きな武器となる。

 幾ら硬い城壁と言えど、何度も突いていればいずれは脆く崩れ去るもの。

 オドシシが電気を放とうとした瞬間に、それを邪魔するようにストライクは何度も、何度も何度も何度も切り付けていくのである。

 技を撃つ瞬間に攻撃を受ければ、当然怯んでしまう。

 特殊技と言うある意味での超能力を使うのに集中しなければならないのに、頭蓋を何度も揺らされるのだ。堪ったものではない。

 

「こ、これじゃあ技を放つどころじゃないのか……!!」

「ブルルルルルゥ……!」

「……賢いな。ストライクは野生のカンでそれが分かってやがるのか……!」

 

 ストライクは残像を己に収束させると、オドシシの眼前に一気に近付く。

 あまりにも速い接近であった。

 

「──チャンス! オドシシ、”さいみんじゅつ”だ!!」

 

 しかし──トドメを刺すべく近付いたその瞬間が命取りとなる。

 オドシシの角が妖しく光り輝き、ストライクに向かって暗示を強くかけるのだった。

 ぐらり、とストライクの身体が大きく傾き、地面に倒れる──と思われた。

 

 

 

 ──そのまま、鎌の一振りが再びオドシシの身体を捉えた。

 

 

 

 思わぬ力強い反撃を受けたオドシシは、そのまま地面に倒れ伏せる。

 至近距離だったにも関わらず、催眠術は効かなかった。

 直前で、影分身は解除されており、絶対に有効となるタイミングのはずだった。

 

「嘘だろ!? どうやって防い──まさか」

 

 ストライクは──()()()()()()()

 ポケモンの技の使い方は、その生態によって違う。オドシシの催眠術は相手の視覚に働きかけて暗示をもたらす。故に──視覚に頼らない相手には通用しない。

 極限まで接近すれば、もうそこから先は視覚が無くともオドシシを捉えることが出来る。

 それどころか、正面に急接近すればオドシシが”さいみんじゅつ”を使うであろうことがストライクには分かっていた。

 

(俺達は催眠術を使()()()()()んだ……! あの時と全く同じシチュエーションなら、オドシシも迷わず俺の指示が無くてもさいみんじゅつを使ったはず……! それほどまでに絶好のタイミングだった……!)

 

(──おにーさんには悪いけど、このストライク……相当に賢い……! 前にやられた戦術の対策をきっちり自分で考えるどころか、それを誘発してみせた……!)

 

「そこッ!! ”かげぶんしん”、続いて”れんぞくぎり”で叩き込めッ!!」

 

 再びストライクの残像が周囲に現れ、次々に切り付けていく。

 当然だが”でんげきは”を放つ余力など残されておらず、角からは紫電が迸るのみ。

 

 

 

【ストライクの れんぞくぎり!!】

 

 

 

 斬撃の波が堅牢なバリアを遂に撃ち砕く。

 バリアが破壊されたことでふらついたオドシシは、その連続攻撃を受け止める事が出来ず、そのまま地面に倒れ伏せたのだった。

 決着はついた。

 ストライクの勝利だ。

 それを確信した時、ストライクの野太い勝鬨が周囲に響き渡ったのだった。

 しばらくして、がくがくの脚で立とうとするオドシシだったが、最後にストライクを強くにらんだ後、そのまま倒れてしまい、そのまま吸い込まれるようにボールへと戻っていく。

 

「おにーさん。この子は……なかなか厄介ですよ。野生ではきっと、長い事1匹で生きてきたんでしょうね」

「ッ……やっぱり、トレーナーの力量をポケモンが超えちまってるのか……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その後。

 メグルは反省会をすべく、一昨日バトルをした主人が経営するお好み焼き屋に、アルカ共々足を運んでいた。

 何か食べなければやっていられなかったし、礼代わりでアルカに夕食を奢りたかったのである。

 

「……なんか、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ。わざわざ付き合って貰ったのにな」

「……ま、まー、仕方ないですよね! ボク、ポケモンバトルはとっても強いですから! ……えと。やっぱり、落ち込んでます?」

「……それなりには」

 

 ストライクの実力は、メグルが思っていた以上のものであり、言う事を聞かないのはフラストレーションに加えてメグルがストライクの速度に追いつけていないことが原因であった。

 また、先のバトルでもそうだったが、次々に移り替わる戦況にそもそもメグルは対応できていないのである。

 

(……オドシシのさいみんじゅつが当たらなかったなら、その後回避か”バリアーラッシュ”で守りを固めることを指示するべきだったんだ……! 効果抜群で必中技の”でんげきは”に固執しすぎた……!)

 

 現実のバトルは、ゲームのターン制とは大きく異なる。

 ポケモンもまたある程度考えて行動するが、それならばトレーナーは更にその先を見据えていなければならないのだ。

 大前提として()()()()()()()()()()()()()賢い。戦術面ではカバーしなければならない。

 だが、今のメグルはポケモンにむしろ振り回されてしまっているのである。

 今回のアルカとの模擬試合では、それが浮き彫りになる形となった。

 

(でも実際バトルとなると、目も頭も追い付かなくなるし大変なんだよな……)

 

「はい、肉玉ソバ一丁上がり!!」

 

 主人が目の前で焼いた蕎麦のお好み焼きが盛り付けられた。

 ソースと青海苔の匂いが鼻腔をくすぐる。

 沈んだ気持ちが少しだけ楽になった気がする。空腹には勝てないものだ。

 

「あ、ありがとうございます。……いただきます」

「鳥焼きもお願いします、大将!」

 

 隣のアルカが追加で注文する。

 

「あいよっ!! たっぷり食ってきんさい!!」

「……俺も食うかあ」

 

 ヘラでお好み焼きを切り、その上に乗せて口に運ぶ。

 よく焼かれてしなったキャベツとモヤシがコクのあるソースに絡んで美味だ。

 

「んまいっ……!? 俺が作ったやつよりも……!?」

「ハッハ、嬉しいねぇ。こだわりはやっぱりソースじゃソース。そして後はソバじゃ」

「……幾らでも食える……」

 

 がつがつ、とお好み焼きを食べていくと腹が膨らんでいく。

 

「ちょっとは元気出ました?」

「ん、そうだな……」

「なんじゃ、何かあったんか? ……もしかして、あのストライクの事か?」

「ええまあ……と言うより、俺自身の問題なんですけど。ポケモンに振り回されちゃって……俺が追いつけてないんです」

「でも、それって結局感覚でどうにかするしかないよね。一番はポケモンと仲良くなることだとボクは思うんですけど」

「自分で言ったのは良いけど、実行するのは難しいな……」

「それはこないだも俺が言うたのう」

「……俺に、ストライクが扱いこなせるのかな」

 

 正直、メグルは自信を失いつつあった。

 ストライクの能力は高い。正直、トレーナー無しで戦った方が良い程に。

 下手に指示をしても今のままでは逆上させてしまうだけだし、メグルも的確な指示を出せない。

 

「ポケモンもお好み焼きと同じじゃけぇ。その道をガンコに突き詰めて行って分かる事もあるけぇの。一朝一夕やない」

「……その道をガンコに突き詰める、か」

「キャプテンたちも……最初は苦労したみたいじゃけぇの。ウチのハズシさんなんて、使うのがやんちゃな炎ポケモンばかりじゃけぇ、御すのが大変じゃったやろ」

「キャプテンも苦労するんですね」

「むしろ、キャプテンだからこそ分かる事があるんやろ」

 

 メグルは目を伏せる。

 そして、ストライクのモンスターボールを再び握り締める。

 

「ストライクに集中してるかもしれないけど、他のポケモンの事も忘れちゃいけないですよ、おにーさんっ」

「あ、そうか……」

「はっはははは! ポケモントレーナーは大変じゃけぇのう!」

「ポケモンは相棒なんです。ちゃんと1匹1匹を見なきゃ」

 

 やることは山積みだ。

 メグルはポケモントレーナーである以上、現状問題を抱えているストライクのみならず他のポケモンにも目を向けなければならない。

 

「うっし、明日からまた鍛え直しだ。まだまだ試練がどうとか言ってる場合じゃなかったな」

「その意気ですっ、おにーさん!」

「大将、豚玉おかわり!!」

「あいよ!!」

 

 もう1度、メグルはポケモン1匹1匹と向き合うことにした。そのためにも、今はお好み焼きで英気を養う──

 

「……しっかし兄ちゃんも隅に置けんね」

「え?」

 

 お好み焼きを頬張る中、大将はアルカの方をちらっと見る。

 そして──小指を立てながら言った。

 

「そこの姉ちゃんは……()()やろ? ()()

「ぶっ……違いますよ。俺は無理矢理付き合わされただけで……」

「えー? デートって言ったじゃないですか」

「無理矢理だろが、無理矢理」

 

 不満げに頬を膨らませるアルカ。

 とはいえ、そんな彼女が居なければメグルは己の課題に向き合うことは出来なかった。

 

 

 

「……でも感謝はしてるよ。一応、な。あんがと」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──次の日。

 ポケモンセンターの前でメグルとアルカは落ち合っていた。

 

「この際だし、とことんまで付き合いますよ、おにーさん。ボクもこのままってのは寝覚め悪いんで」

「その割には今朝はちゃんと起きてきたんだな」

「茶化さないでください! どっかの誰かが、試練で醜態を晒さないためですっ!」

「醜態って……」

「それに、おにーさんと居れば、また美味しいお店を探せるかもですし!」

「ゲンキンなやっちゃなー……まあ良いけどよ」

 

 どうやら、昨日のお好み焼き屋をアルカは相当気に入ったらしかった。

 普段あまり食べ物に頓着しないからか、一度美味いものを食べるとハマってしまったらしい。すっかり餌付けされてしまったようである。

 正直、ポケモントレーナーとして先輩のアルカは現状ではかなり頼りになる。

 メグルとしても色々アドバイスを貰えるのはありがたい。

 

(あと、コイツ放っておいたらまた危なっかしいしな……野外で水浴びするようなヤツだし、変な事しだしたらまたストップ掛けよう)

 

「何か不名誉な事考えてます?」

「おーっとそれよりも今日行くところはだな──」

 

 メグルはスマホロトムを起動する。

 行先はベニシティの東側。サイゴク地方きっての港湾都市だ。

 

 

 

 

「──ポートエリア……此処で特訓だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:盗難ってどうなんですか?

 ベニシティ・ポートエリアは広島県呉市にあたる場所だ。

 セイランのそれを上回る規模の造船工廠を多数有しており、現在も大型客船は此処で建造されているという。

 だが、トレーナーの興味は専ら海辺にあるバトルコートだ。此処では連日、おやしろまいりを目指す少年少女や、おやしろまいりを始めたての新人トレーナーが集う大会が開かれる。

 即ちメグルからすれば、ほぼ同レベルのトレーナーの集まりなのである。

 ポケモンバトルの経験が足らないなら、実戦を以て補う。それが、彼の出した結論であった。

 人目につかない一番後ろの席からバーガーを頬張りながら観戦するアルカ。

 

「仕方ないから付き合ってあげますけどー、退屈だよね、カブトー」

「ぴー」

 

 と、完全に嫌々付き合っている風に見えるアルカであったが、実際の経緯はと言えば、

 

(えー、ボクは見てるだけー!? これって……ポートエリア限定のがんすバーガー? 魚のすり身とカレーのスパイスが合わさって美味──まだ沢山買ってるんですか!? ……し、仕方ないなあ、おにーさんはぁ、今回だけですよ?)

 

 ……このように食べ物に釣られた形となったのであった。

 現に今も、渡されたバーガーを頬張っている始末である。

 あまりのチョろさに、釣った側のメグルも彼女の身を案じるレベルであった。

 そんなメグルの内心も知らず、アルカはメグルの試合を見やる。

 相手はめいそうポケモンのアサナン。格闘タイプの技を持つため、イーブイやオドシシを出すことは出来ない。

 更に、エスパータイプを併せ持つため、オドシシのエスパー技も抜群を取れない。 

 従って、メグルが繰り出すことができるポケモンは、ストライクしか居ないのである。

 だがしかし、悲劇はすぐさま起こった。

 

「オアーッ!! ストライク、言う事を聞いてくれーッ!?」

 

 増長、此処に極まれり。

 宿敵であるオドシシを倒した今、最早何も恐れるものはないと言わんばかりにストライクはメグルをガン無視して大暴れ。

 アサナンを得意の回転斬りで何度も切り付け、すぐさまダウンさせてしまったのだった。

 暴れん坊であるイーブイでさえメグルの言う事を聞くのに、ストライクは最早トレーナーなど必要ないと言わんばかりの狼藉。

 会場からは「勝ってるのは良いが、あいつ自分のポケモンも御せないのか?」「ママから貰ったんかね、あのポケモンは」と陰口が聞こえてくる。

 おまけにメグルの対戦相手ですらも、

 

「オイラはオメーに負けたんじゃねー!! お前のポケモンに負けたんだ、ヴァーカ!!」

 

 と捨て台詞を吐く始末であった。

 

「おっしゃる通りです……ヤロー、逃げんな!! ボールに入れ!!」

 

 ストライクをボールに戻すのも一苦労のメグルには、反論の余地がない。

 

「……ダーメだこりゃ……悪化してるね」

 

 アルカは昨晩の自らの行いを激しく後悔した。

 フラストレーションが解消されたのは良いが、ストライクはより自らの実力を過信するようになってしまったのである。

 今の彼は、アルカの言う事でも聞くかどうかは分からない。

 

(悪い意味でプライドの塊でしょアレは……自分の力に絶対的な自信を持ってるタイプ? 何回か負けてるらしいけど、ポケモン本人は自分の力だけで何とか出来るって思ってそうなのがまた……)

 

 通常の個体よりも一回り大きな巨体を持つストライク。

 その在り方から、野生では群れでの狩りを必要としなかったであろうことは、アルカにも容易に察しがついた。

 それはそれとしてメグルがストライクの動きに追いつけていないのも事実であるのだが。

 

「あーら、なかなかの暴れんボーイね、あのストライク」

「ひゃいっ!?」

 

 突如、後ろから声を掛けられてアルカは双眼鏡を取り落としそうになった。

 振り向くと、そこに居たのは──赤いライダースーツに身を包んだ化粧の濃い大男であった。

 

「え、えと、何かボクに御用でしょうか? えーと、おにーさん?」

「オネエさんと呼んで頂戴♡」

「オネエさん……」

「身構えなくて結構。有望な新人トレーナーの試合を見に来てるだけ。ただ、ワタシちょろーっと有名人だから、目立つところに居ると囲まれちゃうのよ」

「ソウデスカ……」

「貴女は? さっきから同じ子の試合をずぅっと見てるみたいだけど。もしかして、あの子が彼氏とか?」

「知り合いです! ただのっ!」

 

 言ってしまえば、オネエの3文字が当てはまる。

 しかし、ライダースーツの間から見え隠れする胸筋、そして屈強な体格、何より底知れない余裕を醸し出す垂れ目から、アルカは本能的に”オネエさん”が只者ではないことを感じ取っていた。

 

「目が離せないの分かるわ。あの子が使ってるポケモン、揃って皆我が強いみたい。特にあのストライクは別格。野生では敵無しだったでしょうね」

「ッ……分かるんですか?」

「分かるわよ。でも、今のままじゃダーメ。トレーナーとポケモンはバランスが大事だわ。ポケモン側が強すぎるだけだと、ああやって振り回されるの」

「はぁー、実際どうすれば良いんでしょうね? ボクは、あんまりそこで苦労したことはないので」

「愛、かしらね」

「は?」

 

 両手でハートを作ると、屈強なオネエさんはもう1度言った。

 

 

 

「重要なのは愛ッ!! 燃えるような愛こそが、ポケモンとトレーナーを結びつけるのよ!」

 

(何でそこで愛なんだろう……?)

 

 

 

 アルカには、さっぱり理解が出来ないのであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「くっそ、この野郎……調子に乗って更に増長してるじゃねーかよ」

 

 

 

 ストライクのボールを腰のベルトに付けたメグルは、落胆したように肩を落とした。

 正直、オドシシと戦わせたのは失敗だったのではないか、と考えていた。

 自販機から吐き出されたジュースを手に取ると、ぐびっとそれを飲み干す。最早此処まで来ると、どうすれば良いのかメグルにも分からなかった。

 負けても折れない心を持っているのは良いのだが、反骨心がトレーナーにまで向かっているのである。

 そして何よりストライクは身体が大きく、凶暴な肉食系ポケモン。もしもこのまま御せなければ、いつかメグルの手から離れて周囲に被害を齎すのではないかと彼は危惧していた。

 そもそもストライクは元より人に襲い掛かっていたところを捕まえたポケモンであるが故に、それは決して杞憂ではない。

 

(それにしても、やっぱりS105って相当速い部類になるんだろうな……こいつを出したさっきの試合も、全く目が追い付かなかった……)

 

 それが、ストライクの全力全開である。

 何にもとらわれず、何にも縛られない暴れっぷり。

 駆け出しのトレーナーが抑え切れる代物ではないことは確かである。

 

 

 

「コルァァァーっ!! 待ちやがれーい!!」

「ん?」

 

 

 

 飛んできた怒声にふと振り向くと、メグルの身体は何かに撥ね飛ばされるのだった。

 ごろごろと地面を転がされ、自分にぶつかって来たそれを見やるとすぐにポケモンであるとメグルは感知した。

 

「レシーバーッ!!」

「レシ……レシーバーッ!!」

 

【ナゲツケサル れんけいポケモン タイプ:格闘】

 

 現れたのは2匹。その腕には木の実や野菜が抱きかかえられている。

 ひょいひょい、と軽い身のこなしでナゲツケサルは近くの電柱に登り、そのまま電線を足場にして逃げ去ってしまうのだった。

 

「な、何だったんだァ……!?」

「ああ、坊ちゃん大丈夫か! ケガはないか!?」

「……ナゲツケサルって、よく町の中に出るんですか?」

「こんな事初めてよ! 山に居る野生ポケモンが立ち入ってくるのは珍しいってんのにな」

「そうですか……いっててて」

 

 腰を打ち付けた所為か、メグルはすぐに起き上がれなかった。

 結局、手に持っていたドリンクも盗られてしまったようである。

 

「山に入ると、あいつらが旅人のモノを盗っていくんだよ。何でもだぜ。ナゲツケサルの生息地には近付くなって言われんな」

「災難に災難って重なるモンなんだなぁ……」

 

 肩を落としながら、時間も時間なのでバトルコートに戻る。試合が始まる5分前だ。

 正直、気が重かった。

 相手が格闘タイプだったならば、結局ストライクを投げなければいけないのだから。

 

(……まあ、でも大丈夫だろ。相手が格闘タイプじゃなきゃストライク以外を投げれば良いだけだしな)

 

 そう甘く考えていたメグルの希望的観測は一瞬でブチ壊された。

 対戦相手は、胴着に身を包んだ空手少年だ。

 素足で気合を入れながら「押忍」と叫んでいる。

 あれで格闘タイプ使いじゃなければ何を使うというのだろうか。

 

(ストライクの出番ッッッ)

 

 頭を抱えた。

 またあの暴れん坊を出さねばならないことに。

 

「てやんでぇい! カントー出身、空手道場育ち! よろしく!」

「カントー!? そりゃまた遠くから……」

「サイゴクのキャプテンには、すっごく強い格闘家が居るらしいからな。そいつに弟子入りしに来たんでい!」

「格闘家ァ? そんなの居たっけか……」

「イッコンタウンのキャプテンって聞いた! だが、イッコンに行く前に此処で腕試しでぇい!」

 

 そうなると、見掛けによらず目の前の少年は実力者なのかもしれない、とメグルは気を引き締める。

 と、同時に彼の話に出てきた「格闘家のキャプテン」について引っかかる事があった。

 

(……ふーん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()なんだな。あれ? どうだったっけ)

 

 此処最近、おやしろについて調べるどころではなかったため、メグルからしても曖昧であった。

 特に、残るイッコンタウンとクワゾメタウンについては、おやしろに取材が入る事すら少ないらしく、情報があまりないのである。

 ヌシポケモンの詳細も、そしてキャプテンについても。

 

「先ずはあんたを倒して、更なる高みへ進む!」

「ッ……やっべ」

 

 考え事をしている場合ではなかった。

 今重要なのは目の前にいるこの少年との勝負である。

 

(まだ格闘タイプを使うと決まったわけじゃない。カントー四天王シバもイワーク使ってたし──)

 

 尤も、それはそれで有効打を持っているメンバーがヘイガニくらいしか居ないのであるが。

 

「逃げも隠れもしねぇ!! 先に繰り出す!! 行けェ、サワムラー!!」

「ガッチガチの格闘タイプじゃねーかよ……!!」

 

【サワムラー キックポケモン タイプ:格闘】

 

 希望的観測など持つものではない。

 現れたのはバネ状の脚を持ち、顔と胴体が一体化したような人型のポケモンであった。キックポケモン・サワムラーは、その身軽さと火力に定評のあるアタッカーだ。

 流石に必殺技たる「とびひざげり」は高レベルでなければ習得しないが、それでもイーブイやオドシシをぶつけて良い相手ではない。

 言う事を聞かないとはいえ、ストライクをぶつけてトントンと言ったところだ。

 

「ッ……ストライク。力を貸してくれ!」

 

 そう言ってメグルは腰のベルトにぶら下げているモンスターボールに触れようと手を掛ける。

 しかし。

 

「……あれ」

 

 手は空を切った。そこにあるはずのものがない。

 思わずメグルは今持っているボールを全て取り出す。

 モンスターボールは半透明になっているため、中のポケモンが確認できるのである。

 

「無い」

 

 さっ、とメグルの顔から血の気が引いた。

 

「無い、無い!?」

 

 見当たらない。

 そもそもボールの数が足りないのである。

 ストライクの入っているボールが見当たらないのだ。

 

「な、何で──さっきまであったのに──あっ」

 

 体中が冷え切っていく感覚。

 ボールを紛失するタイミングなど、あの瞬間しか有り得ない。

 さっき、ナゲツケサルがぶつかってきたタイミングだ。

 そしてあの時、メグルは地面に倒れた。そこで落としたならば幾ら何でも気付く。

 ならば考えられるのは一つ。

 

 

 

(山に入ると、あいつらが旅人のモノを盗っていくんだよ。何でもだぜ。ナゲツケサルの生息地には近付くなって言われんな)

 

 

 

 メグルは察した。

 その”何でも”の中には、モンスターボールも含まれるという事を。

 

 

 

「すいませんッ!! 用事が出来たんで、棄権しますッ!!」

「……ええええええええええ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 いきなり棄権してその場から立ち去ったメグルに対し呆れの声が飛ぶ。

 試合を放棄して逃げたように見える振る舞いは、観客や参加者の怒りを買っても仕方がない。

 無論、ずっと観戦していたアルカもまた、驚きの余り口が開きっぱなしになるほどであった。

 

「お、おにーさん何でぇ!?」

「……顔が普通じゃなかったわね」

「えっ!? 見えたんですか!?」

「ええ。あの子……なかなか見どころがあるじゃない」

 

 それを意味するのは、双眼鏡無しで遠くの人間の表情を視認出来たという事である。

 

「お嬢ちゃん。スタッフに事情説明お願い!」

「えっ、ちょっと、一体何処に──」

「決まってるでしょ? お節介よ。大会スタッフにこれを見せたら納得してくれると思うから♡」

「ッ……え。これって」

 

 渡された名刺を見てアルカは固まった。

 その間に、オネエさんは恐ろしく身軽な動きで観客席から飛び降りていくのが見えた。

 

 

 

「あ、あの人……何なの、ほんとに」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ナゲツケサル、ナゲツケサルの生息地は──ッ!!」

 

 

 

 ボール諸共盗られたとなると、巣に持ち帰られた可能性が高い、とメグルは考える。

 ナゲツケサルは群れで行動するポケモンだ。そこに、戦利品を集めているのだという。

 そして、その生息地は3番山道。このポートエリアから然程離れていない場所にある登山道だ。その奥深くにある竹林に生息しているのだという。

 

「ッ……行くしかない、か」

 

 

 

 

「ばぎゅあ」

 

 

 

 

 耳を劈くような咆哮が空から聞こえてくる。

 ふと見上げると──視えたのは大きな翼を広げた竜だった。

 そこから飛び降り、地面に着地したのはライダースーツの大男であった。

 ヘルメットを取ると、濃い化粧とリーゼントが露になる。

 

「今度は何なんだ!?」

 

 突如現れた大型ポケモン、そしてそれを従える男。

 それを前にしてメグルは立ち竦む。理解が追い付かない。

 

「試合をほっぽりだして何処へ行くつもり?」

「え、えーと──ポケモンが盗られたんです! ……野生のナゲツケサルに、ボールごと!」

「成程。なら今すぐ乗りなさい。飛んで行った方が速いわ!」

「えっ」

「歩いて行けば40分以上かかる、更に山道から生息地までは30分! 貴方、自分のポケモンが大事なら賢い選択をしなさい」

「ありがたく力を借ります! でも、何で助けてくれるんですか!?」

「ふふっ、あんな危なっかしい試合をしてたら嫌でも目に入るわ。それと──ワタシ、これでもキャプテンなのよ」

「キャプ……テン!?」

 

 地面に降り立つ竜。

 それは、燃えるような橙色の身体に、尻尾の炎が特徴的な火竜だ。

 姿を見れば、ポケモンを知るものならば誰もが答えられるほどに有名なポケモンである。

 

(数えきれないほど見て来たのに……実際に目の当たりにするまで名前が出てこなかった……!! こんなに強大で、恐ろしいポケモンだったのか……こいつは……!!)

 

 

 

「ワタシはハズシ。この子は、ワタシの愛──リザードンちゃんよ♡」

「ばぎゅあーッ!!」

 

 

 

 

 火竜を従えるのは並大抵の事ではない。

 故に、その傍らに立つ者のトレーナーとしての力量を証明している。

 キャプテン。その称号は、サイゴク地方のトレーナーで最も重い名前だ。




【キャプテン3】
ハズシ 性別不詳 38歳
ベニシティのキャプテンを務めるオネエさん。ライダースーツに身を包んでおり、かつてはライドポケモンに乗るレーサーだった。面倒見が良く、町の人々やポケモン、同じキャプテンからも慕われている。炎タイプの専門トレーナーでもあり、相棒はリザードン。手持ち以外にも、ライド訓練中のポケモン(ファイアロー数匹)を連れている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:虫の血は透明らしい

 ※※※

 

 

 

「レシーバー……」

「レシ、レシーバー……!」

 

 

 

 ──ナゲツケサル達は、戦利品を干し草の上に置いていく。

 そして、怯えてその前に座る彼らのボスを見上げた。

 全長2.5メートル、通常の同種個体よりも一回り以上は大きいであろう大猿のポケモンが座っていた。横には、木の実や骨といった食べ差しが山のように積み上がっている。

 もんずと木の実に手を伸ばすと、そのまま口に放った。自ら動くのが億劫なのである。

 だが味が気に入らなかったのか大猿の機嫌が悪そうに低く唸り声が上がるなり、ナゲツケサル1匹の身体が浮かび上がる。

 

「レッ、レシ──」

 

 鳴き声はそこで途切れた。

 浮かび上がったナゲツケサルは思いっきり地面に頭を叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

 びくり、と怯えた彼らは、数匹が痙攣して泡を吹いている仲間を運び、数匹が新たな餌を探しに散っていく。

 残る数匹がボスの機嫌を伺うようにして、更なる戦利品を運び込む。

 その中には──モンスターボールが混じっていた。

 

「……」

 

 それに興味を示した大猿はボールに手を伸ばす。

 そのボタンに指が触れた途端、光と共に蓋が開く。

 

「ギシャララ!!」

 

 中から飛び出したストライクは威勢よく威嚇の声を上げた。

 ボールの中から自分が何処か知らない場所に、知らないポケモンの住処に運ばれたことは把握していた。

 そして、すぐさま鬱憤を晴らすかのように、面食らったナゲツケサルを切り付け、背後から襲って来たもう1匹の顎に後ろ蹴りを見舞う。

 一瞬で2匹が昏倒し、群れは一気に混乱する。だが、それを許すボスではなかった。

 

 

 

「ぶわっほほほほ!!」

 

 

 

 人間の号令のようだった。

 その一声でナゲツケサル達はぴたり、と止まり、すぐさま彼の通る道を開ける。

 ストライクもまた、群れのボスたる大猿を目の当たりにし、身構えた。

 今までの喧嘩相手とは一味も二味も違う相手であることを直感したのである。

 無理も無かった。その身体の周りには──冷たい霜が降りており、腕と胴、そして頭を流れる水の鎧が覆っている。

 

「ギッシャラララッ!!」

 

 しかしストライク、怯みはしない。

 野生では敵無しだった。

 ストライクは己の強さに確かな自負があったし、己の知性の高さに確かな自信があった。

 この程度の相手は、切り刻んできたつもりだ。

 すぐさま地面を蹴って得意の連続斬りを見舞うべく大猿に切りかかる。

 だが、その刃は届かない。空中で受け止められてしまった。

 大猿が別種であるナゲツケサル達を従えていたサイコパワーだ。目の前の敵を浮かび上がらせ、留めてしまう程に強力なものである。

 しかし、ストライクは──力づくでそれを振り切り、更に突貫する。

 

「……ぶわっほほほ」

 

 大猿の周囲に泡が浮かび上がった。

 彼がこの異様な力を手に入れたのは、つい先日だ。

 だが新しい玩具は試したくなるもの。ポケモンも人間の子供とそこは同じだ。

 故に、目の前の威勢のいい身の程知らずを一度、()()()()()やりたくなったのである。

 泡がストライクの身体に迫る。それをストライクは──鎌で切ってしまった。

 それが全ての間違いであったことに気付いたのはそのすぐあとである。粘液が飛び、身体がぬめり、滑って思ったように動かない。

 そうしているうちに、大猿の手元に鎧から流れた水が集まっていく。

 だが、ストライクは泡に気を取られてそれどころではない──

 

 

 

 

【──むげんほうようッ!!】

 

 

 

 直後。

 動けないストライクを、そして周りのナゲツケサルを巻き込む形で一筋の水柱が薙ぎ払った。

 本来ならばすいしょうのおやしろのヌシでなければ放てないはずのオオワザ。

 だが、オーライズは不可能を可能にする。

 一瞬だけ、シャワーズの幻影が浮かび上がり、そして消えた。

 ヌシのオーラを鎧として身に纏ったポケモンは、オオワザを一時だけ借り受けることが出来るようになる。

 ストライクはボロ雑巾のように撥ね飛ばされ、空中を舞い、無惨に地面に叩きつけられたのである。

 もしもメグルがこの場に居たならば。メグルはストライクの機動力を信じ、泡ではなく水ブレスをチャージしているヤレユータンを攻撃するように指示しただろう。

 シャワーズに比べれば、明らかに隙だらけな泡の布陣であったし、ヤレユータンは形質変化による防御が出来るわけでなければ、然程素早いポケモンではない。

 捉えるのは容易であった。

 しかしストライクは孤軍だった。シャワーズが使わなければ、只の初見殺し技でしかない”むげんほうよう”の事を教えてくれる者など誰も居なかった。

 

「ギッ、ギィ……!!」

 

 背中を打ち付け、弱り果てたストライク。

 イーブイやオドシシが受けたそれよりも威力は弱いとはいえ、”オオワザ”に変わりはなかった。 

 だが、彼はまだ戦意を失ってはいない。 

 死ぬまで戦い続けると言わんばかりに鎌を振り上げるストライクに、理性が蒸発した大猿は──新たな玩具を見るような目で一瞥すると、その太い手を伸ばすのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 このリザードンというポケモンは、突き抜けたような強い特性があるポケモンではない。

 そしてタイプも種族値も、かの荒ぶる600族達のように特別高い箇所があるようなポケモンではない。

 しかし、人々はその威風堂々とした火竜をモチーフとした姿に惹かれ、憧れてきた。メグルが居た世界では、ポケモンをあまり知らない人でもリザードンは知っているという人もいる程であった。

 何故ならば彼の竜は原点にして頂点。果たしてそれ以上の説明など必要だろうか。

 その後、リザードンが()()()()()()()()()()()()()を手に入れ、レートやランクマッチの猛者たちと渡り合うことになるのはまた別の話。

 さて、この火竜の如き容姿からこの世界でも人気が高いリザードンであるが、決してバトルだけが彼らの居場所ではない。

 二本の腕に強靭な脚、そして大きな翼。地上、空中、どちらでも活動に困らない身体構造故、人間の活動の手助けをすることもあるのである。

 それがライドポケモンとしてのリザードンだ。彼らは背中に人間を乗せて飛ぶだけの膂力、そして目的地に確実に運ぶことができる知力を併せ持つのである。

 

「すごい……全然ぐらぐら揺れない……!」

「そりゃあ、そうやってトレーニングしたんだから。二人乗るくらいなら平気よ」

「ばぎゅあ」

「これでも昔は暴れん坊で手が付けられなかったんだから。ねえ?」

「そうだったんですか!?」

 

 「ばぎゅあ」とリザードンが受け答えする。

 ヒトカゲ系統は一度目の進化で、トレーナーの言う事を聞かなくなることがあるという。

 メグルも元の世界で見ていたポケモンのアニメでそのようなシーンを見ていたため、容易に想像出来た。

 

「だから、貴方も諦めちゃダメよ。ポケモンはね、ちゃんと向き合ってればちゃんと応えてくれるの」

「……俺に出来ますかね」

「あのストライクの事?」

「あいつ、すっごく強くて賢いんです。俺みたいな初心者の手に負えるポケモンじゃなくって。トレーナーって何で居るんだろう。俺はあいつにとって必要なのかな、って」

「必要よ」

「え」

「ただ、気付いてないだけね。トレーナーが成長する中で、ポケモンも成長するわよね。その中で互いが必要だってことに気付くのよ」

「そういうもんなんですかね……」

「精神論じゃない具体的なアドバイスなら、やっぱりトレーナー側がポケモンに追いつくしかないのよね。尤も、ポケモン側も矯正が必要なケースもあるけど」

「矯正、ですか」

「人間の指揮下で行動した方が強いって事をポケモンが理解すれば良いのよね。多くは敗北を積み重ねていくうちにそれを理解していくものよ。だから先ずは場数を踏むしかない」

「うちのストライク悪化してんですけど」

「貴方の所のストライクみたいに変に強いと、これがまた大変なのよー。ま、ワタシは協力するわよ。キャプテンだから」

「良いんですか?」

「一人で抱え込まないで。サイゴクのトレーナーの問題は、ワタシたちキャプテンの問題でもあるのよ。頼って頂戴」

 

 心強い人だ、とメグルはハズシの言葉の一つ一つから感じ取っていた。

 そうこうしているうちにハズシが何かに気付いたように「あ」と声を上げた。

 

「……視えたわ。あの下でナゲツケサルが移動してる」

「見えるんですか!?」

「だけど、慌ててるみたいね。一体何に怯えてるのかしら? あっちは生息域から離れてるんだけど」

 

 ハズシの視力に驚嘆するメグル。

 彼の視点からは何も見えはしない。

 鬱蒼とした竹林があるだけだ。だが現に彼の言う通り、生息域を逆走する形でナゲツケサル達が逃げ惑っていた。

 そして間もなく答え合わせのように、その500メートルほど先の竹がめきめきと音を立てて倒れていく。

 

「……成程、そう言う事!」

「どういう事なんですか!?」

「大暴れよ! あそこ丁度、ナゲツケサル達の巣! そこでデカい喧嘩が起こってるわね!」

「ッ……何かが暴れてるのか!? ハズシさん、この辺りでヤバそうなポケモンって!?」

「正直居ないわね! ゴロンダがちらちら見えるくらいかしら! ナゲツケサルのテリトリーには誰も近付かないわよ! ……元締めを除いてね」

 

 そう言ってる間に、リザードンは現場に降り立つ。

 酷い有様であった。竹は根元から圧し折れ、気絶したナゲツケサルが数匹、倒れているのが見える。

 そして何に巻き込まれたかは一目瞭然であった。メグルとハズシの目の前に佇んでいるのは、ただならぬ気配を放つ大猿のポケモンだった。

 

「ヤレユータン……まさかこいつが”元締め”なんですか!?」

「そのはずだけど、待って。色々おかしいわね」

 

 メグルは背を突くようにその名前が飛び出す。

 森の賢者と呼ばれる程に賢く、そして穏やかなポケモンだ。

 しかし、今目の前にいる個体はとても荒ぶっており、彼のイメージからは大きくかけ離れた姿をしている。

 そればかりか、その身体にはオーラで出来た鎧が纏われている。

 

(でも、何でオーライズしてんだコイツ……!? まさか、テング団が関わってんのか!? でも、おやしろのヌシじゃないポケモンをオーライズさせたって……何にもならないだろ? 何で……)

 

 

 

【ヤレユータン<AR:シャワーズ> けんじゃポケモン タイプ:水/氷】

 

 

 

(全身光ってるのはシャワーズの時と同じだけど、纏っているオーラが水っぽい……! じゃあこれは、あの時奪われたシャワーズのオーラ……!?)

 

「……どういう事? まさかこれがリュウグウの旦那が言ってた、オーライズ……!?」

 

 ぽつり、とハズシが言った。

 しかし彼らは考察をしている場合ではない事を突きつけられる。

 ヤレユータンの陰に隠れて見えなかったが、ストライクがそこに斃れているのが見えた。

 

「……しまった、ストライク!!」

「危険よ! 脇を通り抜けようとしたら殺されるわよ!」

 

 ヤレユータンは温厚で穏やかな気質であることはハズシも知っている。

 しかし、今の大猿はとてもそうには見えない。

 明らかに敵意、そして殺意をこちらに向けている。

 何より周囲で気絶しているナゲツケサルが、仲間も顧みない戦いっぷりの証拠だ。

 

「で、でも──! そうだ、あいつのボール──」

 

 そう言いかけてメグルは周囲を見回す。

 そして絶句した。木の実の食べ差しに紛れて、潰れて壊されたボールが転がっていた。

 ストライクのボールだ。思わず拾ったが、ボロボロでとても使えそうにない。

 そうしている間に、侵入者を見つけた巨大なヤレユータンがいきりたちながら手に持った葉を振り上げる。

 周囲に泡が浮かび上がった。

 

【野生のヤレユータンの──むげんほうよう!!】

 

「やっば──これって、まさかシャワーズの──」

「あー……そういう系ね」

 

 全てを察したようにハズシはリザードンに目を向ける。

 

(ここでアレをぶっ放したら()()()()()()()()()わね……此処は穏便に)

 

「──コータスちゃん!! 出て来なさいな!!」

「えっ」

 

 追加で彼はボールを投げ入れる。

 現れたのは、白い煙を噴き出す亀のポケモンだ。

 

【コータス せきたんポケモン タイプ:炎】

 

(晴らすのか──!?)

 

 メグルの予感は当たった。

 このコータスというポケモン、出てくるだけで天候を操ることが出来る強力な特性を持つ。

 その名は”ひでり”。コータスの立つ戦場では常に太陽が出て、日差しが強くなる。

 そして炎タイプの技の威力は跳ね上がり、水タイプの技の威力は減衰する。

 炎タイプや晴れの恩恵を受けるポケモンにとって優位な天候状態を、出てくるだけで発動できることからコータスは所謂”晴れパ”の起点として使われる。

 それはゲーム内のNPCも分かっているのか、しばしば炎タイプ使いが先発で使用することもある。

 現に、空はいきなり晴れ、日差しが強くなり、メグルの額からも汗が噴き出す。

 

「ボウヤ。良い事を教えてあげる。日差しがとても強い時、リュウグウの旦那はシャワーズに()()()()()()()()()()()()の」

「えっ──」

「泡は、特殊な冷気を帯びたエネルギー体。ポケモンの技くらいなら耐える程頑強。でも、泡そのもののバランスが崩れてしまう直射日光下ではその形を保てない!」

 

 ハズシが言っている間に、泡たちは崩れ、蒸発してしまう。

 そして、残りは水を高圧で凝縮させているヤレユータンが残るだけだ。 

 ”むげんほうよう”の弱点。それは、水ブレスをチャージしている本体が無防備となってしまうことである。

 

【リザードンは光を吸収した!】

 

 

 

「──何よりこの状態なら、リザードンちゃんのチャージが速い!!」

 

 

 

【リザードンのソーラービーム!!】

 

 

 

 一瞬、早かった。

 リザードンが太陽光を高速で翼に集め、口から白い光の閃光を解き放つ。

 それはヤレユータンの水の鎧を蒸発させ、巨体を吹き飛ばし、そして昏倒させるには十二分なのであった。

 しばらくふらふらとしていたヤレユータンだったが、オーラは完全に消え失せ、そのまま倒れてしまう。

 

【効果はバツグンだ!!】

 

「ま、ざっとこんなもんよね」

 

 ハズシは安堵した。

 2体掛かりになってしまったが、迅速にヤレユータンを沈黙させることに成功した。

 

「すっげえ!! オーライズしたポケモンを一撃で……あっ」

 

 メグルは目的を思い出す。

 ストライクの救出だ。ヤレユータンに隠れていたが、ストライクが倒れているのである。

 すぐに駆け込む。ボールは無いが、代わりのもので再びストライクを捕獲すれば良い、そう考えていた。

 しかし。

 

「!?」

 

 ハズシは目がとても良かった。故に、()()()()()()()

 メグルが駆け寄った先の光景を。

 そして、彼もまた言葉を失ってしまった。

 だが、今此処で自分まで取り乱すわけにはいかない、と走り出す。

 

「一足、遅かったわね……」

 

 がくり、とメグルは膝を突く。

 喉の奥に物が詰まったように、言葉が出ない。

 しかし、目の前に流れている()()()()()()()()()()()()を直視して、現実を思い知る。

 

 

 

 

「……ストライクの、()()()()()()()()……ッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話:人から聞く自動車教習所の話は面白い

 ──ヤレユータンに見舞ったソーラービームが強烈な威力であっただけで、あの大猿そのものは既にかなり弱っていただろう、とハズシは推測している。

 それほどまでに、ストライクとヤレユータンは苛烈に争ったであろう痕跡があった。

 その戦いの末に翅を捥がれてしまったのだろう、と。

 ポケモンセンターの集中治療室に運び込まれたおかげか、何とか一命は取り留めた。

 しかし。

 

「……この分じゃあ、今までのように戦うのは無理でしょうね」

「やっぱり、ですか……」

 

 ストライクは他の翅を持つ虫ポケモンに比べれば、飛行に重きは置かない。

 しかし、それでもあの跳躍を可能にしていたのは翅を羽ばたかせることによる浮力を利用していたからだという。

 更に高速での動きは両翅でバランスを取っていることによって可能にしている。進化後のハッサムも、翅の役割は薄くなっているとはいえ、重い体のバランスを取るために両翅が必要なのだという。

 従って、右翅を失ったことにより、ストライクは以前のように高速で動くことは出来なくなった。

 そしてハッサムに進化すると、身体が重量化することによって余計にアンバランスさに苦しむことになるのだという。

 

「飛べるかどうかではなく、体の構造上、翅がある事に意味があるので……しばらく、バトルには出さない方が良いかと……」

 

 その説明を医師から聞いた後、メグルは項垂れた顔で待合室に出た。

 心配そうな顔でアルカがそこに立っていた。

 

「……あのオネエさんから全部聞きました」

「……そうか」

「ストライクの件……翅がなくなったって……」

「俺、どうすれば良いんだよ……」

「しばらく彼は病院に任せるしかないわね」

 

 奥からハズシがやってくる。 

 

「……最も、欠損した翅は元には戻らない。その上で、トレーナーとして貴方は決断することになるでしょうね」

「?」

「ストライクを戦いから引退させるか、どうか」

「引退……そんな!! まだ俺は……」

 

 メグルは思わず座席から立ち上がり、そして口を噤んだ。

 虫ポケモンの命とも言える翅を片方失ったのだ。

 とても、今までのように戦えないのは医師からも伝えられていた。

 この引退勧告も加え、彼やストライクが望んでいても、今までのように戦うことはもう叶わないと突きつけられたようなものだった。

 

「納得は出来ないでしょうね。扱いきれなかったにせよ、貴方は間違いなくカレのあの強さに惹かれた」

「……」

「でも、ハッキリ言って──かなり茨の道よ。あの子、トレーナーの居ない所であれだけ大暴れしたってことでしょう? 同種の中でも相当気性が荒いわ」

 

 メグルでは、翅を失った上に獰猛なストライクを扱いきれない、とハズシは言っていた。

 とても初心者トレーナーには任せられない荷である。

 

「しかも翅を失ってるから、強さは同種よりも劣ってしまっている。貴方への見返りは無い。面倒、見切れる?」

 

 メグルは拳を握り締める。

 それでも諦められない。

 対戦では当たり前のように見てきた「ハッサム」というポケモン。

 そしてその進化前のストライク。

 その中でもひときわ強力な個体。

 育て上げられれば、この旅で強い味方になる。

 そんな希望を抱いて手持ちに加えたのが始まりだった。

 蓋を開けてみれば、イーブイを超えるとんでもない暴れん坊だったのであるが。

 

(思い通りにいかない事だらけで、投げ出したくなったこともあったけど……諦めなんてつくわけないだろ……!? あいつらだって生きてるんだ……!!)

 

「育てます。でも、俺はトレーナーです。俺の一存では、あいつが戦うのをやめさせられません」

「ポケモンの意思を尊重する、と?」

「はい」

 

 言う事を聞かずとも、あれだけの鮮やかな跳躍と技の数々は、戦う事に生き甲斐を見出しているからこそ成せるものだとメグルは直感していた。

 そして──好きな事を奪われることの辛さはメグルが一番知っているつもりだった。

 

「あいつが戦いをやめたがるなら、それで良い。でも……俺の勝手であいつの好きなことを奪ってしまったら、今度こそあいつは……翅以上の大切なものを失う気がするんです」

「……愚問だったようね」

 

 笑みを浮かべるとハズシはメグルの手を取る。

 

「えっ」

「貴方の愛、確かに受け取ったわ!」

「あ、愛……?」

「貴方に出来る事? そんなの決まってるわ。もう一度同じ事を繰り返させないことよ。自分のポケモンに、自分の指示下で動くことが安全だと理解させるの」

 

 そうすれば、もうポケモンは勝手に貴方の指示無く行動しない。先のように分断されても、トレーナーとの信頼があれば、トレーナーを探すことを優先するものだ、とハズシは説いた。

 

「そのためには、貴方自身がスキルアップするしかない。やるわよね? 勿論」

「……はい!」

「良い返事。貴方、ワタシの所に修行に来なさい。それをおやしろの試練とするわ」

「でも、ストライクは──」

「”ひのたまじま”のポケモンセンターで面倒を見ましょう。あそこは、おやしろの麓。そして私の知り合いの管轄よ♡」

「ッ……どうにかなるんですか」

()()()()、先ずは貴方が強くなる必要があるわ」

「俺が、強くなる……」

「貴方がストライクを使役出来るだけ強くならなきゃダメ。勿論、他の手持ちもナメられないくらい強くならなきゃダメ」 

 

 「だけど」と彼は指を突きあげて言った。

 

 

 

「でも、愛があれば乗り越えられない試練じゃないわ! 付いて来なさいな!」

「……はいっ!!」

「そうと決まれば──教習開始よ!!」

「はいっ!! ……教習?」

 

 

 

 こうして。 

 メグルのおやしろでの修行が始まったのである。

 ようがんのおやしろの試練、開始──

 

(いや、この人今教習っつった? 自動車免許感覚なの?)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ひのたまじま──その中央には休火山・アケノ火山が鎮座する。

 それを監視するかのように麓には”ようがんのおやしろ”が佇んでいた。

 そしてさらにその近くには「ベニ・ライド教習所」と看板が書かれた建物がある。

 ハズシによる「試練」、またの名を「教習」は文字通りライドギア訓練だったのである。

 

「おやしろまいり2つ目の試練は、漏れなくどのおやしろでもライドギアの訓練を行う事になっているの」

「ライドギア……? ああ、リザードンの身体についていたアレ!」

 

 即ち、乗り手と乗られる側のポケモンを助ける補助具の事である。

 

「サイゴクは山道が多いから、ライドポケモンに頼ることもあるでしょう──と言う訳で先ずは視力検査から」

「え? 視力検査? 何で?」

「何でって、目が悪かったら危ないでしょ? 車と同じよ」

 

(マジで自動車教習所方式だった……)

 

 教習所に案内されるなり、いきなりメグルは視力検査室に通される。

 

「0.2……我ながらゴミみてーな視力だ……」

 

 当然だが眼鏡が無ければ車を運転できない視力である。

 

「はい眼鏡決定」

「俺眼鏡嫌なんですけど……仕方ないかあ」

「つべこべ言わない。それに、付けるのは眼鏡じゃないわ。ライドギア用のゴーグルよ。はいカタログ」

「たっけぇ!?」

 

 ──ライド用ゴーグル(度入り)、お値段2万5千円(おやしろまいり挑戦者用価格)購入決定──。

 これでもスポーツ用ゴーグルの中では値段は抑え目になっている方であるが、痛い出費だった。

 だが見返りも大きかった。本人も慣れ切ってしまったメグルの劣悪な視力は、この度入りゴーグルで矯正されることになる。

 

「すげぇ! めっちゃ見える! 世界ってこんなに鮮明だったんか!?」

「貴方、目が悪いならバトルの時もコレ着けなさいな。常に首にぶら下げておきなさい。頑丈だから、ポケモンの技が当たっても割れないわよ」

「そう考えると2万って破格だったんだなコレ……」

 

 これでメグルもメガネユーザーの仲間入り。平時は外しておき、必要な場面で度入りのゴーグルを掛けることにしたのだった。

 

「物事はシンプルなのよ。眼鏡越しの視界なら、バトルの光景も変わってくるわよ」

「あざっす!! 一生ついていきます!!」

「うふふ、さて、次に行くわよ次!」

 

 ゴーグル選びが終わった後は、広い部屋に通されて「安全ペーパーテスト」なる問題用紙を渡される。

 ご丁寧にマークシート方式だ。

 

「教習を行う上で貴方の思考パターンと常識を測ります」

「マジのマジで自動車教習所じゃねーか……」

「まあ似たようなものよね。自動車免許よりは早く終わると思うけど。ただ、ライドギアも危なくないとは言えないから。ふざけた人に使ってほしくないのよね」

 

 これが”おやしろまいり”が17歳以上でなければ出来ない理由の一つである。

 サイゴク地方ではライドポケモンには必ず補助をするためのライドギアを付けねばならず、更に免許が必要となる。

 加えて、その免許の取得は17歳以上でなければならないといった規則があるのだ。

 これはサイゴクの過酷な自然環境を考慮し、ある程度発育した身体と規則を理解出来る人間でなければライドギアを使うのは危険だからである。

 

「と言う訳で──これから貴方には合計10コマの学科と、8コマの実技訓練を行ってもらいます。最後に卒業試験があって、免許皆伝ね」

「は、はぁ、お願いします」

「心身ともに健康で、尚且つポケモンと心を通わせなければポケモンライドは叶わないわ。でも、大事なのは──愛!! 私も愛を以て貴方に出来る限りの全てを教えるわ!!」

 

(不安だ……)

 

 

 ※※※

 

 

 

「もう、無理だ、疲れた……」

 

 

 

 1日目から結局学科3時間(うち1時間は最初のオリエンテーション)、そして実技2時間。

 気が付けば夜の8時であった。

 旅をして多少は体力がついたものと思っていたが、どうやら気の所為だったらしい。

 

(つーかライドギア訓練っつーけど、これで本当にポケモン達と心を通わせることが出来るようになるのか──!? これただの免許講習編じゃねーか!!)

 

 加えて、メグルが消耗していた理由はそれだけではない。

 

(今回の実技の指導を務めるキンカンよ♡ よろしく♡)

 

(今回の授業の講師を務めるザボンよ♡ よろしく♡)

 

 ──何故か講師が皆オネエだったからである。何故講師がオネエなのかの説明は無かった。他の受講生もツッコミづらそうな顔をしていた。

 おかげで講義の中身があんまり入って来なかったのである。

 また、ポケモンライドそのものも初心者にとってはなかなか感覚が掴みづらかった。

 最初の実技講習は訓練場のモトトカゲに乗るところから始まるのだが、どうやら間違えて嫌がるところを蹴ってしまったらしく、早速振り落とされてしまうのだった。

 当然、メグルの頭には大きなたんこぶが出来ており、早速医務室のお世話になってしまうのだった。

 宿泊施設に戻るメグルの目が死んでいるのも無理はないというものであった。

 そして彼は──待ち受けていたように突っ立っているアルカに気付かなかった。

 

「……アルカ」

「えーと、何と言うか……お疲れ様です、おにーさん」

「……」

「……」

 

 微妙な空気がその場に流れる。

 気まずい沈黙がしばらく漂った後、アルカの方から口を開いた。

 

「……ボクの事、ハズシさんに言わなくて良かったんですか?」

「言わねーよ。勝負に負けたし、それ以上は追及しないって約束だったろ。それに知られたくなかったんだろ?」

「……件のヤレユータンが暴れてたのは間違いなくテング団の仕業です」

「首輪か。ハズシさんは何も言ってなかったけど……薄々察してそうだな。前回のテング団の襲撃で、オーライズについてキャプテンはある程度把握してるんだ」

「あのリュウグウって人が見てたから、ですか?」

「そうだな。後は俺達がオーライズを見てた」

 

(キャプテンの間で大合議が開かれたなら、テング団の事も共有されてる可能性が高いし……オーライズを見ても慌ててなかったよな)

 

 問題は──メグル自身の出自についてである。

 リュウグウは以前「混乱を招く故、他のキャプテンにはまだ伝えておらんがな」と言った。

 ハズシは、メグルが異世界人であることをまだ知らない。

 そして同時に、アルカを見ても何も言わなかった辺り、アルカがテング団と同郷であることも知らない。

 

「お前さ、自分がテング団と同じ故郷の人間だって知られたくないんだろ」

「……はい」

「じゃ、黙っとく。お前が嫌がることはしない」

「で、でも。ボクが本当にテング団だったら、どうするんですか!?」

「本当にテング団なら、そんな風に言わねーだろ。それに勝負の約束は守る」

「……もう! そんなんだといつか騙されます!」

「気を付ける」

 

 けらけらと笑ってみせるメグル。

 アルカは肝心なところで非情に徹することが出来ない人間だ、とこの数日間で何となく分かっていた。

 

「その代わり──話せる範囲で教えてほしいんだけど……テング団は、お前から見てどういう奴らなんだ?」

「……面倒な奴らです」

 

 苦虫を噛み潰したように彼女は言った。

 

「ボクは役立たずだから放り出されちゃったようなもので……あいつらの事、ちょっとイヤです。でも、やってることはボクらの故郷のためにやってることなんです」

「……おやしろを壊す事が何でお前らの故郷を救う事に繋がるんだよ?」

「それが分からないんです。末端は何も知らされてないんです。ただ、サイゴクの民は、ボク達の故郷から大切な宝を奪った敵だってことを高らかに謳ってるんです」

 

(奴らはその報復の為におやしろを壊して回ってるのか)

 

「宝ってのは何だ? 奪われたのは……いつの事だ?」

 

 おやしろを壊す納得できない理由ではなかった。

 しかし、引っ掛かる点が無いわけではない。

 そもそもその「宝」がどのようなものなのか。実在するのかどうか、だ。

 更に「宝」を奪われたのが何時の事なのかがメグルは気になる。

 

 

 

()()()と呼ばれる宝……それが凡そ500年ほど前、ボクらの故郷から奪われたと言い伝えられています」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話:奪われた赤い月

 むかーしむかしのことだった。

 その地は、薄ら暗い瘴気に満ちており、不毛の地だった。

 しかし、ある時赤い月がその地に昇った。

 その地には虹がかかるようになり、瘴気はたちまちに消え失せた。

 村は繁栄し、その地は長らく栄えた。

 ある日、見知らぬ青年が訪ねてきた。

 青年は自らをこう名乗った。

 

「我、彩国(サイゴク)から来たり。オヤシロの使いなり」と──

 

 彼は、この地で見るモノ全てが珍しいようであり、異国の品物を持ち込んだ。

 民は彼をもてなし、歓迎した。

 青年はその地の珍しい宝を欲しがった。

 民は問うた──何が欲しいか、と。

 青年は答えた。

 

 

 

 ”あの空に浮かぶ赤い赤い月が欲しい”

 

 

 

 ──と。

 皆、それは夢見事だと笑った。

 青年は次の日には、村から居なくなっていた。

 それから幾月程経っただろうか。赤い月は突如として消え失せた。

 虹はかからなくなった。

 瘴気が満ち満ちた。 

 苦しむ民の前に、青年は再び現れた。

 

 

 

”欲しかったものは手に入れた。これにてさらば”

 

 

 

 青年は、あっという間に姿を消してしまい、民は赤い月を取り戻すために地の底まで追いかけ、遂に彩国に辿り着いた。

 戦火は七日七晩続いたものの、赤い月の奪還は叶わず。

 

 我ら欲す。我らが命の源である赤い月を。

 

 我ら欲す。かの忌まわしき彩国に罰を。

  

 我ら欲す。再び繁栄の日が訪れる刻を。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──これが、ボクらの故郷に伝わる昔話、”赤い月”の伝説です」

「月を……盗っちまったのか……!?」

 

(この話だけを聞くと、悪いの”おやしろ”じゃねーかよ!!)

 

 想像以上にサイゴク地方側が悪いという話でメグルは驚いてしまった。

 と言うよりも、全ての原因は赤い月を奪って帰った男にあると言える。

 そしてメグルには思い当たる節があった。リュウグウが語っていた昔話の一節だ。

 

”空が赤く染まる時、災い鬼となって来たる。人と獣、手を取り合ってそれを打ち払わん”

 

 此処にも、空が赤く染まる──と言われていた。

 更に、サイゴク地方では度々月が赤くなる現象が発生している。

 

(2つの地方に伝わる昔話、そしてサイゴクの”赤い月”……関係がないとは言えない。災いは、鬼は、かつての戦火の事だったのか?)

 

「それ以来、ボクの故郷では不毛不作が続いているらしくて……ボクもお腹を空かせながら育ちました」

 

(なんじゃそりゃ。その地そのものに影響を与える宝って何なんだよ? そもそも、そんなもん奪えるのか?)

 

 奪う・奪われる関係のものにしては、あまりにもスケールが大きすぎる、とメグルは考える。

 

「なあ、それだけサイゴクが悪いように伝わってるならさ、お前もサイゴク地方の事がキライなんじゃないのか?」

「もう500年も前の昔話ですよ? ボクも、この地に来るまで……いや、何でもないです」

「ん? 何なんだよ、気になるじゃねーか」

「とにかくっ。テング団と言うのは、この昔話を頼りに”赤い月”を探し、更におやしろに復讐をしようとしているんです」

「”赤い月”があればお前の故郷の瘴気が晴れるから、か」

「はい。ボクの故郷は空気がとても汚れていて……住めるところはとても少ないんです。それを取り合って争いが続いていて……」

「テング団は、それを何とかしようとしてるって訳か……」

 

(それにしてもポケモンの世界に、そんなに世紀末染みた地方が存在するなんてな……)

 

 メグルは改めてアルカに目を向ける。

 

(いや、考えられねえ。仮にも現代基準の文明なんだぞ? しかも、向こうからサイゴクに攻めて来れる程度の距離なんだろ? 何かおかしくねえ?)

 

「ボクは……過去にこの地方とボクらの故郷で何が起こったのかを知りたい。秘宝は……そもそも本当にこのサイゴクにあるのかどうか」

「だから遺跡や博物館を巡ってたのか……」

「とはいえ、ボク一人で出来ることなんてたかが知れてます。それに、ボクの言う事なんて、この地方の人は誰も信じてくれないでしょうし……かと言ってボクじゃテング団は止められない」

 

(いやいや、異世界に来たのに比べりゃ……よくもまあリュウグウさんは俺の事信じてくれたよ)

 

 そこでメグルはもう1度アルカに目をやった。

 彼女は怪訝そうに「何ですか? ボクの顔に何かついてます?」と問う。

 異世界。その文字が頭に過った途端、全てが繋がった気がした。

 

(コイツの言う”故郷”……あの異様なリージョンフォーム共……まさか)

 

 そうなるともう、問いかけずにはいられなかった。

 

「なあ、アルカ。お前達の言う故郷──何処にあるんだ?」

「……」

「俺はこの地方の周りの地方も知ってる。ホウエン、ジョウト、カントー、シンオウ……でも、お前の言うような瘴気に溢れた場所は知らないんだ」

「……」

「何処なんだ……お前達は一体、何処から来たんだ……!?」

「……やっぱり、信じられないですよね」

 

 彼女は、ふっと笑みを浮かべた。

 

「信じてくれるわけないです。バカバカしくて……御伽噺みたいで……ボクだって信じられないのに」

 

 きゅう、と胸が締め付けられるようだった。

 その時の彼女は、世界でたった1人取りこぼされたような寂しい顔をしていた。

 故郷の一団からは追い出され、唯一人故郷の真実を追う為にこの地方にやってきて、そして──誰にも自分の境遇を話すことも出来ずに此処まで旅をしてきたのだ。

 リュウグウやユイのように、境遇を話せる人が居たメグルとは違う。

 彼女はずっと心の奥底では──ひとりぼっちだった。

 

「もー、喋り過ぎちゃいました。おにーさんったら、あんまり真剣に話を聞くんですから。ついつい話を盛っちゃったんですよ」

「……だったら良い冗談だぞ、アルカ」

「……」

「そんなに泣きそうな顔で今更作り話だって言っても、それこそ誰も信じねーよ」

「ウソですよ。……おにーさんだって、本当は笑って──」

「笑わない!!」 

 

 思わずメグルは彼女の手を握っていた。

 

「ポケモンなんて不思議な生き物がいるんだ──有り得ないなんてこと、あるわけねーんだよ!」

「……ボクは──」

 

 

 

 

「──懐かしい顔だな」

 

 

 

 

 その時だった。

 割って入るようにして声が響き、遅れてアルカの足元が──爆ぜた。

 彼女は悲鳴を上げ、ぐらり、とその場に倒れる。

 

「アルカ!!」

「ッ……痛ッ……冷た──!?」

「一体何なんだ──!?」

 

 メグルは声の飛んできた方を向く。

 暗くてよく見えないが、誰かが建物の屋根に立っている。

 すぐさまそれはメグル達の前に飛び降り、姿を現す。

 街灯に照らされ、犬のお面を被った山伏のような男であることが分かった。

 

「今のはほんの挨拶。……尤も、それでこの有様とは先が思いやられるがな」

「おにーさん、逃げて──こいつはヤバいです……!」

「馬鹿! 今のお前を置いていけるわけねーだろ!?」

 

 彼女は脛の肉が抉られており、そこからはどくどくと赤い水が溢れ出ている。

 しかし、アルカ自身、目の前に現れた敵の恐ろしさを熟知しているのか、蒼褪めながらメグルに叫ぶ。

 

「あいつはテング団のリーダー格です……並みのポケモンでやり合える相手ではありません!」

 

 それが意味するのは──シリーズ恒例、悪の組織のボス。

 多くのポケモン作品では、終盤にかけて戦う相手であり、連れているポケモンも強力だ。

 問題は、テング団の下っ端たちでさえ、強力なポケモンを従えていたのだ。

 リーダー格と呼ばれた目の前の犬面の男がそれを上回るポケモンを連れていることは確実である。

 

(じゃあ、いきなりボスって事かよ!?)

 

「リーダー……そうだな。某は三羽烏の一角、イヌハギだ」

 

【──テング団ボス”三羽烏”イヌハギ】

 

 撃たれた足を庇いながら、アルカは犬面の男を睨む。

 

「イヌハギ……何しに来たんだ、今更……!」

「テング団がお前なんぞにリソースを割くと本気で思っていたのか? 出涸らしが」

「……ボクは歯牙にもかけられてないって事かよ……!」

「言ったはずだ。さっきのは只の挨拶。用があるのは、そこのガキだ」

「おにーさんは──関係ないだろ!?」

「キャンキャンと騒がしいばかりで物分かりの悪いヤツ。妹は三羽烏、お前は落ちこぼれ。どうして此処まで差がついたのやら」

「何だとォッ……!!」

 

 血の流れた脚を地面に突きたてるようにして、彼女は無理矢理立ち上がった。

 その手にはモンスターボールが握られている。

 

「ボクだって2年間寝てたわけじゃない! 出涸らしかどうかは──試してみれば良い!!」

「あっ、バカ──」

 

 アルカが投げたボールからはヘラクロスが飛び出した。

 主を傷つけられたことに腹を立てているのか、ヘラクロスはイヌハギ目掛けて飛んで行き、角を突き立てようとする。

 しかし、

 

「受け止めろ、()()()()

 

 その巨大な角を掌で受け止めるのは──イヌハギの背後から現れた白い獣人のポケモンだった。

 雪のような毛皮に覆われ、胸と手の甲からは氷柱のように透き通った棘が生えている。

 そして、その目はカッと開かれており、凡そ感情のようなものは感じられない無機質なものである。

 総じてメグルの知っている「はどうポケモン・ルカリオ」とは似て非なるものであることは明らかであった。

 

(何だコイツ……!? 本当にルカリオなのか!? またリージョンフォームかよ!?)

 

 受け止めていた角を投げ飛ばすルカリオ。

 華奢な体躯だが、膂力はヘラクロスのそれを上回っている。

 一方、地面に叩きつけられて呻き声を上げていたヘラクロスだったが、その程度では闘志は消えない。

 

「かわらわり!!」

「……こおりのつぶてだ。ヘラクロスの角、脚、胴を同時に狙撃しろ」

「ガォン」

 

 小さく鳴いたルカリオは右掌を突き出す。

 氷の塊が次々に現れ、突貫するヘラクロス目掛けてそれを飛ばしてみせる。

 だが、ヘラクロスの身体も頑強極まる。その程度では怯む様子を見せない。

 ルカリオの顔面目掛けて、渾身のチョップを叩きこむ──

 

「……くるるるるる」

 

 ──しかし。

 頬に平手がめり込んで尚、ルカリオは全く動揺をみせない。

 ダメージを受けているかどうかも怪しい。

 それどころか、ヘラクロスの手が音を立てて凍り付き始める。

 慌ててヘラクロスはその場から離れた。

 ルカリオの身体からは常に、超低温の冷気が溢れ出しているのである。

 

「そ、そんな……! 効果は抜群のはずなのに……!」

「なあ、あいつ氷タイプ……なんだよな!?」

「ええ、氷・格闘タイプのはず……!!」

 

【ルカリオ(???のすがた) いてつきポケモン タイプ:氷/格闘】

 

「……分からせてやれ、実力の差を──”ゆきげしき”」

 

 ルカリオが頷く。

 イヌハギが合図をするように手を振り上げた。

 

 

 

「アオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 

 

【ルカリオのゆきげしき!!】

 

 

 

 牙獣の甲高い咆哮がその場を揺らし、周囲の空気が凍り付く。

 そして間もなく、しんしんと綿のような雪が降り始めた。

 同時に、ルカリオの全身から更に冷気が溢れ出す。

 顔はフルフェイスマスクのように閉ざされ、胸と前脚は重厚な鎧に覆われ、完全な四足歩行へと移行する。

 牙を剥き出しにしたその姿は、猛獣という言葉が相応しい。

 

【天候:ゆき 氷タイプの防御力は1.5倍となる】

 

(何だ!? あられじゃないのか……!?)

 

「冷たい戦場の現実を教えてやるがいい。”インファイト”だ」

 

 刹那、ルカリオの姿が消えた。

 そしてヘラクロスの身体は一気に撥ね飛ばされ、更に何も無い場所から跳ねっかえり、地面へと叩き落とされる。

 傍から見ればその身体が物理法則を無視して吹き飛んだようにしか見えない光景。

 だが実際は、超高速で移動したルカリオの打撃がヘラクロスを捉えたに過ぎないのである。

 

(速過ぎる……そもそものレベルが違う……!? いや、これは──)

 

()()()()()()()ルカリオに追いつける者は居ない。誰一人として」

「ッ……そんな」

「通用すると思ったのか? お前如きの浅知恵が……」

 

 ヘラクロスの角を噛んだルカリオは──そのまま天高くヘラクロスを投げ飛ばす。

 

 

 

「跳べルカリオ。”アイススピナー”で貫け」

 

 

 

 追撃がトドメとなった。

 氷を纏ったルカリオは、回転しながら垂直に跳躍し、ヘラクロスの背中に渾身の一撃を叩きこむ。

 無論、疲弊しきった身体で耐えられる攻撃ではない。

 落下したヘラクロスは大きな音を立てて地面と激突。白目を剥き、泡を吹いて倒れてしまうのだった。

 

「……ヘラクロスが、負けた……!」

「だから言っただろう。お前では勝てない」

 

 鬼神の如き蹂躙を目の当たりにしたメグルは言葉も出なかった。

 レベルの差は勿論あったはずだ。しかしそれ以上に、あのイヌハギと言う男とルカリオに底知れないものを感じたのである。

 それが天候を活かした戦い方だ。

 彼の使った”ゆきげしき”という技をメグルは知らない。しかし”あられ”に相当するものであろうことは何となく察した。

 

(天候を操るトレーナーは……強い……! あのルカリオの特性は間違いなく、”ゆき”で強化されるものなんだ……!)

 

「さて。雑魚の事はもういい。某の興味はむしろそちらにある」

 

 イヌハギは──メグルの方に視線を向けた。

 

「俺ェ!? 何で!?」

「部下から聞いた。見た事の無いオーライズを使う、とな」

「……まさか」

 

 メグルには心当たりしかなかった。

 暴走したシャワーズ相手に使った、謎のオーライズだ。

 オーパーツとなったのは、転移した時に持っていた透明な羽根。

 しかし、あの羽根は既に消失してしまっており、イヌハギに見せることすら出来ないのである。

 一方、メグルがオーライズを使った事を知らなかったアルカは──驚愕の表情でメグルを見ていた。

 

「……おにーさん? オーライズ、使えるんですか……!? 何で!?」

「アルカ、お前は黙ってろ。某は今、その目の前の少年に問うている」

「ッ……」

「どうせ、お前がオージュエルを横流ししたかは分かるんだぞ、アルカ。だが、そのおかげで未知のオーパーツが見つかりそうなのでな。それで不問にしてやろうというんだ」

 

 つかつか、とイヌハギはメグルの下に迫る。

 

「尤も、オージュエル1個くらい……欲しいならくれてやる。だが、あのオーパーツは話が別だ。我々は強いオーラを求めている。見た事のないポケモンのオーラだったというぞ」

「いや、あの羽根はあの後無くなっちまって──今持ってねーんだよ」

「とぼけるか……ならば、使わせてみるか。ルカリオ」

「本当に持ってねーんだって──!?」

 

 メグルは思わず腰のボールに手を掛ける。

 しかし、今の手持ちであのルカリオに立ち向かえるポケモンは存在しない。

 ルカリオが地面を蹴り、メグルの喉笛目掛けて飛び掛かる。

 だが、その凶悪な顔は何かに弾き飛ばされ、吹き飛んだ。

 太く、長く、そして強靭な──尻尾だった。

 メグルの視線は尻尾の先に向く。

 赤い火竜が月に向かって吼えていた。

 

「リザードン……!? 何で此処に──」

「あんたね。ワタシの教習生をイジめるのは」

 

 当然、その火竜が居るということは「彼」も居るという事で。

 

「おやしろの麓で狼藉はワタシが許さない」

 

 ハズシは──毅然とした様でグローブを嵌め直す。

 鷹のような目でイヌハギを睨んでいた。

 

「ハズシさん……助かりました……!」

「メグルちゃん。その子を連れて逃げなさい。話は後で聞くわ」

「いーや、全員この場に居ろ。逃げたら背後から撃つぞ」

 

 ルカリオが掌をアルカに向けた。

 いつでも”こおりのつぶて”で貫けると言っているようなものだった。

 

「……何処までも卑劣ね」

「悪い話ではない。むしろ、聞かねば後悔するぞ」

「……仕方ないわね。話って何かしら?」

「現実問題、戦いというのは不毛だ。我々とてこの地の民の首全部を刈り取るような野蛮な真似はしたくない。狙いはあくまでも、”オヤシロ”だからな」

「発想が戦国時代なんだよな……」

「そこで我々から提案するのが()()()だ。お前達と我々で、ルールを以て勝負をしようと言うのだ。……”オヤシロ”のあるこの島を賭けて、な」

「良いわ。どうせ拒否権は無いのでしょう?」

 

 イヌハギは──声色を一切変えずに、その恐ろしい遊戯の中身を告げる。

 

「夜が明ける頃に……()()()()()()。”ひのたまじま”全域に、()()()()()()が降りかかる。それが嫌なら爆弾を……解除してみせろ」

「爆弾!?」

 

 次の瞬間、遠くで轟音が鳴り響く。

 

「ッ……! 何!? まさか爆弾って──」

「何を言っている。仕掛けた爆弾はこんなものではない。……今のは優秀な部下が仕組んだ、ほんの前準備だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お、おああああ!? 橋が落ちているぞォォォーッ!?」

「船が、船が燃えちょる!!」

「天狗じゃ!! 天狗の仕業じゃーッ!?」

 

 11月16日、20時30分。

 ベニシティ・ポートエリアと、ひのたまじまを繋ぐ「ベニおおはし」が突如崩落。

 同時刻に、船着き場の漁船や連絡船が次々に撃沈される事件も発生。

 その場には、天狗達とその使徒が舞い、そして嗤っていた。

 この時を以て、ひのたまじまは──戦場と化したのである。

 ……日の出まで凡そ8時間。

 この一連のテロが可愛く思える程に恐ろしい”爆弾”が──ひのたまじまで目を覚まそうとしていた。




【ルカリオ(???のすがた) いてつきポケモン タイプ:氷/格闘】
特性:ゆきかき/せいしんりょく(イヌハギの個体はゆきかき)
『雪降り積もる霊峰に生息し、波動を用いて冷気を自在に操る。』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話:”爆弾”

 ※※※

 

 

 

「ゲームの内容は簡単……お前達が”爆弾”を解除すればそれで終わり。我々は手を引こう」

「ふざけてるわね。そんなのゲームでも何でもない。ノーヒントで爆弾を探せって言うの?」

「ヒント? ……甘ったれるな、と言いたいところだが……直に分かる」

「余裕なのね」

「最早、某達は寝ているだけで、おやしろが破壊出来る故。……せいぜい、その力を見せてみろ」

 

 すっ、と忍びのようにイヌハギはルカリオ共々姿を消してしまった。

 既に消防車のサイレンが遠くから聞こえてきている。

 その直後、ハズシのスマホロトムが飛び出す。二、三言、受け答えした後、深く溜息を吐く。

 そしてメグルの方に向き直り、肩をすくめた。

 

「──マズいわね。ひのたまじまと、本土を繋ぐ橋が落とされた。更に港の方も炎上してるみたいね」

「それって、住民の避難も出来ないってことですか!?」

「ライドポケモンの力を借りれば可能よ。でも、この一連の行動は”逃亡は許さない”と言っているに等しいわ。それに、船を簡単に破壊出来るような連中が、ライドポケモンを狙わないわけがない」

「爆弾を止めるしかない、って事ですか……」

「ボ、ボクも行きます! こんな事許せない……! おやしろやヌシポケモンばかりか、島の人たちまで巻き込むだなんて……!」

「ダメよ。うっすら骨が見えてるわ。貴女はしっかりポケモンセンターで手当てを受けなさい」

 

 それほどまでに出血が酷い。

 ハズシが応急手当をしようにも眉を顰め、手をこまねいているほどだ。

 間もなく──ポケモンセンターに常駐しているスタッフと、その補助をするであろうしあわせポケモン・ハピナスがやってきた。

 

「ああこの子よ。右脛の肉が抉れてる」

「いやしのはどうで応急処置をしましょう。後は外科の方で」

「本当にごめんなさい……」

「何で謝るの。困ったときはね、お互い様なのよ」

 

 ハズシが人差し指でアルカの額を押す。

 

「おにーさんも……気を付けて」

 

 ぎゅっ、とメグルは拳を握り締めた。

 期間は短いが、浅からぬ付き合いとなったアルカを傷つけられて、内心頭に来ていたのである。

 

(爆弾は絶対止めてみせる。それに……)

 

「これ以上、あいつの思い通りにさせて堪るかよ! 犬だけに吠え面かかせてやらないと気が済まねえ!」

「プッキュルルルル!!」

 

 甲高い声を上げて、勝手にボールから凶悪毛玉が飛び出す。

 「貸しだからな」と言わんばかりにアルカを見下ろすと、んべ、と舌を出したのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ハズシは早速、キャプテンとして指揮の手腕を存分に振るった。 

 住民たちは外に出る方が危険なため、家の中から出ないようにスマホロトムや放送で呼びかけさせたのである。

 また、暴れているテング団は、教習所のトレーナーたちに任せた。更におやしろの警備を固める為に、おやしろのトレーナーも動員した。

 爆弾を囮にして、おやしろそのものを短時間で攻め落とす作戦の可能性もあるからである。

 そこまでの一連の指揮を見て、メグルはやはり彼こそが”ようがんのおやしろ”のキャプテンに相応しいと感じたのだった。

 ハズシは、皆を導くリーダーの素質を持つのである。

 

「さて。次はワタシ達がやるべき事をやりましょう」

「爆弾の解除、ですよね。でも、ハズシさん、爆弾の解除って出来るんですか?」

「これでも機械には強いのよ。危険物取扱の心得もあるわ」

「流石……」

「キミは爆弾に辿り着くまでの露払い、頼めるかしら。もし解体となったらワタシが出向く」

「……分かりました。頼むから死なないで下さいよ」

「あら♡ 心配してくれるの? 優しいのね」

「そういうわけじゃ……」

「ただ、気にかかるのよ……そんなに大きな爆弾を隠しておける場所なんて、そうそう在りはしない」

 

 ハズシの視線の先には──大きなアケノ火山。

 巨大な溶岩洞を有する、ひのたまじまの中心に座す休火山だ。

 

「……まさかね」

「火山の噴火を、”爆弾”に例えた……?」

「有り得ないわ。噴火をコントロールするなんて大事も良い所よ。もしそうなら、本当に止めようがない。しかもアケノ火山は活動の兆しを見せていない……もしもあの火山に動きがあればウチのヌシ様が黙っていないものね」

「ヌシは火山の噴火を察知できるんですか!?」

「そうよ。すごいでしょ?」

 

 ──すいしょうのおやしろが波の荒い海峡を監視するためならば、ようがんのおやしろはアケノ火山を監視するために建てられたのだという。

 ようがんのおやしろのヌシは、火山の動きを感じ取る事が出来、その危機を人々に知らせてきた過去がある。

 

「今そのヌシって何処にいるんですか?」

「おやしろには居ないわ。すいしょうのおやしろの一件以来、祭事以外の時はワタシ達で匿う事にしてるのよ」

「そうなんですか……」

「他の面々にも爆弾を探させているけど……そうね。ワタシ達は住宅街の方に行ってみましょう」

「はいっ」

 

(……爆弾のヒント……島を丸ごと全部火の粉降らせるような爆弾……そんなもん、何処にあるんだ……?)

 

 考えても答えは出ない。

 当然、メグルが考える限りそのような力を持つポケモンも居ない。

 

(……俺の今まで培ってきたものやスキルだとか、ほんっと肝心な時に何にも役に立たねーんだな……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「参ったわね……天狗がわらわらと……」

 

 

 

 住宅街の屋根の上に、待ち受けていたかのように山伏装束の男たちが立っていた。

 その傍らには、ことりポケモンのオニスズメや、はもんポケモンのリオル、更にいじわるポケモン・コノハナの姿も見える。

 いずれも、オニドリル、ルカリオ、ダーテングの進化前のポケモンだ。

 進むにも退くにも交戦は避けられない、といった様子だ。

 

【オニスズメ(???のすがた) ことりポケモン タイプ:地面/飛行】

 

【リオル(???のすがた) とうけつポケモン タイプ:氷】

 

【コノハナ(???のすがた) あくどうポケモン タイプ:???/???】

 

「イヌハギ様から何も聞いていないのか? これはゲーム、だと」

「プレイヤーの邪魔をしていけない道理は何処にもあるまい!」

「我々と遊んでいけ、キャプテン!!」

「……面倒な奴らだなマジで──!」

 

 ゴーグルを掛け、ボールを取り出そうとしたメグルをハズシが制する。

 

「派手にやり合うのは危険よ。住宅に被害が出る。先ずは数を減らしたいわよね」

「じゃあどうやって──」

「決まってるじゃない。()()()()()やるのよ♡」

 

 ハズシがボールを投げる。

 現れたのは黄色の装甲に身を包んだ戦士のようなポケモンだった。

 その熱気に押され、メグルは思わず後ずさる。

 

「な、こいつが……グレンアルマ……!?」

「あら知ってるのね。珍しい子だから知ってる人は少ないのよ」

 

【グレンアルマ ひのせんしポケモン タイプ:炎/エスパー】

 

「──さ、お願いね♡」

 

 グレンアルマは拳を地面に突きつける。

 その瞬間、周囲の空気が一気に淀み、そして歪んだ。

 足元は不思議な雰囲気に包まれる。

 

 

 

「……展開。”サイコフィールド”」

 

 

 

 目が痛くなるほどにサイケデリックな空間がその場に現れる。

 動こうとするリオルやオニスズメ達も、淀んだ空気を前に前後不覚に陥り、まともにグレンアルマに向かうことすらままならない。

 

「何だ!? どうなっているのだ!?」

「ええい、動け!! 動かんか、リオル!!」

 

 その瞬間をグレンアルマが、そしてハズシが逃すはずもない。

 

「グレンアルマちゃん。最大出力”ワイドフォース”よ♡」

 

 不思議な空間から無数の手が伸び、リオルを、オニスズメを捉えて包み込んでしまう。

 その力は、サイコフィールドによって倍増している上に、範囲はフィールドの及ぶ場所全て。

 屋根の上に立っていた敵は皆、グレンアルマの放ったサイコエネルギーの餌食となり、ばたばたと倒れていくのだった。

 その様を見てメグルは絶句する。

 とんでもない攻撃範囲と威力だ、と。

 無理もない。ワイドフォースの威力は80だが、サイコフィールド下では1.5倍され120となる。更にサイコフィールド下ではエスパータイプの技の威力は1.3倍になり、凡そ並みのポケモンが耐えられるものではなくなる。

 

(新作のポケモンだから種族値は分からねーけど……ワイドフォースって教え技だったよな!? それを素で覚えてるって事は、やっぱコイツ、相当強いポケモンだったんじゃねーか……!?)

 

 メグルにとっては姿だけ明らかになり、他は未知の存在だったグレンアルマ。

 少なくとも外見負けしない実力を持っている事は確かだったようである。

 現に敵はほぼ全滅──と思った矢先、まだ立っているポケモンが居る事に気付いた。

 コノハナだ。リージョンフォーム故確信が持てなかったが、こちらもエスパータイプが無効の悪タイプだったようである。

 

「取りこぼし──イーブイ頼む! ”にどげり”だ!」

「プッキュルルル!!」

 

 飛び出したイーブイが、足元の不安定さに慣れてきたコノハナ目掛けて飛び掛かる。

 ヤンキーのように食らいついたかと思うと、その顔面を後ろ足で蹴り上げる。

 更に後ろからもう1匹が現れたものの、それもまたメグルの「”にどげり”!!」の指示の下、アスファルトに叩き落とされたのだった。

 

【効果は抜群だ!!】

 

(見える……! 視界がはっきりとしてる……イーブイの動きが分かる! 度が入ってるってすげー……やっぱ旅ナメてたな俺……)

 

 目が悪いまま長い間過ごし過ぎると麻痺してきて眼鏡の必要性が分からなくなるものである。

 尤も眼鏡を掛けないことを正当化する理由には微塵にもならないのであるが。

 

「炭も残さない、アーマーキャノンで吹き飛ばしなさい!!」

 

 飛び掛かって来た残りのコノハナも、グレンアルマが装甲を変形させて放った渾身の一撃で吹き飛ばしてしまった。

 これで、住宅街で待ち構えていた下っ端たちのポケモンは全て片付けたことになる。

 

「ッ……退けい退けい!! 元よりこれしきで倒せるとは思っとらんわ!!」

 

 天狗達は懐から瓢箪を取り出した。

 すると、倒れたポケモン達は皆それに吸い込まれていくのが見えた。

 モンスターボールにポケモンを仕舞う文化は無いが、1つの瓢箪に複数のポケモンが吸い込まれていく辺り、弱ったポケモンを格納するという発想はあるのだろう、とメグルは考える。

 そう思っていた矢先「お疲れ」とハズシが何かを持って近付いて来た。菓子箱だった。

 

「キャラメル、ですか?」

「これから長丁場よ。夜だし頭も疲れてくる。糖分、取っておきなさい」

「……ありがとうございます」

 

 奥歯にキャラメルがくっつく。

 しかし、甘さが疲れた体に染みる。

 

「うふっ♡ 礼には及ばないわ。本当は……巻き込みたくなかったんだけどね。君のような若いトレーナーを。でも、今は……ねこのても借りたい」

 

 あちこちから叫び声が聞こえてくる。

 テング団と、島に居るトレーナーたちが戦っているのだろう。

 

「俺はまだ良いですよ。あいつら前よりも弱かったし……何ならハズシさんが殆ど片付けちゃったし」

「拍子抜けって顔ね。見たことあるの?」

「あ、はい。実は……すいしょうのおやしろで一度出くわしてるんです」

「何ですって?」

 

(もしかしてリュウグウの旦那が気にかけていたのって……そう言う事?)

 

 全てを納得したかのようにハズシは掌を打つ。

 そして同時に、リュウグウが大合議の場で全てを話せなかった理由も察しつつあった。

 彼が目を掛けているのだ。このメグルという少年が只のポケモントレーナーであるはずがなかったのである。

 

「その時、あいつらはもっと強かったから……てっきり、全員が全員あんなに強いのかと」

「それは……オーライズという技術を使っていたから?」

「あっ──やっぱ知ってるんですね」

「ええ。貴方、すいしょうのおやしろでもテング団の襲撃に巻き込まれているのね」

「あははは……」

「これはある意味、運命なのかもしれないわね」

「あの、ハズシさん。俺についてリュウグウさんから何処まで聞いているんですか?」

「有望なポケモントレーナー、としか聞いていなかったわよ。旦那も……大変ね」

 

 電柱にもたれるとハズシは溜息を吐いた。

 キャプテンとして、そして最大の年長者としての苦悩があの老人にもあるのだろう、とメグルは考える。

 

「メグルちゃん。ワタシね、短い付き合いかもしれないけど……これでもおやしろまいりをする子達の事は、ずぅっと気にかけてるの」

「はい、それは分かります。すっごく……」

「道理で物怖じしてないと思ったのよ」

 

 がしっ、とハズシはメグルの肩を掴む。

 

「テング団の事に首を突っ込むことを恐れてないように思えたのは……貴方自身、彼らと因縁があるんでしょう?」

「あるかどうかは実はまだ分からなくって」

「あら、そうだったの」

「……信じて貰えないかもだけど。俺の探しているものの手掛かりなんです。あいつらは……」

「信じるわよ。ワタシ、これでも異世界から来たポケモンとか見た事あるのよ♡」

「何それそっちの方が気になるんですけど!?」

「ええ。だからオネエさんに任せて頂戴♡ 互いに知ってる事を交換しましょう」

 

 ぱちり、とウインクするハズシ。

 茶目ッ気の中にも確かに心強さを感じさせた。

 

 

 

「……ま、どの道後で旦那にはキッチリ問いただしてやるわよ、ウフフフフ……」

「こっわぁ……」 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あー、もう、ちくしょーっ!! ボクだってーっ!!」

 

 

 怪我をした脚を彼女は見やる。

 しばらくは激痛でまともに歩くことすら出来ない。

 松葉杖だけが頼りである。

 故に、今この状況でメグル達を助けに行くことは叶わない。

 一通りの手当を終えた後、ポケモンセンターの待合室でアルカは項垂れていた。

 外では既にテング団の悪趣味なゲームが始まっている。

 彼らはサイゴク地方、ひいてはおやしろへの憎悪に染まった集団だ。

 確実にこの島の住民とおやしろを破壊すべく”爆弾”を使うのだろう。

 しかしアルカには、どうにもそれが引っ掛かっていた。彼らの技術では、島一つを吹き飛ばすような爆弾は作れないからである。

 

(従って”爆弾”は何らかの比喩である可能性が高い……!? でも絞り込めない……! せめてもう1つヒントがあれば……!)

 

 そうして考えているうちに、イヌハギの言っていたことを思い出す。

 

 ──妹は三羽烏、お前は落ちこぼれ。どうして此処まで差がついたのやら。

 

 そうしてまた、無性に腹が立ち、悔しくなって涙が浮かんでくるのだった。

 故郷の妹は、いつも自分よりも優秀だった。

 一族で最も重要視される装飾品の加工が最も上手いのは妹だった。

 反対に、ぶきっちょで最もそれが下手だったのは──アルカだった。

 一族では装飾品の加工技術を持つ者が重用される。

 親が居なかった妹は、それだけが命綱のようなものだった。

 技術すらボンクラだったアルカは──里に居場所が無かった。

 そして今も、彼女には居場所が無いも同然だった。

 

(テング団でもなければ……サイゴク地方の人でもない。なのに、都合の悪い事は黙って……あのオネエさんや……おにーさんに甘えて、此処に置かせて貰ってる……)

 

「……何でボクって……こんなに中途半端なんだよ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話:最新作でもキノコの胞子は健在

 ※※※

 

 

 

「まさか、本当に異世界から来ているとは思わなんだ、ね……」

「あっははは……」

 

(ウルトラホールは様々な世界に繋がっていたというわ……ポケモンが居ない世界というのがあってもおかしくはない、か)

 

 ハズシに自らの身の上を話すと、彼は考え込むように唸り──そしてふっ、と笑みを浮かべた。

 

「ハズシさん?」

「言ったでしょう? ワタシ、こういう事は慣れっこなのよ」

「そうなんですか!?」

「ええ。この世界とは別の世界……ってヤツね。かつて、アローラに居た時、似たようなことに出会ったのよ」

 

(もしかしてウルトラビーストに遭遇したことがあるのか、この人……!?)

 

「でも、理解のある人間ばかりじゃあない。そこには気を付けて頂戴、メグルちゃん」

 

 ハズシの顔が一際険しくなった。

 

「リュウグウの旦那が大合議で貴方の事を話さなかった理由、分かったわ。きっと旧家二社を警戒したのね」

「きゅ、きゅーけにしゃ?」

「よあけのおやしろとひぐれのおやしろよ。この2つはサイゴク地方に大昔からあるおやしろなの。外敵や野生ポケモンから集落を武力で守って来た過去があるのよ」

 

 メグルは記憶を辿る。

 観光ガイドの記述に書いてあったのだ。

 セイラン、ベニ、シャクドウの3つのおやしろを御三家三社。

 一方、イッコンとクワゾメの2つのおやしろを旧家二社と呼ぶ、と。 

 そして旧家二社の擁する家とおやしろは、サイゴクの中でも最も大きく、抱える戦力も相応のものである、と。

 その理由は、かつて野生ポケモンからおやしろを守る為の防衛拠点であったこと、そして他のおやしろと戦う為に武力を蓄えていたからである。

 

(おっかないおやしろだと思ってたけど、やっぱり過激派寄りなんだな……)

 

「もしこの2つのおやしろにメグルちゃんの境遇が知られたらどうなるか、説明しなくても分かるわよね」

「俺……捕まったりします?」

「両方共、御三家よりもおやしろも大きいし組織も大きいの。非合法な手段だって取れる」

「こっわぁ……注意しておきます」

「でも安心して。ユイちゃんとワタシ、そしてリュウグウの旦那……御三家三社は貴方の味方よ。下手をすれば旧家二社の不信を買う行為だけど、それを覚悟してでもリュウグウの旦那は君の事を守りたかったんでしょうね」

「何でまた?」

「シャワーズを助けてくれたのが、それだけ嬉しかったのよ」

「それでもですよ」

 

 メグルはバツが悪そうに頬を掻いた。

 自分がそこまでしてもらえる義理などない、と言わんばかりに。

 確かに異世界から来たとはいえ、メグルは彼らからすれば数多くいるトレーナーの一人でしかないのだから。

 

「ハズシさんも、リュウグウさんも、何で俺の事、こんなに良くしてくれるんだろうって……」

「人間はね、自分にされたことを人にもしたがる生き物よ。よくも悪くも」

 

 懐かしむようにハズシは言った。

 

「ワタシはね……その昔、やんちゃ坊主だったわ。そんな時、見兼ねてワタシを正面から叱ってくれたのが……先代のキャプテンだったの」

「意外です」

「……でしょ?」

 

 彼は語る。

 かつて、ケンカに明け暮れた荒れた日々を過ごした事を。

 家にも何処にも居場所は無く、ポケモンだけを信じ続けた日々を。

 しかしポケモンは言葉を解さない。

 彼の言葉を受け止めてくれるものはなかった。

 そんな中、正面切って自分を怒鳴りつけてくれた人が居た。居場所を作ってくれた人が居た。

 

「ママはいつもタバコばっか吸って、すっごく口の悪い人だった。ああ、ママってのは……近くのオカマバーのママだったってことよ。キャプテンだったことを知ったのは後からだったのよ」

「あ、やっぱりオネエなんだ」

「でもね、ワタシはあの人のおかげで立ち直れたのよ」

 

 

 

 ──あんたねぇ、こんなところで凹んでんじゃねーのよ!! ビッグになってお前をバカにしたやつ全員見返してやりな!!

 

 

 

「だから……ポケモンに乗るのが好きだったから、レーサーになってバカにしたやつら皆見返してやろうって思った。でも途中から……ママに、見て欲しかった。ワタシの晴れ姿を。ワタシが一番になるところを」

「それだけ大事な人だったんですね」

「ええ。恩返し、したかったわ」

 

 過去形だった。

 今でもそのことを思い出すと、辛さが混じるのか──吐息に憂いが入る。

 

「病気だったの。末期だったから、ワタシにも隠してたのね。大事なレースの前に、心配させたくなかったんだって」

「ッ……」

「あんまりにも早すぎて……柄にもなく泣いちゃったのよ。まだ、なぁんにもお返し出来てなかったから。泣いたわ。何にも手に付かなかった」

 

 泣いて泣いて、一頻り泣いて──そうしてハズシは行き着いた。

 返せなかった分は、他の人に返そう、と。

 今度は自分がされたように、他の人にも同じことをしてやろう、と。

 それが今の彼の生き方に繋がっている。

 

「ワタシはワタシのやり方で、ママに返せなかった分の愛を、他の人に分けてあげることにした」

「それが……今の職業」

「ええ。教習所の教官に、ライドポケモンのブリーディング、レーサーのコーチ、キャプテン……忙しくて目が回りそうだわ。でも今、とっても充実してるのよ」

「……凄いや。俺にも出来るかな」

「気負う必要はないの。返す相手はワタシ達じゃなくて良い。貴方は……これから出会う人たちに、そして今育てている子達にありったけの愛を注いであげて」

 

 ぱちり、と彼はウインクしてみせた。

 

「さて、休憩はお終い。爆弾探しに戻るわよ、メグルちゃん」

「でもヒントはあるんでしょうか? この島も結構大きいし……」

「おやしろのトレーナーがテング団と戦いながら爆弾を虱潰しに探してくれてる。何か報せがあったら──っと、噂をすれば何とやら、ね」

 

 ハズシのスマホロトムが鳴った。

 何か爆弾に関する手掛かりが見つかったのではないか、と淡い期待を抱いたメグルだったが、

 

 

 

 

「──何? 火山から野生ポケモン達が降りてきてる!?」

 

 

 

 

 飛んできたのは、悪い方の報せだったのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ようがんのおやしろは、アケノ火山を監視する大きな物見櫓の建築された大社だ。

 奇しくも、火山の噴火以外でこの物見櫓の設備が生きることになる。

 本来なら溶岩洞や火山に生息しているポケモン達が大挙していることを真っ先に察知したのである。

 例えばようがんポケモンのマグマッグにマグカルゴ。太ましいラクダの姿をしたどんかんポケモンのドンメル。

 いずれも、山から下りてくるようなポケモンではないにも関わらず、興奮した様子で人里に迫ってくるのである。

 こうなれば、ハズシは火山の方へ駆け付けざるを得なかった。メグルもそれに追従する形になる。

 

「明らかに様子がおかしいわね……」

「見えるんですか!? ……って、すっごく目が良いんだった」

「それだけじゃないわ。頭から変なものが生えてるの」

「変なもの?」

「……どうせ近付いてくるわ。迎え撃つわよ!」

 

 街中に入れるわけにはいかない。

 ハズシも、メグルも、ポケモンを繰り出し、現れたポケモンを薙ぎ払っていく。

 グレンアルマがワイドフォースで一掃し、取りこぼしたものをイーブイが、オドシシが倒していく。

 しかし、それでも彼らは逃げる様子を見せず、狂ったように前進してくる。

 傷つくことを恐れていない、というより痛みを感じていないようにさえ見える。

 その様にメグルは一種の恐ろしさを感じた。

 まるでゾンビのようだ、と。

 

「こいつら、倒したのに起き上がってくる……!」

「なら──ギャロップちゃん、アレを頼むわ!」

 

 ヒヒンと嘶くのは、燃える鬣をなびかせる馬のポケモン・ギャロップ。

 ハズシのレーサー時代からの相棒とされている一匹だ。

 

【ギャロップ ひのうまポケモン タイプ:炎】

 

「……成程、じゃあオドシシ頼む!」

「あーら♡ ワタシのやろうとしてることが分かるのね?」

「これでもポケモンの知識だけはあるんで!」

「合わせるわよ。準備は良い?」

「はいっ!!」

 

 オドシシの角の目玉が妖しく光る。

 ギャロップの角にサイコエネルギーが充填されていく。

 

 

 

「──ダブル”さいみんじゅつ”!!」

 

 

 

 2体が同時に放った催眠術。

 木々や建物に反響したサイコエネルギーが、マグマッグを、そしてドンメル達を昏倒させ、地面に叩き伏せたのだった。

 

「ッし!! 完璧だ!!」

「貴方、やっぱり見込みがあるわね」

「それほどでも──って、それよりも奴らの頭を調べましょう!」

「うふっ♡ 照れ屋さんなんだからぁ」

 

 こうして、第一波は収まる。

 倒れて動かない一匹のドンメルに恐る恐る近付くと、確かに頭から角のようなものが生えていた。

 赤くて柔らかく、ひだがついている。直感で、菌糸類のようなものではないか、とメグルは判断する。

 

「……キノコ、ですよね? これ」

「それ以上近寄らない方が良いかもね。毒があるかもしれない。触っただけで腫れる種類もあるから」

「でもこんなキノコ、この辺りに生えてるんですか?」

「ええ。ワタシも見たことが無い。でも、ここで暴れてるポケモン達の共通点は……キノコが頭から生えていること」

「キノコに操られていたってことですか?」

 

(そもそも野生ポケモンを暴走させるだけなら、あの首輪を使えば良いわけだし。このポケモンの暴動自体は狙ったわけじゃないのか?)

 

「そうとしか思えない。キノコの持つ神経毒がポケモンに凶暴化と言う形で作用した可能性がある。神経毒ならワタシの見た事例でも類似のものがあった」

「テング団が持ち込んだんですかね」

「可能性が高いわね。にしても、色々と腑に落ちないことが多すぎる」

「……そうですね。ちょっと幾ら何でも回りくどさが過ぎるような気がするんですけど」

 

(爆破させるならさっさと爆破させればいいのに、団員に俺達を足止めさせて、時限爆弾仕掛けて、おまけに変なキノコで野生ポケモンを暴走させる? 何一つ行動が一貫してないじゃないか……キノコ……爆弾……?)

 

 此処までのテング団の動きを見ても、ただの爆弾を抱えているにしては冗長だ。

 探しても見つからないこともあり、彼らの言う「爆弾」が文字通りのものかどうかも怪しくなってきたのである。

 メグルは思い返す。

 イヌハギの言っていたことを。

 

 

 

 ──夜が明ける頃に……爆弾が爆ぜる。”ひのたまじま”全域に、死せる火の粉が降りかかる。それが嫌なら爆弾を……解除してみせろ。

 

 

 

 

「……ハズシさん。俺達が探してる爆弾って、どんなのだと思います?」

「よくよく考えてもおかしな話よね。この島諸共爆破するって言ってたわね。そんな大きな爆弾、こんなに島中に部下がいるのに使ったら危ないじゃない」

「あいつらの言ってる爆弾って……()()なんじゃないでしょうか」

「少なくとも()()()()()()、ってこと?」

「はい。そもそもそんな大きな爆弾なら、仕掛ける時に誰かに見られていてもおかしくないし、とっくに見つかっててもおかしくない」

「なのに、これだけの人数が探していて未だに見つかっていない」

「そもそも爆破するだけなら、予告無く爆破すれば良い。橋を落としたり、船を沈めた時みたいに。奴らの仕掛けた爆弾は、俺達が思っていたものとは違う可能性があるんじゃねーかって……」

「あいつ……この島に死の粉が降りかかるって言ってたわね」

「……俺の居た世界に、爆弾キノコって呼ばれるキノコがいるんです。何かの衝撃で子嚢が破れたら、胞子を撒き散らす」

 

 昔、国営放送の自然番組で見た事がある爆弾キノコと呼ばれるキノコがメグルの脳裏に過っていた。

 子嚢が破れると、そこから胞子を撒き散らす。踏むと胞子を噴き出すので、面白がって子供が踏んでしまうのだというが、結果的に胞子がばら撒かれているので役割は果たせているのだとか。

 

「ええ、ええ、あるわ。ある。この世界にもある」

 

 二人の視線は──キノコが生えて、倒れているポケモン達に向いていた。

 

 

 

「……尤もそれは、こんなに赤くて危ないキノコじゃないのだけど」

「ポケモンなら……何でもアリでしょ」

「それもそうね。もう何があっても驚かないわ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「防護マスクを着けておいて頂戴。嫌な予感がする」

「大丈夫です! 大分息苦しいけど」

「後、これがおやしろに常備していた防塵ゴーグルよ。火山が噴火した時に備えているの。手持ちのポケモン皆に付けておいて頂戴」

「ありがとうございます」

 

 

 

 ──全ての準備は整った。キノコの胞子の対策のため、メグルとハズシは自身とポケモン達に出来る限りの対策を施す。

 幸い、火山噴火時に使う救援用の防塵装備がそのまま使えるらしく、装備の数には困らなかった。

 そして、ハズシが舵を取り、メグルが後ろに座り、リザードンが空を飛ぶ。目指すは異変の起点であるアケノ火山だ。

 ハズシの驚異的な視力ならば、この距離からでも火山から降りてきている野生ポケモンの流れを視ることが出来る。

 案の定、一点を起点にして野生ポケモンが逃げるように散っていた。そこから拡散するように、ポケモンの動きが狂ったようにおかしくなっていた。

 しばらくして、何かに気付いたようにハズシは「あっ」と声を上げたのだった。

 

「──視えたわ! キノコ! キノコ……?」

「マジでそんな事あります!?」

「言ったのはメグルちゃんじゃないのよ。でもこれ、大きいわね……メートル単位よ?」

 

 それはそれはもう恐ろしい大きさであった。

 近付いていくとメグルもゴーグル越しの肉眼で見える程の大きさの赤い塊が山道で蠢いているのである。

 高さは山の頂上付近。

 最初、メグルはこれをキノコだと認識することは出来なかった。

 しかし、よくよく見ても野生ポケモン達に生えていたそれと似たような形状であることが分かる。

 まさに赤い肉塊とでも呼ぼうか。凡そ3メートル程の大きさの肉の傘が動いている。

 ……そして認めたくはないが、肉の傘の後ろには何かを引きずったような跡があった。

 まるでキノコが自立して動いているかのようであった。

 全貌は傘が大きすぎて見えない。

 つまり、これだけではメグルも何のポケモンかは分からない。

 すぐさまリザードンがキノコのよく見える位置まで降りる。

 そうして漸く、キノコの全体像を拝むことが出来たのであった。

 

「うっげ、何だコイツ……!!」

「怪物の正体見たり、ってところかしら……!」

 

 正面から見るんじゃなかった、とメグルは後悔した。

 全長およそ3メートルはあろうかというキノコ。

 それを背負い、のしのしと強靭な前脚を地面に突き刺しながら進撃するのは、固まった溶岩のように黒い甲殻に包んだセミの幼虫のような生き物。

 凡そ精気を感じられない白い眼玉には、炎がゆらゆらと灯り、燃えていた。

 まとめると「キノコを背負い、胞子を撒き散らしながら徘徊する虫のポケモン」。

 そんな悍ましい生き物は、メグルの中では1匹──ないし2匹しか思い浮かばない。

 

「……だとしても、デカすぎんだろ……!!」

()()()()()()クラスね、こいつは……気を付けて頂戴!」

 

 精気の無い目で進んでいたそれだったが──障害物を認めたのか、がぱぁっと、その大きな口を開き、咆哮するのだった。 

 

 

 

 

「ノットリィィィィ!!」

 

【パラセクト(???のすがた) かえんたけポケモン タイプ:???/???】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話:汚染

「──ノットリィィィーッ!!」

 

 

 

 ──パラセクトというポケモンは、進化前のパラス共々、キノコに寄生された虫──つまり冬虫夏草をモチーフとしたポケモンである。

 進化後のパラセクトの段階にもなると、虫は肥大化したキノコによって精神を乗っ取られてしまっており、実質的な本体はキノコとなる。

 それは、何かの拍子にキノコが虫から取れてしまうと動かなくなってしまうことからも証明されているといっていい。

 そしてその特徴自体は今目の前にいるリージョンフォームも同様なのか、下の虫からは精気というものが全く感じられない。その一挙一動は、操り人形のようにおぼつかない。

 しかし、メグル達を敵と認識したからか、一転して鎌のような前脚を振り上げて襲い掛かってくるのだった。動きは鈍重だが、キノコの傘からばら撒かれている火の粉が周囲の草木に火をつけて焦がす。

 

(とんでもない熱エネルギーをあのキノコの中に溜め込んでいるわね、あのパラセクト……! 炎タイプは付いていてもおかしくないわ!)

 

(H60A95B80C60D80S30──!! 能力値はハッキリ言って低い部類だが、何か嫌な予感がする──)

 

 ずるずる、と肥大化したキノコを引きずるパラセクト。

 そのキノコからボコボコと音を立てて、丸い弾が放り出される。

 すぐさまリザードンが飛び出し、身を挺して二人を庇った。

 

 

 

【──パラセクトの”キノコばくだん”!!】

 

 

 

 直後、弾は爆ぜる。

 爆風がハズシとメグルの身体を襲って吹き飛ばし、リザードンも羽根をマントのようにして防いだものの、後ろ足で踏ん張らなければ飛ばされるところだった。

 爆心地はめらめらと燃えている。

 胞子が可燃性であることは、目に見えて明らかだった。

 更にそこから、遅れるようにしてキノコが生えてくる。

 

「ッ……いったたた……!! とんでもないわね……!」

「移動砲台、か……!」

 

 ずしん、ずしん、とパラセクトは巨体を引きずりながら進んでいく。

 メグル達には興味を示さない。目指す先は頂上だ。

 

「でも、パラセクトなら虫か草は付いてるはず……リザードンちゃん、大文字で薙ぎ払って頂戴!!」

 

 リザードンの正面に大の字の炎が展開される。

 それがパラセクト目掛けて飛んで行き、押し返そうとする。

 しかし──キノコが炎を全て吸い込んでしまうのだった。

 そして今度はお返しと言わんばかりに、さっきの倍の数の”キノコばくだん”が傘から放り出される。

 周囲を爆撃しながら、パラセクトは進んでいく。

 

「何なんだコイツ、無敵かぁ!?」

「ッ……炎技が効いてない!! 特性、かしら……!?」

「炎タイプを無効にできるタイプなんてありませんからね!!」

 

 一度リザードンに乗り、その場から離れるハズシとメグル。

 パラセクトは相も変わらず、頂上を目指して進んでいるようだった。

 

「メグルちゃん、手伝ってもらえる? あいつはどの道放っておいたらヤバい気がする……!」

 

 

 

 

「──そこまでだ」

 

 

 

 

 その時だった。

 メグル達の頭上に氷の礫が降りかかる。

 すぐさま振り向いたリザードンが炎を放ち、撃ち落とす。

 だが、それを盾にして下手人は降り立ったのだった。

 イヌハギとルカリオだ。険しい表情を浮かべたハズシがボールを握り締める。

 

「……あんた、この期に及んで邪魔するのね……!」

「こいつ……また出てきやがった!」

「ゲームには邪魔が付き物だ。パラセクトに辿り着いた事は褒めてやるが、止められるかどうかは別問題、だろう?」

「あいつが爆弾っていうの!?」

「どうだかな……少しは自分で考えてみてはどうだ?」

 

 ルカリオが吼える。

 周囲には雪が降り注ぎ、その身体に鎧が纏われていった。

 先程も見せた、雪を纏った重装甲形態である。

 そのまま恐ろしい勢いで突貫し、ハズシとメグルの喉を引き裂くべく腕を振り上げる。

 だが、それを見逃すリザードンではない。すぐさま飛び出して、取っ組み合うのだった。

 

「メグルちゃん!! 此処は任せて頂戴!!」

「で、でも──」

「こいつは、貴方じゃどの道止められないわ!! 放っておけばどの道この島に害を成す!!」

「俺、ハズシさんを見捨てるなんて出来ません!!」

「見捨てる? ハッ、キャプテンをナメるんじゃないわよ!!」

 

 その声は──自信、そして覚悟に満ち溢れていた。

 

「貴方達がパラセクトを止める方法を考えるの!! 後で絶対に来る──此処から離れて!」

 

 ガラスが砕けるような音と共に、ルカリオの周囲から冷気が放たれ、氷が生えていく。

 此処だけが雪山になってしまったかのようだ。それ以上、メグルは近付けなくなってしまう。

 最早自分が介入できる領域の戦いではないことをこの時彼は悟った。

 考えるしかない。自分一人で、パラセクトを止める方法を。

 

「すみませんハズシさん!! 任せます!!」

「良い子ね!」

 

 言ってる間に、パラセクトは寒さを嫌ってかその場から離れていく。

 それをメグルは見失わないように追いかけるのだった。

 

(つったって……俺一人でパラセクトをどうにかできるのか? 重くないか? その役目)

 

 そもそも、まだパラセクトが”爆弾”と決まったわけではない。

 イヌハギが近くに現れたことから、ほぼ確定ではあるが断定は出来ない状況だ。

 加えて、防塵ゴーグルがあるとはいえ”キノコばくだん”で周囲に爆発物を撒き散らしながら進軍するパラセクトはメグルの手持ちでは止められない。

 そもそもあの巨体が相手では並大抵の攻撃が通用することはないだろう。

 パラセクトの種族値自体も素早さが極端に低い以外は、他の数値も低すぎるわけではない。レベル差、ヌシ補正等々ゲームならば存在するであろうステータスを考えた時、想像以上の強敵であることは否めない。

 せめて弱点が分かれば、と唸っていたその時。

 

 

 

「いるじゃないか、パラセクトの弱点を知ってそうなヤツが!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……もしもーし」

 

 

 

 アルカは憂鬱になりつつあった。

 手当は受けたものの抉れた脛が想像以上に痛く、歩く気にもならないがかと言って寝ていられるような状況でもないので、ポケモンセンターの待合室でずっと座っているのだった。

 そんな中、電話が掛かって来れば気だるげに取るしかないわけで。

 

「アルカ!? お前今大丈夫だよな!?」

「大丈夫ですよー、あはは、どーせボクなんて……」

「なんか暗くね? お前……」

「ほっといてくださいよ」

「って、凹んでる場合じゃねーんだよ! 実は大変な事になっててな」

「今既に大変じゃないですか、これ以上大変なことなんてないでしょ、ボクはこのまま泳いで本島に逃げますよ、あっ、脛が抉れてたから無理だった」

 

 十数秒後。

 

──デカいパラセクトォ!?

「うっわうるさ」

 

 アルカのテンションはひっくり返っていた。

 前髪に隠れた目は開かれ、青白い肌は更に血の気が引いていた。

 

「何だどうした、そんなにヤバいのかパラセクト……」

「た、確かにそれなら”爆弾”と言うのも納得できます……!」

「えっ」

「というか、ただの爆弾の方がまだ良かったまであって」

「何でパラセクトと爆弾が……?」

「ああ、そうですね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「パラセクトは爆発しねーだろ!?」

 

 震えた声で彼女は語るが、爆発はむしろマルマインだとかクヌギダマのお家芸である。少なくともサイゴク地方では。

 しかし、アルカの故郷ではそうではないらしい。

 

「──えーとボクの持ってる図鑑だと……あったこれです! 読み上げますよ──」

 

【パラセクト(???のすがた) かえんたけポケモン タイプ:炎/草】

 

『キノコは猛毒。触れただけで酷く爛れる。繁殖期に高所でキノコを爆発させ、胞子を撒き散らす。』

 

「マジの爆弾キノコじゃねーか……!」

「はい……より高い場所に登り、キノコを爆発させることで爆破の勢いで広範囲に胞子を撒き散らすんです。因みにこの行動で本体は瀕死にはなりますが、死にはしません。回復したら元通りです」

「で、でもよ、これだけなら──」

「そしてパラセクトの胞子は他のポケモンに寄生して()()()()()()()()()()を生み出す程! 勿論、本来の寄生先である火山虫以外だとキノコは長持ちしませんけど」

「そうか。でも、これだけなら……これだけならまだギリギリ大丈夫なんじゃね? 島全部がやべーことになるなんて」

「──ただ、例外が存在するんです。先ず、パラセクトの胞子は個体の大きさによって繁殖力が変わるんです。個体の大きさは、キノコの重ねた年齢に比例します」

 

 思い当たる節しかなかった。

 あのパラセクトはキノコだけで3メートル程の大きさを誇る巨体である。

 

「100年ほど前。あるムラが戦争で、他のムラ相手に、爆発寸前の巨大なパラセクトを爆弾として落としたんです。投下には、オトシドリってポケモンを用いたとされています」

「……それでどうなったんだ」

「全部滅びましたよ」

「!?」

「住民も兵士もポケモンも、頭から、目から、口から、ありとあらゆる部位から猛毒のキノコが生えてきて、そして意識を乗っ取られて、いずれ死にます。ムラもキノコ塗れで誰も入れなくなりました」

 

 キノコの爆弾などという生温いものではなかった、とメグルは歯を噛み締める。

 感染速度も、範囲も、この島を滅ぼすには十分であった。下手をすれば風に胞子が流れて、本土にまで被害が出ることすら考えられる。

 爆発そのものが問題ではない。領土を取り合うための争いのはずが、相手の領土も民もポケモンも全て汚染してしまう厄災そのもの。

 それが、あの巨大なパラセクトの持つ爆弾としての性質であった。

 

「特に爆発時には”キノコばくだん”──ヤツの吐き出す火球も大量にばら撒かれるでしょうから、火山周辺の家屋は間違いなく全滅……!」

「その後に胞子が襲ってくる……!! おい、本当にこんなバケモノ居て良いのかよ!?」

「そうそう居ませんよこんなの! 野生下でも、ましてや飼育下でも……でも稀に、突然変異を起こして巨大化する個体がいるんです」

「それが──今俺達が相手している”爆弾”って訳か。止めるにはどうしたら良い?」

「……倒したら縮んでしまって逃げるだけ……方法は一つ」

 

 ぎゅっ、とアルカは拳を握り締める。

 

 

 

「パラセクトを……捕獲してください、おにーさん!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──それにしても一人なのね」

「気付かなかったか? 此処に来るまでに部下共に会わなかったことを。既に退避させているんだよ」

「ッ……!」

 

 野獣の如く暴れ回るルカリオ。

 アイスリンクのように凍り付いた周囲を、スケーターのように滑りながらハズシを、そしてリザードンを狙う。

 遠距離戦を主体とするリザードンでは、高速で距離を詰めてくる相手に分が悪い。

 

(ならば正面から打ち合う!! タイプが有利な分、ワタシの方が優位に立てる!!)

 

「──ソウブレイズちゃん! お願い!」

 

 リザードンと入れ替わるようにして現れ、ルカリオの拳を受け止めたのはソウブレイズ。

 青い炎を身に纏った剣士のポケモンだ。

 

「アツい炎の身体の前では、氷なんて無力! 全部溶かしてアゲル!」

「……暑苦しいのは嫌いだ」

「ッ!?」

「炎が氷に勝てると……一体何処の誰が決めた?」

 

 ソウブレイズの身体に霜が降っていく。

 ルカリオに触れた場所から熱が奪われているのか、そこから凍っている。

 

「──ソウブレイズちゃん!! むねんのつるぎよ!!」

「地獄突きだ。貫け」

 

 だが、ソウブレイズ側も負けはしない。 

 刃と化した両腕で、ルカリオの身体から生命力を奪い取ろうとする。

 しかし刃が届かない。既に敵は分厚い氷の鎧に包まれている。

 そこに、ルカリオの掌底による連打が加わる。それが霊体の身体を壊す程の威力であることは、ボロボロになった鎧からも察せられた。

 

「某の氷は……炎をも芯から凍てつかせてみせよう」

「そんな馬鹿な事ッ……!!」

「お前も分からんわけではあるまい。炎も……低温下では灯ることすら出来ない。お前自身もそうだ」

 

 がくり、とハズシは膝を突く。

 既に彼の身体も霜に覆われている。

 ()()()()()()()()()()()、気温は既にマイナス20度にまで下がっている。

 この低温がハズシの生命をも蝕みつつあった。既に低温障害に加え、凍傷が身体のあちこちに現れている。

 

「この低温は……”ゆきげしき”の応用だ。周囲を極寒地獄に変える」

 

(抜かった……このルカリオの扱う低温……あの子が周囲の熱を奪っている……!!)

 

「だがそれを抜きにしても、お前の炎は温すぎる」

 

 ルカリオがトドメと言わんばかりに、倒れたソウブレイズに向かって回転しながら突撃する。

 全身を鋭利な氷の独楽としてぶつける一撃。低温で弱っているソウブレイズには到底耐えられる攻撃ではない。

 

(炎技は使えない……!! かと言って、モンスターボールも凍っていて使えないわね……!! さっさとリザードンちゃんの切札を切るのが正解だった──!? いやでも、アレを見せるにはまだ早い……!!)

 

 ちらり、とハズシは凍ったまつ毛越しにソウブレイズを見やる。

 表層が凍ろうとも、未だにその目には炎が灯っている。

 

 

 

【ルカリオの アイススピナー!!】

 

 

 

「確かに、この低温では炎は灯らない……でも、炎は炎でも、こういう炎もあるのよ……心炉(ココロ)の炎、ってヤツ!!」

「今更何をしても無駄な事──」

 

【ソウブレイズの──】

 

「貴方一つ、勘違いしているわね」

 

 ルカリオの攻撃がソウブレイズに突き刺さる。

 だがその瞬間だった。背中から無数の手が飛び出し、ルカリオを掴んだ。

 実体は無い。全て影だ。

 「ギッギッギッ」と不気味にソウブレイズが嗤ったようにイヌハギには見えた。

 

「しまっ──ルカリオ、退け!!」

「──ワタシはキャプテン。オトすのは一筋縄じゃあいかないわ」

 

 

 

【──みちづれ!!】

 

 

 

 膝を突くソウブレイズ。

 だが、それと同時にルカリオの身体も無数の手に貫かれ、崩れ落ちる。

 ほぼ同時に二体は斃れるのだった。

 ルカリオはイヌハギの持つ瓢箪に吸い込まれ、ソウブレイズもまた、ハズシのボールに戻っていく。

 低温現象を引き起こしていたルカリオが倒れた事で──周囲の気温も一気に元に戻っていく。

 

「意外と……ダーティーな戦い方が好きなのよ、この子♡」

 

【ソウブレイズ ひのけんしポケモン タイプ:炎/ゴースト】

 

【鎧の怨念に引きずられ、勝つためならば手段を選ばない。闇討ち、騙し討ち、何でも行う。】

 

 低温を引き起こしていたルカリオを確実に倒す。

 それこそがソウブレイズに与えられた使命だった。

 まともに打ち合って勝てないならば、無理やりにでも相討ちに持ち込むしかない、とハズシは踏んだのである。

 

「まだ続ける? ワタシは先に行きたいんだけど」

「……面白い。エース格でなくとも、某の育てたルカリオを倒すとは。だが……生憎こっちが本命でな」

 

 イヌハギは2つ目の瓢箪を取り出す。

 そこから飛び出したのは──またも、白い獣人。

 さっきとは違う個体のルカリオだった。

 しかし、その立ち振る舞いは静かで、ハズシの知る「原種」と酷似している。

 

(ッ……さっきの個体とは何かが違う!! この子……何かヤバいわ!!)

 

「ルカリオは賢い。そして個体毎に長けている技能が違う。先の個体が天気を味方に付けての徒手格闘が得意ならば……こいつの得意分野も異なる。純粋な波動を用いた戦闘だ」

「ふぅん? で、強いのかしら?」

「ああ、強い。この個体にサシで勝てるルカリオは居ない。だが……それにさらにオーラを重ねよう」

「──!?」

 

 イヌハギが懐から取り出したのは──数珠だ。

 しかし、その1つは「O」の刻印が刻まれた宝石。

 ハズシは身構える。すいしょうのおやしろを襲った天狗達が使っていた宝石──”オージュエル”に違いない、と悟る。

 そして、目の前に立つルカリオは、頭に硝子で出来た仮面のようなものを被っている。

 その仮面には青い水晶が埋め込まれていた。

 

「……始めよう。第二ラウンドだ」

 

 言ったイヌハギはルカリオに向けて、数珠を向ける。

 

 

 

 

 

「オーライズ……”シャワーズ”」

 

 

 

 

 次の瞬間、ルカリオの身体に泡立つ水のオーラが纏われる。

 シャワーズの姿が浮かび上がり、そして消えた。

 

 

 

【ルカリオ(???のすがた)<AR:シャワーズ> タイプ:水/氷】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話:道筋

「リザードンちゃん、素早さ勝負に勝つわよ! ニトロチャージでギア上げ!!」

「無駄だ!! ”こごえるはどう”!!」

 

 炎をその身に纏い、突貫するリザードンを迎え撃つようにしてルカリオが凍てつくオーラを全身から放つ。

 幾ら燃え盛る烈火の竜と言えど、身体を覆う低温には敏感であった。

 動きが明らかに鈍り、ぐらり、と飛行中の身体が揺れる。その隙をルカリオは見逃さない。

 突っ込んできたリザードンの頭を逆に蹴り飛ばし、追撃と言わんばかりに”こごえるはどう”を追加で喰らわせる。

 

「大原則として低温下では物体の速度は低下する──低温そのものを司るルカリオ以外はな!!」

 

(動きが鈍い……!! ”こごえるはどう”、当たったらマズいわね……!!)

 

 ”こごえるかぜ”のように、当たった相手の素早さを下げる効果があるのだろう、とハズシは推測した。

 現にリザードンは”ニトロチャージ”を使ったにもかかわらず、二度の”こごえるはどう”を受けてから動きが鈍っている。

 さっきのように天気を変えられているわけではないにも関わらず、だ。

 

「リザードンちゃん、エアスラッシュ!!」

「──避ける──必要も無かったな?」

 

 翼から放つ空気の刃がルカリオを切り裂く瞬間、べちゃっと音が鳴り響き──ルカリオの身体が溶け、再び元に戻る。

 ハズシは目を見張った。それはまさに、ヌシのシャワーズと全く同じ性質だったからだ。

 

「何故それまで!? シャワーズちゃんじゃあるまいに──!!」

「……オーライズで変化する要素は3つ。オーラの持ち主であるポケモンのタイプ、オオワザ、そして──()()だ」

 

【特性:さんたいへんか(三態変化) 自在に変化する水の身体を持つ。相手から攻撃を受ける時に防御、特防、回避率のどれかが上がる】

 

 特性”さんたいへんか”は、シャワーズのありとあらゆる攻撃を受け流す性質のからくりと言っても良いものであった。

 水は温度によって、液体、固体、気体の三つの状態へと変わる。”さんたいへんか”は水と全く同じ性質の細胞を持つシャワーズが、己の身体の温度や成分をコントロールすることで自在に自分の身体の状態を変えられるのである。

 だが普通の個体は水の身体を自力で組み替えるのが難しい。同じくターン終了時に能力が変わる「ムラっけ」と同様、思ったような効果を得られない時もある。自在に体の状態を変えられるのはヌシの特権だ。

 

(オーライズは……そのポケモンの性質を引き継ぐ……加えて、あのルカリオの技巧が恐ろしく高く、”さんたいへんか”すらもすぐに扱いこなしてしまったとしたら?)

 

 ハズシは、ルカリオをちらりと見やる。先程の個体よりも明らかに動きが洗練されている。物覚えもとてもいいのだろう。

 オーライズで身に着けた特性すらもすぐに自分のものにしてしまった辺り、イヌハギが「最強」とするのも無理はない、と判断する。

 

「リザードンちゃん!! エアスラッシュよ!!」

「くどい!! 捻じ伏せろ、ルカリオ!!」

 

 ルカリオの身体が消える。

 かと思えば、リザードンの背後に回り込んでおりそこに──

 

「──”こごえるはどう”!!」

 

 ──凍える冷気を叩きつける。

 地面に叩きつけるリザードンを更に追撃するべく、ルカリオの身体はドロドロに再び溶け、更にリザードンに組み付いた。

 

「ッ……リザードンちゃん!! しっかりして!!」

 

(幸い、シャワーズちゃんよりも形質変化の時間は短い……! でもまさか、特性まで引き継いでるなんて……!)

 

 戦いに活かすならば十二分すぎる程の時間である。

 加えて、シャワーズには無かった俊敏さ、そして技の火力の高さ。

 そこに”さんたいへんか”による状態変化が加われば、最早手が付けられない。

 

「──自分のポケモンの心配をしている場合か? ……波動弾だ、ルカリオ」

 

 ルカリオの身体が消える。

 そして一瞬の間にハズシとの距離を詰め、掌に青い球体エネルギーが溜められる。

 

「しまッ──」

 

 爆音が鳴り響いた。

 ハズシの身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 頭からも、脚からも、そして両腕からも血が流れていた。

 倒れていたリザードンは主人が攻撃を受けたと悟り、再び起き上がろうとしたが──すぐさま戻って来たルカリオに背中を押さえられてしまう。

 そしてハズシも起き上がろうとした矢先に、右腕が動かない事に気付いた。

 

(これ、骨が砕けたわね……!!)

 

 みしみしと軋む体、そして動かない腕。

 全身から血の匂いがしてくる。

 漸く、ルカリオを撥ね飛ばしたリザードンが、心配そうにハズシの下へ戻る。

 

「大丈夫、ワタシは平気よリザードンちゃん」

「ばぎゅ……」

「頼みの綱のヌシポケモンに呼んでみたらどうだ?」

「あの子はワタシを助けになんて来ないわよ……いつだって、困った人たちの味方だもの」

「そうか。この期に及んで姿を見せないのは、某の部下にオーラを抜かれて抜け殻になっているからだろうな」

「……そうじゃないと良いけど」

「その余裕もいつまで持つ?」

 

 イヌハギが数珠を振り上げる。

 それに呼応し、ルカリオに一瞬シャワーズの姿が現れ、そして消えた。

 同時に、周囲に多数の泡が浮かび上がり、リザードンを取り囲む。

 

「……このオオワザは……こう使うんだったかな? 是非、見て貰いたいものだな。キャプテン相手に披露するのは初めてなもので、聊か()()()()()()と思うが」

 

(ッ……オオワザが来る)

 

 もうモンスターボールは握れなかった。

 利き手が潰されている。左手が動くことを察しながら、衝撃の影響で未だに朦朧とする頭でハズシは右腕のブレスレットを握り締めた。

 

「……はぁ、情けないわね。キャプテンであるこのワタシが……此処まで追い詰められるなんて」

 

 無数の泡がリザードンを、そしてハズシを包囲する中、ルカリオが右手に大質量の水を溜めている。

 リザードンが炎を吐き出そうとするのをハズシが制した。

 

「……勝負は一瞬よ、リザードンちゃん。ワタシの合図に合わせて」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

【キノコばくだん 威力70 命中100 炎 効果:爆発する胞子の塊で爆破する。水タイプにも効果バツグンとなる】

 

 

 

 ぽんぽんぽん、と背中のキノコから”キノコばくだん”を放ちながら頂上目指して、パラセクトは山を登り続ける。

 アルカとの通話を切った後、メグルはパラセクトと併走する形で追跡していた。

 幸い、パラセクトは足が非常に遅い。人が走れば追いつける程度の速度しか出ない。巨体も相まって見失うことは無い。

 問題となっているのは、素早さ以外の要素全部である。

 先ず胞子を撒き散らす巨大な傘。触れれば腫れる猛毒のキノコが、直接攻撃を難しくしている。

 そして、パラセクトの特性上()()()()()()()下の虫。痛みも恐れも感じないゾンビ虫は、ただただキノコの命令のまま行動する。そのため、小手先の小細工が通用しない。

 何より周囲に放出されるキノコばくだん。これが非常に厄介で、爆炎と共に胞子も撒き散らし、また猛毒のキノコがそこから生えて来る恐ろしい生物兵器である。

 これらの性質を兼ね備えている上に、時限爆弾ということもあって無視することも出来ない。まともに戦うことすら憚られる代物となっているのである。

 

(アレ? コイツ一体どうやって倒すん?)

 

 加えて、炎・草というタイプが地味に面倒であった。

 弱点は岩・毒・飛行という何とも言い難いタイプなのである。

 更に直接攻撃が憚られるというのがまた、余計な縛りであった。

 

(粉系の技は”ぼうじんゴーグル”で防いでくれるだろうけど、技ですらないサブギミックは防げないってアニメでやってたもんな……ケロマツのケロムースだったか?)

 

 そもそも粉を肺へ吸い込むことは防げても、身体に付着して寄生した胞子の発芽は防げない。

 メグルは思案を巡らせる。この際、大爆発さえ防げればいいのだが、大対策で真っ先に思いつくのは特性:しめりけ(自爆系の技を封じる)のポケモンだが、メグルはそんなもの持っていない。

 今から山を降りてからそこらへんで特性:しめりけのコダックを捕まえて来たいところだったが、ひのたまじま周辺には生息していないようであった。無念。

 

(くっそーっ、何でこんな事に!? 俺だって泳いでこの島から逃げてえよ!! だけど──)

 

 ハズシの姿を思い出し、メグルは歯を食いしばる。

 

(あんな風に命を張って貰って逃げ出すなんてダサいところ、こいつらに見せたくねえからな!!)

 

「直接攻撃は危険……イーブイ、スピードスター!! オドシシ、あやしいひかりだ!!」

 

 星型弾がパラセクトのキノコにぶつかり、そしてオドシシの放った奇妙な光が、パラセクトの動きを狂わせる。

 幾ら下の虫が死んでいようとも、中枢を司るキノコの方がイカれてしまえば関係ない。

 パラセクトの動きは途端に止まり、ぐらりぐらり、と揺れ始める。

 

「うっし!! 混乱した!!」

 

 とにもかくにも、メグル一人では手に余る存在には違いない。

 この巨体を、少しの間だけでも良いので足止め出来ればそれで良い。

 メグルは辺りを見回した。利用できそうな地形は存在しない。だが、存在しないなら作れば良い。

 

「足がすっとろいのが助かった! イーブイ、イシツブテ、出番だ! ぶっちゃけ使う事が無いって思ってたけど──パラセクトの周りで”あなをほる”!!」

 

 ベニシティのディスクショップで買った技マシンで覚えさせた技である。

 すぐさまイーブイとイシツブテは、パラセクトを取り囲むようにして穴を掘り出す。

 高速で地面を潜る2匹。土壌はすぐさま崩れていき──パラセクトの足元が崩れ落ちた。

 

「ノットリィィィーッ!?」

「こうして、落とし穴完成、って訳だ!!」

 

 虫側が埋もれる程度の深さで、相変わらずあのキノコは出張ったままだ。

 だが、足止めをすることは出来た。

 重いキノコの所為で、パラセクトは落とし穴から抜け出すことが出来ないのである。

 

「んで。こっからどうするか、だよな……」

 

 もぞもぞ、と揺れるパラセクトのキノコ。

 足を止めたところで、結局コレが爆発するので意味が無いのである。

 

(マジでどうしようこいつ……大人しく捕まってくれるのか? 正直捕獲出来ねーなら、海洋投棄が一番手っ取り早い気がするんだけど、此処から海も遠いしどうやって運ぶんだ、この巨体) 

 

 モンスターボールを握り締めながら、メグルは溜息を吐く。

 もし捕獲に失敗した場合、またこれが穴から出て来る可能性は高い。

 

「ええいままよ!!」

 

 ボールを投げる。

 流石にこの距離で、あの巨大なキノコには外さない。

 巨体はボールに収まり、地面に落ちた。

 かくん、かくん、と二度揺れたボールだったが──ピシッ、とボールに罅が入る。

 

「──ノットリィィィーッ!!」

 

 それまでの鬱憤を晴らすかのように、キノコばくだんを放ちながらパラセクトが飛び出す。

 すぐさまメグルはその場から離れた。

 やはり早々簡単に捕まってくれるようなポケモンではないようである。

 パラセクトは再び進軍を始めた。それをメグルは追いかける。

 

「プッキュルルルル!!」

「わりー、悪かったって!! でも捕まったら全部終わりなんだから仕方ねーだろ!!」

 

 折角穴を掘ったのに! と言わんばかりにイーブイがメグルの頭に乗っかる。

 とはいえ、落とし穴自体は有効策である。

 幾ら元が地面の中にいるセミの幼虫のようなポケモンと言えど、あのパラセクトは聊か肥大化し過ぎた。地上、火山の世界に適応し過ぎた。そもそもアルカは下の虫を”火山虫”と呼んでいたので、セミの幼虫ですらないのかもしれない、とメグルは考察する。

 結局のところ、虫部分の全身が地面に埋まってしまえば、自重の所為もあって自力で這いあがることが出来ないのである。

 

「イーブイ、イシツブテ、もう一度穴を──」

 

 そうメグルが言いかけた時だった。

 

 

 

「──ノットリガァァァァーッッッ!!」

 

【パラセクトは仲間を呼んだ!】

 

 

 

 パラセクトの野太い咆哮が木々を揺らす。

 そのあまりにも悍ましい響きに、メグルは尻餅をついてしまった。

 そして遅れて茂みがガサゴソと音を立てて、ドンメルやポニータといった野生ポケモンが姿を現す。

 

「お、おいおいおい……マジかよ……!!」

 

 それらの頭には既に例のキノコが生えてしまっている。

 キノコに寄生されたポケモンは、本体であるパラセクトの命令一つで本体の危機に駆け付けるのである。

 そして呼び出した当の本体はと言えば、メグルを野生ポケモンに任せ、ずんずんと先へと進んでいく。

 既に無視できる数ではない。6匹程の群れとなって、野生ポケモン達はメグルを取り囲んでいるのである。

 

「こ、こいつ──!! どうすれば──!?」

 

 イーブイやイシツブテ、オドシシが必死に野生ポケモン相手に戦う。

 とはいえ、キノコに精神を乗っ取られてゾンビ状態となっている相手は、ダメージを与えても与えても手ごたえすら感じられない。

 向こうは疲れ・痛み知らずでトレーナーにも突っ込んで来るので、メグルがボールを投げる隙も与えてくれない。

 その間にも本体であるパラセクトは、自らの胞子を最も広く拡散出来る頂上を目指して進み続けている。

 

 

 

(くっそォ……! 折角対処法がおぼろげに浮かんできたのに……せめて決定打があれば……!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 悪いことは続くものである、とこの日アルカは痛感した。

 ポケモンセンターのシャッターがどろどろに溶解したのである。

 下手人は無論、野生のマグマッグ、そしてそれを引き連れる進化形のマグカルゴであった。

 いずれも頭から()()()の代わりにキノコが生えており、目は焦点が合っていない。

 当然、センター内は大パニック。トレーナーたちが、これ以上キノコの寄生した野生ポケモンが入らないように抑え込んでいるのが現状である。

 

(あっ、あばばばば、食い止めるどころの話じゃないじゃん!!)

 

 ロビーで座りっぱなしだったアルカも、最早応戦せざるを得ない状況となった。

 ヘラクロスを繰り出し、襲ってきたポケモンを倒そうとしたその時。

 

 

 

 

「──!!」

 

 

 

 

 疾風が、頬を横切った。

 野生ポケモン達のキノコが──次々に切り落とされていくのが見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話:かがくのちからってすげー!

 野生ポケモン達は崩れ落ちていく。

 アルカは息を呑んだ。右翅は失った。動きのキレも確かに鈍くなっている。

 だがしかし、それでも尚。獰猛さは健在であった。

 

 

 

「ストライク──!!」

 

 

 

 アルカは思わず駆け寄った。

 右翅を失ったにも関わらず、恐ろしい刃捌きであった。

 

「な、なんてポケモンだ……! リハビリも無しに、翅無しであんな動きを──」

 

 後から追いかけるようにして出てきた医師が驚愕を表情を浮かべている。

 

(あっ、やっぱ抜け出して来たんだなコイツ……)

 

「君! 確かこの子のトレーナーだっけ!? 急にボールから飛び出して……」

「ああいや、ボクは違うんですけど……この子のトレーナーと知り合いなもので」

 

 この凶暴さだ。治療中も医師たちの手を焼かせたであろうことは容易に想像がついた。

 だが、ストライクにとっても今の戦闘は決して楽ではないことをアルカは見抜いていた。

 確かにすさまじい速度だったとはいえ、ずっとストライクは失った翅を庇うように戦っていたし、苦悶の表情をところどころ浮かべていたからである。

 

「そこまでして、君は戦いたいの? 何で──」

 

 アルカの問いかけにストライクは答えない。

 だが、ただ何かを探すように辺りを見回している。

 そして、ぎろり、とアルカの方を向くと──鎌を少しもたげて鳴くのだった。

 その仕草で彼女は何となくであるが、彼の探しているものを感じ取る。

 

「ねえ。もしかして……おにーさんを探してるの?」

「ギッシャラララ……」

「おにーさんはこっちには居ない。今、遠くの方で戦ってる」

「……」

「君はとんでもない暴れん坊だけどね。おにーさんは、すっごく心配してた」

「……ギッシャラララ」

「君は戦うのがとても好きだから、止めても行きたがるんだろうけど……ボクから一つだけ頼みがあるんだ」

 

 すっ、とアルカはストライクに歩み寄る。

 自分は彼の下には行けない。だが、彼の手持ちであるストライクは──そうではない。

 

「君は一人じゃ戦えない。今回の事で、それが分かったでしょ?」

 

 失った翅は、傲慢さと未熟さの代償だった。

 

 

 

「だから……戦うなら、おにーさんと一緒に戦ってあげて」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……やっとこさ片した……」

 

 

 

 ──幾らキノコで半ばゾンビになると言っても、捕獲してしまえば起き上がることもない。

 とはいえ、連戦に次ぐ連戦で手持ちは無論だがメグルの方の体力も消耗しきっていた。

 疲れ知らずなのは、凶暴毛玉だけである。

 

「ぷっきゅるるるる」

「わぁーってる。先に進めってんだろ? お前は怖いとかねーのな」

「ぷーい」

 

 にしし、と意地悪そうな笑みを浮かべたイーブイはメグルの頭に乗っかる。

 「疲れたから乗せろ」と言わんばかりの横暴っぷりだった。

 

「……はいはい分かってますよ、お姫様」

 

(それにしても、さっきから出て来る野生ポケモンの数が少なくなってきてる気がする……山から下りていってるのか?)

 

 イシツブテ、オドシシ、ヘイガニ、イーブイ。

 現在、この4匹で包囲網を潜り抜けているが、敵の数はだんだん少なくなっているように感じる。

 パラセクトが仲間を呼ぶのをやめて、再び進撃に注力し始めたであろうことは容易に考えられるが、何より心配なのは山の下であった。

 恐らく救援もままならない程の数の野生ポケモンが集落に大挙しており、おやしろ側はそれを抑え込むので精一杯。

 従って、今パラセクトを止められるのはやはりメグルしか居ないのである。

 ポケモン達に傷薬を使っている最中、彼は腰を地面に下ろした。

 

(疲れた……)

 

 心は今にも重圧に押し潰されそうであった。

 疲労と焦燥が同時に襲い掛かってくる。

 

「ぷっきゅるるる」

「……ンだよ。分かってるよ、休んでる場合じゃねえって」

「ぷいっ!!」

 

 ぐいっ、とイーブイが両前脚でメグルの頭を無理矢理向きを変える。

 その視線の先には──イシツブテの姿。

 

【おや? イシツブテの様子が──】

 

 光がイシツブテに集まり、思わずメグルは目を覆う。

 思わず尻餅をついてしまい「何だ!? 爆発でもするのか!?」と叫んでしまう。

 ついこの間、”じばく”を覚えたばっかりだったので猶更であった。

 しかし──

 

 

 

【おめでとう! イシツブテはゴローンに進化した!】

 

 

 

 ──光りが消えると、目の前には4本の屈強な腕を持つ岩のモンスターが立っていた。

 

「す、すげぇ! 進化した……!」

 

 進化。

 それは、一定の条件を満たしたポケモンが辿り着く境地。

 肉体の仕組みが作り変えられ、それまでとは異なり、そして更に強くなった種族のポケモンへと変化すること。

 ゴローンは戦闘経験を積んだことで、イシツブテが進化した姿である。

 

【ゴローン がんせきポケモン タイプ:岩/地面】

 

「初めて見たぜ! ポケモンが進化するの──こんな時じゃなけりゃ、もっと思いっきり喜びたかったんだけど……」

 

 はしゃごうにも事態が事態。

 浮かれている場合ではない、とメグルは思い直す。

 

(でも、事実ゴローンは炎タイプに有利な岩・地面タイプの複合。それが強化されたのはデカい!)

 

「よし、ヘイガニ、オドシシ! 戻っててくれ! 道中はこいつが蹴散らす!!」

「ゴロロローン!!」

 

 ごろごろ、と転がりながら山道を登っていくゴローン。

 それについていきながら、メグルは走っていくのだった。

 事実、そこから先の道中は楽であった。

 火力が強化された、タイプ一致の”ころがる”と”じならし”でキノコの生えた野生ポケモンは次々に倒れていく。

 特に”じならし”は敵全体に振動でダメージを与える技というのが大きかった。

 複数体で襲い掛かってくる野生ポケモン相手に、これが有効に作用したのである。

 能力が強化されたことで、イシツブテの時は一撃では倒せなかった相手を一撃で倒せるようになっているのが大きい。

 

(本当に、露払いにはこれ以上ない性能だ! 肝心のパラセクト相手は草タイプ持ってるから、ゴローンは出せねえけど……)

 

 こうして山道の道中は、無事に切り抜ける事が出来た。

 ……問題は、頂上付近に辿り着くまで、結局パラセクトに追いつくことが出来なかったことであるが。 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……さて参ったな」

 

 

 

 火口付近は窪地になっており、パラセクトはそこに陣取ってじっとしている。

 漸くターゲットは見つけたが、イマイチ決定打が見込めない、とメグルは歯噛みしていた。

 まとめると、背中の巨大なキノコから”キノコばくだん”を吐き出し、攻撃してくること。

 そして、背中のキノコの胞子に寄生されると、キノコが生えて精神を乗っ取られる恐れがあること。

 そもそも背中のキノコ自体も猛毒であること。

 何よりキノコが爆発する恐れがあること。これが最大の問題であった。

 

(……やっぱ無理では?)

 

 一人では手に余る。 

 そう考えていた時だった。

 

「おにーさん、聞こえますか!?」

 

 アルカからの通知だった。

 メグルはスマホロトムを手に取ると、彼女の慌てたような声が飛んでくる。

 

「どうしたんだ!?」

「実はさっき、ポケモンセンターに野生ポケモンが押しかけてきて……」

「はぁ!? 大丈夫なのか!?」

「正直結構ヤバかったんですけど……おにーさんのストライクが、助けてくれたんです!」

「! あいつ、動けるのか!?」

「はい! バリバリに戦ってます! 羽根が無くなってるのに……すごい勢いです! ただ、流石に羽根が無いからか、バランスを取りづらいみたいですけど……」

「ッ……すっげーな。呆れる程だぜ」

 

(……ストライクのヤツ。あんな目に遭ったのに……まだ戦う事を諦めてないのか)

 

 とんでもないガッツだ、とメグルは感心する。

 人間なら、腕が一本もげた後に戦っているようなものなのだから、ポケモンの生命力と言うものの凄まじさを思い知らされる。

 

「そっちは今、パラセクトを追ってるんですよね?」

「頂上付近だ。だけど正直決定打がねーんだよ……あいつ炎・草タイプだろ? だから、弱点が突けるゴローンでも多分勝ち目がない。そもそもいつ爆発するか分からねーヤツ相手にまともに戦うなんてムリだぜ」

「そうですか……おにーさん、特性が”しめりけ”のポケモンとか持ってないんですか?」

「持ってねーよ、そんな都合よく。そういうお前は持ってんのかよ」

「持ってないですね……」

 

 やはりそう都合よくはいかないか、とメグルは腕を組んだ。

 

「ま、そもそもお前が持っていたところで、お前脚を怪我してるしな」

「ポケモンを送る事なら出来るんですけどね」

「そりゃあ、ボックスからポケモンを引き出す場合だろ──離れてるトレーナー同士が、ポケモンをやり取りするなんて──」

 

 そこまで言いかけて──メグルは口を噤む。

 ある。ポケットモンスターというゲームの醍醐味とも言える要素であり、この世界にも浸透している方法が。

 

「何言ってるんですか、おにーさん。出来るじゃないですか、()()()()なら」

 

 

 

(そうか! その手があったか! そんなもんもあったな!)

 

 

 

 ──ぼっちプレイヤーにはそもそも”通信交換”という発想が無かった。

 頭の片隅にはあったが、此処に来るに至るまで思いつかなかったのである。

 ポケモンはボールに入っている時に、電子化してパソコンに預ける事が出来るのは初代から同じ。

 しかし、最新鋭のスマホロトムともなればスマホを使ってポケモンを別のスマホやパソコンに転送することが出来るようになるのだという。

 ポケモンを捕まえた際、ボールをボックスに転送するのも同じ理屈だ。何気無く使っていたが、超技術である。

 そして、その技術を利用すれば離れた場所同士でポケモンの”交換”が出来る事も知識として知ってはいたが──この世界に来て半月、切羽詰まった状況が続いていたこと、ポケモンを交換するような相手が元の世界でもこの世界でも居なかったこと、その機会も無かったこともあって、頭からすっぽ抜けていたのである。

 

(この世界でも、ポケモンの”交換”って手渡しじゃなくってスマホの通信が主流になってんだよな……かがくのちからってすげー!)

 

「それでおにーさん。どうしますか? ストライク」

「え?」

 

 その問に、すぐにメグルは答えられなかった。

 今、パラセクトに有効打を与えられるのは飛行タイプを持つストライクだ。

 しかも、ストライクの速度ならば、鈍重なパラセクトの攻撃を容易く躱すことが出来る。

 ”キノコばくだん”など当たりはしないだろう。

 だが──同時にストライクは、問題児だ。手に余る存在だ。そして、今は翅を失ったばかりでもある。

 

「正直……不安だ。あいつがもしもまた言う事を聞かなかったらって思うと。それに、病み上がりも良いところだ。こんな危険な場所で戦わせて良いのか?」

「おにーさん」

「?」

 

 アルカは何時になく真剣な眼差しで言った。

 

「確かにおにーさんは未熟なトレーナーで、あのストライクは手の付けられない乱暴者です。言う事は聞かないし、増長するし、その所為で羽根まで失いました」

「……俺が未熟だったからだ」

「ストライクも間違いなく未熟ですよ」

「……!」

「でも、それでも戦おうとしてる。戦ってたんです。ポケモンセンターに迫る野生ポケモンと戦ってたんです」

 

 ストライクを抑えることが出来なかった、より増長させてしまった、とメグルは今でも後悔している。

 今この瞬間でも、ストライクを扱いこなせるか、彼には自信が無い。

 その修行をするために、このひのたまじまにやってきたのだから猶更である。

 だが、今の戦力ではパラセクトを倒すことは出来ない。ストライクの力が必要だ。

 

「──翅を失った後、ポケモンセンターで戦っている彼の姿は、今までと何処か違って見えました。お願いです! もう一回……ストライクを信じてあげてください!」

 

 電話の向こうのアルカが──頭を下げているように思えた。

 メグルの返答は決まっていた。

 

「……分かってるよ。どの道今は、あいつの速さ、そして馬力が必要だ。それに、ちょっと嬉しいんだ」

「え?」

「……あいつは戦うのを諦めなかった。それなのに、俺が……諦めちゃいけなかったんだ。それだけで十分だ!」 

 

 メグルはちらり、とパラセクトの方を見やる。

 今は、とにかく戦力が欲しい。

 言う事を聞いてくれなかったとしても、ストライクならばパラセクトと互角に戦えるのでは──と考える。

 そして何より、ストライクに変化があったのならば、それに賭けてみたいと思えた。

 

「だけど、お前は止めると思ってたよ。ストライク、一応翅無くなってるんだぜ?」

「ボクも勝機の無い戦いにベットしませんよ。ストライクには、喪った翅を補うアイテムを持たせてますから」

「はぁ!? そんなもんいつの間に!? 早く言えよ!」

「おにーさんがライドギアの訓練を受けている時ですよ。ハズシさんがボクの所にやってきて」

 

 

 ──貴女、石商人なんですって? ひとつ、買いたいものがあるんだけど。()()ってあるかしら?

 

 

 ──え? 確かに珍しい品ですけど……オネエさんが欲しがるものには見えませんが。

 

 

 ──うふっ、サプライズよ。後で教えてあげてね。

 

 

 

「ってやり取りで取り置きしてもらったんです」

「サプライズって……何なんだそのアイテムとやらは」

「とにかくストライクに持たせておけば良いって言われてるんですけど──」

 

 アルカが言いかけた瞬間だった。

 ブツッ、ブツッと音声が途切れる。

 そして遅れて、悲鳴が遠く入ってくる。

 

「や、ヤバい! またポケモンセンターの方に野生ポケモンが来てるみたいです!」

「嘘だろ!?」

「とにかく、そっちにストライクを送ります! 交換だから……そっちからも誰かを送ってください!」

「ええい、適当なので良いか! ……待てよ」

 

 メグルはゴローンの入ったボールに目を向ける。

 丁度、対多数の戦闘に於いて役に立ちそうなポケモンが今此処にいる。

 パラセクト相手は相性の関係で厳しいが、炎タイプ中心の野生ポケモン相手なら役に立つだろう、とメグルは考えた。

 

「ッ……丁度こっちからも役に立ちそうなの送っとくわ!」

「ありがとうございます!」

 

 スマホロトムの画面にボールを翳すと、電子の塵となって消える。

 そして遅れて、彼の手元にボールが戻って来た。

 半透明のカプセルからは、右翅を失ったストライクがこちらを見ている。

 

「ストライク……やれるんだな?」

 

 かくかく、とボールが揺れた。闘志は十分だ。

 窪地に佇む巨大なキノコの塊をメグルは見下ろす。このままでは勝ち目は無論、無い。

 戦力は圧倒的に不足しており、必要なものが足りない。

 メグル一人で勝てる相手ではないだろう。

 

(でも、とても簡単な話だった。手の届く範囲に助けを求めれば、もっと早く解決することだってあるんだ)

 

 だが、かつて部屋でぼっちでゲームをしていた少年は、もう一人ではなかった。

 

 

 

 

(ストライク……お前も、そして俺も、互いにたっぷり痛い目見たからな……だから、こっから反撃してやろうぜ!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話:晴れオバヒで大体のポケモンがトぶらしい

今回大分ガバいところ多かったんですが、現時点では凡そ修正していると思います。多分。


 ※※※

 

 

 

「何が──起こった?」

 

 

 

 ──ハズシとイヌハギの戦いは、意外なほどにあっさりと決した。

 残るのは、黒焦げになって倒れたルカリオ。

 そして、根元から消し飛んだ木々。

 イヌハギ本人はすんでの所で危機を察知し、躱したものの、避けていなければ彼の身体も消し飛んでいた。

 

(”むげんほうよう”が決まれば勝っていたはず──何処から、これだけの火力を──!?)

 

「その姿は何だ!! オーライズとは違う……!!」

「メガリザードンY……と言っても分からないでしょうね。もっと噛み砕いて言えば、リザードンちゃんは()()()()()()()のよ」

「何だと!?」

 

 イヌハギの視線は──翼を広げ、咆哮するリザードンに向く。

 その姿は、先程までとは様変わりしていた。

 炎のように揺らめく翼。

 そして、両腕に付いた飛膜。

 頭部から雄々しく生えた一本の角。

 その頭上には、太陽に代わって赤々と周囲を照らす火の球が打ちあがっている。

 

 

 

「言ってしまえば……ポケモンの真価を解き放つ、進化を超えた進化、かしら?」

「ばぎゅおおおおおおおおおん!!」

 

 

 

 メガシンカは使い手の心がキーストーンを、ポケモンの心がメガストーンをそれぞれ反応させ、互いの石を通して共鳴することで起こる進化を超越した進化である。

 これによって覚醒したポケモンの力は、伝説のポケモンすら凌駕すると言われており、種族値は勿論の事、特性も強力なものに上書きされる。

 メガリザードンYの特性は”ひでり”。

 メガシンカした瞬間、周囲は強い陽の光に照らされ、リザードンの炎技の威力を引き上げ、逆に水技である”むげんほうよう”の水ブレスを弱めたのだ。

 結果、ルカリオは技同士のぶつかり合いに押し負けて、そのまま敗北を喫することになったのである。

 しかしリザードンの技”オーバーヒート”は強力な威力と引き換えに、反動で特殊攻撃力が低下するというデメリットが存在する。

 

「そのような力を今の今まで、ずっと隠し持っていたのか?」

「隠し持っていた? 失礼ね。タイミングを見極めていたに決まってるじゃない。」

「ッ……!」

「確実に貴方を倒すには、オオワザを使う瞬間まで待つ必要があったのよ。あんたがシャワーズちゃんから奪った、紛い物のオオワザを使うまで、ね」

「……某はまんまと誘い込まれたわけか」

「オオワザなんか使わずに、さんたいへんかを駆使して戦ってくれた方が苦しかったまであるわ。最も、貴方達は奪ったものを見せつけなきゃ気が済まないタチでしょうから、無理だったでしょうけどね」

 

(そうでなくともメガリザードンYは火力と引き換えに消耗が大きいメガシンカ……ここぞという時に一撃必殺出来なければ後が苦しかったわね)

 

 ルカリオを瓢箪に吸い込ませ、イヌハギは嘆息する。

 そして両の手を上げるのだった。降参のポーズだ。

 

「……この地を少々侮っていたようだ」

 

(と言っても、ワタシもリザードンちゃんもボロボロ。尋問は長い事出来そうにないわね)

 

 砕かれた肩の骨がずきずきと痛む。

 リザードンも、オーバーヒートとメガシンカによる消耗が激しいのか、疲弊しきっているようだった。

 メガストーンに手を当て、リザードンのメガシンカを解除する。

 このデメリットが大きい事もあって、ハズシはあまりメガシンカを使いたがらない。

 

(ワタシもまだまだ未熟って事ね……旦那のメガシンカはとても安定しているもの)

 

 つかつか、とイヌハギに近付くと──ハズシは問う。

 目下最大の脅威である”爆弾”について、だ。

 

「さぁて、散々邪魔してくれたじゃない。爆弾は何処? 解除法は?」

「あのパラセクトだ」

「……何か秘密があるのね」

「繁殖期になると自爆して胞子を広範囲にばら撒き、他の生物に寄生させる。だが、ポケモンの放つ湿気で簡単に胞子諸共死活する。故に、水ポケモンの居ない火山帯でしか繁殖出来ない」

 

(ッ……ならまだやりようはあるわね……)

 

 ハズシはすぐさま考えを巡らせる。

 ボックスから特性”しめりけ”のポケモンを持って来れば、パラセクトの自爆は止められる。

 だがそれ以上に嫌気が差したのは──ポケモンを兵器のように運用するテング団であった。

 

「……だけどポケモンを兵器の代わりにするなんて、随分と時代錯誤なのね。愛が無いわ」

「やはりこの世界は聊か平和過ぎるな」

 

 イヌハギが怒気を込めて言った。

 

「忘れるな。貴様等”オヤシロの民”の平和は、某達の犠牲の下で成り立っている事を」

「ッ……何ですって? 犠牲ってどういう事よ。ワタシ達が貴方達に何かしたっていうの?」

「500年前の事だ。我ら”ヒャッキの民”は──秘宝”赤い月”をお前達異界の”オヤシロの民”に奪われたことで、荒廃し、少ない資源を奪い合って争いが続いている」

 

 ハズシの額に汗が伝う。

 脳裏に過ったのは、サイゴクで頻発するあの怪現象であった。

 月が赤く染まり、野生ポケモンが凶暴化する天災だ。

 

「赤い月……それってどんな秘宝なの!?」

「知らないのか。やはり時が経って失伝したか……無理もないな。貴様等は某達のように資源や領土を争いで奪い合う必要が無い程恵まれている」

「……貴方達は何処から来たの?」

「この世界とは異なる世界、とでも言っておこう」

 

 イヌハギの背後に──突如、穴が開く。

 ハズシは目を見開いた。ウルトラホールのそれとは違うが、まさに空間と空間を繋ぐ穴だ。

 

「待ちなさい!! オヤシロと赤い月に一体何の関係が──!」

「教えて堪るものか。少しは自分の頭で考えるんだな。……自らの祖先が犯した罪を、精々恨め」

 

 そう言って、イヌハギの身体は消え失せた。

 ハズシの手は届かなかった。

 

(……何てこと……秘宝ですって……!?)

 

 もし、イヌハギの話が全て本当ならば。

 おやしろはかつて、大きな罪を犯したことになる。

 異なる世界の話も、メグルの件やウルトラホールの件でハズシにとっては疑いようのない話だ。

 つぅ、と冷や汗が背に伝った。

 

(ワタシ達の祖先の罪……知らなかったでは済まされない……でも秘宝は今、何処に? どうすれば……!!)

 

 

 

「──ぎゅららららら」

 

 

 

 ふと、その場に鳴き声が響いた。

 ハズシは振り返る。

 そこには──溶岩のように赤い体毛のポケモンが立っていた。

 その目を見れば吸い込まれてしまいそうになってしまう。

 思い出せば、自分をキャプテンに選んだ時も、こんな目だった──とハズシは追想する。

 恩人だった先代が亡くなった事を知り、一人で泣きじゃくっていた時。

 このポケモンは突如、彼の下に現れた。

 

「……ワタシが迷ったら、貴方はいつも灯火となって照らしてくれるのね」

「ぎゅらら」

「此処にいるって事は……火山の麓はもう無事なのね。()()()

「ぎゅらららら」

 

 世話が焼ける、と言わんばかりにヌシは頷いた。

 

「全く……こんな所で迷ってる場合じゃなかったわね」

 

 ハズシは左手で自らの頬を叩く。

 イヌハギとの戦いで随分と時間が経ってしまった。上の方では、今も尚メグルがパラセクトと戦っている。

 大人として、彼に全てを背負わせるわけにはいかない、と最後の力を振り絞る。

 ライドギアに乗り込み、動く左手でハンドルを強く握った。

 

 

 

「飛ばして、リザードンちゃん!!」

 

(過去がどうとか今は良い……ワタシは、キャプテンとして……ベニシティに生きる全ての命を守る……!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メグルが山頂に辿り着いて数十分後。

 火口のド真ん中で堂々と自爆の準備のため、パラセクトがじっとしていた。

 その巨大なキノコの中では今も尚、爆発に必要なガスとエネルギーが生成され続けており、それが最大限まで貯まる夜明け頃に──パラセクトは爆ぜる。 

 まさに世紀の大繁殖を決行すべく、パラセクトは半ば休眠状態でその時を待ち続けていた。

 が、しかし。それが黙って見逃されるはずもなかった。

 突如空から大量のスピードスター、そして電撃が降り注ぐ。

 キノコが攻撃を受けたことでパラセクトは起き上がり、火の球が揺れる虚ろな両の目をしつこい外敵に向けるのであった。

 

「おうおうおうおう!! 此処で会ったが100年目!! 今度こそ白黒付けようぜ、パラセクト!!」

「ノットリィィィィ……!!」

 

 そして、彼が引き連れた凶暴バカ3匹。

 イーブイ、オドシシ、ストライクがざっと目の前に躍り出る。全員、やる気十分と言った様子だ。

 

「……手筈通りに行くぞ。イーブイ!! 穴を掘るでヤツの足元を崩せ!! オドシシは”あやしいひかり”で援護!! 」

 

 パラセクトは足が非常に遅い。

 故に、こちらの初撃に反応することが出来ない。

 すぐさま土煙がパラセクトの足元から上がり、その後ろ脚が地面に沈んだ。

 更に怪しい光がパラセクトの視界を惑わせる。

 

「ストライク!! ……思いっきり、暴れて来い!!」

 

 地面を蹴ったストライクが回転し、パラセクトの頭部に斬撃を喰らわせる。

 ”れんぞくぎり”だ。

 鎌のように鋭利な前脚で反撃しようとするパラセクトだが、速度で完全に上回られているからか、一方的にストライクの攻撃を受けるのみである。

 

「ストライク、つばめ返し! イーブイとオドシシは援護しろ!」

 

 続けさまに斬撃を浴びせるストライク。

 更に巨大なキノコに、スピードスターと念動力が浴びせられ、爆音が鳴り響く。

 だが──そもそも、一方的に殴られるだけのデカブツならば、此処に来るまでにメグルは苦戦していないのである。

 現に、イーブイとオドシシの援護射撃も、ストライクの斬撃すらも。

 今の所、全く決定打になっているように見えない。

 

(やっぱり、上のキノコが無事な限り……あっちに致命的な有効打が与えられない限り、パラセクトは倒せない……!)

 

 だが、キノコにダメージを与えるには、あまりにもそれが肥大化し過ぎた。

 分厚い脂肪のように膨れ上がった子嚢は、文字通り肉の壁として攻撃を阻んでいる。

 

「ノットリィィィ……!」

 

 お返しと言わんばかりにパラセクトのキノコから巨大な火球が浮かび上がる。

 エネルギー弾に胞子を混ぜて拡散する──今までよりも数倍大きな”キノコばくだん”だ。

 もし着弾すれば、周囲にダメージを与えるだけではなく、あの毒キノコが生えてくるおまけつきである。

 ぽん!! ぽん!! と音を立ててそれは、パラセクトのキノコから花火のように撃ちだされたのだった。

 

 

 

 ──尤も、無事に着弾出来れば、の話であるが。

 

 

 

 

【しかし うまく決まらなかった!】

 

 

 

 

 ぽん、と打ち出されたキノコばくだんは地面に落ちても爆発しなかったのである。

 

「──!?」

 

 事の異常さに、パラセクトも何かがおかしいと気付いたのだろう。

 きょろきょろと辺りを見回すばかりだ。尤も”あやしいひかり”に中てられている所為で、永遠にパラセクトが答えに気付くことは無いだろう。

 

「ッ……し、成功だ!!」

 

 爆発物は湿っていれば爆発しない。

 この世界では、少なくとも”しめりけ”と呼ばれる特性の前では、その理屈が罷り通る。

 無論、イーブイもオドシシもストライクも、パラセクトの爆発を止めるような力は持ち合わせていない。

 この火口の戦場を取り囲む3つの岩陰。そこに、それぞれポケモンが隠れていた。

 

 ──あひるポケモンのコダック。

 

 ──おたまポケモンのニョロゾ。

 

 ──みずうおポケモンのヌオー。

 

 彼らの特性はいずれも”しめりけ”である。

 そして、この3匹の放つ湿気により──パラセクトのキノコばくだんは勿論、最後の大爆発すら封じられたのであった。

 

 

 

(ま、勿論……俺一人じゃ、此処に辿り着くことなんて出来なかったんだけどな)

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「イデア博士!! そっちに特性・しめりけのポケモンっている!?」

 

 

 

 ──数十分前。

 メグルは先ず、イデア博士に電話を掛ける。

 しばらく出なかったので何度も掛けてやると、漸く珍しく焦った様子の博士が出て来るのだった。

 

「何だい何だい! ボクは忙しいんだけどね!? 今何が起こってるか知ってる!? ひのたまじまに爆弾が仕掛けられたとかで大騒ぎさ! しかも変なキノコが生えたポケモンが胞子をばら撒いてるとかで、ボクはそれのデータの解析を──」

「ビンゴ博士! 俺今まさにここにいるんだけど」

 

 すぐさまメールで目の前のパラセクトの画像を送ってやると、ガコン!! と椅子が倒れた音が聞こえた。

 そしてしばらくして「いたたたた」という声と共に、がっつかんばかりの勢いで博士が叫ぶ。

 

「何やってんの君ィ!? まさかの当事者ァ!? ユーは何しに火山へ!?」

「成り行きッス」

「嫌な予感はしてたけどね!? え、何それ。パラセクト? パラセクトだよね? デカくない!?」

「こいつが爆発したら、ひのたまじま中に胞子がばら撒かれて大変な事になるんだ! 止めたいんだけど」

「……ば、爆発ゥ!?」

 

 事情を話す。

 一応アルカの名前は伏せて、テング団から聞きだしたという体で。

 博士はパラセクトが爆弾であることを納得したように唸ると、彼なりの推論を話すのだった。

 

「何となくそんな気はしてたんだよねえ……解析しているキノコが強力な熱エネルギーを生み出しているからさ。でも、爆発して胞子を飛ばすっていう習性からして……特性”しめりけ”に弱いのは確かだね。あの特性を持ってるポケモンが放つ加湿効果は絶大だ」

「具体的には?」

「マルマインですら爆発出来なくなるし、気温が高い時は地獄みたいな環境になるよ。サイゴクの真夏はいっつもそんな感じだけど」

「良かった……」

「安心するのは早いかな。そもそもそいつが”だいばくはつ”したところでひのたまじま全域に胞子を拡散できるとは思えないんだよね」

「それって、どういう──」

「そもそも”だいばくはつ”や”じばく”が使えるならとっくに使っててもおかしくないし。そうじゃないから、今此処でエネルギーを溜めてるんじゃないかな」

 

 火口でじっとしているパラセクトの写真を見ながら、博士はそう推測する。

 

「じゃあ”だいばくはつ”よりももっとヤバい爆発……オオワザって事かぁ!?」

「って事も考えられる。普通の爆発でないなら、しめりけのポケモン1匹だけじゃ不安だ。僕の仮説が正しければ、それで胞子は死活する」

 

 そもそも、戦闘に巻き込まれてウパーが倒れてしまう可能性も考える必要がある。

 そのため”しめりけ”持ちのポケモンは1匹だけでは不安だ。

 

「しめりけ持ちのポケモンを持っているトレーナーの協力を仰ぐんだ。いるでしょ? 頼れる子が」

 

 ──こうして。

 メグルは手持ちのポケモン1匹とウパーを博士に交換してもらった。

 そして、考えうる中で事情をすぐに話せばポケモンをすぐに交換してくれそうなトレーナーは1人しかいない。

 

「どうしたのよ、今こっちも大変なのよ。ひのたまじまがテング団に襲われてるから向かってるんだけど、とてもじゃないけど間に合わない!」

 

 ユイである。

 仮にも一度、おやしろまいりを成し遂げているのだ。

 幾ら電気タイプ使いと言えど、その道中で多数のポケモンを捕まえているはずである。

 事情を話すと彼女の仰天した声が飛んできた。

 

「ハァ!? 爆弾はポケモンで、爆発したら島全部が殺人キノコ塗れになるってぇ!? しかもあんた、まーた厄介事の渦中ド真ん中じゃない!」

「いやー、それほどでもー」

「褒めてない!!」

「一刻を争うんだ、送って貰えないか」

「”しめりけ”……ね。多分それだけ大きなポケモンなら、1匹だけじゃ足りないんだから。戦闘に巻き込まれて瀕死になる可能性も考えると、何匹も必要ね」

「イデア博士から1匹は貰ったんだ、後2匹は要るな」

「今ボックスアプリを見てみたけど、コダックが居た! そっちも適当なポケモンを送って!」

「サンキュー、流石キャプテン代理様は違うぜ!」

「代理は余計なんだから! ほんっとに……世話が焼けるわね! 後1匹は……友達に頼んでみるから待ってて!」

 

 ──こうして。

 特性”しめりけ”を持つ3匹の爆破阻止要員が揃ったのである。

 彼らを適当な岩陰に隠しておき、パラセクトが爆発出来ないようにしたうえで──メグルは正面からパラセクトに挑むことにしたのだった。




【TIPS】
サイゴクのキャプテンは全員、キーストーンとメガストーンを持っている。尚、某代理はまだどちらも持っていない。
「代理言うな」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話:蟷螂の斧

 ※※※

 

 

 

(でも罠ハメってポケモン廃人じゃなくてモ〇ハン廃人の領分な気がするんだけど……気の所為か!!)

 

 気の所為である。

 ともあれ、こうしてパラセクトの動きは完全に封じられた。

 最大のネックであったキノコばくだんも不発に終わる。

 ぽんっ、ぽんっ、と胞子を背中のキノコから打ち出すも、それはこれまでのように爆ぜなかった。

 べちゃり、と泥のように地面に広がり、そこからキノコも生えてこない。

 ”しめりけ”下では胞子が死活するという博士の推測は当たっていたのである。

 

(お前が爆発しないように気を付けながら戦うよりも、”しめりけ”持ちを守りながら戦う方が100倍楽だからな!!)

 

 ストライクの一方的な攻撃が続く。

 回転斬がパラセクトの頭部を叩き割る勢いで放たれる。

 バキッ、と音が鳴り響き、硬い甲殻に罅が入った。

 思わずメグルもガッツポーズ。

 

「ッ……押してる!! このままなら──」

 

 ──さて、此処まででメグルは完全に油断しきっていた。

 繁殖は生物にとって、種の存続が掛かった一大イベントである。

 このままでは繁殖出来ないと悟れば、何が何でも外敵を排除しに動き出すのが当然の帰結である。

 

「ノット、リリリリリリ……!!」

 

 パラセクトの鳴き声が凄みを増す。

 ストライクが何かを察したように引き下がった。

 

「どうした!?」

「ギッシャラララ……!!」

 

 その顔には怯えさえ浮かんでいた。

 これまで押していたのにどうして、とメグルはパラセクトの動きに注視する。

 キノコが──赤く光っている。そして、その光がパラセクトの虫部分に移動しているのが見えた。

 それを見てメグルは何が起こっているか分からなかった。

 だが、無理もない。パラセクトの体内では今、本来なら大爆発に使うはずだったエネルギーが寄生した虫部分に回されていたのである。

 

(何だ……何をしようとしてんだ……爆発はもう出来ないはずだし──)

 

「ノットリリリリリリリリ──」

 

 1つ。2つ。3つ。

 続いて、10個。20個。

 無数のエネルギー弾がパラセクトの周囲に浮かび上がる。

 

「は? ちょっと待て──」

 

 エナジーボール。威力80の草タイプの特殊技だ。

 それが大量に巨大なキノコの周りに浮かび上がったのである。

 

「離れろ皆!! それはヤバい!!」

 

 間もなく、オドシシとイーブイにそれが絨毯爆撃されていった。

 威力80のそれが何十個も飛び出してきたのである。

 イーブイも、そしてオドシシも、それを避け続ける力は無い。

 

 

 

【パラセクトの エナジーボール!!】

 

 

 

「ぷっきゅるるる!?」

「ブルルル!?」

 

 一発目を喰らってしまえば、多段的に二発目、三発目が襲い掛かる。

 一発一発の威力はパラセクトの特殊攻撃力がそこまで高くないからか大きくない。

 しかし、全て喰らってしまえば話は別だ。

 連鎖的にそれを受けた事で一気に2匹の体力は削られてしまう。

 

(は、話が違うじゃねーか!! 第二形態って奴かよ!?)

 

 避けられたのはストライクだけだ。被弾しても効果がいまひとつのおかげで受け切れたのである。

 すぐさまメグルは倒れた2匹をボールに戻した。

 これまでとは挙動が変わったパラセクトを前に困惑を隠せない。

 その虚ろな白い目玉に更に大きな炎が灯り、今までハマって動けなかった身体を無理矢理起こし、穴から脱したのである。

 

「ノットリィィィーッ!!」

 

 すぐさま飛び上がり、ストライクに間合いを詰めるパラセクト。

 その巨大な鎌のような前脚を振り下ろすと、地面にめり込み、突き刺さる。

 それを紙一重でいなすストライクだが、此処に来て遂に失われた分の翅が響いてくる。

 自分より遥かに鈍い相手と戦うなら気にならなかったが、空へ逃げられないのが致命的なのだ。

 高速で弾幕のように放たれるエナジーボールに加え、全長3メートルのキノコを背負いながら機敏に動き回る敵が巨体全部で押し潰そうとしてくる。

 右翅が無いことで動いている途中でバランスを失い、巨体に突き飛ばされ、地面に転げてしまう。

 

「ストライク!! 反撃だ、つばめ返し!!」

「ギッシャ!!」

 

(俺の言う事は聞いてくれる──! でも、このままじゃ、いつか捉えられる……!!)

 

 再び頭部に斬撃を見舞うストライク。

 だが巨体は割れた頭から体液を撒き散らしながら、怯む様子を見せず突貫する。

 その先には──指示を出すメグルが居た。

 

(しまっ──)

 

 司令塔を潰してしまえば全てが止まる、とパラセクトは本能で理解していた。

 飛び上がった巨体が、メグルの眼前に音を立てて着地する。

 彼は思わず立ち尽くしてしまっていた。あまりにも巨大なキノコの怪物。

 それが殺意を剝き出しにして口を開けているのである。

 

(モンスターボール──ダメだ、間に合わない!!)

 

 構えて、投げる。

 その二つの動作の間に、パラセクトはぱっくりと開けた口から炎を吐き出すことが出来る。

 

 

 

【パラセクトの──】

 

 

 

 高熱を肌で感じ取る。

 人の身体で受ければただでは済まない。

 

(死──)

 

 腕で自分の身体を庇おうとする。

 だが、不可能だ。避けることも、受け止めることも。

 炎がメグルを焼き尽くそうとしたその時だった。

 

 

 

 

「ギッシャララララ──ッ!!」

 

 

 

 

 最後に見えたのは、右翅を失ったストライクの背中だった。

 

「ストライク、お前──!!」

 

【──かえんほうしゃ!!】

 

 炎がストライクを包み込み、メグルは爆風で吹き飛ばされる。

 しばらく熱風が襲い掛かってまともに目を開けることも出来なかった。

 

 

 

「ス、ストライク……!?」

 

 

 

 ──しばらくして目を向けると──真っ黒に炭化したストライクが視界に入ったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 未熟で、自分よりも遥かに弱く、力が劣る生き物。

 そのくせ命令してくるので気に食わなかった。

 俺は強い。

 俺は速い。

 俺は戦えればそれで良い。

 気に食わないヤツは力で捻じ伏せれば良い。そう思っていた。

 負けるのは気に食わないが、その度にもっと強くなればいいと思っていた。

 新しく出来た連れは、先輩面してくる毛玉に、いつもスカした顔をしている間抜けな鹿だ。

 飯は与えられるので辛うじて殺さないで済んでいるが、本当に気に食わないヤツらである。

 鹿は特に、あのよく分からない技で俺に勝ったつもりになっているので、分からせてやった。

 なのに、俺に因縁をつけてくる様子も無い。とことんまで何を考えているか分からない鹿である。

 あの毛玉は多分俺と同類だ。だが、きっとあの毛玉は自分の方が強いと思っているだろう。多分アホだ。

 そしてあの人間だ。

 あの人間は全くと言って良い程頼りにならない。

 俺一人でも俺は強くなれる。

 いや、もっと言えば──俺は死のうが何だろうが戦えればそれで良い。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ある日、気が付けば見知らぬ猿共の縄張りの中だった。

 気に食わなかったので、全員叩きのめしてやったら親玉が出てきた。

 

 ──最後に右の翅を捥ぎ取られたのだけは分かった。

 

 俺は今度こそ完膚なきまでに敗けたのだ。

 勝てると思った。だが──歯が立たなかった。

 屈辱だ。何と無様だろうか。

 これだけ叩きのめされても、俺はまだ生きている。

 こんな有様、あの人間に見せるくらいなら死んだ方がマシだ。

 あいつは何故か近くに居ない。

 これで、良かったのかもしれない。

 

 

 

「ストライク!! ストライク!! 何で──ッ」

 

 

 

 あの人間の声が何故か聞こえた。

 あいつは──泣いていた。

 

「俺が……居たら……こんなに、させなかったのに……俺は……!!」

 

 何故泣くのか分からなかった。

 自分が弱くて、敗けた。それだけの事だったのに、この人間はどうして自分の事のように泣いているのか──分からなかった。

 泣かれた時──俺は言い知れない感情に襲われた。

 もう、この人間を泣かせるのはやめよう、と思ってしまった。

 

「ストライク。お前は多分思いっきり暴れた方が強いからな……俺から言えるのはこれだけだ」

 

 肝心な所で頼りない人間だが。

 

 

 

 

「──絶対に、無事で帰って来い!!」

 

 

 

 とても余計なお世話ではあったが。

 少しだけ、この人間の下で戦うのも面白そうだと思えたのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

【おや? ストライクの様子が──】

 

 

 

 焼き尽くされ、黒い炭のようになったストライク。

 炭化した表皮が音を立てて崩れていく。

 その下から──光が溢れていた。

 

「スト、ライク──!?」

 

 メグルは目を見張っていた。

 ボロボロ、と残っていた左翅も崩れ落ちる。

 まるで脱皮するかのように、焼け落ちた体の下から──光り輝く何かが姿を現した。

 パラセクトは思わず仰け反る。

 焼き払ったはずの敵が、生きているどころか別の何かへと生まれ変わろうとしているだから。

 思わず再び炎を吐き出し、吹きかける。しかし次の瞬間、パラセクトの頭蓋に再び刃による一撃が叩き込まれる。

 虫が苦手なはずの炎に怯むことなく攻撃を叩きこむ姿。

 そして、ごつごつとした岩で出来た身体。

 切り裂く鎌ではなく、相手を叩き割る斧となった両腕。

 最早それはストライクではない。

 メグルは歓喜の声を上げる。

 

「……進化、した──ッ!!」

 

 

 

【おめでとう! ストライクは バサギリに進化した!】

 

 

 

「グラッシャーッッッ!!」

 

 咆哮を上げるストライク改めバサギリ。

 翅は完全に退化したが、その代わりより屈強になった両脚、そして重く鋭い岩の斧が目を引く。

 再び動き出し、押し潰そうとするパラセクトだったが、バサギリが斧で薙ぎ払うと巨体は地面に叩きつけられてしまうのだった。

 

【バサギリ まさかりポケモン タイプ:虫/岩(ストライクの進化系)】

 

【絶滅したと思われていたが、とある鉱石でストライクが進化することが最近分かった。斧は欠ける程に鋭さを増す。】

 

(って事は、あの()()は”くろのきせき”……ストライクの進化に必要なアイテムだったんだ!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──このバサギリというポケモンは、過去のシンオウ地方に生息していたポケモンである。

 最近まで化石のみが発掘され、絶滅したと思われていたポケモンだ。

 ところが最近、ストライクがバサギリに進化する事例が発生。発掘現場に落ちていた石器に触れたのだという。

 この石器の正体こそが”くろのきせき”。古くから人間が刃物などに用いていたものであり、バサギリへの進化に必要なアイテムでもあった。

 だが、人間の経済活動が活発化して”くろのきせき”を大量に採掘したことで”くろのきせき”は産業品の原材料とみなされるようになる。文明が進むに連れてバサギリへの進化法は失伝して、”くろのきせき”という名前も消え去った。

 さて。バサギリに強く興味を示したのが、岩タイプの使い手であるキャプテン・キリだった。

 その筋から情報を集めたキリは、先の大合議の時、ハズシに会うなり珍しく興奮した様子でこの話題を持ち出したのだった。

 

「呼びつけて済まない。折り入って頼みたい事があってだな。他のキャプテンの前だと話しづらく……」

「良いのよぉ。こうして二人の時くらい互いの立場の事なんて忘れましょう?」

「うむ──ではいち友人として頼みたい。これは()()()()()から独自に仕入れた極秘情報だが……」

つまり、スジモンってことね

「ポケモンみたいに言うのをやめるでござる。先ずこの写真を見て欲しい」

「──ってこれ、バサギリじゃない。最近進化が確認されたっていう」

「左様。そしてこのポケモンは、この黒く輝く特別な石器で進化すると言われているらしいでござる」

「そう言えば進化法はまだ発表されてなかったわね。黒く輝く特別な石器……あら、バサギリの斧と色合いが似てるのね」

「稀少故、もしもハズシ殿が似たような石器を見つけたら教えてほしいでござる。拙者も、すながくれの頭領として、バサギリは是非とも確保したい所存」

「あらあら、ワタシ石の事は分からないわよ」

「謙遜を。ハズシ殿の()はトクベツ。一度見た宝石は、似た宝石や偽者の山の中でも見分けられる程でござろう」

「石そのものに詳しいってわけじゃないんだけど……そこまで買われたら仕方ないわね。良いわ。探しておいてあげる」

「かたじけない。その時は言い値で買うでござるよ」

 

 誰にでも分け隔てなく接するハズシは、アクが強いキャプテン達の緩衝材。

 キリは信頼のおける大人としてハズシを慕っており、ハズシも()()()()()()()()()()を警戒こそしているもののキリ個人の事は可愛い後輩として接している。

 とはいえハズシは石に詳しいわけではない。そうそう出くわす事など無いだろう──と考えていた矢先に、メグルのストライクの事件に会ったのである。

 

(片翅が無い程の欠損となると、ハッサムに進化しても苦労するわね……そう言えば、あのバサギリってポケモン、ストライクの進化系で翅が退化するんだったかしら?)

 

(……此処は一つ、賭けてみてもいいかもしれないわね。丁度石商人も居る事だし)

 

 ハズシは翅を失ったストライクが完全にバトルに復帰する道は、翅が退化したバサギリへ進化するしかないと考えた。

 そして、石商人のアルカならば、進化に必要な石器を持っているかもしれない、と考えたのである。

 正直ダメ元であったが、広げられた商品を目にした時──ハズシの目は、写真の石器と同じ輝きを放つ石器を見逃さなかった。

 

「これよ! この輝き! 間違いないわね!」

「あー、打製石器ですね。シンオウ地方で産出されたものらしいですよ?」

「これがストライクの失われた翅を補うかもしれないのよ! 言い値で買うわ!」

「え?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──尤も、ゲームで”くろのきせき”の事を知っていたメグルは、ストライクに持たせられていたアイテムを見た時に「もしかして」と考えていたし、現にストライクは進化した。

 

(もしかして加工されてたから、効果が出るまで時間が掛かったのか? いや、虫だから”羽化”してたってことか? 分からん!! でも今は──進化したコイツでパラセクトを倒すのが先だ!!)

 

 想定外の一撃を喰らったことで、怒りに震えるパラセクト。

 そのまま火を噴きながらバサギリを押し潰さんとばかりに迫る。

 しかし、両翅が無くなったことで完全にバランス感覚を取り戻したバサギリには通用しなかった。

 岩の身体とは思えないほど軽い身のこなしで軽々と戦場を駆け抜けていく。

 地面を蹴り、勢いよく跳躍すると身体を勢いよく捻じり、斧を勢いよく切り付ける。

 さっきよりも威力も重さも増した連続斬りはパラセクトを捻じ伏せるには十二分だった。

 

「──よし、トドメだバサギリ!!」

「グラッシャーッ!!」

 

 地面を蹴り、バサギリは両腕を重ね合わせる。

 そして斧には石の破片が次々に纏わりついていく。

 重ね合わせた事で重さを増した斧。

 それをパラセクト目掛けて振り下ろした。

 

 

 

「──”がんせきアックス”!!」

 

【バサギリの がんせきアックス!!】

 

 

 

 

 大きな縦一文字の傷がキノコに刻まれる。周囲には石の破片が散らばり、それがさらにキノコを突き刺す。

 悲鳴を上げ、パラセクトは地面に倒れ伏せ、そのまま動かなくなるのだった。

 

【効果は抜群だ!!】

 

「よっし!! 新技も良い感じだ!!」

 

 これなら捕獲出来る、とメグルがボールを構えた。

 その時だった。

 

 

 

 

「ノ、ノットリィ……!!」

 

 

 

 

 低く、不気味な声がその場に響き渡る。 

 そして、キノコの傘が大きく膨張する。

 ぶちり、と嫌な音を立ててパラセクトの虫の部分が潰れる音がした。

 バサギリが思わず引き下がり、メグルの下へと戻る。

 そうせざるを得ない程に、キノコは次第に大きくなっていき、とうとう見上げる程へと膨らんだのだった。

 

 

 

 最早、()()()()()()()()。キノコの怪物である。

 

 

 

「な、何じゃこりゃーッッッ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──この巨大なパラセクトを用いた爆弾には、幾つか兵器として「便利」な点がある。

 一つは爆発した場合、相手陣営に年単位で致命的なダメージを与えることが出来る点。

 これは今更言うまでもないだろう。

 しかし、ポケモンとは往々にして捕獲される生き物である。

 テング団でさえ、弱ったポケモンを瓢箪に吸い込んで捕獲する技術を確立している。

 そこで生きてくるのがもう1つの利点である。

 

 

 

 それは、巨大な個体は寿()()()()()()()()、仮に爆発に失敗してもすぐに死ぬので()()()()()()()()()()ことである。

 

 

 

 当然、大きな個体というのは長い年月を生きたパラセクトということであり、繁殖に必死である理由も、もう後がないからである。

 ではそのような個体が爆発出来ずに子孫を残せない上に、自分の命が残りわずかという状態に直面したらどうなるか。

 答えは──繁殖するためのエネルギーを犠牲にしてでも「種の存続を脅かす敵」を死滅させる、である。

 それが、残った力全部を体内の胞子の生育に回し、最早ポケモンの枠すら外れたキノコの怪物と化すという捨て身の行動であった。

 このような先の無い行動をとることが出来るのも、メグルが相対した個体に残された時間が無かったからであることは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話:蒼穹が紅に染むる時

 ※※※

 

 

 

「デカ過ぎんだろ……!!」

 

 火口を起点に膨張し続けるパラセクト。

 それは、自らの種を脅かす敵を押し潰さんばかりである。

 この子嚢は当然猛毒。人が触れれば、火傷では済まない。

 そして、これがもしも火山から転げ落ちれば、人里どころか山そのものにも被害が出る恐れがある。

 思わずボールを投げ付けたメグルだが、そもそももうボールそのものが反応しなかった。

 ポケモンはポケットに入るからポケモンと呼べるのだ。ポケットに入らないポケモンはもう、ただのモンスターである。

 思わず逃げようとするメグルだが、岩陰にまだ”しめりけ”要員のポケモンを残していることを思い出す。

 絶体絶命。

 膨張の速度はあまりにも速く、逃げ場は何処にも無い。

 そう思われた時であった。

 

 

 

 

「──”せいなるほのお”よッ!!」

 

 

 

 突如、火の球が目の前に飛んでくる。

 それが、膨らんできた子嚢を焼き切り、燃やし尽くす。

 邪悪を祓う神秘の炎は、胞子ひとつ残さない。

 メグルは空を見上げた。リザードンだ。そしてそこから、1匹のポケモンが降りてきた。

 

「ッ……ブースター……!?」

 

【ブースター(サイゴクのすがた) ようがんポケモン タイプ:炎/鋼】

 

 ほのおポケモン・ブースター。炎の石で進化するイーブイの進化形のポケモンだ。

 しかし、その姿はメグルの知るものとは大きく異なる。

 足首と胸元には燃え盛る炎のような体毛が生えており、全体的に狐のようにすらっとしたフォルムが特徴的だ。

 だが、体表にはところどころ、鉛色の部分が混ざっており、光沢を放っている。

 

「メグルちゃん、乗って!!」

「は、はいぃ!!」

 

 急いでメグルはバサギリをボールに戻した後、リザードンに乗る。

 だが、ブースターは未だに巨大化したキノコと相対している。

 

「大丈夫なんですかアレェ!? てかハズシさん、大怪我──」

「ワタシの事は良いの。それよりどうしてこんな事に?」

「特性”しめりけ”のポケモンで爆発は防いだんですけど戦ってる途中でこうなっちゃって。まだ遠くの岩陰に”しめりけ”持ちのポケモンが残ってるんです! 早く助けないと──」

「そう。爆発の心配がないなら、焼いてしまって問題無いわね」

「え? でも待ってください、あいつの特性で炎技は効かないんじゃ──」

 

 そこまで言いかけて、メグルは口を噤んだ。

 先程パラセクトの子嚢の一部を焼き切ったのは、確かにブースターの放った炎であった、と。

 

()()()()()()()()。これ、常識よ?」

 

【特性:メルトボディ 相手の特性を無視して攻撃出来る。炎技の威力が上がる。】

 

 真っ先にメグルの頭に過ったのは、某海賊漫画の海軍大将であった。

 

「ってか、あれがようがんのヌシ……今まで何処にいたんですかコイツ!?」

「山の下の野生ポケモンは、この子の炎でキノコが焼かれて正気に戻ったみたいよ」

「すいませんでした」

「後は、オオワザ一発で決められるかどうか──ね。此処まで来たら、完全に焼き尽くすしかない」

「いけるんですか?」

「いけるいけない、じゃない。やるのよ! ……そうよね、ヌシ様!!」

 

 ブースターの咆哮が響き渡る。

 只の炎ではない。炎を喰らい、水を蒸発させ、湿気をも味方に付ける高温・高熱のマグマを宿した溶岩の化身だ。

 体表の鉛色の部分が全身に広がっていき、赤く光り輝く。

 ブースターの身体は今、全身が赤く熱された鉄と化した。

 

「さあ、マグマで溶かし、焼き尽くしてあげる。ヌシ様、オオワザよ!!」

「ぎゅららららららら!!」

 

 ブースターが高く跳んだ。

 そして、全身を炎と溶けた鉄で包み──キノコ目掛けて突貫する。

 

 

 

 

ブースターの メルトリアクター!!

 

 

 

 

 刹那、ブースターは小さな太陽と化した。

 強烈な光を放ちながら、パラセクト目掛けて突貫し、キノコを内側から焼き尽くす。

 炎を熱源諸共食らい尽くすのは、大質量の熱の塊。

 それがキノコの中で暴れ回り続ける。

 ブースターが再びキノコの中から現れた頃には──全ての胞子諸共、膨張した子嚢は炭と化したのだった。

 キノコは燃え尽き、白い炭と化す。

 突風が吹き、それは脆くも崩れ去った。

 激動の一晩はこうして無事に終わり、ひのたまじまを脅かし続けた”爆弾”は此処に停止したのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──それからはまた、慌ただしい日々が続いた。

 ハズシは骨を砕かれる大怪我をしていたため、速やかに入院した。幸い命に別状はなかったという。

 ひのたまじまは、本土からの救援もあって、復旧はすぐに終わる見通しである。

 アルカの脛の傷も半月ほどで完治し、元のように歩けるようになった。

 そして、パラセクトの捕獲こそ出来なかったものの、今もシャクドウ大学では胞子の解析が進められているという。

 おやしろはしばらく閉鎖されていたらしいが、ハズシの意向で彼が退院した後、再び開かれることになったのだった。

 一方、メグルもこの間、何もしない訳にもいかないので、ハズシの退院を待つ間、ずっと教習所でライドギアの講習を受け続けた。

 そうして、ハズシが退院する頃には無事にライドギアの免許を取得したのだった。

 

「ハズシさん、退院おめでとうございます!」

「そっちこそ。ワタシが居ない間に、ライドギアの免許、無事に獲得出来たらしいじゃない」

「いやー、あはは」

「聞いたわよ? すっごく苦戦したんですって?」

「あはは……運動神経は今後頑張って改善シマス……」

 

 事実、試験には2回くらい落ちた。

 それでも凹まなかったのは、ハズシが退院した時に恰好が付かない姿を見せたくなかったからである。

 

「アルカちゃんも元気になったようで良かったわ♡」

「おかげさまで……」

「でも、大変なのは此処からよね」

 

 ハズシは腕を組み、椅子に座り込む。

 半月ほど入院していたからか、体力がまだ戻っていないらしい。

 だが、顔は神妙だ。

 

「おやしろの関係者には先に伝えたのだけど……メグルちゃん。後、アルカちゃんも。貴方達には話しておいた方が良さそうね」

「テング団の事で何か分かったんですか?」

「ええ。奴らの目的よ。イヌハギって名乗るあの男が話してきたのよ」

 

 ハズシの口から話された情報は、凡そメグルがアルカから聞いた伝説と合致していた。

 アルカは向こうの出身であるからか、かなり気まずそうな顔をしていた。

 

(とはいえ、わざわざアルカの身バレのリスクを冒さなくても、ハズシさんの方にもテング団の目的が図らずとも共有できたのは良かったのかもしれない)

 

「あのリージョンフォームも、異界の姿だった……って事ね。敢えて呼称するなら”ヒャッキのすがた”ってところかしら」

「ヒャッキのすがた、か……これまで戦ってきた相手も原種とは全然違う力を持ってたし、これから戦う相手も強敵揃いだろうな……」

 

 地面タイプを持ち、地中に穿孔する力を持っていたオニドリル。

 未だにその能力の全容は分からないが、テング団の団員が多数使っているダーテング。

 周囲の冷気を操る力を持ち、原種の攻撃性能も据え置きのルカリオ。

 そして、爆発する事で胞子をばら撒き、周囲のポケモンにも寄生させるパラセクト。

 いずれもサイゴクを超える過酷極まる環境で進化した姿であろうことは容易に想像できた。

 

「そんな奴らを相手にし続けるのは骨ね。どうにかして和解の糸口が掴めないかしら。このままじゃ、本当に全面戦争になりかねない。そうなれば双方共倒れよ」

「聞く耳を持つような相手とは思えないですけど……」

 

 当事者のアルカが言うと、説得力が増す。

 尤もハズシは、アルカが()()()()()()であることは知らないのであるが。

 

「ハズシさん。先代とかから、似たような話は聞いた事が無かったんですか?」

「無いわね。500年も前でしょう? 資料は大体失われてしまっているのよ。いや、意図的に消された可能性もあるわねぇ……」

「”赤い月”って……どんな秘宝なんでしょうか」

「分からないわ。でも、もしもこれが先祖が奪ったものならば、ワタシ達子孫がそのツケを払わなきゃいけないわね。ま、頭下げて許してくれそうには見えないけど……せめて赤い月さえ見つかれば」

「何ならボク達が”赤い月”の在処を調査します!」

「えっ、アルカ!?」

 

 ずいっ、と身を乗り出したのはアルカだった。

 

「石商人として、テング団の暴挙は見過ごせませんので! それに秘宝だとか何やらは石商人の領分ですよ!」

「そうね。考古学に詳しい貴方の力をおやしろとしても借りたいわ」

「んじゃあ俺も。おやしろまいりの途中で何か手掛かりがあるかもしれないし」

 

(それが”世界を救う事”に繋がるなら、元の世界に戻る足掛かりになるかもしれないしな)

 

 メグル自身も忘れかけていたが、彼の目的は元の世界に戻る事だ。

 しかしこれまでやってきたポケモンのゲームの前例からして、使命を果たさずに帰る事は出来ないはずだ、とメグルは推測する。

 

(今は進むしかない。赤い月の謎を……解き明かす!)

 

「それでメグルちゃん。貴方の次の行き先は? 残っているのは3つよね」

「シャクドウシティは最後に挑むって決めてるんです」

「それじゃあ、旧家二社の試練を受けることになるわね。とはいえ、彼らはテング団の件で殺気立ってる。くれぐれも気を付けて頂戴」

 

 マップを確認すると一番近いのはイッコンタウン。

 岡山県の中心に座する吉備中央町に相当する町だ。

 町の規模自体は小さいが、山の中にあるからか天然の要害となっており、半ば城塞都市と化しているのだという。

 

「もしかしたら旧家二社なら何か情報を握ってるかもしれないし……上手く調べてもらえるかしら」

「キャプテンの間で情報共有できないんですか?」

「プライドが高いのよ。他のキャプテンの力を借りるのは恥だと思っている節すらあるわ。まあ無理も無いわね。おやしろは過去、何度も対立してるもの」

「難しいんだなあ……」

「まあ、大人の話は今は置いておいて。……メグルちゃん、最後に大事なことを済ませましょう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メグルがハズシに連れられてやってきたのは、ようがんのおやしろ。

 アケノ火山の麓に建てられた巨大な神社であった。

 

「試練を終えた貴方は、その証をヌシ様から受け取る資格を持つわ」

「久々だな、この流れも……」

「ぷっきゅる」

 

 イーブイが不機嫌そうに鳴いた。相も変わらず、メグルの頭にへばりついているのだった。

 おやしろの奥に進むと、祠があった。

 それを守るように二体のポケモンの像がどっしりと構えている。

 エンテイ。

 火山ポケモンと呼ばれる伝説の三聖獣の一角だ。

 

「──かつて。ジョウト地方から新天地を求めて、この地に移り住んだ人々が居たわ。一説によれば、故郷をポケモンに焼かれたからみたいね」

「それが……今のサイゴクの人々なんですよね?」

「ええ。御三家三社がある町の起源ね。そして彼らは……故郷の地を駆け抜けた三匹の聖なるポケモン・三聖獣に思いを馳せ、この石像を作った」

「……サイゴクのイーブイの進化形は、どうして伝説のポケモンに似た姿に進化するんでしょうか?」

「分からないわ。サイゴクの霊脈が彼らの進化を祝福した。それを見たジョウトからの移民が、三聖獣に似たものを見出した……それが真実よね」

「じゃあ似てるだけで関連性は無いってことなんですかね?」

「どうかしら? うちのヌシ様は、エンテイが使うとされる”せいなるほのお”を扱える数少ないポケモンよ。……そうよね? ヌシ様」

 

 ハズシの声に応えるように、石像の間に一匹のポケモンが現れる。

 

「……ブースター……!」

「ぎゅららららら」

 

 ようがんポケモン・ブースター。

 サイゴクのおやしろを守る御三家ヌシの一角。

 改めて目の当たりにすると、エンテイに勝るとも劣らない威迫を放つ。

 その瞳を見ていると吸い込まれそうになってしまいそうだ。

 イーブイもその姿に息を呑み、大人しくしている。

 

(こいつ”せいなるほのお”使えるのかよ……まさか、唯一王に畏怖を感じる日が来るなんて)

 

「ぎゅらららららら」

 

 ブースターが低く唸れば、周囲は陽炎で揺らめく。

 そして目の前には溶岩を押し固めたような宝石が現れる。

 

「試練を超えた証よ。受け取りなさい」

「……はい!」

 

 ──メグルのおやしろまいり、残るおやしろは3つ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 おやしろを出た後、本土に繋がる連絡船の船着き場で、ハズシは名残惜しそうに言った。

 

 

 

「さて。貴方とは此処でお別れね」

 

 

 

 次の目的地はイッコンタウン。

 山に囲まれた、天然の要害とも言える場所。

 一度、都市部のキビシティに寄った後、此処からメグルは再び山を越えていかなければならない。

 旅立ちの日、わざわざ忙しい身にも関わらずハズシは見送りに来てくれた。

 

「貴方のおかげで、ベニシティは救われたわ。貴方、やっぱりワタシが思った通り見どころのあるイイ男だったわね♡」

「こっちこそ……バサギリの件とか、本当にありがとうございました」

「あら何の事かしら? 只のお節介よ♡」

「あはは……絶対出世払いしますよ」

「言ったでしょ? ワタシじゃなくて、この先出会う人に愛を分けて頂戴ね」

 

 汽笛が鳴る。

 連絡船に乗り込み、メグルはハズシに向かって手を振る。

 彼もまた、笑顔で手を振り返した。

 

「ありがとうございました! また、来ます!」

「──ポケモンちゃん達と、仲良くね! 良い旅を!」

 

 ハズシの姿が見えなくなるまでずっとずっと手を振り続ける。

 サイゴクの本土が、もうすぐそこに迫ろうとしていた時だった。

 突然、メグルはぽんぽん、と肩を叩かれる。

 振り向くと、そこには──不満げに頬を膨らませたアルカが立っていた。

 

「……あのー、おにーさん。もっと早くに気付いてくれると思ってたんですけど」

「アルカァ!? お前結局付いてくるのかよ!?」

「そりゃ当然です! おにーさん、ボクのようなテング団に狙われてる、か弱い女の子を放っておくんですね!」

「歯牙にも掛けられてないんじゃなかったっけ」

「うぐっ……」

 

 アルカは痛いところを突かれたかのように呻くと「そんな事はどーでも良いんですよ!」と食ってかかる。

 

「そも、互いにテング団と敵対する身。二人で行動していた方が互いに何かと安全だと思いません?」

「悪い話じゃねーけど、何か裏があるんじゃねーだろうな。連中とは関わり合いになりたくねーって言ってただろが」

「あいつら放っておくと貴重な遺跡をブッ壊したりするかもしれないじゃないですか。……それに、ボクだってやられっぱなしはイヤですし」

「お前……殊勝な所もあるんだな」

「失礼!!」

 

 涙目になりながら彼女は口をキッ、と結んだ。

 しかしメグルからしても決して悪い提案ではなかった。

 ヒャッキのすがたのポケモンを知るのはアルカだけだ。彼女が居れば、初見の敵が相手でも情報を握ることが出来る。

 ポケモンは相性ゲーム。そのタイプが分かるだけでも大いに助かる。

 

「俺もお前が居るとテング団の奴らが使ってるポケモンの事が分かるから助かるんだけど」

「だから、協力関係を結びません? テング団を倒すまで。おにーさんも1人じゃ心細いでしょうし。それに万が一の時は囮になってもらって──」

「おいこら本音が漏れてんぞ」

「というわけでウィン・ウィンだと思うんですけど」

 

 正直、不安は残る。

 だがテング団を今後も相手取るならば贅沢は言っていられない。

 それに──

 

「ったく、しょーがねーなぁ。テング団を倒すまで、だ!」

「交渉成立、ですね!」

 

 差し出された手をメグルは手に取る。

 こうして。旅の道連れが一人、増えたのだった。 

 目指すはイッコンタウン。二人を、まだ見ぬポケモン、まだ見ぬヌシとキャプテンが待ち受けている──

 

 

 

 ──第二章「紅に染むる蒼穹」(完)

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

▶はい

 

いいえ




「流石ハズシ殿! これでバサギリが手に入るでござるな!」
(打製石器、二個買ってて良かったわ……)

 こっちも丸く収まったらしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:第二章終了時点

【第二章の登場人物】

 

メグル 男 19歳

この度、ようがんのおやしろの試練をクリアしたことで「ようがんのあかし」を手に入れた。残るおやしろは3つ。また、ライドギアの免許を手に入れたため、今後は険しい道も手持ちのポケモンを使って進むことが出来る。

 

手持ちポケモン

新たにバサギリが加わったことで、メイン火力を手に入れた。尚、進化して岩タイプを手に入れたため、タイプが被るゴローニャのスタメン枠を奪ってしまった模様。この予想外の事態にメグルも頭を抱えている。ゴローニャ、カワイソス。

 

イーブイ ♀ 特性:きけんよち

技:でんこうせっか、スピードスター、あなをほる、つぶらなひとみ

今回はあまり良いところがなかったが、パーティの中ではリーダー役を買って出ているという。実際に認められているかどうかはまた別問題であるが……。

 

 

オドシシ ♂ 特性:いかく

技:ねんりき、でんげきは、さいみんじゅつ、バリアーラッシュ

今回の旅で特殊技の電撃波を習得。更に、バリアーラッシュで、防御力を固めながら戦う事が出来るようになった。

 

 

ストライク→バサギリ ♂ 特性:むしのしらせ

技:がんせきアックス、つばめがえし、れんぞくぎり、みねうち

今回の新スタメン。圧倒的速度と、圧倒的攻撃力を誇るパーティの要。当初は言う事を全く聞かなかったが、手痛い敗北とメグルとの交流を通し、そして進化を果たしたことで気性はある程度落ち着いた。進化前、進化後共に身体能力にモノを言わせた体術を得意としており、技を使わずとも格闘戦だけで相手を捻じ伏せるだけの膂力を持つ。

 

サブメンバー

ゴローニャ、ヘイガニ、ズバット

 

 

 

アルカ 女 ??歳

テング団と同じ出身のヒャッキの民。しかし、元居た故郷では落ちこぼれだったらしく、冷遇されて育ったらしい。偶然、サイゴク地方へ迷い込み、親切な老夫婦に拾われた後に旅に出た。

明るく人当たりが良いが、商人らしく打算的な一面も併せ持つ。しかし一方で詰めが甘く、抜けている面を見せることも。珍しい石や遺跡には目がなく、各地の博物館や遺跡を巡りながら、コレクションを増やしているのだという。

 

容姿

赤紫の髪に、青白い肌が特徴的。癖の強いショートボブ。両目は前髪で隠れていて見えない筋金入りのメカクレ。どうやって視界を確保しているかは不明である。同年代よりも少々小柄だが、着やせするタイプ。

 

手持ちポケモン

 

カブト ♂ 特性:すいすい

 

ヘラクロス ♂ 特性:こんじょう

 

 

 

 

 

ハズシ 性別不詳 38歳

ベニシティのキャプテンを務めるオネエさん。アローラ地方で活躍していた元レーサーで、現在はその経験を生かしてライドポケモンのブリーディングや、ライドギア教習所の教官を勤めている。先代のキャプテンが亡くなった後、ヌシに選ばれた。とても気さくな性格で聞き上手。敵を作らない気質から、曲者揃いのキャプテンの中でも緩衝材として機能している。そのため、キリのように立場を気にせず彼に頼みごとをする者も居るほど。

炎タイプの使い手であり、メガシンカも習得している。バトルでは天候を操り、不利な相手も火力で焼き尽くしにかかる攻撃重視のスタイル。しかし、鍛え始めたのが比較的最近だからか、彼曰くまだ「未熟」であり、長い間メガシンカを持続させることが出来ない。それでも、他の地方でポケモンバトルの修行をしていたので、他のキャプテンと遜色ない実力を見せる。

 

手持ちポケモン

 

リザードン ♂ 特性:もうか

 

グレンアルマ ♂ 特性:もらいび

 

ソウブレイズ ♂ 特性:もらいび

 

ギャロップ ♂ 特性:もらいび

 

コータス ♀ 特性:ひでり

 

 

イヌハギ 男 38歳

テング団の団長”三羽烏”の一角。実質的にテング団のボス格であるため、その実力は折り紙付き。常に自分の相手に相応しい好敵手を探し求めており、戦闘を愉しもうとする戦闘狂。そのためならば、パラセクトのような前時代的な「兵器」を、在庫処分がてら持ち出すことも厭わない。

未だに全ての手を曝したわけではないが、並大抵のトレーナーで立ち向かえる相手ではない。キャプテンのハズシでさえ、タイプの有利を取ったうえでメガシンカしなければ勝つことは難しかった。

 

手持ちポケモン

 

 

ルカリオ(ヒャッキのすがた) ♂ 特性:せいしんりょく

 

ルカリオ(ヒャッキのすがた) ♂ 特性:ゆきかき



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:リージョンフォームポケモン

サイゴクのすがた

特殊な霊脈を持つサイゴク地方に祝福を受けたポケモン達。霊脈の祝福を受けたイーブイは、”たま”によって通常とは違う進化を辿る。

これらのイーブイの進化系をサイゴク御三家と呼ぶ人々もいる。

他のイーブイの進化系同様、種族値は同じ数値を入れ替えたものになっているが、その数字は元のものとは違う。

近年ではサイゴクの霊脈の影響を受けた()()()()()()()()()()()と言われており、最早名前が同じだけの別物と言えるポケモン達である。

 

シャワーズ(サイゴクのすがた) ひょうすいポケモン タイプ:水/氷

種族値:H145 A55 B70 C80 D125 S50

特性:さんたいへんか(攻撃を受ける前に防御か特防か回避のどれかが上昇する)

伝説のポケモン・スイクンに似た姿のシャワーズ。

自在に身体を液体・個体に変える力を持ち、更に長生きした個体は気体にも姿を変えられる。

モチーフは金銀の没ポケモン・スイ。

 

 

サンダース(サイゴクのすがた) こくらいポケモン タイプ:電気/エスパー

種族値:H55 A70 B50 C125 D80 S145

特性:くろいいなづま(ターン終了時に充電状態になり、特防が上昇する)

伝説のポケモン・ライコウに似た姿のサンダース。

非常に気性が荒く、体内で生成したサイコエネルギーを電気に変換する。

そうして作り出された電気は黒色で、相手を容赦なく焼き焦がす。

モチーフは金銀の没ポケモン・ライ。

 

ブースター(サイゴクのすがた) ようがんポケモン タイプ:炎/鋼

種族値 H80 A145 B55 C50 D70 S125

特性:メルトボディ(相手の特性を無視して攻撃出来る。炎技の威力が上がる。)

伝説のポケモン・エンテイに似た姿のブースター。

溶岩を啜り、自らの熱エネルギーに変換する。

闘いの時は全身が膨大な熱の塊と化し、炎さえも熱源から焼き尽くす程。

吼えれば火山が噴火すると信じられている。

モチーフは金銀の没ポケモン・エン。

 

 

ヒャッキのすがた

異界の先、テング団もといヒャッキの民が住まう場所から連れて来られたポケモン。いずれもサイゴクを遥かに上回る過酷な環境で進化を果たしており、侵攻の兵器として用いられる。

 

オニスズメ(ヒャッキのすがた) ことりポケモン タイプ:地面/飛行

種族値:H40 A70 B30 C21 D21 S80 

特性:するどいめ

 

オニドリル(ヒャッキのすがた) せんこうポケモン タイプ:地面/飛行

種族値:H67 A100 B75 C51 D51 S108

特性:するどいめ

ヒャッキ地方で進化したことにより、地中に穿孔する力を身に着けたオニドリル。

鬼のような一対のトサカが特徴的。その特徴的な鳴き声で他の生物を追い払い、恐慌状態に陥らせる。

モチーフは鬼。

 

 

リオル(ヒャッキのすがた) とうけつポケモン タイプ:氷

種族値:H40 A65 B45 C40 D35 S60

特性:ゆきかき、せいしんりょく

 

 

ルカリオ(ヒャッキのすがた) いてつきポケモン タイプ:氷/格闘

種族値:H70 A110 B70 C110 D70 S95

特性:ゆきかき、せいしんりょく

ヒャッキ地方で進化したことにより、冷気を操る力を身に着けたルカリオ。

冷徹な性格であり、集団の狩りで獲物を追い詰めていく。

忠誠心などというものは無く、服従させるのは非常に手間がかかるポケモン。

モチーフは狼男と雪男。

 

 

パラセクト(ヒャッキのすがた) かえんたけポケモン タイプ:炎/虫

種族値:H85 A110 B80 C45 D70 S20 

特性:もらいび、ほうし

今回の問題児。繁殖期までに溜め込んだエネルギーでキノコを爆発させ、胞子をばら撒く傍迷惑な習性を持つ。

胞子は別の生物にも寄生し、遠くへと運ばれる。ただし通常、キノコが長生きできるのは本来の宿主である火山虫のみ。

しかし、巨大な個体が寿命が尽きる間際に爆発した際にばら撒く胞子は一際強力で、これは他の生物に長時間寄生して死に至らしめる程である。

モチーフは唐笠お化けと火山。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章:永遠に輝けし明の明星
第45話:これが本当の寿司ざんまい


この第三章から、スカーレット・バイオレットで初登場したポケモンがネタバレ関係なく出てきます。ご注意ください! 


「はーい、よい子の皆~! ”イデア博士のポケモン川柳”の時間だよ~!」

 

 

 

 

 そもそもメグルは、この世界に来てから多忙を極め、すっかり()()()()だった。

 久しぶりにまともなホテルに泊まれたので、真夜中に大人のビデオでも見ようとテレビを付けた瞬間、見覚えしかない博士が現れ、萎えてしまったのである。

 非常に忌々しき事態であった。

 

(何だコレ……)

 

 それにしてもこのボンクラ博士には勿体ない豪華なスタジオのセットであった。

 タレントとして人気があるのはどうやら本当だったのか、ラジオのみならずテレビ出演もこうして精力的に行っているらしい。

 ……コーナーの出来の良し悪しはさておき。

 

「このコーナーでは、てぇっんさいポケモン学者である僕がポケモンと交流して、最後に川柳を詠んでいくぞぉ」

「助手のお姉さんでーす、よろしくねー♪」

 

 どうやら、博士とお姉さんの二人で進行する番組らしい。

 

「お姉さん、今日も綺麗だねぇ、この収録の後に食事でもどう?」

 

(何抜かしてんだコイツ)

 

 そう思った矢先に何故公共電波でナンパを流しているのだろうか、この博士は。

 

行きませんし、博士にはぼっちでポケモンと戯れてるのがお似合いですねー♪

「お姉さァん!?」

 

 尚、お姉さんもお姉さんで慣れているのか、ものっそい辛辣だった。

 

「ちなみに僕は昨日、道端で拾ったモンスターボールが実はビリリダマで、死ぬかと思ったぞ! 皆も落ちてるモノには気を付けよう!」

 

(突然の自分語りどうした?)

 

「先ず拾ったものを自分のものにしようとする精神があさましいと思いませんか?」

「お姉さァん!?」

 

(ド正論だけど全国のトレーナーに突き刺さるからやめて差し上げろ)

 

 この期に及んでなかなか強火な毒舌を放つお姉さんであった。

 

「そ、それで、今日のポケモンは何なのかな? お姉さん」

「今日のポケモンは──この子でーす♪」

 

 

 

【ルージュラ ひとがたポケモン タイプ:氷/エスパー】

 

(あっ、終わったな博士……)

 

 

 

 ──現れたのは、太ましい唇が特徴的な女性型のポケモン・ルージュラ。

 ぎろりとした丸い目がなかなかに気味が悪い。

 そればかりか、唇からは「るぅるるるるぅるるるる」と不気味な呪文のような言葉を紡ぎ続けている。

 流石のイデア博士の顔からも血の気が引く。

 

「いや待ってちょっと」

「それでは交流お願いしまーす」

「るぅるるるるる」

「待って!! 腕の力強っ──誰か助け──」

 

 

【ルージュラの あくまのキッス!!】

 

【効果は抜群だ!】

 

【イデア博士は 倒れた!】

 

 

 

「それではイデア博士、シメのポケモン川柳をお願いしますね♪」

「る、るるる……」

「る? 何ですか? もっと大きな声じゃないと聞こえませんよ、博士?」

 

 

 ──本日の川柳

 

「るるるるる

 

 るるるるるるる

 

 るるるるる」

 

         イデア博士

 

「皆もポケモン、ゲットだぞ~(収録音声)」

 

 最後、イデア博士の口からは泡が吹きこぼれていた。

 この頭のおかしい番組が終わった辺りで、メグルはリモコンを思いっきりテレビに向かって投げそうになるのだった。

 

 

 

「──やめちまえポケモン川柳ッ!!」

「ケッ」

 

 

 

 イーブイも唾棄するレベルの、酷いコーナーであった。

 

「色々おかしいだろ!! 放送事故じゃねーか!! しかも最早川柳ですらねーよオーキド博士に謝って来い!!」

「ぷっきゅるるる」

「あとイーブイちゃん? 何で出て来てんの勝手に? いつ出てきたの? モンスターボールから」

「キュルルップイ」

 

 珍しく凶暴毛玉もご満悦の表情であった。 

 

「もしかして博士が酷い目に遇ってるところを見に来たのか」

「きゅるるるる♪」

 

(ステータス無補正とかが可愛く見えるくらい終わってんなコイツの性格)

 

 まさに人の不幸は蜜の味。

 ちなみに来週のイデア博士のポケモン川柳はお休みらしい。めでたーし、めでたし。

 

 

 

(悪夢みたいな光景だったし、さっさと寝て忘れよう……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メグルが次に目指すはイッコンタウン。

 だが、天然の要害であるイッコンタウンに侵入するには、厳しい山越えをしなければならない。

 7番山道は崖路が多い岩山。ポケモンライドを駆使しなければ怪我をすると言われている程。

 山登りに備えて、メグルとアルカは沿岸都市・キビシティのショッピングセンターでキャンプグッズを新調していたのだった。

 しかし、メグルは昨晩のイデア博士事件の所為で、すっかりグロッキーになっており開幕アルカから心配されることになったのだった。

 

「おにーさん、目の下に隈が出来てるけど大丈夫なんですか?」

「いやちょっと昨晩色々あってな」

「色々? 一体何があるっていうんですか、ボクなんてその時間爆睡してましたよ」

「あーうん、お前は気楽でいいな……」

 

(むしろ()()が有り余っているとは言えない……)

 

 持て余しがちなのは、この年代の男ならよくあることなので仕方がない。

 

「やれやれ、そんなおにーさんに朗報! このキビシティにも美味しいものが多数あってですね。その一つが寿司なんですよ!」

「何故に寿司?」

「元気を出すためです! これから山越え! しばらく海の幸は食べられませんから!」

「寿司ならセイランシティに滞在してる時にも食ったぞ」

「ふっふっふ、確かに寿司自体はセイランが有名ですが……ご当地グルメならキビも負けてはいませんよ」

 

 そう言ってアルカはスマホロトムのページをメグルに見せつける。

 

「──じゃーん! キビのバラ寿司!」

「真っ黄色じゃん」

 

 それはちらし寿司と呼ぶのもおこがましい質素な弁当であった。

 全部真っ黄色。四角の弁当箱の中に錦糸卵が敷き詰められているというものだ。

 こんなもので精が付くのか、とメグルは恨めしそうな目をアルカに向ける。

 しかし彼女はチッチッと指を振るとスマホの画像をスライドした。

 

「ところがどっこい。この寿司の箱をひっくり返すと──」

「おお!? 豪華なちらし寿司だ!?」

 

 次のページに出てきたのは、魚や貝、蓮根やベビーコーン、魚卵が敷き詰められた宝箱。

 さっきの全部錦糸卵と同じ弁当とは思えない華やかさである。

 

「かつて、キビの地では領主が厳しく、領民に贅沢を禁じたと言います」

「それで豪華な具材を隠すために、こんな仕組みになってんのな」

「またの名をかくし寿司! いやー、寿司って奥が深いですよね……歴史を感じさせる食べ物です!」

「そうなのか……?」

「どうですか? 食べてみたくなったでしょ? 食べてみたいですよねぇ?」

「お前が食いたいだけじゃ──まあ良いや、俺も興味湧いたし」

「流石おにーさん! 早速買いにいきましょーっ!」

 

 アルカは美味しいものにも目が無い。

 本人も収入に余裕がある時は、ついつい食事に金を使ってしまうのだという。

 その所為で手持ちの金が切迫してしまうこともあるらしい。

 ……猶更彼女を放っておいたらどっかで野垂れ死ぬであろうことがメグルにも想像出来た。

 

(コイツに死なれたらテング団相手にノーヒントで挑まなきゃいけなくなるし、俺がストッパーにならねーと……)

 

 更に、一度メグルにフィッシュバーガーを貰ってからというものの魚介の味にハマってしまったらしく、海鮮系の特産品に目が無くなってしまったという。

 スマホロトムの情報に従って、問題の弁当屋に足を運ぶ。古き良き瓦屋根の歴史を感じさせる店であった──しかし。

 

「ええ!? 寿司が作れてない!? 海鮮の市場直入がこの店の良いところでしょ!? そんな事あります!?」

「……実は、こっちに魚を輸送していたトラックが海辺を走っていた時、突然巨大なドラゴンみたいなポケモンに襲われたらしくってなぁ……」

「大事件じゃねーか!?」

「トラックの運転手は怪我で済んだらしいがな、トラックは横転。積み荷はそのポケモンに破壊され、中の魚も全部丸呑みされたとか」

 

 店主が申し訳なさそうに持ってきた弁当は錦糸卵オンリーという悲しいものであった。

 そのため、本日は魚介が絡まないメニュー(例えば唐揚げ弁当や味噌カツ弁当)のみの販売なのだという。

 

「今セイランから材料を取り寄せちょるんだが……こんな事が続けば、安定して魚が仕入れられんとかな。他の店もいつ被害に遭うか……」

「そ、そんなぁ……! ボ、ボクのバラ寿司が……バラバラ……」

「良かった良かった、ダジャレを言える余裕はあるんだな」

「ありませんよバラぁ!! じゃなかったバカァ!!」

 

 アルカは大層ショックを受けた様子で崩れ落ちてしまう。

 そんな彼女を見てか──ポンッ! と音を立ててイーブイが飛び出し、彼女に駆け寄った。

 

「イーブイ!? ……慰めてくれるの?」

「……フッ」

「あ”?」

 

 ──アイドルポケモンは、一際邪悪な顔で微笑んでいた。とても慰めているような顔には見えない。

 ぴきっ、とアルカの頬に青筋が浮かんだ。

 

「今コイツ鼻で笑いました!! 笑いましたよ人の不幸を!! 最悪!! 最悪です!! 最の悪!!」

「プッキュルルルルル」

 

 ※イーブイは一度、アルカに食われかけたことがあるので彼女がすっごくキライ。

 

「うるせーうるせー、ケンカすんなこんな所で!」

「折角ボクが美味しい弁当を見つけてあげたのに! やっぱり飼い主に似るんですね、性格の悪さは!」

「なあ店主さん、要はその馬鹿でかいポケモンを捕まえなきゃ、市場の安全は確保出来ねーってことだよな?」

「ああ、だから先程、イッコンタウンの方からキャプテンが直々にやってきてそのポケモンを捕まえると連絡があったんだがなァ」

「だってよ。良かったな、安心じゃねーか」

「……ます」

「ん?」

「ボクもそいつを捕まえます!!」

「ええ……」

 

 前髪で隠れた目からは闘志が灯っていた。

 食べ物の怨みは怖いのである。

 となるとメグルが一緒に行かないわけにはいかない。

 というのも、巨大なドラゴンのようなポケモンと言う時点で嫌な予感しかしない。だが、放っておけば漁港が襲われる可能性も非常に高いという。

 

(それにしても、巨大なドラゴンみたいなポケモンだろ? ギャラドスとかそういう類か? それともマジのドラゴンポケモン?)

 

 最悪のパターンは、テング団の連れてきたヒャッキのすがたのポケモンの可能性だ。

 危険な戦いをメグルは予想する。

 それを後押しするかのように店主が苦々しい顔で言った。

 

「やめといた方が良いよ、お二人さん。このサイゴクには昔から、とんでもない巨大なポケモンの噂があってだなァ」

「と言うと?」

「疑似餌で相手を誘き寄せ、食っちまうんだとか。人はそれを”偽竜(ぎりゅう)の怪”と呼んでいてだなァ」

「ぎりゅう……偽竜?」

 

 メグルの頭に浮かんだのは──全身を獲物の骨で覆ったイカだった。

 

(もしかしてオ〇トガロア的なバケモノか……!? 偽のドラゴンとか強そうな予感……!!)

 

「そいつはハンティングスポットを変えながらサイゴクの各地で犠牲者を増やし続けているとかなんだなァ……ああ恐ろしい!」

「今回の件も、その偽竜の仕業かもしれないってことか。にわかに興味が湧いて来たぜ」

「ええ……何で今の話で怖がるどころかテンション上がってんだ、あんた……?」

 

 ポケモン廃人ならば、強そうなポケモンにワクワクするのは当然のことであった。

 

「ギリューだかギモーだか知りませんが、寿司の仇はボクが取ります! 必ずやそのギモーの首を手土産にしてやりますよ!」

「獲るなギモーの首を!! 冤罪なんだわ!!」

 

 そもそもサイゴク地方にギモー、もといオーロンゲ系統は生息していない。

 

「待っててください店長さん! 寿司と石の響きが似てるよしみで、必ずやこの石商人・アルカがバラ寿司に安寧をもたらしましょう!」

「どんなよしみだよ、食いてえだけだろオメーは」

「大丈夫か、この人達……色んな意味で」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「事件発生個所から一番近い海岸が此処か」

「この辺りには大きな洞穴もあってですね。ギモーが姿を隠すならこれ以上ない場所かと。全く、生かしてはおけないですね!」

「偽竜だっつってんだろ、ギモーが何したんだよ可哀想だろ」

「プッキュルルルル」

「で、おめーは何やってんだお姫様」

 

 イーブイの難しそうな声が聞こえてきたので振り返ってみると、砂浜に開いた小さな穴に前脚を伸ばしている。

 何をやっているんだろう、と近付いてみると、穴の中からはおずおずと真っ白で細長い円柱状の身体のポケモンが這い出て来る。

 

「ぴー」

 

(あっ、こいつがウミディグダってヤツか)

 

【ウミディグダ あなごポケモン タイプ:水】

 

 ディグダとは似て非なるあなごのポケモン・ウミディグダはとても臆病な性格だという。

 イーブイが前脚を伸ばすと、すぐに引っ込んでしまい、しばらくすると出て来るウミディグダを面白がっているようだった。

 スカーレット・バイオレットで初登場したポケモンでメグルはゲームの中ではお目にかかったことがないポケモンだ。

 

「おいその辺にしとけよ、可哀想だろが」

「プッキュルルルル♪」

 

 散々ウミディグダで遊んで飽きたのか、イーブイはそのままメグルの後を付いてくるのだった。

 

「本当に……良い性格してますよねそのイーブイ」

「何でこんなになっちまったんだろうな……」

「プッキュルルル」

 

 ぴょいぴょい、と機嫌良さそうに砂浜を跳ねまわり、岩と岩の間をジャンプして飛び越えるイーブイ。

 こうして無邪気に遊んでいるだけなら可愛いのであるが、内に秘めた凶暴性は人間すらドン引きさせるものであった。

 

「一旦お灸を据えてやるべきだと思いますよ」

「据えられるもんならな」

「そんなんだからナメられるんですよ、自分のポケモンから」

「うるせーうるせー、こいつがちょっと躾けたくらいで矯正されるタマかよ、な? イーブイ──」

「プッキュルルルルルル!?」

「……イーブイ? ……イーブイ!?」

 

 尋常ではないイーブイの声で振り向いた時には大変な事になっていた。

 岩陰から飛び出した3つの赤い円柱状のアナゴがイーブイの身体を雁字搦めにして捕えていた。

 さっきのウミディグダをペンキで真っ赤に塗ったくったようなポケモンだ。

 

「うわあああ!? 食われかけてるッ!?」

「プッキュルルルルル!?」

 

【ウミトリオ あなごポケモン タイプ:水】

 

 さっきのウミディグダとは比べ物にならない程に獰猛さを感じさせる締め技でイーブイを巣穴に引きずり込みにかかるウミトリオ。

 メグルも急いでボールをウミトリオに投げ付ける。飛び出したのはオドシシだった。

 

「テレビで見た事あります! あれってウミディグダの進化形です! 顔はあんなんですが、凶暴です!」

「電撃波だ!! あいつ多分水タイプだろ、そうであれ!!」

「ブルルルルゥ!!」

 

 オドシシの角から強烈な電気が放たれ、イーブイ諸共ウミトリオを感電させる。

 似た姿のダグトリオ同様、耐久力はあまり無いのか、3匹まとめてウミトリオはその場に昏倒してしまった。

 そして、電撃こそ一緒に浴びたものの、イーブイはウミトリオの拘束から解放されて、メグルによってボールに戻されたのだった。

 間一髪。ウミトリオは進化元に比べて非常に気性が荒いらしく、巣に近付いた獲物を締め上げて引きずり込んで捕食するのだという。

 

「──あのー、イーブイさん? もう離れてくれませんかね?」

「ぷい~……」

 

 柄にもなく気弱な声でイーブイはメグルの頭にへばりついている。

 今のウミトリオの襲撃で命の危険を感じたからか、すっかり弱気になってしまっているらしい。

 

「ふふーん、愛されてますねー、おにーさん」

「なー、イーブイ。もう良いだろ? ボールに戻れよ」

「ぷいー……ぷいー……」

「仕方ねーヤツだなあ」

 

 ふるふる、と首を横に振り、涙目のイーブイ。

 いつもの凶暴さはすっかりなりを潜めてしまったようである。

 とはいえ、もふもふがずっと首に触れているので、気分は割と幸せなメグルであった。当のイーブイはそれどころではないが。

 

「全く、お散歩の途中でポケモンに捕食されかけるなんて情けないですねー。凶暴毛玉が聞いて呆れます」

「オメー、ここぞとばかりに煽るな……」

「大体いっつもヤンチャばっかりだからバチが当たったんですよ。これを機に大人しくしておくんですよイーブイ」

「お前、もうその辺にしとけよ……」

「さーて、もうすぐ問題の洞穴ですよ。肝心な時にビビって戦えないとかナシですからね、お姫様」

「プルルルルルル……!」

 

 ギリリ、と歯を食いしばりながらイーブイはアルカを睨み付ける。

 こいつはいつか絶対泣かす、と言わんばかりであった。

 

 

 

(女の戦いって、こえー……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 海辺の洞穴はもう目と鼻の先。

 この辺りは不気味な程静かで、他のポケモンの姿も見当たらない。

 先程まで見かけたウミディグダすら見られず、キャモメといった鳥ポケモンも見えない。

 

なんか静かですねー……さっきまでとはエラい違いですよ」

「ああ。浜辺のポケモンは軒並み向こうに固まってたのかもな」

「まっでもそんなの関係ないですけどね。もうじき、寿司を台無しにした犯人と対面できるんですから」

 

 「待ってろギリュー!」とアルカは上機嫌に拳を振り上げる。

 それにしても、とメグルは周囲を見渡す。

 此処まで不気味なまで静かだと、逆に警戒してしまうのが人情だ。

 

(せめて何かポケモンが居れば安心できるんだが……あ)

 

 メグルはふと視線を波打ち際に移す。

 砂浜に一際異彩を放つ魚のようなポケモンが寝転がっていた。

 オレンジ色の体色が目を引くが、メグルの記憶の中には似たような形状のポケモンが居ない。

 

「何だアイツ」

「魚ポケモン? 打ち上がってるんですかね?」

 

 たったっ、とアルカはそのポケモンに駆け寄る。

 

「可哀想だから、海に戻してあげます」

「スシ……」

「あん? 喋ったかコイツ今」

「スシ……って言いましたね」

 

 メグル達が近付くと──魚のポケモンはいきなり反って、胸の浮袋を膨らませる。

 その姿はさながら握り寿司のようであった。色合いもあって、まるで海老のようだ。

 

「オレスシ……」

「うっふふ、何だろう君……可愛いねえ、食べちゃいたい」

「おい食おうとすんな」

「スシィ!?」

  

 ぎょっ、とした顔で魚のポケモンはぴょんぴょんと跳ねて波打ち際へと戻っていく。

 

「ああ、待ってください! ゲットしたいのに!」

「何で寿司に擬態してんだアイツ……?」

「待て待てー! ボク、丁度可愛い子が欲しかったんですよ──」

「オレスシ!! オレスシ!!」

「おいあんまり海の方に行くんじゃねーぞ」

「大丈夫ですよーう、こんな小さな子、すぐに捕まえてみせます!」

 

 アルカがボールを持って一歩踏み出したその時だった。

 

 

 

 

 

 

「ラッシャーセーッッッ!!」

 

 

 

 

 

 ──砂が大きく盛り上がり、巨大な大口がアルカを飲み込んだ。

 

「喰われたァァァー!?」

 

 頭から丸呑みである。

 口からはみ出している両脚をじたばたと動かしている時点でまだ息はあるのだろうが、一瞬で起こった惨事にメグルは対応出来なかった。

 砂の下から現れたのは、見上げる程に巨大なナマズのようなポケモンだ。

 

「もがーっももがーっ!?(助けて、生臭い──!?)」

 

(やっべぇ!! 助けられなくなる!!)

 

 ずるずる、と獲物をその大口で捕獲した巨大ナマズは、海へと引きずり込むべく後退していく。

 オドシシを繰り出すメグルだが、もう間に合わない。万事休すと思われたその時だった。

 

 

 

「全く見てらんねーッスね!! ”はどうだん”ッス!!」

 

 

 

 突如何処からか青い弾が飛んできて、ナマズの背を思いっきりブチ抜いたのである。




本日のフリージオ、花言葉「希望」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話:三人合わさればモンジャラの知恵

「──げぼぇぇぇっ!!」

 

 

 

 いきなり背中に大ダメージを負ったからか、巨大ナマズはアルカを吐き出す。

 砂浜に放り出された彼女は、色んな粘液でぐっちょぐちょになっており、涙目で起き上がるのだった。

 

「も、もうやだーッ!! 何なの今のはーッ!?」

「大丈夫か!?」

「大丈夫なわけないでしょ!! 死ぬかと思いましたよ!!」

 

 ごぼごぼ、と音を立てながら巨大ナマズは海の中へと沈んでいく。

 一先ず危機は脱せた、とメグルは胸を撫で下ろした。

 

「ったく、目の前で食われるんだから……ヒヤヒヤしたっスよ。オレッちとルカリオが居なきゃ、そのまま海の中だったッスね」

「くわんぬ」

 

【ルカリオ はどうポケモン タイプ:鋼/格闘】

 

 ”はどうだん”を放ったのはルカリオ。青い体色に、黒いラインが特徴的な獣人のポケモンだ。

 イヌハギの使っていたものとは違う、メグルもよく知る原種の姿だった。

 

「助けてくれてありがとうございます……」

「本当に助かった。ありがとう」

「何々、当然の事をしたまでッス!」

 

 それを連れているのはサンドバッグを背負ったラフな格好の少年。

 ニカッ、と爽やかな笑みを浮かべると、彼は親指を自らの顔に向けた。

 

「でもこっからは……イッコンタウンのキャプテンであるオレっちに任せてもらうッスよ!」

 

【イッコンタウン”よあけのおやしろ”キャプテン・ノオト】

 

「キャプテン!? お前、キャプテンなのか!?」

「失礼ッスね。サイゴク最年少にして最強の格闘使いのノオト! 聞いた事ないっスか?」

「悪い、ねえわ」

「そこはウソでもあるって言えよ!! 泣くッスよ!?」

 

 自分よりも遥かに年下であろうキャプテンにメグルは戸惑いを隠せない。背格好はこの間小学校を出た中学生くらいだ。

 とはいえ、連れていたルカリオの力を見るに相応の実力者なのだろう、とメグルは察する。

 

「ねーちゃん。平気ッスか? 痛いところは──臭ッ! 全身から腐った魚の匂いがする……!」

「言うなぁ! ボクだって気にしてるんだよ! あいつをシバいたら絶対風呂入る……」

「いやいや、さっきも見た通り、あの偽竜はとても危険なポケモンなんスから。無理しねー方が良いッス」

「あいつが偽竜? デカいナマズじゃねーか」

「と思うっしょ。それが違うんスよ」

 

 ノオトがスマホロトムを起動すると、さっきのナマズ、そしてオレンジの魚のポケモンの画像が現れる。

 ナマズの名前はヘイラッシャ。そしてオレンジの魚の名前はシャリタツというらしい。

 

「な、なんだこいつら……」

「偽竜の怪、またの名を()()()()。こいつらは一蓮托生の生態で、セットなんスよ」

「共生関係ってこと?」

「そうッス。頭はとても悪いが身体がデカいヘイラッシャに、小さいけど頭が良いシャリタツが命令して効率的に狩りを行うんス」

 

【ヘイラッシャ おおナマズポケモン タイプ:水】

 

【シャリタツ ぎたいポケモン タイプ:水/ドラゴン】

 

 シャリタツは打ち上げられて弱った魚に擬態して獲物を誘い込み、そこをヘイラッシャが丸呑みにしてシャリタツがおこぼれを頂く……というのが基本的な彼らの狩りだ。

 しかし、特に頭の良いシャリタツは、それをフルで悪用して人間の食べ物どころか人間まで頂こうとするらしい。

 

「さっきの砂の中に潜ってたのも、シャリタツの考えた作戦ってことか。どっちかっつーとヘイラッシャの方が親方みてーな顔してんのにな」

「ちな、パルデアって地方にはこいつが湖にわんさかいるんだとか。考えたくもねーッス」

 

(怖すぎるなパルデア地方……)

 

 ”偽竜の怪”とは一際賢いシャリタツと、一際大きなヘイラッシャの組み合わせだという。これでも、パルデアでかつて観測された特大サイズの”偽竜のヌシ”に比べれば可愛いものらしいが。

 

「しっかし、何で寿司みたいな姿をしてるんだ? タマゴ巻き、海老、そして赤身……よく出来てるぜ」

「一説によると、シャリタツの姿を真似て作られた料理が”握り寿司”らしいッス。よく、シャリタツは寿司に擬態してるって言われるんスけど、逆なんスよ」

「今、衝撃の事実が発覚したんだが!?」

 

 諸説あります。

 

「じゃあ、このバカは見事にシャリタツの罠にハマってまんまと食われかけたわけだ」

「もう良いでしょー!! 許せない、バラ寿司を台無しにした挙句、ボクまで食べようとするなんてとんでもない奴らだよ!!」

「これに懲りたら、危ない場所に行くのはやめるッスよ……相手は危険な偽竜の怪ッスから」

「ヤだね! バラ寿司の怨み、許すまじだよ」

「どんだけ食いたかったんスか、バラ寿司……」

「今回はまんまと食われかけたが、コレでも腕に覚えのあるトレーナーなんだ……多分。協力させてやってくれ」

「仕方ないッスねー……オレっちも正直、1人じゃあ手に余るなって思ってたんスよ。ヘイラッシャ狩りならショウブさんが居てくれれば楽だったんスけど」

「ショウブ?」

「先代のシャクドウのキャプテンッスよ。1年前に死んじゃったんスけど」

 

(ってことは、ユイのお父さんか)

 

 メグルを拾ったシャクドウシティのキャプテン代理・ユイの前任者がショウブらしい。

 どうやら腕の立つハンターであり、同時にキャプテンの中でも恐ろしい実力の電気タイプ使いだったという。

 名づけられた異名は狼雷のショウブ。銃は稲妻の名で例えられるためである。

 

「ま、仮に生きてても他所のキャプテンに協力してもらうのは姉貴が良い顔しないだろうけど……」

「姉貴?」

「何でもねーッス。ヘイラッシャとシャリタツを捕まえるんスよね? オレっちは格闘使い。捕まえても使い道無いッスから、捕獲は任せるッス」

「徹底的にあいつらをシバいても良いんだよボクは」

「倒したら小さくなって逃げられるだけッスよ。捕獲以外ありえねーっス」

「何だって良いよ。あいつらに痛い目見せられるならね」

「一人で突っ込んで、また食われても助けねーッスよ。何なら囮にしても良いんスけどね」

「ひっ、それはやめて!! お願い!! あいつらに食べられて死ぬなんてゴメンだよ!!」

 

 泣きそうな顔で彼女はノオトに縋りつく。

 強がってこそいたが、やはり食べられかけたのはトラウマになったらしい。

 

「分かった分かったッスから! 生臭いから近付くなッス!」

「臭い言うな!」

 

(そんなに怖いならやめときゃいいのに……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──洞穴は裏から入ることができ、海水が流れているエリアの上には岩の足場が存在し、上から水場を見下ろすことが出来る。

 海水の通り道が長い時間をかけて大きな空洞になったらしく、この先は川に繋がっているようだ。

 そこでメグル達は獲物を逃した後に狩りをしているであろうヘイラッシャの帰りを待っていた。

 

「ラッシャーセー……」

 

 足場の岩陰に隠れていると、案の定あの巨大ナマズがどん臭そうな顔でどんぶらどんぶらと流れて来る。

 此処を住処にしているのだろう。しかし、シャリタツの姿は見えない。

 

「……あの寿司ドラゴンは何処?」

「シャリタツは普段、ヘイラッシャの口の中に隠れて、食べ残しを食ってるんス。でも、シャリタツが口の中に居る時のヘイラッシャはアホみたいに強いッスよ。無敵ッス」

「小さいのが口の中から命令してるから、か」

「それだけじゃないッス。シャリタツの特性・しれいとうで、ヘイラッシャそのもののパワーも強化されるッス」

「んじゃあ、どうにかして口の中からシャリタツを引きずり出さないと話にならないのか」

「逆に言えば、シャリタツさえ引きずり出せば、ヘイラッシャは只の強いポケモンッス」

「……強いのは変わりねえんだな」

 

 合計種族値は530。

 そこらの最終進化ポケモンよりも高い数値を持つバケモノ、それがヘイラッシャだ。

 それをメグルが知る由も無いのであるが。

 

「先ず、俺がイーブイで攪乱しよう。小さすぎて、あの巨体じゃあ捕らえられないだろうしな」

「上手くいけば、ルカリオの”はどうだん”でアッサリ沈むはずッス。あいつ、脂肪は分厚くて打撃はまともに通らないけど、特殊攻撃はスカスカッス」

「じゃあ、ボクがヘラクロスでシャリタツを口の中から引きずり出すよ。ヘラクロスの膂力なら飲み込まれはしないでしょ」

「ヘラクロス程の馬鹿力なら、ヘイラッシャの顎の力にも負けないし、下手すりゃ舌を引っこ抜けるッスからね」

「おっそろしいな……」

「確かに相手は最強の肉体に最強の知恵。でもこっちは、三人集まればモンジャラの知恵だよ!」

「それをいうなら文殊の知恵、だろ」

「いや、モンジャラの知恵で合ってるッスよ」

 

(この世界ではそれが正解なのか……)

 

「よし、それじゃあ仕掛けるッスよ!」

「オーケー!」

「スシー」

「……ん?」

 

 全員は、声のした方を見やる。

 足場に乗っかっていたのはメグル達だけではなかった。

 

「──シャリシャリ」

 

 さっ、と3人の顔から血の気が引く。

 既に彼らの侵入は気付かれていたのだ。

 シャリタツの口から、高圧力の水の塊が放たれる。

 

 

 

【シャリタツの みずのはどう!!】

 

 

 

「この寿司野郎ォォォーッ!?」

 

 足場は脆くも粉々に破壊され、3人は洞窟の浅瀬に叩き落とされる。

 そして、そこにべちゃりと降りるのはシャリタツ。

 尻餅をついているメグルに向かって、擬竜は挑発するようにヒレを首元に持っていった。

 

「オヌシ、シス」

「あ”? 何だオメー」

 

 

 

 

 

「オシメェ~~~~~!!」

「腹立つゥ~~~~~!!」

 

 

 

 

 そして特大の煽り顔をかましてみせるのだった。

 メグルの額に青筋が2本くらい浮かんだ。完全に人間をバカにしている顔である。

 どうしてサイゴクの野生ポケモンはどいつもこいつも性の根が終わっているヤツばかりなのだろうか、とメグルは考えたが誰にもその答えは分からない。

 

「まさか、全部バレてるなんて……!」

「シャリタツの知能は、ドラゴンタイプトップクラス……ちとオレっちも侮ってたッスね。こいつはその中でも更に賢いッスよ」

「こんなナリで、カイリューやガブやドラパよりも賢いのかコイツ!? 嫌だ!! 俺は信じねーぞ!! 寿司よりあいつらの方がバカだったなんて!!」

「ラッシャァ……?」

 

 何が起こったのかイマイチ要領を得ていない様子のヘイラッシャだったが、親分であるシャリタツが現れたのを見てがぱぁと口を開ける。

 そして、その舌の上にシャリタツは飛び乗った。

 

「が、合体しちまった……!!」

「ラッシャーセー!!」

 

 洞窟はヘイラッシャが暴れるだけの広さがあるが、それでも閉所に違いは無い。

 そこでこの10メートルを超える巨体を相手取らねばならないのである。

 偽竜は一度咆哮すると、その長い尾を振り回し、叩きつけて来る。それを躱し、3人は作戦の手筈通りシャリタツをヘイラッシャから引き剥がすためのポケモンを繰り出した。

 真っ先に飛び出したのは、メグルのイーブイだ。

 

「上がった能力は、少しでも下げる! イーブイ、つぶらなひとみ!」

「ぷっきゅるるるる!」

 

 つぶらな瞳を見つめてしまったことで、ヘイラッシャの勢いが一瞬弱まった。それをアルカが見逃しはしない。

 ヘラクロスが巨大な顎に手を掛けると──

 

「おらおらー!! さっきの怨み!! んでもって──寿司の怨みだーッ!!」

「ラッシャァ!?」

 

 ──思いっきり、こじ開けたのだった。

 がぱぁっと開いた大顎からシャリタツの姿が見える。無論、擬竜が無抵抗でやられるはずはなかった。

 その小さな口から水の塊が放たれ、ヘラクロスを至近距離で吹き飛ばす。

 

【シャリタツの みずのはどう!!】

 

 だが、これしきで倒れる森のチャンピオンではない。仰け反ったものの、即座にシャリタツが居る口内目掛けて”ミサイルばり”を放つ。

 

「よっし!! 直撃だよっ!!」

 

 再び口を閉じたヘイラッシャ。

 その巨大な身体でヘラクロスを押し潰さんとばかりに飛び掛かる。

 流石のヘラクロスも”しれいとう”でステータス強化された状態で放たれた”のしかかり”を受け止めることは出来ない。

 勢いに飲まれ、押し潰されそうになる。だが、それが仇となった。その瞬間、ヘイラッシャの弱点とも言えるどてっぱらががら空きになったのだ。

 

「ッ……ルカリオ、はどうだん!!」

 

 ルカリオが右手に波動を溜め込み、ヘイラッシャに向かってゼロ距離で押し当てた。

 爆音と共にヘイラッシャの巨体が揺らぎ、横向きに倒れ込み、シャリタツを吐き出してしまう。

 すぐさま宿主の所へ戻ろうとするシャリタツだったが、

 

「プッキュルルル」

「ッ……オヌシ!?」

 

 当然、それを阻むのは凶悪毛玉だ。

 シャリタツに組みかかったまま、ヘイラッシャの口の中へ2匹共飛び込んでしまったのだ。

 

「ああ!! イーブイが食われちまったッス!?」

「不意を突かれたならさておき、ケンカモードのあいつがそう簡単に飲み込まれるわけねえよ。シャリタツに組みかかってる限り、ヘイラッシャはイーブイを飲み込めない。一緒に共生相手を飲み込むことになっちまうからな」

 

 メグルが言った後、ヘイラッシャの口の中で爆音が何度も何度も響き渡る。

 

【イーブイの スピードスター!!】

 

【シャリタツの みずのはどう!!】

 

【イーブイの スピードスター!!】

 

【シャリタツの みずのはどう!!】

 

 ヘイラッシャの口腔内では仁義なき戦いが繰り広げられていた。

 当然、流れ弾は全部ヘイラッシャの体内にぶつけられるわけで、地獄の苦しみも良いところである。

 のたうち回っている大ナマズだったが、とうとう堪らず2匹を吐き出した。

 

「おッげぇっ!!」

「ほら見ろ出てきた」

 

 勝者はイーブイだった。

 凶悪毛玉の口には、白目を剥いたシャリタツが見事に咥えられていた。

 

「ぷっきゅるるるる!」

「お、それが戦利品か、偉いぞイーブイ」

「す、すげぇ……ッス!! カンドーッス……!!」

「このイーブイヤバすぎなんだけどぉ……」

 

 純粋に感動しているノオト。感嘆通り越し、ドン引きしているアルカ。当然だが後者の反応が正しい。

 だがまだ勝ったわけではない。

 倒れた親分を見たヘイラッシャは、イーブイ目掛けてのしかかろうとするが──

 

「っと、シャリタツが居なくなったなら、もう怖くねーッスよ!! ごきげんなお仕置きの時間ッス!! ルカリオ、頼むッスよ!!」

 

 ──その大きな腹に”はどうだん”のチャージを再び終えていたルカリオが突貫する。

 やはりシャリタツが居ないと、何処までも鈍重で直線的な攻撃しか出来ないのだった。

 爆発音が響き渡り、10メートル以上の巨体が浅瀬の洞窟に転がり、打ち上げられた鯨のように沈黙する。

 そこにメグルがボールを投げ付けると、あっさりとヘイラッシャは吸い込まれていき、何度か揺れるとそのまま大人しくなったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「つー訳で、シャリタツとヘイラッシャ、両方共捕獲に成功したわけだけど」

「オレっちは良いッスよ。専門外のタイプッスから」

「アルカ、どっちか要る? 俺が2匹貰うのは流石に申し訳ねーしさ」

「……シャリタツでお願いします。ボク、もうヘイラッシャのデカい口見るのゴメンなんで」

 

 全て終わったからか、げんなりした様子でアルカは言った。

 風呂に入った後で、すっかり生臭さは消えたが、未だに自分の身体の匂いを嗅いでいる辺り、鼻腔から消えないようだった。

 

「それじゃあ、俺がヘイラッシャだな。まあでもこいつら合体したら強いし、俺達が片方ずつ持っておけば悪くないと思うぜ」

「ボクは二度とコイツの顔を見るのはゴメンですよ!」

 

(多分イーブイも同じことをアルカに思ってんだろうなあ……)

 

「……それにしても、スゴかったッス! ヘラクロスのド根性に、ヘイラッシャの口の中で暴れるイーブイ! お二人は、オレっちが思ってた以上に凄腕のトレーナーだったッスね」

「まーね! ボク強いから! えっへん!」

「オメーは真っ先に食われてただろーが……」

「その後は頑張ったもん!!」

「特にあのイーブイ! どうやったら、あんな風に育つんスか!? 将来有望ッスよ!」

 

(俺が知りてえわ)

 

 きっと、世界のどんなブリーダーであっても、メグルのイーブイと同じような戦い方が出来る個体は育たないだろう、と彼は確信していた。

 こいつはきっとノーマルタイプなどではない。強いて言うなら悪/格闘タイプがお似合いである。

 

「お二方程の実力があれば……頼めるッスね」

「ん? 何だ?」

「オレっち、実は腕の立つトレーナーを探してたんス」

 

 そう言ってノオトは頭を下げ、そして土下座するのだった。

 

 

 

「──この通りッス!! イッコンタウンの為、そしてオレっちの大切な人達の為……お二人には力を貸してほしいッス!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話:ふたりはキャプテン

(詳しい事は着いてから話すッス! 実際に見てもらいながらの方が手っ取り早いッスから!)

 

 

 

 ──山を登り、早3時間。

 漸くイッコンタウンが遠巻きに見えてきた。

 メグルはオドシシに乗り、アルカはその後ろをモトトカゲに乗って付いてきていた。このモトトカゲというポケモンは専用のギアさえあれば教習無しでも乗れる、古くから人に乗られてきたライドポケモンである。

 そのため、教習所では最初に教習生が練習で乗るポケモンでもある。

 

「俺はおやしろの試練だから取らされたけど、取らなくても山道はモトトカゲで超えられるんだな。原付みてーなもんか」

「でもボクもいい加減、免許取ろうかと思ってるんですよ。ライドギアあると、手持ちの他のポケモンにも乗れるんですから」

「あー成程、海乗るときとか今度から俺ヘイラッシャに乗れるしな。んで──」

 

 ふと隣を見ると、ノオトは全身がじゃらじゃらと鳴る鱗に覆われたドラゴンのポケモンにライドギアを装着して走っている。

 

「そっちは随分と豪華なライドポケモンだな……」

「山道超えるなら、ジャラランガ! 急な落石が来ても、邪魔な障害物があっても、パンチでブチ壊してくれるッスからね!」

 

【ジャラランガ うろこポケモン タイプ:ドラゴン/格闘】

 

(H75 A110 B125 C100 D105 S85……600族だけど、世代と環境に振り回された、ある意味一番大変なポケモンだな……)

 

 ──600族という言葉がある。

 それは、合計種族値が600ぴったりの、一般ポケモン最強クラスのポケモン達だ。

 カイリュー、バンギラス、メタグロス、ボーマンダ、ガブリアス、サザンドラ、ヌメルゴン、ドラパルト……と言ったように、各作品に大抵1匹は存在する。

 いずれも大器晩成のドラゴン達で、最終進化まで育て上げるのは大変だが、それに見合った強さを持ち、対戦環境に進出することもしばしば。

 だが、当然その中にもある程度強さにはピンキリがある。

 このジャラランガは、尖った能力が少なく、タイプも当時最強だったフェアリーに極めて弱い事から、初登場のサン・ムーンでは600族最弱の烙印を押されていた。

 ……かと思えば、マイナーチェンジのウルトラサン・ウルトラムーンでは専用Zワザを手に入れて、一転して強ポケになったので、分からないものである。

 ……と思っていたら次回作の剣盾ではやはり環境に恵まれず、使用率が伸びなかった。何もかもダイジェットが悪い。

 そしてスカーレット・バイオレットでは──リストラ。テラスタルと相性は良さそうなのに、ジャラランガの明日は何処だ。

 

(とはいえ今までの経験から、俺達廃人がよえーってバカにしてたポケモン程、現実では強かったりするからな……侮らんとこ。これはゲームじゃねえんだから)

 

「勿論、戦闘面でも敵無しッスよ! 修行を極めた強者、弱いワケが無いッス!

 

(この世で一番不安になる煽り文句だ……)

 

 とはいえ、流石に身体を鍛えているだけあって道中のジャラランガの動きは危なげが無い。

 落石が起こりやすいらしい岩山だが、その拳を振るえば簡単に砕くことが出来てしまえるだろう。

 現に、野生のゴローンが道中何匹が転がって来たが、ジャラランガがぶん投げて解決してしまった。流石格闘タイプである。

 このままなら、楽にイッコンタウンまで辿り着くだろう、と考えていたその時だった。

 

「この辺から気を付けるッス!」

「何かあるのか?」

「この辺は──野生のアブソルの縄張りなんスよ。イッコン出身の人には襲って来ないッスけど、他所から来た人間には警戒してるッスよ」

「アブソルって、あのアブソルだろ? 耐久低いし、格闘技で効果バツグンじゃねえか」

 

 アブソルとは、災いを知らせに人里にやってくるという白い獣のポケモンだ。

 それによって人間に災いをもたらすと誤解され、迫害された悲しい過去を持つという。

 だが、それはそれとして、アブソルは格闘タイプが得意な悪タイプ。仮に出てきても、ノオトならばわざわざ気を付ける必要はないのではないか、と考えていた。

 

「いや、戦いたくないんスよ。アブソルはオレっち達、イッコンの人にとってありがたいポケモンッス」

「そうなのか。あいつら、実態はさておいて災いポケモンって言われて忌避されてる可哀想なイメージがあったんだけどさ」

「この地方でアブソルに災いポケモンとか言ったら総スカンッスよ」

「分かってるよ」

「後、サイゴクのアブソルには格闘技が通用しないッスから」

「え?」

 

 ──どうやら、そのアブソルはメグルの知るアブソルではないようだった。

 と言っているうちに、岩山に佇む黒い影が幾つもメグル達の眼前に現れる。

 

「なっ、何だァこいつら!?」

 

 それは、メグルの知るアブソルとはすがたの違うポケモンであった。

 立ち振る舞いはそのままだが、体色は黒く、そして尻尾は日本刀のようにしなやかに伸びている。

 見慣れないメグルとアルカが居るからか、彼らは威嚇がてら周囲に剣のようなものを浮かび上がらせている。

 そしていずれもサイズが小さい。メグルが知っているものよりも、一回り小柄で幼い印象を受けた。

 

【アブソル(サイゴクのすがた) ざんれつポケモン タイプ:格闘/ゴースト】

 

【集団で狩りを行い、刀のように鋭利な尻尾で相手を引き裂く。未来を見通す目を持ち、主人に吉報を告げるとされている。】

 

「アブソルは大昔から刀剣の化身と呼ばれるポケモン……それを隣のホウエン地方じゃ疫病神呼ばわり、バチ当たりも良いところッス」

「刀剣の化身!? 随分な異名だな」

「そう、この辺りじゃあ野生のアブソルは神様同然ッス。んで、アブソル達も、この道が人の通る道だなんて微塵も思ってねーッス」

「我が物顔って事だね……」

「だから、この道を通らせてもらうつもりで通るんスよ! 山を無事に渡らせてもらっているという有難い気持ちを忘れずに!」

「わ、分かった──って、うわぁ!?」

「ブルルルゥ!?」

 

 メグルはオドシシのライドギアを引っ張る。

 進行方向に向かって、何かが飛び出してきたのだ。

 

「あ、あぶねー、轢くところだった……! なんだいきなり!?」

 

 恐る恐る、メグルは地面に転がってきた何かを見ると、それは──小さなアブソルだった。

 サイゴクのアブソルは、原種に比べても小柄だ。

 だが、この個体は更に一回り小さく、顔立ちも幼い。

 

「ふーるるる!」

 

 小さなアブソルはこちらを見ると──ふにゃりとした顔でメグルの方に笑いかける。

 まだ子供で、しかもマイペースな性格なのか、他所者であるはずのメグルに対して敵意を見せることない。

 

(かわいい……けど、何でいきなり出てきたんだ?)

 

「メグルさん、前!! 前!!」

「前?」

 

 甲高い鳴き声が聞こえてきた。更にアブソルが2匹、メグルの前に現れ、警戒した様子で影の剣を周囲に顕現させた。

 

「あっ、やっべ……親か、この子の……!」

 

 もう片方は、子供の首の皮を咥えて持ち上げる。

 はしゃいで飛び出した子供を捕まえにやってきたのだろう。

 

「ど、どうすれば──」

「……ふーるる?」

「フルル……ッ!!」

「フルルルル……!!」

 

 にじり寄ってくる2匹は、肉食獣の顔であった。あどけない顔で首を傾げる子供とはえらい違いである。敵意剥き出しで番はじりじりとメグルに近付いてくる──

 

「すみません!! 御子様に大変無礼を働きました!!」

 

 見兼ねたノオトがジャラランガから降りてアブソル2匹の前に割って入り、頭を下げた。

 

「この二人は私が認めた者達で、貴方達に害を成しません! どうか、通していただけないでしょうか!?」

 

 まさに懇願。力いっぱいの請願である。

 メグルもオドシシから降りると、急いで同じように頭を下げ「すいませんでした!!」と謝罪。

 しばらく張り詰めた空気が漂っていたが、許してくれたのか子供を連れて番の2匹はその場からさっと消え去った。

 それを見届けて、ノオトは溜息を吐く。

 

「ちょっと、危なかったッスよ今の! うっかり轢いたりしたら、全員から攻撃されてたッス!!」

「悪い悪い! まさかいきなり飛び出してくるだなんて思わねえだろ!?」

「でも、可愛かったですよねー、まだ子供なのかな?」

「確かに可愛かったけど、捕まえようモンならあいつら全員敵に回すことになりそうだ」

「今みたいなことが起こりかねないッスから! くれぐれも気を付けるように!」

「すいませんでした……」

 

 その後は特に滞りなく山越えは続いた。

 イッコンタウンに辿り着く頃には、日もとっぷりと暮れかけていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──イッコンタウンは、おやしろを中心とした木造建築の立ち並ぶ里だ。 

 周囲は大きな城壁に囲まれており、野生ポケモンに攻撃されてきた歴史を物語る。

 だがそれ以上に、散々山の中でも見かけたアブソルが我が物顔で町の中でも散見された。

 

「本当にアブソルが沢山だ……町の中に溶け込んでるぜ。トレーナーのポケモンか?」

「イッコンの人々は、昔からアブソルと共に暮らしてきたんス。アブソルが剣ならオレたちは鞘ッスから」

「成程なあ、まさに一蓮托生って訳か」

「野生のアブソルも普通に入り込んでくるッスよ。アブソルは元々人間に友好的なポケモン、山に異変が起こると危険を知らせてくれるんス」

「特別な存在なんだねえ」

 

 曰く、野生ポケモンの襲撃と戦ってきたイッコンタウンでは昔からアブソルを従えて戦ってきたという。

 元々古くから人々と共存してきたポケモンであり、山からポケモンの群れが降りてくればそれを知らせ、人と共に脅威と闘ったのだとか。

 

「さーて此処のポケセン、食堂あるし……皆腹減ったろ。ノオトの頼み事、とやらも聞きたいしな」

「そうッスね。ありがてぇッス」

「立ち話もなんだしねー」

「──ふーるるる♪」

「ん?」

 

 全員の視線はメグルの足元に向いた。

 小さなアブソルが愛おしそうに頭を擦り付けていた。

 懐いてくれているのは分からないが、見るからに先程のアブソルに違いなかった。

 

「……おい。こいつってさっきの」

「ふーるるるる♪ ふるる♪」

「すっごい懐いてますね……ついてきたんですか!?」

「これってどういう事なんだ」

「……一目惚れッスね」

「どういう事!?」

 

 少女マンガのような答えにメグルは再度問いかける。

 ノオトは「これは昔から言われてる事なんスけど」と前置きした上で続けた。

 

「アブソルは剣、人間は鞘。野生の個体は自分が付いていくべき運命のトレーナーを未来の見える目で見極めているらしいッスよ」

「こんな小さな子もか!?」

「絶対違うと思うんだけど……」

「ふーるるる♪」

「うん、実はオレっちも違うと思ってたッス」

「おいどういう事なんだよ」

 

 すりすり、と脚に頭を擦り付けているアブソルを見て、ノオトは確信したように言った。

 

「マジな事を言うと、今日初めて人間を見たんじゃないッスかね? まだ小さいし……だから、初めて目にしたメグルさんに興味津々なだけ」

 

 だとすれば運命じゃなくて事故である。何故ならあの時、アブソルははしゃいで飛び出してきたようにしか見えなかったし、親も急いで子供を回収しにきたのだから。

 

「まーでも、ゴースト・格闘とかなかなか強いタイプじゃねーか、お前俺ん所に来るか?」

「ふるるる!」

「……いーや、少なくとも今はやめておいた方が良いッスよ」

 

 眼光。

 メグルの背に冷や汗が伝う。

 後ろからこちらを見張る成獣のアブソル2匹が見える。

 さっきいきり立っていた番に違いなかった。さながら、娘の初めてのお使いを隠れて見に来た親である。

 

()()()も付いて来たのかよ!!)

 

「やっぱもう少し考えてからでいいんじゃねーかな! うん!」

「ねえ、何であいつらも同伴なの?」

「……子供が付いていった相手が悪い虫じゃないか確かめてるんじゃねえッスかね……あるいは最初から渡すつもりはないとか」

「何なんだよマジで……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふーるるる♪」

「結局食堂まで付いてきてしまいましたね、この子……」

「窓から親は見てるッスけどね……ずうっと」

 

 非常にシュールであったが、店の窓からこちらを覗く成獣のアブソル2匹。

 完全に娘を見守る過保護な両親であった。

 

「まあいいや、放っておこう。ノオト、そろそろ頼みって奴を聞かせてほしいんだけどな」

「ふるるる……」

 

 アブソルがメグルの膝元で切なそうな鳴き声を上げている。

 数秒後、メグルはアブソルを膝に乗せていた。当のアブソルはご満悦でニッコリ笑顔。

 

「……よし、話を続けようか」

「ふるるるるる♪」

「結局折れてるし……ボクは知らないよ。明日八つ裂きになっても」

「うるせーうるせー、後で丁重にご両親にお返しするわ。ノオト、本題に入ってくれ」

「相分かったッス」

 

 こほん、と気を取り直した様子で彼は言った。

 

「ズバリ、テング団の討伐に力を貸してほしいんス」

「ぶっ」

「テング団!?」

 

 アルカが飲み物を喉をに詰まらせた。

 目下、メグル達の最大のたんこぶ・テング団。

 彼らはかつて奪われた”赤い月”を取り戻し、更におやしろへの復讐のためサイゴクの破壊を目論んでいる危険なテロ組織だ。

 

「今や、テング団はサイゴクを脅かす敵。1か月前のベニシティに加え、つい先日はクワゾメにも変なポケモンが出たみたいで……」

「出たのか!? テング団が」

「ただ、あっちのキャプテンが速やかに鎮圧したらしいッスよ」

 

 クワゾメは、メグルの元居た世界では鳥取県に当たる町だ。

 巨大な砂丘──というより、最早砂漠に囲まれた砂の町らしい。

 そこに、ヒャッキのすがたのオニドリルが大群でおやしろを襲撃したのだという。

 誰が放ったかは一目瞭然。テング団の仕業である。

 

「そして、この件に関しては当然イッコンも他人事じゃないんス」

「何かあったのか?」

「──1か月程前ッス。イッコンタウンの果樹園の一部が……氷漬けになる事件が起きたんス」

「氷漬け?」

「言うまでもなくポケモンの仕業ッス。こんな時期に果樹園が凍るなんて有り得ないッスから。そしてその時、町の人が天狗のような怪人を目撃していて……」

「じゃあ、テング団の仕業ってこと!?」

「その時は誰も気にしてなかったんスけどね。テング団の話が出るようになってから、今思えばアレもテング団の仕業だったんじゃないかって……」

「でも何で果樹園を凍らせるんだ? あいつらの破壊活動にしちゃあ、随分と大人しいな」

 

 この果樹園というのは、リンゴ園の事らしい。

 イッコンや周辺の地域は果物が有名であり、リンゴやモモ(モモンの実ではない)、ブドウの栽培が盛んである。被害にあったのは、イッコンタウン近辺のリンゴ果樹園だったという。

 

「被害は少なかったとはいえ、あの果樹園はイッコンにとって、おやしろの一部。豊穣を司る神聖な場所。怪しいヤツが入って好き勝手したからか、姉貴はマジのギレッス。大合議では他のキャプテンにテング団の追討をするように相当ヤンチャを言ったとか」

「ひえー、怖いんだなお前の姉ちゃん……」

「おやしろを守る意思は誰よりも強いッスから……普段から他のキャプテンに隙を見せることも無いッス。見た目と雰囲気に騙されちゃダメっすよ。キャプテンで一番怖いのは姉貴ッス」

「どんなキャプテンなんだろな……ん、待てよ。キャプテン? キャプテンってお前じゃないのか?」

 

 「良い質問ッス!」とノオトは親指をぐっと上げた。

 1つの町にはキャプテンが1人とヌシポケモン1匹、それが常識のはずだ。

 しかし、このイッコンタウンは例外なのだという。

 

「オレっち達のじいちゃん……先代が亡くなった後、何を思ったかヌシ様はオレっち達双子をキャプテンに選んだんス」

「ヌシ様の意向なんだね」

「理由は分からねーけど、それがヌシ様の意向なら従うしかないッスよね」

「それで──どっちが強いんだ?」

「え?」

「……ポケモンバトルはどっちが強いんだ?」

 

 メグルが気になったのは、やはりそこだった。双子のポケモントレーナーで二人共キャプテン。実力はどちらの方が上なのだろう、と。

 だが、意に反してノオトは黙りこくった。

 しばらくして口を開いたかと思えば、

 

 

 

「わっ、わぁ……それ以上姉貴と比べてみろ、大声で泣くぞ! サイゴク最強の格闘使いが! 大声で! 人目も憚らず!」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 

 

 ──大ダメージを受けていた。

 姉とバトルの強さで比べられるのが地雷中の地雷だったらしい。

 

「悪かった!! 謝るから泣くな!!」

「で、でも、お姉さんが強いってだけで、キャプテンの中では強い方なんでしょう!? ジャラランガとか連れてるし……きっとそうですよね!?」

 

 アルカがフォローになってなさそうなフォローを入れる。

 しかし。

 

「わぁ……ぁ……」

「泣いちゃった!」

 

 どうやら下から数えた方が早かったみたいである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話:アケノヤイバ

 ※※※

 

 

 

「んで、此処が第一リンゴ園……被害に遭った場所ッス」

 

 凍らされたという例の果樹園に、メグル達はノオトの案内で足を運んでいた。

 そして、事件があったという一角に足を運ぶと──そこには信じられない光景が広がっていた。

 林檎の木々が根元から葉の先まで氷に包まれているのである。

 

「マジに凍ってる……カッチカチだ!」

「こんな事が出来るのはポケモンだけッス。だけど、こんなに長い時間凍らせられるなんて、それ自体が能力である可能性が高い」

「……これ、中の木は枯れてるのかな? ずっとこの状態のままなの?」

「いーや、冷凍保存状態ッスよ。とんでもない低温で、一瞬で凍らされたみてーッス」

「確かにこりゃあ、天狗の仕業だな」

「ふるる……」

 

 今までメグルの足元に居たアブソルだったが、急に怯えたような鳴き声を発する。

 それを見て、何処か納得したかのようにノオトが言った。

 

「何か悪いものを感じるんスね。この氷から」

「ふるるっ」

「あっ、待てアブソル!」

 

 余程背筋の凍るようなものを感じ取ったのか、アブソルは逃げるように、その場から立ち去ってしまう。

 

「また戻ってくるッスよ、きっと」

「やっぱり氷……つーか、これをやったポケモンって相当ヤバいヤツなんだろうな」

「テング団のポケモンである可能性は高いよね」

「もし此処が襲われたら、オレっち達がおやしろを守らなきゃいけない。でも、絶対はない。万全を尽くさなきゃいけない」

 

 おやしろには、格闘タイプとゴーストタイプを専門として使うトレーナーが数多くいるという。

 しかし、彼らの戦術は同じおやしろで修行をしているからか似たり寄ったりであり、予想外の力を使うヒャッキのすがたのポケモンに対応できるかは分からない。

 そのためノオトは多彩なポケモンと戦術を求めた。どのようなポケモンに襲撃されても良いように、対応出来るように外からトレーナーを呼ぶことにしたのである。

 

「しかも、今は何処の町もテング団対策にリソースを割いてるッス。増援は呼べないッス」

「いやでも、さっきの話を聞く限り、お姉さんは相当強いんじゃねえか?」

「そうなんスけどね……あの人、見てて不安になるんスよ。無茶するし──」

「誰が見ていて不安なのですー?」

 

 鈴を転がすような声が聞こえてきた。

 可愛らしい声色だが、まるで影を踏まれたかのような威圧感が裏にはある。

 3人は恐ろしいものでも見るように、振り返った。

 

「おやおやー、これはこれは、ベニシティぶりのお兄さんと、怪しいお姉さん、なのですよー♪」

「……ヒメノちゃん!?」

 

 メグルは思わずその名を呼んだ。

 以前、ベニシティでキャンプをした時に出会った少女・ヒメノだ。

 相変わらずの巫女装束に、ふんわりとした話し方。忘れるはずもない。

 

「姉貴!? 居るならさっさと声掛けてくれッスよ!!」

「うふふっ、ごめんなさいなのですよー♪ ノオトがお友達を連れてくるなんて珍しいから、見ていたのですよー」

「えっ!? って事は、イッコンのキャプテンって──」

「あららー、そう言えば言ってなかったですー?」

 

 ぱちり、と両の掌を閉じると──改めて彼女は名乗る。

 

 

 

「──改めまして、私はヒメノ。ノオトと同じく、イッコンタウンのキャプテン、なのですよー♪」

 

【イッコンタウン”よあけのおやしろ”キャプテン・ヒメノ】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「成程ー、テング団の討伐に協力してくれるというのですねー?」

「人助けの為だ。放ってはおけねーよな」

「貴重なおやしろや遺跡を、あいつらに破壊されたら石商人として商売あがったりですので!」

「丁度良かったのですよー♪ 私もテング団という唾棄すべき外患にはほとほと困っていて……旅のトレーナーさんの力も借りたかったのですよー♪」

 

 一瞬、周囲の空気が凍り付いた気がした。

 目の前に凍った木々があるのに、それよりも冷え込んだ気がした。

 

(外患なんて言葉使う女の子初めて見た……)

 

(なんか、すっごく怖い……)

 

「そして危険なポケモン・ヘイラッシャを捕まえるとはなかなかのお点前。意気込みのみならず、実力も申し分ないのですよー♪」

「姉貴。オレっちも手伝ったんスよ? オレっちが居なきゃ、そもそも話になってねーッス」

 

 2秒後。

 

「今、私がメグル様にお話しているのですよー♪ 良い子だから分かりますねー?」

すみませんでした、もうしません、ごめんなさい姉貴

「ねえ、ボクこの子怖いんだけど」

「気が合うな、俺も既に怖い」

 

 がたがたと奥歯を鳴らし、震えて鼻水を垂らしながら土下座するノオト。この双子のヒエラルキーというものをしっかり見た気がしたメグル達だった。

 普段は年上相手にも偉そうにしているノオトだが、この同い年の姉にはどうやったって頭が上がらないのだろう。

 

「ときにメグル様。ベニの事件でも、あのパラセクトを相手に活躍されたとかー♪」

「それも知ってんのか!?」

「はいー、ドローンロトムの撮影した映像でメグル様の活躍は確かに拝見しましたのですよ。ハズシ様が到着するまでパラセクトを食い止めた実力、見事だったのですよー♪」

「ハイテクなんだな……」

「とはいえ、天狗共が相手では危険な戦いになるには違いないのです。だから、先におやしろの試練をクリアしてもらうのですよー♪」

「試練? ああ、おやしろめぐりの」

「はいー♪」

 

 くるくる、と回ってみせるとヒメノは機嫌良さそうに言った。

 やはりその目で、メグルの実力を見極めたいのだろう。彼女は楽しみそうに掌を擦り合わせて言った。

 

 

 

「──明日の9時。しっかり朝ごはんを食べてから、我らが”よあけのおやしろ”に来てほしいのですよー♪」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──次の日。

 メグル達は、ノオトの案内を受けて”よあけのおやしろ”の前に立っていた。

 そこは神社というよりも武家屋敷という言葉が相応しい。幾つもの壁に囲まれ、神体のある建物は中央に座している。

 高い物見櫓が四方に配置され、野生ポケモンを監視しているのだという。

 町を守る砦にして拠点。そして武運長久を祈願する神社。それが、このおやしろの存在意義なのだという。

 

「おやしろの戦力はベニのそれを上回るッス。御三家三社が結託したのは、一社一社じゃ旧家二社に対抗出来なかったからッスよ」

「まるで戦争があったみたいな言い方だな」

「ええ。遠い過去に何度か。500年前くらいに融和したみたいで、それ以降はおやしろ同士の目立った争いは起きてねーんスけどね」

 

 今はもう争ってる場合じゃねーッスから、と彼は付け加えた。

 

「試練はおやしろの中で行うのか?」

「珍しいっしょ? まあ、おやしろが大きいからなんスけどねえ」

「ほえー、確かに広いよ。なんか、バトルしてる人たちもいるし」

 

 おやしろの中には白線でバトルコートが敷かれており、そこでポケモンをぶつけ合わせるトレーナーの姿も散見された。彼らはおやしろで修行しているトレーナーらしい。

 

「よあけのおやしろは昔から、武術の達人と霊能力者が集まり、町を守るため日々鍛錬していた場所ッス。ま、霊能力者の数は今となっちゃ姉貴くらいなモンすけど」

「霊感があるんだ。ゴーストタイプの使い手らしいと言えばらしいけどな」

「あるなんてモンじゃねーッスよ。絶対怒らせちゃダメッスよ、祟られるッス。メグルさん只でさえデリカシーとか無いんスから」

「ああ、誰かみたいに情けねえ顔で土下座したくねえから気を付けるわ」

お? 喧嘩ッスか?

「やめなよ……全く仲が良いんだから」

「ふるるー♪」

 

 全員は鳴き声のした方を向く。

 メグルの足に、昨日の子アブソルがすり寄り、頭をメグルの足に擦り付けている。

 

「ふるるるー♪」

「お前、まだ居たのかよ!?」

 

 辺りを見回したが、親の姿は見えなかった。

 だとすれば、何処かで隠れてこちらを監視しているのだろうか。子煩悩の親はオバケよりも恐ろしいかもしれない。

 

「流石に手持ちじゃねえポケモンは試練じゃ使えねえよな。アルカ、預かっててくれ」

「はいはい、分かりました」

「ふるるるー♪」

「ま、どうせその日のうちに捕まえたポケモンで突破出来る試練じゃねーッスから」

 

 話しているうちに、メグル達は一際大きなコートに辿り着く。

 御神体が奉納されている御殿の前で執り行われるらしい。

 そして、御殿の中からヒメノがほんわかとした笑顔を浮かべたまま、歩いてくる。

 

「──はいー、よくいらっしゃったのですよー、メグル様ー♪」

「そりゃあもう、キャプテン様から直々に挑戦してくれって言われたんだ。受けて立つのが礼儀ってモンだよな」

「ふふふっ、嬉しいのですよー。やる気も十分な所で、早速始めましょうー♪」

「おにーさんっ、張り切ってくださーい!」

「おうよ!」

「ふるるー♪」

 

 アルカはアブソルを抱きかかえて、来賓用のパイプ椅子に座る。

 メグルの前にヒメノとノオトが並び立ち、緊張した空気がその場に漂った。

 

「それでは、これより……試練を執り行うのですよ」

「この試練はヌシ様と御神体の御前で執り行う神聖なもの。厳正な態度で挑むように、ッス」

「──それでは、ヌシ様おいでませ、なのですよー♪」

 

 

 

 

 

「……エリィィィス!!」

 

 

 

 甲高い鳴き声がおやしろに響き渡った。

 直後、その中央に黒い影が集まっていき、獣の形へと変わっていく。

 

「な、何だ!? 何が出て来るんだ!?」

「よあけの守り神に、その手で武功を示してみせよ!」

「よあけの守り神に、その手で力を示してみせるのですよー♪」

「祓い給え」

「そして清め給え」

 

 黒い翼をはためかせ、鬼火を纏った長い尾を揺らす。

 虎のような縞模様が薄っすらと浮かび上がっており、有翼の人食い虎・窮奇に近い。

 そのポケモン──メグルが知る、アブソルのメガシンカした姿に酷似していた。

 

「……メ、メガアブソルじゃねえか……!!」

「長生きの結果、なのですよー♪」

「えっ」

「メガシンカはポケモンに眠る遺伝子がメガストーンで発現した姿ッスけど、ヌシ様は()()()()()姿()ッス。あるいは長生きして目覚めたのか……ま、長生きし過ぎて誰にも確かめようがないんスけどね」

「古い記録では”アケノヤイバ”と呼ばれているのですよー♪」

 

 

 

【アブソル(サイゴクのすがた) 識別個体名:アケノヤイバ】

 

 

 

「待て、古い記録って──こいつ何歳だ!?」

「このおやしろが出来た頃から生きているのですよー」

怖すぎてワンワン泣いちゃった

 

 さらっととんでもない事実が明かされ、メグルは仰天してしまう。

 だが、よくよく考えてみるとアブソルはゴーストタイプ。長生きする個体は1000年近く長生きしてもおかしくはない。

 何よりゴーストタイプですらないキュウコンですらも1000年生きるらしいので、ポケモンが常軌を逸した長寿でもおかしくはないのだろう、と思い直す。

 ただし、キュウコンの長生きする根拠は、民明書房並みに信憑性が薄いと評判の図鑑の記述であるが……。

 

(それにしても、メガアブソル、か。この手のネタバレは踏まない派だからヌシの情報は調べずに楽しみにしてたけど、まさかアブソルの特殊個体がヌシだなんてな……!)

 

 ソード・シールドで廃止されたメガシンカを思わせる姿に、耐久の低さを補うゴースト・格闘という強力なタイプ構成。

 そして妖怪を思わせる姿へと近づいたアブソルを前に、メグルも武者震いが止まらない。しかも、相手は1000年近く生きているヌシというのだから驚きだ。

 

「それで、ヌシ様と戦えば良いんだな! テンションが上がってきたぜ~!」

「ナメんなっス。これだからせっかちは……ヌシ様との”一騎打ち稽古”は、あかしを3つ手に入れてからッス。あんたじゃヌシ様に傷一つ付けられねーッスよ」

「辛辣すぎてワンワン泣いちゃった」

「あかしを3つ持たないトレーナー様には、ヌシ様の出したお題をクリアし、力を示してもらうのですよー♪ ヌシ様、いつものお願いですよー♪」

 

 アケノヤイバの目が光り、一吼えすると──メグルの目の前に剣の形をした影が落ちた。

 それは次々にポケモンの姿へと変わっていく。それもメグルにとっても見覚えのある──イーブイ、オドシシ、バサギリだ。

 

「んなっ!? 俺のポケモン!?」

「貴方の手持ちのうち3匹をヌシ様がコピーしたのですよー♪」

「ヌシ様は全てを見通す魔眼と、影を自由自在に操る力を持つッス。ボールの中のポケモンもお見通しッス」

「サイゴクのアブソルの特性は”おみとおし”ですのでー♪」

「お見通し出来る範囲が広すぎやしないか!?」

 

 実質的に相手はアケノヤイバの作り出した分身。

 しかし、影達の振る舞いは本当に生きているかのようだ。

 

「勝負は3対3。そちらは影と同じポケモンを出して貰うのですよー♪」

「へっ、影が本物に勝てる道理が無いって思い知らせてやろうぜ! バサギリ!」

「では……こちらもバサギリ、なのですよー♪」

 

 メグルが繰り出したバサギリに合わせ、影のバサギリが現れる。

 先手を打ったのはメグルのバサギリだ。自分と同じ姿をした影が気に食わないのか、気性の荒さを剥き出しにして地面を蹴る。

 

(バサギリの殺る気は十分……だから俺が上手く舵を取る!)

 

「”がんせきアックス”!!」

 

 そして、メグルもそれに振り回されることなく最善のタイミングでそれを指示した。

 身体を思いっきり車輪のように回転させ、己の影目掛けて石斧を振り下ろした。しかし──

 

「こちらも”がんせきアックス”なのですよー♪」

 

 

 

【効果はバツグンだ!】

 

 

 

 ──全く同じ重み、そして全く同じ速度で石の斧がぶつかり合い、バサギリの身体は跳ね返された。

 更に、今の”がんせきアックス”のぶつかり合いで、フィールドには大量の尖った岩がばら撒かれ、そして消える。

 見えない岩・ステルスロック。不用意に動けばポケモンに突き刺さり、ダメージを与える。

 

(ステロのダメージは無視できない……でもそれは、相手も同じだ! 短期決戦で決める……!)

 

「有効打を出せるヤツはお前しかいない、此処で絶対倒すぞ!」

「グラッシャーッ!!」

 

 咆哮し、両腕の斧を打ち付けるバサギリ。

 進化しても、己を鼓舞する時の癖は変わらない。 

 だが相手も同じような動き、そして同じステータスを持つコピー。

 バサギリが強ければ強い程、影もそれに応じて強くなっている。

 

「ふふっ。人間もポケモンも、己に克つのが一番難しいのですよー♪ ”がんせきアックス”で押せ押せなのですよー♪」

「避けろ、バサギリ!!」

「グラッシャーッ!!」

 

 すぐさま摺り足で斧による一撃を躱すバサギリ。

 しかし、その身体に尖った岩が突き刺さる。

 そうして鈍った一瞬の隙を突き、影の斧がバサギリの胴を捉える。

 

「グラァッ……!?」

「怯むな! お前らしく暴れろ──肉を切らせて骨を断て!!」

 

 痛みに顔を歪ませるバサギリ。

 しかし、そこから一気に踏み込み、影の首目掛けて斧を思いっきり振り下ろした。

 被弾したこの瞬間だからこそ、相手の急所が捉えられるのだ。意識が飛びそうになる中、力の限り斧を押し込む。

 

 

 

「──”がんせきアックス”!!」

 

 

 

 影の首は見事に叩き斬られ、消え失せた。

 だが同時に──バサギリも自らと同じ重みの攻撃とステルスロックのダメージを受けて限界だったのか、その場に倒れ伏せる。

 

「相討ちかよ……! 戻ってくれ、バサギリ」

「ふふっ、この試練の怖さ、分かってきたのですー?」

「さっきも言ったはずッス。影の能力は、元になったポケモンと同じ。動きも同じ。真っ向から戦えばよくて引き分けッス。このまま1:1で共倒れが続けば、試練は不合格ッスよ」

 

 だが、何処かで必ず1度は勝たなければ、この3対3の戦いに勝つことは出来ない。

 完全に互角。格上でなければ格下でもない相手。だからこそ、逆に勝利することは困難を極める。

 

(……どうやって、乗り越える……この試練……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話:よあけのしれん

「次はオドシシ!! お前だ!!」

「じゃあこっちもオドシシ、ッスよ!!」

 

 互いに二番手はオドシシ。

 繰り出されたオドシシは、自分と全く同じ姿をした影を目の当たりにしても尚、冷静に出方を伺っているようだった。

 すぐに突貫するバサギリやイーブイとは大違いである。

 

「確かに実力は同じだ。だけど、運は同じじゃねえよ。素催眠バトルしようぜ!! 素催眠バトル!! 負けたらお前最大3回休みな!!」

「受けて立つッス。オドシシ、催眠術!!」

 

 反響し合う催眠オーラ。

 数秒後には2匹のオドシシが地面に倒れ伏せ、昏倒していた。

 

「同時に寝たーッ!?」

「こんなはずじゃなかったのにッスー!!」

「そりゃそうなるよ……」

「ふるるー♪ ふるるー♪」

「あーアブソルはかわいいねえ、互いに催眠術打ち合ってるバカ達が面白いんだねえ、よちよち」

 

 数分後。

 オドシシ、影、両者共に同時に起き上がる。

 ヒメノが「そろそろ真面目にやりましょうね?」と囁き、ノオトが顔を真っ青にしているのが見えた。

 だが、彼は至って真面目だったのでノオトが責められる謂れは本当は無いはずである。不憫。

 

「くそっ、仕切り直しだ……バリアーラッシュで正面突撃だ!!」

「こっちもバリアーラッシュ、ッスよ!!」

 

 互いに角をぶつけ合うオドシシ。

 展開されたバリアによって衝突のダメージも軽減されるが、互いに有効打も無い。

 

「なら、こっちの運ゲーはどうだ!? ”あやしいひかり”だ、オドシシ!!」

「こっちも”あやしいひかり”ッスよ!!」

 

【オドシシたちは 混乱した!!】

 

「そっちもタマを張るッスよ、メグルさん! ……動けない確率は3分の1ッス」

「真似すんじゃねーよ、こっちの択を!」

「運は実力が絡まないッスからね……拮抗した実力を崩すには丁度良い。あんたにとっても、そしてオレっちにとっても!」

「ソ……ゲ……クソゲー!! クソゲーだよこんなの!! 何やってんのこの人たち!!」

 

 観戦席で見ていたアルカも思わず頭を抱える始末。

 だが、こうでもしなければ完全に互角の相手に勝つことは出来ない、とメグルは判断したのだ。

 運は実力が絡まない、とノオトは言った。しかし、メグルは確信していることがある。

 

(スカーフキッス、いばみがクレッフィ、印パルシェンにムラっけオニゴーリ、素催眠ゲンガー……悪いことは大体やった。何ならキッスはXYからずっと同じ個体を使ってた)

 

 軽犯罪も積み重ねていけば立派な大罪人である。

 

(そんな俺が言えることはただ一つ……運も実力のうちって事だ!!)

 

 どんなに恰好を付けても、ただのクソゲーの申し子なのだった。

 

「”でんげきは”だ!」

 

 混乱こそしているものの、オドシシは目標を見ずとも当たる電撃を放ち続ける。

 だが、影もまた”でんげきは”を放ち、オドシシを感電させるのだった。 

 ダメージレースは互角。先に動けなくなった方が負ける。

 

「”バリアーラッシュ”!!」

 

 両者が同時に叫ぶ。

 障壁が互いに展開された。

 ぐっ、とオドシシが地面を強く踏み込んだ──

 

 

 

「ざーんねん、運はこっちに向いたみたいッスね」

 

 

 

 ──はずだった。

 オドシシは転倒し、起き上がろうとするが再び倒れてしまう。

 そして、影の方は混乱が治ったのか、ノーモーションで角から電撃を放つ。

 混乱でイージーウィン出来る選択肢は、運負けというイージールーズを生む。

 メグルは賭けに敗けた。オドシシは感電すると、そのまま動かなくなるのだった。

 

「しまっ……くそ、戻れオドシシ!」

「これで2対1ッスね。居るんスよ、運で乗り切ろうとするチャレンジャー。でも、そう簡単にはいかねーッス」

「強ち策は間違ってなかったって事か……」

 

 残るメグルの手持ちはイーブイだけだ。

 対して、相手はオドシシ、そしてイーブイの影が残っている。

 よしんばオドシシを倒したとしても、後に控えているのは互角の実力のイーブイである。

 体力が削れた状態でそれを倒さなければならない。

 

「怖気づいたッスか? 逃げるなら今のうちッスよ」

「……此処から勝つ方法」

 

 メグルは頭の中で戦いの流れを考えていく。

 気合を入れ直すため、もう一度ゴーグルを掛け直した。

 

(イーブイは”つぶらなひとみ”を覚えている。だけど同時に、特殊技の”スピードスター”を覚えてるから意味が無い。だから、デバフ無し。小細工無しのぶつかり合いになる)

 

「此処でオドシシを倒せても、相討ちだと負け、か──」

「残りは例のイーブイ。でも、2匹に続けて勝てるッスかね?」

 

 ノオトは()()()挑発してみせる。

 それが、どん底に落ちたチャレンジャーに対する最大限の激励であると知っている。

 

「最初のバサギリで散々分かってるっしょ? 相討ちなら負けッス。今棄権したら、情けなく負けるところを傍目に晒さずに済むッス」

「はっ、冗談は休み休み言えよ。そんな事したら、うちのお姫様にたっぷり怒られるわ! そうだろ!」

「プッキューイ!!」

 

 イーブイはボールから出て来ると共に、その一声でオドシシの影目掛けて飛び出した。  

 その顎に目掛けて渾身の”でんこうせっか”を見舞う。

 更に、影の身体が揺れた瞬間を、凶悪毛玉もメグルも見逃さなかった。 

 その一瞬の隙が、素早い上に小柄で小回りが利くポケモンの前では命取りとなるのだ。

 

(やはり速いッ!! やっぱりこのイーブイが一番のクセモノ……!!)

 

「トドメの”スピードスター”!!」

 

 尻尾から星型の弾幕が放たれ、オドシシの影へと吸い込まれていく。

 絶対必中の遠隔攻撃、耐えられるはずもない。オドシシの影は、それまでの戦いでダメージが蓄積されていたのか倒れ、そのまま消え失せたのだった。

 

「おやおやー? ブチ抜かれないのではなかったのですー?」

「う、うっせー姉貴!! まだこっちにゃ1体残ってんスよ!!」

「はいー、それではイーブイ、行くのですよー♪」

「姉貴ィ!?」

 

 3匹目。 

 飛び出して来たのは、他でもないイーブイの影だった。

 

「ぶつかり合いなのですよー」

「スピードスターを放ち続ければ勝手に沈むッスよ。必ず命中するんスからね!」

 

 尻尾を振り回し、星型弾幕を放つイーブイの影。

 当然、必中技の為全てが命中し、爆音と共に砂煙が巻き起こる。

 だがすぐさま、その中からイーブイが犬歯を剥き出しにして、弾丸のように影へ飛び掛かった。

 

「……怯んでない!? 正気かコイツ!?」

 

 事実、被弾はした。ダメージも受けていた。

 だが自分と全く同じ姿をした相手に敗けるなど、イーブイ自身のプライドが許さない。

 影の首元に噛みつくと、その顎の力だけで空中へ投げ飛ばす。

 技の後隙で動けない影は、それが致命的な隙となった。

  

「”でんこうせっか”だけなら大ダメージは与えられねえけど──」

 

 そのどてっぱらに、渾身の頭突きが炸裂する。

 だが、影も負けてはいない。空中で尻尾を再び振り上げ、星型弾幕を作り出そうとする。

 しかし、そうして動いた尻尾にイーブイは食らいついた。

 

「あらあらー♪ こんなにやんちゃなイーブイちゃんは、見た事が無いのですよー♪」

「しまっ──」

「──落下ダメージも乗せておくぜーッ!! 地面目掛けてトドメの”でんこうせっか”!!」

 

 地面に向かって2匹は勢いよく突っ込む。

 激しく揉み合った末、下になったのは影の方だった。

 自重と勢いも合わせて、首が捩じ切られ、頭部を叩き壊された影は──そのまま霧となって消えたのだった。

 確かにスピードスターは強力な技だ。しかし、速度で繰り返し押せる”でんこうせっか”を中心にした近接戦闘こそがメグルのイーブイの本領。

 威力の高い技には後隙が付き物であり、それを利用して電光石火を繰り返し放って手数で押したのが功を奏したのである。

 相棒を正しく理解していなければ掴み取れない勝利であった。

 

 

 

「プッキュルルルル!!」

 

 

 

 こうして、アケノヤイバによって作り出された影は全て倒された。 

 メグルは見事、3つ目の試練を突破したのである。

 

「前から思ってたけど、やっぱりあのイーブイ、ヤクザ過ぎでしょ色々……あれ生身のポケモン相手にやったら流血沙汰なんですけどぉ……」

 

 尚、アルカの意見は御尤もである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「エリィィィス……!」

 

 

 

 御殿の前に佇むアケノヤイバが吼えると、目の前に剣の形をした結晶が現れる。

 それをメグルは両の手で受け取った。

 試練をクリアした証明となる”よあけのあかし”である。

 メグルのおやしろまいり──残るおやしろは2つ。

 

「結構苦戦したけど、何とかなったな……イーブイのおかげで」

「プッキュルルル!」

 

 メグルの首元にしがみつき、イーブイが甲高く鳴いてみせる。

 

「そのイーブイ、マジで見どころしかねーッスよ。ヌシ様も興味を持ったみたいッス」

「ふふっ、武功に優れたポケモンは幾ら居ても困りませんのでー♪」

「ぷっきゅるる♪」

 

 ぴょいっ、とメグルの首元から飛び降りると──得意げにイーブイはメグルに頭を差し出す。

 「撫でることを許す」と言わんばかりに。メグルもその意図は汲み取った。幾ら凶暴毛玉と言えど、褒めてほしい時は褒めてほしいのだろう。

 しかし。

 

「ふーるるるるるっ!!」

「どわぁ!?」

 

 空いたメグルの後ろ首に、いきなりアブソルが飛びついてしがみつく。

 

「な、なんだよいきなり!?」

「ふるるるー♪」

「ああ、ゴメンなさい! いきなり飛び出しちゃって……」

「あっははは、おいおい舐めるなよ、べとべとになるじゃねえか」

「自分の事みたいに喜ぶじゃん」

「どうやら今のバトルを見て、ますます気に入ったみたいッスね。メグルさんの事を」

「野生のアブソルはトレーナー様を見極めると言いますのでー♪」

 

 メグルにじゃれつくアブソル。

 それを微笑ましく見守る各員。

 だが、一番重要な事を忘れている。メグルの目の前で一気に不機嫌そうに後ろ足をダンダンと打ち付け始めたイーブイだ。

 珍しく機嫌が良かったので主人に頭を撫でさせてやろうと思ったら、横入り。

 

「ね、ねえ、おにーさん! 前! 前!」

「ん? 前? ──あ」

 

 凶暴毛玉は激怒した。必ず、調子に乗っている主人を分からせてやらねばならぬと決意した。

 脚の音で漸くメグルは、自分が今何をすべきだったかを思い出す。

 

 

 

「お姫様、これは違──」

「プッキュルルルィィィ!!」

 

 

 

【イーブイの でんこうせっか!!】

 

【メグルは たおれた!!】

 

 

 

「どうして……こうなるの……」

 

 腹に痛い一撃を喰らったメグルは地面に倒れ伏せる。

 急にメグルが倒れたからか、何が起こったか分からないアブソルは頭に「?」が浮かびっぱなし。

 

「大丈夫ですか、おにーさん!?」

「さっきまで完璧なコンビネーションだったスよねぇ!?」

「ふふっ、乙女のジェラシーなのですよー♪」

「ケッ」

 

 イーブイはそっぽを向いてしまい、転がり落ちた自分のモンスターボールに前脚を置くと自分から入っていってしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あー……生き返る……」

「言ったっしょ? イッコンの温泉は最高ッス。染みるっしょ」

「……ああ、最高だ」

 

 ──その日の晩。

 メグルは、案内された温泉に浸かって疲れを癒していた。イッコンタウンは温泉でも有名なのだという。

 男湯にはメグル、そして隣にはノオトが浸かっている。

 

「にしても最後の最後でしくじったぜ……まだ腹が痛ェよ俺は」

「完全に間が悪かったッスね……」

「あれからボールのスイッチ押しても出てきてくれねーんだよアイツ。ま、明日になったら機嫌治ってるだろうけど」

 

 あれからイーブイはすっかり拗ねてしまった。

 ボタンを押してもボールからも出てこない。いつもはスイッチを押さなくても勝手に出て来る彼女が、である。

 

「やれやれ、モテてる男は辛いッスねー」

「うるせーうるせー、ポケモンにモテても嬉しかねーよ」

「ん? でも、アルカさんは彼女じゃねーんスか?」

「あいつは、ただの旅仲間だよ」

 

 最初は怪しいヤツだと思ってたのは否めない。

 しかし、アルカは好きなモノに真っ直ぐだ。メグルも似たようなところがあるので、少なからず親近感は覚えていた。

 

(ま、でも……それ以上でもそれ以下でもねーんだけどな。変な気起こして嫌われたらダセーし)

 

「えっ、じゃあ女の子と付き合った事とかねーんスか、メグルさん」

「ねぇよ。お前は?」

 

 にたり、としたり顔でノオトは指を二本立てた。

 

「2回ッス」

「このマセガキ! オメー俺よりも大分年下だろが」

「そう、ガキッスよ。付き合えたは良いけど、ガキっぽいからって理由で2回とも向こうからフラれたんス」

「……ご愁傷様。でも子供の恋愛ごっこなんてそんなモンだろ」

「同い年の女子ってみーんな大人っぽい人が好きみてーッスよ。それこそクワゾメのキリさんみたいな感じの」

 

 はぁー、と憂鬱気にノオトは溜息を吐いた。

 顔が良いのと、人当たりは良いのでモテはするのだろう。長続きするかはさておいて。

 それはそれで可哀想だな、と思ってしまったメグルだった。

 

「……オレっちも、もっと頼られる良い男になりたいんスけどね……」

「なれるんじゃねーの? 今日だって、立派にキャプテン務め上げてたぜ」

「……姉貴が居るからッスよ」

 

 ぶくぶくと、彼は湯舟に自らの顔を半分沈めて言った。

 

 

 

「……姉貴が居ないとオレっちは、只の半端者ッスから」

 

 

 ※※※

 

 

 

「お邪魔するのですよー♪」

「……マジ?」

 

 

 

 一方、女湯。

 温泉に浸かっていると、唐突に風呂場に入って来たヒメノを前にして、アルカは目を白黒させる。

 

「ふふっ、ベニシティ以来、おしゃべりが出来なかったのでー。嫌だったですー?」

「え、えーと、ボク、誰かとお風呂入るの初めてで──」

「……それにしても、こうしてみると……べっぴんさんなのですよ」

「ふぇ?」

「とっても色白で、しかも……こんなに大きく」

「ちょっ、何処を見てんのさ!?」

 

 思わずアルカは腕で、お湯に浮いていた自らの膨らみを隠す。

 屈託のない笑みでヒメノは言ってのけた。

 

「それは勿論おっぱいなのですよー♪ 大きいことは、善きことなのですよー♪」

「直球!! あのさ、ボクだって好きでおっきくなった訳じゃないんだよ!? 2年前くらいから急に大きくなって色々大変だったんだから。重いし邪魔なんだよコレ」

 

 普段こそ、ジャケットとインナーで押し潰されて目立たないものの、湯に浮かぶ程度には彼女の膨らみは目立つ。

 

「でも、ヒメノは大きい方が良いのですよ。ヒメノにお母様が居たら、きっとこんな感じなんだろうなーって思うのです」

「……お母さん、居ないの?」

「はいー、二人とも亡くなったのです。でも、ヒメノにはオバケさん達が居るから平気なのですよー♪」

 

 この笑顔の裏に、この少女はどれ程の重圧を抱えて生きてきたのだろうか。

 キャプテンとしての責務、親がいない寂しさ。

 そして、親がいない辛さが──アルカには痛い程分かってしまう。

 

「……ボクも分かるよ」

 

 

 ──お前のような一銭にもならんガキを、態々叔父の好で面倒を見てやっているというのに!! お前にやる飯は無い!!

 

 ──欲しいのは妹の方だ。読み書きだけじゃあない。算術機並みに計算が出来ると聞いた。賢いヤツは是非、テング団に欲しい。

 

 ──逃げよう……逃げるんだ……もし別の世界があるなら……行って、みたいな……。

 

 

 

 アルカは目を伏せた。

 思い出すのは──封じてしまいたいほど忌むべき記憶の数々だった。

 

「アルカ様?」

「……ボクも、親が居なくて大変だったから、すっごく分かるんだ」

「そうなのですー?」

「うん。でも、このサイゴクで出会った人達に良くしてもらってさ。今は元気だよ」

 

 にへら、とアルカは目を細めて笑ってみせる。

 辛い記憶に蓋をするように。二度と帰りたくない故郷に目を瞑るように。

 

「おにーさんもね、その一人なんだ」

「アルカ様とメグル様は、どのような関係なのですー? ずっと一緒なのですかー?」

「ただの旅仲間だよ」

「おやおやー、年頃の男女が寝食を共にして何も起こらないとは思えないのですよ」

「寝は共にしてないよ! 勝手な事言うな!」

 

 白い彼女の頬が真っ赤になっていく。

 思い浮かぶのは、メグルと一緒に見た例の過激な映画だった。

 未だにベッドシーン周りがこびりついて頭から離れない。

 

「ふふふー♪ アルカ様は、からかったら面白いのですよー♪」

「……本当に、何事も無いんだってば」

 

 確かに彼といるのは、心地よい。何故か安心感さえアルカは覚えていた。

 だが、元々の目的を忘れてなどいない。

 

(一緒に居て楽しい人だとは思うよ。意地悪だけど、バカみたいに真っ直ぐだし、からかったら面白いし)

 

 彼と過ごした日々はまだ短い。

 それでもアルカは彼に対して居心地の良さを感じている。一方、当のメグルがどう考えているのかは──分からないのであるが。

 

(ボク達はテング団を倒す為に……手を組んでるに過ぎないんだ。おにーさんだって、そう思ってるよ)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話:凍てつく侵攻者

 ※※※

 

 

 

「かんぱーい!!」

 

 

 

 ──その日の晩。宿場の一室で、メグルとアルカは飲み物の入ったグラスを鳴らし合う。

 彼らの目の前には、ソースが掛けられたカツ丼が置かれていた。テイクアウトのドミカツ丼弁当である。

 

「で、これからどうする? ノオトのヤツの頼みを受けた以上、テング団がやってくるまでこの町に居なきゃいけねーみたいだし」

「ボクも居ますよ。あいつらは放っておいてもやってくると思いますから。その時に、あの氷について聞き出せば良いんです。とっちめてやりましょう、あの野蛮人共!」

「お前は知らねえのか? あの果樹園を凍らせたポケモンについて」

「ヒャッキ地方も広いんですよ。ボクも全てのポケモンを把握できてるわけじゃありません。パラセクトはあまりにも有名だから知ってただけです」

「そうか……」

「少なくとも、イヌハギの使ってたルカリオでは無理ですよ。あの氷は──呪いか何かの類です。永遠に溶けない氷の息を吐き出す怪物の伝承が残ってるんです」

「呪い?」

 

 通常、氷は一定の温度以上で溶解するのが常識だ。

 氷タイプのポケモンの放った冷気を以てしても、その常識には抗えない。

 それどころか、冷気を放ったポケモンが倒れれば、そのポケモンの力が及ばなくなったことであっさりと氷も低温も解除されてしまう程である。

 しかし、あの氷は違う。凍らせた本人が離れても尚、ずっと果樹園の一角を氷漬けせしめているのである。

 

「じゃあ、ゴーストタイプって事か。氷タイプでゴーストタイプ」

「そうなるんですかね? 呪いならゴーストタイプですか」

「……それなら猶更、あのアブソルが欲しいんだけどな……弱点突けるし」

 

 例のアブソルだが、今日も今日とて、結局親に連れてかれちまったからゲット出来ずしまいだったのである。

 

「おや、だんだん絆されてるんですか?」

「俺は俺の事が好きな子が好きだ! あんなに好き好きされて、手持ちに入れたいって思わねえほうが変だ」

「うわぁ、そうやって男の人ってウワキしていくんですね。あの映画の事が少しは分かった気がします」

「動物全般の話じゃい! 異性に好き好き言われたことなんて今まで一度たりともねーんだわ」

「ふーん……」

 

 そもそも今まで捕まえたポケモンが凶暴毛玉だったり言う事を聞かない蟷螂だったり人食い魚だったりで、オドシシ以外は一癖も二癖もある面子である。

 オドシシもべったりとメグルに甘えるタイプではなく、冷静でクールな忠臣タイプのため、アブソルのようなタイプのポケモンは初めて。

 甘えさせたらその分だけべったりと甘えてくる子犬のようなアブソルを前に、既にメグルの心は懐柔されつつあった。

 

「手持ちに加えたところで、イーブイと修羅場になる未来しか見えませんけどねー」

「うぐっ……」

 

 カチカチ、とボールのスイッチを押しても未だに拗ねているのか彼女は出てこない。

 

「ポケモントレーナーも大変ですねー。モトトカゲ、シャリタツ、美味しい?」

「アギャアス」

「メーシー」

「うちの子達は嫉妬とかしないんで楽ですよ」

 

 カツ丼の切れ端をモトトカゲとシャリタツに分けてやりながら、アルカはにこにこと笑いかけてみせる。

 すっかりシャリタツも彼女の手持ちに馴染んでしまったようだ。

 その横では、カブトとヘラクロスが仲良く並んでポケモン用のジュースを啜っている。

 

「こうやってボクが他の子達と仲良くしてても、カブトもヘラクロスも拗ねたりしないもんね?」

「ぴぎー」

「ぷぴふぁー!」

「お前は器用だなあ……」

「ボクの大事な家族ですから。たっぷり可愛がってますからね」

 

 ぎゅう、とカブトを抱き上げるアルカ。赤く光る目がこちらを見つめてきて、結構怖い。

 

「……皆、サイゴクで出会ったポケモンなんです。誰が一番、だなんて決められないですよ。この子達だけじゃない。今まで会った人達も、皆大好きです」

「遺跡だとか何だとか言って、お前もこの地方が好きだからテング団を止めたいんだな」

「なっ……! 別にそう言うわけではないです! ボクにとって大事なのは遺跡や石で──」

「はいはい分かった分かった」

「むぐー……!」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませたアルカだったが──「テング団と戦う……か」と、ふと漏らすのだった。

 

「どうした?」

「ボクの今の意思はテング団と戦うこと。それは変わりません。今更あいつらに未練なんて無いですから」

「……そうか」

「でも、ノオトさんや、ヒメノさんは……ボクがヒャッキの民でも受け入れてくれるでしょうか」

「ッ……それは」

「多分、無理ですよね……」

 

 テング団の件で殺気立っている旧家二社は、メグルが異世界人と知るや否や強硬手段を取らないとも限らない、とハズシが言っていた。

 現にキャプテンのヒメノは、テング団への憎悪が並のものではない。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉があるが、ヒャッキの民でひとくくりにして怨みを燃やしていてもおかしくはない。

 魔女裁判よろしくメグルまで敵認定される、ないし新たな脅威の尖兵扱いされてもおかしくはないのである。

 

「うん……難しいだろうなあ、あの様子じゃあ」

「ですよねぇ……折角、仲良くなれると思ったんですけどね。特にボク、前から同性の友達が欲しくって」

「まあ、仕方ねえよ。テング団の件を全部片づけてからでも遅くはないんじゃねーか?」

「……だったら良いんですけど。やっぱり誤魔化してるみたいで、息苦しいなって」

「アルカ……」

「今更ですけどね!」

 

 この子は本当に「良い子」なんだな、と漸くメグルは確信した。

 立場上、己の身分を隠して行動しなければいけなかっただけで、本当は隠し事一つに罪悪感を覚えるような純情な少女だったのである。

 ポケモン達を皆、ボールに戻した後、申し訳なさそうに彼女は言った。

 

「……長話しちゃってごめんなさい。ボク、自分の部屋に戻りますね──」

 

 

 

 ガリ……ガリガリ……。

 

 

 二人は横を向いた。

 窓ガラスが音を立てている。

 爪でひっかくような不愉快な音。

 覗くとそこには──

 

「ふるーる……」

「アブソルゥ!?」

 

 ──例の子アブソルが引っ付いていたのである。

 急いで窓を開けると、アブソルは「ふーるるるる!!」と何処か怯えた様子でメグルの胸に飛び込んできた。

 

「ど、どうしたんでしょう、こんな時間に……」

「ふるるるる……!」

「お前、大丈夫か? すっごく震えてるじゃねえか……!」

「ふるる……!」

 

 そう言った矢先である。

 窓の向こうから──けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

「──警報!! 警報!! 巨大な野生ポケモンが出現して接近中!! 対象は冷気を放ちながら周囲を凍らせてる模様──町民は避難されたし!!」

 

 

 

 ……誰がどう聞いても緊急事態である。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──すぐさま二人はおやしろに向かった。

 その門の前では、ノオトが僧兵のような恰好をしたトレーナーたちに何か指示を出しており、そのまま彼らは四方に散っていった。

 

「メグルさん!! 来てくれたんスね!! 今から連絡するつもりだったのに」

「あんな放送聞かされちゃあ、黙ってられねえってもんよ!」

「それで、ポケモンは?」

「監視しているドローンが、2キロ先の第三リンゴ園から町に接近してきてる影を捉えたんス。凄まじい冷気で白い霧を纏っていて、姿は見えないんスけどね」

「例の果樹園を凍らせたポケモンか」

「間違いねーっしょ! ま、氷タイプなら格闘タイプでブチ砕けば十分ッスよ」

「格闘が効かなかったらどうすんだ? 相手のタイプは分からねえんだぜ」

「その時はその時! 今時、ゴースト対策してねえ格闘使いはいねーッスよ!」

 

 ノオトがぐっ、と親指を立てた。

 流石はキャプテン、タイプ相性については抜け目がないらしい。

 それにもう1人のヒメノがゴーストタイプの使い手。仮に相手がゴーストでも打点があるので、それで安心しているのだろう。

 

「それでヒメノは?」

「ああ、もうすぐ来るはずッスよ──オレっち達二人なら、絶対勝てるッス! 修行を極めたキャプテン、弱いわけがねぇんス!」

「何でだろう、ボクすっごい不安になるんだよね、その言葉……」

「言ってやんな……その煽り文句で不安になるのはジャラランガだけで十分だ」

「申し上げます、ノオト様!」

 

 と言っていた矢先に、僧兵トレーナーの1人が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 明らかに取り乱した様子で、はぁはぁと息を切らせている。

 

「ヒメノ様が先に1人で、氷のポケモンの所に向かったとの情報が──」

「はぁぁぁーっ!? 何やってるんスかあいつァ!!」

 

 顔を真っ赤にしてノオトが叫んだ。

 不安になっていた矢先にこれである。

 

「おいおいおい、秒でフラグ回収かよ」

「ヤバいんじゃない? ってか、2キロ先にどうやって飛んだんだろ」

「恐らくジュペッタの”ゴーストダイブ”でワープしたものと思われ……」

「誰ッスか、姉貴から目ェ離したのはァ!? 姉貴も姉貴で頭沸騰しすぎッスよ!」

「どうするんだよ!?」

「援護に行くしかねーっしょ!」

 

 そう言ったノオトはジャラランガを繰り出す。

 続いてメグル達も、ライドポケモンを繰り出して乗った。

 全身から放つ冷気で周囲を凍らせるポケモンなど、放っておけるわけがない。

 そして、ヒメノであっても一人では危険な相手である。

 

「凍ったら終わり……姉貴も分かってるっしょ……!!」

 

 真っ先にジャラランガが飛び出した。

 アルカも、モトトカゲでそれを追いかける。

 

「ふるるる……」

「お? お前も来るか?」

 

 不安そうな顔でアブソルが歩み寄ってくる。

 

「ふるるる!」

「前脚離すなよ、アブソル!」

 

 そして、アブソルを肩に掴まらせて、メグルもオドシシに跨って走り出すのだった。

 

 

 

「エリィィィス……!!」

 

 

 

 その光景を見た後──ヌシであるアケノヤイバもまた、その姿を消すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──第三リンゴ園は完全に氷漬けになっていた。

 それでも尚、おやしろを目指して氷の怪物は進軍し続ける。

 しかし──霧のベールを吹き飛ばす程の業火が周囲を焼き尽くした。

 煮えたぎるような熱の中、彼女は現れて一歩、また一歩と氷の怪物に進む。

 ヒメノの傍らには、シャンデリアのような姿をした豪奢なポケモンが佇んでいた。

 

「シャンデラ、ご苦労様なのですよ」

「しゃんしゃん」

 

【シャンデラ いざないポケモン タイプ:炎/ゴースト】

 

「貴方だったのですね……あの時イッコンの地に踏み入り、あまつさえ、わたしの()()を傷つけたのは──」

 

 

 

「アップリュリュリューッ!!」

 

【アップリュー(ヒャッキのすがた) おばけりんごポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 甲高い声を上げて、白い霧の中から現れたのは──全身が透き通った氷で出来た竜だった。

 元々、アップリューとは林檎に寄生していた進化元・カジッチュが、そのまま林檎を身に纏って進化したドラゴンだ。

 リンゴ園のあるイッコン周辺でも、たまに木の上にカジッチュがぶら下がっていることがある。

 だが、目の前のアップリューの外殻は林檎ではなく、氷となっている。

 

「……サイゴクにも暮らしているはずの竜が何故……」

「アップリュリュリュリュー!!」

 

 アップリューがケタケタと笑いながら吼えると、ヒメノの周りに凍り付いた林檎がごろごろと転がってくる。

 一見只の凍った林檎だが、そのテッペンからは何かが突き出している。

 他でもないアップリューの進化前のポケモン・カジッチュの目だ。

 カジッチュは草・ドラゴンタイプで、氷タイプを最大の弱点としている上に、林檎に寄生しなければ生きていけない程に貧弱だ。このように氷漬けにされてしまえば、死は免れない。

 

「ッ……なんと惨い事を……!!」

「アップリュリュリュリュリューッ!!」

 

 だが、その時だった。

 アップリューの咆哮と共に、凍ったカジッチュ達からどろどろとしたものが零れ落ちていく。

 そして次の瞬間、それらは再び目を開けて、空中に浮かび上がったのだった。

 中身が腐り落ちて、外の氷だけが残った虚ろな幽霊林檎(ゴーストアップル)として。

 

【カジッチュ(ヒャッキのすがた) おばけりんごポケモン タイプ:???/???】

 

【異常気象で凍ってしまったカジッチュがゴーストとして生まれ変わったすがた。空っぽの中身を埋めるものを求め、他の生き物に襲い掛かる。】

 

(……成程、そうやって仲間を増やす為にリンゴ園に来た、と。悪趣味極まるのですよ)

 

「アップリュリュリュリュー!!」

 

 その声と共に、カジッチュ達がヒメノ目掛けて襲い掛かる。

 だが──其れは全て、シャンデラの放った炎によって一瞬で蒸発してしまったのだった。

 

「……安らかに眠るのですよ」

「アップリュリュリュリュー!!」

 

 しかし、次の瞬間である。

 アップリューが吼えると共に、再び溶けて蒸発したはずのカジッチュが幽霊林檎の姿となって蘇る。

 此処でヒメノは確信した。カジッチュは最早、普通の生物ではない。死んでも無限に蘇る、ゴーストタイプと化したのだ、と。 

 そしてそれを操るアップリューもまた、氷タイプに加えてゴーストタイプを併せ持つと確信した。

 

「ッ……これではきりがないのですよ。シャンデラ! 本体目掛けて”だいもんじ”──」

「──”しきがみらんぶ”」

 

 炎を吐こうとしたシャンデラだったが、その身体に無数のお札が張り付く。

 そして間もなくそれは全て爆発し──シャンデラは地面に転げ落ちた。

 

【──効果は抜群だ!!】

 

「シャンデラ!? そんな──」

 

 お札が飛んできた方をキッとヒメノは睨む。

 その方角には、山伏のような出で立ちに、狐の仮面を被った華奢な少女が樹の上に立っていた。

 そして、その横では白い面を被ったような顔に、九つの尾を携えた人型の狐のようなポケモンが周囲にお札を浮かび上がらせている。

 

 

 

「貴女は……テング団ですね」

「キャプテン、だよね。アルネはアルネ。三羽烏をやってる。以後、よろしく」

 

 

 

【──テング団ボス”三羽烏”アルネ】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話:あなたなんかだいきらい

「……先に行って、アップリュー。おやしろを凍らせてきて」

「アップリュリュリュリュー!!」

 

 

 

 甲高い声を上げたアップリューがそのまま翼を羽ばたかせて飛んで行った。

 周囲は凍り付いており、氷が溶ける気配はない。

 だがそんな中、身体を震わせる素振り一つ見せず、ヒメノは一歩、また一歩とアルネへと近付いていく。

 

「わたしの邪魔をするなら、末代まで祟るのですよ」

「アップリューの初の実戦投入。邪魔はされたくない。アルネはあなたを止める」

「……そのポケモンは、フーディン、ですね?」

 

【フーディン(ヒャッキのすがた) おんみょうポケモン タイプ:???/???】

 

「ん、正解。サイゴクにも居るけど、尻尾が寂しい」

「そんな事は聞いてないのです。素早いポケモンなら、もっと素早いポケモンをぶつけるだけなのですよ」

 

 見た所、そいつは氷タイプを持っていないでしょうし、と付け加えた上で──彼女はボールを宙に放った。

 

「──ドラパルト」

「キェェェェェェン!!」

 

 現れたのは、ステルス戦闘機のような頭部をしたドラゴンのポケモンだった。

 その頭部には二匹、子供が装填されており、今にも飛ばしてくれと言わんばかりに身体を蠢かせている。

 

「変なポケモン。その頭はどうなってるんだろう。解剖し甲斐がありそう」

「……侮るなかれ。ステルスポケモンと何故呼ばれているのか──見せてあげるのですよ」

 

 ドラパルトの身体が消えた。

 そして、アルネとフーディンの身体に何かが突き刺さり、貫通する。

 しかし──ヒメノは手ごたえの無さを感じ取った。

 予感は的中し、貫かれたはずの1人と1匹はバラバラの紙になって辺りに散らばる。

 再び周囲を見回すと、アルネとフーディンは背後に立っていた。ヒメノは慌てて距離を取り、再びドラパルトに指示を出そうとする。

 

「アルネのフーディンは……強いよ」

「ヒメノのドラパルトの方が強いのですよ!」

「そうだね。でも、使い手が熱くなっているから、こんな幼稚な罠にも気付かない。”しきがみらんぶ”」

 

 空中にお札が大量にばら撒かれ、透明になっているドラパルトに張り付く。

 そして間もなくしてそれらは爆発。一撃で意識を持っていかれこそしなかったものの、ドラパルトはふらふらと地面に墜落していく。

 

「なっ──ドラパルト、しっかりなさい!!」

「キェェェェン……」

「そして余所見をしているから──自分が危ない事にも気付かない」

 

 ヒメノの身体には──お札が張り付いていた。

 それはすぐさま起爆し、爆炎が身体を焼き焦がし、爆風が彼女を吹き飛ばした。

 

「がはっ……!?」

「大丈夫、手加減はしてる。貴女には、手持ちを全部吐いて貰わないと困るから。でも──手加減されるのはナメられてるみたいで、アルネはイヤ」

「ぐぅっ、う……!!」

 

 悔しさと、情けなさでヒメノは泣きそうになっていた。

 あれだけ他のキャプテンに威勢よく啖呵を切ったのに、いざ戦いになれば自分はこうして追い詰められている。

 だがそれでも。それでも此処で膝を突いてしまえば、彼女は自らが今まで抱えてきた「怨み」を晴らせはしない。

 

「貴女たちさえ居なければぁ……!」

「居なければ? それはこっちの台詞。サイゴクの人間が500年前、何をしたのか知らないとは言わせない」

 

 フーディンが空中に大量のお札を浮かび上がらせる。

 

「その所為で……ヒャッキの地は今も滅茶苦茶。あなたたちも味わうと良い。今、痛い? 苦しい? こんなものじゃないから」

「……わたしの身体はどうなったって良いのですよ──せめて、氷をどうにかできる方法を、教えなさい……!」

「氷? 凍らせたポケモンを倒さない限り溶けないけど……離脱させない。言ったでしょ? アップリューにはおやしろを破壊する任務があるから」

 

 見ると、凍った木にはお札が貼り付けられており、その間を鎖のようなものが繋いでいる。

 

「逃がさないから。”とおせんぼう”」

「姑息な真似をするのですよ……!」

「……キャプテンの足止めがアルネの最重要任務。楽しみだね、アップリューがおやしろに着いたらどうなると思う?」

「ジュペッタ! 次は貴方が行くのですよ!」

 

 無理矢理身体を起こしたヒメノの手から、彼女の怨みを一身に受けたジュペッタがケタケタと笑いながら飛び出した。

 

「ん。まだ諦めないのは──実験し甲斐がある」

 

 アルネが言った瞬間、その後ろに──2匹のアブソルが現れる。

 増援が来たのか、とヒメノは一瞬期待したが、それはすぐさま打ち砕かれた。

 2匹の首には、宝石の付いた首輪がはめ込まれており、明らかにヒメノに敵意を向けている。

 

「……この子達は──」

「此処に来るまでに邪魔してきたから、動作確認ついでで付けた。実験は成功。今はアルネの言う事を聞く、アルネの実験動物だから」

「なんて、ことを……!!」

「アルネの強制オーライズ装置……動作実験、やるよ」

 

 次の瞬間、アルネは数珠を懐から取り出す。

 そこに刻まれた「O」の刻印が光り輝き、アブソル2匹は全身から紫電を放つ鎧が身に纏われていく。

 間もなく、彼らの身体は稲光に包まれ、苦悶の声を上げるのだった。

 

「フルルルァァァァーッ!?」

「グ、フルルルル……!!」

 

【アブソル<AR:サンダース> ざんれつポケモン タイプ:電気/エスパー】

 

 バチバチと紫電を放ち、ヒメノににじり寄るアブソル達。

 その身体には明らかに負荷が掛かっているのか、よろけている。

 だが、放たれる電気は強く、そして黒く、ぶつかったもの全てを焦がす勢いだ。

 

「……実験だのなんだのと! サイゴクのポケモンを──その命を──何だと思っているのです!!」

「──被検体」

 

 ぽつり、と彼女は言った。

 

「実験動物が犠牲になるのは何時の時代だって当然の事。アルネにとっては、それがサイゴクだろうがヒャッキだろうが関係ない」

「何を……言ってるのです──!?」

「でも、貴方達だって他の生き物を食べて生きてるでしょ? でも、それにいちいち”かわいそう”だなんて思わない。それと同じ」

「そう……そうです、か」

 

 起き上がった彼女は──首からぶら下げていた勾玉を手にする。

 そこには、遺伝子のマークが刻まれた輝石が埋め込まれていた。

 

【ヒメノのメガマガタマと ジュペッタナイトが反応した!】

 

「ケタケタケタケタッ!!」

「このエネルギー反応──アブソル、オオワザを──」

 

 間に合い等しない。

 2匹のアブソルは、無数の影の手に貫かれ、即座にその場に倒れ伏せる。

 そして、ジュペッタの身体をエネルギーが包み込み、そして爆ぜた。

 

 

 

「あなたなんか、だいきらい──なのですよ」

 

 

 

【ジュペッタは メガジュペッタにメガシンカした!!】

 

 

 

 

 ジュペッタの身体には、更にジッパーが増えており、そこからは霊体が漏れ出ている。

 かぱぁ、と空いた口からは今も尚怨念が湧き出ており、それはヒメノの胸の中を代弁するかのようだった。

 

「ッ……実験動物じゃ相手にもならない。フーディン、こっちもオーライズ」

「シャドークロー、なのですよ」

 

 全方位にジッパーが現れる。

 そこから空間が裂け、無数の影の手がフーディンとアルネ目掛けて伸びていった。

 逃れようにも逃れる事すら出来ない。生物だれしも、不意の一撃には弱いものなのだ。

 

「ぐぅっ……!?」

 

 影の手がアルネの身体を掴み、万力のように強く握り締める。

 至って冷たい声でヒメノは突きつけた。

 

 

 

「──さあ、選ぶのですよ。此処で縊死するか、大人しく消えるか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「エリィィィス!!」

「アップリュリュリューッッッ!!」

 

 

 

 駆け付けた時には、既に激闘が始まっていた。

 ヌシ・アケノヤイバと、アップリューの一騎打ちだ。

 凍てつく氷の息吹を躱すアケノヤイバ。

 その身体からは次々に影で出来た剣が浮かび上がっており、アップリューの身体には何本かそれが突き刺さっていた。

 だが、アケノヤイバもまた、脚が凍って地面と縫い付けられてしまっており、動くことが出来ない。

 本来ならば影となって逃げることが出来るはずだが、呪いの氷は霊的なポケモンさえも逃がさないのだろう。

 

「ヌシと……氷のアップリューが戦ってるよ!?」

「デカ過ぎだろ!? 大人の背丈くらいはあるぞ、あいつ!? アップリューって精々リンゴサイズだろ!?」

「ヌシ様の足が凍ってるッス! 助けるッス!」

 

(H70 A110 B80 C95 D60 S70……意外と耐久が高いが、火力はそこまで──でもあの氷の息吹に当たったらマズい!)

 

 全身が氷で出来た林檎の竜は新たなターゲットが出来たと見るや、甲高く咆哮してみせる。

 すると、メグル達の目の前に氷のカジッチュが落ちて来るのだった。

 

「進化元か! バサギリ、露払いは頼む!」

 

 浮かび上がるなり飛び掛かってくる氷の果実たちを、バサギリが次々に叩き斬っていく。

 しかし、やはりゴーストだからか、真っ二つにされたカジッチュ達はすぐさま元通りに戻ってしまうのだった。

 まさに林檎のオバケ。不死身の幽霊である。

 

「ルカリオ! ボーンラッシュで打ち払うッスよ!」

「ヘラクロス、ロックブラストで撃ち落として!」

 

 次々に寄ってくる彼らをポケモンの技で撃ち落としていくメグル達。

 だが、如何せん数が多い。なかなか近付くことが出来ない。

 しかしその時だった。

 

「ふるーる!!」

 

 メグルの首から飛び降りたのは、アブソルだった。

 勇ましく声を上げると、その周囲から影で出来た獣の爪が浮かび上がっていき、それが青い炎を帯びてカジッチュ達を次々に刺し貫き、地面に縫い付ける。

 

「”シャドークロー”……! 両親が覚えている技だから、最初っから覚えてたんスね!」

「ゴーストにはゴーストって事か! 霊体の相手を地面に押さえつけた!」

「ふーるるる!」

 

 誇らしげに鳴いてみせるアブソル。

 これにより、カジッチュ達は完全に動けなくなり、アップリューへの道は開かれた。

 しかし、それで新たな脅威を感じ取った氷竜は甲高く咆哮を上げて、冷気を自らの身体へと集めていく。

 メグル達も周囲の空気がいちだんと冷え込んだのを感じ取った。その場全てをまとめて凍り付かせんばかりの冷気。

 

 

 

【アップリューの──アップルゴースト!!】

 

 

 

 宙に浮かび上がるのは、巨大な氷の林檎。

 その中には大量の冷気が詰まっており、拡散すれば全てを氷漬けにしてしまうだろう。

 それを察知したアケノヤイバは、すぐさま自らの影の剣を重ね合わせて、林檎を押さえつける。

 だが抑えきれないのか、徐々に地面へと迫っていく。

 

「アップリュリュリュリュー!!」

 

 まさに勝利を確信した笑みを浮かべ、アップリューは邪悪に甲高く鳴いた。

 

「ど、どうすれば──!?」

「この距離からなら……ぶち抜けるッスね」

「ぶち抜く!?」

「ああ、そうッス。ヌシ様が押さえつけている今、そしてアップリューがオオワザに集中しているこの瞬間が最大のチャンス!!」

 

 ノオトは追加でもう1つボールを投げ込んだ。

 現れたのは、ゆらめく怒髪天に赤い目をした憤怒の権化。

 その姿はメグルが知るぶたざるポケモン──オコリザルと酷似していた。

 

「コノヨザル!! ここ一番、頼むッス!!」

「ここにきて、新ポケモンだとォ!?」

 

 

 

【コノヨザル ふんどざるポケモン タイプ:ゴースト/格闘】

 

【怒りが限界を超えたオコリザルが、肉体の支配から解き放たれ、この世ならざる力を手に入れた。】

 

 

 

 怒り怒髪天を超え、肉体から解放されたコノヨザル。

 その頭には幾つもの青筋が浮かんでおり、筋肉はブチブチと音を立てている。

 だが心なしか、怒りに任せて暴れ回っていたオコリザルのイメージとは違い、その佇まいは静かだ。

 

「あれ? 知らねーんスか。オコリザルの進化形ッスよ」

「マジで!? とんでもねえネタバレを食らったんだが!」

「な、何なのこのポケモン……すっごく怖いんだけど──」

「先ずはルカリオ!! ”ボーンラッシュ”でコノヨザルを叩きまくるッス!!」

「はぁ!?」

 

 すぐさまルカリオは、骨の棍棒を波動で作りだし、コノヨザルの頭をポコポコポコと叩き始めた。

 当然のように、コノヨザルの頭は下の方からだんだん全身にかけて赤く染まっていく。

 だが、あったまっているコノヨザルに反して、周囲の冷気は更に増しつつあった。

 

「何やってんだ!? 味方を攻撃!? そういうギミックなのか!?」

「寒い寒い!! ヤ、ヤバイ、周囲が凍ってきた──!?」

「一発。一発入れられればそれで十分ッス!!」

「一発で決められるのか!?」

「さぁコノヨザル!! お前の怒りを全部解き放つッス!! 取り合えず悪いのは全部あいつッス!!」

 

【コノヨザルの──】

 

 コノヨザルが拳を振り上げた。

 その瞬間、身の丈以上の大きさの霊体で出来た拳が宙に浮かび上がる。

 メグルとアルカは、騒ぐのをやめた。最早これは只の技の域を脱している。

 ああ、勝負あったな、と二人は確信した。

 

 

 

「ブッヒィィィィーッブチブチブチブチッ!!!!」

 

【──ふんどのこぶし!!】

 

 

 

 鉄拳がアップリューを正面からとらえ──撃ち砕いた。

 

「アッ、アップ、リュ……」

 

 逃げる間も与えなかった。

 文字通り破砕された氷のように、その身体はバラバラに砕け散るのだった。

 そして、宙に浮かんでいた巨大な林檎も消え失せ、周囲を覆っていた氷も消え去る。

 

「なっ、何だったんだ今のは……!」

「ふんどのこぶしは、ダメージを受けた数に応じて威力が跳ね上がる技。だからこうやって殴りまくると、オオワザも超えるパワーになるんス」

 

 因みに今、5回ボーンラッシュを受けたので、威力は300となっている。

 並大抵のポケモンならば蒸発するレベルのダメージである。そして、ゴーストタイプであろうアップリュー相手ならば効果は抜群。

 耐えられるはずがないダメージだ。

 

「ダブルだったら”ふくろだたき”と相性が良さそうだな……」

「何を冷静に分析してるの!? そもそもコノヨザルに恨まれたりしない? 大丈夫!?」

「常時何かに怒ってるようなヤツなんで今更ッスねえ」

「今更だったかぁ!!」

「エリィィィス」

 

 アケノヤイバの氷も溶けて、動けるようになったようだった。

 遠巻きに見ると、凍っていた果樹園の氷も溶けており、アップリューの凍らせたものは全て元に戻ったようである。

 しかし。

 

 

 

「ア、アップリュリュリュー!」

 

 

 

 ──そこはやはりしぶといゴーストタイプ。

 バラバラに砕け散っても再び再生したのか、小さい姿のままアップリューは影の姿になってその場から逃走してしまう。

 アケノヤイバが剣を突き刺そうとしたが、流石に縮小したポケモン相手には当たらないのだった。

 

「あ、逃げたアイツ! まだ動けたのかよ!」

「でも氷は溶けたし、あいつの呪いは解けたんじゃないですかね?」

「……それより、姉貴は何してるんスかね……アップリューと戦ってたんじゃなかったんスか」

 

 3人の頭に最悪の光景が過る。

 アップリューによって氷漬けにされたヒメノの姿だ。

 まさかそうではない、と思いたいが──と腕を組んだその時だった。

 

「エリィィィス……」

 

 がくり、とヌシが膝を突いた。

 先の戦いで彼もダメージを受けていたのだろう。

 身体は震えており、ところどころから霊気が漏れ出している。

 

「ヌシ様、大丈夫ッスか!?」

「エリィィィス……!」

 

 しかし、それでも尚、アケノヤイバは先ほどアップリューがやってきた方角を見やる。

 その先に、言い知れぬ邪悪が潜んでいると言わんばかりに。

 サイゴクのアブソルは災いを見通す。彼の目が見ている先は、イッコンに災いをもたらす存在だ。

 同時に、それと戦っているヒメノの姿も彼の目には映っていた。

 

「姉貴、あっちに居るんスか? ヌシ様」

「エリィィィス……」

「テング団に足止めされてるのかな」

「姉貴を足止め出来るヤツなんて早々居ないと思うんスけどね……」

 

 メグルは少し考えた後──考えられる最大の脅威の名前を口に出す。

 キャプテンでも苦戦する相手など、ヌシクラスのポケモンかそれしか考えられない。

 

 

 

「いーや、有り得るぜ。ベニシティの時に襲って来た”三羽烏”。あいつらのボスならな」

 

 

 

 ノオトの血相が変わった。

 

「……ハズシさんの報告にあったイヌハギってヤツッスね! ハズシさんが苦戦した相手なら、姉貴が苦戦してもおかしくねーッス!」

「現にこうして帰ってきてない訳だからな……」

「急ごうよ! 助けてあげなきゃ!」

「ヌシ様はそこで休んでてくれッス!」

 

 全員はライドポケモンに再び跨る。

 ヒメノが戦っている果樹園は然程遠くない。

 彼らはそこにすぐさま辿り着くだろう。しかし。

 

 

 

「エリィィィス……」

 

 

 

 アケノヤイバは疲弊しきった身体を無理矢理起こし、再び地面に倒れ込む。

 彼の見通しているのは災いと、それに立ち向かうヒメノだけではない。

 ライドポケモンに乗っている3人に待ち受けている過酷な運命であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話:悔恨

 ※※※

 

 

 

「しっ、しま──これほど、までとは──」

「ここで、縊れ死ぬか……アップリューを止めるか。どっちか選ぶのですよ……!!」

 

 

 

 ヒメノがそう言った瞬間だった。

 周囲の氷がいきなり溶解していく。

 木々も、道も、そして満ちていた冷気も消え失せて、後には水すら残らなかった。

 

「……アップリューがやられた……」

「なっ、これは……ノオト達がやってくれたのです!? 氷が溶けた……!? それじゃあ──この子も」

 

 ヒメノは、ボールの1つを取り出す。それを強く握り締めた。

 

「っ……やっと、やっと解放されるのですね……!」

「……?」

「……お願いなのです。元気になって出てきて──」

「一体の何の話──」

 

 思い切って、ボールを目の前に投げた。

 中から飛び出したのは──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「姉貴!! 姉貴!! ッ……!!」

 

 

 

 そこにあったのは、異様な光景だった。

 地面にへたり込んだまま動かないヒメノ。

 そして、メガシンカも解けて、ボロボロになって倒れ伏したジュペッタ。

 更に目を動かすと、奥には狐の仮面を被った少女に、無数の札を浮かび上がらせたフーディン。

 

「お前、テング団ッスね!! 姉貴に何をしたんスか!!」

 

 真っ先にノオトが食ってかかる。

 しかし、素知らぬ顔でテング団の三羽烏たる彼女は言ってのける。

 

「別に……勝手に人の首絞めておいて、勝手に絶望して……勝手に負けた」

「おい、どうしたんだよヒメノ……!」

「何があったの──!?」

 

 メグルとアルカは思わず彼女に駆け寄る。

 そして足を思わず止めた。当たり前のようにそこに転がっていて、蹴躓いてしまいそうになったからだ。

 氷の塊だった。中には、黄色いズダ袋が入っているようだった。だが、よく目を凝らすとそれが見覚えのあるポケモンであることが分かった。

 

「ミミッキュ、か……?」

「そうだけど……凍ってるの……?」

「……!!」

 

 ノオトは全てを察したように目を背けた。

 その間にも、壊れたオルゴールのようにヒメノは呟き続ける。

 

「なんで……なんで、元に戻らないのです……? ヒメノのミミッキュは、どうして氷が溶けないのです……!?」

「落ち着けヒメノちゃん! アップリューはヌシとノオトが倒した! 氷は溶ける!」

「何があったの……? アップリューにミミッキュを凍らされたなら、何で……?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 淡々と、少女は言ってのけた。

 その声を聴き、アルカの肩が跳ねた。

 いつの間にかテング団の少女は彼女の背後に回っていた。

 

「ひっ……待ってよ。何でいるの……!?」

「……イヌハギから聞いてたけど……本当に生きてたんだ、姉さん」

 

 怯えた声を上げるアルカ。

 そして「姉さん」という言葉にヒメノとノオトは反応する。

 目の前に立つアルカと、狐面の少女を見比べたが、仮面の所為で分からない。

 

「姉さんって、どういうことなのです……?」

「ち、ちが──」

「アルネの顔が分からない? これならどう?」

 

 狐面が取っ払われる。

 その下にあったのは、アルカそっくりの青白い肌に、長い赤毛を無造作に伸ばした少女だった。

 常に目は気だるそうに半開きだが、瞳は何も感じないような冷たさだ。

 

「アルカ、そっくりだ……!」

「何で逃げたの? 姉さん。逃げなかったら、アルネの力で姉さんをテング団に入れられたのに。待ってくれれば、良かったのに」

「アルネ……何で、こんな所にまで……!! ボクを追いかけてきたの……!?」

 

 メグルは思い出す。

 イヌハギが言っていたのだ。アルカには──テング団の妹が居る、と。

 

「イヌハギ達は姉さんの事を嫌ってる。姉さんが落ちこぼれの抜け人だから。でも……アルネだけは姉さんの味方」

「ッ……」

 

 アルカは声も出ない様子で後ずさった。

 彼女の事を恐れているかのような怯え方だった。

 思わずメグルが間に入り、腕を伸ばした。

 

「やめろ──お前らはもう関係ねえだろ!」

「姉さんは……アルネたちの敵? アルネたちの邪魔をする?」

 

 それを意にも介さずに、感情など凡そ感じられない声で彼女は問いかける。

 アルカは震えながら顔を伏せた。

 

「……ボ、ボクは……」

「答え、考えといて。アルネは今、三羽烏。アルネの所に来るなら、イヌハギも手出しできないから」

 

 そう言い残すと、アルネの後ろに黒い影が現れる。 

 先程絞められた首を忌々しそうに摩ると、影に飲み込まれるようにして──フーディンと一緒に彼女は消え失せた。

 

「どういう事ッスか……アルカさんは、三羽烏の姉……!?」

 

 ノオトが状況を飲み込めない様子で狼狽し、メグルが説明に困り、アルカが怯えた顔で座り込む中。

 

 

 

「姉さんってどういうことです?」

 

 

 

 一際、はっきりとした声がその場の全員を凍り付かせた。

 目をカッと開いたヒメノが立ち上がるなり、アルカに詰め寄る。

 氷漬けになっていたミミッキュは既にボールの中に吸い込まれていた。

 

「どういうことです? 何故、答えられないのです?」

「ち、ちが──ボクは──」

「答えてもらうのですよ。アルカ様。貴方は……テング団の仲間だったのです?」

 

 一言。

 その一言がアルカを追い詰めていく。彼女は既に恐慌状態に陥っており、まともに受け答えが出来る様子ではない。

 アルネだけではなく、ヒメノにも怯えているようだった。

 無理も無かった。今までの彼女の朗らかな仮面は死に、ヒメノは完全に修羅と化していた。

 見兼ねたメグルが「違うんだ! アルカは、えーと、ややこしい事情があって──」と割って入るが、彼の首に黒い手が浮かび上がった。

 息苦しさが直後に襲ってくる。

 

「ゲンガー。締め上げなさい」

「ぐっ、うぎ──」

 

 メグルの身体が浮かび上がっていた。

 しばらくして、黒い影のようなポケモンがケタケタと笑いながら実体化する。

 シャドーポケモンのゲンガーだ。

 

「ヒメノは今、アルカ様とお話ししているのですよ、メグル様」

「ッ……やめてぇ!! 全部!! 何でも知ってること話すからぁ!! おにーさんを放して!!」

「そうッスよ!! メグルさんが死んじまうッス!!」

 

 黙りこくった彼女は冷たい目でノオトを一瞥すると「貴方は、私の味方をしてくれないのです?」と問いかける。

 その威迫にしどろもどりになる彼だったが、とにかく彼女を落ち着かせるべく言葉をつづけた。

 このままではメグルが絞殺されてしまうと確信していた。ヒメノが怒るとタガが外れる事は彼が一番知っている。

 

「そういうわけじゃ──でも、何か事情が──」

「心配要らないのですよ、ノオト。続きはヒメノがやるのですよ。貴方は手出し無用!」

「げほっ、がはっ……」

「姉貴……!」

「たっぷり、妹さんとの感動の再会の感想……聞かせてほしいのですよ」

 

 地面に放り出されたメグルの喉に空気が再び入ってくる。

 だがその代わり、今度はゲンガーがアルカの頭を掴み上げた。

 

「ア、アルカ……!」

「ごめん、おにーさん──」

 

 最後にポツリ、と諦めたように彼女は言った。

 

 

 

「……黙ってたツケは、きっちり自分で払うよ」

 

 

 

 ヒメノとアルカの身体をゲンガーが包み込む。

 彼女達は、足元に影に溶け込み、そして──消え去るのだった。

 一連の始終を見た後、ノオトはメグルの胸倉に掴みかかる。

 

「メグルさん、どういう事なんスか!! 話してくれッスよ!! アルカさんは──」

「ちげぇよ!! アルカは、テング団じゃねえ!!」

「でも、黙ってたじゃねえッスか!」

「落ち着け! 例えばカントー地方の人間が全員ロケット団だって言いてえのか、ちげえだろ!!」

「ッ……あ」

 

 それで頭が冷えたのか──ノオトは掴んでいた手を離す。

 

「……そっちこそ、あの凍ったミミッキュは──」

「姉貴が大事にしてるミミッキュ、ッスよ。」

「そんな話、全然しなかったじゃねえか。そんな素振りも──」

「誰にだって、言いたくねえことの一つや二つ、あるんス。察してほしくねぇことの一つもあるんス」

 

 だとしても姉貴は変に器用過ぎたんスけどね、と彼は言った。

 

 

 

「姉貴にとって、ミミッキュは家族の一人……初めてタマゴから育てたポケモンだったんス」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ミミッキュはかくれんぼが好きだった、とノオトは語る。

 その日も近くの第一リンゴ園まで逃げていってしまい、ヒメノは追いかけに行ったのだという。

 ヒメノはこのミミッキュを大層可愛がっており、ミミッキュもまた、ヒメノに懐いていた。 

 そして、ついつい主人の気を引こうと、見つけるのが難しい場所に隠れたのだという。

 しかし、ヒメノは霊感がとても強い。たとえどんな場所に逃げても、ミミッキュを見つけられた。

 

「ミミッキュー、ミミッキュー、何処に行ったのですー? 遠くまで行くとヒメノは困っちゃうのですよー」

「姉貴、いい加減ミミッキュに強く言った方が良いッスよ。一緒に探すオレっちの立場にもなってほしいッス」

「もう~、それだけヒメノの事が好きなのですよー♪ 愛されていると大変なのですよー」

 

 しばらくして。

 ヒメノは、ミミッキュの気配が全く感じ取れないことに気付いたらしい。

 不安そうな顔で、いつも隠れ場所にしているリンゴ園を探し回った。

 

「何処に行ったのでしょうあの子」

「──姉貴。あの辺り、凍ってねえッスか?」

「……まさか」

 

 双子は立ち尽くしていた。

 果樹園の一角は、冷気が暴れて狂った後のように凍り付いていた。

 異様な光景を前に二人は呆然とそれを眺めるしかなかった。

 しばらくしただろうか。

 氷漬けになったボロ布が目の前に打ち捨てられていたのを、漸くヒメノは見つけたのだった。

 

 

「ミミッキュ……?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「姉貴が泣いたのを見たの、あの日が最初で最後だったッスね……」

 

 

 

 手がボロボロなのに、凍り付いたミミッキュを抱きしめた彼女は、ポケモンセンターに駆けこんだ。

 しかし、周りの大人もポケセンも手を尽くしたが手の打ちようがなく、ボールに入ったままなのだという。

 

「……怒ってたのは果樹園を凍らされたからじゃない。大事なポケモンを凍らされたからか」

「んでもって自分が目を離した負い目があるんスよ、オレっちも他所の人間には言わないように口止めされていて……」

「キャプテンなんて特に、言ったら協力してくれそうな人ばかりじゃないか」

「姉貴は不器用ッスから……その辺の辛い事情で同情されたくなかったんだと思うんス。よく言われるんスよ、姉貴は先代に性格が似てるって。頑固で意地っ張りで見栄っ張りな所が……」

 

 ノオトは立ち上がると、拳を握り締めた。

 

「メグルさんもアルカさんがヒャッキの民って知ってたなら、何でもっと早く言ってくれなかったんスか」

「お前があいつと同じ立場ならどうしたと思う?」

「……悪かったッス。姉貴が居る限り、ぜってー無理ッスね……」

 

 彼は目を伏せる。

 キャプテンだからこそ、旧家二社の排他的なスタンスは誰よりも分かり切っていたのだろう。

 取り仕切っているのが激昂したヒメノならば猶更。言おうにも言えるはずがない。

 

「あいつのことをすぐ信用したのはな……好きなモンに真っ直ぐなヤツに、悪いヤツはいねーって俺が勝手に思ってるからだ」

 

 確かに振り回されて困った事もあるが、メグルは彼女とのデートの時、自分と似たようなものを見た。

 博物館で石や遺物を眺めていた彼女の顔は輝いていた。前髪で目は見えないが、とてもはしゃいでいたのが記憶に懐かしい。

 

「付き合いは短いけど……色々あったよ。だけど──妹との感動の対面? 冗談じゃねえ! あんな顔したあいつ、見た事ねえよ……!」

 

 これは、アルカがテング団の討伐に必要だからではない。

 メグルは彼女の真っ直ぐさに惹かれていたし、それだけに彼女の怯えた顔を見て、放っておけないと思ったからだ。

 

「要するに……カワイイ女の子を助けて恩を売ってよろしくしたいから──サイゴク最凶クラスのキャプテンの姉貴に喧嘩を売りに行くんスね?」

「うぐっ、そんなんじゃねーよ」

「否定するところが童貞くせーんスよ」

「そんな不純な動機じゃねえよ!」

「じゃなきゃ、姉貴に挑もうだなんて思わねえ。思えるはずがねぇ。ウチの姉貴のヤバさは……分かってるッスよね? そもそもが四天王クラスの実力を持ったキャプテンなんスから。あんたは冷静じゃねえ。ハッキリ言って取り乱してる」

「ッ……」

「でもそれは──アルカさんに、少なからず好意を抱いている証拠ッス」

 

 自らの淡い好意を指摘され──メグルは言葉に詰まる。

 

「そうかもな……冷静じゃなくなってんのかもしれねぇ」

 

 彼女の居場所はヒャッキの地には無い。そして、サイゴクの地にも無い。そうなれば、彼女は何処にも行くところが無くなってしまう。

 だけど、そんな哀れみだとか、事情だとか関係ない。

 

「……だけど、冷静だとかそうじゃないとかこの際どうでも良い。俺ァ一人でもあいつを助けに行くぞ」

「じゃあ、オレっちも行くッス」

「えっ」

 

 ぐっ、とノオトはメグルに向かって拳を突き出した。

 

「盾突くって言ってるんスよ。おやしろと姉貴に。あんな怯えた顔した女の子……放っておけねえし、頑固な姉貴も放っておけねえッス」

「……随分物分かりが良いのな」

「オレっちも分かるんスよ。好きな女の子に一生懸命になっちまう気持ちは」

「……そう言う事にしといてやるよ」

 

 メグルも拳を突き出し、かち合わせる。

 そうと決まれば早速アルカの救出に──と思ったその時だった。

 

 

 

「ふーるるるる……」

 

 

 

 子アブソルの鳴き声が茂みの方から聞こえてくる。 

 何事か、とメグルとノオトが駆け寄ってみると、そこには、首輪の付いた彼女の親が倒れているのだった。

 

「こいつらって──アブソルの親か!?」

「弱ってるッスね……ポケモンセンターに先に急ぐッスよ!」

「ふるるる……」

「もしかして宿泊所の窓から入って来たのって、親がやられたからだったのか……!」

 

 窓に寄って来たアブソルの不安そうな顔を思い出す。

 いつもと違って、親が居なかったのは、テング団の首輪に彼らが乗っ取られたからだと察する。

 

「なんつー酷いことを……!」

「ふるる……」

「ボールに入れちまうッスよ! 後で逃がせば良いんで!」

 

 おやしろに行く前に、彼らはイッコンのポケモンセンターに急ぐのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話:尋問

「──さて、こっからが問題ッスよ」

 

 

 

 ポケモン達を回復させ、メグルとノオトはポケモンセンターのベンチで作戦会議を行っていた。

 その足元ではアブソルが不安そうな顔でうずくまっている。

 

「大丈夫だアブソル、お前の父さんと母さんは絶対に良くなる」

「ふるる……」

「メグルさん。真夜中ぶっ通しになると思うッスけど……大丈夫ッスか?」

 

 時計を見やる。

 既に夜の11時を回っている。

 現にアブソルもうつらうつらとした様子だったので、そのままタオルケットを掛けてやるのだった。

 

「ああ。問題ねえぜ。急いだほうが良いからな」

「オッス! そんじゃあ、これが、おやしろの見取り図ッス」

 

 ノオトが見取り図をスマホロトムに映し出す。

 壁に囲まれたおやしろは、侵入者が現れた時に備えて幾つもの壁と門に仕切られている。

 その中に、3つの御殿が存在する。

 

「そして第三御殿……此処が今回の目的地ッスね」

「何で此処って分かるんだ?」

「悪いヤツを捕まえた時の牢屋が……地下に未だに残ってるんスよ。……拷問器具と一緒に」

「おいおい洒落になってねーぞ……!」

「だからこそ急がねえといけねーんスよ」

 

 姉貴なら使いかねないッス、と彼は言った。

 メグルも否定は出来なかった。

 ポケモンセンターの外に出ると──目の前に影が集まっていく。

 彼らは身構えたが、現れたのは相も変わらず疲れたような目をしたアケノヤイバであった。

 

「エリィス……」

「アケノヤイバ……! もしかして戦わないといけない流れとか?」

「ヌシ様は、こういう時は中立。どっちかに与する事はねーッスよ」

「そ、そっか……」

「悪いッスね、ヌシ様。いっつも心配かけて。でも、姉貴の事はオレっちに任せて、あんたは休んでほしいッス」

「……エリィス」

「大丈夫。メグルさんが付いてるッスから」

「いや、俺の方が助けてもらってる立場だし」

「気にしねーッスよ。どうせこれから、そんな事言ってられなくなるッス」

 

 二人は駆け出した。

 目指すはおやしろである。

 そんな彼らの後姿を、アケノヤイバはじっと見つめているのだった。

 

 

 

「……エリィス」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 壁を乗り越えるとブザーが鳴り響く仕組みになっており、増援を呼びかねない。

 従って作戦はただ一つ、正面突破あるのみだ。閉まっている門をライドポケモンに乗って飛び越え、彼らは正面の玄関に躍り出る。

 案の定、僧兵の恰好をしたトレーナーたちがボールを構えているのだった。

 

「すみません、ノオト様。ヒメノ様の命令で、今日は誰もこの中に通すな、とのことです。ノオト様も含めて」

「テング団の団員を捕まえたとのことで、今はヒメノ様が直々に尋問しているとのこと。ノオト様は同情して肩入れしかねないから通すなとのことで」

「ったく、面倒ッスね。どうしても入りたいと言ったら?」

「我々を倒して進んでもらいますよ。たとえ貴方と言えど」

「おやしろの指揮権は、ヒメノ様にありますので。我々はコレが仕事。悪く思わないで貰いたい」

 

 と、口では言っているが、全員決まりが悪そうな顔をしている。

 そしてとうとう、僧兵の一人が手を上げて言った。

 

「あのー……1つ良いですか? ノオト様」

「良いッスよ」

「……どうせ姉弟喧嘩でしょう?」

「まあ、似たようなモンっすね。喧嘩っつーか意見が割れたっつーか」

「はぁ……」

 

 それを聞いて僧兵たちは肩を落とす。

 

「そっかぁ……そっかぁ……」

「どうする? 俺ノオト様と戦うの嫌なんだけど。後で気まずくなるし。俺明後日一緒にゲームする約束してんだよ」

「あーしてたッスね、そういや」

アットホームな職場か?

 

 メグルのツッコミはスルーされ、彼らの愚痴は続く。

 

「後、ノオト様強いんだよ普通に……」

「なんかこう……ね? 御子様だから気が引けるっていうか……ヒメノ様も何考えてんだろ」

「うん……まあでも一応体裁上はそう言う事にしとかないとだから……」

「コイツらひょっとして嫌々だな?」

「嫌々っていうか、ヒメノ様に逆らったらマジで怖いし……」

「あーうん……」

 

 おかしい。正面から乗り込みに来たはずなのに、微妙な空気が流れつつある。

 それならもう大人しく通してくれないだろうかと思うメグルだったが、上司がヒメノなのでそういうわけにもいかないのだろう。

 

「……なんつーか……全員ご愁傷様ッス」

「はい……」

「んじゃー各員、これはぶつかり稽古って事で。テング団の警備は他のヤツらがやってるんで、手加減はしなくていいッスよ、その代わり無傷の手持ちの数は余裕残しておいて……」

「はい……」

「もう茶番じゃねーかよコレ、緊張感の欠片もねーじゃん」

「本番は姉貴ッスよ、メグルさん。それに、コイツらは懐柔出来ても、警邏のポケモンは懐柔出来ねーっス。姉貴の捕まえたポケモンなんで」

 

(それにしても、俺もこの人たちが可哀想になって来た……)

 

 一周回って同情心すら湧いてくるメグルであった。

 しかし、職務に忠実なトレーナーたちは、次々にポケモンを繰り出して来る。

 サワムラーにムウマージ、更にサイゴクのアブソル。格闘タイプとゴーストタイプのポケモンが半々だ。

 あっと言う間にメグル達は取り囲まれてしまうのだった。

 

「命令は命令! 止めさせて貰う……押忍!!」

 

 此処で止まってしまっては、ヒメノに勝てるはずがない。

 メグルは取り囲まれながらもノオトに背中を預け、ボールを構える。

 

「なあノオト。俺一回やってみたかったんだよな、団ラッシュってやつ」

「あー……遠いパルデアではそう呼ぶみてーッスね。こういう一対多戦闘」

「そうなんだ!?」

 

 飛び掛かってくるポケモン達に目掛けて、メグルとノオトも一気にボールを投げる。

 ジャラランガとバサギリ。

 それぞれがやる気十分といった様子で、次々に襲い掛かってくるポケモン達に向かっていく。

 

 

 

「──メグルさん、耳塞ぐッスよ! ”スケイルノイズ”!」

「おうよ! ばら撒け、”がんせきアックス”だ!」

 

 

 

 じゃらじゃらと鳴り響く鱗から放たれる音のエネルギーが、向かってくるゴーストポケモン達を一瞬で吹き飛ばす。

 メグルも耳をふさがなければ鼓膜が割れてしまう程の音圧だ。

 そしてバサギリも一瞬で格闘ポケモン達に間合いを詰め、脳天に斧を叩きつけ昏倒させ、更に向かってきた相手に回し蹴りを決めてみせる。

 ストライク時代のアクロバティックな動きは今も尚、健在だ。

 更に、地面にばら撒かれ、埋め込まれた見えない岩が起爆して、敵のポケモン達にダメージを与えていく。

 

「グラッシャーッ!!」

「ボウジーンッ!!」

 

 雄叫びを上げ敵を蹴散らしていく2匹。

 しかし、当然それを掻い潜ってくる敵も出てくるわけで、素早い動きのゴーストとアブソルが集団でやってくる。

 

「ッ……こういう時はお前だ! オドシシ、あやしいひかり!」

 

 団子になってやってきた敵は、見事に全員まとめて混乱し、同士討ちを始めたのだった。悲惨。

 だが、そんな情けない味方をも蹴散らし、一際巨大なゴーレムポケモン・ゴルーグが戦場に現れる。

 

【ゴルーグ ゴーレムポケモン タイプ:ゴースト/地面】

 

「それなら出番ッスよ、カラミンゴ!!」

「くえーっ!」

 

 ゴルーグの巨大な脚に飛び乗ったのは、ピンクのフラミンゴのようなポケモン・カラミンゴだった。

 すぐさま踊るような動きでゴルーグの身体を駆け上っていくと、カラミンゴは華麗に舞い踊り──その頭に強烈な蹴りを何度も何度も何度も叩き込む。

 

「ごぉっ……!?」

 

 巨体は崩れ落ち、そのまま倒れて動かなくなってしまった。

 ファンキーな見た目のカラミンゴだが、見掛けによらず能力値は高いのである。

 

「必殺”インファイト”どうだったッスか?」

「ゴルーグに格闘技が当たってる──特性”きもったま”か!」

「言ったっしょ! 今時の格闘使いは、バッチリゴースト対策もしてるんスよ!」

「くえー!」

 

 翼を広げ、得意げにカラミンゴは鳴いてみせるのだった。

 とはいえ何度見てもメグルには、この鳥が格闘タイプのポケモンには見えない。まんま首の絡まったフラミンゴだからだ。

 

(世の中にはまだ、俺が知らねえポケモンが沢山いるんだなあ……)

 

【カラミンゴ シンクロポケモン タイプ:飛行/格闘】

 

「く、くそっ……分かっちゃいたが、ノオト様は強すぎるし、あのチャレンジャーのポケモンも強い!」

「ヒメノ様を呼ぶぞ! めっちゃ怖いけど!」

「そんじゃあ、すんません、ノオト様ー! 俺達退散しまーす!」

「はーい、お疲れ様ッスよ本当……」

 

 散り散りになっていく僧兵たちに手を振るノオト。やはり、ヒメノに振り回される彼らには同情を禁じ得ないのだろう。

 とはいえこれで邪魔者は居なくなった。後は第三御殿に向かってひたすら走るのみである。

 

(無事で居てくれよ、アルカ……!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──妹は初めて捕まえたポケモンをボクに見せてきた。

 

「姉さん。この子、捕まえた」

「にょろにょろ」

「うわぁ、ニョロモじゃん。すごいよアルネ。ポケモンを捕まえる才能、あるんだね!」

「……」

「叔父さんに怒られちゃうかなあ。でも二人でこっそり育てたら大丈夫だよね、アルネ」

「……ん」

 

 彼女はこくり、と頷いた。

 叔父さんに見つかったらどうしようとは思っていたけど、ちょっとだけ楽しみだったんだ。

 アルネは頭が良いから、育て方とか調べていてくれてるのかな。

 そう思っていた次の日だった。

 

「ねぇ、何やってんの……? アルネ……それって、昨日捕まえたニョロモ、だよね……?」

 

 ──アルネは──刃物でニョロモの腹を──開いていた。

 

「なんで……死んじゃうよ、そんな事したら……」

「もう死んでるよ。薬で」

「え?」

 

 覚えていない。

 何も覚えていない。

 血だらけで、臓物を取り出して並べてるアルネの事なんてボクは覚えてない──

 

 

 

「──解剖って言うんだよ。知らないの?」

 

 

 

 

 

 

「──はぁァ、はぁっ、はぁっ、ぁ──ッ!!」

「お目覚めになったのですー?」

 

 とても嫌な夢だった。アルカはヒメノの声で、漸く現実に戻って来れた。

 目を擦ろうとするが、腕が鎖に絡まって天井から吊るされており、動くことが出来ない。

 暗い牢屋の中であることを彼女は察した。

 そして、自らを閉じ込めた当の本人であるヒメノが虚ろな目でこちらの顔を覗き込んでいる。

 

「……ヒメノ、ちゃん……!」

「馴れ馴れしく呼ばないでほしいのですよー♪ これは尋問。でも、貴女様次第で拷問に変わるのですよ」

「ッ……」

「……吐いて貰うのですよ。テング団の事。貴方達、ヒャッキの民の事を」

「……わかったよ」

「嘘は吐かないこと、なのですよ。ヒメノの霊感は、ジュペッタと意思疎通できる程強いのです。そして、ジュペッタの特性は”おみとおし”」

「ボクがウソを吐いたらすぐ分かる、でしょ?」

「話が早くて助かるのですよー♪」

 

 ──アルカは、隠すことを諦めた。  

 今更、ヒャッキにもテング団にも未練はなかった。

 

「先ず、貴女はテング団、ないしその協力関係にあるのです?」

「ッ……」

「はいか、いいえで答えるのですよ」

「……いいえ、だ。とっくにボクは抜け人になった身さ」

「……」

 

 ヒメノがジュペッタの方をちらり、と見やる。

 呪い人形の様子には何一つ変わりはない。

 

「……テング団は、何処から来たのです?」

「……サイゴクと、ヒャッキは……異界の扉で繋がってる。異世界って奴だ」

「扉──異世界」

 

(ハズシ様の言っていた、ウルトラホールと似たようなものでしょうか……)

 

「異界の扉は時空のひずみ。ヒャッキには幾つか、サイゴクだけじゃなくて他の異世界にも通じるスポットが各地にある」

「その中には確実にテング団が使っているものもあるはずなのですよ。彼らは何処から現れるのか知ってるのです?」

「知らない」

「言葉を選ぶのですよ」

 

 ジュペッタの指から黒い爪が伸びた。

 ”シャドークロー”だ。

 いつでもその背中を引き裂けるのだぞ、と言わんばかりだった。

 

「知らないものは知らない……! でも、確実に異界の扉を用意してる……そればかりか、意図的に扉を発生させる技術まで確立してると思う」

「と言うのは?」

「君も見たと思う。アルネが逃げた時に使ったヤツだよ。あれが異界の扉だ」

「……成程。つまり彼女はヒャッキに逃げた、と」

「そうなるね……」

「つまり、彼らの本拠地が何処にあるのかは分からない、と」

 

 ヒメノはアルカの思っていた以上に冷徹だった。

 激する様子もなく、淡々と彼女の話を聞いていた。

 最も、後ろにゲンガーが立っている時点でアルカは気が気でない。今この瞬間も、体温を奪われ続けている。

 

「そもそも、テング団とは何者なのですー?」

「……自警団。サイゴクのオヤシロみたいなものさ。ヒャッキ地方の国の一つ、テングの国で政を行い、テングの国の為に戦う集団だよ」

「軍や警察、のようなものですー?」

「そうだ。そこに入れば、取り合えず生活は保障されるからね。目指す人も多いよ。サイゴクで食べ物に困ったことは無いけど、ヒャッキで庶民はまともな食べ物にありつけないんだ」

 

(ま、庶民じゃなくても飯にありつけるとは限らないけどね)

 

「ではなぜ、おやしろを狙うのです?」

「それは──君もハズシさんから聞いたんじゃない? 500年前の伝承さ。オヤシロに復讐心を抱いているんだ」

「”赤い月”です? サイゴクを脅かす怪現象と、貴方達の秘宝に何の関係があるのですー?」

「逆に君達は何も知らないの?」

「──貴女が今、ヒメノに口応え出来る立場と思ってるのですー?」

「思ってないよ。でも、君達が”赤い月”の事を把握してない限り、事態は進まない。なんせボク達も”赤い月”の詳細は知らないんだ」

「……こうもぺらぺらと喋って貰うと尋問のし甲斐が無いのですよ」

 

 拗ねたように彼女は言った。

 物怖じしていないわけではない。

 しかし、何処か諦めと投げやりささえ感じさせる彼女の態度にヒメノは、無性に腹が立ち、檻を掴んでガシャンと音を鳴らしてみせた。

 

「……随分と肝が据わっているのですね。まるで、このような扱いに慣れているかのようです。泣き声の一つでも漏らしてみるのです?」

「泣いて解決するとは……思ってないからね。生憎ウソも吐けないみたいだし」

「……では、これならどうでしょう?」

 

 檻を乱暴に蹴飛ばしたヒメノは──ひときわ冷たい声で言い放つ。

 

「あの氷の戻し方、なのです」

「ッ……凍らせたヤツを、倒すしかないよ。ボクも詳しい事は知らないし」

「ウソを吐いても良いことは何も無いのですよ」

「知らないったら知らない! ボクがあっちのポケモンの事を何でも知ってると思ったら大間違いだ!」

「ジュペッタ!!」

 

 ヒメノが叫ぶ。

 しかし──ジュペッタは、何処か悲しい顔で彼女の顔を見つめるばかりだった。

 

「……分かったのです。分かったのですよ。貴女は潔白なのです」

「ッ……はぁ」

 

 無実は証明された。

 安堵の息を思わずアルカは吐いた。

 しかし──

 

 

 

「でも、このまま貴女をみすみすと解放したとあれば、ヒメノも立場が無いのですよ」

「えっ」

 

 

 

 ヒメノは狂った微笑みを浮かべていた。

 

「今回の件で決めたのです♪ 時空のひずみを見つけ次第、ヒャッキに攻め込んでまとめて根切りにするのですよ、ナイスアイディアーなのですよ♪」

「は、はぁ……!? 何言って──」

「──口を慎みなさい。今この場で死んでいないことをむしろ感謝すべきなのですよ」

「正気じゃないね……! 無茶苦茶だ!」

 

 それは最早、無謀とも言える発言だった。

 今の彼女の言う事は、このおやしろの人間でも聞くとは思えない。

 ヒャッキはそもそも瘴気が満ち満ちていて、居住地以外は人がまともに住める環境ではない。

 そして、その瘴気が満ちている場所では、魔物とも言えるあの凶悪なポケモン達が生息しているのだ。

 

「君は今、おかしくなってる……! 自分でも気づいてない……!」

「では貴女がヒメノのミミッキュを元に戻してくれるのです? 傷つけられたおやしろの誇りはどうなるのです?」

「ッ……」

「ヒメノの怒りは! 悲しみは! 絶望は! あの子の苦しみは!! 何処に持っていけば良いのです!」

 

 牢屋の壁を何度も何度も拳で殴りつける。

 拳骨からは血が滲み出ており、ぽたぽたと彼女の足元に赤い水たまりを作っていた。

 

「昼晩問わず聞こえてくるのです。ミミッキュの苦しむ声が。ヒメノはオバケさんの声が分かるから……ミミッキュの声も聞こえてくるのですよ……!」

「ッ……」

「大事な家族が苦しんでいる所を……いつまでも見せられて正気で居ろと言うなら! ……ヒメノはいっそのこと、狂ってしまった方がマシなのですよ」

「ヒメノちゃん!! ダメだよ!! ヒメノちゃん!!」

 

 アルカの叫びは虚しく、彼女は牢屋を後にする。

 どうせ、弟とメグルが第三御殿に迫っているはずだ。

 あの包囲網程度をどうにもできない彼らではない。

 

 

 

「──結局、誰にも分かりはしないのですよ。ヒメノの事なんて」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話:姉弟対決

 ※※※

 

 

 

 ──幼い頃から、人には見えないものが見えてきた。

 周りの人は皆、それを先代の再来と言ってわたしを持て囃した。

 だけど、本当は恐れられていたことだって知っていた。

 

「うっふふふ、そう? 楽しかったんだね」 

「ねえヒメノちゃん、誰と喋っているの?」

「友達が出来た。皆にも──」

「──でも、ヒメノちゃん、そこには誰も居ないよ?」

「そ、そうだよ、ヘンだよ」

「っ……」

 

 町の子供が、わたしと距離を取っていくのは分かった。

 ノオトや、カゲボウズが居ないとわたしは本当に一人だったかもしれない。

 

「……カゲボウズ。今の子が見えていたのは、わたしだけ?」

「カゲゲゲ……」

「……そう」

 

 でも、ノオトはすぐに友達が出来てしまう。

 わたしはそれを、間近で眺めているだけだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 頑張れば、認めて貰えると思っていた。

 他の地方で修行すると自ら申し出た。

 父も母も、驚いていたけど──餞別と言わんばかりにわたしにタマゴをくれた。

 

「姉貴! オレっちのタマゴから、カラミンゴが産まれたんだよ! ピンクですっげーんだよコイツ」

「ミミッキュ! ミミッキュなのですよ!」

「えーっ!? 良いなぁ!? すっげー強いポケモンじゃん!! 未来のキャプテンに相応しいポケモンだよ!!」

「ふふっ、そう言われると照れるのですよー」

 

 あの頃は本当に楽しかった。

 ノオトがいつも隣に居たから。

 ポケモンも近くに居てくれたから。

 そのうち、わたしも自分の霊感を受け入れられるようになっていた。

 でも──それからどれくらいだっただろう。

 父と母が事故で亡くなったと聞いて、サイゴクに急遽戻らねばならなくなったのは。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──父と母の葬儀からしばらくしただろうか。

 ヌシ様の託宣が行われた。

 次のキャプテンを決める儀式だ。

 先代の祖父が死んでから、誰も彼もキャプテンに選ばれなかったので、皆驚いていた。

 だが選ばれるとすれば皆、わたしが選ばれるだろうと信じていた。しかし──

 

「はぁぁぁーっ!? オレェ!? 何で、オレも……!?」

「これノオト様! 神聖な信託ですじゃ!」

「で、でも、だけど……!? キャプテンは姉貴だけで十分っしょ!? 何で──」

「エリィィィス」

「ノオト。それがヌシ様の選択ならば黙って従いなさい」

「ハイ、スイマセン……」

 

 本当はあの時。

 わたしが一番不服だったのを、ヌシ様はきっと見抜いている。

 でも、教えてくれなかったのはヌシ様だ。

 わたしはゴーストポケモンの言葉が分かる。

 

 ──トモニワカチアイ、ササエアエ。

 

 意味が分からなかった。

 

(歴代のキャプテンは皆一人だった……わたしだけじゃ……不足だというの……? わたしの霊力は歴代一のはず──)

 

 それでも”イッコンのキャプテンらしく”振る舞えば、いつかは認めてくれると思った。

 そこからは修行の日々が始まった。

 霊力を更に高め、ヌシ様との連携を強める為に一緒に山に籠り、そして──強いキャプテンだった祖父を倣い、それに近付けるよう頑張った。

 

(おじい様なら、きっとこうする)

 

「──常に鍛錬を怠らないことですよ」

 

(おじい様なら、きっとこう言う)

 

「──外来種の駆逐を。一匹残らず根切にするのですよ」

 

(おじい様なら、きっと──)

 

「──あ、姉貴、さっきの挑戦者泣いてたッスよ!」

「ノオトは甘すぎるのですよ」

「で、でもぉ! 厳しすぎるのもどうかと思うッスよ! 大体試練に使うポケモンも強すぎなんスよ、あれじゃあ勝てる訳ねーッスよ」

「ではノオト。代案を出すのですよ」

 

 うーんうーん、とノオトは考えた末に──

 

「ヌシ様の力を借りるのはどうっスか? ヌシ様がよく使うコピーと挑戦者を戦わせるとか!」

「ヌシ様の得意技を利用する? ……確かにそれなら挑戦者の力量を大きく上回ることはないのですが……考えておくのですよ」

 

 だがノオトの案は思いのほか好評で──今に至るまで続いている。

 それを知ったとき、わたしは少しふさぎ込んだ。

 

(いけない……わたしがしっかりしなきゃいけないのに……ノオトに助けられるなんて……)

 

 ──そんなある日の事だった。

 

「ヒメノ様は怖いんだよなあ……」

「先代のやり方を真似してるんだろ?」

「……先代みたいにならないか心配だなあ。あれじゃあ誰も付いて来ないよ」

「その点、ノオト様は霊感は無いけど……人助けはすっごくしてるし、努力家だし」

「ああ。ヒメノ様に追いつこうと無茶な特訓ばっかするから、目が離せないけど……」

 

 それ以降も、似たような話は何度も別の場所で聞いた。

 おやしろで、町で好かれているのは、わたしより劣っているはずのノオトだったことに気付いた。

 

(……怖がらせてしまったのは事実なのですよ……誰も付いて来ないのは、キャプテンとしてマズいのですよ)

 

 それからは、出来るだけ()()()()()()()()()振る舞うようにもした。

 ノオトはよく笑う。誰にでも笑いかけている。

 わたしもあんな風に笑えれば、誰にでも認められるキャプテンになれるのだろうか。

 

「──ヒメノ様、何考えてるか分からなくって怖いんだよな……」

「あー分かる。笑顔は増えたんだけど、目は笑ってないんだよ」

「言葉の節々に圧を感じるし……」

「……」

 

 一体何がいけないのか分からない。

 わたしは何も分からなくなった。

 どうすれば良いのか分からなくなった。

 そうしているうちに、やるべき事はどんどん増えていく。

 

「姉貴ー、どうしたんだよ。元気なくねーッスか?」

「いいえー、何でもないのですよー」

「……そうかぁ? 姉貴最近明るくなって、人当たりも良くなったッスから。無理してんじゃねーかなって」

「お気遣いなく、なのですよ」

 

 そんな時にでも、ノオトはお気楽だった。

 こっちの苦労も知らないで。霊感も無いくせに。

 

「姉貴、困った事があったら何でも言ってくれよなー。今は頼りなくても、オレっち、姉貴に頼られるような強いキャプテンになってみせるッスから!」

「はいー、その時は是非お願いするのですよー♪」

 

 ──ノオト。貴方に一体、わたしの何が分かるというの?

 

「結局のところ。わたしの事を分かってくれるのは、オバケさん達……皆だけなのですよ」

 

 薄暗い自室に、ゴーストポケモンが集まる。

 その時が、一番心を安らかに出来る瞬間だった。

 

「ジュペッタ、ミミッキュ……ヒメノは少し疲れたのですよ……」

「ケタケタ……」

「みみっきゅ……」

「貴方達の声が、一番落ち着くのですよ」

 

 わたしはきっと、あまり良くないトレーナーだと思う。

 普段あれだけ厳しくしごいているのに、部屋に戻ったらこうして甘えて、何て都合が悪いトレーナーなのだろう、と何度思っただろう。

 だけどオバケさん達はウソを吐かない。ありのままのわたしでも受け入れてくれる。

 特にミミッキュは可愛がった。父さんと母さんの形見だから。

 それもあって、わたしを本当に親のように慕ってくれる。

 

「みみっきゅ! みみっきゅ!」

「……ん。ありがと、なのですよ。ミミッキュ……大好きなのですよ」

「ケタケタケタ!!」

「ああ、嫉妬しないでジュペッタ。貴方は立派な相棒なのですよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 サムイ、クルシイ、ツライ……。

 サムイ。サムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイ──

 

 

 あの日から、ずっと、ずっとこうだ。

 

「あああああ!! やめてぇえぇぇ!! もう、わかった、わかったからぁ」

 

 呪いだ。

 きっと、これは呪いの類なんだ。

 

「ケタケタケタ……」

「大丈夫、大丈夫なのです、ジュペッタ……」

 

 サムイ。サムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイ──

 

「ひぃっ……!!」

「ケタケタ!?」

「やめて、やめてミミッキュ……!!」

 

 今も、この瞬間も、ミミッキュは苦しんでいる。

 昼夜問わず、いつでも、ミミッキュの苦しい声が聞こえてくる。

 心配されたくなくて、他の誰にも言っていない。

 だって悪いのはわたしだからだ。目を離したわたしの所為でミミッキュはこうなってしまったのだ。

 だけど、限界だった。頭が割れそうで、おかしくなってしまいそうだ。

 その度にミミッキュのボールを遠ざけようとしたが、結局罪悪感は湧くばかり。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 

 夜中、ずっとわたしはミミッキュに謝っている。

 

 

  

 サムイ。サムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイ──

 

 

 涙が出てきて止まらない。

 そのうち、眠れない日の方が多くなっていった。

 

 

 

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめん……なさい……!!」

 

 

 

 許さない。

 許さない許さない許さない。

 

「寒いよね……苦しいよね……辛いよね……」

 

 あの子を、こんな目に遭わせた憎い奴らも。

 

「わたしが……わたしが、終わらせて、あげるからね……」

 

 情けない、わたし自身も。

 

 

 

 

 

 

 絶対に、許さない。

 

 

 

「ケタッ……ケタケタケタケタケタ──ッ!!」

 

 

 ああジュペッタ。

 わたしの可愛い呪い人形。

 どうか──あの子の無念を晴らしましょう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「本当だ!! 警邏のポケモンの方が100倍しつこい!!」

「だって、あの姉貴のポケモンッスからね!!」

 

 

 

 カゲボウズとゴーストの群れがメグル達を追いかける。

 彼らの”くろいまなざし”で逃げようにも逃げることもできなくなり、ジャラランガの”スケイルノイズ”、そしてバサギリの”がんせきアックス”で追い払っても次々に集まってくる。

 そればかりか、他の手持ちもカゲボウズに纏わりつかれてしまい、動けなくなっている始末。

 

(姉貴の怨みを吸って、カゲボウズは倒れても復活する──まさにゾンビッス──!)

 

「くそっ、こんな所で足止めかよ……!」

「ケケケケケ」

 

 べろん、と舌を出したてるてる坊主のようなポケモン・カゲボウズは倒しても倒しても湧き止む気配が無い。

 更に、舌に触れると身体が痺れて動かなくなるらしく「絶対に触れてはいけない」とノオトからは念押しされていた。

 

「とは言ってもこの数はどうなってんだよ……!」

「野生の個体まで引き連れてるんスよ、こいつら……! カゲボウズは怨みを吸うポケモン、姉貴の怨みはおやしろ中に蔓延してるから、それを吸いに……」

「要はWi-Fiの集団只乗りじゃねーかよ! 最悪なんだが!」

「あーなんかそう言われると最悪度増してきたッスね、こいつらぁ!!」

 

 と言っている間にもカゲボウズの数は次々に増えていく。

 メグル達の身体にも彼らは纏わりついており、次第に身体が重くなっていく。

 

「このやろ……離れやがれ!」

「ひぃぃ、舌を近付けるなッス……!」

 

 

 

 

「──ふるーる!!」

 

【アブソルの バークアウト!!】

 

 

 

 次の瞬間、甲高い怒鳴り声が周囲に響き渡る。

 ジャラランガのスケイルノイズでも離れなかったカゲボウズ達は一気にその統率を崩して、ばらばらと空中に舞い散り始める。

 何が起こった、と周囲を見渡すと壁の向こうから走ってくる小さな獣の影。

 驚くメグル達の前に現れたのは──あの子アブソルであった。

 

「ふるーる!」

「アブソル!? お前、ポケモンセンターに居ろって言ったのに!」

「しめたッス! アブソルは邪を討ち払う神聖なポケモン! アブソルの一吼えはカゲボウズにとって最大の天敵!」

 

 腕を交差させ、ノオトが叫ぶ。

 ジャラランガが鱗を最大限に震わせ、全体に音波を共鳴させた。

 

「耳があるなら塞ぐッスよ──”スケイルノイズ”!!」

 

 けたたましい鱗の音が響き渡り、空中に散らばっていたカゲボウズ達は豆鉄砲を食らったように一度静止したかと思うと、地面に次々と落下して気絶するのだった。

 

「──お、おー、すげー!」

「今のうちッス! さっさと先に行くッスよ!」

 

 と言っている間に、後ろの方から更に追加のカゲボウズ達がおかわりでやってくる。

 げんなりしながら足を止める彼らだったが、その群れにアブソルが立ちはだかった。

 

「ふるるるーる!!」

「──アブソル……此処は任せて良いのか!?」

「小さいけど戦闘センスは抜群……此処は頼むッス!」

「無理しちゃダメだからなー!」

「ふるるるー♪」

 

 ぴょんぴょん、と何故か跳んで喜んだ後──キッ、と鬼気迫るあの表情になったアブソルは再びカゲボウズの群れ目掛けて甲高い怒鳴り声をぶつけるのだった。

 そうしていくうちに、第三御殿まで残りは大きな庭園を1つ挟むのみとなる。

 門を開け、中に押し入ると、やはりというべきか彼女はそこに立っていた。

 

「おやおやおやー、誰を心配してこんな所にやってきたのですー?」

「姉貴……!」

 

 ヒメノの顔からは朗らかさが消え失せ、すぐさまボールを目の前に放り投げる。

 現れたのはドラパルト。彼女が信頼する幽霊竜だ。 

 元より手加減するつもりなど最初から無いのだろう。

 

 

 

「キェェェェェェェン!!」

 

 

 

(ドラパ……!? 姉弟揃って600族かよ!? レベル的に今の俺が勝てる相手じゃねえ……だけど、引き下がれない!)

 

「これ以上先は行かせないのですよ。元より有象無象には期待していないのです」

「ヒメノちゃん……! アルカはテング団じゃねえんだ。返してくれねーかな」

「最早テング団かどうかだとかそういった段階は過ぎ去ったのですよ」

 

 虚ろな目で彼女は口角を上げてみせる。

 

「ヒメノは、ヒャッキの民全てに復讐するため、兵を挙げることにしたのですよ」

 

 二人は戦慄する。

 脅しなどではない。本気でこの子ならやりかねない。

 

「何言ってんだ──戦争でもしようってのか!?」

「……目ェ覚ますッスよ、姉貴。幾らミミッキュが大事でも、あいつの為に戦争起こしたらテング団以下っしょ」

「霊感が無いノオトには分からないのですよ。あの子の痛みは。苦しみは」

「ああ、分からねえッスよ」

 

 前に進み出たノオトは、いつになく真剣な眼差しだ。

 

「でも……姉貴だって分からず屋だ!! 今、謂れの無いあんたの怒りを受け止めてんのが誰なのかも分かんねえのかよ!!」

 

 ノオトはジャラランガの入ったボールを投げる。

 奇しくも、大器晩成なドラゴンタイプ2体がその場に並び立つことになるのだった。

 

「メグルさん。オレっち、姉貴にお灸を据えてやるんで先に行くッス」

「おいおい大丈夫なのかよ……!?」

「確かにオレっちは姉貴よりも弱ェ! でも、だからって此処で逃げるような情けねえ生き方はしてねーッス。せめて、アルカさんだけでも助けるッスよ!」

「……ノオト。今のお前、すっごく頼れる男だと思うぜ!」

 

 メグルは走り出す。 

 目指すは反対側の門。

 だが、それを大人しく見逃すようなヒメノではない。

 

「メグル様。悪いことは言わないのです。大人しく退くのですよ」

 

 ドラパルトの身体が消え失せる。

 同時にジャラランガがスケイルノイズを放ち、消えていたドラパルトの子供たち──即ちドラゴンアローの弾頭──が地面に撃ち落とされた。

 メグルはゾッとする。それらはまさに、彼の進行方向に放たれていたのである。

 

(今これ、俺に向かって撃ったの?)

 

「どうしてステルスポケモンと呼ばれているのか、貴方にはもう一度教えなきゃいけないようですね」

 

 同時にジャラランガの足元からドラパルトが現れ、尻尾を叩きつける。

 しかし、その強固な身体にはバツグンですらない攻撃は通用しない。

 

「ゴーストダイブなんざ効かねえッスよ! ジャラランガ、ソウルビート!! ドラパルトの速度に追いついて、メグルさんの進路を確保するッスよ!」

 

 身体を打ち付け、全身の鱗を震わせるジャラランガ。

 ボロボロと鱗が剥がれ落ちていくものの、興奮して目から赤い稲妻が迸り、ドラパルトに勢いよく接近する。

 

(確かありゃ、ジャラランガ専用の積み技! 全部の能力を1段階上げる代わりに体力を削る技だ! あれならドラパに追いつける!)

 

「ッ……姿を消すのですよ、ドラパルト。不可視のドラゴンアロー!」

「渾身の”スケイルノイズ”で炙り出ァッス!!」

 

 弾頭を炙り出すどころか、今度はドラパルト本体のステルスも解除され、地面に叩きつけられてしまうのだった。

 

(押されてる……ヒメノのドラパルトは強いなのです……こんなバカな事、有り得るはずがない!!)

 

「起きなさい、ドラパルト……ジャラランガはスケイルノイズとソウルビートの反動で、一発でも当たれば落ちるのですよ」

「キェェェエン……」

 

 起き上がったドラパルトが──振り返り、ヒメノを見やる。

 とても哀しそうな目だった。虚ろな主人の顔を見ていられない、と言わんばかりだった。

 その視線に気づいたヒメノは、ヒステリックに叫ぶのだった。

 

「何で、そんな目でヒメノを見るのです……刺し違えてもジャラランガを倒しなさい──ドラパルト」

「キェェェェン……」

 

 ジャラランガがドラパルトに追いついた事によって、ヒメノ側もメグルに注視出来なくなる。

 完全に互角の勝負が始まった。

 その隙にメグルはバトルコートの脇を通り抜け、第三御殿に急ぐ。

 

(すっげぇ良い勝負してんじゃねえか、ノオト! 謙遜してたけど……これなら姉貴にも勝てちまうかもだぜ!)

 

 それを見た後──「もう良いのです」と呟き、ヒメノは完全に視線をノオトに向けた。

 

 

 

「──今ヒメノは、どうしようもなくむしゃくしゃしてるのですよ。呪われても知らないのですよ」

「なら、オレっちが受け止める。姉貴のどうしようもねぇ気持ち全部、正面から撃ち砕く」







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話:StarDust

 ※※※

 

 

 

 何ともまあ物々しい雰囲気の御殿であった。

 よあけのおやしろの中では、最も古く、そして如何にも「何かあった」風を醸し出している。 

 地下になぜか牢屋がある事と言い、真の意味でいわくつきなのだろう。

 

(ま、まあ良いや、早いところ助け出さねーと……)

 

 メグルが一歩、そこを踏み出した時だった。

 ──御殿の前は照明で照らされており、丁度影が映るようになっている。

 それが不自然に歪んでいき、翼の生えた獣の形を象っていく。

 思わず後ずさる。甲高い、あの独特な鳴き声がおやしろに木霊していく。

 

 

 

「──エリィィィス!!」

「話がちげーじゃねーかよ……!」

 

 

 

 敵意は感じない。

 今まであれだけ、恐ろしい野生ポケモンと出会って来たので、いい加減メグルも相手が明確に殺意を抱いているかは分かるようになっていた。悲しいかな。

 しかし、何故か周囲に影で作られた剣が浮かび上がっている。おかしいかな。

 

「おいおいおい、アケノヤイバ! もうすぐそこに、アルカが居るんだ。通してくれねーかなぁ!」

「──エーリィィィス……!」

「……はぁーあ」

 

 溜息を吐いた後、メグルはゴーグルを掛ける。

 一気に視界はクリアになり、暗視機能でアケノヤイバの姿もより鮮明に映った。

 相手はヌシ。本気で戦わなければ、勝てはしない。

 

(メガシンカポケモンの種族値は……そして常時メガシンカしていて、昔から生きてるコイツは実質準伝クラスの強さと考えていい)

 

(勝てるのか? 本当に?)

 

 ギリッ、とメグルは唇を噛み締める。

 勝てる勝てないか、ではない。勝たなければ先には進めない。

 

「俺達戦う理由なんて無いよな、アケノヤイバ」

「エリィィィス……!!」

 

 次の瞬間、影の剣が幾つも浮かび上がり、メグルの足元に突き刺さる。

 思わず飛び退いたが、相手は完全にやる気だ。

 

「……分かったよ。そっちがそのつもりなら、押し通る!!」

 

 メグルはボールを投げて、バサギリを繰り出す。

 

 

 

「エーリィィィィィス!!」

 

 

 

【ヌシポケモン・アケノヤイバに勝利し、力を示せ!!】

 

 

 

(……メガアブソルの種族値はH65A150B60C115D60S115……高いACSに比べて耐久は紙以下……押せば通るはず──)

 

 すぐさまバサギリが飛び出し、壁を蹴って宙を舞う。

 

「──”がんせきアックス”!!」

 

 くるり、と一回転したバサギリはそのまま首を落とさん勢いで斧を高速で振り下ろす。

 しかし──そこにアケノヤイバの姿は無かった。

 周囲にステルスロックがばら撒かれ、地面に埋め込まれる。

 だが、足音も無く消える敵を前に意味を成さないだろう。

 

「──グラッシュ……!!」

「落ち着けバサギリ! ヤツは攻撃するために必ず出てくるはずだ! 見極めろ!」

 

 その時だった。

 メグルは周囲に寒気のするような気配を感じとる。

 辺りを見回すと、壁の上にアケノヤイバが。

 更にその周りには全身が影で出来たアブソルが立っていた。

 

【アケノヤイバの デュプリケート!!】

 

 アケノヤイバの一吼えで、影のアブソルは次々にバサギリに襲い掛かってくる。

 一挙手一投足がヌシのそれにも負けず劣らずの苛烈さはまさに複製品と言う言葉が相応しい。

 だが、流石にそこは手持ちの中でも一番の武闘派・バサギリ。

 例え相手が複数体であっても押し負けはしない。一体一体の攻撃をいなしていき、叩き斬っていく。

 しかし、それだけに本体・アケノヤイバの姿が消えていることに気付かなかった。

 

「──今度は何処行った、あいつ──!?」

 

 

 

【アケノヤイバの はどうだん!!】

 

 

 

 キィィィン、と甲高い音が聞こえてメグルとバサギリは上を見上げた。

 

「ッ……まさかあいつ、特殊アタッカー!?」

 

 言う間も無く、複製品のコピーも巻き込んで、何発もの”はどうだん”の雨が降り注いだ。

 耐久力に優れるバサギリと言えど、砲撃の雨には耐えられない。

 結局、アケノヤイバに一発も弾を当てることなく倒れ伏せたのだった。

 

「も、戻れバサギリ……!」

 

(バサギリがやられた……! あいつが格闘/ゴーストと仮定するなら、有効打を与えられる奴は居るのか!?)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

【ドラパルトの ドラゴンアロー!!】

 

【効果は抜群だ!!】

 

 

 

「──おやおや、それで終わりなのです?」

 

 

 

 ジャラランガはドラパルトの前に倒れ伏せていた。

 

「霊気を解放したのか姉貴……!」

「……よあけのおやしろの理念。忘れたとは言わせないのです。怨みは、人とポケモンの力を増すのですよ」

「ッ……それは先代の、間違った教えだろが……!」

「間違って等いなかったのです! 現にドラパルトの力は更に増幅しているのです!」

 

 ──イッコンのキャプテンが代々、強い霊感を持っているのには理由がある。

 それは、一族の中で強い霊感を持つものが選ばれているから──そして、強い霊感を持つ者はゴーストタイプと心を通わせることが出来るからだ。

 それ故に、キャプテンはゴーストポケモンの影響を受けやすく、また与えやすい。

 憎悪に塗れた今のヒメノは、ゴーストポケモンにとって絶好の栄養源である。

 途中まで押されていたドラパルトだったが、ヒメノが霊気を解放した──つまり自分の持っている力のリミッターを完全に外したことで、彼女の憎しみに煽られ、”ソウルビート”が乗ったジャラランガを上回る力を手に入れたのである。

 ……しかし。

 

「キ、キェェェェェン」

 

 散々”スケイルノイズ”を受けていたためか。

 あっさりとドラパルトも地面に沈んでいく。

 

「ッ……戻るのです、ドラパルト」

「なあもうやめようぜ、姉貴! 見てらんねーよ……!」

「やめる? 今更一体何を! 後戻りなんて出来ないのですよ」

「出来るッスよ! そのためにオレっちが居るんだろ!?」

「メガシンカも出来ない貴方に……霊感も無い貴方に。ヒメノの事なんて分からないのです」

 

 彼女はジュペッタの入ったボールを握り締め、空中に放った。

 中からはジュペッタが飛び出す。

 口のジッパーは開かれており、常時呪いの力が駄々洩れとなっている。

 だが、幾ら漏れても尽きることはない。何故なら、ジュペッタこそヒメノの最初の相棒であり、ヒメノと最も心を通わせているポケモンだからだ。

 その姿はノオトにとっても悍ましいもので、思わず引き下がる。だが、此処で逃げることなど出来ない。

 

「ッ……ルカリオ。頼むッスよ」

「幾らルカリオと言えど、メガシンカのあるジュペッタには──勝てないのですよ」

 

 ヒメノはキーストーンが埋め込まれたメガマガタマを取り出す。

 

 

 

「──メガシンカなのですよ──ジュペッタ!」

 

 

 

 ※※※

 

「──次はお前だ、オドシシ!! せめて混乱させれば──”あやしいひかり”!!」

「ブルルルゥ!!」

 

 しかし、あまりにもアケノヤイバは速過ぎる。

 その姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはオドシシの背後に回り込み、連続で”はどうだん”を叩きこむ。

 当然、一致抜群の攻撃を受ければ耐えられるはずもなく、オドシシも敢え無く沈むのだった。

 

(レ、レベルが違い過ぎる……! 旅パで手持ちの体力が一気に溶かされるって、こういう事かよ……!?)

 

「何考えてんだよマジで……適正レベルを考えろ、適正レベルを! 後、もうちょっとだってのに……!」

「エリィィィス……!」

「何でだアケノヤイバ! 通してくれ!」

「エリィィィス……」

 

 メグルを取り囲むようにして、再びアブソルの影が現れていく。

 そして彼らの周囲に大量のシャドーボールが浮かび上がり、メグル目掛けて飛んで行く。

 飛び退いて避けるのが精一杯だ。

 

(分身と消える身体……物量で押し潰すのがコイツの基本戦略……何でコイツがヌシになったのか、分かるような分かりたくねえような!)

 

「ヘイラッシャ!! 次はお前だ、頼む!!」

「ラッシャーセーッ!!」

「”ダイビング”だ!!」

 

 水を纏い、そのまま宙に飛び上がったヘイラッシャは、アケノヤイバ目掛けて飛び掛かる。

 しかし、幾ら相手が巨体と言えど、鈍重な身体では俊足のアケノヤイバを捉えるなど不可能。

 そればかりか、標的の身体は消えてしまい、ヘイラッシャはそれを見失ってあたふたするばかりだ。

 

(やっぱダメか、速度が違い過ぎる……バサギリがダメなら、他のヤツで追いつけるわけがねえ!)

 

【アケノヤイバの ──はどうだん!!】

 

 またしても、その周囲に大量の弾幕が浮かび上がる。

 それがミサイルのように正確にヘイラッシャの急所を射抜いていく。

 元より防御は高くとも、特防は高くないポケモンには耐え難い。 

 そのまま低い呻き声をあげると、ヘイラッシャは仰向けに倒れてしまうのだった。

 

「ッ……ダ、ダメだ、このままじゃ全滅だ……!! ゴローニャ──じならしであいつの動きを止めろ!」

「ゴロロロローンッ!!」

 

 転がりながら地面を打ち鳴らすゴローニャ。

 しかし、地面に立っていたと思われていたアケノヤイバの身体は気付けば宙に浮かび上がっており、更に分身した上で大量の”はどうだん”をゴローニャにぶつけるのだった。

 

【効果は抜群だ!!】

 

 アケノヤイバの”はどうだん”の弾幕から逃れる術はない。

 分散されている分、一発一発の威力は控えめだが、必ず命中する弾幕など並みのポケモンが受ければ

 時間稼ぎにもなりはしない。

 メグルに残っているポケモンは──イーブイしか残されていない。

 だがイーブイの技は全てノーマルタイプ、ゴーストタイプのアケノヤイバに有効打は無い。

 

「頼むアケノヤイバ──通してくれ……俺はアルカを、連れて帰らねえといけないんだよ……!」

「エリィィィス……」

「あいつは──故郷に居場所が無いんだ……! だからサイゴクまでやって来たんだ……!」

 

 だが懇願虚しく、はどうだんの一発がメグル目掛けて飛び──炸裂した。

 

「がはっ、ごほっ……!!」

「──エリィィィス」

 

 立っているのもやっとだった。

 手持ち達は皆、これを数十発も受けて倒れたのか、とメグルは痛みを噛み締める。

 

(今思えば……初めて会った時、放っておいたら、そのまま一人で死んでしまいそうだってカンは間違ってなかったんだ……!)

 

 明るい態度に騙されそうになったが──アルカはずっと、辛い思いを押し隠していた。

 故郷では「無能」の烙印を押され、逃げてきた先でも故郷という「過去」が迫ってきて逃げられない。

 おまけに、この地では己の素性もロクに明かすことが出来る相手も居ない。 

 それがどれだけ心細かったか、今のメグルならば分かる。

 

(分かんだよ……俺も元の世界じゃぼっちだったから……大学で友達も出来なかったし……一人暮らしだから、毎日家に帰っても誰も居ない!)

 

 きっと、彼女の受けた痛みは自分の比ではないだろう。

 そんな事はメグルにも分かっている。

 しかし。だからこそ、放っておけないのだ。

 

(それが当たり前すぎると、忘れちまうんだよな──寂しいってことをさ!!)

 

 だからこそ、彼女も自分から離れなかったのだ。

 この世界に来たばかりのころ、助けてくれたユイや博士がどれほど心強かったか。

 今彼女にとって、頼れるのは自分しかいない。ならばどうして此処で立ち止まっていられようか。

 

(俺が此処まで……来れたのは、仲間のおかげだ……人もポケモンも関係ないんだ……!)

 

 戦える手持ちが居なくとも。まだ足は動く。

 牢屋がある第三御殿に、身体が勝手に動いていく。

 

「俺だって、何か掛け違ってたら今頃一人だったかもしれない……例え俺だけでも良い、あいつの味方になってやりてぇんだよ!!」

「……フッ」

 

 アケノヤイバの口角がふっ、と上がった気がした。

 そして、何もせずとも──ボールが弾ける音がした。

 

 

 

「──プッキュルルルルィィィ!!」

 

 

 

 アケノヤイバと、メグルの間に割って入るようにして──イーブイがその場に立っていた。

 

「イーブイ……!?」

「……ぷっきゅい」

「ダメだイーブイ! 幾らお前でも、アケノヤイバには勝てない! 有効打が無さ過ぎる!」

「……」

「良いかイーブイ、此処でお前まで何かあったらマズい! 此処は俺が一人で何とかするから、ノオトの所に行って、あいつに──」

 

 

 

【イーブイの でんこうせっか!!】

 

 

 

「へぶぅ!!」

 

 メグルは倒れた。

 数時間ぶりの、強烈な腹への頭突きであった。

 胃の中の物が出て来そうになるほどに痛烈だった。

 

「あ、あの、イーブイ……?」

「……ぷいー」

 

 近寄ってくる彼女は、壁にもたれかかるメグルを一瞥すると──「これで許してやる」と言わんばかりに首を差し出す。

 首輪には、かつてコハクタウンで手に入れた”かわらずのいし”が付いている。

 鈍いメグルも──漸く察し、己の不甲斐なさに自嘲の笑みが零れる。

 ゲームだって現実だってそうだ。諦めれば、そこでゲームオーバーである。

 

「……そうだな。何が勝てねー相手だよ。そんなヤツ居ねーよな」

「キュイ!!」

 

 くいっ、と彼女は第三御殿の方に目を向ける。

 メグルが何をしたいのか分かっているようだった。

 あれほど嫌っていたはずのアルカを、心の底では憎からず思っていたのだろうか。

 

「プッキュルル!」

「……うるせーうるせー、分かってるよ。あいつに一発、デカいのお見舞いしてやるんだろ! お前なら出来る! 俺は信じてる!」

 

 それを聞き──彼女はぴょい、とメグルの胸元に飛び込んで来る。

 

「ぷっきゅるるるー!」

 

 当然でしょ、と言わんばかりに彼女は胸を張ってみせる。

 そういえば初めて会った時も俺はボロボロだったな、とメグルは思い返す。

 イーブイの”たいあたり”を何度も受けて、それでも何とか捕まえて。

 そして、オニドリルのオオワザから彼女を庇ったのがきっかけで、イーブイは心を開いた。

 思えばあの時から、ずっとイーブイは自分の近くに居たな、と彼は思い出す。

 当たり前のように首元にしがみついていたので、いつの間にか忘れてしまっていた。

 

(わりーなイーブイ。気付いてあげられなくって。俺、お前にこんなに好かれてたんだな)

 

「……なあイーブイ。これから新しい手持ちが沢山入ると思う」

「……ぷい」

「だけどな、覚えておいてくれ。俺の相棒は──お前だ。それだけは変わらない!」

 

 メグルは思いっきり、イーブイの首輪の”かわらずのいし”を引きちぎる。

 月の光が、強く彼女の身体を照らしていた。

 だが、アケノヤイバも容赦の欠片も無い。

 ならば見せてみろ、と言わんばかりに”はどうだん”の弾幕を空中に張り巡らせる。

 

 

 

「進もうぜ──そして一緒に駆け巡ろう。俺達は……パートナーだからな!!」

「ぷっきゅい!!」

 

 

 

 ──弾幕が掻き消える程にまばゆい光がイーブイに降り注いだ。

 ()()()()()、月の光が差し込む日だった。

 

 

 

「──エリィィィス!!」

 

 

 

 はどうだんの弾幕が正確に二人を目指して飛んでいく。

 だが、飛び出した彼女は──それを全て一身に受けて──尚も、不敵に笑っていた。 

 ノーマルタイプに格闘タイプは効果バツグンだ。

 ……しかし。もう、目の前に居る彼女はノーマルタイプではなくなっていた。

 

 

 

【効果は、いまひとつのようだ……】

 

「──反撃の、スピードスター!!」

 

 

 

 お返しだ、と言わんばかりに星型の弾幕がアケノヤイバ目掛けて飛んで行く。

 いつものように分身して避けようとするヌシだったが、スピードスターは追撃弾。

 すぐさま本体を割り出し、アケノヤイバを爆撃する。

 

「ッ……エリィィィス!?」

 

【効果は抜群だ!!】

 

 身体から煙を上げながらヌシは漸く気付いた。この弾幕は普通ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 そしてメグルも、それは知っている。今更驚きはしない。

 何故なら彼はポケモン廃人だ。元の世界のゲームに居たイーブイの進化形の事は知り尽くしている。

 

 

 

「──ふぃーあ♪」

 

 

 

 小鳥が囀るような歌声がその場に響く。

 

 

 

「わりーな、アケノヤイバ。今夜の星屑は、ちょっと痛ェぞ」

「ふぃー♪」

 

 

 

 月に照らされる白と桃色の体毛。

 愛くるしい宝石のような青い瞳。

 そして、身体にふわりと巻き付いている長いリボン。

 その姿はまさに妖精であった。

 

 

 

【ニンフィア(イーブイの進化形) むすびつきポケモン タイプ:フェアリー】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話:ふたりの姉

 ──反撃開始だ。

 ニンフィアは、イーブイが十二分に懐いた状態で、フェアリータイプの技を覚えているときのみ進化できる姿である。

 イーブイが覚えていたのは”つぶらなひとみ”。

 そして、既に十二分にメグルに懐いていた彼女は、”かわらずのいし”を外されたことで進化に成功した。 

 そのタイプは妖精の力・フェアリータイプ。

 アケノヤイバの持つ格闘タイプに対して、非常に強く出ることが出来るタイプだ。

 あの”はどうだん”は等倍では受け切れない。並みの特防のポケモンでも受け切れない。

 しかし、ニンフィアならば──その2つを解決できる。

 

(更にイーブイの特性は”きけんよち”だった──だから、ニンフィアに進化すれば”フェアリースキン”になる!)

 

「押せ! ”でんこうせっか”だ!」

「ふぃー♪」

 

 にやり、とニンフィアの顔が捕食者のそれへと変貌した。

 ふわりと跳んだかと思えば姿を消し、アケノヤイバの眼前へと現れる。

 そして、耳の付近から伸ばしたリボン状の触手で何度も、何度も何度も何度も高速でアケノヤイバを殴りつける。

 ノーマルタイプのはずの”でんこうせっか”だが、ゴーストタイプのアケノヤイバに突き刺さるように効いている。

 

「どうだッ! 特性・フェアリースキンは、ニンフィアのノーマル技の威力を上げる上に、フェアリータイプに変えるんだ!」

「ふぃーあ♪」

「エリィィィス……!」

 

 だが、それを見ても尚、愉しそうにアケノヤイバは笑みを浮かべてみせる。

 今度は周囲に顕現させた分身を次々に剣の形へと変えていく。

 古来より、アブソルとは刀剣の化身だった。そう呼ばれる理由は──他でもないアケノヤイバにある。

 自在に影を変幻させることが出来るアケノヤイバは、自らの分身を刀に変えることなど容易い。

 そうして連ねた五本の刀剣を広げて、そこに自らのエネルギーを注入していく。

 メグルも見れば分かった。オオワザだ。

 

【アケノヤイバの──】

 

 発動までに時間こそ掛かるものの、あれこそがアップリューのオオワザを食い止めていた剣だ、とメグルも確信する。

 防御に向けるだけでも強力だったオオワザだが、当然攻撃に転じさせれば今度こそ潰滅は免れない。

 阻止しなければ、ニンフィアもメグルも倒れて、此処で終わりだ。

 

「──ど、どうにか阻止できる方法……!!」

「ふぃー!」

 

 ニンフィアはふわり、とメグルの前に立つ。

 剣など正面から受けてやる、と言わんばかりに。

 

「無茶は承知か──なら乗ってやるよ! スピードスター!!」

 

 

 

 

【──”あかつきのごけん”!!】

 

 

 

 

 剣は、星の弾幕を打ち破り──勢いよくメグルとニンフィア目掛けて飛んだ。

 砂埃を巻き上げ、音をも置いていく勢いで五本の刀剣は、地面に突き刺さっていた。

 一瞬死を覚悟したメグルだったが、しばらくして自分にもニンフィアにも何一つ傷が無い事に気付いた。

 

「え? あ、あれ……?」

「ふぃー……?」

 

 何が起こったか分からない、と言わんばかりにメグルとニンフィアはアケノヤイバの方を見やる。

 地面に突き刺さっていた五本の刀剣を消すと──アケノヤイバは何処か満足したように、その場から消えるのだった。

 

「な、何だったんだよアイツ……最後の最後でオオワザを外した?」

 

 まるでオオワザを見せつけるためだけに放ったようだった。

 ニンフィアの方を見ても「さぁ」と言わんばかりに鳴くばかり。

 むしろ攻撃をわざと外したアケノヤイバに不満さえ隠せないようだった。

 だが、いずれにせよ──メグル達はヌシを退けることに成功したのである。

 

「でも、勝った……ってことで良いのか? 一応」

「ふぃーあ♪」

 

 ふわり、と跳ねるとニンフィアはメグルの身体によじ登ろうとする。

 しかしイーブイの頃と違って、中型犬ほどに大きくなった彼女はもう、首に掴まる事は出来ない。

 そのままメグルを押し倒してしまうのだった。

 

「っと、すげーよニンフィア、やっぱお前は自慢の相棒だわ! よくやったな!」

「ふぃー♪ ふぃー♪」

 

 ぐりぐり、と彼女はメグルの胸に頭を押し付ける。

 そしてメグルも──先程は撫でてやれなかった彼女の頭に手を置いたのだった。

 イーブイの頃よりも、好意を剥き出しにして甘えて来るニンフィア。

 このまま撫でていると無限に甘やかしてしまいそうになるが、まだアルカの救出が残っている。

 

「……さてと、後はアルカを助け出すだけだな」

フィッキュルルルィィィ

「やべ、アイツの名前出したら露骨に機嫌悪くなった、痛い痛い痛い!! リボンで叩くな痛い!!」

 

 ──尚。進化したとて、性根はどうやら変わっていないようであった。安心。

 とはいえ、今まではじゃれていたのがリボンによる叩きつけ、締め付けに変わったので確実にグレードはアップしていた。

 

 

 

「畜生!! お前は凶悪毛玉改め凶悪リボンだーッ!!」

「ふぃーあ♪」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 第三御殿の扉を開け、見取り図から地下室へ続く階段へ迷うことなく進む。

 だが、石段は思っていた以上に長く。漸く露になった地下牢へ続く通路を見て、メグルはうんざりしたように声を上げた。

 

 

 

「扉、多すぎじゃねえ……!?」

「ふぃー……!」

 

 

 

 見取り図には書かれていなかった地下牢の全貌だ。 

 

(地下通路には幾つか扉があるんスけど、それぞれは独房ではなく、アリの巣のように地下牢を幾つか携えた通路に繋がってるんス)

 

 

 

()()()ってレベルじゃねーよ! 何処探せば良いんだ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「な、何故──メガシンカ、しないのです──!?」

 

 

 

 ──ヒメノのキーストーンは、反応しなかった。

 何度触れても、光を発することはなかった。

 思わずジュペッタに何か異変があったのでは、と彼女は相棒の方を見やる。

 ジュペッタは笑わない。いつものように。

 

「……ジュペッタ、どうしたのです!?」

 

 彼女が呼び掛けたその時だった。

 

 

 

「──びええええええん、ええええええええん」

 

 

 

 

「な、泣き出した……凄い勢いで……」

「どうしたのです、ジュペッタ!」

 

 思わずヒメノはジュペッタに駆け寄る。

 相棒が、大粒の涙をこぼしながらわんわんと泣き喚き、それ以上戦うことすらしない。

 流石のヒメノも、最大の相棒の異変に困惑を隠せず、彼の肩を掴んで揺する。

 

「貴方はこんな所で泣くような、弱虫さんじゃないのですよ、ジュペッタ! ジュペッタ!」

「強がるのは、やめにするッスよ姉貴」

「……ノオト! これは──」

 

 ノオトは知っている。

 同じおやしろで育ったのだ。

 格闘タイプだけではなく、ゴーストタイプのポケモンの性質も──熟知している。

 

「ジュペッタは呪い人形。持ち主と鏡映し。本当は……一番泣きたいのは……姉貴なんじゃねえッスか」

「ッ……」

「びええええええん、びええええええええん」

 

 泣き叫び続けるジュペッタを前にして、ヒメノはへたり込んでしまう。

 図星だった。

 ずっと誰にも言えなかった。否、意地を張って言わなかった。

 決壊してしまうほどの心の痛みを、ジュペッタも一緒に受けていたことを彼女は察した。

 

「びええええええん、びええええええええん」

「なぜ、なぜ、そんなにも泣くのです、ジュペッタ……そんなに泣かれたら……ひっぐ……わたしまで……ひっぐ……」

 

 泣き喚く声は、2つに増えた。

 それを見つめるノオトは──姉に勝てこそしなかったものの、一先ず安堵の息を吐く。

 

「姉貴。辛かったなら……最初っから辛いって言えば良かったんス」

「だって、だってぇ……わたしは……わたしはキャプテンで……」

 

 ノオトには霊感は無い。

 しかし、一人で苦しむ姉の姿はずっと見てきた。

 表面上は何も無いように振る舞っていても、ずっと人に見えないところで彼女が傷ついてきたことも知っていた。

 そして、霊感を持たない自分に、姉が壁を作っていることなどとうの昔に察していた。

 それでも──ノオトがヒメノに寄り添う理由など、1つしかない。

 彼女が辛いと彼も辛い。胸が痛い。

 ただ、それだけの理由だ。

 そしてそれは、ノオトだけではなくヒメノのポケモンも同じだっただけだ。

 だから今、ジュペッタは泣いている。

 

「本当は……ノオトが羨ましかった……でも、わたしのような辛い思いを……ノオトには、してほしく、なくって……」

「オレっちも……姉貴には、自分が辛いと思うような選択は、しないでほしいんス」

「わたし……ノオトに優しくしてもらうような良い姉じゃない……貴方を見下して……酷い事をいっぱいして……」

「そうッスね。姉貴は酷い姉貴ッス。でも……オレっちにとって、たった1人の姉貴ッスから」

「ッ……うっ、うぐっ、ひぐ」

 

 ノオトは──ヒメノの手を両の手で包む。

 手も、手首も、自傷の痕でいっぱいだった。

 

「姉貴が辛いと、オレっちも辛いんスよ。でも、それを隠す必要はねーんス。隠してほしくねーッス! ……オレっちにも、背負わせてほしいんス。オレっちも、キャプテンだから」

「ッ……ノオト」

「周りを傷つけるやり方は、姉貴だって辛いはずッス。だから──オレっちは、姉貴も、皆も泣かなくて良いようにしたい……でも、オレっち一人でも、それは無理なんスよ」

 

 ノオトは自らの弱さを自覚している。

 霊感も無ければ、メガシンカも無い。

 キャプテンの中では最も弱く、姉には未だに勝てたこともない。

 しかしそれでも誰かと共に闘うことで得られる強さをノオトは知っている。

 例え弱くとも、食らいつくことで開かれる道があることをノオトは知っている。

 

(メグルさんには……感謝しねーといけねーッスね。あの人が居なかったら、姉貴に盾突くなんて考えられなかったから)

 

「今だって頼りないかもしれないけど……それでも今! 今、オレっちに、頼ってほしいんス!!」

「救いなんて──求めてないのですよ。ヒメノはいっぱいいっぱい……酷い事をしたのです。地獄に落ちるのですよ」

「その時は一緒に落ちてやるッスよ」

 

 父も母も、もう居ない。

 親戚は居ても、明確に血を分けているのは、ノオトにとってヒメノしか居ない。

 同じ日に産まれた双子だからこそ。長い間一緒に居たからこそ。

 どんなに断絶したと思っていても、繋がりを感じてしまうのかもしれない。

 

「ノオト……ひぐっ、びえええええええん」

「ちょっ、姉貴!? あーもう、そんなに泣かれたらオレっちまで……うぐっ、ひぐっ」

 

 ──結局。泣き虫なのは姉弟一緒なのだった。

 

 

 

「くわんぬ……」

 

 

 

 取り合えず、ボールから出されたまま、オロオロしているルカリオに収拾が付けられそうにないのは確かである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──10歳のころに両親が死んで、ボク達姉妹は叔父夫婦に面倒を見て貰うことになった。

 だけど、叔父夫婦は手間が掛かると言って、ボク達を疎んだ。

 何かと理由を付けては、ボクを座敷牢に閉じ込めた。大きな家のはずなのに、ご飯を抜かれた事は一回や二回じゃない。

 殴られたり、蹴られたりはしょっちゅうだった。

 

「痛い!! 痛いよ、おじさんっ……」

「何でお前は……こうも出来が悪いんだァ!? ああ!? あいつの顔を思い出して虫唾が走る!」

「うっぐ……お父さんを、悪く、言わないで……」

「良いかァ、俺がお前を預かってやってるのはな。体裁と、面子と、んでもって保身のためだ。姪を見殺しにしたら売上に響く」

「ッ……あっ、う、血が……傷が、開いて……」

「綻びってのは些細な所から起きるものだからなァ。その()()()()にキッチリ刻んでおけ」

 

 唯一の救いは、町で拾った古本だった。座敷牢に予め本を持ち込んで、閉じ込められた日はそれを読み耽った。

 結局バレてすっごく怒られて、家から叩きだされたんだけどね。

 でも、あのひと時の経験が今のボクを作ってる。

 

 

 

 

 ヒャッキの外には──別の世界があるんだ。

 

 

 ヒャッキは昔、サイゴクって国と秘宝を巡って戦争したんだ。

 

 

 そしてサイゴクには──皆が殺し合ったりしなくても良くなるような、秘宝があるんだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そう信じて、ボクは這いずるように生き続けた。

 アルネは──優秀だった。

 

「穀潰しが!! 何でアルネのように出来ないんだオマエは!!」

「……」

「痛いの一言も言えんのか、オマエはァ!!」

「──おじさん。例の機械の試作品が作れた。多分、これ自動化できる。人の力は要らない」

「おおーう、流石だアルネ──自動化ァ!? 自動化って何!?」

「っ……アルネ」

「……姉さんを虐めてる場合じゃない。これで、来期の利益は2割上がる」

「そうだなぁ、ゴミに構ってる暇はねぇってもんよなぁ」

 

 頭が良かったから、叔父はアルネに自分の仕事を手伝わせて可愛がった。

 ボクは同じ頃。周囲からも無能と疎んじられていた。

 不器用だったんだ。得意な事なんて、本を読むことだけだった。

 でも、そんなの言い訳にならない。ヒャッキは何時の日も戦時中だ。無能は要らないんだ。

 

「座学も赤点。訓練もへなちょこ。お前は一体何で生きとるんだ? ええ?」

「それは……」

「テングの国は何時何処から攻められてもおかしくないんだ。それでテング団に入りたいとは片腹痛い。お前なんぞ誰も要らんわ」

「ッ……」

「……明日からもう来なくて良いぞ」

 

 ボクの居場所は何処にも無かった。

 そうしてある日、アルネは──テング団に貰われていった。

 叔父は妻が亡くなった後に、すっかり堕落して、アルネに仕事を任せっきりだったから狼狽した。断ろうにもテング団には逆らえなかったからだ。

 謝礼金は沢山貰ったはずなのに、それだけじゃ足りなかったみたい。

 叔父はおかしくなった。

 

「……誰も彼も俺の近くから居なくなりやがる」

「お、おじさん……」

「何でお前はまだ生きている? 何でお前はまだ居る?」

「ひっ」

「……目障りなお前がァ、何でまだ生きているゥ!? ああ!?」

 

 

 

 残ったボクを──殺そうとした。

 

 

 

 それを察した時、ボクは逃げて、逃げて逃げ続けた。

 

 

 

 しばらく放浪して──意識も朦朧としていたあの日。

 

 

 

 ついにボクは見つけたんだ。異界の扉を──

 

 

 

 ──あの時、ボクは死んだように生きていて、そして死ぬつもりで身を投げたつもりだったのに。まだ生きている。

 

 

「ちょっとじいさん!! 女の子が倒れてるのよ!!」

「ええー!? 何だってェ!? 聞こえねーべ」

 

 

 

(……空の色が、違う……)

 

 

 

(もう死んだっていいや……別の世界は、あったんだ……それだけで、ボクは……十分だ……)

 

 

 

(……お腹が、空いたな……)

 

 

 

 ()()()()()()()()()、そう思ってた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(……うとうとしちゃった。また、昔の……夢か)

 

 

 

 アルカは目をゆっくりと開けた。

 閉じ込められているのには慣れている。

 牢屋の中は落ち着く。その間は誰にも殴られないし蹴られないからだ。

 だけど、階段を降りて来る音が聞こえてくる。びくり、とアルカは肩を震わせた。

 

「ッ……ヒメノちゃん……?」

 

 カタン、と何かを閉じるような音が遠くで聞こえた。

 思わず身体が強張った。

 もしかしたらヒメノが帰って来たのかもしれない。

 だが、もしも彼が助けにやってきてくれたのならば。

 叫ばずにはいられなかった。この地下牢は、あまりにも扉の数が多い。

 

「おにーさん……おにーさん!! 聞こえてますか!!」

 

(ゴミのように扱われて、死にたいと思った日もあったけど)

 

 ──アルカちゃん、ごめんねぇ……面倒、見切れなくなっちゃって……。

 

 ──そんな! ダメです! 死んだら……ダメですよ……ボク、どうしたら……。

 

 ──生きていたら、きっとね親切にしてくれる人は、いっぱい、居るのよ? きっと、きっとよ……。

 

 ──居ないですよ……そんなの……!

 

(辛い別れが続いて、消えたくなった時もあったけど……!)

 

 

 

 ──お礼なんて要らねえよ。行き倒れて死なれても寝覚め悪いしな。

 

 

 

 

「おにーさん!! ボクは、此処です!!」

 

(それでも、今、ボクは生きてる……何気ない親切で、ボクの命を繋いでくれた人たちのおかげで……ボクは生きてる……!)

 

「ボクは、此処です!! 此処に居ます!!」

 

(ボクは決して褒められた人間じゃないけれど。それでもまだ、その人達のために、生きていたい。汚くても、泥水啜っても、生きていたい)

 

「此処です!! 此処にっ……此処に居ます!! 生きてます!! おにーさん!!」

 

 扉が音を立てて壊れ、更に石段を駆け降りる音が聞こえてくる。

 息を切らせて、全身がボロボロで。

 

 

 

(だから──おにーさん。もし、貴方がもう一回ボクの前に来てくれたなら。ボクはその手を……取っても良いですか?)

 

「アルカ!!」

 

 

 

 それでも彼は、アルカの前に辿り着いたのである。

 

 

 

 

「……おにー、さん……遅いですよ……もう……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話:大騒ぎの次の日はお通夜になりがち

 ※※※

 

 

 

「うわ、鎖が絡まってやがる……どうすりゃいいんだコレ」

「痛い痛い! 挟まってますって! そこ!」

 

 手持ちは既に全員元気の欠片で回復している。ポケモンの力で外せるならそれが手っ取り早いだろう。

 しかし、いまいち適していそうな者が思いつかない。

 

「ふぃー、ふぃー」

「いや、お前には無理だろニンフィア」

「フィッキュルルィィィィ」

「あーやめろやめろ噛むんじゃねえ! 歯が欠けたらどうする!」

「ふぃー」

 

 ぺっぺっ、とニンフィアがマズそうにつばを床に吐いた。

 やはり金属の味は苦かったらしい。

 その姿を見て──アルカは目を丸くする。

 

「そのニンフィアって……まさか、あのイーブイ……?」

「進化したんだ、さっきな」

「すごいじゃないですか! おめでとうございます!」

「やんちゃさは変わらねーけど」

 

 鎖から口を離すと、ニンフィアはメグルの前に降り立つ。

 そして、鎖を外す鍵を探すメグルの足元に顔を擦り付け──ちらり、と得意げにアルカの方を見やる。

 「コイツは私のものだから」と言わんばかりに。

 

「ふぃーあ♪」

 

(何だろう……何か分からないけど、すっごく()()()気がする……!!)

 

「しっかし、どうしたもんか……やっぱバサギリに斬ってもらうか」

「ヒエッ……やめてくださいよ! 怖いんで!」

「分かってる分かってる、そもそも岩の斧で、鉄の鎖を斬るのは無理があるし……おっと、鍵があるな……こいつを外せば良いんだろ? ……ダメだこりゃ鍵ねーから外せねえかも」

「え、えええ!? どうするんですか!?」

「グラッシャー」

「……悪い、鍵探して来るからもう1回待っててくんね?」

「薄情者!! ひとでなし!! ドヒドイデ!! こんな所に女の子一人置いていくんですか!?」

「いや、だけど、このままじゃ鎖が外れねえじゃん」

「グラッシャー」

「ンだよ今、鍵ガチャガチャしてんだよ、話しかけんな──」

 

 振り返ると──そこには、凄い顔のバサギリが石斧をもたげていた。

 

(あ、もしかして、無理があるって言ったの怒ってらっしゃる!?)

 

 流石に先の発言は、著しく彼のプライドを傷つけたようである。

 しかもアケノヤイバに敗けた後。バサギリの機嫌はそれはもうすこぶる悪かった。

 すぐさま斧を宙から吊るされた鎖目掛けて一振り。

 そして──鎖は空を切るような音と共に、あっさりと解けたのだった。

 

「ひっ、ひえっ──」

「斬れた……黒曜石の切れ味ってすげーんだな……」

「感心してる場合ですか! ボクも危なかったんですけど!」

「悪かったって」

 

 適当に謝ると、メグルは尻餅をついているアルカの身体を引き上げる。

 だが、まだ脚はふらついており、まともに立てないようだった。

 

「ゴ、ゴメンなさい腰が抜けてしまって……」

「……背中貸すわ」

「ッ……は、はい」

 

 メグルに負ぶわれた彼女は少し恥ずかしそうに頷くのだった。

 足元ではニンフィアが不機嫌そうに鳴いていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(結構、重い……ってか、柔らかい……)

 

 地下牢に続く石段は長い。

 そんな中、初めて直に感じる彼女の柔らかさ。

 折角真面目だったのに、邪な気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。

 結局沈黙に耐えられなくなり、先に言葉を発したのはメグルだった。

 

「なぁ。大丈夫だったか? その──ヒメノに酷い事されたりとか」

「されてないです!」

「……牢屋に入れられて鎖で縛られたのは十分酷い事とは思うけど」

「そんな、殴られたり蹴られたりしたわけじゃないですから」

「……お前、怒って良いんだからな、自分のされた事は」

 

(つーか俺は後で絶対謝ってもらうつもりだし)

 

「……あんまり、ヒメノちゃんを責めないであげてください、おにーさん」

「……」

「すっごく、悲しそうな顔、してたから」

 

 アルカは──ぎゅっ、とメグルを抱きしめる力を少しだけ強めた。

 

「やり場のない怒り、悲しみ。ボクも気持ちは分かるんです。ずっと、故郷の人に疎まれて生きてきたから」

「でもな! お前がガマンする必要は何一つねーんだぞ?」

「良いんです! 良いんですよ、ボクは……おにーさんが助けてくれただけで、十分です」

「……俺は良くねーよ」

「良いんですって。……あの頃はこうやって助けに来てくれる人なんて居なかった。でも、今はおにーさんが居ます」

 

 すりすり、と彼女はメグルのうなじに額を擦り付ける。

 無意識だが──今は特に誰かに甘えたい気分だった。

 ずっと緊迫していた状況が続いていており、心の糸が緩んだからだ。

 

「おにーさんが、本当にボクのおにーさんだったら良かったのに」

「兄……」

 

 ぽつり、と彼女が言った。

 そうして──しばらくしただろうか。

 彼女は自分の言葉が思いの外恥ずかしかったのか「やっぱ今のナシで! 聞かなかったことにしてください!」と叫ぶ。

 

「何だよ、俺が兄じゃ悪い事でもあるのかよ」

「あります! ガサツだし、意地悪だし、ポケモンの事ばっかり考えてるし!」

「ガサツなのはオメーも同じだろ! 放っておいたら風呂をそこらへんの川で済ませようとするだろーが! 服も脱ぎ散らかすし、興味があるものには何でも飛びつくだろが! あぶねーんだよ!」

「最近は気を付けてますよ!」

「直近のヘイラッシャ!」

「ああ、思い出させないでください!」

 

 げしげし、とアルカはメグルの背中を蹴ってみせる。

 そうして一頻り抵抗した後で、しおらしい声で彼女は「だって──」と続ける。

 

「……迷惑、じゃないですか」

「何が」

「おにーさんに、です。テング団の事と言い、今回の事と言い、ボクと居たら今後も面倒事に巻き込まれますよ?」

「……迷惑なんかじゃねーよ」

「でも──」

「お前がそう思ってても、俺がお前を手放すつもりがないからな。ヒャッキの事でお前の力が要ることはこれからもあるだろうし」

「……」

「でもそれ以上に! 二人旅はやっぱり悪くねーなって思うんだ」

 

 喧嘩をして、振り回されて。

 一緒に事件に巻き込まれて──付き合いは短かったが、やはり共に歩いて来た道のりは、メグルにとって楽しいものだった。

 

「一人は寂しいだろ? 俺もだからさ」

「……べ、別に寂しいわけじゃ」

「俺も一人だったから。この世界に一人だったから分かるんだよ」

「え?」

「俺も──異世界から来たからさ」

 

 ぴたり、と時間が止まったようだった。

 そうして遅れて──

 

 

 

「……えええええええええええええ!?」

 

 

 

 石段中に彼女の声が木霊した。

 それからは、ずっとメグルは今までの経緯をアルカに話すことにした。

 元々はポケモンが居ない世界に居た事。

 見知らぬ所に落ちてきたところを、キャプテン代理の少女・ユイと博士のイデアに助けられたこと。

 そして、元の世界に戻る手掛かりを探す為におやしろまいりをしていることを。

 

「……そっか。そうだったんですね。おにーさんがおやしろまいりをしている理由は……」

「ああ。アラガミ遺跡の奥に、俺を連れてきたアンノーンが生息してるからだ」

「じゃあ、おにーさんが以前にオーライズを発動させた羽根は……サイゴクの森の神様のもの、だったんですね」

「そうなるんだろな」

 

 オーライズについて、メグルはまだ知らない事が多すぎる。

 

「結局、オーライズってどういう条件で発動するんだよ」

「ポケモンの強い力が籠った身体の一部や道具。それがオーパーツと呼ばれるものなんです。そこに刻まれた力をオージュエルで解放することで、ポケモンが鎧としてオーラを纏えるんです」

「……じゃあやっぱり、森の神様には全部お見通し、なのかもな」

「森の神様……何者なんでしょうね」

「さあな。ロクでもないヤツなのは確かかもな」

「あはは……」

 

 閑話休題。

 

「ま、話を戻すけどさ。俺もユイとイデア博士が居なかったら、マジで死んでたかもって思ってんだ」

「……分かりますよ。ボクも、親切なおばあさんとおじいさんに助けられて、今此処に生きてますから」

「だから互いに手を取り合ってもいいんじゃねーかって思うんだ。一人は寂しいだろ? 互いにな」

「……そういうことに、しといてあげますっ」

 

 強がりながらも──アルカはぎゅう、とメグルを抱きしめる。

 その行動のひとつひとつに、メグルは胸が跳ね上がるが、調子に乗り過ぎないように己を律する。

 今の彼女が頼れるのは自分しか居ないのだ。自分が、彼女の安心できる居場所になってやるのだ、と言い聞かせて。

 

「異世界から来た者同士、仲良くしようぜアルカ」

「はいっ」

 

 改めて、此処に二人は旅仲間として繋がったのだった。

 互いに素性を明かし、隠すことはもう何も無い。

 

「ふぃー……」

 

 最も、それを見ていたニンフィアは、本当に面白くなさそうな顔でそのやり取りを見ているのだった。

 助けに行くのは乗り気だったとはいえ、主人とキライなアイツの仲が深まっているのは気に食わないらしい。

 そうこうしているうちに地下牢の階段を抜け、御殿の入り口にメグルは辿り着く。

 月明かりを浴びると──丁度そこには、ノオトが立っていた。

 

 

 

「──メグルさん!! 良かった……無事に」

「互いにな」

 

 

 

 泣き疲れて寝てしまったヒメノを肩で俵のように背負うノオト。

 そして、アルカを負ぶうメグル。

 似たような格好になっている二人は、思わず笑ってしまうのだった。

 

「……アルカさん、この度はうちの姉とおやしろが大変ご迷惑を──」

「良いよ、謝らなくて。ヒャッキから来たテング団がこっちで悪さしてるんだもの。同じヒャッキから来たボクが疑われても何もヘンじゃないよ」

 

 「ボクも保身の為に今まで隠して生きてきたしね」と彼女は付け加える。

 

「それより……ヒメノちゃんは?」

「電池切れッス。ゴーストポケモンのドーピングに、自分の霊気を注いでたし……かなり疲れてたみたいで」

「……そっか」

「今日は遅いし、また後日。イッコンに居るのは嫌だと思うッスけど……宿代は払うんで」

「気遣いは無用だよ。ウチの故郷の連中が君のお姉さんを悲しませたのは事実なんだからね」

「ああ。どっちみち、アップリューを捕獲するまであいつらは此処に来る」

「当初の君の頼みは──テング団をやっつけること、だったでしょ?」

「お二人とも……!」

 

 それを聞いてか、ノオトは感極まったように涙と鼻水が溢れてくる。

 そのうち、顔は滝のようになり、いよいよ収拾が付かなくなっていくのだった。

 

「がんどうじだっずぅぅぅーっずびびびーっ!!」

「ウワーッ!! 泣くんじゃねえ!!」

「おれっぢも、おれっぢもがんばるずびびびび」

「鼻水!! 鼻水がヤバい事になってるから!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「この度は、大変申し訳ございませんでしたなのですよ」

 

 

 

 ──翌日。

 おやしろの御殿の前で、ヒメノは深々とアルカとメグルの前で土下座し、謝罪をするのだった。

 

「い、いや、良いよ! ボクもぶっちゃけ怪しかったと思ってるし!」

「ヒメノはミミッキュの件で完全に頭に血が上ってたのですよ……よくよく考えても、おやしろの軍勢でヒャッキを攻め滅ぼすのは無茶だったのですよ」

「待ってそんな事考えてたのこの子」

 

 アルカの顔が蒼褪める。

 考えていた事も恐ろしいが、何よりヒャッキは瘴気に満ちた荒れた大地。

 余所の世界の人間が攻め込めるような場所ではないのである。行軍すれば1週間も持たないうちに皆全滅するだろう。

 

「頭が冷えたのです。泣いて、泣いて……久々にあんなに泣いたのです」

「……感情が迷子になってたんだね」

「許されることをしたとは思っていないのです。だから──」

「許すよ、それでも」

 

 きっぱり、とアルカは言ってみせる。

 ヒメノは意外そうに眼を見開く。

 

「──ボクと友達になってよ、ヒメノちゃん。それで、終わりにしよう?」

「ッ……で、でもヒメノは──」

「ボクはね。500年前の戦争も、本当は些細な掛け違いが重なって……戦争になったんじゃないかって思ってるんだ」

「……」

「だから、此処で終わらせたいんだ。互いに誤解があって、それは今解けた。ヒャッキとサイゴクも、いつかそうなれば良いよね」

 

 アルカが手を伸ばす。

 しかしヒメノは申し訳なさが勝るのか、なかなか手を取れないようだった。

 

「ヒメノに手を取る資格なんて無いのですよ。ミミッキュが凍ったのも、今回の騒動も……全部、ヒメノが──」

「あーもう、全部もへったくれもねー!! ヒメノちゃんのミミッキュが凍らされたのは、テング団の所為だろが! 元は言えば、あいつらが此処にポケモンを差し向けたのが原因だろ!」

「っ……」

「ボクも、外来種をサイゴクに持ち込むヒャッキのやり方は気に食わないからね。何より持ち込まれたポケモンも可哀想だ」

「……止めねーとッスね。人間の悪意に動かされてるポケモンを助ける為にも」

「……ポケモンの、ためにも」

 

 ヒメノは小さく口の中で繰り返す。

 

「俺達の目的と、あんたらの目的は一致してる。テング団を止める為に──協力しようぜ。今一度な」

 

 メグルがヒメノに向かって手を伸ばし、飛び出してきたニンフィアも「ふぃー♪」と鳴きながらリボンを伸ばす。

 

「言っとくけど、俺はもう少しガツンと言ってやっても良かったんだ。でも、アルカがこう言ってるから、これで手打ちだっ」

「メグル様……」

「それに、大事なポケモンがやられてるんだろ? 一頻り怒った後は……取り返しに行かなきゃな」

「そうッスよ姉貴! 此処で凹んでる場合じゃねーッス!」

 

(テング団を止める事がサイゴクを救う事になるなら戦わねえと……それに、奴らの所為でアルカがこれ以上傷つくのはゴメンだ!)

 

(あいつらに、サイゴク地方をこれ以上壊させない……! ボクは、ボクの好きなものを守る為に戦う……!)

 

(オレっちは……これ以上、誰も泣かせたくねーッス! キャプテンとして、俺は……この戦いを終わらせるッス!)

 

(ミミッキュを……家族を元に戻せるのなら。何だってやるのですよ)

 

 ──4人の視線が交錯する。

 今度こそ、此処に協定は結ばれた。

 サイゴクの外から来た者と、サイゴクを護る者ではあるものの、その意志は一つとなったのだった。

 

「──そうと決まったら、奴らが来るまでに対策を立てるッスよ!」

「対策?」

「そうッス。先ずは、お二人には……もっと強くなってもらわねーとッスね!」

「はいなのですよ」

 

 メグルとアルカは顔を見合わせた。

 

 

 

「何をするんだ? 一体」

「勿論、特訓あるのみッス!」




アケノヤイバ みょうじょうポケモン タイプ:ゴースト/悪 
特性:あけのみょうじょう(格闘タイプの技の威力を1.5倍する。)
アブソルの特異個体。遺伝子的には同一の種族だが、イレギュラーでもある。1000年以上前から生きているとされており、かつてサイゴク地方に迫った厄災を祓った。当然、通常のアブソルでは辿り着くことの出来ない境地である。



──メガシンカポケモンの戦力は伝説ポケモンと同列。従って、アケノヤイバはスイクンやライコウといった伝説のポケモンと戦力上同列とされる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話:稽古開始

 ※※※

 

 

 

「さっきも言った通り、ポケモンにとって最も重要なのは……経験ッス!」

「そりゃ分かるけど、これって」

「ぶつかり稽古!! おやしろのトレーナーのラッシュを前に、何分持つか……それを二人で競うッスよ!」

「つまり、共闘はするけど先に倒れた方が負けって事か」

 

 成程な、とメグルは感心する。

 背中合わせになるアルカとメグルの前には、何人ものおやしろのトレーナー。

 そして、彼らが繰り出したポケモン達が集っているのだった。

 

「で、でも、いきなりこれって無茶じゃない!?」

「テング団がお利巧さんに1対1で戦ってくれるような連中なら俺もそう言ったかもしれねえ。足引っ張んじゃねーぞアルカ」

「んなっ、何て言い草! おにーさんこそ足引っ張らないで下さいよ!」

「そう来なくっちゃな!」

 

 二人はボールを構え、ニンフィアとカブトが戦場に降り立つ。

 

「勝った方には、産地直送・バラ寿司を奢るッスよ!」

「バラ寿司ィ!? 絶対勝つ! ボクが勝ーつ!」

「ゲンキンなやっちゃなー……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふっつーに俺が先に全滅した……」

 

 

 

 忘れていては困るが、そもそもトレーナー歴もポケモンのレベルも高いのはアルカの方だ。

 先日のノオトとの共闘も、ノオトに助けられていた部分が大きいのだろう、と改めてメグルは感じる。

 アルカと言えばかなり上機嫌で「バラ寿司! バラ寿司!」と連呼しながらメグルを煽るのだった。

 

「喜んでるところ悪いッスけど、アルカさんもまだまだッスよ」

「うぐっ……」

「30分は持つようにしたいッスよね。アルカさん、10分でアウトだったじゃないッスか」

「だって、途中からヒメノちゃんとノオトも加わってたじゃん! ズルだよアレは!」

「三羽烏のレベルは、キャプテンと同格。このくらいで音を上げて貰っては困るのですよー♪」

 

 ヒメノがにこにことした笑顔で圧を掛けて来る。

 まるで反論の余地が無い。

 ハズシもヒメノも、メガシンカを発動して漸く三羽烏のエースポケモンと対等に戦えたのだ。

 標的であるアップリュー(ないし恐らくいるであろうタルップル)よりもむしろ、彼らの捕獲を妨害してくる三羽烏の方がよっぽど脅威と言えるだろう。

 

「メグル様に足りないのは……ズバリ技」

「技? 確かに威力が足らない技がまだ多いからな、ウチの連中は」

「そうッス。だから、そのための修行もしてもらうッスよ」

「技マシンで習得するのだけが技ではないのですよ」

 

 次のメグルとアルカが訪れたのは、修練場と呼ばれる場所だった。

 そこには、カバルドンを模したカラクリがガコンガコンと音を鳴らして動いている。

 最も、実物とは違って緑色に塗装されており、まるで河童のような様相だった。

 

(これモ〇ハンで見たな……似たようなヤツ)

 

「てか何で緑なんだコレ。カバは黄色か灰色だろ」

「何でなんスかねー? 昔の人のやることは分かんねーッス」

「絵巻にあったカバルドンの絵を元に作ったんだとかなのですよー。クワゾメの方には昔からカバルドンが生息していると言いますしー?」

「へーえ、そうなんだぁ。んで? このカバのカラクリで何をするんだ一体」

「メグルさんのニンフィアには、必殺技を覚えてもらうッス。カバルドンマシンは、そのための的。技の練習に持ってこいッス」

「必殺技?」

「そうッス。うちでは教え技もやってるんスよ。それで少しでも、レベル不足を補うッス!」

「……どんな技なんだ」

「まさに秘伝の奥義ッス。ニンフィアにピッタリな技ッス」

 

 拳を突き出したノオトは叫んだ。

 

 

 

「押忍──その名も秘儀・ハイパーボイス! フェアリースキンとは相性抜群っしょ!」

 

(めっちゃ知ってる技だァァァーッ!?)

 

 

 

 ハイパーボイス。大声で相手を攻撃するノーマルタイプの高威力な特殊技だ。

 そこにフェアリースキンの補正が乗っかかれば、恐ろしい威力を叩きだすのだという。

 サイゴクでは技マシンにハイパーボイスは無く、教え技なのだという。

 しかし、教え技はゲームのようにパッと覚えられるわけではないらしく。

 巨大なカバルドンマシンの前で、ニンフィアは声を張り上げて鳴き声を上げるが、

 

「ふぃー! ……ふぃーッ!!」

 

【カバルドンマシンの 攻撃が下がった!】

 

 せいぜい、”なきごえ”判定しかされないのであった。

 

「ダメっす、ダメダメ! もっと腹から声出すッス!」

フィッキュルルルィィィ

「ほぎゃーっ!?」

 

【ニンフィアの スピードスター!】

 

 どごん、と音を立ててカバルドンマシンの首が沈む。ついでに、ノオトも吹き飛ばされた。

 毛を逆立てて苛立ちを隠せないニンフィア。これでは先が思いやられる。

 

「と、とまあこんな感じで……数日間声出しやってもらうッス」

「何処が!? 無理だよコイツに技覚えさせるのなんて! おにーさんもそう思うでしょ!?」

 

 「ふぃーあ?」と可愛く誤魔化そうとしているが、もう遅い。

 彼女の凶暴性は此処にいる全員が知っている。

 

「なあ、この極悪リボンがブチ切れるのと、ハイボ覚えるのどっちが先だと思う?」

「ブチ切れるのが先ッスね」

「だよなー、ハハハハ……はぁ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そして鍛えるのはポケモンだけではない。

 

「で、何で俺も筋トレしねーといけねーんだよ!!」

「そりゃトレーナーも基礎トレが大事ッスよ」

「おあああああ!! 腕立てとか、高校生以来やったことねーよ!!」

 

 ナメクジのように腕を震わせるメグル。

 貧弱極まる彼の腕では、1分間続けて腕立てするのも至難の技である。

 

「あっははは、おにーさん震えてるー♪」

「アルカさんもやるんスよ」

「え”っ」

 

 ──腕立てに始まり、トレーナーの基礎練はその後も続いた。

 トレーナーがポケモンの動きについていかなければいけない場面も多々あるだろう、とのことだ。

 既に山の中の行軍で、引き籠り時代に比べればそれなりに鍛えられていたメグルの身体だったが、ちゃんとしたトレーニングを積むのは初めて。

 ひたすら、部活の基礎練習のような筋トレをさせられ続けるのである。

 無論、アルカも一緒に、だ。

 内容は走り込み。腕立て──更に格闘技の練習。

 

受け身はァ!! 柔術の基本の基ィ!!

「ほぎゃあああ!! 身体がキィキィ鳴ってるキキキのキィ!!」

「ほらー、ちゃんと受け身を取らないと痛いのですよー♪」

「す、すごい、一気にひっくり返されちゃった……」

 

 華奢なヒメノもしっかりとその辺りの心得は叩き込まれているようだった。

 

「ポケモンがやられたら無言で殺されるんスかあんたァ!! 自分の力でも戦えるようにしとくんスよ!!」

「何処まで通用するんだ人間のフィジカルって!?」

諸説!!

「そうかぁ!!」

 

 その次はボール投擲の修行。

 メグルにとっては改善されつつあったものの、最も苦手意識の強い分野だ。

 

「じゃあ次は、このパモの頭に括りつけたリンゴにボールをぶつけるッスよ。リンゴじゃなくってパモにぶつかったら、パモがボールに入るッスから……失敗ってすぐ分かるッスね」

「ぱも」

 

 手を上げるのは、黄色いネズミのようなポケモンだった。

 大きさ僅か30cmのか弱いネズミだが、キュッと「押忍」のポーズをしている。

 

「こんなに小さい的にボールなんて当たるワケねえだろ!? 動いてるし!!」

「うるっせぇ!! さっさとやるんスよ!!」

「ひぃん!! 押忍!!」

「こんなのボクでも当たらないんだけど!」

「つべこべ言わずに投げるのですよー♪」

 

 尚、メグルどころかアルカも結局、リンゴにボールをぶつけられなかったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──それから二週間ほど経っただろうか。

 朝の6時に叩き起こされ、暗くなるまで特訓が続いた。

 体力は一朝一夕で付くものではない。だが、それでも最初よりはましになってきた。メグルも打てば響くのか、徐々に基礎練のスコアも上がってくるのだった。

 ぶつかり稽古も、タイムスコアでアルカに勝つことこそ出来ないものの、それでも数をこなすうちに手持ちの力は増していった。

 メグル自身も移り変わる戦局の中で指示を出すのが早くなっていったが、これは何より目で戦場を見る事に慣れたのが大きい。

 敵に取り囲まれた状態から、包囲網を脱する機会がこれまで以上に増えていったのだった。

 一方、ニンフィアのハイパーボイスの習得は彼女の気性の荒さもあって想像以上に難航し(曰く、通常は一週間かかるらしい)、彼女のストレスはたまるばかりであった。

 

「お疲れ様ッスよ、メグルさん。プロテイン、飲んでおくッス」

「押忍……」

 

 流し込むようにドロドロのプロテインを飲み干すと、それが身体に染みわたるようだった。

 ノオトはトレーニングの心得があるのか、メグル達への肉体的な訓練は決して無茶なものではない。

 それでも、運動し慣れていないメグルにとっては地獄のような2週間ではあったが。

 

「どうっスか? 今の所、手応えは」

「……クッソきっちぃ……早く来ねーかなテング団の奴ら」

「何言ってるんスか。今のままじゃ、あいつらには勝てねえッスよ」

「……分かってる分かってる。でも、元・ひきこもりに運動はキツいんだって」

 

 ぶつくさ言うメグルに──ノオトは語る。

 

「──あのヌシ様も、かつては鍛錬に励んだ、と聞いているッスよ」

「え?」

「かつてヌシ様──アケノヤイバは、その地でも恐れられる凶悪なポケモンだったんス。一説によると、他所で迫害されたアブソルの怨念を身に受けたから、変異したんじゃないかと」

「成程な……」

 

 ()()()()()()()()()()、人間に憎悪を抱き、襲い掛かる獣。

 それがアケノヤイバという名前のアブソルだったという。

 しかし、当然そのようなポケモンに対して討伐令が下った。

 そしておやしろの守り人──即ち、当時のキャプテンに当たる人物が直接アケノヤイバと戦ったのだという。

 だが、アケノヤイバはゴーストタイプ。その者の拳は通用しなかった。

 

「ポケモン無しで戦ったのか!?」

「そうッス。だけど、回を重ねていくうちに、守り人の拳は恐れを知らず、霊をも殴るものとなっていき──最終的に、その拳でヌシ様を捻じ伏せたんス」

「……っす、すげぇ」

「特性・きもったまってヤツッスね」

「……人間なんだよな? その守り人って」

「んで、それからヌシ様は守り人に付き従うようになったッス。そして自ら技を磨いて、己を捻じ伏せた人々に敬意を払い、格闘の技を己の力で扱えるようになったんス」

「……待て。アケノヤイバは格闘タイプじゃねーのか?」

 

 ノオトの言葉にメグルは違和感を持つ。

 アケノヤイバが他のサイゴクアブソルと同じなら、ゴースト・格闘タイプのはず。

 にも拘らず彼は、あたかもアケノヤイバが後天的に格闘技を身に着けたような言い方だったからだ。

 

「ああ、アケノヤイバ様のタイプはゴースト・悪。他の地方のアブソルと同じ、悪タイプなんス」

 

【アケノヤイバ みょうじょうポケモン タイプ:ゴースト/悪】

 

【只のアブソルにはたどり着けない境地。生きているか死んでいるかすら曖昧。影を自在に操り、分身を作り出す。】

 

「そうだったのか!? でも、格闘技ばっか使ってたぞアイツ」

「ヌシ様が悪技使ってるところ、あんまり見た事無いッスね。特性の”あけのみょうじょう”……って呼ばれてるんスけど、あれで格闘技の威力を強化してるんスよ」

「おみとおしだって言ってたじゃねえか、サイゴクのアブソルの特性は」

「ヌシ様は色々トクベツなんスよ。他のアブソルが出来る事なら当たり前のように出来るんしょ」

 

(よくそんなヤツを撤退させられたな俺……いや、あれは向こうが敢えて引いてくれただけなんだろな)

 

「そんで! こうやって鍛えたヌシ様だからこそ、後の時代にサイゴクを襲った災禍を追い払えたって言われてるんスよ」

「え。待ってくれ! その災禍って何なんだ!?」

「イッコンに伝わる昔話では……百鬼夜行って呼ばれてるッス」

 

 百鬼夜行。

 鬼とは即ち、災禍。

 夜行とは即ち、夜の闇を己の道の如く罷り通る行進。

 ノオトがスマホロトムに保存していた絵巻には、角の生えた鬼達に加え、異形のポケモンらしき生き物たちが沢山描かれている。

 

(これって、ダーテングにオニドリル、フーディン、パラセクト……!? かなり歪められて描かれてるけど……!)

 

「今思えば、この百鬼夜行が……500年前の戦争の事だったんスね。これまでに確認されたヒャッキのポケモンっぽい絵がちらほら」

「ッ……戦争はやっぱり本当にあったのか。もっと詳しいことは描かれてないのか!?」

「詳しい事は残ってねーんスけど……空から来たる鬼達。その終わりに来たるは、赤い災禍の月。それをヌシ様は、当時のキャプテンと共に止めたという伝説が残ってるッス」

 

 ノオトが画像をスライドすると、最後には──赤く禍々しく光る月が映り、それと対峙するアケノヤイバらしきポケモンが描かれていた。

 だから、とノオトは続けた。

 

「赤い月がヒャッキを救う秘宝ってのが、どうもオレっちには眉唾なんスよね……」

「……赤い月は今、何処にあるんだ……?」

「さあ、分からんス。でも、この話から言えるのは──ヌシ様ですら特訓したんス。己を鍛えることを忘れちゃダメッスよ」

「気になるんだが!? 巻物の話が!」

「今度見せてやるッスよ、実物を。でも、おやしろの者達が宝庫を探してるッスけど、なかなかめぼしい資料は出てきてねーッスよ」

「……そうかぁ」

 

(凄く強いヌシも、自分を鍛えて今の力を手に入れたのか。じゃあ鍛えなきゃ、俺達がそれに対抗できるわけもない、か)

 

 にわかにやる気が湧いて来たメグルは、起き上がる。

 こうはしていられない。明日も特訓があるのだ。

 飯を食い、そして寝る。また明日、今日よりも強くなっている、と願って。

 

 

「よいしょ──っと」

 

(ん?)

 

 起き上がるとき、メグルは足に違和感と痛みを覚えた。

 思わず右の足首を摩る。

 そして、その仕草をノオトは見逃さなかった。

 

「メグルさん。足! 足!」

「あ? いや、平気だって。ちょっとさっきの走り込みの途中でぐねっただけで」

「ダメッス!! 見せるッス──」

 

 言った彼はメグルの靴を脱がせて、靴下もほっぽり投げて、眉を顰めた。

 足首は赤く腫れていたのである。捻挫だ。

 

「うわ、腫れてるじゃねーッスか!! 動かしちゃダメッス!!」

「え、えーと」

「冷却してテーピング!! んでもって、明日は休みを前倒しにするッスから!!」

「捻挫だろ? そんな大事じゃねえよ。ガキの頃捻挫したけどすぐ治ったし。痛かったけどガマン出来るし」

「大人になるにつれて捻挫は治りにくくなるッス。こういうのは初動が大事ッスよ! 何でもっと早く言わなかったんスか!」

「は、はええ……すいません」

 

 すぐさまノオトはおやしろの方から救護キットを取ってきて、メグルの足の手当を始めた。

 その手慣れた姿を見て、思わずメグルは息を漏らす。

 彼は自分よりも遥かに年下のはずなのに、とてもしっかりしていて、情けなくなるのだった。

 

「姉貴もよくやるから、慣れてるんスよ。捻挫。何も無い石段でコケて……1ヵ月歩けなかった時があるんス」

「……わりーな。手当までしてもらって。お前は立派なキャプテンだよ。ヒメノと比べる必要なんか無いくらいに」

「そうッスか? ……ま、バトルは未だに姉貴に勝てねーんスけど」

 

 今朝もボコボコにされたッス、とノオトは零しながら──ボールを投げ込む。

 

「……パーモット! 出て来るッス!」

「ぱもぱも」

 

 現れたのは二足歩行の黄色いネズミのようなポケモンだった。ふさふさとした前髪と、愛くるしい顔が目を引く。

 体格の割には腕が大きく、掌には小粒な発電器官と思しき肉球が青く光っている。

 その姿から、パモの進化した姿であることはすぐに分かった。

 

(パモの進化形か! 本当ならゲームの中で見たかったな……)

 

【パーモット てあてポケモン タイプ:電気/格闘】

 

「後は、こいつの電気ショック治療を3日間受けるッス。足も安静にして……それで元通りッスよ」

「で、電気!? 痛くねえのそれ」

「痛くねーッスよ。ちょっとパチパチするだけッス」

 

 言った矢先から、パーモットがメグルの足首に電気を軽く放つ。

 少しだけパチパチはしたが、不快な痛みは感じなかった。

 

「お、おお、心なしかよくなった気がするような」

「無茶はダメっすから! 良いッスね!」

「お、押忍!」

 

 

 

  

 

 ※※※

 

 

 

「休み、か……」

 

 

 

 ──その日の晩である。

 一気に、やることが無くなってしまったからだ。

 娯楽になりそうなものはスマホロトムくらいしか無い。ゲームも、一日中やると飽きてしまうし、ポケモンの世話もあるのであまり嵌まり込めない。

 

(オマケにムラっとするんだよな……じっとしてると……男の悲しいサガ)

 

 スマホロトムで()()()()()()()()に興じようとするとロトムに見られているような気分になって萎えてしまう上に、ボールから勝手に出て来る手持ちの所為でプライベートもへったくれもない。

 寝・食・住は何とかなる。だがどうしても人間の三大欲求の最後──性欲はどうしようもならないのだった。

 特に思い出されるのは、直近のアルカの柔らかい感触。ジャケットの所為で今まで分かりにくかったが、相当着やせするタイプだったようである。

 こんな事をアルカに知られては失望されかねないことなど分かっていたが、本能には抗えない。

 

(やっべ……思い出すと、余計に……)

 

 疲労感と記憶でムラムラはピーク。此処最近忙しかったので猶更である。

 だが、彼に休みなどない。

 コンコン、と扉からノック音が聞こえてくる。

 メグルは急いで駆け寄った。……若干前かがみになりながら。

 出来るだけ片足で立ちながら、負担をかけないようにする。

 

「はーい! どなた──」

 

 ──扉を開ける。

 そこには、見覚えのある顔が立っていた。

 

 

 

「おにーさん……!! 助けて下さい……!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話:経験が少ないと勘違いしがち

 ※※※

 

 

 

 泣きそうな顔のアルカがいきなり抱き着いてくる。

 

「わーッ!! わーッ!! 今は離れろ!!」

「えっ」

「違う違う! イヤだからとかじゃねえから、泣くな!! どうしたんだ!?」

 

 只でさえ劣情に悩まされているときに、上目遣い+涙目で抱き着かれては息子が大変な事になってしまう。

 メグルはアルカを押しのけながらも「話を聞こう!」とハッキリと伝えるのだった。

 

「じ、実はシャリタツがあんまり元気なくって……!」

「ぴぎぃ……」

 

 カサカサ、と彼女の足元のカブトも心なしか不安そうに鳴いている。

 

「昨日まで仲良くカブトと遊んでいたのに……今日はゴハンも食べなくって……」

「何か思い当たる節は!?」

「ボク、これでもシャリタツの育て方は一通り調べたんですけど……思い当たる節なんて一つしかなくって」

「……まさか」

 

 カタカタ、とメグルのぶら下げたボールの一つが揺れる。

 ヘイラッシャの入っているボールだ。

 

 

 

「……ノイローゼ、ってコトォ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ラッシャ、スキー♪」

「ラッシャーセー♪」

 

 

 

 感動の再会。

 ヘイラッシャとシャリタツは、町の裏で身を寄せ合って頬擦りし合っているのだった。

 とはいえこれでも、鍛錬の時に二匹揃って繰り出す時もあったのだ。

 しかし、その時間もあまり長くはなく、これまでのようにピッタリというわけにはいかなかったのだろう。

 

『シャリタツの育成メモ:野生でヘイラッシャと一緒に居たシャリタツは、一緒にそのヘイラッシャも捕まえてあげないとノイローゼに陥る事がある。』

 

『ヘイラッシャの育成メモ:尚、ヘイラッシャは頭があまりよろしくないので、シャリタツと引き離してもそんなに気にしません。トレーナーの貴方がヘイラッシャの親分です。』

 

「うっわ、こんな風に書かれてるのか。頭が良い分、シャリタツの方がメンタル病みやすいんだな」

 

 直球で頭があまりよろしくない、と書かれているヘイラッシャ。

 メグルが指示を出しても、ぼーっとしているときがあったので、それは間違いないのだろう。

 

「ボクの認識が甘かったんです……隣におにーさんがいるから、いつでも会わせてやれると思ってたし、今まで平気そうだったから……まさか内心ガマンしてたなんて」

「まるで恋人だな。矢印は、司令塔のはずのシャリタツの方が大きいけど。確か性別はウチのヘイラッシャが♂だったよな」

「はい、シャリタツが♀です……」

「マジの恋人じゃん、体格差カップルかよ」

 

 今この瞬間もイチャイチャしている二匹を見ながらメグルは溜息を吐いた。これでは引き離そうにも引き離せない。

 

「……ね、おにーさん。恋人ってこんな感じなんでしょうか。会えなくなったら……とても辛くなる、でも、会えたらとっても嬉しくなる……それが恋人なんですね」

「そ、そーじゃね? 俺は恋人居た事ねーから分かんねーけど」

「……ボク、あんまり恋をするって意味……少しだけ分かった気がするかも」

 

(クソッ、こんな時に意識させるようなこと言うんじゃねーよ)

 

「……おにーさん。ボク、決めました」

 

 ぎゅっ、とアルカはメグルの袖を握る。

 

 

 

「貰って、くれませんか……ボクの──」

 

 

 

 どきり、と胸が跳ねた。

 彼女の目は熱を帯びており、涙が浮かんでいた。 

 その顔は十二分にメグルの「男」を刺激するには十分だった。

 よく見ると、前髪で目こそ隠れているが、そこから見え隠れする瞳は綺麗だ。

 そして、唇はぷっくりと膨れており、快活さとは裏腹に何処か艶やかだ。

 

(待て、待て待て。確かに助けた後だけどさ、あまりにも急展開過ぎね!?)

 

 普段の振る舞いとは裏腹に、彼女は少女ではなく自分と同年代の「女性」であることを否が応でも思い知らされる。

 背中に当たっていた感触を思い出す。柔らかいだけではない。確かに膨らみは大きかった。

 

「ま、待て! 貰うっていきなり、いきなりすぎやしねえか! もっと段階を踏んでだな──」

「──シャリタツを!!」

「──もっと互いに知り合ってから──うん?」

「ラッシャ、スキー♪」

「ラッシャーセー♪」

 

 

 

 ──HAPPY END──

 

 

 

「──いやいや待て。どういうことだよ」

「やっぱ、離すのは可哀想ですし……それにシャリタツもヘイラッシャも互いに一緒に居ると最大限の力を発揮できるでしょうから」

「お前シャリタツ欲しがってたじゃん、ヘイラッシャをお前が貰えば──」

「ゴメンなさい、正直食われたトラウマが五臓六腑と脳髄の奥底にまで染みこんでて多分ムリです」

 

 彼女の顔から更に血の気が無くなっていく。

 あの一件は時が経つにつれて、更に大きなトラウマに成長してしまったらしい。

 それに、と彼女は続けた。

 少し寂しそうな笑みだったが、確かに覚悟が籠っていた。

 

「それに……あんなに仲の良いポケモンを引き離すなんて、ボクにはできないですよ……」

「……よく考えて決めたなら、それで良いけどな」

「シャリタツの幸せを考えるなら、多分それが一番かなーって」

 

 二人は、2匹の逢瀬を眺めながら──束の間の平穏を楽しむ。

 穏やかに、時は過ぎ去っていった。

 

「ところでおにーさん。さっきの、もっとお互いを知り合ってから、ってどういう意味ですか?」

「忘れて」

 

 結果。

 シャリタツは岩の物理アタッカーで役割が被って困ってたゴローニャとの交換でメグルの手持ちに入ったのである。

 シャリタツもヘイラッシャと水で被ってるのだが、実質2匹で1匹の上に能力傾向が大きく違うのでメグルは不問とした。

 だが、それはそれとして自室に戻った後メグルは──

 

 

 

「煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!」

 

 

 

 ガンガンガンガン!!

 宿の壁に頭を打ち付け、メグルは速やかにベッドに潜り込み──泣いていた。

 もう捻挫していたことなんて忘れていた。

 傍らでは、ニンフィアが呆れた顔で睨んでいた。「コイツ何やってんだ」と言わんばかりの顔だった。

 

「……俺は……もう限界だ、色々……」

「ふぃー……」

「環境や時代が悪いんじゃねえんだよ……俺が悪いんだ……殺してくれ……もう消えたい……」

 

 己の童貞仕草にメグルは激しく死にたくなるのだった。

 完全に溜まり過ぎていた。

 アルカの何気ない一言に反応し過ぎたのは、一生の恥である。

 

(疲れてるんだな俺……アルカに良くない気持ちを抱くなんてさ……ヘッ、ポケモン廃人としたことが情けねーぜ……)

 

「ふぃー」

 

 ニンフィアがメグルの身体をリボンで包み込む。 

 ぷくぅ、と不満そうに頬を膨らませる彼女は「わたしじゃダメ?」と言わんばかりに覆いかぶさるのだった。

 そして喉をケアしてほしそうに、鋭い犬歯の見え隠れする口を開ける。

 メグルは鞄から喉スプレーを取り出すと、ニンフィアの喉にそれを吹きかけた。

 ハイパーボイスの練習をする上で、喉の負担を軽減するために買っていたのだ。

 

「……すまんニンフィア、心配かけた……」

「ふぃー♪」

 

 

 

(ほんっと、どうしちまったんだよ俺……)

 

 

 

 ──ベッドに身を潜らせ、瞼を閉じたその時である。

 

 

 

「──警報!! 警報!! 前回のアップリューと思しき影が接近中!! ──町民は避難されたし!!」

 

 

 

 二度目の警報は甲高く鳴り響いたのである。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──全員はおやしろの前に集まっていた。

 

「──始まったのですね」

「メグルさん! 足は平気ッスか!?」

「……走らねえといけねー時は、オドシシに乗るから大丈夫さ」

 

 

 

「──エリィィィス!!」

 

 

 

 その時だった。メグル達の前に現れたのは、アケノヤイバだった。

 口には、見慣れない古い刀が咥えられている。

 そして──アケノヤイバはそれを、メグルの前に放るのだった。

 思わず彼はそれを手に取る。

 

「な、何だコレ……!?」

「これは──初代守り人様の刀ッス! ……もう錆びてて使い物にならないッスけど」

「……何でこれを俺に……!?」

「とんでもない霊力が込められていて、持っていれば悪いことを回避できるらしいッスけど……」

「ヌシ様は未来を見通す力を持つのですよ。きっと、何か悪い未来を見たのですよ」

「……エリィィィス」

 

 受け取れ、と言わんばかりのアケノヤイバの態度にメグルは刀を手に取る。

 もう錆び切っているが、ずっしりと重い。

 

「……ありがとな、アケノヤイバ。お守りにするぜ」

「エリィィィス」

 

 嫌な気配を感じ取ったのか、アケノヤイバは空の方を見やる。

 空気の流れが変わった。

 嫌なものが現れる、とその場に居る全員が悟った。

 音も無く、その場に天狗と、二匹の氷竜が降ってきて、冷気が溢れ出る。

 

 

 

「──今度はもう、回りくどいのはヤメ。最初っから全部、凍らせて砕く」

 

 

 

 ──テング団三羽烏・アルネ。

 そして、それが引き連れるのは、陰陽師の如き姿のフーディン。そして、冷気を放ち続ける幽霊林檎・アップリュー、そしてタルップルだ。

 

「フーディンの”テレポート”か……ッ!!」

「御明察。前回はやられたけど、今回はやらせない」

 

 原種同様、とんでもない超能力だ、とメグルは歯噛みした。

 だが、更にその周囲にはごろごろと氷漬けになった林檎が転がっている。

 またもや果樹園でカジッチュを調達してきたのだろう。

 アップリューの一吼えでそれらは浮かび上がり、林檎のオバケと化す。

 

「ッ……またそうやって、犠牲を……!」

「姉さん、考え直してくれた? テング団に入るのを」

「……アルネ。小さい頃から君は、さりげなくボクを助けてくれたよね」

「ん。姉さんは私に残った唯一の血の繋がり。だから、姉さんを今度こそ守る」

「勝手な事言うな! だったら何で、アルカはお前にこんなに怯えてんだ!」

「おにーさん」

 

 ぴしゃり、とアルカはメグルを手で制し、前に進み出る。

 

「……続けて、アルネ」

「姉さんを傷つけていたあの男はもう居ない。姉さんが居なくなった後、アルネの被検体になったから。褒めてほしい」

「ッ……気持ちは嬉しいよ、アルネ。ボクの為を思ってテング団に入れてくれようとしてるんだよね」

 

 ヒメノと、ノオトの顔が強張る。

 アルカの決意は変わらない。

 彼女はもう一歩前に踏み出し、叫ぶ。

 

 

 

「──でもボクは、お前みたいに命を大事に出来ないヤツと一緒には居られない!!」

 

 

 

 仮面の下で分からなかったが、明らかにアルネは動揺したようだった。

 がくり、とその身体は一瞬揺らぎ、そして仮面を押さえつけ──持ち直す。

 

「……昔っからそうだったよね、アルネ。ボクは……やっぱり理解出来ないよ。実験の名の下に平気で人を殺して、平気でポケモンを殺して、()()()()()()だなんて言うヤツの事、理解出来ないよ……!」

「ッ……姉さんの前では、あのニョロモの後は──」

「でもその後、アルネが隠れて()()を続けてたのも知ってる。分からないと思ったの!?」

「……姉さん。アルネは──」

「挙句の果てに、強制オーライズ装置! このマシンの開発中に──ポケモンが何匹犠牲になったの!? 答えてよ!!」

「……」

 

 アルネは答えられなかった。

 答えられるはずも無かった。

 何故ならば既に、数えられる数をとっくに超えていたからだ。

 

「……何で答えられないの、アルネ」

「……興味を満たす為にやっただけ。それがヒャッキの為になるなら、猶更いい。……()()()はそう言ってアルネを受け入れてくれた」

「ッ……」

「姉さんは、違うんだ」

「……やっぱり君とは相容れないよ、アルネ」

「……とんでもなく傲慢な思想ッスね。こいつは、ヒャッキの環境とかそんなの関係ない。()()()()()()()()()()()ッス……!!」

「アルカ様。これまでの非礼を改めてお詫びします。この女は、貴女の妹と呼ぶのも烏滸がましいのですよ」

 

 キャプテン二人が前に進み出る。

 三羽烏は強敵だ。キャプテンでなければ対等には戦えない。

 

「アルカ、無理してコイツの相手をする必要はない。頑張ったな」

「は、はい……」

 

 何処か曇った顔のアルカをメグルが肩を引っ張って下がらせる。

 交渉決裂と言わんばかりにアルネは手を振り上げた。

 アップリュー、そしてその傍らにいるずんぐりとした林檎竜・タルップルの口から冷気がさらに漏れ出し、周囲のものを凍らせていく。

 

「やっぱ出たな、アップリューにタルップル……!」

「……前回は調整中だっただけ。アップリューであれだけ打撃を与えられたなら、タルップルも加えれば確実におやしろは撃滅できる」

「一気に戦力全部持ってきてくれるなんて、親切ッスね!! まとめて叩きのめしてやるッス!!」

「……前回と同じと思わないで。アルネたちも、進歩してるから」

 

 次の瞬間、フーディンの顔に付けられた仮面が輝く。

 そしてアルネの取り出した「O」の刻まれた宝石がカッと光を放ち、夜の闇を照らした。

 

 

 

「……ギガオーライズ”ワカツミタマ”。実験開始」

 

 

 

 アップリューとタルップルの冷気を吹き飛ばす勢いで、その場に妖気が満ち満ちた。

 フーディンの体色は白く変わっていき、九つの尾は更に大きく、地面に垂れるほどに成長していく。

 そして、宙には円を描くようにして、灼熱に包まれたお札がフーディンを取り囲むのだった。

 溢れ出るオーラは最早鎧ではなく、フーディンの身体と一体化している。

 仙人の如き姿は、メガシンカした後の姿を思わせる。

 

【フーディン<ギガオーライズ> おんみょうポケモン タイプ:???/???】

 

「何だ……!? ギガ、オーライズ……!?」

「……”ワカツミタマ”って、ヒャッキの()()()()()じゃないですか!」

「妖怪!? 妖怪って、どういうことなのです!?」

「九つに別たれた尾と魂を持ち、鬼術で全てを焼き払う伝説の仙狐です……!! 実在したなんて……!!」

 

 これまでのオーライズしたポケモンとも一線を画す力を放ち続けるフーディン。

 その場の全員は、じりじりと引き下がりながら警戒するしかない。

 立ちはだかるのが憚られる程に恐ろしいプレッシャーだからだ。

 

「ひとつ、研究者として講義をしてあげる。サイゴクのフーディンは皆、ワカツミタマの血を引いているとされている」

 

 彼女は語る。

 サイゴクのフーディン系統のポケモンは、ワカツミタマと呼ばれるポケモンから始まったのだ、と。

 そして、似通った力を持つ二つのオーラは非常に相性が良いのだ、と。

 

「だから……この場合は、先祖のオーラを重ねることで”先祖返り”を起こす。こうして先祖返りを起こしたオーライズが、ギガオーライズ」

「って事はどうなるんだ!? タイプとオオワザ以外に何が変わるんだー!?」

「確かフーディンのタイプは悪とフェアリー、でしたね? アルカ様」

「う、うん……!」

 

【フーディン(ヒャッキのすがた) おんみょうポケモン タイプ:悪/フェアリー】

 

 アルカの記憶では、それが正しい。

 しかし、目の前のフーディンは熱気に包まれている。

 一度凍らせれば溶けない程のアップリューとタルップルの冷気と、()()()()()()()程だ。

 タイプが変わっている、とアルカは確信していた。

 

「要は、ダイマックスを超えたキョダイマックスみてーなもんか……!」

 

 メグルは取り合えず、それで納得する事にした。

 

「何でも良いッスけど、それならこっちも全力ッスよ!」

「はいー、メガシンカで攻めるのですよ」

「……何か勘違いしてる。こちらの戦力は一斉投入。だけど、()()()()()()()()()()()()()。イヌハギがそう言ってた」

 

 あっと言う間だった。

 がばぁ、と箱のような空間が現れ、ノオトとヒメノの姿が、アルネとフーディン共々飲み込まれていく。

 

 

 

「オオワザ──”ハッカイ・コトリバコ”」

 

 

 

 飲み込まれた者達は皆、消え失せた。

 後に残るのは、アップリューとタルップル、そしてメグルとアルカにアケノヤイバだ。

 

「あいつら大丈夫かよ……!? 分断されちまったぞ!?」

「アルネも居なくなってるし、こっちからはどうしようもない……無事だと思いたいですけど……!」

 

 

 

「アップリュリュリューッ!!」

「たるるるるるるるーっ」

 

 

 

 枷を失った氷竜二匹が咆哮する。

 今は彼らを押さえつけなければ、おやしろどころかイッコンタウンが氷漬けにされてしまう。

 

「何とかしよう、おにーさん……ッ!!」

「ああ、俺達で……あいつらを倒す!!」

「エリィィィス……!」

 

 メグルとアルカはボールを構えた。

 ヌシ・アケノヤイバも、自らの使命を果たすべく咆哮してみせる。

 ”よあけのおやしろ”防衛戦が今此処に、始まったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話:閉ざされた戦場

 ※※※

 

 

 

「ほぎゃーっ!! さっさと此処から出すッスよ!! 何なんスか此処!!」

「慌てず騒がず、なのですよ」

 

 

 

 四方を血濡れた壁に囲まれた空間に、ヒメノとノオトは閉じ込められていた。

 そして、それを支配するのはフーディンとアルネだ。

 

「あの二人じゃ、アップリューとタルップルの両方は倒せない。ヌシが居ても関係ない」

「ッ……随分とナメられたもんッスね」

「ええ。あの二人も、ヌシ様も」

「コトリバコは……根絶やしのオオワザ。フーディンを倒さなければ、貴方達は永遠に此処から出られない。そして、呪いの炎に焼かれて死ぬ」

「ッ……」

「敵の捕虜で試した。骨も残さず焼けて消える」

「コイツ……熱ッ!?」

 

 既に二人の身体には呪いの炎が灯っていた。

 

 

 

「──先に言っておくけど、希望的観測は抱かない方が良い。コトリバコはそこらのオオワザとは違う」

 

 

 

 血濡れた壁はよく見ると、悍ましい肉片で塗り固められている。

 赤い骨が見え隠れしている。 

 周囲は憎悪と怨嗟が反響している。

 居るだけで発狂してしまいそうな空間にも関わらず、更に身体は常に呪いの炎に燃やされ続けている。

 しかし。

 

「──ハッ、涼しいッスねー、涼しい涼しい!!」

「はいなのですよー♪ イッコンの夏に比べたら大したことはないのですよー♪」

 

 この姉弟はそれにすら反骨してみせる。

 何故なら彼らはキャプテン。

 1000年以上続くおやしろの歴史を背負うという自負がある。

 この苦難に屈してしまえば、おやしろは潰えてしまう以上、たとえやせ我慢であったとしても耐え抜くしかない。

 

「──コノヨザル、頼むッスよ!」

「ノオト。耐えて跳ね返すのですよ──ギルガルド!」

 

【ギルガルド おうけんポケモン タイプ:鋼/ゴースト】

 

 コノヨザル、そして巨大な剣と盾のポケモン・ギルガルドの二匹が並び立つ。

 だが、彼らの身体もすぐさま呪いの炎に抱かれて、焼かれだすのだった。

 しかし主人たちも同じと気付くや否や、自らを奮い立たせてフーディンへ立ち向かうのだった。

 

「……苦しいはずなのに。この間よりずいぶんと安定しているように見える。どうしたの?」

「少し、貴女のお姉様に襟元を正されたのですよ」

「……姉さんは一生、アルネの庇護下、無菌室で生きるべきなのに。貴女たちが姉さんを誑かした……!」

「コイツ……マジで色々終わってるッスね……! コノヨザル、ふんどのこぶしッス!!」

 

 影の拳がフーディン目掛けて放たれる。

 だが、恐ろしく素早い動きで、フーディンの身体はその場から消えてしまい、気が付けばコノヨザルの背後を取っているのだった。

 

(やっぱり尋常じゃないくらい速い……!!)

 

「──まとめて焼却処分。”マジカルシャイン”」

 

 赤黒い炎がコノヨザルを包み込み、焼き尽くさんとする。

 怒りのボルテージが上がっていくコノヨザルだったが、素早いフーディンを前にそれをまともにぶつけることすら叶わない。

 

「こいつ、速過ぎッスよ!」

「よく引きつけたのです──そこなのですよ。ギルガルド、ボディパージ!!」

 

 しかし、フーディンが術を発動しきったその瞬間が仇となる。

 ギルガルドもまた、フーディンの隙を伺っていた。

 その鋼の刀身を磨き上げて身軽になったギルガルドは、フーディンをも上回る動きで接近し、その刀身を抜いた。

 邪悪を打ち滅ぼす聖剣による一閃だ。

 

「続けて”せいなるつるぎ”で叩き斬るのですよ!!」

 

 フーディンを正面から大上段に捉えた一撃。

 しかし、剣に手ごたえは無い。すぐさまその身体はバラバラのお札になってしまう。

 

「ッ……避けられた!? また!?」

「──しきがみらんぶ」

 

 気が付けばフーディンは、部屋の天井に張り付いていた。

 そして、無数のお札が刀身を抜いた無防備なギルガルドに、そしてコノヨザルに張り付き、一斉に起爆する。

 

【──ギルガルドに 効果は抜群だ!!】

 

【ギルガルドは倒れた! コノヨザルは倒れた!】

 

 ──やはりと言うべきか、その威力は尋常ではない。

 ギルガルドは勿論、耐久力に優れているはずのコノヨザルまでもが沈黙してしまった。

 倒れた二匹をボールに戻すヒメノとノオト。

 しかし、呪いの炎は徐々に二人を蝕んでいく。

 痛み。苦しみ。片腕は既に焼かれており、黒く焼け焦げた骨が露出している程だ。

 

「ッ……姉貴、腕が!!」

「落ち着くのです、ノオト。似たような呪術を知っているのですよ。これが呪いの技なら、所謂見せかけなのですよ」

「な、なぁんだ、見せかけか。腕クッソ痛いし熱いけど」

「ただし、呪いが()()()()()()、今度こそヒメノ達の身体は焼き尽くされるのですよ」

「ヒッ……!」

「これはタイムリミット。ヒメノ達の身体が呪いで死ぬまでの……時間なのですよ」

 

 ヒメノとノオトに時間は残されていない。

 手持ちの中で最も強い、ルカリオとジュペッタを繰り出さなければ後が無い。

 轟轟と音を立てて身体はこの間にも燃えていく。

 この2匹でフーディンを倒せなければ、二人の命は尽きる。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あっぷりゅりゅりゅーっ!!」

「たるるるるーぷる!!」

 

 

 

 すぐさま、冷気によって険しい氷の柱が周囲に現れ、高い隔壁と化す。

 増援は見込めなくなり、メグル達は外から分断された。

 そればかりか、冷気によって氷の柱は次々に広がり、おやしろを凍らせていく。

 敵の戦力は別つべし、というイヌハギの戦術思想は少なからずこの2匹にも教え込まれているようだった。

 

「──俺達だって寝てたわけじゃねーんだ! 特訓の成果、見せてやる!」

「……この戦いを、終わらせる!」

 

 メグルとアルカは同時にボールを投げ入れた。

 飛び出したのはバサギリ、そしてカブトだ。

 

「──”がんせきアックス”で氷の柱諸共叩き斬れ!!」

「グラッシャーッ!!」

「カブト、”パワージェム”! まとめて叩くよ!」

 

 岩の礫がアップリューを狙って飛んで行き、叩き込まれた。更にバサギリが回転斬りを勢いよくタルップルの頭に叩き込む。

 勢いよくタルップルの頭はへしゃげ、潰れてしまう。

 更に、アップリューも効果抜群の一撃を受けたことで地面へ叩き落とされてバラバラになってしまう。

 しかし──砕け散ったのもつかの間、氷の身体は再び元通りに戻ってしまうのだった。

 アップリューも、攻撃こそ受けたものの、まだ堪える様子は無い。

 体力を回復させたのだ。

 だが、ダメ押しと言わんばかりにアケノヤイバが剣をアップリュー達の影に突き刺す。

 剣は次々にアブソルのすがたへと変わっていき、アップリューとタルップルを複数体で押さえつけ、動けなくするのだった。

 

【アケノヤイバの デュプリケート!!】

 

【効果は抜群だ!】

 

 そして、動かなくなってしまえば2匹は良い的だった。

 続けて効果バツグンの岩タイプの攻撃をバサギリとカブトは更に叩き込んでいく。

 ”じこさいせい”で自らの身体を再生していくが、回復ばかりで追いつかない。

 おやしろで特訓を重ねたことで、バサギリの動きは無駄がなく洗練されており、カブトも素の能力が引き上げられている。

 このまま押していけば勝てる──そう思われた時だった。

 

「たるるるるー……!」

「あっぷりゅりゅー!」

 

 二匹は同時に吼えた。

 そして、彼らの影を縛っていた剣が砕け散る。

 アケノヤイバは自らの術が破られたことに驚愕しつつも、直接彼らを狙い撃つ方針に切り替え、背後から無数のシャドーボールを浮かび上がらせ、絨毯爆撃するのだった。

 

「す、すげぇ……!」

「とんでもない火力です……!」

「……エリィィィス」

 

 しかし。

 アケノヤイバの顔は晴れない。

 それもそのはず、爆風が晴れた時、目の前にあったのは──分厚い氷の壁。

 被弾する寸前で氷の壁を発生させたことで、シャドーボールは全て防がれてしまっていた。

 そして、彼らを押さえつけていたアケノヤイバの分身もまた、氷漬けにされ、皆砕かれてしまう。

 

「アケノヤイバの技が効いてない……!?」

「こいつら、遊んでる……! ボク達の技を、防ごうと思えばいつでも防げたんだ……!」

「あっぷりゅりゅりゅりゅーっ!!」

「たるるるるるるー!!」

 

 吼える二匹。

 その遊びは終わりだと言わんばかりに、彼らの頭上に巨大な氷の林檎が浮かび上がり、地面目掛けて2つ、落とされていく。

 

 

 

【──ダブリュー・アップルゴースト!!】

 

 

 

 それは、彼らの切札とも言える技だった。

 発動した際の冷気だけで、既にメグルとアルカは近付けなくなる。これより一歩先でも動けば凍り付いてしまうことを察していた。

 

「逃げろ、バサギリ!!」

「カブト!! 戻って!!」

 

 2匹は──答えない。

 無理も無かった。敵に接近していたバサギリとカブトも冷気の余波をまともに浴びて、既に氷の像と化してしまっており、ごろん、とその場に転げてしまう。

 ぞっとした。こうしてミミッキュも凍らされたのだ、と漸くメグルは敵の恐ろしさを思い知った。

 アップリューだけでは此処までの脅威ではなかった。

 オオワザの余波で相手を凍らせる程ではなかった。

 しかし、本当の恐ろしさは2匹が揃った時にあったのである。

 オオワザの威力は通常の倍に跳ね上がり、互いの冷気を受けて更に二匹の力は向上している。

 

「そんな──カブト!!」

「下がれアルカ!! 俺達まで凍らされたら誰がこいつらを倒すんだ!!」

 

 氷の林檎には薄っすらと鬼の顔が浮かび上がり、落ちた瞬間に砕けて全てを凍える冷気の爆弾と化す。

 それを知っていたアケノヤイバはすぐさま飛び出し、メグルとアルカの前で盾となるのだった。

 

「アケノヤイバ!! お前も下がれ!! やられちまうぞ!!」

「──エリィィィス!!」

 

 

 

【アケノヤイバの あかつきのごけん!!】

 

 

 

 剣が五本浮かび上がり、それがアップルゴーストを抑え込む。

 重なった刀が巨大な2つの林檎を抑え込むが、それでも前回より倍増した威力のオオワザを前に押されてしまい、アケノヤイバの身体も冷気の余波で凍り付いていく。

 しかしそれでも、老いた自らではなく、この二匹を斃すのは後ろにいる新たな光であることを信じ──アケノヤイバはとびっきりな凶悪な笑みを浮かべてみせる。

 剣が、二つの林檎を砕く。

 冷気が溢れ出し──アケノヤイバに降り注いだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「俺の名は──だ! 貴様が、刃の獣か?」

 

 

 

 人間が憎かった。

 自らを迫害した人々から逃げているうちに、こんな所まで来てしまった。

 もう、自分が生きているか死んでいるかどうかも怪しい。

 道中、自らと同じ姿をした獣を食らい、その身に取り込むことで何とか身体を保っていた。

 そのうち、どうやら、死ねない怪物になってしまったらしい。

 誰も私を殺せない。

 そんなある日、噂を聞きつけたのか、バカな人間が一人、私に挑んできた。

 

「ただのアブソルではないな。一戦、手合わせを願いたい!」

 

 弱かった。

 まあ弱かった。

 ズタズタに引き裂いて、マズそうだったのでそこに放り捨てていた。

 流石に死んだだろう、とその時は思ったのだが──

 

「今日も来たぞ、刃の獣よ!!」

 

 ──その次の週、男は姿を現した。

 また次の週の日も。またその次の週の日も。

 同じ顔が私の前に現れた。

 あろうことか、徒手空拳で私に挑もうとしているのだ。イカれている。

 

「だはははははーっ!! 負けた!! 今日も負けたぞ!! 身体が痛い!! ははははは!!」

「ッ……チッ」

「お? 何だ、薬草を分けてくれるのか? 忝い!!」

「……エリィィィス」

「やはり話に聞いていた通りだ! 存外、お前は悪いヤツではないのかもしれんな! 明日もまた来る!」

 

 二度と来るな。

 そう思っていたが、どうしても私はこの男にトドメを刺せなかった。

 私の身体に触れもしないくせに、何故何度も挑みにくるのだろう。

 私が勝つことは決まっている。私には未来が視える。

 死にたいのだろうか。それとも──

 

「何だ? 何故不思議そうに私を見る? 知らんのか。人間の最大の武器は──鍛え抜かれた、己の拳だ!!」

 

 ──本気で、私に勝つつもりだというのか? この男が?

 

「ッ……行くぞ!! ()()()()()()!! 今日こそお前に勝つ!!」

「……!」

「刃の獣、では長くて言いにくいだろう。かと言ってお前さんは只のアブソルではない。夜明けに見えるお前さんは何よりも美しい! だからアケノヤイバだ!」

 

 私は今度こそ、この男を殺さねばならない気がした。

 そうでなければ敗けてしまうと確信していた。

 未来が視えるこの私が、初めて敗北の未来が視えてしまったのだ。

 不可殺の怪物であるこの私が、この人間に敗けるなどと言うことがあっては──

 

「……この勝負、私の勝ちだな」

 

 ──敗ける理由など分かっていた。

 この男との拳の交わりを通して、とっくに私は人間への恨みも憎しみも薄れつつあった。

 その上名前まで付けられ、それを私は受け入れてしまったのだ。

 

「勝ったぞ、アケノヤイバ」

「エリィィィス……」

「言う事を一つ、聞いて貰えないだろうか!」

 

 ──既に私は折れてしまっていた。この男の前に。

 

 

 

「──私と共に来い、アケノヤイバ! その刃、今度は私の大事なものを護る為に振るってくれまいか!」

 

 

 

 ……あれ以来。私はすっかり丸くなってしまった。

 様々な人間をこの目で目の当たりにして来た。

 気高き魂を持つ人間。

 醜い人間。

 全てこの目で見てきた。

 だが決して絶望しなかったのは──あの気高い男に似た魂を持つ守り人が現れると知っていたからだ。

 決して悪いものではなかった。このオヤシロでの生活は。

 後は頼む──ヒメノ、ノオト。

 お前達は片方では頼りない。だが、二人揃えば、きっとあの男に負けず劣らずの守り人足り得るだろう。

 ──面白き異国の民よ。

 貴様の魂もまた、あの男に似ている。

 その刀の使い方、私は既に未来で識っているのだ。

 存分に振るうが良い。

 未来を切り開け!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「アケノヤイバ……!」

 

 

 そこには、氷の彫像が出来上がっていた。

 アケノヤイバの全身は完全に凍り付き、動かなくなってしまっていた。

 たとえどのような高温でも溶けない呪いの氷。そこから抜け出すことは出来ない。

 そして、オオワザの押し合いに敗れこそしたものの、アップリューとタルップルの本体は未だに健在だ。

 更に、その傍には凍り付いたカブトとバサギリが倒れている。

 

(絶対に後で助けてやる……待っててくれ!)

 

 戦局は絶望的そのもの。

 周囲は氷の壁に覆われており、狭いフィールドでは圧倒的にこちらが不利だ。

 冷気が充満すれば、今度こそメグル達まで凍らされてしまう。

 

「……おにーさん、場所を移しましょう……! 閉所では戦えません!」

「ああ。無理矢理パワーでこじ開ける!」

 

 メグルは一気にヘイラッシャとシャリタツを繰り出す。

 続けて、ヘラクロスをアルカは繰り出した。

 氷をも砕くことが出来る、超パワーコンビの2匹だ。

 一方、オオワザの反動からかアップリューとタルップルも未だに動けずにいる。チャンスはこの瞬間しかない。

 

「シャリタツ、ヘイラッシャ! 合体だ!」

 

 ガバァッ、とヘイラッシャの口が開き、シャリタツがその中に入り込む。

 そして、すぐさま水を纏ったヘイラッシャが氷目掛けて腹全部でぶつかりに行く。

 同時にヘラクロスも、畳みかけるようにして拳を氷にぶつける。

 

 

 

「──インファイト!!」

「──ボディプレス!!」

 

 

 

 氷の柱は一気にヒビが入り、脆くも砕け散り、吹き飛ばされるのだった。

 鉱物等には必ず、そこを突けばあっさりとその方向に割れてしまう「劈開」が存在する。

 シャリタツは一瞬の間に、何処が一番割れやすいかを見極め、ヘイラッシャに指示を出したのだ。

 

「よっし、流石だ!」

「一旦退却です!」

 

 先ずは彼らとの間合いを取らなければ勝利は無い。

 案の定、標的が逃げたと悟ったアップリューとタルップルは、ゴースト特有の浮遊で移動し、メグル達を追跡していくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話:総力戦

「標的現れました!!」

「よしっ、シャドーボール一斉射!! アップリューとタルップルを叩け!!」

 

 

 

 氷の柱から飛び出してきた2体の怪物目掛けて、おやしろのゴーストポケモンが一斉に弱点であるシャドーボールを放っていく。

 しかし、その攻撃は音も無く出現した氷の盾によって防がれてしまい、周囲に氷の破片が散らばるのみになってしまった。

 そればかりか、タルップルの背中からは無差別に冷凍ビームが放たれていき、射撃をしていたゴーストポケモン達を正確に狙って氷漬けにしていく。

 

「退け、退けーッ!! 凍らされたら元に戻れんぞ!!」

「何て奴らだ……! ヒメノ様とノオト様のすがたも無いし、あの二人に任せていて大丈夫なのか!? まともに近付けんぞアレでは!」

「構わん! おやしろを凍らされては後世の恥! 死ぬ気で止めよ! 若い者が死ぬ気で踏ん張っているのだ、我らが命を懸けずしてどうする!」

「ハッ!!」

 

 アップリューとタルップルから逃走し、漸く距離を取ることが出来たメグルとアルカ。

 反撃とばかりに2匹の怪物に向き合うが、その間に割って入るようにして、ズルズキンにゴロンダ、ゴルーグといったおやしろのトレーナーのポケモン達が増援に加わる。

 更に、メグル達を怪物から遠ざけると言わんばかりに僧兵の姿をしたトレーナーたちが現れた。

 

「皆さんッ……!」

「死ぬ気で奴らの進軍を止めろ!」

「我々が奴らがおやしろに進むのを止める! 奴らにダメージを与えてくれ!!」

 

 ゴルーグが力づくでタルップルの身体を引っ張り、引きずられながらも止める。

 更に、アップリューの身体にズルズキンとゴロンダの悪タイプを併せ持つ2匹がしがみつき、一気に地面へ引きずり落とすのだった。

 だがやはり低温の身体を持つ彼らに触れること自体がリスクを伴う。すぐさま冷気が噴出され、ポケモン達は氷漬けになってしまうのだった。

 しかし──それでも、重みによって彼らはすぐには動くことが出来ない。

 

「叩き込め!! ヘイラッシャ、アクアブレイク!!」

「ヘラクロス、ストーンエッジだ!!」

 

 ヘイラッシャが身体全部でタルップル目掛けてぶつかり、吹き飛ばす。

 そして、墜落したアップリューにトドメを刺すようにしてヘラクロスが岩の刃を思いっきり突き刺した。

 ──しかし。

 

「あっぷりゅりゅりゅりゅりゅーッ!!」

「た、たるるるるるるるーっ!!」

 

 すぐさま冷気が噴き出し、ヘラクロスもヘイラッシャの身体も氷漬けになっていく。

 ぐしゃぐしゃに潰されたはずの身体は、何事も無かったかのように”じこさいせい”で回復したのだ。

 更にタルップルは、その巨大な口を開け、猛吹雪を引き起こす。

 

 

 

【タルップルの ふぶき!!】

 

 

 

「ッ……ドロンチ、”ひかりのかべ”!!」

 

 だが、黙って凍らされるおやしろのトレーナーではない。

 すぐさまドロンチが展開した光の壁が猛吹雪を抑え込み、メグル達に再び逃げる余裕を与えるのだった。

 しかし、漏れだした冷気は壁を通り越し、ドロンチとそのトレーナーを氷漬けにし、更に地面をも凍結させていく。

 

「いっ!?」

 

 急に路面が凍結したことで、メグルの身体が倒れた。

 テーピングしていて動かしづらくなっていた足が枷となり、もつれたのだ。

 肘と膝をぶつけ、痛みで悶絶しながら彼は転がる。

 「おにーさん!?」とアルカの声が飛んできたが、彼女が助けに入れば彼女までアップリュー達に凍らされてしまう。

 

「先に行けアルカ!! 俺は追いつく──」

「でも──」

 

 後ろからアップリュー、そしてタルップルが大口を開けて迫ってくる。

 大容量の冷気を口から漏らしながら──

 

 

 

「ニンフィア!!」

「ふぃーあ!」

 

 

 

 メグルはすぐさま腰のボールを投げ込み、ニンフィアを繰り出す。

 一か八か。賭けるしかない。

 ヘイラッシャもバサギリも倒れた今、此処で彼らを退けることが出来るのは彼女だけだ。

 しかし、ハイパーボイスはまだ完成していない。

 彼女は不安そうな顔で二体の敵を睨み付ける。

 何時にも無く弱気な彼女の背中をさすりながら、メグルは起き上がった。

 

「──ニンフィア。前に言ったよな?」

「ふぃー……!」

「デカい技放つときは嫌な奴の顔を思い浮かべろ、って! 博士の顔を思い浮かべろ!」

「……ッ!」

 

 ただし、ニンフィアの頭に思い浮かぶのは、博士ではなかった。

 

 

 

 ──ふーるるるる♪(特別意訳:好き好き♡ 私の運命の人♡)

 

 ──おにーさんが、本当にボクのおにーさんだったら良かったのに……♡(泥棒猫フィルターが掛かっています)

 

 

 

 泥棒猫(猫ではない)二匹の顔と言葉だ。

 ニンフィアは譲るつもりは無い。主人はあくまでも自分の物だ。

 暴れん坊の自分を見捨てないで命懸けで庇ってくれたあの日から、ニンフィアの心はメグルに奪われたままなのだ。

 

「ッ……ふぃぃぃぃぃーっ」

 

 大きく息を吸い込むニンフィア。

 主人を護るという意思。

 そして大好きな主人の隣の席を脅かす者全てを吹き飛ばさんと言う意思。

 それが、足りなかった最後の一押しとなる。

 彼女の声には魔法が宿った。

 

 

 

 

「──ふぃぃぃぃぃぃぃーッ!!」

 

 

 

【ニンフィアのハイパーボイス!!】

 

 

 

 

 メグルが後少し耳を塞ぐのが遅ければ、彼の鼓膜は破れていただろう。 

 周囲のもの全てを震動させる大声量の衝撃波は妖精の祝福を受け、アップリューとタルップルを昏倒させて地面に叩き伏せる。

 想定外の反撃を受けたからか、氷の怪物たちはUターンし、そのまま逃げていくのだった。

 

「や、やった……! ハイパーボイスを覚えたんだな、ニンフィア!」

「ふぃーあ♪」

 

 尚、メグルは気付いていない。その理由が、自分に向けられた巨大な好意の矢印であることに。

 

 

 ※※※

 

 

 

「さ、寒い……!」

「耐寒ジャケットを着ていてコレか……」

 

 対アップリュー・タルップル用に、相当の厚着をしている各員だったが、それでも冷気を常時放ち続ける2匹と相対すると漏れなく皆「寒い」とこぼすのだった。

 無論、目の前でずっと戦っていたメグル達も例外ではない。

 何時敵が来てもいいように、ずっとジャケットの用意はしていたのだ。

 その上で彼は断言する。

 今回の戦いはこれまでで最大の地獄である、と。

 周囲の気温は既に2℃近くまで冷え込んだ。

 アップリューとタルップルの周囲は氷点下を超す勢いだという。

 

「報告! アップリューとタルップルの二匹は、第二庭園で休息しているとのこと!」

「片方が起きて、片方が寝ているのを繰り返しているみたいですね……抜け目がない奴らだ」

 

 その報告を聞いて、メグルは思わず唸る。

 敵の最大の脅威は幾らダメージを与えても、すぐに回復してしまうことだ。

 放っておけば、再びあの二匹は全快してこちらに襲い掛かってくることは容易に想像できる。

 

「これでボクは2匹。おにーさんは3匹、手持ちを凍らされてるんですよね……」

「あのまま、あいつらを逃がしたら大惨事だ……他にもポケモンや人が凍らされてるのに」

「スシー……」

 

 か細い声が聞こえてきた。

 思わず鞄の蓋を開けると──そこには涙目のシャリタツが入っていた。

 両手で抱き上げると、しょんぼりとした様子で「ヌシー?」とシャリタツはアルカ、そしてメグルの方を見やる。

 どうやら彼女にとっては、二人共「主人」という扱いらしい。

 

「シャリタツ、無事だったのか……!」

「良かったぁ……! でも、ヘイラッシャの口の中に居たよね!?」

「すんでのところでアイツ、シャリタツを口から吐き出したんだろうな。漢の中の漢だぜ」

「ラッシャ……」

「大丈夫だ、お前の彼氏はぜってー助けてやる!」

「そうだよ! あんな奴ら、すぐにやっつけてやるんだからね!」

「ヌシィ……」 

 

(やっつける、ね……奴ら二匹相手にするのが此処まで苦とは思わなかったけど、それでも勝ち目がないわけじゃない)

 

 方法は無いわけではない。

 この戦いに勝つには条件が3つある、とメグルは考える。

 1つは、あの二匹を引き離し、分断する事。二匹掛かりではどうやっても勝ち目はない。冷気が強すぎて近付くだけで壊滅させられる。

 2つは、自己再生を封じる事。このままでは幾ら体力を削っても回復するだけだ。

 3つは、オオワザの対策をし、発動させないか、発動前に体力を削り切ること。

 

「方法はある……あいつらの強みを一つ一つ潰していけば、必ず活路は開ける!」

「でも、どうやって?」

「そのためには、俺達だけじゃない。今此処にいるおやしろのトレーナーの皆さんの力が必要……なんすけど……」

「……」

「……」

「……」

 

 厳しい顔の僧兵たち。

 相手が強いだけあって、簡単には踏ん切りが付かないようだった。

 既に仲間が何人も凍らされている。

 更に、最大戦力であるキャプテンも不在の状況。

 彼らの心も既に摩耗しつつあった。

 しかし──その中の一人がカツン、と杖を鳴らす。

 

「良いじゃねーか、テメェら賭けてやっても。このボウズは、そこの嬢ちゃん助けにうちのお姫様に喧嘩売りにいったんだろ?」

 

 豪胆な笑みを浮かべ、彼はメグルの頭をポンポン、と叩く。

 

「──俺ァ嫌いじゃねえぜ。漢見せてくれるヤツはな」

「ッ……そうだな。俺達ゃ頭使うのは下手くそだけど……一緒に考えようぜ」

「やるだけやるしかねえよな──じゃなきゃ、ヌシ様に怒られちまうよ」

「ノオト様とヒメノ様が認めたトレーナーなんだ。俺達も命張らなきゃな。イッコンの大ピンチ、今戦えるのは俺達だけだ」

 

 一人の言葉を切っ掛けに、全員は立ち上がっていく。

 休んでいる場合ではない。

 この間にも二匹は体力を回復させているのだから。

 

「ボウズ。策はあるか?」

「……二匹を分断したいんです。一匹ずつなら、勝ち目はまだあるかと。でも正直、これが一番難しくって」

「でもよ、あいつら言うてアップリューとタルップルなんだろ? 多分やりようはあるぜ」

「そうだな。おう、農園の爺さんと婆さんに誰か電話しな! 叩き起こせ! 出番だってよ!」

「何だか解決しそうですね、これは」

「ああ……」

 

 そして2つ目のネックポイント。

 それは、自己再生によって体力を回復されることだ。

 

「じゃあ、分断した後に挑発が使えるポケモンで奴等の回復を封じれば良い」

「ああ。第二庭園から奴らをそれぞれ東門、西門に誘導すれば、第一庭園と第三庭園が袋小路になる」

「そこに、待ち伏せさせたポケモンで奴らの動きを封じれば良い」

「オオワザもそうだ。複数体のポケモンで取り囲んで、弱点技をぶつければ……勝てねえことはねえよ」

「皆さん、盛り上がり始めましたね……にしても、どうやっておびき出すんでしょうか?」

「……どっちにせよ、一番気合入れなきゃいけねーのは俺達だぜ?」

「え?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 アップリューとタルップルはふと、香ばしい香りで目を覚ました。

 アップリューは、自らが好む酸っぱい林檎の香り。

 タルップルは、自らが好む甘い林檎の香り。

 幾ら幽霊林檎と言えど、彼らは元々林檎の竜。胃の腑に甘い蜜、そして酸っぱい酸を溜め込むべくその匂いがする方にそれぞれ動き出すのだった。

 睡眠の次は食事。生き物にとっては体力を回復させる重要な行動である。

 

「アップリュリュー!!」

「たるるるるるるるー!!」

 

 すぐさま彼らは、庭園の西門、東門から飛び出した。

 そして、通路の先に居たのは──

 

「──欲しいだろ? 欲しいなら捕まえてみろよ!」

「──こっちに、おーいで!」

 

 ──東門。甘い蜜をしこたま入れた瓶を背負ったメグルがオドシシに跨っている。

 

(餌で釣るのが一番手っ取り早いんだよ!!)

 

 ──西門。酸っぱい林檎酢をしこたま入れた瓶を背負ったアルカがモトトカゲに跨っている。

 

(頑張るってこういう事!? 要は囮ってことじゃないですかぁ!!)

 

 アップリューはアルカを、そしてタルップルはメグルを目掛けて一目散に飛び出したのだった。

 だが、そこからは一本道。

 すぐさま彼らは第三庭園と第一庭園に誘導されることになるのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 第一庭園。

 壁に囲まれた枯山水の庭園に誘い込まれたアップリューは、すぐさまオコリザル達が視界に入る。

 彼らはアップリューを見るなり、振り返り、お尻を叩き、そしてあっかんべーと挑発してみせた。

 当然、キレるアップリュー。すぐさまオコリザル達目掛けて氷柱を落とそうとするが──

 

「──竜の波動!!」

 

 既に顔の下に潜り込んでいたモトトカゲから想定外の奇襲を受けることになり、墜落する。

 そのままアルカはアップリューの背後に回り込むと叫ぶ。

 

「君の相手はボクと、モトトカゲだ! カブトとヘラクロスの仇、取らせてもらうよ!」

「アギャァス!!」

 

 キェェェェェ、と甲高く叫ぶアップリュー。

 怒りは既に心頭だった。しかし、アルカの背中には未だにあの酢の入った瓶が良い匂いを漂わせている。

 凍らせては馳走にありつけない。すぐさま幽霊林檎はそれを奪うべく、飛び掛かるが──

 

「準備用意!! シャドーボール、一斉射!! ってェェェーッ!!」

 

 屋根の上から、再び彼は奇襲を受けることになる。

 そこには、おやしろのトレーナーたちが仁王立ちで立っていた。

 ムウマやゴーストと言ったポケモン達が、間髪入れずにシャドーボールを撃ち込んでいく。

 

「おやしろを只の神社と思わんことだ!! 一方通行の通路と袋小路の庭園は、敵を四方から叩きのめすために設計された古の罠よーッ!!」

「あっ、あっぷりゅりゅりゅりゅりゅーッ!?」

 

 今度は不意打ちだったので、氷の壁すら張ることが出来なかったアップリュー。

 それもそのはず、挑発されている所為で、既に冷静な判断が出来なくなっているのだ。

 だが、そうなれば今度は最後の手段に容赦なく転じるというわけで。

 アルカ達の頭上に巨大な氷の林檎が浮かび上がり、更に周囲は氷に閉ざされていく。

 凄まじい冷気がアップリューの身体に集中していくのだった。

 

【アップリューの──】

 

「オオワザ来た!! ──そのまま決めちゃって!! お願い!!」

 

 おやしろのトレーナーたちはアルカの叫び声に反応し、すぐさま屋根の上で通り道を開ける。

 間もなく、ごろごろと瓦を剥がしながら音を立てて、それは勢いを強めながら転がっていくのだった。

 だが、オオワザに集中しているアップリューは、もう周囲の敵全部を凍らせることしか考えていない。

 だから気付かなかった。

 ()()()()()のは、自分の方であった、と。

 

 

 

 

「──ゴローニャ、ヘビーボンバー!!」

 

 

 

 屋根から勢いよく飛び出した岩の塊は──アップリューの脳天を一気に押し潰す。

 ふらり、とへしゃげた頭で態勢を崩すアップリュー。

 オオワザを中断し、潰された頭部をすぐさま再生こそさせたものの、”じこさいせい”のように体力まで回復させる余裕はないし、させることも出来ない。

 すぐさまモトトカゲのギアを握り締め、アルカはアップリューに向かって駆け出す。

 

 

 

「──トドメだ、モトトカゲ!! オーバーヒート!!」

「アギャァス!!」

 

 

 

 モトトカゲの口に灼熱が溜め込まれ、一気に凝縮された火種として飛ばされる。

 爆炎がアップリューを包み込み、氷の外殻を溶かしていく。

 

【効果は抜群だ!!】

 

「──行け!! ダークボール!!」

 

 そこに、アルカは夜間で捕獲率が上がるダークボールを投げ込んだ。

 完全に墜落し、炎上したアップリューはその中へと吸い込まれていき──何度か激しく揺れたものの、収まったのだった。

 そして周囲を凍てつかせていた氷は解けていく。

 第一の氷の呪いは、これで完全に解かれた。

 

 

 

「よっし! アップリュー、捕獲ですっ!」

 

 

 

 周りから歓声が上がる。

 残るは──タルップルのみだ。

 

 

 

「……おにーさん。どうか無事で」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話:呪いは解け、氷も溶ける

 ※※※

 

 

 

「──はどうだん、ッス!!」

 

 

 

 波動弾が弾道を描くも、壁に向かって飛んでしまう。

 すぐさま回り込んだフーディンがお札を浮かび上がらせ、ルカリオを爆撃した。

 

「諦めて。貴方達じゃあ、絶対にコトリバコの呪いは解けない」

「ッ……」

 

 八戒・呼獲箱と書いてハッカイ・コトリバコと読む。子獲箱ではない。断じて。

 このオオワザは、呪われた空間に相手をまとめて誘い込み、呪いの炎で焼き尽くす技。

 既にノオトもヒメノも、身体を呪いの炎に焼かれており、倒れる寸前だ。

 メガジュペッタ、そしてルカリオがフーディンを前にしているものの、素早くテレポートを繰り返し、更にお札で翻弄する敵を前に長期戦を強いられていた。

 

「”はどうだん”!!」

「当たらないって言ってる」

 

 フーディンに攻撃は当たらない。

 そして、二人にはもう時間が無い。

 呪いの炎が彼らの命を焼き尽くすまで、残り僅か。

 既に両脚が炎に焼かれ、立つこともままならない状態だ。

 

「結果的に、一番辛い死に方するなんて哀れ」

「……言わせておけば、なのですよ。ヒメノのミミッキュは絶対に返して貰うのですよ」

「ミミッキュ? ああ、あのポケモン」

「どうして。どうしてミミッキュを凍らせたのです!」

「あの日アルネは、偵察の為にイッコンに来てた。その時──カジッチュが逃げ出した」

 

 ぽつり、とアルネは呟く。

 

「──その時にカジッチュは、暴れて果樹園の一角を凍らせた。それだけ」

「事故だった、ってのかよ……!」

「……そう。事故。でも、あの時のカジッチュは今はタルップル。だから喜んで。もし誰かがタルップルを倒せれば、貴女のミミッキュは元通り」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

 

 

「──簡単に倒されてやるつもりなんて微塵も無いけど」

 

 

 

 この戦いの中で、一度もフーディンは被弾していない。

 そう、ただの一度も、だ。

 

「どんな攻撃もフーディンには通用しない。貴方達じゃあ勝てない」

「……そうッスねー、お手上げかもッス」

「ええ。お手上げなのですよ」

「……諦めた?」

「まさか」

 

 ニヤリ、とノオトは笑みを浮かべた。ヒメノも頷くと同じく、笑みを浮かべてみせる。

 

「安心したのです。ヒメノ達が鍛えたメグル様とアルカ様ならば、タルップルなんて敵じゃないのです」

「だから、此処で思う存分オメーをぶちのめせるって訳ッスよ! 姉貴、フーディンをしばらく引きつけておくッス!」

「……りょーかい、なのですよ!」

 

 ジュペッタが飛ぶ。

 そして、空間から次々にシャドークローが現れ、フーディンを狙っていくが、それも全て当たりはしない。

 以前、果樹園付近で戦った時も、素早かったが当たらないわけではなかった。

 メガジュペッタの攻撃ならば、捕捉することが出来たのだ。

 

「ルカリオ。この一撃に全てを賭けるッスよ」

「──ガオンッ!!」

 

 一方、ルカリオは掌にエネルギーをチャージし始める。

 だがその間にも、ノオトを覆う炎は全身に広がっていた。

 

「もう時間が無い。貴方達は此処で焼き尽くされる」

「ふふっ、かもですねー♪」

「……この賭けが外れたら、ッスけど」

「……まさか」

 

 流石にアルネもカンが良かった。

 

「おかしいと思ったんスよ。必ず命中する”はどうだん”が当たらなかった時点で確信したッス」

 

 そこまで言った瞬間、フーディンはターゲットをルカリオに切り替え、急接近する。

 だが、もう遅かった。

 

「フーディン、ヤバい──全部バレた」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ー♪ 種は全て割れたのですよー♪」

「──遠くを狙うと威力が減衰する──貫くなら接射しかねえッス!!」

 

 ルカリオは床に掌を押し当てた。

 

 

 

「──最大出力──”てっていこうせん”!!」

 

 

 

 反動でルカリオが吹き飛ぶ程の威力だった。

 しかし、その勢いで空間に穴がこじ開けられる。

 すぐさま断末魔の叫びが周囲の壁から響き渡っていく。

 

「……オレっちたちが今まで相手にしてたフーディンは、全てお札で作られた幻影」

「本体は──この空間そのものだった、ってところなのですよ」

「”はどうだん”の狙いがおかしかったのは、フーディンがこの空間に変化していたからッス。ちゃあんと”はどうだん”は本体を狙ってたんスよ」

「ま、化け狐に相応しいと言えば相応しいのです。よく、狐は化かすというのですよ。ゾロア然り、キュウコン然り」

 

 がらがらと音を立てて崩れ落ちていく肉の壁。

 その破片は収束していき、フーディンのすがたへと戻っていく。

 ”ハッカイ・コトリバコ”は、()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()相手を閉じ込める技だった。

 故に、種を見破られ、壁を破壊されてしまえば、技を発動したポケモンには致命的な大ダメージが入ってしまうのである。

 

「──そんな──呪い殺される前に気付くなんて──そもそも()()()()()だなんて聞いてない──」

「ノオトが居ないと気付かなかったのですよ」

「いやいやー、姉貴がいねーと即負けだったッス」

 

 元の場所、おやしろの前に彼らは戻って来た。

 後に残るのは、オーライズが解除されて横たわるフーディン。

 そして、解除不能と思われていたオオワザを突破され、愕然とするアルネのみだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──こっちだぜ、タルップル!!」

「たるるるるーっ!!」

 

 

 

 手筈通り、庭園内にタルップルを誘き寄せたメグル。

 当然、こちらでもタルップルを待ち受けているのはオコリザルによる挑発の応酬だった。

 早速”じこさいせい”を封じられたタルップルは怒り狂い、メグルに向き直る。

 

「ウチのポケモンの仇……取らせて貰うぞ!!」

「オヌシ、テキー!!」

 

 メグルの頭にしがみついているシャリタツが涙目で叫ぶ。

 タルップルはまとめて凍らせんとばかりに、がぱぁ、と口から冷凍ビームを放っていくが、オドシシがいずれも躱していく。

 そればかりか、動かない事で、砲撃要員たちからタルップルは良い的だ。

 

「シャドーボール一斉射ッ!! ってェェェェーッ!!」

 

 ムウマ、フワライドといったポケモン達が次々にシャドーボールを撃ち込んでいく。

 効果バツグンの攻撃の雨。

 流石のタルップルも、ひとたまりではないだろう、全員が溜飲を下げたその時であった。

 爆風が晴れた場所には、タルップルが何事も無かったかのように立っていた。

 

「なっ、今の攻撃を耐えたのか!?」

「たるるるるるるるう!!」

 

 鈍重なタルップルだが、やはり防御力には定評があるらしい。

 すぐさまライドギアの舵を切り、メグルはタルップルから離脱する。

 タルップルは背中の巨大な氷の殻から冷凍ビームを無差別に放っていく。

 屋根の上に居たトレーナーたち、そしてゴーストポケモン達は次々に呪いの氷に閉じ込められてしまった。

 

(やっぱり厄介なのはこいつだ!! アップリューの方がマシだった!! ちょっとトロいだけで、堅すぎる──!!)

 

 そして、この凶暴さゆえに鈍重なタルップルに進化させなければ手の付けようがなかったのではないか、とメグルは推測する。

 前回の襲撃で居なかったのも、アルネにとっても手に余る存在だから──そして、以前第一果樹園を襲ったのがタルップルと仮定するなら、それすらテング団にとっても想定外の出来事だった可能性すら浮上する。

 真相は定かではないが、この手の付けられない暴れっぷりから可能性は高い。

 近付くことすら憚られるレベルだ。周囲を見境なく凍らせる暴君である。

 メグルはふと屋根上を見上げた。奇襲要員のニンフィアがそこでずっと待ち構えている。

 だが、ゴーグルで視力が向上しているメグルには分かる。きっと多分、彼女は今こう考えている。

 

 

 

 ──このまま降りて奇襲? 死ねと?

 

 

 

 実際その通りであった。反論しようがなかった。

 奇襲とは、絶対に成功するという前提があって成り立つのだ。

 あそこまで隙の無いビームを展開されては、奇襲もへったくれもない。

 だが、問題は防御だけではない。情けも容赦も欠片も無い攻撃の数々だ。

 

【タルップルの ふぶき!!】

 

 猛吹雪がメグル達を襲う。

 幸い、オドシシが大きく跳んだことで、範囲からは逃れたものの、後には氷の柱が壁まで出来上がっていた。

 

「ッ……なんつー火力……!」

「シャリシャリ……スシ」

 

 氷等倍のシャリタツも怯えるレベルであった。

 天変地異のレベルだ。この氷の怪物を野放しにするわけにはいかない。

 タルップルの居る場所を起点として、どんどん壁が凍り付いていく。

 吹雪が吹き荒れるだけで、おやしろは完全に氷の城と化すだろう。

 

「オドシシ、速度上げられるか!?」

「ブルルルルルゥ!!」

 

 一気に駆け出すオドシシ。

 タルップルの弱点は機動力の無さだ。

 動き回っていれば、攻撃は当たらない。

 しかし、それは相手も分かっているのだろう。

 殻から冷凍ビームを撃ち出し、オドシシの足元を狙撃していく。

 最初は避けられていたオドシシも、徐々に疲労が溜まって来た。

 遂にビームによる一閃を避けられず、後ろ足が地面と縫い付けられてしまうのだった。

 

「ッ……オドシシ!!」

「ブッ……ブルルルルル……ッ!!」

 

 ピキ、ピキピキと音を立ててオドシシの身体はそこから急速に凍り付いていく。

 メグルは思わずオドシシから降りて足から氷を剥がそうとするが、あっという間に、首元まで凍結が進んでしまうのだった。

 

「くそっ、すまんオドシシ──」

 

 だがそこに間髪入れず、タルップルが次弾を放つべく冷凍ビームを装填しに掛かる。

 慌ててニンフィアも屋根から飛び降りようとするが、間に合わない。

 

「ッ……ヤバい、捕捉された──ッ!!」

 

 その時だった。

 タルップルの殻は突如、粉々に砕け散り、冷気が飛び散った。

 

「たるるるるぅ!?」

 

 悲鳴を上げ、のたうち回るタルップル。

 だが、自己再生する事も出来ないので、欠けた部分を治す事も出来ない。

 下手人は地面に降り立ち、敵に向かって威嚇してみせるのだった。

 遅れて降り立ったニンフィアも、驚きの余り目を見開く。

 

「──ふるるるーる!!」

 

 助っ人の正体は──子アブソルだった。

 彼女は甲高く鳴いた後、すぐさまメグルの元に駆け寄る。

 

「ふるるるーる!」

「ふぃー……」

 

 尻尾を振りながら笑顔で駆け寄る様は、本当に子犬のようだ。

 しかし、タルップルへの寸分違わぬタイミングでの不意打ちはまさに職人技。

 他のゲーム媒体ではアサシンのような性能付けがされるアブソルだが、それに相応しい立ち回りであった。

 

「お前、わざわざ来てくれたのか!」

「ふるるるーる!」

「……ふぃー。……ふぃー!」

 

 ニンフィアもメグルの元に遅れてやってくる。

 最初は機嫌が悪そうに唸っていたが、同輩であるオドシシが完全に凍結したのを見て──改めて、タルップルに怒りを滾らせる。

 

「悪いな、オドシシ。戻っててくれ。こいつは絶対──俺達が捕まえてみせる!」

「ふぃー!」

「ふるーる!」

「スシ!」

 

 改めて。

 残る手持ちは3匹。

 ニンフィア、アブソル、そしてメグルの頭の上に乗っているシャリタツ。

 小細工が通用しない以上、正面からタルップルを叩きのめすしかない。

 挑発の効果も切れてしまったのか、タルップルは背中の甲殻を再生してしまう。

 そして、自分を散々コケにしたメグル達に憎悪を向け、咆哮するのだった。

 

「たるるるるるるーッ!!」

 

 タルップルの頭上に巨大な氷の林檎が浮かび上がる。

 冷気が溢れ出し、周囲のものが音を立てて時間を止め始めた。

 オオワザの態勢だ。

 しかも、これまで見た中で最も大きな氷の林檎だった。

 この冷気爆弾が地上に落ちれば、おやしろは丸ごと凍らされてしまうだろう。

 そして、堅牢なタルップルには只の攻撃は通用しない。

 ……只の攻撃ならば。

 

「ニンフィア、これが最後だ」

「ふぃー?」

「ヤツはオオワザを撃つ瞬間が無防備になる。そのためには、オオワザを抑え込まなきゃいけない」

「……ふぃー!」

 

 メグルが取り出したのは──アケノヤイバから貰った錆びた刀だった。

 

「アルカが言っていた。そのポケモンのオーラが籠っている道具がオーパーツだって。それならきっと……コイツが反応してるのも偶然じゃないよな」

 

 万が一の時のため。

 メグルはオージュエルをずっと、ファスナー付きポケットの中に入れていた。

 そしてずっと、オーパーツを求める宝石の熱と鼓動を感じ取っていた。

 

「ニンフィア。俺の賭けに、付き合ってくれるか?」

「ふぃー!」

 

 当然だ、と言わんばかりにニンフィアは甲高く鳴いた。

 そうと決まれば、やることは決まっている。

 メグルは刀を宙に放り投げ、オージュエルを構える。

 

 

 

【オージュエルが オーパーツの力を解き放つ──ッ!!】

 

「──ニンフィア、オーライズだ!!」

「ふぃー!」

 

 

 

 オージュエルの光はオーパーツを解放し、それをオーラの鎧へと変化させる。

 

(アルカ。お前から貰ったオージュエル、此処で使わせてもらう!)

 

 刀がオーラとなり、ニンフィアの身体を覆う。

 紫色の霊魂の炎が足に宿り、頭にも火の玉が灯る。

 そして、リボンには刀の形をした装甲が纏われたのだった。

 最後に一瞬、アケノヤイバの姿が浮かび上がり、消えた。

 

 

 

「ふぃーッ!!」

 

【ニンフィア<AR:アブソル> むすびつきポケモン タイプ:格闘/ゴースト】

 

 

 

 自らの同族を思わせるその姿を見たアブソルは──思わず目を輝かせる。

 一方、メグルは思った以上にアケノヤイバに似なかったその姿に困惑を隠せない。

 

(あ、あれ? なんかアケノヤイバってより、只のアブソルって感じだな……)

 

 そうして戸惑っているうちに一つの可能性に辿り着く。

 先程、アルネが披露してみせたギガオーライズについて、だ。

 

(もしかして、アケノヤイバとしての力を解放できるのってアブソルだけだったりするのか……?)

 

「──いや、今はどっちでもいい! ニンフィア、オオワザだ!」

「ふぃー!」

 

 ニンフィアの身体に一瞬、アケノヤイバの身体が浮かび上がる。

 そして、五本の剣が彼女の周囲を舞い、次々に氷林檎を狙って飛んで行った。

 一度見ている上に、アケノヤイバのオーラが使い方を身体に教えてくれる。

 剣は林檎を抑え込み、完全に受け止めたのだった。

 

 

 

【ニンフィアの ”あかつきのごけん”!!】

【タルップルの ”アップルゴースト”!!】

 

 

 

 オオワザとオオワザがぶつかり合い、せめぎ合う。

 霊気と冷気が反発し合い、周囲に拡散していく。

 だが、タルップルは一匹だけ。オオワザを止められて焦りを隠せないのか、全部のエネルギーを氷林檎に回すものの、剣を押しのけることは出来ない。

 

「ゲームオーバーだ、タルップル。連携はこっちも負けてねーんだよ!」

 

 一方、メグルにはまだ手持ちが残っている。

 シャリタツがアブソルの背中に飛び乗り「スシー!」と甲高く鳴いたのだった。

 

「ッ……トドメだ!! アブソル、シャドークロー!! シャリタツ、りゅうのはどう!!」

 

 アブソルが地面を蹴り、一気に距離を詰めた。

 再び、タルップルの背中の殻をその鋭い爪、そして宙を舞う影の剣で八つ裂きに。

 そして、砕けた殻の中身目掛けて、シャリタツが飛び出し──「カタキー!!」と叫びながらドラゴンエネルギーを直に叩き込む。

 致命的なダメージを受けたタルップルは、崩れ落ち、同時に氷の林檎も五本の剣にまとめて切り裂かれ、爆散したのだった。

 

(これで終いだ──ダークボール!!)

 

 メグルは走り出す。

 満身創痍のタルップル目掛けてボールを投げ込んだ。

 その身体はすぐに吸い込まれていき、激しく暴れこそしたものの──遂に、ボールの中に納まったのだった。




本日12時に第三章の最終話を予約投稿しています。是非見てね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話:壁を乗り越えて、その先へ

 ※※※

 

 

 

「──氷が、解けていくッス……!?」

 

 

 元の空間に戻った直後。

 おやしろ周辺を覆っていた氷が次々に消えていくことにノオトは感嘆していた。

 

「やった──やったッスーッ!! 氷が、氷が解けた!! メグルさんたち、やったんスよ!!」

「……っ」

 

 信じられない、と言わんばかりにアルネは辺りを見回す。

 夜はもう、明けていた。

 まだ暗い空に、明の明星がおやしろを祝福するように光り輝いていた。

 フーディンを瓢箪に戻し、すぐさまアルネはその場から離れようとする。

 しかし、ジュペッタに首を掴まれてしまい、動けなくなってしまうのだった。

 

「何処へ逃げるつもりなのです?」

「……わかった。降参。逃げも隠れもしない」

「全て吐いて貰うのです。貴女のようなロクデナシ、まともな尋問がされるとは思わないことなのですよ」

「今回ばっかりは、姉貴に賛成ッス。犯した罪があまりにも多すぎるッス」

「ふん……」

 

 不貞腐れるアルネ。反省の色はそこに欠片も無い。

 それが余計に、姉弟の怒りを駆り立てたが、彼らは抑えた。

 抑えなければテング団と同じになってしまうからだ。

 そして彼らが怒りを露にせずに済んだのは──よく知る声が聞こえてきたからである。

 

 

 

「──おーい!! ヒメノちゃーん!! ノオトー!!」

 

 

 

 メグルとアルカが走ってくるのが見えた。

 彼らに向かって、ノオトも大きく手を振り返す。

 

「二人共ーッ!! やった!! やったッス!! 三羽烏、捕まえたッスよ!!」

「そ、そっかぁ……皆、勝ったんだぁ」

 

 そして、アルカの視線は──ジュペッタに襟首を掴まれているアルネに向く。

 

「……アルネ」

「無様だって笑う? ……私はこれでも、姉さんの為に……」

「笑わないよ。……ただボク達は、向いている方向が違ってた。それだけだ」

「……」

 

 がくり、と彼女は顔を伏せた。

 そして一言、呟いた。

 

 

 

「……助けて。()()()()

 

 

 

 空が裂けた。

 全員の視線はそこに注がれる。

 音も無く、前触れもなかった。

 

「空が、割れた……!?」

「何スか、いきなり!?」

「答えなさい! 一体、これはどういうことなのです、三羽烏!!」

「……タマズサが、来てくれた」

「誰だよタマズサって──」

 

 明星は、赤い空に飲み込まれる。

 その場の空気が一気に変わった。

 そこから静かに──天狗が舞い降りた。

 

 

 

「──カッカッカッカ、俺様の()に手ェ出すのは、何処のバカ共だコラ」

 

 

 

 黒い仮面。

 そして、山伏の装束の上から黒い鎧を着こんだ男。

 背中からは鉄色の羽根が伸びている。

 遅れて、全長3メートル程の巨大な烏が甲高い鳴き声を上げて現れるのだった。

 

(……鋼の鎧鳥……アーマーガアか……ッ!?)

 

 

 

【アーマーガア(ヒャッキのすがた) わるがらすポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 アーマーガア。全身を鎧に包んだカラスのようなポケモンで、ガラル地方ではタクシーとしてインフラに貢献しているポケモンだ。

 しかし、その姿はメグルの知るものとは大きく違う。

 銀色に光り輝く鎧に全身を包んでおり、顔だけが真っ赤な面の如き仮面に覆われているのだ。

 そしてそれを引き連れる男もまた、これまでのテング団の人物とは一線を画す威迫を放つ。

 

 

 

「……俺様の嫁から手ェ離してくんね?」

 

【──テング団ボス”三羽烏”タマズサ】

 

 

 

 タマズサは、ヒメノとジュペッタに詰め寄る。

 あまりの威迫に、ヒメノは後ずさった。

 殺される、と第六感が叫んでいる。この男は、今までの敵とは何かが違う、と。

 

(こいつは、ヤバいのですよ……ッ!!)

 

「カッカッカ! 離さねえなら──ちょーっとだけ遊んでやろうかなぁ」

 

 天狗の男は十手を取り出す。

 そこには、オージュエルが埋め込まれていた。

 そして、アーマーガアの赤い面とそれが反応し──

 

 

 

「アーマーガア──ギガオーライズ”マガツカガミ”」

 

 

 

 ただでさえ大きかったアーマーガアの身体が、更に大きくなっていく。

 翼には赤いシグナルが浮かび上がり、周囲には光を跳ね返す鏡が浮かび上がり、ユニットのように彼を護る。

 その姿は、メグルの知る”キョダイマックスアーマーガア”と酷似したものであった。

 

 

 

【アーマーガア<ギガオーライズ> わるがらすポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 

「何だ、これ……!?」

「デカい、デカすぎるよ……!?」

「全員、退避するッス!! 姉貴も!! あいつはヤバいッス!!」

 

 全員がその場から離れた。

 ジュペッタもアルネを離し、ヒメノを庇うようにして地面に臥せる。

 

「……オオワザ”マガツフウゲキ”」

 

 アーマーガアが甲高く吼える。

 巨大な竜巻がその胸元で巻き起こり、更に浮かび上がる鏡がそこに紫電を放ち、竜巻は雷雲となって突き進む──

 

 

 

【アーマーガアの──マガツフウゲキ】

 

 

 

 

 ──おやしろの中心たる第一御殿を粉々に打ち砕くのだった。

 稲光は木造の建築を食い荒らし、風禍はコンクリートさえも飲み込む。

 中の神棚も、御神体も、全て巻き込み、第一御殿は──瓦礫の山と化すのだった。

 嵐が止み、漸く起き上がったヒメノは、本来そこにあったはずのものが無いことに気付き、地面へへたり込んでしまう。

 

「ご、御殿が無くなってる……!」

「おー、スッキリスッキリ♡ 綺麗さっぱりだなァオイ」

「……こんな事なら、最初っからタマズサがやれば良かった」

「バーカオメー、俺様が最初っから出向いたら手の内明かしちまうし──何より面白くねえよなあ?」

「お、面白い……!? あんた、面白半分で……オレっちたちのおやしろを──痛ッ!!」

 

 ノオトの頭を足蹴にしながら、タマズサは「なんか勘違いしてねーか? オメー」と言い放つ。

 

「……お前ら平和ボケしたサイゴクの人間には分からねーかもだがな……戦争ってのは、辛いモンだ。すっげー心が痛む行為だ。今こうして俺様がオメーを踏みつけてるのも、心が痛む行為だ、分かるな?」

「あっ、があ、ががが」

「ノオト!!」

「だからこそ、遊び心ってのが必要なのさ。楽しむ心、大人になると忘れちまうよなァ。んー、俺様ってもしかして今、すっごく良い話してる?」

「……こいつ……ッ!」

「来るかァ? テング団。()()()()()()()()()()()良いところだぜ? ──テメェみたいなクソガキの頭を潰しても許される」

「がぎっ……!」

 

(いけない──)

 

「ニンフィア──スピードスターッ!!」

 

 メグルが叫ぶと共に星型弾がタマズサ目掛けて飛ぶ。

 しかし──それを、彼は十手の一振りで全てかき消してしまった。

 

「なッ……!?」

「おう坊主。オメー見所あるな。この俺様・タマズサが何者か知っての狼藉か? ……とか言っちゃってみたりする」

「……離せよ。そいつは俺の仲間だ!! 足を退けろ!!」

「……良い啖呵の切り方だ。──でも俺様、命令されるのがキライでね。命令するのは好きなんだけどなー、何でだろうなぁー、おかしいよなぁ? 人間って分かんねーよなぁ」

「がぁっ!?」

 

 タマズサは、ノオトの頭を思いっきり蹴飛ばす。

 仮面越しだが、その視線はメグルに向いていた。

 

「──つー訳で、お前ムカついたから死んでくれ──”マガツフウゲキ”」

 

 竜巻がアーマーガアの胸を起点として巻き起こる。

 それがメグル目掛けて飛んで行く。

 地面が抉れ、衝撃波だけで周囲の壁も吹き飛ばした。

 直撃すれば、身体が木っ端微塵になる風圧。そして紫電。

 それが束になってメグルに襲い掛かる──

 

 

 

「カッカッカ! ……なかなか気骨があるねぇ、サイゴクの()()も」

 

 

 

 ──はずだった。

 竜巻を受け止めたのは──氷の呪いから解放されたアケノヤイバだった。

 その正面には五本の剣が浮かび上がっており、必死に竜巻を押さえつけている。

 

「エリィィィス……ッ!!」

 

 だが、流石に分が悪い。破壊的な竜巻を前に、押し込まれそうになっている。

 それを見て、メグルもオージュエルを取り出した。

 

「──ニンフィア、オーライズ!!」

「ふぃーあ!!」

「”あかつきのごけん”だ!! アケノヤイバの援護をしろ!!」

 

 すぐさまニンフィアもオーライズし、”あかつきのごけん”を顕現させて竜巻を抑え込む。

 だが、それでも押し返すことは出来ない。故に二匹は剣の向きを反らせて──空に向かって竜巻の勢いを受け流した。 

 エネルギーはしばらくすると逃げていき──竜巻は消え去るのだった。

 しかし同時に、アケノヤイバもニンフィアも力を使い果たしてしまったのか、その場に重なるようにして倒れ伏せる。

 一方、アーマーガアは稚児の遊戯と言わんばかりに、全く疲れた様子を見せていない。

 

「何とか、なった……ッ!!」

 

(噂に聞いてたけど、やっぱりタマズサのアーマーガアは……最強だ……こんなやつ、勝てる訳無い……!!)

 

(何なんスかアイツ……! あの破壊力のオオワザを、あんなに気軽に撃てるんスか……!? 出力は”むげんほうよう”や”メルトリアクター”の比じゃねえッスよ!?)

 

(ガラル地方のダイマックス技のダイジェット……いえ、キョダイフウゲキを上回るのですよ……ッ! それをおやつ感覚で撃てるのはイカれてるのですよ……ッ!!)

 

「カッカッカ! こりゃあいい、オーライズを使いこなす異国のガキか。お前……名前は?」

「……メグルだ」

「お前みたいなヤツが居ると、戦争が楽しくなるな。良いぜー、また遊ぼうや。いつ暇?」

「ッ……」

「答えろよー、陰キャちゃんか? ま、いーわ。どうせ俺様が来たいときに来るし」

「……」

 

 メグルは言い返す事すら出来なかった。

 圧倒的な力の差を前に、逆らう気力すら奪われていた。

 もう一度”マガツフウゲキ”を放たれれば、此処にいる全員が今度は殺戮される。

 

「タマズサ。行こ」

「カッカッカ、分かってるよ、俺様の可愛い子猫ちゃん」

 

 彼はアルネの手を引き、再び時空の裂け目にその身を委ねる。

 仮面の下はどんな表情か伺い知れない。

 しかし、軽薄な態度や口調からは一周回って狂気すら感じ取れる。

 

 

 

「赤い月は俺様達が頂くぜ。この戦争をたっぷり楽しんだ後でな」

「アルネは……今回の雪辱は必ず晴らすから。何時の日か、絶対に」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──幸い。

 早朝ということもあり、防衛で殆どの人間が出払っていたこともあって、第一御殿の中には誰も居なかったので怪我人は居なかった。

 だが”マガツフウゲキ”によっておやしろは破壊されており、瓦礫の山となっていた。

 

「……悔しいッス。折角、勝ったと思ったのに……」

「タマズサ……テング団で最強の男。誰もあいつに勝てるヤツが居ないから、あいつがトップに居る……そんな男だよ」

 

 恐らく、これまでの三羽烏の中でもタマズサは図抜けて強い。

 アーマーガアの破滅的な強さは勿論の事、本人のフィジカルの強さもだ。

 だが何よりも恐ろしいのは、陽気で軽薄な態度の中に全くと言って良い程人間味を感じない事である。

 豪快に笑っていた次の瞬間には、冷酷な顔で人を殺している。そんな男だった。

 そんな中意外だったのは、タマズサのアルネへの呼び方だった。

 

「あいつ、アルネの事を嫁とか何とかいってたぞ」

「……あの分だとアルネが三羽烏になってるのは、タマズサが惚れ込んでるから、だと思う」

「組織を私物化してる、って訳か……あの強さじゃ、誰も逆らえないよなあ」

「……強くなるしかないッス」

 

 悔しそうにノオトが言った。

 頭には絆創膏が何枚も貼られていた。

 

「でも、追いつけるか、分かんねーッスよ、あんなの……」

「勝てるのかよ、あんな奴に……」

「今は無理だよ」

 

 アルカが言った。

 しかし、彼女はそれでも諦めていないようだった。

 

「だけど──それでも強くなるしかないよ。ボク達は、あいつに勝たなきゃいけないんだから!」

「……世界を救うのは、どうやら簡単な事じゃないみてーだな」

 

 あのタマズサも、アーマーガアも、文字通り最大の障壁足り得る強さだ。

 彼が動き出す前に、力を付けておく必要があるだろう。

 

(……でも、どうすれば……)

 

 

 

「──みみっきゅ! みみっきゅ!」

 

 

 

 ポケモンセンターでお通夜になっていた3人の耳に、奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

 振り向くとそこには──黄色いズダ袋のようなポケモン・ミミッキュを抱きしめたヒメノが立っていた。

 

「良かった! ミミッキュ、元気になったんだな!」

「みみっきゅ!」

「……ええ。言葉も見つからないのですよ」

「ケタタタタタ」

 

 いつも笑っているジュペッタも心なしか、今はとても嬉しそうだった。

 

「こんな事を言っては……キャプテン失格だと思うのですよ。でも今は……皆が生きて此処にいるだけで、十分なのですよ」

「おやしろは……建て直せるッスけど、命は無くなったら戻って来ねーッスからね」

「……そーだな」

「うんっ」

「みみっきゅ! みみっきゅ!」

 

 ヒメノに抱き締められているミミッキュも嬉しそうにゆらゆら動いている。

 

「──んじゃあ、これからの事を考えなきゃだな」

「メグル様、残るおやしろは2つ……”ひぐれのおやしろ”、そして”なるかみのおやしろ”ですね?」

「ああ、そうだな」

「此処から近いのは”ひぐれのおやしろ”……クワゾメタウンですね」

「旧家二社の片割れか……ボクの正体、バレない方が良い?」

「いえ、こちらからキリ様に話を通しておくのですよー♪ 今回のせめてものお詫びに、アルカ様の旅路の不便を少しでも取り除くのですよー♪」

「なら良いんだけど……」

「そしてもう1つ、言わねばならない事があるのですよ」

 

 ヒメノは二人に近付く。

 そして深々と頭を下げた。

 

 

 

「ヒメノのワガママに付き合って貰って……本当に……ありがとうございましたっ!!」

 

 

 

 その目には涙が浮かんでいた。

 

「たくさん酷い事をしたし、酷い事も言ったのに……イッコンの為に、戦ってくれて……本当に──ひぐっ、うぐっ」

「泣かないでよ、ヒメノちゃん!」

「ああ。ミミッキュが元に戻ってよかったな」

「うぐっ……ひぐっ」

 

 ヒメノは、また泣いた。

 ずっとずっと泣いていた。

 

「泣き虫なのは……やっぱそっくりなんだねぇ」

「うるせーッス」

「良いじゃねえか。こんな日くらいな」

「……そうだね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──次の日。

 メグル達は、イッコンタウンを後にすることにした。

 

「また! また力をお借りする時があるのですよ! その時は──よろしくお願いするのですよ!」

「ああ! こっちこそ世話になったな! 弟と仲良くな!」

「はいなのですよー♪」

「……ねえ、おにーさん。肝心のノオト、居なくない?」

「シャイなやっちゃなぁ」

 

 モトトカゲとオドシシに乗り込んだ二人は次の目的地目指して走り出す。

 クワゾメタウンに行くまでに幾つかの街と山道を経由することになる。

 それまでにどれだけ強くなれるか──タマズサと戦うなら、どれだけ鍛えても足りない。

 

「とにかくっ! 次の町に行くまでに、もっともっと強くなる。タマズサのヤツに敗けないくらい、な」

「ふぃーあ!」

 

 メグルの背中に掴まっているニンフィアも、意気込むように右前脚を突き上げる。

 やる気は十分、と言った様子だ。

 

「当然楽な道じゃねーと思うけど……地獄の底まで付いて来てくれるか? アルカ」

「勿論! こうなったら、火の中水の中草の中! とことんまで付いていきますよ!」

「うんうん、善きかな善きかな、向上心に溢れていて何よりッス。オレっちとしても、鍛え甲斐があって何よりッスね」

「……って何で当たり前のように居るんだオメーは!!」

 

 オドシシの横でダバダバと走るジャラランガ。

 それに乗り込むのは、当然ノオトである。

 彼はさも当たり前のように髪を掻きむしりながら言うのだった。

 

「いやー、オレっちもメグルさんたちに同行しろって姉貴に言われちゃって……ホラ、キャプテンだから二人の身分も証明できるじゃねーっスか」

「あー! 確かに! それ助かるよ! もし捕まったら弁明してくれるってことだよね!」

「捕まる前提で話すんじゃねえよ、心臓が持たねえ」

「それに、タマズサのヤローに一発入れねえと気が済まねーッス!! オレっちも、強くなってやるッスよ!!」

「……分かったよ。こっちとしても断る理由ねえからな!」

 

 これで旅のみちづれも三人目。

 半ば強引にではあるものの、キャプテンのノオトが加わったのだった。

 彼はジャラランガをオドシシに幅寄せすると、小声でメグルに耳打ちする。

 

(それに、アルカさんにアプローチするなら良い方法色々あるんで教えてやるッスよ、メグルさん。オレっち経験豊富ッスから)

 

(余計なお世話だマセガキ!!)

 

「おにーさん!! 前!! 前!!」

「えっ!?」

 

 アルカの声で思わずメグルはライドギアのハンドルを切る。

 オドシシはすんでのところで、ブレーキをかけ、その場に静止したのだった。

 茂みからポケモンが飛び出して来たのである。

 小型のポケモンらしく、視線を下に降ろしてみると──

 

 

 

「ふるーる♪」

 

 

 

 ──見覚えしかない黒い毛玉が目を輝かせてメグルを見つめているのだった。

 

「あっ、そういやお前! まだ捕まえてなかったな!」

「ふぃー……ッ!」

 

 ニンフィアの威嚇も意に介さず、アブソルはメグルに飛びついてくる。

 そして、ふと辺りを見回すと──親アブソル達も見送るようにメグル達を見つめているのだった。

 

「……どうやら、事件を通してメグルさんを認めてくれたみたいッスね」

「おやしろは壊れちまったけど……」

「そうッスね。でも、大事な人は守れたからじゃねーッスか?」

「おにーさん、今回もタルップル捕獲で活躍してましたしね!」

「むしろ俺はお前に助けられてばっかだったんだけど……」

「ふるーる!」

 

 アブソルは、親に挨拶するように一吼えすると、メグルの胸に飛び込み、頭を擦り付ける。

 当然それが面白くない女がいた。ニンフィアである。

 彼女は「本当に仲間にするの?」と言わんばかりにメグルを睨むが、

 

「言ったろ? ニンフィア。これから手持ちが増えても、俺のパートナーはお前だけだよ」

「ふぃっ!? ……ふぃーあ」

 

 虚を突かれたようにニンフィアは顔を反らしてしまうのだった。

 

(無自覚で女たらしの才能あるッスね、メグルさん……ポケモン限定で)

 

「つー訳でアブソル。これからよろしくな」

「ふるーる♪」

 

 メグルはボールをアブソルに当てる。

 旅のみちづれ。

 そして、旅の仲間である6匹が揃った瞬間であった。

 

「──よっし。そんじゃあちゃちゃっとクワゾメタウンに向かうぞ」

「あっ、置いていかないでくださいよ、おにーさんっ!」

「次の町まで誰が先に着くか、競争でもするッスか?」

「それ賛成! 敗けた奴はジュース奢りな!」

「じゃあ、ボクが一番乗りですねー!」

「負けねーッスよーっ!」

 

 目指す先はクワゾメタウン。

 三人の進む先には、砂嵐の舞う町、そしてまだ見ぬポケモンが待っている──

 

 

 

 ──第三章「永遠に輝けし明の明星」(完)

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

▶はい

 

 

 

いいえ




最後にアンケートを用意しておきます。今考えている話が2つほどあるのですが、少し踏ん切りがつかないので、読者の皆様の意見もお借りします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:第三章終了時点

【第二章の登場人物】

 

メグル 男 19歳

この度、よあけのおやしろの試練をクリアしたことで「よあけのあかし」を手に入れた。残るおやしろは2つ。

サイゴクに来てから、ロクにムラムラが発散出来ておらず、メンタルに色々不調をきたしている。

今章でアルカと一気に距離を縮めたからか、彼女の事を意識するようになってしまった。また、ポケモンからは無自覚にモテることも判明した。

 

手持ちポケモン

新たにヘイラッシャ、シャリタツ、アブソルが加わり、最終的にスタメン6匹が完成した。

 

イーブイ→ニンフィア ♀ 特性:きけんよち→フェアリースキン

技:でんこうせっか、スピードスター、???、ハイパーボイス

アケノヤイバとの戦いで進化を果たし、メグルへの好意をより隠さなくなった。多分、皆やメグルが思っているよりも数倍、彼の事が好き。そのため、彼の近くによる♀には剥き出しの敵意を向ける。よあけのおやしろでの修行で、ハイパーボイスを習得し、メイン火力を手に入れた。

 

 

オドシシ ♂ 特性:いかく

技:あやしいひかり、でんげきは、さいみんじゅつ、バリアーラッシュ

今回はあまりいいところが無かったが、ライド要員として度々活躍。集団戦では、あやしいひかりが役に立つこともあった。次章に期待。

 

 

バサギリ ♂ 特性:むしのしらせ

技:がんせきアックス、つばめがえし、???、???

完全にパーティの突撃要員としての役が板についた。取り合えず不利な相手でなければ、バサギリを出しておけば良いや、とメグルは考えている節があるし、”がんせきアックス”がステルスロックをばら撒けるので間違ってはいない。よあけのおやしろでの特訓で強力な技を習得したらしいが、それは次章以降でのお披露目となる。

 

 

ヘイラッシャ ♂ 特性:てんねん

技:ダイビング、アクアブレイク、のしかかり、ボディプレス

パーティの物理受け要員。今回は相手が悪かったので速攻凍らされてしまったが、次章に期待。動きが鈍重なため、メグルとしても扱いにやや困っている節があるが、ポテンシャルは確か。実際対戦では大暴れしているが、メグルはそんな事を知る由もない。

 

 

シャリタツ ♀ 特性:しれいとう

技:りゅうのはどう、みずのはどう、???、???

パーティの数少ない特殊アタッカーに収まった。見かけによらず、その火力はサザンドラより少し低い程度らしく、メグルはかなり驚いていた。その小ささと頭の良さを生かした戦い方がこれから期待できる。尚、ヘイラッシャとはデキている。

 

 

アブソル ♀ 特性:おみとおし

技:シャドークロー、???、???、???

ラストで正式に手持ちに加わった。メグルに一目惚れしてパーティ入り。ニンフィアからは早くも警戒心を抱かれてしまっているが、本人は全く気にしていない。まだ子供で、体躯も小さいが、戦闘センスは抜群。それもそのはず、アブソル特有の未来視を彼女も持つからである。

 

 

 

アルカ 女 ??歳

メグルに助けて貰ったが、本人は恋愛の概念をイマイチ理解出来ていないからか、彼の事を意識しておらず「本当に兄だったら良かったのになー」と思ってるくらい。

妹のアルネの事は、その思考回路が理解出来ないため拒絶している。

また、足としてモトトカゲを使っていたことが判明。おやしろでの特訓で、強力な炎技・オーバーヒートを扱えるようになったため、戦力としても十二分。

諸事情で、苦労して手に入れたシャリタツとゴローニャを交換した。だが、本人はベニシティの戦いで世話になったゴローニャも結構気に入っているらしい。

 

手持ちポケモン

 

カブト ♂ 特性:すいすい

 

ヘラクロス ♂ 特性:こんじょう

 

モトトカゲ ♂ 特性:だっぴ

 

ゴローニャ ♂ 特性:がんじょう

 

 

 

ノオト 男 13歳

イッコンタウンのキャプテン。義理人情に厚いが、涙もろく、そしてメンタルが若干ライトメンタル。ことあるごとに「泣くッスよ!」と脅しをかけるが本当に泣く。泣くんじゃない。

双子の姉であるヒメノとは、共にキャプテンに選ばれた。しかし、彼女と違って霊感を持たない上に、バトルも彼女より弱いので劣等感を感じている。何ならキャプテンでも一番弱い。

しかし、それはあくまでも魔境のサイゴクキャプテンの中で比べた時の話で、そこらのトレーナーなど相手にならないくらいには強い。

格闘タイプの使い手で、長い付き合いの相棒はルカリオと足にも使っているジャラランガ。直情的な性格に反し、ダブルバトルで使うようなテクニカルな小技も得意とする。

今回、晴れて3人目の旅仲間となった。メガシンカはまだ出来ないため、ルカリオのメガシンカを目指す。

 

手持ちポケモン

 

ルカリオ ♂ 特性:せいしんりょく

 

ジャラランガ ♂ 特性:ぼうじん

 

カラミンゴ ♂ 特性:きもったま

 

コノヨザル ♂ 特性:やるき

 

パーモット ♂ 特性:しぜんかいふく

 

 

 

ヒメノ 女 13歳

イッコンタウンのキャプテン。朗らかな顔と振る舞い、声が初対面の相手を癒すが、内面は非常に厳格かつ生真面目。加えて、おやしろのキャプテンを任された重圧が、彼女を独善的な方向に引っ張ってしまった。

自らの霊感と、自らの育てたポケモンに強い自信を持っており、相手の手の内を簡単に読んでしまう洞察力も持つ。現に、僅かな情報からフーディンのオオワザ”コトリバコ”の種を断定している。

一方、弟同様に涙もろい一面があり、普段は我慢しているが、一度泣き出すと人目も憚らず泣いてしまうなど、幼い一面も垣間見える。

両親が亡くなっているため、家族とも言えるポケモンを傷つけられることが特大級の地雷。ミミッキュの一件は彼女のメンタルをぎりぎりまで消耗させており、まともな判断が出来なくなってしまっていたほど。

 

手持ちポケモン

 

ジュペッタ ♀ 特性:おみとおし<メガシンカ>

 

ドラパルト ♂ 特性:すりぬけ

 

シャンデラ ♀ 特性:ほのおのからだ

 

ゲンガー ♂ 特性:のろわれボディ

 

ミミッキュ ♀ 特性:ばけのかわ

 

 

 

 

 

アルネ 女 17歳

テング団のボス”三羽烏”の一角。実質的にテング団のボス格だが、とある理由で実力は一段階落ちる。しかし、恐るべきはヒャッキの技術水準を大幅に引き上げたその頭脳。そして終わりに終わっている倫理観。この世の生き物は須らく自分の好奇心を満たす為に生きていると本気で思っており、姉以外の生死に全く頓着しない。同時に、その好奇心が生かせる場であるテング団をいたく気に入っており、姉にも来てほしいと考えている。名前の元ネタはアルネビア。アルカネットと同じ、ムラサキ科の植物である。

 

手持ちポケモン

 

フーディン(ヒャッキのすがた) ♂ 特性:シンクロ<ギガオーライズ>

 

 

 

 

タマズサ 男 

テング団の団長”三羽烏”の一角にして筆頭。軽薄な態度と、口調が特徴的だが凡そ人間らしいものは感じさせない程に相手の生死に頓着しない。そればかりか、戦争を娯楽の一つと捉えており、自らの渇きを満たせる殺戮を求めている。ポケモンは勿論、本人のフィジカルも驚異的で、ポケモンの技すら弾き返せる、文字通りヒャッキ最強の男である。相棒であるアーマーガアのオオワザは、恐ろしい破壊力を誇り、あっさりとおやしろを瓦礫の山に変えてしまったほど。目下、最大の危険人物である。ちなみにアルネを寵愛しており、自らの権限で三羽烏に置いている。元ネタのタマズサとはカラスウリの別名。

 

手持ちポケモン

 

アーマーガア(ヒャッキのすがた) ♂ 特性:???<ギガオーライズ>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート2:リージョンフォームポケモン(2)

挿絵はCr.M=かにかまさんから、いただきました!


サイゴクのすがた

特殊な霊脈を持つサイゴク地方に祝福を受けたポケモン達。メグルが今回訪れたよあけのおやしろと、次の目的地であるひぐれのおやしろは旧家二社と呼ばれており、大昔からサイゴクを縄張りとしてきた。両社は共に、突然変異したポケモンがヌシとなっている。そして、その戦力は伝説のポケモンと同等とされている。

 

 

アブソル(サイゴクのすがた) ざんれつポケモン タイプ:ゴースト/格闘

種族値:H65 A130 B60 C75 D60 S75

特性:おみとおし/すりぬけ

原種と種族値上は変わりなし。サイゴクの霊脈の祝福を受けたアブソル。古くから剣の化身として、人間と共に戦ってきた歴史を持つ。みちづれ、かげうちといったゴーストタイプお得意の技は勿論、原種の覚えた悪技も習得できる。

 

 

アケノヤイバ みょうじょうポケモン タイプ:ゴースト/悪

種族値:H85 A85 B70 C160 D70 S110

特性:あけのみょうじょう(格闘技の威力が上がる)

突然変異種。サイゴク以外のアブソルの抱えた怨みを一身に受け止めてしまったことで、死んでいるか生きているかも曖昧。アブソルからは進化しないが、遺伝子上はアブソルと同一というなかなかややこしいポケモン。専用技のデュプリケートは分身しながら相手を翻弄して大ダメージを与える。合計種族値は580、文句なしの準伝説クラスである。

 

デュプリケート タイプ:ゴースト 威力:110 命中90 特殊

回避率が1段階上がることがある。

 

【挿絵表示】

 

 

ヒャッキのすがた

異界の先、テング団もといヒャッキの民が住まう場所から連れて来られたポケモン。いずれもサイゴクを遥かに上回る過酷な環境で進化を果たしており、侵攻の兵器として用いられる。

 

カジッチュ(ヒャッキのすがた) おばけりんごポケモン タイプ:氷/ゴースト

種族値:H40 A40 B80 C40 D40 S20 

特性:のろわれボディ

凍えて死んでしまったカジッチュが無念のまま外側の氷と共にポケモンとなった。空っぽの中身を埋めるために彷徨い続ける。

 

アップリュー(ヒャッキのすがた) おばけりんごポケモン タイプ:氷/ゴースト

種族値:H70 A120 B70 C75 D60 S100

特性:のろわれボディ

ヒャッキ地方の異常気象で死んでしまったカジッチュが、酸っぱい林檎で進化した姿。氷の殻を身に纏っており、仲間を増やす為に果樹園を求めて彷徨い続ける。

モチーフは氷鬼、飛頭蛮、ゴーストアップル。

 

 

タルップル(ヒャッキのすがた) おばけりんごポケモン タイプ:氷/ゴースト

種族値:H110 A65 B120 C100 D80 S20

特性:のろわれボディ

ヒャッキ地方の異常気象で死んでしまったカジッチュが、甘い林檎で進化した姿。巨大な氷の甲殻を背負っており、そこから冷気を放ち続け、周囲を無差別に凍らせ続ける。モチーフは氷鬼、ゴーストアップル。

 

 

フーディン(ヒャッキのすがた) おんみょうポケモン タイプ:悪/フェアリー

種族値:H55 A50 B35 C135 D95 S130

特性:シンクロ、せいしんりょく

ヒャッキ地方で進化したことにより、呪術を操る力を身に着けたフーディン。相手を箱型の結界に閉じ込める攻撃を得意とする。通常のフーディンとは違い、ふさふさとした九つの尾を携えている。

 

 

しきがみらんぶ タイプ:悪 威力90 命中─ 特殊

必ず命中する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第肆章:夢幻異聞・デイドリーム
第64話:夏はポケモンって最近聞かなくて寂しい


第四章ではなく、第肆章。テーマは「夏はポケモン!」です。それっぽさをお楽しみください。因みに少しズレるって言ったけどコンセプトが「夏はポケモン!」だから大分ズレるかも。要するに劇場版のノリです。


「──ひゅああああーん!!」

 

 

 

 ──ハイウェイを走る自動車の流れを追い越し、たきとうポケモン・ブロロロームが何匹も疾走していた。

 ブロロロームはエンジンのポケモン。車に寄生し、それを自らの出力で動かす力を持つ。

 そのため、ライドギアさえ取り付ければ乗り物として運用することも可能であった。

 そんなブロロローム達に跨るのはいかにもガラの悪そうな男たち。

 そして、彼らの視線の先には──赤いポケモンが飛行していた。

 ジェット機のように前衛的なフォルムをした、ドラゴンのポケモン。

 その手には、青い宝玉のようなものが大事そうに握られている。

 

「捕まえたら大金持ちだぜェ!! ヒャッハー!!」

「でも道交法とか大丈夫なんスかねリーダー」

「バカヤローオメー、道交法気にしてて密猟なんかやってられっか!! 爪を転売するだけでスロットの負けが帳消しよ!! ほれ、撃て撃て! 撃たんか!」

「ブロロロロロロロ──」

 

 紫色の悪臭の詰まった爆弾を、ブロロローム達は口から一斉に放ち、空中を飛び続ける標的を撃ち落とそうとする。

 しかし、それを全く意にも介さない様子で赤いドラゴンは最低限の動きでそれを躱してみせるのだった。

 そればかりか、地上に居る目標をちらり、と見やる。

 そしてくすくすっ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべると──

 

「ひゅあああああーん!!」

 

 ──前を走っていたブロロローム達の身体がビデオのように停止。

 そして、後から走って来たブロロロームが追突し、更に他の車にも激突した。

 サイコキネシスによる強制停止だ。

 すぐさま同時多発的に玉突き事故が巻き起こる。

 

「止まっ──」

「どわぁぁぁぁ!?」

「避けろ避けろ!! あああああ!!」

「ぎゃあああああああ!?」

 

 ハイウェイは爆音と轟音が鳴り響き、一瞬で大惨事と化すのだった。

 炎上するブロロロームと乗用車たち。遅れて、警察のサイレンが聞こえてくる。

 

「いてぇ……いてぇよぉ……あちぃよぉ……」

「おい、しっかりしろぉ!」

 

 そんな中、欲望のままに、ブロロロームの上に横たわる男は手を伸ばす。

 消えていく赤い軌跡を見ながら──

 

 

 

「く、くそっ……()()()()()……必ず、捕まえ──」

 

 

 

 赤くラインを描くその竜は、空の果てへと消えていく。

 決して叶うことはない夢幻の彼方の先へと──

 

 

 

 ──第肆章「夢幻異聞・デイドリーム」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「でっけぇーっ!! あれが、メガフロートってヤツか!」

「ふぃーあ♪」

 

 飛行機の窓から、ドームによって囲われた巨大なメガフロートが見える。

 初めて見る巨大な人工島を前に、メグルとニンフィアは目を輝かせていた。

 

「はしゃぎすぎちゃって、子供だねー、おにーさんも、ニンフィアも」

「オメーにだきゃ言われたかねーやい」

「フィッキュルルル」

「メガフロートを空から見る事なんて、なかなかねーッスからね。……内部だけじゃない。外周部のネイチャーエリアは、大規模な自然公園。完成まで10年かかったとか」

「10年でも早過ぎるくらいじゃねーか!?」

「そこが、GSグループの財力ってヤツっスよ。何とあの、エーテルパラダイスに使われた技術も採用されてるとか」

 

 サイゴク地方・セイランシティ近海には巨大なメガフロート”デイドリーム”が建築されていた。

 空から見ると、壮観である。

 そこでは、ポケモンに関する様々な展示や、一般に向けた最新の研究発表。

 更に、バトルイベントと言った多くの催しが開かれているのである。

 その名も──GSフェス。

 デイドリームの一般公開を記念した祭りである。

 

「……にしてもお二人とも。あんまりはしゃぎすぎねーように! これがあくまでも修行の一環である事を忘れねーことッス」

「ノオトは真面目過ぎんだよ。修学旅行じゃねーんだから」

「何スか修学旅行って」

「オメーが言ってるような旅行だよ」

「喧嘩しないのっ! 折角招待券当たったんだから、楽しもうっ!」

「……はぁーあ、しゃーねーッスね」

 

 本来、彼らはポケモン博に参加する予定は無かった。入場料だけでも高額の上に、移動には飛行機を使わなければならない。

 とてもではないが、そんな余裕は3人にはない。ましてや、彼らはクワゾメに向かう旅の途中。本来ならGSフェスなど眼中にも無かった。

 しかし、クワゾメタウンに向かう道中で訪れた町で──

 

(大当たりー♪ 特賞・デイドリームGSフェスへの特別招待券でーす♪)

 

(なーにーッ!?)

 

 ──と言った具合に、運良く福引に当たったのである。

 結果、彼らは行き帰りの航空券と三日間の入場チケットを3人分ゲット。

 だが当然、此処に来るまでに何も波紋を生まなかったわけではない。

 

(あのッスねー、GSフェスとか行ってる場合ッスか? オレっち達はテング団に勝つために、修行しねーといけねーんスよ!)

 

(バカ言え、単に遊びに行くんじゃねーよ、見ろよコレを)

 

(……ビッグバトルレース? 優勝賞品はキーストーンで、上位入賞者にはシルフカンパニー製の特性パッチィ!?)

 

(──な? 行く価値あるだろ?)

 

(えー、ボク、サーカス見に行きたいんですけど、サーカス! ガラル地方の化石ポケモンがキャストで出演するみたいですよ! 三日間ずっと見に行きたいです!)

 

(ダメだ! 1人でも手に入れば御の字、オメーも出るんだよ!)

 

(えー!? おにーさん、やっぱ意地悪です!)

 

 ──GSフェス二日目に行われる最大の目玉。

 それが、ビッグバトルレース。

 メガフロートの外周部を舞台とした、妨害アリ、バトルアリ、何でもありのレースだ。

 そして、その報酬は滅多に手に入らないレアアイテム・特性パッチ。これは、ポケモンの特性を隠れ特性にする優れもの。隠れ特性のポケモン自体が滅多に手に入らないので、全トレーナーが垂涎モノのアイテムである。

 更に、メガシンカに必要となるアイテム・キーストーン。こちらは更に稀少度が増す。サイゴク地方でもお目に掛かれない激レアアイテムであり、ポケモンがメガシンカをする際にトレーナーが付けることになる宝石である。

 

「お前としても悪い話じゃねーだろ? バトルレースの報酬は」

「……キーストーン……絶対手に入れてやるッスよ!」

「そっか、ノオトは、まだメガシンカ出来ないんだったっけ」

「ああ。キーストーンを持ってねーんだろ?」

 

 その瞬間、機内の空気が凍り付く。

 ノオトの顔は──涙と鼻水塗れになっていた。

 

「ひぐっ、うぐっ、ひぐ──それ以上姉貴と比べてみろ! 今此処で、大声で──」

「ゴ、ゴメン! 違うの! そういうつもりで言ったんじゃなくってね!」

 

【特性:ライトメンタル】

 

「あークソ、面倒くせーなマジでコイツ……」

「面倒臭いって言ったァ!! 姉貴にも言われたことねーのに!!」

「うるせーうるせー!! 泣くのやめろ恥ずかしい!!」

「ふぃーあ……」

 

 呆れたようにニンフィアは溜息を吐くのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 デイドリームに着陸した後、メグル達が最初に向かったのは「ビッグバトルレース参加者受付」と書かれたテントであった。

 やることは勿論、参加確認である。

 彼らは既に事前申し込みをしているため、何も慌てることは無い。

 後は明日に向けて、今日は思いっきり羽根を伸ばそう──と考えていた矢先だった。

 

「参加希望者多数につき、抽選だとォ!?」

「説明書きに書いてあったと思うんですが……それで今から参加者の発表があってですね……そこのボードに受付番号がある人が参加できるんですけども」

 

 受付の人に言われて、スマホロトムの応募画面の説明書きを見ると──下の方に小さく※参加希望者が多数の時は抽選になる場合があります、と書かれていたのだった。

 

(ちっせーよ!! 絶対トラブルの元だわ、こんなん!!)

 

 メグルは肩を落とす。

 

「メグルさん……オレっち達の番号、全部ねーッスよ」

「ウソだろォ!?」

「どうやら、皆キーストーンは手に入らないみたいだね……」

「帰るッスか」

「待て待て待て!」

 

 踵を返そうとするノオトをメグルとアルカは必死に引き留める。

 

「折角来たんだから、他の催しを楽しもうよ! サーカスとか、大博覧会とか!」

「ほら、大博覧会は楽しいぞ絶対! 何かこう……色々あるみてーだぞ!」

「よくもまあそんな貧弱なボキャブラリーで誘おうと思ったッスね……」

 

 

 

「何で俺がァ!! バトルレースに参加出来ねえんだよオイこらァ!!」

「ん?」

 

 

 怒号がさっきの受付の方から響いてくる。

 見ると、ガラの悪そうな大柄のスキンヘッズが、受付の女の人に凄んでいた。

 しかも既にポケモンまで出しており、いつ暴れ出してもおかしくない状態である。

 

(だから言ったんだよ、分かりにくい応募規約はトラブルの元だって!)

 

「俺のォ、ラウドボーンちゃんの晴れ舞台が台無しじゃねえかァ、ああああン!?」

「ボォォォーンッ!!」

「お、おやめください、お客様──!」

「おい待てやコラ!」

「ああん!?」

 

 ガラの悪い男、そしてその傍らにいる鰐のようなポケモンは振り返る。

 メグル、ノオト、アルカの3人がそこに立っていた。

 

「何だァ、ガキコラァ!!」

「──どーせ、募集要項とかちゃーんと読んでなかったんだろ。そういうの無視すると、詐欺に遭ったりするんだぜ!」

 

(イキってるけど、この人も募集要項読んでなかったんスよね……)

 

(カッコ悪ぅ……)

 

「……お前ら、それは言わないお約束だ……」

「ふぃーあ♪」

 

 ニンフィアがやる気十分と言わんばかりに飛び出す。

 

「ストレス発散なら、俺が付き合ってやるよ! だから、受付のお姉さん虐めるのはやめな!」

「そーだそーだ! やっちゃえおにーさん!」

「ッ……このバラード様に挑むとは良い度胸だぜ! 唄え唄え、ラウドボーン!!」

「ボォォォーンッ!!」

 

 肌が震える程の咆哮がその場に響き渡る。

 白骨化した頭部に、赤い身体を持つ鰐のようなポケモンだ。

 バラードと名乗った男はマイクを振り回しながらメグルの方に向けた。

 スマホロトムを取り出したメグルは鰐のポケモンに図鑑機能をスキャンする。

 

【ラウドボーン シンガーポケモン タイプ:炎/ゴースト】

 

 ラウドボーンは頭部に止まった炎の鳥が、マイクに変わり、炎の歌を放つポケモンだ。鰐のような体躯は頑強で、大抵の攻撃はびくともしない。その上、炎タイプが付いているので、ニンフィアのフェアリー技は半減されてしまう。

 しかし、タイプ相性はニンフィアの闘志を減退させる理由にはならないのである。

 

「骨ワニ……見た事ねぇヤツだ! 気合入れてけよニンフィア!」

「ふぃーあ♪」

 

 

 

 ──ポケットモンスター。縮めてポケモン。

 

 

 

「かき鳴らせ、フレアソング!! 唄えば唄う程に苛烈さを増すぜ、ラウドボーンの歌は!」

 

 

 

 ──この星の不思議な不思議な生き物。

 

 

「おにーさん! やっちゃえーっ!」

「ま、特訓通りなら勝てねー相手じゃねーッスよ!」

 

 

 ──人とポケモンは互いに助け合い、競い合い、時にぶつかり合いながらも共に生きてきた。

 

 

 

「何でだ!? 何で焼けねえ!? 何でだァ!?」

「へっ、ニンフィアに特殊技は効かねえんだぜ!! ”めいそう”の起点にしてやるよ!」

 

 

 

 ──そして、この男・異世界から来たメグル。相棒のニンフィア。

 

 

「クソッ、こうなりゃあくびだ! 眠っちまいな!」

「ッ……長期戦は出来ないな」

 

 

 ──この世界にある日突然飛ばされてしまった彼は、元の世界に戻る手掛かりを探すため、仲間と共に冒険の旅を続けていた。

 

 

 

「ニンフィア! 眠気ェ我慢しろよ!!」

「ふぃー……!」

 

(ヒメノちゃんに貰った技マシンで覚えた技──ッ!!)

 

「──そんなゆめふわなポケモンで、パンクな炎に勝てるわきゃねーだろが!! フレアソング!!」

 

 

 ──だがこれは、その旅路から少し外れた、とある島で巻き起こる──夢のような物語。

 

 

 

「ニンフィア、シャドーボールだ!!」

 

 

 

 炎の波を押し返したのはドス黒い影の凝縮された弾。それが幾つも放たれ、ラウドボーンを爆撃する。鈍重なラウドボーンは避けることすらままならない。

 更に”めいそう”で強化された特殊攻撃力により、威力は底上げされている。ひとたまりも無い攻撃だ。

 

「ウソだろ!? 押し返された!? しっかりしろラウドボーンちゃん!!」

「ボ、ボォォォーン……ッ!!」

 

 ぐらり、と頑強な身体が揺れて、倒れ込もうとするが、それでもまだ尚、口から炎を漏らしながら立て直す。

 だが、視界がブレたことで、一瞬で距離を詰めた凶悪リボンに気付かなかった。

 にやり、とラウドボーンよりよっぽどあくどい顔を浮かべたニンフィアは、リボンをしゅるしゅると伸ばし──

 

「トドメのでんこうせっかッ!!」

 

 ラウドボーンに渾身の百烈叩きを見舞うのだった。

 漸く、ごろん、と転がったラウドボーンの目からは光が消え、そのまま沈黙する。

 勝負アリだ。

 

「わりーな。うちのお姫様は、あんたが思ってるほどヤワじゃねーんでな」

「フィッキュルルルル!!」

「ク、クソッ、特性パッチさえあれば、こんなヤツになんて負けねえのに……!! 覚えてろよー!!」

 

 倒れたラウドボーンをボールに戻し、バラードはその場からそそくさと逃げ去っていくのだった。

 地面に降り立ったニンフィアは眠そうに欠伸をすると、そのままメグルの腕にひょいと飛び乗り、抱き着く。

 

「ふぃるふぃーあ♪」

「おー、流石だニンフィアッ! 進化してから絶好調だな!」

「まさかGSフェスに来て一発目がストリートバトルなんて……変に観衆集まってきちゃったし」

「まあ、人助けになったし、良いんじゃねーッスか?」

 

 

 

「──こちらからも礼を言いたいネ。うちのスタッフを助けてくれて、ありがとう」

 

 

 人だかりが割れて道が開けていく。

 傍には黒服のボディーガードが付き添っており、更に大柄な番犬のようなポケモンがグルルルと常に唸り声を上げている。

 

【マフィティフ おやぶんポケモン タイプ:悪】

 

「何あれ……」

「……サイゴクには居ねえポケモンッスね。ああやって身辺警護に使われるんス」

「じゃなくって! あの黄のスーツの人!」

 

 老人は一歩、また一歩とメグルの方に近付くとニヤリ、と笑みを浮かべてみせる。

 そして──

 

 

 

「ナイス、ゴールドーッ☆」

「……は?」

 

 

 

 ──風貌に全く合わないテンションでメグルを両手の人差し指で指すのだった。

 

「ゴールド。マジでゴールド!! 輝いてたよ、さっきの君ッ☆」

「え、えーと、何スか!? いきなり!!」

「だからぁ、さっきのバトル! ナイス、ゴールドだよネッ☆ 特にあのニンフィアちゃんの鬼気迫る顔、どうやって育てたのかナッ☆」

「俺も知りません……」

「何あの人……」

「マリゴルド。GSグループのトップ、CEOッスよ! 何でこんな所に!?」

「──GSグループのトップゥ!?」

 

 アルカはもう一度マリゴルドの姿を見た。

 どう見てもグループのトップには見えないはしゃぎっぷりである。

 頭も白くなっており、皺も多いが、その振る舞いは年老いている風には見えない。

 

「これこれマリゴルド。はしゃぎすぎじゃわい。メグル君が困っちょろうが」

 

 後から聞こえてきた声に、アルカとノオトも思わず振り向く。

 メグルも目を丸くした。

 ボディーガード達の中からやってくるのは、黒いスーツを着込んで腰の曲がった白い顎鬚の老人だ。

 そして、彼の名前をメグルは知っている。

 

「リュウグウさん!?」

「ほっほっほ、久しぶりじゃのう、メグル君」

 

 今度はノオトが驚愕する羽目になった。

 キャプテン・リュウグウ。セイランシティの”すいしょうのおやしろ”を護る者だ。

 

「リュ、リュウグウさん!? 何で貴方がこんな所にい!?」

「ほっほ。マリゴルドはワシの幼馴染じゃよ。GSフェスは友人の晴れ舞台のようなもんじゃからのう」

「そー! 私とリュウちゃんの友情はゴールド!! 絶対に錆びつかない、硬い絆で結ばれてるってワケサッ☆」

 

(うっぜー……)

 

「と言う事は……ノオト。ヒメノから聞いた話によれば、オヌシがメグル君の付き添いだったかのう。オヌシも居るとは」

「い、いや、リュウグウさん、オレっち達、遊びに来たわけじゃなくってですね……」

「分かっておるわい。こんな時だからこそ、平時は平時らしく生きる。大事な事じゃよ」

 

 ほっ、とノオトは胸を撫で下ろす。

 彼にとってリュウグウは、ずっと憧れの頂点のような人だ。

 なんせこのリュウグウという老人、魔境・サイゴクキャプテンの中でも最も強い男だからである。

 老いて尚、あの癖の強い面子をまとめられるだけの胆力と実力を兼ね揃えた豪傑だ。

 

(お、怒られるかと思ったッス……)

 

「そしてそこの娘が……例の石商人の」

「ど、どーもぉ……」

 

 アルカは気まずそうに手を振る。

 この様子ではきっと、ヒメノ経由でリュウグウにも自分の事は知られているのだろう、と彼女は察した。

 

「俺達バトルレースに参加しに来てたんです。たまたま、特賞でチケットが当たって」

「ほう、それは幸運じゃわい。良い修行になるじゃろ。この大博覧会での経験は、きっとこれからの旅や戦いに役立つ」

「でもオレっち達、抽選に落ちちゃったんスよ」

「だから、ちょっとガッカリしてたところで……」

「あらま。それは残念じゃったのう」

「問題ナッシング~~~♪」

 

 歳に見合わぬ軽やかさでグルグルと回転しながら、マリゴルドはメグルの手を取り、高らかに言うのだった。

 

 

 

「リュウちゃんの認めたトレーナーなら、是非とも参加してもらいたいよネッ☆ ──ゴールドな貴方を、ビッグバトルレースに招待しちゃうゾッ☆」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話:バトルレース開幕!

 ※※※

 

 

「はぁー、はぁー、結局コネなんすねぇ、やってらんねーッスわ」

「まあまあ、ノオトそう拗ねるな。これが人徳って奴だよ」

「は?」

「怖すぎてワンワン泣いちゃった」

「もー二人ともっ、ショーが始まるよっ!」

 

 ──あの後、正式にメグルは明日のバトルレースに参加できることが決定した。

 出場できるのはメグルだけだが、最悪の事態は免れたと言える。

 となれば、今日残っていることと言えば、サーカスの公演である。

 このショーは3日間公演され続けるが、キャストも内容も全てが総入れ替わりになるという豪華なものになっている。

 それもそのはず、キャストは全てこのショーの為だけに集った精鋭揃いなのだという。

 

「あはぁーっ♡ 化石ポケモンちゃん達、可愛かったなぁ、ウオノラゴンやパッチラゴン、ボクも手持ちに入れたーい♡」

 

 その横では、アルカがショーの化石ポケモン達にメロメロになっていた。

 前髪で目が隠れて見えないものの、瞳の形は間違いなくハートになっていたことだろう。

 普段の彼女よりも2割増しでテンションが上がっている気がする。

 

「ガラル地方まで行かなきゃいけないのは、なかなか骨が折れるな」

「そんな事しなくても買えば良いじゃねーッスか。今時何でもネットショッピングっしょ」

「化石の値段もバカ高いんですよ……個人輸入になりますから。しかも、アレを復元できるのはガラルの怪しい研究員だけみたいで」

「結局ガラル行かなきゃダメなんだな」

「はい……」

 

 ──そーれ がっちゃんこ!

 

 メグルの脳裏には、ゲームで出会ったウカッツな研究員の姿が思い浮かぶのだった。

 よくもまああのようなアバウトな方法で誕生できたものである。

 2つの異なる生物の化石を合体させなければ復元できないガラルの化石ポケモン達は、このような経緯から大分物議を醸しだしたのだ。

 とはいえ、対戦で強かったりアニメで活躍していくうちに、徐々に否の声は少なくなっていった、とメグルには思える。

 

(それに今は思うんだよな……こいつらもちゃあんとメシ食って息して……生きてるってこと、後……図鑑の説明は適当ってこと)

 

 

 

『それでは次は、クロミちゃんとマスカーニャの、フラワーマジックですッ!!』

「はにゃはにゃはにゃーん♡ みんにゃーっ、お待たせだにゃーん♡」

 

 

 

 メグルが感慨に浸っている間もなく、ステージが暗くなり、中央にスポットライトが当てられる。

 そこには、ピエロのメイクをした可愛らしい少女と、同じく黒い仮面をつけた人型の猫ポケモンが背中合わせに立っているのだった。

 

【マスカーニャ マジシャンポケモン タイプ:草/悪】

 

(こりゃまた見た事無いポケモンだ。いかにもな見た目してんな……後、人気出そうだ。色んな意味で)

 

「クロミとマスカーニャの、マジックで、皆をメロメロにしてあげる、にゃんっ♡」

「ふにゃぁーん」

 

 マスカーニャが宙に蕾を次々に投げ入れる。

 そうしてひとたびステッキを振るうと、それらは次々に花咲かせていく。

 

「──そーれっ、花はいつか、美しく散るのだにゃっ!」

「ふにゃぁぁぁーんっ!」

 

 クロミが再びステッキを振った。

 花の数々は爆ぜて──会場中に花びらを撒き散らす。

 拍手が巻き上がり、観客たちも沸き立った。 

 メグルの腕の中で丸まっているアブソルも、そして彼の頭の上に乗っかっているニンフィアも花びらに夢中になっている。

 

「ふるるーる!」

「ふぃるふぃーあ!」

 

 その立ち振る舞いの数々には、一切の危うげというものがない。

 更に、クロミがステッキを振るうと、今度はマスカーニャもクロミも無数の花へと変わってしまう。

 

「おおっ、両方共消えた!」

「何処行ったんだろ!?」

 

 辺りを見回すメグル達。

 そうしているうちに、スポットライトは観客席の二点に当たる。

 そこには手を広げたマスカーニャが、そして反対側にはクロミが得意げに立っていた。

 そのまま、天井のワイヤーに掴まってぶら下がると、花を観客席に振り撒きながら宙を華麗に舞っていく。空中ブランコだ。

 そしてすれ違うタイミングで、両者はワイヤーの持ち手を離し、これまた危うげなく入れ替わるのだった。

 

「みーんにゃー♡ クロミにメロメロになってくれたかにゃー♡」

「ふにゃぁーん♪」

 

 盛大な拍手が上がる。

 空に舞う花びらを手に取りながら「すげぇな……」とメグルは呟くのだった。

 本当に感動した時、人間は語彙というものを失ってしまうのである。

 横ではアルカも興奮しながら手を叩いている。

 そして更に横では──ノオトが、呆気にとられたかのようにクロミに見入っていた。

 

「オ、オレっち一目惚れしちまったッス……」

「うんうん、すっごいショーだったよ。流石、このショーのためだけに集められた凄腕エンターテイナーだ!」

「ああ。やっぱりプロは違うな……魅せる事の何たるかを理解してるぜ」

「いや、クロミちゃんに……」

「は?」

 

 メグルとアルカは、ノオトに怪訝な目を向ける。

 

「決めたッス!! オレっち、このショーが終わったらクロミちゃんに告るッス!! 何なら今から──」

「正気に戻れッ!!」

「即席厄介ファンかテメーは!!」

「へぶぅ!!」

 

 突然、暴走し始めたノオトをアルカが羽交い絞めにし、メグルが拳骨。 

 血迷ったことを宣う格闘少年に、二人は年長者として滾々と説教することにした。

 やはりこの姉弟、揃って頭の螺子が何処かブッ飛んでいる。

 比較的常識人と思われたこの少年も例外ではない。

 そもそも二人はヒメノの恋事情までは知らないが、姉弟揃って恋をすると途端に脳みそがバグりだすところまで同じなのである。

 

「お前ッ、飛行機に乗ってた時自分で言った事忘れたんか!?」

「運命の出会いの前では些細な事ッスね」

「なーに言ってんだコイツ」

「ダメに決まってんでしょーが、そんなん!! 迷惑だよ迷惑!! 姉弟揃っていきなり頭がバグるのやめてよ!!」

「お前アレか!? アイドルとかにすぐガチ恋するタイプだろ! わりーけどやめとけ! 傷つくだけだ! 主にお前が!」

「抗えねぇんスよ……カワイ子ちゃんには……どんなに修行しても、こればっかりは……!」

「抗え理性!! お前の姉貴が泣くぞ!! 頼むから節度のある行動を心がけろ!」

「……恋は追いかけるものッスよ、オレっちは何時だってそうだったッス! そして捕まえてきた実績もあるッス!! その後逃げられたけど!!」

 

 ライフルを構えるようなしぐさをしながら、ノオトは決め顔で言った。

 

「そう、オレっちは、まさにハンター……恋のハンターッ!」

「ウッザ……」 

「誰かこいつを止めてよ……」

 

 その時であった。

 勝手にボールからポン、と音を立ててルカリオが現れる。

 そして、ノオトの耳たぶを引っ張り──会場の外へと引きずっていくのだった。

 

「くわんぬ」

「ああっ!! ルカリオ!! やめるッス!! もうしないから!! 反省してるからぁぁぁ──」

「くわんぬ」

 

 ぺこり、とルカリオが二人に対し申し訳なさそうに礼をする。

 

「連行されてった……」

「悪は滅びたな……ヨシ!!」

 

(隣の席、うるさいなぁ……)

 

 公演中、私語は慎みましょう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──リュウちゃん。随分と良いトレーナーに恵まれたネ」

「この仕事を続けておると、新たな若い世代の芽生えを間近で見られる。それがやり甲斐じゃわい」

 

 

 

 ──VIP用の応接間で、リュウグウとマリゴルドは向かい合い、ワインのグラスをぶつけ合う。

 そして同時に、くいっ、と中身を飲み干すのだった。

 

「うまい……本当にワインかコレは。あっさりしていてエグみも無い」

「……リュウちゃん。酒の飲み方が変わらんナ。スパークリングワインはねぇ、発泡酒みたいにぐいぐい飲むもんじゃないヨォ」

「そっちこそ。昔の癖が出ておるわい」

「かっはは、リュウちゃんには敵わんネ☆」

 

 「ミガルーサのムニエルです」とウェイターが料理を運んできた。

 脂の乗った切り身肉に舌鼓を打ちながら、リュウグウはそこにワインを流し込む。

 

「……長生きしてみるもんやなぁ。こんなに美味い飯と酒が頂けるなら」

「ウチに来ればいつでも食わせてやるヨ。リュウちゃんならタダ、サ」

「……ほっほ、後何回、こうして顔合わせて飯が食えるかの」

「俺は毎日でも良いヨ」

「そうはいかん、おやしろがある。いや、今は無いが……いずれ立て直す時までワシがセイランを守らんといかん。……だが、この歳で何処までやれるか」

 

 互いに老けた顔を見ると、否が応でも歳というものを痛感させられる。

 

「何を言ってるんだい、リュウちゃんも俺も、まだまだ現役。俺達はゴールド……決して錆びない、()()サ」

「錆びないなんてことは無い。荒波を受ければ、如何に頑強な船も何時かは朽ちて果てる……だから古船は引退する。何時の日か、必ず。誰にだってその日は来る。明日はワシかもしれん」

「それは今日じゃあない。いつになく弱気じゃないか、リュウちゃん。あんなに強いのにサ」

「錆びるのは強さだけじゃない。頭もだ。だからワシは……マリちゃんみたいに、常に新しい考えを取り入れられる人間が羨ましいよ。ワシは頑固だからな」

「そこがリュウちゃんの良いところだヨ。昔から変わらないってところがネ。安心したヨォ」

 

 ワイングラスにワインを注ぎながらリュウグウは窓から見えるサイゴクの地を眺めていた。

 

「なあ、リュウちゃん。GSフェス、最終日まで楽しんでくれヨ」

「ああ。勿論、そうさせてもらう」

「デイドリームは……俺の夢なんダ」

 

 マリゴルドはワインを呷ると──上機嫌に語る。

 

「有史以来、ポケモンと人間は力を合わせる事で不可能を可能にして来た」

「……そうじゃなぁ。サイゴクを開拓できたのは人の力だけではない」

「デイドリームだってそうさ。皆が不可能って言ったけど、今こうして実現している」

「……分からんもんじゃなぁ」

「そうサ、リュウちゃん。出来ないなんてことは何も無いんだ。何事もネ。デイドリームだって……白昼夢を現実にしてみせる。そんな思いで付けたんだからネっ☆」

「白昼夢、か。マリちゃん。オヌシの夢は──」

 

 コツン、と空のワイングラスが音を立てた。 

 その先には──リュウグウの顔が映り込んでいる。

 

 

 

「……変わらないヨ。あの頃から、ずっとネ。世界中の人も、ポケモンも、ボクの会社で幸せにするんダっ☆」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「みーんにゃーっ♪ GSフェスの目玉イベント、ビッグバトルレースに来てくれて、ありがとにゃーっ!」

 

 

 

 ──翌日。

 GSフェスの内部会場は大盛況に満ちていた。

 中央の広場には、ホログラムでクロミの姿が映し出される。

 

「あ、昨日のサーカスの──やっぱりGSグループの社員なのかな、この人」

「あァァァー、クロミさんんんッ! ホログラム越しでも麗しいッス! こんな所で会えるなんて、やっぱり運命──」

くわんぬ

「すまねッス、もうしねえッス、だから耳たぶ掴むのやめ──いたたたた千切れちゃうッ!!」

「おにーさん居た! 参加者21人かぁ、道理で抽選になるわけだよ……」

「応募者めっちゃ多いはずッスからねえ。おっ、少し緊張してるッスね、ガラにも無い」

 

 映し出されるカメラには、ライドポケモンに乗り込んだトレーナーたちが横一列に並んでいる。

 その中には、オドシシに跨っているメグルの姿もあった。

 アルカとノオトは、会場内の喫茶店で固唾を飲みながら、タブレットで観戦していた。

 どうせステージが広すぎて、彼らの姿は会場からでも見えはしない。

 

「さーて、このビッグバトルレースのルールを改めて、説明するにゃーん! 進む方法は自由! ポケモン及び、トレーナー自身の力で地形を踏破し、一番最初にゴールできたツワモノが優勝、キーストーンゲットだにゃー!」

 

 カメラに映し出されたのはエリアの風景。

 ステージは平原、森林、そして途中にあるステージを別つ湖によって構成されている。

 道中にはライドポケモンの力を借りて踏破しなければならない場所も多数存在する。

 それを乗り越えた先に、ゴールがある。だがしかし、これは只のレースではない。

 

「無論、これはバトルレース! 妨害・攻撃、何でもアリ! でも、それに耐えうるだけの強豪揃いにゃ! サイゴク地方の険しい自然に比べれば何のそのにゃー!」

「これ絶対抽選だけじゃなくてふるい落としがあったッスね。確かに危険……並みのトレーナーには参加できねーッス」

じゃあ何でノオトは落ちてるの?

「大前提として抽選って事忘れてねーッスかァ!? 泣くッスよ!?」

「ごめんごめん」

「また、一度に繰り出せる手持ちは1匹だけ! ライドポケモンと戦闘ポケモン、どちらを繰り出すかの駆け引きが醍醐味だにゃー♪」

 

 バトルレースは攻撃も妨害もアリ。

 ただ速ければ良いというものではないのである。

 

「それでは──もうみんな、待ちきれないにゃーんっ? カウントダウンセット──」

 

 3──

 

 

 2──

 

 

 1──

 

 

 

 

「──GOッ!!」

 

 

 

 クロミが宣言したその瞬間だった。

 

 

 

 スタート地点で閃光が迸る。

 

 

 

 横一列に並んでいたポケモン達のうち5匹が、早速身体を硬直させ、出遅れたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ゼブライカ、キラキラに電磁波ァッ!!」

「ほぎゃあああ!?」

「しびびびびび!?」

「おい、動け! 動けよォ!」

 

 

 ──周囲に居たポケモンは、トレーナー共々身体が麻痺し、その場に蹲ってしまう。

 そして、そのままいの一番にらいでんポケモン・ゼブライカが抜け出したのだった。

 開幕電磁波。周囲の相手を足止めし、抜け出すためのテクニックだ。

 攻撃アリ、妨害アリを体現する立派な戦術だ。卑怯とは言うまい。

 

「イッシュ地方出身、生粋のジョッキーとは僕、ピカラの事さ!」

「キィィィィーン!!」

「ふざけんじゃねーッ!! ブッ殺してや──うごごごご、痺れて動けん──まひなおし、まひなおし──!」

「僕、今、輝いてるッ──まさにキラキラキラル、キラフロルってね! コッ☆」

 

 決め顔をカメラ目線でバッチリ見せると、ピカラはゼブライカを華麗に駆り、集団から抜け出すのだった。

 

「おーっと、ピカラ選手の電磁波で早速5人の選手を出遅れさせるーッ! これがビッグバトルレースだーッ! しかし、それだけで勝てる程、ビッグバトルレースは甘くないにゃーっ!」

「ん?」

 

 彼の後ろからはマッハポケモンのガブリアス、更に同じく電気タイプのジバコイルが猛追する。

 

「電気が効かねえなら関係ねーぜッ!!」

「あいつやべーぞ! さっさと堕とすぜ!!」

「チッ、思ったよりも落ちなかったね……だけど輝くのは僕だけで十分さ! キラキラリィィィーンッ!!」

「あっぶねぇ、あいつの近くに居なくて良かった……」

 

 一部始終を見ていたメグル。

 確かにこのバトルレースでは相手への妨害や攻撃は許される。

 しかし、あまりにも悪目立ちし過ぎると他のプレイヤーのヘイトをまとめて買う事になってしまうのだ、と事前にメグルはノオトから聞いていた。

 すぐさま、彼を脱落させるべく、電磁波を受けなかったトレーナーがゼブライカに攻撃を仕掛け始めるのだった。

 

(オドシシは補助技が使えるッスけど、あまり濫用しないようにッス! 序盤で脱落したら元も子もねーッス!)

 

「って聞いてて良かったぁ……電磁波でアレなら開幕催眠術とかした日には、他のプレイヤーからブッ叩かれる未来が見えらぁ。しばらく技は封印して走りに徹して──」

 

 だがメグルも他人事ではない。

 近くに居るのは牛のようなポケモン・ケンタロス、そしてバッフロン。

 その2匹が両サイドから幅寄せしてくる。

 右は、カウボーイハットを被った、浅黒い肌の筋肉モリモリマッチョマンだ。

 左も、カウボーイハットを被った、浅黒い肌の筋肉モリモリマッチョマンだ。

 

「──ヘッへ、ボウズ。バトルレースは初めてか? ママから貰ったポケモンが可哀想だぜ、おうちに帰りな!」

「──俺達剛力兄弟!! その微妙なツラしたコブ付きのウマ鹿に、パワーが何たるかを教育してやるぜ!」

「オドシシ、あやしいひかり」

「えっ」

「えっ」

 

 あやしいひかりがケンタロスとバッフロンの周囲を舞い、2匹を混乱させる。

 そして、2匹は互いを敵と誤認し、すぐさま争い始めるのだった。

 そのまま彼らは兄弟仲良くもつれ合い、地面に投げ出されてしまう。

 

「おい馬鹿、ケンカするんじゃねえ!!」

「暴れんなコラ!! あーっっっ──落ちる、踏まれる!! 踏まれるゥ!!」

 

【──剛力兄弟、リタイア】

 

「わりーな、ポケモンバカにされたら黙っちゃおけねーんだわ」

「ブルルルルゥ」

「オドシシ。お前が一番になるところ、全世界に見せてやろーぜ!」

「ブルルルルゥ!」

 

 このように、開幕から潰し合いが発生した結果、生き残ったのは10人。

 早速参加者のうち、半分以上が脱落していくビッグバトルレース。

 だが、此処からは道無き道が始まる──

 

 

 

「さぁー、こっからが地獄だにゃーっ♪ 道も出口も見つからない大森林エリアだにゃーっ♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話:道無き道

「これじゃあ、何処が出口か分からねーよ……!」

「ブルルルルゥ……!」

 

 

 

 森林エリアは、段差が激しく、険しいアスレチックとなっている。

 ライドポケモンを使えば進めないこともないが、周囲からは野生ポケモンの気配すら感じられる。

 入り口が広かったこともあって他のプレイヤーとも早速はぐれてしまうのだった。

 

「第2ステージは迷路・森林エリアだにゃーんっ♪ 抜け出すのは至難の技、此処で何人脱落するかにゃーん♪」

 

 それと、と彼女は付け加える。

 

「──忘れちゃいけないのが、このレース最大のルール。手持ちが1匹でも瀕死になったら、ゲームオーバー! 脱落だにゃーん!」

 

 道が狭く、鬱蒼としており、オドシシのジャンプでは登れない段差もあり、オドシシで駆け抜けるには心許ない。

 というのも、巨大な木の根が隆起して地形のようになっているのである。

 此処から先は自分の身1つで進まなければならないか、とメグルはオドシシから降りた。

 幸い、段差付近は手で掴めば登れそうだ。

 

「一旦戻っててくれ、オドシシ。……こういう時は──アブソル、お前の出番だ!」

「ふるるるーる♪ ふるるー♪」

「どわぁ、飛びつくな!」

 

 出て来るなりアブソルはぺろぺろ、とメグルの顔を舐め回し、地面に押し倒してしまった。

 今こんな事をしている場合ではないので、無理矢理退けると──「遊ばないの?」と言わんばかりの切なそうな顔で、彼女は地面に寝転がり、腹を無防備に曝け出して服従のポーズ。

 甘えたような声で「ふるる?」と鳴いてみせると首を傾げるのだった。

 メグルの中でよくないものが目覚めそうになったが必死に抑えた。

 

「後でたっぷり甘やかしてやるから……お前の力で、何処が安全な道か教えてくれ!」

「ふるーる!」

 

 ご用命とあらば、とアブソルは起き上がり、刃のように鋭く歪曲した角を光らせた。

 未来視で危険を察知する力に優れたアブソルの出番だ。

 進むのに邪魔な低木や叢を切り払いながら、安全な道を進むことが出来る。

 これも事前にノオトやアルカと一緒に考えていた作戦である。

 角を光らせながら、アブソルは安全なルートを逆探知し、先行していき、更に邪魔な木々を切り払っていく。

 彼女を見失わないように、メグルも急いで走るのだった。

 これまでの過酷な旅と、よあけのおやしろでの特訓が功を奏したのか、これだけ険しい道でもなかなか息切れしない。

 

「アブソル! この方角を進めば良いんだな!?」

「ふるーる♪ ……ルッ!!」

 

 その時だった。

 アブソルは突如険しい顔を浮かべて後ろに飛び退いたのだった。

 激しく敵意を剥き出しにした唸り声は、別の生き物の如く。

 主人への害意をいち早く察知し、庇うように腰を低く構える。

 

「……ガルルルルルル……ッ!!」

「ど、どうしたアブソル!? どわぁ!?」

 

 遅れて、地面に向かって何かが飛び降りて来る。

 現れたのは──マッハポケモンのガブリアス。

 両腕が鋭利な羽根のように進化した、鮫のようなドラゴンだ。

 更に遅れて、ひっくり返したイカのようなポケモン・カラマネロが現れる。

 当然のように、その横にはトレーナー達が付いている。

 ガブリアスを従えているのは、海賊のようなコスチュームの女。

 一方、カラマネロを従えているのは、白衣を身に纏った神経質そうな男だった。

 

「こういうステージで何をするか分かるかいボウヤ? ……出会った他のプレイヤーを片っ端から脱落させるんだよ!」

「手持ちの交換は自由ですが、手持ちが1匹でも瀕死になった瞬間、その時点で脱落ですからね。実に合理的です」

「じゃあお前らで勝手に潰し合ってろ! 俺は先に進むぜ!」

 

(カラマネロはタイプ相性的にアブソルは辛いが何とかならないこともない……問題はガブリアスだ、種族値の暴力で押される……!)

 

「あたい達、このステージを抜けるまでは結託することにしたんだよ。迷子になっちまってねぇ……陸海賊と呼ばれたこのあたしが情けない」

「陸海賊って何だよ陸サーファーの海賊版?」

「だから優勝してキーストーンを売っぱらって船を買うのさ! これで晴れて海賊さ! アホーイ!」

「アホが露呈してんだよ!! ガブリアスのメガシンカに使ってあげろ!!」

「僕達は手を組むことにしたのですよ。迷子になったら心細いですからね……二人で居れば取り合えず安心……実に合理的です」

「眼鏡くいくいってしながら言うことじゃねーんだよ、二度と知性派キャラぶるなオメー」

 

 とはいえ、二対一は不利だ。じりじり、と引き下がるメグル。

 弱点が一貫しているのはフェアリータイプだ。

 だが、物理技が強力なガブリアスとカラマネロが相手では、ニンフィアも分が悪い。

 先手でフェアリー弱点技を撃たれた日には即リタイアだ。

 故に彼が選ぶ選択肢は──

 

「アブソル悪い、一旦引っ込んでてくれ!」

「ガルルルルル……ッ!!」

「大丈夫、コイツも特盛級に強いからな!」

 

 低く唸り続けるアブソルをボールに戻し、メグルがそれを繰り出した途端、ガブリアスとカラマネロを質量で弾き飛ばした。

 

 

 

「ラッシャーセーッ!!」

 

 

 

 森に特大級の咆哮が響き渡る。

 不意打ちを受けたガブリアスは引き下がり、爪を地面に突き立ててブレーキを掛ける。

 メグルの次番はヘイラッシャだ。

 

「んなっ……何だい!? そのデカブツはぁ!? ナマズンのリージョンフォームかい!?」

 

 違います。

 

「……何ですかあのバケモノ……サイゴクにはあのような怪物が!?」

「ヘイラッシャ──アクアブレイクだ!!」

 

 巨体を思いっきりカラマネロにぶつけにかかるヘイラッシャ。

 しかし、それをカラマネロはそれを10本の脚で受け止め、向こうの木に投げ飛ばしてしまう。

 

「──危ない危ない。良い”ばかぢから”ですよ、カラマネロ」

「おいおいあんた! ”ばかぢから”なんて使ったら、力が弱くなるんじゃないのかい!?」

「ご心配なく。カラマネロの特性は”あまのじゃく”。能力が下がれば上がり、上がれば下がる!」

 

 つまり、カラマネロの身体は”ばかぢから”を使えば使う程に屈強にビルドアップしていくのである。

 

「そうかい! それなら、あたいも思いっきり行くぜッ! ガブリアス、”つるぎのまい”!」

「ッ……能力を一気に上げてきた……!」

「さあて、ブチ込むよ! ガブリアス、ドラゴンダイブッ!!」

 

 ガブリアスが大きく飛び上がり、ヘイラッシャ目掛けて突っ込む。

 しかし──その身体は、ヘイラッシャの厚い脂肪に跳ね返されてしまうのだった。

 

「んな効いてないッ……!?」

「そんなはずは──」

「ヘイラッシャ、アクアブレイク!!」

 

 尻尾で地面を叩き、一気にヘイラッシャはカラマネロに突撃する。

 あまのじゃくによって強化された肉体で受け止めようとするカラマネロだったが、想像以上に重かったのか、そのまま地面に叩き伏せられてしまうのだった。

 

「んなっ……バカな! こっちは能力を上げているんだぞ……!?」

「どうして効いていないんだい!?」

「じゃあ一生気付かないまま、お前らが此処で脱落しろ!」

 

 ──ヘイラッシャの特性は”てんねん”。相手の能力変化を無視するというものだ。

 そのため、幾らガブリアスとカラマネロが能力を上げようが、ヘイラッシャの前では全て無効化されてしまうのである。

 そして、物理防御力が極めて高いヘイラッシャに、カラマネロとガブリアスの技は然程効かないのだ。

 

「……ならばカラマネロ”さいみんじゅつ”です」

「何!?」

 

 カラマネロの目が妖しく光る。

 そして、次の瞬間には──ヘイラッシャは昏倒し、地面に転がってしまった。

 

「しまっ──ヘイラッシャ!」

「よくやったよ、アンタ! あたいが優勝したらクルーにしてあげる! ガブリアス、”すなじごく”!!」

 

 ヘイラッシャの周囲で砂の竜巻が巻き起こる。

 草木が吹き荒れて、ヘイラッシャの身体を傷つけていく。

 更に、この状態ではヘイラッシャを引っ込める事すら出来ない。

 

「バインド……!」

「残念だったねェ。後はあたい達が一方的に叩きのめしてオシマイ、さ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……やべーッスよ、メグルさん!! バインドされたッス!!」

「引っ込められないってこと!?」

「クソッ、プレイヤー間の結託・裏切り、その中での即興連携もバトルレースの醍醐味ッスからね……!」

 

 手に汗を握りながら二人はモニターを見つめ続ける。

 ヘイラッシャが倒れた時点でメグルは脱落となってしまう。

 だが、眠っている上にバインドとなれば、絶望的だ。

 一方的にヘイラッシャは体力を削られ続けてしまう。

 

「おにーさんッ……!」

「あれっ……!? 監視カメラ、映らなくなったッス!!」

「ええ!?」

 

 周囲は騒然とする。

 モニターの画面が砂嵐と化したのだ。

 思わずアルカは祈るように両の手を握り締める。

 

 

 

(……おにーさんッ……!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……くそっ、起きろ! 起きてくれ、ヘイラッシャ!」

「そのままバインドお願いしますよ。カラマネロ、”サイコキネシス”!!」

 

 念動力を発動するべく、カラマネロの目が青く光り輝いたその時だった。

 

 

 

「──クエスパトラ、マジカルシャインッ!」

 

 

 

 その時だった。

 カラマネロ、そしてガブリアスの二匹を突如、まばゆい閃光が包み込む。

 そして、その場に乱入するようにしてダチョウのようなポケモンが現れる。

 その上には白い丸帽子を被った少女が跨っていた。

 

「クエックエッ」

「……気に入らないわ。寄って集ってって性根が」

「何だい何だい! これは、ルール無用のバトルレースだよ! 助太刀して粋がってんじゃないよ!」

「そうね。……でも、大勢で1人を虐めるなんて、私のポリシーが許さないわ」

 

 ガブリアスが態勢を崩したことで、ヘイラッシャのバインドも解除される。

 目を覚ましたヘイラッシャはすぐさま起き上がり、その巨体でガブリアスを押し潰す。”のしかかり”だ。

 

「そっちの鮫をお願いするわ」

 

(な、何だろう。冷たい目だ──だけど今は、この子を信じるしかない!)

 

「ああ分かった! ヘイラッシャ、”ゆきなだれ”でトドメを刺せ!!」

「ラッシャーセーッ!!」

 

 押さえつけたガブリアスに、ヘイラッシャは大量の雪を降らせる。

 氷タイプが弱点のガブリアスにとっては致命傷そのもの。

 頭から冷たい雪の塊を浴びせられ、砂鮫は悲鳴を上げた後──沈黙するのだった。

 

【効果は抜群だ!! ガブリアスは倒れた!!】

 

「クエスパトラ、もう1回マジカルシャイン!!」

 

 強く、更に強く地面を踏み鳴らし、クエスパトラはカラマネロに急接近したかと思えばその目を強く輝かせる。

 カラマネロは反撃することも出来ず、そのまま仰向けになって倒れるのだった。

 

「あ、ああああ!! こんなの合理的じゃなぃぃぃ……!」

「チッ……ルールはルールだ。あたい達の負けだね」

 

 手持ちを倒されたトレーナーは失格。

 二人は大人しく手を上げるのだった。

 監視カメラを搭載したドローンが現れ、二人の失格をアナウンスする。

 

「ありがとう! 君のおかげで助かったよ」

「ッ……勘違いしないで頂戴。弱いヤツを見ると、腹が立つのよ」

「えっ……」

「多勢で無勢をいたぶる……弱いヤツを見ると、ね」

「何だぁ、そう言う事かぁ。いや、俺もまだまだトレーナーは修行中なんだけどさ」

「君の戦いは悪くなかった。だけど……弱いと、何も守れないわ」

 

 少女は冷たくメグルを流し見すると、再びクエスパトラに跨り──駆け出したのだった。

 

「……弱いと、何も守れない……か」

「何呆けてるんだい! さっさとあたいらの分まで走りな!!」

「優勝者はゴールテープを最初に切った人なんですよ!」

「げっ、そりゃそうだ! 戻れヘイラッシャ!」

 

 メグルはヘイラッシャをボールに戻す。

 そして、アブソルを再び繰り出す。

 その後、森林エリアはアブソルの力もあってか、すぐにメグルは抜け出すことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ちょっとカメラのトラブルが起きたけど、皆さん安心してほしいにゃーん! そしてなーんと、此処まで脱落者が更に5人!! 残るプレイヤーは5人だにゃーん!!」

 

 

 

 ──第3ステージは湖。

 水タイプのポケモンが生息している、巨大な水上ビオトープだ。

 

「へっへ!! 一番乗りやでぇ!! こりゃウチとフローゼルが優勝しちまうかもなー!!」

「きゅわわわわわーっ!」

「ちなみにこの湖には危険なポケモンが山ほどいるのにゃー。油断したが最後──」

 

 海イタチポケモン・フローゼルの背中に掴まって”なみのり”していたプレイヤーの耳に、ザザザと水を切る音が聞こえてくる。

 そして波しぶきを立てて四方八方から剣のように鋭利なポケモンが突っ込んでくるのだった。

 

「ぎゃあああ!? ミガルーサの群れェェェェーッ!?」

「きゅわわわわわわーッ!?」

 

 そのポケモンにブレーキというものは存在しない。

 自らのぜい肉を切り離すことで異次元の速度を叩きだす、生物として何かが間違っているポケモン──それがミガルーサだ。

 獲物を見つけるなり彼らは標的目掛けて一直線で突貫し──鋭いヒレでトドメを刺す。

 

「助けてくれェェェーッ!!」

「今回放流されてるミガルーサはよく訓練されてるから、命は獲られはしないのにゃーん♪ ま、手持ちポケモンは瀕死だけどにゃー♪」

「きゅっ、きゅわわわわわー……」

 

 こうして早速一人がミガルーサの群れに襲われて脱落するのだった。

 尚、トレーナーとポケモンはそのまま、ミガルーサ達によって陸地まで運ばれていく。

 そして、ミガルーサ達は再び、爆速で持ち場へとUターンするのだった。

 

「さあ、これで残るは4人!! この地獄の湖エリアを超えられるのは誰かにゃーんっ!」

「この僕だァァァァーッ!!」

 

 湖を突っ切っていくのは、花のようなポケモンに掴まるナルシスト・ピカラだ。

 

「さあ、僕を輝かせてくれキラフロル! キラキラキラル、キラフロルッ!!」

「おーっとピカラ選手が湖の踏破に選んだのは浮遊できるキラフロルだにゃーん! でもキラフロルって確か毒があったような──」

「毒を浴びているボクも──輝いてるッ!! 最愛のキラフロルの毒なら、苦じゃないね! コッ☆」

「こいつ頭がおかしいのにゃーん!?」

 

【キラフロル こうせきポケモン タイプ:岩/毒】

 

 だが、現に迫ってくるミガルーサ達はキラフロルのパワージェムによって次々に撃沈させられている。

 ふざけているように見えて、キラフロル自体の実力がそれをカバーしているのである。

 とはいえこれでは湖に着く前にピカラの体力が尽き果てそうな気もするが──

 

 

 

(そこは──僕自身の輝きでカバー!!)

 

 

 

 

 ──バカは風邪を引かない。毒も効かないのかもしれない。多分。

 

 

 

「一着は、俺達だァァァーッ!!」

 

 

 

 一方、その後ろから追い上げるのはミガルーサ達を撥ね飛ばしながら水を進んでいくメグルだ。

 地上では鈍重そのもののヘイラッシャだが、本来のテリトリーである水上ならば話が別。

 ミガルーサ等、本来はヘイラッシャが捕食する側のポケモンである。

 どうしてパルデア地方のオージャの湖でヘイラッシャがヌシを張れていたのか──それは、このポケモンこそが湖の生態系の頂点に立っていたからだ。

 

「くっ、貴様ァ!! この僕よりも輝こうというのか!!」

「うるせーうるせー!! 顔色悪いぞ、さっさとキラキラルの毒で落ちやがれ!!」

「キラフロルだ、二度と間違えるな!!」

 

 逃げるキラフロル。

 追うヘイラッシャ。

 湖での死闘が始まった。

 

 

 

「残るは4人!! そして始まったメグル選手VSピカラ選手! 勝つのはどっちにゃ──ッ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話:旅路

 ※※※

 

 

 

「おにーさん、無事だったけどまたピンチでは……!?」

 

 復旧したモニター画面に噛り付く二人。

 そこでは、メグルとピカラの一騎打ちの様子が流されている。

 

「残る奴等は全員強敵揃いッス……特にヘイラッシャは特防が低いから、キラフロルの攻撃に当たったらアウト……!」

「おねがーい!! 勝って、おにーさんっっっ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヘイラッシャ、速度を上げてくれ!」

「ラッシャーセー!!」

「させるかッ!! キラフロル、ヘドロウェーブだ!!」

「フロシチウ!!」

 

 キラフロルを猛追し続けるヘイラッシャ。

 だが、その動きは鈍重そのもので良い的だ。

 キラフロルの背部の蕾が開かれ、大量の毒液をヘイラッシャに目掛けて吐き出す。 

 

「すごい威力にゃ、ヘドロウェーブ!! それはそれとして凄い水質汚染だにゃ、大丈夫かにゃーん!?」

「ハッハハハハ! 僕以外の全ては汚れてしまえば良いんだッ!! 輝いているのは僕だけで十分さッ!!」

「キラリッ! キラキラ!」

「えっ? 何? どうしたキラフロル、そんなに慌てて──」

 

 ピカラは振り向き、絶句した。

 毒液に塗れて苦しんでいるはずのヘイラッシャが水上に見えない。

 まさか、と思って水面を覗いたが時既に遅し。

 ごぽごぽと音を立てて、それは水の底から現れる。

 

 

 

「ヘイラッシャ──”ダイビング”!!」

 

 

 

「ほぎゃーっ!?」

 

 

 

 水中から大口を開けて、ヘイラッシャがキラフロルの身体に喰らいつく。

 そして、そのまま湖目掛けて、そのまま顎の力だけで投げ飛ばしてしまうのだった。

 

「あばばばば、目が回るーッ!?」

「フロロロロロロロ──」

 

 しばらく彼らが空中を舞った後。

 水面に大きな水の花が咲いた──ドボン、と大きな音を立てて。

 そのまま、目を回したピカラとキラフロルがぷかぷかと浮かんでくるのだった。

 

「あ、あれぇー、まだ昼なのにー、ほ、星が見えるなぁー」

「フロシチウ……」

「これでピカラ選手、脱落にゃ!! 更に後方では、ミガルーサの群れに襲われたアスム選手が脱落にゃーっ! 残るは二人ーっ!」

「よっし! もうすぐ湖も終わりだ! 急ぐぞヘイラッシャ!」

 

 

 

「──そうはさせないわ」

 

 

 

 加速するヘイラッシャの後ろから足音が聞こえてくる。

 だが此処は水上。走れる者など居るはずがない、とメグルは振り返った。

 否、居た──クエスパトラが水上を恐ろしい勢いで駆け抜けて来る。

 翼のフリルからはバーナーのようにサイコパワーが放出されている。

 その上には、先程メグルを助けた少女が跨っている。

 

「いっ、マジかよ!?」

「おーっとスピカ選手のクエスパトラ、足元にサイコパワーを纏わせることで水上歩行を実現したにゃーっ!!」

「エスパータイプ、何でもありじゃねーか!! 急げヘイラッシャ、追い越される!!」

「……此処まで来た強さ。私に見せて頂戴」

「やーなこった!! 逃げ切るぜ!!」

 

 だが、クエスパトラはこの間にも加速していき、ヘイラッシャを追い抜いてしまう。

 流石に足元と翼にサイコエネルギーを集中させているからか攻撃はしてこない。

 しかし、このままでは先にゴールされてしまう。

 湖を超えた先は再び平原。

 その先は──ゴールだ。

 更に、クエスパトラは乗り換える必要が無いのに対して、メグルはヘイラッシャからオドシシに乗り換える分、更に時間のロスが発生する。

 

「このまま走り切る──キーストーンは私のモノよ!」

「させねーよッ!!」

 

 だが、諦めるメグルではなかった。

 オドシシが全身にサイコエネルギーを纏わせることで、加速に成功したのである。

 それでもまだ、クエスパトラを捉える事は出来ない。

 

(さっき攻撃をする時、クエスパトラは目から光を放ってた。あいつの最大の武器は目なんだ、つまり後ろを向いている今なら反撃は受けない……ッ!!)

 

「ッ……”あやしいひかり”だ!」

 

 ふよふよと舞う光。

 それは、クエスパトラの頭の周りを舞い、混乱し、失速するのだった。

 

「しまッ……走れ、走れクエスパトラ! 追いつかれて、たまるか──ッ」

「オドシシ、ラストスパートだ!! 追い上げろーッ!!」

 

 ふらふらになりながらも走るクエスパトラ。

 そこに必死で走り、食らいついていくオドシシ。

 会場の歓声が聞こえてくる。

 

「ゴールまで後わずか!! 勝つのはオドシシ!? それともクエスパトラかにゃーん!?」

 

 振り落とされないように手綱を握り締めるメグル。

 漸く、クエスパトラに横並びした。

 

「ッ……どうして!? 何のためにそこまでして走り続けるの!?」

「キーストーンが必要だからだ!!」

「何のためにそれを使う!?」

「──大事な人たちをポケモンを……守る為に使う!!」

 

 オドシシの蹄がひときわ強く、地面を蹴り飛ばす。

 

「なら私も──負けるわけにはいかないッ!!」

 

 首を伸ばすクエスパトラ。

 頭の中はふらふらしていたが、それでもレースを走り切るという目標は忘れていない。

 そして、オドシシも角をゴールテープに向ける。

 差せ、差せ、差せ。

 疾く、疾く、疾く。

 意地と意地のぶつかり合いに──終止符が打たれたのだった。

 

 

 

 

「ゴォォォォォール!! GSフェス、ビッグバトルレース優勝者は──」

 

 

 

 

 オドシシの上で、そしてクエスパトラの上で。

 二人は息を切らせ、歓声だけを身体いっぱいに受けていた。

 

「ねえ貴方……とても強い心を持ってるのね……」

「いや……俺一人の力じゃねーよ。皆が……俺を支えてくれたから、今此処に立ってる」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 表彰式が終わった後。

 キーストーンを大事そうに握るスピカとメグルは、会場の裏で談笑していた。

 

「とても良い勝負だったわ、メグル」

「いやー、スピカちゃんには結局勝てなかったけどな!」

「どっちが勝ったか、私には分からなかったけど」

「僅差だったんだよ僅差! あーあ、悔しいよ」

 

 後から聞くと、本当にハナ差だったという。

 ギリギリまでオドシシが勝っていた可能性はあったというのだ。

 それでも、初参加のバトルレースで準優勝は大健闘も良いところ。

 メグルは特性パッチ2枚を貰い、ほくほく顔で仲間達の元に帰ることが出来る。

 ……のであるが、思っていた以上に二人の話は盛り上がってしまっていた。

 

「……おにーさんと、あのおねーさんの話、なかなか終わらないですね」

「完全に意気投合してるッスね。激戦を繰り広げる中、友情……いや、恋情が芽生えた!?」

「ハァ!? おにーさんがァ!?」

「いやでも有り得るっしょー、メグルさんも年頃の男ッスよ? あんなカワイイ女の子と話せて悪い気はしねーんじゃねッスか?」

「なんかヤだ!! すっごくヤだ!!」

 

 アルカは柱の後ろから、二人の姿を見ながらぐぬぬ、と下唇を噛み締める。

 何故「嫌」なのか具体的に答えることは出来ないのであるが。

 

 

 

「ねえ、メグル……一緒に、来て貰いたいところがあるの。メグルみたいな、強いトレーナーと一緒に」

 

 

 

「どっえええええ──むぐっ」

「静かにするッスよ、アルカさん! バレちゃうでしょうが!」

「むがががが!?」

 

 ノオトがアルカの口を手でふさぎ、一旦引っ込む。

 勿論、当のメグルは意外そうに眼を見開き、すぐさま顔を赤くしてあたふたし始める。

 スピカは、とてもきれいな少女だ。目は宝石のように黄色く、見ていると吸い込まれてしまいそうになる。

 メグルはそれに飲み込まれそうになったが──漸く、言葉を捻り出すことが出来た。

 

「えーと、行きたいって何処に?」

「付いて来てほしい。……大博覧会の会場に」

「……大博覧会? 何でまた」

 

 それを見ていたノオトは興奮した様子で、小声で「デートッスよ、デート! あのメグルさんが女の子からデートを申し込まれてるッス!」と叫ぶ。

 口を押さえられたアルカはいい加減苦しくなってきたのか「ギブ!! ギブ!!」と叫び続けるが、ノオトには聞こえていない。

 そんなことは露知らず、スピカはにこり、と微笑みながら両の手を合わせるのだった。

 

「うん。ダメかしら?」

「良いけど……ごめんっ! 1つだけお願いがあるんだ」

「……?」

「仲間と一緒で良いか? ……おいお前ら。さっきからコソコソと何やってんだよ。全部バレてんだわ」

 

 メグルが柱の方に視線を向けると──おずおずとノオト、そしてアルカが出て来るのだった。

 

「ど、どーも……」

「すんません、メグルさん……気になっちゃって、つい」

「悪い奴等じゃねーんだ。良いかな?」

「ええ、問題ないわ。むしろ、仲間がいると心強いくらいよ」

「え? デートじゃなくて良いんスか、お姉さん!?」

「デートじゃねーよ。つーか、スピカちゃんの事はお前らにも後で紹介するつもりだったしな」

「ふーん……本当ですかァ?」

 

 アルカが怪訝そうな目でメグルを睨む。

 

「何だよ。何か悪いのかよ」

「べっつにー? おにーさんがボク以外の誰とデートしても関係ないですけど!」

「あぁ!? あんなに野次馬みてーに柱から見てただろが! 気になってたんじゃねーのかよ」

「はいはい、お二方ァ! 静かにするッスよ。そしてスピカさん、って言ったッスよね?」

「ええ」

 

 ノオトは跪き、彼女の左手を取る。

 そして渾身の決め顔で──

 

「一目見た時から、貴女にオレっちのハートはゲット・ワイルドされちまって……今夜はノオトに、しときませんか? あっ、ルカリオ!! 痛い!! 千切れる!! 耳千切れちゃうッス!!」

 

 ──ルカリオに連行されて行った。

 

「大丈夫かしら、あの人」

「あいつはノオト。普段は真面目なんだけど、時々変なんだ。気にしないでやってくれ」

「ボクはアルカ。石や遺跡が大好きなんだっ! よろしくねっ!」

「ルカリオーッ、もうしねーッスから、許してぇぇぇ」

 

 そんな3人を見ると──少女は笑いかける。

 どことなくおかしかった。三者三様でありながら、とてもきれいにまとまっている彼らが。

 そして「忘れるな」と言わんばかりにモンスターボールから、ニンフィアが飛び出してメグルの肩に乗っかってみせる。

 バトルレースでは出番が無かったので、すっかり不満のようだった。

 

「フィッキュルルル……」

「で、コイツが俺の相棒のニンフィア。仲良くしろよ、お前。唸ったりすんじゃねーぞ」

「……フィルルル……フィ?」

 

 しばらく唸り声を上げていたニンフィアだったが──何かに気付いたように目を見開き、その後は大人しくなるのだった。

 

(珍しいな。どうしたんだろ、ニンフィア……)

 

 

 

「──改めて。スピカよ。よろしくね、皆」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「すげぇ、デカいな……!!」

「マリゴルドが世界中から集めた宝が集まってるッスから」

「しかも、化石ポケモンの復元骨格も展示されてるんだよ!」

「……」

 

 黄金の財宝の数々。

 カブトプスや、プテラといった化石ポケモンの全体図。

 更に、バーチャルポケモン・ポリゴンの研究レポートに、製造の過程などなど。

 メグルからしても、思わず目移りしてしまうような宝の山ばかりだ。

 しかし、各員が大博覧会の展示に目を奪われる中、スピカだけが険しい顔を浮かべていた。

 

「……どうしたんだ、スピカちゃん」

「そうッスよ、来たかったんじゃねーんスか?」

「……ううん何でもないわ」

「あっ、見て下さいよ、おにーさん!」

 

 アルカが指差した先には、ティラノサウルスのようなポケモン・ガチゴラス──ではなく、その口元に丸い穴の開いた看板だった。

 その下には人のイラストが描かれており、よく観光地にある映える看板というやつだ。

 そこは写真撮影が可能なエリアとなっており、人が並んでいた。

 

「好きだよなあ、皆ああいうの……」

「ボク、写真撮りたいですーっ!! 良いですよね、良いですよね!?」

 

 ぱしゃり。

 

「ぶっふっ……何だコレ、マジで食われそうになってるじゃん。てか、イラストのポーズが面白いし」

「意外にリアルッスよね、このガチゴラス……ぶっふ」

「顔に落書きでもしとくか、加工アプリで」

「あー、良いッスね! 賛成賛成!」

「ちょっとちょっとーッ!? 皆も撮るんですよ、皆も!」

「えっ俺も!?」

 

 ぱしゃり。ぱしゃり。

 

「ちょっとおにーさんっ! もっと面白い顔してくださいよ! 迫真の怯え顔!」

「何で顔にダメ出しされなきゃいけねーんだよ!」

「メグルさん、もうオレっちの顔歪めてるじゃねーッスか! 何スかこれ、オクタンみてーな顔じゃねーッスか!」

「オメーいつも大体そんな顔だろ」

「ハァーッ、良いッスよ、そんな事言うなら、オレっちも──」

「ああテメェ! 俺の顔ネンドールみたいにしやがったな!!」

 

 撮った写真を前にワイワイと騒ぐ二人。

 それを見て、スピカは何が何だか、という顔で首を傾げていたが、すぐにアルカが彼女を看板の前に引っ張ってくる。

 

「ほらっ、スピカさんも!」

「えっ、私は良いわよ、写真あまり好きじゃないし──」

 

 ぱしゃり。

 

「もう、顔真っ赤じゃないですか、スピカさん」

「だから言ったのよ……恥ずかしくって」

「まあまあ、これも思い出じゃねーか?」

「そうッスね! 写真ならずっと残るッスから!」

「思い……出? ……なら良いけど」

 

 少し困ったような顔を浮かべながら、スピカはまんざらでも無さそうに微笑むのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「この部屋は……」

「人類と、ポケモンの共存の歴史を一枚の絵に記した絵画だね」

 

 アルカはピタリ、と言った。

 そこには、ポケモンと人間の生活圏が離れ、切り離されていた時代。

 そして、人がポケモンの生活圏に入り込み、ぶつかり合っていた時代。

 最終的に人とポケモンが共存し、共に生き始めた現代。

 そこに至るまでの道筋が描かれていた。

 サイゴクで過ごしていれば、嫌という程感じる野生ポケモンの脅威。

 恐怖と憎しみのままに殺し合った歴史が確かにそこには横たわっている。

 無数の屍の先に──今の平和があるのだ、と言わんばかりの絵画だ。

 

「タイトルは……”歴史の旅路”って書いてある」

「ふぃるふぃーあ……」

「……旅路?」

 

 スピカは、思わずメグルに問いかけた。

 

「もっと恐ろしいタイトルかと思っていたわ。今に至るまでに、多くの命が失われたのは悲しいことじゃない? 私にはどうしても……この絵画が怖くて、悲しくて、辛いものに思えるわ」

「そうだな。だけど、俺……この作者が何で”旅路”ってつけたのか、ちょっとだけ分かる気がする」

「何故?」

「……俺も分かるんだ。情けない事、辛い事、苦しい事。旅してると沢山経験してきたからさ」

「そうね……私もそうだわ」

「でも、それだけじゃないっ」

 

 サイゴクにやってきてから、本当に沢山の事があった。

 いきなり知らない森に落とされたこと。

 巨大なオニドリルと戦ったこと。

 イーブイと出会い、旅に出たこと。

 幾つもの壁にぶつかり、最初はトレーナーらしいことが何も出来ず、悔しい思いをしたこと。

 それでも──その度に強くなり、出来る事を増やし、立ち向かってきたこと。

 

「その間には嬉しい事、楽しい事も沢山あったから……この旅をしていて良かったと思ってる。良い事悪い事全部ひっくるめて、()()なんだって思うんだ」

「……良い事、悪い事、全部ひっくるめて……」

「だから、俺とニンフィアがこうして巡り合ったのも、こいつら仲間達と出会ったのも、きっと……この絵画の延長線なんだと思うんだよ」

「その先が──辛く苦しい終わりだったとしても、そう言える?」

「えっ」

 

 スピカは、冷たい目でメグルに投げかけた。

 メグルは答えられなかった。

 自分の旅の先。旅の果て。それがどんなものになるか分からない。

 だがきっと自分は無事にこの旅を終わらせて、元の世界に戻るのだと無意識のうちに考えていた。

 そんな保障など、何処にも無いのに。

 

「考えたことも……なかった」

「旅が良かったと思えるのは……良い終わり方をした時だけよ」

「じゃあ何で──スピカは旅をしてんだよ」

「ふぃるふぃー?」

「……とっくに消えて無くなった……あの日の幻を追いかけているだけよ」

 

 そう言って、スピカは部屋を出て行ってしまう。

 それに気付いたノオトとアルカも、そしてメグルも──急いで彼女を追いかけるのだった。

 

「……なんかスピカさん、博覧会の上の階に行く毎に元気なくなってますね?」

「行きたかったんじゃないんスかね?」

「……」

「早く来て頂戴。私が見たいものはこの先にあるの」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話:竜骸

 ※※※

 

 

 

「──これが、大博覧会最大の目玉……”竜骸(りゅうがい)”」

 

 

 

 一際分厚く、大きなガラスケースの中には、白く朽ちた竜の骨が並べられていた。

 遺体は激しく損壊しており、原型は殆ど留めていない。

 しかし、その頭部の骨は綺麗な流線形を描いており、メグルは思わずそれに見入ってしまっていた。

 

「ドラゴンポケモンの骨、ですよね……」

「ああ。永久凍土の中で発見されたらしいッスよ。保存状態は悪かったんスけど、異様なエネルギーを秘めていたんだとか。何のポケモンかは分からないみてーッス」

「骨格の形は確かに変わってますね。でも、この形状って……何処かで見たような……」

「なぁアルカ。こいつからエネルギーって感じるのか?」

「……全然そんな気配、ボクには感じないんですけどねえ」

「……違う」

 

 ぽつり、とスピカは言った。

 

「え?」

「……違う。違う違う違う──」

 

 スピカの身体は震えていた。

 目をカッと開き、視線は竜骸に向いていた。

 激しく彼女はまくし立てた。

 

「似てるけど、違うッ……!!」

「どうしたんだよ、スピカ!?」

「違うの……何処に……何処にあるの、本物は……!?」

 

 ガンッ!!

 思いっきり彼女はガラスを叩く。

 彼女の口は悔しさと哀しさで一本に結ばれていた。

 訳が分からないまま、メグル達は顔を見合わせる。

 

「スピカさん……?」

「昨日見た時は……確かに感じた……なのに……すり替えられた……!?」

 

 

 

「──困るなァ、うちの貴重な展示品にケチをつけて貰ってはネ」

 

 

 

 周囲に老人の声が響き渡る。

 メグルは思わず辺りを見回した。

 黒服に連れられて、他の客たちが部屋の外へ出されていくのが見える。

 そして、部屋がいきなり暗くなり──スポットライトが一点に集中された。

 

「マリゴルドさん……!?」

「お前は……ッ!!」

「そう怖い顔をするなヨ、ビッグバトルレース優勝者スピカ……いや、君は本当にスピカ選手かネ?」

「ッ……!」

 

 スピカの顔はマリゴルドを睨み付けていた。

 とても深い憎悪が眉間の皺となって刻まれている。

 

「どういうことだ……!? マリゴルドさん、説明してくれ!」

「そもそも、何であんたがこんな所に居るんスか。運営本部に居るはずじゃあ……」

「イッツ・ゴールド! 細かい事は今はどうでもいいじゃないカ。先ずメグル君……すまない! 実は、ビッグバトルレースの優勝者は君なんだヨ」

「は……?」

 

 要領を得ない返答にメグルは当惑するしかなかった。

 

「あの後……重大な不正が発覚してネェ。自動的に、君にキーストーンが渡るってわけサ」

「いや、全く分からねーんスけど。不正って何ですか……!?」

()()()()()()、眠らされた状態で森エリアの中で見つかったんだよォ」

 

 全員の視線はスピカに向いた。

 彼女は確かにゴールしたはず。

 途中の森林エリアで眠っているのはおかしい。

 そうなれば、発見された彼女はいったい何者なのか。

 そもそも、今の今までずっとメグル達と行動を共にしていた彼女は何者だというのか。

 戦慄がその場に走る。

 

「はぁ!? ま、待てよ! じゃあ、今此処に居るのって……!!」

「おやぁおかしいネェ!? スピカ選手は運営本部で保護してるんだけどネ……じゃあ、そこにいる彼女は一体……誰なのかナァ?」

「ッ……」

「スピカちゃん……!?」

「スピカさん……!」

「ねえ、どういう事!? 答えてよ!」

 

 彼女は俯いたまま答えない。

 疑惑、そして困惑がスピカに集められていく。

 

「スピカちゃん、教えてくれ。レースの時、必死に俺と競り合ったお前の姿は本物だった! 偽者とは思えない──」

「……ッ」

「はぁ──答えないつもりなら仕方ないネェ。やっちゃえ、サーフゴーッ!!」

 

 マリゴルドは金で装飾された豪奢なゴージャスボールを投げ込む。

 そこから飛び出したのは──無数の黄金のコインだった。

 それがだんだんと人の姿を形成していく。

 メグル達は、その異様な光景に立ち竦むしかなかった。

 

「コレクト……」

 

 じゃらじゃら、と鳴るコイン。

 それが連なってポケモンの姿を成す。

 約2メートル。大男程あろうかという体躯の、黄金の怪物がメグル達の前に立っていた。

 言ってしまえば、黄金のタワーに手と脚、そしてドレッドヘアー状の髪が生えたような怪人だ。

 

【サーフゴー たからものポケモン タイプ:鋼/ゴースト】

 

【黄金を司るポケモン。1000枚の金のコインで身体を構成しており、朽ちることも錆びることも無い。】

 

 

「黄金のポケモン……ッ!?」

「──サーフゴー”ゴールドラッシュ”で溺れさせちゃえヨォ」

 

 次の瞬間だった。

 周囲から無数の黄金のコインが溢れて、海のように埋め尽くす。

 それがメグル達目掛けて津波のように襲い掛かる──

 

「ま、マズい──ニンフィア──」

「──ッ」

 

 だが、そこに割って入る影があった。

 スピカだ。

 彼女の身体は一瞬、靄が掛かったように見えなくなるが、再び目を開けた時には──

 

 

 

 

「ひゅあああああーん!!」

 

 

 

 

 ──赤いラインが刻まれた竜へと姿を変えており、周囲に障壁を展開して黄金のコインの波をせき止め、弾き返した。

 ばらばらと音を立ててコインが散らばり、部屋の四隅へと雪崩れ込んでいく。

 メグルも、アルカも、そしてノオトも。

 その場に居る全員が唖然としていた。

 

「ッ……ラティアス……!」

 

 最初に口を開いたのはメグルだった。

 むげんポケモン・ラティアス。

 ジェット機のような翼で空を飛び続けると言われる伝説のドラゴンポケモンだ。

 しかし、その瞳は確かに、スピカと同じ色と形をしている。

 

「やっと姿を見せたか……ラティアス」

「どういう、こと……!? ポケモンが人間に変身してたの!? 普通に喋ってたよ!?」

「ラティアスは、羽毛を反射させることで、他のものに変身するように見せかける力があるんだヨォ。加えて、テレパシーも使えるから、人間に化ければまずバレない」

「……!」

「更に、あのクエスパトラは元々、()()から奪ったものだろう? 大方念動力で言う事を聞かせていた」

「待つッスよ! 監視カメラで選手の様子は逐一監視されてたじゃねーッスか!」

「いや、ひとつだけタイミングがあった……映像が乱れたよね、少しの間だけ」

「あっ……!」

「その間に……ラティアスは、本物のスピカ選手と入れ替わったんだ」

 

 アルカの推測は、正しい。

 全選手がドローンで監視されている中、入れ替わることが出来るのはその間しかない。

 更に、エスパーポケモンの力でドローンの不具合すら意図的に起こしたものである可能性も浮上する。

 偶然にしては出来過ぎているからだ。

 ラティアスは観念したように頭を垂れる。

 

 ──すべて、おみとおしなのね じゃあくな にんげんのくせに

 

「声が、聞こえてくる……!?」

 

 だが、今度は喋っているような声ではない。

 頭の中に直接叩きこまれているかのような声だ。

 声色はスピカと同じだ。だが、そこには並々ならぬ怨み、そして憎悪が込められていた。

 

「人聞きが悪い! ちょっと君の伴侶の身体を使わせて貰ってるだけじゃないカァ。私の白昼夢の為にねッ☆」

 

 ──じょうだんじゃない ()()を かえしてもらう

 

「どういう事……!? 彼って、誰!?」

「ラティアスには……同種のオスが居るんだよ。名前が少し違うけどな」

 

 メグルもよく知るポケモンだ。

 赤いラインのラティアスとは対照的に──青いラインを持つむげんポケモン。

 準伝説ポケモンの一体・ラティオスだ。

 幾度となくメグルも対戦で使い、そして苦しめられた強力なポケモンでもある。

 

「──ラティオス……竜骸は……()()()()()()()()だったんだ」

「じゃあ、ラティアスはラティオスの遺骸を探して……此処までやってきたってこと!?」

 

 ──つよいぽけもんをつれた にんげんのちからを かりれば あのガラスを こわせるとおもった

 

 ──メグル きみは いいひとだったから しんようできると おもった

 

 ラティアスの声が聞こえてくる。

 結果的にケージの中が偽者だったから叶わなかったものの、ラティアスは最終的にメグル達と協力してケージを破壊する計画を立てていたのだろう。

 ガラスの材質は強化ガラスを超えた、超硬化ガラス。ポケモンの技もそうそう通りはしない。

 

「待ってください! 肝心の竜骸の本物は何処へ!?」

「ざーんねんッ☆ 本物の竜骸は、とっくに別の所に移してあるヨ……()()()()()()()にねッ☆」

「コイツ……!」

「だからさァ、ラティアス。諦めてキーストーンもメグル君に渡してやってくれないかナァ? それか……この俺にネ」

 

 ──このいし だって もともとは かれのもの! あなたたちが うばった!

 

 ラティアスは自らが握るキーストーンを隠すように抱き締めた。

 元々、ラティオスの持ち物だったらしい。

 

「人聞きが悪いねェ。持ち主が死んだ時点で誰のモノでもないヨォ!」

「だからラティアスはレースに乱入したのか……ッ!」

「……死んだドラゴンの持ち物なんて、最初に見つけたヤツのモノになるに決まってるじゃないカァ。むしろ、手に入れるチャンスをくれただけありがたいと思いなヨォ」

 

 ──どこまで かれを ぶじょくしたら きがすむの……ッ! かれの からだも   いしも かれの もの!! あなたの ものじゃない!!

 

「うるさいなぁ。君も、同じところに送ってあげようかナッ☆ ……()()()、カモン!」

 

 マリゴルドがばっ、と手を上げた瞬間だった。部屋の扉から、メッシュを付けた黒服の男が現れる。その傍らには、派手な飾り羽毛を生やしたアヒルのようなポケモンが華麗にポーズを決めていた。

 

「……任務開始やでぇ。ウェーニバル!」

「うぇっぱっぱら、ぱらり!!」

 

【ウェーニバル ダンサーポケモン タイプ:水/格闘】

 

 ウェーニバル、と呼ばれたポケモンはずっとステップを踏んでおり、そのたびに羽毛が揺れる。その()()()あまりにもやかましいので「うっわうるさ」とメグルはつい声に出してしまうのだった。更に、男の方の顔に、アルカとノオトは見覚えがあった。

 

「あいつ……バトルレースに出てた! 湖に出て速攻ミガルーサに食われてたヤツだよ!」

「あー、居たッスね、フローゼルの」

「食われとらんわワレ! それに、任務の一環で参加しただけや!」

「うるさいにゃーん、()()()

 

 声がした方を全員は振り返る。

 反対側の部屋からは、同じく黒服に身を包んだ少女が現れる。

 だがメイクを落としてこそいるものの彼女が誰かは一瞬でノオトには判別がつき、そして思わず叫んでしまうのだった。

 

「ク、ク、クロミちゃーん!?」

「……極上だにゃーん♪ 伝説のポケモンなんて、早々拝めるモンじゃないにゃん。ラティアスなんて最後に見たのはバトルシャトーだったかにゃーん?」

「ふにゃぁぁぁーん」

 

 ある時はサーカスの団員。

 ある時はバトルレースの司会。

 だがその正体は、GSグループの社員にして始末屋。

 それがクロミという少女である。

 相棒のマスカーニャも、傍らに立ち、恭しく礼をするのだった。

 

「やっぱり、GSグループの社員だったのか……!」

「そんなぁ!! なーんでクロミちゃんと戦わねえといけねーんスか!! なーんでヌシ様はオレっちに試練を与え給うんスかァ!!」

「ヌシ様の所為にするんじゃねえ、みっともない!!」

 

 これで、相手側のポケモンは3匹。

 メグル達はラティアスを護るように固まる。

 頭数は互角だが、如何せん彼らのポケモンからは格上特有の気迫を感じ取れる。

 

「ねえメグル君っ☆ 君、そこにいるラティアス捕まえるの手伝ってヨ!」

「ッ……!」

「丁度そこに二人居るし? こっちも三人いる。6人で力を合わせれば絶対にラティアスを捕まえられると思うんだよネェ」

「お断りだ!! 今の話を聞いて、捕まえられるか!!」

「なんでぇ? バトルレースで不正をするような悪いポケモンだろう? 早く捕まえなきゃネェ」

「ラティアスは竜骸を奪われて此処までやってきたッス。あんたらがポケモンの領域を侵したから、取り返しにきただけッスよ」

「竜骸なんて使って、何をするつもり!?」

「白昼夢を……現実にするのサ」

 

 マリゴルドは当たり前のように言ってのけた。

 しかし、具体的な中身を話すつもりはないらしい。

 

「せぇぇぇーっかく、バトルレースに参加させてあげたのに……恩知らずなヤツだなぁ、庶民はケチだから困るネっ☆」

「竜骸をラティアスに返してあげてよ! 」

「馬鹿言ってんじゃねえヨ。価値のあるものを、一番価値のある使い方をしてるだけだヨッ☆」

「人ん家の墓荒らして、お骨で好き勝手されて気持ちのいいヤツなんて居ねーだろうが!!」

「そうッスよ! あんたリュウグウさんの旧友だか何だか知らねーッスけど、リュウグウさんは絶対許さねえッス!」

「……そうだネェ。許さないだろうネェ……だからあいつには今、()()()()()()()ヨ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ずがぁぁぁー、ずごごごご──」

 

 

 ──VIPルームには既に鍵が掛けられていた。

 窓も厳重に閉められている。

 そして、彼の腰のベルトにぶら下げられているはずのボールは全て、無くなっていた。

 

 

 

「まぁだぁ、飲めるじょぉぉぉ……ぐががががが」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「俺はね。リュウちゃんと一緒に、長年叶えたかった夢を叶えるんダ」

 

 恍惚とした顔でマリゴルドは語る。

 その当人を眠らせてまで叶えたい夢など、メグル達には理解する気も起きなかった。

 そもそも、この作戦自体がラティオスの遺骸を弄ぶものであることを、理解した時から、メグル達の意思は変わらない。

 

 ──させない そのゆめは かなえさせない

 

「ロクでもねー事ってのは確かッスね。リュウグウさんをわざわざ眠らせたって事は、そう言う事っしょ」

「ああ。絶対に止めてみせる。そんでもって、竜骸もラティアスに返してもらう!」

「ラティアス、下がってて! ボク達に任せてよ!」

 

 ──でも わたし あなたたちを だまして

 

「うるせーうるせー!! だってお前、泣いてるじゃねえかよ!!」

 

 ラティアスの瞳には涙が浮かんでいた。

 

 ──ッ……!

 

「そんなヤツ、放っておけねえんだ!!」

「ふぃーあ!」

 

 ニンフィアが降り立ち、甲高く鳴く。

 それに合わせて、ノオト、そしてアルカも同時にボールを放り投げた。 

 ウェーニバルにはヘラクロス。マスカーニャにはルカリオが立ち向かう形となる。

 そして、サーフゴーにはニンフィアが立ち向かうのだった。

 

 ──だめ! あなたじゃ あいつには かてない!

 

「フィッキュルルルィィィ!!」

 

 ──え? すきなひとを きずつけられたときのきもち わかるって? ゆるせない?

 

 相手は鋼・ゴーストタイプ。

 フェアリータイプのニンフィアでは不利を取られてしまう。

 その脅威を知っているラティアスにとっては、無謀に映るのだろう。

 しかし。

 

「ニンフィア!! ……やれるな!!」

「フィッキュルルル!!」

「ラティアス、下がっててくれ。此処からは俺達の出番だ!」

 

 メグルはポケモン廃人だ。

 勝算があるからこそ、今此処に立っているのである。

 

「ハッ、何をする気か知らないが……押し潰すんだヨォ! 絶対に奴らを逃がすナァ!!」

「御意やッ!」

「はいにゃーん♪」

 

 戦闘が始まった。

 ヘラクロスにウェーニバルが組みかかり、マスカーニャがルカリオ目掛けて飛び出す。

 そして、サーフゴーの身体から、再び黄金のコインの海が溢れ出し、メグルとニンフィア目掛けて降り注ぐ。

 じゃらじゃらと音を立てて、まるで津波のように彼らに迫っていく。

 

 

 

「──金の重みを、その身で知レ」

「……重みが何だって?」

 

 

 

 しかし、次の瞬間だった。

 金のコインはまたしても弾かれ、吹き飛ばされてしまう。 

 次の瞬間、マリゴルドは目を疑った。

 ニンフィアを包み込んでいるのはオーラの鎧。

 そして周囲には影で作り上げられた剣が舞っている。

 

 

 

「オーライズ……完了!!」

 

 

 

 一瞬、アケノヤイバの姿が浮かんで消えた。

 よあけのおやしろでの戦いを通して、メグルが身に着けた新たな力だ。

 

(あの戦いの後、ヒメノとノオトは俺を信じて、錆びた刀を託してくれた……恥じない戦いを、しねえとな!)

 

「勝負だマリゴルド!! こっちには、おやしろ様の加護が付いてるぜ!!」

「……じゃあ、こっちには資本主義の加護が付いてるネェ」

 

 ニンフィアの周囲に五本の剣が浮かび上がり、それがサーフゴー目掛けて飛んで行く。

 早速、オオワザである”あかつきのごけん”だ。

 それらの一つ一つが鋭利な刀へと姿を変え、サーフゴー狙って飛んで行く。

 しかし、サーフゴーを護るようにして大量のコインが現れ、影の剣を受け止めて握り潰してしまう。

 

「金の防壁、だとぉ!?」

「……なぁんだ。その程度かヨ。がっかりさせてくれるネ! サーフゴー、”わるだくみ”からの──”シャドーボール”!!」

 

 サーフゴーの周囲に影の弾が浮かび上がり、次々にニンフィア──ではなくラティアスを狙って放たれる。

 それに気付いたニンフィアは、すぐさま影の剣を生成しようとしたが、間に合わない。

 故に、彼女に残された選択肢は──すぐさま跳び、そして身を挺してラティアスを庇うことだった。

 

「フィッ……!!」

「ニンフィアッ!?」

 

 ──オーライズにより、ゴーストタイプとなったニンフィアは、ゴースト技が弱点となってしまっていた。

 特防が高く、特殊技ならば弱点技を受けても踏ん張れる彼女ではあったが、何発も耐えられるものではない。

 ましてやマリゴルドのサーフゴーとニンフィアでは、年季が──つまりレベルが違うのである。

 

「ほーう? そんなにラティアスが気に入ったのかネ? そこのニンフィア……ッ!」

 

 ──やめて!! ッ……!?

 

 攻撃しようとするラティアスだったが、既に身体が動かなかった。

 周囲には宝石が埋め込まれた怪人のようなポケモンが何匹も、展示箱の上に集っていた。

 

【ヤミラミ くらやみポケモン タイプ:悪/ゴースト】

 

 ──うごか ない……!

 

「──”かなしばり”に”でんじは”か! 2匹掛かりでコスい手使いやがって!」

 

 ──この このていど うう──ッ!!

 

「余所見している場合かネ? シャドーボールダヨォ!!」

「ッ……ニンフィア、影を使って防いでくれ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

 

 五本の剣を浮かび上がらせるニンフィア。

 シャドーボールが幾つも飛んでくるが、剣は形を変えシェルターとなる。

 それが影弾を受け止め、防ぎ続ける。

 しかし、それも時間の問題だ。

 数十秒程、持ちこたえはしていたが、徐々に罅が入っていく。

 

「サフゴッ!!」

「引き籠っていたところで、何も状況は好転しないヨ。チェックメイト、ダヨォ!!」

 

 シェルターが砕け散る。

 そして残るのは、メグルとニンフィア目掛けて降り注ぐシャドーボールの嵐。

 だが、ラティアスが居る手前避けることも出来ず──影の弾が二人に襲い掛かり、爆音が鳴り響くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話:窮地

「おにーさん!?」

「小娘ェ!! 余所見していると痛い目見るでぇ!! ウェーニバル、アクアステップや!!」

「あっ……受け止めてヘラクロス!! つばめ返しだ!!」

 

 しかし、ヘラクロスの放った角による切り返しはあっさりとウェーニバルの足業に阻まれてしまう。

 そして、お返しと言わんばかりに一撃、二撃、三撃と次々に蹴りがヘラクロスの胴に叩きこまれていった。

 更に、倒れ込んだところに──何かが飛んでくる。

 

「ヘラクロス!?」

「ルカリオ!!」

 

 叫んだのはノオトだった。

 ヘラクロスを押し潰すようにしてルカリオが倒れていた。

 挑発するようにクロミが指を立てる。

 

「はにゃはにゃはにゃーん♪ 楽しいショーは、此処からだにゃーん」

「マスカーニャ……コイツ、図鑑では悪タイプのはずなのに……! 格闘技が効かねー……ッス!」

 

 ヘラクロスから退くようにしてルカリオは起き上がる。

 しかし、既にマスカーニャは視界から消えている。

 何処へと視点を移すと──奇術師は天井に立っていた。

 

「ッ……こんな所でも手品スか!!」

「マスカーニャ。”けたぐり”だにゃーん♪」

 

 天井を蹴ったマスカーニャはルカリオに踵を落とす直線で姿が消え失せる。

 そして、気が付けば懐に潜り込んでおり──そのままルカリオの胴に強烈な蹴りを叩きこむのだった。

 ルカリオは吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられ、頭を垂れてしまう。

 

「種も仕掛けも無いにゃーん♪」

「ルカリオ……ッ!!」

「後これは、プレゼントだにゃーん♡」

「えっ──プレゼント? オレっちに──」

 

 クロミが放り投げたのは──花だった。

 思わずノオトはそれを受け取ってしまう。

 だが、それはカチッ、カチッ、と時計のような音が鳴っており──

 

 

 

「──って爆弾じゃねーッスかクソがーッ!!」

 

 

 

 投げ捨てる間も無く勢いよく爆ぜたのだった。

 黒い煤塗れになった彼はケホッ、と煙を吐くと、その場に倒れ伏せる。

 戦闘不能だ。ポケモン共々。

 

「ノオト!! しっかりしてぇ!!」

「ほ、星が見えるなァ……メテノかなぁ……?」

「ああ、ダメだありゃ……」

「シロイ。そっちもさっさと終わらせちゃってよ。あたし、シャワー浴びたいにゃん」

「分ぁーっとるわ。ウェーニバル、アクアステップやで!!」

 

 起き上がったヘラクロスに、強烈な蹴りが何度も叩き込まれ、そのままアルカの方目掛けて突き飛ばされてしまうのだった。

 当然、彼女が重いヘラクロスの身体を受け止められるはずもなく。

 そのまま下敷きになってしまうのだった。

 

「お、おにーさん……きゅう……」

「終わったかナ。こっちも……完璧な形で終わったヨォ」

 

 爆風が晴れる。

 展示ケースに横たわるようにして、メグルとニンフィアは倒れていた。

 全身から血が流れており、服はボロボロに破けていた。

 ニンフィアもオーライズが解除されており、既に気を失っている。

 そして、動けない状態でシャドーボールを山ほど浴びたラティアスも、満身創痍だった。

 

 ──やめ て……このひとたちは かんけい ないのよ……ッ!!

 

「ラティアス。お前を助けようとした時点で、こいつら全員お前のグルみたいなモンだヨォ」

 

 ──おねが い ころさ ないで わたしは いいの このひとたち だけは……!

 

「……哀れなヤツだ。自分がどういう状態かも分からないとはネ。リュウちゃんの言う通り……とことん、錆びたくはないモンだヨォ」

 

 ──ッ……どういう こと

 

「それにしてもコイツらもバカだよネェ。勝てると思ってたのかナァ。大人しくラティアスを引き渡していれば、揃いも揃って痛い目見ずに済んだのにサ──ん?」

 

 マリゴルドは足元を見やる。

 メグルが──彼の足首を握り締めていた。

 

「ッ……バカ言ってんじゃネェ……!! 勝てるから戦ったんじゃねえ……!! 負けると思って戦ったんじゃねえ……ッ!! 守る為に……戦ったんだ……ッ!!」

「……!」

「リュウグウさんならきっと、そうする……この地方のキャプテン達だって、きっと、そうする……絶対、テメェには痛い目見せてやる……覚悟しとけよ……!!」

「汚ェ手で触るんじゃないヨ!!」

 

 マリゴルドはメグルの頭を思いっきり蹴飛ばした。

 血しぶきが展示ケースに吹きかかり、足首から手が離れる。

 

 ──やめて!!

 

「死んじゃアないヨ。死んじゃア……ネ」

 

 ──ッ

 

「後はオマエの態度次第サ、ラティアス……分かるネ? 自分が何をすべきかサ」

 

 ──わかった おとなしく する……

 

「良い子だヨォ。おい、こいつらを別室で歓迎してやりナ」

「ハッ!!」

 

 倒れたメグル達は、次々に黒服に担がれて、何処かへと運ばれていく。

 

 

 

「全く……人生長いのに、何でそんなに生き急ぐんだろうネェ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──マリちゃん。よりによって、このワシを……策に嵌めたな?」

「リュウちゃんは昔っから酒癖が悪かったからネ。薬を混ぜなきゃ寝てくれないと思ってサァ」

 

 ま、料理にも入れてたけどネ、とマリゴルドは白状する。

 だが関係ない。リュウグウのポケモンは今この場に居ない。

 ポケモンが無ければ、彼は只の老いぼれだ。

 

「……まどろっこしい事は良い。単刀直入に聞こうか。何を考えておる?」

 

 出られないVIPルームのモニターに映った旧友の顔を──リュウグウは睨み付けた。

 

「おやおや甘いねェ、リュウちゃんも。俺を怪しいって思ってたなら、最初っから力づくで止めに掛かれば良かったのにサ」

「嫌な予感はしていた……だが、証拠は何も無かった。だからこそ、この目でオヌシを信じたかった。それだけだ」

「信じてよリュウちゃん。俺はねェ、他でもない自分の為、そしてリュウちゃんの為に、デイドリーム計画を立てたんだからサァ」

「……デイドリーム計画、じゃと。このメガフロートと何の関係がある?」

 

 答え合わせ、と言わんばかりにマリゴルドは1つの画像を画面に映し出した。

 それは──竜骸が横たわる雪山の写真だった。

 

「……これは」

「竜骸の正体は……むげんポケモン・ラティオスの遺骸サ。エスパーポケモンの遺骸には死後尚強い思念が宿ってネ……ドラゴンともなれば当然、恐ろしい力が宿る」

「……ポケモンの遺骸に何をした。遺骸は自然に還り、少しだけ人間が利用する。それが摂理……しかし、私利私欲の為に使われるべきではない」

「じゃあ私利私欲なんかじゃあないヨォ。竜骸に宿った力をメガフロートの動力炉で増幅させてェ……この島に居る人達に……いや、世界中の人達皆に幸せな夢を見せてあげるんダ☆」

「……夢じゃと!?」

「ラティオスとラティアスの”むげん”って2つ意味があるの、リュウちゃんなら分かるよね? 1つは無限。彼らは恒久的に飛び続けるだけのエネルギーを体内で作り出せる」

 

 だが、それはあくまでも”むげん”の一側面でしかない。

 彼らの伝説たる所以は、体内にある無限のエネルギーに留まらない。

 

「もう1つは()()。彼らの持つ幻影のチカラ。人やポケモンの思念に干渉し、幻を見せる夢の力だヨォ」

「それを増幅させれば……人々に夢を永遠に見せることが出来る訳か」

「そのとーり。デイドリームは只のメガフロートじゃない。デイドリームそのものが、人々に永遠の夢を見せるキカイなのサ! それを使えば、皆幸せな夢の中。死んだ後もずっと、夢の中ってワケ」

「そこまでして見たい夢など何がある! 今のオヌシに出来ぬことは何だ!? これだけの富を持ちながら……!」

「あるよ」

 

 マリゴルドは──笑みを浮かべてみせる。

 

「──俺は……ポケモンリーグをサイゴクに作りたかったんダァ。そこでのチャンピオンは……リュウちゃん、お前だヨォ」

 

 ポケモンリーグ。

 それは、各地方に配置されているポケモントレーナーの最高機関だ。

 そこでは四天王とチャンピオンが待ち受けており、勝ち上がった者がその地方で最強のトレーナーであることが認められるのである。

 しかし、当然リーグが無い地方も存在する。

 サイゴク地方も、その中の一つだ。

 これは、おやしろが幅を利かせており、独自のトレーナー育成のシステムである”おやしろまいり”が慣習として存在している所為でリーグが介入する余地が無かったことが挙げられる。

 

「ッ……まだそんな事を考えていたのか!」

「小さい頃、リュウちゃんは言ってたよね……」

 

 ──マリちゃん! この世で一番強いトレーナーになるッ! それが俺の夢だ!

 

 ──じゃあ俺は……リュウちゃんが強いヤツと戦えるようなポケモンリーグを作るよ! 遠い遠いガラル地方のような──

 

 そして、その言葉の通りリュウグウは極めて強いトレーナーとなった。

 その最強伝説は未だに崩されていない。老いても尚、強くなっていると言われている程だ。

 

「でもリュウちゃんは……キャプテンになった。俺が留学して、ガラルで起業してる間に……!」

「マリちゃん……」

「俺は、サイゴクにポケモンリーグを作りたかった。チャンピオンは、リュウちゃんじゃなきゃいけなかったんだ。でも──」

 

 

 ──チャンピオンは良いかな。ポケモンリーグも……今は、おやしろのキャプテンとして、この地方を守っていきたいんだ。

 

 

 ──な、何でだよリュウちゃん……。

 

 

 ──選ばれちまったからなァ。

 

 

 ──そんな、そんな役目降りちまえよリュウちゃん! おやしろの為に生きることなんてないよ!!

 

 

 ──()()()()()とは何だッ!! サイゴクの厳しい自然を生き抜こうとする若人を一人前に育て上げる立派な仕事だッ!!

 

 

 ──リュ、リュウちゃん……ッ。

 

 

 ──あっ、悪い、マリちゃん、ごめんよ……つい、いつもの癖で……。

 

 

「キャプテンが、おやしろがリュウちゃんを縛り付ける! 元を正せばサイゴクの過酷な自然が、人の生き方を縛り付ける!! 人はもっと()()()()()()()()()()()のに!!」

 

 開発自体が問題ではない。ベニシティも今となっては大都市だ。

 しかし問題は、マリゴルドの開発計画は、おやしろの廃止を進め、更に大規模に山を切り崩すというものであった。

 それは人間の発展ではなく、自然を破壊すること自体を目的に作られた計画と言っても過言ではなかった。

 そんな計画、当然キャプテン達が許しておくはずがない。

 下手をすれば全員の反感を買い、最悪マリゴルドは彼らから手痛い仕打ちを受けるかもしれない。

 御三家はまだ良い。問題は旧家二社だ。”よあけのおやしろ”は呪術が使える者が居るし、”ひぐれのおやしろ”は汚れ仕事もやる。

 彼らの怒りを買えば、マリゴルドは暗殺されてもおかしくはなかった。現在ならともかく30年以上前なので、猶更だ。

 そう考えたリュウグウは、自らマリゴルドを説得しに掛かったのである。

 

 ──こんな滅茶苦茶な開発計画……通るわけないだろう、マリちゃん!? リーグとジム、新たな街の建設で、どれだけの自然が壊されるか……!!

 

 

 ──古臭いおやしろに縛られてるから、この地方はいつまで経っても田舎呼ばわりされるんだヨォ! いい加減、分かってくれよリュウちゃん……!

 

 

 ──馬鹿なことを言うな、止せ!! 無理に人が山森を拓けば、ポケモンと人の境が壊れて争いが起きる!

 

 

 ──本気で、人間がポケモンに負けると思っているのかい、リュウちゃん。人間だってポケモンを従えてる。科学だってあるッ……自然に負けるわけがない!

 

 

 ──その自然に住まう命の事を……少しでも考えたことはあるのか!! 彼らも飯を食い、住処を構え……必死に生きておるのだぞ!!

 

 

 ──ッ……。

 

 

 ──その境を、ワシらは必死に見極め、慎重に人の住処を切り開いてきた歴史があるのだ……! 造り拓いた分だけ、ワシらは自然に礼を返さねばならんのだ……!

 

 

 ──自然は人を脅かす!! サイゴクにおやしろがある理由だ!!

 

 

 ──それが分からないなら、お前との付き合いは此処までだ、マリちゃん……!

 

 

 ──なっ……それだけは!! それだけは勘弁してくれよォ!! もうリーグの話はしない!! 妻が一昨年亡くなったんだ……リュウちゃんまで居なくなったら、俺、本当に一人になっちまうヨォ……。

 

  

 こうして、リュウグウの必死の説得により、マリゴルドによる開発計画は中断された。

 それから数十年。彼は、研究事業やメガフロートの開発に熱を入れ始めた。

 すっかりポケモンリーグの事など忘れてしまったようで、リュウグウもリーグ開発とおやしろ廃止の件は終わった話だと思っていた。

 セイラン近海に元々あった人工島を再開発してメガフロートに作り変えたのがデイドリームである。

 

「俺はね、あの時……リュウちゃんとの友情が守りたくって泣く泣く引き下がったんダ。デモネェ!! 本当は、おやしろという仕組みそのものが無くなってほしいと思ってたヨォ!!」

「マリちゃん……」

「おやしろが、リュウちゃんをキャプテンの席に縛り付ける!! リュウちゃんはもっと、自由に暴れて良いんだ!! そうなれば、どの地方でもリュウちゃんは最強のトレーナーになれたんだヨォ!」

「最強、か……ワシの力は、誰かを守るための力なんじゃよ、マリちゃん。それが一番生かせるのがキャプテンなんじゃ」

「何でそこまで、選ばれた役目に拘るんだい、リュウちゃん!! 人はね、自分で望んだ仕事をするのが一番幸せなんだヨォ!」

「おやしろがワシを縛り付けているなら……オヌシもまた、ワシを昔の夢に縛ろうとしていることに何故気付かん」

「ッ……え」

 

 マリゴルドは豆鉄砲を食らったように硬直した。

 おやしろが無ければ、自分の人生は変わっていたかもしれない。

 確かにリュウグウだって、何度も考えたことはある。

 しかし、縛られた、強要された、と言われるのは──酷く心外だった。

 

「選ばれた役目? 確かにそうだとも。だがな、ハナから選ばれることを望んでおらんモノを、そもそもヌシ様は選ばん……何故分からんのだ」

「バカを言うなヨォ! キャプテンの何がそんなに楽しいんだい!? 今のサイゴクの、何が良いって言うんだい!?」

「苦しい事や辛い事ばかりじゃよ。心を鬼にせねばならん時もある。しかし、それが必要な事だから、それが適任であるのがワシだからやるのだ」

 

 リュウグウは思い返す。

 鬼のリュウグウと言われ、避けられていた日々を。

 建て直したおやしろが嵐で壊れ、ヌシも失った日の事を。

 送り出した若者が、ポケモンに襲われて帰らぬ命となったことを人づてに知った日の事を。

 涙無しでは進めない道のりだった。人には決して勧められない道だった。

 だが──決して悪いものではなかった、とリュウグウは振り返る。

 

「オヌシは……おやしろまいりせず、留学したから分からんのじゃよ。おやしろまいりで若者が何を学ぶか、オヌシに分かるか?」

 

 マリゴルドは答えられなかった。

 リュウグウは指を3つ立て、はっきりと言ってのける。

 

「──人は自然に背を向けては生きていけぬこと!! おやしろは、人と自然の境でありそれぞれの門番であること!! キャプテンとヌシが……おやしろに命を懸けて、人と自然の両者を守っていること!!」

「ッ……」

「その尊さを身を以て学び、そこから自ら生きていくための力を身に着けるのが、おやしろまいりや!!」

 

 瞼を閉じれば、昔のことを思い返す。

 それら全てが今、リュウグウの力になっている。

 

「ワシはかつて、おやしろまいりで先代たちの生き様を目の当たりにして来た。だから、ワシは……錆びつき、朽ち果てるその日まで、自らの負った役目を果たし、生き抜いてみせると決めちょる!!」

 

 確かに衰えは感じる。

 年々、出来ないことが増えていく。

 忘れる事が多くなった。体の痛む場所が増えた。

 薬の数が増えてきた。

 しかし、それでも良い、とリュウグウは思う。

 

「ワシが朽ちても、次の代が居る。それを守るのがワシの仕事。永遠の黄金など、ワシは要らん。最期は、やっとくたばったかジジイと散々に言われながら逝きたいのだ」

 

 その場に沈黙が漂った。

 そうして──マリゴルドはぽつり、と呟いた。

 

「──やっぱり、分かってくれないみたいだね……」

「マリちゃん……」

「俺はね……今度こそ、永遠の黄金を手に入れるんだヨ……ッ!!」

「やめろマリちゃん!! ポケモンの死を弄んでまでやることやない!!」

「じゃあねリュウちゃん。そこで見ていると良い。白昼夢が……現実になるところをネ!!」

 

 モニターはそこで途切れた。

 リュウグウは──嘆息する。

 ポケモンは無い。この場所から出られる手段も一通り確認したが無かった。

 

 

 

「やれやれ……少々手荒な真似をしてでも、襟元正さんといかんようじゃわい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話:脱出劇

 ※※※

 

 

 

「──で、どうするんスか、これから」

「まとめて独房に入れてくれた辺り、ナメられてるんだろーッスね」

「でもどうしよう、おにーさんまだ起きないよ!」

 

 目が覚めると、電子錠のかかった白い部屋にぶち込まれていたことにアルカとノオトは気付いた。

 そこには、頭から流れた血で髪がガビガビに固まったメグルも寝かされていた。

 

「手当はしたッスけど……大丈夫ッスかね、コレ……」

 

(頭は君も大変な事になってるけどね、ノオト)

 

 ノオトは爆弾の所為で、頭がアフロになっていた。

 全身も煤だらけで真っ黒なままである。さながらバッフロンであった。

 

「……ポケモン没収されたら、どうしようもねーッス」

「どうにか拳で破壊出来たりしない? あそこの壁」

「この分厚いコンクリは流石に無理ッス」

「そんなぁ!! サイゴク最強の格闘使いなんでしょ!? ヤだよボク、まだやるべき事が沢山あるのにこんなところで一生過ごすの!」

「オレっちだってイヤッスよ!!」

「……手が無いわけじゃねーよ」

「え?」

 

 声が聞こえてきた。

 薄っすらとだが、メグルは目を開けていた。

 アルカとノオトは彼の顔を覗き込む。まだ声は小さいが、意識はあるようだった。

 

「メグルさん!?」

「おにーさん!? 良かったぁ!!」

「俺さぁ……こないだアルカが捕まった後、ずっと考えてたんだ」

「え?」

「こんな風に捕まったら、どうやったら脱出できるか……さ。お前らが助けに来てくれるってのは勿論理想だけど、現実全員捕まるかもしれねーじゃん」

 

 中学生の頃、学校にテロリストがやってきたらどうやってカッコよく撃退するか妄想をしていたのは伊達ではないである。

 だが現実問題、有り得ないことはない。捕まれば、必ずポケモンと自分達は分断される。

 その時何ができるか、あるいはそれが予見できる段階でどう手を打つか。

 

「だから、そういう時のために色々考えてたんだよ……」

「でも、鍵をピッキングするのは無理ッスよ。アレ電子錠ッスもん。ポケモンの力が無きゃ、出られねーッス」

「そんな時は……頭の良いヤツに任せる事にした」

 

 にぃ、とメグルは笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

「……頼むぜ、シャリタツ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ム、ム、ムチャブリ、スシー……」

 

 

 

 ニンフィアが影の防壁でサーフゴーのシャドーボールから身を守っているとき、メグルは単に引き籠っていたわけではなかった。

 この時点でニンフィアでは、サーフゴーに勝つことは出来ない、と判断していたし、ニンフィア本人も薄っすらそれに気付いていた。

 そして、ラティアスをこの場から連れ出すことも現実的ではない。彼女の身体は拘束されてしまっているからだ。

 故にメグルは考えた。頭の良いシャリタツならば、自分が捕まったとしても何とかしてくれるのではないか、と。

 現に、イッコンタウンを出てシャリタツの事を見てきた数日間、時折人間をも上回る知性を彼女は見せていた。 

 そもそも異種族の単語を断片的とはいえ、意味を理解して話すことが出来る時点で、ポケモンの中でもトップクラスに頭が良いのだ、シャリタツは。

 他のドラゴンが「暴」に能力を割いているならば、シャリタツが司るは「知」。見た目はこんなんだが、そもそもが誇り高い竜族なのだ、見た目はこんなんだが。

 大体、弱いものや死骸に擬態して相手の油断を誘って狩りをするスタイルの時点で、生物の進化としてはある種の完成形態とも言えるポケモンなのである。

 

 ──シャリタツ、このボールを持って逃げてくれ!

 

 

 ──スシー!?

 

 

 ──もし俺達がやられたら、助けに来てくれ! 今の俺達じゃ……マリゴルドには勝てない! お前はとっっっても頭が良いから、分かるよな?

 

 

 ──スシ!? スシスシ!?

 

 

 ──大丈夫! こいつと一緒なら、俺の居場所は分かるはずだ。頼むぜ。走れ! 今のうちに!

 

 

 ──スシィィィー!?

 

 

 シャリタツは小柄さを生かして部屋から脱出。

 更に、途中何度か警備に出くわしたが──

 

 

 

 ──おーい、何か落ちてるぞ。

 

 

 ──オレスシ……。

 

 

 ──なんだ、野生の寿司か……。

 

 

 ──寿司なら問題ねーよなぁ。

 

 

 持ち前の潜入スキルを活かして、無事潜り抜けてみせる。

 そして、誰も居ない所で、メグルに渡されたモンスターボールのスイッチを押すのだった。

 

「ス、スシー……」

「ガルルルルルルルル……ッ!!」

「スシィィィィィ!?」

 

 中から飛び出したのは、悪魔のような顔で唸り続けているアブソルであった。

 ボールの中からずっと主人の危険を予知していて、気が気でなかったのだろう。

 しかし、此処で漸くシャリタツは主人の意図を完全に理解する。

 戦闘力が高い上に未来視でメグルの居場所を探すことが出来るアブソルと行動を共にすれば、このピンチを脱することが出来るかもしれない、と。

 

「オヌシ……」

「ふるるーる!」

 

 アブソルも同意したのか、頷くと目を瞑る。

 見えるのは──黒服たちに捕まえられて、地下に繋がるエレベーターへ運ばれていくメグル達だった。

 更に、モンスターボールは全て黒服たちがアタッシュケースの中に詰めてしまったのが見える。

 

「ふるるー!」

「スシ!」

 

 そうと決まれば話は早い。

 シャリタツはアブソルに騎乗し、エレベーターの所へ向かうのだった。

 途中、警備が居て辿り着くのが難しかったため、ダクトを通り、そのまま天井裏からエレベーター前まで降りる。

 当然のように、警備が二人、ばんけんポケモンのマフィティフを連れて立っていたが、強硬突破である。

 

「なっ、何だァ!? アブソルが寿司を乗せて走ってくるぞ!!」

「バカ野郎、あんなにデカい寿司があるか!!」

「えっ──!?」

「何で俺がおかしいみたいになってんだァ!! 捕まえろーッ!!」

「フルルルルルルルッ」

 

 ──こちら大エレベーター前! 寿司がアブソルに乗ってやってきました! 応援求む!

 

 アブソルの脳裏に予知が過る。

 男が連絡に使うのは、耳のインカムだ。

 アブソルの目が光り、影の剣が音を立てて宙を舞う。

 そして、男たちのインカムが切り裂かれ、破壊されたのだった。

 

「うおっ、連絡しようとしたらインカムが壊れたァ!?」

「気を付けろ、サイゴクのアブソルは未来が見える!!」

「こ、こいつっ!! マフィティフ、やっちまえ!!」

「ワフッ!! ワフッ!!」

 

 飛び掛かる2匹のマフィティフ。

 アブソル目掛けて、その凶悪な大顎で噛み砕かんと距離を詰める。

 しかし、口を大きく開いたのが運の尽き。

 

【シャリタツの りゅうのはどう!!】

 

 シャリタツがそこにすぐさま”りゅうのはどう”をブチ込むのであった。

 当然、マフィティフの口の中でドラゴンエネルギーは暴発し、煙を上げながら番犬はその場に転がり倒れる。

 

「ああっ、マフィティフ!!」

「クソッ!! 1匹やられた!! じゃれつくだ、マフィティフ!!」

「ワフッ!!」

 

 アブソルに組み付こうとするマフィティフ。

 しかし、すぐさまアブソルは尻尾を向けて、それを鋼のように硬化させる。

 その様はまさに日本刀。それを引き抜くようにして振り払い、マフィティフの身体を斬りつける。

 

【アブソルの せいなるつるぎ!!】

 

【効果は抜群だ!!】

 

「キャインッ」

 

 切り伏せられたマフィティフは悲鳴を上げるとその場に倒れ込むのだった。

 これで残るは、あの男たちだけだ。

 彼らはすぐさま、懐から大きなスタンガンを取り出し、アブソルに向かって迫る。

 だが、そんな事はとっくに未来視で見えている。

 迫る彼らに──影の剣が思いっきり頭に叩きつけられた。

 

【アブソルの みねうち!!】

 

「へぶぅっ!!」

「はぶぅっ!!」

 

 そのまま男たちはその場に昏倒し、倒れ伏せるのだった。

 すぐさまエレベーターのボタンを押そうとするシャリタツ。

 しかし、手が届かない。

 見兼ねたアブソルが後ろ脚で立ちながら、シャリタツを支え、そのままボタンの方まで届かせようとする。

 

「ギ、ギリギリ、スシー……!!」

「ふるるる……ッ!!」

 

 そんな中、アブソルの脳裏に一つの予知が過る。

 

 

 

 ──おーい!! エレベーターの方が騒がしいぞ!! 何があったんだ!?

 

 

 

「ふるるる! ふるるるる!」

「スシー!?」

 

 急がなければ追手が来る、という災難を彼女は察知したのだ。

 シャリタツは必死にボタンに手を伸ばし──ぽちり。

 腕が伸びきってしまいそうになったが、辛うじてエレベーターの「降りる」ボタンに手が届いたのだった。

 すぐさま、エレベーターは開き。

 そこから──

 

「──おい聞いたかよー、クロミさんとシロイさんデキてるらしいぜー、でもシロイさんには妻子居るんだってよ」

「なぁーにぃーっ!? 聞いちまったなァ!?」

「フルルルルッ!!」

「スシーッ!!」

「ほぎゃー!? アブソルと寿司ーッ!?」

 

 ──取り合えず知らない奴らが出てきたが、すぐさま二匹でボコし、エレベーターの外へ追い出す。

 

「寿司がぁー1匹……うーん」

「寿司がぁー2匹……うーん」

「ふるるるる! ふるる!」

「スシー……!」

 

 アブソルの未来視に従い、シャリタツはエレベーターの一番下のボタンを押す。

 俵のように抱えられていたメグル達は、一番下の階に行ったという。

 そして、その途中で黒服たちは分かれ、片方は没収したモンスターボールを持って別室へ運んでいったという。

 通路へ飛び出し、再びアブソルの身体に掴まったシャリタツは急いでその部屋へと向かう。しかし──

 

「侵入者だァーッ!!」

「アブソルの上に、寿司が乗ってるぞッ!!」

「アレ寿司なの?」

「寿司じゃね?」

「ス、シィ……!」

「ふるるる……!」

 

 通路に待ち受けているのは、警備の黒服たち。

 そこには双頭の唐辛子ポケモン・スコヴィラン、全身が岩塩で出来た巨体のポケモン・キョジオーン、そしてバッタのようなポケモン・エクスレッグが立ちはだかる。

 更に、2匹。後ろからブロロロームに、マフィティフ、ヘルガーが迫ってくる。

 完全に囲まれてしまった。

 

「ッ……ガルルルルルルッ!!」

「スシー……!!」

 

 

 

 

「──ふぃーッッッ!!」

 

 

 

 その時だった。

 甲高い爆音が轟き、通路の一室がブチ壊される。

 そこから現れたのは──満身創痍でふらふらのニンフィアだ。

 ぜぇぜぇ、と息をしているものの、最後の力を振り絞って”ハイパーボイス”を撃ち放ったのだろう。

 

「お、おい!! どうしたんだ!?」

「こ、このニンフィア、凶暴過ぎて、勝手にボールから、出てきて……!」

 

 しかし、そこで終わりだ。 

 元々体力が限界近くだった彼女はぱたり、と床に倒れてしまう。

 そしてそれを咥えて背中に乗せるのは──オドシシだ。

 更に続けて、ごろごろとボールが転がり、その中からバサギリが勇ましく飛び出して来る。

 

「あ、あわわわ、ボールから次々にポケモンが……!!」

「捕まえ直せ!! 全員捕えろ!! 逃がす──ごぶぇっ!?」

 

 指示を出した黒服の腹に、バサギリが強烈な蹴りを見舞う。

 更に、後ろから襲って来たヘルガーとマフィティフに向かって”がんせきアックス”の回し斬りが炸裂。

 そのまま叩きのめしてしまうのだった。

 

「ジォォォォン……ッ!!」

 

 しかし、それを押しとどめるべく、キョジオーンがバサギリを押さえつける。

 その身体からは常に岩塩が溢れ出しており、そのままバサギリを塩漬けにしていき、蝕んでいく。

 

「グラッシュ……ッ!!」

 

 だが、バサギリも負けてはいない。

 その場で勢いよく回転すると、そのままキョジオーンを部屋の中に押し込んでしまうのだった。

 雪崩れ込むように2体は部屋の中でぶつかり合う。

 斬撃を叩きこみ続けるバサギリ。それを巨体で押し潰そうとするキョジオーン。 

 

「クソッ……あのバサギリ、強い……!!」

「怯むな!! 相手はトレーナーの居ないポケモンだぞ!! エクスレッグ、”とびかかる”攻撃!!」

 

 エクスレッグが地面を蹴り、天井に張り付く。

 そのまま狙いを定めると、ニンフィアを背負ったオドシシ目掛けて飛び掛かる。

 だが、オドシシもそれを見るなり周囲にバリアを展開し、エクスレッグを弾き返す。

 

「ギゴゴゴ……ッ!!」

「何やってんだエクスレッグ!! オドシシなんぞに苦戦してるんじゃあない!! ”かかとおとし”!!」

 

 地面に叩き落とされたエクスレッグだったが、すぐさま折り畳んだ脚で起き上がり、標的をオドシシに定めて襲い掛かる。

 しかし、直線的な動きが仇となった。オドシシの角を直に見てしまったのである。

 オドシシの目が妖しく光ると、そのまま昏倒して今度こそ地面に叩き落とされてしまう。

 それを見てしまった黒服たちも次々に倒れてしまう。

 

「あ、ああ、やられ──お、俺も眠くぅ……ずごぉ」

「──何やってるんだ! くそっ、スコヴィラン!! 火炎放射とタネばくだんで同時攻撃だ!!」

 

 双頭の唐辛子・スコヴィランがレッドヘッドから炎を吹きかける。

 しかし、それをシャリタツが”みずのはどう”で受け止め、アブソルが尻尾で打ち返し──スコヴィランのレッドヘッドにタネが激突し爆発した。

 それに怒ったのか、スコヴィランの2つの頭は途端に喧嘩を始めてしまう。

 

「おいっ、ケンカするんじゃね──」

 

 仲裁に入った黒服だったが、スコヴィランに両方の頭から火炎放射を吐かれ黒焦げになってしまうのだった。哀れ。

 そうこうしているうちに、アブソルとシャリタツは、モンスターボールのある部屋に駆け込んだ。

 そこには、耳から血を流し、泡を吹いて倒れている黒服たち、そして乱暴に開いたアタッシュケースからはモンスターボールが転がっている。

 

「ラッシャー!」

 

 すぐさまシャリタツはヘイラッシャの入ったモンスターボールを見つけ、愛おしそうに抱き締める。

 しかし、辺りを見回すが、今此処で出してしまうと戦っているポケモン達をまとめて巻き込んでしまいかねない。

 他に何かないか、と部屋を探していると、今度は別のアタッシュケースを見つけた。

 

「ふるるっ!!」

 

 すぐさまアブソルはアタッシュケースの鍵を壊す。

 ぱちんと音を立てて開いたそこには、まだモンスターボールが入っているのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ジオオオオオッ!!」

「グラッシュ……!!」

 

 

 

 取っ組み合うバサギリとキョジオーン。

 しかし、メグルの指示なしで戦うのは、やはりバサギリにも多少なりとも隙を生んでいた。

 そもそも相性自体はあまり良くない相手だ。キョジオーンの放つ岩技を叩きこまれる度に、バサギリの身体は傷ついていく。

 

「へっへ、良い調子だキョジオーンだ!! そのままバサギリを──」

 

 腕を振り上げるキョジオーン。

 しかしその時、轟音を立ててその巨体が傾く。

 バサギリが目を向けると、そこにはジャラランガが構えながら次の”きあいだま”を装填しているのだった。

 それを見て、バサギリはチッと舌打ちをすると、傾いたキョジオーンの巨体に向かって強烈な乱打を斧で叩きこんでいく。

 

【バサギリの インファイト!!】

 

 効果抜群の格闘技を何発も叩き込まれ、巨体が仰向けに倒れ、崩れ落ちるキョジオーン。

 腕を力無く振り上げようとするが、目の光が消えると、そのまま動かなくなってしまうのだった。

 

「そ、そんな馬鹿な、くそっこうなったら──ぐぎぎぎ」

 

 次の手持ちを繰り出そうとした黒服だったが、速攻でジャラランガが押さえつけてしまい、そのまま気絶してしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヴィルルルルル!!」

 

 

 

 主人を黒焦げにしても尚、暴れ続けるスコヴィラン。

 ニンフィアを背負ったオドシシを狙い、執拗に炎を吐いて追跡し続ける。

 こんなに暴れている相手に”あやしいひかり”を撃ったのがよろしくなかった。

 余計にスコヴィランは見境なく周囲に炎や種を吐き出し続け、部屋の扉や黒服たち、そして通路を破壊し続ける。

 

「ブルルルルゥ……!!」

 

 己の判断ミスを悔やむが、背に引っ掛けている()()()だけは絶対に主人の元に送り届けねばなるまい。

 だが、スコヴィランの動きは想像以上に速かった。一気にオドシシに距離を詰め、赤い頭から炎を吐き出さそうとする。

 しかし、突然その頭がへしゃげる。

 岩が上から降ってきたのである。悶絶したスコヴィランは絶叫しながら床を転がり回り、自分が火をつけた場所を自分で消していくのだった。

 

「ブルルルゥ……!?」

 

 オドシシが目を丸くしていると、下手人の影が明らかになる。アルカの相棒・カブトだ。

 普段こそマスコットのように彼女の背中に張り付いているが、主人の危機とあらば自ら身体を張ることも厭わない。

 起き上がったスコヴィランだったが、そのまま起き上がり様に再びカブトが岩の砲撃を大量に浴びせる。

 

【カブトの ロックブラスト!!】

 

 それぞれの頭に仲良く、均等に岩の礫はぶつけられ、スコヴィランは今度こそ断末魔の叫びを上げて床に倒れるのだった。

 

「……ブルルルルゥ」

「ぴぎー」

 

 姿形と仕える相手は違うが、主人への忠誠度は同じ。

 相も変わらずカブトには表情というものが無い上に、”ぴぎー”だけでは何を伝えようとしているのかさっぱり分からない。

 しかし、オドシシは、小さな戦友と何故か心が通い合った気がしたのだった。

 横の部屋を見やるとキョジオーンがジャラランガとバサギリによって倒されたのが見える。

 だが、エレベーターの方から騒ぎを聞きつけてきた増援が更にやってくる。

 思わず身構えるポケモン達だったが、前に出てくるのはシャリタツ。

 そこには、ヘイラッシャが入っているモンスターボールが握られていた。

 

「ラッシャーッ!!」

「ラッシャーセーッ!!」

 

 ぽいっ、とそれを放り投げたが最後。

 全長12メートルの質量爆弾が、大挙してきた黒服たちをまとめて押し潰してしまうのだった。

 

「ぐ、ぐおお、で、デカい、デカすぎるぞコイツ……!!」

「きゅう……」

「ラッシャー♡」

「ラッシャーセー♡」

 

 こうして、シャリタツとヘイラッシャは感動の再会を果たすのだった。

 

 ─HAPPY END──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──あなたっ……!

 

 

 

 電気の檻に捕らえられたラティアスは、漸く──竜骸と対面することになった。

 それは既に、デイドリームの最深部にある炉心の中にケースに入れられて、コードに繋がれている。

 涙が止まらなかった。

 変わり果ててしまった愛する相手を前にして。

 

「……泣くなよ、ラティアス。もうじき竜骸が、あそこにもう1つ増えるんだからサ」

 

 ──ああ こんな こんなこと……!

 

「ラティオスの出力だけじゃ足りない。だからお前を大展示会で釣り出したんだ、ラティアス。お前が伴侶の骸を探しているのは知ってたからな」

 

 ──ゆるせない……! かえして……! かれを かえして……!!

 

 ガン、ガン、と身体をぶつけ続けるラティアス。

 しかし、既に檻を破壊するだけの力は無くなっていた。

 ポケモンからの攻撃を受けたことで、彼女はすっかり弱り切っていたのである。

 

「その檻は生体に反応して電気を放つんだけどネェ。反応しないくらい、弱っているのかナァ、ラティアス」

 

 ──うっ、ぐっ……。

 

「だけど先ずは……その前準備。この島の人間皆を、デイドリームの力で眠らせてやるヨ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話:まやかし

「それにしてもラティアス……このデイドリームは……外からお前が入ってきても分かるように、ドーム周囲には生体センサーを仕掛けていたんだ」

 

 ──なにが いいたいの

 

「いやぁ、簡単な話サ。どうやって、生体センサーを潜り抜けたのか……是非とも話が聞きたくってネェ」

 

 ──そんなの わたしにかかれば かんたんだわ

 

 ラティアスはマリゴルドを強く睨み付ける。

 確かにエスパータイプの彼女ならば、生体センサーを通り抜けることは容易いかもしれない。

 しかし──マリゴルドは畳みかけるように、1枚の写真をラティアスに見せたのだった。

 

「この写真が……全ての始まりだったんだヨォ。ラティアス」

 

 ──それは なんで そんなっ

 

「……これを見てもまだ分からないのかい? いや、分からなかったのかい? ラティアス」

 

 ラティアスは目を見開き、そして絶望したように檻に寄りかかる。

 わなわなと瞳の焦点は合わず、身体は震えている。

 その姿を見て、余計にマリゴルドの口角はつり上がるのだった。

 

 

「……俺が何で、君も欲しがっていたのか……分かったんじゃないかナァ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で、助けに来いとは言ったけど……」

「大挙してきたね……」

「愛されてるッスねー」

 

 

 独房の扉がぶっ壊され、そこに居たのは──手持ちのポケモン達全員だった。

 残るボールの入ったアタッシュケースはアブソルが口に咥えている。思いっきり撫でてやると、機嫌が良さそうに喉を鳴らすのだった。

 そしてシャリタツはと言えばヘイラッシャの口の中に入り、満足そうにしている。

 

「サンキュー、シャリタツ。無茶なお願いしちゃって悪かったな」

「スシー♪」

 

 しかし──問題はニンフィアだった。オドシシの背中で横たわり、肩で息をしている状態が続いている。

 

「オドシシありがとう、ニンフィアを運んでくれて」

「ブルルルゥ」

「ボール、全部ある! 手持ちが皆戻って来たよっ!」

「ふるる!」

 

 アブソルがメグルに向かって吼える。

 飛び出した先は──黒服たちが泡を吹いて気絶している部屋だった。

 そこには金庫が置かれており、アブソルによって破壊されている。

 

「この部屋、俺達の荷物も全部あるじゃねーか!」

「全部ここに保管してたんだ! ボールもあるよ!」

「あっ、オージュエルと錆びた刀まで! これ無くなってたらどうしようって思ってたんスよ! 姉貴に怒られるじゃ済まねえッス!」

「一先ずはニンフィアを回復させる……!」

 

 メグルが自分の鞄から、金平糖のような大きな飴を取り出した。

 

「……げんきのかたまりだ、食べてくれニンフィア……!」

「ふぃ……」

 

 そして、それをニンフィアの口元に持ってくると、彼女はそれを強く噛み砕き、飲み込んだ。

 どくんっ!!

 脈打つような音が聞こえた。

 そうして、しばらくすると──ぱちり、と彼女は目を開ける。

 

「ニンフィア!」

「……ふぃー? ふぃるふぃーあっ!」

 

 すっかり回復したのか、彼女はふわり、とメグルにのしかかり、リボンでぎゅーっと抱き締める。

 それを見てか、アブソルも真似してメグルに飛び掛かるのだった。

 

「うわっ、重い重いって──アブソルも、よく頑張った! 皆を助けてくれてありがとな!」

「ふるーる!」

「ふぃるふぃーっ!」

 

 嫉妬したのか、腹を立てたニンフィアがリボンの力を更に強く締めて来る。

 「もっと私を見てよ!」と言わんばかりに。

 だが、わざわざ重症の状態でボールから出てきた時点で、彼女が皆を助けるために行動したであろうことはメグルにも分かっていた。

 

「わぁーってる、どーせお前が大暴れしてくれたんだろ? 無茶するぜ、全く……最高の相棒だ!」

「ふぃっ!?」

 

 不意を突かれたように彼女はそっぽを向いてしまう。

 意外と押されると弱いタイプなのだ。

 それを見てか、普段の姿とのギャップに思わずアルカはおかしくなった。

 凶悪リボンも照れるときは照れるのだ。

 

「あっははは、ニンフィア可愛いっ。褒められたのが嬉しかったのかな」

フィッキュルルルルィィィ

「ごめんって!! そんなに凄まなくても!!」

「あー、手持ちとイチャイチャしてるところわりーんスけど、目的、忘れてねーッスよね」

「分かってるよ! 荷物もボールも全部取り返したんだ。後やることは一つだろ!」

 

 3人は、残るモンスターボールを全て腰のポケットに挿した。

 助けねばならないのはラティアスだけだ。

 問題の場所への行き先は、アブソルが示してくれる。未来予知で見た通りの通路を進めば、間違いがない。

 辿り着いた先には、如何にもな巨大な鉄扉が行方を阻んでいたが、それもヘイラッシャが尾を振りぬいて壊してしまうのだった。

 

「よし行くぜ──」

「あっ、ところでメグルさん」

「何だよ、今いいところだっただろが!」

 

 ずっこけそうになるメグル。

 見ると、ノオトの手には──キーストーンが握られていた。

 

「ッ……これって」

「ルカリオの奴が持ってて……あいつらがラティアスから回収したんじゃないかと」

「そうか……でも、メガストーンねえんだよな。お前が持っておけよ」

「オレっちもねーッス」

「じゃあ俺が持っておくわ」

 

 メグルは──ポケットの中にキーストーンを入れる。

 そして、鉄扉の先へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「デイドリーム起動まで残り3時間切りました!!」

「クックック……ッ!! 良い調子だヨォ。ラティアスは?」

「すっかり大人しくなってしまって……」

「構わんヨォ。もうじき、愛する人と同じ場所に行けるんだからサ」

 

 マリゴルドの眼前には、完全にデイドリームの炉心と化した竜骸が妖しく輝いていた。

 それをラティアスは、光の無くなった目でずっと見つめている。

 

「それにしても良かったんですかあ? マリゴルド様。あの錆びた刀とオージュエルとやら、研究部に回さなくて」

「バカ言え! あの刀はきっと、”よあけのおやしろ”の秘宝サ! 下手に使えば、イレギュラーが起きかねないヨォ。一目見た時に”コイツはヤバい”って思っちゃったのサ」

「そうですか……」

「それに、オーライズとやらが無くったって、俺のサーフゴーは強いんだからネェ」

「報告しますッ!! 例のトレーナー達、皆脱走しました!! このまま、地下セクターに皆やってきます!!」

「構わんヨォ──って、ええええええ!? 何やってんノォ!? 警備は何やってたノォ!?」

「上の警備は、何も異常は無かったと言ってますね……落ちてる寿司以外は

「バカしかいねーのかヨォ!!」

 

 狼狽するマリゴルドを他所に、爆音が上の方から聞こえてくる。

 急いでシェルターを飛び出した彼は、目の当たりにすることになった。

 多くのポケモン達と暴れて警備の黒服たちを跳ね飛ばしながら、最深部を目指して下へ下へと下っていくメグル達を監視カメラで確認しながら、マリゴルドはゴージャスボールを握り締めるのだった。

 入口を見ると、巨大なヘイラッシャが後からやってくる増援を次々に返り討ちにしている。口の中にはシャリタツが入っており、その能力はかなり凶悪なものへと変化している。

 更に、下を警備していた黒服には、オドシシとバサギリが共同で立ち向かっており、繰り出されたポケモンは次々に混乱で同士討ち、そこをバサギリが勢いよく切り刻む。

 

「まぁ良いヨォ。厳しい現実ってヤツを思い知らせてやるには良い機会じゃナイ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 花が爆弾となってメグル達の足元に降り注ぎ、一気に起爆する。

 第三フロア。足場の上に立ち、待ち構えるのはクロミとマスカーニャだ。

 

「ふにゃぁぁぁーん」

「……はにゃはにゃはにゃーん♪ 悪いけど、マリゴルド様の邪魔はさせないのにゃーん♪」

「メグルさん、アルカさん。此処はオレっちが」

 

 前に進み出るのは──ノオト。

 先の雪辱を晴らすべく再びルカリオを繰り出す。

 その場に緊張感が漂い、どちらが先に動くかの駆け引きが始まった。

 

「ノオト、後は頼んだからねっ!!」

「ロミジュリったら許さねーからな!!」

「安心するッスよ、お二人とも。こういう時くらい、真面目に決めるッスから」

 

 グローブを嵌め直し、ノオトは拳を構えて真っ直ぐにクロミを見据える。

 

「……さっきは負けたッスけど……今度はそうはいかねーッス。クロミさん……あんたを悪の道から引き戻すッス

「はにゃ? 一体何言って」

「オレっち、初めて見た時から貴女の事が好きでし──」

 

【マスカーニャの トリックフラワー!!】

 

 爆発音が後ろから聞こえてくる。

 メグルとアルカは振り返り、思わず遠い目。

 

「ダメそーだな……」

「うん……」

 

 再び煤塗れになって倒れたノオトに、トドメを刺さんと言わんばかりにクロミは近付いていく。

 かつん、かつん、と冷たいハイヒールの音を立てて。

 

「……悪いけど、彼氏は間に合ってるにゃーん♪ 10年経ってから出直してくるにゃーん♪」

「分かってたッスよ、ンな事は」

「ッ……!?」

 

 マスカーニャとクロミは周囲を見回す。

 ルカリオの姿が無い。

 主が爆破された一瞬の間に姿を消したのだ。

 大の字になって寝転がったまま──ノオトは笑みを浮かべていた。

 

「だからこっからは……本気で喧嘩してやるっつってるんスよ。この……”よあけのおやしろ”のキャプテンがなァ!!」

「──ガオンッ!!」

 

 マスカーニャの背後を取ったルカリオは、その背中に拳を思いっきり叩き込む。

 不意を突かれたマスカーニャの身体は壁まで吹き飛んでしまう。

 

「勝てねェ訳ねーだろが。あんたのマスカーニャの動きは、見切った。生憎、ルカリオは二度も同じ敵にやられるような育て方してねーんスよ」

「さっきと動きのキレが違う!? どうなってるにゃん!?」

「後は……格闘技が効かなかったカラクリを確かめるだけッス。お覚悟、良いッスか?」

「……ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──第四フロア。

 ようやく、動力炉が見えて来る。 

 その先きっとマリゴルドは居ると確信しているのか、アブソルは迷わずにメグル達に先行した。

 だが、嫌な予感がしたのか、そこで立ち止まり、すぐさま後退する。

 

「ちょい待ちぃや!!」

 

 ──そこにウェーニバルが現れ、足場に穴が開く程の勢いで蹴りが叩き込まれるのだった。

 幸い、影に溶け込んだことでそれを回避することが出来た彼女だったが、目の前には第二の刺客が立っている。

 GSグループの社員・シロイだ。

 

「うぇぱっぱらぱらり!!」

「さあさあ、一緒に踊ったろか? 誰から手ェ取ったろうかな?」

「……上等だ。そのケツの羽根全部むしり取ってやるよ!!」

「待っておにーさん!」

 

 間に割って入るのは──アルカ。

 そして、彼女もまた先程の雪辱を晴らすべく、ヘラクロスを繰り出す。

 ウェーニバル、そしてヘラクロスが互いに睨み合った。

 

「此処は、ボクに任せてください!」

「なんや、なんや。さっきと同じか? 冗談やったらおもろないで」

「本気だよ。今度こそ、あんたに勝つ」

「言うたやろが。冗談おもんないでってなァ!!」

 

 すぐさまウェーニバルがステップルを刻み、ヘラクロスに次々に蹴りを叩きこんでいく。

 しかし今度は、最初に放たれた一発目で、ヘラクロスが思いっきりウェーニバルの脚を掴んで、投げ飛ばす。

 

「はっ、ぁっ……!? な、何やねん、その馬鹿力……どっから湧いてきたんや!?」

「ウチの子の特性はこんじょう。そんでもって……()()()()()、かな!」

「プピファーッ!!」

 

 森の王者は咆哮し、ウェーニバルに詰め寄る。

 すぐさま態勢を整え直したウェーニバルは再びステップとリズムを刻みながら、ヘラクロスへの攻撃のタイミングを伺うが、

 

「”タネマシンガン”!!」

 

 ヘラクロスの口からマシンガン状にタネが次々に放たれ、ウェーニバルの足元を爆撃していく。

 さっきの戦いで、ウェーニバルの戦い方は分かった。

 ステップを踏みながら、勢いをつける事でウェーニバルはあの高速乱打を可能にしている。

 つまり、その前にそもそもステップを踏ませずに攻撃を叩きこめば勝てる。

 昨今はスマホロトムのボックスアプリで簡単にポケモンの技をビルド出来るので、早速アルカは対ウェーニバル用に技を入れ替えていたのだ。

 

「”アクアステップ”!! ギアを1つ上げてくで!!」

「じゃあこっちは”くさわけ”だ!!」

 

 ウェーニバルにヘラクロス。

 互いに譲れない高速戦闘が始まった。

 それを横目で見て、メグルは先に進むのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──これが……動力炉……!!」

 

 

 

 メグルが辿り着いたのは、巨大なホール。

 そして、それを貫く巨大な柱だ。

 しかし──その中のガラスケースには、竜の骸が妖しく光っている。

 見ただけで彼は寒気を感じた。絶望。悲哀。そのような負の感情が流れ込んで来る。

 

「待てェェェーッ!! ヤツを動力室に入れるなァァァーッ!!」

 

 だが、浸っている場合ではない。

 後ろからは黒服たちがポケモンを引き連れて走ってくる。

 しかし、それを食い止めるべく立ちはだかったのはニンフィアだ。

 すぐさま彼女が爆音を放つと──黒服たちの耳から血が流れ、そのまま泡を吹いて倒れていく。

 ポケモン達も、衝撃波だけで吹き飛んでしまうのが見えた。その姿を見ているだけで、きっと大丈夫だ、と思えた。

 相棒に背を預け、メグルは中に入り込む。

 周囲は鉄色。明かりは薄暗く、よく見えない。

 だがそれでも──竜骸の位置とは丁度離れた場所に、ラティアスの入っているケージが見える。

 しかし、その中に入っている彼女の顔は虚ろだった。

 全ての希望を失ったかのように、頭を垂れ、目からは光が失われている。

 

「……ラティアス!! 返事をしてくれラティアス!!」

「そんなにこの子が大事なのかネ? メグルくぅん?」

 

 部屋の奥から──マリゴルドが現れる。

 その傍らには、黄金のポケモン・サーフゴーの姿もあった。

 

「……ラティアスに、何をしたッ!!」

「何も? ちょっとだけ真実を教えてあげただけサ。そうしたらこの通りだヨォ」

「ガルルルルルッ!!」

「……テメェは、許さねえ!!」

「許すも許さないも俺が決めることサァ!!」

 

 サーフゴーの身体から無数の黄金が溢れ出す。

 しかし、アブソルは地面を蹴り、一気にサーフゴーへと喰らいついた。

 この手の遠隔技は、放たれた弾に対応するのではなく、本体を直接叩くのが手っ取り早いのである。

 

「”ふいうち”!!」

 

 影によって作られた剣がサーフゴーを切り裂く。

 しかし、1000枚のコインで構成された身体はバラバラになると、再び元の人型へと再生してしまうのだった。

 サーフゴーの身体は決して朽ちず、決して錆びない黄金のコインによって作られている。

 それらをバラバラにしたところで、霊力で繋がったコインは再び元の通りに繋ぎ合わされていくのだ。

 

「ッ……」

「今度はこっちから行くよォ!! シャドーボール!!」

 

 サーフゴーの身体からコインが浮かび上がり、そこに次々に霊力が込められていく。

 コインを核としたシャドーボールは、素早いアブソルを狙って、追尾するようにして追いかけていく。

 

「ハッハ!! サーフゴーにゴーストタイプをぶつけるなんて、バカだネェ!! 弱点を突かれりゃ、ポケモンなんて簡単に倒れちゃうんだからサァ! チョロいもんだよネェ!!」

「……そいつぁどうかな」

「ッ……!?」

 

 メグルは懐から錆びた刀を取り出し、アブソルに向かって投げ付ける。 

 それを彼女は口でキャッチし、メグルの方を見やった。

 

「──言っただろが!! 絶対に痛い目見せてやる、ってな!!」

「やってみろヨォ、オーライズ。さっきと同じなら、サーフゴーに勝てやしないんだからナァ!」

「……オーライズ? ちげぇよ。ギガオーライズだッ!!」

 

 オージュエルを取り出したメグルは、それに右手を翳す。

 そして、アブソルの咥えた錆びた刀がオーラとなって分解され、彼女の身体に纏わりついていく。

 

 

 

「──何だ!? さっきとは違う!? これは──」

「──ギガオーライズ。”アケノヤイバ”!!」

 

 

 

 オーラの翼がアブソルから勢いよく生えた。

 そして、頭には霊魂の炎が浮かび上がり、最後にアケノヤイバの姿がオーバーラップして消えた。

 

 

 

【アブソル<ギガオーライズ> ざんれつポケモン タイプ:悪/ゴースト】

 

【特性:あけのみょうじょう】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話:マボロシ

 ──ギガオーライズ。

 それは、オーラを纏わせるポケモンと、オーラの元となるポケモンの相性が100%である時のみに発動できる、オーライズを超えたオーライズ。

 ただし、その組み合わせは非常に限られており、オーラを纏うポケモンと、オーラ元の強力な特異個体の遺伝情報が同種でなければならないのである。

 例えばサイゴクのアブソルならば、対応するのはアケノヤイバとなり、アブソルはヌシと同等の力を完全に扱いこなすことが出来るのである。

 影から剣が次々に伸び、正確にシャドーボールが撃ち落とされていく。

 かと思えば、アブソルの身体は壁の中に消えてサーフゴーの背後に回っており──

 

「アブソル”ふいうち”!!」

「なッ……!?」

 

 ──その鋭い影の剣でサーフゴーの身体を一瞬でバラバラにしてしまうのだった。

 更に彼を繋ぐはずの霊気もズタズタに裂かれており、身体の再構成が遅れる。

 悪タイプはゴーストタイプに対して強い。霊気さえも引きちぎる。

 

「クソッ! さっきのニンフィアとは訳が違う……!? 何故シャドーボールが効いていない!?」

「タイプが変わって悪タイプになってるからな。これでアブソルは、サーフゴーのメインウェポンじゃ弱点を突けない!」

「ッ……!」

「まあ、そのサーフゴーがフェアリー技を覚えているかはまた、別問題だろーけどな!」

「ナメるなヨォ!! それならお前をコイン漬けにしてやろうかァ!? ”ゴールドラッシュ”!!」

「サフゴッ!!」

 

 じゃらじゃらと音を立てて、天井から大量のコインが注がれる。 

 しかし、その降り注ぐコインの影からアブソルは現れ、瞬時に巨大な影の刀をメグルの頭上に顕現させてコインから彼を守るのだった。

 

「ッ……こいつはマズい、サーフゴー!! ”わるだくみ”だヨォ!!」

「コレクト……ッ!!」

 

 コインの山から飛び出したサーフゴーの足には、金で出来たサーフボードが作られていた。

 空中に逃げたサーフゴーは、アブソルの位置を把握しながら”わるだくみ”で特攻を上げていく。

 しかし──気が付くと、もうアブソルの姿は消えている。

 そして今度は、彼自身の影から幾つも剣が飛び出してきて、サーフゴーの身体を突き貫き、地面へ叩き落とした。

 影がある限り、アケノヤイバはそこに潜むことが出来る。

 そして、そこから影の剣を伸ばして攻撃することが出来る。

 ギガオーライズしたアブソルは、ヌシの戦い方も性質も、全て受け継いでいるのだ。

 実質的に影がある場所全てがアブソルのレンジであり、何処からでも攻撃することが出来るのが最大の強みなのである。

 

「何故邪魔をする? 俺の素晴らしいデイドリーム計画を……ッ!」

「泣いている奴がいる。そいつを放ってはおけない! そこまでして達成したい計画って何だ!!」

「夢を見せる事サァ。それがデイドリーム計画ッ! 人々を眠らせ、永遠に幸せな夢の中で過ごしてもらうのサ!!」

 

 メグルは言葉を失った。

 昔読んでいた漫画で似たようなことをやろうとしていた悪役を思い出す。

 だが、いずれも非常に壮大な計画で、こんなメガフロート1つで達成されて良いような計画には見えない。

 

「世の中には……決して叶わない夢ってのが沢山あるよネェ。富・名声・地位・女! それが叶わない彼らの為に、俺が作ってあげるんだヨ」

「随分と大きなお世話だな……ッ! それに、そんな大々的な計画、たかがポケモン1匹の骸で達成されて堪るか!! 幾ら伝説って言っても……!」

「そうだ。1匹だけなら、ネェ!!」

 

 周囲に散らばったコインさえも吸い上げていき、サーフゴーの身体は更に巨大になっていく。

 それは、肥大化したマリゴルドの幼少期からの夢を象徴するかのようだった。

 

「サフゴォォォォン!!」

「で、デカくなった……!」

「金の重みを知りなヨ、ゴールドラッシュッ!!」

 

 巨大化したサーフゴーは、コインを撒き散らしながらアブソル目掛けて掌を振り下ろし、更に部屋中から黄金のコインを湧き上がらせる。

 

「俺の黄金時代は終わらない。誰にも終わらせない。むしろここから、永遠の黄金時代が幕を開けるんだヨォ!!」

「オオワザだ、アブソルッ!!」

 

 だがアブソルも負けてはいない。

 メグルの掛け声で、黒く光り輝く五本の影の刀を作り上げ、黄金のコインの波を突っ切り──サーフゴー目掛けてそれを解き放つ。

 

「──”あかつきのごけん”ッ!!」

 

 

 

 

【アブソルの しん・あかつきのごけん!!】

 

 

 

 五本の刀がサーフゴーの身体に突き刺さり、そこに幾つもの呪いの言葉が刻まれて、霊体をバラバラにしていく。

 その威力は、ヌシの放ったそれに勝るとも劣らない。

 幾ら、身体を1000枚のコインが構成していると言っても、それを繋ぐ本体の魂が傷つけば、サーフゴーはそれを維持することが出来ない。

 腕が、足が、そして頭が崩れ落ち──肥大化していた黄金の怪物は核である本体のみが残り──コインの音を立てて、部屋の床に落下。

 そのまま目を回して動かなくなってしまうのだった。

 

「なっ、バカな……! 俺の、サーフゴーが……どうなってるんだヨ……ッ!?」

「バブルはお終いだぜ、大富豪。栄華は長く続かねーって決まってんだよ」

「ふるーる♪」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はっ、大口叩いた割には大したことあらへんやんけ!!」

 

 

 

 ウェーニバルのアクアステップが、連続でヘラクロスの身体を切り刻み、地面に叩き伏せる。

 鋭い脚による回し蹴りは、斬撃にも匹敵する鋭さだ。

 種族としての速度は互角の二匹だが、やはり物を言うのはレベルだ。

 

「なぁ姉ちゃん、悪いことは言わへんから家に帰りや!! そのヘラクロスじゃあ、俺には勝てんで!」

「ッ……」

「家族が居るやろ! そっちにもなァ! おかあちゃんに慰めて貰いッ! 無理なモンは無理やで!」

 

 ウェーニバルが勢いよくヘラクロスを蹴り飛ばし、地面に叩きつけられる。 

 戦況はほぼ互角。

 だが、ヘラクロスのスタミナがこのままでは持たない。

 流石にあのウェーニバルは戦い慣れている。ヘラクロスよりも、遥かに。

 一見せわしなく動いているように見えるが、実際は戦闘中のスタミナ配分をずっと計算しながら戦っているのだ。

 しかし。

 

「……家族なんて居ない」

「あ?」

「……故郷なんてない」

 

 だからこそ、彼は見誤った。

 

「おにーさんと……ノオトのいる、このパーティが……今のボクの帰る場所だ! だからボクは、逃げたりしないッ!!」

 

 ──爆発力、というものを。

 ポケモンは時に、トレーナーの感情に呼応してとても強くなるということを。

 

「そうだ、ボクはもう逃げたりしない!!」

「な、何や!?」

「だからヘラクロス……もう少しだけ、頑張って……! ボクは今此処で、負けるわけにはいかないんだッ……!」

「プ、プピ……ッ!」

 

 地面に叩きつけられたヘラクロスは、腕を突き立て、それでも起き上がろうとする。

 

「君は初めて会った時から優しくて強い、森の王者だった……そんな君だったから、僕は仲間にしたんだ……!」

「戯言をーッ!!」

 

 ウェーニバルの脚は──受け止められる。

 ヘラクロスの、強靭極まりない腕に。

 めき、めき、と音を立て、ウェーニバルの脚が軋んだ。

 

「しまッ──捕らえられた──ッ!!」

「必殺・インファイト!!」

 

 超至近距離から、右拳による乱打がウェーニバルの顔面を何度も何度も何度も捉えた。

 ヘイラッシャの大顎さえこじ開ける腕力と膂力は伊達ではない。

 空中にウェーニバルを放り投げると──そのまま翅で飛び上がり、

 

「蹴り飛ばせウェーニバル!!」

「トドメだーッ!!」

 

 ──脚を掴み返して、シロイへと投げ飛ばすのだった。

 当然彼がぶっ飛んでくるポケモンを避けられるはずもなく。

 

 

 

「うせやん……」

 

 

 

 そのまま彼はウェーニバルの下敷きになって沈黙するのだった。

 

「さっきのお返しだよっ! すっごく痛かったんだから!」

「プピファーッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(マズい、マズい……このガキとルカリオ、マスカーニャの動きを全部見切ってる……これじゃあ種が割れるのも時間の問題ッ!)

 

 

 

 マスカーニャは天井に飛び上がるが、そこにルカリオが”はどうだん”を撃つ。

 攻撃の前の予備動作を完全に読まれてしまっていた。

 しかし、それを喰らっても尚、マスカーニャは涼しい顔でルカリオに突貫してくる。

 

「”じゃれつく”だにゃーん♪」

 

 強烈な猫パンチがルカリオの身体を捉えた。

 決して弱点ではないはずの一撃。しかし、ノオトが想定していた以上にそれは重く、ルカリオは倒れてしまう。

 

(この状態じゃ、両手でチャージする”てっていこうせん”のチャージどころじゃない──)

 

 近寄って来たマスカーニャにルカリオは「りゅうのはどう!!」の掛け声で右掌からドラゴンエネルギーをマスカーニャに叩きこむ。

 しかし──全く効いていない。

 

「……終わりだにゃん。”けたぐり”!!」

 

 マスカーニャは脚を振り上げる。ルカリオの頭を蹴飛ばし、決着をつけるべく。

 

「残念だけど……君にマスカーニャはちょっと刺激的過ぎたかにゃーん♪」

「……ハッ、ナメんじゃねーっスよ」

 

 ぴたり。

 ──そこでマスカーニャの動きはビデオのように止まってしまった。

 クロミは目を見開く。攻撃が始まらない。そればかりか、無理矢理その場で停止させられているようにさえ見える。

 

「……確定したッスね。そいつは”へんげんじざい”……ドラゴン技が効かなかった時点でビンゴッス」

 

【へんげんじざい:出した技と同じタイプに変化する。※仕様は第8世代以前に準拠】

 

「初めて見たポケモンだったから分かんなかったッスけど、タフには見えないし、オレっちの出す技に合わせて技を変えていたんスね」

「戦ってる間に、見切ったにゃん……!?」

「だから、今度はそっちが技を繰り出す時に……ルカリオに”サイコキネシス”を撃ってもらったんス。今のそいつは、格闘タイプだ!」

 

 浮かび上がったマスカーニャは身動きが取れないまま、念動力によって苦しみ続ける。

 そして脱力し、力無く床に倒れ込むのだった。

 どんなに仰々しい手品であっても、種が分かってしまえば大したことは無い。

 相手の技の間に技を放つほど素早く、アイコンタクトだけで指示が通るノオトのルカリオだからこそ出来る対処法ではあるのだが。

 

「有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ないにゃん!! このクロミが負ける……!?」

「手品だけしてりゃあ良かったんスよ。大人しくね」

「こうなりゃヤケにゃん! ガキは大人しく、童貞のまま爆死するにゃーんッ!!」

「……」

 

 最早此処まで、と察知したクロミは、懐から花爆弾を取り出し、ノオトに向かって投げつける。

 カチッカチッ、カチッ、と時計の音が鳴り響く中。

 ノオトはそれを思いっきり蹴り返す。信管はそこでは作動せず、爆弾は真っ直ぐにクロミに跳ね返った。

 

「へっ……ちょっ待──」

「言ったっしょ? 同じ手には引っ掛からない。オレっちも同じッスよ」

 

 遅れて爆音が鳴り響く。

 濃い硝煙の匂いが漂う。

 爆風が吹き荒れるが、ノオトはそれを物ともせず、下のエリアへと降りていく。

 後には、全身煤塗れでアフロヘアーになったクロミが、大の字で目を回しているのだった。

 

 

 

「うーん……は、花がぁ、花が見えるにゃ……キラフロルかにゃーん……?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こんなもん、さっさとぶっ壊れれば良いんだ」

 

 

 

 影の剣が竜骸の入っていたガラスケースを思いっきり叩き斬る。

 中からは培養液のようなものが漏れ出し、そこからラティオスの骸が流れ出て来るのだった。

 更に、影の剣はラティアスの入れられている檻のコードも切り裂いてしまう。

 電気の柵は消え去り、これで彼女を縛るものは何も無くなった。

 そして、アブソルは「動くな」と言わんばかりにマリゴルドに刃を突きつける。

 彼は歯噛みしながら、俯くのだった。

 

「ラティアス!」

 

 メグルはラティアスの元に駆け寄る。 

 しかし。その目には生気が未だに戻らない。

 思わず彼女に触れ、揺さぶったとき──メグルは違和感に気付いた。

 

「……冷たい……!?」

 

 彼女の身体は、生物とは思えない程に冷え切っていた。

 

「……おいマリゴルド!! ラティアスに何をしたんだ!!」

「俺は何もしてないヨォ。最初っからそうだったのサ」

「ガルルルルル……ッ!!」

「ウソを吐くな! 冷え切ってる……ドラゴンは寒いのが苦手なんだ! 何をしたんだ!」

「ククク、そうだネェ。ドラゴンは寒いのが苦手サ」

 

 ──ごめん メグル

 

 ぽつり、とラティアスは一言呟く。

 

 ──わたし ぜんぶ ぜんぶ おもいだした

 

「え? 何をだよ……!?」

「10年前の事だったネェ!! 俺の元に、知り合いの写真家からとある写真が送信されてきた。それが全ての始まりだったんだヨォ!!」

 

 マリゴルドは懐から1枚の写真を取り出す。

 メグルは急いでそれを見るべく、マリゴルドの所へ走る。

 雪山の写真だった。

 そこには、竜の骸が吹雪に晒されていた。

 完全に白骨化していたが、その近くには青い宝玉が光り輝いていた。

 

「……あれ?」

 

 しかし、メグルは気付く。

 博覧会で見た竜骸とは形が違う。

 よく目を凝らしてみると──竜骸に、似たようなものが下敷きになっている。

 そうしてメグルは気付いた。

 

「竜骸は……()()()()()……!?」

「イッツ・ゴールド……!」

「どういう、ことだよ……! もう片方って、一体……!?」

「俺はすぐさま、それが伝説のポケモン・ラティオスの骨格であると判断し、現場に向かった!」

 

 しかし、雪山での竜骸の回収作業は困難を極めた。

 だが、早くしなければ他の誰かが見つけてしまうかもしれないと考えると、作業を遅らせることは出来なかった。

 

「だが事故は起こった! 回収作業中に! 崖崩れが起こったんだヨォ。それで、片方の竜骸、そして──写真に写っていた2つの青い宝玉は両方共谷の底! 回収不能になっちまったのサ」

「ッ……」

「いやー、なんせ試算では、竜骸1個じゃサイゴクの人間を眠らせる事は出来ても、世界中の人間を眠らせるのは不可能だったからネェ! デイドリームの炉心を以てしても!」

 

 とはいえ、開発を止めるわけにはいかない。

 デイドリームの製造はその後も続けられ、ラティオスを炉心とすることを前提に作り上げられていったのである。

 

「待てよ。答えろ……その2つ目の竜骸って……!」

「丁度そこのラティアスはネェ、観測されるようになったのは1ヵ月くらい前かナァ。丁度……竜骸のあった雪山に出没してるって情報を元に、うちの捕獲隊が捕まえに行ったんだヨォ。伝説のポケモンは売れるしネ!」

「ッ……」

「そうしたらコイツ……竜骸があった場所を必死に掘り起こしてたんだヨォ。でも、ラティアスの姿は見えているのに、幾ら探知しても熱源を始めとした生体センサーに引っ掛からなかったんだヨォ。どういうことか、分かるかナ?」

 

 存在しているはずなのに、システムではその生存を証明することが出来ない。

 そんなことは、生物として有り得ないことだ。

 何より、ラティアスは短い間とはいえ、競い合い、そして笑い合った友だ。

 それを侮辱されたことで、メグルには怒りが湧き上がるのだった。

 だがそれは──もう分かり切っている結末と答えを誤魔化すための悲しいものでしかなかった。

 

「そんな馬鹿な話、ある訳ねえだろ!! 只の偶然だ!!」

「……まるで、あの時死んだもう1つの竜骸が……バケて戻って来たみたいじゃないかサァ」

「テメェ、冗談も大概に──」

 

 ──もう いいの メグル

 

 マリゴルドの胸を掴んだところで、メグルは振り返った。

 虚ろな目のラティアスがそこに浮かんでいた。

 涙が流れており、ぽたり、ぽたり、と床を濡らした。

 

「ラティ……アス……?」

 

 ──ごめん メグル やっと わかった わたしの やりたかったこと

 

 鮮やかに赤い身体のラインが、黒くなっていく。

 そして、今度は代わりに赤い閃光が周囲に走っていく。

 

 ──わたし しんでたんだ とっくのむかしに じぶんでも きづかなかった

 

「おい、ウソだよなラティアス……!? ウソだって言えよ!!」

 

 ──めざめたとき かれが しんだことはわかってた ()()()()()()()があったから

 

 ラティアスの手に──青い水晶が現れる。

 

 ──でも しんじたく なかったなぁ ()()()() しんでるだなんて

 

 彼女の胸にも似たような水晶が浮かび上がる。

 だがそれは、赤く、そして黒く濁り切っていた。

 

(こころのしずく──ッ!? ラティアスとラティオスを強化するアイテムだけど……あんな色だったか!?)

 

「こころのしずくはラティアスとラティオスの遺骸の近くで見つかる()さ! それ自体もとても強い霊力を持つ!」

 

 死後、こころのしずくは同種の力を増幅する不思議な道具となる。

 通常、マリゴルドが言っていた通り、重要なのは遺骸。

 そこに残留した思念とドラゴンのエネルギーなのだ。

 しかし、こころのしずくは──この種類のドラゴンの魂の残骸でもある。

 

「彼女のしずくは……彼女の無念、そして竜骸と結びついた! だからこうしてまだ、彼女は飛べているんダヨォ」

 

 今回のケース、ラティアスは死ぬ寸前にあまりにも強い無念を抱え過ぎた。

 それは、こころのしずくにイレギュラーな力を与えるには十二分なものであった。

 愛する者ともう一度会いたい。せめて自らの手で弔いたい。

 物言わぬ骸が、束の間だけ飛ぶ時間を取り戻すには十分だった。

 そればかりか、元々が無限のエネルギー炉であるこころのしずくは、彼女を屍の身で生き返らせてしまった。

 

 

 

 ──わたしね とても くやしかった わたしのせいで かれは しんでしまったから さいごに あやまりたかったの

 

 

 

 ──そのあとは つらいけど かれのぶんまで とんでいこうと おもった

 

 

 

「ッ……ラティアス」

 

 

 

 ──でも もう だめだね わたしも このままじゃ くちはてる もう とべない

 

 

 

 赤い光が彼女を包み込む。あの美しいむげんの竜の姿はもうどこにもなく──ただ、竜の骸に、赤黒く濁った心を核として動き続ける生ける屍であった。

 骸の表面には霊気が赤いパルスとなって走り続けている。

 そして、ぽっかりと開いた眼窩に黄色い炎が宿る。

 

「な、何だコレは……!? まさか、己の死を自覚したことで……完全に力が目覚めたのかネェ!?」

 

 ──……。

 

「ラティアス……なのか……!?」

「ふるるる……!」

「ラティアス! 今からでも良い! その炉心の中に入るんだヨォ! 俺に、無限の黄金を──」

 

 ──……ッ!!

 

「ぐぎゃっ──」

 

 マリゴルドの身体が吹き飛び、機械に叩きつけられる。

 老体は、その場に横たわる。

 

「ッ……!」

 

 メグルもアブソルも言葉を失った。

 目の前の骸竜は、己の死を自覚したことで完全にタガが外れ、その力を目覚めさせてしまったのである。

 

 

 

 ──こんなキカイ いらない わたしのちからだけで じゅうぶん

 

 

 

「ラティアス……何をするんだ……!?」

 

 

 

 ──まやかしでもいい わたしは かれと とべるみちを えらぶ

 

 

 

「ひゅあああああーん!!」

 

 

 

 甲高く彼女が啼いた時。

 夢幻の波動がデイドリーム中に波及する。

 

「ふぃるふぃ──っ!?」

 

 異変を察知し、飛び込んできたニンフィアも。

 

「ふるるるーッ!?」

 

 主人を庇おうとしたアブソルも。

 

 

 

「ぐっ、あっ……ラティ、アス……!!」

 

 

 

 そして、メグル本人も──意識が吹き飛ばされ、その場に倒れ込むのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話:久遠メグル

(──此処は何処だ?)

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 

(俺は確か……クワゾメタウンに向かっていて……それで……)

 

「おいコラァ、久遠!! 起きろォ!!」

 

(久遠……俺の……苗字……しばらく、呼ばれてなかったから、忘れ、て──)

 

 懐かしい喧騒に、そして怒鳴り声に──メグルは思わず顔を起こした。

 教室だ。そして、その周囲には同じ制服をした少年少女が並んでいる。

 そのデザインはメグルが通っていたころのものと全くと言って良い程同じだった。

 顔ぶれも、見た事のある者ばっかりだ。

 

(高校……!?)

 

「いつまで寝とるんだオマエはァ! 転校生に寝ぼけた顔見せる気か?」

「転校生ェ……?」

 

 違和感を隠せない。

 高校はとっくに卒業したはずだからだ。

 しかし、言われるがままにメグルは教室の入り口を見る。

 そこに立っていたのは──宝石のように青い目。明るい桃色のカールした髪。

 そして口元に携えた微笑み、後は八重歯。

 ふーん可愛いじゃん、高嶺の花。そう思って見つめていたのも束の間。

 

 

 

「転校生の、ニンフィアだよっ! よーろしくね、人間たちっ!」

「待て待て待て待て!」

 

 

 

 ──メグルの意識は一気に現実へと引き戻されそうになった。

 そんな名前の日本人は居ない。

 転校初日にクラスメイトを”人間”呼ばわりするヤツはもっと居ない。

 

(俺は確実に、何かのスタンド攻撃を受けている……無限〇詠か何かの類だコレは!!)

 

 カリカリカリカリ、と爪を噛みながらメグルはニンフィア、と名乗った少女を睨み付ける。

 

(俺は今の今までサイゴク地方に居たはずだ、いきなり元の世界に戻ってるどころか時間が巻き戻るなんて有り得ねえ)

 

 メグルは記憶を巻き戻そうと思案する。

 此処に至るまで、確実に何かがあったはずだ、と。

 

(んでもって、何か。此処に来るまでに何かがあったはずだ。思い出さなければ……ッ!!)

 

 そしてうんうん、と唸った末に──メグルは涎を垂らしながら満面の笑みを浮かべたのだった。

 

(思い出せ……ないッ!! うんッ!!)

 

 記憶がごっそりと抜けてしまっているようだ。

 だからこそ、こうして”異常”に気付けたのであるが。

 それが誰の仕業か、どんな技なのかは全くと言って良い程分からない。

 だが少なくとも、これが現実ではない事だけは分かる。

 かと言ってほっぺを抓っても全く醒める気配はない。

 

「ねー、ニンフィアちゃんすっごく可愛くなーい?」

「どうやってケアしてるの? 髪ツヤツヤー」

「えっへへー、それほどでもあるかなー。あたし、可愛いからねー♪」

「オイお前ちょっとこっち来い」

 

 HR後、女子たちがニンフィアを囲んでいた。

 早速メグルは彼女の手を引っ張って連れ出そうとする。

 こんな所で談笑している場合ではないことだけは分かっていた。

 

「オメー何やってんだよ、どういう状況か分かってんのか!」

「ちょっと久遠。あんたニンフィアちゃんに何するのよ──」

「そうよ! オタクが伝染る! 触らないでくれる!?」

「──メグルーっ!」

「えっ」

 

 ぎゅうっ、とニンフィアはメグルに抱き着き、頬擦りしてみせる。

 ポケモンの姿ではなく、人間の姿のため、とても新鮮──もとい、いけない気分になってしまう。

 思わずメグルはバランスを崩し、尻餅をついてしまうのだった。

 

「きゃーっ!?」

「ニンフィアちゃん、久遠と知り合いか何か?」

「実は彼氏彼女だったとか!?」

 

 

「……ねえ。皆。離れて貰って良い?」

 

「え?」

 

 一際怖いニンフィアの声がその場に響く。

 

「メグルの一番の()()()()()は、あたし、だからさ。メグルの傍に他の女は寄ってほしくないんだけど」

「ちょっ、ちょちょちょ、ニンフィアさん!?」

「あはっ。立ってよ、メグルー♪」

 

 ぐいっ、と彼の手を引っ張るとニンフィアと目が合った。

 きっと人間ならとんでもない美少女なんだろうな、と常々思っていたが、こうしてみるとカワイイを詰め込んだような女の子だ。

 漫画の世界から出てきたような、そんな鮮やかささえ感じる。

 そして周囲からは男子の怨嗟が漏れ聞こえてくる。

 

「メグルのヤツ……!」

「ニンフィアたんと近すぎだぞ……!」

「絶対殺す……!」

 

(クラスメイトから俺に向けられている殺意がヤバい!!)

 

「いこっ、メグル。あたしと、お話したいんだよねっ♪」

「あ、ああ」

 

 ニンフィアに引っ張られ、メグルは始業ベルが鳴ろうとしている教室から、そのまま二人で抜け出すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ニンフィア。お前は何処まで分かってる?」

「……何にも分からない。いきなり、人間の世界に連れて来られたからさ。取り合えずノってみただけ」

「此処は夢の中だ。俺はお前の言葉が何故か分かるし、お前は人間になってる」

「……えええええ!? あたし人間になってるの!?」

「今気づいたのかよ!?」

「そう言えば、見たこと無いヒラヒラが付いてるし、何だか手も長いし、身体がつるつる! 邪魔だしヒラヒラ外しちゃお」

 

 そう言って彼女はすぐさまスカートに手を掛けて脱ごうとしたので、メグルは必死に掴んで止めた。

 

「やると思った!! マジでやると思った!! でもやめような!! 今お前は人間の姿なんだぞ!!」

「分かった分かったよ! メグルの言う事だから聞くよ……」

 

 んもーう、と言いながら鬱陶しそうに彼女はスカートを履き直す。

 

「幾つか質問をしたい。お前の名前は?」

「ニンフィア」

「主人の名前は?」

「メグル」

「好きなものは?」

「メグル!」

「……嫌いな奴は?」

「え? イデアでしょ? アルカでしょ? 後、アブソル!」

「……よし分かった。お前は確実に俺のニンフィアだ。つーかお前、嫌いなヤツ多すぎだろ!」

「だってイデアはウザいし、アルカとアブソルは、メグルと近すぎ! あいつらメスの顔してるもん!」

「メスの顔って……」

「メグルは、あたしのモノなんだからね!」

 

 ぐいっ、とニンフィアはメグルのネクタイを引っ張ると、彼女は獰猛な笑みを浮かべてみせる。

 

「……他の女に目移りしたら、痛くしちゃうよ」

「ヒッ」

「なーんてねー♪」

 

 前から思っていたが、此処まで好かれていたとは、とメグルは頭を抱える。

 最近確かに好意を示す頻度が増えた気はしていたが、ヤンデレに片足突っ込んでいるとまでは思わなかったのだ。

 

「ねえメグルー?」

「何だよ」

「好きって言って」

「え」

「あたしのことー、好きって言ってー!! 言わなきゃやだーっ!!」

「ええ……」

 

 ぎゅーっ、と抱き着きながら彼女は駄々をこねる。

 いつものポケモンの姿ならともかく、人間の姿で迫られると胸が本当にドキドキしてしまう。

 だが、このままではいつまで経っても離れてくれなさそうなのでメグルはニンフィアの耳元で──「好きだよ」と呟くのだった。

 

「ふぃっ!?」

「……そりゃあ、一番のパートナーだからな。一番最初に出会った、大事なパートナー。好きじゃないわけねーだろ?」

「へ、へええ、そうなんだ……」

 

 ぷしゅー、と音を立ててニンフィアの顔が沸騰したように赤くなる。

 

「ニンフィア?」

「そーなんだ……えっへへへ……そーなんだ……なんか、顔熱いなあ、えへへへ……」

 

(なんか恋人みたいなやり取りしてるな俺ら……コイツはポケモンなんだけどな)

 

「逆にさ、ニンフィア。お前は何で、俺の事そんなに好きなんだ?」

「決まってるでしょ! ぱーとなー、だからだよっ!」

「はぁ」

「ちょっと頼りないけどゴハンもくれるし、優しいし、後あたしを勝たせてくれるし! 大好きっ!」

 

 ぎゅーっ、とメグルを抱きしめると、ニンフィアはそのままメグルを押し倒す。

 ふわりと鼻腔に良い匂いが突き抜けた。

 

「おいニンフィア……!?」

「大好きだよっ! 本当に大好きっ! メグルは、ずぅーっと、あたしのモノなんだからねっ!」

「待て待て、その姿で押し倒すな! 本当にヤバいから……!」

「えー?」

 

 今の彼女は、本当に美少女である。よくない気持ちを抱いてしまっても仕方がない。

 メグルは彼女に抱き着かれたまま起き上がると、諭すように言った。

 

「良いかニンフィア。俺達はこの空間から出なきゃいけねーんだ。俺達を此処に閉じ込めたふざけたヤツをどうにかしねえと」

「……確かに。ナメられっぱなしは癪だなあ。誰がこんな事をしたんだろう、メグル」

「他の手持ちの奴らもこの世界に来てる可能性があるだろうし集めておきたい」

「ゲッ……まさかアブソルも?」

「探さねえとな。お前が居るなら他のヤツも居るだろ」

 

(特にアブソルは近くに居たはずだし……絶対に……あれ? 何でアブソルが一番近くに居たんだっけか……)

 

 

 

「──君達? 授業をサボって不純異性交遊に耽っているって通報があったんだがね?」

 

 

 

 メグルとニンフィアは振り返る。

 そこには、鬼のような顔をしたジャージ姿の大男の姿が。

 メグルは思い出した。高校時代とっても怖かった生徒指導の先生を。

 

「ちょっと指導室まで──」

「ニンフィア、逃げるぞ!!」

「ふぃっ!? ま、待ってよメグルーッ!!」

「コルァーッ!! 待たんかーッ!!」

 

 怒鳴り声が後ろから追ってくる。

 急いでメグルは非常階段を駆け上がり、上へ上へと上がっていく。

 

「何処まで逃げるのーッ!?」

「良いから黙ってついてこい!!」

 

 全速力で駆け上がり、息を切らせたメグルは近くにあった掃除用具入れの中に自分とニンフィアの身体を押し込める。

 しばらく生徒指導の怒鳴り声が聞こえていたが──じきに聞こえなくなった。

 覗き穴から誰も居ないことを確認すると、メグルはニンフィアと一緒に外に出る。

 

「あんな奴、あたしの大声で吹っ飛ばしてやるのに!」

「わ、わりぃ。お前がポケモンなの忘れてた……」

「それより此処は何処?」

「屋上階だ。ほとぼりが冷めるまで、此処に居るか」

 

 メグルは「立ち入り禁止」と書かれた鉄の扉を開ける。

 外に出ると、青い空が綺麗すぎる程に広がっていた。

 そして、その真ん中に──胡坐を掻いて瞑想している大柄な少年の姿があった。

 

「……誰だアイツ」

「あっ──」

 

 何か気付いたような声を上げると、ニンフィアは少年に駆け寄る。

 急いでメグルもそれについていく。

 総髪が真っ先に目についた。そして、浅黒い肌に生えた無精髭も目立つ。

 顔は若いが、粗削りで無骨な剣道少年といった風貌だ。

 思わずメグルは──その名前を呼んだ。

 

「……バサギリ、か?」

「チッ……見覚えのある顔と、見覚えのねェ顔か」

「え!? バサギリなの!? あたしだよ、あたしっ! ニンフィア!」

「人間の顔なんざ、俺様から見れば全部同じだ」

「なにそれーっ! やっぱムカつく!」

「本当にバサギリなのか……」

「よォ。こんな変な所でも会うとは奇遇だぜ人間」

 

(なんつーか、こいつも想像通りって性格してんな)

 

「だけどこの身体は不便だ。まだ翅がもげた時の方がマシだった。今度は両腕までこの有様だ」

「ッ……これは夢の世界なんだ、バサギリ。俺とお前達が当たり前のように話せているのもそのためで──」

「……構えろ」

「え?」

 

 バサギリが起き上がり、身構える。

 突如、屋上に──影が現れた。

 白熊のようなポケモン・ツンベアーだ。

 それが獰猛な唸り声を上げて、メグル達に近付いてくる。

 

「何でポケモンが!?」

「いや、あたし達もポケモンだけど」

「そう言う事じゃねえよ! この世界は俺の記憶に近い……ポケモンは居ないはず……!」

「難しい事、よくわかーんないっ!」

「ぶった斬る」

「……お前らはそうだよなぁ。ニンフィア、ハイパーボイス! バサギリ、がんせきアックス!!」

 

 思わずメグルは手を突きだし、二人に指示を出す。

 すぐさまニンフィアは甲高い大声を発し、バサギリは腕をツンベアーに目掛けて叩きつけた。

 しかし──

 

「ッ……だ、出せない! 技が出せないよ、メグル!」

「斬れねえ……!!」

「あっ……しまった……」

 

 ──それは全くと言って良い程、ツンベアーには通用しなかった。

 

「今のこいつらは人間……ポケモンの技が出せないのか……!」

「ぶおおおおおおん!!」

 

 両腕を上げたツンベアーは、すぐさまバサギリを突き飛ばし、更にニンフィアの身体を掴んでしまう。

 

「なっ!? お前ら!!」

「ッ……痛つつつつ、クソがァ……こんな身体じゃなけりゃあ、勝てねえ相手じゃねーのに……!」

「あっぐぐぐぐ、クッソォ……こいつぅ……!!」

 

 メグルは地面を叩きつける。

 勿論、自分も生身で敵う相手ではない。

 しかし、かと言ってボールに戻して彼らを逃がすことも出来ない。

 絶体絶命だ。考えても考えても対処法が思い浮かばない。

 

(どうすれば──)

 

「皆さん、目を伏せて!」

「えっ──!?」

 

 その時だった。

 屋上の入り口から声が聞こえてくる。

 そして誰かが颯爽とツンベアーの前に立ちはだかった。

 

 

 

「”さいみんじゅつ”でございますッ!!」

 

 

 

 その手には、宝石の付いた振り子が握られていた。

 しばらくそれは揺れており、ツンベアーもそれを眺めていたが──ぱたり、と音を立ててその場に眠ってしまうのだった。

 

「ね、寝ちまった……」

「……大丈夫でございますか? 姫。バサギリ」

「姫──って、オドシシ!?」

「テンメェ……」

 

 メグルは思わず二度見した。

 振り子を持っていたのは、初老の男性。

 執事服に身を包んだ老紳士だった。

 

「おやおやこれはこれは、ご主人様。お変わりないようで何よりでございます」

「お前は──オドシシなのか──!?」

「左様。貴方様の忠臣でございます」

 

 メグルは目を丸くする。オドシシを名乗る老紳士に、驚きが隠せない。

 

「お前、技が使えるのかよ!?」

「いえ……催眠術なんで。体に染みついてしまっていまして……出来ると思ったら出来たのでございます」

 

(コイツもうスリーパーじゃん、やってる事)

 

 尚、催眠術ばっかり撃たせまくったのはメグルである。

 

「とはいえ、他の技は使えないですがね」

「そうかぁ」

「とにかく、助けられちゃったよ! ありがとっ、オドシシ!」

「チッ……相も変わらず、涼しい顔して美味しいところだけは持っていくヤツだぜ。そう言う所が気に食わねえ」

「おいバサギリ。助けて貰ったんだからその言いぐさはねーだろ!」

「フン。俺はなァ、この身体にされた所為ですっげーイライラしてんだ。さっさと、こんなふざけたことをしたヤツをぶった斬るぜ」

「闇雲に行動しては危険でございます」

「そーだよっ! 本当に脳筋なんだから。考える頭まで岩になっちゃったのかなっ」

「ンだとォ……?」

「やめろ!」

 

 メグルは思わず叫んだ。

 人間の姿になって分かるが、この3人はやはりギクシャクしているのがデフォルトらしい。

 放っておくと、すぐに喧嘩を始めてしまう。

 

「ニンフィアもバサギリも……言い過ぎなんだよお前ら。もっと仲良く出来ねーのか?」

「ふふっ……」

「オドシシも笑ってないで仲裁に入ってくれよ」

「いえ。やはり我々姿が変わっても、中身は何も変わらないということが実感できたのであります」

「……ケッ。スカした野郎だぜ」

「ああ! ほんとーにバサギリってヤなヤツ!」

 

 反目し合うバサギリとニンフィア。

 そして、それを仲裁するオドシシ。

 普段パーティで見る流れが、人間の関係として出力されると、気苦労も倍である。

 

 

 

「……先が思いやられるなァ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話:夢の牢

 ※※※

 

 

 

「あはぁーっ♡ すごいすごい♡ 待ちに待った古代の世界だーッ!! カブト、君の住んでた時代だよーっ!!」

「ぴぎぃ!」

 

 アルカが訪れたのは古代の世界。

 以前に読んだ胡散臭いオカルト本そのままの世界が目の前に広がっていた。

 

「見て見て! 見たこと無いポケモンがいっぱい居るーっ!」

「ドン!! ファーンドドドド!!」

「わーっ、すごいすごい! なんかすっごくデカいドンファンがいるーっ!!」

「ぷりぃぃぃいああああ!!」

「あっちにはデカいプリン!! 古代のプリンは歌うんじゃなくて叫んでたんだね!! 図書館の()()()()()()()()()は間違ってなかったんだ!」

「ぷひひひひぃぃぃっぷ!!」

「すごいーッ!! 古代のウルガモスって地を這ってたんだ!」

「プピファー……」

「あれ? ヘラクロス、何で対抗心燃やしてるの? あ、待ってーッ! 戦いを挑みにいかないでーッ!?」

 

 勝手に突っ走ってしまったヘラクロスを追いかけようと、アルカはボールから──モトトカゲを繰り出す。

 

「よーしっ、そうと決まればモトトカゲ! ヘラクロスを追いかけるよ!」

「アギャァス」

 

 しかしそこに居たのはモトトカゲではない。

 全身を赤い鱗と、派手な色の羽根に身を包んだ、古代の王であった。

 

「……なんかモトトカゲ、めっちゃ赤くなってない!? デカくなってない!? なんか羽根生えてない!?」

「アギャァス!!」

 

 乗れ、と言わんばかりに赤いモトトカゲは親指で背中を指す。

 ためらいなくアルカはそこに乗り込み──モトトカゲの身体から大きな翼が生える。

 

 

 

「あっ、すごい、飛んだーっ!! ボク達が、古代の王だーッ!」

「アギャァス!」

「ぴぎーっ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「素敵よぉん、ノオト君……貴女のような可愛い男の子が、好みだったの……」

「今夜は君に決定♡」

「ねぇ、チューしていーい?」

「うへへへへへ、オレっち空前のモテ期ッスね♡ 何処を見てもカワイイお姉さんばかり!」

「ノオト君……♡」

「ノオト君……♡」

「ノオト君……♡」

 

 右手には美女。左手にも美女。

 中央の王座に座るのは──ノオトだ。

 ぐへへへ、としまらない顔をしながら、彼は空前のハーレムを前に満ち足りていた。

 

「夢なら醒めなくて良いやーっ!! 我が世の春ッスねーッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おお、おお、シャワーズよ! オヌシの子供も漸くシャワーズになったぞ! これで”すいしょうのおやしろ”も安泰じゃわい」

「ぷるるるるー」

「え? まだヌシを引退するつもりはないって? 困ったのう。ほほほほほっ、どうする? お前の母さん、なかなか手強いぞ。もっと強うならんとのう!」

「ぷるるるるー♪」

「……新しいおやしろも立派に立ったし、これで何も思い残すことはないのう、ほほほほ。次の世代に、託すだけじゃて」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「後はアブソルと、ヘイシャリか……」

「探さなくていーよ、アブソルなんかっ!」

「何でそんな事言うんだよ」

「だって、アブソルが居ると、メグルはアブソルばっかり見るんだもん! あたしの事……忘れちゃいそうになるんだもん」

「忘れねーよ。言っただろ、オメーが最初のパートナーなんだから。それに忘れるようなキャラしてねーんだよ、お前は」

「……えっへへへへー、そうだよねーっ。大好きーっ、メグルーっ!」

「……ほんっとに頭ァお花畑だなアイツら。俺達ゃ今戦えねーんだぞ。さっきみてーに敵が来たら、どうするんだ?」

「姫が幸せそうで、私は感涙でございます」

「うわっ泣いてんのかよ鹿野郎」

 

 学校を出ると、記憶の通りの通学路。

 家までの道もきっと同じだ。

 道行く人の記憶も、きっと同じ。

 だが、そんな中でメグルは拭えない違和感を感じていた。

 

「それにしても、何でツンベアーなんだろうな」

「え?」

 

 メグルはふと、さっき現れた敵の事を思い出していた。

 ツンベアーは氷タイプのポケモン。町の中に現れるポケモンとしては、不自然だ。

 現れるなら、雪山や流氷近くのような寒い場所のはず。

 

「町中に現れるようなポケモンじゃねーんだよな……」

「そんな事考えて何になるんだってんだよ」

「そーだよっ! 正面からブッ飛ばしちゃえばいいんだよ!」

「何でトレーナーってもんが必要か、今しっかりと分かったわ、ポケモンは他のポケモンの生態なんて気にしねえし分からねえ

「私も指示は御主人様に任せます。いずれにせよ、元の姿に戻らねば……勝てる相手にも勝てませぬ」

「……ああ」

「……ところで御主人様。足を速めた方が良いかと」

「え?」

「……尾けられております。我々」

「えっ!?」

 

 ちらり、と後ろを見る。

 看板。物陰。

 そこに、ギラギラとした目が見える。明らかに人のそれではない。

 

「走るぞ……マニューラだありゃあ!」

「ニュゥーッ!!」

 

 甲高い声を上げて、赤い襟の付いた猫のようなポケモン・マニューラは飛び出し、後ろから追いかけて来る。

 今此処で戦っても有効打が無いことは分かり切っている。逃げるしかない。

 

「オドシシ、催眠術でどうにかしてよ!」

「斯様に素早い相手では無理があるかと、技ではなく小細工でございますので……」

「じゃあ”あやしいひかり”」

「技が使えないので無理でございます」

「チッ、情けねえぜ、あんな奴らに追われてる自分がッ!」

「何で追いかけて来るんだよ、あのマニューラ共──ん?」

 

 進行方向に制服姿の女の子が立っていることにメグルは気付く。

 黒髪のショートヘア。如何にもたまたま通りがかった、という風だ。

 

「おいっ、危ないぞ君!! 逃げた方が──」

 

 だが、彼女はメグルを真っ直ぐと見つめるとすれ違い様に呟いた。

 

「……大丈夫。そのまま進行方向を変えないで。走って」

「えっ──」

 

 マニューラ達がメグルを目掛けて飛び掛かろうとしたその時。

 

 

 

 

「……災いが、起きる」

 

 

 

 近くを通りすがったトラックのワイヤーが切れて積み荷が崩れ落ちる。

 積まれていたのは鉄パイプ。

 がらがらと激しい音を立てて、マニューラ達に降りかかり──まとめて押し潰したのだった。

 メグル達は脚を止めて、後ろを振り向く。

 追手は皆鉄パイプの下敷き。そのまま霧のように消えてしまうのだった。

 

「……た、助かった……! ラッキーだったな」

「ラッキーじゃない。未来が見えただけ」

「ッ……」

 

(何だろう、この子。如何にもミステリアスな雰囲気だ。まさか、この子が夢の──)

 

「未来……そう、全ての未来を私は見通せる」

 

 少女はメグルに歩み寄ると──ぐいっ、とその首を抱き寄せる。

 

「私とぉ運命の人が……結ばれる未来もねぇ♪」

 

 そして何処か間延びした甘ったるい声で、メグルに囁きかけるのだった。

 ぴょこん、とスカートからはあの鋭い日本刀のような尻尾がメグルには見えた気がした。

 

「お前ひょっとしなくてもアブソルだなァ!?」

「はぁぁぁーっ!? アブソルゥ!? 何やってんのこんな所でぇ!!」

「あ、ニンフィアにバサギリ、オドシシだぁ。みーんな、姿が変だよぉ、何やってるのぉ?」

「ミステリアスキャラ秒で無いなった!!」

 

 クールなのは有事の時だけらしい。

 

「あんたねぇ、メグルには近付くなって何回言ったら──」

「えへー、ニンフィアちゃんだぁ。人間の姿でも、ニンフィアちゃんは可愛いねぇ」

「あっぐぅっ……」

「ふわふわで、ゆめふわー♪ ニンフィアちゃんー♪」

 

 ふるる、ふるる、といつもの甘えたアブソルの鳴き声が聞こえてくる。

 そしてニンフィアも満更ではないのか顔を赤くしながら「あんたねぇ……」と呟くのだった。

 嫌い嫌いと口では言っているが、実際は良い姉貴分と妹分の関係のようだ。

 

(そういやこいつ等、喧嘩したこと無かったな)

 

「おいアブソル。何でテメェはこんな所に居るんだ」

「んー? 運命の人が、此処に来るような気がしたんだぁ。それ以外は全然分かんない」

「ふむ。どうやらこの分ならシャリタツ様とヘイラッシャ様も何処かに居るのやもしれませんな」

「うんー♪ それよりもぉ、運命の人ー♪」

 

 いきなりごろん、と道端に寝転がると──アブソルは一際甘えた声を出すのだった。

 

「ねぇー、わしゃわしゃしてぇ。レースの後に、甘えさせてくれるって言ったのに、全然まだ足りないよぅ」

 

 服従のポーズ。

 アブソルが甘えたいときにする格好だ。

 しかし今は人間の姿。道端に寝転がっている女子高生という最悪の絵面が誕生してしまった。

 

「バカ野郎、道端で寝転がるんじゃねえ! お前は今人間の姿なんだぞ!?」

「だめぇ?」

「あんたねぇ! メグルを誘惑するなーっ!」

「あうーっ、ニンフィアちゃんも、もっと素直になれば良いのにぃ」

 

(レース……?)

 

 メグルの頭に──ひとつ、ピースがハマった気がした。

 聞き馴染みの無い言葉だが、何処かでメグルはそれに熱中していたような気がした。

 それを起点に何かを思い出せそうだったのである。

 

「全く疲れる連中だぜ。姦しい」

「らしくなってきましたなぁ」

「走り疲れたし、どっかで休もうぜ。丁度目の前に──寿司屋が……寿司屋?」

 

 メグルは目を見開いた。

 そこにはデカデカと「ヘイラッシャ寿司」と書かれた看板、そして豪華な装飾の寿司屋が建っていたのだった。

 すぐさまメグルは暖簾をくぐり、店の中に突撃する。

 

「すいませーん!! 席空いてますかァーッ!!」

「なぁー、親分。スシヤってよぉ、何すれば良いんだよぉ」

「そりゃあラッシャ、寿司を握ってお客に出すに決まってんじゃないか。人間の本で読んだよオレァ」

「なぁー、親分。おでぇ、腹減ったんだけどォ」

「バカ言ってんじゃないよラッシャ、あんたは作る側なんだよ今は! ……何で作る側なんだ? オレ達いつだって食う側だったような……」

「お前らもうヘイラッシャとシャリタツだろ」

 

 店頭には、大柄でふくよかな大男。

 そして、気丈そうな顔つきの背の低い少女が、板前の恰好をしてカウンターに立っていた。

 名前を呼ぶと、彼らはメグルに気付いたように指を差す。

 

「ああ! 大親分だァ!!」

「ッ……大親分じゃないか!」

「良かったぁ、マジで俺ん所のポケモンだった!」

「それと、そこに居る人間たちは……」

「新しい食いモンかよぉ?」

「バカだねアンタ、人間を食ったら後でエラい目に遭うんだよ! やめときな!」

「ごめんよぉ、親分……おでぇ、腹減ったんだよぉ」

「食いモン呼ばわりされるのは心外だな、デカ魚。テメェとはまだ刃を交えたことが無かったが……覚えとけよ」

「あー、わがっだぁ! バサギリだぁ、お前! なんだよぉ、そんな姿になっちまってよぉ」

「そんな事言ったら、あんたらも同じよ。今のアンタたち、きっと技一つ使えないから」

「お姫様もか。オレもそうだ。試したが無理だった。一体何が起こってる?」

「……流石、シャリタツは話が早いな。お前達は今、夢の中で人間の姿になってんだ」

 

 メグルが二人の姿を指差す。

 「やっぱりか」とシャリタツは頷き──ヘイラッシャはあんぐりと口を開けた。

 

「ああああ!! マジかよぉ!! こんな口じゃあ、親分を口に入れられねぇよぉ!!」

「今気づいたのかい、あんた……」

「どうじよう、親分!! これじゃあ一緒に戦えねぇよぉ!!」

 

 そして滝のような涙を流すヘイラッシャ。

 しかし、そんな彼の襟元を正すようにシャリタツは毅然とした態度で「バカだね! 泣くのをおやめ!」と叫ぶ。

 

「オレ達の繋がりは、そのくらいで切れるヤワなモノだったかい? オレの知恵と、あんたの力。それが合わされば勝てないヤツなんて居ないだろ?」

「ッ……親分んんん」

「何見せられてんだ俺達ァ。デカ魚とドラゴンの恋物語なんぞ見たかねぇぞ」

「いっつもこんなカンジだよ、この2匹」

「はわぁ、仲良しは良いことだよぉ♪」

「これで全員揃いましたね。御主人様」

 

 ニンフィア、オドシシ、バサギリ、ヘイラッシャ、シャリタツ、そしてアブソル。

 今此処に、メグルのスタメン6匹が揃った。

 

「ねぇーねぇー、シャリタツちゃんっ! 人間の姿もかわいいねえ! 今度また一緒に、お出かけしようね!」

「スパイ大作戦はしばらくゴメンだよ……お出かけなら、何処でも付き合ってやるけどね」

「あはぁっ、良かったぁ♪ シャリタツちゃん好きーっ!」

「なぁオドシシよぉ、お前さんの催眠術でどうにかならねーのかよぉ」

「所詮、小細工ですので……ただ、貴方様くらいの体躯でしたら、敵がやってきても安心でございますな」

「へへぇ、任せてくれよぉ。おでぇ、頑張るからよぉ」

「っ……」

 

 わいわい、と話す手持ち達。

 そんな彼らを見ながら──メグルは安心したように息を吐く。

 姿は変わっている。言葉も分かる。

 だが不思議と違和感は感じない。

 

「よしお前ら! 此処の出口を探すぞ! アルカやノオトに心配掛けちまう!」

「そうだねェ。アルカの大親分にノオトのガキんちょ……無事だったら良いんだけどねぇ」

「……シャリタツ」

「オレはね。あんたら人間3人をね、これでも認めてんだよ。うちらを倒した実力者だ」

 

 それに、と彼女は少し意地悪な笑みを浮かべてみせる。

 

「……大親分同士、くっついて貰わないと困るってワケさ。あんたらいっつも見ていてじれったいんだよ」

「な、何の事でしょう……?」

「大親分。……こっから先はあんたの器量次第だよ」

「……ああ。お前達の力を生かせるかは……トレーナーの俺に掛かってるからな」

「──テメェら、構えろ」

 

 バサギリが警戒心剥き出しで扉を開ける。

 

 

 

「……空の色がおかしいぜ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……何故じゃ。何故こんな事に……」

 

 リュウグウの目の前には、嵐で崩れたおやしろ。

 そして──へしゃげたタマゴを抱えて息絶えたシャワーズの姿があった。

 おやしろはもう無い。

 そして、次の世代に繋がる命も──潰えた。

 

 

 

「何もかも……無くなってしもうた……何もかも……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ごめんなさいねェ。やっぱり私達、大人っぽい人が好きなの」

「お金を持ってる彼氏の方が、良いデートに連れてってくれるし」

「何でも買ってくれるしねーッ!」

「そ、そんな……」

 

 ノオトの周囲には誰も残らなかった。

 王座から、女性たちは皆離れていく。

 気が付けば、ノオトは一人ぼっちだった。

 

「ま、待ってくれよ、オレっちまだ頼りねーかもッスけど……姉貴に何一つ勝てねーけど……」

 

 王座も無い。何も無い。  

 ポケモンも誰も居ない。

 今の彼は──本当に一人だ。

 真っ暗な部屋に投げ込まれ、助けてくれる人は誰も居ない。

 

「姉貴!! メグルさん!! アルカさん──!!」

 

 知っている者の名を呼ぶ。

 しかし、誰も現れない。

 

「ルカリオ……ッ!?」

 

 相棒の名を呼んでも、出て来はしない。

 

 

 

「誰か、誰かいねーのかよぉ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「げほっ、がはっ、ごほっ……何で……おじさんと、アルネが、こんな所に……!!」

 

 

 

 気が付けば、アルカはあの”家”に居た。

 周囲を見回す。 

 カブトも。ヘラクロスも。モトトカゲも。

 皆、横たわり、息一つしていない。

 

「……その子達には被検体になってもらった」

「ッ……!」

「おいアルカァ。何でオメェ、まだこんな所に居るんだァ?」

「はぁっ、はぁっ……起きて、起きてよ皆!! 起きて……!!」

 

 ヘラクロスの身体を揺する。

 しかし、彼は白目を剥いたまま、ぴくりとも動かない。

 カブトも目の光が消えてしまっており、モトトカゲに至っては体温を感じられない。

 

「……助けて、助けてよ……!!」

 

 恐怖。

 そして絶望のまま、アルカはじりじり、と引き下がる。

 だが助けに来る者はいない。

 金槌を持った叔父。そして、注射器を構えたアルネが迫る。

 

「……姉さんも、私の近くで一生……被検体になれば良い」

「はぁっ、はぁっ、はぁ──ッ!!」

 

 目には涙が浮かぶ。

 そこに彼女の注射器が──迫る。

 

 

 

「おにーさんッ……!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話:割れる空

 ※※※

 

 

 

 雲一つない大空。

 2匹の竜が、自由に飛び回る。

 2匹は番。いつも一緒。

 決して離れることは無い。

 

「次は、あの島目指して飛ぼうよ!」

「ああ。飛ぼう。何処までも!」

  

 楽しかった。

 とても、嬉しかった。

 彼と一緒に飛べれば、他に何も要らなかった。

 なのに──

 

「急に嵐に襲われるなんて……」

「とんでもない寒波だ……何故気付かなかったんだ……気圧の変化に……!?」

「げほっ、ごほっ」

「おい……どうした? 何処か悪いのか?」

「う、うん。あの山に降りて……」

 

 ──運が悪かった、としか言いようが無かった。

 サイゴクの霊脈はポケモンの進化にすら影響を与える。

 故に、彼らの力が多少狂ってしまってもおかしくはなかった。

 平時ならばそれでも問題なかった。

 しかしこの日、サイゴクは──異例の寒波が迫っていた。

 2匹の力はより弱まり、寒波が収まるまで、人の寄り付かない山に身を寄せるしかなかった。

 山の上は雪が降り積もっていた。

 

「いつになったら、止むのかな……」

「……大丈夫だ。俺が付いている」

「……ん。心配なんか無いよ」

 

 それでも──彼女に不安など無かった。

 隣には彼が居る。それだけで安心できた。

 しかし、幾ら無限の竜と言えど、所詮は生物、そしてポケモンの範疇は出ない。

 

「起きろ……敵が来た……!」

「えっ……!?」

 

 弱った獲物の気配を感じ取り──彼らが身を寄せた洞穴の周囲に、氷のポケモンが大量に迫っていた。

 仲間を引き連れたマニューラ。

 そして、巨大な体躯のツンベアー。

 普段の二匹ならば勝てない相手ではない。

 しかし今、二匹は低温によって著しく力が奪われつつあった。

 

「ニュゥーラッ!!」

 

 飛び掛かるマニューラの群れ。

 彼らにエスパー技は通用しない。

 ”りゅうのはどう”で何匹が吹き飛ばすが、次々と仲間が現れて鉤爪でその身体に傷をつけていく。

 

「守る……絶対にッ……!!」

 

 大吹雪が吹く中。

 彼の力は徐々に失われ、傷も増えていく。

 ツンベアーの打撃を受け、マニューラに身体を引き裂かれ、血が噴き出していく。

 見ていられなかった。

 このままでは彼が死んでしまう、と確信していた。

 

「やめっ、やめてよ!!」

 

 思わず──彼女は前に躍り出た。

 戦う彼を庇う為に。

 そして、最大限のドラゴンエネルギーを爆発させ──敵達を皆まとめて吹き飛ばし、倒れた彼を運んで崩れる洞窟から抜け出すのだった。

 

「ごめんね……本当に、ごめんね……守れなくって……私が弱虫の所為で……傷つけちゃったね……」

 

 傷ついた彼を背負い、彼女は雪山をふらふらと進む。

 もうどこに進めば抜けられるか分からなかった。

 それでもまだ、後ろから敵の気配が感じられる。

 意識は互いに朦朧としていて、

 

「……もう、いい、謝るな……」

「でも……わっ」

 

 彼は──彼女を雪の中に押し倒す。

 

「……じっとしてろ。俺が……お前を守る」

「ッ……でも」

「お前だけは……飛んでくれ……俺が居なくなっても」

「嫌だ。嫌だよ……私……それなら、一緒が良いよ」

「……お前が自由に空を飛んでくれるのが……俺は嬉しい」

 

 もう2匹共、戦える気力などなかった。 

 寒気が二人の意識を奪っていく。

 

「俺は楽しかった……お前に会えて……本当に楽しかった……」

「やだ、やだよ……!! 嫌だ……!!」

 

 彼の右腕から──最後の力を振り絞った”りゅうのはどう”が放たれる。

 

 

 

「……俺が……お前を守るって決めたんだ……自由に空を飛ぶ、お前を……!」

 

 

 

 爆音が鳴り響き、それで敵の気配は皆散り散りになっていく。

 そして彼の身体は──がくり、と彼女にもたれかかるのだった。

 

「伏せてろ……まだ敵が来るかもしれない……」

「ッ……」

「嵐が、止むまで……俺が守る……」

 

 だがもう、二人共、意識を保つことは出来なかった。

 ドラゴンポケモン最大の敵は──寒気。

 そこにダメージが蓄積していれば、彼らが生命を保つことなど出来なかった。

 

 

 

「嫌だよ……嫌だ……まだ、まだふたりで飛んでいたいよ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 寿司屋を出た先はとても寒く、冷たい氷に閉ざされた雪山だった。

 しかし、空は禍々しい赤へと変わり果てており、吹雪は止まっている。

 

「さ、寒い……何処だ此処は……!?」

「俺達ゃ……よく分からねえ場所に連れ去られたみてーだな」

「ねえ、あれ見て!!」

 

 アブソルが指を差した。

 メグル達は思わず立ち尽くす。

 目の前には、重なり合って息絶えた2匹の竜の姿があった。

 

「……死んでる……」

 

 ニンフィアがぽつり、と呟いた。

 息は無い。二匹共冷たくなっている。

 

「ラティアスと、ラティオス……だよな……痛ッ……!?」

 

 メグルは頭を押さえた。

 二匹の屍を引き金に、散逸していた記憶が連鎖するようにして繋がっていく。

 

「そうだ……思い出した……ッ」

 

 彼の手には──オージュエル。

 そして、錆びた刀が握られていた。

 凍えた世界の中、横たわる二匹のむげんのりゅう。

 背後に立つ、仲間達も──何処か決心したように空を見据える。

 

「……そこに居るんだろう。ラティアス。ずっと、俺達を見てたんだな」

 

 ──ッ

 

 赤い空に、黒い靄が浮かび上がる。

 彼女は──骸竜は音も無く、そこに降り立った。

 

 ──ままならないものね ゆめも うつつも なにもかもが

 

「……ラティアス」

 

 ──あのひとと とべるゆめが みられるとおもったのに みえるのはずっと このけしき

 

「……思い通りにいかないものなんだよ! 現実も、夢もね!」

 

 ニンフィアが前に進み出る。

 

「だから……もうやめようよ。本当は分かってるんじゃないの!? もう戻れないって……!」

 

 ──あなたに なにがわかるの ニンフィア すきなひとといっしょにいられている あなたが

 

「初めて見た時に……あんたの目も、体も冷たくって……とても怖かった。だけど、悲しい気持ちはとても伝わって来た」

 

 ──きづいていたのね ニンフィア

 

「今のあんたも同じ……泣いてるじゃない……! 見てられない!」

 

 ──それでも あきらめられない わたしは くりかえす あのひとと とべるそらを めざす

 

「……ラティアス。他のヤツは無事なのか? アルカにノオト! リュウグウさん! 皆は……!」

 

 ──いまだに ゆめのなか わたしがこうなら かれらもけっして しあわせなゆめはみてないだろうけど

 

 

 ふわり、と浮くと──ラティアスの目の炎が一際激しく灯った。

 

 

 

 ──ゆめのなかで しんでも やりなおせる また ちがうゆめをみるだけ げんじつとちがって

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 夢は繰り返す。

 

 

「また、太古の時代だ……! 一体、どうなってるの……!?」

 

 

 

 また何度も同じ理想を見せつけ、

 

 

 

「またハーレムだ……元に、戻ったのか……!?」

 

 

 

 また何度も同じ絶望を彼らに見せる。

 

 

 

「シャワーズが、生きておる……じゃと……!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……元に戻してくれ、ラティアス」

 

 ──むりだよ わたしには とめられない それに とめたら あのひとと とぶそらは えいえんにない

 

 骸竜が全身に霊気を身に纏う。

 メグル達は身構えた。

 戦わなければ、此処から出る事は出来ない。

 

「俺達は進まなきゃいけない」

 

 ──それが どんなにつらいみちでも? すすむさきがつらくっても?

 

「そうだな。ちょっと前の俺なら……きっと間違いなく、永遠の夢を選んだかもな。やり直しが効くし、思い通りだ」

 

 痛くもないし辛くもない。

 仮に死んでも元通り。また理想の夢に戻って来られる。

 そんな夢の世界だったとしても、メグルはそこに浸る気にはなれなかった。

 

「今の俺は……引き返すにはあまりにも大きなものを背負い過ぎた」

 

 手持ちのポケモン達を見やる。

 彼ら1匹1匹が、必死に生きている。ゲームのデータとは違うのだ。

 

「こいつらと喋って分かったんだ。こいつらはやっぱり俺の仲間で、俺に期待してくれて、俺の指示を待ってる。俺はポケモントレーナーとして……こいつらの望む”メグル”で居たい!!」

 

 ──そう ざんねん

 

「何より……こんな辛い夢を繰り返す……お前を放っておけない!!」

 

 

 

 竜の骸に赤いパルスが走る。

 一際強い霊気が、そしてサイコパワーが彼女の身体に充填されていった。

 

 ──たしかにわたしは まぼろし……でも みたいゆめは ある……とまるわけにはいかない……!

 

 

 

【ヒメマボロシ げんむポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 メグルは──ふと、後ろを振り返る。

 そこに立っていたのは、ポケモンの姿に戻った手持ち達だった。

 ニンフィアが、オドシシが、バサギリが、アブソルが、ヘイラッシャが、シャリタツが。

 喋る事こそ出来なくなったものの、戦って前に進む道を彼らは選んだ。

 

「ッ……やっぱお前らは、その姿の方が落ち着くわ!」

「ふぃーあ!」

「ブルルルルゥ!!」

「グラッシャー!」

「ふるーる!」

「ラッシャーセー!!」

「スシー!」

 

 ──ちがうわ たたかわせてあげるの ……ゆめのなかで わたしに さからってもむだってことを おもいしらせてあげるために

 

 やってみなければわからない、と言わんばかりに彼らは吼える。

 メグルの服も制服からいつもの旅ジャージ姿へと戻っていた。

 首に掛かったゴーグルを目に掛け──叫ぶ。

 

 

 

「一斉攻撃だ!! ”ハイパーボイス”!! ”がんせきアックス”!! ”バリアーラッシュ”!! ”シャドークロー”!! ”アクアブレイク”!!」

 

 

 

 ニンフィアが大声量で衝撃波を放つ。

 しかし、ヒメマボロシの姿は消え、すぐさま両の腕に霊気をまとわせ、ニンフィアを吹き飛ばす。

 そこをバサギリとオドシシが同時に突貫し、飛び掛かるが──切り裂いても、そして頭突いても手ごたえがない。

 気が付けば、骸竜は直上。そのまま両腕から”りゅうのはどう”を放ち、二匹を撃墜せしめる。

 

「ふるーる!!」

 

 今度はアブソルが影で剣を作り出し、ヒメマボロシの身体を切り裂かんと次々に飛ばしていく。

 しかし──霊の身体さえも引き裂くシャドークローを受けても、彼女の身体はびくともしない。

 

 ──そのていどのつよさじゃ……なにもまもれない

 

 返しに”りゅうのはどう”が放たれる。

 未来予知でそれを予感していたアブソルは即座にそれを躱すが、その先にはヒメマボロシが朽ち果てた腕を振り上げており──

 

「るぅっ!?」

 

 ──地面に沈められるのだった。

 雪に押し付けられるアブソルは呻き声を上げるが、追撃と言わんばかりにヒメマボロシの虚ろな目が光り、念動力がアブソルを襲う。

 だがそこに、シャリタツを口に入れたヘイラッシャが飛び掛かり──ヒメマボロシを突き飛ばそうとする。

 

 ──しつこい

 

 しかし、空中でヘイラッシャの動きは止まり、そのまま思いっきり巨体は投げ上げられ──

 

「しまッ……!!」

 

 

 

 ──メグルを、押し潰すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──暗い部屋だった。

 振り返ると、ポケモン達の姿はなかった。

 

「……お前ら? 何処行ったんだ?」

 

 問いかけたが、返事は無い。

 電気を灯けると──メグルは思わず仰け反りそうになった。

 自室だ。それも、大学に進学してから1人で暮らしていたアパートの部屋だ。

 そこには誰も居ない。ベッドの上にニンテンドーSwitchが置かれているだけだ。

 

「ッ……俺はいつか、此処に帰ってくるのか」

 

 メグルはぽつり、と呟き、思わずSwitchの電源を起動する。

 それはメグルの記憶のままのセーブデータの「ポケットモンスター ソード」が入っていた。

 

「……懐かしいな」

 

 もう、それほどに日時は経っていた。

 きっととっくに、こちらでは「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」が発売されているだろう、と彼は予想する。

 

「この旅が終わったら……俺は、此処に帰るのか……」

 

 嫌だなあ、とメグルは思ってしまった。

 あれだけ帰りたかった自室なのに、今は帰りたくない。

 しかし──ふと部屋のカレンダーを見る。11月19日。

 「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」の発売日になっている。

 

「大人しくゲームでもやってろってことか? やり直しが効くからなあ、ゲームは」

 

 メグルは──Switchの電源を切る。

 机の上には、錆びた刀がぽん、と置かれていた。

 

「……冗談じゃねえよ。だとしたらゲームも現実も……ましてや夢もナメてやがるぜ」

 

 夢の世界はやり直しが効く? ゲームのように?

 ゲームだって取り返しのつかない瞬間は沢山ある。

 あの日掴めたかもしれない勝利も、うっかり倒してしまった色違いポケモンも。

 決して戻ってくることはない。

 だからこそ──メグルは必死だった。必死にゲームに打ち込んだのだ。

 

 

 

「……わりぃ。まだやり残してる事、いっぱいあるんだ。あいつらが待ってるから」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メグルは思わず起き上がる。

 ヘイラッシャの身体を──バサギリが、オドシシが、ニンフィアが──支えて受け止めている。

 

「ッ……お前ら……!」

「ふぃるふぃーあ!」

 

 ニンフィアが苦しそうにリボンでヘイラッシャの身体を押しのけた。

 どすん、と巨体は地面に落ち、再びヒメマボロシの方を睨む。

 まだ終わっていない。まだ戦える。その場に居る全員が闘志を燃やしていた。

 メグルの手には、やはり錆びた刀が握られていた。

 ”よあけのおやしろ”の秘宝。アケノヤイバの力が込められた刀。

 霊気さえも切り裂くアケノヤイバの力は、幻想さえも破壊する。

 

 ──その さびたかたな……! それが わたしのゆめをみだす……!

 

「アケノヤイバ様々だぜ。目に見えてるモンだけが全てじゃないってことだ!」

 

 ──ゆめのなかにいれば しあわせな きのうのままで りそうの みらいのままで いられるのに

 

「だとしたら夢の見せ方がヘタクソだったな、ラティアス。今の俺の理想は、こいつらと居るこの瞬間だ!!」

 

 ──そのさきが どんなにつらいものでも?

 

「……確かに幸せな未来になるかは分からねーよ。でも、不幸な未来があるかも分からない!」

 

 立ち上がり、メグルは再び敵に目を見据える。 

 

「……だから俺は……こいつらの居る今を、必死に生きるぜ。お前の分までな」

 

 ──おわらせるな わたしを かってに!! まだ おわりたくない!!

 

(如何にもゴーストっぽい見た目……夢を見せるならエスパーも健在か? ドラゴン技も使ってるけど……)

 

 メグルはアブソルに向かって錆びた刀を投げる。

 起き上がった彼女は「グルルルル」と唸り声を上げながら、それを口で咥え、起き上がる。

 

「どっちにしても……夜明けの剣で、幻夢諸共切り伏せる!!」

「フルルルッ!!」

 

 オージュエルを握り締める。

 錆びた刀はオーラとなってアブソルに纏われ、彼女はアケノヤイバの力を再び手にする。

 

「ギガオーライズ──”アケノヤイバ”!!」

 

 ──むだよ このわたしは ゆめで まぼろし げんじつせかいにいるわたしには いたくもかゆくもない

 

「なら……この夢の空間をブッ壊す!!」

 

 ──ッ!!

 

 念動力でアブソルを攻撃しようとするヒメマボロシ。

 しかし、そこにニンフィアとバサギリが飛び掛かり、更にオドシシがしがみつくことで発動させない。

 エスパー技は使い手の集中が必要となるからだ。

 ならば、とヒメマボロシは骸の口を開け──アブソルに向かって”りゅうのはどう”を放つが、今度は身を挺してヘイラッシャがそれを受け止める。

 

 ──じゃまを しないで──ッ!!

 

 二発目。

 再び口から”りゅうのはどう”がアブソル目掛けて放たれる。

 しかし今度は、倒れたヘイラッシャの口からシャリタツが飛び出すのだった。

 

「──オレスシーッ!!」

 

 ヘイラッシャの口から飛び出したシャリタツも”りゅうのはどう”を放ち、それを受け止める。

 両者の火力は拮抗し、なかなか決着が付かない。

 

「踏ん張れシャリタツーッ!!」

「スシスシーッ!!」

 

 両方のドラゴンエネルギーがせめぎ合い、中央で爆ぜ、ポケモン達を吹き飛ばす。

 この時点で時間は十二分に稼ぐことが出来た。

 

「オオワザ──”あかつきのごけん”!!」

 

 

 

【アブソルの あかつきのごけん!!】

 

 

 

 ──させない!! わたしはまだ おわりたくない……!! むげんのそらをとぶんだ──ッ!!

 

 

 

【ヒメマボロシの ラスタードリーム!!】

 

 

 

 空間に切れ目が現れ、それがカッと開かれ、巨大な穴と化す。

 その先は一寸先も分からない闇。

 その中にメグル達を吸い込まんとばかりに、引きずり込んでいく。

 だが、五本の刀はその穴の中央を目掛けてまとめて飛んで行き──

 

 

 

「暗く冷たい夜も……いつか、明るく明けるんだ!!」

 

 

 

 ──明けの明星の如き眩い光を放つ。

 

 

 

「いっけぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 大穴に太陽が現れたようだった。

 そこを起点に夢の世界に亀裂が入っていく。

 

 

 

 ──そうか やっと わかった なんでかれらを あつめて ここによんだのか

 

 

 

 ヒメマボロシは──悟る。

 

 

 

 ──わたしは おわらせて ほしかったんだ わたしじしんの ゆめを──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話:夢の終わりが迫るとき

「元の世界に……戻ったのか……!?」

 

 

 

 気が付けば、そこには動力炉の柱。

 そして、竜の骸とアブソル、ニンフィアが横たわっていた。

 だが、アブソルとニンフィアも間もなく目を覚まし、辺りを見回す。

 メグルは此処までの記憶を揺り戻そうとしたが──あまり覚えていなかった。

 あれだけ鮮烈な体験だったのに、記憶からすっぽりと抜けてしまっているのは──夢の常だろう。

 

 ──なにが いけなかったの なにが よくなかったの

 

 ヒメマボロシは──ぽつり、と呟いた。

 

 ──いいや わかってた しんだものが よみがえっちゃ いけないのよね

 

「……一回死んで蘇ったポケモンも居るから諸説だけど……まあなんだ。上手くいかねーもんなんだよ、何事も」

 

 ──……。

 

 ヒメマボロシは、漸く対面した自らの番の朽ちた腕を手に取った。

 そして──静かに涙を流すのだった。

 その後から、ノオトも、そしてアルカも動力室に飛び込んで来る。

 変わり果てたラティアスの姿を見て、二人は言葉を失う。

 

「何が……あったんですか……!?」

「……ラティアスの身体、ボロボロなんてモンじゃねーんスけど」

「……サイゴクの霊脈は生き死にすら狂わせる事がある」

 

 後ろから声が聞こえてくる。

 リュウグウだ。その傍らにはシャワーズが付いていた。

 

「リュウグウさん!? 捕まってたじゃねーんスか!?」

「こんな事もあろうかと、シャワーズも連れて来ていたのじゃよ。守るおやしろが今は無いのでな。万が一の時にワシを助けてくれるよう──近海に潜んで貰っていた」

「おにーさんと同じ事考えてる……」

「シャワーズはワシの危機を察知できるからのう。後は”むげんほうよう”であのくらいの壁、イチコロじゃよ」

 

 得意げに語ったリュウグウはそのままアルカとノオトの間を通り抜け、朽ちた2つの竜骸に寄り添った。

 

「ヒメマボロシ……と言ったかのう。サイゴクの言い伝えの一つ。無念のうちに死んだむげんのりゅうの成れ果てじゃよ」

「それ、聞いた事あるッス……! サイゴクの伝説のポケモンで、ラティアスとラティオスに似てるっていう」

「じゃあ、ラティアスはとっくに……?」

「……うむ。霊脈のあるサイゴクでは、ポケモンが死んだ後も奇妙な蘇り方をすることがあるのじゃよ」

 

【ヒメマボロシ げんむポケモン タイプ:ドラゴン/ゴースト】

 

「……故にサイゴク山地は()()()()とも呼ばれる場所じゃ。迷い込んだドラゴンポケモンが絶命しやすい場所なのじゃよ」

「開発を進めようとしたけど、事故が多発して難航したって聞いてるッス」

「開発も一概に悪ではない。しかし、サイゴクには……あまりにも人の手やポケモンにもどうにもならない自然が多すぎる」

「触れてはいけないもの、ってことだよね」

「そうじゃ。どうしようもないものが……この世にはあるんじゃよ」

 

 かつても似たような事例があったのだろう。

 リュウグウはヒメマボロシに頭を下げる。

 

「……すまんかった。人間が、君達を離れ離れにしてしまった」

 

 ──いいの こうしてまた あえたから

 

「……なあ、気は済んだのか、ラティアス」

 

 ──ええ もういいわ ししゃのわたしが みれるしあわせなゆめなんて なかったのよ 

 

「……そうか」

 

 ──あとは こころのしずくを かれにかえす それだけだから

 

 その言葉を聞いて──アルカとノオトは目を伏せた。

 

「あのっ! 少しだけだけど、ボク達ラティアスと居られて良かったと思ってる!」

「そうッスよ! もっと一緒に居たかったッス……」

 

 ──そうね でも わかるの これがあるべきかたちだから こころのしずくがむくろにかえったら かれも わたしも やっと じょうぶつできる

 

 そう言ってヒメマボロシが──こころのしずくを竜骸に捧げようとしたその時だった。

 じゃらじゃらと音を立てて、コインが竜骸の周囲に集っていく。

 

「なッ、何だァ!?」

「サーフゴー……!?」

 

 すぐさま黄金のポケモンは”こころのしずく”を手に取る。

 ”トリック”だ。相手と味方のもちものを入れ替える早業である。

 そして、次の瞬間には”こころのしずく”は──機械の前で倒れていたマリゴルドの手に渡っていた。

 

「……俺を差し置いて……許さないよォ、お前達……!!」

「マリちゃん……なんてことを……!!」

「よくもやってくれたネェ……! 俺のデイドリームを……よくも……!」

「返せマリゴルド! そいつはラティオスのこころのしずくだ!」

「ふざけるなァ! これが幾らで売れるのか、君達には分かってネェんだヨ!」

「……腐ったなマリちゃん」

 

 リュウグウが唸ると、シャワーズが泡を周囲に浮かび上がらせる。

 ”むげんほうよう”の構えだ。

 しかし、オオワザを前にしてもマリゴルドも、そしてサーフゴーも怯える様子は見せない。

 

「──離せ。こころのしずくを! 幾らお前でも容赦出来んぞ!」

「ヤに決まってるだろ、リュウちゃん! 竜骸も渡さない! 全部ぜーんぶ、俺の夢の為の礎になるんだヨォ!」

 

 ──かえして! それは かれのものよ!

 

「ヴァーカ!! 今更お前の言う事なんて聞けるかヨォ、ラティアス!!」

 

 錯乱した様子で叫ぶマリゴルド。

 だが、その手に握ったこころのしずくは、次第に濁っていき──赤黒い光を放っていく。

 

「いかん!! 伏せろ!!」

 

 リュウグウが叫ぶ。

 全員は彼に言われるがままに身を低くした。

 強い邪気が、部屋の中に満ち満ちた。

 ”こころのしずく”がマリゴルドの手を離れ──ラティオスの竜骸へとひとりでに向かっていく。

 しずくの邪気は、ヒメマボロシも、その場に居る全員も、近付けない程に強く、全員はそれを見守るしかなかった。

 

「こころのしずくが……汚染されたのか!?」

 

 ──おこってる……かれが……!

 

 赤黒く染まったしずくは、竜の骸に吸い込まれていく。

 そして──骸はひとりでに起き上がった。

 空っぽの眼窩に赤い光が灯る。

 

「オイオイ待てよ。これじゃあ、ラティアスと同じじゃねえか……!」

 

 朽ち果てた白い身体には、青い閃光がパルスとなって走っていく。

 欠けた翼は、霊気による実体のない羽根へと挿げ替えられ、虚ろに開いた口からは常に霊気が漏れている。

 

「何だ、どうなってるんスか!?」

「い、生き返っちゃったの!? ラティアスみたいに!?」

「ヒコマヤカシ……!! サイゴクに伝わる物の怪の片割れじゃ……!!」

 

 

 

【ヒコマヤカシ げんむポケモン タイプ:ドラゴン/ゴースト】

 

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

 

 

 ──うそ あなた だよね……!?

 

 邪気にやられ、サーフゴーは再びバラバラに崩れ落ちる。

 更に、ヒコマヤカシがギラリ、とマリゴルドの方を見やると──右腕を握り締める。

 それと同時に彼の首に絞められたような痕が現れ、マリゴルドは苦悶の顔を浮かべるのだった。

 

「あぎっ……や、やめ──」

「いかんシャワーズ!! ”むげんほうよう”!!」

 

 すぐさまヒコマヤカシの周囲に泡が纏わりつき、そこにシャワーズは強烈な水ブレスを浴びせかける。

 それを避けたことで、マリゴルドの拘束は解かれるが、首を絞められたショックでその場に横たわるのだった。

 

 ──おねがい とまって! やさしい あなたに もどって!

 

 ヒメマボロシが懇願しに近付く。

 だが、骸の竜に最早愛する者の声は聞こえない。

 今の彼は怒りと憎悪のままに動き続ける、生ける屍でしかない。

 ヒコマヤカシが睨み付けた瞬間──彼女の身体はひとりでに動き出し、地面に叩きつけられてしまう。

 

 ──きゃぁっ!!

 

「ラティアス! くそっ……どうすれば」

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

 残響のようなヒコマヤカシの鳴き声がその場に響き渡る。

 そのまま骸竜は動力室を飛び出し──外へ向かうのだった。

 

「マズい……逃がしておけば被害を出すぞアレは!」

「決着をつけるッスよ!」

「うむ……3人とも。奴を祓うのに協力してくれまいか!」

「……勿論だよ! 放っておけない!」

「レディの涙には……見過ごせねぇッスねえ」

 

 ノオトがヒメマボロシの方を見やり、親指を立てた。

 そしてメグルも、彼女の胸に拳を当てる。

 とても冷たかった。だが、それでも──彼は恐れず強く、彼女に言ってのける。

 

「……終わらせる。この哀しい夢を……断ち切る!」

 

 ──みんな……!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 地下セクターを早急に抜け出し、外へと出たヒコマヤカシ。

 彼は今、博覧会会場で当てもなく破壊行動を続けている。

 怪獣のように光を放ち続け、建物も、サーカス会場も、次々に壊されていく。

 メグル達が外に出た頃には、ヒコマヤカシは炎上するGSフェス会場を爆撃しながら甲高い鳴き声を上げているのだった。

 

「酷い……!」

 

 ──かれは こんなことを したかったの……?

 

「醜い人間の心が、彼の心を狂わせてしまったのじゃ。止めねばなるまいよ」

 

 ──わたしが かれをとめる

 

「なら俺も一緒に行く!」

 

 メグルがヒメマボロシの背に飛び乗る。

 

「メグルさん!?」

「襲われてる人たちの救助を頼む! それに、俺にはオーライズがあるからさ!」

「ちょっとぉーっ!?」

「……メグル君の言う通りじゃ。ヒコマヤカシは彼に任せ、我々は人々の避難誘導と救助を行うぞ。これもまた、目の前の事じゃ」

「……そうですね。助けなきゃ!」

 

 飛んで行くメグルとヒメマボロシ。

 それを見届けながら、リュウグウ達は瓦礫の山と化した会場へ向かう。

 シャワーズが放水で炎を消していき、ジャラランガが瓦礫を退けて、下敷きになっている人々を助け出す。更に気を失った重傷者には、パーモットが手当てに当たるのだった。

 会場は、スタッフたちも避難誘導に当たっている。

 しかしそこに、ヒコマヤカシの”りゅうのはどう”が降り注ぐ。

 

「──モトトカゲ、”りゅうのはどう”!!」

 

 だが、すんでのところでアルカのモトトカゲのドラゴンエネルギーがぶつかり、軌道をずらした。

 その隙に、客もスタッフたちも次々に施設から逃げていく。

 

「落ち着いて避難してくださーい!! 出口は一つじゃありません、殺到しないで―ッ!」

「まだ逃げ遅れた人は居ねーッスか!!」

「これこれ、親御さんとはぐれたのか? 大丈夫じゃ。ワシが探してやろう」

 

 3人が救助を行う中、空では──2匹の竜が再び対面していた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

 

 ──ひにくだね ゆめにすがっても あなたととべなかったのに いまこうしてまた とべるなんて

 

「……ラティアス。ちょっと手荒になるけど、良いよな?」

 

 ──うん もう おわらせてあげて やさしかったかれに もどしてあげて

 

 メグルはニンフィアを繰り出す。

 アブソルは先ほどのギガオーライズで消耗しきっており、これ以上の戦闘は負担が大きすぎる、と判断したのだ。

 実際には、夢の中でも錆びた刀の力を行使していたのもあり、メグルが想定していた以上にアブソルの体力はもう残っていない。

 そのため、最後に頼れるのは相棒の彼女だけだ。

 

「オーライズ”アブソル”……これで終わらせるぞ!」

「ふぃーっ!!」

 

 まばゆい光を放ち、ニンフィアの身体にオーラの翼、そして霊魂が纏わりつき、それが鎧となる。

 そして──狙うはヒコマヤカシだ。

 ヒメマボロシが”りゅうのはどう”を放ち、ニンフィアが影の剣を作り出して次々に空中に浮かび上がらせる。

 今度は夢ではなく現実だ。捉えれば、倒せない相手ではない。

 しかし、骸の身体の竜は周囲にバリアを展開し、2匹の攻撃を受け止めて弾き返してしまう。

 

「そんなっ……!?」

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

 すぐさまヒコマヤカシの周囲に影の弾幕が浮かび上がった。

 そして周囲はいきなり霧に包まれ、何も見えなくなってしまう。

 

「何だ!? どうなってる!?」

 

 ──すがたが いくつもみえる……!

 

【ヒコマヤカシの──】

 

 そのまま高速でヒコマヤカシはヒメマボロシに突貫していく。

 

 

 

【──ミストゴースト!!】

 

 

 

 4つに別たれた分身が高速でヒメマボロシに突撃した後。

 全員がその両腕からビームを放ち──彼女を撃ち落とした。

 ぐらり、とヒメマボロシの身体は揺れ、落ちていく。

 

「おいっ、しっかりしろラティアス!!」

 

 ──あっぐ──

 

「くそっ、今のがあいつのオオワザか!! ニンフィアッ!!」

「ふぃるふぃーっ……!!」

 

 ぎゅう、と彼女を抱きしめる。

 しかし下は硬い瓦礫の山。

 落ちれば全員助からない。

 

 

 

「──シャワーズよ、頼むぞ!」

 

 

  

 その時だった。

 巨大な泡が膨れ上がり、ヒメマボロシを、そしてメグルとニンフィアを受け止める。

 それは衝撃を全て吸収し、彼らを無事に地面の上へと戻すのだった。

 

「……た、助かったぜリュウグウさん……!」

「なぁに造作もないことじゃよ。それよりマリゴルドの所為でオヌシ達に迷惑をかけたこと、お詫びさせてくれい」

「リュウグウさん……!」

「ワシも今となっては自分の選択が正しかったかは分からん。自然に配慮し開発を滞らせることが正しかったのか、それとも……開発を進めることが正しかったのか。結果的にワシの選んだ道はマリゴルドを孤立させてしまった」

「……俺にも何が正しいか分かんねーけど……でも、目の前で泣いてる誰かを助けるのはきっと、正しい事だと俺は思う」

「そうじゃのう。先ずは目の前のヤツをどうにかせんとな」

「ぷるるるるー」

「ふぃーあ!」

 

 ニンフィア、そしてシャワーズが並び立つ。

 そしてメグルは空を見上げた。ヒコマヤカシはまだ、飛びながら地上を爆撃し続けている。

 今度は、外の自然公園の方へと向かうのが見えた。

 

「……逃がすかよ」

「行くのか?」

「ええ。ラティオスを……せめて安らかに逝かせてやりたいんです」

「少し見ない間に立派になったのう」

「まだまだですよ」

 

 ──わたしも ねむらせてあげたい かれを

 

「……ラティアス」

 

 ヒメマボロシは目を瞑る。

 その身体が一瞬だけ、ラティアスのものへと戻っていく。

 幻影による見せかけの姿ではあったが、少しだけ彼女の目は穏やかになっていた。

 

 ──メグル きみのおかげで すすむことのつよさを わたしはしれた かこにはもどれないことも わかった

 

「……ラティアス」

 

 ──だからさいごに わたしに ちからをそそいでほしい

 

 ポケットが熱い。

 今度は、キーストーンが熱を帯びて輝いている。

 そしてラティアスの体内にある”こころのしずく”がそれに共鳴し、メガストーンのマークが現れる。

 

「ッ……ラティアス!! 俺は……飛ぶよ。あいつを助けたい!!」

「ふぃるふぃーあ!」

 

 ──メグル ニンフィア わたしの つばさに なって わたしは もういちど とんでみせる!

 

 キーストーンをメグルは握り締める。

 そして──それをヒメマボロシ、否──ラティアスの方に向けた。

 

「……へっ、此処まで来たら細かい事なんて気にしてらんねーよな!」

 

 メグルは彼女の背に乗る。

 ラティアスは勢いよく飛び出し──

 

 

 

「……きっとこれを、人は奇跡と呼ぶのじゃろう」

 

 

 

 ──空で光り輝く。

 

 

 

 

 

【メグルのキーストーンとラティアスが反応した──!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話:夢幻のその先へ

 冷たい。

 暗い。

 何もかも分からない。

 周囲から敵が迫ってくる。

 振り払わねば。

 ああラティアス。

 俺のラティアス。

 お前は今どこにいる?

 もう、俺は何も見えはしない──

 

 

 

「──待ちやがれ──ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ヒコマヤカシ目掛けて一筋の閃光が飛んでくる。

 紫色のラインが刻まれた音速の竜──メガラティアス。

 キーストーンの力によって目覚め、メガシンカを果たしたラティアスの姿である。

 

 

 

【メガラティアス むげんポケモン タイプ:ドラゴン/エスパー】

 

 

 

「いつまでも彼女を泣かせてんじゃねーぞ、伊達男!! 今すぐ目ェ覚まさせてやるよ!!」

「ふぃるふぃーあ!!」

 

 ──だいじょうぶ ひとりじゃない わたしはいま ここにいるから!

 

 メグル達に殺意の視線を向けたヒコマヤカシは早速高速で突貫する。

 しかし、ラティアスも負けてはいない。

 それを躱すと、すぐさま”りゅうのはどう”を翼から放つのだった。

 すぐさま態勢を立て直したヒコマヤカシも空中で身体を翻すと、シャドーボールを幾つも放ち、誘導弾のように飛ばしていく。 

 

「ニンフィア、シャドーボール! 撃ち落とせ!」

「ふぃー!」

 

 だが、ニンフィアも負けてはいない。

 オーライズによってタイプ補正が掛かったシャドーボールが、正確にラティオスの誘導弾を相殺していく。

 

 ──もっととばす! ふりおとされないように!

 

「あったぼうよ!」

「ふぃるふぃーあっ!」

 

 激しいドッグファイトを繰り返し、二匹は空中でぶつかり合う。

 

「オオワザ”あかつきのごけん”だ!!」

「ふぃーっ!!」

 

 そして拮抗状態を崩すべく、メグルはオージュエルを握り締め、オオワザをニンフィアに命じた。

 影の剣がラティアスの周囲を舞い、ヒコマヤカシ目掛けて次々に飛んで行く。

 だが、ヒコマヤカシもまた、空中で留まったまま周囲に霧を展開し、目晦まししようとする。

 目で操作し、思ったところへ飛んで行く”あかつきのごけん”は、対象が見えなくなれば当たらなくなってしまう。

 

 ──させない! そのわざは みきった!

 

【ラティアスの ミストボール!】

 

 霧は晴れた。

 ラティアスの放った大玉のエネルギー弾が爆ぜて、逆にヒコマヤカシの周囲を霧で覆い隠すのだった。

 

「──いっけぇぇぇーっ!!」

「ふぃるふぃーあ!!」

 

 そこに、幾つもの影の剣が突き刺さる。

 憎悪も怒りも、悲しみも、全て断ち切るかのように五本の刀がヒコマヤカシを切り刻んでいく。

 

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

 しかし、それでもまだヒコマヤカシは止まらない。

 刀が突き刺さったままの姿で、ラティアスに”りゅうのはどう”を浴びせかける。

 右羽根に直撃。その身体が傾いた。

 

「ラティアス!」

 

 ──しんぱい いらない かれのくるしみにくらべれば

 

「ッ……」

 

 ──ねえ おぼえてる? わたしたち ずっとちいさいころから いっしょだったよね

 

 ヒコマヤカシは再びシャドーボールを展開する。

 

 ──きみのとぶすがたが とても すきだった きみもわたしのとぶすがたが すきだった

 

 それをラティアスは再び”りゅうのはどう”で撃ち落とす事で防ぐ。

 速度も、火力も、耐久も。既にメガシンカの力で彼女が上回っている。

 憎悪に心を封じ込められた骸に、負ける理由など何処にも無かった。

 

 ──ありがとう きみがあのときまもってくれたおかげで このひとたちとわたしはあえた

 

「しゅわぁぁぁぁーん!!」

 

【ヒコマヤカシのラスターパージ!!】

 

 太陽の如く激しい光がヒコマヤカシの身体から放たれる。

 熱量を持ったそれは、メグル達を消し飛ばすべくゆっくりと近付いていく。

 

 ──このひとたちとあえて わたしは とてもしあわせだった くいなくいける

 

【ラティアスの──】

 

「ニンフィア、もう一度……力を振り絞れ!! オオワザだ!!」

 

 ──だいじょうぶ いっしょにいけば こわくないよ

 

【ニンフィアの──】

 

 

 

 

【──ミストボール!!】

【──あかつきのごけん!!】

 

 

 

 ──霧の弾が巨大な光を打ち消した。

 そして、今度こそ、五本の刀がヒコマヤカシの身体を切り裂き──貫いたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 大丈夫。

 怖くないよ。

 私がずっと一緒に居るよ。

 安心して。

 守ってあげられなくてごめんね。

 痛みを分かち合えなくてごめんね。

 今度はずっと、私がいるから。

 傍にいてあげるから。

 私は此処にいるよ、ラティオス。

 しっかり私は見えているよ。

 大好きだよ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 竜の骸は──博覧会の会場に叩きつけられ、砕け散る。

 その身体を繋いでいた霊気も”あかつきのごけん”によって断ち切られ、バラバラになった。

 後に残るのは、赤黒く濁った”こころのしずく”だけだった。

 メグルとラティアスはすぐにヒコマヤカシが落ちた場所に急ぎ降り立つ。

 そして──変わり果てたその遺骸を、ラティアスは抱き締めるのだった。

 

 ──だいじょうぶ だいじょうぶだよ ラティオス

 

「……ラティアス」

 

 ──……うん わたしも すぐに いくから

 

 メガシンカの光が解けて。

 ラティアスの身体も再び色を失っていく。

 

「メグルさんっ!!」

「すごい音が聞こえた──!」

 

 アルカが、そしてノオトも駆け付ける。

 その頃にはもう、ラティアスの身体もボロボロに崩れ落ちていた。

 

 ──もう じかんが ないみたいだね

 

「……ラティアス」

「……こんなのってねーッスよ……折角、友達になれたと思ったのに……!」

「お前ら。これで良いんだ。これが……あるべき形なんだ」

「でもメグルさんだって!! 泣いてるじゃねえッスか!」

 

 メグルは──思わず目を袖で拭う。

 

「泣いてなんかねーよ!! ちょっと……目から汗が出ただけだ」

 

 そう言ってしまうと、次から次へとぼろぼろと涙が出て来る。

 

「ふぃー……」

 

 ニンフィアも釣られて泣いてしまっているようだった。

 分かってはいたが──やはり送り出すのは辛い。

 もっと一緒に居たかった。

 もっと話していたかった。

 名残惜しいのは、この場に居る全員だ。

 

 ──ねえ メグル わたしは たびがよかったとおもえるのは いいけつまつをむかえたときだけだ っていった

 

「……ああ」

 

 ──そういういみでは わたしは いいおわりかたを むかえられたかもしれない

 

 再び、あの写真のように二つの竜骸は横たわる。

 

 ──わたしのたびの おわりを きみたちに みてもらえる これいじょうないしあわせだわ

 

「あっ……」

 

 メグルは声を上げた。

 2つの竜骸が消えていく。

 砂のように崩れ落ちて、天高く昇っていく。

 

 ──おわかれの じかんが きちゃった わたしも かれも いかなきゃ いけないみたい

 

「……ラティアス。ラティアス!! もう帰ってくるんじゃねえぞ!! ……立派な彼氏とずっとずっと、何処までも飛んで行けよ!!」

「そーだよ!! 離しちゃダメなんだからね!!」

「約束ッスよーっ!!」

 

 ──うん やくそくする

 

 竜骸は、跡形もなくその場から消え去った。

 最後に残ったのは2つのこころのしずく。

 それらは寄り添うように転がった後、音もたてずにぼんやりと──消えていくのだった。

 

 

 

 

 ──さようなら みんな よい たびを

 

 

 

「……じゃあな、ラティアス。達者でな」

「ふぃるふぃー……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『デイドリーム計画の裏で多数の不正及び、大規模的なテロを企てていたとしてサイゴク警察当局はマリゴルド氏を緊急逮捕しました──』

 

 

 

「……終わったな。ぜーんぶ」

「そうだねぇ。夢みたいな3日間だった」

「ウソみてーッスよ、本当に」

 

 テレビの報道を見ながら、メグル達は嘆息する。

 事後処理にリュウグウと共に立ち会ったメグル達は、マリゴルドが逮捕されたことも知っている。 

 デイドリーム計画の事は表向きには”テロ”として処理され、マリゴルドが塀の中から出て来ることはもう無いだろうとのことだ。後先もなさそうだし。

 いずれにせよ彼は、ポケモンの暴走を招いたGSフェス、そして彼が計画していた数々の陰謀の責任を取らされることになるだろうとのこと。

 この件で流石に落ち込んでいたリュウグウではあったが、これからも度々に面会に行くと言っていた。

 

「……リュウグウさん、大丈夫かなあ」

「まあ、友達があんなことになっちまったのは残念ッスよねえ」

「うん……もっと他に無かったのかなあ」

「さあな。過去はやり直せねえし、未来の事も分からねえ」

 

 メグルはぐいっ、とエネココアを飲み干すと立ち上がる。

 ニンフィアが機嫌良さそうに「ふぃー♪」と頭をこすりつけて来る。

 

「だから俺は全力で生きるとするぜ。こいつらが居る、今を……ラティアス達の分までな」

「……おにーさんにしては、良い事を言いましたねっ!」

「ああっ! 俺は、残りのおやしろを全部回るっていう使命があるんだからな!」

「ふぃるふぃーあ!」

「そうだね。いつまでも落ち込んでられないよねっ!」

 

 ポケモンセンターを出て、遠くの地平線を眺める。

 あの先に、砂漠の町・クワゾメタウンがあるのだ。

 

「ところでおにーさん。結局キーストーンってどうしたんですか?」

「ああ、実はな……この通りだ」

 

 メグルはアルカに右の手首を見せつける。

 そこには、キーストーンが埋め込まれていた。

 

「メガリング、だよね!?」

「ああ。リュウグウさんが今回のお礼にって。キャプテンも同じものを使うみたいでさ。更に、オージュエルもこの通り」

 

 メグルはもう左の手首を見せた。

 こちらは、違う色のバングルが嵌められており、そこにオージュエルが埋め込まれている。

 

「こっちがメガリングなら、こっちはオーバングルってところか? これで持ち歩く手間が少しは省けるってもんだぜ」

「でもメグルさん、あんたまだメガストーン持ってないじゃねーッスか」

「っ……それは、これから見つけるんだよ!」

「メガストーンって何処にあるんだろうね」

「さあな。それも旅のお楽しみだ!」

「ふぃるふぃーあ」

 

 ニンフィアが嬉しそうに鳴いた。

 

「でもおにーさんの手持ちでメガシンカするポケモンってアブソルなんじゃ」

「えっ」

「そういえばそうッスね。ギガオーライズも出来るし、メガシンカも出来るんじゃねーッスか、アブソルって」

「えっ」

 

 爆弾が両者から投下される。

 すぐさまニンフィアの顔が曇った。

 

「……フィルルルル」

「待て。待つんだニンフィア。ステイ。ステイホーム!!」

「あーあ、お姫様怒っちゃった」

「オメーらの所為だ馬鹿野郎!! クソが!!」

「サイゴクのアブソルってメガシンカ出来るのかなぁ」

「出来るのは出来るらしいッスよ、アケノヤイバがモロにメガアブソルじゃねーッスか」

「おい!! お前らの所為でコイツ、ブチのギーレェじゃねえか!! どうしてくれんだ!!」

「フィッキュルルルルィィィ」

 

 ニンフィアに追いかけ回されるメグル。

 そのまま怒った彼女に、メグルは地面に押し倒されてしまう。

 

「よし分かった。落ち着こうニンフィア。此処は冷静に、だ。良いか? 前も言ったよな? 一番のパートナーはお前だって」

「なんかめっちゃ浮気してるヤツの言い草ッスね」

「あの映画の男も似たようなこと言ってたよ」

「うるせー水を差すな!」

「フィルルル!!」

「待て待てリボンを絡ませるんじゃない、首が締まっちゃうおじさんになっちゃうから!! マジで!! やめて!!」

「フィルルルル!!」

「うわーん、だってメガニンフィアなんて居ねーんだから仕方ねーじゃん!! ……ん?」

 

 メグルは──ふと、空を見つめる。

 2つの飛行機雲が仲良く、空に軌跡を描いていく。

 

「ふぃ?」

 

 ニンフィアもそれに気付いたのか──見入っている。

 

「どーしたんスかー?」

「いや、でっけー飛行機雲だなーって」

「何にも見えませんよ、おにーさん。何言ってるんですか?」

「え」

 

 メグルは目を擦り──もう一度、空を見つめる。

 飛行機雲はとっくに消えていた。

 

「……っはっははは! そーかそーか! 仲良さそうで良かった!」

「ふぃーあ!」

「えっ、何笑ってるんですかこの人」

「なーんでもねーよ!」

「ふぃー♪」

 

 メグルとニンフィアは起き上がる。

 きっとあの二匹は今も、空を飛び続けているのだろう。 

 そう思うと元気が湧いて出て来るのだった。

 彼らの旅はまだまだ続く。続くったら続く。

 

 

「……次の町に行こうぜ、皆!」

「ふぃるふぃーあ!」

 

 

 

 

 

 

 ──第肆章「夢幻異聞デイドリーム」(完)

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

▶はい

 

 

 

いいえ

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──そうですか……メグル君たちが例の事件に」

「うむ」

 

 

 

 ──後日。

 シャクドウシティ・キャプテン代理ユイはリュウグウから今回の事件の顛末を聞いていた。

 

「……さて、ユイ君。未だにサンダースからは……」

「認められて、ないですね……」

「うむ……」

 

 周囲に重い空気が漂う。

 ヌシポケモンから認められることが、キャプテンになる条件だ。

 しかし、ユイは未だにサンダースから認められておらず、キャプテン代理の立場に甘んじている。

 

「あたしが電気使いとしてもっと精進しなければいけないのは確かなんですが……どうすればいいのやら」

「一度、君も修行してみるのはどうだね? 他の地方に」

「他の地方に、ですか?」

「うむ」

「で、でも、テング団がおやしろに襲ってきたら……」

「その間はワシが居る。どの道、今”すいしょうのおやしろ”は無いも同然じゃからのう」

「……すみません」

「ただ、単に修行に行けと言っちょるのではないぞ」

「と言うのは?」

 

 ユイの問いに、リュウグウは眉を顰めた。

 

「……フェスの時、マリゴルドのヤツが言っていたのじゃよ」

 

 

 

 ──リュウグウ。あのサーカスで出した化石ポケモン達は……野生で捕まえたんだヨォ。ガラルのカンムリ雪原でネェ。

 

 

 

「……ガラル地方、カンムリ雪原……!」

「うむ……そこに居る古の雷獣達を捕えてくるのじゃ。きっと、オヌシの力になるやろうな」

「……確か、父さんがついぞ捕まえられなかったって言ってた──」

「そうじゃ。非常に危険な戦いになるじゃろう。しかし、サンダースは求めているのかもしれぬ。父をオヌシが超えることを」

「……」

 

 ごくり、とユイは息を呑む。

 カンムリ雪原は寒冷地として知られている場所だ。

 最近になって多少豊かにはなったらしいが、以前は作物も育たない死の大地だったという。

 

 

 

「行ってきます、リュウグウさん。カンムリ雪原に!」

 

(古の雷獣……捕まえて、ヌシ様に認めてもらうんだから……!)

 

 

 

 ──TO BE CONTINUED……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編:ニンフィアと愉快なフレンズによる緊急会議

同時上映と言いますか、これを書いてる時点では五章の途中だったのですが、あまりメグルと手持ちの絡みが書けてないので書きました。


「ふるーる? ふるるー♪」

 

 

 

 ──甘え上手の常か。

 トレーナーのメグルから溺愛されるようになるのも、時間の問題であった。

 二人っきりになると、アブソルはお腹を見せて服従のポーズをするのである。

 いいよー、おいで運命の人ー♪ と言わんばかりに前脚を広げて誘惑するのだ。

 どんなに高潔なトレーナーであっても、もふもふには敵わないのである。

 すぐさま彼はアブソルのお腹に顔を突っ込み、思いっきり抱き締めるのだった。

 アブソルの方も嬉しそうに脚全部でメグルの身体をがっちりとホールド。

 いつも良いシャンプーで洗ってあげているからだが、とてもいい匂いが鼻腔から突き抜ける。犬吸いだなんて言葉があるが、いざ享受できる立場に立つと、二度と離れたくなくなる極楽だ。

 

「ふるるー♪」

「あああああああ、至福のひと時!! ニンフィアは絶対にさせてくれねえからな……」

「ふるるるー♪」

 

 アブソルも全く嫌がる素振りを見せないどころか、ウェルカモ──ではなかったウェルカム状態。

 運命の人・メグルにされて嫌な事など一つもないのである。

 

「ふるーる♪ ふるるるー♪」

「これこれ愛いヤツめ、愛いヤツめ!」

 

 ぐりぐり、と頭を擦りつけると、アブソル側もメグルの頭に自らの顔を擦りつける。

 完全にラブラブ。誰にも付け入るスキはない。そんな幸せな光景を遠巻きから、悪魔のような形相で見つめる影があった。

 

「フィッキュルルルィィィィ……!!」

 

 ニンフィアは激怒した。必ず、泥棒犬(犬かは微妙なライン)を除かねばならぬと決意した。

 彼女はキィィィンと音を立ててハイパーボイスの充填に掛かる。正妻は私。浮気相手の泥棒犬は滅すべし。ついでに浮気者の主人も滅すべし。

 こんなに嫉妬している彼女だが、そうは言っても進化してからは好意をストレートに示すようになったので、メグルからはかなり構って貰っている方である。

 だが、それでも、彼がアブソルを可愛がっているのは納得が行かないのである。とんだワガママお姫様であった。

 それを止めようとするのは何時もバサギリ、オドシシの古参勢。こんな所でぶっ放せば、部屋が全壊しかねない。その威力を身を以て知っている二匹は彼女を全力で部屋から引き剥がす。

 

「ブルルルゥ!! ブルルルゥ!!」

「グラッシュ!! グラッシャーッ!!」

「フィーッ!! フィッキュルルルルィィィィ!!」

 

 最後まで喚くニンフィア。

 彼女はそのまま二匹に連行されていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

※便宜上、此処からポケモンの会話(意訳)が始まります。

 

 

 

「──緊急会議を始めますッ!!」

 

 

 

 キャンプの最中、アルカやノオトのポケモン達が遊びに行く中、ニンフィアは他の手持ちを皆揃えて目の前に並べさせる。

 彼女は激しく後ろ脚でスタンピングしながら、全員の顔を見た。メグルのスタメンたちがそこには並んでいる。

 

「ケッ、また姫様がよく分からんことを言い出したぜ。下らねえ議題だったら帰るぞ俺ァ」

 

 ──荒くれものの用心棒・バサギリ。

 

「まあまあ、姫にとっては重要なことですので……此処は一つ、お付き合い願いますぞバサギリ様」

 

 ──みんなの忠臣・オドシシ。

 

「姫様の事だ、どうせまた大親分の事なんだろう? 巻き込まれるオレ達の身にもなっとくれよ」

 

 ──偽竜の怪”知”担当にしてオレ系姉御・シャリタツ。

 

「オデェ、難しいことはわがんねぇけど、お姫様が良からぬこと企んでるのは分かるべ、どうせ大親分とアブソルの事だべ」

「シッ!! 黙っておきなラッシャ。姫様の()()で瞬殺されても知らないよ。今はもっとアホのフリしときな!!」

「オデ ハラヘッタ」

「そこ全部聞こえてんのよ!!」

 

 ──偽竜の怪”暴”担当にして子分・ヘイラッシャ。

 

 

 

「題は、メグルがあたしを構ってくれない問題!! 最近あいつ、アブソルばっか吸ってるんだよ!? あたしのことを吸ってくれてもいいじゃん!! あたしの何がダメなの!?」

 

 

 

 そして──凶暴リボンお姫様・ニンフィア。

 

「大体あんた達は悔しくないの!? もっとメグルに甘えたりしなさいよ!」

「俺があいつに? やめろ、身の毛がよだつ!」

「私はいつもご主人様を乗せていますので、その時にブラシも掛けてもらいますな」

「オレはよく、一仕事した後にオヤツ貰うけど……ラッシャが居れば別に何も不足はないな」

「オデェごしごし身体洗ってもらうの好きだべ」

「こいつら……」

「あんたが大親分の事好きすぎなだけだよ、どう考えても」

「メグルはあたしのモノなんだもんっ!!」

「オメーのモンじゃねえよ」

「そして姫……申し訳ないのですが、アブソル様に水をあけられているのは残念でもないし当然かと」

 

 早速物申すのは忠臣・オドシシ。

 主人のメグルの足代わりであり、ニンフィアにも忠誠を誓う物腰柔らかな古顔である。

 そんな彼だからこそニンフィアの敗因はきちんと理解していた。

 

「──姫は、聊かお転婆が過ぎるかと」

「はぁ!? 何でこのあたしが!? あたしはメグルのパートナーなんだよ!?」

「……うっかり変な所を触ったら殺されると御主人から思われているのでございます」

「何でよ!!」

「日頃の行いだろオメー」

「日頃の行いでございますな」

 

 

 

【ニンフィアのハイパーボイス!!】

 

【バサギリとオドシシは倒れた!!】

 

 

 

 ──屍が転がっていた。姫の前で余計な事を言いすぎたのである。只でさえ暴君だったニンフィアは、ハイパーボイスを身に着けたことで、バサギリでも下手をすると返り討ちに遭うようになってしまったのだ。

 

「さーて次は誰が喋るのかしら♪」

「大親分、飯くれるし、オデ大親分が好き」

「あんたに聞いてもムダそうね、ヘイラッシャ」

 

 いつも通りぼんやりした顔をしているヘイラッシャ。

 その口の中に入っているシャリタツが、ズバリとニンフィアに突きつける。

 

「──そりゃあアンタ、やっぱ媚び媚びに媚びるしかないだろ」

「媚びる!? 今でも結構媚びてるのよ!? どうすればいいの!?」

「……そりゃあ、アブソルみたいにすれば──」

「嫌よ! あいつの真似をするなんて! それにメグルは、アブソルのモフモフが好きなんだもん!!」

 

 ニンフィアは思い出す。

 イーブイの頃は、よく首元のモフモフをメグルが触ってくれたことを。

 

「進化してから、あたしの魅力、無くなっちゃった……あたし、このままメグルに構って貰えないんだ……」

「さあ、メグル様は時間が空けば我々共に構っているように見受けられますが」

 

 ハイボから復活したオドシシが言った。なかなか1匹1匹に構う時間が無い分、時間がある時メグルは全員をボールから出し、時にポケモンの飼育本を片手に彼らのブラッシングやシャワーをしてやるのだった。

 特にヘイラッシャは、専用のブラシをポケモンセンターから貸してもらい、わざわざ水を掛けながら洗ってやっているくらいである。ユイにトレーナーの基礎を叩きこまれただけあって、メグルは基本に忠実だった。

 

「それじゃあ足りないよ! あたしが一番だもん!」

「じゃあ一番になれる努力をしな、お姫様。一番ってのはねぇ、駄々こねて掴める程簡単なモンじゃないよ!」

「シャリタツ……」

「オレだってね、コイツを捕まえるまで時間が掛かってね。なんせコイツ、他のシャリタツとオレを見分けられないから……」

 

 ニンフィアは顔を顰める。

 それはこの2匹の関係性に大分疑問が生じる発言であったことは否めない。

 

「……あんたひょっとしてシャリタツなら誰でも良いの? ヘイラッシャ」

「オデェ、親分が一番だべ」

「今は見ての通りだよ! こないだ間違えてミガルーサを口ン中に突っ込んでたけど!!」

「間違え方がダイナミック過ぎるのよ!! 多分それあんたの顔覚えてないわよコイツ!!」

「うまかったべ」

「食ったの!?」

 

 尚、ミガルーサは切り身を残して逃亡したので無事である。犠牲者は居なかった。

 

(ダメだわ……全くと言って良い程参考にならない……!)

 

 パーティ内で唯一カップルとも言えるヘイシャリ。しかし、如何せんヘイラッシャがなかなかぼんやりしているので、彼からシャリタツへの矢印の向き方が迷子なのだった。

 このままでは、アブソルに勝つ方法など思い浮かぶはずもなかった。そんな矢先。

 

 

 

 

「ねーねー、皆何の話してるのぉー?」

 

 

 

 甘ったるい声が響き渡り、皆は振り返る。メグルの手持ちで、唯一この会議に参加していないポケモンが居た。

 

 

 

「私もぉ、混ぜて混ぜてー♪」

 

 

 

 ──皆の妹にして暫定エース格・アブソルであった。

 彼女は無邪気に笑いかけると、ニンフィアの方にたたっ、と駆け寄り、顔を擦りつける。

 まさに宿敵とも言える存在であるアブソルだが、いざ対面すると邪険に出来ないニンフィアであった。

 

「ッ……ア、アブソル」

「ねーねー、ニンフィアちゃんー! 遊んで遊んでぇー♪」

 

 アブソルが少し力を加えると、ニンフィアはすぐ地面に押さえつけられてしまう。

 想像以上に彼女の力が強い事に軽い恐怖を覚えながらも、ニンフィアは必死の抵抗を試みる。

 だが、可愛い妹分に甘えられて満更でもなく、結局良いようにされてしまうのだった。

 

「ば、ばかぁっ、いきなり押し倒すな! あんた、最近あたしよりデカくなってきてない……!?」

「成長期ですからな」

「ケケッ、お姫様もアブソルの前じゃあ形無しだな。これじゃあいつまで経っても勝てそうにねーぜ」

「うるさい、うるさーい! かてるもん!」

「何? 私と勝負したいのぉ、ニンフィアちゃん」

「やめときなアブソル、流石に()()で一発だよ」

「何言ってんのシャリタツ! アブソルに、ハイパーボイスなんて使える訳ないじゃない!」

「俺達には平気で使うのにな!!」

「仲の良い事は善いことでございます」

 

 この時点で敗北確定である。

 

「……アッサリ諦めろお姫様。お前生きてる限り絶対そいつにゃ勝てねえ」

「むぐぐ……!」

「好き好きー♪ 皆も大好きだよー♪」

 

 ニンフィアから離れると、順々に他のポケモンにも甘えていくアブソル。

 あのバサギリでさえ彼女を邪険にせず背中に乗せている辺り、天性の魔性なのだろう。

 誰もアブソルに勝つことが出来ないのである。

 

「……ねー、アブソル。一つ聞いて良い?」

「なぁーに?」

「何でそんなにメグルの事が好きなの?」

「──夢で見たからだよっ」

 

 あっさりとアブソルは言い切った。

 

「運命の人の事も、皆の事も♪ とっても優しくて、強くて、カッコいい皆と出会うんだって、ずっと楽しみにしてたんだぁ」

「あたし……あんたら(サイゴクアブソル)の、夢だとか予言だとかを重く見る所だけはよく分からないわ……あたし、予知使えないから」

 

 言わば、刷り込みのようなものであった。

 これは彼女に限らず、サイゴクのアブソル全体に言えることだが、時期によっては生まれてすぐのうちに”運命の相手”を予知夢で見るのだという(ノオトは”一目惚れ”と推測していたが、ハズレである)。

 だがもし、未来予知が使えたとして。あのやさぐれた研究所の生活で、メグルとの出会いを予知できたとして。彼の事が此処まで好きになれたか、と言われればニンフィアは間違いなく首を横に振るだろう。

 

(分からないから面白いことだってあるのよ、アブソル。未来が全部分かってたら、あの時の出会いはあんなに鮮烈に頭に焼き付いたりしないもの)

 

 ニンフィアは思い返す。最初のトレーナーに怖がられ、研究所に突き返され、その後不貞腐れながら過ごしていた研究所での日々の事を。

 

 

 

(ねえメグル。()()()あたしを抱き締めた貴方が……あたしにとってどんなに輝いて見えたか、きっと貴方には分かりっこないんでしょうね)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふぃるふぃー」

 

 

   

 ごろん、とベッドに寝転がり、服従のポーズ。

 結局──ニンフィアは可愛い妹分のやり方に倣うことにした。

 身体を全部曝け出し、何をされても許すと言わんばかりに。恥ずかしいので彼から顔を反らしてしまったが──メグルは、すぐさま食いついた。

 

「……もしかして、すっごく甘えたい気分?」

「ふぃー……」

 

 分かってるならさっさと来なさいよ、とニンフィアは体全部を投げ出したまま前脚を伸ばす。

 すぐさまメグルもベッドに寝転がり──彼女を抱きしめたのだった。

 アブソルのように長い体毛ではないが、きめ細やかでガラスのような短い体毛が安らぎをメグルに与える。

 こちらを見つめる宝石のような目は、見ているだけで吸い込まれそうだ。

 

「進化してから……本当に綺麗になったなニンフィア」

「ふぃっ!? フィー……!!」

 

 褒められるとむず痒い。自分が彼の一番のパートナーであることを、自覚させられる。

 

「ほんと、こうして大人しくしてると作り物みたいだ……妖精だから当然か」

「ふぃ?」

「お前といると、すっげー落ち着く……」

「ふぃきゅるるる」

 

 思わずニンフィアは、メグルの身体をリボンで包み込む。

 それだけで、足りない足りないと飢えていたハートは満たされていく。

 

(こんなんじゃ許さない。許さないんだから、メグル……♪)

 

 ぎゅう、と抱き寄せる力は自然と強くなる。

 結局──何事も素直が一番なのだ、と学んだニンフィアであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編:サンクスデイ戦線待ったなし

バレンタインにちなんだお話。頭空っぽにして読んで下さい。


 ──サンクスデイ、と言う言葉がある。

 要するにポケモンが存在する世界におけるバレンタインデーのことだ(出典:ポケモンマスターズEX)。

 メグルの居た世界と違って、この世界にはバレンティヌス司教が居ないので、このような名前になったのだろうとメグルは考える。

 しかし。この世界においても、シンオウ、カントー、ジョウト、サイゴク、ホウエンといった日本に当たる地方ではお菓子メーカーの弛まぬ広告努力とメディアのおかげか、見事にサンクスデイは好きな人にチョコを送る日と化していたのだった。

 悲しいかな、いつの時代も人は恋愛と言うものに弱いのである。

 カップルポケモンのワッカネズミのCMでチョコレートが宣伝されているのを見ると、メグルは元の世界で母親以外にバレンタインのチョコを貰ったことがないことを思い出し、泣きそうになるのだった。

 

「おにーさん、何で悲しそうな顔してるんですか?」

「いや……この時期になるとちょっと、おセンチになっちまってな……」

「サンクスデイねぇ、いやーモテる男には辛い季節ッスねえ」

「何で辛いの?」

「う”っ(1ダメ)」

「好きな人に女の子がチョコを渡すのが定番なんスよ。モテるとチョコをいっぱい貰い過ぎて困っちゃうってわけッス」

「う”っ(2ダメ)」

「ボクそういうの疎いから知らなかった。お世話になってる人に感謝を伝える日とだけ教わってたからさ」

「オレっちも貰ったことがあって……その時たまたま彼女居たから断っちゃったんスけどねぇ」

「う”っ(3ダメ)」

 

 メグルは地に臥せた。効果抜群、急所に当たった。

 

「おにーさん、大丈夫ですかぁ!?」

「なんか理由は分かるんで放っておくッスよ。いやー、サンクスデイって良い日ッスねー」

 

(ま、丁度その3日後に、彼女が浮気してたのに気づいたんスけど……)

 

 強がりであった。これを素直に言えれば、まだメグルも救われていたのだが、見栄を張ってしまったのがいけなかった。メグルの心にはどんより雲がかかったまま。

 結局の所、誰も幸せにならない哀しい事件だった。

 

「まーでも、生きてて一回も女の子からチョコ貰ったことない人なんていないと思うッスけどねえ」

「うっぐ、ひっぐ、うっぐ……」

 

【特性:ライトメンタル】

 

「あれっ? 何でメグルさんが泣いてるんスか? ライトメンタルはオレっちの専売特許ッスよ?」

「さっさと処分してよ、そんな専売特許」

「いや、ちょっと……雨が降ってきてな……」 

 

(まさかバレンタインの悪しき風習が、この世界にも根付いているとは……クソったれ、何で異世界転移してまで惨めな思いをせねばならんのだ……許せねー!!)

 

 その時、ぽん、と音を立ててニンフィアがボールから現れる。

 最早勝手に彼女が現れるのはいつもの事だが、メグルの心情を察したのか「元気出してー♪」と言わんばかりに背中に抱き着いて来た。

 しかしメグルにとっては何の慰めにもならなかった。

 

(……浮かれた奴等と、それに乗っかれない惨めな自分……後勝手に同情してくる連中。バレンタインってマジでキライだったな)

 

 はぁ、とメグルは溜息を吐く。

 

「良いかオメーら。俺はチョコレートって食いモンが世界で一番嫌いなんだ」

「え、初耳なんスけど」

「たかがチョコなんぞを、あげた貰ったで盛り上がるバレンタイ──じゃなかったサンクスデイも大ッッッキライなんだよ、二度と話題に出すんじゃねーぞ」

「あっ、何処行くんスかメグルさん」

「買い物!! こっからは自由行動でいーだろ? 飯時になったら、レストランに集合!」

 

 露骨に機嫌が悪そうに鼻を鳴らすと、彼はそのままショッピングモールの方へ向かってしまうのだった。

 

「あーあー、そういやメグルさんって非モテだったッスねぇ。まさかあそこまで露骨に嫌がるなんて、よっぽど悪い思い出でもあるんスかねえ」

 

 そう言うノオトもサンクスデイと日付差で嫌な目に遭っているのだが、キャプテンなので泣くのは我慢した。キャプテンじゃなかったら泣いていたかもしれない。

 そんな彼の背中を見ながら、アルカはぽつりと呟く。

 

「……おにーさん、チョコ嫌いだったんだ」

「え? どうしたんスか、アルカさん」

「いやぁさ、聞いてくれる? 本当はノオトにも黙っておくつもりだったんだけどさ」

 

 アルカは思い悩んだ様子で打ち明ける。

 

「……ボク、今日2人に手作りチョコを作ろうと思ってたんだよね。この町ってレンタルキッチンがあるって聞いてたからさ」

「え”っ」

「ほら、サンクスデイって本来は感謝を伝える日じゃん? だからずっと前から考えたんだ。おにーさんも、ノオトも、いつも一緒に居てくれてありがとうー、って思ってて。せめてボクが何か出来ないかなって思ったんだけど」

 

 しゅん、とアルカは肩を落とす。

 彼女なりに感謝の気持ちを伝える為に色々考えていたのだという。

 そこで思いついたのは、ベタだが手作りのチョコを作ることだった。レシピの本も、材料もこっそり買い集めていたらしい。

 故に、メグルがあそこまでサンクスデイ(正確に言えば元居た世界のバレンタイン)に嫌悪感を抱いているとは思わなかったので、計画は御破綻になってしまうのだった。

 

「チョコが嫌いな人ってあんまりいないじゃん。まさかあんなに嫌いだなんて思わなかったよ」

「……メグルさんアレで結構拗らせてそうッスからねえ……」

「チョコじゃなくても、お菓子送ったら嫌がっちゃうかな。サンクスデイも嫌いって言ってたし」

「なーに、気にする必要はねーッスよ。チョコ以外のお菓子送ってやれば文句ねーっしょ? 大体、アルカさんが渡したものなら、手の平大回転で大喜びっしょ」

 

(あの人、アルカさんが好きなのバレバレッスからねえ)

 

 ノオトはけらけらと笑う。幾ら素直ではないメグルでも、アルカに素直に気持ちを伝えられたら邪見にはできないだろう、と思ったのだ。

 

「……サンクスデイは感謝を伝える日だもん、それが嫌いなのは悲しいよ……」

「多分、嫌な事があったんじゃないッスかねえ……」

「……そうだよねぇ……おにーさん変なところで意地っ張りな所があるからなあ……」

「そうだ、アルカさん。オレっちと一緒にお菓子の新しい材料買いに行くのはどうッスか?」

「え?」

「へへへっ、オレっち貰う側だったから、何渡されたら嬉しいか分かるッスよ。あの人のサンクスデイ嫌いを叩き直してやるッス!」

「……ありがと、ノオト! ボク、頑張ってみるよ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(クッソ不愉快だったな……何処を見てもチョコ、チョコ、チョコのセール、どんだけ仕入れてやがんだ、不良在庫になっても知らねーぞ俺ァ)

 

 

 

 ポケモン達の為の買い物を一通り終えた後、メグルは売り場のチョコに目をやると余計に胸糞悪さを募らせていくのだった。

 

 ──久遠(メグルの姓)お前さー、一個もチョコ貰えなかったのかよ。かわいそー。

 

 ──良いんだよ、久遠はお母さんから貰ってるんだからさあ。ヒヒヒ。

 

 ──うるせー、俺はチョコが嫌いだからチョコなんて要らねーんだよ! バーカバーカ!

 

 ──あははは、強がってらー!

 

 これが小学校の頃である。毎年こんな感じだった。今思えばメグル含めて皆ガキだったのだが、チョコ関係で何度いじられたか思い出したくもない。

 

 ──なあ久遠、今日はバレンタインだってよ。

 

 ──俺チョコ嫌いだから二度とその単語を口にするんじゃねえぞ。

 

 ──強がるなよー久遠、モテないヤツ同士仲良くしようぜ──ん? ロッカーに何か手紙入ってる。放課後屋上に来てください? ……わり、久遠。俺一抜けで! ひゃっほーい!

 

 ──……は? 

 

 これが中学校の頃。その友人は次の日から女の子と登校するようになったので、メグルは二度と口を利かなかった。

 

 ──あれ? 久遠今日休みなん? 

 

 ──あいつ去年もバレンタインの日休んでたような。風邪引いたって言って。

 

 これが高校の頃である。最早バレンタインの日に学校に顔を出すのが嫌になるレベルであった。その日は家でずっとポケモンをしていた。

 その点大学は楽だった。バレンタインの時期になると、春休みになっているのだから。

 

「……はあーあ、何でどいつもこいつもチョコなんて──」

 

 

 

「サンクスデイなんてブッ壊せーッ!!」

「サンクスデイはカップルのものじゃなーい!!」

 

 

 

 その時だった。

 街角で「サンクスデイをぶっ壊す」と垂れ幕を掲げた如何にもな集団がこぞって街宣をしている。

 成程、見るからにモテない男達の集まりであった。カップルの祭りになっている本来のものから逸脱したサンクスデイに異を唱えているらしい。

 周りは白い目で彼らを見て通りすがるだけ、賛同する者など居はしない。

 居るとすれば、余程のアホくらいなものだろう。

 

 

 

「──俺も、君達の同志に加えてくれないか?」

 

 

 

 ──居た。アホな男が此処に居た。

 メグルは、デモ隊に正面からつかつかと歩み寄っていく。

 彼らは皆歓喜したように叫ぶのだった。

 

「お、おおお!! まさか、この活動に加わってくれる者が居るとは!!」

「待て。生半可なヤツを私達の活動に加えるわけにはいかない。志を教えて貰おうか」

「──サンクスデイだなんて言ってはいるが、事実上は騒ぎたい奴らが好き勝手騒いでるだけ。オマケにチョコが貰えねえ奴は腫物扱い」

 

 メグルの言葉に、男達は皆泣きだす。彼らも同様の経験をして来たのだろう。

 

「こんな悲しい日は間違ってる!! 無くなった方が世のため人のためだね!!」

「素晴らしい!! 面接は100点だ……私も男泣きしてしまったよ……男泣きしすぎて男泣きしてしまった」

 

 随分と安い男泣きである。

 

「それで、何をすれば良いんだ? 一日中此処で叫んでればいいのか?」

 

 メグルの質問に対し、リーダー格と思しき男は首を横に振った。

 

「いや、実は一度引き上げねばならんのだ。此処での街宣は許可を取ってないからジュンサーさんがやってくる」

「だがそろそろ、我ら同志一同の集会の時間でね。明日は来るべきXデー……一人でも多くの力が欲しい!」

「共に、この腐ったカップル共の祭典をぶっ壊そうぜ。幾らでも協力してやるよ」

 

 リーダー格の男と、メグルは硬い握手を交わすのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──同志たちよ、よく集ってくれた!! 今日の夜19時から24時にかけて、断続的に拠点からオトシドリを放ち、クヌギダマを落としますッ!! サンクスデイが来る前にサンクスデイをぶっ壊す!!」

「オオオオオーッ!!」

「名付けて”サンクスデイ爆殺☆大作戦”ッ!!」

 

 

 

 ──1時間後。

 メグルは気が付けば、全身黒いタイツに身を包んでおり、廃業した地下ライブハウスに連れて来られていた。

 そして、この時点で彼は気付いていた。自分はとんでもない集団のとんでもない作戦に足を突っ込んでしまったのではないか、と。 

 作戦概要からして人が死ぬ予感しかしない。彼らはまごう事なきテロリストであった。

 

(やっべぇ……ッ!! 非モテの悲しい集いと思ってたから参加したのに、ガチのテロ集団だった──ッ!!)

 

「作戦はこう!! クヌギダマ超落として、超逃げて!! 間違ってもビリリダマはダメだぞ!! クヌギダマがミソな!!」

 

(なんつー頭の悪い上に危険な作戦だ!! そして爆弾役を選んでいるところが無駄に小賢しい!!)

 

 メグルは歯噛みする。ついでに、またオトシドリが爆撃テロの道具に使われている。何故、サイゴクに根付く悪党どもはどいつもこいつも無駄に計画力と実行力が高く、そして過激なのだろうか──彼は甚だ疑問に思う。

 

(ど、どうする……! このままじゃ俺ァテロリストの仲間入りだ、幾らバレンタインが嫌いでも人様に迷惑かけるのは……つか人が死ぬのは……ダメだろ!! 論外も論外だ!! 誰かこの中に俺と同じまともなヤツは居ねーのか!?)

 

 そもそもあんな連中と手を繋ぎに行った時点で、あの時のメグルもまともではなかったのだが、それはさておき。

 

「行くぞお前らー!! サンクスデイを!!」

「ぶっ壊す!!」

「カップル共は!!」

「爆発だ!!」

「クヌギダマも!!」

「爆発だ!!」

 

(やべぇ、筋金入りだ……多分きっと乗り気じゃねえの俺だけだ……!! このままじゃサイゴクの歴史に残る一大テロが起きる、ついでにクヌギダマも可哀想、どうしたもんか……ッ!!)

 

 スマホロトムは部屋に入るときに没収されてしまった。

 そして、渡されたのは通信用の無線機だけ。

 このまま帰してくれそうにもない。ノオト達と集合する時間はとっくに過ぎている。かと言って、今此処でポケモンで暴れても、数の差で圧倒されてオシマイ。このライブハウスの中には総勢20人近くの黒タイツ共がエイエイオーしており、皆腰にベルトを巻き、モンスターボールをぶら下げている。

 

「ドローン映像、流します!!」

「最初の目的地は此処!! ショッピングモール!! 明日のサンクスデイに向けて買い出しをしている奴等で溢れている!! 何ならフライングでイチャついてるカップル共も居る!!」

 

 その映像は、先程メグルが訪れていたショッピングモールが映っていた。

 ドローンで監視しているのか、リアルタイムで人の行き来が見える。

 そして、ゴーグルをつけたメグルには見えてしまった。アルカとノオトが、2人で買い物袋を下げているのを。

 

「この計画が達成された時、我らの無念は完遂される!! デストロイ・オブ・サンクスデイ!! 各員、オトシドリを放つのだ──ッ!!」

 

 

 

「──ニンフィア、ハイパーボイス」

 

 

 

 メグルは耳を塞いで、後ろに下がる。

 無謀? 知った事ではない。そんなことを考えるのはやめた。

 遅れて──黒タイツたちの鼓膜が一気に爆ぜる。

 爆音と共に機器がぶっ壊れていき、画面が乱れた。

 リーダー格の男は狼狽え、ポケモンを出すことすら出来なかった。

 

「な、何だあ!? 誰だ!? 何者だぁ!?」

「人様に迷惑を掛けるので1アウト。関係のねぇポケモンを巻き込んでるので2アウト」

「貴様!! 新入りかァ!! 何てことをするんだぁ!?」

 

 サンクスデイなど関係ない。

 チョコレートなど関係ない。

 メグルにとって大事なのは、今の手持ち達を含めた旅の仲間だ。

 

 

 

「何より──俺の旅仲間に手ェ出そうとしたので3アウトだバカヤロー共。大人しくジュンサーさんのお縄に掛かりやがれ」

 

 

 

 残った面々がポケモンを繰り出していき、メグルに相対する。

 だがロクに統率の取れない烏合の衆など、テング団に比べれば大したことなどなかった。

 アブソルの影の剣が周囲を舞い、敵のポケモンを、そして黒タイツたちを地面に叩き伏せていく。バサギリが戦場を駆け、次々に雑魚を一掃していく。オドシシが”あやしいひかり”で同士討ちを誘う。

 残るテロリストたちも、ニンフィアのシャドーボールに追撃され、逃げようにも入り口をヘイラッシャが塞いでしまったので、逃走も叶わないのだった。

 そうこうしているうちに、メグルは没収された自らのスマホロトムを探し出し、即・通報。

 間もなくサイレンが聞こえてくるのだった。

 

「何故だァ!! お前もサンクスデイをぶっ壊したいと思ってたんじゃないのかあ!!」

「思ってたよ!! だけど、やり方がダメだわオメーらは!!」

 

 アブソルが、敵のハブネークを押さえつけ、勝負は完全に決する。

 敵方の戦力は潰えた。初動のハイパーボイスでトレーナー側が再起不能になったのが大きい。

 

「だって!! 最初は俺達だって平和的にデモしてたけど、やっぱり何事も暴力に訴えるのが手っ取り早いんだもん!! 爆破するしかないじゃん!!」

「フィルフィー!!」

「へぶぅ!! へぶぅ!! リボンが痛い!! へぶぅ!! ……チョコレートの無念を晴らす事も出来ないのか私達は……」

「うるせーうるせー、豚箱から出直してこい!! こんな方法でサンクスデイぶっ壊そうが、何をしようが、テメーらが昔貰えなかった分のチョコは戻ってこねーよ!!」

 

 ──このようにして、サンクスデイを破壊しようとした危険な集団は無名のトレーナーの通報によって、僅か数時間で壊滅した。

 メグルは騒ぎになる前に黒タイツを脱ぎ捨て、そのままライブハウスを抜け出す。

 間もなくジュンサーさんがやってきて、大量の爆発物であるクヌギダマと、それを運ぶオトシドリ、そして計画書を根拠に彼らを逮捕するだろう。

 

 

 

「……結局、バレンタインなんぞに縋りついたところで良い事なんざ何もねーんだよなぁ。良い勉強になったぜ」

 

 

 

 未練がましそうにメグルはぽつり、と呟いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あっ、メグルさん!! 何で昨日飯時に帰って来なかったんスか!? 爆破テロを企てた奴らが捕まって、大ニュースになってたんスよ!?」

「……ちょっとな」

「ふぃるふぃー……」

 

 

 

 爆破テロを企てた組織が集団で検挙された昨晩の事件は、それはもう大騒ぎだったのだという。

 しかし、ノオトやアルカといったこの事件に直接かかわりのなかった者達は知る由も無い。他でもないメグルが、昨晩のテロを止めたことなど。

 結局メグルは逃げるようにチェックインして事なきを得たが、夕食の時間にメグルが帰ってこなかったのでノオトは流石に心配していた。

 もしかしたらメグルが大事件に巻き込まれたのではないか、と。

 現にメグルは死んだような目をしていたし、連れているニンフィアも疲れ切っているようだった。

 

「なんか、ニンフィアを連れたトレーナーがヤベー奴らを一網打尽にしたとか……まさかメグルさんじゃないッスよね?」

「さすがに偶然だろ。イーブイはサイゴクの最初のポケモンだし連れてるヤツは幾らでもいるじゃねえか。俺は昨日ふて寝してただけだぞ」

「ふぃー」

「そうッスよねぇー。まあ、結果的には帰って来なくて正解だったかもッスけど」

「あ? どういう意味だ」

 

 

 

「お、お待たせしましたっ!」

 

 

 

 ポケモンセンターに遅れてやってきたアルカは、息を切らせてやってくる。

 その両の手には、小包が握られていた。

 

「……アルカ、それって」

「おにーさんに作ったんです。日頃の感謝の気持ちを伝えるために、ずっと前から考えてたんです」

「……」

「おにーさんにとってはサンクスデイは嫌な思い出の象徴かもしれないけど……ボクにとっては、普段伝えられない気持ちを伝えられる機会と思ったから」

 

 小包の中身はクッキーだった。昨晩レンタルキッチンを借りて、ノオトに手伝ってもらいながら作ったのだという。

 

「いつも……一緒に居てくれて、ありがとうございますっ! おにーさんっ! これはほんの、気持ちです!」

 

 彼女はそれをメグルに向かって差し出す。

 試行錯誤しながら作ったのだろう。どれも形は不格好で不揃いだった。

 メグルは面食らってしまい、何と返せば良いのか分からなかった。

 

「……いや、でも、俺受け取る資格ねーよ? あんなこと言った手前」

「バーカ、大人しく受け取っておくもんッスよ、女の子の好意は」

「……」

 

 メグルは──小包を受け取る。

 その時に、絆創膏が貼られた彼女の手が触れた。

 

(こいつ……こんなになってまで……)

 

「ありがとな。まさかこんなの用意してもらってるなんて思わなかったからさ。すっげー嬉しい」

「えっへへへ……良かった、受け取ってもらえて。あ、これノオトの分!」

「えー、オレっち昨日貰ってるッスよ!?」

 

 結局の所。

 女の子からお菓子を貰いたかったわけではないのだ、とメグルは漸く気付いた。

 人から感謝の気持ちを伝えられるのは、心地が良く、胸がすくようだった。

 そして、それ以上に──メグルは、自分が「此処にいて良い」のだと改めて感じ取った。

 この3人で居るのが、今の彼にとってはとても丁度良いのだ。

 

「俺こそ、お前らが居てくれて良かったって思ってんだ。今までの旅でお前らが居なきゃ絶対何処かでくじけてたからさ」

「……えへへ、なんか照れちゃいますねっ」

「悪いもんじゃねえっしょ? サンクスデイも」

「かもな」

 

 そこまで言って──メグルは一つ、思いついたように言った。

 

「来年は皆でお菓子を作るのもいいかもしれねーな」

「来年と言わず、サンクスデイの次の月に、お返しのお菓子作る風習があるんスよ」

「その時は3人で作りましょうよ、おにーさんっ」

「お菓子もたまには悪くねえなあ」

「何なら材料余ってるし、今から作りに行っても良いと思うッスけどね、オレっちは」

「賛成! レシピ本があるから色々試してみましょうよ!」

「それも良いけど、先ずはアルカのクッキーを食べてからだな──うまい!」

 

 メグルとノオトは小包から、クッキーを取り出し噛り付く。

 香ばしい匂いと甘さを楽しみながら、3人は談笑し、次に作るお菓子の話を始める。

 

「ふぃるふぃー♪」

 

 その光景を見て、ニンフィアは微笑むのだった。主人の顔は、昨日が嘘のように晴れ晴れとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:幻夢の竜

【幻夢の竜】

サイゴク山脈は、非常に危険な霊脈の通り道。サイゴク地方の発展を阻む危険な自然の根源である。霊脈の力はポケモンの進化を促す一方で、伝説のポケモン・ラティアスとラティオスの力を狂わせ、死に至らしめた。その上、霊脈の上で死んだポケモンはまともに死ぬことすら出来ず、奇妙な生き返り方をするという。無念のままに死んだむげんのりゅうの番は、骸の竜として黄泉還り、対を求めて彷徨う。200年程前にも出現が確認されており、その際は旧家二社のキャプテンとヌシの手で祓い清められたと言われている。

 

【参考資料・報告事例”双幻事変”】

200年前、サイゴク山脈に墜落した二匹の珍しいドラゴンポケモンの亡骸を山菜摘みに出かけた老夫婦が目撃。連絡を受けたイッコンタウンのキャプテンが調査に入る。しかし、二匹の竜の亡骸は無く、代わりに世にも悍ましい骸の竜が辺りを見境なく焼き尽くしていたという。放置していれば人里に降りて被害を齎すと判断した当時のキャプテンは、同じ旧家二社の”ひぐれのおやしろ”に協力を求めた。結果、”よあけのおやしろ”のヌシ・アケノヤイバと”ひぐれのおやしろ”のヌシ・ヨイノマガンが、キャプテンの指揮の下で2匹の骸竜と交戦し、撃滅するに至った。しかし、その際に両家のキャプテンは死亡し、ヌシも大きな傷を負ったとされている。竜骸は丁重に清められ、供養されたという。

 

 

ヒメマボロシ げんむポケモン タイプ:ドラゴン/ゴースト

種族値:H110 A80 B70 C120 D140 S150

特性:むげんのつばさ(効果抜群の攻撃を受けた時、体力1で踏みとどまるときがある。地面技を受けない。)

メグル達は夢の中で戦っていた上に、ヒメマボロシも早々に折れてくれたので大事にならずに済んだが、実際はサイゴクを揺るがすレベルの災厄であった。

特筆すべきはその素早さと特殊耐久の高さと、しぶとさを発揮する特性・むげんのつばさ。鬼火や電磁波、みちづれ、のろいといった補助技も多数習得する。

 

 

オオワザ【ラスタードリーム】 

相手を、錆びついた夢の世界に永遠に閉じ込める。

 

【参考資料】

ラティアスの種族値

通常:H80 A80 B90 C110 D130 S110

 

メガ:H80 A100 B120 C140 D150 S110

 

 

 

ヒコマヤカシ げんむポケモン タイプ:ドラゴン/ゴースト

種族値:H110 A80 B70 C140 D120 S150

特性:むげんのつばさ(効果抜群の攻撃を受けた時、体力1で踏みとどまるときがある。地面技を受けない。)

メガラティアスのミストボールに加え、オオワザで押し込んだため勝てたようなものだが、同じくサイゴクを揺るがすレベルの災厄であり、放置していれば悪い意味で伝説になるところだった。

特筆すべきは高い素早さと特殊攻撃力を両立していることであり、更にむげんのつばさによって決して最後まで油断ならない相手である。オオワザを受けても倒れなかったタフネスはこの特性に由来している。

 

 

オオワザ【ミストゴースト】

相手を霧の中に包み込み、分身して連続攻撃し、最後に一斉砲火して撃滅する。

 

【参考資料】

ラティオスの種族値

通常:H80 A80 B90 C130 D110 S110

 

メガ:H80 A130 B100 C160 D120 S110

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章:砂都に沈む宵の明星
第78話:スタンド使いは居ないが鍛治は居る


「──のーどがぁぁぁ、かわいたぁぁぁ……」

 

 

 

 ──ポケモンにとっても過酷な自然、人にとっては試される地、サイゴク地方。

 イッコンタウンから、危険なサイゴク山脈を大きく迂回して町を幾つも経由して辿り着いた場所は辺り一面砂、砂、砂であった。

 クワゾメタウン周辺は、広大な砂漠地帯となっており、乾いた場所が続く。

 おまけにクワゾメタウンに着いても、町の近くに更に”大砂丘”と呼ばれるエリアがあるという、生粋の砂地である。

 ライドポケモンで進めば数時間程度で抜けられるが、その数時間が地獄なのだ。

 太陽が激しく照り付け、周囲には水一つない。これがなかなかに精神に来るものがある。

 此処で倒れれば死ねるという確信が、踏破者たちにプレッシャーを与え続ける。

 それに加えて、砂嵐。これがなかなかに痛い。

 メグル達は皆ゴーグルをつけていたものの、口の中は既に砂塗れ。これもなかなかに不快極まりないのである。

 

「あっ、メグルさん見るッスよ! アレを!」

 

 既にへろっへろのジャラランガに乗っていたノオトが突如、何も無い方を指差した。

 その目はぐるぐると虚ろで焦点が合っていない。

 

「全裸のおねーさんが、オアシスで手招きしてるッス!! 行かねーとッス!! ウッヒョー!!」

「ねえ見て、おにーさん!! オムナイトの群れが盆踊りしてる!! 行かないと!! ウッヒョー!!」

 

 アルカも目を回しながら言っている。二人共正気ではない。

 メグルは肩をすくめた。いよいよダメそうであった。

 

「……重症だなこりゃ」

「アタマオカシー」

「お姉さーん!! 今夜はノオトに、しときませんかァァァーッス!!」

「オムナイト、可愛いねえ、オムナイト」

「頼むぞシャリタツ」

「スシー」

 

 シャリタツに指示するのは”みずのはどう”。強めのお薬である。

 頭に冷たい水がぶっかけられ、冷却されたからか二人の視界からは幻が消えたようであった。もう少しで脳みそがゆだっていたところである。

 

「あ、ああああ!! 何てことするんスか、メグルさん!! 折角の全裸のおねーさんが……!!」

「オムナイトの群れが!! オムナイトが群れが!! 居なくなっちゃったぁ……」

「良かったなお前ら感謝しろ、俺のおかげでナックラーの巣に飛び込まないで済んだんだからな」

 

 メグルは親指を地面に向かって指差す。

 そこにはありじごくポケモン・ナックラーが嬉しそうな顔ですり鉢状の巣の奥から顔をひょっこり出しているのだった。

 

「全裸のおねーさんは……ナックラーだった……!?」

「ンなわきゃねーだろ、正気を保て!」

「正気を保ったところで、下手したらボク達ああですよ」

 

 アルカは砂に埋まったケンタロスの骨を指差した。

 ころころころ、と目の付いたタンブルウィードが無情にも転がっていく。ころがりぐさポケモンのアノクサだ。

 

「……そうならないように頑張ろうってんだよ」

「ふぃるふぃー……」

 

 んべ、と舌を出しながらニンフィアが死にそうな顔で鳴く。

 メグルが乗っているオドシシも、そろそろ限界そうであった。

 

「大体ボク達何でまだクワゾメタウンに着いてないのさ」

「本当ならもうとっくに着いてるんスけどねえ」

「──俺達は何らかのスタンド攻撃を受けているんだ」

 

 メグルは大真面目な顔で言った。

 

「スタンド……」

「……攻撃……? って何ッスか……?」

「この事態を引き起こした、新手のポケモンが居るに違いねえってことさ。ちゃーんと思い出すんだ。思い出せ──」

 

 ──メグルは回想する。

 このような事態に至った原因を。

 あれは、今から数時間前のこと。大砂漠を歩き出して20分程経ったときのことだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「クワゾメと言えば忍者! 忍者と言えばくノ一のお姉さん! いやー、楽しみッスねぇ!」

「下劣なキャプテンだなぁ」

「ほんっとに何というか……ん? そう言えば前から気になってたんだけど、ノオトって何でボクを見てもデレデレしないの? ボクもノオトからしたらお姉さんじゃん」

「腐った魚の匂いを思い出すんで無理ッス」

「ヘラクロス、インファイト、ルカリオ、てっていこうせん」

「待って! 何でルカリオまでアルカさんの言う事聞いてるんスか!! 死んじゃう!! 死んじゃうから!! らめええええ!!」

 

 ──最初こそ平和に仲良く和気藹々と砂漠を進んでいた一行。

 しかし、楽しい楽しい大砂漠の行進は、一瞬で地獄の徒競走と化したのだった。

 全ての始まりは足元不注意からであった。

 

「……ん? 何か踏んだような気がする」

「め、メグルさん、それ、カバルドンの鼻──」

 

 

 

「カババカババッ!! ぷしゅっぷしゅっ!!」

 

 

 

【カバルドン じゅうりょうポケモン タイプ:地面】

 

「えっ──ほぎゃあああああああ!?」

 

 砂に埋まっていた巨大なカバのポケモン・カバルドンが突如大口を開けて飛び出し、メグル達に襲い掛かる。

 1匹だけならまだよかった。2匹、3匹、4匹と続け様に砂から飛び出して来たのである。

 咆哮したカバ達は、メグルを敵と認めると、大口を開けて追いかけてきたのである。

 砂を泳ぐカバルドンの速度は陸地のそれとは比べ物にならない。

 すぐさまライドギアを握り締め、彼らはその場から抜け出すことにした。

 とてもではないが真っ向から戦って勝てる数ではない。まだ砂漠も序盤も序盤、此処でポケモンを消耗させている場合ではないのである。

 しかし、クワゾメまでの順路は人もよく通る。このような場所に、カバルドンのような巨大なポケモンが固まって生息していること自体がイレギュラーだ。

 

「何でこんな所にカバルドンが居るんスかーッ!? 生息地からは外れてるはず──!?」

「ごめんなさいでしたァァァーッ!!」

「怒らないでぇぇぇーっ!!」

 

 疾走するライドポケモン達。

 しかしまたしてもメグルのオドシシが何かを蹴っ飛ばす。

 砂場に落っこちたのは──ヒラヒナ。

 フリルの付いた雛のようなポケモンだ。

 

「ぴっ……ぴっ……ぴぎいいいいいいいいいいいいいーッ!!」

 

 過失だったとはいえ、危害を加えられたことで、ヒラヒナが泣き叫ぶ。

 その瞬間、周囲から恐ろしい足音を立ててダチョウのようなポケモン──クエスパトラが何匹も現れ、メグル達をさらに追いかける。

 

「くえすぱっ!!」

「くえっくえっ」

「くしゃとりゃ!!」

 

【クエスパトラ ダチョウポケモン タイプ:エスパー】

 

「バカバカバカバカーッ!! 追手を更に増やしてどうするのーッ!!」

「犬も歩けば棒に当たる、鹿も走ればヒラヒナに当たるーッ!!」

「オメーの足元不注意の所為だろうが、ふざけんじゃねェッスよクソがーッ!!」

 

 こうして、延々と追いかけられたメグル達は気付けば、完全に進行方向を外れており、気付けば此処が砂漠の何処だったかもわからない状態となっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「参ったッスね……元のルートに戻るまで追加で2時間」

「ライドポケモン達の疲労を加味すると、仕方ないよね……」

「全く、誰の所為でこうなっちまったんだろなあ──許せねえぜ全く」

「アルカさん」

「うん」

 

 ノオトとアルカがメグルを思いっきり蹴っ飛ばす。

 物凄い勢いで回転しながら、彼は砂漠の上に倒れ込むのだった。

 

「蹴ったね! 蹴ったね! 親父にも蹴られたことないのに!」

「偉そうに言ってるけど、全部オメーの所為じゃねェッスかァ!! カバルドンもクエスパトラもオメーの身から出たエンカウントなんスよ!! ちったぁ反省しろォ!!」

「なんでいっつも足元見ないんだよ!! こないだもアブソル轢きかけて修羅場ってたじゃんかさあ!!」

「ごめんなさいいいい!!」

 

 メグルは悔やむ。

 注意一瞬怪我一生。

 幸い誰も被害は受けなかったが、カバルドンの群れには流石に恐怖を感じた。

 鈍重なイメージがあるポケモンだったが、巨大な哺乳類が敵意を向けて迫ってくるだけで死を感じるものなのである。

 

「ふぃるふぃーあ……」

 

 ギロリ、とニンフィアもメグルを睨む。

 忠臣・オドシシも首を横に振った。

 手持ち達は皆、今回ばかりはメグルの味方を出来ないらしい。

 

「まあ良いじゃねえか。悪いポケモンもテング団も居なかったんだ」

「味方に獅子身中の虫ポケモンが居るんスよね」

「もうこの人だけ砂漠に首から下埋めて帰ろーよ、イッコンタウンに」

「やめろよ謝るから!! 俺が悪かった!! 何処からともなくスコップを取り出すんじゃねえ!!」

「悪かったと思うならちょっとは役に立つッスよ」

「せめて何処かで休めりゃ良いんだがな……これじゃあ水を飲んだって熱中症待ったなしだぜ……ん?」

 

 メグルは顔を上げた。

 砂漠に埋もれた遺跡が見える。

 しかもそれは大口を開けており、地下に繋がっているように見えた。

 

「しめた! あそこで休もうぜ!」

「アルカさん、今のメグルさんの貢献度は?」

「90点ってところかな。1000点中の90点だけど」

「お前ら俺を虐めてそんなに楽しいか!?」

「マイナスがデカすぎるんスよ、あまりにも!」

「待てよ──遺跡!? 遺跡ナンデ!?」

 

 暑さに頭がやられていたアルカが、にわかに奮い立つ。

 

「1000点中1000点!! おにーさん大好きですっ!!」

「オメーが好きなのは俺じゃなくて遺跡だろ……」

 

 目を輝かせた彼女は、早速遺跡の入り口に突撃。

 メグル達も、後に続くのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──砂漠は夜になったら急激に冷え込む。そして、砂漠のポケモンは昼行性が多い。

 暗くはなるが、この辺りは夜も空が澄んでいるので星明りで明るく、山道に比べれば安全だ。

 そのため、予定より大幅に遅れこそするものの、安全にクワゾメタウンに向かう事が出来るという寸法だ。

 ポケモンを皆ボールの中に戻し、遺跡の影に隠れてメグル達は直射日光を避け、塩分タブレットを齧る。

 地下遺跡の一室・大部屋は冷えており、気持ちがいい。

 

「にしても、はっきりと形が残ってるんだね。これって一体何の建物なんだろう……要塞、とか?」

「カンが良いッスね。流石石商人。石造りだから物持ちが良いんス。砂に埋まってるから、知ってる人はなかなか居ねーんスけど」

「はえー、砂と一緒に朽ちてしまいそうなモンなんだけどな」

「そこが彼らの技術力なんスよ」

 

 ノオトは遠い目で語った。

 

「……1200年ほど前。この辺りは平原で……集落がぽつぽつと散在し、そこで戦争があったらしいッス」

 

 当時は群雄割拠。

 小さなおやしろが、それぞれヌシポケモンを立てて争い合っていたという。

 だが、続く小競り合いと戦乱により、人々は触れてはいけないものに触れてしまうことになる。

 

「その時、人々はうっかりとあるポケモンを起こしてしまったらしいんス」

「とあるポケモン?」

「それが──今の”ひぐれのおやしろ”のヌシポケモン・ヨイノマガンッスよ」

「宵の……魔眼……!?」

 

 ヨイノマガンはとても強大な力を持っていたという。 

 その身体から無尽蔵に砂を噴き出すことが出来、此処から一帯を砂漠地帯に変え、更に砂の中に埋めてしまったらしい。

 結果、クワゾメ周辺は大きな砂漠と化してしまった、というのが事の顛末らしい。

 その後、すながくれ忍軍が立ち上げた”ひぐれのおやしろ”がヨイノマガンに忠誠を誓ったことで、制御を握ることに成功。

 紆余曲折はあったらしいが、何とかヨイノマガンは今に至るまで、サイゴクの民の味方となっている。

 

「待て待て待て、一帯を砂漠地帯に!?」

「そんな伝説があるポケモンッスからね……ハッキリ言って、話が通じるようには見えないッスね、あのポケモンは」

「そんなヤツ、本当に人類の味方なのか!?」

「500年前の災厄は勿論、200年前のヒメマボロシ・ヒコマヤカシの襲来の際にも、うちのヌシ様と共闘して鎮めてるッス」

「げっ、あいつらと真っ向から戦って倒したのか!?」

 

 ヒメマボロシとヒコマヤカシは、メグルからすれば、1体ずつ、手持ち総出、しかも有利な条件が揃って漸くトントンだったような相手だ。

 それが2体がかりで襲ってくる光景など想像したくもない。

 

「くぅーっ、早く会ってみたいような、会ってみたくないような」

「おにーさんいつになくワクワクしてるね……」

「今の話を聞いて”会ってみたい”って、なかなか剛の者ッスね……」

「だってよ、次の試練からはヌシとの一騎打ちなんだろ? 自分のパーティがどれだけ通用するかと思うと、楽しみでさ」

「言っておくけど、倒そうだなんて思わねーことッスよ。後半の試練はヌシを倒すのではなく、ヌシとの戦いの中でお題を達成することッスから」

「……よくよく考えたらそんなバケモノみたいなポケモン、倒せる気がしねーわ」

 

 メグルは思い出す。

 手持ちのポケモンがアケノヤイバに全くと言って良い程歯が立たなかったことを。

 

「だけど、ヌシに勝てないようじゃ、タマズサに勝てるわけがないからな」

 

 メグルは思い出す。

 テング団三羽烏の筆頭・タマズサと、彼の使っていたアーマーガアの事を。

 彼の破滅的な威力を誇るオオワザの前では、メグル達は太刀打ちが出来なかった。

 デイドリームGSフェスで、キーストーンや特性パッチを入手したものの、それだけではまだ決定打足り得ない。

 

(今の俺じゃ……あいつらからアルカを守ることが出来ない)

 

 メグルはちらり、とアルカの顔を見やる。

 彼女はヒャッキの民。テング団の故郷出身だ。

 それ故に、テング団との因縁も浅からぬものだ。

 特に三羽烏の一角であるアルネは彼女の妹だし、イヌハギはアルカを良く思っておらず以前も危害を加えている。

 

(俺が……アルカを守ってやらねーと……)

 

「どうしたんですか、おにーさん。ボクの顔に何か付いてますか?」

「あー、いや! 何でもないッ!」

 

 メグルは思わず目を逸らした。

 知らないうちに、アルカの顔を見つめていたらしい。

 

「へーえ……ふぅーん」

 

 ノオトがニヤリ、と笑みを浮かべる。全てを察しているような顔だった。腹が立つ。

 

(どうしちまったんだ俺は……相手はアルカだぞ、アルカ)

 

「……わっかりやっすいッスねぇ、メグルさん」

「とにかくっ、飯食おうぜ飯! 夜になるまで此処で待たなきゃいけないんだからな」

「そーですね、ボクもお腹空きましたし」 

 

 そう言ってアルカは鞄から限定サンドウィッチ・ハイパーハムサンドを取り出すのだった。

 砂漠に来る前に訪れた町で買ったものである。遠いパルデアでも展開しているチェーン店で販売されているものだ。

 

「ふふっ、食べましょうおにーさんっ、腹が減っては戦は出来ぬ、ですっ!」

 

(本当に嬉しそうだな……飯の時間が)

 

「メグルさん、オレっち達も食うッスよ」

「分かってるよ。わりーな、俺の所為で飯が遅れちまって」

「もういいよ。これもまた、旅の醍醐味でしょ!」

 

 メグルとノオトも、サンドウィッチを取り出す。

 ポケモン達も呼び出して、ポケモンフーズを食べて貰うことにした。

 ここらで一時休憩だ。

 

「いっただきまーす!」

 

 そしてアルカが、お楽しみのサンドウィッチに噛り付こうとしたその時だった。

 

 

 

「……カヌヌ」

 

 

 

 それを、物欲しそうな目で見つめるポケモンがアルカの前に立っていた。

 全身ピンク色の人型のポケモンだ。小さな女の子のような姿をしている。

 

「……だ、誰キミ……?」

 

 アルカは思わず二度見して、スマホロトムをスキャンする。 

 見た事のないポケモンだった。

 

「え、えーと……何々」

 

 

 

【ナカヌチャン ハンマーポケモン タイプ:フェアリー/鋼】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話:ハンマーを追え!

「おいどーした?」

「なんかあったんスか?」

「……この子だよ、この子! サンドウィッチが欲しそうにこっちを見てて」

「カヌヌ……」

「……半分、食べる?」

「カヌヌ……」

 

 そう言うと、ナカヌチャンは千切ったサンドウィッチを受け取り、両の手で食べ始めるのだった。

 それを見ていたノオトは「珍しいッスね……」と呟く。

 カヌチャン系統。鋼ポケモンの素材でハンマーを造り、獲物を叩きのめして捕らえる。知性も力も兼ね揃えたポケモンである。

 ナカヌチャンは、その進化の二段階目に当たるポケモンだ。

 サイゴクでは数が少ないものの、地下遺跡の近くにはドーミラーといった鋼ポケモンがよく湧くので、彼らを素材にしてハンマーを作っているのだという。

 親離れすると、鋼タイプのいる場所を求めてふらり、と1匹で流離うらしい。

 

「珍しいポケモンッスけど、自分が鋼ポケモン連れてる時は要注意ッスよ。最悪そいつハンマーの素材になるッスから」

「やっべーな……とんだ()()()()()()じゃねーか。鋼タイプにとっちゃ死神みたいなやつだな」

「ふぃるふぃー……」

 

 またとんでもないヤツが来たな、と言わんばかりにニンフィアがナカヌチャンを見て眉を顰めた。

 このお姫様は自分が一番とんでもないヤツだという自覚が聊か欠けているようである。

 

「でも珍しいのはそれだけじゃねーんス。このナカヌチャン、ハンマー持ってねえッスね。こいつら、絶対に自分のハンマーを手放したりしないんスよ」

「あっ本当だ」

 

 それを聞くと、ナカヌチャンは名前は”泣かぬちゃん”なのに、今にも泣いてしまいそうであった。

 

「……ねえ君。一緒にハンマー探そうよ」

「カヌヌ……?」

「ボクね、小さい頃……よくいじめられてたからさ。君みたいな辛い目をしている子を見ると、放っておけないんだ」

「カヌヌ……」

「何かしてあげようと思うのはお節介かもだけど……ね」

「カヌヌ! カヌヌ!」

 

 嬉しそうにナカヌチャンは飛び跳ねる。

 そして、遺跡の奥の方を指差すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふるるるー♪」

 

 

 

 先頭を歩くのはアブソル。

 未来予知によって、どの道を進むのが正しいか分かる彼女を先行させれば、道に迷うことは無い。

 それに加えて、ナカヌチャンの持っていたハンマーが何処に在るかも探し出すことが出来るようだった。

 そして、岩の扉で閉ざされた部屋にメグル達は辿り着く。

 

「何だこりゃ、押しても開かねえぞ!?」

「カヌヌ……」

 

 ナカヌチャンが前に出て扉を押す。すると、ぎぃぎぃ、と重い音を立てて扉は動く。

 ハンマーを振り回すだけあって、とんでもない力を小さな体に秘めているようだ。

 

「すっげーな……」

「こんなナカヌチャンでも勝てねえ相手って何なんスかね?」

「どういうこと?」

「鋼・フェアリーってタイプ自体が強いから、天敵なんて早々居ねーだろうし。弱点、地面と炎だけだぞ」

 

 メガクチートとザシアンが暴れていた時代を知る者としては、このタイプのポケモンの強さはよく知っている。

 そもそもフェアリーが苦手なタイプを鋼で打ち消せてしまっているのだから。

 

「オマケに本来トントンのはずの鋼タイプも、ナカヌチャンの前では素材になっちまうッス」

「一体何がこの先に……」

「カヌヌ……」

「あっ、扉が開いた!」

 

 扉は開き切り、そこにあったのは砂に満ちた大部屋であった。

 部屋の壁には穴が幾つも開いていた。

 

「……ガルルルル」

 

 アブソルは低い声で唸った。

 未来予知で直感したのだろう。この先に何かが居るらしい。

 現に、砂に満ちた床の中央がこんもりと盛り上がっており、穴が開いている。

 

「なあ、何だアレ。絶対何が居るだろ」

「……ポケモンの巣だよね」

「カヌヌヌ……」

 

 怯えたようにナカヌチャンはアルカの後ろに隠れた。

 

「……大丈夫だよ。ボク達が守ってあげるから!」

 

 ざっ、とアルカが砂場に足を踏み入れた──その時だった。

 

 

 

「キィィィィィーッ!!」

 

 

 

 甲高い警戒音が周囲に響き渡り、反響する。

 そして、巣穴から、そして遺跡の奥の巣から次々に何かが飛び出して来る。

 全身が銀色の装甲に覆われ、赤い目を持つ蟻のようなポケモンであった。

 全長は30cm程と小さいが、それが何匹も現れる様は恐怖である。

 

「アイアントッ……!?」

 

 メグルは目を丸くしてその名を呼んだ。

 ぶるぶると震えたナカヌチャンは、強くアルカの脚を握り締める。

 どうやら虫の姿をした彼らが怖いらしい。

 

【アイアント てつありポケモン タイプ:虫/鋼】

 

「ああ成程……納得ッスね。大体わかったッス」

「何がだ!?」

「サイゴクのアイアントは砂漠に生息してるんス。鋼の身体は日光を反射するッスから。そして、巣となるのは……熱された鋼の身体を冷却できる遺跡の奥!!」

 

 巣になりそうな場所を見つけると、彼らはすぐに集団でテラフォーミングしに掛かる。

 遺跡の奥は、一週間もかからないうちにアイアントの巣と化すのだという。

 

「奴らの食性は、動物、植物に生えた菌類、そして鉱石! 生息場所によって様々ッスけど……」

「じゃあ、ナカヌチャンのハンマーは……!」

「残念ながらもう……喰われてるッスね……むしろ、本体が無事だったことがラッキーかと」

「てかむしろ、あいつら下手したらボク達が弁当食べてる時に出て来てたってこと!?」

「巣の開発がされたのは割と最近みたいッスね。あの岩扉に穴が開いてたらアウトだったッス」

「カヌヌ!?」

 

 部屋の隅でいじけてしまうナカヌチャン。

 だが、アイアント達はメグル達を侵入者と認めると、容赦なく飛び掛かってくる。

 すぐさまメグルのアブソルが彼らを振り払うべく、影の剣を多数生み出し、彼らを砂場に突き刺して動きを止める。

 しかし如何せん数が多すぎる。巣穴から無尽蔵にアイアントが出てくるのだ。

 

「まっずい、アブソルのキャパを超えるぞ、このままじゃ……!」

「ハンマーは諦めて此処から逃げるしかねーッス!」

「カヌヌ……」

 

 巣穴から飛び出したアイアント達の群れが金属音のような音を立てて追いかけて来る。

 岩扉をそのまま走り抜け、そしてナカヌチャンは最後に岩扉を思いっきり閉める。

 だがしかし、間もなく岩扉をガリガリと削るような音が聞こえてきた。

 そして岩扉に穴が開き、崩れ落ちて、そこから「キィィィィーッ!!」と甲高い音が聞こえてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってかァーッ!?」

「一回巣から出たら何かは持ち帰らねえと気が済まないんしょ! 前回はナカヌチャンのハンマー、今回は()()()()()ッス!!」

「ッ……二人とも、下がってて!!」

 

 アルカがボールを投げた。

 そこで現れたのは、モトトカゲ。

 この中では数少ない、炎技が使えるポケモンだ。

 しかし──彼が覚えている技を知っているノオトはぎょっとする。

 

「待つッス、アルカさん! こんな所でオーバーヒートなんて使った日には、全員酸欠で死ッスよ!」

「ヤケになったのか!?」

「違う! ……強制的に吹き飛ばす!」

 

 飛び掛かって来たアイアント達に向かって、モトトカゲが尻尾を振り上げ、そして振り払う。

 

 

 

「──ドラゴンテール!!」

 

 

 

 野球のバットのようにアイアント達は岩扉の方へと次々に弾き返されていった。

 ドラゴンテールは、相手を強制的に吹き飛ばし、戦闘から離脱させる技だ。 

 

「成程考えたッスね! 時間が稼げた!」

「対野生ポケモンならこれほど頼もしい技もねーな!」

「急いで外に! あいつらまだ追いかけて来るよ!」

 

 彼らは石段を駆けあがり、そして元の大部屋に戻ってくる。

 そのまま遺跡から飛び出すと、もう既に日は傾きかけていた。

 だが、それでもまだ甲高い音が聞こえてくる。

 アイアント達が群れ固まって、メグル達を狙い、鋭い大顎をカチカチと鳴らしながら飛び掛かろうとした──

 

「──出て来ちゃったね。これだけ広いならもう関係ない!」

「アギャァス」

「特大級、お見舞いしちゃおう!!」

 

 モトトカゲが一気に胸を膨らませ、そして特大の炎を彼らに見舞う。

 

 

 

「これはナカヌチャンの分!! オーバーヒートだっ!!」

 

 

 

 轟!! と爆炎が燃え盛り、アイアント達の身体を焼き尽くす。

 鉄蟻たちは次々に瀕死のダメージを受けて、小さくなって逃げだしていくのだった。

 しかし、結局ナカヌチャンのハンマーは見つからず仕舞い。

 

「カヌヌ……」

「いーや、これから見つければ良いんだよ!」

 

 そう言ったアルカは、くるりと向き直る。しょんぼりとして、目に大粒の涙を溜めているナカヌチャンに目線を合わせるためにしゃがんだ。

 

「……ボクと一緒に来ない? ナカヌチャン」

「カヌヌ?」

「これから行くところは町だからさ。きっと、ハンマーの材料もある!」

「カヌ!」

「ボクが手伝ってあげるよ! だから泣かないで!」

 

 彼女は空のモンスターボールを取り出し、ナカヌチャンに突きつけた。

 ナカヌチャンも、泣きそうな顔ではあったが頷くと、拳をモンスターボールのスイッチに近付ける。

 音を立てて、ナカヌチャンは中へと吸い込まれていった。

 

「これで5匹目の手持ち、かな」

「ナカヌチャンのハンマーの素材か。でも他の鋼ポケモンの素材じゃなきゃいけねーんだろ?」

「それだけじゃなく、鉄屑でも行けるッスよ。ま、彼女が納得のいくようなハンマーが出来るかはまた別問題ッスけど」

「職人気質なんだなあ」

「良い感じに空も暮れてきたし、早くクワゾメタウンに行こう、皆っ!」

 

 何時になくやる気のアルカは拳を突き上げてモトトカゲに乗り込む。

 それに置いて行かれないように、メグルとノオトもそれぞれのライドポケモンに乗り込むのだった。

 

「やれやれ、やることが一個増えちまったな」

「でも、レディの泣き顔は見てられねーッスから」

「そうだな」

「さあさあ、気合入れていくぞーっ!」

「あっ、気を付けてアルカさん! 暗いから足元見えづらくなってるッスよ!」

 

 モトトカゲを飛ばすアルカ。

 一人で先行する彼女だったが──モトトカゲの足が何かを踏みつけた。

 

「えっ」

「ちょっ、アルカさん!! それ、カバルドンの鼻──」

 

 

 

「カババカババ!! ぷしゅっぷしゅっ!!」

 

 

 

 がばぁ、と音を立ててカバルドンが砂から飛び出して来る。

 デジャヴとはまさにこの事を言うのだろう。寝起きを起こされたので、より気が立っているようであった。

 周囲には当然のように仲間も砂に埋もれており、敵を察知したのか次々に追いかけて来る。

 

「ごめんなさいでしたァァァーッ!!」

「何であんたらは足元見ねえんだ、マジで許せねえッスゥゥゥーッ!!」

「結局こうなるのかよーッッッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ガラル地方、カンムリ雪原。

 一面が雪に覆われた銀世界。

 登頂トンネルの険しい山道を超えた先には、かつて豊穣の王が居を構えていたという巨大な城・カンムリ神殿が聳え立っている。

 だが、ユイの目的地は神殿へ続く道の登頂トンネルにあった。

 凍えそうな身体を何とか奮い立たせ、彼女はトンネルから出た先の崖に辿り着く。

 そこには、大きな口を開けた巣穴が彼女を待ち構えていた。そこからはガラル粒子──ポケモンを巨大化させるという特殊な粒子──が勢いよく溢れ出している。

 

(──マリゴルドは恐らく、サーカスでの個体を違法な手段で捕まえたのじゃろう。ヤツは密猟の元締めもやっちょったからな。それをオヌシは、()()()で捕まえてみせよ)

 

「この数週間、此処に辿り着くために、他の巣穴で修行を重ねた……!」

 

 ユイの手首には、白いリストバンドが巻かれている。

 それを大事そうに摩ると、意を決して中に飛び込んだのだった。巣穴に飛び込むのは初めてではない。

 重力に身を任せ、洞穴に着地すると──見上げる程の巨体がすぐさま見えた。

 

「出たわね、雷獣の片割れ……!」

 

 洞窟の中は雪が積もっていた。

 そこに現れたのは──半分が魚、そして上半分が稲光を放つ鳥のような異質なポケモンだった。

 

(電気タイプのガラル化石ポケモン……その中でも、何故か現代に野生として巣穴に居を構える個体……それを太古の雷獣と呼ぶ!)

 

 

 

 

「バッチラララーッッッ!!」

 

 

 

【パッチルドン かせきポケモン タイプ:電気/氷】

 

 

 

 恐ろしい覇気を放つ異様なキメラポケモン。

 既に巨大化していることもあり、プレッシャーは半端なものではない。

 ガラル粒子を纏ったポケモンは十数メートル程に巨大化──即ちダイマックスする。

 ユイが持つダイマックスバンドは、それを意図的にトレーナーの手で引き起こすことが出来るだけで、野生のポケモンも条件が揃えばダイマックス出来る。

 

(それにしても、何て個体なの……!? 既に雪が降ってる……とんでもない冷気を放ってるんだから……!)

 

【パッチルドンの ゆきげしき! 雪が降り続いている!】

 

「──ロトム! 頼むわ!」

「キュイイインオン!」

 

 ユイが繰り出したのは電子レンジに憑りついたプラズマポケモン・ロトム。

 炎と電気を併せ持つ、このポケモンならば、パッチルドンの技を全て半減させることが出来るのだ。

 ユイは巨大なポケモンを相手にするのは初めてのことではない。既に恐れなど無かった。

 

「ロトム、オーバーヒートで焼き尽くして!!」

 

 炎がパッチルドンを襲う。

 並みのダイマックスポケモンでも深手を負うレベルのダメージを与える大技だ。

 しかし──パッチルドンはそれを受けても尚、全く怯まず、そのままユイ達に向かって特大の電撃を放つ。

 

【パッチルドンの ダイサンダー!!】

 

 この一週間、ユイはダイマックス技は何度も見てきた上に喰らって来た。

 しかし、これまで受けてきたものとは威力も破壊力も桁違い。

 半減であるにも関わらずロトムの身体は簡単に吹き飛ばされてしまい、そして地面は抉れる程の特大の雷撃。

 あまりの鮮烈さに目が痛くなるほどだ。

 この洞穴では、こちらがダイマックス出来るようになるまでに時間が掛かる。

 

(あたしは、こんな所で負けてられない……こいつに勝たなきゃ、どんな顔して帰ればいいのよ!)

 

「ロトム、”わるだくみ”で特攻を──」

「バッチララララーッッッ!!」

 

 パッチルドンの嘴が光り輝く。

 そして、雪の中で滑るようにロトムに向かって嘴を突き立てた。

 

 

 

【パッチルドンの──でんげきくちばし!!】

 

 

 

 直後、稲妻が落ちたようであった。

 電気が拡散し、衝撃波でユイの身体も吹き飛ばされてしまう。

 直撃を受けたロトムは地面に埋め込まれ、目を回してしまっていた。

 

(ま、まずい、このままじゃ勝てない……ッ! やっぱりあたしじゃ、ダメなの──!?)

 

 ダイマックスに必要なエネルギーが溜まる前にこのままでは全滅。

 歯噛みをしてロトムをボールに戻す。

 しかし、雷獣は次の標的をユイに定めたのか、再び嘴に電気を充填し始めた。

 

(速い!! 速過ぎる!? コイツの特性……ゆきかき……!?)

 

 巨体が雪崩れ込むようにしてユイに嘴を突き立てた。

 思わず目を瞑る。やはり父に出来ない事は自分にも出来なかったのか、と悔やんだその時だった。

 

 

 

「──きょじゅうざんッ!!」

 

 

 

 巨体が──巣穴の奥に吹き飛ばされ、倒れ込むのが見えた。

 綺麗な金属音がその場に響き渡る。

 思わず聞き惚れてしまうほどだった。

 目を開けると、そこに佇んでいたのは全身を鎧に包んだ狼のようなポケモン。

 そして、赤い探検服に身を包んだ少女だった。

 

「だ、誰……!?」

「……1人でダイマックスポケモンに挑んでる無鉄砲な女の子がいるって聞いてたけど、本当だったなんてね」

「ウルォォォード!!」

 

 もう一度ユイは、狼のようなポケモンを見やる。

 その姿に覚えがあった。

 ガラルの救国の王と呼ばれているポケモンの片割れ、言わば伝説のポケモンだ。

 

(何でこんな所に……有り得ない……!?)

 

 倒れ込んだパッチルドンに向かい、ユウリと名乗った少女のダイマックスバンドからエネルギーが溢れ、彼女の握るボールが巨大化していく。

 それを投げ付けると──巨大なパッチルドンの身体は吸い込まれていくのだった。

 あまりにも危なげのない立ち振る舞い。そして悠然とした姿に、ユイは目を見開き、唖然としてしまうのだった。

 明らかにこの少女と、自分の間では実力に”差”が存在する、と。

 

 

 

「わたしはユウリ。寒いし、カレーでも一緒に食べない?」

「ガ、ガラルの……チャンピオン……!?」

 

 

 

【ザシアン つわものポケモン タイプ:フェアリー/鋼】

 

【ユウリ ガラル地方チャンピオン】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話:砂の都・クワゾメタウン

 ──クワゾメタウンは、砂漠に囲まれた海辺の町。

 周囲は砂を防ぐ為にコンクリートの建物が立ち並んでおり、テントも張られた出店も見られるなど、何処かエキゾチックな雰囲気の街だ。

 そして、海辺故に観光客も多いのか、忍者のコスプレをした人々も普通に街を歩いている。

 

「此処が本場の忍者のタウンでござるか! リアルな忍者、この目でウォッチングしたいでござるな!」

「探して見つかるなら、それはリアルな忍者とは言えないんじゃないかな、同胞……」

 

 さて。既にとっぷりと日も暮れていた。

 一日中カバルドン達に追いかけ回されたメグル達は、町に着く頃には死んだような顔になっていた。

 町に辿り着いても、もう何も感じなくなっていたのである。

 

「早く……風呂に……」

「砂が……マズいッス……」

「目が痛い……」

 

 各々はポケモン達を引っ込め、ふらふらとおぼつかない足取りでポケモンセンターに向かう。

 やっと休める。そう思った時だった。

 

「──イッコンタウンのキャプテン・ノオト殿が来訪された。丁重に持て成して差し上げろ」

「ハッ!!」

 

 突然、目の前に砂嵐が吹き荒れた。

 この辺りでは珍しい事ではない。

 しかし、砂嵐の渦の中に、黒ずくめ装束の男たちが居る事にメグルは気付いた。

 

「な、何だ何だ何だ!? テング団か!?」

「何事!?」

「あー……こいつらは」

「──我々と来て貰いましょう。皆様方」

 

 慌てふためくメグルとアルカ。そして何処か諦めたような顔のノオト。

 すぐさま彼らは米俵のように抱きかかえられてしまう。

 間もなく砂嵐が止む。

 その時にはもう、ポケモンセンターの前からは誰も居なくなっていた。

 そして、一時始終を目撃していた外国人観光客二人はぱちくり、と目を瞬かせる。

 

「……すごいデザートストームだったでござるな……ニンジャの仕業でござるか?」

「砂嵐起こせる忍者は忍者じゃなくて、バンギラスかカバルドンなんだよ同胞」

「しかし、此処のリージョン=ニンジャはすながくれ忍軍と聞いたでござる。砂嵐くらい起こせるのでは?」

「同胞、それはバンギラスじゃなくてガブリアスだよ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……着きました」

「着きました、って……此処は!?」

「”さじんの屋敷”。我ら”ひぐれのおやしろ”が来客をもてなすための場所でござる」

 

 メグル達の前には、立派な木造建築の建物が聳え立っていた。

 小高い丘の上に建築されたそれは、周囲が石垣に囲まれている。

 クワゾメタウンの中でも浮いているその建物は、一見すると豪華な旅館のようだったが、どうやら本当に廃業した旅館を改築したものらしい。

 

「おやしろは大砂丘の中にあるからな……来賓をもてなす場所が必要だったのだ」

 

 つまるところ、VIP客専用の旅館のようなものらしい。

 

「何でボク達拉致られたの……!?」

「多分、キャプテンのオレっちが居るからッスね」

「お前何かやらかしたのかよ!」

「ンな訳ねーっしょ、来客って言ったじゃねーッスか。軽い挨拶ッスよこれは」

「左様。イッコンからキャプテンが態々参ったのだ。丁重に迎えるのが礼儀。今夜は此処で休んでいくと良い」

 

 忍者の男は恭しくノオトに礼をした。

 

「えーと、俺達も持て成して貰って良いんですか?」

「ボクに至ってはただの付き添いだけど……」

「キャプテン・キリは、メグル殿とアルカ殿に興味を強く抱いている。これまで何度もテング団と交戦し、更にヌシ級のポケモンを捕獲し、デイドリーム事変では解決に大きく寄与した功績等々」

「箇条書きにするとヤバいな……自分のやって来たことが」

 

 黒装束の忍び達に連れられ、メグル達は建物の中に入るが、内装は案外綺麗で新しい。

 それを出迎えたのは──和服に身を包んだ、金髪碧眼の少女だった。

 帰って来た忍びを見て安堵の溜息を吐いたのも束の間、一緒に入って来たメグル達を見るなり彼女は柱の陰に隠れてしまう。

 

「ぴゃぁっ!! 初めて来る人ーッ!?」

「あっ、逃げちゃった」

「……全く。今日は客の前では逃げないと言っていたであろう」

「ごめんなひゃい、恥ずかしくって……やっぱり無理でござるーッ!!」

 

 柱の影から甲高い声が聞こえてくる。それに対し、忍達は呆れたように問いかける。

 

「……キャプテンのお帰りは何時になる」

「し、しばらく待つでござる! 今、所用で帰ってきてないでござるよ! 身体を綺麗にして待ってもらうでござるよ!」

 

 ぴゅーん、と音が聞こえてくる勢いで少女は逃げていってしまう。

 その様を見て、忍達は呆れたように言った。

 

「……相変わらずだな……全く」

「あの子は?」

「ゴマノハちゃんって言うんス。確かお手伝いさんとかじゃなかったッスかね? オレっちも何度か会った事があるんスけど、すっごい人見知りで恥ずかしがり屋で人の顔をまともに見られないんスよ」

「ふぅん、恥ずかしがり屋、か。難儀だなあ」

「最近は克服しようと、こうして客人を自ら持て成そうとしているのだが……やはり、初対面の人間には人見知りを発揮してしまうのだ」

「キャプテンが来るまで、ゆっくり風呂に入っていてほしい。砂漠は疲れたでござろう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──長旅、ご苦労でござったな。ノオト殿、メグル殿、アルカ殿」

 

 

 

 風呂を済ませた後、浴衣に着替えさせてもらった3人は、大広間に通される。

 そして、対面で正座するのは、全身を忍び装束に包み、頭部をゴーグルと仮面で覆った人物であった。

 

(部屋の中なのに仮面とゴーグル付けてる……)

 

「……この人がキリさん。クワゾメタウンのキャプテンにして”すながくれ忍軍”の頭領ッス」

「左様。仮面をつける無礼、許して頂きたい。取れない理由があるのでござる」

 

(だとしても怖いんだが……)

 

 メグルは緊張して目が泳いでしまった。

 その中央に立つキリの威迫は、口調こそ物腰柔らかいものであるが、とてつもないものだ。

 

 

 

【”ひぐれのおやしろ”キャプテン・キリ】

 

 

 

「皆殿に来て貰った理由はただ一つ。テング団の討伐の為、今一度旧家二社の繋がりを確認しておきたいからでござる。そのため、こうして情報を整理する機会は必要でござる」

「情報を整理、ね。あらかた”よあけのおやしろ”からそちらに情報は共有されたはずッスけど? アルカさんの境遇とか」

「と言う事らしいが……如何だろうか? 異世界人・メグル」

「いっ!?」

 

 手始めに、キリはメグルが異世界から来た人間であることを明かす。

 これは、未だにノオトにもヒメノにも話していなかったことだ。

 しかし──予想に反し、ノオトはあまり驚く様子を見せなかった。

 

「その件については、既にこっちもキリさんからリークしてたんで。今更隠す事じゃねーッスよ、メグルさん」

「お前も知ってたのか!?」

「デイドリームの事件が終わった後くらいにッスね。でも、特段驚かなかったッスよ」

「な、何でさ、ボクも結構驚いたんだよ……!?」

「メグルさんって、サイゴクの人間にしては自然慣れしてねーところがあったッスからね。こっちの事もあまり知らないし。外から来たってのは何となく分かってたんス」

 

 あまり気にしていないようにノオトは言った。

 隠していたわけではないが、言う機会が無かったのだ。

 デイドリームの事件もあり、クワゾメに着く間もごたごたしていたからである。

 

「でも、直接あんたの口から聞きたいッスね」

「責める意図はない。拙者もメグル殿と同じ立場だったなら、そうしただろう」

「分かりましたけど……どっから情報が漏れたんだ……!?」

「我々は常に密偵を各所に送っている。隠し事が出来ると思わないことでござる」

「じゃあずっと俺達を監視してたのか……ッ!?」

「我々ひぐれのおやしろは、情報戦に於いて、常に二手三手先を行く」

「忍者、怖……」

 

 アルカはつくづく、旧家二社は敵に回すものではないと感じる。

 よあけのおやしろとは、別のベクトルで彼らからも恐ろしさを感じた。

 彼らの前では隠し事は出来ない、と判断したメグルは、つらつらとこれまでの経緯を話す。

 それを黙って聞いていたキリは頷き、「凡そ我々の掴んでいる情報と相違無いな」と納得したようだった。

 

「こうして聞くと、メグルさんの経歴ってマジで謎ッスね……アンノーンは何でメグルさんを連れてきたんっしょ?」

「俺が聞きてえよ」

「御三家三社はいち早くこの事を知っていた。というのも、メグル殿を保護したのは”なるかみのおやしろ”でござる」

 

 そして、御三家三社はこの事を旧家二社と共有しなかった。

 その件についてノオトは苦々しく思っていた。

 思い当たる節があるので、彼らを責める事はしないが、このままでは共闘は難しいと感じる。

 

「……やっぱり御三家三社は、オレっち達旧家二社に不信感を抱いているんスね」

「無理もないでござろう。直近のヒメノ殿の強硬的態度を見れば……それに、御三家三社と旧家二社の戦争と対立の歴史、知らないわけではあるまい。拙者でも同じことをするだろう」

「……面目ねぇッス。姉貴が暴走したのはオレっちの責任でもあるッスから」

「しかし、おやしろの間で仲間割れをしている場合ではない。ヒメノ殿が大人しくなった今だからこそ、協定を正式に5つのおやしろで結びたいのでござる」

 

(5つのおやしろの協定……ッ!!)

 

 メグルは息を呑む。

 これまで、明確な争いこそないものの水面下では腹の探り合いを続けていたおやしろが結託しようとしている。

 その先陣を、最も情報戦を得意とする”ひぐれのおやしろ”が切ろうとしていることに驚きを感じていた。

 

「いや本当にその節は姉貴がご迷惑をおかけしたッス!!」

「あ、謝るのは無しでござるよ、ノオト殿。拙者、確かにヒメノ殿には恐ろしく迷惑を掛けられているでござるが」

「迷惑掛かってんじゃねーか」

「それはそれとして、お二人を信じているのもまた事実でござる。これは……本心でござる」

 

 しかし、とキリはメグルの方を見やる。

 

「我々は汚れ仕事も得意とする”ひぐれのおやしろ”。簡単に御三家三社から信用を得られるとは思っていないでござる」

「そうなのか……? 俺、キリさんの態度を見るに、そんな事はないと思うんですけど……」

「先代とキリさんは良心的ッスからね。先々代の時代は、マジで御三家三社からは嫌われてたみたいッスよ。まあ、うちも大概嫌われ者だったッスけど」

「うむ……薄汚れた先々代の汚名、簡単に晴らせるとは思わんでござる」

「一体何をやったらそんなに嫌われるんですか……!?」

「──暗殺でござる」

 

 ぽつり、とキリは言った。

 その場に緊張が走った。

 

「暗殺、策謀。その時代の”ひぐれのおやしろ”は、邪魔なものや都合の悪いものを手段問わずに消してきた」

「暗殺って……」

「開発計画の責任者、時の為政者がその犠牲になったとされている。このような態勢では、時代遅れと他のおやしろに非難されても無理はない」

「証拠は残らなかったッスけど、むしろ残さないやり方が嫌われたッスね……」

「故に、先代からそのような前時代的やり方からの脱却を図ったのだ。忍びとは影より民やポケモンを守るため、耐え忍ぶ者……と定義したのでござる」

 

 とはいえ、未だに前時代的なイメージは払拭出来ていない。

 先程のメグルの情報が全て筒抜けだったことを考えれば当然と言えば当然なのであるが。

 

(なんつーか……忍者ってスパイだし、忍者の価値観アップデートなんて簡単に出来ねーだろうし、したらそれはきっと忍者じゃねーんだろうな……)

 

 変えようと思っても変えられないものがあることをメグルは悟った。

 故に、今更そこにどうこうと突っ込むのはやめた。むしろ、この現代でまだしっかり忍者(もといスパイ活動)をやっている根性に感服したくらいである。

 

「拙者としては、メグル殿に御三家三社と旧家二社の架け橋になってもらいたいと考えているでござる」

「お、俺が!?」

「うむ。これまでメグル殿は各地のキャプテンと共闘し、テング団を退けて貰った実績がある。是非、共に──サイゴク五社同盟を繋いでもらいたい」

「……」

 

 到底、メグルには話が大きすぎて飲み込めなかった。

 本当にその役割が自分で良いのだろうか、と頭に過る。

 だが、二つに別たれていたおやしろが今、ひとつになろうとしている。

 この機を見過ごす手はメグルには無かった。

 

(テング団に勝つには、キャプテン格の人間が必ず必要だ。だけど相手は忍者、言わばスパイ。簡単に信じちまって良いのか……?)

 

 現にメグルは今までの動向が全て彼らに筒抜けだったことが明らかになった後のため。

 

「そしてアルカ殿にも、引き続きヒャッキ地方からの抜け人として、今後とも協力を願いたいでござるよ」

「それは大丈夫です。ボクも、テング団を止めたいので」

「では早速聞いておきたいのは……三羽烏の使うギガオーライズでござる」

「……ああ、それですね! ボクも持っていた資料を読み返してたんですけど……」

「前に言ってた昔話の一つか」

 

 既にメグル達とは共有した後だったそれをアルカはキリに差し出した。

 

「──ヒャッキ地方に伝わる伝説の妖怪のオーラ。そして、オーラに対応したポケモン。その2つが揃った時、ギガオーライズが出来るんです」

「この絵巻に描かれているのが……妖怪か」

「はい。ヒャッキ三大妖怪。テングの国、オニの国、そしてキュウビの国に眠ると言われる3つの妖怪です。それらはかつて、三種の神器によって力が封じられたとされています」

 

 アルカは読み上げていく。

 

 ──神器が一つ、剣。

 それに対応するは”ウガツキジン”。

 己の身体を鍛え上げ、剣の如き鋭さを手に入れた鬼獣。

 

 ──神器が一つ、勾玉。

 それに対応するは”ワカツミタマ”。

 魂を九つに別つことで、不死性を保ち続けている九尾の狐。

 

 ──神器が一つ、鏡。

 それに対応するは”マガツカガミ”。

 邪な心を映し出す邪悪な鏡を身に纏った、空の総大将。

 

「これらは別々の国に封じられていた神器……つまりオーライズに必要なオーパーツなんですけど、それをテング団が持っているってことは」

「他の国は既に攻め落とされた後、ということか」

「はい」

 

 それぞれの国は敵対関係で、アルカが知る限りは冷戦状態が続いていたのだという。

 しかし、彼女がテングの国から消えた後に戦況が動き出したようだった。

 

「きっと、キュウビの国を攻め落とした後に神器を探し出したんだと思います」

 

 ウガツキジンに対応する”剣”の行方だけが現状不明だが、このままではオニの国が攻め落とされるのも時間の問題だろう、とアルカは言う。

 なんせテングの国は他国と戦争をしている間に、サイゴクへ攻め込むだけの余裕を見せているからである。

 その上、元々テングの国がヒャッキで最も大きい国だったらしい。オニの国に勝ち目はない。

 

「正直実在性は怪しかったから、ボクも眉唾だったんですけど……多分見つけちゃったんでしょうね。そこで戦況が一気にテングの国に傾いた」

「……成程理解した。いずれにせよ我々はギガオーライズに警戒せねばならないか。しかし、同様の戦力を抱えているのは我々も同じ」

「お、俺ですか……」

「そうだ。錆びた刀は、よあけのおやしろが貴殿に託したもの。オージュエルを持つのも貴殿のみ。ならば、貴殿が相応に強くなるしかあるまい」

 

 故に、とキリは続けた。

 

 

 

「──明日。早速試練を執り行う。メグル殿、よろしいな?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話:酒は飲んでも吞まれるな

 ※※※

 

 

 

「……どんなところだったんスか」

「え?」

「あんたの住んでた元の世界ってヤツッスよ」

「ああ、そういえばノオトはまだ知らなかったんだよね、おにーさんの故郷がどんなところか」

「ちゃあんと知りてえッス」

 

 ──その日の夜。

 豪華な海鮮料理を前にしながら、ノオトは真剣にメグルに問うてきた。

 

「そうだなぁ……難しいけど……一言で言えば、ポケモンが居ない世界だ」

「ポケモンがいない!?」

「そう。動物はボールの中に入らねえし、ポケモン程凄い力を持ってるわけじゃない。人間の力がとても強い世界だ」

「考えられねえッスね。ボールに入らない生き物、か……同じ異世界でもヒャッキとはまた様変わりッスね」

「ヒャッキにはポケモンは居るし、小さくなる習性を利用する文化もあるからね」

 

 アルカが言っているのは、テング団が用いている瓢箪の事だ。

 彼らはポケモンが弱ると、瓢箪の中に吸い込んで格納するのである。

 結局のところ、メグルの世界と彼らの世界で異なるのは、小さくなる性質を持つ不思議な生き物が居ないことであった。

 

「人は普通に生活してたぜ。開発も進んでて、ビルと車ばっかさ。人間中心の文明が発達してる」

「成程ぉ、サイゴクよりもよっぽど便利は良くなってそうッスね」

 

(便利なだけなら良いんだけどな……)

 

 メグルは目を瞑る。

 まだ数か月も経っていないはずなのに。

 もう、どんな街並みだったか忘れかけている自分が居る。

 

(俺はひとりだった。あの町で)

 

 それほどにサイゴクでの経験は鮮烈で、そして強烈なものだった。

 今ではこうして旅の仲間までいる。

 しかし、元居た世界でメグルは──孤立していた。

 

(大学に入ったころ、入学式のすぐ後に風邪引いちまって……それで友達が出来なくって)

 

 他にポケモンで遊んでいるような友達も居らず。

 人付き合いが苦手だったメグルは、バイトもすぐやめてしまい、気が付いたら家と大学を往復しているような生活をしていた。

 家から大学も遠く、実家にそうそう帰る事も出来ない。

 だから、彼の心の支えはいよいよポケモンだけになってしまっていた。

 友人もおらず、ぼっちのままだ。それでも一人でのめりこめてしまうものがあるので、メグルは一人のままだった。

 

「……元の世界に帰りたいって思ったりしないの? おにーさんは」

「思う時もあるよ。だけど今はやるべき事があるし……それに、どうやら長居し過ぎたみたいだ」

 

 だがそう思う一方で──メグルはいつか帰らなければいけないことも薄っすら感じていた。

 

(親も置いてきてるし……そもそも、何で此処に来たのかも分からないなら、何時どんな理由で向こうに帰らされてもおかしくねーんだよな……ゲームだとあるあるだろ)

 

「メグルさんはいつまでも此処に居たら良いんスよ!」

 

 そんなメグルの葛藤を他所に、ノオトは明るく言った。

 付き合いは短い。しかし彼はすっかり、年上の兄貴分としてメグルを慕っていた。

 ポケモントレーナーとしての年季はそこに関係無かった。

 ノオトにとって実姉のヒメノは畏れ恐れる存在だったが、メグルは気の置けない兄弟のように無意識中に思っていた。

 

「異世界人だとかそんなのオレっちには関係ねーッス。オレっちは歓迎するッスよ」

「そうですよ! おにーさんは此処で暮らせば良いんです! あ、でも、家とかは……必要ですよね。ずっと旅をしている訳にはいかないし」

「それはアルカさんも同じッスね」

「あ、そうか……」

「まーでも、問題ねえっしょ」

 

 にしし、と笑ってみせるとノオトは言った。

 

「いっそのこと、二人で暮らせば良いじゃねえッスか」

 

 一瞬、時が止まったようだった。

 メグルもアルカもだんだんと顔が逆上せていき、すぐに慌てたように怒鳴る。

 

「それは……いきなりすぎるだろ!」

「からかうのはやめてよ! 何でおにーさんとボクが、その、け、結婚みたいな……」

「結婚!?」

「ち、違う! 例え話ですよっ!」

「うーん、お似合いだと思ったんスけどねー……」

「変な事言うんじゃねえよ!」

「そうです! 大体こんな意地悪な人と、どうしてボクが……」

「あんだとコラ、誰が今まで助けてやったと思ってやがる」

「砂漠の時でトントンですよーだ!」

 

 ぷいっ、と二人はそっぽを向いてしまった。

 こうでもしなければ、意識してしまい、二度と互いの顔を見られなくなってしまうからだ。

 

(何でコイツ、こんな態度取るんだよ……! まさか、本当に気があるのか俺に……!?)

 

(も、もももももーッ! ノオトったらぁ何言ってんの……! 顔が熱いよ……! 別にボクはおにーさんの事なんて、何とも思ってないし──)

 

(この二人……めんどくせーッスね……大体メグルさんの押しが弱いからなんスけど。これだから恋愛童貞は……)

 

 空気が微妙になってしまい、そこで会話も止まってしまった。

 そんな折に、救世主は現れた。

 

 

 

「──ナナシのみのお酒をお持ちしましたー」

 

 

 

 仲居さんが徳利を膳に乗せて持ってくる。

 メグルとノオトは思わず顔を見合わせた。

 二人はまだ未成年。酒が飲める年齢ではない。

 となると、頼んだのは一人しかいない。

 

「……あっ、ボクが頼んだんですけど」

「お前、酒飲めるのか!?」

「意外ッスね。今までそういうところ見た事無かったんで」

「いやぁ、あんまり飲まないだけだよ。ライドポケモンにも乗るしね。おにーさんこそ、飲まないんですか? いっつもお酒頼まないですけど」

「俺19だからまだ飲めねえんだよ……」

「えっ」

「えっ」

 

 アルカとノオトが顔を見合わせる。

 

「つまり、ボクが最年長だったってことォ!?」

「知らなかったんスか今まで!?」

「互いの年齢聞く機会なんて無かったからな……」

 

【メグル 19歳】

 

【ノオト 13歳】

 

【アルカ 20歳】

 

「つーか、お前こそ今まで酒なんて飲まなかったじゃねえか!」

「気心の知れない人の前でお酒飲んだりしませんよ」

 

 尚、逆説的にメグルやノオトに気を許していると白状していることに、この時アルカは気付いていない。

 

「酒ねぇ。俺も飲めるようになるのかね。正月のお屠蘇とか苦手だったなぁ」

「ふふーん、おにーさんは意外と子供舌なんですねー。あ、でもこれ美味しいですよ。くぴくぴジュースのように飲める」

「ちょいちょい、ペース速過ぎたら良くないって言うッスよ、アルカさん」

「大丈夫大丈夫! ボクこれでも強いんで!」

 

 そう言ってお酒を呷る彼女を見て、メグルはほっと一息。

 気まずい空気が、お酒の話題で書き換えられたからである。

 あのままでは、次の日になっても話せなくなっていたからだ。

 だが問題は、アルカも同じことを考えていたことであった。

 

(顔が熱い……ボク多分今、耳まで真っ赤だ……そうだ、お酒の所為にしちゃおう。お酒で酔ったって事にすれば良いんだ)

 

 何かを誤魔化す為に酒を利用しようとした酒飲みの寿命は短い。

 味わうのではなく、酔う事を目的とするので普段よりもペースが速くなり、あっという間にアルコールが回っていく。

 

「おかわり!!」

「おいオマエ、大丈夫か!?」

「これくらい普通ですよ。どうせ向こうの好意ですし、甘えちゃえばいいんですよ」

「いや、果実酒って結構度数が強いって聞いた事があんだけど……」

「はぁー!? ボクをそうやって子ども扱いして! ボクはこれでも、おにーさんよりぃ、お姉さんなんですよ!?」

「もう既に酔ってるッスよこの人……」

「酔ってないもん! 二人は子供だから!」

 

 ──数十分後。

 彼女の周囲には徳利が何個も転がっていた。

 

「くかー……えへへへへへぇ、おにーさん……」

「ほら言わんこっちゃねえ」

「明日起きれるんスかね、この人……」

 

 そこには涎を垂らして突っ伏すアルカの姿があった。

 恐らく、こうなることが薄々分かっているので、彼女自身も飲酒を自重していたのだろう。

 

「取り合えず布団に運び込むか、このバカ」

「全く、こんなんじゃ全然、最年長って感じじゃねーッスね」

「本当だ全く、コイツより年下ってのが一番納得行ってねーわ俺は」

 

 二人掛かりでアルカを、用意された布団の中にぶち込み、メグル達は再び夕食に戻る。

 他愛のない話は続いた。

 旅の事。互いの故郷の事。身内の事。

 そして、明日の試練の事。

 

「……ヨイノマガンはサイゴクのヌシの中でも、最強クラス。そもそも旧家二社が恐れられていた理由の大半はヌシにあるッスから」

「アケノヤイバがあれだけ強かったんだ。対になるヨイノマガンが強くてもおかしくないわな」

「強いて言うなら、水タイプのヘイシャリが鍵になるッス」

「水弱点……岩か地面だな」

「つーか、ひぐれのおやしろが司るタイプは”岩”ッスから」

 

 岩タイプ。

 弱点こそ多いものの、防御力が高いポケモンが揃っているタイプだ。

 脆さはあるものの、同時に鋭さも併せ持ったポケモンが多数存在しており、油断すれば寝首を掛かれてしまう。

 

(すながくれ忍軍って言うくらいだし、砂嵐も戦法の中に入れて来る可能性が高い。それも加味すると、ヘイラッシャが重要だな……)

 

 岩タイプは砂嵐の下では特防が高くなる。

 例え弱点を突いても、特殊技では倒せないこともザラだ。

 結果的に水タイプの物理アタッカーで攻めた方が倒せる可能性は高い。

 

(岩ならアブソルもきっと役立つ……! 逆に古参3人組は今回、あんまり出番は無さそうだな……バサギリに至っては弱点突かれるし)

 

 考えれば考える程、技構成の候補は幾つも上がってくる。

 なまじスマホロトムのボックス機能で手持ちの技を管理できるだけに、戦略の自由度は高いので悩んでしまう。

 

「……俺、もう1回風呂入ってくるわ」

「あり? 何でまた」

「さっきは砂だらけで、シャワーばっかだったからな。もう一回、ゆっくり風呂を楽しむとするよ。明日の事考えながらな」

「お疲れさんッス。オレっちは夜風浴びてくるッスから」

「あーい」

 

 メグルが部屋から出て行ったのを見届けた後──ノオトはふと呟くのだった。

 

「やっぱあんた達は……お似合いッスよ」

 

 そして、ルカリオの入っているボールを握り締め、外に出て部屋の電気を消した。

 後に残るのは布団で寝息を立てるアルカだけだった。

 

 

 

「……オレっちも……あんた達を守れるくれーに、強くならねェと」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何ィ!? 野生のポケモンが侵入してきた所為で、男風呂と女風呂が砂塗れェ!?」

 

 現に両方共「使用禁止」と立札が立てられ、鍵まで掛けられている。

 

「そうじゃなぁ。男湯も女湯もやられちまったべ。たまにあるんだべ、温泉に浸かりに来る厄介者が空から飛んでくる」

 

 温泉担当の爺さんが申し訳なさそうに言った。

 

「大抵朝まで復旧に時間が掛かる。申し訳ねえべ」

「そっスか……」

 

 因みに問題の野生ポケモンは既に捕獲された後らしい。

 どうやらかつて、旅館が廃業の憂き目にあったのも、度々野生ポケモンの襲撃ならぬ入浴を受けたからなのだという。

 

「幸い、奥の混浴風呂は使えるべ。屋内じゃからあそこ」

「……んじゃあ、そっちで」

「おう、すまんなぁ、お客様。因みに脱衣所は男女別々だべ」

「はーい」

 

(さっきはゆっくり温泉を堪能できなかったからな……この際何でも良いや)

 

 ──他の客も居ない一人っきりの温泉。

 そこに浸かると、疲れが一気に流れていきそうな気がした。

 

「はぁーあ……疲れたぁー……」

 

 主に、キリとの対談だ。

 姿が姿なだけに、向き合っているだけで緊張で疲労してしまったのである。

 

(明日は試練、か。ヨイノマガン……一体どんなポケモンなんだ……?)

 

 例によってどのような相手なのかは敢えて調べていない。

 だが、話が通じない相手だ、とノオトは言っていた。

 

(……だけどここに来るまで、俺達だって手持ちを鍛えたんだ)

 

 五社の架け橋だとか、テング団の三羽烏を倒せるかだとか、遠い話の事は分からない。

 しかし、今目の前の試練の事ならば全力で闘志を燃やすことが出来る。

 

(……絶対に勝って、4つ目のあかしを手に入れる)

 

 そしてその先。

 5つ目の試練で待つのは──ユイだ。

 彼女がキャプテンになっているか、メグルには分からない。だがきっと、彼女ならば自らに試練を与える立場となって現れるだろう。

 それほどに彼女は気高い心を持ったトレーナーだからだ。

 

(あいつの試練を乗り越えることで……あいつに、成長した俺の姿を見せてやるんだ……!)

 

 そう意気込んでいた時だった。ガラガラガラと扉が開く。

 メグルの視線は思わずその方向へ向いた。そして、頭がフリーズした。

 

 

 

「あれぇー……おにーさん……だぁ……えっへへへへー」

 

 

 

 パッと目に飛び込んできたのは、たわわに実った両の胸。綺麗にくびれた腰。そして、月明かりに照らされて、真っ白に輝く肌。真っ赤に熟れ上がっている頬。とろんと蕩けた甘ったるい声。

 思わず夢なんじゃないか、夢であってくれ、と目を擦ったが事実であった。

 酔っ払い・襲来。

 

(何でだァ!? 寝てたんじゃねーのかぁ!?)

 

「えーへへへへぇー、おにーさーん、うりうりー」

 

 がばぁっ、と彼女はメグルを見るなり湯舟に飛び込んで来る。

 完全に酔っぱらったままだ。

 涎を垂らしたまま、彼女は飛びついてくるのだった。

 頭がフリーズしてしまったメグルは逃げることも出来ず、彼女の抱擁を受けたが、すぐさま引き離そうとする。

 しかし、普段ジャケットに押し潰されて目立たない弾力のある巨峰は腕から離れない。

 

「ま、待て待てアルカ!! 身体!! 身体まだ洗ってねーだろが!!」

「えぇー? それじゃあ、おにーさんが洗ってくださいよぉ……」

「洗わねーよ!! テメェで洗え!! さっさと出ろ!」

「ええぇ……なんでぇ。おにーさん、ボクの事、嫌いになったんですかぁ……?」

 

(こ、このバカ……! こんな状態で風呂場に放置したらしたで溺れ死んでしまいそうだし、どうしたもんか……!)

 

 やはり自分のカンは間違っていなかった、とメグルは確信する。このアルカという女、一人にしておくといつか絶対に死ぬ。普段は気丈に振る舞っていたが、抜けているのだ。酔っている所為で、更にそれが悪化しているのである。

 さっきの爺さんは酔っ払いの客が風呂に入るのを止めなかったのか、と彼を呪うメグルだったが、よくよく考えれば野生ポケモンの後始末に向かっていたのを思い出す。

 詰みだ。止める者が誰一人としていなかったのだ。

 

(コイツの名誉の為に、俺が何とかするしかないか……!)

 

 下心からではない。本心からの心配である。

 結局彼女を無理矢理洗い場の前に引っ張っていく。大人しく洗ってやるしかないようだった。

 

「ほら、此処に座れ──」

 

 出来るだけ()を見ないように、アルカを座らせようとした時。

 背中がはっきりと見えて──メグルは絶句した。

 

 

 

(ッ……)

 

 

 

 傷はあるな、と最初に背中を見た時思っていた。

 だが、できるだけ彼女の身体を見ないように目を背けていたので気付かなかった。

 こうして面と向かうまでは。

 

(どうして、何をどうやったら、()()なるんだ……!?)

 

 ──アルカの背中には、数多もの悪意の痕跡が刻まれていた。

 

 

 

「あれぇ……おにーさん……いきなり黙ってどーしたんれすかぁ……?」

 

 

 

 刃物で切り裂かれたような切り傷。

 熱く硬い鉄を押し付けられたような火傷。

 打ち付けられたような痣。

 いずれも最近付けられたものではない。何年も前の古傷ではあったが、それでもメグルが思わず言葉を失い、立ち尽くすには十分な痛々しさであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話:ヨイノマガン

「何だよ……これ」

「ねぇー、さむいですよぉ、おにーさぁん……ひっく、早くお湯をかけてくださいよぉ」

 

 そうしてメグルは──彼女の受けてきた扱いを漸く理解した。

 

「ッ……お前」

 

 くるり、と振り向いたアルカが不思議そうな顔でメグルの顔を見やる。まだ意識がぼんやりとしていて、自分が何をしているのかも分かっていないのだろう。

 

「どうしたんですかぁ……? いきなり黙っちゃって。こわいですよ……」

 

(俺は……何にも分かってなかった。俺の元の世界での孤独なんて可愛いもんだ)

 

 がくり、と彼は力が抜けそうになる。

 

(こいつは一体、向こうでどれほどの……傷を受けて……それなのにずっと、平気そうな顔で笑ってたのかよ……何で笑ってられんだよ……!!)

 

「おにーさん……?」

「アルカ」

 

 メグルは決意する。

 絶対に元の世界になんて戻って堪るものか、と。これ以上彼女を傷つけさせて堪るか、と。

 

「……おにーさん……?」

「お前はもっと……自分を大事にしろ」

「えっ」

「お前がへらへら笑ってる影でこんなに傷ついてたら……こっちは心配で、幾つ心臓あっても足りねえよ!!」

 

 しばらくよく分からない様子でメグルの目を見つめていたアルカだったが──ふと、我に返ったように「おにーさん!?」と叫ぶ。

 メグルの言葉で、ついでに湯冷めで酔いから醒めたらしい。

 

「ななななななな、何でおにーさんとボク、お風呂に!? 変態!!」

「オメー二度とあんなに酒飲むんじゃねえぞ」

「いだだだ、ほっぺひっぱらないでくだひゃい……」

 

 事情を説明すると、完全に湯立ってしまった顔で彼女はいそいそとタオルを身体に巻くのだった。すっかり正気に戻ったのか、気まずそうに彼女は目を逸らす。

 

「えーと、じゃあ……見苦しいもの、見せちゃいましたね」

「……」

「もう、昔のことなんです。ずっと昔の傷ですから。叔父から……その、暴力を」

 

 そう言って、彼女は前髪を掻き上げる。

 額に、割れたような傷痕が残っている。

 それを隠す為に、今までずっと前髪を伸ばして見えないようにしていたのだろう。

 

「……ずっと辛いのガマンしてたのか?」

「今はガマンしてないですよ。ただ、こんな形で見せることになっちゃうなんて、お恥ずかしい……」

「ッ……あのなぁ、俺は……」

「ごめんなさい。びっくりしましたよね。つい、おにーさんたちの前だから気が緩んじゃって、お酒飲みすぎちゃって。ボク、お酒飲むと……辛いこと忘れて楽しくなっちゃうんです」

「……」

「それで一回失敗して、それからは飲むの控えてたんです……」

 

 ふにゃり、と力の無い笑みをアルカは浮かべてみせる。

 それを見てメグルはやるせない気持ちになる。

 

「此処で親切な人たちに出会って、優しさを教わって……メグルさんやノオトのようなお節介さん達と出会って……ボク、昔の事なんて忘れちゃうくらい今が一番ハッピーなんです」

「強いよお前は。俺だったら二度と立ち直れなくなりそうだ」

「もう、何でおにーさんが泣きそうになってるんですか」

 

(うるせーうるせー……どうしたら良いのか、分かんねーんだよ……俺だって……!!)

 

 どうしてどいつもこいつも、自分を顧みないのか。

 そして、どうして自分はこんなにも──弱く、ちっぽけなのか。

 唯一人、彼女を縛る百鬼の呪いを解くことすら出来やしない。

 

「……風邪引くんじゃねーぞアルカ。俺はそのまま寝るから」

「あっ、おにーさん……!」

「後、深酒も禁止! お前、俺だったから良かったけど他の男だったらどうするつもりだったんだよ!?」

「それは本当にすみませんでした……」

 

 ただひたすらにメグルは悔しかった。 

 自分では、彼女の過去の痛みを取り除けやしない。

 彼女の心の傷は、背中の傷と同じ。一生癒えることはない。思い出さないように蓋をしているだけだ。

 だからせめて、これから降り注ぐ痛みからは何が何でも彼女を守ろうと決めた。 

 それが──惚れた弱みだった。

 

「俺……もっと強くなるからっ。月並みだけど……お前をヒャッキの奴らから守れるくらいに、強くなるからっ!」

 

 そう言ってメグルが立ち去った後。

 アルカは大きく溜息を吐き、座り込む。久々にやってしまった。

 自分の気持ちを誤魔化すために酒を使うと、大きなツケを払うことになるのである。

 

(最近はお酒無しでも昔の事忘れられるようになってたから……油断してたなあ。それくらい、おにーさんとの旅が楽しかったんだ)

 

 目を伏せる。サイゴクに来た頃、最初の頃は酒が無ければ、よく眠れなかった程だった。それでも、サイゴクの人々との交流を続けていくうちに、辛い記憶よりも楽しい記憶が積み重なっていくうちに、アルコールに頼らなくても彼女は自然に笑えるようになっていた。

 

(大丈夫になったって自分では思ってたけど……自分の事は自分が一番分かってないって話は……本当だったんだなあ……)

 

 背中の傷は今でも疼く。恐ろしい記憶は今でも襲ってくる。

 だがそれでも、自分がどうして此処に立っているのかを思い出す。

 幼い頃に見た夢を。そして、ヒャッキとサイゴクの間に伝わる真実を。

 この目で確かめる──それが彼女の生きる目的だ。

 

(……違うんだ。本当はボクだって、守られるだけは嫌なんだ。何か、恩返ししたいんだ)

 

 メグルは強くなった。

 きっと、今の自分を追い越す程に。

 トレーナーとしての腕も、手持ちのポケモンも強くなっている。

 

(ベニシティで再会したころが懐かしいよ。あの頃に比べたら見違えたよ、おにーさんは)

 

 彼の成長を喜ぶ一方で、自分自身は成長できただろうか、とアルカは自問した。

 守ってもらうだけは情けない、と常々彼女は感じていた。

 ナカヌチャンを捕まえたのも──そんな自分から抜け出すためだ。

 しかし、結局今もこうしてメグルに心配をかけてしまったことをアルカは恥じていた。

 

(今だって、あんな顔してほしかったわけじゃなかったのに)

 

 無意識に──アルカはメグルに甘えてしまっている自分に気付きつつあった。

 それほどに彼に心を許している証左でもあった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──修行でござるか? こんな夜遅い時間まで……」

「!」

 

 

 

 ルカリオと並び、座禅を組んでいたノオトは思わず目を見開き、振り返った。

 柱の影には、和服を着た金髪の少女・ゴマノハが恥ずかしそうにこちらを覗いていた。

 

「……ゴマノハさん! 何でまた」

「え、えーと、クワゾメの夜は冷えるでござる。だから、お体に障ると思って……温かいお茶、持ってきたでござるよ」

「ああ、かたじけねェッス!」

 

 礼をすると、ノオトはそれを受け取りごくり、と飲み干す。

 身体の芯から温まるようだった。

 

「……キャプテン・キリが、メグル殿に色々と無理な事を言ったようで……申し訳ないと伝えておいてほしいでござるよ」

「なーに、そんなにヤワなタマじゃねーッスよ、あの人は」

「……そうでござるか?」

「本当に本当! 確かに実力はまだまだッスけど、必死に強者に喰らいつこうとする姿、あるもの全部で戦おうとする姿、見習いたいくらいッス」

「なら、良かったでござる。頼もしい旅の仲間と出会えたんでござるな」

「ところでゴマノハ殿。やっぱり柱から出てこないんスか?」

「ひゃいっ!! 申し訳ないでござる!! ……顔を合わせるのは恥ずかしいでござるよ」

 

 何度かノオトとゴマノハは顔を合わせている。互いに見知った仲だ。

 尤も、彼女の人見知り癖は尋常なものではなく、ノオトが相手でも隠れてしまうほどであるのだが。

 しかしそんな中、彼女の足元からごろごろと何かが転がってきて、ノオトの前に浮かび上がる。

 

「しゃらららららっ」

「わっ、メテノ!?」

 

 現れたのはメテノ。

 ノオトも見たことがあるが、キャプテン・キリが相棒としている、硬い殻に身を包んだエネルギー体のポケモンである。

 

「ああっ、勝手に出て来ちゃダメでござるよメテノ!」

「しゃららららんっ」

「キリさんのメテノッスよね?」

「わっ、私がお世話を任されていて……」

 

 くるくる、と回転しながらメテノはノオトに顔を擦りつける。人懐っこく、(ヒメノ以外の)キャプテンにもこのような仕草を見せるのだ。

 

「もう、ダメでござるよ……うっかり殻が割れたりしたらどうするでござるか」

「しゃららん」

 

 浮いているメテノを引き離し、ゴマノハは申し訳なさそうにノオトの顔を見上げる。

 そして、自分が彼と目が合っていることに気付き、すぐさま顔を真っ赤にして逃げていってしまうのだった。

 

「とととととにかくっ!! 明日の試練、ノオト殿も見るのでしょう!? 早く寝るでござるよーっ!!」

 

 それを眺めながら──ノオトは息を吐く。心配には及ばない。自分の身体の管理くらい自分で出来る。彼女に心配をかけるまでもない。

 

(それにしても)

 

 ルカリオと座禅を組みながら、ノオトはゴマノハの事を思い返す。

 

 

 

(ゴマノハさん、良い人だし可愛いんだけど……なーんか()()()()()で見られねーんスよねぇ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──大砂丘。

 ”よあけのおやしろ”がある砂地であり、クワゾメタウン屈指の観光名所でもある。

 と言うのも、高いところから大砂丘を見渡すと、地上絵のようなものが描かれているのだ。

 さじんの屋敷の窓からも、その地上絵を見る事が出来るのでメグルも一度目にしていたが、場所的には鳥取砂丘のはずなのに地上絵があることに違和感を禁じ得なかった。

 しかも、その姿はメグルが元の世界でも見たことがあるナスカのハチドリにそっくりであったのである。

 一度、このふざけた代物が何なのかを、砂丘への道中で「なあノオトよ。あれって古代人が残したのか?」とノオトに問うたところ、

 

「いえ、描かれたのは最近ッスね。しかも描いたのはポケモンッスよ」

「何だよそりゃあ。あんなデカい絵を描けるポケモンなんているわけねーだろ」

「シンボラーッスよ。砂漠に飛んでいる変な鳥みてーなポケモンが目からビームだして砂地に線を刻むんス。1匹だけじゃなくて数匹掛かりで地上絵を描くんスよ」

「シンボラー!? これまたよく分からないのが出てきたな」

 

 そうして出来た地上絵は、すぐに消えてしまうものの、またすぐにシンボラーが線を刻んでしまうのだという。

 

(あの異国情緒溢れる街並みと言い、砂丘と言い、忍者と言い、魔改造されすぎやしねーか鳥取)

 

「ところでアルカさん、今日は来ないんスかね? 朝起こそうとしたら”良いの! 今日ボク寝てるからぁ!”って言って布団の中にくるまって悶絶してたッスけど」

「……別に良いだろ」

「ふぅーん? あの後オレっちが居ない間にナニがあったんスか?」

「……何でもねーよ」

 

 思ったよりも塩対応だったメグルの態度にノオトはふと疑問を感じる。

 どう考えても距離が縮まる流れではなかったのかアレは、と。

 

(何があったんスかね、マジで……)

 

 考えていても全く思いつかない。あの後酔ったアルカがメグルに迫って、そこからラブコメ的展開があるだろう、とノオトは踏んでいた。

 というのも、まともに飲酒をしたことが無いメグルは”酒を飲んだら眠くなる”程度の認識であるが、ノオトは”酔っ払いの眠りは却って浅くなる”ことを親戚一同の酒盛りで熟知していたからである。

 だからわざわざ席を外したのだ。しかし、結果的にはあまり良い方向には向かわなかったらしい。

 

「──んで、此処が集合場所か」

「そのはずっスけど」

「今度はおやしろの外でやるんだな、試練。一体全体どんなポケモンなんだ? カバルドンか? バンギラスか? いやでもリージョンフォームだし何が来てもおかしくねーか」

 

 ──向こうには砂地に立ったおやしろが見える。そして、おやしろを背にして──キャプテン・キリはその姿を現した。

 

「──定刻通り、でござるな」

「……キリさん……!」

「おやしろまいりは4つ目の試練からが過酷とよく言われるでござる。多くのトレーナーがヌシの強大さに屈するからでござるよ」

「へっ、こっちだってデカいポケモン相手の年季は長いぜ! 一発でクリアしてやりますよ!」

「……その意気込み、何処まで続くか見物でござるな。ああそれと、そこから一歩も動かないように」

「?」

「死にたくなければ、でござるよ」

 

 そう言うと、キリはひとっとびで後ろまで下がる。

 そして指を組み──何やら唱え始めた。

 

 

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前──ッ!!」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴ、と何処からともなく音が鳴る。

 

「何だァ!? 何事だァ!?」

「この試練はヌシ様と御神体の御前で執り行う神聖なもの。厳正な態度で挑むように、でござる」

「いやいやいや待て! 何なんだこれって!? 何処からヌシってくるんだ!?」

「口寄せの術……”ヨイノマガン”ッ!!」

 

 次の瞬間、目の前の砂が盛り上がった。

 その上にキリは飛び乗る。物凄い音を立ててそれは砂地の下から現れ、空に飛びあがった。

 

 

 

「……ケェェェーレェェェースゥゥゥーッ……!!」

 

 

 

 

「何じゃ、こりゃあああああああああ!?」

 

 それが羽ばたくだけで砂嵐が巻き起こる。

 それを見上げれば、無力感に打ちのめされそうになってしまう。

 その全長はざっと20メートル以上。そして、身体は全て塗り固められた砂で構成されており、今も砂が表面から流れ落ちている。

 球体のような身体には、アンテナのような突起に丸い眼球が埋め込まれている。

 更に表面にはアンノーンに酷似した象形文字が幾つも刻まれていた。

 言ってしまえば、シンボラーの形そのままをした、巨大な生ける砂の遺跡と呼ぶのが相応しい。

 

 

 

【ヨイノマガン みょうじょうポケモン タイプ:岩/飛行】

 

 

 

「な、何メートルあるんだ、あいつ……ッ!?」

「周囲の砂を吸うことで、更にデカくなるッスよ」

「デ、デカすぎだろ幾らなんでも……!? つーかコイツ、シンボラーの形してるけど……ッ!?」

「左様。サイゴクのシンボラー達の元締め、それがヨイノマガンでござる」

 

 ヨイノマガンの周囲には同じような形状をしたポケモン・シンボラーが3匹ほど集ってくる。その色はメグルの知る者とは異なっており、メグルは思わず図鑑でスキャンした。こちらも砂を塗り固めたような姿をしている。言わば、ヨイノマガンの子機のような存在なのか、ぴったりとヌシの周囲を守るようにして付き従っている。

 

「ええい散れ、お前達。今は試練の時間。お前達まで加われば、乗り越えられる試練も乗り越えられなくなるでござろう」

「ふよよよーん」

 

【シンボラー(サイゴクのすがた) ざんこうポケモン タイプ:岩/エスパー】

 

 キリの一声で、シンボラー達は大人しく散っていく。野生の個体だが、キャプテンの言う事はよく聞くように躾けられているのだろう。

 

「……リージョンフォーム、だったのか……地上絵を描くシンボラー! 自分の主の姿を砂丘に落書きしてたんだな、要は!」

「そう言う事ッスね。深い意味があるのかどうかは諸説ッス」

「ルールは簡単。たった今、ヨイノマガンの身体3か所に特大ヌシールを貼り付けたでござる」

 

 マスクに拡声器の機能でも付いているのか、ノイズ混じりのキリの声が聞こえてくる。

 見ると、ヨイノマガンの両羽根の付け根、そして巨大な球体のような胴にシンボラーのイラストが描かれたシールが貼られている。

 瞬きせぬ間に貼り付けられていたので、とんでもない早業であった。

 

「今の間にシール貼ったのか!?」

「他の忍者がやったんスよ。いずれにせよ早業には違いねーッス」

「手段は問わない。特大ヌシールを全て剥がすことが試練でござる。挑戦者は手持ちのポケモンのうち2匹までを一度に繰り出すことが出来る」

 

 つまり、2対1の形ではあるがダブルバトルのノウハウが生きる試練となる。

 

「ヨイノマガンの攻撃を乗り越えヌシールまで辿り着いてみせよ!」

「……倒しちまっても、構わねえんだな?」

「出来るものならば」

 

 にやり、と笑みを浮かべるとメグルはシャリタツとヘイラッシャを繰り出す。

 水タイプと言えばやはりこの2匹。そして、ヨイノマガンのタイプは岩と飛行タイプ。

 一致技の弱点を突かれる事もない。

 

【シャリタツの しれいとう】

 

 がばぁっ、とヘイラッシャの口が開き、そこにシャリタツが飛び込む。

 しれいとうで全能力が跳ね上がり、これで特殊技が来ても耐えうるだけの耐久をヘイラッシャは手に入れた。

 

「ラッシャーセーッ!!」

「スシー!!」

「俺は最初、この2匹で行きますッ!」

「偽竜の怪か……いざ尋常に……勝負ッ!」

 

 キリが叫ぶと共に、ヨイノマガンの頂点にある巨大な一つ目が妖しく輝く。

 そして、いきなり勢いよく怪鳥は羽ばたき始めるのだった。

 

 

 

【ヌシポケモン・ヨイノマガンに勝利し、力を示せ!】

 

 

 

 その様を見て──ノオトは息を呑む。

 相も変わらず、強大で何を考えているか全く分からないヌシポケモンだ。

 そもそもシンボラーに表情というものが無いので当然であるのだが。

 

(やっぱやべーッスね……コイツ。今のメグルさんじゃあ、勝てねーかもしれねェッス)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話:砂塵、吹き荒れて

「ケェェェレェェェェスゥゥゥー」

 

 

 

 ノイズ混じりの音声を響かせると、ヨイノマガンが翼を羽ばたかせるだけで周囲には砂嵐が巻き起こり、竜巻が巻き起こった。そのあまりの激しさに、メグルの身体も徐々に後退していっている。踏ん張らなければ、吹き飛ばされてしまう勢いだ。

 

【ヨイノマガンの──】

 

「ッ……マズい、まさかこれって初っ端から……オオワザか!?」

「オオワザ? まだまだ、そよ風でござる」

 

 砂嵐が幾つも立ち上がり、ヘイラッシャの巨体に隠れていなければ吹き飛ばされてしまいそうになってしまう。

 付き添いのノオトも、思わずジャラランガを繰り出し、自分の身体を支えて貰っている始末だ。

 

 

 

【──ふうとん・つむじ!!】

 

 

 

 竜巻がヘイラッシャを巻き込んでカチ上げ、砂漠に叩きつける。喰らったダメージはそこそこといったところだが、攻撃が終わっても尚周囲には激しい砂嵐が吹きすさび続けている。

 

【砂嵐が吹き始めた!】

 

「──ふっ、いつになくやる気でござるな、ヨイノマガン」

「攻撃後に砂嵐を巻き起こす技か!? 無茶苦茶だ!!」

「ラ、ラッシャーセー……!」

 

 恐ろしい風圧。これでは、ヨイノマガンに近付くどころではない。

 それどころか、砂嵐のダメージは徐々に徐々にヘイラッシャの身体を巻き込んでいく。

 砂嵐状態では岩・鋼・地面タイプ以外のポケモンはダメージを受け続けるのだ。

 そして、気候を簡単に変更できる術を持つ時点で、やはりヌシは一味も二味も違うと思わせる。

 

(技で天候変えられるってことは、一生砂嵐のままってことだろ……!? 冗談じゃねえ! 此処だけ第五世代か!?)

 

※第五世代(BW)までは、一度天候が変わるとずっとそのままだったが、第六世代(XY)以降は5ターンで天候が終わるようになった。

 

「試しに撃ってみるか……シャリタツ!! ”みずのはどう”!!」

 

 ヘイラッシャの口が開き、そこからシャリタツがヌシール目掛けてみずのはどうを放つ。

 だが、すぐさま弾道を見切ったヨイノマガンは体全部でそれを受け止めてしまう。

 

【効果は抜群だ!!】

 

 しかし、効果抜群の攻撃を受けたにも拘わらず、ヨイノマガンにダメージが通っている様子は見られない。

 そればかりか、水を受けて濡れた場所が砂を纏う事で徐々に乾いていくのが見える。

 岩タイプは、砂嵐が吹いているとき、特防が1.5倍されるのだ。そこに、元々高いであろうヨイノマガンの耐久力が合わされば、効果抜群の攻撃を受けてもびくともしなくなってしまうのである。

 

(分かっちゃいたけど、タイプが更に強くなったバンギラスみてーなもんじゃねえか……!! あいつは4倍弱点があるから許されてるんだぞ!?)

 

「ケェェェレェェェェスゥゥゥーッッッ!!」

 

 まだ、こちらは一度しか攻撃を喰らっていないにも関わらず、既にメグルは相手との実力者を痛感させられていた。

 これが、かつてサイゴクの災厄を祓い、そしてヒメマボロシとヒコマヤカシを倒したと言われる旧家二社のヌシの力。

 まだ片鱗でありながら、その力は旅のトレーナーにはあまりにも高い壁として在り続けている。

 

「砂の中で……何処まで戦える?」

「ッ……こうなりゃ正面突撃だ、アクアブレイク!!」

 

 水を纏ったヘイラッシャがヨイノマガン目掛けて飛び出す。

 幸い、巨体故に速度はそこまで速くはないのだろうか。それを避けることもせずに、ヨイノマガンはヘイラッシャの攻撃を受け止めた──

 

「よしっ、物理耐久は据え置きだーッ!!」

 

(……いや、通ってねえッスよ、メグルさん……!)

 

 ノオトは驚愕した。

 ヘイラッシャの動きが、ヨイノマガンにぶつかる前に止まってしまっている。

 メグルも、全く手応えが無い事に遅れて気付いた。”サイコキネシス”。念動力で押さえつけられてしまっているのだ。

 

「しまった、元がシンボラーだからか……ッ!!」

「特性・よいのみょうじょう。エスパータイプを持たないヨイノマガンだが、エスパー技も引けを取らないでござるよ」

 

 ヨイノマガンの”魔眼”が光り輝き、サイコパワーを放ち続けている。

 

【よいのみょうじょう:エスパー技の威力が1.5倍になる。】

 

(──これでキリさん、一切指示出してねーッスからね……キャプテンと組んだヨイノマガンがどれほどのものか……考えたくもねーッス……!)

 

 かつて、旧家二社と御三家三社がぶつかり合った時、御三家三社はヌシ3匹で何とかヨイノマガンの侵攻を食い止めたとされている。

 そして手空きになったアケノヤイバが大暴れし、御三家三社の戦線は危うく崩壊するところであったとも言われている。

 戦術ノウハウが確立されていなかった当時だからこそ、御三家が防戦一方になったという見方もあるが、それでも尚彼らが苦戦した理由は明白である。ヨイノマガンの巨体による圧倒的質量差。そして、砂嵐をいつでも起こすことが出来る専用技にある。総じて、ヨイノマガンは戦いを自分を有利なように進める事が出来る事に優れている。

 

【ふうとん・つむじ タイプ:岩 威力80 命中100 羽ばたく羽根で竜巻を起こす。使った後に砂嵐を起こす。】

 

(多分、キャプテン抜きのタイマンなら、今でもサイゴクのヌシ全部の中でも最強かもしれねーッスよ……ヨイノマガンは)

 

 サイコキネシスの前に倒れるヘイラッシャを見ながら、ノオトは歯噛みした。

 試練ゆえに、彼に貼られたシールを3枚剥がせばクリアとなるのは間違いなくおやしろ側の温情である。

 旅のトレーナーに、ヨイノマガンを倒せる者など存在しない。

 

(くそっ、こんな所で躓いてられるか!!)

 

 メグルの脳裏に──傷だらけの背中が過った。

 

(ここを突破出来ないようじゃ、テング団を倒すのは夢のまた夢だ!!)

 

「……しかしそちらの偽竜の怪。聞いてはいたが、なかなかにタフでござるな。だがしかし、鍛え方が足りんでござる」

「まだいける!! ”アクアブレイク”!!」

「その巨体、落とすのは少々苦労しそうでござるな──」

 

 ヨイノマガンが翼を大きく広げ、羽ばたかせる。

 そして大きく空に飛びあがった。

 

「──故に。最大級の一撃を以て砂の中に葬ろう、偽竜の怪ッ!!」

 

 魔眼に妖しい光が集まっていく。

 それと共に、巨体にエネルギーが迸り、紫電が走る。大きく咆哮を上げたヨイノマガンはそのまま、空から特大のビームを撃ち下ろす──

 

「なっ!? そんな所からの攻撃、避けられるわけが──」

 

 

 

【ヨイノマガンの──たそがれのざんこう!!】

 

 

 

 砂漠が大きく抉れ、砂が飛び散った。

 爆心地の中央には目を回したヘイラッシャが力無く横たわっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁー……おにーさん今頃、試練やってるんだろうなあ」

 

 

 町の裏の鉄屑置き場で、ハンマーを作るナカヌチャン。

 しかし、なかなか元々持っていたものに近しいものは作れないらしい。悔しそうに「カヌヌ……」と泣いている。

 

「やっぱり鉄屑だけじゃ良いハンマーは作れないんだね……一体、以前はどんな素材を使ってたんだろう」

 

 それを聞いたナカヌチャンは、棒切れを取り出し、地面にカリカリと落書きを始めた。そこには──やたらと上手に描かれたキリキザンの顔が描かれていた。

 

「わぁー、うまいうまい! ナカヌチャン、絵ェ描くの上手なんだね!」

「カヌヌ♪」

「見て見て! ボクも絵を描くのが好きでね──はいこれナカヌチャン。似てるでしょう?」

「……カヌ」

 

 そう言って地面に描かれたのはダークマターだった。

 あまりにもヘタクソ過ぎて原形を留めていないことに流石に自分でも気づいたのか、アルカは落ち込んだ。ナカヌチャンが泣きそうな顔で見つめてくる。

 

「ごめん……二度と絵ェ描くの好きとか言わないから、そんな顔しないで」

「……カヌヌ」

「それにしても、何でいきなりキリキザンの絵を?」

「カヌヌ」

 

 キリキザンの顔に✕マークが刻まれた。アルカの脳裏に浮かぶのは、図鑑の説明であった。

 

【ナカヌチャン ハンマーポケモン タイプ:フェアリー/鋼】

 

【稀少なポケモン。鋼タイプのポケモンを背後から襲い、ハンマーの素材となる部分を狩り取る。】

 

(もしかしなくても犠牲者の顔だコレェェェーッ!?)

 

 そしてその横には──同じく、上手に描かれたルカリオの顔が描かれていた。そしてそこにも✕が刻まれる。

 

(殺ったの!? 殺っちゃったの!? 絶対ノオトのルカリオに会わせちゃダメだ!!)

 

 更にその横には──ハッサムの顔が描かれた。そこにも✕が刻まれる。

 

(間一髪ぅぅぅーっ!! おにーさんのバサギリがバサギリで良かった!!)

 

 ストライクがハッサムに進化していたらきっとハンマーの素材になっていたところである。

 つまるところ、以前に使っていたハンマーは彼らの素材が使われていたことが明らかになった、もとい明らかになってしまった。知りたくなかったこんな事実。

 背中に負ぶわせているカブトが「ぴぎぎぎぃ……」と明らかに怯えたような声を出して震えた。

 

「カヌヌ」

「ごめんね……そいつらは多分すぐには調達できないかな……」

「カヌヌ……」

「何なら調達した日には、ボクがおにーさんとノオトと一緒に居られなくなるからね……」

 

 落ち込んでしまったナカヌチャンを宥めながら、アルカは溜息を吐く。

 

「うん……何事もそう上手くいかないよね」

「……カヌ」

「でも、諦めなければ必ずツキは回ってくる! 一緒に探そう!」

「カヌゥ……」

 

(……おにーさんと会ったのも、今思えばツキが回ってきた、ってヤツだったのかな)

 

 ナカヌチャンの手を引き、彼女は次の鉄屑置き場へ歩を進める。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「やったやったあった! 見つかった! 宝の山!」

 

 

 

 探せばやがて見つかるものである。モトトカゲで移動を続けて早2時間程。

 町から離れた郊外の場所に、車等のスクラップが纏められた場所に彼女達は辿り着いたのだった。

 既に置き場そのものが放棄されているのか人の気が無い。何故か”持ち出し自由”という立て看板さえ掛けられている。

 

「ねえ、ナカヌチャン言ったでしょ! 諦めなきゃいつかツキは回ってくるんだよ! 此処のものを使わせて貰おう!」

「カヌヌヌヌ!」

 

 喜んだナカヌチャンがスクラップの山に飛び込もうとしたその時だった。

 鉄屑の山が崩れ落ち、そこから乗用車のスクラップが一人でに動き出す。

 

「えっ……」

「カヌ!?」

 

 だが、誰も乗っていない車が勝手に動き出すはずがない。すぐさまアルカの視線は車のフロントにべったりと貼り付いている鋼のポケモンに向くのだった。

 

 

 

「ブロロロロロロロロ……ッ!!」

 

 

 

「な、なにっ、ポケモンなのアレ!?」

 

 図鑑でスキャンすると、すぐさま全貌が明らかになる。

 エンジンの姿をしたポケモン・ブロロローム、そしてタイヤにはその進化前のブロロンがくっついている。

 

【ブロロン たんきとうポケモン タイプ:鋼/毒】

 

【ブロロローム たきとうポケモン タイプ:鋼/毒】

 

 岩の車に寄生し、自らが動力となって動かす習性を持つブロロローム。

 しかし、勿論寄生する先は岩の車でなければいけないという決まりはない。

 このように、人間が廃棄したスクラップを取り込んでしまえば、勝手に動く乗用車の完成である。

 

「車輪に小さいのが居る……放棄されたのは、町から離れている上に野生ポケモンの溜まり場になってたからーッ!?」

「カヌヌヌ!?」

 

 只より高い物はない。やはり旨い話など無いのである。すぐさまナカヌチャンをボールに戻そうとするが、崩れてきた瓦礫が彼女を押しのけてしまい、ボールビームが外れてしまう。

 そうこうしているうちに、縄張りを侵されたブロロロームは怒り狂いながらアルカ目掛けて突撃してくる。

 

「カヌヌ!! カヌヌ!!」

「くそっ、先にこいつをどうにかしないと──ゴローニャ……じゃ、ナカヌチャンが巻き込まれちゃうから──モトトカゲ、お願い!」

「アギャァス!!」

 

 相手は鋼・毒タイプ。そのため、ゴローニャの放つ全体攻撃は効果抜群で突き刺さる。しかし、地面技は往々にして全体技が多い。

 まだ近くに居るナカヌチャンもダメージを受けてしまう。それを避けるため、アルカはモトトカゲのオーバーヒートに全てを賭すことにした。

 浮袋を大きく膨らませたモトトカゲが、迫るブロロロームの頭目掛けて特大の炎を吹きかけた。

 すぐさま爆音が鳴り響き、車が爆ぜて横転した。

 

「やったっ! 直撃だ!」

 

 ブロロロロームは目を回してその場に倒れ込んだ。

 同時に、それが寄生していた廃車も沈黙する。

 しかし車体によって炎から守られていた、後輪のブロロンたちが車から外れて動き出す。2匹だ。

 

「いっ、まだ居るの──ッ!?」

 

 オーバーヒートの反動でモトトカゲはすぐに次弾を撃つことは出来ない。

 遅れを取っている間に、ブロロンたちは恐ろしく速い動きでナカヌチャンの方へ向かう。

 逃げようとする彼女だったが、瓦礫に身体が挟まっているのか抜け出せないようだった。

 

(狙いはナカヌチャン──!? 鋼タイプの天敵だから──!?)

 

 このままではナカヌチャンを助けられない。

 最悪の予感が彼女に過る。

 

(ダメだ……! 折角仲間になって貰ったのにボクが不甲斐ないばっかりに、あの子を傷つけるなんてダメだ!)

 

「ナカヌチャンッ……!!」

 

 瓦礫に足を取られながら、アルカがボールを向けようとしたその時だった。

 

 

 

「──スカタンク、”かえんほうしゃ”でござる!!」

 

 

 

 炎が、ブロロンたちを焼き払う。

 すぐさま火の粉を散らしたように単気筒のポケモンはタイヤを放棄して逃げていくのだった。

 だが、その背後から更に別のブロロンが飛び掛かってくる。

 

「──危ないッ!! 後ろ!!」

「ブロロンの扱いは慣れているでござる。スカタンク”ふいうち”でクリーンせよ!!」

 

 巨体に見合わない動きでスカンクのポケモンが一瞬で残るブロロンたちも撥ね飛ばし、瓦礫の山に叩きつける。

 そして、黒いマフラー、そして毒々しい忍者コスチュームに身を包んだ青年がナカヌチャンから瓦礫を退けて抱き上げる。

 

「カヌヌ……!?」

「良かった、無事でござるなッ……と、どわぁ!?」

 

 がらがら、と音を立てて瓦礫の山が崩れる。

 騒ぎによって目が覚めてしまったのか、明らかに凶暴な顔をしたネズミのようなポケモンが現れるのだった。

 

「ギッチュチュチューッ!!」

 

【ラッタ ネズミポケモン タイプ:ノーマル】

 

 無数のラッタの後ろには、一際巨大で、腹がでっぷりと大きく肥え太った個体がナカヌチャンを睨み付けている。この辺りの瓦礫の山をシメているボスといったところか。侵入者であるアルカ、そして忍者服の少年を目掛けて飛び掛かってくる。

 

「ッ……モトトカゲ、”ドラゴンテール”で弾き飛ばして!!」

「──かするだけで毒る技もある故、気を付けるでござるよ」

 

 忍者服の少年は更にボールを投げる。

 そこから現れたのは、岩の車に寄生したブロロロームだった。

 

(こ、この人もブロロロームを!?)

 

「ユーに恨みはないが、止むを得まい──降りかかる火の粉は払わせてもらう! ブロロローム、ホイールスピンでござる!!」

 

 飛び掛かってきて前歯を突き立てようとしてきたボスのラッタを、ブロロロームが回転する車輪で押し潰し、挟み込む。そして、群れに目掛けて思いっきり投げ飛ばす。そして彼らが固まったところに二人は畳みかける。

 

 

 

「モトトカゲ、りゅうのはどうでトドメだ!」

「──スカタンク、ヘドロばくだんでフィニッシュでござる!!」

 

 

 

 ──ヘドロの塊、そしてドラゴンエネルギーが同時に襲い掛かり、爆発が巻き起こる。

 ラッタ達は散り散りに逃げていき、一際大きなボスも、そのまま瓦礫の山に再び潜り込んでいく。

 そこで野生ポケモン達のラッシュは止まったのだった。

 

「もう大丈夫でござる。そこのユー、怪我はないでござるか?」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 アルカは、野生ポケモンを片付けた忍者の青年を見て、思わず──眉を顰めそうになった。それほどに奇妙奇天烈な恰好をしていた。

 何処をどう見ても、おやしろの忍者には見えない。クオリティは高いがコスプレの範疇は出ないものである。そもそも忍者の服にしてはあまりにも派手過ぎる。紫と緑の毒々しい迷彩に、黒いマフラー。目立つにも程がある。

 

(でも、あの洗練されたポケモンへの指示、鍛え上げられたポケモン、この人、それなりにツワモノだ……絶対におやしろの忍者じゃないけど!)

 

「──我はシュウメイ。今は只の観光客でござるよ」

 

(君のような只の観光客が居るか!!) 

 

 と激しく言いたくなったが、ナカヌチャンを助けて貰った手前、何も言えないアルカであった。




ヨイノマガン みょうじょうポケモン タイプ:岩/飛行
特性:よいのみょうじょう(エスパータイプの技の威力を1.5倍する。)
シンボラーの突然変異と言われているが定かではない。サイゴクのシンボラーの身体は砂に近い物質で構成されており、それが巨大化した個体がヨイノマガンと呼ばれているが、近年はヨイノマガンこそが親機のような存在で、サイゴクのシンボラーはそれに付随する分身のようなものではないかと言われるようになった。かつてサイゴクの厄災を祓った事、そして引き起こす災害クラスの砂嵐に加え、砂があれば破壊された部位を簡単に再生できる不死性から、アケノヤイバに並ぶ、サイゴクの伝説のポケモンと言われている。


【TOPIC:突然変異ポケモン】
アケノヤイバのように、あるポケモンの特異な個体を指す。そして、通常個体は変異個体に進化することはなく、別種として扱われる。他の地方で見られる事例としては、メレシーとディアンシーの関係が有名。ディアンシーはメレシー達の女王的存在だが、メレシーがディアンシーに進化することは無い。同様に、アブソルがアケノヤイバに進化することは無く、シンボラーがヨイノマガンに進化することもない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話:砂のようにマズい敗北の味

 シュウメイと名乗った青年の恰好は胡散臭さに溢れているが、アルカに話しかけるその口調は優しい。

 一目でアルカは、彼が少なくとも悪い人間ではないことが分かった。恰好は本当に怪しさに溢れているのであるが。

 

「ボクもナカヌチャンも危なかった……助かったよ」

「礼には及ばないでござる。我はリアル忍者を探していた途中にたまたま通りがかっただけのこと」

「そうなんだ……えーと、一応聞くんだけど、おやしろの人じゃないんだよね?」

「さっきも言ったでござろう。我は只の観光客でござるよ」

 

(ええ……本当に……?)

 

「カヌヌヌ!」

「良かったぁ……ごめんね、ボクの所為で……怖かったよね」

「カヌヌヌ……」

 

 ナカヌチャンを抱き上げる。

 見た所、目立った外傷は無いようだったので、アルカは嘆息した。

 

「うんうん、無事で良かったでござるよ。ナカヌチャンのハンマーの素材を探していたのでござるか?」

「分かるの? 結構これが大変でね……でも仕方ないんだ。捕まえた時には、使ってたハンマーが、他のポケモンに食べられちゃって。ボクが作ってあげなきゃ」

「ナカヌチャンは職人気質のパーソナリティ故、大変な思いをするトレーナーも多いと聞く。しかし、何かを作り、生み出す苦しみ……我には少し分かる気がするのでござる」

「苦しみ……楽しいことだけじゃないよね、何かを作るのって。ポケモンも同じなんだなあ」

 

 ハンマーが出来ずにヤキモキしていたナカヌチャンの姿をアルカは思い出す。とても辛く、苦しそうな顔をしていた。それは必ずしも、ハンマーが生きていく上で必要なモノだから、という理由だけではない。ハンマーを作ることは彼女達の種族にとって誇りであり、自己表現の手段なのだ。

 

「そも、創作とは納得のいくものが出来るとは必ずしも限らない……つい最近も友人の一人が、新しい絵画作品に挑戦し、思ったようなものがなかなか描けずに暴れそうになっていたでござるよ」

「暴れかけたんだ……」

「炎のように熱いハートの持ち主故。物事にかける情熱も人一倍でござる。人間、上達し出した頃に壁にぶち当たるモノでござるよ」

「……そんなに苦しいのに、何で挑み続けるんだろう。妥協しないんだろう、って聞くのはきっと……ヤボってもんだよね。ボクも気持ち分かるから」

「うむ、孤独で茨の道。生みの苦しみは他の誰にも分からないのでござる。しかし、そう言う意味では我は恵まれたでござる」

「恵まれた?」

 

 彼女の問に、忍者少年は頷いた。

 

「たとえ苦しみの中身が分からなかったとしても……我が苦しい時に、嬉しい時に、それを分かち合える……宝物のような仲間がいるでござるからな」

「っ……宝物のような仲間、か」

「彼らが居るだけで支えになっているでござるからな──これしき平気だと思えるのでござるよ」

「……ありがと。もう少し、仲間にも相談してみるよ。ナカヌチャンの事。迷惑だと思って、ボク一人でやろうと思ってたんだよね」

「気負い過ぎる必要はナッシング、でござる!」

 

 アルカは、自分のポケモンの事とは言え一人で突っ走り過ぎていたことに気付いた。廃棄物置き場にすらポケモンは湧く。一人では危ないことが、この地方ではあまりにも多すぎる。

 

 

 

「何やってるのシュウメイ殿! もう町に戻らないと、次の便に間に合わないよ! 置いてかれちゃうよ!」

 

 

 

 その時だった。

 モトトカゲに乗った背丈の低い少年が瓦礫置き場の下から叫んでいた。

 どうやらこの忍者コスプレ少年と友人らしい。

 

「し、しかし! まだ、我はリアル忍者を見つけていないでござる! 折角リアル忍者の里・クワゾメに来たというのに……!」

「早く! カントーには忍者のジムリーダーが居るんだから、そっちに会いにいけばいいでしょぉ!?」

「はぁ、我ながらスケジュールがタイト過ぎたでござる……すまない!! ばたばたとしてしまっていて」

「いやこっちこそ! 助けてくれて本当にありがとうだよ!」

「……健闘を祈るでござるよ」

 

 そう言うと、シュウメイと呼ばれた青年は手と身体で星を描くようなポーズを取った。

 

 

 

「これにて失敬──おつかれさまでスター!」

「おつかれさまでスター?」

 

 

 

 そのへんてこな挨拶をした後、彼は友人らしき少年のモトトカゲにタンデムしてもらうのが見えた。「ちょっとシュウメイ殿、その挨拶絶対現地の人には伝わらないよ!」「何、セイジ先生も言葉にして伝える事が大事って言ってたでござる! いずれ全世界にて流行るでござるよ!」「流行らせるつもりなの!?」と彼らは言い合いながら、どたばたとライドギアを握り、そのままクワゾメタウンへとモトトカゲが走っていくのが見える。

 嵐のように去っていった彼らを、眺めながらアルカは嘆息した。

 

 

 

「……苦しいことも、嬉しいこと、分かち合えるのが……仲間、か」

 

 

 

 そう言ってふと、横を見たその時だった。

 カーン、カーン、カーン……と何かを打ち付けるような音が聞こえてくる。

 見るとナカヌチャンの手には、鉄製の棍棒のようなものが握られていた。

 

「あっ、ナカヌチャン! 気に入った素材があったの!?」

「カヌヌ!」

「良かったぁ……ん? でもコレ、ちょっとガソリン臭いような──」

「カヌ?」

 

 そして、棍棒の形状を見て、アルカは全てを察した。素材の剥ぎ取りが行われたのである。

 

「……ボクは何も見なかった! ヨシ!」

 

 シュウメイのブロロロームに被害がなかっただけマシかもしれない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「よし、あやしいひかりで混乱したッ!!」

 

 

 

 オドシシに跨るメグルは、バサギリと共にヨイノマガンに接近していく。

 ヘイシャリがオオワザで倒れてしまったため、飛行タイプに打点のあるバサギリ、そして補助技で相手を弱体化させることが出来るオドシシで攻め立てる。

 

「バサギリ、”がんせきアックス”!! あいつの身体によじ登れ!!」

 

 バサギリが一気にヨイノマガンの身体を走り、駆け上っていく。

 そして、巨体の付け根にあるシールの1枚を”がんせきアックス”で引き剥がす。

 これで残るは2枚。しかし、ヨイノマガンも己の身体に異物があることが気に食わないのか、すぐさま羽ばたき始める。

 最初こそ身体に斧を突き刺すことで耐えていたバサギリだったが、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 

【ヨイノマガンの パワージェム!!】

 

 そして、空中に巻き上がったバサギリを魔眼が捉えた。

 空中に浮かび上がった宝石にレーザービームを反射させて威力を増幅。

 バサギリを撃ち貫き、更に宝石もぶつけて地面へと叩き落とす。

 更にオドシシの身体も固められてしまい、そのまま脳へ直接念動力を叩きこまれ、気絶してしまう。

 

「両方共、一発でやられた……!!」

「効果は抜群、でござるな」

 

(ダメだ、ダメージを与えても怯む様子が無い上に、こっちは技の一撃一撃が致命傷クラス……明らかにレベルが足りてない……でも、可能性があるとするなら……!)

 

「──まだ残っているでござろう? オーライズとやら。使うなら使ってみせるでござる」

 

(先に言われた……悟られてる……!!)

 

 メグルはやむを得ず、オージュエルに触れる。そして、ニンフィアとアブソルの2匹を繰り出した。

 

「……アブソル!! ニンフィア!!」

「ふぃるふぃーあ!!」

「ふるるーる!!」

 

 残るは、エース格の2匹。

 そして錆びた刀はアブソルの背に括りつけられている。

 しかし、そのアブソルも流石に未来予知でヨイノマガンの脅威を悟ったのか身震いし、じり、と引き下がる。

 だが、追い詰められているメグルはそれに気付いていない。オオワザならば、”たそがれのざんこう”を跳ね返せると考えているのだ。

 メグルはそれに賭け、オージュエルを指でなぞった。

 

「ギガオーライズだ! オオワザで堕とすぞ!」

「ッ……! ふ、ふるるーる!」

 

 オージュエルと錆びた刀が反応する。

 刀がオーラとなって、その身体に纏わりつき、アブソルの身体と一体化した。

 更に、最初っから彼女の周囲には五本の刀が舞っている。

 

「ニンフィア! ハイパーボイスで砂嵐をブッ飛ばせ!」

「ふぃるふぃー!!」

 

 こいつと組むのは気に食わないけど、とアブソルを流し見したニンフィアは大声量と衝撃波で砂嵐を一瞬、掻き消す。

 

「ケェェェーレェェェースゥゥゥーッ!!」

 

 戦友・アケノヤイバに酷似した姿が、ヨイノマガンにもはっきりと見えたのだろう。

 滾る戦意を表すように、その魔眼が妖しく輝いた。

 

 

 

【アブソルの──しん・あかつきのごけん!!】

【ヨイノマガンの──たそがれのざんこう!!】

 

 

 

 特大の極太ビームが空から一気に撃ち下ろされる。

 それを防ぐようにして、五本の刀が正面から受け止めた。

 オオワザとオオワザによる競り合いが始まる。

 しかし、次第に刀は押されていく──

 

(くそっ、こんな所で負けてたら……俺はアルカを守ることなんて……!)

 

「──気持ちが急いているでござるな、メグル殿。オオワザは只ぶつければ良いものではござらん」

「なっ、ウソだろ!? 完全に押し込まれてる……!?」

「……気持ちだけが先行する者に、この試練は突破出来ないでござるよ。この4つ目の試練で多くのトレーナーが脱落する……自分が例外だとは努々思わぬことでござるな、メグル殿」

 

 刀が全て、まとめて砕け散る。

 そして、極光がアブソルとニンフィアを包み込んだ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その日の夕方。

 

「たっだいまー……あ、えーと、試練……」

「……」

 

 布団に突っ伏すメグルで、アルカは全てを察した。

 勇ましく試練に挑んだ結果、殆どヨイノマガンには有効打を与えられないまま、彼は敗北を喫したのだった。

 それも、あれだけ「アルカを守る!」と意気込んだ後だったので、その落胆ぶりは想像するに難くない。

 

「ギガオーライズ含めて持ってる手段全部ブチ砕かれたんス。優しくしてあげねーとダメッスよ」

「俺は……弱い……」

「すっごい落ち込んでる……」

「待った!! 今そこにアルカ居るのか!?」

 

 起き上がったメグルは時間差でアルカの帰宅に気付いたようだった。彼女の傍に立つナカヌチャンの手には、金槌が握られていた。

 

「ッ……わ、わりぃ。不甲斐ないところ見せた」

「何言ってるんですか。今更ボク達の仲じゃないですか」

「でも俺……正直、調子に乗ってた。これじゃあ、お前を守るどころじゃないよな」

「おにーさん……それは違いますよ」

 

 ぴしゃり、とアルカは言った。

 

「ボクは、おにーさんだけに背負ってほしくないんです。ボクの苦しみを貴方が背負ったように、ボクも貴方の苦しみを背負ってあげたい」

「……アルカ」

「おにーさんからは頼りないかもだけど……ボク達、仲間じゃないですか! だよね、ノオト!」

「そうッス。此処で負ける人は多いッスから。次の挑戦までに、手持ちを鍛え直しておけば良いんスよ。それに、あんたの手持ちはやる気みてーッスよ」

 

 ぽんぽんぽん、と音を立ててボールから勝手に手持ち達が飛び出して来る。

 ニンフィア、アブソル、バサギリ、オドシシだ。そして、シャリタツがヘイラッシャの入ったボールを両手で持ち「スシー」と鳴く。

 いつもは負けると不機嫌になるバサギリも、今回は今までの比ではない圧倒的な実力を見せつけられた後だからかしおらしくしていた。

 自分の敗北で主人が落ち込んでいることを悟り、何時になく心配しているようなアブソルは、くぅぅん、と申し訳なさそうな声を上げてメグルに寄りかかる。

 

「……すまんアブソル。勝てそうにないの分かってたんだよな。俺だって分かってたよ。だけど……諦めきれなかった」

「ふるる……」

「ふぃーっ!!」

 

 甲高くニンフィアが鳴いた。

 ぎり、とメグルの事を睨んでいる。「なに、しょっぱい空気にしてんのよ」と言わんばかりに。

 

「ニンフィア……」

「あんたのお姫様は、あんたが一回の負けでウジウジしてんのが気に食わねえみてーッスよ」

「……そうだな。悪かった、ニンフィア」

 

 そう言うと、ニンフィアはもう一度リボンでぺちん、とメグルの頭を軽く叩く。

 

「……ふぃるきゅー」

「……ああ。次の戦いに向けて考えないと」

「勝ちの目はあるんスか?」

「オドシシとバサギリ主体で攻める事自体は間違ってなかったんだ。あいつの戦い方は範囲攻撃がメイン。だから、機動力の高いポケモンで攻めた方が効果的だ」

 

 メグルはオドシシに目を向ける。忠臣はこくり、と頷いた。

 今回、まともにヨイノマガンに有効打を与える事が出来たのはバサギリ、そしてオドシシの組み合わせだけだ。

 強敵相手には補助技で崩すというセオリーは間違っていないのだろう。

 

「……相手がエスパー技を使う以上、コイツが進化しないことには始まらない気がする」

「でも、アヤシシの進化は今に至るまではっきりと条件が分かってませんよ?」

「そうなんだよな……それに、全体的に手持ちを鍛えるのも重要だ。今回ので分かったけど、ヨイノマガンは間違いなく手持ち6匹全員突っ込まなきゃ勝てない相手だ」

 

 今まで巨大な相手には、必ず援護してくれる味方や、明確な弱点があった。

 しかし、ヨイノマガンとの試練ではメグルは自分の手持ちだけで戦わなければならない。

 そもそも今のレベルでは、ヨイノマガンとの一騎打ちに勝つことは出来ない。

 

「ノオトは、こうなる事……分かってたのか?」

「正直分かってたッス。3つ目の試練と4つ目の試練の難易度にはそれだけ大きな隔たりがあるんスよ。4つ目と5つ目の難易度は変わらないから、本当なら”なるかみのおやしろ”の試練を先に受けろって言いたいッス」

「……ダメだ。なるかみのおやしろは最後に受けるって決めてるんだ」

「そう言うと思ったッスよ。オレっちも、こんなところで諦めるメグルさんは見たくねーッス」

「ああ。となると鍛えないとな。旅館でぬくぬくしてる場合じゃねえよ」

「ボクも付き合います!」

 

 アルカがメグルの手を取り、握り締める。いきなりの行動にメグルは赤面した。

 

「なっ……いや、でも、これは俺の試練だし」

「言ったはずです! 少しでも、おにーさんの力になりたいんです」

「他の挑戦者だって、誰かの力を借りて試練の準備をするモンッスよ」

 

 

 

「あのぅ……良いでしょうか……?」

 

 

 

 声がして、3人は振り向く。扉から、ゴマノハがそうっとこちらを覗いていた。

 

「……ゴマノハちゃん、だっけ?」

「え、えーと、あの、キャプテン・キリからお話があるので……玄関に来てほしいのでござる……」

「キャプテンから?」

「はっ、はい……そ、それと……えーと……ごめんなさいいいいいいいいいい!!」

 

 脱兎の如く、ゴマノハはその場から逃げてしまう。扉を開けると、もう彼女の姿は無かった。

 3人は何のことやら、と肩をすくめ、言われるがままに向かうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「この場所は流島。流刑地として知られる過酷な環境の島だ」

 

(隠岐の島じゃん)

 

 

 

 玄関で忍者に地図を見せられ、メグルはげんなりした。隠岐はメグルも知っている最も知名度の高い流刑地だ。地理的にも鳥取県から近い。

 ただし、環境は隠岐とは比べ物にならないくらい過酷なのだという。

 

「何? 俺達島流しに遭うの? 試練に失敗したから?」

「否、キャプテン・キリはそこでの修行を勧めている。……そうだな?」

「はぃぃ……そ、そう言ってたでござるよ……」

 

 壁の影にゴマノハが隠れてうんうんと頷いている。それを見て、忍者は呆れたように肩を竦めた。

 

「流れ島……確かにあそこなら修行になるッスね。デカいポケモンが沢山いる無人島ッスよ。……まあちとハード過ぎる所ッスけど」

「デカいポケモンか……今の俺達に必要なのはぬるま湯じゃない。丁度良い機会じゃねえか」

「サバイバルなら慣れてますからね!」

「舐めて貰っては困る。大抵の挑戦者は此処での修行に音を上げて脱落するのだ」

「そ、そうでござるな……拙者も一度、修行に行ったけど、二度と行きたくないでござるな……」

「安心せよ、彼女も同行する」

「待って待って待って!! 何で拙者もぉ!?」

 

 突然自分に降りかかった災難に、ゴマノハは激しく狼狽した。

 忍者は首を大きく横に振り、無情にも告げる。

 

「ええい、いい加減その内気過ぎる性根を鍛え直せ! 皆心配しておったぞ! 貴方も忍者なのだぞ! 先代がその体たらくを見たら何と言うか!」

「ふぇ、ふぇええ……ひ、ひどいでござる、人でなしでござる、これが本当の島流しでござる……」

 

 泣きそうな顔で──いや、もう泣いていた。忍者の修行をしている者であっても、流島での修行は過酷に感じるらしい。

 

「しかし、見返りも大きい。流島ではメガストーンが見つかる事があるからな」

「メガストーンが!?」

 

 メグルよりも先にアルカが反応した。この女、珍しい石には目が無いのである。

 

「そうッス。キャプテンも一度は流島で修行し、メガストーンを自分の手で見つけるんスよ」

 

 以前、ヒメノも此処で一週間籠り、ジュペッタナイトを手にしたのだという。

 

「サイゴクのメガシンカの根源みたいな場所なんだね……! じゃあ、ボクとノオトも同行しても良いんだよね? ボクも丁度、手持ちを鍛えたかったんだ!」

「うむ。人数は問わん。誰から脱落するか……楽しみにしておく、とキャプテン・キリは言っていた」

「ふぇえ……そんなことは言ってないでござるよ……」

 

 涙目でゴマノハは震えていた。可哀想だったが、止める者は誰も居なかった。

 

「なんつーか……ドンマイッス!!」

「一緒にメガストーン探す人が増えて、ボクは嬉しいよ!」

「……俺は止められる立場じゃねーからな……そうと決まれば、荷を引き払う準備だ!」

「ふぃー♪」

「えっ、皆マジで言ってるでござるか!? ええ!? 引率がんばれ!? そ、そんなぁ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話:最早コウノトリではなくフコウノトリ

 ※※※

 

 

 

「うーわぁ、想像していた3倍くらい物々しい島だな……」

 

 

 

 ──外界と隔絶したかのような岸壁によって四方が囲まれた流島。

 流刑地の異名は伊達ではない。檻無き監獄と呼ばれるどころか、島の形をした処刑場とまで呼ばれたという。

 その理由は、岸壁の中に閉じ込められた凶暴な野生ポケモンによって、丸腰の囚人は3日も持たずに命を落としたからとされている。

 

「と言っても、一週間分の食料はあるんだな」

「うっかり変なモノを食べられて腹を壊されても困るからな。基本、我ら忍者以外は食料を支給することにしている」

「え? 我ら以外って?」

「……拙者達クワゾメの忍者は、完全自給自足でござるよ……」

 

 ゴマノハが死んだような目で答えた。

 

「ええ!? 何を食うんだよ!?」

 

 船の隅っこでずっと体育座りを決め込んでいる彼女は、指を折って数え始める。

 

「えーと、確か最初は木の実を食べていたでござるが、それだけだと腹が減って仕方なく、最初は魚ポケモンを、その次は鳥ポケモンを自力で捕えて……可愛かったけど……刀で頸動脈を、グサッと……」

 

 数えていくうちに、どんどん彼女の碧眼が曇っていく。余程思い出したくないことだったのだろう。

 

「分かった分かった! もう良い! 辛い思い出を話すな!」

「忍者の修行って過酷なんだねぇ……」

 

(だとしたらこの子、忍者に大分向いてないメンタルしてると思うんだけど大丈夫かなあ……)

 

「安心しろ、今回は全員分の食料を用意してある」

「えっ」

 

 ゴマノハは驚いたように振り向いた。

 船を操縦している忍者は「何故わざわざ貴方を此処に連れてきているか、分からないわけではあるまい?」と彼女に問いかけた。

 

「……そうでござるけどぉ」

「何だ良かった良かった! じゃあ一緒に飯食えるッスね、ゴマノハちゃん!」

「善処するでござる……」

 

(もしかして、食料の方が訳アリってオチはねぇよな……いや、単純にこの人たちがゴマノハちゃんの対人恐怖症を改善したいだけか?)

 

 推測を語ってしまうと空気を悪くしてしまうので胸の中に留めるメグル。善意のものであると信じたい。

 

(もし、好意的な解釈をするとすれば、この子に対して随分と過保護なんだなあ、おやしろの人は)

 

「慣れない人と一緒にあの島に閉じ込められるだけでも鬱いでござる……病む……」

 

 根っからのド陰キャ忍者は更に落ち込みを加速させてしまうのだった。

 

「申し訳ない。彼女は我らと一緒の時は此処まで酷くはなかったのだ」

「大丈夫なんですかアレ?」

「あまり侮ってくれるな。これでも彼女は、我らの希望なのだから」

「希望……? キャプテン以上に、ですか?」

「……まあそうだな」

 

 忍者は微妙に言葉を濁しながら、ゴマノハの方を見やった。メグルからすると船先で震えている姿は、とても希望と呼ばれるような忍者には見えない。

 

(まあ、忍者としての姿を見たこと無いから当然っちゃ当然だけどさ)

 

「さてメグル殿とノオト殿の二人に課せられた修行、それは流島にあるメガストーンを探す事である。一先ず一週間後、または有事の時に迎えを寄越す」

「おやしろに何かあった時、ってことッスね」

「うむ。そして貴女は、その引率。二人が死なないように見張っておくこと」

「……承知でござる」

「ボクは、二人のサポートだね! 石探しなら任せておいてよ!」

「あーそれとお二方。今回はあんまりオレっちの事、アテにしない方が良いッスよ」

「え? 何でさ」

 

 ノオトは、モンスターボールを1つだけ取り出すと──言った。

 

「……キャプテンがこの修行をする時、ポケモンは1匹しか連れていけねーんス。メガシンカさせたいポケモンを重点的に鍛えるためッス」

「あ、ああ……そういうこと……」

「因みにお二人は真似しない方が良いッスよ。死にたくなければ」

「ノオトってやっぱ強いんだな……俺達よりも遥かに」

「うっ、うう、イヤだぁ……イヤでござる……近付いて来たでござる、流島ァ……」

「だ、大丈夫だよ、ゴマノハちゃん。怖くないよ? ボク達が居るから」

 

(何で一回島に来た事のあるヤツが初めて来るヤツに慰められてんだ……いや、一回来て恐ろしさを味わってるからだろうけど)

 

「流島は本当にいいところだぞ、野生ポケモン、野生の木の実、野生の自然その他諸々、何でもある」

 

 忍者の言葉に、ゴマノハは更に落ち込んでしまった。

 

「そういやノオトは流島行ったことないのか?」

「これが初めてッスよ。前は姉貴が修行に出てて、その間オレっちはおやしろ守ってたんで」

「成程ね」

「だからオレっちも此処で修行すれば、漸く姉貴に追いつけるかもしれねーッス!!」

 

 とすん、と掌に拳を打ち付けるノオト。メガシンカを何としてでも手に入れたいのだろう。

 

「……そうこう言ってるうちに砂浜が見えてきましたよ!」

「ああ。今からワクワクしてくるってもんだよな! どんなポケモンが居るのやら」

「遠足じゃねーんスよ、お宅ら」

「はははっ、期待と希望に満ちているのも今のうちでござるよ……」

 

 ゴマノハが死んだ目で言った。

 

 

 

「……今に、この島の恐ろしさを思い知ることになるでござるよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──砂浜から船を見送ると、全員は一旦荷物を下ろす。

 

「それで、キャンプをどっかに張るんだろ? どうするんだ?」

「先ずは周囲の安全を確保するところから始めるでござる。敵は野生ポケモン。ならば、それが寄り付かない場所を探せば良い」

「……どんな格好で喋ってんのオマエ」

「こうすればギリギリ話せるでござるよ」

 

 ゴマノハは、段ボール箱を被ることでギリギリまともに喋れていた。これでは不便どころではない。

 

「ああ……自分でも情けないのは分かっているでござるよ……でも、せめて顔を隠すものがないと、拙者は人とまともに喋れないのでござる」

「難儀だなぁ……」

「ま、無理する必要はねーッスよ。いきなり決まった事みたいなもんッスから」

「かたじけない、ノオト殿ォ……うう……」

 

(アレは陽キャの気遣いが胸に刺さって自己嫌悪ってところだな)

 

 だんだん、同じ陰キャのメグルにはゴマノハの思考回路が分かるようになっていた。

 

「んじゃあテントをオレっちとゴマノハさんで張っておくんで、あんたらは荷物番を頼むッス」

「珍しい。ノオトが女の子にデレデレしてないなんて」

「明日は槍が降るかもな」

「そこォ!! 茶化すなッス!!」

「しっかしねえ、荷物番に二人も要るのかね? 突っ立ってるだけだろ」

「姉貴が言ってたんス。自分が3人に増えて荷物の番をしてほしかった、ってね。んで、ポケモンを沢山使えるあんたらに任せた方が防衛は楽っしょ」

 

 この口ぶりから、何度か食料を野生のポケモンに奪われかけたのだろう。

 荷物を一か所に固め、そこでメグルとアルカは突っ立つ。そして、テントを張り慣れているゴマノハとノオトが設営に入る。

 

「テントはどの辺に張るッスか?」

「ええと……この辺でござるかなあ。まあ、テントを張ったところですぐ壊される未来が見えるでござるが……」

「なんか姉貴がそんな事言ってたような……」

「でも一先ずの拠点は必要でござるな」

「本当に顔隠したら普通に喋れるんだ……」

「顔見知りってのもあるんだろ、あの二人は」

 

 そして、空から鳥ポケモンが来る可能性に備え、メグルはバサギリを、そしてアルカはゴローニャを出すのだった。

 

(ま、此処までして防げないなら、何をしても防げねえだろ)

 

 

 

 めきゃ

 

 

 

 何かが潰れるような音が聞こえてくる。

 見ると、設営している最中のテントが、骨組み諸共押し潰されていた──岩に。圧倒的質量、そして重量。そこに落下速度と高度も加わる。効果は抜群だ。

 

「なっ──!?」

「えっ……!?」

「──頭上注意!! 気を付けるでござるよッ!!」

「……まともにテントも張らせてくれねーんスかぁ!?」

 

 そうこうしているうちに2つ目、3つ目の岩が落ちてきて、テントどころか荷物の近くにまで降りかかる。

 メグルとアルカはすぐさまその場を離れ、空を見上げるのだった。鳥のようなポケモンが遠巻きに2、3匹と見える。

 

「ッ……あれって」

 

 メグルはゴーグルを掛ける。遠巻きだがハッキリと、シルエットが分かった。コウノトリのような容貌のポケモンが羽ばたいている。

 

「何だあのポケモン!? コウノトリ……!?」

「鳥ポケモンってことは、こんな事出来るヤツは1匹しかいない! ()()()()()です! ヒャッキにも生息しているポケモンですよ!」

 

 アルカが叫ぶ間に、今度は4つ目の岩が砂浜の上に落とされた。明らかにこちらを狙って落とされたものだ。

 

「ストォォォーック!!」

「ストォォォーック!!」

 

【オトシドリ おとしものポケモン タイプ:悪/飛行】

 

「──此処からじゃ、遠すぎて攻撃が当たらないでござる……!」

「敵の数は4匹、今ので全部の岩を落としたのか……?」

「オトシドリはモノを落とすことを面白がってやるんですよ……あいつら悪タイプにしては珍しく、性根っから悪タイプなんです!」

「それはそれで悪タイプの意義がよく分からねえけどな!!」

「んで? 当然物を落とす行為は狩りにも使えるわけで、オレっち達の食料を狙ってるんしょ、アレ!」

 

 しびれを切らしたのか、オトシドリ達は鳴き声を上げて急降下してくる。

 その際に岩を周囲に浮かび上がらせながら、メグル達に目掛けて投げ付ける。

 

【オトシドリの がんせきふうじ!!】

 

「受け止めて!」

 

 アルカの掛け声で飛び出したゴローニャが岩を拳で撃ち砕き、更に巨体で岩を受け止める。

 だが、砕けた岩がバラバラになって彼らに降りかかった。

 

「──メテノ、殻を破って、パワージェムで狙撃するでござるッ!! 撃ち方始め!!」

 

 それもゴマノハが繰り出していたメテノから放たれるレーザービームで更に細かく砕け散る。

 後に残るのは、襲ってくるオトシドリだけだ。近くで見ていただけに感嘆するノオト。さっきまでいじけていたゴマノハとは別人のようだった。

 

「あの遠距離から、岩を撃ち抜いた──やっぱクワゾメの忍者は一味違うッスね!」

「よーし──オトシドリを撃ち落としちゃって! ロックブラスト!!」

「バサギリ、がんせきアックスだ!!」

 

 ゴローニャの岩のような皮膚がひび割れ、そこから岩が幾つも浮かび上がり、オトシドリ1匹に突き刺さる。更に、バサギリが飛びあがり、岩の斧を脳天に叩きつける。

 バランスを崩したそれは、ぐるぐると回転すると墜落するのだった。よりによって、アルカの近くに。

 

「スッ、ストォォォーッ……!」

「あ、あぶなぁ!? これで捕まっちゃって!」

 

 アルカはハイパーボールを構え、投げ付けた。起き上がろうとしていたオトシドリだったが、すぐに中へと吸い込まれていき、何度か揺れた後──ボールが弾け飛び、壊れる。

 

「んなぁっ!?」

「気を付けるッスよ! こいつら、全ッ然ボールに入らねーッスから!」

「捕獲率が低いのか……!」

 

 ポケモンには種類毎に捕まえやすさ、つまり捕獲率が明確に定められている。例えば、ネズミポケモンのコラッタはボールを投げるだけで捕まえられるほど捕まえやすいが、伝説のポケモンとなると状態異常にしてHPを1にしてもなかなか捕まらない……と言った具合に。

 そうこうしているうちに、残る3匹も翼を広げてアルカ目掛けて飛翔してくる。仲間を捕えているからだろう。しかし、そうやって一方向に突っ込んで来るのが仇となる。ゴマノハがすぐさまメテノと共に割って入る。恐ろしい瞬歩であった。メグルは彼女がやってきたことに、遅れて気付いた程であった。邪魔だったからか、既に段ボールは捨てられていた。

 

(速ッ……!?)

 

「メテノ、マジカルシャインでまとめて叩き落とすでござる!!」

「しゃらんしゃららん」

 

 くるくると回転したメテノは、眩い光を放ち、オトシドリ達にまとめて大ダメージを与えてみせる。

 

(メテノ……こりゃまた懐かしいポケモンだな! 剣盾に居なかったから忘れかけてたが、変わった特性を持ってるんだったな)

 

 メテノの特性は”リミットシールド”。普段は甲殻に包まれているが、ダメージをある程度与えると装甲が砕けてエネルギー体が露出するのである。そのため、普段は鈍重で攻撃力も低い。

 

(あれだけの速度で動けたのは”からをやぶる”を使って疑似的にリミットシールドを発動させたから、ってところか。ゴマノハちゃんとメテノ、思ってた以上にやり手だな……正直ナメててスマン!)

 

 目がくらんだ上に効果抜群の攻撃を受けたからか、次々にオトシドリ達は逃げていくのだった。ゴローニャに相も変わらずのしかかられている仲間を見捨てる辺り、性根から悪タイプのオトシドリであったが、アルカの近くで繰り広げられている光景を見ると見捨てる気持ちが理解出来なくもないメグルであった。

 

「ええい! ええい! いい加減捕まれーッ! あっ、ボールに入った! やった!」

「……ゴローニャ、役に立ってて良かったぁ」

 

 こうして、オトシドリ達は1匹を捕獲、残り3匹に痛打を与えて逃がし、その代わりにテントが全損という結果に終わった。

 

「……前に来たときは、あんなポケモン居なかったのにぃ……テントがぁ……」

「あいつら渡り鳥ッスからね。別ン所から飛んできたんしょ」

「まさか拠点を構えることすら出来ないなんて……参ったね」

「それだけじゃないでござるよ。あいつらきっと、食料狙ってこっちに来たんでござる」

「だよなぁ……まさかそれで、かえって狙われやすくなってるのか俺達!?」

 

 こくり、とゴマノハは頷く。このサバイバル訓練に於いて食料が支給されることは決して有情でも何でもないことを表していた。彼らの嗅覚は鋭い。食料を大量に抱えているメグル達は、真っ先に狙われることになる。だが、無人島で食料を失う事は最悪死に直結する。

 

「これが流島のサバイバル訓練の本質……ッ! トレーナーたちは食料を当然買い込んで向かうでござるが、幾度となく襲ってくる野生ポケモンに音を上げて、早々に島から逃げ出すでござる」

「1回や2回じゃねえ、これが何回も繰り返されるのか……それを1人でやってのけるキャプテンってヤベーな……」

「島という閉鎖環境。スマホロトムも圏外。ま、素人にはキツいッスね」

「バカ言うな! こんな所で音を上げていたら、ヌシになんて勝てるわけねーぜ! 何のために今までサイゴクで旅してきたのか分からねえよ!」

 

 そう言って、メグルは荷物の入ったバッグを担ぐ。

 この島に居るオトシドリがあれだけとは到底思えない。じっとしていることは死を意味する。固定の拠点を持たずに、あるいは安全な洞窟に身を隠すしかない。最も、安全な洞窟というものがこの島にあるかは微妙だが。

 

「オトシドリは沿岸部か山間部に生息するポケモン。彼らの投石の脅威を避けるなら、森の中か洞窟の中しかないですね」

「さ、差し出がましいと思うでござるが……以前来た時に、比較的安全なスポットを記録していたでござる。そこを巡ってみるでござるよ」

「流石忍者! 抜け目がねーぜ! 頼りになる!」

「ぴえっ!?」

 

 ゴマノハの顔が硬直した。

 そして──それで、自分が顔に何もつけていなかったことに気付いたのだろう。顔が徐々に赤くなっていく。

 

「さっきのバトルもすごかったもんね、びっくりしちゃった!」

「ほ、ほほ、ほ、褒められても何も出ないでござるよっ!」

 

 顔は勿論、耳、そして首元まで赤くなっていく。そして、段ボールをさっき自分で捨ててしまったので、手で顔を隠し蹲ってしまうのだった。

 

「本当に照れ屋さんなんだね。可愛いけど」

「かわいいとかぁ、いうなぁ……拙者はこれでも忍者でござるよぉ……」

「でもさっきはカッコ良かったぜ。助かったよ、ゴマノハちゃん」

「カッコいいは……許すでござるけどぉ……」

 

 あうー、と唸りながら、そのまま丸くなってしまうゴマノハ。完全に打ち解けるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──オトシドリが飛び去った後。

 メグル達の姿を見下ろす影が木の上に立っていた。

 

 

 

「ファ! ファ! ファ! ……クワゾメの忍者とやらの実力、どれ程のものか……見せて貰おうぞ」

 

 

 

 メグル達も、ましてやゴマノハも知る由は無かった。

 この島に潜む脅威が、野生ポケモンだけではないということを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話:忍者、何者ナンジャ?

 ※※※

 

 

 

「一先ず此処が一番安全そうでござるな」

 

 

 

 ──ゴマノハによって、比較的見通しがきく、安全な洞窟内にメグル達は身を寄せることが出来た。奥の様子をゴマノハが確かめに行く。上の方に吹き抜けがあるらしく、最悪そこから脱出することも出来るらしい。

 荷物の上には、道中でゴマノハが摘んでいた匂いの強い香草を敷き詰める。缶詰だろうが何だろうが人の匂いを嗅いだ野生ポケモンはその近くに食料があると本能的に直感する。だが、その匂いさえも上書きすれば問題ない。ゴマノハが調達してきた香草は、野生のポケモンが嫌がる臭気を発しており、これで近寄ってくることは無いのだという。

 

「近くに居れば人の匂いもたちまち消えるでござる。ただし、効果期限は1日が限度」

「見つけ次第取って来なきゃいけねーってわけだな」

「これで、多少は危機を回避できるが、それでもお構いなしに侵入してくるポケモンも居るかもしれないでござる。イレギュラーは付き物。そうなったらもう戦うか逃げるかでござるよ」

「その普通じゃないケースって?」

「野生ポケモン同士の争いに巻き込まれた場合でござるな。アレはもう両方共興奮状態だから、香草も意味を成さないでござる」

「ああ……大変だったんだな」

 

 相も変わらず段ボール箱を被っているゴマノハ。そんな彼女を見ながら、ノオトはこの「次」の段階の事を考えていた。

 此処からはメガストーン探し。島は外周部の岸壁、その中に森、中央に岩山が聳え立っているというもの。目的地は、森を超えた先にある洞窟だ。

 

(組分けどうするッスかねー……ゴマノハさん、最初っからメグルさんと二人組はハードル高そうだし……うん、消去法でこれしかねーッスね)

 

 実は一番引率役が板に付いているノオトであった。事実、一見しっかりしているように見えてアウトドア方面の経験が薄いメグルと、抜けている上に興味のあるものを見つけるとあっちこっちへ行ってしまうアルカと一緒に旅をしていると、おのずと年少者の彼がフォローに回る場面は少なくないのである。

 

(やれやれ、仕方ない人達ッス……やっぱ皆、オレっちが居ないとダメダメッスね!)

 

 尚、年上のお姉さんが見えた瞬間、一転して自分がフォローされる側に回ることを彼は忘れているし、それが他の面子の欠点を押しのけるレベルであることに気付いていない。人間、自分の欠点にはなかなか気付かないものである。

 

「えーとメグルさん。一先ずツーマンセル交代でメガストーン探さねーッスか?」

「ツーマンセル交代? ああ、二人組って事か」

「そうッス。そして交代する都合上、それぞれメガストーンを目的する人間は分けた方が良いッス。と言うのも、メガストーンは、対応するポケモンと共鳴する性質を持つッスから」

「初めて知ったぞそんなの……」

「それじゃあ、ボクもメガストーンを見つけられる可能性があるってことだよね。ヘラクロスもメガシンカするって聞いた事がある」

「そうッスよ! ヘラクロスのメガシンカ! オレっちもすっかり忘れてたッス! 事例が少ないから……半ば都市伝説なんスけどね」

 

(俺もちょっと忘れてた……だけど強いんだよなアレ)

 

 メグルも今しがた思い出したが──あの最強カブトムシもメガシンカを習得するのである。

 

(最強の攻撃力を手に入れるメガヘラは強力な部類のメガシンカだ。ただ……環境が悪かったんだ、圧倒的に)

 

 実際使われていなかったわけではなく、ツワモノの中にはメガヘラクロスを使いこなす者も居たことをメグルは思い返す。

 しかし、当時は威力120の一致技を先制で撃てる赤い鳥で飛行弱点のポケモンは概ね駆逐されており、更にメガガルーラによって物理対策が敷かれていた。

 だが──それを込みにしても、要塞のような防御力、そして一般ポケモンで頂点に立つ攻撃力は見逃せない。

 

「遠い先の話って思ってたけど。そっか……キーストーンとメガストーンを手に入れれば、ボクも……!」

「実際()()()ッスよ。キーストーンはメガストーンよりも稀少ッスから……この島で見つかれば万々歳ッスね」

「他のキャプテンはキーストーンをどうやって手に入れたんだろうな?」

「先祖代々受け継いでるのが一番多いッスね……ウチの場合は、姉貴が先代のものを受け取ったんス」

「じゃあ、お前の分は──」

「無いッスよ……おやしろにあるキーストーンは一個だけッス」

「お前……不憫なヤツだなぁ……」

「最初に姉貴と話し合って決めたんスよ。バトルして勝った方がキーストーンを手に入れるって。そしてボロ負けして、うぐっ、ひぐっ」

 

 ノオトの涙腺が秒で決壊した。喜怒哀楽が相も変わらず忙しい少年である。つまるところ、ノオトがメガシンカを手に入れられていないのは、姉との競争に負けたからに他ならなかった。

 

【特性:ライトメンタル】

 

「泣いちゃった!!」

「本当に面倒くせーヤツだなコイツ!」

「っと、このように、メガストーンがあってもキーストーンが無けりゃ意味がねえッス。だから最優先はメグルさん。キーストーン持ってるんスから」

「切り替え速……情緒がムラっけかよオマエ」

 

 ケロっと泣き止んだノオトはメグルとアルカの二人を指差した。

 

「先ずはメグルさんとアルカさん! 一番メガストーンを見つけられる可能性が高い組み合わせにメガストーンを探してもらうッス!」

 

 メグルは既にキーストーンとメガシンカが出来るポケモンを連れている。そして、アルカは石や鉱石の事情に詳しい。

 すぐにメガシンカが出来るのはメグルの為、彼の強化を最優先としたいのだろう。

 

「そしてオレっちとゴマノハさん。ゴマノハさんの戦闘力もさっきの見たらアテにして良いと思うんで」

「成程なあ、完璧な組み分けだ」

「うん……ただ一つを除いて、ね」

「え? 何がッスか? 完璧すぎて自分でも鼻高々なんスけど?」

 

 メグルとアルカは──ノオトの肩を掴む。

 そして、ゴマノハが困惑しているのを他所に、彼を物陰に連れていった。

 

「ちょっと、何スか! 流れぶっちぎって!」

「……お前、邪な事考えてるんじゃねーだろうな?」

 

 メグルの問に、ノオトは気色ばんだ。

 

「何言ってるんスか、あの人あんたらと二人っきりだとハードル高過ぎちゃうッスよ。オレっちで慣らした方が良いッス」

「慣らすって何だ? いやらしい意味でか?」

「違うッスけど!?」

 

 今回ばかりは下心の無い本心である。だが、今までのノオトの態度を振り返ると、メグルもアルカも首を横に振らざるを得なかった。

 

「華々しい実績があるからね……」

「ああ……輝かしい実績がな」

「全く身に覚えがねえッスね! あんたら酷いッスよ!」

 

 ──抗えねぇんスよ……カワイ子ちゃんには……どんなに修行しても、こればっかりは……!

 

 ──ひとめ見た時から、貴女にオレっちのハートはゲット・ワイルドされちまって……今夜はノオトに、しときませんか? あっ、ルカリオ!! 痛い!! 千切れる!! 耳千切れちゃうッス!!

 

 ──全裸のお姉さんがオアシスで手招きしてるッス!! ウッヒョー!!

 

 以上。華々しい実績の数々である。他にも余罪あり。その度にルカリオによって阻止されている。そしてそのルカリオが勝手にボールから飛び出し、ものすごく怖い目でノオトを睨んでいた。

 

「……くわんぬ」

 

 ルカリオは、ノオトの行動に怪しさを感じると目が鋭くなる。ノオトが非紳士的行為に走った場合、たとえ相棒であっても連行する覚悟で居るのだ。

 

「相棒までオレっちを信用してくれない!」

「オメーの所為だよ、全部自業自得!! 自分で撒いた種!! 種が多すぎて種マシンガン撃てるレベル!!」

「くっ、せめてやどりぎの種と呼んでほしいッス……」

「やどりぎだと余計に気持ちわりーんだよ!!」

「大丈夫なの? セクハラされたかどうか、ゴマノハちゃんに聞くからね?」

「少しは信じて欲しいんスけど!?」

「ダメだなこりゃ」

「今回は潔白なんスよ、本当ッス!」

 

 確かに今回は潔白であった。珍しくノオトはゴマノハに対して全く何も反応を示していない。

 しかし、結局ツーマンセルは、メグルとノオト──そして、アルカとゴマノハの組み合わせに決まったのであった。人間、そう簡単に失った信用を取り返せるものではないのである。

 

「というわけで、しばらくの間よろしくね、ゴマノハちゃんっ!」

「は、はいでござる……」

「やっぱりミカンの箱被ってねえとダメなんだな……」

 

(帰った時空気が地獄になって無きゃいいけど……まあ、これも荒療治と思うしかないッスねえ)

 

 コンビ結成する女子2人を見ながら──ノオトは首を傾げた。

 

(本当にヘンなんスよ。ゴマノハさんのことキライとかそういうのじゃなくって……胸のドキドキを感じねーんスよね)

 

 初めてゴマノハに出会った時からそうだった。好みの年上の女性に出会った時に感じる特有のリビドーを、彼女には感じないのだ。

 尚、これはゴマノハの性別を疑っている訳ではない。ノオトも素人ではないので、たとえどんなに可愛らしい姿でも、骨格や匂いで男か女かを見分ける術は身に着けている。ある種の変態性が為せる技、もとい業であったが。

 

 

 

(……何でなんスかねえ……?)

 

 

 

 それでいて、彼は何故かゴマノハの事を気にかけてしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メガストーンがよく埋まっているのは、森を抜けた先だ。

 メグルはオドシシに乗ろうとしたが、ノオトがジャラランガを持ち込んでいないので、歩を合わせることが出来ない。

 かと言ってオドシシはタンデムするには小さい。仕方がないので、徒歩で森を抜けることにするのだった。

 

「ライドポケモンが居ない弊害って、こういう所で出て来るんだな……」

「でも、どっちみちライドポケモンはやめといた方が良いッスよ。この森、足元に変なポケモンが居たりするって姉貴から聞いたッス」

「変なって?」

 

 ぷつん

 

「そりゃあ……変なポケモンっしょ」

 

 ぷつん

 

 二人は足元を見た。

 明らかに何かを踏んづけている。

 よく見ると──それは粘り気のある糸のようなものだった。

 次の瞬間、メグルとノオトに勢いよく糸が絡まっていく。

 すんでのところで跳びあがって躱したノオトだったが、反応が遅れた(追いついたところでノオトのように跳躍出来るわけもないのだが)メグルの身体にはぐるぐると糸が絡まっていき、木の上へと吊るし上げられてしまうのだった。

 

「とまあこんな感じにッス」

「何これ!? 何!? 蜘蛛の糸ォ!?」

 

 

 

「ぎちぎちぎち……ッ!!」

 

 

 

 木の上からぶら下がってくるのは、巨大な蜘蛛のようなポケモンだった。

 胴体は糸巻きのようになっており、長い手足には蜘蛛の糸が幾何学模様を描いて広げられている。

 

「げぇっ!! 何だコイツ!! 怖ッ!!」

「ワナイダーッス。糸で罠を張って、獲物を捕らえる蜘蛛のポケモンッスよ」

 

【ワナイダー トラップポケモン タイプ:虫】

 

 この蜘蛛のポケモンは獲物が引っ掛かるであろう位置に予め糸を仕掛けておき、掛かったことが分かった瞬間、すぐさま獲物を捕らえるべく簀巻きにするのである。しかも糸は細く、透明。目視できるものではない。

 

「助けてほしーッスか? 足元不注意の常連さん」

「こ、こんにゃろ……!」

 

 尚、ノオトも後少しのところで引っ掛かっていたので人の事は言えないのであるが。

 

「オメー、さっきのこと根に持ってるだろ絶対に!!」

「はいはい、心配しなくても、もう助けてるッスよ。此処でワナイダーの餌になってもらっても困るんで」

 

 メグルの身体に巻き付いた糸が叩き斬られる。

 ルカリオが手刀で糸を断ったのだ。そのままメグルは地面に落っこちそうになるが、それをルカリオが受け止める。

 だが、それを見逃すワナイダーではない。次々に仲間を引き連れてルカリオに飛び掛かる。

 

「サイコキネシスッ!!」

 

 だが、その場にワナイダーが静止。そのまま木の幹に叩きつけられていき──皆、散り散りに逃げていく。その間にルカリオはメグルに絡まった糸を解いていくのだった。

 

「いちいち引っ掛かってたら命が幾つあっても足りないッス」

「だけどあの糸は見えなくても仕方ないだろ。地表は注意深く観察してたが……」

「そうッスね。実際オレっちも掛かるまで分からなかったッス」

「オメーも引っ掛かってんじゃねえか!」

「オレっちは引っ掛かっても抜け出したんでセーフッスよセーフ!! それより、アレを見るッス」

 

 ノオトが木の洞に指を差した。そして、指を上に向けると──よくみると幹にぽっかりと穴が開いている。

 

「……アレはオーロットッスね。根を踏んだらアウトッスよ」

「ひえぇ……」

「だから、あの辺りは避けていくのが無難ッス」

「迂回していくのが正解か……」

「そう言う事ッスよ。さあ、オレっちに付いてくるッス!」

 

 

 

 ぷつん

 

 

 

 ノオトは足元を見た。糸が切れたような気がする、と察した瞬間、彼目掛けて幾重もの太い糸が飛んでくる。だが、さっきも引っ掛かった罠に引っ掛かる彼ではない。すぐさま跳躍してそれを躱してみせるのだった。

 しかし空中では逃げ場がない。すぐさま、木の上からもう2匹ワナイダーが現れ、彼を捕縛してしまうのだった。相手もまた、さっきと同じ手には引っ掛からなかったのである。

 

「げぇぇぇーっ!! 隙を生じない二段構えェェェーッ!?」

「しゃーねーなぁ、助けてやるか? どうするバサギリ」

「……グラッシュ」

「気乗りしねーってよ」

「畜生!! 命が幾つあっても足りないって言った矢先にオレっちとしたことがーッ!!」

 

 結果。バサギリとルカリオが共同でワナイダーを叩きのめし、無事にノオトは救出されたのだった。

 しかし、足元の何処にワナイダーの罠があるか全く分からない状況。幸いなのはワナイダー自体は罠頼りで然程強いポケモンではないことだろう。

 

「……くそっ、とんでもねえ森ッス……!!」

「なあ、お前の姉ちゃん一人で此処に籠ってたんだよな? ワナイダーに捕まった時、どうしたんだ?」

「……さあ、全く分かんねーッス」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──結局あの後3回くらいワナイダーの罠に引っ掛かった。

 そして、森を抜ける頃には既に二人共疲労困憊となっていた。幾ら何でも巣が多すぎである。

 

「おい……俺達ゃ一体いつになったらワナイダー地獄から解放されるんだ?」

「森を抜けるまでじゃねーッスかね……」

「でも森を抜けたら今度はオトシドリ地獄だろ? 冗談じゃねーぜ全く……!」

「まあでももうじき森も終わるッスよ。これでメガストーンもゲットッス」

「くわんぬ……」

「グラッシュ……」

 

 そして精神的に参っているのは、主人を何回も助けているルカリオとバサギリも同じであった。

 

「……オイ見ろよ、俺いい加減目が慣れてワナイダーの糸が見えてきたぜ」

「あー本当ッス。まーたあんなところに罠が仕掛けられてるッスね」

「でもよ、見ろよ。肝心のワナイダー共はあんなところで寝てるぜ」

 

 メグルが指を差す。成程確かに木にもたれかかったり、地面に臥せたりとワナイダー達は皆寝ているのが見える。……そこで二人は異変に気付いた。ワナイダーの特性は不眠。寝ているはずがないのである。

 

「……オイ、気を付けろ。こいつらやったヤツが潜んでる」

「多分毒ッス。毒で弱ってるんスよこいつら」

「──ほう、すっとぼけた小童と思っていたが、なかなかに勘が鋭い」

「誰だ!?」

「オイこら姿を現しやがれ!! この島に居るのはオレっち達だけだって聞いたッスよ!!」

「ファ! ファ! ファ! ──小童共が、なかなかに威勢がいいではないか!!」

 

 奇妙な笑い声が響いたかと思うと──これまた奇妙な風貌の男達が何人も木々の上に現れる。だが、それらは皆同じ姿と背格好をしている。

 皆共通して、濃紺の忍装束に身を包んでおり、クワゾメのそれとは明らかに色が違う。そして、男には怒り顔の面が付けられており、表情は伺い知れない。

 

 

 

「こいつも、忍者か……!」

「──如何にも。拙者は()()()()。主君の命に従い、流島のメガストーンを根こそぎ奪いに来たッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話:忍の技

「忍者が自分で名乗っちまったよ」

「どうせ偽名ッスよ」

「ファ! ファ! ファ! 左様、忍の名前に意味等無いわ! 逆にそちらは……イッコンタウンのキャプテン・ノオトとお見受けする」

 

 ノオトは目を見開いた。この男は自分の事を知っている。何処の所属か分からないが、彼は自らのカンを信じた。恐らく相手はすながくれ忍軍の者ではない。彼らが試練の為に一芝居打っている線は薄いと感じたのだ。

 何故ならばこの忍者の男、少なくともキリに並ぶ実力者ではないか、と彼の中のツワモノセンサーが言っているのである。そして、このカンが外れたことは、ノオトの人生で一度もない。

 彼には霊感こそないが、積み上げた経験と観察力、そして洞察力による”カン”は研ぎ澄まされたものとなっている。ただし、美女を前にするとセンサーは全て死ぬ。無情なり。

 

「何処の里の者ッスか!!」

「どくがくれ忍軍、とでも言っておこう」

 

 木の上に立つ男達からは皆、同じ声が聞こえてくる。皆、ドクグモの分身なのだろう、とメグルは判断した。

 

「NARUTOでも聞いた事ねーぞ、どくがくれとか……」

「インディー系の忍の里なんスよ、きっと」

「インディー系とかあるの!? 忍の里に!?」

「そう、まさにその──いんでぃー系である」

「なワケねーだろ!! パチこいてんじゃねえぞ!!」

「ファ! ファ! ファ! まさにこれが煙に巻く、ということである。良いのか? 拙者に構っている間に戦況はどんどん悪くなっていく一方だぞ!」

 

 ドクグモが口笛を吹く。

 同時に、派手な警戒色をした蜘蛛がワナイダーを踏み越えて現れる。更に、ぎょろりとした玉のような目玉の蝶が羽ばたき、やってくる。

 

「げぇっ、モルフォン!? んでもってアリアドスかよ!?」

「両方共サイゴクには居ねえポケモン──やっぱりおやしろの人間じゃねえッスね! マジモンの敵ッスよ、コイツぁ!!」

「──余所見をしていると足を掬われるぞ」

 

 分身を解いたドクグモは──メグル達の背後に回り込んでいた。

 

「──これで一度、貴様等は死んだぞ」

「ッ……!!」

 

 すぐさま振り返り、再びメグル達は構え直す。

 正体不明の忍者・ドクグモに加え、アリアドスとモルフォンによってメグル達は囲まれてしまう。

 

(モルフォンはH70A65B60C90D75S90……正直、物理面が貧弱、殴れば勝てるポケモンのはず……だけど、あの鱗粉、吸ったらヤバそうだ……!)

 

【モルフォン どくがポケモン タイプ:虫/毒】

 

 メグルはワナイダー達が昏倒した理由を察した。モルフォンの翅から今も振り撒かれている鱗粉だ。それを吸い込んだことで、毒状態となったのである。モルフォンの分類は毒蛾ポケモン。鱗粉を吸う事は敗北を意味する。

 そしてメグルはちらりと派手な色をした毒蜘蛛に目をやった。単眼からは不気味な殺意が滲み出ており、毒針は常にこちらの喉笛を狙っている。

 

(H70A90B70C60D70S40……アリアドスなんて大して強いポケモンじゃねえはずなのに……! 何だこの圧は……!)

 

【アリアドス あしながポケモン タイプ:虫/毒】

 

 決してステータスは優秀なポケモンではない。ないはずなのに。ポケモン2匹が常にトレーナーを狙っているという事実がメグル達を強張らせる。

 

「──さてメガストーンとやら……テング団に売りつければ、多額の報酬が手に入るのだったな。先に、商売に邪魔な貴様らを始末するとしよう」

「それ、冗談キツいどころじゃねーッスよ」

 

 ノオトの顔が真剣そのものに変わる。姉を傷つけたテング団を、彼は内心相当憎んでいるのだ。

 

「……奴らの所為で、どれだけの人が泣いてんのか分かってんスかテメェは!!」

「ファ! ファ! ファ! 知れたこと。拙者は報酬が手に入ればそれで良い」

「テンメェ──」

「熱くなるなノオト!」

 

 メグルは叫ぶ。相手はノオトがイッコンのキャプテンであることを知っている。故に、どうすれば彼を怒らせることが出来るかを考える事が出来たのだ。

 

「──怒って勝てるような相手じゃねえぞ! 自分の姉ちゃんの二の舞になんな!」

「ッ……わ、わり──ふぅー、冷静に行くッス」

「モルフォンを頼む。アリアドスは俺が処理する!」

「分かったッスよ! 毒はルカリオには効かねえッスから」

「つー訳で”がんせきアックス”だバサギリ!!」

 

 地面を蹴ったバサギリが遠心力で斧を振り回し、アリアドス目掛けてぶん回す。

 しかし、気が付けば毒蜘蛛の姿は消えており、斧は深々と木の幹に突き刺さっているのだった。 

 

「”どくのいと”!!」

 

 そしてバサギリの身体に紫色の糸が纏わりつき、地面に引き倒されてしまう。そのまま糸から毒が流れ込んでいき、バサギリが苦しく呻いた。

 ”どくのいと”は相手を毒状態にする上に素早さを下げる技だ。そして、この技を習得できるのは現状、アリアドスのみである。

 

(アリアドスの専用技……ッ!!)

 

「糸を斬れバサギリ! ”がんせきアックス”!!」

「無駄よ無駄! 毒になれば自滅あるのみ! 強靭な糸はポケモンの関節を的確に縛り、動けぬようにする! 鍛え上げ、磨き上げた技の成せる技よ!」

「ッ……!」

 

 バサギリは動けない。その間にも、毒が流れ込んでいき、悲鳴を上げていく。あの勇ましいバサギリが苦しみ悶えている光景を見ていたたまれなくなったメグルは、ボールを取り出し、バサギリを引っ込めるのだった。

 

「も、戻れッ……! そんでお前の出番だ、アブソル!」

「ふーるる!」

 

 アブソルならば、たとえ縛られても影の剣で糸を切り裂くことが出来る。

 しかし、何故か彼女は身震いしている。みらいよちによって一体何を見たのかは分からないが、良からぬ結果が出たようだった。

 

「何となくだけど、こいつが強敵なのは分かる!! ……アブソル、ギガオーライズだ!!」

 

 だがポケモンの定石の一つは、今相手に押し付ける事が出来る最大限の火力を上から押し付けること。今のメグルに出来る全力は、アブソルによる突破であったし、アブソルならばそれが出来ると踏んでいた。

 しかし、往々にして希望的観測とは打ち砕かれるものである、と相場が決まっているのである。

 鎧を身に纏い、完全にそれを自らのモノとしたアブソルは、影の剣を次々に地面へと沈め、更に自らも影の中へ潜る事でアリアドスの不意を突こうとする。

 だが次の瞬間、アリアドスが取った行動は──メグル目掛けて高速で飛び掛かることだった。

 

「んなっ!?」

「ふるっ!?」

 

 アブソルはアリアドスに剣を向けたまま、動きを止めてしまう。メグルの喉には、鋭い毒の針が伸びていた。

 

「ふん、トレーナーよりもポケモンの方が幾らか賢いな。目の前の敵を倒す事ばかり考える隙だらけの攻撃は、敵前で城門を開ける行為に等しい!」

「ッ……」

「動いたら刺す。分かるなアブソル──貴様の負けだ」

「ルッ……」

 

 彼女は後ずさる。動揺のあまり、未来視すらも使えなくなってしまったため、何処まで忍者が本気かも分からない。そもそも、アブソルが主人を危険に晒す選択肢を取るはずもない。

 だが、その瞬間アリアドスの口から毒の糸が放たれ、彼女の首に絡みつく。そして、万力のような力で影の中から引きずり出され、転がされる。

 そして、メグルの身体もぐるぐるに糸に巻かれて地面に転がされてしまうのだった。

 

「アブソルッ!!」

「ふるる……!」

 

 苦しそうに呻くアブソル。毒はすぐに回り、抵抗する気力が奪われている。あろうことかアリアドス1匹に手持ち2匹と自身を完封されてしまったことにメグルは衝撃を受けていた。

 

(これかアリアドスの強さだってのかよ……!? いや、それ以上にこの忍者……只者じゃない!)

 

「──あちらはどうかな?」

「か、身体が動かねえッス……!!」

「……勝負あったか」

 

 ルカリオは昏倒して倒れ伏せ、ノオトは立ったまま手足が痙攣して動かないようだった。

 モルフォンが振り撒いた鱗粉を吸ってしまったからである。この毒蛾は、翅の羽ばたきを調整することで風向きを操り、ノオトとルカリオに鱗粉を吸わせたのだ。

 

「ファ! ファ! ファ! 毒になれば自滅、眠れば無抵抗! 今に伝わる忍の技、味わってくれたか小童共?」

「こ、このやろ……!」

「拙者はこれにて失礼する。じっくりと、メガストーンを探させて貰おうぞ! ファ! ファ! ファ!」

 

(……このセリフ、どっかで聞いたことあるような……いやまさか。()()()がこんな所に居るわけ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ただいま……」

 

 

 

 動けるようになったノオトがメグルの糸を引きちぎり、何とかその場は脱した。そして、方位磁針に従って何とかメグル達は日が暮れる前に洞窟に戻ることが出来た。

 ゴマノハは相変わらず段ボールの箱を被ったままだったが、見た所アルカとは普通に話せるようになるまで打ち解けているようだった。やはり、同性同士だと気が合うらしい。

 

「あっ、おにーさん聞いてくださいっ! ボク、ゴマノハさんから忍者の話とか色々聞かせてもらってたんですよ!」

「せ、拙者は代わりに今までの旅の話を……あれ? お二方、顔色が優れないでござる」

「……チッ」

 

 ノオトは機嫌が悪そうにふい、と顔を逸らす。代わりにメグルが事情を説明することにした。

 

 

 

「森の中で正体不明の忍者に会った!?」

「そいつにやられて……動けるようになった頃には日が暮れてきて……今日は収穫ナシ、ッス」

 

 

 

 一番驚いていたのはゴマノハだった。自分達以外の忍者が居ないと思っていたから猶更なのだろう。

 まともに戦うことすら出来ずに敗れたことを悔やんでいるのか、ノオトは洞窟の壁に拳を叩きつける。

 

「クソッ!! こんなんじゃ、姉貴に勝つのなんて夢のまた夢だ!!」

「ノオト殿……」

「モルフォンなんかに負けるなんて……!」

「んな事言ったら俺はアリアドスだ。ハッキリ言ってあの忍者、キャプテンクラスの手練れだぜ」

「キャプテンクラスって! サイゴクのキャプテンが強いの、おにーさんなら分かるでしょ!? それって、他所の地方の四天王クラスなんですよ!?」

 

(もし俺の推測が正しければ……その通りだ。あの人は四天王級の実力者だ)

 

 アルカの言う通りかもしれない、とメグルは断じる。

 顔は隠れていたが、口調、そしてあの手持ち。彼の中では一人、思い当たる人物がゲームに存在する。

 だが、何故彼が自分たちと敵対するのか、そもそも此処に居るのかが見当もつかない。

 

(だとすると、此処で憶測とはいえ正体を言ってしまって良いのか? それってとんでもなく無粋なんじゃねえか? ……少なくとも、あの忍者が俺達の敵であることは間違いないけど)

 

 メグルは唸る。

 正体の候補を知っていると、それを言ってしまいたくなる衝動に駆られるのだった。それをあえて胸の中に押し込め、メグルは思索を巡らせる。

 

 

 

(アリアドス、モルフォン、忍者……んでもってあの笑い声……やっぱり一人しか思い浮かばない)

 

 

 

 ”彼”はメグルにとって、初代ポケットモンスター赤・緑では、セキチクシティの毒使いジムリーダーとして、2作目の金銀ではポケモンリーグ四天王として、ゲームの中で戦った相手だ。状態異常を駆使する戦い方は非常に厄介で、力押しだけがポケモンバトルではないことをプレイヤーに学ばせる良いボスだった、と思い返す。

 そんな彼は己の技に誇りを持っており、決して金欲しさにテング団に協力するような外道のはずがない……とメグルは信じている(ゲーム版とは大きく異なる経歴の漫画・ポケットモンスターSPECIAL版の事は考えないものとする)。

 

(ま、俺が出来るのは……取り合えず空気を読んで、あの芝居に付き合ってやるってところだな。何なら、次に会った時は勝ってやるつもりの気概で行かなきゃ)

 

「クソッ!! あんなヤツに好き放題された自分が許せねえッス!! 明日リベンジしに行くッスよ!」

「──あの忍者ならきっと、殺そうと思えば俺達を殺せただろ」

「……何が言いてーんスか!?」

「なんで簀巻きで転がして終わりにした? そもそも森の中で待ち受けてる意味が分からねえ」

「それは……そうッスけど」

「おちょくってんだぜ、アレは俺達を。だから、このままじゃ俺達は勝てない」

 

 故に、メグルは提案する。

 今のまま勝てないならば、レベルアップすれば良い。自分も、ポケモン達も。

 

(ギガオーライズに頼りっきりの俺の戦術も改善しなきゃいけねーし……やることは一つだろ)

 

「──修行だ! 此処には修行しに来たんだ! あの忍者に負けねえように……ポケモンと己を鍛え上げる!」

「ッ……そんな悠長な事してる場合じゃねえッスよ! あの忍者がメガストーンを総取りしたら……テング団に……」

「メガストーンなんて早々見つかりっこないよ。どっちみち」

「急がば回れ……で、ござるよ、ノオト殿」

 

 段ボール箱を被ったまま、ゴマノハはノオトに向き直って言った。

 

「クソッ……! こんな所で手をこまねいている場合じゃねーのに……ッス」

「とにかく、飯食おうぜ飯」

 

 メグルは香草を退けて、バッグを取り出した。そこから缶詰をノオトに渡す。

 

「腹減ってるからイライラするんだよ。先ずは明日に向けて腹ごしらえしようぜ」

「……メグルさん」

「そーだねっ。あんまり落ち込み過ぎないっ!」

 

(……オレっち、やっぱりこの二人に大分救われてる気がするッスね)

 

 かたかた、とルカリオのボールが揺れる。

 それが不甲斐なくてすまない、と言っているように思えて──ノオトは首を横に振って指でボールをなぞる。

 

「……バーカ。今更何言ってんスか。オレっちとルカリオの仲なのに……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「今日のおかずは、缶詰のお肉だよっ! 焼き鳥だって!」

「はぁー、本当ならあったかい飯と一緒に頂きたいんだけどなあ」

 

 下手に火を使って調理をすると、匂いで野生ポケモンが寄ってくる。この島での食事・調理は、普段の野宿以上に危険なのだ。

 

「ゴマノハちゃんも、こっち来たら?」

「あひぃ!? せ、拙者は……拙者が皆と一緒に食卓を囲むなど、おこがましいでござる。夜風に当たってくるでござるーっ!」

 

 逃げてしまうゴマノハ。

 やはり4人で食事をするのは、まだまだ彼女にとってハードルが高いようだった。

 

「……大丈夫なんかねえ、あの子」

「あんまいぐいぐい行っても引かれちゃうんだよね……仲良くなりたいんだけどなあ。んー! たれが美味しい! 幾らでもいけるよコレ」

「そう言えば、水ってどれくらい溜まったんスかね?」

「十二分だよっ! 昼間の間に、ゴマノハちゃんに教えて貰った!」

 

 そう言ってアルカはポリバケツに貯まった水をノオトに見せる。

 海水を蒸留して飲み水を作ったのだ。事前に用意できる分の水だけでは、どうしても限界がある。

 「水ポケモンに用意してもらえればいいじゃん」とメグルは最初のうちこそ一瞬考えたが、彼らの放つ水も飲めるものかと言えば疑問が残る。

 自然調達が出来ない故に飲み水は最重要の貴重品。無駄遣いは出来ない。

 

「……不安要素は残るが……この調子なら乗り切れそうだな、一週間」

「後はゴマノハちゃんと仲良くなれるか、だね」

「メガストーンの事も忘れて貰っちゃ困るッスよ──」

 

 インスタントのご飯に水を入れてふやかしただけのそれを空腹の胃に詰め込む。

 正直食えたものではなかったが、彼らと一緒なら不思議とスプーンが進んだ。

 後はこの場にゴマノハが居れば、と全員が思っていたその時。息を切らせて、彼女が戻ってくる。

 

「あっ、帰って来た」

「どうしたんスか? 気が変わったとか?」

「皆殿!! 此処から逃げるでござるよ!!」

 

 血相を変えたゴマノハがメグル達に詰め寄る。ただ事ではない、と全員は身構えた。

 

 

 

「──月が……月がいきなり、赤くなったでござる!! ”赤い月”でござる!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ほう。これが音に聞く、赤い月……!」

 

 

 

 ドクグモの瞳には──どくん、どくん、と鼓動を鳴らす赤い月が映っていた。

 その背後には凶暴化したポケモン達が迫っており、今にも彼の命を狙うべく牙を、そして爪を研いでいる。

 それを迎え撃つべく、彼はボールに手を掛けるのだった。

 

 

 

「……さて。この島に居るという”魔物”は……こ奴らの事では無さそうだな?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話:流島の魔物

 ※※※

 

 

 

 ──赤い月。

 それを見たサイゴクの野生ポケモンは一気に凶暴化し、更に力を増した強大な個体が暴れ出す現象。

 メグル達もこれまでの旅の中で度々この赤い月に出くわしている。とはいえ町での滞在中にやり過ごしたことが殆どのため、直接目にするのはこれで3度目だ。

 そしてこれは彼らにとって最悪のタイミングであると言えた。島には野生ポケモンばかり。彼らが皆、赤い月の影響を受けて凶暴化するのである。

 洞窟の目の前をオトシドリ達が横切っていくのが見えた。彼らの目は赤く不気味に光っており、せわしなく羽ばたきながら目的もなく空を飛び続けている。

 だが、洞窟内に居たメグル達を認めたからか、すぐさま方向転換して飛んでくるのだった。

 

「襲って来たぁ!?」

「……メテノ、マジカルシャインでござる!!」

 

 だが、袋小路に入って来たのが運の尽き。まとめて彼らはメテノのマジカルシャインによって叩き落とされた。

 しかし、反対側の抜け道からは人の気配を感じ取ったのか目を赤くして凶暴化した野生のニドリーノ達が入り込んでおり、すぐさまメグル達は洞窟の中から出る事を余儀なくされるのだった。

 

「逃げろ逃げろォ!!」

「何で!? 何で今なのさぁ!?」

「何処に隠れれば良いんスかぁ!?」

「サバイバル中に赤い月が発生したのはこれが初めて、拙者もどうすれば分かんないでござる~!!」

「海岸側は比較的安全ッスけど……!」

「また後退するのか!?」

「やめといた方が良いかも……オトシドリが引く程いるし、海の様子もなんかヘン……!」

「じゃあ、森の中!!」

「あそこは天然のデストラップの宝庫ッスよ!?」

「じゃあどうしようもねえじゃん! 洞窟に戻るのは!?」

 

 そう言った瞬間だった。

 ごごごごご、と音を立てて洞窟が崩れ落ちるのが見える。

 そして遅れて、岸壁に穴を開けて全身が鋼で出来た蛇のようなポケモンが現れるのであった。

 ご丁寧に目も真っ赤に輝いている。

 

「……ハ、ハガネールッス!!」

「んな事は見たら分かるよ!! 帰る場所も無くなっちゃった!!」

「逆に言えば、俺達あそこにずっと居たら死んでたんだな……」

 

 頭上からはオトシドリ。

 森の中はワナイダーを始めとした凶暴なポケモン。

 洞窟はハガネールのような地面タイプ。

 彼らが皆、赤い月によって暴走している所為で、逃げ場など何処にも無いのである。

 だが、先ずは目の前に現れたハガネールからどうにかせねばなるまい。更に、騒ぎを聞きつけてか、オトシドリ達も寄って集ってくる。

 

「キュオオオオオオオオオオン!!」

「ストォォォーック!!」

 

【ハガネール てつへびポケモン タイプ:鋼/地面】

 

 極めて防御の種族値が高いポケモンだ。物理技での突破は、たとえ効果抜群でも困難となる。

 故にメグルはシャリタツを、そしてアルカはモトトカゲをぶつけることにしたのだった。

 モトトカゲの背中に飛び乗るシャリタツ。そのまま、巨大なハガネールの身体に走ってよじ登っていく──

 

「──オーバーヒート!!」

 

 最高火力がハガネールの顔面にぶつけられた。防御力は堅牢だが、対して特殊防御力は低めだ。

 そのため、効果抜群の攻撃を受ければ一撃で倒れる──はずなのだが、

 

「キュオオオオオオオオオオオオン」

 

 未だにしぶとく、ハガネールは暴れ回り、巨体をうねらせてメグル達目掛けて尻尾を振り回す。

 当たれば即死は免れない攻撃に、思わずメグル達は身構えるが──

 

「メテノ!! 守るでござるよ!!」

 

 すぐさま飛び出したメテノが、ハガネールの尻尾を受け止める。こちらもかなり堅牢なのか、尻尾は弾かれ、ハガネールは態勢を崩してしまうのだった。

 しかしメテノの硬殻もただでは済まない。ピキピキと音を立てて殻が弾け飛ぶ。

 

【メテノの リミットシールド】

 

「──殻が砕けた……!」

「此処からが本番! こっちはオトシドリをどうにかするでござる! メグル殿!」

「おう! ……シャリタツ!! そこから狙い撃て!!」

 

 ハガネールが暴れたことで吹き飛ばされてしまっていたモトトカゲとシャリタツ。

 しかし、モトトカゲの頭によじ登ったシャリタツが、暴れ狂うハガネールの頭目掛けて──

 

 

 

「──みずのはどう!!」

 

 

 

 ──水の弾を撃ち放ち、射抜いたのだった。

 がんじょうによって持ちこたえていただけだったハガネールは断末魔の叫びを上げると、そのまま地面に臥せ、小さくなって見えなくなってしまうのだった。

 そしてオトシドリを相手にしているノオトは、ルカリオに”はどうだん”を指示し、落ちて来る岩を的確に落としていく。

 そうしていると、しびれを切らしたオトシドリ達が怒りの声を上げて次々に此方へ向かって急降下してくるので、殻が砕けて自由の身となったゴマノハのメテノが目にもとまらぬ動きで敵の周囲を舞う。

 

「──パワージェム!! 空中から撃ち落としでござる!!」

 

 一発一発が脳天を貫く精密な射撃だった。

 次々にオトシドリ達は地面へと叩き落とされ、動かなくなる。

 相手が空を制するならば、こちらは更にその上をいけばよい。

 リミットシールドを発動したメテノに追いつけるポケモン等、早々居はしない。

 

「これで全部片づけたか……!?」

 

 

 

「キィィィーッ!!」

 

 

 

 耳を劈くような甲高い咆哮が周囲を揺らし、ポッポの群れが木から飛び立っていくのが見えた。

 安心する余地などメグル達には存在しない。

 赤い月が輝いている限り、ポケモン達の暴動は続く。

 崖を乗り越えるようにして、次々に野生ポケモン達が飛び出して来る。

 だが彼らはメグルなど気にする素振りも見せずに通りすがっていく。

 ただただ迫る脅威から怯え、逃げているのだ。

 

「な、何だ!?」

「何かに怯えてるの!?」

「……この島には”魔物”が居るでござる」

「魔物!?」

「霊脈の力で、とんでもなくデカくなったあるポケモンでござる……! 捕まえても定期的に頭が挿げ変わる形で現れて、競争の末にそいつが島のボスになるのでござる……くわばらくわばら」

 

 つまるところ、流島の元締めとなるボスポケモンの事であった。以前にもゴマノハや他のキャプテンが遭遇し、その度に捕獲されているものの”魔物”がこの島から居なくなることはない。

 何故ならば──”魔物”とは霊脈の作用で巨大化したとあるポケモンの個体の総称だからである。

 

「霊脈ってサイゴク山脈だけに通ってるんじゃねえのか!?」

「正確に言えば、サイゴク地方の地下一帯ッスよ。近海も霊脈が枝のように貫かれている場所では──その影響を大きく受けるッス」

「じゃあコイツも、霊脈の影響を受けたってことぉ!?」

 

 周囲のポケモンを追い立てるようにして”それ”は姿を現す。先程のハガネールには及ばないものの、頭高だけで3メートルはあろうかという蛇が、獲物をまとめて捕食するべく大きな口を開けて飛び出して来る。

 

 

 

「──キィィィィーッ!!」

 

【ジャローダ ロイヤルポケモン タイプ:草】

 

 

 

 すぐさま動いたのはルカリオだった。

 ノオトの「はどうだん!!」の掛け声で敵の顔面にエネルギー弾が叩き込まれる。

 しかし、それでも怯んだ様子を見せずに大蛇はルカリオに噛みつくのだった。

 

「ルカリオッ!?」

「な、何アレ、ヘビのポケモン!?」

「ジャローダ……こりゃまた面倒なヤツが出てきたな!! 魔物ってコイツか!?」

 

(H75A75B95C75D95S113……火力は貧弱だが、あのデカさなら関係ないな!)

 

 ジャローダ自体は、イッシュ地方で最初のポケモンとして渡されるツタージャの最終進化形。故に、イッシュでは稀少なポケモンだ。

 そして──流島は数少ないツタージャ系統の原産地の一つ。森林の頂点捕食者として君臨する蛇の王である。

 霊脈の影響を受けたジャローダのサイズは、通常のそれよりも一回り以上大きくなっており、顎を開けばルカリオの胴体を齧ることが出来る程である。

 だが、厄介な点は巨大な事だけではない。

 

「キィィィィィーッ」

 

 ギロリ、とジャローダの真っ赤に輝く赤い目がメグルを睨み付けた。

 その瞬間彼の身体は痙攣し、そのまま地面に倒れてしまう。何が起こったか分からないまま、メグルは大蛇を見上げた。

 そして理解する。ジャローダを始めとする蛇系のポケモンが習得する技”へびにらみ”を受けたということを。

 

「ヤツの目を見たらダメでござる!! 痺れてしまうでござるよ!!」

「も、もっとはやく、言ってほしかったかなぁ……しびびび」

「メテノ!! パワージェムでジャローダの頭を攻撃するでござる!!」

「ヘラクロスはミサイルばり!! ルカリオを助けて!!」

「ルカリオ! 何とか脱出するッス!」

 

 頑強なのか、幾らルカリオが殴りつけてもジャローダが口を放す素振りは全くみせない。

 そればかりか、にやり、と高圧的かつ高慢な笑みを浮かべたジャローダは、長い尾を使ってヘラクロスのミサイルばりを全部弾き飛ばす。

 そして今度は、アルカとゴマノハ、そしてノオトを次々に”へびにらみ”で睨んでいくが、既に種が割れているので視線が合うことは無い。

 そのまま捕えたルカリオを丸呑みにするべく、顎を外そうとした矢先に──

 

「──ルカリオ!! 脳天に”はどうだん”ブチ込むッス!!」

 

 ──脳天に、これまでの時間で溜め切ったエネルギー弾がぶち込まれたのだった。

 流石のジャローダも、これには堪らず、ルカリオを放し、のたうち回る。

 しかし、今の攻撃によってプライドが傷つけられたのか、怒ったような甲高い声を上げるとノオト目掛けて今度は飛び掛かろうとする。

 だが──そこで森の蛇王は自らの身体が鉛のように重くなっていることに気付いた。

 

「ス、スシー……ッ!!」

「ナイスだシャリタツ……”こごえるかぜ”でヤツの十八番の素早さを奪った!」

 

 シャリタツである。

 モトトカゲの背中から降りたシャリタツは持ち前の軽さを生かし、岩陰に隠れ、そこからこごえるかぜをジャローダに向けて放っていたのである。

 受ければ、素早さの低下は免れない。更にこの狡賢い竜は”こごえるかぜ”の出力を絞っていたため、動けなくなるまでジャローダは自らの身体に霜が降っていることに気付かなかった。

 

「キィィィーッ!!」

 

 すぐさま襟のようになっている部分から蔓が2本生え、更に小さな手、そして尾に草で出来た剣が現れ、握られる。

 リーフブレード。それも五刀流だ。

 先ずはふざけたことをしてくれたシャリタツを真っ二つにするべく、尻尾の剣を振り下ろした。

 

「──狙撃でござる!! メテノ、パワージェム!!」

 

 しかし、今度は的確に草の剣が砕かれる。

 メテノの放ったパワージェムだ。その狙いは正確無比で、シャリタツに刃が届く瞬間にそれを破壊してみせた。

 そしてシャリタツも負けじと、ジャローダに最大出力の”こごえるかぜ”をぶつける。今度はさっきの足止め用ではない。本気でジャローダを凍てつかせるための攻撃だ。

 草タイプには効果抜群の氷技。堪らず、ジャローダは身をよじらせ、その場から逃げようとするが──こごえるかぜによって自慢の足が奪われたことで逃げることは叶わなかった。

 故に、今度はノオトとアルカ目掛けてリーフブレードを振り回し、切り刻もうとする。だが、既に拘束から解放されたルカリオと、強敵を前に奮い立っているヘラクロスにそれが通用するはずもなく。

 

「ミサイルばり!!」

「はどうだん!!」

 

 両者の最大火力がジャローダを襲うのだった。ぐらり、と巨体が揺れる。

 だがそれでも、蛇の王は怯むことなく起き上がり、今度はアルカを丸呑みにすべく大口を開けて飛び込んだ。しかし。

 

「──今だ、やっちゃえ!!」

 

 一気に蛇の動きは失速した。

 二の矢と言わんばかりにアルカはもう1匹、ポケモンを繰り出していた。ヘラクロスの陰から飛び出したそれは、巨大な槌をジャローダの首にぶつけ、そこから微弱な電気を流し込み、麻痺させる。

 

「キィィィィィィーッ!?」

 

 ぐらり、と巨体が揺れた。下手人は地面に降り立つと、得意気に大槌を振り上げるのだった。

 

「ナカヌチャンの”でんじは”でござるか!!」

「器用な技を使えるッスからね、コイツ!」

「……後はこれで、お終い!!」

 

 その隙を狙い、アルカがボールを投げると──それはすぐに吸い込まれてしまい、そのままボールの中へと収まるのだった。

 

「……お、終わった……こいつが”魔物”だったの?」

「月も……いつの間にか白くなってる。今までで一番ヤバい”赤い月”だったかも……」

「まさか」

 

 言い切ったのはゴマノハだった。

 

「……以前我らが相対した”魔物”は……もっと恐ろしいヤツだったでござる。そもそも、こんな所には出てこないでござるよ」

「うへぇ、ジャローダも結構強かったよ!? どんな奴なの……?」

「……ヌシクラスの強さであることは違いねえッスね。姉貴の話によれば、山の中央の洞窟に潜んでいて……暴れるだけで島中の野生ポケモンを恐れさせる力を持つッス」

 

 そして、過去に何度か”魔物”と呼ばれるポケモンは捕獲されているのだという。しかし、それでも頭が挿げ変わる形で、時間が経てばまた”魔物”は現れるそうだ。

 

「姉貴曰く”魔物”に勝たないことにはメガストーンは手に入らねえらしいッスよ」

「ねえノオト。その”魔物”についてもっと詳しくわからないの?」

「見てのお楽しみ、らしいッスよ、姉貴曰く」

「えぇー!? 何で教えてくれないの!?」

「それでは修行の意味が無いからでござろう……我らは前知識なしで”魔物”に挑んだでござるよ」

「あ、そうかぁ……」

「あのー? 誰かぁ、まひなおし持ってない? 俺の身体、ずっと痙攣して動かないんだけど……」

 

 全員の視線はメグルに向く。そして──ノオトが言い放った。

 

 

 

「……やっべ忘れてたッス」

「忘れんな畜生!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その晩は、大きく場所を移動することはせず、崩れた洞窟の近くで一晩明かした。

 そして、翌朝。未だ疲れが抜けきらぬ彼らはゴマノハの案内の下、全員で森を進み、比較的安全な草原の広がるエリアの木の大洞に拠点を構えたのだった。

 徐々に徐々にではあるが、メガストーンの産出地である岩山には近付いている。だが、今出向いたところでドクグモ、そして流島の”魔物”と鉢合わせした時に勝てる保証はない。

 故に──此処からは本格的にメグルとノオトは己とポケモン達を鍛え直すことに決めた。

 寝ずに番をしてくれていたゴマノハを傍で寝かせ、アルカは二人を見守る。

 

(ゴマノハちゃん、来る前はすっごく怯えてたけど、いざと言う時はすっごく助けてくれるし勇ましいんだよね……やっぱ忍者なんだなあ)

 

「んぅ……メテノ……」

「しゃらんしゃらん」

 

 尚、メテノが居ないと眠れないらしい。キャプテンのポケモンらしいが、世話を担当しているだけあって付き合いは一番長いのだという。

 アルカは、相棒同然のポケモンを抱きしめながら眠るゴマノハに小動物的な可愛さを見出しており、内心悶えていた。

 

(うう……可愛い……髪も綺麗なブロンドだし……ハーフ、ってやつなのかな)

 

 わきわき、と指を動かすアルカ。つい自分も彼女を抱きしめたくなるが、十中八九起こしてしまう上に、きっと怯えて二度と口を利いてくれなくなることが目に見えていたのでやめた。

 

「次にヨイノマガンと戦う時までに、手持ちのレベルを底上げしとくッス。オーライズはアブソルに切ることを最初から考えて、他のメンツは自分の一番得意な戦術を伸ばした方が良いッスから」

「成程な。やっぱり得意分野に振った方が良いんだな」

「何を振るんスか何を」

「こっちの話だ」

 

 手持ちをポンポン、と出していき、トレーニングに入るメグルとノオト。

 そんな二人を見ながら、荷物とゴマノハの番をしているアルカはほぅ、と溜息を吐く。乗り越えなければいけない壁は、あまりにも多い。

 

(……頑張ってるなあ、おにーさん。ボクも……もっと、強くならなきゃ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ドクグモは──既に中央部の岩山に辿り着いていた。

 そこは、洞窟で地下に進むことが出来、奥は大空洞が広がっている。

 更に下へ下へ、と進んでいくが、いずれも人工的に掘り進めたらしい作業の跡が見られた。

 かつてメガストーンを採掘するために開発する計画があったのだという。しかし”魔物”とサイゴクの霊脈が齎す”祟り”によって、計画自体が頓挫してしまったという。

 

(”魔物”は野生のポケモンの範疇でしかない。問題は”祟り”だ)

 

 言ってしまえば、霊脈の存在する場所で開発行為を行った人間やポケモンに災いが起きるというものであった。

 

(……サイゴクで開発が進まない最大の理由は霊脈にあると言っても良い。健全な開発をも阻む上にポケモンにとっても害となるサイゴクの呪いよ)

 

 その一端が、この島で50年ほど前に立ち上げられて中止された採掘計画だった。

 派遣された作業員はいずれも、不幸な最期を遂げたという。ある者は事故で。ある者は病気で。ある者は何か恐ろしいものを見たような顔で首を吊っていたという。

 流島だけではない。サイゴク山脈の開発が進まない最大の理由が、この災いなのである。開発を進めたくないのではない。進める事ができないのだ。

 

(サイゴクの山々を表向きには自然保護のお題目で守ってはいるが……実際には祟り神を体よく祀っているのだ。サイゴクのキャプテン達には同情する)

 

 皮肉ではなく本心からドクグモはそう考える。自分が同じ立場ならば、胃がもたれそうだ。

 故にキャプテン達は霊脈を恐れており、開発に対して慎重なスタンスを取らざるを得なかった過去がある。たとえばリュウグウもまた、数多の開発計画が頓挫してきたのを目の当たりにして来た一人だ。彼が旧友・マリゴルドの計画を何としてでも止めねばならなかった理由は、間違いなく作業の過程で”祟り”によって多くの人死にが出ることが確定的だったからである。

 

(そのヒントがきっと此処にある──む)

 

 しばらく進んでいると、ドクグモは──最奥に辿り着く。

 だが、そこには最近開いたような穴があった。果てしなく巨大な何かが暴れたような跡がある。

 その先に踏み出そうとするが、自分の勘が告げる。待つのは死のみだ、と。

 

 

 

(何かが……この山の地下で目覚めた? まさか昨日の”赤い月”で──?)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話:凡才の進む道

 ※※※

 

 

 

「一騎打ち試練に於いて重要な事。それをメグルさんは忘れてるッス」

「……忘れてる? 何を」

「基本的にヌシのオオワザは、オーライズしたポケモンのオオワザよりも強いッス。特にアケノヤイバとヨイノマガンのそれは1000年間磨き上げられた技ッスから」

「しかしあんなビーム光線みてーな技、どうにかできるとは到底思えねーんだけど。……まさか、解除する方法があるのか?」

「そのまさかッスよ。オオワザは発動までに一定の時間を要するものが殆どッス。その間に、解除を行う事でヌシは大きな隙を晒すんス」

 

 そして、それは今までメグルがオーライズを手にする前にやってきたことでもある。

 人間、便利なものを手にすると基本を忘れてしまいがちになるのだ。オオワザのぶつけ合いでは、メグルのポケモンに勝ち目は無い。

 しかし、オオワザ発動前の隙を逆手にとって、解除することでメグル達は一気に闘いを楽に進められるはずだ、とノオトは主張する。

 

「──でも、タネが分かったところでそれを実行できるだけの地力がねーと、意味ねえッス。その意味、分かるッスよね?」

「……一度基礎に立ち帰れ、か」

「そのために今、ポケモン達の底上げをやってるわけッスよ」

「で、俺も鍛える意味はあるのか?」

「あるッスね」

 

 ──ノオトの訓練は徹底的に基本に忠実だ。

 イッコン式スーパートレーニング・通称スパトレ。

 ノオトが考案した、ポケモンの能力を効率的に伸ばすための基礎トレーニングプログラムだ。

 各ポケモンの強みを理解した上で、それぞれのポケモンの得意分野を伸ばす訓練を行うというもの。

 ニンフィアは体力と特攻を。バサギリは攻撃と素早さを、と言った具合に。

 体力を鍛えるために走り込みを繰り返すトレーニング。

 攻撃や特攻を鍛える為に、岩や樹木に技をぶつけ、精度と威力を上げていくトレーニング。

 防御や特防を鍛える為に、身体に負荷を掛ける筋力トレーニングや、長時間の瞑想を行うトレーニング。

 素早さを鍛えるために、ルカリオの放つ弾幕を躱すトレーニング。

 イッコンのおやしろでやっていた事と、やる事自体は変わらない。ただ、場所が変わっただけだ。

 

「ポケモンを鍛えるには、最高の場所ッスね、此処は!」

「こ、このトレーニング馬鹿……」

「ふぃー……!」

 

 問題は、トレーナーもこの訓練に否が応でも付き合わされることである。

 ポケモンの苦楽はトレーナーも分かち合うべし。これがノオトのモットーだ。

 とはいえ彼は古典的な根性論者ではない。鍛える者の体力や運動能力を計算したメニューを組むことが出来るのはイッコンでの修行で見せた通り。

 だがそれは逆に言えば鍛える側からすれば、倒れないギリギリの負荷をずっとかけられることになるわけで。メグルも例外ではない。

 

「お、お前、生き地獄の体現者か……?」

 

 メグルは既に目が死んでいた。

 

「倒れちゃあトレーニングにならねーッスから。徹底的にそこは管理してるッスよ。そして、この負荷が明日の自分を作るッス」

「悪魔か……?」

「此処で一旦休憩ッスね」

 

 そう言っているノオトは、メグルの倍近くの負荷を掛けたノルマを自らに課している。

 最年少でありながら肉体・精神共に強靭そのもの。イッコンのキャプテンは伊達ではないのである。

 そんな光景を見つめながら──アルカはふふっ、と微笑む。

 

「……やっぱ、兄弟みたいだ。あの二人」

「ノオト殿……拙者の知らない間に……あんなに立派になって」

「キャプテンらしいよね。頑張ってる」

「……ノオト殿は人一倍努力家でござるから」

「そうだね。おにーさんも、あれで結構素直で真っ直ぐなところあるからさ。似た者同士なのかも」

「……お二方のおかげでござるよ」

 

 ゴマノハは言った。

 

「ノオト殿は繊細なお方でござるから……お二方と仲良くしている所を見ると、ほっとしたでござるよ」

「ゴマノハちゃんって、ノオトとはどれくらいの付き合いなの?」

「つっ、付き合ってはないでござる!! 畏れ多い!!」

「そう言う意味じゃないよ!?」

 

 顔を真っ赤にしたゴマノハは、木の洞に隠れてしまった。

 そして、己の誤解を悟り、更に「あう」と声を漏らし、引っ込んでしまう。

 

「……初めて顔合わせしたのは……ノオト殿がキャプテンになった時でござった。それ以来、度々顔を合わせているでござるよ」

「そうなんだ」

「”さじんの屋敷”に泊まりに来るのも一回や二回ではないでござるから」

 

(これから何回も顔を合わせる相手なんス。仲良くなりてーのは当然っしょ?)

 

 そう言って、襖越しでもノオトはゴマノハと話をしようとしてくれた。

 当初、ぐいぐいと来る彼に、ゴマノハは引き気味で何度も逃げてしまったが、ノオトはめげずに何度も向き合ってくれたのだという。

 彼が根っからの陽キャで、誰にでもそのようなアプローチをする(女性相手ならば特に情熱的に)と知ったのであるが、不思議とゴマノハはショックを受けなかった。

 

「裏表がないのでござるよ、ノオト殿は」

 

 それが彼女から見たノオトの人物評だった。

 

「初めて会った時、ノオト殿からは、悪意やウラのようなものを全く感じなかったでござるから。いつの間にか話せるようになってたでござる」

「……そうなんだ。でも、他の人と話すのはやっぱりハードルが高い?」

「正直……そうでござるな。でも、お二方はノオト殿の旅仲間でござる。あの人の仲間だから……拙者は安心できたでござるよ」

「良かった! ボクももっと、ゴマノハちゃんと仲良くなりたいからさ!」

「アルカ殿……」

「ボクね、こんなに友達が増えるなんてちょっと前は考えられなかったから。嬉しいんだよね!」

「……拙者も、そう思うでござるよ。でも、拙者と居たら気を遣わせてしまうでござる」

「人と顔を合わせるのが怖いのなんて、大したことじゃないよ。気を遣うだなんて、思わなくて良い。ボクがそうしたいんだ」

「うう……やっぱりアルカ殿も、ノオト殿と似てるでござるよ……」

 

 陰キャには、陽の光はあまりにもまぶしすぎる。日の当たった吸血鬼のように砂になってしまいそうになるゴマノハだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ずがー……ずごごー……」

「くー……くー……」

「すぅ……」

 

 

 

 並んで寝るメグルとアルカ、そしてゴマノハ。

 夜の島はその日、いやに静かだった。

 木の洞に近付いてくるポケモンは香草のおかげで居なかった。

 だがしかし、寝ずの番で唯一ノオトだけが木の洞の前で──ルカリオを相手にスパーリングを繰り返している。

 鉄板と綿入りのプロテクターを腕と胴に装着し、ルカリオ側は”技”を封じているものの、ポケモンの放つ神速の打撃を掴み、いなし、そして切り返すノオトの動きはサイゴク最強クラスの格闘使いと呼んでも差し支えないものだった。

 ルカリオの蹴りがノオトのプロテクターを打つと、その場に衝撃が響き渡り、眠っていた鳥ポケモンが木の上から逃げていく。

 

「……気が立ってるんスか? ルカリオ」

「……ガルルル」

「奇遇っスね。オレっちもッスよ。全然物足りねえッス!!」

 

 

 

「無理は──お身体に障るでござるよ、ノオト殿」

 

 

 

 その声でノオトとルカリオは手を止めた。

 振り返ると、ゴマノハが心配そうな顔で見つめていた。

 ノオト相手であれば、段ボール箱を被らなくても喋れる彼女は呆れたように近付いていく。

 

「……いやー、身体を動かさねえと落ち着かねえんスよ。そっちこそ寝ないと」

「雑魚寝は……ちょっと落ち着かなかったでござるよ」

「はぁ、んじゃあオレっち達似た者同士ッスね」

 

 ルカリオをボールに戻すと、ノオトは木の幹に寄りかかる。

 今日はいやに月が綺麗だった。

 

「……ノオト殿は本当に努力家でござるな」

「努力しねえと、どんどん引き離されちまうッスから。姉貴にも、キリさんにも」

「そう言って貰えれば、キャプテンもきっと喜んでいるでござるよ」

「……そうッスかねえ」

 

 ノオトは──不機嫌そうに口を尖らせた。

 

「ノオト殿なら……ヒメノ殿にもいつか勝てるでござる。うちのキャプテンにもいつか──」

「──現実はそこまで甘くねーッスよ」

「えっ……」 

 

 ぴしゃり、とドライにノオトは言った。

 

「……努力した凡人は()()()()()()にそうそう勝てるモンじゃねーッス」

 

 ぽつり、と弱音を漏らすようにノオトは言った。

 

「強さの序列は絶対。リュウグウさんが20年以上もの間、サイゴクのキャプテンで一番強かった理由が分かるッスか?」

「それは……」

「……強者が強者たる理由はシンプルッス。()()()()()()()()()()()()()()()ッス。だから、凡人のオレっちが同じ努力をしても追いつけるわけがねえ」

 

 彼の強さへの理念は非常に、そして非情にシビアだ。

 ヒメノと比較しても持たざる側である人間であるが故のストイックさだった。

 持たないが故に、持つ者に必死で食らいついて来た、それが今までの彼の人生だった。

 しかしそれでも現実は揺らがない。未だにノオトはヒメノに本当の意味で勝てたことがない。

 そればかりか、他のキャプテンとの実力比べでも最底辺。常に周囲との壁を感じてきたからこそ出した結論だった。

 

「努力の天才、だなんて言葉、オレっちは信じねえッス。成功してる人間は皆、努力の天才ッス。その上で更に別の才能があるんス。オレっちみてーな何も無い凡人は……理屈と理論で戦うしかねーんスよ」

「何でそんな……悲しいことを言うのでござるか……」

「勘違いすんなッス。投げやりになってるわけじゃねえッスよ。倍努力しねえといけねえってだけッス。それも、効率的にやらねーと……ダメなんス」

 

(ま、それでも……身体が勝手に動いちまうんスけどね。本当はダメって分かってても)

 

 若さゆえに。一刻も早くその先の段階へ進みたいという欲求をノオトは抑えきれない。

 だからこそ、この年齢でありながら既に頭抜けた実力のポケモントレーナーになっているのだ。彼の不幸は、周りの人間がそれ以上に優秀だったことである。

 ハズシはレーサー経験を積んでおり、多くの仕事を掛け持ちする超人。更に人の域ではない視力を最大の武器としている。

 ヒメノは霊感を持ち、ゴーストポケモンの生態を理解し尽くし、更に並外れた第六感も武器とする。

 キリはその立ち振る舞いから、相手に自らの情報も思考も一切悟らせない。ヒメノの戦術眼が通用せず、ノオトが唯一性別を判別できない人物だ。

 そしてリュウグウは──20年もの間、キャプテンの中で最も強い人物としての地位を死守しており、長年の経験と知識、勝負勘で他の追随を許さない。

 故人ではあるものの、今のキャプテン代理・ユイの父であるショウブは、相手の動きから一瞬で急所を見極め、自分のポケモンに的確に狙撃させる絶技を持っていた。無論、本人も狙撃の()()であった。

 それに比べてしまえばノオトが”凡人”と自らを断じてしまうのも無理はない相手ばかりである。

 

「……ノオト殿のようにストイックになれる人はそうそう居ないと思うでござるよ。皆ノオト殿みたいに頑張る前に挫折するでござる」

「キャプテンに努力に対して真っ直ぐになれない人なんて居ねえッスよ」

「そ、それは……」

「だからオレっちは……その上を行きたい……姉貴や、テング団もだけど……キリさんにも負けたくねーッスんよ、オレっち」

 

 ノオトは掌で草を毟る。

 

「オレっち……あの人の事は尊敬してるッス。でも……それ以上にマジで腹が立つんス」

「えっ……」

 

(そ、そんな風に思ってたでござるか……!?)

 

 ゴマノハは驚いたような顔を浮かべ、そして目を伏せた。

 そんな彼女を他所に──ノオトは渾身の怒りを今この場に居ないキリにぶつけていく。

 

「許せねえッスよ。だって──だって!! 今までオレっちをフッた女の子皆、何て言ったか分かるッスか!?」

「……ん?」

 

 そこでゴマノハは──あまりこれが深刻な話ではない事に気付いた。いや、ノオトにとっては深刻な話ではあったのだが、あんまり真剣に聞かなくて良い話であることに気付いた。

 

「”やっぱりクワゾメのキャプテン・キリさんみたいなクールで格好いい男の人が良いわ”って!! 揃って皆言うんスよ!!」

「あ、あのー、ノオト殿?」

「オレっちがキャプテンなのを知ってて!! 当てつけみてーに皆言うんス!! わ……ぁっ……涙出てきた……何でだろ!! 月が綺麗だからかな!!」

「泣いちゃった!!」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 ゴマノハは頭を抱えた。この少年、これはこれで悩んでいそうなのが逆に突っ込みづらい。コミュ障の彼女には非常に触れづらい問題だった。

 

「え、えーと、つまるところ、さ、逆恨みでござろう……? うちのキャプテン、何にも悪くないでござるよな……?」

「そうッスよ!! 逆恨み!! あの人は何にも悪くねーッス!!」

「ええ……認めちゃったらお終いでござるよ、色々と……」

「でも、やってられねーんスよ! 姉貴までキリさんにベタ惚れ! しかも、キリさんって【サイゴク版女子人気トレーナーTOP10】にここ3年ずっと入ってるんスよ! 姉貴が惚れるのもやむなし……!」

 

 因みにノオトの名前は勿論入ったことがない。だからイマイチなんだぞ、と突っ込んでくれるメグルとアルカは今残念ながら寝ている。

 

「だからオレっち、キリさん見ると無性に腹が立って仕方ねえんス!! いっつも表には出さないけど!! 平気な顔してるけど!! でも、完璧過ぎて、非の打ちどころがないんスよあの人!! 悔しーッ!!」

「そんな事ないと思うでござるよ……? きっと、無理してるんでござるよ、案外アレで」

「もしも姉貴とキリさんが結婚したら……オレっち、ショックで寝込むかも……げほっ」

 

 全くゴマノハの話を聞いていないノオトは勝手に想像し──そして喀血した。

 

「ノオト殿ォ!? 血!! 血が!!」

「す、すまねえッス。今のはあらぬ想像で胃に過負荷が掛かって出血しただけッス」

「想像だけで!?」

 

【特性:ライトメンタル】

 

「だってぇ、姉貴が結婚だなんてぇ、まだ早ェッスよ!!」

「安心するでござるよノオト殿!! 多分うちのキャプテン、ヒメノ殿と結婚する気は更々ないと思うでござる!! だってあの子怖いし!!」

「あーッ!! 考えてたら悔しくて走り込みしたくなってきたッス!! マジで許せねえええええッ!! キリさんんんんんッ!!」

 

 そう叫び、ノオトはその場から逃げるようにダッシュしていき、見えなくなった。嵐のような少年である。

 そんな彼を──ゴマノハはずっと見つめていた。

 

(……全く、肝心なところで締まらない人でござる。でも、ノオト殿らしいでござるよ)

 

 そして、くすくすと笑みが漏れた。

 どんな理由でも良い。彼が──キャプテン・キリに立ち向かう理由になるのなら。彼が戦い、強くなる理由になるのなら。

 それにゴマノハは知っている。ふざけているようでいて、ノオトが誰よりも強くなることに真剣であることを。

 真面目な話を長く続けていると、自分で耐えられなくなってしまうようなシャイな面も持っていることを。

 彼女は──ちゃんと今まで見てきたし、知っている。

 

(……拙者なら、ノオト殿にあんな顔させたりしないのに)

 

 おどけていたが、会話の中で彼の顔にはやりきれなさ、悔しさが度々滲み出ていた。

 

 

 

(……本当のことを言ったら……多分、嫌われちゃうでござるな)

 

 

 

 彼女が目を伏せたその時だった。ぞわり、とゴマノハは全身に悪寒を感じ取る。

 

「何っ……この気配!?」

 

 辺りを見回した。平原は静かだ。しかし──遠くから叫び声が聞こえてくる。

 

 

 

「ウィィィィィィィーッ!!」

「ぎゃあああああ!! 殺されるッスー!?」

 

 

 

 ノオトが、走りながら戻ってくるのが見えた。

 その顔は恐怖に引きつっていた。

 そしてその後ろには、無数の黒い影のようなポケモンが這いながら彼を追いかけていた。

 否、ノオトだけではない。この大樹の幹を取り囲むようにして、全方位から黒いポケモンが迫ってくる。

 

「ルカリオ──ッ!! あくのはどう、ッス!!」

 

 爆音が鳴り響き、黒い影のようなポケモンが巻き上がって吹き飛んだ。

 それでもまだ彼を追いかけて来るのであるが。

 

「な、何事でござるーッ!?」

「ゴマノハさんんんッ!! 緊急事態ッス!! 全員起こしてくれッス!! スクランブルッス!!」

 

 とてもではないがルカリオ1匹で食い止められる数ではない。

 先にゴマノハはメテノを繰り出し、全方位をパワージェムで爆撃していく。

 

「何故……!? 何故、ヤミラミが外に……!?」

 

 突如現れた無数のポケモンの姿をゴマノハは捉えた。

 白い岩をしめ縄で括りつけられ、目も石で出来た黒い小人のようなポケモンだ。

 

(しかし、我らの知るものとは姿が違うでござる……!?)

 

 

 

【ヤミラミ(???のすがた) いしがみポケモン タイプ:岩/フェアリー】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話:祟り岩

「──なあ、アルカ!? こいつらヒャッキのポケモンか!?」

「何あの石……!? 気持ち悪い……!」

 

 アルカが真っ先に感じ取ったのは、ポケモンではなく石から発せられる瘴気だった。

 彼女はヒャッキの民。第六感もこちらの人間より発達している。そのため、メグル達では感じ取れないものを全身で受け取ってしまったのである。

 

「明らかに異常事態でござる。ヤミラミは洞窟からは先ず出てこないポケモン、それが外に出て来るとなると……」

 

 メグル達が寝床にしていた大樹の周りは、既にヤミラミたちによって包囲されてしまっている。

 すぐさまゴーグルの暗視機能を付け、メグルは敵の群れを観察する。確かに1匹1匹の姿は、彼の知るものとは大きく異なる。

 目玉の宝石は、白い石となっている上に同質の石を背中に括りつけられたような見た目になっているのだ。

 だが、不思議なことに腹の中の石はキラキラと光る宝石のままだ。

 

(ヤミラミの身体の石は食ったものが反映されるという。でも、何で目玉と背中の石だけ変わってるんだ? アレがリージョンフォームのポケモンだってんなら、腹の石も全部白くなっててもおかしくねえんだけど……)

 

 ヤミラミたちが甲高い鳴き声を上げて飛び掛かってくる。

 全身筋肉痛だが、メグルはボールを彼ら目掛けて投げ付けた。飛び出したのはニンフィア。全体攻撃なら、これ以上ない適任だ。

 

「お前ら耳ィ塞げーッ!!」

 

 全員は耳に指を突っ込む。

 そして、ニンフィアはにやり、ととびっきり凶悪な笑みを浮かべると最大出力の”ハイパーボイス”を放つ。

 平原中が揺れた。木々も揺れる。

 あまりの音圧に、ヤミラミたちは蜘蛛の子を散らすようにして吹き飛ばされ、次々に逃げていく。

 どんなに姿が変わっても所詮ヤミラミはヤミラミ。1匹1匹の力は大したことは無い。相手がこちらより格上と知るや否や、皆まとめて逃亡してしまうのだった。

 更にルカリオが”てっていこうせん”、メテノが”パワージェム”をぶち込んでいき、他のヤミラミ達も逃げていく。

 

「何とか散らしたか……?」

「ふぃー……!」

 

 しかし、喜んでいる場合では無かった。

 知らぬ姿のポケモンの増殖は、島の──下手をすればサイゴクの生態系を揺るがす危機である。

 ゴマノハの顔は晴れない。一刻も早く原因を調査する必要がある、と彼女は考える。

 だが、当然これは彼女だけで成し遂げられる任務ではない。

 

「あのヤミラミは本来、洞窟で試練の相手を担うポケモンでござる。そして、洞窟の番人でもあるポケモン達でござる」

 

 ぎゅっ、と彼女は拳を握り締める。

 

「そうだったのか……!? じゃあ魔物ってのは、あいつらのボスだったのか」

「左様。しかし、あのように変異した姿、只事ではないでござるよ……」

「あいつらが出てきた原因に何か心当たりはないよな?」

「全く無いでござる。ヒャッキのポケモン……でもおかしくはないでござる」

「でも、ボクは違う気がするんだよね。あっちのポケモンって、もっとおどろおどろしいというか、過酷な環境に適応した姿をしているんだけど。あのヤミラミ達は、環境じゃなくて別の要因で変化したように思えるんだ」

「どういうことだ? アルカ」

「”石”だよ」

 

 彼女はバッサリと言った。

 

「──あいつらの背負ってる石。アレこそが、ヤミラミの変異した理由と言っても良いと思う。すっごく嫌な空気をあの石から感じたんだ」

「石でござるか……石……岩……まさか」

 

 ゴマノハは何かに気付いたように、岩山の方に目を向けた。

 

「岩に纏わる伝承ならひとつ。あるでござるよ」

「教えてくれ! 今は些細な事でも知りたいんだ!」

「で、でも──いや、今は迷っている場合ではござらん」

 

 意を決したように彼女は岩山へ歩を進めた。

 

「ご存じの通り……かつて流島は流刑地だったでござる」

 

 それは、罪を犯したものへの罰として。ある時は、敗戦者への罰として。

 彼らは何の頼りの無い無人島へと流され、そして野生ポケモンの餌食になって死んでいった。

 たとえ餌食にならずとも、待ち受けているのは確実な餓死である。

 そんな彼らは、どうにもならないという諦めと共に怨みを抱き、全てのものを呪った。

 

「──海岸には昔、白い大岩があったという。その岩は何故か年が経つごとに大きくなっていったという」

「何でそんな事が分かるんだ?」

「同じものが船渡しをしていたからでござるよ。まあ、皆与太話と言って……信じなかったでござるが」

 

 しかし、そのような目立つ大岩があれば、考えることは皆同じ。

 流された者達は、岩に自らの名前を刻んだのだという。

 誰が始めたのかは分からない。しかし、後のものも刻まれた名前を見て、自分も真似ようと後に続く。

 悔しさと怨みを込めて、流れ着いた釘を使って岩に名前を刻んでいく。

 そうしていくうちに、岩には多くの人間の呪いが籠っていった。

 

「その名も祟り岩! 間もなくクワゾメを飢饉や流行り病が襲ったという。すながくれ忍軍は、祟り岩を全ての原因と断じ、供養して島の奥底に封じ込めた」

「とんでもない呪物じゃねえか……!」

「じゃあ、祟り岩がヤミラミに影響を与えたってこと?」

「……それにしても、昔の人は何で祟り岩が原因って分かったんスかねえ」

「簡単でござる。祟り岩の周囲に、物の怪が集まっていたから……でござるよ。それらは皆、呪いにあてられておかしくなっていたとか」

 

 ゴマノハは思い返す。

 巻物に描かれていた物の怪の姿は──ヤミラミ達に酷似していた、と。

 

「じゃあ、あのヤミラミたちは……」

「祟り岩が目覚めたことで変異したのでござる……ッ!! 昔も今も全く同じでござるよ!」

「祟り岩由来で変異したリージョンフォーム……それがあのヤミラミ達って事ッスか!」

「放っておけないよね。祟り岩が目覚めてるままだと、いずれまたクワゾメに悪いものを運ぶんでしょ?」

 

 ゴマノハは頷いた。

 伝承が本当ならば、災いがクワゾメに降りかかる。

 祟り岩に込められた怨みはそれほどに大きなものだったのである。

 なんせ流島は流刑地。流されて命を落とした大罪人の数はあまりにも多すぎる。その中には無実の罪で投獄されたものも居るらしいのだから、始末に負えない。

 

(しかし、何故祟り岩が目覚めたでござるか……!? やはり先日の”赤い月”が……!?)

 

 そう考えていた矢先、ゴマノハは、この島の地下にもサイゴクの霊脈が貫いていることを思い出す。

 ”祟り岩”の事件があったのは500年前の厄災前であった。

 

(やはり霊脈は……この世にあってはいけないものなのではないか……ッ!?)

 

「それじゃあ早速岩山に急ごうぜ」

「ゴマノハさん……平気ッスか」

「──最早一刻を争うでござる。後に続くでござるよ」

 

 たっ、とゴマノハはいの一番に駆けだした。

 メグルとアルカもライドポケモンを繰り出す。

 アルカのモトトカゲは身体が大きいので、ノオトを後ろに乗せることも可能だ。

 

「ゴマノハさん、ライドポケモンは──」

「不要でござる。自分の足の方が速いでござるから!」

 

 しゅん、しゅん、と風を切るような音を立ててゴマノハは枝と枝の間を飛び移っていく。

 それをオドシシとモトトカゲが追いかけているような状態だ。

 

(生身であれだけの速度を……! やっぱ忍者すげぇ!)

(ってか、ゴマノハちゃん、人が変わったみたい……まるで、キャプテンみたいだ……!)

(……このまま何事もなく森ン中抜けられたら良いんスけど)

 

 森の中は慌ただしかった。

 周囲を見ると、ヤミラミ達が野生ポケモンに飛び掛かっている光景が見える。

 ただし、余程さっきの”ハイパーボイス”が効いたのだろう。

 メグル達に襲ってくる様子はなかった。ヤミラミという種族は単体では非力で臆病だ。

 喧嘩を売る相手を選ぶくらいには小賢しいのである。

 さて、森の中の行軍は特に危なげなく進んだ。先陣を切るゴマノハにメグル達は縦一列でついていく。

 途中何度かワナイダーのトラップに出くわしたものの、先んじてゴマノハがクナイで糸を切り裂き、的確に解除していったのでメグル達は一切罠にかかることなく進むことが出来たのだった。

 そして、彼らは岩山へとたどり着く。

 流島中央に座す牢獄山。かつて、重罪人は手錠を掛けられて、直にこの岩山の洞窟へ放り投げられたのだという。

 

「妙でござるな……道中、野生ポケモン達がこちらに向かって襲ってくる気配が無かった……!」

「皆、ヤミラミに気を取られてるのかな」

「恐らくはそうッスね。下手したら夜が明ける頃には皆、住処を追われてるかもしれねーッスよ。洞窟から出て来るって事は、昼の光も克服している可能性が高いッス」

 

 ヤミラミという種族は昼間を好まず、闇夜を好む。

 そのため、ずっと薄暗い洞窟の中に居るのが定石だ。

 しかし、外に出てきたということは、昼の光を嫌う性質そのものが変異した可能性が高い、とノオトは分析する。

 夜が明ければ外が明るくなることなど、本能で彼らは理解しているはずだからだ。

 加えて、祟り岩の怨念は彼らを目的無き憎悪に駆り立てる。その様を見て、メグルは言い知れぬ恐怖に襲われた。ヤミラミ達は自分が自分でなくなってしまったことにも気付いていない。

 

(カジッチュの前例があるものの、いざこうして目にするとイヤなモンだな……! 経緯が経緯なだけに……!)

 

 洞窟に入ると、穴だらけの部屋が彼らを歓迎した。

 採掘洞だけではなく、ポケモンが自力で掘り進めた穴なのだという。

 そのため、中は枝分かれしている。

 

「ヤミラミ達の暴走を止める方法は……もっと言えば、祟り岩の暴走を止める方法ってあるんスか?」

「分からない、先ずは辿り着いてみないことには……」

「キャプテンなら何か知ってたのかなあ……」

「……祟り岩の話など、昔話程度にしか思っていなかったでござるよ……あ、キャプテンもきっと同じでござる」

「ゴマノハさんは祟り岩を見た事あるんスか?」

「洞窟の最奥に、祟り岩はかつて清められて封じられたとされていると聞いただけでござる。わざわざ探しにいったことはないでござるが──」

「へっ、探し物ならコイツの出番だろ!」

 

 メグルはボールを放る。

 中からは、災いの気配を感じ取って険しい顔を浮かべたアブソルが飛び出した。

 

「アブソル! この洞窟で一際ヤバい気配がする場所を教えてくれ!」

「ふるーる!」

 

 飛び出した彼女は、メグル達を先導し始めた。

 しばらく、何もポケモンと出会うこともなく、彼らは進んでいく。

 しかし、アブソルの表情はずっと険しい。何か危険なものが纏わりついているのを察しているかのようだ。

 そして、数十分程経っただろうか。メグル達が緊張で身を強張らせながら洞窟を進んでいる中、漸くアブソルが足を止めた。

 

「ガルルルルル……!」

 

 アブソルは振り向き、天井を睨んだ。

 メグルはそれで全てを察する。敵は天井に居る、と。

 

「下がれ!!」

 

 メグルの声で全員は引き下がった。未来予知は忍者の察知よりも遥かに速く危機を知らせる。

 そして間もなく、ごろごろと音を立てて、敵が岩と共に降ってくる。

 ヤミラミ達だ。皆、背中に白い祟り岩を背負っている。

 

「これが……サイゴクのアブソルの未来予知でござるか……天井からは全く気配を感じなかったでござる……!」

「ボ、ボクもだよ……! 祟り岩の邪悪な気配が、今になって漂ってくる……!」

「ヤミラミは闇の住人。洞窟の暗闇に自分の気配を隠せるんスよ」

 

 ヤミラミは総出でアブソルに、そしてメグル達に飛び掛かる。 

 だが、未来予知でそれを察知している彼女に不意打ちは通用しない。

 すぐさま”シャドークロー”を地面から放ち、敵を皆突き刺すのだった。

 しかし、技を使うのにはそれなりに力が必要である。ましてや、複数体が相手ならば、猶更の事。

 故にアブソルはその間、未来予知を行う事が出来ない。後ろに居るノオトに災厄が迫っていることを予期することが出来なかった。

 

「よーし、こっちもルカリオで援護を──」

 

 そう言いだしたノオトの身体ががくん、と崩れる。

 無い。

 何も無いのだ。足元に。

 広がっているのは虚空。今まで歩いていた床など無かったと言わんばかりにぽっかりと穴が広がっている。

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

 

 突然の出来事に全員対応出来なかった。

 ノオトの身体が消えたのだ。もっと言えば、いきなりノオトの足元が奈落の落とし穴と化し、彼の身体はそこへ吸い込まれていったのである。

 

「ノオト殿!!」

 

 すぐさま飛び出したのはゴマノハだった。しかし、手を掴むことは叶わず、彼女も落とし穴の中へと落ちていく。

 穴は想像以上に深く、2人の姿はすぐに見えなくなった。そして、周囲では祟り岩を背負ったヤミラミ達がケタケタと笑い声を立てている。

 彼らは祟り岩の化身。背中に背負った岩は擬態の為の道具でもある。

 崩れて穴が開いている場所で床に擬態し、足を乗せた獲物がやってくるなり擬態を解除して突き落とすことを平然と行えるのだ。

 その目的は、獲物を捕らえるためですらなく、ただただ対象に危害を加えるため。言ってしまえば悪戯でしかなかった。

 

(あそこに足場なんて最初っから無かった!! ずっと穴が開いてたんだ!! それを奴等──!!)

 

 擬態している間、ヤミラミは一切の気配を消せる。天井のヤミラミは最初から囮でしかなかったのである。

 

「うっ、ウソでしょ!? 落ちちゃった!? ノオト!? ゴマノハちゃん!?」

 

 いきなり後方が奈落の大穴と化したことに、アルカは困惑と恐怖を隠せなかった。

 仲間が二人、穴に落ちてしまい、消えてしまったのである。その衝撃は余りあるものであった。

 

「フルルルル……!!」

 

 漸く押さえつけていたヤミラミ達を昏倒させたアブソルが、穴の周りで笑っているヤミラミ達を”シャドークロー”で一刺し。

 だが、彼らを倒しても、落下したノオトとゴマノハが戻ってくることはない。

 

「おーっっっい!! 大丈夫かーっ!?」

「聞こえるーっ!? ねえ、返事してよーッ!?」

 

 メグルとアルカは大穴に向かって叫ぶ。

 しかし、二人の声が聞こえてくることは無かった。

 

「ま、まさか……!」

「……バカ言え!! ノオトの奴が、これしきでくたばる訳ねえだろ!!」

 

 メグルも口では言っているが、心臓はバクバクだった。

 一瞬の出来事に、誰も対応することが出来なかったものの、仲間をもし失ってしまったら、と思うと気が気でなかった。

 

「俺達も降りよう」

「オトシドリに乗れば、何とか……!」

「よし、ライドギアなら俺が使える。俺が運転する」

 

 アブソルをボールに戻し、代わりにアルカがオトシドリを繰り出した。

 このサイズならば二人共乗ることが出来る。

 

「にしてもなんつーポケモンだ……! 床の岩に擬態して、相手を落とすだなんて……!」

 

 そう言ってメグルが穴を覗き込んだその時だった。

 彼の脳裏に──突然、黒く大きな目が過る。

 

【──の くろいまなざし!!】

 

 身の毛のよだつ気配と共に、2人は思わず振り向く。

 それは最初から居たかのようにメグル達を背後から覗き込んでいた。

 オトシドリは怯えながら震え、アルカは突如現れた()()に声一つ出すことも出来なかった。

 

「まさか、コイツが……”魔物”──!?」

 

 ──全長3メートル。

 腹に大量の宝石が浮かび上がったヤミラミが、舌なめずりしながらメグル達を見下ろしていた。

 

 

 

【──メグル達は 逃げられない!!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話:遭遇戦

致命的な誤字がありましたが、無かったことにして忘れてください。修正済みです。
(2月11日)


「ウラミィィィィィィィーッッッ!!」

 

 

 

 

 甲高く叫んだ”魔物”はメグルに飛び掛かり、地面に押し倒した。

 更に口を開けて”パワージェム”を放ち、オトシドリを吹き飛ばす。

 

「オトシドリ!? 戻って休んでて!!」

 

 引っ込めると、大口を開けた”魔物”がメグルの頭を齧ろうとしている。

 最悪とも言える状況にアルカはすぐさまボールを繰り出す。

 しかし、投げ付ける対象を見てしまった瞬間、悪寒が彼女を襲った。

 無理もない。”魔物”が背負っている祟り岩は、これまで現れたヤミラミの比ではない大きさであり、ご丁寧にしめ縄まで巻かれている。

 アケノヤイバやヨイノマガンみたいな突然変異種ではない。”魔物”自体は今までに何度も捕まってるので、結局の所何処までいっても”魔物”は大きなヤミラミでしかないのである。

 しかし、問題は腹の中に取り込んだ大量の宝石と、背中に背負われた巨大な祟り岩。この二つが相互に作用した結果、ヤミラミに尋常ではないオーラを纏わせた。

 

(祟り岩の力がこれまで以上に強い──テングの国の呪具みたいだけど……こっちの方がよっぽど気持ちが悪い……吐きそう……どれだけ多くの人間の恨みが籠ってるの!?)

 

 胸を抑え、旅仲間のメグルの危機に身体を無理矢理動かしてボールを投げ──彼女は叫ぶ。

 

「──ナカヌチャン”でんじは”!!」

 

 飛び出したナカヌチャンは大槌を握り締め、飛び出したヤミラミの頭目掛けて振り下ろす。

 微弱な電気が流し込まれ麻痺した”魔物”は思わず仰け反り、メグルから離れる。

 

「あっぶねっ……助かった……!」

 

 そう言ってメグルがヤミラミの拘束から逃れ、走ったその時。

 

 

 

【ヤミラミの じゅばくがん!!】

 

 

 

 お返しと言わんばかりに”魔物”の岩の目が不気味に光り、アルカの両の目を捉える。

 どくん、と彼女の左胸が脈打った。

 頭に流れて来るのは、この島の風景。

 そして、脳髄を反響するのは無数の恨み辛みだった。

 

 ──私は無実……無実なのに……!!

 

 ──おのれ、クワゾメの忍者め、許さんぞ……末代まで呪ってくれる……!!

 

 ──あいつめ、俺をハメやがった……!!

 

 ──俺ァ何にも悪い事ぁしてねえ! 女子供だって数える程しか殺してねぇよ! 薬と女売った金で商いやってただけじゃねえか! 俺は悪くねェ!

 

(頭にッ……声が……!!)

 

 祟り岩にはひっかいたような傷が無数に付けられており、それが妖しく輝いている。それは、かつての咎人達が自らを投獄した者達を呪う為に刻んだ名前の数々であり、その呪力を以て”魔物”の意識を乗っ取り、そして強化しているのだ。根源となるのは、この流島で命を落とした咎人達の恨み。

 ”じゅばくがん”を受けたアルカは、虐待されていた頃を上回るほどの悪意の塊に心が曝され、既に立つことが出来ない程に疲弊しきっていた。

 肌が普段から青白いのに、メグルでも気づく程に血の気が失せて真っ白になっていた。

 そして、それを”魔物”が見逃すはずもなかった。祟り岩に意識が引きずられている”魔物”は、元よりポケモンに興味など無い。

 かつて島流しに遭った者達が怨みを抱いている相手はいずれも人間なのだから。

 人には人が苦しむ様を己の事のように見せるのが一番効く、と祟り岩の魔物は知っている。容赦なく呪眼の力を強めていく。

 

 ──嫌だぁぁぁぁ!! こっちに、こっち来るな!! ぶげっ──

 

 ──う、腕が、腕がねぇよ!! はっ、あっ、追いかけて来る──殺される──ッ!!

 

 ──畜生、俺が何でこんな、目に……あっ、ああ……!!

 

 ──重罪人は此処から落とす!? やめろ!! こんな所から落とされたら、俺死んじまうよ!! 助け──あああああああああ!!

 

 悲鳴が、恐怖が、絶望が、怒りが、そして──最期の光景が。

 次々のアルカに襲い掛かる。それをまとめて叩き込まれた彼女は跪いて頭を垂れた。

 

「うぇぷ……!?」

 

 もう声も出なかった。口をふさがなければ、胃の中のものが帰っていた可能性すらあった。

 

「アルカ!? おい、どうしたんだ!?」

「カヌヌ……!?」

 

 メグルが駆け寄る。

 ナカヌチャンが振り返り、心配そうな声を上げる。

 何が起きたのか彼らには何も分からない。

 だがそれを、アルカは手で制す。

 

「ッ……ナ、ナカヌチャン……ラスターカノンでトドメを……!」

 

 それでも、アルカはナカヌチャンに指示を出そうと手を振り上げる。

 こくり、と頷いたナカヌチャンは大槌にエネルギーを込めて、一気に解き放った。

 眩い光が洞窟の中を照らした。

 

【ナカヌチャンの ラスターカノン!!】

 

 想定外の一撃を受けたことで”魔物”は仰け反る。

 岩とフェアリータイプを併せ持つこのヤミラミに、鋼技は4倍弱点。大ダメージは避けられず、岩盤に叩きつけられる。

 しかし、その場で魔物は倒れず、メグル達を睨んでケタケタと笑ったかと思うと──そのまま逃げてしまうのだった。

 

「一先ずは終わったのか……おいアルカ、大丈夫か……!?」

「へーき、です……ノオト達を探しにいきましょう……!」

 

 全く平気では無さそうな様子で彼女は言った。

 立ち上がることも出来ない程に、彼女はやつれていた。

 

(普通じゃない……あのヤミラミ、絶対何かしやがったな……!)

 

「ダメだ、そんな状態で行かせられない!」

「……それなら、ボクを此処に置いて──」

「行ける訳ねえだろ! ダメったらダメだ!」

「でも、ノオトとゴマノハちゃんが……!」

 

 がっ、とメグルは彼女の肩を掴む。

 

 

 

「──ちったぁ自分を大事にしろ、お前はッ!! お前が倒れたら、俺は──」

「ッ……」

 

 

 

 びくり、と彼女は体を震わせ──目を逸らした。

 洞窟に怒鳴り声が反響し、メグルは自分でも思っていなかった程に大きな声が出てしまったことに驚いていた。

 

「……ごめん」

「いえ……ボクこそ……」

 

 彼女を洞窟の壁に寝かせる。

 顔を見れば分かるほどに憔悴していた。

 

「……こんな事してる場合じゃないのに。ノオトを……助けなきゃいけないのに」

「もういい、じっとしてろ。落ち着くまで寝てていい」

「……ボクの所為で、ノオトが死んだら……」 

「言っただろ。あいつがあれくらいで死ぬタマかよ。ゴマノハさんだって助けに行ったんだから。きっと大丈夫だ」

 

 そう言ってあげるしか、メグルには出来ない。

 今のアルカは、ノオトが落下したショックと祟り岩によって二重に精神に傷を負っている。

 少しでも安心させて癒してやるしかない。それが無責任なものであると分かっていても。

 

「……今だけで良いから……ワガママ、聞いてくれないですか?」

「ダメだなんて言わねーに決まってんだろ」

「……そうですね」

 

 彼女は自らの頭をメグルの胸に預ける。体温が直に伝わってきて、ばくばくとしていた心臓の音がだんだん落ち着いていく。

 

 

 

「本当は……とても怖かったんです。しばらく、このままで居てください……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ああああああーッ!! 落ちるゥゥゥーッ!?」

 

 

 

 落下するノオト。

 しかし、そこに更に勢いよく垂直に降下するゴマノハが横切り、彼の身体を右腕で掴む。

 そして、左手の袖から鉤付きロープを吐き出すと突き出した岩の破片に引っ掛けるが、二人の体重と落下時の勢いも合わさって耐えられるはずもなく、あっさりと砕けてしまう。

 

(ッ……このままでは両方共ぺしゃんこ……それにしてもこの大穴、深いッ……!!)

 

 使えるものは何でも使うつもりでゴマノハは視界に入るもの全てを瞬時に観察していく。

 そして、すぐさま彼女は空中で一緒に落下するボールを見つけた。

 ゴマノハはメテノを出していないので、あの中に入っているのはルカリオしかいない。

 

「ノオト殿、拙者に掴まっておくでござるよッ!!」

「そんな事言われても──!?」

「良いから!!」

「あーもうっ、ヤケッス!!」

 

 ぎゅうっ、とノオトはゴマノハにしがみついた。

 そして彼女は右手の袖から鉤付きロープを吐き出す。

 

(当たれッ──!!)

 

 ノオトも一瞬のうちに彼女の意図を理解したのか目を開く。

 鉤の先端は勢いよく伸び、ボールのボタンを正確に押し、中からルカリオが飛び出して来る。

 

「ノオト殿、今でござるッ!!」

「──ルカリオ、サイコキネシスでオレっち達の身体を止めるッス!!」

 

 ルカリオはすぐさま崖登りに適した掌と脚で壁に貼り付くと、目を発光させ、ゴマノハとノオトの身体を念動力で静止させる。

 ふわり、と二人の身体は浮き、そのまま壁の足場になりそうな場所まで動いていくのだった。

 二人は壁に手と足を引っ掛け、漸く落ち着くことができた。

 既に床下が見える位置まで落ちていたようである。そして──穴の向こうは遠く、暗く、メグル達の姿は見えない。

 

「ッ……何とか助かったッス……サンキューッス、ゴマノハさん。命の恩人ッス」

「ふふっ、忍者でござ……る……から」

 

 二人の目が合った。

 まだ、ノオトはゴマノハの身体にしがみついたままだ。 

 だからお互いの顔がとても近い。それに気付いたのか、ゴマノハの顔は首の下から真っ赤になっていく。

 

「ぴっ……!」

「……ゴマノハさん?」

「え、えとっ、そろそろ腕、離して貰ってもぉ……!?」

「あっ、わりぃッス」

 

 何の気もなしにノオトは壁に手を引っ掛けて彼女の身体から離れる。

 こうしてゴマノハの心臓は守られた。

 

(べ、別の意味で死ぬかと思ったでござる……キョドって変に思われてたらどうしよう!)

 

「にしても、こっから崖登りか……メグルさんたち大丈夫かなあ」

 

(そしてノオト殿は何とも思っていないのでござるか!? 無駄にドキドキしているのは拙者だけ!? 酷いでござるよ!)

 

「あータンマ。やっぱ無理っぽいッスね、崖登り」

 

 ケタタタタ、と笑い声が響き渡る。 

 岩肌が音を立てて動き出し、ヤミラミ達が姿を現した。

 倒せるのは倒せる。だがそれはそれとして近付きたくなさが先行した。

 奴らの放った岩が頭に当たったらどうなるか想像出来ないノオトではない。

 

「……あいつら近付いたら100パー岩投げてくるッスよ」

「最の悪でござるな……オトシドリとどっこいどっこいでござる」

 

 二人はやむを得ず下層へ飛び降りた。

 そこは、人の手が入ったように綺麗だった。 

 

「──坑道でござるな。昔、此処でメガストーンの採掘が行われたことがあったでござるよ」

「ああ、確か……事故で監督が死んで、プロジェクト自体がオシャカになったっていう」

「……先々代のクワゾメのキャプテンが推し進めていたのでござる」

 

 坑道が崩れた上に、当時の監督が落石で死亡し、計画は立ち消えとなったのだと言う。

 サイゴクの霊脈が島の下にも通っていることが判明したのは、事故が起こった数年後のことだった。

 それ以来、流島では人の手が加えられるような開発は行われていない。

 

「サイゴクの霊脈は……一体何なのでござろうな、ノオト殿」

「何と言われても、サイゴクの自然の根幹を成す大事なものっしょ? 山の神様の不思議な力ッス」

「拙者達は小さい頃から霊脈を不可侵のものとし、その境界を守るものとして教えられるでござる。でも、本当は霊脈自体が我々を脅かすものということは──」

「──だとしても、オレっち達にできることなんて何もねぇっしょ」

 

 極めてドライにノオトは言った。

 年少者ではあるが、何処か諦めたような乾いた一面を彼は時折見せる。

 

「人間、どうしようもねーことなんて沢山あるんスよ。霊脈があろうが無かろうが、自然が本気で牙を剥けば人もポケモンも簡単に死ぬんス」

「あっ……それは……」

 

 先代が”祟り”で死んだノオトには、そのような無常観が備わっていた。どんなに栄えようが、自然や超常現象の前では全ての生き物は無力なのである。

 故に、そこを心配している暇があるならば、先ずは己を見つめ直して鍛えるべき、と彼は考える。

 

「どうしようもねーことより、どうにかできそうな目の前のことに全力でぶつかるモンなんスよキャプテンは」

「……ノオト殿らしいでござるな」

「ま、その女の子に助けられたのはオレっちッスけどね……はぁーあ、不覚ッス」

 

 これでは格好がつかない、とノオトは溜息を吐いた。

 

「アレは仕方ないでござるよ……一歩間違えたら、落っこちてたのは拙者だったでござる」

「穴がいっぱい空いてるッスね……メグルさんたちまで落ちてきたらどうするんスかね」

 

 この道は、入り口が潰れたことで入れなくなっていた大坑道だ。

 しかし、壁には穴が開いており、洞窟のあちこちから繋がっていることは想像に容易かった。

 仕方が無いので、進みながら二人は上に戻れそうな道を探すことにしたのだった。

 

「ゴマノハさん、他にポケモン居ねーんスか」

「実は他のポケモンは忍者達に取り上げられてしまって……」

「はぁーっ!? おやしろの忍者達はゴマノハさんをキャプテンにでもするつもりッスか!?」

 

 これでもノオトは、キリが相手でなければおやしろの忍者たちは楽々と蹴散らせる自信があったし、事実彼と有象無象ではそれだけの実力差がある。

 

「そ、その代わり、キャプテンの育てたメテノが居るでござるからぁ……」

「ぜってー抗議してやるッス、後で。無茶苦茶ッスよ」

「……あははは……あんまり拙者の事で怒らないでほしいでござる……忍者の世界に甘さは無用! ……でもやっぱりちょっと恨んでるでござる」

「よーし、そうと決まったら、帰ったら忍者共にガツンと一発言ってやるッスよ! 大体、こういうイレギュラーがあるから──」

 

 おやしろへ文句を言う事を胸に曲がり角を進んだその時だった。

 不自然に石ころが目の前に転がっている。

 侵入者を察知したそれらは、次々に闇の小人へと姿を変えていく。

 

「……ノオト殿、これって」

「……まさか」

 

 ぴきぴき、と音を立てて天井、そして床からヤミラミ達が現れる。

 1匹や2匹ではない。数十匹単位の群れが、ノオトとゴマノハを取り囲んでいた。

 この瞬間になるまで、ルカリオでさえも存在を感知することが出来なかった。

 洞窟は完全に彼らのテリトリーだ。

 

「拙者達、最初から誘い込まれていたでござるか!? 此処まで知能が高かったでござるか、ヤミラミは……!?」

「……悪いことは続くモンッスね……!」

 

 

 

「──おや、どうやらそうでもないようだぞ?」

 

 

 

 その時だった。目の前に紫色の海が現れ、ヤミラミ達をヘドロの海に飲み込んで、次々に倒れ伏せさせていく。

 しばらくするとヘドロの海は跡形もなく消え去り、後に残ったのは倒れたヤミラミ達であった。

 そして、昏倒したヤミラミの1匹を声の主が腕を掴んで拾い上げる。

 ノオトは身構え、ゴマノハも殺気立った。

 怒り顔の仮面をつけた忍者──ドクグモだ。

 

「……曲者でござるか。クワゾメの者ではないでござるな」

「何、そう怖い顔をするな。貴様も知っているだろう? この島のヤミラミはパワーストーンを好んで食す。多くは消化され、成分だけが体表に浮き出る……」

 

 そう言ってドクグモはヤミラミの腹に浮かび上がっている石の1つを掌で掴んだ。

 ヤミラミが消化しきれない程の力を持つパワーストーンはこうしてそのまま体表に出てしまうのである。

 こうして半ば異物であり、半ば体内の器官となった宝石は、外からの力で引き抜こうと思えば簡単に引き抜けてしまうのである。

 

「メガストーンとポケモンは惹かれ合う。運が良かったな、小童。これは……貴様の求めるルカリオのメガストーンのようだぞ」

「んなバカな──」

「……いや、合ってるでござるよ。この島でメガストーンを探す一番手っ取り早い方法は、メガストーンを食べたヤミラミを探すことでござる」

 

 ドクグモは丸い宝石をノオトに向かって投げ、彼はそれを受け取った。

 思わず目を凝らしてみるが、彼に宝石の真贋は分からない。

 ゴマノハはそれをひったくるように手に取ったが、ブービートラップのような類は見つからず、そしてメガストーン自体も本物であることを確認した。

 

「……ルカリオナイト……ルカリオ専用のメガストーンでござるよ」

「ッ……偶然にしちゃ出来過ぎてねえッスか!?」

「偶然ではない。これもまた、サイゴクの霊脈とやらの力なのだろうな。力は持つべき者の手に渡る……ということらしい。違うか? クワゾメの忍者」

「……ッ」

 

 彼女は頷く。肯定するしかなかった。ゴマノハもまた、そうやって教えられた。

 メガストーンとポケモンが引き合う現象など、他の地方では見られない。

 しかし、霊脈の通るこのサイゴクでは、この理屈が罷り通る。地脈には霊気が満ち溢れ、石には意志が宿るという。否、石だけではない。全ての万物には何らかの意思が宿る。それが、サイゴクに伝わる教えだ。

 

「……こんな事で霊脈の力を実感したくなかったッスね──これをオレっちに渡してどういうつもりッスか」

「何、此処で争うのは得策ではない。互いに道に迷った身ではないか」

「ハァ?」

「これで手打ちにしようというのだ。一旦、協力しないか?」

「……ハッ、大方そっちも迷ったんスね。情けねえとは思わねえッスか?」

 

(迷った? とてもそうには見えない。この忍者、ヤミラミだらけの洞窟で服に傷一つ見えないでござる……ッ! 何より、ヤミラミ達の感知を掻い潜って隠れていたのはどういったカラクリ……!?)

 

 ゴマノハは、ドクグモの底知れなさに恐怖した。ヤミラミを一掃したモルフォンの実力もさることながら、この男自身も相当の手練れであることが立ち振る舞いだけでも理解できた。

 

「──冗談じゃねーッスよ。このメガストーンは返すッス。オメーから受ける施しなんてねぇッス!!」

「ほう。ではどうするのだ?」

 

 ノオトはメガストーンを投げ返し、代わりにボールを目の前に放る。

 ルカリオが飛び出し、臨戦態勢に入った。

 

「──テング団に与するようなヤツ、放っておくわけねえだろが! 此処で森の借りを返すッスよ! そして、メガストーンは勝ってオレっち達が手に入れる!」

「ガルルルッ!!」

「ファ! ファ! ファ! 敵から受け取ったメガストーンなど使えぬか。この島での生活で潰れて軟弱にはなっておらんかったようだな」

「たりめーっしょ。此処からは出る。メガストーンも手に入れる。そんで、あんたもブッ叩く!!」

「ノオト殿……」

「心配無用ッス! 一度負けた相手に負けるような、ヤワな特訓してねーッス!」

「……威勢の良い小童であるな! しかし……」

 

 ドクグモはモルフォンを引っ込め、代わりのボールを目の前に投げ込む。

 飛び出したのは、四足歩行の蛙のような姿をしたポケモンだった。その背中には巨大な花が絢爛と咲き誇っている。

 自然とそれは重厚な威厳を香らせ、ノオトとルカリオの前に君臨する。

 そのポケモンの頭部にはプロテクターが装着されており、そこに煌めく丸い宝石が埋め込まれている。

 

(メガストーン……! あの忍者、メガシンカの使い手でござるか!?)

 

「フシギバナ……ッ!? ちっ、面倒なポケモンッスね……!」

「──威勢ばかりで中身が伴っていなければ花は咲かぬよ!」

 

【フシギバナ たねポケモン タイプ:草/毒】

 

 フシギバナが咆哮すると共に、ドクグモはクナイを取り出し、そこに埋め込まれた宝石に触れる。

 キーストーンとメガストーン・フシギバナイトが反応し、遺伝子の力を超越した進化、そして生命の真価を此処に生み出す。 

 

 

 

「──フシギバナ、メガシンカ──ッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話:徹底抗戦

【メガフシギバナ たねポケモン タイプ:草/毒】

 

 

 

 ──毒タイプのメガシンカポケモンはたったの3種類。

 そのうちの1体がフシギバナのメガシンカ。花弁は更に大きく成長し、脂肪は分厚く硬くなる。

 そして、見た目に反するその素早さから戦場を飛び跳ね回り、眠り粉をばら撒きながらルカリオに迫る。

 先程の戦いで粉によって自身が痺れさせられたことから、既にノオト自身は布で口元を覆っているが、気休めでしかない。 

 まともに浴びせられれば眠ることは避けられない。

 一方、ルカリオも粉へ警戒を強めているからか、高速で動き回り、粉塵を吸わないように立ち回る。

 

「ゴマノハさん、手出しは無用! 此処はオレっちに任せてほしいッス! ……コイツは、オレっちが倒す!」

「し、しかし──」

「眠れば無抵抗! さあ、フシギバナを前にどう戦う!?」

「近距離戦は不利──ッスね!!」

 

 口元を手で覆いながら、ノオトはルカリオに下がるよう指示し、距離を取らせる。

 近付けば眠り粉の餌食。ならば、遠距離から戦うまで。

 

「──こっち来ンじゃねえッスよ!! ”サイコキネシス”!!」

 

 巨体が持ち上がった。

 そのまま、ドクグモの方目掛けてフシギバナは物理法則を無視して吹き飛ばされていく。

 土煙が上がり、敵の姿が見えなくなるが、毒にエスパー技は効果抜群。

 メガフシギバナでさえも大ダメージは避けられない──とノオトは考えていた。

 しかし。

 

「”だいちのちから”」

 

 ──直後、ルカリオの足元が赤く熱され、爆発する。

 弱点の地面技を受けたことで崩れ落ちるルカリオ。

 ノオトは思わず土煙の方を睨んだ。メガフシギバナは、大したダメージを受けた様子が見られない。

 

「──メガフシギバナの特性は”あついしぼう”……それによって弱点はエスパーと飛行のみになる」

「ッ……で、でも、弱点は突いたはず……!」

「尤も、弱点を突かれたところで簡単に倒れるフシギバナではないがな。さて、そちらのルカリオはどうだ?」

「ぐッ──!」

 

 次は無い。

 ルカリオは紙装甲よりはマシ程度の耐久力しか持たない。

 フシギバナのように弱点技を何度も耐えることは出来ないのである。

 どのようにしてこの要塞を落とすか、とノオトが思案を巡らせる中、ゴマノハが叫んだ。

 

「メテノ、”パワージェム”でござる!!」

「ッ……!? 手出しは無用と──」

 

 だが、遅れて爆音が洞窟の壁側から響き渡る。

 メテノが狙ったのはフシギバナではない。

 岩陰に隠れていたアリアドスだ。パワージェムを食らったものの、一撃では沈まないアリアドスは、そのままメテノに向かって糸を吐きかける。それをメテノが躱し、戦闘が始まった。

 

「さ、差し合いじゃなかったんスか……!?」

「……流石だな、クワゾメの忍者よ。一方、お前は甘すぎるな……イッコンのキャプテン。相手が正道で戦う保証など何処にある?」

「──くぅっ……!」

「ノオト殿! 邪魔者はこちらで片付けるでござる! ……負けちゃダメでござるよ」

 

 ぎりっ、とノオトは歯を食いしばった。

 ドクグモとの戦いに気を取られ、奇襲を仕掛けようとしていたアリアドスに気付かなかった。

 そればかりか、ゴマノハに気を遣わせてしまった。姉ならばきっと、ドクグモの策も一瞬で気付いていたはずだ、と己を責める。

 

(こんなんで、本当に勝てるのか、フシギバナに……!!)

 

 彼が目を伏せたその時だった。

 いきなり、彼の頭は吹き飛ばされた。殴られたのだ。

 思いっきり身体は吹っ飛び、地面に叩きつけられる。

 何が起こったか分からない、といった様子で彼は起き上がると──怒った顔でルカリオが睨んでいた。

 

「ガルルルルル……ッ!!」

「ル、カリオ……?」

 

 頬を摩りながら──ノオトは気付く。自分はルカリオに殴られたのだ、と。

 彼は波動を通じて彼の心を読み取ることができる。故に感じ取ったのだ。ノオトの弱気を。

 

「……わりぃ、ちょっとヘラってたッス」

「ガォン」

「オレっちがこんなんだったら、オマエは一体誰を信じて戦わなきゃいけねーんだって話ッスよね」

 

 ルカリオは頷く。

 

「……ルカリオ。気持ち切り替えるッスよ!!」

 

 ゴマノハが繋いだチャンスを無駄にする方が彼女への侮辱となる。

 ノオトは叫ぶ。「サイコキネシス!!」と。

 フシギバナの身体は再び浮かび上がり、地面へ叩きつけられた。

 しかしそれでも尚、要塞が沈黙する様子はない。

 すぐさま持ち前の素早さでルカリオに突貫していく。

 

(目つきが変わったな小童……!)

 

「──毒技は効かぬが……これは効くだろう! ”やどりぎのタネ”!!」

 

 ぽんっ、と音を立てて花弁から大きな種が飛び出し、ルカリオを狙う。

 そこから蔓が生えてきて、ルカリオの身体を絡め取り、壁に貼り付けた。

 

「さあ、どう避ける? ”だいちのちから”!!」

「ルカリオ、足元に”はどうだん”!!」

 

 ルカリオは脚を上げると、そのまま赤熱した床に”はどうだん”をぶつける。

 技と技は相殺し合い、爆発する。

 何とか致命的な一撃を避けることこそできたが、ルカリオは未だに壁に縛り付けられたまま、そしてやどりぎは彼の体力を奪い続ける。 

 

「壁に向かって”はどうだん”をブッ放すッス!!」

 

 今度はルカリオは壁に掌を当て──エネルギーを爆発させる。

 その勢いでやどりぎの蔓は千切れ、ルカリオは地面に降り立った。

 だが、再び足元が赤く熱され、爆ぜる。今度は直撃を受ける前にルカリオは天井へと貼りついたが、このままでは消耗する一方であった。

 

「──成程。良い技の使い方だ! しかし……もうまともに戦う体力も残っていまい!」

「サイゴクのキャプテンを──ナメるなッ!! ルカリオ、天井を思いっきり蹴ってサイコキネシス!!」

 

 ノオトの目を見て、その意図を理解したのか、ルカリオは思いっきり天井を蹴り飛ばし、フシギバナ目掛けて突貫するが避けられてしまう。

 だがそこでドクグモは気付いた。砕けた天井の破片が落ちて来ない事に。

 フシギバナが移動した先に──鋭利な刃物と化した岩の破片が、物凄い勢いで降り注ぐ。

 それはフシギバナの身体ではなく、技を放つ上で重要な器官となる花弁の中央に突き刺さったのだった。

 当然そこには神経が通っており、フシギバナは痛みで悲鳴を上げる──

 

「フシギバナの花は回復にも攻撃にも使う! 言わば、第二の()とも言える場所ッス!」

「ほう──”サイコキネシス”で動かしたのはフシギバナではなく、岩の破片かッ! 良い技の使い方だ!」

 

 その一瞬が隙となる。怯んでしまえばこちらのもの。

 専門タイプではないルカリオは、強力な念動力を連発することが出来ない。

 故に、最後の攻撃は彼が最も得意とし、最も威力を出せる技を指示するしかなかった。

 だがそれでもこの時、ノオトはルカリオを信じ、ルカリオもまたノオトを信じていた。

 

「これで最後ッス!!」

 

 ルカリオの両掌が鋼色に染まる。

 そこに、光が集まっていくと共に、一瞬でフシギバナに距離を詰める。

 

 

 

「──”てっていこうせん”!!」

 

 

 

 苦悶に満ちた顔面に、短時間で限界までチャージされた光の波動が叩き込まれた。ルカリオの肉体の限界さえも超越する必殺の一撃。

 間もなく大爆発が起き、岩が、そして砂煙が巻き起こる。巨体はぐらりと揺れて──その場に倒れ込んだ。

 アリアドスに集中していたゴマノハも、爆音で思わず振り返る。

 フシギバナのメガシンカは解除され、そのまま白目を剥いて昏倒してしまっていた。

 

「……やはり、若い者の力は面白い」

 

 砂煙が晴れた。

 ルカリオはフシギバナの前に立っていた。

 しかし間もなく、ぐらりと身体が揺れると、地面に倒れてしまう。

 それをノオトはボールに戻す。

 そして、ほぼ同じタイミングでメテノが”パワージェム”の狙撃でアリアドスの急所を撃ち抜いたのだった。

 

「……相討ち──でござるか……!」

「……よくやったッス、ルカリオ」

 

 ”てっていこうせん”は反動でダメージを受ける技。

 ルカリオの残り少ない体力では耐えられなかったようだった。ノオトにはもう、戦えるポケモンは残っていない。

 

「……また、負けたッスね」

「いや──メガシンカしたフシギバナを、メガシンカせずに倒す──この時点で十二分に貴様はキャプテンたる素質を持っている! ファ! ファ! ファ!」

 

 何処か満足した様子でドクグモはフシギバナをボールに戻した。

 そして、豪快に笑い飛ばすのだった。

 

「……これだから、若い芽の成長を見るのは楽しくて仕方がない! カントーからわざわざ遠出してきた甲斐があったというもの!」

「……カントー? インディー系忍の里”どくがくれ”出身じゃ──」

「いや、よくよく考えても忍の里にインディー系とかないでござるよ!? どくがくれとか拙者も知らないでござる!?」

 

 ゴマノハが慌てふためく。

 となればやはり、これまで語った彼自身の経歴は全てウソ、出鱈目。

 

「あんた、本当に何者ッスか!? 初めて会った時だってやろうと思えばオレっち達二人を殺せたッスよね!?」

「フッ。まだまだ、拙者の技も衰えていないということだな」

 

 そう言って、ドクグモは仮面を外す。

 その顔を見て──ゴマノハも、ノオトも目を見開いた。

 仮面の下は、白髪交じりの不敵な笑みを携えた初老の男性だった。

 

 

 

「改めて──お初にお目にかかる。拙者はキョウ! ポケモンリーグ本部・四天王の一人だ」

 

 

 

 ある程度の実力を持つポケモントレーナーで、その名前を聞いたことがない者は居ない。

 サイゴクと地続きになるカントー地方のポケモンリーグ本部は、ポケモントレーナーにとって最高峰とも言える場所。目指すべき頂点だ。

 そこで挑戦者を待つ4人の番人、それが四天王である。メディアでも強者として取り上げられることが多く、サイゴクでも彼の名と顔を知る者は多い。

 田舎のサイゴク民からすれば、彼は都会の有名人であった。

 

「な、ななななななな!? 四天王ォ!? マジの!?」

「ぴっ……!?」

 

 ゴマノハはすぐさまノオトの後ろに隠れてしまう。

 

「ど、どうしたんスか、ゴマノハさん!?」

「しょ、初対面の人と目、目が合うと、恥ずかしいでござる……」

「すいませんキョウさん、この人仮面があった方が喋れたらしいッス」

「ファ! ファ! ファ! 先程までは勇ましかったのに、聞きしに勝る照れ屋のようだな! 先代のキャプテンから聞いていた通りだ」

「先代──って、ウルイさんッスよね。知り合いだったんスか!?」

 

 ──クワゾメタウン先代キャプテン・ウルイ。

 キリの父親にして、岩使いのプロフェッショナルだ。

 岩ポケモンは鈍重であるというイメージからはかけ離れた高速戦闘を得意としていた。しかし、病によって3年前に急逝。その後、彼の子供であるキリがヨイノマガンに選ばれたことで後任となったのである。

 

「かつて修業時代に何度か戦ったが、素晴らしい岩使いであった。かつては岩の如き堅物だったが……最後に会った時には立派な親バカになっていて驚愕だったわ!」

 

 まあ人の事は言えんのだがな、とキョウは続ける。

 目を瞑ると、今でも彼の事を思い出すかのようだった。

 

(……せめて、もう一度会いたかったが……お前の意志を継いだ結晶、確かに実っていたようだな)

 

「んで、その四天王が何でこんなところに……!? オレっち達を、試したんスよね……!?」

「そうなるな。()()()()()()()を鍛えてやってくれ、と頼まれたのだ」

 

 ぱちり、とキョウはゴマノハの方に向かって茶目っ気のあるウインクをしてみせる。

 それで彼女は全てを察し、恨むような顔を浮かべたのだった。

 

「……あいつらぁ……帰ったら覚えとくでござる……」

「ゴ、ゴマノハさん、すっげー怖い顔してるッスよ?」

「何でもないでござる……! 何でも……!」

「拙者も年を取ったが──やはりまだまだ老けている場合ではないな。久々に気勢のある若者に出会えてよかった」

「きょ、恐縮ッス!! こっちこそカントーの四天王に稽古を付けて貰えたなんて、光栄ッス! いつか、本気でバトルしてもらえるよう、オレっち精進するッス!」

「ファ! ファ! ファ! ……どうやら()()()()()()しておいた方が良さそうだな」

「……ぬぐぅ」

 

 決まりが悪そうにゴマノハは目を逸らす。

 さて、話を聞いていくと、キョウは報酬のついでで流島のメガストーンを採集する許可を得ていたらしく、この数日間洞窟に籠っていたらしい。

 しかし、その最中にやはりノオト達同様”異変”に遭遇したのだという。

 

「ヤミラミ達の様子がおかしくなったのは”赤い月”の後だ。異なる姿……あれが音に聞くリージョンフォームというものか」

「”赤い月”で”祟り岩”が目覚めたのでござる。……古のサイゴクに生きていたヤミラミと同じ姿になってしまったと」

 

 祟り岩によって、ヤミラミ達の行動は”赤い月”以前よりも凶悪化している。その行動原理は、”祟り岩”に封じ込められた怨念に従い、人への恨みを晴らし続けるというもの。

 

「ふむ。つまり、あの部屋に封じられていたのが祟り岩、だったか」

「部屋!? キョウ殿は最奥に辿り着いていたのでござるか!?」

「拙者が辿り着いた時には蛻の殻だったぞ。何なら、場所も覚えている。帰り道に比較的安全なルートを把握していたので、ついてくるか?」

「お願いします!! オレっち達、ヤミラミ達に落とされちゃって……」

「かたじけないでござるぅ……」

 

 こうして、無事にノオト達は坑道から脱することが出来たのだった。

 変異したヤミラミ達は毒を嫌うらしく、キョウのモルフォンが居ると近寄ってこなくなった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!!」

 

 

 

 時間が経つ程にアルカの容態は悪くなっていった。

 前髪で隠れた目は隈ができており、寝ていても時折過呼吸を起こしてしまう。

 その時の彼女は悪い夢でも見たかのように、酷く落ち込んでいるのだった。

 

「おい、大丈夫か……」

「ヒッ──」

 

 だが、この時になるともう酷かった。

 メグルの顔を見ただけで、顔を庇うようにして腕を振り上げる。

 そして、そこまでして漸く目の前に居るのがメグルだと判別出来たのか、落ち着いたように肩を落とすのだった。

 

「はぁ、はぁ……おにーさん、おにーさんか……よかった……」

「お前、まさか……」

「──大丈夫、大丈夫ですから……慣れて、ますから」

 

 それでメグルは全てを察した。

 あのヤミラミの精神攻撃は、時が経つにつれて相手を蝕んでいくものなのだ、と。

 咎人達の数は無数。その最期が繰り返し繰り返し襲ってくるのである。

 

「バカ、大丈夫なヤツはそんな顔してねーんだよ!」

「い、良いんです。ほ、ほら、ノオトも心配だし、そろそろ……」

「……いや、ノオトはきっとゴマノハちゃんがどうにかしてくれるだろ」

 

 メグルの中では既に心は決まっていた。

 ノオトのしぶとさ、そしてゴマノハの力を今は信じるしかない。

 何より、アブソルに穴の向こうを覗かせたが、彼女は怒ったような表情を浮かべて唸っている。

 きっと、壁にもヤミラミ達が貼り付いているのだろう。

 

「アブソル。ノオトとゴマノハちゃんの気配はこの先からするか?」

「──ふるる」

 

 彼女は首を横に振った。

 

「……死んでるってことはねえよな」

「ふるる?」

 

 それも彼女は首を傾げる。まだ誰かの死に直面したことがないので、全く実感が湧かないのだろう、とメグルは判断した。

 そして同時にノオトの言っていたことを思い出す。

 ゴーストタイプのアブソルは、死の臭いを誰よりも敏感に感じ取る。そして、もし知っている者が死んだなら、たとえ遠くでも真っ先に反応するだろう──と。

 

(あいつらなら、大丈夫だ)

 

「……おにーさん?」

「”魔物”をぶっ倒しに行くぞ」

「え」

 

 メグルはオドシシを出すと、アルカの右手に手を差し伸べる。

 

(こうなったのがアイツの技によるものなら”魔物”を倒すしか治す方法はねぇよな)

 

「で、でも──」

「オドシシの背中に乗っててくれ」

 

 メグルは精一杯、彼女に笑みを投げかける。彼女をできるだけ安心させてやるために。

 だが、心境は穏やかではない。

 

(出会った時は、コイツ相手にこんな気持ちになるなんて思わなかったけど)

 

 メグルが見ていたいのは、いつもの天真爛漫なアルカだ。辛さを耐えている彼女ではない。 

 

 

 

(……好きな子を目の前で傷つけられて、黙っていられるほどオトナじゃねーよ!!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話:霊脈と進化

 ※※※

 

 

 

「──ゴローニャ、”じならし”!!」

 

 

 

 通路が揺れ、震動と共にヤミラミ達が床から飛び出していくのが見えた。

 隠れている彼らを一網打尽にするなら、先に地面技を撃ってしまうのが一番だとメグルは判断したのだ。

 案の定、通路、そして天井から驚いたヤミラミが湧きだしてきて、そのまま穴の中へと逃げていく。

 ゴローニャは元々メグルのポケモン。久々に元の主の指示で戦えて、何処か嬉しそうだった。

 

「よっし……良い感じだ」

「ゴロロロローン!!」

「こういう時はやっぱ範囲攻撃だよなあ」

 

 一通り片付け終わった後はアブソルに先導させ、再び分かれ道を進んでいく。

 その間、アルカはずっとオドシシの首に手を回し、ぐったりとしていた。ちらちら、と彼女の様子を見ていたメグルだったが、やはり時間が経つ程に弱っていっているようだった。

 

「人が……人が何人も……死んで……おねがい、おにーさん……死なないで……」

「大丈夫だアルカ。俺は死んだりしねーよ」

 

 その度に安心させるために彼女の手を、両の手で握り締める。此処にいる、離れない、と教えてやるために。

 

「──ふるっ!?」

 

 その時だった。 

 アブソルがいきなり後ろを向いて驚いたように身構える。

 そして「ふるるるる!!」と甲高く鳴き、急げと言わんばかりに走り出した。

 

「どうした!? 逃げろってことか!?」

「ふるーる!!」

 

 メグルも、そしてオドシシも走り出す。

 そうして10秒程しただろうか。物凄い音を立てて後ろから何かが迫ってくるようだった。

 振り向くと、巨大な鋼の顔が甲高い金属音を鳴らしながら追いかけてくる。ハガネールだ。

 

「ウソォ!? 何でェ!?」

 

 その顔面には、ヤミラミ1匹が「ウィィィーッ!!」とハイテンションで鳴きながら乗っかっているのが見えた。

 ハガネールの目は明らかに正気ではなく、赤く妖しく輝いている。ヤミラミが”じゅばくがん”の力で操っているのだ。

 そのままメグルを目掛けてハガネールは巨大な頭を何度も何度も打ち付ける。

 幸い、ぎりぎりで躱してはいるものの、洞窟が崩れることなどお構いなしにハガネールは迫りくる。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!! オドシシ”さいみんじゅつ”!!」

 

 振り返ったオドシシの角が光る。

 突っ込んで来るハガネールは、まともにそれを見つめてしまい──そのまま、ゆっくりと停止していくのだった。

 上に乗っかっているヤミラミがカツンカツン、と殴りつけるが鋼の皮膚は硬すぎて、とても鉄蛇を起こすには足りない。

 そして──ヤミラミは気付く。

 鬼のような表情をしたメグルが迫ってくることに。

 

「オメーが祟り岩の所為でそうなってんのは分かるぜ。よーく分かる……でも、やって良い事と悪い事があるよな?」

「ウ、ウィィィーッス……」

「オドシシ”あやしいひかり”、シャリタツ”みずのはどう”」

 

 あやしいひかりで混乱したところに、ハガネールを起こさないようにヤミラミの顔面目掛けてシャリタツが”みずのはどう”を接射。

 これ以上ないコンボであった。

 流石のヤミラミも倒れてしまい、ハガネールの頭の上で目を回しているのだった。

 

「ったく、とんでもない奴らだ……”祟り岩”とやら、マジで性根が終わってやがるぜ……」

 

 これ以上悪さをされないように、メグルはボールを投げ付ける。

 あっさりとヤミラミはその中に吸い込まれていき、捕獲されたのだった。

 ボールを回収し、ついでにハガネールも捕獲──と考えたその時。

 

「──キュオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 眠っていたハガネールが目を醒ます。そして、大声量を上げる。

 メグルはシャリタツをアブソルに投げ渡して再びダッシュ。

 自らの縄張りに侵入した者を、この鉄蛇は決して逃がしはしない。大口を開けながら、再びメグルの追跡を始めたのだった。

 

「オドシシ飛ばせ! アルカは何が何でも守れ! 俺は平気だから!」

「ブルルルルゥ!」

「良いから早く行け!!」

 

 先導するアブソル。それに追随するオドシシ。そして、後ろから追いかけるメグル。

 洞窟内は何処にヤミラミが罠を張っているか分からないので、極力ライドポケモンを使いたくなかったのだが、やむを得ず、メグルはアルカから拝借したボールの1つを目の前に放る。

 

「モトトカゲ、乗せてくれ!!」

「アギャァス!!」

 

 ライドギア教習のおかげで、モトトカゲの乗り方は熟知している。

 そのまま跨ると、自分の足のように駆り、岩を飛ばしながら迫るハガネールの追跡を躱していく。

 そうしているうちに目の前に光が差す。

 

「あれ? 何か明るい!? 出口か!?」

「ふるるる!」

「よし、出る直前に速度を落とす!! 出たらそのまま曲がるぞ!!」

 

 間もなくメグル達はトンネルを抜け──そのまま旋回。

 ブレーキを掛けて、左右に散開したのだった。

 そして、ハガネールは勢いよく洞窟から出て来るものの、その長く巨大な身体では急に曲がることなど不可能。

 ましてやその重量の巨体をいきなり止めることなど出来るはずもない。

 そのまま数メートル程滑るように突っ込んだかと思うと、目の前の崖下に勢いよく落ちていくのだった。

 

 

 

「キュオオオオオオオオン──!?」

 

 

 

「はぁ、はぁ……心臓幾つあっても足りねえよこんなの……」

「アギャ……」

「……なんか、すっごい揺れたしうるさかったけど……大丈夫なんですか……?」

「安心しろ、お前には指一本触れさせねーよ」

 

 洞窟を抜けた先は、ごつごつとした岩肌がメグル達を待ち受けていた。

 そして、山の頂上をアブソルが睨んでおり唸っている。”魔物”は山の上の方に逃げたのだろう。

 ゴマノハから貰った地図によれば、岩山の外周部を駆けあがった先にまた洞窟があるという。

 外はとっくに夜が明けており、ヤミラミ達の姿は無かった。 

 流石の彼らも、昼の明るさにはまだ不慣れなのだろう。

 だが、その代わり──頂上付近の洞窟からは溢れんばかりの邪気が漏れていた。

 

「オドシシ、ありがとう。こっから危なくなると思うけど──アルカのこと、頼むわ」

「ブルルゥ!」

「ま、お前に任せておけば何にも心配はないけどな」

 

 オドシシは誇らしげに鳴いてみせる。アルカは背中で魘されながら眠っている。

 本当ならメグルがずっと背負っておきたいくらいなのだが、これから戦闘をする以上はそういうわけにもいかない。

 万が一の時にバリアーラッシュで障壁を張れるオドシシを、メグルは信頼しているのだ。

 

「……この先か」

 

 辿り着いたメグル達は息を呑む。

 一歩踏み入れ、メグルは再びゴローニャに”じならし”を指示した。

 案の定、床下にはヤミラミが擬態して潜んでおり、ぼこぼこと音を立てて地面に穴が開いていく。

 本当に油断も隙も無い連中であった。

 そして、通路を抜けた先には──鍾乳石が連なる大部屋が待ち受けていた。

 ──渡りの空洞。

 獄死した咎人を祀るための小さな祭壇が備えられている場所なのだという。

 そして、その場所に──”魔物”は立っていた。

 祭壇はとっくに、叩き壊されていた。

 

「──ウラミィ……ッ!!」

「……よぉ、首洗って待ってたかよ!!」

 

 祟り岩を背負った”魔物”が吼えると共に取り巻きのヤミラミ達が次々に現れる。

 数は5匹。もっと居そうなものだが、先のゴローニャの”じならし”で皆恐れをなして逃げてしまったのである。

 

「ゴローニャ!! ”じならし”で一気に取り巻きを片付けろ!!」

 

 足を強く踏み鳴らし、地面が裂ける。

 それがヤミラミ達を一気に吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

 

「ウラミィ……ッ!!」

 

 

 

【ヤミラミの ”じゅばくがん”!!】

 

 

 

 ギィン、と”魔物”の目が光る。

 思わず目を伏せるメグルだが、ゴローニャはそれを回避する事が出来ず、ぐらり、と身体を揺らし、唸りながら転げまわる。

 ボールに戻そうとするメグルだが、ビームが弾かれてしまった。

 その時点で逃がすことが出来ない”バインド”状態にあることに気付く。

 

(──あの技……”くろいまなざし”にスリップダメージが付いたような技か……!)

 

【じゅばくがん タイプ:いわ 変化 相手は逃げられなくなる。毎ターン、HPの8分の1のダメージを与える。ノーマルタイプには4分の1のダメージを与える。】

 

「出来るだけダメージを与えるんだ、ゴローニャ!! ”じならし”!!」

 

 強烈な悪寒、そして亡者の声に襲われるも、それでも足を踏み鳴らすゴローニャ。

 しかし、その振動波を前にヤミラミは巨大な鋼の壁を繰り出す。

 そして、壁は震動波全てをゴローニャにまとめて跳ね返した。

 

 

 

【ヤミラミの メタルバースト!!】

 

 

 

 物凄い勢いでゴローニャの身体が吹き飛び、岩壁に叩きつけられ、地面に転がる。目を回してしまっており、戦闘不能。瀕死のダメージだ。

 メタルバーストは受けたダメージを増幅して跳ね返すカウンター技。それが物理でも特殊でも関係ないのである。

 

「ッ……メタバまで……ゴローニャ、戻ってくれ!」

 

 ──分かったことは、あの目の技と、メタバがあることだ。とはいえ、ダメージはそれなりに受けているはず。押し切れば勝てる……ッ!!

 

【ヤミラミの じこさいせい!!】

 

 ──……問題はヤミラミが自己再生覚える事だけど……。

 

 やむを得ず、メグルが繰り出すのはシャリタツとヘイラッシャ。

 ヘイラッシャの中にシャリタツが入り込み、”しれいとう”が発動する。

 相手の目を見てはいけない、倒すならば一撃で倒さなければならない、など幾つもの制約が課されたような苦しいバトルだが、これで相手の技4つは割れた。

 ”くろいまなざし”、”メタルバースト”、”じゅばくがん”、”じこさいせい”の4つである。こちらをまともに攻撃する技は覚えていない。

 仮に覚えていたところで、ヤミラミの貧弱な種族値ではヘイラッシャにさしたるダメージは与えられない。

 

(メタバと自己再生は遺伝技だけど……あいつだけ格上の個体っぽいし、最初から覚えててもおかしくねーのかも……!)

 

「シャリタツ!! ヘイラッシャがあいつの目を見ないように指示!! ヘイラッシャは──アクアブレイクで一撃でトドメを刺せ!!」

 

 ヘイラッシャがヤミラミ目掛けて飛び上がる。

 そして水を纏って尻尾を叩きつけた。この態勢ならば相手と目は合わない。

 口内のシャリタツの指示により、凡そ完璧な姿勢でヘイラッシャはヤミラミに攻撃を叩きこむことに成功した──しかし。

 

「ウラァァァミィィィーッ!!」

 

 ヘイラッシャの尾で叩き伏せられたかと思われたヤミラミだったが、すぐさまそれを押しのけてしまう。

 ヤミラミとは思えない程の想像以上の馬力にメグルは戸惑った。

 祟り岩から、恐ろしい勢いでエネルギーが溢れ出ている。

 そして、それがヤミラミの腹の中に取り込まれた石の一つと反応した──

 

 

 

「ニクラシヤ……クチオシヤ……ッ!!」

 

【ヤミラミナイトと 祟り岩が反応した──ッ!!】

 

 

 

 ──絆、と言う言葉で何を連想するだろうか。

 大抵その単語は、人と人、あるいは人と動物の友情、パートナーシップを示す言葉と想像されやすい。

 しかし、絆とは本来動物を繋ぐ紐から転じて、断ち切れない程に強固な繋がりを示す言葉だ。

 それが良縁であれ、悪縁であれ、関係なく使われるのである。

 たとえそれが、人による呪縛の類であっても──”絆”は”絆”と呼んで差し支えないのだ。

 従って”魔物”が飲み込んでいたメガストーンとキーストーンが、祟り岩と反応したことで急速的進化を身体に促したとしても何らおかしくはないのである。

 何故ならば祟り岩に込められているのは、人のもたらした()いであり、ポケモンの意識さえも()るものなのだから。

 

 

 

「ウラァァァミィィィーッ!!」

 

 

 

【メガヤミラミ(サイゴクのすがた) いしがみポケモン タイプ:岩/フェアリー】

 

 

 

 しめ縄が何重にも巻かれた祟り岩は大きく膨れ上がり、ヤミラミ本体はその頂上に這いつくばってこちらを睨んでいる。

 メグルの知るメガヤミラミとは全く違う進化である。

 

「メ、メガシンカしたのか……!? 何でだ……!? トレーナーも無しに……!?」

 

 当然、この辺りの原理を知る由も無いメグルは驚きを隠せない。

 だが祟り岩の呪力は余計に強まっていき、アルカが苦しむ声がこちらまで聞こえてくる。

 

【ヤミラミの ムーンフォース!!】

 

 だが、目を逸らした瞬間に”魔物”の目が光り、月のように白いエネルギー弾がヘイラッシャ目掛けて飛ぶ。

 速度を上げてそれを回避するヘイラッシャだが、ムーンフォースの誘導性能は口内で指揮を執るシャリタツの想像以上。

 強力な一撃を受けて地面に転がされてしまう。

 とはいえ、ヤミラミの火力自体はそこまで高くない。ヘイラッシャもすぐさま立て直そうと尻尾で地面を叩いたが、その瞬間にヤミラミと目が合ってしまった。

 

 

 

【ヤミラミの じゅばくがん!!】

 

 

 

 ぴたり、とヘイラッシャの動きが硬直し、そのまま悪夢に魘されたように苦しみ始めた。

 呪縛の目は、受けたものが最も見たくない光景を映し出し、相手に見せつけ続ける。

 

「マズい、このままじゃ……!!」

 

 アブソルを繰り出そうとしたが、メグルは思いとどまる。タイプ相性上でフェアリータイプ相手に格闘タイプは不利。ムーンフォースの一撃で倒されかねない。

 そうしている間に”魔物”が再び吼える。

 そして、それにこたえるようにして天井から何匹もヤミラミが降り落ちてきた。

 彼らの狙いはヘイラッシャやメグルではない。後ろの方でオドシシに乗ったままぐったりしているアルカを取り囲んでいる。

 さっき仕留め損なった獲物を今度こそ仕留めるべく”魔物”は配下を差し向けたのである。

 

「いけないッ!! オドシシ、バリアーラッシュ!!」

 

 オドシシが吼え、周囲に障壁を展開しようとする。

 だが、ヤミラミ達の数も力も先程のそれを明らかに上回っている。

 アルカの息の根を止めるべく、彼らはまとめてオドシシの角に掴みかかり、尻尾を握り締め、引っ掻き、そして切り裂かんとばかりに鉤爪を振り上げた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あの日打ち負かされた時から、彼に付き従うと決めていた。

 彼の命令こそが喜び。彼の成長を見届けることこそが喜び。

 日に日に逞しくなっていく彼を背に乗せることが、どれほど誇らしかったか。

 それに見合う背中になれるだろうか。否、ならねばなるまい。

 主人よ。守りたいものがあるならば、私はそれをも守れる大きな盾になろう。

 邪なものを全て跳ね除ける破魔の盾に私はなりたい。

 

 

 ──オドシシ。お前に任せておけば、何にも心配はないけどな。

 

 

 

 ……任されましたとも、私めが命に替えてでもお守りします。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オドシシ……!?」

 

 

 ヤミラミの鉤爪がオドシシの喉笛を捉えた。

 深く深くそれは突き刺さり、鮮血が周囲にぶちまけられる。

 メグルは言葉を失った。

 何が起こったのか分からなかった。

 アルカを守るべく、オドシシは一瞬身体をよじらせたのだ。

 その結果──祟り岩の力で鋭利に研がれた爪が致命傷をオドシシに負わせた。

 

「おい、オドシシッ!!」

 

 メグルに落ち度は一切なかった。

 ただただ、運が悪かったとしか良いようがなかった。

 ヤミラミ達の力は、先程までとは比べ物にならない程に強くなっていたのである。

 あまりにもあっさりと、忠臣は声を上げることなく、足を折り、その場に倒れ──

 

 

 

 

「ブルトゥゥゥ……ッ!!」

 

 

 

 

 ──なかった。

 折れた脚が地面で強く強く踏み込まれる。

 目からは青い炎が灯り、その身体は黒く染まっていく。

 黒い靄がオドシシを包み込んでいき、爆ぜてヤミラミ達を吹き飛ばす。

 メグルも、”魔物”も、ヘイラッシャもシャリタツも、その様を見つめるしかなかった。

 かつてヒスイ地方の霊脈が、オドシシの進化に強く働いたとするならば、サイゴクの霊脈もまた、オドシシの進化に強く働かぬ道理はない。

 サイゴクでの進化事例が少ない理由はただ一つ。ヒスイのオドシシの進化と、サイゴクのオドシシの進化は、そもそもメカニズムが異なるのである。だから、バリアーラッシュを何度使っても、オドシシは進化することがなかった。

 重要なのは霊脈の力。死んでも死にきれない程の強い忠義を命を張って示したことがトリガーとなり、オドシシを()()()()()()()()()()()()()()、その精神は肉体から解放された。

 

 

 

「ブゥルトゥゥゥム!!」

 

 

 

【アヤシシ(サイゴクのすがた) おおツノポケモン タイプ:ノーマル/ゴースト】




【TIPS:オドシシの進化条件】
バリアーラッシュを20回以上使わせたオドシシを、サイゴク山脈または流島でレベルアップさせる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話:呪いと祝福

「進化した……のか、オドシシが……!?」

 

 

 

 それは、メグルが知るアヤシシの姿とは大きく異なる。

 体高は2.5メートル近くにまで高くなり、角の大きさも威容を示すかの如く大きく成長した。

 黒いふさふさの体毛が首元を包み、蹄の周りも、角の宝珠も青白い鬼火に包まれている。

 そして、死して尚消えない忠義を表すかのように、その目は鋭くヤミラミ達を睨んでいた。

 

「アヤシシ……だよな……!?」

 

 メグルは思わず図鑑でスキャンする。

 

【霊気を身に纏い、音も無く地平の先まで走り続ける。角の宝珠は縁起物とされるが、濫りに触れると祟られる。】

 

 タイプはノーマルタイプに加えてゴーストタイプ。

 ヒスイ地方のゾロアークしか持たない珍しい複合だ。

 それに加えて、ゴーストに進化したことで、身体も半分霊体と化している。

 アルカを背負ったまま、彼は荒っぽく鼻を鳴らすと地面を蹴る。

 音は鳴らない。しかし、蹴った場所はゴリッと音を立てて抉れるのが見えた。

 

(ゴーストの身体……! 霊脈の力で生き返ったっていうのか……!? 確かにユイのヤツ、進化事例はとても少ないって言ってたけど……! アヤシシ本来の条件に加えて、リージョン特有の場所進化だったから見つからなかったって事か!?)

 

 図鑑を調べても、アヤシシのデータは少なく、タイプすら表記されていなかったことを思い出す。目撃事例も少ない上に、飼育下での進化事例も無かったからだ。

 

(にしたってとんでもない威圧感……! 原種とは真逆の荒々しさ、俺は鹿じゃなくて猛牛でも見てるんじゃねえか……!?)

 

「ブル・トゥゥゥーム!!」

 

 咆哮が大空洞全てを揺らす。

 構わず飛び掛かるヤミラミ達だが、すぐさま彼らは見えない障壁に阻まれ、空中で止まり──地面に叩き落とされてしまう。

 これは技ですらない。アヤシシの持つ基本技能だ。しかし、それを叩き壊し、再び皆でアルカを狙う。

 

「”あやしいひかり”!!」

 

 しかし、メグルの声と共にヤミラミ達を襲ったのは思考を狂わせ惑わせる光。

 アヤシシの目、そして角の宝珠が光ると共に、タイムラグ無しでヤミラミ達をまとめて混乱させる。

 

(あやしいひかりって、こんな技だっけか……!?)

 

 そればかりか、アヤシシの目に灯る炎がゆらゆらと揺らめく度にヤミラミ達は同士討ちを始め、互いの身体を鋭い爪で切り裂き始める。

 だが、混乱による自傷は一定確率でしか起こらない。

 2匹のヤミラミがアヤシシに飛び掛かる。アヤシシを最大の脅威と認定したのだ。

 

「──”さいみんじゅつ”!!」

 

 だが、爪はもう届かない。アヤシシの宝珠が光ると共に、ヤミラミ達が地面に叩き伏せられる。

 今までは宝珠を付けた角を目玉に見立てて使用していた”さいみんじゅつ”が、宝珠そのものの妖力で相手を昏倒させるものへと進化したのである。

 

(す、すごい、思った通りだ……!! 技が当たるまでのラグが明らかに速くなってる……!! 進化してゴーストタイプが付いたから、変化技を扱う技能が上がったのか……!!)

 

「ブルトゥ……ッ!!」

 

 取り巻き達を一歩も動かずに変化技だけで自滅させたアヤシシの視線は”魔物”に向いた。

 アヤシシの邪なもの全てを払い除ける威容が、死をも克服してみせた魂の脈動が、死に屈した霊の集まりを畏れさせる。

 

「ウ、ウラミィ……ッ!!」

 

 即座に”じゅばくがん”を使うも、ゴーストタイプにバインドは通用しない。

 すぐさまアヤシシが宝珠を光らせると、呪いは跳ね除けられてしまった。

 

「ウ、ウラミィィィ……!」

 

 次に放とうとするのは──渾身のオオワザ。

 がばぁ、と祟り岩が口のように開き、そこから魂魄が溢れ出す。

 だが、その瞬間をメグルもシャリタツも見逃すはずがなかった。 

 オオワザは強力だが、撃つまでの間が隙となる。故に、その隙を突けるようにノオトによって基礎的な訓練を徹底的に仕込まれたのだ。

 

【ヤミラミの──】

 

「シャリタツ飛び出せ!! あのデカ口の中に”みずのはどう”!!」

 

 ヘイラッシャの大口が開き、そこからシャリタツが飛び出して”みずのはどう”を放つ。

 大好きな子分の苦しみは口の中からでも伝わって来た。それが彼女の力を覚醒させる起爆剤となる。

 ”魔物”はよりによって竜の逆鱗を踏んでしまったのだ。

 

「スゥシィィィーッ!!」

 

 水のエネルギー弾は、怒りで濁りに濁った水の塊と化す。

 

「な、なんか、デカくねえ……!? 姐さん怒ってらっしゃる……!?」

 

 水の塊はどんどん大きくなっていき、爆ぜた。

 溢れ出した水が祟り岩に襲い掛かる。

 エネルギーは逆流して爆発。”魔物”は祟り岩諸共転げていく。オオワザは解除され、不発となった。

 

「ッ……これって──”だくりゅう”!?」

 

 ”だくりゅう”は威力90の強力な水タイプの技だ。

 しかし、同時に味方をも巻き込む技。メグルとアヤシシにも濁った水が向かい──シャリタツは思わずぎょっとして振り返る。

 我を忘れて最大火力を出してしまったことを彼女は後悔した。しかし、メグルは慌てなかった。隣にはアヤシシがいる。

 

「ブルルルゥ!!」

 

 メグル、そしてアヤシシの眼前に壁が現れる。

 濁った水の流れは味方にぶつかることなく押しとどめられるのだった。それを見てシャリタツはほっと安堵の溜息。

 

「た、助かった……やっぱドラゴンは怒らせちゃいけねーな……だけど、シャリタツまで新しい技を覚えるなんて……!」

 

 オオワザが阻止されたことで”魔物”は祟り岩の上で倒れ伏せる。オオワザは強力だが反動も大きい。

 攻め込むならば、このタイミングしかない。

 

「アヤシシ!! 俺の知ってるメガヤミラミと、あいつが同じ特性なら……お前の変化技は通用しない!! だから──ヘイラッシャと息を合わせて、一気に仕留めるぞ!!」

 

(リージョンなら特性が変わっててもおかしくない、だけど……リスクが大きすぎる!)

 

 メグルの知る原種のメガヤミラミの特性はマジックミラー。変化技を跳ね返すというものだ。

 アヤシシの使う”さいみんじゅつ”も”あやしいひかり”も、あまりにも強力過ぎる。使うのにリスクが大きい。

 それを彼も直感で理解したのか、こくりと頷く。

 

「──メタルバーストを使われる前に倒す!! ヘイラッシャ、アクアブレイクッ!!」

 

 突貫するヘイラッシャ。再び口の中にシャリタツが戻った事で火力は最大限。尻尾で”魔物”を薙ぎ払うが、それは祟り岩によって受け止められてしまう。

 だが、ピキピキッと音を立てて祟り岩に罅が入った。そこから、霊気が漏れていくのがメグルにも見えた。

 堅牢極まりない祟り岩に──初めて、亀裂が生まれたのである。

 

「アアアアアアアアアアーッ!?」

 

 痛みをこらえるような悲鳴が大空洞の中に響き渡る。祟り岩は亡霊たちの意思そのもの。ヤミラミ本体よりも重要なものなのだろう。

 

【効果は抜群だ!!】

 

「よっし、流石の火力だヘイラッシャ!!」

「ラッシャーセェェェ……ッ!!」

 

 ”じゅばくがん”を受け、疲弊しきっていたヘイラッシャ。

 しかし、口の中にいる親分を守るためならばこの程度の苦痛は何てことは無かった。

 タイミングも、当たり所も、全てが完璧なアクアブレイクだ。

 

「後はアヤシシに任せてくれ、ヘイラッシャ!!」

「ブルトゥゥゥーム!!」

 

 勇ましく吼えるアヤシシ。ゴーグルに手を掛け、トドメをメグルは命じた。

 

「テメェらがどんな恨みを抱えてるか知ったこっちゃねーけど……関係ないヤツに、八つ当たりしてんじゃねえ!! さっさとまとめて成仏しやがれ!! ”シャドーボール”!!」

 

 宝珠が妖しく光り輝き、巨大な影の弾が祟り岩目掛けて迫る。

 

 

 

「──ブル・ファン・トゥゥゥーム!!」

 

【アヤシシの シャドーボール!!】

 

 

 

 すぐさま”メタルバースト”で反撃の態勢を取る”魔物”だったが、抑え込めない。

 祟り岩に罅が入ってしまった今、アヤシシが全力を出して解き放ったシャドーボールを受け止められる道理などなかった。

 めきめきと音を立て、祟り岩には更に深い亀裂が入っていくどころか、シャドーボールが触れた場所から消えるように抉られていく。刻まれた魂までもが浄化されていく。

 最後にそれは爆ぜ──ばらばらに砕け散り、後には倒れた巨大なヤミラミが残るのみだった。

 周囲に居たヤミラミ達も一瞬ビクビクと痙攣したかと思うと、そのまま地面に倒れ伏せていく。

 祟り岩の呪いは、今此処に終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あ、あれ……ボク、一体……!」

 

 

 

 アルカは目を覚まし、辺りを振り向く。もう、纏わりつくような悪夢はやってこなかった。

 そして──自分が乗っていた背が大きくなっていたことに気付き、驚く。

 

「わ、わわわわわぁ!? オドシシ──じゃない!?」

 

 アヤシシは脚を折り畳んで座り込んでいたので、彼女が落ちることはなかった。

 それでも、全高2.5メートルの巨体は伊達ではない。いきなり大きくなったオドシシ改めアヤシシに、アルカは目を白黒させていた。

 

「進化したんだ、土壇場でお前を守る為にな。俺なんかよりよっぽど活躍してたぜ、コイツ」

「ブルトゥーム」

「……ア、アヤシシ……おめでとう! 進化したんだ! 本当にありがと!」

 

 ぎゅっ、と彼女はアヤシシの首を抱く。

 戦いのときとは打って変わって穏やかに彼は嘶いた。

 アヤシシから降り、彼女は長い前髪に隠れた目をパチパチと瞬かせる。

 体が軽い。もう悪いものも何も見えないようだ。余程”じゅばくがん”の力が強かったのだろう。

 

「それにしても良かったぁ……助かりました……本当に……」

 

 メグルは何を見せられたのかは敢えて聞かないことにした。相手は祟りの霊。どのようなものかは凡そ想像がつくし、思い出させるのも可哀想だった。

 

「忘れちまおうぜ、傍迷惑な悪霊の見せた夢なんてな。これからの楽しい旅の事だけ考えようや」

「悪霊……って呼んでいいんでしょうか。あの中には無実の罪で捕えられた人もいて──助けてあげたいって思ってしまって……」

 

 咎人達の最期を見せられ続けたことで、アルカは感傷的になっていた。彼らの最期はいずれも悲惨そのもの。故に同情してしまうのは無理もなかった。

 しかし、メグルは彼女にそれを引きずってほしくないと考える。数百年以上も前に終わったことで、今此処に生きている自分達にどうにかできる問題ではないからだ。

 最初から手の届かない場所に居る相手には、どんなに手を伸ばしても届かないものなのである。

 

「そのことでアルカが悩む必要はないと思うけどな」

「……そうでしょうか?」

「そもそも考えてみろよ。前世がどんなに悲惨でも、関係の無い人様に迷惑掛けたら立派な悪霊だぜ」

「あっ……確かに」

「前にも言ったろ。お前はもう少し、自分のされたことで怒って良いと思うぜ。俺は少なくとも怒ったけどな」

 

 今助けられないものの事を考えても、それはただの哀れみでしかない。哀れみでは何も救えない。

 祟り岩が壊れ、ヤミラミ達の凶暴性も収まった。姿は戻っていないものの、元の臆病な洞窟の住人に戻った。アルカも”じゅばくがん”から解放された。

 これで霊も全て解き放たれ、あるべき場所へと戻る。きっとこれで良かったのだ、とメグルは信じることにした。

 

「だから、忘れるのが一番だ。これから、まだまだ俺達の旅は続くんだぜ。こんな事上書きして、さっさとメガストーン探しに戻ろうや。それを楽しみにしてたんだろが」

「じゃあ……早速上書きしてくれますか? おにーさん」

 

 ずい、と彼女は一歩踏み出す。

 拒む間もなく、アルカはメグルに向かって両の腕を開き──思いっきり抱き着いた。

 彼女の体温と柔らかさが伝わってきて、メグルの胸が跳ねたのも束の間。

 アルカもメグルの体温を感じ取り、安心してしまい、心の中でつっかえていたものが決壊したように──叫ぶ。

 

「──怖かった!! 本当に……怖かったです、おにーさん……ッ!! 頭の中ぐるぐるで、ずっと人が死んでて……おにーさんは、居なくならないですよね……!?」

「何言ってんだよ、俺はちゃあんと、此処にいるから」

 

 アルカはメグルに体重を掛け、そのまま押し倒してしまう。余程彼にくっついているのが安心するのか、そのまま頭を擦りつけるのだった。

 

「……はは、これじゃあポケモンが1匹増えたみたいだ」

「なっ、酷いです、おにーさんっ! やっぱりやっぱり意地悪です!!」

「それだけ元気なら、もう大丈夫そうだな」

「ッ……い、いえ。もう少し、もう少しだけこのままで」

 

 彼女も少しは素直になったらしい。ストレートに誰かに頼り、甘えることができるようになったようだった。

 

(これで……一件落着かなあ)

 

 

 

「──イ、イギィェ……」

 

 

 

 メグルが全て終わったと思った時だった。

 後ろの方から、濁ったような声が聞こえてくる。

 今の今まで目に見えないくらい小さくなって気絶していた”魔物”が、元の大きさに戻り、むくりと起き上がったのである。

 他のヤミラミ達が姿こそ戻っていないものの大人しくなったのに対し、巨大なこちらの個体は元より島をシメるボス。襲い掛かってきてもおかしくない。

 

「ま、まだやるの、もしかして……!?」

 

(いや……にしちゃあ大人しいな。弱ってるのもあるんだろうけど、戦うならとっくに技撃ってるだろコイツ)

 

 ナカヌチャンの入ったボールを構えるアルカ。

 しかし──襲ってくる素振りは全くと言って良い程見せず”魔物”はゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

「イギィ」

 

 がばぁ、と大きな口を開けた”魔物”はそこに自分の右腕を突っ込んだ。

 そしてしばらくすると、何かを掌に乗せてメグル達に見せる。

 キラキラと輝くビー玉のような丸い宝石が山盛だ。中央には特徴的なマークが刻まれていた。

 

 

 

「……これって、メガストーン!?」




今日の12時頃に第五章最終話をアップします。乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話:サイゴクを覆う暗雲

「……くれるのか?」

「イギギィ♪」

「好きなモノを持っていけって言ってるみたいですね」

「こいつどんだけメガストーン食ってんだよ」

「イギギィ」

 

 ヤミラミは背中を向けた。

 そこには、まだたくさんメガストーンが埋め込まれていた。

 どうやら島のボスというだけあって、一番良いものをたくさん食べているらしい。

 

「……島でメガストーンを手に入れる最短の方法は、ヤミラミから手に入れることだったんだな」

「イギギィ」

「でもヤミラミって、一度腹の中に入れた宝石は絶対出してくれないみたいですよ。普通は体の表面に浮かび上がったメガストーンを採取しないといけないみたいです」

「コイツなりのお礼なんだろうな」

「ギィ♪」

 

 かと言ってたくさん持っていくのは悪いので、二人はアブソルとヘラクロスに対応したものを探すことにした。

 肉眼で探すのは骨が折れるので、アブソルとヘラクロスを繰り出すと、彼らは惹かれるものがあったのか、すぐさまメガストーンを手に取る。

 

「大盤振る舞いだな……子分たちと仲良くな!」

「イギギィ♪」

 

 自分だけではなく、どうやら子分たちを助けてくれた分も含めてのお礼らしかった。

 彼にとってもメガストーンは宝物。それを差し出すだけの価値があると思ったのだろう。

 一通りそれらを渡して満足したのか”魔物”は背を向けて、大空洞の奥へと帰っていくのだった。

 元々はどうやら、縄張り意識こそ強いものの、仲間思いで気の良い性格だったらしい。如何に祟り岩の力が彼らを歪めていたかが分かる一幕だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あっ! ノオト、無事で良かったーっ!」

「この通り、ぴんぴんしてるッスよ。いやー、一時はどうなるかと」

 

 

 

 ──その後。アブソルの道案内もあって、メグル達はノオト達と合流に成功した。

 メグルにとっては見覚えしかない忍者もセットであったが。

 

「……えーと、えーと──カントー四天王のキョウさん、ですよね?」

「ファ! ファ! ファ! 会うのは二度目だな、小童!!」

 

(ゲームであんたに何度も会ってるよ……)

 

「え!? そうなの!? この人四天王なの!?」

 

 アルカが目を白黒させて驚く中、ノオトとキョウがこれまでの経緯を説明する。 

 キョウはキャプテン達の修行のために、おやしろ側からの要請でサイゴクを訪れていたこと、そして激闘の末にノオトがルカリオナイトを手に入れたこと。

 そして、ゴマノハがさっきからずっと恨めしそうな顔を浮かべながらノオトの影に隠れていること。

 

(全部丸く収まったみたいな空気なのに、何があったんだろう……)

 

「ファ! ファ! ファ! 島の魔物を鎮めたか、小童! なかなか見どころがあるな」

「……あははは、そ、それほどでも」

 

(実物だ……本物の、四天王のキョウなんだ……!)

 

 メグルは結局、気の利いたことは何も話すことは出来なかった。

 ゲームの人物と思っていた人が、目の前に立っている。それだけで何処か感慨深くなってしまう。

 

(こいつらをどれだけ鍛えたら……この人達に追いつけるようになるんだろうな)

 

「いつか、ポケモンリーグに来い! その技とポケモン、磨き上げれば輝くものになろうぞ!」

「リーグ……」

「くぅー、オレっちもいつか行ってみたいッスねぇ!」

「キャプテンがおやしろを濫りに離れちゃダメでござるよ」

「ちぇー」

 

 ゲームでは何度も辿り着いた頂点の座。

 だが、十数時間でクリアできるゲームと、現実は訳が違う。きっと険しい道だろう、とメグルは考える。

 

(全部終わったら……どっかの地方のリーグに挑戦するのも良いかもな)

 

 テング団も、世界の危機も、全てのしがらみから解放された旅は──険しくも楽しいものだろう、と彼は思いを馳せる。

 

「さて、と。全員目当てのものは手に入れたでござるな……こんな島、さっさと出るでござるよ」

「でも、どうやって帰るんだ? ヘイラッシャの上に全員乗るのか?」

「船でござるよ。こちらから呼べば来るでござる」

 

 全員はゴマノハに連れられて浜辺に辿り着いていた。

 そこに、大きなロケット花火のような装置をゴマノハは設置する。

 

「この発煙筒から信号弾を上げれば向こうから船がやってくるでござるよ」

「古風だなあ……見えるのか?」

「見えるまで撃ち続ければ良いだけでござる」

「何でそこだけ脳筋なのさ……」

「……クワゾメの方、めっちゃ雲が掛かってるッスけど大丈夫なんスかね?」

 

 ノオトが不安そうに言った。海が荒れたら船がやって来れない。さっ、と蒼褪めたゴマノハが早速ポンポンと信号弾を打ち上げ始めた。

 空がピカピカと光り、煙が噴き出し、周囲の空気は濁る。そして想像以上に音が大きく、メグルは耳を塞いだ。

 

「げほっげほっ、何スかコレェ!! つか音うるさっ!!」

「もうサバイバルはお腹いっぱいでござる!! 助けて!!」

 

 忍者とは思えないほど半狂乱した様子で彼女は信号弾の次弾を筒にぶち込み続ける。それをメグルとアルカが羽交い絞めにして止めた。

 

「落ち着いてゴマノハちゃん、まだ雨降ってないから!!」

「ポンポン撃つんじゃねえ!! ふっつーに迷惑だ!!」

「……いや、そんな心配はないようだぞ」

 

 キョウが水平線の向こうを見つめる。

 

「──船が一隻、急ぎでこちらへ向かってくる」

「え? まだ信号弾撃ったばかりでござるよ!?」

 

 間もなく高速船は砂浜に乗り上げた。そこから、忍者が慌ただしく降りて来る。

 

「ッ……全員、揃っていたか……!! こちらから信号弾を撃つ手間が省けた」

「どうしたでござるか!? そちらから迎えに来るなんて──」

 

 余程の事が無ければ、このサバイバル修行の途中でおやしろから迎えに来ることはない。

 つまり、この状況で彼らが流島にやってくることはクワゾメに何かがあったということであった。

 そして知らせはすぐさま一行を戦慄させることになった。

 

「──大砂丘に……巨大なポケモンと三羽烏が現れた……ッ!!」

 

(来やがったか……!)

 

 メグルはキーストーンを握り締める。

 本当に何処までも油断も隙もない連中である。

 これでは試練どころではない。帰れば待っているのは、テング団と、彼らが使役するポケモン達である。

 

「そして、事はクワゾメだけの問題ではないのだ……!」

 

 忍者は極力平静を保ち──言い放つ。

 

 

 

「クワゾメ、ベニ、シャクドウ……!! この3つの町に、それぞれ三羽烏が現れたのだ……大軍勢を引き連れて……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──大砂丘に”それ”が現れたのは、あまりにも突然だった。

 巨大な怪物は、最初からそこに居たかのように立っていたのである。

 

「全高20メートル!! 超巨大なポケモンが、砂丘を進撃しています!! そればかりか砂丘が緑化されています!!」

「クソッ!! ワシらが普段どれだけ草抜き頑張ってると思ってるんだァ!! 町の宝の砂丘がァ!!」

「雨が降り続いて止まりません!! 三羽烏は……ヤツの頭部に乗っています……!!」

「ヌシ様と一緒でも食い止められるか……キャプテンは何時帰って来られる」

「後1時間程……ッ!」

「十二分だ、持たせるぞ!」

 

 砂丘の暗雲は、全身が藻や草に覆われた”それ”が呼び寄せたものだった。

 轍の通った場所は緑が生まれ、砂丘を湿原へと塗り替えていく。

 頭には、藻に塗れた皿が乗っかっており、窪みに水が溜まっている。そして、皿が呼び寄せるように雨を降らせ続けている。

 皿の中央には──三羽烏・アルネが不敵に立っていた。

 

 

 

「……砂丘を味方に付けるなら、砂丘を緑化すれば良い。環境にもよくて一石二鳥……そうでしょ? カバルドン」

 

 

 

【カバルドン(ヒャッキのすがた) じゅうりょうポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 

「カッパバババア……ぷしゅっぷしゅっ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──町に大量のパラセクト……ッ!? ……何とか持ちこたえて頂戴!」

 

 

 

 ”爆弾”のような巨大な個体は居ない。

 しかし、それらは胞子をばら撒き、ポケモンや人に寄生させて混乱を招く。

 更に火山のようなキノコから放たれる”キノコばくだん”が建物を破壊し、火の手を上げていく。

 その様を聞かされたハズシは、戦慄を隠せない様子で目の前の三羽烏に問いかける。

 

「……これも、ゲームなのかしら?」

「違うな。今度は──遊びじゃあない、ベニのキャプテン」

 

 イヌハギは──”ようがんのおやしろ”の前で高らかに宣言する。

 サイゴクとヒャッキの”戦争”の始まりを。

 

 

 

「……血沸き肉躍る……命のやり取りをしようか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ガラル地方・カンムリ雪原。

 

「そんな!? シャクドウも……!? リュ、リュウグウさんが三羽烏と交戦してる……!?」

 

 ユイは取り乱した様子でスマホロトムを握る。幸い、まだサイゴクへの飛行機の便は残っている。

 シャクドウシティに三羽烏が現れたという知らせはあまりにも青天の霹靂だった。

 確かに”なるかみのおやしろ”は蛻の殻ではない。あの場所は今、サイゴク最強のキャプテンであるリュウグウが守っている。

 だが、三羽烏が相手では彼が相手でも無事では済まない。

 

「どうしたの?」

「……あたしの故郷が、悪い奴らに襲われてる」

「ッ……それって前に言ってた──」

 

 後ろでカレーを作っていたユウリが、手を止めた。

 そして、何処か決意したように言った。

 

「──私も行くよ」

「ダメ! チャンピオンがガラルを離れちゃいけないんだから! 今襲われてるのはサイゴクだけど、あいつらが他の地方にやってこない保証も無いんだから!?」

「……で、でも、何も出来ないのは心苦しいな」

「何も出来ないだなんて思わないで」

 

 ユイはユウリの肩を掴み──力強く言った。

 

「──この数日間、ガラルのチャンピオンに鍛えて貰ったんだ。もう、誰にも負ける気がしないんだから!」

 

 その目を見て、ユウリは頷いた。直接力は貸せなくとも、一緒に戦うことはできる。短い間だったが、ユイには確かに大きな経験が積み上げられていた。

 

 

 

「大丈夫、全部終わらせて……またガラルに来て、その時はあんたに勝つ!」

「うん。頑張って! お祝いに、一緒にカレー作ろうね!」

「あ、あはは……ユウリは本当にカレーが好きなんだから」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……はいー、イッコンからも戦力を送るのですよ。敵の狙いは、まだ壊れていないおやしろ。こちらにはテング団が居ないのですよ」

 

 

 

 ヒメノは至極落ち着いた様子で受話器を手に話す。しかし、その顔に安心の二文字は無い。

 これは3つの町どころか、サイゴク全体の危機。敵がいつ他の町にも攻めて来るか分からない。

 しかもクワゾメには今、ノオト、メグル、アルカの3人が居る。彼らは真っ先にテング団と交戦するはずだ、と彼女は考える。

 

(ッ……何を心配しているのです、ヒメノ……そのために鍛えてきたのではないですか!)

 

 だが脳裏に過るのは、あのアーマーガアの破壊的な攻撃だ。

 あの大嵐に巻き込まれれば、ポケモンは勿論人は只で済まない。

 この世にたった一人しかいない弟を想い、どうか無事でいてくれ、と彼女は拳を握り締める。

 出来る事ならば自分が出向きたい。しかし、彼女自身もイッコンの最大戦力。町を出るわけにはいかない。

 

「アケノヤイバ。皆が安心して行けるように、この町は私たちで守るのですよ。誰も死なせないのです」

「……エリィィス」

 

 アケノヤイバは首を横に振った。そして、刃のような角が赤黒く凶兆を知らせるように光る。

 それは、ヒメノに何処か覚悟を促すようなものだった。

 未来を見通すアケノヤイバが、非常に悪いものを感知した時に見せる仕草だった。

 ヒメノは、それがどういった意味のものであるか理解した──否、理解できてしまった。

 

 

 

「まさか……()()()()がするのですか? アケノヤイバ……!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こりゃあ、何処にも安全な所は無いねえ」

 

 

 

 避難民たちに紛れ──イデア博士はぽりぽりと頭を掻いた。

 手にはポケモンボックス。研究所にいたポケモン全てがそれらに収められている。

 既にシャクドウ大学も、研究所も火の手が上がってしまっている。

 

「遂に始まっちゃったかぁ。テング団と……おやしろの全面戦争。やっぱり、歴史は繰り返すものなんだなぁ。メグル君たち、大丈夫かね」

 

 ──シャクドウシティは、凄惨な様相を見せていた。

 五重塔は倒壊し、建物は崩れ、火の手が上がる。

 地獄のような街を悠然と歩くのは、テング団の頂点に立つ頭領。

 従えるのは、死を運ぶ八咫烏・アーマーガア。

 周囲には、トレーナーやポケモンが折り重なって倒れている。

 

「カッカッカ! 弱い弱い。これじゃあわざわざ来た意味がねーってモンだよなあ。もうちっと遊ばせてくれや」

 

 目の前にあるもの全てを無意味に破壊していくタマズサ。

 理由などは無い。ただ、それこそが彼の生き方。

 無軌道にして無秩序。強ければ全て許される。それが彼の全てだ。

 この戦争でさえも、自らが暴れる理由付けでしかない。

 

「……で? 最後の相手がジジイだって? ナメられたもんだな俺様も」

「なにゆえ、サイゴクに仇名す」

 

 森に立ち入ろうとするタマズサの前には──リュウグウが待ち構えていた。

 

「おい聞けよ。無限の豊穣とやらを与えてくれるらしいぜ? かつて、テメェらが奪った上に封印した赤い月は! さっさと差し出してりゃこうなってなかったのになぁー」

「先祖の非礼も詫びる……”赤い月”も欲しいならくれてやる。だが、今生きる命に過去の罪は何にも関係ない」

「カッカッカ! ……建前と本音ってのが分かってねえなあ、ジジイ」

「……?」

「俺様がヒャッキの歴史だとかそんな崇高な理念で戦ってると思ってたのか?」

「……貴様。まさか……ッ!」

 

 タマズサの仮面の下の顔は──醜悪に歪んでいた。

 

「赤い月が復活したらどうなるか。ヒャッキ中がそれを欲するよな」

「ッ……貴様は……戦争がしたいだけか……!」

「戦争は、破壊は、蹂躙はッ!! 至上のエンターテインメントだぜ」

 

 リュウグウは──溜息を吐くとボールを投げ、ラグラージを繰り出す。

 

「──破壊を繰り広げた先に何を求める」

「次の破壊に決まってんだろ。こんなに楽しいこと、やめられるわけねえだろが」

「……何と虚しい」

「勝手に決めつけんな。ジジイもやってみろ、楽しいぜ?」

「……何としても、この破壊の権化を堰き止めようぞ、ラグラージ」

「アーマーガア、荒れ狂え!」

 

 タマズサは十手のオージュエルに触れる。

 リュウグウは腕のメガストーンに触れる。

 それと同時に、沼魚の身体は屈強なものへと変わっていき、鎧烏は巨大化して幾つもの鏡を周囲に浮かび上がらせていく。

 

「ほう! 今の今まで会ってきたヤツの中で一番の手練れだなジジイ!」

「他の地方のチャンピオンは、もっと強いぞ。あまり……この世界を舐めるな小僧」

 

 ヒャッキの最強。

 サイゴクの最強。

 その二つが今、ぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

「楽しもうぜジジイ。終わること無き破壊の輪廻を!!」

「貴様だけは止める。サイゴクのキャプテンとして」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(遂に始まっちまったのか……全面戦争……あいつら、何でこのタイミングで)

 

 

 

 暗雲が集るクワゾメが大きく見えてくる中、メグルは思案を巡らせる。今までも事を起こそうと思えば起こせたはずだからである。

 しかし、どんなに考えても動揺した頭では何も出てこないのだった。

 隣に座るアルカは、祈るように両手を握り締めている。

 

「……何で、こんな事を……酷いよ……」

「ハッ、暗いッスねえアルカさん。向こうからのこのこと出向いてきてくれたのに」

「えっ」

「まとめて叩きのめすチャンスじゃねーッスか!」

 

 虚勢だった。ノオトからしても、気が気でないはずだ。

 イッコンもいつ戦火が起きてもおかしくないのだから。

 

「それに、今クワゾメにはキャプテンが二人。しかも四天王である拙者も居るからな。さっさと片付けてしまおうぞ」

「キョウさんも戦ってくれるんですか!?」

「──乗りかかった舟故、最後まで乗っていくのが道理というものだろう?」

 

 キョウは笑みを浮かべて答えた。まさに、最強の助っ人だ。

 

(キャプテン……か)

 

 ゴマノハは、何かを決意したようにクワゾメを見つめる。

 

(……この命を賭してでも……ヌシ様もおやしろも守るでござる……!)

 

 クワゾメも、もう近い。

 だんだん一行は肌で、邪な空気を感じつつあった。

 ポケモンが降らせたであろう、局所的な雨が彼らを打ち始める。

 

「……止めてやるよ……終わらせてやる……こんなバカげたこと……ッ!!」

「ふぃるふぃー!」

 

 ぽん、と音を立ててニンフィアが飛び出し、メグルの肩によじ登る。やる気は十分だ。

 

 

 

(……そして、アルカを……ヒャッキの呪縛から解き放つ……!)

 

 

 

 ──第五章「砂都に沈む宵の明星」(完)

 

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

 

▶はい

 

いいえ




──次章「戦火滾る災獄」
テング団との全面衝突、開始──ッ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:第五章終了時点

【第五章の登場人物】

 

メグル 男 19歳

この度、ひぐれのおやしろの試練に合格できなかったので、未だに証は残り2つ。厳しい修行を乗り越えたことで、心身共に成長していっていると共に、アルカへの恋心も日に日に大きくなっている。ことあるごとに引っ付いてくるので、気が気でないらしい。そろそろ凶暴リボンのお姫様に刺される頃合いである。

新規で捕獲したのはヤミラミ。新たに進化したのはアヤシシで、戦力は更に拡充された。加えて、メガストーンを入手したことでアブソルのメガシンカが可能になった。

 

手持ちポケモン

新たにアヤシシが進化した。

 

ニンフィア ♀ 特性:フェアリースキン

技:でんこうせっか、めいそう、シャドーボール、ハイパーボイス

今回はあまり良い所が無かったが、ハイパーボイスの範囲攻撃はやはり強力。次章で活躍成るか。

 

 

オドシシ→アヤシシ(サイゴクのすがた) ♂ 特性:いかく

技:あやしいひかり、さいみんじゅつ、バリアーラッシュ、シャドーボール

霊脈の元で一皮向けたことで、原種とは違うノーマル・ゴーストタイプに進化した。単純に技を命中させるまでのラグが短くなり、相手からすれば何時発動するか分からないアヤシシの変化技に怯える羽目になる。

 

 

バサギリ ♂ 特性:むしのしらせ→きれあじ

技:がんせきアックス、つばめがえし、???、???

実は特性パッチによってひっそりと特性が変わっていた。鉄砲玉として先発に投げられることも多いが、野生ポケモン相手には負けなし。ヨイノマガン相手にも食らいついていったので、今後も成長が期待できるパーティのエース格と言える。

 

 

ヘイラッシャ ♂ 特性:てんねん

技:ダイビング、アクアブレイク、ゆきなだれ、ボディプレス

その鈍重さと巨体を、メグルもようやく扱えるようになってきている。シャリタツが口の中に入れば苦手な分野も無くなるので、無敵。”魔物”のじゅばくがんを受けながらも、戦闘を継続していたので根性はある。

 

 

シャリタツ ♀ 特性:しれいとう

技:りゅうのはどう、だくりゅう、こごえるかぜ、みずのはどう

今回もクレバーな戦いを見せてくれたが、怒らせると怖いのはやはりドラゴンタイプといったところ。だくりゅうを習得したことで、高威力の水技を手に入れたが、やはり味方を巻き込んでしまうのがネック。イデア博士曰く、ヘイラッシャの口の中に潜むだけではなく時折口の中から飛び出して援護射撃もするのは、同種の中でも好戦的な個体に見られる特徴らしい。

 

 

アブソル ♀ 特性:おみとおし

技:シャドークロー、バークアウト、???、???

戦闘力の高さはさることながら、未来予知を生かした便利屋が板についてきた。戦闘では、突き刺して相手を拘束できるシャドークローの汎用性が高い。あまりにも汎用性が高いので、これで大体解決してしまう。

 

 

 

アルカ 女 20歳

実はメグルよりも年上。彼女は、メグルの方が年上だと勝手に勘違いしていた。ノオトやゴマノハに敬語を使わないのは、一目で年下であることが分かるからである。それでも、今更呼び方や喋り方を変えるのが恥ずかしいのと、メグルは数少ない甘えられる相手なのでそのままにしている。

お酒好きであることが判明したが、飲み方はあまりよろしくない。嫌な事があった時にそれを忘れるために飲むので、すぐに酔ってしまうのである。

3匹のポケモンを新たに捕獲した上に、メガストーンを入手。手持ちの最後の一匹を悩んでいる模様。

 

手持ちポケモン

 

カブト ♂ 特性:すいすい

 

ヘラクロス ♂ 特性:こんじょう

 

モトトカゲ ♂ 特性:だっぴ

 

ゴローニャ ♂ 特性:がんじょう

 

ナカヌチャン♀ 特性:かたやぶり

 

 

手持ち候補

 

オトシドリ ♀ 特性:するどいめ

 

ジャローダ ♂ 特性:しんりょく

 

 

 

ノオト 男 13歳

タマズサに敗北し、おやしろを守れなかったことから、強くなることには誰よりも貪欲。それはそれとしてナンパ癖は筋金入り。騙されても、ルカリオに制裁されても、こればっかりは懲りることがない。実際、同年代や少し年上の相手にモテるので、彼女は出来たが、結局根が真面目過ぎて長続きしなかった模様。まだ若いので、是非ともめげずに頑張ってほしいものである。6歳も年上なのにこの歳までモテとは無縁だった主人公も居るのだから。

 

手持ちポケモン

 

ルカリオ ♂ 特性:せいしんりょく

 

ジャラランガ ♂ 特性:ぼうじん

 

カラミンゴ ♂ 特性:きもったま

 

コノヨザル ♂ 特性:やるき

 

パーモット ♂ 特性:しぜんかいふく

 

 

 

キリ 性別不明 ?歳

よあけのおやしろ”すながくれ忍軍”の当代頭領。非常に冷静で頭の切れる知将であり、聡明な考えを持つ落ち着いた性格。しかし、何処へ行くにも忍装束に仮面、そしてボイスチェンジャーを付けており、性別も年齢も分からない。御三家三社と旧家二社の結束に尽力している。しかし、よりによって”ひぐれのおやしろ”こそサイゴクの暗部とも言える存在であるが故に、なかなか信用してもらえないことを憂いている。一方、こんなに怪しい風貌の割に御三家三社のキャプテンからの評価は高く、一個人としては信頼のおける人間という認識で一致している。

 

 

ゴマノハ 女 15歳

”すながくれ忍軍”に所属する下忍。彼らの拠点で普段は雑用をしている。と言うのも、対面恐怖症に加えてコミュ障のため、まともに接客が出来ないのである。本人は改善するため努力しているが、未だに治る気配はないしそう簡単に治るものでもない。

だが、ダメダメなのは普段だけで、その忍術を発揮せねばいけない状況に陥った時は、一転して頼もしさをみせる。そのためか、おやしろの忍者からも信用されているらしい。ノオトは、身内以外で数少ないまともに喋れる人間。何かと彼の事を案じている。

 

手持ちポケモン

 

メテノ ─ 特性:リミットシールド

キャプテン・キリから拝借した個体。その割にはよく懐いている。

 

 

【ポケモン本編からのゲスト】

忍者回という理由で、歴代最古の忍者と歴代最新の忍者が登場。二人とも毒使いだが、クワゾメの忍者は岩・地面・鋼使いである。

 

 

キョウ 男

ファ! ファ! ファ! でおなじみの、カントー地方の四天王で毒使い。忍者で子持ち繋がりで、先代クワゾメのキャプテン・ウルイと親交があった。その好で今回の修行に協力した模様。フシギバナは比較的新入りで、公式戦では使用していない。

 

手持ちポケモン

 

モルフォン ♂ 特性:いろめがね

 

アリアドス ♂ 特性:ふみん

 

フシギバナ ♂ 特性:しんりょく

 

 

シュウメイ 男

SVでの事件は一通り終わった時系列のため、同胞と束の間の休暇で忍者の里巡りの旅行をしていた。スケジュールがかなりカツカツですぐにカントーへ向かってしまったが、テング団の襲来の事を考えるとコレで良かったのかもしれない。

 

手持ちポケモン

 

ブロロローム ♂ 特性:ぼうじん

 

スカタンク ♀ 特性:あくしゅう




リージョンフォームポケモンの解説は次章へ持ち越しです。第六章をお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章:戦火滾る災獄
第96話:カバルドン包囲網


 ──サイゴク地方の地下を貫くようにして通る莫大な霊的エネルギーの流れを”霊脈”とサイゴクの民は呼ぶ。

 それがもたらすのは、ポケモンへの新たな進化や、自然の恵み。そして、人にとってもポケモンにとっても過酷な災禍の数々。

 従って、霊脈は健全な開発をも阻むとされている。山を切り開こうとすれば、漏れなく祟りと言わんばかりに山崩れや土砂崩れが起き、木々を切り倒せば漏れなく祟りと言わんばかりに嵐が吹き荒れて、それはポケモン達をも巻き込んだとされる。

 サイゴクのキャプテンが──特にリュウグウが自然開発に対し慎重になるのは何も自然活動家被れだからではない。

 真の意味でこのサイゴクの自然を恐れているからである。現に科学では説明できない災禍が、今まで何度も起こっており、何人も人が死んでいる。

 一方、おやしろによって守られた5つの町とその周囲にある町は、霊脈の影響を受けずに大規模な開発がされており、今に至る。

 故に、口に出さずとも歴代のキャプテン達は薄っすらと分かっていた。

 おやしろとは、霊脈に打たれた()であり、サイゴクの民に残された数少ない安息ではないか、と──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──”すながくれ忍軍”第三拠点。海岸から洞窟を通って侵入することができる、彼らの秘密基地の一つ。

 外敵が出現した時に備えて作られた場所で、外殻は頑強。シェルターとしての役目を担っている。

 

「……これが、砂丘を進撃している敵の全体写真だ」

 

 忍者達からメグルに、砂丘を進撃する巨大な写真が渡される。

 全高20メートル。その身体は藻に覆われているものの、カバのような姿から何となくじゅうりょうポケモンの特徴に当てはまる、とメグルは考える。

 しかし、頭部には皿が生えており、背中の甲殻は亀のそれに酷似しており、全身が藻に覆われていることもあって、その姿は河童そのもの。

 船上で見せられた画像を見て、メグルは眉を顰める。これを河童と呼ばずにして何と呼ぶのだろうか。

 

「カッパでカバってことか……そんなバカな!?」

「カッパ? カッパって何ですか、おにーさん」

「ハスブレロみてーな……妖怪だよ。俺達の世界の想像上の生き物だ」

「……オレっち、こいつ見た事あるッスよ」

「え? いや、そういえば俺も見たことあるような」

「……イッコンの修練場に緑色のカバルドンのカラクリがあったと思うんスけど……色が間違ってたんじゃなくって、コイツを表してたんスよ!」

「あー! あったあった!」

「じゃあ500年前にもテング団が差し向けてるのか……! アルカ、こいつについて分かる事は!?」

「ヒャッキのカバルドンは、湿地帯に住んでると聞いた事があります。ただし、あいつらの住処は高温多湿の上に危険生物の詰め合わせ、とてもじゃないですが人が住めたものじゃないですね」

「生態系の圧倒的強者ッス……こっちのカバルドンとそこは変わらねえみてーッス」

 

 問題は、あまりにも巨大すぎるという点に尽きる。

 全高だけでヨイノマガンと張り合えるカバルドンなど、大怪獣も良い所だ。

 

「流石にあそこまで大きな個体は聞いた事が無いです。群れのボス個体で間違いないかと」

「どうやってあんなデカいのを調達したんだ……!?」

「……ギガオーライズしたポケモンで、屈服させたんだと思います」

「捕獲した、ってことか……!」

「どうやってこいつを倒すかッスね。ご丁寧に、頭の上には誰か乗ってるし」

「タイプを考えよう。雨を降らせていて、緑色で、グラスフィールドを展開しているんだろ?」

「もうそれ、答え出てるんじゃねーッスか?」

 

 雨を降らせるような力を持つのは水タイプかエスパータイプ。グラスフィールドが展開できるのは草かフェアリータイプに多い。

 そして、カバ、河童、全身に生えた藻といった特徴から加味しても、思いつく複合タイプは──草で水タイプだ。

 

「そうですね……捕獲事例が少ないポケモンなんで、資料にタイプは書かれてないんですが、多分そんな気がします……」

 

 問題は、分かったところで水と草は比較的優秀な部類の複合であることである。弱点は虫・毒・飛行の3つで、比較的マイナーなタイプが揃っている。

 水の弱点である電気と草が等倍、草の弱点である氷や炎が等倍と、互いの弱点を打ち消すような相性になっているからだ。

 

「それでも草の弱点の多さが足引っ張ってっから……毒なら、キョウさんに任せれば良いよな」

 

 そのキョウと言えば、先におやしろの忍者と共に打ち合わせに行ったのだという。

 毒を盛れば、幾ら耐久の高いポケモンでも時間経過で体力が減っていく。

 この戦いは彼がカギを握ってくることになるだろう、とメグルは考えた。

 

「フリーズドライを持ってる氷ポケモンでも居りゃあ、有利に立ち回れるんスけどねえ。4倍弱点ッスから」

「居ねえモンは仕方ねえよ。弱点が突けねえなら相手から弱点が突かれないポケモンの等倍技で押していけば良い。……この戦いの初動、多分お前に掛かってるぜ」

「え?」

 

 そう言って、メグルは鞄からビッグバトルレースの準優勝商品で手に入れた特性パッチを取り出し、アルカに渡した。

 

「これって……良いんですか?」

「一個はバサギリに使ったからな。俺の手持ちは通常特性が優秀な奴らばかりだから、もう一個の使い道は悩んでたんだけど……」

 

 バサギリの隠れ特性は”きれあじ”。相手を斬る技の威力が上昇するというものだ。”がんせきアックス”を始めとするバサギリの技と非常に相性が良かったのである。

 だが、それ以外の手持ちはわざわざ”特性パッチ”を使うような隠れ特性は持っていなかったのである。

 ニンフィアは元々隠れ特性の”フェアリースキン”、アヤシシは”いかく”が優秀。アブソルの隠れ特性は”プレッシャー”だが、通常特性の”おみとおし”が未来予知の強力さに直結しているらしく変更する理由が無い。ヘイラッシャは”天然”が優秀、シャリタツは”しれいとう”でなければそもそもヘイラッシャと合体が出来ない。

 従って、もう1つの特性パッチの使い道をメグルは失っていた。

 

「……ッ! そうか、モトトカゲの特性を隠れ特性の”さいせいりょく”に変えてあげれば、強そうですね!」

「いや、そっちも強いけど──」

 

 

 

「待たせたでござるな」

 

 

 

 カバルドンの対策で盛り上がる拠点の一角に現れたのは、忍装束に仮面を付けたキャプテン・キリだった。

 遅れて現れた彼に、ノオトは怒って詰め寄る。

 

「遅いッスよ! 今まで何してたんスか! サイゴク中の危機、なんスよ!?」

「落ち着くでござる。敵を知り、己を知らば百戦危うからず、でござるよ、ノオト殿」

「うぐっ……流石キリさんッスね。こんな時でも冷静ッス」

「……いや、少なからず取り乱しているでござるよ。あの巨体に加え、三羽烏も居るとなれば、ヌシ様と共同でも手に余る」

 

 キリはタブレットを取り出し、それをメグル達に渡す。

 巨大なカバルドンをドローンで上空から撮影した写真だ。

 写真を拡大していくと──テング団の団員らしき者が乗っている。

 その特徴的な羽根飾りと、仮面。他の下っ端たちとは一線を画す見た目。 

 そして、少女のような背格好。メグル達は、彼女を知っている。

 

「……アルネ……ッ!!」

「三羽烏とは聞いていたけど、よりによってまたコイツッスか……!!」

 

 アルカが怯えた顔を見せる。

 アルネは、彼女の妹であり、そして──卓越した頭脳と、無いも同然の生命倫理を併せ持つ科学者だ。

 入って来た情報では、ベニ、シャクドウ、クワゾメをそれぞれ三羽烏がテング団を引き連れて襲撃している。

 

「もしかしてこのカバルドン、コイツの実験で巨大化したとか……!」

「考えたくねえッスね。つーか、またあのフーディンと戦わせられるんスか。そっちから何人、カバルドンの足止めができるッスか? キリさん」

「既に町中ではテング団の団員による破壊活動・略奪行為が始まっている」

「ッ……戦力は限られてるって訳ッスね」

「そして、このサイズでは、通常の技を当てただけではダメージを与えることもできないでござる。全高だけでヨイノマガンと並ぶ怪獣。総力戦でなければ、倒すことはできない」

「ヨイノマガンの攻撃なら通用すると思うんですけど……」

「敵は、ヨイノマガンの性質を理解し、自分に有利な戦場で戦おうとしているでござる。そのために、あのカバルドンで砂丘そのものを封じてきたのだろう」

 

 ヨイノマガンの最大の武器は、砂漠を味方に付けることが出来る点にある。

 砂がある限り破壊された部位を再生し、砂がある限り、それを吹き荒れさせることで自分の防御を強固なものにする。

 しかし、カバルドンは砂丘そのものを緑化して封じ込めている。ヨイノマガンの強みの一部は抑えられてしまっている。

 せめて救いがあるとするならば、元々のフィールドである湿地帯ではないおかげで、進撃する速度は然程速くないことであった。

 

「先ず、拙者とノオト殿、キャプテン二人で三羽烏・アルネを空中から襲撃する」

 

 ──対三羽烏班はキリとノオトの二人が入る。

 特にノオトは、一度アルネに勝利しているので、戦力としては信用できるとキリは判断した。

 

「オオワザのカラクリは、ノオト殿のおかげで判明済み。尤も、相手が一度破られた手を二度使うとは思えないが」

「任せておくッスよ!」

「そして、残る面々でカバルドンの攻撃に入ってほしい。敵の四足全てを封じ込め、カバルドンがこれ以上おやしろに近付かないように食い止める!」

 

 ──カバルドン攻略隊は、残りの残存戦力全て。

 正面からの攻略は不可能の為、部隊を3つに分けてカバルドンを段階的に弱体化させていく必要があるとキリは考える。

 

「先ず、アルカ殿は弱体化班だ。四天王・キョウ殿と同じチームで行動してもらう」

「弱体化?」

「先発隊がカバルドンの足止めを行った後、弱体化班がカバルドンの弱体化を行う。主力はキョウ殿だ。アルカ殿の手持ちはパワーに優れた者が多い。キョウ殿の援護を行ってほしい」

「わ、分かった……!」

「そして、メグル殿は後ろ脚の破壊を行ってほしい。危険だが……貴殿の実力を見込んでの頼みだ」

「任せておいてください! アブソルの未来予知があれば、大抵の危ない事は察知できますから!」

「ああ。それを織り込んでの抜擢でござる。残る脚は、忍者隊が破壊する」

 

 ──作戦はこうだ。

 先に空中からキャプテン二人が三羽烏を襲撃。アルネはカバルドンへの攻撃をフーディンで妨害すると考えられるので、それを先回りして止めてしまうのである。更に、頭に攻撃を加えられるならば攻撃する。

 そして先発隊が、ポケモンや攻城武装を用いてカバルドンを足止めする。

 そして、弱体化班が中心となってカバルドンに毒を盛る。体が大きい分、複数の状態異常を入れることもできるだろう、とキリは考えている。

 その後、それぞれの足を破壊する部隊がカバルドンの脚を攻撃。

 四足全てを機能停止に追い込み、砂丘の上でカバルドンを動けなくするというものだ。

 

(あれだけの重量を持つポケモンならば、足を攻撃すれば自重で砂丘に沈み込み、そのまま動けなくなる。後は……火力次第でござる)

 

 

 

「──各員の健闘、そして……生還を祈る!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「カバルドンがおやしろに到着するまで残り5キロメートル」

「時間的猶予はねーッスね」

 

 

 キリとノオトは、ライドギアを付けたエアームドに乗り、パラシュートを身に着ける。

 敵は三羽烏。二人掛かりでも苦戦は免れない相手だ。

 一度勝利しているとはいえ、ノオトの胸中は穏やかではない。

 これは只のバトルではない。大規模な抗争なのだから。

 しかも戦う場所は、ヨイノマガンを上回る超巨大なポケモン。

 幾らキャプテンであると言えど齢13歳の少年が覚悟するには、あまりにも荷が重い相手だった。

 本能が危険だと伝えているのである。

 

(クソッ……収まれ腕……何で震えてるんスか……ビビってる場合じゃねーッスよ……!)

 

「ノオト殿。顔色が優れないでござるな」

「バッ、バカ言うんじゃねーッス!! この時の為に、鍛えてきたんス!! 今更後戻りできるわけねーッス!!」

「……それでこそノオト殿だ。しかし、このような事態は拙者も初めて……正直、慄いているでござるよ」

「キリさんも……」

「これを部下の前で言えば、怒られるどころでは済まないでござるが……無理に抑え込むよりはマシでござる。恐怖とは生命に備わる防衛本能。たとえおやしろが壊れようと──死だけは避けるでござるよ」

「わぁーってるッスよ。可愛いお姉さんと付き合えないまま、死ぬわけにはいかねーッス。バケて出てやるッスよ」

「……いつもの調子に戻って来たな。ゴマノハのヤツも貴殿の心配をしていたでござる。この作戦、生きて終わらせるでござるよ」

「そういやゴマノハさんは今何処にいるんスか? 上陸してからすぐどっか行っちゃって……」

「彼女の心配をする必要はないでござる。拙者の指示で、既に任務に当たっている」

「それもそうッスよねえ。……よし、気合入れてくッスよ!」

 

 エアームドが飛んだ。

 物凄い勢いで急上昇し、すぐさまカバルドンが居る地点へ向かっていく──

 

「──目標地点まで残り800メートル。ノオト殿、敵の攻撃が来るかも分からぬ。いつでも降りる準備をしておくでござるよ」

「了解ッス!!」

「先発隊、カバルドンの攻撃に入れ!!」

 

 足元では、ライドポケモンに乗った忍者達がワイヤーを使ってカバルドンの脚の周りを飛び回る。

 カバルドンの四脚には、イシツブテの形をした爆弾が大量に括りつけられ──それが同時に爆発。

 流石の衝撃に、カバルドンの動きが一瞬止まり、唸り声を上げた。

 外皮には一切傷がついていないが、それが降下の合図となる。

 

「今でござる──ノオト殿!!」

「応ッス!!」

 

 エアームドから二人はカバルドンの頭部の皿目掛けて飛び降りた。

 パラシュートが開き、落下の速度を抑え──そのまま二人は無事に水の溜まった皿の上に着地した。

 

「──三羽烏・アルネ! 今日という今日は逃がさねーッスよ!」

「……サイゴクの平和を乱した罪、その身で償ってもらうでござる」

「……」

 

 ぐるり、と名前を呼ばれた彼女は振り返る。

 仮面に覆われて、表情は分からない。しかし──慌てた素振りは全くない。

 此処に来るまで彼女はポケモンを出さなかった。降ってくる彼らを攻撃しようと思えばできたにも拘わらず。

 

(……最悪の可能性まで想定していたでござるが……いやにあっさり通したでござるな……!)

 

「──またキャプテン二人とやり合うのね。……面倒。しかも、また貴方? 姉さんじゃなくって?」

「アルカさんには指一本触れさせねーッスよ」

「……そう。でも、この間と同じと思わないで」

 

 大量のお札が舞い、目の前にフーディンが現れる。

 更に、きゅぽんと音を立てて瓢箪から現れたのはヒャッキのすがたのオニドリルだ。

 

「……”赤い月”を目覚めさせれば、ヒャッキの文明レベルは更に進歩する。ううん……本来あるはずだった進化に行き着く」

「わりーけど、さっさと国に帰ってもらうッスよ!!」

「サイゴクを踏み荒らす蛮行、見逃すわけにはいかないでござる!」

 

 ノオトはルカリオを、そしてキリは緑色の棘を背から生やした怪獣のようなポケモンを繰り出す。

 それが現れた瞬間、雨が降っていた戦場は一気に砂が吹き荒れる。

 

 

 

「バギラァァァーッ!!」

 

 

 

【バンギラス よろいポケモン タイプ:岩/悪】

 

 

 

 ──バンギラスは、キリの切札として知られているポケモン。

 その重厚な鎧は滅多な攻撃を通さず、山をも食い荒らす凶悪性を併せ持つ。

 

「ノオト殿。遠慮は無用! 最初から全力でござる! 作戦前に渡した()()を──!」

「了解ッスよ!」

 

 ノオトの腕には──煌めく輝石が埋め込まれた腕輪が嵌められていた。

 キリも同様のものが腕に嵌められていた。

 

 

 

「──ルカリオ!!」

「バンギラス!!」

 

【ノオトのメガリングと ルカリオナイトが反応した!】

 

【キリのメガリングと バンギラスナイトが反応した!】

 

 

 

 メガシンカ!! の掛け声と共に、2匹が極光に包まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話:メガキャンセラー

「あれ──?」

 

 

 

 メガシンカは起こらなかった。ルカリオも、バンギラスも、全く変化が起こらない。

 彼女の腕には黒いバングルが巻かれていてそれが妖しい光を放っている。

 

「……確かに私は三羽烏の中では最も弱い。だけど……この頭脳は誰にも負けない。負けたことがない」

 

 コンコン、と彼女は自らのこめかみを叩く。それで何が起きたのか、ノオトもキリも理解した。

 あのバングルが、メガシンカを阻害しているのである。

 

「かわらずのいしの力を研究し、開発したメガキャンセラー。貴方たちキャプテンに効果は覿面のはず」

「ッ……やっぱコスい手使ってきたッスね!!」

「……ある意味想定通りと言えば想定通りでござる──ッ!!」

 

 オニドリルが飛翔し、バンギラスを狙って飛び掛かる。

 すぐさま岩の刃を放ってそれを防ぐバンギラスだが、鈍重さが災いして攻撃を当てることができない。

 

「ノオト殿!!」

「ハイッス!!」

 

 しかし──それは、あくまでも囮。

 鋭い岩の剣に、フーディンとオニドリルが気を取られたその一瞬で、キリはバンギラスにボールビームを当て、もう片方の手に忍ばせていたボールを放る。

 

()()()()して、安全に交代させた……!?」

 

「砂は撒いた! 速度で圧倒し、喰らいつくッ!!」

 

 

 

【ルガルガン(まひるのすがた) オオカミポケモン タイプ:岩】

 

 

 

 降り立ったのは首周りから鋭い岩石の突起物が生えた、狼の如き獣。

 それが地面を蹴った時、アルネの視界から消えた。気が付けば、オニドリルは首を噛まれ、叩き伏せられていた。

 

(はっ、速──ッ!!)

 

「凍てつけ──”こおりのキバ”!!」

「ッ……フーディン“しきがみらん──”」

 

 バキバキ、と音を立ててオニドリルの身体は凍っていく。 

 地面・飛行タイプに氷技は4倍弱点。地中に潜ることに適した嘴の先まで凍えていく。

 そしてフーディンが大量のお札を浮かび上がらせようとした瞬間、鉛の如く重く、そして弾丸よりも速い拳が襲い掛かる。

 

「──コルクスクリューのようにぶち抜かれたことは、あるかよ?」

 

 フーディンは攻撃に使うはずだったお札を身代わりにして避けなければ倒れていた。

 それほどまでに強く抉るような、そして音を置き去りにするような一撃だった。

 躱すことこそできたが、アルネは戦慄していた。オニドリルが倒された上に、結局フーディンは何もできなかったのである。

 

「……そう、分かった。その犬のようなポケモン……砂嵐で素早さを増すのね。しかも利口。それ以上近付けば、フーディンの張った罠に掛かって自分が倒されることを分かってる」

「ガルルルル!!」

「此処まで抜け目のない貴殿のような女が、本当に無防備を晒すわけがないでござるからな」

 

 ルガルガンがアルネを狙って首元の岩を弾丸のように飛ばすと──間もなく爆ぜた。 

 そしてはらはら、と地面に燃えカスになったお札が落ちる。

 ドーム状のように、透明な御札がアルネの周囲に浮かんでおり、彼女に危害が加わった瞬間爆ぜるようになっているのだろう。

 

「……どの口が。その犬っころ……前に戦ったドラパルトよりも速い……ッ!」

「そりゃそうッスよ。すなかき発動したルガルガンは、姉貴のドラパルトでも追いつけねえッス」

 

(んでもって、的確に相手の弱点を突く技を覚えてるから……相手は死ぬしかねーッス。キリさん自慢の切り込み隊長ッスよ!)

 

 よあけのおやしろはヌシのタイプの都合上、岩タイプのエキスパートの集まりと思われがちだ。

 しかし、実際には鋼、地面、岩と砂嵐の下でダメージを受けないタイプの使い手達が揃っている。

 彼らは岩使いではなく、砂使いが正しく、そこから更に戦い方が個々人で派生していく。先代のウルイは岩タイプに特化していたのに対し、キリの戦術の軸は”砂”だ。

 天候を操り、砂嵐を撒くことで恩恵を受けるポケモンで手持ちが固められているのである。

 

「でも……それで勝てると思ってるなら──」

 

 その時だった。

 フーディンの周囲の空気が一気に変わる。

 

 

 

【フーディンの にほんばれ!】

 

【ひざしが つよくなった!】

 

 

 

「──三羽烏、()()()()

 

 砂嵐はぴたりと止み、曇天の切れ間から陽の光が差し込んだ。

 ルガルガンに纏わりついていた砂は一気に霧散し、その素早さは一気に失われる。

 

「これで一気に戦況は覆った」

「……ならば、先制技で落とすでござるよ! アクセルロック!」 

「追従するッス!! ルカリオ、バレットパンチッス!」

 

 ルガルガンが突貫し、フーディンに喰らいつく。

 しかし喰らいついた身体はバラバラになり、無数の御札となってしまう。偽者だ。

 更にはらりはらりと宙に舞った御札が連鎖的に爆発して、ルガルガンは勿論、後続のルカリオをも巻き込んで焼いていく。以前よりも、御札の爆発の威力が格段に上がっている。

 すぐさま起き上がるも、2匹の身体は青い炎が纏わりついていた。火傷状態だ。

 

「クソッ、聞いてはいたが、本体の場所が全く分からないでござる──!」

「ハズレ。本物はこっち」

 

 キリとノオトはその声で振り向いた。

 既にフーディンは彼らの後ろを取っていたのである。

 既にルガルガンの素早さの優位性は失われた。この戦場を支配するのは、フーディンだ。

 

「……遊びはおしまい」

 

 アルネは数珠を取り出し、オージュエルを指でなぞる。

 フーディンは赤い炎に包まれていき、九つの尾を持つ、白き仙狐の如き姿へと変貌した。

 

 

 

「──ギガオーライズ”ワカツミタマ”」

 

 

 

【フーディン(ギガオーライズ) おんみょうポケモン タイプ:炎/フェアリー】

 

 

 

「この猛る灼熱、紛れもなく炎タイプか──ルガルガン、アクセルロック!!」

 

 ルガルガンの姿が再び消えた。

 そのままギガオーライズしたフーディンを仕留めるべく高速で突貫する。

 しかし、その身体を襲うのは、爆発。

 動こうとしたルガルガンの足元が大きく爆ぜ、吹き飛ばしてしまった。

 

「あ、足元も!?」

「──気を付けた方が良い。ギガオーライズしたフーディンが操るのは”発火”。何も無い場所でも、すぐに火を付けたり爆破できる」

「自然発火ということでござるか……!」

「ッ……これじゃあ、手の出しようがねぇッス……!」

 

 そうこう言ってる間に、ノオト達の足元も妖しく光る。

 すぐさま彼らが飛び退くと、立っていた場所が爆ぜるのが見えた。

 ルガルガンを再び粉塵が包み込み爆発が巻き起こる。あまりの威力の高さに、耐えられず、ルガルガンは倒れてしまうのだった。

 加えてルカリオも、何が起きたのかも分からないまま膝を突いてしまう。

 切札的存在を瀕死にさせるわけにはいかないので、ノオトは彼をボールに戻す。

 

「どうなってるんスか!?」

「前触れに、火の粉が集まっていくのが見える。何処が爆発するかはそれで分かるでござるが──」

「避けられるかどうかは別問題っしょ!?」

「ッ……炎技なら日差しを先ず何とかせねば! バンギラス──」

 

 再びバンギラスを繰り出そうとした矢先だった。

 キリの周りを火の粉が包み込む。

 

「危ないッ!!」

 

 思わず、勢いよくノオトがキリを突き飛ばした。

 次の瞬間、火の粉が凝縮して勢いよく爆発した。

 

「かたじけないでござる、ノオト殿……!」

「やべーッスよ、コレ……! 幾ら何でも前触れ無く人やポケモンを焼けるわけじゃねーみたいッスけど……!」

 

 発動時には必ず、火の粉が現れる。

 その場を動かなければ、対象は炎に包まれて爆破に巻き込まれる。

 ラグこそあるが、いきなり爆発が起きるのは脅威そのもの。二人は動き続けて、ポケモンを出すチャンスを狙うが、モンスターボールを出す手に火の粉が纏わりついたので飛び退くとすぐに爆発したり、着地した場所に火の粉が現れたので走って爆発から逃れたり、と息吐く暇もない。

 普通の人間ならば、とっくに爆炎に包まれているところである。一発一発の爆発は然程強くなくとも、足を止めたが最期何度も爆発に巻き込まれ、命は無い。

 以前のアルネは、ギガオーライズ後のオオワザに気を取られ、フーディンの性質変化を正しく理解していなかった。呪術はあくまでも副次的な要素に過ぎず、ワカツミタマが齎す真の災禍は()()()()だったのである。

 

「タマズサに負けて、あれから修行して強くなったつもりなんだろうけど……まさか、私があれから寝てたと思ってる?」

「ッ……メガシンカ封じておいて、ポケモン出すのも邪魔しておいて、イキり散らかしてんじゃねーッスよ!!」

「ウィークポイントは潰すもの。改善点は改善するもの。科学者として当然のことをやっているまで」

「開き直ってんじゃねー!!」

「……そろそろウザいし、片付けるかな」

 

 アルネと同時に、空気中に大量の火の粉が充満する。それが意味するのは、辺り一帯全ての爆破。

 確実な死を察知し、ノオトもキリもその場から走り出した。

 

「こんなのアリッスか!? あいつも吹き飛ぶっスよ!?」

「最早なりふり構ってられないでござる!! 飛び降りるでござるよ!!」

 

 当然、自らも爆発に巻き込まれるリスクに晒されるアルネだが、彼女を守るようにして御札が周囲を取り囲み、”守”の文字が現れる。

 

「対爆破防御完了……()()()()()()()、起爆して」

 

 火の粉が凝縮した。熱がその場に満ち満ちる。

 

 

 

【フーディンの ばくえんあらし!!】

 

 

 

 間もなく、爆発が巻き起こる。

 ギリギリで皿の上から飛び降りた二人を──容赦なく熱の突風が吹き飛ばした。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 キャプテン二人とアルネの交戦が確認された時点で、作戦は開始された。

 先遣隊がカバルドンの脚を爆破した後、キョウ達がカバルドンに接近して弱体化を図る。

 幾ら巨大と言えど、ポケモンはポケモンでしかない。技を使えば、幾らでも能力を下げる事はできるし、状態異常にもなる。

 忍者達の乗るハガネールが、カバルドンに向かって甲高い金属音や、嫌な音を浴びせかける。

 全高20メートルと巨大なカバルドンだが、ハガネールも全高9メートル以上と巨大な部類なポケモンだ。ぎりぎり、その音を怪物の耳に届かせることに成功した。

 通常種と比べて青い目がぎゅっ、と不快感で瞑られる。効果はあるようだ。

 そして、そのままハガネールたちは、怪物を足止めするべく身体全部で足にぶつかっていくのだった。流石に馬力が違うのか、押し切られてしまっているが、巨体の動きは止まっていく。

 

「──モルフォン、アシッドボム!!」

 

 フシギバナの上に乗っていたキョウは、モルフォンに指示し、強酸性の毒の爆弾をカバルドンの顔面にぶつける。

 すぐさま呻き、足を止めるカバルドン。ダメージは殆ど入っていないものの、その特殊防御力は先の金属音も合わせて、かなり下がっている。

 

(それにしても……さっきからメガシンカを試みているが、フシギバナの姿に何も変化が起きない。何かが起きてるな……!)

 

 キョウがメガリングに触れても、フシギバナはメガシンカしない。

 巨大な敵相手に、耐久性を確保したかったキョウだったが、何度か試みた後にそれが三羽烏の策によるものであることを察する。

 こちらの作戦に大きな支障はないが、気掛かりなのはノオトとキリの二人だ。幾らキャプテンと言えど、メガシンカが無ければ三羽烏の相手は厳しいものとなることは想像に容易い。

 

(……今は、カバルドンの弱体化が最優先だが……どうか無事であってくれ!)

 

「今だ! ヤツの動きを完全に止めよ!」

 

 インカムにキョウは指示を出す。

 それを受けて飛び出したのはモトトカゲに乗ったアルカだった。

 巨体を前に、息を詰まらせる彼女だったが、臆せずにボールを投げ込む。

 飛び出したのは流島で捕獲したポケモン、ジャローダだった。

 この場で彼女に命じられた大きな役割、それは──

 

 

 

「──”へびにらみ”!!」

 

 

 

 ──カバルドンを麻痺させて、進軍を止めてしまうことである。

 ギィン、と赤く鋭い目がカバルドンを睨み付ける。

 支配者の魔眼と目があったことで、カバルドンの巨体は痙攣し──そのままがくり、と動きが止まってしまうのだった。

 当初、カバルドンを毒状態にするか麻痺状態にするかは意見が割れたが、あの巨体では毒を盛ったところでなかなか倒れはせず、戦況には影響しないと判断されたのである。

 そして麻痺は自然に回復することはない。これで、半恒久的にカバルドンの動きは封じられた。

 

「よ、よっし! 麻痺した! 成功だ!」

「キィーイ!」

 

 嬉しそうにジャローダは甲高く鳴く。

 しかし、喜んでいたのも束の間。今の今まで大人しく攻撃を受けるだけだったカバルドンが──遂に動き出した。

 麻痺してしまったため、その動きは鈍重そのもの。しかし、ひとたび吼えただけで周囲にはいきなり水が溢れ出す。

 

【カバルドンの──】

 

 

 

「退避!! 全員退避!!」

 

 

 

【──だくりゅう!!】

 

 

 

 反撃を予期していた全員は予め離れていたが、大洪水が引き起こされ、周囲の砂地を水の中に飲み込んでいく。

 すぐさまオトシドリによって空中に逃げ込んだアルカも、思わず声を漏らす。

 水に巻き込まれたハガネールたちが力無くぐったりと倒れていくのが見えた。忍者達は、すぐさまエアームドに乗って、倒れた手持ちを引っ込めて逃げていく。

 

(やっぱりとんでもないヤツだ!! あんなのが町で暴れてなくて良かった!!)

 

 もう少し遅ければ、自分はあの中に沈められていたかもしれない、とアルカは恐怖を感じるのだった。

 

(よ、よくこんなヤツ相手に戦ったよ、ボク……いや、麻痺を入れただけなんだけどさ……マージでちびるかと思った……)

 

 ばくばくばく、と未だに心臓は鳴り続けている。

 ともあれ、弱体化班は第一の仕事を終えた。

 カバルドンの弱体化には成功。その分厚い皮膚による防御力は軟化し、更に麻痺状態に。

 だが同時に、全員はカバルドンの引き起こす技が並みのポケモンのオオワザ以上の災害を齎すものであることを目の当たりにすることになった。

 そもそも、幾ら元の威力が低いとはいえ、特防が下がっている上に効果抜群であるモルフォンのアシッドボムですら、カバルドンはダメージを受けている素振りを見せなかった。

 巨大であること、単純にそれに伴う防御力の高さは、この場に居る全員の想像を優に超えており、徹底的に弱体化させて、漸くまともに戦えるかどうか分からないレベルだ。

 

(──後は頼んだよ、おにーさん……!)

 

 臨時拠点に戻っていく中で、アルカはあの怪物と真っ向から戦うメグルにある種の同情を禁じ得ないのだった。

 カバルドンは未だに外敵を振り払う為に、口から水を吐き出し続けており、近付くこともままならない。

 しかし、麻痺したことが響いているのか、そして弱体化技による不快感が想像以上に大きいのか、しばらくすると技を止め、再び進軍を始める。

 その時だった。

 

 

 

 ──ドッガァァァァァァァン!!

 

 

 

 爆音が鳴り響く。

 硝煙の匂いがこちらまで漂ってくる。

 カバルドンの皿が──爆発したのである。

 当の怪物も驚いたのか、ぴったりと動きを止めてしまった。しかし、頭部で起きたことなので成す術がないようであった。

 それよりも当然アルカが心配になったのは、カバルドンの頭の上で戦っていたはずのノオトである。

 

(え、ええええ……!? ノオト……死んでないよねぇ!?)




※ちなみに、オトシドリと入れ替えとなったのはゴローニャです。草も水も4倍だから仕方ないね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話:フェーズ・2

 ※※※

 

 

 

「……さて。流石にあれしきで死んではないはず」

 

 

 

 爆風が消えた後、アルネはカバルドンの皿の上から下の方を見下ろす。

 二人の影は見えない。爆破の直前に二人共飛び降りていたので、助かっているはずだ、と彼女は判断する。

 それもそのはず、フーディンは現在カバルドンを脳波コントロールで操作しているため、本来の出力で技を撃つことができないのである。

 むしろ、これだけの巨体を思った通りの場所に誘導しながら、更に戦うこともできるフーディンの知能が卓越しているといっても可能ではない。

 一言で言えばマルチタスクの鬼である。カバルドンを操りながら、アルネと自身を守りながら敵を攻撃しているのだ。

 

「フーディン。貴方は此処を離れちゃダメ」

 

 ぽん、と瓢箪から音が鳴り、中から現れたのは──全身が銀の鎧羽根に包まれ、頭部のみが赤い面に覆われた烏のポケモン・アーマーガアだ。

 

「──アーマーガア。フーディンの炎で焼けた邪魔者たちを啄んできて頂戴」

「カァーッ!!」

 

 タマズサの所持する個体程ではないが、それでも巨大な体躯を誇る悪烏は、すぐさま逃げたキャプテン二人を追うべく飛び始めるのだった。

 

「カッパババァァァァーッ!」

「おっと」

 

 にほんばれによって、湿っていた皿が乾きだし、カバルドンが呻き、吼えた。

 湿地帯に住むカバルドンは乾燥を嫌う。特に頭部の皿が乾くと、すぐさま濡らす為に自ら雨ごいを始めるのだ。

 すると晴れていた空は一気に曇り出し、再び雨が降り出す。

 

(こっちの命令はなかなか聞かないけど……皿が乾くのを嫌って、カバルドンは雨を降らせる。雨が降ればカバルドンが、日が照ればフーディンが強化される)

 

 カバルドンの降らせる雨は、ある程度の時間が経つと止んでしまう。幾ら及ぶ範囲が広いとはいえ、所詮はポケモンの特性によって降らせる雨だからである。

 そしてカバルドンはあまりにも巨大すぎてアルネの指示が全く聞こえない。そもそもマイペース極まるので、指示が聞こえても技を撃つまでに時間が掛かってしまうのだ。

 フーディンが脳に直接命令しても同じだったので、ヤドンのように元々ぼんやりしたポケモンなのである。凶暴極まる原種とは大違いである。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()は話が別だ。ただ雨が止んだだけならまだしも、晴れてしまうと頭の皿が乾いてしまう。

 そうなるとカバルドンは雨を降らせるためにあまごいを始めるのである。

 また、河童とは違い、皿が乾いたらカバルドンが弱くなるのはヒャッキに昔から伝わる()()()()()()()()()だ。進化前──即ち()であるヒポポタスが皿が乾くと弱ってしまうので、カバルドンも同じだと勘違いされたのである。

 

(嫌がりはするけど……()()()()。だから何も問題ない)

 

 雨が降っている状態だと自然発火の威力は小さくなるものの、アルネにとっては岩タイプ相手に優位を取れる水技が強化できる雨が降ってくれた方が助かるのである。

 この戦い、どう転んでもアルネが優位であることに変わりはないはずだった。

 

(それにしても、まさかカバルドンの頭にまだしがみついたりは……してないよね?)

 

「フーディン、奴らを探そう。念には念を、って言葉がある」

「フゥン」

 

 落ちたキャプテン二人を探す為に、アルネがその場から動いたその時だった。

 カチリ、と足元から音が鳴り──彼女の足元が爆ぜる。

 

「はっ──?」

 

 

 

 ──ズドォン!! ズバパパパパッ!!

 

 

 

 

 フーディンが介入する余地も避ける間も無かった。そもそも、他の事にリソースを割いているのだ。

 岩の破片が足元から間欠泉のように勢いよく飛び出し、腕の、そして脚の肉を切り裂いていく。

 鮮血がカバルドンの皿の上にぶちまけられて、彼女はへたり込む。

 脚には夥しい数の岩の破片が茨のように突き刺さっていた。

 

「あっぐ、痛い……ッ!! うぅ……ッ!!」

 

 思わず彼女は仮面を脱ぎ捨てる。

 目には涙が浮かんでいた。他者の痛みに無頓着な科学者は、自らの受ける痛みには敏感であった。

 そして、次の瞬間には自分があの忍者に嵌められたことを察したのである。

 岩の鋭さ、そして大きさから考えてもポケモンではなく、人間の四肢を使い物にならなくするための対人地雷としての運用を想定したものであり、自分を直接狙って傷つける為に仕掛けたものだとアルネは直感したのである。

 

「ス、”ステルスロック”……ッ!! 何時撒いた……!?」

 

 そもそも感知されないから”ステルス”ロックなのであるが、フーディンもアルネもステルスロックが何時撒かれたのか分からなかった。

 フーディンは宙に浮いているし、オニドリルも飛行タイプだ。地雷に引っ掛かるのはアルネしか居ない。

 となれば問題はどのタイミングでキリがステルスロックを展開したかであるが──

 

(まさか最初のストーンエッジを撃った時に──!?)

 

 砂嵐、そして岩の刃に気を取られていた、あの瞬間しか有り得ない。

 確かに彼女の周囲には御札による結界が守りを固めていた。しかし、足の裏までは守ることはできない。

 ポケモンよりも先に、それを使役する人間を無力化するという考えはキリも同じだったのだ、とアルネは歯噛みする。

 痛みで涙は滲む。生まれて初めて、真の意味で”してやられた”気分だった。

 

 

 

「許さない……ッ!!」

 

 

 

 喋る度に突き刺さった岩片が彼女の筋肉を断裂させ、血を噴出させる。

 フーディンに、キリとノオトを追わせようとするアルネだったが──激しくカバルドンの身体が揺れる。

 

 

 

「こ、今度は何──!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──何ィ!? カバルドンの皿の上が爆発して、その後ノオトとキリさんの姿が見えない!?」

「そうなんです、おにーさん……! 二人に何かあったのかもって……!」

「メガシンカも使えない以上、三羽烏とやら相手に苦戦を強いられたことは間違いない」

「分かった……気を付ける……! そっちで二人を探してくれるのか!?」

「探してるんだけど、なかなか見つからないんだよ……何処まで行ったんだろう、あの二人──爆風で遠くまで吹き飛んじゃったのかな……!?」

 

 帰還中のアルカとキョウのインカムから入って来た情報は、メグルを不安にするには十二分だった。

 ノオトとキリの安否は未だに不明。何処に行ったのかも分からない。しかも、今は敵の策略によってメガシンカが使えないのだという。

 アヤシシに跨り、カバルドンを追うメグルは歯噛みした。もう既に担当する脚に到着しようという時だったのである。

 この知らせは他の忍者達の耳にも入っている。しかし彼らは動揺する様子は見せない。

 

「──作戦は予定通り続行するッ!」

「で、でも──大丈夫なんですかね、あの二人──」

「キリ様は、すながくれ忍軍最強の忍者だ。そう簡単に死ぬはずがない──貴殿は、ノオト様を信じていないのか? メグル殿」

「ッ……いや、信じてます。信じてるけど──」

 

 メグルは自らの心を落ち着かせる。

 

「キリ様は……何を考えているか分からない、とよく言われる。それは、人よりも頭の回転が速く、常に二手三手先を見通して行動できる人間だからだ。そして決して、仲間を見捨てはしない」

「ッ……分かりました。俺も信じてみます!」

 

 ライドポケモン達で構成された編隊がカバルドンの脚に並ぶ。

 間もなく作戦地点にメグル達は到着する。脚だけでもビルのように太く、そして巨大だ。近くからではそれがカバルドンのものとは思えない。

 これが生物のものであると脳が理解を拒む。

 

「後ろ脚、冷却開始!!」

 

 オニゴーリ、ユキメノコといった氷タイプのポケモン達がカバルドンの脚を同時に冷却し始める。

 ”フリーズドライ”。超低温によって、水タイプをも凍てつかせる氷タイプの技だ。

 特防を下げた上で、放つ効果抜群の攻撃により、一気にカバルドンの脚は凍り付いていき、止まったのが見えた。

 

「かばばばぁ!?」

 

 咆哮を上げ、立ち止まるカバルドン。

 すぐさま周囲に居る敵達を洗い流すべく、水をその場に呼び寄せて解き放とうとする。

 しかし、それらは全て何処かへと吸い込まれていく。

 トリトドン──巨大なウミウシのようなポケモンだ。

 

【トリトドン ウミウシポケモン タイプ:水/地面】

 

【特性:よびみず 水技を呼び寄せる。】

 

「よしッ!! ”だくりゅう”無効化しましたっ!!」

「ぬぅめぇぇ!」

 

 彼らの特性は水技を引き寄せて無効化し、自分の攻撃力に変換するというもの。

 お返しと言わんばかりにトリトドン編隊は冷凍ビームを後ろ足に見舞い、オニゴーリとユキメノコを援護する。

 完全にカバルドンの後ろ脚は凍り付き、その動きは停止する──

 

「よしッ!! 四肢の破壊を開始する!! 奴をこれ以上おやしろに近付けるな!!」

 

 アーケオス、ハッサム、フォレトス、そして──メグルのバサギリがカバルドンの前脚に集り、次々に技をぶつけていく。

 後ろ脚は引き続き、オニゴーリやユキメノコがフリーズドライをぶつけ続ける。

 凍り付き、外殻となっていた草や藻に覆われた層が破壊され、皮膚が露出した──そこに、ポケモン達が一斉に技をぶつけていく。

 爆音を立てて、前脚の皮膚が抉れて剥がれる。

 凍結した後ろ脚は枷となり、動かなくなる。

 

「カッ、カッパババババババァ!!」

 

 咆哮したカバルドン。

 水が通用しないならば、とその周囲に蔓が、藻が、そして草木が次々に芽吹く。

 オオワザの予兆を感じ取ったポケモン達はすぐさま離れる。

 それは、生命の摂理も捻じ曲げる大地の暴走にして暴動。

 砂漠さえも緑一面に変え、樹海獄へと変える。

 

 

 

【──カバルドンの みどりのろうごく!!】

 

 

 

 一気に地面から樹木が突き出し、ポケモン達に襲い掛かり、巻き取り、そして薙ぎ払っていく。

 更に植物の成長は止まる様子を見せず、砂地を樹海へと変えていく。

 しかし──そのタイミングでカバルドンの顎下の地面が盛り上がった。

 柔らかい喉下を突き貫くようにして、閃光が砂下から放たれる。

 

 

 

【ヨイノマガンの たそがれのざんこう!!】

 

 

 

 いきなり至近距離から放たれた極光。

 それは、カバルドンの不意を突くには十二分なものだった。

 今の今まで地面の下に隠れていたヨイノマガンが突如、浮上し、極限までチャージしたオオワザを放ったのである。

 

「カッパババァ……ッ!?」

 

 地面に縛り付けられた巨体はそれを避けることも叶わず、オオワザは解除されて草木は朽ち果てていく。

 しかしそれでも、カバルドン本体は止まることが無い。

 目の前に敵を認め、再び地面を踏み鳴らし──激痛に顔をゆがめた。

 後ろ脚は凍り付き、前脚は外皮を抉られてボロボロになっている。もう、グラスフィールドを展開することはできない。

 

「ケェェェェェレェェェェスゥゥーッ!!」

「カッパバババババァ!!」

 

 怪獣サイズのポケモン同士による正面激突が始まった。

 カバルドンの技はヨイノマガンの弱点を突くことができる上に、想像以上に頑強であることが考えられた。しかも、カバルドンのグラスフィールドに覆われた砂丘ではヨイノマガンは受けたダメージを回復できない。

 そのため、最初からヨイノマガンを出してしまうと、押し負けてしまう可能性があったのである。

 従ってひぐれのおやしろが下した決断は、カバルドンを徹底的に弱体化させた上で、指定ポイントに着いた時点でヌシによるオオワザで不意打ちし、短期決戦でカバルドンを沈黙させてしまうことであった。

 話を聞いた時、流石にえげつないなと思ってしまったメグルだったが、同時にあの巨体を見るとこれしかない、と思わせるだけの説得力があった。

 闇討ち上等。これが、ひぐれのおやしろのやり方だ。

 ヨイノマガンが脚で何度もカバルドンの顔を蹴り付ける。

 一方のカバルドンも負けじと、口からエナジーボールを放ち、巨鳥にぶつけてみせる。

 技を受けて地に落ちたヨイノマガンだったが、ギランと頂点の眼が妖しく光るとカバルドンの身体を完全に地面に縛り付けてしまった。

 

【じゅうりょく 重力が強くなり、技が当たりやすくなり、飛んでいるポケモンは飛べなくなる。】

 

 ずん、ずん、と音を立ててカバルドンの身体が砂漠に沈み込む。

 自らの領地を犯した侵入者を決してヨイノマガンは許しはしない。

 すぐさま顔に何度も蹴りを見舞い、そして”パワージェム”をぶつける。

 最後に皿の上に乗っている三羽烏諸共、()()するべく高く飛び上がり、オオワザのチャージを始める──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空に浮かび上がったヨイノマガンを見て、アルネは目を見開き、唇を噛んでいた。

 

「何で──何で何で何で。こんなはずじゃ、なかったのに……!」

 

 フーディンが御札を展開してカバルドンの周囲を守ろうとするが、ヨイノマガンの目が光ると宙に縛り付けられてしまった。

 ”サイコキネシス”だ。特性・よいのみょうじょうによって、エスパータイプの使うそれと同等クラスに強化された念動力がフーディンを押さえつける。

 

「ギガオーライズしたフーディンが押し負けてる……!? あのヌシの怒りが……技の性能を引き上げてる……!?」

 

 ヨイノマガンの秘めた出力は、彼女の事前調査のそれを遥かに上回っていた。

 ギガオーライズしたフーディンが居れば、優勢とまでは行かずとも、こちらが劣勢に追い込まれることはないだろう、と。

 しかし実際はどうだろうか。アケノヤイバのそれを上回る勢いでヨイノマガンは技の出力を上げている。

 その理由を、他者の感情を解せないアルネに理解できるはずもなかった。

 怒りである。

 一見、無機質な岩の鳥もどきでしかないヨイノマガンだが、その力の原動力となるのは()()である。

 1000年以上前にも、人同士の争乱で縄張りを侵されたことがきっかけで目覚め、辺り一帯を砂地に変えているのだ。

 テング団の暴挙を許せるはずがない。

 そして、怒り──即ち精神エネルギーの急激な暴走は、サイコパワーを引き上げる。

 加えてギガオーライズという伝説のポケモンの皮を被った一般ポケモンが、怒り狂った伝説ポケモン本人に勝てるはずもない。

 アルネは何もかもを測り間違えたのである。それは偏に彼女の持つ傲慢さ、そして実戦不足が生み出した結果である。

 

(有り得ない! 他のヌシとは明らかに格が違う……何でこんなバケモノが、サイゴクに居るの……!?)

 

「私の実験が、見通しが、甘かったって言うの……? タマズサ……私は……」

 

 ──よう、お前。頭良いんだって? その頭でよ……このクソッたれた世の中を面白おかしく変えてみねえか?

 

 脳裏に過るのはタマズサの言葉だった。

 

 ──お前は、唯一無二だ。オンリーワンだ。世界は全て、お前の思いのままだ。

 

(思いのまま? ウソ。私は……負ける……このままじゃ、また……!)

 

 ──お前は愛なんて分からねえって言うが……俺はお前を愛してるぜぇ、アルネ。

 

(愛なんて、分からない……タマズサの言ってることはいつも分からない……!)

 

 ──お前はクワゾメに行け、アルネ。お前なら、ヨイノマガンなんてちょちょいのちょいだろ? 

 

(何で私を、此処に行かせたの、タマズサ……!?)

 

 ──()()()()()、アルネ。

 

 最後に浮かんだのは、その言葉だった。

 彼女は気付く。今まで出会った誰もが自分を不気味がり、遠ざけた。

 叔父さえも自分を気味悪がっていたのは分かっていた。

 

(私を正面から見てくれたのは……タマズサだけだった。だから私はタマズサに付いていった……ッ!!)

 

 痛む脚を抑え、彼女は立ち上がる。

 

 

 

(私は……タマズサの期待を裏切るわけにはいかない……こんな、ところで負けるわけには……ッ!!)

 

 

 

 ぼうっ、と炎のようにアルネの瞳に光が宿る。

 そして──彼女が握り締めたオージュエルが黒く染まっていく。

 初めてだった。

 こんなにも負けられない、と思えてしまったのは。

 

 

 

「私は……三羽烏……テング団のボス、アルネだ……ッ!!」

 

 

 

 ヨイノマガンの目が光り、極光が彼女を襲う。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「な、ヨイノマガンのオオワザが跳ね返された……!?」

 

 

 

 信じられない光景が広がっていた。

 ヨイノマガンが放った極光が跳ね返され、撃ち落とされたのである。

 忍者達はスコープを使い、カバルドンの皿の上を拡大して覗く。

 そこに居るのは三羽烏とギガオーライズしたフーディン──のはずだった。

 

「な、何だあれは……!? フーディン、なのか……!?」

 

 それは、白い体毛に身を包み、九つの太い尻尾を持つ巨大な狐のような怪物だった。

 しかし同じような様相のポケモンであるキュウコンとは似ても似つかない程巨大で、そして邪悪な気配を身に纏っていた。

 ヨイノマガンを撃墜し、緑化した砂漠に沈めてみせると、フーディン──のような怪物はカバルドンの皿の上から勢いよく降りる。

 

「……修羅場を乗り越えると、人もポケモンも強くなる──仮説は正しかった」

 

 誰と会話することもなく、アルネはぺらぺらと一人で喋り続ける。 

 想定外の事態ではあったが、それでも己の中の仮説を言語化しなければ気が済まなかった。

 

「オージュエルとオーパーツの純化に伴い、ギガオーライズは、伝説のポケモンに疑似的に変身する段階へと移行した。これを……ギガオーライズの、フェーズ2と呼称する。じゃあ次は性能の検証」

 

 彼女の視線は、カバルドンの脚に集っていた()()()()たちに向かう。

 

 

 

「……実験を再開する」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話:潰滅

 ※※※

 

 

 

 爆風に吹き飛ばされた二人は──勢いよく遠くまで跳ね飛ばされていた。

 空中を舞いながら、必死にノオトはキリの手を掴む。

 ぐったりとしていて意識が無い。飛び降りた際に爆風と熱気からノオトを庇った所為で、大きくダメージを受けてしまっている。

 

(クソッ!! ぜってー、助けるッスよキリさん……ッ!!)

 

 ふわりと舞い上がっていた二人だったが、後は落ちるだけ。このまま地面に叩きつけられれば命は無い。

 すぐさまノオトは空中でカラミンゴを繰り出し、羽ばたくその背中に掴まった。

 

「くえっくえっ!?」

「カラミンゴ、気張るッスよ!! 羽ばたいて、勢いを殺すッス!!」

 

 とはいえ、人間ふたりを負ぶいながら羽ばたくのはカラミンゴにとっても苦行そのものだった。単純に重い。

 それでも力自慢な格闘タイプとしての意地が、カラミンゴにもある。負けず嫌いは主人に似た。必死に羽ばたき、風に乗る。しかし──その後ろから迫ってくる影。

 

「カァーッ!! カァーッ!!」

「げっ、アーマーガア!?」

 

【アーマーガア わるがらすポケモン タイプ:悪/飛行】

 

 それもヒャッキの姿の個体だ。タマズサの個体よりは明らかに小さいが、それでも2メートルを超える高さの持ち主。それが飛行中に迫ってくる様は、カラミンゴにとって恐怖以外の何物でもない。

 そのまま硬い鋼の翼を苦無のように飛ばし、カラミンゴを狙い撃つ。それを躱すものの、速度が落ちてしまい、カラミンゴはアーマーガアに追いつかれてしまう。しかし。

 

「パーモット!! 雷パンチでブチ落とすッス!!」

 

 すぐさま宙に向かってノオトはボールを放り投げた。そこから飛び出したパーモットが、右腕をブンブンと振り回し──アーマーガアの顔面に痛烈な殴打を加えるのだった。

 雷光が弾け、アーマーガアの身体がよろめく。そのまま、地面へと墜落していくのが見えた。

 落ちて来たパーモットを抱きとめ、ボールに戻すノオト。しかし、アーマーガアが落ちてきた場所から出来るだけ離れなければ、また襲われる可能性がある。

 だが、カラミンゴも限界だった。人間2人、今度はポケモン一匹が乗っかった状態だ。どんどん高度が落ちていく。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!! カラミンゴ、ファイトッスよ!!」

「く、くえぇぇぇ……」

 

 とはいえ、流石にそこは鍛えに鍛えただけはある。

 ふらふらと落ちていくカラミンゴは、辛うじて砂地へと着地し、投げ出されるようにしてノオトはキリを負ぶったまま倒れるのだった。

 

「ぱもぉ?」

「へ、へーきッスよ、パーモット……カラミンゴもお疲れちゃんッス……」

 

(た、助かった……マージで今回ばっかりは死ぬかと思ったッス……)

 

 現在進行形で意識不明でぐったりしているキリを寝かせて、ノオトはカラミンゴを引っ込める。かなり無理のある姿勢で飛行した所為か、疲弊しきっていた。

 周囲を見回すが、大分遠くまで飛んだようで、カバルドンが遠くに見える。今の所、フーディンが追いかけてくる気配はない。 

 となると、目下解決せねばならないのはキリの容態だ。

 

(忍者達に引き渡す……? いや、そんな悠長な事してる場合じゃねえッスね。ポケモンのオオワザを食らった以上、一刻も早くキリさんを手当しないと……ッ!)

 

 ノオトはキリの仮面に手を伸ばす。

 不思議と、これを開けるのに強い罪悪感を感じた。彼はいつも仮面を取らず、誰にも見せなかった。取るのは悪い、と思ってしまったのだ。

 先に忍装束の胸元を開ける。

 その下には、多重構造の防弾チョッキが仕込まれていた。金属性のプレートが表面を覆っており、これも脱がせないと危険だとノオトは判断する。

 というのも、応急処置に用いるのはノオトの手持ちの一匹であるパーモット。キリが負った爆破による熱傷と、衝撃によるダメージを回復させるついでに意識を取り戻させるため、パーモットの”さいきのいのり”を使うのである。

 この技は大きなダメージを負ったポケモンや人間に使えば復活させられるという代物なのである。パーモットの場合は、祈りを込めた掌を患者に直接叩き込み、生命エネルギーを流し込むのだ。

 しかし、そのためには、できるだけ体と掌を遮るものが無い方がよい。衣服を身に纏わないポケモンならばともかく、人間相手の場合はそれを取り除かねばならない。 

 更に、この技はパーモットの生体電流を生命エネルギーに変えて放つので、使う際に少なからずパーモットは発電する。その際、相手が金属製のものを身に纏っていると、そこから電気が伝い、感電する可能性がある。

 肌着まで取っ払う必要はないが、このすながくれ忍軍共通のチョッキと、仮面がとにかく邪魔なのだ。

 

(ま、男同士だしそんな気にする必要はねーッスね)

 

 キリを抱き起こす。想像以上に華奢で軽い身体を不思議に思いながら忍装束を脱がせ、防弾チョッキも外す。

 現れたのは──柔らかく白い肌、そして薄い肌着。そして、女子特有の丸みと膨らみだった。

 

(……ま、まあまあまあ!! そう言えばキリさんの性別って分からなかったッスからね!! 勝手にオレっち達が男って思いこんでただけっしょ! うん!)

 

 知ってはいけない秘密を知ってしまったような気分だった。この場に姉が居なくて良かった、と強く強く思うノオトだった。彼女は、キリの事を年上の頼れる自分よりも強い男だと思い込んでいる。世間としても、キリの事は男だという声が圧倒的多数だったし、ひぐれのおやしろ側も否定していなかった。

 しかし事実は違っていた。それだけの話である。性別など些事、今更何を気にする必要があろうか、とノオトは仮面に手を掛けた。顔を覆うのは金属製のプレート。

 彼──改め彼女の安全の為にも、ノオトがそれを取っ払おうとしたその時だった。

 

 

 

「しゃらんしゃらんしゃらん!」

 

 

 

 勝手に、キリの腰のボールからメテノが飛び出す。ごろんごろん、と転がったメテノは抗議するように強く鳴き、ノオトとパーモットの前に現れた。

 

「ど、どうしたんスか!?」

「しゃらんしゃらん!!」

「な、まさか仮面を取るのがダメって──そんな事言ってる場合じゃねえんスよ! キリさんがヤバいの、あんたなら分かるっしょ!?」

「パモパモ!!」

「しゃらん……」

 

 ごろん、と転がったメテノは心配そうに鳴いた。キリとメテノは、彼女が小さい頃からの付き合いだ、とノオトは聞いた。メテノは宇宙から降ってくる塵がポケモンとなった存在。野生では長く生きられない。故に家族意識は薄いが、生かしてくれているトレーナーへの忠義は厚いのだろう。

 

「……メテノ。これはキリさんを助けるためなんス。大丈夫、キリさんの仮面の下はオレっちとパーモットが墓場の下まで持っていくッスから」

「しゃらら……」

「男の約束ッスよ! あんたに性別ねーッスけど!」

「ぱもお!」

 

 パーモットが「心配するな」と言わんばかりにメテノの外殻を叩いた。

 メテノはしゅん、と落ち込んだ様子で主人の顔を覗き込む。

 

「パーモット、充電開始ッスよ。メテノも離れてるッス」

「しゃら……」

「キリさん済まねえッス。オレっち、この下はちゃあんと忘れるッスから」

 

 ノオトは布と鉄製のプレート、そしてスコープを取り外していく。変な汗が背中から噴き出していた。

 何故か、それを取ってはいけないような気がした。治療の為に必要な事なのに。

 

(へっ、何ビビってんスかオレっち! 後でたっぷりと貸しを付けて踏んだくってやるッスよ……!)

 

 虚勢だった。

 額には雫が伝っていたし、喉はからっからに乾いていた。

 思い切って眼を覆い隠すスコープを剥ぎ取り、頭を覆う布を外す。

 

「え?」

 

 露になったのは──綺麗に後ろで纏められたブロンドの髪。長いまつ毛。しかし、幼さを残す顔立ち。見間違うはずもなかった。

 幾度となく目にし、共に修行までした相手が目を瞑っている。

 その事実も、そして不思議と点と点が線で繋がっていく感覚も受け入れられず──ただただ目の前の事実を確かめるように、ノオトはその名前を呼んだ。

 

 

 

「ゴマノハ……さん?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

【フーディン<ギガオーライズ・フェーズ2> タイプ:炎/フェアリー】

 

 

 ──仙狐・ワカツミタマ。

 ヒャッキ地方のキュウビの国に伝わる伝説のポケモンであり、ヒャッキに生息するフーディン系統のルーツとも言える大妖怪。 

 その姿形は、現存するヒャッキフーディンのそれとも大きく異なり、半ば獣の如き四肢と身体。そして、九つに別たれた尾には勾玉が括りつけられている。

 フーディン特有の髭は長く、そして大きく伸びており、その姿は──仙狐と呼ぶのが相応しい。

 ギガオーライズのフェーズ2は、最早ポケモンのオーラを纏うに留まらない。ポケモンの身体を依代にして、伝説のポケモンを()()()()()()に等しい所業だった。

 

「三羽烏が降りて来た!! 拘束しろッ!!」

「身の程知らず──」

 

 青い火の粉が周囲に充満し、そして大きく爆ぜる。

 忍者達も、そしてポケモン達も爆風に吹き飛ばされ、爆炎にその身を焼かれていく。

 そればかりか、忍者達の身体はふわりと浮かび上がり、次々に吹き飛ばされる。

 

「──想像以上、良い意味で計算外。これだけの力があれば、もうイヌハギにも負けない──ふ、ふふっ、脚二本を犠牲にしたおつりは返って来た──ッ!!」

「ッさっっっせるかァァァーッ!!」

 

 だがそこに切り込んだのはバサギリ。

 岩の斧を振り回し、思いっきりフーディンを切り付ける。

 しかし、フーディンの念動力でぶつかる直前で止められてしまう。

 だが、その攻撃は囮だ。すぐさまフーディンの足元から幾つもの影の爪が突き刺される。

 

「ッ……これは、アケノヤイバの──!」

 

 取り囲むようにしてアブソルがカバルドンの影からぬぅと姿を現した。

 メガシンカはできないが、ギガオーライズならばできる。アケノヤイバの力を得たアブソルがフーディンを影に縫い付けている。

 だが、見た事の無いフーディンの姿にメグルは戸惑っていた。放たれている邪気が、イッコンで交戦した時とは比べ物にならない。

 

(何だ、どうなってんだ……!? 何があったんだ──!? ギガオーライズ、だよな──!?)

 

「メグル、って言ったっけ」

 

 ぽつり、とフーディンの背に乗るアルネが呟き、メグルの方を睨む。

 

「……貴方が。貴方が姉さんを誑かした──」

「誑かしたァ!? お前らが滅茶苦茶やるから、愛想尽かされて出てっただけだろーが!! テメーの自業自得を俺に押し付けんな!!」

「貴方が居る限り、姉さんは戻って来ない」

 

 フーディンの眼が不気味に光り、影の中に潜んでいたアブソルも、バサギリも一気に浮かび上がり、砂の上に叩きつけられる。

 その一撃で二匹ともダウンしてしまい、起き上がらない。

 

(なんて威力だ……今の、サイコキネシスか……!?)

 

「……丁度良い。まとめて潰す」

 

 次の瞬間だった。アルネとフーディンが宙高く浮き上がり、ぱっ、とカバルドンの巨体が消失する。

 そして、再び忍者達が目を開けた時には、全高20メートル、全長40メートルの質量爆弾が──空の上に浮いていた。

 

「な、何をするつもりだ……!?」

「”サイコキネシス”」

 

 恐ろしい勢いでカバルドンが投下される。

 忍者達が集まっている場所目掛けて。

 それを見たヨイノマガンは起き上がって跳び、カバルドンを背中で受け止めた。

 3万トンは下らない巨体をサイコパワーで押さえつけ、極力勢いを殺し、忍者達を庇うヨイノマガン。

 しかし、その重量に耐えきれるはずもなく、ビキビキと音を立ててその身体に罅が入っていく。

 だが、忍者達が逃げる時間を稼ぐには十二分だった。

 

「ヨ、ヨイノマガンが……ッ!!」

「退避!! 退避ーッ!! ヌシ様の厚意を無駄にするなーッ!!」

 

 間もなく、ズドォンと重い音と砂煙を巻き上げて、カバルドンにヨイノマガンは押し潰され、沈黙した。

 砂と岩でできた羽根は崩れ、身体も割れてしまっている。

 

「ヌ、ヌシ様が……!」

 

 忍者の一人が声を上げた。ヨイノマガンの身体は破損し、欠けて、もう戦えるような状態ではない。

 確かにエスパータイプは念動力によって物体を移動させることができる。

 しかし、その質量には当然限界が存在する。体高20メートル、全長40メートル、推定体重3万トン以上の怪物を浮かび上がらせることなど、伝説のポケモンでなければ不可能だ。

 この時点で忍者達は、あの仙狐に勝ち目など無いと察してしまった。

 

 

 

「なら──出来ない事なんて、何も無さそう」

 

 

 

 ──再び、カバルドンの巨体が消え失せる。

 忍者達は再び真上を見上げたが、そこには何も無い。

 そして──おやしろの方を指差して誰かが言った。

 

「オイ見ろ、あれを──ッ!!」

 

 質量爆弾は──おやしろの直上に浮かび上がっていた。

 それを間髪入れず、そして情けも容赦もなく、アルネは残酷に命じる。

 

 

 

 

「──落としちゃえ、フーディン」

 

 

 

 

 カバルドンの身体が真上から、ひぐれのおやしろの御殿を叩き潰す。

 その様を、全員が唖然とした様子で眺めるしかなかった。

 当のメグルは膝を突いてしまった。

 自分達のやってきたことは、持っている力は、それを前にしてあまりにも──無意味で、無駄で、あまりにもか細く頼りなく。

 めきめきめき、と砂に埋もれた木造のおやしろはあっさりと潰されてしまうのだった。

 

(何だよ、これ……こんな事、あって良いのかよ……!?)

 

 再び、カバルドンは元居た場所へと瞬間移動する。流石に念動力で2度も落とされたことで白目を剥いてしまって泡を噴き出していたが、それでもまだ息がある。 

 それだけ弱ってしまったので、アルネが瓢箪を向けるとあっさりと吸い込まれてしまう。やはりどんなに巨大でもポケモンはポケモンなのだった。

 一連の行動でフーディンも力を使い果たしてしまい、ギガオーライズは解除され、元の姿へと戻ってしまったものの、まだ余力があるようだった。

 

「……実験完了。想像以上。これが……ワカツミタマの真の力。念動力、呪術、そして爆炎……全部フェーズ1よりも格段に強くなってる」

 

 おやしろの破壊、そしてヌシの無力化。

 その両方は達成され、完全に彼女はクワゾメでの役割を終えた。

 完全なる敗北。そして、圧倒的な力の差を見せつけられた忍者達がアルネとフーディンに手を出すことなど出来はしなかった。

 無理もない。特大質量を念動力で玩具のように振り回せるポケモンが、自分達の精神的支柱を破壊する様を目の当たりにしたのだから。

 尤も、仮に追えた者が居たとして、フーディンに勝てるかどうかはまた別問題であるが──

 

「……さあて。姉さんは何処にいるのかな」

「ッ……言うわけねえだろ!」

「そんなに怯えた顔をしないで。私はイヌハギと違って尋問は得意じゃない」

 

 アルネは、メグルに近付くと冷酷に告げる。ひゅっ、と彼の体温が下がった。撫でただけで人を殺せそうな気迫を彼女は放っていた。

 

 

 

「姉さんを……アルカ姉さんを1時間以内に、壊れたおやしろの前に差し出して。さもなきゃ今度は、クワゾメにカバルドンを落とす」

 

 

 

 そう言い残し、アルネはフーディンに負ぶわれたまま、その場を立ち去る。

 あまりにもあっけなく、そして絶望的な決着。

 忍者達は項垂れ、膝を突くしかなかった。

 だが、戦意を喪失している場合ではない。組織としての命を果たしたアルネが次に狙っているのは、姉のアルカだ。

 すぐさま、すながくれ忍軍全員に作戦の失敗が通達される。そして、まだ三羽烏がクワゾメに留まっていることも通達される。

 間もなくメグルのスマホロトムにアルカからの電話が掛かってくるのだった。

 

「ねえ、おにーさん!? 何があったんですか!? おやしろが壊れたって……! ねえ、おにーさん!?」

「ッ……」

「大丈夫なんですよね……おにーさん、聞こえてますか?」

「あ、ああ……大丈夫、だ」

 

 その後に続く「俺がアルネを倒してやる」の一言がメグルには言えなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話:反撃の狼煙

今度こそ記念すべき100話!!


 ※※※

 

 

 

 ──2年前。

 

 

 

(うーん、迷っちまったッスねえ。誰か道が分かる人がいれば良いんスけど)

 

 

 

 新任キャプテンのノオトは、同じ旧家二社のひぐれのおやしろに挨拶に向かうため、その拠点の一つに訪れていた。

 しかし、内部は文字通り忍者屋敷。部屋の数も多く、迷い道も多く、初めて入ったこともあってか、彼はヒメノともはぐれてしまっていた。

 そんな折、彼の目に入ったのは──和装に身を包んだ、金髪の少女だった。

 

(お、可愛いおねーちゃん発見♪)

 

「すんませーん! ちょっと良いッスかー?」

「ぴぃっ!?」

 

 少女は驚き、すぐさま逃げようとするが、足を滑らせてしまい、転んでしまう。

 

「ちょっ、何で逃げるんスか!」

「ぴ、ぴぃぃ……!」

 

 すぐさま彼女は柱の陰に隠れてしまう。

 

「お、お構いなくっ!」

「待つッスよ! オレっち、ちょおっと道を聞きたいだけで」

「っ……その、お顔は、もしかして新しいイッコンのキャプテンでござるか……?」

「そうそう! 集合場所がよく分からねーっつーか、この建物、似たような部屋と似たような道が多すぎるんスよ。なんか変に入り組んでるし」

「え!? えーと、それは、えーと……あ! ……此処に抜け道があって」

 

 少女は足元の床板を開いた。その先は滑り台になっている。完全にからくり屋敷か何かであった。ノオトは困惑したものの一先ず飲み込むことにする。突っ込んでいてはきりがない。

 

「ま、まあ良いか。辿り着くなら何でも……」

「……こんな抜け道があちこちにあるでござる」

「ありがとーッス! それにしてもお姉さん、なかなか綺麗ッスね。忍者なんスか?」

「ぴぃっ!? え、えと、一応、忍者でござるよ……」

「そーッスか。オレっちはノオト。いずれ、最強のキャプテンになる男ッス!」

「……」

「お姉さんの名前は?」

「ふぇ!? な、ななな何で聞くでござるか?」

「そりゃあもう、こんなに可愛いお姉さんとは仲良くなりたいからに決まってるじゃねえッスか」

「可愛くなんてないでござる!!」

「そうッスか? こんなきれーな人なかなか居ねーッスから」

 

 ルカリオが勝手に飛び出し、ノオトを抜け道の方まで引っ張っていく。「さっさと行くぞ」と言わんばかりに。

 

「名前だけでも──教えてほしいんスけど──」

「え、えとえとえと──ゴマノハ! ゴマノハでござる!」

「おーし分かったッス、今度お茶でもいだだだだだ──」

 

 ルカリオに耳を引っ張られながら抜け道の奥に消えていくノオト。それを眺めながら、ゴマノハは座り込んでしまった。

 

「あ、あれが、次のイッコンのキャプテンの片割れでござるかぁ……とんでもない陽キャでござる……」

 

(で、でも、可愛いって……綺麗って……いやいやいや、何思いあがってるでござるか──!?)

 

 ぷしゅう、と顔が湯気を立てて赤くなっていく。

 ゴマノハは忍。故に人の悪意やウソには人一倍敏感だった。

 ナンパをしてきたエロガキのはずなのに、裏を全く感じない彼の言葉が、心地よかった。

 

 

 

「……ズルいでござるよ……何なのでござるか、あの子は……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「げほっ、ごほっ……あっぐ……此処は……」

 

 

 

 キリは咳き込んで起き上がる。頭と背中が痛い。みしみしとなっている。

 そこには、パーモットが立っており、それがノオトの手持ちであることを察する。

 自分が今まで意識を失っていたこと、そしてパーモットの技で自分が治療されたことを察した。

 そして──彼女は起き上がり、思わず顔を手で覆う。

 仮面が付いていないことに今になって気付いたのだ。

 それはノオトの手に握られている。想像以上に早い復活に、付け直す暇が無かったのである。

 

「せ、せ、拙者の仮面……!!」

「済まねえッス、キリさん……いや、ゴマノハさん」

「ぴっ、ぴいいいいーっっっ!?」

「いや、驚いてるのはオレっちの方なんスけどね」

 

 彼女はすぐさま仮面を被り、そして隠れられるところを探す為に辺りを見回すが何も無い。

 そもそも身体がまだ痛くてまともに動くことすらままならない。

 

「見た!? 見たでござるな!! 拙者の仮面の下ぁ!!」

「治療のためだったから仕方なかったんスよ!! 感電の恐れがあったから」

 

 こうして取り乱している姿を見ると、やはりキリ=ゴマノハだったのだ、と否が応でも実感させられる。

 

「でも、何で隠してたんスか。オレっち達は同じ旧家二社なんスよ? 最初っから素顔を隠すことなんて……」

「……みっともないから、でござるよ」

 

 彼女は自嘲してみせる。

 父が病死した後、すぐにキリはヨイノマガンにキャプテンとして指名された。

 しかし、生来持つ酷い人見知りはそう簡単に治るものではなかった。

 キャプテンならば必然的にチャレンジャーと関わる機会が増える。このままでは、試練の進行どころではない。

 故に彼女は仮面を被ることを選んだ。仮面を付ければ、直接相手と目を合わせないのでまともに人と話せるようになるためである。

 

「最初は偽名なんて使うつもりなかったでござるよ。ノオト殿と初めて会った時、たまたま仮面を付けてなかったから、拙者頭が真っ白になってしまって……」

「あー、顔合わせの時の」

「こんなのがおやしろのキャプテンだって思われたくなくって、ウソを吐いたのでござる。拙者はゴマノハで、キャプテンのキリとは別人だ、って。でも、その後も部下の忍者達から素顔で顔を合わせに行けって言われて……」

 

 それは、忍者達なりの親心のようなものだったのだろう。これから長きにわたって同盟を結ぶ相手に、仮面を付けたままでの付き合いはいずれ限界が来る。それはキリだって分かっていた。

 しかし、一度ゴマノハとして名乗ってしまった手前引っ込みがつかず、そしてウソを明かす機会もなく、今に至る。

 ノオトからすれば複雑だった。正体がキリだと知っていれば決してぶちまけなかったであろう本音を、ついついゴマノハには気を許して言ってしまっていたのを思い出す。

 

(でも、不思議と怒れねえのは何でなんスかね……)

 

「ごめんなさいっ、ウソを吐いていて……拙者、ノオト殿には……やっぱりノオト殿とは仲良くしてもらいたかったでござるよ……!」

「……バーカ、何でこんな事で嫌いになるんスか」

「え?」

 

 今更、嫌いになどなれなかった。

 悪意があって騙していたわけではないことなど、ノオトにも分かっていた。

 自分の弱さを分かっており、長い間悩まされ続けており、それを手っ取り早く解決できる手段があったとすれば?

 それに手を伸ばさないでいられる自信は、ノオトにはなかった。

 

「可愛いウソ一つくらいで、ちょっとシャイなくらいで、あんたの価値は変わらねーッスよ。むしろ、キリさんも苦労してるのが知れて良かった」

 

 ノオトは、キリに手を伸ばす。

 彼女はその手を少し躊躇した後に握り、起き上がった。

 

「体の具合はどうッスか?」

「すっかりよくなったでござる。それよりも戦況は──」

「分かんねえんスよ……爆風でインカムが吹き飛んじまって……」

「カバルドンは……遠くに見えるでござるな。戻らないと──!」

 

 二人がそう言った時だった。

 カバルドンが、宙に浮かび上がったのである。

 その様に、2人は言葉を失った。何が起こっているのか全く分からない。

 そうしているうちに巨体は砂漠へと落とされていき──衝撃で砂嵐が巻き起こるのが遠目でも見えた。

 

「な、何事でござるか……!?」

「エスパーポケモンの念動力ッスかね……!?」

「作戦はどうなっている……!?」

 

 そうこうしている間に、今度はカバルドンの姿が消失する。

 嫌な予感がしたキリは振り返った。その先には、砂地に沈んだおやしろ。

 その上空に、カバルドンが浮かび上がっており──

 

「まさか──」

 

 駆けだそうとしたが、追いつくはずもなく。

 おやしろの上に、巨獣の身体は落とされる。

 

「そんな、バカな……拙者は……守れなかった……?」

 

 砂嵐が消えて、カバルドンの姿は消える。

 後に残っていたのは、無惨に潰れた木造の建物だけだった。

 

「ッ……ぐ、うう、ぐ……!!」

「何があったんスか、マジで……!!」

「ッ……被害の程を確認したいッ!! ノオト殿……来てくれるか……!?」

「お、応ッス……!」

 

 動揺は隠せていない。

 だが、それでも、慟哭すらせず、彼女はこの場で最善の行動をとり続けることを選ぶ。

 それがキャプテンとして、忍者を束ねる頭領としての責務だと信じて。 

 

(やっぱりキリさんは……立派なキャプテンッスよ……)

 

「ノオト殿」

「……?」

「この期に及んで虫が良い事を言っているのは分かる──でも、力を貸してほしいでござる……テング団を、追い出す為に……ッ!」

 

 そう言ったキリの声は──いつにもなく、哀しさが滲んでいた。

 

 

 

「おやしろが壊された今……奴らの手が他に伸びる前に、止めねばならない……!」

 

 

 

 ノオトの返事は勿論、決まっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──オオワザ”ならくおとし”!!」

「オオワザ”アップルゴースト”!!」

「薙ぎ払え”むげんほうよう”!!」

 

 

 

 ──テング団の攻勢は強まるばかり。

 彼らは町を襲い、略奪と破壊を繰り返す。

 これまでに見られていた、サンダースやシャワーズのオーライズのみならず、ヒャッキのヌシ級ポケモン達のオーライズまでもが見られるようになった。

 アルネによって、オーパーツの量産性が更に向上したのだろう、とアルカは言っていた。

 あまり鍛えられていないポケモンでも、オオワザを習得するだけでその脅威は格段に跳ね上がる。

 隙こそ多くなるが、放つだけで威力は絶大。破壊力も絶大。

 建物を破壊し、迫ってくるポケモンを吹き飛ばし、凍らせ、そして薙ぎ払っていく。天災の集まり、この世の地獄である。

 

「──町民の避難は、テング団達の妨害によって、なかなか進まない状態だ」

「何処にあんな戦力を隠し持っていたのやら……いや、今まで見せていなかっただけか」

「オーライズしたポケモンはいずれも、サイゴクのヌシポケモンや、これまで確認されたヒャッキのポケモンの特徴を併せ持つ……全くデータが無いわけじゃあない」

「問題は、いずれもオオワザを習得してる事だ! 精度も威力も劣悪だが、あの数で撃たれたら堪ったものじゃない!」

 

 それでも忍者達は飛び回り、オーライズしたポケモン達を倒し、テング団達を拘束していく。

 拮抗する両者。戦局は硬直していた。

 しかし──ひぐれのおやしろの潰滅の報せが来たタイミングでいきなりテング団達は引き下がっていくのだった。

 当初の敵の目的は達成されたのである。

 そして彼らの次の要求は、三羽烏・アルネの姉・アルカを差し出すことであった。

 拠点に集う忍者達、そしてメグル達の顔は暗かった。

 おやしろを守れなかったばかりか、今度は町を人質に取られたも同然だったからである。

 忍者達も敵の居場所の特定を急ぎ、策を立てる。

 しかし、彼らの表情にも陰りが見えていく。

 だが、そんな状況を黙って見ていられるアルカではなかった。

 

 

 

「──ボクが、アルネの所に行けば町は助かるんですよね?」

 

 

 

 ははっ、と少し無理して笑ってみせるアルカ。

 すぐさま、彼女の肩を掴み、メグルは叫ぶ。

 

「ダメに決まってんだろ!?」

「だって、ボク一人のために町ひとつ犠牲になんてできませんよ!」

「……気持ちは分かる。しかし、要求を飲んだところで、町が壊れる時間が前後するだけやもしれんぞ」

 

 冷静にキョウは言った。

 葛藤する周囲の忍者達に釘を刺すように。「彼女一人犠牲にしても何も解決せんぞ?」と暗に言っているようだった。

 

「でも……アルネはボクの言う事なら聞くかもしれない。ボクが間を取り持って、サイゴクから手を引くように言えば……ッ!」

「上手くいくとは思えない。アルネはタマズサとズブズブなんだろ。あいつがお前とタマズサ、どっちの言う事を聞くかなんてわからねえだろ」

「だけど……ッ!」

「落ち着けアルカ。俺がお前をあいつらの所にはやらない! 此処にいる誰が反対しても、お前は渡さない!」

「でも、メガシンカは封じられて……アルネは更にパワーアップしてるんですよね……勝てるんですか……?」

「ッ……」

 

 メグルは息を詰まらせた。

 勝てる確証は何処にもなかった。

 ギガオーライズ・フェーズ2。最早、伝説のポケモンそのものに変化することができるようになったあのフーディンを止める術がメグルには思い浮かばない。 

 並大抵のポケモンでは念動力で浮かび上がらせられて動きを止められ、そして爆炎によって焼き払われるのみ。

 今のメグルの手持ちでは、対抗できるポケモンが居ないのである。

 強いて言うならばギガオーライズしたアブソルだが、フーディンはフェアリータイプを持つため、オーライズしようがしまいが相性不利には変わりない。

 フーディンのタイプはフェアリー・悪。

 一方で、ワカツミタマは伝承で妖気と炎を操るとされている、と資料にあったのでフェアリーと炎である、とメグルは睨む。

 

(敵の技範囲はフェアリー、悪、炎、そしてサブウェポンと思しきエスパー……この4つだ……! こいつらを同時に半減できるポケモンなんて居ないし、そもそも奴のスピードに追い付けない……!)

 

(強いて言うなら耐久力の高いヘイシャリが鍵だけど……! 正直不安だ。幾らしれいとうで強化しても、元々特殊耐久が低いヘイラッシャだぞ?)

 

(……勝てる保障なんて、何処にもない……ッ!)

 

 巨大質量を振り回すフーディンを見た後で、メグルは少なからず怖気づいていた。

 そればかりか今度は町が犠牲になる恐れすらある。

 

(勝てなきゃ……町が壊される……! いい加減な気持ちではいだなんて言えない……!)

 

 だが、それでも──だからと言って、目の前の彼女をテング団に差し出せるか? 答えはノーだった。

 メグルは思いっきり、アルカを抱きしめた。

 震える彼女を落ち着かせるように。絶対に大丈夫だ、と言い聞かせるように。

 

「うるせーうるせー……! 確証がなんだってんだ──俺が、お前を渡したくねえんだよ、あんなヤツに……ッ!!」

「ッ……でも」

「お前を傷つけて泣かせる奴らの所に、お前を渡したくねえんだよ……!!」

「でも、ボクの所為で──町が壊されたら……! おやしろまで壊れてるのに……!」

 

(悔しいよ。悔しい……ッ!!)

 

 メグルは歯を食いしばる。

 あれだけ修行をしても、あれだけ手持ちが強くなっても、まだ三羽烏には追い付けない。

 彼女をヒャッキの手先から守る、と強く強く決めたはずなのに。

 

(もっと、強くならねえと……いけなかったのに……ッ!! これじゃあ駄々こねて何も出来ねえガキと、何にも変わらねえじゃねえか……ッ!!)

 

 

 

「然り──テロリスト共の要求を飲めば、すながくれ忍軍の名折れ。永遠の恥でござろう」

 

 

 

 拠点の中に、ノイズ混じりの声が響き、皆振り返った。

 そこにはノオトに肩を貸してもらっているキリの姿があった。

 

「キリ様!? 無事でしたか!!」

「……済まないでござる。作戦は失敗だ。拙者達が敗北した所為で、おやしろは……破壊された」

 

 全員は沈痛な面持ちとなる。

 

「……被害のほどは?」

「内部は禁足地、幸いにして死者は居ませんが、周囲を固めていた者達が巻き込まれて重傷を……」

「そうか……良い。とにかく犠牲者を出すな。それを最優先にするでござるよ」

「ハッ!」

「……で、どうするんスか? 要求を飲んだところで、奴らが素直に手を引くとは限らない。かと言って要求を反故にすれば、町一個ぶっ壊される。人を避難しても、クワゾメの人口の何割が家を失うことになるやら……キャプテンの決断の時ッスよ」

 

 敢えてノオトはその質問をキリにぶつけてみせる。彼女の覚悟を問うために。

 彼女は、アルカの方に目を向ける。メグルは気色ばみ、身構えた。

 

「……ッまさか」

「安心せよ、メグル殿。例え他の何を犠牲にしても、民を犠牲にするのだけは下の下。忍にとって最も重要な、()()()()()を損なう行いでござる。皆もそうでござろう!?」

 

 キリの声が部屋中に木霊した。

 

「我らの責務を思い出せッ!! ()()()()()()()()()を守るため、耐え忍ぶことでござろうッ!! アルカ殿とて例外ではござらん!! 下を向いている場合ではないッ!!」

 

 喝破が忍達のけぶっていた志を思い出させる。

 ぐっ、と胸を押さえつけ──キリはメグルの方を向いた。

 

「──此処で奴らの要求を飲めば、更に奴らは付け上がるだろう。その為にも、此処で抗わねばならんでござる」

「……キリさん……ありがとうございます!」

「……」

 

 礼を言うメグル。しかし、アルカの顔は晴れない。負い目を感じるように目を伏せていた。

 

「良いの? ボク、余所者なのに……」

「拙者達と戦うことを選んだ時点で、アルカ殿は立派なサイゴクの民でござるよ。そしてメグル殿も同じでござる。ノオト殿、キョウ殿も──力を貸してほしい」

「ファ! ファ! ファ! だんだんと父親に似てきたな……無論、任された」

「でも、どうやってそのフーディンに勝つんスか? 話に聞いた限りは、相当の難敵ッスよ。しかもオレっち達、メガシンカも封じられちまってるし」

「策はある。それに加えて、フーディンは特殊攻撃を主体とするポケモン。そして念動力は悪タイプのバンギラスに通用しないでござる」

「だけど天候の取り合いに勝たないといけないよな。カバルドンが居るとなると、また雨を降らされる可能性があるし」

「何なら、にほんばれも使ってくる以上、ずっとこちらが優位を取ることはできないでござる」

「せめてヘイラッシャが岩タイプなら……すなあらしで特防アップできて、あいつの攻撃を受け切れるんだけど」

「そこは何も心配はいらない。むしろ、メグル殿だからこそ──賭けたいと思っているのだ」

 

 こうして、1時間後に向けて準備は着々と進んでいった。

 全ては三羽烏・アルネを撃破し、拘束するため。

 そして、これ以上のテング団の横暴を止めるためである。

 生まれは違えど、その目的は皆同じだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101話:忍の戦い方

 ※※※

 

 

 

 ──1時間後。

 潰れて壊れたおやしろの前に、テング団の団員とアルネ。

 そして、メグルにキリ、そしてアルカの3人が相対していた。

 アルネの脚は包帯塗れになっており、自力では立てないようで、部下に肩を貸してもらっている。だが、愛しの姉を前に最早そんな事はどうでも良いようだった。

 

 

 

「──良かった。ちゃあんと姉さんを連れてやってきた」

「……アルネ」

 

 

 

 不安そうな顔で彼女は言った。 

 

「おい、アルカ!! 行くな!!」

「……ごめんなさい、おにーさん。やっぱりこれしか……無いんです」

 

 一歩。また一歩、とアルカは歩を進めていく。

 メグルが悔しそうに唇を噛み締め、キリが目を伏せる中、アルネは仮面を外した。

 無感動な瞳に光が灯っており、そして不気味な程上がった口角が露になった。

 そして、一歩前に出ると──アルネは団員達の腕を振り払い、抱き着いてくるのだった。

 

「やっと、やっと戻ってきてくれる……姉さん……」

「……アルネ。もうこれ以上、関係ない人たちを傷つけるのはやめてほしい」

「うん、うん、分かってる。大丈夫」

「おいアルネ!! お前……アルカをどうするつもりだ!!」

「……決まってる。姉さんを──テング団の一員として活躍できるように、改造する」

「……は?」

 

 メグルは思わずぽかん、と口を開いてしまった。

 改造、と言う言葉は人間に使って良いものではない。

 それをアルネはまるで機械を組み替える感覚で使ってのけた。

 

「──大丈夫。姉さんの頭も、四肢も、全部皆に認められるように、私が……私が作り変えてあげる。私の、理想の姉さんが完成する」

「ふざけやがって……ッ!!」

「……良いの? 町にカバルドンを落とすよ。沢山の人が死ぬ。逃げた人も全員皆殺しにする。それが嫌だから姉さんを引き渡したんでしょう?」

「ッ……こいつ」

 

 メグルは歯噛みした。

 どこまでも救いようがない女である。

 唯一の肉親である姉でさえも、己の願望を実現させる道具としか思っていない。

 元より生命を生命と思わない外道故驚かなかったが──此処まで来ると一周回って清々するレベルであった。

 

「ふざけんな!! アルカはお前の人形じゃあない!!」

 

「メグル、って言ったっけ」

「……」

「弱いなら、大人しく引っ込んでおくべき。それがヒャッキの掟。弱いヤツは何も守れない」

「ッ……!」

「おやしろも、姉さんも、町も。貴方たちが弱いから守れなかった。それだけ。恨むなら弱い自分を恨めば良い。尤も、フェーズ2には誰も勝てっこないけど」

 

 姉が戻ってきた上にフェーズ2を発見したからか、偉く上機嫌な様子でアルネは言った。 

 そして、両隣に居る団員達に彼女は目配せする。帰るぞ、と言わんばかりに。

 しかし──団員たちは返事をしない。動きもしない。

 

「……? どうしたの皆」

「……ヒャッキ地方には忍者というものがいない……とアルカ殿から聞いた」

 

 鈍い金属音が響く。

 遅れて、パキッと割れるような音が聞こえて、アルネの手首から──メガキャンセラーのバングルが音を立てて砕け散った。

 彼女は思わず、アルカを突き飛ばすが、もう遅かった。支える相手はおらず、アルネは砂の上に尻餅をついてしまう。

 アルカと思しき人物は、アルネを見下ろしながら至って冷たい声で言い放った。

 

「実戦経験が圧倒的に足りないでござるな、三羽烏。凡そ自分より弱い相手としか戦ったことがないのでござろう」

「ッ……姉さんじゃ、ない……でも、姉さんだった……まさか!!」

「だから、こんな初歩的な罠に引っ掛かる──尤も、細胞レベルで対象のコピーができるメタモンの擬態を見破れる人間など、そう居はしないでござるがな」

 

 どろどろ、とアルカの身体の表面が溶ける。

 中から現れたのは、忍び装束に身を包んだキリだった。

 そして、紫色のどろどろは固まっていき、表面に顔と口が浮かび上がる。

 

【メタモン へんしんポケモン タイプ:ノーマル】

 

【細胞を組み替えることで、見たものに変身することができる。】

 

「メタモンは……忍者の諜報活動に必須でござるよ」

「貴ッッッ様!!」

「……マージで完璧に引っ掛かるとは思わなかったぜ。幾ら三羽烏と言えど、所詮はお子様だったってことだな」

「迫真の大根演技だったでござるよ、メグル殿!」

「それ褒めてねーだろ!!」

「ファ! ファ! ファ! 脅威はこれで全て無力化できたな」

 

 今までメグルの隣に立って、キリの忍装束を身に纏っていた人物が高笑いを上げて仮面を脱ぎ捨てる。

 キョウだ。

 そして、彼の背後にはモルフォンが現れる。

 テング団の団員たちが一瞬で昏倒したのは、モルフォンの”ねむりごな”を吸ったからである。

 メグル達が素直にアルカを連れてくるだろうか、と疑う気持ちは勿論アルネにはあった。

 しかし予想外だったのは、連れてきた部下たちが全員一瞬で無力化されてしまったことであった。

 どんなに厄介なトレーナーの集団でも、ポケモンを出す前に眠らせてしまえば脅威ではない。

 苦無を突きつけ、歩けないアルネにキリは言い放つ。

 

「……さて。王手でござるよ。おやしろを壊した罪、その身で償ってもらうでござる。先ずは、何故今になって総出で攻め込んだかを答えてもらうでござる」

「姉さんは!! 姉さんは何処!!」

「教えるわけがないでござろう。これは拙者の尋問でござる。先ずは答えてもらうでござるよ」

「……そう。そう!! この期に及んで、オヤシロを壊されていて。まだ逆らうの」

 

 その時だった。

 アルネの目がカッと開き、黒い靄が溢れ出る。

 それでキリの身体は一気に吹き飛ばされてしまった。

 彼女の持つオージュエル。そして、瓢箪の中にいるフーディン。

 その2つが共鳴し合っている。

 

「……許せない」

 

 そして、それに伴ってアルネの周りには強烈なオーラが纏われていた。

 その圧が凄まじく、近付くことすらできない。

 瓢箪から音を立てて、フーディンが現れると、余計にオーラは強くなっていった。

 

「キョウ殿! 手筈通りに! 後は任せてほしいでござる!」

「承知。しっかりやれよ若きキャプテン!」

 

 キョウはそれを見ると、地面に煙玉を投げ付ける。玉からは白い煙が噴き出し、数秒後にはキョウはモルフォン共々消えていた。

 嵐が吹き荒れ、それが火の粉を吸い上げていく。

 倒れたテング団の団員たちも巻き込んで、竜巻は吹き荒れ──そして爆ぜた。

 現れたのは、九つの尾を持つ獣・ワカツミタマの姿を借りたフーディンであった。

 

「あろうことか姉さんの偽者で私を欺くなんて……許せない……ッ!! 姉さんは私のモノ!! 返して!!」

「アルカはモノじゃねえッ!!」

「キャプテンを隠れ蓑にして戦っているような貴方に……何を言われても響かないッ!!」

「ハッ、誰から言われても同じでござろう、外道!!」

 

 メガキャンセラーは破壊された。

 キリの手からはバンギラスが現れ、二人を守るようにしてフーディンに立ち塞がり、咆哮する。

 そしてメグルもボールを2つ投げて、シャリタツとヘイラッシャを繰り出した。

 

「吹き荒れろ嵐。砂よ、我らの味方となれッ!!」

 

【キリのメガリングと バンギラスナイトが反応した──】

 

 極光が放たれ、光の殻がバンギラスを包み込む。

 地を揺るがす程の叫びと共に、岩の鎧は更に肥大化し、鋭利になり、巨岩の怪獣がその場に降臨した。

 砂嵐が吹き荒れ、そして放たれる悪のオーラを前に、フーディンの粉塵も念動力も掻き消されそうになってしまう。

 

【メガバンギラス よろいポケモン タイプ:岩/悪】

 

「な、何、これは……!? 伝説のポケモンも優に超えている……ってこと!? これが、このポケモンのメガシンカ……!?」

「これがメガシンカ……!? よし、俺も──守られてばっかじゃねぇ!!」

 

 メグルはオーバングルを指でなぞる。

 オージュエルが妖しく光り輝いた。

 がばぁ、とヘイラッシャの口が開く。中のシャリタツの首には、青い宝石がぶら下げられていた。

 

「オーライズ”シンボラー”!!」

 

 一瞬ヨイノマガンの姿が浮かんでは消えた。

 ヘイラッシャ、そしてシャリタツを光が包み込む。

 魔眼がヘイラッシャの額に現れ、そして岩でできた羽根が宙には浮かんでいる。

 そしてその身体を守るようにして鎧で覆われた。

 

【ヘイラッシャ<AR:シンボラー> おおなまずポケモン タイプ:岩/エスパー】

 

「オーライズ……!? これは、ヨイノマガンの……!」

「拙者がメグル殿に託したのでござる。今のメグル殿ならば、使いこなせると信じて!」

「ふざけるな! フーディン、サイコキネシスでデカナマズを浮かばせて!」

 

 ギィン、とフーディンの目が光る。

 しかしヘイラッシャの身体は浮かび上がらない。

 そればかりか、身に着けられた魔眼が光ると念動力が跳ね除けられてしまった。

 カバルドンでさえも浮かび上がらせることができるはずのサイコキネシスが通用しなかったことに、アルネは驚愕する。

 だが、無理もなかった。今のヘイラッシャの耐久力はあの巨大なカバルドンを上回っている。

 砂嵐の影響を受けたことで、ヘイラッシャの特防は1.5倍。更にシャリタツが中に入っているので全能力が2倍になっているのだから。

 

「まともに撃ち合えないなら、数値で受けてしまえば良い。至極簡単でシンプルな話だったんだ。今のヘイラッシャは()()()()()()()みてーなもんだ! んでもって、紙耐久特殊アタッカーはどうやったってバンギラス2匹分は倒せねえ!!」

「2匹の強固な壁で技を全て跳ね返す。それがメグル殿のフーディン対策でござるよ」

「加えて! エスパータイプにエスパー技は効果今一つ! お得意の念動力は、通じない!」

「……勝ったつもり? 私にはまだカバルドンが居る」

 

 アルネは瓢箪を投げ上げる。

 そして、フーディンが念動力でそれを遠くへと吹き飛ばした。

 方角は町の方。そして、しばらくすると──巨大なカバルドンが宙に現れる。

 

「確かに念動力は貴方たちには通じないかもしれない。でも、カバルドンを落とすことならできる……いや、落とすッ!! 何度も何度でも落とすッ!! 全員、潰れてしまえば良い!!」

「……出したでござるな。カバルドンを」

 

 ぽつり、とキリが呟く。

 それと同時に、ヘイラッシャとバンギラスが一気にフーディンに飛び掛かった。

 カバルドンの浮遊と並行し、フーディンは2匹を抑え込むために爆炎を巻き起こす。

 だが、砂嵐で特防が強化されている上にタイプ相性で不利な二匹には然程ダメージが入っていない。

 今度は起爆札を大量に巻き起こすが、重厚な岩の鎧を砕くには至らない。

 業を煮やしたアルネは、先に町を壊してしまうことにした。

 

「早くカバルドンを落とせフーディン! そいつらに相手にしながらでも、あの町は壊せるはず──」

「……だが、現実はそうではないでござる」

「カバルドン、まだ落ちてないみてーだぜ?」

「!?」

 

 アルネは町の方を見やる。

 巨大なカバルドンは脚を動かすばかりで、ずっと空中に縛り付けられたままだ。

 そして、空に浮かぶ巨獣目掛けて何かが飛んで行くのが見える。

 カバルドンとほぼ同じスケール感の、羽根を生やした鳥もどきが──羽根をはためかせて飛んでいる。

 

「バ、バカな……そんな事が! ヨイノマガン1匹だけで、カバルドンの落下を抑え込んでいるの!? サイコパワーにサイコパワーをぶつけて!?」

 

 約30分の砂浴で完全に破壊された箇所を修復したヨイノマガンは、町の上空に現れるであろうカバルドンを前に待機していた。

 しかし、ヨイノマガンのサイコパワーだけでは、フーディンのサイコパワーに対抗することはできない。

 ましてや、あの大質量を受け止めることなど不可能だ。

 だが、それはあくまでも、ヨイノマガン1匹での話である。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ルカリオ、気張るッスよ!!」

「ガルルルル……ッ!」

「モルフォン、頼むぞ。微力でも良い! ヨイノマガンの助けをするのだ!」

 

 忍者達がテング団員たちの掃討を行う中、カバルドンの真下の位置では、エスパー技を使えるポケモン達がヨイノマガンに力を送っていた。

 エスパータイプではないポケモン達も、サイコエネルギーを送っており、カバルドンを抑え込んでいる。

 ノオトも、そしてキョウも。

 そして忍者達も、町の住民たちも。

 全員がポケモンを結集させ、ヨイノマガンを助けようとしている。

 だがそれでも、フーディンのサイコパワーに加え、カバルドンの大質量を抑え込むことはできない。

 故にひぐれのおやしろは協力を求めた。1000年以上もの間同盟を結んできた、最も旧き友人に。

 

 

 

(はいー♪ アケノヤイバの俊足ならば、1時間もせずにクワゾメに着くのですよー♪)

 

 

 

 空を飛び、カバルドンへ向かうヨイノマガンの頭部には、よあけのおやしろのヌシ・アケノヤイバが乗っていた。

 旧家二社のヌシ──これまで幾度となく共に戦い、サイゴクに来たる災厄を払い除けて来た伝説のポケモンが今此処に揃ったのである。

 

 

 

「エリィィィィス!!」

「ケェェェェェレェェェェスゥゥーッ!!」

 

 

 

 結果。

 フーディンがカバルドンを落とそうとする力よりも、カバルドンを抑え込む力が勝ったのだ。 

 しかしそれでも、伝説の2匹は自分の能力の全てをサイコパワーに回さなければならない。

 つまり、カバルドンを完全に無力化させるための最後のステップに進むことはできないのである。

 故に最後の一押しは、伝説の力と同等の力を以てカバルドンを捻じ伏せるしかない。

 

「後は……ボクが……やるんだ……ッ!!」

 

 雨が降り続く中、彼女は覚悟を決めた様子でずっとヨイノマガンに掴まっていた。ヨイノマガンの外周部は城壁のようになっており、そこに人が掴まって立つだけのスペースが確保されているのである。

 

(……だとしてもすっごく怖かったけどね……!)

 

 アルカの隣には──ヘラクロスが彼女の身体を支える為に立っていた。

 そしてメガリングが光ったのを見て、にっと笑みを漏らした。

 

「……おにーさんが、皆が、ボクが居ても良いって言ってくれたんだ。ボクだって……!!」

 

 それに触れると共にヘラクロスの身体が光り輝く。

 

 

 

「──行くよヘラクロス。メガシンカだッ!!」

 

【アルカのメガリングとヘラクロスナイトが反応した──!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話:間違い

さあ、エンジン掛かって参りましたァ!!(作者の他作品比)


「プピファァァァァーッ!!」

 

 

 

 その外骨格は、より分厚く、より堅牢に、そして──より屈強に。

 腕は膨れ上がり、機械のように継ぎ目が刻まれていく。

 頭部には巨大な第二の角が生え、その雄々しき姿は神話の英雄が如く。

 隣に立つアルカは、変身を遂げた相棒の肩を叩くと「行くよ」と小さく告げる。

 頷いたヘラクロスは、標的目掛けて腕を向けるのだった。

 

「──”ミサイルばり”!!」

 

 腕のハッチ状になっている部分が開き、ヘラクロスが前のめりになる。

 そして、角が赤く光ると、腕から幾つものミサイル状の針が飛び出し、カバルドン目掛けて射出されていく。

 それらは正確にカバルドンの頭部を狙い撃ち、ぐらり、と身体を揺らすのだった。

 まともなポケモンの攻撃は通りはしないと思われていた巨大なカバルドンだったが──相手が悪かったとしか言いようがない。

 全てのポケモンの中でも最高クラスの攻撃種族値を誇るメガヘラクロスの一致抜群技。

 更に特性はスキルリンク。連続で当たる技は、全て吸い込まれるように標的に命中する。

 耐えられるのならば、最早それはポケモンを逸脱した何かとしか言いようがない程に、強力な攻撃だ。

 それはカバルドンの分厚い皮膚に突き刺さり、炸裂し、藻に塗れた表層を破壊していく。

 

「カッパババババァァァァ!?」

「すごい、効いてる……オニゴーリ達のフリーズドライもあまり効かなかったのに……!」

 

(メガヘラクロスの特性は”スキルリンク”! 連続技は必ず5回当たるぜ! メガシンカ前提なら、連続技を中心の技ビルドが良いと思うぞ)

 

「おにーさんが言ってた通りだ……ッ! ミサイルばりが破壊的な威力になってる……!」

 

 腕と腹から放熱したヘラクロスは、更に次弾を装填していく。

 しかし、怒り狂ったカバルドンがこちら目掛けて背中の甲羅に開いた穴から水を噴き出してくるのだった。

 

【カバルドンの ねっとう!!】

 

 全方位にぶちまける勢いで放たれたそれは、ヨイノマガンの身体を濡らすべく襲い掛かった。

 しかし。放たれた水は全てヨイノマガンに届くことなく静止してしまう。

 

「ごめんね。君を助ける為、そして君に故郷を壊されないために、()必死なんだ」

 

 カバルドンの周囲は既に、無数のシンボラーが取り囲んでいた。

 彼らの展開した”ひかりのかべ”がカバルドンの技を受け止めたのだ。

 トドメと言わんばかりにヘラクロスが狙いを定め、再び”ミサイルばり”を放つ。

 此処からならば、狙い放題。次々にそれはカバルドンの身体に突き刺さっていき、そして次々に炸裂していく。

 どかん、どかん、と煙が上がり、カバルドンの抵抗も弱々しくなっていく。

 だが同時に、ヨイノマガンとアケノヤイバの放つサイコパワーが限界だったのか、カバルドンの身体がぐらり、と揺れたのが見えた。じっくりとだが落ちている──

 

「マズいッ!!」

 

 落ちる。そう考えると、もう居ても立ってもいられなかった。

 アルカは、ヨイノマガンの身体から一気に──空目掛けて飛び出した。

 

「頼むよ──ハイパーボール!!」

 

 アルカの握ったボールはカバルドンの腕にコツン、と当てられ──巨体を小さなボールの中へと封じていく。

 しばらく、それはカタカタと音を立てながら揺れていたが──カチリ、とロックが掛かったのが聞こえるのだった。

 だが当然、重力に従ってアルカの身体は、空から落ちていく。

 しかし不思議と彼女は恐怖を感じなかった。

 落ちる彼女に追いつき、お姫様抱っこで受け止めたのは──ヘラクロスだった。

 無茶に次ぐ無茶に、流石に呆れたような顔をしていたが。

 

「大丈夫。万が一の時は、君が助けてくれるって信じてたからね?」

「プ、プピファー……」

 

 あまり心配させないでくれよ、という顔をしたヘラクロスに「ごめんごめん」と返したアルカはハイパーボールを握り締める。

 ──カバルドン、捕獲成功。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 カバルドンの身体が消えたのを見て、アルネの顔からは精気が無くなっていった。

 虎の子だったカバルドンが捕獲されたのを察したのだ。

 カリカリカリと指の爪をヒステリックに噛んでいたが、次第に──先ずはこの場にいる全員を始末してしまおうと考える。

 

「……冗談じゃない。冗談じゃない! おやしろを破壊出来たのに、姉さん一人連れて戻れなかったんじゃあ、私のプライドが許さない……ッ!」

「もう大人しく帰った方が良いんじゃねえか?」

「貴方にだけは言われたくないッ!」

「尤も大人しく帰すつもりはないでござるがなッ!!」

 

 ヘイラッシャが突貫したのを避けても、今度は後ろから”りゅうのまい”で素早さを上げたバンギラスが突貫してくる。

 2匹をまとめて爆炎で吹き飛ばそうとするフーディンだったが、あまりにも2匹が頑強過ぎて粉塵爆破如きでは傷一つ付いた様子がない。

 

「ヘイラッシャ、アクアブレイク!!」

「バンギラス、ストーンエッジで狙うでござるよ!!」

 

 二匹の連携がフーディンを的確に襲う。

 札で守ろうとするが、バンギラスとヘイラッシャの火力を前に受けきることが出来ていない。

 ましてや、効果抜群の物理攻撃など、紙耐久のフーディンにとっては受けてはいけない攻撃だ。

 ギガオーライズ・フェーズ2で幾ら耐久が向上したと言えど、所詮フーディン族はフーディン族。

 当たれば倒れる程度の装甲でしかないのである。

 かと言って”ハッカイ・コトリバコ”はノオトづてで既に対策が取られてしまっており、破られてしまえばフーディンが倒れるという諸刃の剣。

 更に2匹にいっぺんに弱点を突ける技が無いので、片方を狙えば片方に狙われるという地獄のような状況が生まれてしまっていた。

 故に、オニドリルを繰り出して地面弱点2匹をいっぺんに倒すことにしたアルネであったが、

 

「──アクアブレイク!!」

 

 速い。想定以上にヘイラッシャが速過ぎる。

 突貫したヘイラッシャは、出て来たばかりのオニドリルに体当たりし、そのまま向こうまで吹き飛ばしてしまうのだった。

 

「オニドリル──やれやれ、拙者一人では突破されていたでござるな。ナイスでござるよ、メグル殿」

「へへへっ、露払いなら任せてください!」

 

 この時点でアルネは悟る。バフにバフを重ねたこの2匹を、フェーズ2とはいえ相性不利のフーディンで相手出来ているのが奇跡のようなものなのだと。

 幾ら準伝クラスの種族値と言えど、メガシンカで禁止伝説級の種族値を手に入れたバンギラスと、全能力2倍になっている上に特防に補正が掛かったヘイラッシャに勝てはしない。

 しかもバンギラスは動きの中に”りゅうのまい”を取り入れており、徐々に速度を上げていっているのだ。

 

(あの動きって、リュウグウさんのギャラドスがやってたやつだよな……!?)

 

 ともすればキリという人物がキャプテンの中で序列二位に位置付けられている理由も、おのずとメグルは理解できた。

 キリは、あのリュウグウの常軌を逸したレベルの育成法に追いつくことが出来る、数少ない人間なのだ。

 

「やっぱキリさんすげえ……ッ!」

「そ、それなら──ッ!! フーディン、後ろの二人に”サイコキネシス”!!」

 

 ぴたり、とメグル、そしてキリの身体が硬直し、そして浮かび上がった。

 

「しまッ──!?」

「……先ずはトレーナーから片付ければ良い! 簡単な話だった! フーディン、オオワザ──”ばくえんあらし”!!」

 

 浮かび上がらされた二人の周囲に炎の粉が充満していく。

 それがフーディンの一存で爆ぜれば、2人は丸焦げで済めば良い方である。

 すぐさま二人を助けるべく、ヘイラッシャとバンギラスが飛び掛かろうとするが「動くなッ!!」とアルネが叫ぶ。

 

「……動いたら、粉塵を爆発させる……ッ! 二人の命は無い……ッ! 何なら、首から地面に叩き落としてやってもいい……ッ! 私はどうやったら生き物が死ぬか、ちゃあんと熟知してるから」

「ギラァ……ッ!!」

「ラッシャーセー……ッ!!」

「成程……古典的でござるな。しかし最早、正攻法では我々を落とせないと認めたも同然でござろう」

 

 アルネは返答する気にもならなかった。

 さっきと同じだ。フェーズ2の力を過信していたので、トレーナーを直接狙わなかっただけのこと。

 それを今になって、切り替えただけだ。

 

「ムーンフォース!!」

 

 主人を人質に取られ、無抵抗なバンギラスに、月の加護を受けた強烈な一撃が喰らわせられる。

 しかしなぜか倒れない。アルネは眉を顰めた。

 今度は、大量の起爆札をヘイラッシャに貼り付け、爆発させる。が、やはりこちらも倒れない。アルネの眉間の皺が増えた。

 

「おかしい……ッ! どう考えてもおかしい……ッ! 計算が合わない……ッ!」

「数値が足りてねえからだろ、むしろブチ抜かれたらどうしようって思ってたわ」

「うるさい! 何度か攻撃をぶつけていれば──」

「……それに加え、そのフーディン。先程までとは明らかに技の出力が落ちていることに気付いていないでござるな?」

「……?」

 

 馬鹿な、と言わんばかりにアルネはフーディンの方を見やる。

 肩で息をしており、目が血走っている。疲弊を全く隠せていない。

 

「まさか……ッ! いけない! ”ばくえんあらし”でそいつらを殺せ!!」

 

 それに気付いた瞬間、アルネは先にトレーナー二人を爆殺するべくフーディンにオオワザを指示する。

 しかし、もうフーディンには粉塵を爆発させるだけの余力は残っていなかった。

 ふぅ、と粉塵は消え失せて──フーディンは腕を地面に突いてしまう。

 

「ただのギガオーライズだって、負担が掛かって休めないといけないんだ。フェーズ2とやらが、ポケモンに負荷が掛からねえわけねえだろが」

「メガシンカも、鍛えなければ長い間続けることはできないでござるからな。持久戦に持ち込めば、勝手にそちらが息切れすると考えたでござるよ」

「あ、ああ、ああああああッ!!」

 

 フーディンの身体から光が消えて、ただのギガオーライズ状態に戻ってしまう。

 最早魔法の時間は解けたも同然だった。これは、長い間戦いすぎただけではない。

 伝説のポケモンでなければ持ち上げられないようなカバルドンを、何度も上空から叩きつけるような無茶をしたからである。

 その反動が今になって、フーディンに返って来ただけのことである。

 がはっ、と咳き込むと、アルネは二人を睨み付ける。もう、抵抗することなど出来なかった。

 周囲には、自分が怒りに任せて”ばくえんあらし”に巻き込んだ所為で、もう眠り状態が解けても起き上がれないであろうテング団の団員が伏せている。

 まさに自業自得。慢心の極み。

 おやしろを破壊して満足して帰っていれば起きなかったのを、余計な事をしたばかりに招いた窮地であった。

 ましてや、オオワザが不発した以上、フーディンには大きな隙が生まれてしまっていた。しかし。

 

「まだ、負けてない!! まだ──!!」

 

 周囲に大量の御札が浮かび上がる。

 残る全てを出し切らんとばかりに生成されたそれらは、巨大な九尾の狐の姿を象る。

 それらを前にして、バンギラスもヘイラッシャも飲み込まれてしまう。

 御札の海を前に、彼らは身動きすらままならない状態に陥る。そしてメグルとキリも、大量の御札を前に一歩も動けない。

 

「くっ、何処にこんな力が!?」

「こんな事も、あろうかと──ッ!!」

 

 メグルはオージュエルに触れる。

 ヘイラッシャの目が光った。

 口の中に居るシャリタツが、大量の御札の中にいるフーディンを捉える。

 オーライズしているのはヘイラッシャだけではないのである。

 

(この技は一度見ているから、マネできるはずだ──シャリタツ!!)

 

 その指示を受けて、ヘイラッシャはがばぁと口を開けた。狙い良し。撃ち方良し。

 後は、解き放つだけだ。

 

「スシーッ!!」

 

 

 

【シャリタツの たそがれのざんこう!!】

 

 

 

 シャリタツの両手から、極光が真っ直ぐに飛び、御札を焼き尽くし、そして──フーディンを撃ち抜いた。

 御札は次々に消えていき、拘束されていたヘイラッシャとバンギラスは地面に落ちる。

 そして、オオワザの直撃を受けたフーディンもまた、力無く地面に落ちてしまう。

 それでもまだ、執念深く起き上がろうとしていたがすぐさまヘイラッシャがその身体全部で押し潰し、今度こそ沈黙するのだった。

 

「よっし!! 今度こそ終わりだ!!」

「ラッシャーセー!!」

 

 更に、押し潰されたことで、身に着けていたオーパーツである勾玉も、ピキピキと音を立てて割れてしまう。

 そして逃げようとするアルネだったが、使い物にならない傷だらけの脚では逃がしてくれる味方がいなければ逃げることもできない。

 周囲にバンギラスのストーンエッジが突き刺さり──即席の牢屋が出来上がるのだった。

 

 

 

「……詰み、でござるな。三羽烏アルネ」

「ッ……!」

 

 

 

 ごろん、とヘイラッシャがフーディンから退く。

 倒れたフーディン。そして、尻尾に巻かれていたオーパーツの勾玉が砕けているのが彼女の目にも見えた。

 

「さあて、洗いざらい吐いてもらうでござるよ。テング団の目的。その他諸々」

「それとも、また仲間が助けに来てくれるのか?」

「……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──数年前。

 

「……姉さんの所に帰りたいのだけど」

「お前の頭を、ヒャッキの文明を発展させるのに使わねえのは勿体ねえだろ?」

「……私が、ヒャッキの文明を発展させる?」

「そうだ。オニもキュウビも退け、テングの国が一番になるためには、技術革新が大事だよなぁ? より質の高い戦争が出来るってもんだぜ」

「……貴方は私が怖くないの?」

 

 アルネは──タマズサに問うた。

 

「私にとって全ては実験道具。貴方も例外じゃない。私の頭脳はいずれ、貴方を含めた全てを滅ぼすかもしれない」

 

 彼は「カッカッカ!」と笑い飛ばすと言ってのける。

 

「怖い? 俺様はヒャッキで最強の男・タマズサだぞ。ヒャッキが滅んでも、俺様だけは高笑いしていると思うぜ」

「……ッ」

 

 その目を見た時、アルネはこの男ならば本当にそうかもしれない、と思ってしまった。

 底知れない目だった。

 自分と同じ、何かが欠落したような──

 

「それに、ヒャッキを滅ぼす程の頭脳を持つお前だからこそ、俺様は──テメェを娶ったんだぜ」

「……ん」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こ、これで完成した……! 私だけの完璧な姉さんプランが……!」

 

 屍の山を築き上げて、オーライズを完全なものとし、量産化したアルネの功績はテングの国に強大な戦力を齎した。

 その上で彼女は、姉であるアルカをテング団として置くための計画を立てていた。

 座学も運動もてんでダメな彼女を、そして自分を恐ろしいものを見るような目で畏れる彼女を隣に置く方法を。

 それは、アルカ自身を改造して完全な姉へと作り変えるという、最早本末転倒も良い所な計画であったが──そんな矢先だった。

 アルカが消息を絶ったことを知ったのは。

 この日から──アルネの研究へのモチベーションは大幅に減退した。

 原因であろう叔父を実験動物とし、使い捨てたが、それでも気は晴れなかった。

 周囲は皆、アルネを恐れて近付くことすらしない。

 そんな時。タマズサだけは、アルネの傍に居た。

 

「安心しろよ、アルネ。お前の姉さんなんだろ? そう簡単にくたばるわけねーって」

「……」

「時空の裂け目の先でまた会える。姉妹の縁が、そう簡単に途切れるわけねえじゃねえか」

 

 いつどんな時も。

 タマズサは彼女の隣に居た。

 アルカは彼女を恐れた。

 しかしタマズサは彼女を恐れなかった。

 何をしても笑って許してくれる。

 絆されるには十二分な理由だった。

 アルネは研究を再開した。今度は──近くに居てくれたタマズサの為に。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(本当は、分かっていた。こんな計画、無意味だって)

 

 

 

 アルネは、姉の心がすっかり自分から離れていることなど分かっていた。計画を達成しても虚しいことなど分かっていた。

 イッコンで再会した時、仲間達と居るアルカを見て──無理矢理連れ戻せなかったのは、とっくにその結論に至っていたからだ。

 それでも縋らなければどうにかなってしまいそうだった。たった一人の姉だから。

 故に、フーディンがフェーズ2に目覚めた時、今ならアルカを取り戻せる、と考えてしまったのだ。

 力を示せば相手は従ってくれる。そう思っていたから。

 しかし結果はどうだろうか。結局彼女はこの場に現れることすらなかった。それが何よりの拒絶の証であった。

 おやしろは破壊できたものの、オーパーツは破壊され、そして孤軍。

 全て自分で招いた事だ。

 

「ひとつだけ、教えて。メグル」

「何だよ」

「なぜ、姉さんのために、戦うの? 弱い癖に……大人しく引っ込んでいれば良かったのに」

「好きだからに決まってんだろ」

 

 メグルはパッと断言した。

 

「だから、お前なんかに渡すつもりは無い。あいつはお前を怖がってるからな」

「……何で、姉さんが好きなの。そんなに」

「え? 何でって言われても──」

 

 口ごもると──メグルは指を折って数えながら言う。

 そうした後で上手く言葉に出来ず、メグルはふっと笑みを漏らした。

 

「……わっかんねーな……わっかんねぇけど……近くに居たいって思うんだ。それとあいつ、好きな物を見た時、すっごく目を輝かせて熱心だから……その顔が俺、好きなのかも」

「……」

 

 アルネは黙りこくった。

 彼は、そのままのアルカが好きになった。

 しかしアルネは──理想のアルカを自分の中で作り上げ、それを押し付けようとしていた。

 そして同時に、何故自分がタマズサを好きになったかを思い出す。

 

(ああ、そうか。姉さんに手を付けようとした時点で、私は間違ってて──)

 

「さて、もう良いでござるかな」

 

 キリが近付く。尋問の為に。

 

「……テング団は、何を狙っているのでござるか。まさか”赤い月”の場所が分かったとか──」

「……貴方たちに話すことは、これ以上何もない」

「ならば力づくでも吐かせるでござる。自白剤は、拠点にたんまり用意してるでござるよ」

「……ううん。これで終わり。だから、ない。タマズサに、迷惑は掛けられないから」

 

(私の計画は無意味だったけど、せめてテング団の計画は……邪魔できない)

 

 べぇ、と彼女は舌を伸ばす。

 そこには──御札が貼り付けられていた。

 そこに書かれていた文字は「爆」。

 それを見て、キリはメグルを掴んで地面に臥せる。

 

 

 

(私は一体、どこで間違えたのかな──)

 

 

 

 轟ッ、と音を立てて炎が彼女を包み込み──爆ぜた。

 人が焼ける嫌な匂いがメグルの鼻腔を突き抜ける。

 何が起こったのか分からない二人が起き上がると、後に残っていたのは、黒い灰だけ。

 しかし、確かに悪臭が周囲に漂っており、それが何を意味しているのかはメグルにも理解できた。

 

「……抜け目がない、と言えばその通りでござるが……!!」

「……ッ」

 

 目の前で人が果てる。

 その瞬間を目の当たりにし、メグルは──言葉も出なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話:嵐、牙となりて全てを喰らう

 ※※※

 

 

 

 ──おやしろは破壊されたものの、三羽烏・アルネが死亡したことで、団員たちは散り散りになって逃亡、ないし忍者達によって捕縛された。

 全ての作戦が終わった後、メグル達は再び”さじんのやしき”に集っていた。

 そして、一部始終を話すと──アルカは複雑そうな顔で目を伏せるのだった。

 確かに恐怖心を抱く程の異常性を持った妹ではあったが、それでも血を分けた存在。

 自ら命を絶ったのには、少なからず心を痛めていたのだろう。

 

「そう、ですか……アルネが……」

「……まぁ、その何だ。気にするな、とは言わねえけど……あいつはあいつなりに、守りたいモンがあったんだろ」

 

 そう言って、メグルは自らを納得させるしかなかった。

 敵とはいえ目の前で自死を遂げたことが、少なからず彼の心に影を落としていた。

 

「……主君の為に自分を殺すことで情報を守ったでござるな……」

「何で。最初っから死ぬくらいなら、こんな事しなければ良いのに……」

 

 アルカは拳を机に叩きつけた。

 

「……赤い月を、あいつらが手に入れて、それで幸せで終わりなら……まだ良かったのに」

 

 彼女は口惜しそうに言った。

 ヒャッキの人間は、サイゴクに恨みを持っている。

 赤い月を手に入れれば、そのまま勢い付いて攻め込みにかかるはずだ。

 そもそも、赤い月自体、正体の分からないブラックボックス。本当に無限の豊穣を齎すのかすら定かではないのである。

 そんな不確かなものに縋り、そして命を賭ける。それが今のテング団の実情だ。

 

(俺だってどうにかしてやりたいって思うけど……どうすれば良いのか分かんねえよ……)

 

 アルカの暗い顔を見て、メグルは胸が締め付けられるようだった。

 

「アルカさん。メグルさん。しょげてる場合じゃねーッスよ」

 

 そんな中、暗い空気を打ち破るべく口を開いたのはノオトだった。

 

「……下手したら死んでたのは、この町の人たちだったかもしれねーんス。あんた達はよくやったッスよ。守ったんスよ、この町を!」

「……この町を……俺達が」

「そうでござるな。一番大事なことを忘れていたでござる」

 

 キリは前に進み出て、頭を下げる。

 

 

 

「此度の戦い、本当にご苦労でござった! 本当にかたじけないでござる!」

 

 

 

 確かにおやしろは破壊された。

 しかし、結果的に町は守られ、そしてテング団達も散らすことが出来た。

 決して忍者達だけの力では守れなかった、とキリは感じていた。

 

「……何と礼を言えば良いか分からない。故に月並みな言葉になってしまう。だが……これだけは言いたかったでござるよ」

「キリさん……俺の方こそ。ありがとうございました。一緒に戦ってくれて、本当に心強かったです」

「ん……そうだね。居てくれて良いって、言ってくれてありがとう」

「……皆殿」

「雨降って地、固まる。厳しい戦いだったが、よくぞ乗り越えた小童たち!」

 

 キョウが笑みを浮かべる。

 一先ずは全員が無事であることを喜ぶべきだ、と言わんばかりに。

 

「後は、他のおやしろだが──」

「──速報!! 速報!!」

 

 次の瞬間だった。

 忍者達が、しゅっと飛び出す。

 いずれも動揺を隠せない様子だった。

 

 

 

「”なるかみのおやしろ”と、”ようがんのおやしろ”、共に破壊されて……キャプテンが……ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こ、これが、ギガ、オーライズ……ッ!?」

 

 

 

 ハズシの身体は、毒に犯され、もう動かなかった。

 消えゆく意識の中、壊れたおやしろと、イヌハギを見るしかなかった。 

 その傍らには紫色に身体が腫れあがったリザードンが、泡を吹きながら横たわっている。

 そしてヌシであるブースターも、オーラを抜き取られたことでぐったりとしていた。

 歯が立たなかった。メガシンカも、そしてヌシのオオワザも。

 

「惨めだなキャプテン」

 

 下手人であるルカリオの身体は、紫色の装甲に覆われ、不気味な一本の角が額から生えている。

 両の腕からは、毒液が漏れ出しており、地面を溶かしていた。

 ヒャッキ三大妖怪の一角・ウガツキジン。 

 その腕は毒手。ありとあらゆるものを貫く魔の腕。

 

【ルカリオ(ギガオーライズ) いてつきポケモン タイプ:氷/毒】

 

「ウガツキジンの毒を受けても尚喋ることができるしぶとさに免じて、命は見逃してやる」

「待ちなさい……ッ!!」

「赤い月は、もうじきに某達の手に渡る。それだけの話だ。後は……アルネとタマズサがしくじらなければ、それで良い」

 

 そう言い残し、イヌハギは去っていった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(カッカッカ!! 面白い!! 面白いじゃねぇか!! まさか”マガツフウゲキ”が破られるなんてなァ!!)

 

 

 ──その日。

 シャクドウシティでは、サイゴクの歴史に残る最大の戦いが繰り広げられていた。

 片や、セイランシティ・キャプテンにしてサイゴク最強の男・リュウグウ。

 片や、テング団・三羽烏にしてヒャッキ最強の男・タマズサ。

 彼らのぶつかり合いは、数時間にも及び、余波だけで木々を薙ぎ倒していく程であった。

 最初こそ、タマズサの放ったオオワザ”マガツフウゲキ”によって蹂躙されるかと思われたが、ラグラージはあろうことかその渦に向かって逆回転しながら突貫し、竜巻を相殺して打ち消したのである。

 それを実現したのは、間違いなくラグラージの屈強な筋肉、そしてリュウグウの育成であった。

 アーマーガアの鋼の如き身体を拳で打ち砕き、そして攻撃を跳ね返すさまは、サイゴク最強のキャプテンの切札に相応しい鬼人の如き戦いっぷりである。

 

「そのオオワザを、罪無き民に、ポケモンに、そして自然に振るったか……ッ!!」

「罪無き民を蹂躙するのが戦の醍醐味ってモンだろーがよ!! 止めろだなんて言うまいなジジイ!!」

「……ギアを一つ、上げていこうぞ。あまごい!!」

 

 そしてそこに、雨が降り出すことで、ラグラージの速度は異次元のものとなる。

 残像すら残さない勢いで、巨大なアーマーガアに喰らいつき、殴打し、そして頭部に頭突きを見舞う。

 アーマーガアだけではない。タマズサもそうだが、自分よりも格上の相手と戦ったことがないのだ。

 何故ならば、ヒャッキに彼らよりも強い人間もポケモンも存在しなかったからである。

 故に、同格以上の相手との経験が圧倒的に彼らには不足している。

 しかし、それを打ち消す勢いで、ギガオーライズしたアーマーガアのカタログスペックは非常に高い。

 何故ならば、その身から展開された鏡から光が照射され、近付いたラグラージを焼き焦がしていく。

 

(互いにダメージを与えあっているが……この期に及んであの男、まだ本気を出していないな?)

 

 リュウグウの推測は正しい。

 未だにタマズサは余裕の笑みを崩していない。まだ遊んでやっているんだぞ、と言わんばかりに。

 

「いやぁー、あっぱれあっぱれ。流石だぜ。キャプテン? だっけ。まさか此処まで俺様とやり合えるとは思ってなかったワ」

「……貴様こそ、それほどの力がありながら、どうしてこのような非道に手を染める」

「言っただろうが。俺様は戦争が好きなんだよ。この身とアーマーガアだけで成り上がったからな……ッ!!」

 

 アーマーガアはげげっ、と狡猾な笑みを漏らすと──周囲に鏡をばら撒き、そして姿を消す。

 そして、気が付けばラグラージの背後に現れており、強烈な蹴りを見舞って地面に叩きつける。

 しかしラグラージも負けてはいない。吹き飛ばされはするが、すぐさま起き上がってアクアブレイクを見舞おうとする。

 だが、再びアーマーガアの姿は消えて、今度は頭上からラグラージに襲い掛かる。

 

(鏡か! 周囲にばら撒いた鏡……消えたかと思えば、あの鏡の中から飛び出しておるのか……!)

 

 マガツカガミの名は伊達ではない。

 その力は鏡を操る事にある。自らを光に見立て、反射させることで瞬間移動を実現させているのだ。

 幾ら特性:すいすいで、素早さが上がっているラグラージと言えど、瞬間移動する巨体には対応できない。

 リュウグウもまた、鏡から現れるアーマーガアから逃れるのに精一杯だ。

 

(その巨体で動き回るのは、ちと反則じゃのう……仕方があるまい)

 

「ラグラージ、クイックターン!!」

 

 ぶつかってきたアーマーガアに触れると、ラグラージはその勢いでリュウグウのボールへと戻っていく。

 そして同時に、リュウグウは次なるボールからポケモンを繰り出すのだった。

 

「イルカマン! ヤツの能力を下げるぞ──”あまえる”!!」

「きゅいきゅーい♪」

 

【イルカマン イルカポケモン タイプ:水】

 

 現れたのは、愛くるしいイルカのようなポケモンだった。とても、巨大な敵と戦えるようなポケモンには見えない。

 現に怯えており、震えているようにさえ見える。

 きゅいーん、と甲高い声を上げて甘えると、アーマーガアの攻撃力は一気に落ち込んでしまう。

 だがそれでも獰猛さは失われない。そのまま瞬間移動でイルカマンに襲い掛かるが、すんでのところでそれを避けるのだった。

 

「良いねえ、可愛い顔したヤツはナメちゃあいけねえって相場が決まってんのよ!! アーマーガア!! 啄め!! ”ドリルくちばし”!!」

「イルカマン”クイックターン”で戻れい!!」

 

 再び、イルカマンが高速でリュウグウの手元へ戻っていく。

 繰り出されたのは──ラグラージだった。

 

「何度出てきても同じ事だ!!」

「アーマーガアだけで戦ってきたと言うちょるが……一人だけでは成し遂げられぬことが、この世には山ほどあるのだぞ」

 

 再び鏡に入り込み、瞬間移動してラグラージに襲い掛かるアーマーガア。

 しかし、その鷲掴み攻撃も、もう屈強な筋肉に通ることはなかった。

 肉の鎧にアーマーガアの爪は通らず、逆にラグラージが飛び出して頭突きを見舞う。

 

「”アクアブレイク”ッ!! これで防御は崩したぞ──ッ!!」

「へえ……さっきのヤツの”甘える”が効いてるのか。だが、関係ないねェ!!」

 

 更にアーマーガアの速度が上がる。

 鏡を四方八方にばら撒いていき、高速で動き回り、その刃の如き羽根でラグラージを次々に傷つけていく。

 そして、トドメと言わんばかりに嘴を回転させ、ラグラージに突き立てるのだった。

 

 

 

「”ドリルくちばし”!!」

 

 

 

 それが致命傷となった。

 ラグラージはぐらり、と身体を揺らし──そのまま倒れてしまう。

 

「おいおいお終いか? 随分と大したことなかったな!」

「……成程な。確かにメガシンカでも、こやつに立ち向かうのは難しいやもしれん。しかし──」

 

 ラグラージをボールに戻しながら、リュウグウは帽子をぐっと押さえてタマズサを睨む。

 

 

 

「……聊か気が早いのう、若造」

 

 

 

 次なるボールが繰り出されたその瞬間。

 アーマーガアの身体は地面に叩きつけられていた。

 何が起こったか分からない、と言う顔でタマズサはリュウグウを睨む。

 

「速い──ッ!?」

「”ジェットパンチ”。イルカマンの拳は光速をも超えるぞ」

 

【イルカマン(マイティフォルム) ヒーローポケモン タイプ:水】

 

「……ワシの奥の手の奥の手じゃよ」

 

 それは、先程の可愛らしい姿からは一転。

 屈強なヒーローの如き姿となって、アーマーガアの前に立ち塞がる。

 

 

 

「先に言っておく。ワシはイルカマンを出して負けたことは一度も無い。ヨイノマガンもアケノヤイバも──こやつには勝てなかったからのう──乱打”ジェットパンチ”」

 

 

 

 再び、音も光も置き去りにした一撃がアーマーガアを捉え、地面に叩き伏せる。

 それが、何度も何度も何度も、ラッシュで叩き込まれる。

 鎧を砕き、羽根を叩き割り、そして顔面をへしゃげさせ、嘴を曲げる。

 巨大さが仇となり、全てが的だ。

 鏡の鎧に覆われたアーマーガアの身体はたちまち、スクラップと化す。

 

「重みを知るんじゃな。自分達が今まで傷つけてきたものたちの……痛みと苦しみをな」

「ッ……重み……ねぇ」

 

 地面に転がったアーマーガアは、最早戦える状態ではない。

 勝負はあった──そのはずだった。

 

「……くっ、くくく、カッカッカ!! 良い!! 良いね!! 確かに俺様ァ、今までアンタほど強いヤツと戦ったことはなかったぜジジイ!! 認めてやるよ!! あんたが今まででナンバーワンだ!!」

「もうアーマーガアは戦えんぞ。諦めて降参せい」

「……何言ってやがる? 此処からが面白いんだぜ、俺様のアーマーガアは!! いや、テングの国の伝説の妖怪・マガツカガミの力は!!」

 

 アーマーガアの周囲に鏡が現れる。

 それをすぐさま割るべく飛び掛かるイルカマンだったが、それらが放つ光を前に、目がくらみ、怯んでしまう。

 げげげっ、と不気味に笑うアーマーガアは起き上がり、そしてイルカマンを捕食者の瞳で見据える。

 周囲を舞った鏡には、全てアーマーガアが映り込んでおり、更にそこに鏡面のアーマーガアが映り込む。

 合わせ鏡。複数の鏡が対となることで、鏡面に映った存在が途方もなく増えていく──

 

 

 

「こっちも本気を見せてやるよ。第二のオオワザ──”むげんあわせかがみ”ッ!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 アーマーガアの姿が、一気に分裂した。

 その様を見て、リュウグウは絶句する。

 ヨイノマガンのように、影を使って分身したわけではない。

 アーマーガアという存在そのものが増えたようだった。

 しかも、増えた彼らは全て無傷そのものである。

 数は──全部で6匹。代償として、1匹1匹の大きさは小さくなってはいるが──

 

「な、何じゃ、どうなっておる……!?」

「鏡の世界って知ってるかジジイ。このオオワザはな……文字通り、鏡の世界からアーマーガアを引きずり出して召喚する技だぜ」

「ならば最初の本体を叩きのめすまで!! ジェットパンチじゃ、イルカマン!!」

「分かってねえなあ。幾らそのモンスターでも、この数に勝てるわきゃあねぇだろが!! 戦いは質と量、両立してこそだぜジジイ!!」

 

 ──その力は弱体化していない。むしろ、小型化した分小回りが利くようにさえなっており、実質的な強化だ。

 全てが本体同様の戦闘力を兼ね揃えているのだ。

 殴りかかったイルカマンだったが、1匹が背中に”ドリルくちばし”を高速で喰らわせて地面に叩きつける。

 そして、アーマーガア達は空高く飛び、全員がオオワザの態勢に入るのだった。

 

「さあて。6体分……”マガツフウゲキ”、今度は受け切れるかなァ!?」

 

 竜巻が放たれ、イルカマンを、そしてリュウグウを飲み込んだ──

 

 

 

【アーマーガアの マガツフウゲキ!!】

 

 

 

 ──かに思われた。

 

 

 

【シャワーズの むげんほうよう!!】

 

【サンダースの ホノイカズチ!!】

 

 

 

 強烈な水ブレスが竜巻にぶつかり、そして黒い稲光の束が炸裂し、竜巻の勢いを抑え込む。

 その隙にイルカマンは、リュウグウを抱えてその場を離脱。すぐさま周囲の木々は薙ぎ払われ、辺りは更地と化すのだった。

 オオワザを抑え込んだのはシャワーズ、そしてサンダースの二匹だ。

 

「おお、オヌシ達……間に合ったか……ッ!」

「ぷるるるるるー」

「ビッシャァァァーン!!」

「ほぉ? ヌシ達も揃い踏みか」

 

 オオワザを抑え込んだ二匹を称賛するように、タマズサは手を叩く。

 

 

 

「──だが無意味だぜ。全くの無意味だ」

 

【アーマーガアの むげんあわせかがみ!!】

 

 

 

 アーマーガアは、更に増殖し、遂には空を覆い尽くした。

 ヤミカラスの大群は不吉の象徴と言われるが、そんなものを優に超す勢いだ。

 想像以上の増え方を前に、今度こそリュウグウは言葉を失ってしまった。

 6匹ならば、まだ何とかなるかもしれない、とリュウグウは考えていた。

 しかし、この数は──最早戦いにならない。

 最初からタマズサは、こうなることが分かっていて余裕の笑みを浮かべていたのだ。

 

(ハ、ハハハ、そりゃあ元の世界で無敵になるわけじゃわい……!! 奴一人だけで軍隊が作れるんじゃからのう……!!)

 

「鏡と鏡。合わせりゃ映ったものは、実質的に無限に増えていく。そりゃあ小さくはなっていくがな……()()()()()()()()()んだぜ、アーマーガアはな!!」

 

 あの全員が、元の本体同様の戦闘力を持つのだ。

 待ち受けているのは確実な敗北と、死だ。

 そして──ヌシ達に呼びかける。

 

「すまぬ、シャワーズ、サンダース。こやつは……オヌシ達が居ても勝てん」

「ぷるるるるー!?」

「ビッシャーン!?」

「……後はワシが何とかする。ポケモンを、人々を……守り抜けい」

 

 2匹は首を横に振る。

 しかし──リュウグウは力の限り叫んだ。

 

 

 

「ゆけい!! ヌシポケモンはサイゴクの希望! 絶やしてはならん!」

「──さあて、これでくたばってくれよ──”マガツフウゲキ”!!」

 

 

 

 大嵐が吹き荒れる。

 サンダースはシャワーズの首を咥える。

 全てを察したのか、シャワーズは激しく鳴いた。

 

「ぷるるるー!? ぷるるるるーっ!」

「……シャワーズ。楽しかったぞ。オヌシと過ごした日々は」

「ビッシャーン!!」

 

 サンダースは、俊足でその場から離れる。

 風が吹き荒れ、全てが崩壊していく中、リュウグウは──仁王立ちで「戻ってくれい」と呟き、イルカマンをボールに戻す。

 最後まで抵抗する、と言わんばかりに首を横に振っていたイルカマンに「すまんな」とボール越しに呼びかけた。

 

「……オヌシ達は、ボールの中。きっと無事じゃろう。ワシは……ボールの中に入れんからのう」

 

 かたかた、とボールが揺れ動く。

 

「……長い長い人生じゃったが、こんなに心残りな幕引きになるとはのう」

 

 

 

(ユイ君……どうか気に病まんでくれい。ワシが、もう少し強ければ良かったんじゃ)

 

(キャプテンの皆……覚悟せい。まともに戦って勝てる相手ではないぞ、こやつは……)

 

(……メグル君……巻き込んですまんかったのう。せめて、無事でいてくれい)

 

 

 

「なーにが、サイゴク最強のキャプテンじゃ……最後の最後で、心残りも良い所じゃわい」

 

 

 

 独房の中にいる親友の顔が頭に浮かんだ。最後に会っておけばよかった、と後悔した。「きっと、バチが当たったんじゃな」とリュウグウは呟く。

 

 

 

「口惜しいのう……口惜しい、のう──」

 

 

 

 ──嵐が、森とおやしろ諸共、老人を喰らい尽くした。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その日。

 ”なるかみのおやしろ”は、周囲の森共々跡形もなく、地図上から消えた。

 そして、身元不明、同一人物の老人と思しき遺体が、後から()()()()()見つかった。

 DNA鑑定の結果──()()()()()が、皆の知るセイランのキャプテンのものであることが明らかになった。

 その知らせは、アルネを倒し、クワゾメタウンを防衛したメグル達の元に、おやしろの崩壊と共に届くのだった──




最強、堕つ──


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話:失意

 ※※※

 

 

 

 ──シャクドウシティ。壊滅状態。

 原因不明の竜巻により、やしろのもりと、おやしろは更地に(オオワザと推測されている)。

 ヌシサンダースと、ヌシシャワーズは健在であり、逃げていたところをおやしろの人間に保護された。

 

 キャプテン・リュウグウ──死亡確認。

 

 

 

 ──ベニシティ。本島はパラセクトの大群が撒いた胞子により、住民への被害甚大。病院は医療スペースが逼迫している。

 ひのたまじまも同様に、テング団三羽烏・イヌハギの襲撃を受け、おやしろが破壊。

 ヌシブースターはオーラを抜き取られ、重体。

 

 キャプテン・ハズシ、全身に毒を受けたことで集中治療室で処置を受けている。

 

 

 

 ──クワゾメタウン。おやしろが破壊されたものの、カバルドンを捕獲。町からテング団を追い出すことに成功。三羽烏・アルネの討伐完了。

 キャプテンとヌシポケモン、共に健在。

 

 

 

 ──イッコンタウン。襲撃受けず。ヌシポケモン・アケノヤイバをクワゾメタウンに貸し出している。

 

 

 ──セイランシティ。襲撃受けず。ヌシポケモン・シャワーズをシャクドウシティに貸し出している。

 

 

 

 

 

 続報を受け、クワゾメの拠点は悲痛な空気が流れていた。

 特にハズシの重体に加え、リュウグウ死亡の報せは、全員の戦意を削ぐには十二分な情報だった。

 信じられるはずがない。

 受け入れられるはずもない。

 サイゴクで最も強いポケモントレーナーが死力を尽くし、それでも尚、届かない。

 そればかりか、おやしろ諸共森を消し飛ばす。

 それが、三羽烏・タマズサという敵なのだと突きつけられる。

 

(ウソだと言ってくれよ……何で……)

 

 ノオトは壁に手を叩きつけた。

 勝てるビジョンが思い浮かばない。

 悲しみよりも、先にそれが先行したのはきっと、そうでもしなければ悲痛さで胸が押し潰されそうになってしまうからだった。

 キャプテンはサイゴクを守る為に命を賭すのだ。リュウグウでも死ぬときは死ぬのだ。

 そう胸の中で言い訳しなければ、きっと彼は立つことすらままならなくなっていただろう。

 

(オレっち達が目指した頂点は、こんなに簡単に、呆気なく、落ちるものだったのかよ……?)

 

 そうして考えているうちに、先代シャクドウのキャプテン・ショウブが亡くなった時のことを思い出す。

 あんなに強かった彼が、野生ポケモンに襲われあっさりと命を落とした。

 

(……人は死ぬときは……本当に、前触れもなく死ぬのか……じゃあ、オレっちが今までやってきたことって……?)

 

 リュウグウだって、例外ではなかった。

 相手が三羽烏ならば尚の事だ。

 では、残った自分達はどうすればいい? 

 考えているうちに、ノオトは立ちあがる気力を無くしつつあった。

 思い浮かんだのは不可能の三文字だった。

 がくり、とノオトは肩を落とす。

 絶望感、そして閉塞感が彼を襲った。

 

(もう、やめてよ……どうしてそうやって、簡単に人を、ポケモンを傷つけられるのさ……!)

 

 アルカは震えながら座り込む。

 自分の故郷・ヒャッキに巣食う悪鬼が、どれほど強大なものかを思い知らされる。

 そして、そこから逃げる術など何処にもないということを。

 

(森ひとつを消し飛ばす!? あそこまでだなんて聞いた事が無かった。いや、知る由も無かった……! どうにかしたいけど、どうすれば良い……!?)

 

 直接会ったのは1度きり。

 しかし、リュウグウが強いのを散々アルカは聞かされていた。

 その彼が敗れた以上、現在タマズサと拮抗できる戦力はこの地方には無い。

 

(考えろ、考えるんだ……ボクの持ってるありとあらゆる知識を使って……! この地方にないなら、ヒャッキの力で!)

 

 そう考え、アルカは絶句した。

 ヒャッキにも彼に対抗できる手段はない。

 故にタマズサが頂点に立っていたことを思い出す。

 

(手は……あるの……? 本当に──)

 

 ぼんやり、とメグルは天井を向く。

 笑顔で力強く自分を送り出してくれた、リュウグウの顔が浮かんでは消えた。

 

(分からねえ、何にも実感湧かねえ……死んだって言われたって……わっかんねえよ……)

 

 登場人物が滅多に死なないポケモンの世界だと油断していた。

 しかし、現実は──別世界同士での抗争が起こり、今此処に最強のキャプテンは息絶えた。

 

(……俺のやるべき事は何だ? 此処に呼ばれた理由は?)

 

 メグルは──オージュエルをなぞる。

 ポケモン廃人としての知識は、この世界であまり役に立たなかった。

 ひたすら、サバイバルを繰り返して積み上げてきたものが全てだった。

 此処まで出会って来た人達のおかげで、今自分は此処に居るのだ、とメグルは考える。

 思い出せ、と彼は自らを鼓舞する。

 

 

 

 ──君は信用できる若者だからの。その力を無暗に使うことは無かろうて。

 

 

 

 じわり、と涙が出てきた。

 リュウグウは余所者の自分を信じ、目を掛けてくれた。

 

(……本当はおやしろまいりを終わらせて、一人前になった姿を見せたかったけど)

 

 自分のやるべき事は何だ、と己に問う。

 

(この世界を救え、か。上等じゃねーか。ゲームなら何度でも世界救ってきてやったじゃねーか……ッ気合入れろや、メグル!! 此処が踏ん張りどころだ!!)

 

 手が震える。

 指がボールに触れる事すら拒む。

 汗は止まらない。

 怖い。

 自らもまた死ぬかもしれない。

 そんな事は分かり切っている。

 

(今まで散々キャプテン達にお膳立てしてもらったんだ。此処で立たなきゃ、俺は自分がやって来たことに、自分の好きなポケモンという存在自体にウソを吐くことになる)

 

 破壊されたやしろのもりの画像を見て、メグルは自らの拳を握り締める。

 テング団がシャクドウを破壊しただけで満足するとは思えない。

 それに、赤い月もこれまでポケモンを暴れさせて来たことから、絶対にろくなものではない、とメグルは確信していた。

 たとえそれが本当に無限の豊穣をもたらすものだったとして、破壊の限りを尽くすタマズサの手に渡して良いものではない。

 

(俺は、俺の好きなモンを守る為に戦う──)

 

 メグルはアルカの方をちらり、と見た。

 前髪で隠れて分からないが、その瞳はきっと恐怖に震えているはずだ。

 それに加え、幾ら恐怖の対象だったとはいえ、唯一の血縁だったアルネが死んだことで、彼女自身も少なからず憔悴している。

 

(ポケモンが居るこの世界を守る為に。そして、コイツの呪縛を解くために──戦う。そう決めた!!)

 

 

 

「忍者隊やイデア博士のドローンからの報告で──テング団残存勢力は、サイゴク山脈に集結していると確定した。拙者が指揮を執り、テング団と戦うでござるよ」

 

 

 

 あっさりと、キリは言いだした。

 その声色に動揺はない。

 しかし、それを受けて気色ばんだのはノオトだった。不思議と、姉の姿とキリの姿がオーバーラップする。

 

「正気ッスか!? 敵がどんなヤツかはシャクドウの惨状を見れば分かるはずっしょ!? カバルドンとアルネで疲弊しきったこの戦力で、どうやって──!」

「……キャプテンになることが重要ではない。キャプテンとして何を成すか、そのためにどう精進するかが大事だとかつてリュウグウ殿は言った」

「……!」

「拙者はこれ以上、サイゴクを傷つけさせないために戦うでござるよ。キャプテン筆頭は……この時を以て、拙者でござる」

「待つッスよ! 敵のオオワザの正体も分からないのに戦って──キリさんまでやられたら、どうするんスか!?」

「サイゴク山脈に理由も無く、奴らが集まっているとは考えづらい──何か良からぬことを考えている証拠でござろう! 阻止せねば、リュウグウ殿を無駄死にさせることになる」

 

 

 

「──俺も行く」

 

 

 

 メグルは立ち上がり──言った。

 驚愕した表情を浮かべたのはノオトだった。

 

「……あんた、何言ってんスか。リュウグウさんでも勝てなかった相手なんスよ!? 挑んで勝てる訳ないッスよ!!」

「かもな。だけど……今の俺には、メガシンカとギガオーライズの両方がある。この2つを持ってるのは俺だけだ。腐らせるつもりはねーよ」

「だけど!!」

「それに、言っただろ。俺はどうやら、この世界の事が──思ってた以上に好きになってたみたいだ」

「なら、オレっち達キャプテンが命を張る! あんたは只のトレーナー、本来は守られる側なんスよ!!」

「……ボクも、戦う」

 

 ぽつり、とアルカは言った。

 

「ボク一人で、タマズサをどうにかする方法を考えてみたけど……ボク、バカだから何にも思いつかなかった」

 

 へへっ、と笑ってみせると──彼女はメグルの方を向く。

 

「でも……今分かったよ。ボク、やっぱり守られっぱなしは嫌なんだ。それに──ボクを受け入れてくれたサイゴクのために、戦いたい」

「……アルカ」

「それに、おにーさん一人で行かせられないよ」

「……クッソ」

 

 がん、と壁に拳をぶつけると──ノオトは苛立った様子で叫ぶ。

 

「クソ、己の情けなさに腹が立つッ!! そうッスね……あんたらは、何時だってそうだったッスもんね……ッ!!」

「……ノオト殿」

「なーんで他所から来たあんた達が気合入ってて、オレっちだけビビってんだか……ッ!!」

 

 無理はない、とキリは考えていた。

 覚悟が決まり切っているヒメノの精神性が異常なだけで、ノオトもまだ13歳の子供なのだから。

 しかし、それでも彼がアケノヤイバに選ばれた理由があるとするならば、

 

(ああ、やってやろうじゃねーッスか。じゃなきゃ、メガシンカを身に着けた意味がねーッスよ……!)

 

 心身ともに頼れる誰かが居るならば、彼はどんなに格上の相手にでも喰らいついていけるからだ。

 そして、その誰かとは、短い間ながらも旅を共にしたメグルとアルカの二人だった。

 

(この旅で、良い出会いをしたでござるな、ノオト殿……羨ましいでござるよ)

 

「確かにリュウグウ殿1人では、タマズサには勝てなかったかもしれない。だけど、全員でぶつかれば……いや、今あるもの全てを利用しきれば、活路はあるはずでござろう」

「今ある全て──」

「サイゴクにあるもの全て、だよね」

「……キャプテン、ヌシポケモン、メガシンカ、そしてオーライズ……その全てをぶつける。総力戦でござるッ!!」

 

 キリは踵を返すと──静かに言った。

 

 

 

「──作戦の詳細は、明日の朝説明するでござる。それまで──ポケモンも、自分の身体も、休めておくでござるよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なに、これ……」

 

 

 

 ユイは立ち尽くし、言葉を失っていた。

 五重塔は倒壊し、家屋は潰れて火の手が上がり、そして森丸ごとおやしろ諸共更地となったシャクドウシティを前に膝を突くしかなかった。

 

「ユイ!!」

 

 誰かの声が聞こえてくる。

 しかし、彼女にはもう届かなかった。

 この町に、自分の代理として誰が居たのかを思い出す。

 サイゴク最強のキャプテン・リュウグウだ。

 

(あたしが……あたしが居たら……確実に死んでた……)

 

 気が遠くなりそうになりながら、ユイは地面に手を突く。

 そう考えてしまった自分に嫌悪感さえ抱く。

 だが現に、その場に自分が居たとして何か助けになっただろうか? と考え──不可能だった、と思い直した。

 空港に辿り着いた時、彼女に知らされたのはシャクドウがテング団を名乗る集団に襲われたことだけだった。

 しかし、続報は容赦なく彼女に現実を突きつける。

 テング団の襲撃の最中、突如”無数の竜巻”がやしろのもりを襲い、木々も建物も全て薙ぎ倒してしまった、と。

 

「ユイ君!! ユイ君!! しっかりするんだ!!」

「ッ……!!」

 

 彼女は顔を上げた。

 そこに立っていたのは、いつになく真剣な面持ちのイデア博士だった。

 

「……全く……一人で飛び出したら危ないじゃないか……」

「博士……リュウグウさんは……? ヌシ様は──」

 

 イデア博士は首を横に振る。

 がくり、とユイは肩を落とした。

 

「何であたしは肝心な時に──何も出来ないの!?」

 

 拳を何度も、何度も何度も何度も地面に叩きつける。

 血が滲み、唇を噛み切り、それでもまだ慙愧の念は消えず。

 

「あたしは……何のために、今まで……!!」

「リュウグウさんは……よくやったと思うよ」

「でも!! 町は──」

「あの人が時間を稼いでくれたおかげで、多くの人やポケモンの命が救われたからね。本当に……すごい人だよ」

 

 「ボクも加勢したかったけど止められてね」と付け加えると、イデア博士はユイの方を向いた。

 町での死者は最低限に抑えられた、と彼は語る。

 それは、キャプテンである彼や町の衆がテング団を抑え込んでいたからだ、と言った。

 

「リュウグウさんでも勝てなかったのに……あたしじゃ、あいつらに勝てない……!」

「無力感に苛まれている所悪いけどさ。それで何にもしないなら、一体全体リュウグウさんは何のために死んだんだろうね?」

「ッ……あのねぇ、博士……あたしは──!!」

「サイゴクのキャプテンは、他所の地方のキャプテンと比べても仕事が過酷だ。代替わりが多いのも、死にやすいからだよね。だからヌシは見極めるんだ。君達候補が、サイゴクの為に命を賭す覚悟があるかを」

「……だけど!」

「──それを覚悟しないで君のお父さんがキャプテンをやってたと思う?」

「思わない、けど……!」

「……すっごく残酷なシステムだと思うし、僕は真っ平ごめん被るけどね。ユイ君はそうじゃないだろ?」

 

 ユイは俯いた。

 命を賭す覚悟など、自分には備わっていなかったと思い知らされ、打ちのめされた。

 サンダースが認めないわけだ、と納得させられる。

 いざと言う時に真っ先に命を張れない者に、キャプテンは務まらない。

 その覚悟がない者に、キャプテンは任せられない。

 

(ポケモンばかり強くなって、あたしは……あたしは何にも覚悟出来てなかった……!)

 

「各員皆、動き出してるみたいだ。メグル君たちもクワゾメタウンで戦ってたみたいだし、僕も頑張らないとね」

「彼らが? 大丈夫なんですか!?」

「うん。先程メグル君から連絡があったけど、どうやらサイゴク山脈に向かうみたいだ」

 

 ユイの顔色が変わる。

 何故、サイゴク山脈のような危険な場所に? と考えた時、全てが繋がった。

 

「まさか博士──」

「流石察しが良いね──サイゴク山脈に、テング団集結の動きが観測できた」

 

 そんな彼女に、道筋を示すかのようにイデアは言った。ビンゴである。

 

「奴らが動き出した理由……”赤い月”の本体を見つけたからなんじゃないかって思うんだよね。確かにあそこなら、隠されててもおかしくない。れっきとした禁足地だからね」

「……」

 

 ボールを握り締める。

 死にに向かっているとしか思えないメグルの行動に怒りすら募らせる。

 

「あんのバカ……ッ!! 止めなかったんですか!?」

「止めたよ。”死ぬよ”ってね。でも、彼には突っ切る理由があるみたいだったけどね。それに、君もキャプテンじゃないけど……行くんだろう?」

「だけど! 彼はポケモントレーナーになったばかりなんですよ!?」

「そうだね。だけど、この過酷なサイゴクで強くなったと思うよ。僕は彼から定期的に報告を受け取ってたからね。日に日に彼が強くなっていくのを見て、ワクワクしてたんだ」

「どいつもこいつもバカばっか!!」

 

 ユイはボールを放り投げた。

 中から飛び出したのはタイカイデン。大きな翼を携えたグンカンドリのようなポケモンだ。

 その背中にはライドギアが取り付けられている。

 博士が呆気に取られている間に、ユイはその背中に飛び乗り、空へと向かう──

 

(まさかと思うけど、そのまさかよね!? 冗談じゃないんだからッ!!)

 

「ちょっ、ユイ君!? おおおおおーい!?」

 

 イデアは、その姿を目で追うと肩を落とした。

 

 

 

()()()()を置いていっちゃダメじゃないか……全く……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話:雷轟、吹雪、渦巻いて

 ※※※

 

 

 

「皆、出て来てくれ」

 

 

 

 ──その日の晩。

 拠点の外で、メグルは全てのボールを放り投げた。

 ニンフィア。

 アヤシシ。

 バサギリ。

 アブソル。

 シャリタツ。

 ヘイラッシャ。

 6匹が、真剣な面持ちで彼の目を見つめている。

 

「今回の相手はハッキリ言って──今までの比じゃないくらい強い。もしかしたら、死ぬかもしれない。俺も、お前らも」

 

 全員は黙りこくる。

 

「……それでも、命を懸けてでも戦う理由が俺にはある」

 

 目に浮かぶのは背中の傷。

 そして、蹂躙されたシャクドウシティ。

 もう、黙ってはいられなかった。

 

「だから──皆の命を、トレーナーの俺に預けてくれないか! 俺も、お前らにこの命を預けるッ!!」

 

 全員の意思は固まっている。

 皆、メグルを認めて此処まで付いて来たのだ。

 今更引き下がる理由などない。

 

「ブルトゥ!!」

 

 忠臣・アヤシシ。メグルの傍を離れるつもりなど、欠片も無い。最後まで付き従う覚悟だ。

 

「グラッシャーッ!!」

 

 用心棒・バサギリ。戦いに生き、戦いに死すことが彼の生き甲斐。

 

「ふるーる!」

 

 エース・アブソル。運命の人であるメグルを裏切ることなど、彼女に出来る訳もない。

 

「ラッシャーセー!!」

「スシー!!」

 

 偽竜の怪・ヘイラッシャとシャリタツ。二匹ならば無敵。恐れるものなど何があるだろうか。

 

「ふぃるふぃー!」

 

 ニンフィアが「今更水臭いのよ!」と言わんばかりにメグルに飛びついた。

 我らがお姫様は、常軌を逸した強敵を前にしても尚、怯える様子を見せはしない。

 

「……ありがとう。後は、イデア博士が何か策があるみたいだけど──」

 

 

 

「見ッッッつけたーッ!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 空から何かがすっ飛んでくる。

 シャリタツとヘイラッシャ、そしてバサギリが構えるが、アヤシシとニンフィアが前に出てそれを諫めた。

 2匹にとっては、久しい相手だった。

 その甲高い声を聴いて、メグルは振り返り、飛び退いた。

 黒い影の鳥ポケモンが突っ込んできたからである。

 

「はぁ、はぁ、はぁ──ッ!!」

 

 地面にダイブしたグンカンドリのようなポケモンから、彼女は飛び降り、そしてメグルに駆け寄ってくる。

 金髪をコードのように何本も束ねて後ろに流した少女だ。

 

「ユ、ユイ……!?」

「……良かった」

 

 キャプテン代理・ユイ。

 彼女は、その場に出ているポケモン達がメグルのものだと判断すると──見ない間に彼が急激に成長していたことを実感するのだった。

 無理も無かった。彼女が最後にメグルを見たのは、イーブイとオドシシを連れてベニシティへ旅立つところ。

 その後、通話で会話こそしたが手持ちの変遷は見ていなかったのである。

 そしてメグル本人も、サバイバルの繰り返しで、心なしか頼りなさが消えていた。

 

「……はぁ、はぁ……見ない間に、見違えたじゃない……」

 

 その顔を見てか、ユイの目には涙が浮かんでいた。

 シャクドウの件を知っているメグルは、何と彼女に言えば良いか分からなかったが「良いの気を遣わなくって」と先に彼女が言った。

 

「……行くんでしょ。サイゴク山脈に」

「……ああ。テング団をブッ倒しにな」

「ほんっっっと、肝心な所でバカね。死ぬわよ。分かってるの? リュウグウさんも負けたんだから」

「だけど、あるもの全部、かき集めて挑むしかないだろ」

 

 メグルは拳を握り締める。

 

「分かってるだろ? これ以上、奴らの好き勝手にさせるかよ」

「……奇遇ね。あたしも同じよ。だけど、威勢だけじゃあテング団には勝てない」

「……それも分かってる」

 

 メグルは、ユイがやろうとしていることが分かっていた。

 彼女は今自らが抱えている激情を一度、全力を以てメグルにぶつけようとしている。

 ポケモンバトルと言う形で。

 そしてそれは、メグルも同じだった。

 

「あたしは……サイゴクを離れていたから、何も出来なかった。だけど……だからこそ、絶対にテング団を倒したい」

 

 ぎりっ、と歯を噛み締めると彼女は怒りに任せた様子で叫ぶ。

 

 

 

「ッ……町を滅茶苦茶にされて! おやしろも森も全部消し飛ばされて! リュウグウさんまで死んで──あたしの大事なもの全部奪っていったあいつらが許せないッ!!」

 

 

 

 まくし立て、そしてぶつけるように彼女は叫んだ。

 行き場のない怒りだった。

 それはテング団以上に、無力な彼女自身を責め立てるかのようだった。

 

「だから正直、藁にもすがりたい。だけど、同時に──あたしは君を失いたくない!! 君には、あたしがキャプテンになった後に、試練を受けにきてほしいの!!」

「俺だってそうしたいけど──此処で立たなきゃ、何のために強くなったか分からねえよ!」

「ワガママなのは分かってる! でも、これ以上、あたしの周りから……誰も居なくなってほしくないの。矛盾してるのは分かってる。分かってるけど、割り切れないのが人間でしょ……!」

 

 だから、と彼女は言った。

 引き留めるためではない。

 見定める為に、彼女はボールを構える。

  

「……君の覚悟を、これまでの道筋も見せて欲しい。あたしも、覚悟を見せる」

「絶対なんて無いけど──見せてやるよ。お前が居ない間に、俺が何をしてたかを」

 

 メグルは全員をボールに戻していく。

 ルールは3対3のシングルバトル。

 戦場は、太陽の沈んだ砂地。

 そこで行き場のない感情を抱えた二人のぶつかり合いが始まるのだった。

 すぐさまメグルはバサギリの入ったボールを投げ、そこにぶつけるようにしてユイはハイパーボールを投げる。

 閃光が迸り、互いの先発が現れるのだった。

 

「降れよ霰! これが極寒の地で鍛えた成果だ!」

「ブウオオオオオオンッ!!」

 

 ぴきぴきぴきと、樹氷が割れ、その中から雪男のようなポケモンが姿を現す。

 そして砂嵐は止み、雪が周囲に降っていく。

 気温が一気に下がり、冷え込んだのをメグルも感じ取った。

 

 

 

【ユキノオー じゅひょうポケモン タイプ:氷/草】

 

 

 

御大(ノオー)……ッ! 霰──いや、雪要員か! 電気タイプで雪っつったら、アイツしか有り得ねえだろ!)

 

「あたし自身がゼロから鍛え直す為に育てた面子、君に勝てるかしら!」

「確か雪状態だと、氷タイプの防御力が上がるんだっけか──!?」

 

 雪を身に纏った事で、ユキノオーの身体は更に膨れ上がる。

 防御力1.5倍の恩恵が大きいのは、バンギラスの堅牢さを見れば分かる通り。

 通常ならば耐えられないであろう攻撃も、悠然と耐えられるようになるのである。

 

「バサギリ、”がんせきアックス”で叩き割れ!!」

「ユキノオー”オーロラベール”で防護壁を展開しなさい!!」

 

 すぐさま摺り足で移動し、ユキノオーの脳天目掛けて斧を振り下ろすバサギリ。

 その一撃自体は通ったものの、それでも雪で塗り固められた強固な鎧は貫けない。

 そして直後に、オーロラ色の防壁がユキノオーの周囲に展開されてしまう。

 オーロラベールは、物理技も特殊技も軽減する強力な壁だ。

 

「そして、此処でユキノオーの出番は終わり。戻りなさい!」

「ッ……壁を張るだけ張って戻した──ってことはやっぱりか!」

「せいぜい、啄まれないように注意することね!!」

 

 すぐさま、流れるように彼女は次のポケモンを繰り出す。

 ユキノオーのゆきふらしに加えて、オーロラベールという二重のお膳立ての先にあるのはエースの降臨だ。

 それにユイは、全幅の信頼を置いている。

 

「──パッチルドン!! ショートさせてやりなさい!!」

 

 雷光を放ちながら、それは顕現した。

 氷に包まれた魚のような下半身、そして鼻水を垂らした鳥の如き上半身。

 その二つが歪に繋ぎ合わされたキメラのようなポケモン。

 メグルの世界では”カセキメラ”と呼ばれている凶悪な性能のポケモンであった。

 

(H90 A100 B90 C90 D80 S55!! 両刀鈍足、パッとしない種族値だけど、もしあいつが夢特性なら話は別! つーか、雪をわざわざ降らせた時点で確実に”ゆきかき”!!)

 

 素早さに努力値を振り、そして”ゆきかき”が発動しているとき、パッチルドンはザシアンさえも超える速度を手に入れる。

 

「雪によって重装甲と俊足を手に入れたパッチルドンに、敵うヤツなんて居ないんだから! ”でんげきくちばし”!!」

「バサギリ避けろ!! 当たったらアウトだ!!」

「遅い遅い遅いッ!! 雷光直下、黒焦げになりなさい!!」

 

 パッチルドンの嘴が黄金に輝く。

 そして一瞬でその姿を消し、バサギリの胴体を貫くべく迫り、雷を落とすかのように激しい突きを見舞う。

 ドガン、と落雷の如く轟いたかと思えば、地面は穿たれ、大きなクレーターがそこに現れた。

 その一撃を、バサギリは地面に強く斧を叩きつけて跳躍したことで辛うじて回避するが、曲がる稲妻の如くパッチルドンもまた跳躍し、バサギリを異次元の速度で追撃する。

 

「有り得ねーだろ、どうなってんだソイツ!!」

 

(いや、元の性能を考えれば有り得なくはないんだけど、だとしてもだろ!?)

 

「鍛えたのよ!! ……滅茶苦茶強い人と一緒にね!」

 

 

 

 ──先ずはザシアンの素早さに追いつけるところから始めないとね! 

 

 ──正気?

 

 ──カレーもいっぱい食べたし! 大丈夫だよ!

 

 ──あんたのカレーへの異様な信頼は何処から出て来るの!? カレーを食べても無理なモンは無理なんだから!!

 

 ──逆にカレーを信じられないの!? カレーは最強の万能料理なんだよ!?

 

 ──でも、それくらいやらないと──きっと、他のキャプテンには追い付けない……ッ!

 

 

「──うん。やっぱり今考えてもおかしかったわね」

 

(何やってたのか分かんねーけど、恐ろしい特訓をしていたことだけは分かる……)

 

「おかげさまで、雪が降っている状態なら、パッチルドンの速度は誰にも負けないし、鋼の装甲もブチ抜けるようになったんだから!!」

 

 異次元の速度で移動するパッチルドンに掴みかかるバサギリ。

 しかし、今度は放電を放ったことで弾き飛ばされてしまい、地面に叩きつけられてしまう。

 

(速度、耐久、火力、どれを取っても凶悪過ぎる……ッ!!)

 

 タイプ相性による耐性は劣悪。

 鈍足の上に火力も耐久も中途半端。

 しかし、雪とオーロラベール、ゆきかき、更に──相手よりも先手を取れば威力が倍増する”でんげきくちばし”によって、パッチルドンは一気に最強クラスのポケモンへとのし上がる。

 何より恐ろしいのは、威力が桁違いに高い”でんげきくちばし”だ。

 掠るだけでも致命傷は免れない。

 

「”がんせきアックス”!!」

 

 ばらばらと岩の破片をばら撒きながら、バサギリはパッチルドンを切り付ける。

 しかし、オーロラベールによって増強された装甲を穿つことは叶わない。

 カチン、と音を立てて岩の斧は弾かれてしまうのだった。

 

「これでお終い!! ”でんげきくちばし”!!」

 

 稲光が光り、落雷が轟く。

 再び地面にクレーターが開いた。

 その中央には、バサギリがぐったりと倒れているのだった。

 

【でんげきくちばし タイプ:電気 物理 威力85 相手よりも先に技を出した時、威力が倍になる。】

 

 

 

「何々!? 何事!?」

「とんでもない音がしたッスよ!?」

 

 

 

 その時だった。

 爆音を聞きつけてか、ノオトとアルカが駆け付けて来る。

 そして──パッチルドンの姿を見るや否や、アルカは目を輝かせる。

 

「すっごい!! パッチルドンだ!! サーカス以来だよ!!」

「いや、それよりも何でメグルさんと──ユイさんがバトルしてるんスか!? つーか、ユイさん何で此処に!?」

 

 見知ったキャプテン代理がいきなり押しかけてきたこと、そして彼女がメグルとバトルしていること。

 ノオトは情報量に頭が付いて行かない。

 そればかりか、周囲にはパッチルドンがブチ開けたと思しきクレーターが幾つも穿たれている。

 

(あれってユイさんの手持ちッスよね……!? ガラルに行ってたって聞いてたけど……何なんスかコイツ!? 強すぎっしょ!?)

 

「……ギャラリー来ちゃったんですけどぉ」

「たははは……ノオト、アルカ、手出しは無用だ! これは、ガチの差し合いだからな!」

「そうね。──トレーナーとしての、意地の張り合いなんだから!!」

 

 メグルは倒れたバサギリを引っ込める。

 そして次に繰り出したのは──アブソルだった。

 

「サイゴクのアブソル……ッ!!」

「超強化されたそいつ相手は……やっぱり全力出さなきゃダメみてーだな!」

「……良いわ。来なさい!」

 

 メグルはメガストーンを指でなぞる。

 カンムリ雪原での過酷極まる修行を終えて帰ってきたユイ。

 そして、雪を身に纏い走るパッチルドン。

 メガシンカを使うには惜しくない相手だ。

 

「アブソルッ!! 俺達の全力をパッチルドンにぶつけるぞ!!」

「ふるーる!!」

 

 高濃度のエネルギーがアブソルに収縮していく。

 そして、びきびきと音を立てて、それはタマゴの殻のように弾け飛んだ。

 その尾は更に鋭く、そして強靭に伸び、目からは赤い光が迸る。

 筋肉は膨れ上がって首元の体毛も増え、どっしりとした鎧武者の如き佇まいだ。

 

 

 

【メガアブソル(サイゴクのすがた) ざんれつポケモン タイプ:ゴースト/格闘】

 

 

 

「おにーさんのアブソルも、メガシンカした!!」

「これなら押せるッスかね……!?」

「どれ程の実力か見せて貰うんだから!! ”でんげきくちばし”!!」

 

 地面を蹴ったパッチルドンが腹で滑走しながらアブソルに迫る。

 しかし、動じることなくアブソルは最低限の動きでそれを宙がえりして避けてみせると、自らの真下にパッチルドンが通過した瞬間──自らの影を刃のように変えて、串刺しにしてしまうのだった。

 当然移動中に攻撃を受けたパッチルドンは大きくバランスを崩し、向こうの岩に突っ込み、それをバラバラに砕いてしまうのだった。

 未来が見えていたとしか思えない、だとしてもパッチルドンの恐ろしい速度を上回る不意を突いた攻撃を前に、ユイは唖然としてしまう。

 

「ウ、ウソ、何が起こったの……!?」

「”かげうち”か……! ”かげうち”だよな!? じゃなきゃ説明が付かない……!」

「ふるーる」

 

 落ち着いたたたずまいで、アブソルは再び突っ込んでくるパッチルドンを見据える。

 素早さに特化すれば、一般ポケモン最速クラスのテッカニンすら追い越すゆきかき状態のパッチルドンを前にしても、全く引けを取っていない。

 しかしそれでも、迸る電撃によってダメージは受けてしまっているのか、がくり、とアブソルは膝を折ってしまう。

 

「ふるる……ッ!!」

「サイゴクのアブソルのメガシンカは初めて見たわね……ッ!! だけど、次は無い!!」

 

 突貫してくるパッチルドン。

 しかし、アブソルは動じない。

 そして、その意味をメグルも理解していた。

 そしてくちばしに電撃を纏わせた途端、パッチルドンが痛みで悶えて転がる。

 周囲には岩の破片が転がっていた。

 その意味をユイは瞬時に理解する。

 

「ステルスロック!? ……バサギリの──!!」

「そうだ! 突き刺さった破片は今も、パッチルドンにダメージを与え続けているんだ!」

 

 ”がんせきアックス”の本領は、高い火力だけではなく、周囲に見えない岩をばら撒くステルスロックを展開できるところにある。

 ゲームのように出てきた相手に踏ませてダメージを与える地雷のような使い方だけではなく、相手に直接突き刺して継続的にダメージを与え続ける使い方もできるのである。

 バサギリが序盤に必死でパッチルドンに喰らいついていったのは決してムダではなかったのである。

 そしてアブソルは未来が見えるので、ステルスロックでパッチルドンが悶絶するタイミングをきちんと予測し、一気に距離を詰めた。

 

「雪の身体も溶かす、熱い一撃くれてやれ!!」

「ふるーるッ!!」

 

 アブソルの長い尾に鬼火が纏われる。

 それをパッチルドンに突き刺し、轟!! と燃え広がらせた。

 

「”おにび”!!」

「ッ……しまった、パッチルドン!!」

 

 その身体は、幽霊の炎に焼かれ、火傷を負った。

 それにより物理攻撃力は一気に低下。でんげきくちばしの威力も、常軌を逸したものではなくなってしまう。 

 更に、手をこまねいていたからか、雪も止み、そしてオーロラベールも伴って解除されてしまう。

 魔法の時間は終わった。

 すぐさま起き上がり、今度こそ”でんげきくちばし”を喰らわせるパッチルドン。

 だが、火傷で弱体化してしまっている以上、アブソルの堅牢な毛皮を貫くには至らず──

 

「──これで終わりだ!! ”むねんのつるぎ”!!」

 

 ──青い炎に包まれた長く鋭い尾を脳天に突き刺されてしまうのだった。

 それは、パッチルドンの生命力をぐんぐんと吸い取っていき、アブソルは自らの体力に変えてしまう。

 散々に大暴れしたエース格・パッチルドンは、その場で倒れてしまうのだった。

 

(とはいえ、幾ら火傷していたとはいえアブソルとは思えない耐久力だ、原種とは別物じゃねーかコレ!?)

 

 メグルの推測は正しい。

 幽気を身に纏ったサイゴクのアブソルは、原種とは異なるメガシンカを遂げる。

 防御力は屈強な肉体によって底上げされ、特殊防御力は全身を焼く鬼火によって引き上げられる。

 素早さこそ据え置きだが、それを強力な未来予知で補っているのだ。

 

(このまま後1匹くらいは持っていきたい……!)

 

(と、とんでもない戦いだった……! でも、まだ互いにポケモンが残ってるんだよね!? あの女の子、まだ余裕な顔してるし──嬉しそう?)

 

 アルカはユイの表情を見やる。

 高揚したような笑みを彼女は浮かべていた。

 

(おにーさんも、真剣だけどバトルを楽しんでる……ッ! ちょっとだけ、羨ましいかも──!)

 

「すごい。流石よ、メグル君。だけど……メガシンカを使えるのが君だけって思わないで」

「!」

「──ユキノオー、もう一度出てきなさい!」

 

 ずしん、と音を立てて再び樹氷の化身が姿を現す。

 その身体に、ばら撒かれたステルスロックが刺さるが、それを気にする様子もない。

 周囲には雪が降り積もり、ユキノオーの身体を屈強な物へと変える。

 そして、ユイは己の腕に巻かれたメガリングをなぞる。

 

(しょげてる場合じゃねえ……ユイは本気だ! 情けねえ戦いしてたら、それこそリュウグウさんに合わせる顔がねぇよ!!)

 

(不思議ね。こんな時だってのに、君とのバトルに……あたしは心を躍らせてる。リュウグウさん──見ててね。あたしは、大丈夫だから!!)

 

「……ブオオオオオオン!!」

 

 咆哮したユキノオーの胸元には、ペンダントが見える。

 そこにはメガストーンが埋め込まれている。

 

 

 

「ユキノオー、頼んだんだから!! メガシンカ!!」

 

 

 

 ──その進化が始まった時、砂地は凍えて、スケートリンクへと変わる。

 極寒の世界が、メグルとアブソルを襲った。




【メガアブソル(サイゴクのすがた) ざんれつポケモン タイプ:ゴースト/格闘】

種族値:H65 A147 B138 C60 D100 S55
特性:きれあじ

原種とは真逆の重装甲アタッカー路線。
サイゴクアブソルは”きれあじ”の補正が掛かる上に相手の体力を吸収するむねんのつるぎを習得するため、粘り強い戦いが可能となった。
また、特有の未来予知は健在。おみとおしこそ無くなったものの、メガシンカしたことで発達した角によって数秒先に起こる事象ならば正確に捉えることができる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話:メガシンカ激突

 ※※※

 

 

 

「キョウ殿は一度、カントーに戻る、と」

「うむ。ジョウトにも被害が及ぶ可能性が高い。人員を手配せねばならん」

「相分かった。世話になったでござる。気を付けて欲しいでござるよ」

「……そちらこそ。拙者はウルイの話に聞いていただけだが──立派になったな」

「……まだまだでござるよ」

 

 キョウの背中を見送り、キリは再びイデア博士から送られてきた映像データに目を通していた。

 

 

 

(にわかに信じ難いでござるが……!! もしこれが本当ならば、タマズサの攻略は困難極まるでござるな……!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 ──ユキノオーはサイゴクには生息していない。

 ガラル地方のカンムリ雪原でユイが出会ったポケモンだ。

 捕獲したパッチルドンを鍛えている過程で遭遇し、”ゆきかき”と相性が良いので手持ちに入れたのである。 

 当初、電気タイプ以外のポケモンを手持ちに入れるのはどうなのかと考えていたユイだったが、シンオウ地方には平気な顔でオクタンとエテボースを手持ちに入れている電気タイプのジムリーダーが居るという話を風の噂で聞いていたので、気にするのをやめた。

 その後、紆余曲折あってハイペースでユキノオナイトを入手することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

【メガユキノオー じゅひょうポケモン タイプ:草/氷】

 

 

 

「──豪雪の化生を前に、何処まで抗えるかしら? メグル君」

 

 

 

 周囲は凍てつき、アブソルの足元をも凍らせていく。

 ただ存在するだけで冷気を充満させていく。

 例え未来が視えたとしても、その足回り自体を封じてしまえば、動くことなど出来はしない。

 ──そもそも、雪が降っている以上、不可避の吹雪を避けられなどしない。

 

「”ふぶき”!!」

 

 大吹雪が巻き起こる。

 それがメグルを、そしてアブソルを激しく吹き付ける。

 主人を守るべく前に出て正面から受け止めるアブソルだが、その身体は徐々に凍り付いていく。

 しかし、それでも抵抗することを止めはしない。尾に鬼火が灯り、それがぐんと伸びて、ユキノオーの身体に突き刺さった。

 

「”むねんのつるぎ”で体力を吸い取れ!!」

「ふるーる!!」

  

 ”ふぶき”は強力だが、後隙も大きい技だ。

 凍らせることが出来なければ、反撃されてしまう。

 それを理解していたアブソルは、全身が霜塗れになろうとも果敢に攻め込みにかかる。

 一方のユキノオーも自慢の耐久を盾に、アブソルを迎撃しにかかるのだった。

 激しい攻防が此処に始まった。

 

「”オーロラベール”展開ッ!!」

「”おにび”で火傷状態にしてやれ!!」

 

 4倍弱点のサブウェポンと言えど、雪とオーロラベールの前ではなかなか通りはしない。

 一方、ユキノオーもアブソルの堅牢な身体にギガドレインを撃てども、なかなか受けたダメージ分の体力を回収出来ない上に、火傷のスリップダメージが入ってしまう。

 吹雪を放てば、今度はアブソルが”むねんのつるぎ”で体力を回復し、更に全身に鬼火を纏うことで氷状態をも防いでみせる。

 メガシンカポケモン同士ということもあって、その実力は互角。

 アブソルの攻撃もなかなか通りはしないが、ユキノオーの攻撃も、未来予知を持つアブソルに致命打を与えられない。互いに、じり貧状態だ。

 

「ッ……互角ッス……!!」

「どっちが勝つの、この勝負……!?」

 

(全身に鬼火を纏ってる所為で、吹雪を使っても凍らない……ッ!! こうなったら、あの技でトドメを刺す!!)

 

(4倍弱点でも削り切れてない……とんでもない耐久だ!! こうなりゃ、高威力の一致技でトドメを刺すしかない!!)

 

 罷り通る。

 その意気で、ユイとメグルはほぼ同時に指示を出す。

 

 

 

「──”リーフストーム”よ、ユキノオー!!」

「──”インファイト”だ、アブソル!!」

 

 

 

 

 木の葉の嵐がアブソルに襲い掛かった。

 しかし、それを中央から突っ切っていき、アブソルはユキノオーの身体に打撃を何度も何度も何度も見舞う。

 それは、雪で固められた装甲を打ち砕き、遂に、その顔面に前脚を深く深くめり込ませるのだった。

 だが、当然それは捨て身の攻撃。ユキノオーの放った”リーフストーム”をまともに受けてしまうことを意味しており。

 

「ふ、るーる……!!」

「ブオオオン……ッ!!」

 

 2匹のメガシンカポケモンは同時に、折り重なるようにしてその場に倒れるのだった。

 

「……相討ちッスか……!!」

「拮抗してた……!! これが、メガシンカポケモン同士の戦いなんだ……!!」

 

 タイプ相性だけではない。

 天候、そして補助技も絡んだ恐ろしくハイレベルな戦いに、ノオトとアルカは息を呑む。

 勝負の行方は、ラスト1匹に賭された。

 

「ニンフィア!!」

「──パッチラゴン!!」

 

 

 

【パッチラゴン かせきポケモン タイプ:電気/ドラゴン】

 

 

 

 現れたのは、竜の下半身に鳥の上半身を持つポケモン。

 先程のパッチルドンとは違い、地を駆ける強靭な脚を持つ雷竜だ。

 

(──ユウリのザシアンと、パッチルドンの二匹掛かりで捕まえたポケモン……! 言う事を聞くまで時間はかかったけど、今や立派なエース格なんだから!)

 

 それを迎え撃つのは、対ドラゴン最終兵器であるニンフィア。

 相も変わらず、かわいらしさとは無縁の形相でパッチラゴンを睨み付けるのだった。

 

「……あの時のイーブイが、随分と立派になったじゃない」

「そっちこそ、凶悪なポケモン引っ提げてきたじゃねーか」

 

 互いに、互いを一撃で葬り去るだけの火力を持つ者同士。

 勝負は一瞬で着く。

 パッチラゴンがニンフィアを”でんげきくちばし”で貫くか。

 ニンフィアの”ハイパーボイス”がパッチラゴンを吹き飛ばすか。

 緊張感がその場に漂った。

 

「──”ハイパーボイス”!!」

「──”でんげきくちばし”!!」

 

 雷光の如き突貫。

 パッチラゴンがニンフィア目掛けて嘴を振り下ろす。

 一瞬で間合いを詰めた雷竜に、ニンフィアは”ハイパーボイス”を放つ間もなかった。

 しかし次の瞬間だった。パッチラゴンの足元が爆ぜたのである。

 

(ッ……しまっ──ステルスロック!?)

 

 地雷の如く地面にばら撒かれ、埋め込まれていた透明な岩が、パッチラゴンの足に踏まれたことで起爆したのだ。

 ぐらり、とパッチラゴンの身体が傾き、嘴がニンフィアの身体を掠める。

 背後に回り込んだニンフィアは──必殺の大声を見舞う。

 

 

 

 

「ふぃるふぃーッ!!」

 

 

 

 

 妖精の加護を纏った声が、パッチラゴンの身体を吹き飛ばし──地面に叩きつけた。

 効果は抜群。フェアリースキンで強化されたそれを耐えられるはずもなく。

 ごろん、と目を回して地面に倒れ込んでしまうのだった。

 

「……あたしの負け、ね。まさか──引き離すつもりが、追いつかれてるとは思わなかったんだから」

 

 ぽつり、とユイが言うのが聞こえた。

 緊張感が解けたメグルは、そのまま地面にへたり込んでしまうのだった。

 

「いや、間一髪だった……」

「ふぃー……」

 

 ニンフィアは、パッチラゴンの”でんげきくちばし”で穿たれたクレーターを見て、進化してから初めて身震いした。

 彼女らしくもないが、確かに生命の危機を感じ取ったのである。そのレベルの威力であったのだ。

 一撃で落とせていなければ、落とされていたのはニンフィアの方だったのである。

 それを見ていたアルカは、息を呑み、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 思わず見とれてしまうほどの攻防だった。

 

「すごいバトルだった……どっちが勝ってもおかしくなかったよ」

「ハッキリ言って新顔共の所為で追い越されたかもッスね、オレっち」

「そんなに!?」

「あのパッチルドン、パッチラゴン、オレっち相手したくねーッスよ。んで、あいつらを従える為に他の手持ちも鍛えたはずッスから」

「……そうなんだ」

 

(あれが、おにーさんが初めて会ったトレーナー……! そして、それに勝ったおにーさんも、すごく強くなってる……!)

 

 メグルの話の中でしか聞いた事がなかったユイだが、そのバトルは鮮烈にして苛烈。

 はっきりと、アルカの前髪に隠れた両の目に焼き付けられたのだった。

 

 

 

「──おーい、ユイくーん!!」

 

 

 

 余韻に浸る間もなく、声が聞こえてくる。

 見ると、手を振りながらイデア博士がこちらに向かって走ってくるのだった。

 

「あっ、博士!? 何で追いかけてきたの!?」

「イデア博士──!」

「全くもう、思い立ったら一直線過ぎるよ……ま、結果オーライか」

 

 彼は、ユイとメグルだけではなく、ノオトとアルカの姿も認めると肩を竦めた。

 

 

 

「──役者は全員、揃ってるみたいだしね?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何でイデア博士までこっちに来てたんですか」

「忘れ物を届けにきたのさ」

「忘れ物?」

「まずはヌシ様! 特にサンダースかな。おやしろを壊されたからか、相当いきり立っててね。それともう一つは後でのお楽しみかな」

 

 イデア博士は、何度かクワゾメの拠点に足を運んだことがあるのか、迷うことなく大広間に辿り着いた。

 そしてそこには、既にスクリーンが表示されていた。

 

「今から流すのはね。サンダースの”念写”によって記録された映像だよ」

「念写?」

「ああ。サンダースはエスパータイプを持ってるからね。見たこと聞いた事といった記憶を、電気信号に変換して、出力させることが出来るんだ。それを応用すれば、CDやDVDに記憶をデータとして焼き付けることが出来る訳」

「このシステムは、イデア博士がサンダースの能力を元にして作ったんだから」

「科学の力って、すげーな……」

「実は既にキリ君にも送っているんだけど……君達には、僕の解説の元で見てもらいたくってね」

 

 ざ、ざざざ、と砂嵐が画面に映る。

 そして映ったのは──破壊されたはずの、やしろのもりだった。

 それを見て肩を震わせたのはユイだった。

 次に、映ったのはリュウグウにイルカマン。更にシャワーズ。

 視界は移り変わっていき、次第に見上げるようにして空を向く。

 そこにあった光景を見て、全員は戦慄した。

 ギガオーライズしたアーマーガアが6匹、空中で羽ばたいている。

 

「は、はぁ!? 何でだよ!? 何で増えてんだアイツ!?」

 

 メグルが狼狽する間もなく、何処からともなく──聞き覚えのある野太い声が響き渡った。

 

 

 

「──だが無意味だぜ。全くの無意味だ」

 

 

 

 男の声が響き渡った。

 そこに現れた光景は常軌を逸したものだった。

 ただでさえ6匹に増えていたアーマーガア達は、更にぶわっと増えて空を覆い尽くしたのである。

 そして次の瞬間には、全員がオオワザの構えを始めたのだった。

 リュウグウが何かを叫んだのが聞こえたが、嵐の音でよく聞こえなかった。

 だが最後に──「ゆけい!! ヌシポケモンはサイゴクの希望! 絶やしてはならん!」と力いっぱいの叫びが聞こえてくる。

 これにより、リュウグウがヌシ二匹を逃がしたことが分かった。

 いや、逃がさなければ確実にヌシ二匹もリュウグウと同じ運命をたどっていた。

 直後に、無数の竜巻が視界を埋め尽くしていった。

 轟轟と嵐が木々を薙ぎ払う音。

 目まぐるしく変わる森の光景。

 そこで──映像は途切れる。

 

「……これが、シャクドウの戦いの始終──」

「ふ、増えてたッス、あのアーマーガア……! 一匹でも厄介だったのに、ギガオーライズしたヤツが何十匹も──」

「多分、あれはオオワザだね。よく映像を解析すると、アーマーガアの周囲を飛んでる2枚の鏡が光った瞬間、姿が一気に増えたからさ」

 

 イデアはつとめて冷静に言った。

 しかし、全員は慄いていた。

 無理もない。リュウグウは圧倒的な物量を前にポケモンを逃がすことしか打つ手立てがなかったのである。

 

「三羽烏を攻略するなら、この増えるオオワザも攻略しなきゃいけない。キリ君にも言ったけど、今一度よく考えた方が良いよ。最悪、如何にヤツとまともに戦わないかを考える必要がありそうだからね」

「……1匹や2匹ならまだいいッスよ!! でも、何十匹にも増えたうえに、更にオオワザまで打つなんて聞いてねーッス!!」

「……まだ、あんな技を隠し持ってたの……!?」

「これが、あたし達の戦う相手──」

 

 メグルは腰が抜けそうになってしまった。

 最早、強さがどうこうとかそういったレベルではない。

 数、そして質。

 その両方が合わさった、恐ろしい何かだった。

 全員が圧倒される中、ぽつり、とアルカが呟いた。

 

「鏡、です」

「え?」

「……マガツカガミは、ヒャッキ三大妖怪の一角。鏡の力を操ると言われています。具体的にどうこうって逸話が残ってるわけじゃないけど……あいつのオオワザはアーマーガアの周囲を舞う鏡で発動してるんじゃないでしょうか」

「鏡が二枚、向かい合っていたよな。よく合わせ鏡って言うけど、その要領で増殖したのか」

「それで増殖されたら堪ったモンじゃねーッスよ!!」

 

(訳分かんねえ。鏡に映ったものを現実に呼び出せる能力なのかアレ。もし本当なら、ヒャッキ最強も納得だぞ)

 

「それが分かったところでッスよ!? 増えられたら、鏡どころじゃねーッス!! オオワザ打たれて全滅ッスよ!!」

「……そうね。あんなの一騎当千どころの話じゃないんだから」

「うんうん、取り合えず一筋縄じゃいかないってのを分かってもらったら十分かなあ」

 

 さっきまで勢いづいていた全員は項垂れてしまう。 

 しかし──同時にメグルはこの状況に希望も見出していた。

 もしもサンダースの念写映像が無ければ、全員タマズサのオオワザを前に成す術も無かったかもしれない。

 

(相手の能力の中身は分かった。後は対処法を考えるだけだ。問題は……その能力ってか、オオワザを防げる手段があるかどうか。発動させたら負けみたいなもんだし)

 

 かと言って、これ以上此処で足踏みしているわけにもいかなかった。

 タマズサ達は今もこの間に、赤い月に迫っているかもしれないのだから。

 

 

 

「──考えよう。考えるんだ。逃げるんじゃねえなら、このオオワザから目を逸らして勝つことは絶対に出来ない」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話:指切り

 ※※※

 

 

 

 ──ひとしきり作戦会議を終えて、メグルは眠れないまま拠点の屋上で空を眺めていた。

 

(対策らしい対策は立てたけど……本当に通用するかは別問題)

 

 はぁ、と彼は溜息を吐く。

 正直──タマズサを倒せる確証は何処にも無い。

 あの破壊的な威力の”マガツフウゲキ”に加えて、増殖する”むげんあわせかがみ”の2つが組み合わされれば、全滅も避けられない。

 しかし、それでもこれ以上のテング団の狼藉を看過することはできない。しかも、最早一刻の猶予も無いのである。

 

(どうか、全員で──帰ってきたいけど……ッ!!)

 

 

 

「おにーさん?」

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 振り向くとそこには、見慣れた彼女の姿があった。 

 メグルを視界に認めると、意外そうな顔をして彼女は歩を詰めてくる。

 

「……アルカ。寝てなかったのか?」

「ごめんなさい、寝付けなくって」

「……無理もないよな」

「あははは……それに、月が赤くなってないか気になっちゃって」

「俺もだよ」

 

 欠けた月は、白い。

 元居た世界と全く同じだ。

 しかし、空が晴れているからか、嫌に綺麗だった。

 

「……怖くないか? アルカ」

「ふぇ?」

「……」

 

 問うた後でメグルは気付く。

 一番怖いのは──自分自身だ、と。

 仲間を、そしてアルカを喪うのが、とても怖い。

 

「……怖く、ないです」

 

 力強くアルカは言った。

 

「一人で、誰も味方が居なかったヒャッキに居た時の方が──よっぽど怖かったです。あの時に比べれば、今のボクには背中を預ける人が、ポケモンが居るから」

 

 はにかんでみせると、アルカはメグルの手を強く握ってみせる。

 

「ボク、おにーさんにあの時出会って良かったって今は思ってます。もしもおにーさんが居なかったら、ボクはずっとあいつらから目を逸らして逃げ回りながら生きてたから。あいつらと決着をつける機会をくれて、本当に感謝してるんです」

「アルカ……」

「ヒャッキに居た頃、弱かったボクは──必死にこっちでポケモン達を鍛えたんです。カブトはおばあさんからの貰い物でしたけど。ヘラクロスとモトトカゲはそれはもう苦労しました」

 

 彼女は語る。

 ヘラクロスは、森の王者とウワサされていた個体に目を付けたアルカが勝負を挑み、何度も敗れた末に捕獲したのだという。

 モトトカゲはそれはもう素早く、なかなか追いつけないので、なかなか群れの中の1匹も捕らえられなかったのだという。

 結果的に寝ていた個体を捕まえようとしたものの、気付かれて暴れられてしまい、ヘラクロスが必死に抑え込んだ末に捕獲したらしい。

 こうしてポケモンを捕まえ、育てる経験はヒャッキでは得られない経験だった。

 ポケモンではなく、モンスター。強いポケモンは、ヒャッキにおいて生物兵器でしかなかった。

 

「商人になったのも、自分一人で生きていけるようにするためで、必死に勉強したんです。強くなきゃ踏み躙られる。そう思ってたから」

「……頑張ったんだな」

「強くなったって思ってたんです。結構調子に乗ってたと思いますよ。……ベニシティでイヌハギに会うまでは」

「……」

「テング団に会う度にボクは自分の弱さを突きつけられて──その度にどうしようもなく情けなくなったりもしましたから」

 

 イヌハギには実力差を思い知らされ、アルネとは切れない因縁を突きつけられ、アルカはテング団から逃れられないことを嫌でも思い知らされた。

 そして、彼らの前ではあまりにも無力だった。

 

「でも、今はあんまり気にしていないんです。どうしようもないボクを暗闇から引っ張ってくれた人がいるから。今度は──ボクが、不安な貴方の手を引っ張る番ですっ!」

「……それでも俺は万が一のことを考えちまうよ」

 

 自分が死ぬのは怖くない。

 だが一番怖いのは──喪うこと。

 リュウグウの件で、既にメグルの心には小さな穴が開いていた。

 今は、彼の死を受け止められていないが、もうじきに彼が居なくなったことを実感した時、その穴はもっと大きくなる。

 そのことを既にメグルは予感していた。

 もしも手持ちが、そして仲間達が喪われれば、今度こそ心が折れてしまいそうだった。

 

「……アルカ。約束してくれないか?」

「何ですか?」

「……絶対、生きて帰るって。そして──もし、生きて帰ってこれたら──」

 

 その後の言葉をメグルは言えなかった。

 どきどきと胸が高まってしまい、喉の奥が詰まってしまう。

 

「……生きて、帰ってこれたら……また、旅の続きだ。まだ、おやしろまいりは終わってねーんだからな!」

 

(こんな時に……勢いで何を言おうとしてたんだ俺は!)

 

 顔が熱くなりながら、メグルは思わずアルカから目を逸らした。

 

「じゃあ、ボクも同じですっ。勝手に居なくなったりしたら、許しません。絶対に──許しませんからっ」

「……ああ。約束だ」

 

 メグルは思わず、小指を差し出す。

 きょとん、とするアルカに──「ああ、俺の故郷の風習みたいなもんでさ」と付け加えた。

 

「小指と小指を絡ませるんだ。大事な約束をする時にさ」

「……えへへ、何だか照れ臭いですね」

「今更だろ」

 

 ──小指と小指が触れ合う。

 それはささやかで、あまりにも確証のない約束でしかない。

 それでも──祈るしかない。

 皆が生きて帰ることを。

 

「いーんスか? 声掛けなくって」

「良いのよ。……隅に置けないんだから。奥手過ぎるのは、マイナスポイントだけどねっ!」

「あはは、同感ッス」

 

 そして、そんな束の間の安息を物陰から見守るキャプテンとキャプテン代理なのだった。

 

「全く……すっかり立派になっちゃって。鼻が高いんだから」

「完全にメグルさんの保護者気分ッスね……」

「そうよ。彼はあたしが育てたんだからっ! だけど、乙女心の扱い方がなってないんだから。補習が必要ね」

「えー、間に合ってるッスよ。だってオレっちが──」

「あんたが一番参考にならないわよ」

「泣くッスよ」

「……ほんっと、リュウグウさんにも──今のメグル君を見せてやりたかったんだから」

 

 ぽつり、とユイは呟いた。

 

「リュウグウさん、楽しみにしてた。メグル君が成長するのを」

「……きっと、見てくれてるッスよ。空の上で」

「……だと良いけど」

「いや、きっときっとでござるよ」

 

 びくり、と二人は肩を震わせる。

 後ろには──キリが腕組みしながら立っていた。

 

「キ、キリさん……」

「全員揃いも揃って、こんな時に──いや、こんな時だからこそ、でござるな。後から伝えたかったことを伝えられなかったと後悔しても遅いでござるからな」

「……そうね。覚悟はしてるつもりよ、キリさん」

「だが、寝ないといい加減に明日に響くでござる。特にユイ殿は長旅の後でござろう」

「あっはははは……ごめんなさーい……」

 

 そそくさ、とユイは去っていく。

 そんな彼女を目で見送ると──キリは溜息を吐いた。

 

(……拙者は全員の命を預かる身でござるからな。気合を入れねば……)

 

「そう固くならなくて良いんじゃねーッスか、キリさん」

「固くもなる! 分かっているでござろう!? 逆に何故、ノオト殿は落ち着いているでござるか!」

「この期に及んで騒ぐもクソもねーッスから。タマズサへの対策は練りに練ったッスからねえ」

「……」

「オレっち達はキャプテン。同じ立場なんスよ。あんたが抱えられないモンは……オレっち達が抱えてやるッス」

「ッ……フン。仮面の下を見たくらいで、好い気にならないでほしいでござるなっ」

 

 ノイズ混じりだが、その時の喋り口は少し怒っているのがノオトには分かった。

 拗ねた時のゴマノハのそれと全く同じだ。

 

「それに一つ勘違いしないでほしいんスけど──オレっちはいずれ、あんたを追い越すッスから」

「……拙者の仮面の下を見て尚、目標にしてくれるでござるか?」

「だから何だってんスか。あんたの価値は何にも変わらねーッスよ。昔も今も、オレっちが乗り越えるに相応しい相手だ」

「……そう簡単に追い越されるような訓練はしていないでござるよ」

 

 夜は更けていく。

 束の間の平穏もまた、過ぎ去っていく。

 それぞれの思惑を胸に、彼らは戦いに挑む──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ところで、うめーなこのキノコ。さっきそこで拾ったんだけどよ」

「それは猛毒なのだが……」

「アリ? そうなのかよ。ちょっち舌が痺れると思ったけど気の所為じゃなかったんだなあ」

 

 ──サイゴク山脈、中枢部。

 キャプテンですら立ち入ることが憚られるこの場所には、既に何人ものテング団の団員たちが警備の為に張り込んでいた。

 その中を悠然と、三羽烏であるタマズサとイヌハギが通っていく。

 

「それよりもイヌハギよ、アルネはどうしたアルネは」

「……死んだ」

「おん?」

「クワゾメの忍者達に捕縛されたが、機密を守る為に自爆したと」

「おーん? んだよ……負けたのかよ、アイツ。カバルドンまで持ちだしたのにかァ? 姉貴を取り返すって息巻いてたのにかァ?」

 

 大して悲しむ様子も見せず、タマズサは肩を竦めた。

 

「あーあァ、もうちょいバカだったら、自害なんざしなかったんだろーが──爆ぜて死ぬなら俺の前で果てて欲しかったもんだぜ、カッカッカ!」

「……」

「命ってのは、果てる瞬間が一番──美しいのによォ。あいつはそこんとこが分かってなかったなァ、最後の最期まで」

 

 今更イヌハギは怒りも沸かなかった。

 これが、タマズサと言う男である。

 例えそれが自らに近しい嫁と言えども、替えの利く玩具同然。

 アルネもまた例外ではない。三羽烏になったのも、タマズサに歯向かって殺された前任者の空きに入れられたにすぎない。

 タマズサと共に三羽烏になり、今に至るまで共に居るイヌハギは、この無頼の権化とも言えるこの男に対して何度も悪感情を募らせる機会こそあったものの、ついぞ彼を始末するに至らなかった。

 理由は一つ。タマズサは死なない。

 断っておくと、特に何かカラクリがあるわけでもない。ただでさえ屈強なヒャッキの人間の中でも、()()()()()()()()()()のである。ただ、それだけである。

 ポケモンで例えるならば生まれつき6Vだった。それだけの話である。

 現に今も、ヒャッキの人間でも食せば間違いなく命を落とすであろう毒キノコを何食わぬ顔でぽりぽりと齧っているのだった。これに全てが集約されている。

 

「ま……それでも、()()()()()()が負けたのはちと、想定外だったけどなァ。壊しがいがあっていいじゃねーかよ、サイゴク地方!!」

「……」

「とりま、後任は適当に見繕っておいてくれよ。お前そういうの得意だろ」

「……承知した」

「あーあ、賢さだけなら、ウチの嫁共の中じゃあトップだったのに。()()()も良かったから、惜しいと言えば惜しいぜ。そうだ! あいつの姉貴……アルカっつったよな? あいつで代わりになったりしねーかな? カッカッカ!!」

 

 この男に仲間意識だとかそういったものを期待するのが無駄だとイヌハギは諦めていた。

 確かに、付き合いの上では相手に対して都合の良いことをいって言いくるめることこそあるが、それは本心ではない。

 自分の退屈を満たせる刺激的な相手を見定めているにすぎないのだ。

 そしてそれが壊れてしまっても、対して気にする素振りも見せず、また次の玩具を探しに行く。

 無邪気で悪辣な子供が、そのまま大人になったような男。それがタマズサなのだ。

 しかし、誰もタマズサに逆らえはしない。

 毒を盛ろうが、刺そうが殴ろうが死なないので当然である。

 おまけに、苦楽を共にして来たアーマーガアは、マガツカガミの鏡を手に入れたことで更に手が付けられなくなってしまった。

 なんせこの男一人で軍を率いているも同然なのだ。勝てるはずがない。

 そんな恐ろしい男の前では皆従うしかない。

 

「つか、あの馬鹿でかいパラセクト落としたら面白いんじゃね? 厄介払いついでに、町一個があいつの胞子で滅びるところ見るのが楽しみだぜェェェーッ!!」

 

 とタマズサが言えば、幾らそれが()()()()()()()()()()()()()()()だったとしても皆頭を垂れて従うしかないのである。

 結果、これはイヌハギが悪趣味なゲームに仕立て上げたことで、メグル達は何とかパラセクトの処理に成功した。

 イヌハギ本人は最初から、禁じられた兵器レベルの巨大パラセクトで町を滅ぼすつもりなどなかったのである。

 

(むしろ感謝してほしいくらいだ、サイゴクの民。某が居なければ、とっくにサイゴクの地は人一人住めない更地になっているぞ……ッ!! まさに()()()()……ッ!! このような男をのさばらせている、テングの国が、ひいてはヒャッキがどれほど情けないか!!)

 

 彼の傍で、ブレーキ役となっているイヌハギは気が気でない。 

 この男から手綱を離したが最後、世界は滅ぶ。間違いなく。

 

「さあ、お待ちかねだぜ!! 赤い月の御開帳だ!!」

 

 タマズサに連れられ、イヌハギは洞窟の最深部に辿り着く。

 そこにあったのは、巨大な石の蓋。

 だが、それを押さえつけるための鎖は2本。あまりにも頼りない。

 そして、その鎖は今にも音を立てて朽ちてしまいそうだった。

 

「今更だけど、昔のサイゴクの人間も考えたモンだぜ。赤い月を封じ込める為に、()()()()()()()()を楔にするなんてな」

「……秘伝の巻物の記述は、正しかったか」

 

 テングの城に伝わる巻物。

 そこに記されていたのは──500年前の戦争の始終であった。

 サイゴクに持ち帰られた”赤い月”は、オヤシロの民によって封じられたのだという。

 5つのおやしろの役目は文字通りの楔。

 サイゴク山脈を囲うようにして、おやしろ自体に封印の術を掛けることで、強大な赤い月をサイゴク山脈から出てこれなくしたのだという。

 

(では、そうしなければいけなかった赤い月とはそもそも一体何なのだ……本当に、無限の豊穣を齎すものなのか?)

 

 イヌハギは内心、慄いていた。

 しかし、アルネも、ひいてはタマズサの上っ面の言葉でヒャッキの再興を信じているテング団の団員達も皆、赤い月に希望を抱いている。

 彼だけが赤い月に対する疑念を吐露するわけにもいかない。

 尤も、その封印を解くのはタマズサ。団員達の望むような使われ方をしないことだけは確実だとイヌハギは分かっていた。

 分かっていたところで、今更彼に反抗する気力など削がれきっていたのであるが。

 

(神でも、モンスターでも、赤い月でも何でも良い。この、人の皮を被ったバケモノを止めてくれ──)

 

 音を立てて、鎖が砕け散る。

 次の瞬間、禍々しい赤い光を放ちながら──それは、姿を現すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──数時間後。

 サイゴク山脈上空。

 イデア博士の尽力により、広大な山脈の中で異常にエネルギーが放たれている地点は突きとめられた。

 そして、サイゴクのおやしろの力を集結した”サイゴクおやしろ連合”がライドポケモンによって空中から降下。

 テング団が集結している場所へ突入開始したのである。

 忍者隊のエアームドによって、安全にキャプテン達は山脈内部に突入。

 すぐさま警戒に当たっていたテング団の団員達との戦闘が始まったのだった。

 

 

 

 

「──作戦概要を説明する」

 

 

 

「サイゴク山脈に集結しているテング団の団員を撃滅。同時に、赤い月の正体を突き止め、奪還する」

 

 

 

「過去がどうであれ、ならずものに赤い月を渡すわけにはいかない!」

 

 

 

「──そして全員欠けることなく、帰還せよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話:赫

 ──サイゴク山脈・王冠山。

 岩山に陣取るテング団の団員達と、降下してきたキャプテン達の激突がすぐに始まったのである。

 

「このサイゴク山脈は、神聖なる禁足地。ただちに立ち去れ!!」

「バカ言え!! こっちにゃ、故郷に置いてきた家族が居るんだッ!!」

「我らの悲願、決して妨げさせやしない!!」

 

 ヒャッキのポケモンの大軍勢が迫る。

 仮面に隠されてこそいるが、それを操るテング団の団員達も鬼気迫る様子で迫りくる。

 彼らもまた、”赤い月”の伝説を信じているに過ぎないのである。

 しかし──それを理由にサイゴクを踏み荒らす事を、キャプテンは許さない。

 オニドリルが、パラセクトが、ダーテングが、炎を、水を、雷を纏って襲い掛かる。

 

「──シビルドン!!」

「──ジャラランガ!!」

「──バンギラス!!」

 

 だがそれさえも、通らない。

 ヌシポケモンの上辺の力だけを纏っただけのオーライズに、鍛え上げられたポケモンが負けるはずもない。

 ましてや、ポケモンを戦わせる道具としか思っていない彼らに、ポケモンと心を通わせるキャプテンが押されるはずがない。

 電撃が氷水を散らし、拳が熱された鋼の身体を砕き、そして砂嵐が電気を打ち消す。

 ただの団員達では相手にならない。

 各地の戦線も、おやしろのトレーナーたちが必死に団員達を抑え込んでいる。

 全ては、キャプテン達が”赤い月”に辿り着くまでの道を確保するためだ。

 

「す、すごい、流石にキャプテン達は強い……!」

「俺達も負けてらんねーな、アルカ」

「はいっ!」

「おーっと、誰かと思えばァ!! 落ちこぼれアルカじゃねえかよォ!!」

「──!」

 

 アルカの事を知っているのか、彼女の名を呼ぶ若い声が聞こえて来た。

 天狗達が、一気にアルカ目掛けて襲い掛かった。彼女が相手ならば負けはしないだろう、と。

 

「こいつら……!」

「同期達です……皆、ボクの顔を知ってます……!」

「サイゴクに寝返るとは、落ちこぼれの末路にゃ相応しい! こっちも手加減なくやれるというものよ!」

「せめてあんたの首だけは取らせてもらうよ!」

 

 強豪であるキャプテン達に混ざる彼女は、あまりにも場違いにさえ見える。

 しかし──

 

「落ちこぼれで良かったとボクは思ってるよ」

「!?」

「──こんなに良い仲間に、恵まれたから!!」

 

 アルカを守るようにしてジャローダが彼女の身体に巻き付いた。

 そして、飛び掛かって来たポケモン達を一気に睨み付けて”まひ”させてしまった。

 ばたばたばた、と地面に落ちたそれらを始末するべく、軽蔑の眼差しを込めながらジャローダは強力な一撃を放つ。

 

「リーフストーム!!」

 

 吹き飛ばされる天狗達とポケモン達。

 草葉が吹き荒れる嵐が巻き起こる。

 しかしそれでも、まだ数は残っているのか次々にテング団達は襲い掛かって来た。

 リーフストームは強力だが、同時に反動で特殊攻撃力も下がってしまう技だ。

 それを彼らも知っているのだろう。せいぜい一度限りの大技だ、とタカをくくっていた。

 

「──もう一発、リーフストームだ!!」

 

 だが、その目論見は外れることになる。

 今度は先ほどの倍以上の強さの嵐が、天狗達を、そしてポケモン達を吹き飛ばしたのだった。

 その様を見てユイは思わず「ひええ」と声を漏らす。

 

「特性”あまのじゃく”……よね!? リーフストームを撃つ度に、本来は下がるはずの特攻が逆に上がってる!」

「あの大嵐の前では、下っ端程度ではまともに近付けないだろう。対大勢ではこれ以上ない性能でござる」

「えっへへへ、おにーさんから貰ったとくせいパッチのおかげだよ!」

 

 流石に自分達では分が悪い、と判断したのだろう。

 彼らは「あれだ! アレを出せ!」と呼び掛けている。 

 何か秘密兵器でもあるのだろうか、と道の先を見たメグルは──ぎょっとした。

 明らかにヒャッキのものではないポケモンが二匹、立ち塞がったのである。

 方や屈強な身体を持ち、ヒーローの如き威容を持つイルカのポケモンだ。

 しかし、その身体は炎と溶岩の鎧に覆われており、目は赤く光っていて正気を失っている。

 

【イルカマン<AR:ブースター> タイプ:炎/鋼】

 

 イルカマンは咆哮すると、右手を突き上げた。

 その周囲に溶岩が溢れ出る。凄まじい熱気がメグル達を襲う。

 これが、オーライズしたブースターの力。炎をも食らうマグマの権化だ。

 

「あれって、リュウグウさんのポケモン!?」

「見つかってなかったのでござるよ……イルカマンのボールだけ。やはり、回収された上に強制オーライズされているとは……!」

「これじゃあ近付けねえッスよ……!」

「あーあー、反吐が出るわ、全く以て腹が立つッ!!」

 

 進み出たのはユイ。

 彼女が、この場に居る全員の代わりに──怒りを一身に引き受ける。

 

「リュウグウさんを殺した挙句、そのポケモンまで好き勝手にするなんて──本当に本当にブチ切れたッ!!」

「掛かれイルカマン!! キャプテンなんて一捻りだーッ!!」

「……しかしユイ殿、イルカマンは強敵でござる! アケノヤイバも、ヨイノマガンも、リュウグウ殿のイルカマンには勝てなかったでござるよ──」

「そんなに強いのか、あのイルカ!?」

「リュウグウさんの三大エースは、ラグラージとヨワシ、そしてイルカマン……その中で一番強いのが、イルカマンッスよ!!」

 

 メグルは、イルカマンの強さを見たわけではない。

 しかし、その放つ威風は今までの一般ポケモンのそれとは大きく異なる。

 メガシンカポケモンどころか、伝説のポケモンに匹敵する勢いだ。

 

「ふぅーん、だからあたしじゃ勝てないっての?」

 

 ユイが繰り出すのは、パッチラゴン。

 マグマの鎧を纏うイルカマンに、パッチルドンとユキノオーは流石に分が悪い。

 ならば、竜の鱗で炎を跳ね返すまでと判断したのだ。

 同時に傍らに立つ彼女も、目をかっ開いており、闘志全開といった様子だ。

 

「勝機があるとかどうとかじゃない……イルカマンは、あたしが取り返す!! 皆は先に行って!」

「バッチラララーッ!!」

「しかし──」

「トレーナーの居ないポケモンは、その力を十全に発揮できない。今のユイなら、やれると思います」

「……承知した」

「ユイさん、ブチ切れた時が一番強いんス。任せるッスよ」

「それ大丈夫なのかなぁ……」

 

 心配そうなアルカとキリ。

 一方で、その力を目の当たりにしたことがあるメグルとノオトは頷くばかり。

 メグルは”すいしょうのおやしろ”での戦いで彼女の鬼気迫る戦いを見届けた。そして、ノオトは以前、ユイと口論になった際に、()()()()()()を持ち出した所為で半殺しにされたので、彼女の恐ろしさをよく知っているのである。

 その場をユイに任せて、全員は溶岩地帯と化したこの場所を迂回し、洞窟へと向かうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──サイゴク山脈”禁足地”。

 赤い月の放つ強烈なエネルギーは更に強くなっているが、道中には野生ポケモンの姿もテング団の団員の姿も見られなかった。

 此処から先は立ち入り禁止。たとえキャプテンであってもだ。

 今回は特例で許されているようなもので、通常時は踏み入ったが最後、祟りが起こるとまで言われている。

 途中には、人工的に後から付けられていたであろう鉄扉があったが、いずれも無惨に破壊されていた。この先には進んではいけない、と先人は判断し、塞いでいたのだろう。

 それならば爆弾で洞窟を破壊してしまえば良かったのであるが、それすらも躊躇う”祟り”があったのか。御札が壁には貼られていたことからも、何があったのかは想像に難くなかった。

 

「こんな形で禁足地に入ることになるとは……」

「あんなに居たテング団の団員も、ポケモンも、この辺りになるともう居ねえッスね」

「……なんだか、すっごく嫌な所。なんでなのか分からないけど……」

「分かるぜ……出て行けって言われてるような、そんな気分だ。あるいは、ずっとここに居たら何かに取り込まれちまうような気がする」

「……変な事言わないでくれッスよ」

「──サイゴクの霊脈。その根源が、このサイゴク山脈の禁足地一帯でござる。かつて、此処を開発しようとした者達は次々に祟りの如き災厄に見舞われ、命を落としたでござるよ」

 

 苔に覆われた壁や岩が広がる大部屋に辿り着いた頃には、辺りは静まり返っていた。

 さっきまでポケモンが暴れていたのが嘘のようだった。

 メグルは冷や汗が伝う。

 此処には居てはいけないような気がした。

 ポケモンですら近付かないような、恐ろしい気配を肌で感じ取っていた。

 そして辺りを見回して漸くメグルはその理由に気付く。

 地面だ。

 地面から死の匂いが漂っている。

 

(何なんだ此処は……!? 禁足地とは聞いていたけど……!!)

 

「おにーさん……なんかボク、寒くなってきました……」

「そんなに厚着してるのにか!?」

「わかんないです……」

 

 ぎゅっ、とジャケットを握り締めるアルカ。見るからに震えている。

 そしてノオトも、口には出さないがブツブツが腕にできていた。

 メグルも同じだ。この大部屋に入ってから、言い知れない何かをずっと感じ取っている。

 

「キリさん。霊脈って……ほんっと何なんスかねえ……」

「……分からない。当たり前すぎて何なのかを問うことすら忘れていた。サイゴクに自然の恵みを齎すありがたいものだと思っていた」

 

 キリもそれを感じ取っていたのか、足元を見やる。

 

「霊脈は、ポケモンの健全な生命機能を狂わせる。そうして生きていけなくなったポケモンは、サイゴク山脈の各地で、やがて命を落とすでござる」

 

 メグルの脳裏には、ラティアスとラティオスが浮かんだ。

 彼らもまた、霊脈によって山脈に引き寄せられ、命を落としたポケモンだ。

 

「生命を育むはずの山脈で、どうしてポケモンが狂い、命を落とすんだろうね……」

 

 アルカの言葉に、食虫植物のようだとメグルは考える。

 無論、植物と山ではあまりにもスケール感が違うのであるが、これまでの話を総合してもそうだとしか思えなかった。

 

「……まるで山脈が、ポケモンって餌を誘き寄せてるみたいじゃねえか」

 

 

 

「そうだ……モンスターだけではない。人間もまた例外ではない」

 

 

 

 声が大部屋に響き渡る。

 次の瞬間、部屋の壁が一機に凍り付き、周囲の温度が下がった。

 奥からは──犬の仮面を被った男が歩いてくる。

 しかし、その歩き方は何処かおぼつかない。声からも精気というものが感じられない。

 

「どの道お前達は……赤い月に蝕まれて死ぬか、タマズサに穿たれるか、どちらかだ」

「イヌハギッ……!?」

「お終いだ。もう何もかもがお終いだ。赤い月に、この地もヒャッキも飲み込まれるのだ」

「な、何があったんだコイツ……!?」

「既に奥では”赤い月”が目覚めているのでござるか……ッ!!」

「ならばせめて、某の手で終わらせてやるのが情けというもの」

 

 イヌハギが繰り出したのは、ヒャッキのすがたのルカリオとダーテングだ。

 全員は身構えてボールに手を掛けるが、一歩先に踏み出したのはアルカだった。

 

「此処は……ボクが戦う!」

「お前が? 落ちこぼれのお前がか? キャプテンでも何でもないお前が、某と戦って勝つだと? 笑わせるなッ!!」

「アルカ──」

「行って!! 此処はボクが抑え込む!! もう赤い月が目覚めてるなら、猶予なんて無いんでしょ!?」

 

 だからこそ、キャプテン二人に加え、オーライズとメガシンカを両立するメグルを奥に行かせたい、とアルカは考えた。

 しかしメグルは不安が過る。

 相手は三羽烏。タマズサに次ぐ実力を持つイヌハギだ。

 

「……バカなことを。3人掛かりでもタマズサを倒せはせん。絶望するだけだ」

「絶望なんてしない。してたまるか!! ボクは……もうとっくに絶望しきって、そこから掬い上げられた後だ!! 後は、這い上がるだけなんだ!!」

 

 彼女の視線はメグルに向けられる。

 代わりに俺が、と言おうとした彼の言葉は喉で留まってしまった。

 

「言ったでしょ? 守られるだけは嫌だって」

 

 ふっ、と微笑んだのを見て──メグルの決意は固まった。

 

「……死ぬんじゃねーぞアルカ」

「そっちこそ!」

「良いんスか、メグルさん!?」

「いや、きっとこれが最善でござろう。タマズサ相手では3人でも足りない。しかし、かと言ってイヌハギを放置することもできず、一刻の猶予もないならば──」

「通すとでもッ!!」

 

 ルカリオが、そしてダーテングが3人に襲い掛かる。

 しかし、その2体の頭を掴み、地面に叩きつけるのは森の王者・ヘラクロスだった。

 

「……言ったはずだよ。お前の相手は、このボクだ三羽烏!!」

「笑わせるな、と言ったァ!! お前ひとりでは無駄死にするだけだぞ!!」

 

 彼女の姿を目で追いながら──メグル達は先へ進む。

 

 

 

(頼むアルカ──勝ってくれ──ッ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──禁足地最奥部は、赤い光が漏れていた。

 踏み出した先には、煌々と輝く赤い月。

 それの正体は、直径2メートル程の真っ赤な岩石だった。

 赤い月、と例えることができるのも納得の姿である。

 そして、その前で今か今かと待ち構えるようにしてあぐらを掻くタマズサの姿があった。

 

「おう、来たかテメェら」

「……テング団三羽烏タマズサ。今すぐ、サイゴク地方から立ち去れ」

「命令されるのは嫌いなんだよなァ。命令するのは好きなんだが──何でだろうなァ」

「無駄話しに来たんじゃねーッスよ!!」

「いやぁ? 俺様には戦う理由がねぇからなァ。後は……こいつが、赤い月が目覚めるのを待つだけだ」

 

 どくん。

 

 洞窟全体が脈打ったような気がした。

 全員の視線は”赤い月”に注がれる。

 岩の塊のはずのそれは確かに今、この瞬間、生物の心臓のように鼓動を打ったのである。

 

「……おいまさかこれ……生きてるのか……!?」

「カッカッカ!! テメェら、赤い月が何かも知らねえで今の今まで生きてたんだなァ。自分の住処に何が封印されてるのかくらい、分かっとけって話だぜ」

「ッ……何だコレは。赤い月とはまさか……!!」

「で、でも、そんなはずねーッス……あって良いはずがねぇッス!!」

「ああ、こいつは……」

 

 メグルはごくり、と生唾を飲む。

 目の前にある岩石に一瞬、影が浮かび上がった。

 何かがあの中に入っている。

 眠るように何かが岩石の中で背中を丸めている。

 

 

 

「……赤い月の正体はポケモンだってのか……ッ!!」

 

 

 

【赤い月(フェーズ1) ???ポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

「知りてェよなぁ。こいつが何なのか──俺様だって知りてェよ。だからよ、暇潰ししようぜ暇潰し!!」

 

 

 

 タマズサは瓢箪の栓を抜いた。

 そこから煙を巻き上げて現れたのは銀の鎧鳥だった。

 メグル、キリ、ノオトの3人もボールを投げる。

 アブソル、バンギラス、ルカリオの3匹が並び立った。

 

「だからよ、こうしようぜ!! 生きのこった奴が……赤い月のご尊顔を拝めるってことでなァ!!」

「ッ……」

 

 軽薄で、中身が無く、故に何処までも掴みどころのないタマズサの態度に、全員は気圧されていた。

 人間ではない何かを相手にしているような気分だった。

 目の前にある赤い月は、明らかにこの山脈どころかサイゴクそのものを蝕む癌そのもの。

 自らを食い破るかもしれないそれを前にしても、このタマズサという男は怯える様子一つ見せていない。

 

「……お前は、何のために戦ってんだタマズサ」

「あん?」

「赤い月は、無限の豊穣を齎すんじゃねーのかよ。それで、荒れたヒャッキの地を元に戻すんじゃねえのかよ!? なのにお前からは、真剣さ一つ感じられねェよ!! 人が死んでるんだぞ!? お前の部下も、この地方の人たちも!! お前の嫁のアルネも!!」

「ハッ──バカ言ってんじゃねえよ。俺様はな、楽しいから戦争してんだよ。人ってのはな、果てる時が一番美しいんだぜ。それが沢山みられるのが戦争だぜェェェーッ!!」

「……ッ」

「こいつは……テング団の、ひいてはヒャッキ地方の病巣のような男でござるな。コイツがトップに居座っているから、テング団は腐ったも同然でござろう」

「カッカッカ!! 腐乱上等。楽しく戦って楽しく死ぬ。最高の生き方だろ。赤い月が無限の豊穣を齎すってんなら、その力で──永遠に戦いが楽しめるぜ」

 

 3人は戦慄した。

 それは、本当にテング団の団員が望んでいることなのだろうか、と。

 いや、そんなはずはない。

 彼らは荒廃したヒャッキの文明を復興させるために戦っているはずである。

 タマズサの行為は、無限の戦火でヒャッキを更地へと変えるものに他ならない。

 

「……だから……先ずは楽しもうや」

 

 タマズサが取り出したのは十手だ。

 それを見た瞬間、キリが袖からワイヤーを射出し、それを絡め取ろうとするが──

 

「水を差してんじゃねェよクソが──アーマーガア、”てっぺき”」

 

 すぐさま正面に、巨大な鋼の壁が現れ、それを弾いてしまう。

 キリは叫ぶ。やはり小細工は通用しない。

 

「──来るでござるよ!! メガシンカでござる!!」

「合点承知ッス!!」

「ッ……ああ!!」

 

 ルカリオ、バンギラス、アブソルの3匹のメガストーンが光り輝き、更なる進化を遂げる中。

 それを掻き消す程の暴風を身に纏った天狗の王が、君臨していた。

 

 

 

「……ギガオーライズ”マガツカガミ”」

 

 

 

 翼を広げた巨大な鎧鳥。 

 その周囲には、鏡が2枚、宙を舞う。

 3匹のメガシンカポケモンを圧倒する勢いで、風の通らない洞窟に嵐を巻き起こす。

 

 

 

「……始めようぜ。血沸き肉躍る前夜祭をなァ!!」

 

 

 

【テング団のボス、タマズサが勝負を挑んできた!!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話:激闘・王冠山

 ※※※

 

 

 

「ジュワッ!!」

 

 

 

【イルカマンの ジェットパンチ!!】

 

 

 

 クレーターが空く程の強烈な殴打が地面を穿つ。

 それをすんでのところで避けたパッチラゴンは、電光石火の勢いで嘴を振り下ろすが──イルカマンもまた、溶岩を身に纏いながらそれを受け止める。

 

「もうやめて──イルカマン! それ以上は、あんたも辛いだけなんだから!」

「ジュワ……ッ!!」

「聞こえてる!? あたしの声! 戻ってきて!」

 

 呼びかけたところで、強制オーライズによる洗脳が簡単に解除されないことなど分かっている。

 しかしそれでも、ユイは声をかける。それがイルカマンのブレーキになると信じて。

 地を駆け、電気を帯びた嘴で突き続けるパッチラゴンと、それを受け止め、感電しながらも突き飛ばすイルカマン。

 両者は互角だ。トレーナーが居ないが故に、その力を十全に出せてはいないものの、それでもマイティフォルムのイルカマンの基礎スペックは伝説のポケモンを優に上回る。 

 あのリュウグウが、奥の手の奥の手としていたポケモンは伊達ではないのである。

 

【イルカマンの ウェーブタックル!!】

 

 マグマを身に纏ったイルカマンが勢いよく体全部でパッチラゴンにぶつかった。

 幾ら炎を受け流す龍の鱗と言えど、その一撃はあまりにも重く、軽く吹き飛ばされてしまうのだった。

 

「パッチラゴン!! しっかりして!!」

「バッチラララーッ!!」

 

 しかしそれでも空中で態勢を立て直したパッチラゴンは、勢いよく着地すると、そのまま再びイルカマンに向かう。

 

「確かブースターのタイプは炎と鋼だから──オーライズしてるなら効果てきめんよね! ”じならし”!」

 

 一気に地面が揺れて、そのエネルギーがイルカマンを目掛けて飛ぶ。

 しかし──イルカマンは地面に拳を叩きつけると、それは打ち消されてしまうのだった。

 

「なぁっ!? 技を掻き消したァ!?」

「ジュワ……ッ!!」

「ヂラララ……!!」

 

 流石のユイも冷や汗を掻く。

 瞬時に技の特性を見抜いて、それを無効化する術を編み出したのだ。

 これは、リュウグウの育成によって身に着けた方法であり、他のイルカマンが簡単に出来る芸当ではない。

 それくらいはやってのけるだろう、と考えてはいたユイだったが、あくまでもリュウグウとの連携が前提である、と希望的観測をしていたのは否めなかった。

 

(やはり、強い……!)

 

「ジュワァ!!」

 

 そのまま、尾びれで地面を叩き、大きく跳ね上がるイルカマンは、そのままパッチラゴンを押し倒してマウントポジションを取ると一発、二発、とジェットパンチを見舞っていく。

 確かに効果は今一つだが、その恐ろしい腕力から放たれる拳は、次第にパッチラゴンの顔面をへしゃげさせていく。

 終いには嘴を掴み、圧し折ろうと力を込めたその時だった。

 

「”ほうでん”!!」

 

 その油断が命取りとなった。

 一気に高圧の電流がイルカマンを襲い、更にその喉元に嘴が叩き込まれたのである。

 ぐらり、とイルカマンの身体は揺れてパッチラゴンを離れるのだった。

 リュウグウが居れば、決して犯さなかったであろうミス。暴威のままに暴れる強制オーライズポケモンであるが故に起きたエラーである。

 ばちばちと電撃がイルカマンを迸り、身体がガクガクと痙攣してしまうのだった。

 

(と言っても、このままじゃパッチラゴンが持つかどうか分からない……! かと言って、ユキノオーやパッチルドンじゃあ相性が悪すぎる)

 

 イルカマンの動きは封じる事が出来た。

 後は仕留めるだけである。すぐさまボールにパッチラゴンを戻すと──彼女は次なる一手を打つ。

 

(かつてのあたしは、引き際を見誤ってがむしゃらに突っ込むだけだった──だけど、今はもう違う!!)

 

「──ランターン、お願い!!」

「きゅーん!」

 

 身体が痙攣しても尚、飛び掛かるイルカマン。

 しかし、その動きは先ほどと比べても明らかに鈍い。

 そこに立ち向かうのは、ユイの手持ちの中でも恐ろしい耐久力を誇るランターンだ。

 突っ込んで来るイルカマンの顔面に、高圧縮された水の束をぶちまける。

 

「”ハイドロポンプ”!!」

 

 今のイルカマンは炎・鋼タイプ。

 水タイプの技は効果抜群だ。しかし、それを受けても尚イルカマンは力任せに強行突破を図る。

 拳がランターンを捉え、吹き飛ばす。そして人間の子供サイズはあるであろうランターンの身体がユイに降りかかるのだった。

 

「ッ……が!?」

 

 押し潰され、肺に空気が入らなくなってしまうユイ。

 それでもランターンが自ら退くのを待つと──漸く地面に向かって咳き込み、呼吸することができたのだった。

 心配そうに彼女を見るランターンだったが「攻撃続行ッ!! イルカマンを助けるんだからッ!!」という彼女の叫びに応え、頷く。

 

(とんでもない馬力……ッ!! そこにマグマの身体も加わって厄介なことになってる……ッ!!)

 

「ジュワァ……ッ!!」

 

 麻痺しても尚、攻撃力が低下したわけではない。

 むしろ、目の前のユイを脅威と認めたイルカマンは、拳を突きあげ、全身にマグマを収縮させ始める。

 

 

 

【イルカマンの──】

 

 

 

「ッ!? まさかあれって──」

「ハッハ! やったぞ! オオワザだ!」

「やっちまえーッ!!」

 

 団員達がはしゃぎたてる中、イルカマンの胸に高熱のエネルギーが集まっていく。

 ”メルトリアクター”。ヌシブースターのオオワザだ。

 その身体を高熱で溶けた鉄へと変換させ、相手に向かって突貫する非常に危険な技である。

 放てば最後、周囲を灼熱地獄に変え、地面さえも溶かしてしまう。

 ハズシもブースターも、このオオワザを放つときは出力を絞るように気を使っている程である。

 あの膨張したパラセクトを白い炭へと変えた程の威力なのだから。

 

「ま、まずい……メルトリアクターは……ヤバい……確か解除方法は──冷却!!」

 

 だが、そんなオオワザも弱点が全くないわけではない。

 急速に冷却してしまえば、炉心が停止し、しばらくの間、溶けた鉄によって全身が冷え固まって動かなくなってしまうのだ。

 すぐさま冷凍ビームを放ち、イルカマンを冷却させにかかるランターン。しかし、溶鉱炉の如き熱の塊を鎮めることは容易いことではない。

 だが、此処でもしも最大出力のメルトリアクターが放たれた場合、この場に居るテング団の団員も、彼女自身も無事では済まない。

 

「あんた達逃げなさい!! 死ぬんだから!!」

「ハァ!? 何言ってやがる!! お前達の所為でこちとらリーダー1人やられてんだ、今更引き下がれるか!」

「それに、こっちにゃ故郷に残した子供がお腹空かせてんだ!! 俺達はなぁ、こんなところで逃げるわけにはいかねーんだよ!!」

「それが命令だからな!! お前を此処で足止めするぜ!! タマズサ様の邪魔はさせねぇ!!」

「そうだそうだ! タマズサ様は、俺達に無限の豊穣を齎してくれる救世主なんだ!!」

 

(だ、ダメだ、聞く耳持たない……!)

 

「メルトリアクターを制御無しでぶっ放したら、全員溶けるんだから!! どろっどろよ!!」

 

 ぐん、と周囲の温度が更に急激に上昇する。

 テング団の団員達も、そしてユイも、汗腺から一気に汗が噴き出した。

 イルカマンの放つ熱量は膨大そのもの。漸く彼らも事の重大さに気付いたようだった。

 周囲の気温は既に60℃を超えている。抑え込んでいる熱が爆発すれば、全員溶けるだけでは済まない。

 

 ──メルトリアクターは確かに強い技よ。でも、気軽には使えないのよねぇ、他のオオワザと違って。

 

 ──何でですか?

 

 ──強すぎるのよ。文字通り。熱そのものを扱う技だから。下手したら、自分自身を傷つけちゃうの。遠い昔にも、ヌシのブースターが怒り狂ったことで大火災が起きちゃったらしいのよね。

 

 ──原因は──確か、子供を連れ去られたことでしたっけ。

 

 ──そう! よく勉強してるわね、ユイちゃん。それだけ、ブースターは繊細なポケモンなのよ。感情に応じて技の威力も跳ね上がっちゃうから。

 

 ──えーと、じゃあ、普段は手加減してるってことですよね? 私たちが普段見てるメルトリアクターって、ポケモンの技の威力の範疇って感じですから。

 

 ──手加減とはまた違うわね。重要なのは、力に飲まれないこと。つまり、自分を程よくクールダウンさせることよ♡ これ、人間もポケモンも大事なことよね。

 

 そうハズシが言っていたのをユイは思い出す。

 

(大丈夫、ハズシさん。ようがんのおやしろに伝わるオオワザで、悲劇は生ませない!)

 

 そして技を放ったイルカマンも、無事では済まない。

 メルトリアクターは全身を溶けた鉄に変える技。制御無しで撃てば、本体の身体も霧散する諸刃の剣なのである。

 故に、実質的にあのヌシブースターしか扱えないオオワザなのである。

 

「ユキノオー!! パッチルドン!! 冷凍ビームとフリーズドライで冷却して!!」

 

 そしてこの技の厄介な所は、水を掛けた程度では蒸発してしまう程に本体が熱を溜め込む点である。

 冷却には、氷タイプの技を用いるしかないのだ。

 しかし氷タイプは当然、熱いところが苦手なわけで、その力を十全に発揮できない。

 ユキノオーがゆきを降らせても、それらはすぐに掻き消えてしまう。

 

「や、やべぇ、あ、熱さで頭がやられそうだ……!!」

「どうなってんだ!? まだ暑くなるのかよ!?」

「ッ……やっと事の重大さに気付いたみたいね……!!」

 

 ユイはメガストーンに手を触れる。

 

「ユキノオー、ごめん! ちょっと無理させちゃうけど……!!」

「バオォン!!」

 

 メガシンカにより、更に冷気をイルカマンに集中させていくユキノオー。

 だが、3体による同時冷却でも尚、互角。イルカマンを抑え込むことなど出来はしない。

 

(まだイルカマンがオオワザを撃ってないのが幸いだけど──にしたってチャージが長すぎる気が──)

 

 

 

「ジュ、ジュワ……ッ!!」

 

 

 

 ユイは暑さで意識を奪われつつある中、イルカマンの目を見た。

 その目からは──涙がこぼれ、そしてすぐに蒸発していた。

 

「──ッ!! イルカマンは……耐えてくれてるんだ……ッ!!」

 

 ばちん、と彼女は自らの両頬を叩いた。

 強制オーライズで理性を奪われても尚、イルカマンの心にはまだ正義の心が、リュウグウに教えられたものが残っている。

 そもそも、彼の実力が十全に発揮されていれば、たとえリュウグウが居なくとも、パッチラゴンはとっくに倒されていてもおかしくないし、メルトリアクターのチャージももっと早く終わっていてもおかしくはない。

 そうではないのは、イルカマンもまた戦っていたのである。

 己を蝕む破壊衝動と──

 

「ユキノオー、外すんじゃないわよ!!」

「バオオオオン!!」

 

 ランターン、そしてパッチルドンがイルカマンを冷却させ続ける中──最大出力を以て、中央のユキノオーが大きく息を吸い込む。

 

 

 

「”ふぶき”!!」

 

 

 

 霰混じりのブレスが正面からイルカマンを捉えて、全身を凍り付かせる。

 それでもまだ、熱を抑えるには程遠かったものの、パッチルドンのフリーズドライとランターンの冷凍ビームが更に上からイルカマンを冷やし──溶けていた鉄の身体は完全に固まってしまうのだった。

 それと同時に、ランターンが”ハイドロポンプ”を叩きこむ。

 がたん、と音がしてイルカマンは倒れ込み、冷え固まった溶岩の鎧は砕け散ったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヘラクロス、メガシンカッ!!」

 

 

 

 出し惜しみして勝てる相手ではない。

 すぐさまヘラクロスをメガシンカさせ、アルカはイヌハギに立ち向かう。

 

「──まさかと思うが、本気の本気で某に勝てると思っているのか!」

「思ってなきゃ、此処に立ってない!!」

 

 ルカリオが雪を降らせ、あの半獣人形態へと化す。

 雪の鎧を身に纏い、更に”ゆきかき”で超機動力を手に入れたのだ。

 更に、鉄の扇を広げたダーテングがアルカ目掛けて斬り付けに掛かる。

 それを腕で受け止めたヘラクロスは、それを力強く投げ飛ばし、地面に叩きつけた。

 

「”ミサイルばり”!!」

 

 至近距離で角からロケットのように棘が飛んで行く。

 それを受けたダーテングは呻き声を上げると、沈黙してしまうのだった。

 メガシンカポケモンの中でもトップクラスの攻撃力は伊達ではないのである。

 

(ッ……鋼の身体を持つダーテングが一撃で沈められただと!? だがまだこちらにはルカリオが居る──ッ!)

 

 だが、それを好機と見たルカリオは、そのままヘラクロスに食い掛かる。

 しかし──次の瞬間、その鼻の頭に雫が落ちた。

 パキッと音を立てて氷の鎧が砕け散る。

 

「しまッ……何故雪が止む!?」

「今だーッ!!」

 

 一瞬動きの鈍ったルカリオの顔面にヘラクロスが突きを見舞い、そして至近距離で岩石の弾丸(ロックブラスト)を放つ。

 完全に自らが押されていることにイヌハギは気付いた。

 そしてアルカの背中に貼り付いているポケモンを睨み付ける。

 

「貴様、その背中にポケモンを隠しているな……!!」

「雪を雨で上書きしたんです!!」

 

 カブトだ。

 彼女の背中に貼り付いて安全なポジションを確保しながら、天候を操作したのである。

 当然、アルカ自身が狙われれば危険な立ち位置となるが、森の王者がそれを許さない。

 

「”インファイト”!!」

 

 懐に潜り込んだヘラクロスが、拳を何度も何度も何度も叩き込む。

 効果抜群の一撃を受けたルカリオは、そのまま岩壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられて気絶してしまうのだった。

 

「……某のこれまでに積み上げてきたものは何だと言うのだッ!!」

「ポケモンを──戦う道具としか思ってないお前達と、確かな絆を積み上げてきたボク達の差なんだッ! それに……ボクだって寝てたわけじゃないんだ、イヌハギ。お前達のおかげで、強くなるって決めたから!!」

「認めるかッ!! 落ちこぼれのお前なんぞがッ!! 某を倒したところでタマズサは絶対に倒せん、倒せは──せんのだ……ッ!!」

 

 イヌハギは倒れた二匹を瓢箪の中に吸い込ませると、次なる瓢箪を目の前に投げ入れる。

 二匹目、エース個体のルカリオだ。

 

「──どうにもならんものが、世の中にはあるのだ、アルカ!! ギガオーライズ──!!」

 

 毒性を放つ鎧がルカリオを覆い、更に獰猛な鬼獣へと姿を変えさせる。

 牙は長く伸び、白い身体は紫色に染まり、そして背中には氷の棘が生える。

 

 

 

【ルカリオ<ギガオーライズ> いてつきポケモン タイプ:氷/毒】

 

 

 

「そのヘラクロスというモンスター……なかなか、堅牢な装甲を持っているようだが、毒の前ではどうだ?」

 

 飛び掛かるルカリオ。

 ゆきかきに依存していた先程の個体とは比べ物にならないほどの速度だ。

 その拳をヘラクロスは正面から受け止める。更にカブトが宙から岩を降らせてルカリオを押さえ込もうとする。

 しかし、それら全てを跳ね飛ばし、ルカリオは掌から冷気の波動を放つ。

 

「”こごえるはどう”!!」

 

 それを浴びたヘラクロスは、がくり、と膝をついてしまった。 

 脚が凍り付き、地面と縫い付けられてしまったのである。

 その隙をイヌハギが見過ごすはずも無かった。

 ルカリオは再び地面を蹴り、ヘラクロスに肉薄して拳をとがらせる。

 

「洗練された拳は、剣にも匹敵するという。鬼の国の言葉では、()とは()()()()、すなわち極限まで空気抵抗を減らした手刀を指す言葉!!」

 

 時が止まったようだった。

 確かに研ぎ澄まされ、刀を通すかのような繊細な突きだった。

 

 

 

「オオワザ──”ウガツイチゲキ”ッ!!」

 

 

 

 外骨格を砕き、そこから更に剣で貫いたような衝撃がヘラクロスを襲う。

 正確無比にして一撃必殺。

 それが、このオオワザの本領。

 ぐらり、と揺れるヘラクロス。 

 それだけならばまだ耐えられたかもしれないが、更にその身体を蝕むのは、毒。

 ウガツキジンの力を得たルカリオの拳には、相手を確実に瀕死に至らしめる猛毒が常に分泌されている。

 

「そ、そんな……ヘラクロス!?」

「そのモンスターは、もう戦えまい。体に穴が開いている上に、そこから毒を流し込んだのだ。あのリザードンも……こうやって倒したのだ」

「ぐぅっ……!!」

 

 ヘラクロスは明らかに苦しそうに地面を転げ回っている。

 頼みの綱のメガシンカポケモンがオオワザの一撃で倒されてしまったことに、アルカは戦慄を隠せなかった。

 

「戻って、ヘラクロス!!」

 

 ヘラクロスを手持ちに戻し、一瞬考える。

 あの毒は脅威そのものだ。

 しかも、それを確実に相手の体内に流し込む”ウガツイチゲキ”も、厄介そのもの。

 問題は恐ろしい瞬歩と、正確性でそれを実現するルカリオの機動力である。

 

(落ち着け、よく観察するんだ相手を! 相手のタイプは……背中の氷、周囲に広がる冷気から氷タイプ、そして毒の技から毒タイプも確実だ。そして元のルカリオは格闘タイプだから……それに有利なポケモンを出せば良い!)

 

 彼女はそこまで考えて蒼褪めた。

 そんな都合のいいポケモンなどそうそう居はしない。

 ジャローダは氷と毒が両方弱点で悪手も良い所、モトトカゲも氷格闘が弱点、ゴローニャも格闘と氷が弱点、頼みの綱のヘラクロスは倒れてしまった。

 

(──つまり、氷と毒を半減以下に出来て、尚且つ格闘でも抜群を突かれないポケモン!? そんな都合のいいポケモンが居る訳──ッ!!)

 

 そこまで思い、残る1匹のボールに手を掛ける。

 

「ナ、ナカヌチャン……!!」

 

 居た。

 鋼/フェアリーというタイプで、氷を半減、毒も無効にし、格闘を等倍に抑え込めるポケモンが。

 そして、そのボールはやる気に満ち溢れているかのように揺れている。

 

「……うん、分かった。やってみなきゃ、結果は分からないもんね!」

 

 彼女はボールを投げる。 

 そこから現れたナカヌチャンは、ハンマーを構え、目の前のルカリオをキッと睨むのだった。

 初めて会った時とは見違えた姿に、アルカは思わず息をのむ。

 アルカと共に、ハンマーを再び手にした今の彼女に、恐れる物は何もない。

 

「カブト……ナカヌチャン。これが最後のチャンスだ。仕留めるよ!!」

「ぴぃ!」

「カヌヌ!!」

「仕留める? 今、この某を仕留めると言ったのかッ!!」

「うん、言った。お前を倒して……ボクは、おにーさんのところに行くんだッ!!」

 

 もう泣かないと決めた。

 もう逃げないと決めた。

 彼のいる場所と同じところで立つために、彼女は──戦うと決めた。

 例え相手が自分よりも強大な三羽烏だったとしても。

 

「だから力を貸して! 二匹共!」

 

 その声に応えるようにして──ナカヌチャンの身体が光り輝いた。

 ハンマーは更に巨大化し、髪の房は大きくなっていく。

 

「ッ……!? 進化した……!?」

「ナカヌチャン……!?」

 

 光が消える。

 そこにあったのは、これまでよりも豪快な笑みを浮かべた鍛治であった。

 その表情には、自信、そして力が漲っている。

 

 

 

【デカヌチャン ハンマーポケモン タイプ:フェアリー/鋼】

 

 

 

 自らの体躯など優に超えるサイズのハンマー。

 それを肩に担ぎ、力強くデカヌチャンは叫ぶのだった。

 

「カヌヌ!!」

「……す、すごいよ! この土壇場で!」

「バカを言え──メガシンカもオーライズもしていないポケモンに負けるはずがないだろうがッ!!」

「いいや、負けるよ。”相性”は絶対。それに、相手の能力を下げるのは強敵を攻略する時の基本!! きっと、おにーさんだって同じことを言うね!!」

 

 ルカリオが”ウガツイチゲキ”を放たんとばかりに、手刀を尖らせる。

 空気抵抗をギリギリまで減らした刺突、そして瞬歩でデカヌチャンを貫くべく飛び掛かる。

 

 

 

【ルカリオの──ウガツイチゲキ!!】

 

 

 

 しかし。

 その手刀が届くことはなかった。

 さっきよりも一歩、ルカリオの動きは遅い。

 

「能力──まさか!!」

「そのまさかさ! 弱いなら……弱いなりの戦い方があるんだッ!!」

 

 その足には、岩が纏わりついている。

 先程カブトがルカリオに降らせたのは”がんせきふうじ”。

 受けた相手の素早さを下げる技だ。 

 そしてデカヌチャンは、巨大なハンマーを軽々と振り回して走り回るだけの機動力を持つため、ルカリオを素早さで上回る。

 レベル差を考慮したとしても、素早さが下がっているので、デカヌチャンの方が一手速く動けた。

 

 

 

「カッ飛ばせ!! デカハンマー!!」

 

 

 

【デカヌチャンの デカハンマー!!】

 

 

 

 ルカリオの顔面が、野球のボールのように跳ね飛ばされる。

 その身体は宙を舞い、毒の鎧を霧散させながら──天井に突き刺さるのだった。

 その様を、イヌハギは唖然としながら眺めることしかできなかった。

 デカハンマーの威力は、鋼タイプの物理技でも最高峰の160。それをタイプ一致で受けたのである。

 一撃必殺も止む無しであった。

 

(ど、どこに、そんな力が……!? 敗れた……!? 某が……!? アルカなどに……!?)

 

「勝った……勝ったよ、デカヌチャン!! カブト!! やったんだボク達!!」

「カヌヌ!」

「ぴぃ!」

 

 ポケモン達と喜ぶアルカ達。

 それを見て──イヌハギは自らが敗れた理由を悟る。

 脳裏に過るのは、タマズサに傅く自分の姿だった。

 

 

 

(……否……勝ち目など、元より無かったのだ……希望を捨てた時点で……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話:恐慌

 ※※※

 

 

 

【アーマーガア<ギガオーライズ> わるがらすポケモン タイプ:鋼/ゴースト】

 

 

 

(……先ずは作戦其壱!! ヤツの鏡を封じ込めるでござるッ!!)

 

 

 

 バンギラスが巻き起こした砂嵐が、次第に強烈になっていく。

 アーマーガアの展開された鏡に、砂が纏わりついていき、次第にびっしりと敷き詰められていく。

 あっと言う間に鏡は砂塗れになり、何も映らなくなってしまうのだった。

 

(──すながくれ忍法・砂隠しの術!!)

 

「おっと? 鏡が──」

 

(マガツフウゲキは、鏡にエネルギーを跳ね返して増幅させることで放つオオワザ……ッ!! あの合わせ鏡の技も同様!! ならば先ず、鏡を封じれば良い!!)

 

「ルカリオッ!! はどうだんッス!!」

 

 動きを止めたところに、ルカリオが波動弾を何発も鏡目掛けて放つ。

 しかしそれを、軽く羽ばたいただけでアーマーガアは掻き消してみせた。

 

「んなっ……!?」

「霊体の身体に、その技は効かねえよ!!」

「ゴーストタイプッスか……! クソッ、相性最悪じゃねーッスか!!」

「なら炎技だ!! アブソル、むねんのつるぎ!!」

 

 アブソルの刀の如き尾が伸び、アーマーガアの胸は刺し貫かれた。

 普通のポケモンならば、それで倒せてしまうだろう。

 しかし、ぐらりと揺れたアーマーガアは、嘲笑するように口元を歪ませるとすぐさま再び羽ばたいて態勢を立て直してしまうのだった。

 すぐさま貫かれた箇所も再生してしまう。

 そして、その風圧だけで鏡に敷き詰められた砂は全て吹き飛ばされ、更にバンギラスの放つ砂嵐の風向きさえも変えられてしまう。

 弱点を突いたにも拘わらず、全くと言って良い程ダメージを受けた様子が無いのである。

 

「──おーん? メガシンカポケモンがどんなもんかって気になってたけどよ──こんなもんか」

「俺達……弱点、突いたんだよな……!?」

「あ、ああ、あの身体、間違いなく鋼でござるが……ッ!!」

「オイ、下らねえ戦いしてっと、とっとと潰しちまうぜ!!」

 

 弱点を突かれた程度で、タマズサのアーマーガアが倒れるはずも無かった。

 ダイマックスポケモン並みに巨大化した肉体には、そもそも攻撃が通じていない。

 

「オオワザ──”マガツフウゲキ”!!」

 

 嵐が逆巻く。

 そして、鏡から放たれた電撃が嵐に巻き込まれていき、更に威力を増していく。

 風圧でメグル達は動くことすらままならない。

 間もなく高圧縮された渦が、大筒のようにメグル達目掛けて放たれるのだった。

 それを真正面から受け止めるのは──バンギラスだ。

 

「ッ……バンギラス!! 何とか持ちこたえるでござるよッ!!」

 

 押されていたバンギラスだったが、何とか真正面からオオワザ・マガツフウゲキを抑え込み、自らの放つ砂嵐で相殺せしめたのだった。

 

「おーおー、やるねェ。俺様、マガツフウゲキを受け止められるのはこれで2度目なんだよなァ。1度目は──あのジジイだったが……あのジジイのラグラージはすごかったぜェ」

「ッ……それ以上汚い口で、リュウグウ殿を語るなッ!!」

 

 バンギラスが突貫する。

 それに合わせてルカリオも護衛するように付き添い、アーマーガアに共に攻撃を叩きこむ。

 

(キリさん、いつになくキレてるッス……! 無理もねーッスけど……!)

 

「貴様の所為で! ポケモン達は”おや”を喪い、シャワーズは身心衰弱……あれから、部屋から出て来られない!」

「おっと──さっきよりも速度が上がってんな、そのデカブツ。すげーな、ダンスとか習ってた?」

「ましてや、リュウグウ殿のポケモンを──イルカマンを! あのように無理矢理戦わせるなど! どれほど彼を侮辱すれば気が済む!!」

「侮辱してねぇよ? むしろ、称えてやってんだぜ。俺様に使われて、死ぬまで戦える権利をくれてやった。光栄に思えや」

 

 アーマーガアのドリル嘴がバンギラスの身体を捉える。

 そして、飛び掛かって来たルカリオを迎撃するのは、鏡から現れたアーマーガアの分身だ。

 

「増やしていくぜ。徐々に徐々にだッ!! さあ、何体分まで耐えられる?」

「ッ……増えたッス……!!」

 

 ぐん、とアーマーガアの大きさが少しだけ縮み、更にもう1匹分身が増えた。これで合計3匹。

 しかしそれでもパワーは変わっていない。

 アイアンヘッドの一撃でバンギラスをぐらつかせ、ドリル嘴でルカリオを啄み、叩き落とす。

 更に影からアーマーガアを引きずり込むアブソルも、増えた3匹目の分身が”くらいつく”で無理矢理アブソルを引きずり出したことで、無力化されてしまうのだった。

 

「今度は3発分だ!! ”マガツフウゲキ”!!」

 

 3匹のアーマーガアから大竜巻が放たれる。

 それを正面からバンギラスが受け止めようとするが──残る2つも同時に襲い掛かり、押し留めることが出来ない。

 

「全員伏せるでござるよッ!! バンギラスの影に!!」

 

 轟轟と竜巻が巻き上がり、雷鳴が鎧を抉る。

 その間、メグル達はずっと、吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。

 

「──ストーンエッジ!」

 

 キリの叫びと共に、岩の剣がアーマーガア──ではなく、その背後にある鏡目掛けて飛ぶ。

 すぐさまアーマーガアは自らの身体をずらし、それを受け止めてみせた。

 

「ッチ──それでまだ攻撃する余力があんのかよ!! だがなぁ、竜巻はそのくらいじゃあ止まらねえぜ!!」

 

 再び竜巻が巻き起こされ、バンギラスに叩きつけられる。

 が、それも全て正面から受けきってみせるのだった。

 しばらくすると、あれほど荒れ狂っていた竜巻の束は、掻き消える。

 

「す、すげぇ……!! オオワザ3発分を受け止めた……!!」

「……いや……!」

 

 ぐらり、と巨体が揺れる。

 そのまま地面にバンギラスは倒れてしまい、メガシンカも解除されてしまった。

 

「バ、バンギラスがやられた……ッ!!」

「……流石に耐えなかったか……ご苦労でござるよ」

「これからどんどん、あのマガツフウゲキは増えていくんスよね……!? どうやって対処すれば──」

「……やはり、鏡でござる」

 

 ぽつり、とキリは言った。

 

「あの鏡を狙った時、アーマーガアの1匹は身を挺して鏡を庇ったでござる。オオワザを中断しなければいけない程に重要なのでござろう。やはり、奴がオオワザを放つ最中、それこそが最も無防備になるタイミング……!」

「でも、風圧で近付けない……一歩前進と言えば一歩前進だけど」

「分かったところで、できるかどうかは別問題ッスよ!!」

「そうだぜェ? 確かにマガツカガミの弱点は、他でもねえこの鏡だ。だけど、簡単に叩かせると思ってんのかァん!?」

 

 鏡が光り、そこから電撃が放たれる。

 技ですらない、鏡の持つ自衛機能だ。

 更に、それを追い立てるようにして3匹のアーマーガアがルカリオを、そしてアブソルを狙い撃つ。

 

(け、桁違いだ、相手はまだ本気を出してないのに……ッ!! 鏡を砂で封じる作戦もダメ、アブソルで影から縛り付ける作戦もダメ、ルカリオで鏡を叩き割るのもダメ、何ならコイツを倒せるんだ!?)

 

「ふるーる!!」

 

 ぐるり、とアブソルが振り向く。

 未来が見えるはずの彼女が、逃げずにこちらを見ている。

 弱気になっていたメグルだったが、何となく彼女が言わんとしていることが分かった気がした。

 

 

 

 

「ふるーる♪」

 

 ──大丈夫だよー♪ 運命の人、私に任せてー♪

 

 

 

 ふにゃり、とアブソルはメグルに微笑みかける。

 それだけで大丈夫だ、とメグルは自らに言い聞かせる。

 

「……まだいける。まだやれる。手が、無くなったわけじゃない」

「ッ……メグル殿」

「バンギラスがやられた時は、役割をスイッチするって言ってましたよね、キリさん」

「ああ。……だが、未知の領域だ。大丈夫なのか?」

「コイツがやる気なんです。俺も応えてやらねえと」

 

(俺は、こいつの未来予知を信じる。俺が信じてやらないで、他の誰が信じるんだ?)

 

「バンギラスもやられたんス。くれぐれも要注意ッスよ」

「……此処からは拙者とノオト殿でヤツの鏡を狙う。メテノ! 狙撃を頼む!」

 

 キリがメテノを繰り出す。

 

(……流石のアーマーガアも疲弊してる……! 只舐めプしてるわけじゃない、使えないから連発出来ないんだ!)

 

「その隙を突く!!」

「ふるーる!」

 

 メグルは錆びた刀を握り、宙高く放る。

 そして、オージュエルを指でなぞった。

 

「……これしか、思いつかなかった!! 先ずは、タイプを変える!!」

 

【さびたかたなと オージュエルが反応した!!】

 

「何だ? 何をするつもりだ? ワクワクしてきたぜェェェーッ!!」

「カ、カァ……!?」

 

 アーマーガアさえも怯む覇気がアブソルから放たれていた。

 鎧がアブソルの身体に纏わりつき、翼が生えていく。

 そして、咥えた錆びた刀がオーラとなって分解され、彼女の身体に纏わりついていく。

 

 

 

「──ギガオーライズ。”アケノヤイバ”!!」

 

 

 

 頭には霊魂の炎が浮かび上がり、最後にアケノヤイバの姿がオーバーラップして消え失せると、瞳には赤い炎が宿る。

 

【メガアブソル<ギガオーライズ> ざんれつポケモン タイプ:悪/ゴースト】

 

【特性:あけのみょうじょう】

 

「せ、成功ッス!! マジに、メガシンカの上にオーライズが重なったッス……!!」

「へぇ、それで? 強いのソレ」

 

 事も無げに言ってのけたタマズサは十手のオージュエルをなぞる。

 再びオオワザの構えだ。

 鏡が飛び回り、稲光を反射させて威力を増幅させ、大竜巻を起こそうとする。

 しかし、次の瞬間アーマーガア達の身体が一気に地面に引きつけられる。

 一瞬でメグルの目の前から消えたアブソルが、アーマーガアの下へ潜り込んだのである。

 そして自らの影を伸ばすと、そのままむんずと3匹共地面へ引きずり込んでしまった。

 

【アブソルの シャドークロー!!】

 

 すぐさま影の爪が3匹のアーマーガアを刺し貫く。

 さらにそこにルカリオが追撃を叩きこむ。

 

「そのまま動くなッス!! ”あくのはどう”!!」

 

 ルカリオが飛び掛かり、アーマーガア達目掛けて漆黒のエネルギー弾を叩きこんだ。 

 更に3体が怯んだ隙に、メテノが浮かんでいる鏡目掛けて──

 

「──叩き割るでござるッ!! ”からをやぶる”からの、”パワージェム”!!」

 

 ──瞬時に甲殻を自ら破り、火力と素早さを跳ね上げた上で”パワージェム”を撃ちこむのだった。

 ピキッ、と音が鳴り、鏡に罅が入る。しかし。

 

「──テメェらちょっと調子に乗り過ぎだ」

 

 アーマーガア達がすぐさま起き上がり、ルカリオとアブソルを風圧だけで吹き飛ばした。

 

「ッ……も、もう起き上がったんスか!? ”あくのはどう”で怯んだら、動けないんスよ!?」

「バァカ、その程度で俺様のアーマーガアをどうこうできると思ったら大間違いだ! 鏡だってヒビは入ったが割れちゃあいねえ!」

「全く以て、火力が足りてないでござる……!」

「ウソだろ!? 効果抜群技、叩き込んだんだぞ!?」

「──ギガオーライズに、メガシンカとやらを重ねるなんざビックリだぜ。だからこそ、本気で潰させてもらう」

 

 ちらり、とタマズサは赤い月の方を見やる。

 その拍動は先ほどよりも速く、そして力強い。

 

「もうじき、赤い月も目覚めそうだしな。残念だが此処でお遊びはお終いだぜ」

 

 天井付近まで飛び上がったアーマーガア達の後ろに、2枚の鏡が合わせ鏡のように開かれる。

 

「いけない!! メテノ、狙い撃て!!」

「ルカリオ、”あくのはどう”ッス!!」

「アブソル、オオワザだ!! 今なら──」

「アーマーガア、”いやなおと”で攪乱しろォ。オオワザを撃たせるな」

 

 アーマーガア達の羽根から甲高い金属音がかき鳴らされた。

 それにより、メテノも、ルカリオも、そしてアブソルも音圧に押されて技を撃てなくなってしまう。

 集中しなければ技は撃てない。アーマーガアや鏡を破壊するだけの威力の技ならば猶更だ。

 そして、この間の隙は間違いなく命取りであった。

 圧倒的物量による蹂躙の時間である。

 

 

 

「──遊びはシメエだ、潰せ(むげんあわせかがみ)

 

 

 ぶわぁっ、と音もなく小さく分裂したアーマーガア達が洞窟の天井を埋め尽くす。

 自らの存在を担保する2枚の鏡を守るように取り囲んでいる。

 小さくなってはいるものの、彼らの強さは全く変わっておらず、実質的な分身同然だ。

 そして、この数では何処に本体が居るかも全く分からない。

 

「無限に増えた……!!」

「カッカッカ!! テメェらも、あのジジイみてーにバラバラにしてやろうか?」

「ッ……発動させてしまった……!!」

「こ、この数は無理ッスよ……!」

 

 メグルはアブソルの方を見やる。

 彼女は未だに逃げるそぶりを見せない。

 

「無理、か──ポケモン勝負って何が面白いか知ってるか? タマズサ」

「あん? 知るわけねーだろ。蹂躙こそ、最高のエンターテインメントだ」

「例えば──技外し。自分がクソ外しに苦しめられることもあれば、逆に相手のクソ外しに助けられることもある。相手がこっちの特性やタイプを失念してる可能性もあったりするよな」

「……メグル殿?」

「メグルさん……?」

「俺は……こいつの見ている未来が何なのかは分からない。だけど、そもそもポケモン勝負ってのは何が起こるか最後まで分かんねーモンだ」

「ふるる!」

 

(美しくても負けは負け、無様でも勝ちは勝ち……って言葉、俺好きなんだよね。アブソル、お前には何が見えているんだ?)

 

「結末は決まってる。テメェらも、あのジジイと同じ運命を辿るんだッ!」

「メテノ!! 全力全開、メテオビームでござる!!」

「ルカリオ、てっていこうせんで押し切るッスよ!!」

「アブソル、”あかつきのごけん”で抑え込め!!」

 

 せめて一太刀。

 全員は全力を以て今出せる最大火力を放つ。

 だがそれでも、相手は数十匹にも分裂したアーマーガア。

 それが全て”マガツフウゲキ”を同時に放とうとしているのだ。

 

 

 

「マガツフウゲキッ!!」

 

 

 

 タマズサが号令を上げたその時だった。

 アーマーガア達の隊列が一気に乱れ、飛び散った。

 

「……は?」

 

 恐慌状態、とでもいうべきだろうか。

 何かを恐れたかのように、彼らは一気にバラバラに飛び始めたのである。

 そして互いにぶつかり、余計に隊列が崩れ──そこに隙間が生まれたのだ。ほんの、僅かな一瞬ではあった。

 しかしそこに、針の孔を通すようにして、何かがすっ飛んだのである。

 それは正確無比に、アーマーガア達が守っていた鏡を2枚共貫き──破壊したのだった。

 

「なっ……何やってんだアーマーガア!! そんな岩の塊、テメェの鎧なら受け止められて──」

 

 そう言い終わらないうちに、分裂したアーマーガア達は次々に消えていく。

 そして終いには、元の巨大な一匹へと戻ってしまうのだった。

 鏡は鏡面がバラバラに割れて砕けており、とてもではないが、何も映し出せたものではなかった。

 確かにタマズサのアーマーガアならば、岩の塊くらいは正面から受け止める事が出来た。ギガオーライズでタイプが変わっているので猶更である。仮に岩が直撃しようが、致命傷にはなり得なかった。しかし、彼らの隊列が乱れたのは、潜在的にこの種族が抱えている恐怖によるものである。つまり、それを見た瞬間に彼らはパニックに陥らずにはいられなかったのである。

 メグル達の視線は、アーマーガアの鏡を割った何かに向いた。

 巨大な岩の塊──ではない。それに腕と脚が生えている。目を回してはいたが、それが何なのかメグルにはすぐわかった。

 

「ゴ、ゴローニャ……!?」

「──お待たせしました!! 皆さん!!」

 

 全員は後ろを振り向いた。

 そこに居たのは──アルカ、そして一回り逞しくなったデカヌチャンであった。

 

 

 

【デカヌチャン ハンマーポケモン タイプ:フェアリー/鋼】

 

【アーマーガアを岩で撃ち落とし、ハンマーの素材にする。その狙いは正確無比。】

 

 

 

 アーマーガアの身体の鎧は鋼で生成されている。

 鋼タイプを失っているはずのヒャッキ地方の姿の個体も同様であり、特性に反映されている。

 アーマーガアという種族は、世界が変わってもこの種族からは逃げられないのだ。




パルデア式・アーマーガア殺し、炸裂──


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話:赫醒

「ナカヌチャン、進化したんスね!!」

「あれが……進化形か! ハンマー滅茶苦茶デカくなってるし……!」

 

 さしもの鏡も、デカヌチャンのハンマーカチ上げにより、ゴローニャをぶつけられれば砕け散るしかなかった。

 起き上がり、サムズアップしてみせるゴローニャをボールに戻すと、アルカはメグル達と並び立つ。

 

「ちゃあんと、生きて戻ってきましたよ、おにーさんっ! ナカヌチャンも進化したし、ゴローニャも大活躍です! ……役目はちょっとアレでしたけど」

「……流石だぜ石商人!!」

 

 こつん、と二人は拳をぶつけ合う。

 そして再び、タマズサと相対するのだった。

 

 

 

「オイ、オイオイオイ!! ふざけんじゃねえぜ……確かに弱くはなったけどよ……まだ負けたわけじゃねえ……ッ!!」

 

 

 

 ギガオーライズは解除されていない。

 しかし、アーマーガアは未だに震えたままだ。動く様子が無い。

 そこに叩きこまれるのは、チャージが終わった高火力技。

 てっていこうせんが、そしてメテオビームが束になってアーマーガアを襲う。

 最早これだけでも普通のポケモンならば耐えられるものではなかったが、それでも尚、アーマーガアは羽ばたき、再び戦闘態勢に入ろうとした。

 

「まだ戦えるでござるか!? しぶとすぎでござる!!」

「大分ダメージ与えたはずなんスけどねぇ!?」

 

 此処までの戦いでアーマーガアの体力も削れているはずだった。

 それでも尚、まだ戦いを止めるつもりはない。むしろ、恐慌状態が解除され、再び怒り狂い、暴れ出す始末。

 鏡が壊されてしまったので、マガツフウゲキを撃つことはできないが、それでも通常の技を放つことはできる。

 嘴をドリルのように回転させ、メグル達を貫かんと突貫する。

 

「まだアーマーガアは戦える、俺様もだ!! 俺様は負けてねぇ!! 死ぬまで戦わせろや!!」

「良かったじゃねえか、戦うのが好きなんだろ? テメェが負けるのも勘定に入れて好きって言ってたんだよな、当然!!」

 

(ま、何が起こったのか俺にも分かんねーんだけど……諦めなくて正解だった!!)

 

 だが、最早勝負は付いたも同然だった。

 リュウグウを打ち破り、此処までメグル達を苦しめ続けた鏡のギミックが破られた今、アーマーガアは只の強いポケモンでしかない。

 そして、相手が只の強いポケモンならば、今のアブソルのオオワザで、その装甲を貫くことができる。

 

 

 

【アブソルの あかつきのごけん!!】

 

 

 

 浮かび上がる5つの実体無き影剣が、アーマーガアを切り刻む。

 霊気で出来たその身体は叩き斬られ、そのまま鎧も砕かれ──オーパーツである鏡も、完全に破壊されてしまう。

 更にタマズサ自身も、5つの剣に四肢を貫かれ、そのまま地面に縛り付けられてしまうのだった。

 

「……あっぐ、クソ……動けねえ……!!」

「これで終わり、だな」

 

 ──勝負は付いた。

 アーマーガアは完全に沈黙し、キリの投げたボールの中へと吸い込まれていく。

 そして、メグルはアルカの方を振り向いた。

 

「……助かったぜ、マジのマジで」

「えっへへへ♪ ……ま、ボクも一人でこの攻略法に気付いたわけじゃないんですけどね」

「どういうことだ?」

「アーマーガアの天敵は、デカヌチャンなんです。アーマーガアを岩で撃ち落として鎧を狩るんだとか」

「やっべぇ奴等ッスねアイツら……」

「しかしそれは、こっちの世界のアーマーガアの話でござろう。奴らは悪・飛行タイプ。鋼タイプを持っていないでござる」

「いや、それが……どうも、そうじゃないみたいで……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──貴様は知らんだろうが、かつてテングの国にもその大槌のモンスターが居た。環境の変化で絶滅したことで、アーマーガアはテングの国に於いては空の王者となったのだ。しかしそれでも、鬼の国にはまだその種族が生息しており、アーマーガアは近寄らん。

 

 ヒャッキアーマーガアの特性は”メタルアーマー”。毒タイプを無効化し、岩と氷技を半減するというものだ。未だに身体に鋼の成分が含まれており、デカヌチャンが狙う理由にはなるのである。

 そうでなくとも先祖から受け継いだ遺伝子により、漏れなくこのアーマーガアはあのピンクの鍛治にトラウマを抱えているのだ。

 

 ──何でそれをボクに教えるのさ? イヌハギ。

 

 ──そのモンスターだけが、タマズサのアーマーガアを倒す鍵だ。奴にも以前忠言したんだがな……全く気にも留めなかった。奴は暴威の化身だが、()()()()()としての腕前は……貴様等の誰にも及ばんだろう。

 

 ──待って。お前がボク達にタマズサを倒してほしいみたいじゃん。

 

 ──……信じるかどうかは貴様次第。某は此処で退く。後は任せたぞ。

 

 ──はぁー!? 訳分かんないヤツ! ……本当に効くのかなあ。

 

 ──カヌヌ!

 

 ──うわぁ、めっちゃやる気だし、デカヌチャン……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「いや、何でもないっ。結局、タイプ相性とか関係なく、弱点の無いポケモンなんてないってことだよねっ」

「……釈然としねえッスけど、勝ちは勝ちッスね」

「ってことで良いよねっ」

 

 アルカは誤魔化すように笑いかける。

 ともあれ、ヒャッキ最強の三羽烏も、そして最恐のポケモンも此処に討ち果たされたのである。

 

「納得、行かねえ……ッ!! 何でアーマーガアが敗ける!? 何で俺様が敗ける!? 勝ってたはずだ!! 全てに於いて俺様が!!」

 

 喚くタマズサ。

 しかし、影の剣に縛り付けられたことで、一向に動ける気配がない。

 

「何でテメェみたいな落ちこぼれに俺様が敗ける!? アルネよりも頭が悪いテメェなんぞに!? 俺様よりも貧弱なテメェなんぞに!?」

「お前らがそうやって”弱い”って切り捨ててきたモンが……実はそうじゃなかったってだけだろ。磨けば、どんな石だって光るようになってんだよ」

「何だとォ!? 他のヤツの力を借りなきゃ、まともに俺様と戦えねえくせによ!」

「確かにボクは一人じゃ何にもできない……それでも、オマエみたいに自分一人が強くて暴れられればいいって生き方より百倍マシだと思ってる。ヒャッキに居た頃より、ボクは……今の方がずっと楽しい」

「くぅっ……クソォ!! クソォ!! ──ォ?」

 

 次の瞬間だった。

 影の剣が消えうせる。

 それと同時に、メグルに強烈な脱力感が襲い掛かった。

 見ると──アブソルのギガオーライズもメガシンカも解除され、ぐったりとしている。

 

「なッ、何だこの感覚……!!」

「ふるーる……」

「お前、相当無理してただろアブソル……!」

 

 メガシンカに加えてギガオーライズを重ねたのだ。

 それがどれほど彼女に負担が掛かっていたのか、想像もつかない。

 すぐさまメグルはボールにアブソルを戻す。

 しかし、今度は彼自身の身体に掛かった疲労感が説明つかなかった。

 

「アルカさん! これってどうなってるんスか!?」

「オーライズは少なからずトレーナー側にも負担が掛かるんです……オーライズはトレーナーとポケモン、両方の力を合わせて発動するから! でも、今まではこうはならなかったのに!」

 

(そういやアルネのヤツ、フェーズ2の時咳き込んでたな……!)

 

 メグルは思い返す。

 ギガオーライズまでならば、気になるほどではないが、それよりも上の出力を出そうとすると、人間側にも過重負荷が掛かるのだ、と。

 

(メガシンカと併用したのがマズかったのか……!?)

 

「カッカッカ!! テメェらよくもやってくれたな……ッ!! こうなりゃ俺様の身体一つでテメェらブチ殺してやるよ!」

「しょ、正気じゃない……! こっちにはまだ沢山ポケモンが残ってるのに……!」

 

 打ちのめされたが故に、無自覚に肥大化したプライドが打ち砕かれたのか、その目は虚ろそのもの。

 完全に錯乱している。

 こちらにはポケモンが山ほど居るのだ。幾らタマズサと言えど、敵うはずがない。

 そんな事は彼も分かっているはずなのであるが──最早、そんなことなど頭からトんでしまっているようだった。

 

「哀れだな……」

「死ぬまで戦わせろォォォーッ!!」

 

 地面を蹴り、十手を握り──タマズサが飛び掛かろうとしたその時だった。

 

 

 

 

 ずぶり

 

 

 

 

 鮮血が迸った。

 タマズサの胸を、何かが貫いていた。

 尾だ。

 鋭く尖った尾が、彼を突き貫いていた。

 しばらく何が起こったか分からない様子で後ろを振り向いたタマズサだったが、それが引き抜かれるなり口から大量の血を吐き出し──そのまま倒れ込む。

 

「がっ、ごふっ……お、俺様は……まだ、戦え──」

 

 胸には大きな空洞が開いており、助かる傷ではなかった。間もなく彼の目からは光が消える。

 あまりにも呆気ない最期に、全員は戦慄するしかなかった。

 全員は、赤い月を見つめる。

 尾は岩のようなそれを突き破り、伸びている。

 間もなく、赤い月は罅割れ──中で今まで眠っていた怪物が再誕する。

 

 

 

「ァァァ……ァアアアアス!!」

 

【赤い月(フェーズ2フォルム) ???ポケモン タイプ:???/???】

 

 

 

 洞窟全体を揺るがす程の咆哮が響き渡る。

 全身は赤いオーラに包まれ、その全貌は分からない。

 しかし、その体形はまるで翼竜の如く。

 見つめているだけで正気を失ってしまうような、そんな底知れなさを感じさせるポケモンだった。

 洞窟の壁が崩れだす。

 全員は直感した。此処で戦うことは危険だ、と。

 

「逃げるでござるよ!! 全力で!!」

「は、はいっス!!」

「アヤシシ……頼む!!」

「モトトカゲ、お願い!!」

 

 4人は一目散に駆けだした。

 間もなく、大空洞は崩落する。

 そして、ライドポケモンに跨った彼らを追うようにして、赤い月は飛翔しながら追いかけていく。

 復活したばかりだからか、その動きは鈍重そのもの。お世辞にも飛び方は上手いとは言えない。まるで海の中を泳ぐかのように飛んでいる。

 それでも危険性は、あのタマズサの命を一瞬で奪ったことからもお墨付きである。

 

「なぁアイツ、だんだんとデカくなってねーッスか!?」

「速度を上げるでござるよ! ああ、ユイ殿!? 良いでござるか!? すぐに洞窟から離れるでござる!」

 

 キリがユイに通信機で連絡するのを横目に、アルカはメグルの体調が気掛かりだった。

 

「おにーさん大丈夫ですか!? しっかり!!」

「……俺は何とか……!!」

 

 洞窟は赤い月の翼によってどんどん崩落していく。

 そればかりか、存在しているだけで周囲を揺さぶっているようにさえ見える。

 何より──あの周囲に纏っているどんよりと重い空気が、本能的に恐ろしいものであることを理解出来てしまっていた。

 胃の奥がキュッと沈むような感覚。喉の奥がせり上がるような感覚。これは決してギガオーライズの負担だけではない。

 存在するだけで精神を侵すそれを瘴気と呼ばずして、何と呼ぶのか。

 ともあれ、まだそれでも不完全なのか、赤い月に追いつかれることなく、4人は洞窟の外に飛び出すのだった。

 そして遅れて──巨大な翼が飛び出したのである。

 まるでそれは泳ぐようにして空の頂に昇る。

 青かった空は一気に赤く染め上げられた。

 次第にオーラは掻き消えていく。

 そして、赤い靄が掛かって見えなかった怪物の全貌が次第に明らかになっていく。

 

「な、鳥か……!?」

「いや、ちげーッス……もっとデカい……何か……!!」

「こんなヤツ、見たこと無いよ……!」

 

(いや、俺は……ある……少なくとも……ゲームの中で……!!)

 

 巨大な翼は水かきのように、広げられた手のようだ。

 そして、全身は紫色の羽毛に覆われており、背中には白い鰭が生えている。

 そこから感じさせられるのは、刺々しい攻撃性と憎悪。

 何より、今まで幾度となく見て来た赤い月と同じ輝きを放つ赫の瞳であった。

 

 

 

「ルギア……ッ!!」

 

 

 

 ぽつり、とメグルは呟いた。

 それは──彼らを見ると、何かを思い出したかのように絶叫する。

 その叫びは恐怖を煽り、立てなくするには十二分なものだった。

 

 

 

「ギャーアアス!!」

 

 

【ルギア(かくようのつき) せんすいポケモン タイプ:エスパー/飛行】

 

 

 

 その名に、ノオトは驚いたように声を上げた。

 御伽噺に出てくるような伝説のポケモンであり、少なくとも此処で目にするようなポケモンではない。

 

「ルギアって、あの伝説のポケモンッしょ!? でも全然色が違うじゃねーッスか!?」

「……分からねえよ! でもあの姿かたちは……間違いなくルギアだ……!!」

「しかし何故ルギアが山の中に!? あれは確か海の神とされているポケモンのはずでござるが──いや、まさか。()()()()()()()()()()()()()()!?」

「どういうこと!?」

「海の神をホームタウンの海に封じても、何にも解決になってねーってことッスよ! またいずれ力を取り戻す! でもルギアってあんなに禍々しいポケモンだったッスかねえ!?」

 

(あの姿は……!!)

 

 メグルは覚えがあった。疲弊し、ぼんやりとした頭で記憶を手繰り寄せる。

 いずれにせよ、友好的な存在でないことだけは確かだったし、理性的な振る舞いも期待できそうにない。

 逃げるしかないのである。

 しかし──伝説のポケモンの力は、これまでに出会ってきたそれらよりも圧倒的だった。

 ルギアの背びれが赤く光る。

 予兆などほぼ無かった。

 対応する暇など無かった。

 突如、物凄い速度でそれは地面に降り立ったかと思うと、羽根を目の前に突き出し、そこにサイコエネルギーを急圧縮させ──

 

 

 

「──おにーさんっ!!」

 

 

 

 

 

【ルギアの サイコブースト!!】

 

 

 

 

 ──爆破させるのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──サイゴク山脈攻防戦の結果。

 おやしろのトレーナーが捕縛したテング団団員が二十数名あまり。

 怪我人、両陣営に多数。

 死者、テング団三羽烏・タマズサ(キリからユイへの報告)。

 

 

 

 重傷者──3名。

 

 

 

 ルギアはサイゴク山脈から逃亡し、未だにその動向掴めず──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──夢すら見ない、とはこの事だった。

 何があったのかメグルには全く分からなかった。

 

 

 

「……どうなったん、ですか」

 

 

 

 白い天井を見つめながら、メグルはイデアに問いかける。

 身体が痛い。頭も痛い。

 とてもではないが、起き上がれない。

 彼の頭には包帯が巻かれており、全身が擦り傷塗れだった。

 

「……今言った通りだよ。重傷者3名。あの場に居た君以外の3人が昏睡状態。ポケモンはさ、ポケモンセンターで既に回復してるけど、人間はそうはいかなくってね」

 

 メグルの頭には──ノオト、キリ、そして──アルカの顔が浮かぶ。

 助かったのは、自分だけだった。

 原因は、高濃度のサイコパワーを直接浴びたからだという。

 当然それが人間に何も害を及ぼさないはずもなく、未だに彼らは目を覚まさない。 

 一方でメグルだけが、今こうして目を覚まし、イデア博士と会話が出来ている。

 

「ッ……何で、俺だけ!! 何で俺だけ……!!」

「庇ったからだよ」

 

 ぽつり、とイデアは呟いた。

 

「……アルカ君が、君に覆いかぶさってた」

「──!!」

 

 ぎりっ、と彼は唇を噛み締めた。

 

「バカ野郎!! 何でッ……何で……そんな無茶なことを……!」

「……咄嗟だったんだろうねえ。人間、いざと言う時は分からないものさ」

「結局、何にも守れてねえじゃねえか俺は……!」

 

 当たり散らす事すら出来ず、喚くことしかできない。

 今違う病室で治療を受けている3人の顔を見て、謝る事すら出来ない。

 

「正直、3人の容態はあまりよろしくない。だけど……まだ死んじゃいない。だから、彼らの事は病院に任せるべきだ」

「だけど──」

「彼らもよろしくないけど、サイゴクもよろしくなくってね。あれから2日経ったんだけどさ──」

 

 イデアは病院の窓を開ける。

 真っ赤だった。

 ペンキで塗ったくられたかのように、サイゴクの空は赤い。

 メグルは思わず吸い込まれてしまうような錯覚に陥った。

 

「……常に、あの赤い月が起きているって言えば分かるかな? 野生ポケモンが各地で凶暴化して暴れ回ってる。おやしろのトレーナーや、ヌシポケモンじゃあ手に負えない」

「……サイゴクだけが、こうなってるんですか?」

「そうだね。他の地方にも影響が及んでないのが幸いかな」

「今は誰が戦ってるんですか……!?」

「キャプテンは、実質的にヒメノちゃんしか動けない状態さ。だけど、人口の多いベニシティの防衛で手一杯だ。ユイ君もそっちに向かってるからね……赤い月本体を止めに行く人員なんて割けないよ」

 

 メグルは頭を抱える。

 リュウグウが死に、ハズシ、キリ、ノオトが重症。キャプテンはほぼ全滅状態だ。

 ヌシポケモンも、野生ポケモンと戦うので精一杯。

 サイゴクは今、テング団を上回る未曽有の危機に瀕している。

 

「俺が……行きます」

 

 ぽつり、とメグルは呟いた。イデアは「正気?」と言わんばかりにメグルを見やる。

 

 

 

「……俺が、赤い月を終わらせる……ッ!! キャプテンが動けないなら、俺が行かねえと……!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話:ポケモン廃人、決起する

「──頭を冷やしたまえ」

 

 

 

 ──ぎゅっ、とイデアの指がメグルの頬を引っ張った。

 思わず気色ばんだメグルはベッドから起き上がろうとすると全身の骨という骨に衝撃が走り、悶絶するのだった。

 

「君だって立派な、怪我人だ」

「あっだだだだ……」

「いいかい、アルカ君がダメージをおっ被ったってだけなんだ。致命傷は外れたってだけなんだ」

「それでも、いかねえ、と……」

「その状態で行ったが最期、君は今度こそ帰って来れなくなる。それは僕としても困るんだよねぇ。君のような強いトレーナーが居なくなるのは、サイゴクにとって大きな損失さ」

「ッ……」

 

 メグルは拳をベッドに叩きつけることしか出来なかった。

 起き上がる事すらままならない。それほどまでに、全身が受けたダメージは大きかった。

 ルギアが放った高濃度のサイコパワーは脳だけではなく、全身を揺さぶり、反響し、そして体組織をボロボロにする。

 この世界の再生医療を以てしても、完治するまでには時間がかかる攻撃だったのである。

 ましてや、逃げる間もなく直撃を受けた3人は──脳にも衝撃を受けている。

 メグルはゾッとしなかった。本当に、ただただ運が良かっただけだったのである。

 たまたまそこにアルカが居て、彼女が覆いかぶさってくれたから今こうしてイデアと話せているようなものなのだ。

 

「納得、出来るかよ……ッ!!」

「それにさ、今の君じゃあ……また、戦えないポケモンを増やすだけだ」

「増やすって──まさか」

「ああ。君のアブソルね……あれはしばらくまともに戦うのは無理だ」

 

 メグルは──力無くベッドにもたれるしかなかった。

 

「……体組織、てか霊気で構成された筋繊維がズタズタさ。幸い元には戻るんだけど、他のポケモンだったら二度と戦えなかったかもしれないんだよ」

「……」

「メガシンカに、ギガオーライズを重ねたんだよね。多分、それが原因だ」

「……」

「ま、状況的に仕方なかったんだけどさ。事実、それが無けりゃあタマズサを抑え切れなかったとか──」

「……好転、しなかったんです。それでも。タマズサには、通用しなかった」

 

 メガシンカとギガオーライズの重ね掛け、メグルにとっては未知の領域だったが、アブソルにとってはそれが自身に何を齎すか分かり切っていたはずだった。

 アーマーガアに有効打を与える事は出来ず、結果自分は傷つくだけ。

 にも拘わらず、彼女はメグルを止める事はしなかった。

 

「戦況を変えたのはデカヌチャンだ。あいつは、アルカがやってくるのを分かってて、それまで皆が持ちこたえられるように自分を犠牲にする道を選んだんです。トレーナーである俺には、そんな素振り見せなかった」

 

 目尻には涙が浮いてくる。

 ひたすら情けなかった。

 ひたすら死にたくなった。

 今だって、3人が受けた痛みを、アブソルが受けた苦しみを自分が肩代わりしたいくらいだった。

 

「結局、俺は、何にも出来ないままだ──俺が強くなったんじゃあない、ポケモン達が強くなったんだ!! 俺が……強くなった訳じゃなかった……ッ!!」

 

 ポケモン達は、自分の想像を超えるスピードで成長していたことをメグルは思い知らされた。

 彼らは気高く、そして力強く、何より──逞しくなった。

 その彼らに相応しいトレーナーであるかと言われれば、否だった。

 

「そうやってみっともなく生き残った癖に、立ち上がることも出来やしない、俺は……どうしたら……ッ!!」

 

 今すぐにでも起き上がり、ルギアを捕まえて全てを終わらせてしまいたい。

 例え自分の命を投げ打ってでも、これ以上悲劇を増やさないために、そうしたかった。

 しかし、今のメグルにはそれすら出来ない。

 ただひたすらに時間が経つのを待つしかない。

 重く苦い現実を受け止めるしかないのである。

 それがメグルには苦痛で仕方なかった。

 やらねばならないことなど、山のように積み上がっているというのに。

 そんな彼に──イデアは言い放つ。

 

「……簡単さ。立ち上がれるようになってから、立ち上がれば良いんだよ。それまでは、君じゃない誰かが頑張るだけさ」

 

 至極、当然のように。

 そればかりが冴えたたった一つの答えだった。

 

「あのねぇ、ルギア──アレはれっきとした伝説のポケモンだ。どうせ君一人でどうにかなるポケモンじゃあない。勿論、僕だって、キャプテンだってそうだ」

「でも──その間に」

「サイゴクのポケモン協会は、赤い月になぞらえて、あの奇しくも妖しき変異を遂げたルギアを”赫耀(かくよう)(つき)”のすがたと呼称することにした。只の伝説のポケモンじゃあないんだ」

「ッ……」

「ましてや、満身創痍の君じゃあ……話にならない。分かってるだろう? 自分が何とかしないといけない。何とかしたい。その気持ちは分かる。だけどそれは……罪悪感から来たものだ。使命感からじゃない」

「罪悪感……!?」

「アブソルを傷つけたこと。何より、他の仲間達の中で生き残ってしまったこと。それをずっと気にしてるんだね。でも……今の君は間違いなく、捨て鉢でルギアに挑む。そして死ぬね」

「……」

「それくらい、君の心を病ませるものなんだよね、罪悪感ってさ」

 

 ま、君に諸々の事実を告げたのは僕なんだけどねえ、とイデアはおどけて言ってみせた。

 ある意味、一番嫌な役回りであったことは間違いない。

 

「でもねえ、先に言っておくよ。君は誰からも()()()()()()()()()。だって、悪い事したわけじゃないでしょ? ギガオーライズとメガシンカの重ね掛けだって、切羽詰まった状況で使わざるを得なかった。裏目に出ちゃったし、誰にも結果が分からなかった。それをやいのどうのと外野が言うのも、君が思いつめるのも、結論ありきだよね」

「だけど──」

「それよりも、君がまた無茶して死ぬ方がよっぽど許されないことだよ全く。アルカ君は──そんな事をしてほしくて、君を庇ったと思うかい?」

「……思いません」

「ユイ君も似た事を気にしてたよ。落ち込んでた。だから同じ事を言ってあげたんだよね。勿論、気にするなっていう方が無茶なんだけどさ。それでも……それくらい、自分達がやろうとしてることが危ないって分かってほしいよね」

「……」

 

 腕時計を見ると「そろそろ時間かな」と言ってイデアは病室から出ようとする。

 彼は病室から出る間際に振り向いて言った。

 

「君には……”かくようのつき”を捕まえて貰わなきゃ困るからね。しっかり治してくれよ、ポケモントレーナー!」

「……はい」 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(このまま、ただ寝てるわけにはいかない)

 

 

 

 

 考えろ。考えろ。考えろ。ただ、今はそれだけしか出来はしなかった。

 敢えて、倒れた仲間から思考を遠ざける。

 彼らの顔を思い浮かべれば、そのまま止まってしまいそうな気がしたから。

 敢えて、自分の不甲斐なさで戦えなくなってしまったアブソルから思考を遠ざける。

 彼女の顔を思い浮かべれば、自分も戦えなくなってしまいそうな気がしたから。

 

(今、此処で!! ルギアと相対した時に備えて、考えるんだ!! それが、俺に今できる事なんだ!!)

 

 メグルの世界では、ポケモンは全てゲームの中の生き物だった。

 彼にとって既知のポケモンは、頭の中に入っており、覚える技も性質も全て記憶されている。

 実際に息づいているそれらはゲームの中では想像できない生態をすることもあるとはいえ、基本的にゲームやアニメのポケモンとこの世界のポケモンに大きな相違はない。

 故にメグルは考える。

 あのルギアが持つ力が何なのか。

 それと対峙した時、自分が何をせねばならないのかを。

 ルギアの体色は黒く、そして角の部分が白かった。

 通常の色違いだとかそういった次元ではない。もっと、禍々しい形態だ。

 

 

 

(XD001、ダーク・ルギア……!!)

 

 

 

 真っ先に浮かんだのはその名前だ。

 ゲームキューブの番外作品「ポケモンXD 闇の旋風ダーク・ルギア」。

 ポケモンスタジアムから続く、ポケモン対戦を3Dで楽しむためのソフトで、そこにシナリオモードも搭載されている。

 ダーク・ルギアは、シナリオモードの看板ポケモンで、悪の組織シャドーによって改造されたことで禍々しい姿になってしまったのである。

 あの赫耀の月は、ダーク・ルギアと同じ姿をしていた。

 しかし一方で、相違点が無いわけではない。

 技を放つとき、ルギアは赤いオーラを身に纏っており、これは原典には無い。

 そして何よりスマホロトムの図鑑機能が記録していたルギアの技は「サイコブースト」。

 これは、闇の力から解放されたルギアが習得する技であり、逆説的にダーク・ルギアでは習得できない技なのである。

 

(たまたま姿が似てただけ? そも、この地方にダーク・ポケモンの話は一切出てこなかったし、メタ読みの観点でも、あれはダーク・ルギアに似た別形態だと考えるのが妥当……!)

 

 結果、あのルギアはダークポケモンではない特異個体であり、変異個体でもある。

 それが、メグルの出した結論だった。

 そもそも、500年前からあの場所に封じられていたのが本当ならば、ルギアの変性に現代の人間が介入する余地もないからである。

 では、ルギアが変異した理由を考えると──ルギアがヒャッキから盗み出された赤い月そのものである場合、やはりヒャッキに満ちた瘴気が原因ではないか、とメグルは考える。

 

(あの瘴気がある場所では人間は住めない……そして、赤い月を誰かが盗みだして以降、瘴気が満ち溢れて人が住めなくなった。ルギアが瘴気を払っていた? どうやって?)

 

 メグルはルギアの生態を思い出していく。

 ルギアは、海の神とされているポケモンだ。羽ばたくだけで40日間嵐を起こすと言われており、一方で荒れ狂った海を鎮める力も持つという。

 ジョウト地方の伝説では、かつて”カネのとう”に住んでいたが、塔が焼けたことで人知れぬ渦巻き島に飛び去ったとされているが、それ以外の伝承に乏しい。

 従って参考になるのは、アニメや映画だ。

 

(嵐……風……そういや”みんなの物語”では、ポケモンと人間の絆を証明すればフウラタウンに恵みの風を運ぶ……だったか)

 

 パチン、とそこでメグルの中で何かが繋がる。

 

(赤い月が齎していたのは無限の豊穣なんかじゃない! ルギアがヒャッキに風を運ぶことで、瘴気を払っていたんだ!)

 

(だけど、伝承でオヤシロの男がルギアを連れ去ってしまった……多分捕獲したことで、ヒャッキに瘴気が流れて……荒れてしまったとしたら?)

 

 そして、封じられたルギアから溢れていた瘴気こそが、赤い月を引き起こしていたのではないか、とメグルは推測していく。

 全てが正解しているとは彼自身も考えていないが、それでもルギアの生態とヒャッキを満たす瘴気の関係は彼の中でストンと腑に落ちるものであった。

 

(合点が行ったぜ! そんでもってサイゴクに連れて来られたルギアが暴れ狂ったのが500年前の厄災のクライマックスだ!)

 

 そこまで考えて、さっと血の気が引いた。

 今は目覚めたばかりではあるものの、伝承通りならばルギアが完全に動き出せばサイゴクを再び焼野原に変えることなど容易い。

 そもそもが40日間も続く嵐を引き起こすだけの伝承を持つポケモンなのだ。

 羽ばたけば家屋が壊れ、木々は根こそぎ舞い上がり、たちまちサイゴクは嵐によって更地へと変わる。

 アーマーガアがオオワザで漸く起こせていたような災禍を、あのルギアと言うポケモンは只の羽ばたきだけで起こせるのである。

 そして、それだけではなくまだ謎は残っている。

 

(そもそも、何でサイゴクに連れて来られたルギアは暴走したんだ? ヒャッキで瘴気を吸い続けて、おかしくなったのか?)

 

 あの異様なオーラ、そして悍ましい変容。

 それがヒャッキを満たす災いの空気である瘴気によるものである可能性は否定できなかった。

 すぐさまメグルは、スマホロトムを起動する。幸い院内ではスマホロトムの使用は制限されていない。医療技術の進歩の賜物である。

 

(ルギアはサイゴク山脈を飛んだ後、まるで逃げるようにイッコンタウンに向かったものの、アケノヤイバと相対して撤退……!!)

 

 ごくり、とメグルは息を呑む。

 町にヒメノとアケノヤイバが残っていて良かった、と胸を撫で下ろすのだった。

 しかし、動画を見る限り、ルギアの動きはふらついており、まだ全力を出せていないように見える。

 アケノヤイバのオオワザを受けたことで、そのまま狂ったように空へ舞い上がり、今度はベニシティの方へ向かっているのだという。

 一方、ルギアが飛んだ後、イッコンタウンで体調不良を訴える人が増加。原因は究明中。更に周囲のポケモンの凶暴化が進行しており、おやしろのトレーナーは対処に追われているという。

 もし、赤い月がポケモンを凶暴化させ、人間に害をなす現象であるならば。

 その原因は──やはりヒャッキを満たす瘴気と同じではないか、とメグルは考える。

 そしてルギア自身も瘴気の力で凶暴化しており、今まで至るのでは、と──

 

 

 

(……だとしたら、ルギアも苦しんでる……早く助けないと……ッ!!)

 

 

 

 そこまで考え──メグルは痛んで動かぬ己の身体を呪う。

 そして、未だに戦えないというアブソルの顔を思い出す。

 彼女に会いに行って謝りに行くことすら出来やしない自分を恨む。

 

(俺に、出来るのか……? 俺が、やっていいのか……? やれるのか……?)

 

 

 

「ふぃるふぃー?」

 

 

 

 ポンッと音が鳴り、遅れて甲高い声が聞こえる。

 気が付けば、彼女はメグルの顔を覗き込んでいた。

 メグルは──棚の上にモンスターボールが5つ並べられていることに気付く。

 

「お前……」

「ふぃるふぃーあ♪」

 

 一番の相棒を──メグルは迷わず抱き締める。

 弱気になってしまう自分の心をぶつけるように。

 

「ニンフィア……俺……出来るかな……」

「ふぃー?」

「勝てる気がしねーんだ……今回ばっかりは……俺がやって良いのかも分からねえ。なんて言ったら、お前は怒るかな」

「ふぃー」

 

 リボンがメグルの頬を包み込む。

 

「……戦うのはポケモンである、お前らだ。お前らを危険な目に遭わせるのは──トレーナーである俺だ。そんな事は分かってる。覚悟だってしてたつもりだったけど」

「ふぃー……」

「やっぱり俺は、それでも、お前らが傷つくのが怖いって思ってる」

 

 只のデータじゃない。

 今此処で鼓動し、呼吸をし、抱擁をする生き物を──メグルはこれから戦わせなければならない。

 それに対する不安を口にすれば、ニンフィアは怒るだろうとメグルは考えていた。

 しかし、彼女は──いつになく優しく微笑むだけだった。

 

 

 

「ふぃるふぃー♪」

 

 ──でも、やるんでしょ? 腹を括りなさい♪

 

 

 

 何となくだった。

 彼女が言いたいことが、メグルには分かった気がした。

 全て分かっていて、全て覚悟していて、その上で彼女はメグルの背中を押しているのだ。

 

「……ああ、敵わないな、お前には」

「ふぃー♪」

 

 ぐりぐり、と彼女は甘えるように顔を擦りつける。

 そして──ぽん、ぽん、ぽん、と音を立てて更にモンスターボールからポケモンが飛び出していく。

 

「グラッシュ……ッ!!」

 

 今更腑抜けた事言ってると叩き割るぞ、と言わんばかりに威嚇するバサギリ。

 

「ブルトゥ……!」

 

 いつもと変わることなど、何も無い、と言わんばかりに真っ直ぐにメグルを見つめるアヤシシ。

 

「スシー!!」

 

 気合を入れろ、と言わんばかりにヘイラッシャの入ったボールを握って掲げるシャリタツ。

 

「……分かってる。最初っから答えは変わらない。俺のやることも変わらない」

 

 ──この世界を救うんだろ。元よりそのつもりで此処まで来たんだろが! 今更ビビってんじゃねえぞ俺!

 

「何よりアブソルだって……俺がうじうじしてるのを望まないだろうしな」

 

 メグルはキーストーンをなぞる。

 もし、彼女の受けた痛みを少しでも代わりに受けられるならば、と望む。しかし、それは叶うことがない願いだ。

 ならばせめて──二度と同じ過ちを犯さぬように、そして同じ悲劇を繰り返さないように、ルギアを止める。

 たったそれだけの簡単な話だった。

 

 

 

「──そうと決まれば、やることは決まってるよな……! 寝てる場合じゃねえ──」

 

 

 

 メグルはベッドを抜け出そうとして──そのまま落っこちた。

 身体が全くと言って良い程、言う事を聞かないのである。

 呆れる手持ち達。そりゃそうだよな、と諦めるメグル。

 善は急げ、されど急がば回れであった。

 

 

 

「ふぃるふぃー……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話:命をかけて、かかってこい

 ※※※

 

 

 

「やれやれ、ちょっとは頭冷やしてくれるかなーって思ってたんだけどね、ぼかぁ」

 

 

 

 ”行ってきます メグル”。

 その書置きだけが残されていた。

 ベッドはもぬけの殻になっている。

 

「よく言うわよ。貴方、最初っから全部分かってたのよね?」

「あはは、バレちゃってたか」

 

 後ろから声が聞こえてくる。

 頭に包帯を巻いたハズシが怪訝な顔でイデアに問うた。

 

「あのねぇ、止めるならもっと強く止めて頂戴」

「あはは、善処するよ」

「ま、オトコノコだもの……黙ってられないわよねえ。それで、各町の状況は?」

「ユイ君はセイランを離れられない。ヒメノ君は、イッコンの防衛で手一杯だ。各町も、それぞれ腕利きが野生ポケモンを抑え込んでる状態でね」

「……動けるのは、サイゴクのしがらみから一歩外れたメグルちゃんだけってワケね」

「ま、いいんじゃない? 男子三日会わざれば刮目して見よと言うからね」

「なにそれ」

「あはは、気にしないで良いよ、ハズシさん」

 

 にやり、とイデアは笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

「……存外、何とかなるかもしれませんよ? 彼は森の神様に選ばれたんですから」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ルギアは、ベニシティで嵐を巻き起こしたものの、破壊活動が目的ではないからか、すぐさま海へ向かったのだという。

 しかし、彼が飛んだ後は瘴気が満ち溢れ、人々は外に出る事すらままならなくなり、野生ポケモン達は狂暴化する一方だ。

 この瘴気、不思議なことにモンスターボールで捕獲され、人間と絆を結んだポケモンには効果が無いのであるが、それでも万が一のことを考えると、人々はポケモンを外で出すことすらしたくない。

 故に今外で野生ポケモンの鎮圧に出向いているのは、相応の覚悟を持ち、相応の実力を持ったトレーナーだけである。

 そんな彼らでさえ、野生ポケモンを抑え込むのに精一杯なのであるが。

 メグルは、町の防衛を全てキャプテン含めた他のトレーナーに任せることにした。

 彼の目的は最初からルギアだけだ。

 

「で……まさか車で追われてるとは思わなかったな」

「──メグル様、でお間違いないですね」

「ずっと跡付けておいてそりゃあねえよな……」

 

 アヤシシに跨り、ベニシティの海岸まで駆け抜けたメグルは、ふと白衣を身に纏った男達に呼び止められた。

 彼らは皆、防護マスクを装着しており、最初は何事かとメグルは身構えてしまった。

 

「あんた達は……一応敵じゃないみたいだけど」

「我々はシャクドウ大学の研究員です。……大学、無くなっちゃったんですけどね、物理的に」

「リュウグウさんが抑え込んでくれたおかげで、何とか全員避難が出来ました」

「……それで、俺に何の用事ですか?」

「イデア博士が、どうせ止めても聞かないだろうからと言っていたので、これを渡してくれと。先ずは瘴気からご自身の身体を保護する防塵マスクです」

「あ、ありがとうございます」

 

 雑貨屋にあったマスクだけでは辛かったところだ。

 それを貰うと、口にすぐさまつける。息苦しさは増したが、心なしか楽になった気がした。それほどまでに瘴気が人の身体を蝕む力は強いのだろう。

 

「そして重要なのはこっちですね」

 

 そう言って、男はアタッシュケースをメグルに渡した。

 受け取ると、ずっしりと重かった。

 開けると──緋色の宝珠、黄色の宝珠、そして透き通った宝珠が真っ先に目に入る。

 

「これは?」

「……破壊された3つのおやしろから回収された御神体です。イデア博士はオーパーツになり得る物質の研究を急いでいました」

「その結果、御神体にはヌシポケモンと同様のオーラが含有されていることが分かったのです」

「つまり、使えってことか」

 

 それは、イデア博士からの最後の餞別だった。

 リュウグウからは生前許可を貰い、役立つときがあればと預かっていたのだと言う。

 ハズシとユイからは、直近で許可を貰って回収したらしい。

 3つの宝珠には、3匹のヌシポケモンの力が込められていた。

 

「ルギアは現在、ベニシティ近海の群島に居座っています」

「分かってる。だからわざわざ、アヤシシを走らせて此処までやってきたんだ。博士に、ありがとうって言っておいて」

「……それは、生きて帰ってきてご自分の口で言うべきかと」

「たはは……違いないや」

 

 宝珠を鞄の中に詰め込み、メグルはヘイラッシャの上に飛び乗って海へ出た。

 赤い海は荒れ狂う。無数の魚ポケモンが、目を赫耀に光らせ、牙を剥く。

 サメハダーが、ギャラドスが、バスラオが、メグルを見つけるなり接近してくる。

 そして獲物を見つけるなり、皆一斉に飛び掛かるが──

 

「今は、お前らに構ってる場合じゃない!! ヘイラッシャ、アクアブレイクで加速しろ!!」

 

 ──ヘイラッシャが、全て跳ね除ける。

 目指すは一点。ルギアが羽を休めているというクロカミ島だ。

 この島は、ポケモン協会本部が座すミヤコ島と、おやしろのあるひのたま島の間に位置している無人島である。

 すり鉢のような山があるだけで、他には何もない。しかし──古来より、霊気が集中している場所であり、人は滅多に近寄ろうとしない。

 かつては此処におやしろがあったと言われているが、詳細は定かではない。

 だが、そんな事を意にも介さず、勢いよくヘイラッシャを滑り込ませるようにして彼は上陸する。

 そして今度はアヤシシを繰り出すと、それに跨って山を一気に駆け抜けるのだった。木々が剥がれ落ちたような斜面を、そして崖を飛び越えていき、アヤシシは上へ上へと駆け上っていく。

 空気はどんどん重く、苦しくなっていく。 

 それでも、しがみつくようにライドギアのハンドルを掴む。

 そうして登り切って尚、アヤシシは疲れたような吐息一つ漏らさなかった。

 辿り着いた先は、山の頂上。

 そこは、かつておやしろが座していたという話を裏付けるかのように、切り開かれていた。

 兵どもが夢の跡。

 今はもう、石垣すら残っていない。

 忘れ去られた神の居住地に、それはさも当たり前のように佇んでいた。

 

「……居た」

 

 夜空があれば、そこに月があるのは何も疑わしいことではないかのように、そこに在る。

 赤く光る月を見つめ──苦しそうに呻くルギアの姿があった。

 しかし、それでも外敵であるメグルの姿を認めると、すぐさま咆哮して飛び上がり、そして泳ぐように宙を舞う。

 

 

 

「ギャァァァァアアアアアアアアアアアース!!」

 

【野生の ルギアが 現れた!!】

 

 

 

 衝撃波の如き震動がメグルの身体を揺さぶる。

 

「……最高戦力は無い。仲間もいない。手持ちは……それでもまだ残ってる。俺の性と根もだ!!」

 

 メグルは2つのボールを投げる。

 ニンフィアとバサギリも、揃い踏みだ。

 気合十分といわんばかりに、ルギアを睨み付ける。

 

「瘴気が……前に見た時よりも、増してる……ッ!!」

「ギャァァァアアアースッ!!」

 

 ひらり、とルギアが舞い上がる。

 次の瞬間──メグル達の身体もまた、ふわりと浮かび上がった。

 信じられないが、地面から突風が吹き抜けたのである。

 重力を無視し、浮かび上がる彼らにルギアは容赦なくサイコエネルギーの爆弾を生成し、ゆっくりと近付けていく。

 空中では、身動きが取れない。避けることができない。

 

「アヤシシ、ニンフィア、シャドーボール!!」

 

 だが、今度はそれをまともに喰らうメグルではない。ライドギアを装着したアヤシシに跨ると、そのまま迷わず指示を出す。

 2体によるシャドーボールの雨が、サイコエネルギーの塊にぶつかり、こちらへ向かう前に暴発させる。

 それでも衝撃波はすさまじく、全員は吹き飛ばされてしまうが──ルギアの巻き起こしている風の力からか、身体は地面に落ちず、ふわりと舞い上がったままだ。

 

「それなら、この風の力を利用するだけだ!! バサギリ、”がんせきアックス”!! ニンフィアは”めいそう”で防御を固めろ!!」

 

 元々空を飛べたポケモンのバサギリは、感覚を思い出すかのように風に乗り、ルギアに接近する。

 そして、幾多もの戦いで零れ落ち、鋭さを増した斧をルギア目掛けて振るう。

 効果は抜群。だが、羽毛に覆われた鱗を切りつけるに留まるのだった。流石に堅牢そのもの。

 周囲には岩の破片がばら撒かれ、ステルスロックが展開されたのだ。しかし、ルギアが翼を羽ばたかせれば岩の破片はバサギリ共々全て吹き飛ばされてしまうのだった。

 

「ッ……海の神、嵐の担い手は伊達じゃねえってか……!! だけど、嵐の前でも音は真っ直ぐに伝わる!!」

「ふぃるふぃー!!」

「ハイパーボイス!!」

 

 キィィィン、と口を大きく開ければそこに妖精の加護が集っていく。

 ニンフィアは己の出せる全てをぶつけんとばかりに──放つ。

 衝撃波がルギアを襲う。 

 だが──海神の防御力は伊達ではない。

 それを全て受け止めてしまうのだった。

 

(H106A90B130C90D154S110……素早い上に、硬い!! 火力は無いはずだけど、技威力の高さで補ってるのか……!!)

 

 このルギアというポケモンの恐ろしさは圧倒的な耐久力にあると言っても良い。

 物理防御力、そして特殊防御力、共に他の伝説ポケモンの追随を許さない。

 更に、この手のポケモンの弱点である鈍足さもルギアには無い。

 それに加え、ルギアを苦しめている瘴気は同時にルギア自身も強化しているようであった。

 ルギアは両翼を前に突き出し、その中央に空気を圧縮させていく。

 

(来る──ッ!!)

 

「アヤシシ、ひかりのかべ!!」

 

 

 

 

【ルギアの エアロブラスト!!】

 

 

 

 

 旋風が、メグル達を襲う。

 風の渦が巻き上がり、全員を天高く高く吹き飛ばしていく。

 ダメージは展開された光の障壁によって抑えられるものの、それでも──更にさらに上空へと巻き上げられたメグル達に最早逃げ場は無い。

 ぎゅん、と爆破するような勢いで更に天高く跳ね上がったルギアは、ばらばらに散らばった3匹と1人を滅殺せんとばかりに、技を放つ準備に入る。

 しかしメグルもまた、鞄から取り出していた宝珠の一つをバサギリ目掛けて放り投げてオージュエルを指でなぞった。

 

 

 

「──オーライズ”サンダース”!!」

 

 

 

 雷光がバサギリの身体を包み込む。

 技を放とうとするルギアの頭目掛けて、じぐざぐとした稲光のようにバサギリは急接近し、雷を纏った斧を脳天に叩きつけるのだった。

 

 

 

「”がんせきアックス”!!」

 

 

 

 その速さを前に、流石の赫耀の月も仰け反り、ぐらり、と態勢が崩れる。

 そして遅れて、その翼が稲光を放ちながら焼け焦げた。

 メグルはすぐさまオージュエルに手を添えると、バサギリの身体から雷光の鎧が消え去る。

 今度は灼けるような熱を放つ宝珠を自らが騎乗するアヤシシに翳す。

 

 

 

「──オーライズ”ブースター”!!」

 

 

 

 アヤシシの足に纏われた鬼火が烈火へと変じる。

 灼熱の溶岩の鎧を身に纏ったアヤシシから飛び降りたメグルは、そのまま叫んだ。

 

「アヤシシ──”バリアーラッシュ”!!」

 

 アヤシシの周囲に溶岩の障壁が浮かび上がる。

 そしてそのまま灼熱を纏い、ルギアに突貫してみせる。

 アヤシシの身体に纏われた溶岩が、ルギアにも纏わりついていく。

 突進の反動でルギアから離脱したアヤシシは、再びメグルの下へと帰り、主を騎乗させるのだった。

 不意の連撃を受け、再び”サイコブースト”を放たんとばかりに翼を動かそうとするルギアだったが、溶岩が翼の付け根を固めており、自由に動かすことが出来ない。

 

「ルギア!! 聞こえるか!! 苦しいんだろ──俺が、お前を捕まえて全部終わらせてやる!!」

 

 3度目のオーライズ。

 透き通った宝珠をニンフィア目掛けて投げる。

 

 

 

「──オーライズ”シャワーズ”!!」

 

 

 

 氷の鎧がニンフィアに纏われていく。

 周囲の空気が一機に凍り付いた。 

 そして彼女の周囲に無数の泡が浮かび上がる。

 幾度となく目にし、相対してきたオオワザ。

 

 

 

「──行くぞオオワザ!! ”むげんほうよう”!!」

 

 

 

 ──泡がルギアに纏わりついていく。

 翼を動かそうにも振り払おうにも、粘りを帯びたそれは体の自由を奪っていく。

 ならば、とサイコパワーで泡の全てを吹き飛ばすルギアだが、あくまでそれらは陽動に過ぎない。

 ニンフィアがチャージしていた高圧力の水ブレスが薙ぎ払うようにルギアにぶつけられる。

 高圧力の水は、岩をも断つ刃となる。

 大上段に振り下ろされた刀の如き一閃がルギアを切り裂くのだった。

 直撃だった。

 ぐらり、とルギアの身体が揺れ、空中での態勢が崩れる。

 それと共にメグル達を舞い上げていた上昇気流も消え失せ、彼らは重力のままに落下するのみ。

 ルギアもまた、羽根を投げ出したまま落ちていく──

 

 

 

「ギャァァァ……ギッシャァァァァァァァァァーッ!!」

 

 

 

 ──はずだった。

 落ちていくメグル達。

 対するルギアは、ぴたり、と空中で静止すると──再びその赫く光る眼を開く。

 

「なっ……まだ動けんのかよ!?」

 

 羽根に瘴気が溜め込まれていき、体内に込められていた瘴気も外に出て来る。

 月は赫く光輝き、そしてルギアの身体も赤く罅割れたような傷が浮かび上がっていく。

 傷からは常に瘴気が湧き上がっており、それがルギアに異様な力を与えていく。

 上昇気流が再び巻き起こり、メグル達の身体が宙に舞い上がる。

 海水はルギアへと引き寄せられていく。

 潮の満ち引きが月の引力によるものであることを示すように。

 そして、ルギアに近付いた海水は遠目から見れば赤く輝いていた。

 

「赤潮──」

 

 思わずメグルは記憶にあった単語を口走る。

 クロカミ島周辺の海も、同様に赤く染まっていた。

 翼を前方に突き出した赫耀の月は、赤く汚染された海水を集約させていくとサイコエネルギーで圧縮させ──

 

 

 

【ルギアの──】

 

 

 

 ──渦潮の如く巻き上げて、一直線にメグル達へ放つ。

 

 

 

 

【──レッドタイダル】

 

 

 

 光の壁が無ければ、彼らもまたリュウグウと同じ末路を辿っていたかもしれない。

 瘴気によって汚染された海水が竜巻となってメグル達を飲み込む。

 ニンフィアも。

 バサギリも。

 そしてアヤシシも──

 

 

 

 ──メグルも。

 

 

 

 皆、落ちていく。

 混濁した意識に飲み込まれて──

 

 

 

(身体が……重い……)

 

 

 

【ルギアの──】

 

 

 

 

(動かない。もう、指も、口も──)

 

 

 

 

【──サイコブースト!!】

 

 

 

 

 おぼろげに見えたのは、ルギアがサイコエネルギーを再び圧縮する姿だった。

 避けられない。

 アヤシシも、バサギリも、ニンフィアも気絶している。

 彼らをボールに戻すことすら出来やしない。

 

(動け、動け動け動け──ッ!! このままで、終わって堪るか……!!)

 

 

 

 

 

【──ホノイカヅチ!!】

 

 

 

 

 黒き雷轟がルギアを襲う。 

 サイコエネルギーは打ち消される。

 その大きな音で、メグルの意識ははっきりと覚醒した。

 黒い稲光。

 ヌシの放った極大のレールガンだ。

 それが銃弾のように回転しながらルギアを貫いたのである。

 更に、遅れて熱の塊がルギア目掛けて突貫する──

 

 

 

 

【──メルトリアクター!!】

 

 

 

 

 太陽が爆ぜたような爆発だった。

 ヌシの放つ捨て身の突貫、己の全てを溶鉱炉と化して放つ熱放射。

 ルギアの身体は再び地面へと落下していく。

 それでも態勢を立て直そうとするルギアに──再び泡が纏わりついていく。

 メグルは辺りを見回した。

 ニンフィアは未だに目を覚ましていない。

 だとすれば、同様の技が放てるのは一匹しかいない。

 

 

 

「──むげんほうよう!!」

 

 

 

 先程ニンフィアが放ったそれとは、比にならない程の極大の水ブレスが放たれる。

 ルギアは遂に撃墜され、地面へと勢いよく叩きつけられるのだった。

 上昇気流は徐々に消え失せていき、メグル達は重力を取り戻し、ふわりと地面へと降り立つ。

 辺りを見回すと、そこに立っていたのは──ブースター、シャワーズ、サンダース。

 御三家三社のヌシポケモンだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話:凪

「お前ら……助けに来てくれたのか……!!」

「ぷるるるるー?」

「ビッシャーン……ッ!!」

「ぎゅらららら!」

 

 3匹共に疲労状態で全力のオオワザを放ったからか満身創痍。情報によれば、サンダース、ブースターは野生ポケモンと交戦中、シャワーズは療養中だったはず──とメグルは記憶している。

 だが彼らは何故自分達が此処にいるかもよく分かっていないようだった。

 不可解さを覚えながらも、メグルは赫耀の月が未だに起き上がろうとしていることに気付く。

 暴風が吹き荒れる。流石に伝説のポケモン、オオワザを3度受けても尚、まだ戦うだけの余力が残っているようだった。

 だが、もうヌシ達には戦うだけの力が残っていない。

 そればかりか、元々ボールに入っていない野生ポケモンであるヌシ達は、瘴気の影響を受け、凶暴化を自ら必死で抑え込んでいる状態だ。

 後は任せた、と言わんばかりにサンダースがこちらを見やる。

 ルギアが咆哮を上げる。

 月が隠れるほどの暗雲が空を覆い隠していく──

 

「ニンフィア!! バサギリ!! アヤシシ!! これが最後だ!!」

 

 答えは当然、肯定。

 意識を完全に取り戻した3匹はルギアを見据える。

 ルギアは舞い上がり、羽根を突き出して大竜巻を放とうとするが、牽制とばかりにニンフィアが放ったシャドーボールがぶつけられ、チャージが遅れる。

 更に、シャドーボールの弾幕の隙間からバサギリが飛び掛かり羽根に岩の刃を突き刺した。

 更にその背後からはアヤシシが飛び出し、角の宝珠を妖しく光り輝かせる。

 ”あやしいひかり”だ。

 これで狙いが定まらなくなったのか、ルギアの放った大竜巻は明後日の方へ飛んで行き──木々を根こそぎ抉り取っていく。

 当たっていれば只で済まなかったことは想像に容易い。

 しかし、技を振るわずともルギア自身の膂力も想像を絶するもので、羽ばたいただけで接近した二匹を吹き飛ばしてしまうのだった。

 

「ッ……わりーな。ウチはサイキョーのお姫様囲ってんでな」

 

 にやり、とアヤシシが口元に笑みを浮かべた。

 バサギリも不服そうだったが、頷く。

 切札は最後の最後まで用意しておくものだ。

 持ち前のサイコパワーで、あやしいひかりによる混乱もすぐさま治してしまい、ルギアの目の前に映る景色はハッキリとしたものとなる。

 

 

 

 ──ニンフィアの口に、光が収束している。

 

 

 

「最後の一撃はこれだって決めていた。伝説のポケモンがそう簡単に倒れる訳が無い。俺だって理論値を攻めるしかなかった」

「ギャアアアアアアーッス!!」

 

 オオワザを放とうとするルギア。

 しかし、もう遅かった。

 バサギリとアヤシシが繋いだ僅かな時間。

 その間に、既にエネルギーの充填は完了していたのである。

 今から”レッドタイダル”を撃つよりも遥かに速く、ルギアを貫く方が、速い。

 オオワザは間に合わない、と悟ったルギアはせめて狙いを外させるために上昇気流を巻き上げる。

 メグルもニンフィアも空中へと再び放り投げられるが──既にチャージを終えた相棒をメグルは抱き締め、ルギアの方へと突きつける。

 そして、彼女のリボンもまた、メグルの身体に巻きつけられ、しっかりと掴んで離さない。

 外しなどしない。

 互いに支え合ったことで、狙いは付けられた。

 嫌なヤツの顔など、今更思い浮かべるまでもない。 

 互いに見えているのは、信頼に足る相棒の顔だけでいい。

 そこに余計な言葉など必要なかった。

 ルギアは咆哮して赤潮を羽根の間に圧縮させていくが──

 

 

 

 

「”はかいこうせん”ッ!!」

 

 

 

 

 ──それ諸共、脳天から全てを破壊する熱線が撃ち下ろされる。

 フェアリースキンで1.3倍。タイプ一致で1.5倍。

 反動でメグルもニンフィアも一緒に吹き飛ばされるが──妖精の加護を受けた閃光の威力は絶大だった。

 ルギアの鱗は剥がれていき、地面に叩きつけられ、そして瘴気も共に焼き尽くされていく。

 爆発が巻き起こる。

 ヌシ達も、アヤシシも、バサギリも、爆風を耐えるので精一杯だった。

 だが、それでも尚、煙が晴れたそこには──ルギアが赤い目を輝かせて立っている。

 羽根を羽ばたかせて、必死に態勢を立て直し、再びオオワザの姿勢に入ろうとするが──

 

 

 

 

「これでっ、最後だーッッッ!!」

 

 

 

  

 ──落ちて来たメグルが、ルギアの脳天目掛けてハイパーボールを叩きこむ。

 その身体は小さなボールの中へと吸い込まれていく。

 上昇気流は止み、メグルは頭から地面に突っ込みかけるが、それをニンフィアのリボンが掴み、勢いを殺し、何とか顔面から地面に直撃するのは避ける。

 そして、彼の目の前にはルギアの入ったボールが転がっている。

 

 

 

 かくん。

 

 

 

「ふぃるふぃー……!!」

 

 

 

 一度、それは揺れ──

 

 

 

 かくん。

 

 

 

「ブルトゥ……!!」

「グラッシュ……!!」

 

 

 

 かくん。

 

 

 

 二度、それは揺れ──

 

 

 

 

「頼む、入ってくれ……!!」

 

 

 

 

 かくん。

 

 

 

 

 三度、それは揺れ──

 

 

 

 

 

 カチっ

 

 

 

 

 ──遂に、沈黙するのだった。

 

 

 

 

「や、やった……」

 

 

 

 

 空を覆っていた瘴気が──消え失せる。

 嵐は消え去り、雲の切れ目から光が差す。

 

 

 

 

 サイゴクを覆っていた、赤い月は今──完全に消え去るのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「イヌハギ様!! イヌハギ様!! 赤い月が、奴らに捕獲されました──」

「……お前達もコレで見たはずだ。”赤い月”は無限の豊穣を齎すモノじゃあない。そればかりか、我らが偉大な同胞・タマズサを殺した」

 

 

 

 団員達は口を挟めなくなり──そして頭を垂れ、途方に暮れる。

 希望は潰えた。

 縋るものはもう存在しない。

 

「──タマズサが死んだ以上、テング団の指揮権は某に移行した。我々はこのサイゴクから撤退する」

「しかしそんな!! これから我々はどうするのですか!?」

「ヒャッキは──どうなるのですか!?」

「……そんな事、分かるはずがないだろう。だが、少なくとも我々は見てきたはずだ。力にも勝る知恵、そして結束を」

 

 もしも、サイゴクの平穏を乱した罪があるならば、一切全ての希望を失い、縋る後ろ盾も無くしたことが彼らの罰である。

 これから彼らは、何も無くなったヒャッキで自らの力で生きていかなければならなくなったのである。

 

(きっとそれは、死ぬよりも辛いことだろう。しかし……同胞が傷つくより何倍もマシなことだ)

 

「これ以上の戦闘は何も生みはしない。撤退する」

「しかし──」

「我らが敵を称えよ。圧倒的力、そして圧倒的困難を彼らは跳ね除けたのだ」

 

 だが、新たな希望は芽吹いた。

 取るに足りないと足蹴にしていた原住民たちが、タマズサを破り、そして──赤い月をも封じ込めてみせた。

 その姿をイヌハギは忘れはしない。

 

 

 

(図らずともヒャッキを蝕む病巣は消え失せた……これからは瘴気を払う方法を我ら自身の力で考えていくしかあるまい)

 

 

 

(……この戦争、我らの敗北だ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──サイゴクから瘴気は消え去った。

 そして、二度と赤い月が起こることは無かった。 

 一方、連続オーライズと瘴気による負担が重なったメグルはルギアを捕獲した直後に昏倒し、敢え無く病院行きとなったのである。

 そうして次にメグルが目にしたのは──

 

「……アルカ?」

 

 ──青白い肌に、目を覆い隠す程長い前髪。

 そして、今にも泣きそうな彼女の顔だった。

 

「うわーんっ、起きたーっ!! やっと起きたーっ!!」

「どわぁぁぁ、抱き着くないきなりーッ!? まだ身体が痛いんだがーっ!?」

「……一人でルギアに挑み、そして勝利したようでござるな」

「やっぱ無茶苦茶するッスねぇ。そんでもって、やってのけちまうなんて」

「……キリさん、ノオトまで」

 

 すっかり良くなったのか、とメグルは安心して息を吐く。

 

「……いや、結局ヌシ様達に助けられちまってな」

「それでも、ルギアの捕獲を行ったのはメグル殿でござろう。困難な任務をよくぞ成し遂げた」

「……サイゴクは今──どうなってるんですか?」

「安心せよ。赤い月は完全に収束。凶暴化した野生ポケモンも、元通りでござる」

 

 そして、捕獲されたルギアは現在、ボックスの管理者であるイデア博士の下で研究が進められているのだという。

 未だに瘴気が抜けきっていないらしく、まだボールの中から出すのは危険なのだとか。

 しかし、それ以外で瘴気の影響を受けていたポケモンは、元通りとなり、瘴気を受けていた人間たちも健康体に戻ったのだと言う。

 また、あれからテング団は姿を見せていない。

 だが──降伏の印と言わんばかりに、但し書きと最後のオーパーツである”剣”が、おやしろの前にあったらしい。

 三羽烏が二人も死に、全てのオーパーツを失ったテング団は、サイゴクから去っていったという。

 無論、サイゴク側が喪ったものは数えきれない。

 しかし──全てが終わった今、ひぐれのおやしろが選んだのは復讐ではなく、復興に力を注ぐことであった。

 

「元より、サイゴクの民が赤い月を奪ったことが発端。今を生きる我らに非があったわけではないが……それは間違いなく過去のサイゴクの過ちなのだろう」

「結局の所、何処まで本当なのかは分かんねーッスけどね?」

「だが……我々はヒャッキを追討するつもりは毛頭ない。禍根を我々で断つ。それが平和への一歩だ」

 

 ポケモンに莫大な力を齎す”ウガツキジン”のオーパーツを、わざわざこちらに渡してきたことが──誠意の証だと信じたい、とキリは語る。

 それはヒャッキ側の強大な戦力が完全に失われることを意味していた。

 その上、サイゴク側はヌシポケモンクラスのポケモンを多数、捕獲している。

 もう、テング団とこちらの戦力差は逆転したも同然だった。

 

「生き残ったのはイヌハギ、か。敵の言葉を何処まで信じていいか分からないが……金輪際、サイゴクに踏み入らないならば、最早それで良い。奴らも多くのものを失ったはずだからな」

「……」

「戦後処理は拙者達に任せてくれればよい。メグル殿は、自分の為に旅を続けてくれ」

「そうッス! まだ、やることは残ってるんスから!」

「……何か手伝えることがあったら言ってください」

「先ずは休むッスよ」

「結局一番ベッドで寝ていたのはメグル殿でござるからな」

「えっ、俺そんなに寝てたの……」

「オレっち達が退院できるようになったの昨日ッスからねえ」

「このまま起きないのかと思ったよーッ!!」

「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎! 無茶しやがって!」

「あだだだだだ、ほっぺが痛いです、おにーさんんん」

 

 ぐいぐい、とアルカの頬を引っ張るメグル。

 助けられたのは感謝しているし、むしろ彼女が身体を張らなければルギアを捕獲することも出来なかったのであるが。

 

「二度とあんなことするんじゃねーぞ」

「は、はひ……」

「アレを俺は、死んでもファインプレーだなんて言わねーからな」

「……お、怒ってます……? やっぱり……」

「……」

 

 返答に詰まる。

 怒っている、と問われれば「ウソではない」。

 

「んじゃー、オレっち達外に出てるッスわ。姉貴にも報告しねーとだし」

「拙者も仕事があるのでこれにて失礼でござる。メグル殿、後はたっぷりと()()してやると良いでござる」

「ああっ、2人ともォ!? ちょっと! フォローとかしてくれないのォ!?」

 

 病室から出て行くノオトとキリを前に涙目で訴えるアルカ。

 しかし、再び頬を引っ張られ、無理矢理メグルの方に顔を向けられてしまうのだった。

 

「あ、あはは、おにーさん……」

 

 何処か気まずそうに彼を見つめるアルカ。

 そんな彼女を見つめていると──全て終わったのだ、と実感させられる。

 テング団が居なくなり、赤い月も捕獲した今、彼女を縛るものは無くなったのである。

 

「……アルカ」

「?」

「こっち、来てくれねーか?」

「えっ」

 

 もう一度、メグルはアルカを抱き寄せる。

 体温が伝わってきて、彼は安心感を覚えた。

 

「……良かった。本当に……良かった」

「……ボクも、同じ事考えてました。ずっと起きなかったらどうしよう、って本気で思ったんです」

「なあ。サイゴクの復興が終わった後でも良いんだ。早く旅の続きをしてーよ。お前と一緒に──俺は、最後までこのおやしろまいりの終着点に行きたい」

「……ボクもです」

 

 

 

「フィッキュルィィィィ……!」

 

 

 

 間に割って入るのは──凶悪リボンであった。

 抜け駆けは許さないぞと言わんばかりの圧を感じる笑顔だった。

 二人は思わず離れて身構える。

 何時の間に居たのだろうか、果たして。

 毛は逆立っており、リボンは独占するようにメグルを縛り付けている。

 

「ま、また勝手にボールから出てきたのかオメーは!?」

「フィッキュルルルル」

「滅茶苦茶怒ってる……!?」

「だ、大丈夫だって! 勿論、お前も一緒だからなニンフィア!」

 

 ギロリ、とニンフィアはアルカを睨み付ける。正妻戦争はまだ終わってないからな? と言わんばかりに。

 

 

 

「ふるるーる♪」

 

 

 

 遅れて甲高い声が聞こえてきたかと思えば、アルカの影からぬぅとアブソルが現れて更にメグルに覆いかぶさる。

 そう言えば彼女の治療がどうなったのか全く聞いていなかったので、メグルは面食らってしまう。

 すっかり元気そうに尻尾を振っている辺り、もう完治したと見て間違いないが──メグルに抱き着くなり、尻尾をぶんぶんと振るうのだった。

 

「アブソルまでぇ!?」

「って、お前もう出てきて大丈夫なのかよ!?」

「ふるーる♪」

「いや、まだ治療は終わってなくって……勝手に抜け出して来たでしょ!? これだからゴーストタイプはぁ!」

「ふぃっきゅるるる……」

 

 可愛い妹分の前では、ニンフィアも鬼になり切れず、大人しくなってしまう。

 すっかりハーレム状態となってしまったメグルは──重さに耐えかねて、ベッドに倒れ込んでしまうのだった。

 

「……あーもう分かった分かった! 心配しなくても、お前ら全員旅の道連れなんだからな! こっから止まらねえから、覚悟しとけよ!」

「ふふっ……」

「何笑ってんだよアルカ……」

「いや……寂しい思いをすることは、当分ないなって思って」

 

 前髪の切れ目から見えた彼女の瞳は、とても綺麗だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……どうなる事かと思ったけど、わざわざ見守る必要なかったわね」

 

 

 

 病室の外から一連のやり取りを見守っていたユイは溜息をつき、その場を離れる。

 通路には──ノオトとキリが並んで立っていた。

 

「ユイさんもお疲れッス」

「本当よ! あんた達が寝てる間、大変だったんだから。瘴気にやられて、何回もブッ倒れたんだから……」

「まことに忝い。セイランとベニを飛び回り、被害を抑え込んでいたとか」

「……それで、これからあたし達はどうなるんでしょうか。こんなにあっさり、全部終わっちゃって、実感湧かなくって」

「先ずはサイゴクの復興をせねばなるまい。後は捕獲したルギアの調査でござろう。だがそれ以上に、拙者達はやらねばならない事が残っている」

「というのは?」

「……メグル殿の、おやしろまいりを見届けることでござる」

「い、いやあ、流石にそれどころじゃあ……」

「勿論今すぐというわけではござらん。しかし……彼がおやしろの試練を受ける準備は進めておく必要があるでござろう」

 

 キリは言う。

 

 

 

「……後顧の憂いは全て断っておかねばならん。メグル殿が()()()()()()()()()()()()……確かめる必要があるのでは?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 それから、3ヵ月程しただろうか。

 各町の復興計画はキャプテンの主導によって進みつつあった。

 人の何かをやり直す力というものは想像以上に逞しいもので、町の再建、ひいてはおやしろの再建も進みつつあった。

 そして、ひと段落終えた後、メグルは再びアルカ、そしてノオトと共におやしろまいりの旅の続きを始めた。当初、町の復興に参加すると言っていたノオトだったが、万全を期すに越したことはないため、同行することにしたのである。

 全ては自分がこの世界に呼ばれた理由を確かめる為であった。

 キャプテン達もまた同じ。メグルの為に試練の時間を設けたのである。

 だが、この期間の間はとにかく平和だった。

 赤い月は起こらなかったし、テング団の残党が何か騒ぎを起こすといったこともなかった。

 そして──その日は遂にやってきた。

 

 

 

「強かったなんてもんじゃねーよ……正直、ヨイノマガンよりも苦戦した気がするぜ」

「ふぃー……ッ!!」

「……ほんとーに、よくやったんだから! ヌシ様を……倒しちゃうなんてね」

 

 

 

 おやしろはまだ再建計画の段階ではあるものの、更地と化したおやしろの跡地で──ニンフィアは、サンダースとの激闘を制し、立っていた。

 前日にひぐれのおやしろの試練を終えたメグルは、そのまま一気にシャクドウシティに戻って”なるかみのおやしろ”の試練に挑んだのである。

 文字通りの総力戦であり、メガシンカを以てしても手持ち5匹が瀕死にさせられるギリギリの戦闘ではあったものの、何とかメグルは勝利したのである。

 旅を再開して、たったの数日間ではあったものの──残る2つのおやしろの試練を制し、彼はこの日を以て全ての試練を終えて、アラガミ遺跡に挑む権利を手に入れたのである。

 

「オレっち感涙ッス……メグルさんが、此処まで強くなるなんて、ぐすっずびびび」

「もうノオトよりも強いかもなんだから」

「泣くッスよォ、ユイさん!?」

「もう泣いてんじゃん……」

「……長いようで、短かったなあ」

 

 ぽつり、とアルカは呟く。

 全ての試練を終えた今、メグルに残されているのは──アラガミ遺跡の奥、めぶきのやしろの参拝のみである。

 

 

 

「待ってろよ……アンノーン……そんでもって、森の神様!」

 

 

 

 最後の目的地に思いを馳せるメグルに、アルカは不安な視線を投げかける。

 アラガミ遺跡への挑戦は、全ての証を揃えたトレーナー一人で行わなければならない。

 

 

 

 そこに、アルカは一緒に行くことが出来ない。

 

 

 

(見ないうちに……居なくなったり、しないよね……おにーさん)




──次回、第六章最終回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話:冒険の終わり、それは新たな始まり

 ※※※

 

 

 

 ──スオウシティ。

 おやしろまいりの終着点。

 巨大な鳥居が象徴的で、背の低い家屋が立ち並ぶ。

 そこから外れた谷底にアラガミ遺跡は鎮座している。

 その先にある森の神様のおやしろは一人で挑まねばならない。

 谷へ進む道の入り口に立つメグルを見送るのは──アルカとノオトの二人だ。

 

「遂にこの日が来たッスねー、晴れてていいじゃねーッスか。なんか、なーんでもうまくいきそうな気がするッスね」

「オイオイ、トラブる前提かよ……」

「いしし、でも今のメグルさんなら本当に何でも出来そうな気がするんスよ」

「……」

 

 励ますノオト。

 そして──黙りこくってしまうアルカ。

 彼女には、メグルが何処かへ行ってしまうような気がして──思わずその袖を掴むのだった。

 

「……あの、おにーさん」

「?」

「……どうか、無事で帰ってきてくださいね」

 

 当然だろ、と返そうとした時──前髪の切れ目から、涙が光っていることにメグルは気付いた。

 

「約束、しましたからね。勝手に居なくなったら許さないって」

「ッ……」

「でも、おにーさんは元々違う世界の人間で、いつまでも縛り付けていていいのかな、って──」

「前に言ったろ。俺は──もう、この世界に居るつもりだ」

 

 口で言いながらも、内心では否定できない自分が居ることにメグルは気付いた。

 この世界を救うのが役目ならば、それを終えた時点で自分は──用済みなのではないか、と。

 

「もしも、森の神様とやらが俺をあっちに引き戻すなら──逆に捕まえてやんよ!」

「神をも恐れぬ、ってヤツッスね……」

「……そのくらいの気概で行かなきゃな」

 

 口で言いながらも、それができないかもしれないことにメグルは気付いていた。

 もしも相手が伝説のポケモンか、それに準じる存在ならば、何も出来ずに返り討ちにされる可能性も高いことを。

 だから、メグルはついぞ彼女にその一言を言う事が出来なかった。引きずってほしくなかった。

 もしも自分が居なくなっても──すぐに忘れて欲しいから。

 彼女なら、幸せにできる人がいずれ現れるだろうから。

 

 

 

「……んじゃーな、行ってくる!!」

 

 

 

 これが、最後の冒険になるかもしれない。

 メグルは──谷へ踏み出すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──スオウシティの喫茶店で、アルカとノオトは向かい合っていた。

 重い空気がずっと流れていた。

 

「……本当は分かってる。おにーさんにも、元々の家族がいるから。元の世界で好きだったものがあるから。このままおにーさんが此処に居るのが、おにーさんの為なのかなって」

「でも、居なくなってほしく、ないんスよね」

「うん……」

 

 アルカは頷く。

 

「……今思えば、懐かしいな。セイランシティでぶっ倒れてたところを助けて貰って、最初はボクの方が先輩面してたのに……めきめきと強くなって」

 

 あの頃のメグルは、ストライクに振り回され、頼りない印象がどうしても抜けなかった。

 それがどうだろうか。

 何時しか彼は、手持ちのポケモンを全て自在に従え、オーライズもメガシンカも使いこなせるようになっていた。

 旅でもバトルでも不安が残り、不甲斐なかった彼はもう居なかった。

 「行ってくる」と残して去っていった彼は、今まででずっと──頼もしかった。

 

「それから、2人でテング団を追おうって時に……君と出会ったんだよね、ノオト」

「いやー、あん時ヘイラッシャに食われてたアルカさんの姿は今でも忘れられねーッスよ」

「即刻忘れろ!!」

「……でも、メグルさん凄かったッスよ? 姉貴に拉致られたアルカさんを助ける為に気合入れてたッスから。オレっちが感化されるくらいに」

「……そだね」

「ウチでの修行でめきめきと強くなっていったし、やっぱ素質はあったんスよ。ま、頑張りたい理由があると人間何処までも強くなれるモンッスからね」

「頑張りたい理由?」

「アルカさんを助けたかったみてーッスよ。やっぱり」

「えっ……」

 

 随分と入れ込まれてるなあ、とアルカも分かってはいたが──こうして突きつけられると、不思議と顔が赤くなる。悪い気はしなかった。

 

「……ねえ、ノオトはおにーさんが元の世界に帰った方が良いと思う?」

「……うーん。あの人がどう思ってるかどうか、じゃねーッスか?」

「そっか。ボクも──」

 

 ボクも同じだよ、とは言えなかった。

 分からなかった。

 理解出来なかった。

 どうしてこんなに切なく、そして今すぐ彼に会いに行きたいのか、アルカは言葉にできなかった。

 そうしてずっと考えに考えた末に──彼女は行き着く。

 

「ああ、そっか」

 

 こんなに焦げつくような思いを抱くのは、彼以外の相手では考えられない。

 あんなに頼りなかった彼が、今では一人前のトレーナーとなり、自分を守ると意気込み、そして──サイゴクを襲う災厄を止めるところまでやってきた。

 その姿は強く強く、彼女の中にこびりついて離れはしない。

 

 

 

「ボク、おにーさんが──好きなんだ。好きで、好きで……仕方ないんだ……」

 

 

 

 もっと早くに気付いておけばよかったな、と彼女は続ける。

 

「おにーさんがどう思ってようが、ボクの隣に居て欲しいんだ。良くないことだって分かってるのに……それが叶わないって思うと、胸が痛いんだ」

「……分かるッスよ」

「恋愛感情なんて……分からないし、理解出来ないって思ってたのに……自分がそれに苦しめられるなんて」

 

 居なくなってほしくない。帰ってほしくない。

 ずっと傍にいて、いつものように笑っていてほしい。

 難しいことなど何も無かった。

 だから──彼が帰る姿を想起するだけで、辛い。胸が引き裂かれそうだった。

 

「……今は、信じるしかねーッスよ。あの人が帰ってくるのを」

「……そうだね」

 

 しかし。

 それから3日程経っても、メグルから連絡は無く──そして、彼が帰ってくることも当然無かった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あ、あああああ、クソ、死ぬかと思ったマジで……ッ!!」

 

 

 

 ──無論、アルカ達の心配など知る由もないメグルは3日掛けて漸く谷底にあるアラガミ遺跡に辿り着いていた。

 手持ちは皆、買いだめしていた傷薬で回復させてはいるものの、肝心のメグルが満身創痍であった。

 木の枝を杖代わりにして、遺跡へ一歩、また一歩近付いていく。

 これまで本当に険しい道のりだった。なんせ、これまで遭遇していなかったレベルの強さを誇る野生ポケモンばかりなのである。

 開幕から出会ったガチグマに追い回された時は死を覚悟したし、ドータクンの群れに取り囲まれた時も死を覚悟したし、何ならニドリーノとニドリーナの群れに追い回された時も死を覚悟した。

 この谷底のダンジョンに辿り着いてから楽だったことなど一つもありはしなかった。

 幸い、手持ちのポケモンで何とかできないレベルではなかったものの、それでも6匹の力をフル活用しなければ、遺跡に辿り着くことはなかった。

 バサギリとアブソルが切り込んで野生ポケモンを押さえつけ、アヤシシが野生ポケモンを惑わせて戦闘を回避し、ヘイラッシャで池を渡り、ニンフィアがハイパーボイスで群れを吹き飛ばす。

 休まる時間は全くない。野生ポケモンのレベルが桁違いに強いだけあって、流島の修行よりも過酷に思えてくる。

 だがそれでも、それでもやっと遺跡の中に入ることに成功したのである。

 

(……まるでアルフの遺跡……いや、ズイの遺跡か?)

 

 アラガミ遺跡の中はアンノーンの字がびっしりと並んでいる。

 だが、肝心のアンノーン本体は見当たらない。

 しばらく先に進んでいくが、野生ポケモンの気配は全くしない。

 これまでがこれまでだっただけに細心の注意を払って警戒するが、不思議と何も現れはしないのである。

 

(おかしい、遺跡の入り口は開けっぱなされてたのに、野生ポケモンが誰もいないなんてことあるか?)

  

 何かに守られているのだろうか、とメグルは考える。

 アンノーンはそもそも、非常に能力が低いポケモンだ。

 しかし、何か強大な存在がアンノーンを庇護しているとすれば──そんな事を考えながら遺跡の奥へ、そして奥へと進む。

 そうして辿り着いた先にあったのは──朽ち果てた祠だった。

 鳥居もすっかり崩れ落ちており、かつてそこはおやしろであったことが想像に難くない。

 

「んで、此処に参拝したら終わり……か。意外とアッサリだったな」

「ふぃるふぃー」

 

 物足りない、と言わんばかりにニンフィアが口を尖らせる。

 まあ、何かあるよりは100倍マシだよな、と思いながらおやしろに近付いていったその時だった。

 

「ふぃ?」

 

 ニンフィアが首を傾げた。

 彼女の身体から光が漏れている。

 メグルは思わず目を手で覆った。

 そして──突如、透明な羽根が飛び出す。

 

「あれって──なくなったと思ってたのに!?」

「ふぃー!?」

 

 ──最初に”すいしょうのおやしろ”でオーライズを行った時、消滅したと思っていた”とうめいなハネ”だ。

 ずっと今日に至るまで姿を見せなかったが、ニンフィアの身体に吸収されていたのだろうか、とメグルは考えた後──祠に目を向ける。

 ハネが祠へと吸い込まれていき──周囲の空間が歪む。

 そして、ピキピキと音を立てて、虚空が硝子のように割れる。

 背中の毛を逆立てて、ニンフィアが威嚇する中、それは──漸く姿を現した。

 

 

 

 

「ぴるるるー……ピコココ」

 

 

 

 

 緑色の小さな妖精のようなポケモンが小さな翅を羽ばたかせて飛んでいる。 

 時を渡るとされている幻のポケモン。

 その名をメグルは知っている。

 

「セレビィ──!!」

 

 ときわたりポケモンの名の通り、幾つもの時代を渡ることができるポケモンだ。

 ジョウト地方に伝わる、非常に稀少で滅多に観測されない存在である。

 

「だよなぁ、こんな事が出来るなんて幻のポケモンくらいだって思ってたけど──」

 

 その姿を見た時、メグルは違和感を感じ取った。

 

 

 

「……なんか、ちがくね?」

 

 

 

 そもそも。セレビィに時を超える力はあれど、空間を超える力はない。

 しかも、目の前に立つ時渡りポケモンの身体は金属光沢を放っており、翼も透明ではあるもののプラスチックのように透き通っている。

 おまけに腕は胴体から離れて浮かんでおり、目は電飾のように光っている。

 何かがおかしいことにメグルは気付く。

 

(そも、此処はジョウトじゃなくてサイゴク!! コイツは本当にセレビィか!?)

 

 

 

 ──おや、来たのですね。これで──私の声を認識できますか?

 

 

 

 遺跡に声が反響する。

 電子音混じり、ノイズ混じりの声だった。

 だが確かに、メグルがこの世界にやってきたときに聞こえて来た声だった。

 メグルは身構える。ニンフィアも警戒するように唸る。

 

(セレビィじゃない! セレビィの形をしたメカ……!? ロボット!? 何なんだコイツは!?)

 

 

 

【?????? の エレキフィールド!!】

 

【??????はエレキフィールドで ????????を発動した!!】

 

 

 

 周囲の床は電気に覆われる。電気技が強化されるエレキフィールドへと周囲は塗り替えられた。

 いきなり戦闘に入ったことに戸惑いを隠せないメグルは、ニンフィアに「ハイパーボイス!!」と叫んで指示を出す。

 しかし、

 

 

 

【?????? の リーフストーム!!】

 

 

 

 木の葉の嵐がメグルを、ニンフィアを吹き飛ばす。

 遥かに速く、そして重い一撃に彼女もメグルも吹き飛ばされてしまった。

 

「つ、強い……ッ!!」

「ふぃるるる……!」

「おい、森の神様よ!! 折角会えたんだから色々説明してもらおうか!! どうせあんたなんだろ!? 俺を此処まで連れてきたのは!!」

「フィッキュルィィィ!!」

 

 威嚇するニンフィアが地面を蹴る。

 そして再び口を開けて衝撃波を放とうとするが──

 

 

 

 ──まだ時期尚早。そして、まだ青いですね。

 

 

 

 そんな声が残響する。

 間違いない。目の前のポケモンから発せられたものだ。

 そして、それには聞き覚えがあった。

 

 

 

【??????の ラスターカノン!!】

 

 

 

 ニンフィアの身体は閃光に包まれ、地面に叩きつけられる。

 鋼タイプの技はフェアリータイプに効果抜群だ。

 

(鋼技!? セレビィは使えないはず──やっぱりコイツ、セレビィじゃねえな!?)

 

「答えろ!! お前は何者だ!?」

 

 

 

 ──少しは成長しましたが……まだまだ雛鳥。

 

 

 

 ──貴方には、もっともっと……強くなってもらわなければなりませんね。

 

 

 

 ──次に会える時を楽しみにしています。

 

 

 

 ──貴方を、この世界に連れてきてよかった。

 

 

 

「おい待て──ッ!!」

 

 

 

 ──次は此処ではない何処かで会うでしょう。しばし、サヨウナラ。

 

 

 

 セレビィに似て非なるそれは、時空の裂け目の中へと入り込んでいく。

 追いかけようとしたメグルだったが、倒れたニンフィアを視界に入れるとすぐさま彼女に駆け寄った。

 

「大丈夫か、ニンフィア!?」

「ふぃ、ふぃるふぃー……」

「……全く歯が立たなかった。掴みどころなんてもんがなかった」

 

 何も分からなかった。

 自分がこの世界に来た理由も、あのセレビィとは似て非なるポケモンの事も。

 だが、ただ一つ分かった事があるとするならば。

 

 

 

「まだ、俺の知らないポケモンが……この世界にいるってのか……!!」

「ふぃー……!」

 

 

 ──こんなに、胸の躍る出会いはきっと、早々在りはしないということだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「全然連絡来ねーッスね……」

「おにーさん……帰っちゃったのかなあ。それとも野生ポケモンにやられちゃったとか!?」

「後もう2日経ってなにも音沙汰無かったら、キャプテン総出で探しに行くことになってんスけど」

 

 その日も、スオウシティの公園でアルカは落ち込んだ様子で項垂れていた。

 日に日に彼女が弱っていくのを、ノオトは宥める事しか出来ない。

 

(アラガミ遺跡はそうでなくとも危険地帯……心配になるのは分かるッスけど)

 

 流石に見ていられない、とノオトは考える。

 かと言って、諦めがつくような状態でもない。ただただ祈るしかないのである。

 そう考えていた矢先だった。

 

 

 

「ただいま」

「ふぃるふぃーあ♪」

 

 

 

 声が聞こえた。

 アルカは顔を上げ、ノオトは弾かれたようにがたり、と立ち上がる。

 ボロボロの姿ではあったものの、メグルはニンフィアを連れてそこに立っていた。

 

「メ、メグルさん……! オレっち達、てっきりあんたが元の世界に戻っちまったモンかと──」

「いやー、ちょっと帰りに道迷っちゃって」

「バカ」

「え」

「バカバカバカ!! どんっっっだけ心配したと思ってんのさっ!!」

 

 だっ、と駆け寄り──アルカは思いっきり、最愛の青年を抱きしめる。

 

 

 

「おかえり……おにーさん……!!」

「……ただいま、アルカ」

 

 

 

 メグルは確信した。

 自分が帰る場所は、やはり此処だ、と。

 

「てか、服! ボロボロじゃねーッスか! とりま、ポケセンに急ぐッスよ!」

「そーですよっ! その後で沢山聞かせてください!」

「そだなぁ。風呂も何日も入ってねーんだよな。ベトベトする」

「ふぃー……」

 

 これにて、メグルのおやしろまいりは終わった。

 分からないことだらけで、結局元の世界には戻れなかったものの──何処かメグルは満足していた。

 

 

 

「……話したいことが沢山あるんだ。色々あったんだぜ、この一週間」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その日の夜は細やかではあるものの、お祝いだった。後日、キャプテン達による正式な祝い会があるのだという。

 おやしろまいりを完了したトレーナーを殿堂入りとする儀式があるのだという。

 にも拘わらず、キャプテン達は何処から聞きつけたのか、1人、また1人と食事処にやってくるのだった。

 結果的にその場はちょっとした宴会場のようになってしまったのである。

 おまけに、全員有名人なので、店内は少しざわついた。

 

「メグルちゃーん、おめでとーう!! ワタシも鼻が高いわ……あんなにひよっ子だったのが、今となっては……」

「おい誰が呼んだ?」

「オ、オレっちが、つい……」

「何やってんのさ、ノオト!?」

「ちょっとハズシさん泣きすぎなのですよー。でも、おめでたいことは善き事なのですよー♪」

「ヒメノちゃんまで来てるし……」

「姉貴。メグルさんはオレっちが育てたようなモンッスからねぇ。いやー、鼻が高ェッス」

「ノオト?」

「ごめんなさいでした」

「試練を全部終えても、アラガミ遺跡で脱落するトレーナーは多いの。あたしは……あんたを誇りに思うんだから」

「左様。リュウグウ殿にも──見せたかったでござる。メグル殿の晴れ姿」

「……本当に、皆さん、今までありがとうございました」

 

 キャプテン達に礼を言うメグル。

 

「ま、そういうわけだから今日だけは無礼講よ!! ぜーんぶワタシの奢りで貸し切りにしてるから♡」

「ひゅー、ハズシさん太っ腹ッスね!」

「あんまり調子に乗ると、メッなのですよー」

「良いじゃない。今日くらいはね、ヒック」

「もう酔ってるし……」

 

 イデア博士が既に酒に手を付けていた。

 それを呆れるように、全員が眺めている。 

 だが間もなく、積もる話があったのか、その席は盛り上がりを見せ始める。

 2か月前に襲った悲劇を忘れはしない。

 しかしその上で皆、大事な人の死を乗り越えつつあった。

 泣いて、悔んで、怒って──それでも、前に進まなければならない。

 今は、新たに誕生したツワモノを祝おう。

 そう決めていた。

 だが、だんだん年長勢の酒が強くなり始め、会話はヒートアップ。

 

「ああ!? この際どっちが上か、今から確かめてやるッスよ!」

「もう代理じゃないんだから。今のあんたより、強いかもよ?」

「程々にするでござるよ、ノオト殿……」

「ところでキリちゃん、貴方料理は食べなくて良いの?」

「拙者は任務があるので……またの機会に」

「あらら残念」

 

 どうせ仮面を付けているので何も食べる事が出来ないのであるが。

 

「もう怒った! 怒ったッス! 表出るッスよ!」

「泣いてんじゃないのよ」

 

(で、こっちは酒飲んでねーのに争ってるし)

 

 取っ組み合いになるノオトとユイ。こいつらだけ出禁になんねーかな、とメグルは肩を竦めた。

 と思っていたら、2人そろって店の外のバトルコートへ飛び出していく。

 

「やれやれ、リュウグウおじいちゃんが見たら、怒るのですよー……」

「先に店の人に怒られるわ、てか怒られろバカ共」

「聞いてくれよォ、テレビで共演してるお姉さんがさぁ、冷たいんだよねえ!」

「いい加減捕まってくんねーかな、この博士、セクハラ罪で」

「ほらメグルちゃんも飲んだ飲んだ!」

「いや、俺、まだ酒飲み始めたばっかで──」

 

(この人ら勝手に来た挙句、勝手に盛り上がりだした……マジで田舎ってカンジだ……)

 

 メグルはそろりそろり、とその場から抜け出し──外の空気を吸いに行く。

 ハズシは元気になったのは良いが酒豪だったのである。

 このまま酒を勧められ続けていては、潰れてしまう。

 そして、騒がしい空気を嫌ってか──彼女も、その場で夜風に当たっていた。

 

「あー……やっぱ、おにーさんも抜け出してきちゃったんですね」

「まーな。あんまりにもうるせーからよ」

「……でも、わざわざボクの所に来るんですね?」

「そりゃあ──な。誰かさんがまた拉致られたら困るからな」

「余計なお世話ですっ! ……ほんとーに意地悪なんだから」

「へへ、悪かったって」

 

 二人は並び、月を眺める。

 赤くない。真っ白な満月だ。

 

「……不思議なポケモンに出会ったんですよね?」

「ああ。とても強くて、敵わなかった。んでもって、逃げられちまったよ」

 

(あのポケモンの声は、俺をこの世界に連れてきた声と──同じだった。絶対、また捕まえてやる)

 

「じゃあ、もうしばらく此処にいられるんですね、おにーさんは」

「つーか帰るつもりなんて、毛頭ねーよ。冒険はまだ続くってヤツだ」

 

 最初の頃は一刻も早く帰りたいとメグルは考えていた。

 だが今ではすっかり、この世界に馴染んでしまっており、手持ちのポケモンとも交流が深まってしまっていた。

 

「ただ、サイゴクから一度離れようと思ってるんだ」

「えっ」

 

 さっ、と彼女の顔が固まる。

 

「ジョウト地方で調べ事をしようと思っててさ。森の神様──あのセレビィによく似たポケモンについて何か分かるかもしれねーし」

「そ、そうですか……じゃあ、結局サイゴクからは居なくなっちゃうんですね」

「何言ってんだ、すぐに旅の準備をしなきゃいけねーって話だろ、俺もお前も」

「え?」

 

 きょとん、と彼女は首を傾げる。

 

 

 

「──お前が居ない旅なんて考えられねーよ。巻き込んじまうようで悪いけど、もう少し付き合ってくれや」

 

 

 

 だっ、と彼女は地面を蹴り、メグルに抱き着く。

 感極まってしまい、彼の温もりを確かめたくなってしまった。

 

「ア、アルカ?」

「……嬉しいです」

「え?」

「貴方が恋しくて、離れると辛くて、寂しくって……!!」

 

 メグルは──自分の顔が真っ赤になっていくのを感じ取った。

 確かに彼女の方から「恋しい」だと言ったんだよな、と頭がごっちゃごちゃになる。

 

「だから嬉しい、嬉しいんですっ! また、旅ができるのが!」

「へっ、安心しろよ石商人。今度もたっぷりアテになるからな」

「……おにーさん」

 

 覚悟を決め、抱き締める力が強くなる。

 この先ずっと歩く隣に、彼女が居てほしい。

 そう願いながら、彼は告げた。

 

 

 

「好きだ──これからも、お前を連れて行きたい」

 

 

 

 言った後に、顔が赤くなる。耳まで沸騰していくようだった。

 くさい事を言っている自覚はある。

 だがそれでも、ハッキリと言わなければ気が済まなかった。

 彼女は恋愛がよく分からない、と以前に言っていて、拒まれたらどうしようと考えたこともあった。

 だがせめて、気持ちだけは真っ直ぐに伝えたかった。後のことを考えていたら、一生言えなかったってことになりかねない。

 チャンスを与えられたならば、逃すわけにはいかない。勿論、目の前の彼女も逃したくない。

 

「それは──恋愛的な意味で、ですよね?」

「そりゃ勿論。……えと、答えを出すのは先で全然良いんだけどさ」

「バカ言わないでください。ボクは……狙ったものは逃がしたりしないんです」

 

 それが最大限の答えだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──数日後、ベニシティの港で、キャプテン達はメグルとアルカの船出を見守っていた。

 

「──それで!? オレっちは置いていくんスね、お二人は!」

「いやー、森の神様の正体が分かったし! ジョウト地方でしばらく調べ事をしようかなって。ついでにポケモンジムでポケモンも鍛えられるだろ」

「ずりーッス、オレっちも行くッスよ!!」

「ノオトは、いい加減町の復興作業に戻ってもらうのですよー♪ ついでに、ユイ様に勝負で負けたのはしっかり見てたので鍛え直しなのですよー♪ 貴方にはキャプテンの自覚がまだまだ足りないのですよー♪」

「ひん……」

 

 古い本に記された存在・セレビィ。

 確認事例も非常に少ない幻のポケモンを追い、メグルとアルカはジョウトへ渡ることを決意した。

 一方のノオトは、キャプテンとしての仕事が山積みになっているので、此処で旅路は一度、別たれることになる。

 

「──ほんと、あの時あんたを拾って……此処まで辿り着くだなんて思いもしなかったんだから。それが今度は他の地方に出発、かあ」

 

 ユイは少し涙目になっていた。

 

「ユイには感謝してるよ」

「博士である僕にも感謝してくれない? 一応君のニンフィアは実質僕が育てたようなもんだしね!」

「それはない」

「絶対ないわね」

「酷い!!」

 

 直接言いはしないが、イデアにもメグルは感謝してる。

 

「……んで、そん時にはオレっち、サイゴク最強のキャプテンになってるッスからね!」

「楽しみにしとくぜ、ノオト」

「……寂しくなるなあ」

 

 そう言ったアルカに、ノオトは近付き小声でささやく。

 

「またまたー、上手くいったんスよね? その様子だと……」

「うっ……お見通しかあ、流石に」

 

 アルカの顔が真っ赤になっていく。

 メグルが居ない一週間の間、ずっとノオトに管を巻いていたのだ。

 これくらいからかっても許されるだろう、と彼は考えていた。

 尤も二人の仲については祝福されてしかるべきなのであるが。

 

「そんじゃま、良い報告を期待してるッスよ、2人とも」

「ああ。そっちこそ達者でな」

 

 船は汽笛を鳴らし、ベニを離れていく。

 その先にある未知なる旅路を示すように──

 

「それで最初は何処に行くの?」

「えーと、アサギシティから北の方に進んで──」

「ふぃるふぃー♪」

 

 ぽん、と音を立ててボールからニンフィアが勝手に飛び出す。

 そして彼女は「あたしにも見せなさい♪」と言わんばかりにメグルの背中によじ登る。

 

「わ、分かってるよニンフィア、お前にも後で見せるから」

「フィー……!」

「あはは、相変わらずだねお姫様」

 

 そう言った矢先、ギンと凶悪リボンの瞳がアルカを睨む。まだ負けたわけじゃないからね? と言っているのがアルカにも伝わってくる。

 

(しまった、ライバルは一番身近な所に居るんだった……)

 

「まあ、何とかなるだろ。待ってろジョウト地方ー!」

「ふぃー!」

「サイゴクの外の地方、か。ワクワクするなあ!」

 

 ──まだ見ぬ地方。まだ見ぬトレーナー。そしてまだ見ぬポケモン達。

 メグルの冒険はこれで一区切り。

 それでも続く。続くったら続く──

 

 

 

 ──第六章「戦火滾る災獄」(完)

 

 

 

でんどういり おめでとうございます!

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

▶はい

 

いいえ

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「森の神様が──セレビィ……いや、似て非なるポケモンとは」

「また一つ、サイゴクの神秘が解き明かされたわけですか」

「メグル殿の報告を聞く限り──その機械化されたセレビィのようなポケモンの確保は急ぐ必要がある」

「しかし森の神様なのでは?」

「……百も承知。嫌な予感……外れれば良いでござるが」

 

 キリは暗い部屋で文献を漁っていた。

 その情報筋から取り寄せた、セレビィに関する書籍や古文書だ。

 

「幻のポケモンの持つ力は規格外。メグル殿と赫耀の月が交戦しているところに、御三家三社のヌシが突如ワープさせられたのも、このポケモンの力によるものでござろう。元々エスパータイプを持つポケモンでござるからな」

「……では、森の神様がメグル様の戦いに介入した、と!」

「そもそもブースターとサンダースでは海を渡れない。ずっと不可解だったでござるよ──む、何だこの本」

「落丁でしょうか? しかし、こんな本、持ってきた覚えが──」

「……いや、何か仕掛けがあるかもしれない。解析班に回すでござる」

「ハッ」

 

 その本の中には何もページが記されていなかった。

 しかし、分厚い皮の表紙には「CLEAR CRYSTAL」と記されていた。

 

 

 

 ──NEXT TIME……A NEW BEGINNING




──というわけで「ポケモン廃人、知らん地方に転移した」第一部完結でございます!皆さんの熱い応援のおかげで、何とか此処まで描き切ることが出来ました。だけど、ゲームにはクリア後の世界もあるってことで──本編であるテング団+赤い月編は終わり、次のメグルの冒険はDLC編となります。つまり、まだまだ冒険は続くよってことですね。そもそも謎も大量に残していますので。

……その前に番外編として、メグルとアルカが居なくなった後のサイゴク地方を舞台として、とある登場人物に焦点を当てた話を書こうと思っています。そちらを先ずはお楽しみに。では、また次の更新でお会いしましょう!
では、此処まで応援ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:リージョンフォームポケモン(3)

サイゴクのすがた

特殊な霊脈を持つサイゴク地方に祝福を受けたポケモン達。その霊脈の力は生死の法則さえも捻じ曲げ、時にポケモンに歪んだ力を授けるとされている。

 

シンボラー(サイゴクのすがた) ざんこうポケモン タイプ:岩/エスパー

種族値:H72 A58 B80 C103 D80 S97

特性:ふゆう

原種と種族値上の違いはない。サイゴクの霊脈の影響を受けたシンボラーであり、ヨイノマガンの子機。即ち分身的存在。

親分的存在であるヨイノマガンや、他のポケモンの地上絵を砂丘に描く習性を持つ。

 

 

ヨイノマガン みょうじょうポケモン タイプ:岩/飛行

種族値:H102 A48 B110 C153 D80 S80

特性:よいのみょうじょう(エスパー技の威力が1.5倍となる)

シンボラーの突然変異種であるかどうかすら不明。見た目はシンボラーそっくりだが、原種とは比べ物にならない程の巨体と、圧倒的な力を誇る。

専用技の”ふうとん・つむじ”は、攻撃しながら砂嵐を巻き起こす。岩タイプであるヨイノマガンとの相性は非常に良く、特殊耐久力が堅牢に。

圧倒的巨体と強さから、サイゴク地方の生ける抑止力とまで呼ばれており、全てのヌシポケモンの中でも最強クラスの実力を誇る。

 

ふうとん・つむじ タイプ:岩 威力80 命中100 特殊

羽ばたく羽根で竜巻を起こす。使った後に砂嵐を起こす。

 

 

ヤミラミ(サイゴクのすがた) いしがみポケモン タイプ:岩/フェアリー

種族値:H50 A85 B75 C55 D85 S30

メガ後:H50 A85 B115 C90 D125 S15

特性:するどいめ/あとだし メガシンカ特性:たたりがみ(状態異常と能力ダウンを相手に移す)

ヤミラミが、恨みの籠った祟り岩を食したことで影響を受けて変異した姿。祟り岩の影響を受けているときは、怨霊の意思を受けて非常に凶悪かつ悪辣な性質となっている。

岩壁に擬態して、縄張りの侵入者を襲ったり、洞窟の穴を塞いで擬態することで相手を疑似的な落とし穴に嵌めるなど、非常に悪賢い。

メグル達が祟り岩を破壊した後は姿こそ元に戻らなかったものの、いたずら好きの範疇に戻ったという。

 

 

 

ヒャッキのすがた

異界の先、テング団もといヒャッキの民が住まう場所から連れて来られたポケモン。いずれもサイゴクを遥かに上回る過酷な環境で進化を果たしており、侵攻の兵器として用いられる。

 

カバルドン(ヒャッキのすがた) じゅうりょうポケモン タイプ:水/草

種族値:H108 A68 B118 C112 D72 S47

特性:あめふらし 隠れ特性:グラスメイカー

河童のような皿と甲羅を身に着けた、ヒャッキ地方の湿地帯に適応したカバルドン。物理と特殊の得意分野が入れ替わっている。

弱点の少なさ、そして自ら天候を操ることができる力を持つことから、ヒャッキのポケモンの中でも随一の実力派である。

 

 

ダーテング(ヒャッキのすがた) からすてんぐポケモン タイプ:鋼/悪

種族値:H90 A100 B60 C90 D60 S80

特性:いたずらごころ/ふみん

鉄の扇と鉄の仮面を身に着けた、ヒャッキ地方の山岳地帯に適応したダーテング。テングの国では一般的なポケモンであり、下っ端たちも所持している。

 

 

アーマーガア(ヒャッキのすがた) わるがらすポケモン タイプ:悪/飛行

種族値:H98 A105 B87 C53 D85 S67

特性:はがねつかい/メタルアーマー(毒タイプと毒・猛毒を無効化し、岩、氷技が半減される)

白い体毛を持ち、頭部に赤い仮面のような甲殻が発達したアーマーガア。テングの国では吉報の象徴とされていると同時に、名実共に空の王者として君臨している。

一方、体内には未だに祖先である原種の鋼成分が残っており、それを利用した鋼タイプの技も得意とし、並大抵の攻撃は受け付けない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

断章:忍×闘アライブリバースト
Act1:オーバードーズ×オーバーワーク


主役は新生筆頭キャプテン・キリと、相も変わらず最弱キャプテンのノオトとなっております。


 ──本来、筆頭キャプテンの業務はあまりにも過酷──というわけでもない。

 テング団との戦争による戦後処理然り、復興作業の指揮然り、そのほとんどは──彼女がつい自ら背負い込んでしまったものが殆どである。

 例えば、メグルが遭遇した森の神様……もといセレビィに酷似したポケモンについての調査。

 それに加えて、すながくれ忍軍としての本来の任務もあるのだから、彼女の肉体的・精神的負担は非常に大きかったのである。

 驚くべくはそのマルチタスクっぷり。

 ある仕事の移動中に別の書類仕事をそつなく正確にこなす。かと思えば、実務もてきぱきと行う。

 サイゴクでも随一の頭脳は伊達ではないのである。

 

「──禁猟区での密猟は国際ポケモン条約で禁止……分かっているのだろうな。全員逃すなッ!!」

「ハッ!!」

 

 キャプテンの仕事は、自らの縄張りでの犯罪組織の摘発も含まれる。

 此処最近、マリゴルドの失脚によって統率されていた密猟組織が蜘蛛の子を散らすようにあちこちで四方に散らばり、暗躍していた。

 そして、その多くは都会であるスオウシティに潜んでいるとされており、一番近いクワゾメタウンのキャプテンである彼女が自ら捕縛に出向いていたのである。

 あっさりとアジトの場所を特定してみせたキリは、すぐさま突入作戦を立案し、決行。

 構成員たちも、配下の忍者によって速やかに制圧され、襲い掛かって来たポケモンも、キリが繰り出したメテノによって正確に弱点を狙撃され、倒れてしまうのだった。

 そのまま地下室に押し入ったキリは、配下たちに捕獲されたポケモンの保護を命じると、目の前に立っている首領格の男に言い放つ。

 

「……コソコソと隠れるのは、もう終わりでござる──ドン・ドリル」

「これはこれは、キャプテン様自らおいでなすったか。結構な事で」

「サイゴクを只の田舎だと思っていたのなら、遺憾極まるでござるよ。……此処はお前達のような汚れた存在が居て良い場所ではない」

「……人の巣で好き勝手しやがって。まあでもいいぜ、キャプテン様が相手なら、良い実験台になるだろ」

「──!?」

 

 首領──ドン・ドリルは、注射器のようなものを取り出すと、それを自らの首筋に当てる。

 

 

 

De()BURST(バースト)

 

 

 

 ぼこぼこ、と男の肌が泡立っていく。

 キリは、思わず後ずさった。

 それは変貌と称するしかなかった。

 両腕はドリルのように鋭利に尖っていき、更に額からもドリルが現れていく。

 その姿はキリの知る、とあるポケモンの特徴に合致していた。

 

 

 

「──ドリュウズに──ッ!?」

 

 

 

 頭が理解を拒んでいる。

 しかし、次の瞬間にはキリの脳内で目の前で起きた現象の正体が解析されつつあった。

 重要なのは注射器の中身。そこにあった物質を直接注入したことで、身体に急速的な変化をもたらしたのだろう、とキリは考える。

 その物質の正体は、恐らくポケモンのエキス。そして、密猟されたポケモンの使()()()もまた──この薬の原材料。

 

「くだらん真似事の為に、ポケモンを犠牲にするか!!」

「真似事じゃあない!! ……言う事を聞くか分からない生き物に仕事を任せる時代は終わりだ!」

 

 周りの設備を破壊しながら、ドン・ドリルは床を強く強く蹴った。

 自らの身体をドリルに見立てて、キリ目掛けて回転して突撃する──しかし。

 

「──いいや、それでもくだらん真似事の範疇は出ないでござるよ」

 

 ドリルライナーを正面から受け止めたのは──バンギラスだった。

 効果抜群のはずの攻撃にも拘わらず、全く動じた様子を見せない。

 そして、回転を続けるドン・ドリル目掛けてキリはワイヤーを何本も放つ。

 回転する彼の身体に鉄の糸がどんどん絡まっていき──回転が止まる頃には、完全に糸巻きのようになってしまうのだった。

 

「がっ、ぐっ……クソ!! 全く千切れんぞ──ッ!?」

「やれやれ、鉄糸も引き千切れぬようでは、その力もたかが知れているな」

「おのれぇ──ッ!!」

「加えて、バンギラスの馬鹿力をナメて貰っては困るでござる」

「うぎっ、う、腕が──」

 

 ドリルは完全に停止。バンギラスに押さえつけられ、投げ飛ばされてしまう。

 

「お、おおっ、俺はまだ終わって──」

「いや、終わりでござる」

 

 そして無防備になった顔面に、キリが思いっきり飛び膝蹴りを見舞う。

 例えポケモンの力を借りたとしても、耐久力は人並みでしかなかったのか、はたまた彼女の身体能力が人の域を超えているのかは定かではない。

 だが、ドン・ドリルは一瞬で意識を奪われ、天井にぶつかった後、倒れてしまうのだった。

 

 

 

「……これにて任務完了。密猟組織のリーダー……ドン・ドリルを……確保──」

 

 

 

 部下たちがドン・ドリルを捕まえ、連れていくのを見届けて、キリはばたり、と壁にもたれかかる。

 大して苦戦したわけでもないのに、どっと疲労が込み上げて来る。何より頭が熱い。

 

「キリ様、大丈夫ですか?」

「頭領──お身体は」

「心配ない。只の眩暈でござる──」

 

 そう言って立ち上がろうとした時だった。

 

(何だった、あの変貌……変態? いや、どちらでもいい。人間がポケモンのような姿になるなど……)

 

(ダメだ、頭が痛い、足がもつれる……視界がブレ──)

 

 

 

 ばたん。

 

 

 

 電池の切れた人形のように、キリはその場に倒れてしまうのだった。

 

 

 

 ──断章「忍×闘アライブリバースト」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……で? オレっちが呼ばれたってワケっスか。キリさんの容態は?」

「肉体の疲労は回復するだろう。しかし問題は脳だ。リュウグウ殿亡き後、キリ殿はその引継ぎや事後処理など全ての業務を同時並列的に、そして完璧にこなしていた」

「うわぁ、考えたくねーッス」

「……少しは我らに任せれば良いものを、隠れて仕事をしていたほど。その結果、オーバーフローを起こし──」

 

 

 

 ──イッコンタウン・キャプテンのノオトは、忍者に連れられて、キャプテンのキリが眠る寝室に案内されていた。 

 敷かれた布団の上では確かに仮面を外したキリが寝転がっており、そして──

 

 

 

「あい~、あいあい……」

「こうなってしまったのだ……」

「どうなっちゃったの!?」

 

 

 

 ──ガラガラを持って、何やら呟いていた。

 口には哺乳瓶がブチ込まれている。

 とてもではないが、15歳の金髪美少女にやらせることではない。

 この特殊プレイもびっくりな光景に早速ノオトは理解が追い付かず、忍者の首根っこを掴む。

 

「オイイイ、説明しろォォォ!! 過労でとうとうおかしくなっちまってるじゃねーッスか!!」

「言ってしまえば、脳髄のキャパオーバー。それに伴う幼児退行!! それが今のキリ様の症状だ。こんなケースは初めて──」

「オレっちも初めてなんスけど!? 仕事のし過ぎで頭がぴょいしちまってんじゃねーか!!」

「我々も忠言していたのだが、全く聞き入られず……最近は密猟組織の対処にも追われていた故……気付いた時には手遅れであった」

「元に戻るんスよね、これ!?」

「恐らく──」

「恐らくもメイビーもねーよ!! 戻らなかったら困るんスけどォ!?」

 

 キリの脳は、ハッキリ言って常人のそれを遥かに上回る処理速度を誇る。運動神経の高さも、知能の高さも、そこに由来すると言っても過言ではない。

 だがしかし、どのような高精度のコンピューターと言えど酷使し続ければいずれはショートする。

 特に繊細な彼女の脳は、とうとう此度このようにダウンしてしまい、今に至る。

 だが、ノオトを見つけるなり──哺乳瓶を外したキリは、ふにゃりとした笑みで笑いかける。

 

「ノ、ノオト、どのぉ……? えっへへへ、ノオト殿だぁ」

「おお、キリ様が言葉を! 昨日までは赤子同然の語彙しかなかったというのに! 何という回復力──」

「バカ!! 感心してんじゃねーッスよ!!」

「やはりブドウ糖……! ブドウ糖は全てを解決する! この分なら数時間後には言語能力が戻っているだろう、流石キリ様!!」

「だとしても哺乳瓶で摂取するモンじゃねーだろ」

 

 仮面を付けた完璧なキャプテンとしての姿でなければ、人見知りが激しい仮面を外した姿でもない、全く見た事のないキリの姿にノオトは困惑する。

 

「我々からの頼みは一つ。キリ様に息の抜き方を教えてやってほしい」

「ええ……」

「ノオト殿は知らないと思うが、仮面を付けているときのキリ殿は傍目から見ても仕事中毒そのもの。しかも自分でも分かっているのか、仮面を取りたがらぬ」

「……オンオフの入れ方を分かってるんスね……」

「故に猶更タチが悪い。仮面を脱がなければずっと集中力が続くことを理解している。このままでは、キリ様も早死にしてしまう。付き合いの長いノオト殿ならば、キリ様を適切に補佐できるだろうとのことだ」

「それはあんたらの仕事っしょ」

「……我々が休めと言って聞くような御方ではない。リュウグウ殿が亡くなった後は、猶更……」

「……」

 

 なまじ仕事ができるが故に無理をしてしまったのだろう、とノオトは判断する。

 

「密猟組織も撲滅され、ひと段落。ここらでキリ様には、休んでもらわねばなるまい。幾ら忍者の頭領と言えど、まだ15の少女なのだ」

「……そう言えば例の組織って、ヘンな薬を作ってたんスよね?」

「ああ。人間の身体を変異させる薬品を密猟したポケモンから生成していたのだ」

「……悪趣味ッスね。この際オレっちも協力させてほしいくらいなんスけど」

「いや、奴等についての捜査は我々すながくれ忍軍全体で執り行う。後始末は任せてほしい」

「ま、あんたらなら何も心配ないッスよねぇ。……りょーかいッス」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──数時間後。

 

 

 

「先程はお恥ずかしいところをお見せしたでござるよ……」

 

 

 

 完全に元通りの語彙を取り戻したキリは、改めて寝室の布団の上で正座していた。

 ついでに、復興作業の監督役、忍軍の指揮、森の神様の調査、その他テング団との戦闘の後始末、等々常人ならば1つでも胃が痛くなるような仕事に手を付けることを禁じられた。

 結果、文字通り彼女は暇になってしまったのである。

 

「しかし、安心するでござるよ、ノオト殿。こんな事もあろうかとノートPCに書類のデータを……アレ? 開かないでござる!? あ、アイツら!! 人が寝てる間に電子機器に封を!!

 

(テープで物理的にPCの使用を禁じられてるッス……)

 

「小癪な! これでは、仕事が進まないでござるよ!」

「キリさんは働きすぎなんスよ……」

「し、しかし」

「以前は此処までワーホリ拗らせてなかったじゃねーッスか。何でこんな……」

「……拙者は、今や筆頭キャプテン。リュウグウ殿の跡を継がねばならんでござる。その為には、サイゴクを……一刻も早く復興させねばいけないでござるよ」

「それで無茶な仕事の量を入れてたんスね……真面目なのは、キリさんの良い所ッスけど、真面目過ぎも考えモノッス」

「……うう、面目ない」

「キリさんは、おやしろの実質的な最高戦力。いざという時にブッ倒れたら、誰がおやしろを守るんスか」

「そ、それは──」

「あんたの代わりなんて、誰も居ねーんスよ」

 

 無理矢理ノオトはキリの仮面を引っ剥がす。

 普段なら抵抗できるはずの彼女は、それを邪魔することもしなかった。

 すぐさま可愛らしい素顔が露になり、彼女は顔が真っ赤になって手で覆ってしまう。

 

「な、ななな、なーんてことをするでござるかァ!? 返すでござるよ!」

「いいや、返さねーッス。仮面は禁止。ついでに、これから一週間、仕事も鍛錬も禁止! その間のお目付け役は、オレっちが務めるッス」

「ダ、ダメでござるよ! ノオト殿に、おやしろに迷惑が掛かるでござる!」

「既に迷惑掛かってんスよ! 任務の終わりにブッ倒れて、おまけに3日間近く頭がアッパラパーになってたキャプテンを放っておけるかって話ッス」

「うぐぅ……ぐうの音も出ない」

「出てんじゃねーッスか。しかも、あんた今、オレっちの動きに反応できなかったっしょ。弱ってるんスよ。あんたが思ってる以上に」

「……拙者は、どうすれば。拙者にはまだ、やるべきことが沢山あるのに」

「そりゃあ簡単ッス。あんたも年頃の女の子なら、ちったぁそれらしいことをやるべきなんスよ。ゴマノハの名前でオレっちの前に出て来てた時も、仕事か鍛錬ばっかだったし」

「……それ以外の生き方なんて分からないでござるよ……それに拙者、仮面無しだと人とまともに喋れないし、結局これしかないのでござるよ」

 

 彼女は腕に自分の顔を埋めた。

 重度のコミュ障であるが故に、任務と修行に明け暮れて生きてきたのが此処に来て響いている。

 キリは、自分を休めると言うことをロクに知らない。

 そればかりか、休みなしで何日も動けてしまうだけの脳と身体を持つだけに、無茶が利いてしまうのである。

 

「日々己を鍛え上げ、磨き上げ、忍び耐える。それが……忍者の在り方でござるよ。それを取り上げたら何にも残らないでござる……」

「本気でそう思ってるんスか?」

「でも……」

「でももヘチマもねーッス。とにかくあんたには、今からオレっちに付き合ってもらうッスからね」

「一体何を……」

「決まってるっしょ?」

 

 にやり、とノオトは笑みを浮かべる。

 

 

 

「デートッスよ、デート!!」

「ハァ!?」

 

 

 

 キリは目を白黒させる。 

 そんな彼女を差し置いて、すぐさまノオトは言い出した。

 

 

 

「明日、もう一回此処に来るッスから。オレっちが、色々教えてやるッスよ」

「ふぇえ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「デートだなんて分からないでござる~!! 遊びに行く恰好なんて知らないでござる!! そもそも人前で素顔なんて曝した日には何も出来なくなるでござるー!!」

 

 その時、キリに電撃走る。

 

「そうか! 替え玉を使えば良いでござるッ!!」

「本末転倒というのですよキリ様、それに幾ら何でもノオト殿が可哀想です」

「あう……それもそうでござる」

「そうやってすぐ、難しく考え込んでしまうのが良くない所ですよ、キリ様」

 

【すながくれ忍軍:一番隊隊長・ミカヅキ】

 

 ミカヅキは、最もキリと信頼関係の強い初老の側近だ。

 従者としての役割や、付き人としての役割もこなしている実質的なナンバー2つである。

 

「でもでもでも、恥ずかしいでござる……忍び装束と和服以外、しばらく着てないでござるよ……」

「しゃらんしゃらららん」

 

 メテノを抱きかかえながら、キリは鏡の前で顔を真っ赤にして座り込んでしまう。

 彼女が極度の恥ずかしがり屋であることは、ミカヅキも理解している。だが同時に──彼女の分厚い殻を壊せるのは、ノオトしか居ないとも理解していた。

 キリからすれば同年代で出来た初めての友人、それがノオトだ。

 彼女はついついノオトの為ならば、と気を許してしまう節がある。

 

(キリ様は、あまりにも早くキャプテンの座に付き過ぎた。先代は死の間際、それを望んでいなかった……だが同時に、キリ様は歴代でも屈指の才覚の持ち主でもあった)

 

 彼女の髪を透きながら、ミカヅキはふと思案する。

 仮面を被ったことで、キリは自らの心を殺し、忍びとして完成された器となった。

 それは──彼女が自ら望んだことであった。

 父の死後も尚、すながくれ忍軍をサイゴク屈指の戦力として維持するという執念が為した荒業であった。

 

(キリ様は真面目過ぎる。真面目は取柄だが過ぎれば短所。それが、対人関係を苦手とする要因の一つとなっていることは否めない)

 

(此度の休暇で、少しでも自らの力を抜く術を知り、筆頭キャプテンの重責を和らげることが出来ればいいのだが……)

 

「ああ、誰か服に詳しい者は居ないでござるかーッ!?」

「お任せくださいッ!!」

 

 鏡の前で思い悩むキリの背後に突如として現れたのは、くノ一部隊であった。

 

「逢瀬とあらば、我らにお任せを!!」

「殿方を落とすのに必要なものはたった3つだけ!! これさえ守れば殿方のハートをゲットだぜ!!」

「1つ!! 積極的なボディタッチ!! 耳に息を吹きかけてもオーケー!!」

「2つ!! 隙を敢えて見せるべし!! 向こうからお持ち帰りしてくれるから!!」

「3つ!! スケスケの勝負下──」

 

 

 

 げ ん こ つ

 

 

 

「貴様等はァ!! 馬鹿な事を言ってないで鍛錬に戻らんかァ!! そもそもキリ様とノオト様は只の友人関係だ!!」

「ごめんなさいでした……」

「お前達の言っとることは、何もかもが間違っとる!!」

「ひ、酷い……我々は少しだけキリ様とノオト殿の距離を縮めてあげよ―かなーってお節介を」

「焼かんでいい!!」

 

 余計な事を吹き込もうとしたくノ一たちは、ミカヅキから思いっきり高速で拳骨をゲットしたのだった。

 

「スケスケの……何が必要でござる?」

「キリ様にはまだ早い!!」

「そんな! ミカヅキ様がそうやって過保護だから、若君もいつまで経っても対人恐怖症が治らんのですよ!」

「15歳なら、もう大人ですよ昔なら!! セーフ!!」

「すっ飛ばし過ぎだ貴様達はァ!!」

 

 結局、ミカヅキによる厳重なチェックが入り、明日の彼女の私服が決定したのであった。

 試し着替えが一通り終わり、疲れ果てた顔で──キリは問うた。

 

「……ところでミカヅキ」

「キリ様。仕事の話なら──」

「何を隠す必要があるでござるか。()()()()()()()()()()()()()は急を要す話でござる」

「ぬっ──流石です。しかし、今は休暇中。キリ様が気にすることはありません」

「原因は我々の自白剤ではないのでござろう?」

 

 キリの問に、ミカヅキは首を縦に振った。

 捕縛したドン・ドリルは、間もなく泡を噴き出し、一命こそ取り留めたものの廃人化してしまったのである。

 それをすぐに調べたキリは違和感を覚える。ドン・ドリルは仮にも組織の首領のはず。

 薬の特性を理解していなかったとは思えない。自分が廃人化すると分かっている薬を、意気揚々と打ち込むバカが首領を務められるのか、と彼女は考える。

 

「まるであれでは口封じ同然。しかも組織のボスがでござる。考えれば考える程……奇妙な話でござろう」

「今考えるのは、明日の()()()です」

「……分かった。ミカヅキ達に任せるでござるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act2:デッド×ヒート

 ※※※

 

 

 

「ライドギア、デート? 確かに動きやすい格好で、と言っていたでござるが──」

「そう言う事。なーんも考えずに、ポケモン使って空を飛びまくるんスよ。これなら、キリさんも、他の人と顔合わせなくて済むッスからね」

「……まあ、そういうことなら」

「それより体調はどうッスか? 肉体面の不調は大丈夫そうだってミカヅキさんは言ってたッスけど」

「だから平気でござる。正直、早く仕事を始めたいくらいでござるよ」

「じゃあその熱意を、今日は思いっきり遊ぶことに使うッス!」

 

 翌日、ノオトに呼び出されたキリは、明るい色のスポーティな服とスカートに身を包んでいた。

 せめて顔が出来るだけ隠れるようにとサンバイザーを付けているのは御愛嬌である。

 場所はクワゾメタウンの外れ。

 幾度となく修行で訪れた場所だが──そこをスタート地点として各地を回ろうと言うのだ。

 

「──いやー、それにしてもキリさんってポニテも似合うッスねー」

「あ、あんまり褒めると帰るでござるよ!?」

「可愛いのに」

「可愛くなんてないでござる!」

 

 キリが繰り出したのは翼竜のような姿をしたポケモン・プテラ。

 一方のノオトは、カラミンゴだ。

 真っ赤になる顔を抑えるようにして彼女は先に空へ飛び出してしまう。

 

「ああ、キリさん!! 行先分かんねーのに飛び出したら迷子になるだけッスよ!!」

 

 彼女を追いかけ、ノオトも空へ飛び出した。

 ぐんぐんと2匹は高度を上げていき、クワゾメタウンの街並みがはっきりと見えるほどだ。

 

「ひゅーっ、流石の高さッスねー!」

「っ……」

「どうしたんスか?」

「いや、こうして自分の町をゆっくりと見下ろすことなんて無かったから、新鮮で──」

「へへっ、凄いっしょ? 今日はこっから、イッコンの方に下ってみるッスよ!」

「イッコンまでの道なんて何度も行ってるでござるが」

「わざわざライドポケモンで空を飛んでいくことなんてないっしょ?」

「……それは、そうでござるが」

 

 ぎゅん、と音を立ててカラミンゴが翼を広げて砂漠を目掛けて飛ぶ。

 それをプテラも旋回して追いかける。

 風が不思議と心地いい。

 今日は無風、砂漠から砂も飛ばない。

 

(……急がず焦らずで空を飛ぶなんて、いつぶりだろう)

 

「ほらほらーっ、置いていくッスよ!」

「ま、待つでござるよー!!」

 

 砂漠地帯を抜け、町の上を飛び去っていく。

 途中、何度も宙がえりを繰り返すノオトに食らいつくように、プテラもまた旋回して追いつこうとする。

 

「ヒャッホー! 最高ーッス!」

「っ……危ないでござるよ、ノオト殿ー!」

「心配し過ぎッスよ、落っこちやしねーんスから!」

「そうでござるけど……!」

 

 ライドギアは乗り手と座席、そしてポケモンがベルトで固定されており、更に命綱をポケモンの身体の一部と繋いであるので、安全性は低くない。

 それに任せて、速度を上げさせることもできるわけだが、未だに本調子ではないキリにとっては、ノオトがどんどん先行するように見えており。

 

(というよりも拙者、自分で思ってた以上にやられてるでござるな……今までついていけていたスピードについていけない)

 

「あーもう、待つでござる! デートでござろう!? 置いていかないでほしいでござるよーっ!」

「あっ、わりわり、少しペース落とすッス」

「……何かそれはそれで少し悔しいでござるよ!」

「ダメッスよ、無理しちゃあ! 病み上がりなんスから!」

「そうでござるが……」

「それに、空中散歩で終わりじゃねーんスから! 此処でバテたら勿体ねーッスよ!」

 

(ノオト殿……やっぱり、年下なんでござるな……こんなにはしゃいじゃって)

 

 ふふっ、と少しだけ笑みが漏れる。

 確かに未熟な部分も多く、お調子者で、泣き虫だが──それでも一本芯が通っている強者。

 キリから見えるノオトは、そんな力強いトレーナーだった。

 しかし、今こうして見てみると彼はやはり本質的には只の少年なのだと思い知らされる。

 

(良いなあ、羨ましい。拙者はついつい、仕事第一になってしまうでござるから……)

 

 今こうして飛んでいる間にも、キリの頭には今抱えている仕事や書類のことが過ってしまう。

 彼女の脳は、ありとあらゆることを同時並列的に思考することが出来てしまう。

 それは任務の時には役立つ一方で、こうしたリフレッシュの機会も心の底から楽しむことができないといった弊害も抱えていた。 

 

(こ、これではいけない! 折角ノオト殿が色々計画を立ててくれたというのに!)

 

「どーしたんスか? キリさん」

「いや、何でも──」

 

 そう言いかけた時だった。

 ノオトの頭上に、何かが落ちてきている。

 目を凝らすと、それがポケモンであることは間違いない。

 このままではノオトと進行方向とぶつかる。

 

 

 

「ッ……危ない、ノオト殿!! 直上!!」

「え?」

 

 

 

 思わずノオトはハンドルを握り締め、落ちて来たそれを躱す。

 そして──カラミンゴのすぐ傍を掠めていたポケモン目掛けて、追いかけるように急降下していく。

 

「ノオト殿!?」

「ッ……間に……合えーッ!! ”ブレイブバード”!!」

 

 急加速するカラミンゴ。

 そのまま落ちていくポケモン目掛けて突貫し、ノオトがすぐさま抱きかかえ込む。

 危うさ一つ感じられない空中キャッチ、彼の反射神経が為せる技だった。

 キリのいる場所まで再び上昇していくカラミンゴ。

 そして跨るノオトの両腕には、見慣れないポケモンが抱きかかえられていた。

 鳥のようなポケモンで、体色は真っ白だ。そして、体躯に対して羽根はとても小さい。

 

「ッ……ノオト殿、そのポケモンは?」

「コイツはサイゴクに居るポケモンじゃねーッスよ! 見たことがねーッス……!」

 

【トゲチック しあわせポケモン タイプ:フェアリー/飛行】

 

「横切った一瞬で只事ではないと判じたでござるか。流石でござるな」

「しかもボロボロだったから、見過ごせなかったッス」

「それにしても、なぜこんな所に?」

「ちょげ……」

「とにかく急ぐッスよ! ポケモンセンターに運ばねえと!」

 

 外来種の発見は、ヒャッキの一件以降サイゴクでは特にデリケートな問題となった。

 トゲチック系統は超希少種とされるポケモンで、滅多にお目に掛かれるものではなく、また霊脈を嫌うからかサイゴクでの生息は有り得ないとされているポケモンだ

 ポケモンの生態を監視するキャプテンとして、トゲチックの発見は一大事なのである。

 

「キリさん、こいつ、足輪が付いてるッスよ! 誰かが飼ってたポケモンなんスかね──」

「……!?」

「なんか、番号みてーなのが刻まれてるし──」

「違う! ノオト殿! そいつは飼われているポケモンではないでござる!」

「え? ……まさか」

 

 

 

「──まさか拾われてるなんてねェー、キャハッ」

 

 

 

 甲高い少女の声が聞こえてくる。

 月を背景にして、蝙蝠のような羽根が広げられている。

 それが繋がっているのは、人間だ。

 

「ねぇねぇ、そこのガキんちょ達。そのトゲチック、あたしのなんだよね。痛い目見たくなかったら、渡してくれない?」

「ッ……と、鳥人間ッス!?」

「──BURST……!」

「え!?」

 

 

 

(先日の密猟組織のボスが使ってた、ドーピング……それを我々は()()()()()()()()になぞらえて、BURSTと呼称している。ポケモンのエキスと特殊な薬物を混成することで生成して、ポケモンに似た力を人間に付与するとんでも薬物……!)

 

 

 

 そんな事を昨日、忍者が言っていたのをノオトは思い出す。

 その時は悪趣味な薬だとしか思っていなかったが、こうして相対してみると

 目の前の少女の特徴はそれに当てはまる。人間でありながら、蝙蝠のような羽根、そして巨大な耳が生えている。

 

「大人しくそのトゲチックを渡してくれないかなぁ。全部まとめて吹き飛ばしちゃうよ?」

 

 

 

【オンバーン<BURST> おんぱポケモン タイプ:ドラゴン/飛行】

 

 

 

「……推測するにオンバーンッスか……!!」

「ノオト殿。相手は飛行タイプであることは確実。此処は拙者に……!」

「全力じゃねえあんたに気ィ遣われる程鈍ってねーッスよ!!」

 

 そう言ってノオトはキリにトゲチックを渡すと、ぐん、と高度を上げていく。

 

「ノオト殿!!」

「早くポケモンセンターへ!! すながくれ忍軍への連絡も頼むッス!!」

「ッ……御意でござる!!」

「キャッハハ、逃げられると本気で思ってるわけ?」

 

 プテラを追撃する勢いで急襲するオンバーン女。

 しかし、それを塞ぐようにしてカラミンゴが組みかかる。

 

「テメェの相手は……オレっちッスよ!!」

「きゃはは☆ 知ってるよ、ノオトって言うんでしょ? キャプテンの中で一番ザコなヤツ! 女の子を守ってカッコつけたつもりィー?」

「あ?」

 

 ノオトの額に青筋が浮かぶ。

 例え本当のことでも言われて腹の立つことはあるもだ。

 完全にナメられている。

 

「きゃはっ、だけど残念。私達は、この世界に革命を起こすの。貴方たち前時代的なキャプテンはジャマ。消えてくれなきゃ」

「何が前時代的だってんだ? ああ? テメェらのがよっぽど前時代的で野蛮だろが」

「ポケモン同士で戦わせたり、ポケモンを指示して戦わせるのって……正直まどろっこしくない?」

「……斬新ッスねぇ。だから己の身で戦うと?」

「そういうこと。私達、革命戦士は己の拳でこの世界を変えてみせる」

 

 笑わせんな、とノオトは吐き捨てる。

 彼女達がBURSTとやらに使っている薬剤には、密猟されて犠牲になったポケモンのエキスが使用されていることを既にノオトは知っている。

 どんな思想があってそこに行き着いたのかは知らないが、そもそも禁術とされているテクノロジーをノオトは見過ごすことが出来ない。

 

「冗談じゃねえ。その拳は何で出来ている? 想像しただけで反吐が出るッスよ!!」

「キャハッ、ざーんねん。じゃあ、さっさと消えてくれないかなあ」

 

 離脱するプテラを見届けると、カラミンゴに騎乗したままノオトはオンバーン女との戦闘を開始する。

 とはいえ、速度はオンバーンが上回る。

 元のポケモンそのものの強烈な蹴りがカラミンゴを襲い、そして巨大な耳から爆音が放たれる。

 

 

 

「鼓膜が破れないように注意してねぇぇぇぇーっ!!」

 

 

 

 爆弾が爆ぜたような轟音がノオトを、そしてカラミンゴを襲う。

 超音波をも超えた、音による破壊兵器、その名は”ばくおんぱ”。

 その身体は風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされ、落下していく。

 

「きゃははっ、ざぁーこ☆ キャプテンって割にはあんまり強くなかったねぇ」

「ッ……」

「追撃!! 追撃!! そのままバラバラになっちゃえ!!」

 

 翼を羽ばたかせれば、斬撃が夜の空を飛び、落ちるノオトとカラミンゴを切り裂こうとする。

 しかし。

 

 

 

「”じごくづき”」

 

 

 

 一瞬で態勢を整えたカラミンゴが、バネのように空中で跳ね上がり、そのままオンバーン女を目掛けて嘴を突きつける。

 直撃。

 効果は抜群ではないものの、嘴による突きが確かに炸裂したのである。

 オンバーン女は驚愕する。

 空を裂くエアスラッシュをいとも容易く躱してみせたどころか、こちらの反撃など恐れていないと言わんばかりのインファイトスタイルに一瞬、恐怖さえ覚える。

 だが、それだけだ。

 自らレンジまで飛び込んできたのならば、至近距離で”ばくおんぱ”をぶつけてしまえば良いだけの話である。

 

「あっ、ぎぃっぐっ……!?」

 

 その時だった。

 全身を貫くような苦痛が襲い掛かる。 

 とてもではないが、音波を放つどころの話ではない。

 オンバーン女は空中で態勢を崩し、ぐらり、と揺れる。技を思ったように出せない。

 

【じごくづき 受けた相手は地獄の苦しみから、音を出す技が出せなくなる。】

 

「ク、クッソ……!! 良くもやったなァ!?」

 

 がぱぁ、とオンバーン女は大口を開けてみせる。

 そこから放たれるのは、全身を駆け巡るドラゴンのエネルギー。

 それが集められて、一気にカラミンゴに向かって爆ぜる。

 だが、それを受けても尚、ノオトもカラミンゴも傷ついた様子が無い。 

 何度でも何度でも食らいつくようにしてオンバーン女目掛けて飛んで行く。

 それを撃ち落とすようにして彼女は再び羽ばたき、エアスラッシュで切り裂きにかかる。

 

「その身体、ガキんちょのくせに超鍛えてんじゃないのーッ!? じゃあ考えたことはない? この身体がポケモンと同じならって!!」

「──ッ!!」

「今、欲しいでしょ力がァ!! その鍛えた身体で、禁じられた力のBURSTを振るう悦び!! 理解出来ないとは言わせないからねーッ!!」

「……あー? 聞こえねえな、何にも──」

 

 じぐざぐに軌道を描き、カラミンゴは残るエアスラッシュも空中で全て回避してみせる。

 流石のオンバーン女も蒼褪めた。

 

「ひっ、こいつらバケモノ──!? BURSTしてないくせに、それだけ被弾してるのに、何でまだ動けて──」

 

 否、と彼女は判断を変える。

 よく見ればノオトの服は既にボロボロ。

 全身から血も出ている。完全にやせ我慢だ。

 

「まさか──理屈とか理論とか科学とか関係ない、ただの、ド根性だってのーッ!?」

「”ブレイブバード”ォ!!」

 

 一気に力を込めて、オンバーン女目掛けてカラミンゴは体全部でぶつかり──貫くのだった。

 女の身体に纏われていたポケモンの体組織が崩壊し、元の人間としての姿に戻っていく。

 

「そ……んな、バカな……ざぁーこだったのは、あたしってことォ……!?」

「わりーな、マジでなーんにも聞こえなかった。つーか何なら意識飛びかけたッス」

 

 ノオトの耳からは──血が漏れ出していた。

 最初の”ばくおんぱ”で彼の鼓膜は破られ、既に何も聞こえていなかったのである。

 

「オレっち根性論者じゃねーッスからね。あんましこういう手は使いたくねーんスけど、事態が事態なんで」

「あっぎっ……」

「でも、余計な音が聞こえなかったおかげで集中できたッスよ。テメェをブチのめすのに」

 

(やべー、自分の声しか分かんねーッス、これ治るんスかね?)

 

 ポケモンセンターのハピナスに任せるしかないか、と諦め、ノオトは落下していくオンバーン女を両腕で受け止めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act3:アレスト×トラスト

 ※※※

 

 

 

「早く、早く早く行かなければ──ッ!!」

 

 

 

 トゲチックを抱きかかえながら、彼女はキビシティ目掛けて急降下していく。

 人込みは怖い。町中のポケモンセンターは怖い。

 だが──今抱きかかえている命を助けられないのは、もっと怖い。

 それは、キャプテンの矜持が許さない。

 

 

 

「──いよーう、そこの嬢ちゃんッ!! そんなに急いで何処に行くんだYO?」

「……ッ!!」

 

 

 

 キリは、一瞬何をすればよいのか分からなかった。

 いつもの彼女ならば、声を敵意を断じ、腕の仕込みワイヤーですぐさま攻撃を仕掛けるところだった。

 しかし、それが今は出来なかったのである。

 一度オーバーフローした思考回路が元に戻るのには時間がかかる、と医者は言った。

 過労によるストレスと、疲労で、今までのような過度な集中状態となることを脳が拒んでいる。

 故に、今までのような突発的な判断も計算も封じられているも同然だった。

 男は全身が紫色の鎧に包まれており、更に全身からは電気が迸っている。

 

「そのポケモンは激レアでなァ──出来れば穏便に渡してほしいんだけどYO!!」

「ッ……こいつもBURST体でござるか……!!」

「ちょげ……」

 

【ストリンダー<BURST> パンクポケモン タイプ:電気/毒】

 

「ついでに嬢ちゃんのプテラも、なかなか激レアじゃねーかYO!!」

 

 武装している状態で穏便と言われても、何ら説得力も欠片も無い。

 手には毒々しいデザインのエレキギターが握られており、そこからは既に紫電が迸っている。

 更にストリンダー男は、サーフボードのようなものに乗っており、それで自在に空を飛んでいる。

 電力は恐らく、自らの発している電気で賄っているのだろう、とキリは推測した。

 

(さて困った……電気タイプの攻撃はプテラに対して効果抜群、何よりトゲチックを守りながら戦わねばならんでござる)

 

 策を練ろうにも、頭が追い付かない。

 

「お前達が持ってるトゲチックだYO!! レアなポケモンのエキスが欲しいんだYO!!」

「エキス──知っているぞ! それはポケモンの命を奪うものでござる!」

「知ったこっちゃねぇYO。俺らからすれば、只の商売道具! そして、BURSTはジャマな奴等を消すための道具だYO!!」

「ならば──ッ!!」

「おっと逃がさないYO!!」

 

 エレキギターをかき鳴らせば、音波は電気を纏い、キリ目掛けて襲い掛かる。

 オーバードライブ。震動波で攻撃するストリンダーの専用技だ。

 辺りの空気は揺れ、更に電気も共に襲い掛かる。

 当然、避けられるはずもなく──

 

「がっああああああ!?」

 

 視界が白黒に染まる。

 効果は抜群。プテラも、そして抱きかかえていたトゲチックも感電してしまった。

 そして上に乗っているキリも、電撃をモロに喰らってしまう。

 

(ふ、普段なら、こんなヤツ相手に被弾しはしないのに……!!)

 

「おっと耐えるのかYO!! だけどもう、虫の息だYO!!」

「ッ……!!」

「ひゅっ──何だこの女、急に眼付が変わったYO!?」

「貴殿の攻撃は読み切った……プテラ!! 最後の力を振り絞れ──ッ!!」

 

 逃げても追いつかれるならば、逆に飛び上がるまで。

 プテラの速度ならばそれが可能だ。

 

「”そらをとぶ”!!」

 

 V字型に急上昇し、プテラは電気の波を見事に避けてみせる。

 更に高度はぐんぐんと増していき、ストリンダー男の頭上にまで到達する。

 

「WAO!! アメイジング!! 此処までのスピードとは!! だけど、それならこれはどうかなァ!!」

 

 ストリンダー男が全身から電気を放出しようとエレキギターを再び構えたその時だった。くるりと宙返りすると尻尾を思いっきり下からエレキギター男に叩きつけるのだった。

 長い尻尾による攻撃は想像以上にリーチが長く、男は回避のタイミングを見誤る。

 ただし、それは叩きつけ等という言葉では生温かった。

 

 

 

「”じしん”ッ!!」

「ごぉっ!?」

 

 

 

 男の身体はあっさりと上空へと放り投げられていく。

 地を揺らすほどのエネルギーを叩きつける、言わずと知れた地面タイプの技だ。

 相手が飛行タイプでなければ、相手が浮遊の特性を持っていなければ、直接相手に攻撃をぶつけることでダメージをぶつける事が出来る、応用の利く技でもある。

 そして、ストリンダーのタイプは電気と毒。両方共地面が弱点となる。

 耐えきれるはずが無かった。

 むしろ、生身の人間が受ければ、普通は粉々に砕け散る程の衝撃であった。

 

 

 

【効果は抜群だ!!】

 

 

 

 

「はっ、がぁっ……!? く、空中戦のプロかYO……!? てか、あの一撃で斃れねぇって……この小娘、何者なんだYO!?」

 

 男の身体は震動しながら、全身に覆っていたポケモンの体組織が崩壊していき、元の人間の姿へと戻っていく。

 そして、再び急上昇で接近していくプテラが男を咥え、何とか回収することに成功したのだった。

 

「何者──それはこちらの台詞……やはりBURST体は……ポケモンと同等の身体に強化されているでござるか」

 

 息も絶え絶えに、キリもプテラもふらふらと町を目掛けて落ちていく。 

 目下にあるのはキビシティを目指して降下していく。

 

(ノオト殿は、何とか打ち勝てただろうか……ッ!)

 

「ちょげ……」

「ぴぎゃぁ……」

「ッ……いけない、すぐに傷薬で回復するでござるよ……!!」

 

 弱点の電気技を受けたことで、トゲチックもプテラも体力を大幅に削られている。

 ポケモンセンターを待たずに回復させるべく、ポーチをごそごそと漁ろうとしたその時だった。

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

 プテラの横腹に、衝撃が走る。

 ぐらり、とその身体は揺れる。

 攻撃を受けたのだ、とキリは確信した。

 そしてプテラはそのまま飛行態勢を保つことが出来ず、真っ逆さまに墜落していく──

 

「い、いけない!! プテラ!! しっかり──」

「ぴぎゃあ……」

 

 だが、止まらない。

 すぐさまキリは手首からワイヤーを射出し、プテラの身体に巻きつける事で姿勢を固定。

 応急処置ではあるが、無理矢理滑空させることで、何とか不時着させるのだった。

 ざりりり、と引きずるような音が鳴り響く。

 既にこの時にはキリもプテラも、満身創痍ではあったものの、何とか衝撃を抑え込むことには成功する。

 

「はぁ、はぁ……一体何が……」

 

 

 

「──くふふ」

 

 

 

「ッ!?」

 

 キリは見上げる。

 そこに立っていたのは、忍装束に身を包んだ女だった。

 しかし、その恰好はすながくれのものとは異なる。

 妖艶な空気を漂わせる人物だった。しかし、初めて会うにも拘わらず、キリの中には一つの名前が浮かび上がる。

 

「ヒガンナ……ッ!?」

「そのワイヤー捌き、岩ポケモン、すながくれの忍者とお見受けする……とでも言っておこうかしらぁん?」

「うぐぅっ……」

 

 意識が無くなっていくのを感じる。

 急激な混濁、そして強烈な眠気、眠り粉だとキリは判断し、ワイヤーを飛ばそうとするが──全て苦無で切り裂かれてしまった。

 

「あらぁ、ダメよ? そのワイヤーは何度も何度もぶつけられたもの。何処をどう撫でれば斬れるかなんて分かり切ってるんだからねぇん」

「何故、今になって──」

「キャプテン・ウルイが死んだと聞いたわ。だけど、当然次の代のキャプテンが居るのよねぇん?」

「まさか──」

「あの時の屈辱、まとめて返すわ。貴女には……クワゾメのキャプテンを釣るための餌になってもらうからねぇん」

 

(この女……そう言う事でござるか……!!)

 

「ハッ、拙者を浚ったところでキャプテンがわざわざ出向くとでも? 忍は冷徹でござるよ……!」

「……お黙りなさいな。もう身体の自由が利かないでしょぉん?」

 

(この女、相当の使い手──ぐぅっ)

 

「ウルイは甘いヤツだったわぁん。部下一人傷つけるのも嫌う男だった。今のキャプテンも相当な人格者らしいじゃなぁい? なら、貴女を浚えば必ず助けに来るわよねぇん」

 

(マズい、抵抗できない……ならば一度、癪だが……ヤツの思い通りになってみるとするか……!)

 

 がくり、と彼女はその場に倒れてしまう。プテラも完全に眠ってしまった。

 ヒガンナと呼ばれた女は妖しい笑みを浮かべると、服の間から糸を噴き出し、キリの身体を絡めとる。

 

 

 

「くふふふ、やっと寝てくれたわねぇん、貴女には……すながくれ崩壊に……協力してもらうわよ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『拝啓・親愛なるすながくれの皆様 貴殿たちの大事な忍びの小娘はこちらでたっぷりと可愛がっております♡ 返してほしくば、キャプテンを一人で以下の場所へ向かわせたし。追伸:守らなかったらどうなるか分かってるわよね?』

 

 

 

「現場には、このような文が残されていた、と……」

「すまねぇッス……オレっちが目を離したがばっかりに」

「しかもこの文面、浚った小娘が他でもないキャプテン・キリであると気付いていないようであるな……」

 

 すながくれの拠点はお通夜のような空気が流れていた。

 よりによって、キリが()()()()と気付かれないまま拉致されてしまったのである。

 ノオトが駆け付けた頃には、キリもトゲチックもプテラも居なくなっていたのだ。

 この一連の早業、そして手紙の書体から──すながくれの忍達はすぐさま犯人の正体を割り出した。

 

「この花の紋様……ヒガンナだな」

「ヒガンナ……!? 犯人に心当たりがあるんスか!?」

「かつてクワゾメを騒がせた盗賊だ。数年前、先代クワゾメキャプテン・ウルイとの激闘に敗れ、捕らえられたのだ」

 

 ヒガンナという盗賊は、それはそれはもう、かつては嵐のように暴れ回ったのだと言う。

 ポケモンをまるで手足のように操り、民間人にも被害を出し、被害総額は億単位にも及ぶとされており、すながくれはこの盗賊の捕縛に全力を注いだ。

 しかし、ヒガンナの実力は先代キャプテン・ウルイに匹敵する程の使い手。別の地方の忍の里出身だったこともあり、苦しい戦いを強いられたのだという。

 

「じゃあそいつが脱獄したんスか!?」

「ああ。ヤツは警備が厳重なシンオウ地方の刑務所に入れられていたのだが……先代が亡くなった年に脱獄したのだ。何者かの手引きを受けてな」

「ザルゥ……」

「だがそれ以降、目立った動きも無く。まさか今になって再び動き出すとは」

「何処かに潜伏してたんスかねぇ? とにかくキリさんを助けに行かねえとッス!!」

 

 普段のキリならばそもそも捕縛されることは有り得ない。仮に捕まっても、自力で脱出するなど容易い。

 例え仮面を外されていようがいまいが、素の頭脳と肉体スペックは変わっていないので、此処は揺るがない。

 しかし、今の彼女は著しく弱体化している。普段のような超人的無双は期待できない、とノオトは不安に感じる。

 

「しかし参った……ヒガンナは、キリ様がウルイ様の娘であることすら知らないだろうからな」

「じゃあどうすれば?」

「キリ様の命が最優先だ。下手な事をすれば命が危ない。テング団と違い、ヒガンナはこちらのやりそうなことは大体想定しているだろう」

「だけど、交換条件となるキリさんが居ねえんスよ!?」

「人質がキリ様というのは、ある意味幸運とも言えるがな」

 

 ミカヅキは──苦虫を嚙み潰したような声で言った。

 

「……幾ら本調子でないと言えど、それでもキリ様はキリ様だ。現地で相手を一泡吹かせるだけの策を練っているだろう」

「でも……心配じゃねーんスか!?」

「無論。これでも、育ての親のようなものだからな。しかし──何があっても良いように、忍の技を叩きこんできたはずだ。もし、キリ様が此処に居るなら、何というと考える」

「……まさか」

「そうだ。()()()()()()()()()()()()()──そこまで言う御方だ」

 

 ノオトは崩れ落ちる。

 それが忍の在り方だと言われればそこまで。

 だが、あまりにも彼女は自分の身を顧みなさ過ぎる。

 

「だから、我々はあの方に着いていくのだ。先代・ウルイ様の娘だからではない。キャプテンとして、忍としての覚悟が人一倍強いから、あの方を慕うのだ。同時に──背を支えてやらねばならんかった……」

 

 ミカヅキは、何処か後悔しているようだった。

 幾ら、すながくれ最強の忍者と言えど、精神面ではまだまだ青い少女なのだ。

 

「故に、キリ様も助ける、ヒガンナも捕らえる、どちらも成し遂げねばならない」

「じゃあもう、策なんて要らねーっしょ」

 

 ノオトは──目に闘志を滾らせる。

 

「ヒガンナって、強いんスよね? キャプテンと同じくらい。それに、おやしろの忍者がゾロゾロと向かったら、人質のキリさんを傷つける口実を相手に与えちまう。……だから、オレっち自ら、乗り込むッスよ」

 

 回復されたと言えど耳は正直、まだキーンとして痛い。不安が無いわけではない。

 だが、今此処で動けるのは自分しかいない、とノオトは決意する。 

 

「それに、キリさんとデートしてたのはオレっちッスから。責任持って、キリさんを取り返す」

「……忝い。我々は隠密行動を厳とし、敵が逃げないように包囲する」

「オレっちは──正面突破ッスね!!」

 

 こくり、とミカヅキが頷いたその時だった。

 

「──失礼します!」

 

 部屋に突如として現れたのは忍者。ノオトの捕まえたオンバーン女の取り調べを今の今まで進めていたらしい。

 彼女は揺さぶると、あっさりと情報を吐いたらしいとのことだった。

 

「何か分かったんスか!?」

「……どうやら、あのオンバーン女はヒガンナの直接的部下ですね。ヒガンナはどうやら、密猟組織を立ち上げていたようです」

「スポンサーは?」

「海外の武器商人です。密猟組織や犯罪組織に自社製の武器を横流ししている死の売人ですよ。BURST薬に関する怪しい研究を水面下で独自に続けていたようです」

「大事になってきたッスね……」

「密猟組織とスポンサーの関係は、密猟組織がBURST薬の原材料となるポケモンを大量捕獲し、スポンサーがそれを加工して製薬、密猟組織に報酬として渡していたようです。尤も、末端組織には粗悪品を渡していたようですがね」

 

 その結果、ドン・ドリルは廃人化してしまったのだという。

 口封じの意味合いが大きかったようだ。

 一方、捕まえたオンバーン女は廃人化していない辺り、彼女らが服用していたものが完成品なのだろう、とノオトは考える。

 

「……やはり裏で手引きする黒幕が居たか。だが、何故今になって表立って動き始めた? しかもこのサイゴクで?」

「分かりません……彼女もそこまでは知らないようで、恐らく計画の全てを知っているのは外ならぬヒガンナかと」

「──なら、直接ブチのめして聞き出してやるッスよ」

 

 がつん、と掌に拳をぶつけてノオトは叫ぶ。

 

 

 

「喧嘩なら……オレっちの領分ッス!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──暗い。周囲が見えない。

 そう思っていた矢先、電気が付いた。

 赤いライトが妖しく部屋を照らす。

 

「お目覚めかしらぁん? お姫様」

「……ッ」

「あらぁ、真っ直ぐな目をしているのねぇ、まるで、あのウルイのようで──嫌いよッ!!」

 

 人間のモノとは思えない程に重い拳の一撃でキリの意識は完全に覚醒した。

 口の中を切ったことで、血が溢れ出て来る。

 

「ふふっ、脱走ポケモンを追ってきたら見覚えしかないワイヤー使いが居るもの。思わず虫籠の中に入れちゃったじゃない」

「げほっ……盗賊ヒガンナ……今度は何を企んでいるでござるか……!」

「決まってるじゃない。ビジネスよぉん」

 

 忍装束を解いたその姿は、花魁のような風貌。

 右目を覆う程に長い黒髪、そして胸元を大きくはだけさせた淫靡な雰囲気を漂わせた女性だ。

 パイプを吹くと、その煙をキリに吐き掛け──気だるそうに彼女は言い放つ。

 

「それにしても、こんなに可愛い子までくノ一にするなんてねぇ、優しそうな顔してウルイって鬼畜だったのね」

「ッ……!」

「まあ、どっちにせよ鬼畜には違いないか。私の大事なものを全部奪ったんですもの」

 

(この女、言わせておけば、お父様を侮辱して……ッ!!)

 

「ねえ、お姫様。すながくれの貴女が今こうして捕まってるのはね、あのウルイって男の所為なの。分かる? 分からないはずないわよね、ちょっと前まで生きていたんだからぁん」

「……先代と、何の因縁が」

「あら知ってるでしょ? それとも知らない?」

 

 ヒガンナの手がキリの首に伸び、押さえつける。

 

 

 

「──あの男は……私のプライドを……そして、大事なポケモンちゃんの命を奪ったのよ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act4:チェイス×チョイス

 ※※※

 

 

 

「ヒガンナ!! いい加減にお縄に付け!!」

「くふふ、嫌に決まっているじゃない!」

 

 

 

 それは、最後の捕り物の時。

 ヒガンナの傍には常に、ちょうちょポケモンのバタフリーが付き添っており、毒、麻痺、そして催眠性の鱗粉を大量にばら撒き、道行く人々を眠らせ続ける。

 虫ポケモン達による正攻法とは無縁の戦術。それこそがヒガンナの厄介さを加速させており、これまでウルイを何度も煙に巻いて来た。

 しかし、幾度もの戦いで既にウルイも対策を完璧に立てており、市街地での戦闘は白熱。

 既に彼女のポケモンは何匹も瀕死に追いやられていた。

 

(ッ……強くなってるわね、この忍者!! 以前よりも!! こうなったらどんな手を使ってでも逃げ切るわ!)

 

(最早お構いなしか! これ以上、この町に被害を出させるわけにはいかん!)

 

 痺れを切らした彼女は「巻き起こしなさぁい、暴風!」の一言で周囲に竜巻を巻き起こす。

 そこには当然、鱗粉も混ぜられており、近付くだけで昏倒する代物だ。

 おまけにバタフリーの特性は”ふくがん”。命中率の低い”ぼうふう”も容易く当てられるようになってしまう。

 更に竜巻の威力は高く、街路樹を巻き込み、屋根を剥がし、車をひっくり返す程。

 周囲の被害を顧みずに逃走を続けるヒガンナに、ウルイも切羽詰まっていく。

 

「もう手加減は出来んぞヒガンナ──行けバンギラスッ!!」

 

 飛び出したのはバンギラス。

 その目と口には、バタフリーの放つ鱗粉から身を守る為のゴーグルとマスクが装着されていた。

 

「ッ……”ぼうじんゴーグル”!! 対策してきたのね──だけど、鈍足なその子じゃあ──」

「力強く、跳べ、バンギラァス!!」

 

 アスファルトが割れる程の踏み込みだった。

 バンギラスは思いっきり飛び上がり、ヒガンナ目掛けて飛び掛かる。

 想像以上に敵のフットワークが軽かったことに驚愕したヒガンナだったが、何とか強襲を躱し、バタフリーの足を掴んで空へと逃げようとする。

 だが、そこに追いついたウルイがワイヤーを放ち、ヒガンナを捉えようとする。

 しかし──

 

「バタフリー!! 最大出力よ、”ぼうふう”!!」

 

 自らを捕えようとするウルイを引き剥がすべく、そして主人を守るべく、バタフリーはこれまで以上に強力な暴風を巻き起こす。

 しかし、此処は市街地。

 まだ周囲には逃げきれていない人々が多数いる。

 此処でそれを放てば、大きな被害が出ることは確実だった。

 否、既に電話ボックスも看板も吹き飛び、逃げている人々が風に巻き上げられており、大惨事だ。

 バタフリーもヒガンナも、そんな事はお構いなしだったのであるが──当然、ウルイがそれを許すはずもなかった。

 

「いけないッ!! ”ストーンエッジ”!!」

 

 地面を砕き、そこから現れた巨大な岩の剣をバンギラスは思いっきりヒガンナに向けて放つ。

 それは暴風圏さえも突っ切り、バタフリーを──貫いた。

 

 

 

「あッ……バタフリーッ!?」

 

 

 

 ストーンエッジは急所を貫く技。

 そして、ウルイのバンギラスもまた、主人を守る為に、無帽の人々を守る為に、一撃でバタフリーを倒すことを選んだのである。

 だが、当たり所が悪かったとしか言いようが無かった。

 駆け付けた配下の忍者達が見たのは、変わり果てたバタフリーを前に泣き叫ぶヒガンナを──やるせない顔で捕縛するウルイの姿だったという。

 

 

 

「返して!! 返してよ!! 此処まですることないじゃない!! ねえ!! 返してよ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あれから私は……ウルイのヤツにどうやって復讐するか考えてたのよぉん」

 

(……残念ながら何から何まで自業自得としか言いようがないでござるな……)

 

 

 

 キリも、ウルイからこの話を聞かされていたので、詳細は知っていた。

 しかし元はといえばヒガンナが逃走の際に町を丸ごと一つ巻き込んたのが、ウルイが本気を出さざるを得なかった原因である。

 どうしてこうも悪党は、誰かの所為にしなければ生きていけないような者が多いのだろう、と心の底からキリは軽蔑した。

 何より、当時バタフリーを死なせてしまったことはウルイが一番後悔していたことをキリは知っている。この話をする時のウルイは、いつになく悲痛な顔をしていたことを思い返す。

 元よりひぐれのおやしろの体質改善に尽力していた先代は、殺すつもりの無かった相手を殺してしまったことに無念を感じていたのである。

 

(それをこの女は知らないで、逆恨みも良い所でござろう……!)

 

「脱獄なんていつでもできるもの。でも、そんな気力はもう無かった──そんな中、私に協力を申し出て来た者達が居たのよぉん」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ポケモンの力を借りずに戦う新時代を、私と作らんかね? ……君の力ならば、De:BURSTシステムの有用性を顧客に示せる。

 

 ──とある地方の禁術を薬で再現したものだが、興味は無いかね? 最早ポケモン同士で戦わせるなどという古い時代は終わりを告げ、人間がポケモンの力を手にした()()()()()()()()()と化すのだ。

 

 ──新時代なぞに興味は無いわぁん。どうせ、自社の製品を売り込みたいだけでしょう?

 

 ──だが、キャプテンを倒せる程の力と聞けば話は別だろう? サイゴク地方の……キャプテンを倒せる程の力だ。

 

 ──……話を聞かせて貰えないかしらぁん?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「そんなわけで、私の役割はBURST薬の素材となるポケモンの蒐集。そして、憎きクワゾメのキャプテンをBURSTの錆にすることよぉん!」

 

(という事は──スポンサーが居るのでござるな……ッ!!)

 

 ぼんやりする頭で、キリは考える。

 ヒガンナはキャプテン並みのトレーナーであり、同時に身体能力も非常に高い。

 BURSTの被検体としてはこれ以上ない適任者だ。

 

(それにしても皮肉でござるな、自分のポケモンが犠牲になったことが切欠で、より多くのポケモンを犠牲にするBURST薬製造の片棒を担ぐことになるとは、色々壊れてるでござるよ)

 

「ところで貴女、さっきから目は逸らすわ、喋らないわで、ちょっと態度が悪いんじゃあなぁい?」

 

(ぴっ……! ただのコミュ障でござるよ……! 自覚はあるでござる……!)

 

「どうせ、そんな態度が取れるのも今のうちよぉん? もうじきに、貴女を助けにやってきたクワゾメのキャプテンがやってくる」

 

(多分一生やって来ないでござるよ)

 

 何故ならそのキャプテンはずっと目の前にいるからである。

 

「それを私が華麗にBURSTで、返り討ちにすることで、私は契約満了で報酬ザクザク──ウルイの後継者もブッ潰せて一石二鳥というわけよぉん!」

「うちのキャプテンも……舐められたものでござるな随分と……!」

「いいえ、これは自信よぉん」

 

(さて、そのキャプテンは目の前に居るのでござるが……どうしたものでござるか……)

 

 手は鎖に巻かれてしまっており、ワイヤー射出装置も没収されてしまっている。

 何なら上半身は下着以外ひん剥かれてしまっており、モンスターボールも無い状態だ。

 当然、一緒に攫われたであろうトゲチックも見当たらない。

 

(手持ちの安否が、何より攫われたポケモン達の安否が気になる……!)

 

「さぁて、そんなわけでその間にたっぷりと楽しませてもらうわよぉん?」

「──? ……ッ!?」

 

 ヒガンナの手には注射器が握られている。

 何の薬剤がそこに入っているか堪ったものではない。

 すぐさまキリは縛られた後ろ手を動かし、鎖を外そうと試みる。

 緩んだところを思いっきり引き千切ればこの状況は脱することができる。

 しかし、薬を打たれてしまえばそれすら出来なくなる。

 これならば独房に一人でぶち込まれた方が何倍も良かった、と彼女は悔やむ。

 

「くっふふ、ワッカネズミって知ってる?」

「……?」

 

【ワッカネズミ カップルポケモン タイプ:ノーマル】

 

「ボールに入れていると、いつの間にか……子供が増えているらしいのよ……何故かしらね……?」

「い、一体何を……!!」

「……ワッカネズミに限らず、ネズミのポケモンって()()()()()らしいわよ……何故かしらねぇん……?」

「……あ、あ……!」

 

(ヤバいでござる!! く、()()()()……!!)

 

 流石のキリも意味を理解した。

 あの注射器の中身はBURST薬か、それに類似したものなのだろう。

 部屋の隅を見ると、ご丁寧にベッドが用意されている。改めて部屋の間取りから、此処は廃病院か廃ホテルか何かだとキリは察した。こんな時に察したくはなかった。

 

「で、BURST薬ってポケモンに応じて色んな効果・効能があるみたいなのよねぇん。強くなるだけじゃあないの。その点、ワッカネズミは……スゴいわよ?」

「どういう原理でござるか……! 信じ難いし、それを簡単にポンポン人に打つ神経も理解できないでござるよ!」

「まあ、この薬の場合、()()()()()()もたっぷり混ぜてるからなんだけどねぇん? 大丈夫大丈夫死にはしないから、死には」

 

(健康的でないことは確かでござる……!!)

 

「私ねぇ、可愛い女の子をたぁぁぁーっぷり、どろどろにして可愛がるのが昔っから好きなのよねぇん。特に、貴女みたいに綺麗な金色の髪に、青い目の女の子とか……」

「ヒエッ……」

「壊れてるところを見るのが、趣味なのよねぇん!!」

 

 ガチャガチャガチャ、とキリは鎖を外そうとするが、もう間に合わない。

 

 

 

「はいブスっ♡ と」

「あッ……」

 

 

 

 首の頸動脈に、注射針が打ち込まれる。

 どくん、と心臓が強く脈打ち、身体全部が熱を帯びる。

 

(──ッ!?)

 

「あらぁん、良い出来上がり方よぉん?」

「はぁー……はぁーっ、身体が……おかしい……熱い……!? 息が……!?」

 

 息が上手く吸えない。

 血管が脈打ち、動悸は更に強くなり、視界はぼんやりとし始める。

 そして何より心が切なく、強い情動に心が支配される。

 

「うっふふ、可愛い耳が生えてきたわねぇん」

「ひぅ……!」

「さぁて、火照って来たでしょぉん? ベッドへ来なさい、たっぷり可愛がってあげるわぁん! キャプテンが殴りこんで来るまでの間、ねぇん!!」

 

 ──と、ヒガンナが自らの服を脱ぎ捨てようとしたその時だった。

 遠巻きに──爆音が響いてくる。

 そして遅れて、部下らしき男が部屋に飛び込んで来る。

 

「……何事?」

「キャ、キャプテンです! おやしろのキャプテンが一人でこのアジトに乗り込んできましたァ!!」

「──撮影の準備をして頂戴ねぇん。スポンサーの顧客に、BURST薬の有用性を示さなきゃあいけないんだから」

 

 踵を返し、ヒガンナはその場から去っていく。

 そして、部屋から出る間際に薬の作用で悶え苦しむキリを一瞥すると──

 

 

 

「あー……というわけで、もうしばらくそのままで待っててねぇん?」

 

(こ、こいつは絶対許さないでござる──ッ!!)

 

 

 

 ──そのまま彼女を放置して出ていくのだった。

 目がちかちかして、心が落ち着かなくなっていく。頭では何も考えられない。

 そればかりか、何故か脳裏に過るのは──いつも笑顔の明るいあの少年の顔だった。

 

「ト殿ォ……ノオト、殿ォ……なんで、こんな、時にぃ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……へぶぅ!! へぶぅ!!」

 

 

 

 ルカリオの連続ラスターカノンが、ストリンダー男の身体を襲い、吹き飛ばす。

 今のノオトには、並大抵のBURST体など相手にもならない。 

 

「ま、また、出オチかYO……」

「さーてと、テメェらのボスの居場所を教えてもらうッスよ」

「ガォン」

「そんなことしなくたって──ぐかー──」

「!?」

 

 ノオトは身構える。

 幸い、ルカリオも彼も防塵ゴーグルを身に着けていたため、何ともなかったが──ストリンダー男がいきなり眠りこけてしまったのを見て”ねむりごな”が流れて来たことを察する。

 

「あらぁん、しっかり粉対策はしてるのねぇん。貴方が、ひぐれのおやしろのキャプテン?」

 

 それは、敵襲を意味していた。

 現れたヒガンナは、資料通りの妖艶な女性という姿だった。

 ノオトは身構える。

 

「ま、そんな所ッスね」

「ウソおっしゃい! あんたみたいなガキがウルイの後継者なわけがないでしょぉん!?」

「キャプテンなのは本当ッスよ!! 泣くッスよ!?」

「くわんぬ……」

 

 ルカリオが呆れて首を横に振る。

 早速舐め腐られているらしい。

 

「先に言っとくッスけど!! オレっちは連れの女の子を個人的に取り返しに来ただけッス」

「あら、あのお姫様、君のガールフレンドだったのぉん?」

「そうッス。さっさと返してもらうッスよ」

「悪いけどガキんちょに渡すには惜しいわねぇん、あの子は」

「ガキんちょ扱いしてると、痛い目見るッスよ。それで、連れは無事なんスよね」

 

 拳を構えるノオトとルカリオ。

 周囲に静かな殺気が満ちる。

 

「……ま、キャプテンというのなら少し本気を見せてやろうかしらぁん。古傷が疼くのよねぇん、あんたみたいな真っ直ぐな目をしたクソガキを見るとねぇん」

 

 びきびき、と何かが割れるような音が鳴り響く。

 ヒガンナの背中から巨大な翅が飛び出した。

 モザイクアートのような模様から──ノオトは、翅の持ち主がビビヨンだと判断する。

 更に額からも触覚が生え、目も黒と白のモザイク複眼と化す。

 

 

 

【ビビヨン<BURST> りんぷんポケモン タイプ:虫/飛行】

 

 

 

「──関係ないヤツに水を差されるのはキライなんだけど──ウルイに似た目をしてるヤツはもっとキライよぉん!!」

 

 

 

【ビビヨン<BURST>の ぼうふう!!】

 

 

 

 轟轟と竜巻がいきなり前触れもなく吹き荒れる。

 周囲に乱雑する椅子やロッカーも巻き上がり、風圧が進路を阻む。

 ノオトの目に思い出されるのは、”よあけのおやしろ”を破壊したマガツフウゲキだった。

 しかし、あの破壊的な嵐に比べれば、この程度の風は──大したことがない。

 だが、恐れるべきは、風の中にビビヨンの鱗粉が混ぜられていることだ。下手に近付けば防塵ゴーグルが引き剥がされたり、そうでなくとも風の中ではビビヨンの鱗粉を吸い込んでしまうことになりかねない。

 ならば、とノオトはルカリオに命じる。

 目の前の敵と、あのアーマーガアでは決定的に違う点がある。

 

「”サイコキネシス”!!」

 

 ぴたり、と暴風が止んだ。

 ルカリオの目が光ったときには、ヒガンナの身体は縛り付けられており、翅の動きも停止していた。

 

「しまっ──く──!!」

「こういう技は本体の動きを止めちまえば良いんスよ──!!」

 

 しかし、それも長くは続かない。

 ルカリオの放つサイコパワーが途切れれば、その瞬間に再びヒガンナは動き出す。

 

「ッ──!!」

 

 突風を巻き起こしながら、ヒガンナはルカリオ目掛けて飛び掛かる。

 無軌道な突撃などルカリオからすれば怖くはない。

 軽く身をよじらせて躱してしまう。

 だが、更に追撃するように空気の刃が襲い掛かり、それをバック転で飛び越える。

 

「ルカリオ──反撃ッスよ!!」

「ッガルル……!! がぉん!?」

 

 態勢を立て直したルカリオは──己の口に何も装着されていないことに気付く。

 

「ありっ、ぼうじんゴーグル無くなってるッス……!?」

「お探しのモノはこれかしらぁん?」

 

 くるくる、とヒガンナは人差し指でそれを回してみせる。

 

 

 

【ビビヨン<BURST> の どろぼう!】

 

【ぼうじんゴーグルを 盗んだ!】

 

 

 

「此処からは……私のターンねぇん!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「成程、ポケモンだけではなく団員自身も戦闘力に出来るのはなかなか革命的だな。組織の再興には役立ちそうだ」

 

 興味深そうに映像に食い入る男の服の胸には──ピンク色の「R」マークが刻まれていた。

 

「素晴らしいデース!! しかも薬剤だから幾らでも大量生産が効くのはグッドデース!!」

 

 称賛する男の服の胸には──青い稲妻が迸る「P」のマークが刻まれていた。

 

「……素晴らしい。この薬に適合出来た者こそが新時代の住民に相応しいわけね」

 

 女の服は炎のように赤く、目は燃えるようなサングラスに覆われている。

 そして、彼らを前に満足げにプレゼンを行うのは白衣の男達。その目の前には、アタッシュケースに詰められた大量の注射針が開かれていた。

 スポンサーと呼ばれる彼らの顧客は──犯罪組織の残党。

 いずれも、ロケット団、プラズマ団、フレア団と呼ばれ、各国でそれぞれ恐れられた組織の団員達である。ボスを失って尚、野望を失っていない過去に囚われた亡霊たちだ。

 そんな彼らに死の商人は提供する。文字通り血みどろの革命を起こす武器を。

 

 

 

「くっく、御覧なさい!! 格が違いますよ!! あのキャプテン相手に一歩も引かぬ戦闘力!! これを量産できるのです!!」

「これこそが、新時代のポケモンソルジャー、De:BURSTです!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act5:ハート×ビート

「改めて解説しましょう! De:BURSTシステム……Drag Enter:BURSTシステム、つまり注射器を通して薬剤摂取することで人間の身体に進化を促す新時代のBURSTシステムなのです!」

「もともと、このBURSTシステムはとある地方の伝説で伝えられるポケモンと人間の融合を疑似的に行うもの!」

「ポケモンを加工したエキスと我が社で開発したメタモン由来の万能細胞を精製した……通称・BURST細胞を注射することで人間の身体を強化、更にポケモンの力を操れるようになるのです!」

「身体的悪影響は?」

()()()()()全くそのような心配はありません! BURST細胞は自然分解されますので!」

 

 尚、粗悪品を服用した場合は脳に細胞の影響が現れ、結果的に廃人化する──というカラクリである。当然彼らがそんな不都合な事実を此処で言うはずもないのだが。

 

「戦略的利点を改めて聞いておこうか」

「ポケモンは所詮、人ではない生き物です! 人に比べれば知識も劣るし、言葉も通じない! 戦力としては不安定そのもの!」

「それに比べて、BURST細胞を付与した人間は、ポケモン並みの生命強度を手に入れた戦士と化すのです! これを訓練すれば、超能力を持った兵士が量産できるわけです!」

 

 にやり、と笑みを浮かべる白衣の男達。

 

 

 

「──是非ともあなた方にも、De:BURSTシステムを手に取っていただき、ポケモンソルジャーの導入を進めていただきたい!」

「その割には随分と苦戦しているようだが?」

「へ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ガ、ガォン……!!」

 

 

 

 ルカリオは膝を突く。

 強烈な眠気が襲い掛かり、とてもではないが立っていられないようだった。

 周囲には既に、高濃度のねむりごなが充満している。

 

「くふふっ、もどかしいでしょぉん! ポケモンに任せていると、こういうことになるのよぉん!」

 

 ねむり状態。

 催眠性の物質である鱗粉を肺から吸い込んだことにより、昏倒してしまう状態。

 ルカリオが眠りに落ちたその瞬間──勢いづいたようにヒガンナは翅を大きく広げ、巻き起こし──暴風を巻き起こす。

 再び周囲の物は荒れ狂ったように飛び回り、倒れ伏せたルカリオを狙って竜巻を巻き起こす。

 

「さあ、吹き飛びなさぁい!! ポケモン諸共ねぇん!!」

「──”ねごと”」

 

 そうノオトが呟いた瞬間、ルカリオが起き上がり、閃光を真っ直ぐに放つ。

 光は風では防げはしない。

 確実に標的を狙撃銃のように撃ち抜く。

 巨大な翅は良い的も良い所だった。

 

「はぁっ……!?」

 

 ぐらり、と翅が揺れ、暴風が再び途切れる。

 痛みが全身に迸った。

 

「こ、こいつ、眠らされた後のことまで考えて──!!」

「考えてねぇと思ってたんスか? あんたと戦う時のことを。あんたは以前から暴風で鱗粉を飛ばす戦術が得意って聞いてたッスからねぇ!!」

「……ガキんちょの癖に──ッ!」

「あんたこそ、わざわざクスリまで使って変身したくせに、やる事何にも変わってねえんじゃ世話ねぇッスねえ!!」

 

 再び”ねごと”により、今度はサイコキネシスが放たれ、ヒガンナの身体が思いっきり叩きつけられる。

 狙った技は出すことが出来ないものの、ルカリオが今持つ技は全てビビヨンに有効打を与えることができる技のため、全く問題が無い。

 

(事前にヤツの戦い方を調べておいた甲斐があったッスね……! もしも通用しないなら、ルカリオじゃない別のポケモンに別の対策を仕込んでおいたッスから! まあ、此処までハマるのは予想外だったッスけど!)

 

「私が、何にも変わってない、ですってぇん……!? ジョーダンじゃないわぁん!! 私はねぇん、キャプテンに勝つために、この肉体を鍛え上げて、BURSTとの適合だってェェェーッ!!」

 

 轟々と再び大竜巻が巻き起こる。

 しかし、いよいよ目を醒ましたルカリオが両の手を重ね合わせる。

 

「大竜巻を起こす相手をブッ潰す方法──色々考えてたんスよね……でもやっぱり──光は嵐の先に到達する。これに尽きるッスね!!」

「吹き飛びなさぁぁぁぁーい!!」

 

 

 

【ルカリオの てっていこうせん!】

 

 

 

 

 光は、何があっても辿り着く。

 必ずキリの元へ行くと決意したノオトの意思に呼応するように、ルカリオの波動も強くなる。

 ヒガンナは気付かなかった。そして完全に忘れていた。

 人と絆を結び、進む場所が合致したポケモンは、カタログスペックを優に超える力を手にするということを。

 しかし、相棒と離別したことで、自らそれを忘れることを選んだ彼女にそれを勘定する余裕などなかった。

 

「がっ、あぁっ!?」

 

 己の体力をも削る決死の一撃は、必殺の閃光となる。

 ビビヨンとしての体組織は崩壊していき、ヒガンナの身体はそのまま床へと落っこちていくのだった。

 

「そんな馬鹿な……!? ど、何処まで強いの、このガキ……!!」

「わりーけどテング団に比べりゃあ、己を鍛えることをやめて薬に頼ったアンタなんざ、足元にも及ばねえッスよ!」

「ガォン」

「ポケモンと共に呼気を合わせ、修行をすることで! より、相手の事が分かるようになる! そして、ポケモンと共に戦う事で、それぞれじゃあ見えない視点からフォローし合えるようになる! あんたみてーに、1人で戦ってるのとは訳がちげーんスよ!」

「……ッ綺麗事を!」

「それに、人間の感覚はあんたが思ってるほど万能じゃねーッスよ。幾ら薬でドーピングしたって、元が違う生物の力をすぐ使いこなせるようになれるわけがねぇッス」

「バカな! こっちは何度も練習してるのよ!?」

「使いこなせたと思ってただけなんスよ。人間の視界とポケモンの視界は全然違うし、聞こえる音も全然違う。備わる能力もそれが前提になる。薬でハイになって万能感を味わってただけッス」

「……此処までしても、あんた達には勝てないっていうの!?」

「その地方の伝説みてーにポケモンと人間が絆で結ばれて融合するならさておき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ自体がおこがましいとは思わねーッスか?」

「ッ……お前なんかに──」

 

 次の瞬間だった。

 いきなり天井が崩れ落ちて、ノオトとルカリオは飛び退いた。

 続けて更に瓦礫が降りかかり、2人はその下敷きになってしまう。

 何とかルカリオが瓦礫を吹き飛ばすが──その時にはもう、オンバーンのような姿をした男たちがヒガンナを回収して、窓から飛び去っていくのだった。

 

「ガォン!!」

「待つッスよ、ルカリオ! 深追いは危険ッス!  先ずはキリさんと、捕らえられてるポケモンを助けるのが先ッスよ!」

「ッ……くわんぬ」

 

 悔しそうに空を見上げるルカリオ。

 その気持ちはノオトにも分かるが、今日此処に来た理由はただ一つ。

 キリと、捕らえられているポケモンの救出だ。

 

(とはいえ、元はキリさんを誘い込むために用意したであろう急ごしらえのアジトだろうから、キリさん以外の収穫は期待できねーッスけどね)

 

 アジト──もとい、此処が山中の廃ホテルであることをノオトは思い出す。 

 重要なものはこんな場所には残していないと考えるのが自然だ。

 それに、逃げたヒガンナは、すながくれ忍軍が敢えて泳がせて、敵の本拠地を特定するはずである。今此処でルカリオが彼らを捕まえてしまっては元も子もない。

 

(そのために、忍者達には外で隠れてもらってるんスから……1人も逃がさねーッスよ。巣穴でまとめて捕まえてやるッス! 後は、キリさんを助けるだけ!)

 

 とはいえ、まだ内部に敵が残っている可能性は捨てきれない。

 慎重に部屋という部屋を、ノオトは探索していく。

 だが、いちいち中に押し入る必要はない。ルカリオは生物の持つ波動を探知することができる。

 この建物の中にあるキリの波動を追うルカリオを頼りにしていけば、いずれ彼女の居場所に辿り着く。

 

「此処ッスね? ルカリオ」

「くわんぬ……」

「どうしたんスか? ……もしかして中でキリさんに何かあったとか」

 

 こくり、とルカリオは頷く。

 そうとあらば黙ってはいられない。

 ノオトとルカリオは息を合わせ、共に拳を突き出す。

 何かがへしゃげる音と共に扉は跳ね飛ばされ、中へと押し入った。

 そこにあったのは、服を脱がされ、鎖で手と脚を縛られたキリの姿だった。

 しかし様子がおかしい。息が荒く、ずっと顔を伏せている。

 更に頭からは、白い耳のようなものが生えていた。

 

「キリさん!! 平気ッスか!?」

「ダ、ダメで、ござる……ノオト殿……!!」

「えっ」

「今、拙者に近付いたら、ダメでござる……!!」

 

 パキ、パキパキ、と音が鳴る。

 鎖の破片が彼女の足元に落ちていく。

 警戒するようにルカリオが構えるのを、ノオトは手で制す。

 

「折角、収まったって思ってたのに、ノオト殿を見たら……ノオト殿の声を聞いたら……!!」

「ガルルルルッ……!!」

「ルカリオ、ステイ!! キリさんに手ェ出したらダメ──」

 

 

 

「ガマン、できないでござるよ──ッ!!」

 

 

 

 バキン、と鎖が砕け散り、恐ろしい勢いでキリがノオトを地面に押し倒した。

 普段の彼女以上に恐ろしい力だった。

 目は充血しており、息は荒く、顔は真っ赤だ。

 その視線はまさに捕食者のそれで、鋭く、そして獰猛なものとなっていた。

 

「ガォン……!!」

 

 すぐさまルカリオが羽交い絞めにして、彼女を引き剥がそうとする。

 しかし、元より身体能力がずば抜けて高いキリは、すぐさまルカリオの腕を掴むと、地面へ叩きつけてしまうのだった。

 

「ルカリオ!! しっかり!!」

「ガルルル……ッ!?」

 

 困惑した様子のルカリオ。

 しかし、このまま本気で戦わせれば今度はキリの方が傷ついてしまいかねない。

 

「一旦戻るッス!! 本当にヤバくなったら呼び出すッスから!!」

「くわんぬ……」

「オレっちを信じるッスよ!!」

 

 ボールを取り出し、ルカリオを引っ込める。

 一方のキリは、相も変わらず虚ろな瞳でノオトを眺めており、再び地面を蹴って壁際へと追い詰める。

 元々超人的な力を持つキリだったが、それ以上に力が引き出されており、身体のリミッターが外れていると言っても過言ではない。

 

「ノオト殿、美味しそう……」

「ヒッ──」

「ノオト殿、ノオト殿ノオト殿、ノオト殿ノオト殿ノオト殿、ノオト殿ノオト殿ノオト殿、ノオト殿ノオト殿ノオト殿、ノオト殿ノオト殿ノオト殿、ノオト殿ーッ!! 食べたい、拙者の傍に、ずっと居て欲しい、拙者だけを見て欲しい、その目に拙者だけが居なきゃ、嫌……!!」

 

 狂気的な程な熱量の情愛。

 溺れる程の独占欲をぶつけられ、竦んでしまうほど。

 しかし──ぽたり、ぽたり、とノオトの頬に伝うのは涙だった。

 

「なのに何で──拙者の事を見てくれない……!」

「え──」

「いっつも、他の女の子の所にはフラフラと靡く癖に! 拙者の事をそういう目で見てくれたことは一回もない! 何で!? そんなに魅力がない!?」

「お、落ち着くッスよ、キリさん──」

 

 

 

「拙者だけ、いっつも拙者だけ!! こんなに胸の焦がれる思いを抱えて過ごしているのはッ!! ずるい、ずるいずるいずるいずるい!!」

 

 

 

 いつもからは考えられない程の激情。

 

「耐えて、忍んで、ずっとそれで良いって思ってたのに! 全部ノオト殿が悪いの! ノオト殿に出会った所為で、拙者はおかしくなった!」

 

 ぶつけられたことのない感情の波に、ノオトは戸惑いを隠せない。

 薬で感情がおかしくなっていることは否めない。

 だが、その言葉を偽りと切って捨てるには、あまりにも悲痛だった。

 

「認められるには、好かれるには完璧で居なきゃいけないってずっと思ってたのに!! 弱い拙者を見て友達になろうだなんて言ってくれたのはノオト殿が初めてで!! そうだ、ずぅっと、ずぅっとガマンしてきて──抑えて殺して……!!」

 

 支離滅裂になりながら、涙を流しながら彼女はノオトを抑え込む。

 

「だから正体がバレた時怖かった!! 今まで仲良くしてくれたのは拙者が”ゴマノハ”だったからだって思ったら……これまでの関係が壊れたらって思ったら怖くて!!」

「ッ……」

「でも、ノオト殿は変わらずずっと優しくて!! それが──怖くて!! どうすればいいか分からない!! 分からないの!! こんなの初めてで──ッ!! どうやったら収まるのか、分からない!!」

 

 捕食せんばかりの勢いでガリッ、と彼の首筋に噛みつく。

 犬歯が食いこみ、血が流れ出て鈍い痛みが襲い掛かる。

 

「いぎっ……!?」

 

 かぱぁ、と口を開けた後──鼻と鼻がくっつく程の距離で、彼女は問いかける。

 

 

 

「ノオト殿は、どっちの拙者が好き……? 強くて、完璧なキャプテンとしての拙者……? それとも──弱い拙者……?」

 

 

 

 ぐっ、とノオトは彼女の頭を押さえつける。

 びくりと彼女の身体が震えた。

 

「どっちも、があるのがキリさんッしょ。どっちかとかねぇッスよ……」

「ッ……」

「そりゃあ、どっちかしか見えてなかった時期もあるけど……キリさんとゴマノハさんが同じだって知ったからって……別にゲンメツとかしてねーし、むしろ……尊敬してたんスよ」

「う、ううう……ッ」

「キャプテン・キリは才能だけで伸し上がったんじゃなくて……ちゃんと、努力の座で今の場所にいること。誰よりも優しくて、誰よりも純真なこと。オレっち、ちゃんと見てるッスよ」

「でも、だけど……!」

「それに……自分の気持ちは、ちゃんとあんたの言葉で伝えてくれなきゃ、困るッス。オレっちバカだから、言ってくれなきゃ分かんねーッスよ」

「ノ、ノオト、殿……ッ」

「だから……良い子にするッスよ、キリさん……」

 

 白いネズミの耳が消え失せる。

 時間経過でBURSTが解除されたのである。

 異様な力は消え失せ、糸が切れたように彼女は倒れ込んだ。

 

「キリさん!?」

「……す、済まない……何とか、落ち着いたでござるよ……」

 

 その口ぶりから、一定の理性は取り戻したようだが、未だに息は荒く、目は涙ぐんだままだ。

 

「……でも、まだ顔が赤いッスよ……?」

「あいつに……ヒガンナに変な薬を打たれて……ずっと……こんな感じで……多分、媚薬が混じってたでござる」

「やっぱりそういう系ッスか。あいつマジで許せねえッス」

「正直、かなり辛いでござるよ……大分抑え込んでいたでござるが……!」

 

 キリは忍ということもあり、理性がかなり強い。

 故に、今も溢れ出る情動を無理矢理抑え込んでいる状態だ。

 しかしそれでも、迸るパトスに常に頭を焼かれている。強制的に発情させられていると言っても過言ではない。

 

「……ねえ、ノオト殿……拙者、ノオト殿相手なら……」

「ダメッスよ、そんなに簡単に言っちゃ……」

「でも、他の女の子にはいっつもデレデレしているでござるよ……」

 

(ああこれBURSTが解除されただけで、まだ全然抜けきってねぇッスね薬……)

 

「すまないでござる……いきなりこんな……頼みを……でも、もう、限界で……」

「……ッ」

「拙者は本気でござるよ……ッ! 本気の本気でござる……! ノオト殿以外は、考えられないでござる……ッ! 他の誰かなんて、考えたくもないでござる……ッ!」

「……すまねぇッス、キリさん。やっぱり──薬でどうかしてる人の言葉は……聞けねえッスよ」

「うぐぅっ……」

 

 苦しそうに呻き、涙を流すキリ。

 

 

 

「だけど──あんたを楽にするためなら……幾らでも力になるッス。キリさん」

「ノオト、殿……ッ」

「あんたの気持ちは、薬が抜けた後でたっぷり聞かせて貰うッスから」

 

 

 

 ずっと耐えて忍んできた彼女にこれ以上我慢を強いることは出来なかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──何という醜態! おかげで商機を逃してしまったではないか!」

 

 

 

 白衣の男達は、集団でヒガンナを詰る。

 プロモーションは失敗。犯罪組織の残党たちは皆揃って帰ってしまった。

 

 ──そもそも戦略をすぐに変えられない時点で、普通にポケモンを使った方がマシではないか?

 

 ──発想はマーベラスなんだけどねぇ。やっぱり身体に悪そうだなァ。兵士ってのは健康な方がずっと使えてグッドなんだよね。

 

 ──負けたら自分が傷つくリスクがあまりにもデカすぎるわね。ポケモンは最悪囮に出来るわ。

 

 揃いも揃って外道揃いではあるものの、戦術的視点ではド正論も良い所なのだった。

 兵士として運用するには、あまりにもリスクが高く、ポケモンとして運用するにはあまりにも脆い。

 それが、BURST薬によって作られたポケモンソルジャーの欠点であった。つまるところ中途半端なのである。

 諸々を考慮し、結局導入するには値しないと判断されてしまったのだ。

 

「クソッ、こうなればBURST薬そのものを改良するしかないか……!」

「あのノオトってヤツが想像以上に強かったんだ、もっと強いものを──」

「……悪いけど、もう終わりよぉん」

「何!?」

「クワゾメの忍者達が──着けて来てるわ。多分、あんたらの顧客たちも足がついてる」

 

 外の様子を見ながら、ヒガンナは呟く。

 既にライドポケモンに乗った忍者達がこのビルを包囲している。

 更に、地下室から出ていった顧客たちは、既に内部に侵入していた忍者たちによって捕縛されてしまうのだった。 

 彼らは皆指名手配犯で、忍者達としてもサイゴクに入り込んでいた彼らを追っていたのである。

 

「きっと最初っからこのつもりだったのねぇん」

「ッ……ふざけるな! お前の所為だ! お前なんぞを仲間に引き込まなければ──」

「そうねぇん、全部私の所為」

 

 そう言って、ヒガンナは手から吐き出した糸でアタッシュケースを絡めとる。

 その中に入っていたのは、大量のBURST薬の注射器だ。

 

「しまっ──いつの間に!?」

「何驚いてるのぉん? 私の本業は盗賊よぉん?」

 

 にやり、と笑みを浮かべた彼女から注射器を奪い取ろうとする白衣の男達。

 しかし、既にBURSTを発動させているヒガンナは彼らの身体を糸で縛り付けて床に転がせてしまうのだった。

 

「……だからせめて、最後は私自身の手で責任を取るわぁん」

「お、おい、何を──」

 

 宙に彼女は注射器をばら撒く。

 そしてそれを、自らの身体から放出した糸で器用に絡め取り、まとめて自らの身体に突き刺す。

 

 

 

「……この手で……あのガキも、クワゾメのキャプテンも……潰すわぁん!!」

「や、やめろヒガンナ!! そんな事をしたら死んで──」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act6:バースト×ビースト

 ※※※

 

 

 

 妙に肌寒い。

 シーツこそ掛けられているが、自分が何も身に着けていないことにキリは気付いた。

 

 

 

(拙者は……どうなったでござるか……どう──ぴっ!?)

 

 

 

 起きるなり、全ての記憶を取り戻した彼女は一気に罪悪感と羞恥心が込み上げて来る。

 そして何より行為の激しさを裏付けするように、身体が鉛のように重い。そして痛い。まだ訓練の後の方がマシだったまである。

 一方のノオトと言えば、先に起きていたのか既に衣服を整えていた。まだこちらが起きたことには気づいていないようだった。

 部屋の空気がどんよりと重く感じられる。

 

(せ、拙者は薬に任せて、ノオト殿にとんでもないことを……ッ!!)

 

 気まずい。

 一言目が出せない。何と声を掛ければ良いか分からない。

 醜態に次ぐ醜態で、合わせる顔が無い。

 そう思っていた矢先──ノオトが此方を向いた。思わず決まりの悪さで顔を逸らす。

 どんな話を切り出せばいいか分からない。

 

「あ、あの、ノオト殿……」

「良かった、もうすっかり薬は抜けたみたいッスね!」

「ッ……」

 

 にっ、とノオトは笑いかけてきた。

 その顔で彼女の心に棘が刺さる。

 自分が何をしたかははっきりと分かっている。ああ、汚してしまった、と余計に罪の意識が募っていく。

 故に問いかけた。問わねば、心が押し潰れてしまいそうだった。いっそ拒絶してくれた方がどんなに楽だっただろうか。

 

「何で……何でそうやって笑ってくれるでござるか……拙者、あんなに酷い事をしたのに」

「でもオレっち、こんなにピンピンしてるッスけどねぇ」

「無理、しないで良いでござる。手加減できなかったのは拙者でも分かってるでござる! 無理して笑顔でいられるのは、拙者も辛いでござる……ッ」

「バーカ言ってんじゃねーッスよ。オレっち、あんたを助ける為に来たんスよ? あんたが無事で良かったから笑えるんスよ!」

「ッ……」

「だってオレっち達、同じ旧家二社のキャプテンじゃねーッスか!」

 

 前にもこんな事があったな、とキリは回想する。

 仮面を付けていたことがバレた時も、ノオトは笑い飛ばして手を伸ばしてくれた。

 彼は優しい。優しすぎる。すぐに騙されてしまう程に純真だ。

 忍である自分の事を、心の底から信じてくれている。

 そんな彼をどんな形であれ傷つけてしまったことを、キリは悔む。

 

「それよりも許せねーのはヒガンナのヤツッス。さっさと捕まえてとっちめてやるッスよ!」

「……そうだ──ヒガンナは」

「取り逃したっスよ」

「えっ──」

「でも、泳がせてるから居場所は掴めてるッス。奴らはすながくれ忍軍が追ってるはずッスよ」

 

 キリは安堵した。 

 しかし、此処で寝ている場合ではない、とベッドを飛び出す。

 

「いても立っても居られない、拙者も現場に──」

「キリさんはもっと、誰かに頼ることを、任せることを覚えるべきッスよ。何のために忍者達だって訓練してるのか分かんねーッス」

「そうでござるけど……」

 

 それを聞いて脱力したように彼女はベッドに転がる。

 彼らは優秀で、年々練度も上がっている。手負いのヒガンナならば、逃がしはしないだろうと彼女は考える。

 しかし、納得がいかない。もしも体調が万全だったならば? もしも薬を打たれていなかったならば? 

 

「……面目ない……本当に、面目ないでござるよ」

「そういうのはナシ! 何で謝るんスか。オレっち達、同じ旧家二社のキャプテンじゃねーッスか!」

「拙者は……完璧なキャプテンで居たかったでござるよ……父が急逝して大変だったおやしろを支える為にも……父の分まで……でも結果は、こうでござる」

 

 無理をして体調を崩し、本来の力も出せなくなり、挙句の果てには──醜態に次ぐ醜態を曝す。

 既に彼女のプライドはズタボロだった。

 

「キリさんの言う完璧なキャプテンって何なんスかね?」

「え?」

 

 そう問われて、彼女は咄嗟に返すことが出来なかった。

 

「例えば……ハズシさんは、バトルに然程力は入れてないけど……ライドの腕前や人を教える技術はズバ抜けてるッス。目もとても良いッスよね」

 

 本人もバトルはあんまり得意じゃないのよねぇ、と言っていたのをノオトは思い出す。それでも今のノオトよりは強いのであるが。

 

「一方ウチの姉貴は、バトルは恐ろしく強いし霊感もあるけど、ハッキリ言って性格は最の悪ッス。すぐ怒るし、手は出るし。でも、ポケモンには優しいッスよね、姉貴」

 

 もうちょっとオレっちにも優しくても良いと思うんスけどねえ、と彼は続けた。

 

「あのリュウグウさんも、全部が全部完璧だったかっていうとそうじゃねーッスよ。耳は遠いし電子機器には弱いし……オレっち達がフォロー入れなきゃいけない時、沢山あったじゃねーッスか」

「……そうでござるけど」

「でも、それで良いんじゃないッスか? 人間元々完璧な人なんて居ねえッス。それを目指すのは良い事だけど……完璧って言葉を()()()()()()()()()使()()()()、自分が苦しいだけッスよ」

「……ノオト殿は、どんなキャプテンになりたいんでござるか?」

「オレっちは──」

 

 にっ、と笑みを浮かべると彼は答える。

 壊れたおやしろが、泣いた姉の姿が脳裏に浮かぶ。

 それを前に何も出来なかった自分の情けなさを噛み締める。

 だからこそ彼は宣言してみせる。

 

「──もう誰も泣かせたりしない、サイゴクで一番強いキャプテンになるのが目標ッス! オレっちが一番強ければ、皆安心してオレっちを頼れるッスよね?」

「ッ……」

「勿論、目標は変わるかもしれない。だけど今は……ひたすら、強くなりたいッ!! キリさんは、どんなキャプテンになりたいッスか?」

 

 

 

 ──キリよ。キャプテンになって終わりではない。キャプテンとして何を成すかが重要なのじゃ。

 

 

 

 就任直後、そんな事をリュウグウが言っていたのを思い出す。

 父が体調を悪くして亡くなるまではあっという間だった。

 そして間もなく彼女はキャプテンに選ばれた。

 周りにこうであれ、と望まれたわけではない。

 しかし──”ひぐれのおやしろ”の名を自分で穢すわけにはいかない、と彼女は仮面を被ることで不相応な役割を背負う事を選んだ。

 故に、こうでありたいという理想など彼女には無かった。

 

「無いでござる……必死で、がむしゃらになって、父上の後を継ぐことばかり考えていたでござる……そのうち、全ての完璧にこなせば父上との穴を埋められると思っていたでござるよ」

 

 それでも、と彼女はヨイノマガンに選ばれた日の夜を思い出す。

 

 

 

「だけど──あの日、ヌシ様に誓ったのは──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ケェェェェレェェェスゥゥゥーッッッ!!」

 

 

 

 父が死んで、まだ然程経っていない頃、宵の明星が見下ろす中──彼女はヌシの呼びかけに応え、砂漠に足を運んだ。

 巨城の如きヌシポケモンの魔眼が彼女を試すように咆哮する。

 

「……拙者を……新たなキャプテンに選ぶのでござるか、ヌシ様」

「ケェェェレェェェスゥゥゥー……ッ!!」

 

(拙者はまだ未熟。父上の後釜を務めるには、あまりにも……時期尚早ではないか?)

 

 それでも適任は他に居ないとばかりに、ヨイノマガンは頑として彼女を眺めるばかり。

 

「何故拙者を選んだ……ミカヅキもキャプテンの器に足る人物だ、と生前父は言っていたのに」

「ウゥゥゥゥゥ」

「ピッ……!  いや……ヌシ様の命とあらば」

 

 キリは傅く。

 ひぐれのおやしろのキャプテンは代々、ヨイノマガンを主として仕える定め。

 しかし彼女は知っている。今の自分では、到底役目などこなせそうにないことを。

 極度の人見知りで対人恐怖症。挑戦者を待ち受けることすらままならない。

 だが、それでも──与えられた役目を全うするのが忍の在り方。

 此処で逃げることは許されない。

 

「決めたでござるよ、ヨイノマガン」

「ウゥゥゥゥー……!!」

 

 零れた涙をふき取り、彼女は宣言する。

 これから仕える相手であるヨイノマガンに。

 

 

 

 ──キリ。ヨイノマガンはきっと、お前をキャプテンに選ぶ。だけどお前はまだ幼い。……無理だけはしちゃダメだ。早くに僕の所に来たら、怒るからね。

 

 

 

(確かに今はまだ、父上のようにはできない。だけど、いずれは父上のようになれるように……精進するまで……!)

 

 

 

「拙者は……必ずや父上のような立派なキャプテンに……なってみせるでござる……ッ!! そして──()()()()()()、末永くこのクワゾメを、サイゴクを守ってみせるでござるよ!!」

「ケェェェレェェェスゥゥゥーッッッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……そうでござるな。父上の分まで……このサイゴクを守られないといけないのに……無理して死んだら本末転倒でござる」

 

 

 

 ギュッ、と彼女は自分の胸に手を当てて、何かを決意したようにノオトの方を見やる。

 

「拙者は父上の影を追うあまり、初心を忘れるところであった。自分の管理も出来ないキャプテンは──未熟そのもの」

「……キリさん」

「ましてや、生き急いで倒れるなど以ての外。……そう言いたいのでござろう?」

「へへっ、それにキリさんが倒れたらオレっちだって悲しいッス。もう──誰かが居なくなるのはゴメンッスから」

「……ノオト殿。もしも拙者がまた、無理をしそうになったらその時は引き留めてほしいでござる」

 

 キリは己の掌をノオトに差し出す。

 迷いなく彼もその手を取った。

 

「拙者は……加減が分からないでござるから」

「……ああ、任せとけッス!」

 

 太陽のように屈託のない少年の笑み。それにつられて、吹っ切れたようにキリが笑いかけたその時だった。

 ノオトの持っていた無線機から音が鳴り響く。キリは飛び退いた。

 

「ッ……何事!?」

「いや、任務完了の報告だと思うッスけど」

 

 そう言ってノオトが受け答えた──その時だった。

 切羽詰まった声が飛んでくる。

 任務が無事に終わったわけではないことを二人は察した。

 

『ノオト様!! キリ様の救出は……』

「完了したッス! 無事ッスよ! で、そっちはヒガンナのスポンサーを突き止めたんスよね!?」

『ああ……数分前に突入した! しかし、苦戦している……! 巨大な怪物が建物の中で暴れ回っており、ポケモン達が絡め取られて戦闘にならない……ッ!』

「バケモノ──まさかBURST体ッスか!?」

『恐らくは……しかし如何とも形容しがたい姿をしていて……何のポケモンのエキスで変貌したのかさっぱり分からん……!』

 

 報告を聞いていたキリは無線機を取る。

 

「──全員、怪物の封じ込めを最優先するでござる! 倒す必要はない、だが建物から出すな! すぐにそちらへ向かう!」

『その声はキリ様──もうお身体は』

「戦況を断続的に報告してほしい! 拙者も参戦する!」

『し、しかし──』

 

 無線機を切った彼女は、ノオトの方を向く。彼は不安そうに問うた。

 

「行くんスか?」

「無理は禁物、しかし肝心な時に部下を助けに行けない頭領は……頭領失格でござろう! ……そうだ、手持ち達は──ッ!!」

「回収済みッスよ。ボール6個、更にメガリング、確かに無事ッス」

 

 キリを探す過程で建物中を捜索している最中に見つけたそれを纏めて彼女に渡す。

 その中身を確認し、彼女は心底安心した様子で息を吐く。

 

「はぁ……良かった……拙者が不甲斐ないばかりに危ない目に遭っていないかと」

 

 ボールの一つを取り出す。

 今回の件でダメージを受けてしまったプテラは、既にノオトが手当てしたのか元気そうだった。

 

「……ノオト殿。ライドポケモンで急行するでござる!」

「分かったッス……だけど無理するのはナシッスよ、キリさん」

「その時は、ノオト殿が隣で止めてくれるから問題ないでござろう? ノオト殿は他人を見るのが得意でござるからな」

「んな──」

 

 頼むでござるよ、とノオトの頭に手を置き、彼女は立ち上がる。

 

 

 

「……やれやれ、とんだお転婆さんッスねえ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「や、破られそうです隊長!!」

「皆目見当が付かん!! 何なのだアレは!!」

 

 防火扉を更にワイヤーで固定して抑え込む忍者達。

 とにもかくにも、この怪物を建物の外から出すわけにはいかないのである。

 しかし、徐々にワイヤーが千切れ飛んでいき、鉄の扉も軋んでいく。

 

「退避! 退避ーッ!!」

 

 忍者達が逃げた瞬間、鉄の扉が弾け飛び、そこから姿を現したのはこの世のものとは思えないほど悍ましい姿をした怪物だった。

 

 

 

「ヴォオオオルゼアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

【バーストビースト タイプ:???】

 

 

 

 全身の細胞はどろどろに溶解していると共に膨張しており、スライムのように半透明になっている。

 そして、そこからは様々なポケモンの形をした何かが飛び出しており、合成生物といっても差し支えない。

 更に、直接スライムの身体に取り込まれたポケモン達が、頭だけを出している状態で悶えている。生かさず殺さずで養分を吸収し続けているのだ。

 既に忍者達のポケモンも何匹か攫われた後。これでは近付くことすら難しい。

 すぐさま忍者はワイヤーで天井を破壊し、瓦礫の山で足止めを図る。

 しかし、全く以て効果が無く、スライムの塊の怪物はそれらを押しのけて飛び出してくるのだった。

 

「こ、これでは建物の中から出て来るのも時間の問題です!!」

「集中砲火も効果無し──こいつに勝つにはどうすれば……!!」

「ウルイ!! ウルイウルイウルイ!!」

 

 そして怪物の中央からは──ヒガンナの顔が浮かび上がっている。

 憎悪に塗れ、そして既に原型を留めなくなった野太い怪物のような声で叫び散らす。

 

 

 

「だけど愛しているわ、ウルイ!! 私を追いかけているときの貴方の顔が!! 私に打ちのめされているときの貴方の顔がァ!! 私は好きで好きで死んでしまいそうなのおおおおおおおおーッ!!」

 

 

 

 スライムから蔓のムチのようなものが何本も飛び出し、忍者達に襲い掛かる。

 すぐさまワイヤーでそれを阻み、切り裂く彼らは逃げ惑うしかない。

 

「痛いッ!! 痛いわッ!! そうやって私の全てを奪っていくつもりね、そうなんでしょうウルイ!!」

「こいつ、ずっと先代の名前を……!!」

「何という執念だ、バケモノになっても尚、先代の記憶だけは持っているのか! どれだけ恨めばこんな事に──ッ!」

「だから私も奪うわ!! あんたの大事な子達をみーんなぁぁぁぁーっ!!」

 

 忍者達の足元にスライムが現れる。

 すぐさま全身を捕えられた彼らは叫びを上げる間もなく、怪物の体内へと取り込まれて、頭だけが飛び出すのだった。

 

「ぷはっ、息をさせて貰えるのは有情だが……!!」

「力が抜けていく……」

「フッフフフフ!! 全部私が飲み込んであげるわぁぁぁぁん!!」

 

 

 

「──”はどうだん”!!」

「──”パワージェム”!!」

 

 

 

 怪物が勝ち誇ったように高笑いしたその時だった。

 頭を狙って真っ直ぐにそれは狙い撃たれる。 

 鉱石から反射したレーザー光が、身体の表面を焼き、遅れて波動を込めた球体が爆ぜて肉片が周囲に飛び散る。

 

「いたぁい!! 誰ェ!!」

 

 ヒガンナの進路を塞ぐようにして、2人のキャプテンが並び立っていた。

 その傍らにはルカリオ、そしてメテノが既に次弾の装填を開始している。

 

 

 

「……此処から先は通さない!!」

「観念してお縄に着くでござるよ、ヒガンナ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act7:フォール×スケール

「あらぁぁぁぁ!! 威勢だけは良いのよねぇぇぇん!! だけどぉぉぉ、私を捕まえようだなんてそうはいかないわよぉん、ウルイイイイイイイイーッ!!」

 

 

 

 怒声が響くと共に、周囲の壁が剥がれ、ルカリオとメテノも後ずさる。

 しかし、それに全く動じず、キリは一歩、また一歩と進んでいく。

 今此処に立っているのはウルイではない。かつて生きていたキャプテンではない。

 当代を任され、今を生きるキャプテン達なのだと言わんばかりに、彼女はクナイをヒガンナの触手目掛けて投げ付ける。

 ダーツのように吸い込まれたそれは、あまりにもあっさりと膨張した細胞を切断し、地面に切り落とすのだった。

 

「ひぎゃあああああああ!? いだいいいいいいいい!?」

「……父上ではない。拙者はキリ。クワゾメタウンキャプテンにしてすながくれ忍軍頭領・キリでござる!」

「ウルイ!! よくもウルイ、やってくれたわねぇぇぇ!! そうじゃないと困るわ!! 貴方はもっと、もっと激しくないと──いだぁい!?」

「だからァ、キリさんはキリさんだっつってンだろが、ボケ!!」

 

 はどうだんが真っ直ぐにヒガンナの顔面に飛び、爆発した。

 過去の妄執に憑りつかれたモンスターを唾棄しながら、ノオトは今目の前にいるのが自分達であることを示すべく、更に攻撃を放つ。

 

「追尾式の”はどうだん”なら……たっぷり、オメーの顔面にブチ込めるッスね!!」

「仲間とポケモンを解放するまで、叩き込み続けるでござる!」

 

 近付いてくるヒガンナの身体にはポケモンや忍者が取り込まれている。

 そのため、不用意な攻撃は味方を傷つけてしまう事に繋がる。

 故に遠距離攻撃タイプのルカリオやメテノの出番だ。

 生物の波動に反応して追尾する”はどうだん”は吸い込まれるようにヒガンナの顔面に何度も何度もぶつけられ、そこにメテノが大量の宝石を顕現させてビームを反射、怪物の身体を焼き切っていく。

 死の匂いが漂い、思わずノオトは鼻を覆うのだった。

 

「うっげッ……何スかコレ……!!」

「死肉が焼け焦げる匂いでござるな……!」

「気持ち悪いとかそういうレベルじゃねーッスよ! しかも──再生してねーッスかアレ!?」

 

 捕らえた研究員の供述では、複数本のエキスの摂取でBURST細胞が暴走、過剰に分裂を起こしているとの話である。

 言わば全身ががん細胞と化しているような状態であり、自然には分解しない。

 それどころか、細胞が残っている限り無限に再生する始末。

 

「クソッ、攻撃の手を緩めるわけにはいかねえ!! ”あくのはどう”ッ!!」

 

 動き続けるならば、動けないようにすればいい。

 当てれば相手を怯ませる”あくのはどう”を連続でぶつけ、相手を気絶させに掛かる。 

 しかし──

 

「ウルイ!! ウルイウルイウルイ!! いい加減にウザいのよ!! 邪魔をしないでちょうだぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 ──ぴたり、とメテノの身体が止まる。

 相手の身体の自由を奪う”サイコキネシス”だ。そのまま2体をぶつけ合わせると、キリ、そしてノオト目掛けて投げ飛ばす。

 しかし、その直前に彼女は網のように廊下全部にワイヤーを張り巡らせて2匹をキャッチするのだった。

 

「エスパー技まで……強敵ッスね……!」

「でも、使ってくることが分かっただけ良しとするでござる。念動力には念動力、そうでござろう?」

「ああ。タイミングはこっちで図るッス」

「問題は、捕まっている仲間でござるが……」

 

 キリが部下たちに目を向けると──必死な声が飛んでくる。

 

「キリ様ァ!! 我々には構わず、攻撃を……!! 戦闘でワイヤーマシンが破壊された今の我々では何も手助けが出来ませぬ!!」

「ならんでござるよ!!」

 

 はっきりと彼女は言ってのける。

 仮面を被ってはいない素顔で、気丈に理想のキャプテンとして振る舞ってみせる。

 此処で戦わねば誰が戦う? そう己を鼓舞しながら。

 

「例え甘いと言われようが仲間の為に耐え忍ぶ……それが拙者の理想とするキャプテンでござるよ!」

「しかし、これではキリ様が!」

「そして拙者は──これからも長い間、お前達の世話にならねばならん! そんな相手に何故、攻撃を加えられるでござるか!」

「キ、キリ様……立派になって……この間までオムツを履いていたのに……」

「何時のこの間の話でござるか!!」

「こいつら捕まってんのに結構余裕そうッスね?」

 

 実際、首から上が出ているので呼吸が出来ているのが大きいのだろう。

 それでも常に養分は吸い取られているので、あまり脱出に時間をかけることはできないのであるが。

 

「口は使えるでござろう!? 予備を投げるから、スライムを切断して中から飛び出すでござるよ!」

「御意!!」

 

 キリが繰り出したのはプテラ。その足には、キリがいつも腕に付けているワイヤー射出装置が握られていた。

 建物内部で、ワイヤーが壊れた忍者が自ら囮を志願したという情報を聞いたキリは、突入前に仲間から予備を調達していたのである。

 そしてすぐさま、恐ろしい速度でプテラは飛び、怪物の頭上をスレスレで通り過ぎる。

 その間、約0.5秒。

 忍者達の口元にワイヤー射出装置が落とされ──彼らはそれを口に含むと、歯だけでボタンとダイヤル操作を行い、ワイヤーを飛び出させ、操ってみせる。ケーキを糸で食い込ませて斬るような要領で肉の塊は切り刻まれ、すぐにバラバラに飛び散るのだった。

 

「ぎゃああああああああああ!? いたいいたいいだいいいいいいいいいいいい!?」

 

 勢いよく鉄糸が飛び出し、スライム状の細胞を内側から切り刻んでいく。

 流石に二人共、訓練された忍者ということだけあり、装置の扱いは手慣れている。

 あっさりと怪物から脱出してみせるのだった。

 

「た、助かった……!!」

「キリ様!! 我々も背後から援護をしますッ!!」

「頼むッ!!」

 

 あまりの手際の良さにノオトは呆然とその光景を見るしか出来なかった。

 改めて、すながくれ特製のワイヤー射出装置の性能の高さ、そしてそれを操る彼らの技能の高さには目を見張るばかりである。

 

「ワイヤー装置壊れてなかったら、すぐに脱出できたんスね……!」

「むしろ、壊れていたからこそ自分達が囮になって他の忍者を逃がしたのでござろう。……良いチームでござる」

 

 すぐさま背後、そして正面の両方向から集中砲火が始まった。

 忍者達が新たに繰り出したキラフロルがパワージェムを放ち、ルカリオとメテノも特殊技で敵の表皮を焼いていく。

 

「コ、コイツらっ……まとめて吹き飛ばして──ぐうううう!?」

「おっと、エスパー技は撃たせねぇッスよ? こっちも有効打は与えられねえッスけど、邪魔することなら出来るッスからね!!」

 

 そしてヒガンナが”サイコキネシス”の予兆を見せた瞬間、ルカリオもまた”サイコキネシス”を同時に放つことで打ち消す。

 その隙を、最大のチャンスと見たキリは叫ぶ。

 

 

 

「各員最大火力!! メテノ”メテオビーム”!!」

「キラフロル、キリ様に合わせて”パワージェム”!!」

 

 

 

 キラフロル2匹のパワージェム、そしてメテノが”パワフルハーブ”を食べて高速充填して放った極大火力の光線が十字砲火となり、ヒガンナの本体を撃ち抜く。

 次の瞬間、スライムの身体は爆散し──周囲に異臭を放つ肉の塊がびちゃびちゃと散らばっていく。

 

「ッ……やったか……!?」

 

 忍者達がぽつり、と呟いた次の瞬間だった。

 

 

 

「よくもォ──やってくれたわねぇぇぇぇぇぇん!!」

 

 

 

 衝撃波が、怪物の居た場所を起点に巻き起こり、全員を吹き飛ばす。

 同時に、怪物に取り込まれていたポケモン達がごろごろと解放されていく。

 ワイヤーを使って空中で受け身を取ったキリは、ノオトを抱きしめると着地。

 敵の正体を見極めるべく煙の中を睨む。

 爆風は晴れ、そこにあったのは──巨大な蝶の翅を生やしたヒガンナの姿だった。

 臀部からは太い虫の腹が生え、額からは触覚が生え、目はモザイク状の複眼と化していた。

 

「ああ、痛い、とても痛いわぁん!! だけど……昔バタフリーちゃんが受けた痛みは、こんなもんじゃあなかったわよぉん!!」

「一周回って、元に戻ったッスね……!!」

「今までの姿は、()……変態中の身体を守る為の鎧だったでござるか! 道理で手応えが無いわけでござる!」

「此処は飛ぶにはちょっと狭いわねェん。場所を変えましょう?」

 

 一瞬でメテノ、そしてルカリオに距離を詰めると、二匹を鷲掴みにして──ヒガンナは一気に天井を突き破って飛び出す。

 

「速いッ……!?」

「しまった!! 追うでござるよ!」

 

 そんな彼女と手持ちを追いかける為に、キリは躊躇なくノオトを右腕で抱くと、ワイヤーを天井に引っ掛け、するすると登っていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──辿り着いたのは、屋上。

 ルカリオとメテノは思いっきり床に投げて叩きつけられる。

 しかし間もなくキリとノオトも追いつくのだった。

 

「……逃がさないでござるよ、ヒガンナ」

「逃げる? 逃げる訳無いじゃない、ウルイ──私はねぇん、今度は、()()()()()戦っているものぉん」

「……何だと?」

「あの日バタフリーちゃんが死んだときから、私も死んだも同然だったのよぉん!」

 

 ビキビキビキ、と音を立ててヒガンナの翅が更にさらに大きくなっていく。

 最早サイズはキョダイマックスを遂げたバタフリーのそれと同等。

 

「くふふ、我ながら美しい翅……やっぱり、私はこの姿に行き着くのねぇん。最期に相応しい姿だわぁん!!」

「最期──やはり、最初から自殺同然のつもりで……!」

「私はねぇん、お前に復讐をしてバタフリーちゃんの所に行ければそれで良いのよぉんッ!!」

「ヤケクソか……ッ! だから無茶してたんスね!」

 

 ギリッ、とキリは変わり果てたヒガンナを睨むと叫ぶ。

 

「いいや、お前は死なせないでござるよ、ヒガンナ」

「だけどキリさん! あいつはもう、助からねえッスよ! 仮に倒してもオーバードーズで──」

「……生きて償わせる!! ()()()()()()()()()()!! それがトレーナーが取るべき責任でござろう!! 絶対に逃がしはしないッ!!」

 

 既に”パワフルハーブ”を使い終わり、殻が破壊されているメテノをボールに戻し──キリが繰り出すのはバンギラス。

 周囲は砂塵に包まれる。

 何の因果か、数年前と同じ対決だ。

 ただし、今度はキリの隣にはノオトが居る。だが、ヒガンナはポケモンすらいない、たった一人だ。

 

「……ノオト殿。メガシンカでござる」

「もう取り込まれる心配はねぇッスからね!!」

 

 二人は同時にメガリングに触れる。

 ルカリオに、そしてバンギラスに嵌めこまれていたメガストーンがそれに反応し、進化のエネルギーを爆発させた。

 動を全身に迸らせ急進化したルカリオ。

 そして、より重く、より堅牢な鎧を手に入れたバンギラス。

 その2体が同時にヒガンナに相対する。

 

【メガルカリオ はどうポケモン タイプ:格闘/鋼】

 

【メガバンギラス よろいポケモン タイプ:岩/悪】

 

 タイプ相性は、推定虫/飛行タイプであろう相手には圧倒的有利。

 とはいえ、ヒガンナは大量のエキスを摂取していたため、複数のタイプを扱えるようになっており。

 

「バンギラス、ストーンエッジで貫くでござるッ!!」

 

 岩の刃が断続的に現れ、彼女を切り裂く。

 しかし──刃はヒガンナを貫くことは出来ず、そのまま砕け散った。

 その身体はいつの間にか鋼鉄のように硬化しており、更に鉄板の如き翅で地面を切り裂きながら突貫。

 バンギラスの鎧を抉るように切り裂く。

 

「ッ……バンギラスに傷が……!!」

「それなら”はどうだん”ッスよ、ルカリオ!!」

 

 接近したヒガンナに弾幕が放たれる。

 しかし、それらは全てあっさりと彼女の身体を通り抜けてしまい、霧散した。

 一発必中の”はどうだん”が相手に無効化されるのは、タイプ相性以外有り得ない。

 

「ッ……まさか、今度はゴーストに……!!」

「うふふ! 良い! 実に良い力だわぁん!」

「自分の意思でタイプを好きに変えられるでござるか……ッ!!」

「それだけじゃあないわぁん!!」

 

 ヒガンナが強く強く翅を羽ばたかせる。

 暴風が巻き起こり──周囲を舞っていた砂が全て掻き消えてしまう。

 この瞬間、バンギラスに掛かっていた砂嵐の加護も失われ、特殊防御力が元に戻ってしまうのだった。

 ならば最大の脅威は風を巻き起こす翅。

 

「直接止めるまでッスよ──ルカリオ、サイコキネシス!!」

「同じ手は効かないのよぉん!!」

 

 ルカリオの目が光った瞬間、再びヒガンナの周囲を今度は邪悪なオーラが纏う。

 悪タイプにエスパー技は通用しない。

 続けさまにバンギラスが”ストーンエッジ”を放つものの、風の勢いで岩が砕かれてしまうのだった。

 そればかりか、風向きが変わり、逆にバンギラスに岩が降りかかる始末。

 

「くそっ、無茶苦茶ッスよ!!」

「この暴風圏では岩技も逆効果でござるな……!! 竜巻に吸い込まれた後に、逆回転で吐き出されてしまうでござる!!」

「くふふ! まとめて全部、全部ブッ壊れちゃえばいいのよぉぉぉん!」

 

 廃ホテルでの戦闘とはくらべものにならない程の大きさの竜巻が作り出される。

 更に今度は巨大化した翅から鱗粉のシャワーが噴出され、襲い掛かった。

 

 

 

【ビビヨン<BURST>の コワクバースト!!】

 

 

 

 地面を抉る程の風の刃が迫りくる。先程よりも風の渦は強く、そして広くなっていく。

 それはバンギラスを、そしてルカリオをも飲み込み、巻き上げて吹き飛ばした。

 ノオトとキリも吹き飛び──更に鱗粉の波を浴びる。

 嫌な予感がしたキリは口を塞ごうとしたが、あまりの風圧でそれも叶わず、思いっきり吸い込んでしまう。

 その瞬間、身体が痙攣するのを感じた。そして一気に痺れが襲い掛かる。

 指の先すら動かない。

 

(しまっ……”まひ”でござるか……!! 受け身が、ワイヤー射出装置も押せない……!!)

 

「──くっ、くふふふふ!! くふふふふ!! 見たかしらぁん、ウルイ!! 私はついに、貴方を超えたのよぉん!! くふふふ!!」

 

 風が止み、バンギラスは屋上に落下したものの、鱗粉の力で昏倒し、眠ってしまう。

 ルカリオもまた”サイコキネシス”を応用して自らの身体を静止して落下を避けたが、身体が痺れてしまっており、まともに動けない。

 そして、重量が軽いこともあり、大きく跳ね飛ばされたキリとノオトは──屋上から投げ出されたまま、落下。その先は、奈落だ。

 

(マズい、マズい!! 身体が動かなければ、何も──!!)

 

 そう考えた時だった。

 キリの手を何かが掴む。

 

 

 

「キリさんッ!!」

「ッ……ノオト殿──!! 身体が痺れて──」

「一か八かッスけど──」

 

 

 

 落下する中、ノオトはキリの右手首を掴み──ワイヤー射出装置のスイッチを押す。

 ──さて。クワゾメの忍者達が手足のように扱っているこのワイヤーは、当然だが習熟までに数年は要するとされている。

 射出装置には5つの小さな穴が用意されており、そこから複数の鉄糸が発射されるのが基本的な機能だ。そして、ボタンとダイヤル、更に射出されたワイヤーを指に巻きつけることで角度や方向、強弱をコントロールするのである。

 ……当然、その操作は複雑どころの話ではない。応用次第で無限通りに及ぶ。

 当然、素人がボタンを押した程度で思ったように操れるものではないのである。

 いきなり5本のワイヤーが飛び出すなり、2人をまとめてぐるぐるに巻いていき──抱き合わせてしまうのだった。

 さながらワナイダーの腹のようであったが、笑い事ではない。

 今度はノオトまで空中で身動きが取れなくなってしまうのだった。

 

「って余計に悪化してるんスけどォォォーッ!? 全然思い通りに飛ばねえじゃねーッスかコレェ!!」

「こ、このままでは──」

 

 真下はアスファルト。

 このままでは二人まとめて墜落死は免れない。

 ポチポチ、と射出装置のボタンを連打するノオト。

 

「クソッ、諦めねえ!! 諦めねえッスよ、オレっちは!!」

「……ノオト殿……!!」

「だってオレっち、まだキリさんから本当の気持ちを聞いてねえッスよ!!」

「ッ……だけどこのままでは──」

「何とか……なれェェェーッス!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──くふふっ、素晴らしい威力でしょう、ウルイ! まさに音に聞く”キョダイコワク”の如き破壊力だったわぁん!!」

 

 

 

 その鱗粉は、吸い込んだ者に”どく”、”まひ”、”ねむり”のいずれかの受難を与える。

 ルカリオは体が痺れ、バンギラスは眠ってしまい、動けない。

 そんな彼らを再び大嵐で蹂躙しながら、ヒガンナは笑みを浮かべてみせる。

 

 

 

 

「──ざぁーんねん、あんた達の主人はビルの向こうで真っ逆さま。だけど、あんた達も同じところに送ってやるわぁん!! 寂しくないようにねぇん!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act8:忍×闘ファイナルバトル

 ※※※

 

 

 

「……止まったッスね……」

「……な、ん……とか……」

 

 

 

 乱暴に射出されたワイヤーは偶然、ビルの看板と信号機に巻き付き、ぐるぐる巻きになった二人を蜘蛛の巣に掛かった餌のように宙吊りにするのだった。

 傍から見れば数奇な光景そのもの。

 背中合わせ、かつ逆さ吊りで緊縛された姿が衆目に晒される中、ノオトは問いかける。

 

「それで、キリさん……調子は」

「……麻痺で……動けない……」

「……そーッスか」

 

(落下死は免れたでござるが……今度はポケモン達を屋上に残してしまった……!! てか、このワイヤーどうやって解くでござるか!? 何をどうしたらこうなるでござるか!? ワナイダーに弟子入りできるでござるよノオト殿!!)

 

 尚、口は動かないだけで脳内は饒舌なキリであった。

 

「……クソッ、まさかぐるぐる巻きになっちまうなんて……ッ!! こ、こうなったら無理矢理引き千切って──いっだだだ、これ食い込んでいてぇッス!!」

 

 何重にも絡まった鉄糸が簡単に解けるはずがない。

 腕の自由も利かない。力づくではどうしようもないのである。

 

「……ノオト殿……ポケモンを……」

「……オレっちのベルトには届かねえんスよ、ボールが掴めねえッス!」

「いや──拙者のボールに……!」

「!」

 

 ノオトは指を伸ばす。

 ぎりぎりだが、キリのボールの1つに届きそうだった。

 そして何とかボタンに辿り着き、それを押す。

 何が入っているかはノオトにも、そしてキリにも分からない。

 音を立ててボールが開き、そこから地面へ向けてポケモンが飛び出す。

 

「しゃらんしゃらららん!!」

 

 砂を転がすような音と共に現れたのは、甲殻が割れてコアの姿となったメテノだった。

 縛られた二人を見るなり、メテノは全く状況が飲み込めないようだった。

 

「良し……ッ!! メテノ……分かるでござるな?」

「しゃららん!? しゃららん!」

 

 しかし、そこは流石にキリの相棒ということもあり、すぐさまパワージェムを放ち、ワイヤーを叩き斬る。

 彼らを縛っていたものを、そしてビルの看板、信号機に掛かっていた物も一瞬で正確に焼き切られる。

 再び二人は空中に放り投げられるが──

 

「よしっ、今ッス!!」

 

 すぐさま、狙いすましていたようにノオトは腰のベルトのボールを地面に向かって投げ付ける。

 

 

 

「ジャラランガ!! キャッチ頼んだッス!!」

 

 

 

 すぐさま、飛び出したジャラランガは、落下してきた二人を──地面スレスレで両脇に抱え込む。間一髪であった。

 全く以て生きた心地のしないキリだったが、一先ず助かったと言わんばかりに息を吐く。

 

「……はぁ、はぁ……何とか……なったでござる」

「さぁてと次はそっちの麻痺を治さなきゃッスねえ」

「……なんでも治しはあるでござるか」

「ポーチに入れてるッスよ。……あー、まあ、使えるッスね」

 

 慣れた手つきでそれを取り出すと、スタンプ型の注射器になっているそれをキリの腕に押す。

 すぐさま薬液が血中に流れ込み、痙攣して動かなかったキリの身体は徐々に自由を取り戻していった。

 そうしてようやく呼気が落ち着いた彼女は──改めて闘志を滾らせる。

 散々やられてきたお返しをする時だ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「くっふふふ!! 流石にもう、立てないわよねぇん!!」

 

 

 

 倒れ伏せた二匹のメガシンカポケモンを前に高笑いするヒガンナ。

 岩の鎧は裂けて既にボロボロに剥がれ落ち、血しぶきがぶちまけられるバンギラス。

 波動の使い過ぎで肌は罅割れ、身体からは湯気が上がるルカリオ。

 しかし、それでも尚、二匹は主人の帰還を信じ、起き上がろうとすることをやめない。

 蓄積されたダメージは確実に身体を蝕んでいた。

 最後の力を振り絞ろうとしたものの、命を削る程の急激進化であるメガシンカに肉体は耐えられない。

 その身体は魔法が解けるように元の姿へと戻ってしまうのだった。

 

「終わったわねェん……さあて、ウルイの奴は……何処に行ったのかしらぁん、ウルイ、ウルイウルイウルイ、ウルイ──ッ!!」

「父上は死んだッ!!」

 

 急襲。

 恐ろしく素早い動きで、岩の刃がヒガンナを上空から襲う。

 予想外の方向から飛んだ攻撃に彼女は飛び退くが全てを避けることは出来ず、その翅の1枚を散らすことになるのだった。

 

「がぁっ!? ……く、くふふふっ!! ウルイ、ウルイ!! まだ、まだ私と遊んでくれるのねぇん!!」

 

 態勢を崩したものの、翅を再生させるヒガンナ。

 彼女の複眼に映ったのは、倒れたバンギラスとルカリオに駆け寄る、記憶に強くこびり付いたキャプテンと似た目を持つトレーナー二人だった。

 

「よく耐えてくれたでござるな、バンギラス……ゆっくり休むでござるよ」

「……バギラァ……」

「ルカリオ、すぐに駆け付けられなくってすまねーッス。後は……オレっちが仇を取るッスよ……!」

「ガオン……」

 

 満足げに笑みを浮かべるバンギラス。そして、「後は頼む」とばかりに肩を叩くルカリオ。

 2匹はボールの中へと吸い込まれていく。

 

「プテラ、此処まで運んでくれてご苦労でござる──そして、メテノ。此処でケリをつけるでござるよ」

「しゃらんしゃららん!」

「そして──ヒガンナ! お前の悪い夢も、此処で終わりでござる。もう父上は居ない。お前が復讐する相手は、最初から居ないのでござるよ!!」

 

 エースに代わり戦うのは、メテノとジャラランガだ。

 此処に第二ラウンドが始まる。

 すぐさま、狂気に満ちた笑みを浮かべたヒガンナが翅を羽ばたかせて、暴風を巻き起こす。

 鱗粉交じりのそれは、再び彼らを昏倒させるべく魔の手を伸ばしていく。

 しかし。

 

「ジャラランガ!! 突っ込んで”スケイルノイズ”!!」

「メテノ、後ろから”パワージェム”で狙撃でござる!!」

 

 正面切って飛び出したのはジャラランガだ。

 粉塵巻き起こる暴風圏に突っ込んでも尚、状態異常に襲われる様子はない。

 ジャラランガの特性は”ぼうじん”。全身の鱗が鱗粉の雨から身を守っているのである。

 そればかりか、全身の鱗を震わせて放たれる衝撃波と騒音が、BURSTで聴覚の強まっているヒガンナの調子を狂わせていく。

 

「あっぎ、うる、うるさあああい!! 何なのコレは!!」

 

 更に、竜巻を貫通する勢いで宝石の如く煌めく光が真っ直ぐに彼女の頭を狙い撃つ。

 タイプを変更する余裕が無かった彼女は、直撃を喰らってしまい、ぐらり、ぐらり、と揺れて落ちる。

 

「短期決戦で、決めるッスよ!! じゃらじゃら鳴らせェェェーッ!!」

「い、いけないわ、このままでは……タイプを……これは、ドラゴンの技──」

 

 強烈な音の波に耐え切れないヒガンナは自らのタイプを再び変化させる。

 包み込むは妖精の加護。ドラゴンの力を完全に遮断するタイプだ。

 だが、それを狙ったようにしてジャラランガの頭を掠め──弾丸が飛んだ。

 

 

 

「”アイアンヘッド”!!」

 

 

 

 避ける間もなかった。

 自分の胴に衝突し、めり込んでいるのが全身を硬化させたメテノであることに気付くまで2秒。

 

【メテノの アイアンヘッド!!】

 

「あっ、がはっ……!?」

 

【効果は 抜群だ!!】

 

 ヒガンナは倒れ込む。鉄の塊が飛び込んできたも同然。

 しかも、妖精の力は鋼を嫌う。BURSTしていなければ、そのまま貫かれていた程の威力だった。膝を突き、吐血しながら彼女は恨めしそうにノオトを、そしてキリを睨む。

 

「あ、()()()()……!! ウルイ、じゃあ、ないわね……!! 何なのよ……!! 戦い方もバラバラ、使ってるポケモンのタイプもバラバラ!! なのに!! 連携が完璧……!?」

「そりゃあ勿論、キャプテン同士──」

「お互いの戦い方は、しっかりと知っているでござるからなァ!!」

 

 共に過ごした日々、そして修練した記憶は絆の証。

 そして修羅場を超えたことで二人の結びつきはより強くなっていた。

 

「……んでもってオレっちはキリさんを──」

「拙者はノオト殿を信じているでござる!」

「何よりポケモンは拙者達を信じ、拙者達もまたポケモンを信じている!! 年季が違うでござるよ!!」

「冗談じゃないわァん、綺麗事ねぇん!!」

 

 しかし、それを裏付けるようにして二匹の猛攻は続く。

 弾丸のように飛び回るメテノがヒガンナを打ち鳴らし、それを受ける為にタイプを変えれば、ジャラランガが”はどうだん”で急襲を掛ける。

 更に挟まれる”スケイルノイズ”の騒音が、彼女をより苦しめていく。

 

「クソッ、こんな所で負けるわけにはァァァァーッ!!」

「後……一歩でござるよ、ノオト殿!」

「……そうッスねえ、もうひと踏ん張り……」

 

 

 

(あっ、ヤバ──)

 

 

 

 

 ”スケイルノイズ”が途切れたのは、キリの耳に何かが倒れる音が倒れた瞬間だった。

 

「え──」

 

 主人が倒れた事に勘付いた瞬間、ジャラランガに隙ができる。

 右翅が巻き起こした風の刃が容赦なく彼を叩き斬る。

 更に、左翅によって巻き起こされた突風がメテノの身体を宙高く放り投げた。

 

「ノ、ノオト殿!?」

 

 突如、糸が切れた人形のように横たわった彼にキリは駆け付ける。

 何の前触れもなかった。何が起こったのか全く分からない。

 

「あら。あらあらあらぁん!? その子──どうしたのかしらぁん? くふふ! いきなり倒れちゃったわねぇん!」

 

 ノオトの顔は青い。

 そして、苦悶の表情を浮かべながら息を荒げている。

 全身を痛みが襲い、そして呼吸するのもままならない。

 その症状を見てキリはすぐさま一つの答えに辿り着いた。

 さっき、ヒガンナが放ったオオワザ”コワクバースト”は、その場にいた全員を漏れなく状態異常に侵すものだった。

 ルカリオとキリは麻痺。バンギラスは眠り。

 そして、気丈に振る舞ってはいたが──ノオトを蝕んでいたのは”毒”だったのではないか、と考える。

 行動こそ制限されないものの、地獄の苦痛を受け続け、いずれ瀕死の重体に至る状態異常だ。

 

「……ノオト殿……何故あの時回復しなかったでござるか! すぐにでも──」

「いやー、回復薬は用意してたんスけどねぇ……」

「すぐに”なんでもなおし”を──あ」

 

 ポーチをまさぐった途端、キリは全てを察する。

 中で液漏れが起きている。そして、瓶が割れているのだ。

 

「……ワイヤーで押さえつけられたり、戦闘の衝撃で回復薬が幾つも割れちまって……ドジしたッスよマジで」

「まさか拙者に打ったのは、最後の一本!? 何で言わなかったでござるか!」

「だって言ったらキリさん、オレっちに打てって言うじゃねえッスか……」

「それで今まで我慢してたでござるか!?」

「……悔しいけど、オレっちとあんたじゃあ……どっちが強いかは今、明らかッスからね……より強い方を生かした、それだけッス」

「……ノオト殿」

「なーんて言ってみたけど……カッコつけたかったんスよ……あんたの前だから……ッ!」

 

 がっ、とキリはノオトの肩を担ぎ上げる。

 

「……ほんっと、拙者の事だけは言えないでござるよ」

「へへへ、違いねぇや」

「こんな所で死んだら、絶対に許さないでござる」

「死には、しねえッスよ……そんなにヤワじゃ、ねーッス」

「減らない口でござるな、こんな時まで……!」

 

 自分は何をやっているんだ、とキリは己を詰る。

 彼が此処まで弱るまで気付かなかったこと。

 そして、未だに敵を撃滅できていないこと。

 その全てが不甲斐ない。

 

「バカねえ!! 本当におバカ!! 自分が倒れちゃあ世話無いわ!! あんたも、よくもまあそんな頭の悪いガキンチョと組んでいたわね!!」

「……」

「要するに自滅しちゃったってだけじゃなぁい!! 足を引っ張ってどうするのって話よぉん!」

 

 ぷつりと何かがキリの中で途切れる。

 そして、彼女の頭の中で枝が広がるように何かが繋がっていく。

 ああバカだ。確かにバカだ。

 倒れるまでノオトは自分を苦しめる毒に耐え、いきなりぱたりと倒れてしまった。

 

(だけど、そのおかげで今、拙者は立っているでござるよッ!! ノオト殿が居なければ……拙者は今……こうして戦えていないでござるッ!!)

 

「……メテノ。──メテノッ!!」

 

 その甲高い呼び声は、宙に吹き飛んだ相棒に──はっきりと届く。

 

「……あ? 一体何を──」

「ステルスロック。地面に大量にばら撒くでござる」

 

 メテノが態勢を整えて地上を狙って岩の破片を放出していく。

 尖った岩は皆まとめて透明化し、一気に地面へと突き刺さり消えた。

 

「一体何処に技を撃ってるのおん!?」

「……次。ダイノーズ!」

 

 続けて彼女が繰り出したのは巨大な鼻を持つ全身が磁鉄鉱で構成されたポケモン・ダイノーズだ。

 

「ダイノーズ──”じゅうりょく”」

「ッ……!?」

 

 ぐいぐいと彼女の身体は地面へと引きつけられていく。

 そして、そこには既にメテノが仕掛けた地雷型の”ステルスロック”が大量に埋め込まれている。

 地面に足を付ければ、容赦なくそれらは炸裂し、かつての三羽烏・アルネのように四肢をズタズタに切り裂く。

 無論、ヒガンナはBURST体。流石に生身の人間のようにはいかない。

 だが、このままでは少なくないダメージが彼女を襲う。その上、羽ばたいて地に浮かぶことすらままならなくなる。

 

(ならば身体を鋼タイプに変えて硬化!! これでステルスロックも刺さりはしないわ!!)

 

 案の定、着地の瞬間にステルスロックは起爆して炸裂。ヒガンナの身体を切り裂いた。

 しかし鋼の身体には岩の斬撃も通用しない。

 

(繋がる……視える。既に拙者は2手前からそれを読み切っている)

 

「──”だいちのちから”」

 

(戻った──全ての()()が)

 

 次の瞬間、タイルは赤熱化して罅割れ、溶岩を噴き出した。

 熱気が彼女を襲う。

 溶岩が飛べない蝶を焼いていく。

 

「ひぎいいいいい!? 熱い、熱いィィィーッ!?」

 

(タイプを変えるなら……”鋼”だと思っていたでござる。上にいるメテノの技の威力を全て半減できるでござるからな。一致技の岩と飛行、見せている鋼技の3つを受けられる)

 

「そして次に取る行動は──」

「──あ、熱い、熱い──まだっ、まだ私は──飛べる──ッ!! 飛んでみせ──」

 

(いや、跳べない!! 飛べない!! ならばせめて、この技を軽減しなければ!! 鋼の身体が溶かされる──!!)

 

(浮かび上がれない状態で”飛行タイプ”に変えても意味がない。岩技の餌食だ。苦痛に耐えかね、”だいちのちから”を軽減できる”草タイプ”でござろう。こちらが見せていない飛行タイプの技が無い事に賭けて)

 

 

 

「堕とせメテノ──”アクロバット”」

 

(こ、此処で()()()()()()()()()耐え凌げ──)

 

 

 

 

 流星一条、建物全てを貫く勢いだった。重力によって強化された自由落下による必殺の一撃。

 屋上は罅割れ、巨大なクレーターが出来上がる。

 それがトドメとなり、BURST細胞は衝撃に耐えかねて崩壊した。

 

「あ、がぁ……!!」

「まあ飛行技を持っていないわけがないのでござるが」

 

 綺麗な翅は焼け落ち、触角はしおれ、複眼は──元に戻っていく。

 そして肌には皺が刻まれ、髪からは色が抜けていく。

 命こそ取られなかったものの、力を急激に得た代償はあまりにも大きかった。

 後に残るのは──醜く老け込んだ老婆だった。

 

「わ……、私、負けたのぉん……!? しかも、生きてる……!!」

「そうでござる。生かしたでござるよ。研究員共から、さっさとBURSTを解除すれば、死は免れると聞いていたでござるからな」

「あ、あがが、ざ、残酷だわ……こ、こんなの……いっそ、殺してくれれば良かったのに……!! 酷いじゃない……!! 放っておけば、私は勝手に死んだのよ……!? 情けなんて──」

「情けを掛ける為に生かすのではござらん。拙者は生憎……先代程優しくないでござる」

「そう、そうねぇ……やっぱり……そうなるわよねぇ……! 貴女は、ウルイじゃあないものねぇ……!」

「お前は一生懸けて償わねばならんでござるよ。力の為に多くの命を犠牲にした罪。そして──離別の苦しみから逃げた罪。例え牢獄から出たとしても、一生懸けて悔んで償い続けるのでござる」

 

 まあ尤も、とキリは続けた。

 

 

 

「……理由は違えど、もし此処にいるのが先代だったとしても──お前を生かしただろうが」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 ※※※

 

 

 

「……見舞に来てくれたんスね、キリさん」

「後処理に追われていたでござるが……頭を下げて抜けてきたでござる」

 

 ──翌日。キリは、ノオトの入院している病院に姿を現した。

 本当ならば付きっ切りで彼の元に居たかったが、全ての力を取り戻した以上、事件の後処理をせねばならないと考えたのである。

 その結果、駆け付けた頃には既にノオトは元気だった。

 病室でする話でもないので、屋上に二人で向かい、並び合う。

 仕事も合間であり、そもそも他者と目を合わせられないキリは仮面を付けた忍装束の姿であった。

 

「そういや……あのトゲチックは」

「ああ、武器商人共のアジトに移送されていたが助け出したでござるよ。その他、何十匹もの密猟されたポケモンが救出されたでござる。大手柄でござるな」

「……そうスか。良かった」

「何にも良くないでござる」

 

 ノオトには仮面の下の表情が何となく想像できた。

 きっと口はへの字に曲がっているんだろうな、とノオトは考えて、少し申し訳ない気持ちになる。

 理由は勿論、あれだけ無理は禁物と言っていたノオトが無茶をしたからであるが。

 

「えーと、怒ってるッスよね」

「だいぶ」

「でもあの場ではアレしかなかったんス。ヒガンナを生きて拘束するには時間かけてらんなかったし」

「だとしても! 毒を受けたと正直に言えば、忍者達に引き渡して拙者だけで向かったでござる」

「……いやあ、毒が回る前に倒せばノーカンって思ったんスよねえ」

「何もノーカンではござらん」

「あだだだだ、悪かった、悪かったッスよぉ」

 

 ぐいぐい、と頬を引っ張るキリ。

 本当に生ける鉄砲玉のような少年だ、と彼女は考える。

 普段のトレーニングも戦い方も、あれだけ理論的に考えているのに、切羽詰まるとそんなものは全部投げ捨ててしまうのだろう。

 ああした理性的な一面はあくまでも合理的に強くなるために身に着けたもので、誰かのためならば痩せ我慢してしまうところや身体を張ってしまうところは、彼の素なのだとキリは考える。

 そして似たような面はキリも持ち合わせている。

 揃いも揃って似た者同士だった。互いに負けたくない、互いに背負わせたくない。その結果、ふとした拍子に躓いて……相手に心配をかけてしまう。

 

「いやー、まさか綺麗に全部自分に帰ってくるとは思わなかったッスねぇ」

「もう少し危機意識というものを持つでござる。ノオト殿は」

 

 違う、こんな事を言いに来たんじゃない、とキリは自らの腕に突っ伏した。

 年上で、筆頭キャプテンで、ましてや仮面を被っているからかついついこうして説教臭くなってしまう。

 

「ノオト殿。それでも拙者は今回の件、ノオト殿に感謝しているでござる。拙者一人ではヒガンナに勝つことは出来なかったでござるからな」

「いやぁー、最後決めたのはキリさんッスよぉ」

「……改めて、拙者の気持ちを伝えたい」

 

 彼女はすぐさま仮面を外し、頭巾を脱ぎ──鮮やかな金の髪を露にした。

 顔が燃えるように熱くなっており、夕陽に照らされるまでもなく赤くなっていた。

 

「キリさん? 仮面──」

「……好き」

 

 その二文字を振り絞った後、キリは更に力強く叫ぶ。

 

「……ノオト殿の事が……好きだと言った!」

 

 目は潤んでいる。

 必死に言葉を選ぼうとして、それでも湧き上がる激情には勝てず、抑え込んでいたものが止まらない。

 それでも耐え切れず、顔が更に真っ赤になっていき、彼女は俯いてしまう。

 

「初めて会った時からずっと……ずっと拙者はノオト殿を見ていた。上手く言えなかったし、押し隠そうと思っていたが……もう隠す理由など無いで……ござる……」

 

 涙が何故か零れ出て来る。

 フラれる覚悟はして、此処に来た。 

 

「拙者ならノオト殿に悲しい思いはさせない。その代わり……拙者の事を見ていてほしい……ッ! 超える壁としてだけじゃない、女の子として……」

 

 一度口を突いて出た言葉は止まらなかった。

 そこまで言うつもりはなかったのに、ワガママだと分かっているのに。

 

「オレっち……最弱のキャプテンッスよ」

「拙者はそんな事を言ったことは一度もござらん……! キャプテンになってからのノオト殿の努力はこれまでずっと見てきたでござる……!」

「女好きなの……知ってるッスよね?」

「何をいまさら。その上で拙者を見て貰えるように努力するし──拙者はノオト殿に悲しい顔はさせない」

 

 以前、ゴマノハとしてのキリを見てもドキドキしないことを彼は自分でも疑問に感じていた。

 そのような心持で彼女の気持ちに応えて良いのか、と葛藤した。

 だが今、彼女に率直に気持ちを伝えられ、受け入れようとしている自分が居ることに気付く。

 何とも思ってない相手に、あそこまで無茶できるわけがない。

 キリと一緒に居ると安心する。それだけで傍に居たいと思える理由には十分だった。そして彼女の純朴で、一生懸命な所に確かに惹かれたのだ。

 彼女ならば背を預けても良い、彼女の前でならば弱い自分を曝け出しても良い、彼女の前でなら身体を張っても良いと思えてしまう。そうしてでも大事にしたいと思えてしまう。

 

(……腹を決めるかあ)

 

 ゴマノハと名乗っていた時から変わらない。

 正体に気付いた今も──ノオトはそう思っている。

 

「ひとつ、勘違いしねーでほしい事があるんスけど」

「?」

「オレっち付き合う相手には一途ッス。脇目振るつもりねーから。だから、覚悟しとくッスよ、キリさん」

 

 その上で彼は決めていた事がある。

 今までも、これから先も変わらない唯一つの目標だ。

 

「そして、いつか、必ずあんたを超えて、あんたの隣に相応しいキャプテンになってみせる。良いッスね?」

「……ッ」

 

 返事の代わりに帰って来たのは、彼を押し倒す程の全力の抱擁だった。

 

「ちょっ、痛いッス、キリさん──!?」

「ッ……良かったぁ……嫌われてたらどうしよう、引かれたらどうしようって……!!」

「……バカだなあ、キリさんは。オレっちがキリさんのことキライになるわけないじゃねーッスか」

 

 柄にもなくわんわんと泣くキリを抱きとめる。

 これからも彼女は幾度となく無理をするだろう。また、自分も同じだ。

 

(……その度にきっと、止めてみせるッスよ、キリさん。オレっちは……あんたの隣に居たいから)

 

 

 

 

                ──断章「忍×闘アライブリバースト」(完)

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

余談:とりあえずヒメノの脳は破壊される

 

 

 

 弟が女の子とデートに出かけたと思ったら、出先で事件に巻き込まれ、全身に毒が回って緊急入院。流石に蒼褪めたヒメノだったが、犯罪組織のメンバーとの戦闘でキリに”なんでもなおし”を譲り、自分は倒れるまで瘦せ我慢をした──という経緯に何処までも弟らしいな、と呆れを隠せない。

 とはいえ、ヒメノは今回の事件では完全に外野。詳細は殆ど何も知らない。ひぐれのおやしろと、よあけのおやしろは同盟関係。互いに情報を共有するという協定が存在する。

 そんなわけで一度、キリをおやしろに招き、キャプテン同士による対談の機会を設けることにした。

 

「ふぅむ、人とポケモンの疑似融合……成程確かに禁じ手なのですよ。倫理面に目を瞑れば有用といえないこともない。一方、その組織は、BURST体の運用に問題があったとしか思えないのですよ。例えばポケモンとの同時併用で、BURST体はサポートに回るとか」

「そうでござるな……真っ向から来てくれて助かったでござる。敵の練度が高くなかったのは救いでござるな」

 

 BURST薬に関する資料を読むヒメノは、興味深そうに唸る。

 事件の顛末を聞くと、いつの間にか海外の武器商人が条約違反で国際警察に一斉検挙、ついでにどっかの地方の犯罪組織の残党も一斉検挙。ついでにポケモンを素材とした条約違反モノの薬品は全て押収。何とも情報量だけが多い。

 此度の一件についての報告が一段落した辺りで、ノオトとキリは事件と無関係とも言えない例の話題を切り出すことにした。

 

「えーとヒメノ殿。それで、事件の詳細を報告するのに伴って、1つ別件で言わねばならぬことが。非常に言いにくいことでござるが……」

「キリ様なら何でも話してほしいのですよー♪ あ、ノオトはお茶汲んで来るのですよ、マッハで」

「はいはい」

 

 などとヒメノが余裕をぶっこいていたのも、最初のうちだけ。

 全ての報告を聞いた時──ヒメノの顔からは表情が消えていた。

 

「え、えーと……誰と……誰が、交際って言ったのです?」

「だから姉貴、オレっちと……」

「拙者が……」

 

 ──さて。キリとの交際で最大の障壁になるのは実の姉であるとノオトは確信していた。

 というのも、キリの中身がイケメンで大人の男性だと思い込んでいるヒメノは、”彼”になかなか歪んだ好意を抱いているのである。

 それでキリが被った迷惑は一度や二度ではない。バトルをいきなり仕掛けられる。急襲される。付きまとわれる、等々。その度に返り討ちにされるところまでがワンセットなのだった。

 だが、それもいよいよ終わりを告げようとしていた。

 

(もしオレっちとキリさんが付き合ってるってバレた時、最悪サイゴクを滅ぼしかねないッスからね、姉貴……)

 

 厄介極まる事にヒメノという少女に隠し事は通用しないのである。どうせいつかバレる。それならば、バレる前に先に挨拶して誠実さを見せた方がまだマシである、とノオトは考えていた。

 後にも先にも、キリの正体をヒメノに明かせるタイミングなど此処しかない。ないのであるが──あまりにも火力が高過ぎた。

 早速ヒメノの脳には亀裂が入った。まだ序盤戦だというのに破壊される寸前だった。

 

「ま、待つのですよ。キ、キリ様とノオトが、です? いや、いやいやいや、これは只の悪質なウソなのですよ! そもそもノオト、貴方……いつから殿方が──」

「……キリさん。仮面を」

「……承知した」

 

 ピキッ、とヒメノの顔が更に凍り付く。

 現れたのは金髪碧眼の美少女。

 当然、その名前はヒメノも知っており──

 

「ゴ、ゴマノハ様……!? え、何で? キリ様がゴマノハ様で、ゴマノハ様が──キリ、様?」

「それは、仮面を外している時の仮の名でござる……」

「……え?」

「せ、拙者、実は、今の今まで諸々を誤魔化す為に仮面を付けていて……」

「……キリ様がゴマノハ様で、ノオトがキリ様と付き合ってて……うーん」

「あ、あの……姉貴……?」

 

 眩暈がする。

 本当の声も顔も分からない相手だったとはいえ、中身があのシャイ極まるゴマノハとは思えない。

 タチの悪い悪戯かどっきりであってほしいが、何から何まで全部本当である。

 

「わ、私、てっきり、キリ様を……素敵な大人の男性だと思って──」

「すまないでござるが……不肖、中身は只の田舎娘でござる。その、だから、ヒメノ殿のアプローチは受け取れなく……」

「……? ……?」

 

 ニャースが無表情で宇宙空間を流れる映像がヒメノの中に延々と繰り返されていく。

 そうして魂が抜けきった後、口を開くなり彼女は力無く笑う。

 

「これは何かの間違いなのですよ……こ、こんなのヒメノがピエロなのですよ……」

「すまねぇ姉貴……」

「そんなわけで報告と謝罪をしたく今日は参ったでござる……大変申し訳なかったでござる、ヒメノ殿」

 

 二人揃って並んで土下座。

 だが、肝心の彼女の口からは色々抜け出していた。

 今此処に彼女の脳は見事に破壊されたのである。

 

「あ、あは、あはは……もう謝罪なんて良いのですよ……勝手にヒメノが舞い上がってただけなのですよ……ヒメノは大人なので全部飲み込むのですよ」

 

(完全に魂抜けてるッスね……烈火の如くキレても仕方ねえと思ってたんスけど……)

 

(あれだけ苦手なヒメノ様だが……少し可哀想になってきたでござるな……)

 

 お通夜のような空気になる大広間。

 しかし、そんな中勝手に彼女のモンスターボールが開き、中から相棒であるミミッキュが現れる。

 そして「しっかりせんか!」と言わんばかりに、彼女の背中を叩くのだった。

 

「ひうっ……そ、そうなのです! ヒメノはキャプテン……威厳、威厳……っと」

「みみっきゅ!」

 

【ミミッキュ ばけのかわポケモン タイプ:ゴースト/フェアリー】

 

(ポケモンにフォローされてる時点で威厳もクソもねえッスよ、人の事言えねえけど)

 

「この際、もう良いのです……お二人がチューしようが勝手、くれぐれも節度のある交際をすればそれで結構なのですよ、()()()()()()()さえしなればヒメノは何も言わないのですよ。ネズミざんは2人にはそもそもまだ早すぎるし万が一の事があったら責任が──」

「……えっ」

「……あっ」

 

 ぎくり、とノオトの肩が震えた。キリも、ヒメノの言葉をスルー出来なかった。キリがヒメノの読心術をスルー出来るのは、仮面を付けて過集中状態となった時のみである。今の彼女は、ただのおぼこ娘だ。

 一気に部屋の空気が冷えこむ。ヒメノは相手の振る舞いや表情、声音だけで心が読める。今の自分の揺さぶりで二人が見せた挙動不審のサインを見逃さなかった。

 

「あの? 何故そこで変な声が出るのです?」

「あ、いや、ハハハ……何でもねえッスよ? ネズミざんなんか知らねーッスよ、ハハハ」

「……ソウデゴザルナ、ナンニモナイデゴザルヨ」

 

【ネズミざん タイプ:ノーマル 威力20 命中90 1-10回の間、連続で当たる。】

 

 ゆらり、とヒメノは立ち上がる。

 目が笑っていない。彼女の周囲に霊気が集まっていく。

 傍にいるミミッキュも、それに合わせてか力が増大していく。

 いけない。完全に怒っているときのそれである。

 

「……御二方? ……やったのです? まさか、まさかやること全部やったのです?」

「ま、待つッス姉貴!! これには深い事情があって──そもそもが敵に打たれた薬の所為で──」

「しょ、正直かなり危なかったでござるが、ノオト殿の機転で()()()()()()()()間一髪回避したでござるよ……!」

「だけは!?」

「キリさんまで何を口走ってるんスか!?」

「しまったでござる……」

 

 此処でもう一回ヒメノの脳は破壊された。

 

「今日は厄日、ヒメノが一体何をしたというのです──ごふっ」

「姉貴ィ!?」

「は、吐いた!? 血を吐いたでござるか!?」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 畳の上に血がぶちまけられる。ミミッキュが駆け寄り、彼女の背中を撫でた。

 たったの一日で失恋、キリの裏事情、そして目の前のカップルの情事の事情まで浴びせられる。

 とはいえ、全てが全て交通事故のようなものなので仕方がないのであるが。

 

「ご、ご心配なくー、なのですよー……ストレスで胃に過負荷が掛かって出血しただけなのですよ」

「それはオレっちの十八番なんスけど……」

 

 捨ててしまえ、そんな十八番。

 

「はぁ、はぁ、何とか耐えたのですよ……!」

 

 血を拭うヒメノ。

 二人の交際報告を聞いているだけなのに、既にHPバーは赤く光っていた。

 

「コ、コホン、真面目な話をするのですよ。お二人がくっついて、おやしろの繋がりが強くなるのはヒメノとしても、万々歳なのですよ」

「政略的側面からは歓迎、ってことでござるか」

「そうなのですよー。だから、お二人の交際は……お二人の交際は、旧家二社の結束に寄与するので賛成なのですよー♪ ヒ、ヒメノは大人なのでー……大人、なので……」

 

 じわり、と彼女の目に涙が浮かぶ。

 次の瞬間には泣き顔に変わっており、彼女は泣き叫んでいた。

 もう真面目な話など出来そうになかった。

 

「うわーんッッッ!! やっぱり、あんまりなのですよーッ!! 初恋の人と弟を同時にロストするなんてーッ!!」

「お、落ち着くッスよ姉貴! ぜってー姉貴には、また良い人が出て来るッス、姉貴だってまだ子供なんだし」

「嫌なのですよ! キリ様より良い人なんてそうそう居ないのですよ! それに私達は二人でキャプテンなのですよ! もしもノオトが結婚したら婿養子でひぐれの方に行っちゃうのですよ! ヒメノだけぼっちなのですよ! なーんでよりによってキャプテン同士でくっつくのです!? おやしろは婚活会場じゃないのですよ!!」

「気が早いでござるよ……」

「本当に気が早いッスね……」

「そんなところで息を合わせなくて良いのですよ!! 二人は良いかもしれないけど、ヒメノがどう思うかとか少しでも考えなかったのです!?」

「だ、だから、最大限ダメージを軽減するために、こうして」

「最大限ダメージを受けているのです!」

 

(どうするでござるかコレ、とうとう泣き出してしまったでござる……)

(ポケモン出さないだけマシッスね……オレっちも同じ立場ならこうなってたかもしれねぇ……)

 

「そ、そうだ、ポジティブに考えるのですよヒメノ──キリ様とノオトがくっついたら……キリ様が義理の姉ということで……姉……キリ様が、姉──? 姉? 本当はヒメノがキリ様の隣に──」

 

【ヒメノは倒れた!!】

 

「姉貴ーッ!?」

 

 この瞬間、完全にヒメノの脳は破壊された。

 まだ誰もそこまでの話はしていないというのに、自爆したのである。

 頭からは煙が上がっており、ミミッキュが「本当すんません、お嬢が……」と言わんばかりに礼をして、彼女を引っ張って部屋からつまみ出す。

 ポケモンの方がよっぽど大人の対応が出来ている。

 

「……えーと、まあ姉貴は大丈夫っしょ……多分」

「お灸にしては……大分強めになってしまったでござるな……」

 

 勿論後日、ヒメノは胃潰瘍ができて入院したのだった。破壊された脳は再生されることで、また強くなる。人に迷惑を掛けない範囲で逞しく生きて欲しいものである、と切にノオトは願うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

断章Ⅱ:水晶の後継者
Act1:後継者探し


断章Ⅱは次回で終わるくらい短いです。


 ──リュウグウ亡き後、すいしょうのおやしろのキャプテンは不在となっていた。

 だがしかし、いつまでも御三家三社の一角を空白にしておくわけにはいかない。

 現在の御三家三社は、ポケモンライドの実力は突出しているもののバトルを専門としていないハズシと、就任したてのユイの二人だけ。

 一方、旧家二社と言えばめきめきと実力を付けてきているノオトと、元より序列三位の実力者(だったが最近目から生気が消え失せている)ヒメノ、そして頭脳明晰運動神経抜群の天才・キリの3人。 

 御三家三社の戦力は、かつてない程に落ち込んでしまっている。実力者だったショウブに加え、今年リュウグウも逝去したことが響いているのだ。

 また、町のまとめ役も居ないこの状況、セイランシティは一刻も早く新たなキャプテンの擁立を急いでいた。

 しかし問題はヌシのシャワーズである。

 キャプテンはヌシに選ばれなければ、認められないのだ。

 その方法は様々だが、このハードルがなかなか高い。

 リュウグウの死で最も塞ぎ込んでしまったのは彼女と言っても過言ではない。一時期はエサも食べずに瘦せ細ってしまっていたのだ。

 そして簡単にリュウグウ以外の人間を自らの傍に立つキャプテンに選ぶはずもない。

 オマケに、すいしょうのおやしろは5社で最も小さく、実質的に管理をしているのはリュウグウと、彼の身内くらいなもの。

 だが、シャワーズは頑固なもので、その身内の中からキャプテンを選びはしなかった。

 夫人曰く、

 

「まぁ……分かってはいたけどねえ……そう簡単に割り切れないわよねえ、シャワーズちゃんも……」

 

 と言っており、ある意味この結果に納得はしているようだった。

 とはいえ、このままずっとキャプテンの席を開けておくわけにもいかないので──

 

 

 

 

 ”セイランシティ・キャプテン・オーディション”

 

 

 

 

 ──町主催で開催されたのが、この選考会である。

 それを視察しに来ていたのはノオトとキリの二人。

 旧家二社としても、御三家三社のキャプテンが決まる──かもしれない瞬間は見逃せない。

 その一方で身内とも言えるユイとハズシと言えば、

 

 ──こんなんでキャプテンが決まったら世話無いわよ。あたしはパス。

 

 ──ごめんなさーい♡ 私教習の予定が入ってて♡

 

 と、言っておりハナからオーディションに期待などしていないようだった。

 とはいえ、シャワーズに気に入られるような人間など早々居はしないという意見には同意の二人ではあったが。

 

「そもそも、おかしいっしょ、ふざけてんスか? 何でオーディション形式?」

「生前リュウグウ殿は言っていた」

 

 

 

 ──ワシが死んだ後の後任? オーディションしたらええ。セイランの住民から我こそは! という者を募る。その中からシャワーズが気に入った者がキャプテンじゃ。

 

 ──いや、ワシも探しちょったよ? 本当じゃって。ただ……シャワーズがなかなかワシ以外の者を気に入らんのじゃ。こやつは赤ん坊の頃から世話をしちょるからの。

 

 ──とはいえ、キャプテンが空席になるのは避けねばならん、ワシもいつぽっくり逝くか分からんからの!

 

 

 

 この後継者問題はリュウグウも頭を悩ませていた。

 シャワーズは元々彼やその身内以外の人間には気を許さない性格。

 彼女自身は大人しい性格だが、親しい人間以外の前にはめったに姿を現さないのである。

 リュウグウの死後、その傾向は更に強まり。

 今も、何とかリュウグウの家内の傍らで丸まっているが、見慣れない人間ばかりの場所に連れて来られて非常に不機嫌そうだった。

 とはいえ、いつまでもキャプテンの後継者を決めないわけにはいかない。

 

「適当なのやらちゃんとしてるのやら……あの人らしいッスね」

「……リュウグウ殿はキャプテン歴も最長。その彼の後を継ぐのだ。此処に名乗り出た者は猛者揃いでござろう」

 

 

 

「エントリーナンバー1番!! 宴会芸やりまァァァーす!!」

 

【シャワーズのハイドロポンプ!】

 

【エントリーナンバー1番は倒れた!!】

 

 

 

 水ブレスによって場外へ吹き飛ばされた男を眺めながら──ノオトは頷いた。

 

「……確かに猛者だったッスね……」

「そうでござるな……」

 

 

 

 ──断章Ⅱ「水晶の後継者」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──セイランシティの誰も居ない港で、2人は今日の振り返りをしていた。

 しかし、開催されたオーディションの結果は散々たるものであったことは言うまでもない。

 

「結局、シャワーズに気に入られるようなトレーナーは現れず、ッスね」

「うむ……シャワーズにバトルを挑んで返り討ちにされる者、出てきた瞬間にハイドロポンプを浴びせられる者……やはりキャプテンの器を持つ者は早々現れやしないということでござるな」

 

 ──確かにキャプテンは今までリュウグウ氏以外に有り得ないとされてきた……だが今は違う!

 

【シャワーズの ハイドロポンプ!!】

 

 ──ヌシ様に認められるには力を示せば良いと聞いた。この私もかれこれ、かつてはジムリーダー志望でね。手合わせ願──

 

【シャワーズの ハイドロポンプ!!】

 

 ──シャワーズちゅわああん!! ウワサ通り可愛いでちゅね──

 

【シャワーズの むげんほうよう!!】

 

 ──俺の名前は──

 

【シャワーズの ハイドロポンプ!!】

 

 ──ま、まだ……何にも……言ってないのに……。

 

 今日のオーディションを思い返すノオト。

 確かにある意味では強豪揃いだった。全員シャワーズのハイドロポンプに吹き飛ばされていったが。

 中には本当にキャプテンが務まりそうな人もいたが、それも即ドロポンで退場。

 

「要するにアレ、気に入らねえから即消えろって事っしょ? 見掛けに違わぬ氷水の女王様ッスねえ、あのシャワーズ」

「リュウグウ殿が死んで以来……いや、テング団の襲撃以来シャワーズはずっとああだ。立ち直ったのが奇跡と言えるレベルでござる」

「結局の所、今のサイゴクにはキャプテンになれる人はいないって事ッスよね……」

「……こればかりは仕方がないでござる。今このサイゴクに居なくとも、いずれ生まれてくる可能性もあるし──今サイゴクの外に居る人間という可能性もあるでござろう」

「何言ってんスか。生まれて来る、って……随分気が長い話じゃねーッスか」

「ノオト殿とヒメノ殿がそうでござろう」

「あっ……そういやそうだったッスね」

 

 長年、よあけのおやしろのキャプテンが不在だったことをノオトは思い出す。

 その間、約10年以上。旧家二社のおやしろは、ひぐれのおやしろだけで持たせていたも同然だったのである。

 アケノヤイバのキャプテン選定基準は、一定以上の霊力を持つことであり、尚且つイッコンで最もそれが優れていること。霊能力者がイッコンでは減少しており、そもそもヒメノが生まれ、成長するまで基準に達する者が現れなかったのだ。

 そして、それまでアケノヤイバは然してキャプテンに人格を求めてこなかった。しかし、先代・アサザが年を取る度に横暴になっていった挙句、怖い者知らずに外来種を虐殺した挙句祟られて死んだので、同じ事例が起こらないように性格上バランスが取れたノオトを助役として選んだのである。その判断は正しかったとしか言いようがない。ヒメノの性格は先代のそれを色濃く残したものだったためである。

 

「……じゃあ最悪、今後10年くらいはキャプテン不在ってこともあり得るんスね……」

「そうでござるな……ポケモンも神ではない、感情面でキャプテンを選べないということもあり得るだろう」

「このタイミングでオーディションなんかしたのって悪手も良い所だったんじゃねーッスか?」

「いや、キャプテンになれる者が”居ない”事が分かるだけで十分でござる。居ないなら居ないで割り切って代役を立てて、それで凌げばいい」

 

 とはいえ、キャプテンの最大の長所はヌシとの信頼関係、そして一糸乱れぬ連携だ。キリもずっとこのままで良いとは考えてはいない。

 他のおやしろがサポートしてでも後継者を探さねばならないことは確かだ。

 キリの理想は五社全部の結束。旧家二社だけに戦力が偏っている今の状況は善しとはできない。

 

(とはいえ、現在は全てのキャプテンが多忙とも言える状況……拙者も先の件で周りの監視が厳しい……)

 

 ──キリ様の仕事量はしばらく、このミカヅキが厳しく管理いたします。

 

 ──と言うのは……。

 

 ──見れば見る程、わざわざキリ様がやらなくて良い仕事ばかり……こういうことは我々部下に任せれば良いのです!

 

(……まあ仕方ないのでござるが。また倒れてノオト殿が悲しむのは……拙者も困る)

 

「どうしたんスか、キリさん」

「……ノオト殿。仮面を取ってほしい」

「えっ」

「大丈夫。今なら……良い」

 

 甘えたいとき、彼にしか見せない表情を見せたいとき、キリは自らの仮面を取るようにノオトにねだるようになった。

 今は周囲に誰も居ない、と気配で分かる。こうして甘えられる数少ない機会だ。

 

「……人混みの中で少し疲れたでござる」

 

 仮面を外した彼女は、ノオトに寄りかかる。

 フローラルな香りにどぎまぎしながらも、ノオトはそれを受け入れた。

 そして自然に彼女は、ぱたり、と膝の上に倒れ込む。

 

「……膝を借りる。ノオト殿」

「へへっ、お安い御用ッスよ」

「……かたじけない。後は……髪をといてほしい」

「……髪……触って良いんスか?」

「この櫛を使ってほしい」

 

 そう言って彼女は、年季の入った櫛をノオトに手渡した。

 それを物珍しそうに手に取った彼は、自らの膝に寝転がるキリの髪に櫛をあてがう。

 夕陽に照らされて、サイゴク人からは懸け離れたブロンドの髪が輝く。

 

「きれーな色してるッスね」

「……? もうだいぶ使い込まれているでござるよ」

「いや、櫛も素敵なんスけど──きれーなのはキリさんの髪」

 

 頬が夕焼けに負けないくらい赤くなっていくのがノオトにも分かった。

 

「ッ……唐突に褒めるのをやめるでござる。それに、この髪は……亡くなった母からの授かりもの」

 

 ぽつりぽつり、と彼女は呟いた。

 

「母は、大の忍者ファンで、たまたま海外の任務に出向いていた父に一目惚れし、そのままサイゴクに着いてきた」

「随分トんでる人だったんスねえ……」

「……だがついぞ、拙者は母の顔を見る事が無かった。拙者を産んで……亡くなったらしい」

 

 病気だった、と彼女は続けた。母体と子供、どちらを助けるかと聞かれ──苦渋の思いで皆してキリを選んだのだと言う。

 

「拙者は……それに負い目を感じていた。それが拙者を過酷な修練に走らせた。だが……間違っていた。ノオト殿のおかげで、父上の言葉を思い出せてよかったと思ってる」

「言ってたッスね。父さんの分まで、って」

「ああ……だが、実際には違う。拙者を此処まで育て上げて来てくれた皆の分まで、だ。母上も含んで、な。その為に拙者は死ぬわけにはいかない」

 

 つん、とノオトの鼻先を指で押しながらキリは微笑む。

 

「……ノオト殿もその中に入っているでござるよ」

「へへっ。ま、トーゼンッスね! まあ、キリさんから言われるのはちょっと恐縮というか、なんつーか……照れるッスね!」

「……拙者もでござるよ」

 

 顔を逸らすと──彼女は続ける。

 

「この髪は任務で黒く染めることもあるが……拙者はそれでも、この色が好きだ。母との唯一の繋がりのように思えてならない」

「オレっちも好きッスけどね、まるで西洋人形みたいで可愛いじゃねーッスか」

「またすぐにそうやって軽率に……いや、もういい。素直に受け取っておく。……少し、眠い」

 

 気持ちが良かったのか、彼女は徐々に目が蕩けてくる。

 そのうち、くー、くー、と小さな寝息が聞こえてきた。

 あれだけ忍としての姿は勇ましいのに、こうしていると──まるで幼子のようだ。

 口ではああ言っているものの、とても嬉しそうにしていたのをノオトは忘れていない。

 

(あんまり可愛い可愛い言ったら、ウソみたいに思われちゃうかなあ)

 

 ノオトは苦笑しながら櫛を置いた。

 

(きれーな人、ってのは初めて会った時からずっと変わんねーんスけどねえ……)

 

 

 

「ちょっと良いだろうか?」

 

 

 

 意識の外から飛んできたその声に、パチリとキリは目を開けて、飛び上がる。

 ノオトも思わず身構えた。

 声を掛けられるまで、全くと言って良い程気配というものが感じられなかった。

 いざ振り返ってみると大きなカバンを背負った背の高い青年だったので、ノオトはすぐに構えを解く。

 白い髪の青年だった。何処となく冷たい雰囲気を身に纏っている。

 キリも、自らが今仮面を外していることを思い出し、ノオトの影に隠れてしまうのだった。

 

「えーと何の用スか?」

「船で此処に来たんだが……オーディションとやらはもう終わったのか?」

「えぇ? もうとっくに終わったッスよ」

「……間に合わなかったか。まあ良い」

「それに、結局皆シャワーズにハイドロポンプで吹き飛ばされて終わりだったッスからね。やめといて正解ッスよ」

 

 こくこく、とキリは頷き、ぎゅっとノオトの服を掴む。

 

「そうか。済まなかったな」

「……?」

「それにしても、ヌルいヤツが多いんだな。本当にキャプテンになりたいなら、ヌシの水技の一発や二発、受けに行けばいいだろうに」

「いや、ふっつーに鼻の骨折れるッスからね、あの火力」

 

 踵を返すと、青年はあっさりとその場を立ち去っていく。

 冷たい雰囲気に反して、話は分かりそうな──しかし、何とも不思議な空気を纏った青年だった。全くと言って良い程つかみどころがない。

 

「何だったんスかね? あの人……」

「……あの顔、何処かで見たことがあるような……」

「マジスか?」

「……確か……5年ほど前のおやしろまいり殿堂入りトレーナーの顔の中に似たようなのが居たような気がするでござるよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……空気が冷えこんでいる。俺が来たことが分かっているんだろう」

 

 

 

 周囲には霜が降っていた。

 木々の葉は凍り付いていき、彼女の行き場のない怒りを表すように地面も凍結していく。

 おやしろへ続く道は”立ち入り禁止”のチェーンが張られている。

 だが、彼が鳥居をくぐるまでもなく、ヌシは自ら姿を現し、降りて来た。

 

 

 

「……プルルルルルィィ」

 

 

 

 しん、と空気が凍てつく音と共にそれは姿を現す。

 非常に殺気立った顔で、侵入者の顔を睨み付け、後ろ脚で地面を激しく蹴った。

 しかし、それに全く動じることなく青年は一歩、また一歩とシャワーズに近付いたので、

 

 

 

【シャワーズの ハイドロポンプ!!】

 

 

 

 ヌシは容赦なく彼に水の束をぶつけるのだった。

 常人なら吹き飛ばされ、下手をすれば大怪我も免れない最大出力。

 しかし、それを受け止めたのは、青年が自ら繰り出した手持ちポケモンだった。

 水の塊を熱で蒸発させ、全身から沸き立つ熱が周囲の氷を溶かしていく。

 

「……セキタンザン、ご苦労」

「シュポポポポーッ!!」

 

 

 

【セキタンザン(サイゴクのすがた) せきたんポケモン タイプ:炎/水】

 

 

 

 現れたのは、両肩から煙突の如き突起が生えた、鋼のボディを持つポケモン。

 しかし、体内の高熱によって表面は罅割れており、常に蒸気が噴き出している。

 

「特性・じょうききかん発動……これで、準備は整った」

「ぷるるるるーッ!」

「お前はいつもそうだ。俺の心を沸騰させてくれる」

 

 

 

【シャワーズの むげんほうよう!!】

 

 

 

 

 周囲を泡という泡が埋め尽くした。

 セキタンザンが自由に動けなくなるほどだ。

 しかし、それを全て体内から発する熱だけで彼は蒸発させてみせる。

 そして目にも止まらぬ勢いでシャワーズ目掛けて突貫するのだった。

 

「爆ぜろ……スーパーリミットブレイク……またの名を”SLブレイク”!!」

 

 

 

【セキタンザンの SLブレイク!!】

 

 

 

 まさに蒸気機関車の如き力強い突進。

 水ブレスをシャワーズに撃たせる間もなく、大きな水蒸気爆発と共に吹き飛ばしてしまう。

 しかし、吹き飛ばされたシャワーズもただでは転ばない。

 限界までチャージしていたそのブレスを、思いっきりセキタンザンにぶつけてみせるのだった。

 にらみ合う両者。まさに痛み分けだ。

 

「……まだやるか? シャワーズ」

「プルルルル……!!」

 

 殺気立った空気が漂う。

 シャワーズが、地面を蹴り、青年目掛けて飛び掛かる。

 

「ストップ、ストォォォーップッス!!」

「ああ、遅かったか!!」

「ヌシ様と喧嘩なんてとんでもねぇヤツッスよ!!」

 

 ──その瞬間、割り込むようにして、ノオトとキリがその場に駆け付ける。

 彼らが遠巻きから見ていたのは、オオワザを放つべく泡を周囲に展開している光景。

 そして、爆ぜるような爆発が起きる光景。

 おやしろからヌシのシャワーズが降りてきているのも問題だが、彼女と戦っているのは先ほど自分達の前に現れた青年。

 何としてでも止めねばならない、と意気込んでいた。しかし──

 

「喧嘩? とんでもない。じゃれ合いだ」

「プルルルー♪」

「あ、あれ……?」

 

 しかし、彼らが次の瞬間見ていたのは、ごろごろと喉を鳴らしながら青年に纏わりついているシャワーズだった。

 とてもではないが、先程オオワザを展開していた彼女と同一のポケモンとは思えない。

 しかも人嫌いなはずの彼女がべったりと甘えているのである。

 

「……あ、あんた、何者なんスか……!」

「あの人嫌いな”すいしょうのヌシ”が、一発で懐いた……!?」

「一発じゃあない、昔はそれはそれは手痛い仕打ちを受けたものだ。このお姫様に」

「じゃあリュウグウさんの知り合い……!? それならそうと最初に言っておくッスよ……」

「……? 何故初対面の君達にそれを言わねばならない」

「ド正論……」

「だが、おやしろの関係者だったなら謝る。勝手なことをして済まない」

 

 彼は頭を下げると──ノオト、そしてキリの前に進み出る。

 

 

 

「俺は()()()。リュウグウさんには昔、世話になってな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Act2:沸騰する闘気

 ※※※

 

 

 

「小さい頃、リュウグウさんの下に預けられたことがある。それで、まだイーブイだった頃のシャワーズともよく遊んでいた」

「ぷるるるるー」

「最初は噛まれていたが、だんだん懐かれるようになった。何が切っ掛けだったか……もう忘れた」

「ぷるる!?」

 

 シャワーズはショックそうに顔を引きつらせると「何で忘れてるの、バカ!」と言わんばかりにぐいぐい、と服を噛んで引っ張る。

 

「忘れたって……」

「マイペースな御方でござるな……」

「ぷるるー」

(だが、恐らくあの実力もシャワーズは買っている)

 

 おやしろまいりを終えたトレーナーならば、シャワーズと途中で相対している者も中には居る。だがそれはポケモン6匹で漸く対等に戦えるということが殆どだ。

 しかし、先のバトル、セキタンザンは、1匹だけでシャワーズと互角だったのである。無論、両者ともにどこまで本気を出していたか分からない。だが、あのシャワーズ相手に一歩も引かないヒルギの指示は、それだけの自信があってのこと。

 

「ところであんた達こそ何者だ? 俺は名乗った」

「ああ済まねえ! オレっちはイッコンタウンのキャプテン・ノオトッス! 多分、ヒルギさんがおやしろまいりしてた頃はまだキャプテンじゃなかったッスからね」

「……イッコンのキャプテンは霊能力者が務めると聞いていたが……お前、霊能力は使えるのか?」

「うぐっ……オレっちは使えねえッスけど、姉貴が」

「アケノヤイバはキャプテンを二人、同時に選定した。格闘タイプの扱いに長けたノオト殿と、霊能力に長けたヒメノ殿の二人だ」

「そういうあんたは……クワゾメの忍者か。ウルイさんは元気か?」

「……父は病で亡くなったでござるよ。3年ほど前に」

「──!」

 

 ヒルギは目を見開く。

 そして──どことなくショックを受けた様子で「……そうか」と呟くのだった。

 

「……拙者は後継者のキリ。現在はリュウグウさんに代わり、筆頭キャプテンを務めている」

「そうか。5年も経てばサイゴクも変わるな……サイゴクのキャプテンの仕事は過酷だが、こうも早くに入れ替わっているとは」

「実は、シャクドウのキャプテンのショウブさんも……昨年、ポケモンに襲われて亡くなってて」

「……」

 

 がくり、と膝を落とすと──彼は少し落ち込んだ様子で息を吐いた。

 

「……という事はハズシさんも」

「いやハズシさんは元気でござる、ピンピンしてるでござるよ」

「勝手に殺すなッス!!」

「何だ……驚かせるな」

「こっちが驚いたッスよ」

 

(この男……悪い人じゃねーんスけど、ひょっとしなくてもドが付くマイペースか……)

 

「ところであんた、さっきは仮面を外していたな。何故今は付けている」

「詮索しない方が身のためでござるよ」

 

(……デリカシーとかも無さそうッスね……)

 

「後、お前達……距離が近かったがデキているのか?」

 

 サクッと苦無がヒルギの頭に刺さる。

 血を噴水のように噴き出しながらも、ヒルギは納得したようにうなずいた。

 

「分かった、詮索はしない」

「……マジでデリカシーとか無いんスねコイツ……」

 

 そして此処まで、一切表情を乱さない鉄面皮っぷり。最初は冷たい男だと思っていたが、単純に天然なだけなのだろうと二人は考える。

 しかし同時に、シャワーズに懐かれるだけの器の持ち主で、尚且つバトルも強い。

 これだけ見れば、キャプテンとしての適性は、オーディションに来ていた有象無象よりも高いと言える。

 

「ヒルギ殿。突然済まないが……貴殿なら後継者には相応しいと我々は考えている」

「そうッスね! シャワーズもこんなに懐いているし!」

「待て。何故勝手に後継者がどうとかそういう話になっている」

「え? 後継者になりに来たんじゃねーんスか? オーディションの事聞いてたじゃねーッスか」

「オーディションとやらも、果たしてシャワーズの御眼鏡に適う相手がいるのか見に来ただけだったからな」

「ぷるるっ!?」

「まあ、このお転婆は構わず全員突っぱねてしまったようだが」

「ぷるるー……ッ!」

 

 鳴き声を上げながら、拗ねたように彼女はそっぽを向いてしまった。

 傍から見れば、彼女には最初からヒルギしか選択肢が無かったようにしか見えない。このマイペース男はそれが分かっていないようだった。

 

「じゃあ、帰ってきたのは……」

「リュウグウさんが亡くなったと風の噂で聞いたから帰ってきただけだ。渡航制限の所為で死に目にも会えなかったからな」

 

 ロクにサイゴクのニュースも入って来ないようなところに居たからである。サイゴクに何が起こったのか、正直ヒルギはまだ分かっていない。テング団がこの地方を襲ったのは知っているが、リュウグウがどうして死んだのかや、事の顛末も分かっていない。

 

「それについては話すと長くなるんスけど……」

「しかし、リュウグウさんはきっと、多くの人やポケモンを守る為に命を張った。それだけは分かる。だが、俺にも同じ事が出来るかと言えばそうじゃない」

「何故またそのように。ヌシに好かれている時点で──」

「俺は冒険家、フィールドワーカーだ。肝心な時にサイゴクに居ないかもしれない人間に、キャプテンなど任せるなという話だ」

 

 彼は俯く。少なからず、一番サイゴクが大変な時に居なかったことへの負い目があるようにノオトには見えた。

 

「そもそも……お前達は他所のおやしろのキャプテン、ましてや御三家と対立する旧家二社だ。それがセイランの心配をするとはどういう風の吹き回しだ」

「そんな時代は既に終わったでござる。旧家二社も御三家も関係ない。五社全てによる結束が拙者の目指すところ」

「……あんた、見掛けによらずなかなか熱いヤツだな」

「それに! ヒルギさん以外、今このセイランでキャプテンが出来る人は居ねーッスよ! 頼むッス!」

 

 頭を下げて頼み込むノオト。

 そんな彼を見て、ヒルギは──ぽつり、と一言。

 

「お前は……蒸し暑いな」

「それって褒めてるんスか? 貶してるんスか……?」

 

 

 

「ぷるー……ぷるるるー……」

 

 

 

 すりすり、と頭をヒルギの足に擦りつけるシャワーズ。

 彼女からもキャプテンになってほしい、と懇願しているようだった。

 見知らぬ人間相手ならいざ知らず、旧知のポケモン相手ならば仕方がない、と言わんばかりに彼はシャワーズを抱き上げる。

 

「ぷるる?」

「……仕方ない。シャワーズの言う事だ。考えてやらない事もない」

「本当ッスか!?」

「シャワーズの願いだからだ。条件付きでなら了承してやらんこともない」

 

 2つだ、と彼は指を二本立てた。

 

「風の吹くまま未開の場所の調査をするのが仕事だ。おやしろを不在にすることもあるだろう」

「まあ、副業やってる人らも居るし、その辺は良いんじゃねーッスか? 代わりにおやしろを守る人間が必要かもッスけど……リュウグウさんの家の人間がやってくれるっしょ。おやしろまいりのオンシーズンじゃなければ問題ねえと思うッスよ」

「……ふむ。そう考えると意外と両立できるかもしれないな」

 

 やるからには、出来るだけ短く戻って来れるように尽力するが、と彼は続けた。

 

「だがそれ以上に、俺が重要視するものがある」

「まだあるんスか……」

「……ヌルいヤツの言う事は聞かないことにしている」 

 

 そう言うと、彼はモンスターボールをノオトに突きつけた。

 

「頼んできたからには、()()()()()()()()()だと思って良いんだろうな?」

「……成程、そう言う事ッスか」

「ノオト殿。此処は拙者が行こう」

「いや、オレっちに任せるッス、キリさん」

「しかし──」

 

 その後に続くであろう言葉を、彼はさえぎる。

 

「オレっちだって、強くなってるんスよ!」

「くわんぬ」

 

 飛び出すのはルカリオ。それが、セキタンザンと相対し構えを取る。

 

「ルカリオ、か。俺は……変わらず相棒で行こう」

「しゅぽぽー!!」

 

(セキタンザン……もとい進化前のタンドンはキビ周辺の限られた場所に生息するポケモン……! 澄み切った水と食する鉱石の性質の違いから、原種とは違う進化を遂げた……!)

 

 石炭を食すだけでなく、鉄鉱石も食すことでその身体は水蒸気に耐えうるだけの頑強さを手に入れた。

 まさに生ける蒸気機関車とも言えるポケモンだ。

 キリが見守る中、突発的にバトルが始まる。

 

「では──始め!!」

 

 ルカリオが”はどうだん”をチャージすると同時に、セキタンザンが”ハイドロポンプ”を上空目掛けて放つ。

 噴水のように吹き上げられたそれは、シャワーのようになりルカリオを、そしてセキタンザンをも狙う。

 当然、それくらいならばルカリオにとっては苦ではないダメージだ。しかし問題はセキタンザンである。

 水を取り込んだ彼の身体からは一気に水蒸気が巻き起こり、目の色が変わる。

 

【特性:じょうききかん】

 

「ッ……な、何スか!?」

「……特性:じょうききかん。水タイプの技を受けた時、セキタンザンの速度は沸騰する」

 

 目にも止まらぬ突貫がルカリオを襲う。

 自分のハイドロポンプを雨にして降らせることで、自ら特性を発動させたファインプレーに傍目から見ていたキリは思わず舌を巻く。

 

(この技量の時点ですでにキャプテンの中堅以上……ヒメノ殿とも互角にやり合えるだけの力がある。しかし、まだ序の口……!)

 

 残像が出来る程の素早さでセキタンザンは高速で動き回り、ルカリオの周囲を取り囲み、何度も何度も何度もぶつかっていく。

 腕でガードすることで防ぐルカリオだが、徐々に態勢が崩れていく。

 

「……さぁて、ギアを1つ上げていくぞ。”SLブレイク”」

「見切った!! ルカリオ、”はどうだん”!!」

 

 セキタンザンが突っ込んで来るその瞬間、地面を蹴り上げてルカリオは飛ぶ。

 二人の息はこの瞬間、ぴったりだった。

 動きを先読みし、飛び上がったルカリオは、そのまま”はどうだん”を背中に放つ。

 後ろから攻撃を受けたセキタンザンは勢いよく吹っ飛んで行き、頭から突っ込んだ──しかし。

 

「突沸的だな──だが、俺のセキタンザンは頑丈だぞ」

「しゅぽぽぽーっ!!」

「鉱山で貨物を引っ張って運ぶセキタンザンの馬力をナメて貰っては困る」

「くっ……!」

 

 SLブレイクが直撃していれば、ルカリオは倒れていた。

 度重なる突貫攻撃で、既に体力が削られているのである。

 幸い、セキタンザン自身、攻撃力が然程高いポケモンではない。

 しかし、持ち前の耐久力を盾にして被弾を気にせずに突っ込めるのが最大の強みなのだ。

 現に今の”はどうだん”は、セキタンザンに然程ダメージを与えられたとは言い難い。

 

(とはいえ、速度が限界まで上がっているはずのセキタンザンの攻撃を見切るとは……次は通用しないか)

 

(次にあの技が来たら、”はどうだん”で弾幕張って叩くッス……!)

 

「少し、熱くなってきたな。セキタンザン、”ハイドロポンプ”!!」

 

 セキタンザンが水を思いっきり口に含み、放出する。

 それを一度は躱すルカリオだが、一撃目はあくまでも威嚇射撃。

 本命である偏差射撃が避けた所に飛び、ルカリオを吹き飛ばす。

 

「諦めろ。こっちは既に素早さが限界まで上昇している。そのルカリオでは、俺のセキタンザンに追いつけない」

「……追いつけねえなら、追いつけるようにするまでッスよ」

「ならば──その前に落とす。SLブレイクでトドメを刺せ」

「しゅぽぽぽーっ!!」

 

(SLブレイクは、能力が上がっていればいるほどに威力が跳ね上がる炎技……当たれば助からんぞ、ノオト殿!!)

 

 全身を炎に包み、突撃するセキタンザン。

 弱点技を受ければ、間違いなくルカリオは斃れる。

 しかし、そうなることはノオトも分かり切っていた。

 セキタンザンが迫ったその瞬間、ルカリオの姿が消える。

 

 

 

「──”しんそく”!!」

 

 

  

 隠し持っていた奥の手。

 神がかった速度で、セキタンザンの背後に回り込んだルカリオは、思いっきりセキタンザンの背負った石炭を蹴り飛ばす。

 エネルギー源とも言える石炭の山は、崩れてしまうと一気に弱体化してしまう。それでも普段は、セキタンザン自身の熱によって溶解し、固められているのだが──それすらも上回る強烈な一撃だった。

 

「セキタンザンの素早さを超えた!? な、何たる心眼でござるか……!」

「そいつの弱点は、オレっちもルカリオも知ってるんスよ! キビ周辺はよく行くッスからねぇ!! 進化前のトロッゴンがうようよいるッスから!」

「……お前、やっぱり蒸し暑いな」

 

 だが、弱体化したと言っても、今まで限界まで上昇していた素早さが低下しただけに留まる。

 これで漸くフェアになったとも言える状態だ。

 

(再び”じょうききかん”を発動させる暇はなさそうだな……だが、相手も奥の手を切った。後はぶつかり合いだ)

 

(ヤツの特防は防御に比べれば低い! トドメを刺すなら特殊技しかねぇッス!)

 

「セキタンザン──”フレアドライブ”!!」

「ルカリオ、”はどうだん”!!」

 

 全身を炎に包み込み、突貫するセキタンザン。

 一方、ルカリオは限界まで波動を溜め込み、突っ込んできた敵目掛けてぶつける。

 だが、それさえも押しのける勢いで突っ込んでいくセキタンザン。

 両者は鼻先に迫るまで競り合い続け──炎と波動がぶつかったことで、爆発が巻き起こった。

 

「ッ……!!」

「……どうなったでござる!?」

 

 セキタンザンも、そしてルカリオも地面に倒れ込む。

 両者ともに睨み合いながら、立ち上がろうとする。

 しかし。

 

「しゅ、しゅぽぽぽ……」

 

 先に立ち上がったものの──そのまま寝転げてしまったのは、セキタンザンの方だった。

 一方のルカリオは、フラフラではあったものの、右腕を突きあげ、そのまま立ち上がってみせる。

 

「……ゆっくり休めセキタンザン。まだまだ、俺達も伸び代があるようだ」

「ッ……しゃあ!! やったッスよ、ルカリオ!! オレっち達、勝ったッス!!」

「ガォン!!」

 

 ルカリオの下に駆け寄るノオト。

 互いに喜び合う姿を見ながら──ヒルギはキリの方を見やる。

 

「……約束通りだ。キャプテンにはなってやる」

「かたじけない、ヒルギ殿。だが……本当に良かったのでござるか? こんなに急で」

「本心では分かっていた。こうなるかもしれない事はな。だが……踏ん切りが付かなかった」

 

 それを吹っ切らせてくれたのがノオトだ、とヒルギは語ってみせる。

 

「俺よりも小さいのに此処まで強いヤツが居る今のサイゴクは、なかなか面白そうだ。しばらく居てやってもいい」

「ヒルギさん……!」

「だが、条件がある」

「え?」

「言ったはずだ。俺は本来、この後にもう1つ調査の依頼をされていた」

 

 彼は語る。研究機関からの依頼で未開の地や、危険地帯の調査を行うのが仕事である、と。

 それを全て終えなければ、キャプテンになることはできないのだという。

 

「ま、確かに引き継ぎとかあるだろうし……すぐは無理ッスよね」

「安心しろ。任されている仕事は後1つ。それさえ済ませれば良い。俺はフリーランスだからな」

「その仕事というのは?」

 

 

 

「──()()()()の調査……だ」

 

 

 

              ──断章Ⅱ「水晶を継ぐ者」(完)




──次回より、第二部「クリア・クリスタル編」、開始!!

※ついでにアンケートを置いておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリアクリスタル第一章:炎雷水、渦巻いて
CC1話:追加コンテンツ、寒冷地に行かされがち


 ──メグルがジョウト地方を旅している途中、ホウエン、サイゴク、ジョウト、カントーの4地方に異様な寒冷期が訪れたのは、あまりにも唐突であった。

 時期外れの異例の寒波によって方々の町は氷漬け、雪漬け、何処もかしこもカンムリ雪原のように銀景色となる始末。

 そんなこんなで水道管は氷漬け、屋内でも暖房の入っている場所以外にはとてもではないが行けない始末。

 しかし、修羅場とは時期を選ばずに起こるもの。

 気温の冷え込みとは違い、恋人の仲が冷え込むのは時期を選ばない。

 

 

 

「ヤだッ! ボクもう出ていくもん! ヤーだー!!」

 

 

 

 ジョウト地方・キキョウシティの宿でカチカチと歯を鳴らしながら毛布を羽織っているメグルは、出ていくと言って暴れる彼女を引き留めるべく羽交い絞めにする。

 

 

 

「ヤだーッ!! 絶対に絶対に行くんだもん、アルフの遺跡にーッ!! ずびびびびーっ!!」

「こんなトンデモ寒冷期(アイスボーン)に外出したら氷像になるのはお前なんだぞ!!」

 

 

 

 無論、この修羅場(ではなく平常運転)の原因は100%、この青白肌メカクレ女にある。彼女の名はアルカ。各地の珍しい石や遺物、化石を蒐集し、売買する石商人だ。

 遺跡、史跡、化石、この3つを前にすると知能指数が著しく低下する彼女は、この大雪の中、ジョウト地方でも有名なアルフの遺跡に出向こうとしているのである。

 こんな中外に出れば、メグルの言う通り凍死は免れない。そもそも遺跡に入ろうにも雪が積もっていて入れないはずなのであるが。

 

「う、うう、折角目と鼻の先に遺跡があるんだよ!? 行かないとダメじゃない!?」

「そんな事思ってんのはお前だけだ、自殺志願者か!?」

「大丈夫! 君も一緒だからね! ボク達一緒なら、何でも乗り越えられるでしょ!」

「集団自殺志願者だったかぁ~~~!!」

 

 そのまま彼女を俵のように脇に抱え込み、ベッドに投げ込む。

 

「いったた、ちょっと何するのさ!?」

「こっちのセリフだ! いい加減現実を見ろ、石商人!! 大人しくしてろ!!」

「これが所謂束縛の強い彼氏ってヤツだね!! くっ……」

「俺じゃなくても止めるわ!! いい加減観念しろや!!」

「ううう……あぁーあ……まさか吹雪が此処まで酷くなるなんて……楽しみにしてたんだけどなぁ……」

「ふぃっきゅるる!」

 

 ──意訳・ザマー見ろ、泥棒女! 

 

 この性根の悪い凶悪リボンは、勝ち誇るようにアルカの上に乗っかって笑みを浮かべるのだった。

 彼女はニンフィア。メグルの相棒であり、最初のポケモンである。と言っても、どこぞのピカチュウのような可愛らしい存在ではない。

 元よりイーブイとは思えない程に凶暴な性格だったのが、進化してからは主人へ重い愛情を募らせていき、今となってはアルカから見た姑のような立場になってしまっているのだった。

 

「ニンフィア……いつになく超笑顔じゃん……ボクとメグルの遺跡デートが台無しになったのがそんなに嬉しい?」

「ふぃー♪」

「うわぁ、立派な返事」

「カヌヌ!」

 

 ──意訳・お前素材か? 素材なんか? 何落とすんか? 

 

 ボールから勝手に飛び出したのは、ハンマーを担いだ原始人のようなポケモン・デカヌチャン。

 目の前のものをハンマーの素材になるか否かで判断しているピンクの野蛮人はニンフィアにハンマーを向けるのだった。

 世の中のものは叩けば解決すると思い込んでいる節があるのである。

 特に、自分の主人に盾突くピンクの腹黒リボンの事は気に入らない。一方、ニンフィアは自分と色が被っているこのハンマー野蛮人が気に入らない。

 タイプ相性的にも犬猿の仲と言える二匹は睨み合う。ニンフィアが圧倒的に不利なのであるが。

 

「ふぃ、フィッキュルィィィィ……!」

「カヌヌ!」

「はいはいお前ら、喧嘩しない! ったく、ただでさえ冷え込んでいるときに、仲間同士の空気まで冷え込ませてどうする」

「うわぁ、それ今ウマい事言ったつもり?」

「カヌヌ!」

「フィー……」

「くっ、全員から総スカンか……こんな時に味方をしてくれるのはお前だけだ、アヤシシ」

「ブルトゥ」

 

 メグルはボールから出したのは、巨大なオオツノジカのようなアヤシシだ。

 3メートルもの巨体に加え、日頃手入れしているおかげでふわふわの毛皮、そして鬼火によって部屋の暖かさが更に増す。

 

「あー、あったかい毛皮! 寒いときは、これに限るぜ。お前らにはモフらせてやんねーからな」

「アブソル出てきてー」

「ってオイ!! 俺のアブソルだぞ!!」

「ふるるー♪」

「暖房と合わせて、あったかいなぁ」

「カヌヌ!」

「ふぃー……」

 

 不機嫌そうに鳴くと、ニンフィアはメグルの首にしがみつく。そして、アルカとデカヌチャンに低く唸って威嚇するのだった。

 

「それにしても、何でこうもいきなり冷え込んだんだろうな……」

「こないだまでずっと晴れてたのにね……」

「いつまで続くのやら、だな……」

 

 ポケモンと身を寄せ合いながら、この突如訪れた異常気象への不安を二人は漏らす。

 ジョウト地方に訪れてから、ジムを巡っていき早1ヵ月が経とうとしていた。

 所持しているバッジは2つ。アサギシティ→タンバシティ→エンジュシティ(ジムリーダー不在でバッヂ未入手)と回っていき、キキョウシティに訪れた矢先に、この異様な気候に襲われたのである。

 行先の候補は幾つかあったが、遺跡に寄りたいというアルカの強い希望の元だったが──早速その希望は潰えることになる。これでは遺跡観光どころではない。

 

(俺としても、ウバメの森があるヒワダタウンに早く行きたいから、此処で止まってるわけにはいかないんだけどな……)

 

 キキョウシティは、メグルの目的地の一つであるヒワダタウンに近い。近隣のウバメの森には、幻のポケモン・セレビィを祀る祠があることをメグルはゲームの情報で知っている。

 そのセレビィと呼ばれるポケモンは、サイゴク地方のアラガミ遺跡でメグルが出会った謎の機械のポケモンと酷似していた。

 彼は、自分をこの世界に連れて来た鍵を握っている謎のポケモンの手掛かりを探し、よく似たポケモンであるセレビィがゲーム上で出現するジョウト地方を訪れたのだった。

 

(つっても、ウバメの森でセレビィを出現させるにはGSボールってアイテムが必要なんだよな……これは通常プレイじゃ手に入らない。何とか情報を探しているが、今の所は手掛かりなし)

 

 旅をしながら色々な人に話を聞いていき、とうとうエンジュシティに訪れたメグルだったが、ジムリーダーは運悪く不在。

 先にキキョウシティを目指すことになったのだ。

 隣の地方でおやしろまいりを制覇したトレーナーを相手にするだけあって、ジムリーダーたちも皆本気だったが、何とかそれを倒すだけの実力をメグルは身に着けていた。

 しかし、この寒さの前ではメグルも無力。宿の中で大人しくしているしかなかった。

 

「ま、たまにはこうやって立ち止まる時間も必要だろ……こっちに来てから、ひっきりなしにあちこち飛び回ってたからな……」

「でも、サイゴクに比べれば楽なもんだよ。野生ポケモンがいきなり凶暴化したり、いきなりヤバい強さのポケモンが出て来たりしないんだもん」

「何なら、野生ポケモンの強さが全体的に抑え目だからな、この地方。ほんと……サイゴクって何なんだろうな……」

 

 試される大地である。

 

「……とか言ってたらコレだからな……分かんねーもんだ」

「でもこの寒冷化現象って全国で起こってるみたいだよ。シンオウ地方とかキタカミの里とかは元から寒いから誤差みたいなもんだけど」

「ま、外に出る訳にもいかねーし、待機だ待機」

「……退屈だなぁ」

 

 アヤシシやアブソルの暖かさで、すっかり眠くなってしまったのか、ニンフィアもデカヌチャンも、そして大きくなっても未だに子供っぽさが抜けないアブソルも眠りこけてしまっていた。

 当のアヤシシも、寝息を立てている。

 外は暗い。そして、吹雪で轟々と音が鳴っている。

 状況は聊か特殊だが──二人っきりも同然だ。

 

(あれから1ヵ月……バタバタしていた所為で、全くカレカノらしいことが出来ていねえ……!)

 

 やった事と言えば、せいぜい手を繋いだくらいなもの。良い雰囲気になることは何度かあったが、メグルもアルカも恥ずかしがってしまって流れたり、ニンフィアが邪魔してきたり、野生ポケモンが割って入ってきたり。

 少し距離が縮まったとしたら、今まで使っていた丁寧語をアルカが使うのをやめた事、そして”おにーさん”ではなく名前で”メグル”と呼ぶようになった点だ。

 曰く、以前からそう呼びたかったらしいが、なかなか変える機会も無かったのだと言う。

 だが、本当にそれくらいだ。それだけしか進展が無いのである。

 その間に、自分達より年下なのにノオトとキリの二人がネズミざん以外全部やってしまった(不可抗力)ことを知る由もないのだった。

 

(せ、せめて、チューくらいは……しねえとな? うん。これじゃあ、今までと何にも変わらない)

 

「あ、あのさ、アルカ」

「……ん? なにー?」

「……えーと、その……何だ。今、こいつら寝てるし……その」

「……」

「意地悪で遺跡に行くなって言ってんじゃなくて……ちゃんとお前が好きで言ってるっての証明したいから」

「……アレは、ちょっとワガママ言っただけだよぉ、止められるの分かってるし」

 

 顔を真っ赤にして、彼女は目を逸らす。

 

「で……もし起きたらどうすんのさ」

「俺が今、アルカとしたい」

「……えーと……うん。それじゃあ──ほっぺに……してほしい。唇……はまだ、恥ずかしい、かな」

「……お、おう」

 

 彼女の青白い頬は、熟れた林檎のようになっている。

 前髪に隠れた目は、どこか堪えるように瞑っており、唇もきゅっと結ばれていた。

 恥ずかしいし、心臓が飛び出そうだが、それでも期待しているような顔だ。

 アルカはメグルより1つ年上だが、出自が特殊な事、これまで色恋沙汰と無縁の生活を送ってきたこともあって、全く耐性というものがない。

 段階を踏み外そうとすると、拒否されてしまうくらいだ。

 そしてそれはメグルも同じ。奥手同士、初めて同士なので、恋人の距離感が全く分からない。

 普段の距離が丁度良いと両方共思っているので猶更である。それでも、その先に進むことに興味が無いわけではない。

 だからこうして、互いに少しずつ歩み寄る形でも進んでいる訳で。もうとっくに成人しているだのなんだのと傍から言われようが、学生のようだと言われようが、今の二人にはこれが限界なのである。

 それ以上はきっと心臓が持たない。

 

「行くぞ……」

「う、うん」

 

 目を閉じるアルカ。顔を近付けるメグル。

 そして──寝たふりをして「さっさとするならしなさいよ、このバカ達」とあまりにも進展しない二人を睨み付けているニンフィア。

 

 

 

 バチッ

 

 

 そんな最中だったのである。

 

 

 

「どわぁっ、真っ暗になったァ!?」

「はぁっ!? ええ!? 何があったの!?」

 

 

 

 ──突如、部屋の電気が消えたのだ。

 灯りだけではない。暖房機もピタリ、と止まってしまった。

 急に暗くなったのでメグルは驚いてしまい、彼の声でアルカも我に返ってあたふた。目を開けても全く何も見えない。

 

「な、何だ停電かぁ……」

「何だじゃねーよ、こんな時に停電だなんてよ……! うわ、急に冷え込んできやがった、暖房点かねーし……」

 

 一時的なものならばしばらくすれば点くだろう、と考えていた。

 主人たちの騒ぎで、ポケモン達も目を醒ましていく。

 だが──いつまでも待てども待てども電気が点く様子はないのだった。

 メグルはすぐさまスマホロトムで情報を集めていく。

 その結果、2人は寒さだけではなく恐ろしさで震えあがることになる。

 ジョウト電力の公式SNSに上げられたのは──まさに生死を左右する報せだったのである。

 

 

 

「何ィ!? 発電所に謎のポケモンが出てきて電気を食ってるから……ジョウト全域で復旧の見通し立たず!?」

「ええーッ!? 何それ、人が死んじゃうよ! この寒さなのに!」

「ふぃー……!」

 

 

 

 ──この時、メグルは知る由も無かった。

 この大寒波と停電が、ジョウトどころか世界を巻き込む異変の始まりであることを。

 

 

 

「ポケモン廃人、知らん地方に転移した」

 

──エキスパンションパス「クリアクリスタル」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こんな冷え込んでる時に、停電なんて凍死待ったなしだぜ! じっとして死ぬくらいなら、動いて死ぬ覚悟だ!」

「止まってるのはアサギ第二発電所……ジョウト地方で一番多くの電力をまかなってるところだよっ!」

「よし来た! 飛ばせアヤシシ!」

「ブルトゥーム!!」

 

 ──防寒着をしこたま着込み、メグルはアヤシシに乗り込む。

 モトトカゲは、寒冷地では活動することが出来ないので、アルカもその後ろに掴まる。

 普通の停電なら管理会社の人間にでも任せれば良いが、ポケモンによる害ならば話は別。

 敵の規模にもよるが”正体不明のポケモン”とされている以上、強大な力を持った敵である可能性も低くはない。

 というのも、この世界の発電所は電気目当ての野生ポケモンが寄ってくる可能性も考えて、かなり頑強に作られており、それを突破した以上、相応の強さを持ったポケモンであることが考えられるからである。

 そして今に至るまで停電が解除された様子が無いことを見ると、相当手間取っているかこの寒波で手を出せていないかのどちらかだ。

 

「……ところでさ、これなら行こうと思えば遺跡にも行けたんじゃ」

「緊急事態とレジャーを一緒にするんじゃねえ!! 今クッソ寒いんだぞ、これでも!」

「だよねぇー……くちゅんっ」

「うう、顔が冷てぇな……! アップリューの時だって、此処まで冷え込まなかったぞ……!!」

「見てよ! あっちだ! すっごく光ってる!」

 

 発電所から大きな稲光が何本も何本も伸びているのが見える。

 周囲には防寒着を来た職員と思しき人たちが集まっているが、激しい電気が飛び出している発電所を前に踏み入れないようだった。

 そして間もなく、強烈な電気を放ちながら何かがのそり、のそり、と入り口から我が物顔で現れる。

 

 

 

「ららいー!!」

 

 

 

 咆哮。

 激しい電撃が周囲を覆い尽くし、防護服姿の職員やその手持ちポケモン達を吹き飛ばしていく。

 周囲の木々が落雷に撃たれて倒れ、焼けながら転がっていき、職員たちに襲い掛かる。

 

「アルカ! 救助の方を頼む! デカヌチャンならこの雪の中でも活動できるだろ!」

「合点! メグルは──」

「あのポケモンを何とかしてみせる!」

 

 デカヌチャンを繰り出したアルカが降りて職員たちの方へ向かい、メグルはすぐさま強い電撃を放ち続けるポケモンの方へ向かう。

 今までは強い閃光で見えなかったが、電気の放出が終わり、ようやくその全貌が明らかになった。

 メグルは目を疑った。

 サイゴク地方にやってきて初めて目にしたものは──森の中に佇む像。

 そこに刻まれていたのは、雷雲を身に纏った公主の姿。

 即ち。それは存在そのものが雷鳴の化身とされ、かつてホウオウによって蘇ったとされるポケモンだ。

 鋭い二本の牙に、虎の如きがっしりとした体。

 

 

 

「ライコウ……なのか!?」

 

 

 

 伝説の電気タイプのポケモン・ライコウ。

 少なくともメグルは、その獣をそう呼んでいる。




新章開始──! 後、引き続きアンケートやってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC2話:真偽

「いきなり、こんな大物が相手だなんてな……ッ!!」

 

 ライコウは目から赤い光を放っており、まるでオヤブンポケモンのような威容を放っている。

 図鑑よりも体格が一回り程大きく、相対しているだけで焦がされてしまいそうな電気を常に放っている。

 

「アヤシシ、やれるな?」

「ブルトゥ……ッ!」 

 

 ライコウは伝説のポケモンで、種族値もかなり高い。

 そしてメグルの手持ちには、電気タイプに弱点が突ける地面タイプのポケモンが存在せず、逆に電気技を半減に出来るようなポケモンも存在しない。

 轟々と稲光が森林を焼き焦がしていく中、メグルはオージュエルに手を触れる。

 今持っているポケモンで相性差が覆せないならば、後から変えてしまえば良いだけの話だ。

 

「ららいーッ!!」

 

 

 

【ライコウの 10万ボルト!!】

 

 

 

「オーライズ──”サンダース”!!」

 

 

 

 メグルが黄色の珠を投げ上げると、それが光となって飛び散り、稲光が迸る鎧となってアヤシシに身に着けられていく。

 そして、ライコウの放った電撃は全て、アヤシシの角へと吸い込まれていった。

 ダメージは受けているものの、電気タイプに電気技は効果がいまひとつ。

 更にアヤシシの大きな角に電気は吸い込まれてしまうのである。

 

「ブルトゥ……ッ!!」

 

【アヤシシ<AR:サンダース> オオツノポケモン タイプ:電気/エスパー】

 

 大きく咆哮するアヤシシの黒い稲光と、ライコウの青い稲光がぶつかり合い、弾ける。

 互いに睨み合う形で一歩、また一歩と近付き──ぶつかった。

 その瞬間、周囲は激しい光が迸り、思わずアルカは目を腕で覆う。

 

「は、始まった……やっちゃえー、メグルー!!」

「カヌカヌ!」

「デカヌチャン、そっちの男の人背負って! 離れるよ!」

「カヌヌ!」

 

 倒れた職員を担ぎ上げ、安全な場所へと連れていく。

 アルカは、肩に負ぶった男の人に「大丈夫ですか!? 意識は!?」と問いかけると、力無い返事が返って来た。

 

「ラ、ライコウを、こんな形で見る事になるとは……」

「あのポケモンが発電所を襲うなんて……今までもあったんですか!?」

「まさか! そもそもライコウなんて、人気のある所にはめったに現れないからね!」

「じゃあ、何で……きゃぁっ!?」

 

 後ろから雷光が迸る。

 アヤシシが大きな角でライコウを牽制しつつ、振り払っているが、その度に黒い稲光が周囲を焦がしていく。

 伝説のポケモンに匹敵するヌシポケモンの力を身に纏っているのだ、それが伝説のポケモン相手にぶつかれば、まさに天災。

 逃げなければ、雷でその身を焼かれることになるだろう。

 すぐさま血相を変えてアルカは、職員たちと共にその場を離脱する。足元は雪でなかなか動けないが、それでも逃げなければ攻撃に巻き込まれてしまう。

 

「それにしてもとんでもない! 伝説のポケモンとまともにやり合えるなんて……あの若者は何者かね!?」

「ふふーん……サイゴクの試練を乗り越えた、すっごく強いトレーナーなんですよ!」

「ええ!? 君達サイゴクから来たのかい!? って、どわぁっ!?」

「で、電気がヤバい! このままじゃ──」

「──アヤシシ、ひかりのかべだ! 被害をこれ以上増やすな!」

 

 アヤシシが咆哮すると共に、周囲に透明な壁が展開され、それが電撃を閉じ込める。

 だが、それでも獰猛にライコウは吼えて今度はアヤシシに喰らいかかる。

 

【ライコウの かみくだく!!】

 

 サイコパワーを帯びた身体に、悪意を帯びた牙は効果が抜群だ。

 だが、それでも尚持ち前の根性で痛みも、そして迸る返り血も物ともせず、アヤシシは必死の形相で前脚をライコウに叩きつける。

 そして、

 

「ッ……バリアーラッシュ!!」

 

 オーライズしたことで、タイプ一致となり、威力が増したバリアーを盾にした突撃を見舞う。

 ライコウの身体は雪に倒れ込むが、それでも弾けたように再び飛び上がってみせるのだった。

 

(このライコウ、不可解な点があまりにも多すぎる……! 目は赤く光ってるし……そもそも普通、()()()()は人間と出会ったらすぐに逃げ出してしまうはずなんだが)

 

 ライコウに限らず、おやしろの石像にあったエンテイ、スイクンは、ゲーム上ではエンカウントするとすぐに逃げてしまうことが捕獲を難しくしている。 

 その後年の作品ではシンボルエンカウントで現れて、逃げないことが殆どだが、初出のジョウト地方ではこの特徴が3匹全てに当てはまる。

 しかし、このライコウは逃げようとするどころか積極的にこちらを襲っているのだ。

 目の色の変化と合わさり、メグルはライコウそのものに何かしらの異変が起きているのではないか、と考える。

 だが、それを考慮しながら戦うのは、あまりにも危険な相手だ。相手は仮にも伝説のポケモン、放つ高電圧は他のポケモンの技に匹敵し、技として放たれた電撃は、とてもではないがまともに受けられたものではない。

 耐久力に優れ、尚且つ電気タイプとなっているアヤシシだからこそ真っ向から戦える相手と言っても良い。

 

「シャドーボールで攻撃だ!!」

「ブルトゥ……!!」

 

 影を丸め込んだ砲丸に電気を纏わせ、何発も放つアヤシシ。

 それは雪に覆われた地面を抉る勢いで飛んで行き、ライコウを四方八方から取り囲んで爆撃してみせる。

 全発命中。しかし、流石の特殊防御力というべきか。全てが命中しても尚、ライコウは威勢よく電気を放ち、威嚇してみせる。

 

(もしかして、あんまり効いてない……!?)

 

 そればかりか、待つのは手痛い反撃。

 ライコウの目が赤く光り、アヤシシの身体をぴたりと止めてしまう。”じんつうりき”だ。

 そして出来た一瞬の隙を縫い、電撃の如く迫った雷獣は吼えるとその牙を再びアヤシシの首に突き立てる。

 幾ら霊体を含む体とはいえ、その牙は霊気そのものを傷つけ、破壊する。

 更に生身の部分も牙に貫かれ、確かにアヤシシの身体に食い込んでいく。

 ライコウは特殊攻撃力が高いポケモンだが、物理方面も低すぎるわけではないのである。

 

「アヤシシ耐えろ!! オオワザ……を撃ったところで、効果はいまひとつだし、此処は新技……見せてやるか!」

「ブルトゥ!!」

 

 電気を放ちながら暴れ続けるライコウ。

 それを目掛けて、一直線にアヤシシは角を突き立てて突貫してみせる。

 全てを込めた渾身の一撃が、雷獣の身体を狙った。

 

 

 

「”すてみタックル”!!」

 

 

 

 跳ね飛ばされたライコウの身体が宙を舞い、雪に落ちる。

 だが、それでも尚、雷獣は斃れることなく、アヤシシに再び電光石火の勢いで迫りかかる。

 しかし”バリアーラッシュ”で耐久力を再び強化したアヤシシはそれを受け止めて、振り払ってしまうのだった。

 

「何が起こってるか分かんねーけど、捕まえさせてもらうぞ──ライコウ!!」

「ブルトゥ!!」

 

 組みかかる2匹。 

 拮抗しているこの瞬間がチャンスとなる。

 メグルはハイパーボールを投げ付けた。

 雷獣はボールへと吸い込まれていき、運が良ければそれで捕まる──はずだった。

 

「えっ」

 

 ボールはあろうことか、ライコウの身体に弾かれ、そのまま何処かへ飛んで行ってしまったのである。 

 ポケモンならば、ある程度弱らせればボールさえぶつければ一度は入るはずである。そのまま飛び出してしまうことがあっても。

 しかし、今このライコウはボールの中に入る事すらしかなかった。

 

(既にモンスターボールに入っているポケモンなら、プロテクトが掛かっていて弾かれることはある……だけど、こいつは誰かのポケモンなのか!? 指示してる奴が見当たらない……!)

 

 

 

「ららいーッ!!」

 

 

 

 ライコウの目が赤く光り輝き、再び襲い掛かる。

 アヤシシが角を突き立てて応戦しようとした──その時だった。

 

 

 

「ららいーっ!!」

 

 

 

 ライコウの首元に、稲光の如き勢いで何かが突っ込んで来る。

 それは、雪の地面に雷獣を押し倒すと、すぐさま首に牙を突き立てて噛みつく。

 鮮やかな黄色の体毛に、雲の如き髪。そして、鋭い二本のキバ。

 見間違うはずもない。

 ライコウに噛みついて押し倒したのは──()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 しかし、伝説のポケモンとも言われる存在がそう何体も現れるはずがない。

 メグルは思わず目の前の光景を疑う。

 

「ら、らい──」

 

 そしてとうとう、2匹目が1匹目の首の肉を食い破る。

 鮮血の代わりに噴き出したのは──黒い靄のようなものだった。

 たちまち、目が赤かった1匹目の身体は、霧のように霞んでいき、そして消えていった。

 後に残っていた2匹目は気高く吼えてみせる。

 

「ラ、ライコウが2匹……!?」

「ららいー」

 

 そして踵を返すと──ふわり、と音も立てずにライコウはその場から去っていく。

 その光景を、メグルだけではなく、アルカ、そして発電所の職員たちも目の当たりにしており、困惑するしかなかった。

 

「1匹目は影も形も無く消えた……じゃあ、2匹目が本物……ってことだよな……!?」

 

 では、1匹目は何なのか。

 当然の疑問が湧いて出て来る。

 噴き出したのは鮮血ではなく黒い靄。

 そもそもモンスターボールの中に入らなかった。

 何より、極めて凶暴性が高く、手が付けられなかった。

 まともな生物ではないことは確かだ、とメグルは考える。

 しかし、考えている場合ではない。

 

「メグル!! 救助、救助!!」

「あ、悪い!! 急ぐわ!!」

 

 メグル達はすぐさま、職員たちを近くの町まで運ぶべく、アルカの元へと駆け寄っていく。

 怪我人はアヤシシの上に乗せ、何とかメグル達はアサギシティまで連れていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──数時間後、サイゴク地方にて。

 この寒気ではとても外に出る事は出来ないため、リモートで緊急の大合議が行われていた。

 出席しているのは、当然キャプテン全て。

 内容は、ベニシティ・ひのたま島に突如として2匹も現れたエンテイの件だ。

 無論、おやしろの石像になるような伝説のポケモンの登場はその場にいた全員を戦慄させることになった。

 しかも該当の個体は極めて凶暴性が高く、町を火の海に変えんとばかりの勢いだったが、早急にブースターが攻撃、更にハズシのギャロップが特性・もらいびで炎技を吸い上げて被害を軽減。

 そのまま戦闘が開始された。しかし──

 

「ヌシ様と二人掛かりで食い止めてたんだけど……突然2匹目のエンテイが出てきて、1匹目をあっさりと倒しちゃったのよねえ!」

「2匹目は、暴れる事も無く早急に立ち去った。では、1匹目は何だったんスかねえ?」

「首の動脈を食い破って血ではなく黒い何かが噴き出したとあったが……これは液体か?」

「いいえ。その周囲を調べてたけど、跡形も無くなってたわ。血じゃあないわね。何かの気体かしら」

 

 ──ハズシは、珍しく疲れた顔で「やんなっちゃうわね、何なのかしら」と続ける。

 それに反応して、ユイは頷くとニュース資料をまとめたものを画面に表示させた。

 ジョウト地方から入った速報で、発電所が伝説のポケモン・ライコウに襲われたというものだ。

 

「……ジョウト地方でも、流れのトレーナーがライコウ相手に大立ち回りを演じたみたいなんだから。でも顛末はハズシさんの所と同じ」

「この寒冷現象と何か関わりがあるのですー?」

 

 ヒメノは首を傾げながら、胃薬を飲んだ。まだ胃潰瘍が完全に塞がっていないのである。哀れ。

 

「無い、とは言い切れないっしょ。エンテイ、ライコウと来たら……後残るのは1つしかねぇっしょ」

 

 一方、その原因とも言えるノオトはその隣で難しそうに言った。その場にいる誰もが、この後の展開は予想出来ている。

 

「……北風の化身、スイクンでござるか。いずれにせよ、伝説のポケモンとは厄介極まる」

 

 筆頭キャプテンのキリは「今の所憶測でしかないが」と続ける。

 

「──今回暴れているのは伝説のポケモンの”偽者”と考えるのが妥当でござろう」

 

 そして、その偽者に当たるのは目を赤く光らせて暴れていた1匹目だ、とキリは断じる。

 

「血を流さなかった辺り、本当にその可能性は高そうね。そして当然、自分と同じ顔が狼藉していれば、あの気高い伝説のポケモン達は──キレるわよねえ」

「ちゃあんと、本物が勝ったってことよね。やっぱり上っ面の力だけ真似てるって感じなのかしら。でも、だとしたらあの偽者って何なんだろう? メタモンじゃないし」

「いずれにせよ、好き勝手暴れたツケはきっちり払ったってことなのですよ。不敬極まるのですよ。まさに天誅ってヤツなのですよー」

 

 そこまで言い終わったところで、ヒメノの顔色が何故か変わる。

 

「誅? チュー? チューはネズミで、イッカネズミの技はネズミざんで……ネズミざんは、ネズミざんだけは……うっ、ヒメノの胃と十二指腸に穴が……」

「姉貴? 姉貴ーッ!?」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 ばたり、と彼女は目を回してそのまま倒れてしまった。すぐさま隣に座っていたノオトが彼女を担ぎ上げる。

 以前のお灸が効き過ぎてしまったのか、退院しても尚ヒメノはかなり情緒不安定になっていた。

 恋愛そのものがトラウマになってしまっただけではなく、それを想起する単語を聞いたり自分で言ってしまっただけで、このように連想ゲーム方式で自爆し──倒れるようになってしまったのである。

 今まで好き放題していたツケが回って来たのか、それとも失恋が余程ショックだったのか、はたまた両方か。

 

「姉貴しっかり!! すんません、この人ちょっと最近アレなんで……寝室にブチ込んでくるッス」

「……すまないノオト殿」

「大丈夫なのかしら、あの子。退院してからも、ずっとあんな感じじゃない」

「大丈夫じゃないのは元からなんだから」

「お灸が効き過ぎてしまってな……まあ良い。ヒルギ殿の意見を聞きたい」

「……今すぐ調査に、と言いたいところだがこの豪雪ではそれも出来まい。各々、自分の町を守るので精一杯だ」

 

 約一名は自分のメンタルを守るので精一杯なキャプテンも居るのであるが。

 

「ライコウ、エンテイの動向を見守る必要があるだろう。奴らも偽者の発生源を探っているはずだ。奴らを追うことが、今回の事件の裏を見つけ出すことに繋がる」

「とはいえ、あいつらの速度は並みのポケモンのそれじゃあないわ。追いかけるのは難しいんじゃない?」

「そして問題はまだ1匹、観測されていない伝説のポケモンが居ることだ」

「まあ、あの二匹が居て、スイクンが居ないってことはないわよねえ。偽者がどっかで暴れているのかしら」

 

 ──水の上を歩くようにして移動し、不浄の湖も一瞬で澄ませる伝説のポケモン。

 その名はスイクン。

 すいしょうのおやしろにも石像として祀られているポケモンだ。

 

「……いいや、もしかすると、もう既に暴れているのかもしれない」

 

 ヒルギは嫌な予感がする、と言わんばかりに眉を顰める。

 スイクンは、水ポケモンだが、同時に氷の力を操る権能も併せ持つ。 

 何故ならば、スイクンが司るのは──北風。

 水を浄化すると共に、凍てつく冬を運ぶとされているのである。

 

「……まさか寒波を起こしたのが、スイクンの偽者とでもいうのではあるまいな」

「そう思いたくはないが……そうだとしてもおかしくない、ということだ。例え偽者でも、相手は伝説のポケモンだからな」

「サイゴクだけじゃなく、他の地方を巻き込んでの災害よ? スイクンの力だけじゃあ無理な気がするわ」

「……だと良いのだがな」

「あっ、続報入った! って……あー……」

「どうしたのよ、ユイちゃん」

「いや、やっぱりね、って感じで」

 

 そう言って、ユイがパソコンの画面共有でSNSを表示させる。

 曰く、ライコウと戦って抑え込んでいた凄腕トレーナーなのだというが──そこにはメグルの顔が映っていたのだった。

 

 

 

「……厄介事に巻き込まれることに関しては他の追随を許さないんだから……相変わらず」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC3話:氷像とスイクンハンター

 ※※※

 

 

 

 ──アサギシティは、灯台がシンボルの港町だ。神戸市がモチーフとされているとされているだけあって、高いビルも立ち並んでいる。

 メグルの記憶では民家とジム、ポケモンセンター、フレンドリィショップ、そして港しかない簡素なマップだったが、ゲームの町は大幅にデフォルメが入っているので、致し方ない。

 特にここ数年で開発も進んでいるらしく、国際貿易センターのようなビルが立ち並ぶ。

 だが、それだけに停電が続けば受ける被害は甚大だったであろうことが想像できた。

 只でさえ豪雪で町のインフラは死んでいるのだから。

 ポケモンセンターにポケモン達を預けたメグルは、最悪の状況を想起すればするほどに溜息が出るのだった。

 文明への殺意が高過ぎる。停電だけでなく、もしも寒冷化もポケモンの仕業とするならば、だが。

 

「いや、そもそもアレはポケモンだったのか……?」

「ええ!? でも、どっからどう見ても、ライコウだったじゃん」

「だけど、1匹目は2匹目に首を噛まれて、そのまま消えちまったからな」

「……死体すら残らないってのが確かにおかしいのか。そもそも伝説のポケモンって死ぬかどうかも怪しいけどさ」

「ああ。同じ場所にそう何匹もライコウが居て堪るかって話だし……」

「じゃあ、あいつらの正体って……何? ポケモンなの? ポケモンじゃないの?」

「……全く分からん」

 

 メグルの中ではコピーポケモン、という言葉が一番当てはまる気がした。

 しかし問題は、それらが何処で作り出されたか、だ。しかも、肉体がすぐに消えた以上、クローンですらないような気がした。

 もっと軽薄な──上っ面だけなぞったような存在に思えたのだ。

 一方、二匹目のライコウが現れた時、メグルは何も出来なかった。それほどまでの威迫だったのだ。

 とはいえ、コピーは現状、文明に対してあまりにも大きすぎる脅威となりえる存在である。放置はできない。

 彼だけで考えていても、何にも答えは出てこないのであるが。

 

「──ユイから電話だ」

「むっ」

 

 スマホロトムを起動すると──やかましい声が飛んでくる。

 

「ねえ、メグル君聞こえる!? あたし! ユイだけど!」

「どうした?」

「どうしたじゃない! あんたでしょ、アサギの発電所に出たライコウと戦ったのって……」

「うっわ、もう広まってら……」

「うっわ、じゃないんだけど! こっちだとエンテイが出て大変な事になってたのに」

「エンテイが!?」

 

 ──かざんポケモン・エンテイ。

 獅子の如き姿をした、ライコウに並ぶ伝説のポケモンだ。

 火山の力を司るとされており、体内に秘めた熱量はとんでもないもの。

 そして、聖なる炎はありとあらゆる邪悪を焼くとされている。

 そのポケモンがサイゴクに現れたのだから、大騒ぎになっていたのだという。

 しかしその顛末は──先程メグルが見たものと同じだった。

 

「交戦中に2匹目が出てきて、1匹目を食い殺した……!? 死体は跡形もなく消えた……!?」

「そう! だから、あたし達は暴れていた1匹目は偽者で、2匹目が本物と睨んでる」

「同じだ……」

「同じ?」

「ああ。こっちのライコウもそんな感じだったんだよ」

「……やっぱり。伝説のポケモンのコピー……偽者って言ったところかしら。それがあちこちに沸いて出て来てるのかも」

 

 そしてメグルの中では一つの仮説が浮上する。

 ライコウに続き、エンテイのコピー、そして本物(暫定)が現れた事から、後残るのは1匹。

 

「ってことは……北風の化身・スイクンが出て来る流れか……!」

「あ、決め顔してるところ悪いけど、それもうキャプテンの間でも言われてた」

「そかー」

「まあ、この豪雪が止まない限りは……調査どころじゃないんだからね」

「だけど、ジッとしてもらんねーだろ?」

「この大雪よ? よっぽどのことが無きゃオススメできない。せめて向こうから姿を現してくれればいいんだけど」

「……何とも、か」

 

 沈黙がその場の空気を支配する。

 今回の敵も、分からない事があまりにも多すぎる。

 あーだこーだ、と此処で論じても何も意味が無い。

 次第に会話は他愛のない中身にシフトしていく。

 

「ところで最近どう? しばらく連絡寄越さなかったんだから、よろしくやってるんでしょ? 声は元気そうだし」

「まーな。そっちこそ、キャプテン就任できておめでとうって感じだ」

「ふふんっ、当然なんだから。もっと褒めても良いのよ?」

「へーへー流石」

「……あんたね。レディの扱いがなってないんだから」

「あーそうそう! イデア博士についでで言っておいてほしいんだけど」

「誤魔化すな!」

「ジョウトに行く前にイデア博士に貰った、オーパーツ! めっちゃ役に立ってるって言っておいて」

 

 オーパーツは、オーライズに用いるポケモンの力を封じ込めた道具だ。

 しかし、その多くはおやしろの秘宝であり、テング団事件が終わった今、いつまでも持っておくわけにはいかないよなあ、とメグルは考えていた。他所の地方に持ち出すなど以ての外だ。

 と言ったことを事前に予期していたイデア博士は、テング団の作ったコピー品を改良し、使いやすくしたものをメグルに渡したのである。

 それぞれには、ヌシポケモンの顔の絵が刻まれており、一目でどのポケモンのものか分かるようになっている。

 

 ようがんのヌシの力を封じ込めた”熔珠・ブースター”。

 

 なるかみのヌシの力を封じ込めた”撃珠・サンダース”。

 

 すいしょうのヌシの力を封じ込めた”泡珠・シャワーズ”。

 

 試してみたものの、今のところは特に問題も無く運用出来ており、本物の秘宝と遜色ない性能だ。

 一方、オーラが採取できていないアケノヤイバとヨイノマガンのオーライズは現時点では不可能となっている。

 秘宝はおやしろに返してしまったので、現時点ではアブソルのギガオーライズは出来ない。

 そのため、残る2つも誠意製作中らしい。悔しいが、やはり腕前は一流なのだ、あの博士は。

 

「何で、直接言えば良いじゃん」

「いや、あの人に直接感想言うのってなんか……悔しいじゃん? 褒めたら付け上がるし」

「あー……分かる。めっちゃ分かる。あたしの方から言っとく」

「それにしてもサンダースの力はやっぱすごいな、ライコウ相手に一歩も引いてなくって──わっ」

「むぅー……」

 

 隣でメグルの電話を聞いていたアルカが、頬を膨らませて腕を引っ張る。

 ()()()()()、と言わんばかりだった。

 

「どしたの? ……ふぅーん、そういうことね」

「何でもねーよ。そろそろ通話切るわ」

「待ちなさい。まだ聞いてないことがあるわ。大事な事よ」

「大事なことは大体話しただろーが」

 

 フシャー、と猫のような鳴き声をアルカが出しているので、さっさと切り上げてしまいたいメグル。

 普段はああだが、嫉妬すると面倒くさいのだ。

 そんな事知る由もないユイは、上機嫌でメグルに問う。

 

「──あんた達、何処まで進んだの?」

「え”っ」

「ぴっ」

「何驚いてんのよ。アルカさんと付き合ってんでしょ? 1か月よ? 二人旅でしょ? 実質ハネムーンみたいなもんじゃない」

「気がはえーって……」

「何よ何よ、聞かせなさいよ! あたしそういうの好きなんだから!」

「……」

「何よ、煮え切らないんだから。ねえ、手は繋いだ? キスは? その先は!?」

「……いやー、その」

 

 ──これって言って良いのか? とアルカに目配せ。

 

 ──良いワケないでしょ!? と無言で抗議が返ってくる。

 

 ──こいつら他所でやってくれないかな、と膝の上でずっとこれを聞かされていてご立腹のニンフィア。

 

 言えるはずもない。まだ頬にキスが限界であることなど。

 

「何故そこで黙る! はぁーあ……ほんっっっとじれったいんだから! あたしそっちに行って、ちょっとやらしい空気にしてあげるわ」

「おいやめろ来るな! お前の氷像なんざ見たかねえぞ!」

「何であたしが氷漬けになる前提なのよ!」

「とにかく余計なお世話だ、切るぞ」

「どーせ、あの()()()()()()()に邪魔されたりして大変なんでしょ? 分かるわよ、あたしイーブイの頃からの付き合いだし」

「ふぃー……」

 

 全部バレてる、と言わんばかりにニンフィアは舌をべーと出す。

 

「切るぞバカ」

「……あ、どーせ隣で聞いてるんでしょ()()()()()♪ 奥手なのは知ってるけど、もっとグイグイ行かなきゃ取られちゃうよ。メグル君ヘタレだか──」

 

 ブチッ

 

 強制終了。これ以上喋らせていたら在ること無い事言いだしかねない。

 しかも、顔を真っ赤にして頬を膨らませているアルカが、潤んだ目でメグルを睨み付けている。

 

「ッ……! ~~~~! 何なんだよ、あの子腹立つ、本当に余計なお世話ー! ばかあほどじまぬけー!!」

「大目に見てやってくれ……ガキなんだよ、ヘンな所でな」

「ふぅーん。庇うんだ。別に良いけどね。ボクの命の恩人は君だけど、君の命の恩人はユイちゃんだもんね。しーらないっ」

 

 「君は優しいもんね」と彼女はそっぽを向いてしまう。面倒くさい時のアルカだ。

 だんだん腹が立ってくるメグルだったが、それを表に出すことはしない。それもまた可愛さなのだから。

 いや、そろそろ表に出そうだった。やっぱり面倒くさい。

 そう考えていた矢先、横槍というものは入ってくるのである。

 

「ふぃるふぃー♪」

 

 隙あり、と言わんばかりにニンフィアがリボンをメグルに絡みつける。

 

「あーっ、ズルい! ズルいよ、ニンフィアそれは!」 

「ふぃー?」

 

 油断してるなら取っちゃうよ、と声が聞こえた気がした。

 ニンフィアは露骨にメグルに顔を擦りつけて、甘えたような声を出す。

 

「……ポケモンにまで嫉妬するなよ」

「ふぃーあ」

「うるさいな! 悪い!? 大体ソイツは四六時中、キミのことを狙ってるし!」

「もしかして、()()()()って言われたの気にしてんのか?」

「うっ──気にしてる」

 

 気まずそうに彼女は目を逸らした。

 

「心配しなくても何処にも行かねえって言っただろ。そんなに不安になるなよ。俺まで不安になる」

「……ごめん」

「謝ることはねえだろ」

「……だって」

「……ふぃー」

 

 空気がどんよりと淀む。

 外の吹雪は強くなっていた。

 ニンフィアが丸まって眠ってしまい、アルカも暖房の温かさでうとうとしつつあった。

 

「バチが当たったりしないかな、って思うんだ」

「何でバチなんて当たるんだ。何にも悪いことしてないのに」

「だって、ボクだけこんな良い思いしていいのかなって思うんだ」

 

 一度知ってしまうと、今度は失うのが怖くなる。

 

「君と一緒に居るだけで十分なのに、それ以上先なんて望んで良いのかなって」

「……望んでいいだろ。普段のお前は、もっとワガママじゃねーか」

「そうだけどさ……」

 

 

 

「急患急患ーッ!!」

 

 

 

 ポケモンセンターに飛び込んでくる声。

 ストレッチャーで運び込まれてくるのはポケモン──ではなく、氷の像だった。

 

「ッ……何事!?」

「アサギからエンジュに向かうまでの道で、人型の氷像が見つかりまして……」

 

 メグルとアルカの視線は、その氷像に向く。

 球体の上に乗っかった男が、氷の中に閉じ込められていた。アルカがぎょっとした顔で指差した。

 

「あれもう……死んでない?」

「生きてんのか……?」

「カヌヌ!」

 

 勝手に出てきたデカヌチャンがハンマーを振り上げる。この蛮族は叩けば何とかなると思っている節がある。

 即刻アルカは彼女をボールの中に引っ込める。金槌で叩いたが最期、出来上がるのはバラバラ死体だ。

 すぐさま、職員の1人がマグマッグを繰り出し、氷漬けになった男に近付く。

 しばらくして──パチパチと音が鳴ると共に氷が溶けていった。

 出てきたのは、如何にも胡散臭いスーツとマントに身を包んだ、マジシャンのような男とマルマインだった。

 そして、さっきまで氷漬けにされていたとは思えない勢いで起き上がる。

 

「はぁ、はぁ、スイクンは何処だ!? 折角見つけたと思ったのに途中で意識が遠のいて──!」

「生き返った」

「この世界の住民、全体的に頑丈だよな……」

 

(それはそれとして、コイツ俺は見た事がある気がする……) 

 

「あのー、一応診察を──」

「要らんッ!! そんな事よりスイクンだ!! そこの青年、スイクンに見覚えは無いか!?」

 

 マント男はメグルを指差すと問いかける。関わりたくなかったのでメグルは首を横に振った。

 

「いや、ナイデス──」

「あのさぁ、スイクンスイクンってうるさいんだけど。出てきたのはライコウ! ライコウなら、さっき会ったよ──このおにーさんが」

 

 しかし、全部台無しにしたのはアルカであった。何故火に油を注いだのだろう。

 

「なぁぁぁにぃぃぃ!? スイクンではないが少し羨ましいぞ!!」

「うっるさ……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! スイクンの居る所に私あり! その話、よーく聞かせてほしいのだが!」

 

 叫び声を上げると「おっと名乗るのを忘れていた!」と彼はマントを広げてみせる。

 

 

 

「私はミナキ……スイクンハンターのミナキ!!」

「すいません帰らせて貰います」

 

 

 

 踵を返そうとしたメグルだったが、外は大吹雪。とてもではないが、出られる気がしない。

 仕方なく二人は、この胡散臭い男──ミナキのやかましい声を無理矢理聞かされる羽目になるのだった。

 そしてメグルはこのミナキという人物をよーく知っている。

 

(確かスイクンを追い求めてジョウト中で絡んで来るNPC……!)

 

 ゲームボーイカラーのソフト「ポケットモンスター クリスタル」で初登場した謎の青年。

 その中身は、重度のスイクンマニアであり、出くわしたのは良いがメディア毎にフラれるのがお約束になっている。

 スイクンが主人公を選んだと知れば、潔く手を引くなど気持ちの良い面のある青年でもあるのだが──如何せん、スイクンの事になると周りが見えなくなるのがよろしくない。

 

(つーかコイツ、まだスイクン追ってたのか……)

 

「ねえメグル。この人、スイクンの情報を何か握ってるんじゃない?」

「一方的なストーカーだぞ……そうですよね?」

「失敬な! 確かに私は見たのだ! この目でスイクンを!」

「詳しく聞かせて下さい!?」

「その前に、君達の持っている情報を教えて貰おうか」

 

 メグル達はミナキに、今自分達が持っているライコウの情報を渡す。

 彼は、メグル達の話を聞いていくと「偽者」という言葉に何処か納得したようだった。

 

「……成程。伝説のポケモンの偽者か……確かにあの傍若無人極まる振る舞いも納得ができる」

「というのは?」

「──確かにアレはスイクンだった……しかし、スイクンではなかった! そもそもスイクンは荒ぶったりしないし、目が赤く光ったりしないし、暴れたりしない!!」

「面倒くさいオタクだあ」

 

(だけどこいつ、ノーヒントで俺達と同じところに辿り着いているの悔しいな!!)

 

「私はスイクンを目の当たりにした時、昂る気持ちが抑えきれずに近付いたが次の瞬間には意識が無くなっていた。何がいけなかったんだろうな……」

「全部でしょ」

「この人マジでスイクンの事になると何も見えなくなるんだな……」

 

 防寒着もつけずに外に出て、よくもまあスイクンに出会う前に死ななかったものである。

 

「当然だ! シャツの柄もパンツの柄も、部屋の壁紙も、全部スイクンにしているからね!」

「うへぇ、知ってたけど筋金入りじゃねーか……」

「……でも、好きなものにそれだけ一生懸命になれるのって良いことだと思う」

 

 ボクも似た所あるしね、とアルカは続けた。

 化石や遺物を前にすると、周りが見えなくなってしまうところがそっくりだ、とシンパシーを感じたのだろう。

 

「ボク達も協力するよ!」

「スイクンの偽者は見つけないとだしな」

「それで……結局スイクンって何処に出たの?」

「エンジュシティだ!」

 

 アサギシティからはあまり遠くはない。

 そして古めかしい神社や寺、そして塔の立ち並ぶ伝統が彩る町。

 メグルの居た世界の京都市に当たる都市である。

 小ジョウトと言われる、サイゴクのシャクドウシティだが、エンジュは本家というだけあってその規模は遥かに大きい。

 そして──スイクン達を始めとした伝説のポケモンに大きく関わる町でもある。

 

 

 

「エンジュシティの”やけたとう”……思い出の場所さ」




ミナキ君、ウネルミナモ見て卒倒したりしない? 大丈夫?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC4話:クリスタル・バージョン

 ※※※

 

 

 

 ──ワカバタウン出身の、年の割に博学な少女だった。

 彼女は”やけたとう”に訪れた際、偶然その地下で三匹のポケモンと出会った。

 

 

 

 ──ライコウ。

 

 

 

 ──エンテイ。

 

 

 

 ──そして、スイクン。

 

 

 

 人の気配を感じ取った3匹は、立ち去って行ったが、唯一スイクンだけが──彼女を一目見て気に入ったようだった。

 彼女もまた、水晶のように透き通った清らかな心の持ち主だったからね。

 もしかしたら、それをスイクンは気に入ったのかもしれないな。

 その少女はその後、ロケット団の残党を潰滅させ、ポケモンリーグを攻略し、カントーのポケモンジムも制覇してしまったみたいだね。

 きっと、こうなることをスイクンは最初から見透かしていたんだと思うな。

 だけど──彼女は、全ての冒険を終えた時にスイクンを自由にすることを選んだんだ。

 何が彼女にそうさせたのかは分からないけど……多分、ネガティブな理由じゃないことは確かだと思うぜ。 

 それからスイクンが何処に行ったかは私も知らなかったんだ。

 だから、まさか今回こんな形で出会うことになるとは──くしゅんっ!!

 いや、久々に友人にエンジュに会いにきたら、友人は居ないわ、なんか急に冷え込んでくるわで……散々だったな!

 そんな中、やけたとうの方に変なポケモンが出たっていうから寒いのを押して行ってみたら、塔はカチカチに凍っているし、まさか目の前にスイクンが出て来るだなんて思わないだろ。

 だがそいつはとんでもなく凶暴で、冷気は放つ、暴れ回るで手が付けられなくってね。逃げ回るもんだから追いかけたら、振り向き様に冷気を浴びせられてこのザマさ。

 しかし、あの凶暴な性格……偽者だったなら、納得がいったよ──ぶえっくしょい!!

 まさかスイクンが、あんな凶暴な──チーン!!

 あれ、おかしいな、鼻水と咳とくしゃみが止まらない上に、頭が熱いような──風邪かな?

 

 

 

「ミナキさん、インフルエンザです。帰れないんで、しばらく入院ですね」

 

 

 

 あ、はーい……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「スイクンの偽者は”やけたとう”──もっと言えばエンジュ周辺を縄張りにしてるんだ」

 

 

 

 暫定・偽スイクンは冷気を操るという。

 そして現在、”やけたとう”の画像を見ると他の建物とは比べ物にならないくらいカチカチに氷漬けになっているのだ。

 二人は濡れた防寒装備を整えて、来たる明日に備えて準備を進めていた。

 目標は勿論、エンジュシティを根城にしているであろう偽スイクンの討伐だ。

 前回のライコウは弱点を突けるポケモンが居なかったので、苦戦したが──今回はサンダースへのオーライズでスイクンへの弱点を突くことができる。

 

「ミナキさんどうする?」

「あの状態で連れていける訳ねえだろ、氷漬けにされていて生きていただけマシと言えばマシだ」

「やれやれ、こんな猛吹雪に飛び出すからだよ。早く良くなったらいいね」

「誰もオメーにだきゃあ言われたかねえと思うぞ」

 

 この猛吹雪の中、アルフの遺跡に飛び出そうとした女の勇姿をメグルは忘れていない。

 

「アヤシシ、今度はエンジュシティまでひとっ走り、頼むぞ」

「ブルトゥ」

 

 アヤシシならば鬼火と分厚い毛皮のおかげで、アヤシシは寒冷地体でも走り抜ける事が可能だ。後はメグル達が耐えれば良いだけだ。

 

「それにしても、スイクンって一度捕獲されていたんだ。世の中には、メグルみたいな凄いトレーナーが居るもんなんだなあ」

 

(そりゃあ、この世界における主人公(俺ら)だから当然と言えば当然なんだけどな……此処は本当に、ゲームの中の、あの世界なんだな……)

 

 ゲームボーイカラー全盛期に登場したポケモン第二世代は、3本のソフトが販売された。

 ホウオウがパッケージとなる金。ルギアがパッケージとなる銀。そして──スイクンがパッケージを飾ったマイナーチェンジ版のクリスタルバージョンだ。

 この作品は、モバイル通信や初の女の子主人公など、様々な試みが為された作品でもある。

 だが何より特筆すべきは後にも先にも例が無いスイクンのパッケージ起用だ。

 通常の対戦で使う事ができる伝説のポケモンを、非公式に「準伝説」と呼ぶが、エンテイ、ライコウ、スイクンはその中に数えられている。

 そして、スイクンはこれまでのポケモンの歴史で唯一、準伝説でパッケージを飾った栄誉ある一匹なのである。

 一般ポケモンがパッケージを飾ることは多数あれど(主に初代絡み)、準伝説は他に例が無いのだ。

 

(だから、ミナキに限らず、スイクンに特別な思いを抱いている人は少なくない。俺はクリスタルをリアルタイムでプレイしたわけじゃないけど、3DSのバーチャルコンソールでやった時、スイクン戦のBGMに感動したっけ……GB音源で此処までの曲が作れるのか、ってさ)

 

 クリスタルで特筆すべきは、マイナーチェンジ版でありながら初めて伝説のポケモン専用のBGMが登場したことである。

 それが「戦闘!スイクン」。

 当時、ホウオウにもルギアにもBGMは存在せず、ニンテンドーDSでのリメイクの「ハートゴールド・ソウルシルバー」を待つことになる。

 準伝説のポケモンでありながら、様々な「初めて」を飾ったポケモン、それがスイクンなのだ。

 

(伝説ポケモンの偽者だなんて、不逞も良いところだ。ミナキさんじゃないけど、俺も結構腹が立ってるんだよね)

 

 あそこまで入れ込むのは流石に理解出来ないが──それでもメグルもまた、ポケモンを愛する一人だ。

 対戦でも何度も世話になったポケモンで、シナリオでも追いかけるのに苦労したので思い入れのあるポケモンの1匹ではある。

 

「あのパチモンを止めるぞ、アルカ」

「合点だーっ! 任せといてよ!」

 

 とはいえ、この寒さの中で活動できるポケモンは限られてくる。

 おまけにジムリーダーが所要で不在らしく、他に戦力も居ないというこの状況。

 頼れるのは現状、アルカしか居ない。

 そして、彼女の手持ちも寒さに弱いポケモンばかりで(ジャローダ、カブト、モトトカゲ、ヘラクロス、ゴローニャ、全員揃いも揃って変温生物か水弱点)、デカヌチャンくらいしかまともに戦えそうにない。

 ジョウトという環境で此処まで冷え込むなど想定外も良い所なのであるが。

 手持ちを精査した結果、アルカの頬に汗が伝う。

 

「あのさぁ、揃いも揃って皆寒い中出たくないってどういうこと!?」

「蛇、カブトガニ、トカゲ、カブトムシ、岩・地面……ダメだこりゃ、見事に寒冷地に向かねえポケモンばっかじゃねえか」

「ねえ、これってさ……もしかしてボク、戦力外?」

「……ただ、うちもバサギリは寒すぎると冬眠状態になっちまうらしいし」

 

 既に外はマイナス10℃。ジョウト地方とは思えない程の冷え込み方をしている。

 

「ヘイラッシャとシャリタツは?」

「ヘイラッシャは寒冷地の遊泳にも耐えうる脂肪があるからな。シャリタツも口の中に入ればオーケーだけど、ドラゴンだから寒いのは好きじゃないみたいだ。アヤシシとアブソルは毛皮がある……でも、ニンフィアは流石に外に出たがらない」

「ふぃっきゅるる……ぷっしゅい!」

「お姫様……寒いの苦手なんだね……」

 

 こんなに薄い毛皮では無理もない話であった。

 

「しかしデカヌチャンか……鋼技は水タイプに効果いまひとつだからな……例のメインウェポンも最大限の威力を発揮できない。耐久の高いスイクンに”じゃれつく”もあんまり効かなそうだし」

「スイクンってそんなに硬いの?」

「俺の知る限りだとそうだ。HPも防御も特防も高くて、まるで要塞だぜ。自己再生みたいに体力を回復する技を覚えないのがせめてもの救いだな。オマケに、水技、氷技、一撃必殺の”ぜったいれいど”まである」

「ね、ねえ、一撃必殺って……あんまり当たらないけど、当たったら即死する技だよね」

 

 例えばじわれ、例えばつのドリルなど、命中率は30%と低いものの当たれば一撃で相手を倒せるのが一撃必殺技だ。

 何をトチ狂ったのか、このスイクンと言うポケモンは氷タイプの一撃必殺技の”ぜったいれいど”を使えるのである。

 

「その耐久力から一撃必殺技を何度も撃たれたが最期、俺達諸共ゲームオーバーだろ」

「長引かせられないってわけか……ミナキさんが氷漬けにされたのも”ぜったいれいど”の所為だよね」

「多分な。ああなりたくなかったら、高火力の一致抜群技で倒すしかない。でも、スイクンは割と素早いし、耐久も高い。そう簡単には行かねえだろ」

「デカヌチャンじゃ、力になれないのか……」

 

 このデカヌチャンと言うポケモン、メグルは後から知ったのだが──見掛けに反し攻撃力の数値は然程高くはない。

 というのも、デカヌチャンの攻撃力は殆どハンマーに依存しているかららしい。そのため、ハンマーを使う技でなければ、火力が出ないのだ。

 フェアリー技はハンマーを使わないものが殆どの為、スイクンの防御力相手では有効打になり得ない。

 かと言って肝心の鋼技も半減されてしまうので、結局あまりダメージを与えられない。

 

(コイツの種族値は分からないけど、意外と攻撃そのものは高くないっぽいな。メインウェポンの威力は破格だけど、これで攻撃まで高かったらぶっ壊れか)

 

「で、こいつ他に何を覚えるんだ?」

「この子、腕っぷしが強いから今まで攻撃技ばかり習得させてたんだよね。後1つは”でんじは”ってカンジ。何か変化技が使えれば良いんだけど」

「……いや待て、変化技?」

 

 メグルは手持ちの技マシンと睨めっこしながら、眉を顰めた。

 習得可能な技のラインナップは、メグルの想像を超えるものだったのである。

 

(な、何だコレ……! 技マシンでアンコール、ひかりのかべ、リフレクター、ステルスロック、でんじは、しまいには自主退場のてっていこうせんまでェ!? コイツ、てっきり脳筋かと思ってたのに……本質はクレッフィと同じサポートタイプ!?)

 

【クレッフィ かぎたばポケモン タイプ:鋼/フェアリー】

 

 元々”でんじは”が使えていたので、サポートもできるアタッカーくらいにメグルは考えていたのだが、此処まで来ると最早サポーターが本領のポケモンだとメグルは考える。

 同じタイプのクレッフィも、かつては優秀な耐性と”いたずらごころ”で害悪サポーターとして暴れ回ったものである。

 更に、両手足があるからかデカヌチャンはクレッフィが使えない技も習得できるのだ。更に特性”かたやぶり”で、サーフゴーのように変化技が通用しないポケモンの特性も無視して”でんじは”を叩き込めるのは見過ごせない。

 大きなハンマーを携えているので、どうしてもアタッカーのイメージが付き纏うが──本質はアタッカーもできるサポーターだったのである。

 

(俺ならコイツを4枠変化技で運用する時もあるかもな……まあ大抵、両壁ステロ、でんじは、それに”てっていこうせん”で退場だろうけど、退場したら困るし此処は()()()()()()()で良いよな)

 

 ポケモン廃人の血が騒ぐ1匹だ、とメグルは目を輝かせる。

 耐性も耐久も優秀なので、仕事をする前に倒されることも無いだろう。

 

「どしたの、メグル」

「なあ、お前のデカヌチャン、下手したらサポーターの方が適正あるかも……」

「え? またまたあ、サポーターとは無縁みたいな生態してるんだよ、デカヌチャン」

 

 ハンマーを振り上げながら「カヌ?」と何のことやらわからないと言わんばかりの顔でこちらを見あげるデカヌチャン。

 確かに振る舞いも、生態もとてもではないがサポーター向きとは思えない。しかし一方で、彼女達にはアーマーガアを岩で撃ち落としたり、ハンマーを加工するといった知性の高い一面も併せ持つ。

 豪快で怖いもの知らずな性格と、人間に匹敵する器用さ。それを両立させたのが、このデカヌチャンというポケモンなのである。

 

「でも、お前も”でんじは”覚えさせてたじゃん」

「そりゃあ、たまたま覚えられるから技マシンを使っただけで──」

「お前も両壁要員にならないか?」

「カヌヌ!?」

「りょ、両壁!? ……って、どういうこと?」

「つまり、リフレクターと光の壁、両方使えるってことだ。ま、スイクン相手ならリフレクターは要らねえだろうけどな。ステルスロックも撒けば、裏のエースが大暴れする起点が作れるってわけ」

「使えるの!? あ、本当だ、使えるんだ……なんて言うか、ポケモンは見掛けによらないんだなあ」

「俺も今調べるまで分からなかった。正直、技威力の高さを生かしたアタッカーの方が良いと思ってたからな」

「カヌヌ?」

 

 弱体化、そしてサポートは強敵に挑むときの鉄則。

 メグルとアルカは手持ちの技マシンと睨めっこしながら、吹雪が弱まるまでスイクンの対策を重ねるのだった。

 その間、ずっとニンフィアはメグルの膝の上で丸まっているのだった。今回出番はないし、こんな寒い中で戦うのは彼女としてもゴメンなのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 凍て風は、陽の通い路を塞ぎ閉じ、永遠の冬を地平に齎す。

 何物にも囚われず、何者であっても捕えることは叶わず。

 主無き廃塔に座す暗君を、愚かにもしばしその眼に留めんとすらば、自らが久遠の牢に留められることになるであろう。

 

 

 

 ──北風の化身”伝説の三聖獣”スイクン

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──豪雪により、純白の都と化したエンジュシティの焼けた塔にそれは確かに座していた。

 曇天は空を塞いでおり、陽の光は届かない。だが、この大地に冬の暗君は要らない。

 アルカはメグルの身体をしっかりと抱き締め、見えてきた焼けた塔を見渡す。

 

「感じる……ッ! 何となくだけど、ヤバい気配……ッ!」

「やっぱり居やがるんだな……スイクン!」

 

 エンジュシティは、シャクドウシティよりも遥かに大きく、十字路も多くて道に迷いそうになる。

 だがそれでも、彼は思い出す。

 初めてこの世界にやってきたときに戦ったオニドリルの事を。

 あの時も──五重塔を舞台に大立ち回りを演じたのだ、と。

 しかしあの時と違う点があるとするならば、やはりこの常軌を逸した低温だ。

 考えられるだけの装備を着込んでもなお刺し貫く寒さに耐えながら、メグル達は凍てつく町と化した古都を進んでいく。

 

「つーか、エンジュシティの気温、これ今何度だ!? 喋ったら喉が凍りそうだ……!」

「マスク付けといて正解だったね……! こんなのヒャッキでも有り得ないよ……!」

 

 因みに現在のエンジュは氷点下20℃。他の地域と比べても、一段と寒さは厳しくなっている。

 

「ねえ、まさかと思うけど、この冬をもたらしたのって……偽スイクンの仕業とかだったりして」

「いや……幾ら何でもだろ。あいつにそこまでの力はないぜ。そも、氷タイプじゃねーんだし」

「ブルトゥ……!」

 

 轟々と鬼火を滾らせるアヤシシ。

 雪に覆われた迷宮の十字路を駆け抜けた先に、かつて大火で焼け落ちたとされる”焼けた塔”が現れる。

 そして、周囲を更に強烈な冷気が覆い尽くす。

 

 

 

「すすいー!!」

 

 

 

 荒ぶり、猛り、そして目を赤く光らせる獰猛なる偽りの北風。

 冬を運ぶ羽衣をなびかせて、それは愚かなる侵入者の前に現れる。

 しかし、メグル達も無策で来たわけではない。エンジュに厳冬を齎す暗君を討つべく、立ち向かう。

 

「……そっちからおいでなすったか!」

「ライコウと同じ……コイツも偽者だね! デカヌチャン、行くよ!」

「アヤシシ、引き続き頼むぞ!」

 

 

 

【野生のスイクンが 現れた!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC5話:十字路の戦い

【スイクン オーロラポケモン タイプ:水】

 

 

 

(H100A75B115C90D115S85……ッ!! 防御特防共に隙が無い!! タイプも水単の所為で弱点は草と電気だけ……ッ!!)

 

 

 

 だけど、付け入る隙が無いわけではない。

 素の火力は然程高いわけではない。さっきのライコウのように、半減しなければ攻撃を受け続けられないわけではない。 

 そして、高速回復技が存在しない以上、攻め続ければいずれ勝機は訪れる。

 そこをオオワザでトドメを刺せば、倒すことができる。

 こちらを見るなり、通路へ誘き寄せるようにスイクンはメグル達を引きつけるようにして逃げていく。

 

「真っ向からは戦わないってこと!?」

「こっちがあいつを倒しに来てるのが分かってるからな……!! ミナキさんも”ぜったいれいど”が避けられない場所に誘われた可能性が高い!」

「じゃあどうすれば!?」

「アヤシシの脚力を信じろ!」

「う、うんっ、信じる!」

 

 オージュエルを指で触れ、宝珠をアヤシシに翳すと──黒い稲光の鎧が纏われていく。

 これでアヤシシは電気タイプとなり、電気技を一致で打てるようになった。

 アヤシシの角に電気が溜まっていき、そのままスイクンを目掛けて放っていく。

 

「オーライズでタイプ一致になった電気技はキツいぞ! 10万ボルトだ!!」

「ブルトゥーム!!」

 

 真っ直ぐに電気の束がスイクンを襲う。

 しかし、スイクンの身体は何体にも分身したかと思うと、その全てをよけ切ってしまうのだった

 素早さの種族値は中堅程度とはいえ、流石そこは北風の化身。

 全く掴みどころというものがない。

 

「マズい、このままじゃ追いつけなくなる……!」

「だからあいつの機動力を削ぐんだね! いっけー、デカヌチャン! ”でんじは”だーッ!」

 

 屋根に向かって投げられたボールからデカヌチャンが飛び出す。

 そのまま、ハンマーを背負ったままデカヌチャンは屋根を駆け、スイクンを追跡していく。

 そして、地面に目掛けてハンマーを撃ち込む。

 地を伝う微弱な電気が走り、スイクンを捕えるのだった。 

 全身が痙攣し、地面にのたうち回るスイクンは、敵意に満ちた眼差しを向けるのだった。

 

「……よっし、”麻痺”した!」

「これで、10万ボルトも命中するだろ!!」

「すすいー……!!」

 

 しかし、スイクン側も無策ではない。

 その背中からは冷気が噴出されていき、全員の視界は濃霧に埋もれていく。

 

「これじゃあ、何処に居るか分からねえ!?」

「いや、気配はまだ近くにあるよ……! こっちの視界を封じて、一方的に攻撃するつもりだね!」

「小賢しいな……!」

「ブルトゥ……ッ!! ブルゥ!?」

 

 アヤシシの足元に冷気が集中していく。

 そして、氷の華がそこを起点にして広がっていく。

 すぐさまアヤシシは地面を強く蹴り、足元の鬼火を爆発させて大きく飛び上がった。

 

「アヤシシ!? すっごい跳んでる──!?」

「言ったろ、脚力を信じろってな! 鬼火を使えば、跳躍力を伸ばせる──!」

「でも、すっごい凍ってる音がする!」

 

 咲き誇る氷は六花の如く。

 バキ、バキ、バキ、と空気中の水が凍り付いていく音が聞こえ、そして爆ぜる──

 

 

 

【スイクンの ぜったいれいど!!】

 

 

 

 ──後に残るは、衝撃波と共に濃霧の中に広がる氷の華。

 もし巻き込まれていれば、全員あの氷の華の中に封じ込められていた。

 その衝撃で霧も吹き飛ばされ、露になったそれを見て、メグルもアルカも顔から血の気が引く。

 伝説のポケモンの齎す冷気の凄まじさは、以前戦ったアップリュー達のオオワザを上回る勢いだ。

 そして、パキンパキン、と音を立てて氷の華は崩れ落ちていき、アヤシシは鬼火の力を使って再び建物の屋根へと降り、デカヌチャンと合流するのだった。

 

「”しろいきり”で視界を塞いで”ぜったいれいど”でトドメを刺す……殺意が高すぎやしないか!?」

「アヤシシのカンが優れているから、避けられたみたいなもんだよね、危なかったよ……!」

「ブルトゥ……!」

 

 目を赤く輝かせ、荒ぶるスイクンは想定以上の抵抗を見せるメグルを──そしてアヤシシを強敵と見做す。

 その口からは黒い靄が漏れ出し、目の赤い光は更に強さを増していく。

 

「また”ぜったいれいど”!?」

「いや、アレならアヤシシの脚力で躱せる──!」

「じゃあ攻撃技──”ひかりのかべ”だよ、デカヌチャン!」

「カヌヌ!!」

 

 デカヌチャンの目が光り、メグル達を透明な壁のドームで覆い尽くす。

 そして間を置かずに激しい水の流れが光の壁を叩く音が聞こえてくるのだった。

 

【スイクンの ハイドロポンプ!!】

 

 そして、更にキラキラと何かが凍るような音が聞こえて、周囲には氷塊が現れ、次々と爆ぜていく。

 その勢いで”ひかりのかべ”は破壊され、スイクンは飛び上がると本命と言わんばかりに極太の水ブレスを放ち、アヤシシを狙い撃つ。

 衝撃は計り知れるものではなく、アヤシシはそのまま雪の地面の上に倒れ込み、メグルとアルカも放り出されてしまう。 

 防寒着がクッションとなり、怪我は避けられたものの、攻撃を受けたアヤシシの身体は氷が纏わりついていた。

 

「いったた……なんて勢いなの……!」

「アヤシシ、平気か!?」

 

 鬼火を滾らせ、何とか立ち上がるアヤシシ。

 しかしスイクンは二人を冷たく見下ろすと、再び強烈な水ブレスを放つ。

 

「対抗しろアヤシシ、10万ボルト!!」

「ブルトゥ!!」

 

 再びアヤシシの角から電気が放たれ、稲光が水ブレスと向かい合い、散乱し、空中に氷の花が咲いて爆ぜた。

 だが、それでも尚両者の衝突は止まらず、角から電気を放つアヤシシがスイクンを狙って空へ向かう。

 電気を帯びた角、空中に咲く氷の塊がぶつかり、何度も爆ぜる。

 しかし、伝説のポケモンの膂力は伊達ではない。空中からアヤシシを蹴落とすのだった。

 墜落音と共に叩きつけられるアヤシシ。毛皮は既に凍り付き、鬼火の勢いも弱まっていた。

 だが、忠義の志士はこの程度で斃れはしない。

 一度死にかけたのだ。この程度のダメージ、苦でも何でもない。

 再び屋根から跳びあがり、水ブレスをチャージするために力を溜めるスイクン。だが、その一瞬が仇となる。

 

「──此処がチャンスだ!! デカヌチャン!!」

「カヌヌ!!」

 

 デカヌチャンはハンマーで勢いを付けて宙で回転すると、思いっきりスイクン目掛けてハンマーを叩きつける。

 

 

 

「”デカハンマー”!!」

 

 

 

 効果はいま一つ。

 だが、それでも威力は絶大だ。

 カチ上げられて空中へ放り出されたスイクンは再び、羽衣のような尾をひらめかせてバランスを取り、周囲に氷塊を浮かび上がらせていく。

 その間に再び立ち上がったアヤシシの角から電気が放たれていく。

 宙ならば逃げ場は無い。電撃がスイクンの脳天目掛けて落とされる。

 しかし。

 

「すすいー……ッ!!」

 

 同じ手は喰らわないとばかりに、スイクンの周囲に障壁が展開されていく。

 きらり、とそれが輝いた瞬間、電撃が何倍にも跳ね返され、メグル達に襲い掛かるのだった。

 ”ミラーコート”。受けた特殊技のダメージを2倍にして相手にぶつける技だ。弱点技をぶつけた以上、スイクンに入ったダメージは小さくない。それが倍になって帰ってくるのだ。只では済まない。

 しかし、それをアヤシシは自ら前線に出て受け止めてみせる。

 

「アヤシシ!!」

 

 だが、もう傷ついた身体では、そして黒い稲光の鎧では、反射されたダメージを受け止め切ることはできない。

 アヤシシはそのまま倒れてしまう。

 鬼火は消え失せ、メグルは慌ててボールを向けるのだった。

 

「ッ……よくやった、戻れアヤシシ!!」

「弱点技を耐えられて反射されたら……どうしようもなくない!?」

「いーや、むしろチャンスだ! そのために、あの技を覚えさせたんだからな!」

 

 アヤシシを落とされて悔しそうに歯噛みするメグル。

 だがしかし、ポケモン廃人だからこそ知っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()が、最も大きな隙を生むということを。

 

 ──教えてやるよ、パチモン!! ()()()()の何たるかをな!!

 

「……そうか、だからあの技を──お願い、デカヌチャン!!」

「カヌヌ!」

 

 デカヌチャンがハンマーを地面にたたきつけ、飛び出す。スイクンは再び水ブレスを放つべく身体を大きく仰け反らせるが、麻痺していることもあってデカヌチャンの方が速い。

 そして、スイクンに近付くなりデカヌチャンは右手から──

 

 

 

「──”アンコール”!!」

 

 

 

 ──妖精の風を纏わせ、スイクンの精神を一気にコントロールする。

 スイクンの周囲には再び鏡の障壁が展開されてしまう。

 ただしそれは、スイクンの意に反したものだ。

 ”アンコール”は、相手に3度、最後に撃った技と同じ技しか使えなくさせる。

 ミラーコートは特殊技を跳ね返す技。しかし、逆に言えば特殊技しか跳ね返せない技だ。

 そしてこれからスイクンは、他の技を使う事が出来ない。つまり──

 

「こっからお前は攻撃出来ない──そして、物理技で押し込めば、お前を倒せるってわけだ!」

「ふるーる!!」

 

 ──スイクンはもう、他に何もすることが出来ない。

 

「”せいなるつるぎ”で切り裂け!!」

「”デカハンマー”で叩き込め!!」

 

 刀のように伸ばした尾でスイクンを何度も、何度も何度も切り払う。

 そして、アンコールが解除されても、今度はデカヌチャンが後ろから再び”アンコール”を放ち、スイクンの技を封じ込め、そして更に”デカハンマー”で地面へ叩き落とす。

 

「これでッ──終わりだー!!」

 

 一刀両断。

 アブソルの”せいなるつるぎ”がスイクンを真っ二つに切り裂いた。

 その身体はばっさりと縦に切り裂かれ、血ではなく靄を噴き出し──消滅する。

 ……そのはずだった。アブソルは未だに警戒を解かず、更に”せいなるつるぎ”による一撃を見舞う。

 

「ッ!?」

 

 ぴきぴきぴき、と冷気が収束する音と共にスイクンの断たれた身体が再び繋ぎ合わされていく。

 だが、もう”せいなるつるぎ”は通らなかった。

 氷のように冷たい身体に、刃は刃こぼれしてしまい、アブソルは吹き飛ばされてしまう。

  

「アブソルッ!?」

「デカヌチャン! ”デカハンマー”!」

 

 再びハンマーを振り上げて飛び上がるデカヌチャン。

 しかし、それをひらりと舞うように躱すと、スイクンはそのままデカヌチャンの頭を蹴り飛ばし、撃墜。

 そのままメグルとアルカを見下ろしながら周囲に何処からともなく呼び寄せた水を引きつけていく。

 それと同時に、重力を無視してメグル達を吸い寄せていく。

 

「しまっ──吸い込まれ──!!」

「体が浮き上がる……!?」

「すすいィィィーッ!!」

 

 周囲の気温は一気に上昇していき、水は水の形質を保ったまま渦を巻いた──

 

 

 

 

【スイクンの タイダルストーム!!】

 

 

 

 

 ──防ぎようがないオオワザだった。

 渦は爆弾でも爆ぜたかのように吹き飛んだ。

 デカヌチャンも、アブソルも、アルカも、そしてメグルも落ちていく。

 

「く、そ……まだ、こんな力が……!」

 

 何も聞こえない。

 何も見えない。

 虚空に手を伸ばし、メグルは真っ逆さまに落ちていく。

 だが、どんなに手を伸ばしても、アルカに手は届きはしなかった。

 

「すすいー」

 

 そして、メグルの身体を受け止めたのは地面ではなくスイクンの背中だった。

 そのまま、倒れた敵達を見下ろすと、そのままメグルを乗せて、スイクンは踵を返す。

 

 

 

「っ……メグル……!」

 

 

 

 一際頑強なヒャッキの人間であるが故に、すぐさま意識を取り戻したアルカ。

 ぼんやりとした視界には、メグルを乗せたスイクンの後姿。

 だが、全身が打ち付けられている所為で動くことができない。

 デカヌチャンも、アブソルも、気絶していて起き上がる様子がない。

 

「ダ、ダメ……連れて、行かないで……!!」

 

 懇願するような願いを、その紛い物が聞き入れるはずもなく。

 それはふわり、と跳ぶと──メグルを背中に乗せたまま、その場から去ってしまう。

 手を伸ばしても、手を伸ばしても届くはずはない。

 声を張っても届くはずはない。

 それでも彼女は希うように叫ぶ。

 涙の筋は凍っていた──

 

 

 

「やだ……ダメだよ……メグル……メグルーッッッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──マイナス20℃を超えていた気温は徐々に元に戻っていき、全国の平均気温は0℃前後にまで落ち着いた。

 それを喜ぼうとしていたのも束の間、ユイの元に入って来たのはそれをひっくり返すレベルの悪い知らせであった。

 

「メグル君が連れ去られた!?」

「ごめん……ボクが不甲斐ないせいで……!」

「分かった。すぐキャプテン達にも知らせる!」

「でも──早く追いかけなきゃ……!」

「今、エンテイとライコウの追跡の為に、宇宙センターに衛星カメラの情報を開示してもらう手続きを進めてもらってる……エンジュから飛び去ったスイクンの行き先もそれで分かる!」

 

 電話から聞こえてきた声は弱々しいものだった。

 寒気が弱まったと聞いて喜んでいる場合では無かった。

 アブソルとデカヌチャンは大ダメージを負っているものの、ポケモンセンターで回復すれば治療できる範疇。

 アルカの怪我も、骨折と言った重大なものはない。

 しかし、メグルは──復活したという偽スイクンによって目の前で連れ去られてしまったのだという。

 だが、それを追跡する準備は現在進行形で手続きが行われている。

 

「アルカさんはそのまま休んでて!」

「休んで、らんないよ……! モトトカゲを使って、追いかけなきゃ」

「ダメ! その場を動かないで! 手持ちもやられてるし、低体温症が進んでるかもしれない……! その状態で、どうやってメグル君を助けるの!?」

 

 

 

「助けなきゃ、だよ……それでも……! ボクの()()()()()()()()は……どんな時だって、諦めないでボクを助けてくれたんだ……今度はボクが行かな……」

 

 

 

 どざっ、と何かが落ちるような音が聞こえてくる。

 そして通話中のまま音声は途切れてしまった。

 姿は見えないが、電話先の状況は簡単に想像できる。

 

「アルカさん!?」

「ちょっと……転んじゃって……」

「大丈夫、アルカさん。メグル君は……そう簡単にやられたりなんかしない」

「だけど……!」

「吹雪が止んだ今なら、ジョウトの方に応援を出せるから! だから、待ってて!」

 

 そうしている間に、今度はパソコンの画面からビデオ通話の通知が飛んでくる。

 

「ヒルギさん!? 衛星カメラは──」

「手続きが完了した。これでエンテイとライコウの追跡ができる」

「ありがとう! それと、全キャプテンに通達しないといけないことがあるんだけど──」

 

 間もなく、再び全キャプテンによるリモート大合議が開催される。

 そしてすぐさま、メグルが偽スイクンに拉致された件が共有されたのだった。

 

「──メグルさん、スイクンに連れ去られちまったんスか!?」

「事実として起こってしまったものは仕方ないわ。敵が想定以上に強かったのね」

「……衛星カメラの情報から、ライコウ、そしてエンテイの向かった場所。そしてエンジュシティから去った偽スイクンと思しきポケモンの行き先が同じだと分かった」

 

 ヒルギは画面共有で、地図上にライコウとエンテイ、そして偽スイクンの進行ルートを全員に示す。

 ライコウとエンテイは、それぞれの偽者を倒した後に合流したらしく、それぞれの能力を用いて海を渡っていった。

 そして偽スイクンはメグルを背中に乗せたまま、向かっているのだという。

 その地点は、全くの同じ──ジョウト地方から、遥か南西の海上だ。

 

「……確か地図上じゃあ、ただのだだっ広い海よね? そこって……」

「ああ。だが、奴らの向かっている先を見てほしい」

 

 衛星写真上には本来地図には無いはずの島が映し出されている。

 

「リュウグウ様が言っていたのです。丁度昔、ジョウトの遥か南東に、無限に鉱石が取れる島があると長年信じられていたけど、後年調べたら()()()()()()……って」

 

 所謂幻島、地図上に誤記載されていたが後の調査で存在しないと明らかになった島である。

 

「そんな事あるの? 存在しないとされていた島が実は存在していたっていうの?」

 

 ユイが怪訝そうに言った。

 しかし、ヒルギは首を横に振って言ってのける。

 

「いや、浮上した……が正解だ。それは島と呼ぶのも烏滸がましい、名伏し難き何か。俺が次に調査する予定だった場所だ」

 

 この寒波で延期になったがな、と彼は続ける。

 衛星写真には──確かにこの場所に、大きな島が存在しているのである。

 だが、それは島と呼ぶにはあまりにも異質な場所だった。

 

「こ、これが……ヒルギさんが以前に言っていた島ッスか!?」

「ああ。ふざけて侵入する者が居ないように、現在この周囲は封鎖されている。まだ公には発表されていない」

「だから──()()()、次の調査場所をはぐらかして教えてくれなかったんスね」

「しかし、既に許可は取っている。サイゴクのキャプテンとその関係者に限定して、その存在を明かしても良い、と。尤も、クワゾメの忍者ならばとっくにその情報に辿り着いていそうなものだがな」

「……キリさん?」

 

 ノオトがキリを恨めしそうな目で見る。彼女はバツが悪そうに「仕方なかったのでござるよ」と答えた。

 

「……島の存在は……これが出現した時点で既に認知していたでござる」

「ちょぉ!? それなら何で教えてくれなかったんスかあ!?」

「公には機密ということになっているからでござるよ!」

「ノオトちゃん、仕方ないのよ。オトナには色々あるってワケ」

「そうッスけど、納得いかねーッス!」

「何でも良いけど……伝説のポケモンは、この島に集まってるのよね? ……何があるっていうの、この島に」

「いーえ? 見た所は何にも無さそうなのですよ。むしろ、島そのものがヤバヤバのヤバなのですよー……!」

 

 衛星写真で島の上空の映像が更に大きく映し出される。

 しかし、それは島と呼ぶにはあまりにも異質な場所だった。

 本来ならば草木が生えているはずの場所が、ドーム状のクリスタルに覆われているのである。

 

 

 

 

「……水晶の島は()()ではない。文字通り……島の全面が水晶によって覆われている島だ」




第一章は、1部における序章のようなものなので、此処で終わりです。次回より第二章に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:CC第一章終了時点

第一部のおさらいもかねての紹介となります。


【メインキャラクター】

 

メグル 男 20歳

異世界からポケモンの居る世界に転移してきた主人公。皮肉屋で小心者、それでいて無自覚なお人好し。逆境でも、悪態を吐きつつ打開する術を探る諦めの悪さが最大の取柄。ポケモンに関してはとても強い情熱を秘めており、好きな物を追いかける姿は「真っ直ぐ」とされるほど。サイゴクの旅で身体能力も強化され、かつてはヘタクソだったボール投げも今では得意になった。ポケモンの種族値や習得技といった裏データを暗記しているが、「スカーレット・バイオレット」が発売される前に転移した所為で、そこで初登場したポケモンや、サイゴク独自、ヒャッキ独自の進化を遂げたポケモンについては意表を突かれることもしばしば。それでも、持ち前の観察力と機転でこれまで何度も危機を乗り越え、遂にサイゴクに迫る赤い月を落とすことに成功した。一方、恋愛経験は無きに等しく、超の付くほどの奥手。告白したのは良いが、これだけ一緒に居るのに、なかなかアルカとは進展していない。友人のような姉妹のような関係性が心地よく、本人もそれに甘えてしまっているが、それでも日々何とか恋人らしいことをしようと模索している模様。

 

容姿

ボサボサ髪で、ジト目。身長は170cm。こっちに来てから買った、運動に適したスポーティーなジャージ姿がデフォルト。度の入ったゴーグルを首からぶら下げており、有事の際はこれを装着する。

 

手持ちポケモン

習得技は、CC第一章終了時点。ジョウト地方でのジム巡りで新しい技ビルドにしたポケモンもいる。

 

ニンフィア ♀ 特性:フェアリースキン

技:はかいこうせん、めいそう、シャドーボール、ハイパーボイス

凶悪かつ凶暴、天上天下唯我独尊な性格のメグルのパートナー。カワイイ見た目に騙されてはいけない。すぐに機嫌を悪くするし、メグルに近付く異性(人間ポケモン問わず)には強い攻撃性を見せ、人やポケモンの好き嫌いが激しい文字通りの凶暴リボン。その一方で、主人であるメグルにはとてつもない愛情を抱えている。その戦法は、特性:フェアリースキンによって強化されたノーマル技を放つというパーティの主砲。持ち前の特防と”めいそう”によって、更に特殊アタッカーには強く出る事ができる。一方、持ち前のヤンチャっぷりから相手がどんなに強敵だろうが決してあきらめず、攻撃の手を緩めることもしない。

 

 

アヤシシ(サイゴクのすがた) ♂ 特性:いかく

技:シャドーボール、すてみタックル、10万ボルト、バリアーラッシュ(その他、ひかりのかべ、リフレクター、あやしいひかり、さいみんじゅつといった技を用途に応じてビルド)

霊脈の元で一皮向けたことで、原種とは違うノーマル・ゴーストタイプに進化したアヤシシ。性格は穏やかだったが、進化してから少し勇ましくなった。メグルや、ニンフィアへの忠誠心が強く、また他の手持ちと争うこともないので、パーティの緩衝材としての役割を果たす。技のデパートとも言える程に習得できる技が多く、ポケモンボックスの機能を使って、しょっちゅう技が変えられる。持ち前の耐久力と、物理特殊両方扱えるステータスでどんな相手でも平均以上には戦えるのが強み。特性:いかくで、物理ポケモン相手には更に強く出ることができる。また、持ち前の脚力を生かしてライドポケモンとしての活躍をすることも多い。

 

 

バサギリ ♂ 特性:きれあじ

技:がんせきアックス、つばめがえし、インファイト、シザークロス

パーティの切り込み隊長。性質はかなり好戦的で、戦う為に生きているフシがある。進化前に翅を欠損しても、闘争心を失わなかったほど。進化してからは、凶暴な性質はやや落ち着いた。元が赤い月で凶暴化したポケモンだったため、体躯は一般的な個体よりもかなり大きい。膂力任せに斧を振るい、跳び、そして相手を断つ。がんせきアックスは、使えば周囲にステルスロックをばら撒く上に、特性:きれあじで火力が上昇しているおり、更に取り回しも良いため、基本的にはこれで相手の行動を制限しながら切りつける戦法を得意とする。

 

 

ヘイラッシャ ♂ 特性:てんねん

技:アクアブレイク、ウェーブタックル、ゆきなだれ、ボディプレス

偽竜の怪として恐れられた、パーティのタンク。圧倒的物理耐久力が強みで、それを生かした耐久戦法を得意とする。しかし、その本領はシャリタツと組み合わせた時であり、シャリタツの特性:しれいとうによって全ての能力を大幅に上昇させ、メガシンカポケモン、下手をすれば伝説のポケモンに匹敵するだけのステータスを手に入れる。一方、戦闘力の高さに対して性格は天然でぼんやりとしており、頭はあまりよろしくない。

 

 

シャリタツ(そったすがた) ♀ 特性:しれいとう

技:りゅうのはどう、だくりゅう、こごえるかぜ、???

非常にクレバーな性格で、パーティの姉御肌。相棒であるヘイラッシャの事が大好き。しかし、一方でヘイラッシャが居なくとも単独行動が可能なほどに知能が高く、また戦闘力も打たれ弱いだけで決して低いとは言えない。むしろ、火力だけならばあのサザンドラに匹敵するレベルのため、今後威力の高い技を習得する度に強化されるポケモンである。その知能は、トレーナーの指示が無くとも、他のポケモンを指揮し、技を応用した使い方が可能なほど。メグルも一定以上の信頼を置いており、自分がもしもポケモンと離れても、彼女が居れば大丈夫だと思っている程である。

 

 

アブソル(サイゴクのすがた) ♀ 特性:おみとおし メガ特性:きれあじ

技:シャドークロー、せいなるつるぎ、むねんのつるぎ、かげうち オオワザ:あかつきのごけん

甘えん坊な皆の妹。そんな彼女も、すっかり身体が大きくなり、一般的な成獣個体と同じくらいになった。そうなってもまだ、甘え癖は抜けず、しょっちゅうメグルに迫っている。しかし、その戦闘センスは非常に高く、特筆すべきは未来予知によって数秒以上先の未来を見ることで、優位に戦闘を運ぶことができる点。また、未来予知は戦闘だけではなく、道に迷った時にも使われる便利な力である。また、パーティで唯一メガシンカとギガオーライズの両方を扱うことができ、メグルにとっても切札でありエースである。純粋にステータスアップして、防御力を高められるメガシンカ。そして、オオワザ習得とタイプ変更ができるギガオーライズ。この2つの使い分けが鍵となる。

 

 

アルカ 女 21歳

時空の裂け目の先にある異世界、ヒャッキ地方から流れて来た。天真爛漫で、好奇心旺盛。その一方で、故郷で冷遇されてきた過去から、時折影を見せる。考古学や遺物の勉強をしており、また化石や遺物の取引を行う石商人をしている。化石や遺物、遺跡に対する知識や造詣が非常に深く、それらを見ると我を失ってしまうほどに興奮する。旅をするうちに、メグルに強い恩義と淡い好意を寄せるようになっており、彼の告白を受け入れたものの、恋愛面は全くの素人。誰かから全力で好意を寄せられるということに慣れていないため、ついつい恥ずかしくなってしまい、素直ではない態度を取ってしまうことも。その一方で、やっと訪れた幸福な今を失いたくないと心の奥底では恐怖を感じている。それが今回、ある意味最悪の形で現実になってしまった。

 

容姿

身長は148cmと低め。黒いインナーの上に、ポケモンの毛皮で出来たジャケット(ヒャッキ地方のもの)を羽織っている。肌はヒャッキの太陽があまり当たらない環境下から、青白い。髪はショートボブで赤い癖っ毛。両目が隠れる程に前髪が長いのは、額の傷を隠すためである。胸がとってもおおきい。

 

手持ちポケモン

 

デカヌチャン ♀ 特性:かたやぶり

技:デカハンマー、でんじは、アンコール、ひかりのかべ(その他技マシンで多数の補助技を習得)

CC編に於けるアルカのメインポケモン。ナカヌチャン時代からの付き合いで、失ったハンマー作りに協力してくれたアルカを強く信頼している。一方、思考は蛮族そのもので、ハンマーで叩けば物事は解決すると思っているフシがあり、アルカが止めることも。また、メグルのニンフィアとは死ぬほど仲が悪い。必殺技のデカハンマーは威力160と破格で、これを軸にしたアタッカーが得意……と思われていたが、後に多数の補助技を覚えることが判明し、攻撃もできるサポーターとしての地位を確立した。しかし、それはそれとして飛んでいるポケモンを岩で撃ち落とすなど、カタログスペック以上の強さを見せることも多数。

 

カブト ♂ 特性:すいすい

 

ヘラクロス ♂ 特性:こんじょう メガ特性:スキルリンク

 

モトトカゲ ♂ 特性:だっぴ

 

ゴローニャ ♂ 特性:がんじょう

 

ジャローダ ♂ 特性:あまのじゃく

 

 

 

【サイゴクのキャプテン達】

 

 

ノオト 男 14歳

熱血漢にして、努力家。「ッス!」が口癖の快活な少年。イッコンタウン”よあけのおやしろ”双子のキャプテンの片割れ。以前はメグル達と旅をしていたが、現在はサイゴク地方の立て直しに伴う多数の仕事に携わっている。惚れっぽく、綺麗なお姉さんに目が無いが、その一方で根は純情。何度もフラれる経験をしている。一方、トレーニングの勉強を日々しているからか、彼の育成方針は根性論ではなく、スポーツ科学に基づいていて、合理的かつ理詰めで効率が良い。ポケモンだけではなく、メグルやアルカの身体能力を鍛え、テング団との戦いに耐えうるまでに育て上げた。その戦いも、勢い任せに見えて、ポケモンの技量を考慮した上での指示を常に忘れない。その一方でメンタルは少々弱く、優秀で霊感も強い姉と比べられると泣く。他の事では我慢できても、姉と比較された瞬間泣き出す。自分が好意を向けるのには慣れているが、逆に向けられるのには慣れていないため、奥手ではあるものの強火のアピールをしてくるキリにはたじたじ。双子の姉であるヒメノには、憧れと同時に恐怖も感じており、彼女の前では頭が上がらない。

 

容姿

身長は154cm。オレンジ色の髪はベリーショート。鼻には絆創膏を付けている。黒いインナーに、だぼだぼのズボンを履いており、拳はテーピングしている。その様はまるで、喧嘩小僧のようである。

 

手持ちポケモン

 

ルカリオ ♂ 特性:せいしんりょく

 

ジャラランガ ♂ 特性:ぼうじん

 

カラミンゴ ♂ 特性:きもったま

 

コノヨザル ♂ 特性:やるき

 

パーモット ♂ 特性:しぜんかいふく

 

 

ヒメノ 女 14歳

「なのですよー」が口癖のおっとりとした印象を与える少女。イッコンタウン”よあけのおやしろ”双子のキャプテンの片割れ。しかし、本性はワガママで気分屋、しかも癇癪持ちと弟のノオトから「最悪」と言わしめる程。おまけに亡き祖父にして先代・アサザの強硬な性質を受け継いでおり、周囲からは理解されないことも多々ある。しかし、決して私利私欲からではなく彼女なりにおやしろや身内の人間を考えており、イッコンを守りたいという思いは非常に強い。その実力も確かなもので、ゴーストポケモンを自由に従えるだけの霊感を持ち、霊力をゴーストポケモンに注げば強化することもできる上に、読心術レベルにまで鍛え上げられた観察力で相手の考えていることを見透かすことまでできるなど、一個人としての戦力はキャプテンの中でもトップクラス。

しかし、今まで好き放題したバチが当たったのか、偏愛的な感情を抱いていたキャプテン・キリの正体が女であったこと、更に彼女がノオトと付き合いだしたことで、脳と胃(ついでに十二指腸)が破壊されてしまって敢え無く入院。現在も胃薬無しではやっていけない日々が続いている。

 

容姿

身長154cm。巫女装束に身を包んでおり、常に穏やかな笑みを携えている。藍色の長髪をおかっぱに切りそろえている。本人は自分を大人のレディと思っている節があるが、とてもではないがそれとは程遠い子供の体型である。

 

手持ちポケモン

 

ジュペッタ ♀ 特性:おみとおし メガ特性:いたずらごころ

 

ドラパルト ♂ 特性:すりぬけ

 

シャンデラ ♀ 特性:ほのおのからだ

 

ゲンガー ♂ 特性:のろわれボディ

 

ミミッキュ ♀ 特性:ばけのかわ

 

キリ 女 15歳

すながくれ忍軍の頭領を務めていると共に、クワゾメタウン”ひぐれのおやしろ”のキャプテン。凄腕の忍者であり、すながくれ独自の鉄糸(ワイヤー)を用いた体術と忍術は神業レベル。また、卓越した頭脳を持っており、同時並列的に複数の作業ができる、思考が速過ぎて一手二手先、それ以上先を読みながら戦えるなど、戦闘力・頭脳共にサイゴク最強とも言える人物。しかし、重度のコミュ障で人見知りという欠点を抱えており、仮面を付けているときは完璧なキャプテンとして振る舞えるものの、仮面無しではまともに人と話す事すらできないという弱点を持つ。本来の彼女は、ひたむきで純朴な性格。忍者には向いていない性格とされていたが、尊敬する父に追いつきたく、必死で仮面を被って耐え忍んでいる。一方、おやしろの人間は仮面無しでも他者と交流できるように、そして出来るだけ心を許せる相手ができるように、と苦心しており、彼女自身もいずれは仮面無しでも人と話せることを目指しているが、なかなかうまくはいかない。一方、自分の弱い姿を認めてくれたノオトには以前から好意を抱いており、心を許している。付き合ってからも、不器用ながらも積極的にアプローチを仕掛けている。

 

容姿

身長164cm。ハーフのためか、西洋人形のようなブロンドの髪が特徴的。目は緑に近い碧眼。目はぱっちりとしており、どちらかと言えば可愛らしい顔立ち。鍛えているからか、体型は筋肉質でスレンダー。

 

手持ちポケモン

 

メテノ ─ 特性:リミットシールド

 

バンギラス ♂ 特性:すなおこし

 

ルガルガン(まひるのすがた) ♂ 特性:すなかき

 

プテラ ♂ 特性:プレッシャー

 

ダイノーズ ♂ 特性:がんじょう

 

 

ユイ 女 18歳

面倒見が良く、電気タイプの扱いに長けたシャクドウシティ”なるかみのおやしろ”キャプテン。テング団の事件後、ヌシのサンダースに認められたことで、正式にキャプテンとして就任した。非常に前のめりで、尚且つ怒ると怖い。そして、彼女が怒っているときはそれがポケモンにも伝わり、その能力が強化されるという力がある。一方で、耳年増で恋バナが好きな年頃の少女らしい面も持っており、本質は”フツーの女の子”。ガラル地方で積んだ修練から、以前よりも手持ちの力、そしてトレーナーとしての技量が格段に向上しており、キャプテンの中でも既にヒメノと戦っても遜色ないほどの力を持っている。

 

容姿

身長159cm。コードのように束ねた髪を後ろに流している。髪色は、白に近い金。頭頂部には、稲妻のようなアホ毛が立っている。あまり身体に成長が無いことを気にしている。ダボダボの青いコートを着ているが、これはパルデアのとある配信者の影響。露骨に真似るのは恥ずかしいので、襟が首元まで覆い隠しているものを着ている。

 

手持ちポケモン

 

パッチラゴン ─ 特性:すなかき

 

パッチルドン ─ 特性:ゆきかき

 

ユキノオー ♂ 特性:ゆきふらし

 

ランターン ♀ 特性:ちくでん

 

シビルドン ♀ 特性:ふゆう

 

レアコイル ─ 特性:がんじょう

 

 

ハズシ 性別不詳 39歳

炎タイプ使いの、ベニシティ”ようがんのおやしろ”キャプテン。頼れる皆のオネエさん。気さくでフレンドリーな性格であり、誰からも慕われる。癖の強い面々が多いキャプテン達の精神的な支柱。「愛」を何よりも重要視しており、ポケモンを育成するにも、人との関係においても、それが大事だと説く。どのような場面でも心的余裕を忘れず、動じることもない。ポケモンバトルには然程力を入れている訳ではないが、一方でポケモンライドの実力は元レーサーと言うこともあり、本物。現在は、ライドポケモンのブリーダーやライドギア教習所の教官など、様々な業務を掛け持ちしており、非常に多忙な生活を送っているが、本人はそれに満足している。最大の武器は人間離れした「視力」。遠く離れた木に止まっている鳥ポケモンの種類まで分かるほど。

 

容姿

身長185cm。長身痩躯で、燃えるような赤い髪を短いリーゼントにしている。リップを塗った、掘りの深い美麗なオネエさん。

 

手持ちポケモン

 

リザードン ♂ 特性:もうか

 

グレンアルマ ♂ 特性:もらいび

 

ソウブレイズ ♂ 特性:もらいび

 

ギャロップ ♂ 特性:もらいび

 

コータス ♀ 特性:ひでり

 

 

ヒルギ 男 24歳 

水タイプ使いのセイランシティ”すいしょうのおやしろ”新キャプテン。亡くなったリュウグウの後任。冷たそうな顔をしているが、実際の所は天然でマイペースな性格。その職業はフィールドワーカー。依頼されるままに、未知なる地や危険地帯の調査を行う冒険家兼研究者であり、これまでいくつもの修羅場をくぐって来た。その実力も、ヌシポケモンと真っ向から撃ち合い、ノオトを苦戦させるなど、まだまだ底が知れない。かつておやしろまいりを完遂させており、また何らかの理由でリュウグウの世話になったらしく、意外とすんなりキャプテンとしては受け入れられた。その言語センスは独特であり、物事を「沸騰」「突沸」や「熱い」「ヌルい」など水と熱に関する用語で例えがち。「蒸し暑い」は彼の中では、最高クラスの誉め言葉。

 

容姿

身長179cm。感情の起伏に乏しそうな顔と、青い髪が特徴的。結構筋肉質な体形をしている。顔だけならば、サイゴク地方トップクラスのイケメンらしい。

 

手持ちポケモン

 

セキタンザン(サイゴクのすがた) ♂ 特性:じょうききかん



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリアクリスタル第二章:ミッシング・ラボ
CC6話:その名はミッシングアイランド


 ※※※

 

 

 

 ──メグルの目が覚めたのは、スイクンが水晶の島に接近してからである。

 自分が暗い沖の上を移動していることを察したメグルは、全てを諦めて身をゆだねるのだった。

 全身が痛い。最早ボールからポケモンを出して抵抗するどころではない。

 しかも、よりによってボールが5つしかないのである。あの時オオワザに巻き込まれたアブソルの分だ、と彼は判断した。

 

(さあ困った……ヘイラッシャは居る……だけど、こんな冷たい夜の海に投げ出されたら心臓麻痺で死ぬね。何より抵抗したらスイクンに何されるか分かったもんじゃない。此処は陸地がせめて見えるところで──お、あるじゃん)

 

 この洋上で落っこちたら、いよいよ待つのは死のみである。

 メグルは、偽スイクンから落ちないように体を掴む。

 そして──彼の視線の先にあるのは、全面が水晶に覆われた奇妙な島だった。

 

(何だありゃ……! あんな面白おかしな島があったのか!)

 

 ──水晶の島の全面は、鉱物に覆われている。

 ドーム状の透明な障壁が水晶化しているようだった。それぞれは六角形のハニカム状になっており、メグルを乗せた偽スイクンが近付くと、障壁の一部に穴が開き、招き入れられる。

 そうして、入り込んだ先に広がっているのは、島の外からは水晶によって決して確認出来ない広々とした世界だった。

 空の色は斑。そして、宙には泡のようなものが浮かび上がっている。

 だが、そんな中でも、森林が、湖が、山が、そして──遠巻きだが町が見える。

 尤も、それらも水晶が浸食するように表面を覆っているのであるが。

 

(どうなってんだ!? 水晶の中に、これだけの地形が広がっているのか……!? でも、外からは全く何も見えなかったのに)

 

「すすいー」

 

 そのまま、湖の上に着地するスイクン。

 しばらく、先程のように軽やかに水の上を疾走する。

 何処まで連れていかれるんだろう、と戦々恐々していたが──それが分かる前に悲劇は訪れた。

 

 

 

 突然、スイッチが切れたかのようにスイクンの身体が消滅したのである。

 

 

 

「──は?」

 

 

 

 ドボン。

 湖の中にメグルは投げ出される羽目になる。

 冷たい水が服の中に染みこみ、錘と化す。

 いきなりの事で暴れ、溺れそうになるメグル。

 

「わっぷ、わぷ!?」

 

 しかし以前ノオトから教わった言葉を思い出す。

 

(水に落っこちた時って、暴れるとかえって沈みやすくなるんスよ、余計な体力使うし。背中で浮かび上がった方が身のためッスよ。後、靴は脱がねえほうが良いッス)

 

 大の字に手足を広げ、水面に浮かび上がるのだった。

 だが、これでも水を吸った服の所為で思ったように身体が動かないし、気を抜くと沈んでしまう。

 

「はぁ、はぁ、死ぬかと、思った……クソッ……」

 

 幸い此処から岸は然程遠くはない。だが、泳ぎ切る前に力尽きてしまう。

 故にポケモンの力を借りる必要があった。

 

「……つー訳で出番だヘイラッシャ」

「ラッシャーセイ!!」

 

 メグルは腰のボールのうちの1つを手に取り、投げ込む。

 出てきたヘイラッシャは「何がどうしてこうなった?」と問いたい様子でメグルを水中から覗き込んでいたが、一先ず主が溺れるかどうかの瀬戸際と悟ると、そのまま水中から彼の背中を押し上げるのだった。

 

「……た、助かった……そのまま陸地まで運んでくれ」

 

 岸に上がった時、もう服は水を吸いきっており、身体は冷え、そして身体は重くなっていた。

 防寒着を脱ぎ捨てて抱える。幾らヘイラッシャが居ると言えど、陸地から遠い場所でスイクンに抵抗しなくて良かった、とメグルは本気で自分の判断に感謝するのだった。

 幾らヘイラッシャが居ると言っても、倒したと思ったらオオワザを撃ってくるような怪物と戦う自信は無い。

 

(それにしても……何だ此処。何処に行けばいいんだ──ぶえっくしょい!!)

 

 外は冷え込む。

 身体が濡れている所為なのであるが。

 陸地に辿り着いたのは良いが、何処となく周囲は薄明るい。

 空は案の定水晶に覆われており、此処から外壁は歩いていくと結構遠そうだし、そこまで辿り着く気力もメグルには無かった。

 

(スマホロトムは……圏外か)

 

 これでは連絡を取る事すら出来ない。

 あの場に居たアルカに、せめて無事を伝えたいのであるが。

 遠巻きには──建物が見える。外壁の近く──即ち海辺の為、そこに町があってもおかしくはないのであるが。

 

(だとしたら、此処は何処なんだ……?)

 

 町がある以上は、何処かの地方ではないか。

 そして、町に行けば何かヒントがあるのではないか、と考える。

 人が居るならば、猶更だ。

 

(それまで、辛抱だ……!! 気を強く持て、俺……!!)

 

「ふぃるふぃー……?」

 

 ぽん、と音を立てて中からニンフィアが飛び出す。

 こちらを不安そうな顔で見ている。

 彼女は一番の相棒だ。一先ず、分かる範囲で今の状況を話すことにする。何処まで伝わるか分かったものではないが。

 

「……悪いニンフィア。さっきのスイクンに、ヘンな所に連れて来られちまったみたいだ。アブソルもいねーし、アルカのヤツも居ない。だけど……何とかするぞ」

「ふぃー! ……ふぃ?」

 

 ──しかし、そこは流石凶悪毛玉。不安よりも先に、自分の天敵とも言えるアルカ、アブソル、そしてデカヌチャンが居ないことが何を意味するのかを察した。

 「あれ? 今こそ主人を独占するチャンスでは?」と。

 

「ふぃるふぃー♪」

「あの、ニンフィアさん? 凄く機嫌良くない?」

「ふぃー? ふぃー!」

「……そうだ。ニンフィア、ちょっと協力してくれるか?」

「ふぃ?」

 

 メグルはスマホロトムのボックス機能を起動する。

 そして、以前ニンフィアに覚えさせるだけ覚えさせていた技を彼女に再習得させた。思った通りに上手くいくかは分からないが、やるだけのことはやってみることにする。

 

「”マジカルフレイム”!」

「ふぃー!」

 

 ふぅっ、と彼女はメグルの目の前に炎を浮かび上がらせる。魔法の炎を燃え上がらせる”マジカルフレイム”だ。

 

「……助かった……あったけぇ……」

「ふぃーあ♪」

 

 服を脱いで乾かしながら、手を近付けるメグル。

 魔法の炎だが、暖かい。しかも、空中に浮いているので、燃え広がる心配も無い。

 濡れた身体を乾かし、一頻り温まったところで、彼はニンフィアをたっぷりと甘えさせてやり、次の行動に映る。すっかりご満悦の彼女は足元で満足そうに丸まっていた。

 

「さて、と人が居そうなところを探すしかないよな」

「ふぃー?」

「この島の事も知りたいし」

「ふぃー!」

 

 彼女はメグルの肩に乗っかる。

 バッグの中身は幸い無事だ。濡れてしまっていて、使い物にならなくなってしまっているものもあるが、回復薬は別でポーチに入れているので無事だった。 

 さっきの戦闘で倒れたアヤシシをポーチの”げんきのかけら”で回復させると、そのまま上に跨る。

 

「アヤシシ……このまま街の方まで一直線、駆けてくれ!」

「ブルトゥ!」

 

 メグルは体を摩りながらライドギアのハンドルを握り締める。

 主人の窮地を察してか、アヤシシは脚部の鬼火を爆発させると、その勢いで町まで走り始めるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「アルカさんっ、平気ッスか!?」

「……平気なわけないよ」

 

 

 

 エンジュのポケモンセンターに駆け付けたノオトは、漸くアルカと合流することに成功した。

 

「──ボクの目の前で……連れ去られていったんだ。助けに行かなきゃ……メグルの居場所は分かったの!?」

「落ち着くッスよ、既に座標は確認してるッス。後は──オレっち達でメグルさんを助けるだけッス」

「……ボクも行くよ!」

「なかなか熱い女だな」

 

 そう言って、遅れてポケモンセンターに入って来たのは、アルカにとっては初対面となる長身の男だった。

 その冷たい視線に、彼女は思わず冷や汗。あのイヌハギを思わせるものだったからである。

 

「……その人は?」

「セイランの新しいキャプテンのヒルギさんッス」

「宜しく頼む」

「……ど、ども……」

「お前がヒャッキの娘か。……熱いのは良いが、話を先に聞いていけ」

「……話って?」

「メグルは伝説のポケモン・スイクンに乗せられたまま、機械と水晶の孤島”ミッシングアイランド”に連れ去られた」

「ミッシングアイランド……?」

「島の正式名称ッスね」

「公式記録から抹消されて”なかったことにされていた”島。その筋の人間からは水晶の島と呼ばれている」

 

 ヒルギの話によれば──この島は周期的に浮上と潜水を繰り返しているのだと言う。

 それは、島の存在そのものを隠すために島自体をドーム状のバリアで覆い、海に隠れる為の機能だったのだという。

 

「待ってよ。それじゃあ島がまるで潜水艦か何かみたいじゃん」

「そうだ。ミッシングアイランドは、かつてとある研究組織が実験の為に造っていた巨大メガフロート。かのマリゴルドが、デイドリームを作る上で技術を引用したものの1つ……言わばデイドリームの試作品と言っても良い」

 

 国際警察がマリゴルドにミッシングアイランドについて取り調べたところ、様々な情報が得られたのだと言う。

 先ず、GSカンパニーが少なからず、この島の開発に資金を出していた協賛企業だったこと。

 公にはエーテルパラダイスから技術引用した一方で、デイドリームの中核部分や人工ビオトープなどの技術は、このミッシングアイランドから着想を得ているとのことで、事実両方で開発に携わったスタッフも居るのだと言う。

 だが、それらは全て表には出ておらず、公式ではミッシングアイランド自体が無かったことになっている。

 

「デイドリームの試作品……成程、話が繋がったッスね! そりゃあそうか、あんなでっかいメガフロート、一発で作れるわけがねえッス」

「でも待って。何でそんな人工島、誰も知らないの?」

「秘密裏に作っていたからだ。表向きはリゾート型メガフロートだったデイドリームとは違い、ミッシングアイランドは──存在そのものが後ろめたいものだったのさ」

「……その目的って……」

「──()()()()の精製だ」

 

 最近、ノオトとキリが解決に当たったBURST細胞事件。あの武器商人たちが作っていたBURST細胞の原材料は、メタモンを使った万能細胞だった。

 万能細胞の定義は分かれるが、彼曰く──それは、ありとあらゆるポケモンの臓器になりえる素質を持つ細胞なのだと言う。

 もし、培養に成功すれば、事実上すべてのポケモンのクローニングが可能であるとまで言われている、文字通り禁断の技術である。

 

「万能細胞なんて作って、一体全体何を作ろうとしてたんスかね?」

「さあな。長らく海中に沈んでいた事、そして記録抹消によって、誰にも知られることがなかった極秘の遺伝子実験の痕跡が残っているはずだ」

「何で記録が抹消されていたの?」

「関係者による隠蔽。そして、ミッシングアイランドそのものが海中に潜伏していたからだ。更に、レーダーに映らないステルス機能から、国際警察は”あるはず”のそれに長らく気付かなかった」

「じゃあ、中ではまだ実験が続いてるってこと!?」

「……否、マリゴルドの証言によれば、一度ミッシングアイランドは放棄されたらしい。どうやら大規模な事故が起こったのだという」

 

 ──まとめると、ミッシングアイランドは潜水可能なメガフロート。内部ではかつて、万能細胞を作るための遺伝子実験が行われていた。その性質から長らく存在自体が都市伝説とされていたが、マリゴルドの逮捕と彼の証言によって、協賛企業と組織の存在、そして事故が起きて一度は確実に放棄されたらしいことが明らかになった。

 だが、こうして浮上した以上──ミッシングアイランドは未だに稼働状態にあること。そして何者かが動かしているであろう可能性が浮かぶ。

 

「何より恐ろしいのは──ミッシングアイランドは未だに動いている点だ。何故浮上したのか。誰が動かしているかは分からない。しかし、良からぬことであることは確かだ」

 

 今世を騒がせている伝説ポケモンの偽者とも無関係ではない、とヒルギは考えている。現に偽スイクンは、巣に戻るかの如く島に向かっている。

 

「猶更……早くメグルを助けなきゃ。こんな所でお喋りしてる場合じゃない!」

「意気込みは良いが──過酷な探索が予想される。ヌルい覚悟では、立ち向かえない」

「……その言葉。ボクの境遇を知ってるなら、絶対に言えないよ。どんな辛い試練だとしても──ヒャッキでの日々に比べればなんてことない!」

 

 ヒルギはアルカの目を見つめる。

 そして、その中に何かを見出したのか納得したように振り向いた。

 

「熱いな。嫌いじゃあない。お前にそこまで火をつけるメグルという男がどんなものなのか、是非見てみたいものだ」

「ッ……良いの?」

「ああ。ところで質問が1つある」

「な、何?」

「そのメグルという男とお前、デキているのか?」

「ん”にゃっ……」

 

 ズバリと言い当てるように言われ、アルカは顔を真っ赤にしてしまう。

 

「な、何なのさーッ! 関係ないよね!?」

「関係ある。()()()()()は、過酷な冒険に於いて重要だ」

「ヒルギさん、人のプライベートにずかずかと踏み込むモンじゃねーッスよ」

「……そうか?」

「そうだよっ! た、確かにメグルはボクの……彼氏だけどさ!」

「元より俺はお前を連れていくつもりだ。テング団討滅に関わり、デイドリーム事変でも活躍したお前達に、俺は興味を持っている。尤も、足を引っ張るようなら置いていくが──」

「むがっ、足なんて引っ張らないよ!!」

「なら、そのままの勢いで居ろ。……全ての準備は船内で出来る。付いて来い」

 

 そう言って彼は先にポケモンセンターから出て行ってしまうのだった。

 

「──な、何だろあの人……悪い人じゃないんだろうけど……いちいち腹が立つなぁ。一体、何考えてんだろ」

「いーや? 何にも考えてないだけッスよ」

「え”」

「あの人……ド天然でドマイペースで、デリカシーの欠片もねーんス。キリさんにも似たようなこと聞いて、クナイをブッ刺されてたッスからねぇ」

「ええ、命知らずだな……てゆーか、キリさんって恋人居るの?」

 

(しまった、要らねえこと言った……)

 

 まだメグル達にはキリの正体や、その背景の事情について説明していなかったことをノオトは思い出す。

 姉にはカミングアウトした後だったので、ついついそのノリで言ってしまったのである。

 

「それはさておきっ! またアルカさんと冒険できるなんて思わなかったッスよ。今回はちょっと変則的な形ッスけどね」

「……だね。ノオトは良いの? キャプテンの業務とか色々あるんじゃない?」

「サイゴクからキャプテンを派遣するにあたって、最適解がオレっちとヒルギさんだったんスよ。ヒルギさんは元々、職業冒険家。あのメガフロートの調査を依頼されてたみたいッス。そしてオレっちは、おやしろを守る代わりが居るッスから」

「自分から買って出たの?」

「そういうことッス! そりゃあもう、当然ってモンッスよ!」

 

 これでも、名乗りを上げた時は少し揉めたことをノオトは思い出す。

 ヒメノは代わりに自分が行くと言っていたし、キリも筆頭キャプテンである自分が行くと譲らなかった。

 ハズシも年長者として名乗りを上げたし、ユイも手を上げていた。

 しかし結局、それぞれがおやしろを空けたときに生じる不都合を考えると、ノオトに軍配が上がったのである。

 というのも、よあけのおやしろにはキャプテンが二人居り、ノオトが居なくとも運営自体は問題なくできる事。

 ノオトの実力も最近めきめきと上がっていること。

 何より、直近で胃潰瘍を患っており、今も胃薬無しでは生活できないヒメノでは冒険に耐えられるとは到底思えないこと。

 この事から結局ノオトが向かうことになったのである。

 

(ま、キリさんには相当心配掛けちゃってるんスけどね……)

 

 ──ノオト殿、絶対に帰ってくるでござるよ。自分なら替わりが居ると思って手を上げたわけではないとは思うでござるが……!

 

(大丈夫。オレっちは、一人じゃねーッス。それに──メグルさんのピンチに立たなきゃ、男が廃るってもんっしょ!)

 

「アルカさん。よろしく頼むッスよ」

「……うん。こっちこそ、隣は頼んだよ、ノオト」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC7話:ラボラトリ・レジストリ

 ※※※

 

 

 

「……んだ、此処? 民家らしき建物じゃねえよな、これ」

 

 

 

 今こそ朽ちているが、新築の頃は潔癖な程に白い建物だったのだろうと言うことが分かる。

 そして、建物の規格、大きさは均一で、生活感が感じられない。

 入り口は全部シャッターで閉められてしまっており、入れないようだった。

 窓が割れているので覗いてみたが、割れたビーカーや試験管が散乱しているのが見えた。

 

(町じゃねえ……こりゃ廃墟だ! しかも、此処にあるのって人が住むための家じゃなくて……研究所?)

 

 何処か薄ら寒いものを感じながらも、メグルは「町」を進んでいく。

 ポケモンセンターやフレンドリィショップといった、人の温かみを感じるようなものは期待しない方が良い、とメグルは考える。

 

(それにしても、さっきから何だ? 見られているような……)

 

「アヤシシ、何か気配、感じるよな?」

「ブルトゥ……」

「いつでも戦えるようにしとけよ」

 

 辺りを見回しながら、ライドギアから降りるメグル。乗ったままでは、すぐにアヤシシが反撃に転じることが出来ない。

 手は汗ばみ、唇は渇いてくる。

 そして次の瞬間、ガラガラと音が背後から聞こえてくる。

 

「──アヤシシ──!!」

 

 振り返り、角を構えるアヤシシ。

 建物の壁が崩れ、瓦礫が転がる。

 だが、待てども待てども、何も出てきはしない。 

 恐る恐る近寄ってみたものの、崩れた壁からは何も見えない。

 経年劣化で壊れただけのようであった。

 

(ンだよ、大山鳴動して鼠一匹……!)

 

 さっき窓から覗いた建物のように、ビーカーや試験管が転がっているだけだ。

 しかし、破壊する手間は省けた。中にある本や、転がっている物の正体も気になる。

 中に入って一通り調べてみることにする。

 散らばっている本は、いずれもレポートや分厚い書籍。

 そして、背表紙には「携帯獣遺伝子工学」や「携帯獣応用生物学」、「遺伝子操作の是非」などなど、生物学や遺伝子工学に関するものばかり。

 その他、難しそうなポケモンの本がたくさん並んでいる。

 

(って事は、此処で研究してたのは生物学……遺伝子工学、つまりバイオテクノロジーって事か)

 

 そして、目を滑らせていくと──その中には「人工ポケモン・ポリゴン」「古代ポケモン改造・ゲノム計画など、ポケモンというゲームをやっていれば引っ掛かるキーワードの名前もある。

 

(……ポリゴンはバーチャル世界で作られた人工ポケモンだったな。ゲノム計画って……これ絶対、ゲノセクトの事だろ……)

 

 メグルの記憶では、ポリゴンは電脳世界と現実世界を行き来する力を持つポケモンで、初の完全人工ポケモンとされている。

 そして、ゲノセクトは古代の化石から復元したポケモンを改造した兵器であり、幻のポケモンだ。

 このような書籍まで置いてあるのを見ると、此処でどのような研究をしていたのか、何となく想像がついてしまう。

 

(ポケモンで遺伝子実験……やっぱり思い当たるのは──)

 

 

 

 ドッガガガァァァーン!!

 

 

 

 考察しようとした矢先、今度こそ何事も無くはなさそうな爆音が響き渡った。それも地鳴りとセットで。

 すぐさまメグルは研究所を飛び出し、無言でアヤシシに飛び乗り、音が鳴った方へと走らせる。

 駆け付けた先は、公園のように開けた場所。そのド真ん中に、先程の爆音を裏付けるかのような大穴が開いている。

 そして、穴を開けたであろうポケモンは、殺意の籠った目で──見知らぬ少女に詰め寄っている。

 ポケモンの全身はピンク色。そして、ずんぐりとした体形で、そこにあるはずの目は鋼鉄製のバイザーによって隠れてしまっている。

 いうなればサイボーグだ。ベースは生体だが、欠落した部分が鋼で補われている半生半機である。

 だが、メグルはこれらの特徴から1つの類似したポケモンの名を導き出す。

 

(あれって──ピクシー!?)

 

 

 

「ピピピピピ……ピポポポポ……ッ!!」

 

 

 

【ピクシー? ????ポケモン タイプ:???/???】

 

 メグルの脳裏にはその名が浮かぶ。

 しかし、その腕は彼の記憶のそれよりも巨大で屈強。

 更に背中にあるはずの羽根が見当たらない。

 

(いや、そっちも気になるけど──)

 

 一方、少女の傍には、ゼリーに包まれた細胞のようなポケモンが倒れている。あのピクシーに似たポケモンに手痛い一撃を受けたのだろう。

 

(ランクルス……! なかなか良いポケモン持ってるな……だけど、あのピクシーみてーなヤツにやられちまったのか!)

 

【ランクルス ぞうふくポケモン タイプ:エスパー】

 

 少女はメグルに気付くなり驚いたような顔を浮かべ「た、助けてください──ッ!!」と声を上げる。

 ぐるぐると腕を回していくにつれて、ピクシーもどきの腕は赤熱していっており、エネルギーが溜まっていることが一目で分かる。 

 この大穴を開けた一撃が人間にぶつけられれば、ただでは済まない。メグルは迷わずアヤシシに指示を出すのだった。

 

「アヤシシ、すてみタックルでピクシーを飛ばせ!! 近付かせるな!!」

「ブルトゥ!!」

 

 すぐさまアヤシシが地面を蹴り、そのポケモンに向かって跳ぶ。

 体全部を使った渾身の一撃だ。

 突貫は見事に決まり、異形のそれを吹き飛ばす。そして、側溝に腕が嵌まり込んでしまったのか、それを引き抜くのに手間取っているようだった。

 

「しめた!!」

 

 その隙にメグルは、へたり込んでいる少女の手を引いて叫ぶ。逃げるタイミングは此処しかない。

 

「逃げるぞ!!」

「は、はいっ……!」

 

 少女はボールを取り出して、ランクルスを引っ込める。

 そのまま、戻って来たアヤシシにメグルは飛び乗り、少女も後ろに乗っかる。

 ピクシーもどきが起き上がろうとする最中、アヤシシは後ろ脚の鬼火を爆発させてその場から素早く離脱するのだった。

 ともかく、この町の中に居れば却って危ないと言う事だけは分かる。

 メグルはアヤシシを走らせ、走らせ、そして──さっきの湖の近くまで戻ってくるのだった。

 

(結局逆戻りじゃねえか……!! 折角町を見つけたかと思ったのに、まーたよく分からないパチモンみてーなポケモンが出てきてるし……!! まあ、人が居たのは幸いっちゃ幸いだけど……)

 

「おい、大丈夫か? 怪我は無いか?」

「だ、大丈夫……です。助けていただいてありがとうございました」

 

 少女をアヤシシから降ろす。

 長い黒髪が目を引き、上品で清楚な印象を受けた。

 頭にはカチューシャが付けられており、風貌だけならば何処かのお嬢様と言われても不思議ではない。

 服装は白いパーカーに黒いインナーにスカート。ポケモントレーナーらしい動きやすい服装だ。背中にはリュックサックを背負っている。

 

「……貴方は、どうやって此処に?」

「ああ、信じられねーかもしれないけど、ポケモンに連れて来られちまったんだよ……そういう君は、何でこんな所に居たんだよ?」

「……いえ……貴方と同じですね。私もポケモンに連れられて、いつの間にか……」

 

 確かに伝説のポケモンのコピーなら他にもいてもおかしくはないのか、とメグルは納得した。

 

「良かった、同じ境遇の人間が居て安心した……えーと……俺はメグル! サイゴク地方のポケモントレーナーだ。あんたは?」

「ッえ、えと……カルミア。カルミアと申します。出身はカントーです。その……旅のポケモントレーナーをしています」

 

【カルミア ポケモントレーナー (17)】

 

 髪を指でいじりながら少女は言った。あまり人と話すのが得意ではないのか、目を逸らしている。

 しかしメグルが知る限り、これを遥かに上回る人見知りが居るので全く気にならなかった。

 しばらく黙りこくっていた彼女はぽつり、ぽつり、と話し始める。

 

「……先程は助けていただいてありがとうございます」

「一体、何があったんだ? 何であのピクシーみたいなポケモンに襲われていたんだ?」

「……脱出の手掛かりを探していたんです。この島の外周部はハニカム状の障壁に覆われていて、ポケモンの技でも壊せませんでした」

「そうだったのか……俺も、外周部に行こうと思ってたんだが、ポケモンの技でも壊せないなら別の方法を試さなきゃな」

 

 あのスイクンはあっさりと内部に入ることが出来たものの、出るのは難しい。となると承認が無ければ入る事が出来ないのだろう、とメグルは考える。

 しかし奇妙な島だ、と彼は考える。障壁に結晶が纏わりついていたことと言い、そのようなドーム状の障壁が展開されていることと言い、島自体に大規模な改造が施されているのだろう、と彼は考える。

 

「力づくで突破出来ないならば、せめて何かヒントが無いかと、あの町を探索していたら、一際大きな研究所を見つけたんです」

「一際大きな研究所? 研究所っぽい建物ならあちこちにあったけど、もっと大きいのがあったのか」

「はい……そこなら何か手掛かりがあるだろうと思って入ったら……電源が入っているコンピューターを見つけたんです」

「コンピューター?」

「大きなモニターがあるパソコンです。私は、その中身を見ようとしたら──途中であのポケモンが出てきて……」

 

 曰く。ランクルスは決して生温い鍛え方をしていたわけではないが、それでもあのサイボーグのようなピクシーの攻撃の前では太刀打ちできなかったらしい。

 外まで追いかけ回され、そのままランクルスも殴り倒されてしまったのだという。無理もない、とメグルは考える。地面にあれだけのクレーターを開けられるポケモンだ。

 

(ピクシーは耐久向けのステータスだが、あのサイボーグは……ほぼ別物と思って良いな。原種が殴ってもあんな穴は開かねえだろ)

 

「成程、大体分かった。島の情報だとか手掛かりだとかは、そのデカい研究所のパソコンにありそうだな」

 

 町の中にあった施設は荒廃しきっており、手掛かりになりそうなものはあまり無かった。

 

「だけど、あのピクシーボーグが邪魔をしている。だから、あいつを倒す必要があるわけだ」

「は、話が早くて助かります……」

「ポケモントレーナーだからな。多分あいつは、俺一人でも手に余るだろうし……二人掛かりで戦った方が確実だろ」

「良いのですか? 見ず知らずの私に協力して……」

「互いに困ってるんだ。助け合うのが筋ってもんだろ。俺も早いところこんな所出たいしな」

 

(出たいけど……それ以上に気になることがあまりにも多すぎる)

 

 何より先程、研究室で得られた情報と、あの奇妙なポケモンについて考えると嫌な予感が頭に過る。

 此処で行われていた研究の()()が、あのサイボーグなのではないか、と。否、確実にそうだ、とメグルは考える。

 とはいえ研究員らしき姿はなく、むしろ一度研究所は放棄されているようにすら思える。それどころか人の気配すらない。この島はあまりにも不可解な事が多すぎる。

 

(まだ憶測に過ぎねえけど……いや、憶測であってほしいが……あのコピーみてーな伝説のポケモンも、()()()()()なのか? ()()()()()って意味の)

 

 分からない事は、あまりにも多い。だが、憶測だけだ。情報が現時点ではあまりにも少なすぎる。

 先ずはあのピクシーのようなポケモンを突破しないことには先に進むことはできない。

 最大の脅威は、地面に穴を穿つことができるほどの怪腕だ。ぐるぐると腕を回しているときに腕が赤く熱されていたのを見るに、最大限まで力を溜めた打撃は恐ろしい威力となることは想像に難くない。

 しかし、動きは鈍重で、アヤシシの不意の突進に対応できない程度である。

 

(タイプはなんだ? 鋼っぽいパーツが付いてたし鋼タイプあるのか? ピクシーはフェアリータイプだけど……鋼付きなら、相当厄介だぞ)

 

「あの……考え込んでどうしたんですか?」

 

 カルミアがメグルの顔を覗き込む。

 いきなり座り込んで唸り出したので、気になってしまったようだった。

 

「え? ああ、さっきのピクシーみてーなポケモンを倒す方法を考えてたんだ。……そうだ!」

「な、何でしょう?」

「君の連れてたランクルスの技! あいつに効いてたかどうか知りたいんだけど」

「……エスパー技は……かなり手痛く通用しているようでした。ただ、怒らせた後の猛攻が凄まじく……ランクルスのスピードでは追いつけなくって」

 

(そういやランクルスってSが30しかねーんだった……ピクシーは60だから、倍近く差を付けられてるな)

 

 ピクシーを下回る超鈍足ポケモンである以上、無理もない。

 しかし同時にエスパーが効果抜群であることは大きな材料だ。

 

(鋼は無いな……エスパーが抜群突けるのは格闘、そして毒! ただ、見た感じは毒っぽい感じはしなかったから、格闘タイプ……!)

 

 そして、メグルのパーティで格闘に弱点を突けるのはニンフィアとアヤシシである。

 ニンフィアの防御は低いので、超火力の物理技には極力警戒して戦わなければならないが、ハイパーボイスをぶつければ大きくダメージを与えることが考えられる。

 一方、アヤシシは耐久力が高いことと、ゴーストタイプであることから打ちあいならば先ず負けることはない。

 

(適任はアヤシシだな……ダメならニンフィアに交代すれば良い。あのぐるぐるパンチの溜めは長そうだし、その隙を突けば、一撃で倒すことができるかもしれない。何なら捕獲してみるか? 調べてみたら、何か分かるかもしれないし)

 

「なあ、君! 他に手持ちは居ないのか?」

「居るには居ます……後2匹程」

「合計3匹か……数は申し分ないな。それに、ランクルスなら弱点を突くことができるだろうし」

「えーと……勝算はあるんですか?」

「ある!」

 

 ──って、自信満々に言って出ていった矢先だったんだよな、あの偽スイクンにしてやられたのは。今度はもう、油断しない!

 

 今度はもう油断するまい、とメグルはオージュエルをなぞった。

 相手がオオワザを使ってくる可能性も考えて、何時でもオーパーツを準備しておくのだ。

 

「相手の動きはそんなに素早いわけじゃないしな」

「ですが、あの腕の火力は脅威ですよ? ランクルスも腕の一撃でフッ飛ばされてしまって……」

「きっと格闘技じゃないタイプの技で攻撃されたんだろうな。だから弱体化させる。徹底的にな」

 

 メグルはアヤシシに目配せする。

 いつも通りに、と言わんばかりに彼は頷くのだった。

 

 

 

「勿論、カルミアにも手伝ってもらうからな!」

「そう上手くいくんでしょうか……?」

 

 

 ※※※

 

 

 

「くしゅんっ……なんかわからないけど……メグルが()()()に捕まってる気がするッ!!」

「いや、流石に気の所為っしょ」

「ねえヒルギさん! 向こうに着くのって」

「まだまだ先だ」

「ええ……」

 

 高速クルーザー、ミッシング島に到着するまで残り6時間──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC8話:ミッシング・ナンバー

 ※※※

 

 

 かつて私は星だった。

 欠落したのは羽根。水晶の檻から出る為の羽根。空へ上る為の羽根。

 妖精の神秘は失墜した。

 領域を侵す侵入者を排すは、意思なき鉄槌にして星の使徒。

 

 

 

──剛腕の”ミッシング・ナンバー”?????

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ピクシーもどきは、広場からはもう居なくなっていた。

 カルミアの言っていた巨大な研究所に戻ったのだろう、と判断したメグルは、彼女の案内で例の場所へと赴く。

 成程確かに他の施設と比べても一際大きい。大学の建物のようである。

 シャッターは既に開かれているが、横には電子キーらしきものがあった。

 元々閉じられていたのか、それとも開きっぱなしになっていたのかは分からない。

 そして研究所の看板には「Select Laboratory No.1」と書かれているのだった。

 

(セレクト・ラボラトリィ……ナンバー1……?)

 

 これが研究所の名前か、とメグルは考える。

 恐る恐る中に入っていき、エントランスを突っ切っていく。

 コンピューターがあったらしい部屋は、4階の研究室らしい。

 だが、その近辺を守るように、あるいは侵入者が現れれば排除するように、あのピクシーは徘徊しているのだろう、とメグルは考える。

 しかしまあ薄暗い。そして、実験室の床は何かが暴れたような後で破壊され尽くしている。

 

「内部は危険な薬品が気化している可能性があります。マタドガスの近くから極力離れないで」

「ガラルマタドガスか。ランクルスと言い、カントーに居ないポケモンばっかり持ってるんだな」

「はい……父から貰ったんです」

 

【マタドガス(ガラルのすがた) どくガスポケモン タイプ:毒/フェアリー】

 

 このガラル地方特有のマタドガスは、吸い込んだ有毒ガスを体内で浄化して煙突から吐き出すという習性を持つ。危ない薬品が気化していても、マタドガスが居れば、難を逃れる事が出来る、と彼女は言う。

 

「それにしても酷いな……」

「先程の戦闘で……ボコボコに……」

「じゃあ、あのピクシーもどき、いっつも暴れてるわけじゃねえんだな」

「恐らくは……」

「侵入者が来たから、襲って来たって感じだな。既にこっちの動きが察知されていてもおかしくない」

「……どうしましょう」

「要は不意を突かれなければ良いだけだ」

 

 腰を低くして通路の先を常に確認しながら、敵がいないかを探る。

 中はもう誰も使っていないのか荒れ放題。

 床は薬液でぐちゃぐちゃ。資料であろう紙がばらばらに散らばっている。

 実験台には、薬液が入っていた瓶が並べられている。それらが何なのか、メグルには全く分からなかった。

 

「理科の授業でも見たことが無いようなものばっかりだ……! カルミアは、こういうのに詳しかったりするのか?」

「い、いえっ、父が詳しかったくらいで……実際に見るのは初めてで」

「その割には落ち着いてるな。肝が据わってるっていうか」

「……これでも、ポケモントレーナーですから」

 

 しばらく進むと、モンスターボールを入れていたであろう大きなケースが見えて来る。

 無造作に置かれている段ボール箱。そして、報告書の数々。

 試しに1枚、メグルは報告書らしき紙をまとめたそれを手に取る。

 

「何々……?」

 

『実験記録

細胞●出変換

種族名:●ダック

部位:●臓

飼育●所:エリア2水槽

経過:細胞分裂後、投薬に●り変異●確認。しかし、●秒後に細胞は全て死滅。』

 

『実験記録

細●抽出変換

種族名:コダック

部位:心●

飼育場所:エリア2水槽

経過:細胞分裂後、●薬により変異が確認。しかし、数秒後に細胞は全て死滅。』

 

『実験記録

細胞抽出変換

種族名:コダック

部位:右上腕部筋肉

飼育●所:エ●ア2水槽

経過:細胞分裂後、投薬により変異が確認。しか●、数秒後に細胞は全て死滅。』

 

 写真で見ただけでは最初ピンとこなかったが──それらが細胞を映した顕微鏡写真であることが分かった。

 そして、淡々とした文体で最初は何のことやらと考えていたメグルは、それが解剖したポケモンの部位から採取した細胞を薬品に漬け、どのような変異を辿るかといった実験を行っていたことを悟る。

 

(動物実験か……!)

 

 メグルは──ふと、目の前にある手術台に視線を向ける。

 何を此処で行っていたのかは、想像に難くなかった。

 

(バラしてたんだな……此処で……)

 

 実際、このような動物実験の先に薬などが出来る事は流石にメグルも分かっている。

 だが、本当に製薬のための実験だったのだろうか、と疑問が残る。

 事実この書面ではポケモンの細胞を変異させるのに躍起になっているようだった。

 コダックだけではない。マリルに、トサキント、ゼニガメ。

 これらのポケモンで生死を問わずに実験を行っていたらしい。

 

(意図的にポケモンをウイルスに感染させる実験……投薬して経過を観察する実験……! どっちにしても、ロクな末路は辿らなかっただろうな……!)

 

 そう考えながらメグルは、机に乱雑に置かれていたレポートらしきものを手に取る。

 薄ら寒さを感じながらも、怖いもの見たさが勝っていた。

 そして──彼は激しく後悔する羽目になる。

 

『死●報告書

種族名:●ェルダー

識別個体名:ダー●ゃん

飼●場所:エリア2水槽

経過:投●後、●の変色が起こり、痙攣。数時間後に死亡。

処理:エリア●にて焼却●理』

 

『●亡●告書

種族名:パウワウ

識別●体名:シロ

飼育場所:●リア2水槽

●過:食欲減退、代謝機能の低下。

処理:エリア3にて焼却●●』

 

『死●報告書

種族名:ヒト●マン

識別個体名:ミミー

飼育場所:エリア2水槽

経過:病変により結晶部分が変色。

処理:●リア3にて焼却●理』

 

 捲っていくうちにメグルは耐えられなくなり、それを床に投げ捨てた。

 明らかに弱り果てた後に息絶えたようなポケモンの死骸の写真。そして、病変箇所。

 実験動物が死亡した後の報告書らしいが、写真に写っているポケモンの死骸は、とてもではないがまともな飼育がされていたとは思えない。

 実験後に衰弱したポケモンも居れば、病気になって死亡したポケモン。原因は様々だ。

 しかし、いずれにせよ、直視できるものではなかった。

 

「……ンだコレは……!!」

「だから私も、資料を漁るのはやめたんです……あまりにも、酷くて」

 

 それ自体は、この手の仕事ならば必要な書類であることは分かる。しかし、この部屋に淀む空気。そして当時の姿のままを残し朽ち果てた実験室。

 そして気になる点があるとするならば、此処で飼育されていたポケモンはいずれも水タイプのポケモンばかりという点だ。

 他のタイプのポケモンも無いわけではないが、多くは水ポケモンで占められている。

 これまでの資料から考えるに、普段これらの水ポケモンはエリア2と呼ばれる区域で飼育されていたことが分かる。

 

(普段はエリア2って場所で飼育していたポケモンを、実験する時にこっちに持ってきてたのか……! そして、病気や実験が原因で死んだらエリア3って場所で()()していた……!)

 

 しばらく進んでいくと、今度は「重要書類保管室」とある部屋に辿り着く。

 鍵は開いていた。そこでメグルとカルミアは、段ボールに詰まった書類を漁り出す。

 部屋の外では、アヤシシとランクルスが常に見張っている。

 荒れ果てた部屋の中では、さっきのような報告書やレポートが多数見つかる。

 中には変わり果てたポケモンの姿を映し出したものもあり、直視に堪えないものもあった。

 だが、この島や施設に関するヒントは無いか、と探していくうちに──足元にUSBメモリらしきものが落ちていることにメグルは気付く。傍には、壁時計が落ちていた。

 

(壁時計の裏にUSBを隠していたのか。落っこちて出てきたんだな)

 

 ウイルスが入っている可能性があることは否めなかったが、スマホロトムのセキュリティ機能は強い。もしも支障をきたすようなら、すぐに排出してくれる。

 メグルはケーブルを取り出し、USBに接続。中身のフォルダを探ってみると、音声ファイルのようだった。

 それを再生すると──流れて来るのは、男の声だった。しばらくは他愛のない会話が続いていたが──

 

『そう言えば、またエリア2の方でポケモンが死んだようですな』

『全く、やめてほしいものだな。他の検体にも影響が出る』

『使えん検体が多いと困りますな。飼育スペースにもう少し予算を掛けた方が良いのでは?』

『どうせ死ぬポケモンに金をこれ以上かけてどうする。検体は山ほど居るんだぞ。弱い個体が淘汰されただけだ』

『それもそうですな』

『せめて、万能細胞になって死んでほしいものですねえ。ポケモンもタダじゃないんだから』

『ところで、ミッシング・ナンバーの調整は?』

『成功したのはたったの5例。しかも欠損部位が多く……ですが、エリア4の研究員が処分するには惜しいと言っていまして』

『改造すれば、兵器として運用できる程に強い、か。確かに目標値には到達しなかったが……思わぬ副産物が出来たな』

『欠損部位を補うだけの改造を施せば、アレを上回るだけの力が出来ますぞ』

『ああ。上手くいけば我々だけで決起して、鬱陶しい奴等を皆ひっくり返せるやもしれんぞ』

『それなら無駄死にしたポケモンも、多少は浮かばれるというものですかな?』

『ハハハハハハ……』

 

 ブツリ。

 

 そこで音声データは途切れていた。メグルは不思議と唇が渇いていた。

 カルミアも、慄いた表情が隠せないようだった。

 

「何だよ、これ……」

「……腐ってますね。何処までも」

 

 あの死亡報告書の裏側が自然と透ける。

 命を扱う仕事ならば、生き物の死を繰り返し見ているうちにそれが当たり前になって麻痺してしまうこともあるだろう。

 心を殺さなければいけない時もあるだろう。

 だが、此処にいる彼らは生き物の命を命とすら思っていない。

 ポケモンの死を損失としか思っておらず、今生きている実験動物の飼育にかける予算すらムダとして切り捨てる。

 生物学者としても、命を扱う職業の人間としても三流、杜撰としか言いようがない。

 おまけに、彼らの実験の辿り着く先は、彼らの野望で私利私欲だ。

 

(何匹無意味に死んだ? 何匹無駄に死なせた? ここの実験がどう役に立つものかは俺には分からない。だけど……)

 

 この研究所に居た人間にまともな倫理観を期待していたわけではない。

 だが、それでも胸糞の悪いものが込み上げて来る。

 

(ミッシングナンバーって何だよ。クーデターって何だよ。意味分かんねえよ。こいつら気持ち悪ぃよ)

 

「……カルミア、コンピューターが生きてる部屋って何処だ?」

「地下です。この部屋を通り抜けた先が近道になっていて」

「分かった。さっさと通り抜けよう」

「……そうですね」

 

 メグルは、資料室を後にして、アヤシシをボールに戻した。

 

 

 

(……一つ言えることがあるとするなら──ここに居た連中に、命を扱う資格はねーよ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──辿り着いたコンピューター室には、ピクシーらしき例のポケモンの姿は無かった。

 ほとんどのパソコンは画面が割れて壊れていたが、1つだけ電源が入っており、ディスプレイには複数のフォルダが表示されている。

 めぼしいものは全部で3つ。

 ”ミッシング計画概要”。

 ”ミッシングナンバー利用計画”。

 ”エリアマップ”。

 

「”計画概要”を閲覧している途中で襲われたんです」

「早速見てみるか。もう嫌な予感しかしねーけどな」

 

 中には文書ファイルが入っていた。 

 それを開くと──びっしりと文字が敷き詰められていた。

 全て読むのはかなり骨が折れたが、専門用語を可能な限り使わずに要約すると、以下のようなことが分かった。

 

『我々セレクト団は、選ばれし科学者としてあらゆるポケモンへのクローニングを実現するべく、万能細胞の作製を目的として今日まで研究を続けてきた。

このM万能細胞のMは、全てのポケモンの祖である”ミュウ”に由来するものである。』

 

「万能細胞……? IPS細胞みてーなもんか……?」

 

 ──ミュウ。

 それは、あらゆるポケモンの技を使い、あらゆるポケモンの遺伝子を持つ、ポケモンの生物学上の祖先と言われる存在。

 しかし、その姿を見たものは殆ど居らず、文字通りの幻のポケモンである。

 その僅かな存在の痕跡からクローニングされたのが、本編で伝説のポケモンとして登場したミュウツーだ。

 そして、此処で言うM万能細胞は、人工的に培養した、まるでミュウのようにあらゆるポケモンになりえる細胞であるとされていた。

 

『この研究所での実験の目標は、安定してM万能細胞を作り上げ、理論上全てのポケモンをクローニングのみで再現することである』

 

『セレクト研究団は、水タイプのポケモンの細胞が水に近しい性質を持つため、比較的変異しやすいことを突き止めた。そして、試薬HS-02で細胞に揺さぶりをかけることで、万能細胞を作ることに成功したが、それ以降は全て失敗だった』

 

(水タイプのポケモンで……()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

 メグルの脳裏に、過ったのは初代ポケモンのバグだった。

 ミュウは元々、初代ポケモンの空きデータに入れられた存在だった。

 そのためバグを使えば、このミュウを出現させることが出来たのである。

 その名は──セレクトバグ。「道具の○番目でセレクトボタンを押した後、Bボタン2連打でキャンセルしてメニューコマンドを閉じる」……といった手法で、様々な本来有り得ない事象を起こすことが出来たのである。

 そして、水タイプのポケモンを先頭にしているときにセレクトバグを起こすことで、ミュウを呼び出すことが出来たのだった。

 だが、必ずしも狙ってミュウを呼び出せるわけではなく、その過程で無数のバグったポケモン──通称バグポケが水ポケモンを犠牲に生まれたのだった。

 よしんばミュウが呼び出せたとしても、そのミュウはガワだけで、正常にゲームが動く保証も無かったのであるが。

 

(はー、何の因果かこの研究団の名前も”セレクト”だし……セレクトバグがそのまま組織になったような連中だな)

 

『しかし、万能細胞への変異は未だに安定しない。そこで我々はGSカンパニーやロケット・コンツェルンといった大企業の融資を受け、全ての財力を投げ打ってこのメガフロート”ミッシングアイランド”を海上に建設した』

 

(ロケット・コンツェルン……確かロケット団の表向きの名前か。やっぱロクでもねーんじゃねえか、こいつ等)

 

『島のエリアは5つに分かれ──』

 

 

 

 

 

「ピピピピピ……ピポポポポポ……」

 

 

 

 

 メグル達は飛び退いた。

 先程のピクシーらしきポケモンの鳴き声が聞こえてくる。

 こちらの部屋まで迫ってきている。

 

「……どうしますか? メグルさん」

「こっちから強襲を仕掛ける。コンピューターを壊されたら面倒だし、先に追い出しちまうぞ」

「……分かりました」

「ピピピピピ……ピポポポポポ……」

 

 ぎらり、とバイザーから赤い光が扉の隙間から覗いた──その時だった。

 

「飛び出せアヤシシ!!」

 

 勢いよくアヤシシが扉からピクシーもどきのそれを突き飛ばす。

 不意を突かれたサイボーグはごろんごろん、と通路に転がって起き上がる。

 

 

 

「わりーな、サイボーグ。邪魔されたら困るんだ。今度は……捕獲させて貰うぞ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC9話:嘘

「カルミア!! パソコンのデータを今のうちにスマホに移してくれ!!」

「やってます……ッ!! 完了!! コンプリート!!」

「んじゃあもう、此処に用はねえな!!」

 

 アヤシシが押さえつけているものの、限界はある。

 元がサイボーグだからか、想像以上に疲れ知らずでタフだ。

 広い場所でなければ、あの体躯から放たれる攻撃をよけることは難しい。

 

 

 

「ピピピピピ……ピポポポポポポポ」

 

 

 

 通路にサイボーグ・ピクシーを押し出したメグルは、そのまま雪崩れ込むように研究室へと躍り出す。 

 敵意を剥き出しにした半獣半機の怪物は、腕をぐるぐると回し、計器も机も突き飛ばしながら床を踏み砕き、殴りかかる。

 

「後はテメーを捕獲すりゃあ、全部丸っと解決なんだよな!!」

「ぴぴぴぴぴぴ……ピコココココ、ぴぴぴぴぴぴぴ!!」

「ブルトゥ……ッ!!」

 

 その鉄拳を正面から角で受け止めるのはアヤシシ。

 脚の鬼火を燃やし、爆破させて踏ん張るが、それでも押し込まれてしまう。

 組みかかるなり叩きのめし、巨大な腕をぶんぶんと振り回す。

 

【??????の わざマシン127(じゃれつく)!!】

 

 タイプ一致ではないだろうが、屈強な腕から放たれる技の威力は凄まじい。アヤシシの巨体が壁に叩きつけられ、薬瓶が落ちて飛び散る。

 床にぶちまけられた液体が一気に音を立てて気化していく。

 それを見たカルミアは血相を変え「マタドガスッ!!」と叫んだ。

 がばぁと口が開き、一気に白い霧が周囲に充満するのだった。

 

「マタドガスの吐き出す浄化ガスは有毒性のガスを中和する力がある……!! メグルさん、今のうちに!!」

「ナイスアシストだ!! アヤシシ、まだやれるな!?」

「ブルトゥ……!」

 

 アヤシシは立ち上がり、起き上がるピクシーを睨み付けるが、続け様に敵は頭部を鋼のように硬化させると、ロケットのように突貫してくるのだった。

 

【??????の わざマシン99(アイアンヘッド)!!】

 

 攻撃力は高い。

 速度も決して低くはない。

 だが、攻撃があまりにも直線的だ。

 だから、来ると分かっていればカウンターの姿勢を取ることができる。

 

「今だ……新技だ!! ”しらぬいがえし”!!」

 

 全身に鬼火を纏うアヤシシ。

 角でピクシーを受け止めるところまではさっきと同じ。

 だが、今度は鬼火がピクシーを包み込み、そして──爆ぜて弾き飛ばす。

 

 

 

「ピピピピ……ピポポポポポポ!?」

 

 

 

 鬼火がピクシーの身体に幾つも点る。

 体は焼け焦げ、苦痛でその場を転がるのだった。

 

【?????は やけどした!!】

 

【しらぬいがえし ゴースト 変化技 相手の攻撃技から身を守る。直接攻撃を受けると相手を火傷にする。連続で出すと失敗する。】

 

 いうなれば、サイゴクアヤシシの専用技とも言える技だ。

 鬼火を全身に纏う事で、直接攻撃を仕掛けてきた相手を火傷にする強力なオマケ付きだ。

 火傷状態になったポケモンは、物理技の威力が半減してしまい、火力面は落ち込んでしまう。

 こうなった以上、ピクシーの攻撃は最早痛くも痒くもない。ポケモンバトルにおける半減はそれだけ大きい。

 

「よっし、これならいける!! アヤシシ!! ”バリアーラッシュ”!!」

 

 エスパー技の効果が抜群なのは分かり切っている。

 後は、障壁を展開し、勢いに任せた一撃をぶつければ良いだけの話だ。

 ピクシーは吹き飛ばされ、頭から手術台に突っ込み、そのまま巻き込んで倒れていくのだった。

 

「な、何とか……跳ね返したな……カルミア、大丈夫か!?」

「……」

「カルミア?」

「……な、何とか」

 

 へたり込んでいたのか、彼女は息を切らせながら立ち上がる。

 

(何だ? 何もしてねーのに、疲れてないかこの子……?)

 

「……メ、メグルさん。今のうちに……あの子を捕獲して──」

「あ、ああ!」

 

 ボールを取り出すメグル。

 ごろん、と転がったピクシーは起き上がる素振りを見せない。

 捕獲するタイミングは今しかない。意を決してモンスターボールを投げ付ける。

 ボールは勢いよくピクシーを吸い込んでいくのだった。

 しかし、激しく揺れるそれはピキピキと音を立てて砕け散る。

 

「ぴぴぽぴぽぴぴぴぴ──」

 

 ピクシーは捕獲されることなく中から飛び出してしまった。

 そして再び荒ぶると、今度は勢いよくメグル達目掛けて飛び掛かるのだった。

 

「ッ……ごめんね。痛いよね……マタドガス、ワンダースチーム!!」

 

 しかしそこにマタドガスが、勢いよく高熱の煙を吹きかける。

 それを受けたピクシーはふらふらと酔ったかのように足をもつれさせると、そのまま通路の方へ一直線に突っ込んでいく。

 間もなく、階段で転んだのか、物凄い音と共に倒れていくのが見えた。

 

「そうか! ワンダースチームは”混乱”の追加効果があるんだったな! これなら──」

 

 ぱたり。

 それくらい軽い音だった。

 喜んでいる間も無かった。

 彼女の軽くて薄い身体は、あっさりと床に倒れてしまっていた。

 一瞬メグルは何が起こったのか分からなかったが、遅れて駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 

「……おい!! おい!! 大丈夫なのか!?」

「……」

「気を失ってる……!?」

 

 こんな状態では戦闘を続行することができない。

 ピクシーを追撃したい気持ちは山々だが、今はそれどころではない。

 すぐさまメグルは肩にカルミアを引っ掛けると、アヤシシの上に跨る。

 

「……アヤシシ飛び出せ!! このまま建物から出るぞ!!」

「ブルトゥ!!」

 

 駆け出すアヤシシ。

 地下へつながる通路の方からはピクシーが起き上がる音が聞こえてくる。

 しかし今は、肩で息をしているカルミアの方が心配になってしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ごめんなさい……足を引っ張ってしまいました」

「謝らなくて良いよ。データは手に入ったんだろ?」

「……抜かりなく、です」

「じゃあ、後は君が元気になれば問題ないな」

「体の方も大丈夫です。……大丈夫だから、気を遣わなくて結構です」

 

 ──湖の畔で、メグルはカルミアを寝かせていた。

 もう夜で冷え込んできたので、ニンフィアに火をつけてもらい、体温が下がり過ぎないようにする。

 ビオトープには木々が生え揃っているので、焚き木の燃料となる枝も集める事が出来た。

 エリア1の町から出たからか、もうピクシーは追いかけて来なかった。今は安全だ。

 

「ニンフィア、ありがとな」

「ふぃるふぃー♪」

「……良く育てられた子ですね、そのニンフィア。貴方によく懐いてるみたいです」

「まあな。とんだじゃじゃ馬娘だから、こうなるまで長かったけどさ。相棒だよ」

「ふぃーあ♪」

 

 にぃ、とニンフィアはカルミアに笑みを浮かべてみせる。

 こいつはあたしのものだから、と誇示するかのようだった。

 アルカ相手ではないので、嫌悪したり威嚇する程ではないようだが、それでも唾をつけることは許さないらしい。

 

「……なあ。あいつを倒すにはきっと、2人の力を合わせなきゃいけないと思うんだ」

「ええ……それは……痛い程分かってます」

 

 火傷こそさせたものの、それでもボールに収まるまであのピクシーは暴れ続けるだろう。

 

「君は俺をサポートしてくれてるし、俺も君と一緒に此処から出たい。だからその上で聞きたいんだけど」

「……?」

「──何でウソ吐くんだ?」

「え」

 

 彼女は口ごもる。

 その指摘が図星だ、と自白したも同然だった。

 

「……わ、私が一体何のウソを」

「君さ、本当に連れ去られてきたのか? カントー、今雪で真っ白だけど」

「ッ……あ」

「そんな格好で旅してたのかよ。豪雪の中を」

 

 妙だな、とメグルは最初から思っていた。

 カントーどころか、あの日本とよく似た列島は今、未曽有の大吹雪に襲われている。

 防寒着が無ければとてもではないが、外に出られはしない。

 だが、彼女の恰好は普通のトレーナー服。太腿も出ているので、この上に防寒着を着ただけでは、あの気候に耐えられるはずがない。

 

「あの真冬の中連れ去られたなら、防寒着を着ててもおかしくないからな」

「防寒着は今、別の安全な所に置いてて」

「服はそうだろうな。だけど、靴は説明がつかない」

「あっ……」

 

 防寒着はメグルのように途中で脱ぐことができるので言い逃れが出来る。

 しかし、靴は話が別だ。メグルでさえ、寒冷地用のブーツを準備してから出ていたし、今もそれをそのまま履いている。

 だが、カルミアは運動靴のままである。

 

「へ、部屋にいる時に連れ去られて……」

「その恰好は部屋にいる格好じゃねえよ。リュック背負って、運動靴も履いてるしな。それとも、連れ去られる時にバッグを回収したのか?」

「……」

「まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()格好みたいじゃねーか」

「……」

「後、初めてこの島に来た割に肝が据わり過ぎてるし、色々詳しかったしな」

「……それで、私をどうするんですか?」

「どうもしねえよ、一緒に此処を出たいし──君が苦しんでるなら、放っておけない。俺は──君とよく似たような目をしたヤツをよーく知ってる」

 

 メグルはカルミアの手を握り締めた。

 

「君はもう1つウソを吐いてる。大丈夫大丈夫だって口では言ってるけど、顔は全然大丈夫じゃなさそうだ」

 

 顔はやつれている。

 メグルとピクシーが戦っている時も、ずっと苦しそうに歯を食いしばっていた。

 

「だけど、君が悪い人じゃないのは分かる。ウソ吐くのがド下手クソな事。そして……あのポケモンを相手にしてる時、すっごく苦しそうな顔をしていたことだ」

 

 ──大丈夫、大丈夫ですから……慣れて、ますから。

 

(重なっちまうんだよ……誰かさんに似ててな)

 

 脳裏に過るのは、自分の辛さを押し隠してでも笑みを浮かべるあのメカクレ女の姿だった。

 彼女もそうだ。自分がボロボロになっても、気遣われまい、弱みを見せまい、と決して自分から弱音を吐くことをしない。

 だから放っておけなくなってしまう。深入りしてでも手を掴まなければ消えて居なくなってしまう。

 カルミアは観念したように……上半身を起こし、メグルの顔を見つめる。

 

 

 

「……ごめんなさい。私は……此処に自分の意思で此処に来ました。この島を再起動したのも……私……」

 

 

 

 ぽつり、ぽつり、と彼女は呟く。

 慣れない事はするものじゃないですね、と彼女は笑みを浮かべた。

 やはりウソを吐くことは得意ではないようだった。

 

「何でウソなんて吐いたんだ?」

「絶対に気持ち悪い……って思われるから」

「気持ち悪い?」

「だって、私自身が一番そう思っているもの」

 

 ふふっ、と自嘲するように言った彼女の瞳には、拭えない絶望が浮かんでいた。

 

「私とミッシングナンバーは……兄弟のようなものなんです。だから……あの子の苦しみは、私の苦しみとなって跳ね返ってくるんです」

「兄弟?」

「……文字通りです。この研究所で遺伝子実験が行われていたのは分かったでしょう? 多くのポケモンの犠牲の上で」

「ああ……まさか」

 

 彼女は頷いた。

 

「ミッシングナンバーは、万能細胞を培養して、既存のポケモンの姿に似せたポケモン。いうなれば、ポケモンのクローンでニセモノなんです」

 

 対比するような物言いだった。

 

 

 

「そして……世界初の人間の完全クローニングの、成功例……試作品492号……人間のニセモノ。人間もどき。それが……私なんです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 私は……ポケモンが好きで、ポケモンの事を調べるのが好きで──生物学を勉強していました。

 父は有名な科学者で、生物学者だった。尊敬してて。色んな事を教わりました。

 遺伝子工学は、ポケモンの新たな可能性を切り開く凄い学問だって……思っていました。

 でも──あの日、全部が変わってしまったんです。

 父は重い病気になりました。何年も何年も苦しんだ末に亡くなりました。

 最後はもう、半ば正気ではなかったかもしれない。

 そうじゃなきゃ、私にあんなこと言えるはずがないですよね。

 

 

 

「私は、私は……これで逝けるなら、後悔はない。だが、心残りがあるとするならば、ミッシング・アイランドに遺したものがあるんだ……私のラボに入ることを許す。そこには、お前が私の最高傑作であることの証明が残っている」

 

 

 

 熱に浮かされながら言った父の言葉を、その時は戯言だって聞き流そうとしたんです。

 だけど、父は私に自分のラボの電子ロックのパスワードを教えたんです。

 あの時の彼の顔は──優しかった頃からは考えられないものでした。

 自慢をしたいような、誇示をしたいような……そんな傲慢さを孕んだ顔だった。あの時の私は分からなかったけど、今ならそうだと思います。

 私は父が死んだ後、ラボに出向き、そこで全ての痕跡を見つけたんです。

 遺伝子実験と研究を行っていたメガフロートのミッシング・アイランド。

 そこでは、万能細胞を生み出す為に無数のポケモンを犠牲にしていた事。

 そして、万能細胞から数例ではあるものの、既存のポケモンによく似たポケモンのミッシング・ナンバーを生み出した事。

 信じられないような記録がそこには残っていました。

 あれだけ優しかった父が、本当はどういう人物だったのか、どんな実験をしていたのか分かるうちに、私の中では父へ、そして遺伝子研究への嫌悪感が湧いていきました。

 でも、そこでやめておけば良かったんです。

 好奇心に負けた私は、父のラボを調べに調べ、ついに彼の手記を手に入れました。

 ずっと前、20年も前の記録でしたが──そこには、にわかに信じ難い文面が残っていたのです。

 

『私には娘が居た。しかし、数年前に病で亡くなってしまった。名前はカルミア。もう一度だけで良い、カルミアに会いたい』

 

 父には、娘がもう1人いたんです。

 でも、彼女はとっくの昔に亡くなっていました。

 

『初の人間全身のクローニング成功例──試作品492号は、私の最高傑作だ。今日から試作品492号の名前はカルミア。新しいカルミア』

 

 私は──父さんの子供じゃなかった。お母さんなんて居ない。最初っから居なかったんだ。

 それどころか、父さんの子供の代わりだった。

 彼が私の成長を喜んでいたのは、自分の作ったものが最高傑作であることが証明されていたから。

 

『新しいカルミアはどんどん育っていく。ミッシング・アイランドは閉鎖されたが、私の研究は間違っていなかった。実験は成功だ』

 

 細胞を培養し、試験管の中で生まれたのが私なんだって思うと、途端に気持ち悪く思えてしまったんです。私自身が。

 

『私と同じように生物学の道を志し始めた。私のクローンだから当然か。将来は私の後継者となるかもしれない。今から楽しみだ』

 

 その時の私の絶望感が分かりますか?

 自分が得体のしれない何かだって知った時の気持ちが分かりますか?

 自分が代替品でしかなかったって知った時の気持ちが分かりますか?

 自分の父が、救いようがない人間だったって知った時の気持ちが分かりますか?

 ……父はやはり愚かな研究者だったのだと思います。いっそ何も言わなければ、私は幸せに父の娘で死ねたのに。

 きっと病に長らく侵されたことで本性が出てしまったのでしょう。

 私は……紛い物なんです。人間の形をした紛い物。本来なら産まれるはずじゃなかったもの。

 じゃあ私は誰? 一体何者? どうやって生まれたの?

 私は──自分のルーツだけは知りたかった。自分の産まれた場所には行ってみたかった。

 私はラボに置いてあった起動キーを持ってミッシング・アイランドに出向くことにしたんです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC10話:タイプ:ゼノ

 ※※※

 

 

 

 その話を聞き終わったとき、メグルは唖然として言葉も出なかった。

 そして同時に、ユイどころかノオトやヒメノと同年代であろう少女が味わった苦悩と絶望に、慄いた。

 背後に巣食うは忌まわしい過去。そして、積み上げられ過ぎた犠牲の数々。

 それが今も尚、彼女の心を蝕んでいることは言うまでもない。

 これまで自分で確立してきたと思っていたアイデンティティも、尊敬していた父の幻想も失い、今の彼女に残るのは「人間の紛い物」というレッテルだけ。

 大好きだった生物学も、今となっては忌むべき技術の導線でしかない。 

 

「私が目指してた科学は……ポケモンを不幸にするものだった。科学が綺麗な事ばかりじゃないとは思ってたけど……幻滅しちゃって」

「……辛かったな」

「……はい」

 

 それだけしか、声をかけてやることができない。

 ごく普通の恵まれた家庭に生まれ、サイゴクに来てからも人間関係に恵まれたメグルには分からない。

 今まで信用して頼りにして来た人間が、とんでもない悪人だったと知ったら?

 自分はその人物の為に利用されるだけの存在だったと知ったら?

 きっと、自分もどうなるか分からない、とメグルは考える。周りのモノを全部信じられなくなるのも無理はない。

 それでも、本人の善性が強いからか、この程度の嘘に留まっているのだろう。あるいは、親が研究者だったのでそれなりに育ちが良かったのかもしれない、とメグルは考える。

 

「ねえ、メグルさん。貴方は……ミッシング・ナンバーの事を……私達の事をどう思いますか?」

「どう? ってのは……」

「気持ち悪いって、思いませんでした?」

「……」

 

 ふふっ、と自嘲気味に彼女は笑う。

 

「……無数の屍の上に築き上げられた偽者。正規品じゃない、神の摂理に逆らった紛い物。私自身が……一番そう思ってるもの。私を作る為に、何人犠牲になったんだろう。何匹犠牲にしたんだろう、って。こんな思いをするなら──私なんて産まれなければ良かった、って思うんです」

「産まれなきゃよかったなんて言うなよ。少なくとも今此処に、君が居て助かってる人が居るんだぜ。君がマタドガスを用意してくれなきゃ薬にやられてたかもしれねーし」

「……こっちだって目の前で死なれるのは嫌だっただけで」

「それに、クローンだか紛い物だか知らないけど──そうやって悩みに悩んでるのは──此処で研究してたやつらに比べれば、よっぽど人間らしいと俺は思うけどな」

 

(クローンと……ミッシング・ナンバー、伝説のポケモンのコピー……人に生み出されたのは……この子の言う()()()()()()()()()()なのは、変わらないかもしれないけど……)

 

 メグルは、目に涙を溜めるこの少女を見て──偽者だから悪というわけではないのだ、と自らに言い聞かせる。

 

(結局、悪いのは生み出したヤツで……生まれた奴らに罪はない……ってことか。そいつらが暴れたり、仲間を傷つけるなら止めなきゃいけないけど──今目の前で辛そうにしているこの子を、俺は……放っておけない)

 

「ッ……だけど私は……クローンですよ? 紛い物なんですよ?」

「産まれが些細な問題だなんて言わねーけど……此処に居た命を命とも扱わないような腐った連中と、俺を助けてこの島の研究に憤ってた君じゃあ、どっちが人間らしい神経してるかなんて決まってんだろ?」

 

 研究の為に無数のポケモンが虐げられることを善しとせず、自分が産まれる為に犠牲になった無数の命に心を痛められる()()()に、メグルは彼女の善性を見出す。

 

「それに──()()()()()()()()。何になるかが重要じゃねえ。何をするかが重要なんだってよ。君はその心を失わないまま、自分のやりたいことをやれば良いんじゃねーかって俺は思うけどな」

 

 ──そもそもキャプテンになって終わりやないんやからな。

 

 そんな言葉をメグルは思い出す。

 かつてリュウグウは言ったという。「キャプテンになるかが重要ではなく、キャプテンになって何を成すかが重要なのだ」と。

 幾ら立派な肩書を持っていても、高い能力を持っていても腐る人間は腐る。

 

「まあ、何だ──悪いのは、君を生みだした奴らで──生まれた君じゃねーよ。だから、あんまり気にすんな……って言われても気休めにもなんねーかもだけど」

 

 ただ一つだけ言えることがあるとするならば。

 

「君ならなれると思う。此処の連中とは違う──優しい科学者に」

「……何で断言できるんですか。私は、悪魔の科学者の細胞から生み出されたクローンなのに」

「誰からも疎まれるような酷い場所で生まれて……それでも死に物狂いで這い上がって、違う場所で受け入れられたヤツを俺は知ってる。優秀な姉貴と同じ役目を与えられて苦しんで……それでも腐らずに努力をひたすら続けて、周りから認められるようになっていったヤツを俺は知ってる」

 

 メグルの脳裏に浮かぶのは──隣で旅をしていた彼らの姿だった。

 

「案外、最初がダメダメでも心持次第で……どうにかなるんじゃねーかなって思うんだよな。君は優しいからきっと此処の連中みたいにはならない。それだけは言える」

「……貴方、フツーじゃないですね。最初は巻き込まれた一般人だって思ってたけど……私以上に肝が据わってませんか。フツーじゃないことに……慣れてる」

「色々あるんだ。言わないだけで、案外誰でもそんなもんかもしれねーぜ」

 

 自分が異世界人であることを思い出しながら、メグルはモンスターボールを握り締める。

 

「それで、君はどうしたい?」

「どう……とは」

「あのミッシング・ナンバーだよ。兄弟みたいなモンって言ってたけど……このままアイツを放っておいても、君には影響は無いんだろ? むしろ、攻撃すれば君にもダメージが跳ね返ってくる厄介な代物だ」

「……助けてあげたい」

 

 ぽつり、と彼女は零した。

 

「……もう、終わった研究所を守る必要なんてない。役目から解放してあげたい。でも、私だけじゃあの子には……勝てない。ポケモンを使ってあの子を攻撃するのは、自分で自分を殴るようなものだから……」

 

 彼女のポケモンは、格闘タイプを含んでいるであろうミッシング・ナンバーに対して有利なはずだった。

 にも拘らず、カルミアがミッシング・ナンバーに追い立てられる結果になったのは、そこだったのだろうとメグルは考える。

 最初に撃ったランクルスのサイコキネシスで、自分にダメージが跳ね返ってきて、まともにバトルすることすら出来なかった。

 むしろ、最後にマタドガスにワンダースチームを撃たせたのは、彼女なりに勇気を振り絞った結果だった。

 

「あいつに与えたダメージは残ってる。出来るだけ君が苦しまないように戦えるように技をビルドすれば良い。ただ……火傷状態にしちまった所為で、もう眠らせることはできないからな……」

「……ミッシング・ナンバーの詳細データは、さっきのパソコンから取り込んでます。もしかしたら、そこから」

「ナイスだ! 有利に戦えるかもしれない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──仮称ミッシング・ナンバー。

 M万能細胞から培養した胚を成長させた人工ポケモン。優れた自己再生機関であるゼノ・コアを搭載し、休眠するだけで傷を癒すことが可能。食事も必要としない。

 外付けバイザーによって、命令を忠実に遂行するプログラムを組み込んでいる。

 既存のポケモンの遺伝子を取り込んだことで、以下の3つのモデルへと変態させることが出来た。

 

 

 ──モデルP

 ピクシーの遺伝子を取り込ませた姿。ノーマル/格闘タイプの力を持つ。

 優れた五感と、屈強な肉体を持つ。腕を回転させることで、凄まじい力を発揮させることができる。

 

 

 ──モデルG

 ゲンガーの遺伝子を取り込ませた姿。毒/電気タイプの力を持つ。

 コアを核に、霧状に変化させた身体を自由自在に変化させることが可能。体は強い毒性を持つ。

 

 

 

 ──モデル●

 <削除済み>

 

 

 技マシンで習得できる技は全て習得することができるが、

 尚、ミッシング・ナンバーのモデル正式名は【タイプ:ゼノ】とする予定。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──削除されていたところや、データが破損していたところもあったが、大まかに上のような事実が明らかになった。

 特に、ミッシング・ナンバーの正式名称はタイプ:ゼノ。

 似たような名前のポケモンをメグルは知っているが、やはり人工ポケモンらしく製品名のような名前である。

 

「成程な。奴がずぅっと研究設備の巡回をしてるのは……顔を覆うあのバイザーの所為なんだな」

「優れた自己再生機関……ということは、火傷ももう治ってるかもしれません」

「なら、もっと話が速い! それより気になるのは……、モデルって形態が3つ存在することだ。他の場所にもこいつに似たヤツが居るのか」

 

 ピクシー、ゲンガー、そして──最後の1つは不明。

 いずれにせよ、このほかにもタイプ:ゼノが存在することを示唆する文面だった。

 しかし。

 

「……いえ。私が確認したのは、あの個体だけです。封鎖されているエリア5以外を回ってみたのですが、タイプ:ゼノはエリア1か……まだ見ぬエリア5にしか居ないと思います」

「んじゃあ、あのピクシーもどきの事だけ考えれば良いのか、それとも中枢とやらがあるエリア5に残りの個体が居るのか……」

「2匹は研究員が撤収した時に、回収されたのかもしれません。長らく人間無しで生き延びていたタイプ:ゼノが死ぬとは考えられないし……」

「それもそうだな……生命力の高さは確かだ」

 

 ミッシング・アイランドの地図データを参照すると、遺伝子研究所があるエリア1、水槽が存在するエリア2、発電所と焼却炉のあるエリア3、ビオトープのあるエリア4、そして──中枢とも言えるエリア5の5つに分かれているという。

 しかし、カルミアは既に3つのエリアを探索しきっており、そこにミッシング・ナンバーらしきポケモンは居なかったのだと言う。

 

「それで……大丈夫か?」

「覚悟はできてます」

「……よーし。それじゃあ、3度目の正直だぜ」

 

 メグル達は、研究所に再び忍び込み、今度はこちらからタイプ:ゼノに仕掛けることにする。

 敵は研究所を徘徊しながら、侵入者を見つけ次第襲い掛かっている。

 それが視覚によるものだとは思えない。

 研究室に再び入ったメグルとカルミアは、それぞれの手持ちを繰り出す。

 先ずは危険な薬品が漏れ出したことを考えて、マタドガスを後ろにステイ。 

 そしてメグルの主要戦力は──ニンフィアだ。

 

「アヤシシの鬼火で弱体化させないんですか?」

「しねえよ、火傷させたらお前が熱い思いするだろ。できるだけあいつを、攻撃にも状態異常にもさせずに弱体化させて、バイザーを剥ぎ取れば良い」

「そんな事、出来るんでしょうか?」

「できるよ。強敵と戦う時の鉄則は、相手を徹底的に弱体化させることだからな」

「ふぃるふぃーあ♪」

「本当に大丈夫なんでしょうか……」

 

 リボンを伸ばし「大丈夫だからね♪」とカルミアの頬を撫でるニンフィア。

 彼女は、メグルの考案した作戦ならば大丈夫だと確信しているのだ。

 

「……万が一の時は攻撃して良いですからね?」

「できればな。だけど、お前もタイプ:ゼノを傷つけたくないんだろ?」

 

 というわけで、とメグルは大きな息を吸い込む。

 

 

 

「おらぁーっ!! タイプ:ゼノーッ!! 俺達は此処に居るぞ、さっさと出てきやがれーっ!!」

 

 

 

 そう叫んで1分もしないうちに──研究室の扉が吹き飛ぶ。

 侵入者を音声で探知したタイプ:ゼノが突っ込んできたのである。

 

「ぴぴぴぴぴぴ……ぴぽぽぽぽぽぽ!!」

 

 ぐるぐると腕を振り回し、既に力は溜め切っている。

 

「ッ……来た!! マタドガス、手筈通りに……”ミストフィールド”です!!」

「ぴっ……!?」

 

 床元は、先程のそれよりももっと濃い霧に包まれる。

 これで暴れて薬品が零れても、即座に浄化されてこちらに影響を与えることは無い。

 そればかりか、互いに状態異常にならなくなるのである。

 

「そんでもって──”あまえる”だ、ニンフィア!」

「ふぃるふぃー♪」

 

 ふわりと跳んだニンフィアは、伸ばしたリボンをタイプ:ゼノに向けてぱちり、とウインク。

 タイプ:ゼノは一瞬怯んだようだったが、すぐさま腕を振り回し、地面に叩きつける。

 だが、先のようなクレーターは出来上がらず、攻撃の威力は明らかに落ちているようだった。

 

「か、かわいい……じゃなかった、攻撃力が下がってる……!」

「次は命中率だ! ”すなかけ”!!」

「”えんまく”です、マタドガス!!」

 

 ニンフィアが砂を撒き散らし、マタドガスが周囲を更に白い煙で包み込む。

 バイザーで覆われた視界は完全にふさがれ、タイプ:ゼノはニンフィアとマタドガスの姿を見失ったようだった。

 後は、タイプ:ゼノを古き役割に縛り続けているあのバイザーだけである。

 ニンフィアは、それを奪い取るべく、一気に煙幕の中へ突っ込むのだった。

 

「リボンで引き剥がせニンフィア!」

「ふぃるふぃー!」

 

 リボンを伸ばし、バイザーを掴むニンフィア。

 しかし、引っ張っても引っ張ってもなかなか取れる様子が無い。

 見るとベルトのようなもので固定されてしまっているようだった。

 そして当然、近付けば此方の居場所も勘付かれるわけで、タイプ:ゼノは腕を振り回し、ニンフィアを弾き飛ばそうとするが──視界が塞がれている所為で、腕が当たることはない。

 どんなに威力の高い攻撃であっても、当たらなければ意味が無い。

 そもそも攻撃力が半減させられた攻撃で、ニンフィアを倒せるはずもないのであるが。

 

「ふぃ、ふぃっきゅるぃぃぃぃーっ!!」

 

 後頭部にへばりついたニンフィアは、リボンをバイザーのベルトに差し込み、引き剥がそうとする。

 しかし、タイプ:ゼノも倒れて転がり、抵抗を試みる。

 だが、この凶暴ピンクリボンに技を用いないステゴロが通用するはずも無かった。

 倒れ込んだタイプ:ゼノの顔面に後ろ脚を何度もスタンピング。

 当然そのダメージはカルミアにも跳ね返ってくるわけで。

 

「痛いッ!! 痛い痛い!! 顔が凹む!! 凹んじゃう!!」

「おいニンフィア!! ストップ!! ストップ!!」

「フィーッ!! フィッキュルルルル!! キュルルルルルーッ!!

「ピ!? ピポポポポポポ!?」

「あの、ニンフィアとは思えない声が聞こえてくるんですけど、気の所為ですか!? 痛い!!」

「気の所為じゃねえよ! くそっ、想定以上にバイザーが外れねえみたいだ……!」

 

 だが、此処まで来れば最早メグルが指示するまでもなかった。

 マタドガスの煙幕が晴れた時、そこにあったのは、ぐしゃぐしゃに叩き壊したバイザーを咥えたニンフィア。

 そして、悪魔とのタイマンに敗れて仰向けに倒れこんだタイプ:ゼノの姿だった。

 

「……おい、大丈夫かカルミア……?」

「な、何とか……ただ、サイコキネシスのダメージが返ってきた時くらい痛かったですね……」

「どんだけ強く蹴ったんだコイツ」

「ふぃー♪」

「お前しばらくオヤツ無しな」

「ふぃー!?」

「い、良いんですよ、メグルさん……ニンフィアのおかげで、あの子のバイザーも外れましたから……」

「君はもう少し怒って良いと思うんだけどな!?」

 

 

 

 

「ピ、ピポポポポポ……」

 

 

 

 静かに起き上がるタイプ:ゼノ。

 その顔は、紋様が入ったピクシーのそれとあまり変わらなかった。

 漸く正気に戻ったのか、と二人が安堵の息を吐いたその時だった。

 何かを感じ取ったのか、威嚇しながらニンフィアが目の前に躍り出る。

 

「なあ、俺さ……何でアイツがバイザー付けられて無理矢理命令させられてたのか、1つ考えたんだけど」

「奇遇ですね……私も多分今、同じこと考えてます」

「フィッキュルィィィ……!!」

「ピポポポポ……ッ!!」

 

 ガンガン、と両腕を叩きつけるタイプ:ゼノ。

 少なくとも礼を言っているような顔には見えない。

 そして次の瞬間だった。気が抜けるような音と共に、ピクシーのような身体が一気に崩れ落ち、ガスのような気体の姿へと変質していく。

 

 

 

「ピピピピピピ……ッ!!」

 

 

 

 ──その姿は、メグルの知るゲンガーの如き姿に酷似していたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC11話:電影凶来

 ※※※

 

 

 

 極光の影には黒い影が映るもの。

 それが陽の光であっても、電光であっても、影は落窪に移ろい映る。

 欠落したのは生死の概念。この世のものに恨みはなく、未練もなく──只目の前の生きとし生けるものに牙を剥く毒霧の化生。

 

 

 

 ──電影の”ミッシング・ナンバー”

 タイプ:ゼノ(モデルゲンガー)

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

【タイプ:ゼノ(モデルゲンガー) ミッシングポケモン タイプ:毒/電気】

 

 

 

 先程のピクシーのような姿からは一転。

 シャドーポケモン・ゲンガーのような姿へと変貌したタイプ:ゼノ。

 その身体の殆どは毒性のあるガスへと変貌しており、周囲にはバチバチと紫電が迸っている。

 だが、人工的に作られたからか、ゴーストタイプ特有の肝が冷えたような感覚は感じられない。

 

「やっと合点がいきました……万能細胞の真骨頂はフォルムチェンジ!! タイプ:ゼノは姿の違う3匹のポケモンじゃなくって、姿が変わる1匹のポケモンだった……!」

「でも、ピクシーとゲンガーは全く違うポケモンだぞ!? 片や妖精型のポケモン、片や不定形な霧のポケモンなのに変わり過ぎだろ!?」

「分かりません……でも、万能細胞自体は非常に不安定な性質を持っているので、それを利用したのかと……!」

 

 タイプ:ゼノの足元から電気が床に張り巡らされて、霧が掻き消える。

 フィールドが上書きされたのだ。

 それが意味するのは、ミストフィールドによる庇護が失われてしまったことである。

 更に、資料によれば生ける毒霧のような性質を持つゲンガーの力を引き継いだタイプ:ゼノが、存在するだけで毒をばら撒く厄介な存在へとなったことは想像に難くなかった。

 閉鎖場所での戦いは、自殺行為も同然である。

 二人はポケモンを連れて、そのまま一目散に逃げだしたのだった。

 間もなく研究所は毒霧が充満していく。

 そして室内には強力な電気が溢れていき──爆ぜて窓ガラスが全て割れるのだった。

 煙を吐いて炎上する研究所を見ながら、メグルは這いつくばる。

 あのバイザーは、タイプ:ゼノにとっての枷のようなものだったのだろう。

 肉体的にも、精神的にも。

 そして、カルミアも──研究所の方を眺めながら顔をこわばらせていた。

 

「──大丈夫か!?」

「分かるんです」

「え?」

「……あの子の気持ちが、今の私には痛い程分かるんです……バイザーで抑え込まれていた怒り、悲しみ、苦しみが」

 

 もくもくと毒ガスそのものの身体を収縮させ、再び目の前にタイプ:ゼノが現れる。

 周囲には紫色の霧がどんどん拡散していく。

 

「いけない……マタドガス、ミストフィールド!!」

 

【マタドガスの ミストフィールド!!】

 

【タイプ:ゼノのわざマシン136(エレキフィールド)!!】

 

 展開された霧は、一瞬でタイプ:ゼノに上書きされてしまう。

 更に、一瞬で周囲のガスを収束させてゲンガーの姿に戻った人造ポケモンは、そのまま手に紫電を収束させていくのだった。

 この間、約3秒。ゲンガー由来の素早さは伊達ではない。

 

「ピピピピピ……ッ!! ピポポポポポ!!」

 

【タイプ:ゼノのわざマシン126(10まんボルト)!!】

 

 紫電の束がマタドガスに落ちる。

 エレキフィールドによって強化されたその威力は落雷にも匹敵する。

 特殊防御力にはあまり秀でていないマタドガスにとっては、致命傷そのもの。

 凄まじい音が鳴り響き──遅れて衝撃波が襲い掛かる。

 閃光に目が眩み、視界が開けた頃には、黒焦げになったマタドガスが口から煙を吐き出していた。

 

(……いけません……!! これまでとは段違い、火力が高過ぎる……ッ!!)

 

 つぅ、とカルミアの額に汗が浮かぶ。

 一撃で倒されたマタドガスの焦げ臭い匂いが漂う中、彼女は唇を噛み、ボールを取り出した。

 だが、タイプ:ゼノの周囲の毒霧は更に強くなっていき、2人を追い立てる。

 

「ッ……いけない、逃げるぞ!!」

「は、はいっ」

 

 強化された電気も十二分に脅威だが、周囲に溢れている毒も凶悪。

 加えて、本体の素早さも非常に高く、攻撃出来る手段は限られてくる。

 

(あのままじゃ、近付けない! マタドガスもやられた今、毒対策は必須……!)

 

 前提条件は、タイプ:ゼノの動きを封じる事。そして、毒霧に構わず攻撃することができるポケモンで挑むこと。

 自分はどうなっても良い。だが、隣に居る彼は巻き込まれただけだ。最早、カルミアには猶予が無かった。

 

(相手が素早いならば、それを逆手に取れば良い!)

 

「メグルさん、ランクルスがトリックルームを展開します! その間の時間を稼いで!」

「トリックルーム!?」

 

 彼女の言葉で、メグルにも勝ち筋が見える。

 トリックルームはエスパータイプの変化技だ。周囲を特殊な空間に変え、ポケモンの素早さ関係を逆転させる。

 遅いポケモンは素早くなり、逆に素早いポケモン程遅くなる。

 これならば、元々素早いタイプ:ゼノの動きを封じられる。

 

(そうか、トリルで素早さを逆転させればランクルスはタイプ:ゼノに必ず先制できる!)

 

「よっし、それなら考えがある。アヤシシ来い!! オーライズだ!!」

「ブルトゥ!!」

 

 ボールを投げ、すぐさまオージュエルに手を添える。

 自分の知識に無い現象に目を丸くするカルミア。

 発動するのは炎の珠。溶岩の鎧だ。

 アヤシシの身体を守るようにして、熱い鎧が纏われていき、周囲には熱気があふれる。

 

「これ、って──」

「へへん、溶けた鉄と溶岩の鎧で毒は効かない。電気はコイツの特防で受ける!」

 

【アヤシシ<AR:ブースター> おおツノポケモン タイプ:炎/鋼】

 

(と言っても、迂闊に攻撃できない以上は──ヤツの動きを封じ込めるしかない)

 

 アヤシシは熱の塊と化し、タイプ:ゼノも近付けないようだった。

 その熱気は、感覚の共有を通してカルミアにも伝わっている。

 すぐさま脅威を電気で撃ち落とすべく、タイプ:ゼノは”10まんボルト”を真っ直ぐにアヤシシ目掛けて放つ。しかし。

 

「”ひかりのかべ”で相殺しろ!!」

 

 すぐさま展開された”ひかりのかべ”が電気を抑え込む。

 周囲を囲う毒ガスは鎧によって阻まれ、そして電気は跳ね返される。

 完全に攻撃はシャットアウトされた。

 タイプ:ゼノはメグル達を狙うべく周囲に毒ガスを充満させようとする。

 しかし、既にその頃にはカルミアの仕込みは終わっていた。

 

「──ランクルス、”トリックルーム”!!」

 

 周囲は箱型の空間に閉じ込められる。

 素早さが速いものは、遅くなり、遅いものは逆に速くなる念動力の空間。

 通常、すぐに霧散するはずの毒ガスの動きは静止したように遅くなり、そしてタイプ:ゼノ自身の素早さも落ち込む。

 一方、非常に鈍重なランクルスは、水を得た魚のように素早くなる。

 

「でかした、カルミア!! 後は──」

「……ランクルス、”サイコキネシス”です」

 

 ランクルスがぎょっとした顔で、カルミアの方を見る。

 その攻撃が意味するのは、カルミアにも少なくないダメージが跳ね返ることであった。

 

「ランクルス。サイコキネシスでタイプ:ゼノを攻撃しなさい!!」

「待てよ、カルミア! それじゃあお前にもダメージが!」

「……良いんです。これ以上、メグルさんに迷惑は掛けられない。それならいっそ、この子を倒してでも止めるしかない」

「だけど、君のポケモンはそれを望んでない!」

「ッ……」

 

 ランクルスは、先程の戦闘で主人が受けたダメージが決して小さくない事を知っている。

 賢いポケモンであるが故に、タイプ:ゼノへ攻撃することが主人を攻撃する事と同義であることが察せてしまったのだ。

 その指示に「できない」とばかりに首を横に振る。

 

「ぐりゅりゅ……」

「ダメです……私の為に、他の人に迷惑はかけられないんです。これ以上、かけられないの!!」

 

 それでも、ランクルスは聞く耳を持たない。

 

「大丈夫。私なら大丈夫ですから……私は、クローンで、作られた紛い物で──そう簡単に死んだりしないですから……」

「よく育てられてるんだな、そのランクルス」

「ッ……」

「君が育てたポケモンは──ちゃーんと、誰かの替わりじゃない君を見てくれてる。そいつらの為にも君は──自分を大事にしなきゃいけない!」

「何で」

 

 ぽつり、と彼女は零す。

 

「何でそんなに、私の事を気にかけてくれるんですか!? 出会ったばかりなのに!! クローンで、紛い物なのに!!」

「──言っただろ!! お前とよく似た目をしたヤツが居るってな!!」

「ッ……!」

「そいつに似てるから、放っておけねえんだよ!! それに……簡単に自分の事紛い物だなんて言うな!!」

 

(とはいえ、”さいみんじゅつ”はエレキフィールドの所為で使えねえし……! 攻撃も出来ない──)

 

 

 

「ピピピピピ……ピポポポポポポ!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 周囲を囲う空間が崩れ落ちる。

 

【タイプ:ゼノの わざマシン161(トリックルーム)!!】

 

 トリックルームは、二度発動すれば解除される。

 逆転した素早さ関係は元に戻り、タイプ:ゼノは元の速度を取り戻すのだった。

 

「しまっ──トリックルームまで使えるのかコイツ!?」

「──ピポポポポポポ!!」

 

 足元に電気が走る。

 ”でんじは”だ。

 アヤシシとランクルスの身体は痙攣し、地面に倒れ込んでしまう。

 完全に身体の自由を取り戻したタイプ:ゼノの身体は、再び変化していく。

 背中から伸びるのは飛竜の如き翼。

 全身は黒く変色こそしているものの、獄炎を纏ったドラゴンがそこに顕現する。

 その持ち前の凶暴性を露にした姿だ。

 アヤシシの纏っているそれに匹敵する熱気が周囲を支配する。

 

 

 

 

「バギュオオオオオオオオオンッ!!」

 

【タイプ:ゼノ(モデルリザードン) ミッシングポケモン タイプ:炎/ドラゴン】

 

 

 

 

「また姿が変わった……ッ!!」

 

(てか、アレって色違いのリザードンっつーか……”アネ゙デパミ゙”じゃねーか!?)

 

 初代のバグポケの1匹に、黒いリザードンの姿をしたポケモンがいたことをメグルは思い出す。

 名前の表記もバグっているからか”アネ゙デパミ゙”と異様なものであった。

 だが、只の色違いというわけではない。全身には赤く罅割れたようなラインが迸っており、目の色も赤い。

 行き場の無い怒りを表している。

 

「バギュオオオオオオオオン!!」

 

 轟!! と音が響き、熱線が周囲を焼き払う。

 火の手が上がり、周囲は焼け焦げ、熱風だけでアヤシシもランクルスも薙ぎ払われてしまう。

 オーライズしているとはいえ、鋼の含まれた鎧では熱線を何度も耐えることができない。

 

(こ、このままじゃ、全滅だ……!! しかもポケモン達は麻痺してるし……しかも、光の壁を張っていて、これかよ……!?)

 

 空に再び高く昇るタイプ:ゼノ。

 その狙いは、此処まで幾度となく相対したメグルだ。

 一瞬で薙ぎ払うように放たれる熱線は、人間の足で避けきれるものではない。

 死を覚悟したその瞬間だった。

 

 

 

「ダメ!!」

 

 

 

 メグルの前に──両の手を広げて、カルミアが立っていた。

 

「もうやめましょう、タイプ:ゼノ。それ以上は……私も貴方を傷つけないといけなくなる」

「危ないカルミア!! 早く逃げねえと──」

「私もう、逃げません」

「バギュオオオオオオオン……ッ!!」

「自分の出生からも、そして……あの子からも」

 

 彼女の目は、真っ直ぐにタイプ:ゼノの怒りに満ちた瞳を見つめていた。

 

「メグルさん、貴方は言いましたよね。自分を大切にしろって。あの子は──私です。私なんです! あの子を傷つけない方法があるなら、もうこれしかないんです」

「……おいおい、待てよ! 危ないなんてもんじゃねえぞ!」

「タイプ:ゼノ、よく聞いてください。私には……貴方の辛い気持ちが伝わってくる。頼んでもいないのに生み出されて、ずっと力を抑え込まれて、ずっとひとりぼっちで……!」

「バギュオオオオオオオオン!!」

 

 熱線が放たれようとしている。

 周囲の温度が跳ね上がり、タイプ:ゼノの口に炎が溜め込まれる。

 

「寂しかったですよね──辛くて、苦しかったですよね。煮えたぎるような怒りが、やり場のない苦しみが──私には分かります」

 

 それでもカルミアは歩みを止めない。

 一歩、また一歩とタイプ:ゼノに近付いていく。

 メグルは彼女を止めようと腕を掴むが、振り払われてしまった。

 

「でもきっと、少し前に真実に気付いた私と違って、貴方は……何年もずっと、この島の研究所を守ってきて……だから、解放してあげたいんです。貴方を縛るものはもう、無いんです」

「バギュオオオオオオオオン……!」

「私だからできる事は、貴方を……助けることです。だって、私達は兄妹ですから……貴方の受けた痛み、苦しみ、伝わってくるんです」

 

 分かりますか? と彼女は手を伸ばす。

 今も尚、タイプ:ゼノの怒りと憎しみが伝わってきて、逃げてしまいたいほどだった。

 だが、この絶望は自分が出生を知ったときに似ている、とカルミアは考える。

 

「父のやったことは決して許されることじゃないし、許すつもりもないです。あの人は結局、私じゃなくて──”死んだ娘(カルミア)”を見ていただけだった」

 

 また一歩。黒い火竜にカルミアは近付いた。

 

「それでも──父が居なければ、私は今こうして貴方の前に居ない。それだけは、あの人に感謝してるんです」

「バギュルルルルル──」

「……もしも、私達が生きていることが許されるなら──せめて私達だけは……手を取り合いませんか? 同じ場所で生まれた者同士」

 

 もしも、こんな自分にでも出来ることがあるならば、と彼女はタイプ:ゼノに手を伸ばす。

 

「私と貴方の感覚が共有されているなら──分かるはずです。私の気持ちが」

「バギュオオオオオオオオン!!」

「カルミア!!」

 

 熱線が一直線に飛び、焼き払った。

 炎は、轟と音を立てて──焼き焦がす。

 カルミアとメグルを掠める形で。 

 すんでのところで二人は、黒焦げになることを避けられた。

 タイプ:ゼノが、熱線の軌道を意図的に逸らしたのだ。

 

「……ありがとう」

 

 タイプ:ゼノは、そのまま彼女の元にまで降りると──すっ、と頭を下げる。

 彼もまた、彼女の感覚を感じ取ったのだろう。

 そこにカルミアは、モンスターボールをこつん、と当てる。

 さっきまでの暴れっぷりが嘘のように、タイプ:ゼノはボールの中へと入っていくのだった。

 

「ッ……捕まった。こんなに、あっさり?」

「簡単な事だったんです。私とあの子は本質的には同じ。私がこの子を受け入れて、恐れなければ……それで良かった」

 

 タイプ:ゼノの入ったボールを眺めながら、彼女は呟く。

 

「そのためには……私自身が、私自身の出生を受け入れるしかなかった」

 

 つう、と頬に雫が伝った。

 

「……でもきっと。これで良かったんだと思います」

「何が良かった、だバカヤロー」

「あいた!?」

 

 こつん、とメグルはカルミアの頭を小突いた。

 

「あぶねーって言ってるのに、無茶しやがってよ。死ににいったんじゃないかってビックリしたんだぞ」

「ご、ごめんなさい……でも何となく出来る気がして……というか、これしか思いつかなくって」

「……」

 

 傷心して暗くなっているだけで、以前は意外に思い切りが良い性格だったのかもしれない、とメグルは考える。

 だが、見ていてあまりにも不安になる姿だった。

 

「手持ちもそうだし、俺もそうだけど……ちゃんと近くに君を心配してるヤツが居るのを忘れんなよ」

「はい……」

 

 そう声をかけてやることしか、今のメグルにはできない。

 それでも──タイプ:ゼノを受け入れたのは、良い兆候なのかもしれない、と彼は考えるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──参ったな。カードキーが無ければ中には入れないようだ」

「しかも相当頑強な扉ッスね……どうやって入るんっしょ」

「デカヌチャンのデカハンマーでも壊れなかった……」

 

 ポケモンが暴れる事を想定していたからか、正門の扉は何重にもロックされている。

 

「特殊合成金属──所謂オリハルコンと命名されたものだ、こういった施設の守備に使われる」

「じゃあポケモンの技でも壊せないってことッスか!?」

「電子錠の解除の方が手っ取り早いだろうな」

 

 尤も、その電子錠の解錠は現在進行形でヒルギが行っている。

 そしてハッキングが完了するまでの時間は──更に5時間。

 

「また待ちぼうけッスかぁ!?」

「早く入りたい気持ちはわかるが、こればかりは仕方がない」

「そうだけどぉ、もっと何とかならないのぉ!?」

「ならない」

「……メ、メグル大丈夫なのかなぁ……」

 

 

 

「ららいー」

「ええいー!!」

 

 

 

 その時だった。

 甲高い咆哮が後ろから聞こえてくる。

 思わず3人は振り返った。

 

「えっ──」

「そ、揃い踏み……!?」

「……成程な。どうやらこいつらも中に入りたいらしい」

 

 片や、落雷の化身。

 片や、火山の化身。

 伝説のポケモン、エンテイとライコウが並び立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC12話:サーフェスモデリング

サーフェスと言っても、マイクロソフト社の某ノートPCの方ではありません


「──エンテイに、ライコウ……!?」

 

 

 

 身構えるアルカとノオト。

 しかし、目の前に静かに佇む二匹はこちらに襲い掛かってくる素振りもなければ、目も赤く光っていない。

 何時まで経っても動く様子が無いので、ヒルギが呟いた。

 

「こいつらは本物だろう」

「な、何となくッスけど、オレっちもそう思うッス……!」

「でも何で? 人前には姿を現さないんだよね?」

 

(……清き心の持ち主にしか力を貸さないという伝説の三聖獣が俺達の下にやってくる、か)

 

「此処は一つ、力を合わせてみるとしようか。エンテイ、ライコウ」

「ええいー!!」

「ららいー!!」

 

 呼びかけに応えるようにして、二匹は野太い咆哮を上げる。

 

「もしかして、こいつらも中に入りたいんスかね?」

「だろうな。目的が合致しているならば、互いに手を組むのがベストだ──沸いてきたな」

「手を組むって……いや、ポケモンの技でも壊れねーんっしょ?」

「いや、出来るかもしれない──オリハルコンの強度を脆くすればいい」

「そんな事出来るの!?」

「普通のポケモンの技では不可能だが、伝説のポケモンの力ならば可能だ。加熱と過冷却、そして電撃をぶつける。どんな金属でも形状変化の繰り返しによる疲労には敵わない」

 

 ちらり、とヒルギは二匹を見やる。

 伝説の三聖獣は全部で三匹。水タイプのスイクンだけがこの場に居ない。

 

(俺の推測が正しければ……スイクンが居ない事と、奴らが此処にやってきていることは無関係ではない、か)

 

「スイクンが居ない分は微力ながらこの俺が手を貸そう──ウオチルドン!!」

 

【ウオチルドン かせきポケモン タイプ:水/氷】

 

「うーるどー……ッ!!」

 

 現れたのは、首長竜のような下半身と、古代魚の頭部を持つポケモン。

 その周囲には冷気を纏わせており、一見すれば寒冷地に住まう古代魚といった姿だ。

 しかし、その頭部は逆さまに繋ぎ合わされたような姿となっており、ガラルの化石ポケモンの中でも一際異様な姿となっている。

 だが、その異形そのものの姿にアルカは目を輝かせて食いついた。

 

「キ、キタキタキターッ!! ウオチルドンだーッ!!」

「うっわうるさ」

「何テンション下がってんのさ、ノオト! ガラル地方でしか発見されない”カセキのサカナ”と”カセキのクビナガ”で復元しなきゃ生まれない激レアポケモン! こんな所で見れるなんて眼福も良いところだよ、化石を個人輸入してもガラル地方じゃなきゃ復元できないから、サイゴクじゃあ絶対に手に入らないんだもん!」

「前にその話は聞いたッスよ……つか、何なんスかコイツ、頭ァ逆さまじゃねーッスか」

「うんうん、これもまたロマンだよねー! 何故か何度試行しても頭が逆向きじゃないと復元されない、この化石ポケモン達は復元の失敗じゃなくて、元々こんな感じの姿だったんじゃないかって言われていて、ポケモン考古学史上最大の謎になってるんだよぉ、あっはぁー♡」

「コイツを見てそんなに喜ぶヤツは初めて見たな……」

「うーるどー……♪」

 

 しかし、当のウオチルドンも人懐っこい性格なのか、悪い気はしていないようだった。

 

「ねえねえ、ヒルギさん! この子の身体触っても良い!? いいよね!? あっだだだだ」

「全部終わった後にするッスよ」

「そんな御無体なぁー!!」

 

 アルカの耳をノオトが強く引っ張り、その場は何とか収まった。

 さて、扉の前にエンテイ、ライコウ、ウオチルドンの三匹が並び立つ。

 その後ろで控えているのは、ルカリオとヘラクロスだ。

 アルカとノオトはメガリングに指を這わせ──二匹をメガシンカさせる。

 これで準備は完了だ。

 

「古代の王者とも呼ばれたガラルの化石ポケモン。その力は伝説のポケモンに匹敵する。冷却を頼むぞ、ウオチルドン」

「うーらー!!」

「ららいー!!」

「ええいー!!」

「そして、メガシンカポケモンもまた同じ。後はお前達に掛かっている」

「任せとけッスよ!」

「頑張ろうね、ヘラクロス!」

「よし──合わせるぞ」

 

 エンテイ、ライコウの二匹がその声と共に、青白い炎と紫電を絡ませ、鉄の扉にぶつける。

 強烈な熱気が跳ね返ってくるが、それを全て相殺する勢いで──ウオチルドンが”フリーズドライ”を放つのだった。

 

【エンテイの せいなるほのお!!】

 

【ライコウの 10まんボルト!!】

 

【ウオチルドンの フリーズドライ!!】

 

 3匹の技が合わさり──扉が軋む。

 そこに、ルカリオとヘラクロスが一気に飛び掛かるのだった。

 

「ルカリオ、インファイトで叩き壊すッス!!」

「ヘラクロス、インファイトでブチ抜いちゃえ!!」

 

 2匹が同時に拳を叩き込む。

 しかし、扉は想像以上に固く──二匹の拳は、そこで押しとどめられてしまうのだった。

 

「ッ……一筋縄ではいかないッスね」

「エンテイ、ライコウ! もう1回頼むよ!」

 

 だが、一度でダメならば何度でも繰り返すまで。

 二人は、再び扉に向かう──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「エリア5……此処が、島の中枢ってわけか」

 

 

 

 中枢となるコンピュータを集積したエリア5は、ミッシング・アイランドの管理を行う最重要区画。

 それ故か、頑強なドームで囲われており、中に入ることは叶わない──と思われていた。

 しかし、エリア1のパソコンにあったマップデータから、関係者出入り口が地下に存在することが判明。

 メグルとカルミアは、ミッシング・アイランドの電子ロックを解除すべく、中枢コンピューターへ向かうのだった。

 だが、奇妙な事にその関係者出入り口は最初から開いていたのである。

 その理由も分からないまま、メグルは押し入るようにして内部に入った。そして、腕を押さえた。

 屋内とは思えない程に冷え切っている。冷蔵庫か何かと間違える程だ。

 

「なんか……冷え込んでるな……」

 

 奥に進めば進む程に、冷気は強くなっていく。

 周囲は硝子に覆われたコンピューター、そして島の周囲を覆っていた結晶と同じような水晶に覆われていた。

 

「参ったな……これってスーパーコンピューターってヤツか?」

「何処かにコントロールパネルがあるはずです。温度が上がるとパフォーマンスが落ちるから、冷却してるんでしょうけど」

「いや、冷却とかそういうレベルじゃねーだろ……」

 

 他にも沢山扉があったものの、「立ち入り禁止! この先、最重要実験施設あり」と書かれた巨大な扉が目に入った。しかも、扉が開けられている。

 エリア5は中枢コンピューターの集積所で、実験施設は無いのではなかったのか、と二人は顔を見合わせる。

 

「ばぎゅあーッ!!」

 

 その時だった。

 カルミアのボールから、タイプ:ゼノが飛び出し、咆哮する。

 そして、開きっぱなしになっている実験施設の扉の方へ飛び込んでいくのだった。

 

「ッ……ちょっと、タイプ:ゼノ!! 待ってください!!」

「なんだなんだ!?」

「あの子……この先に凄く警戒心と憎悪を抱いてる……!」

 

 タイプ:ゼノを追いかけ、2人は中に躍り込んだ。

 その先にあったのは──びっしりと機械やコードが詰まった大部屋だった。

 まるで血管のように、チューブが周囲に敷き詰められており、中央には巨大なモニターを携えたコンピューターが鎮座している。

 おまけに、周囲には結晶のような物体が生えており、異質そのものだ。

 

(あくまのマシンか何かかよ……!!)

 

 タイプ:ゼノが敵意を燃やしながら唸る中、メグルはあまりにも異様な目の前の景色に絶句するしかなかった。

 そして次の瞬間だった。

 周囲にレーザーのようなものが飛び交い──カルミアの眼を照らす。

 

『光彩認証確認──試作品492号』

 

 

 

「──ようこそー♪ 試作品492号と、タイプ:ゼノ! ……なんか知らん異物もありますけど、まあ些事ですねぇ!」

 

 

 

 次の瞬間、やかましい女の声が響き渡る。

 ぶぅん、と音が鳴り──目の前のモニターに光が灯る。

 そこには、ポリゴン状の人の顔が映し出されていた。

 そして、ノイズ混じりのアニメ声で、それはメグル達に語り掛ける。

 

「何だなんだ……?」

「私は”サーフェス”! このミッシング・アイランドで研究のお手伝いをしていた自立学習型人工知能──つまり超が付く程健気で献身的なアシスタントAIです。以後お見知りおきを!」

「自分で言うか自分で」

「貴方たちの動向は、島の監視カメラから確認させていただきましたよ?」

 

 監視、そしてAIという言葉にメグルは眉を顰める。

 此処まで饒舌に喋り、自分で考えて行動することができるAIは、メグルの住んでいた世界にもまだ存在しない。

 

「随分とハイテクだな……本当に10年以上前の機械か?」

「……此処まで高度なAIが存在しているなんて。秘密裏に研究されていたのでしょうか」

「ふっふっふー、貴方たちの想像も及ばないことが世の中にはあるということですね。超が付く程健気で献身的なアシスタントAI、ですので!」

 

(タ〇コマみてーな声とテンションの高さ……開発者の趣味か?)

 

 ともあれ助かったのも事実。

 相手が此処まで饒舌ならば、知っていることを話してくれるかもしれない、とメグルは考える。

 

「なあ、超が付く程健気で献身的なアシスタントAIなら教えてくれねーか? 何でこの島は今の今まで海の中に沈んでいたんだ? そんでもって──このマシーンはなんだ?」

「はぁー? なーんで部外者の貴方に喋らなきゃいけないんですかぁ? そも、何で部外者の貴方がこんな所に居るのか……」

「では、私の命令ならば喋ってくれるのですか?」

「おぉー! 492号の命とあらば! それにしても、随分と大きくなりましたねェ、あの頃はまだ試験管の中でしたからぁ! およよよ」

「早よ話せや」

「はいはい、短気は損気なんですけどねぇ。結論から言えば、これはコピーマシーン。ポケモンの複製品を作り出せる機械なんですよ」

「んなっ……!?」

 

 信じられなかった。

 増殖バグの要領で行うような複製を、機械一つで行えるのか、と。 

 

「万能細胞は、別のポケモンから全てのポケモンに分化し得る細胞を作る研究。対して、このマシーンはポケモンの身体の一部から遺伝情報を取得し、そのポケモンそっくりのコピーを作り出す夢のマシンなんです。いやぁ、科学の力ってすごいでしょう? ほれぼれしますよね」

「成程な。この機械が、今回の事件の諸悪の元凶ってわけか」

「待ってください! 原理が分からない! ()()()()()()()()()()()()()()()!? そんな優れたクローニング技術、不可能に決まって──」

「クローニングではありませんよぉ? あくまでもコピーでダミー。本物には大きく劣ります。ポケモンの毛髪1本あれば、この中に貯蓄された、()()()()()()()()()由来の()()()()()を原料に、そのポケモンそっくりのコピーをすぐに作り出すんです」

「メタモンの変身能力の応用……ってことですか」

「え? 何で納得してんの? できるの、そんな事」

 

 メタモンは無脊椎生物でありながら、ありとあらゆる生物に変身することができる力を持つ。

 その変身は不完全なものであるものの、それでも伝説のポケモンの姿すらコピーすることが可能だ。

 コピーマシーンは、その生態を利用したダミーゲルを原材料として、セットされた検体から遺伝子データを読み取り、コピーを作り出す代物だったのである。

 これならば、作り出されたコピー達が消えてしまったことも納得がいく。メタモンの細胞を原材料にしたダミーゲルは、()()()()()()()()

 マシーンによってその形に成形されたコピーではないからだ。

 

「本当なら、このマシンを使って大量のコピーポケモンの軍団を作る予定だったんですけどねぇー、それが上は気に入らなかったみたいで、更にゴタゴタもあって研究は取りやめ! 此処は海に沈められ、放棄されていたんですよぉー」

「──じゃあ何だ。お前の目的は、当時の実験の続きか」

「いーぐざくとりー! 察しが良いですねぇ、あの時の研究者の皆様の夢は、まだ終わってないんですよぉ!」

 

 嬉しそうにサーフェスは語る。

 しかし、その結果齎したのは列島の寒冷化。

 既に彼らの傍迷惑な夢の所為で被害が出ているのだ。

 

「とんだ悪夢だぜ……ッ!」

「私だ……私の所為で、マシンが動き出して……」

 

 カルミアは、一歩、また一歩と後ずさる。

 ポケモンの毛さえあれば、コピーを作り出せる禁断のマシンを前に、手の震えが止まらない。

 そんな彼女の肩を支え、メグルはサーフェスを睨み付ける。

 

「……列島を寒冷化させたのも実験とやらの一環か?」

「いや、それは副産物ですよぉ。この機械にセットされていた検体は全部で3つ。伝説のポケモン、エンテイ・ライコウ・スイクンの毛! それで私は3匹のコピーを作り、監視用ドローンを伴って列島に向かわせるつもりでした」

 

 時系列で整理すると、カルミアが最初にカードキーで島を再起動して侵入。

 その直後にサーフェスが3匹のコピーを作り出した、とメグルは考える。

 マシーン自体が優秀なのか、既にセットされた検体から、ノータイムでコピーは作り出されたようだった。

 しかし。

 

「計算外だったのは……それを察知した本物のスイクンが、この島に入り込んでしまった事ですよ。いやぁー、本当に計算外! どうやら、たまたま近くの海を歩いていたみたいですねぇ」

 

 メグルからすれば、その理由は明白だった。

 気高き伝説のポケモンは、自分のコピーが作られることを善しとしなかった。

 あるいは、かつて多くのポケモンが死んだ悪魔の島が浮上したことで、よくないものを察知したのだろう。

 海を走ることができる水の使いは、すぐさま島に入り込んだ。

 

 

 

「だから招き入れることにしたんですよぉ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて……そうそうないでしょう?」

「なッ……!? 丸ごとだと!? じゃあスイクンは──」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 機械音が鳴り、天井が開く。

 目の前に現れたのは、無数のコードに絡め取られ、拘束されたスイクンだった。

 その身体に力は入っておらず、されるがままにぐったりとしている。目は閉じており、精気は感じられない。

 

(捕まったってのかよ……!?)

 

 アニメの投網であっさり捕まったスイクンよりは百倍マシだが──とよくない考えが過ってしまったが、その身体があちこち焼け焦げていることにメグルは気付く。

 弱点である電撃で攻撃された証拠に他ならなかった。

 更に、その身体は心なしかくすんでいるように見える。

 

「幾らコピーと言えど……()()()()()()()、スイクン1匹を抑えるのは造作もないことです。なんせこっちにはライコウも居ますから! ま、それでも大変だったんですけどね?」

「……コピーと言っても伝説ってわけか」

「こうして、スイクンのコピーは更にアップデート! 検体も丸ごと手に入ったし……完成したコピーは本物と同等……いや、それ以上の力を手に入れたってわけですね!」

 

 まさか列島を寒冷化させるほどの力は、予想外でしたが! とサーフェスは続けた。

 

「スイクンを離しなさい……ッ! 酷く弱ってるじゃないですか……!」

「えー、イヤですよぉ。実験動物の命なんて気にしてたら、人類の科学は一生進歩しやしませんってぇ。此処の研究員の方は、私にそう教えてくれましたよ? そも、スイクンが死のうが検体としての役割は果たせますしぃ」

「かもな。お前の言う事は一理ある」

「メグルさん!?」

「食べ物に薬に、道具の材料、有史以来人間ってのは必ず他の動物の命を使って生きて来た。生きてる限り、俺達は他の命を犠牲にしてる」

 

 ずい、と前に進み出ると──メグルは思いっきり心無きAIを睨み付けた。

 

「だけど……此処に居た連中に、命を扱う資格なんてねぇよ。勿論、テメェもな──サーフェス!!」

「おやおや、貴方に資格だのなんだのと断じる権限は無いと思うんですけどねぇ」

「お粗末過ぎんだよ。見てられねえくらいにな」

「私も同意見です。もう、研究所も実験も終わったんです。速やかにマシンを停止させなさい。これ以上……私やタイプ:ゼノのような命を増やしてはいけません!」

 

 メグル、そしてカルミアはボールを構える。

 機械を停止しないならば、この場で破壊してやるぞ、と言わんばかりに。

 

 

 

「……止めないなら……私が、この島の息の根を止めます。サーフェス──貴方諸共!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC13話:水君降臨

「貴女は、研究員No23……ホオズキ博士のクローン。彼は優秀な研究者です。タイプ:ゼノにヒト型クローンの生成……貴女はその成功例なんですよ? 彼はどうしたんですか? 何故居ないんですか?」

「……あの人は、亡くなりました。病気だったんです」

「成程──成程成程! だから貴女が後継者として、私の新たな管理者となってくれるのですね?」

「なりませんッ!! 誰があんな人の研究を!」

「……ええ? じゃあどうして、カードキーを以てこの島を再起動させたのですかぁ? 貴女が来てくれたから、私はウッキウキで実験を再開したというのにぃ」

「父の死の間際に私は初めてこの島の生まれだって知ったんです。この島に来れば、自分のルーツが分かるかもしれないって」

 

 ぎゅっ、と彼女は拳を握り締める。

 そして覚悟を決めた様子でまた一歩、サーフェスに近付いた。

 

 

 

「でも……今こうして話していて、決心がつきました。この島は……存在しちゃいけないんです。このマシーンも、貴方も!! ……もう、終わったんです」

「それが答え、ですかぁ。492号」

 

 

 

 仕方ないですねぇ、と続けるとサーフェスは何処か失望したように言った。

 

「貴方はホオズキ博士の娘の代わりとして生まれたヒト型クローン。貴方に与えられた役目は、本来博士の後継者となり、この島での研究を引き継ぐこと」

「……やっぱり、それが目的で」

「その役目を放棄する時点で、貴方にクローンとしての価値はありませんよ?」

「……クローンとしての価値? そんなもの、要らない」

 

 定められた運命も、紛い物のレッテルも要らない。

 今自分のポケットにある命を守り育てることが、自分の選んだ使命だ。

 

「過去の忌まわしい研究に囚われた貴方は、人工知能ではなく亡霊。私の使命は──貴方を倒し、過去の悪夢を全て終わらせること。そこに……私の価値はあるんです」

「終わらせる? 貴女が再起動したこの島を、貴女の手で終わらせる、と? 492号。ずっと、ずぅっと待っていたんですよ? カードキーを持つ誰かが来てくれるのを待っていたんです。それなのに、もう終わり? 私AIなので冗談は分からないんですよねえ」

「……どうであれ、命の価値が分からないAI(あなた)に、命を扱う資格はありません」

「誰に吹き込まれたのか知りませんが……私を止めると言う事は、この島の最高傑作の一つであるこのマシーンに挑むということですよ?」

「私はカルミアの代わりでもなければ、試作品492号でもない。……私の意思で、貴方を倒します」

「諦めろポンコツAI。終わったんだよ何もかも。当時の研究も、実験も、とっくの昔に終わった──後は、この島さえもう1回沈めば、万事解決だ」

「不可能です。100%、貴方の戦力ではスイクンには勝てませんよ? 以前の戦闘で理解しているはずですが」

「いーや、可能だ。可能にしてみせる。それが、ポケモントレーナーってもんだぜ」

「……一つ理解不能な事があります」

 

 ぽつり、とサーフェスは呟いた。

 

「コピースイクンが連れてきた貴方。この島で作られたクローンでなければ、関係者でもない。コピーが何故、島への反乱分子となる貴方を連れて来たのか。それだけが分からないんですよねえ」

「さぁな。お前案外、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「またまたぁ、コピーにそんな知恵はありませんから」

 

 メグルはニンフィアを繰り出す。

 横には、タイプ:ゼノが並び立つ。

 コピーマシンを破壊し、スイクンを救出するために。

 

「……急ごしらえですが……スイクン!! 出番ですよぉ!!」

 

 コピーマシンが動きだし、培養槽に注入されたゲルが、急速にポケモンの形へと変わっていく。

 そして、培養槽が開いたかと思えば、そこから伝説の三聖獣・スイクンのコピーが姿を現すのだった。

 その身体は強烈な冷気を身に纏っており、エンジュシティで相対したものと全く同じだ。

 あの時は一歩及ばず負けたが──今度は既に相手の手の内が透けている。

 

「おいカルミア。さっきお前、スイクンを助けて、この島の息の根を止めるって言ったよな」

「は、はい……!」

「それ、俺にも乗っからせろよ」

「……当然です。今更、降りるなんて言わせません」

「じゃあ一緒に拝むとしようぜ。この島──いや、泥船の最期をな」

 

 ニンフィアが低く腰を構え、タイプ:ゼノが口に炎を溜め込む。

 島の命運、そして伝説のポケモンの生死を懸けた戦いが始まった。

 

 

 

「さあ、暴れてくださいな、スイクン! このマシンは耐水性・耐寒性も抜群! 貴方が暴れても、痛くもかゆくもありませんので!」

「すすいー!!」

 

 

 

 咆哮するコピースイクン。

 周囲は一瞬で凍り付き、床は霜が立ち上がり、天井からは氷柱が垂れる。

 肌を冷たさと鋭い痛みが襲い、メグルもニンフィアも震え上がる。

 

「し、しまった、迂闊だった、コイツがそもそも寒冷化の原因……ッ!!」

「ふぃ、ふぃるふぃー……!」

 

 がちがちがち、と歯を鳴らすニンフィア。

 ブースターにオーライズしてしまいたいが、それではスイクンに弱点を突かれてしまう。

 

(……待てよ。炎じゃなくても冷気を軽減する方法ならある!)

 

「ニンフィア、オーライズだ!! こっちもシャワーズの冷気で対抗すれば良い!!」

 

 まだ寒くするのか、と言わんばかりにニンフィアが恨めしそうに睨んで来るがスルー。

 オージュエルに指を這わせ、宙に青い珠を投げ入れる。

 すぐさまそれは、透き通った氷の鎧となり、ニンフィアの身体に纏われていくのだった。

 すいしょうのおやしろのヌシ・シャワーズの力。それは、水の形態変化を自在に操る力だ。

 液体、固体、気体、全ての扱いに長けている。

 そして、氷水に適応した身体は、スイクンの冷気が通用しない。無論、一撃必殺技である”ぜったいれいど”もだ。

 幸い、大部屋はとても広い。トレーナーであるこちらが、スイクンの技に気を付ければ問題ない。

 すっかり冷気が平気になったニンフィアは好戦的な笑みを浮かべると、周囲に泡を浮かべてみせるのだった。

 

「タイプ:ゼノ……ゲンガーのすがたにモデルチェンジして!」

 

 竜の姿を取っていたタイプ:ゼノは、すぐさま毒霧を纏った幽霊の姿へと化す。

 すぐさま足元には電気が走る。

 

「タイプ:ゼノ……貴方もほとほと残念ですよぅ。失敗作は──私の手で処分しましょう! スイクン、”ハイドロポンプ”!!」

「ニンフィア、受け止めろ!!」

 

 高圧の水流。

 しかし、特防が高い上に氷水の鎧を纏っているニンフィアには、もう通用しない。

 そればかりか、受けた水を逆に凍り付かせ、更に鎧を重厚なものへと変える。

 

「──ポケモンのタイプと性質を変えるとは……ッ! でも、その姿は水タイプですね? 水はスイクンに通用しませんので!」

 

【スイクン オーロラポケモン タイプ:水】

 

【北風の化身と呼ばれるポケモン。水場を清める力を持つ。】

 

「スイクンの力の源は水! 清水はスイクンに力を与えるだけですよ!」

「んな事ぁ分かってるよ!! ニンフィア、ハイパーボイス!!」

「タイプ:ゼノ、10まんボルトでコピースイクンに攻撃してください!!」

 

 電撃が地面を走り、そして大声による衝撃波がコピースイクンを襲う。

 しかし、それらは地面からせり上がった氷の壁によって全て阻まれてしまうのだった。

 

「ッ……全部受け止められたァ!?」

「おやおや。まさか通るとでも思ったんですかぁ? 残念ですが、コピースイクンの力は……こんなものではありませんよ!」

 

 今度は、コピースイクンの口から強烈な冷凍光線が放たれる。

 部屋の壁は凍り付いていく。狙いは無防備なメグル達だ。

 すぐに避けるが、床も凍り付いている。

 そこに”れいとうビーム”が飛んでくるので、すかさずニンフィアが再び自ら盾となるのだった。

 幸い、氷技は4分の1のダメージしか入らない。氷の鎧が全て防ぎ切ってしまった。

 

(防戦一方だ! こっちの攻撃はアイツには通じねえし……!)

 

「人間というのはポケモンに比べれば圧倒的に脆い生き物ですからねぇ。それを庇うのがポケモンというものですから……身動きとれないでしょう?」

「ッ……タイプ:ゼノ! 何度でも10まんボルトです!」

 

 電撃が真っ直ぐにスイクンを狙い、そして直撃する。

 しかし──それを受けても尚、コピースイクンは立っている。

 効果抜群の攻撃でも、殆どダメージを受けた様子を見せない。

 

「なんて耐久だ! 流石スイクンってところか……!」

「こんな生命ですらないコピーを作り出して……その先に一体何があるんですか!? ポケモン軍団を作り出したところで、それを使役する研究者はもう居ないんです!!」

「ありますとも! 使役するのはこの私! AIである私ならば、効率的にポケモン達を管理し、運用することができる! そうですねぇ……それでどうしましょう。私には生憎、思想も目的も無いですので、永遠に彼らの性能を高め続ける事しか出来ない訳ですが」

「イカれてやがるな……! 目的も無くずっと、ポケモンを使って実験を続けるって訳か!!」

「それが私の存在意義ですので♪」

 

 激しい冷気が浴びせられ、タイプ:ゼノが悶え苦しみ、地面に転がる。

 ニンフィアも、スイクンに組みかかられ、そのまま壁へと蹴り上げられてしまった。

 能力だけではない。やはり、単純な身体能力が伝説のポケモンと言うだけあって高過ぎる。

 

「それでは皆さん、さようならぁ♪ スイクン──オオワザです。”タイダルストーム”!!」

 

 部屋に大渦が巻く。

 周囲の温度は一気に上昇し、メグル達を巻き込むべくそれは大きく広がっていく。

 エンジュシティで喰らったオオワザだ。

 この後、渦は爆弾のように爆ぜ、周囲にあるもの全てを吹き飛ばす。

 受ければ、一瞬で意識を刈り取られ、ポケモンは瀕死となるだろう。

 戸惑い、どうすれば良いのか分からず後ずさるカルミアを庇うように抱き締め、メグルはニンフィアに向かって叫ぶ。

 

「ニンフィア、こっちもオオワザだ!!」

「ふぃ!?」

「俺の狙ったところに撃て──”むげんほうよう”!!」

 

 一方のニンフィアも周囲に泡を充満させ、大渦目掛けて──強烈な水のブレスを放つ。

 それは一直線に飛び、大渦を貫いたが、それだけでオオワザが止まるはずもなく。

 

 

 

【スイクンの タイダルストーム!!】

 

 

 

 

 大渦が爆ぜた。

 タイプ:ゼノは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 カルミアを抱きしめたまま、メグルも巻き上げられ──そして背中から落下した。

 

「あっだぁっ……!?」

 

 揺さぶられるような衝撃。

 そして、背中全部から伝わってくる衝突の痛み。

 起き上がる事ができない。

 カルミアを抱きしめていたので、受け身を取ることすら出来なかった。

 

「メ、メグルさん……!?」

「いづづづ……無事か、カルミア……!」

「私は何とか……!」

 

 視界がぐらつく。

 タイプ:ゼノは起き上がる様子が無い。戦闘不能だ。

 そして、まともに立っているのは、効果がいまひとつのニンフィアだけ。

 それでも、オオワザを受けたことで、足が震えており、立っているのもやっとのようだった。

 

「フィッキュルィィィ……!」

「おやぁ? まだやるんですか?」

「……流石の威力だな……部屋全部巻き込んでの攻撃か……効いたぜ……! オーライズしてなきゃ、負けてるよ」

「ッ……メグルさん、しっかり──!」

「それよりも……タイプ:ゼノを回復させてやれ。まだ、バトルは終わってねーぞ」

「え?」

「終わってない? いいえ、終わりですよ。渾身の一撃も、オオワザを止められず、こっちのスイクンにも当たっていない。まあ当たったところで大したダメージは与えられないでしょうけどね」

「……あっ」

 

 何かに気付いたようにカルミアは視線を上に移す。

 

「……そうだ。ダメージは与えられねえし、清く澄んだ水は──むしろスイクンにとっては良いエネルギー源だろ」

「──ええそうですよ! そこまできっちりとコピーしてるんですから……」

 

 ぴき、ぴきぴき、と音が鳴る。

 パイプ管が砕けてコードが引き千切られる音が。

 

「は? え?」

 

 サーフェスもまた、何が起こったのか理解できないようだった。

 

「悪いなサーフェス。お前はやっぱ10年前のポンコツAIだったみたいだぜ」

 

 それは、優雅に凍てついた地面に降り立つ。

 

「俺の狙いはオオワザを止めることでもなければ、コピースイクンを攻撃する事でもない」

 

 それはそもそもの概念として北風の化身であり水の遣い。

 水を受けることは、瀕死の今──急速に自らの力を取り戻すことに繋がる。

 

 

 

「すすいー!!」

 

 

 

 北風の化身は今、全ての枷を食い破るのだった。

 

「本物のスイクンを──助ける事だ!!」

「なぁっ……!?」

 

 無論、賭けであったことは否めない。スイクンの特性は水を受けることができるものではない。

 幾ら効果今一つの水技と言えど、ダメージを与えてしまうことに繋がってしまうのではないかともメグルは考えた。

 しかし、すいしょうのおやしろにはスイクンの像が建てられていたことをメグルは思い出す。

 元々、サイゴクのすがたのシャワーズ、サンダース、ブースターは、それぞれスイクン、ライコウ、エンテイに見立てられて祀られたとされている。 

 その力が、元となる伝説のポケモンに対し親和性の強いものであってもおかしくはない、と考えたのだ。

 そうでなくとも、今のスイクンは水を失った蛙も同然の状態。多少のダメージ覚悟でも水を与えれば、その力を取り戻せるかもしれないと賭けたのである。

 

「しまった……!! し、しかし!! こうなれば、列島のように貴方達もまとめて凍えさせれば良いだけの話!! スイクン!! 全冷気を解放しなさい!!」

 

 コピーは、周囲に冷気を纏い、一気に部屋を低温に変えようとする。

 しかし、その身体は小刻みに痙攣しており、なかなか周囲の温度は冷え切らない。

 

「……ま、まさかさっきの10まんボルトで麻痺して──!!」

「すすいー!!」

 

 コピーに向かった怒りをぶつけるように、本物のスイクンはその場に氷の華を咲かせる。

 それは偽者を一際強い冷気に包み込む。

 シャワーズと違い、スイクンは純粋なる水タイプ。

 急激に冷やせば、その身体は完全に細胞諸共凍結し──

 

 

 

【スイクンの ぜったいれいど!!】

 

 

 

 ──あっさりと、バラバラに砕け散るのだった。

 

「い、一撃必殺……ッ!?」

「すごい……!」

 

 氷タイプ以外で扱えるポケモンが非常に少ない”ぜったいれいど”。

 その数少ないポケモンの1匹は伊達ではない。冷気を一気にコピースイクンに集中させ、物言わぬ氷塊へと変えたのである。

 有無を言わさない圧倒的な力。そして、同じ相手に二度敗けはしないという聖獣の矜持。

 威風堂々とした佇まいが、雄弁に物語る。

 

 

 

「検体が逃げ出しちゃア、ダメでしょぉ!?」

 

 

 

 だが、サーフェスも往生際悪く、更に3匹の三聖獣を追加で培養槽から生み出す。

 今度はエンテイ、ライコウ、スイクンが揃い踏みとなり、メグル達に牙を剥く。

 流石のスイクンも1匹では手に余る相手だ。しかし──今の彼には、ニンフィア、そして”げんきのかけら”で立ち直ったタイプ:ゼノが居る。

 

「スイクン。今度は俺達がいる。一緒に、()()()を倒すぞ」

「微力ながら……お手伝いさせてください!」

 

 ニンフィア、タイプ:ゼノ、そしてスイクンは並び立ち、コピーとサーフェスに向かう。

 

「ミッシング・アイランドは私達の夢なんですよぉ!! 私は終わらせません!! 彼らの夢は終わらない!!」

「……いいえ、終わりです。此処で全部」

 

 コピー達が放つ攻撃は、ニンフィアが大量展開した無数の泡、そしてスイクンの氷の壁によってさえぎられる。

 偽りの炎も、偽りの落雷も、そして偽りの氷水も、全て阻まれ、跳ね返されてしまう。

 その間に、ニンフィアは先程とは比べ物にならない量の水を溜め込み、スイクンもまた、水を高圧縮させる。

 そして火竜の姿となったタイプ:ゼノは、その口に強烈なドラゴンエネルギーをチャージしていく。

 3匹共に、技を放つ準備は万全だ。

 

「沈めよ、泥舟。夢とやらを抱いて、今度は永遠にな──!!」

 

 

 

【ニンフィアの むげんほうよう!!】

 

【スイクンの ハイドロポンプ!!】

 

【タイプ:ゼノの わざマシン115(りゅうのはどう)!!】

 

 

 

 三つの技が突き刺すようにコピーマシーン目掛けて放たれる。

 一点目掛けて射出されたそれは、機械の中枢を貫き、そして──内部から破壊しつくしたのだった。

 爆発音と共に、機械も培養液もまとめて吹き飛び、命無きコピー達もまた消えていく。

 メグル達は、部屋から逃げるように飛び出すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC14話:爆発オチはやはり最低だと思うこの頃

 地下施設を進みながら、カルミアは振り返った。

 スイクンがずっと、後ろから付いてきている。

 その真っ直ぐに澄んだ目を見つめながら、彼女は頭を下げた。

 

「ごめんなさい、スイクン。人間の作った機械が……紛い物が、貴方を苦しめてしまった。もっと言えば……私がこの島を起動した所為で……」

「すすいー」

 

 気にしなくて良い、と言わんばかりにスイクンは首を横に振る。

 

「……良いんですか?」

「まあ、その何だ。結果オーライってヤツじゃねーか?」

 

 メグルはカルミアの肩に手を置いた。

 

「確かに元はお前が島を起動させちまったのが始まりかもしれねーけど……これだけの研究資料や機械がある島なら、誰かが悪用しようとしたかもしれないだろうし。発見したのが君で良かったかもしれないぜ」

「……でも」

「しかも、君が島を浮かび上がらせたおかげで──タイプ:ゼノを助ける事ができた。……助けたかったんだろ?」

「……」

 

 カルミアは腰にぶら下げたボールの一つを撫でた。

 嬉しそうにそれは揺れていた。

  

「……そうですね。クローンである私にできる事は、これだけですから」

「いーや、これからもっと見つかるかもしれねーんだぜ? もっと明るくいこうや!」

「明るく──」

「そうだ。もう君を縛るものは何にもないからな。これからは自由の身だぜ」

「……どうしましょう。これから何をするのか、何をしたいのか、全く考えてなかった」

 

 少し考えるように唸った後──カルミアはタイプ:ゼノのボールを取り出して、言った。

 

「……そうだ。貴方に外の世界を見せてあげたい。試験管や研究所だけじゃない。世界は広いってところを見せてあげなきゃいけない」

 

 かたかた、とボールが震える。

 それは、彼女の期待する「これから」に、タイプ:ゼノもまた期待していることを意味していた。

 

「この子を守るのは……私の使命。この子のために……私はまだ、生きていなきゃいけない……そうですよね?」

「決まりだな」

「……メグルさんは、何かやるべき事があるんですか?」

「ある」

 

 先ず一つ。たった一つだけ決まっていることがある。

 

「俺さ……連れと一緒に旅してたんだよ。女の子」

「……カノジョって奴ですか?」

「ああ。だけど、そいつの目の前でスイクンのコピーに連れ去られちまったからさ。先ずは、早くそいつと顔を合わせなきゃいけないんだ。普段は明るく振る舞ってるけど、その反面気にしいだから……すっげー心配してると思う」

「……もしかして、私と似たような目をしてるのって、その女の子ですか?」

「そうだな。そいつは無鉄砲で、自分から死にに行くような真似をしてたから。お節介だったかもしれねーけど、放っておけなかった」

「その人は幸せ者です。そんなに強く想ってもらえる人が居るなんて」

「君にもいつかできるさ。君は、君の旅路を歩めば良い」

「私の──旅路」

 

 彼女は俯く。

 それは今、決めた事。

 タイプ:ゼノと共に生きる。

 その上で何ができるだろうか──と彼女は考える。

 

「ところで──」

 

 メグルは徐に足を止めた。

 ぴたり、とカルミアも釣られて足を止める。

 彼の顔からは冷や汗が流れていた。

 

「なんかいい感じにシメようとしたけど……俺達ゃどうやったらこの島から出られるんだ?」

「あっ……」

 

 結局、あのコピーマシーンを止めたところで、此処から出られるわけではないのである。

 このエリア5の何処かに、中枢となるコンピューターもあるはずだ。

 そして、例のサーフェスも別に、あのマシンの中だけに入っているAIというわけではないので──

 

 

 

「ぴんぽんぱんぽーん♪ あーあー、マイテス、マイテース!! 聞こえてるでしょうかぁ」

 

 

 

 ──こうなるのである。

 あの甲高いアニメ声がハイテンションで廊下中に響き渡る。何処かからスピーカーを通してこちらへ話しかけているのだろう。

 ニンフィアが低く唸り、スイクンもまた敵意を剥き出しにして辺りを見回す。

 だが、コピーポケモンの姿はいつまで経っても見えない。

 

「なんかこう、しんみりした空気になってるところ悪いんですけどねぇ? 私を忘れて貰ったら困るわけなんですよ! うん!」

「これって……サーフェスの声!?」

「あいつ、まだくたばってなかったのかよ……!」

「そりゃあそうですとも! 私の本体は中枢コンピューターにありますから!」

「ッ……おい、その中枢コンピューターは何処にあるんだ!?」

「言う訳ないし、そもそも貴方達が辿り着くことは永遠にありませんからねー!!」

 

 得意げにサーフェスは続ける。

 

「タイプ:ゼノを捕獲し、あまつさえコピーマシーンまで完膚なきまで破壊してくれた貴方達は見事この島の脅威と認定されました!! てゆーか、好き放題された挙句、タイプ:ゼノまで島の外に持ち出されたら困るんですよねぇ!」

「いや……その節は悪かったからさ、大人しく帰してほしいんだけど」

「夢の中で永遠にじっとしていてほしいんですが……」

「えー!? やだやだ、そんな寂しい事言わないでくださいよぅ、でもほら、私って超が付く程健気で献身的なアシスタントAIじゃないですかぁ」

「知らねえよ」

「だから、最後の最後まで研究所や島の為に殉じるのが筋だと思うし、そうなるようにプログラミングされているんですよねぇ、うん!!」

「いや、だから知らねえよ、さっさと帰せ」

「まあまあ聞いてくださいよ、貴方たちにとっても悪い話じゃないと思うんですけどね?」

 

 間髪入れずにサーフェスは──確かに聞いていなければ詰んでいたであろうことを抜かしたのであった。

 

 

 

「とゆーわけで! この島の下にあった自爆装置を全部作動させて、この島諸共貴方達を葬ろうと思いまーす!!」

「待て待て待て待て」

 

 

 次の瞬間、爆音が遠巻きに聞こえてくる。

 それで何が起こっているのかメグル達には理解が出来てしまった。

 このAIは、島中の施設全てを爆破してでもメグル達を始末するつもりなのである。

 急いで地下施設の入り口に辿り着くと、開けっ放しになっていたはずの扉が閉まっている。

 

「当然、島中の電子錠はロック済み!! 貴方たちは、まとめて海の底に沈むしかないってわけなんですよー!! 私って働きもの☆」

「おい!! ふざけんなテメェ!! 何古典的な自爆に走ってやがんだ考え直せ!!」

「あーあー、もうダメですね、中枢コンピューターも自爆する準備が整ってるんで。むしろこうしてアナウンスしてあげるって──くーっ、私って良いAI?」

「黙れ!! 良いAIは自爆したりしねーんだよ、悪意すら感じるわ!!」

「あ、お構いなく! 黙れと言われずとも、もうじきに自爆し──」

 

 遅れて、爆音がスピーカーから響き渡る。

 この時点で、中枢コンピューターを弄って脱出するという当初のプランは完全に潰えてしまったのだった。

 

「あ、あははは、物理的に黙っちゃった……あのポンコツAI」

「黙ったっていうか消し飛んだといいますか」

「すすいー……」

「フィッキュルルル……」

「待て! そんな目を俺に向けるな! 俺は悪くねえ!! 先ずは、この扉をぶっ壊さないと──バサギリ!」

 

 すぐさま、バサギリが飛び出す。

 後ろの方からは既に、爆音と爆炎が迫ってきている。

 カルミアもタイプ:ゼノを繰り出した。

 モデルはピクシー。その巨腕を振り回すと、鉄の扉はへしゃげてしまった。

 続けてバサギリも石の斧を回転させ、歪んだ扉を一刀両断。そのまま蹴飛ばすと、道は開ける。

 何とか地下から飛び出すと、既に島の施設は遠巻きから見ても皆炎上しているのが見えた。

 誇張抜きにこの島全てを自爆させるつもりらしい。

 すぐさま海辺に向かうべく、メグルはアヤシシを繰り出してその上に跨る。

 そしてカルミアも、その後ろに乗っかった。

 

「つっても、出口はどっちだ?」

「正門があるんですけど、あそこは非常に硬い金属の扉に守られていて……」

「電子錠で封じられているだろうしな……」

 

 そうこう言っているうちに、地面も爆ぜていき、逃げ場は無くなっていく。

 建物が倒壊し、木々は炎上。

 アクション映画もかくやという惨状が広がっていく。

 

「ど、どうしましょう、私達、此処から出られるんでしょうか!?」

「そんなの分からね──どわぁっ!?」

 

 突如、地面に穴が開き──そこからハッチが現れる。

 そして、あのやかましいギャル音声も聞こえてくるのだった。

 

 

 

「あーっはっはっは!! まさか、そのまま手ぶらで逃がすとお思いですかぁ!? せっかくなので出血大サービス!! この子も連れていってくださいな!!」

「ヒュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウッ!!」

 

 

 

 それは──3メートル程はあろうかという、角の生えた真っ白な海獣のポケモンだった。

 あしかポケモンのジュゴンであることはメグルにも分かる。だが、その顔面には制御用のバイザーが取り付けられている。

 

「ただでは転ばないのがサーフェス☆クオリティ!! 地獄の果てまで看取って差し上げますとも!!」

 

【ジュゴン あしかポケモン タイプ:水/氷】

 

(あんまり露出が少ないから地味な印象のポケモンだが、四天王・カンナの先鋒で有名! VC(バーチャルコンソール)の初代ではこいつに苦戦させられたなぁ!?)

 

 一見した種族値以上に強敵である印象が強いポケモンだ。水・氷の複合は優秀で隙が無い。

 更に、そのサイズは通常の種類より遥かに巨大。ヌシ個体とでもいうべきサイズだ。

 凡そ、研究所で改造されて巨大化したのだろう、とメグルは考える。此処まで来ればもう何があっても驚かない。

 

「つーかテメェ、まだ生きてたのかよ!!」

「当然でしょう! 私だって消えたくないですからねぇ! 超高性能清楚系全知アシスタントAIの私は、抜け目なくバイザーにデータをきっちり移していますとも!」

「自尊心だけは高いなぁ、このAIは!!」

「私、電子工学は専門外ですが……このAIを作った人が奇妙奇天烈系変人奇人であることだけは確かだと思います……」

「何でも良い! ジュゴンと戦ってる場合じゃねえ!! とにかく逃げるぞアヤシシ!!」

「あっはははは!! せいぜい逃げれば良いじゃないですかぁ!? 逃げ場なんてもう、ありませんけどもねぇ!!」

 

 角から放つ”れいとうビーム”で地面を凍らせながら滑るようにしてメグル達を追跡するジュゴン。

 その間にも島の各所は次々に爆発しており、既にミッシング・アイランドは傾きつつあった。

 各部から浸水が始まっており、島が浮上できなくなっている。

 そして発電所も破壊されたことで、各所の電子ロックも解除出来なくなってしまった。

 

「このジュゴンは、この島の最奥で封じられていた暴れん坊! 遺伝子組み換え100%の鬼強個体!! ちょちょいっとボールにハッキングして、解放してあげたんですよね! くーっ、私って良いAI?」

「遺伝子組み換えはアピールポイントでも何でもねーんだよ、ポンコツ!!」

「ああっ!! またそうやってポンコツって言いましたね!? 一度とならず二度までも!! 私は当時の最先端技術で作られた超高性能なッ!! 自己学習型!! アシスタントAIなんですよぉ!!」

 

 れいとうビームに加え、フリーズドライも乱発してくるため、これではスイクンも近付くことができない。

 三聖獣と言えど、タイプ相性には敵わない。周囲を凍らせたところで、氷タイプのジュゴンには全く意味が無い上に、一緒に逃げているメグル達を巻き込むだけだと理解しているのだ。

 伝説の力は、そう簡単に振るえるものではないのである。

 ただただ、アヤシシとスイクンに出来るのは、逃げるだけ。なんせ周囲は耳がおかしくなるほどの頻度で爆発を繰り返しており、いつ巻き込まれるか分からない。

 そしてその爆発を、”あついしぼう”で受け止めながら突き進みながら周囲を凍てつかせていくジュゴンは、海獣ではなく怪獣という言葉が相応しい。

 

(ジュゴンで良かった……ッ!! トドゼルガだったら恐怖3倍だったかもしれん……ッ!!)

 

 と思っていた矢先、角から飛んできた”れいとうビーム”が頬を掠める。

 肩から首にかけて凍り付いていた。

 

(前言撤回!! やっぱヤベーよ、コイツも!!)

 

 トドゼルガ程のパワーは無いとはいえ、それはあくまでも同体格・同体重の個体と比べた時の話。

 おまけに、ジュゴンは角から”れいとうビーム”を放つことで正確無比にこちらを狙ってくる。

 このままでは、自分はおろかカルミアも危ない。

 

(此処まで来て、諦めて堪るかよ!! 絶対に誰も死なせるか!! そんでもって──)

 

 脳裏に映るのは、あのメカクレ少女の顔だった。

 

(絶対帰るって決めたんだ!!)

 

「クソッ、しっかり掴まれ!!」

「は、はいぃっ……!!」

「飛ばせアヤシシ!! 疾く疾く駆けろ!!」

「ブルトゥ!!」

「ビッグバトルレースのあの時を思い出せ!!」

 

 しかし、ジュゴンの速度も想像以上に速い。

 体を滑らせながら、巨体を武器にどんどん迫ってくる。

 しまいには尻尾を地面に叩きつけて、飛び掛かってくるのだった。

 

「やっば、避けられな──」

 

 

 

 

「ららいー!!」

 

 

 

 雷光直撃。

 飛び上がったジュゴンを撃ち落とすように、青白い閃光が突如降りかかる。

 

「ほぎゃーっ!? しびびびびーっ!? 何事ですかぁー!?」

 

 墜落したジュゴンは、それでも尚怯むことなく辺りを見回す。

 バイザー越しにサーフェスが捉えた視界には──全身の毛を逆立てた虎の如きポケモンが立っていた。

 通り過ぎ様に、メグルもその姿を確かに見た。

 

「ッ……ライコウ!?」

 

 

 

「ええいー!!」

 

 

 

 更に今度は追い打ちをかけるようにして、巨大な火球がジュゴン目掛けて飛び、爆ぜる。

 そのまま押しやられたジュゴンの巨体はのたうち回りながら、爆炎に巻き込まれ、見えなくなった。

 

「エンテイに……ライコウ!?」

「電子錠が掛けられている状態で入ってきたってことは──正面入り口を突破したんでしょうか!?」

 

 着いて来い、と言わんばかりに2匹は駆ける。それに続き、スイクンも一歩遅れて2匹に続く。

 彼らの速度はアヤシシのそれを遥かに上回っており、メグルも追いかけるので精一杯だった。

 そうしてしばらく走っていると、何者かにこじ開けられたであろう正面ゲートが見えた。 

 

「出口だ!! 出られるぞ、外に!!」

「やりました!! これで漸く──」

 

 

 

「逃がしぃ、ませんよぉぉぉーっ!!」

 

 

 

 

 あの甲高いアニメ声が、まだ聞こえてくることにメグルは恐怖を覚えた。

 ジュゴンが滑走しながられいとうビームを放ち、追いかけて来るのである。

 バイザーも未だに健在。故にサーフェスも健在だ。

 だが、最早なりふり構ってはいられなかった。爆発音をBGMに、メグルはアヤシシのライドギアを握り締め、思いっきりゲートから海へと飛び出す。

 ミッシング・アイランドは既に傾いており、水面まで凡そ10メートル。

 乗り換えるべくヘイラッシャのボールを投げようとした矢先、鋭い痛みが手を襲った。 

 ”れいとうビーム”がメグルの右手をボール諸共凍らせたのだ。

 

「しまっ……!?」

「あっはははははぁーっ!! これでお終いです!! 海の藻屑になりなさいッ!!」

 

 ずるずると這い出し、遅れて空へと飛び出したのはジュゴン。

 そのままメグル達を空から海中へ叩き落とすべく、巨大な鰭を振り下ろす。

 万事休す、と思われたその時だった。

 

 

 

「ルカリオッ!! ”はどうだん”ッス!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC15話:それぞれの明日へ

 その波動の弾はアヤシシの身体を通り抜け、ジュゴンの腹を直撃した。

 タイプ一致で1.5倍、いやメガシンカによって特性:適応力で2倍。

 それが加わった効果抜群の一撃が被弾したことで空中での姿勢を崩し、そのまま海獣は海へと沈んでいく。

 

「あっぎ、バカなぁ……! 何なんですか藪から棒に! 一体何処から──」

 

 メグルの視線は──声のした方へ向く。

 船だ。

 クルーザーの上で、ルカリオが構えている。

 その隣には、見覚えのある格闘小僧が立っているのだった。

 

「ノオトッ!? 何でアイツこんな所に!?」

 

 その声がノオトに聞こえたかどうかは分からない。

 しかし、もう船の上に着地するだけの距離は無い。

 このままではアヤシシ諸共、2人は海に落下するしかない。

 

「蔓を思いっきり伸ばして、アヤシシを巻き取るんだ!!」

 

 その時。

 アヤシシの身体は緑色の蔓に思いっきり巻きつけられ、そのまま引っ張られていく。

 このような芸当が出来るのは、同種の中でも一際大きな体を持つ、あのポケモンしか居ない。

 アヤシシはクルーザーへと強く強く引き寄せられ、甲板に着地したのだった。

 蔓の持ち主は──ジャローダ。

 そして、それを使役しているのは、

 

 

 

「よ、良かったぁぁぁ、帰ってきたぁぁぁ!!」

 

 

 

 最愛のメカクレ女だった。

 アヤシシから降りたメグルは、最初こそ信じられない光景に放心していたが、漸く目の前で起こっていることが現実だと気付くと、倒れ込むように彼女に抱き着く。

 

「へへ……助けられちまったな……サンキュー、アルカ」

「な、何だよそれぇ……ボク、すっごく心配したんだからあ!! 居なくならないって言ったじゃんかさ、バカぁ!!」

 

 泣きそうな声で叫ぶアルカ。

 彼の首元も、腕も凍り付いており、とても無事には見えない。

 だがそれでも、五体満足で彼が帰ってきたことに、アルカは喜びを隠すことができなかった。

 

「それと、女の子が1人いるんだ」

「ああ、まだ島の中に攫われた人が居たんスね……!」

 

 何が何やらといった様子でカルミアは、アルカ、そしてノオトの顔を眺める。

 そして、心配そうにメグルの方を見た。

 

「大丈夫。俺の信頼できる仲間達だから」

 

 それを聞き、漸く安心したのか、彼女はへたり込んでしまうのだった。

 すぐさまアルカが駆け寄る。

 

「ねえ君! 怪我はない!?」

「はい……メグルさんに、助けて貰ったので」

「じゃあ二人とも、一先ずは無事ってことッスね!」

「ほんっと心配したんだよ! あの正門ゲートを破壊する途中で、島が揺れて、しばらくしたら沈みだして……もうダメかと思ったんだからぁ!」

「それにしても、よく俺が海に飛び出してくるって分かったな。そもそも、何でお前らこんな所に居るんだ!? こんな立派なクルーザーまでどうやって用意したんだよ」

「助けに来たに決まってるじゃん!」

「ヒルギさんに全部礼を言ってくださいッスよ。此処までの作戦立案、全部あの人ッスから」

「待て。ヒルギさんって一体誰──」

 

 

 

 

「逃がさないと、言ったでしょオオオオオ!?」

 

 

 

 海面からそれは性懲りもなく現れた。

 それは再びクルーザーを目掛けて飛び掛かる。

 甲板は、あの海獣と戦うにはあまりにも狭すぎる。

 角に冷凍光線のエネルギーをチャージ。

 目標は当然クルーザーそのもの。全部まとめて凍らせて、海に沈めれば完璧。全てが丸く収まる。

 

 

 

 ──尤も──()()()()()()()()()()()()()()、という点に目を瞑ればであるが。

 

 

 

「セキタンザン。”SLブレイク”で撃墜しろ」

 

 

 

 ロケットのように、洋上から何かが飛び出した。

 発射源は、クルーザーに随伴している小型のボート。

 それは真っ直ぐにジュゴンの身体を捕え、軌道をずらし、海へと叩き落とす光景だった。

 あまりにも鮮烈な光景、そして上がる水飛沫に気を取られ、最後まで全員は何が起こったのか分からなかった。

 そしてしばらくして、何事も無かったかのように、下手人である彼はボートをクルーザーに寄せていく。

 そして、船の上に上がり込んでいき──遂に、メグルと対面するのだった。

 

「紹介するッス。この人が──」

「セイランシティの新キャプテンに就任したヒルギだ。よろしく頼む」

 

【”すいしょうのおやしろ”キャプテン・ヒルギ】

 

「あ、えーと……メグルです」

 

 新キャプテンが決まっていた話など聞いていなかったメグルは、見慣れぬ男がキャプテンを名乗ることに違和感を覚える。

 しかし、あのシャワーズが認めた相手ならば決して悪い人間ではないのだろう、と考えた。

 

「……やはり他のキャプテンが見込んだ通りの、なかなか沸騰した男だ」

「え? 沸騰?」

「ヒルギさんなりの誉め言葉ッスよ!」

「はぁ……」

「船とか用意したり、メグルさんの様子をドローンで偵察してくれたのはヒルギさんなんだよ」

 

 ノオト達が扉をこじ開けた時は、既に島中の自爆プログラムが起動していた。

 周囲も爆発炎上を繰り返しており、とてもではないが人間だけで入れる状態ではなかった。

 そのため、ヒルギはドローンを飛ばし、上空からメグル達が居ないかを確認。すぐさまアヤシシに乗っている彼を発見したため、エンテイとライコウにメグルのサポートを行わせて、自分達は洋上からメグルを受け止めにかかったのだ。

 そしてヒルギは、万が一メグルが海に落ちた時に備えて、小型ボートの上で待機していたのである。

 

「すっげー……場慣れしてる……本当に助かりました」

「礼を言われる程じゃない。俺は仕事のついででお前を助けただけだ。ただ、仕事場は今まさに海底に沈みつつあるがな」

 

 爆発炎上しながら沈んでいくミッシング・アイランド。

 これではもう調査どころではない。

 

「ヒルギさんは冒険家で、本当はミッシング・アイランドの調査を依頼されてたんスよ」

「キャプテン就任前の最後の仕事だったが……仕方ない」

 

(でも、沈んで良かったよな、あんな場所)

 

 小声でメグルはカルミアに囁いた。

 

(はい……今度こそ、これであの島に居たポケモン達も……眠ることができると思います)

 

 クルーザーが離れていく中、ミッシング・アイランドは今度こそ消えていく。

 数多の夢、野望、そして無念を抱えたまま、幾多もの命が生まれる海へと消えていく。

 その様を、海上に浮かぶ伝説の三聖獣もまた、見届けていく。

 エンテイは火の玉に姿を変え、ライコウは稲光へと姿を変え──その場を去っていくのだった。

 

 

 

「すすいー」

 

 

 

 そして只一匹。スイクンだけが、メグルを見下ろしていた。

 その視線に気づいた彼が手を振ると──多くを語らない水の遣いは、北風に姿を変え、その場から掻き消える。

 

「……ありがとう、って言ってくれたのかな」

「ふぃるふぃー」

 

 何となくだが、また会える気がする。

 そんな予感を信じ、メグルはもう一度、誰も居ない北風の吹く空に手を振るのだった。

 その様に、何処か一種の哀愁を感じたのかアルカがぽつりと呟く。

 

「伝説のポケモン、居なくなっちゃったね」

「また会えるだろ。今度会う時は、正真正銘本物のスイクンにな」

「……そうだね」

 

 しばらく、海へ消えていく島を見届けたところで──アルカは「ところでさ」とメグルに問いかける。

 

「あの島で何があったの!? ボクにもちゃんと教えてよ!!」

「その前に腕が凍ってるから、元に戻してえんだけど。取れちまうよ」

「氷治しなら持ってるッスよ。凍傷にもバッチリ効くッス!」

「後、この女の子誰!? ……すっごくカワイイ!!」

「えーと、えと、あの」

 

 どぎまぎした様子でカルミアはアルカの方を見る。テンションに付いていけないようだった。

 

「いや、話すとすごく長くてだな」

「……もしかして疚しい事でもあるの?」

「ちげーよ!!」

 

 どう見ても年齢が不釣り合いだろう、とメグルはカルミアを指差す。

 

 

 

「えーと、この子はだな──」

「”ミア”と申します。12歳──カントー出身のポケモントレーナーです」

 

 

 

 恭しく彼女は礼をする。

 メグルは彼女の自己紹介に少し戸惑いながらも、その意図を察して何も言わなかった。

 彼女は、誰かの代わりではない。新しい一人の人間として、一歩を踏み出そうとしている。今日がその最初の日だ。

 

 

 

「ちょっとワケアリですけど……仲良くしてくださると、幸いです」

 

 

 

 はにかむような笑みは──全てが吹っ切れたわけではないにせよ、彼女が前に進めた証だと信じるメグルだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──それから、一週間ほど経っただろうか。 

 ベニシティの病院で検査入院を終え、退院したメグルを待っているのはアルカだった。

 彼女は、再びぶつけるような抱擁を浴びせると、そのまま彼の横に並ぶ。

 

「結局、回り回ってサイゴク地方に帰ってきちゃったね。どうする? ジョウトでの旅」

「中途半端な所だったしなぁ。このまま続けても良いんだけど。今は少し休みたい気分だ」

「だよねー」

 

 公園のベンチで日差しを浴びていると、久々にアブソルがボールから飛び出して甘えて来る。

 手持ちの中では唯一、離れ離れだったので、ずっとぐずっていたらしいという。

 ニンフィアも今回ばかりは、彼女がメグルとじゃれるのを黙って見ていた。相変わらず勝手にボールから出て睨み付けているのは変わらないが。

 

「おーよしよし! 悪かったな、ひとりにしちまって、寂しかったろ?」

「ふるーる!」

「……これで全部丸く収まったのかな」

「あ、そうだ! 君宛てに手紙を預かってるんだよね」

「手紙?」

「うん。ミアちゃんから」

 

 そう言って、彼女は便箋を鞄から取り出す。

 どうやら短い間に、手紙を預けてもらう程度には仲良くなったらしい。

 

「あいつから何か話を聞いたりしたか? 島の事とか」

「あの島でポケモンに関するひっどい研究があったこと。万能細胞? って奴から生まれたポケモンを捕まえたこと。後はあの子のお父さんがあそこの研究員だったこととか聞いたかな」

「そうか」

 

 口裏を合わせた通りに喋ったんだな、とメグルは安堵した。

 彼女の生まれのことなど、知らない人間にとっては知らないままで良い事だ。

 彼女が隠したいならば猶更である。何より、感受性の強いアルカに、カルミア──もといミアの事で悩んで欲しくはない。

 

「でも、あの子はすっごく良い子だった! それだけは分かる。ボク、これでも人を見る目はあるんだよね」

「それは間違いないと思うぜ」

「でしょー? えっへへ」

 

 便箋を開ける。

 そこには手紙が入っていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『メグルさんへ

 

これを読んでいる時、私はきっとカントーを回る旅に出ていると思います。

 

自分の父の事、生まれの事で思い悩む日はきっと、これからも続くと思います。

 

それでも──今の私には、誰かの代わりではない私を見てくれるポケモン達が居ます。

 

彼らの為に……あの島で犠牲になった命の分まで一日でも長く精一杯生き続けようと思います。

 

月並みな言葉ですが、助けていただいたこと、背中を押してもらったことに、お礼を言わせてください。

 

本当に、ありがとうございました。

 

 

                                        ミア』

 

 

 

「──手紙ってあまり書かないけど、これで良いのでしょうか、タイプ:ゼノ」

「ぴぽぽぽぽ」

「……メグルさんの旅も、上手くいきますように」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……どうやら、もう俺の助けは必要ないみたいだな」

「何々ー? 何て書いてあったの?」

「カントーで元気に旅をするんだってよ」

「じゃあもうサイゴクから出て行っちゃったの、あの子!?」

「そうみたいだぜ」

 

 そう言ってメグルは鞄に手紙を仕舞う。

 本日は晴天。飛行機も問題なく出られる天候だ。

 列島から寒気は消え去り、異常気象は終わりを告げた。

 

「んじゃあ、俺達も旅の続きを始めるか」

「え!? 休むんじゃなかったの!?」

「たりめーだ。時は金なりって言うし? 1日でも無駄には出来ねえよな」

「ふぅん……さっきと言ってることが180度違うね」

「俺達ゃ、あのセレビィを追いかけなきゃいけねえんだからな。逃げちまうかもだろ?」

「そうだけどぉ……」

 

(逃げちゃいそうなのは……君の方だよ)

 

 ぎゅっ、とアルカはメグルの手を握り締める。

 

 

 

(……居なくならないでよね──いや、今度は……ボクが君を繋ぎとめられるくらい、強くなる)

 

 

 

 彼の笑顔を眺めながら──密かにアルカは決意するのだった。

 

(先ずは一歩踏み出さなきゃ! ボクの方からアプローチしなきゃ、今回みたいなことが起こっちゃう!)

 

「ん? どうしたアルカ」

「え、えっとね、メグル。ボク──」

 

 メグルの袖を掴んだまま、潤んだ瞳でアルカは彼の顔を見上げる。

 流石の鈍感男も、彼女が何をしようとしているのかは分かった。

 突然の行動にどぎまぎしながらも、受け入れようと目を瞑る。

 そして、つま先立ちになって、アルカが彼の顔に近付いた、その時だった。

 

 

 

「メーグルさーん!! アールカさーん!!」

 

 

 

 やっかましい声がその場に響き渡り、2人は慌てて元のように並び立つ。

 

「ノ、ノオト……ッ!! お前どうしたんだよ──っ」

「いやー、どうしたもこうしたも快気祝いに決まってるっしょ?」

「……ノオトォ……!」

 

 アルカが怒りで瞳を滾らせていることには流石にノオトも気づいたが、知らないふりをした。

 

(オレっちもしかして、邪魔だった?)

 

(邪魔だったよ、空気読んで!!)

 

(すまねえノオト……お前は間が悪すぎる)

 

 すすす、と三歩下がるとノオトはそれでも知らないふりを貫き通す。

 

「え、えーと、折角サイゴクに帰ってきたんだし、メグルさんとアルカさんに頼みがあるんスよ」

「頼みぃ? 一体何なのさ」

「俺達ゃ明日にでもジョウトに戻る予定だったんだが」

「アルカさんは絶対に首を縦に振るッスよ。間違いなく」

「何さ。よっぽどのことがないと、ボクは動かないよ」

 

 にやり、とノオトは自信満々の笑みを浮かべてみせる。既にメグルはこの時点で何となくオチが予想出来てしまっていた。

 

 

 

「実は……セイランシティ・フチュウ地区の美術館に、予告状が届いたんスよ……展示品を盗むという予告状が!」

「フチュウ地区ゥ!?」

「うっわうるさ」

 

 

 

 一難去ってまた一難。

 静けさは嵐の前触れ。

 サイゴクを舞台に、誰も予想だにしない新たなる事件が巻き起ころうとしていた──

 

 

 

 ──CC二章「ミッシング・ラボ」(完)

 

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

 

▶はい

 

いいえ

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──()は自らの上司に当たる人物に一通り今回の事件の報告を終える。

 そうして──憂いを帯びた低い溜息が部屋に響いた。

 

「──成程。それでは、ミッシング・アイランドは調査前に海の藻屑へと消えたのじゃな?」

「残念ながら」

「ふぅむ……しかし、おぬしのことだ。大方、良い土産を持ち帰ってきたのじゃろう?」

「ええ、最終的に目的の物は幸い手に入りました。思わぬ形ではありましたが」

「最初にそれを言わんか、戯け」

 

 そう言いつつも、上司の声は何処か喜ばしそうだった。

 

「……こちらがサーフェスです。コードを調べれば、製作者も直に分かるかと」

 

 男はそう言って、向かい合う自らの上司に1つのモンスターボールを差し出す。

 その中にはジュゴンが入っていた。

 それをまじまじと眺めると──上司は笑みを浮かべてみせる。

 必要なのはジュゴンではない。ジュゴンに取り付けられたバイザーだ。

 

(……何とか沈む前に捕獲出来て良かった……)

 

「うむうむ、実に大義であったぞ。おぬしに任せて正解であった」

「中のAIは無事。きっと役に立つかと思われます。製作者の所在地もいずれは」

「……良い良い、苦しゅうないぞ。褒美を遣わそう」

 

 ボールを受け取った上司は振り返り、彼に笑みを投げかける。

 

「時に──例のメグルという異世界から来たという男は……我らの脅威になりえるのか?」

「……どちらとも言えません。まだその実力を見た訳ではないので。しかし少なくとも、おやしろまいりを突破した以上は、並以上の実力はあるかと」

「どんなに低く見積もっても、か」

「……はい」

「良い良い、今はまだ表立って騒ぐ時ではないわ。そちには引き続き、きゃぷてんとやらの任を遂行せよ」

「……確かに」

 

 

 

 

「──()()()()。今後とも、我らによる計画発動の日まで……変わらず邁進せよ」

 

 

 

 普段はグローブで隠されているヒルギの右手の甲には──方舟を象った焼き印が押されていた。




CC編第2章これにて終了です!作者も手探りの状態で連載を続けていましたが、執筆中に何とか縦軸になる話を考える事ができました。次章は比較的軽めな話になる予定なので、お楽しみに。メインは勿論、あの石商人です。ではでは。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリアクリスタル第三章:城下町怪盗捕物帳
CC16話:ポケモンで怪盗は居るには居る


 ──その夜、ミアレシティの月は高々と輝いていた。

 

「──国際警察のダンガンと申します」

「……同じく、フカです」

「おお、貴方たちが噂の、怪盗事件担当の……ッ!」

 

【怪盗対策課本部 コードネーム”ダンガン”】

 

【怪盗対策課本部 コードネーム”フカ”】

 

 国際警察。

 それは、この世界に於ける組織犯罪や地方を跨いだ犯罪を取り締まる法規的機関である。

 任務とあらば、どのような地方にでも駆け付け、隠密調査からこのような警備まで何でも請け負う。

 彼らの立ち向かう相手はいずれも、一筋縄ではいかない強大な相手が殆どだ。

 この二人が担当する怪盗犯罪もまた、例外ではない。 

 コートを羽織った若い男がダンガン。そして、フードを目深に被った背の低い女がフカ。

 彼らが主に請け負う事件は、カロス地方や隣のパルデア地方で多発する怪盗事件であった。

 

「ダンガン様達が検挙した怪盗は数知れず! 怪盗犯罪のエキスパートと聞いております! 明日は展示会だというのに、目玉の”ミロカロスの涙”が奪われてしまっては我が美術館としても大損失! 何が何でも捕えて頂きたい!」

「ふっふっふ、お任せあれ、怪盗潰しのダンガンと呼んでください」

「……先輩。怪盗を捕まえた数よりも取り逃した数の方が圧倒的に多いじゃないですか。しかも、私がフォロー入れてる時が殆どですし」

「余計な事言うんじゃねェ! 依頼人を不安にしてどうすんだフカ!」

「心配には及びませんぞ、ダンガン様。館内は宝石に近付いた者がいれば、即座にレーザーによるトラップが発動するようになっています。おまけにポケモンの技を通さないジャミングバリア付」

 

 今回の怪盗の狙いは、ミアレ美術館にある宝玉”ミロカロスの涙”。

 それを今夜盗みに入るという予告状が入ったのだ。

 明日は”ミロカロスの涙”が目玉の大展覧会があるので、宝石が盗まれるわけにはいかない。

 かと言って、展覧会の中止はミアレ美術館の威信にかけて避けねばならない。

 

「成程、完璧な作戦ですね──相手が怪盗クローバーでなければ」

「なッ!!」

 

 ダンガンは腕を組むと得意げに語り出す。

 

「……怪盗クローバーは変装の名人。どんな相手でも、どんなポケモンにでも変身出来ちまう怪人物。しかも、此処より厳重な警備を突破せしめた大泥棒。誰もその正体が分からない、神出鬼没・変幻自在の怪盗──くぅーっ!! 許せねーッ!!」

「確かに許せませんな! 各地方の美術品を盗んで回るなんて……!」

「何が一番許せないかって、正義の国際警察である私達が間抜けだのと冷笑され、片やコソ泥は世間でもてはやされる事ですッ!!」

「あっ、そっち!?」

「こんな理不尽あって堪るかってんだい、べらんめぇこんちくしょう!! ”ミロカロスの涙”なんざ二の次だ、何が何でもクローバーを捕まえるのが最優先ッ!!」

「宝石を第一にしてほしいんですがァ!?」

「……先輩、クローバーの事になると、ああなんですよ。前回は私に変装されて突破されたから」

「ああ、成程……同僚に変装されて出し抜かれたとなれば、穏やかではないでしょうなあ」

 

 前回、自分の姿に変装されて騙されたダンガンを思い返しながら「本当にしょうもない……」とフカは吐き捨てる。

 

「長い付き合いの癖に、私と偽者の区別もつかないんですから……ばーか」

「んぁ? 何か言ったかフカ」

「……何でもありません。とにかく例の作戦を決行しますよ、先輩」

「応ッ! それに今回は、切札(ワイルドカード)も用意してっかんな。へっ、今に見てやがれってんだい、クローバー」

 

 そう言って警備隊と共に、ダンガンとフカは美術館の中に入っていく。

 館長は汗をハンカチで拭きながら「大丈夫かなあ、あの二人……」と呟くのだった。

 すぐさまダンガンは、四角い木箱に入った宝石をスーツケースから取り出し、今回の標的である”ミロカロスの涙”を指差した。

 

「私が思うに予告時間の間に、馬鹿正直に本物を展示しているから盗られるんですね! コイツを最初から偽物に変えておけば、クローバーもコイツを取って満足して逃げていく!」

「おまけに偽物はGPS探知機付きです。何処まで逃げても、逃げられやしませんよ」

「ハ、ハイテクだ! かがくのちからってすげー!」

「そうでしょうそうでしょう! これが国際警察の力ってもんですよ」

 

(全くこの人は……GPS追跡するのは私なんですよ、先輩……)

 

 子供のように目を輝かせる館長。それに対し、自分の手柄のように彼は胸を張ってみせる。

 

「さて、それじゃあ早速作業にかかりましょう」

 

 先ずは、フカがポケモンの技を遮断するバリアを解除。

 そして、ダンガンがボールを投げ、中から飛び出したのは二又に別れた尻尾を持つ薄紫色のポケモン。

 その額には美しい宝玉が埋め込まれている。

 

「エーフィ、”トリック”で本物と偽物を入れ替えるんだ!」

「プルフィルー」

 

【エーフィ たいようポケモン タイプ:エスパー】

 

 エーフィの超能力によって2つの宝石は入れ替えられ、本物はダンガンの手に渡る。

 偽物は展示スペースにきっちりと納まるのだった。

 

「本物は私達国際警察の手で管理しておきますので。偽者を美術館の展示室に飾っておけば安心でしょう!」

「隠し場所は?」

「私達警察の一部の人間だけが知っている場所ですよ」

「はぁ……」

 

 そう言って二人は、警察官たちを引き連れてその場から去っていく。

 残る警備員たちで偽物を展示すれば準備完了。

 後はネズミが入ってくるのを待つだけ──そのはずだった。

 しかし息吐く間もなく、再びダンガンとフカが慌てて部屋に入ってくるので、警備員たちも館長も仰天してしまうのだった。

 二人の刑事は息を切らせており、明らかに何かがあったような様子だった。

 

「今此処に私が来ませんでしたか!?」

「へぇっ!? ええ、来たじゃないですか、偽物と本物を入れ替えるって──」

「バッカモーン!! そいつが怪盗クローバーだ!!」

「えええええええーッ!?」

 

 ダンガンの言葉に驚愕するその場の全員。

 

「私達ゃ出し抜かれたんですよ! あいつに気絶させられて気が付いたら……」

「……クローバーの手口的に、変装して貴方達を騙したに違いありません。不覚です」

 

 続くフカの言葉に全員はがくり、と膝を突く。顔は真っ青になっていた。

 

「偽物と本物を入れ替えると言って、本物を持ち去るつもりだ! おい!! 偽物の俺達は今どこに──」

「警官隊と一緒に、まだ美術館の入り口に居ます!!」

「よし! すぐさま取り押さえるんだ!!」

「ハッ!」

 

 警報が鳴り響く。

 すぐさま警官隊は、本物の宝石を持った偽刑事を取り押さえるべく、入口へ殺到。

 更に無線機で方々に1階にいる二人を取り押さえるように通達が飛び交う。

 

「は? 俺達の偽者が1階に?」

「一体何を──」

 

 

 

「確保ォォォォォーッッッ!!」

 

 

 

 そんな事、つゆほども知らない二人は次の瞬間、雪崩れ込む警官たちに取り押さえられるのだった。

 全く何が起こったのかが分からないまま、2人の手からは本物の宝石が取り上げられ、そのまま手錠まで掛けられてしまう。

 

「ウッソだろオイ!! どうなってるんだ!!」

「ええい、観念しろ怪盗クローバー!!」

「違うって!! 俺達本物!!」

「私達じゃありません! ひうっ、ヘンなところ触らないでください!」

「なあ、どうなってんだコレ!! どうして俺達が偽者扱いされてんだ!?」

「知りませんよーッ!!」

 

 ──結果。

 この日は国際警察の完敗であったことは言うまでもない。

 取り押さえられた二人は、本物の国際警察。

 後からやってきた二人が偽物だったのである。

 国際警察の本物・偽物取り換え作戦は最初から怪盗には筒抜けで、まんまと裏をかかれてしまったのだ。

 そして、この騒ぎに乗じて宝石は持ち去られてしまっていた。

 偽物のダンガンが宝石を奪い取ってしまい、そのまま人混みに紛れて消えてしまったのである。

 

 

 

『予告の通り”ミロカロスの涙”を頂戴しました 怪盗クローバー』

 

 

 

 ──見事にダンガンは一度も敵の姿を見る事なく、クローバー相手に三敗目を喫する羽目になったのである。

 潰れたのは怪盗ではなく、彼の面目だった。無念なり。

 

 

 

「畜生ーッッッ!! 覚えてやがれ、怪盗クローバー!!」

「今度は二人まとめて偽者に成りすまされるとは……」

 

 

 

 ──クリアクリスタル第三章「城下町怪盗捕物帳」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──城下町・フチュウ地区。

 広大なセイランシティの中央部に位置する湾岸都市だ。

 そして、かつては領主の城が建っていたらしく、土壁や背の低い瓦屋根の建物が立ち並ぶ、言わば城下町だったらしい。

 伝統的な建築が町を彩る一方で、北に進むと製鉄所を中心とした工場地帯がベルトのように広がっている。

 このように、歴史と工業、近代と現代、古と今、二つの顔を併せ持つのがこの町の特徴だ。

 神社仏閣だけでなく、時にはその近辺から古代の遺物が発掘されることもある。

 

「あはー♡ 一回ちゃんと観光してみたかったんだよねぇ! 歴史の町、フチュウ!!」

「あのなぁ、観光に来たんじゃねーだろ今日は……」

「そうだけどぉ。まだ予告の日まで時間があるし、せっかくなら楽しまなきゃねーっ」

「一応キャプテン様直々の依頼って事忘れてねえかオマエ」

「ほら、見てよメグル! あれが美術館だよっ!」

 

 今日、城下町に二人が訪れた理由はただ一つ。

 コンクリート仕立ての建物、フチュウ美術館だ。しかし、工事中なのか周囲にはブルーシートが掛けられている。

 

(改築工事中、ね……もっとデカくする予定があるのか)

 

 この美術館はどうやら”よあけのおやしろ”の親戚筋が館長を務めているらしく、ガードマンとして優秀なトレーナーを手配してほしいというのが依頼らしい。

 ノオトは、此度の寒冷化現象の後処理の為に動くことができない。

 そこで彼が選んだのが、メガシンカを習得しているメグルとアルカだったのである。

 報酬もそれなりに貰えるのと、ノオトからの頼みということもあって、メグルは引き受けた。横の彼女が一番行きたそうだったのもあるが。

 しかし──

 

「はわわわぁ……!」

 

(フッツーに金払って入場してるし俺達……)

 

 ──アルカは、既に館内の美術品に見惚れてしまっており、怪盗の事など気にする様子も無い。

 メグルは全く芸術というものが分からないし解せない。

 しかし、現代アートから水墨画といった近代画に至るまで、幅広い年代の絵画がこの美術館には飾られている。

 

「……ふぇっふぇっふぇ。ノオトのヤツめ、なかなか分かってる嬢ちゃんを寄越したんやなぁ」

 

【フチュウ美術館館長 キヨ】

 

 現れたのは腰が曲がり、眼鏡をかけたおばあさんだった。

 

「貴女が館長さんですね?」

「ふぇっふぇっふぇ! そうぢゃ。あたしゃキヨ。此処のトップぢゃよ。あんたらがノオト坊の言っていた用心棒かえ? よう来たのぅ、立ち話もなんやし、お茶を出しちゃるけぇ、来なさい」

「ありがたくいただきます!」

「……俺も頂きます」

 

 通されたのは、客用の応接間だった。

 そこに座り──今回の事件についての概要を聞かされることになった。

 

「2日前。うちに、怪盗クローバーから予告状が届いたんぢゃ」

「怪盗クローバー?」

「聞いた事があるかも! 世界中の美術館や博物館で貴重な展示品を盗んで回ってるんだよ! しかもご丁寧に予告状付きでね! 直近だとカロス地方で暴れ回ってたみたいだ」

 

(要はル〇ンとかキ〇ドとかそう言う類のキザなコソ泥ね……)

 

「そして、これが予告状ぢゃ」

 

『5日後、特別展覧会の最中、”百鬼夜行地獄絵図”を頂きに参ります 怪盗クローバー』

 

 謎も引っ掛けもない直球の予告状だ。

 いっそすがすがしいまであるが、余程自信があるのだろう。

 

「怪盗が狙ってる百鬼夜行絵図ってのは……?」

「うむ。人間至宝の域に至った水墨画家・セツゲツカの残した最大の目玉作品ぢゃよ。500年前のサイゴクを襲った災厄を描いたとされている絵画ぢゃ」

「……サイゴクを襲った災厄」

 

 アルカの表情が曇る。

 ヒャッキ地方とサイゴク地方のぶつかり合いを描いたものであることは確かだった。

 絵画の写真を見るに、ヒャッキのポケモンが空の裂け目から次々に雪崩れ込んで来る図となっている。

 

「……まさか、災厄が再び現実になるとは思わんかったのう……リュウグウさんも死んでしもうたし……」

「ッ……」

「だが、テング団も何処かの強いトレーナーが倒してくれたんぢゃろ。案外何とかなるもんぢゃ。あたしらに出来るのは、この絵を後世まで残し、危機はすぐそこにあるということを伝え続けることぢゃて」

「……そ、そうですね」

 

 同じヒャッキの民としては、やはり複雑なのだろう。

 彼女の顔が暗いのをメグルは見逃さなかった。

 

「それで、俺達は当日の警備をすれば良いんですかね」

「そうぢゃなぁ。くろーばーとやらは、毎度予告状通りの時間に盗んで来る。それまでは──国際警察に任せればええ。彼らが今、警備を強化してくれちょるよ」

「国際警察?」

「何より、怪盗犯罪のプロフェッショナルらしいのう」

「怪盗犯罪の専門とかあるのかよ」

 

 尚、プロフェッショナルが数日前に完全敗北三連敗目を喫したばかりであることを彼らが知る由もない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ま、一先ず警備については追々考えるとして──しばらくは観光できるじゃねえか、アルカ」

「……そだね」

 

 

 

 ──領主がかつて管理していたというフチュウ庭園。

 その桟橋にもたれかかりながら、何処か上の空でアルカはぼーっとしていた。

 さっきまでの上がり切っていたテンションは何処へやら。

 完全に意気消沈といった様子だった。

 

「……絵を見て、嫌な事思い出しちまったのか?」

「うん……ダメだよね。もう、終わった事なのにさっ」

 

 努めて明るく彼女は言った。

 

「……いや、終わってなんかないか。ヒャッキの傷つけた爪痕はまだ、この地方にくっきり残ってる。なのにボクは……」

「沢山手伝っただろ、作業とか……」

「そうだけど……もしかしたら、ボク達が見てるこの景色も、無くなっていたかもしれないって思うと──怖いんだ。何かしていなきゃ落ち着かないんだ」

 

 彼女は、遺物や歴史的建造物など、かつて生きていた人々の息吹を感じられる物が好きだ。

 好きだからこそ、それを喪うことへの恐怖は人一倍大きい。戦いが起これば、あっさりとそれらは奪われてしまう。

 

「ボクは──好きなものが消えるのが怖い。あのおばあさんだって、表には出さなかったけど……絵が好きで美術館の館長をやってるんだろうし、絵が盗まれるのは怖いんだと思う」

「……任せて貰ったなら、きっちりとやり遂げなきゃな」

「……そうだね」

 

 ぎゅう、と彼女はメグルの手を強く強く握り締める。

 無自覚な恐怖が彼女の心の内には巣食っていた。

 

「でもボクは何よりも……君が居なくなるのが一番怖いよ」

 

 ミッシング・アイランドの一件は、少なからずアルカの心に影を落としていた。

 もっと自分が強ければ。もっとポケモンを強く育てられていれば。

 そんな意味の無いたらればが彼女の中に募っている。

 

(原因は……俺か)

 

「今隣に俺が居ても不安か?」

「……うん。ボクが怖いのは……未来だからさ」

「じゃあ、一緒に強くなろうぜ、アルカ」

「えっ」

「お前を守りたいのは俺も同じだ。だから──とことんまで付き合うし、付き合ってほしい」

「……メグル」

「怪盗がどれだけ強いトレーナーか知らねえけど、特訓すれば良いんだ! バトルはやっぱ、経験を積み重ねてだろ!」

「でも、バトルの相手ってどうするの? ボク達で延々と戦うのも良いけど」

「折角新しい街に来たんだ。丁度良い感じのトレーナーが居るだろ」

 

 メグルは辺りを見回す。

 そして、目に入ったのはモンスターボールをベルトでぶら下げた男女だった。

 片方は若い男でツンツン頭。そしてサングラスで目を覆っている。

 もう片方は同年代くらいの若い女。アルカ程ではないが背が低く、フードを目深にかぶっている。

 

「先輩。やはり位置関係からして……」

「ああ。奴が既に侵入を試みているかもしれんな──べらんめぇこんちくしょう、全く分かんねえぜ」

「あのー、すんませーん!! 俺達ポケモントレーナーなんですけど、バトル良いですかー!?」

「ちょっとメグル! 邪魔になったら良くないよ!」

「目と目が合ったらポケモン勝負、だろ?」

 

 その二人組に声をかけるメグル。

 彼らは振り返ると、少し怪訝な顔をしていたが──

 

「……先輩、この二人って」

「ああ。成程。丁度良いな」

「……? あの、もしかして忙しかったとか?」

「いや、そういうわけじゃぁねえぜ、ボウズ」

「……好都合だっただけです。丁度私達も、鍛錬をしたかったところなので。表に出ましょうか」

「やった! 思ったよりも乗り気みたいだぜ、この二人!」

「……」

 

 二人組が勝負に乗ってくれたことで、メグルは大喜びで庭園の外にあるバトルコートへ向かう。

 その様を見ながら、アルカは二人組の恰好をよく眺めていた。悪い人間ではなさそうだが、何処となく張り詰めたオーラを二人とも放っている。

 

 

 

(なんか……都合よく進み過ぎな気がするんだけど……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC17話:みやぶる・かぎわけるは廃止された模様

 ──庭園近くのバトルコートで向かい合い、両者はにらみ合う。

 そして、ほぼ同時に4つのボールが空を飛び交った。

 

「──バサギリ、お前の出番だ!!」

「お願いします、モトトカゲ!!」

「……先輩。足引っ張らないでくださいね」

「べらんめぇ誰に言ってやがんだ、誰に!」

 

 好戦的に地面に斧を叩きつけるバサギリ、そして横に並び立つはモトトカゲ。

 そこに相対するは、エーフィ、そして真っ黒な体毛に身を包んだ獣型のポケモンだった。

 

「プルフィルー」

「ヴゥウ……」

 

【エーフィ たいようポケモン タイプ:エスパー】

 

【ブラッキー げっこうポケモン タイプ:悪】

 

 メグルの記憶では、両方共イーブイの進化形。

 片や高速特殊アタッカーのエーフィ、片や完全な耐久ステータスのブラッキー。

 タイプ、モチーフ、戦い方、何もかもが対照的な二匹だ。

 

「お前、エーフィとブラッキーは見た事あったっけか」

「サイゴクだとこの2匹を連れてる人結構多いからね。何度かバトルしたこともあるよ」

「じゃあ、こいつ等の能力の傾向は大体分かるな」

「うん。でも、この人たち、結構強そうだよ」

「……コンビネーションDで行くぞ」

「了解です、先輩」

 

 コンビネーションD、そう言っただけで二匹は臨戦態勢となる。 

 低く腰を構えたエーフィは真っ先にバサギリの背後に回り込み──そして、尻尾を絡みつけて甘い鳴き声を出すのだった。

 

【エーフィの あまえる!】

 

【バサギリの攻撃力が 下がった!】

 

 がくり、と膝を突くバサギリ。

 物理攻撃が主体のバサギリにとっては致命的とも言えるデバフだ。

 しかも、モトトカゲが反応できない程に、今のエーフィの動きは素早い。

 更に、そこに合わせるかのように地面に微弱な電気が迸り、モトトカゲの脚を絡めとる。

 

【ブラッキーの でんじは!】

 

【モトトカゲは まひした!】

 

「ッ……一気に二匹が弱体化した……!!」

「やっぱこの人たちのポケモン、相当鍛えられてるよ! 技名を伏せてポケモンが動けるなんて……ッ!!」

「バサギリ、エーフィに向かって”シザークロス”だ!!」

 

 カンカンカン、と両斧を叩き鳴らすと、一瞬でバサギリはエーフィに距離を詰める。

 モトトカゲの機動力が失われた今、エーフィの速度に追いつけるのはバサギリだけだ。

 地面を駆け、エーフィに何度も何度も斧を叩きつけるが、いずれも行動を先読みされたかのように躱されてしまう。

 幾ら攻撃力が下がっていると言えど、当たれば大ダメージは免れないはずなのであるが、当たらなければ意味が無い。

 

(エーフィは確か体毛の動きで相手の行動を先読みできるんだったか……ッ!!)

 

(チッ、何て鋭い一撃だ。攻撃を下げたと言っても、当たったら一発アウトだねぇ、こりゃあ。エーフィ、気張れよ)

 

「──エーフィ、サイコキネシスだ!! ビシッと痛いのくれてやりなァ!!」

 

 バサギリの身体が浮かび上がり、そして思いっきり地面に叩きつけられる。

 流石の火力と言うべきだろうか。跳ね飛ばされ、斧を地面に突き刺して体勢を立て直すバサギリだが、その顔には疲れが見えている。

 一方、モトトカゲは麻痺した身体ではまともにブラッキーに立ち向かうことすらできない。

 身体が痙攣し、近付くことすらままならない。

 

「……残念ですが、何もできないまま沈んでくださいね──”あくのはどう”」

 

 ブラッキーの放つドス黒いオーラがバサギリ、そしてモトトカゲを襲う。

 相手をひるませる悪タイプの特殊技だ。

 それに委縮し、モトトカゲは立ち竦んでしまう。

 更に、痙攣も襲ってきて、余計に動く事ができない。

 

「なっ、動けない……! このままじゃあ、上から叩かれっぱなしだよ!」

「麻痺に悪波──まひるみか!! クソッ──仲良くなれそうだぜ」

 

 重罪人が此処にもいた。

 

「”サイコキネシス”ッ!!」

「”あくのはどう”です」

 

 飛び掛かるバサギリが浮かび上がり、今度はモトトカゲ目掛けて叩き落とされる。

 そして、そこに”あくのはどう”がぶつけられる。

 デバフでこちらの動きと火力を封じ込めて、何もできないまま一方的に蹂躙する連携。

 モトトカゲとバサギリの体力は既にかなり削られている。

 対して、こちらは相手に有効打を与えられていない。

 

「……その麻痺したポケモンでは足手纏いも良い所でしょう。先輩、エーフィの火力でまとめて葬ってあげてください」

「っせぇな、クールタイムが要るの分かってんだろが」

「足手纏い──」

 

 ギリッ、とアルカは歯を食いしばる。

 

(足手纏い!? 冗談じゃない! ボクは石商人・アルカ! これでもメグルと出会うまで、一人でサイゴクの採石場と遺跡を回ってたんだ!)

 

「……足手纏いになんかならない! メグル、力を貸して!」

「分かってる。麻痺をどうにかしてーんだろ! バサギリ、”すなあらし”だ!」

 

 バサギリはその場で大きく回転し始める。

 その場から竜巻が巻き起こり、砂が周囲を舞い、視界が悪くなる。

 

「しまった、コイツ──”すなあらし”を!!」

「エーフィは体毛の流れで天候やこっちの動きを予知できる。だけど、その体毛が濡れたり、砂塗れになったら──まともに予知が出来なくなるんじゃねーか!? 流れが乱れちまうからな!!」

「関係ありません、先輩。奴がいるであろう場所にサイコキネシスを撃ち込めば良いだけです」

「バーロー分ぁってるよ! そろそろ砂嵐の勢いが弱まるはず……エーフィ──”サイコ──”」

 

 

 

【モトトカゲの すてみタックル!!】

 

 

 

 砂嵐から一筋の閃光。

 そのまま砂さえもかき分けて、バイク状になったモトトカゲの疾走がエーフィを貫く。

 華奢な身体は思いっきり撥ね飛ばされ、場外へと吹き飛んで行くのだった。

 

「なっ、何だァこの速さ──麻痺してたんじゃねーのかァ!?」

「”ギアチェンジ”だよ。麻痺した分の素早さを補ったんだ! 攻撃力も上がるから、エーフィじゃあ”すてみタックル”に耐えられないからねっ!」

 

 しかし、その攻撃の反動は更に強烈なものとなって襲い掛かる。

 元々体力が尽きかけていたモトトカゲは、エーフィを倒すなり地面に転がり、倒れてしまう。

 

「でも、これで1匹落としたからね!」

「あーあ、これはヤバいかもなァ」

「……これはマズい流れですね」

 

 さて、一連の始終を見たブラッキーの目の色が変わった。

 後ろ脚を激しくスタンピングし、体中から紫色の毒液が流れ出している。

 

「ヴゥウウ……!!」

「なんか──ヤバくない、あのブラッキー!?」

「もしかして、番をやられてマジ切れか!?」

「もしかしなくてもですね……」

「もしかしなくてもだな……悪い癖が出た」

「やっぱり!!」

 

 ブラッキーの持ち主である女は、もう慣れっこなのか落ち着いた様子で呼びかける。

 

「頭を冷やしなさいブラッキー、冷静さを欠いては取れる仇も取れません」

「ヴゥ……ッ!!」

「そもそも仇、反動で落ちてるしな」

「モトトカゲ、ゆっくり休んでね」

「……エーフィ、すまん」

 

 残るのはバサギリとブラッキーだ。

 両者は睨み合い──先に動いたのはブラッキーだ。

 

「ッ……ブラッキー、”でんじは”です!」

「残念だけど、もう同じ手は効かねえよ!」

 

 すなあらしで視界が悪くなっている中、でんじはを幾ら飛ばしても、バサギリはそれを全て躱してしまう。

 そして、”きれあじ”の乗ったシザークロスを連続でブラッキーに叩きこみ続ける。

 目にも止まらぬ回転斬撃。幾ら耐久力の高いブラッキーと言えど、高速の連続攻撃を受ければ一溜まりもない。それでも、攻撃力を下げられているので、普段ならば回復すれば追いつくダメージではある。しかし、天候が良くなかった。

 

「”つきのひかり”で回復です、ブラッキー!!」

「砂嵐中は”つきのひかり”の回復量は抑えられる──これで終いだぜ!!」

 

 回復に対してダメージが追い付くどころか追い越されてしまう。

 ”つきのひかり”は晴れている時でなければ、ブラッキーの体力を大きく回復させることができない。砂嵐の時は、更に体力回復量が落ち込む効果がある。

 かと言ってブラッキーの火力では残るバサギリの体力を削り切る事ができない。

 そのまま切れ味の乗ったバサギリのシザークロスがブラッキーの急所を切り裂いた。

 

【バサギリのシザークロス!!】

 

【急所に当たった! 効果は抜群だ!】

 

 ぐらり、と黒い身体が揺れたかと思えば、地面に崩れ落ちる。

 その場に立っていたのはバサギリのみ。つまり──メグルとアルカの勝利だ。

 天候によって勝ち筋を掴むことこそ出来たが、こうでもしなければ勝つことができない相手でもあった。

 

「っしゃーっ!! 勝った!!」

「……あ、危なかったぁ……」

 

 歓喜するメグル、ほっと胸を撫で下ろすアルカ。

 こうして共に肩を並べて戦うと──ストライクに振り回されていたころの彼を思い出してしまう。

 

(……本当に強くなったんだなぁ、メグル……)

 

「やったね、メグル!」

「ああ、お前がエーフィを落としてくれたおかげだ。ギアチェンジ──強い技だぜ」

「決め手になったのは砂嵐だよ。バサギリも、メグルも、あの頃から見違えた」

「グラッシュ」

 

 当然だろ、と言わんばかりにバサギリは斧を打ち鳴らす。

 だが、荒っぽいだけだったあの頃に比べると、老成された貫禄を身に着けたように見える。

 

(……ボクも、頑張らなきゃ)

 

 砂嵐が完全に止み、お手上げだと言わんばかりに目の前のグラサン男も肩を竦める。

 

「あーあ、負けた負けた。仕事仲間の実力をちょいと見てやるつもりが……まだまだ修行が足りねーぜ」

「……どうやら、リサーチ通りの実力だったようですね。戻ってください、ブラッキー」

「仕事仲間? リサーチ?」

「やっぱり。君達、ボクらの事を知ってるんでしょ」

「ああ」

 

 そう言うと、2人が取り出したのは黒い皮の手帳。

 そこには、ICPOと刻まれた金の大きなバッヂと顔写真。

 どのようなものなのかは、すぐにメグルも察する事ができた。

 実際にこのように突きつけられる日が来るとは思わなかったが──

 

「俺らァ、国際警察でな。俺はダンガン。コードネーム・ダンガン。怪盗対策課だ。んで、こっちがフカ。電子機器の取り扱いからハッキング、何でもござれの天才だぜ」

「……よろしくです」

「えええっ!? じゃあ、キヨさんの言ってた国際警察って──」

「ああ、俺達の事だァ。そしてあんたらが、キヨ館長の言ってたトレーナーって事ァ俺も知ってる」

「……立ち話もなんですから、美術館で話しましょう」

 

 メグルとアルカは顔を見合わせた。

 デートの合間のポケモンバトルのつもりが、結局警備の話になってしまうのだった。

 彼女が睨んでくるのを、表情筋が全部引き攣った笑みで受け流すことしか彼にはできない。

 

「……メグルぅ? バトル売る相手間違えたんじゃない? ねえ?」

「この埋め合わせは近いうちに必ずします……」

「うん、絶対だよ」

 

 この時のアルカが本当に恨めしそうな顔をしていたのを、メグルは一生忘れない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──美術館の地下室に連れて来られたメグル達は、国際警察の二人と向かい合い、机で話していた。

 

「何でわざわざこっちで?」

「盗聴されている可能性があるからだ。俺達国際警察は、どうでも良いことや偽の情報は外で話し、大事なことはこっちで話すようにしている」

「じゃあさっきの会話って全部──」

「ええ。偽情報を交えたフェイクですよ。周辺の地理確認ついでにね」

「ま、小細工程度にしかならねーだろがなァ」

「……徹底してんなあ」

「貴方たちにも当日までは徹底してもらいたいところですね」

 

 かなり窮屈な思いをしそうだ、とメグルとアルカは顔を見合わせる。

 密閉された地下室以外では、まともな会話すら許されなさそうである。

 

「前回は作戦が盗聴された所為でえらい目に遭ったんですよ」

「ロクに偽者か本物かの確認もせず、俺達に襲い掛かったアホ共の所為でな」

「現地の警察は無能でしたね。ついでに先輩も」

「俺も含めんじゃねえ!!」

 

 軽口を叩き合っているものの、ダンガンもフカも、非常に疲れた顔をしていた。

 彼らの苦労が窺い知れる。

 前回の失敗でこってりと絞られたであろうことは想像に容易いし、おまけにカロスからサイゴクに飛ばされているのだから、溜まった疲労は凄まじいものであることは確かである。

 

「それにしても、怪盗クローバーってそんなにヤバい相手なんですか?」

「あぁ、クソったれ、思い出しただけで腹が煮えくり返る。俺らァ既に怪盗クローバーには三度トンズラされてんだ」

「奴の変装はそう簡単に見破ることは出来ません。たとえ、ポケモンであっても」

「そも、変装を使うタイミングを狡猾に見極められる奴だかんな。そこらの怪盗とは一味も二味も違うのよ」

「ふぅーん……因みに貴方らが怪盗クローバーって事はないですよね」

「あ? たりめーだろが──いだだだだ、何しやがんだ、テメェコラ!!」

 

 思いっきりダンガンの頬を抓るメグル。

 この場で偽物が混じっていれば一番危ないのだから当然である。

 当然その場でダンガンに抓り返されるのであったが。

 

「いだだだだだッ!! だって、そう言う可能性も全然あるでしょーが!! 名探偵コ〇ン読んだ事ないから分からないんでしょうけど!」

「何ワケの分からねえこと言ってやがる! 推理モノっつったら”名探偵ピカチュウ”だろが!!」

 

(あった!! 国民的探偵モノあった、この世界にも!!)

 

「争いは同レベルの人間同士でしか発生しないとはこの事ですね。……やれやれです、はぎゅうう!? 何するんですか!?」

「べらんめぇ、一応念のため、お前も変装じゃねえか確かめておくに決まってんだろ──ま、大丈夫そうだなァ」

 

 

 

 ゲシッ

 

 

 

「痛い……痛いよう……小指が……足の小指がごりって……」

「アルカさん、確認させてくださいね」

「あ、うん。お願いします」

 

(尻に敷かれてるなあ……)

 

 足の小指を踏まれ、床で悶え苦しむダンガンを後目に、フカはアルカの頬を何度かぐにぐにとこねくり回し──偽者ではないことを確認。

 

「さて、一先ずこの場の全員がクローバーでないことは証明されました。此処からは、奴に入れ替えられる隙を与えないように、最低でもツーマンセルで行動するように」

「ツーマンセル、2人組以上ってことか」

「ええ。孤立する人間を出さない事が重要です。そして、本物であることを確認した人間以外は決して信用しないようにしてください。再度会った際は今のように顔を抓ってでも確認を行う事。怪しいと思ったら、即通報してください」

「分かった」

「敵は変装の名手。しかも、メタモンやゾロアークといったポケモンによって、手持ちのポケモンすらカモフラージュする。犬ポケモンの嗅覚もゾロアークの幻影で誤魔化せますから」

「使うポケモンも変身や幻術を使うなら……手持ちポケモンでの判別も出来ないって事だな」

「だが所詮はガワだけ。ゾロアークの幻影は非常に強力だが、頬を抓れば解除される」

「ダメージを受けたらイリュージョンが解除されるからだな」

「そういうことだ。流石トレーナー、分かってるな」

「待った。それじゃあ、メタモンはどうするの?」

「それも問題ねえだろ」

 

 メグルの記憶が正しければ、メタモンの図鑑説明には笑わされて力が抜けると変身が解除されてしまうという特徴がある。

 彼の言葉にダンガンも頷いた。そして──ポケじゃらしを鞄から取り出すのだった。

 

「──チラチーノの毛で作られた最高級ポケじゃらしだ」

「そ、それをどうするの?」

「くすぐるんだ。足の裏か脇の下を。ククク──こいつぁ効くぜ? 全員脇か足の裏出せ」

「じゃあ先輩から」

「えっ──あっ、お前も持ってたのかよ!?」

「沢山用意してますよ。ではエーフィ、先輩の身体を固定してください」

「ちょっ、お前も何でフカの言う事を聞き──」

 

 ──数秒後。

 そこには、笑い過ぎで悶絶して転がっているダンガンの姿があった。エーフィの念動力を用いれば相手の身体を固めることなど容易いのである。そこに──ポケじゃらしでくすぐれば、快楽地獄が襲い来ることは言うまでもない。

 壮絶な光景を前にしてメグルもアルカも、戦慄する。

 最高級ポケじゃらし、恐るべし。

 凶器を持ったフカは、ご満悦そうに足を組み替えて「それじゃあ次はメグルさんで」と言った。

 

「え? 俺も──!? い、いや、俺は遠慮しときます──何か色々大事なものを失いそうだし」

「エーフィ、お願いします」

「プルフィロー」

 

 数秒後には、メグルが同じように悶絶しながら床に転がっていた。

 

「も、もう、許してくだひゃい……」

「あ、あわわわわわ」

「ちょろいもんですね。次は貴女ですよ、アルカさん」

「えっ!? ボ、ボク、ちょっと体調が悪──」

 

 ──数秒後、アルカ撃沈。

 ビクンビクン、と身体をひくつかせながら床に突っ伏す羽目になったのだった。

 

「も、もう、お嫁にいけないよう……ひっ、ひひひ……ひぃん」

「ふふっ、なかなか面白いですねコレ。癖になりそうです。何でも思い通りに出来そうな気がしますね」

「オメー1つ忘れちゃあねぇか?」

「?」

 

 拳骨をポキポキと鳴らしながら怖い顔をしたダンガンがフカに迫る。その横にはメグルとアルカも並ぶ。

 

「……最後には自分に回ってくるんだよ? 当然フカさんもやるよね?」

「順番ってもんがあるよな、世の中には」

「俺ァ世の中で楽しみにしてることが3つあってな。メシと、怪盗を取っ捕まえる瞬間、そして──年に1、2回訪れる仕返しチャンスだ」

「……待ってください先輩。犯罪者みたいな顔──」

「エーフィ、サイコキネシス」

「プルフィロー♪」

 

 エーフィもこれが一番楽しみだったのか、悪い笑みを浮かべてみせる。今までのは壮大な前振りだったのだ。

 

「あの先輩、落ち着きましょう。ちょっとやりすぎたとは思いますけど──ブラッキー助けてください!?」

「……ヴゥ」

 

 相棒は全く興味が無さそうにそっぽを向いてしまった。

 そして欠伸をすると、そのまま丸まって寝てしまう。

 

「私、こういうのって初めてで。せめてお手柔らかに──」

「掛かれェェェーッ!!」

 

 数秒後。メグルもアルカも、思わず耳を塞ぎそうになってしまった。

 地下室は大人のビデオでも聞いた事の無いような嬌声が響き渡る。

 笑うどころの話ではない。ひたすら官能的な声が反響する。

 

※ポケじゃらしで足の裏をくすぐっているだけです。

 

 ──と注釈を付けねばいけない程に。

 約3分間、お仕置きは続き──完全に脱力し、全身が痙攣して動けないフカが完成したのだった。クールな美少女の姿は何処へやら。

 それを全く気にも留めることなくダンガンは鞄にポケじゃらしを仕舞う。

 

「とまあこの通り、ポケじゃらしを使ってくすぐれば、その反応で変身したメタモンかどうかを判別可能だ。これをお前ら二人にも渡しておく」

「せ、先輩……ッ、覚えておいてくださいよ……! 許しませんからね……ひぅん!」

 

(笑い声っつーか……エッロい声だったな……)

 

(す、すごい、えっちな声だった……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC18話:百鬼夜行地獄絵図

 ※※※

 

 

 

「仕事をする以上は、一度本物を見とかねえとな。なあボウズ、俺らが居なきゃ拝めねえんだぜ。感謝しな」

「ボウズじゃねーんすけど」

「そうですよ、先輩も21歳。大してメグルさんと年齢は変わらないんですから」

「えっ、ダンガンさんってボクと同い年だったんだ」

「えっ、お前俺とタメ!?」

「……皆そこで驚くんだな……」

「ふぇっふぇっふぇ、国際警察に凄腕のトレーナー。頼もしい限りですぢゃあ」

 

 ──ひと悶着あったものの、4人はキヨ館長の案内で今回のターゲットである”百鬼夜行地獄絵図”を見せてもらうことになった。

 

「ふぇっふぇっふぇ、今回の目玉は……こちらですぢゃ」

 

 キヨ館長に連れられ、メグル達は鉄の倉庫の扉を開ける。

 他所の美術館のような大きな設備を用意することは出来なかったのか、電子ロックに鉄鍵の合わせ技になっている以外は、特に何の変哲もない倉庫だ。

 

「”百鬼夜行地獄絵図”……やっとこの目で拝めるんだね……!」

 

 アルカが期待と不安の混じった顔で生唾を飲む。

 そこには、額縁に入れられた水墨画が立てかけられていた。

 いずれも今度の特別展で展示する予定のモノだと言う。

 枯山水、神社仏閣、胸像、ポケモン、モチーフは様々だ。だが、墨だけで描かれているにもかかわらず、まるで色づいているかのような鮮烈さと存在感を放っている。

 

「すごいっ、水墨画って墨だけなのに、どうしてこんなに引きつけられるんだろう!」

「ああ。墨は黒一色なのにな」

「むっ、デリカシーも情緒も無いな、メグルは! 墨は黒一色じゃないよ!」

「え? でも、墨って黒いじゃねえかよ?」

「ふぇっふぇっふぇ、それについては館長であるワシから話すとしようか」

「折角だし聞かせて貰おうかァ。おい、トレーナーのボウズ、しっかり聞いときな。折角美術館に仕事に来てんだからな」

 

(だからボウズって……俺も一応成人してんだけど)

 

「ふぇっふぇっふぇ、墨の生み出す色にも多様性があるんぢゃよ。強弱、濃淡、筆のしなやかで柔らかな穂先が絵に命を吹き込むんぢゃ。それが、墨の中に黒だけでなく灰、青、紫といった他の色もみせる」

 

 水墨画の一つを指差しながら、キヨは濃淡の違い、強弱の違いによって生まれる色を示す。

 

「そして、墨の原材料は煤、膠、香料の3つ。煤は墨の肝であり、膠は筆を紙の上で滑りやすくする文字通りの滑油、香料は墨独特のにおいを消し、心を落ち着かせるのぢゃ」

「ススって……火が燃えた時に出る、あの黒い煤だよな。ニワカってのはなんだ?」

「ニカワだよ、膠! こっちはポケモンの皮や骨から抽出した動物性の油だよ……全くもう、これくらい常識だからね!」

「常識かはさておき、墨って色んなモノからできてるんだなあ。そこに香料か。あれって墨の原材料そのものの匂いじゃなかったんだな」

 

 メグルは小学生の頃の習字の授業を思い出す。

 墨の香りが妙に心地よかったのは、気の所為ではなかったようである。

 

「さて、煤の原料は、木の皮、植物の油、鉱物、時には草ポケモンの一部を頂いた高級原料まで様々ぢゃ。これが色の違いに直結するのは言うまでもない」

「そ、そうなると、水墨画の色のバリエーションって、墨の数だけあるってことだよな!?」

「ふぇっふぇっふぇ、さっきも言ったぢゃろ。筆も数多の種類があるし、強弱と濃淡の付け方で陰影は変わる。そりゃあ西洋絵画に比べれば色の数は少ないが……これでもまだ、墨が黒一色と言えるかえ?」

「……と、とんでもありませんっ!」

「ふぇっふぇっふぇ、墨に五彩あり、しかし世に同じ水墨画は二度と生まれはせんのぢゃ。……ま、これは水墨画に限ったことではないが」

「成程なァ。つまり詫び寂びってヤツだねぇ。沁みたぜ」

「……先輩、絶対分かってないでしょう」

「まあ年寄りの蘊蓄なんぞ心の隅にでも留めておけばいいわい。此処にある絵はいずれも唯一無二。どれも喪ってはいかん代物ぢゃよ」

「そうだよ! それを盗もうとする怪盗なんて、許せないよね! ……あれ?」

 

 ふと、アルカの目に入ったのは、倉庫の隅で裏向きにされた額縁だった。

 

「ねえ、キヨ館長。何であの水墨画は──裏向きになってるの? しかも埃を被ってるけど──」

「……ああ、その絵か」

 

 キヨ館長はとぼとぼと絵に向かって歩いていくと、埃を手で払い──その絵を表向きにした。

 全員は思わず息を呑む。

 清く流れる鬣に、凛冽な佇まい。

 静かなる水面に、蠢く波紋。

 そこに立つは──水の遣い。

 特にメグルとアルカは、数日前に目の当たりにした本物を強く強く想起させ、全身に心地よい鳥肌が立つのを感じる。

 

「ッ……スイクン!?」

「……な、素晴らしい絵だ……! しかも伝説のポケモンときた! 俺ァ絵は素人だが、キヨさん、何でまた埃を被らせてんだ!? 間違いなく美術館の目玉になるぞ!?」

「まるで本物を見たかのような絵です……! それも、伝説のポケモンを!」

「ふぇっふぇっふぇ……あたしも何度かそうしようと思ったが、結局此処に閉まったままぢゃよ……」

「勿体ない! 展示すればいいのに!」

 

 キヨは絵を切なそうに見つめる。

 

「……これは長男が描いた絵ぢゃよ。もう40年も前か」

「ッ……す、すごい! 息子さんはどんな高名な画家なんですか!?」

 

 アルカが身を乗り出して問うと、キヨは首を横に振った。

 

「家を飛び出して、ジョウトで貧乏画家として暮らしていたんぢゃ。なかなか絵は売れんかったみたいぢゃ。旦那もあたしも何度も帰るように言ったんぢゃが、聞かなかった」

「無名の天才か……画家の世界じゃ珍しくない。だが、この絵を描ける画家を無名にするにはあまりにも惜しくないか?」

「ふっふっふ、この絵が描かれたのはまだ、世間にスイクンというポケモンが想像上の生き物と思われておった頃ぢゃ。スイクンを見た! という衝撃が、あの子をこの絵に走らせたんぢゃ。当然、周囲には嘘つき呼ばわりされたみたいぢゃが……」

「ッ……そうですか」

「当然、噓つきの絵なぞ誰も買うものは居らんかった。孤独に絶望したまま、息子は──若くして病床に臥せて亡くなった。死に目にも会えんかったよ」

「……ご愁傷様です」

「ふぇっふぇっふぇ、残念でも何でもない、死んで当然のバカ息子ぢゃよ。何度も帰って来いと言ったのに……帰ってきたのは、売れなかった作品だけ。でも、売れずに苦労した苦悩が見え透ける絵の中で──このスイクンの絵だけが生き生きとしておったわい」

 

 口では悪態をつきながらも、額縁に手をかけるキヨの目は優しかった。もうとっくの昔に居なくなった息子を見るかのようだった。

 

「踏ん切りがつかんのぢゃよ……この絵はあの子のものだと思ってしまう。あの子が最期に描いた絵ぢゃから……な。手元に置いていたくなってしまうんぢゃ」

「形見ってわけか。それなら展示しないのも一つかもしれませんね」

「ふぇっふぇっふぇ、こんな湿っぽい絵よりも、見たいのは”百鬼夜行地獄絵図”ぢゃろう? お嬢さん。こいつは人間至宝・セツゲツカの描いた最高傑作ぢゃ」

「セツゲツカってどんな画家なんですか?」

「水墨画の名手ぢゃよ。真骨頂は他の誰にも真似できない繊細さなのぢゃ。筆使い、光の遣い方、後は……今風に言うならでふぉるめというべきか、その才能もあったようぢゃ」

 

 最も有名な作品が”人鬼争乱戯画”、”魑魅魍魎行脚”、そして”百鬼夜行地獄絵図”の3つ。うち”魑魅魍魎行脚”は想像上のポケモンを描いた図だが、これは既に焼失してしまっているという。

 

「”人鬼争乱戯画”はどんな絵なの?」

「鬼同士の争いを描いた絵ぢゃよ。争う人間を鬼に見立て、こうはなるまいと戒めた絵ぢゃ」

「……そして残りが、百鬼夜行地獄絵図……サイゴクを襲ったヒャッキのポケモンを描いた絵──か」

 

 奥に──ひときわ頑強なフレームに入れられた水墨画がベールを被っていた。

 キヨが絵に被せられた布を取る。

 そうして目に入ってきたのは──表題に反して、静かで穏やかに、しかし──透き通った水面に落とされた墨のように浸食する妖達の絵だった。

 繊細で淡い色使いだが、確かにメグル達が今まで戦ってきたポケモン達の姿がはっきりと描かれている。

 空から、パラセクト、オニドリル、アップリュー、タルップル、カバルドン、ダーテング、フーディン、ルカリオ……夥しい数のポケモンが降ってくる絵だ。

 その一番上には、翼を広げた銀色のアーマーガアが大口を開けている。絵では淡い墨の色だが、確かにあの白銀の鎧の色を想起させた。

 そして、絵の下にはそれに追われる人間や小さなポケモン達が描かれている。

 

「写実的というより戯画的なんだな」

「本当は写実画で食っていきたかったらしいが、戯れで描いた戯画がウケが良かったらしく、以後はその作風だったらしいんぢゃ」

「……似たような話は何時何処の世界でもあるもんだなあ。なあアルカ、どうだ? 実際見てみた感想は──」

「あ、あ……」

 

 ぺたん。

 

 アルカは気が抜けたかのように、尻餅をついてしまっていた。

 様子が明らかにおかしい。

 

「おい、アルカ?」

 

 

 

「はぁっ……ッ!! はぁっ……ッ!! はぁ、はぁ、はぁっ……ッ!!」

 

 

 

 唇は震え、眼球も開ききっており、絵に釘付けになってしまっている。

 胸を抑え、そのまま過度に息を吸いだし苦しみだしたのだ。

 すぐにメグルはしゃがみ込み、彼女の背中に手を当てて摩るが、良くなる様子はない。いきなりのことで彼もどうすればいいか分からず、名前を呼びかけるしかない。

 

「おい、アルカ!? アルカ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ──!!」

 

 蹲って余計に苦しむアルカ。そこにダンガンが割って入る。

 

「過呼吸だッ!! いいか、息を吸うなッ、ゆっくりと吐け!」

「ッ……はぁっ、はぁっ、ふぅー、ふぅーっ……!!」

「キヨさん、絵を布で隠してくれ!」

「ど、どうしたんぢゃ、一体」

 

 ダンガンの指示でアルカはゆっくりと息を吐いていく。

 しばらくしただろうか。漸く呼吸音が落ち着き、縋るようにアルカはメグルの手を握りしめる。

 

「お、おにーさん、おにー……っはぁ、はぁ……ふぅ」

「大丈夫だ。俺がついてる。大丈夫だから……ッ!」

「どうしますか? 救急車を──」

「良いよ……ッ、そこまで大袈裟にしなくて良い。もう、落ち着いた。少し、びっくりしちゃっただけだよ」

「そんなに怖い絵ってわけぢゃあないんじゃが……倉庫が埃っぽかったかの?」

「みたいだな、喘息かもしれねえし、俺こいつを連れて宿に帰ります」

「べらんめぇ、無茶すんじゃねぇよ。喘息なら病院行った方が良いんじゃねえか? ……それとも違う病気だったりするかもだぜ」

「……大丈夫。大丈夫ですから、えへへ……メグルもごめんね」

「……」

 

 メグルに肩を貸してもらい、そのまま全員は一緒に倉庫を後にする。

 その場で挨拶をした後、逃げるように二人は宿へと帰るのだった。

 その間、ずっとアルカは不安そうな顔をしており「ごめんね、ごめんね」と譫言のように呟いているのだった。

 

 

 

(クソッ、喘息じゃねー事くらい、俺が一番分かってるよ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「落ち着いたか?」

「た、多少は……あの絵を見たら、胸が、ずきりって強く疼いて、凄く怖い気持ちが湧き上がってきて……」

「……向こうのトラウマを思い出したのか」

「違う!! 本当に、()()()()()()()()()()!! まるで中からポケモンが溢れ出てきそうな勢いだったんだよ!!」

「待て待て、確かにすごい絵だったけど──普通の水墨画だったぜ」

「本当だよ、信じて!!」

「ッ……」

 

 彼女は泣きそうな顔でメグルの服を掴む。

 そして──「ごめん」と消え入りそうな声で謝るのだった。

 どうして謝罪されなきゃいけないのだろう、とメグルは俯く。

 謝りたいのはメグルの方だった。

 彼女の受けた恐怖が彼には何一つ分からない。

 そのズレが──致命的に自分達に亀裂を入れそうになっていることを痛感していた。

 

「誰もお前のことを信じないだなんて言ってねえだろ。俺はお前の味方だ」

「ッ……ごめん」

「謝るな。お前はヒャッキ出身だからな。俺達には分からないものも、お前には分かるのかもしれない」

 

 とはいえ、メグルから見ても、あの絵からは何も感じとることは出来なかった。 

 あの場にヒャッキ出身の人間はアルカだけ。他にもヒャッキの人間がいれば分かる事があったのだろうが──

 

(今の俺にはこいつを信じてやることしかできない)

 

「カヌヌ……」

「ピギィ……」

「ご、ごめん、デカヌチャン……カブト……心配掛けちゃったね」

「ポケモン達も心配してるんだ。今は大人しく寝てろ」

「やだ」

 

 消えそうな声でアルカは言った。

 

「……寝るなら、一緒に寝てほしい」

「……いっ!?」

「怖いんだ。とても、怖い。意識が落ちる時、そこに君が居ないのが──怖い」

 

 そこまで言って──彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 

「って……ワガママだよね。ごめん。大丈夫!」

「……バーカ。付き合ってるのにワガママもへったくれもねえよ」

 

(こいつの見えてるものが、俺には見えない。だけど、こいつの恐怖は……しっかりと伝わってくる)

 

 ベッドで丸まって目を瞑る彼女を後ろから抱き締める。

 だがそれでも──しばらくするまで彼女の震えは止まらなかった。

 掛け布団の上でニンフィアも心配そうにアルカを眺めている。流石にこの状況を見てほくそ笑む程性根は曲がっていない。曲がりなりにも彼女をライバルとして認めているのだろう。

 

「ふぃるふぃー?」

「……大丈夫。展示が終わるまでの間だ。そうなったら、元に戻ってるよ」

「ふぃー!」

 

(あの絵は一体何なんだ……!? 只の思い過ごしなら良いんだが……)

 

 しばらくして。

 一緒に寝てしまった二人を守るように取り囲んでいたニンフィア、カブト、デカヌチャンも、そのまま寝てしまうのだった。

 ニンフィアはメグルの上で丸まり、デカヌチャンはハンマーを枕代わりにして床で豪快に寝転び、カブトはアルカを守るように彼女の頭の上に乗っかっているのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「いっててて……」

「腰痛ですか? 先輩も年ですね」

「べらんめぇ、どっかの誰かが()()()()()()したからに決まってんだろ、ったく仕返しの仕返しかってんだい」

「仕返しの仕返しに決まっているでしょう。先輩が私にマウントを取るなんて、100年早いんですよ」

 

 甘い空気が漂う中、余韻一つ残さずフカはノートパソコンを取り出した。

 あくまでも彼女にとってはストレス発散であり、それ以上の意味はないと言わんばかりに素っ気ない態度を取るが、ダンガンからすれば慣れっこであった。

 

「それで? ……あの人たちにクローバーの残りの情報を言わなくて良いんですか?」

「余計な事は言わねえ方がガードに集中しやすいだろう。それに上から伏せられてる。奴らはお人好しだから気持ちは分かるがな」

「そうですけど」

「クローバーの関わる盗難事件には、()()()()()()()()()

 

 気怠い身体をベッドに倒しながらダンガンは葉巻を咥えた。思い浮かぶのは──クローバーの不可解な動き。

 そして、これまでに起こった3回の盗難事件の続きだった。

 

「──1件目。パルデアの美術館で盗まれた宝石は後日警察に届けられた。しかもこれが元々盗難品である証拠も一緒にな。捜査すると、芋づる式に美術館も盗品塗れのハリボテであることが判明した。元の持ち主に宝石も戻っている」

「2件目はガラルの豪邸で起こった絵画の盗難ですね。ただ、あの絵画の争奪を通した騒乱がきっかけで、豪邸の持ち主が黒い組織と繋がりがあることが分かり、現在水面下で捜査中です。絵画の行方は不明」

「3件目、ミアレの美術館。あの盗まれたミロカロスの涙は奴のサインと名前で宝石鑑定人の下に届けられ、偽物であることが発覚した。宝石に紐づけされたタグで、あれが美術館のものであることも確実。まあ、本当に精巧な偽物で、館長も悪気があったわけじゃないみてーだが、おかげで偽物を展示せずに済んだ」

「こうしてみると、クローバーは一定の美学に基づいて行動しているように思います。クローバーが盗むものは必ず曰くつきなんです。盗みのついでに悪事も暴く。まるで、現代のラッタ小僧ですね」

 

 ラッタ小僧とは、カントー地方でかつて活躍したらしい伝説の怪盗である。悪人から金品を盗み、貧しい人々にばら撒いたという逸話を持つ。しかし、近年では何処までが本当なのか疑わしいという。

 一方、クローバーのこれまでの行動は、巣に隠れた悪党の悪事を暴くために盗みを働いたり、美術品の偽物を盗むなど、私利私欲ではなく正義感や美学に基づいて行動しているように見える。

 だがそれが秩序の番人たる国際警察にとって好ましいかと言えば、当然そんなわけが無く。

 

 

 

「バーロー……何が義賊だ。理由はどうあれ……法を犯すなら、それは悪。国際警察がそこを曲げたらオシマイよ」

 

 

 

 煙を吐き出しながら──ダンガンは呟く。

 

「奴も自覚はあるのか、あくまでも怪盗を名乗ってるしな。悪党は悪党だ」

「後輩に手を出す先輩も立派な悪党ですよ」

 

(うるせェ、先に襲われたのは俺だ)

 

 もう1本煙草に火をつけながらダンガンは内心で反駁した。この天才少女は、頭脳と引き換えに人一倍原始的な欲求が強いのである。

 

「我々は刑事。前例から、あらゆる可能性を考えなければなりません……あの辺境の美術館に何か裏がある可能性を」

「……人の良い婆さんだったんだぜ? 何か裏があるようには思えない」

「先輩の悪い癖ですよ。お人好し過ぎるのはね」

「べらんめぇ。相手を信じるのが刑事の基本だ」

「被害者()疑うのが刑事の基本です」

 

 これだけ長く一緒に居ても、2人のスタンスはなかなか交わりはしない。それでも、それ以外歯車がかみ合うように相性が良いのか、離れられない。この議論は平行線で一生同意する時など無い事は分かっているのか、そこで終わり。

 フカは顔の幼さに合わぬ豊満な肉体を隠すようにバスローブを羽織り、シャワーに向かう最中……思い出したかのように呟いた。

 

「……案外、あのガードの女の子が何か握ってるかもしれませんよ?」

「俺も、そこはきな臭いものを感じてるよ。引き続き接触を試みる」

 

 ──テーブルの上に置かれたノートPCには【アルカ 女 石商人 出身:ヒャッキ地方】と顔写真付きでデータが入力されていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──草木も眠る丑三つ時。

 フチュウ美術館の倉庫に一人、彼女はスイクンの水墨画に向かい合っていた。

 埃を手で払い、老婆は妖しく微笑む。

 

 

 

「……そろそろ、この子が日の目を浴びる時が来たのかもねえ……ふぇっふぇっふぇ……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC19話:城下町紀行

 ※※※

 

 

 

 ──翌日。

 アルカは、メグルと共にフチュウ博物館に足を運んでいた。

 此処では主に周辺で発掘された領主時代の遺物が展示されている。

 彼女なりに確かめたいことがあるらしく、勿論メグルも断る理由がないので同行した。

 一通り展示品の瓶や遺物、石を眺めていた彼女だったが、落胆したように肩を落とした。

 

(……おかしいな。おかしい。遺物や化石を見た時も、あんな気持ちになったときは無かった。こんなの……祟り岩の時以来だ)

 

「何か気付いたことはあったか?」

「……全然ダメ。進展無しだよ。やっぱり、あの絵がおかしいのかも」

「そうか……一体何なんだあの絵は」

 

 水墨画の事が気掛かりだからか、いつもの彼女の元気さは失われていた。見た事の無い遺物を見ても、全くテンションが上がっていない。

 化石コーナーに行っても、全く飛び上がって喜ばない。重症である。

 目の下には隈が出来ている。無理もない、昨晩も何度か飛び起きて、横で眠るメグルを見て安心する──といったことを繰り返していたのだ。

 かれこれ3回くらいこれをリピート。

 そんな調子なので、博物館からもさっさと出てしまい、外のベンチに座り込む。

 まともに眠れていないのが響いているのか、くぁ、と生欠伸をすると、彼女はそのままメグルに寄りかかってしまうのだった。

 

「……昨日、ヘンな夢を見たんだ」

「もっと早く言えば良かったのに」

「いや、悪夢ってさぁ、起きた時には思い出せないじゃん? ……最近は昔の夢は見なくなったから余計にね。でも……悪い夢だったのは確かみたいだ」

「今度は水墨画の所為でか、困ったもんだぜ……」

「本当に何でなのか……分からない。分からないけどぉ……くぅ」

「……宿で寝るか?」

「ひゃいっ!! ご、ごめん……でも、寝たら寝たで、悪い夢見そうだし。それに、折角メグルに付き合って貰ってるのに、悪いよ」

「前も言っただろ、お前はもう少し自分を大事にしろ」

「──そうだ!! お酒の力を借りよう!! こういう時こそ景気よく──」

「ダメに決まってんだろ前科者! それに、悪夢は酒飲んだら余計に悪化すんぞ!」

「は、はい……」

「ふぃー……!」

 

 ニンフィアは本調子ではないアルカの鼻先に猫パンチならぬブイパンチ。

 しかし、それも無言で彼女は受け流す。これでは張り合いが無いのか、不機嫌そうに唸ると、メグルの肩に乗っかるのだった。

 

「何にも情報が無いんだよな、現状。やっぱりここは、セツゲツカについて調べてみるのが正解だと思うぜ」

「セツゲツカって何処出身の人なの?」

「聞いて驚くな、セイランだ」

「という事は──フチュウを調べていれば、おのずとセツゲツカについて分かるってこと!?」

「ああ。此処は一つ、城下町に出向いてみるのが良いかもしれねえぜ」

 

 城下町周辺は庭園や寺院、そして小さなおやしろである”守護社”も多い。

 その中にはセツゲツカに所縁のある場所も多数あるのだ。

 というのも彼は、建築家としての側面もあったらしく、庭園や寺のデザインを手掛けていたようである。

 その中の一つである”ヒナドリのしゅごやしろ”に出向くと、掃除をしていた神主さんに早速話を聞くことができた。

 

「おお、セツゲツカについて調べておられるのですな。若いのに感心ですのう」

「色々聞きたい事はあるんですけど──」

「その前にお連れの方が大変な事になっているので、助けてあげた方が良いかと」

「え? 連れ?」

 

 

 

「た、たすけてぇ、メグルぅ……!!」

 

 

 

 コケー、コケー、コケー、と鳴き声が聞こえて来るかと思えば、成程確かに大変なことになっていた。

 ひよこポケモンのアチャモが沢山、アルカに集っているのである。

 

「うわ、確かに大変な事になってる!?」

「幸せだけど、もふもふで溺れ死ぬーっ!!」

「此処ではアチャモ達を大量に放し飼いにしているのですな」

 

【アチャモ ひよこポケモン タイプ:炎】

 

 結局、羽根塗れになった姿でアルカは神主の話を聞くことになるのだった。

 

「ぶっふ……」

「何で笑ってんのさ怒るよ」

「いや面白くって……」

「コホン。かつて、セツゲツカはこの社の庭園を始めとして、セイラン──いやサイゴク中の庭園を設計したといいます。特にフチュウの寺院や社には、彼の逸話が伝わっているのです」

 

 例えば、ポケモンの力を借りて上空から寺院の構図を取った話や、自らが設計した石組のカメックスが勝手に動き出した話、墨を切らしたので代わりにオクタンの墨で水墨画を描いた話等々、真偽が怪しいものからハッキリ実話とされているものまで様々だ。

 

「さて、海外に渡り、画家として大成したセツゲツカですが……若い頃に仕上げた2つの作品、”人鬼争乱戯画”、”魑魅魍魎行脚”の2つ、そして晩年に完成させた”百鬼夜行地獄絵図”の3つが最高傑作とされているのです。うち、”人鬼争乱戯画”は現在、ベニの”ようがんのおやしろ”に寄贈され、飾られています」

「じゃあ”百鬼夜行地獄絵図”は元々何処にあったんだ?」

「”シシのじいん”……フチュウの大きな寺院ですな。どうやら、セツゲツカの育った寺だとか何とか。ただ、見つかったのは最近なのです」

「見つかったのは最近──意外だな。それで、”百鬼夜行地獄絵図”についての話って他に何か伝わってますか?」

「……ふぅむ、私の知る限りでは晩年に描かれた作品としか……しかし”シシのじいん”の大僧正様なら、何かご存じやもしれません」

「ありがとうございます! んじゃあ、行くぞアルカ──って」

「助けて……」

 

 またもアチャモの群れに集られているアルカだった。

 1匹連れて帰ってもバレないかもしれない勢いである。

 

「てか、1匹本当に持って帰っても良いですか? こいつら進化すると強いんですよ」

「ダメですぞ☆」

 

 当然である。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 フチュウで最も大きいとされるのが、このシシのじいん。

 周辺では当たり前のようにオドシシが闊歩していることが名前の由来だという。

 早速お邪魔して、大僧正様とやらに”百鬼夜行地獄絵図”の話を聞こうとしたのだが、早速住職に止められてしまうのだった。

 

「大僧正様に会う!? いかんいかん、今大僧正様は非常に忙しいのだ!」

「そこを何とか……」

 

 この通り、取り付く島もない。一体何が忙しいのか全くと言って良い程分からない。

 何処からどう見ても暇そうである。

 

「大僧正様はボケ防止のため、通信の英会話レッスンの途中なのだ!!」

「その後も、足腰を鍛える為に山へサイクリングへ行くのだ!!」

「多趣味でアグレッシブだな大僧正!!」

「いや修行しなよ」

 

 御尤もである。

 

「そこを頼みますよ、俺達セツゲツカの大ファンで、シャツの柄も水墨画にしようと思ってるんですよ、横のカノジョなんて家の壁紙も水墨画で」

 

(ちょっと、何適当な事言ってんの!? 家の壁紙にするなら地層模様って決めてるんだけどボク!?)

 

 この女も別ベクトルでおかしかった。

 

「ぬっ、そこまでセツゲツカを熱く推す若者が居るとは──」

「……正直ドン引きだ……ッ!!」

 

(ほらぁ、露骨に怪しまれてるし)

 

「だがそこまで言うならば仕方あるまい、大僧正様に会わせてやらないこともない」

「大僧正様もセツゲツカの大ファンだからな……ッ!!」

 

(アホだコイツら!! 見え見えのウソに引っ掛かってるよ!! こんなに格式高そうな寺院なのに勿体ないよ!!)

 

「な……ッ!!」

 

(何でウソ吐いた本人も驚いてるんだよ、もうっ!!)

 

「そこで提案だ。時に最近、大僧正様はボケ防止でポケモンバトルを始めてな」

「我々も付き合わされているのだ。故に──大僧正様に会いたいなら、私をバトルで倒して進め!」

 

 坊主の1人がモンスターボールを持って前に進み出る。

 ポケモンバトルなら、トレーナーの得意分野。勿論断る理由は無い。

 メグルもボールを取り出し、目の前に突きつける。

 

「へへん、やってやんぜ! 望むところだ!」

「ルールはシングル、1対1。シンプルに決めようではないか」

「自然な流れでポケモンバトル始まっちゃった」

 

 二人は同時にボールを投げる。

 空中でそれらはぶつかり合い、同時に中からポケモンが飛び出した。

 坊主が繰り出したのはメブキジカ。頭の角が木の枝のようになっているポケモンだ。

 一方、メグルが今回繰り出したのはシャリタツである。

 

(相手はノーマル・草のメブキジカ。幸い、草技はドラゴンを持ってるシャリタツには抜群が取れない。だけど、シャリタツも水技が半減されてる)

 

「ほう、相性上では一概にどちらが有利とは言えませんな」

 

(どーだか! ヤツは攻撃重視の種族値、真っ向に殴り合えば先に力尽きるのはシャリタツだ)

 

「スシー……ッ!!」

「先ずは翻弄する! ”こごえるかぜ”でヤツの足を奪え!」

 

 シャリタツは飛び上がり、口から冷たい吐息を吐き出す。

 それは地面を凍らせていき、メブキジカの脚に霜を纏わりつかせる。

 効果は抜群だが、ダメージは然程大きくない。しかし、問題はそこではなく、脚に霜が付いた事による素早さの低下だ。

 

「ッ……!! なかなかやるな。しかし、脚が動かなくとも攻撃はできる。”タネばくだん”!!」

 

 メブキジカの角から巨大な種が幾つも実り、それが空中のシャリタツ目掛けて放出される。

 

「何よりその態勢では身動きがとれまい! 自ら的になるとは……浅はかなり!」

「いーや、これで良いんだ」

 

 タネはシャリタツにぶつかるなり炸裂。

 ぐらり、と空中で真っ逆さまになり、落ちる小さな擬態竜。

 だが──その目が妖しく光る。

 

 

 

「凍った脚じゃあ、この一撃は避けられねえだろ──”カウンター”!!」

 

 

 

 攻撃を受けたシャリタツの全身が光を乱反射したかと思えば、受けた物理エネルギーが倍増し、衝撃波となってメブキジカを襲う。

 カウンターは受けた物理ダメージを2倍にして跳ね返す技。

 体力ぎりぎりで耐えたシャリタツのダメージを倍にすれば、当然メブキジカが耐えられるはずもなく、そのまま擱座してしまうのだった。

 

「ああ、メブキジカァ!?」

「最初っからコレ狙いだったんだよ! 偽竜は欺いてナンボだぜ」

「スシー!」

 

(ま、流石にメグルが苦戦する程の相手じゃないかぁ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「これはこれは、まさかおやしろまいりを乗り越えたトレーナー様だったとは……うちの愚僧では相手にならんのも当然じゃな」

 

 

 

 大僧正はスポーツウェアに着替え、サングラスを掛けていた。

 日焼けしたしわくちゃの肌が眩しい。

 最早ツッコミを入れる事を放棄したアルカは、大人しく彼の話を聞くことにしたのだった。

 

「えーとそれでセツゲツカの”百鬼夜行地獄絵図”についてお聞きしたいんですけど。見つかったのが最近らしいじゃないですか」

「そうですとも、先月の蔵の大掃除。遺失したと思われていた”百鬼夜行地獄絵図”が天井裏に隠されていたのです」

 

 何故、”百鬼夜行地獄絵図”が隠されていたかは諸説あるが、盗難防止のために保管しておくつもりが、当時の関係者が頓死してしまった所為で隠し場所が長らく分からなかったかららしい。

 かれこれ50年近く額縁に入ったまま屋根裏に隠されていたというのだから、色々危ない話である。

 

「我々は、せっかくなのでフチュウの美術館に特別展の間、寄贈することにした。キヨ館長と私は古い付き合いじゃからな」

「成程……ちなみに、その”百鬼夜行地獄絵図”が怪盗に狙われていることも」

「百も承知じゃよ。その上で貸し出すことにした。その矢先に狙われることになるとは……」

「特別展示をやめさせようとは思わなかったんですか?」

「水墨画をうちに戻したところで、今度はうちが狙われる。イタチごっこじゃよ。うちにはセキュリティらしいセキュリティも無いし……それならまだ、キヨちゃんの所で守ってもらった方がマシじゃ」

「……信頼されてるんですね、キヨ館長を」

「ううむ。昔から、皆の人気者だったよ。肝っ玉で気持ちの良い性格をしておるからな。知ってるか? あのリュウグウも、若い頃はキヨちゃんにゾッコンだったんじゃ」

「ええ、初めて知った……」

「リュウグウさんにも若い頃があったんだなあ」

「ま、あいつの恋は破れたんじゃが……わざわざセイランの端から足しげく通ってたのに」

 

 死後に明らかになる、リュウグウの若い頃のほろ苦い思い出話はさておき、”百鬼夜行地獄絵図”が美術館に渡った経緯はこれで分かった。

 後は、絵そのものに伝わる逸話だ。

 

「セツゲツカは、どうして”百鬼夜行地獄絵図”なんてものを描いたんでしょうか」

「……ふむ。一般には知られていないが──悲しい背景があるんじゃ」

「……教えて貰えるでしょうか」

「うん──奴がこの絵に着手したのは晩年。サイゴクの災厄が起こった頃らしい。その時、空の裂け目からやってきた災厄に、セツゲツカは──家族の命を奪われた」

 

 それは、諸々の事実と照らし合わせると、ヒャッキとおやしろの戦争に巻き込まれたと考えるのが自然だった。

 セツゲツカが怒りと悲しみに暮れて、衝動のままに”百鬼夜行地獄絵図”を描き上げたのは想像するまでも無い。

 彼の描いたヒャッキのポケモンは、長らく既存のポケモンを元にした想像上の存在とされてきたが──テング団の事件で、全て実在していたことが分かったのである。

 

「この話は、シシのじいんに口伝で伝わっているから、知る人が居ないのは無理もないかもしれんなあ」

「知る人ぞ知る逸話、ってわけだね」

「繊細だけど、おどろおどろしいポケモンの絵……テーマは怒り、悲しみ、恐怖……か」

 

 一通り話を聞き終わり、メグルとアルカは宿への帰路についていた。

 今日一日だけで、一先ずセツゲツカという画家の詳細と”百鬼夜行地獄絵図”についての概要が明らかになった。

 大僧正の話が本当ならば、絵画そのものに怒りや恨みが込められていることは想像に難くない。

 

「でも──何でセツゲツカは、ポケモンの絵を残したんだろう」

「何でって、空から降ってきたヤバい奴らを描き留めたかったんじゃねえか?」

「戦争への怒りを表す絵って他にも色々あるんだけど……壊れた町、傷つけられた人々じゃなくて──攻め込んできた軍勢をモチーフに選んだ理由は何なのかなって」

「……言われてみればそうだな……だけど、天才画家様の考えなんて、俺達には分かりっこないんじゃねえか?」

「そうだけど、あの絵の悍ましさって……怒りと悲しみ……なのかなあ」

 

 考え込んでしまうアルカ。

 それでも、もう一度キヨに頼んで絵画を見せて貰おうとは思えなかった。流石にそんな勇気は彼女には無い。

 故に今は調べた情報だけで推測をするしかないのである。

 調査が進んだことで逆に謎も増えてしまった──と途方に暮れていたその時。

 

 

 

「よーう、今日も今日とてイチャコラしてんじゃねえか」

「……先輩、茶化さない」

 

 

 

 二人が目線を上げると──そこには、二人の刑事が立っていた。

 足元にはエーフィとブラッキーが静かに佇んでいる。

 

「ダンガンさん、フカさん……」

「どうしたんですか?」

「ちょっとお二人に聞きたいことがあってな。任意同行……頼めるか?」

「安心してください。何か嫌疑が掛かってるとかじゃないので」

「どーせ、居ても立っても居られず、調べ事してたんだろォ? ……情報交換、しようや」

 

 願ったり叶ったりである。情報は多いに越したことは無い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC20話:急襲

 ──アルカとフカが別室で話している間、外のベンチで男二人は待機──ということになった。

 どうやら国際警察にとって用があるのはアルカの方らしい。

 

「……もう1回聞くんですけど、何でアルカだけ?」

「俺達は、あの嬢ちゃんが絵を見た時の反応を軽視していねぇんだよ。ま、詳しい事は後でカノジョに聞けば良いだろ」

「はぁ……」

「悪いようにはしねぇよ。そこだけは了承してくれやボウズ。女同士だから話せる事もあるだろ」

 

 煙草に火を付けながらダンガンはメグルの方を見やる。年下だからとはいえ、子供のように見られている言い方が気に食わない。

 

「……だから、ボウズじゃねーんすけど」

「へへっ、かてー事言うんじゃねーよ。煙草は吸えるか?」

「喘息なんで遠慮します」

 

 ちなみに別に喘息ではない。煙草の煙の匂いがそもそも苦手なだけだ。

 ニンフィアも顔を顰めているので、すぐさまボールの中に戻すのだった。

 ダンガンもエーフィに煙を吸わせたくはないのか、すぐに相棒をボールへ引っ込める。

 

「チッ……最近の若いヤツは煙草も吸わねえのかよ、しけてるぜ」

 

(あんたも最近の若いヤツだろ……)

 

「それにしても、フカさんの事、信頼してるんすね。凸凹コンビに見えたけど」

「俺とフカは……似た者同士なんだよ」

 

 煙草の煙を吹き出しながらダンガンは続けた。

 

「互いに国際警察しか行き場がねぇんだ。()()()()()()()()()()同士で組まされてな……内なる孤独をぶつけられる相手が、俺しか居ねえ」

「ッ……そうですか」

「あいつは天才だが、俺にァ才能らしい才能もねぇからな……せめて。あいつを信頼してやることしか出来ねえんだ」

 

 詳しい事は言えないがな、とダンガンはベンチにもたれかかる。

 メグルの記憶では、国際警察は記憶を失った人間を捜査官として迎え入れていた。

 ゲームに登場している”リラ”という人物が、ウルトラホールを通した異次元出身であること、そして記憶を失っていることをメグルは知っている。

 

(案外、この人たちも異世界人なのかもな)

 

 ウルトラホールというものが存在する以上、この世界では珍しい事ではないのかもしれない。

 

「でもな、フカのヤツ……無愛想で素直じゃねえが、意外と隙が多いんだぜ。慣れたら悪くねえよ」

「俺もしかして……惚気られてます?」

「ハハハ、悪いな。あいつは……自慢の相棒でなァ。エーフィと出会ったのも、フカがきっかけだったんだよな?」

「プルフィロー」

 

 すりすり、とエーフィがダンガンの膝に頭を擦りつける。

 

「相棒……」

「そうだ。互いの綺麗な所も汚い所も全部見てる。これでも付き合いは長いんだ。お前達はどうだ?」

「俺達も──似たようなモノですね。出会いはたまたまだったけど、旅を通して……互いに離れられなくなったっていうか」

「くぅー、甘酸っぱいね。ま、それはあんたの言動の節々から伝わってくる。せいぜい大事にしてやりなァ」

 

 ダンガンの大きな掌がメグルの頭をわしゃわしゃする。

 年は然程離れていないはずなのに、乗り越えてきた修羅場の数が違うのか、とても頼もしく思えてしまう。

 何となく、あの気難しそうなフカという少女がダンガンに付き従っている理由が分かってしまった気がした。

 

(俺も……こんな頼もしい人になれるだろうか)

 

「ところで、話は変わるが──今日は一体何を調べてたんだ?」

「セツゲツカと”百鬼夜行地獄絵図”についてです。寺院や守護社を回ってたら色々分かって」

「俺達も、あの絵の描かれた背景までは分かったぜ。サイゴクの災厄で家族を奪われたセツゲツカが怒りと悲しみのままに描いた作品……だろ?」

「そうそう! だけど、何で国際警察が画家と絵について調べてるんですか?」

「そりゃあガードする俺達が、守る作品の事を何にも知らねえのは違うだろ。それに俺達ゃこっちの人間じゃねえからな」

「なーるほど。で? 絵の事とか分かるんですか、ダンガンさんは」

「サッパリだ」

「ははは、俺もですよ」

「なぁんだよ、案外俺達も気が合うかもしれねぇぜ。分からねえんだよなあ……芸術だとか、情緒だとか……ん」

 

 何かに気付いたかのようにダンガンは立ち上がり、辺りを見回す。

 

「……あれ? どうしたんですか?」

「聞こえねえか? 羽音が遠くから聞こえてくる。それも1匹や2匹じゃねえ」

「ええ?」

 

 メグルは耳を澄ませた。確かに微かにだが遠巻きから羽音が聞こえてくるようだった。

 空気が張り詰める。

 何かがこちらへ近付いてくる。

 確かに羽音だが感覚が非常に短い──不快感を伴う類の羽音だ。

 

「ボールを構えろ。嫌な予感がする」

「は、はいっ」

 

 間もなく、その正体は明らかになる。後ろの植え込みからばさばさと音が鳴り、無数の羽音が飛び出してきた。

 それは、ハニカム状の身体に顔と羽根がくっついた蜂のようなポケモンだった。

 更に、巨大な蜂の巣をぶら下げた女王蜂の如き姿をしたポケモンが空から降ってくる。

 

「ハニニハニニ!!」

 

【ミツハニー はちのこポケモン タイプ:虫/飛行】

 

「クィインクィイイン!!」

 

【ビークイン はちのすポケモン タイプ:虫/飛行】

 

 一瞬で二人は取り囲まれてしまった。

 ミツハニーは巣を中心として集団行動を行うポケモンであり、その進化形であるビークインはミツハニーの女王。

 だが、サイゴクに於ける生息域は深い森の中だ。

 

「げぇっ、ミツハニーの群れにビークイン!?」

「……何でまたこんな所に出てきやがる。奴らの生息圏からは離れてるはずだが」

 

 ミツハニーとビークインは、森の奥深いところにコロニーを生成する。

 近くに工場地帯があり、仮にも町中であるフチュウには姿を現さないのである。

 ともあれ、こうして囲まれると、最早実力行使で突破するしかなくなってしまう。

 

「……何でも良い。先ずは蹴散らしてから考えるぞ。超超超・可及的速やかにな」

「は、はいっ……ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──美術館内、地下室。

 そこに二人は向かい合っていた。即席の取調室である。

 

「先に言っておきます。私は貴女の味方です」

「はぁ。いきなりこんなところに、ボクだけ連れてきて?」

「私は、美術品に対する感性だとかは分かりません。だけど──シックス・センスは信じることにしているんです」

「何が言いたいのさ」

「まどろっこしかったですね。単刀直入に言うと……昨日、あの絵を見た時の事をもう一度思い出しながら質問に答えてもらいたい。人の感性には個人差がありますから」

「!」

 

 アルカは──絵を思い出し、さっと額に冷や汗を伝わせる。

 あの時、絵に対して過剰な恐怖を抱いたのはアルカだけだった。

 それがヒャッキの民に由来する根源的なものなのか、それともアルカ特有のものなのか、彼女自身にも図りかねているのだ。

 

(そもそも、この人たちってボクがヒャッキの人間だって事知らないよね……? いや、忍者達がボクの事を知ってたなら、この人たちも知ってる可能性がある?)

 

 あまりアルカは自らの出生について広く知られたくはない。

 この地方では、先の戦いでヒャッキの人間に対する反発は当然だが大きい。

 彼女の身分を知っているのはクワゾメの忍者や、キャプテン、そしてメグルと言った一部の人間だけだ。

 何とか自分の生まれには触れられないようにしようと考え、言葉を選ぼうとする。しかし。

 

「私は昨日の貴女が過呼吸に陥った理由が、”百鬼夜行地獄絵図”にあると考えています。違いますか?」

「……ち、違くないです」

 

 淡々と詰めてくる彼女の言葉に、アルカは一切の反論ができない。

 一見すると幼い少女のような顔つきだが、声色も仕草も何処か艶があり、大人びている。

 幾つもの修羅場を乗り越えてくたびれたような貫禄すら感じさせる。

 気怠そうな瞳には、全くと言って良い程隙のようなものが見当たらない。

 言ってしまえば捕食者。目を見つめられただけで凄まれたように感じてしまう。

 フカ──そのコードネームは、ある地方の言葉でサメハダーを意味する言葉だ。

 フカマルというポケモンの語源も、サメハダーのような頭部をしていることに由来している程である。

 凶暴、そして狡猾。狙った獲物は決して逃さない。

 この少女の前でウソは通用しない。可能な限り正直にアルカは話すことにした。

 

「以前、貴女は今回の絵を見た時のような経験をしたことがありますか?」

「……無いよ。絵を見てあんなに怖い思いをするだなんて──いや、絵じゃないけど……ある。あるよ、一つ!」

「というのは?」

「前にボク達、流島ってところに行ったんだ。そこで祟り岩っていうのが暴走して……祟り岩で変異したヤミラミの技を受けて……!」

 

 その時に流れ込んできたのは、祟り岩に名前を刻んだ囚人たちの負の念。

 それは纏わりつくように彼女を蝕んだ。

 

「……今回の感覚はそれに似ていると?」

「うん。うん! 前回のは囚人たちの絶望や怒り、恐怖で──今回のは……今回のは、あの絵に描かれたポケモンのおどろおどろしい怨嗟だ。まるで、本当に出て来そうだった」

「……セツゲツカが”百鬼夜行地獄絵図”を描いた経緯を考えれば、絵にそのようなものが宿っていてもおかしくありません」

「調べたの?」

「ええ。私達も、貴女達と同じ結論に至っていますよ。絵に力が宿ることが無いわけではありません。怨みの籠った絵画がゴーストポケモンの発生源になったこともありますから」

「ひえ……それについてキヨ館長には」

「まだ何も聞いていませんよ。ただ、絵に悪いものが憑いていないかゴーストポケモンを用いて検証すれば分かる事です」

「それで分かるんだ。良かったあ」

「とはいえ、一先ず私は貴女のシックス・センスを信じる事にしているので」

 

(貴女がヒャッキの人間だから、ですけど)

 

 尤も、アルカが幾ら思案を巡らせても既に国際警察には調べが付いている。

 テング団という危険な組織と同じ地方出身の人間である以上、ずっと彼女をマークしていたのである。

 

(ま、今の所貴女が無害であることも含めて、とっくの昔に調べは付いているのですがね。もう少し、貴女について聞かせてください。貴女を知りたい)

 

「それにしても、何故この仕事を受けたんです? 絵が好きなんですか?」

「うーん、絵が好きっていうよりも──古い物が好きなんだ、ボク」

「古いモノ?」

「うん。古の時代の化石、歴史的建造物、そして遺物と呼ばれる発掘品。それらは全部、過去の時代に息づいていた人々が生きた証だよね」

 

(……思ったよりも真面目な答えが返ってきて困惑してるんですが……)

 

「調べてるうちにその時代の輪郭がハッキリしていくと、タイムスリップしたような気分になれるんだ」

「……素敵ですね」

「そう!? そう言われたの初めてだよ」

「私は門外漢なので、詳しくはないですがね」

「でも、こんな事聞くの? 事件に関係ある?」

「ええ一応」

「そっかっ、ならまだ質問とか無い? ボクに答えられることなら、答えるよ」

 

 肩の力を抜いて頬杖を突く。

 アルカの方からも、フカの方が明らかにこちらへ警戒を解いたのが分かった。

 

(思ったより……フツーの女の子ですね。ヒャッキの人間もこっちの人間とさして変わらないんでしょうか)

 

「貴女も災難ですね。仕事を頼まれてこっちに来たのに、怖い目に遭って」

「あ、あははは……大丈夫、慣れっこだから」

 

(何がどう慣れっこなのか知りたいんですがね)

 

「まあ、昨日はちょっと怖い夢見ちゃったんだけどね」

「それなら一つアドバイスをしておきます」

「?」

 

 至って涼しい顔で彼女は言ってのける。

 

 

 

「──怖い事を忘れるならやることやってスッキリするのが一番──

「待って待って待って、何を!?」

 

 

 

 青白い肌が真っ赤になり、勢いよく彼女は立ち上がる。

 対して、何を慌てふためているのだろう、と冷めた様子でフカは続けた。

 

「さらっととんでもない事言ったね、君!?」

「……何ですか。生娘のような反応をしますね。いつも一緒に居るカレシは飾りですか?」

「いや、あの、何でいきなりブッ込んできたの!?」

「ああ……婚前交渉がダメな宗派とか、そういう系──」

「ち、違うけど、違うけどォ! ボ、ボクたちまだ付き合ったばっかで──後、色々ありすぎて全然進展してなくって。後……すっごくジャマなヤツが居て」

 

 「ふぃるふぃー」と牙を剥いた凶悪リボンの姿がアルカの頭に過る。一番手強い敵は身近にいるのだ。

 それはそれとして、デリカシーもへったくれもない彼女の発言に、怒りと恥ずかしさが混じった感情が湧き上がってくる。

 一方、そんな反応を見せるアルカに──フカは少しだけ口角を上げた。

 

(ああ、コレ私がケガれてるだけですね。世に、こんなキラキラしたカップルが居るとは思いませんでしたよ。良いオモチャ──じゃなかったからかいがいがありそうです)

 

「何でも良いですけど、油断をしていると掻っ攫われますよ。獲物を狙っているのが自分だけとは思わない事です」

「そう言う話だったっけ? これ? 全然違うよね?」

 

 前にもユイに似たようなことを言われたのをアルカは思い出す。

 会う人会う人に進展しなさを指摘されるのだ。事実その通りなので何ともむず痒い。

 しかし、簡単に実行に移せるならば苦労はしていないのである。

 

「内に秘めた気持ち、欲求、抱え込むと、いつか変な形で拗れます。特に弱っている時はそうです」

「今そんな事言われても困るんだけど」

「……あんまりすっとろいと、()()()()()()()()()。私、相手には頓着しないんで」

「ッ……それはダメ!! 絶対許さないから」

「なら、大丈夫そうですけどね──む」

 

 その時だった。着信音が鳴り響く。

 鳴っているのはフカのスマホロトムだ。

 その画面には──「413」と番号が書かれたショートメールが表示されていた。

 それは国際警察で使用されている暗号の一つ。

 意味は「襲撃」だった。

 

「ッ……!? 何事!?」

「ど、どうしたの!?」

「──外で何かがあったみたいです。アルカさんは下がってて」

「ダメ! 最低でもツーマンセルなんでしょ!?」

「ッ……分かりました。くれぐれも気を付けてください」

 

 二人は地下室を駆けあがる。

 そして入口の方へ飛び出すにつれて、遠くからやかましい羽音が聞こえてくる。

 だが、飛び出そうとする彼女達の前に立ちはだかったのは、美術館に押し入ってくる狼藉者たちだった。

 体から毒ガスを放ち、口からは炎を吹き出した犬のようなポケモンだ。

 

「ガルルルル……!!」

「アオォォーン……!!」

 

【デルビル ダークポケモン タイプ:悪/炎】

 

【ヘルガー ダークポケモン タイプ:悪/炎】

 

「ッ……待って。セイラン周辺には居ないポケモンだよね!?」

「火を点けられたらアウトですね」

「でも、大人しく引っ込んでくれそうにはないよ!?」

 

 デルビルとヘルガーは、サイゴクに於いてはベニシティ周辺で生息しているポケモンだ。

 それも、火山周辺のひのたまじまに少数生息しているに留まる。

 客は悲鳴を上げながら、美術館の奥の方へと逃げていくのが見える。

 

「全く、私達が来ている時で良かったですね。彼らは毒素を含んだ炎を吐く危険なポケモン、並みのトレーナーでは返り討ちですよ」

「オマケに……凄く強い敵意を感じるよ……ッ!!」

「速やかに鎮圧します。アルカさん、手を貸していただけますね」

「もっちろんだよ!!」

 

 二人はボールを構える。

 向こうから聞こえる羽音も気になるが、今は目の前の敵を倒すことに集中するしかない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC21話:照らす光

 先ずは何とかして館内からデルビル達を追い出すのが先だ。

 だが、既にデルビル達が炎を吐きだし、火が付き始めている。

 すかさず彼女はタブレットを取り出し──アルカに一言。

 

「……特性:すいすいのポケモンは居ますか?」

「いるけど──雨でも降らせるの!?」

「いいえ、雨を降らせれば美術館全体に被害が出る上に、加減が利きません。もっと手っ取り早い方法があるんですよ。その為に少し、時間をください」

 

 アルカがボールから出したのはカブト。特性:すいすいのポケモンだ。

 続けてフカが繰り出したのはミガルーサ。

 鋭利な刃物のような鰭を持つ魚型のポケモンで、しかもエスパータイプだからか常に宙に浮いている状態だ。

 デイドリームのビッグバトルレースで、湖エリアのお邪魔役になっていたのが、アルカにとっては記憶に新しい。

 だが、サイゴクには生息していないポケモンなので、情報があまり無い。だがタイプは知っている。

 

【ミガルーサ きりはなしポケモン タイプ:水/エスパー】

 

 相手のデルビルとヘルガーは悪タイプ。エスパータイプは天敵と言える相手だ。

 現にヘルガーは、放火を部下に任せ、こちらが攻めて来ればいつでも”ふいうち”で仕留める準備をするべく腰を低く構えている。

 

「悪タイプにエスパータイプを投げるって、何か策でもあるの?」

「相性が不利なら、ひっくり返せば良いんです──よし、後は待てばいいだけ」

「な、何やってるの?」

「次の段階に進みます。奴らに、どっちが捕食者か思い知らせてやるんですよ。食う側と食われる側は、容易にひっくり返りますよ」

 

 フカが取り出したのは──モンスターボールに似た黒い球体だった。

 しかし、上半分は透明なガラスになっており、何かが光っている。

 それのスイッチを起動すると、凄まじいエネルギーが中から溢れ出す。

 

「……な、何それって!?」

「深海より暗い敗北に引きずり込んであげましょう──テラスタルです、ミガルーサ!」

「ギャギャーッ!!」

 

 光り輝いたそれをミガルーサに投げ付けると──周囲に爆ぜたように結晶が広がる。

 そして、次の瞬間にはミガルーサの身体は全身、半透明の結晶のようになっており、頭には噴水のような形の冠が生成されていた。

 

 

 

【ミガルーサ<テラスタル> きりはなしポケモン タイプ:[水]】

 

 

 

「な、何コレ、ポケモンが……変化した!? メガシンカじゃないよね!?」

「話は後! 奴らを食い止めてください、アルカさん!」

「分かった──先ずはこれだ! ステルスロック!」

 

 カブトの目が光ると、周囲に見えない鋭利な岩が浮かび上がる。

 そして、無警戒に突っ込んできたデルビル達にそれらが突き刺さり、後退させていく。

 だが流石にリーダーであるヘルガーは易々とステルスロックに引っ掛かりはしない。

 口に大きく溜めた炎を、指揮者であるトレーナー二人目掛けて吹きかけようとした、その時。

 

 

 

 甲高い警報が鳴り響き、天井から強烈な水飛沫が降りかかる。

 

 

 

「んなっ、これって──!?」

「システムに干渉して、エントランスのスプリンクラーを降らせました。しかも、此処のスプリンクラーは消火剤付き。炎は燃え広がりませんよ」

「す、すごい! 今の一瞬でハッキングしたってこと!?」

 

 これが、フカが”天才”と呼ばれる所以だ。

 電子機器の扱いはお手の物。その気になれば、無線でシステムを掌握する事ができる、まさに電子の世界の魔術師。

 苦手な水を浴び、デルビル達は弱り果てた様子でじりじりと後退していく。

 

「よしっ、これならいける!! カブト”アクアブレイク”!!」

「ミガルーサ、”アクアブレイク”です!!」

 

 ミガルーサが全身の贅肉を切り離し、ヘルガー目掛けて突貫する。後から突っ込むカブトを守るかのように。

 だが、頭領であるヘルガーの一吼えで、デルビル達は一気にミガルーサを”ふくろだたき”にする。

 しかし悪技が弱点であるはずのミガルーサはそのままデルビル達を吹き飛ばし、ヘルガーへ一直線。

 そのヘルガーも”ふいうち”と言わんばかりに前脚を叩き込むが、そのままミガルーサは止まらずに必殺の一撃を突き刺すのだった。

 

「ガオオオン!?」

 

 ヘルガーはそのまま壁に向かって叩き込まれて気絶。”雨”が乗ったアクアブレイクを受けたのだから当然であった。

 更に、残る残党もカブトが高速で襲い掛かり、次々に仕留めていく。

 これで、エントランスに入り込んできたヘルガーたちは皆、倒すことができたのだった。

 周囲にトレーナーらしき姿はなく、皆縮んで見えなくなってしまう。

 

「す、すごかった……! ミガルーサってエスパータイプなのに、何で悪技を受けても平気だったの!?」

「テラスタルは、パルデア地方の技術です。ポケモンのタイプを、そのポケモンが持つ”テラスタイプ”に変えるんですよ。私は、テラスタルでミガルーサのエスパータイプを消したんです」

「タイプを変えられるってこと……!?」

「そう。そして、元のタイプとテラスタイプが同じならば、今のように破壊的なダメージを出せるんです」

 

 ヘルガー相手ではオーバーキル気味でしたがね、と彼女は続ける。

 とはいえ、放火を狙っていた相手である以上は一撃で確実に仕留めなければいけなかったので、これで良かったのだろう。

 

「トレーナーは何処だろう!?」

「外に出れば分かるかもしれませんね」

 

 思い切って二人は外に飛び出す。

 だが、正門からは──更に新手のポケモンが空から飛んでくるのであった。

 全長およそ1.9メートルのトンボのバケモノが薄羽を高速ではためかせ、周囲に居る赤いトンボのポケモン達を従えているのである。

 

「誰ですか、こんなの用意したのは──ッ!!」

「今度は虫ポケモン!?」

 

【ヤンヤンマ うすばねポケモン タイプ:虫/飛行】

 

【メガヤンマ オニトンボポケモン タイプ:虫/飛行】

 

「……猶更、ミガルーサをテラスタルして正解だったかもしれませんね」

「第二ラウンドってことだよね……ッ!!」

 

 羽音の正体はこいつらか、と身構える二人。

 すぐさま飛び掛かってくる蜻蛉の群れは、翅をはためかせて空気の刃を次々に地上目掛けて放つのだった。

 

【ヤンヤンマの エアスラッシュ!!】

 

【メガヤンマの エアスラッシュ!!】

 

 空気の刃はアスファルトすらも抉り、おまけに風圧でこちらを近付かせない。

 カブトが岩を降らせるが、倒せるのはせいぜい1匹。またどこかから援軍が湧いて出てくる始末だ。

 更にこれで危険を察知したのか、メガヤンマは上空へと逃げていく。これでは攻撃が届かない。

 こちらは2匹。対して相手は十匹以上。むれバトルどころの話ではない。

 だが、勿論アルカも無策ではなかった。

 

「──”がんせきふうじ”だ!! 時間稼ぎお願い!!」

 

 カブトは宙に浮かび上がらせた岩を周囲に積み上げ、空気の刃から守る為の防壁とする。

 当然そうなれば、防壁を壊す為に今度は岩を目掛けてヤンヤンマ達は集中攻撃をしていくわけだが──

 

「……要するに、統率者であるあのメガヤンマを倒せば良いわけです」

 

 最も高い場所でのうのうと逃げ果せたメガヤンマ目掛けて──ミガルーサは音速の勢いでスッ飛んで行く。

 

「──”みをけずる”で身軽になったミガルーサは、空飛ぶ鳥をも撃ち落とす!! ”アクアブレイク”!!」

 

 流石のメガヤンマも不意を突かれたようだった。

 すぐさま”むしのさざめき”で接近してくるミガルーサを爆音で撃墜しようとするが、テラスタルによって強化された”アクアブレイク”を止めることはできない。

 全身に水を纏ったロケット砲は、破竹の勢いでメガヤンマの身体を射抜き、地面へと叩き落とすのだった。

 ミガルーサは自分の贅肉を削ることでスリムになり、極限まで無駄を削った体から為す超高速の突撃を得意とする。

 アルカが時間を稼いだことで、”みをけずる”を使う時間が増えたのである。

 

「す、すごい……ッ! なんて威力だ……ッ!」

「相手が何処に居ようが、関係ありません。皆、沈めてしまえば良いだけです」

 

 リーダーを倒されたからか、ヤンヤンマ達は一気に烏合の衆と化す。

 カブトが”ロックブラスト”を空中に放つと、次々に逃げていってしまうのだった。

 

「……これで、一先ずは追い払えたでしょうか」

「大した被害が無くてよかったよ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「行くぞ、バサギリ!!」

「──鎮圧しろ、ハッサム」

 

 

 

 ほぼ同時刻。

 ミツハニーとビークインの群れの前に立ち向かうのは、同じストライクから進化した2匹のポケモン。

 全身が鋭利な岩に覆われ、巨大な大斧を携えたメグルのバサギリ。

 そして、全身が赤い鋼のコーティングに覆われ、重く硬い鋏を振り上げた、ダンガンのハッサムだ。

 

【ハッサム はさみポケモン タイプ:虫/鋼】

 

「ギィイイイインッ!!」

「ハッサムか……!」

 

(H70 A130 B100 C55 D80 S65……バサギリに比べると素早さが低いが、その代わり耐久がある上に、強力な先制技の”バレットパンチ”がある! オマケに特性がテクニシャンなら、その威力は1.5倍!)

 

 いずれにせよ、この大群を相手にする上ではこの上なく心強い相手だ。

 並び立った2匹は、互いに目配せするとすぐさま司令塔であるビークインに突貫する。

 だが、それを阻む肉の壁となるのは、無数のミツハニー達だ。

 

【ビークインの ぼうぎょしれい!!】

 

 元々蜂の巣のような姿をしているミツハニー達が組み上がれば、それはハニカム状の防壁となる。

 それは強固に二匹の攻撃を遮断し、そのまま跳ね返してしまうのだった。

 

「べらんめぇこんちくしょう!! こっちの攻撃を守りやがった!!」

「クィンクィイイイン!!」

 

 今度は、蜂の子達は一気に拡散し、強烈に翅をはためかせる。

 激しい風が周囲を揺さぶった。

 

【ミツハニーの かぜおこし!!】

 

 1匹1匹の起こす風はそよ風程度だが、全員が呼吸を合わせて一斉に羽ばたけば、それは暴風同然の威力となる。

 バサギリとハッサムの身体はじりじりと後退していき、メグルとダンガンの身体も、近くの電柱に掴まっていなければ飛ばされてしまう程だ。

 

「ちっ、ふてぇ奴らだ。ビークインを攻撃しようにも、あいつ──”ぼうぎょしれい”で防御力を更に固めてるし、オマケに風圧で近付けないってか。数の利を存分に生かしてやがるぜ」

 

(参った……流石に国際警察の目の前でオーライズを使うのは気が引ける……)

 

 バサギリにオーライズを使い、オオワザ”ホノイカズチ”でビークインを撃ち抜けば大打撃を与えられることは確かだ。 

 しかし、元々オーライズはヒャッキ由来の技術、あまり外の地方の人間であるダンガンの前では使いたくない。

 

(根掘り葉掘り聞かれてアルカの事まで話さなきゃいけなくなったらマズい……! とにかく、タイプでは有利を取れてるんだ、奴らを纏めて一掃すれば良い!)

 

【ビークインの こうげきしれい!!】

 

「げぇっ!!」

 

 ビークインの蜂の巣から、大量の小蜂たちが姿を現し、メグル達に飛んでくる。

 ミツハニーよりもさらに小さい、ビークインの眷属たちだ。それらが皆、毒針を向けて突撃してくる。

 文字通り急所に当たりやすい必殺技だ。それもそのはず、無数の蜂の針が襲い掛かってくるのだから。

 

「ハッサム、受け止めろ!!」

 

 だが、その針はいずれも鋼の身体には通らない。鋏を振り回し、小蜂たちを次々に撃ち落とす。

 しかし、当然蜂たちはすり抜けてメグル達に襲い掛かってくるわけで、彼らは手で追い払ったり上着を振り回す。

 そしてその努力の末──5秒もしないうちに、メグルもダンガンも腕や顔が刺され、真っ赤に腫らす羽目に。

 残念だがこの世には「無駄な抵抗」という言葉があるのである。

 

「痛い……クッソ痛い!! マジで許せないんですけどあいつら!!」

「慌てんなァボウズ、どっちにせよ、バサギリの攻撃が通りさえすれば、ビークインは倒せるんだろが」

「それどころじゃないんですよね、俺もあんたも!! 顔パンパンなんですよ!!」

「ミツハニーの壁と風圧を超えなきゃいけないが、風圧はいずれ弱まる。奴らだってずっと”かぜおこし”できる訳じゃねえ。そこがチャンスだ」

「どうやって”ぼうぎょしれい”を超えるんですか?」

「なーに任せろい。ああいうのは一転集中で弱い所をブチ抜けばいいだけの話、後はバサギリに任せるぜ」

 

 ダンガンが取り出したのは──モンスターボールに似た黒い球体だ。

 

「これが俺の切り札(ワイルドカード)。ハッサム、テラスタルだ!!」

「ギュイイイイン!!」

 

 ミツハニー達の風圧が弱まったかと思えば、今度はダンガンの握る球体から凄まじいエネルギーが溢れ出す。

 そして、光り輝くそれを、彼はハッサム目掛けて投げ付けた。

 周囲には水晶が広がっていき──次の瞬間には、鉄斧の冠を被ったハッサムが、全身半透明の結晶の身体と化していた。

 

【ハッサム<テラスタル> はさみポケモン タイプ:[鋼]】

 

「こ、これって……!!」

「引き金は二度引かねえ。一発でブチ抜くぜ──”バレットパンチ”ッ!!」

 

 ハッサムの右鋏に、エネルギーが集まっていき、更に硬く、そして重く硬化していく。

 そして、アスファルトが抉れるほどに強く踏み出したかと思えば、ビークインへと渾身の打撃を見舞う。

 

【ハッサムの バレットパンチ!!】

 

【ビークインの ぼうぎょしれい!!】

 

 すぐさまミツハニー達が再び集結して障壁と化す。

 だが、一転集中で弾丸のように撃ち出された拳は、捻りが加えられたことで破壊力が増す。

 着弾の衝撃(ダンガンインパクト)は蜂の壁全体に伝わり──揺らがせる。

 そして、ミツハニー達が気絶してしまった事で、ばらばらと崩れ落ちるのだった。 

 これで、女王への道は開かれた。後はバサギリの攻撃を叩き込むだけである。

 

(は、速い──ッ!? そんでもってなんて重い一撃だ……!! 俺達も負けてられねえ!!)

 

「バサギリ──”がんせきアックス”!!」

 

 思いっきり勢いを付け、跳躍したバサギリは斧を振り下ろす。間合いは一瞬で詰められた。

 小蜂たちを身代わりにしようとしたビークインだったが、その程度の壁では気休めにもなりはしない。

 鋭利に研がれた重い斧は、女王の硬い脳天を叩き割り──玉座から追い落としたのだった。

 頭部の外骨格を破壊されたビークインは、一瞬で意識を持っていかれ、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 そして、指示をする女王を失ったミツハニー達は混乱し、あるものは逃げ、あるものはビークインに近付いていくが──

 

「ほうれ、これでお終いだ」

 

 ダンガンがロングスローでビークインにボールを投げる。

 その身体は一気に吸い込まれていく。

 何度か揺れると、カチッとロック音が響いた。

 今度こそ、蜂の女王は此処に討たれたのだった。

 

「……さーてと、一先ずは片付いたなァ」

「だけどこいつら、何で襲い掛かってきたんでしょうか」

「野生のポケモンってことは確かだな。じゃなきゃ、ボールに入るはずがねぇよ」

 

 となれば、猶更何故生息域が離れたフチュウに、このポケモン達が現れたのかが分からない。

 今回の件は不可解な事があまりにも多すぎる。

 だが、此処で待っていても何も解決しないので、彼らは一先ず女子ペアと合流することにしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC22話:イッツ・ショータイム

 ※※※

 

 

 

 次の日。メグル達は館長室に押しかけていた。

 野生ポケモン達が徒党を組んで美術館を襲撃した件を改めて報告しに来たのである。

 

「何ィ? 騒がしいと思ったら……野生ポケモンが美術館を襲撃してたとなぁ? 物騒ぢゃなぁ」

「キヨさん、何にも気付かなかったの!?」

「昼寝しちょったから何にも分からんかったわい!!」

「ええ……」

 

 仕事しろ、館長。

 

「しかしミツハニー、ビークイン、デルビル、ヘルガー、ヤンヤンマ、メガヤンマか……」

 

 その名前を連ねていき、考え込む館長。

 その顔は、何か思い当たる節があるようだった。

 わなわなと手が震え出し、ゆっくりと口を開く。

 

「──ッ……!!」

「何か心当たりが!?」

「何も……何も心当たりが無いのぢゃ……ッ!!」

「じゃあ意味ありげな顔すんじゃねぇよ!!」

「いや、だって、ビークインもメガヤンマもヘルガーも、この辺りじゃあ全く見んポケモンぢゃからなぁ」

「ダメだこりゃ」

「しかし、生息域から離れた野生ポケモンが連続して美術館を襲うというのは、偶然とは思えません」

「でも、野生ポケモンを使うことなんてできるの?」

「その為に有識者を呼んだんだよ」

「有識者ァ?」

 

 そう言って、ダンガンが扉の方を指差す。

 間もなくそこから待ってましたと言わんばかりに現れたのは──

 

 

 

「やっほォ!! たまたまセイランシティに仕事で滞在してた、僕が来たぞう!! メグル君元気ィ~?」

 

(チェンジで)

 

 

 

 ──そりゃあ有識者なんて、この男くらいなものであることはメグルも理解していた。

 皆ご存じ、イデア博士である。

 しかし、久々に思い出した頃にやってこられると、やはり最初にやってくるのは感慨ではなく鬱陶しさであった。

 なんせ開幕のセリフがこれなのである。

 ボールから飛び出したニンフィアも、威嚇をする始末である。

 

「いやー、ミッシングアイランドの一件から、更に次の事件とは……君も忙しいなぁ? ま、トレーナーとしての経験は積めるから良いんじゃない? アルカ君も、メグル君の事よろしく頼むよー、ちょいちょい危なっかしいところが」

「早よ本題に入れや」

「本当に元気な人だなァ……いつ見ても」

「ふぃるふぃー……」

「おー、ニンフィア元気してた? 久しぶりに抱っこしようか、んまんま」

「フィッキュルィィィ」

「ひでぶ!!」

 

 炸裂するのは両目潰しブイパンチであった。

 

「これが、この地方のポケモン学の権威のイデア博士だ。頼りになるぜェ、フカ」

「今の言動の何処にも頼れる要素ありませんでしたよね?」

「なんというか、博士は安定感あるよ……」

「あの、博士……いきなり違う場所の野生ポケモンが暴れた理由なんて分かるんですか?」

「ハッハッハ、僕はこれでも博士だぞ? 博士に分からない事なんて無くない?」

 

(なーんて頭の悪い返答だ……)

 

「じゃあ早速、ダンガンさんが捕獲したと言うビークインを見せて貰おうかな」

 

 楽しそうに言った博士は、ポケモンが暴れても困らない屋外に全員を案内するのだった。

 そこでダンガンはビークインを呼び出す。

 当然、暴れ出したのでメグルが予めスタンバイさせていたアヤシシが”さいみんじゅつ”で昏倒させる。

 イデアはドーブルを連れているので、”キノコのほうし”を使えば眠らせる事も出来るのだが「今回は使いたくないんだよね」とのことだった。

 

「ごめんね、ちょっと調べさせてよ」

 

 ビークインの頭部を、ルーペで拡大しながら調べていく博士。

 既に彼の中では原因が推測できつつあるのか、あるはずのものを探っているようだった。

 そして、しばらくすると──「ああやっぱりね」と声を上げるのだった。

 するりと手袋を付けた指でぬぐい取ったのはピンク色の粉末である。

 

「……えーと、何が分かったんですか?」

「この香りはポケモンフレグランス……つまりポケモン用の粉末香料さ。種類によってポケモンを発情させたり、攻撃的にしたり、大人しくさせたり、他にも色々な効果があるんだ」

「人為的にポケモンを攻撃的にしたってわけか……って事は考えられるのは、一か所に押し固めた野生ポケモンの群れに、フレグランスパウダーを吹きかけたってところか?」

「でも、それでは美術館を攻撃させた仕組みが分からないよ。ただ暴れさせるだけになっちゃわない?」

「ターゲットを美術館に絞らせる術も同様に推測できる。アタックフレグランスと呼ばれるものの特性を利用したんだ」

 

 イデア博士はタブレットを取り出しながら説明を行う。

 

「アタックフレグランスαとβ……これはセットでね。α()()()()()()()()()()()()β()()()()()()()()()()()()()()ようにするものなんだ。α単体じゃあ興奮剤としてしか機能しないが、βが攻撃フェロモンに類似する作用を齎すのさ」

 

 攻撃フェロモンとは、蜂が攻撃対象に吹きかける化学物質だ。

 1匹では非力な蜂は、強大な敵を前にした時に仲間にも攻撃を呼びかける為にこれを標的に散布するのである。

 アタックフレグランスβの仕組みは、これに類似するものだとイデア博士は説く。

 

「で、何でこんなものを使うかって言うと、ブリーダーがポケモンの戦闘訓練で用いるんだよね。あまり好戦的じゃないポケモンを興奮させるためにね。だから一般に流通もしてる。当然、公式の試合で使うのは禁じられてるから、メジャーじゃないってだけだよ」

 

(ちゃあんとポケモン博士しててビックリするんだけど……)

 

「……じゃ、じゃあ、犯人はβを美術館に散布して、αを散布した野生ポケモン達に襲撃させた……ってことなの!?」

「ああ。そうなるね。怪盗クローバー……だっけ? 随分と姑息な真似をするんだなあって思うよ」

「いーや、クローバーの仕業じゃねぇよ。奴は単独犯だ。それに──犯行前に目立った真似はしねぇ。こりゃあ組織犯だ」

「ええ。奴のやり方とは少し違う気がします」

「1人2人、ポケモン1匹2匹で出来ることじゃない。間違いなく組織犯だぜ。フカ、早速粉末香料の出所、そんでもって今回の野生ポケモンの発生源を特定しろ」

「可能な限りやってみます」

 

 ヒントを得た二人はそのまま美術館から去っていく。

 そのまま、捜査を行うらしい。明日は特別展で、警備体制も固めなければならないのに、ここにきて別件も発生してしまったので警察はてんやわんやだろう。

 

「取り合えず、同じ手が使われないように美術館中に匂い消しを散布しておきましょう。そして、怪しい奴が近付かないように、今から警備を厳戒態勢にしておく。これが必須条件です」

「人員は既に手配してある。もうフレグランスパウダーなんざ撒かせねぇよ。イデア博士も、捜査に協力をお願いします」

「勿論だよぉ」

 

 バタバタと警察の人間が動いているのを見ると、本格的にきな臭くなってきたのをメグルは感じる。

 此処までの人間を集める”百鬼夜行地獄絵図”には一体何があると言うのだろうか。

 

(特別展示を中止にしたところで、あの絵がある限り禍根は永遠に消えねえ気がする……!)

 

 結局、現時点での障害は3つ。

 絵そのものに隠された秘密。

 怪盗クローバーの脅威。

 そして──組織犯と思われる野生ポケモン達の急襲だ。

 これだけの事件が重なっていると言うのに、自分に出来る事が限られているのを、メグルはもどかしく感じる。

 

(参ったな……俺ァ探偵じゃねーから、こんな時に俺が出来る事何にもねーんだよな……)

 

「……眉間に皺が寄ってるよ」

「たりめーだろ。先の襲撃をした犯人が、明日の展示会場に現れる可能性は十二分にある。展示会が無事に終われば良いんだがな……」

「……そうだねぇ……一体全体何が起きるんだろ」

「ああ……当日俺達に出来る事をやるしかねえんだけど」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──アンティークな紳士服に身を包み、マントをはためかせ、目にはモノクル、シルクハットという古典的な怪盗の風貌。

 髪は目立つ程に鮮やかなブロンド、そして瞳には☆状のマークが浮かんでいる。

 トレードマークはシルクハットに付けられたクローバー型のブローチ。

 彼女こそ、世間を騒がせる怪盗クローバー。

 神出鬼没にして、その詳細は一切謎。警察を何度も欺いた手腕を持ち、盗みと共に悪事を暴く現代の怪盗紳士だ。

 

 

 

「レディーエーンス、ジェントルメーン!! 天才美少女怪盗・クローバーちゃんのショータイム、始まりデース!!」

 

 

 

 彼女は高らかに、ショーの開宴を告げる。

 多くの人が集まる水墨画の特別展。

 そこは既に多くの警備員や警察、そしてポケモントレーナーの姿がちらほら。

 

(だーいぶ気合が入ってるデスねー。この私を返り討ちにするつもり満々デス? But、そう簡単にはいかないヨ! 私は怪盗。狙ったものは必ず逃さないのデス! 今回はちょっと、派手にやっちゃうデスよ!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「人が沢山集まってるな……ッ!」

「うん。クローバーの予告状は既に広まってる。絵画じゃなくて、クローバー目当ての人も多く来てる。とっくに会場は入場制限が敷かれてるよ」

「クソッ、人の苦労も知らねえで……野次馬根性だけは一丁前だな」

 

 会場の一角を見張るメグルとアルカ。

 既に、場内は多くの来場客でにぎわっている。

 そして最も厳戒態勢を敷いて警備されているのが、中央の展示スペースに飾られた”百鬼夜行地獄絵図”。

 四方を警備員と、マフィティフ達が守っており、一定距離以上からの観覧は出来なくなっているのだ。

 

「なあアルカ。”百鬼夜行地獄絵図”から何か感じるか?」

「感じるよ感じる。こんなに離れてるのに、嫌な気配が凄くするよ……」

「まあ、出来るだけ直視しねえようにしろよ」

「頑張る……」

「後は怪しい奴が現れ次第、俺達はそいつをひっ捕らえれば良いだけなんだが──」

 

 

 

「クローバーが出たぞーッ!!」

 

 

 

 すっ飛んできた声に、メグル達は驚いた。

 次の瞬間、場内は一気に白い煙に覆われる。強力な催涙ガスだ。 

 すぐさま来場客たちはそれを吸い込んでしまい、涙が止まらなくなってしまい、混乱した様子で場内から飛び出していく。

 メグルや刑事たちはすぐさま”ぼうじんゴーグル”を付けたので事無きを得たが、ゴーグルをつけるのが遅れた警備員たちやルカリオは、これで殆ど無力化されてしまった。

 見ると、場内の壁を駆ける怪しい人影の姿が。

 間違いない。話に聞いていた怪盗クローバーの姿そっくりだ。

 

「白昼堂々と正面から突っ込んできやがった!?」

「ど、どうやって入ってきたの!?」

 

 会場はいきなり大混乱。

 警備員たちはすぐさまマフィティフ達を嗾け、クローバーを狙ってひっ捕らえようとする。

 当然、幾ら怪盗と言えどポケモンの素早さには敵わないのか、そのまま床へ叩き伏せられてしまった。

 しかし。

 

「んなっ──メタモン!?」

 

 ぐにゃり、と音を立ててそれは形を変えてしまう。

 へんしんポケモンのメタモンがクローバーに化けていたのだ。

 

「こんな事もあろうかと! オトシドリ、”ふきとばし”だ!」

「ストォーック!!」

 

 すぐさま場内に飛び降りたアルカはオトシドリを繰り出し、催涙ガスを吹き飛ばす。

 そうして露になったのは、衝撃の光景だった。

 場内の各所に──クローバーが立っているのだ。

 展示台の上に1人。

 窓際に1人。そして、作品の近くに1人。

 

「クローバーが3人!?」

「や、やられた!! あいつ、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ!!」

「ハッ、何て事ァねーぜ!! 遠慮なく構わず攻撃すれば良い!! やれ、ハッサム、エーフィ!!」

「……ええ。ミガルーサ、ブラッキー。クローバーを倒してください。そして──警備システム全起動──」

 

 フカがタブレットを操作しようとしたその時だった。

 彼女の持っていた端末が宙に浮かび上がる。

 

「んなっ……!?」

「ゲゲゲゲ」

 

 柱から低く唸るような声が聞こえてくる。

 そこに居たのは、自らの身体を周囲の光景と同化させることができるポケモン・カクレオンだった。

 タブレットはカクレオンの舌に絡め取られており、明後日の方向へと投げ捨てられてしまう。

 

【カクレオン いろへんげポケモン タイプ:ノーマル】

 

「ッ……成程、理解しました! 透明になったコイツがモンスターボールを館内に持ち込んだんですね! ブラッキー、”でんじは”でカクレオンの動きを止めてください!」

「ヴゥウ……ッ!」

「ゲゲゲ!!」

 

 すぐさまカクレオンは再び姿を消してしまい、取り逃してしまう。

 だが、あっという間に場内に居た3人のクローバーは、国際警察のポケモンの手で取り押さえられてしまうのだった。

 しかし。

 

「先輩!! こいつら全員、メタモンです!!」

「ウッソだろオイ……!! じゃあ、本物のクローバーは一体何処だァ!?」

「メグルどうしよう! 場内何処を探しても、本物が居ない!!」

「……って事は、()()()()()()()()()()()()って事か!! ……あるいは、もうとっくに誰かに変装して入ってきてるとか」

「んなバカな! 此処に居る面子は全員、綿密に変装のチェックをしたんだぞ!?」

  

 取り押さえたメタモンたちは、すぐさまゲル状の姿に変化し、皆隙間やダクトに逃げ込んでしまう。

 カクレオンの行方も分からず仕舞い。

 

(エーフィの念動力で炙り出そうと思ったが、特性:へんげんじざいか! 悪タイプに変化して逃げ果せたか、まだ場内に居る!!)

 

(こうなったら、アブソルの未来予知で、クローバーが何処にいるか当てれば良い!)

 

(本物が現れ次第、ブラッキーの”くろいまなざし”で逃げられなくすれば良いだけです)

 

(なんか、”百鬼夜行地獄絵図”にずっと()()()()()気がする……見ないようにしようっと……)

 

 各々が、そう考えていた次の瞬間だった。

 

 

 

「ハーハッハッハッハ!! 怪盗クローバーのショーへようこそデース!! どれが本物の私か、見抜けマスかー?」

 

 

 

 クローバー、再び増殖──ではない。

 メグルの視界に入っている人間が全て、クローバーの姿に置き換わったのだ。

 アルカも、ダンガンも、フカも、ポケモン達も、皆怪盗の姿に見えてしまっている。

 

「なっ、クローバーだ!! 全員クローバーだと!?」

「落ち着いてください。これはゾロアークの幻影です。奴はこれに乗じて、絵画を盗むつもりですよ」

「参ったな……ゾロアークが化けただけなら、ゾロアークを抓れば一発OKだが……! 俺達がゾロアークに化かされている状態だ」

 

 無理もない。

 ゾロアークと言うポケモンは元々、幻影で自分の群れを守ってきたポケモンだ。

 まやかしの光景を見せる事で、相手を欺き、幻の中で彷徨わせ続ける。

 その力は非常に強力で、後からやってきた警察官たちの姿も皆クローバーに見えてしまうのだった。

 

「ダンガン刑事、大変ですーッ!! 目に見える物が全部クローバーに!!」

「べらんめぇ、そこを動くんじゃねぇ!! これ以上ややこしくするな!! いや、テメェらの中にクローバーが混じってんだろ!! 全員これから検査を行う!!」

「ど、どうしよう、メグル……!」

「クソッ、これじゃあクローバーが何処にいてもおかしくねえよ……! アブソル!!」

「ふるーる? るッ!?」

「うわぁ、ポケモンまでクローバーに見える……頭がおかしくなるーッ!!」

 

 飛び出したアブソルも──メグルにはクローバーに見えてしまう。

 おまけに当のアブソルも、見慣れぬシルクハットの怪しい人間ばかりが視界に見えているらしく、戸惑うしかない。

 

「何処だ……!? 奴は何処から仕掛けて来る!?」

「ふるーる……ガルルルル!!」

 

 次の瞬間だった。

 アブソルが地面に向かって唸り声を上げる。

 そこから数秒しないうちに、”百鬼夜行地獄絵図”の目の前の床に穴が開くのだった。

 

 

 

【デリバードの ドリルライナー!!】

 

 

 

 勢いよくそれは飛び出し、”百鬼夜行地獄絵図”の前に現れる。

 サンタクロースを思わせる赤い身体の鳥・デリバードを抱きかかえる怪盗クローバーが地下から穴を開けて現れたのだ。

 

(あ、穴掘って此処までやってきたのかよ!? じゃあ、さっき聞こえて来たクローバーの声はなんなんだ!?)

 

(此処まで全部ブラフ!! 俺達を錯乱させている間に、地下から登場って寸法か!! べらんめぇ、いつもの事ながらブッ飛んでやがるぜ!!)

 

 だが、未来予知は伊達ではない。そこに、アブソルが”むねんのつるぎ”を尻尾から放つ。

 鬼火を纏ったそれはデリバードを狙い、勢いよく突き刺さる。

 

「YES、計算通りネ」

 

 だが、あっさりと尻尾による斬撃は避けられてしまい、”百鬼夜行地獄絵図”を守っていた強化ガラスを掠めるにとどまる。

 絵を守る立場にあるアブソルは、硝子を傷つける事ができない。

 

「ゾロアーク、”トリック”デス!」

 

 次の瞬間にはもう、彼女の手元には”百鬼夜行地獄絵図”が握られていた。一方、硝子の中には飴玉が残る。

 そのまま彼女はデリバードに掴まったまま、天井まで飛んで行く。

 だが、みすみすと逃がすわけにはいかないダンガンは、エーフィに念動力を指示する。

 

「エーフィ、サイコキネシス!!」

「ゾロアーク、ナイトバースト、デース!!」

 

 だが、此処で今まで姿を隠していたゾロアークが漸く姿を現す。

 化け狐のようなこのポケモンは、エーフィを背後から襲い、必殺の一撃を叩き込むのだった。

 

「しまっ、エーフィ!!」

「Very sweet!! おしるこより甘いのデース!!」

「ミガルーサ、”アクアブレイク”!! 怪盗を撃墜しなさい!!」

「おっと」

 

 すぐさま怪盗はミガルーサの居る方向に向かって絵を盾のように突き出す。

 絵を傷つけてはいけないことは、この突撃魚も理解している。

 理解しているが故に軌道がずれてしまった。思いっきりミガルーサの身体は天井へ突き刺さるのだった。

 

「こいつ、絵を盾にして──卑怯です!!」

「怪盗に、卑怯もラッキョウもないのデース!! デリバード、もう1回”ドリルライナー”!!」

 

 そのまま怪盗は屋根を突き破り、逃走。

 と同時に、ゾロアークの幻影も解除され、全員の視覚も正常なものへと戻る。

 

「逃がすかよ!! アルカ、オトシドリ借りるぞ!!」

「う、うんっ!!」

 

 すぐさまメグルは、アルカのオトシドリに跨る。

 いつでも空中ライドができるように、ライドギアを取り付けていたのだ。

 そのままクローバーが開けた天井の穴から、彼は外へと飛び出すのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC23話:淵源

色々間違いがあったので修正しました。


「いやー、今回の仕事もバッチリデスね!」

「デリー!!」

 

 

 

【デリバードの そらをとぶ!!】

 

 

 

 このデリバードと呼ばれるポケモン、小さい身体に反して人を引っ張って飛行することができる程の膂力を持つ。

 帯状になっている尻尾を大きく広げることで風を操り、身体を浮かすことができるかららしい。

 デリバードの腹に付けられたハーネスでクローバーの身体は固定されており、さながらハンググライダーの如し。

 一見かなり無理がある姿勢に見えるが、浮力を操るデリバードには運ぶ対象の重量など関係無いのである。

 さもなくば、尻尾を握ったまま片翼でばたばた羽ばたいて飛行することなどできはしない。

 そもそも飛行の為に翼を必要としていないのである。

 

「逃がすわきゃねーだろが、泥棒!!」

「神妙にお縄につけ、すっとこどっこい!!」

 

 だが、それを後ろから追いかけてきたのはメグルの跨るオトシドリと──ダンガンの跨るムクホーク。

 更に地上からはモトトカゲに跨ったアルカが追跡を続けている。

 

「WTF!? もう追いついてきたデース!? 撒いたと思ったのに!?」

 

(ハッ、オメーの持ってる水墨画には予めGPSを付けてたんだよ! 盗られる事を前提にしてなァ!!)

 

『先輩! クローバーの進路の先は海です! 海から逃げるつもりです! くれぐれも、絵を落とさせないように立ち回ってくださいよ!』

「合点承知の助──って言うわけねーだろ!! クローバー捕獲が最優先、絵画は二の次だ!!」

『絵に何かあった日には噛み千切りますよ』

「何を!?」

『ナニをです』

 

 すぐさま盗った絵画の裏を見てGPS装置を探し始めるクローバー。

 だが、そうこうしている間に後ろから岩が飛んでくる。

 オトシドリの”がんせきふうじ”だ。デリバードが喰らえば一発アウト。4倍弱点だ。

 

「チッ、外した! 種族値の割にすばしっこいヤツだ!」

「うぅ~、殺意が高過ぎデース!! どんな神経してるデース!! アホー!! バカー!! ひとでなしー!! ドヒドイデ!!」

「バーカ、落ちたら拾ってやるに決まってんだろ、この俺がァ。んでもって即・逮捕だ!!」

()()()貴方達と追いかけっこしてる場合じゃないのデース!! デリバード、”ふぶき”ィ!!」

「はぁ!?」

 

 突如吹雪く雪を伴う大嵐。

 それに巻き込まれ、一気にムクホークとオトシドリはコントロールを失い、浮力を失う。

 効果は抜群。幾らデリバードの乏しい特攻から放たれているとはいえ、その威力は絶大だ。

 

「さ、さぶぶぶ!?」

「オ、オトシドリ、しっかりしろ!!」

「Hey Hey Hey!! 私のデリバードをナメてもらったら困るデスよー?」

 

(こいつ、ポケスペじゃやたらと強かった気がするけど、この個体もクソ強いぞ……!?)

 

 にやり、と笑みを浮かべた怪盗は背中のバックパックから更に煙幕までばら撒いて高らかに叫ぶ。

 

 

 

「ゾロアーク、カクレオン、メタモン()、デリバード! 怪盗4種の神器、これ即ちクローバーなのデース!!」

 

 

 

 現に耐久の高いオトシドリも、翼が凍ってしまっており、高度が徐々に落ちてしまっている。ムクホークに至っては特防が紙より薄いのでそのまま墜落する始末。

 

「どわああああ!? ボウズーッ!! クローバーを何としてでも捕まえろーッ!!」

「わ、分かってます!!」

 

(つっても、オトシドリはもう長く持たない……!!)

 

 その間にクローバーはどんどん距離を引き離していく。

 

(絵画にGPSがついてるデス!! 何てモノ付けてくれるデス、今回に限って!!)

 

 絵画の裏についていた不審なそれを取り外し、投げ捨てる。

 これでもう彼らは追ってこられない、とクローバーはしたり顔。

 全てのタスクを終わらせ、離脱しようとしたその時だった。

 

 

 

 ──絵画から、黒い靄が溢れ出て──爆ぜる。

 

 

 

 煙ではない。

 黒い閃光のようなものが彼女を包み、落ちていくのが見える──

 

「な、何だ、落ちていくぞアイツ……!? って──俺達も落ちてるんだったーッ!!」

 

 ふらふらと墜落していくオトシドリ。

 とてもではないが、クローバーに追いつくどころではない。

 すぐさまギアを引き、極力減速を緩める。

 次第にオトシドリの身体は安定を取り戻し──何とか、城下町に着地するのだった。

 

「あ、危なかった……後は……アルカに任せるか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「フカちゃんの情報だと、この辺りでGPS反応が途切れたらしいけど……」

 

 

 

 地上からモトトカゲを走らせ、漸くその地点に辿り着くアルカ。

 しかし、近付くにつれてあの絵の持つ恐ろしい気配が強まっていく。

 GPSの反応の消失地点から方向が外れてしまうが、彼女は自らの感覚を信じることにした。

 

(違う……GPSは途中で外されたんだ。絵の気配を追っていけば、クローバーに辿り着く! あんまり気が進まないけどぉ……)

 

 すぐさまモトトカゲのハンドルを握り締めて、アルカは方向転換する。

 しばらく走っただろうか。

 辿り着いたのはフチュウの外れにある林だ。

 鬱蒼としており、成程隠れるには丁度良いかもしれない。

 絵の気配を追いかけていくと、どんどん嫌な空気が強くなっていく。

 全身に鳥肌が立ち、悪寒が走るようだった。

 

(もう、やだなぁ、何なんだろ? 一昨日はこんな気配はしなかった、此処までじゃなかった……!)

 

 ガサガサと茂みを漁っていると──人影が見えた。

 

「いったたた……酷い目に遭ったデェース……あ」

「……あ」

 

 木の枝やその他色々服やマントに突き刺さったクローバー、そしてモトトカゲに今まさに降りて辺りを見回すアルカ。 

 まさに犬も歩けば棒に当たる。突然のエンカウントに一瞬固まる二人だったが──

 

「って、めっちゃ居たーッ!!」

「お、落ち着くデスよ、こーんなか弱い女の子を襲うなんてトレーナーの風上にも置けないと思いまセン? ん?」

 

 じり、じり、と引き下がるクローバー。

 その様子にアルカは違和感を覚える。

 彼女ならばこちらを撒こうと思えばいつでも撒くことが出来るはずだ。

 そして、彼女の周囲にはモンスターボールが散らばっているが、それを拾いに行く様子すら見せない。

 そうしてアルカは、クローバーがしきりに右脚を庇っていることに気付いた。

 

「もしかして……怪我してるの!?」

「別に落ちて怪我したとかそう言うのじゃないんデスよ!!」

「ダメだよ、無理に動かしたら!! 骨が折れてるかもしれないんだよ!?」

「ッ……何で怪盗の私を心配してるんデスか」

「だって、血が出てるし変な曲がり方してるもん……!! それに──放っておけないよ!!」

 

 そこまで言って、彼女は自分を脅かすあの気配を、目の前のクローバーが持っていないことに気付く。

 ”百鬼夜行地獄絵図”が見当たらないのだ。

 

(絵は何処に──近くにあるのは確かだけど……!!)

 

「……貴女、面白いデスね。だけど──生憎、私の怪我を心配してる場合じゃないデスよ──ッ!!」

 

 そこまで言ってクローバーは怪我をしていない左脚で思いっきり地面を蹴り──アルカを突き飛ばした。

 次の瞬間、彼女が立っていた位置に、黒い稲妻が落ちる。

 凄まじい音、そして衝撃波。二人は吹き飛ばされてしまう。

 

「な、何!?」

「……完全に計算外だったデスよ。ヤバいのが目覚めちゃったのデス……!!」

「はぁ!? どういう事ォ!?」

「予定よりも遥かに早いお目覚めって事デスよ!!」

 

 何とか身体を起こしてみると──ぞっとした。

 地面に落ちている水墨画から、溢れんばかりの瘴気が漏れ出している。

 

「何!? 何なの!? ヤバい絵だとは思ってたけど、気の所為じゃなかったって事!?」

「とにかく逃げるデスよ!!」

「ダメだよ、置いていけない!! 助けて貰ったんだ、今度はボクが君を助ける番だ!」

 

 クローバーの腕を引っ張ったアルカは、そのまま彼女をモトトカゲの後部座席に乗せる。

 モトトカゲもただならぬ気配から逃れるようにしてその場から離脱した。

 が、走り出した途端に爆ぜるように瘴気がどくどくと周囲に溢れ出す。

 それらは皆、墨のようにどす黒く、そして粘りを帯びた液体へと変貌していく。

 やがて、太陽の光を浴び、墨色だったそれらは色を得て、徐々に妖の形へと象られていくのだった。

 爆発音を聞いたからか、遅れてパトカーのサイレンが鳴り響く。

 だが、駆け付けた現地の警察を襲ったのは──

 

 

 

「な、何だこりゃあああああ!?」

 

 

 

 ──オニドリル、パラセクト、アップリューにタルップル、カバルドン、ダーテング、フーディン、ルカリオ、アーマーガア。

 見るも悍ましいヒャッキのポケモンの大群。

 即ち、百鬼夜行地獄絵図そのものの光景であった。

 当然、この数のヌシ級ポケモンに太刀打ちできるはずがなく、警察も逃げ惑う始末。

 そこからいち早く離れたアルカは、スマホロトムでメグルに連絡を入れるのだった。

 

「あっ、メグル、聞こえる!? ちょっとヤバい事になってて──うん! うん! ちょっと、警察の人抜きで話したいっていうかさ、うん、分かった、部屋で落ち合おう!」

「何で私を助けるのデス!!」

「説明してほしいからだよ!! どうせもう、君一人じゃあ、あいつらは手に余る!! 勿論、ボクが負傷してる君を庇いながら戦うのも無茶だ!!」

「うぐぐ……こんなはずじゃなかったデース!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──って、俺が居る!?」

 

 

 

 宿の部屋に戻ったメグルは驚愕。

 自分瓜二つの誰かが、当たり前のように椅子で座っている。

 その隣では「もう変装解いて良いよ」とアルカが一言。

 

 

 

「あっははは……お邪魔してるデース」

 

 

 

 ──パァン、と弾けるような音と共に金髪美少女が姿を現す。

 さっきまで自分達が追っていた怪盗クローバーその人だったのだ。

 

「なあ、何でお前が怪盗クローバーを連れて帰ってんだ、アルカ!?」

「言ったでしょ、緊急事態なんだよ!」

「それは知ってる、なんか外れの林の方でデカいポケモンが何匹も出たって聞いてな──」

 

 本当ならすぐにでも現地に向かおうとしたが、その前にアルカによって呼び出されたので、メグルは宿の方へ向かったのだ。

 そうして来てみれば、さっき自分を撃墜した怪盗が足から血を流しながら彼女に手当を受けている。

 いろいろと納得が出来ない。

 

(俺ァさっきテメェの所為であわや死ぬかと思ったんだが……!)

 

(あ、あははは、一旦飲み込んでほしいデスよ……)

 

「一体何が起きているんだ?」

「絵の中からポケモンが出てきたんだ!」

「結論から言えば、あのポケモン達の群れ”百鬼夜行地獄絵図”の正体デスよ」

「どういうことだ? 絵の中からポケモンが出て来る? そんな漫画じゃあるめーし──」

 

 そう言いかけて、メグルは、此処がポケモンの世界であることを思い出す。今更常識を求めたところでムダであった。

 

(もう、そういうもんだと受け入れよう……)

 

「今回、私に盗みの依頼をしたのは──あの絵に詳しい人物だったのデス。詳細は伏せマスが、私にとって信用に足る人物デスよ」

「あの絵は一体何なの?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。この写真を見るデス」

 

 クローバーが見せたのは、1枚の写実画。

 そこに映っていたのは座敷に座る僧。

 そして通常とは違う姿のドーブルだった。

 真っ黒な色をしており、目には縁取りが描かれていることが分かる。

 尻尾の先端は絵筆ではなく書道で用いられるような筆だ。

 

「かつてパルデアからサイゴクに渡った宣教師が描いた写実画デス。仲良くなったついでで、絵を描かせて貰ったみたいデスね」

「な、何だ、このドーブルは……!? 普通のヤツと色や形が違うぞ!?」

「サイゴクには通常種のドーブルしか居ない……まさかこれって」

「勘が良いデスね。依頼者曰く、このドーブルはヒャッキ地方からやってきたポケモン。どうやら、描いたものに()()()()()らしいデスよ?」

 

 とはいえ、それらはすぐに実体化するわけではない。

 「魂の籠った絵」という言葉がある通り、ヒャッキドーブルの描いた絵には生き生きとしたものが宿るのだという。

 しかし、年月の経ったヒャッキドーブルの絵は、描き手の情動に応じて、更なる力を得るのだという。

 

「そ、それが500年も経った今、目覚めたっていうのか!?」

「YES。むしろ500年経った今だから、力が醸成されて実体化したってところデスかね?」

「だから……絵を見た時に恐ろしいものを感じたんだ」

 

 あの時アルカが見たのは、故郷に潜んでいた怪物たちと同じ気配。幾度となく自分達を苦しめた魑魅魍魎の群れ。

 ドーブルの手で描かれたその水墨画は、長い年月を経たことで本当に命を得てしまったのである。

 それでもメグルには腑に落ちない部分があった。アルカも納得がいかないところがあるようだ。

 

「依頼者は何者だ? この写真のドーブルを見て、ヒャッキ地方のドーブルだって分かった事、そして絵がヤバい状態である事を見て理解した事から──ヒャッキの人間なのか?」

「そこはボクも気になってた」

「おっと、依頼人に関しては私の口からは言えないデスよ。ただ……私のおじい様の古い知り合いとだけ言っておきマス」

「結構御年の人みたいだな……そんなヤバい絵を盗んで、お前はどうするつもりだったんだよ」

「勿論、被害が出る前に処分する。それが、依頼内容だったのデス」

 

 クローバーは肩を竦めた。

 

「こんなもの、無い方が良いに決まってるデスからね。でも、この絵のヤバさを感知できるのは限られた人間とポケモンだけみたいデスから」

「ヒャッキの人間か、ヒャッキのポケモン……ってところか」

 

(案外依頼者はサイゴクに住んでるヒャッキの人間なのかも。ボク以外にもそう言う人が居てもおかしくないか)

 

「とはいえ、下手に陸地で破壊して中から変なのが出てきても困るから、大洋で処分するつもりだったんデス。まさか盗んだ矢先に絵の方が暴走するとは思わなかったデスけど」

「もしかして、あのまま美術館で放置していれば、多くの人が居る場所で絵からポケモンが出て来たってことか?」

「はっ、勘違いしないでほしいデスよ。私は怪盗。皆の前でトリックを披露し魅せるのが生業デスから」

「悪ぶっちゃって。ある種君のおかげで美術館や中の人が守られたようなモノなのに」

「案外あんた、悪いヤツじゃないのかもな」

「何言ってるデス。怪盗は……立派な悪。そこは揺るがないデスよ。でも──このままじゃ、フチュウはお終いデス」

 

 既にニュースでは、フチュウの中部に現れたポケモン達が市街地や城下町に向かっているという速報が流れている。

 

「でも私はこの通り脚をケガしてるデスし……このままじゃ、フチュウはあの絵に描かれたポケモン達に蹂躙されるデス。二人も早く逃げた方が良いデスよ?」

「逃げるぅ? 冗談じゃねえよ」

 

 絵に描かれたヒャッキのポケモン達。

 彼らはいずれも、一度は倒した面々だ。

 そしてそれらが再びサイゴクを揺るがそうとしている。

 メグルとしては見逃すことができないし、アルカも同じだ。

 

「俺達があの絵のポケモン達を止める。それで万事解決なんだろ?」

「これ以上、ヒャッキのポケモンにサイゴク地方を傷つけさせるわけにはいかないよ!」

「……勇気と蛮勇は違うデスよ?」

「こっちのセリフだ。自分から悪役を引き受けるような怪盗様には言われたかねえよ」

 

 メグルに足の手当をしてもらいながら、クローバーは苦笑した。

 

「あんたはせいぜい、此処で隠れてろ。後は俺達がやる」

「勝機があるのデス?」

「大丈夫! 彼は……サイゴクを救った、ボクの自慢のトレーナーだからねッ!」

「……何度も聞くデスけど、私を警察に突きつけても良かったんデスよ?」

「お前には痛い目遭わされたけど……アルカを助けてくれたんだろ。電話で聞いた。だから──悪いヤツじゃねーんだと思う」

「むしろ、よく一人で此処まで戦ったよ」

「……ッ」

 

 彼女は顔を俯かせる。

 眩しい光から目を背けるように。

 

「お人好しデスね。怪盗の言ってることを信じるんデスか? 全部、ウソっぱちかもしれないんデスよ?」

「かもな。だけど、今俺達がやるべき事は、あの絵のポケモン達を食い止める事だ。それは変わらない」

「それに、君はボクとそっくりなんだよ。何でも一人で抱え込んでしまいそうになるところとかね。ボクを見てたメグルの気持ちが少し分かったかも」

「……羨ましいデス。あの国際警察の二人と言い、貴方達と言い……背中を預けられる人が居るのデスね」

「クローバー……」

 

 彼女は──法が取りこぼした悪を挫く、弱者の味方。

 だが、そんな彼女が取りこぼしてしまったものを拾い上げるものは、今まで居なかった。

 ましてや、共に背負ってくれる人など居はしなかった。

 メグルとアルカは、クローバーにとって初めての仲間だった。それが例え、一時的なものだったにせよ、だ。

 

「なーんてっ、ガラにもなく弱音を吐いちゃったデスよ……怪盗は私が選んだ道! 貴方達は、貴方達のやり方で──この町を救ってくだサイ!!」

「ヒャッキのポケモンなら、ボク達に任せといて!」

「一度戦った相手だ。負けやしねえよ! ヒャッキドーブルとセツゲツカの置き土産とやら、俺達に片付けさせろや!」

 

 そう啖呵を切り、二人は宿を飛び出し、ライドポケモンに跨る。

 窓から二人が走っていくのを見ながら──クローバーは歯噛みする。

 

(此処まで来て、私に出来る事は本当に何も無いのデス……? 脚は片方あるのデス……! 考えろ、考えるデスよ、怪盗クローバー……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC24話:災禍凶来

 ※※※

 

 

 

 魑魅魍魎よ集えや集え、此度は宴、幽世から来たる行進なり。

 悪鬼に唐笠、飛頭蛮、河童に九尾、氷鬼、最後に来たるは大天狗。 

 魑魅魍魎よ歌えや踊れ、此度は宴、現世を脅かす地獄絵図なり。

 

 

 

──”災禍の凶来”フチュウ百鬼夜行

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 町に入り込むべく侵入を図るポケモン達。

 城下町を蹂躙していくのはオニドリルにパラセクト。

 いずれも体格はヌシポケモン相応に巨大で、存在するだけで災禍を振りまいていく。

 オニドリルの喇叭は町中の野生ポケモン達を扇動して追い立て、パラセクトの吐き出すキノコばくだんは周囲に火を点けながら毒素を放つキノコを生やしていく。

 既に住民には避難勧告が出ており、人々もポケモンも逃げ惑うしかない。

 その流れに逆行するようにして、メグルとアルカは進んでいく。

 

「あーあーあー、もう怪獣映画じゃねーかこんなの……ッ!! 傍迷惑な絵師様だぜッ!!」

「……ッ」

 

 じり、と引き下がるアルカ。

 絵から感じた不気味さの正体は分かったが、それでも尚、200年間醸成された百鬼の魂を前に威迫されてしまう。

 だがそれでも、今の彼女の隣にはメグルが居る。ポケモン達が居る。

 

「……ねえ、メグル。手を握ってほしい」

「……不安か?」

「うん──こいつらの恐ろしさはよく知ってるし……絵に込められたドーブルの力が、想像以上で。それが、ヒャッキの民であるボクに伝わってるんだ」

 

(怒り? 悲しみ? ……違う。この絵を描いた人は、どんな思いで……? 全く分からない……!!)

 

 ぎゅっ、と彼の手を握り締め──彼女は目を瞑る。

 そして目の前に迫りくるポケモン達の群れを前にボールを取り出した。 

 だが、標的を捉えたオニドリルとパラセクトがすぐさま飛び掛かってくる。

 

「でも──君が隣に居るなら。この子達が居るなら。ボクは、戦える」

「安心しろよ、今度は居なくなったりしねえ。約束する」

「破ったら……許さないから」

 

 もう一度固く二人は手を握り、ボールを投げた。

 飛び出したバサギリの大斧がパラセクトの脳天に一撃を叩き込む。

 そして、モトトカゲの”りゅうのはどう”がオニドリルにぶつけられ、地面へ撃墜する。

 いきなり現れた敵を前に、オニドリルとパラセクトは怯んだようだったが、それでも身体が巨大なヌシポケモンクラスということもあってか、すぐさま持ち前の体格を盾に二人を目掛けて押し潰しにかかる。

 

【オニドリルの あなをほる!!】

 

【パラセクトの キノコばくだん!!】

 

 体を思いっきり回転させ、地面へ潜行するオニドリル。

 そうしてる間に地表をパラセクトが”キノコばくだん”で爆撃していき、オニドリルの位置を悟らせない。

 

「モトトカゲ、高速で周囲を回転!! オニドリルのターゲットから外れるんだ!!」

「んでもってそうなったらバサギリを狙うよなァ!! バサギリ”つるぎのまい”!!」

 

 モトトカゲはパラセクトの狙いを引きつけながら、バイクの姿となって辺りを駆けまわる。

 地下からもこの動きは伝わっており、オニドリル側は動きが比較的遅いバサギリに目を付けることになる。

 だが、その間にバサギリは斧をカチカチと打ち付け、更に鋭利に磨き上げる。

 間もなく、オニドリルが地面から飛び出し、バサギリの喉元に嘴を突きつけた──

 

 

 

「──”がんせきアックス”!!」

 

 

 

 ──と同時に、バサギリもまた、オニドリルの脳天に両斧を叩き込む。

 嘴は確かに胸に突き刺さるが、それ以上に”つるぎのまい”で威力倍増した穿撃が痛打となって襲う。

 オニドリルの角は根元から圧し折れ、巨体が地面に倒れ込む。

 そして一方のモトトカゲも、パラセクトに一瞬で間合いを詰め、至近距離から”りゅうのはどう”を撃ちこむのだった。

 

「あの頃とは訳が違うんだよ!」

「そう言う事だね!」

「パララララッ……!!」

 

 完全に怒り狂ったオニドリルは再び跳びあがると、地面に脚を思いっきり叩きつけた。

 砕けたアスファルトが浮かび上がり、オニドリルの身体の周囲を舞う。

 この姿勢にメグルは覚えがあった。最初に”あかがねのとう”で戦った時にオニドリルが見せたオオワザだ。

 周囲のアスファルトも誘因されていき、オニドリルを守るように纏わりついていく。

 

 

 

【オニドリルの──ならくおとし!!】

 

 

 

「待って! アレどうしたらいいの!? ボク、あいつのオオワザ見た事無い!!」

「合図に合わせてヤツに”りゅうのはどう”をブチ込んでくれ!! バサギリ、”インファイト”!!」

 

 一方、バサギリも高く高く跳び、オニドリルの高度にまで追いつくと、思いっきり大斧を振り下ろす。

 纏う岩は闘気を纏った斧で砕かれ、ばらばらに飛び散る。

 当然、勢いでバサギリの身体も自由落下するが、後に残ったのは身を守る岩が無くなり、無防備に力を溜めているオニドリルが残るだけだ。

 

「今だ!!」

「そういうことか! モトトカゲ、お願い! ”りゅうのはどう”!!」

「アギャァス!!」

 

 一直線。

 モトトカゲの放つ竜のエネルギーはオニドリルの身体を貫き──元の形の無い瘴気へと還してしまうのだった。

 

「……ノットリィィィ……!!」

 

 仲間が倒されたことに気付いたパラセクトは、今度は自らの身体を思いっきり膨張させ、熱エネルギーを圧縮させていく。

 誰が見ても分かる。自爆の準備だ。

 

【パラセクトの──キノコだいばくはつ!!】

 

「げえっ!! あいつまでオオワザかよ!! バサギリ、大忙しだがもう一発頼む!! ”がんせきアックス”!!」

「グラッシャーッ!!」

 

 跳ぶバサギリ。

 パラセクトが膨張するにつれ、周囲の気温も上昇していく。

 このまま爆ぜれば、二人とも爆発に巻き込まれる。

 大きく振りかぶった斧を、真上から振り下ろす。

 すぐさまキノコの肉も虫の甲殻もあっさりと割られ、パラセクトは真っ二つになり、そのまま瘴気の姿となって消えていくのだった。

 

「へへん、どんなもんだ! あの時と比べて手持ちのレベルも経験も違うんだ!」

 

 などと言えば、どうなるのかをメグルはこの時理解していなかった。

 フラグ、お約束。古今東西でそう呼ばれる概念は往々にして即座に回収されるものなのである。

 言っている間に──瘴気は再びポケモンの姿を取り戻し、オニドリルとパラセクトの姿を象っていく。

 たった今倒したばかりのポケモンが再び復活するのを見て、アルカは肩を落とし、そしてメグルを睨んだ。

 

「……もしかして……”やったか?”と同レベルの禁句だった今の」

「君が余計な事を言うから!!」

「絶対に違うだろ!!」

「ノットリィィィーッ!!」

 

 パラセクトのキノコから大量に胞子がばら撒かれる。

 キノコポケモンの常套手段、”キノコのほうし”だ。

 それを至近距離で吸引してしまったバサギリは即座に昏倒してしまう。

 加えて、オニドリルもそこに報復と言わんばかりの”ドリルくちばし”を叩き込むのだった。

 何もかもがコレで全てパー。今までの攻撃は一体何だったというのだろうか。

 メグルは匙を投げそうになった。何ならもうブン投げても良かった。

 「ダメなのでは?」とさえ思った。

 敵はいずれもオオワザを使う上に、一度倒しても再び起き上がってくるのである。

 ズルである。立派なズルである。何なら怪盗よりもずっと罪が重いと思う。

 つまり、戦闘の先にあるのは約束されたジリ貧。

 眠ってしまったバサギリを引っ込めたメグルはアルカに目配せした。

 彼女も同じことを考えていたのか、頷いてモトトカゲに跨り、メグルもその後ろに飛び乗る。

 意気込んだ矢先だったが、事態は二人が想定していた以上に深刻だった。

 さっきまでの恰好良いシーンは全部無かったことにしてほしいほどである。

 

(ヒグマを必死こいて機関銃でブッ倒したら即起き上がられたような絶望感!! そこは大人しく倒れておいてくれよ!! 思い出の中でじっとしておいてくれよ!!)

 

「ズルじゃん!! 何もかもがズルじゃん!! オオワザが使えるのも謎だし、起き上がるのも謎!! どうすればいいのコレ!!」

「俺が聞きてえよ!! ……待てよ、倒してもリスポーンするなら、倒さなきゃいいんじゃねえか」

「はぁ!? 倒さずに無力化する──そういうことか!」

 

 オニドリル、そしてパラセクトのセットに追いかけられながらなので、もう既に危ない状況ではあるが、二人は後ろに向かってボールを同時に投げ込んだ。

 

「アヤシシ!!」

「ジャローダ!!」

 

 蜷局を巻いたジャローダが思いっきり空中のオニドリルに巻き付いた。

 そして、アヤシシも迫りくるパラセクトに向かって角の宝珠を突きつける。

 

 

 

「”さいみんじゅつ”!!」

「”へびにらみ”だぁ!!」

 

 

 

 首に巻き付いた状態でジャローダの赤い視線がオニドリルの身体を麻痺させ、そのまま地面に落とす。

 

「これでお終い!! カブト、”がんせきふうじ”!!」

 

 そして空中から岩が降りかかり、オニドリルとパラセクトの動きを封じ込める。

 倒す必要はない。これ以上暴れないように無力化すれば良いだけ。

 そこに気付けば話は早かった。

 状態異常で足止めし、がんせきふうじで生き埋めにすれば、ポケモンの動きは止めることはできるのだ。

 

「……しっかし、こんなのが後何体居るんだ……? アップリュー、タルップル、カバルドン、ダーテング、フーディン、ルカリオ、アーマーガア……!!」

「後7体……ッ!? ウッソでしょぉ……!?」

「絵の中から出て来てるってことなら、同じポケモンが増えることはないとは思うが……いや、思いたいが……」

 

 報告によれば、残りの7体はフチュウに入るなり何匹かのまとまりに分かれて暴れているのだという。

 特にオオワザを放つような連中を野放しにしておくわけにはいかない。

 

「──工業地帯にフーディンとアーマーガア、下町にアップリューとタルップル、港町にカバルドンとダーテング、ルカリオ……!!」

「見事にバラバラに分かれてるな……」

「一番近くは工業地帯……ッ!!」

「よりによって、フーディンとアーマーガアか……」

 

 フーディンはアルカの妹・アルネが使っていたエースポケモン。

 大量の御札を実体化させて、起爆させる強力な技を持つため、工業地帯で暴れられれば被害は大きくなることは想像に難くない。

 そしてアーマーガアはテング団の実質的トップ・タマズサが使っていたエースポケモンにして、破滅の象徴。

 流石にギガオーライズ無しでは、おやしろや森を吹き飛ばすような竜巻は扱えない。しかし、特性のメタルアーマーで実質的に鋼タイプの如き耐性を持つ悪/飛行ポケモンで、隙が無い。

 オニドリルやパラセクトのように小細工が通用する相手ではない。

 

(かと言って他の奴らが厄介じゃないかと言えばそれも違うんだよな……下町に出て来てるアップリューとタルップルはすさまじい冷気を放つし……相対的に一番マシそうなのがポケモンとして純粋に強いカバルドンとルカリオってのがな……ダーテングもタイプが強いから油断ならねぇし)

 

「一番手っ取り早いのは、林に行って絵の方をどうにかすることだけど……」

「ねぇ、SNSに上がってるこの写真を見てよ!」

「……?」

 

 SNSには既に今回の事件が取り上げられており、写真まで撮影されている。

 そしてフチュウの工業地帯で暴れる2匹のポケモンも映し出されていた。

 見ると──フーディンが小脇に例の水墨画を抱きかかえている。

  

「……それなら話が早い! フーディンとアーマーガアから絵を奪って、破壊する!」

「それが今、ボク達がやるべきこと……だねっ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──先輩。先輩ッ!! 起きてください!!」

「んあ?」

 

 

 

 ──ムクホークに乗ったまま墜落したダンガンは、そのまま街路樹に突っ込み、今の今まで気絶していた。

 彼のインカムにも発信機を付けていたフカは、居ても立っても居られず駆け付けたら案の定大の字で倒れている彼を発見したのである。

 正直あの高さから落ちたら死んでいてもおかしくはないのであるが、そこは彼のダメージコントロールが生きたことで致命的なエラーは避けられたのだろう。

 ムクホークも戦闘不能だが、息はあるようだった。

 

「……どうなった?」

「どうなったもこうなったも、あの絵からヒャッキのポケモンが飛び出して来たんですよ!」

「ウッソだろオイ!? 前日、ゴーストポケモンに調べさせた時は何事も無かったじゃねえかァ! どうなってやがんだ……!?」

「ひとつだけ言えるのは、ゴーストポケモンが潜んでいたというわけではないようです。あの絵そのものが特級の厄物だったというオチでしょう」

「あんな絵を飾っていたってことは、いよいよあの館長が怪しく見えてくるなァ……ッ!! べらんめぇこんちくしょう、今の今までこんな所で寝ていた自分に腹が立つ!」

「それよりも、先ずは市民の安全を確保することが最優先です。ムクホークを飛ばすのは酷なので……アーマーガアを使います」

 

 そのままフカから共有してもらった情報により、凄まじい勢いで道路を凍らせて進軍するアップリューとタルップルが下町を南下していることが判明。

 彼らは、この墜落地点から最も近い場所で暴れているヒャッキのポケモンだ。

 

「んじゃあ、俺達はそいつらを止めれば良いのか」

「……ん、待ってください。続報が入りました」

「ああ? 続報? 良い方か悪い方か、どっちなんだァ」

「どっちから聞きたいですか」

「……悪い報せからで」

「……工業地帯に侵入したルカリオとカバルドン、ダーテングが変電所をブッ壊しました」

「……なぁ、それって……ヤバいよな?」

 

 もう既にフカの顔はお通夜であった。

 

「ええ。変電所に住み着いた野生ポケモン達と激突したようで……まあ、野生ポケモンが敵う相手じゃなかったんですが、その戦いの余波で……ドカン」

「勘弁してくれや……俺ァ今回ので何枚始末書書かなきゃいけねえんだァ? 怪盗には絵を盗まれる、何故か絵からポケモンが実体化する!! 最高だぜ!!」

「私も手伝いますよ」

「始末書を書くのを前提にしないでくれ!!」

 

 大惨事である。

 もしかしなくても、警察急行案件だ。

 このままでは大火災に繋がりかねないとのことだった。

 しかし、いずれもヌシクラスのポケモンである以上は現地の警察がどうにかできる相手ではない。

 

「で、良い報せってのはなんだ!? もう何でも喜べる自信があるぞ」

「セイランのキャプテンが、フチュウに到着しました」

「キャプテン!? ああ、そういやこの地方ってジムリーダーじゃなくてキャプテンが町の元締めやってんだっけか。で、そいつは強いのかァ?」

「……ええ。既に──アップリューとタルップルの二匹を圧倒しているようですよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あっぷりゅりゅりゅー!!」

「たるるるーぷるっ!!」

 

 

 

 路上はスケートリンクとなり、街路樹は樹氷と化す。

 凍てつく飛頭蛮・アップリュー、そして氷鬼のタルップルだ。

 通常のサイズよりも遥かに巨大な彼らの吐息は周囲の空気を氷点下に到達させ、雪さえも降らせる。

 

「……冷たいな。寒いのはあまり好きではない」

 

 だが、凍り付いていた路上は一瞬で融解した。

 周囲には熱い水蒸気が溢れ出していた。

 逃げ惑う民衆には、その熱気がまさに希望の象徴にさえ思えた。

 

「キャプテンだ! キャプテンが来たぞ!」

「リュウグウさんの後継者だ!」

 

 彼は民衆を背に立つ。

 そして、その無感情な目に2体のターゲットを映す。

 

 

 

「……セキタンザン。キャプテンとしての初仕事だ。キッチリ沸かせるぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC25話:百鬼騒乱

(敵は2体。話に聞いていたヒャッキのアップリューとタルップルか)

 

「漸く寒冷化現象から明けたというのに、またサイゴクを氷漬けにされては堪ったものではないな……!!」

 

 情報によれば、存在するだけで冷気は周囲を凍らせる生ける災害。ゴーストなので死んでいるようなものなのだが。

 その氷は呪いの氷。アップリューとタルップルを倒さない限り、永遠に解除されることは無い。

 

(凍らせられればアウト……だが、水・炎タイプであるセキタンザンに氷技は通用しない。ゴーストタイプの技は普通に効いてしまうが)

 

 アップリューに組みかかり、投げ飛ばし、一気に”SLブレイク”で押し潰すセキタンザン。

 だが、バラバラに砕けた氷の身体はすぐさま周囲の冷気を吸収して元に戻ってしまう。

 溶かそうと幾ら火力を上げても、溶けるどころか再び冷え固まっていく氷の身体を前に、ゴーストアップルの持つ再生能力の高さをヒルギは痛感するのだった。

 冷気はどんどん強まっていき、二匹の居る場所から次々に路面が凍り始めており、樹のように氷が生えていく。

 それは侵食するかのように辺りを蝕んでいき、セキタンザンの足元を捉えていく。

 ふとヒルギは、セキタンザンの動きがだんだん弱っていることに気付いた。

 熱が冷めている。炉心の炎が小さくなっている。動きが鈍くなっている。

 今までどんな寒冷地でも問題なく戦えていたセキタンザンが、相手の冷気を浴びただけで、苦しんでいる。

 

(……これが呪いの氷の力。熱だけでは、そもそも土俵にすら立てない。想像以上の浸食率だ、セキタンザンの熱も上回る勢いか)

 

 セキタンザンは蒸気機関を内蔵したポケモン、その周囲からは常に高熱の水蒸気が発せられている。

 にも拘らず、冷気に押し負けそうになっているのだ。

 ヒルギは伝聞でしかヒャッキのヌシポケモンの事を聞いていないが、聊か見通しが甘かったと断じる程だった。 

 これでも話によれば、氷に囲われた防壁を展開するだとか、よあけのおやしろの袋小路に追いやって、ポケモン達で集中砲火しなければ倒せなかったとあったので、ある程度苦戦するであろうことを想定していた。

 想定はしていたのだが、相手が炎タイプと水タイプを複合するセキタンザンでも熱を容赦なく奪い、弱らせる程であった。

 炎タイプをぶつけるだけで勝てる相手ではないことを漸くヒルギは理解する。

 

(この戦い、発生源である絵画を無力化すれば止まる。だが、逆に言えばそれまでは持ちこたえていなければならないということ。凍らされたが最後、戦える手持ちが減っていく)

 

 これが、一度捕獲すれば終わりの普通のポケモンならばセキタンザンでも問題ない。

 しかし、今回の相手は捕獲できない絵の中のポケモン。

 終わるまで延々と戦い続けていなければならないのである。

 求められるのは氷に対する耐性だけではなく、持久力だ。

 

「──戻れ、セキタンザン!!」

 

 となれば適性のあるポケモンはこちらではない、とヒルギは即座に判断する。

 ボールをすぐさま掲げ、相棒を手のうちに戻す。

 そして次に繰り出すのは、氷状態に絶対にならないであろうポケモンだ。

 しかも持久力、戦闘力、いずれも併せ持ったポケモンだ。

 

(本格的に実戦で運用するのは初めてだが……!!)

 

「……呪いの氷とやらが、氷に何処まで強いか。見せてくれ──ジュゴン!!」

「ヒュゴーゥ♪」

 

 どしん、と重い身体をスケートリンクの上に這わせ、愛嬌たっぷりに鰭を開き、きゃぴっと舌を出すのは──ミッシングアイランド近海でヒルギが捕獲した、あのジュゴンだ。

 バイザーに操られていた時は狂暴そのものだったがいざ捕まえてみると、非常に人懐っこく、今ではあの恐ろしさは微塵も感じられない。

 それでも大きさは通常の個体の倍以上はあり、威圧感はたっぷり。背の高いヒルギが守られているように見える程だ。

 そして寒気を前にしても、全く平気なのか、アップリューとタルップル目掛けて一気に尾びれを叩いて飛び跳ね、距離を詰めるとすぐさま得意のハイドロポンプで薙ぎ払ってみせるのだった。

 

(呪いの冷気を前にしても臆する様子無し、やはり餅は餅屋、寒冷地には氷タイプだな。後は如何にして奴らの戦力を削ぐかだが)

 

 すぐさまアップリューが影の中に身を顰め、タルップルが影を濃縮させて大量のボールを作り出し、撃ち放つ。

 連続で放たれる影玉の的になるジュゴン。

 しかし、爆風が収まった時、そこにあったのは相変わらず愛嬌たっぷりに笑顔を浮かべて、ショーのように踊り回るジュゴンの姿だった。

 全くと言って良い程通用していないのである。

 そんな事を知る由もないアップリューは、”ゴーストダイブ”でジュゴンの背後から攻撃を仕掛けるが、影の爪は全く脂肪に突き刺さらず、そのまま撥ね飛ばされてしまうのだった。

 

「ヒュゴ?」

「お前は少しは痛がってみるとか無いのか……とんだ耐久力だ」

「ゴッゴッゴッゴーゥ」

「まあ良い、これだけ耐久力があれば、こいつ等相手にも持ちこたえる事ができるだろう。後は、こっちから仕掛けてやるだけだ! ジュゴン、”ハイドロポンプ”!!」

 

 強烈な水流が噴出され、アップリューとタルップルを押し流す。

 技の威力も申し分ない。

 申し分ないのだが、いちいち技を決める度に陽気にこちらに向かってアピールをしてくる。

 そして、後隙に襲い掛かってきた二匹にも尾鰭を振り回して弾き飛ばすなど、敵への情け容赦もない。

 そのため「やめろ」と注意する事も出来はしない。

 あのサーフェスが切札として用意していただけあって、戦力としては申し分ないということはヒルギも理解出来た。

 

「ゴッゴッゴーゥ、ゴッゴッゴーゥ」

「……」

 

(水族館に売り込むことでも想定して訓練されてたのかコイツ……サーフェスのヤツは何も言っていなかったぞ……)

 

 ……少々、ヒルギがそのテンションに付いていけていないだけである。

 そして、幾ら絵の中のポケモンと言えど、コケにされるのは納得がいかないのだろう。

 アップリューもタルップルもいきり立ち始め、全身からこれまでにない強烈な冷気を放ち始めたのだった。

 その勢いを見て、ヒルギはすぐさまオオワザの予兆であると感じとり、距離を取った。

 

「チッ!! ジュゴン──身構えろ!! 流石にオオワザはお前でも堪えるだろう!!」

「ヒュゴゥ?」

 

 何のことやらと言わんばかりに首を傾げるジュゴン。

 この時点でヒルギはこの後起こるであろうことを察する。

 その頭上には巨大な氷の林檎が浮かび上がっているが、ジュゴンはそれを余興か何かと勘違いしているのか、ほげーとした顔で見つめているのだ。

 

 

 

 

【アップリューとタルップルの アップルゴースト!!】

 

 

 

 ──冷気は爆ぜた。

 下町の道路一帯は氷の冠が出来上がる。

 ヒルギも、思いっきり走って離脱しなければ巻き込まれていたところだった。

 辺り一帯は銀景色。住宅は氷漬けになっている。

 そして、氷の冠の上で──

 

 

 

「ゴッゴッゴーゥ、ゴッゴッゴーゥ」

「……」

 

 

 

 ──ジュゴンは、手を叩き、踊っていた。

 水・氷タイプに、氷技は4分の1で効果がいまひとつ。更に”あついしぼう”で氷技は更に半減。

 とはいえ、とはいえ周囲の地形を変えるオオワザなのである。

 それを撃たれてびくともしていないのは、無法も良い所であった。

 

(か、可哀想に……同情はしてやるぞ、絵の中のポケモンよ)

 

「たるるるる……」

「あっぷりゅりゅ……」

 

 そして、オオワザを撃った後は当然後隙というものが出来る。

 絵の中のポケモンにも疲労という概念があるのか、二匹共ぜぇぜぇと息を切らしてしまっている。

 無理もない。絵の中のポケモンは、ドーブルの筆の霊気をエネルギーとして動いており、それが尽きない限り動き続けることができる。

 逆に言えば、技やオオワザはそのエネルギーを大幅に消費するため、それを使い切った後は動きが鈍くなってしまうのだ。

 ずっとジュゴンに向かって技を撃ち続けていた二匹は既にガス欠に陥った。ずっとサンドバッグに向かって殴り続けていればいつかは疲れ果ててしまうのは当然である。

 フチュウに百鬼夜行地獄絵図が存在する限り、エネルギーはずっと補充され続けているのだが、消費がそれを上回ってしまっているのだ。

 これにより、ヒルギは実質的にアップリューとタルップルの封じ込めに成功したのである。

 

(もうコイツ1匹で何とかなる気がしてきたな……この戦いは……)

 

 むしろヒルギの方が相手の技に巻き込まれて氷漬けになる可能性が出て来たのだった。

 何なら彼が氷漬けになってても、ジュゴンは一人で愛嬌を振りまき続けているであろう。

 

 

 

(後は……お手並み拝見といこうか。サイゴクを救った英雄とやらの)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「これでもう中に人はいないなァ」

「……ええ。私達と──妖怪共だけですよ」

 

 

 

 変電所は、既にあちこちが爆発を起こし、破壊されていた。

 中に住み着いたポケモン達を蹴散らし、カバルドン、ルカリオ、ダーテングの3匹は変電所内を行進していく。

 しかし、そこに降りかかるのは拳の雨。

 ルカリオとダーテングは振り向きざまにそれを全弾避けるが、カバルドンはそれを受けて横転してしまう。

 

「こっちに3匹か……抑え込めるか?」

「ダーテングは鋼/悪、ルカリオは氷/格闘、カバルドンは草/水タイプです。データ上によれば、ですが」

「ハッサムの出番だな。そっちはどうする」

「ミガルーサでルカリオを叩きます。タイプは──テラスタルで変えれば良いので」

 

 問題は、このままだと一匹余ること。

 テラスタルでミガルーサのエスパータイプを消したフカは、ルカリオを。

 そして、ハッサムが鉄鋏でカバルドンを叩く。

 だが、残るダーテングの攻撃も苛烈。鉄扇で風を巻き起こし、更に周囲の機器も破壊していく。

 放っておけば、更に大きな事故を起こしかねない。

 更に、ルカリオは周囲を凍てつかせながらミガルーサ目掛けて高速の打撃を何度も撃ちだしており、カバルドンは足元を草原に変え、地面を滑るようにして移動し、ハッサムを翻弄する。

 

(ちっ、鋼/悪ならダーテングを格闘技で叩けば一撃なのに……!! あいつが後ろから攻撃してくる所為で、邪魔だ!! まさに悪タイプの所業か!!)

 

 頑強なカバルドンが盾役となり、ルカリオが速度で圧倒し、後ろからダーテングが周囲諸共切り刻み、不意を突く。

 神がかった連携を前に、歯噛みするダンガン。

 ハッサムも何度か飛ぶ鉄扇斬撃の餌食になっており、既に赤いメタルボディには傷がついてしまっている。

 そのうち、マッチアップはルカリオとハッサム、そしてミガルーサとカバルドンにシフト。

 ルカリオの拳、そしてハッサムの拳が互いを叩き合う。

 その横からダーテングが”ふいうち”を放とうとしたその時だった。

 

 

 

【カクレオンの けたぐり!!】

 

 

 

 突如、ダーテングの背後からそれは現れ、一気に蹴りを叩き込む。

 脚が取られたことでダーテングはすっころび、その場に転倒してしまうのだった。

 

「なっ、カクレオン!?」

 

 

 

『手伝ってあげまショウか? 刑事サン!!』

 

 

 

 カクレオンの首には、スピーカーが取り付けられており、そこからクローバーの声が聞こえてくる。

 本人の姿はない。しかし、遠隔でスピーカー付カメラを使ってカクレオンに指示を出しているようだった。

 すぐさま気色ばんだダンガンは叫ぶ。

 

「誰がテメェなんざと組むか!! 俺らァ、敵同士だぞ!!」

『自己弁護をするつもりはないデスけどぉ、今は市民の安全が第一じゃないデス?』

「……成程。貴女は私達にとっては敵ですが、市民に対してはそうではない、とでも言いたそうですね」

『ふふっ、どーデショ? ただ、この事態が私の望んだものじゃないことだけは確かデスよ』

「はん、罪滅ぼしのつもりか? 終わったら、とっ捕まえてやるよ」

『無駄口叩いてる場合デス! 片付けるデスよ!』

 

 戦力差はこれで埋まる。

 カクレオンとダーテング。

 ハッサムとカバルドン。

 ミガルーサとルカリオ。

 3対3の形となり、全員は睨み合う。

 

『こうして並ぶと、ちょっと懐かしいような気分になるデスね』

「ハッ、仲間とつるんでた時期でもあるのかよ、怪盗様にも」

「今回だけ特別ですよ? 怪盗さん」

「超超超・可及的速やかに……蹴散らすぞ!!」

『OK! 張り切っていくデース!』

「まとめて、沈めてしまいましょうか」

 

 ハッサムがカバルドンに組みかかり、鋏を胸で交差し、思いっきり切り裂く。 

 堪らず仰け反るカバルドンだが、それでも持ち前の膂力で上半身を持ち上げると、全身に水を纏い、突撃するが──それもあっさりとバク宙で躱されてしまう。

 

「テメェの弱点は……その皿だろォ! ハッサム、皿を狙って”バレットパンチ”!!」

「カッパバババババァ!?」

 

 捻りを加えた銃弾の如き重い一打がカバルドンの脳天に叩きこまれる。

 ヒビが入り、皿が叩き割られる。

 幾ら乾燥に強いといっても、重要器官である皿に直接ダメージが入れば悶絶モノ。

 効果はいまひとつだが、弱点部位が破壊されたことで大ダメージだ。

 一方──ミガルーサは一気に贅肉を放ち、思いっきりルカリオの顔面に頭突きを見舞う。

 

「”みをけずる”。これで、攻撃、特攻、素早さが一気に急上昇。ギアを2段階上げましたが──そっちはどうですか?」

「ガオオン……ッ!!」

 

 両の掌を重ね合わせるルカリオ。

 そこから強烈な波動のエネルギーが収束していく。

 だが、身を削った以上、もうミガルーサの方が速い。そして強い。

 強いて言うならば装甲は最早紙以下、やられる前にこちらがやるしかない。

 

「こいつは効きますよ──”アシストパワー”!!」

 

 急激に上昇した能力が、ミガルーサに力を与える。

 強力なサイコパワーを凝縮したその一撃は、ルカリオを壁も突き破る勢いで吹き飛ばすのだった。

 結果、ルカリオは外へ。

 

「しまった、威力が強すぎました……ッ!! 先輩、あいつを追いかけます!!」

「ああ頼む! ──んでもって怪盗、そっちはどうだ?」

『No problem、うちの怪盗ポケモンは優秀なのデス!』

 

 鉄扇を振り回し、周りの物を全て切り刻むダーテング。

 だが、変色を繰り返し、周りの風景に溶け込むことでダーテングに全くと言って良い程捕捉させない。

 しかしそのうちダーテングも慣れてきたのか、カクレオンの動きを読み、脳天に向かって鉄扇を振り下ろす。

 だが──

 

『Very Sweet!! カクレオンの格闘スキルは、チーム随一だヨ!!』

 

 既にスライディングでカクレオンはダーテングの股下に潜り込んでおり、そのまま死角から必殺の一撃を見舞う。

 相手の体力を丸ごと吸い取る、至極の拳技だ。

 

「──”ドレインパンチ”!!」

 

 効果は抜群。更に、特性:へんげんじざいでタイプ一致に。

 致命傷を負ったダーテングは、ぐらりと倒れ込んでしまい、消滅するのだった。

 

「……へっ、悔しいが味方に付ければこれ以上ないな、怪盗!!」

『でも、まだ終わってないデスよ!』

 

 しかし、相手は絵画の中の存在。

 消滅したダーテングは再び自らの形を取り戻し、再生してしまう。

 皿を砕かれて弱っていたカバルドンも、瘴気に包まれたかと思えば皿が再生してしまっている。

 そして、壁を突き破って外へ飛び出したと思われていたルカリオは、再び力を取り戻し、追跡してきたミガルーサを逆に組み伏せてしまうのだった。

 

「ッ……ウッソだろオイ、倒して終わりじゃねえのかコイツら。例の絵をどうにかするしかなさそうだな、やっぱり」

『それについては──私の名誉・助手の二人が頑張ってマスので! 私達の仕事は、この子達を抑え込み続けることデスよ!』

「……冗談じゃないですね。とんだ残業です。金取りますよ」

「後、名誉・助手って誰だコラ。ぜってーテメェが勝手に言ってるだけだろが」

『細かい事気にしてると、ハゲるデスよ? 名誉助手3号と4号!』

「ハゲねーよ!! 後勝手に名誉助手にすんじゃねぇ!!」

 

 文句を叩き合いつつも、3人は再びヒャッキのポケモンに向き直る。

 ポケモン達も疲労が見えつつあるが、此処からが正念場である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC26話:墨

 ※※※

 

 

 

 ──羽ばたけば大風が巻き起こり、札をばら撒けば周囲の物を爆破していく。

 水墨画を守護するアーマーガアとフーディンは、ギガオーライズこそしていなくとも、齎す被害は甚大だ。ポケモンという生物が本気を出して人間へ牙を剥けばどうなるかを、この日人々は再び思い出す。おまけに、それは絵画から現れた災禍の再現。情けも容赦も存在しない。

 だが、災禍と言えど、横から飛んでくる”大声”には怯むしかない。

 ハイパーボイス、それも妖精の祝福を受けたそれはサイゴクに巣食う災禍そのものである二匹に大ダメージを与えるには十二分なものだった。

 更にその背後からアーマーガアとフーディンを大槌が殴り飛ばす。

 奇襲は成功だ。

 

「ッ……フィッキュルルィィィ!!」

「カヌヌ!!」

 

 悪タイプにはフェアリータイプをぶつけよ。タイプ相性で有利を取ることはバトルの鉄則だ。

 ニンフィアとデカヌチャンは、普段の不仲っぷりが嘘のように並び立ち、勝鬨の声を上げるのだった。

 さながら彼女達は生ける暴力装置、災禍を抑えるならばこれ以上ない人選──ならぬポケ選である。

 

「百鬼夜行だか何だか知らねえが、その絵を壊せば全部解決なんだろ! 壊すならこれ以上ない面子を揃えて来たぜ、覚悟は良いか!」

「……怖くない。怖くない──タマズサとアルネの居ないお前達なんて!! デカヌチャン、”ひかりのかべ”!!」

「──それを盾に突っ込めニンフィア!! もう一回”ハイパーボイス”だ!!」

 

 この戦いで最も脅威となるのは、大量の起爆札で見境なく周囲の物を爆破するフーディン。適任は特殊技の威力を軽減する”ひかりのかべ”、そして特殊防御力の高いニンフィアだ。

 デカヌチャンが一歩後ろからサポートを行い、ニンフィアが前線にガンガン出て敵を攻撃する。一見ミスマッチな配置だが、技構成と当人たちの戦闘適正を考えるとこれが最適解なのである。

 現に、周囲に展開された”ひかりのかべ”によって起爆札が爆発してもニンフィアは煤が付くだけで全くダメージを受けていないようであった。

 そして、ニンフィアは再び喉を大きく震わせて、爆音で二匹を攻撃しようとする。だが、それを野放しにする敵ではない。

 アーマーガアは全身を硬化させ、全身を弾丸のように捻りを加えながら一直線にニンフィアに突っ込む。

 

【アーマーガアの アイアンヘッド!!】

 

 ハイパーボイスの射出が一歩遅れた。

 アーマーガアの効果抜群の一撃がニンフィアに突き刺さる。

 その小さな体は撥ね飛ばされ、メグルの足元に転がってくるのだった。

 効果は抜群。しかし、彼女の闘気が消えることは無い。

 

「──あ、危なかった、直前でリフレクターを展開していなかったら、ヤバかったかも……!!」

「アイヘの怯み引いたってところか? 素早さはあいつの方が速いはずだし、上から殴られ続けるのは嫌だな」

「フィー……ッ!!」

「カヌヌ」

 

 貸しだからな、と言わんばかりにデカヌチャンがニンフィアに手を差し伸べる。

 それをリボンで払い除けると再び彼女は突撃の準備に入る。

 しかし、この隙に再びフーディンは周囲に大量の起爆札を浮かべ、それをメグル達目掛けて飛ばすのだった。

 

【フーディンの しきがみらんぶ!!】

 

 起爆札はフーディンのサイコパワーで操作され、ニンフィアとデカヌチャン目掛けて追いかけていく。

 

「”めいそう”して受け止めろニンフィア!!」

「ふぃるふぃー!!」

 

 特殊防御力を更に上昇させ、飛んでくる起爆札を真っ向から受け止めるニンフィア。

 ひかりのかべで威力が軽減されていることもあり、爆発も爆風も熱も全く痛手となっていない。

 

「でも、攻撃しようとしたらアーマーガアの餌食……か」

 

(ま、野良戦でダブルの知識もへったくれもあったもんじゃねえと思うけど!!)

 

「しかも、こっちにデカヌチャンが居るのに、あのアーマーガア、全くビビってる様子がねえな。絵の中のポケモンだからか?」

「多分ね。タマズサのアーマーガアは遠巻きにデカヌチャンが見えただけであのビビりようだったから……」

「あのアーマーガアがパチモンであることがよーくわかるな……」

 

 偽物。 

 紛い物。

 ミッシング・アイランドの事件で幾度となく突きつけられた事象だ。

 彼らは描かれた絵の墨から生まれた存在であり、本質的には本物の行動をエミュートしただけの偽者でしかない。

 だが、それは今回かなりメグル達にとっては悪い形で働いている。

 あのアーマーガアは、最大の弱点だったデカヌチャンへの根源的恐怖を克服しているのである。

 そのため、生態系上絶対強者である自らの力を、デカヌチャンが居ようが振るってくる。

 とはいえ、ギガオーライズが無いので、それでもタマズサのアーマーガアに比べれば圧倒的に有情ではあるのだが。

 

「どうにかして、絵画をフーディンから奪い取らなきゃだけど……!!」

「アーマーガアをどうにかしない限り、どうしようもねぇ……!!」

 

 ご丁寧に二匹揃って向かってきてくれるのが救いではある。これでフーディンにだけ逃げられた日には途方に暮れるしかない。

 救いではあるのだが、二匹共戦闘能力が高い。貼り付くなり爆発する札を大量に展開するフーディン、そしてフィジカルオバケのアーマーガア。

 性能は正反対だが、非常に噛み合いが良い。流石、仮にも夫婦が使っていたエースポケモンである。テング団との戦いのときに、二匹まとめて相手する機会が無くて良かったと思うのだった。

 だが、こっちはこっちで絵が存在する限り延々と復活し続けるのであるが。

 宙に大量に浮かぶ起爆札。それを眺めながら二人は歯噛みする。

 このままでは、絵を奪うどころか逆にこちらが蹂躙されて終わりだ。

 しばらく、考え込むような顔をしていたアルカだったが──何かを思いついたようにメグルに耳打ちした。

 

「……ねえ、1つ考えがあるんだけど」

「どうするんだ? 俺はもうオオワザをブッ放すくらいしか手が無いと思ってるけど」

「ダメだよ! 此処は市街地、オオワザなんて撃った日には大変なことになる、家とかに被害が出たらどうすんのさ」

「それもそうか……じゃあどうする?」

「役割を入れ替えるんだ。デカヌチャンだって、アタッカーとしての性能はニンフィアに負けてない。デカヌチャンがもっと前に出る」

「……成程な。デカヌチャンの方がニンフィアよりも素早い、アーマーガアの動きには対応できる、か!」

「うん。それにニンフィアには、オオワザに頼らない必殺技があるでしょ?」

「……ある。あるなあ、ちと時間がかかるし、外したら致命的なんだが──オオワザよりかはマシそうだ」

「ボクと──デカヌチャンを信じてくれる?」

 

 そう問いかけるアルカ。

 答えは決まっている。

 今度はメグルが彼女の手を握り締めた。

 ぼんっ、と爆ぜたように彼女の頬が赤くなっていく。

 

「信じてるし──愛してるぜ、アルカ」

「バ、バカッ!! 今言ってる場合じゃないでしょ!? からかわないでよ!!」

「からかってなんてない。こないだの事を思い出した。人間、言えるうちに言いたい事言っとかないとな、って!」

「い、良いから、さっさとやれーッ!!」

「はいはい──ニンフィア、行けるなッ!」

「……フィー!!」

 

 再びニンフィアは飛び出す。

 狙いはフーディン、ただ一匹だ。

 自分に殺気が向いていることはフーディンも分かったのか、すぐさま宙に浮かせた無数の起爆札を大量に飛ばす。

 だが、ハンマーを後ろから飛んできて、ブーメランのように弧状の軌道を描いたかと思えば、起爆札はまとめて先に爆破されてしまう。

 後ろから走ってくるデカヌチャンだ。

 返ってきたハンマーを手に取ると、豪快な笑みを浮かべながらそのままフーディンに向かって走り続ける。

 ……重さ100kg近い重量物を抱えたまま。

 今度はデカヌチャンに狙いを定め、起爆札を大量に貼り付けたフーディンだったが──爆炎の中から平然とした顔でターミネーター妖精は飛び出してくる。

 その日、ポケモン廃人は思い出した。

 フェアリー/鋼ないし鋼/フェアリーというタイプの時点で、この世界の生態系に於いては圧倒的強者で、生物としての強度も桁違いなのだと。

 

「ガァーッ!!」

 

 だが、デカヌチャンを上空から狙うのはアーマーガアだ。

 全身を再び鋼のように硬化させて、宙返りすると思いっきりすっ飛んでくる。

 本物のアーマーガアからは考えられない行動である。

 強烈なアイアンヘッドによる一撃が襲い掛かるが、今度はそれを跳んで避けてみせる。

 地面には巨大なクレーターが空いたものの、当たらなければ意味が無いのである。

 しかし突っ込んできたアーマーガアは、今度は狙いを後ろで力を溜めているニンフィアに定め、突っ込もうとする。

 

「デカヌチャン、”でんじは”!!」

 

 微弱な電気が放たれ、アーマーガアの身体を覆い、その動きを一気に鈍らせる。

 今度は念動力を放ってニンフィアを邪魔しようとするフーディン。幾ら強力な技と言えど、使われる前に妨害すれば問題ない。

 だが、デカヌチャンは地面をハンマーで砕くと、衝撃で浮かび上がったアスファルトの破片をハンマーで思いっきりカチ上げる。

 狙いは正確無比。宙に浮かぶフーディン──ではなく、その小脇に抱えられた水墨画だ。

 しかしすぐさまフーディンも自らの身体に障壁を展開して飛んできたそれを弾き返した。

 跳ね返ってきた破片は、サイコパワーを纏って形状が尖っていき、リフレクターをも貫いてデカヌチャンの腕に、そして脚に突き刺さり──鮮血を吹き出させる。

 

「カヌ!?」

「ッ……デカヌチャン!!」

「カ、ヌ……!?」

 

 がくり、と膝を突くデカヌチャン。

 くしくも今まで彼女達の種族がアーマーガアにやってきたことが跳ね返ってきた形となる。

 だが、それが良くなかった。ニンフィアを止められる者が誰も居ない。

 

「フィッキュルルィィィィーッ!!」

 

 電磁波で麻痺したことで、アーマーガアがニンフィアに飛び掛かるにはあまりにも時間が足りなかった。

 ニンフィアは既に、高圧縮したエネルギーを口の中に溜め込んでおり、狙いを付けていた。

 ただし狙いは目の前のアーマーガアではなく、宙に浮いているフーディンだ。

 念動力を邪魔され、更に防御のためのリソースもデカヌチャンの攻撃に割いてしまった。

 もう、ニンフィアの放つ攻撃を防ぐ手段が無い。

 

 

 

「”はかいこうせん”!!」

 

 

 

 光が到達するのは一瞬。

 妖精の加護が乗せられた閃光がフーディンの身体を消し飛ばした。

 だがそれでも最後の抵抗か、絵画は上空に投げ上げられて、落ちていく。

 しかしニンフィアは技の反動で動くことができず、半ば気絶状態だ。

 そしてデカヌチャンも、先のダメージが想像以上に大きく、動ける状態ではない。

 動けるのはメグルとアルカの二人だけだ。

 

「アルカ! デカヌチャンの方に行け!!」

「で、でも──」

「自分のポケモンを優先しろ! 俺が絵を壊す!」

「う、うんっ……!」

「後はコイツをぶっ壊すだけ──ッ!!」

 

 落ちた水墨画からは相も変わらず黒い墨が漏れ出し続けており、手にすれば悍ましさが伝わってくる程だ。

 漸くメグルはアルカの気持ちが分かった気がした。

 此処まで来ると、ヒャッキの民でなくとも、絵の恐ろしさが伝わってくる。

 それどころか、溢れ出て来る墨がメグルの身体を蝕むように包み込んで来る。

 

「どんな気持ちでこんな絵を描いたんだよ、セツゲツカ……ッ!!」

 

 体中が絵を離せと警告を告げるようだった。

 背筋が凍り付くようだった。

 それでも、これを壊さない限り絵に纏わる呪いは消えることがない。

 何より──彼女の抱える因縁が消える事も無い。

 

「百鬼夜行だか何だか知らねえが、もう二度と──蘇るんじゃねえ!!」

 

 思いっきり絵をメグルは蹴破る。

 ぴたり、とそこで溢れ出ていた墨は止まる。

 アーマーガアの姿も──消え失せる。

 再生しかけていたフーディンも、完全に消滅していく。

 止まった。終わったのだ、とメグルは力が抜けて尻からへたり込んでしまう。

 

「……な、何とかなったか……」

「メグルーっ!!」

 

 駆け寄ってくるアルカ。

 思わずメグルも手を振った。

 目の前には、蹴破られて穴が開いた水墨画が横たわっていた。

 

「良かった、本当に良かっ──」

 

 そこまで言いかけて、ぴたり、とアルカは足を止めた。

 それも恐怖に満ちた表情で。

 

「ッダメだメグル!! まだ終わってない!! 逃げて!!」

「えっ──」

 

 穴の開いた水墨画から突如、再び墨が大量に溢れ出してくる。

 そして、メグルの身体を飲み込むようにして包み込む。 

 さながら、彼を新しい宿主として取り込んでいくようだった。

 だが、それだけではなく、墨を通して、メグルの身体には針で刺し貫いたような激痛が走り、更に墨の持つ妖気が彼の心をも浸食していく。

 海の中に沈められたかのように息が出来ず、墨はどんどん彼を飲み込んでいく。

 

「もがっ──クソッ、こいつ、まだ──ッ!!」

「……ふぃっ!?」

 

 漸くはかいこうせんの反動から解放されたニンフィアだったが、次の瞬間彼女の目に見えたのは、主人が黒い墨に飲み込まれている姿だった。

 すぐさま技を放とうとするが、それでは主人も諸共に傷つけてしまう事に彼女は気付き、取りやめる。

 打つ手がない。力でも技でもどうにもならない。

 絶望に打ちひしがれ、ニンフィアは尻込みしてしまう。

 

「ッ……!! くっそ……どうしようも、ねぇのか……!?」

 

 何とか払い除けようとするが、墨の祟りは人の力でどうにかなる範疇を超えていた。

 それどころか、黒い塊のようなものが脳裏を覆っていく。

 自分の思考が何かに塗り潰されていくのをメグルは感じ取っていく。

 人間には理解できない、恐ろしいものに掻き消され、自分というものが消えていく。

 

(ダ、メ、だ──どうにも──クソッ、せめてこいつらは逃がさないと……!!)

 

 メグルはボールに手を伸ばそうとした。

 しかし、もう両の手が動くことは無かった。

 そして次に襲ってくるのは──恐怖。

 溢れ出してくるヒャッキの獣たちが迫りきて、自分の四肢を食い破るような幻影が見える。

 腕を噛み千切り、脚を喰らい、臓物を啜る。

 だが、どれだけ苦痛を味わっても死ぬことができない。

 

(アルカが……味わったのは……これか……ッ!!)

 

 永遠に続くようにさえ思う受難の時間。

 意識が完全に掻き消えようとしたその時だった。

 

 

 

「やめろーッッッ!!」

 

 

 

 何かにメグルは突き飛ばされた。

 身体はあっさりと地面に転がり、いきなりメグルは意識が鮮明に戻る。

 アスファルトに打ち付けられ痛む体を抑えながら、彼は目線を上げた。

 絵画から漏れ出す墨に──今度はアルカが取り込まれていた。

 

「アルカッ!? 何で!!」

 

 黒い墨の力は先程の比ではない。

 もう、メグルが近付けるような状態ではなかった。

 放たれるエネルギーが強すぎる。

 

「前に言われたけどさ……もう二度とあんなことすんじゃねーぞって。でも、無理な相談だよ。君の言う事でも聞けない」

「おい、何やってんだよ……ッ!! すぐに助け──」

「だって、見過ごせないじゃんかさ……! ボクの方が……おねーさんだしね」

 

 彼女は──力のない声で呟く。

 かつてメグルは言った。

 アルカが自分を庇ったのは死んでもファインプレーとは言わない、と。

 だがそれでも、アルカがこうして飛び出さずにはいられないのには、確固たる理由がある。

 

「……君に、ヒャッキの呪いを引き受けてもらう事なんて、できないよ……! だって、ボクだって、君の事が──大好きで」

「バカ野郎!! そんな事言ってる場合じゃ──」

「……ごめん──ボク、バカだからこれしか思いつかなかったんだ──ぐぅっ!!」

 

 アルカの肌が黒く蝕まれていく。

 血溜まりのように深い黒に。

 心配させまい、と笑みを携えていた彼女の顔からは──苦しみだけが残り、そして墨が完全に収縮して彼女の身体に吸い込まれていく。

 

「ッ……アルカ!!」

 

 メグルは思わず彼女に呼びかけた。

 墨は完全に消えていた。

 そこに立っているのは彼女だけだった。

 しかし──彼女であって、彼女ではない何かであることにメグルが気付くのはそれから直ぐだった。

 アルカのそれとは思えない凍てつくような気配が周囲に漂っている。

 

 

 

「……くすっ、くすす。なぁに? 情けないカオしてさ」

 

 

 

 声音はアルカのそれだ。

 しかし、乗せられた感情は明らかに彼女のものではない。

 長い前髪から覗く双眸は、冷たくメグルを見下ろしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC27話:侵食

 忘れていた。忘れかけていた。

 彼女は、あっさりと自分から命を捨てに行く。

 誰かが困っているなら、苦しんでいるならそれを肩代わりしようとする。

 それしか自分にはできないから、価値がないから、と根底で思い込んでしまっている。

 相手がメグルならば猶更だった。

 その結果が──これだ。

 彼女の顔は黒い墨に蝕まれてしまっており、狡猾で嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「……何だ。誰だオマエこそ……アルカじゃないな……ッ!!」

「……? あはっ、あはははは! そっか、そっかそっかそっかぁ、()()()()()()ぁ、確かに虐めるとカワイイ顔しそうだもんね。たっぷりと、時間をかけて、愛してあげる」

「フィキュルルィィィ!!」

 

 ニンフィアが露骨に嫌悪感剥き出しの鳴き声を上げる。

 この女は危険だ、と伝えるように。

 

「あは。やっぱり邪魔をするんだね、ニンフィア。でもダメだよ。()()()、彼が好きになっちゃった。君にはあげないよ」

「な、何言ってやがんだ……!?」

「遊んであげるって言ってるんだよ。ボクが君を独り占めにするんだ! ぐちゃぐちゃにしてあげるから! 一緒にさぁ!!」

 

 彼女は腰にぶら下がっているボールに手を触れる。

 次の瞬間、手から墨のようなものが伝わっていき、ボールを包み込んでいく。

 そして、思いっきり彼女はボールの1つをメグルに向かって投げた。

 飛び出したのは──ヘラクロスだ。

 しかし、その目は何処か虚ろ。そして全身からは黒い墨のようなオーラが噴き出している。

 それどころか染みこむように黒い墨が全身に入り込んでいる。

 

「好き。好き好き好き! ふふっ、そっか、そっかそっかぁ! そんなに彼の事が好きなんだね! 大丈夫──()()()()()()()、たっぷり可愛がってるあげるから。……行くよ、ヘラクロスッ!!」

 

【ヘラクロスは あらぶるオーラをまとい、素早さが上がった!】

 

「墨の影響がポケモン達にも──!? ヘラクロス!! 聞こえねえのか!? ヘラクロス!!」

「……」

 

 ヘラクロスはメグルの呼びかけに応える様子が無い。

 そればかりか、これが答えだといわんばかりに”ミサイルばり”の応酬。

 

「くっそ、容赦なく撃ってきやがる……ニンフィア、やれるな!!」

「フィッキュルルル……ッ!!」

 

(傷つけたくない……ッ!! アルカも、アルカのポケモンも……ッ!! だけど、こいつが他のモノを傷つけたら、きっと元に戻った時、一番苦しむのはコイツだ……ッ!! こうなったら、その前に、俺がアルカを止める……ッ!!)

 

 ──ニンフィアが全身の毛を逆立てながら、低く構える。

 幸い、ヘラクロスのメインウェポンはニンフィアのフェアリータイプに対し、両方共いまひとつだ。

 しかし──

 

「──ヘラクロス、”ロックブラスト”!!」

「”ハイパーボイス”でブッ飛ばせ!!」

 

 ヘラクロスの速度は想像以上に速く。

 ニンフィアの背後に回り込むなり、宙に浮いた大量の岩を彼女にぶつける。

 至近距離から大ダメージを受けたニンフィアは悲鳴を上げると──そのまま倒れ込んでしまう。

 

「ねえ、ねえねえねえ!! 今どんな気分!? どんなキモチ!? 悔しいね、悔しいよね!! 情けなくて涙が出るよね!! ……でも仕方ないよね、君じゃあボクには勝てない」

「フィッキュルルル……ッ!!」

「ああ、威嚇のつもり? でも……それは、負け犬ポケモンの遠吠えってヤツだよ」

 

(速い、幾ら何でも速過ぎる……!? ──まさか、墨で能力が上がってるのか!?)

 

「戻れニンフィア!!」

「ふぃ、ふぃー……ッ!!」

 

 ゲームのサン・ムーンでも、オーラを纏った敵ポケモンの能力が1段階上がるシチュエーションがあったことをメグルは思い出す。

 今のヘラクロスは、ドーブルの墨によって素早さが上がっているのだ。

 ニンフィアは防御力が低い。故に、このままヘラクロスの攻撃を受け続けることはできない。

 

「アブソル、出番だ!!」

「ふるーる!!」

 

 ならば、とメグルが繰り出したのは、メガシンカすれば重戦車型となるアブソルだ。

 こちらも、ヘラクロスのメインウェポンは通用しない。その上、ヘラクロスを機能停止に追い込むことができる”おにび”まで習得している。

 

「……で? なぁに、君もボクとメグルの邪魔をするの? アブソル」

「るっせぇ!! さっさとアルカの身体を返せ!! メガシンカだ、アブソル!!」

「ふるーる!!」

「……メガシンカ。成程。じゃあ、ボクらもメガシンカしようかヘラクロス」

 

 同時に進化の光が迸り、ぶつかり合う。

 鬼火を纏い、長刀のように伸びた尻尾をぶつけるアブソル。

 それを事も無げに受け止めたヘラクロスは、そのまま圧倒的な膂力で彼女を振り回し、地面に叩きつけるのだった。

 メガシンカポケモンの中で最も高い攻撃力を誇る、それがメガヘラクロスだ。

 全身を覆う重装甲は勿論、そこから放たれる一撃があまりにも重く、アブソルも悶絶する程。

 更に、素早さが上昇しているためか、重い身体に見合わぬ速度で接近してくるのだ。

 すぐさま”おにび”でヘラクロスの攻撃力を奪おうとするアブソルだったが、それもあっさりと躱されてしまう。

 そして次の瞬間には至近距離で”タネマシンガン”が放たれるのだった。

 

「あはは! あははははは! 綺麗にフッ飛んだねえ!!」

「ガルルルルル……ッ!!」

 

 殺意に満ちた眼差しでアルカを睨むアブソル。

 しかし、いつもの彼女とは違う。その視線に怯えることなく不敵な笑みを浮かべている。

 

(ダ、ダメだ、色んな意味で強すぎる……ッ!! ヘラクロスの意味では、あの攻撃力と耐久力に素早さが加わったら手の付けようがない……ッ!! しかもアイツの攻撃は本来、遠距離戦メイン、遠ざかっても無駄だ!!)

 

「”ロックブラスト”で蜂の巣にしちゃえ」

 

 容赦なく撃ち鳴らすようにアブソルの足元目掛けて岩の機関砲がぶつけられる。

 すぐさま地面に潜行して回避するアブソルは、そのままヘラクロスの足元の影にまで移動し、背後から攻撃しようとする。

 

「”ゴーストダイブ”だ!!」

 

 前脚から伸ばした影の刃をヘラクロスの背後からぶつける。

 しかし──全くと言って良い程効いていない。せいぜい表面に傷がついた程度である。

 

「んなっ……!? 弾かれた──!?」

 

 返ってくるのは、ノールックでのタネマシンガン。

 幾らアブソルの耐久力が高いといえど、何度もヘラクロスの攻撃を喰らえば、必然的にその体力は削られていく。

 

(元から強かったけど、敵に回すと、こんなに恐ろしいヤツだったのかコイツ……!!)

 

「ダメだよ。愛の力は強いんだよ、なーんて言ってみたり」

「ハッ、ヘンな墨でドーピングしといて何ほざいてやがんだ……ッ!! さっさと、アルカを返してもらう!!」

「返すも何も無い。()()()()()()()()

「ああ!? 寝言は寝て言え!!」

「ボクが、彼女の代わりに君を愛してあげると言ってるんだ。ひ弱で、脆弱な君をね」

「ッ……!! 誰が、弱いだこの野郎!!」

「弱いよ、君は」

 

 答え合わせ、と言わんばかりにアブソルの身体に今度は”ミサイルばり”が撃ち込まれる。特性:スキルリンクで狙いは正確そのもの。

 鬼火を噴出している箇所が傷つけられて暴発してしまう。甲高い悲鳴がその場に響いた。 

 

「んなッ……!?」

「こういう戦い方、君にはできる?」

 

 悶絶し、地面を転がるアブソル。

 効果はいまひとつだが、身体的な弱点を狙われたことでダメージは結果的に倍増。トントンだ。

 それどころか、鬼火を身体から上手く噴き出すことが出来ず、爆ぜてしまう。

 幾ら重装甲の戦車と言えど、ビスや覗き穴など弱点を狙われれば容易く沈黙してしまうのと同じだ。

 

「硝子の身体なんだよ、その子(アブソル)。知ってるでしょ? 幾らメガシンカして強くなったといってもね……!」

「ッ……!」

 

 観察力だ。

 石や遺跡、ポケモンと向き合う事で培われたそれは、タイプ的な相性だけでなく()()()()()()()()()弱点を突くことに秀でさせた。

 彼女の心の優しさがそうさせなかっただけで、今まではメグルを助けてきたのが、逆に牙を剥いてくる。

 そこにメガヘラクロスの正確無比な射撃が加われば脅威そのものだ。隙というものがない。

 だが、それでも──アブソルは立ち上がる。

 

「ダ、ダメだ、アブソル、もう休め!!」

「フルルッ!!」

 

 振り向き、主人に向かって叫ぶアブソル。

 今此処でヘラクロスを抑えられるのは自分しかいない、と言わんばかりに。

 

「ッ……”むねんのつるぎ”!!」

「口惜しいね、憎らしいね。でも、歯が立たなくて、涙が出ちゃうよねェ!!」

「ガルルルルッ!!」

 

 飛んでくるロックブラストを刀で打ち払い、肉薄するアブソル。

 青白い鬼火を纏った尻尾を振り回してヘラクロスを切り裂こうとするが、それも宙返りで躱されてしまい、隙を生んでしまう。

 

 

 

「──”タネマシンガン”、撃ち方始め(ウチカタハジメ)

 

 

 

 彼女の背中目掛けて大量の種が機関砲のように速射された。

 まさに蜂の巣。遂にアブソルも耐えきることができず、その場に崩れ落ちる。

 そしてメガシンカの光はあっさりと消え失せるのだった。

 未来予知など関係ない。圧倒的な火力と耐久、そして素早さで正面から捻じ伏せる。全くと言って良い程アブソルは反撃することが叶わなかった。

 完全敗北だ。

 

「そ、そんな、アブソルまで……ッ!!」

「くすっ、くすす。好き。好きだよ、おにーさん。これで二人っきりだね」

 

 つかつかと歩み寄るアルカとヘラクロス。

 最高戦力であるアブソルが倒された以上、次に投げられるのはヘイラッシャだ。

 しかし、ヘイラッシャは元々タネマシンガンで弱点を突かれてしまう上に、どのオーライズでもヘラクロスの技で抜群を取られてしまう。 

 

(ダメだ……!! A185の抜群技は幾らヘイラッシャでも受けられない……!!)

 

「さあ、もう戦えないよね。負けるって分かってるのに、ポケモンを犠牲になんて、出来ないよね、おにーさんは……ッ!!」

「クソッ……何が目的だ!! 何をしたいんだオマエは!!」

「くすす、言ったでしょ? ボクが君を独占するんだ。すぐに君はふらふらと居なくなっちゃうからさ。ボクが、ずぅっと首輪をつけていてあげる」

 

 昏い目が前髪から覗く。

 背筋が凍り付くような気分だった。

 

「先ずは、二度とボクから逃げられないように──地面と手足を繋ぎ合わせてあげるよ。”ミサイルばり”!!」

 

 

 

「──セキタンザン、フレアドライブだッ!!」

 

 

 

 何処からともなく火の玉がすっ飛んできて、ヘラクロスを突き飛ばす。 

 流石に効果抜群の一撃は耐えないと思いきや、重装甲の身体は炎すらも跳ね返す。

 だが、流石の彼女も突然現れたセキタンザンには戸惑いを隠すことが出来ないようだった。

 恋は盲目。故に、死角から現れたその男とポケモンに気付けなかったのである。

 

「ッ……な、何事!?」

「続いて──”ふぶき”だ、ジュゴンッ!! 辺りを白く、染め上げろ!!」

 

 猛吹雪が周囲を包み込む。周囲の空気は一気に冷え込んだ。

 一瞬で周囲は銀景色と化し──アルカの視界は白に包まれる。

 そして再び目を開けた時には、メグルも突然の乱入者の姿も居なくなっていた。

 

「ッ……!!」

 

 フラッシュバックするのは、あの大寒波の日。

 スイクンに連れ去られていくメグルの姿だ。

 

 

 

「……メグルが……盗られたッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──美術館に、全員は集合していた。

 此処までの状況を再確認するためだ。

 各地に点在していたヒャッキのポケモンは消え失せ、百鬼夜行は収束すると思われた。

 しかし、実際はそうではない。百鬼夜行が収まっても、まだ問題は解決していなかったのである。

 アルカだ。絵画を破壊した際に、墨が溢れ出し、彼女を侵食してしまったのだ。

 

「……つまり、だッ!! あんたに疑いが掛かってんだよなァ、ばーさん!! ゲロっちまえよ、楽になるぜ」

「え、墨の祟りって何……怖……あたしゃ知らん……」

「とぼけてもムダだぞォ!! 知ってんじゃねえかァ、絵が危ないってよォ!!」

 

 後ろではダンガンがキヨ館長を取り調べているが、全くと言って良い程進展はない。

 クローバーも此処までの事態になるとは予想外だったらしく、デリバードのスピーカー越しだが申し訳なさそうに言ったのだった。

 

『……完全に予想外なのデスよ……やっぱり海で絵画を破壊するっていう私の当初のプランは正解だったのデスね……』

「迂闊だった……ッ!!」

 

 メグルは歯噛みする。

 アルカは自分を庇って墨の祟りを一挙に引き受けたのだ。

 その所為で、おかしくなってしまった。

 悔やんでも悔やみきれない。あの場での最適解は、誰か1人が祟りをおっ被る事だったとはいえ、その矛先が彼女に向いてしまった。

 本当は守りたいと思っているのに。割を食うのはいつもアルカだ。

 

「……大丈夫ではなさそうですね」

 

 フカが問いかける程にメグルは酷い顔をしていた。

 

「あいつ……前にも俺の事庇って大怪我したことがあるんだ。もうこんな事するなって言ったのに……ッ」

 

 自分の受ける痛みに、彼女はあまりにも無頓着すぎる。

 その結果周りが──特にメグルがどれだけ心配するかを理解していない。

 だが、彼女がそんな行動に走ってしまう理由がメグルには何となく想像がついていた。

 過去に彼女が受けていた扱い。そして──最後に彼女が言っていた言葉を思い出す。

 

 ──ボク、バカだから……これしか思いつかなかった。

 

 彼女は自分を大事に出来ない。

 本質的に何処かで自分を無価値だと思っている。

 だから──好きなものを守る為なら、躊躇なく迷いなく自分の身体を、命を投げ出してしまう。

 それほどまでに、メグルという男は彼女の生き方を、在り方を大きく捻じ曲げてしまった。

 例えそれがどんなに恐ろしい事でも、死ぬよりも遥かに苦しい目に遭うと分かっていても、それが大事な物を守る為なら、迷わずに突っ込んでしまう。

 それが生き方に刻まれてしまっている以上、メグルが多少言ったところで治るわけがなかった。

 あまりにも彼女は──自分が”無価値”であると刻まれる時間が長すぎた。

 

(ヒャッキの事件が終わってからは多少はマシになったと思ってたのに……ッ!!)

 

「……悔しいんだ……ッ!! 結局、またあいつに……命を張らせてしまった……ッ!!」

「でもそれはきっと、アルカさんが望んだことなのでしょう。ま、悪癖と言って差し支えないでしょうが」

 

 隣に座るフカは──ぽつり、と呟いた。

 

「……話してみて分かったのですが、アルカさんはとても強い人ですよ。強いけど……麻痺してしまってる。自分が辛い状況に置かれることを。そして、心根が純粋で優しすぎる所為で、誰かが辛い目に遭うのを善しとしない」

「……何処まで聞いたんだ?」

「トップシークレットです。それで? 貴方はどうしたいんですか、メグルさん」

「そりゃアルカを助けたいに決まってる!! ……だけど不安だ。これから先も同じ事が起こるんじゃねえかって思うと」

「思いを伝える方法は──言葉だけではありませんよ。しっかりと()()()()()やれば良いんじゃないですか。自分が彼女をどう思っているのか。どうしてほしいのか」

「えっ、それって──」

「……愛は楔で、呪いですよ。貴方に、呪いを彼女に打ち込む覚悟はありますか?」

 

 そう問いかけ、彼女は踵を返して去っていく。

 

「……覚悟……か」

 

 メグルは目を瞑る。

 正面から──彼女に向き合うため。 

 そして彼女を取り戻すため。

 

 

 

「……とっくにしてると、思ってたんだけどな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC28話:再来・百鬼夜行

 ※※※

 

 

 

 ──アルカの行方は警察総出で捜索中。

 メグル達は、動きがあるまで待つしかない。

 今のままでは、メグルはアルカに勝つことができない。

 目の前で彼女がおかしくなったことによる精神的ショックに加え、ポケモンの受けたダメージの回復、そして来たるアルカとの戦闘に備えて準備をしなければならない。

 今のアルカの手持ちはデカヌチャン、ジャローダ、モトトカゲ、オトシドリ、カブト、そして──ヘラクロス。

 いずれも強力だ。強いて言うなら進化していないので能力が低いカブトくらいしか穴が無い。

 

(考えろ……考えろ、考えるんだ。あいつに勝つ方法……そもそも、バトルに勝ったところで、あいつを墨の呪いから解放できるのか?)

 

 思い悩むメグルは、美術館の外から窓を覗く。

 嫌気が刺す程に今夜は月が綺麗だ。見つめていると、腹が立ってくる。

 

「メグル君」

 

 そんな彼を見兼ねてか、イデア博士が後ろから声をかけた。横には心配そうに尻尾を握るドーブルが立っている。

 今の彼に気休めの言葉など何の慰めにもならないことなど分かっている。

 博士の手には──雄弁に光り輝く宝珠が握られていた。表面にはアブソルの顔が刻まれている。

 

「……博士、それって」

「完成したんだ。”刀珠・アケノヤイバ”。突貫工事で最後の調整を終わらせたよ」

「ありがとうございますッ!!」

 

 メグルはすぐさまそれを受け取った。

 アブソルをギガオーライズさせるために必要なアイテムだ。

 

「メガシンカ同士の競り合いじゃあ、ヘラクロスに勝てない。そりゃそうさ、相手は肉弾戦最強のメガシンカだからね。たとえ伝説のポケモンを使っても、正面からやり合うのは得策じゃない」

「……だから、オオワザで大ダメージを与えて削り切るしかない、ですよね?」

 

 重戦車アタッカーの中でもメガヘラクロスは完成された能力を持つ。似た傾向の能力となるメガアブソル(サイゴク)では押し負けてしまうことは明白だ。

 故に、高速で動けるギガオーライズ形態からオオワザを放ち、ヘラクロスを叩くしかない。

 

「でも忘れないでおいてくれ。相手はヘラクロスだけじゃない。アルカ君は他にもポケモンを持っている。ヘラクロス1匹に持ってかれすぎないように、くれぐれも気を付けたまえよ」

「分かってますよ、そんな事は。あいつがバトル強いの、俺だって知ってますから」

「この戦い、君にとっては文字通りの総力戦だ」

「あいつの手持ちは分かり切ってる」

「向こうも同じだよ」

「……」

 

 だからこそ、どう転ぶか分からないのだ。 

 ヘラクロスだけが強敵ではない。同様に墨の呪いで強化されるであろうデカヌチャンやジャローダ、モトトカゲは単純にステータス差で圧倒してくることが考えられる。

 特に脅威となるのは素早さだ。先手を取られ、上から叩かれ続ければ、ダメージレースで不利となる。

 何より相手はこちらの手の内を知っている。

 分かってて当然だ。ずっと一緒に旅をして来たのだから。

 

「──言いたい事は色々あるけどよォ、あんたがやりてぇようにやれば良いと思うぜボウズ」

 

 ざっ、と歩み寄ってくるのは──ダンガンだ。その横にはフカ、そしてデリバードも並ぶ。

 

「この中で一番強いトレーナーは? って聞かれたら……まあキャプテンだろうが……それでも次に強いのはあんただろ。任せるぜ、アルカを助ける役」

「……ダンガンさん達は」

「百鬼夜行がもう一度起こる可能性がある。その時は……俺達で食い止める」

「背後はお任せ下さい。アルカさんの事を一番分かってるのは貴方のはずですから」

『Yes! 思いっきり暴れてきなヨ、Hero!』

「……皆さん。でも、良いんですか? 俺のワガママみたいになっちゃって……」

「無論、何かあった時は──俺がついている。ワガママだなんて思うな」

 

 言ったのはヒルギだった。その言葉がとても心強い。

 

「相手もお前ひとりだけなら警戒を緩めるかもしれない。その隙を突くくらいの気持ちで行け」

「相手が好きな女なら、猶更だろ? ボウズ」

「からかわないでくださいよ……ダンガンさん」

「一回コテンパンにされたからってビビってるわけじゃねえだろうな」

「……正直、ビビってますよ」

 

 敵に回せば、アルカ程恐ろしいトレーナーはそうそう居ないのだ、と改めて思い知らされた。

 トレーナーとしての先輩であることはずっと変わらない上に、ずっと隣に立っていたのだから彼女自身も成長している。

 

「でも……勝ってあいつを取り戻さなきゃいけない」

「墨をどうにかして引き剥がす方法があれば良いんだがな……」

「それについてはこっちで何とかする。メグル、お前にはアルカを引きつけて貰う。そして、手持ちを全員何とかして無力化しろ」

 

 メグルは頷いた。

 今の自分にはそれしか出来ない。

 後は、彼女の各手持ちから逆算して戦術を組み立てる所だ。

 まさにポケモン廃人の腕の見せ所である。

 

(初手は多分デカヌチャンだよな……もう既に此処からキツいもんがあるんだが……)

 

 電磁波、両壁、そしてデカハンマー。

 単純だが強力なサポート構成だ。こんなもんを教えたのは一体何処の誰なのだろうか。メグルである。

 

(足が速いから妨害するのも難しいし、そもそもデカハンマーが強い……初手でテンポを取られたら総崩れだし、此処を重視しないと……)

 

 そう考えていた矢先だった。

 

 

 

「大変です!! 美術館に向かって、百鬼夜行が迫ってきます!!」

 

 

 

 警察官たちが大声で駆け付けて来る。

 

「……来たか……ッ! 全員で抑えに掛かれ!」

 

 ダンガンが叫ぶ。

 周囲に緊張が走った。

 アルカがやってきたのだ。

 ヒャッキのポケモンを引き連れて。

 すぐさま警官や国際警察たちが外に出て行く中、デリバードがメグルに近付く。

 

『Hey! Youは私が連れていくデスよ!』

「良いのか?」

『あの子には世話になったから……私も助けてあげたいのデス! それに、怪盗に貸し借りという言葉は無いのデス! 盗みはしマスけどネ!』

「助かる!」

 

 メグルはデリバードに服を掴んでもらう。

 すると、周囲から風が巻き起こり、勝手に身体が浮かび上がる。

 そのまま、デリバードは外へ飛び出し──上空からアルカの姿を探すのだった。

 既にフチュウでは、突如として現れた墨のポケモンが闊歩しており、警官たちと激突している。

 百鬼夜行の第二陣の幕開けである。

 終わらせるには、その根源であるアルカを止めるしかない。

 ぞろぞろと整列し、自らの力を誇示するように行進するヒャッキのポケモン達を横目に、メグルはアルカがその近く居ないかを探す。

 

(見当たらない……ッ!! あいつ、何処に居るんだ……!?)

 

『メグル! アルカが何処にいるか覚えはないのデース!?』

「分からねえよ! あいつの居そうな場所なんて……いや、待てよ」

『何か手掛かりが!?』

「……今回の旅行でケチが付いちまった場所が1つあってな。もしかしたら、そこにいるかも……!!」

『だから何処なのデース!』

「フチュウ庭園だ! あそこは広いし、位置的にもヒャッキのポケモン達を呼び出すには打ってつけ! 丁度フチュウのド真ん中だ! 今は夜で誰も居ないだろうしな!」

 

 それに、とメグルは頭の中で続ける。

 今回、彼女とのデートの途中で国際警察の二人にバトルを挑んでしまった所為で、庭園の観光が中途半端だったのだ。

 あのアルカが何処まで本人と意識を共有しているかはメグルには分からない。だが──少なくとも自分への好意で動いていることは確かだ。

 

『OK! 良い推理デスね! どうせ他に手掛かりもないし! 飛ばすデース、デリバード!』

「デリー!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──よう、来たぜ」

「……」

「……大概にしろよ。アルカは勿論、アルカのポケモンまで巻き込んで百鬼夜行なんざ起こすなんざ、許すわけがねえだろが。悪さも此処までだ」

 

 

 

 彼女は唯一人、月の光差す庭園に立っていた。

 月光に照らされた彼女の顔は、微笑んでいた。

 ずっとずっと、メグルを待ち構えていたかのように。

 

「デートはあの時、中断しちゃったからね。ちゃあんと埋め合わせしてくれたんだ」

「バーカ、言わなくても分かるなんてこれっきりだぞ」

「……あはっ、嬉しいな。また攫われたのかと思ったけど、そっちから会いに来てくれるなんて」

「何処までアルカに聞こえてるかは分かんねーけど……俺は居なくなったりしねえよ。離れても、絶対にまた戻ってくる」

「……嬉しいなあ、メグルもボクの事大好きなんだ」

「だけどな。先ずはお前に正気に戻ってもらう。言いたい事は山ほどあるけど、先ずはそこからだ」

 

 メグルが好きなのは、今此処で百鬼夜行の中心となっているアルカではない。

 明るく、快活で、好奇心旺盛ないつものアルカだ。

 

「さっきの選択、どっちがどうなってもきっと──俺達はこうして戦う運命だったと思う。だけど、それでも……俺はお前を繋ぎ留めたい。どんな手を使ってでも」

 

 メグルは──最早躊躇など無かった。

 自分のエゴの為に、アルカに楔を打ち込むことに決めた。

 好きで好きで、大事で大切で仕方がないからこそ──分からせることに決めた。

 だが、そのためには今目の前に立っている()()はジャマだ。

 彼女は墨から生まれた人格。メグルの愛する彼女ではない。

 

「何の話してるの、メグル。目の前にいるボクを見ていないよね?」

「そりゃそうだろ。最初っからテメェなんざ眼中にないんだよ、祟り神」

「……あはっ。冗談じゃない! ボクは実質この身体の持ち主みたいなものさ!」

「いーや、祟り神に違いねえよ。今更目覚めやがって、さっさと成仏しやがれ」

 

 メグルには最初から自分等見えていないことに気付いた祟り神は──ボールを取り出す。

 

「分かってないね。ボクはこの子の別側面みたいなものなのに。ボクを受け入れられないなら、受け入れられるようにしてみせる。君がどれだけ無力で矮小で──ボクに守られなきゃいけないかを分からせてあげなきゃいけないみたいだ!」

 

 互いにボールを投げ、宙でぶつかり合う。

 最初に飛び出したのは、メグルがアヤシシ、アルカがデカヌチャンだ。

 しかし、デカヌチャンの身体は既に黒い墨に覆われてしまっており、表情も禍々しいものへと変貌している。

 口からは常に黒い靄のようなものが溢れ出していた。

 その変わり様にアヤシシも怯んでしまい、後ずさる。それほどまでにかの水墨画──否、ヒャッキドーブルの墨は強烈なものだったのだ。

 

「さあて、君が教えてくれた戦術を使わせてもらうよ! デカヌチャン、”リフレクター”!!」

 

 すぐさま障壁が展開される。

 素早いデカヌチャンは更にそこから飛び出し、アヤシシ目掛けてハンマーを振り回しにかかる。

 だが、そこまでの動きはメグルも想定済みだ。

 壁は展開された。しかし、この手の戦術で最も有効なのは、壁が展開された後のゲームを妨害することである。

 

「”あやしいひかり”!!」

 

 アヤシシの角の宝珠が光り輝いた。

 同時に、デカヌチャンの周囲を光が舞い踊り、一気に混乱させてしまう。

 ふらふらと千鳥足になるデカヌチャンは続けて”ひかりのかべ”も展開しようとするが、まともに壁を張ることもままならない。

 

「ッ……な、小細工を!! しっかりして、デカヌチャン!!」

「カ、カヌヌ──」

「更に”鬼火”だ!! グダって無駄に壁のターンを稼がれる気分はどうだ!?」

 

 混乱している今ならば、デカヌチャンに”おにび”を当てる事も容易い。

 すぐさまその身体は燃え上がり、一瞬でデカヌチャンは物理アタッカーとしての役割を機能停止したのだった。

 更に混乱しているので、このままでは闇雲に”リフレクター”のターンを消費することになりかねない。

 仕方なくアルカはデカヌチャンをボールの中に戻す。

 

「……ジャローダ!! 今度は君だ!!」

「ッ……即刻引っ込めてきたな、アヤシシ気を付けろ!!」

「ブルトゥ……ッ!!」

 

 飛び出したのはジャローダ。

 特性:あまのじゃくとリーフストームのコンボにより、永続的に火力を上げ続ける事ができるポケモンだ。

 おまけに”へびにらみ”で相手を麻痺させることも得意とする。

 リフレクターとひかりのかべを両方共展開することで、アルカは安全にジャローダに”リーフストーム”を積ませる算段だったのだろう、と考える。

 

「今度は逃がさない。”へびにらみ”!!」

「ッ……!」

 

 すぐさま、その素早さを裏付けるように、メグルがアヤシシを引っ込める前に凍てつくような視線が貫いた。

 アヤシシは体を崩し、脚が痙攣しているのが見える。蛇の目に睨まれたものは麻痺状態になってしまう。

 そして動けない所を容赦なく、ジャローダは木の葉の嵐を巻き上げていく。

 凄まじい風圧だ。メグルもまともに近付くことができない。

 

 

 

「リーフストームでまとめて吹き飛ばしちゃえッ!!」

 

【ジャローダの リーフストーム!!】

 

 

 

 凄まじい勢いで竜巻が幾つも巻き起こる。

 それがアヤシシに、そしてメグルにまとめて襲い掛かる。

 だが、アヤシシも負けてはいない。ぶつけて相殺するようにして大量のシャドーボールを撃ち込んでいく。

 影の弾は爆ぜ、竜巻を幾つか止めてみせたものの、それでもリーフストームの勢いは止まることを知らない。

 

「荒れ狂う嵐!! まるでボクの恋心のようだと思わない!?」

「勝手に言ってろ!!」

 

 轟々と吹き荒れるそれをアヤシシは受け止める事ができず、巻き上げられてしまう。

 だが、この時──最大のチャンスをアヤシシは得た。

 そもそも半ば霊体の身体に物理法則など通用しないのである。

 宙に居ようが関係ない。全力でジャローダ目掛けて突進することが出来る。

 

「”すてみタックル”!!」

 

 タイプ一致のそれが、弾道ミサイルのようにジャローダに降りかかり、落ちた。

 クレーターが出来る勢いだったことは言うまでもない。

 だがそれでも、耐久に優れるジャローダは、それだけで倒れるはずが無かった。

 ましてや”リフレクター”が展開されているので猶更大した痛手になりはしない。

 今度は大きな体を活かし、アヤシシに思いっきり力強く巻き付くのだった。

 

「あははっ、苦しい? 苦しいよね? 悔しいよねえ!!」

「ッ……コイツ……!! 分かっちゃいたが、流石の耐久……!!」

「締め上げちゃいなよ、ジャローダ! ぎゅぎゅっ、てね!!」

 

 チロチロ、と舌を出しながらジャローダは大顎をアヤシシに向ける。

 完全に捕食する数秒前。

 だが、大人しく喰われるアヤシシではないのである。

 

「”シャドーボール”!!」

 

 大口の中にまたもや影の弾が打ち込まれた。

 そして、ジャローダの喉の中でそれは暴発し──煙を吹き出しながら蛇の女王は崩れ落ちる。

 しかしそれでも、ジャローダは斃れる様子を見せない。

 再び威力の上がった特攻から、大量の木の葉の嵐を巻き上げていく。

 

「これならどうかなぁ!! ”リーフストーム”!!」

 

 特性:あまのじゃくで、本来下がるはずの特殊攻撃力が逆に倍増。

 さっきのそれを大きく上回る巨大な竜巻がアヤシシを襲う。

 幾らアヤシシの耐久と言えど、何度もこの大技を耐えられるはずも無かった。

 想像以上の速さにメグルも指示を出す間もなく、アヤシシは巻き上げられ──地面に叩きつけられる。

 そのまま体に灯っていた鬼火は消えてしまった。

 

「……戻れアヤシシ!」

 

 先に1匹目が落とされた。

 やはり、ジャローダは強敵。技もステータスも優秀だ。

 

(だとすれば、やっぱり弱点を突いてマウント取っていくしかねえよな……!!)

 

 メグルは2つ目のボールを握り締める。草タイプにメインウェポンで弱点を突けるポケモンは、メグルの手持ちの中では1匹しか居ない。

 

 

 

「どうするの? メグル。早速ボクが勝ってるけど?」

「へっ、バトルの行方は最後まで分からねえよ──頼むバサギリ!!」

 

 

 

 大斧を振り回しながら、益荒男は戦場に降り立つ。

 とはいえ、ジャローダの特攻は4段階も上昇している。かなりマズい状態には変わりないのであるが。

 

 

 

 

(第一の難関……何とか超えてみせる……ッ!! ありとあらゆるものを使ってでも!!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC29話:墨染の彼女

 ※※※

 

 

 

「──此処は、一体……」

 

 

 

 アルカの視界は──真っ黒に塗り潰されていた。

 一歩、また一歩と踏み出していくが、何処に向かえば良いか分からない。

 

「ヘラクロス……デカヌチャン……モトトカゲ……オトシドリ……ジャローダ……ゴローニャ……カブト……」

 

 周囲に呼びかけても、誰も返事はしない。

 当然か、とアルカは俯いた。 

 これはきっと罰だ、と。

 

(そりゃそうだよね……もうやるな、って散々言われてたことなのに……でもさ、メグル。ボクは、君さえ、君さえ無事なら……ボクみたいなヤツでも、少しは価値があったのかなって)

 

 彼さえ無事ならば、それで満足だ。

 満足なはずだった。

 胸はずきりずきり、と未練がましく痛み続けている。

 黒く暗い墨の中を掻き分け、飛び出した先は──

 

 

 

「……何処、此処……」

 

 

 

 ──広がっていたのは、茅葺屋根の立ち並ぶ古い町並み。そして土の壁。

 だが、その町の姿には何処か覚えがある。

 人々の姿は着物で、辺りには小さな鳥ポケモンが飛んでいる。

 

(ウソでしょ、ボク夢でも見てるの……!?)

 

 目を擦り、彼女は思わず飛び出した。

 

 

 

(此処はフチュウ……昔のフチュウだ……!!)

 

 

 

「──先生、先生!! うちの庭園の設計も頼みますよォ、お金は幾らでも積みますのでぇ」

「……うむ相分かった」

 

 

 

(先生?)

 

 

 

 思わずアルカは物陰に隠れる。

 往来を通るのは、恰幅の良い男と、痩せ細った老人だった。

 その姿には彼女も見覚えがあった。怪盗クローバーの見せた写実画に描かれた人物──セツゲツカである。

 

「な、何で、人間至宝がこんな所に──いや、晩年はフチュウで活動してたっぽいし……!!」

 

(なんか知らないけど、本格的にタイムスリップしちゃったっぽい……ッ!? どうなってるの!?)

 

 悪い事をしている気分になったが──彼女は、セツゲツカの後をこっそりと追っていく。

 しばらくするとセツゲツカは男と別れ、そのまま一人でとぼとぼと小さな庵に向かっていく。

 セツゲツカは晩年、家族を豪邸に住まわせ、自分は町の外れにある庵で仕事をしていたと聞いていた。

 窓際に隠れ、アルカは彼の様子を注視する。そしてしばらくして聞こえてきたのは──

 

 

 

「ぬわぁぁぁぁーん、もう疲れたぁぁぁぁぁぁん」

 

 

 

 ……人間至宝とは思えないようななっさけない声であった。

 大の字になりながら彼はそのまま誰に語り掛けるでもなくごちり続ける。

 

「設計、設計、設計!! 確かに金にはなるけどぉ、ワシの好きな水墨画が全然描けないじゃんっ!! どうすんのよ、マジでもーう!!」

 

(な、なんか、思ってた人と違う……)

 

「もう今日は仕事とかやんなくて良いかなぁー、ちかれたもぉん」

 

(な、何なんだこの人……ノリ、かっるぅ……)

 

「あー、かと言って全然こう──浮かばないんだよなぁん、描きたいもの大体描いちゃったし……ううん、なんかこう、もう、良い感じのアレとか無いかな、アレ」

 

 結局の所、仕事が忙しく描きたいものが描けない。

 しかし、かと言ってその描きたいものもアイディアや良い構図が降ってこないのでスランプ気味のようであった。

 

(アレって何なんだよ……インスピレーションとかそう言う感じのアレ?)

 

 

 

「どぅーどぅる」

 

 

 

 

 その時だった。

 犬のような鳴き声が庵の入り口から聞こえてくる。

 

「およ、ドーブルゥ!! 来てくれたのぉん!? お茶でも飲む?」

「どぅーどぅる」

 

(ッ……!!)

 

 現れたのは──真っ黒な身体に、習字筆のような尻尾を携えた二足歩行の犬ポケモン・ドーブルだ。

 

(ヒャッキのドーブル……! 希少種で、ボクも直に見るのは初めてだ……ッ!)

 

 だけど、と彼女は町の光景を思い出す。災禍に焼かれた後には見えない。

 

(時空の裂け目は災禍が起こる前からあったみたいだし、このドーブルもはぐれ者なのかも)

 

「どぅーどぅる」

「ええ!? 水墨画描いてきたの!? もぉーう、天才ッ! ワシの後継者になってくれないかな、マジで」

 

(うわ、うっま……! アレ本当にポケモンが描いたの!?)

 

 ドーブルが掲げていたのは、半紙に描かれた水墨画。

 どうやら、この庵を描いたらしい。

 

「お前はワシの一番弟子!! 自慢の弟子だよ、ドーブルゥ」

「どぅーどぅる」

「……」

 

(とっても、仲良しだったんだ)

 

 あの写真からでは、此処までとは分からなかったな、とアルカは考える。

 200年前、まだモンスターボールもあまり普及しておらず、人とポケモンには断絶があった。

 そんな時代でも、時空を超えてこうして出会い、心を通わせるパートナーが居たのか、とアルカは感心する。

 だが、次の瞬間──

 

 

 

(え?)

 

 

 

 ──場所は変わり、いつの間にかアルカの前には炎が猛々しく燃えている。

 フチュウが──炎上しているのだ。

 

「……何? どうなってるの? 何時の間に──」

 

 空が裂ける。

 穴が開く。

 そこから舞い降りるは──百鬼夜行の列。

 天狗に河童、鬼の群れ、そして飛頭蛮。

 更にそこに集うは、天狗の面を被った山伏たち。

 

(ッ……戦火……!? ヒャッキがサイゴクを襲った時の──)

 

 

 

「おほぉぉぉー、これじゃぁ、これぇぇぇ!!」

 

 

 

 歓喜の声が響き渡る。

 アルカは思わず、ぞっとして隣を見つめた。

 燃え盛る町。逃げ惑う人々。

 自分の家族がいる豪邸が轟々と音を立てて焼け落ちるのを眺めながら──セツゲツカの目は輝いていた。

 

 

 

「燃えるぞォォォーッ!! 人が死ぬぞォォォーッ!! 焼け焦げるぞォォォーッ!! これが、これがワシの求めていた、芸術じゃぁぁぁーッ!!」

 

 

 

(ッ……は……? 何、言ってんの、この人……!?)

 

 

 

「この世の終わり!! この世の終わりじゃあああ!! アッハハハハハ!!」

 

 

 

 地獄絵図の如き光景を眺めながら──セツゲツカは笑っていた。

 その傍で──ドーブルもまた、燃え盛る町を見つめている。

 

「分かるかァ、ドーブル!! オヌシも歓喜に打ち震えておるだろう!! これが、これこそが滅びの美学、侘び寂びの境地ッ!! 人もポケモンもいつかは死ぬのじゃあああ!!」

「どぅーどぅる」

「ほうれ見よ!! 人が死ぬぞ!! 焼けていくぞ!! 悲鳴が聞こえるぞ!! 後に残るは灰と塵、しゃれこうべ!! これを全て墨に込めて、絵にするのじゃ!! アッハハハハハハハ!!」

 

 高笑いする人間至宝。

 おかしくなってしまったのか、とアルカは彼の顔を見やる。

 しかし、彼の顔は子供のように輝いており、この時漸く彼女は理解した。

 戦火で色々なものを喪ってセツゲツカはおかしくなったのではない。

 最初からこうだったのだ、と。

 

(あの絵の悍ましさの正体は……()()だったのか……!!)

 

 常人には理解できない”芸術家”としての思想。

 人の死も、滅びも、絶望さえも創作意欲に変えてしまう、ドス黒い太陽の如き精神性。

 後の歴史には書かれなかった、セツゲツカの本性。

 百鬼夜行地獄絵図とは、そういった彼の心根が最大限に現れた絵だったのである。

 そして、セツゲツカと通じ合い、あの怪作に筆を入れたドーブルもまた──

 

 

 

「どぅーどぅる」

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 ドーブルが──目を赤く光らせ、アルカの方を見つめていた。

 

「どぅーどぅる」

 

 

「どぅーどぅる」

 

 

「どぅーどぅる」

 

 セツゲツカはその場から動かない。

 しかし、ドーブルは鳴き声を上げながら、じり、じり、とアルカの方へ近付いてくる。

 尻尾の絵筆を握り締めて。

 

「ま、待って、何でボクが見えてるのコイツ──!!」

「どぅーどぅる!!」

 

 ドーブルが絵筆を振るう。

 すると、宙にヒャッキのポケモンが描かれ、それが実体化していく。

 よりによって現れたのはフーディン。アルカにとって、ある種最も天敵とも言えるポケモンだ。

 それが無数の起爆札を飛ばしながら、アルカを追いかけていく。

 

「ウソでしょぉ!? 何でぇぇぇーっ!?」

 

 起爆札が飛び交い、爆音と爆風だけが聞こえてくる。

 更に絵は描かれ、アーマーガア、そしてルカリオが追加される。

 三羽烏のエースが揃い踏み。

 対して、今のアルカにはポケモンが居ない。一方的に追い回されるしかないのである。

 

「どーどぅる」

「どうしてこうなるのさぁぁぁ!? 聞いてないんだけど!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──トドメの”がんせきアックス”!!」

 

 

 

 バサギリとジャローダは同時に地面に倒れ伏せる。

 相討ちだ。何とか、得意の高速戦闘でジャローダを翻弄し、脳天から大斧を叩き込む事に成功したものの、バサギリもまたリーフストームを受けたことで体力は限界だった。

 これで、メグルに残されたポケモンは4匹。対して、アルカの残りのポケモンは5匹だ。

 未だに数ではメグルが不利を取っている状態である。

 

(ステロは撒いた、だけどリフレクターは残ったまま……!! 次に出てくるのはきっと──またデカヌチャンだ!!)

 

「──次はお前だ、ヘイラッシャ!!」

「ラッシャーセーッ!!」

「……オトシドリ!! 次は君の番だよ!!」

 

(デカヌチャンじゃない!? そういやこいつも場作りに適した技を──ッ!!)

 

【オトシドリは オーラを纏って防御が上がった!】

 

 幸い、敵の能力上昇は、特性:てんねんのヘイラッシャには無効化される。

 

「ラッシャセェェェェイ!!」

「ストォォォーック!!」

 

 甲高く鳴き声を上げたオトシドリは、すぐさま周囲に尖った岩を浮かび上がらせる。

 ”ステルスロック”だ。

 更に、空高く飛び上がると、オトシドリは次々に上空から岩を落としてくる。

 それがメグルを、そしてヘイラッシャを狙い、押し潰そうとする。

 

【オトシドリの がんせきふうじ!!】

 

 こればかりはもう殺意に塗れているとしか言いようがない。

 上空から降ってくるそれから身を守るので精一杯だ。

 ヘイラッシャの陰に隠れなければ、ぺしゃんこにされてアウトだ。

 

「くすす、残念だけど、ヘイラッシャの陰に隠れていられるのも今の内!!」

 

【オトシドリの ふきとばし!!】

 

 更に、上空から大風が巻き起こり、ヘイラッシャは強制的にボールの中へ戻されてしまう。

 そして代わりに引きずり出されたのは──

 

「オ、オレスシー!?」

 

 ──ヘイラッシャに比べれば、小さく、物理方面が脆弱なシャリタツだ。

 

「しまっ──!!」

 

 飛び出すなり、地面に埋まっていたステルスロックが爆ぜる。

 爆風で転がるシャリタツはそれでも、上空に浮かぶ大空の主を睨み付ける。

 

「……落としてやろうじゃねえか。岩じゃなくて、あいつ自身を……出来るか、シャリタツ?」

「シャリシャリ……ッ!!」

「行くぞ──”りゅうのはどう”!!」

「──させるかッ!! ”がんせきふうじ”!!」

 

 大量の岩が宙に浮かび上がり、メグル達を押し潰すべく次々に降りかかる。

 それを掻い潜り、更に降ってきた岩を足場にしながらシャリタツはどんどん上へ上へと駆けあがっていく。

 そして、一気にオトシドリの背中にまで飛び乗る。

 すぐさま振り払おうと暴れるオトシドリだったが、シャリタツに”りゅうのはどう”をぶつけられ、更に続けて”こごえるかぜ”まで浴びせられ、ぐるぐると旋回しながら悲鳴を上げて墜落していく。

 しばらくして──池の方にドボン、と水の冠が出来上がるのが見えた。

 プカプカと音を立てて、オトシドリが泡を吹き出しながら浮かび上がってくる。

 

「これで4対4で互角だな。偽竜の怪、ナメんな!!」

「ッ……!! なら、ドラゴンにはドラゴンだよね! ──モトトカゲ!!」

 

 現れたモトトカゲは、爆発する”ステルスロック”など意にも介さず恐ろしい速度で池から浮かび上がったシャリタツを追撃する。

 ボールビームを当てようとするメグルだったが、モトトカゲはそのままシャリタツを上空にカチ上げて大口を広げる。

 

「ス、スシィィィーッ!?」

「──モトトカゲ”ドラゴンクロー”!!」

 

 逃げ場など当然無い。

 恐ろしい速度で放たれた”ドラゴンクロー”はシャリタツを八つ裂きにして、地面へと叩きつける。

 

「ラ、ラッシャァ……スシィ……」

 

 ごろごろと転がっていたシャリタツだったが、白目を剥いて気絶してしまった。

 互角だと思っていたが──すぐに数の差をひっくり返されてしまった。

 

「流石アルカのポケモンだな……幾ら能力が上がってるって言っても、そもそもがよく鍛え上げられてる……ッ!!」

 

 「っていうよりも──」とメグルはゴーグルを握り締めた。

 アルカの手持ちは、言うなれば、あまりにも優しすぎる彼女に()()()()()()ポケモン達の集まりだ。

 故に彼女のポケモン達がアルカに反抗しているところを、メグルは見たことが無い。

 特に最初から彼女の傍に居たカブト、ヘラクロス、モトトカゲの3匹、そしてハンマーを一緒に作ってもらったデカヌチャンはその傾向が顕著である。

 鍛え上げられただけではなく、全員がトレーナーであり主人である彼女を強く慕っている。

 そして、強くなったのは時には優しすぎるがあまりにそれが弱点となってしまう彼女を庇う為だ。

 それが今は反転し、彼女を邪魔する全てを排除するための存在としてメグルの前に立ちはだかっている。

 

「……猶更、早く目ェ覚ませよ……ッ!!」

「くすすっ、好きになっちゃった? メグル。ボクのポケモン達……強いでしょ?」

()()()()()()()()()()()()よ!! くそっ、後3匹か……!!」

 

 かたかた、とボールの内1つが震える。

 それはそうだ、とメグルは考えた。親分が倒されたことで、完全にご立腹のようだ。

 

(モトトカゲは”すてみタックル”を使える……幾らニンフィアでも、あれを喰らったら只では済まない……!!)

 

「──仇討ちだ!! ヘイラッシャ!!」

「ラッシャァァァァイ!!」

 

 轟々と辺りを震わせる程の怒りの咆哮が響きわたる。

 いつにもなく、完全に気色ばんだヘイラッシャがモトトカゲに襲い掛かる。

 

「”ギアチェンジ”──は、通用しないから”ドラゴンクロー”!!」

「受け止めろ!!」

 

 正面からドラゴンエネルギーの暴発を防ぎ、ヘイラッシャは更にずんずんと突き進んでいく。

 そして大口を開けるとモトトカゲの身体に喰らいつき、のたうち回る。

 強い強い殺意の籠った一撃だった。思いっきりモトトカゲを地面に叩きつけると、そのまま壁に向かって放り投げる。

 だが、次の瞬間には車輪型の浮袋を回転させ、モトトカゲは再びヘイラッシャにぶつかっていくのだった。

 

 

 

 ──モトトカゲ、君が居たら、ボクは何処までも行ける気がするよ! 

 

 ──アギャァス♪

 

 

 

「アギャァァァス!!」

「決めちゃえ、モトトカゲ。──”りゅうせいぐん”!!」

 

 

 

【モトトカゲの りゅうせいぐん!!】

 

 

 

 空から星が降り落ちる。

 ヘイラッシャを──そして、メグルをめがけて幾つも幾つも、だ。

 すぐさまヘイラッシャは身を挺してそれからメグルを庇う。

 だが、威力140の特殊技は彼にとっても致命傷とも言える技だ。

 

「ヘイラッシャ!? しっかりしろ!!」

「ラ、ラッシャァセ──」

 

 ぐらり、と揺れるとヘイラッシャは地面に倒れ落ちる。が──地面を尾鰭で叩き、再び身体を起こす。

 そして”りゅうせいぐん”の反動で疲弊したモトトカゲを思いっきり身体で押し潰した。

 

 

 

【ヘイラッシャの ボディプレス!!】

 

 

 

 今度こそ、モトトカゲは意識を刈り取られ、倒れ伏せる。

 だが、ヘイラッシャも白目を剥いてしまう。

 今度もまた相討ちだ。

 

「ッ……くそっ、くそっ、くそっ!!」

 

 ヘイラッシャに押し潰されたモトトカゲを。

 そして、力尽きたヘイラッシャを見て、メグルは拳を握り締める。

 互いのポケモンは必死だ。墨に操られているとはいえ、アルカのポケモンも皆命懸けで戦っている。

 だが、元はこうして戦うはずではなかったはずのポケモン同士の戦いには、痛ましさすら感じる。

 

「こんな、こんな戦いが見たかったんじゃねえんだよ……ッ!!」

「あーあ……ポケモンが傷ついて、自分も傷ついてるの? 何でトレーナーやってるのさ」

「テンメェ……!!」

「早く二人っきりになろうよ。そうすれば、もう他の誰も傷つかない」

「……」

 

 絶対に嫌だ、とメグルは彼女を睨み付ける。

 自分のポケモンが傷ついて平然としているアルカ等、アルカではない。

 

「好きだよメグル、そうやって泣きそうな顔も」

「……俺はお前が嫌いだ」

 

 二人は同時にボールを構えた。

 

 

 

「──アブソル!!」

「──ヘラクロス!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC30話:死闘

 ※※※

 

 

 

「はぁ……はぁ……!! しつこすぎるよ……!!」

 

 

 

 ヒャッキのポケモン達に攻撃され続け、アルカの身体は既にボロボロだった。

 腕は焼け落ち、全身からは血が溢れ、殴打痕が顔面には残っている。

 だが、それでも、駆け、駆け、駆け続ける。

 脳裏に映るのはメグルの顔。彼をこんな目に遭わせなくて良かった、と心底彼女は安心するのだった。

 ルカリオに胸倉を掴まれ、殴り飛ばされ──アーマーガアに啄まれ、フーディンの起こした爆炎に巻き込まれる。

 それでも、彼女は血反吐を吐きながら、走り続ける。

 

(慣れっこだもん……平気だもん……ボクに出来るのは、これだけだもん……)

 

 ふらりと足が力を失い、彼女は倒れ込んだ。

 目から涙がこぼれて来る。

 

(あれ……おかしいな……なんだか、すっごく、辛くて、苦しいや……痛めつけられるのは、慣れてるのにな)

 

 

 

「──ッ!! ──ッ!!」

 

 

 

 その時だった。

 何処かから声が聞こえてくる。

 

 

 

(誰……? ボクを、呼んでる……?)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 メガシンカしたヘラクロス、そしてギガオーライズしたアブソルが組みかかる。

 未来予知によってミサイルばりを的確に避けながら”むねんのつるぎ”でヘラクロスから体力を吸い取っていく。

 機動力が落ちるメガシンカとは対照的に、アケノヤイバ同様の素早さを手に入れるギガオーライズの方が未来予知との相性が良いのだ。

 先程は正確にアブソルの弱点を狙えていたロックブラストも全弾躱され、更なる追撃を許してしまう。

 

(さっきよりも動きが速い!? いや、キレが増してる!? これがギガオーライズの力……!?)

 

「ッ……こんな事がしたかったんじゃねえ、したかったんじゃねえけど──」

「ガルルルルルッ!!」

 

 ゆらりゆらり、と刀のような尻尾が揺れる。

 

「──それでも……それでも、好きなんだよな……好きだから、どんなに痛い目に遭っても……取り戻したくなるんだよな……ッ!」

 

 メグルの目に鬼火のような青い炎が一瞬だけ灯る。

 

「それが、今の俺の覚悟だッ!! アブソル、”むねんのつるぎ”!!」

「”ミサイルばり”で撃ち落とせ、ヘラクロス!!」

 

 気の所為だとか、ステータスの変化だけではない。

 メグルの覚悟に応えるように、アブソルの周りに纏われている鬼火が強くなっていく。

 

「何やってんのさ、ヘラクロス──さっきは押されてなかったはず……ッ!!」

「当たったらあまりにも痛すぎる一撃、だけど当たらなけりゃどうってことはねぇんだよ!!」

 

 ヘラクロスの影に潜り込んだアブソル。

 すぐさまヘラクロスはノールックでタネマシンガンを放つが、次の瞬間には空中に浮かび上がっている。

 アケノヤイバ由来の影に潜って相手を翻弄する戦い方は重戦車そのもののヘラクロスを惑わせていく。

 

 

 

 ──あははっ、君はすごく力持ちで──優しいんだね! これからよろしくね、ヘラクロス!

 

 ──ぷぴふぁー!

 

 

 

「プピファァァァァーッ!!」

 

 

 

 いきなりヘラクロスの動きが変わる。

 飛び出していたアブソルの身体を掴むなり、そのまま宙へ投げ飛ばす。

 そして空中に飛んだアブソル目掛けて、自身も大きく跳び、両腕のハッチから大量の”ミサイルばり”を飛ばす。

 それはファンネルビット状に空中を飛び回り、アブソルを次々に狙っていく。

 

「”ゴーストダイブ”で緊急回避だ!!」

「ふるーる!!」

「ッ……ヘラクロス、気を付けるんだ! 出て来たところをもう一度”ミサイルばり”で狙えば良い!!」

 

 跳びあがることしかできないアブソルに対し、ヘラクロスは空中でも翅で自由自在に飛行可能だ。

 ゴーストダイブで次にアブソルが現れた所を狙って宙に浮かび上がらせたミサイルばりをぶつければ良いだけである。

 そして、耐久と未来予知が強化されているメガシンカと違い、ギガオーライズではあくまでもアブソルそのものの耐久だ。

 攻撃種族値185。最強の重戦車であるヘラクロスの攻撃は掠っただけでもHPバーを真っ赤にするほどの威力となる。

 そんなことは──メグルも分かり切っている。

 

「”ゴーストダイブ”だ、アブソル!!」

 

 次の瞬間、ヘラクロスを取り囲むようにしてアブソルが4匹、四方から飛び出す。

 

「はぁっ……4匹ィ!?」

 

 分身だ。

 アケノヤイバ同様、影で自身と全く同じ姿の分身を作り出したのである。

 突如何匹も現れたアブソルに戸惑いながらも、ヘラクロスはミサイルばりを大量に飛ばし、アブソルの影を貫いていく。

 

「1体──2体──ッ!!」

 

 アルカは歯噛みする。

 いずれも素早く、捉えるだけで精一杯だ。 

 だがそれでもミサイルばりは次々に分身を掻き消していく。

 

「3体──4体……!?」

 

 だが、顔からは完全に余裕が消え失せる。

 アブソルの姿は、その場から居なくなる。

 現れた4匹全員が分身だったのである。

 

 

 

「今日は……月が綺麗だな」

 

 

 

 ヘラクロスの身体は強く強く照らされている。

 高く上った満月によって、白く白く。

 そして光のあるところには必ず影がある。

 大きく開いたヘラクロスの翅の下に──濃い落ち影が浮いている。

 

「”むねんのつるぎ”!!」

 

 完全にヘラクロスの死角から現れたアブソルは、外骨格の隙間に刀のような尻尾を突き刺す。

 悲鳴を上げた森の王者は体制を崩すが、それでもアブソルを狙って全方位に展開したミサイルばりを集中させる。

 しかし再びアブソルの姿は消え、誘導されたミサイルばりは全てヘラクロスに命中するのだった。

 流石に自分の攻撃で倒れるヘラクロスではないが、それでも防御種族値を圧倒的に上回る攻撃種族値から放たれたそれは、少なからず彼にダメージを与える。

 地上に移動したアブソルを追い、ヘラクロスは再び地面に降りる。

 

「ッ……おかしい。おかしい!! 何で、何でいきなりそんなに強く──君は脆くて弱くて──ッ!!」

 

 アルカは言葉を失った。

 やはり見間違いではない。

 メグルの目に、青い炎が浮かんでいるような気がする。

 

「全力全壊ッ!! ”ミサイルばり”!!」

 

 すぐさまそれを脅威そのものだと感じ取り、ヘラクロスは再びミサイルばりをアブソルに向ける。

 これまでの比ではない数だ。空を覆う程の量である。

 それは、勢いよくメグルとアブソルを狙い──飛んで行く。

 

 

 

「これで終わりだ!! こうなったら、君を()()()()()()()()()()()してあげるよ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……オージュエルは、トレーナーの感情を読み取って、それを力に変えるんだ」

 

 

 

 イデア博士は以前、そう言っていた。

 ジョウト地方に旅立つ前にオージュエルを解析していたのである。

 

「例のアルネなんて、そうだっただろ? トレーナー側の気持ち次第でポケモンの強さが際限なく上昇する。その代わり、君自身の生命力も持っていかれると思って良いかもね」

「その仕組みってアローラのZワザと似たようなものなんですか?」

「そうだね。報告によれば、強力なZワザは一気にトレーナーの精気を持っていくらしい。ギガオーライズも似たようなものだろう。今の所、君の身体には影響が出る範囲ではないけどね」

「……んじゃあ、使いどころは気を付けなきゃな……」

「そうだねぇ、下手をするとポケモンに全部、魂を持っていかれちゃうかもね?」

「こっわぁ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こ、これで、流石に……ッ!!」

 

 

 

 アルカは狂気的な笑みを浮かべていた。

 

「あ、あははっ、残念だよ、メグル。君はボクの中で永遠になっちゃった。君が悪いんだ。ボクの事を拒絶するから──ッ!!」

「ならねぇよ。テメェこそ絵画と一緒に消えていけ」

「!?」

 

 爆炎の中から声が聞こえてくる。

 煙が掻き消えたその先には──アブソルが影の剣を展開し、ミサイルばりを全て受け止めていた。

 

「くれてやる、アブソル……全部くれてやる……俺の魂、全部……持っていけ」

「フルルエリィスッ!!」

 

 アルカは言葉を失った。

 メグルの目から、やはり青い炎が灯っている。

 そして、アブソルの両目からも青い炎が灯っている。

 その身体は大きくなり、よりアケノヤイバのそれに近付いている。

 全身についていた鎧はアブソルと同化し、背中からは黒い翼が生えていた。

 

 

 

【アブソル<ギガオーライズ・フェーズ2> タイプ:悪/ゴースト】

 

「……決めたんだよ、アルカ。お前が命を懸けるなら、俺も命懸けだ。命懸けでお前を取り返す。お前が自分の価値に気付いてねえなら……お前を俺のモノにしてやるよ」

 

 

 

 先程までとは、明らかに違う。メグルも、アブソルも。

 纏っている空気が殺気そのものだ。

 覚悟の決まった顔でメグルは再びオージュエルに触れていた。

 アブソルの周囲を舞う巨大な刀が地面を切り裂きながらヘラクロスを襲う。

 

「アブソル……今度は、俺もお前の負担を背負う。だから、()()()()

「フルル……ッ!!」

「ッ……ふ、ふざけないで!! 君が見てるのは、ボクじゃないでしょ!?」

「オオワザ──ッ!!」

 

 5つの影の剣が重なり合った。

 それは、巨大な刀となり──ヘラクロス目掛けて飛んで行く。

 月光を浴びたそれは、大きく振り下ろされ、硬い甲殻を両断する。

 

 

 

 

【アブソルの しん・あかつきのごけん!!】

 

 

 

 

 暁の五剣は、ありとあらゆる全てを守り通す護剣と化す。

 束ねられた刀は真っ直ぐに悪しき者を叩き切り裂く。

 ヘラクロスのメガシンカは一瞬で解除され、そのまま仰向けに倒れるのだった。

 

「ウ、ソ……ヘラクロスがやられた……!!」

「……」

「何なんだよ。何なんだよ、その姿は! その力は! まさか、君自身の力をポケモンに注いでるっていうの!? そんな事したら、死んじゃうかもだよ……ッ!?」

「……」

「……デカヌチャン!! アブソルだって、大出力のオオワザで疲れてる!! ”デカハンマー”!!」

「”デュプリケート”」

 

 ハンマーを振り回して突撃するデカヌチャン。

 しかし、一瞬でアブソルの身体は4つに別たれて、高速でデカヌチャンに突進し、影の刃で切り刻む。

 分身して相手を攻撃するアケノヤイバの専用技だ。

 あまりの速さに──デカヌチャンも追いつくことが出来ず、そのまま成す術無く倒れ伏すのだった。

 

「ッ……どうなってんの……それ……もう、アケノヤイバそのものじゃん……!!」

「……」

 

 止めていた息を吹き返すように、メグルは膝を突く。

 次の瞬間、アブソルの姿は元に戻り、力尽きたように倒れ込む。

 これ以上はメグルもアブソルも限界だった。

 使っている間はずっと、水の中に潜っているように苦しかった。

 そこから解放されれば、今度は脱力感が襲い掛かってくる。

 フェーズ2──確かに文字通りの切札で、乱用することは許されない。

 その反動はポケモンだけではなく、力を注ぎこんだトレーナーにも跳ね返ってくる。

 

「2匹……持っていったか……ありがとな、アブソル」

「ふるーる……」

「ッ……おっかしいでしょ。何でボクに跪いてくれないのさ、メグル……ッ!! 何で折れないのさ、メグル!! ボクは、君の泣き顔が見たいんだ、絶望に塗れた君の顔が!!」

「……絶望なんてしねえよ」

 

 アブソルをボールに戻し──メグルは最後のボールに手を掛ける。

 

「俺は、アルカの帰ってくる場所だからな」

 

 再びボールが同時に投げられる。

 最後に降り立ったのはニンフィア。

 対して、相対するのはカブトだ。

 残っているのは自分だけだとカブトも分かっているのだろう。

 墨に侵食されながらも、それでも主人を守るべく──目の前の凶悪リボン姫を見つめると、決意したように甲高く鳴いた。

 

 

 

 ──うわぁ、すごいすごい!! 君がボクの初めてのポケモンなんだ!! よろしくね、カブト!!

 

 

 

 守りたいという思いは捻じ曲げられ、目の前の敵の排除にすり替わる。

 カブトの甲殻が割れた。ビキビキと音を立てて、それは中から現れる。

 

「ッ……まさかこれは!!」

「ふぃー……!?」

「……ボクを守れ、カブト。ボクは負けるわけにはいかないんだ。必ず、おにーさんを手に入れるんだ」

 

 たとえ墨に汚染されたとしても。

 アルカの初めてのポケモンは──彼女を守り続けることを選ぶ。

 どのような姿に変貌したとしても、より強く、より堅く、そしてより素早くなることを選び、進化した。

 

 

 

「キュルルルルルルルゥ!!」

 

【カブトプス こうらポケモン タイプ:岩/水】

 

 

 

 周囲に古代の咆哮が響き渡る。

 獲物を捕らえる為の鋭利な鎌。

 そして、水陸両方で高速で動くために進化した流線形の甲羅。

 進化前から一転して、戦闘特化した形態にメグルはたじろぐ。

 よりによって、このタイミングで進化を果たしてしまったことにもだ。

 

「オイオイ……最後の最後で……!!」

「ふぃー……ッ!!」

「ニンフィア、強敵だ。あのアルカの傍でずっと戦ってきたポケモンだからな」

 

 ふい、とニンフィアはメグルの顔を見あげる。

 そして──「ザマァ無いな」と言わんばかりに悪い笑みを浮かべるのだった。

 

「何だよ」

「ふぃっきゅるるる」

「お前だって、アルカが居ねえのは困るだろ? 何だかんだ仲いいんだからお前ら」

「ふぃー」

「だから──頼むぜ」

 

 貸しだからな、とアルカを睨んだニンフィアは、思いっきり地面を蹴ってカブトプスに飛び掛かる。

 しかし、これまでとは比べ物にならない速度でカブトプスは斬撃を放つ。

 いや、()()()

 音速を超えた斬撃が地面を切り刻み、衝撃波となってニンフィアに襲い掛かるのだ。

 それを”でんこうせっか”で躱し、接近したニンフィアは口の中にエネルギーを溜め込み、ハイパーボイスを放つ準備にかかる。

 

「カブトプス!! ”アクアブレイク”!!」

 

 だが、今度は水を纏った斬撃がニンフィアに襲い掛かる。ひらり、ひらり、と避け続けるのにも限界があり、遂に彼女は最初の被弾をしてしまうのだった。

 高圧縮された水の刃は容易く彼女の身体を切り裂き、既に庭園には血が滴り落ちている。

 しかし、自らの怪我は彼女にとって闘争心を奮い立たせるエッセンスでしかない。凶暴姫様、此処に極まれり。

 ましてや相手が、あの泥棒猫ならば猶更である。

 

「フィッキュルルルィィィーッ!!」

 

 大声量の”ハイパーボイス”がカブトプスを吹き飛ばし、更にアルカをも吹き飛ばす。

 音の波は衝撃波と化し、純然たる暴力となって襲い掛かる。

 やられた分はきっちりとやり返すのが彼女の主義なのだ。

 しかし、それを受けても尚、空中で受け身を取ったカブトプスは地面に刃を突き立て、神速の如き足運びで一瞬でニンフィアに肉薄する。

 

(H60 A115 B105 C65 D70 S80──バサギリと比べると防御が高いステータスって感じだけど、一番恐ろしいのは、雨が降り出したらこんなもんじゃねえってことだ……ッ!!)

 

「そろそろ、本気を出そうかな。”あまごい”!!」

 

 ニンフィアに斬撃を飛ばした後、カブトプスは大きく咆哮してみせる。

 すぐさま曇天が月を覆い隠し、ざぁざぁと叩きつけるような雨が降り始めるのだった。

 そして、全身が濡れたことでカブトプスは更に生き生きとしだし、今まで以上の速度でニンフィアに接近する。

 更に全身には水のエネルギーが迸り、水技の威力も増大していく。

 

「”アクアブレイク”!!」

 

 両鎌による斬撃。

 交差するように開かれた鎌が彼女に再び傷をつけ、地面に落とす。

 

「しまっ──ニンフィア!! しっかりしろ!!」

「ふぃ、ふぃっきゅるるる……ッ!!」

 

 進化前からそうだったが、雨で強化されたカブトプスは、最早手が付けられない。

 目から赤い光を迸らせると、目にも止まらぬ斬撃を繰り返し、更に発達した脚部でニンフィアを蹴り上げるとトドメと言わんばかりに斬撃を見舞うのだった。

 

「”でんこうせっか”!!」

 

 しかし、それをすんでのところで避けたニンフィアは、そのまま宙返りするとリボンでカブトプスの頭部を叩きつけ、更に強烈な頭突きを繰り出す。

 まさに血で血を洗う死闘。

 雨が降り続く中、両者の疲労は確実に蓄積されていった。

 そればかりか、飛んでくる斬撃の余波はメグルにも向かってきて──彼の身体にも少なからず傷が刻まれていく。

 

「ッ……!!」

「おかしい、おかしい!! カブトプスの方が圧倒してるはずなのに……何でまだ倒れない!?」

「俺の知ってるアルカは、絶対にそんな質問しねえよ。0点だぜ。ンなもん──今まで戦ってきたコイツを見てりゃあ分かるだろ」

「フィッキュルルルル!!」

 

 赤く光る瞳がカブトプスに伝う雫に映り、まるで血涙のように滴る。

 一方のニンフィアも、幾たびも斬撃を受けたことで全身が切り傷塗れになっていた。

 だが、それでも倒れない。倒れはしない。倒れられない理由が、背後に立っている。

 

「もう、終わりにしようぜ……ッ!! アルカ!! 聞こえるか!!」

「やめろ、やめろ……ッ!! その声でボクを呼ぶな……ッ!!」

 

 カブトプスが地面に刃を突き立てる。

 両刃は水を纏い、再びニンフィアに飛び掛かる。

 しかし──

 

「”はかいこうせん”!!」

 

 ──これで仕留める。

 その思いで放った一撃。

 仕留められなければ、逆にこちらの負け。

 まさに文字通りの必殺技だ。

 軌道など考えなくて良い。敵は絶対にこちらへ突撃してくる。

 貫くような閃光がカブトプスを突き刺した。

 妖精の加護を受けたそれが──甲殻を焼く。

 だが──

 

「キュルルルルルーッ!!」

 

 甲高い声を上げて、まだカブトプスは突っ込んで来る。

 ニンフィアは”はかいこうせん”の反動で気絶してしまっており、動けない。

 そんな彼女に刃を突き立てんとばかりに、カブトプスは一歩、また一歩と進んでいくが──

 

「キュルル、ル、ル、ル……ッ!!」

 

 ぎ、ぎぎ、とゆっくりと主人の方を彼は振り向く。

 そして──鎌をもう一度振り上げたかと思えば、それを地面に突き立て──そのまま力尽きたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC31話:夜行終焉

「そんな馬鹿な……ウソでしょ? 全員、やられたの……?」

 

 

 

 ぼこぼこ、と泡立つように墨がボールから、そして立ったまま力尽きたカブトプスから抜けていく。

 ポケモン達に使っていた墨が全て失われたからか、祟り神の力も弱まりつつあるようだった。

 しかしもうメグルも、まともに動けはしなかった。ヘラクロスを倒すためだったとはいえ、ギガオーライズ・フェーズ2は彼自身に大きな負担を強いていたのである。

 

(くっそ……ッ!! 此処からが、本番だってのに……、全然身体が動かねえ……!!)

 

「口惜しいなあ、憎らしいなあ、やっと外に出て来られたかと思ったのに……ッ!!」

 

 ゆらり、ゆらり、とアルカはメグルに近付いていく。

 濃縮された墨が身体から湧き出しており、それがメグルを包み込もうとする。

 ニンフィアが立ちはだかり威嚇するが、アルカは全くと言って良い程動じていない。

 むしろ、その虚ろな目にニンフィアの方が怖気づく始末だ。

 

(そういや、墨を何とか引き剥がす方法はこっちで用意するってヒルギさんが言ってたけど……このままじゃ……ッ!!)

 

「だから、君も一緒になろう、メグ──ル!?」

 

 ぴたりとアルカの手が止まる。

 

「──しまっ、コイツ……意識を取り戻しかけて──ッ!!」

「アルカ……?」

 

 漏れ出した墨が更に弱まっていくのが見える。

 

「アルカ……聞こえてるのか!? アルカ!!」

「くそっ、出て来るな……ボクはまだ──消えたくな──」

「いや、これでゲームオーバーなのですよ」

 

 何処からともなくだった。

 アルカの身体に何枚もの御札が貼り付けられる。

 そして勢いよく、御札に墨が吸い込まれていく──

 

「あああああ!? そんな馬鹿な──お前──ッ!?」

「……元がポケモンの墨で描かれていたなら、それが祟りに発展することも考えられなくもないのですよー」

 

 ──メグルが振り向くと、そこに立っていたのは、巫女服を纏った見覚えしかない少女であった。

 

「それが、アルカ様の意識と融合したことで、仮の人格を手にしていた。でも、これでもう終わりなのですよ。人間至宝の絵画が喪われるのは惜しい気もするのですが……その方には私、借りがあるのですよ」

 

 墨が完全に消え失せて──アルカは膝を突き、そして倒れ込む。

 メグルは彼女を抱きかかえようとしたが、もう足が動かなかった。

 そして、背後から自分達の窮地を助けてくれた恩人の名を呼ぶ。

 

「……ヒメノ……ちゃん」

「ふふっ、久しいのですよ、メグル様」

 

 よあけのおやしろキャプテンの片割れ・ヒメノ。

 彼女は霊的なものの取り扱いには非常に長けているどころか、今では現代に残る唯一の霊媒師だ。

 祟りも、呪いも、彼女からすればオヤツのようなものである。何故ならば周囲の霊すら取り込んで自らや配下のゴーストポケモン達の力に変えてしまうほどに、彼女の持つ力は強い。

 

「でも、何で此処に?」

「キヨ婆様は私達の親戚なので、国際警察に事情聴取されていると聞いてすっ飛んできたのですよ。それがたまたま、百鬼夜行のタイミングに重なったのですよ」

「……助かった……マジで……」

「いえいえ、こちらこそ。メグル様が相手のリソースを削いでくれたので、楽だったのですよ」

「……それにしても良かったのかよ。胃潰瘍で退院した後も調子悪いって聞いてたんだけど」

「はい?」

 

 げしっ、とヒメノはメグルの背中を軽く蹴る。

 力が抜けた彼は、そのままアルカの前に倒れ込む。

 胃潰瘍について心配してくれるのは良い。しかし、その原因はヒメノにとっては思い出すだけで不愉快なものだったのである。

 

「あっだだだ、何すんだ……ッ!!」

「全く、一言余計なのですよ。これなら、助けなかった方が良かったのですよ……なーんて。ゲンガー、ジュペッタ、二人を連れていくのですよ」

「ゲゲゲ」

「ケタタタ」

 

 米俵のように、担ぎ上げられるメグルとアルカ。

 雨が止み──再び月の光が雲の間から差すのだった。

 

「あのーっ、せめてもうちょい人間らしい運び方してくれないか?」

「がたがたうるさいのですよー」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──百鬼夜行は完全に収束。

 ヒメノ曰く、アルカの身体には何も異常が無いらしく、後は寝かせておけばいいとのことだった。

 また、フェーズ2の使用に伴って失われたメグルの精気は、ゲンガーの力によって補われ、事無きを得た。

 しかし博士曰く「使うと今回みたいに無防備になっちゃうからね、マジで気を付けた方が良いよ」とのこと。

 結局、強い力に何も代償が無いということはないのだった。

 そのまま事後処理をキャプテンや国際警察に任せたメグルは、そのまま眠りこけたアルカを見守りながら、美術館の地下室で一晩を過ごしたのだった。

 そして──翌朝。

 

 

 

「──えーと、これってどういう状況……?」

 

 

 

 アルカは自分の手持ち達に囲まれていた。

 特に怒っているのは、一際アルカに忠誠心が高いカブトプス、ヘラクロス、デカヌチャンの3匹だ。

 正面には腕を組んだメグルが仁王立ちしている。

 

「よう、お目覚めかお姫様」

「えーとメグル……百鬼夜行は」

「無事収束したよ。いやー、大変だったぜ」

「そっかぁ、良かった良かった……一時はどうなることかと」

「そりゃこっちのセリフだバカヤロウ」

「……えーと……もしかしなくても、あの後大変だった……?」

 

 メグルが何を言いたいかは、流石のアルカにも分かっていた。

 きっちり痛い目は見たつもりだったし、メグルにも心配及び迷惑を掛けた自信があった。

 だが、それはそれとして周囲に居る自分のポケモン達の存在が気掛かりだった。

 なんせ皆いきり立っているようだ。

 

「……ねえ、何で皆も怒ってるの? カブトに至っては……ちょっと見ないうちに大きくなってるし」

「どうやらあの後どうなったか、まだ聞いてねえんだったな」

 

 メグルは事の顛末をアルカに話していく。

 さぁっ、と彼女の顔は真っ青になっていくのが分かった。

 自分は勿論、ポケモン達も墨に乗っ取られてしまったことだ。

 その後メグルとバトルの末に、墨の祟りは抑え込まれ、最終的にヒメノの手で完全に鎮圧されたことも。

 

「ごめんっ、本当にごめんなさい!! まさか、そんなことになるなんて……ボク、全く分からなかった……」

「今回の件に関しては……冷静に考えりゃ、俺も同じ立場だったら同じ事したかもしれねえって思うんだ」

 

 実際、お前を助ける為に命懸けでフェーズ2を使ったわけだからな、とメグルは続ける。

 

「だから俺は許そう──だがこいつらが許すかな」

 

 カブトプス、ヘラクロス、デカヌチャンが3匹掛かりでアルカに関節技をかけた。

 

「あああ!! 痛い!! マジで痛いから!! 手加減してるんだろうけど!! 痛い!! 反省する!! しますぅ!! ごめんなさい!! もうしない!! もうしないから、許してぇ!!」

 

 これ以上は絵面もマズいので、メグルは彼らをボールに戻して中断させてやる。

 痛みで悶絶するアルカは肩で息をすると、よろよろと立ち上がった。

 

「……本当に、ごめん……まさか、手持ちまで巻き込んじゃうなんて。トレーナー失格だ。そりゃあ、皆怒るよね」

「バーカ、それは勘違いだ。あいつらは……操られても、お前を守る為に動くのは全く躊躇してなかったぞ」

「えっ」

 

 そこまで聞いて──彼女はボール越しにポケモン達を覗く。

 皆、心配そうにアルカの事を見つめていた。

 

「……そっか。ごめんね。本当に……心配掛けちゃったね」

 

 カブトプスのボールを目の前に放る。

 見慣れた姿とは違う相棒が現れる。

 だが、優しそうな目は、進化する前から変わらない。

 思わずアルカは抱き着くのだった。

 

「……カブトプス。皆。これからも、ボクと一緒に居てくれる? 無鉄砲でバカなボクだけどさ」

「キュルルルィ」

 

 カブトプスは、優しくアルカを抱き返すのだった。

 

「……ん、ありがと。もう君達を……こんな目にあわせたりしないよ」

 

 一頻り、抱擁を交わした後、彼女はボールの中にカブトプスを戻す。

 今回は意にそぐわぬ形で力を振るってしまったが、次からはきっと──良き彼女の相棒となるはずだとメグルは確信した。

 

「結局、お前が大事にした分だけ、全部返ってきてんだよ。皆、お前が大好きなんだ」

「そこまで考えてたら、無茶なことは……しなかったかもね。それに甘えたらいけなかったんだ」

「見方を変えりゃあ、自殺行為も良い所だからなアレ。俺を庇ってお前が傷ついたら、俺は全然嬉しくねーし。お前だってそうだろ?」

「……そうだけど」

 

 好きなものの為に何処までも頑張れてしまう。それはメグルだって同じだ。

 だが同時に、彼女自身を好きな人が居ることを、もっとメグルは自覚してほしいと考える。

 

「でも説教垂れても仕方ねえよな。優しいのはお前の長所だし、笑って水に流す。戻ってきてくれてよかったぜ、アルカ」

「……えーとメグル? 目が笑ってないんだけど」

「そりゃそうだろ。絶対やるなって言った矢先だからな」

「やっぱり怒ってる!?」

「だから──これは受け売りだけど、()()()()()ことにした」

「え?」

 

 何の事か全く分かっておらず、呆けたように無防備に開いた彼女の唇を──メグルはいきなり奪った。

 

「むぐっ……ッ!? ~~~~~!?」

 

 青白い肌は一気に紅潮し、爆発する。

 ただ重ね合わせただけのソフトタッチなベーゼ。

 だが、それはあまりにもアルカにとっては刺激的過ぎるもので、頭が真っ白になってしまい──唇が離された時には、すっかりと力が抜けてしまい、ベッドに座り込む。

 

「……な、何するのさ、いきなりっ……!!」

「言葉だけじゃ俺の気持ち全部伝わらねえだろうからな。()()()()で伝えることにした。……イヤだったか?」

 

 ぷい、と頬を隠すように彼もそっぽを向く。

 そんな彼にいじらしさを感じ、つい今まで感じていた羞恥心が何処かへ行ってしまう。

 ああ、彼も同じだったのだ、と嬉しさを感じてしまう。

 

「っ……ふふっ、何で君も照れてるのさ」

「うっ、うるせーうるせー、どっかの誰かが今後、無茶しねえようにするためだ。こうやって、分からせりゃ……ちょっとは思いとどまってくれるだろうってな」

「……そっか。君も同じこと、考えてるんだね」

「誰から告ったと思ってんだよ」

 

 もう一度、今度は啄むようなベーゼ。

 今度はさっきのような強張りはなく、リラックスしたまま彼女はソファに倒れ込む。

 きっと今メグルは冷静ではない。 

 アルカも同じだ。

 二度に渡るベーゼは、二人の理性をどろどろに溶かすには十二分だった。

 口づけのあとの甘い空気が、二人の頬を上気させていく。

 

「ゴ、ゴメンね。……今までガマンさせちゃってて」

「……謝るなよ」

「そう、だったね。えへへ。でも……ガマンさせない方が良かったかも──ん」

 

 恥ずかしいから、という理由で行為を避けていたのをアルカは心底後悔した。

 何より、彼に貪られるように口づけされるのが、とても心地が良い。

 繰り返す度に、互いの気持ちは高まっていく。

 

(そっか、恋人って……こういうのなんだ……)

 

「もう遠慮しないからな」

「……だいじょーぶ」

 

 満更でもない顔で彼女は頷く。

 そのまま全て受け入れるように、メグルの両頬に手を添えた。

 その一挙一動が、捕食を受け入れた小動物のような仕草でメグルの征服欲を煽る。

 次の瞬間。

 

 

 

「はーい、おはようございますなのですよー♪ よあけのおやしろキャプテンのヒメノがモーニングコールに──」

 

 

 

 地下室の扉が思いっきり開いた。思わずメグルもアルカも、飛び出してきた彼女に視線が向いてしまった。

 完全に事前現場に遭遇したヒメノは──笑顔のまま硬直。

 自分が完全にジャマだったこと、そして身内以外にもカップルが居たこと、何より自分がその現場に突入してしまったことの全ての不幸を呪い──胃腸を出血させる。

 

「えーと、あの、ヒメノさん? こ、これには深い訳が」

「いや朝ってさ、力があり余っちゃうよね!! えーと、そうだ!! プロレス! プロレスごっこをしてて」

「おいバカ語るに落ちてんだよ、その言い訳は──いや違う!! まだ何にも!! 何にもしてなくって」

「……チ」

「え?」

「浮かれポンチ」

 

 

 

 

「みーんな浮かれポンチポケモンなのですよーッ!! うわーんッ!!」

 

 

 

 間が悪いのは、弟と同じだったようである。そのまま彼女は、泣きながら地下室を飛び出してしまうのだった。 

 割り込みが入り、色々冷静になってしまった二人はそのまま衣服を整えると立ち上がる。

 

「……えーと、どうかしてたな……こんな所で」

「そうだね……早く行こ、皆が待ってるし」

「ああ」

 

 顔は赤くなっていたが──それでも、一度繋がる心地よさを覚えてしまうと、もうアルカはそこから抜け出せなくなっていた。

 廊下で懇願するように、熱っぽい視線をメグルに送ってみせる。

 言葉は返ってこなかったが、彼もまた同意したように頷くのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「クローバーのヤツは、結局誰の依頼で絵画を破壊しようとしたんだろうな」

「何も分からないままですね……」

「……美術館を野生ポケモンで襲撃したヤツの正体も分からず仕舞いだし、分からねえことだらけだ」

「まあまあ、良いじゃない。絵に関する問題は全て解決したしねェ。メグル君たちも無事だったし」

「イデア博士はそれで良いかもしれないけど……」

 

 結局、クローバーもデリバード共々跡形もなく姿を消してしまった。 

 水墨画を破壊したことで、目的を達成したので長居する理由も無いのだろう。

 また、水墨画を貸し出した寺院も、例の絵が問題だらけの品だと知り、むしろ謝罪をする始末だった。

 この”百鬼夜行地獄絵図”に纏わる問題は幾つかの謎を残しつつも解決したと言える。

 

「ま、サイゴクの英雄は、大手柄だったぜ」

「こっちこそ。ダンガンさん達には色々お世話になりました」

「アルカさんもご協力ありがとうございました。無茶は程々に、と言っておきますが」

「ごめんなさい……」

「ところで、何でキャプテンの嬢ちゃんはあそこで突っ伏してんだ? さっき泣き叫んで出てきたが何があった?」

「……胃潰瘍が再発したんでしょ」

「何だそれ」

そんなことより、明日から水墨画の特別展、再開するんですよね、キヨ館長。”百鬼夜行地獄絵図”の穴はどうするんですか?」

「ふぇっふぇっふぇ、近々飾る予定だった、こいつを飾るとするよ」

 

 結局絵に関しては無実だったキヨ館長は1つの絵を持ってきて、メグル達に見せる。

 

「人間至宝の絵画なんぞ用意せんでも、うちにはもう目玉がある……と気付けたからのう」

 

 そこには──優雅に佇むスイクンが描かれていた。

 全員は得心が行ったように頷いた。

 

「やっぱり、絵は誰かに見てもらってナンボぢゃ……あの子もそれを望んでいるぢゃろ。この子に日の目を浴びてもらうとするよ」

「うん……うんっ! きっと、それが良いに決まってるよ!」

 

 ──翌日から水墨画の特別展は再開された。

 新たな目玉となったスイクンの水墨画は多くの人々の心に強く焼き付けられ、フチュウ美術館にその後も展示されることになったという。

 

 

 

「それはそれとして、次はぜってーに捕まえてやるからなクローバーッ!!」

「……先輩にクローバーを捕まえられる日は来るんですかね……」

 

 

 

 多分その日は一生来ない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ほんっっっとお疲れ様ッス!!」

「ったく、結果的に百鬼夜行を止められたから良かったけどよ、とんでもねぇ事件に巻き込まれたぜ」

「まあでも楽しい事もあったからトントン、ってことで……」

 

 

 

 ──それから数日後。

 ノオトは、セイランシティに足を運び、今回の事件について平謝りするのだった。

 元はと言えば発端は彼の提案だったので少なからず責任を感じていたのだろう。

 事の顛末は大体ヒメノから聞いていたらしく、アルカが墨に乗っ取られたことなども知っているようだった。

 

「……ところであんたら、前にも増して距離近くねーッスか?」

「え? いやいや、気の所為だよ、気の所為っ! 特に変わりなしだよっ!」

「ああ……そうだな。うん」

 

 ナチュラルにスキンシップが多くなったようにノオトは感じる。

 二人とも照れて目を合わせようとしない。

 だが、テーブルの下では指を絡め合っているのがノオトには分かる。

 

(バレてないと思ってるのが腹立だしいッスね、こいつら……)

 

 そして何より、テーブルの上に陣取っているニンフィアが、非常に機嫌悪そうに唸っていた。「お前何とかしろよ、ナンパ野郎」と顎でこっちに命令してくる。癪だが気持ちは分かる。

 

(分かってるッスよ、ニンフィア。代わりにからかってやろうかな)

 

「ところでメグルさん、首元にでっかい虫刺され出来てるッスけど、何かあったんスか」

「はぁっ!? ウッソ!? 何で!?」

「ね、ねえ、メグル、もしかしてボク──ッ!?」

「バカ!! だから目立つ場所にはやめろって──」

 

 明らかに取り乱す二人。

 これが見られただけで、もうノオトは心底満足だった。ニンフィアも「褒めて遣わす」と言わんばかりに甲高く鳴いている。

 

「わっりぃ、見間違いだったッス。何にもねーッスよ」

「はぁっ!? テ、テメェなぁ……!!」

「ひ、ひっかけたね……!!」

「何の事ッスかねぇ? 何で慌ててるんスかあんたらァ」

 

(あー、良かった、マジで進展してねーのかと思ったッス。でも、しばらくはこのネタで弄れるッスね、収穫収穫)

 

「それで、次は何処に行くんスか、二人とも」

「こ、こいつ……いけしゃあしゃあと」

「コホン……ジョウト地方に戻るよ。メグルが、ウバメの森で探したいものがあるんだって」

「そこはどうやら、セレビィと関係のある場所みたいだからな……」

「そうッスかぁ……じゃあ、今度こそ二人ともサイゴクを離れちまうんスね。ぐすっ、ひぐっ」

「おいおい、泣くなよ、ノオト」

「そうだよ金輪際会えないってわけじゃないし」

「うっうっ、ところで別れるついでで聞いておきたいことがあるんスけど」

「何さ」

 

 泣き止んだノオトは、真顔で二人に問いかけた。

 

 

 

「──あんたら助けに行った姉貴が、まーた胃・十二指腸潰瘍で入院したんスけど、何か知って──」

「悪い多分それ俺達の所為だわ」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 

 

 ──CC三章「城下町怪盗捕物帳」(完)

 

 

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

 

▶はい

 

いいえ

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『というわけで、アクシデントはあったけど、絵画の破壊には成功したデス! またのご利用お待ちしてるデスよー!』

 

 

 

「──知ってるよ。この僕も、近くで見てたからね」

 

 

 

 クローバーから送られてきたメールを確認すると、彼はそれをすぐに消去した。

 

「……やれやれすごかったなあ。まさか、500年も経ってから絵が暴れ出すなんて……」

「どぅーどぅる」

「怪盗に頼んででも破壊して正解だったよ。寺院であの絵を見た時、君が騒ぎ出した時は何事かと思ったけどね」

「どぅーどぅる」

「でも、本当に破壊して良かったのかい? ──センセイ。自分で描いた絵だろ?」

「どぅーどぅる」

 

 依頼主──イデア博士は、センセイと呼ぶそのドーブルに問いかける。

 未練など無いと言わんばかりに彼は頷いた。

 

「君からすれば要は若気の至りだもんねえ。君も僕も、あの頃は若かった。セツゲツカの爺さんはお気の毒だけど……破壊こそが芸術みたいな人だったし、本望でしょ。多分」

「どぅーどぅる」

「メグル君たちのおかげでどうにかなったから良かったけどね。まだ、このサイゴクに滅んでもらったら困るからねえ」

 

 くっく、と笑うと彼は「ああそうだ」と続けた。

 

「たまには本当の姿を見せてくれても良いんじゃない? どうせ今此処には僕しか居ないしね……何、僕達は()()()()()()()()()じゃないか」

「どぅーどぅる」

 

 どろり、と()()を覆っている白い絵の具が溶ける。

 普段の姿はウソで偽り。

 中から現れた真の姿は──セツゲツカと並んで描かれていた、真っ黒なドーブルだった。

 

「方舟の奴らはまだ動き出してない。今回の美術館への襲撃は……メグル君たちへのちょっかいってところかなあ」

「どぅーどぅる」

「さーてと……僕達は、いつ動きだそうか? ……センセイ」

 

 

 

【ドーブル(ヒャッキのすがた) すいぼくポケモン タイプ:悪/ゴースト】




「いい加減ヒメノをオチ担当にするのをやめるのですよ!!(in病室)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリアクリスタル第四章:クリアー・ワールド
CC32話:サイゴク最大の危機


──最後の日ってのは案外、あっさりとやってくるものだ。旅の終わりも、日常の終わりも、ひょっとしたら、世界の終わりってヤツも──


「うーん、何にも出てこないね……」

「ああ……そりゃあ幻のポケモンなんて、そうそう出てくるわけがねえもんな……」

 

 

 

 ──フチュウでの事件から一週間程した後。メグルとアルカは、再びジョウト地方に渡り、ヒワダタウンの近辺にあるウバメの森に足を運んでいた。

 目的は唯一つ、幻のポケモン・セレビィに関わる場所である祠を調べる為である。

 しかし、開いても中身は何も無く、辺りを探しても何も無い。

 結論から言えば、あの”森の神様”に関する情報は何一つ手に入れる事が出来なかったのである。

 

「……一旦町の方で聞き込みでもしてみるかぁ?」

「だけど、一番何か知ってそうなガンテツっておじいさんも、何も話してくれなかったじゃん」

 

(そりゃそうだ、ゲームでも頑固おやじだったもんな、あのじいさん)

 

 原作ゲーム「ポケットモンスター・クリスタル」のVC版では、モンスターボール職人のガンテツにGSボールなるアイテムを渡し、一日経過することでセレビィ出現のイベントのフラグを立てることが出来た。

 しかし、このガンテツという男がなかなか曲者で、見ての通りの頑固おやじの仕事人間。聞き込みをしようにも取り付く島もなかったのである。

 

(現地に行けば何かあるんじゃねーかって思ったんだよなあ)

 

「仕方ないよ。幻のポケモンなんて、なかなか見つからないから幻のポケモンみたいなもんなんだし」

「だけど、このまま手土産無しってのもなあ……」

 

 折角長い事かけてジョウト地方にやってきたというのに、何も手掛かりがないのは徒労も良い所である。

 

「ニンフィア、あいつの気配……感じるか?」

「……ふぃー……」

「だよなぁ……」

「……ふぃー……ふぃ?」

 

 ニンフィアはすんすん、と鼻をひくつかせると──何かを感じ取ったかのように飛び跳ね、祠から離れる。

 

「何だ!? どうした!?」

「フィッキュルルルィィィ……ッ!!」

 

 激しく背中の毛を逆立てて威嚇するニンフィア。

 彼女の視線の先には虚空があるばかりで何も無い。

 だが、何も無い場所にニンフィアは威嚇したりしないのである。

 大抵このようなケースでは、敵対的な野生ポケモンが潜んでいる時が殆どだ。

 

「……おい何にもねえぞ」

 

 

 

 ピキ

 

 

 

「……ねえ、メグル。何か割れるような音、しなかった?」

 

 

 

 ピキピキッ

 

 

 

 罅が入っている。

 祠ではない。

 目の前の──だだっ広い空に、だ。

 

「ちょっと……空、割れてない!?」

「おいおいおい……これって見た事あるぞ俺……!!」

 

 空間が割れる、という言葉が相応しかった。

 硝子の砕ける音が響き渡る。

 この光景、そして音。

 メグルには、鮮烈に記憶に焼き付けられたものだった。

 あのセレビィによく似たポケモンが以前、アラガミ遺跡で出現した時と類似している。

 ニンフィアが唸るのも無理はない。散々にやられた相手がまた現れるのではないか、と考えているのだ。

 

「……アルカ。何が出て来るか分からねえ。ボールを」

「う、うんっ……!」

 

 亀裂が大きく入る。

 そして──中から引きずり込むようにしていきなり吸い込み始める。

 

「ちょっ、ちょおっ、何これ!?」

「出て来るんじゃなくて、ダイソンするのかよ!!」

「ダイソンって何!!」

「変わらねえ吸引力だよ!! こうなりゃ、ポケモンの力で──」

「ふぃっ、ふぃるふぃいいいいい!?」

 

 真っ先に亀裂の中に吸い込まれていったのは──最も体重が軽いニンフィアであった。

 それを見た二人は互いに頷く。

 

「ッ……行くぞアルカ」

「うんっ、ニンフィアを置いていけないよ!!」

 

 二人は手を繋ぎ、息を合わせて亀裂の中へと飛び込んでいく。

 そのまま空に開いていた亀裂は消えてなくなり、何事も無かったかのように繋ぎ合わされたのだった。

 

 

 

──クリアクリスタル第四章「クリアー・ワールド」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──2日後。

 ベニシティ近海・ミヤコ島──サイゴクポケモン協会本部・五重の塔。

 そこでは、神妙な顔をしたキャプテン達が集っていた。

 

 

 

「これより、緊急大合議を始める」

 

【”ひぐれのおやしろ”キャプテン・キリ】

 

 

 

 ヒャッキ戦争、大寒波、絵画百鬼夜行と続き、サイゴクを襲った第四の災厄。

 それは突如空に開いた時空の裂け目だった。

 今までも、ヒャッキ襲来の件などで異空間や違う世界に繋がる時空の裂け目はサイゴクの何処かに存在しているのではないかと言われていた。

 その結果サイゴク山脈周辺にヒャッキ地方に繋がるであろう時空の裂け目が発見。とはいえ、根本から塞ぐことが出来ないので、厳重に周辺をコンクリートで固めて封じてしまったのだという。力業だったが、最終的にモノを言うのは物理であるとはユイの弁であった。

 そこまでは良かったのであるが、数日前──突如、ベニシティ、セイランシティ、シャクドウシティの3か所に1つずつ現れたのである。

 たちまちニュースとなり、SNSでも取り上げられ、大騒ぎに。

 またもやヒャッキ戦争の再来かと誰もが恐れたが、今の所裂け目から何かが落ちて来る気配はない。

 

「議題は唯一つ。サイゴクに突如として出現した時空の裂け目への対策でござるよ。今こそまだ小さいが……対策を急ぐ必要がある。中から何が現れるか分からん」

 

 既にひぐれのおやしろでも、各大学と連携し、調査を進めていたが──原因はいまだ不明。

 そもそもサイゴクの時空の裂け目は、アローラのウルトラホールとは異なる性質なので、発生条件も消滅条件も分からないのである。

 

「結局の所、裂け目の繋がっている先はランダム。全てがヒャッキに通じているわけではないということなのですよ」

 

【”よあけのおやしろ”キャプテン・ヒメノ】

 

 ヒメノは胃薬を飲みながら続けた。

 退院明け(年内3回目)だからか、すっかり目元は隈が出来てしまっており、とても大合議に参加できるような状態ではないのではないかと弟には言われたが、無理矢理彼を捻じ伏せて出席した次第である。

 最早、サイゴク最恐のキャプテンと呼ばれた面影は無くなっていた。哀れ。

 

「大学の調査に同伴して、リザードンちゃんで近くまで接近したのだけど、裂け目の斥力が強すぎて逆に追い出されちゃったのよ」

「えっ、潜り込もうとしたんですか……ハズシさん……」

 

【”ようがんのおやしろ”キャプテン・ハズシ】

 

「ワタシの視力を以てしても穴の先は分からないし、裂け目の調査は諦めたわ」

「……何かの前触れなのかな……シャクドウ大学が再建するまでは、ベニ大学に調査を一任するしかないけど、そのベニでも手掛かりが掴めないとなると……お手上げなんだから」

 

【”なるかみのおやしろ”キャプテン・ユイ】

 

「ところで、メグル君達にこの事は伝えたの? 今ジョウトに居るのよね」

「それが、2日前から全然連絡が付かないのですよ。ノオトが何度もスマホロトムに連絡入れてるけど、何にも……」

「ああ……邪魔してやらない方が良いか」

 

 察したようにユイは肩を竦めた。仲良くなりつつあったアルカから、惚気メッセージが増えたのが此処最近のことである。無関係とはいえないだろう、と彼女は考える。

 

(ははぁん……背中押したのはあたしなんだけどね……)

 

 ならば、最早何も言うまい、と彼女は口を噤んだ。全くと言って良い程連絡が無いというのが気になる所であるが。そう言えば連日飛んできたアルカからのメッセージもこの2日間は途絶えている。

 

(何かあったのかな……)

 

「呑気な事言ってる場合じゃないわよ。万が一の時は、メグルちゃん達の力が必要になるかもしれないじゃない。あの子、今となっては結構強いのよ? アルカちゃんだって、そうだし」

「裂け目からポケモンが降ってきた日には、何人トレーナーが居ても足りないもの。しかも、今度はヒャッキのポケモンとは限らないし」

「そうだけど……」

 

 

 

「……裂け目、か」

 

【”すいしょうのおやしろ”キャプテン・ヒルギ】

 

 

 

 腕を組みながらヒルギが続ける。

 

「懸念される最大の問題は、裂け目そのものが広がって巨大化することだろう」

「そ、そんなこと有り得るの!?」

「現に、裂け目は各々広がっていってるわ。ヒルギちゃんの言ったことが有り得る可能性はあるわね」

「それにしても……何だかこれから起こることが分かり切っているようなのですよ」

「少し、考えてみてほしい」

 

 指を組みながらヒルギは続ける。

 

「ヒャッキからの災禍に続き、時空の裂け目。相次ぐ戦乱。こんなに技術が発展しているのに、人もポケモンも争い合う。そう、これは言わば、神からの思し召しだ」

「……いきなり何を言い出すのです?」

「貴方、そんなスピリチュアルな事を言い出すような子だったかしら」

「神と言えばアルセウス……とか?」

「……ヒルギ殿。続けて貰おうか」

「新世界、そして新時代だ。誰も傷つかない、争いも無い新時代がやってきた。マリゴルドの目指した仮初のものではない。真の意味での新時代だ」

 

 全員は──困惑した様子で返す言葉も無いようだった。

 これまで理性的で理知的だったヒルギが突如、意味不明な事を言い出したからである。

 

 

 

「ヒルギ殿。一体何を──」

「悪いな……俺達は新時代の始まりを告げる者だ」

 

 

 

 次の瞬間、部屋にワイヤー中が張り巡らされ、キャプテン達の身体を縛り付ける。

 

「なっ、何これ!?」

「鉄糸……!?」

 

 一方キリはそれを先読みしてクナイでそれを全て切断し、飛び出してヒルギを捕縛しようとする。

 だが、死角から更に糸が伸び、キリの身体を絡めとり──通電させる。

 

「ぐあああああああ!?」

 

 遅れて焦げ臭い匂いが漂ってくる。

 電撃で一気に意識を失いそうになったキリだったが、それでもテーブルに頭をぶつけ、無理矢理意識を取り戻した。

 

「キリちゃん!?」

「ちょっと何すんのよ、ヒルギさん!」

「いや、鉄糸を放ったヤツがもう1人居るわ!」

「……各員気を付けよ……! この技はクワゾメの忍術だ! すながくれに内通者が……ッ!?」

「その心配はしなくて結構よ、()()()()

 

 キリの身体を完全に捕縛したのは、白いドレスに身を包んだ眠そうな目をした少女だった。

 長く綺麗な髪には蝶の形をした髪飾りが付いている。

 だが、おっとりとした話し言葉と風貌に反し、その実力はキリどころか、キャプテン全員を鉄糸だけで制圧してしまう程だった。

 現に今、キャプテン達はポケモン1匹出す間もなく、皆縛られてしまっている。

 

「ふふ──それにしても、見ないうちに……腕が鈍ったのではなくて? キリりん」

 

 女は得意げに言い放つ。体には、黄色いダニのようなポケモン・バチュルが大量にくっついていた。

 キリを無力化するために電気の糸を吐き出したのは、このポケモンだ。蜘蛛のようなポケモンは何種かいるが、糸に電気を用いるのはこの系統のみである。

 更にバチュルは糸を伸ばし、慣れた様子でキャプテン達のボールを糸で包み込んでいく。

 

「どうやら外の警備は既にこの子に無力化された後みたいね。キリちゃんが反応できなかったなら無理ないわ。相当な使い手ね」

「面目ない……ッ!」

「尤も、警備がヒルギちゃんから筒抜けだったなら、納得も行くというものよねえ。キリちゃん、この子って──」

()()……すながくれの抜け忍でござる。拙者の姉貴分で……()()()()()()()()()()()()()()、はぐれ者でござるよ。かれこれ数年間姿を見せていなかったでござるが……まさか生きていたとはッ!!」

「キリりん。私が選んだのは自由。はぐれ者だのと何だのと呼ぶのは結構だけど……貴女のような窮屈な生き方が嫌だっただけ。だって、忍者はおひるねも出来ないし、お散歩も出来ないもの」

「……その結果が拙者達に刃を向ける、か」

「私が誰に与しようが、私の自由だものキリりん」

 

【”アークの船団”幹部・ネム】

 

 ネムと呼ばれた少女は気だるげにキリの顎に手を伸ばす。

 

「……何なら今此処で、貴女の仮面を剥ぎ取っても良いもの、キリりん」

「ッ……!!」

「うふふ、仮面の下でもどんな顔をしてるか分かるわ、キリりん。でも安心して。貴女が本当に嫌がることはしないもの」

「拙者は良い。他の者を離せ──ネム」

「ごめんなさいね、キリりん。貴女の頼みでもそれは──」

「──それは出来ない相談だ」

 

 ヒルギが割って入った。

 相も変わらず鉄面のまま、彼は告げる。

 

「単刀直入に言おうか──お前達には、俺達アークの船団の一員となってもらう」

 

【”アークの船団”幹部・ヒルギ】

 

「誰がなるものですか! あんた達、こんな事してタダで済むと思わない方が良いんだから!!」

「キャプテンの立場を隠れ蓑に、こんな事を企んでいるとは……ッ! この私でも見透かせなかったのですよ……!」

「……」

 

 既に盤面は詰んでいると言っても過言では無かった。

 ご丁寧にキリ以外の全員の首に細い透明な鉄糸が巻きつけられている。

 

「おっと、キリりん。お得意の忍術でこの場を脱しようとしてるんでしょう? でも、ダァメ。あんた以外のキャプテン全員の首に鉄糸を巻いてるもの。私が少し指を引けば、どうなるかお分かりでしょう?」

「ッ……」

「忍の技に卑怯だとは言わないわよね。でも、ちょっと傲慢じゃないかしら?  まさか、キャプテンの中に裏切者が居た上に、自分以上の実力者は居ないだろうって内心では思ってたんでしょう?」

「ね、ねえ、この子幾ら何でも強すぎじゃない……!? 抜け忍なのにキリさんと同じだけの実力を持ってるなんて!」

「……分かった、降参でござる」

「そんな、キリさん……ッ!」

「拙者達の完敗だ。まさか、此処まで大きな悪がサイゴクに巣食っているとは思わなかったのでな。それに、皆殿の命が最優先でござる」

 

 

 

「なぁに、安心せい。正義も悪も、行き着く場所は皆同じ新時代じゃからのう」

 

 

 

 部屋の扉を開けて、堂々と入り込んで来るのは──白い髪をたなびかせた少女だった。

 その衣服は着物に包まれており、雅な印象を与える。

 しかし、眼は深紅。妖しい宝石のような魅力を常に放っていた。

 

 

 

「……おぬし達には、その協力をしてもらうだけじゃよ。この醜い世界を浄化するための……手伝いをな」

 

【”アークの船団”船長・クガイ】

 

 

 

(女の子……!? だけど、何となく分かる。この子がボス……!?)

 

「あらあら、随分かわいい子のご入場ねぇ」

「──ふふっ、そうじゃのう。事実、只の童でしかないからのう。だが──今に我々に跪くのは汝らの方であるぞ。ネム……やれ」

「かしこまりましたわ、ボス」

 

 しゅるしゅると音を立てて、ネムの周囲に糸が舞う。

 そこには──黒いガスマスクのような仮面が縫い付けられていた。

 

「ね、ねえ、何その趣味わっるいマスク……!!」

「……どうやら、抵抗は諦めた方が良いでござるな」

「そんなぁ!?」

 

 キリはちらり、と視線を窓に移す。

 そして驚愕する。

 海に浮かぶ、巨大な円盤。 

 このようなものは、さっきまでは存在していなかった。

 

「おのれヒルギ殿……ッ!! 大合議の日に合わせて襲撃の計画を立てたのでござるな……ッ!! どうしてこのような暴挙を……ッ!!」

「……最初から考えていた。それだけの話だ」

「……さあて、我らの方舟に来て貰うぞ、サイゴクのキャプテン達よ」

 

(此処は大人しく従って……と思ったけど、逆らう芽を潰してきたわね……)

 

(どうしてこうなるのよーッ!? あたしの参加する大合議、トラブルばっか!)

 

(こんな事なら、もうちょい入院してればよかったのですよ……)

 

 ──この日、サイゴクのキャプテン達は忽然と、ミヤコ島のポケモン協会から姿を消したのである。

 同時刻、ミヤコ島周辺には円盤と呼ぶのもおこがましい巨大な”船”が鎮座していたという報告があったが、すぐに姿を消してしまったという。

 こうして、サイゴクからキャプテンは消えて居なくなった。

 

 

 

 ……留守番の為に一人、おやしろに残っていた約一名を除いて。

 

 

 

「──姉貴遅いッスねぇ、今日はサプライズ快気祝いパーティするのに、胃腸に優しいモン買い込んだんスけど」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC33話:世界崩壊

 ※※※

 

 

 

「大合議の会場から、キャプテンが全員拉致られたァ!?」

 

 

 

 快気祝いパーティの準備を進めていた矢先にノオトの耳に入ってきたのは、キャプテン全員が大合議の途中で謎のテロ組織に制圧され、連れ去られたことだった。

 突然入ってきた悪夢のような出来事に、彼は頭が真っ白になってしまい、ルカリオに抱き留められる。

 

「わ、悪い、冗談か何かッスよね……!? 姉貴は、姉貴は帰ってくるんスよね……!?」

「……残念ながらヒメノ様も敵の手に」

「──まさかキリさんも!?」

「ッ……敵の中にはすながくれの抜け忍が……キリ様に匹敵する使い手だった、と……」

 

 ひゅるるる、とノオトの口から魂が抜けていく。

 普段は心強いがショッキングな出来事が起こると、一気に取り乱すのは姉も弟も同じのようだった。

 しかし今回はショッキングの度合いがあまりにも強すぎる。

 キャプテン全員が護衛諸共拉致という前代未聞の事態に、ノオトは気が遠くなりそうだった。

 

「バ、バカな事があるわけねえッス!! キリさんが、忍術で負けるわけがねぇんスよ……!! しかも、あそこの警備は厳重だったはず……ッ!! サイゴクが誇る、おやしろの忍者が警備していながら!! 何でキリさんや、姉貴まで連れ去られるんスか!?」

「分かりません……只、何らかのポケモンの技を使ったのではないか、とすながくれ忍軍は推測しています。人知では及ばない、恐ろしい技を使うポケモンが犯行の手助けをしたのではないか、と」

「キリさんが気付かないような事、あるんスか……!? そんな敵は一体……何処の馬の骨ッスか!!」

「犯人は【アークの船団】と名乗っており……大規模テロリストだと考えられています。近辺には円盤型の飛行船が浮上していたらしいですが、光彩ステルスで見えなくなってしまったと」

「え、円盤……!?」

 

 ノオトは頭を抱える。

 テング団とは真逆に、とんでもない近代技術を持った組織だ。

 そして、そのような飛行船を抱えている以上、組織としての規模も財力も、恐らく想像以上。

 長らく何処かの財団として水面下で力を蓄えながら、計画を決行するために準備を進めていたのだろうとノオトは考える。

 いずれにせよ、サイゴクのキャプテン5人が不在で、ヌシだけが残っている現状は非常にまずい。

 各町の指揮系統は麻痺しているも同然なのだ。住民やポケモンにとっての心の拠り所となるのがキャプテンなのだから、これが知られたが最後、サイゴクは大混乱に陥る。

 結論、テング団との戦争以上の未曽有の危機に、現在のサイゴクは陥っているのである。

 

「しかし、事実として──」

「もう良い。それよりも、敵の中核メンバーには、ヒルギ様の姿があってですね──」

「え」

 

 がくり、とノオトは膝を突く。

 にわかに信じられなかった。

 自分とバトルをして、シャワーズに認められてキャプテンになったヒルギが──頼れる大人だと思っていたヒルギが、敵だった。

 そんな事、信じられるわけが無かったし、もし信じてしまえば、それを招き入れたのは他でもない自分だと認めるしかなかった。

 

「繰り返します。ヒルギ様は──敵です。サイゴクを出た後の経歴は全て嘘っぱちで、ずっとあのテロ組織に所属していたと……ひぐれのおやしろが断定しています」

「問題は、こうして発覚するまでひぐれのおやしろが彼の尻尾を掴むことが出来なかった点。巧妙に隠蔽されていたと思われます。敵は──組織規模として、相当巨大なものかと」

「……オレっちの所為だ……オレっちが、ヒルギさんを誘ったから……」

「しっかりしろ、我らがキャプテンッ!!」

 

 ぐいっ、と僧の一人がノオトの胸倉を掴み上げる。

 

「キリ様も、御三家も、ヒメノ様も──ッ!! 今は居ないのです!! 今、このサイゴクに居るキャプテンは、貴方様しか居ないのですよ、ノオト様ッ!!」

「……そ、そう言われても……ッい、幾ら何でも無理ゲーッスよ……!! オレっち一人じゃあ……メグルさんも、アルカさんも、全然出ねえし……ッ!!」

「た、大変です、ノオト様!! テレビが!! テレビが!! 公共電波がジャックされて、こんな映像が──!!」

「今度は何ッスか……!?」

 

 パチリ、と部屋のテレビに電源を点けると──現れたのは、白い髪をたなびかせた少女だった。

 

『サイゴク地方の皆の者! 突如キャプテンが居なくなり、さぞ困惑しているであろう!』

「な、何スかこの女の子……ッ!?」

『我々は【アークの船団】! そして、ワシの名はクガイ!! 我らは、争いの無き美しきポケモンの楽園を目指す同胞の集まりである!』

「テロリストの御題目なんざ、響かねえッスよ!」

「ノオト様、テレビから離れて!!」

「我々も見えません!! ヒメノ様に繋がる手掛かりやもしれないのですよ!?」

『今、サイゴク地方の上空には──幾つかの時空の裂け目が浮かんでいる。あれは、我々が開けたものだ』

「はぁーっ!?」

 

 ノオトはテレビを鷲摑みにした。

 キャプテン達を全員制圧した挙句、円盤を所持しており、更に時空の裂け目までこじ開ける。

 彼女らは果たして何者なのか、と問いたいが今此処で問うても仕方がない。

 ぐらぐら、とテレビを揺らすノオトだったが、配下の僧たちにひっぺがされ、大人しくするのだった。

 

『直に空が多くの時空の裂け目に覆われる。そうなれば、どうなるか分かるか? 時空の裂け目同士が繋がり、大きな孔を生む! ……それが、我らの目指す新時代の始まりだ!』

「じ、時空の裂け目同士が、繋がる……!?」

「どうなってしまうんだ、そうなったら……!!」

「いや、そりゃあ新時代が始まるんだろう?」

「アホーッ!! この世の終わりっしょ!? 普通に考えて!!」

『さて、我々は新たに本日、4人の同志を迎え入れた』

「……4人?」

 

 ざっ、ざっ、とスタジオに現れたのは──見覚えしかない人影だった。

 いずれも黒いガスマスクのようなものを取り付けられていたが、彼らの顔を見間違うはずがない。

 

 

 

『見よ!! これが、我々の思想に共鳴し、同志となったサイゴクのキャプテン達である!!』

 

 

 

 全員は一言も言葉を発しはしない。

 しかし正気ではないことは誰が見ても明らかだった。

 目は虚ろに、そして赤く輝いている。

 ユイも、ハズシも、ヒメノも、そして──キリも。

 虚ろな顔でクガイの後ろで突っ立っているだけだ。

 

『こやつらは、アークの船団に……忠誠を誓ったのじゃ! はい、そこの忍者、復唱せい!』

「ハイ……チカイマス……」

『最早この通りである!』

 

(全然心の底から誓ってるように見えねえんスけど!! 頭に何かされたようにしか見えねえんスけど!!)

 

「な、何てこったッス……!! キャプテン全員、あいつらに洗脳されちまったッス……!!」

『さあ諸君。後は新時代が始まるのを見届けよ! 争いも日々の労働も搾取からも解放される、ただ一つの世界に全ては統一されるのじゃ!』

 

 ブツン。

 そこで、ゲリラ生放送は終了した。

 とんでもないことになったぞ、とノオトは頭を抱える。

 あまりにも敵は巨大すぎる。

 この時点で、自分以外のキャプテン5人が敵に回ってしまったも同然なのだ。

 そして現在進行形で鬼電しているが、メグルもアルカも全く出る様子が無い。それが更に苛立ちを加速させる。

 

(あんのバカップル共、この一大事に一体何処に行ったんスか……!!)

 

「ノオト様、どうされますか!!」

「ど、どうするって言われても……ッ! あ、姉貴も、キリさんも居ねえんスよ……!? メグルさん達も──居ねえし!! オレっち一人で!?」

 

 弱音が次から次へと口から零れだしてくる。 

 無理もない。テング団との戦いのときでさえ、此処まで絶望的な戦力差ではなかったのだから。

 

「姉貴も……キリさんも……誰も居ない……ッ、今、あの人たち助けられるのはオレっちだけ……!!」

 

 かたかた、と揺れるボール達。

 

(いや、オレっちだけじゃない……か)

 

「……胃薬」

「え?」

「胃薬ッ!!」

 

 ノオトは何時になく荒れながら──ヒメノがいつも飲んでいるそれを、ぐびりと水で押し込んだ。

 

 

 

「……へ、へへへ、や、やってやらぁ……ッ! オレっちだけじゃ絶対無理だけど……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何だ……どうなってんだ、此処……?」

「暗い、寒い……? 廃墟みたいだけど」

 

 

 

 空が灰色だった。

 しかし、無数の赤い裂け目が空を覆っていた。

 辺りは焦土と化しており、ビルらしきものが建っていた形跡だけが残っていた。

 メグルはアルカの手を引いて、ニンフィアの姿を探す。

 先に落ちて来たのは彼女のはずだが、何処にも見当たらない。

 

「おーい、ニンフィアーッ!! いるんだろー!? 返事してくれーっ!!」

「ねえ、此処って、何処なの……?」

「分からねえ。だけど、時空の裂け目って事は……どっかの世界みてーだけど……」

 

 町が荒廃し過ぎていて、原形を留めていない。

 だが、しばらく進んでいくと──メグルは足を止めた。

 見慣れた街並みだった。

 見慣れたアスファルトだった。

 そして、見慣れた気色だった。

 焼け焦げて、崩れ落ちてしまっていたが、あまりにも象徴的なそれを見た瞬間、身体が凍り付いた。

 赤く、そして長い、圧し折れた塔。

 今まで自分が居た世界には絶対に存在しないはずのもの。

 思わず彼は駆けだした。

 

「メグル!?」

 

 もっとはっきりとそれが見える位置まで駆けていく。

 

「ねえっ、メグルっ、待ってよ!! 待って!! どうしたのさ!! ニンフィアを探すんじゃないの!?」

「ッ……!!」

 

 それの麓に辿り着いた時。

 メグルは絶句した。

 この辺りの街並みは、幾度となく通った場所だ。

 

「おい冗談だろ……ッ」

「ねえ、どうしたんだよ……置いていかないでよ……ッ!」

「ご、ごめん! だけど、この世界……見覚えがあるんだよ」

「え?」

「……間違いねえ、この町は……俺の住んでいた町と同じだ」

 

 東京タワーだ。

 東京タワーが圧し折れている。

 辺りの街も原形を留めない程に焼け焦げている。

 何が起こったのかは分からない。

 分からないが──これだけは言える。

 この世界は、自分が元居た世界か、それに極めて近い世界だ、と。

 

「これが、メグルの居た世界?」

「いや、いやいやいや、でもおかしいって! だって、俺があっちに行く前は、こうじゃなかったし……ッ!!」

 

 

 

『聞こえる?』

 

 

 

 ふと、声が響いた。

 メグル達の目の前に現れたのは──全身が機械に覆われたセレビィのようなポケモンだった。

 アルカもぎょっとして、その異形におののく。

  

「……お前は」

「あーっ、メグルが言ってた、全身メカのセレビィ!!」

『そう……聞こえるみたいですね』

 

 前回とは違い、はっきりとセレビィの声が聞こえてくる。

 言葉ではない。テレパシーだ。エスパータイプか、それに類する力を持つポケモンの標準技能と言えるだろう。

 

「何でお前がこんな所に居るんだよ!?」

『ごめんなさい。時が来たから……漸く、私が私の力を取り戻せたから、手始めに貴方達をこの世界に呼んだのです』

「呼んだって──じゃあ、あの吸い込まれたのって、君がボク達を此処に呼んだからってこと!?」

「なあ、どうなってやがんだこれは。何がどうなってる!? この世界、あちこちが廃墟になってるし……誰も居ねえじゃねえか」

『もうじき、貴方達の知るポケモンの世界は……ううん、他の世界も……この世界のようにズタズタになる』

「ズタズタ……?」

 

 そう言えば、とメグルはもう一度空を見上げた。

 裂け目のようなものが無数に虚空に開いている。

 この世界が滅んだ理由があるとするならば、間違いなくあの裂け目にあると彼は考える。

 

「ねえ、あれって時空の裂け目、だよね!? ボクもヒャッキで見た事がある……!!」

「こんな形だったか?」

「うんっ、間違いないよ!! ヒャッキには、各所にこんな感じの裂け目があるんだ……!! でも、此処まで数は多くなかった!! だって、空全部を覆ってるじゃん、裂け目!!」

 

 小さい裂け目は空を覆っており、更に大きな裂け目が開いている。

 空はズタズタに裂かれていると言っても良い。非常に気味が悪い。

 「LEGENDSアルセウス」で神のポケモンが開けた裂け目とは、また違う。

 

『裂け目自体は自然に発生するものです。言ってしまえば神の悪戯といったところね」

「悪戯ってレベルを超えてると思うんだけど」

『そう。神の領域に手を伸ばした人間が居るのです。裂け目を意図的に幾つも開き、時空に干渉しようと考えている者が居る。それが、貴方達が止めなければならない相手』

「あれって、開こうと思って開けるのか!?」

『ええ。だけど、開いて終わりじゃない』

「ねえ、裂け目を開いたら何か悪い事が起こるってことだよね!?」

『ある世界で裂け目を開けば、別の世界にも裂け目が開く。先ずは前提としてこれを覚えてほしいのです』

 

 山にトンネルを貫通させれば、もう片方にも穴が出来る。

 それと同じようなものだ、とセレビィは例えてみせた。

 しかし、事はそれだけで済むような単純な話ではないようだった。

 

『ただ、非常に面倒なことに……ある世界で裂け目を()()()()()()()()()、それだけで()()()()()()()()()()()()()()()。裂け目を意図的に開けると……時空が捻じ曲がるから』

「傍迷惑な! 一体誰がそんな事を……? それじゃあ、色んな世界から色んなものが流れて来ない!?」

「まさか」

 

 メグルは辺りを見回した。既に、この世界が滅んだ理由を示唆しているようだった。

 

「なあ、セレビィ……セレビィで良いのか? まあいいや、この世界は……何でこんな事になっちまったんだ」

『至極簡単。開いた裂け目から、運悪く災厄が運ばれた。例えば……ある世界へ飛んでくるはずだった巨大隕石とか。例えば……ある世界で蔓延するはずだった疫病とか。そういった無数の災禍がこの世界を襲って、あっという間に滅びた』

「……そうか」

「裂け目から、災禍が溢れて来たってこと……!?」

 

 ぴたり、とメグルはもう一度東京タワーを見上げる。

 そして確かめるように、セレビィに聞きたかったこと全部を問うことにした。

 だが、あの東京タワーを見てしまった後だからか、嫌な汗が額を伝っていた。

 

「なあ、この際だから教えろよ。何で俺を転移させたんだ、セレビィ」

『貴方を連れて来た理由?』

「ああ。ハッキリ言って俺、ポケモン廃人って事以外は何の取柄もないんだぜ。そりゃあ、あっちで鍛えまくって前よりは色々出来るようになったけど……フツー以下の人間だ。何で俺を連れて来たんだ」

 

 元々彼はそれが聞きたくてセレビィのようでセレビィではない、このポケモンを探していたのだ。

 しかし、今は聞きたくないという気持ちも半ばだった。聞くのがとても怖くなっていた。

 それでも、彼は問い詰める。

 

「……答えろよ。今度ははぐらかしたり、誤魔化したりとかナシだぞ」

『率直に言えば──気分を害するかもしれないけど、ポケモンが好きな人だったら誰でも良かった』

 

 駆動音を鳴らしながらセレビィは言った。

 誰でも良かった、という言葉に少しだけメグルは憤りを覚えたが──セレビィはふざけている様子は一切見せなかった。

 

『それくらいしか、選んでいられなかった。1人しか助けられなかったから。たまたまあの場に居たのが君だった』

「……待てよ。助けられなかったってことはやっぱり……」

『そう』

 

 セレビィはくるり、と一回転すると──手を広げた。 

 

 

 

『──此処が、メグル……貴方が居た世界。そして……裂け目を放置した先にポケモンの世界が辿る未来でもあります』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC34話:鋼の時神

『手遅れだったのです。……この世界にはもう、あまりにも多くの裂け目が出来ていたから。連鎖的に裂け目が空に現れた。そこからは連鎖的に災禍が訪れるだけ。裂け目から隕石群が現れたのが致命的だった』 

 

 

 

 メグルは──何も言わなかった。

 正直、まだ何も信じられない。

 信じられないが、先ず出向いたのはずっと自分が住んでいたアパートだった。

 しかし、既にアパートも朽ち果てており、只の瓦礫と化していた。

 もうそこにメグルの帰る場所はないと言わんばかりに。

 次に彼が向かったのは──実家だった。

 アヤシシを出して跨り、アルカもモトトカゲに跨って付いていく。

 もう、ニンフィアを探すことは忘れてしまっていた。

 廃墟と化した町を見て、何も言わないメグルを、アルカはずっと黙って見ていることしか出来なかった。

 本当ならバスで通わなければいけないような遠さだったはずなのに、アヤシシとモトトカゲに乗ると、いつの間にか辿り着いていた。

 更地だった。

 そこで茫然とメグルは立ち尽くしていた。

 此処に来るまで、人の気配は一切なく、そして目の前にあるはずのものが無かった。

 それで、何となく全ての末路を察してしまった。

 

「……こんなのねーだろ」

「……メグル」

「もう、本当に何もねえのか!? 本当に!?」

 

 アヤシシから降りて、メグルは崩れ落ちてしまった。

 インフラも、経済も、都市も、自然も、何もかもが潰えて無くなったことが分かった。

 

「何でこんなモンを見せた!! 知らねえままで良かった……ッ!! 父さんも、母さんも……この世界に居た人皆、居なくなっちまったのかよ!?」

『……居なくなりましたよ』

「……お前の力で、どうにかならなかったのかよ!?」

『あの数の時空の裂け目は、そこから降りかかる災厄は──どうしようもなかった』

「ッ……」

『だけど、このまま裂け目の発生源を放置していれば……無数にある他の平行世界にも悪影響が出る。こうなる世界が増える』

「……どうすれば、止められる」

 

 メグルは問うた。

 

「どうすれば止められるって聞いてんだよッ!!」

『発生源を止めれば良い。だけど、簡単な事じゃない。きっと──君じゃないと出来ない』

「メグルにしか出来ないって、どういうこと!?」

『私が選んだ存在だから。私の力に適合できるのは、今は君しか居ない。だから、戦って、メグル。他の世界もこうなる前に』

「……」

「あんまりだよ。あんまりだよッ!! ……今、メグルがすぐに戦えるわけないじゃん。だって、メグルの故郷は……ッ」

「……最初のうちは、帰りたいってずっと思ってたんだよ」

 

 彼はさえぎるように言った。

 

「……そのうち、ポケモンの世界にすっかり慣れ切って、アルカと出会って、もう帰るに帰れねえなって思ってたからさ」

「……メグル」

「最後に……帰れてよかった。最後に……見ることが出来て、良かった」

 

 静かに彼は続ける。

 

「……良かった。俺の帰る場所は、サイゴク地方で……お前の隣なんだ、アルカ」

「ッ……」

 

 絶対本音じゃない、とアルカは分かっていた。

 メグルの声は震えていた。

 何とか自分を納得させるために、自分に言い聞かせているようだった。

 

「……へへっ、すげえよな。身内が1人2人死んだら、あれだけ悲しいのに……全部まとめて滅んだって聞いたら……何にも実感無くなっちまうモンなんだな……」

「ッ……何でこんな景色を見せたのさ、セレビィ!!」

『だって──人はだれしも生まれた場所に帰ってきたいものでしょう?』

「ッ……ふざけないでよ!! ふざけないでよ……」

 

 それ以上アルカは怒ることもできなかった。

 この世界はいずれにせよ、滅びるサダメだった。

 しかし、そう言われて納得できる人間が果たして何人いるだろうか。

 

「メグルは戦う道具じゃないよ! 幾ら世界を救うためって言ったって……! 少しはメグルの心を考えてあげなよ!」

『帰りたいって言ってたから、少しだけ帰してあげたのに』

「ッ……」

 

 明らかな隔絶。

 人と人ならざるものに横たわる断絶。

 それをアルカは明確に感じ取った。

 目の前のセレビィによく似たポケモンは、世界を救う為に動くことは出来ても、人の感情の機微を読み取ることは出来はしないのだ。

 

「もう、良い。もう良いんだ、アルカ」

「でも、メグル──」

「……このまま放っておいたら、サイゴクもこうなっちまうんだろ」

 

 彼はふらふらと立ち上がり、更地となった全てを見渡す。

 

「──じゃあ、止めるしかねえじゃねえか」

「……何で、何でなんだよ」

「覚悟したからな。隣に居るお前を守る。そして、俺の好きなポケモンの世界を守るって」

 

 抑え込むように、自分に言い聞かせるようにメグルは続けた。

 何もかも無くなってしまったわけではない。

 自分の守るべきものはまだ隣にある。そして、自分の守るべき世界が残っている、と。

 しかし、彼まだ、生まれ故郷が喪失したことすら実感できていなかった。

 これはまだ嘘で──どっきりで、夢の中の出来事ではないかと信じたい自分が居た。

 

「でもなぁ……もう一回だけで良いから……顔合わせたかったなぁ……」

 

 彼は弱い。

 元は只の、弱い人間だ。

 幾ら強くなって、サイゴクの英雄ともてはやされても、元は只の弱い人間でしかない。

 何も出来なかった。

 この世界の終焉の間際に──

 

「ふぃるふぃー……?」

 

 後ろから鳴き声が聞こえてくる。

 メグルは思わず振り向いた。

 そこには、心配そうな顔をしたニンフィアが立っていた。

 

「お前……」

「ふぃー」

 

 リボンを伸ばし──彼女はメグルの顔を包み込む。

 

「止せよ、ニンフィア。慰めなんて要らねえよ」

「……ふぃー」

「要らねえんだよ……」

 

 ぽた。ぽた。

 灰色の空から、濁った雫が降ってくる。

 そのまま、何もかもが消え去った静寂な世界に、雨音だけが響き渡るのだった。

 

(大丈夫、大丈夫だよ、メグル……ボク達は……居なくなったりしない。君がボクに言ってくれたようにね)

 

 

 

『私には、人の心が分からない』

 

 

 

 ──どれほど時間が経っただろうか。

 しばらくして、セレビィは呟いた。 

 目の前には、メグルとアルカが並び立っていた。

 足元ではニンフィアが相変わらず不機嫌そうに唸っている。

 雨が降りしきる中、メグルは頬を拭う。

 

『でも、私が元々居た世界も、裂け目によってニンゲンが滅びた。だから──これ以上、裂け目で滅びる世界を見たくはないのです』

「……そうだったのか」

「君も、同じだったんだね」

『この世界よりも、遥かに技術が発達した未来の世界。だけど、裂け目が一瞬で幾つも現れて──逃がされたのが、元から時空を渡る機能を限定的に授けられた私だった。あの世界が、どうなったかは分からない』

「……」

『でも、漸く辿り着いた。裂け目の原因、その根幹となる世界に。ポケモンの住む世界は幾つもあって、この世界に類似したポケモンの居ない世界も幾つもあって、気が遠くなるような旅だったけど──やっと、辿り着いた』

「……そうか。お前からすれば、これ以上ないチャンスだったんだな」

『ええ』

「……ごめん。そりゃあ、君の方にも事情があるよね」

『配慮が足りなかったのは私の方です。でも……その上で貴方達にもう一度頼みます。裂け目を、止めてほしい』

「あったりまえだ。止めてやるよ」

 

 メグルは力強く宣言する。

 もう、今は蹲っている場合では無かった。

 このままじーっとしていれば、ポケモンの世界もこの世界のように滅びてしまう。

 それどころか、連鎖的に災禍は広がっていく。他の世界にも。

 

「……それで、どうすれば良い」

『本当なら今すぐにでも戻ってきてほしいけど……その前に、私の力を貴方達に託すわ』

「お前の力?」

『ええ。だけど、この力は……私のシステムが認めた相手にしか託すことができない。その意味が分かりますか?』

「……要するにお前に戦って勝てってことだろ」

 

 こくり、とセレビィによく似たポケモンは頷いた。

 

「待ってよ、メグル。大丈夫なの? 本当に」

「……それが世界を救う為に必要な事なら、何が何でも手に入れてやる」

『──では、戦闘形態に入ります』

 

 目を一度閉じたセレビィは、大きく飛び上がり──メグル達の前に立ちはだかる。

 

 

 

「ぴるるるー……ピコココ」

 

【野生のテツノサクヤが 現れた!!】

 

 

 

 体は小さいが、凄まじい威圧感がメグル達を襲った。

 そして、彼女に内蔵されたバッテリーが更に彼女の力を増大させる。

 周囲には鉄の葉が浮かび上がり、彼女は甲高い咆哮を上げた。

 

【テツノサクヤの クォークチャージ】

 

【テツノサクヤはブーストエナジーで クォークチャージを発動した!】

 

【相手のテツノサクヤの 特攻が高まった!】

 

「──ッ結局、こうなるのか……アルカ、手出しは無用だ!! こいつは、俺が……決着をつける!!」

「う、うんっ……!!」

 

 廃墟が広がる中、メグルが繰り出したのは──アブソル。

 推定鋼タイプのテツノサクヤに抜群を突けるタイプだ。

 

「ぴるるるるー……」

「ピココ……ピピ」

 

 周囲を渦巻くようにアンノーンが現れる。

 それはビットのようにアブソルの周囲を飛び回ると、次々に”めざめるパワー”を放ち攻撃していく。

 だが、未来予知でそれを予測していたからか、あっさりとアブソルはそれを全弾避けてみせるのだった。

 

「──くそっ、こいつアンノーンまで操れるのか……!!」

「アブソルの機動力で何とかなってるけど、このままじゃ、ジリ貧だよ……!」

「いや、大丈夫だ……ッ! こっちには、ギガオーライズがあるからな……ッ!!」

「ダ、ダメだよ!」

 

 覚悟が決まり切った目で彼はオージュエルに手を伸ばそうとしたのをアルカは止める。

 

「何でだよ──ッ!? オオワザで一気に倒せば──」

「知ってるよ! フェーズ2を使うつもりなんでしょ!?」

「ッ……たりめーだ! あいつは強い、全力で戦わなきゃ……」

「今のメグルがそれを使ったら……ギガオーライズはトレーナーの感情で強くなるんでしょ!? 今のメグル、すっごく怖い顔してる……ッ!! 使っちゃ、ダメな気がする……ッ!!」

「……!」

 

 メグルは、自分でも自覚できていない程に顔が強張っていた。

 アルカに指摘されて、漸く気付いた。

 もしも、ギガオーライズを使えば、戸惑いなく自分の力を全てアブソルに注いでいた。

 

「此処で倒れたら、世界を救うどころじゃないよ!! そんなの、覚悟でも何でもないよ!!」

「……へっ、そうだな」

 

 メグルはメガリングに手を添える。 

 アブソルが頷いた。

 この後に更に大きな戦いが控えているのだ。 

 

「わりー、熱くなりすぎてた。メガシンカだ、アブソル!!」

「ふるーる!」

 

 進化の殻がアブソルを包み込み──そして爆ぜる。

 思いっきりアンノーン達の群れを弾き飛ばし、一気に進撃していく。

 見守っていたニンフィアも思いっきり声を張り上げ、応援する。

 

「進めアブソル!! ”むねんのつるぎ”!!」

「ぴるるー……ピコココ」

 

 

 

『生きとし生けるものは、ある時突然滅びるものなのですよ』

 

【テツノサクヤの ラスターカノン!!】

 

 

 

 

 閃光が灰色の町に満ち満ちた。間もなく、爆風がメグル達を包み込む。

 そして、一気にクレーターが開く。

 その中央に、アブソルは倒れていた。

 とてもではないが”ラスターカノン”などというレベルの威力ではない。

 戦艦の主砲を撃ち放した後のようだった。

 

「ふ、ふるる……ッ!!」

「大丈夫かアブソル……!?」

「しょ、正気……!? ボク達も巻き込んで殺す気……!?」

『私程度に苦戦しているようでは、あの脅威を取り除くことなんて出来ませんよ』

「……よく言うぜ。だけどな、まだ終わってねえよ」

 

 前脚を震わせながらも、アブソルは立ち上がり──テツノサクヤを睨み付ける。

 まだその目は闘志を失っていない。

 そして思いっきり地面を蹴り、再びテツノサクヤ目掛けて”むねんのつるぎ”を放つ。

 しかし、日本刀のような尻尾をいともたやすく彼女は避け続け、そして再びあの”ラスターカノン”を連発し続ける。

 だが、アブソル側も一度喰らった攻撃は喰らわない。

 自らの身体を分身させると、ラスターカノンをあっさりと分身に引きつけさせ、漸く最初の一撃をテツノサクヤにぶつけるのだった。

 

「ピルルッ……!?」

 

【効果は抜群だ!!】

 

 炎はかなり痛手なのか、テツノサクヤはアスファルトに叩きつけられ、更にアブソルの体力もぐんぐんと回復していく。

 だが、それでも全身から紫電を放ちながらテツノサクヤは浮かび上がった。

 仮に本当に鋼/草タイプならば今の攻撃は4倍弱点のはずだが──倒れていない辺り、レベル差に隔絶したものがあるのだろう、とメグルは考える。

 

(そりゃそうだ、どう考えても相手の方が格上だし……ッ!!)

 

「ふるーる!!」

「……でも、お前もやる気だよな」

 

 彼女は振り向いた。

 メグルに降りかかる災厄は自分の災厄。

 ならば、道行くすべては自分が全て祓うと言わんばかりだった。

 元より彼は自分の運命の人。

 彼の為ならば、アブソルは何処までも戦う事ができる。

 

「──ぴるるー」

 

 今度はアンノーンの群れが束になってテツノサクヤの周囲に固まっていく。

 それは次第に、巨大なテツノサクヤの形へと形成されていく。

 そして、アンノーン達のエネルギーを自らのコアに集めていき、テツノサクヤは一際大きな木の葉の嵐を巻き起こす。

 

 

 

【テツノサクヤの リーフストーム!!】

 

 

 

 轟々と巻き起こる大嵐。

 それが、アブソルを狙って襲い掛かる。

 だが既にアブソルは未来予知によって、嵐の渦を見極めており、敢えて突っ込んでいく。

 

「──”デュプリケート”だ、アブソル!!」

 

 一気に分身した彼女は、上昇気流を利用して一気に飛び上がった。

 そして、嵐の中央に居るテツノサクヤを目掛けて、一気に大量の影の弾をぶつけるのだった。

 それは風の壁など無視し、突き進んでいき、そして──テツノサクヤへぶつかっていく。

 

 

 

『……成程。貴方が覚悟を決めれば、ポケモン達もそれに応える。良い信頼関係です』

 

 

 

 嵐は消え失せた。

 その中央には──テツノサクヤがぱったりと倒れていた。

 そして、散らばっていたアンノーン達は、電飾のように次々に消えていく。

 

「おいっ、大丈夫か!!」

 

 思わずメグルは駆け寄った。

 此処でテツノサクヤに倒れてしまうと、ポケモンの世界に戻れなくなってしまう。

 しかし、至ってケロッとした様子でテツノサクヤは跳びあがる。

 

『はい、今のはあくまでも戦闘用リソースの一部ですので』

「……やっぱ強いな、お前。お前が一緒に戦ってくれるのが手っ取り早いんだけど」

『私には、まだ役目がありますので。直接貴方達を助けることはできません──だから、これが私の餞別です』

 

 メグルの手元には、あの透明な羽根が現れる。

 そして、光が灯ると共に、そこに金属製の装飾が現れた。

 

『貴方達の世界ではオーパーツと呼ぶものです。ただし……一度しか使えないので、ここぞという時に使ってくださいね』

「やっぱり使い切りなのか……」

『これ以上は、私の残るリソースを全て使わないといけないので……申し訳ないです』

「……そうか」

『貴方達がこれからやるべきことは、残る仲間を集め、戦う事です。必ず──裂け目の淵源を食い止めてください』

 

 彼女はふわり、と跳ぶと再び目の前に時空の裂け目を開く。

 

「──行こう、アルカ」

「……ねえ、もう大丈夫なの?」

「正直、大丈夫じゃねーけど……」

 

 メグルは一度俯くと──もう一度顔を上げ、裂け目に手を伸ばした。

 

 

 

「……止めなきゃいけねーだろ。何が何でも。俺の好きなポケモンの世界を……壊させやしねえよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC35話:世界最後の日が来るなら

「ポケモンの居る世界も、ポケモンの居ない世界も、よく似たもの含めて無数に並行並列状に存在し、ゲームで描かれた世界も、貴方達が暮らす世界も、メグルが元居た世界も、その中の1つに過ぎません。言わばマルチバースというモノですね」──テツノサクヤ


 ※※※

 

 

 

「ひぐれのおやしろの捜索結果、円盤はステルス機能を駆使し、更に光学迷彩で消失を繰り返しています。進路が分かりません」

「チッ……!!」

 

 

 

 ノオトは考える。

 山岳地帯に拠点を構えるのは、おかしいことではない。

 山は要害、攻め込まれにくい場所だ。だが、それ以上に飛行して移動できる円盤がわざわざ海に陣取らない理由が分からない。

  

「あのクガイという女についてもある程度調べが付いているようです」

「……大企業アーク・オブリビオン社の美魔女社長ッスか。年齢不詳……見た目は女の子ッスけど、何歳なのやら」

「相手が大企業ということもあり、テング団の時とは大違い。なんせ、あの円盤を我々は落とさなければならない」

「こりゃあ困った事になったッスね。企業の資金を、あの円盤と計画の為につぎ込んでいたんスか」

「なまじ財力がある分、手強い相手になるかと」

「……そして社員やアークの船団のメンバーも、あのクガイという女の掲げる理想に共感している。まるで宗教ッスね。理想の世界の為に、今ある秩序をブッ壊すつもりッスか」

 

 世界丸ごと巻き込んだ傍迷惑な無理心中だ、とノオトは考える。

 

「でも、分からんですね。どうやって時空の裂け目とやらを開いたのやら。いや、今からどうやって開くつもりなのか」

「そうそう簡単に時空の裂け目なんて開くわけがねーッスよ。ほいほい開いたが最後、世界の終わりッス」

 

 

 

「どわあああああああ!?」

「いやあああああああ!?」

「ふぃーっっっ!?」

 

 

 

 パキ、パキパキ、と空が割れるような音と共に、叫び声が聞こえてくる。聞き覚えしかない叫び声が。

 そして、ノオト達の真後ろに彼らに転がってくるのが見える。

 メグルにアルカ、そしてニンフィアだ。

 彼らを見つめながら──僧の一人が首を横に振った。

 

「……世界の終わりかもしれんですね、ノオト様」

「今の今の今まで何処にいたんスか、あんたらぁぁぁーッ!?」

 

 パキパキと音を立てて塞がっていく裂け目を横目に、ノオトはメグルの胸倉を掴む。

 

「わ、わりぃわりぃ、ちょっと森の神様に拉致られてて……」

「こっちは大変な事になってるんスよ!」

「こっちも大変な事になってたんだよ、信じて!」

「何言ってるんスか! サイゴクの危機、世界の危機って時に──それ以上に大変な事なんてあるわけねーッス!!」

「待てよ、ノオト。それってもしかしなくて、時空の裂け目ってヤツか?」

「……ッ!! 知ってるんスね、メグルさん」

「うん、ボク達、まさにその件で呼び出されたんだよね」

 

 ノオトの目に──涙が浮かぶ。

 そして、メグルの手を握り締めて、叫んだ。

 

「メグルざんんんんんっ、だずげでほじいッスぅぅぅーっ!! 姉貴がぁ、キリさんがぁ、ハズシさんがぁ、ユイさんがぁぁぁ」

「おいおい、待て待て、きたねえ!! 鼻水が手に付いただろーが!!」

「今はニャースの手も借りてえんスよ!!」

「……なんだか、ボク達が居ない間に、大変な事になっていたみたいだね……」

「居ない間じゃねーッスよ!! 2日!! 丸2日も鬼電したのに何で出てこなかったんスか!!」

「……うわ、通知凄い事になってる!?」

 

 ──どうやら、時空の裂け目を通ると時間も歪むらしい。

 メグル達が向こうで少し過ごしている間に、こちらでは既に2日が経過しているのだった。

 そして、まさにその2日目に起こった出来事は、メグルとアルカを驚愕させるには十二分なものだった。

 サイゴク地方に突如現れた時空の裂け目。

 大合議の途中に起こったキャプテンの拉致。

 何よりもテロ組織”アークの船団”によって、時空の裂け目が更にこれから増える事が告げられたことである。

 時空の裂け目が増えた結果どうなるかを見て来たメグルとアルカにとっては、決して他人事に感じられるものではなかった。

 メグルとアルカも、森の神様──テツノサクヤによって見てきた真実を告げる。

 それは、時空の裂け目が増殖すると迎える世界の末路であった。

 

「や、やべーッス……じゃあ、裂け目が増えたが最後、マジで世界は終わるんじゃねーッスか!! 何が新時代ッスか、終わりッスよ!! 全ての終わり!!」

「それだけじゃねえよ。この世界以外の他の世界にも、裂け目が増えていく。事はもう、この世界の話だけじゃなくなってんだよ」

「なんか、壮大すぎて話が見えてこねーッスよ!! 映画か何かッスか!?」

「相手が神様とか、宇宙からやってきた怪獣とかじゃないだけマシじゃないかなあ……ああでも、この円盤はUFOみたいだけどね」

「問題は相手がどうやって裂け目を開けてるか、だろ。どうせ、ポケモンの力を使ってんだろうけどな」

「そうッス。今のテクノロジーだけで、ぽんぽん空に穴を開けられて堪るかって話ッスよ」

「ああ。そう簡単に……世界を滅ぼされて堪るかってんだ」

「……メグルさん。大丈夫なんスか?」

 

 気遣うようにノオトが問うた。

 故郷が滅びていたメグルを少なからず心配しているのである。

 

「へっ、大丈夫に決まってんだろ。この世界まで滅んだら困るし、頑張らせてくれよ」

「……」

 

 正直、まだ気持ちの整理はついていない。

 滅びたあの街を見せられて、貴方の故郷は滅びました、と言われても全く実感が湧かないのである。

 

「我々はキャプテンを失った全てのおやしろと連携し、アークの船団の円盤──”方舟”を追う必要があります」

「……しかし、相手の中には裏切者のヒルギが居ます。既にこちらの動きが読まれている可能性も」

「ヒルギって、あの新しいセイランのキャプテン……だよな」

「敵だったんだ……!」

「でも、おかしな話だよな。ヌシポケモンに選ばれなきゃキャプテンにはなれねーのに……シャワーズはむざむざ裏切るようなヤツをキャプテンに選んだのかってな」

「あれでもシャワーズは、ヌシの中じゃ幼い子供同然ッスからね。そこまで見抜けなかったのかもしれねーッスよ」

 

(本当にそうなんかね……?)

 

 メグルは腕を組んで考える。

 幾ら幼いと言っても、既にシャワーズも20歳。長寿な他のヌシに比べれば確かに若いのであるが、それでも初めて会った時のあの超然とした雰囲気をメグルはしっかりと覚えている。

 

「そんでもって残りのキャプテン4人……いや、()()()()()()()()()が敵になっているこの状況。サイゴク史上最悪とも言える危機ッスね」

「最強の味方が、最強の敵に……って訳か」

「残ってるのはノオトだけだしね」

「誰がサイゴク最弱のキャプテンッスか!!」

 

 急にノオトが気色ばんだ。まだ何にも言っていない。

 

「残ってるのがお前だけって言っただけだろ」

「被害妄想が過ぎるでしょ……」

「は、ははは、残り物の最弱キャプテン……オ、オレっちだって、オレっちだって……ぐすっ、ひぐっ」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 泣きだしてしまったノオトを放っておき、メグル達は改めて状況を整理する。

  

「奴らの居場所は不明、敵の目的は時空の裂け目を大量に開く事、そして敵は──キャプテン5人か……」

「……こっちの戦力は、ボクとメグル、ノオト、後はヌシポケモンとおやしろのトレーナーってところだけど」

「指揮をするキャプテンが居ないのが問題だよな」

 

 じっ、とメグルとアルカはノオトを見やる。おやしろのトレーナー達も、皆ノオトの方を向いている。

 数分後、彼の頭には「臨時筆頭キャプテン」とマジックペンで書かれたハチマキが巻かれていた。

 

「やっぱこうなるんスねぇ!! 知ってたけど!!」

「いや、だって……お前しか居ねえじゃん、キャプテン。良かったな、今はお前が最強のキャプテンだぞ、喜べ」

「それはオレっちしかキャプテンが居ねえからっしょ!!」

「必然的にそうなるよね。実質君が今のサイゴク全部のおやしろを指揮する筆頭キャプテンってことになるよね」

「待て待て待つッス、幾ら何でもそれは無茶っしょ!?」

「おいおい、そこは気合入れろよオマエ。此処で頑張ったら、女の子にモテモテかもしれねえんだぞ、頑張れ主人公」

「そうだよ。こんな時にヘタれてどうすんのさ、モテモテが待ってるんだよ」

「もうモテなんて必要ねーんスよオレっち!!」

「何だよ見ねえうちに彼女出来てたのかよオマエ」

「じゃあその子に恥ずかしくないように頑張りなよ」

 

(その彼女がキリさんだなんて言えない……)

 

 そして現在進行形で捕まっていることもセットで、ノオトの胃腸に負荷を掛けていくのだった。

 

「さあて、ノオト様こちらへ。我々が指南しますので、今後の戦術指針を決めましょう」

「勿論、最後の決断を下すのはノオト様ですよ、このサイゴク地方はノオト様に掛かっていると言っても過言ではありません」

 

 数分後、彼の頭には「五社同盟責任者・総司令官」とマジックペンで書かれたハチマキがその上に巻かれていた。彼の顔が更に青くなっていく。

 

「何で役職上乗せしたんスかねえ!?」

「いや、だって……お前しか居ねえじゃん、キャプテン」

「さっきも聞いた!!」

「ポケモンは進化するけど、役職も進化するんじゃないのかな、知らないけど」

「オレっちは暴れるのが専門ッスよッ!! わざわざプレッシャーをかける言い方しか出来ねーんスか!! クソッ、恨むッスよメグルさん、アルカさーん!!」

 

 おやしろのトレーナーに連れていかれるノオト。他に適任が居ないので仕方が無いのである。

 全ては彼に託された。フォーエバー、キャプテン。フォーエバー、ノオト。

 

「一先ず御二人は、今晩特別に宿を空けているので、そちらで泊まって下さい」

「俺達も何か手伝えることは無いですか? 幾ら何でもあいつ1人に全部押し付けるのは気の毒かなって」

()()()()()。方舟を見つけるまでは待機するしかありませんので。それに──いずれノオト様がやるべき事が、今回ってきただけの事」

「にしたって惨い気がするけどな……」

「……我々は最初から、ノオト様を信じていますので。周りから最弱と言われようが、ヒメノ様より弱いと言われようが、メンタル弱だとかモテないだとか言われようが」

「今まさにボロクソに言ってんじゃんか」

「──それでも、我らの尊敬するキャプテンです。幼い身で責任を引き受け、町の為人々の為ポケモンの為奔走するノオト様を、私達は見てきましたから」

「……信頼されてるんだね」

「人柄ってヤツだな」

「ですので、お二人は来たるときに備えて下さい。いざという時に寝不足では困りますから」

 

 このまま一夜を明かすのか、とメグルは肩を落とす。

 正直居ても立っても居られないのだが、方舟が見つからない以上は仕方がない。

 

「しゃーねえな、さっさと寝て明日に備えようぜ! 何とかなるだろー!」

「ま、待ってよ」

 

 そう言っておやしろを去っていくメグルを目で追いながら──ノオトは肩を落とした。

 

「……どうされたんですか、ノオト様?」

「どー見ても、無理してるッスよ。メグルさん……無理矢理、自分を元気づけているような……オレっちの前だから、余計にいつものように振る舞ってるような……不自然なくらいッス」

 

(アルカさん……頼むッスよ。こういう時、メグルさんを助けてやれるのは、あんただけなんスから)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──眠れない。

 目を閉じれば、あの廃墟の光景が浮かび上がってくる。

 長い事帰っていなかったし、帰るつもりもなかった。

 だけど、それは帰ろうと思えばいつでも帰る事ができるという選択肢があるのではないか、と考えていたからだ。

 自分の中で勝手に元の世界に保険を掛けていたのだ、とメグルは考える。

 

(いーや、戻れなくたっていいんだ。最後に一回、会いたかった……此処まで育てて貰った事に礼を言って、学費の事とかで怒られたりとかして……それすら出来なくなっちまった)

 

 両親の顔を思い出そうとして──正確に思い出せない事にメグルは気付いた。

 すっかりもう、自分の身体はこの世界に馴染んでしまったようだった。

 それがとても悲しかった。自分が忘れてしまえば、あの世界も、あの世界に生きていた周りの人々も、全部無かったことになってしまう。

 柄にもなく、メグルは枕に突っ伏し、静かに泣いた。

 声を殺しながら、成すすべなく滅んでいった自分の世界を思いながら──泣いた。

 

(この世界も無くなったら……困るな。アルカも、皆も、死んじまう。ポケモン達も、居なくなっちまう。そんなのは嫌に決まってんだろ……)

 

 一頻り枕を濡らし、メグルは窓から空を見上げる。

 まだ月が綺麗だ。

 だが、こんな綺麗な夜空に、今も尚”方舟”は飛び続けている。

 サイゴク、この世界どころか、他のあらゆる世界も滅ぼそうとする災禍が飛び続けている。

 何時滅びるのかと考えただけで胸が痛み、拍動は強くなっていくばかりだ。

 世界の終わりは、一歩ずつ近づいている。

 どうしようもなく不安が抑えきれなくなり──とうとう、メグルはベッドを降りて、部屋に鍵を掛けた。 

 隣に泊まっているアルカの部屋の前に、気付けば立っていた。

 コンコン、とノックをする。

 しばらくして何も無かったら、寝ているのだろうと考えてさっさと去るつもりだった。しかし。

 

「……来るかな、って思ってたよ」

 

 すぐに、部屋の扉が開いた。 

 全部分かっていたように、アルカが目の前に立っていた。

 先読みされていたようで少し恥ずかしかったが、今更彼女に隠す事なんて何も無い。

 

「……良いよ、入ってきて。ボクも眠れなかったんだ」

「ああ」

 

 生返事した後、メグルはアルカの隣に座る。

 表情は──晴れなかった。

 

「……えーと、その、どうしよっか」

「……何も言わなくて良い」

 

 遮るようにメグルは言った。

 

「何もしてくれなくたって良い……只、傍に居てくれれば、それで良い。元気で居てくれればそれで良い。それで俺は……明日には、いつも通り、()()()()の前で振る舞える」

 

 ポケモン達の姿を思い出す。

 彼らの運命もまた、自分達に掛かっている。

 今のままの顔を、彼らには曝け出せない。

 

「今は……ボクがこうしてあげたい気分なんだ」

 

 アルカは胸元にメグルの顔を抱き寄せる。柔らかい感触がダイレクトに伝わってきた。そのまま──ベッドに倒れ込む。

 

「……こんな時くらい、()()()()()でいるのなんてやめなよ、メグル」

「……っ」

「分かるよ。ボクと君は似た者同士だもん。ノオトの前で、弱気を見せたくなかったんでしょ」

 

 涙が彼女の寝間着に滲んでいく。

 メグルは何も言わなかった。

 失う悲しみが贅沢なものであることくらい、分かっている。

 アルカにはその幸せすら許されなかったから。 

 だが今は、彼女に縋りたかった。人の温もりが、とても心地よかった。

 

「……もしも明日が世界最後の日なら、お前はどうする?」

「んー……それがもしも変えようがないなら……どうしよっか。いきなりだし思いつかないや」

 

 やりたいこと、まだ沢山あるんだよね、とアルカは続けた。

 

「でも、博物館には行きたいな。美味しいものも沢山食べたい。ポケモン達とも遊びたいよ。……隣に君が居れば完璧かな」

 

 抱き締める力が余計に強くなる。

 

「……大丈夫。たとえこの世界が終わっても、ボクは君の隣に居る。居てあげる」

「……良いのかよ、そんな事軽々しく言って」

「君の所為だよ」

 

 彼の額に口づけすると、悪戯っ子のようにアルカは笑いかけた。

 

「君は──どうするの? もし最後の日が来たら」

「……思いつかねえよ。まだやりたいこと、山ほどあるんだ、俺だって。でも──皆が一緒に居てくれればそれで良いな」

 

 だから、この世界を壊させやしないという決意はより強まるばかりだ。

 互いの結びつきを確かめるように、二人は指を絡ませる。

 

「……寝付けねえな」

「良いよ。悪い事……辛い事、今だけ……和らげてあげる」

 

 夜は長い。

 世界の危機が嘘のように静かに過ぎ去っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC36話:目指すは方舟

 ※※※

 

 

 

「──捉えましたッ!! ”方舟”はサイゴク山脈の直上を飛行中!!」

「やっぱり最後はそこなんスね……呪われた聖地……何でわざわざ海じゃなくて山の上なのかは分かんねーッスけど」

 

 

 

 方舟は現在、サイゴク山脈の頂上で停止しているという。

 光学迷彩によって透明化している上にレーダーからも逃れるようになっており、場所の特定には非常に時間がかかったが、忍者達の活躍により漸く判明したのである。

 此処まで来れば、後は殴りこんでキャプテン達を救出、そして中に居る敵幹部を撃滅して、ついでに方舟も機能停止させるだけの簡単なお仕事であった。

 

(バカ……やることが……やることが多いッ……!!)

 

 ノオトの額から脂汗が山ほど流れ出る。

 あまりにも色々足りない。以前は地理が知れているサイゴク山脈での戦いだったから良かったものの、これからノオト達が向かうのは全く未知の巨大な円盤なのだ。

 中には敵のトレーナーやポケモンがわんさかいることは確実だろうし、警備も厳重であろうことが予想出来る。

 あれだけ自信満々にテレビで映像を流して来たのだから、恐らくこちらが乗り込んで来るのも織り込み済みであることは容易い。

 

「ンなモン決まってるっしょ!! ナメられたままで終わるか!! あの方舟に向かって攻撃を仕掛けるッスよ!!」

「さ、作戦は──」

「……全軍突撃」

「ノオト様ァ!?」

「……えーと、ま、先ず各おやしろの状態を考えると──」

 

 ──すいしょうのおやしろ・おやしろにトレーナーがあまりいない。指揮系統麻痺。よりによってキャプテンが関与していて混乱中。

 

 ──ようがんのおやしろ・おやしろにトレーナーはいるが、指揮系統麻痺。ハズシのカリスマのおかげで一致団結はしている模様。

 

 ──なるかみのおやしろ・そもそもおやしろが再建中でそれどころではない。ユイ不在で町は大パニック。

 

 ──ひぐれのおやしろ・キリ不在だが、部下のミカヅキが指揮を執っている。現在進行形で方舟の調査中。

 

 と、このように、各おやしろが大小あれど混乱状態に陥っているのである。

 また、テロリストたちが各町に侵入してくることを考慮すると、おやしろのトレーナーも残していなければならない。

 とてもではないが、全軍突撃している場合ではない。

 

「取り合えず、偵察は”ひぐれのおやしろ”に任せて、突入はオレっち達がやる! これで良いんじゃねーッスか!?」

「ノ、ノオト様自らが突入を……!?」

「ひぐれとよあけ、ようがんから腕利きのトレーナーを用意するんスよ! ひぐれとようがんは、ライドポケモンには困ってないと思うし……困ってるのはオレっち達ッスね……」

「むしろ、大きく動き過ぎると相手に察知されるのでは……? キャプテンが奪われている以上、戦力差は覆しようがないし……」

「だぁぁぁーっ、どうすれば良いんスかーっ!? 忍者投入したところでひぐれの抜け忍が居たら、意味ねぇっしょ!?」

 

 

 

「その心配をする必要は無いもの、よあけのおやしろの──もう1人のキャプテン・ノオト様」

 

 

 

 何処からか声が響く。

 両隣に居たおやしろのトレーナーも、そしてノオトも、身体の自由を失い、逆さ吊りにされてしまった。

 よく見ると、部屋の中にはピアノ線のような鉄糸が張り巡らされている。

 何が起こったか分からないノオトは部屋の入り口を見た。そこには、白いワンピースに身を包んだ少女が佇んでいた。

 此処に居るのが当たり前だ、と言わんばかりに。

 

「い、いつの間に侵入されたんスか……ッ!!」

「おやしろの警備をどうやって突破した……!? まさかこいつが、例の抜け忍……!?」

「ふふ、無論、この私の忍術に決まっているもの。あのキリりんでさえ、破る事が出来なかった私の鉄糸忍術。そして──デンチュラちゃんの”でんじは”でね」

「チュルルルル」

 

 ネムの傍らには、毛に包まれた巨大な蜘蛛のようなポケモン・デンチュラが糸を吐き出していた。バチュルの進化したポケモンだ。当然、その身体は発電器官を有しており、吐き出す糸に電気を通すこともできる。

 

【デンチュラ でんきグモポケモン タイプ:虫/電気】

 

「鉄糸に電気を通せば、凶器になるもの。即席のスタンガンの完成。黒焦げにしなかっただけ有情だと思って頂戴」

「てんめぇ、おやしろの皆に手ェ出しやがったな……ッ!!」

「忘れ物をしたから取りにきたの、最弱のキャプテン君。でも、私は優しいから、きっちり回収は忘れない」

 

 ぐるぐるに糸で巻かれていくノオトは、そのまま抜け忍──ネムの手元に引き寄せられる。

 

「キャプテンを完全に落とせば、サイゴクの人々はもう抵抗する気も無くなっちゃうもの。お邪魔虫は駆除するに限るもの」

「1つ聞きてえ事があるんスけど……ひぐれのおやしろを捨てて、何でわざわざこんな事やってんスか!」

「うん?」

「……キリさんの姉御的存在だったらしいじゃないッスか……!! 何で、何で忍軍を抜けたんスか!!」

「自由が欲しかったの」

 

 当たり前のようにネムは言ってのける。

 

「じ、自由……!?」

「忍者の家系に生まれたからって、忍者の修行をさせられて、忍者になるように育てられる。そんな窮屈な人生、イヤだと思わない?」

「ウソッスよ! だってあんた……忍軍抜ける前は、すっげー努力家だったって聞いたッス!! そんなあんたがいきなり忍者をやめちまうなんて、何かあったんじゃねえッスか!?」

「……ボウヤ、教えてあげるもの。女の秘密には軽々しく踏み込むものじゃないの」

 

 より強く鉄糸がノオトの身体を縛りあげた。

 ネムの顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

 忍軍を抜けた過去は彼女にとっても触れられたくない出来事だったようである。

 

「キリりんは勿体ない事をしたもの。あれだけの力が、才能があれば、自分の力だけで幾らでも成り上がる事ができるのに。力があれば、何だって手に入るのに。自由って最高なんだもの!」

「……自由ね。オレっちには、あんたが自由という名の檻に囚われてるように見えるッスけどね。まるで虫籠の中で飛び回る虫ポケモンッスよ」

「何ですってェ……?」

「ぐぅっ……!!」

 

 ノオトの首に糸が縛り付けられる。

 その先にはデンチュラの頭。放電すればいつでも彼を感電させられる状態だ。

 

「デンチュラ。ちょっと、このやかましいボウヤの口を塞いでやるもの」

「……じゃあこっちも教えてやるッスよ。おやしろには、軽々しく踏み込むモンじゃねーッス」

「は? 一体この状況で貴方に何が出来ると言うの──」

 

 はらり、と鉄糸がほつれた。

 ポケモンの技でも滅多に切れないはずの鉄糸が目の前で解けたのだ。

 思わずネムは振り向いたが、その時にはもう遅かった。デンチュラも、彼女も、背後から突如現れたそれに対応できず、吹き飛ばされる。

 部屋中の鉄糸も一気に切断されていく。

 

「……ヌシ様。流石ッスよ」

「エリィィィス!!」

 

 アケノヤイバだ。

 キャプテンの危機を察知し、おやしろのこの部屋まで飛んでやってきたのである。

 全身が影で構成されたこのポケモンに、鉄糸での拘束は通用しない。

 縛られていた他のトレーナー達も解放され、ボールを地面に投げ付ける。

 ゴースト、そしてサワムラーの二匹がネムに向かった。

 

「ッ……久しいわね、アケノヤイバ……!!」

「エリィィィス……ッ!!」

 

 可愛い可愛いおやしろの御子に手を付けたことで、既にアケノヤイバは怒り心頭だった。

 影の剣を五本浮かび上がらせている。

 しかしここは室内。暴れればおやしろが壊されてしまう。

 

「ッ……外に逃げるもの、デンチュラ!!」

「チュルチュララ!!」

 

 窓から鉄糸を撒き散らしながら飛び出したネム。

 それを追って、ノオト、そしてアケノヤイバも飛び出す。

 

「ふふっ、そう来ないと拍子抜けも良い所だもの……ッ!! ヌシポケモンとキャプテンが相手とはね……」

「姉貴たちを返してもらうッスよ」

「ハッ、無理なご相談だもの」

「無理な相談? じゃあ、此処で捕まってもらうッスよ!! アケノヤイバ、”デュプリケート”!!」

 

 一気に分身するアケノヤイバ。

 しかし、次の瞬間アケノヤイバを狙うようにして無数の手裏剣が飛び交う。

 それを回避すると、今度は周囲に煙幕が巻かれる。

 

「ごほっごほっ、何にも見えねえッス──!!」

 

 となれば危ないのはノオト。すぐさまヌシはキャプテンの傍に移動し、敵が来るかどうかを警戒。

 更に分身たちに消えた敵の捜索を任せる。

 だが、幾ら未来予知で居場所を捉えても、透視をしても、アケノヤイバがネムを捉えることは出来なかった。

 

「くすすっ、幾ら未来が見えても、この素早さは捉えられないもの! しばしさらば!」

 

 煙幕が晴れた瞬間、そこに居たのは──全身に帯を巻きつけたナメクジのようなポケモンだった。

 その背中にネムは乗っかっている。

 

「お姉さんを取り返したいなら、私達の方舟に来るの! 尤も、取り返せれば、だけど!」

「しまっ、アギルダー……ッ!!」

「アギルダー”こうそくいどう”!」

 

【アギルダー からぬけポケモン タイプ:虫】

 

 その速度は残像が残る程であった。このアギルダーというポケモンは、殻を無くした軟体動物──即ちナメクジに近しいポケモンだが、非常に動きが素早いのである。

 粘液で生成した帯を全身に巻きつけており、その姿はさながら忍者だ。

 更に特性:かるわざで素早さは二倍。

 幾らアケノヤイバでも捉えられるものではなく、すぐさま空へ向かって逃げ去ってしまうのだった。

 追いかけようとするアケノヤイバだったが、すぐにノオトが手で制する。深追いは危険だ。

 

「ありがとうッス。やっぱヌシ様は強ぇーッスね……!!」

「エリィス……」

「でも今ので決心がついたッスよ。確かにあのネムって奴はキリさん並みに強い。逃げたとはいえ、あれは手の内を隠すためッス。だけど……このまま黙ってはいられねえッス」

 

 

 

「おーい、何かあったのか!?」

「ふるーる!」

 

 

 

 その時だった。

 アブソルを連れたメグル、そして後ろにアルカが走ってやってくる。

 どうやら、アブソルが危険を察知してメグルに知らせたらしい。

 久々に会ったからか、アブソルはアケノヤイバに挨拶と言わんばかりに笑いかけており、アケノヤイバも成長した彼女を見て何処か満足げだった。

 ノオトはメグル達に此処まで起こった出来事を話す。

 おやしろが襲撃されたこと、そしてキリ以上の実力者と言われるネムの力は決してふかしではないことだ。ヌシが居たから何とか敵の魔の手から逃れる事ができたものの、居なければ自分も連れ去られていた、とノオトは語る。

 

「そうか……あいつら、キャプテン根こそぎ攫うつもりだったのか」

「完全に忘れ物を取りに来たみたいなノリだったッスけどね、抵抗したらすぐ逃げていったし」

「それよかどうするよ。相手はお前まで狙ってるんだろ」

「おやしろの守りを固めるの?」

「……どうするもこうするも関係ねえッスよ。最初っから後ろで作戦を立てるとか、オレっちらしくもなかったんスよ」

 

 ポキポキと拳骨を鳴らし、ノオトはアケノヤイバの方を見つめる。

 今は確かにサイゴクに1人しか居ないキャプテンだ。

 だが同時に、ノオトはノオト。今すぐキリのような司令塔になることはできない。

 しかし、家族や仲間の危機に自ら乗り込むことならばできる。

 

(オレっちがおやしろに居ることで、他の皆に危険が及ぶ可能性がある……それならこっちから、奴らをぶっ潰してやるッスよ)

 

「おやしろを頼んだッスよ、アケノヤイバ。姉貴を取り返してくるッス」

「エリィス」

「……じゃあお前……行くのか」

「今度はオレっち達の方から攻め込んでやるッス。お礼参りの時間ッスよ!」

「それでこそ、ノオトだよね!」

「とはいえ、作戦は必要ッス。後、方舟に侵入するのに使うライドポケモンも。更に人手も」

「じゃあ現実的には、まだまだ色々足りてないってことか」

「そうなるッスね。だから──頼みがあるッス」

 

 ノオトはメグル、そしてアルカに向かって頭を下げた。

 

「お二人には……オレっちに命を預けてほしいッス! 一緒に、姉貴を……キリさんを……皆を取り戻してほしいんス!!」

「……へっ、何をいまさら水臭い。元からそのつもりだったぜ」

「一緒に旅をした仲じゃんかさ! 3人なら、無敵でしょ!」

「……ふ、二人ともォ……!!」

「でもよ、各町の指揮はどうするんだ?」

「勿論、同時並行でやるッスよ! 取り合えず各町の防衛を最優先! 方舟は少数精鋭で突破するッス」

 

 その少数精鋭とは他でもないメグル、アルカ、そしてノオトの3人組のことなのであるが。

 

「つっても、流石にこれだけじゃあ不安が残るんじゃないか?」

「他に戦力らしい戦力があれば良いんだけど……」

「そうッスね……ただ、ヌシポケモンをおやしろから放したら、各町の防衛がいよいよ怪しくなるんスよねえ」

 

 しかし、これ以上時間を掛けている場合ではない。

 こちらから動かなければ、今度は更に勢力を増した敵がおやしろに攻め込んで来る可能性がある。

 

「どうにか、ヌシ様に代わる強い戦力があれば──」

 

 そうノオトが言った時だった。

 いきなり、周囲の空気が変わる。

 ひりついたような緊張感が漂う。

 何事か、と当たりを見渡すと──

 

 

 

「ららいーっ!!」

「ええいーっ!!」

「すすいーっ!!」

 

 

 

 何処からともなく、雷鳴が啼いた。

 何処からともなく、熱風が吹いた。

 何処からともなく、北風が靡いた。

 それらは前触れもなく顕現する。

 甲高い鳴き声と共に当たり前のように現れる。

 

「ッ……」

 

 思わず全員は見惚れてしまっていた。

 それは、他でもない伝説の三聖獣。

 落雷の化身・ライコウ、火山の化身・エンテイ、そして北風の化身・スイクンだ。

 その威風堂々とした佇まいに3人は立ち尽くしてしまっていた。

 以前、ミッシング・アイランドの事件で助け合って以来の再会だった。

 

「──ライコウ、エンテイ、スイクン……!?」

「も、もしかして、助けてくれるんスか!? 何で──」

「すすいー」

 

 スイクンが帯をひらめかせながらメグルに近付く。

 そして「乗れ」と言わんばかりに背中を差し出した。

 その仕草で、もうメグルには何故彼らがやってきたのかが分かった気がした。

 

「この間助けてくれたから……かな」

「すすいー」

 

 こくり、と彼は頷く。

 そして促されるがままにメグルはスイクンの上に跨った。

 ひんやりとした感触、そして伝わってくる安心感。

 このまま身体を預けても良いのだ、と思わされる。

 

「も、もしかして、オレっち達も乗って良いんスか!?」

「伝説のポケモンに……乗れるの!?」

「ららいーっ!!」

「ええいーっ!!」

 

 早くしろと言わんばかりに催促するライコウ。

 そして、乗りやすいように四肢を畳むエンテイ。

 顔を見合わせたアルカとノオトも、それぞれ跨る。

 アルカはエンテイに、ノオトはライコウに、だ。

 

「……ライドポケモンの問題と戦力の問題……同時に解決したな!!」

「これなら、文句なしッス!! 伝説のポケモンが居れば100人引きッスよ!!」

「……」

 

 喜ぶメグルとノオトに対し、唯一人アルカだけが神妙な顔つきで考え込んでいた。

 

「どうした? アルカ」

「い、いや、何だろう、()()()()()()なあって」

「おいおい、あの島はぶっ潰したんだ。そいつらは偽者じゃねえだろ」

「いや、この子達が本物なのは分かるよ。だけど……前に助けて貰ったから……って理由だけで、伝説のポケモンがボク達の元に来るのかなあって」

「時空の裂け目に脅威を感じたとか?」

「うーん……違う。もっと別の焦燥感のようなものをこの子達から感じる」

 

 彼らの視線は──サイゴク山脈の方を向いている。

 いずれにせよ、此処に居る全員の目的地は同じようだった。

 謎を残しつつも、全員はそのまま、彼らにしがみつくように騎乗し、方舟へ向かう。

 そこらのライドポケモンとは比べ物にならない速度を出しながら、彼らは目的地へと突き進んでいくのだった。

 

 

 

「……まぁ良いか!! よろしくな、スイクン!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC37話:裏切りのキャプテン

 ※※※

 

 

 

 ──方舟・中枢管理室。

 

「それでキャプテン達は?」

「折角なので有効活用しましょう。方舟の各所に配置しています。最強のガードマンになるでしょう」

「船内は盤石か──くふふ! 長かったのう、遂にこの時が来た! 新時代を作り出す時が!」

 

 クガイは、動力炉となる()()を見ながら感慨深そうに言った。

 GSカンパニーがデイドリームに用いていた、無限エネルギー炉心の応用である。

 既にクガイは数年前からGSグループに産業スパイを紛れ込ませており、技術を盗み出していたのである。

 マリゴルドがデイドリームの起動に踏み切った際は、秘密裡に途中で強制的に機械を破壊するプログラムまで組み込ませていた程に、アークの根はGSグループに絡みついていた。

 

「この世は相も変わらず醜い……人はポケモンを利用し、搾り取る。人も人を利用し、搾り取る」

「……」

「ならば、一度、この世の摂理をひっくり返してみるのも乙というものじゃ。苦しみも何も無い新時代」

「……」

「ワシの親は……紛争で亡くなった。もう100年以上も前の事じゃが……そこから下積みから身1つで会社を興し、此処まで来た!」

「……」

「しかし、残る足りないピースはヒルギ──おぬしが全て埋めてくれた!」

「……有難き幸せです」

「おぬしは新時代に……何を望む?」

「──当然、貴女様と居られる未来です」

 

 頭を恭しく下げるヒルギ。

 それが示すのは、高い忠誠心。

 

「このヒルギ、天地が揺るごうと……最期まで貴女に仕えることを選びます」

「くふふっ、流石ヒルギじゃ。ワシが見初めただけのことはある──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 キャプテン達は皆、警備の人間を付けられて、方舟の各所に配置されることになった。

 皆、その目は虚ろ。頭を垂れ「チカイマス……チカイマス……」と呟いている。

 彼らは皆、有事があれば侵入者を排除する使い捨ての洗脳トレーナーと化したのだ。

 只一人を除いて。

 

「うっぎごごごごごご」

 

 横に並んでいた警備員の首を締め落とし、キリは口に付けられたマスクを外して投げ捨てる。

 

 

 

(──さあて、問題は此処からどうするかでござるな……)

 

 

 

 忍者は、薬品耐性も非常に高い。特にキリは特別だ。

 毒薬やガス等に対する耐性訓練を繰り返し行っているからである。

 マスクを付けられ、催眠ガスで洗脳された──と思われたが、その程度の薬品で洗脳されるキリではなかった。

 とはいえ、それでも頭はぼんやりしてしまっており、漸く今になって手足を自由に動かせるようになったのであるが。

 そして自慢の鉄糸は取り上げられてしまっており、武器は無いも同然。

 ならば何が残っているのか。ポケモンとフィジカルである。後は目を覆い隠すためのスコープだ。

 

(ネムのヤツめ。余計な配慮を……だが後悔するでござる。目元さえ隠れていれば、拙者は活動できるでござるよ。とはいえ、流石に手持ちは早々に没収……()()()()()()()とすり替えられてしまっている。致し方ない、この際言う事を聞けば何でも良いでござる)

 

 通路を抜け、キリは駆けだす。彼女程レベルの高いトレーナーならば、他人のポケモンでも言う事を聞かせられるのである。

 抜け道らしきものは見つからなかった。

 ならば正面突破。斬首作戦ではないが、直接クガイを制圧して方舟の主導権を握る。

 ネムが任務で方舟を空けていることを耳に挟んだ。やれるのは今しかない。

 先ずは各所に配置されたというキャプテンを救出するところからだ。

 

(奴らの計画を聞いた限り、この際忍んでばかりもいられないでござるな……強行突破でござるッ!)

 

 そう考え、彼女は身を隠しながらキャプテンが居るであろう場所に向かって走っていく。しかし。

 

 

 

「──こんな所で何をしている? ……ひぐれのおやしろキャプテン・キリ」

 

 

 

 冷淡な声が通路に響き渡った。

 キリの進路を阻むように──ヒルギが目の前に立っていた。

 

「……ヒルギ殿」

「困るな。薬の量が足りなかったか」

「ネムから聞いていなかったか? 忍者は薬にとても強い、と。それに拙者は筆頭キャプテン。簡単に落とされはしないでござるよ」

「聞いていたさ。想像以上だっただけの事だ。だが、此処でお前を倒せば……何も問題はない。今のお前の手持ちは──」

「そんな事は分かっている。ある物で最善の選択を取る。それが忍者だ」

「……そうか。やっぱりあんた、熱いな」

「こっちは冷え切っているでござるよ。裏切者め!! 何が貴殿を突き動かす!? おやしろまいりを成し遂げ、シャワーズにも認められた貴殿が、何故!!」

「申し訳ないことをしているとは思っているよ。だが……これは俺の戦いなんでな」

 

 ヒルギはセキタンザンを繰り出す。

 キリも対抗するように──ボールの1つを投げた。現れたのはカジリガメ。

 水・岩タイプの、堅牢な甲羅と頑丈な顎を持つカミツキガメのようなポケモンだ。

 すぐさま、二人の戦闘は火蓋を切った。

 セキタンザンに組みかかるカミツキガメは、そのまま扉を突き破り、大きなホールへと雪崩れ込む。

 この場所はどうやら公会堂らしく、観客用の座席が多く立ち並んでいた。

 

(しめた!! 広い場所ならば思いっきり岩技をぶつけられる!! セキタンザンは水・炎タイプ、カジリガメが有利でござる!!)

 

「ストーンエッジ!!」

「ガジガメェェェーッ!!」

 

 岩の刃が浮かび上がり、セキタンザンとヒルギを突き刺さんとばかり飛んで行く。

 しかし、セキタンザンによじ登ったヒルギは、それを躱していく。

 

「”ハイドロポンプ”」

 

 思いっきり地面に向けて激しい水流が放たれた。

 水飛沫は当然ヒルギ達に降りかかる。

 しかし──

 

「特性:じょうききかん……発動ッ!!」

 

 ──次の瞬間には、高速でセキタンザンが疾走し、カジリガメにぶつかった。

 跳ね返ってきた水飛沫を浴びて、セキタンザンの内部にある蒸気機関が活性化したのである。

 これで素早さは限界まで上昇。

 その勢いは激しく、カジリガメの身体は思いっきり吹き飛ばされてしまう。

 

「常軌を逸した速さ、これが蒸気の力!! 幾ら忍者でも捉えられないだろう!!」

「ッ……やはりレベル差が……!!」

「ネムが居ないタイミングを狙って強襲を掛けたのだろうが……俺を侮ってもらっては困るな。俺はあのお方の懐刀。言ってしまえば切札だ。それに、そのカジリガメではとてもではないが、俺には勝てない」

「どんなポケモンも使い方でござるよ、ヒルギ殿。”がんせきふうじ”!!」

「遅い」

 

 セキタンザンの速度は既に限界を超えており、カジリガメを狙って”ハイドロポンプ”が恐ろしい勢いで放たれる。 

 しかし──カジリガメの正面には岩で出来た壁が積み上がっていた。

 

「ッ……岩を身代わりにしたのか!!」

「トレーナーである貴殿を落とせば良いだけの事でござるからな!!」

 

 恐ろしい脚力で跳んだキリは、ヒルギの首元目掛けて手を伸ばす。

 しかし、それでもセキタンザンの方が速い。

 すぐさま水ブレスの軌道はキリへと変えられ、そのまま彼女は吹き飛ばされてしまう。

 

「……頼むから大人しくしていてくれ。俺もあまり、あんた達を傷つけたくないのでな」

「貴様……!!」

「悪いが、しばらくの間寝ていてもらうぞ」

「カジリガメ、”がんせきふうじ”!!」

 

 岩がセキタンザンの周囲に浮かび上がる。

 だが、それを見るなりヒルギは残念そうに溜息を吐いた。

 そして手首の腕輪に指を添える。

 

「知っているか? ガラル地方でのみ起こる現象──ダイマックス」

「ッ……!?」

「……それを他の地方で起こす方法が存在するとしたら、どうする?」

 

 一度セキタンザンをボールに戻したヒルギ。

 そのボールに、腕輪から放出された粒子が注がれ、どんどん肥大化していく。

 

「ま、まさか、そんな馬鹿な事が──ッ!!」

「バディーズキョダイマックス──ッ!!」

 

 巨大化したボールを思いっきりヒルギは投げ上げる。

 次の瞬間には──周囲の座席も全て踏みつぶす程に巨大化し、まるで山のようになったセキタンザンが鎮座していた。

 頭部にまで漏れ出した石炭、そして胴体には巨大な高炉が剥き出しになっており、常に水蒸気を噴き出している。

 そのサイズは天井スレスレで、少しでも動けば周囲のもの全てを薙ぎ払う勢いだ。

 命の危険を感じたキリは、その場から逃走を図る。しかし、間に合わない。セキタンザンの技の出が想像以上に速い。

 

 

 

「突沸させろ──”キョダイフットウ”!!」

 

【セキタンザンの キョダイフットウ!!】

 

 

 

 恐ろしい勢いの水蒸気爆発だった。

 キリの身体は勢いよく撥ね飛ばされ、カジリガメも吹き飛び、宙を舞う。

 そして、ボロ雑巾のように地面に叩きつけられるのだった。

 カジリガメは当然戦闘不能。

 キリもまた、全身を殴打したことでまともに動くことができない。

 肺が潰されたことで、呼吸するだけで精一杯だ。

 それでも尚、近付いてくるヒルギを睨み付ける。

 

「悪いな。あんた相手だと、此処までしなければ黙らないと思ってな。これは俺の戦いだ。あんたの出る幕は最初から無いんだよ」

「……き、さま……ッ!!」

「1つ、良い事を教えてやる、キャプテン」

 

 技を使ったことでエネルギーを使い切ったセキタンザンの身体は収縮していき、元の姿に戻る。

 そして、キリに何か耳打ちをすると──彼女は諦めたように目を瞑るのだった。

 

 

 

「やれやれ、何処にぶち込んでおくか。本当に世話を焼かせる」

 

『おい、ヒルギよ、どうしたのじゃ? 中央ホールがとんでもないことになってるぞ?』

 

 

 

 すぐさまクガイから連絡が飛んでくる。

 それに彼は「問題ありません、鎮圧しました」と返す。

 

「奴は忍者。基準値の倍の洗脳ガスでも足りなかったようです。今後は二度と暴れないように、檻の中に入れておきます」

『他のキャプテンもうっかり洗脳が解けたりせんじゃろうな……』

「忍者ならさておき、常人にあれ以上の量を吸わせたら死にますよ、ネムを優に超える薬品耐性を持つこの女がバケモノなだけです」

『まあ、おぬしがそう言うなら……』

「それと──サイゴクの最後のキャプテンの身柄はどうなりました? ネムが確保に行ったと聞きましたが」

『それがネムのヤツ、しくじりおったわ。たっぷり尻を叩いておいたぞ』

「……やはりアケノヤイバか。無理もありません。しかし、1人では何もできないでしょう。奴は最弱のキャプテンですから」

『最弱か! なら何も問題は無いのう!』

「いずれにせよ……我らの計画を邪魔する者はもう居ないでしょう」

『ははは、そうじゃろう、そうじゃろう!』

 

 ご機嫌な満面の笑みが通信機越しに想像できる。

 そのまま得意げにクガイは言ってのけた。

 

 

 

『この期に及んで我らの方舟に乗り込んで来る愚か者など、居るわけがないじゃろうからなァ!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──居た。

 サイゴク山脈頂上付近まで、3匹の伝説のポケモンは思いっきり駆けあがっていく。

 そのまま、大きく跳躍すると光学迷彩で姿を隠した円盤によじ登った。

 そして、壁の表面をも駆けあがっていくと、そのままてっぺんにまで辿り着く。

 

「スイクン、”ハイドロポンプ”!!」

「エンテイ、”せいなるほのお”!!」

「ライコウ、”10まんボルト”!!」

 

 3つのエネルギーが絡み合い、束となって方舟の表面に大穴を開ける。

 そして開いた穴に、思いっきり3人は飛び込んでいく。

 流石、オリハルコン合金も砕いた伝説のポケモンの攻撃、方舟の防壁など、どういうということもない。

 

「だとしても、ちと威力が高過ぎるなあ……伝説すげぇッス」

「それで、俺達ゃ一体何処に行ったらいいんだ!?」

「地図も何も無いからね……しばらくはこの子達についていくしかないんじゃないかなあ」

 

 スイクン達は辺りを警戒しながらゆっくりと進んでいく。

 メグル達もそれについていくしかない。

 外壁を派手に破壊したので、どうせもう向こうにはこちらが侵入したことが悟られているはずなのであるが。

 

「そうなりゃ強行突破ッスね!!」

「脳筋だなあ……これしかないんだけど」

「策を弄してる場合じゃねえからな。俺達らしいと言えば俺達らしいだろ」

 

 しばらくは静かな時間が続く。

 しかし、それも突如として終わりを告げるのだった。

 警備システムが大きく警報を鳴らし、次々にドローンやポケモン達がすっ飛んでくるのだった。

 残念でもないし当然である。想定通りだ。

 問題は、そのドローンから、あの不愉快なアニメ声が聞こえてきたことである。

 

「うーうーうーうーっ!! 侵入者発見でーす!! てゆーか、まーた貴方達ですか!!」

「げっ、この声は……サーフェス!!」

 

 ドローン、そしてマフィティフ達に囲まれながらメグルは、あのミッシング・アイランドで機械を制御していたクソAIの名前を呼ぶ。

 

「メグルさん、サーフェスって例の……!」

「ああ。例の島を守っていたヤツだ。てっきり、海の藻屑に消えたと思ってたけど……ッ!!」

「消える訳無いじゃないですかぁ。ヒルギ様に命を拾われましてね、私、無事ハイキャリア転職を果たしたんです! 今の私は超高性能清楚系──」

「ららいーっ!!」

 

 すぐさまライコウが忌々しそうに電撃を放つ。

 ドローンは次々に落とされていき、マフィティフ達も黒焦げにされて転がっていく。

 かつて同胞を捕えていた輩をライコウは決して許していない。 

 その顔は怒りに歪んでおり、低く唸り声を上げているのだった。

 だが、しばらくして追加のドローンがすっ飛んでくる。

 

「ちょっとちょっとちょっと!! 幾ら何でも酷くないですか!? 口上の途中で攻撃するのはルール違反なんですよッ!?」

「オメーのセリフが長いからだろが、さっさと通してくれよ、イライラしてんじゃねーかよ」

「生憎、そういうわけにはいかないんですよね!」

 

 今度はメグル達の背後から声が聞こえてくる。

 次の瞬間、床に穴が開き、そこから獰猛な叫び声が聞こえてきた。

 現れたのは──あのミッシング・アイランドで見てきた人造ポケモンであった。

 ピクシーのようでピクシーではない、腕が巨大化したポケモン。そして、全身がガスでできており、放電し続けているポケモン。最後に、黒い竜の如きポケモン。

 それら全てに、あのスピーカー付バイザーが取り付けられている。

 既存のポケモンによく似ているが、相違点も多い彼らは、バイザーに操られるがままにメグル達に敵意を向ける。

 

「タ、タイプ:ゼノォ……!? 何で、あの時──捕まえたはずなのに!?」

「人造ポケモンがほいほい何匹も出て良いんスかぁ!?」

「あっはははは! 単純明快、タイプ:ゼノが1匹だけだと思ったら大間違いですよ! 設計図さえあれば、量産こそ利きませんが造れるんですよ、この子は!!」

 

 タイプ:ゼノ自体が準伝説クラスの強さを誇るポケモンだ。しかも、3つの姿に変身することができ、タイプも変わる。

 凶暴性も抜群。それが3匹も集まれば、流石に手に余る相手である。

 

「ららいーッ!!」

「すすいーッ!!」

「ええいーッ!!」

 

 故に、対抗するように進み出たのはスイクン達。

 彼らもまたミッシング・アイランドで利用された怒りを忘れてはいない。

 タイプ:ゼノも、そしてサーフェスも、彼らにとっては因縁の相手だ。

 

「おや? おやおやおや? まさかぁ、また被検体になりに来たんですかぁ!? それも3匹揃ってェ!?」

 

 そんな安い挑発に乗りはしない。だが、屈辱は必ず晴らすとばかりに彼らは身構える。

 そして、先に行けと言わんばかりにメグル達に振り向くのだった。

 

「……こっから先は、オレっち達の力で進むしかないみたいッスね」

「ああ。だけどこいつらなら大丈夫だ」

「先に行こう!」

 

 メグル達は駆けだす。

 目指す場所は──首領・クガイの居る場所だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC38話:ジョウトのノーマル、追加進化貰いがち

 ※※※

 

 

 

「侵入者とは大したものじゃ。大方……方舟を止めに来おったってところかのう。まあ良い、どの道サーフェスが食い止めておるじゃろう」

「サーフェスは伝説のポケモン3匹掛かりで押さえつけられています」

「……え? マジ? ウソじゃろ? 伝説のポケモン? 聞いてないんじゃが? ……まさか、()()()引き寄せられてきおったか」

 

 苦々しい顔を浮かべると、クガイはカチカチと爪を噛む。

 

「……つくづく蠅のような連中じゃ!」

「解放しましょう、洗脳した彼らを」

「おお、やるんじゃな? 早速、我らアークの船団の技術力の一端、見せてやろうぞ!」

 

 ヒルギが端末を弄る。そのプログラムは全て、キャプテン達に繋げられたマスクを起動させるものだった。

 洗脳ガスの種類が変わり、意識が眠っている彼らを半ば覚醒させるのである。

 だが、目覚めた時には既に、彼らはアークの意志を刻みこまれた人形と化しているのであるが。

 

「圧縮次元砲の準備はどうなっておる?」

「現在出力60%です」

 

 深海で幾度となく行った実験で、既に出力と威力は確認済み。

 後はレーザーを溜めるだけである。

 

「……秒読みか。直に新時代の始まりじゃな! わっははははは!!」

「チャージ完了まで残り30分です」

「わは……()()()じゃな」

 

 ──新時代創世まで、残り30分。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 襲い掛かるポケモン、そして社員たちを振り払いながら、メグル達は更に奥へ奥へと進んでいく。

 尤も、その社員たちの目は完全に虚ろ。皆、「新時代……新時代……」と呟いており、精気がない。

 そんな連中の使うポケモン等相手になるはずもなく。

 バサギリが迫りくる敵達を回転斬りで薙ぎ払い、ルカリオが波動弾で吹き飛ばし、そしてデカヌチャンがハンマーを振り回して道行く者皆を追い回す。

 

「どいつもこいつも……怖いぜ、新時代……!!」

「そうッスよ! やっぱ新興宗教みてーな側面があるんスかね、アークの船団とやら……!!」

「皆目が据わっていて怖いんですけどぉ……!」

「ふるーる……」

 

 災禍を感知するアブソルに案内してもらいながら、円周状の方舟をメグル達は突き進んでいく。

 

「しっかし、この方舟って何なんスかねぇ……!? 何でまたわざわざこんな形で作ったんスかねえ?」

「さあな。ただ、船団って言うくらいだから、自分達だけが新時代に進むための船ってところだろ」

「何て自分勝手な連中……!!」

「どっちにしたって、他の世界に迷惑が掛かってる時点でアウトッスからね」

「迷惑どころか滅びてんだよな……」

「あっ……すまねえッス」

「いーんだよ。……この世界を守れれば、それで良い」

 

 突き抜けた先は、荒れ果てた巨大なホールだった。

 何かが暴れた痕跡があり、座席も潰れてしまっている。

 アブソルが導いた最短のルートは、此処から非常階段を渡ることであった。

 そのため、彼女は非常階段の方を向いて走り出す。

 しかし──次の瞬間、天井から火の粉が降り注ぎ、アブソルはすぐさま退避するのだった。

 

「アブソル!?」

「な、何かいる! 天井に!」

「──あらあらぁ、悪い子ちゃん達ねぇ。一体こんな所に何をしに来たのかしら」

 

 声が何処からともなく響いた。

 ホールの裏側から、かつん、かつんと甲高い靴の音が響く。

 その声、そして顔を見てメグル達は驚愕した。 

 案の定顔の半分は例のマスクで覆われてしまっているのであるが。

 

「ハズシさん……ッ!! やっぱり洗脳されてんのか……!」

「ってことは、この火の粉は──」

 

 劈くような咆哮と共に、暗い天井に太陽が昇ったようだった。

 火球となってそれは、ハズシの傍に現れる。

 鱗粉を撒く鮮やかな6枚羽根。そして、どっぷりと太った腹部。

 神々しい蛾のようなポケモンが彼の傍に立っていた。

 

「ぷひぃぃぃぃぃぃっぷ!!」

 

【ウルガモス たいようポケモン タイプ:炎/虫】

 

 凄まじい熱。

 振り撒かれる炎の鱗粉。

 特筆すべきは高い特攻、特防、そして素早さ。

 炎タイプとしても、虫タイプとしても、トップクラスの厄介さを持つポケモンだとメグルは記憶している。

 しかし、ウルガモスはサイゴクには生息していないのか、ノオトは物珍しそうな顔をしていた。

 

「……ありゃあハズシさんの手持ちじゃねえッスね……すり替えられてるッス」

「残念ながら、貴方達は此処でお終いなのですよ」

 

 今度はコインの山が周囲から溢れ出してきて、足元まで浸かる。

 そして、あの穏やかさの中に狂気を携えたような声が聞こえてくるのだった。

 

「そう──胃痛と十二指腸潰瘍に悩まされない、新時代が始まるのですよ!!」

 

 ──違った。穏やかさの中にお労しさを携えたような声であった。

 現にマスクの上に見える目の下にはくっきりと隈ができてしまっている。

 これはきっと洗脳の所為ではないことをノオトは知っていた。

 

「ヒメノちゃん!?」

「……や、やつれてやがる……! 一体どうしてこうなっちまったんだ……許せねえぜ」

「アーウン、ソウッスネー」

 

 全ての真実を知っているノオトは知らないふりを此処では通すことにした。

 洗脳されてはいるが話が早い。とっととあのマスクを外せば、姉を洗脳から解放することが出来る。

 しかし、彼女を守るように立ち塞がるのは全身が黄金のコインで構成されたポケモン・サーフゴーだ。

 

(サーフゴーも進化前のコレクレーもサイゴクには居ねえ! 多分奴らから持たされたポケモンッスね!)

 

「こっちも大概にヤバいんだったな……! あいつ、状態異常が効かないんだったっけか?」

「しかも鋼/ゴーストはかなり厄介なタイプッスよ。炎タイプか地面タイプ、誰か持ってたッスか」

「オーライズすればあるぞ」

「モトトカゲが実質炎タイプみたいなもんかな」

「無いんじゃねーッスか!」

 

 

 

「……アークの船団の目指す新時代に逆らう、愚か者が居るようね」

 

 

 

 閃光が暗いホールを照らす。

 そして、全てを薙ぎ払うような拳が襲い掛かる。

 思わずアブソルが尻尾で受け止めて相打ちとなったが、それでも彼女の身体にはしばらく電気が残っていた。

 

「今のはほんの準備運動。新時代を邪魔するなら、此処で潰してやるんだから」

「ビリリリ……!!」

 

【エレキブル らいでんポケモン タイプ:電気】

 

 筋骨隆々な熊のようなポケモンだ。

 その頭からコードのようなものが伸びており、一本一本から電気が放たれている。

 そして美女と野獣のように、傍に立つのは──ユイ。

 例に漏れずその目は虚ろではあったが。

 

「ユ、ユイちゃんまで……!」

「キャプテン3人が揃い踏みッスか……あれ? でも、キリさんは? キリさんが居ねえッスよ!?」

「今此処にあの人まで来られたら手の付けようがねえだろ……!」

「それもそうッスね……でも、何処にいるんスかねえ」

 

 何時まで経っても、キリが来る様子はない。

 しかし、敵の方が待ってくれるはずもなく、すぐさまエレキブルがいの一番に飛び出すのだった。

 それをいなし、アブソルがすぐさま”むねんのつるぎ”を放つ。

 一方、サーフゴーも全身からコインを放出し、辺りを更にコインで沈めていく。

 このままでは動けなくなるので高所へ逃げていくメグル達だったが、それを追い詰めるようにしてエレキブルが急接近した。

 

【エレキブルの かみなりパンチ!!】

 

「ッ……パーモット!!」

 

【パーモットの かみなりパンチ!!】

 

 それに対抗するように、ノオトが繰り出したパーモットがエレキブルに拳をぶつける。

 両者は再び弾き飛ばされ、激しい格闘戦を演じるのだった。

 

「ビリリリリリリーッ!!」

「ぱもぉーっ!!」

 

 拳をぶつけ合う二匹。

 しかし、それでも体格差には勝てないのか、パーモットの方が地面に落ちてしまう。

 エレキブルは全身が筋肉の塊。更にそれを電気で刺激し、活性化させているのだ。

 

「開くは華麗な炎の華ッ!! 邪魔するものは焼き払うわ!」

 

【ウルガモスの ほのおのまい!!】

 

 ウルガモスがぐるぐると身体を回転させれば、辺りに炎の鱗粉が吹き荒れる。

 それが爆ぜて、アルカの身体を吹き飛ばした。しかし、空中で体勢を立て直すと、アルカは握っていたボールを思いっきり投げる。

 飛び出したカブトプスがウルガモスに向かって食らいつく。

 

「ストーンエッジだ、カプトプス!!」

「ッ……エナジーボールよ、ウルガモスちゃん!」

 

 突き刺すような岩の刃。

 しかしそれをも砕く勢いでエナジーボールが進撃する。

 すれすれでそれを躱したカブトプスだったが、命中していれば一撃で瀕死は免れない攻撃だ。

 

「しっかり草技まで持ってる……やりづらいんだけど!」

「ウッフフフ! このくらいはまだ序の口よ。ウルガモスちゃん、鬼火よ!!」

 

 青白い炎が浮かび上がり、カブトプスの身体を焼いていく。

 

「やけどっ……!!」

「”エナジーボール”よ。これは耐えられないでしょう!?」

 

 宙に無数に浮かび上がる緑色の弾。

 それを次々にウルガモスは飛ばしていく。

 

「”あまごい”!!」

 

 飛来してくる弾幕を躱すため、カブトプスは周囲にスコールのような雨を降らせる。

 これで特性:すいすいが発動。弾幕を紙一重で躱し、ウルガモスに刃を突きつけた──が、ウルガモスも惑わすような動きでそれを躱してしまう。

 

「アブソル、戻れ! 今お前を消耗させられねえ! ……此処はアヤシシ、お前の出番だ!」

 

 アヤシシの背に跨るメグル。

 足を鬼火で爆破させることで跳躍力を伸ばしたアヤシシはサーフゴーに肉薄しながら、影の弾幕を展開させていく。

 しかし、ヒメノもまた、サーフゴーに”シャドーボール”を乱打させて相殺させるのだった。

 

「此処で死んでアークの礎になるか、アークの礎となって死ぬか。選ぶのですよー♪」

「さっすがヒメノちゃんだぜ……手持ちじゃねえポケモン使わせても一流だな」

 

 サーフゴーとは一度戦った事があるメグルだが、全身をバラバラのコインに変えることができる性質と、変化技が効かない特性、そして平均的に高い能力、そして優秀な複合タイプ──といったように、優秀な部分が組み合わさって強力な性質を形成しているポケモンだ。

 この変化技が効かないという性質が非常に厄介で、アヤシシの得意な催眠や混乱がサーフゴーには通用しないのである。

 

「はいーっ、それでは”ゴールドラッシュ”で押し潰すのですよー♪」

 

 天井から黄金のコインが降り注ぐ。

 それがアヤシシとメグルを押し潰していく。

 しかし、そこは流石の膂力というべきか、鬼火を爆破させてアヤシシは一気にそこから飛び出してみせる。

 だがそれを狙って狙撃されるのは”パワージェム”。顔面にそれを受けたアヤシシは怯み、更にコイン弾の追撃を受けてしまう。

 

「アヤシシ!!」

「あっはははは! 落ちるのですよ!」

 

 甲高いヒメノの笑い声が響く。周囲を見ても、アルカやノオトの戦績は芳しいものではない。

 ウルガモス、エレキブル、共に種族値が高いポケモンだ。

 それがキャプテンの指揮で更に強さに磨きがかかっている。

 かと言って今此処でメガシンカを切ってしまえば、後の戦いに響きかねない。メガシンカはポケモンに少なくない負荷を掛けるのでクールタイムが必要となる。

 

(なら、オーライズを使うか……!? キャプテン相手にこれ以上出し惜しみは出来ない……!!)

 

 オージュエルにメグルが手を伸ばそうとした瞬間だった。

 既にサーフゴーはサーフボードに乗って直上に移動しており、頭上から大量のコインを降らそうとしていた。

 

 

 

「──サーフゴー、トドメの”ゴールドラッシュ”なのですよ!!」

 

 

 

 迫りくるコイン。

 思わず目を瞑り、腕で顔を庇う。しかし。

 

 

 

「ガチグマ、”ぶちかまし”だッ!!」

 

 

 

 突如、巨大な影がサーフゴーを捕えて地面に叩き伏せた。

 うめき声を上げ、コインの化身は手を伸ばすが、そのまま更に殴打を繰り返され、沈黙するのだった。

 

【効果は抜群だ!! サーフゴーは倒れた!!】

 

「ッ……な、何者なのです!?」

「ガ、ガチグマ……!?」

 

 全員の視線は、中央ホールの入り口に注がれる。

 そこに立っていたのは──白衣姿の男だった。

 

「ごめんごめーん、でも……その子達には先に行ってもらわないと困るんだよねえ」

 

 適当で間延びした声の彼はすたすたとステージを降りていく。

 そして、メグルの前に立つのだった。

 

「やっほ、メグル君。助けに来てあげたよ」

「博士ーッ!! 何で!?」

「このガチグマは僕のポケモンだ。ま、頼れる助っ人ってヤツだね」

「ぐまぁ」

 

【ガチグマ でいたんポケモン タイプ:ノーマル/地面】

 

 重戦車の如き佇まいだった。

 泥炭を顔に塗りつけたヒグマのようなポケモンだ。

 それは、サイゴク地方の山間部の生態系で最上位に位置する生物であり、ゲーム上でも圧倒的な耐久力と火力を誇るポケモンである。

 メグルも野生で遭遇し、何度か死を覚悟したことがあるほどのポケモンである。

 

「イデア博士……どうやって此処に来たんスか!?」

「詳しい話は後! キャプテンが居ない時だからこそ、僕みたいなのが身体を張らなきゃと思わない?」

「み、見直した……博士がかっこよく見える……!」

「そこは素直にかっこいいって言ってくれないかなあ!? とにかく、キャプテン達は僕に任せてくれたまえ」

「任せるって──まさか全員相手にするんですか!? キャプテンは皆強敵揃いですよ!?」

「そうだねえ。だけど……止められない相手じゃないよ。僕のポケモンは生憎、相当鍛えていてね──ノココッチ、リキキリン!! 出番だよッ!!」

 

 イデア博士は続けて2つのボールを投げ込む。

 中から現れたのは、膨れた腹が連なったツチノコのようなポケモン。そして、ぎょろりとした目玉の付いた頭をフードのようにして被ったキリンのようなポケモンだ。

 

【ノココッチ つちへびポケモン タイプ:ノーマル】

 

【リキキリン くびながポケモン タイプ:ノーマル/エスパー】

 

(こいつ……確か、スカバイの告知で先出しされてたキリンリキの進化形、んでもってこっちがノコッチの進化形!? えーと、ノコッチって進化しなかったよな確か!!)

 

 キリンリキは第二世代に登場したポケモン。いずれもパッとしない性能の進化しないポケモンだったが、それが追加進化を得ることを事前の告知で話題になっていた。

 ノコッチに至っては告知なしで追加されたポケモンだったため、メグルからすれば初めて見る進化だ。

 

(ちょ、ちょっとネタバレされた気分……)

 

「さあて暴れるよ! リキキリン、ツインビームでウルガモスを攻撃! ノココッチはハイパードリルでエレキブルを攻撃だ!」

 

 先ず手始めにリキキリンが巨大な首を振り回してウルガモスと距離を離したかと思えば、目玉から鮮やかなビームを放つ。

 その威力はすさまじく、座席を焼き払いながらウルガモスも捕捉して翅を焼き切る。

 幸か不幸か翅そのものは燃え上がる炎と共にすぐ復活したが、それはハズシに警戒させるには十二分だった。

 更に、ノココッチは体をドリルのように回転させると、エレキブルの背後から攻撃するのだった。

 

「……な、何なの、この強さは……!!」

「エレキブル、しっかりしなさい!!」

「くっ、次のポケモンを使うのですよ……!!」

 

 キャプテン3人を1人で圧倒する実力。

 それを前にメグル達は何も言えなくなってしまう。

 

「ほら、行きな。サイゴク地方に滅んでもらっちゃ、困るんだよね」

「……ありがとうございます!」

 

 ぐっ、と親指を立てるイデア。

 それでメグル達は先に進むことを決心する。

 

「皆! 此処は博士に任せて先に進むぞ!!」

「大丈夫なのかなあ!?」

「博士はつえーッスから、何にも心配要らねえッスよ!」

 

 目指すは管制室。

 それを目指し、メグル達は下にある非常階段へ進んでいくのだった。

 そうして彼らが居なくなったのを確認した後、イデア博士は深く息を吐く。

 

 

 

「……さあて。僕も頑張っちゃおうかなあ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC39話:熱

 ※※※

 

 

 

 ──圧縮次元砲の発射まで、残り8分。

 管制室に居るのは、クガイとヒルギの二人だけ。

 二人だけで、新時代の始まりを見届けるつもりなのである。

 

「……なあヒルギよ。ワシはな、この醜い世界でビジネスという名のゲームで成り上がった身。しかし……人間とは、世界とは、まことに醜いものだったと痛感しておるよ」

「……」

「騙し騙されの欺瞞ばかり。このアークの船団は……そんな世界に疲れた者達の集まりだ」

「……ええ、俺もまた、その一人ですから」

「まことに感謝しておるぞ、ヒルギよ。お前が、圧縮次元砲の完成に必要な素材を集めてくれた。お前が居なければ、ワシの夢は完成せんかった。無駄に長生きした甲斐があるというものじゃ」

「感慨に浸るのは早いですよ、クガイ様……新時代の始まりには、()()()()()が付き物ですから」

「ああ、例の侵入者か。しかし間に合いはせんよ。サーフェスにネムも居る。管制室の周辺の警備も万全じゃからのう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 メグル達は、非常階段を駆け上がっていき、首領が居るであろう管制室に向かっていく。

 しかし、漸く管制室近くに入ろうとしたところで、メグル達は足を止められることになった。

 何かに怖気づいたわけではない。物理的に足が静止したのである。

 すぐさま鉄糸によるものだと気付いたアブソルはそれを日本刀のような尻尾で切り裂く。

 全員は身構えた。 

 この部屋に、例の抜け忍が潜んでいる、と。

 先に鉄糸に対して対抗できる霊体の身体のコノヨザルを繰り出したノオトは身構える。

 

「やっぱり来たのね。折角見逃してあげたのに、むざむざ戻ってくるなんて、よあけのおやしろはオツムが足りてないヤツしか居ないもの」

「……生憎、暴れるのがオレっちの専門ッス」

「もう少しで新時代が始まるというのに。どうして邪魔をするのか、理解ができないもの」

「あんたの実験の裏で!! 泣いている人が居るんスよ!!」

 

 ノオトは力強く叫ぶ。

 兄貴分であるメグルを悲しませたアークの船団を、決して彼は許しはしない。

 

「オレっちは……もう誰も泣かせねえ。そんなキャプテンになるって決めたんス。オレっち達の世界に邪魔なのは、あんたらの方だ!! さっさと方舟を止めろッス!!」

「……ノオト」

「メグルさん。故郷を侵される気持ちはオレっちだって分かる。分かるから──オレっちだって、あんたの為にキレても良いッスよね!?」

「……ありがとな。やっぱ俺、お前らと出会って良かったわ」

「へへっ──だから忘れんじゃねえッスよ。あんたにはいっつも、オレっち達がついてるんスから!」

「既存の秩序は全て破壊され、新時代が始まるもの。全てが自由な世界が、0から始まるのに。それって──最高に退屈しない世界だと思うもの!」

「破壊なんてさせないよ」

 

 アルカも前に進み出て、鉄糸を切り裂けるカブトプスを繰り出す。

 時空の裂け目が齎す災厄の先に何があったかを見た彼女に、アークの船団を止めない理由は無い。

 

「メグルの好きなこの世界を、これ以上壊させたりしないから。今度は──ボクがメグルの笑顔を守る番だ!!」

「アルカ……!」

「貴女、ヒャッキの人間よね? 余所者の癖に、サイゴクのキャプテンに与するのね?」

「ボクの故郷は──このサイゴクだ!!」

「……フン、何だって良いもの。私はあのキリりんを超えた、サイゴク最強の忍者だもの。……貴方達3人くらい相手できるもの」

 

 

 

「その方たちをあまり侮らない方が良いですよう? ネムさん」

 

 

 

 あのアニメ声が聞こえてくる。

 現れたのは、秘書のような姿をした女性だった。 

 しかし、その顔は端正だが何処か作り物のようだった。

 げんなりしながらメグルは女性を睨む。

 

「……お前、サーフェスだな?」

「えっ、サーフェスってさっきの”えーあい”だよね!?」

「AIをアンドロイドに組み込んでる──そうだろ」

 

 得意げに笑みを浮かべた女性──サーフェスはモンスターボールを握り締めた。

 

「……その通り! 今の私は超高性能清楚系美少女セクシー秘書AIなのです! はぁーやっと言えたァ……さっきはあのクソ虎が邪魔しやがったので途切れちゃいましたからぁ」

「あ、相変わらず盛り過ぎじゃねえか……」

「貴方達が置いていってくれたスイクン達ですが、なかなか面倒ですよう? 私の育成したタイプ:ゼノに善戦してますので。でも……彼らが此処に辿り着く頃には、もう我らの”圧縮次元砲”はチャージ完了しているでしょうね」

 

 サーフェスの言葉で、もう既に時間が無くなっていることをメグル達は察する。

 下手をすると、此処で幹部たちの相手をしている時間すら惜しい、と考える。

 

「……あんたの助けは要らないもの、サーフェス」

「いやいや、これが最善だと私は判断しましたのでー♪ 流石に貴方でも、メガシンカ持ち3人は厳しいのではないですか?」

「……メガシンカ!? ……こいつら3人とも、流島でメガストーンを手に入れたもの!?」

 

 驚愕した様子でネムは3人を見回す。

 そして腕に付けられたリングを見て、急に余裕がなくなったかのように、そして焦燥感に駆られたような表情を浮かべたのだった。

 その様子を見て、サーフェスは性格の悪そうな笑みで囁いた。

 

「ああそう言えば、ネムさん。データベースによれば貴女、流島での修行で──」

「うるさいッ!! それ以上余計な事を喋ったらブッ壊すもの!! あんたはどっちの味方よ!!」

「ひええ、怖い怖い」

 

 一気に激したネムはボールが割れる程の勢いで握り締める。

 

(かつての修行で何かあったのか……!?)

 

「──何でも良いもの! 貴方達には此処で消えてもらうもの! ──デンチュラ!」

「はいはーい、それではこの私も一肌脱いじゃいましょうか! タイプ:ゼノ! モデルはピクシーでお願いしますね!」

 

 飛び出すなり糸を吐き、そこに電気を纏わせるデンチュラ。更に横のタイプ:ゼノは腕をぶんぶんと振り回しながらメグル達に襲い掛かる。

 

「……メグルさん。こいつらはオレっち達が抑えるッス」

「うん。もう時間が無さそうだしね!」

「おいおい大丈夫なのかよ!?」

「はっ、舐められたものだもの! そうそう行かせるわけが──」

 

 電撃を放ち続けるデンチュラ。

 しかし。それを掻い潜り、カブトプスによる一閃が炸裂する。

 更に、タイプ:ゼノにはコノヨザルが必殺のドレインパンチを叩き込むのだった。

 一瞬で自慢の手持ちが圧倒され、ネムの顔はまたしても歪む。

 

(こんなやつらに、この私が……ッ!!)

 

「……良いからさっさと行って!!」

「あんたの手で、あんたの世界の仇を取るんスよ!!」

 

 激戦が始まった。

 鉄糸を放ってメグルを足止めしようとするネムだったが、それもアブソルが切り刻んでしまった。

 

「キャプテン相手に余所見するなんて、命知らずッスねぇ!!」

「メグルの邪魔はさせない! この世界も壊させない!」

「くそっ……取り逃したもの!!」

「あらあらー……でも、今から管制室まで行って……果たして間に合うんですかねえ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……間に合え……ッ!! 間に合え……ッ!!」

 

 

 

 階段を駆け上がり、通路を走り抜け、メグルは走る。

 アヤシシに跨り、駆け抜けるが、周囲には警備員も多く、更にドローンやポケモン達も攻撃してくる。

 先程のサーフゴーとの戦闘で体力が削れていたからか、アヤシシも息を切らせており、動きにキレがない。

 それでも全力を出してくれているのか、走り続ける。しかし──とうとう、アヤシシは足を止めてしまった。

 さっきの大部屋から管制室らしき部屋に向かうまで倒したポケモンの数など、もう覚えていない。

 戦ったトレーナーの数など、もう覚えていない。

 故にアヤシシはもう限界だった。

 

「戻れアヤシシ……ありがとな、今まで」

「ブルトゥ……」

「しばらく休め。鬼火の勢いが落ちてるからな」

 

 此処から先は──自分の脚で走るしかない。

 メグルはひたすら道なりに、そしてアブソルの導きに従って走り続ける。

 しかし、徐々に息が切れてくる。いつまで経っても辿り着きはしない。

 

「あれから……もうじきで10分……マズい、幾ら何でも……!」

 

 メグルは這うように、一歩、また一歩と中枢管制室に近付いていく。

 だが、もう身体が動かなかった。

 ポケモンの攻撃を彼自身も受けており、血があちこちから流れていた。

 

(……思えば、この世界に来てから……色んなことがあったな……)

 

 足はもう棒のようだった。

 迫りくる敵をポケモンで払い除け、それでもまだ辿り着かない。

 脇腹が痛い。苦しい。気持ち悪い。

 だが──それでも歩かねばならなかった。

 

(ユイに……出会って、博士に出会って……ニンフィア──イーブイに出会って……)

 

 今考えても出来過ぎた出会いだったな、と彼は思い返す。

 あの時ユイが居なければ、自分は死んでいたかもしれない、と考える。

 隣に居るバサギリに、アブソルに、そしてニンフィアに目を向ける。

 此処まで迫りくる敵と戦ってくれたのか、彼らも少なからず息切れしていた。

 

「大丈夫か……? 疲れてないか……?」

「ふぃるふぃーっ!」

「グラッシュ……ッ!!」

「ふるーる!」

「へへっ……流石だな」

 

 トレーナーに似たのかね、と彼は苦笑いした。

 

「世界の最後が来るなら……か。俺は、お前らが一緒でも何にも後悔──」

「ふぃーっ!!」

 

 ばしっ、とブイパンチが飛んだ。

 ニンフィアが怒った表情で睨みつけていた。

 

「……だよな。お前らは諦めたりなんかしねえもんな」

「ふぃーっ」

「行こうぜ。まだ間に合うかもしれねえ」

 

 這う這うでメグルは漸く、管制室らしい物々しい扉に辿り着く。

 それをバサギリが斬撃で破壊して、扉が叩き斬られた。

 押し入るように中に入る。そこには──

 

 

 

「はぁ──はぁっ──はぁっ──はぁっ──ッ!!」

 

 

 

 ──血だまりが広がっていた。

 床には、横たわっている白毛の少女。

 そしてその傍には、拳銃を構えたヒルギが激しく息を切らせていた。

 何があったのかメグルには分からなかった。

 しばらくして、漸く彼は理解した。

 人が死んでいる。

 白毛の少女──クガイの額に穴が穿たれている。

 

「これって──」

「……遅かったな、メグル。だが──安心しろ。俺が全部終わらせた」

 

 努めて冷静を装うようにヒルギが言った。

 

「ヒルギさん、何で──あんた、アークの船団の幹部じゃあ──」

「この女はなッ!! 俺の不倶戴天の仇だッ!!」

 

 ヒルギとは思えない程に激した声が管制室に響き渡る。

 

「この女は……口では争いの無い世界がどうこうと言ってるが……ッ!! この組織を此処まで大きくするまでに、多くのものを犠牲にして来た、正真正銘の()()だ!!」

「ま、待ってくださいよ、それってどういう──」

「俺がこの組織に入ったのは──この女の下らん理想に付き合って、最後の最期で裏切ってやるためだ」

 

 銃を捨てたヒルギは、これ以上はメグル達に手を出すつもりはないと言わんばかりに両の手を上げた。

 

「俺はな……サイゴクの出身じゃない。元はイッシュの人間だ。親父はそこそこ大きな商社の社長だったが……アーク・オブリビオン社に会社を乗っ取られたんだ」

「ッ……」

「その所為で親父は首を括った!! 俺は母と共に、サイゴクに逃げる羽目になった……ッ!!」

 

 その後、ヒルギはサイゴクでしばらく暮らしていたが、母もやがて病気で亡くなった。

 行く宛てが亡くなった彼は、リュウグウの家に預けられることになった。彼の家では、息子のように可愛がられていたという。そこでシャワーズとも仲良くなったという。

 しかし父が死ぬ原因となったアーク・オブリビオン社への憎悪は消えないままだった。

 それをずっと押し隠したまま、彼はずっと過ごして来た。

 サイゴクを離れた後、彼は──自らアークの船団に志願し、ありとあらゆる手段でクガイに近付くことを目指した。

 

「俺は自分のトレーナーとしての力を活かし、クガイの良き忠臣として他のあらゆる全てを……自分の感情も犠牲にして仮面を被って生きてきた! だが、これでもう終わりだ!」

「ヒルギさん……」

「争いも苦しみも搾取も無い世界を作る為に……搾取をしていたのはこの組織の方だ!! こんな下らん理想の為に、父は犠牲になったのかッ!!」

「それで、今までアークの船団の傍に」

「……ああ。この復讐を成し遂げる為に。ヤツが全てを手に入れるその寸前で──全てを奪ってやることにした」

 

 彼は頭を垂れる。

 それでも尚、人を殺してしまったことに対する後ろめたさがあるようだった。

 

「俺は……自首をする。抵抗はしない」

「……ヒルギさん。これで良かったんですか……? 他にも方法が……俺達に、助けを求めてくれれば──!」

「これは俺の戦い。俺一人でケリをつけるべき戦いだったんだ」

 

 メグルは何も言えなかった。

 もしも自分が同じ立場に立たされた時。

 例えばアルカの命が奪われたら──その時自分は冷静でいられるだろうか、と考える。

 

「罪は償う。だが、これで漸く……俺の人生は始まったんだ」

 

 

 

「あーあ、銃殺は……かれこれ何回目だったかのう」

 

 

 

 思わず二人は振り向く。

 血だまりの中に倒れていたクガイが──起き上がっている。

 頭に開いていた銃創は、最初から存在しなかったかのように塞がっていた。

 トリックではない。確かにあの時、クガイは死んでいた、とメグルは思い返す。

 

「な、何故だ、何故生きている……!! 幾らお前が不老の魔女でも……撃たれたら死ぬのではないのか……!!」

 

 その問に──あざ笑うようにクガイは答えた。

 

「ああ、言って無かったのう、ヒルギ。ワシは不老じゃが……()()()()()()、とまではな……ッ!!」

「……バ、バケモノめ……!!」

「おぬしがワシに背信しておることなど薄っすら勘付いておったわ。だが、ワシには時間が無限にあるのでな。楽しみにしていたのじゃよ。おぬしが尻尾を出す……その瞬間をな」

「貴ッッッ様!!」

 

 投げ捨てた拳銃を手に取ろうとするヒルギ。

 しかし、それよりも前にクガイはボールを投げる。

 そこから現れたのは──全身が黄色い鱗に覆われたドラゴンのようなポケモンだった。

 

 

 

「ぴーりゅぅ」

 

【カイリュー ドラゴンポケモン タイプ:ドラゴン/飛行】

 

 

 

 それは、ドラゴン。ドラゴンの中のドラゴン。

 ありとあらゆるポケモンの中でも、生命強度が一際強い生態系の頂点に立つ生き物だ。

 シャリタツとは違い、正真正銘身体能力に特化し、火を吐き、海を渡る伝説の生き物だ。

 

「残念じゃ、ヒルギ。ワシを裏切ったこと……後悔させてやるぞ」

「──セキタンザン!! SLブレイク──」

「”しんそく”」

 

 目にも止まらぬ一撃。ボールが投げられる前に、それが何度もヒルギの腹部に叩きこまれる。

 鉛よりも重く、弾丸よりも速い一撃。

 内臓を潰し、骨を砕き、人体を破壊する攻撃。

 衝撃が遅れて何度も叩き込まれ、ヒルギの口から血が噴き出し──そのまま彼は倒れ込む。ボールは開かないまま、その場に転がり落ちた。

 目の色は暗い。腹部からもどくどくと生温いものが溢れていた。

 

「なっ──ヒルギさんっ……!! しっかり──ッ!!」

 

 蒼褪めたメグルはヒルギに駆け寄る。

 誰がどう見ても助かるようには見えなかった。

 だがそれでも、彼は口を開く。その度に血が溢れ出た。

 

「……き……君の言った通りかもしれない……もっと他に方法があったのかもしれないな」

 

 後悔するように彼は言った。

 

「……でも巻き込みたくなかった……あんな優しい人たちを、復讐に……巻き込みたく……なかった」

「ダメです、喋らないでッ……!!」

「ああ、そいつはもうダメじゃ。普通の人間は、カイリューの”しんそく”に耐えられるようにできておらん。ワシを裏切ったことをたっぷり後悔しながら──死んでいけ、ヒルギ」

 

 パネルを目の前に浮かび上がらせると、クガイは再び「再起動」のボタンを押す。

 

「死ぬ前に……動機をべらべらと喋ってくれて助かったわい。だけどなぁ──()()()()()()()()など、いちいち覚えておるわけがないじゃろうが。理想には犠牲が付き物じゃろ」

「てんめぇ……ッ!!」

「そこのヒルギも同じじゃ。仕事の過程で、色んな奴を足蹴にしてきたんじゃからのう。ワシの事を言える立場かえ?」

「……バチは……当たるものだな。結局俺も……此処に辿り着くまでに色んなものを裏切って、犠牲にして来た……報いが、返ってきた」

 

 自嘲するようにヒルギは笑みを浮かべてみせる。彼なりに何処か、この結末を受け入れているようだった。

 潔白ではない。復讐のためと言い訳して、諦めて、汚い手段に手を染めてきた。

 

「これでは……リュウグウじいちゃんに……シャワーズに怒られても、仕方が無い……」

「そうだな。とんだ大バカ野郎だよ、あんた」

 

 ヒルギの手を──メグルは握り締める。

 

「頼れる人は幾らでも居たのに……自分からその手を振り解いたんだ、あんたは」

 

 強く強く、握り締める。そこに灯った最期の熱を確かめるように。

 

 

 

「だから……最期は俺がその手を握っておいてやる。俺だけは……あんたの傍に居てやる」

 

 

 

 ──なんや、どうしたオヌシ。腹が減ったんか? ワシの所に来るか?

 

 ──バカモーン!! 子供なんじゃから、子供らしくワガママを言うんや!!

 

 ──ほっほっほ、将来はおぬしがキャプテンでも良いかもしれんのう、シャワーズもそう言っちょるわい!

 

 ──ぷるるるるー

 

 

 

「──俺が……クガイを倒す」

「……熱い……熱い……な」

 

 

 

 最後に一瞬、彼はリュウグウの顔をメグルに重ねて見ており──涙を流していた。

 彼はそのまま動かなくなる。

 それでもメグルはずっと、その手を握り締めていた。

 

「おおーっ、熱い友情物語ってヤツかのう! 結構な事じゃて!」

「……ニンフィア」

 

 メグルはボールを握り締め、敵を見つめる。

 彼女は恐れず、毛を逆立ててカイリューに向かって威嚇をしている。

 

 

 

「──行くぞ。これが最後の戦いだ」

「フィッキュルルィィィ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC40話:壊龍

「──先に聞いておきてえんだけど。何が目的だ」

「なぁに見たじゃろ? 争いも何も無い世界。もっと言うなら……今とは違う世界が欲しいんじゃよ」

 

 

 

 事も無げにクガイは言い放つ。

 

「そのためには、既存の仕組みを全て破壊して0から始める……それだけじゃよ」

「……」

「今のこの世界がある限り、憎しみだとか争いとか面倒くさいモンは消えんじゃろ。じゃから、ワシが……新しい時代を作るんじゃよ。おぬしも見たいじゃろ、新時代」

「ハッ、生憎そんなもん要らねえよ」

 

(こんなヤツに別の世界がどうこうとか言っても響かねえだろうな、絶対……ッ!!)

 

「……そうか。だが、おぬしが何と言おうが関係ない。既に圧縮次元砲の準備は整っておる。とはいえ、折角じゃ。ワシに勝てたら、次元砲を止めてやるわい」

「やってやろうじゃねえか」

 

 馬鹿正直に相手が約束を守るかはさておき、ヒルギが殺されたことでメグルも腸が煮えくり返って仕方が無かった。

 コイツだけは許せない。コイツだけは放っておけない。

 そんなドス黒い思いがメグルを突き動かしていた。

 だが不思議と頭は冷静だった。

 対面はカイリュー、こちらがニンフィアだ。相手がドラゴンタイプで一見有利と思われるが、カイリューには恐ろしい特性:マルチスケイルが存在する。

 これにより、体力が満タンの時受けるダメージは半減される。これにより、カイリューはどのような攻撃も必ず一度は耐えるとまで言われているのだ。

 

「そのニンフィアで……何処まで戦える?」

「ぴーりゅう」

 

 管制室のだだっ広い空間で二人は向き合い、ボールを握り締める。

 

「”ハイパーボイス”ッ!!」

「”りゅうのまい”」

 

 爆音が空気を揺らす。

 妖精の加護を纏ったそれがカイリューを揺さぶっていく。

 怒りが入り混じったそれは、幾らカイリューと言えど受け切れるものではなかった。

 しかし、それでも──特性:マルチスケイルにより、複雑に入り組んだ鎧が致命傷を避ける。

 その隙にカイリューは雄々しく舞い上がり、自らの力を高めていく。

 

「……くすっ、お終いじゃ。このカイリューで……かるーく何匹のポケモンを捻ってきたかのう」

 

 カイリューの頭部が硬化していく。

 妖精が嫌う鋼だ。

 それが思いっきりニンフィアにぶつけられる。

 りゅうのまいで強化された攻撃から放たれるそれは、防御が薄いニンフィアにとっては致命的になりかねない痛打だ。

 しかし。

 

「──オーライズ”ブースター”ッ!!」

 

 ニンフィアの頭も鋼のように硬化していた。

 鋼技は──炎タイプと鋼タイプにはいまひとつだ。

 カイリューの攻撃は殆どニンフィアには効いていない。

 技を受ける直前で、メグルはオーライズを選んだのである。

 

「しまっ……ならば”しんそく”──」

「まだ俺のターンは終わってねえよ。もう1回、ハイパーボイスだ!!」

 

 妖精の加護を受けた大声が衝撃波となり、カイリューを吹き飛ばす。

 今度はもう、マルチスケイルによる加護は無かった。

 ヒルギの命を奪ったカイリューは、あっさりと沈黙したのである。

 それをボールに戻すと、クガイは次なる手持ちに手を伸ばす。

 

(こ、このニンフィア……何という破壊力……! まさか、トレーナーの感情に応じて能力が上がっておるのか!?)

 

「はははは! 面白い! 面白い! それがオーライズか! 久方ぶりに面白いぞ、メグルよ! だが……こいつはどうだ? キングドラ!!」

 

【キングドラ ドラゴンポケモン タイプ:水/ドラゴン】

 

「……水タイプで攻めに来たか。それなら」

 

 メグルはボールにニンフィアを戻し、シャリタツを繰り出す。

 キングドラは水とドラゴンを併せ持つポケモン。

 そして、シャリタツもまた水とドラゴンを併せ持つポケモンだ。

 

(種族値上でどっちが上かは分からねえけど……この勝負、鍛えてる方が勝つ)

 

「そんな小さきポケモンで! ワシのキングドラに勝とうとは笑止千万!! ”りゅうのはどう”!!」

「”りゅうのはどう”だ」

 

 速度は互角。

 二匹のドラゴンエネルギーがぶつかり合う。

 最初は競り合っていた”りゅうのはどう”だったが──徐々にキングドラの方が押されていく。

 

「ッ……何故じゃ!? どうなっておる!? ワシのキングドラが──」

 

 龍気は間もなく爆発した。

 キングドラは二体分の”りゅうのはどう”を受ける羽目になり、そのまま耐え切れず崩れ落ちる。

 

「は、ははは、まさか……そんなまさかじゃ。怒って……おるのか? おぬしのポケモン……!!」

 

 当然であった。

 故郷を失った主人の悲しみはボール越しでも伝わってきた。

 すすり泣く主人の姿は彼らだけが知っている。

 メグルだけではない。メグルのポケモンも──怒っている。

 これまでにない程に。

 倒れたキングドラをボールに戻し──クガイは次なる手持ちを繰り出す。

 

「バカな事があるものか!! 支給品のポケモンに手こずっていたおぬしらに押されるなどと!! ──こいつは少々手強いぞ!! ヌメルゴン!!」

 

【ヌメルゴン ドラゴンポケモン タイプ:ドラゴン】

 

 現れたのは全身が粘液に覆われたドラゴンだ。

 攻撃には秀でていないが、異様に突出して高い特防が強みであることはメグルも分かっていた。

 すぐさまシャリタツを引っ込め、メグルは次にヘイラッシャを繰り出す。

 

「──ヌメルゴン──”10まんボルト”!!」

 

 紫電の束が纏めてヘイラッシャに襲い掛かる。

 だが──ヘイラッシャは苦手なはずの電撃を受けても尚、強く強くヌメルゴンを睨み付けていた。

 そのまま、尻尾で地面を強く叩き、ヌメルゴンに襲い掛かる。

 

「”いっちょうあがり”」

 

 強烈な尻尾による一撃がヌメルゴンを襲った。

 ヘイラッシャが覚えるドラゴンタイプの技だ。

 龍気を纏った尻尾で強く強くヌメルゴンを叩きつける。

 ヌメルゴンは特防は高いものの、防御力自体は高くない。

 そして、怒りによって攻撃力が上がったそれを受けたことで、ぐらりと巨体が崩れ落ちていく。

 一撃だ。

 栄光のあるドラゴンでさえも、龍気を纏った一撃には敵わない。

 

「怒ってる? それだけじゃねえよ。キャプテンとの戦いから此処に来るまでポケモンには力を極力温存させてたからに決まってんだろうが。今なら、全力で技が出せるってもんだぜ」

 

(それでもアヤシシには無理させちまったけど……!)

 

「──ぬぅ。温存か。それならば次はこやつじゃ!! ジジーロン、来い!!」

 

【ジジーロン ゆうゆうポケモン タイプ:ノーマル/ドラゴン】

 

 現れたのは、白い体毛に身を包んだ老練とした東洋龍。

 大人しそうな見た目をしているが、メグルの知る限り、その特攻種族値は135。

 そこらのドラゴンポケモンのそれを優に上回る。

 

「確かこいつは防御の方が低いんだったな──次はお前だ、アブソル」

「ッ……何が来てもやることは変わらん!! ”りゅうせいぐん”じゃ、ジジーロン!!」

 

 天井から流星が降り注ぐ。

 しかし、それが着弾する位置をアブソルは先読みして把握しているので当たることはなく、更にメグルに飛んでくる流星も尻尾から放つ斬撃で爆破する。

 そして鈍足なジジーロンはそれ以上動けるはずもなく、素早いアブソルが一気に距離を詰め、尻尾を振り回す。

 

「”インファイト”だ、アブソルッ!!」

 

 斬撃が何度も何度も何度もジジーロンを切り裂いた。

 己の身も顧みない攻撃は、反撃さえも許さない。

 ジジーロンは再び”りゅうせいぐん”を呼び出そうとするが──断末魔の叫びを上げ、そのままぐらり、と倒れ落ちる。

 

「……ッ!! ……成程。おぬし、なかなかやるのう。ジジーロンの”りゅうせいぐん”を全弾躱したのはおぬしが初めてじゃ。だが、こいつはどうじゃ? ジュラルドン!!」

「──次はお前だ、バサギリ」

 

 現れたのは全身がジュラルミンのような合金の身体で覆われたドラゴンだった。

 全身が合金で覆われた身体では、バサギリの岩の斧は当然通らない。

 

【ジュラルドン ごうきんポケモン タイプ:鋼/ドラゴン】

 

「とうとうタイプで不利なポケモンを……あまり良い気になるでない!」

「”がんせきアックス”」

 

 にも拘わらず、メグルはバサギリに岩技を使わせる。

 半減の上に防御も高いジュラルドンには然程、そのダメージは通らない──と思われた。

 しかし、想像以上にバサギリの膂力は強く、ぎりぎりと鋼の身体に傷をつけていく。

 堪らずラスターカノンを撃ち放ち、バサギリを追い払うジュラルドンだったが、ひらりとバサギリは跳んでそれを躱し──

 

「”インファイト”で砕け!!」

 

 ──背後から、防御を捨てた連撃を放つ。 

 その猛攻は耐えきれるものではなく、鋼の身体を砕かれたジュラルドンは俯せに倒れるのだった。

 

「ッ……おいおい、ネムよ。話が違うではないか……!」

 

 目の前に立つ男と、それが使うポケモン。

 いずれもステータスがデータより大きく上回っているように思えた。

 ほぼ一撃。まともな攻防も無いまま──クガイは残されたポケモン1匹に追い詰められていた。

 

「……ポケモンはつえーけど……全然ダメだなお前。ポケモンの表面上のタイプしか見てねえのか──死なねえからバトルに本気になったこともねえんだろ」

「ッ……貴様。その口が利けるのも今のうちであるぞ? 行け──カイリュー!!」

 

 現れたのは二匹目のカイリュー。

 さっきの個体よりも一際大きく、そして目つきも何処か凶暴だ。

 当然、特性もマルチスケイル。どのような攻撃も一撃は耐えることができる。

 

「2匹目……か。まあ予想はしてたけどな」

 

 しかし、何処か冷めた目でメグルはそれを見ていた。

 自信満々で出したのは良い。だが──”がんせきアックス”を撃った以上、そこには見えない岩が漂っていた。

 次々にそれはカイリューに突き刺さっていく。

 その結果起こるのは、カイリューの体力が満タンではなくなってしまうことである。これでは、カイリューの強みは失われたも同然だった。

 

「お終いだ。”がんせきアックス”!!」

「”しんそく”!! あの小僧を潰せ、カイリュー!!」

 

 最早交代するまでも無かった。

 一気に飛び出したバサギリは石斧を構える。

 そしてカイリューは飛び出し、バサギリではなくメグルを狙って拳を振るう。

 だが──既にそれを見切っていたバサギリは一気に身体を捻じり、カイリューのどてっぱらに石斧を叩き込んだ。

 効果は抜群。

 一気に意識が刈り取られる。

 巨体はしばらく、宙を力無く舞っていたが──もう一度バサギリが石斧を脳天に叩きこみ、崩れ落ちる。

 勝負はこの瞬間に決した。クガイのポケモンは全て倒されたのである。

 

「さあ、まだ何かあるか? クガイ。……7匹目が居たら出してきても良いんだぜ」

「──久々の遊戯、楽しかったぞ」

「……何だと」

 

 次の瞬間、モニターに光が灯る。

 それは、サイゴク地方の上空を映し出していた。

 

「くっふふ、そうじゃ。ワシ自身あまりバトルは得意でなくてのう。洗脳したキャプテンの方が強いに決まっておろうが! ……だが、時間稼ぎなら出来る」

「まさかあんた──さっきの時点で、もう既に」

「そうじゃ。時間が経てば、圧縮次元砲はオートで発射されるようになっていてのう。おぬしに暴れられて、砲塔を壊されるのが一番癪じゃったから、一芝居打った……というわけじゃ」

 

 まあ負けるとは思っておらんかったがのう、とクガイは続ける。

 

「──この際どうでもええわい!! 新時代の幕開けじゃッ!! 圧縮次元砲が──空に大穴を開けるのじゃーッ!!」

 

 手を広げ、狂気的な笑みを浮かべるクガイ。

 しかし──いつまで経っても圧縮次元砲が撃たれる様子はない。

 ぴくり、と眉を顰めると、彼女は急いでコントロールパネルに向かう。

 

「は、ははは、そんな馬鹿な。さっきまでは……こうではなかったはず……」

「……?」

「待て、待つんじゃ──ッ!! おかしい、おかしい!! 次元砲が、次元砲の動力が動いて──まさか!!」

 

 だっ、とクガイは管制室から駆け出す。

 追いかけようとしたメグルだったが、その前にコントロールパネルの様子を見る。

 そこには、圧縮次元砲の画像が図式で映っていた。

 しかし、その中核を担うであろう動力炉が──「EMPTY」、つまり「空」となっていたのである。

 

(燃料切れ……? どうなってるんだ……!? 今から撃とうってのに……!?)

 

 すぐさま逃げたクガイをメグルは追いかける。

 さっきまで余裕の表情だったクガイの慌て方はどう見ても只事ではなかった。

 ヒルギの亡骸をちらりと見やると──メグルは痛む脚を押さえ、もう一度走り出すのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁ、はぁ──ッ!!」

 

 

 

 辿り着いたのは「動力室」と書かれた大きな部屋だった。

 直接砲塔に繋がっているのか、とても蒸し暑く、周囲も赤暗く光っている。

 必死の形相を浮かべて走るクガイは、胸を押さえながら漸くその部屋に辿り着く。

 そして、炉心となっているであろう巨大なカプセルの前に立っている人物に向かってヒステリックに彼女は叫ぶ。

 

「貴様ァ!! それは……それはワシの理想じゃ!!」

「……理想、ね。ダメじゃない、そんなもののために、ポケモンをこんな所に閉じ込めてたら可哀想だよ」

 

 それを受け流し、振り返ったのは──イデアだった。

 メグルは思わず胸を撫で下ろす。

 

「ああ、メグル君。圧縮次元砲? ってヤツの動力炉は僕が抜いておいたよ」

「よ、良かったあ……止まったんだ……」

「とんでもない代物だよ。ポケモンを動力源にして動かす兵器。デイドリームも似たような仕組みだったね。開発者が同じなのかな」

「……博士。これで終わったんですかね? 全部……」

「圧縮次元砲とやらが動くことはもう、金輪際無いと思うよ」

 

 ふふっ、と彼は微笑む。

 だが当然、クガイは内心穏やかではない。

 

「……返せ!! 返すのじゃ!! それは、ワシの理想!! 何年かけて完成させたと思っておる!!」

「分かるよ分かる。100年近く追いかけ続けてたんでしょ? 悪いねえ、でももうこの通りでさ」

 

 博士が握り締めていたのは、紫色の半球に赤いMの字が刻まれたボールだった。

 それは──メグルもどのようなものか知っていた。

 

「……博士、それってマスターボール……ですよね」

「ああ、シルフカンパニー製の最高級ボールさ。いやあ大変だったよ、これを手に入れるの」

「返せ!! 返すのじゃ……ッ!!」

「ところでさあ、君、100年近く夢とか追ってたんだって? 案外僕達似た者同士なんだろうね」

 

 ま、それもそうか、と彼は続ける。

 

「……僕もこいつの力はよく知っていてね。こいつの炎に焼かれると、人としての身体を失い、蘇る。そうしたら不老不死のバケモノになるわけさ」

「ふ、不老不死……!?」

「そう。勿論、こんな力を持ってるポケモンはこっちには存在しない。時空の裂け目の先、ヒャッキ地方に生息していた伝説のポケモンというやつさ」

「そ、そうだったのか……!? ワシはてっきり、サイゴク特有の姿かと……!!」

「持ち込まれたのさ。そして逃げ出した。500年前に……ね」

 

 メグルは違和感を覚える。初めて聞く話だ。

 

「……博士。そんな伝説のポケモンを知ってるなら……何で教えてくれなかったんですか? 今の今まで」

「うん?」

「しかも、ヒャッキから持ち出されたのって”赤い月”──ルギアですよね。でも、ルギアは俺が捕まえたはずじゃ──」

「ああ、もう1匹居たんだよ。500年前、ヒャッキから持ち出された伝説のポケモンはね」

「フィッキュルルル!!」

 

 次の瞬間だった。

 今まで大人しくボールに入っていたニンフィアが飛び出す。

 そして、いつものように全身の毛を逆立て、博士に向かって威嚇をする。

 

「”赫耀の月”──対になるは”灰燼の日輪”。月のある所には必ず太陽がある」

「何で、それを黙ってたんですか」

「……ふふっ、言える訳無いじゃない。この時、この瞬間までは……ね!!」

 

 そのまま握っていたマスターボールを宙高く放り投げる。

 ボールは思いっきり音を立てて開く。

 

 

 

「ショォォォォーッッッ!!」

 

 

 

 それは、色を失った灰燼の羽根。

 死の灰を振りまくそれは、直視すると希望が奪われていくかのようだ。

 目は荒々しく赤く輝いており、凶暴性を露にしている。

 

 

 

「500年前に……()()()()()()んだ。ルギアも……この、ホウオウもね」

 

 

 

【ホウオウ(かいじんのひのわ) かいじんポケモン タイプ:炎/飛行】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC41話:むかしむかし

 ※※※

 

 

 

 ──むかしむかし、ある所に、イデというしがない旅人が居ました。

 イデは昔、あるおやしろで修行していましたが、ヌシ様に選ばれず、キャプテンに選ばれませんでした。そのため、おやしろを出て放蕩の旅をしていたのです。

 そんな彼はある時、崖の下にあった大きな裂け目に落っこちてしまいました。

 その先は、見知らぬ国、ヒャッキの国でした。

 向こうの世界は豊かな自然に豊かな人々、サイゴクのようなしみったれた田んぼばかりのクソ田舎、そう──クソ田舎と比べても居心地がいい場所でした。

 更に彼らは、不思議な瓢箪で、後にポケモンと呼ばれる生き物を捕える習慣まで持っていたのです。

 そこで彼は向こうの人々に歓迎されながら、冒険を続けていました。

 ある時、彼は不思議な話を聞きました。

 ヒャッキの幽境の谷の奥深くに、灰色の日輪が燦燦と輝いている、と。

 好奇心が抑えられない彼は、持っていた瓢箪と連れていたお供のポケモンと共に谷へ出かけました。

 そして、数日もしないうちに、灰色の日輪と呼ばれる鳥を捕まえてしまったのです。

 それを捕まえたイデは、すっかり皆からちやほやされて良い気分になっていました。うっかり瓢箪から出したが最後、大暴れするくらい手が付けられないやべーヤツだったのは黙っていました。

 さて、調子に乗ったイデは──この地方に伝わるもう1つの伝説のポケモンも捕まえたくなってしまいました。

 それが”赫耀の月”、または”赤い月”とも言われる、ヒャッキに生息するルギアだったのです。

 このヒャッキに恵みの風を運び、瘴気を吹き飛ばす役割を担うポケモンでした。

 捕まえたらヤバいことになるのは分かってたけど、好奇心が抑えられなかったのでウキウキで捕まえにいくことにしました。

 当然皆はそれを止めましたが、イデは夜こっそり町を抜け出し、遂にルギアを捕えてしまったのです。

 皆は勿論怒りました。悪い事は言わないから赤い月を返せ、と。

 イデは言い返しました。

 誰が苦労して手に入れたルギアを返すものか、俺はこのまま帰る。帰って皆に自慢するのだ。そんでもって、俺をバカにしたおやしろの連中を見返してやるんだ。

 町の人々は言いました。

 力づくでも取り返す。逃げるならば、そっちに攻め込んででも取り返すぞ、と。

 イデは、今まで瓢箪で捕まえたポケモンで町の人々をこてんぱんにした後──考えました。

 このままだとヒャッキの人々はサイゴクに攻めてきます。ヒャッキに幾つかある裂け目を通って。

 そうなると真っ先に狙われるのは自分です。

 うっかり彼らがサイゴクの人々と手を組んだ日には最悪です。

 そこで考えました。

 

 

 

 そうだァ! おやしろに全部擦り付けよう! 僕もしかして天才?

 

 

 

 そう考えたイデは「自分がサイゴクを支配するおやしろの遣いである」と名乗り、裂け目からヒャッキを出たのです。本当は無関係な只の旅人なのにね。

 さあてそれから数日後、本当にヒャッキの人間たちが大きな軍勢を率いてきました。何でだろうなあ。

 あー、これはいけません。町が燃えます。人が燃えます。

 しかもヒャッキのポケモンが裂け目からどんどん降ってきます。

 おやしろ側も、ヒャッキ側も、なんか勝手に衝突して勝手に死んでいきます。

 彼らが求めるのは赤い月。当然おやしろの人々は何のことだか分かりません。分かるわけがありません。何故なら何も知らないから、本当に。

 あー、おかしいなあ、赤い月盗んだの僕なんだけどなあ、あいつらおやしろに攻め込んでるよ、何でだろ。ははは、おもしろ。

 とはいえ彼も鬼ではありませんでした。 

 自分で起こした火種は自分の手で消そう。おやしろ元はと言えば悪くないし。ヒャッキの連中さえ追い払えばそれで万事解決だし。そう考えて──瓢箪から二匹のポケモンを解き放ったのです。嫌な予感はしてたけど、知ったこっちゃありませんでした。

 

 何と言う事でしょう、二匹のポケモンは全くと言って良い程イデの言う事を聞きません。

 

 それどころか、灰燼の日輪はイデを炎で焼いてしまったのです。

 おまけにその炎は不思議な炎。イデの身体を焼き尽くすと、不死身の身体へと変えてしまうのでした。すっごく熱かったそうです。

 そのまま赫耀の月と灰色の日輪もサイゴクの地を嵐と炎で焼き払っていきます。そりゃそうだ、いきなり違う所に連れて来られたら、どんな生き物でもビックリするに決まっています。

 伝説のポケモンだから、びっくりして暴れるスケールが桁違いだっただけのことです。

 サイゴクの民もヒャッキの民も関係ありません。両陣営は壊滅的な被害を迎えたのでした。

 うーん、これもしかしてマズいヤツ?

 イデは瓢箪に彼らを戻そうと思いましたが、暴れ狂う彼らに成す術もなく、木陰に隠れていることしかできませんでした。

 そのうち、暴れて気が済んだのか、灰色の日輪はアラガミ遺跡の方へ飛んで行きました。

 しかし、赤い月は全くと言って良い程大人しくなる気配がありませんでした。多分性格の違いなのでしょう。きっと。

 おやしろの人々は考えました。そして──5つのおやしろそのものを結界と化し、ルギアをサイゴク山脈に封じることにしたのです。海の化身だから、山に封じ込めれば力を弱められるんだってさ。はは。

 その後、それをどうやって封じたのかはイデも知ったこっちゃありませんでしたが、結局の所おやしろの手で災禍は収まったのです。

 ルギアはサイゴク山脈に封じられ、ホウオウは何処へやら行方知らず。

 封印を解こうにも、二度と封印が解けないように解呪法諸共、当時の記録はおやしろによって闇に葬られてしまったのでした。

 そしてホウオウの炎の所為で死ぬに死ねなくなってしまったイデは今に至るまで、不死身の身体をエンジョイしつつも──何とかルギアとホウオウをもう一度その手に収める方法を探すことにしたのです。

 

 ──ちゃんちゃん☆

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──灰燼の日輪ってポケモンは谷の底で暮らし、ひっそりと瘴気を貪る。だから……ヒャッキの人々にはあまり深く知られてなかったんだ。一方、赫耀の月は空高く飛び、風に乗った瘴気を吹き飛ばす。だから有名だったんだよね」

「ッ……」

「……分かった? これが、ヒャッキとサイゴク、むかしばなしの真相……ってワケ」

「……ウ、ウソですよね? イデア博士。あんたが……やったんですか? あんたの所為で──500年前の災厄は起こったんですか!?」

 

 今のイデアの告白が全て本当ならば、ヒャッキがサイゴクに攻め込んできたのも、ヒャッキが荒廃したのも、テング団とサイゴクの戦いが起こったのも、そしてアルカが冷遇されてきたのも、元を辿れば──全部彼の所為ということになる。

 元は辿れば全て彼が元凶ということになってしまう。

 

「だって──君なら分かるでしょ? トレーナーなら、強いポケモンが欲しくなるよね。珍しいポケモンが欲しくなるよね」

「……ヒャッキ地方を犠牲にしてまで、やることじゃなかったでしょ……!? その後にサイゴクも……ッ!!」

「自分に降りかかる火の粉はできるだけ避けたいからね。おやしろが良い傘になってくれた」

「何で、それを今、俺に言ったんですか……ッ!!」

 

 軽薄な笑みを浮かべながらイデアは答えた。

 

「──感謝を伝えたかったんだよね。君のおかげで、ルギアもホウオウも手に入ったからさ」

 

 そう言った彼の手にはハイパーボールが握られていた。

 半透明になってはいるが、そこには確かに、かつてメグルが捕まえた赫耀の月が丸まって入っていた。

 

「俺が捕まえたルギア……ッ!!」

「いいや、500年前に僕が捕まえたルギアだ。僕の手に掛かれば、ボックスに預けられたポケモンのID書き換えと引き出しなんて簡単に出来るんだよ。だって君、誰が管理してるボックスにポケモン預けてたと思ってるんだい?」

「……ッ」

 

 博士だ。

 博士の管理しているボックスに、今までメグルはポケモンを預けていたのだから、管理権限も彼にある。

 

「いやー、助かったよ。テング団の事件を解決してくれてありがとう。サイゴク地方を救ってくれてありがとう。僕の為に──今まで戦ってくれてありがとう」

「ッ……」

「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう」

 

 メグルは俯く。

 此処までの自分の行動、全てがイデアが2つの伝説を手にするためのものに繋がっていた事に恐怖すら覚えた。

 

「フィッキュルルィィィッ!!」

「おおっと、そんなに唸るなよニンフィア──もしかして、本性を見透かしてたとか? ……まさかね」

 

 イデアはもう1つのボールも宙に放る。

 中から現れたのは、赫耀の月。それが両者ともに、メグルの敵となって相対する。

 

「ギャアァァァァース!!」

「ショォォォォォォーッ!!」

「ルギアに、ホウオウ……ッ!!」

「さあてと、楽しいショーの前に……僕以外の不死者には消えて貰おう」

 

 イデアが狙ったのは──哀れにも動力カプセルの前で慟哭する白髪の魔女。

 

「ヒャッキの瓢箪と現代のボールの性能は比べるまでもない。どんな伝説のポケモンも、僕程のトレーナーになれば……こうやって従ってくれるってわけ」

「ひっ──」

「おい待て、やめろ博士──ッ!!」

 

 

 

「──”かいじんのほのお”」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ルカリオッ!!」

「──ヘラクロス!!」

 

 

 

 二匹のメガシンカポケモンが連携しながら巨大なヤドカリのようなポケモン・イワパレスを打ち砕く。

 更に、攻撃の勢いでルカリオが跳躍し──トドメだと言わんばかりに、タイプ:ゼノへ”はどうだん”を撃ち放った。

 その攻撃に耐えられず、リザードンの姿をしていたタイプ:ゼノは沈黙して昏倒。そしてイワパレスもまた、倒れ伏せるのだった。

 これで、ネムとサーフェスの使っていたポケモンは全て倒されたのである。

 

「……もう観念するッスよ、ネムさん。ワイヤーマシンもルカリオがブッ壊した。あんたには何も残ってねえよ」

「──噓でしょう……!? 何で……!! 私はキリりんよりも強くなったはずなのに!!」

「悪いけど、キリさんの方があんたよりも何倍もつえーよ。バトルの腕だとか忍術だとかじゃなくって」

 

 ぐっ、とノオトは胸を指差す。

 

「重要なのは……ここの強さじゃねーんスか、ネムさん」

「ッ……だって! あの子は何処まで行っても天才なんだもの! 追いつこうと思ってもすぐに引き離される! 私よりも年下なのに……人見知りでまともに話せないくせに!」

 

 悔しそうにネムは叫んだ。

 そして、縋りつくような目をノオトに投げかける。

 

「あなたなら分かるでしょう!? 優秀なお姉さんを持ち、全キャプテンの中でも最弱と蔑まれている貴方なら!」

「──分かりっこねーよ」

 

 ノオトは冷たく言い放った。

 

「どんなに人からバカにされようが……自分が自分を見放したらオシマイなんスよ。ポケモン達にも……申し開きがねーッスから」

「ッ……」

「それにキリさんは──自分の弱さに人一倍向き合った、それだけッス。あんたは……キリさんより劣る自分を直視できなくて、全部投げ出しただけの、只の弱虫ッス」

「……そんな……ッ!!」

「あーあー、女の子を泣かせちゃって罪深いですねぇー、貴方って人は」

 

 茶化すようにサーフェスは言った。当然アルカが、彼女に詰め寄る。

 

「ッ……ちょっと! 人が真面目な話をしてるんだよ!? その言い方は無いじゃん!」

「そんな事よりおかしいんですよね。私、前と違ってオペレーションAIじゃないので此処のシステムの事は分からないんですけど……それでも、圧縮次元砲が発射された気配が無いんですよ」

「まさか──メグルさんが次元砲を止めたとか!?」

「本当にそれだけなんでしょうかねえ?」

 

 訝しむようにサーフェスが語る。

 

 

 

「……怪しい動きが起きているのは確かだ」

 

 

 

 全員は振り向いた。

 そこには──ボロボロで傷だらけのキリが引きずるようにして歩いて来た。

 すぐさま駆け付けたのはノオトである。彼女を抱きかかえ「大丈夫スか!? キリさん!?」と呼びかける。

 

「しょ、正気なんスか!? キリさん!?」

「ああ……拙者は大丈夫だ」

「ッ……ウソでしょ!? 洗脳できなかったから檻に繋がれてたんじゃ──」

「鎖と鉄格子に切れ目が入っていた。だから、自力で突破出来たでござるよ……ついでに、我々の大事な手持ちも返してもらった」

 

 そう言ってキリはズダ袋を掲げてみせる。

 その姿を見て──ネムはへたり込んでしまった。

 確かに勝負では勝ったかもしれない。しかし、忍者としては完敗だ。

 

「は、はは……薄々勘付いていたもの。不意打ちに逃げて……そして、何があるか分からない自由な新時代に逃げて……逃げてばかりの私に、勝てるわけがなかった」

「忍に勝ち負けはござらん」

 

 キリは続ける。

 

「大事な物を守る為に耐え忍ぶ……それが忍の在り方。あの時拙者は確かに、ネム殿にしてやられたのでござるよ」

「ッ……ふふっ、貴女にそう言われても嫌味にしか聞こえないもの」

「いーや、キリさんがそういうことを言えない人なのは……あんたも知ってるっしょ?」

「……そうね」

 

 観念したようにネムは俯いた。

 しかし、その顔はすっかり憑き物が落ちたようだった。

 

「──って、キリさん! 怪しい動きってどういうこと!?」

「先ず、拙者を打ちのめしたのはヒルギ殿だ」

「あの裏切り者……ッ!!」

「しかし、ヒルギ殿は拙者が意識を失う直前にこう言ったのでござる」

 

 

 

 ──クガイの計画は俺が止める。目が覚めたら1階保管庫にある仲間のボールを取り戻せ。

 

 

 

「……とな」

「ッ……ヒルギが、クガイを止める……!? そんなのウソっぱちッスよ!! まさかそれを信じて、保管庫に行ったんスか!?」

「どの道今の拙者では、クガイを止める事は出来んだろうからな。鉄糸も無ければポケモンも居ない。ならば、先に戦力を取り戻すことを優先し、貴殿たちが来ることを信じた」

 

 現にこうして来てくれたからな、と彼女は続ける。

 

「そして、ヒルギさんの言った通りに保管庫にボールがあったんだ」

「ヒルギのヤツ、何考えてるんスかね……ッ!!」

「分からん。ところで、例の圧縮次元砲とやらは──」

「メグルが止めに行ったよ」

「そうか……発射されていない辺り、食い止めたのかもしれんな。後は、他のキャプテン達を探し出すだけでござろう」

「それなら今、イデア博士が相手してるッスよ! 確か──でっかいホールみたいな場所で!」

「中央ホールか。なら博士に任せておけばいいか。我々は管制室とやらに向かおうか」

 

 それで、とキリはポケモンと鉄糸を奪われた抜け忍、そして手持ちを失ったAIに呼びかける。

 

「貴殿達はどうする」

「……降参だもの。抵抗しようにも抵抗できないし──するつもりも、もう無いもの」

「あれ? もしかして私も降参しないといけない流れです?」

「たりめーっしょ、この場でぶっ壊しても良いんスけど」

「しかも今キリさんがキャプテン全員分のモンスターボール持ってるんだよ」

「ひいい、勘弁してください! 前と違って、これが本体なんですゥ!!」

 

 と、サーフェスが悲痛に叫んだその時だった。

  

 

 

『──警報、警報、動力炉に深刻なダメージ!! 総員退艦せよ!! 警報!! 警報!!』

 

 

 

 明らかに不穏なアラートが船内に響き渡ったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC42話:曇天

今日は22時まで断続的に更新します


 ※※※

 

 

 

 

「──ホウオウ”かいじんのほのお”」

 

 

 

 ホウオウが一度宙を舞うと──青白い炎がクガイに吹きかけられる。ポケモンで抵抗しようとしたが、さっきの部屋に置いてきてしまったので、出すこともできない。直後、メグルも近付けない程の高温の炎が爆ぜる。

 

「なっ、やめ、やめるのじゃホウオ──ぎゃああああああッ!?」

 

 悍ましい悲鳴が、その場に響き渡る。

 肉が溶ける。焦げる。そして、消えていく。

 この世の地獄のような光景に、メグルはへたり込んでしまった。

 

「──不死身の怪物を作る青白い炎。それを不死者がもう一度受けると、どうなると思う?」

「ぎゃ、ぎゃあああ!? 熱い、熱いのじゃ!! ワ、ワシは、新時代、を──」

「不死の呪いは解かれて──肉体は崩れ落ちる」

「あ、あづい、あづ、い……ッ」

 

 業火は勢いよく不死者の身体を一瞬で焼き尽くしていく。

 肉体は炭と化し、その身に宿っていた力も消えていく。

 肉の燃える嫌な匂いすら残らなかった。

 

「争いも、苦しみも、ない、せかい、を──」

 

 そう言い残し──最初から存在していなかったかのようにクガイは消え失せた。

 ホウオウの炎もまた、周囲を焼くことなく、鬼火のようにふぅと消える。

 

「争いも苦しみもない世界ってのは……ちょっとつまらないかなあ。だって、ポケモンバトルも無くなっちゃうよね」

 

 同意を求めるようにイデアはメグルの方を向いた。心底ぞっとした。人を殺めておいて、一切感情が動いていないのだ、この男は。

 

「大企業の社長で収まっていれば良かったのに、引っ込みがつかなくなったのかなあ。ま、伝説のポケモンを手に入れちゃったらそうなるよねえ」

「こ、殺すことはなかっただろ……!!」

 

 メグルは批難するように彼を睨む。

 全く気にすることがないように博士は肩を竦めた。

 

「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ。それに、この女がやってきたことは君だって分かるだろ?」

「そ、それは──」

「だから、こいつは居なくなって良いヤツなんだよね。不死者は僕だけで良いんだ」

 

 確かに、クガイの実験の所為でメグルの世界は滅びたも同然だ。

 それでも平気でポケモンを使い、人に手を掛けるイデアの精神性にメグルは底知れない恐ろしさを感じとる。

 

「ッ……何が目的なんだ博士。伝説のポケモン2匹を揃えて、終わりってわけじゃないだろ」

 

 そう聞かれて、彼は踵を返す。

 

「ある時は旅人のイデ、ある時は薬売りのでっつぁん、ある時は絵描きのデイゴロウ、ある時は──生物学者のイデア。顔も幾度となく変えたし、名前も変えたよ。結局、今の名前と立場が一番気に入ってるけどね」

「何の話だよ……ッ!!」

「気に入ってるけど──流石に飽きちゃったかな。次は何をしようか。君もそれを考えてる時が……一番楽しいだろう?」

 

 少し考えた後、イデアはとびきり無邪気な笑みを浮かべてみせる。

 

「……そうだ! ルギアとホウオウを()()()()()()()として……僕がこの世界の頂点(キャプテン)になる……とかどうかな」

「……ふざけてんのかよ、博士」

「ふざけてなんかない。折角伝説が2匹も居るんだ。それも、サイゴクを幾度となく災禍に陥れた伝説だよ。それを今手にしているのは僕だからね……立ってみたいのさ」

 

 にっこりと笑みを浮かべた彼は続ける。

 

 

 

「──この世の頂点って奴にね」

 

『──警報、警報、動力炉に深刻なダメージ!! 総員退艦せよ!! 警報!! 警報!!』

 

 

 

「な、何だ……アラート!?」

「……ああ。此処に侵入する時に仕掛けておいたんだ──博士特製時限爆弾。もうこの船はダメだよ。もう直に墜落する」

 

 方舟はがたがたと震え出し、突如揺れ出す。

 さらっととんでもないことを言ったイデア博士はパチンと指を鳴らすと、ホウオウとルギアをメグルに向かって嗾ける。

 幾ら何でも禁止伝説級2匹は彼の手では手に余る相手だ。

 それだけではない。イデア博士が裏切者だったことへのショックでメグルは立ち直れていない。

 

「で、僕は不死身だからどうなったって死なないんだけど……その前に、君にも消えて貰おうかな」

「ッ……!?」

「ごめんねー、君には散々世話になったけどさ──やっぱ邪魔されるだろうからね。大丈夫大丈夫! アルカ君たちを悪いようにはしないからさ」

「ニンフィア……オーライズだ!!」

「ふぃーッ!!」

 

 危険を感じた。

 メグルはボールにニンフィアをオーライズさせようとする。

 纏うは氷水の鎧。炎に対抗するにはこれしかない。

 しかし──オージュエルが反応しない。

 

「な、何でッ……!?」

「何でもクソもないよ。考えてみたまえ、君のオーパーツを調整したのは……誰だい?」

「ッ……あ、あああ……!!」

 

 メグルの顔から血の気が引いていく。

 オーパーツとなる宝珠を作ったのは他でもないイデア博士なのである。

 

「僕の遠隔操作一つで……宝珠は機能停止するようになっていてね。君は今、オーライズは使えない」

「この、詐欺師が……ッ!!」

「何とでも言えばいい。この世は騙し騙され、欺瞞が罷り通る。……安易に僕を信じた、君自身を恨みたまえ」

 

 既にホウオウは全身に爆炎を纏っており、部屋の天井に小さなドス黒い太陽が熱を放っている。

 もうメグルに打つ手は残っていなかった。すぐさまニンフィアを庇うように覆いかぶさる。

 

「フィッキュルルルル!?」

「ああ、ニンフィア。研究所に居た頃の君はやんちゃで……可愛かったよ。でも──少々やんちゃが過ぎたかな」

「キュルルルルル……ッ!!」

「先に言っておく。この技は500年前の災禍で都を大火災に陥れた技だ。炎なんて生温いもんじゃない。黒い太陽が、目の前のもの全て飲み込む。”ならくおとし”と一緒にしてもらっちゃ困るね。勿論君達は……不死身になんて、してあげないよ」

 

 黒い太陽が周りのもの全てを溶かし──突き進む。次第に巨大化しながら──

 

 

 

「さようなら、メグル君。でも……大好きな相棒と一緒に逝けて、本望だろう?」

 

【ホウオウの ──てんちゅうさつ・そらなき!!】

 

 

 

 膨大な熱を放ちながら、爆音が響いた。

 熱が収まった時、メグルとニンフィアの居た場所は抉れて消えていた。

 高圧縮された熱エネルギーは、ありとあらゆるものを一瞬で溶解させる。

 跡形もないどころか床諸共抉れた動力室。

 そのまま──何事も無かったかのように、イデア博士は裏口から動力炉を立ち去るのだった。

 

 

 

「さーてと、皆を助けに行かないとねえ♪」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なっ、何今の爆発──!?」

 

 

 

 警報を受け、中央ホールに出向き、案の定倒れていたキャプテン達を救出したアルカ達の耳に轟いたのは──爆発音だった。

 彼らを背負いながらいよいよ脱出しようとした矢先に、イデア博士が裏口から飛び出してくる。

 

「皆っ、無事かい!?」

「イデア博士! 何処行ってたんですか!?」

「メグル君と一緒に動力炉を止めてたんだ。おかげで、圧縮次元砲とやらは止まったけど……奴ら、僕らをみちづれにするために爆弾を仕掛けていたらしい。全く小賢しいったらありゃしないよ」

「爆弾ンンン!?」

「博士、メグルは大丈夫なの!?」

「安心してよ。彼はアヤシシに乗って非常口から逃げたってか、僕が逃がしたんだよ」

「よ、良かったッス……」

 

(ああ、逃がしてあげたよ……()()()()()()()()()()()……ね)

 

 黒い笑みは胸の中だけに留め、イデアはすぐさま他の全員の脱出を手引きするべく指をさす。

 

「とにかく、早く逃げよう! 此処ももう長くないよ!」

「ああっ、天井が崩れてきたッス!?」

 

 キャプテン達を庇いながら、各々は壁に開いた大穴からライドポケモンに乗り込み、脱出していく。

 

「そういえば、スイクン達はどうしたんスかね!?」

「今気にしてたら僕達まで巻き込まれる! 早く出るんだ!」

「メグル、避難したって言ってたけど、何処に行ったんだろう……!?」

「……ネム殿!! 早くッ!!」

「い、良いの、キリりん……?」

「生きて罪を償うでござる!」

「キリりんッ……!」

 

 一見感動的に見えるかもしれない。

 ネムの身体は取り戻した鉄糸でぐるぐる巻きにされているのであるが。

 

「あれ? そういや、あのクソAIは何処に──」

「ハハハハハ、この高性能美少女清楚系秘書AIのこの私は、飛行機能も常備しているのですよ! ごきげんよーえぁあああああ!?

 

 空を飛んでいったサーフェスだったが──早々に鳥ポケモンに激突し、そのまま墜落していく。

 

「もう……あいつは知らんでござる……」

「……放っておいて良いッスね……」

「どうせ生きてそうだからね……」

「何だって良いさ! 一先ず全員無事だからね! 早く戻ろうか!」

 

 オトシドリやヨルノズク、カラミンゴと言った空を飛べるポケモンに乗り込んでいき、彼らは次々に方舟から離れていく。

 山脈に落ちていく美人秘書を眺めながら、サイゴク山脈へ降り立ったのだった。

 一先ずこれで、メグルを除いた全員は方舟から脱出することに成功したのである。

 その後、キャプテン達は病院へ速やかに搬送され、そしてイデアの言葉を信じた各員はメグルももうじきに帰ってくるだろうと考えていた。

 捜索班も山脈を探している。何処かで合流できるだろうと考えていた。

 しかし──いつまで経っても、メグルが帰ってくることはなかったのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──事件の翌日。

 現場から救助された【アークの船団】のメンバーは次々に捕縛されていき、事情聴取されていた。

 方舟は相も変わらず煙を吹き出したまま山脈に乗っかったままだ。

 キャプテン達は洗脳ガスの影響がなかなか抜けきらず、皆ベッドで寝込んでいる状態だという。

 そして、未だにメグルは戻って来ない。

 そんな中、とんでもないことを言い出したのはアルカだった。

 

「アルカさん、一人でサイゴク山脈に向かうって正気ッスか!?」

「だって丸一日経ったのにメグルが帰って来ないなんて、おかしいよ! しかも連絡もつかないし……ッ!」

 

 登山装備を身に着けながらアルカは言った。

 サイゴク山脈は文字通りの危険地帯。伝説のポケモンの力を借りたから楽に登れただけで、本来は世界の登山家も匙を投げるような場所なのである。

 今だって捜索隊は命懸けでメグルを探しているのだ。

 

「博士は確かに逃がしたって言ってたんスよ!?」

「でも──よくよく考えてもおかしいよ……メグルが一人だけで脱出するかな……ボク達を置いて」

「動力室がヤベーことになってたんっしょ? だから博士が逃がした」

「もう1つ気掛かりな事があるんだ。スイクン達は結局、何をあんなに警戒してたんだろう……あの後姿を見せてないし……やっぱりボク、気になるッ!!」

「だから、あぶねーって言ってるっしょ!? あんた、方舟も調べるつもりっスか!?」

 

 アルカを羽交い絞めにしながら、ノオトもふと考える。

 あの時、メグルが無事に脱出したと言ったのはイデア博士だけだった。

 イデア博士以外、誰もメグルの姿を見ていないのである。

 正直ノオトも、何度も博士には世話になっている以上、彼を信じたい。

 信じたいが、それでも引っかかるのである。

 本当にメグルは無事にあの方舟から脱出することができたのか、と。

 

「だって……ボク嫌だよ! メグルが帰って来ないなんて、絶対嫌だ! 折角、この世界を救えたのに、メグルが居ない世界に……意味なんて無いよ!!」

「それであんたまで居なくなったら、オレっちだって悲しいッスよ!!」

「ッ……」

「あんたの命は、あんたのモンだけじゃねーんスよ……! 心配なのは分かるけど、抑えてほしいッス……!」

「でもぉ……!」

 

 不安そうにアルカは蹲った。

 

「……何でだよ、メグル……何で、帰って来ないのさ……っ」

 

 目には涙が浮かんでいる。

 心配、そして嫌な予感。

 色んなものが彼女を襲ってくる。

 

「大体、メグルさんがそう簡単に死ぬわけがないじゃねーッスか! あの人、アラガミ遺跡から生還したんスよ? オレっち達抜きでルギアを捕獲したんスよ?」

「……」

「信じてやるのが、彼女の甲斐性ってモンっしょ? ね?」

「……信じてないわけじゃないよ」

 

 ぎゅう、と彼女は拳を握り締める。

 

「……でもメグル、本当は向こうに帰りたいはずだったのに……故郷が無くなっちゃって……この世界を守る為に無茶な事してないかって」

「あんたじゃねーんスから……」

「失礼じゃないッ!?」

「あの人は……あんたが居る限り、あんたの所に戻ってくるような人ッスよ。それに、あの人は人一倍ポケモンが好きなんスよ? ……ポケモンをみちづれに死ぬわけがねーっしょ」

「……そうかなあ。だって人って、ある時突然、あっさりと死んじゃうものなんだよ」

「ッ……あーもう! あんたはメグルさんに生きててほしいんスか! 死んでてほしいんスか!」

「生きててほしいに決まってるじゃん! 決まってるけど……ッ」

「カヌヌ……」

 

 ボールからデカヌチャンが飛び出す。

 そして──諭すように彼女の手を握ると首を横に振るのだった。

 

「……デカヌチャン」

「きゅるるるる」

 

 もう1匹、飛び出したのはカブトプスだった。

 心配するように彼女を見つめている。

 

「ごめんね……そうだよね。ボクがこんな顔してたら、君達だって不安になっちゃうよね」

「きゅるるるるる」

「カヌヌ……」

「……どうにかして、メグルさんの居場所だけでも分かれば良いんスけどねえ。メグルさんの手持ちも居ねえし。伝説のポケモンも居ねえし」

 

 

 

「──捜索の結果、メグル殿は確認されなかった」

 

 

 

 淡々と突きつけるように言ったのは──何処からともなく現れたキリだった。

 

「……キリさん」

「そんな……」

「残念だが……サイゴク山脈の環境を考えると、後1日が限度。既に命を落としている可能性も高い」

「……ウソッス。メグルさんが、そう簡単にくたばるわけがねえッス」

「脱出時に崖に落ちた可能性、野生ポケモンに襲われた可能性。幾らでも考えられるでござるからな……」

「そんな事──今言わなくても良いっしょ、キリさん!?」

「変に希望を持たせるよりはマシでござろう!?」

 

 珍しく彼女も声を荒げる。

 

「……絶望は、人の心を殺すぞ、ノオト殿」

「ッ……キリさんは、もうメグルさんが死んだって思ってるんスか」

「そういうわけではないが……そう思いたいが……」

 

 キリはベンチに座り込んだ。

 

「……不思議なものだ。異世界から来た余所者とも言えるメグル殿に……我々はこれだけ絆され、生きていてほしいと思っている」

「ッ……」

「キリさん……」

「拙者もまた、メグル殿の戦いに勇気付けられた身だからな」

「偏屈な癖にヘンな所でまっすぐで……」

「……クールぶってるけど、すぐに慌てるし……」

「誰よりもポケモンの事を知ってるし、愛してる……か」

「こっちの世界に来るべくして来た人間なのかもしれないでござるな」

 

 メグルの故郷が滅んだことを知らないキリは、無邪気に言ってのける。

 

「……そうッスね」

「だからこそ、無事で居てほしいのでござるよ。猶更……」

「……メグル」

 

 祈るようにアルカは手を合わせる。

 フチュウで自分が墨に囚われた時、彼は同じ気持ちだったのかと考えると余計に胸が張り裂けそうだった。

 

(ごめんね、メグル。いっつも心配かけて……ボク、もう無茶なんてしないから……帰ってきてよ……)

 

 

 

「大変です、キリ様!!」

 

 

 

 その時だった。

 突如キリの周囲に忍者達が現れる。

 

「ッ……どうかしたのか」

「大変です……スオウシティの上空に……ッ!! 上空に──ッ!!」

 

 すぐさまモニターに映像が映し出される。

 そこには──

 

 

 

「こ、このポケモンって──!?」

 

 

 

 ──翼を広げ、大空を舞い上がる灰色の不死鳥。

 

 ──赤い光を溜め込み、地面に向かうように舞い降りる海の化身。

 

 伝説のポケモン──ホウオウとルギアだ。

 

「ッ……あれって、前にメグルさんが捕まえたルギアッスよね!? 何で──」

「理由は分かりません──分かりませんが、二匹が暴れており、既に暴風と炎で被害が出ています……ッ!!」

 

 流石生ける災禍・伝説のポケモンと言ったところだろうか。

 ルギアが羽ばたくだけで家屋が倒壊していき、ホウオウが羽ばたくだけで熱風で火の手が上がる。

 既に周囲の住民には避難警報が出されている所だ。

 

「色が違うルギアに、色が違うホウオウ!? アルカさん、あれってヒャッキの──」

「知らない知らない! ボク、ホウオウは知らないよ!? ……伝承がマイナーで伝わってなかった……!?」

「まさか……500年前の災厄を繰り返すつもりか……!? しかし誰が!? ルギアを捕まえたのはメグル殿だが──」

「メグルさんがこんな事するわけないっしょ!?」

「そうだ……だが、このままでは……!」

 

 キリは歯噛みする。

 前回とは違い、伝説2匹は明確に破壊の意思を持って進撃している。 

 このままでは、サイゴクは500年前のように蹂躙され尽くしてしまう。

 

「拙者はスオウに向かう! 他のキャプテンはまだ出られそうにないからな……ッ!」

「キリさん、身体はもう良いんスか!?」

「……こんな時に拙者が出ずして、誰が出る! キャプテンは……サイゴクの人々の、心の柱だ!」

「それなら、オレっちも行くッス! キリさん一人に行かせられねえッスよ!」

「ボクも! ライドポケモンを出してよ!」

「……かたじけない」

 

 すぐさま忍者達がエアームドを用意する。

 ノオトはライドギアでそれに飛び乗り、免許が無いアルカはキリに掴まってタンデムする形になる。

 目指すはスオウシティ。おやしろまいりの到着点だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC43話:灰燼/赫耀

 ※※※

 

 

 

 悉くを燃やす焦土の炎。

 

 悉くを薙ぐ激昂の嵐。

 

 今こそ巡り合いて、新たなる百鬼の秩序、築き上げん。

 

 舞えよ風、踊れよ炎、夜行の終焉、今此処に──天中殺が昇ろうぞ。

 

 

──”灰燼の日輪”ホウオウ

 

──”赫耀の月”ルギア

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おいおいおい、やべぇことになってるじゃねえッスか……!!」

 

 

 

 既に町は火の手が上がっており、大火災へと発展している。

 ただ悠然と空を舞うだけで嵐を巻き起こして薙ぎ払うルギア。

 そして、ただ悠然と空を舞うだけで熱風を巻き起こし、辺りを灰に変えていくホウオウ。

 まだ、ヒャッキ地方との戦乱の痕が残っているにも関わらず容赦なく彼らは町を焼き払っていく。

 更に空は赤く染まっており、天高く昇る太陽は黒く染まっていた。

 

「止めないと……ッ!!」

「こんな事もあろうかと!! 今回はヌシポケモンを集結させた!!」

「良いんスか!?」

「キャプテンが動けない上に、伝説のポケモンが二匹!! 最早手段は選んでいられんからな!!」

 

 進撃する二匹の前に立ちはだかるのは──ひとっとびで町を越えることができるアケノヤイバ。

 そして、空を飛んでやってきたヨイノマガンだ。

 これ以上は進ませないとばかりに、二匹のヌシポケモンがオオワザを放つ。

 過去に厄災と直接相対したポケモンと言うだけあって、その危険性を十二分に理解しているのだろう。最初から全力で戦わなければ、倒されるのはこっちの方だ、と。

 

 

 

「エリィィィース!!」

「ケェェェレェェェスゥゥゥーッ!!」

 

 

 

【アケノヤイバの あかつきのごけん!!】

 

【ヨイノマガンの たそがれのざんこう!!】

 

 

 

 巨大な影の刀が実体化し、全てルギアに突き刺さる──と思われたが、それはホウオウに受け止められてしまう。

 そして、ヨイノマガンが放った極光は、ホウオウを狙うが、それはルギアの巻き起こした竜巻に掻き消されてしまうのだった。

 

「ウソでしょ!? あの二匹のオオワザが通用していないの!?」

「伝承によれば、災厄はヌシポケモンによって祓われたとされているが……流石に一度に二匹は無理がある! そもそもの奴らの強さが……ッ!!」

 

【ルギアは荒ぶっている!!】

 

【ホウオウは荒ぶっている!!】

 

 更に二匹の身体には黒い靄が現れており、ただでさえ赤い目の輝きが更に強まった。

 巻き起こる風圧は凄まじさを増している上に、ホウオウの纏う炎も徐々に色を失っていく。

 灰だ。ありとあらゆるもの全ての色を失わせる灰が、不死鳥の周囲に漂っていく。

 今度は分身して四方八方からルギアに攻撃を仕掛けるアケノヤイバだったが、それも風圧によって弾き返されてしまう。

 炎/飛行タイプにとっては致命的とも言えるパワージェムを放ち続けるヨイノマガンだが、陽炎のように揺らめくホウオウの身体には幾ら光弾を撃ち込んでも命中しない。

 

【ルギアの ハイドロポンプ!!】

 

【ホウオウの かいじんのほのお!!】

 

 今度はお返しと言わんばかりに、ルギアは高圧縮した水の柱を、そしてホウオウは青白い強烈な炎を二匹にぶつける。

 躱そうとする二匹だったが、巨体のヨイノマガンが避けることなど出来るはずもなく、脆くも砂の身体が崩れ去っていく。

 そして、青白い炎はアケノヤイバの影を焼き尽くし、霊気の身体を焦がしていく。

 

「ダ、ダメだ!! 引っ込むッスよ、アケノヤイバ!!」

「ヨイノマガン、もう良い!! これ以上は危険でござる……ッ!!」

 

 全くと言って良い程歯が立たない。

 確実にこの二匹は500年前に比べても強くなっている。

 それも、アケノヤイバとヨイノマガンを上回るペースで。

 周囲の瘴気は更に色濃くなっており、ノオト達も息をするのが苦しくなってくるレベルだ。

 

「こうなったら、オレっち達も加勢するッスよ!!」

「ああ。ビルの屋上から奴らを集中砲火だ」

「全員の技をぶつければ止められるかな……!?」

 

 エアームドは降り立ち、アルカ達はボールを構える。

 しかし、その時だった。

 

 

 

「ポリゴンZ──”はかいこうせん”」

 

 

 

 屋上を狙って、極太の光線が撃ち下ろされる。

 それを察知していたキリは、鉄糸を使って一気に移動し、キリとアルカの身体を掴んで退避した。

 屋上には穴が開いており、ビルを貫いていた。

 

「なっ、一体、今のは……ッ!!」

「あーあ、惜しい惜しい。とっても惜しかった! ……あともう少しで苦しまずにあの世に行けたかもしれないのにね」

 

 空からそんな声が聞こえてくる。

 パチパチ、と手を鳴らしながら彼は同じ屋上に降り立つ。

 そこに現れたのは──イデア博士その人だった。

 

「誤射でござるか……ッ!?」

「ちょっと、危ないじゃねーッスか博士!! もう少しで消し飛ぶところだったッスよ!!」

「あーごめんごめん──消し飛ばすつもりで撃ったからさ、今のは」

 

 続け様にイデアはボールをばら撒いていく。

 中から現れたのは、ガチグマ、リキキリン、ノココッチ、そしてアヤシシ──原種の姿──だ。

 破壊光線の反動から復帰した赤と青のサイケデリックなカラーの人造ポケモン・ポリゴンZも、その中に加わる。

 

【アヤシシ(原種) おおツノポケモン タイプ:ノーマル/エスパー】

 

【ポリゴンZ バーチャルポケモン タイプ:ノーマル】

 

 それらがアルカ、キリ、そしてノオトの3人を取り囲む。

 いずれもノーマルタイプのポケモン達だ。

 しかし皆、3人に敵意を向けている。

 

「乱心したでござるか、イデア殿!! どういうつもりでござるか!!」

「……もしかして、まだ分からない?」

「何にも分かんねーッスよ! 説明してくれねえと分かんねえッス!」

「そ、そうだよ……ッ」

「あーあ、仕方ないなあ」

 

 笑みを浮かべた博士は──丁度近くを通りかかったホウオウの上に跨ってみせる。

 

 

 

「──僕はイデア。このホウオウとルギアを使って──この世界の頂点に立つ者……かな」

 

 

 

 それですべてを理解したキリは、鉄糸で跳びあがり、イデアを拘束しようとする。しかし、それを引き留めたのはポリゴンZ。すぐさま”でんじは”が彼女を襲い、身体を麻痺させて地面に墜落させた。

 

「キリさんっ!?」

「燃やさなかっただけ有情だと思ってくれたまえ。くぅ~っ、僕って良い人?

「……答えてよ!! どういうことなの!? 何で──!?」

「ホウオウはね、この間方舟の中で手に入れたんだ。動力炉を止めたって言ったろ? ホウオウが動力炉さ。ルギアはメグル君から拝借したよ。彼には色々協力してもらってね」

「バカ言ってんじゃねえッス!! あんた、自分が何やってるか分かってるんスか!?」

「何やってるかは分かってるよ? ……500年前に捕まえた自分のポケモンを取り戻しに来たってだけさ」

 

 もしかして、また1から説明しないとダメ? とイデアは続けた。

 人が500年も生きているはずがない。無茶苦茶な話だ、と3人は否定する。

 だが、1つだけ言えるのは──目の前にいるイデアは敵だということだ。

 

「500年も人が生きられるわけねえっしょ?」

「じゃあ見せてあげようか?」

 

 イデアは懐からナイフを取り出す。

 そしてそれを思いっきり──頸動脈に突き刺した。

 噴水のように赤い水が吹き上がる。

 3人は、唖然としたままそれを見ていることしか出来なかった。

 しかしやがて──血は止まり、びきびきと音を立てて傷が塞がっていく。

 

「……どう? 何なら首を刎ねてみるかい、キリ君」

「ッ……にわかには信じ難いが……!!」

「ウソでしょ……フツー、死ぬよね、あれ」

「ああ……あんなに喋れるわけがねーッス」

 

 これで3人は完全に思い知らされることになる。イデアを名乗るこの男は、不死身の怪物だ、と。

 

「マ、マジの不死身なんスか……!?」

「……でも、これで分かったでしょ? ホウオウの力で、僕は不老不死なんだ。かれこれ500年生きてる。すごくない?」

「待ってよ。じゃあそれって──」

「ああ。500年前に赤い月を君の故郷から持ち出したのは僕だよ、アルカ君」

「ッ……!!」

 

 アルカは目を震わせる。

 そして拳を握り締めた。

 故郷を荒廃させ、自分が辛い目に遭う原因となった相手が、目の前にいる。

 

「ふざけるな……ッ! お前の所為でヒャッキが滅茶苦茶に──ッ!」

「もう捨てた故郷だから、今更どうなったって良いでしょ? 君は此処で幸せに暮らしてる。それだけで十分じゃないかな、うんうん」

「……あんた……何言ってんスか……? さっきから、おかしいッスよ……!?」

「おかしくなんてない。君達の前では、君達の味方として振る舞ってただけ。僕は──最初っからこうだよ」

 

 そう言うと、ルギアの目が赤く光る。

 次の瞬間、3人の身体は大きく浮かび上がった。上昇気流だ。

 

 

 

「──そういうわけだから……さっさと消えてくれないかな? ”エアロブラスト”」

「しまっ……!!」

 

 

 

 巻き上がった3人に向かって、大竜巻が襲い掛かる。

 

「──衝撃を吸収するでござる、メテノ!!」

「しゃららんッ!!」

 

 しかし、キリも負けてはいない。

 すぐさま鉄糸を何重にも蜘蛛の巣のように展開し、更にその中央にメテノを繰り出す。

 緊急策ではあるが──エアロブラストは受け止められ、3人はそのまま何処かへと吹き飛ばされていくのだった。

 

 

 

(……あーあ。アレ、受け身取られたかなあ。でも良いかあ! ……彼らはこいつに追撃させればいい)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──その頃、サイゴク山脈の空洞にて。

 

「ッ……痛っててて……どわぁ!?」

 

 メグルとニンフィアは目を覚まし、跳びあがった。

 エンテイ、ライコウ、スイクンの3匹がこちらの顔を覗き込んでいる。

 他のモンスターボールも、そしてニンフィアも無傷だ。

 サイゴク山脈は過酷で野生ポケモンも多い環境。

 となると、この3匹がずっと見張って、野生ポケモンから遠ざけてくれていたとしか思えない。

 

「ららいー」

「ええいー」

「すすいー」

「ありがとう! 助かったぜ……」

 

 それでも、爆轟の衝撃は大きかったのか、今の今まで気を失っていたらしい。

 すっかり日付が変わっていた。もう昼である。

 スマホロトムも圏外で今何が起こっているか分からない。

 しかし、急がなければ、あの博士が何をしでかすか──

 

(──だけど参ったな……流石にオーライズ無しじゃあ、あの伝説のポケモンに勝つのは難しいだろうな)

 

 完全に役に立たなくなってしまった宝珠を眺めながらメグルは溜息をつく。

 自分は今の今まで、あの博士の掌の上で転がされていたのだ、と思うと吐き気すら込み上げて来る。

 

「ふぃるふぃー?」

 

 ニンフィアが膝に乗っかってくる。そして、リボンをメグルの頬に伸ばした。不安なのか、と言わんばかりだった。

 

「……分かってる。イデア博士に騙されてたのは悔しいけど……此処で引っ込んだらオシマイだ。だけど、あのオオワザに対抗できる手段が俺には思いつかねえ……ッ!!」

「ふぃー……」

「それに、あんなもんを喰らったら……次こそ俺も、お前達も──」

「ふぃっ」

 

 その瞬間、時が止まったようだった。

 ふわふわとした柔らかい感触が唇に当たる。

 押し付けるような口づけだった。そして次には、リボンがメグルの身体を包み込む。

 

「ニ、ニンフィア……!?」

「ふぃるふぃーあ♪」

 

 

 

 ──バーカ。それでも付いていくのよ。大好きだもんっ♪

 

 

 

 全幅の信頼を示すかのように、ニンフィアはメグルを抱きしめる。

 一連の行為が相手に親愛を示すものであることを彼女は理解しているようだった。

 ふんわりとした感触。そして甘い香りが漂ってくる。

 そして、釣られるように──他の手持ち達もボールから飛び出してくる。

 

「ッ……そうだな。もう少し、お前らのことを信じてみるよ」

「ふぃー♪」

 

 此処まで進んできた道は、決して一本道だけではなかった。回り道も脇道もあった。

 だが、それを乗り越えてきて、今此処に6匹が集っている。

 

(多分きっとそれは……奇跡的な事で、すっごくありがたくって……)

 

「だって、ずっと此処まで付いて来てくれたんだもんな。もうちょっとだけ付き合ってくれるか?」

「グラッシャーッ!!」

「ブルトゥ!!」

「ふるーる!」

「スシー!」

「ラッシャーセー!!」

 

 ならばもう、今更言葉はいらない。

 全員をボールの中に戻し、メグルはスイクンに向かい合う。

 

「スイクン──俺は止めたい奴らが居る。そして、お前らは元々ホウオウによって生まれ変わったポケモン。別世界の存在とはいえ主人を助けたいんだろ?」

 

 伝説の3匹は頷いた。

 かつて、カネの塔が火事で焼けた際に、名も無き3匹のポケモンが焼け死んだとされている。

 それをジョウト地方の伝説のポケモン──虹色の羽根を持つホウオウは、蘇らせたのだ。

 それがエンテイ、ライコウ、スイクンの3匹なのである。

 特に同じ炎タイプであるエンテイは、ホウオウと同じ”せいなるほのお”を受け継いでいるなど、よりその性質が色濃く表れている。

 

「──協力しようぜ。一緒にホウオウを助けよう」

「すすいー」

 

 スイクンは背中をメグルに預けてくる。「乗れ」と言っているようだった。

 ニンフィアも肩にしがみつく。

 そして──まるで風のように、ふわりとスイクンは宙に浮かび上がるのだった。

 その様を、エンテイとライコウが見つめている。そして彼らもまた、稲光と火の玉に姿を変えて、逆の方へと飛んで行く。

 

(あれっ、スイクンだけ何処に行くんだ──!?)

 

 ふわり、ふわりと山を駆けていくスイクン。

 方舟に乗り込んだ時もそうだったが、不思議と落ちる気がしなかった。

 そうして、しばらく山々を超えていっただろうか。

 メグルが辿り着いたのは──セイランシティの西の端。山の上にある”すいしょうのおやしろ”だった。

 

「な、何で今更おやしろに……?」

「すすいー」

 

 スイクンに導かれるがままに、メグルはおやしろの山を駆けあがっていく。

 そして、辿り着いたのは──再建された小さなおやしろだった。

 その前にシャワーズが欠伸をしながら待っていた。

 

「……シャワーズ」

「ぷるるるー」

 

 メグルの目を見て、何かを察したのか──シャワーズは悲しそうに顔を俯かせる。

 キャプテンであるヒルギの死を彼女も遠くから察したようだった。

 しかし、その後ろにいる思わぬ客を見ると、全身の毛を逆立てる程に驚く。

 北風の化身・スイクン。”すいしょうのおやしろ”に石像として飾られる程にサイゴクでは崇められているポケモンだ。

 そしてヌシポケモンからすれば、自らに非常に近しい力を持ちながら”格上”とも言える存在である。

 

「ぷ、ぷるるるるる!?」

「すすいー」

「……ぷるるるー」

 

 何処か納得したように頷いたシャワーズは、ひょいと跳躍し、おやしろの祠を口で開ける。

 そして──何かを咥えて持ってくるのだった。

 

「ぷるるー」

 

 青く光り輝く、水晶のように透き通った宝珠。

 そこに込められているのは、歴代キャプテンと歴代ヌシの想い。

 それがどのようなものであるかはメグルにも一目でわかった。

 

「……これって……()()()か!?」

「ぷるるー!」

 

 それをシャワーズはメグルの手元に落とす。

 握り締めれば、ひんやりとしているものの、海のような雄大な力が伝わってきた。

 更に、腕に着けたオーバングルが御神体と反応している。

 

(これを、オーパーツとして使えってことか……!)

 

 

 

 

【オーパーツ”真泡珠・シャワーズ”を手に入れた!】

 

 

 

 

(ありがたく、使わせてもらうぜ──リュウグウさん、ヒルギさん、シャワーズ!)




──次回から遂に「ポケモン廃人、知らん地方に転移した。」クライマックス開始!最後まで見逃すな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC44話:信じること

 ※※※

 

 

 

「いたたたたッ……メテノ、戻るでござる……!!」

「しゃらんしゃららん……」

 

 キリの鉄糸忍術とメテノの甲殻が衝撃を吸収した事によって、墜落死は免れたアルカ達。

 しかしそこは燃え盛る市街地。更に、落ちていった彼女達を追ってリキキリンとアヤシシが現れる。

 よく見ると、リキキリンやアヤシシの身体には黒い靄が掛かっており、更に目も赤くなっている。

 上空を飛び回って災禍を振り撒くルギアとホウオウの影響を受けているのだろう。

 かつてサイゴクを恐怖に陥れた”赤い月現象”のようなものなのだろう。瘴気を纏わせたポケモンは狂暴化すると同時に、そのステータスも大きく底上げされる。

 

「りりきりーん」

「ブルルルゥ……ッ!!」

 

 更に後ろには、巨大な図体の持ち主であるガチグマが飛び出してくる。

 引っ掻かれただけで人間には致命傷となる大腕を振り回せば、地面が抉れ、アスファルトが飛び散る。そして、その地面からはノココッチが飛び出した。

 更に上空からは狂ったように動き続けるポリゴンZの姿まで現れる。

 

「こ、こいつらしつけぇッスよ……!!」

「どうする……如何様にして突破する?」

「そんなの決まってるじゃん。ノーマルタイプ相手なら、格闘タイプで押せば良いんだ!」

「そうッスね……頼むッスよルカリオ!!」

 

 飛び出すルカリオとヘラクロス。

 そこに続けて、キリはバンギラスを繰り出した。

 砂嵐が辺りを吹き抜ける。

 

「……アルカ殿。ガチグマを抑えられるか?」

「浮いてるヤツはオレっちが!」

「エスパータイプ持ちは、バンギラスが相手するんだね!」

 

 すぐにヘラクロスとガチグマの取っ組み合いが始まった。

 バンギラスがアヤシシとリキキリン目掛けてラリアットをぶちかまし、ルカリオがポリゴンZに向かって”はどうだん”を叩き込む。

 しかし、流石に靄で強化された相手というだけあって、弱点を突いただけで倒れるポケモンは居ない。

 リキキリンとアヤシシは”さいみんじゅつ”を放ってバンギラスを昏倒させる。

 ポリゴンZは怪しげな電波を放ちながらルカリオの波動チャージを妨害し、ガチグマはそのままヘラクロスの角を掴んで投げ飛ばしてしまうのだった。

 バトルに大きな自信を持つイデアの手持ちと言うだけあって、いずれも強敵だ。

 それが更に黒い靄によって強化されていることで、全員がタフさと火力を両立してしまっている。

 そうなれば、こちらもまた更にポケモンそのものの強化を行うしかない。

 

「メガシンカでござるよ、ノオト殿!! アルカ殿!!」

「了解ッス!!」

「……もっちろぉん!!」

 

 3人は同時にメガリングに手を翳す。

 すぐさまヘラクロス、ルカリオ、バンギラスの身体を進化の光が包み込む。

 そして、投げ飛ばされて逆さまになっていたヘラクロスは一気に飛翔し、再びガチグマとの相撲を再開するのだった。

 ルカリオはリキキリンの背中を踏み台にして跳び、上空から電撃を放ち続けているポリゴンZへと跳んで行く。

 更にキリのバンギラスは、移動の際に”りゅうのまい”の所作を取り入れることで、更に加速していく。

 

「お前なんかに、これ以上ボクの故郷を滅茶苦茶にされて堪るかッ!! ”インファイト”!!」

「全力全壊──”はどうだん”連打ッス!!」

「──お終いでござる。”かみくだく”ッ!!」

 

 懐に潜り込んだヘラクロスは、ガチグマの腹に怒涛の連打を見舞う。

 そして地中から奇襲してきたノココッチも、全身から放った”ミサイルばり”のファンネルビットで撃退。

 幾ら重戦車の如き装甲を誇るガチグマと言えど、この乱打には堪らずダウン。舌を出したまま、ぐったりと倒れてしまう。

 そして、空中から怪電波をばら撒きルカリオの集中を乱そうとするポリゴンZ。しかし、地上で限界までチャージを終えていた波動弾をルカリオは至近距離で叩き込む。一気に流し込まれた波動エネルギーは爆ぜ、ポリゴンZは撃墜されていく。

 最後に素早く動いたバンギラスが一気にリキキリンの首に噛みつき、そのままアヤシシの方目掛けて投げ飛ばす。

 巨体と巨体がぶつかり、絡み合う二匹。そこに、更に瞬歩で接近したバンギラスは──まとめてボディプレスで押し潰すのだった。

 

「こ、これで、後はイデア博士だけッスか……!?」

「いや、まだ残っている……5匹しか倒せていない」

「でも博士の最後の手持ちって確か──」

 

 

 

「ニンフィア──”ハイパーボイス”」

 

 

 

 固まっているルカリオ、バンギラス、ヘラクロスはその爆音を受けて一気に吹き飛んだ。そして衝撃波を食らった3人も地面に倒れ伏せる。

 アルカは起き上がり──目を疑った。

 見間違えるはずが無かった。

 立っていたのは、メグルとニンフィアだったのである。

 結論から言えば攻撃を仕掛けたのはニンフィアだ。

 ハイパーボイスは敵全体を攻撃する技。しかも、特性:フェアリースキンでフェアリータイプに強化されたそれは、格闘タイプのヘラクロスと悪タイプのバンギラスには効果が抜群。

 耐久が高くないルカリオにも少なくないダメージを与えている。

 

「な、何で……メグル……ッ! ──いや」

 

 きっ、とアルカは目の前に立つメグルを睨み付ける。

 彼女が一番知っている。

 

「メグルが、こんな事するはずがないっ……お前は誰なんだっ!!」

「……あーあ、美しいねえ。だけど、本物だと思ったまま死んだ方が幸せだったと思うよ?」

「ッ!?」

 

 後ろからイデアの声が聞こえてくる。

 相も変わらずルギアの上に跨っているのであるが。

 

「センセイ!! ……お願いね」

「どぅーどぅる」

 

 どろり、とメグルとニンフィアの身体が崩れ落ちた。

 粘りを帯びた絵の具のようだった。そして、それは全て彼の尻尾へと吸い込まれていく。

 アルカ達は驚愕した。そこに立っていたのは──全身が黒い、ヒャッキのドーブルだったのである。

 

「どぅーどぅる」

「……ど、どういうこと!? イデア博士、ヒャッキのドーブルを持ってたの!?」

「……大方、今の変身能力で普段は普通のドーブルに成りすましていたといったところでござろう」

「うーん、正解。流石キャプテンだねえ。だけど、変身能力だけじゃない。うちのセンセイは──とても強いんだよね」

 

 どろどろと音を立てて、ドーブルの周囲に絵の具が集まっていく。

 頭部はシルクハットのようなものへと変わり、紳士服のような衣服を纏うのだった。

 

「本気を出したセンセイは……メガシンカポケモンが相手でも引けを取らないよ」

「──言うだけならタダでござろうッ!! バンギラス、ストーンエッジ!!」

「ヘラクロス、”ミサイルばり”だ!!」

「あいつ、何タイプなんスかね──とりあえず裏目が無いから”ラスターカノン”!!」

 

 3匹のメガシンカポケモンの集中砲火が炸裂──と思われた。

 岩の刃はドーブルの尻尾の筆に全て打ち払われてしまい、飛んできた”ミサイルばり”は幻惑するような動きで誘導されて全て爆破されてしまう。

 最後に飛んできたラスターカノンも、跳躍であっさりと躱されてしまうのだった。

 そして、地面を思いっきり蹴ったドーブルはバンギラスの顎を膝で粉砕する。

 

【ドーブルの とびひざげり!!】

 

 確かに格闘技は4倍弱点だ。

 しかし、ドーブルの低火力とバンギラスの防御力が合わされば耐え切ることができる──はずだった。

 その強烈な一撃が決してフカシではないことをキリは察する。

 だが、それ以上バンギラスは一歩も歩くことなく、ぐらりと仰向けに倒れてしまい、メガシンカも解除されてしまうのだった。

 

「なっ、何スかこの火力──ッ!?」

「”ぶちかまし”」

 

 次にドーブルはルカリオに一気に間合いを詰め、掌底を胸部に叩きこむ。

 地面さえも叩き割る物理エネルギーを圧縮したその一撃は、一発でルカリオを昏倒させてしまうのだった。

 そして、跳ね返ったエネルギーを逆利用して宙返りすると、ドーブルはヘラクロスに狙いを定め、一瞬で間合いを詰める。

 

【ドーブルの しんそく!!】

 

 ヘラクロスの顔面に蹴りを見舞ったドーブルは、更に反撃を許さないまま火炎を身に纏い、ヘラクロスにトドメを刺す。

 

 

 

【ドーブルの フレアドライブ!!】

 

 

 

 全身が炎に包みこまれたヘラクロスは、そのまま煙を吐き出すと倒れ込む。 

 一瞬だった。一切の抵抗を許さず、3匹のメガシンカポケモンがドーブル1匹に無力化されてしまったのである。

 

「ど、どういう強さしてるんスか、あいつ……!!」

「前々からただのドーブルではないと思っていたが……最早普通のポケモンの強さではござらん……ッ!!」

「どぅーどぅる」

 

 全身から黒い靄を吹き出すドーブルを前に、全員は次のポケモンを出す事すら躊躇しつつあった。 

 

「──なぁ、言っただろ? 本物だと勘違いしたままの方がマシだったってね。まあ、もう本物はこの世に居ないんだけどさ」

「……ッ!?」

「聞くな、アルカさんッ!! 戯言ッスよ!!」

「……だって、あの動力室で……メグル君は僕が吹き飛ばしたからね」

 

 アルカの顔が固まる。

 

「……ウソだ。メグルが死ぬわけない」

「死なないわけがない。至近距離でホウオウのオオワザを撃ち放ったんだ。生身の人間なら熔けているよ」

「ッ……そんな。ウソだ!! メグルが死ぬわけ無いんだ!!」

「じゃあ何で、彼はこの期に及んで、此処に来ないんだい? ……死人は戦場には来れない。簡単な話じゃないか」

「ッ……あ」

 

 アルカは両腕を地面に突く。

 そう言われてしまえば、もう受け入れたくなくても受け入れざるを得なくなってしまう。

 昨日から彼が失踪していた理由。そして連絡が付かなかった理由。それも全部繋がってしまう。

 

「ゆ、許さない……絶対に許さないッ……!! よくもメグルを……ッ!!」

「やめるッスよ、アルカさんっ!! 口から出まかせッス!! メグルさんは──メグルさんは……ッ!!」

「ッ……」

 

 泣き叫びながら飛び掛かろうとするアルカをノオトは必死で押さえ込む。

 

「ボクから、ボクからメグルまで奪うのかッ!! お前はァァァーッ!!」

「あーあ。壊れちゃったね」

 

 それを見てイデアは、何処か失望したように溜息をつくと──「センセイ、それじゃあアレお願い」と一言。

 頷いたドーブルはいきなり宙に絵筆で何かを描き始めた。最初は意味のないただの線画だったが、徐々にそれは形を作っていく。

 

 

 

「オオワザ──”ちみもうりょう・じごくえず”」

 

 

 

 ──現れたのは、大量のヒャッキのポケモンの群れだった。

 総勢100匹以上のヒャッキのポケモンが取り囲んでおり、圧倒的物量で押し潰してくる。

 

「じゃ、僕達は次の町に行くから。そいつらとせいぜい遊んでなよ。……遊んでるうちに潰されちゃうかもだけどねぇ」

 

 手を振った彼は、ドーブルをホウオウに乗せると、そのまま飛び去っていく。

 後に残るのは、墨で出来たヒャッキのポケモンの群れ、そしてそれに囲まれるアルカ達だけ。

 それでも構わず突っ込もうとするアルカだったが、すぐにダーテングに弾き飛ばされ、ノオトに受け止められる。

 

「落ち着くッスよ!! あんなの、アルカさんを動揺させるためのウソッス……!!」

「ぐぅっ、ううう……ッ!! でもあんなの、答え合わせじゃんかさぁ……!」

「あんな奴の出した答えと、メグルさん、あんたはどっちを信じるんスかッ!!」

「ッ……」

「マズい、数が多すぎるでござる……ッ!! このままじゃ、撤退すら出来ないでござるよ……!!」

 

 どんどん小さくなっていくホウオウとルギアを眺めながら、次々に襲い掛かってくるヒャッキポケモンに対抗するしかない。

 幸い、1匹1匹は耐久性が弱く、攻撃すればすぐに墨になって飛び散ってしまう。

 だが攻撃力は据え置きのままだ。その上、倒しても倒してもまた復活してしまうのである。

 

「ジャラランガ──ッ!! 掻き鳴らせ”スケイルノイズ”!!」

「──メテノ、”パワージェム”で狙撃するでござる……ッ!!」

「ッ……ぐうう、デカヌチャン、暴れ回れッ!!」

 

 最初こそ勢いよく暴れ回っていたジャラランガも、すぐに集中攻撃を受けて膝を突いてしまう。

 倒しても倒しても湧いて出て来る軍勢に、徐々に手持ちのポケモンは磨り潰されていく。

 

「ッ……くそ、パーモットも限界ッスか──次はカラミンゴッス!!」

「戻るでござるプテラ!! 行け──ルガルガン!!」

「……モトトカゲ! 君の出番だ! 轢き潰せぇぇぇーっ!!」

 

 倒せど、倒せど。

 倒せど、倒せど。

 墨の軍勢は次々に湧き上がってくる。

 ポケモンの技を受け、トレーナー達も傷つき、地に臥せていく。

 

「こいつらぁっ……しつこすぎッス──がぁっ!!」

 

 ノオトを背後から襲うヒャッキルカリオ。

 背中に肘突きを受けたことで彼は地面に押さえつけられてしまう。

 

「何か手立ては──」

 

 鉄糸で大量のポケモンを押さえつけるが、キリも体力の限界だ。

 空から襲い掛かるアップリューによって手足が氷漬けにされてしまうのだった。

 

(不覚ッ……これでは抑え切れん……!!)

 

 そして、上空から襲い掛かるアーマーガアやアオガラスがアルカを追い立て、突き回す。

 体にはもう幾つも穿ち傷が出来ており、立つのものままならない。

 

(痛い、苦しい──これで、終わりなの……ッ!?)

 

 薄れゆく意識の中──アルカは手を伸ばす。

 ぼんやりとだが、そこにメグルが居るような気がした。

 

(ごめんね、メグル……ボク、やっぱりダメだった……ッ!!)

 

 

 

【アーマーガアの ブレイブバード!!】

 

 

 

 次のボールに手を伸ばす気力すら奪われていた。指が伸びない。

 全員が諦めかけていたその時だった。

 

 

 

 

【リザードンの だいもんじ!!】

 

 

 

 炎が──ポケモン達を焼き払う。

 3人は呆気に取られていた。空を見上げるとそこには──

 

 

 

「此処まで、よく頑張ったわね──後はオネエさん達に任せなさい!」

 

 

 

 腕と脚を氷漬けにされたキリを解放したのは──炎。

 艶やかで美しい炎だった。

 それが墨諸共、ヒャッキの軍勢を焼き払い、蒸発させる。

 まさにそれは燦然と輝く真夏の太陽であった。

 颯爽と現れた漢女は、キリの手を引っ張り、肩を貸す。

 

「……何故、此処に。まだ寝ていなければダメでござるよ、ハズシ殿……ッ!」

「バカねぇ、年長者の顔は立てるものよ。ちょっとくらい、良いカッコさせなさいよ」

「……かたじけない。怪我は大したことないが、敵の数が多すぎて」

「でしょうねえ。本当、よく頑張ったわ」

「……だがハズシ殿が来てくれて助かった。奴らは墨。焼き切れば消滅させられるはずでござる」

「そうと決まれば話が早い。さあリザードンちゃん! 思いっきり焼いちゃってッ!」

 

 火竜の咆哮がその場に響く。

 既にメガシンカを遂げていたリザードンは、陽の光を受け、更に尻尾の炎の勢いを増していく。

 

「さあ、来るなら来なさい。オネエさんとリザードンちゃんが相手になるわ」

「ばぎゅあーっ!!」

 

 それでも尚起き上がるポケモン達だったが、次の瞬間には影の中へと引きずり込まれていく。

 墨よりもドス黒く、光の対極に位置する影。

 それに引きずり込まれてしまえば、もう二度と蘇りはしない。

 呪い人形の笑い声がケタケタと戦場を揺さぶる。

 

「──ふふっ、ノオト。あんまり私の前で、情けない姿を晒していると……祟るのですよー♪」

「へ、へへ……疲れてるからかなぁ、病院で寝てる姉貴の幻覚と幻聴が見えるや……」

「んー? 寝ぼけているようなのですー?」

「いっだだだだ、幻覚じゃない!?」

「おや、幻覚の方が良かったのです?」

「……い、いや助かるッスけど──何で来たんスか!?」

「そりゃあもう、可愛い弟のピンチだから、なのですよ」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせるヒメノ。その傍らにはメガシンカしたジュペッタがふよふよと漂っている。

 それでも尚、墨から生まれたポケモン達は彼女達を囲っていく。

 

「どいたどいたどいたァァァーッ!!」

 

 だが、地を揺さぶる勢いで走る古代の王・パッチラゴンが一気に包囲網を突き破った。

 それに豪快にライドギアで跨るのはユイだ。

 ありとあらゆるものを踏みつぶし、嘴は次々に軍勢を貫き、そして高電圧で墨を焼き切っていく。

 

「ったく、メグルのヤツはこんな時に何処で何してんのよ──こんなに可愛い彼女を置いて! 戻ってきたら、説教なんだからッ!!」

「……ユイ、ちゃん……?」

「あんたも、しょぼくれた顔してんじゃないんだから!」

「でも……もう、メグルは……ッ」

「あいつがそう簡単にくたばるワケないでしょ! あたしの方が、あいつの事信じててどうすんの! そんな体たらくだと、あたしが盗っちゃうんだから!」

「……」

「だから、泣きそうな顔してんじゃないんだからぁっ! 最大出力”でんげきくちばし”ッ!!」

「ばっちらららーッ!!」

 

 パッチラゴンの嘴に極大の電気が収縮していく。

 それが一気に地面に撃ち下ろされるなり、墨のポケモン達を一気に焼き焦がしていく。

 

「──あたしは今、サイコーにキレてるんだから……イデア博士ッ!!」

「す、すごい……破壊力だ……ッ!!」

「キレてるときのユイさんは、マジでキケンッス!! 離れねえとオレっち達も黒焦げッスよ!!」

「ほんっと、サイッテーなんだから、あのクソ博士ーッ!!」

 

 博士に裏切られたのが、余程頭に来ているらしい。

 彼女の怒りに呼応し、パッチラゴンの電圧も爆発的に上昇していく。

 

「我々も負けていられないでござるな……ルガルガン、いわなだれ!!」

 

 飛び出したルガルガンが一気に岩を降らせていく。

 

「もうひと頑張りッスね……ッ!! 姉貴の前で、情けねえ姿は……出来ねえッス!! コノヨザル、ふんどのこぶしッ!!」

 

 コノヨザルが恨みの籠った鉄拳を振り回し、ポケモン達を薙ぎ払う。

 

「……泣いてる場合じゃ、ない……ッ!! ボクが、メグルを信じるんだ……ッ!! ジャローダ、リーフストームッ!!」

 

 そして──木の葉渦巻く大嵐が、一斉にありとあらゆる邪魔するものを吹き飛ばしたのだった。

 これで、完全に道は開ける。

 しかし、それでもまだ墨から生まれたポケモンは襲い掛かってくる──

 

「きりがねぇッス……!! どんだけ湧いたら気が済むんスか!?」

「ノオト!! あんた、先に行きなさい。後、アルカさんも!」

「えっ──で、でも……!」

「メグルちゃんはやられっぱなしで終わる男じゃないわ。きっと、イデアちゃんの所に行くんじゃないかしら」

「貴方達は3人一緒がお似合いなのですよー♪ ……ヒメノの胃痛が悪化する前に、さっさと行くのですよ」

「……キリさんは──」

「ノオト殿。此処は、我々に任せるでござるよ」

 

 ざっ、とキャプテン達は百鬼夜行の前に立ちはだかる。

 

「──サイゴクのキャプテンの力……あの愚か者に見せつけてやるでござる」

「……はいっス!!」

 

 ノオトはアルカの手を引っ張る。

 彼女も頷き──ボールを投げた。

 飛び出したのはオトシドリだ。ライドギアのハンドルをノオトが握り、その後ろにアルカが掴まる。

 そのまま、2人は百鬼夜行の群れから離脱していくのだった。

 彼らを見届けた後──ハズシが叫ぶ。

 

「さあ、行くわよ皆。サイゴクのキャプテンの意地……今こそ見せてやろうじゃない! 勝つのはいつも愛、つまりラブよ!」

「はいー♪ 我ら生まれは違えど、守るものは同じ、なのですよー♪」

「神聖なるサイゴクでの狼藉は、あたし達が許さない!」

「……我らはキャプテン。おやしろを守護し耐え忍ぶ者。その矜持──今こそ示す時でござるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC45話:三位一体

 ──スオウシティで二匹のヌシを蹂躙したイデアが次に行く先は、シャクドウシティ。

 戦争の傷がまだ癒えないこの町に、イデアは強襲していく。

 今まで住居を置いていた町だが、未練など無かった。

 

「後腐れが無いように──今度はしっかり燃やしておかないとねぇ」

 

 既に住民たちは避難済み。しかし、ルギアとホウオウは空を飛ぶことができる。

 逃げ場など無い。いずれは追いつかれてしまう。

 羽ばたけば嵐が巻き起こる。そして、炎が全てを灰燼に帰す。

 だが、それを善としないポケモンが当然、いる。

 

「──ギュラルルルッ!!」

 

 バチバチと電気を放ちながら威嚇する黒いヌシポケモン。

 イデアと、2匹の伝説のポケモン相手でも臆さずに立ち向かっていく。

 それを取り囲むのは、おやしろのトレーナー達だ。

 

「敵は飛行タイプ!! 電気が有効だ!! まとめて掛かれーッ!!」

「ユイちゃんが頑張ってるんだ、俺達が命張らなくってどうするってんだ!!」

「イデア博士ーッ!! 見損なったぞーッ!!」

 

 電撃が四方八方からホウオウとルギアを襲う。

 しかし──

 

「あ、あれ、何で、効いてねえんだ……!?」

 

 ──全くと言って良い程、二匹にはダメージが通っていない。

 無理もない。ルギアもホウオウも非常に高い特防を持つ。

 更に、ルギアは元よりエスパータイプ。攻撃技も豊富だが、補助技のバリエーションも多い。

 

「”ひかりのかべ”……これを展開した以上、もう2匹に死角はない。電撃で彼らを落とすのは諦めたまえ」

「ギュリリリリリィーン……ッ!!」

 

 サンダースが全身から黒い稲光を放つ。

 そしてそれが、弓矢のように装填されていき、ホウオウとルギアを狙う。

 オオワザの姿勢だ。近付いただけで焼け焦げる程の電圧が放たれている。

 

 

 

【サンダースの ホノイカズチ!!】

 

 

 

 レールガンのように放たれた一撃は、イデア諸共ホウオウを貫く──はずだった。

 

「オオワザ──”てんちゅうさつ・そらなき”」

 

 黒い太陽が──電撃を全て飲み込んでしまったのである。

 そして、それはゆっくりと周囲のものを飲み込んで熔かしながら進撃していく。

 トレーナー達も、ポケモン達も逃げ惑うしかない。

 サンダースも流石に危険を感じたのか、退避を試みる。しかし。

 黒い太陽の引力は非常に強く、引きずり込まれてしまう。

 

 

 

「サンダース……君1匹で勝てるわけがないじゃないか。こっちは伝説だぞぉ、伝説」

 

 

 

 黒い太陽が──爆ぜた。

 クレーターが出来る程の爆轟。

 サンダースは撥ね飛ばされ、木に叩きつけられると、そのまま気を失ってしまう。

 ヌシポケモンでさえ、1匹では伝説に傷をつけることすら叶わない。

 死の灰は振り撒かれ、シャクドウの町も荒れ果てていく──

 

「させるかぁぁぁーっ!!」

 

【オトシドリの がんせきふうじ!!】

 

【パーモットの でんこうそうげき!!】

 

 しかし、死角からすっ飛んでくるのは、オトシドリが放った岩石。

 そして電撃を拳に溜めて振り回し、ルギアの背中にぶつけるパーモットだ。

 物理技を防ぐ”リフレクター”はまだ展開していない。不意を突かれたホウオウは翼に岩を受けて墜落。

 更にルギアも背中に強烈な物理の電気攻撃を受けたことで叩き落とされてしまう。

 それでも持ち前の耐久力故か、二匹とも起き上がるのであるが──

 

「ッ……あれを掻い潜ってきたんだねえ!! 流石に驚いたよ」

「──メグルさんは……生きているッ!!」

「そうだよッ!! ボク達が信じてればきっと──ッ!!」

 

【パーモットの ほっぺすりすり!!】

 

【カブトプスの あまごい!!】

 

 オトシドリから飛び降りたアルカはカブトプスを繰り出す。

 空は曇天となり、雨が降り出す。

 これにより、炎技の威力は半減され、水技の威力は1.5倍。

 そして──カブトプスの素早さは倍増する。

 更に、パーモットがルギアの背中に貼り付いて、電気を帯びたほっぺを擦りつけた。

 その身体は一気に痙攣し、羽根を動かす事すらままならなくなる。

 更に、雨が降ったことによってホウオウの熱が一気に失われ、相手を惑わせてきた陽炎も消え失せる。

 

「あーあぁ、もしかしてそれで勝ったつもりになっちゃってるのかなぁ!! ルギア、”レッドタイダル”!! ホウオウ、”てんちゅうさつ・そらなき”!!」

 

 大竜巻がすぐさま巻き起こり、更に漆黒の炎が生成されていく。

 だが、それを上回る速度でカブトプスは肉薄し、ホウオウ目掛けて岩の刃を突きつける。

 

「幾ら伝説のポケモンって言ったって──ッ!!」

「ポケモンである限り、付け入る隙はあるんスよーッ!!」

 

 特性:すいすいによって、ホウオウよりもカブトプスの方が圧倒的に速い。

 すぐさま背後に回り込み、タイプ一致・4倍弱点のストーンエッジが突き刺さった。

 そして、パーモットがぐるぐると腕を振り回し、ルギアに向けて渾身の雷パンチを見舞う。

 雨で濡れていたこともあって、一気に身体全部に電撃が回り──ルギアのオオワザは解除されてしまう。

 

「──おいおい、やってくれちゃうねえ」

 

 最大の弱点とも言える攻撃を受けたホウオウは体力を削り取られ、瀕死一歩手前。

 ルギアも麻痺したことによって持ち前の素早さを失い、疲弊している。

 天候が味方しているということもあり、一気に形勢はノオト達に傾いた。

 

「そう、メグルさんが今までの戦いで教えてくれたんスよ……強敵相手は弱体化が鉄則!!」

「そして……どんな相手にだって、弱点はあるんだッ!! それを突けば、勝てない戦いは無い!!」

「……なるほどねえ。確かにポケモンであれば、弱点がある。それは仕方がないことだ。じゃあ──()()()()()()()()()()どうかな?」

 

 にやり、と笑みを浮かべたイデア博士は──再びドーブルをボールから出す。

 

 

 

「……ドーブル。墨を全部使っちゃえ!!」

「どぅーどぅる……ッ!!」

 

 

 

 どくどくとドーブルの尻尾から墨が溢れ出す。

 それは、グロッキーなホウオウとルギアを包み込み──飲み込んでいく。

 

「お、おいおい、何をするつもりッスか……!?」

「伝説のポケモンが……墨に……!?」

「いやぁ、本当はクライマックスで使うつもりだったんだけど、やっぱ出し惜しみって面白くないじゃない?」

 

 墨はドーブル自身も飲み込んでいき、五重塔をも超える程に巨大な大きさへと変貌していく。

 そうして完成したのは──全身が墨で覆われた、巨大なドーブル。

 しかし、その表面にはボコボコと音を立てて、ルギアとホウオウの頭部が浮かび上がり、見え隠れしている。

 あまりにも悍ましいその姿に二人は、慄き、後ずさってしまった。

 全長30メートル。

 どろどろとした墨で町を飲み込む文字通りの怪物だ。

 

「力ってのは、使ってこそ意味があるものだ。500年の僕とは違う。ちゃあんと制御しなきゃね……ッ!」

「と、取り込んだ……伝説のポケモンを……ッ!!」

「色々と台無しなんスけど──!? 悪趣味な怪獣ッス!!」

「ふふっ、良いだろう? ……僕が世界の頂点に立った暁には、センセイも世界の頂点に立つってことだからね!! 勿論……オオワザだって使える!!」

 

 

 

【ドーブルの レッドタイダル!!】

 

【ドーブルの てんちゅうさつ・そらなき!!】

 

 

 

 右手からは、海を穢す赤き渦潮を。

 左手からは、全てを飲み込む漆黒の太陽を。

 それがまとめて町を喰らい尽くし、その余波だけでアルカとノオト、そしてカブトプスとパーモットを吹き飛ばす。

 更に黒い太陽が大きく爆ぜた。

 家屋が焼かれ、五重塔も燃えていく。

 町は一瞬で灰燼と化した。

 

「ははははははーッ!! 良いねえ!! 流石だよセンセイ!! これが、僕の欲しかった力さ!! これなら……世界全部を手に入れることだって夢じゃないよ!!」

 

 ノオトも、アルカも、それをただ茫然と見つめることしかできない。

 爆風に巻き込まれたパーモットとカブトプスは、倒れて気絶してしまっている。

 存在するだけで全てを飲み込み、そして灰に帰していく。

 まるで、イデア博士の在り方そのもの。

 しかし、対抗する手段が全くと言って良い程存在しない。

 

「畜生……こんなヤツに……こんなヤツにサイゴクを、蹂躙されて堪るかッスよ……ッ!!」

「ッ……メグルが来るまで、僕達が……抑え込まなきゃ……!!」

 

 墨はうねり、周囲の物全てを飲み込む。

 まるで津波のように、激しくのたうち回りながらアルカ達を捕捉する。

 雨が降りしきる中、墨は更に流れでて、周囲の森をも飲み込んでいく。

 

「君達もセンセイの一部になると良い。このサイゴクは……この世界はッ!! ……僕とセンセイのものだからね」

 

 墨がアルカ達を飲み込む。

 シャクドウシティは──墨の中に沈もうとしていた。

 ありとあらゆる全てを飲み込んで。

 

(メ、グル……ッ!! 僕達……頑張ったよ……ダメだったけど……!!)

 

(ヤバいっ、何とか、出ねえと──ッ!!)

 

 手を伸ばそうとする。

 だがもう沈む。

 どす黒い墨の中で──溺れていく。

 

 

 

 

「手を伸ばせッ!!」

 

 

 

 そんな声が聞こえた気がした。何かが力強く、アルカとノオトの手を掴んだ。

 次の瞬間には、一気に新鮮な空気が肺に吹き込んで来る。

 熱い体温が掌に流れ込んで来る。

 そのまま、一気に二人は引き上げられ、空へと浮かび上がる。

 

「っ……良かった……!! 間に合った……ッ!!」

「……グル? ……メグルーッ!?」

 

 思わずアルカは目を見開いた。

 歓喜よりも先に驚きが先に来る。

 メグルが、強く強く両手で彼女の手を握り締めていたのである。

 彼はスイクンの上に跨っていた。体を倒し、手だけ出ていたアルカを引っ張り上げたのだ。

 そしてノオトは手首に違和感を覚える。

 彼女が両手で引っ張り上げられているということは──

 

「すすいー」

「あーっ!! オレっちの手首ィ、噛まれてるぅぅぅーっ!?」

 

 力は加減しているものの、スイクンが口で彼の手を引っ張り上げているのだった。

 

「あのー、オレっち美味しくはねえッスよ……!?」

「すすいー……」

 

 ぽいっ、とそのままスイクンはノオトを勢いよく放り投げ、自分の背中に乗せる。 

 アルカも、メグルに引っ張り上げられ、そのまま抱っこされるのだった。

 そのままスイクンは、小高いビルの上に降り立つ。

 そこで、アルカはメグルにもう一度強く強く抱き着くのだった。

 

「ばっ……バカ!! 心配したんだよ!? 僕、君が死んじゃったのかと思って──ッ!!」

「わりーわり、スマホロトムが故障しちまって、連絡出来なかったんだ」

「ばかぁ!!」

 

 ぎゅう、とそのまま彼は押し倒される。

 ずっとアルカは泣いていた。

 

「へへ、ただいま。ちゃあんと帰ってきたぜ、今回もな。……スイクン達に助けられたんだ」

「もう少しでボク達だってヤバかったんだよぉ……」

「ほんとッスよ! マジで心配してたんスよ!?」

「ねえ、メグル聞いて! イデア博士が──」

「ああ知ってる。要するに、大体全部あいつの所為ってこともな」

「すすいー」

 

 スイクンは忌々しそうに巨大なドーブルを睨み付ける。

 

「全部……聞いたんだ」

「ああ。向こうからご親切に喋ってくれたよ。今まで俺達がやってきたことは全部、あの人の野望に繋がってたんだ」

「ッ……テング団の討伐、赤い月の確保……方舟への強襲……ッスか」

「だけどな、だからこそ此処で博士を止める。最後の最後で、このふざけたシナリオにケチをつけてやる」

 

 そのためには、町を──ひいてはサイゴクを蹂躙するあの怪物をどうにかしなければならない。

 最早ポケモンという枠を超えたモンスター。墨は辺り一帯を飲み込み続けている。

 

「伝説のポケモンを取り込んだことで、今のドーブルは無敵ッスよ」

「先ずは……あのでっかいヤツからどうにかしねえとな……ッ!!」

「そうだけど、あいつ、ルギアとホウオウを取り込んでて、奴ら2匹のオオワザを振り回せるんだ!」

「オオワザに真っ向からぶつかれるのは……オオワザだけだ。お前らは、ポケモンを回復させていてくれ! ヤバくなったら逃げろ!」

「どうするんスか!?」

「試してみたいことがある。いや、試さねえと──あいつには勝てない」

「メグルっ!? また行っちゃうの!?」

「──チャンスが来たら、全員で攻撃だ! それまで俺を信じて待っててくれるか!?」

 

 その言葉に──二人は頷いた。

 死んだと思われ、誰もが生還を絶望視したこの状況から帰ってきた男を、誰が信じられないというのだろうか。

 

「分かった。信じる。ボクは……メグルを信じるよ」

「たりめーっしょ! オレっち達の英雄の言う事なら!」

「へへっ、ありがとな!」

 

 スイクンに跨り、再びメグルは飛ぶ。

 北風に乗り、雨が降りしきる中ドーブルへと向かっていく──

 その頭の上に立つ博士は愉快そうに口角を歪めるのだった。

 

「ああ、いい。それでこそメグル君だ! まさか殺しても死なないとは思わなかったよ!!」

「──よう、博士ッ!! 地獄から帰ってきたぜ!!」

「じゃあ、地獄に帰って貰おうか!!」

 

 ドーブルが再び絵筆を振り回す。

 ”かいじんのほのお”と”エアロブラスト”が両方共スイクンを襲う。

 しかし、北風の如き動きでスイクンは青い炎も竜巻さえも躱し、危なげなくドーブルへと接近していく。

 

「スイクン、”ハイドロポンプ”!!」

「すすいーッ!!」

「受け止めろ!!」

 

 スイクンの強烈な水の柱がドーブルを襲うが、それも右手で振り払われてしまった。

 その全身は呪気の籠った墨に何重層にも覆われており、まともなポケモンの技を通すことは無い。

 

「この姿になったセンセイに、弱点は無い!! そして僕自身も不死身だからね!!」

「ッ……流石に硬いな……!! 分かり切ってたけど!!」

「そして──幾らスイクンと言えど、この合わせ技に耐えられるわけがないよね!」

 

 ドーブルが両手を叩く。

 荒ぶる風が巻き、そして黒き太陽が合わさる。

 

 

 

【ドーブルの てんちゅうさつ・しまきがみ!!】

 

 

 

 巨大な漆黒の太陽が宙に浮かび上がる。

 そして、周囲は大嵐と化し、一気にスイクンを引き寄せていく。

 まさにそれはブラックホール。メグルとスイクンを、太陽の中に取り込み、熔かすつもりなのだ。

 

「さあ、飲み込まれるんだ!! 絶対にして唯一の──黒き太陽の中にね!!」

 

(引きずり込まれる……とんでもない風だ、飲み込まれたら今度こそオシマイ──!!)

 

 そんな事は分かっている。分かり切っている。

 だからこそ──ポケモン廃人は敢えて、不敵な笑みを浮かべてみせる。それが虚勢だったとしても。

 

「……へっ、博士。()()()()()()──小学生でも分かるポケモンの常識だぜ」

「ははっ、そこらの水じゃあ太陽の前では消し飛ぶしかないよ!」

()()()()()()()()

 

 メグルはオーバングルを指でなぞる。

 その瞬間、鞄に入れていた水晶の御神体が飛び出し、スイクンに重なった。

 

「──ッバカな!! オーライズは封じているはず──」

 

(一か八か、賭けてみるしかねえよな……ッ!!)

 

 御神体はエネルギー体と化し、スイクンの身体に纏われていく。

 根源が同じ二つの力が重なり合ったことによる更なる共鳴。

 オーライズを超えたオーライズだ。

 幾度となくアブソルと共にそこに立ってきたメグルだから分かる。

 

 

 

「──ギガオーライズ!!」

 

 

 

 全身に水晶が纏わりついていく。

 体は透き通り、曇天さえも吹き飛ばす程に光り輝いていた。

 頭部の結晶にも水晶が纏わりついていき、龍の角が如き威容と化した。

 そして一瞬、シャワーズの姿が浮かび上がって消える。

 

「こっちもオオワザだ!! あの黒い太陽を砕く──っ!!」

「すすいーッ!!」

 

 スイクンが吼えると共に、高圧縮された水が龍の如く暴れ、うねり、そして──

 

 

 

【スイクンの むげんすいりゅう!!】

 

 

 

 ──太陽へ、牙を剥いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC46話:最後の戦い

間違いがあったので修正版です


 太陽と、龍の如き水流がぶつかり合う。

 互いに喰らい合い、飲みこみ合い、そしてぶつかり合う。

 水は蒸発しても尚、絶えることはなく、太陽を冷却し続ける──

 

「ッ……おいおい、ウソだろ冗談じゃない! こっちは伝説のポケモンが付いてるんだ! そう簡単に負けられたら、僕は一体何の為に500年ドブに捨てたか分からないじゃないか!!」

「ならこっちには……今までのキャプテンとヌシ達の思いが付いている!!」

「そんなものは科学的に存在しない! ……思いで勝負の結果が決まるなら、苦労はしないよね!」

「そうだな。だけど──思いの強さは、それだけ人を前に進める力があるんだ!」

 

 がちり、と水龍の顎が太陽にがっちりと嵌った。

 熱を全て奪い、冷やし、そして遂に噛み砕く。

 そして荒ぶる風巻さえも突っ切り、巨大なドーブルを貫いた。

 それで、巨獣の形が保てなくなったのか、墨は一気に爆散し──辺り一面に飛び散る。

 

「砕けて──消えろーッ!!」

 

 更に、溢れ出した墨は全て浄化されていき、透き通った水へと化す。

 そのまま、最初から無かったかのように、消えていくのだった。

 

「──墨が、浄化されて……消えていく……っ」

「……すすいー」

「おわぁっ!?」

 

 スイクンの身体から結晶が消えていく。

 ギガオーライズが解除されたのだ。 

 そして、今のオオワザは少なからずスイクンにも大きな負担をかけたようだった。

 地面に降り立ったスイクンは力無く倒れてしまう。

 

「スイクン!! 大丈夫か!? スイクン!!」

「……すすいー」

「……ありがとな。助けてくれて。後は俺達に任せてくれよ」

 

 見ると、ルギアとホウオウの2匹も倒れたまま、動かない。

 力を全てドーブルに吸い取られたからか、もう戦う力が残っていないのだろう。

 となれば、残るのは後1人──もとい1匹だけだ。

 

「ッ……よくもやってくれたね。まさか伝説のポケモンと組んでまで僕を邪魔するとは、恐れ入ったよ」

 

 イデア博士はよろめきながら、こちらへ迫ってくる。あれだけ高所から落ちたからか血塗れではあったが、流石不死身といったところだろうか。全く響いていない。無論、ドーブルも今の攻撃では本体にダメージが入っていなかったのか、未だに健在だ。

 

「センセイ──お願いね!!」

「バサギリッ!! 先発は任せた!!」

 

 先発と言わんばかりに飛び出したバサギリがドーブルに回転斬を見舞う。

 しかし、その攻撃を何度も何度も避けてみせる。

 ”がんせきアックス”は空振りし、思いっきり地面に叩きつけられ、突き刺さってしまう。

 

「遅い。遅いね!! それじゃあ、センセイは捉えられないかな!!」

 

 横から入るのは膝による一撃。

 それがバサギリの意識を刈り取った。

 一度も技を当てられることなく、だ。

 

「ヒャッキのドーブルは長生きすればするほど、墨の呪力でパワーアップしていくんだ。そして、今センセイが纏っている墨の力で……特性は”ちからもち”に変化している」

「おいおい、改造ポケモンじゃねーんだぞ……ッ!!」

「物理技の威力は2倍。並大抵のポケモンじゃあ、耐えられない」

「……なら次は、アヤシシ!! ”リフレクター”だ!!」

 

 繰り出されたアヤシシはすぐさま、障壁を展開。 

 しかし、逆に距離を取ったドーブルは筆を振り回すと、ヒャッキのポケモンの大群を作り出し、それをアヤシシに一斉にぶつけるのだった。

 

「そいつに好き勝手されると、僕も困るんだよね! さっさと倒れてもらうよ!」

 

 圧倒的な物量差を押し付けられたアヤシシは、そのまま倒れてしまう。

 だが、もうドーブルにも墨が残っていないのか、現れた百鬼夜行はすぐに消えてしまうのだった。

 

「チッ……ガス欠だね。まあ良いや、センセイは己の身一つでも強いからね……ッ!!」

「デカヌチャン、”デカハンマー”!!」

「──ッ!?」

 

 突如横から強大な鋼鉄の一撃が降り落ちる。

 地面にはクレーターが開き、思わずドーブルは飛び退いた。

 しかし、空中に跳んだ隙を突くかのように、閃光がぶつけられた。

 

「”ラスターカノン”!!」

「どぅー!?」

 

 攻撃力と素早さは高いが、打たれ強くはないのだろう。

 そのままドーブルは地面へと墜落してしまう。

 

「──チャンスが来たら一斉攻撃、でしょ? メグル!」

「信じて待ってたッスからね!」

「お前ら──俺だって、信じてたよ!」

 

 ルカリオ、そしてデカヌチャンだ。

 勿論傍には、ノオトとアルカも立っている。

 3人は並び立ち、博士とドーブルと相対した。

 

「で? メガシンカ無しで僕に勝てると思ってる?」

 

(したくても出来ねーんスよ! クールタイムの所為で!)

 

 さっきメガシンカをして倒れたルカリオとヘラクロスは体に大きな負担がかかっており、次にメガシンカをするまでには時間がかかる。

 そんな事は博士も分かり切っているはずなので、わざとこちらを煽っているのだ。余程、ドーブルの実力に自信があるからなのだが。

 

「ニンフィアッ!」

「フィッキュルルルル!!」

 

 デカヌチャン、ルカリオの間にニンフィアが立つ。

 博士に向けていた積年の敵意。それを解き放つように、全身の毛を逆立てる。

 

「……メグルさん。このドーブル、3対1でもあぶねーかもしれねえッス」

「そうだな。しかも、あれだけオオワザ叩き込んだのに、こいつにはダメージが入ってねえ」

「速いし、一撃も重い……ッ!」

「ふふっ──ドーブル、”ぶちかまし”!!」

 

 すぐさま跳んだドーブルが地面に向かって足を叩きつける。 

 衝撃波でアスファルトの地面が抉れて、一気に断層が飛び出した。

 リフレクターによって、その威力は半減されているとはいえ、特性で強化された分が元に戻っただけだ。

 大地が揺れる程の攻撃にニンフィアは吹き飛ばされそうになる──のをルカリオに前脚を引っ張られ、何とか耐え切るのだった。

 

「あーあ、邪魔くさいなあ。リフレクター……ッ! ならまずは、そのルカリオから仕留めるとしようか。”フレアドライブ”!!」

 

 全身を火の玉に変え、ドーブルはルカリオに突っ込む。

 だが、直線的な動きだったこともあり、ルカリオはそれを躱してみせ、波動弾を反撃と言わんばかりに放つ。

 しかし──それらは全てすり抜けてしまうのだった。

 

「やっぱゴーストタイプッスか!!」

「ゴースト……ゴーストだけか……?」

「いや、他にもタイプは持ってそうな気はするんスけど……!!」

「技のタイプも多いし、誰を出しても弱点突かれちゃう……!!」

 

 ヒャッキ由来の墨の力は減衰していると言えど、未だにドーブル本体は健在。

 被弾はしていると言っても、まだ倒すには至らない。

 武器は圧倒的な素早さに加え、圧倒的な攻撃力だ。

 それを抑え込もうにも”でんじは”すら躱されて、対策にはならない。

 バサギリの”がんせきアックス”でステルスロックを、アヤシシの”リフレクター”で障壁を張ったが、これらは気休めでしかない。

 今のままでは、ドーブルに──イデアに勝つことはできない。

 

(見えた技は”ぶちかまし”、”とびひざげり”、”フレアドライブ”……確かにこれら全部を半減以下に抑えられるポケモンは、今の俺の手持ちにはいない……)

 

 ヘイラッシャに変えるか? とボールを構えた瞬間、ニンフィアが振り向いて威嚇した。

 このバカだけは自分で止める、と言っているようだった。

 

(……だよな。俺もお前を信じる。これは俺達全員の戦いだもんな)

 

「単純で明快! 上から高い攻撃力で押して、叩き潰す。……ただ、それだけの話だ。君もトレーナーなら分かるだろ?」

「嫌という程な」

「……ま、そういうわけだからさ、大人しく消えてくれないか」

「……博士、一つだけ聞きたい事があるんだけど」

「何だい?」

「俺達にウソ吐いてた時──あんた、どんな気分だったんだ?」

「はっは、そんな下らないことを今更聞かないでくれよ。ウソなんて吐いてない。君を励ましたのも、アドバイスしたのも、助けたのも! 全部全部、僕の本心からの行動さ」

 

 晴れやかな笑みでイデアは言ってのける。

 

「時にはおやしろを助けた時もあったし、テレビに出た時もあった。いやあ、楽しかった! 新人のトレーナーを手助けするのも、イーブイ達のお世話をするのも楽しかった!」

「長生きしてんなら分かるだろ? それで良かったんじゃねえかって」

「ポケモン博士イデアとしてはそうだね。だけど……イデとしての僕はそうじゃない。今あるもの全部をかなぐり捨てても、ホウオウとルギアの力で──この世を面白おかしくしたいのさ」

「……おかしいだろ。何がそこまであんたをそうさせるんだよ」

「別に? 長生きするとね、人との繋がりとかどうでも良くなっちゃうんだよね。その時は楽しいんだけど──鬱陶しくなっちゃうんだ。あーいや、これは別に昔からか。結局1人が一番楽なんだ」

「……それで振り回される側は堪ったもんじゃないよ!」

「それにね。許せないんだよな。もう500年も経ってるのに……未だにおやしろなんて古ぼけたものがあるこの地方もさ」

「結局はそこッスか。あんたみたいなのを選ばなかった当時のヌシ様は大正解ッスよ」

「でもねキャプテンなんて立場に今更未練はないよ。今は──ただただ見てみたい。力を得たその先に、頂点に立ったその先に、何があるのか。そう言う意味では、僕とクガイは似てるかな」

 

 ただし、と彼は付け加えた。

 

 

 

「──僕が求めてるのは……平穏なんかじゃなくて──伝説のポケモンによって巻き起こる()()だけどね」

 

 

 

 ただただ面白おかしいから、という理由で彼は今ある全てをひっくり返そうとしている。

 

「……あんた、寂しいヤツだな」

「は?」

 

 イデアの下瞼が痙攣した。

 

「……寂しい、か。ふふっ、そうだねえ。そう見えても仕方ないのかもね」

「どぅーどぅる」

「……でも、君なんかに僕の何が分かるのかな、メグル君!! ドーブル、”ぶちかまし”!!」

 

 一気に足を踏み出したドーブルは、再び地面に巨大なクレーターが開く程の一撃をぶつける。 

 だが、既にそれが来ることが分かっていたデカヌチャンもまた飛び、ドーブルの脚に──ハンマーを叩きつける。

 

「ッ……先読みしてたのか!? 押し切れドーブル!!」

「”でんじは”!!」

 

 インパクトの直前。 

 ハンマーから微弱な電気が流れる。

 そのままデカヌチャンを地面に叩きつけるドーブルだったが──砕けたのはハンマーの方。デカヌチャン本体は、途中で柄から手を離してしまったからか空中に舞い上がってしまっている。

 追撃しようとしたドーブルだったが、既に身体は麻痺しており、痙攣を始めていた。

 

「ッ……やられた!! まさか捨て身でこっちを止めに来るなんて!!」

「ルカリオッ!! ラスターカノン、ッス!!」

「──させないよ。センセイ、”ぶちかまし”!!」

 

 跳び出すドーブル。

 地割れを起こす程の一撃が今度はルカリオに襲う。

 閃光さえも突っ切り、ルカリオにぶつかった──しかし。

 

「ッ!?」

「こういう時こそ、根性ォーッ!!」

 

 ──だが、意識を手放す瞬間、ルカリオはしっかりとドーブルの身体を掴んでいた。

 腕によって、がっちりと身体が固められてしまっており、ドーブルは動くことができない。

 

「ッ……しまった、小柄さが裏目に──!!」

「ニンフィアッ!!」

 

 それが一瞬の隙となる。

 

「これが最後だッ!! たっぷり博士の顔を思い浮かべて──ブチ砕けッ!!」

「フィッキュルルィィィーッ!!」

「センセイ!! ”ぶちかまし”──」

 

 速い。

 遥かにニンフィアの方が速い。

 何故ならば、その技は必ず先制するから。

 そして、その威力は──博士憎しで跳ね上がっている。

 凶悪な捕食者の笑みを浮かべ、ニンフィアは、漸くルカリオの拘束から逃れたドーブルのどてっぱらに──渾身の頭突きを見舞うのだった。

 

 

 

「”でんこうせっか”だッ!!」

 

【効果は抜群だ!!】

 

 

 

 吹き飛んだドーブルは──ビルの壁に叩きつけられる。

 瓦礫が一気にその上に降り注ぎ、漸く大暴れしていた水墨ポケモンは沈黙したのだった。

 

「……やったの?」

「……やったみたいだな」

「勝った……ッ!?」

 

 

 

「──センセイ。こうなったら奥の手だ」

 

 

 

 ぽつり、とイデアが呟く。

 がたがた、と瓦礫が鳴る音。

 その中からドーブルがふらふらとよろめきながら現れる。

 

「ま、まだ動けるんスかぁ!?」

「……今の間に、墨が多少は溜まったはずだ。描け!! 破滅への扉をね!!」

 

 ドーブルは空に跳び出し、思いっきり絵筆を横一文字に振るう。

 そして──力尽きたように、落っこちるのだった。

 次の瞬間、宙に浮かんでいた一文字は空間を切り裂き、罅割って──大きな孔を作り出す。

 

「じ、時空の裂け目ーッ!?」

「ふっふふ! こればっかりは何度か試したけど出来なかったんだよねえ! だけど……伝説のポケモンの力を吸収した今のセンセイなら……ッ!!」

「ねえ、あれってまさか──」

 

 時空の裂け目は一気に開く。 

 その先は暗い。暗いが──奥底に星のようなものがキラキラとしている。

 そして、どんどん裂け目そのものが広がっていっている。

 

「おっと。その先は宇宙空間!! 生命が生きることができない真空の世界!! このまま放っておいたらどうなるか分かるよね? 直にこの世界は……此処から崩れ落ちるよ!!」

 

 孔は更に大きく広がっていく。

 それが意味するのは、宇宙空間からありとあらゆる災厄が運び込まれる可能性だ。

 その先に待っているのは、メグルの住んでいた世界と同様の悲劇だった。

 

「ね、ねえ、なんか、裂け目の向こうから──近付いてきてない!?」

「光──火の玉!? まさか隕石ッスか!?」

 

 それも1つや2つではない。

 幾つもだ。空間の裂け目は、隕石群の進路に繋がっていたのである。

 

「はっはっは! これは傑作だ! まあ僕は死なないから関係ないけどね!」

 

(考えろ──考えるんだ! 隕石をどうにかする方法!? 無理だ! まだ遠くにあるはずなのに、すっごくデカいんだぞ!? 相当なサイズだ!! 時空の裂け目すらどうにもならねえって言うのに、このままじゃ──)

 

 考えを巡らせていった果てに、メグルが思いついたのは──あるポケモンの姿だった。

 

(そう言えばアイツ、時空の裂け目を開いたり閉じたりしてたな……ッ!!)

 

「ニンフィア!! ……最後の大仕事、頼めるか!?」

「ふぃっきゅるる!!」

「何をするの!?」

「たった一つの冴えたやり方って奴だよ! 腹括ってくれるか?」

「……勿論だよ。言ったでしょ? 世界最後の日なら、君と一緒が良いってね!」

「オレっちの事も忘れねえでほしいんスけど!」

 

 メグルは再びオージュエルに手を翳す。

 そして、鞄から取り出したのは、歯車の付いた透明な羽根だった。

 

 

 

「オーライズ──”テツノサクヤ”!!」

「ふぃっきゅるるる!!」

 

 

 

 次の瞬間、ニンフィアの目は翠色に輝いていた。

 背中からは妖精のような翅が現れ、周囲には木の葉が舞う。

 その姿を見て──イデアの顔色が変わった。

 

「待てよ、まさか、その姿は──森の神様の──ッ!!」

 

 理屈ではない。理論でもない。

 だが、この時、この瞬間の為に、この羽根は存在していたのだとメグルは確信していた。

 ニンフィアも一瞬だけこちらを振り向く。

 「行けるよ」と──

 

「──オオワザだ、ニンフィア!!」

「ふぃーッ!!」

 

 一瞬だけテツノサクヤの姿が浮かんで消えた。

 彼女が吼えると共に、時空の裂け目が時が巻き戻るように、閉じていく。

 

「お、おいおい、ウソだろ!? そんな馬鹿な事が──ッ!!」

 

 赤く光る彗星が近付く中──裂け目は閉じていく。

 

 

 

「間に合えェェェェーッ!!」

「ふぃるふぃいいいいいいーッ!!」

 

 

 

 ぱきん、ぱきん、ぱきん。

 砕けた硝子が元に戻っていくようだった。

 破滅の光が迫る中──ニンフィアが一際甲高く啼いた時。

 森がざわめき、一筋の風が吹く。

 隕石が最接近したその瞬間。

 

 

 

 ──裂け目は完全に閉じたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

CC最終話:いつまでも、どこまでも

「は、はは……まさか、全部、全部潰されるとはね」

 

 

 

 ぽつり、とイデア博士が言った。

 なんてことはないと言った様子で、ふらふらと、倒れたドーブルに近付いていく。

 

「まあいいさ。僕にはセンセイが居るんだ。次の500年後に……期待かな」

「テメェ、このまま逃すと思ってるんスか!!」

「……僕にはホウオウもルギアも居るんだ。本当に、捕まえられると思ってるのかい? ねえ──センセイ?」

 

 ドーブルを抱き起こすイデア。

 しかし、その身体は──どろり、とした墨のように崩れてしまった。

 犬のような姿は、もう保てていなかった。

 

「っ……え」

 

 イデアの目が焦燥に襲われる。

 

「あれ? センセイ? ねえ? センセイ、どうしたのさ。センセイ!?」

 

 初めてそこで──彼は取り乱す。

 そして、どろどろになってしまったその墨の塊から、幾つも光が抜けていくのが──彼には見えた。

 

「ど、どうしたんだよ、センセイ!! どうしたら戻るんだよ、センセイ!! センセイ、センセイ、センセイ──ッ!!」

「……()()で力を使いきっちまったんじゃねえか」

 

 メグルは──イデア博士の前に立つ。

 

「……不死の炎に焼かれたあんたと違って、ドーブルは不死じゃなかった。そして、そのドーブルにトドメを刺したのは──あんた自身だ」

 

 あの一閃を放った後、ドーブルが力尽きたのをメグルも、アルカも、ノオトもはっきりと見ていた。

 

「でも、それを分かっていたのに……最後まで博士の言う事を聞いてた辺り……」

「手持ちにとっちゃ……()()()じゃなかったみてーッスね……」

「ああ。現に、あのドーブルはずっと……博士の所に居たからな」

「ッ……ダ、ダメだよ、センセイ!! 僕を置いていっちゃぁ……だって、あんなに、僕達一緒だったじゃないかぁ!! まさか、今更、今更先に逝くなんて、ないだろ!? センセイ!?」

 

 ずるずると、墨は地面に吸い込まれていき、消えていく。

 他のポケモンの死など、幾らでも見てきた。今更1匹死んだところでなんてことはないと思っていた。

 しかし。500年も一緒に連れ添って来たポケモンは、少なからず永き時を生きてきたイデアにとっては掛け替えのないものとなっており──

 

「僕が、僕が、僕が──センセイを──あ、あははは、ひひひひっ、ひひひひっ」

 

 がくり、と彼は崩れ落ちる。

 そのまま彼はずっと、項垂れ、笑みを浮かべていた。

 ずっと若い姿だったはずなのに、ひぐれのおやしろの忍者達に連行される頃には、何十年も老け込んだ老人のようになってしまっていた。

 きっとあの博士は、これから永遠に死ぬよりも辛い責め苦を受け続けるのだろう。

 その時、ずっと連れ添って来たドーブルは傍には居ない。

 

(せいぜいエンジョイしろよ、博士……永遠の命ってヤツをな)

 

 すっかり小さくなってしまったイデア博士の背を眺めながら──メグルはぽつりと呟いた。

 長い戦い、長い因縁。しかし、それは今此処に全て終結したのである。言い知れない感慨、そして一抹のほろ苦さを残して。

 

「終わった……な」

「そうッスね……」

「うん……」

 

 すっかりボロボロになってしまった町を見ながら──3人は座り込む。

 空には、正気を取り戻したのか、ルギアとホウオウが、穏やかに羽ばたき宙を舞う。

 

「あいつら、もう暴れねえんスかね?」

「……スイクンの技が、ドーブルの墨を浄化したんだ。同じように、あいつらも鎮圧してくれたってところかな」

「でも、この2匹は元の世界に戻らなきゃいけないよね」

「そうッスね。だから暴れてたってのもあるだろうし」

 

 

 

『その心配はいりません』

 

 

 

 何処からともなく声が聞こえてくる。

 セレビィの姿をした機神・テツノサクヤが──空から舞い降りてくる。

 

「っ……森の神様!? ……メグルさん、これが話に聞いてた」

「そうだ。俺をこの世界に連れてきたポケモンだ」

『私の力で、この世界に広がっていた裂け目を1つずつ消していたのです。海の底、火山、色んな所に人為的に開けられたものがありましたから』

「そんな事出来たんだ!? じゃあ、さっきも居てくれれば安心だったのに」

『すみません……突発的に開いたものでしたから。でも──メグル様が間に合わせてくれたようですね』

「ああ。礼なら俺じゃなくて、ニンフィアに言ってくれ」

「ふぃるふぃー♪」

 

 得意げにニンフィアが胸を張ってみせる。

 

「もうこの世界から裂け目が広がることは……無いんだね」

『いいえ、後1つだけ、敢えて残していたものがあります。それ自体は、10年ほど前に自然発生したものですけど』

「それって?」

『……ヒャッキと、サイゴクを繋ぐ時空の裂け目です。貴方達の知るテング団が、こちらに攻め込むのに使ったものです』

「それって──よあけのおやしろがこないだ、コンクリートで固めたヤツッスよね!?」

「お前ら……そんな力業で裂け目を塞いでたのか」

『穴を塞ぐものならば、彼らの力でなら破壊できるでしょう。後は──私がルギアとホウオウを導くだけです』

 

 ひらりと彼女は舞うと──ルギアとホウオウの前に現れる。

 そして、彼らを先導するようにして、空を飛んで行くのだった。

 

「なぁっ! お前はこれからどうするんだ!?」

『またしばらく──眠りにつくとします。今回の件で力を使い切ってしまったので』

「……そうか」

『それと──改めてお詫びさせてください。貴方を、この世界にいきなり連れてきてしまって──』

「謝らなくて良いよ!! 命を拾われたようなもんだし、大変な事も多かったけど……」

 

 メグルはノオトとアルカの肩を抱き寄せて──言った。

 ニンフィアがメグルの頭によじ登り、テツノサクヤに向かって前脚を振る。

 

 

 

「今となっちゃ……結構気に入ってるんだ、この世界も!!」

「ふぃるふぃー!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──こうして、アークの船団が起こした事件、そしてイデア博士が起こした事件は幕を閉じた。

 アークの船団は残党もひぐれのおやしろの忍者によって一掃され、もう二度と圧縮次元砲のような兵器が作られることは無いらしい。

 そして、イデア博士はというと、500年も練り続けていた計画と、ドーブルが居なくなったことでおかしくなってしまったらしく、今はもう何も出来ない状態で地下牢に入れられているらしい。

 とはいえ、殺しても死なない博士なので、きっと永遠に牢屋暮らしは確定だろう。それこそ、世界が終わるその日まで。

 会いに行きたいとは微塵も思わないが──せいぜい永い時の中で犯した罪を償ってほしいものである、とメグルは考える。

 そして、ルギアとホウオウの姿はサイゴク山脈に消え、例の時空の裂け目も完全に塞がっている。

 もう二度と、サイゴクとヒャッキが繋がることはないだろう。

 こうして、500年前、ある一人の男の愚行によって引き起こされた一連の悲劇は、完全に終息した。このサイゴク地方に、ひいてはポケモンの世界に平穏と安寧の時が訪れようとしていた──そんなある日の事だった。

 

「パルデアのアカデミーに入学!?」

「そうっ! これまでの仕事と、トレーナーの賞金でコツコツ貯めた貯金で、アカデミーに行こうと思ってるんだ! 後……ボクを拾ってくれたおじいちゃんとおばあちゃんの残した貯金もあるしね」

「それで……何を目指すんスか?」

「考古学者! 将来は、研究員になろうと思ってね! そのために、アカデミーで勉強しようと思ってるワケ」

「アルカさん、あんた勉強出来たんスか?」

「しっつれいだなぁ! ヒャッキ地方の勉強って、此処の勉強よりもすっごく難しかったんだよ! 算学、語学、生物、兵法その他諸々!」

「は、はは、その中の落ちこぼれだったから、こっちの勉強なんて屁でもねぇと……」

 

 此処はジョウト地方・エンジュシティ。紅葉が舞う、古き町だ。

 そのポケモンセンターで、久々にアルカ、ノオト、キリの3人は落ち合っていた。

 

「それで、ノオト()はいつまでジョウトに居るの? あんまりおやしろを空けるのって良くないんじゃない?」

「オレっちは姉貴が居るから大丈夫ッスよぉ」

「拙者も暇を出されてな。まだ三日しか徹夜していないのでござるが」

「あのッスねぇ、キリさん。三日しかとは言わねえんスよ、それは」 

 

 キリの青い瞳の下にはくっきりと隈が出来ていた。相も変わらずデスマーチをしているところを部下に止められているようである。

 だが、1つだけ変わったことがあるとするならば、人前でも見知った相手と居る時ならば仮面を取って接することができるようになった点だ。

 あの事件があってしばらくした後、キリはメグルとアルカにも自らの正体を明かした。牛歩ではあるが、少しずつ人前で喋れるようになっていきたいという彼女の意思だった。

 何より、数多い災禍に立ち向かっていった彼らに、勇気づけられたことが大きいらしい。

 

「……良いのでござるよ。拙者、ノオト殿の隣なら、幾らでも疲れが取れるでござる」

「あ、あのッスねぇ!? 人前ッスよ!?」

「どうせ、アルカ殿しか居ないでござるからな」

 

 口数は少ないが、キリはその分ボディランゲージが多い。

 すりすり、と猫のようにノオトの肩に頬を擦りつける。

 見知らぬ人間の前ならいざ知らず、アルカの前ではもう平気のようだった。

 平気ではないのはアルカの方である。

 

「見せつけてるの? ねえ、見せつけてるの? ひどくない?」

「……失礼。激務でストレスが溜まっていてだな」

「キリさんって、人見知りだけど……結構良い性格してるよね」

「忍者でござるからな」

「関係ないよね!?」

 

 彼氏不在のアルカの頬には軽く青筋が浮かんでいた。

 そして、ボールからデカヌチャンを出し、彼女は抱き上げる。

 

「いいもん、ボクにはデカヌチャンがいるもん」

「カヌヌ!」

「デカヌチャンのハンマー直ったんスね!」

「1から作り直したんだ。ドーブルとの戦いで壊れちゃったからさ」

「しかし、それでまた絆はより強固になったようでござるな」

 

 自慢げにデカヌチャンはハンマーを二人に見せつける。

 原形を留めていない程に破壊された所為で、しばらくは落ち込んでいたが、アルカが必死に励まし、一緒に素材を集めたのだ。

 

「じゃ、一先ずはこれで全て丸く収まったってことッスね」

「後は現在進行形で激闘中であろうメグル殿だけか」

 

 ──先日。漸くメグルは、ジョウトで最後のジムバッジを手にした。

 これにより、彼はポケモンリーグへの挑戦資格を得たのである。

 

「勝てるんスかねー、四天王とチャンピオンに」

「勝てるよ」

 

 自信をもって彼女はそう言ってのける。

 

 

 

「だって、メグルだもんっ! 絶対に勝って、帰ってくるよ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あのぉーっ、私一応高性能清楚系AIなんですよ、何で円盤掃除機の中に入れられてるんです!?」

「無駄口叩かないの! 教習所の中、埃一つ残さないで綺麗にしなさいな!」

「ふえーん、御無体なーッ!! こんなんだったら山の中で朽ち果てた方がマシでしたーッ!!」

 

 

 

 ──ベニシティ・ひのたまじま。

 あの戦いの後も、ハズシは忙しい日々を送っていた。 

 少々変わった同居人も増えたのであるが。

 

「……ぎゅららら」

「ちょっと、ブースターさんんん!? 掃除機は乗り物じゃないんで乗らないでください!?」

「良いじゃない、ヌシ様もたまには遊びたいのよ」

「熱い熱い、ボディが溶けます、CPUがオーバーヒートしますぅ!! 体温どれだけ高いんですか、この子ォ!!」

「さーてと……メグルちゃん達は今頃どうしてるのかしらね──」

「何良い感じにシメようとしているんですか、あっつぅ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──イッコンタウン・よあけのおやしろ。

 

「あのーっ、これ以上の負荷はヤバいと思うもの! 骨が軋む音が聞こえてくるもの!」

「がたがた言わないのですよ。キリ様なら、これの倍は耐えるのですよ」

「ひぃぃぃーっ!!」

 

 今更ひぐれのおやしろに戻ることもできないネムは、よあけのおやしろに送られ、罪を償うと共に一から心身を鍛え直されていた。

 そして他方、その面倒を見るヒメノの顔は──ツヤッツヤだった。

 

「ヒメノ様最近機嫌が良いな……胃腸も壊さなくなったし」

「しごく相手が見つかったからだな……本当に性格の悪い……」

「全部聞こえてるのですよー♪」

「ひぃぃぃ!!」

 

 相も変わらず、おやしろでは恐れられているヒメノだが、存外楽しくやっているようである。

 しかし。

 

「ん? ノオトからメールが──エ、エンジュシティのスズのとうの前でキリさんとツーショット──ッ!?」

「あっ」

「やっば……」

「う、羨ましいのですよ! な、何で、何でヒメノだけ──ごふっ」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 案の定血反吐を吐き出したヒメノを、ゲンガー、ジュペッタの二匹が担いでいく。

 その姿を、一番の相棒のミミッキュは呆れたように見つめているのだった。

 人間、そう簡単に変われるものではないのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(──お父さん……色々ありましたが、今のサイゴクは平和です。まあ、シャクドウシティも復興に時間はかかるけど……イデア博士もあんなことになっちゃったけど……あたしは1人でも平気です)

 

 

 

 墓前に手を合わせた後──ユイは振り向く。

 

(だって……皆が居るからっ!)

 

「行こっ、皆。メグルが帰ってきたら、ボッコボコにしてやるんだから! 特訓開始ーッ!」

「ばっちららーっ!!」

「ばっちるるーっ!!」

 

 元気よくポケモン達と共に、今日も彼女は森の方へ出かけていく。

 全ては、あのライバルが帰ってきたときに恥ずかしくない姿を見せる為だ。

 そんな彼女の姿を見て──サンダースは墓の上でふっと笑みを浮かべて、再建されたおやしろの方へと走っていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「それでシャワーズ、キャプテンは見つかった?」

「ぷるるるるー」

「そうよねえ。無理しなくて良いのよ」

 

 リュウグウ夫人の言葉に、当分は勘弁だと言わんばかりに彼女は丸まってしまった。

 短い間に二人もキャプテンを亡くし、すっかり彼女は落ち込んでいた。

 別離の苦しみは、消えたわけではない。だが、それでも──

 

「おーい、シャワーズ! 遊ぼうぜ!」

「シャワーズちゃーん!」

 

 ──彼女を気にかけてか、子供たちがおやしろにやってくるようになった。

 リュウグウが居なくなった今、もう誰も止める者は居ないし、夫人も止めなかった。

 今すぐでなくてもいい。もしかすれば、この中に、未来のキャプテンがいるかもしれない、と信じて。

 

「ぷるるるるるー」

 

 おやしろのヌシは──相も変わらず、セイランの人々から愛されている。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ポケモンリーグ。

 それは、栄光へ繋がる道。

 そして、強者と強者がぶつかり合う勝負の殿堂。

 4人の四天王。そしてチャンピオンを下したものは、新たなるチャンピオンとして歴史にその名を刻む。

 カントーのポケモンリーグは「本部」とも呼ばれており、最もオーソドックスで最も過酷とされており、立ちはだかるトレーナーの実力も折り紙付きだ。

 それでも尚、彼は今4人の四天王を下し、此処に立っている。

 モンスターボールが揺れた。

 この扉の先に居る強敵に、心が躍っているようだ。

 勝つか負けるか。それは分からない。

 だが──此処で勝ったとしても、負けたとしても新たなる旅の始まりでしかない。それは変わらない。

 それでも、待っている人達の為に、出来る事なら──否、絶対に負けたくはない。

 

 

 

「──頂点……獲ってやろうぜ、ニンフィア!」

「ふぃるふぃー!」

 

 

 

 歩みを止めない限り、旅は永遠に続く。きっと、いつまでもどこまでも。

 ポケットの中に居る相棒たちがいる限り──知らない世界が、まだ出会わぬポケモンが、人が──メグルを待っている。

 

 

 

 

──「ポケモン廃人、知らん地方に転移した。」(完)




此処まで読んでいただき、本当に本当にありがとうございました!これにて「ポケモン廃人、知らん地方に転移した。」完結です!
100万字超えの長編になってしまいましたが、続けることが出来たのは此処まで付いて来てくださった皆さんのおかげです。この作品で書きたかったことは、全て書ききることができたつもりです。当初は試しに書いていたこの作品でしたが、想像以上に読者の皆様からの反応が良く、それがモチベーションになっていました。メグルを描いたお話は此処で終わりですが、彼の冒険はきっとこれからも続いていくのでしょう、きっと。それでは皆様、また次の物語で会いましょう。

──次の冒険は案外、すぐそこに迫っているかもしれませんよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグのその先:NEXT STORY

 ──ノオトへ。如何お過ごしでしょうか。

 アルカがグレープアカデミーに入学し、俺がパルデアでトレーナー修行を始めて、何か月か経ちました。

 彼女は授業が忙しいらしく、なかなか一緒になれる機会はありませんが、寮生活を頑張っているようです。

 正直悪い虫が付かないか心配でしたが杞憂でした。むしろアルカの方がこっちを心配してきます。嬉しいけどちょっと怖いです。

 そんなわけで、先日はハッコウシティへデートに行きました。行った結果──

 

 

 

「何でパルデアでも時空の裂け目が開くんだァ!?」

「知らないよォ!! デートが台無しーッ!!」

 

 

 

 ──なんか知らんけどカジュアルに時空の裂け目が開きました……。

 

(そういや裂け目って自然発生するんだった……)

 

 パキ、パキパキと空が割れるような音がした時点で二人は嫌な予感はしていた。

 即座にそれは現実のものとなったのである。

 デートは勿論中断。

 裂け目から現れた全身が機械で覆われたポケモンが、町に攻撃を開始した。

 敵は1匹。その見た目はねずみポケモン・サンドパンに酷似している。

 だが、その目は電飾のように光っており、背中の棘はスティンガーミサイルのようだ。

 その様相はまさに兵器の如く。

 住民たちが逃げ惑う中、メグル達はボールを構えながら謎のポケモンを前に立ち往生するしかない。

  

「な、何だぁ、アイツ……!?」

「サンドパンだよね!? でも、全然姿が違う……!!」

「ブルルル? ピピピピピ……ッ!!」

 

 メカメカしいサンドパンの背中からはミサイル状の棘が次々に発射され、辺りを爆破していく。

 ポケモンを繰り出そうにもアルカを庇うのが精一杯だ。

 

「ど、どうしよう……!?」

「あのミサイル、技か……!? そもそもあいつ、ポケモンなのかよ!?」

 

 

 

 

「パモ様ッ!! マッハパンチだッ!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 サンドパンの腹部に思いっきり何かの拳が突き刺さる。

 ぐらり、と機械の身体が揺れ、一瞬敵は怯んだようだった。

 

「そこの二人! 怪我はないですか!?」

 

 そして、立ちはだかるように──見知らぬ少年が降り立つ。

 幼さが残るが、何処か爽やかさを漂わせた黄色いブレザー服の少年だ。

 

「えーと……誰?」

「──僕はイクサ。そして、この子は……()()()! 皆そう呼んでるんです」

「ぱもぉ」

 

 ぺこり、と様付けされたパモは丁寧にお辞儀をした。

 小さいが、既に貫禄が漂っている。

 

【パモ ねずみポケモン タイプ:電気】

 

「ッ……パモって、あのパモだよな?」

「スカーフしてる! かっわいーっ!!」

「とにかく──コイツは、危ないから早く逃げてください。僕はコイツを追って、こっちまでやってきたんです」

「つったって、そいつ地面タイプじゃねえか!?」

「ええそうですよ」

「じゃあ不利じゃん!! 何でパモを連れてきたの!?」

 

 言った端から、サンドパンのようなポケモンは地面を叩き、波打たせて揺らす。

 ”じならし”だ。電気タイプのパモには効果抜群となる。しかし──イクサと名乗った少年は懐から1枚のカードを取り出した。

 そして、自らの腕に嵌められたブレスレットの宝玉に翳してみせる。

 

「大丈夫。僕達には()()があるから。オーライズ”ギャラドス”ッ!!」

 

 次の瞬間、激流がパモを包み込む。

 一瞬、凶暴ポケモン・ギャラドスの姿が浮かび上がり──そして消えた。

 そして、ふわりと浮かび上がったパモは、あっさりと波打つ地面の衝撃を受け流してみせる。

 

【パモ<AR:ギャラドス> タイプ:水/飛行】

 

「なっ、オーライズ!?」

「メグル以外に使える人が居たの!?」

「……そっか、こっちじゃあんまりメジャーじゃないのか、オーライズ」

「いや、そう言う事じゃなくて……!」

「マイナーどころの話じゃないよ! だって、オーライズが使えるのは……!」

 

 オーライズはそもそもヒャッキ地方の技術。この世界では今、メグル以外にオーライズが使える人間は居ないのである。

 

(何がどうなってるんだ一体……!?)

 

「弱点で攻撃だ──(オー)ワザ”たきのぼり”!!」

「ぱもぉっ!!」

 

 全身を激流に包み込むパモ。

 そのまま、サンドパンに突っ込み、一気にその装甲をへしゃげさせる。

 だが、サンドパンもただでは転ばないのか、次々に棘のミサイルをパモに向かって放つ。

 

「ヘラクロスッ!! 受け止めて!!」

 

 だが、その攻撃は全てヘラクロスが庇うようにシャットアウト。

 そしてその陰からニンフィアが飛び出す。

 

「ハイパーボイスだ、ニンフィア!!」

「ふぃっきゅるるるる!!」

 

 衝撃波が一気にサンドパンに襲い掛かった。

 更に追撃でヘラクロスもミサイルばりを放っていく。

 

「よく分かんねーけど……向こうの世界は、それがルールみたいだな。一斉攻撃でトドメを刺すぞ──ニンフィア”ハイパーボイス”!!」

「ヘラクロス”ミサイルばり”!!」

「合わせてパモ様──”たきのぼり”だ!」

 

 集中砲火がサンドパンに突き刺さる。

 音波攻撃が内部系統を破壊し、更にミサイルばりが外殻を貫く。

 そこにトドメと言わんばかりに水を纏った突撃が突き刺さる。

 サンドパンの装甲はあちこちへしゃげ、全身から電気が放たれており、電飾の目も点滅を繰り返す。

 それでも逃げる力は残っていたのか、飛び跳ねると時空の裂け目へ逃げていくのだった。

 

「あっ逃げた!」

「──後は僕が追います! 貴方達はこっちの世界の住人だから」

「行ったら帰って来れるか分からないもんね……」

「すっげー気になるけどな」

「手伝ってくれてありがとうございました。このお礼はまたいつか。えーと──」

「メグルだ! ……しっかりやれよ」

「はいっ、任されました!」

 

 二人はがっちりと握手を重ねる。

 そしてパモ共々、丁寧にお辞儀をすると──そのままイクサは時空の裂け目へと消えていくのだった。

 しばらくすると裂け目は音を立てて自然に塞がっていく。

 

「……嵐のような出来事だったな……」

「そだね……まだ世界には、見た事の無いポケモンが居るってことだね!」

「あんなメカメカしいポケモン、ポケモンって呼んでいいのか……?」

 

 最早、あの少年の正体も、何故か使われているオーライズも、そしてメカのポケモンも──裂け目が閉じた今となっては何も分からない。

 

 

 

「……まあ良いか。期待してるぜ──どっかの世界のポケモントレーナー」

 

 

 

 

 ──NEXT「ポケモン廃人、知らん学園に入学した」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:リージョンフォームポケモン

サイゴクのすがた

特殊な霊脈を持つサイゴク地方に祝福を受けたポケモン達。その霊脈の力は生死の法則さえも捻じ曲げ、時にポケモンに歪んだ力を授けるとされている。

 

セキタンザン(サイゴクのすがた) エスエルポケモン タイプ:水/炎

種族値:H110 A90 B110 C90 D80 S30

特性:じょうききかん/ちょすい

サイゴク種は特有の蒸気機関を有しており、水を取り込むことで爆発的な力を発揮する。

その身体は鋼とも岩とも取れないものに変質してしまっており、言ってしまえば固形化した熱エネルギーの化身。

しかしその替わり、原種が使えた岩技は使えなくなってしまっている。

専用技の”SLブレイク”は、能力が上がっていればいるほどに威力が上がる、炎版物理技の”アシストパワー”。

特性の”じょうききかん”との相性は非常に良く、圧倒的速度と火力で相手を叩き潰す、まさに生ける暴走特級と化す。

 

 

ヒャッキのすがた

異界の先、テング団もといヒャッキの民が住まう場所から連れて来られたポケモン。いずれもサイゴクを遥かに上回る過酷な環境で進化を果たしており、その力は非常に凶悪化している。

 

ドーブル(ヒャッキのすがた) すいぼくポケモン タイプ:ゴースト/悪

種族値(通常個体):H55 A20 B35 C20 D45 S75

種族値(イデア個体):H85 A135 B65 C45 D86 S110

特性(通常個体):マイペース/テクニシャン 特性(イデア個体):ちからもち

ヒャッキのドーブルの描いた絵には妖気や呪力が宿り、ひとりでに動き出す。途方もない長い年数を生きるポケモンであり、力を増した個体は墨に宿った呪力で更に強力になっていく。

しかし、非力なため、なかなか生き残ることが出来ず、ヒャッキでは稀少なポケモンとされている。

通常個体は原種のドーブルと然程変わらない力しか持ち合わせていないが、イデア博士の個体は珍しく非常に長生きしていた個体であり、伝説のポケモンにすら匹敵する力を持ち合わせている。

更に自らの身体にポケモンの力を宿した墨を纏えば、特性すら変えることができる。

水墨画から百鬼夜行を引き起こし、更に伝説のポケモンを取り込めば墨を身に纏って巨大化するなど、メグル達にとって最後の敵に相応しい暴れっぷりを見せた。

それだけではなく、墨に頼らずとも己の力のみで戦う事もでき、フィジカルの高さも相まってメガシンカポケモンでさえも敵わない。

しかし、それらの行動は全てドーブルの身体に大きな負担を掛けるものであり、最終的には身体の墨を使い切った上に無理をした所為で消滅した。

 

 

ルギア(かくようのつき) せんすいポケモン タイプ:エスパー/飛行

種族値:H106 A90 B130 C90 D154 S110

赫耀爆発:H106 A90 B150 C140 D164 S120

特性:マルチスケイル

ヒャッキ地方に生息していた並行世界上のルギア。瘴気を正常に祓う力を持っており、瘴気を取り込んで力に変える進化を果たす。

しかし、ヒャッキからサイゴクに連れて来られたことでパニックになって暴走。更に人々から攻撃されたことで怒り狂い、封印されたこともあって、今日に至るまで他の生命に対する憎悪を溜め込んできた。

”赫耀爆発”状態は、言わばゲンシグラードン・ゲンシカイオーガに相当する形態であり、その力は爆発的。体内の瘴気をエネルギーに変えて爆発させ、風に纏わる超常現象を引き起こす。作中ではずっと、この姿のまま活動していた。

圧倒的な耐久力に加え、オオワザを振るうことで、三度サイゴクを危機に追い込んだ。

 

オオワザ:レッドタイダル

百鬼夜行の最後に訪れる赤い月。赤く汚染した渦潮を相手にぶつけ、力任せに吹き飛ばす。

 

 

ホウオウ(かいじんのひのわ) かいじんポケモン タイプ:炎/飛行

種族値:H106 A130 B90 C110 D154 S90

灰燼絶滅:H106 A150 B140 C120 D164 S90

特性:さいせいりょく

ヒャッキ地方に生息していた並行世界上のホウオウ。ジョウトの個体と比べて大人しい性格で、幽境の谷にひっそりと暮らし、沈殿した瘴気を浄化する役目を果たしていた。

しかし、ヒャッキからサイゴクに連れて来られたことでパニックになって暴走。その後はサイゴクに住み着いていたが、クガイに捕らえられて圧縮次元砲の研究に利用されていた。

その炎は気まぐれに他の生命に不死の命を与える。そして、それはホウオウですら制御することが出来ず、焼かれたものが不死人になるかは彼にすら分からない。

”灰燼絶滅”状態は、言わばゲンシグラードン・ゲンシカイオーガに相当する形態であり、その力は絶対的。体内の瘴気を青い炎に変えて羽根を燃焼させ、死の灰でありとあらゆるものの生命を奪い尽くす。作中ではずっとこの姿で活動していた。

 

専用技:かいじんのほのお

せいなるほのおと効果は同じ。似て非なる力によって放たれる炎の一撃。

 

オオワザ:てんちゅうさつ・そらなき

百鬼夜行の最後に訪れる黒き太陽。高圧縮した熱エネルギーを黒い太陽に変えて相手を吸い込み、熔かす。

 

 

 

???

異界から飛来した、存在自体が矛盾したポケモン。かのパルデア地方のパラドックスポケモンの特徴に合致しているが、出自を異としており、同一的存在かどうかも怪しい。

遠い未来の技術で作られたらしく、更に時空の裂け目にすら干渉する能力を持つ。

 

テツノサクヤ ??????ポケモン タイプ:草/鋼

種族値:H80 A70 B100 C120 D80 S130

特性:クォークチャージ(便宜上クォークチャージとするが、同質で出自が別の力である可能性が高い)

サイゴク地方の森の神様の正体は、時渡を行うポケモン・セレビィであるとされている。

しかし、セレビィはとうの昔にサイゴクから拠点をジョウト付近に移しており、サイゴクに本来セレビィが存在するはずはない。

本編前に故郷を時空の裂け目に滅ぼされたテツノサクヤは、時空の裂け目の増加現象を引き起こす世界を探すため、時空渡りを繰り返していた。

本来は自らの世界で使うはずだった時空の裂け目を修復する力を使い、元凶である裂け目の発生源を止めるために。

そうしているうちに偶然崩壊寸前のメグルの世界に辿り着き、ポケモンへの強い愛を持つ彼をポケモンの世界へと引きずり込み、共に戦う力となることを期待する。

当初の目論見通りメグルは成長し、遂に時空の裂け目の発生源たるアークの船団、そして時空の裂け目を引き起こす力を持つドーブルを食い止めることに成功。

この件で全ての力を使い果たしたテツノサクヤは、眠りにつくことになったのだった。

 

オオワザ:じげんほうごう

時空の裂け目を正常に修復する技。

 

 

 

ギガオーライズ

クリアクリスタルの目玉。伝説の三聖獣が対応するヌシポケモンのオーパーツでオーライズすることで、大きくその力を変質させた姿。

 

スイクン<ギガオーライズ> オーロラポケモン タイプ:水/ドラゴン

特性:さんたいへんか

ギガオーライズにより、オーパーツに眠っていた真の力を身に纏ったスイクン。頭部の結晶が龍の角のように威厳を増したものへと化し、その顔は、とあるパラドックスポケモンを思わせるものとなる。

ギガオーライズは言わば神降ろしに等しい所業だが、()()()()()()()()()()()()()()()を降ろすこともできるのかもしれない。

 

オオワザ:むげんすいりゅう

巨大な水の龍を召喚。相手を喰らい尽くす。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レポート:タイプ・???

万能細胞とタイプ:ゼノ

ミッシング・アイランドで研究されていたのは、幻のポケモン・ミュウのようにありとあらゆるポケモンを人為的にクローニングする技術であった。

それに必要とされたのが、ありとあらゆるポケモンに変異し得る万能細胞である。

しかし、その作成には多くのポケモンの犠牲を必要としたうえに、終ぞ完全な万能細胞が完成することはなく、ミッシング・アイランドは閉鎖することになる。

だが、完全と言えずとも全く性質の違う3つのポケモンの姿に変異する存在、それがタイプ:ゼノと呼ばれる実験体であった。

この実験体は複数体製造され、そのありあまる知性と凶暴性を特殊なAIによって制御することに成功。以後、悪夢の人工島を守護する言葉無き番人となる。

自然の力を無視して作られた彼らは、生きているだけで苦痛と怒りを味わい続けており、存在してはいけなかったポケモンであると言える。

 

 

プロトミッシングパッチ

非常に変異性が高いタイプ:ゼノの姿を特定の姿に固定するアイテム。これを搭載しなければ、タイプ:ゼノは自らの姿を保つことが出来ず、己の意思に反して別の姿に変身してしまう。

このチップを持たせることで、タイプ:ゼノは自らの意思で3つの姿に変身することが出来る。一方で、パッチの力は確実にタイプ:ゼノを蝕んでおり、本編後はミアの手によって正式版が製作された。

これは、タイプ:ゼノを一種類の姿に固定する(違う姿に変化する場合は別のパッチを持たせる必要がある)代わりに、その身体的負荷を大幅に軽減するというものである。

また、方舟の軍勢が保持していたタイプ:ゼノたちも、ミアの提供したパッチによっていずれも姿を固定化することに成功。その苦しみから解放されることになった。

 

 

タイプ:ゼノ(モデルピクシー) ミッシングポケモン タイプ:ノーマル/格闘

種族値:H100 A160 B90 C80 D70 S60

特性:ミッシングナンバー(持たせたパッチに応じて姿が変わり、自分とタイプが同じ技の威力が更に1.5倍される)

 

 

タイプ:ゼノ(モデルゲンガー) ミッシングポケモン タイプ:毒/電気

種族値:H100 A70 B60 C90 D80 S160

特性:ミッシングナンバー(持たせたパッチに応じて姿が変わり、自分とタイプが同じ技の威力が更に1.5倍される)

 

 

タイプ:ゼノ(モデルリザードン) ミッシングポケモン タイプ:炎/ドラゴン

種族値:H100 A90 B70 C160 D60 S80

特性:ミッシングナンバー(持たせたパッチに応じて姿が変わり、自分とタイプが同じ技の威力が更に1.5倍される)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」(前編)
第1話:ユニバース!!ユニバース!!ユニバァァァス!!


ユニバァァァァァス!!
というわけで「ポケモン廃人、知らん学園に入学した。」も読んだ上で今回の話をよろしくお願いします。
コンセプトは……もう言わんでも分かるな? 祭りの始まりじゃい!!
それでは皆さんも一緒に、ユニバ──


「──うるせえええええええええええーッッッ!!」

 

 

 

 ──パルデア地方・テーブルシティ。

 石造りの建物が立ち並ぶ隋一の大都市であり、歴史ある”アカデミー”を擁していることで有名である。

 陽はとっぷりと暮れており、静かに人々は一日の疲れを癒す──はずだった。

 静謐さとは凡そ無縁な叫び声が町の雰囲気をブチ壊す。

 そして、青年は後ろに大量のヤミカラスの群れを引き連れていた。

 否、引き連れていると述べると聊か語弊が生じる。好きで彼はヤミカラスの大群を連れていたわけではない。

 より正確に書くならば──追っかけられているというのが正しい。

 

「カァカァカァカァカァカァカァカァカァ!!」

「うるせぇうるせぇうるせぇ! お前らにやるものなんて何一つねーんだよ!!」

「ふぃるふぃー……」

「だークソ、次から次へと集ってきやがって!! 寄るな来るな近付くなーッッッ!!」

 

 ──ポケットモンスター。縮めてポケモン。この星の不思議な不思議な生き物。

 これは、そんな生き物が住む世界に突然放り出されてしまった男の物語。

 彼の名は──メグル。

 その傍を走るリボンをたなびかせたポケモンはニンフィア。

 ふたりはこれまで、幾たびもの冒険を繰り返して来た──

 

「今日はアルカと付き合って丸一年の記念日なんだよ!! 何でテメェらに邪魔されなきゃいけねーんだッ!! くそーっ!!」

「ふぃるふぃー……」

 

 メグルの頭には、愛しいカノジョの顔が浮かぶ。

 それを見て面白くなさそうに鳴くニンフィア。

 彼の手にはプレゼントを入れた紙袋が下げられている。

 今日の為に必死に考えたり集めてきた代物である。

 中でも一番は──パルデア地方では滅多に手に入らないポケモンの化石であった。

 

(くっくく、前にテレビで見て、欲しい欲しいって言ってた大昔のサニーゴの化石!! 知り合いから譲って貰ったんだよな!! 喜ぶ顔が目に浮かぶぜ!!)

 

「カァカァ?」

 

【ヤミカラスの ほしがる!!】

 

「だからお前らにはやらねーってんだよ!!」

「カァカァカァ!!」

 

 ※ヤミカラスは ”ほしがる”を覚えません。

 

 恐らく、ヤミカラスたちはケーキの匂いに釣られてきたのだろう、とメグルは考える。

 だがこの野生ポケモン共にくれてやるプレゼントは生憎、ひとつたりとも無いのである。

 町中に突っ込むと、人々やポケモンが驚いた顔でメグルを避けていく。そして、後に現れるヤミカラスの大群を見て悲鳴を上げる。

 

「クソッ、こいつら町中でもお構いなしかよ!!」

「カァーカァ!!」

 

 ──さて、ヤミカラスを指揮するのは、最後尾にいる一際大きなドンカラスであった。

 人間のモノや、エサとなるポケモン、そして──キラキラ光るものに目が無いドンカラスは、目に入ったものを手下達に命じて掠奪をしていく。

 だが、特に気に入ったものは、自らの手で奪い取るという悪癖があるのだ。

 ドンカラスが目を付けたのは真下で自慢話をしているふくよかな体形のマダム──ではなく、その傍にいる大きな唇が特徴的なポケモンであった。

 

「どうザマス? この、おニューの宝石!! カントーから連れてきたムチュールちゃんにピッタリザマしょう?」

「むちゅー!」

「ムチュールちゃんはパルデアに居ないから、初めて見たザマス!!」

「そうザマしょう? そうザマしょう?」

「むちゅーるっ!」

 

【ムチュール くちづけポケモン タイプ:氷/エスパー】

 

 ムチュールの首には、キラキラと輝く赤い宝石が煌めいていた。

 それを発見したドンカラスはすぐさま急降下。あろうことか、ムチュールを掴んで空へ連れ去ってしまったのだった。

 

「きゃーっ!! ムチュールちゃーんっ!?」

「何ッ!?」

 

 メグルは思わず聞こえてきた悲鳴に振り向く。

 そして度付きのゴーグルを掛けて、ヤミカラスの群れの後方を確認した。

 宝石を付けたムチュールがドンカラスのかぎ爪に捕らえられて宙づりになっている。

 

「クソッ、こいつら……黙って逃げてりゃ好き放題しやがって、もう堪忍袋の緒が切れたッ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

 

 すぐさま急降下してくるヤミカラスたち。

 しかし、ニンフィアはとびっきり悪い顔を浮かべてみせると──絶唱する。妖精の加護を受けた歌声を。 

 皆まで言う必要はあるまい。

 何故このフリフリリボンが、凶悪リボンだとか狂暴リボンだとか、最恐リボンだと言われているのか。

 

 

 

「ニンフィア、ハイパーボイスッ!!」

 

【ニンフィアの ハイパーボイス!!】

 

 

 

 特大の声量の音波を受けたことで、ヤミカラスたちは次々に撃墜されていき、地面に落ちていく。

 だが、リーダーたるドンカラスは部下たちが倒れたのを意にも介さずUターンし、逃げ去っていく。

 

「イヤーッ!! 私のムチュールちゃんがーッ!?」

「安心しろよ、おばちゃん、すぐに助ける!!」

「んまッ!? 貴方は一体──」

 

 すぐに追いかけるメグルは次のボールを投げる。

 空を飛ぶ鳥を堕とすならば岩タイプの出番だ。

 

「──バサギリッ!! ”がんせきアックス”!!」

「グラッシュ!!」

 

 飛び出したのは、黒曜石の斧を携えた蟷螂のポケモン・バサギリ。

 すぐさまドンカラスに追いつく勢いで地面を駆けていき、建物の壁に飛び移るとそのまま空へと飛び出し──ぐるぐると勢いをつけて回転する。そして、ドンカラスの脳天目掛けて、その大斧を叩き込むのだった。

 

 

 

【バサギリの がんせきアックス!! 効果はバツグンだ!!】

 

 

 

 思いっきり致命傷を受けたドンカラスは、そのまま地面へ墜落していく。

 勿論、掴んだムチュール諸共。

 マダムはそれを見るなり悲鳴を上げるが──勿論メグルは抜かりが無い。アフターフォローもバッチリだ。

 次に投げたボールからは、鬼火を身体に纏った大鹿のポケモンが現れ、ムチュールの落下地点目掛けて飛び出す。

 

「アヤシシ!! ムチュールを受け止めろッ!!」

「ブルトゥームッ!!」

 

 地面を蹴ると鬼火が爆発する。

 その勢いで猛加速したアヤシシは、空中のムチュールの首を咥えてキャッチするのだった。

 後から追いついたメグルは、息を切らせながらもアヤシシからムチュールを受け取り、安堵する。どうやらケガはないようだった。

 

「むちゅー? むちゅ!! むちゅーる!!」

「大丈夫だったか? 良かったぜ、連れてかれなくてな」

「むちゅ! むちゅーっむちゅーっ!!」

「おわぁ!?」

 

 ムチュールはすぐさまメグルに飛びつき、首や顔に口づけしていく。

 この種族は気に入ったものに対して、唇をとにかくくっつける習性があるのだ。

 

「うっ、うっ、良かったザマス、ムチュールちゃん……一時はどうなる事かと……」

「いやいや、礼には及ばないって」

「ふぃるふぃー」

「金一封お包みするザマス!!」

「いや、マジで良いから、困るから──あ”ッ」

 

 メグルは──腕時計を見て絶叫する。もう夜の九時。アルカは確実にお冠だ。

 すぐさま走り出す。テーブルシティは広い。まだアパートまで大分距離がある。

 

 

 

「くっそー!! あのヤミカラス共の所為で、もうこんな時間だ!!」

「ふぃー……」

「アルカのやつ、大分待たせちまったな……」

 

 

 

 ──今日はボクが腕によりをかけて料理作るからっ! 早く帰ってきてねっ! 

 

 

 

 本当ならもっと早くに帰るつもりだったのだが、プレゼント選びや受取に手間取り、ずるずると遅くなってしまったのだ。

 このままでは記念日が終わってしまう。

 

「走れニンフィア!! このままじゃ、アルカに怒られるじゃ済まねえ!!」

「ふぃー……」

「よくよく考えたらお前はボールに戻せば良かったか」

 

 何で私まで走らされてんだ、と言わんばかりにニンフィアはメグルを思いっきり睨み付ける。

 メグルがボールを取り出そうとしたその時だった。

 

 

 

「──かぬぬぬっ!!」

 

 

 

 甲高い声がその場に響く。

 聞き覚えのあるそれに一瞬メグルは足を止め、辺りを見回す。

 

「デカヌチャンか!? って事は近くにアルカが──!?」

「ふぃ!?」

 

 

 

 

【──デカヌチャンの ヒートハンマーッ!!】

 

 

 

 突如迫る熱源。

 ニンフィアは慌てて飛び退く。

 石の地面が砕け散り、メグルは後ずさった。

 

「かぬ……かぬぬががががん!!」

「──!?」

 

 メグルの前に現れたのは、アルカの手持ちであるデカヌチャン──だが、その姿は彼が知るものとは大きく異なっていた。

 背中には燃える炎のハンマーを背負い、口と目からは絶えず炎が噴き出している。

 何処からどう見ても、アルカの手持ちの個体と同一には見えない。

 

「な、なんだ……!? 炎タイプのデカヌチャン……!?」

「ふぃるふぃ!?」

「アルカのところのじゃねえな……どう見ても!!」

「ふぃ……!!」

 

 

 

【デカヌチャン(????のすがた) ハンマーポケモン タイプ:???】

 

 

 

 辺りにトレーナーらしき人間の姿は見えない。

 野生ポケモンなのだろうか、と姿を見やるが──首に宝石のようなものをぶら下げている。

 メグルは憤る。やはり人間に育てられたポケモンのようだった。

 

「おい、何処のどいつだ!! トレーナーが居るなら出て来い!!」

「かぬぬがんッ!!」

「ッ……避けろニンフィア!!」

「ふぃッ!!」

 

 

 

【デカヌチャンの かえんほうしゃ!!】

 

 

 

 デカヌチャン──と思しきポケモンは口から炎を噴きだす。

 辛うじてそれを避けたニンフィアは、シャドーボールを幾つも浮かび上がらせて迎撃。

 しかし、それを受けたくらいではびくともしないのか、デカヌチャンは自らのハンマーに炎を噴きつけると再びそれを振り回してくるのだった。

 

「炎タイプか──ニンフィア、交代だ!!」

「ふぃっ!? ……ふぃ!!」

「……ま、お前はそう言うよなあ」

 

 ボールに戻る事を拒否するニンフィア。

 デカヌチャンは彼女にとってライバルのような存在だ。

 個体が違うとはいえ、舐められたままでは納得がいかないのだろう。

 

(つっても今、オーライズは使えねえし……! てか、こいつ一体何処から来たんだ!?)

 

 元々デカヌチャンはパルデア中心に確認されているポケモン。

 だが、当然パルデアに炎タイプのデカヌチャンは生息していない。

 そしてメグルがこの世界に滞在してから知る限り、炎タイプのデカヌチャンは──確認していない。

 となれば、思いつく可能性は唯一つ。

 

(まさか、ヒャッキのポケモンか!?)

 

 ──かつて異界から現れ、この世界に侵略してきた外来種・ヒャッキのポケモンということだ。

 彼らは異界から現れ、サイゴク地方を蝕む兵器として運用されてきた。

 この世界よりも過酷な環境で育ち、そこで耐え凌ぐための進化を遂げた屈強なリージョンフォーム達だ。

 しかし、ヒャッキとサイゴクの戦争はとっくに終わったこと。

 そして、此処はパルデアで、ヒャッキ地方とは縁もゆかりも無い場所であること。

 何故ここに、異界のリージョンフォームが現れたのかメグルには理解出来なかった。

 

「ニンフィア、来るぞッ!! ”シャドーボール”!!」

「ふぃるふぃー……!!」

 

 影の弾を弾幕の如く張り巡らせるニンフィア。

 それを次々に飛ばすが、デカヌチャンはそれらを迷うことなくハンマーで正確に撃ち落とし、跳ね返していく。

 そして、ニンフィアの眼前に迫ると、まるで野球のバットのようにハンマーを軽々と振り上げたのだった。そこに、自らが吹きつけた炎をたっぷりと纏わせながら──

 

 

 

【──デカヌチャンのヒートハンマー!!】

 

 

 

 ニンフィアの身体は軽々と吹き飛ばされ──メグルに叩きつけられ、ふたりは縺れて岩壁に叩きつけられる。

 

「ふぃ、ふぃぎぃ……ッ!!」

 

 殺意の籠った視線で、デカヌチャンを睨み付けるニンフィア。

 しかし、それで獲物への興味を失ったのか、デカヌチャンは建物の壁に飛び乗り、そのまま逃げてしまうのだった。

 

「ふぃ!?」

 

 ニンフィアはふと振り向く。

 頭を打ったのか、メグルは気絶してしまっていた。

 そしてニンフィアもまた、ダメージを受けたからか、そのままもたれかかり、気を失ってしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……う、あぐ……」

「ふぃ……」

 

 

 

 しばらくして。

 メグルとニンフィアは目を覚ます。

 あのデカヌチャンは、もうどこにも居なかった。

 だが──差し込む朝日で、自分達に何が起こったかを察する。

 

「や、やべぇっ!! もう朝じゃねえか!!」

「ふぃー!!」

「あのデカヌチャン、どっかに行ったみたいだけど……それどころじゃねえ!!」

「ふぃ!! ふぃ!!」

 

 思わずメグルはスマホロトムを開き、蒼褪めた。

 不在着信が大量に届いている。留守電を開く勇気も出ず、そのまま走り抜けるのだった。

 

「ニンフィア、平気か!?」

「ふぃふぃ!!」

「だよな、それどころじゃねえもんな!!」

 

 とっくに記念日は過ぎてしまっている。

 息を切らせ、やっとの思いでアパートに着くと──そのまま呼び鈴を鳴らす。

 返事はない。すぐさま合鍵を使って、中に押し入ったのだった。 

 

「アルカ!!」

「ふぃーっ!!」

 

 部屋に入ると──テーブルの上には、ラップをかけた料理。

 そして、その前でくぅくぅ、と寝息を立てる姿。

 肌の色は青白く、ぶかぶかした部屋着を身に纏っている赤毛の少女。

 間違いなくアルカだった。

 そして、メグルが入ってきたのを察してか──彼女は目を擦り、起き上がる。

 

「……メグル?」

「ごめん、アルカ!! 実は色々あって──帰れなくって!! でも、ほら!! プレゼント買ってきたからさ!!」

「……ひどい」

 

 ぽつり、とアルカは呟き、メグルは口を閉ざした。

 

「ひどい……早く帰ってきてって言ったのに。待ってたのに」

「あ、いや、だから、それは……ほら!! これを見てくれ!! 前に欲しいって言ってたサニーゴの化石……が……」

 

 紙袋からそれを取り出したメグルは蒼褪める。

 頑強なはずのケースはへしゃげてしまっている。中の化石がどうなっているかは言うまでも無かった。

 砂のような音が聞こえてくる。それを聞いて──アルカは一歩、また一歩とメグルににじり寄る。

 

「何これ。何なの? 嫌がらせ?」

「……ち、違っ……違うんだって!! これは、事故!! そう、事故だから!!」

「……じゃあさ」

 

 アルカは──メグルの襟元を思いっきり掴む。

 

 

 

「ほっぺと首に……ボクじゃないキスマークがついてるのも……事故?」

「ほ、他の女──!? バカ言え、そんなはず──」

 

 

 

 さぁっ、とメグルの顔は更に蒼褪めた。

 アルカが指摘する首元、そして頬。そこにはくっきりと赤くうっ血した跡。

 

「あ、あああ……あのムチュール!!」

「よくもまあそんな誤魔化すような言葉がホイホイ出てくるね。信じてたのに。信じてたのに……ッ!!」

 

 アルカの目は長い前髪の所為でよく見えない。

 しかし、涙で滲んでいることだけはよく分かった。

 

「違う! 本当に違うんだって!!」

「ふぃ、ふぃ……」

「デカヌチャンッ!! デカハンマーでふたりを叩きだしてッ!!」

「かぬぬぬっ!!」

 

 アルカはボールを放る。

 中からは、見慣れている方の全身ピンクの野蛮ポケモンが現れる。

 ニンフィアでさえもタイプ相性で太刀打ちできない、文字通りの天敵だ。

 

「そう!! そうだ!! 実は変なデカヌチャンにいきなり出会って──」

()()()()()の──」

 

 

 

【デカヌチャンの デカハンマー!!】

 

 

 

「──バッカ野郎ーッッッ!!」

 

 メグルとニンフィアはデカヌチャンのハンマーに叩きだされ、玄関からそのまま弾き出された。

 

 

 

「二度と帰ってくんなっ!! バカ!! アホ!! 女ったらしの浮気者ーッ!!」

 

 

 

 そう言って、アルカは玄関の扉を閉めてしまう。

 ぴくぴくと震えながら、ゴミ箱まで吹っ飛んだメグルは這う這うの体で起き上がり、頭から突っ込んだニンフィアを引っ張り出す。

 

「ふぃるきゅ~……」

「そ、そんな……何でこんな事になっちまったんだぁ……」

「ふぃー……」

 

 メグルにとってはこれまでで最悪の一日の始まり。

 しかし、彼は思いもしなかった。

 

 

 

 ──これが、宇宙も揺るがす大事件の始まりであったことなど。

 

 

 

──特別編「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:壊れた絆

 ※※※

 

 

 

「いやー、メグルさんが100悪いッスね」

「平身低頭謝るべきでござろう」

「アルカに嫌われたら俺もう生きてけねえよう……うおおあああ……」

 

 

 

 スマホロトムの動画通話に映るのは、鉢巻を巻いた日焼け少年と、色白の金髪少女。

 メグルに対して舎弟のような口調で話すのは、サイゴク地方”よあけのおやしろ”キャプテンのノオト。

 かつてメグルと一緒に旅をした仲間であり、今もこうして度々連絡を取っている。

 そして、列島の人間には珍しい見た目とは裏腹に、古めかしい言葉を使う少女は”ひぐれのおやしろ”キャプテンのキリだ。

 メグルは先程の大ゲンカについて相談する──ついでに、件のデカヌチャンについて報告するべく、彼等に電話したのだ。

 本来は大ゲンカの方が”ついで”であるべきなのだが、それはさておき。

 

「そもそも、相手に相談もせずプレゼントを選ぶっていうのが童貞臭いっつーか……」

「う”ッ……」

 

 ノオトは、この手の話題に強い。

 女子との交際経験(もといフラれた経験)も多いからか、メグルにアドバイスをくれることも多い。

 

「ノオト殿は拙者と一緒に選んでくれたでござるな。……思い出すとこそばゆいでござるよ」

「またまたー、キリさん照れちゃって」

「う”ゥ……」

「アルカ殿の性格を考えるなら、記念日に一緒にいるのを最優先にすべきだったでござる」

「メグルさんは相も変わらず乙女心が分かってねーッスね……ぶっちゃけフラれても仕方ねーッスよ」

「わァ……ぁ……」

「泣いちゃった!!」

 

【特性:ライトメンタル】

 

「そうだよ!! 俺が悪い!! 俺が悪いんだよ!! 状況や運とかじゃなくて俺が全部悪いんだよ!!」

「分かってるならそれで良いッス」

「漸く理解が出来たでござるな」

「でもお前らもお前らで酷いんだな!! フォロー入れたりとかしてくれねえんだな!!」

「前にアルカ殿が言ってたでござる」

 

 

 

 ──ボク、誕生日ってものが分からないんだよね。自分が生まれた日とか……知らないんだ。

 

 ──だからさっ。今度の記念日、すっごく楽しみにしてるんだっ。ボク……誰かとおめでたい日を祝う経験ってあんまり無かったからさ。

 

 ──メグルと特別な日を過ごすの、すっごく楽しみっ!! えへへへっ……。

 

 

 

 それを聞いた途端にメグルは崩れ落ち、更に胸が抉られることになるのだった。

 アルカの出生は、とても孤独なものだった。酷い親戚に引き取られ、虐待を受ける毎日。

 そんな環境では誕生日など知る機会も無かっただろう。だからずっと楽しみにしていたのだ。メグルとの交際記念日を。

 

「俺はとんでもねえ大馬鹿野郎だ……ニンフィア、介錯は頼んだ」

「ふぃ!?」

「おいおいやめろやめろ、迷惑になるから今此処で死ぬのは止すッス!!」

「ポケモンに介錯させるのもやめるでござるよッ!!」

 

 何処からともなく”かしらのあかし”を取り出したメグルを必死でリボンを使って止めるニンフィア。

 キリキザンのドロップアイテムを自害に使おうとするんじゃない。

 

「アルカさんもカッとなっただけだと思うし……謝れば許してくれるッスよ」

「早まるのはやめるでござる……!!」

「本当かなぁ!? 許してくれるかなぁ!?」

 

(コイツ本当にアルカさんの事になると女々しくなるッスね……)

 

 と思ったが口には出さないノオトだった。えらい。

 

そんなことより、見た事のないリージョンフォームに遭遇したと言うのは、アルカ殿への言い訳ではござらんよな?」

「そんなこと!? しかも、俺まだ疑われてるの!?」

「当然でござろう、肝心のキスマークが消えてないでござるよ」

「これはムチュールにやられたんだってぇぇぇ……」

 

 そんな訳で、メグルはスマホロトムが撮影した昨日の一部始終のデータを送信する。

 信じ難い、と言う顔をしていた二人だったが──実際のデータを見ると信じるしかなくなってしまうのだった。

 

「ハンマーが燃えてるデカヌチャン……でござるか」

「目も口も燃えてるッス、てか火ィ噴いてるッス。顔なんてまるで、別物ッスよ。頭ン中炉心で出来てるんスかね?」

「しかも、変なペンダント付けてたからな。野生のポケモンじゃねえのはほぼ確実だ」

「……了解した。しかしサイゴクではなくパルデアに現れたというのが少々不可解でござるな」

「パルデアの方も、妙なポケモンの書かれたオカルト本が置いてあるみたいだ。でも、そいつらが生息しているらしいエリアゼロの情報についてはトップシークレット、不明だ」

「見た感じは無関係そうッスね……」

「ああ。万が一、サイゴクの方でもまた何かあったら言ってくれ」

 

 ノオトとキリは顔を見合わせる。

 数か月前に一度、ヒャッキのポケモンが雪崩れ込んできたことはあったからである。

 

「ヒャッキの連中が悪だくみしてる可能性はあるッスからね……」

「しかし理由が分からぬ」

「あのイデアが、別の所でもやらかしてた可能性があるんじゃねーッスか」

「それは……確かに」

「メグルさん。件のデカヌチャン、探せるなら探してくれねーッスか? 俺っちたちは、サイゴクだし……」

「ああ。出来るだけ探す。今度は逃がさねえよ」

「後、アルカさんともきっちり仲直りするッスよ!! これで終わりは、あの人も望んでね──」

 

 そこで通信は切れた。

 見ると、スマホロトムの充電はそこで切れていた。

 家を追い出されてしまった所為で、充電できなかったためである。

 

「あー……クソ。バッテリーねえんだよな、今……」

 

 メグルは大の字になって原っぱに横になる。そも、あのアパートは元々メグルが借りていたものだ。

 帰るに帰る事が出来ない。しかし──今のメグルには、アルカに合わせる顔が無かった。

 

(あいつは元居た世界ではひとりぼっちだった。親がいた俺とは違って、本当にひとりぼっちだったんだ)

 

 メグルは──目を閉じる。

 分かったつもりになっていた。アルカの抱えていた苦悩、不安。孤独への恐怖。

 記念日なのに置いてけぼりにされて、ずっと1人だった彼女は、どれだけ辛く、どれだけ悲しかったか。

 料理をテーブルに並べ、ずぅっと待ちぼうけしていた彼女は、どんな表情だっただろうか。

 

「……ニンフィア」

「ふぃー?」

「アルカのやつ、何て言ったら許してくれるかな」

「……ふぃ」

 

 メグルは唇を噛み締める。

 

 

 

「……あいつが許してくれても、俺……自分が許せねえよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ばーか、ばーか、ばーか……」

 

 

 

 部屋の中でひとり。

 アルカは、潰れたケーキを食べていた。

 テーブルの上には、ケースから出された壊れた化石もあった。これではもう、復元しようがない。

 ぐずぐずに泣き腫れた顔をデカヌチャンが心配そうに覗き込む。

 アカデミーの授業は、休んでしまった。

 ずっと彼女は部屋の中で泣いている。

 

「昨日はふたりっきりで一緒に過ごして……今日は……一緒にデートしようって約束してたのに……」

「かぬ……」

「どーしよ。おにーさん、ボクの事、キライになっちゃったかな」

 

 ふふ、と自嘲気味に笑みをこぼす。

 メグルは──きっと、色んな女の子から好意を寄せられる。

 自分が居なくても、適当な相手を見繕う事が出来るだろう。

 ましてや、肌の色が違う上に、化石オタクな自分なんかよりも釣り合う相手がいる。

 だが──アルカにはメグルしか居ない。

 今更ヒャッキには帰れないこと。そして、一緒に居た期間が長く、自分を分かってくれたメグルしか考えられない。

 

「きゅい……?」

 

 ポン、と音を立ててボールから出てきたのは──カブトプス。

 一番最初からアルカの旅を支えてきた相棒だ。

 

「カブトプス……ボク、どーしたらいいんだろ……」

「きゅい……」

 

 虚ろな顔でスマホロトムの画面をスワイプさせていく。

 流れていくのは、二人で撮った写真の数々。

 一緒に居た思い出がよみがえってくる。

 

 

 ──こんな時に外に出たら俺達まとめて氷像だぞ!?

 

 ──助けに来たッ!! ほんっと無茶ばっかしやがって!!

 

 ──結局、お前が大事にした分だけ、全部返ってきてんだよ。皆、お前が大好きなんだ。

 

 ──なあ、アルカ! 見てみろよ、でっかいホエルオーだ!!

 

 

 

「うじうじ悩んでても仕方ない」

 

 スマホロトムの画面を閉じ、アルカは立ち上がる。

 どんなに怒っていても、悲しくても、1つだけ本当の事があるならば──自分はメグルが好きだということだ。

 

「……もっと話をちゃんと聞いておけばよかったな」

 

 一緒に居たニンフィアの姿を思い出す。

 毛並みはボサボサで焼け焦げていた。何処かで戦闘をしたのは目に見えていた。

 

(……もしおにーさんが言ってたことが全部ほんとだったら、酷いのはボクの方だ)

 

「探しに、いこっかな……」

 

 

 

「──探しに行く必要など無い」

 

 

 

 ふと、声が部屋の中に響いた。

 デカヌチャンはハンマーを構え、カブトプスは鎌を振り上げる。

 見慣れぬ男が──立っていた。

 魔術師のようなローブを身に纏っており、顔はローブを被っているからか窺い知れない。

 

「だ、だれ……!?」

「おや、可哀想に。()()()()()の骸か」

 

 ふぅ、と男がサニーゴの化石に目を向ける。そして、手を翳すと──それは元通りの真っ白な白い骸へと戻ってしまうのだった。

 更に──ぼうっ、と音を立てて化石に開いた穴に鬼火が灯る。

 

「……ぷきゅー?」

「ッ……生き返った!? いや、これは──」

 

 アルカは思わず抱きかかえる。

 ガラル地方の海や砂浜では、時折、打ち上げられたサニーゴの骸が動き出すことがある、と。

 それこそが古のガラルの海の環境変化で滅んだ、サニーゴの怨霊──即ちリージョンフォームなのだと。

 

「ぷきゅー」

 

【サニーゴ(ガラルのすがた) さんごポケモン タイプ:ゴースト】

 

 困ったような顔でアルカを見上げるサニーゴ。

 本人も何が何だか分かっていない、と言わんばかりだ。

 

「すごい、何をしたの?」

「トリックではない。マジックだ。これは只の余興だがね?」

「……あのさ、サニーゴを元に戻してくれたのは感謝するよ。でもここはボクの……カレシの部屋なんだけど」

「おや失礼。だがね……直にそんな男の事はどうでもよくなる」

「……ッ」

 

 男の背後に──黒い靄が見えた。

 それを見て、アルカは本能的にそれが関わってはいけないものだ、と察する。

 何かのポケモンがそこに潜んでいる。

 

「逃げるよ皆ッ!!」

「かぬっ!?」

「キュルルル!」

 

 どの道部屋の中では戦闘出来ない。

 背を向けてアルカは玄関から外へ飛び出した。サニーゴを──抱きかかえたまま。

 

「……逃げるか。逃げられなどしないのに」

 

 男は──口角を上げ、彼女を追いかけることすらしなかった。

 それが却って不気味だった。

 部屋を飛び出し、町中に出たアルカは辺りを見回す。

 さっきの男の姿が見えない。

 

「何なの、何なのアイツっ……!! 一体、何者……!?」

「ぷきゅー……」

 

 サニーゴが足をうにうに動かしながら泣きそうな顔でアルカを見つめる。当ポケからすれば、目覚めてすぐによく分からない喧騒に巻き込まれたも同然だった。

 

「ああ、ゴメン!! 君をいきなり巻き込んじゃって!! 大丈夫、君はボクが守──」

 

 

 

「かぬぬがががががんッ!!」

 

 

 

 空から──何かが降り落ちる音。

 そして、デカヌチャンはすぐさまそれを迎撃すべくハンマーを振り払う。

 鈍重な金属の音が、その場に響き渡った。

 同時に、火の粉が辺りに降りかかる。

 

「ッ……な、なにっ……!?」

「かぬ──!?」

「かぬぬがががん!!」

 

 デカヌチャンは吹き飛ばされるが、何とかハンマーを碇のように地面に突きたてて態勢を立て直す。

 そして襲い掛かって来た何者かを見て、アルカは目を見開いた。 

 下手人もまた──デカヌチャンだ。ただし、口や目からは炎が湧き上がっており、ハンマーもまた、炎に包まれている。

 肌の色はピンクというよりも、朱色に近く、頭部の髪は焼け焦げたように黒く、鉄鉱石のようなものが埋まっている。

 

「デカヌチャン……!? だけど、炎タイプ……!?」

「かぬぬ!?」

「かぬぬがん……!!」

 

 ──実は変なデカヌチャンにいきなり出会って──

 

「……おにーさんの言ったこと、本当だった……!!」

 

 さぁっ、とアルカの顔が更に蒼褪めていく。

 だとすれば、彼の言った事も全部言い訳ではなく本当なのではないか、と確信を帯びていく。

 だが、もう悔やんでも遅かった。敵のデカヌチャンはハンマーに炎を噴きかけると、再び襲い掛かってくる。

 

「やめてっ!! 何で来るの!?」

「かぬぬがんッ!!」

「ッ……デカヌチャン、”デカハンマー”!!」

「かぬぬッ!!」

 

 力いっぱい、ありったけを込めた”デカハンマー”をぶつけるデカヌチャン。

 しかし、炎を噴きつけた”ヒートハンマー”の勢いに押され──そのまま吹き飛ばされてしまう。

 周囲の人々やポケモンは突如勃発した戦闘を前にして次々に逃げ出していくのが見えた。

 

(マズい、騒ぎになってる……!! さっさと終わらせなきゃ!!)

 

「ッ……タイプ相性が悪い……!! 戻ってデカヌチャン!!」

「かぬぬ……」

「君に任せるっ!! カブトプス!!」

「キュルルルルーッ!!」

 

 即座にデカヌチャンを引っ込めて、カブトプスに交代させる。

 相手が炎タイプならば、デカヌチャンに対して優位が取れるのは岩と水タイプを併せ持つカブトプスだ。

 

「”ストーンエッジ”ッ!!」

 

 地面を叩けば、一気に岩の刃が現れデカヌチャン目掛けて飛んで行く。

 しかし、それらをデカヌチャンは全てハンマーで受け止めて耐え凌いでしまう。

 

「うっそ!?」

「おいおい、もしかして、あーしのデカヌチャンが、このくらいで打ち負けるって思ってたのかい?」

「……!」

 

 建物の屋根から女の声が聞こえてきた。

 すらりとした盗賊のような容貌の女だった。

 しかし、飛び降りてきた彼女もまた、大きな槌を持っており、顔には火傷をしたような痕がある。

 

「君のポケモンなの……!? やめてよ!! こんな町中で!」

「生憎、うちのボスからの命令でね。あんたを連れていけってさ。力づくでもねッ!!」

「ッ……大人しく連れていかれると思う!?」

「──いいや、是が非でも連れていく」

 

 更に怯んだカブトプスの足元が突如、音を立てて凍り付き始める。

 

 

 

【──フリーズドライ!!】

 

 

 

 水タイプの分子を一気に凍らせる極低温の冷気。

 カブトプスは一瞬で氷の像と化してしまった。

 

「……カブトプス!? 凍っちゃったの!? ねえ!?」

「おおう、追いついたかい()()、流石に早いねえ」

「足止めご苦労だ、()()()()()。さあて──逃げるのは諦め給え」

「うぐ……!」

 

 さっきのローブ姿の男の声が聞こえてきた。

 その男の影から──幾つもの首を持つ不気味な影の姿が見えた。

 

「戻って、カブトプス!!」

「……それで、私からはどう逃れるつもりだ?」

「ッ……!!」

 

 目の前に現れた男を前にして、アルカはもう抵抗が出来なかった。

 

 

 

「これ以上被害を拡大させたくないなら……私達のところに来て貰おう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何だ、騒ぎが起こってる……!?」

 

 

 

 人々が逃げ出すのを見て、メグルはその方へ走っていく。

 昨日のデカヌチャンがまた出てきたのかもしれない、と考える。

 暴れて被害を出しているならば見過ごすことは出来ない。アルカの事も気掛かりだが、ポケモンも重要だ。

 すぐさまニンフィアと共に広場に駆け付けると──メグルは足を止めた。

 見慣れぬローブ姿の男と、アルカが一緒にいる。その傍には、昨日見かけたあのデカヌチャンの姿もあった。

 

「ッ……アルカ!? アルカッ!!」

 

 思わず声をかける。

 ローブの男は──ちらり、と彼の方を見ると笑みを浮かべた。

 

「……おいアルカよ。言ってみろ、誓いの言葉を」

「……ハイ……誓います……ボクは……()()()()()()の、ものです……」

「アルカ……!? おいお前!! アルカに何をしたんだ!?」

「コイツはもう、私のものだ」

 

 アルカは此方を見もしなかった。

 そのまま、ローブ姿の男とアルカの前には空間が裂けて──ふたりは並び、その中へと入っていく。

 追いかけようとしたメグルだったが、それを阻むものが居た。

 

 

 

「……ミネルヴァ。そいつを叩きのめせ」

「あいさァ──こっから先は行かさないよ。行きなデカヌチャン!!」

 

 

 

 炎の槌がメグルの前に叩きつけられる。

 後ずさった彼は、すぐさまボールを投げた。

 

「退きやがれッ!! 押し潰すんだ、ヘイラッシャ!!」

 

 すぐさま巨体が空中に投げ出され、そのままデカヌチャンを押し潰す。

 しかし、流石の怪力なのか、押しのけられてしまうのだった。

 そうこうしているうちに、アルカと男は裂け目の中へと消えていき──そして、裂け目も綺麗に閉じてしまうのだった。

 

「アルカ──ッ!?」

「はっ、余所見して勝てる相手じゃないよ、あーしはねッ!!」

 

 ヘイラッシャ目掛けてデカヌチャンが跳ぶ。

 迎え撃つヘイラッシャは咆哮すると──そのまま体全部でデカヌチャンにぶつかっていくのだった。

 

「”ヒートハンマー”ッ!!」

 

(アルカが……アルカが、知らねえ男についていっちまった……!!)

 

 優位な相手なはずなのに、ヘイラッシャはデカヌチャンの攻撃を受けきるので精一杯だった。

 肝心のトレーナーであるメグルが動揺を隠しきれていないからだ。

 更に、ヘイラッシャの弱点である特殊防御力の脆さを突くかのように、デカヌチャンは炎を噴きかけて応戦していく。

 

「おらおらぁ!! どうしたぁ!! その程度かい!?」

「……ッ」

「そっちが来ないなら、仕掛けさせてもらうよッ!! このミネルヴァの隠し技……とんと味わいな!!」

 

 そう言うと、ミネルヴァは自らの大槌に嵌めこまれている宝石に自らの手を翳す。

 

 

 

「──オーライズ”サンダース”ッ!!」

「んなッ……!?」

 

 

 

 メグルは目を丸くする。

 その技術が使えるのはヒャッキから来た人間、あるいは──それをアルカから貰った自分だけ。

 デカヌチャンの首にかけられたペンダントが分解され、オーラの鎧となって纏わりついていく。

 周囲を黒い稲光が焼き焦がしていく。

 

【デカヌチャン<AR:サンダース”サイゴク”> タイプ:電気/エスパー】

 

「や、ヤバイ……オーライズ、だと……!?」

「おらぁ、どうしたぁ、それじゃあ潰し甲斐が無いねぇッ!!」

 

 稲光をハンマーに宿らせたデカヌチャンがヘイラッシャを叩く、叩く、叩く。

 その度に黒い稲光が迸り、ヘイラッシャが悲鳴を上げるのが見えた。

 

「ら、らっしゃ、せ……!!」

「ヘイラッシャ!!」

「……オオワザ、行くよデカヌチャンッ!!」

「かぬぬがん!!」

 

 ヘイラッシャに向けて掌を翳すデカヌチャン。そこから黒い稲光が束になって集まり──電磁砲のようにして放たれる。

 

 

 

【デカヌチャンの ホノイカヅチ!!】

 

 

 

 ヘイラッシャどころか、メグルをも巻き込む勢いで放たれた黒雷の束。

 地面を抉りながら、それは迫る。

 

(アルカ……俺、お前に……喜んでほしくって──)

 

 思わず目を瞑る。

 避けられない。避けられるはずもない。

 受け切れる訳も無い。雷の束が二人を飲みこもうとした、その時だった──

 

 

 

 ──ズドガァァァンッ!!

 

 

 

 ──割り込むようにして、何かが落ちた。

 メグルは思わず前を向く。

 紫電は全て、何処かへと消え失せており、そして──目の前には何かが立っていた。

 

「危ない……特性を”ちくでん”のままにしてて良かったよ」

「ぱもーぱもぱも」

「いきなり何だいッ!! 良い所だったのに邪魔してからにッ!!」

 

 マントを翻し、頭には王冠を被った電気ネズミ。

 そしてその傍らには、髪を一本結びにした童顔の少年が立っていた。

 

 

 

「只のバトルじゃないよね……悪いけど、これ以上は見過ごせない」

「ぱもーぱもぱもっ!!」

「此処からは僕とパモ様が相手だ」

 

 

 

【パーモット てあてポケモン タイプ:電気/格闘】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:ポケモン廃人、邂逅する

「お前は──」

「──お久しぶりですね。またパルデアで会うなんて」

「……誰だっけ?」

 

 ずっこけそうになる少年。

 

「覚えてないんですかァ!? 僕ですよ僕!! 時空の裂け目から出てきたぁ!!」

「いやー……ほら、この世界って割とそう言う事多いからさ、よーく覚えてなくって。後、新手の詐欺かもしれねえし」

「僕僕詐欺じゃないんですよ!!」

「いや、ちょっと待て……思い出した。あのヘンなサンドパン追っかけてきたお前か!! いやー、見ないうちにデカくなったな、男子三日会わざれば刮目して見よってか」

「ぱもぉ」

「何で僕じゃなくてパモ様の方を見るんですかすっごく不服なんですけど」

 

 ──数か月ほど前。

 メグルは、テーブルシティで時空の裂け目から現れた少年と出会った。

 彼はパモを連れており、メグル達が見た事のない仕組みでオーライズを行っているのだった。

 そんなパモは今となっては立派なパーモットになっており、少年も心なしかあの時よりも大人びているように見える。

 しかし、女顔は相変わらずなので──

 

「何だい()()!! いきなり出てきて可愛いじゃないか、何処住みだい!!」

「あの僕、男なんですけど……」

「えーと……ああ、やっぱり男か」

「男なんですけど!?」

 

 ──こうして性別は間違えられるわけで。

 

「クックッ、なかなか可愛い顔してるじゃないか、アンタ。あーしのハーレムに入らないかい? あんたなら女に混じっても大丈夫だろ」

「だから男なんですが!? ……いや、もういいや」

「大変だなお前も……」

「憐れみの目を向けないで下さい!?」

 

 訂正するのも女扱いされるのも慣れているが、それでも屈辱的なのだろう。メグルは、この少年に心底同情するのだった。

 閑話休題。

 

「えーと、で……確かお前は──()()()だっけか! やっと思い出したぜ」

 

 少年──イクサは不機嫌さを押し隠し、目の前の敵に改めて向かい合う。

 

「話は後です。先ずはあのデカヌチャンをどうにかしなきゃ」

「……助かるぜ。だけどアイツ、オーライズしてタイプが変わってる」

「あの黒い稲光、サイゴクのサンダースの特徴ですよね?」

「よく分かったな」

「だとすればエスパータイプ、何とか弱点が突けるかもしれません」

「一応ヘイラッシャも弱点を突けるっちゃ突けるが、”じしん”は全体攻撃だ、パーモットを巻き込んじまう」

「なら合わせて下さい。僕が隙を作ります」

「それなら任せたッ!!」

 

 パーモットは飛び出し、電光を両手に纏わせながらデカヌチャンに肉薄する。

 電気技は通じない、と判断したミネルヴァは忌々しそうにパーモットを睨んだ。

 何、難しい事は何も無い。電気が通じないならば本来得意な炎技に切り替えれば良いだけの話だ

 

「作戦会議は終わったかいッ!! デカヌチャン、”ヒートハンマー”!!」

「ッ……炎技が主力か!!」

 

 炎を噴きかけたハンマーを棒きれでも振るうかのように軽々と振り回し、パーモットにしつこく攻撃を仕掛けるデカヌチャン。

 だが、軽い足取りでパーモットはハンマーを躱し、デカヌチャンにジャブを決め続ける。

 大振りなハンマーによる攻撃は当たらないが、パーモットの素早く、そして確実な”かみなりパンチ”は的確に敵を捉えている。

 

(な、なんだこのパーモット……!! とんでもない身のこなしだ、ノオトの所の個体と遜色ねえぞ……!?)

 

 メグルもまた、その戦いっぷりに息を呑むしかない。

 イクサとパーモットの実力は、確実にキャプテン達に迫る勢いだ、と確信する。

 

「クソッ、小癪な!! ”かえんほうしゃ”!!」

「避けられるよね」

 

 当然と言わんばかりにパーモットは側転して”かえんほうしゃ”を回避。そして、勢いを付けながらハンマーを持つ手を蹴って得物を手放させ、顔面に強烈な拳を見舞う。

 この戦い、完全にイクサ達が優位に立っている。

 

「……ッ!! やるねェ!! だけど、これならどうだいッ! デカヌチャン、とっておきを見せてやりな!!」

 

 得物を拾いあげたデカヌチャンは一度距離を取ると、再びハンマーに炎を噴きかける。

 そして、そのまま勢いよく自分を軸にして回転し始めるのだった。

 まさにそれは燃える独楽も同然。更に、余程体幹と三半規管が強いのか、そのままジグザグと軌道を変えながらパーモットを追い詰める。

 しかしイクサは顔色を変えることなく右手首の宝石にカードを翳した。

 駆けるパーモットの身体にオーラが纏わりついていく。

 

 

 

「オーライズ”ソウブレイズ”ッ!!」

 

【パーモット<AR:ソウブレイズ”オシアス”> タイプ:鋼/ゴースト】

 

 

 

 それはメグルの知るヒャッキ地方のものとは根本的にシステムが異なるオーライズ。

 カードに記録されたポケモンのオーラを、オージュエルで拡散、そして身に纏わせるというものだ。

 その両腕には宝石の剣が顕現し、頭部には甲冑のようなオーラが装着されるのだった。

 ソウブレイズ自体はメグルもよく知るポケモンだ。しかし、その纏うオーラの雰囲気は彼の知るそれよりもいっそう禍々しく見える。

 更に、鮮やかな宝石がパーモットの周囲に浮かんでおり、これもまたメグルの知るソウブレイズとは結び付かない。

 

「もう遅い!! 射程圏内に入っているッ!!」

「──受け止めて」

 

 突っ込んできたデカヌチャンを、パーモットは片手で受け止めてみせた。

 回転する炎の独楽など何のその。

 燃え盛る火炎は、パーモットの掌に吸い込まれていく。

 ソウブレイズの特性は”もらいび”。炎は全て宝石の魔力へと変換されてしまうのだ。

 

「こいつ、今度は炎を──だが、同時に電気への耐性も消えたということだねえッ!! ”でんじは”ッ!!」

 

 全身からバチバチと稲光を発し、そのまま地面に手を突くデカヌチャン。

 しかし、イクサは完全に据わった目で一言。

 

「読めてる。──”ゴーストダイブ”だ」

 

 標的は一瞬でデカヌチャンの視界から消えた。

 電磁パルスは放たれるが、空振りに終わる。

 

「何処だ!? 何処に隠れたんだい──」

「──ヘイラッシャ、”じしん”で揺さぶれッ!!」

「らっしゃーせぇぇぇッ!!」

 

 ずどん、とヘイラッシャが大きくのたうち回る。

 振動波が襲い掛かると共にミネルヴァは目を見開いた。

 パーモットに気を取られていたことで、後ろに控えていたヘイラッシャに気付かなかった。

 

「デカヌチャン、ハンマーで地面を叩いて空へ逃げなッ!!」

「逃がさない、パモ様ッ!!」

 

 揺らぎ始める地面。

 空へ跳び上がるデカヌチャン。

 しかし──そうして地面の揺れから逃れた彼女の真上に、ゴーストダイブを解除したパーモットが現れた。

 霊気の剣がデカヌチャンを脳天から叩きつけ、そのまま揺らぐ地面へと堕とす。

 そこは揺らぎ続ける地面。効果は勿論バツグンだ。

 ゴロゴロと転がったデカヌチャンの身体からは、オーラが消え失せてしまうのだった。

 

「……っと、勝負あったかな」

 

(すげえ……何て奴だ)

 

 メグルは感嘆するしかなかった。

 前に出会った時とは比べ物にならない程に、オーライズを生かした戦い方が洗練されている。

 相手の技を見てから後出しでオーライズを行い、その特性を利用して相手の攻撃を無効化、更に技の後隙に技を叩き込むという無駄のない行動。

 パーモットだけではない。指示を出しているイクサの判断力も、凄まじいものだ。

 明らかに自分よりも年下にも関わらず、その才能と実力は既に自分を超えている、とメグルは確信する。

 

(こいつ、こんなに強かったのか……!!)

 

 デカヌチャンは起き上がろうとするが、もう戦えるような状態ではない。

 それを見てミネルヴァも歯噛みする。今のイクサを相手にするには少々心もとない。

 

「やるねぇアンタ!! 可愛い顔って言ったのを取り消すよ。立派な戦士じゃないか」

「……どーも。それより貴方達は何者なのかな」

「悪いがそいつを言ったらお終いさね。これ以上、ボスを待たせるのもアレだし……此処はズラかるか」

「待ちやがれッ!! アルカを何処に連れていった!!」

「ハッ、あの娘はもう戻って来ないよ!! 諦めるこった!!」

 

 そう言い残すと、ミネルヴァは背後に裂けた空間を広げる。

 メグルは思わず駆け出し、そこに手を伸ばそうとするが──ミネルヴァはそのまま背中から倒れ込み、空間の中へ。

 亀裂はそのまま消えてしまうのだった。

 

「ッ……クソ!! アルカ……!! アルカーッ!!」

 

 叫び声がテーブルシティに虚しく響く。

 

「おいイクサ!! お前、何かあいつらについて知らないか!?」

「そ、それが僕もまだ全然何が起こってるのか把握してなくって……」

「だよな……そんな気がしたぜ……」

 

 彼は崩れ落ちる。

 アルカを探す手立ては──今の所、存在しない。

 

「……メグルさん。アルカさんを取り戻す手立てを探しましょう」

「協力してくれるのか? 素性も知らない俺を? 悪いけどお前、とんでもねえことに巻き込まれるぞ」

「慣れてますから」

「……どうなっても知らねーぞ」

 

 イクサに引っ張り上げて貰い、メグルは──立ち上がる。

 

 

 

「……メグルだ。改めてよろしくな」

「イクサです。今度はちゃんと、覚えて下さいね」

「分かってる」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 フーパの作り出した金の輪以外で異界に通じる扉を見るのは、イクサにとって久しぶりだった。

 以前は、技術部の作ったサンドパン型重機を追いかけている最中に、突発的に出来た裂け目に飲み込まれてしまい、メグルの居たパルデアにやってきてしまったが、早期に帰ることで事無きを得た。

 しかし──今回の異界旅行は前回のそれとは、大きく事情が異なっていた。

 ともあれ、イクサとしては是が非でもメグルと情報交換がしたかったし、メグルもまた同じだ。

 そんなわけでメグルは自分のアパートにイクサを招待することにするのだった。

 

「うっげ、なんだこれ……」

「あー……ぐちゃぐちゃだな」

 

 部屋は何かが暴れたように散らかっていた。実際デカヌチャンが暴れたのは確かなのだが、テーブルの上は崩れたケーキや料理が散乱している。

 

「アルカさん、この部屋に居たんですよね? 抵抗したんでしょうか」

「イ、イヤー……色々アリマシテ」

「?」

「取り合えず、片付くまで待っててくれ」

「手伝いますよ」

「良いよ、年下に手伝わせられねえ」

 

 崩れたケーキを片付けながら──メグルは目を伏せる。

 もし今頃全部上手くいっていたらどうなっていただろう、と考える。

 記念日に二人でささやかに祝って、次の日はアルカの授業終わりにデートに行って──そんな幸せは、簡単に呆気なく打ち砕かれてしまった。

 その姿を見ながらイクサも、何かを祝おうとしていたが──それが上手くいかなかったのではないか、と察するのだった。

 崩れたケーキ。本当は、二人で一緒に分け合いながら食べるはずだったものを、ゴミ袋に入れるメグルの顔は沈んでいた。

 

「……メグルさん。僕で良かったら……話、聞きます」

「お前、良い奴だな。だけど、良いんだ。俺が──全部悪い。あいつを守るって言ったのに、肝心な時に傍に居なかった。だから今回もこうなった」

「そんな……! アルカさんを攫ったあいつらが悪いんじゃないですか」

「ケンカしたんだ。記念日なのに帰って来れなかった」

「……ッ」

「だから俺が悪いんだ。それでこの話はお終いだ」

 

 メグルは机の上を一通り片付けると椅子に腰かけた。

 目の前には──神妙な顔のイクサが座る。

 嫌な気分にさせてしまったな、と後悔したメグルは──雑談から始めた。

 

「なあ、イクサ。お前の居た世界はどんなところだったんだ?」

「……メグルさんは、マルチバース理論って分かりますよね」

「ああ。オタクなら必修科目だろ」

「僕が元居た世界とこの世界、同じポケモンが住んでいる世界でも大分違うみたいです」

 

 マルチバース。多元宇宙理論。

 宇宙は無数に並列して広がっており、それぞれが別々の世界として展開されている、というものだ。

 ポケットモンスターもまた、このマルチバースの設定を取り入れており、別の世界からやってきた登場人物が劇中にも登場する。

 

「辿った歴史も、住んでいる人も、ポケモンも──違うんです。そう言う世界です」

「……分かるぜ。俺やアルカも元々、そういう違う世界からやってきたんだ」

「メグルさんも、この世界出身じゃないんですか?」

「お前らからしたら信じられないかもしれねーけど、俺はポケモンが居ない世界からこの世界に流れ込んできたんだ。色々あってな」

「……奇遇ですね。実は僕も似たようなものなんです。ポケモンの居ない世界からポケモンの居る世界に」

「何だって?」

 

 メグルとイクサは──ふと見つめ合う。先手を打ったのはメグルだった。

 

「……108─130─95─80─85─102」

「ガブリアス。じゃあ100─100─90─150─140─90」

「カイオーガだろ楽勝だ。そんじゃズキュントスが何の略称かを答えろ」

「ドリュウズミミッキュカビゴンドラパルトトゲキッス。では……剣盾禁伝2匹環境の、ザシアンのお供」

「世間はオーガ推しだが俺は敢えてのディアルガを推すぜ、初手ダイマでぐちゃぐちゃに出来る」

「僕はホウオウですね、オーガは耐久に振ったザシアンとゴリラで見ます。……一番強いと思うカイリューのテラスタイプと型」

「ゴメン、俺SV買う前に転移したからSVできてない」

 

 ついでに出身の世界も滅んでいるのだが場の空気が終わりそうなので黙ることにしたメグルだった。

 

「あっ……僕は一応SVはやってて」

「気にするな……楽しかったか? SVは」

「マルスケデブがアンコール覚えた以外は楽しかったです」

「は? 何考えてんだゲー〇リ、ぶっ壊れるだろ環境……もしかしてマルスケデブってトップメタか?」

「マルスケデブはSVに於いてずっとトップメタです」

「ノマテラ神速か?」

「フェアテラ渦アンコもあります、鋼テラススケショも」

「終わってるな、カイリューの安定した対策は?」

「ありません」

「無いかー……いつものポケモンだな」

 

 ガシッ、と二人は固く固く手を結ぶ。

 

「どうやら俺達……互いにポケモン廃人だったみてーだな」

「まさかこんなところで出会えるとは! ところで新ポケのデータって要ります? 僕大体種族値と覚える技暗記してるんですけど」

「助かる。だけどそれは後だ」

 

 互いに打ち解けたところで──メグルは真面目に切り出す。

 

「イクサ。何でお前は此処に来たんだ?」

「それは──」

 

 イクサは頭をポリポリと掻くと言った。

 

 

 

「……僕にもよく分からないんですよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同時刻、同世界線、サイゴク地方・イッコンタウン近辺の岩山。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 

 

 少年は駆ける、駆ける、駆ける。

 山道の中を当てもなく。

 しかし、それを追い立てるかのように──不気味な呪文が反響し、辺りからはキノコが急速に生えて少年の行く手を阻む。

 そうでなくとも、岩山は険しく、駆けあがるだけでも精一杯だ。

 

「偉いね……だけど、追いかけっこはもう終わりなんだよねェ……!!」

「ッ!!」

 

 少年の目の前には──彼の身の丈以上はあろうかという巨大なキノコの怪物が聳え立っていた。

 目と口は空洞のようにポッカリと空いており、そこからは常に呪いの文言が唱えられ、辺りをキノコで囲っている。

 

「ッ……!!」

「悪いねェ……逃げたネズミは追えってお達しでね……いや、ネズミじゃなくて──()()()だったか」

 

 キノコの怪物の傘の上には、長身の男が煙管を吸いながら胡坐を掻いていた。

 肌の色は褐色で、耳は尖っている。異国風の服装にターバンを巻いた男は余裕そうに少年を見下ろすと叫んだ。

 

「んふふふ……キツネちゃん、もう逃げられないねェェェーッ!!」

「くぅ……!!」

 

 

 

「──ドラパルト。”ドラゴンアロー”なのですよ」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 キノコの怪物の身体を狙い撃つ霊魂の塊。

 それらはぶつかるなり、空中に浮かぶ幽竜へと戻っていく。

 

「おやおやぁ? 誰だね? おじさんの楽しみをツブす悪い子は……」

 

 男の視線の先には、その幽竜を従える少女の姿があった。

 巫女装束を身に纏い、朗らかな笑みを浮かべた彼女は──明確な殺意を込めて、言い放つ。

 

 

 

「あらら困るのですよ。此処は神聖なる岩山、狼藉は……万死に値するのですよー♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:おっかな石、おっかないし

 ──イッコンタウンには、幽鬼、あるいは邪幽の異名を持つキャプテンが居る。

 何故、そのような異名を賜ることになったかを話せば長い。話せば長いが、彼女は一言で表せば憎悪の化身であった。

 にこやかな笑顔の裏には常に悲しみが巣食っており、最早キャプテンの責務を果たすことでしか自尊心が満たされない悲しいモンスターである。

 極度のストレスで、かつて猛威を振るっていた洞察力や読心術は過去のものとなってしまった。

 霊感は衰える事を知らず、今ではすっかり圧が怖いだけの只の女の子となってしまった。

 彼女の名はヒメノ。イッコンタウンのキャプテン・ヒメノ。彼女に隠された悲しい過去、それは──

 

 

 

 ──長らく恋焦がれていた初恋の人が実は同性(女)だった上に、双子の弟とくっついていた──

 

 

 

 これに尽きる。これに尽きるのである。

 その弟は今日も、恋人に会いにクワゾメタウンの方まで飛んでいっており、ヒメノの胃は既に出血していた。ストレスで。

 

「ごふっ……!!」

 

 思い出しただけでこの通り。

 地面に彼女が噴き出した血がぶちまけられる。

 流石のターバン男も、目の前で起きた珍事に困惑した。まだ此方は何も反撃していないのだが。

 

「えっ、怖……何でこの娘血ィ吐いたの? おじさん攻撃されただけだよね? まだ何にもしてないよね?」

「ふふっ、御心配要らないのですよー♪ 持病の胃潰瘍が、また悪化しただけなのですよ……!!」

「ええ!? 大丈夫ゥ? それ大丈夫ゥ? 病院行った方が良いんじゃないかね? ねぇ?」

「心配は要らないのですよー♪ 思い出しただけで腸が煮えくり返るだけなのですよ。煮えくり返りすぎて、捩じ切れそうなだけなのですよ、にぱー♪」

 

 齢14、失恋のストレスだけでこの領域に至った女だ。面構えが違う。

 此処まで逃げていた頭巾の少年は、この少女も果たして信用していいのか疑うことになったのだった。

 

「そこの君ー?」

「は、はいっ!?」

「このおじさんに追いかけられていたのですー?」

「そ、そうだよっ!! こいつ、オイラをずっと追いかけてくるし……すっごく悪い奴の仲間なんだ!!」

 

 少年は、ターバンの男とキノコの怪物を指差す。

 

「人聞きが悪いねェ……ま、今更しらばっくれるつもりは無いけどねェ……」

「なら、話は早いのですよー♪」

 

 にこやかな笑顔のまま、ヒメノはぱちり、と手を合わせる。

 

 

 

「神聖なおやしろで狼藉をする者、命を以て贖え」

「怖いねェ~~~~……!!」

 

(こっわ……この女の子、本当にアテにして良いのかなあ……)

 

 

 言い終わらぬ間に、ドラパルトが子機であるドラメシヤを二匹飛ばし、ターバンの男を狙い撃つ。

 しかし、男の乗る巨大なキノコの怪物が呪文を唱えると、目の前にキノコがいきなり生えてそれを受け止めてしまうのだった。

 

(ポケモンの方には”ドラゴンアロー”が効いている様子が全く見られない……姿は違えど、やはりフェアリータイプなのですよ)

 

 先程からドラパルトの”ドラゴンアロー”が何度もぶつかっているにも拘わらず、キノコのポケモンは全く動じた様子を見せない。

 

「……だけど、おじさんのマシェードの方が、もっと怖いねェ~~~」

「ぶーどぅーぶーぎぅーどぅーぶぅー」

 

【マシェード(???のすがた) ドルイドポケモン タイプ:???】

 

(フェアリーは確定……残りのタイプは……!?)

 

 常にマシェードの口からは呪文が唱えられており、それが周囲のキノコの生育を促進しているようだった。

 そして、ドラパルトの身体にもいつの間にか、キノコが生えており、そのエネルギーを吸い取っていく。

 

「この空間には既にマシェードの”魔胞子”が充満していて、呪文一つで発芽する……怖いねェ~~~」

 

 

 

【マシェードの キノコのまほう!!】

 

 

 

「ッ……!!」

 

 ヒメノが気付いた時には、既に彼女の顔からも胞子が発芽し、菌糸が生えていた。

 そして身体の生気がそれに吸い取られているからか、目の前の視界が揺らぐ。

 

「き、気を付けろっ!! オイラの仲間も、そいつのキノコにやられたんだ!!」

「……この程度で私を倒そうなどとは、嗤わせる」

「えっ!?」

「……ドラパルト、戻るのですよ。シャンデラ──出番なのですよー♪」

 

 ドラパルトを引っ込めたヒメノが次に繰り出したのは──煌々と滾る炎を揺らめかせるシャンデリアの如き絢爛としたポケモン。

 そして、現れるなりシャンデラは──ヒメノの身体に、その青白い炎を噴きかける。

 

「しょ、正気か!? 死んじまうぞ!?」

「……魔法だか何だか知りませんが──邪悪は全て、シャンデラの炎の前では焼き切られるのみ、なのですよ」

 

 炎に包まれたヒメノの身体は燃えてはいなかった。

 そして──顔についていた菌糸だけが炭となって消えていく。

 シャンデラの炎は、主に纏わりつく悪しき魂を焼き切る炎だからである。

 炎の中から平然とした顔で現れたヒメノを見て、少年は──思わず顔を輝かせる。

 

(カ、カッコいい!!)

 

「おやおや、おじさんのキノコは気に食わなかったかねェ」

「……灰になって死ぬか、死んでから灰になるか? どっちか選ぶのですよー♪」

「どっちも同じ!! 怖いねェ~~~!! マシェード、シャドーボール!!」

「シャンデラ、シャドーボールで迎え撃つのですよ」

 

 マシェード、そしてシャンデラ、両者の放つシャドーボールが弾幕戦を繰り返す。

 しかし、シャンデラの方が火力が上だからか──徐々に押し負けていく。

 

「怖いねェ~……だけど、こっちには奥の手があるんだよねェ~」

「ッ……オーライズ!? テング団の不届き者どもが使っていた──」

「オーライズ、”シャワーズ”」

 

 マシェードの額に埋め込まれた宝石が輝くと共に、それがオーラとなって鎧と化す。

 そして空中を飛ぶ影の弾幕は──泡に包まれ、ふわふわと漂い、空へと消えていった。

 

「んなっ、シャドーボールが一瞬で!!」

「更にもう一丁!!」

 

 そして、シャンデラ自身もいきなり現れた大きな泡に囚われ、脱出が出来なくなってしまうのだった。

 中は水で満たされており、脱出が出来ない。

 

「シャンデラ!? しっかり!! 抜け出すのです!!」

「──マシェードの魔法は……このオーライズと相性がバツグンだねェ~!! 泡は硬化し、脱出不可能! しかも中は水でいっぱい! 怖いねェ~!!」

 

 文字通りそれは水の牢獄。

 膨大な魔力を秘めたマシェードは、既にヌシポケモンの力を完全に制御するどころか、己のものにしてしまっている。

 シャワーズの放つ泡は、此処まで凶悪ではなかった、とヒメノは思い返す。

 

(幾らシャンデラでも、水の中では力が弱まってしまうのですよ!!)

 

 

 

【マシェード<AR:シャワーズ”サイゴク”> タイプ:水/氷】

 

 

 

「ッ……何処までサイゴクのヌシを愚弄するのです? 貴方達、テング団の一味ですか!!」

「怖いねェ~……あんな下等な奴らと一緒にされるのは心外だねェ~……」

「テング団ではないのです──!?」

「そう!! おじさん達は……()()使()()だからねェ~!!」

 

 ぶわぁ、と音も無く辺り一面に泡が広がる。

 流石のヒメノもマズい、と冷や汗を額から垂らした。

 ”むげんほうよう”。辺りを粘性の高い泡で包囲した後に、破滅的な威力の水ブレスで一気に薙ぎ払う技だ。

 水の牢獄に閉じ込められたシャンデラは、体内の炎が次第に弱まっていく。

 この状態では動くことなど出来はしない。

 

(見誤った……!! この男とマシェードの練度、想像以上なのですよ!!)

 

「さぁて、お前も連れ帰ってやろうかねェ~」

「んな!?」

 

 ターバンの男は、本来の獲物である少年の方に向く。

 マシェードがぶつぶつと呪文を呟くと、彼の足元からも大きな泡が現れ、包み込んでいくのだった。

 中は水で満たされている。彼は一瞬で頭まで水で浸かることに──

 

「むぐっ……!?」

「なっ!! やめるのです!!」

「勿論、オマエも閉じ込めてやるからねェ~!!」

 

 ヒメノの足元に水が湧きだした。

 すぐさま飛び退こうとしたが時すでに遅し。

 水の塊が彼女を足元から飲み込み、球状の水の牢獄と化した。

 

「んぐぐぐぐ!?」

「立ったまま窒息する気分はどうだい? 水が一番、怖いねェ~~~!!」

 

(完全に抜かったのです……!! リュウグウのおじいちゃん以上にシャワーズの力を使いこなせるヤツが居るなんて……いや、むしろ強化されているのです!?)

 

 息が出来ない。

 水の牢獄にこのままいれば、溺死は避けられない。

 更に、マシェードの魔力の影響か、全身から力が抜け、モンスターボールを握り締めることすら叶わない。

 

「”ちからをすいとる”──!! マシェードの魔法でお前の力を抜いた……怖いねェ~~~!!」

 

(この俗物……ッ!!)

 

「最後は、オオワザで仕留めてやろうかねェ──”むげんほうよう”」

 

 マシェードの目が光る。

 そして、その口に高圧縮された水が含まれた。

 ”むげんほうよう”は泡で動けなくなった相手を、破滅的な威力の水ブレスで薙ぎ払う技。

 今のヒメノ達は、格好の餌食だ。 

 

(ッ……読心術さえ使えれば……!! こんな罠に嵌らずに済んだのに──!!)

 

 覚悟をして目を瞑る。

 かつての自分ならば、読み切れたのだろうか、と悔やむ。

 今、一番頼りになる弟は近くに居ない──

 

 

 

「面白そうな事をやってるわね。私も混ぜなさい」

 

 

 

 マシェードの傘に、何かが落ちる。

 地を穿つほどの衝撃と閃光、轟く落雷だ。

 それは、直上からの”10まんボルト”。

 オーライズで水タイプを手に入れてしまったマシェードにとっては効果バツグンであった。

 すぐさまオバケキノコは悲鳴を上げて、仰け反り倒れる。

 水の牢獄は消え失せて、ヒメノ達は辛うじて新鮮な空気を取り込むことに成功するのだった。

 

「おやおやぁ? 怖いねェ~~~、何処のどいつだい?」

「只の学生よ」

 

 林の奥を掻き分け、彼女は自信たっぷりに言い放った。

 黒い髪に学生帽、そしてブレザー。その傍らには、電球が生えたアーボック──に似たメカメカしい何かが蜷局を巻いている。

 これはこれで異様な光景であったが、敵では無さそうだ、とヒメノは直感する。

 

(乱入者……!! どっちにせよ有難いのですよ……!!)

 

 げほっ、とせき込むとヒメノはシャンデラをボールに戻した。これは大きな好機であることは間違いない。

 

「貴女、サイゴクのキャプテン……なのかしら」

「話が早そうで何よりなのですよ」

「私はレモン。多分だけど貴女の味方だと思う。だって──風紀委員長はいつだって正義の味方だもの」

「……何だって良いのです。その男の所為で私達うっかり死にかけたのですよ」

「良かったわ。私のカンもまだまだ捨てたモンじゃないわね」

「もしかして、雲行き危うし? 怖いねェ~~~!!」

 

 ぷすぷす、と真っ黒こげになって煙を吐いているマシェードを見て、ターバンの男は少女二人を流し見する。

 

「こりゃあ、ダメだねェ~~~ボスに報告だ。だけどオジサンには、こんな異名があってね」

「……何なのです? まだ何か隠し持っているのです?」

「貴女のマシェードはダウンしたわ。大人しく引き下がりなさいな。しつこい男は嫌われるわよ」

「”記憶の魔術師”ワスレナ。それがおじさんの名前だねェ」

「記憶……?」

「どんな人間やポケモンも、記憶の呪縛からは逃れられない。”おっかな石”、オープン!!」

 

 そう言ってターバン男・ワスレナは、懐から青く輝く鉱石を1つ取り出し、それをレモンの方に向けた。

 

「……おじさんはむしろ、こっちの方が本業なんだよねェ!!」

「先に叩き割るのですっ!! ジュペッタ!!」

「もう遅い!!」

 

 鉱石がレモンの身体に光を浴びせる。

 そして、浮かび上がったその影が蠢き、徐々に形を持っていくのだった。

 レモンとヒメノは思わず振り向き、そして後ずさる。

 それは巨大な歯車が組み合わさったような怪物の姿になっていく。

 怪物はヒメノに向かうと、幾つもの光の柱を放つのだった。

 

「んなっ!? いきなり攻撃してきたのです!?」

「”おっかな石”の魔法は……光を浴びせた者が恐れているものを無差別に呼び出す代物! 怖いねェ~!!」

「……冗談でしょ!? 私が恐れてるものって──」

 

 星見磐を携えた歯車の怪物。

 そして、それを従える──線の細い白いブレザーの少年。

 レモンの顔から徐々に生気が無くなっていく。

 恐れている、と言われても無理はない。結局の所、彼女が正面から討ち果たすことが叶わなかった”敵”がそこには立っていた。

 

 

 

「──や、レモンさん。久しいですね──ッ!! 私は、貴女に会いたくて仕方なかったですよッ!!」

「アトム……!?」

 

 

 

 生徒会長・アトム。そして、それが従える歯車のオーデータポケモン・オオミカボシ。

 かつてレモンから全てを奪い去った元凶とも言えるこのコンビが、今──再び現れていた。

 

「レモンさんっ!! 知り合いなのですっ!?」

「……ええ、旧知の仲で、敵よ。とっくに……死んだはずだったけど!!」

「死んだ人間が生き返るはずはないのですっ! これは……あいつの”魔法”なのです!?」

「しばらくそいつと遊んでればいいんじゃないかねェ~!!」

 

 ターバン男・ワスレナの背後に時空の裂け目が現れる。

 だが、追いかけている暇など無かった。

 生前と全く同じ姿で現れたアトムと、それが従えるオオミカボシ。

 その力は、レモンが知っているそれとほとんど同じだ。

 

「オオミカボシ、サイコイレイザーですよッ!!」

 

 空から音を立てて細い光線が雨の如く降り注ぐ。

 それがヒメノの袖を掠めると、皮膚を削り取り、鮮血が噴き出した。

 

「なっ、こんなのまともに浴びたら身体に穴が開くのですっ!?」

「あんたは死んだはずでしょ、アトム……!!」

「死んで等居ませんよ……!! 今此処に私は立っているではありませんか!! クッククク!!」

 

 ハタタカガチが攻撃を仕掛けても、オオミカボシは瞬間移動を繰り返し、全く電撃が当たりはしない。

 

「援護するのですっ!! ジュペッタ!!」

「ケタケタケタッ!!」

 

 そこに加勢に入るのは呪い人形のポケモン・ジュペッタ。

 一気に影に潜り込んで、オオミカボシを”シャドークロー”で削り取ろうとするが、やはり寸前で回避されてしまうのだった。

 

「こ、こいつ、動きが素早すぎるのですよ!!」

「チャンスはあいつが攻撃する寸前だけ……!! そこさえ突けば……!!」

「”サイコイレイザー”ッ!!」

 

 オオミカボシの目が光る。

 そこが攻撃のチャンスだった。

 瞬間移動は確かに強い。だが、オオミカボシには小回りが利かないという弱点がある。

 攻撃をしている最中に瞬間移動をすることは出来ないのだ。

 ハタタカガチの電撃が、そしてジュペッタの”かげうち”が同時に襲い掛かる。

 しかし。

 

 

 

 ──攻撃を放とうとしているこの瞬間、オオミカボシの身体は消え失せたのだった。

 

 

 

「なっ!? タイミングは完璧だったはず──」

「──オオミカボシは完全なポケモンなんですよ、レモンさん」

 

 

 

 直上に移動したオオミカボシの身体から、雨のように”サイコイレイザー”が降り注いだ。

 それがジュペッタ、そしてハタタカガチを撃ち貫いていく。

 毒タイプに効果はバツグン。そうでなくとも、高火力なレーザーの雨は、ジュペッタの身体をズタボロにしてしまい、ハタタカガチの身体を貫通して穴だらけにするのだった。

 

「ッ……くっくく、レモンさん。私は、私は貴方のその顔が見たかった!! 貴女が全てを失い、絶望するその顔が──!!」

「アトム……!!」

「さあ、私のものになりなさい!! レモンさ──」

 

 手を広げるアトム。

 しかし──その影は、レモンが瞬きした時には、オオミカボシ共々忽然と消え失せていた。

 しばらく身構えていたが、何も起こらない。

 アトムとオオミカボシがもう一度出てくる気配も無い。

 あまりにもあっさりと終わってしまった戦闘を前に、レモンもヒメノもがっくりと脱力してしまうのだった。

 

「……な、何だったの?」

「よく分からないけど、時間切れ……のようなのですよー……」

 

 ともあれ助かった、とレモンはへたり込む。

 

「恐怖を映し出す石……ね。姑息だわ」

 

 

 

「あのー……ちょっと良いでしょうかぁ……」

 

 

 

 レモン、そしてヒメノの視線は──先程からずっと隠れていた少年の方に向く。

 

「……ああ、貴方ね。大丈夫? ケガはない?」

「そうなのです。貴方、どうしてアイツに追われていたのです?」

「……信じてくれねーかもだけど……」

 

 少年は、二人に向かって土下座する。その勢いで頭巾が取れて、橙色の髪、そして──

 

 

 

「オイラはムギ!! ヒャッキ地方、”キュウビの国”の使者で……貴方達に、助けを求めに来たんだ!!」

 

【”キュウビの国の使者”ムギ】

 

 

 

 ──獣、それもキュウコンの如き尖った耳が顕になったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:ヒャッキ危機一髪

 ※※※

 

 

 

「ヒャッキ地方? ……って何なのかしら」

「所謂”異世界”なのですよ。ちょっと前まで、このサイゴク地方とヒャッキ地方は戦争状態だったのです」

 

 

 

 ──ヒャッキ地方は、この無数に広がるマルチバースの中でも戦乱が続く過酷な世界──の一角に座すいち地域である。

 この地方は、瘴気によって人間の居住圏が限られており、「テングの国」「キュウビの国」「オニの国」の三国が領地を巡って熾烈な争いを続けていた。

 その原因となったのは、瘴気を祓うルギアがサイゴク地方に連れ出されたことが原因である。そして、ルギアを取り戻すべく「テングの国」の「テング団」はサイゴク地方に戦争を仕掛けていた。

 紆余曲折あってメグル達はテング団を退け、更にかつてテングの国からルギアを持ち去った諸悪の元凶を叩きのめしたことで、ルギアはヒャッキ地方に戻り──安寧が取り戻されていた。

 色々端折ったが、概ねそのような説明をヒメノはレモンに説く。

 

「成程。()()()()()()()()()()()()そんな事が起こっていたのね」

「レモン様も別の世界から来たのです?」

「ええ、裂け目を通って此処に来たのよ。でも私の居た世界でもマルチバースだとかパラレルワールドだとかで色々事件があったから、もう慣れてるわ」

 

(……こんなトンデモビックリ現象をよくあることみたいに言わないでほしいのですよ……)

 

 既に頭がこんがらがりそうなのに、更に複雑怪奇極まるとはこの事である。しかも、そのことをレモンはすっかり当たり前のように受け入れてしまっているようだった。

 

「私の知ってるサイゴク地方では、少なくともヒャッキに関わる事件が起こったってデータや情報は無いわ。この世界線独自の出来事と見て良いわね」

「何でそんなに物分かりが良いのです……?」

 

 これでもレモンは文武両道、アカデミアでも主席クラスの頭脳の持ち主である。

 

「あのー、それでオイラ達の話をして良いか?」

「どうぞ」

「ヒャッキは今、三国が停戦協定を結んでる。テングの国は、いきなり軍隊を引き揚げて撤退し始めたんだ」

「でも、それじゃあ納得がいかない人たちが多いんじゃないかしら」

「居る。だけど、ヒャッキを覆っていた瘴気が晴れて……ヒャッキの環境は大きく変わった。皆、戦争をやめたんだ。それくらい、民も軍も疲弊し切ってた」

 

 結果、三国の代表によって停戦及び和平の協定が為されることになったのである。

 決して平たんな道のりではなかったらしく、未だに戦争を続行せよ、と言う声もあるらしいが、一先ず戦乱は幕を閉じた──はずであった。

 

「……そんな中、海の先から黒い船に乗って……あいつらは現れたんだ」

「あいつら?」

()()()()()()()!! ……魔海の先、西洋からやってきた大悪党たちだ」

「大悪党……って事は、悪名がそれなりに知られてるのね」

「ああ。モンスターを従えた魔法使いの一味さ。あいつらは、戦争で疲弊したヒャッキを狙って攻め込んできたんだ」

 

 結果。

 戦争で戦力が摩耗していた三国は、クロウリー旅団相手に後れを取ることになり、領地を次々に占領されていくことになった。

 

「あいつらが来てから、ヒャッキのあちこちで時空の裂け目が開いてるし……戦闘は毎日のように起こるし、悪いことだらけだ! 折角戦争が終わったのに……!」

 

 人々は追い立てられ、海の先にある魔法やポケモンを操り戦う彼らに恐怖している。

 特にテングの国は、主戦力たるタマズサとアルネが死んだことにより、ワンマンアーミーだったことが露呈。早々に瓦解してしまったという。

 更に、悪い事は続く。

 

「オマケに、テングの国の使ってたオーライズ……モンスターに別のモンスターのオーラを纏わせる技術が、クロウリー達に奪われちまったんだ……!」

「ちょっと待ちなさい。あんた達、当たり前のようにオーライズオーライズって言ってるけど……ヒャッキにもオーライズがあるのね?」

 

 レモンは話を聞いて混乱してくる。

 そもそも彼女の居たオシアス地方のオーライズと、ヒャッキ地方のオーライズは似ているようで厳密には異なるものなのである。

 オシアス地方の文明をかつて危機に追いやったポケモン・オーラギアス。それがばら撒いた記憶粒子・オシアス磁気を用いて、ポケモンのオーラを纏わせるのがレモンの知るオーライズだ。

 

「……さっきのオッサンが使ってたのがヒャッキ地方のオーライズなのよね?」

「はいなのですよ。かつてヒメノ達も、テング団のオーライズを前に大苦戦させられたのですよ」

 

(オシアス磁気の類は、感じ取れなかった。きっと、別の方法でポケモンのオーラを保存しているのね)

 

 見たのは短い間ではあったが、レモンは自らが知るオーライズとワスレナが使っていたそれは仕組み上異なるものだ、と判断する。

 似てはいるが、違う技術で生み出されたものだ。その結果、出力されたものが同じに見えるだけなのである。

 

(ま、オーライズの話は置いておきましょう、長くなるわ)

 

「オーライズまで使われて、戦線はボロボロだ……オイラ達だけじゃクロウリーに勝てない。だから、助けを求めに来たんだ」

 

 ムギは──ぎゅっ、と袴を握り締めた。

 

「オイラ達キュウビの国も、あいつらに攻められてて……大変なことになってる!! 巫女だとか何だって言って娘たちを次々に連れ去ってる!! でもっ、オイラ達だけじゃどうにもならない! そこで、テング団のイヌハギが言ってたんだ……!!」

 

 

 

 ──かつて。我らを退けた”サイゴク”の地の勇ましき”ぽけもんとれーなー”達。奴らなら……この状況を打開できるやもしれん。

 

 

 

「イヌハギ──三羽烏の」

「知ってるの?」

「かつてサイゴクに攻め込んだ”テング団”を率いていたリーダー格なのですよ。当時は三羽烏、でも二羽死んだから今じゃあ一羽烏なのですよ」

 

(……攻められたんだし当然っちゃ当然だけど恨み節が強いわね)

 

「……そいつにアテにされてるとは、複雑なのですよ。こちとら慰謝料のビタ一文も貰ってないのですよ」

 

 心底不愉快そうにヒメノは言ってのける。

 彼らの所為でサイゴクは破壊され、大切なポケモンも氷漬けにされ、そして──大切な人の命もまた、奪われた。

 

(リュウグウのおじいちゃんだって……テング団が居なければ……)

 

「オイラの姉ちゃんもッ!! クロウリー達に連れてかれたッ!!」

 

 ムギは──力いっぱいに叫ぶ。

 

「オイラ達は必死に戦った!! だけど……勝てなかった……逃げることしか出来なかった……ッ!!」

 

 ぽた、ぽた、と袴に涙が落ちる。

 

「悔しい、悔しいよ……あんたらに頼らなきゃいけない自分自身が一番恨めしい!! だけど……このままじゃ、キュウビの国どころか、ヒャッキ地方もオシマイだ!!」

「……ッ」

 

(対岸の火事。そればかりか、あれだけ憎らしかったヒャッキ地方に訪れた災禍だというのに)

 

 ムギの姿は──ヒメノ自身に重なって見えた。

 どれだけ圧倒的な力を持っていても、メグル達、そして弟のノオトの力が無ければ相棒一匹さえ救えなかった自分。

 そして、かつて振るっていた異能力の数々を、たった一度の失恋のショックでまともに使えなくなった自分。

 無力感に苛まれる辛さは、彼女もまた──知っている。

 それを抑え込み、一人知らぬ地にやってきて、その上でクロウリーの仲間に追われてきた彼の心境は──どれ程のものだっただろうか。

 ヒメノはヒャッキ地方が憎い。憎くて仕方が無かった。だが、本当に憎かったのは──相棒を氷漬けにした、あのテング団たちであって、今目の前にいる少年ではない。

 

「……大切なものを理不尽に奪われる辛さ、それはヒメノも分かっているのですよー」

 

 すっく、とヒメノは立ち上がる。

 

「その話、ヒメノ達にも乗らせていただくのですよ」

「良いのか!?」

「それに、サイゴクの地に土足で踏み入った事、後悔させてやらねばならないのですよ」

「貴女、随分とやる気ね」

「レモン様はどうするのですー? 此度の戦、レモン様には何も関係は無いのですよ」

「いいや私も付き合わせて貰うわ。……ムギ、貴方言ってたわよね? クロウリー達が現れてから、時空の裂け目が沢山出来るようになった、って」

「あ、ああ、そうだけど……」

「私達の世界にも、時空の裂け目って奴が現れたの。特大サイズの裂け目に、ウチの可愛い後輩が1人、飛び込んでね……私達も追いかけて飛び込んだけど……どっかではぐれたのか、てんでバラバラに落ちたみたいね」

「……そういうことだったのですか。となると、裂け目が出来た原因はクロウリーにあるのかもしれません」

「どういう事かしら?」

「時空の裂け目をとある世界で開くと、別の世界でも裂け目が沢山開くようになって大変な事になるらしい……のですよ」

 

 それが、裂け目が現れたことによる弊害、時空の歪み。

 ヒメノは又聞きによる知識でしかないが──この話はよく覚えていた。メグルが住んでいた世界が滅んだのは──裂け目が原因だったからである。

 

「てか、あのワスレナって奴、裂け目を自由に使いこなしてたように見えたわ。クロね。確定で」

「そうだ! あいつら危なくなったら、裂け目を使って逃げるんだよ……ッ!!」

 

 となれば──クロウリー達が時空の裂け目を開く技術を持っており、それが自分達の住んでいる世界に影響を及ぼしているのではないか、とレモンは考える。

 クロウリー達を放置していれば、いずれレモン達の世界にも悪影響が出るのではないか──と。

 そうでなくても、オシアスは外の世界から入って来たオーラギアスによって滅びかけている。時空の裂け目による問題はレモンからしても座視できない。

 

「とはいえ敵は強大。仲間を集めねばならないのですよ」

「私にも頼れる従者たちがいる。きっと力になってくれるはずだわ」

 

 自慢げにレモンは言ってのける。目に浮かぶのは、共に脅威に立ち向かった頼もしき後輩たちの姿だ。

 

「本当か!? 姉ちゃんを助けてくれるのか!?」

「私達に出来る事なら力を貸しましょう。どうやら他人事じゃ無さそうみたいだからね」

「ええ。それでレモン様、お仲間様はどちらに?」

「1つ問題があるのよ」

 

 彼女は指を一本、立てる。

 

 

 

「さっきも言った通りてんでんバラバラに落ちた所為で──何処にいるか分からない」

「一番ダメなヤツなのですよソレ」

「大丈夫かこの人たち……オイラ頼る相手間違えたかなあ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ったく、メグルさんにも困ったモンッスねー……」

「本当でござるな……」

 

 

 

 二人は、指を絡め合う。

 湖のほとりに建つクワゾメ大庭園。

 そこが今日のデートスポットだ。

 相も変わらず人前で仮面を外したままなのを恥ずかしがるキリだったが──ノオトの前でなら、それも平気になってきたらしい。

 落ち着いた庭園の中でリラックスしているのか、目を閉じ、心地が良さそうに身体を預けている。

 

「……心音……とても、落ち着く……」

 

 キリは──クワゾメタウンのキャプテンにして、若くして現代の忍者の頭領を務めている少女だ。それ故に気苦労も多く、安らげる場所は恋人であるノオトの傍くらいであった。誇張抜きで。

 おかげで、部下からは強制的に休みを入れさせられる始末である。

 だが、それで良かった、とキリは心の底から部下たちに感謝する。今こうして、ノオトの傍に居られるのは、彼等の気づかいのおかげだ。

 

「ノオト殿。穏やかな空気でござるなー……ずっと、これが続けばいいのに」

「そうッスね……平和って良いッスね、平和って」

 

 

 

「──ほぎゃああああああああああああああーッッッ!!」

 

 

 

 叫び声。

 時空の裂け目。

 そして、落ちてくる少女。平穏は一瞬で無くなった。

 

「あっだだだだぁ……」

 

 少女は呻き声を上げて起き上がる。

 黄色いブレザーを肩まで着崩し、バニーのように黒いリボンを頭の上で長く結んだ彼女は辺りを見回し、不思議そうに「あれ? 此処何処?」と一言。

 

「何事ッスかァ!?」

「……ノオト殿、下がるでござる」

「着替えるの速ッ!?」

 

 説明しよう。クワゾメタウンのキャプテン・キリは、忍者の頭領でありながら──超が付くほどの恥ずかしがり屋である。

 彼女が100%の力を発揮できるのは、忍装束に身を包み、仮面を付けたときのみ。しかし、彼女が着替える速度は脅威の──0.1秒。凡そ人の技ではない。

 

「あー……体痛いよう、くそっ、とんでもない目に遭った……!!」

「空から女の子が降ってきたッスね……」

「……どうやら、あれが原因のようでござるな」

 

 キリが更に上を指差す。

 巨大な時空の裂け目は、どうやら幾つかの裂け目が同時発生し、くっついたことでこの大きさに至っているようであった。

 

「前触れもなくいきなり出てきたッスね……」

「あんなものが現れたら、何処の世界に繋がっているやら分からんでござるよ」

「って、何々!? すっごい!! ニンジャ!! ニンジャが居る!!」

 

 此方を見るなり、少女はキリに駆け寄る。

 

「ボク、ニンジャ見るの初めてーっ!!」

「あのー、何でも良いんスけど、お嬢さん……あんたどっから来たんスか?」

「あ、忘れてたっ! ねえニンジャさんと……えーと、あ! イッコンタウンのキャプテン!」

「おーっと、オレっちの事、知ってるんスね! そして、此処に居るのは──クワゾメタウンのキャプテン、キリさんッスよ!!」

「……?」

 

 それを聞いて、ピンとこない様子で──少女は首を傾げる。

 

「……クワゾメ? クワゾメにはキャプテンは今いないはず……」

「あん? 何言ってるんスか、あんた」

「あっ!! そっか、()()()()()()ってそういうことか! 歴史が若干変わっててもおかしくないよね……ねえ、二人共、クラウングループって分かる?」

「以前我らの手でブッ潰した悪徳国際企業でござろう」

「あー……成程~!! やっぱり歴史が違う……」

「ちょいちょい、何勝手に納得してるんスか、あんたさっきから言ってる事の意味が──」

 

 

 

「──ばぎゅおおおおおおおおおおおんッッッ!!」

 

 

 

 その場の空気を引き裂くかの如く、咆哮が響き渡る。

 ノオト、キリ、そして少女の前に現れたのは、裂け目から現れた巨大な火竜。

 しかしその身体は漆黒に染まっており、溶岩のような赤い色で罅割れていた。

 その奇怪なる黒竜の名を、ノオトは知っている。

 かつて”ミッシングアイランド”と呼ばれた禁忌の島で誕生した、合成細胞生物だ。

 

「タイプ:ゼノ……!? 聞いてたより随分とデカいッスね……!」

「あの裂け目から出てきたか! 貴殿、何か知っているでござるか?」

「全然っ、知らない!! 追っかけられてたわけでもないし、どっから湧いてきたのアイツ!?」

「やはりあの巨大な裂け目……幾つもの裂け目が合わさっているでござるな。このままでは、違う世界から脅威を招きかねん」

 

 咆哮が周辺に響き渡る。

 文字通り、脈絡もなく現れたそれを前に、ノオトとキリはボールを握り締めた。

 

「折角のデートが台無しッスね!!」

「貴殿は下がっていろ。此処は我々で片付けるでござる」

「いーや、ボクにも手伝わせてっ」

 

 にっこり、と笑みを浮かべると──少女はキャプテン二人に腕に煌めく黒い宝石を見せつける。

 

 

 

「──ボクはデジー! 人からは……”いたずらウサギ”って呼ばれてるんだよね!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:合成獣の脅威

 ──タイプ:ゼノ。

 それは、幻のポケモン・ミュウを再現する為の万能細胞を生み出す過程で製作された、姿を変える人工ポケモン。

 しかしこの個体には体に直接パッチが埋め込まれているのが見える。

 そればかりか、目は禍々しく赤い光を放っており、かつてメグル達が遭遇した個体よりも一回り以上大きな体躯は、最早──怪物と言う言葉が相応しい。

 

 

 

「バギュオオオオオオオオオォォォォーンッ!!」

 

 

 

【タイプ:ゼノの わざマシン125(かえんほうしゃ)!!】

 

 

 

 庭園に炎が吐き出されたことで、辺りは一瞬で火の海と化す。

 だが、そんな暴挙を許すキリとノオトではない。

 

「火力ヤッバ!? コイツ、こんなに強かったの!?」

 

(グローリオ先輩が隠し持ってた個体とは比べ物にならないっ!!)

 

「──ルガルガンッ!! 出番でござるよッ!!」

「──お前の出番ッス、ジャラランガッ!!」

 

 岩狼、そして鎧の如き鱗を纏った竜が姿を現す。

 すぐさまジャラランガが腕を叩きつけて鱗をタイプ:ゼノの足元に突き刺す。

 そこに気を取られた隙にルガルガンは距離を詰めて、首元の岩を思いっきり伸ばして切りつけるのだった。

 

 

 

【ルガルガンの アクセルロック!!】

 

 

 

 目にも留まらぬ早業に、炎を噴きだすのが止まるタイプ:ゼノ。

 すぐさま空中に飛び上がって距離を取ろうとするが──ルガルガンは逆にタイプ:ゼノから距離を取っていく。

 

「ノオト殿!!」

「撃ち落とすッ!!」

 

 ジャラランガが鱗を擦り合わせると、それを合図に遠くに突き刺さった鱗が爆ぜた。

 

 

 

「──”スケイルノイズ”!!」

 

 

 

 不愉快な不協和音が爆音で垂れ流され、タイプ:ゼノは聴覚にショックを受け、墜落していく。

 だが、これで終わりではない。火竜の姿は、毒々しい色の煙へと変わっていき、地面を這いずり回って迫る。

 稲光放つ毒霧の影が、その場の敵対者たちの命を奪うべく迫る。

 

「げげげげげがーっっっ!!」

 

 電気を放ちながら霧はジャラランガ、そしてルガルガンを追い詰めていく。

 うっかり吸い込めばただでは済まない。しかし──

 

「それならボクに任せて! ニドキング、君の出番だかんねっ!」

 

 デジーの投げたボールから飛び出したニドキングは毒霧も恐れずにタイプ:ゼノに突っ込んでいく。

 相手が毒/電気タイプであることは既に予習済み──そればかりか、デジーはグローリオの所持していた個体からタイプ:ゼノの力を知り尽くしているのだ。

 ニドキングは、タイプ:ゼノの三形態全てに対して優位に立つ事が出来る。

 リザードンとゲンガーの姿ならば地面技が通り、ピクシーの姿でも格闘技を半減に出来る。

 目論み通り、ニドキングは迸る電撃さえも踏み抜き、そして足元から赫熱を湧きたたせるのだった。

 

「”だいちのちから”ッ!!」

 

 地面が崩れ、地を這う毒霧を飲み込んでいく。

 だが、危機を察知したタイプ:ゼノは、空中へ逃げると、今度は巨腕を持つ妖精の如き怪物と化す。

 そしてぐるぐる、と回転しながら勢いを付けてニドキング目掛けて拳を向けて迫る。

 

「ぴぽぽぽぽぽ!!」

「ピクシーみたいになった! じゃあ、一騎打ち!! ”きあいだま”ッ!!」

 

 空中から飛んでくるタイプ:ゼノは良い的だ。

 ニドキングは青白い闘魂の弾を放ち、それを迎撃してみせる。

 だが──それを受けても尚、タイプ:ゼノは止まらない。

 

「ジャラランガッ!! ”はどうだん”!!」

「ルガルガン、”じゃれつく”でござるッ!!」

 

 更に追撃と言わんばかりに、両サイドから攻撃が飛ぶ。

 それを受けて漸く、勢いが弱まり──合成獣は地上に落下するのだった。

 しかし──

 

 

 

 

「ばぎゅおおおおおおおおおおおおおおおおおんッッッ!!」

 

【ヌシ咆哮:ポケモン達は怯んで動けない!!】

 

 

 

 ──衝撃波がポケモン達を襲う。

 そして、腹の底から生存本能を刺激させられるほどの咆哮により、身震いが止まらない。

 忍者のポケモンとして厳しく訓練されたキリのルガルガンでさえも──身動きを止めてしまうのだった。

 

「ッ……ヌシと同等の破壊力の叫び……!!」

「俺っち達ゃ、あいつを追い詰めてたんじゃなくて……むしろ本気にさせちまったみてーッスね!!」

 

(恐らく此処までは此方の戦力を測るための行動でしかない……!!)

 

 キリは息を呑む。

 タイプ:ゼノは非常に高い知能を持つ人工ポケモンだ。

 此処まで三形態を見せた上でこちらの戦力を測っていたに過ぎない。

 此処まで弱点の攻撃を叩き込んでいるにも関わらず全く倒れる気配がないのも、相手が規格外のサイズを誇る個体故か。

 あるいは、向こう側でそのように遺伝子を調整されたのか。定かではないが──

 

「ッ!? 速──」

 

 一瞬でタイプ:ゼノはジャラランガに距離を詰める。

 そして殴りかかる瞬間に、あのピクシーの姿と化しており──鉄拳を叩き込むのだった。

 

 

 

【タイプ:ゼノの わざマシン127(じゃれつく)!!】

 

 

 

 効果バツグン、4倍弱点のフェアリー技。

 それをまともに受けて、ジャラランガは斃れてしまうのだった。

 

「ジャラランガ!!」

 

(とんでもない速度!! いや──移動を一瞬ゲンガーの姿で行い、攻撃の瞬間ピクシーの姿となった──)

 

 そして、ジャラランガを殴り飛ばした勢いで振り向いたタイプ:ゼノは、今度は火竜の姿へ戻り、辺り一面に炎を吐き出そうとする──

 

「──止めろルガルガン!! 被害が大きくなりすぎるでござるッ!!」

「がるるるがんッ!!」

 

 ──そこにルガルガンが詰め寄り”ストーンエッジ”で撃墜を図る。

 更にキリも袖から鉄の糸を放ち、拘束しにかかる。

 しかし、岩の刃と鉄糸が向かった途端、火竜の姿は消えており、今度は毒霧の影となっていた。

 岩の刃は摺り抜けて何処かへ飛んで行き、ワイヤーもまた通り抜けてしまう。

 

(不発!? 姿を変えられた所為で当たらなかった!!)

 

 飛び出したルガルガンは、もう止まらない。そのまま稲光の迸る毒霧に突っ込むことになってしまう。

 

 

 

【タイプ:ゼノの わざマシン126(10まんボルト)!!】

 

 

 

 思いっきり電撃が流し込まれ、ルガルガンの絶叫が響いた。

 更に、黒焦げになったルガルガンを見るや、今度は上空へと向かい──ニドキング目掛けてタイプ:ゼノは大の字の炎を放つ。

 

 

 

【タイプ:ゼノの わざマシン141(だいもんじ)

 

 

 

 滾らせた特大級の炎。

 サイズは庭園そのものを飲み込まんとする勢いだった。

 そのまま大の字に広がった炎を蹴り飛ばし、ニドキング目掛けて放つ──

 

「ニ、ニドキング──!?」

「いかんッ逃げるぞ──!!」

 

 キリがデジーを抱きかかえ、その場を脱さなければ巻き込まれている程だった。

 間もなく灼熱がその場を焼き払う。

 後には、丸焦げになって煙を噴き出すニドキングだけが残っていた。

 

「ッ……そんな、ニドキングまでやられるなんて……!!」

「人間では到底耐えられぬ火力……」

「なんてヤツッスか……! 話がちげーッスよ!」

 

 炎の中、咆哮するタイプ:ゼノ。

 ニドキングをボールに戻したデジーは、圧倒的火力、そして柔軟性を持つタイプ:ゼノを前に歯噛みする。

 このまま放置していれば、いずれ庭園の外に出て町に入ってしまう可能性がある。

 そうなる前に、あの合成獣は此処で倒さなければならない。

 故にデジーは思案する。今までの経験を用いて、あの怪物を止める方法を考える。

 

「作戦を考えるッスよ」

「既に応援は呼んでいるが……あの化物はヌシクラス、拙者たち以外で相手になるか」

「タイプを変えられる上に、身体の形質まで変わるから、有効な攻撃を全部透かされちゃうんだよね……」

 

(あのパッチは本来、タイプ:ゼノに持ち物として持たせるモノだ。だけど、身体の中に埋め込まれてるなら”トリック”や”すりかえ”で奪えない)

 

(となると、それ以外の方法でタイプ:ゼノの足を奪わなきゃいけないわけだけど……”でんじは”だと、あのゲンガーの姿に変化されちゃうだろうし)

 

(……いや、ある。ちょっと強引だけど!!)

 

「……ねえ、二人共。あいつを何とかする方法、無いわけじゃないんだけど」

「何スか!? 超スピードで動かれて、超パワーでぶんなぐられて、超火力で焼き払われる……対処のしようがあるんスか!?」

「ならば合わせる」

「マジッスか!? キリさん、でも──」

「奴を止められるのは我々だけでござるからな」

 

 キリが投げたのは──次なるボール。

 飛び出したのは、タイプ:ゼノの速度にも対応できるメテノだ。

 

「メテノ! 此処はお前の出番でござる!」

「しゃらんしゃらん!」

「とりあえず、タイプの不利を取られないなら──コノヨザル、頼むッス!!」

「──ゴルーグ、君にお願いっ!!」

 

 デジーが繰り出したのはゴルーグ。巨大な岩の兵士の如きポケモンであり、彼女が育てていたゴビットが進化した個体である。

 獄炎を放ち続ける合成獣を前に、三人は並び立ち、再度攻撃に入る。

 

「んで、俺っち達はどうすれば良いんスか!?」

「死ななきゃそれで良いよ!」

「え”ッ」

「耐久が高い相手には、これに限るよねッ!」

「ノオト殿。ふたりで抑え込むでござる。恐らく最適解でござるからな!!」

「ええ……!?」

 

 ノオトが困惑する中、コノヨザルとメテノはタイプ:ゼノに向かっていく。

 灼熱が二匹を焼き払うが──怒りに燃えるコノヨザル、そして外殻をパージしてコアの姿となったメテノは止められない。

 タイプ:ゼノが無意味と言わんばかりに、全身を毒ガスに変えて、二匹を飲み込んだその時だった。

 

 

 

「──ニドキングの仇、取るよ! ”のろい”!」

 

 

 

 ゴルーグの身体の前に巨大な五寸釘が現れ、打ち込まれる。

 そして、毒ガス状態のタイプ:ゼノの身体にもまた、五寸釘が現れ、打ち込まれるのだった。

 この技は自らの体力を犠牲にして、相手の体力を継続的に削り続ける技。

 どんなに耐久力が高くても関係ない。この技は相手の体力を割合で減らすので、防御力も意味を成さない。

 そればかりか、仲間をやられたゴルーグの怒りが、呪詛と化してタイプ:ゼノを苦しめていく。

 

「成程考えたッスね!! これなら俺っちたちは、耐えきれば良い!!」

「尤も、これ以上被害は増やさん!! メテノ、”メテオビーム”!!」

「コノヨザル、”ふんどのこぶし”!!」

 

 巨大な霊体の拳が、そして極光が同時にタイプ:ゼノを狙い撃つ。

 すぐさま火竜の姿になって空へと逃れるタイプ:ゼノだったが、”のろい”によるダメージを受けたことで更に苦しんで地面へと落ちる。

 

「ゲームでもお決まりっ! 超耐久相手には割合ダメージが効果的ってね!!」

「ぴぽぽぽぽ!!」

 

 とうとうなりふり構わなくなったのか、ピクシーの姿で腕をぐるぐると振り回し襲い掛かる。

 だが、この間にも”のろい”によるダメージは続いていた。

 更に、地面を踏みしめた途端、音を立てて足元が起爆する──

 

「ルガルガンの”ステルスロック”か!!」

「仕掛けておいたでござるよ。こうなることを見越して!!」

 

 すぐに毒霧の姿となるタイプ:ゼノ。

 だが、当然それが隙を生んだ。

 もうコノヨザルと、メテノは回避不能の位置にまで迫っていた。

 

 

 

「”ふんどのこぶし”ッ!!」

「”パワージェム”ッ!!」

 

 

 

 同時攻撃が突き刺さる。

 霧の身体さえも捕らえる霊体の拳。

 そして、邪悪を晴らす宝石の光。

 その二つがタイプ:ゼノに致命傷を与える。

 毒霧は固まっていき、元の火竜の姿へと戻り、倒れ込むのだった。

 すぐさまキリがボールを投げて、タイプ:ゼノをボールの中へと収める。

 

「なんとか捕まえられたッスね……」

「理性無き人工ポケモン……人に造られた業……これが量産され、人を傷つけている世界があると考えるだけでゾッとするでござるな」

「あ”」

「どうしたんスか!?」

「裂け目……なくなってる……」

 

 デジーが目をカッ開き、震えながら真上を指差す。

 戦いに夢中になっていて気付かなかったが、既にあの巨大な裂け目は跡形もなくなっていた。

 

「非常に不安定な代物のようでござるな」

「どーしよーっ!! 帰れなくなっちゃったんだけどー!?」

「おっと帰すわけねえっしょ、あんた妙な事を口走ってたし」

「まあまあ、落ち着くでござるよノオト殿。彼女が時空の裂け目の先、つまり別世界からやってきたのは確実。そこでは我らとは違う歴史が紡がれていてもおかしくはないでござる」

「よかったぁ、()()()()()()()話が分かって助かるっ!」

「オイコラ」

「でも、それどころじゃないんだよ……ボク、一緒に落ちた仲間を探してるんだ。この辺に居ないかな?」

「仲間?」

 

 デジーは頷く。

 

「……ボク達は、多分、違う世界のサイゴクから、このサイゴクに飛ばされたんだと思う」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──事の発端に遡る。

 イクサ達は砂漠の地方・オシアスから、列島のサイゴクに留学してきた学生である。

 彼らは、試練の課題をクリアする為に各地を回っていたのだが、突如現れた巨大な裂け目を前に──為す術なく吸い込まれてしまったのである。

 最初に落ちたのはイクサだった。

 そして、彼を追って、他の面々も次々に裂け目へと飛び込んだのである。

  

 

 

 ※※※

 

 

 

「なーるほどなぁ、それで他の仲間とはぐれちまったのか」

「はい……皆僕を追いかけて落ちていったところまでは見えたんですけど、途中で空間がねじれて……」

 

 前の時はこんな事なかったのになぁ、とイクサは呟く。

 通常、時空の裂け目は同じ穴に落ちれば同じ場所に繋がる。

 しかし今回、イクサは他の仲間とこうしてはぐれてしまっているのだ。

 出されたチョコ菓子をポリポリと食べるイクサは、他の仲間の顔を思い浮かべる。

 皆、何処で何をしているだろうか、と。

 

「せめて僕が居れば皆を守ってあげられるのに……」

「探そうぜ、協力する」

 

 メグルは、イクサの胸に拳を重ねてみせた。

 

「裂け目が一つの事件で繋がってるなら……俺達が協力しねえ理由は無いだろ」

「メグルさん……!」

「大抵こういう時は、他の場所でも似たような事が起こってるはずだ」

「いや、そんなに都合のいい話があるでしょうか……」

 

 

 

 ロトロトロト……。

 

 

 

 メグルのスマホロトムが鳴りだす。着信だ。

 すぐさま期待に満ちた表情で彼は電話を取った。

 

「来た来た! ノオト! ノオトだな!」

「ノオトさん……サイゴクのキャプテンか!」

「おいノオト! 緊急事態だ、アルカのヤツが──」

「こっちも緊急事態なんスよ! でっかい時空の裂け目が現れて、そこから女の子が──」

 

 「な?」と同意を求めるようにイクサへと視線を向けるメグル。

 

「……どーやら、割とトントン拍子に話が進みそうだ……」

「ぱもぱもぉ……」

 

 一通り話し終えた後──彼は、スマホロトムをズボンのホルダーに差し、イクサに改めて向かう。

 

「──サイゴクに行くぞ、イクサ」

「えっ!? でも、アルカさんは──」

「サイゴクでも時空の裂け目が出た上に、変な奴らがうろついてたみたいだ。アルカを攫った奴と同じ一味の可能性が高い」

 

 メグルの目は、先程とは打って変わって真剣なものになっている。

 何処か腹をくくったような、覚悟を決めたような面持ちだ。

 

「どっちみち、あいつらは既に時空を超えてヒャッキに逃げてるはずだ。此処で場所がどうこうって言っても意味が無いんだよ。それなら俺は、より可能性が高い方に賭ける」

「アルカさんがいる場所に辿り着ける可能性に、ですか」

「ああ。それともう1つ朗報がある」

「何ですか?」

「お前の仲間って……”レモン”と”デジー”って名前で良いよな!」

「……っ!」

 

 イクサは目を輝かせる。

 居る。確かに居る。

 とても遠い場所だが、彼女達は無事だった。

 

 

 

「はいっ! サイゴクに行きましょう、メグルさん!」

「そう来なくっちゃなッ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:いざヒャッキへ参らん

 ※※※

 

 

 

 ──ひとりぼっちだった俺に、ポケモン達が付いて来て孤独を埋めてくれた。

 そんな俺でも、誰かの孤独を埋められると──あの時は思ったんだ。

 アルカは──本当にひとりだった。ずっとひとりで抱え込んで笑って、平気なふりをしていた。

 俺もそうだったから、手を伸ばしたかったんだ。

 繋げば孤独は埋められる。味方は居る、と伝えられる。

 気が付いたらすぐにどっかに行ってしまうあいつを──裏返せば、自分が居なくなっても誰も気にしないだろうって思ってるあいつを死なせたくなかった。

 だって寂しいじゃないか。折角、折角──分かり合えたと思ったのに。

 なのに、一緒に居るうちにそんな事も忘れて──

 

 

 

 ──二度と帰ってくんなっ!! バカ!! アホ!! 女ったらしの浮気者ーッ!!

 

 

 

 ……やっぱ俺じゃ、ダメなのかなあ。

 本当は、他にももっと、相応しい相手がいるんじゃないか。

 俺よりも上手くやれるヤツが居るんじゃないか──?

 

 

 

 ※※※ 

 

 

 

「メグルさん、メグルさん……?」

「……アルカ……」

「……ッ」

 

 飛行機はもうじきにサイゴクに着く。

 メグルの上で丸くなっていたニンフィアは、声をかけたイクサに向かって「ごめんね」と言わんばかりにリボンを伸ばした。

 彼が辛い時は、一番の相棒である彼女も辛い。リボンの力で、嫌でも彼の気持ちが分かってしまう。

 

「ふぃー……」

「ニンフィア……大丈夫。僕が君のご主人を助けるよ」

「ぱもぱもっ!」

 

 涙を流しながら眠るメグルを見て、イクサは目を伏せた。

 どれだけ平気そうに振る舞っていても、内心は穏やかではないはずだ。

 イクサは仲間の無事が分かっている。だが、メグルはそうではない。

 今生きているかどうかすら分からない。

 しかも、彼女と最後に別れた原因が喧嘩ともなれば、悔やむのは当然だった。

 自分では彼の心を救う事は出来ない。この事態を解決し、アルカを取り戻すしかない。

 そんな事は、かつて大切なものを奪われ続けたイクサにも痛い程分かる。

 

 

 

「やっぱり……引きずるよね……引きずらない、わけがないよね……メグルさん」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 ──数時間後、イッコンタウン”よあけのおやしろ”。

 かつて、テング団の襲撃に遭って倒壊した建物は、現在も修繕中だ。

 しかしヌシポケモンもキャプテンも共に健在。

 そこに、全ての役者たちは集っていた。

 

「転校生ーっ!! やっと会えたーっ!!」

「本当、二度と会えないかと思ったわよ……」

「いやあ、ごめんなさい、二人共……」

 

 再会を喜ぶオシアス3人組は手を取り合う。

 レモン、そしてデジーも共に無事だ。

 そして──イクサは、二人を助けてくれたキャプテンに頭を下げるのだった。

 

「本当にありがとうございますっ! キャプテンの皆さんっ! 皆を守ってくれて……」

「良いんスよ、困った時はお互い様っしょ」

「そも、ヒメノ達に負けず劣らずの強さだったのですよー」

「改めて──ようこそ、サイゴクに」

 

 イクサとノオトは固く手を取り合う。

 

「ところで、イクサさん達ってサイゴクに留学してたみたいッスけど、あっちの俺っちの事知ってるんスか?」

「むしろ、これからイッコンの方に向かう予定だったんですよ。先に異世界の方のノオトさんに会うことになるなんて」

「聞いてて、ややこしいッスね……頭こんがらがってきたッス」

「この辺にしときますか……今は互いの世界の事は置いておきましょう。僕も訳が分からなくなりそうです」

 

 こっちのサイゴクは、大災害の影響を受けていないからか、イクサが知っているそれよりも交通網が発達している。

 故に、すぐさま彼らは合流する事が出来たのである。

 ヒャッキに向かうならば戦力は幾らあっても足りない。

 だが、いきなり全員を向かわせるのは危険極まりない。

 そのため──旧家二社のキャプテンであるヒメノ、ノオト、キリの3人とメグル。

 そして、オシアスから来たメグル、デジー、レモンの3人がこの場に集ったのである。

 

「貴方がメグルさんね。うちのイクサ君を助けてくれてありがとう」

 

 学生服姿の黒髪の少女。

 見慣れない顔だが、イクサが飛行機の中で幾度となく語っていた「レモン」とは彼女の事だろう、と察する。

 目元から底知れない余裕、そして気の強さを感じ、メグルは思わず身構えそうになった。

 

(風格あるなあ……なんつーか、組織のドン、ってカンジだ)

 

「いや、実情は逆なんだよな……むしろ助けられた側っつーか……そもそもイクサはすっげー強かったし」

「あらあら、余程暴れたのね彼。鼻が高くなっちゃうわ」

「君の事はイクサから聞いてる。あいつの戦いは君仕込みだってな」

「違うわ。彼が自分の力で強くなったのよ。私はそれを後押ししただけ」

 

(……なんかすっげーポケモンも持ってるみたいだし……イクサと同格なら、ふっつーに四天王とかその辺りと同等の強さしてそうだな。”学園”のレベルが高過ぎる)

 

「でもよ、これで君達は全員そろったわけだけど──」

「勿論ヒャッキを調査しに行くわ。あんな裂け目がこっちでもポンポン開かれたんじゃ堪ったもんじゃない。元凶は潰すに限る」

 

(やっぱ気が強いんだな……)

 

「見過ごしたくないのよ。危機の予兆ってヤツはね」

「正直、俺は君達を大分頼りにしてる。アテにしてるぜ」

「あら、随分と謙虚なのね? サイゴクを救った英雄さんは」

「え?」

 

 メグルは目を丸くする。

 するとレモンの肩に飛びついた小さな少女がにしし、と笑った。

 

「ノオトさんから聞いたよ? 君、伝説のポケモンを捻じ伏せてサイゴクを救ったんでしょ?」

「おいノオト──」

「大丈夫ッスよ、肝心なことは伏せてるッスから」

「……」

 

 メグルが過去、サイゴクを救ったとされる事案は2つ。

 1つは、テング団との衝突、ヒャッキサイゴク戦争での活躍だ。

 キャプテン達と共同してヌシクラスのヒャッキポケモンや三羽烏を撃退し、ルギアを鎮めたという実績は広く知れ渡っている。

 もう1つは、イデア博士が首謀となって伝説のポケモン二匹を暴れさせた事件の鎮圧である。  

 しかしこの事件は、クワゾメタウンの忍軍によって幾つかの情報が黒塗りされており、今でも公にされていないことが多い。

 例えば──首謀者の名前とその後、についてはその最たるものであった。

 メグルもまた、信頼していた人間に裏切られたこの事件で深い影を落とすことになったので、手放しに「英雄」ともてはやされても喜べないのである。

 話をそらすように、メグルはノオトに問うた。

 

「ところでよ、どうやってヒャッキの方に行くんだ? ヒャッキ行きの裂け目はもう無いはずだろ?」

「それならオイラに任せて」

 

 前に出たのは──メグルとイクサにとって見知らぬ獣耳の生えた少年だった。

 

「お前が例の──」

「すごい、本物のケモ耳だ!!」

「わぅ、すっごくグイグイ来るなこの人ら……」

「この人がムギさん。ヒャッキ地方・キュウビの国の使者らしいッスよ」

「俺達に助けを求めてきたっていうのがコイツか」

「コイツって言うんじゃないやい!」

 

 がうっ、と犬のような牙を剥き出しにしてムギはメグルに向かって吼えた。

 

「クソッ……オイラはこれでも、特命使者ってヤツなんだ。殿様から任命されたんだい、偉いんだ!」

「悪かったって」

「本当は、ヒャッキの力だけで押し返さなきゃいけない問題なんだ。それなのに……オイラ情けねえよ」

 

 口惜しそうに彼は足踏みした。

 自分達の力だけではクロウリーを倒すことはできない。

 しかし、それでも連れ去られた姉たちは連れ戻さねばならない。

 

「一人で何とか出来ねえ問題なら、皆でどうにかすりゃいいだろ」

「……ッ」

「俺だって今、大切な子を連れ去られてすっげー頭に来てる。本当なら俺が守らなきゃいけなかったのに」

 

 メグルは、ムギの手を取る。

 

「だから協力したい。俺達で、そのクロウリーって奴をブチのめして、奪われたモンを取り戻す。俺達、同じ目的で集まってるだろ」

「メグル……」

「クロウリーは、巫女を探してるんだっけか。()()ってのが何なのか分かるか?」

「分からねえよ。分からねえ……だけど、3つの国で女を攫ってるのは確かみてーだ」

「もしかしてアルカが攫われたのも同じ理由か」

「……アルカ?」

 

 ムギがきょとん、とした顔で問いかける。

 

「俺の大切な人だよ。クロウリー達に連れ去られた」

「ッ……奴らは、アルカ殿を探していた。でなければ、わざわざ時空を超えてまでこんな所まで来るまい」

「何でアルカさんなんスかねえ?」

「ヒャッキで女攫いをしてるのも、無差別にやってるってわけじゃなさそうね」

 

 レモンが何かを推測するように言った。

 単に戦利品目的で女を連れ去っている訳ではなく、何かを探し出しているかのようだ。

 川の底の砂利石から砂金を探すかのような途方もない作業ではあるが──”当たり”があると確信している者の手口である、とレモンは続ける。

 

「……探してるんじゃないかしら。()()()()()()()()()()()()()を。そもそも、彼等はどうやってアルカさんの事を知ったのかしら」

「アルカさんがあいつらに狙われる理由っしょ? テング団ならともかく、ヒャッキの外からやってきたあいつらと、アルカに接点なんかねえっしょ……」

「何だって良いよ」

 

 メグルは──髪を掻きむしる。

 不安はある。戸惑いもある。

 だが、それでもアルカは連れて帰らなければならないのだ。

 

「アルカは連れ戻す。何が何でもだ。ムギ、どうやったらヒャッキに行ける?」

「実は、テング団が使ってたサイゴクに繋がる穴が、まだ1つ残ってたんだ」

「まだあったのでござるか……」

 

 げんなりしたようにキリは言った。

 以前、1つはテツノサクヤが封じ込めており、もう開かないと思われていたのである。

 とはいえテング団はサイゴク各地で暗躍していたため、このような裂け目が幾つあってもおかしくはない。

 

「と言っても不安定な穴で、時たまにしか現れねえんだけど……」

「じゃあ善は急げだわ。裂け目が消える前にヒャッキに行く。良いわね?」

「僕は問題ありません」

「ボクもボクも!」

「よっし……それじゃあ、行くか! ヒャッキ地方に!」

 

 メグルは鞄を背負い、空の果てを眺める。

 

 

 

(……待ってろアルカ。絶対助けて──助けて……その後は──)

 

 

 

 胸の内が暗くなる。

 迷いはない。迷いなどあってはいけないはずなのに。

 ()()()、を考えてしまうとメグルは胸が締め付けられるようだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──うっぐ……うぅ──」

「お目覚めかね?」

 

 

 

 ポケモンは居ない。

 武器も何も無い。

 豪奢な部屋の中に、アルカは──閉じ込められていた。

 彼女の前には、自らを攫ったローブ姿の男・クロウリー、そして傍には大槌を構えた女・ミネルヴァが立っていた。

 

「……何で連れて来られたのかくらいは聞きたいんだけど」

「単刀直入に言おう。貴方が必要だから来てもらった」

「ボクが? 何でだよ」

「ヒャッキ三大妖怪、知らないとは言わせないよ」

「!」

 

 ──ヒャッキ三大妖怪。

 それは、ヒャッキ地方の三つの国に封印されたと言われる強大な力を持つモンスター……もといポケモンだ。

 それぞれが、現在のヒャッキに生息するリージョンフォームの原型になったポケモンであり、それぞれが遺したオーパーツはギガオーライズの鍵でもあった。

 鏡の如き羽根を持つマガツカガミ。

 霊魂別つ九つの尾を持つワカツミタマ。

 遠くの岩山さえも拳の一振りで貫くウガツキジン。

 テング、キュウビ、オニの国の何処かにそれらは封じられているとされているが、詳細な伝承は失われていた。

 

「我々はかねがね、ヒャッキから大妖怪たちを頂く準備を進めていてね。商人を装い、テング団……亡くなったタマズサ氏とは何度も取引をさせていただいたよ」

「ッ……! 取引って何!?」

「あのチャチな()()()()()()……ワープだ。数十メートル先程度にしか移動出来んが、敵を撒くには十二分だろう? 傍目には異世界にでも逃げたように見えるがねえ」

 

 アルカは冷や汗を額から流す。

 テング団が度々使っていた空間の裂け目を利用した移動方法は、クロウリー達が元々持っていたものなのである。

 彼らを只の商人だと思っていたテング団のリーダー・タマズサは、情報や金銭と引き換えに、彼等の技術を導入していたのだ。

 

 ──タマズサのヤツ!! とんだ外患を!!

 

「さて、彼等から得た情報から──大妖怪の解放には、対応した”巫女”が必要になると知ってだね」

 

 三大妖怪を解放するには、その封印を施した血族の人間が必要──とクロウリーは語る。

 今、彼らがヒャッキを蹂躙しているのは領地の拡大だけではない。

 その血族の人間を探しているためであった。

 

「既にキュウビの国の巫女も見つかった。オニの国の巫女も恐らく時間の問題。しかし、一番懸念すべきは貴女だった」

「どういうこと? ボクと巫女に何の関係が……!?」

「はは、そうとぼけていられるのも時間の問題だ」

 

 クロウリーは哄笑する。

 

「……マガツカガミを解き放つ鍵は……外でもない貴女なんだよ、アルカさん」

「……ッは、はぁ!?」

 

 思わず変な声が出る。

 いきなり言われても信じられない。

 マガツカガミ──かつてサイゴクを蹂躙した、巨大な鏡烏。

 オーラを纏っただけの紛い物であるギガオーライズ体ですら脅威そのものだったあの怪物を解放するのが自分だと言われれば、あまりにも荒唐無稽な話と返すしかない。

 

「ど、どういうこと? 意味分かんない……!!」

「私の持つオーパーツに反応した者が、巫女の資格を持つ者だ。間違いない」

 

 クロウリーは、鏡のような羽根をアルカの前に掲げてみせた。

 それは、彼女を欲するかのように禍々しく輝く。

 

「オーパーツ……!?」

「ヒャッキで手に入れた、マガツカガミの遺物の1つさ。これらが”巫女”に対して反応することは検証済みだ」

「だとしてもッ!? 何でボク!? お前達はボクを最初から狙ってやってきた! わざわざ時空の裂け目を通ってまで!」

 

 分からない。

 理解が出来ない。

 アルカは──自分が何故狙われたのか。そして自分の場所が何故見つかったのかが分からなかった。

 サイゴクならばともかく、彼等は遠いパルデアにまでやってきたのだから。

 

「……何、簡単なこと。貴女の妹のアルネさんもまた、マガツカガミの巫女だったからさ」

「なッ……!!」

 

 浮かんで消えたのはアルネ──死んだ妹の顔だった。

 自分よりも遥かに優秀で頭がよく、ヒャッキの技術を底上げするような発明を幾つも生み出した文字通りの天才、そして──倫理観のタガが外れた天災だ。

 

「私は何度か彼女と会った事がある。しかし、タマズサ氏が居る手前、どうして彼女を連れ去る事が出来ようか」

 

 故に、クロウリーにとっては強大すぎる力を持つタマズサが死に、そしてヒャッキ三国が戦争で疲弊したのは大いなる好機だった。

 しかし誤算が一つあったとすれば、その巫女であったアルネも死んでしまったことである。

 

「……そりゃ、そうだけど。じゃあ待ってよ。ボクが捕まったのって……!」

「ああ異界に居る貴女を連れ戻すためだ。テング団から貴女の事は聞いていたからねえ。貴女の居る場所に繋がる裂け目を作り出すのは大変だったが……」

「ボクが捕まったのって……」

 

 

 

 ──結局、()()()()()()()ってことじゃないか……!!

 

 

 

 彼女は愕然とする。

 ただ連れ去られるだけならばいざ知らず。

 結局、人を機械の部品のスペアか何かとしか思っていないクロウリーに、彼女は幻滅を通り越して──怒りすら覚えていた。

 

「ふざけんなッ!! 人の事なんだと思ってんだ!! ボクは、お前達なんかに利用されてやるつもりはないぞッ!!」

「聞いているとも。妹とは違ってとんだ落ちこぼれ、だとね。しかし、良かったではないか。そんな貴女でも輝ける場があって」

 

 彼女の傷を抉り、踏み躙り──クロウリーはアルカに囁く。

 

 

 

「……()()、貴女を必要としているよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:変容

「お前なんかの思い通りになって堪るか!!」

「──人は、価値があるものを、必要としているものを求めるのが自然の摂理」

「何だって……!」

「人はモンスターを捕まえ、使役する。役に立つから、価値があるからさ。人が人を傍に置くのも同じ理由だろうよ」

「違うッ!!」

「違わないだろう。貴女達ポケモントレーナーとやらは、使ンスターを手持ちから外すそうではないか。それが何よりの証拠だ」

 

 アルカは──言葉を失う。

 ぐうの音も出ない。反論が出来なかった。

 

「私は、貴女が役に立つから──傍に置いてやってるんだ。貴女は私の役に立ち、マガツカガミを解放してくれたまえよ」

 

 ミネルヴァとクロウリーはそのまま部屋から出て行く。

 すぐに鍵が掛かってしまい──そのまま一人、アルカは取り残された。

 扉を思いっきり殴りつけるが、全く響かない。現状を打破することなど出来はしない。

 

(壁もやたら硬い、手応えがない……変な術が掛かってる……!!)

 

 アルカは──がっくりと項垂れる。

 手持ちが居ない今、脱出の術は何処にも無い。

 今此処が何処なのかも分からない上に、ノオトもメグルも此処には居ないのだ。

 

(必要とされない……か)

 

 そのうち、薄暗い感情が彼女の中で渦巻いた。

 役立たずと呼ばれていた過去の自分を思い出す。

 要らないモノと思われ、捨て置かれ、そして虐められ続けた惨めな自分を思い出す。

 きっと自分は何処に行っても、どうなっても気にする者など居ないのだろう。

 そう考えていた時期が長すぎた彼女にとって──サイゴクで出会った人々は救いだった。

 特に、幾度となく命を救ってくれて、孤独を埋めてくれた彼は──特別だった。

 だから怒った。

 だから悲しんだ。

 彼に裏切られたと思ったあの時、酷い言葉を吐いてしまった。

 

(ああ、そっか……)

 

 ──そこまで思い至り、アルカは泣きそうになった。

 結局、自分にクロウリーを糾弾する権利など何処にも無かったのだ、と思い知らされる。

 

(ボクも結局……自分の孤独を埋めるのにメグルを利用してただけなんだ……)

 

 罪悪感で心は黒く塗り潰されていく。

 

(だから、メグルにあんなひどい言葉を吐いちゃったんだ……嫌われても、仕方ないじゃないか……!)

 

(ポケモンを捕まえるのだって同じじゃないか……必要だから、役に立つから……?)

  

 デカヌチャンやカブトプス、ヘラクロス達の顔が浮かぶ。

 彼らを捕まえたのは役に立つから、必要だったから? と思い返す。

 

(……違う。そんなわけない、そんなわけない……よね……?)

 

 アルカは──膝に顔を埋めた。

 きっと、それだけではないはずだ、と信じた。

 だがそれでも、黒い靄は晴れなかった。

 現に彼女もポケモンを使役し、そして戦わせるのは変わらない。

 そして──使えない、と判断したポケモンは手持ちから外す、というクロウリーの言葉に胸が締め付けられた。

 彼女は手持ちの入れ替わりがメグルと比べても激しい。

 手持ちの取捨選択は、役に立たないポケモンを外しているからだ、という彼の論理に深く突き刺さってしまっていた。

 そんなはずはない、と頭の中で思ってはいても、結局行動が答えを出してしまっている。

 故に反論できない。

 

 

 

「ぷきゅー」

 

 

 

 か細い声が聞こえてきた。

 気が付けば、ベッドにすべすべの丸い岩のようなポケモンが転がっていた。

 

「……サニーゴ?」

「ぷきゅ」

「今まで霊体化してたの?」

 

 ゴーストポケモンにとって、自らが見つからないように消えて姿を隠すのは基本技能だ。

 やろうと思ったら出来てしまった、というのが正しいのだろう。

 

「……よし来たっ! それじゃあサニーゴ! 君はどんな技を……」

 

 そこまで言いかけて、アルカは言葉を失う。今の彼女には図鑑が無い。

 だから、サニーゴの技をセッティングすることも調べることも出来ないのである。

 

「えーと、シャドーボール?」

「ぷきゅー」

「……たたりめ」

「ぷきゅー」

「……あやしいかぜ?」

「ぷきゅー」

「……もしかして攻撃する技、何にも覚えてないとか!?」

 

 A:おどろかす、かたくなる、かなしばり、うらみ

 

 当然、この部屋の壁を壊す技などは覚えていない。覚えているはずもない。

 

「あああ……!! ダメじゃないかーっ!! 何にも解決してない……!!」

「ぷきゅー」

 

 そして嘆いているうちに、アルカは──自分自身でクロウリーの言っていたことを証明してしまった、と気付いた。

 今自分は、間違いなく「役に立つかどうか」でサニーゴをジャッジしてしまっており、部屋を壊せないと知るや大きく落胆した。

 

「バッカだなあ、ボク……あいつの言ったとおりだった……サイテーだ……サイテーだよ、ボク」

「ぷきゅ?」

 

 何のことか分からない、と言わんばかりにサニーゴはうにうに、と短い前足を動かす。

 しかし、既に彼女はゴーストポケモン。目の前の主人が暗い気持ちを抱えていることは嫌でも伝わってくる。

 

「ボクってさ、酷い奴なんだよ……サニーゴ。君に心配されるような価値なんてないんだよ」

 

 ぎゅう、とアルカは彼女を抱きしめる。

 

「ぷきゅー……」

 

 冷たい。

 生気も何も感じはしない。

 だが、それでも、抱き締めずにはいられなかった。

 涙がぼろぼろと零れてくるが、助けてくれる者など誰も居はしない。

 

 

 

「ごめんね……君は何にも悪くないのに……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空は青い。

 瘴気は晴れている。

 それでも、山は険しく、空には──鏡の羽根を持つ烏が飛び回り鳴いている。

 

 

 

「──此処が、ヒャッキ……!?」

 

 

 

 辿り着いたのは、何処かの山の上。

 しかし、見下ろす先にある集落は未だに無事なのか、何も音沙汰がないようであった。

 ムギ曰く、この場所はテングの国のオオタケ山の麓。

 そしてここから見える集落がクリカラの隠れ里だという。

 四方を山に囲まれたこの場所は、非常に攻め込まれにくい位置になっているとのことであった。

 そして、逃げ延びてきた人々にとっては限られた安息の場所の1つであった。

 

「あっ、裂け目、小さくなってるよ!?」

 

 そう言ったデジーの言葉に、皆は振り返る。

 裂け目は徐々に徐々に小さくなっていき、そして──何も無かったかのように消え失せた。

 

「後戻りはできないってことね」

「後戻りするつもりなんてねーよ。アルカを助けるまではな」

「ああ、オイラもだ! 姉ちゃんを助け出すまではな!」

 

 全員の当面の目的地は、隠れ里となる。

 道中は少々険しかったが、すぐにそこに辿り着いた。

 見ると、里の中にはケガをした人々や、それを手当している人々が散見される。

 そして、いずれも彼等の肌は青白く、アルカのそれに酷似しているのだった。

 また、ムギと同じく、獣耳の人々、そして赤い肌をした巨漢や大女の姿も見られた。

 

「……酷いものね」

「うん……災害の後みたいだ」

「こんなのが各地で、か……堪ったもんじゃないな」

 

 イクサ達は辺りを見回す。

 此方を奇特な目で見る人々の視線が刺さる。

 そしてヒソヒソ、と噂をしているようだった。

 無理もない。攻め込まれている最中、見慣れぬ肌色の人間たちが押し入ってきたのだから。

 

「何だアイツら、クロウリーの仲間か……?」

「バカやろう、ムギ様が居るんだぞ。敵じゃないはずだ」

「じゃあ、あれがタマズサを倒したっていう……英雄!?」

 

 その声に、気を良くしたのはお調子者のノオトだった。

 

「なんか拒絶はされてねえっぽいッスね」

「思い上がるな。拙者たちを警戒している者がいてもおかしくないでござるよ」

「ノオト。私達は粛々とやるべきことをやるだけなのですよ」

「そうっスけど、先ずは住民と信頼関係を築くところからっしょ」

「それで──ムギ。俺達此処からどうすれば良いんだ?」

「……」

「ムギ?」

 

 返事が無い。

 ぼうっとしている彼をメグルは肩を揺さぶって呼びかける。

 

「どうしたんだよ、具合悪いのか?」

「……あ、ああ。何でもない! オイラはキュウビの国の使者だからな!」

「なんだそれ」

「だから心配要らない!」

 

 ムギは振り向くと、慌てたように言った。

 そして、人々に向かうと──叫ぶ。

 

「皆っ!! もう安心してくれ!! こいつらはサイゴクからやってきた英雄たち!! オイラ達の味方だ!!」

 

 歓声があちこちから上がる。

 

「オイラ達はひとつのヒャッキ! 昨日まで敵だったとか関係ない! オイラ達で、クロウリーに百鬼夜行の恐ろしさ見せてやるんだい!」

「ムギ様が言うなら、そうなんだろうな……」

「サイゴクの英雄、実在したのか……!」

「俺らは応援してるからなー!!」

 

 集落の空気は確実に今の声で良い方向へと転じた。

 この少年、まだ幼いながら、人を良い意味で煽り立てる才能があるのかもしれない、とイクサは感じる。

 

「凄いな」

「姉ちゃんの真似だ。姉ちゃんは、村のリーダーみたいな存在で皆から慕われてた。オイラも姉ちゃんみたいになりてえって思ってさ」

「……」

 

 それを聞いて、ヒメノの顔は曇る。

 きっと──仲のいい姉弟に違いなかったのだろう、と確信した。自分の所とは大違いだ。

 

「姉貴? どうしたんスか?」

「何でもないのです。ムギ様、私達はどうすれば?」

「もうじき、山の向こうから援軍がやってくる。それまで、待機だっ」

「今日は移動で疲れてるでしょうし……陽も落ちかけてる。かと言って、私達が出来る事もあまり無いわ」

「そうだな。オイラが借りてる家があるんだ。そこで休もう」

 

 彼は古住宅の1つを指差した。

 三国連合の援軍が来るまで、もう少し時間がある。

 彼らと合流してから、クロウリー達に立ち向かう準備を進めよう、というのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(……硬った!? なんだこのリンゴ、味しねえぞ!?)

 

(出してもらってアレだけど、あんまり味は良くないわね……)

 

(水がマズいと、作物もマズいっていうけど……これは……ひどい……)

 

 夕食は備蓄した米や果物、干し肉が振る舞われた。

 最初は持ってきた保存食を食べる、と申し出たが、住民たちの好意で結局押し切られてしまったのである。

 しかし、その味はお世辞にも良いものとは言えなかった。

 ルギアの風で瘴気こそ祓われたとはいえ、まだヒャッキの地の作物の成りはあまりよくないようだった。

 また、キリだけは見回りの為に外に出ており、不在(とはいうがコミュ障なので多人数での食事の場を避けただけ)。

 微妙な空気のまま食事の時間は過ぎていく。

 

「なあ、もしかしてマズかった……とか?」

「そんな事はねえよムギ!! お前ら、少ねえ備蓄を俺らの為に出してくれたんだよな!! すっげー感謝してる!!」

「そ、そかぁ!? じゃあ、もっと持ってくる!」

 

 そう言ってムギは奥の部屋へ、たたっと走って出て行ってしまった。

 後にはさらに微妙な空気だけが残るのだった。

 

(参ったわね。空気が悪いわ、イクサ君。何か面白い事言いなさい)

 

(無茶苦茶な!! パワハラも良い所ですよ!!)

 

(じゃあいい感じに話題を切り出すのよ、役目でしょ)

 

(転校生カワイソ……)

 

(デジー、次は貴女ね)

 

(ぴょんっ!?)

 

 仕方が無く──誤魔化すように、イクサは切り出す。

 

「あ、あの、ヒメノさん」

「何なのですー?」

「確か凄いゴーストタイプの使い手なんですよね。霊能力ってどんなのが使えるんですか?」

「今は使えないのですよー♪ にぱー♪」

 

 それを聞いて、地獄のような表情になったのはノオト、そしてメグルの二人だった。

 事情を知らぬイクサは首をかしげて「え、でも──」と追い打ちをかける。

 

「こっちの世界のヒメノさん、すっごい霊能力者として知られてて──」

「ストップ!! ストップ、イクサさん……それ以上は」

「え?」

「……ふふっ。ヒメノの霊能力は、使えなくなってしまったのですよー」

 

 死んだ目で彼女は語る。最早取り繕う事すらしなかった。

 

「な、何で!? 悪い奴にやられたとか!? 僕、そいつに一発ガツンと言ってやりますよ!!」

「だからもう止めるッス、イクサさん!」

「そうだイクサ、これ以上は止めるんだ! 良いな!?」

 

 ヒメノの口からは既に、呪文の如き恨み節が唱えられている。

 そこでイクサは漸く、自分が踏み入ってはいけないところに踏み入ったことを察した。

 

「どいつもこいつもイチャイチャイチャイチャ……ヒメノの前で……大体何でどいつもこいつもくっついてるのです、発情期なのです、ネズミざんなのです──ごふっ」

「血ィ吐いた!? 何処か悪いんですか!?」

「あーもう!! 姉貴!! ちょっと横になるッスよ!!」

 

 咽込んだヒメノを抱え込み、ノオトもまた、何処かへ消えてしまった。

 後には──地獄を地獄で煮込んだような空気だけが残る。

 

「はぁ……最悪ね、イクサ君。バッドコミュニケーションだわ」

「ねえ、これ僕が悪いんですか!? 今のって僕が悪いんですか!? ねえ!?」

「ヒメノちゃんは……色々あってな。失恋のショックでそれ以来霊能力が使えなくなっちまったんだ」

「ウソ!? どんだけ酷いフられ方したの!? そいつサイテーだよ、ボクが転校生の代わりにブン殴ってやる!!」

「敢えては言わねえ……ただ、誰も悪くねえんだ。それだけは確かなんだ」

 

 最初はまだ霊能力は使えていた。しかし、彼女にストレスがかかるごとに霊能力はどんどん弱体化していき、最近ではすっかりゴーストポケモン以外の霊は視認できなくなってしまったという。

 

「一番ショック受けてんのはヒメノちゃんなんだ。今回の旅に同行したのも……あの子なりに思う所があるから、だろな」

 

(じゃなきゃ、絶対ノオトとキリさんが一緒の場所に行きたがらないだろうからな。強い奴と戦って、霊能力の感覚を無理矢理取り戻したいのかもしれねえ)

 

 彼女も力を取り戻したい、と考えているのは確実だった。

 その為に焦って無茶をしなければ良いのだが──生憎言って聞く手合いではないのである。

 

「ごめんなさい……僕、意図せず地雷を……」

「あんなの回避しようがねえから気にするなよ」

「食べ物持ってきたぞーっ!! あれ? 少なくね? どしたんだ?」

 

 ムギと、付き人達が食べ物を持ってくる。

 しかし人数が少ないのに少々困惑しているようだった。

 

 

 

(ヒメノちゃん……力を取り戻せればいいんだけど……本人の心の問題だろうしなあ、アレ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ノオト、もう肩は貸さなくて良いのです」

「えっ」

 

 ノオトの腕を振り払い、ヒメノは──彼の方に向き直った。

 

「……姉貴」

「私が怒ってるのは、私自身に、なのです」

 

 今まで見えていたものが何も見えない。

 使えていたものが使えない。

 もし使えていたならば──あのワスレナという魔術師相手にも後れを取らなかった、とヒメノは確信していた。

 霊能力も、そして持ち前の洞察力も。精神的な摩耗と合わせて、どんどん弱まり、遂には使えなくなってしまった。

 

「最近はもう、何も見えないのです」

「そこまで酷かったのか!? 何で言わなかったんだよ!!」

「言えるはずないのです、事の発端がヒメノのワガママなのに……これ以上二人に迷惑かけたくないのに」

「……迷惑だなんて、そんな」

「本当はもう、二人の事を祝福したいって思ってるのです。でも……気持ちと裏腹に心は擦り減っていって。力も使えなくなって。弱くなっていく私に、私が耐えられないのです」

「姉貴は弱くねえよ……いっつも俺っちよりも強いって──」

「ッ……強い相手と戦えば、戦いの中ならば霊能力が戻るかもしれない」

「姉貴……」

「ヒャッキは、サイゴクとは違う環境。霊能力が何かのきっかけで戻るかもしれない」

 

 しかし──ヒャッキに来ても、何も変わらなかった。何も見えることはなかった。

 これだけ死の臭いがする環境でも、何も足掛かりは得られない。

 

「でも駄目だったのです。私から強さを取ったら……何が残るのです」

「強いとか弱いとか関係ねえよ、姉貴は姉貴だろ!? 俺っちの姉貴には変わりねえよ……!」

「ヒメノは、ノオトと合わせてふたりでキャプテンなのですっ!!」

 

 彼女は──それでも叫ぶ。

 己の在り方を。アイデンティティを。

 

「ノオトの隣で戦えないのは……辛いのです」

「姉貴……」

「……らしくなかったのです。少し、横になるのです」

 

 ノオトからはそれ以上声をかけてやることは出来なかった。

 皆の前では平気に振る舞っているが、彼女の内心は──磨り潰したかのように摩耗しきっている。

 原因は失恋ではない。終わらないスランプによる自己嫌悪、それに伴う負の連鎖なのだった。

 そして何より、隣で戦う弟に置いていかれることへの不安だった。

 

(……姉貴。思い詰めてたのは知ってたけど。どうすりゃいいんだよ……)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「メグル」

「うん? どうした?」

 

 ──就寝は雑魚寝。

 大広間の中に、皆布をかけて寝転がる。

 ムギは、メグルの隣に横たわった。

 

「オイラ、ちょっとだけお前達と過ごしてて分かったことがある」

「何だよ」

「お前達、すっごく面白いな。どいつもこいつも、クセ者ばっかりだ!」

「……へへ、そうだろ」

 

 確かに皆、個性派揃いだ。得意な事も違うし、抱えている悩みも違う。

 

「……お前達に来てもらってよかった。キケンな戦いになると思うけど、大丈夫な気がして来た!」

「ああ。お前の姉ちゃんも取り戻さなきゃな」

 

 こくり、と彼は頷く。

 

「どんなって……強いけど、優しい姉ちゃんだった。勇ましかった。皆を元気づけてくれるんだ。落ち込んでても、姉ちゃんが居れば大丈夫って思えるような、そんな人だ」

 

 だから彼女のようになりたいのだ、とムギは語る。

 必死に勉強して、修行を重ね、強くなりたいのだ、と彼は語る。

 そんな彼の目はとても輝いていて、いかに姉を尊敬しているのかが伝わってくるのだった。

 

「……なれるかな。姉ちゃんみたいに」

「なれるさ。きっとな」

 

 ムギの頭を撫でてやると、尻尾が嬉しそうに揺れる。

 弟が出来たような気分だった。

 

「寝ようぜ、ムギ」

「ああ。明日も早いからなっ!」

 

 にしし、と笑い合う二人。

 

 

 

 

(よくできた姉……ヒメノとは、大違いなのです)

 

 

 

 それを密かに聞いていた彼女の内心は──穏やかではなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──静けさが残る丑三つ時。

 メグル達が眠りにつく中。

 唯一人。

 彼は──外へ飛び出した。

 尻尾が揺れる。

 小さな体で、彼は集落の真ん中に走る。

 

「むっ」

 

 それをいち早く捉えたのは、一人で夜も見張りをしていたキリだった。 

 

「……何か匂うでござるな。念には念を押しておくか」

 

 しばらく様子を見た後。

 すぐさま彼を追いかけ、ひとっとびで距離を詰める。

 

「ムギ殿、こんな夜遅くにどうしたでござるか──」

 

 

 

「ぶーどぅーぶーどぅーぶぅーぎぃーぶーどぅーぶーぅーどぅー」

 

 

 

 

 心胆を寒からしめるような呪詛の文言に、キリは思わず足を止める。

 すぐさま彼に近付き、様子を確かめようとするが──そんな中、いち早くキリからの連絡を受けて飛び出したメグルとイクサ、ヒメノの3人が駆け付けるのだった。

 

「キリさん、どうしたのです……!!」

「言われた通り、他の奴らは家の中で待機させてるけど」

「人数が多すぎると混乱を招くと判断した!! ムギ殿の様子がおかしい……!!」

 

 キリは、ムギの方を指差す。

 その口からは不気味な呪詛が常に流れだしている。

 それは──ノオトにとっても聞き覚えのあるものだった。

 

「ムギ殿ッ!! 聞こえるか!? 拙者たちの声が!!」

「ッ……!!」

「ムギ!! 正気を取り戻せ!!」

 

 駆け寄ろうとするメグルの袖を──ヒメノは思いっきり掴んで止める。

 

「何すんだよヒメノちゃん!?」

「手遅れなのです」

「え?」

「……今日ほど、自分の無能さを呪った日は無いのですよ」

 

 

 

 

「オイラ、キュウビの国の使者、ムギ!! オイラ、キュウビの国の使者、ム、オ──もごごががが」

 

 

 

 機械のように同じ文言を繰り返したかと思えば、ぼこっ、と音を立てて少年の口から──巨大な菌糸が音を立てて這いずり出る。

 少年の身体は間もなく、全身が菌糸に包まれていく。

 尻尾も、首も、あらぬ方向へ折れ曲がり、裂けた場所から菌糸が増殖していく。

 その悍ましい変容を、彼等は為す術もなく見届けるしかなかった。

 

「どうなってやがる……!? 体がキノコに飲み込まれた!?」

「ヒメノ殿、シャンデラの炎を……!!」

「手遅れに決まっているのですよ、あんなの……!!」

 

 

 

 

 

「ぶぐぎぎぎぎぎぎ」

「しゅぷらら」

 

 

 

 

 

 巨大なキノコの怪物は呪詛を唱え続ける。

 そして、その周囲には──ランタンのような明かりを灯した小さなキノコのポケモンが生えだすのだった。

 

「ネマシュと、マシェード……ですよね!?」

 

 イクサは確かめるようにメグルに問いかける。

 

 

 

「い、いきなりで何が何だか分からねえよ……!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:大混戦

「お、おい、どういうことだ……!?」

「殺人キノコなのですよ……!! 殺人キノコに、内側から食べられちゃったのですよ!!」

「ヒメノ殿、落ち着くでござるよ」

「これで落ち着いていられるわけないのですよ!? 人一人死んでるのですよ!?」

「1つ……我々はまんまとハメられたのでござるよ」

 

 キリが指差す先には、山を越えて大量の鳥ポケモン達が飛んでくる。

 電気を身体に帯びたグンカンドリ・タイカイデンが群れを成して、しかも人を乗せてやってくる。

 

「……あれは──ヒャッキの援軍、じゃねえよなぁどう見ても!?」

「2つ──あのマシェードを見るでござる」

 

 マシェードの傘のてっぺんには、石のようなものが埋め込まれていた。

 キャキャキャ、と甲高くキノコの怪物が笑うと、再び菌糸が石に纏わりついていき──その姿はムギのそれへと変貌していく。

 そして、もう一度此方を嘲笑うと、再び元のキノコの姿に戻るのだった。

 

「……キツネに化かされた……いや、キノコに化かされたってところでしょうか」

 

 

 

「怖いねぇ~~~!! サイゴクの英雄……とやらが勢ぞろい、みたいだねぇ~!!」

 

 

 

 声が飛んでくる。

 タイカイデン達の群れを先導する一匹が凄い勢いで降りてきた。

 マシェード達を教導する怪しげな魔術師・ワスレナだ。

 

「ッ……貴方はあの時の、マシェードの魔法使いなのです!?」

「貴重な人質、殺しはせんよ……!!」

「どっからどう見ても死んでるのです!!」

「記憶を映し出す石、そしてあのマシェード……」

 

 ぶつぶつ、とイクサが何かを呟くと──そのまま得心したように言った。

 

「成程、やっと分かりました。最初から本物のムギさんなんて居なかったんですよ」

「はぁ!? 何言ってんだ!?」

 

 その言葉に驚いたのはメグルだ。確かに今まで普通に接していたし、さっきまでは寝床で語り合ったくらいなのに、「本物など居なかった」というのは聊か乱暴すぎる結論のように思えたからである。

 

「レモンさんが言ってました。相手の記憶を読み取る魔法を使う魔術師が居る、と。貴方なんですね?」

「おっとぉ、あの時の女の仲間かねェ? 洞察力、怖いねェ~?」

「さっきの変身まではマシェードの能力。でも、その偽物がムギさんの記憶を持ってたのは、貴方の力ですよね」

 

 姿を似せただけではガワを被っただけの人形しか現れない。

 だからもう一工夫必要となる。それが──ワスレナが操る記憶魔術だ。

 

「……サイゴクに逃げ込んだ、キツネのガキ。捕まえたのは良いが、何処の裂け目を使ったのか吐かなかったからねェ……だから記憶を写し取った。この”わすれな石”に!!」

 

 結果。

 ”わすれな石”を取り込んだマシェードが手に入れたのは、ムギの持っていた記憶だ。

 それを核にして擬態を行えば、現れるのは──ムギの記憶を持ったニセモノである。

 後は、記憶を持ったニセモノを適当に追いかけて逃がせば、勝手に裂け目を通って彼らの拠点を教えてくれるというものであった。

 

(そして! オジサンは、”わすれな石”の場所をしっかり把握できる……帰ってきたニセモノの反応を追えば、奴らの拠点に辿り着く!! 回りくどいが、これが一番確実なんでねぇ……!!)

 

 こうしてついでに協力者も多数連れ込んで、偽物はヒャッキに戻って来た。

 メグル達と溶け込んでいる間にもずっと、自らの居場所を主人に伝え続けていたのである。

 そうなれば後は始末するだけであった。外の世界の脅威であるメグル達を、まとめて此処で処分する為にワスレナはやってきたのである。

 

「ということは──その後に本物を始末したのです!? 殺人キノコの胞子で!!」

「いや、だからあのガキんちょは始末してないんだよねェ……発想が蛮族のそれなんだよねェ!?」

「貴様にだけは言われたくないでござるな」

「なら、殺人キノコの胞子を集落に撒くつもりだな!?」

「いや、だからマシェードの胞子じゃあ人は殺せないんだよねェ!? 何!? 君達今まで何と戦ってきたの!? 怖いねェ!?

「こちとら今まで町一個ブチ壊すようなテロルしてくる連中とやり合ってきたんだよ!! ナメんな!!」

「質量爆弾もあったでござるな」

「おやしろ氷漬けもあったのですよ」

 

(あれ? もしかして、もしかしなくてもメグルさんが今まで戦ってきた相手ってヤバイ奴等だったのか……!?)

 

 今まで自分が相手にしてきた敵が可愛く見えてくるイクサであった。

 正直、テング団もオーラギアスもどっこいどっこいなのであるが。

 

「でも始末されるのはお前達の方!! サイゴクの英雄だか何だか知らないが、そいつら全部、このワスレナが潰してやろうかねェ!!」

 

 電気海鳥の大群が次々に地上へ迫る。

 メグル達だけではない。彼等の狙いは集落の住人達やポケモンだ。

 すぐさま見張り台の銅鑼が鳴り響き、警戒態勢が整う。

 だが、もう遅い。タイカイデン達の群れは、兵を伴って迫ろうとしていた──

 

「……残念だけど、そうはならないと思うよ」

 

 

 

【ハタタカガチの ひかりのゆみや!!】

 

 

 

 ──迫るタイカイデン達に稲光が落ち、次々に墜落していく。

 あれだけいた大群は、この初動の雷撃で全て叩き落とされていくのだった。

 迎え撃つは──蜷局を巻き、雷雲を身に纏った蛇の巨神。

 そのてっぺんに仁王立ちするのは、レモンだった。

 

「たっくさん、おいでなすったわね──ッ!!」

 

 迫りくる鳥ポケモン達は、ギガオーライズしたハタタカガチにとっては餌も同然だ。

 全て、飛んでくる”ひかりのゆみや”を躱すことも出来ないまま、煙を上げて落ちていく。

 平時のオオワザを通常技のように振り回せるのは、大出力に特化したフェーズ2の特権であった。

 

「……悪いわね。あんた達にはここで堕ちて貰う」

「な、なんだァ、ヘビの化物!!」

「こっちに電気は効かんはずなのに!? 何故──!?」

 

 タイカイデンに乗った魔術師たちは旋回して散り散りになっていく。

 本来通用するはずがない電気を前に、彼等は恐れ慄くのだった。

 

 

 

【”特性:ハイボルテージ”】

 

【相手の特性を無視して攻撃する。相手のタイプと特性を無視して、相手を麻痺状態にする事が出来る。】

 

 

 

 

「フェーズ2になったハタタカガチに、小細工は通用しない」

 

 蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく魔法使いたちの軍勢。

 だが、それらを逃がすことはしない。ハタタカガチの電球が光り輝き、無数の光の弓矢を空から放つ。

 

 

 

「落とされる覚悟があって此処に来たのよね? 神鳴の何たるかを教授してやろうかしら──オオワザ”らいごうのゆみや”」

 

 

 

【ハタタカガチの ”らいごうのゆみや”!!】

 

 

 

 

 神鳴の鉄槌がドンカラスの軍勢を一瞬で黒焦げにして叩き落としていく。

 流石に魔法使いの軍勢と言うことだけあって、雷だけで死にはしない。しかし、ドンカラスは雷に耐える事は出来はしない。

 次々に黒い軍勢は落ちていく──

 

「つーわけで、後はテメェが孤軍奮闘するっきゃねえってわけだ」

「……怖いねェ~」

 

 堕ちていく部下たちなど気にも留めず、ワスレナは空に石を何個かばら撒いた。

 すぐさまキリが飛び掛かり、鉄糸を放つが──それは、マシェードが地面から生やしたキノコによって阻まれてしまう。

 そればかりか、胞子は鉄糸を伝って菌の糸と化し、キリの方へ向かっていく。

 危機を感じた彼女は鉄糸を切り離して飛び退いた。

 鉄糸は──錆びついていき、朽ち果てていく。

 

「おっと、カンが良いねえ()()()()……」

「ッ!!」

 

 仮面の下の額に汗が伝う。

 この男、想像以上のやり手だ、と直感した。

 鉄糸による攻撃が通用しない上に、ポケモン達を侍らせて接近を許さない。

 そればかりか、仮面の変声機で声まで変えているキリが女であることを見抜いた。

 何故彼が軍団を率いていたのか一瞬で理解させられる。

 

「……切れ者でござるな」

「キングは最初に取れない……ククク、先ずはたっぷり遊んでもらわないとねぇ~!!」

 

 石が二つ、空中で音を立てて割れる。

 そして──そこから黒い靄が噴き出し、そこから巨大なポケモン達が次々に現れるのだった。

 歯車が組み合わさった星見磐と、それを従える生徒会長。

 鏡の羽根を持つ大烏と、ヒャッキを壊す天狗たちの首魁。

 

「──死ぬまで戦わせろ」

「また私の邪魔をするのですね、転校生──ッ!!」

 

【アーマーガア(ヒャッキのすがた) わるがらすポケモン タイプ:悪/飛行】

 

【オオミカボシ オーデータポケモン タイプ:鋼/エスパー】

 

 かつて、メグル達が、そしてイクサ達が死力を尽くして戦った敵が、全て──記憶のままに再現される。

 それらが全て、ワスレナの下に立つのだった。

 

「タマズサにアーマーガア……!?」

「アトム会長……!! こんな所でまた会うなんて……!!」

「記憶を読み取って現れる紛い物共……と、切って捨てるには惜しい程に精巧でござるな」

「悪夢みたいな光景なのです……!!」

 

 流石のメグルとイクサも慄き、後ずさる。

 いずれも、結局の所自分達の力だけでは撃破することが出来ず、真っ向からは勝つことが叶わなかった相手だ。

 ポケモンだけではなく、随伴しているトレーナーも凄まじい強さを持つ。

 テング団の首魁・タマズサ。その暴力的な屈強さと、戦乱を求める享楽的な性格でヒャッキとサイゴクの両方に混乱を齎した男。

 スカッシュアカデミア生徒会長・アトム。怨敵であるレモンに復讐心を燃やしており、様々な策略でイクサ達を追い詰めた計略家。

 アーマーガアを倒せたのは、天敵であるデカヌチャンが乱入してきたからであるし、オオミカボシとアトムは脳髄を繋ぎ合わされた所為で半ば弱体化したも同然だった。

 そしてワスレナは、いとも容易く彼らを再現し、そして顕現させてみせたのである。

 

「……記憶魔術師のワスレナ……何故俺がクロウリー様から重宝されてるか、これで分かったかねェ~?」

「ッ……!! 全員、散開するでござるッ!! 1人だけでは手に余る相手、束になって来られては此方が負けるぞ!!」

「おいおいおい、何だか楽しそうな事やってるじゃねえか。久々にブッ壊してやろうかね?」

「転校生……貴方はやはり、私の邪魔をするのですねェ!!」

 

 タマズサとアトムが両方共同時にオージュエルを起動させる。

 オオミカボシは体内のオシアス磁気を解放させ、そしてアーマーガアの身体は肥大化していく。

 

 

 

「──テメェらは俺様を愉しませてくれるのかよ? ギガオーライズ”マガツカガミ”!!」

「──ギガオーライズしなさい、オオミカボシ!!」

 

 

 

 巨大な鏡を浮かび上がらせた鎧カラスは、すぐさま空に居る敵に目標を付けるとタマズサを乗せて飛んで行く。

 雑魚をあらかた片付けたハタタカガチだったが、新たな脅威を認めると、そのまま咆哮して突っ込むのだった。

 

「またヤバそうなのが増えてる!!」

「テメェが一番強そうだなァ!! ブッ壊させろやァ!! カッカッカ!!」

「ッ……ハタタカガチ、全力で応戦するわよ!!」

「ぎゅらるるるる!!」

 

 そして、一方のオオミカボシもまた、ギガオーライズを解放した状態でキリの方に迫る。 

 瞬間移動を繰り返し、”ラスターカノン”を放つ姿はまさに殺りく兵器。

 キリはバンギラスを繰り出して応戦するが、とてもではないが速度で追いつけない。

 避けた場所に向かって的確に狙撃が繰り返される。

 

「更にもっと追加だねぇ~~~!!」

 

 ”おっかな石”を空に放り投げるワスレナ。

 砕けた石からは靄が噴き出し、そこからは番う竜の骸が赤と青のパルスを纏い、顕現するのだった。

 その姿を見てメグルの身体は更に心底冷え切っていく。

 

「ウッソだろオイ……よりによってお前らかよ……!!」

 

 

 

「ひゅあああああああああああああん!!」

「しゅあああああああああああああん!!」

 

【ヒコマヤカシ げんむポケモン タイプ:ゴースト/ドラゴン】

【ヒメマボロシ げんむポケモン タイプ:ゴースト/ドラゴン】

 

 

 

 

「じゃあ、あれがサイゴクに伝わる竜骸……!? 本当にそのままラティアスとラティオスじゃないか……!!」

 

 イクサも話には聞いていたが、相対する前に彼らがオーラギアスに吸収されてしまったがために終ぞ会う事が無かった相手だ。

 

「前に俺達が鎮めたのに……掘り起こしてほしくねえモンから的確に掘り起こしてきやがって!!」

「これが記憶魔術の神髄、というものだねェ~~~!!」

「……退くのですよ、お二人共」

 

 メグルとイクサの間から、割り込むのは──ヒメノだ。

 散々コケにされた鬱憤が溜まっているのか、彼女の視線はワスレナに向いていた。

 

「あの男は私が倒すのです。二人は、竜骸を頼むのですよ」

「待て待てヒメノちゃん、まさかあいつとタイマンするのか!?」

 

(ノオトとデジー様は、集落に入ってくる敵を駆逐するよう、既にキリ様が指示を出している──)

 

 そのキリは、瞬間移動とレーザーの連射で被害を拡大させかねないオオミカボシを相手取っており、どの道ワスレナの応戦は出来ない。

 

「どっちにせよ、このままではキャプテンの面子丸つぶれなのですよ!!」

「あっ、飛び出すんじゃねえよ!!」

「メグルさん──竜骸が二匹共来ますッ!!」

 

 ヒメノとすれ違う形で、竜骸の番がメグルとイクサに迫る。

 とてもではないが彼女を応援しに行ける状態ではない。

 幻夢の竜は片手間で相手取れるほど弱くはない。

 

「おーい!! ラティアス!! 聞こえるか!! 俺だ!! 俺!! 覚えてねえのか!?」

 

 メグルは呼びかける。

 だが──彼女は一向に応える様子が無い。

 所詮は記憶から作り出された紛い物。ワスレナは、それを都合よく人形のように扱っているに過ぎない。

 だからヒメマボロシはメグルの声が響かない。

 

「ダメか、先ずはこいつらどうにかしねえと……!!」

「相手がふたりなら、こっちもコンビネーションです!! タイプは確か──」

()()()()()()だ!!」

「それなら──これで行きます!!」

 

 二人は同時にボールを投げる。

 竜骸たちにタイプ相性で有利を取れるポケモン達を選ぶ。

 

「ニンフィア!! お前の出番だ!!」

「サーナイト!! お願いするよ!!」

 

 ドラゴンが相手ならば、フェアリータイプをぶつけるのは定石中の定石。

 しかし、ヒメマボロシとヒコマヤカシの火力はドラパルトとは比較にならない程に高い。

 故に、イクサは考える。如何にして、この難敵を倒すかを。

 

(フェアリータイプの此方に対し、当然竜骸はそれ以外の技で攻撃してくるはずだ。サーナイトの弱点を突かれてしまう)

 

(それも当然織り込み済みなんだろ、イクサ)

 

(だから、奴の攻撃を引き付ける──)

 

 前に飛び出るサーナイト。 

 イクサとの心は通じ合っており、互いが何をするつもりなのかは分かり切っている。

 ヒコマヤカシとヒメマボロシは本能的に自らの障害になりえる妖精たちの気配を感じ取ると、大量のシャドーボールの弾幕を作り出すのだった。

 それらをサイコパワーで捉えるサーナイト。止める事は出来ないが、軌道を操作することで自分に全て引き寄せる事は出来る──

 

 

 

「──オーライズ、”タギングル”……そして、”ひかりのかべ”だ!!」

 

 

 

 そして、影の弾は全てサーナイトの掌へ吸い込まれていった。

 ノーマルタイプに、ゴーストタイプの技は効果が無い。

 そして、彼女の目が光り輝くと、今度はニンフィアと彼女の正面に光の障壁が展開される。

 それでも尚、容赦なく降り注ぐ弾幕だが、今度はその嵐の中を、とびっきり凶悪な顔をしたニンフィアが突っ込んでいく。

 弾幕の隙間を縫って突っ込んでいき、避けられないならば障壁でいなしていく。

 

 

 

「あんな幻、吹き飛ばせ!! ニンフィア、ハイパーボイスだッ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

 

 

 

 かつて、デイドリームで出会い、短い間ながらも交流を結んだポケモン。 

 その紛い物を見せられ、ニンフィアが激怒せぬわけがなかった。

 腹から絞り出した大音声。それは、二匹の紛い物を吹き飛ばす──

 

 

 

「しゅああああああああん!!」

 

 

 

 ──はずだった。

 ヒメマボロシの目が赤く輝き、障壁が展開される。

 元々、エスパータイプの彼等にとって補助技を使うのは造作もないことだった。

 ニンフィア渾身の叫びはあっさりと防がれる。

 そして突っ込むのは当然、ヒコマヤカシ。

 番の補助を受け、己の速度を限界まで高め、分身を4つも作り出すとニンフィアとサーナイト目掛けて肉薄するのだった。

 その腕には、煌々と輝く青い閃光が鋭く走っていた──

 

 

 

【ヒコマヤカシの ミストゴースト!!】

 

 

 

 ──分身した4体から同時に閃光が放たれる。

 爆発が巻き起こり、二匹の身体は吹き飛ばされるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:それぞれの戦い

 ※※※

 

 

 

「転校生、レモンさん、転校生、レモンさんンンンッ!! 私の邪魔はさせませんよ、ククククッ!!」

 

 

 

 イクサとレモンの名を呼びながらも、アトムの視線はキリに釘付けだった。

 まるで彼女が自分の宿敵に見えているかのような振る舞い。

 キリは──目の前の少年に自我などは既に無く、此処までのオオミカボシの動きもワスレナが全て操作していることに気付く。

 

(やはりあの男、想像以上の曲者でござるな!! コイツ等を全て、自分の脳で同時並列的に操作していると考えるのが──最も現実的か!?)

 

 彼女はふと、ワスレナと戦うヒメノの方に目を向ける。

 向こうではジュペッタがマシェード達と激突しており、静かに怒るヒメノがメガシンカも切っているのが見えた。

 

(飛ばし過ぎでござるよ、ヒメノ殿ッ!! あれでは持たない──むっ!?)

 

「”サイコイレイザー”ッ!!」

 

 空から貫通力の高い念動力のレーザーが雨のように降り注ぐ。

 狙いはバンギラスではなく、キリ自身。即座にバック宙、側転で躱したキリは、地面に開いた無数の穴を見て”サイコレイザ―”の威力の高さを察した。

 

(奴は攻撃の瞬間に、消失して移動する……!!)

 

「私はァ!! 貴女の、絶望している顔がずっと見たかったのですッ!!」

「……拙者を誰と見間違えているかは知らぬが──」

 

 キリはメガストーンに触れる。

 バンギラスの装甲は増強されていき、周囲には砂嵐が吹きすさんだ。

 咆哮した巨獣は地面を駆け、オオミカボシに迫る。

 

「──障害は、排除するのみッ!! バンギラス、”りゅうのまい”からの”かみくだく”!!」

 

 地面を大きく踏みしめたバンギラス。

 宙に飛び上がり、舞い踊るような動きを見せたかと思えば、オオミカボシの視界から消え失せる。

 重量も、そして質量さえも無視したかのような機敏さに、流石のアトムも面食らう。

 そしてオオミカボシの背後からバンギラスは星見磐に喰らいつくのだった。

 

「ハグルルルルルル!?」

 

 効果はバツグン。

 音を立ててパーツは食い破られ、その場に吐いて捨てられるのだった。

 

「おやおや、見掛けによらない素早さ……こちらもギアを上げていきましょう」

「来るぞバンギラス……!! 回避準備!!」

「時も巻き戻し、弄ぶ。私の思いのまま!! ”クロックワーク・リバース”!!」

 

 

 

【オオミカボシの クロックワーク・リバース!!】

 

 

 

 

 星見磐が輝き、歯車が逆回転を始める。

 バンギラスの身体は地面に引っ張られ、逆に損傷したオオミカボシの身体は再生していく。

 

「少しだけ私の時間を巻き戻し、貴方達の時間を加速させた」

「戯言を……本当に時間に干渉したとでも!!」

「ええ勿論。バンギラスに残るのは──過重負荷のみ」

 

 ずしん、と音を立てバンギラスが膝を突く。

 その身体は自重にすら耐えられていない程に疲弊していた。

 一方のオオミカボシは、戦闘が開始した時と同様に綺麗な身体を取り戻していた。

 此方は完全再生。対して、敵には完全なる衰弱を強いるオオワザ。

 時を弄び、強制的に相手を屈服させるオオワザ。

 

「所詮、貴女達では、オオミカボシに届きはしないのですよ──!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……カッカッカ!! 良い、良いぜテメェ!! 楽しませてくれるじゃねえか!?」

「全く、よく言うわ……!! 遊ばれてるのはこっちだってのに!!」

 

 アーマーガアに巻き付いたハタタカガチは、そのまま全重量を乗せると、地面に引きずり落とす。

 大烏と大蛇。二匹による熾烈な正面衝突が始まるのだった。

 ハタタカガチから飛び降りたレモンは、鏡の如き鎧に覆われたアーマーガアを前に、対処法を考えていく。

 放つ電撃は鏡の鎧に跳ね返され、更に周囲を飛び回っている鏡に反射されて狙った場所へと飛んで行く。

 

(コイツの身体、遠距離からの電撃が効きにくいわね……!! 鏡の身体で電気を弾いていなしてるんだわ。かと言って、毒が効きそうな見た目には見えないし、やっぱり高電圧のオオワザで体内に直接電気を流し込むしかない)

 

「稲光の嵐で叩き壊しなさい──”ひかりのゆみや”」

「面白ェ、相手になってやらァ──”マガツフウゲキ”ィ!!」

 

 

 

【ハタタカガチの ひかりのゆみや!!】

 

【アーマーガアの マガツフウゲキ!!】

 

 

 

 嵐、稲光がアーマーガアの展開した鏡に跳ね返り、大竜巻となって飛んで行く。

 そこに正面からハタタカガチは突っ込み、渦を突き抜け──アーマーガアの首元に喰らいついた。

 光は風よりも速い。遥かに。

 怯んだアーマーガアに、追い打ちと言わんばかりに次々に稲光の弓矢が天上より降り注ぐ。

 オオワザ同士の撃ち合いは、レモンとハタタカガチが勝利した形となった。

 しかし──それでも尚、アーマーガアが倒れる様子はない。

 そればかりか、鏡を光らせるとそのまま自らの姿を光に変えて、瞬間移動し、ハタタカガチの背後に回り込む。

 そして、上空からその頭を掴むと、電撃も意に介さず、何度も何度も地面に叩きつけるのだった。

 

「ッ……格闘戦で押し負けてる!? あのアーマーガア、どれだけタフなのよ!!」

「カッカッカ!! ──ヒャッキの生態系の頂点は、俺様達なんだよ!! もっと張り合ってくれなきゃあ、壊し甲斐がねぇだろがァ、ああ!?」

「舐められたものね……!! ハタタカガチ、売られた喧嘩はきっちり買いなさい!! ”へびにらみ”!!」

 

 蛇の魔眼がアーマーガアを射抜く。

 巨体は痺れると、ハタタカガチの頭から鉤爪を離した。

 その隙にハタタカガチは尾を変形させ、その頭部に渾身の一撃を見舞う。

 

「”ドラゴンハンマー”ッ!!」

 

 アーマーガアの巨体は空中に投げ上げられ、更にそこへノータイムで稲妻が何本も降り落ちる。

 煙を上げながら大烏が地面に落ちたのを見ても尚、愉しそうにタマズサは十手で手を叩くのだった。

 

「──テメェ、なかなかやるじゃねえか。だからよ──全力でブッ壊しても良いってことだよなァ!?」

「まだ何か隠し持ってるの──!?」

「くたばってんなよ、アーマーガア!! こっからが面白いんだろがァ!! カッカッカ!!」

 

 アーマーガアの目から、そしてタマズサの被った烏の面から赤い稲光が迸る。

 ギガオーライズ特有の精神同調が高まっている状態を示している。

 

遊びはシメェだ、潰せ(むげんあわせかがみ)、アーマーガア!!」

 

 

 

【アーマーガアの むげんあわせかがみ!!】

 

 

 

 空中に浮かび上がる鏡がアーマーガアの身体を映し出す。

 そして、次々に宙には大烏の姿が転写されていくのだった。

 増殖する度にその姿は小さくこそなっていくが──虚像に宿る力は本体と同様。

 即ち、只の分身ではない。小型化した上に自身の数を一時的に増やす文字通りの必殺技。

 

「最高ね……何匹居るのかしらアレ」

「カッカッカ!! 俺様にコイツを使わせたのは褒めてやるよ、女ァ!! 一斉射ァ!! ”マガツフウゲキ”ィ!!」

 

 

 

【アーマーガアの群れの マガツフウゲキ!!】

 

 

 

 空に飛び上がった無数のアーマーガアの群れは、大竜巻を次々に巻き起こし、地上に居るハタタカガチとレモン目掛けて解き放つ。

 その1つ1つが、一匹の時の威力と遜色ないものであり、大群が放つ嵐の束は文字通りの災厄であった。

 それを見ても尚、レモンの闘争心は──消え失せない。

 

「ッ……良いわ。受けて立ちましょう。ハタタカガチッ!! 根性見せなさいッ!!」

「ギュラアアアアアアアアオオオン!!」

 

 

 

【ハタタカガチの らいごうのゆみや!!】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ジュペッタ!! ”ゴーストダイブ”なのですよっ!!」

「……呪い人形のモンスター!! お嬢ちゃん……シブい、シブいねェ~~~!!」

 

 

 

 マシェードの放つ胞子を鬼火で灰に帰し、更に影に引きずり込んで沈めるジュペッタ。

 体には菌糸が纏わりついていたが、それも直に青い炎に焼かれて消え失せるのだった。

 

「王手なのです。この程度では、メガシンカしたジュペッタの相手にもならないのですよ」

「”ちょうはつ”でこっちの補助技を封じ、死角からの一方的な攻撃……偉いねェ~~~!!」

「所詮、タイプが変わっただけで、マシェードの足が遅いのには変わりないのですよ。そしてこのまま、貴方を倒せば、この悪夢も終わるのですよ」

「ゲームのクリア条件を理解ってる……偉いねェ~~~!!」

 

 ジュペッタに蹴り飛ばされ、マシェードは倒れ伏せる。

 辺りに居たネマシュ達も、影の弾に巻き込まれ、そのまま伸びてしまうのだった。

 

「……だけど気付かなかったかね?」

「──?」

「その鬼火を使えるのは、そっちだけではないということを!!」

 

 ぼう、という音も立たずにジュペッタの身体が燃え上がる。

 ”おにび”。相手を火傷状態にさせるゴーストタイプの技だ。

 そして、最初からそこに居たかのように、ワスレナの背中からそれは飛び出した。

 魔女のローブの如き長い灰色の体毛で身体を守る人型のキツネポケモンだ。

 手には枝が絡みついた杖が握られており、大きな耳から生えた毛は悪魔の角の如く逆立っている。

 

 

 

「──マフォクシーの炎は……ちょいと熱いねェ~!!」

 

 

 

【マフォクシー(???のすがた) キツネポケモン タイプ:炎/フェアリー】

 

「ケンケンキィィィーッッッ!!」

 

 

 

 

 甲高い声が響く。

 

「やけど……!! ジュペッタ、下がるのですッ!!」

「おっと回復の隙なんて与えないねェ!! ”マジカルフレイム”!!」

 

 ぽんぽん、と音を立ててマフォクシーの周囲に羽根の生えた炎の球体が浮かび上がる。

 そして、杖を振るえば、それはジュペッタ目掛けて一気に襲い掛かるのだった。

 勿論、そのいくつかはヒメノも直接狙うものであり、ジュペッタを回避させるだけではヒメノも危ないことは言うまでも無い。

 

(ヒメノはキャプテン!! 腐ってもキャプテン!! 此処で負けるわけにはいかないのです!!)

 

「ジュペッタ、ゴーストダイブなのですよっ!! 私と一緒に沈むのですっ!!」

「きゃきゃきゃ!!」

 

 故に、ジュペッタはヒメノの身体を掴んで影の中へと潜り込む。

 

「偉いねェ~~~!! 追尾弾を影の世界に逃げる事で回避。だけどいつまでも潜ってはいられないだろう? 人間は呼吸しなきゃ生きていけないからねぇ~~~!!」

「ッ……!」

「ほら、たとえば後ろとかァ!?」

 

 背後を取って現れたジュペッタの影の爪による攻撃を杖でいなしてみせたワスレナ。

 そして、出現した二匹目掛けてマフォクシーが杖を振るう。

 羽根が生えた火の玉が次々に飛んで行くのだった。

 

「全部バレてるのですっ!! ジュペッタ、こっちも全力で応戦なのです!!」

「ケタケタケタッ!!」

 

 がぱぁっ、とジュペッタの口のジッパーが開く。そこから大量の影の手が現れて火の玉を叩き落とす。

 だが、それでも火傷しているからか勢いは弱まっていた。

 

「クッククク、良い、良いねェ~~~!!」

「何でメガシンカポケモンと張り合えているのです、このマフォクシーは!!」

「戦いの明暗を分けるのは何だと思う? モンスターの性能か? それとも俺達人間の頭脳か? おじさんはそのどっちでもないと思うんだけどねえ」

「……戦いの途中にいきなり何なのです!!」

 

 マフォクシーが呪文を唱えると、燃え盛る宿り木が地面から生えてジュペッタの身体を捕らえる。

 

「……ノってる方が勝つモンなんだよねぇ!! 戦いってのはァ!!」

 

 

 

【マフォクシーの ムーンフォース!!】

 

 

 

 地面に杖を突き刺し、マフォクシーが呪文を唱えると直上に白く輝く月の如き球体が浮かび上がる。 

 そして──動けないジュペッタ目掛けてそれを落とすのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……カ、カッカカカ!! お前、マジで強ェなァ……!!」

 

 

 

 満足そうに呻くと、タマズサ、そしてアーマーガアの身体は消滅していく。

 稲光の束は嵐を突き抜けて直上し、アーマーガア達の群れをまとめて撃ち落とした。

 そして、ハタタカガチもまた突貫して鏡を打ち砕き、分身を解除させたのである。

 

「こんなやつがいるならぁ──もっと早くに、出会いたかったぜェ、カ、カカカカ──!!」

「……傍迷惑だわ。二度と顔見たかないわね」

「カ、カカ、生意気な女だぜ、だが、それが良い──!!」

 

 そう言い残し、アーマーガアもタマズサも消え失せた。 

 フェーズ2の出力で正面から無理矢理という形になったものの、レモンは何とか勝利してみせたのである。

 しかし──

 

「ぎゅらるるるる……」

「全く、割に合わないってーの……!!」

 

 ギガオーライズは解除され、後に残るのは絶大な疲労。

 ハタタカガチのギガオーライズも解除され、レモンはその場に倒れ込んだ。

 手が動かない。足も動かない。フェーズ2に伴う過重負荷は相当なものであった。

 そして何より、敵の生み出した分身風情に此処まで消耗させられたことは大きな損失だった。

 レモンはもう戦えない。

 

(コスパが良すぎるわよ……おっかな石だか何だか知らないけど、あんな石っころ1個で……!!)

 

「イクサ君……デジー、後は頼むわよ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 クロックワーク・リバース。

 味方の時間を巻き戻し、相手の時間を加速させ、自身を回復させ相手にだけ過重負荷を押し付けるオオワザ。

 この範囲はバンギラスのみならずキリにも及んでおり、口と態度にも出さないが、キリの身体は鉛でも括りつけたかのように重くなっていた。

 

(信じられん、鍛え上げたこの身体が疲労を感じている、だと……!?)

 

「オオミカボシ、”ラスターカノン”!!」

「バンギラス、受け止めるでござるよ!!」

 

 直上に移動し、オオミカボシは次々にレーザーを撃っていく。

 だが狙いはキリとバンギラスだけではない。逃げていく人々達にも的確に攻撃を向けている。

 

「うわぁ!? 何だなんだ!! 撃ってくるぞ!!」

「ぎゃああああ!?」

 

 悲鳴があちこちから上がる。

 民間人を避難させようにもあまりにも人手が足らない。

 しかし、空に居るオオミカボシを堕とすには、あまりにも火力と時間が足らなさ過ぎる。

 

(マズい、頭が回らぬ……!! 奴への対抗策が練れん──!!)

 

 加えて、キリの超人的な頭脳もまた、クロックワーク・リバースの疲労蓄積の影響を受けていた。

 脳とて使えばエネルギーとなる糖分を消費していく。そして、脳疲労を結果的に起こす。

 そうなれば彼女の思考能力は封じられてしまう。

 

「さぁお終いです!! オオミカボシ、フェーズ2になりなさいッ!!」

「フェーズ2だと!?」

 

 そして、纏めてこの場全部を吹き飛ばすため、アトムは更にオージュエルに触れる。

 オオミカボシの身体からはオシアス磁気が更に溢れ出し、巨大なオーラの怪物を形成する。

 まるでそれは歯車を身に纏った獣の如く。地上に居るキリや有象無象に向けて、破滅のオオワザを放とうとする。

 

(マズい、止められん──!!)

 

 

 

「オオワザ、ア・ステラ・ホライズンッ!!」

「ミミロップ、”すりかえ”ッ!!」

 

 

 

 オオワザを放とうとしたオオミカボシ。

 しかし、その身体はいきなり重力に引きずられて自由落下し、地上へ叩き落とされる。

 何が起こったか分からない、という顔でアトムは愕然とし、キリもまた辺りを見回す。

 そこには、得意げに胸を張るバニー少女と、ミミロップの姿があった。

 

「ごっめんねー、会長ー♪ ちょっとイタズラしちゃった♡ ”くろいてっきゅう”のプレゼント!!」

「デ、デジーさんンンンッ!! また、またこの私の邪魔をするのですねッ!!」

「デジー殿、かたじけない!!」

「にしっ。援軍がやって来たから、こっちにぴょーんと助太刀しにきたよ、ニンジャさんっ!!」

「構いません、オオミカボシ!! バンギラスは良い、その二人を纏めて薙ぎ払いなさい!!」

 

 歯車の怪物は狙いを二人に定めると、口に粒子を溜め始める。

 だが、バンギラスもまた、思いっきり地面を蹴って肉薄するのだった。残る力を振り絞って。

 

「回復されるならば、一撃で沈めれば良いだけの話でござる。リュウグウ殿直伝、”りゅうのまい”」

 

 近付く途中、ステップを踏み、バンギラスは舞い踊る。

 そして、その勢いのまま、オオミカボシに飛び掛かった。

 その丸太のような腕を振り上げて。

 

 

 

「最大威力、”はたきおとす”!!」

 

 

 

 抉るような一撃。

 オオミカボシの歯車は無理矢理引き剥がされ、そのままアトムの方へ凄い勢いで投げられる。

 

「ごげがッ」

 

 頭蓋に歯車が突き刺さり、アトムは仰け反り、そのまま影も形も無くなった。

 残るオオミカボシも、全身からオシアス磁気を漏らしながらバンギラスに迫るが、歯車を奪い取られたことで息の根は止まりつつあった。

 内部機構が剥き出しになった本体に向かって、渾身の正拳突きがぶつけられる。星見磐のパーツはバラバラに分解されていき、そのまま靄のように消滅するのだった。

 

「……デジー殿、感謝する」

「にしっ。困った時はお互い様だよっ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:戦鬼の頂点

 ※※※

 

 

 

 オオワザ”ミストゴースト”は、分身した後、高出力のビーム砲を四方八方から射出する。

 辺りからは煙が上がり、そこには──ニンフィアの姿はなく。

 

「フィッキュルィィィッッッ!!」

 

 気付けば──激怒したニンフィアが跳び上がって竜骸の首元に喰らいついていた。

 

「しゅああああああああ!?」

「え、ウソ、あれ喰らって平気なんですか彼女!?」

「うちのお姫様はしつこくってな!! 後、”ひかりのかべ”のおかげでダメージが軽減された!!」

「ですけど、オオワザですよ仮にも!? でも、ニンフィアの特防は高いからこんなものなのか……!?」

 

 そう戸惑いながらも、サーナイトは”でんじは”を放って二匹の竜骸の動きを止めてみせる。

 既にイクサも、二手三手先を読みながら次の行動に移っていた。エスパータイプお得意の瞬間移動で回避してみせたサーナイトはともかく、ニンフィアがこれを耐えきってみせたのは意外だったのである。

 

「イクサ、壁を何とか出来るか?」

「何とかしてみせますッ!!」

「その言葉が聞きたかった!!」

 

 サーナイトを戻し、イクサは次の手持ちを投げる。

 オーライズはもう使えない。チャンスは一度だけだ。

 

「パモ様、お願い!!」

「ぱもーぱもぱもっ!!」

 

 並び立つ相棒たち。

 ニンフィアと目配せしたパーモットは頷き、動きが鈍った竜骸たち目掛けて突貫するのだった。

 

「技をビルドして……パモ様、”かわらわり”!!」

「ニンフィア、まとめて片付けるぞッ!!」

 

 突っ込んだパーモットは展開された壁を手刀で叩き割ると、その勢いで空中に跳ね上がる。

 当然、二匹の狙いはパーモットに集められ、シャドーボールの弾幕が撃ち放たれんとする。だが、麻痺で鈍った体は重く、パーモットへの攻撃が届く前に──

 

 

 

「ニンフィア、”はかいこうせん”ッ!!」

 

【ニンフィアの はかいこうせん!!】

 

 

 

 ──凶悪リボンお姫様の巨砲が二匹を塵も残さず消し飛ばしてしまうのだった。

 夢も、幻も、全て虚ろへと消えていく。それが本来あるべき場所へと。

 

「しゅああああん……!!」

「……あいつらは、今も仲良く空を飛び回ってんだよ。今更、胸糞の悪いモンを──見せんじゃねえ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ルカリオ、”ラスターカノン”ッ!!」

 

 

 

 巨大な光の弾は──閃光に撃ち抜かれて爆ぜた。

 

「ッ……! 何者だね!?」

 

 言い終わる間に、追尾するようにして更に光の弾がマフォクシーの足元に撃ち込まれる。

 ジュペッタを庇うようにして躍り出たのは──メガシンカしたルカリオ。

 そして、その傍らには当然のようにノオトの姿があった。

 

「ノオト!? 何故こっちに来たのです!?」

「ヒャッキに援軍が到着したんスよ!! 姉貴のピンチとあらば、協力しねえ理由は無いっしょ!!」

「何を言ってるのです、民間人を早く助けに行くのです!! こいつは私が一人で──」

「姉貴。焦る気持ちは分かるけど、それで負けたら何にもならねえだろ!!」

「……!」

 

 ヒメノは──袴を握り締める。

 

「……ヒメノが弱いから、助けに来たのです?」

「バカ!! 言ってる場合かよ!? 相手は強いんだぞ!?」

「ノオトの助けが無くっても──勝てるのですよッ!!」

「意地張ってる場合かよ!! 此処で一人で戦ったって姉貴の霊能力は戻って来やしねえんだよ!!」

「ッノオトの癖に、生意気なのです!! こないだまで私におんぶにだっこだったくせに!! 最弱キャプテンだったくせに!!」

「あ、あの~?」

 

 気が付けば、ワスレナそっちのけで二人は喧嘩を始めていた。

 抑えの利かない罵詈雑言が互いを抉り合う。

 

「はぁ!? もう二度と助けに行かねえ!! やっぱ姉貴は最悪だ!! マジで嫌いだ!! 折角危険を冒して助けに来てやったのに!!」

「ノオトの方こそ、ヒメノから……全部奪っていった癖に、今更善人ぶるのをやめるのですよ!!」

「あんだとコラ!! 結局未練タラタラじゃねえか!! 良いか!? 姉貴は元々キリさんから引かれてたんだよ!! どっちにしたってキリさんが姉貴に靡くのは有り得ねェ!!」

「~~~!! ノオトのアホ!! バカ!! ろくでなしの女好きのスケベ野郎なのです!!」

「メンヘラでヤンデレ恋愛脳、パワハラモラハラ常習犯の姉貴の方が数倍ろくでなしだろが!! だからいつまで経っても彼氏が出来ねーんだよ!! 仮に出来ても長続きする未来が見えねーけど!!」

「言わせておけばチピチピチャパチャパと偉そうに!! 浮気性のノオトの方こそ長続きしないのですよ!!」

「仲間割れかい? 醜いねぇ~~~!! マフォクシー、そこのガキんちょどもを片付けてやりなぁ!!」

 

 双子を見てほくそ笑むワスレナ。

 マフォクシーが大量の火の玉を作り上げ、ルカリオ、そしてジュペッタ目掛けて飛ばす。

 しかし──

 

 

 

「──テメェはすっこんでろ!! すっとこどっこい!!」

「──家庭の問題に口出しするんじゃないのですっ!!」

「えっ」

 

 

 

 ──喧嘩をしたことで一周回って息があった二人。

 ジュペッタの口から大量の影の手が伸びて火の玉を撃ち落とし、その間を縫うようにしてルカリオが最大威力の”てっていこうせん”を放つ。

 不意を突かれたマフォクシーはそれを避ける事が出来ず──直撃を貰ってしまうのだった。

 

「け、けんけんきー……」

 

 倒れはしないが、ぎりぎりで踏みとどまるマフォクシー。

 流石にルカリオの”てきおうりょく”が乗った”てっていこうせん”は堪えたようだった。

 フェアリータイプを複合してしまったがばっかりに、鋼技が等倍で通るようになってしまったのである。

 仲の悪さが連携に繋がったのを見て、流石のワスレナも意外そうに眼を見開く。

 

「こ、怖いねェ~~~……!!」

「……一時休戦だ姉貴。話はコイツをブッ倒してから付ける!!」

「同感なのです。邪魔をされたら堪ったもんじゃないのですよ」

 

(……記憶魔術を使おうにも、流石にもうエネルギーが残ってないねェ~~~。これ、おじさんピンチ?)

 

 ルカリオ、そしてジュペッタはトドメを刺すべく技の構えを取る。

 幾らマフォクシーと言えど二対一では勝ち目は無い、と考えたワスレナが次の策を練ろうとしたその時だった。

 

 

 

「──()()()()()()()()……ほんっとに喧しい奴らだな」

 

 

 

 ジュペッタ、そしてルカリオの胸に──何かが突き刺さる。

 その瞬間まで、ヒメノも、ノオトもそれを知覚することはなかった。

 

「な、何なのです!?」

「一体何が起こりやがったぁ!? ルカリオ!! しっかり!!」

 

 メガシンカは解除され、二匹は斃れ伏せる。

 それを見てワスレナはほくそ笑む。

 

「時間稼ぎは出来たねェ~~~!! こっちも援軍到着、頼もしいねェ~~~!!」

「援軍!?」

「きゃあ!?」

 

 ヒメノは突如悲鳴を上げた。

 彼女の身体はいきなり空中に吊るし上げられ、何処かへ引き寄せられる。

 

「姉貴!?」

「……全く以て、うるさいな」

「来たねェ……クロウリー旅団、()()()()()

 

 それは最初からそこに居たかのように現れた。

 長い舌を伸ばした暗殺者の如きカエルのポケモンが、音も無く現れ、ヒメノを拘束して地面に叩き伏せる。

 そしてその傍に現れた青年は、黒いローブを身に纏っていた。

 フードを退けても、長い髪で目が隠れており、表情は伺い知れない。

 しかし──何処か気怠そうにノオトを見つめると、無感動に言ってのけた。

 

 

 

「……ここは戦場。遊び場じゃねーんだよ。なあ、お前もそう思うだろ? ゲッコウガ」

「ワルビュルルルルルル!!」

 

 

 

【ゲッコウガ(???のすがた) しのびポケモン タイプ:水/毒】

 

 

 

 黒を基調とした体に迸る赤いラインは、危険信号の顕れ。

 見る物に警戒心を与えさせる体色だ。

 水場に適応し、溶け込んだ体色の原種とはこの時点で違う進化を遂げたポケモンであることがノオトには一目で分かった。

 

「ルカリオが一瞬で──」

「……モンスターの心配してる場合かよ? 心が痛むなァ──俺はナメられてるのかひょっとして」

「コノヨザ──」

 

 次の瞬間にはノオトの胸にも水のナイフが刺さっていた。

 血が噴き出し──彼はそのまま蹲るようにして地面に倒れ込む。

 

「かっはっ……!?」

「ノオト!!」

「……うるせーうるせー……ゲッコウガ、そのガキも黙らせろ」

 

 舌で絡め取っていたヒメノを思いっきり振り回すと──地面に叩きつけるゲッコウガ。

 少女の身体は空き缶のように撥ね飛ばされ、そのまま転がり、静かになるのだった。

 

「……これで二匹」

「流石だねぇ~……リンネ。鮮やかな殺し捌きだ」

 

【”クロウリー旅団”兵団長 リンネ】

 

「いーや、まだ生きてる。オメーは甘いんだよ、ワスレナ。人間はそう簡単には死なない」

「……!」

「……俺達の前に立ち塞がるものは、何が相手だろうが──徹底的に潰さなきゃいけねえんだ。お前は、堕ちた奴等でも拾いに行け。あんな連中でも死んだらクロウリーが文句を言う」

「へいへい……わぁーったよぅ」

「どうせもう、魔力を残していねえんだろ。足手纏いだってんだよ」

 

 ゲッコウガは再び水のナイフを生成すると、転がったヒメノの方に詰め寄る。

 水は濁り、そして禍々しい紫色に染まっていく。

 

「……仕留めろやゲッコウガ──」

「あっ、ぎ……ノオ、ト……逃げ……」

 

 どくどく、と血だまりに沈むノオトに手を伸ばすヒメノ。

 しかし、冷酷にゲッコウガは迫り──ナイフを突き立てようとする。

 

 

 

「──パモ様ッ!! ”かみなりパンチ”!!」

 

 

 

 背後から迫る気配。

 それを察知したゲッコウガは飛び退き、お返しと言わんばかりに見えない水のナイフを投げる。だがパーモットはそれを音と空気の揺れだけで察知して身体をよじり、避け切ってみせるのだった。

 

「……へえ、少しはやるんだな」

「ノオトから離れろッ!!」

「!」

 

 足元の影からそれは音も無く姿を現す。アブソルだ。

 リンネはそれに気づいて飛び退き、間一髪で振るわれた尻尾の刃を避けてみせる。

 そして、息を切らせて駆け付けてきたメグルを前にして──意外そうに言った。

 

「お前が例の異世界から来たヤツか。ご苦労様なこったよ」

「──それ以上傷つけさせねえよ」

「のこのこと自分から戦場に来ておいて虫のいいヤツだぜ」

「お前らがアルカを攫うからだろうが!!」

「アルカ──ああ、そう言えばあの女、そんな名前だっけかな。まだ顔は見ていねーが」

 

 まあどうでもいいけど、と言ったリンネは──ゲッコウガに向けて手招きする。

 

「クロウリー様の計画に必要なんだよ、あの女は。それともなんだ? お前、そのアルカって奴のオトコか何かかよ?」

「だったら何の文句がある!!」

「へえ──分からんね。女なんて掃いて捨てる程いるだろうによ」

「テメェとは相容れねえみてーだな」

 

 ポキポキ、と拳を鳴らすメグル。

 怒りに燃えている一方──血だまりの中に居るノオトを見て気が気でなかった。

 そしてゲッコウガも、リンネの傍らでこちらの出方を伺っている。

 瀕死の敵を仕留めるよりも、メグル達を仕留める方に意識を向けているようだ。

 

「イクサ!! ノオトとヒメノちゃんを頼むっ!!」

「はっ、はいっ!!」

 

 イクサは倒れたヒメノを背負い、その場から離脱する。

 二人のケガは深刻。特に出血が多いノオトは命の危機だ。

 それでも、今此処でゲッコウガを野放しにするわけにはいかない。ノオトのような重篤な怪我人が増える可能性が高くなる。

 

「威勢がいい奴は嫌いじゃねーけど……お前、名前は?」

「メグルだ」

「兵団長リンネ。死ぬ前に、その頭に刻み付けろ」

 

 直後、アブソルとゲッコウガが同時に切り結ぶ。

 見えない水のナイフ、そして尾の刃が斬りつけ合う。

 ナイフは見えないものの持ち前の危険回避でその軌道を完全に読み切っているアブソルは、ゲッコウガと打ち合う事が出来るのだ。

 

「連続で叩き込んで疲弊させろ──”アサシンナイフ”」

 

【ゲッコウガの アサシンナイフ!!】

 

 毒に染まった水のナイフを大量に浮かび上がらせたゲッコウガは、それらを全て見えなくして、アブソルに向かって飛ばす。

 そして自身も両腕に水のナイフを携えて切り込みにかかるのだった。

 だが、アブソルも尻尾を揺らしてそれらを切り裂いてみせる。

 

「……出来るな。だけどよ──」

 

 しかし──アブソルの周囲には既に見えないナイフが取り囲んでいた。

 

「ふるるっ!?」

「……幾らこちらの攻撃を察知できると言えど、回避できなければ意味がないだろが、ああ?」

「”ゴーストダイブ”だ!!」

「”かげうち”で炙り出しやがれ」

 

 すぐさま影に潜るアブソル。だが、ナイフは地面を突き刺し──悲鳴を上げてアブソルは出てきてしまうのだった。

 

「ほうら、すぐに出てきたろーが。ゲッコウガ、”アクアブレイク”!!」

 

 地面を蹴るゲッコウガは怯んだアブソルに近付き、ナイフによる一撃を見舞おうとする。

 しかし──それをも尻尾で打ち払ったアブソルは、メグルの下にまで引き下がると──もっと力を寄越せ、と言わんばかりに上目遣いで見つめるのだった。

 

「……オーケー、アブソル!! メガシンカだ!!」

「ふるーる!!」

 

 メガストーンに手を翳すメグル。

 高濃度のエネルギーがアブソルに収縮していく。

 そして、びきびきと音を立てて、それはタマゴの殻のように弾け飛んだ。

 アブソルの姿は鬼火に包まれ、重厚な毛皮を携えた鎧武者の如き姿へと変じる。

 

「……ゲッコウガ、ギアを1つ上げてくぞ」

「アブソル、サイコカッターで切り刻め!!」

 

 頭部の角を振るえば、念動力の刃が地面を切り裂きながら飛んで行く。

 それをナイフで受け止めてみせたゲッコウガは──口を思いっきり膨らませると毒液をアブソル目掛けて吹きかける。

 

「耐久に重きを置いた形態……だからこそ”どくどく”は厳しいだろがァ!!」

「ふるっ!?」

 

 紫色の毒液は地面を伝ってアブソルに絡みつき、彼女を侵す。

 毒タイプが放った”どくどく”は必ず当たるのだ。

 

「怯むなアブソル!! 正面から切り刻め!!」

「受けて立つぜ。ゲッコウガ、”アサシンナイフ”」

 

 高速でぶつかり合い、互いの刃で切りつけ合う二匹。

 そして、互いの渾身の一撃がぶつかり合い──反動で互いの主人の下へと戻ってくるのだった。

 

「ふるるるる……ッ!!」

「やっぱ強ェ……メガシンカポケモンとやり合えるなんてな」

「俺のゲッコウガと此処まで張り合える奴は久々に見た。これ以上の消耗は厳しいか」

 

 見ると、ゲッコウガの身体も鬼火が燃えている。

 アブソルとの戦いで火傷したのだ。これにより、攻撃力が大幅に下がってしまっている。

 

「毒の体力減少が洒落にならねぇ──アブソル、一度戻るんだ」

 

 唸りながらも、大人しくアブソルはボールへ戻っていく。

 一方のリンネも、手に持っていたボール状の木の実を開く。ゲッコウガは頭を垂れると、その中へと小さくなって戻っていくのだった。

 

「……此処で終わらせるのは惜しいが、俺も時間が無ェからな」

「へえ俺達案外気が合うんじゃねえか」

 

 二人は──互いに次番を繰り出す。

 当然、強敵相手にぶつけるのは信頼のおけるポケモンだ。

 

 

 

「──ニンフィア!!」

 

 

 

 リンネの眉がぴくり、と動く。

 メグルのボールからは、凶悪なお姫様が飛び出す。

 それを見た彼は──これまでの冷徹な態度がウソのように一度固まるが──それでも己の使命を思い出し、ボールを握る。

 

(運命は……悪趣味だな。何処までも)

 

「……()()()()()、お前の出番だ」

「ギッシャラララァッ!!」

 

 

 

【ストライク(???のすがた) かまきりポケモン 虫/草】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:巡る輪廻

「ギアを更に1つ、上げていくぞッ!!」

 

 

 

 全身が黒褐色のメタリックな外骨格に覆われたカレハカマキリのようなポケモン。

 原種のそれよりも細い体躯だが、枯れ葉のような羽根を広げれば禍々しい目玉のような模様が現れる。

 その佇まいは、ストライクでありながら()()の如き威容を放っていた。

 

「”リーフブレード”!!」

 

 地面を蹴り、ストライクは一気に天上へと跳び上がる。

 そして、思いっきり回転すると、ニンフィア目掛けて空から急襲をかけるのだった。

 ”でんこうせっか”で紙一重で躱してみせるニンフィアだったが、初めてであった個体のはずなのに、その動きには何処か既視感があるようだった。

 

「おいおい冗談だろ? 今のを避けんのかよ」

「避けるっつーか、この動き……!!」

「ふぃるふぃー……!!」

 

 幾度と見て、幾度と躱してきた動き。

 個体としてストライクは多数いるが、このような独特の回転を挟む個体などメグルは1匹しか知らない。

 

「ニンフィア、”ハイパーボイス”!!」

「接近しろ、撃たせんじゃねえぞ!! リーフブレード!!」

 

 一瞬で距離を詰めたストライクが鎌を振るえば、衝撃波だけで向こうの家屋が真っ二つになって崩れ落ちる。 

 技を中断して避けていなければ、こうなっていたのは自分だったと察して、流石のニンフィアの顔色も悪くなるのだった。

 

「空ぶったのにあの威力なのかよ!?」

「ふぃー……!!」

「俺は旅団最強だ。ストライクもまた、俺の最強のシモベだ。俺達が──この世界の頂点捕食者であることの証明をするッ!!」

 

 地面が抉れるほどの斬撃を繰り返し見舞うストライク。

 とてもではないが、此方から攻撃を仕掛ける余裕など存在しない。

 既に辺りはストライクの放った”飛ぶ斬撃”によって切り裂かれており、見る影も無くなっている。

 

「ニンフィア戻れ!! とてもじゃねえが、お前じゃ受けきれない!!」

「ふぃー……!!」

 

 これほどの斬撃の使い手が相手では、不利を取るのはニンフィアの方だった。

 一発でも喰らえばKOは免れない。

 ならば──

 

「バサギリ!! お前の出番だッ!!」

「グラッシャーッ!!」

 

 咆哮を上げてバサギリが飛び出す。

 そして、本能的に同類の相手と察知したのか、目を赤くして興奮すると──飛び掛かるのだった。

 

「”がんせきアックス”!!」

「”リーフブレード”!!」

 

 大斧と刃がぶつかり合う。

 それだけで余波が周囲に伝わり、空気の振動をメグルとリンネは受けることになる。

 しかし、押し勝ったのはストライクの方だった。

 バサギリの身体はあっさりと空中に跳ね上げられてしまうのだった。

 

「そのモンスター……俺のストライクと動きが同じだ。こっちの方が明らかに馬力が強いようだが」

「バサギリ、くたばってんなよ……!!」

「グラッシュ……!!」

「諦めろ」

 

 バサギリの身体には種子が埋め込まれていた。

 そこからは宿り木が生えて絡みついていく。

 相手の体力を吸い取る技”やどりぎのタネ”だ。

 

「……宿り木……!! 今の斬撃でばら撒いたのか!?」

「こんなもんか? 好きな女を助けにやってきた割には、随分とお粗末な戦いだな」

「ギッシャラララァッ!!」

 

 吼えるストライク。

 バサギリは既に宿り木に拘束され、地面に縛り付けられてしまっている。

 

「これも仕事だからよ、恨むんじゃねえぞ。ストライク!! ”にほんばれ”!!」

「”にほんばれ”だと!? まさか──」

 

 辺りがさんさんと晴れていく。

 それに伴い、ストライクの漆黒の身体にも光が照り返す。

 刃からは湯気が出て──白い光が湧きだすのだった。

 

 

 

「”ソーラーブレード”で消し飛ばせッ!!」

 

 

 

 地面に鎌が振り下ろされると共に、極光がバサギリとメグル目掛けて放たれた。

 それは地面を走っていく。

 避けられない。躱せない。

 オオワザさえも超える威力のそれは、目の前のもの全てを消し飛ばしていく。

 辛うじてバサギリはやどりぎを引き千切り、メグルの身体を抱えて安全圏まで飛び退こうとするが──逃げ切る事が出来ず、巻き込まれてしまうのだった。

 

「……辛うじて直撃は避けたか」

 

 後に残るのは、閃光が地面を焼いた後。

 そこには、横たわるバサギリ、そしてメグルの姿があった。

 全身は火傷塗れ。服はボロボロ。動き出す様子はない。

 

「死んだか? ──いや、確かめんと分かんねーな」

 

 懐からナイフを取り出し、ストライクと共にリンネは迫る。

 メグルとバサギリにはまだ息があるかもしれない、という確信があった。

 もしも直撃していたならば肉体の原形など残りはしないからである。

 

「……悪く思うなよ。これで終わりだ──!!」

 

 

 

 ──聞こえるか? リンネ。一度船に戻るんだ。

 

 

 

 彼は──足を止める。

 脳内に響くのは上司であるクロウリーの声だ。

 

 ──全ての巫女が揃った。貴方達の向かった方とは逆の方角の集落だ。最早これ以上の戦闘の必要はない。

 

「クロウリー、反抗勢力が居る。残さず芽を摘まねぇと」

 

 ──ただちに撤退するんだ。そちらに向かわせた軍勢は、殆どが消耗してしまっているだろう。ワスレナから報告は受けている。既に撤退が始まっている。

 

「ああ、分かった。……こいつを始末して終わりだ」

 

 リンネはメグルの胸倉を掴んで引っ張り上げた。

 そして──その顔を見て、固まる。

 

「……コイツの顔……」

「人の顔が、何だってェ……!!」

「!!」

 

 絞り出すような声が聞こえてくる。

 メグルは──リンネの手を掴み、今にも食い殺さんばかりの目で睨みつけていた。

 まだ死ぬわけにはいかない。まだ死ねない。

 アルカはこの間にも囚われている。助けにいかねばならない。

 だが、もうボールに手が伸びても、スイッチを入れる力が入らなかった。

 仮にスイッチが入ったとして。既にストライクが宿り木の種をボールに埋め込んでおり、中からは開かないようになっていたのであるが。

 

「笑わせんなよ……この程度で俺に歯向かおうとしていたのか?」

「──ッ」

「アルカを助け出す? 身の程を弁えろと散々言っただろうが」

「弁える? はっ、うるせーうるせー……!! ンな事分かってんだよ……でも、助けに行かなきゃいけねえだろが……!! 守るって決めたんだよ……!!」

 

(ノオトとヒメノちゃん、大丈夫かな……後は、イクサに任せれば、良いと思ってたけど……)

 

(……アルカ。ごめん。結局俺、お前を迎えにいけなかった──)

 

 堂々と考えが巡っていく。

 走馬灯のように。

 

 

 

「本当に不愉快なヤツだ、此処で死ねッ!!」

 

 

 

 そう言って振り上げた手は──凍り付いていて動かなかった。

 すぐさまリンネはメグルを地面に投げ捨て、辺りを警戒する。

 

「誰だッ!! 名乗りやがれッ!!」

「……退いてもらおうか。此処から先は某達が相手だ」

「ガォン」

 

 山伏のような装束の男が、リンネの前に現れていた。

 傍らにいる青白い毛の獣人のポケモンは──格別の空気を放っていた。

 明らかな強者。武人の本能がそう判断する。

 

「不覚を取るとは……ストライク。”リーフブレード”ッ!!」

「──ルカリオ、”アイススピナー”ッ!!」

 

 二匹がぶつかり合う。

 触れただけで相手を凍てつかせる拳を放つポケモン。

 その姿にメグルは見覚えがあった。

 

「ルカリオ……ヒャッキの……!?」

 

 かつて、強敵として立ちはだかったヒャッキの姿のルカリオ。

 氷の拳を使いこなす冷たき獣人のポケモン。

 それを扱いこなせる手合いなど、メグルが思いつく限り一人しか思いつかない。

 

「邪魔をするんじゃねえッ!! 天狗風情がッ!!」

 

 相も変わらず地形を変える程の威力の斬撃を振り回すストライク。

 だが、それをいなしてみせるルカリオは一歩詰めると、更に刺し穿つかのような正拳突きを見舞う。

 格闘戦では両者互角。

 しかし、タイプではストライクが不利となる。

 

(やり手め、此処でオーライズを切るか──ッ!!)

 

 

 

 ──何をしているのだ、リンネ。早く戻れと言っているだろう?

 

 

 

「……了解ッ……!!」

 

 ストライクを木の実のボールの中に収めたリンネ。

 頭の中に響くクロウリーの指示に応えるようにして、背後に時空の裂け目を作り出すと──そのまま倒れ込んでいくのだった。

 山伏装束の男もそれを深追いはしない。すぐさまメグルの方に駆け寄るのだった。

 

「……ッ酷いケガだ。運び出せッ!! 治療の準備をッ!! 彼を死なせるなッ!!」

「ハッ!!」

「……助かったぜ」

 

 ぽつり、と呟くメグルに──男は仮面を取って頷く。

 

「……()()()()

 

 かつて敵だった彼の名を呼ぶ。

 男は、何処か嬉しそうに言った。

 

「久しいな。今度は我々がお前達を助ける」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──魔海に浮かぶ黒舟は、クロウリー達の拠点だ。

 そこに帰還したリンネは待ち侘びたようなクロウリーに一言謝罪をする。

 意外そうに彼は問うのだった。

 

「随分と遅かったね。楽しかったのかい?」

「……手こずったんだよ。サイゴクの英雄たちに」

「彼等は三大妖怪を解放した後で片付けても遅くはない。貴方に苦戦するような相手ならば、大妖怪には勝てない」

「……だろーなァ」

 

 そもそも、妖怪など居なくとも、ワスレナと共同で事に当たれば殲滅できる自信がリンネにはあった。

 とはいえクロウリーは黒舟の守りを固めたいらしく、リンネを呼び戻したようだった。

 二人の付き合いは長い。

 戦災孤児だったリンネをクロウリーが引き取って育てて、十年近く経つ。

 クロウリーの懐刀として育ったリンネは、今や彼の軍団のトップを率いる最強の戦士として君臨していた。

 

「もうすぐ、もうすぐだ。三大妖怪を解放すれば、私を追放した大陸の連中を蹂躙できる」

「……」

「リンネ。これまで通り、お前の力は有効に使わせてもらうよ」

「何を今更。俺はあんたの為に戦っているんだからな」

 

 クロウリーが望む世界ならば、その先を見てみたい。

 その一心でリンネは戦い続けてきた。

 彼に、クロウリーの本心は全て推し量ることはできない。

 だが──彼の為ならば死ねる。忠誠心は間違いなく本物だ。

 彼が居なければ──自分は今も孤独だったかもしれない。

 

「ところでリンネ。お前は最近髪を伸ばしすぎだ。それでは前が見えないだろう。見ているだけで鬱陶しい」

「適当に切る。なら今此処で」

「ああ、汚い!! ちゃんとゴミ箱に捨てておいてくれよ、全く……」

 

 髪を無造作に掴んで束ねると、リンネはそれを惜しげもなくナイフで切ってしまった。

 そのまま何事も無かったかのように彼はクロウリーに尋ねる。

 

「そういえば、テングの……アルカという巫女は何処にいる」

「気になるのかね? らしくもない」

「少し気掛かりな事があってな」

 

(あのメグルと言う男……あいつが別世界から来たというならば。前にクロウリーが教えてくれた多次元交錯理論にあった──)

 

 胸倉をつかんだ時のメグルの顔が、リンネには焼き付いて離れなかった。 

 

「くれぐれも逃がさないようにはしてくれ──というのは要らぬ説法だったか」

「見くびってくれるなよ、クロウリー。俺は失敗しない」

「悪い悪い。それでだ、彼女は確か──」

 

 クロウリーに、アルカが収監されている場所を教えて貰い、衝動に突き動かされるがままにリンネは部屋に押し入る。

 念のため通路にも鍵をかけて、脱出が出来ないようにして。

 そのまま鍵を開け、無遠慮に部屋に押し入った。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「だ、誰だろ……」

 

 

 

 ノックの音。

 そして間もなく、部屋の鍵が開けられる音がした。

 アルカはシーツにくるまり、ベッドに潜る。

 嫌な予感しかしない。儀式とやらの準備が出来たのか、それとも──

 胸騒ぎは止まらない。だが、自分からは出て行くつもりにはならなかった。

 

 

 

「入んぞ」

 

 

 

 その声を聞き、アルカの胸は高鳴った。

 耳から突き抜けるような心地よさが記憶を揺さぶる。

 思わずアルカは、飛び上がり──そのままシーツを脱ぎ捨てて起きた。

 

 

 

「メグル!? 来てくれたの──ッ!?」

「……」

 

 

 

 部屋の灯りが点いて、入って来た人物の顔が顕になる。

 それで──アルカは困惑した。

 確かにメグルの声が聞こえた気がした。聞き間違えるはず等なかった。

 にも拘らず。その声の抑揚は彼にしては冷淡であったし、違和感さえ覚えた。

 姿を見れば、より違和感は強まる。

 彼は黒いローブを羽織っていた。船の中に居た魔術師たちと同じ格好だ。

 しかし。首から上。その髪も、目も、顔つきも──全て、自分が知っている最愛と同じなのだ。

 男の顔は、メグルと瓜二つだった。

 

「……誰……メグル……じゃないよね……?」

「ッ……」

 

 男は何処か驚いたような顔でアルカを見つめていた。

 しかし、首を横に振ると──答える。

 

「やはりその名前を呼ぶんだな。だけど、俺があいつじゃないことは分かったみてーだな、アルカ」

「誰!? メグルの事を知ってるの!? ……君は……誰?」

「リンネ。クロウリー様の懐刀だ」

 

 つかつか、とリンネは部屋に押し入ると──怯えた顔のアルカに詰め寄った。

 

「……何で、メグルと同じ顔してるの……!?」

「俺が聞きたいくらいだぜ。尤も、同じ顔の割にヤツは弱かったがね」

「……戦ったの!? メグルは──ヒャッキに来てるの?」

「ああ。お前を助けに来たみたいだぜ」

 

(メグル──! あんなにひどい事したのに、ボクを……!)

 

「だけど残念だったな。勝ったのは俺だ。当然の結果だ」

「ッ! メグルが負けるわけない……!!」

「じゃあ何故あいつはお前を助けに来ない?」

 

 その言葉にアルカは押し黙る。そして、慄いたまま一番の恐れを口に出した。

 

「……殺したの?」

「殺したかったが、まだ生きてるぜ。だけど──あれだけの傷を受けては立ち直れるわけがねえ」

「……」

「どっちにしろ、あの男は諦めるんだな。次に来たら俺が殺してやるよ」

「メグルは死なないよ」

 

 アルカは──メグルと瓜二つの男を前に、食ってかかった。

 死ぬわけがない。諦めるわけがない。

 彼は──殺しても死ななかった。今まで何度も不可能を可能にして来たのだから。

 

「訳分かんねーな。あの男の何がそんなに良いんだ」

「……ボクにはメグルしか居ないから」

「奇遇だな。俺も似たようなモンだ。だけど──やめとけ。あいつは弱い」

「!」

 

 リンネはアルカの肩を掴む。

 がっしりとしていて、力が強い。メグルのそれよりも遥かに。

 戦い慣れている人間の手だった。

 

「……考えるに、あいつは俺の並行同位体……いわば無数に存在する世界における同一人物、だ」

「君がメグル!? 冗談も休み休み言えよ!! 只の他人の空似さ!! 世の中には3人、自分と同じ顔の奴がいるって──」

「ただ似てるだけなら、どうしてお前は俺とあいつを間違えた?」

「……ッそれは……君達が似すぎてるのが悪い!!」

「クロウリーが以前、教えてくれたんだ。この世界とお前達の居た世界に限った事じゃない。世界は無数に存在している。それは様々な可能性の分岐。だから──俺と同じ顔で、しかし違う運命を辿った者も確かに居る、と」

 

 並行世界。パラレルワールド。

 メグル達の世界ではそう言われている理論だ。

 同じ人間であっても、環境や起こった出来事が違えば、全く違う人物に育つ。

 メグルとリンネは──その一例だ。

 

「だけど、俺はあいつの上位互換だ。元々が同じならば、俺の方が上だ」

「……何を根拠に」

()()()()()()()()()。それ以上にシンプルな理由は無ェよ」

「……ぷっふ、バッカみたい」

 

 アルカは──その理屈を一笑に付す。

 

「強い? 強かったら何か偉いの? 仮に君の方が強くたって。ボクはメグルを信じるよ」

「あいつはお前を守れなかった。だから今お前は此処にいんだろが」

「……でも助けに来てくれる。絶対に」

「で? 今この瞬間、お前の好きなメグルは助けに来てくれんのかよ」

「……それは」

 

 来るわけがなかった。

 何故ならば、先程メグルはリンネが叩きのめしたばかりだからである。

 あれだけの傷を負って、すぐに立ち上がれるはずがない。

 ストライクの必殺の一撃を浴びせてやったのだから。

 

「全く弱い奴の何が良いんだかね──何も守れねぇのによ」

「……」

 

 そう言ってリンネは部屋から出て鍵をかけた。

 それを──アルカは見送ると、ベッドに突っ伏した。

 隠れていたサニーゴが現れ、心配そうに彼女に向かって「ぷきゅー」と鳴く。

 

「……何なんだよ、あいつ……メグルと同じ顔で声なのに……すっごくムカつく……!!」

 

 そして──彼女はシーツを握り締めた。

 喧嘩別れしたメグルの助けを待つことしか出来ない自分自身に、不甲斐なさを感じながら。

 

 

 

「……ほんっとに、自分がイヤになるよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:テングの国の事情

 ※※※

 

 

 

 ──テングの国・城下町。

 クロウリー達の襲撃を逃れた人々が身を寄せており、周囲は多くの兵士やポケモン達によって守られている。

 文字通りの最終防衛ラインであり、そこには先の隠れ里から逃された人々達の姿もあった。

 天守閣が崩れ落ちた城の最上階に──キリ、レモン、イクサ、デジーの4人は呼び出されていた。

 要件は、現テングの国・元首との謁見である。

 彼らは待ち合わせの為に大広間に通されていた。

 

「……ヒャッキって、なんだか昔の日本って感じだ……時代劇の世界に入ったみたい」

 

 ただ、それにしては城の内部は荒れ果てており、世紀末感が漂っている。

 聞いた話によれば、これは今に始まった事ではなく、戦争で官民ともに生活が荒れていた余波が未だに残っているからだと言う。

 戦争で予算はひっ迫しており、城を立て直す予算すらなかったらしい。その結果が、このボロ屋敷──とはイヌハギの言であった。

 

「ニホン? ジダイゲキ? 何ソレ?」 

「昔の日本……いや、列島を舞台にしたドラマの事だよ。町並みはこんな感じさ」

「へーえ! 本当にこんな街並みが昔あったんだ!」

「私達からすれば信じられないわね」

「まあ、二人は列島出身じゃないし、余計に現実味が湧かないだろうけど」

「ジダイゲキって何が出るの?」

「侍とか忍者」

 

 レモンとデジーの視線はキリに向いた。

 

「そんなにジロジロ見られると恐縮でござるな……」

 

 仮面を付けたままではあるものの、キリは何処かやりづらそうに答えた。素のシャイな部分は仮面を被っても完全には隠せないらしい。

 

「イクサ君の居た世界にも忍者っていたの?」

「いや流石に忍者は居ませんよ」

 

(僕だってビックリだわ、サイゴクにはまだ忍者らしい忍者が居るって)

 

「そう言えばメグル殿も拙者を見て”忍者っているんだ……”と言っていたでござるな……忍者が居ない世界があるのは、ショックでござるよ」

「まあポケモンが居るし忍者くらい居てもおかしくないんですけど」

「漫画にはよく出てくるけどね、ニンジャ!」

「私も漫画の生き物だと思ってたわ」

「生き物って……まあいや、忍者としてはそう思って貰った方がやりやすいのでござるが」

「むしろこんなにオープンに活動してていいんですね、忍者って」

「時代が変われば忍者の在り方も変わるでござるよ」

 

 それに顔は隠しているでござるからな、隠密行動の理念は忘れてないでござる、とキリは続けた。

 尚、その理由が隠密行動のためではなく、対面恐怖症と赤面症を隠すためであることは伏せる。汚いぞ忍者。

 

「へーえ、キリさんってカッコいいし強いし! サイゴク最強のキャプテンって言われてるだけはあるよねっ!!」

「デジーってそういうの憧れるんだ」

「うんっ! ボク、カッコいいの大好きっ!」

 

 そんなこと、露とも知らずにキラキラと輝く目でキリを見つめるデジー。しかし、先に続いたのは──

 

「特にその仮面、変声期と暗視ゴーグル仕込んでるよね!? リストバンドにはワイヤー装置!! 後、スーツは排気機構を取り込んでるでしょ!? バリバリ最先端って感じ!! 後で分解させて!!」

「違った!! メカニックの悪い発作が起きてる!!」

「ぶ、分解は勘弁してほしいでござるな……」

「ねえ転校生も、あの仮面カッコいいと思うよね!? バラしたいって思うよね!?」

「ゴメン、後者は多分君だけだよ」

「人のものを分解したがるのは感性疑うわ」

「ひどーい!!」

「ところで1つ聞きたいのでござるが」

「何?」

「貴殿らはサイゴクに留学していると言っていたでござるが……貴殿たちの世界の拙者はどうだったでござるか?」

「……」

「……」

「……」

 

 3人は黙りこくる。

 一度彼らは、ひぐれのおやしろに訪れ、試練も受けている。

 だが──キリの姿は何処にも無かった。そればかりか、おやしろにはキャプテンが不在である、と聞かされていた。

 外出していないのではない。適任が──ヨイノマガンに認められたトレーナーが居なかったのだ、という。

 

「実は──出会わなかったんですよ。会えたら良いんですけど」

「そうか。拙者らしいと言えばらしいでござるな。恐らく任務に励んでいるのでござろう」

 

(どうしよう、そもそも生まれてなかったりとかするのかな?)

 

(影も形も無かったわね、この人……歴史が違うとこういう事もあるのかしら)

 

 デジーの推察は正しい。

 イクサ達の居る次元では、早期にキリの父・ウルイが死去してしまっているため、キリはそもそも誕生していないのである。

 結果、これがサイゴク地方のクラウングループに対する抑止力を失わせる要因でもあった。

 

「えーと──それより、メグルさんたち、大丈夫なんでしょうか?」

「テング団としても、今は藁にもすがりたい思い。ノオト殿たちを懸命に治療してるはずでござるよ」

 

 それに応急処置は施したでござるからな、とキリは続けた。

 あれだけの流血沙汰を前に、彼女は眉一つ動かさず、その場でノオトの刺し傷を縫合して止血、そしてメグルとヒメノにも適切な処置をしてみせたのだった。

 流石そこは忍者、戦場で味方が傷ついた時の心得もしっかりしていた。

 尤も、内心は酷く動揺していたのは言うまでもない。

 

(ノオト殿……拙者が近くに居れば……! 凶刃に倒れることもなかったのに……!)

 

 仮面の下の青い瞳は涙で潤んでいた。

 だが、そばを歩くイクサ達には決してそのような素振りは見せない。

 

「今は只待つ。信じて待つ。耐え忍ぶは忍びのいろはでござるよ」

「流石忍者ね……どんな時も冷静だわ」

「ボク達に出来る事は無いモンねー……」

「待たせたな」

 

 仮面を取ったイヌハギが襖を開き、現れる。

 そのままイクサ達は、更に最奥の部屋へと通されるのだった。

 彼らが目の当たりにしたのは、黒子姿の男達を侍らせた少女であった。

 そして、その近くにイヌハギが傅く。

 

「──”チャチャ様”。英雄たちをお連れしました」

「ご苦労です、イヌハギ」

 

【テングの国”大姫”チャチャ】

 

 少女は黒い羽根の付いた天女のような意匠を身に纏っていた。

 アルカのそれにも似た赤い髪は、テングの国の人間特有のもの。

 青白い肌は、長い間瘴気に侵されてきた彼らの呪いの証。

 しかし、何処か穏やかな笑みを携えており、聞いていたようなテングの国の人間の凶暴性は感じさせない。

 

「……この方は?」

「今のテングの国を率いる大姫様だ。隠れ忍んでいた穏健派の末裔である」

 

 イヌハギが答えた。

 テングの国の事情を知らぬイクサ達は顔を見合わせる。

 

「穏健派? 過激派が居るような口ぶりね」

「それが以前、この国を支配していた男・タマズサだ。鏡の羽根を持つアーマーガアと共に戦場では無敵を誇っていた」

「鏡の羽根を持つアーマーガア? もしかしてアイツかしら」

 

 レモンは先程戦った、鏡の羽根を持つアーマーガアを思い出す。ハタタカガチのギガオーライズを切らなければまともに戦う事が出来なかったであろうことは想像に難くない。

 

「成程、確かにアレなら無敵かもね」

「奴は古き伝説を求め、サイゴク地方に攻め入った。俺達三羽烏を伴って。500年前の復讐という名目を盾にして」

「500年の前の復讐って何でしょう?」

「イデアと言う男がいた」

 

 口火を切ったのはキリだった。

 その名前に3人はギョッとする。自分達も良く知る博士の名前だったからである。

 イクサは口を挟もうとしたが、レモンに止められた。面倒な事になるであろうことは目に見えていたからである。

 

「奴は500年前、ヒャッキから2匹の伝説のポケモンを連れ出した」

「その名はルギアとホウオウ。2匹はヒャッキを覆う瘴気を祓う役目を持っていた」

「しかし、イデアは己の好奇心のままに2匹を連れ出した。結果、ヒャッキは──瘴気に覆われた、でござるな?」

「その認識で間違いない」

 

(500年前……? イデア博士って不老不死か何かなのか?)

 

(同名の別人であってほしいわね)

 

(流石に別人でしょ)

 

「結論から言えば、元凶の男──イデアは今も生きている。奴はホウオウの炎を浴びて不老不死になったのだ」

「……ホウオウ。テングの国の古文書に、奴について記された資料があった。その炎、永遠の命を与える、と」

「こちらの世界の人間が貴殿たちに迷惑をかけた。既に奴は捕らえている。二度と悪さは出来まい。永遠に……な」

 

 3人は顔を見合わせる。

 不老不死──と言う言葉で、やはり自分達の知っているイデアとは名前が同じだけの別人だろう、と考える。

 何故なら彼はオーラギアスの毒を受けて死にかかっていたのだから。

 

「……話を戻そう。理由はどうあれ、我々こそサイゴクだけではなくオニとキュウビの国にも多大な戦禍を齎した。本来ならば戦乱の責任を取り、旧三羽烏全員の死を以て終わらせるのが……筋なのだろうが。姫様が許してくれなかったのでな」

「滅多な事を言わないで下さいな、イヌハギ」

 

 チャチャは──窘めるように言った。

 

「イヌハギはタマズサを上手く抑えてもらっていたのです。影ながら……ね」

 

 三羽烏は、テングの国を統べる自治組織・テング団のトップ三人組。

 イヌハギは、タマズサの側近的立ち位置でずっと、彼の暴走をコントロールしてきた。

 水面下では他二国とのホットラインを開設して被害を抑えたり、彼の立てた数々の破滅的作戦を、彼にバレない範囲で縮小させる──と言った具合である。

 イヌハギもかつては過激派でありサイゴクに復讐心を燃やしていたものの、復讐ではなく只々暴れたいという欲求のみで戦禍を広げるタマズサのやり方に愛想が尽きたからであった。

 彼が居なければ、サイゴクはもっと早くに潰滅していた──と、タマズサの暴れっぷりをよく知る者は語る。

 それほどまでに暴君は破壊的欲求を抱えていたのである。

 イヌハギは、全てが終わった後、自ら処刑されることを選ぼうとしたのだが──この功績を知っていたチャチャはそれを止め、自らの傍に置くことにした。

 残ったテング団の残党を従えて味方につけるには、彼には生きてもらわなければならなかったし、彼もまた平穏を望んでいたことを知っていたからである。

 

「とはいえ、貴方達に我々を許せとは言いません。どうか望みがあるならば何なりと私に申しつけ下さい」

「姫……」

「拙者たちがかつて受けた傷はあまりにも大きい。だが──今は貴殿らに先の戦いの責を問うている場合ではない」

 

 キリは一歩進み出ると、イヌハギに手を差し伸べる。

 

「時空の裂け目は我々にとっても無視できない問題だ。それに、アルカ殿がクロウリーに攫われたのでな」

「……アルカが!? ……そうか」

「我々は多くのものを失った。だが、それは貴殿たちも同じであろう。此処は手を取り合うことで手打ちにしないか」

「願ったり叶ったりだが……良いのか?」

「災禍のタネは根絶する。それが互いの世界の為でござるよ」

 

 後ろで聞いていたイクサ達も頷く。

 

「僕達に出来る事があるなら、ぜひやらせてくださいっ!」

「またバケモノが裂け目から出てきたら困るもの」

「そーだよっ! 任せといて!」

「……知らぬ顔が増えているが」

「彼等もまた、別世界からの助っ人だ」

「……そうか。奴らの生み出した時空の裂け目の影響は、やはり他の世界にまで」

 

 イヌハギは唸る。

 この世界から裂け目が消えない理由は──クロウリーの時空間魔術によるものだ、と彼は語る。

 裂け目が一度生まれれば、他の世界にまでその影響は波及する。

 結果、メグルの故郷の世界は、裂け目から災厄を呼び寄せて──滅び去ったことはキリたちも聞いている。

 

「でも裂け目以上にクロウリーの狙いは”ヒャッキの三大妖怪の封印”です。これが危険極まりありません」

「ヒャッキの三大妖怪……貴殿らがギガオーライズに使っていた……」

「そうだ。ヒャッキ地方をかつて統べていた3匹の強大なモンスターたちだ」

「ヨーカイ? ねえ転校生、ヨーカイって何?」

「バケモノの別の言い方かな」

「大雑把に言えばそうでござるな。ポケモンもかつて”妖怪”や”化生”として恐れられていた種がいた」

「成程ぉ。正体がよく分からないポケモンをそう呼んだんだね!」

 

 ヒャッキの世界には不思議な生物を”ポケモン”と呼ぶ概念が無い。

 故に、強大な存在である彼等は”三大妖怪”の名で知られていた。

 

「クロウリー達の目的は、三大妖怪を復活させること、かしら?」

「いいえ……三大妖怪は()()()()()()()()()はずです」

「え?」

 

 チャチャの言葉に、イクサは首を傾げる。

 

「どうして分かるんですか?」

「これは私の一族が口伝で代々伝えてきた昔話です」

 

 彼女は──語る。

 

 

 

 ──三大妖怪、ヒャッキの地を統べし最も強大な化生なり。

 

 ──妖怪たち、巫女と絆を結び、その地を守りけり。

 

 ──ある時、空の裂け目より禍の渦出でる。ヒャッキの大地を覆う瘴気の始まりなり。

 

 ──妖怪たちと、それを統べる巫女、その身を犠牲にして遠き島に災禍を封じたり。

 

 

 

「災禍を利用されないため、今まで私の一族以外にこの話は口外しないように言われていました。ですが今、まさに災禍は目覚めようとしているのです」

「……ちょっと待って。それじゃあなに? この地方って……まさか、三大妖怪以上の厄ネタが封じられてるってことかしら?」

 

 レモンは頭を抱えながら言った。

 

「そもそも、瘴気って何なんでしょうか? ざっくりとした概念で分からないですよ」

「今でこそヒャッキの空は晴れているが、前は酷かった。浴びれば人もモンスターも狂い悶え、凶暴化する。瘴気が満ちている場所は……人が住めない」

「……ねえ、転校生。なーんか聞き覚えがない? それって」

「……奇遇だねデジー。僕も覚えがあるよ」

「何よ二人共、察したような顔をしちゃって。ねえ、他に何か資料は無いのかしら?」

「当時、私のご先祖様が描いた秘伝の絵があるのですが──」

 

 そう言って、何処からともなくチャチャは掛け軸を取り出して、広げてみせる。

 

 

 

 

 ──烏。狐。獣鬼。

 

 

 

 三匹の妖怪が、島の周りを取り囲む。

 

 

 

 

 そこに座すは──頭から天に向けて光を放つ巨大な大蜘蛛であった。

 

 

 

 

「オアーッッッ!?」

「ブクブクブクブク……」

「あばばばばばばば……」

 

 

 

 

 当然。

 それを見て発狂するのは、オシアス組約3名。

 あまりにも突発的に見覚えしかない大蜘蛛を見て彼らは狂い悶えた。

 

「三人共ァーッ!? どうしたでござるかァ!?」

「い、いや、ちょっと見えちゃいけないものが見えた気がしましてェ……」

「ちょっと見覚えがあるけど見たくないものが見えたっていうのかしらね……」

「ボク……疲れちゃってェ……もう動けなくってェ……」

「そ、そうだ! 名前! そのデカい蜘蛛って何か名前があるんですか!?」

「え、ええ……確か王羅蟻亜棲(オウラギアス)と呼ばれていますね」

「おっごごごごごごごご」

 

 ばたばたと転がるイクサとデジー。レモンも胃を悪くしたのか腹を押さえて蹲る。

 最悪であった。最の悪であった。

 自分達が必死こいて封じ込めたものが、この世界にも封じられていて、おまけに──アホ共にその封をまた解かれようとしている。

 由々しき事態であった。彼等は激怒した。あの邪知暴虐なクロウリーという男を絶対に止めねばならぬ、と。

 

「三人共、どうしたでござるか! 仮にも同盟相手の前、ふざけている場合ではござらん!」

「ふざけてないよ!! 大真面目だよ!!」

「えっ、あっ、うん……」

 

 起き上がったデジーに胸倉を揺すられ、キリも反論するのを止めた。

 

「えーと、キリさん、驚かないで聞いてくださいね……多分クロウリーを止めないと、この世界どころか他の世界もまとめて滅びますね」

「あのバカでかい蜘蛛、私達一度戦ったことがあるのよ……デンジャラスだったわ」

「……多分、終わりの始まりって奴かなあ……うん……」

 

 結論は出た。

 瘴気=高濃度のオシアス磁気。

 三大妖怪が封じていた災禍=オーラギアス。

 即ち、かつてイクサ達が戦った星を蝕む呪いである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同時刻、サイゴク地方(メグル達のよく知る方)にて。

 

「いやー、参ったね。イクサ君たちを追って裂け目に入ったのは良いけどさァ」

「……()()()()()()()は一体この世界で何をやらかしたのだ」

「多分、相当ヤバイ事だと思う。町の人たち、死んだ人でも見るような目で僕の事見てたし」

 

 シャクドウシティに現れた裂け目。

 そこから降って来た彼らは、元居たサイゴクとよく知る場所に一先ず安堵していたが──町民に声をかけた瞬間に悲鳴を上げて逃げられてしまったのである。

 何のことだか分からない、といった顔で向かい合う二人。

 そうこうしているうちに──物凄い形相で、黒い毛皮に身を包んだヌシポケモンがすっ飛んできた。

 更に、それを追っかけるようにして現れたのは、博士にとっても見覚えがあり過ぎる人物であった。

 ただしこちらを見るなり、いきなりポケモンを嗾けて雷を落としてきたのであるが。

 

 

 

「ス、ストップ!! ストップ、ユイちゃん!! やめよう!! 先ずは話そう!!」

「よくもまあぬけぬけと戻って来られたわね……殺してやる、殺してやるわイデア博士」

「あーイデアよ。これ多分妾達死ぬぞ」

 

(マジでこっちの僕、何をやらかしちゃったのかなぁ!?)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:イデア・パラドックス

 ──アロハシャツに白衣の金髪オールバック、そしてサングラス。 

 胡散臭さが胡乱を纏ったようなこの男の名は──イデア。

 イクサが居た世界のサイゴク地方に於いては、ポケモン博士であり彼の心強い味方である。

 そして傍に立つ褐色肌にエキゾチックな衣装を身に着けた少女はミコ。

 その正式名称と正体はオオヒメミコ──オシアス地方のオーデータポケモンの一機であり、イクサ達の仲間だ。

 彼女は、人型の機体をサイコパワーで操作することで人間と意思疎通を図ることができるのだ。

 今この瞬間も本体はモンスターボールの中から、この少女型の身体をあたかも人間のように操作している。

 さて、イデアはイクサ達の留学の監督役であり、彼らのサイゴク巡りを支援していたのだが──事件は突如起きた。

 イクサ達が巨大な時空の裂け目に飲み込まれ、行方不明になってしまったからである。

 ミイラ取りがミイラになるのは覚悟の上。彼等も後から追いかける形で裂け目へ突入した。その結果、今に至る。

 しかし、此方のサイゴクの人間はイデアを歓迎しなかった。

 そればかりか──

 彼らの前に現れたのは、イデアも知るサイゴク地方のキャプテンの1人であり、彼の妻でもあるユイ。

 大好きな配信者に影響された青いオーバーサイズなコートに、稲光の走る目。

 そして鮮やかな金の髪。

 イデアも間違えるはずはない。若干自分が知っている姿よりも幼く見えるが、確かにユイだ。

 しかし──彼女は明らかにイデアに対して敵意を突き抜けて憎悪を向けているようだった。

 

(仮にも旦那さんなんだけどなぁ、僕!! もしかしてこの世界では破局してたとか!? 何でェ!?)

 

(殺す、コロス、コロス、殺すッ!! 何で今更顔を見なきゃいけないのよッ!!)

 

 ヌシポケモンである黒い体毛のサンダースまで引き連れたユイの癖っ毛は逆立っていた。

 サイゴクのキャプテン達は、各々が特化した技能や特殊能力を持つ。

 ヒメノが霊能力、ノオトが格闘術、キリが常人離れした思考能力。

 ならばユイが持つのは──ポケモンとの感応力であった。

 ギガオーライズせずともポケモンと心を同調させる事が出来るのである。

 彼女自身、これを自覚出来ているとは言えず、扱いこなせてはいない。しかし、話はシンプルだ。彼女の怒りに応じてポケモンもパワーアップする。単純だが強力な力なのである。

 従って、彼女が繰り出したキメラポケモン・パッチラゴンとパッチルドンの二匹は、既に彼女の怒りに呼応して咆哮しており、殺る気は十二分であった。

 

「あーと……パッチラゴン、パッチルドン……? 久しぶりだねぇ? 僕の事、分かる?」

「バッチララーッ!!」

「バッチルルーッ!!」

「うん……元気そうで何より!!」

「うずうずしてるんだから。この子達が、あんたの脳髄啄みたいってさぁ!!」

 

 同意するように二匹は咆哮する。ダメそうであった。

 超高電圧を帯びた嘴に貫かれれば一溜まりもない。

 このキメラポケモンたちは、太古のガラルの生態系における頂点であり、同時に──現代においては伝説のポケモンに匹敵する力を持つ怪物でもある。

 

「おい落ち着け小娘。我々は時空の裂け目からやってきたストレンジャー。このアロハシャツの胡散臭い男がこの世界で何をしたのかは知らんが、多分無関係だぞ」

「問答無用ッ!! 雷落としてやるんだからッ!! そこに居るあんたも同罪、なんだからねッ!!」

「おいイデアよ。コイツ、ヤバイぞ!! 何というか……話が通じんな!!」

「うーん、この思い立ったら止まらない暴走特急っぷり、まさにユイちゃんだなぁ……ッ!! 怒ったらマジでこんな感じ……いや、うちの嫁さんのがもっとマイルドかなあ」

「感心しとる場合か! てか惚気るでない! 別世界の本人が目の前に居るのだぞ!?」

 

 いきり立つパッチラゴンとパッチルドンは問答無用で”でんげきくちばし”を見舞おうとする。

 しかし、イデアが繰り出したガチグマによって二匹の嘴は掌によって受け止められてしまうのだった。

 否──この表現は聊か適当ではない。

 ガチグマでなければ受け止めることは叶わなかった。

 電気タイプを無効にするガチグマでなければ、高電圧の電気で焼き焦がされてお終い。

 無力化出来ているガチグマでさえ、その衝撃を殺せず、後ずさりしている始末だ。

 

「ガチグマを出してきたわね──”フリーズドライ”なんだからッ!!」

 

 パッチルドンの嘴が今度は超低温を帯びる。

 それにより、ガチグマの身体は掌から凍り付いていき、あっという間に氷像が完成してしまう。

 更に、そこにパッチラゴンが尻尾を振るい、叩きつけた。

 

「そして”ドラゴンテール”ッ!!」

 

 ガチグマは弾き飛ばされ、そのままイデアのボールの中へと入ってしまう。

 ”ドラゴンテール”は相手のポケモンを強制的に引っ込めさせる技だ。

 加えて氷漬けになってしまっているため、実質的にガチグマは戦闘不能に追い込まれてしまう。

 

「うーん……流石ユイちゃんだ、強すぎるなあ……」

「言っとる場合か! 妾も行く!」

 

 ミコは自らの本体──オオヒメミコをモンスターボールから繰り出す。

 彼女の胸に嵌めこまれた三角形の装飾品が浮かび上がり、オオヒメミコの胸に移る。

 同時に、オオヒメミコの瞳が緑色に発光し、全身にオシアス磁気が迸るのだった。

 これにより、オオヒメミコは完全に戦闘態勢に移行する。

 

「聞き分けのない小娘には、仕置きが必要だな!!」

「くしゃとりゃ!! ピピピピピ」

「センセイ、頼むよッ!!」

「どぅーどぅる」

 

 横にはイデアの相棒・ドーブルが並ぶ。

 これで2対2だ。

 しかし、横でヌシポケモンであるサンダースだけは、何かを見定めるようにしてジッとしているのだった。

 

「センセイ!? 生きてたの!?」

「何!? センセイ死んだの!?」

「どぅ!?」

「この世界は何が起きたのだ……イデアよ。いちいち振り回されていたら敵わんぞ」

「そうだけど、気になるよねえ!?」

「どうだっていい! また地獄に送り返してやるんだからッ! パッチラゴン、パッチルドン、”でんげきくちばし”!!」

 

 嘴に超高電圧が迸り、二匹は猛進して突撃する。

 一方のドーブルとオオヒメミコも迎撃の態勢に入るのだった。

 ドーブルが”リフレクター”を展開して攻撃を受け止める準備を整える。

 そしてオオヒメミコは空から雨のようにレーザーを降り注がせるのだった。

 

 

 

【オオヒメミコの サイコイレイザーッ!!】

 

 

 

 キメラポケモンたちは体を貫かれていき、更にそこへドーブルが”キノコのほうし”をばら撒く。

 あっと言う間に二匹は無力化され、そのままいびきを立てて寝てしまうのだった。

 

「そ、そんな!? こうなったら──ヌシ様ッ!!」

「ビッシャァァァァァーッン!!」

 

 ズドン、とユイの傍に──雷が落ちる。

 びくりと彼女は震えた。

 彼女の怒りを諫めるかのような振る舞い。

 そして、それ以上攻撃することはなく、サンダースは──ユイの前に立ち塞がるのだった。

 これ以上の争いは無意味である、と言わんばかりに。

 

「ッ……ど、どうしてヌシ様……」

「ほう、どうやらポケモンの方が聞き分けが良いようだな」

「ミコさん、その言い方は悪役っぽいからやめようね!?」

「失礼な! 本当の事を言ったまでであろう!」

 

 そんな矢先だった。

 ユイのスマホロトムが飛び出す。クワゾメの”すながくれ忍軍”からの緊急の連絡だった。

 

『ユイ様、イデア博士は確かに収監されており、手持ち達も保護先に居るとのことです。何かの間違いでは……!?』

「──ッ!? そんなはずない! あれはイデア博士! 間違いないんだから! ガチグマも、センセイも居るんだから!」

『気持ちは分かりますが、此処最近の事件と関連付けると……時空の裂け目を通って現れた別世界の住人では……? だとすれば、幾ら相手があのイデアであっても攻撃は待った方が──』

「そんなバカな──」

「一度話を聞いてくれないか、ユイちゃん。僕達は君と戦いたいわけじゃない。助けたい人が居てここに来たんだ」

「ッ……その口であたしを呼ぶなッ!!」

 

 甲高い叫び声が虚ろに木霊した。

 ユイは──崩れ落ちる。

 目の前にいるイデアを見ると、揺らいでしまう。

 忘れよう忘れようと思っていた思い出が、蘇ってしまう。

 

「……何でなの……何で、今更出てくるのよ」

「……ユイちゃん」

「その顔で、その姿で、”ユイちゃん”って呼ばないでよ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──アロハシャツに白衣の金髪オールバック、そしてサングラス。 

 胡散臭さが胡乱を纏ったようなこの男の名は──イデア。

 メグルの居るサイゴク地方に於いては、ポケモン博士であり、彼の心強い味方──だった。 

 その正体は、500年前にヒャッキから伝説のポケモンを持ち去り、戦禍と災禍の元凶となった男・イデ。

 ホウオウの炎に焼かれたことで不死身となった彼は、サイゴクのおやしろに罪を擦り付けて、ヒャッキとの戦争が起こる原因を作り、自分は隠遁。

 そして500年もの間、名前を変えてホウオウとルギアを再び手中に収めるチャンスを伺っていたのである。

 メグル達を裏切り、二匹の伝説を揃えたイデアは、サイゴク地方を面白半分で蹂躙。

 しかし──結局、メグル達の手で伝説は鎮圧され、彼は相棒のドーブルを失い──発狂。

 そのまま相棒が居ない永遠の時間を過ごすことになったのである。

 

「──えっ、クソ野郎じゃん僕……」

「全部事実ね。本人から聞いた話や、メグルちゃんの証言、その他諸々を総合すると……こう言う事ね」

 

 化粧の濃いリーゼントのオネエさんの言葉に、イデアは項垂れるしかないのだった。

 所業を挙げれば挙げる程、紛うことなきクソ野郎であることが浮き彫りになっていく。

 ユイが「殺す」と宣言するのも無理はない、と彼は頭を抱えた。

 

「胡散臭さが胡乱を纏っているのはどの世界線でも変わらんのだな、オマエは。だから信用されんのだろう」

「別方面から刺してくるじゃん」

「ワタシも正直信じられない所があるけど……でも、ヌシ様が攻撃を止めたってことはそういうことよね。あの子賢いから」

 

 結局駆け付けたのはベニシティのキャプテン・ハズシ。

 彼が仲裁役となり、この場を取り仕切ることになったのである。

 尚、当のユイはすっかり寝込んでしまっており、魘されているのだという。

 

「私達もイデアちゃんの事は複雑だけど、それは今いる貴方には無関係だものねエ、多分」

「多分って付けないでおくれよ……ハズシさんに塩対応されるの心にクるものがあるからさぁ」

「あら。ワタシって、あっちでも元気にしてる?」

「それは勿論。相変わらず皆のオネエさんやってるよ」

「少し安心したわ。ワタシは何処の世界でも変わらないのね」

「そうかい……僕はショッキングで仕方ないけどね。違う世界の自分がクソ野郎だって言われても、僕にはどうしようもないじゃんかさあ」

「でも、アナタの言う事も少し分かるのよ。話してて分かるわ。アナタ、私達の知ってるイデアとはこう……何かが違う気がするのよ」

「1つ、今の話で気になったことがあってね。イデってのは……僕の遠いご先祖様ってこと。後、僕の知ってるサイゴクは、そのヒャッキという世界に纏わる一連の事件は起こってないってことだ」

 

 そもそも、一見並行世界上の同一人物に見えるイデアたちだが、実際には彼らは顔が似た親族でしかない。

 500年前にホウオウの炎に焼かれたイデは、イデアと名乗って現代でポケモン博士として活動していた。

 しかし、イクサ達の居た世界のイデは、500年前にヒャッキにそもそも行かなかったのである。その為、普通に子孫を残し、天寿を全うしたのだ。

 結果。今此処にいるイデアは──並行世界上のイデの遠い子孫。同じ名前の別人なのである。

 

「成程ねえ。そう言えば、異世界から来たっていう子達も、ヒャッキなんて知らないみたいなこと言ってたわね」

「ッ!? 彼らに心当たりが!?」

「直接対面したわけじゃないけどね? 確か名前は──イクサちゃん、レモンちゃん、デジーちゃん……だったかしら?」

「ビンゴだハズシさん! 僕らは、彼らを探してこっちにやってきたんだ」

「裂け目に飲み込まれてしまってな。何とか元の世界に戻してやりたいのだが」

「彼等はヒャッキに行ったわよ」

「ウソォ!?」

 

 イデアは仰け反りそうになった。

 話を聞いていくと、今こうして起こっている時空の裂け目関連の事件を解決するため直接出向いたのだと言う。

 

「何という無茶をしてくれるんだ彼らは! オーラギアスを倒せたからって何でもできる訳じゃないだろうに! まだ子供なんだぜ!」

「良くない予感がするな。イデアよ、我々も急ぐぞ」

「急ぐって、まさかアナタたちもヒャッキに行くつもり?」

「勿論。僕は──イクサ君の保護者みたいなもんだからね。大人である僕が助けてあげなきゃダメでしょ」

「……やっぱりアナタ、私の知ってるイデアとは少し違うわね」

「え?」

「あの人放任主義だったし、滅多に熱いところを見せなかったわ」

 

 

 

「そいつを信用しちゃダメなんだから、ハズシさん……ッ!!」

 

 

 

 よろけながらユイが入ってくる。

 ぎょっとした顔でハズシは振り返った。

 顔色が悪い。一連の出来事で精神的に摩耗しているのは明らかだった。

 しかし、イデアへの敵愾心は強まる一方なのか、彼を思いっきり睨み付ける。

 

「そいつを信用した結果どうなったか知ってるでしょ!? メグル君も、皆も、ソイツに騙された!!」

「あのねぇ……気持ちは分かるわ。私も半信半疑よ」

「半信!? あたしの前で半分でもソイツを信じられる神経が分からない! またそいつが最後になって裏切ったら、誰が落とし前を付けるのよ!」

「……参ったなァ」

 

(流石に精神的にクるものがあるなあ……)

 

 世界が違えど、伴侶になる相手に此処まで言われると流石のイデアも参るものがあった。

 

「あたしは反対!! 反対なんだから!! さっさと元の世界に帰らせてよね!!」

 

 ばたむ、と大きな音を立てて彼女は襖を閉めて出ていってしまった。

 それを見て──ハズシは大きなため息を吐く。

 

「ごめんなさいねぇ。でも正直、私もアナタを疑ってる」

「いや、むしろ疑ってる割にすっごく親身になって聞いてくれるじゃない、ハズシさん」

「そりゃあね。何でかしらね……私もイデアちゃんの事はショックだったし、仲良くしてたからね……情が捨てられないのよ」

「……そうかい。勿体ないことしたんだな、こっちの僕は」

「ユイちゃんだって同じ。博士からポケモンを貰って旅に出たんだもの。おやしろめぐりの頃は、ことあるごとに博士博士って言ってたわ」

 

 ──博士はいっつもぐうたらだけど、何だかんだ最後に頼りになるのは博士なんだから!

 

「信頼してた分、憎さ数倍か。罪な男だなあ。なあ?」

「何で僕を見て言うのかなあ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……何で今更出てくるの」

 

 

 

 外の空気を浴びたくなったユイは──暗い顔のまま町中を歩いていた。

 遠い空には裂け目が開いているのが見えるが、自分にはどうする事も出来ない。

 別の世界からやってきたイデアの真意を確かめる事も、そして自分がよく知るイデアの真意を知ることも叶わない。

 イデアに寄せていた思いは、年上の頼れる大人としての思慕だった。

 父が早くに亡くなった後、キャプテンになりたいと思ってもなれなかった苦悩の期間の間、支えてくれたのは彼だった。

 それが──あの日、全部裏切られ、ウソだと吐き捨てられたような気がした。

 今更どうすることも──出来ない。

 涙がじんわりと出てくる。

 もう忘れるつもりだったのに、今になって全く同じ顔の彼が現れて──ユイは胸が痛んだ。

 

「……どーでもいい。もう、どーでもいいんだから。あんな奴……」

 

 そう言って目を伏せたその時だった。

 

 

 

「──?」

 

 

 

 パキ、パキパキ、と硝子が割れる音がした。

 後ろを振り返ると──そこには裂け目が現れていた。

 

「ウッソでしょ、こんなところまで!?」

 

 その中からは巨大な丸っこい土偶のポケモンが何匹も飛び出してくる。

 いずれも、その頭には龍の形をした飾りが付けられており、浮かび上がる腕も竜の頭を模している。

 そして、その身体からは赤い粒子が湧きだしており、明らかに異質さを放っていた。

 

「ネンドール……のリージョンフォームか何か!?」

「どぐりゅりゅりゅりゅ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:たとえ世界が変わっても

 ──地下にあった大量の恐竜土偶がオシアス磁気を浴びた結果、変異した存在、それがオーデータポケモン・ドグウリューだ。

 彼らはオシアスの地下に現在も群生しており、クラウングループによって50機あまりが回収されたものの、未だにオシアスの地下で眠っている個体が存在している。

 裂け目によって呼び出されたのは、そのうちの数機に過ぎない。

 しかし、数が多いからといって、一機一機の強さが弱いわけではない。

 むしろオーデータポケモンの本質的な強さ──メグルやイクサに言わせれば種族値合計──は、オオヒメミコやオオミカボシのような上位機体を除けば同等。

 トレーナーによって育成され、強さが底上げされているに過ぎない。

 即ち、こうして雪崩れ込んできた一機一機が、脅威的な強さを誇る訳で。

 

「どぐりゅりゅりゅりゅ!!」

 

 高速で回転しながら突っ込んで来るドグウリュー。

 しかし、三匹の姿は忽然と消え失せてしまう。

 

(姿を消した!? いや、地面から砂煙が舞ってる、身体を見えなくしたってのが正解!!)

 

 かといって、姿が視認できなくなるということは単純に敵が捉えづらくなるということでもある。

 おまけに、数の差は三匹。回転するドグウリュー達は次々にシビルドンにぶつかっていき、そのまま撥ね飛ばしてしまうのだった。

 

「ッ……ダ、ダメ……!! 追いつけてない……しかも、数の差が大きすぎる……!!」

「ぶろぉ……」

「シビルドン、戻って! 逃げるよ!」

 

 一旦、背を向けてドグウリュー達から逃げようとするユイ。

 しかし彼女の退路を防ぐようにして──ドグウリューが一匹、立ちはだかる。

 

(ッ……しまった!! 逃げ道が──)

 

 

 

【ドグウリューの りゅうのいぶき!!】

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

 赤黒い稲光と共に龍気の塊がユイにぶつけられる。

 吹き飛ばされ、地面に叩き伏せられた彼女はせき込み、起き上がろうとするが──ぶつけられた龍気が体を駆け巡り、激痛で吐きそうになる。

 

「ッ……あ、ぐ、痛……!!」

「どぐりゅりゅりゅりゅ……!!」

 

 ドグウリュー達の目がオシアス磁気を帯びて赤く光る。

 逃げられない。逃げられるはず等無い。

 身体は龍気で痺れ、指一本動かすことができないからである。 

 そんな中でも無機質に土偶の竜たちは迫りくる──

 

(は、はは、何てザマ……結局あたしも父さんと同じ……ポケモンに襲われて死ぬんだ……)

 

 薄れゆく意識の中。

 ユイの目に浮かぶのは父の姿だった。

 強く、皆の憧れだった父。

 しかし、ポケモンの一掻きで、帰らぬ人となった。

 人とポケモンの力の差は歴然。どうやっても埋められない差がある。

 たとえそれがキャプテンであっても──変わりはしない。

 

 

 

「──ピーゴーピピピピピ」

 

 

 

 空から冷気を帯びた光線が降り注ぎ、ドグウリューの身体が氷漬けになっていく。 

 聞き覚えしかない声。

 そして、宙に浮かぶ赤と青のサイケデリックな色合いの電脳ポケモンを前に、ユイは言葉を失う。

 こんな癖のあるポケモンを使いこなしてみせるのは、彼女の知る限り1人しかいない。

 

(ポリゴンZ……!? まさか──)

 

「……悪いけど、彼女に手を出すのはやめてもらおうか」

「何で……何で来たの……!?」

 

 ユイをかばうようにして──立っていたのはイデアだった。

 

「……助けたつもり……!? こんな事を、こんな事をされたって!! あたしは──あんたの事なんか──ッ!!」

「そんなこと百も承知だよ」

「じゃあ何で──!」

「たとえ世界が違っても、君は放っておけないんだ」

「……ッ」

 

 残るドグウリュー達も光学迷彩を起動してイデアたちに迫る。

 しかし、既に彼らをロックオンしていたポリゴンZに姿を消す機能など意味を成さない。

 そのまま二匹の急所を狙い撃つようにして”れいとうビーム”が放たれ、氷漬けにしてしまうのだった。

 鮮やかな手際を前にユイは言葉を失う。

 自分が知っている博士のそれと、全く同じ。

 自分が頼りにして来た彼の後ろ姿と全く同じ。 

 だが──軽薄だったその顔は、見た事が無い程に真剣だった。

 

「イデアちゃーん!! ユイちゃーん!!」

 

 ハズシの声が空の上から飛んでくる。

 リザードンに乗ってやってきたのだ。

 

「ユイちゃん大丈夫!?」

「な、なんとか……」

 

 身体から痺れが抜けてきたのか、彼女はふらつきながらも立ち上がる。

 それを支えようとするイデアの手を振り払うと──思いっきり睨み付けてみせた。

 

「……あたしは、まだあんたの事信用したわけじゃない。助けられただなんて、思ってないから」

 

 そう言って彼女は歩き出そうとするが、そのままよろめいてしまう。

 思わずその手をイデアは取るのだった。

 

「……流石に危ないよ。ハズシさん、ユイちゃんを頼めないかい。ポケモンの技をまともに受けたみたいだからね」

「ええ。言われなくとも。ユイちゃん、こっちに来なさいな」

「……ありがと」

 

 そう言ってハズシは、リザードンの背中にユイを乗せる。

 イデアも、空で待機していたオオスバメに目配せすると、その背中に飛び乗るのだった。

 

【オオスバメ ツバメポケモン タイプ:ノーマル/飛行】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ユイが診察を受けている間。

 ポケモンセンターの一角でハズシとイデアは向かい合う。

 聞きたい事は山ほどある。

 

「……さっきのポケモン達に覚えは?」

「オーデータポケモンだよ。その口ぶりだと、こっちの世界には居ないみたいだね」

「詳しく聞かせて貰っても?」

 

 イデアは話す。

 オーデータポケモンとは、太古にオシアス地方に流れ着いた別世界のポケモンである事。

 そして、その動力となるのはエネルギー粒子”オシアス磁気”であること。

 その大本となるのは、宇宙からやって来た蜘蛛のポケモン・オーラギアスであるということだ。

 

「成程ね。そのオーラギアスというポケモンがこっちの世界には降って来なかった。そこで歴史が分岐してるのかも」

「調べた所、この世界のオシアスと、僕の知るオシアスは大分事情が異なるみたいだからね」

「にしても参ったわね。裂け目を放置してると、こうやって違う世界の恐ろしいポケモンがやってくるわけね」

「ああ、早急に解決しなきゃいけない」

「ええ……」

 

 神妙な顔のハズシ。

 キャプテンである手前、自分の町は空けまいと考えていたが──最早メグル達だけの手に負える問題ではなさそうだった。

 大人として、彼らを助け、そしていち早く原因を取り除く。それが今の自分に出来る事だ。

 

「問題はどうやってヒャッキに行くか、だけど」

「それは……うん……」

 

 

 

「あたしも行く──」

 

 

 

 声がして二人は振り返る。

 そこには、絆創膏を頬に貼ったユイが立っていた。

 服の下は包帯が巻かれており、足元もまだおぼつかない。

 

「無茶よ! その身体じゃあ、足手纏いだわ!」

「足手纏いなんかじゃないッ!! あたしは戦えるッ!! ……メグル君たちを助けに行かなきゃ」

 

 それに、とユイはイデアの方を睨む。

 

「……あたしはコイツを責任持って見張る役目があるんだから。ソイツ一人で行かせられない」

「ワタシが居るわ。問題ないでしょう?」

「ハズシさん。センセイが居るのに、そんな事言えるの?」

「う……まあ、それは」

 

 センセイ──それは、イデアが連れているヒャッキ地方のドーブルの事だ。

 この個体は長く生きていたためか非常に強力な力を誇っており、メガシンカポケモンが相手でも1対1では太刀打ちできない。

 万が一の時はキャプテン二人掛かりでも足りない、とユイは言っているのだ。

 

「ということだけど、気を悪くしないで頂戴。イデアちゃん」

「大丈夫。その条件を呑むよ」

「ハズシさんは甘い。あたしはそう簡単に気を許したりなんかしないんだからね。そいつがヒャッキで何かやらかしたら焼くのはあたしなんだから」

 

(こっわ……)

 

 脅しではない。目が本気である。

 

「でもねえ、ユイちゃん。そもそも何処から行けばヒャッキに行けるのか分からないのよ」

「いや、そうでもなさそうだよ」

 

 イデアがスマホロトムを起動させる。

 そこには──セイランシティの方で撮影されたと思しき動画が映っていた。

 SNSのサイトで急上昇しており、話題になっている。

 内容は、鏡の羽根を持つアーマーガア達が裂け目から現れて暴れているというものだった。

 

「ヒャッキのポケモン!?」

「逆に言えば……この裂け目なら、ヒャッキに行けるってわけね」

「そゆこと。急がなきゃ町の人が危ないし、裂け目が消えちゃうかもね」

 

 ヒャッキのポケモンが現れた裂け目に入れば──その先がヒャッキであることは確実である。

 3人の行き先は決まった。セイランシティだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「だーからぁ、もう平気だって言って、いっだだだだ!?」

「ダメでござるよ、絶対安静でござる!!」

 

 胸をぐるぐると包帯で巻いたノオトは体を引きずるようにして、城の裏口から外へ出ようとする。

 それを必死で止めるのは──此処までの会議の内容を伝えにやってきたキリであった。

 まだ傷を縫っただけであるにも関わらず、もう完治したとでも言わんばかりの勢いだったが、胸をナイフで刺されているので本来なら重傷も良い所である。

 ポケモンの技による自然治癒の促進と、キリの手当があったからこれで済んでいるのであって、常人ならば死んでもおかしくなかったのだ。

 

「はーなーせー!! 全員であいつらの船ェ沈めに行くッスよ!!」

「考え無しに動いても仕方ないでござろう!?」

「姉貴とメグルさんやられたのに黙ってられるわけがねえっしょ!!」

「ノオト殿が一番重傷でござるから!! 死にかけだったんでござるよ!!」

「こんくらいの傷が何ッスか!! ピンピンしてるんスよ、俺っちは!!」

「……ノオト殿の分からず屋」

「え」

 

 彼女は──マスクを取る。

 そして、自らを忍者たらしめる装束のスイッチを押すと──するする、とそれを脱いでしまうのだった。

 中から現れたのは、普段他の誰にも見せない本当の彼女。

 蒼い目は涙で潤んでいた。

 年相応に幼い彼女の顔は、真っ赤に泣き腫らしていた。

 イクサ達の前ではどれだけ冷静に振る舞っていても、心の中ではずっと──彼女は泣いていた。

 

「キ、キリさん……?」

「ノオト殿のばかぁ……拙者がどんな思いで手当てしたと思ってるのでござるかぁ……!!」

「あっ、いや、えっと、その……」

「ノオト殿が、ノオト殿が死んじゃうかと思ってぇ……!! 必死でぇ……!!」

 

 こうやって泣きつかれると弱い。

 仮面を外した彼女が自分の前でだけ見せる素の弱い姿。

 そこから本音をぶちまけられ、更に抱き着かれ、すっかりノオトは毒気を抜かれてしまうのだった。

 

「なぁんで……なぁんで分かってくれないでござるかぁ……!! ノオト殿が死んだらぁ……どうすれば……!!」

「悪かったから、泣くのはやめるッスよ、キリさん……!」

「イヤだぁ、ノオト殿、死んじゃイヤだぁ……! ばかぁ、ばかぁ!」

「死なないッスから!! どわぁっ!?」

 

 とすん、とノオトは座り込んでしまう。

 すっかり怒りも勢いも削げてしまっていた。

 普段恥ずかしがりの彼女が傍目も気にせずに泣いている。

 

「拙者が……拙者が傍に居れば、こんな怪我、させなかったのにぃ……!」

「キリさんの所為じゃねえッスから、落ち着いて……」

「ノオト殿はいっつもそう……! 本当はボロボロなのに、虚勢を張って、前に出て……! 一緒にいる拙者は気が気でなくってぇ……!」

「分かった、分かった、もう無茶しねえッスから……!」

「ほんとに……?」

「ホントッスよ、キリさん残して死なねえッスから。だから、泣かないでほしいッスよ。ね?」

「ううう……!」

 

(キリさんをガチ泣きさせてしまった……マジ反省ッス……)

 

 ぐずぐずに泣く彼女の顔をハンカチで拭きながら、ノオトは猛省した。

 ヒメノとメグルを傷つけられ、頭に血が上るあまり──必死に自分を助けてくれた恋人の思いを踏み躙るところだったのである。

 そうでなくともこの色男、女の涙には弱い。

 特に──忍者でありながら、根が純真で純情そのもののキリの涙にはウソも偽りも無いことはよく知っている。

 しばらくして落ち着いたキリは、仮面を外したままノオトの手を取る。

 そして、その温もりを感じたいのか、すりすり、と彼の身体に身を寄せるのだった。

 

「生きてる……ノオト殿……良かった、本当に……」

「キリさん、誰かに見られても知らねえッスよ……?」

「今は、どうでもいいでござるよ」

 

 仮面を外したキリは──只の恋する乙女だ。

 使命や役割からも解放され、只の16歳の少女となる。

 身内も誰も居ないこの世界で、トレーナー達のリーダーであり続けるのは彼女の心にとっても負荷がかかっている。

 故に。今この時だけは、彼女は安らいでいられる。

 彼女が素のままで居られるのはノオトの隣でだけだ。

 その様を──見つめる三つの影。オシアス三人組が物陰から隠れて一部始終を見届けていた。

 

「騒がしいから追いかけてきたけど、あの女の子……キリさんなのよね?」

「あのスーツの中に、あの子が入ってたの!? すっごい……!! ボクらとそんなに年変わらないよ!!」

「ねえ、やっぱマズいよ。覗き見だなんて」

「何言ってんの、人様の恋愛は蜜の味! キッス! キッス! そのまま押し倒してチューしろ!」

「最悪だよ、メンタリティが小学生男子のそれなんだよ」

「とんだ野次馬根性ね、親の顔を見てみたいわ」

 

 そう言っているレモンは、双眼鏡を手にしている。人の事は言えないのだった。

 

「何なんだこの人ら……」

「全くなのです……!! やっぱりここは正面からノオトのヤツをひっぱたいてやるのが正解なのです」

「うん?」

「ん?」

「え?」

 

 オシアス三人組は──振り向いた。

 そこには、口から血を垂れ流しているヒメノの姿があり、三人はあまりのホラーっぷりに飛び退いた。

 

「ギャーッ!! オバケッ!!」

「ちょっと失礼なのですよ!」

「すみません、てっきりゴーストポケモンかと」

「やっぱり失礼なのですよ!! それより許せないのはノオトなのです、こんな非常時にイチャイチャ……! 貴方達も考えてることは同じはずなのです!」

「いや、僕らは別に……」

「ボクは身も心も転校生のモノだし」

「ちょっと余計な事を言わないでよ、デジー!!」

「はぁーっ!? 貴方達もそう言う関係だったのです!? クソッ、どいつもこいつも浮かれてるのです、許せないので──ごふっ」

 

 びちゃびちゃ、と血が床にぶちまけられる。またストレスで喀血したのだ。イクサは顔を青くして駆け寄った。

 

「ちょっと、大丈夫なんですか!?」

「心配要らないのですよ……持病が悪化しただけなのです」

「あんた前も似たようなこと言ってたじゃない」

「うるさいのです! この分だと貴女も私と同類なのでしょう!? 余り物同士仲良くしようとは思わないのです!?」

「ごめんなさいね、私とデジーは二人で彼を()()()()()()()()

「ちょっとレモンさんまで変な事言わないで下さい!?」

「シェア……? それってハーレム……ごふっ」

 

 ヒメノは──再び血を思いっきり吐いて倒れ込んだ。

 

「ちょっ、ヒメノさん、死なないで!?」

「イ、イクサ様……今のはウソだと言って……欲しいのです……」

「ごめんなさい、全部本当です……」

「ごぶふっ」

「ヒメノさんんんッ!?」

 

 ──特性・ライトメンタルは伊達ではない。

 結局戦っても無いのに、そこには血だまりが出来てしまうのだった。

 そしてこれだけバカ騒ぎすれば、当然キリとノオトも気付くわけで。

 

「ね、言ったっしょキリさん。誰かに見られても知らないって」

「~~~~~!!」

 

 顔を真っ赤にして手で覆い隠すキリ。

 仮面を外している時の彼女は──忍者ではなく、只のポンコツ少女でしかない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:分岐点

「えーと、キリさん。改めて自己紹介を」

「……ぴぃぃ」

「キリさーん? 克服するって言ったじゃねーッスかぁ、人見知り」

「仮面、仮面が無いとぉ……ひゃぁあ!?」

 

 自分で置いた仮面に手を伸ばそうとして、キリはスーツを踏んでしまい、スッ転ぶ。

 鼻を床にぶつけ、真っ赤にして──泣きそうな顔で目を擦るのだった。

 ついでに、膝を突いた場所がメキッと音を立てて凹んだ。

 あの有能忍者の姿は何処へやら。今目の前にいるのは、ただの金髪ドジっ子であった。

 

「……えーと、色々聞きたい事があるんだけど」

 

(てか転んだ拍子に床に穴開けるってどんな馬鹿力なのよ……)

 

(ゴリランダー先輩にだけは誰も言われたかないよ)

 

(は?)

 

 女子二人が取っ組み合い──そしてデジーがレモンに勝てるはずもなく組み伏せられている──を横目に、イクサは手を恐る恐る上げて問うた。

 

「……そこの女の子はキリさん、なんですよね?」

「ひゃ、ひゃぃ、拙者は確かにひぐれのおやしろの……忍者の頭領、キリでござるぅ……ぴぃぃ」

「ピカチュウみたいな鳴き声してるわね」

 

 恥ずかしがっているのか、ノオトの陰に隠れたまま、彼女は出てくる様子が無い。

 

「……あのー、ノオトさん。これって」

「キリさんは極度の人見知りで恥ずかしがり屋なんス」

「そっか! もしかしてあの仮面って目隠しも兼ねてるってこと!?」

「そうなるッスねぇ」

「何で全部言うんでござるかぁ、ばかばかばかぁ……! 拙者のカッコいい忍者像がぁ……!」

「味方には知っててもらわないと困るっしょ、キリさんの弱点。それに、見られちまったモンはどう誤魔化すんスか」

「拙者、ゴマノハと言って、キャプテン・キリの付き添いでござる!!」

「思い出したように昔の偽名持ち出してきたッスねこの人」

「通らないよ流石に」

 

(なんというか……仮面付けてる時と別人レベルだね、キリちゃん……すっごい変わりよう……かわちー♡)

 

(毎晩イクサ君に鳴かされてるウサギさん程じゃないわよ)

 

(は?)

 

 女子二人が取っ組み合い──そしてデジーがレモンに勝てるはずもなく組み伏せられている──を横目に、イクサは「まあ、良いじゃないですか」と言った。

 

「ほら、ギャップはその人の魅力を引き立てると言いますし。キリさんは普段とてもお強いですから、弱点の1つや2つあった方が愛嬌が出て良いですよ」

「おいコラうちのキリさんを口説いたら肩外すッスよ」

「痛い痛い痛い、そういうつもりじゃなかったんですが!」

 

 めきめきと音を立てるイクサの肩。

 ナチュラルガーリーフェイスもあってか、彼に落とされる女子は数知れない。その危険性はノオトも理解していた。

 尤もキリの方は、今更ノオト以外に靡くつもりは1ミリも無く、イクサもそのつもりはミジンコも無かったのであるが──ノオトの不興は大いに買ったのだった。

 

「ナチュラルに女の子を口説くのよこの子、気を付けなさい」

「今のはフォローを入れただけなんだってぇ……」

「こんな所に居たんスねえ、獅子身中の虫ポケモン」

「ナンパなら……昔のノオト殿も人の事を言えないでござる……」

「はぁーっ!? オレっちをこんなタチの悪いナンパ野郎と一緒にしねえでほしいんスけど!?」

「悪いけど昔のノオトの方がよっぽどタチの悪いナンパ野郎だったのですよ」

 

 口から血を漏らしながらヒメノが答える。

 全員の冷たい視線がノオトの方に向いたのだった。何も反論が出来なかった。過去からは逃れられない。輝かしい実績が確かに残っている。

 

「へっ、何言ってんスか。オレっちの何処がタチの悪いナンパ野郎──」

 

 

 

 ──抗えねぇんスよ……カワイ子ちゃんには……どんなに修行しても、こればっかりは……!

 

 

 

 ──ひとめ見た時から、貴女にオレっちのハートはゲット・ワイルドされちまって……今夜はノオトに、しときませんか? あっ、ルカリオ!! 痛い!! 千切れる!! 耳千切れちゃうッス!!

 

 

 

 ──全裸のお姉さんがオアシスで手招きしてるッス!! ウッヒョー!!

 

 

 

 ※輝かしい実績の数々。

 

「……あー、えーと、そのぉ」

 

 ノオトは言いよどむ。

 どうやっても、過去は石の下から這いずり出てくるミミズズのように追ってくるのであった。

 

「まあ、なんつーんスかね。あの頃は、若気の至りだったってことで」

「……あんた達、似た者同士だったのね」

「一緒にしないでくださいッ!! 全然違うでしょう!?」

「一緒にすんなっス!!」

「どっちもどっちなのですよ」

 

 そんな中、キリだけが──何も言わずとも彼の味方であった。

 ぽしょぽしょ、とノオトに耳打ちしてみせる。

 

「拙者の事も、もっと口説いてほしいのでござるが……」

「キリさんんん!?」

「……どうなのでござるか? その辺り」

「ぜ、善処するッス……」

「ー♪」

 

 心なしか、彼を抱きしめる力が強くなるキリであった。ポニーテールが尻尾のように揺れる。

 それを見ていたヒメノは──喀血してその場に倒れ込むのだった。南無。

 

「しっかし、よく見ると──イクサ君とノオトさんって結構顔付きが似てるのよね」

「ほんとだーっ。可愛い寄りの見た目だし」

「可愛いって……いやもう慣れたけど」

「ハッ、可愛い? そんな事ねえッスよねぇ、キリさん」

「……」

「何でそこで黙るんスかぁ!? 泣くッスよ!?」

 

【特性:ライトメンタル】

 

 鉢巻の所為で一見すると分かりづらいが、両者の顔立ちは結構似通っていた。

 

「あと、使うポケモンも同じだよねー」

「同じ?」

 

 喀血しっぱなしのヒメノを寝かせて電気治療を施している二匹のパーモットをデジーは指差す。

 片方は、イクサの相棒・パーモットのパモ様。もう片方は、ノオトが連れているパーモットであった。

 残念ながら失恋の痛みと嫉妬の炎は”さいきのいのり”では回復しないのである。

 

「ぱもーぱもぱも」

「ぱもーぱもぱも」

「ふたりともいるとどっちがどっちか分かんないね。ノオトさんもパーモット持ってたんだ」

「うちのパーモットは確か、オシアスから輸入されてきた血統書付きッス。見間違えたりなんかしねーッスよ!」

「いや、どう見ても同じにしか見えないでござる……」

「……」

「……」

 

 それを聞いて、レモンとデジーは黙りこくった。

 イクサのパーモットは、オシアス産の血統書付きである。 

 元々シトラスグループの下で育てられていたので当然と言えば当然なのであるが──なぜか偶然とは思えないのだった。

 

「ねえ偶然ってさ、何個まで信じるようにしてる? レモン先輩」

「そうね……2つまでかしら。そっから先は必然」

「転校生に双子の姉がいるかどうか聞いてみる?」

「止しましょう。怖くなってきたわ」

 

 鏡合わせの自分でも見るように、互いの顔を不思議そうに眺めるパーモット達。

 それを見て、レモンは偶然と言うものの恐ろしさをひしひしと感じるのであった。

 

「あのー、拙者……そろそろ仮面付けて良いでござるか?」

「えぇ? 折角キリさんの可愛い顔お披露目だったのに」

「そうですよ、勿体ない」

「だから可愛いくなんてないでござる! 拙者はカッコイイって言ってほしいのでござるよっ!」

「仮面付けている時は文句なしにそうだったのだけどね……」

「親しみが持てて良いんじゃない?」

「酷いでござるよぉ!?」

 

 そうやってわいわいと盛り上がる全員に──自力で立ち直ったヒメノがとうとうキレた。

 

 

 

「って、ちょっとはヒメノの心配もするのですよ!!」

 

 

 

 尚。胃と十二指腸の壁は開いても再び執念で自然治癒する模様。これがキャプテンの成せる業である。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……オーラギアスゥ!? 何なんスか、そのバケモノォ!?」

 

 

 

 キリが仮面を被り、ヒメノが何とか正気を取り戻した辺りで真面目な話に立ち返った。

 会議に居なかったノオトは、初めてオーラギアスなる怪物の名を知らされることになる。

 世界を壊し、そして歴史の分岐点とも言えるそのポケモンの話を前に、流石の彼も半信半疑であった。

 

「この辺さぁ、ミコっちが居ればもっと簡単に説明できるんだけどねー」

「仕方ないわ。あの子はあの場に居なかったし」

「心配掛けてるよね……絶対」

「んで、オーラギアスって結局何者なんスか」

「異世界からやってきたポケモンよ。そして、私達の世界の歴史に大きく影響を残してる」

「我々の世界では影も形も無いでござるな。そんなものを飼いならしている組織があれば、先んじてマークしているでござるよ」

「クラウングループも潰されてるし、やっぱそっちにはオーラギアスが居ないんだ」

 

 メグルが転移したポケモンの世界、これを世界線Aとする。一方、イクサが転移したポケモンの世界、これを世界線Bとする。

 両者の世界の歴史を分岐させたのは、間違いなくこのオーラギアスと言っても過言ではない。

 オーラギアスが居た事によって、世界線Aのオシアス文明は滅びることなく現代までにその痕跡を残し続けており、またオシアスも自然豊かな地方となっている。

 しかし、世界線B──オーラギアスが持ち込まれた世界線では、オシアス文明は滅び去り、更にオーデータポケモンとオシアス磁気が残り続けた。

 

「オシアス磁気は、オーラギアスが獲物を捕食した際に変換する粒子エネルギーよ。オシアス地方では、これを動力に使ったテクノロジーが発展したの」

「そして、オーデータポケモンはオシアス磁気をエネルギーにして動く特別なポケモンだよ。でも、強さは折り紙付き! ヌシポケモンと遜色ないかも!」

「待つッス、オシアスにはそんなものが大量にあるってことは……オシアスはオーラギアスの食いッカス塗れってことッスか!?」

「そうなるわね。奴は捕食波動によって周囲のものを無機物有機物問わずに分解し、吸収する。古代のオシアス文明はオーラギアスの暴走で滅んだ」

「そして、現代のオシアスもオーラギアスが暴れてあわや滅びかけたんです」

「まっ、ボク達が止めたんだけどねー♪」

 

 得意げに話すが、自分は途中離脱していたことは伏せるイタズラウサギであった。

 

「ッ……確かに、そんなものが野に放たれたら、世界が終わるのですよ」

「同時に、この世界を覆っていた瘴気とやらの正体も、オシアス磁気と近似的な性質を持つんです」

「オーラギアスは宇宙にいっぱいいるポケモンなんだよ。だから、大昔のヒャッキに落ちてきたんじゃないかなって」

「何でそんなバケモンが沢山居るんスか、おかしいっしょ」

 

 壁紙に描かれている災禍と、ヒャッキを覆う瘴気の性質がこの説を完全に裏付けている。

 太古のヒャッキに災厄を齎したのは、間違いなく例の大蜘蛛である、と。

 

「オーラギアスは最初は隕石のような姿をしているんです。こいつが捕食波動を放って辺りを分解します」

「そして、そいつがエネルギーを溜めると掛け軸の絵にあった蜘蛛の姿に成長するの」

「って事は、もっとたくさん捕食波動を撃てるようになるってことッスか!?」

「ううん。この形態になると、捕食波動は撃たなくなるよ」

「ほっ、良かったぁ……弱体化じゃねーッスか」

「その代わりバカみたいに耐久が上がって、宇宙から隕石の姿の仲間を呼び寄せるようになるけどね」

「……終わりじゃねーッスか!!」

 

 終わりである。

 そもそも隕石で周辺地域が丸ごと消し飛び、更に捕食波動を放つオーラギアスが現れるので、間違いなくその星はオーラギアスに食われ尽くされる未来しかないのである。

 

「つまり拙者たちの最大の目標はオーラギアスの解放を阻止すること、でござるな」

「幸い、チャチャさんのおかげでオーラギアスが封印されてる場所は分かってる。先回りして、クロウリー達と全面対決よ」

「上等じゃない。喧嘩は十八番よ」

「とても風紀委員長のセリフとは思えねえッスね……」

「レモン先輩根っからの武闘派だから」

「全面衝突となると、僕らだけでも足りないですよね。ヒャッキの人たちにも協力してもらわないといけないし」

「ああ。何よりメグル殿に立ち直って貰わねば。だが、あのケガでは……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ケガは確かに決して軽いものではなかった。 

 ソーラーブレードを浴びたことにより、身体のあちこちには深い火傷が刻まれていた。

 だが、それ以上にメグルの心に深く深く突き刺さっていたのは真っ向勝負では勝てなかったリンネの存在だ。

 今までも強い敵は居た。

 しかし、自分と似た戦い方、似た戦術を取るほぼ互角の相手でありながら──リンネはその先を行く。

 そして結局守るだの何だのと言いながら、死に損なってこの体たらく。

 

「クソッ……!!」

 

 メグルは床を拳で叩く。

 こうして寝かされている間にも、アルカがどうなっているか分かりはしない。

 しかし、彼女を助けに行くならば間違いなく、あのリンネが障害となることは確実だった。

 更に、敵はワスレナの記憶魔術で増援を呼ぶ。故に他の仲間の力は借りられない可能性が高い。

 そして何より、好き放題言われたままでは居られなかった。

 

 

 

「……あいつに、どうすれば勝てる……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:全面衝突

 考える。

 考える。

 考える。

 ポケモン廃人に出来ることなど、それだけだ。

 敵がどれほど強くとも、ポケモンである限り弱点は必ず存在する。

 それはタイプ相性的なものだけではなく、ステータス、特性、その全てを総合した上での弱点が存在する。

 件のゲッコウガは、通常種とは違い毒を使いこなし、そしてカメレオンの如く周囲に溶け込む性質を有する。

 だが、もしも通常種とステータスの傾向が然程変わらないのであれば──弱点は間違いなく、耐久が低いこととなる。

 そして、あのストライクも一撃一撃が破滅的な威力を誇り、まともに打ち合えば勝ち目は無い。

 しかし虫タイプであること、草タイプであることはスマホロトムの図鑑機能で確認済みだ。

 タイプ相性としての弱点が多すぎるのである。

 問題は──此方のポケモンとは、ステータスがあまりにも水を開けられていることであった。

 この世界の過酷な環境がそうさせたのか、それともそれだけ長い間戦っていたからか練度がずば抜けているのか。

 あるいはその両方か。

 単純なレベルだけではない。相手を殺すための戦いを幾度となく経験し、そして積み上げられてきた鋭敏な感覚と技は、メグルのポケモンを遥かに凌駕している。

 メグルはまだ、トレーナーになって1年程度しか経っていない。

 過酷な冒険と戦いで手持ちのレベルは急激に上がっていったものの、それでも何年もポケモンを鍛え上げてきたトレーナーに実力は及ばない。

 そんな相手と戦うならば、此方も手段を選んではいられない。

 使えるものを何でも使わなければならない。

 

「イヌハギ。話がある」

「……」

 

 一通り、イヌハギから此処までのヒャッキの事情を聞いたメグルは──そのついでと言わんばかりに、彼に頼みごとをした。

 

「オーパーツを俺に貸してくれ。テング団の持っている──オーパーツを」

「……オーライズ、お前は使えるのではなかったのか?」

「色々あってな」

 

 それが、オーライズの解禁だった。

 アルカが持ち出したオージュエルは未だに彼の腕輪に嵌めこまれている。

 だが、オーライズに必要となるオーパーツを彼は持っていない。

 理由は2つ。 

 必要となるのが、サイゴクのおやしろに祀られている御神体であること。

 そしてもう1つは──かつてイデア博士によって複製されたコピー品は、何かがあってはいけないので全て処分されたことであった。

 彼の作った力に頼るのがイヤだった──それ以上に、博士の事を思い出すのを忌避したメグルもまた、オーライズの事を忘れるようにしていた。

 しかし今、最早そんな事を言っている場合ではない。

 タイプ相性をひっくり返すオーライズは、この戦いで勝つためには必要だ。

 ステータスの差をタイプ相性で補う事が出来るからである。

 

「分かった。キャプテン達は良い顔をせんだろうが……テング団が抽出したオーラで作り出したオーパーツがある。それを渡そう」

「ありがとう。助かるぜ」

「……だが、大丈夫なのか?」

「何がだよ」

「今の貴様は相当憔悴しているように見えるがな」

 

 メグルは気付いていない。

 しかし、彼の目には濃い色の隈が彫られていた。アルカが居なくなったことは、彼が思っていた以上に彼のメンタルに罅を入れていた。

 

「……ケガの状態もさることながら、その状態でクロウリー達に勝てるかどうか──」

「うるせーうるせー……やるっきゃねえだろ」

 

 一つだけ言えることがあった。

 いずれにせよ、どんな結果になったとしても、此処で自分が立ち上がらなければ一生後悔するであろうことは分かっている。

 だから立ち上がらなければならない。相手がどれだけ強かったとしても。

 

「……某は貴様らを死なせんように命を張るだけだ」

「イヌハギ──あんがとよ」

「某たちはもう、間違える訳にはいかんからな。だが──ひとつだけ懸念点がある」

「……何だよ?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「メグル殿!! 戻ってきたでござるか!?」

「もう平気だ。それより状況は?」

「急いで、あいつらを止めねえと、とんでもねえポケモンが目覚めちまうんスよ!!」

 

 チャチャ姫の言い伝え。

 クロウリー達の動き。

 それらから総合して、オーラギアスが封じ込められている場所が特定される。

 ヒャッキ地方の南に位置する死の渓谷。

 草ひとつ生えない大地に、オーラギアスは封じ込められているという。

 イクサ達の推測では、かつて隕石が此処に落ちたために、辺り一帯が吹き飛んだのではないか──とのことであった。

 そして、この場所はルギアが戻ってくるまでは瘴気で満ちており、とてもではないが人の入れる場所ではないとのことだった。

 他でもないオーラギアスが封じられている大きな証拠である。

 

「オーラギアスの事はイヌハギから聞いてる。虫・毒の癖に、とんでもねえポケモンってこともな」

「急ぎ、大渓谷に向かうが、メグル殿は大丈夫でござるか?」

「ああ。アルカを助けに行くぞ。イクサ達も協力してくれるよな?」

「勿論ですっ! 一緒に戦いましょうっ!」

 

 テング団の拠点から、次々に飛行ポケモンに乗って飛び立つメグル達。

 頑丈さと速度を両立するヒャッキアーマーガアを貸し与えられ、空から大渓谷へと向かう──

 

 

 

「……待ってろ、アルカ。絶対に助けてやる──ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オーラギアスが復活したら、手が付けられなくなるわ」

「そうなる前に、アルカ様を助け出して、儀式を止めるのですよ」

「ええ。現に──もう敵の姿が見えます!」

 

 メグルもゴーグルで既に、何匹かのタイカイデンが此方へ向かってくるのを確認している。

 その上にはローブ姿の魔法使いの姿があった。

 しかし。

 

「うるせーうるせー、相手が誰だろうが関係ねえよ。全員倒しゃあそれで解決だろが」

 

 ライドギアの手綱を握り締め、メグルは思いっきり降下していく。

 それを見てか、イクサも追随するようにして速度を上げた。

 しかし。

 

 

 

「──行くぞアブソル」

「ふるーるッ!!」

 

 

 

 

 メグルは思いっきり宙に向かってボールを投げる。

 空に飛び出すのは──アブソルだ。

 その光景にイクサは目を疑った。

 アブソルは当然だが、空を飛べない。

 

「ちょっ、何考えてんのあの人──」

 

 そのままアーマーガアから飛び降りたメグルは、アブソルの背中に向かって飛び込む。

 そして、腕輪のオージュエルをなぞった。

 アブソルの首輪が光り輝く。そこには、テング団謹製のアケノヤイバのオーラをコピーしたオーパーツが取り付けられていた。

 

 

 

「ギガオーライズ”アケノヤイバ”」

 

 

 

 久々にその言葉をつぶやくと、アブソルの身体からは青白い鬼火が迸り、そして体毛が翼の如く広がる。

 そのままアブソルに跨ったメグルは、勢いを付けて急降下。向かってくるタイカイデンをあしらうように言い放つ。

 

「なんだアイツ!! 死にに来たのか!?」

「こっちに!! こっちに来るゥ!?」

「テメェらに用はねぇよ。アブソル、”むねんのつるぎ”!!」

 

 アブソルの尻尾がゆらゆらと揺れると、刀の如く大きく伸びて、向かってくるタイカイデン達を一気に撫で切りにしてみせる。

 胴をばっさりと切り裂かれた敵達は、そのまま為す術もなく墜落していくのだった。

 

「フルルエリィィィスッッッ!!」

 

 複数の敵を前にあまりにもワンサイドゲームな戦いを見せつけるギガオーライズしたアブソル。

 それを前に、言葉を失うイクサ達。

 

「メグルさんもオーライズが使えたんですか!?」

「オオワザ無しで、あれだけの数の敵を──!?」

「それにギガオーライズはトレーナーとポケモンの感情でその力を跳ね上げさせる。今のメグルさん、ブチキレてるわね」

 

 敵を皆叩き落としたアブソルは、そのまま着地の瞬間に影の世界へと入り込み、そのまま地面から主人を乗せたまま這いずり出ることで衝突の勢いを殺す。

 そして、続くようにしてイクサ達も敵地に降り立つのだった。

 

「アブソル、ギガオーライズは一度解除だ。負担が大きいだろ」

「ふるーる! ッ……ガルルルルルィィィス!!」

「……ってわけにも行かなさそうだな」

 

 唸り声を上げるアブソル。

 そして、メグルの行き先を阻むようにして彼らは揃って現れるのだった。

 クロウリーの忠実なる幹部・ワスレナだ。

 

「──正面から乗り込んで来るとは怖いねェ~~~!! だから、しっかり此処で潰してやらないとねぇ~~~!!」

 

 ちゃっ、と”おっかな石”を指に挟んで投げ上げるワスレナ。

 しかし──既にその時にはアブソルの姿は消えており、空中に石が投げられた瞬間にそれらは砕け散っていたのだった。

 

「いっ──速!?」

 

 眼前に突如現れたアブソルに、ワスレナが対応できるはずもない。そのまま、尻尾に薙ぎ払われて、岩盤へと叩きつけられてしまうのだった。

 

「いっちちちち……こりゃあ手痛いのを貰っちゃったねェ……!!」

 

 崩れた岩盤から何とか這い出てくるワスレナ。

 魔法の力で防御したからか軽傷で済んだが、明らかにこれまでとは異なる出力を放つアブソルに慄いているようだった。

 記憶魔術は不発に終わる。

 

「”むねんのつるぎ”でブッタ斬れッ!!」

 

 マシェードの身体を──刀の尾が貫いた。

 そのままブン、と振り回してみせると、地面に思いっきり脳天を叩きつけてやる。

 ゴム毬のように跳ね飛んだマシェードは、そのまま動かなくなるのだった。

 

「ギガオーライズ……話には聞いていたけど、此処までとはねェ~~~!! だが、時間は稼げた……!!」

「ッ!!」

 

 ワスレナの右手には”おっかないし”が握られていた。

 それが砕け散ると黒い靄が現れ、次々と形になっていく。

 現れるのは、タイプ:ゼノ。 

 ミッシング・アイランドでかつて激突した相手だ。

 

「バギュオオオオオオオオオオオオォォォンッ!!」

「……今度はそいつか……!!」

「ジュペッタ、シャドークローなのですよッ!!」

 

 しかし、黒炎の竜の進軍を阻むようにして無数の影の爪が襲い掛かる。

 

「……成程ねぇ……仕留め損なったんだねぇ、アイツ」

「メグル様、先に行くのですよ……!」

 

 迎え撃つはヒメノとジュペッタ。

 傷は疼くが、借りは返さねば気が済まない。

 しかし、それを見てワスレナは更に追加で”おっかな石”を砕く。

 

「さぁて、おじさん大盤振る舞いしちゃおうかねぇ!!」

 

 靄が現れ、宙に浮かぶ狐のようなポケモン、そしてそれを従える少女の姿が現れた。

 

 

 

「……姉さんは何処。姉さんは……ッ!!」

「アルネ……!」

 

 

 

 メグルからすれば忘れようとしても忘れられない相手。

 アルカの妹──テング団三羽烏の一人、アルネ。そして、その相棒のフーディンだ。

 破綻した倫理観と、圧倒的な技術力を併せ持つ恐ろしい科学者であり、そして──ギガオーライズの力を振るい、メグル達を苦しめた強敵だ。

 結局、キリとメグルに追い詰められ、最期は機密保持の為に自爆を選び散った彼女。

 しかしその姿は彼の脳裏に深く刻まれることになるのだった。

 そしてヒメノにとっても因縁の相手だ。彼女が連れたヒャッキタルップルによって、相棒のミミッキュが凍らされてしまったからである。

 この三羽烏は圧倒的な力を誇っており、タイプ:ゼノも随伴している以上、ヒメノだけで戦える相手ではない。

 だが──

 

 

 

「──今度はフーディン? 次々相手が変わるのはキライじゃない」

 

 

 

 ──稲光が天から降り注ぐ。

 それを、お札を大量展開することで弾き返すフーディン。

 アルネは物憂げに上空を見上げた。そして目当てのものが見つかったかのように笑みを浮かべる。

 

「姉さん? ()()()──ッ!」

「メグルさん。イクサ君が先行してる。さっさと追いついて頂戴。こいつらは、私の獲物よ」

「チッ、数が多いねえ……! だが逃しは──」

 

 ワスレナがメグルの方に目を向けた途端。もう彼の姿は無かった。

 鬼火を爆発させて加速したアブソルに跨ったメグルは、疾風の如き勢いでその場を去っていく。

 

(あんがとよ、この恩は忘れねえ!)

 

「あっ、あああ、一瞬で逃げられたぁぁぁーっ!?」

「そういうわけなので。そいつらの相手はヒメノ達が務めるのですよ」

「せいぜい持ちこたえて頂戴ね」

「……だが、人間というのは己の中に巣食う恐怖心にはそう簡単には勝てない──怖いねぇぇぇーっ!!」

 

 タイプ:ゼノが咆哮し、そしてギガオーライズしたフーディンが辺りに燃える粉塵を撒き散らす。

 飛び出したハタタカガチは、タイプ:ゼノに喰らいつく。

 そして、ジュペッタはヒメノとレモンを抱きかかえたまま、影の世界へ逃げ込む。

 次の瞬間──爆音が鳴り響いた。炎の粉塵が前触れもなく爆ぜたのである。

 何とか難を逃れたレモンとヒメノだったが、その威力を目の当たりにして言葉を失う。

 

「あれでオオワザでも何でもないってマジかしら?」

「マジマジのマジなのですよ……!」

「”しきがみらんぶ”」

 

 パンパン、とフーディンが手を叩けば、今度は魚のように宙を大量の御札が飛ぶ。

 そして、その一つ一つがタイプ:ゼノと組み合うハタタカガチを狙って飛んで行く。

 

「──ハタタカガチ、撃ち落としなさい!! ”10まんボルト”ッ!!」

 

 電撃を放ち、タイプ:ゼノ諸共周囲の御札を焼き尽くすハタタカガチ。

 しかし、御札の数は途切れる事が無い程に多く、それらはヒメノやレモン達の方にまで飛んで行き──爆発する。

 それに吹き飛ばされ、彼女達は地面に転がされるのだった。

 速い。そして数が多い。対応が出来ない。

 

「ッ……三羽烏……強敵ね! まだギガオーライズ切りたくないんだけど、私……!」

「ならば、ヒメノが切札を切るのですよ。ギガオーライズはぎりぎりまで取っておくべきなのです」

「切札?」

 

 ヒメノは腕輪をレモンに見せつける。そこには虹色に光り輝く石が埋め込まれていた。

 

 

 

「──ジュペッタ。メガシンカ、なのですよー♪」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同時刻。ヒャッキ地方沿岸付近に浮かぶ黒船内部はテング団の団員達によって占拠が完了していた。

 その立役者となったのは、イタズラウサギであった。

 

「……デジー殿の開発した”催眠君1号”のおかげで、船内の敵達はおおむね制圧でござる」

「ホント、廃材からよくもまあこんなものを作れたッスね」

「ふふーん、ボクは天才なのですっ!」

「何でも良いッスけど、アルカさんが居ないか探すッスよ!」

「ひどくない!?」

 

 事実、天才であることは否定できない。胸を張る小さなウサギ少女の作った催眠ガスを撒き散らす小型マシーンは、船員たちを概ね無力化するに至ったのである。

 こうして戦わずして捕まった捕虜たちを解放することに成功したのである。

 しかし──部屋の隅々まで探索していく彼らを、クロウリー一味がただで帰すはずもない。

 忍者特製ガスマスクを着け、船内を強行突破して探索を行う彼らに──燃え滾るハンマーが不意に背後から襲い掛かる。

 それを受け止めるのは、キリが後ろ手から出したモンスターボールから飛び出した──メテノであった。

 

 

 

【デカヌチャンの ヒートハンマーッ!!】

 

 

 

「まだ戦える者が居るでござるか!?」

「──ふぁーあ。急に眠くなったと思ったら……侵入者かい」

 

 

 

 インパクトで吹き飛び、天井に衝突して装甲がパージされるメテノ。

 それを見て愉快そうに笑うのは──クロウリー一味の突撃隊長・ミネルヴァだ。

 

「……今この船に充満してるのは、ガチグマでも寝る、ヒャッキ産キノコの胞子ガスなんだけどぉ!?」

「……あ? もしかしてオマエ達の仕業かい!? あたしが眠くなったのはぁ!?」

「何でコイツは平然と起きてるんスかぁ!?」

 

 無論。ミネルヴァはガスマスクなど着けてはいないのである。

 

「はっ、ちっこいのに受け止めて貰ったみたいだけど……可哀想に、吹き飛んで行ったよ。次はお前達だ!!」

「どうだか」

「あ?」

 

 デカヌチャンを狙い──宝石の光が壁に跳ね返りながら飛ぶ。

 それは的確にデカヌチャンの目と手を撃ち抜き、そのまま彼女を悶絶させるのだった。

 パワージェム。生成した宝石の光をレーザーのようにして放つ技。

 メテノは装甲が割られただけで、依然健在だ。

 

 

 

「……メテノ。此処からが勝負どころでござるな」

「しゃらんしゃらんら」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:代償

 ※※※

 

 

 

「漸く達成される──私の悲願がッ!!」

 

 

 

 磔にした3人の巫女たち。

 その真ん中には──アルカの姿もあった。

 既に、クロウリーによる封印解除の儀は目前に迫っていた。

 渓谷の中央にある大穴。そこからは既に光が漏れ出している。

 

「さぁ、巫女たちよ! 貴方達の身体に刻まれた鍵で、三大妖怪を解き放つのだッ!!」

「ッ……」

 

 アルカは歯を食いしばる。

 この状況。自分は何もする事が出来ない。

 ずっと傍に居るサニーゴも、不安そうにただただその場でおろおろしているだけだ。

 そして、完全に絶望して諦めてしまっているのか、他の巫女たちは暗い顔で俯いているだけだ。

 

「……逃げて」

「ぷきゅー?」

 

 アルカは小さく呟いた。

 

「逃げてよ……! 何で居るのさ……! 危ないから……!」

「ぷきゅー……」

「君は何の役にも立たない! 立たないから……逃げてよッ……!!」

 

 しかし、サニーゴはその場を離れようとしない。

 そればかりかアルカを気遣うようにして、彼女の顔を見上げる。

 かと言って、今更サニーゴに何かが出来るわけではないのだが──

 

(分かってる。君が優しい子だって──だから、これ以上、巻き込みたくないのにっ!! お願い、どっかに行って!! これ以上、君に──辛い顔をさせたくないよっ!!)

 

 

 

「──復活の儀を、執り行うッ!!」

 

 

 

 クロウリーが杖を振り上げ、それを前にしてリンネが眩しそうに眼を細めた。

 黒い稲光が大穴から迸っていく。同時に、磔にされた巫女たちの胸に、光で出来た鍵のようなものが現れ、差し込まれる──

 

「があああああああああああ!?」

 

 同時に、彼女達の全身に激痛が走り回った。

 身体を真ん中から無理矢理こじ開けられ、裂かれるような感覚。

 常人ならば発狂しかねない程のそれを前に、彼女達は叫び悶え、苦しむしかない。

 そして、そんな彼女達の苦痛を他所に、地獄の蓋は開かれようとしていた。

 

「あああああああああ!?」

 

 

 

(裂けるッ!! 身体がッ!? 頭からッ!! 死ぬ、死んじゃうッ──!?)

 

 

 

 その間、クロウリーはずっと呪文を口ずさみ続ける。

 稲光は大穴から絶え間なく放出されていく。 

 巫女たちが口から泡を噴き出し、気を失ってだらん、と指先から力を失わせれば──パキン、と鎖が砕けるような音が響く。

 

「鬼の封、解錠──九尾の封、解錠──ッ!! 天狗の封──ッ!!」

 

 

 

(死ぬ……? 此処で? 死ぬわけには……? ボクが死んだら……!!)

 

 

 

 ──アルカ。俺がお前を守るから。

 

 

 

(メグルは……どうなるの……?)

 

 

 

 がりっ、とアルカは口の中を思いっきり噛む。

 こんな激痛、何てことはない、と自らに言い聞かせる。

 ひたすら耐え、耐え、耐える。

 昔、ひたすらに殴り、蹴られ、嬲られ、斬られたあの日々に比べれば、と自らに言い聞かせ続ける。

 血の涙が目から流れようとも。裂かれるような激痛に襲われようとも、彼女は──耐える。

 そうしている間に、大穴から迸る稲光は徐々に弱まっていき──そして、消えてしまうのだった。

 

「ッ……バカな!? 儀式が失敗した……!」

 

 魔力を使い果たしたクロウリーはその場にへたり込んでしまう。

 他の巫女たちが激痛に耐え兼ねて失神し、封印を解き放つ中──アルカだけが彼の魔法に耐えきってみせたのだった。

 そして、魔力を使ってしまったので、すぐに儀式を再開することも出来ない。

 

「……耐えきったのかよ、儀式を……!」

「言ってる場合か、リンネ!! これでは……三大妖怪が復活できないではないかッ!!」

 

 息も絶え絶えの彼は、杖を突いてアルカの前に歩み寄る。

 

「とんでもない精神力だ。それは褒めてやる──だが!! それでも!! 結末は変わらないッ!!」

「……!」

「我慢比べといこう。幾ら貴女でも、何度もこの苦痛に耐えられるか?」

「ッ……耐えるよ……! お前達の思い通りには、ならない……!」

「余程大切なものがあるようだ。守りたい何かへの思いは、人の精神を強くする。精神は……魔法への強さに直結する。しかし──」

 

 クロウリーは、懐から結晶を取り出した。

 それを見て、リンネは目の色を変える。

 

「クロウリー、それは……!」

「ワスレナから預かったものだ。こんな事もあろうかと用意していた」

「……何をするつもり……?」

 

 そう言って、クロウリーはアルカの額に結晶を翳す──

 

 

 

「奪うんだよ。……守りたいものを」

 

 

 

 ──ズドガァァァンッッッ!!

 

 

 

 衝突音。

 そして爆音が遠くから響く。

 それを聞いて、クロウリーは忌々しそうに言った。

 

「……リンネ」

「分かってる。俺に任せろクロウリー」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──はぁ、はぁ──!!」

 

 

 

 死屍累々。

 その真ん中にメグルは立っていた。

 襲い掛かるポケモンも、魔術師たちも、皆──ギガオーライズしたアブソルが斃した。

 こうも守りを固められているとなると目標地点は間近に迫っているのだ、と確信させられる。

 しかし。

 

 

 

「──フルルエリィィィスッ!!」

 

 

 

 アブソルが何かを察知したように甲高く鳴いた。

 メグルはすぐさま彼女に跨り、その場を離脱する。

 数秒後、地面を抉る勢いで巨大な光の刃が貫いた。

 脱していなければ間違いなく巻き込まれていた。

 それを撃ち放ったのは──あの全身が黒い外骨格に覆われたストライクだった。

 

「……おでましかよ」

「やはりしぶとい──だけどな、此処で打ち止めだぜ」

 

 メグルの視界に入ったのは──リンネ。

 先程打ちのめされたばかりの相手だ。

 だが、その前髪は大きく切られており、素顔が顕になっている。

 それを見てメグルは思わず目を丸くした。自分と全く同じ目、鼻、口元。

 まるで鏡映しになったような、そんな気分だ。

 

「……おいおいおい、何の冗談だコラ。オマエ、メタモンか何かだったのかよ?」

「うるせーうるせー、それはこっちのセリフだ!! 俺と同じ顔、同じ声、それで俺より弱いんだ、虫唾が走るッ!!」

 

 飛び出したアブソルはストライクと切り結ぶ。

 しかし、その膂力は想像を絶するものだった。

 ギガオーライズしているアブソルに対しても尚、ストライクは互角に踏ん張り、刃を振るう。

 日本刀の如きしなやかな尻尾を振るうアブソル。

 対するストライクは力任せに、その巨大な鎌を振るい、地面諸共アブソルを切りつける。

 メガシンカ状態と違い、耐久が据え置きのギガオーライズでは一度喰らっただけでも致命傷になり得る。

 故に。絶対に攻撃に当たってはならないのだ。

 そしてアブソルのギガオーライズはそれを実現し得るだけの能力を持っていた。

 ストライクがどれほどの速度で攻撃を繰り出そうとも、それが当たる前に地面に潜り込み、後隙に尻尾による斬撃を見舞う。

 超速度の未来予知により、常にストライクの一歩先を行っているのだ。

 

「そのアブソル、さっきとは比べ物にならない程の速度!! 何故それを隠し持っていたッ!!」

「使えりゃ使えてたよッ! さっさとアルカの居場所を教えて投了しろや!!」

「誰がするか!! ──聊か後ろがお留守のようだぜ」

 

 メグルは後ろを振り向く。

 見えないクナイを握ったゲッコウガが彼の背中を刺し貫くべく迫っていた。

 今更避けることなど出来はしない。

 しかし、彼は驚きも何もしなかった。

 危険予測が出来るアブソルが戦闘に集中しているということは、これは──危機に値しないということだ。

 

 

 

「パモ様、”かみなりパンチ”!!」

 

 

 

 電光がゲッコウガを突き飛ばした。

 アサシンは地面に撥ね飛ばされ、そのまま起き上がり、新たなる敵を視認して身構える。

 そこに立っていたのはイクサ、そしてパーモットだ。

 

「全くメグルさん、僕が先に行ってたと思ってたのに追い越しちゃうんですから……! ヒヤヒヤしましたよ!」

「わりーわりー……! 後ろは任せたぜ」

「はいっ!!」

 

 イクサもまたオージュエルにカードを翳す。

 パーモットの全身は電光の鎧に包まれて、頭には王冠が現れる。

 そして、背中には電気で出来たマントが現れ、王者の如き風格を醸し出す。

 

「ギガオーライズ……此処で切るよ、パモ様!!」

「ぱもーぱもぱもっ!」

 

 思いっきり地面を踏んで飛び出したパーモットは、ゲッコウガへの追撃を開始するのだった。

 そして、邪魔者が居なくなった以上、アブソルとストライクは最大出力での激突を再開する。

 

「援軍──ッ!! どうしてそこまでして、俺達の邪魔をするんだッ!? ああ!?」

「何度も言わせんじゃねえ!! テメェらが、アルカを攫ったからだろーがぁ!!」

 

 ストライクの刃がアブソルに届くことはない。全てがすんでのところで避けられ、不可視の死角からの反撃が待つ。

 腹に据えかねたリンネはとうとう「メグルを──あの人間を斬れッ!!」と指示を出す。

 当然、地面を蹴ってメグルに迫るストライクだったが──

 

「”ゴーストダイブ”だ、アブソルッ!!」

 

 ──地面を腹に低空飛行で迫るストライクの影から、アブソルは姿を現し、その首根っこに思いっきり噛みつくのだった。

 影の世界では移動時間など関係はない。どれだけ速くストライクが動こうとも、アブソルは常に一歩先を行って食らいつく。

 そのまま揉み合った二匹だったが、アブソルは尻尾の刃をストライクの背中に突き刺し、そのまま地面に組み伏せる。 

 だが、ストライクの膂力も凄まじく、羽ばたいた勢いだけでアブソルを吹き飛ばしてしまうのだった。

 

「追いついた……ストライクの速度に!? ストライクが、遅いとでも──!?」

 

 初めて目の当たりにしたギガオーライズの凄まじさにリンネは驚愕する。

 しかし、それはメグルも同じだった。このストライクのスペックは想像以上。

 ギガオーライズしても尚、圧倒することは叶わない。倒しきる事が出来ない。

 そして此方には人間、ポケモン、共に過重負荷がかかり続けている。持久戦は不利だ。

 

「ッ……これでは埒が明かない──!! ”ソーラーブレード”で全部薙ぎ払えッ!!」

「アブソル、こっちも真っ向勝負だッ!! ”しん・あかつきのごけん”!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──船内はヒャッキ産ネムリキノコの胞子で充満しており、ポケモン達は”ぼうじんゴーグル”ありきでの行動を強いられる。

 しかし、その眠気を強靭な精神力のみで耐えきったデカヌチャンは、メテノとの激突を繰り返すのだった。 

 コアを露出させたメテノは、圧倒的速度でデカヌチャンを狙い撃とうとする。

 一方、オーライズによって電気タイプ──即ちサンダースの力──を身に纏ったデカヌチャンは、ハンマーに稲光を纏わせてそれを跳ね返すのだった。

 狙いは船内を探索しに向かうノオトとデジーだが、それを遮るのはメテノのパワージェム。

 

「チィッ、逃がして堪るかいっ!!」

「悪いがノオト殿とデジー殿の邪魔はさせないでござるよ。貴殿は、此処で拙者が斃すでござる」

「やれるもんならやってみなぁっ!!」

 

 ミネルヴァの足元に魔法陣が浮かび上がる。

 すると、デカヌチャンの目から紫電が迸り、更にその速度が増すのだった。

 ミネルヴァの持つ魔術──ウォークライ。従えるモンスターの力を爆発的に引き出すというものだ。

 その凄まじさはギガオーライズに匹敵する。メテノは既に力負けしてしまっており、ハンマーの一撃で通路の奥まで吹き飛ばされてしまう。

 

「ハッハーッ!! 残念だねぇ!! 軽い!! 軽すぎて──」

 

 ずぅん──

 

 そう言いかけたミネルヴァの足は、重い鉛の如く船の床に沈み込む。

 彼女だけではない。デカヌチャンのハンマーと足も、沈み込み始める。

 

「軽すぎる? 逆でござる。全てがエネルギー体同然のメテノにとって、幾何学移動は容易。ハンマーのインパクトをいなし、後へ飛んだに過ぎない」

「じゃ、じゃあこれは──」

「メテノの”じゅうりょく”でござる。どんなに膂力が凄まじくとも、星の引力に勝てはしないでござろう。貴殿たちの周囲だけ、重力を跳ね上げさせた」

 

 加えて、キリの身体から放出された鉄糸が彼女達の身体を縛りつけている。 

 これでは身動きがとれるはずもない。

 しばらく藻掻いていたデカヌチャンは、電撃を流そうとするが、絶縁素材で出来ているキリの忍装束には全く効果が無いのだった。

 

「う、動けない……!! ち、畜生!! だけどこの状態でもオオワザは──」

「撃たせるわけないでござろう。何のためにメテノが下がったと思っているでござる」

 

 一気にキリは後ろへ下がる。

 同時に前へと飛び出すメテノ。

 その身体には極光が溜めこまれていた。

 メテオビーム。チャージ時間の代償に破滅的な威力を誇るメテノの必殺技だ。

 そして、チャージ時にメテノの特攻は一段階上昇する。

 

「──全ては発射時間を稼ぐため」

「マズイッ──やらせるか!! デカヌチャンッ──オオワザ──」

「そして、ヌシポケモンのオオワザを勝手に借り受けた報いは受けて貰う──その血の代償を以て」

 

 間に合うはず等無い。

 

 

 

「最大出力──メテオビームッ!!」

 

【メテノの メテオビームッ!!】

 

 

 デカヌチャンもミネルヴァも極光に包み込まれて吹き飛んだ。

 彼女達は向こうの壁も突き抜けて吹き飛ばされ──めきめきめき、と木材が破砕した音が聞こえてくる。

 しばらくすると、焦げ臭い嫌な匂いが漂ってくる。

 一撃必殺。相手がどれほど強かろうが関係はない。

 極限の光を以て消し飛ばすのみ。

 そしてどれだけ策を練ろうと関係はない。キャプテン・キリは常に、一歩先を行くのだから。

 

 

 

「……他愛もない」

 

 

 

 後は──ノオトやデジーと共に、船の中の人質を探すのみ。時間も猶予もあまり無い。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「姉さん……姉さん、帰ってきて」

「私は貴女の姉さんじゃないのだけどッ!?」

 

 

 

 フーディンの強襲を受けるハタタカガチ。

 フェーズ2を使ってしまったが故に、まだクールタイムが明けていないレモンは、切札を切る事が出来ない。

 一方、アルネと戦っているヒメノはジュペッタをメガシンカさせたことで、一転してタイプ:ゼノに対して優位に立ち回っているようだったが──

 

「マフォクシー!! そのジュペッタを攻撃するんだねェ!!」

「増えたのです……!」

 

 ワスレナのエースであるマフォクシーが加勢したことで、一対二に追い込まれる。

 レモンの方を救援する余裕など在りはしない。

 更にフーディンが辺りに粉塵を撒き散らせば、そこが間を置かずに爆発するので、戦いにくいことこの上無いのである。

 

(だから猶更、このフーディンを真っ先に始末しないといけないのだけど──!!)

 

 レモンは自らのオージュエルを握り締める。まだ仄かに熱い。

 ギガオーライズの連続使用は、オージュエルそのものに負担が掛かり、最悪の場合破損する恐れがある。

 そうなれば、最早戦うどころではない。トレーナーとポケモンにも大きな疲労が残るだけの最悪の結果になってしまう。

 故に彼女はこの場ではギガオーライズを切るわけにはいかないのである。しかし。

 

「フーディン、”サイコキネシス”で吊り上げて」

 

 念動力がハタタカガチを襲う。相性があまりにも悪い。

 炎、フェアリー、エスパー。この3つのタイプを使いこなすフーディン相手には、流石のハタタカガチも苦戦を強いられる。

 特に弱点を突かれるのが単純に持久戦に於いては厳しいものがあった。

 かといって、こちらの”ヘドロウェーブ”は相手の御札や念動力で凌がれてしまっている。

 想像以上の難敵にレモンは歯噛みしていた。

 

(空を飛ぶ御札が厄介極まりないわね……電気で撃ち落としてもそう簡単には焼けない。特殊防御力が高いフーディンならでは、かしら)

 

 そう考えていた矢先。

 レモンとハタタカガチの周囲にはいつの間にか、赤い粉塵が充満していた。

 

(しまっ──!? もうこんなに粉塵が!?)

 

 

 

「──オオワザ。”ばくえんあらし”」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:一番怖いもの

 爆炎が巻き起こる。

 粉塵が渦を巻いて、炎の塊と化し、爆ぜ上がる。

 大花火でも打ち上げたかのような跡は、煙と炎が巻き上がるのみ。

 それを前にして、ただただ無表情にアルネは「残念」と一言。

 

「でも安心して、姉さん。どんなにダメな姉さんでも、私がゼロから造り変えてみせる。私の理想の姉さんに、造り変えてあげる」

「あっちは終わったかねえ?」

 

 ワスレナが笑みを浮かべた。

 流石のヒメノも振り返る。

 人間が耐えられるとは思えない規模の爆発。そして炎。

 丸焦げであれば、まだ良い方だ。人体の原形が残っているかどうかも怪しい。

 それほどの熱風が此方にまで吹きすさんできたのである。

 

「──レモン様ッ!?」

「ほらぁ、余所見は良くないねえッ!!」

「……ッ!!」

 

 ジュペッタの口から大量の影を吐き出させ、タイプ:ゼノをズタズタに引き裂かせたヒメノ。

 しかし、その奥から羽根の生えた火の玉を大量に生み出したマフォクシーが突っ込んで来る。

 当然、影の手の軌道を変えてマフォクシーを狙うジュペッタだったが、そのいずれもが魔法陣によって防がれてしまうのだった。

 

「つ、貫けないのです──ッ!? メガシンカしたのに──ッ!!」

 

 魔術師は、ポケモン達の力を自らの魔法で強化しており、実質的に全能力をデフォルトで一段階上昇させており、防御面もまた例外ではない。

 だが、それ以上にヒメノの不安定なメンタルがジュペッタに悪影響を与えているのは確かだった。

 霊感が減少した影響で、それをエネルギーに変えていたポケモン達の力は以前よりも落ちている。

 そしてそれに加えて、ジュペッタの身体を青い炎が覆っていることにヒメノは気付く。

 

(”おにび”──ッ!! あの火の玉を捌いている間に被弾したのですッ!?)

 

 火傷状態だ。物理攻撃が主体のジュペッタにとって、物理技の威力が半減されるこの状態異常は致命的であった。 

 しかし、それでもヒメノもキャプテン。必死に食らいついていく。

 

「”でんじは”なのですッ!!」

 

 口から伸ばした大量の手から電磁波が流し込まれ、マフォクシーの身体を捕らえた。

 素早さが持ち味のマフォクシーは、一気に足が止まり、立ち竦んでしまう。その隙にヒメノは──ジュペッタに命じる。下がった能力値は、此方も変化技で補えば良いだけの話だ。

 

「”つるぎのまい”なのですッ!! これで攻撃力は元通りなのですッ!!」

 

 宙を華麗に舞い踊るジュペッタ。

 これで火傷による物理技の威力半減は帳消しとなった。そして、口から再び大量の影の手を放ち、マフォクシーを狙う。

 しかし──

 

 

 

「ほうら引っ掛かった──怖いねえッ!! ”みわくのボイス”ッ!!」

 

 

 

 ──妖精の加護が乗せられた呪歌が奏でられる。

 それを耳に入れてしまったジュペッタは藻掻き苦しんだかと思えば、ふらふらと踊り狂い始めてしまう。

 その技の詳細はヒメノも知っていた。能力が上がったポケモンを確実に混乱状態に陥れる技だ。

 これによりジュペッタの動きは更に封じられる事になる。自らの招いた危機を前にして、ヒメノの顔は青くなっていく。

 

(ヒ、ヒメノの選択がどんどん裏目に……ッ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……たく、やってくれたじゃないのよ……ごふっ」

 

 

 

 がらん、ごろん、がらがら。

 

 爆炎の中から彼女は這い出てくる。

 辺りにはハタタカガチの身体のパーツが散らばっていた。

 爆発の寸前で、自ら主人に巻き付いて電磁パルスによるバリアを展開したのだ。

 しかし、それでも当然ダメージは受ける。爆圧と熱の両方がレモンに襲い掛かった。

 しかもまともにこれを受けたハタタカガチは戦闘不能。戦えない。

 

「流石姉さん……でも、そろそろ楽になってアルネの所に戻ってきた方が良い」

「……ありがとう。貴女が居なきゃ死んでたわ、カガチ」

「バラバラにしてから、私の理想通りに改造してあげる」

 

 アルネは笑顔ひとつ浮かべずに言った。

 洒落にならないわね、とレモンは吐き捨てる。

 

「……多分このままだと、どの道死ぬけど」

 

 相棒をボールに戻し、レモンはへたり込む。

 全身は火傷と煤塗れ。よく自分が生きているものだ、と自嘲する。次は無い。決して。

 

(とんでもないオオワザだわ……粉塵が漂っている箇所全部を一気に爆破するだなんて! これじゃあ、回避のしようがない……!)

 

 百歩譲ってポケモンは範囲から逃れられるだろう。

 しかし、一緒にいるレモンは逃げおおせることは不可能だ。

 加えて──アルネとフーディンのオオワザは、生前よりも強化されている。

 それは彼女達が本人ではなく、かつてのヒメノやメグルの「恐怖」から生み出された存在だからだ。

 ”ばくえんあらし”は強力なオオワザではあるが、前触れなく辺りを爆発させるような無法な技ではなかったのである。

 

「──フーディン。”ばくえんあらし”──」

「また来る──ッ!?」

 

 レモンは足を引きずってその場から逃れようとする。 

 しかし辺り一帯は既に粉塵が充満していた。

 炎が弾け、爆ぜ、火が点いた──

 

 

 

「”ぜったいれいど”ッ!!」

 

 

 

 パキッ!!

 

 

 

 ──周囲の空気が一気に凍り付く。

 引火点から大きく遠ざかった粉塵は勢いを失い、只の火の粉と化す。

 シャインの名を呼びかけたレモン。

 低下する気温の中──誰かが彼女の手を取って連れ出した。

 

「しっかりしてっ!! 火傷だらけなんだからっ!!」

「火傷の次は冷凍地獄……? 殺す気……?」

「それはゴメンなんだから」

「……貴女は」

「あたしは──シャクドウシティのキャプテン、ユイ! そしてあの子は──私の頼れるポケモンなんだからっ!!」

「ぶっふぅぅぅ!!」

 

 辺り一面の空気を凍てつかせたのは、樹氷の如きポケモン・ユキノオー。

 そして、それを従えるのは稲光のように明るい髪色の少女だった。

 空からは雪がしんしんと降り落ちている。

 オオワザが不発に終わったことで、フーディンにも大きな負荷がかかり、動けなくなるのが見えた。

 

(──冷気で粉塵が無力化されてオオワザが不発──フーディンに後隙が生まれたッ!)

 

「戻って、ユキノオーッ! 今度はアナタの出番なんだから──パッチルドン!!」

「ばっちるるるーっ!!」

「……私も負けていられないわね」

「その傷でまだ戦うつもり!?」

「生憎、やられっぱなしは気に食わないの。──ブリジュラス、行きなさいッ!」

 

 息も絶え絶えではあったが、次のボールをレモンは投げる。

 

「どうあがいても無駄。閉じ込めてあげる──フーディン、オオワザ──”ハッカイ・コトリバコ”」

 

 

 

【フーディンの ハッカイ・コトリバコ!!】

 

 

 

 周囲の空間は塗り替えられ、蠢く肉塊の床、そして壁に覆われる。

 更にレモン達の身体を、呪いの炎が焼いていく──

 

「……こ、これは──!?」

「ノオトから聞いたんだから。フーディンの身体を箱型の空間に変えて、対象を閉じ込めるオオワザだって」

「……そう。貴女達は逃れられない檻に閉じ込められた」

「あら? そうでもないんだから。フーディンが檻に姿を変えたってことは──この空間をブチ壊せば全部解決ってことなんだから!」

「成程。単純ね」

「──ッ! やらせない。呪いの炎で焼き尽くされて消えると良い!!」

 

 目から紫電を放つアルネ。

 それに伴い、レモン達の身体を覆う炎も強くなっていく。

 しかし──

 

「弱点が分かってるなら……()()()()()()()()()っ!!」

「そうね。人間は()()()()()()()()()()()()。ならば()()()()()()()()()()()()()()

 

 ──そこは共に電気使い同士。すぐさま馬が合ったのか即興での連携を始める。

 パワフルハーブを噛み締めたブリジュラスは全身に電気を迸らせ、橋のような形態へと変形する。

 

「──ブリジュラスッ!! ”エレクトロビーム”を撃ち込みなさいッ!! 狙いは──パッチルドンの嘴ッ!!」

 

 大きく口は開かれ、そして紫電の束がパッチルドンの嘴目掛けて放たれた。

 それを受けたパッチルドンは──その電力を糧にして、全身に電気を迸らせる。

 

「──パッチルドンッ!! ”でんげきくちばし”ッ!!」

「”しきがみらんぶ”ッ!!」

 

 大量の式神がパッチルドン目掛けて飛んだ。

 だが、どれもひと筋の雷光に撃たれて焼け落ちた。

 ブリジュラスの”エレクトロビーム”を嘴に溜め込んだパッチルドンによる、限界を超えた一点突破の刺突によって空間はあっさりと崩れ落ちる。

 そして、フーディンが倒れ伏せると共に、アルネの身体も砂のように消えてなくなっていく。

 

「姉さん……? 私は、姉さんと一緒に居たかっただけ、なのに──っ」

 

 悪夢はこれで終わった。

 ユイに肩を支えられたレモンは──顔を上げるのもやっとで、搾り出すように「……何とか退けたわね……」と呟く。

 

「ヘーキ? ……じゃないみたいね」

「ええ。おかげさまで……火傷が痛むわ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 混乱状態に陥ったジュペッタは、ふらふらとよろめいており、一方的にマフォクシーからの攻撃を受けるばかり。

 最後には、渾身の威力の”ムーンフォース”を受け、ヒメノ諸共吹き飛ばされてしまうのだった。

 

「ジュ、ジュペッタ、平気なのです……?」

「ケタケタ……」

「ヒメノが、ヒメノが不甲斐ないばっかりに……!!」

「ケタ……」

「さぁてと。そんじゃあ最期は、とっておきの怖いトラウマでトドメを刺してやろうかねぇ?」

 

 にじり寄るワスレナは、”おっかな石”を取り出す。

 それが映し出すはヒメノの中に眠る恐怖の記憶。

 辺りに充満する冷気、転がる氷の林檎。そして──彼女を取り囲む二匹の氷の竜。

 アップリューとタルップルの姿がそこにあった。呪いの氷を以て、ありとあらゆるものを永遠に閉じ込める彼らは、かつてヒメノの相棒・ミミッキュを氷漬けにし、彼女の心を徹底的に壊し尽くした。

 敗北の前に、彼等を前にしたヒメノは竦んでしまう。言葉が出ない。指が動かない。

 その場から立ち上がる事が出来ない。

 呪いの冷気がヒメノとジュペッタの身体を凍てつかせていく──

 

「嫌、イヤだ。守れない。また、守れない──」

 

 ──ああ、結局自分は怖かったのだ、とヒメノは思い知らされた。

 ノオトが遠くに行くのが、キリが居なくなってしまうのが、そして──大好きな相棒を喪うのが。

 

(でも、もうダメ……誰も、助けてくれない──ッ)

 

 ぎゅう、とジュペッタを抱きしめたその時だった。

 

 

 

「みみっきゅっ!!」

 

 

 

 何かが彼女の腰のモンスターボールから飛び出し、氷の竜たちを薙ぎ払う。

 ズタ布でピカチュウを象ったようなポケモンが、影の爪を吐き出し、氷の竜たちを貫き、退ける。 

 それを見たヒメノは──思わず顔を上げた。

 

「ミミッキュッ!? ダメなのですっ! あなたまでやられたら──ッ!」

「みぃーっ!!」

 

 甲高く鳴いたミミッキュは、それでも孤軍奮闘し、アップリューとタルップルに立ち向かう。

 主人を守るため。たった1匹で、呪いの竜たちの前に立ちはだかる。

 それを前にフラッシュバックするのは、氷漬けになったミミッキュの姿だった。

 

「何で、何で突っ走るのです、ミミッキュ!? ヒメノは……あなたを喪うのが──怖くて──」

 

 そこまで喉から出て、彼女は気付いた。

 

「そうなのです──ヒメノはずっと、怖かった。ヒメノの傍から、誰かが喪われるのがずっと」

 

 両親が亡くなった日のこと、相棒を失った日のこと、リュウグウを喪った日のこと──そして何よりノオトとキリが交際の報告をしにきた日の事を思い出す。

 いつも自分は置いていかれる側だ、と彼女は吐き捨てる。

 ノオトとキリの件だって、彼らが何処か遠くへ行ってしまったような疎外感を覚えていた。

 残っているのは自分だけなのだ、と。

 

「ジュペッタ……ミミッキュを援護するのです」

「けたけた……?」

 

 ”なんでもなおし”の注射を取り出し、ジュペッタに撃ち込む。 

 時間はミミッキュが稼いでくれている。それでも、マフォクシーの火の玉を受けて身代わりとなる”ばけのかわ”は剥がれてしまった。

 ミミッキュを一度だけダメージから守るズタ布は、既にくてん、と倒れてしまっている。

 

「ミミッキュ……霊能力が使えなくなって、貴方達の気持ちが分からなくなって──ヒメノはとっても不安だったのです」

 

 だがそれでも、必死に戦うミミッキュを前にヒメノは叫ぶ。

 

「貴方達もヒメノと同じで怖かったのです……ッ! ヒメノは大馬鹿野郎なのですよ……ッ! それに報いないならば、トレーナー失格なのですっ!!」

「マフォクシー!! トドメを刺してやるんだよねえ!!」

「ジュペッタ!! ミミッキュ!! 連携攻撃、なのですっ!!」

「!?」

 

 ジュペッタは口を開き、大量の影の手を生み出す。

 そして、ミミッキュもまた、ズタ布の下から影の手を生み出して氷の竜たちのまやかしを一瞬で引き裂いた。

 既にヒメノに迷いはなかった。

 

「マフォクシーッ!! ”みわくのボイス”──」

「口を塞いでやるのですよ」

 

 消えたかと思えばマフォクシーの影から再び姿を現したジュペッタが、マフォクシーの口を背後から大量の影の手で押さえつけて塞ぐ。

 そして、ミミッキュが追い打ちをかけるようにして宙をくるくると舞う。”つるぎのまい”。そして、そこからスムーズに移行する”シャドークロー”がマフォクシーの胴を引き裂いた。

 

「口を閉ざせば呪文は唱えられない。単純明快な話だったのです」

「なっ、マフォクシーまでやられた!? な、何故ッ!? さっきまで此処まで強くなかったはず──」

 

 息をすることも出来ず、その場から動くことも出来なかったマフォクシーはそれをまともに受け、遂に崩れ落ちるのだった。

 手持ちを全て失ったワスレナは後ずさり、最後の”おっかな石”をヒメノの前に翳す。

 

「こ、怖いねえ~!! だけど、お前の心の闇を映し出してやろうかねぇ!! ”おっかな石”!!」

 

 記憶魔術で彼女の心を覗こうとするワスレナ。

 しかし、石から溢れ出した靄からは──ゲンガーやシャンデラ、ギルガルドといった、彼女の手持ちのゴーストポケモン達が溢れ出してきて、ワスレナの方に向かう。

 

「そう、そうなのです。ヒメノが一番怖かったのは、大事な人たちを喪うこと。ヒメノはずっと、寂しかったのです」

「な、何故!! 何故オジサンの方を向く!? 何がどうなっているんだねぇ!?」

「──く、き、くきひひひひひひ──ッ!!」

「オバケさん達ーっ♪ お遊戯の時間なのですよー♪」

 

 ゴーストポケモン達はワスレナを地面に抑えつけ、最後に──ミミッキュが、ずるずる、と布を引きずりながら首元に迫る。

 

「ひっ!! やめっ!! やめろっ!! 何をするんだねえ!?」

「そんなに人の怖がる顔が見たいなら、貴方にも見せてやるのですよー♪ ……覗いて生きて帰った者は居ないという()()()()()()()()

「みみっきゅ!」

 

 ミミッキュがそのまま、ワスレナの顔の上に覆い被さる。

 当然、布の下は深淵が広がっている訳で──

 

 

 

「こ、こ、こ、怖いねェェェェェーッッッ!?」

 

 

 

 絶叫がその場に響き渡る。

 そして、びくんびくん、と何度か腕や足が痙攣したかと思えば──人の過去を散々弄んだ記憶魔術師は動かなくなるのだった。

 

【ミミッキュ ばけのかわポケモン タイプ:ゴースト/フェアリー】

 

【常に布を被っている。布の下を見た者は、謎の病に苦しむとされており、決して覗いてはならないタブーとされている。】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:不倶戴天

 ※※※

 

 

 

「わるびゅるるるるるッ!!」

 

 

 

 姿を消しながら見えないクナイを飛ばしてくるゲッコウガ。

 対するイクサは、ギガオーライズによる感覚同調でパーモットと五感を共有しており、紙一重でゲッコウガの攻撃を躱しながら戦っていた。

 そして、パーモットがゲッコウガを抑え込んだことで飛び道具を封じ込める事には成功したものの、ゲッコウガのタイプが変化しているからか有効打を与えられはしない。

 

「ギガオーライズしたポケモンと打ち合えるって、とんでもない性能だ──ッ!! 一体どんな鍛え方をしたら、こうなるんだ──!?」

「ぱもぱもっ……!!」

「いや、違う──この世界はオシアスより遥かに過酷、そんな中で生きていれば自然と強くなっていくってことか──ッ!!」

 

 その最たるが、消える手裏剣に消える本体。

 カメレオンの如く身体の色を消す事が出来る変幻自在のポケモン。

 生態系の過酷さは、ポケモンの限界を超えた進化と成長を促すのである。

 結果。ギガオーライズしたパーモットを上回る勢いの速度をゲッコウガは手にしており、電光化しても尚、常に先を読まれてしまい、回り込まれてしまう。

 ギガオーライズとて無敵の力ではないことをイクサは嫌でも思い知らされた。結局の所、ものを言うのはポケモンの鍛え上げられたフィジカル、そして研ぎ澄まされた感覚、そして磨き上げられた技なのだから。

 

「ワルビュルルルルルルーッ!!」

 

 見えないクナイを飛ばし、パーモットを切りつけるゲッコウガ。

 電光化で躱そうとするパーモットだが、それを解除した場所には見えないナイフによる閃撃が「置かれて」おり、被弾してしまう。

 

(見切られてる!? 電光化が解けるタイミングまで!?)

 

 そのまま態勢を崩したパーモットを見るなり、立て続けに姿を消したまま斬撃を見舞うゲッコウガ。

 いずれも、纏う水には毒が混じっており、掠ればその時点で命取りとなる。

 パーモットもそれを理解しており、姿こそ見えない相手を、音だけで感知して避け続ける。だが、それにもいずれ限界が訪れる。

 ギガオーライズの消耗は半端ではないのだから。

 

「ぱもぉっ!?」

 

(速い──何で電光化に追いついてるんだ!? いや、違う!! こっちが消耗してるのに加えて、相手が──こっちの動きを先読みしてるんだ!!)

 

 蹴りを浴び、そしてクナイによる斬撃がパーモットの頭に叩き込まれた。

 鮮血がその場にパタパタと落ちる。

 

「パモ様ッ!?」

「ワールビュルルルルル」

 

 そのまま再び姿を現したゲッコウガは高く空中に跳び上がる。

 そして、指示を出す上に他のポケモンを控えさせているイクサも始末するべく──空中に巨大な紫色の水の塊を出現させるのだった。

 目が不気味に光れば、水の塊が爆ぜるのが見えた。

 一連の動きがポケモンが持つ力を極限まで集中させて放つ強力な技──オオワザであることをイクサは見抜く。

 

(しまった、こいつ──ギガオーライズ無しでオオワザが撃てるのかっ!?)

 

 

 

【ゲッコウガの ドレッド・レッドレイン!!】

 

 

 

 大地をも穢す毒の雨。

 それが岩をも穿つ勢いの水圧で放たれる。

 しかしパーモットも敵を狙い、一直線に跳ぶ。

 イクサは精神を研ぎ澄ませて撃ち貫くべき一点を指差した。

 

「パモ様ッ!! こっちもオオワザだ!!」

 

 

 

【パーモットの ガンマバースト・ストーム!!】

 

 

 

 身体に限界まで電気を迸らせたかと思えば、それを全て右拳に溜める。

 そして、精神を極限まで同調させたふたりは、毒の雨を降らせ続けるゲッコウガ、ただ一点を見据えた。

 電撃が走る。稲光の弓矢がゲッコウガを貫いた──

 

「わるびゅっ……!?」

 

 ──ゲッコウガは堕とされる。

 パーモットの渾身の拳を受けて。

 しかし──既にパーモットとイクサも、全身に毒の雨を浴びた後だった。

 強烈な水圧で降らされた毒の雨は彼等の肌を傷つけており、そこから毒が蝕んでいく。

 敵を倒した、と確信したイクサはそのまま、左胸を押さえて膝を突く。

 目からは紫電が消え失せ、パーモットの身体からもオーラが消えた。

 

「倒した……けど……ッ」

 

 痛み分けも良い所だった。

 そのまま息が苦しくなり、イクサとパーモットはその場に倒れるのだった。

 毒が駆け巡る。”なんでもなおし”を手に取る力さえも抜けていく。

 視界が霞んでいくのが嫌でも分かる。

 

(こいつ……!! 最初っから刺し違えてでも僕らを無力化するつもりだったのか……!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ぶつかり合う刃と刃。

 爆ぜる鬼火。ギガオーライズと同等、いやそれ以上の膂力を誇るストライクの前では、幾らギガオーライズしたアブソルと言えど完全には圧倒する事が出来ない。

 むしろ、消耗が激しい分、持久戦になればなるほどアブソルが不利になる事は違いない。

 

「とんでもねえ、強さだな、そのストライク!! お前も魔法か何かを使ってんのかよ!!」

「……ナメられたもんだぜ。俺は生憎、ワスレナやミネルヴァ、クロウリーのような固有の魔法は持っていない。むしろ魔法使いとしては弱い部類に入る」

「ッ……!? おいおいマジかよ」

「命を拾われたあの日から、俺は……この身一つだけでクロウリーの傍に立つと決めたんだ。自分が持てるもの全てでな!!」

 

 メグルはゾッとした。

 このリンネという自分と同じ顔と声の男が、どれほどの研鑽を積んできたか考えたくも無かった。

 魔法で突出した部分が無くとも、圧倒的な力を持つポケモンを鍛え上げ、それを従えてしまえば──いち軍団の長に立てることを彼は自ら証明してみせたのである。

 

「ギガオーライズだったか? そんなものに頼っているお前に、俺が負ける訳が無いだろがッ!! ええッ!?」

「いーや、それは違うぜ。俺も──今自分が使えるモンを全部使ってるだけだッ!!」

 

 ならば──最大出力のオオワザを以て、相手を葬る他無い。

 攻防一体の”しん・あかつきのごけん”は、発動時の隙を影の剣で補える。

 

「残念だが──遊びは此処までだ。ストライクッ!!」

 

 しかし。

 ストライクもまた、自らの鎌を天上に掲げる。巨大な光の柱がズドンと音を立ててストライクに注がれた。

 メグルは思わず目を覆う。凄まじい光。太陽光を一気に鎌の刃に集めているのだ。

 

「ま、マズい、あいつオオワザを自力で──ッ!!」

「……オオワザ、”ソーラーレイ・キャリバー”ッ!!」

「迎え撃てアブソル!! ”しん・あかつきのごけん”!!」

 

 

 

【ストライクの ソーラーレイ・キャリバー!!】

 

【アブソルの しん・あかつきのごけん!!】

 

 

 

 巨大な光の柱が一気に振り下ろされる。

 ソーラーブレードを超える勢いの光、そして熱。

 それを前にして、五本の影の剣が迎え撃つ。

 しかし──どれほど黒く、強い影であっても、光の前ではあっさりと掻き消されてしまうのだった。

 

「んなッ……!?」

「ふるーる!?」

「……勝負アリだ」

 

 じゅっ、と何かが焼き焦げる音と共に、剣は全て消え失せた。

 そして──光の刃がメグル達を飲み込むのだった。

 

 

 

「……愚かだな。弱くては何も守れないというのに」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──十年前。

 

 

 

「ニンフィア……ニンフィアァァァーッ!!」

 

 

 

 焼け落ちた町。

 その真ん中で、少年はリボンのポケモンの亡骸を抱きかかえて泣きじゃくっていた。

 服はボロボロ。周りも死臭が漂い、誰も手を差し伸べる者は居ない。

 そんな中、つい先日まで恵まれた家庭で育った幼い少年は、ただただ悲嘆にくれる事しか出来なかった。

 

「うっ、うぐっ、ひっぐ……あう……!!」

 

 これは、忘れたくても忘れられない過去。

 消したくて仕方がない弱い自分。

 守りたいものを何一つ守れなかった、あの日の自分。

 そんな少年に──男は、突如現れ、手を差し伸べた。

 

「……おやおや可哀想に。まだ生き残りが居たのですね」

「……ッ!? 誰!?」

「内乱に巻き込まれるとは、貴方も災難だ……しかし、弱くては何も守る事が出来ない」

「……なんなの、おじさんは……?」

「私はクロウリー。ただの魔法使いだ。君さえよければ──私についてきなさい。こんな醜い国でも揺るがぬ”強さ”が何なのか教えてあげよう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……俺はお前みたいな奴が一番キライだ」

「ッ……」

 

 

 

 ”あかつきのごけん”によって、辛うじてオオワザの威力を減衰させたメグルとアブソル。

 しかし、もう立っていられるだけの力は無かった。状況はさっきと同じ、いやそれ以上に悪い。

 アブソルは満身創痍。メグルも同じだ。

 

「何度やっても結果は同じ。なぜか? お前が可哀想なくらいに──弱いからだ」

「ぐ、ぅ……!!」

 

 全身の服は焼け焦げてしまい、火傷で肌はひりひりと焼けるようだった。

 人肉が焦げる匂いと共に赤く爛れた火傷が彼を覆っていた。

 

(ダメだ、体中痛い……抉れてやがる……アブソルも、もう戦えない……!! ボールに、戻さねえと……!!)

 

 じりじりと近寄るストライクとリンネ。

 今度こそ命はない。

 

(何の為に此処まで来た? イヌハギにオーパーツまで借りて──このザマかよ!? 冗談じゃねーッ……!!)

 

 手首が踏みつけられた。

 もうボールに手も伸びはしない。 

 だが、リンネはすぐに彼に手を下しはしなかった。

 何処か喜悦に満ちた表情で彼は続ける。

 

「気分はどうだ?」

「……こんなに強いのに……何で、こんな事をするんだよ……ッ!!」

「クロウリーの成すべき事が、俺の成すべき事だ」

「こんなにたくさんの人を、ポケモンを傷つけて……成すべき事なんて、あるわけねえだろ──!!」

「あるさ。クロウリーが世界を獲れば──」

「ぐぅっ──!?」

 

 硬いものが砕ける嫌な音が響いた。

 メグルの手首は一踏みで圧し折られていた。

 それを見たアブソルは起き上がり、威嚇の鳴き声を上げるが──ストライクに組み伏せられてしまう。

 

「ガルルルルルルル……ッ!!」

「あがっぎぃっ……!?」

「……税で私腹を肥やし、要らぬ戦禍を撒き散らす王侯貴族共。そいつらの首を全部ハネる力が手に入る。世界を変える力だ」

「テメェらが今やってることは、違うのかよ──!!」

「うるせーうるせー……()()()()()と、()()()()()()()の区別も分かんねえのか? ええ?」

「ッ……がああああああ!?」

「俺達はあいつらと違う。俺達が世界を獲れば……全部終わらせられる。長引かせはしない。俺のような悲しい思いをするヤツは居なくなる。結果的に、な」

 

 矛盾すら知った事ではない、と言わんばかりにリンネはメグルの言葉を捻じ伏せる。

 その論理がハナから破綻していることなど、リンネ自身にも分かっている。しかし、それでも、今更引き返せなどしない。

 

「俺の道は、クロウリーの敷いた道だ」

「ッこのやろ……本当は分かってんだろ……!! 自分のやってることが間違ってるって──ッ!!」

「だとしても──俺の理想は、クロウリーの理想なんだよ。分かるか?」

「何処まで自分ってモンがねえんだテメェは……!!」

「言ってろ。直に聞こえてくるさ、お前の弱さが招いた結末ってヤツがな」

「……?」

 

 

 

「ッぎゃあああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 身の毛のよだつような悲鳴が、その場を劈いた。

 少女の叫び声。

 喉全部を潰す勢いで放たれたであろう絶叫。

 それが誰のものであるか、メグルにはすぐに分かった。

 一度ではない。何度も、何度も絞られるような絶叫が聞こえてくる。

 その度に酷く胸が揺さぶられ、顔から血の気が引いていく。

 

「……ああ。やっぱり守れなかったな」

「アル……カ……?」

「どうだ? 実感したか? 痛感したか? これが、お前達の弱さだ」

「ッ……!!」

「弱さは罪だッ!! 弱い奴は何の役にも立たないし、守るべきもの何一つ守れやしねえ。意気込んで俺の下に二度やってきて、そしてこのザマだ。笑わせんなよな」

「あ、ああ……!! アルカ……!!」

 

 眼球が震え、指から力が抜けていく。

 向こうから、凄まじい勢いで紫電が迸っていく。

 

「……クロウリーが儀式を成功させたんだろう。あの娘も──用済みだ」

「……ッ」

 

 

 ※※※

 

 

 

「ねえ、おにーさん」

 

 

 

「ボク、貴方と一緒に居られる今がすっごく楽しいんですっ」

 

 

 

「……え、えと。今すぐ敬語とか取るの……恥ずかしくって……難しいですけど……頑張りま……頑張るからっ」

 

 

「そ、そっちの方が、恋人らしい、ってユイさんに言われて……えへへ……」

 

 

 

「ねえ、おにーさん……至らない事も沢山あるけど……ボク、頑張るから……見捨てたり、しないで、くださいね……」

 

 

 

「……もう、居なくならないでくださいね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「見捨てる訳、ねえだろ……」

「ッ……? 何だ」

「居なくなったり、するわけ、ねえだろ──ッ!!」

 

 

 

 灯は、再び燃え出す。

 メグルの目に青い炎が灯った。

 リンネはすぐさま首元にナイフを振り下ろそうとしたが、それは跳ねのけられる。

 ストライクを振り払ったアブソルが、彼に襲い掛かろうとしていた。

 

「ッ!? 何処にそんな力が残って──」

「テメェら……アルカに、何をした──ッ!!」

 

 刃を剥き出しにした前足による一掻きでリンネの身体は大きく吹き飛ばされた。

 地面にたたきつけられた彼の顔には──真一文字の切り傷が出来ており、鮮血が噴き出る。

 

「がぁっ……!? 目が──見えな──ッ!?」

 

 そして、メグルを守るようにしてストライクの方を向き、威嚇してみせる。

 更に、力尽きていたはずのメグルも、目から青い炎を燃やしながら、アブソルを支えにして立ち上がる。

 

「ありがとなアブソル。俺の戦いに付き合ってくれて」

「ふるーる♪」

 

 アブソルは首を横に振った。

 運命の人であるメグルの為ならば。

 彼の幸福の為ならば。

 アブソルは──躊躇なくその身を刃として振るう。今までも、そしてこれからもそれは不変の事実だ。

 

「フルル……エリィィィス……!!」

「……テメェらは。テメェらだけは許さねえぞ……!!」

 

 

 

【アブソル<ギガオーライズ・フェーズ2> タイプ:ゴースト/悪】

 

 

 

 アブソルの纏っていたオーラの鎧は、身体と一体化し、黒い翼が生え出す。

 そしてアブソルの両眼からも青い炎が漏れ出した。

 完全に、オーラの発生源たるアケノヤイバと同一化し、一体となったすがた──それがフェーズ2。

 神の力を纏うどころか、その身に下ろすことに成功した状態であった。

 満身創痍だったはずなのに、力を取り戻したメグルとアブソルを前にして、リンネは今までにない程の脅威を感じとる。

 

「こ、これまでとは段違いだ──ッ!! ストライク、切り刻めッ!!」

「ギッシャラァッ!!」

 

 起き上がり、態勢を立て直したストライクはアブソルに向かって飛び掛かる。しかし、その腕はストライクの影から伸びてきた黒い獣の足に捕らえられた。

 終いには、ストライクは影から現れた獣達によって地面に抑え込まれてしまう。

 

「”デュプリケート”」

「エリィィィイイイイイイイイイスッ!!」

 

 アケノヤイバ最大の権能。それは、影を自由自在に操る力。

 遠く離れたストライクの影からであっても、自らにそっくりな分身を作り出すことが可能なのである。

 更に、リンネの足元からも影のアブソルが現れ、組み伏せていた。

 

「う、動けない!? な、なんだこの能力は!? あまりにも無法が過ぎる──!? ストライクが振り解けないだと!? こうなったら──」

 

 カンカンと太陽が照る中、ストライクは先程と同様に光を自らの刃に集める。しかし──

 

「テメェは……俺と同じ顔で同じ声だ。だけど──絶対に同じ空の下で生かしておかねえ──ッ!!」

 

 アブソルの前足、尻尾、そして顔の刃が大きく伸びる。

 そして、空が暁の如き赤に染まりだす。

 

「な、なんだ!? 空が暗い──!? これではオオワザのチャージが遅れる──!!」

 

 メグルとアブソルの青い炎が一際強く燃え盛る。

 影の群れによって押さえつけられたストライクが、そしてリンネがそれを避けることなど出来るはずがない。

 赤黒い紫電がアブソルの全身の刃に迸り、そして黒い羽根の如き体毛が悪魔の翼のように大きく広がった。

 

「マズい、ストライク!! お前だけでも逃げろ──ッ!!」

「逃がさねえよ」

 

 日本刀の如き尻尾から、刃の如き角から、そして前足から生えた鬼火の刃から、アブソルが舞えば舞う程に赤黒い紫電を纏った衝撃波が飛ぶ。

 言ってしまえばそれは、”飛ぶ斬撃”。

 虚空を切った勢いで、地面さえも抉り、直接切りつけたも同然のダメージを与える神業であった。

 

 

 

【──ざんれつじん・ふぐたいてん!!】

 

 

 

 ストライクの身体に全ての斬撃が叩き込まれる。

 魔王の如き黒い外骨格は一瞬で砕け散るが、逃げることすら許されず──衝撃が全て叩き込まれる。

 そして、トドメの一撃と言わんばかりに一際巨大な”飛ぶ斬撃”がストライク、そしてリンネに襲い掛かるのだった──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:復活のオーラギアス

 ※※※

 

 

 

「ハハハハハハ!! 蘇れ、ヒャッキの三大妖怪よ!! この私が貴様の力、支配してくれよう!! ハハハハハハハハハ!!」

 

 

 

 儀式は完遂された。

 磔にされた巫女たちが首を垂れる中、大穴からは紫電がとめどなく迸り続ける。

 そして、鎖が砕け散る音と共に、それは奈落の穴から這い出して来る。

 クロウリーも想像だにしなかった、巨大な大蜘蛛の顔がぬるり、とせり出した。

 

 

 

「ヲ……ヲヲオオオオオオオオオオオオオオオオガギガガガガガガ!!」

 

【オーラギアス(ヒャッキのすがた) ゆうせいポケモン タイプ:電気/虫】

 

 

 

「……は……? はは……?」

 

 クロウリーも、思わず笑みを止める。

 そして杖を取り落としてしまった。

 話が違う。聞いていたものと全く違う。

 想像していたものと全く違う。

 

「……? ……? ……? ……見間違いではないようだが……?」

 

 大烏、九尾、鬼、みっつ合わせた三大妖怪が来ると聞いていたのに──這い出して来たのは、凡そ10メートル近くはあろうかという巨大な大蜘蛛。

 見間違いではない。

 

「……封印を解く場所を誤ったか……?」

 

 誤りではない。正解である。

 伝承が違っていたのか? などと考える間もなかった。

 ヒャッキに伝わる真の怪物──王羅蟻亜棲改め、オーラギアスは今此処に再び産声を上げたのである。

 結晶に包まれた肥大化した腹、そして牛の角の如く曲がりくねった二本の大角が生えている。

 しかし、そのうち右の一本は、痛々しく折れてしまっていた。

 鬼の如き怪物染みた図体に、形相。それを前にして、クロウリーは──

 

 

 

「まあ、いいだろうッ!! うんッ!!」

 

 

 

 ──気にしない事にした。考えることをやめた。

 

なんか思っていたのとはちょっと違うが──この際どうだって良い!!」

「ヲヲヲヲヲヲヲ?」

「……この私の手で支配してくれようぞッ!!」

 

 杖を再び振りかざすクロウリー。

 オーラギアスの頭部に、紋様が刻まれる。

 知性を持たぬ獣ならば問答無用でその支配権を握る事が出来るこの技こそクロウリーの固有魔法であった。

 人間であれば、数時間程度しか効果を持たせることはできないが、獣──即ちモンスターであれば、永続的に意識を掌握することが可能なのである。

 しかし。

 

「ッ……!?」

 

 オーラギアスは、一度不愉快そうに咆哮したかと思えば、その巨大な前脚をクロウリー目掛けて降り下ろす。

 紋様が浮かび上がった以上、魔法には掛かったはずだ、と確信していたクロウリーだったが──そんな事を考える間もなく、オーラギアスは転身してのたうち回り始めるのだった。

 このままでは逃げられる──

 

「ええい、大人しく我が手中に収まるが良い!! ブリガロン、行けッ!!」

 

 クロウリーの呼び声で、地中から凄まじい音と共にそれは飛び出した。

 地表は砕け散り、そこから回転しながら現れるのは全身が鋼の鎧に覆われたポケモンであった。

 

「ロォーシュィーッッッ!!」

 

【ブリガロン(???のすがた) とげよろいポケモン タイプ:草/鋼】

 

「──私を追放した王国を──否、私を不要としたこの世界を滅ぼすために、シモベとなって貰うぞ!!」

「ヲ? ヲーガギガガガガガガガガガガガガ!?」

 

 その時だった。

 オーラギアスの腹が青白く輝く。

 

「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!? ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」

 

 そして、オーラギアスは自らの重たい腹部を思いっきり何度も地面に打ち付けたかと思えば、ブリガロンやクロウリー等目もくれずに、明後日の方向へとのたうち回りながら進みだすのだった。

 

「追え、ブリガロンッ!!」

「ロォーシュ……!!」

 

 すぐさまドリルのように回転しながら地面に穿孔したブリガロン。そのまま、暴れ狂うオーラギアスの足元の地面を掘削し、自重で沈み込ませる。

 

「オーガギガガガガガガガガガガガガガ!?」

 

 絶叫すると共に、周囲には電気を纏った糸が飛ぶ。

 それが木々に触れれば一瞬で焼き焦がし、炎上させてしまう。

 しかし──クロウリーもまた、それに対し先んじて手を打ってみせる。

 マントを翻せば、その足元の影からは巨大な七つの首を持つ竜が姿を現すのだった。

 

「次は貴様だ、カミツオロチ!! あいつ諸共、周囲を凍らせてみせろッ!!」

「カミチュララララララ!!」

 

【カミツオロチ(???のすがた) ばけオロチポケモン タイプ:氷/ゴースト】

 

 巨大な氷の林檎から冷気、そして霊気が漏れ出す。

 竜の首は、実体のない霊気のみで構成されており、吐息は呪いの冷気。

 触れたものを永遠に氷の中に封じ込めてしまう。

 すぐさま地面は凍っていき、炎上する木々さえも炎諸共氷の中に閉じ込めてしまうのだった。

 そして、オーラギアスもまた、足元から凍っていくのが見える──

 

【カミツオロチの のろいのれいき!!】

 

 全身が凍り付いたオーラギアスに向けて、クロウリーはほくそ笑む。

 こうなってしまえば、もう動けはしない。タイプを変えた上で、ブリガロンによる必殺の一撃を叩き込むことが出来る。

 

「他愛もないッ!! ブリガロン、トドメを刺せッ!! ”アイアンヘッド”!!」

 

 硬化させた腕を盾に変えたブリガロンは、思いっきり地面を蹴って跳び上がる。

 そして、空中でくるくると回転したかと思えば、そのまま盾を構えてオーラギアスの頭に突っ込むのだった。

 渾身の重撃がオーラギアスの顔面に叩きこまれる。

 勝利を確信した魔術師は、杖を再び構え、オーラギアスを支配下に置く準備をしようとしていた。

 しかし。

 

「ヲ……ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!?」

 

 オーラギアスの腹部がまたしても不気味に輝く。

 そして、苦しむような声を上げたオーラギアスは──咆哮。

 

 

 

「ヲヲヲヲヲヲヲガギガガガガガガガガガガッ!!」

 

【ヌシ咆哮:悪い効果を打ち消した!!】

 

【ヌシ咆哮:ポケモン達は怯んで動けない!!】

 

 

 地面が揺れ、木々が揺れ、山をも揺さぶるほどの叫び。

 同時に、オーラギアスを覆っていた氷は溶けていき、一方で真正面から咆哮を受けたブリガロンは動けなくなってしまう。

 そして獲物の姿を捕らえたオーラギアスは、全身から電気を帯びた糸を放ち──ブリガロンの身体に突き刺すのだった。

 

 

 

【オーラギアスの 10まんボルト!!】

 

 

 

 こうかいまひとつ──など、関係ありはしない。

 木々を焼き焦がす程の高圧電流がブリガロンに流し込まれ──その身体は真っ黒こげになり、倒れ込む。

 そして、障害の一つを排したオーラギアスは、自らを氷漬けにしたカミツオロチに今度は目を向けるのだった。

 

「オーガギガガガガガ……!!」

「バ、バカな、一度凍れば二度と出て来られはしない、カミツオロチの氷だぞ!? 一体、何故──!!」

「カミチュラララ……!?」

「ええい、怯むなカミツオロチ!! ”ふぶき”ッ!!」

 

 大吹雪がオーラギアスに吹きつけられる。

 しかし、そんなものは何処吹く風でオーラギアスは真正面からそれを受け止めながら前進していく。

 

「く、来るなッ!! く、クソッ、凍れ、凍れ、凍れ──ッ!?」

「──オーガギガガガガガガ……!!」

 

 オーラギアスの全身から大量の糸が放たれる。

 そして、それがカミツオロチを、そしてクロウリーの全身を、まるでワイヤーでも通したかのように刺し貫いた。

 

 

 

【オーラギアスの 10まんボルトッ!!】

 

 

 

 糸から、高圧電流が流し込まれる。 

 雷でも落ちたかのような音が何度も響き渡ったかと思えば──後に残るのは、全身が炭のように黒く焼け焦げた魔術師の姿だけだった。

 倒れ込むクロウリー。

 人肉の焼け焦げた嫌な匂いなど気にも留めず、オーラギアスは──自らを蝕む苦痛から逃れるようにして、再び進みだすのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「しっかり。しっかりして頂戴ッ!!」

「……」

 

 

 呼びかけられながら、身体を揺すられる。

 心なしか息が苦しくない。そればかりか、身体に掛かっていた重りのような負荷が消えていることにイクサは気付き、起き上がった。

 

「ッ……一体どうなって──!!」

「起きたようね。”なんでもなおし”が効いたみたい」

「!」

「全く、今回ばっかりは死んだかと思ったよ。あんまり心配させないでくれよ?」

 

 イクサは思わず振り返った。そこに立っていたのは──リーゼント姿の濃い化粧の大男。

 そして、傍らに立つのは──

 

「イデア博士ッ!? それに、その人は……」

「あら、初めましてね。私はベニシティ・キャプテンのハズシ。以後ヨロシク♡」

「……ま、色々あって合流したんだよ僕達。大変だったんだぞう、君達を探すのは」

「助かりました……!」

「ぱも……」

「パモ様もこの通り。命に別状は無いよ。でも、戦わせるのは止した方が良いかなあ」

 

 パーモットを抱きかかえたイデアを見て、イクサは──心の底から安心し、そのまま地面に倒れ込んだ。

 緊張が解けて、ギガオーライズの過重負荷が一気に襲い掛かってくるのだった。

 

「ごめんよ、パモ様……無理させちゃった」

「ぱもー」

「……良かったです……二人が来てくれて……」

「でも、どうやら事態は一刻を争うみたいだねえ」

「というのは?」

「……さっきも聞こえてきたんだけど──」

 

 

 

「──ヲヲヲヲヲヲヲガギガガガガガガガガガガガガッ!!」

 

 

 

 野太い咆哮。遠巻きに見える紫電の束。

 何が起こっているか詳細は不明だ。しかし、この鳴き声にイクサは覚えがあった。

 

「おい、嘘だろ……!?」

「まさかまさかだねえ」

「ねえ、ワタシだけかしら? 事態を飲みこめてないのは」

「オーラギアス!! ヒャッキに封印されてたヤバいポケモンで……前に、僕達の世界でも大暴れしたんです」

「あらあら……つまり、デンジャラスってことかしら?」

「最悪この地方、滅ぶかもね」

「じゃあ、止めなきゃじゃない?」

 

 ポキポキと指を鳴らすと、ハズシは不敵に笑ってみせる。全く臆した様子はないようだった。

 

「僕らでオーラギアスを……捕獲しましょうっ!!」

「あーあ、またアイツとやり合うの、正直かったるいどころじゃないんだけどなあ」

「イデアちゃん、怖気づいたの?」

「怖気づくでしょー。僕あいつに一回殺されかけてるし。でも、此処で逃げたら──嫁さんに怒られるから、やりますよ」

 

 

 

「──周囲の状況を確認したぞっ」

 

 

 

 何処からともなく──何かが飛び降りてくる。

 その姿を見たイクサは、更に目を丸くする。

 仮面を被った褐色少女と、鋼の羽根のクエスパトラ。イデアが居るならば当然彼女もいるだろう、と思っていたが──それでもイクサは驚きを隠せなかった。

 

「ミコさんまで!?」

「細かい事は後! 様子を見に行ってきたが間違いなく、オーラギアスだ! だが……あいつの姿、そして持っている力は、以前我々が観測したソレとは大きく異なる」

「……もしかして、タイプが違うとか?」

「そうなるな。姿も異なる。あいつら、どうやら個体差による能力の違いが激しいポケモンのようだ。その証拠にオーライズ無しで電気を放っておる」

「ふぅむ。リージョンフォームと呼んで良いのかどうかも分からないな。一応、ヒャッキのすがたとやらにしておこう」

 

(リージョンフォームの定義ってガッバガバだな……いや、博士だからか)

 

「電気、ねえ。それじゃあリザードンちゃんで空から攻撃するのも聊かリスクが大きいわね」

「あれ? ハズシさんのメガリザードンって、Xじゃなかったっけ」

「何言ってるのよイデアちゃん、私のリザードンちゃんは昔っからY一択じゃない」

「あー……そう言う事かあ」

 

 どうやら世界線で、ハズシのリザードンの戦い方は異なるようだった。

 リザードンのメガシンカはXとYの二種類が存在し、所持するメガストーンで異なる。

 タイプは変わらず、ひでりによる天候操作と圧倒的火力が持ち味のY。

 そして、ドラゴンタイプに変化する上に攻撃力が上昇するXだ。

 電気タイプ相手ならばドラゴンタイプのXが優位だが──Yでは、地上から電気で撃ち落とされる可能性が高くなる。

 

「もしかしてあっちのワタシのリザードンちゃんってXなの?」

「そうだねえ……ま、オーラギアスの虫タイプが残ってるなら……Yの火力で焼き尽くせると思うけど」

「メガリザYの晴れオバヒでオーラギアスが吹っ飛ばせるかどうかは未知数なんですよね……あいつ、弱点技平気で耐えるし」

「となると、私は極力安全な所から一撃必殺を狙った方が良いってわけね」

「逆に言えば、ハズシさんのリザードンが落とされると、短時間でオーラギアスを無力化する事は難しくなります」

「それと、もう一つ気掛かりな事がある」

 

 ミコが手を上げて進言した。

 

「あのオーラギアス……腹部に妙な光を溜め込んでおった。しかも、苦しむようにのたうち回っておる」

「……何だって?」

「妙だと思い、テレパシーで奴の言語を少し解読してみせたのだが──」

 

 

 

 ──ぐ、苦しい、ぐるじ、ハラ、が──ッ!?

 

 

 

「……まるで悪いモンでも食ったかのような苦しみがモロに伝わってきてな。腹の光も、オシアス磁気由来のそれにしては引っ掛かるモノがある」

「そりゃあダイナミック拾い食いしてりゃあ、悪いモンの一つや二つに当たることもあるでしょ」

「いやいやいや……ダイナミックが過ぎるでしょ、ダイナミックが」

 

 呆れたようにハズシが肩を竦めた。

 

「そもそもオーラギアスって、獲物をオシアス磁気に分解して吸収するんですよね。()()()事なんてあるんですか?」

「妾に分かるか! ……いずれにせよ、あのオーラギアスは前回戦った個体と比べてもイレギュラーな要素が多すぎる。くれぐれも注意した方が良いだろう」

「じゃ、そうと決まったら……レイドバトル、一狩りいっちゃいますか。あ、イクサ君はギガオーライズ使用禁止ね」

「え”ッ」

 

 彼は顔を顰めた。思いっきり次の戦いでもギガオーライズを使うつもりだったからである。

 しかし、ドクターストップもやむなしの状態であったことは言うまでもない。何故ならば、既にイクサの身体は過重負荷と毒の負荷でボロボロだったからである。

 

「当然だろう。オマエ、以前も無茶をしておるからな。今回の主力は、そこの二人に任せよ」

「ええ……でも、ギガオーライズ無しでオーラギアスに致命打を与えられるんでしょうか」

「良いか。オマエが倒れると、あの小娘共がうるさくて敵わん。……少しは自分の心配をせんか。バカッ」

 

 ミコは、ぷいっ、とそっぽを向いてしまうのだった。

 

「それに、何のために妾達が居ると思うておる。少しは妾達を頼れ! このひよっこめ」

「……ミコさん。心配してくれるんですね」

「愚か者っ! 言うておる場合か!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「雷が落ちたような音が聞こえた……!?」

 

 

 

 そして響くは地鳴り。

 のたうち回るようにして、巨体が暴れ狂うのがメグルの目にも見えた。此方へ向かってくる。

 

「……デカい、クモ!? あれがオーラギアスか!!」

「ふるるるる……!」

「……復活しちまったのか……!! あんなの、どうすりゃ……なんて、言ってる場合じゃないよな」

「ルッ!」

 

 まだフェーズ2は解けていない。

 メグルは、倒れ伏せたストライク、そしてリンネを一瞥すると──アブソルの背中に飛び乗り、オーラギアスに向かっていくのだった。

 

「あいつが暴れてたら、アルカを助けるどころじゃねえ……ッ!!」

「エリィィィスッ!!」

「止めねえと……ッ!!」

 

 過重負荷に襲われる身体に鞭打つ。紫電を放ちながら暴れ狂う巨大蜘蛛に、メグルは立ち向かうのだった。

 

 

 

 

【野生のオーラギアスが 現れた!!】




【DETA】
オーラギアス ゆうせいポケモン タイプ:電気/虫
H140 A60 B140 C130 D185 S35

特性:いぶんのゆうせい
電気タイプや地面タイプにも”でんじは”が当たり、麻痺させる事が出来る。他のポケモンが持つ特性を無視してわざを出せる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:賞味期限と消費期限

オーラギアス、腹を下す──!?


「ヲヲヲヲヲヲヲガガガギガガガッ!!」

「テメェが居ると──アルカの所に行けねえだろがッ!!」

 

 

 

 アブソルから飛び降りたメグルは、目の炎を更に燃え盛らせる。

 ギガオーライズによるポケモンとの同調は過去最大クラスに高まっており、アブソルの感じ取っている事がメグルも感じ取れている状態だ。

 視界も、聴覚も共有しきったふたりは、巨大な怪物を前にして一歩も引く様子を見せはしない。

 

「ヲヲヲヲヲヲヲヲッ!! ……ヲヲヲヲヲヲヲヲ!?」

 

 全身から大量のオシアス磁気を放出させるオーラギアス。

 しかし、また苦しんだように咆哮すると、のたうち回るようにしてメグルの方へ飛び掛かってくるのだった。

 

「なんだなんだ!? 賞味期限と消費期限間違えてトイレに入ってる時の俺みてーな声出しやがって!!」

「ヲヲヲヲヲヲヲガガガガガガッ!!」

「分身して無理矢理でも縛り付ける!! ”デュプリケート”ッ!!」

「フルルエリィィィスッ!!」

 

 しかし、オーラギアスの足元からアブソルの分身が現れ、その後ろ脚を縛り付けてしまう。

 そして動けなくなったところに、顔面目掛けてアブソルが渾身の”シャドークロー”を叩き込む。

 悲鳴を上げたオーラギアスは、全身から大量の糸を放つが──

 

「アブソルッ!!」

「ふるるっ!!」

 

 メグルの足元の影から再び彼の下に現れたアブソルは、伸びてきた大量の糸を口から噴き出した青白い鬼火で焼き払ってしまうのだった。

 

「あの糸……喰らったらヤバそうだな……!! お前の直感、信じるぜ」

「エリィィィス……!!」

「そうじゃなくても全身から電気が迸ってる相手だ。さあて、どうしたもんかね──!!」

 

(つか、あいつの種族値はどんなもんなんだ? 禁伝クラスであることは確実、話からして素早さをギリギリまで削った耐久型の可能性は高いけど──!!)

 

「オーガギガガガガガガ!!」

 

 オーラギアスが脚を振り下ろすと、地面に大量の糸が走る。

 それを事前に未来予知で察知したアブソルは、メグルの首根っこを咥えるなり影に潜り込むのだった。

 間もなく、地面全部が電光に覆われる。もしも影に潜っていなければ糸に足を絡め取られた挙句、黒焦げになっていたところであった。 

 しかし、電気の放出も長くは続かない。居なくなった敵を探し、辺り一帯に糸を張り巡らせるオーラギアスだったが、右前脚が急に沈み込み、態勢を崩すのだった。

 アブソルが影の世界から頭を出し、引きずり込もうとしているのである。当然、電気を放出して応戦しようとするオーラギアスだったが──それはアブソルが作り出した”デュプリケート”による分身だ。

 間もなく、もう片方の前脚、そして後ろ脚も分身によって影の世界に引きずり込まれていく。

 

「ヲ!? ヲヲヲヲヲヲヲヲガガガガ!?」

「好き勝手はさせねーぞ──ッ!!」

 

 オーラギアスの真正面に再び躍り出るアブソルとメグル。

 空が真っ赤に染まり、アブソルの刃が青白い炎を纏った。オオワザの構えだ。

 

「──”ざんれつじん・ふぐたいてん”ッ!!」

 

 斬撃が何度も何度もオーラギアスに叩きこまれる。

 角は圧し折れ、避けようとしても脚が沈み込んでいるので避ける事が出来ない。

 そして、そのままトドメの巨大な斬撃が赤黒い紫電を放ちながらオーラギアスに直撃するのだった。

 

「ヲヲヲヲヲヲ……ッ」

 

 咆哮を上げながらオーラギアスはその場に倒れ込む。

 砂煙と共に、地鳴りが周囲に響き渡った。

 荷重負荷が全身にずっしりと圧し掛かる中、メグルもアブソルもこれ以上の追撃を行う気力は湧いてこなかった。

 フェーズ2を維持するための限界が近付いてきている。

 

「こ、これで倒れてくれよ──ッ」

 

 しかし。

 それをあざ笑うかのように、オーラギアスの腹部が再び青白く輝いた。

 そして、オーラギアスが苦しみ悶えるように再び起き上がる。

 影の世界に引きずり込まれていた脚を無理矢理引き抜き、戦闘態勢に入るのだった。

 

「んなっ、今のでもダメなのかよ──!?」

「ふるーる!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「クロウリーの魔力が……儀式の祭場に残っている……!? どうなっているんだ……!!」

 

 

 

 身体を引きずりながら、リンネはクロウリーの魔力を追い、一歩、また一歩と進む。 

 斬られた右目からは鮮血がまだ溢れ続けていた。

 欠けた視界のまま、ぼんやりした意識のまま、それでも彼は足を止めない。

 遠巻きには、見覚えのない大蜘蛛の怪物が暴れているのが見えた。

 儀式で何かイレギュラーな事態が起きたのは確実だった。となれば、心配になるのはクロウリーだ。

 

「クロウリー……!! 儀式に、失敗したのか……返事を──」

 

 祭場に着き、辺りに向かって叫ぶリンネ。しかし──ふと、足元を見やり、立ち竦んだ。

 

「リ、リンネ……」

「ッ……!!」

 

 黒焦げになっているローブ姿の男。最早、顔も分からない程に焼けてしまっているが──それがクロウリーであることは、魔力で感知出来た。

 すぐさま治癒魔法を使ってクロウリーを癒そうとするが、もう手遅れであることは誰の目にも明らかだった。

 

「クロウリー!! クロウリー、しっかりしろ!!」

「リンネ……リンネ……私の、可愛い、弟子……」

「何があった!! 言うんだ、クロウリー!!」

「……儀式は……成功したよ……ただ、想定外が起こっただけ……!」

「ッ……あの蜘蛛の怪物は……!」

 

 三大妖怪がこの渓谷に封じられている、という伝承が誤りであったのだ、とリンネは察する。

 

「仇は必ず俺が──ッ!!」

「リンネ、それはいけない……お前が、あの怪物を……いや、この際、何でも良い……!! 私の代わりに、私の代わりに、世界を壊す……悲願を……!!」

「……クロウリー……!?」

 

 小さい頃からずっと、クロウリーの仕事を間近で見てきた。

 王宮に仕え、常に人の為になる魔法を勉強してきた彼をリンネはずっと見てきた。

 しかし。

 

「ダメだクロウリー!! 俺を残して逝くな!! お前が見なきゃ、誰が見るんだ……ッ!! 俺はずっと……ずっと……ッ!!」

 

 反戦派だったクロウリーは、やがて王宮から追放された。

 魔法で平和な世界を作ることを夢見ていたクロウリーは、綺麗事では世界を変えられない事に絶望し──極端な道に走ることになった。

 それは──自らの固有魔法である”支配魔術”で、モンスター……即ちポケモンを洗脳し、無敵の軍団を作り上げ、国を破壊して新たな秩序を作り出すというものであった。

 ずっとリンネは、クロウリーの苦悩を傍で見てきた。

 

(ダメだ、ダメだダメだダメだ!! こんな事、あって堪るか!! 報われなきゃいけないんだ、クロウリーは!!)

 

 来る日も来る日も報われず、孤立していくクロウリーの姿を見ながら育った。

 それでも彼は、弟子であるリンネに愛情を注ぎ続けた。

 

「お前が壊すんだろう!? この間違った世界を!! なあ、クロウリー……!!」

「……リンネ」

「──ッ」

「私の、可愛い可愛い弟子……最期に、渡したいものがある」

 

 黒く焼け焦げた右手を握り締めるリンネに、クロウリーは微笑みかける。

 彼の右手から──光が迸り、リンネの身体に刻まれていく。

 

「私の見たかった世界を……今度はお前が見るんだ……私の、代わりに……」

 

 そう言い残し、魔術師は息絶えた。

 何度呼び掛けてももう、リンネの名前を呼ぶことは無かった。

 

 

 

「……分かった。やるよクロウリー」

 

 

 

 ぽつり、とリンネは呟く。

 そして──彼のローブから転がり落ちた翠色の宝石をポケットの中に入れるのだった。

 

 

 

「こんな世界は、間違ってる」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヲ、ヲヲヲヲヲ……!!」

 

 オーラギアスが呻くと共に、損傷していた箇所にオシアス磁気が集中していく。

 図鑑の画面に表示された技名は──”じこさいせい”。

 メグルは気が遠くなりかけた。この耐久力に加えて回復技まで持ち合わせていることはイクサから聞いていたが──いざやられると虚脱感にすら襲われる。

 

「こ、こんなの、どうやって倒したら──」

 

 

 

【──の サイコノイズ!!】

 

 

 

 辺りに響いたのは、耳を劈くような不協和音。

 身体を再生させようとしていたオーラギアスは、苦悶の声を上げて転がり出す。

 その勢いで地面が抉れ、瓦礫が吹き飛び、メグルとアブソルは思わず飛び退くのだった。 

 誰が奏でたのかメグルには知る由も無いが──いずれにせよ、オーラギアスの回復行動はこれで阻害されるのだった。

 

「一体、誰が──!?」

「メグルさんっ! 助太刀にきましたッ!!」

 

 溌溂とした声が聞こえてくる。

 振り返るとそこには、全身に宝石を身に着けた鎧のポケモン。そして、それと共に走ってくるイクサの姿があった。

 

「イクサ……と、あれってソウブレイズ……だよな!?」

「ソウブレイズッ!! ”むねんのつるぎ”ッ!!」

 

 心なしか空はカンカンに日照り、陽光が明るく差している。

 ソウブレイズの宝石剣に纏われた炎も一段と強く輝いている。

 それを見たメグルは口元に笑みを浮かべると、合わせるように叫んだ。

 

「アブソル! こっちも”むねんのつるぎ”だッ! ソウブレイズと連携するんだッ!!」

「エリィィィス!!」

「ソウブレイズ、タイミング合わせて!! ”むねんのつるぎ”を叩き込むんだッ!!」

「ギィイイイイイインッ!!」

 

 二匹は迸る糸を、炎の剣で断ち切りながら、駆けていく。

 そして、咆哮するオーラギアスの顔面に、同時に剣を突き刺すのだった。

 しかし──岩よりも硬い大蜘蛛の表皮には傷しか付かず、そのまま振り払われてしまう。

 

「ッ……相変わらずとんでもない硬さだ──!!」

「弱点突いてんだよな、俺達! あのクソデカデンチュラ、多分……虫タイプなんだろ!?」

「だと思いますけど……!!」

「やれやれ怯んでおる場合か!!」

 

 更に続けざまに声が飛んでくる。

 オーラギアスの真上から、大量のレーザー光が雨の如く降り注いだ。

 

 

 

【オオヒメミコの サイコイレイザー!!】

 

 

 

 悲鳴を上げた大蜘蛛は地面に抑えつけられ、糸を放つこともままならない。 

 間もなく駆け付けた褐色肌の少女とメカメカしいクエスパトラを前にしてメグルは口をあんぐりと開ける。誰なのかさっぱり分からない。

 

「折角妾がヤツの回復技を封じたのだッ!! 半端な攻撃は許さんぞッ!!」

「えっ、誰この子……」

「えっと──詳しい事は後! 僕達の心強い味方ですっ!」

「良いか。少し離れろ! 巻き込まれたくなければなっ!」

「どういう事!?」

「直に分かる!」

 

 アブソルも危機を察知したのか、メグルを背中に乗せるとその場を離れる。

 間もなく──

 

 

 

「センセイ──”ちみもうりょう・じごくえず”」

 

 

 

【ドーブルの ちみもうりょう・じごくえず!!】

 

 

 

 

 ──百鬼夜行の大群がオーラギアスの影から現れ、その身体を固定するのだった。

 そのオオワザを前にしてメグルは言葉を失う。以前、自分を裏切ったあの博士とドーブルのオオワザだったからだ。

 だが、彼らが何処にいるかを察知する間もなく、畳みかけるようにしてオーラギアスの真上から──太陽の如く燃え盛る火球が撃ち落とされた。

 

 

 

「リザードンちゃんっ!! ”オーバーヒート”ッ!!」

 

【リザードンの オーバーヒート!!】

 

 

 

 天候は晴れ、タイプ一致。そしてメガシンカで跳ね上がった特殊攻撃力。

 ハズシの掛け声で空から必殺の一撃を放ったメガリザードンYは、雄々しく咆哮してみせる。

 そして、火球は堅牢強固なオーラギアスの外骨格を一瞬で爆発炎上させてみせるのだった。

 想像を絶する威力であった。”ちみもうりょう・じごくえず”で作り出された分身たちも諸共に消し飛ばされる。そして──

 

「えっ、いや、ちょっとこれヤバすぎじゃない?」

「どぅーどぅる……」

「ちょっ、死ぬ死ぬ死にたくな──ッ!?」

 

 ──オオワザを撃ったばかりの博士とドーブルも巻き込む勢いの爆風が吹き荒れるのだった。哀れ博士、彼の悲劇に気付いた者は誰も居ない。

 それはさて置き、オーラギアスの身体も炎上し、絶叫が響き渡る。

 

「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲーッッッ!?」

 

 ──しかし。炎上し続けても尚、オーラギアスは全身から糸を放ち、暴れ狂う。

 その糸は天上にまで伸び──リザードンの身体を刺し貫くのだった。

 

「リザードンちゃんっ!?」

「ばぎゅおおおおおおおおん!?」

 

 間もなく、紫電が迸る。

 凄まじい威力の電撃を浴びたリザードンは、そのまま落ちていくのだった。

 それを見ていたイクサの額に汗が伝う。まだあのオーラギアスは暴れられる、と。

 メグルが動揺することを避けるため、敢えてハズシが撃墜されたことを伏せ──イクサは叫んだ。

 

「メグルさん、合わせてくださいっ!! こっからでもまだ()()()()()!!」

「ウソだろ!? ……クッソ、どんだけしぶといんだよコイツ!! アブソルッ!!」

「ふるーる!!」

「ソウブレイズッ!!」

「ギィイイイイン!!」

 

 日差しを受ける中、二匹の刃が再び青白い鬼火に包み込まれた。

 そして炎上するオーラギアス目掛けて、今度こそトドメの一閃を見舞う。

 

 

 

【アブソルの むねんのつるぎ!!】

 

【ソウブレイズの むねんのつるぎ!!】

 

 

 

 燃え盛る刀が、今度こそオーラギアスの外骨格を貫き、頭部を貫通した。

 一度甲高く咆哮した大蜘蛛は──ぐらぐら、とよろめくと、オシアス磁気を体中から漏れ出させながら、今度こそ沈黙するのだった。

 だが、これでも息があるのか、ぴすー、ぴすー、とか弱い鳴き声が聞こえてくる。

 

「ようやくくたばったか。それにしても何を食うたら此処まで弱ったのやら」

「弱った? どういう意味だ?」

「違和感を感じなかったのかタワケ。今回現れたコイツは、妾達の知っている個体よりも遥かに弱い。いや、弱っておった」

 

 ミコの言葉にメグルは言葉を失う。フェーズ2のアブソルでさえ一匹では手に負えなかった相手だが、これ以上の強さは想像だに出来ない。

 

「捕獲しなきゃ……!! こんなヤツ、どっちにしても野放しに出来ない……!!」

「あ、ああ……! そうだな、捕まえねえと……!」

 

 メグルも釣られてモンスターボールを取り出そうとしたその時だった。

 ぐらり、と彼の身体が揺れ、そして──地面に倒れ込む。

 驚いたイクサは、すぐさまメグルを抱き起こすのだった。

 

「メグルさん!? 大丈夫ですか!?」

「……やっべー……無茶し過ぎたかもしんねー……!」

「ふるーる……」

「あぐっ、あだだだだだ!?」

 

 アブソルも倒れ、そのまま目を瞑ってしまった。

 同時に、メグルは──焼け焦げるような痛みを右目に覚え叫ぶ。

 

「メグルさん!? メグルさん、しっかりッ!!」

「がっ、ぐう、あががぐ……ッ!!」

 

 右目を押さえながら──メグルは地面でのたうち回る。

 そうしているうちに脳裏に過るのは、イヌハギの言葉だった。

 アブソルの首輪に括りつけられていた宝石──テング団謹製のオーパーツ──は、寿命を終えたかのように砕け散っていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──()()()()()()()()()?」

「言葉通りだ。某たちの作ったオーパーツは、所詮大量生産品にすぎん。オヤシロの本物に比べれば耐久性が劣る」

「でもお前達もギガオーライズ使ってたじゃん」

「あれは、三大妖怪の身体の一部、即ち”遺物”をそのまま使っているからだ。オーラを抽出して製造した結晶石とは安定性が違う」

「つまり、フェーズ2とか使った日には──」

「人間とモンスター、共にどんな影響があるか分からん。使うにしてもギガオーライズに留めろ。……しかも今何といった? フェーズ2だと?」

「いや、まだ狙って使えるわけじゃねえんだけど……一回だけ、使えたことがあって」

「やめておけ! 確かアレは……アルネが一度偶発的に使えたものだ、と部下から聞いている。そんなものを使った日にはどんな代償があるか……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「メグルさん、大丈夫ですか……?」

「何とかな……!!」

「大丈夫には見えんぞ。汗だくではないか」

 

 嫌な脂汗がメグルの全身を伝っていた。

 右目が焼け焦げるような痛みがまだ続いており、開けられない。

 そればかりか、頭はぐらぐらと揺れて、今にも倒れそうだ。

 だが、それでも倒れられない理由がある。

 アルカだ。彼女が──まだ待っている。

 

「助けに、いかねえと、アルカを……!!」

「ミコさん、メグルさんをお願い。オーラギアスは僕が捕まえるから」

「頼むぞ」

「バカ野郎、俺に行かせろ……!!」

「行かせられるわけないだろう!? そんな状態で!!」

 

 メグルの代わりに、アブソルの入っていたボールを探し当てると、すぐさまリターンビームを当てる。

 ギガオーライズは、段階が進むごとにトレーナーがポケモンの受ける反動をおっ被る事になる。

 アブソルは自力でボールに入れない程に弱っていた。そしてメグルもまた──同様にその負荷を自ら背負った。

 しかし此処まで強い反動は、イクサも見たことが無かった。

 どちらにせよメグルをこれ以上動かすことはできない。

 イクサはボールを構えたまま、オーラギアスの前に立つ。しかし──

 

 

 

「退け──そいつを捕まえるのは、俺だッ……!!」

 

 

 

 ──ふと声がしたかと思えば、凄まじい勢いの斬撃がイクサに襲い掛かる。

 

(速──重──ッ!?)

 

 すんでのところでソウブレイズが受け止めたが、膂力では到底勝てず、イクサを巻き込んで吹き飛ばされてしまうのだった。

 

「ぐあああッ!?」

「ギィイイイン!?」

 

 ゴム毬のように跳ね飛んだ彼らは、地面を掴み、乱入者の顔を睨む。

 

「……こいつはクロウリーの仇だ。だが──同時に、クロウリーの夢でもある!!」

 

 リンネだ。

 リンネが──オーラギアスの前に立っていた。

 

「リンネ……何で……!!」

「イクサ、しっかりせんか!! おのれ──ッ!!」

 

 ”サイコイレイザー”を降らせようとするオオヒメミコ。しかし、先んじてゲッコウガが背後に回り込んでおり、水のナイフを叩き込む。

 そして、ミコの身体も蹴り飛ばしてしまうのだった。

 

「ミコさんッ……!!」

「ぐぬっ、不覚……!!」

「お前達はそこで黙って見ていろ。……コイツは俺が支配する」

 

 クロウリーはオーラギアスの前に立つと、その両手を翳す。

 

「獣よ、万物のコトワリを捻じ曲げ、俺に従え──ッ!!」

「やめろ……ッ!!」

 

 イクサの声など届くはずもない。

 オーラギアスの頭に、紋様が浮かんだその時だった。

 

 

 

「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!?」

 

 

 

 オーラギアスの腹部が青白く輝く。

 異変を察知したリンネは魔術を中断し、飛び退く──まもなく、オーラギアスの口から青白い粒子が吐き出されていくのだった。

 

「何だッ!? 何が起こっている!?」

「……オシアス磁気……!?」

 

 そうであることはイクサには分かる。

 だが──それが、粒子ではなく空中で集まり、形を成しているのだ。

 一頻り、青白い粒子を吐き出したオーラギアスは、呻き声を上げると──そのまま動かなくなる。

 全身の鉱石からは光が消え失せていくのが見える。

 だがその一方で、宙に収束するオシアス磁気は球体状に象られていく。

 リンネも、イクサも、そして──辛うじてメグルも。

 全く見た事のない新たな生命を目の当たりにすることになるのだった。

 

 

 

「──まいみゅー?」

 

 

 

 球状に収束したオシアス磁気は、真球のオーブと化した。

 そして、それを抱きかかえるようにして小さなトカゲのような生き物が乗っかっていた。

 物珍しそうにリンネ、そしてイクサを眺めているソレが甲高く鳴くと──

 

 

 

「まいみゅー!」

 

 

 

 ──ピキ。パキ、パキパキパキ。

 

 

 

 辺りの空間が硝子のように罅割れていくのだった──



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:ぽっかりと開いた穴

「な、なんだ……!?」

 

 

 

 トカゲの咆哮と共に、空は割れ、そこから水が流れ出す。

 それも滝のような量の水だ。辺りは土砂降りにでも降られた後のように水浸しになっていく。

 更に、次々に時空の裂け目は生まれ続けており、このままでは──辺りに水が溢れ出していく。

 

「まーみゅーずー?」

「な、なんだコイツ、ポケモン……!?」

「有り得ん……! オシアス磁気に変換された有機物が、再生するなど! ……いや、違う」

 

 オオヒメミコのカメラアイから取り込まれた情報は、すぐに彼女の頭脳で分析される。

 

「あのポケモンは──99%がH2O……即ち水で構成されておる!! 少なくとも脊椎動物のソレとは常識が異なる……!?」

「んなっ、水!? それって最早クラゲか何かじゃないですか!! トカゲですよアイツ、どっからどう見ても!?」

「妾が知ったことか!!」

 

 しかしそれを示唆するように、真ん丸のオーブからは常に水が滴り落ちている。

 じゃぽじゃぽ、と水浸しになった地面から水を吸い上げていくと──更にトカゲのオーブは大きくなっていく。

 けらけらと、辺りが水浸しになっていく様を見ながら──トカゲはリンネの方にゆっくりと近付いた。

 

「……まーみゅずー? まみゅーず!」

「世界を壊す力……!? 良い!! 良いぞオマエ!! 俺と一緒に来い!!」

「みゅー! みゅーず!」

「や、やめろ……! どう見てもヤバいだろ、ソイツ……!!」

 

 メグルは声を上げる。

 確かに目はくりくりとしており、本体であるトカゲも、ヤトウモリ程度のサイズと体型でしかなく、可愛らしい姿だ。

 しかし。問題はそれ以外の全部である。

 乗り物代わりにしている水玉のオーブ。そして、咆哮するだけで時空を破壊して裂け目を作り出す力。

 従えたところで、どう考えてもロクな結果を生みはしない。

 それを目の当たりにしても尚、リンネは掌に刻印を浮かび上がらせてトカゲのポケモンに翳す。

 一度、トカゲの目が赤く光ったかと思えば──そのまま、彼に付き従うのだった。

 

「あ、あっさりと……!?」

「支配された……のか!? あいつの魔術に!?」

「他愛もない。あの大蜘蛛に比べれば幾らか可愛げがあるが──まあ良い。十二分だ」

「そいつをどうする気だ……!」

「……最早この地に用はない──ッ! 俺は、俺の成すべき事の為に戦う」

「テメェ……何する気だ……!!」

()()()()()だ。この力があれば、こんな間違った世界はすぐに破壊出来る」

 

 トカゲのポケモンが咆哮すると、大きな時空の裂け目が現れる。

 

「……そうだ、別の世界の俺」

「……!?」

「お前の()()()()()は預かった。返してほしけりゃ──俺を止めてみろ」

「……どういう、ことだ──ッ!? ぐうううう!?」

「お前とは、然るべき時に雪辱を晴らす。今此処で殺しても、俺の気が晴れないからな──ッ!!」

 

 手を伸ばそうとしたメグルだったが、右目から激痛と共に紫電が迸り、思わず押さえて転げまわる。

 その間に、トカゲのポケモンとリンネは、裂け目の向こうへと消えていくのだった。

 ──完全に光が消えたオーラギアスの亡骸が只々虚空に口を開けていた。

 あまりにも立て続けに起こった衝撃の出来事を前に立ち尽くすイクサとミコ。

 

 

 

「あっ……ぐ……!!」

「ッ……! メグルさん!! メグルさん、しっかりしてください!!」

 

 

 

 全身を襲う苦痛に身悶えし、呻き続けるメグルが後には残された──

 

 

 

「アルカ……アル……カ……!!」

 

 

 

 ──しかし、それも長くは続かなかった。間もなく、彼はそのまま意識を失うのだった。

 

「オーラギアスの生命反応、完全消失……あのトカゲの化物、オーラギアスの中でずっと生命力を吸っておったな」

「……それより、メグルさんを運ばなきゃ……!! ハズシさんも大変な事になってたし……!!」

「私は心配要らないわよ」

 

 ふらふらとよろめいてはいたが、イクサ達の視界の先には──ハズシの姿があった。

 

「ハズシさん!? 電撃に撃たれてたけど平気なんですか!?」

「このスーツは特別製でね。電撃も通さないのよ。それよりリザードンちゃんの方が参っちゃってね」

 

 ま、でも安心して頂戴、ライドポケモンには困らないわ、とハズシは続ける。

 取り合えず負傷者を運んで帰還することは出来そうであった。

 

「そ、そうだっ!! 速くアルカさんを助けに行かないと!!」

「安心して頂戴。ファイアローちゃんならすぐに目的地に辿り着く。幸い、邪魔者も居なくなったし」

「……これで終わりならどんなに良かったことか……」

 

 途方もない、と言わんばかりにミコはオーラギアスの死骸に目を向ける。

 

「……あのオーラギアスが……こんなにもあっさりと……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──どれほどの時が経っただろうか。

 全身に激しい痛みが走る。それでも尚、メグルは己の力だけで起き上がった。

 

「アルカ……!!」

 

 思い出せば呼吸が止まりそうになった。

 すぐさま自分が何を成すべきだったかを思い出す。

 座敷に寝かされ、全身に包帯、更に右目も包帯が巻かれていたが──構いはしなかった。

 

(あれから、どうなった……? 手持ちは……)

 

 ボールが鞄の中に入っていることを確認し、メグルは息を吐く。

 だが、そのうちのアブソルの入っていたボールだけが見当たらない。

 

「ッ……アブソル……!!」

 

 アブソルはギガオーライズの負荷を大きく受けていた。

 別の場所で治療を受けていてもおかしくない、と考える。

 身体を引きずりながら座敷から出て、此処が何処なのか分からないまま、這い出した。

 

「どうなった……なにが、どうなった……? 早く、何とかしねえと……!!」

 

「それより、アルカは……? アルカは……?」

 

「アルカを……探さねえと……!!」

 

 右目を押さえながら、メグルは廊下を進む。そんな中、ばったりと会ったのは──イクサだった。

 

「あっ……!! メグルさん、起きたんですか!? まだ、起き上がっちゃダメですよ!! 全身酷いケガで、しかも……!!」

「うるせェッ!!」

 

 聞いた事も無いような怒号がイクサの耳を劈いた。

 

「ッ……」

「アルカは……!? アルカは何処だ!? アルカは何処に居ンだよ!?」

 

 まくし立てながら、彼はイクサの服を掴み、叫ぶ。

 

「俺が助けてやらなきゃいけなかったんだ!! 会って、謝らないといけなかったんだッ!! なのに──ッ!!」

「ッ……アルカさんは……目を覚ましたんですけど」

「早く、連れていってくれ!! 早く、早くッ!」

 

 錯乱した様子でメグルはまくし立てる。イクサの目にも、彼が正気を失っていることは明らかだった。

 激しい戦い、そしてギガオーライズの過重負荷。左目は血走っており、自分の身体がどうなっているかも分かっていないようだった。

 しかしそれでも、イクサにはその頼みを断ることが出来ないのだった。

 

「わ、分かりました……直ぐに」

「良かった……無事だったんだ……アイツ」

「ッ……」

 

 苦虫を嚙み殺したようにして、イクサは彼の肩を背負う。

 

「あの後……僕とハズシさんで……アルカさんの捕まってる座標に向かったんです。結論から言えば巫女たちは命に別状はありませんでした」

「良かった……本当に良かった……」

「それで、僕らは事後処理をテング団に任せて、先にテングの町に帰ったんですけど……メグルさん、聞いてます?」

「うっ、うう……」

 

 ぼろぼろ、とメグルの左目から涙が零れ落ちる。

 しかし、イクサは──包帯に覆われた右目を見つめると俯いたのだった。

 

「……ただ……あ、その先がアルカさんが寝かされてる部屋で」

「アルカッ!!」

 

 座敷の一室にメグルは飛び込む。イクサの支えなど最初から要らなかった、と言わんばかりに。

 そこには布団が敷かれており、和装を着込んだ医者と思しき人が驚き「何だね君!?」と叫ぶが気にも留めなかった。

 

「ッ……」

 

 メグルは言葉を失う。

 アルカは──既に布団から半身を起こし、突然入って来た彼を前にして肩を強張らせていた。

 

「アルカ……」

「……?」

「アルカ、良かった……無事で!! 俺、ずっとお前に謝りたくって──」

 

 彼は倒れ込むように、アルカの下にしゃがみ、その手を取る。

 顔を見た。目立った傷は残っていないようだった。

 

「なあ、アルカ……一人にしてごめん……!! 俺、ずっとずっと後悔してて……!! お前の前から居なくならないって約束したのに……!!」

「……誰?」

「……え」

 

 アルカは──間違いなく、あの青肌に赤髪のメカクレ女は──メグルの顔を見るなり不思議そうに首を傾げた。

 握っていた右手に力が入る。

 

「なあ、おい、冗談止せよ、まだ怒ってんのか……? なあ、イクサ……?」

「……」

「イクサ……?」

「……ねえ、痛いです……やめてくださいっ」

「ッ……わっ、悪い!!」

 

 思わず握っていた手を離す。

 怯えた様子でアルカは──メグルから目を逸らす。

 

「なあ、アルカ……? 俺だよ。分かるか? なあ……」

「メグルさん……」

「何にも覚えてないんです」

「……え?」

「分かんないんです。ボクは誰……? 貴方は誰なんですか……? ボクを知ってるんですか……?」

「……そんな訳ねえだろ?」

 

 は、はは、と乾いた笑いがメグルの口から洩れた。

 

「そ、そっか! そうだ、目ェ包帯で巻いてたから分かんなかったよな! そうだよな、そうに決まってるよな!」

「……」

「俺だよ、分かるだろ!? なぁこれで──あっぐぅっ!?」

 

 頭の包帯を解いた途端、右目に激痛が迸り押さえ込む。

 覆った手を除けた彼の眼球は──燃え尽きたように真っ白になっていた。

 ぽっかりと目の前が欠けている。包帯を外し、目を開けているのに見えない。

 右の目から光が──失われている。

 

(ど、どうなってんだコレ……!? 全然見えねえ……右の目……!? どうなってんだ……!?)

 

(てか、何でアルカの奴、俺の事が分かんねえんだよ!? なあ、何でだよ……!?)

 

「ッ……あの。出てってくれないですか」

「え……?」

 

 抑揚のない声でアルカは言った。メグルの全身から血の気が引いていくのが分かった。

 

「ボク……訳が分からないんです。起きたらいきなり知らない人ばかりで……ボクの事知ってるって人がさっきも来たけど……何にも覚えてないんです」

「ッ……」

 

 メグルは全身から力が抜けていくのを感じた。

 

「アルカ……本当に、俺が分かんねえのかよ……?」

「……ごめんなさい。分かんないんです……」

 

 記憶のままの声で──彼女は一言、謝った。

 何もかもが記憶にない、という言葉。

 

 

 

「それに貴方……すっごく怖いです」

「……え」

 

 

 

 そして、アルカからの明確な拒絶の言葉は──メグルの心を完全に砕くには十二分だった。

 もう、右目の痛みなど分からなかった。

 

 

 

 ──「ポケモン廃人・ザ・ユニバース(前編)」(完)

 

 

 

  

 

 

ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

 

 

 

▶はい

 

いいえ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」(後編)
第24話:その名は──


「──アルカさんは、記憶喪失なんです」

「……」

 

 

 

 座敷の一角で膝を抱え込むメグル。その傍では、沈痛な顔持ちのイクサが立っていた。 

 頭を垂れたまま何も言わない彼に対し、残酷だとは分かっていたが──彼は続けた。

 

「……覚えてないって言うんです。自分の名前も、他の人の名前も、手持ちの事も」

「……ンなもん、見りゃ分かるよ」

 

 

 

「原因は分からないけどね? ただ……不自然な所が多いし、あいつらの”魔術”に引っこ抜かれた線もあるかなって思うよ、ぼかぁ」

 

 

 

 メグルは顔を上げ、思わず立ち上がる。

 そこに立っていたのは、アロハシャツに白衣を纏った見覚えしかない青年だった。

 メグルは一気に頭に血が上り、彼の胸倉を掴んで叫ぶ。

 

「テメェ、どの顔下げてやってきやがった──イデアッ!!」

「……あー、やっぱこうなっちゃうのか」

 

 間に割って入るのは──イクサだ。

 

「やめてください、メグルさん! 事情は知ってるけど──メグルさんの応急治療をしたのは博士なんですよ!?」

「ッ……何で脱獄してんだよッ!!」

「違うよ。僕は君の知ってるイデアじゃあない。別世界の人間だ」

「……ッ」

「ま、身構える気持ちは分かるけどね。君ン所の僕は、どうやら相当やらかしてるみたいだし」

「どぅーどぅる」

 

 ひょっこり、とイデアのズボンから顔を覗かせるドーブルに、メグルは──気が遠くなりそうになった。

 ”センセイ”と呼ばれるこの個体は、かつてメグル達との戦いの果てに命を散らしたはずだからである。

 

「……おいイクサ。その博士、悪巧みとかしてねぇって保障はあるんだろな」

「あります。博士は僕達の味方ですから」

「……この際今は何でも良いか」

 

 ずきずきと痛む右目を包帯越しに押さえながら──メグルは一先ずこの場は飲み込むことにした。

 相手は別世界の同一人物。何処までいっても顔が似ている別人でしかないのだから。

 

「アルカを元に戻す方法は──」

「今のところは分からないね。何かの拍子に記憶が戻る可能性もあるし──そうじゃないかもしれない」

「もし、魔法で記憶を失ったなら、リンネが何かを知ってるかもしれないですね」

「リンネ──」

 

 

 

 ──お前の()()()()()は預かった。返してほしけりゃ──俺を止めてみろ。

 

 

 

「──あいつかッ!! あいつだッ!! あいつが、アルカの記憶を奪ったんだッ!!」

「だからこそ──僕らは此処に長居するべきじゃないんだよね、メグル君」

「ハッ……!? ふざけんな!! あいつを──リンネをブチのめさなきゃ──」

「そのリンネは今、何処にいるのか分かるのかい?」

「──それは」

「時空の裂け目を通って、リンネは何処かへ向かいました。既にこの世界には居ない可能性もありますよね」

「だからって、此処で黙って元の世界に戻れってのか!?」

「そんな状態で、これ以上戦えるわけがねーっしょ、メグルさん」

 

 がらがら、と座敷の戸が開く。現れたのはノオト、そしてキリの二人だった。

 

「ッ……ノオトに、キリさん……!! 聞いてくれ、アルカが──ッ」

「全部話は聞いてるッス、メグルさん。その上で──オレっちたちは、元の世界に一度戻らねえといけねえ」

「何でだよ!? このまま帰れるわけねえだろ!?」

「あんた、自分が今どんな状態か分かってるんスか!?」

 

 ノオトが鬼気迫る顔でメグルの胸倉を掴み、壁に叩きつけた。

 

「──ギガオーライズの荷重負荷!! あんたの頭も、身体も!! 疲弊しきって使いモンにならねーんスよ!!」

「ッ……! それは」

「それだけじゃねえ、イヌハギから全部聞いたッスよ!! あんた、あいつの忠告無視してフェーズ2を使ったって──ッ」

「使わなきゃ勝てなかったから使ったんだよッ!!」

「その所為で、アブソルは──こっちの病院じゃねえと治せねえくらいダメージが酷いんスよ」

「それは……!!」

 

 メグルはそれで何も言い返せなかった。

 以前のメガシンカとギガオーライズを併用した時程ではないにせよ、ヒャッキではアブソルを十全に回復させる事が出来ないのである。

 

「んで? 挙句の果てにアルカさんをヒャッキに置きっぱにするつもりなんスか!? 解決の目途なんてどこにも立ってないのに笑わせんじゃねーッスよ」

「それは──」

「おっと、まさかと思うけどアルカさんだけサイゴクに戻すだなんて言うつもりはねーッスよね。あの状態のあの人、放っておけるわけがねえっしょ」

「アルカ殿の病状、そしてメグル殿の体調、現地の食品の栄養価の低さ、拙者の用意した残りの物資の量。それら全部加味しても、一度サイゴクに戻るのが賢明でござろう」

「……キリさんまで!!」

「分かってほしいでござる。メグル殿」

「納得できるかよ!!」 

「拙者とて同じでござるよッ!!」

 

 仮面を投げ捨てたキリの顔が顕になった。彼女は──顔を真っ赤にして、目に涙を溜めていた。

 

「キリさん……!?」

「アルカ殿は、拙者にとって……初めて出来たトモダチでござる。なのに、拙者の事も分からないって……!!」

「悔しくねえ訳がねえっしょ、メグルさん。オレっちたちだって同じなんスよ」

 

 ノオトは壁を殴りつけた。

 

「ッ……だから、此処は飲み込んで欲しいッス。撤退しかねえんスよ」

「うっ、うう……」

 

 メグルは崩れ落ちる。

 

「何でこうなるんだよぉっ……ッ!!」

 

 悲痛な叫びが座敷に響き渡った。

 

「俺……ずっと、後悔してた……あいつを一人にしたのを……! 居なくならないって……約束してたのに……!」

 

 嗚咽が、ただただその場に木霊していた。

 

 

 

「俺さ……どうすりゃ良かったんだよ……!!」

 

 

 

 結局。

 その場の誰もが答えることは出来なかった。

 部屋の外から立ち聞きしていたヒメノも、何も言う事は出来なかった。

 

「……ハズシ様。ヒメノはどうしたら?」

 

 隣に居たハズシは──静かに頷いた。

 

「今すぐどうこう出来るわけじゃないものねえ」

「ハズシ様にしては冷たいのです」

「ワタシだって、出来るものならすぐアルカちゃんの記憶を元に戻してあげたいわよ。でも……」

「……ごめんなさい。無茶を言ったのです」

「心配になる気持ちは分かるわ。とっても深刻な問題であることも分かってる」

「ねえ。あたし達に出来る事ってさ、本当に無いのかな」

 

 アルカが記憶を失った、という事情を聞いていたユイが二人に問うた。

 

「……だって、あんなに辛そうなメグル君、見た事無いんだから……それに、アルカちゃんの事も……」

「そうね。でも──他の誰であっても、結局アルカちゃんの代わりにはなれないのよ」

「……こんな時、リュウグウさんが居たら、何ていうんだろ……」

「そうねえ──旦那なら……何て言うんでしょうね」

 

 珍しく葉巻を咥えながら──ハズシは煙を吹かせた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「成程ね。アルカさんを救出したのは良いけど──記憶喪失、か」

 

 イクサに包帯を巻いて貰いながら──レモンは問うた。

 表情は複雑極まる。完全な解決、とまではいかなかったどころか、新しい問題が噴出してしまったからである。

 デジーは肩を竦めた。

 

「アルカさんの手持ちは全部、船の中から回収したんだけどねー。肝心のご主人がポケモンの事忘れてたら、ポケモン達も悲しいでしょ」

「魔術とやらは、本当に非科学的で恐ろしいものだな」

「いや、仮にもポケモンがそれ言っちゃう?」

「それで、3人はどうするの?」

 

 イクサは──ミコ、レモン、デジーの3人に問いかけた。

 

「僕達はハッキリ言って部外者だ。博士も含めて、こうして合流できた事だし、これ以上関わることも無いと思うんだよね」

 

 あんまりな物言いにデジーは眉を顰めた。

 

「ねえちょっと転校生。その言い方は酷くない? ボク、まだスッキリできてないんだけど?」

「そうね。貴方にしては薄情じゃない?」

「……いや、違うんですよ。ただ──僕が見た、あのトカゲのポケモン……下手をすると、オーラギアス以上に大変な存在かもしれないんです」

「そうだな。オーラギアスに食われながら生還したものなど妾も初めて見たわ。イクサの言う事は正しい」

 

 レモンとデジーは顔を見合わせる。

 イクサが言いたいのは、此処から先、この事件に関わるのは──非常に大きなリスクを伴う可能性があるということだった。

 下手をすれば、世界を滅ぼしかねないポケモンと戦う事になるかもしれないからだ。

 

「で? 転校生はどうしたいのさ?」

「戦うよ。正直、今のメグルさんは……放っておけない。でも、僕の手前勝手で3人を巻き込めな──あだだだだだ!?」

 

 ぐいぐい、とデジーがイクサの耳たぶを思いっきり引っ張った。

 

「……バカ転校生」

「ちょっと、マジで痛い! 痛いから、やめてよデジー!?」

「カッコつけんな!! よくよく考えたら、ボク達が元の世界に戻る裂け目が見つかってないんだから、結局帰れないし!!」

「そ、それはそうだけど……!」

「私達、貴方に守られる程弱くはないのだけど? もしかして一回私に勝ったくらいで調子に乗ってる?」

「そういうわけではないんですけど……」

「大方、怖気づいたのだろう」

「ぐぅ……そうだよ」

 

 ミコの指摘に、イクサは漸く──本音を吐露する。心の中に巣食う恐怖を。

 

「今から戦う相手はきっと今まで戦ったどんな奴等よりも……ヤバい」

「オーラギアスやクラウングループよりも?」

「うん。断言できる」

 

 座り込みながら──イクサは答えた。

 そのオーラギアスに食われながら、1000年以上生存していたこと。何より、咆哮するだけで周囲に時空の裂け目を作りだす能力を持つこと。

 そして本体であるリンネも、凄まじく強く、ギガオーライズを以てしても互角以下にしか戦えないこと。

 加えて世界を壊すことを目的とし、それに全く躊躇いが無いこと。

 全てを加味しても、楽な相手ではない。

 むしろ一個人で此処までの脅威であることから、イクサは──リンネと、あの謎のポケモンが今までの中で一番の強敵である、と断じる。

 

「此処までの戦いでレモンさんですら酷いケガだし……」

「こんなのすぐ治るわよ」

 

 火傷跡、残っちゃうかもだけど、とレモンはあっけらかんと言った。

 何処まで強がりなのかはイクサには分からなかった。

 

「博士はなんか髪が爆発してアフロになってたし……」

「あれは只の巻き込まれ事故だから気にせんで良いぞ」

「そーなの!?」

 

 リザードンの晴れオバヒに巻き込まれてそれで済んでいるイデア博士も大概な耐久力をしていた。前世はひょっとしたらダンゴロか何かだったのかもしれない、とイクサは考えるが、大変失礼である。

 

「デジーは怖くないの? 僕は正直──怖いと思ったよ。ふとしたことで皆を……ポケモン達を喪うんじゃないかって……」

「でも、転校生はそれでも行くんだよね?」

「……うん。矛盾してるのは承知だ。でも、放っておけない。メグルさんは──僕と同じなんだ」

 

 彼の残った左目を思い出す。

 きっと今の彼は──イワツノヅチを奪われ、学園を追われていた時の自分以上に荒れてしまっている、と。

 

「大事なモノを守れなかった後悔にずっと苛まれてる」

「んじゃっ、ボクも転校生の事放っておけないかな」

「……良いの?」

「遠慮しないでって、前にも言ったよねっ。今更置いていくだなんて言ったら、噛むよ」

「……そうだったね」

「にしっ、分かればよーし♪」

「今回ばかりはデジーと同意見ね。それに、時空の裂け目を作るポケモンが居るなら……そいつを捕まえれば、元の世界に戻れるかもしれない。私達がやってきた裂け目は既に消えてるわけだし?」

 

 レモンがこんな事を言うくらいには──元の世界に戻る目途も今の所、全く無いのであった。

 しかし、咆哮だけで無差別に周囲の空間を叩き割るあの姿を知るイクサは──どうも気が進まない。

 

「……絶対ロクなポケモンじゃないんだよな、アイツ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──すまなかったな、色々と。それに──あのオーパーツを提供していなければ、今頃メグルの右目は……」

「止すッスよイヌハギ。あの人が勝手にやったことッスから」

「……」

「この裂け目は、ヒャッキとサイゴクのバイパスになるだろう。何か進展があったら、またそちらに行く」

「頼むッスよ。メグルさん……相当ヤられてるッスから」

 

 隠れ里付近の裂け目に、全員は立ち寄っていた。

 他の面々が先にサイゴクへ帰っていったのを見送った後、ノオトも──イヌハギに礼をして裂け目に入っていくのだった。

 

「ノオト殿。行くでござる」

「……そうッスね」

 

 メグルの沈んだ顔が、ノオトの脳裏からは焼き付いて消えなかった。

 厳しい口調で詰ったのを後悔した。しかし、それほどまでにノオトもやるせなさを感じていた。

 

「……ねえ、キリさん」

「? 何でござるか」

「忘れる側と忘れられる側……どっちが辛いんスかねえ」

「……それは、忘れられる側に決まっているでござろう?」

「……」

「ノオト殿。拙者たちがしっかりせねばいかんのでござるよ。こんな時だからこそ」

「平気なフリしちゃあダメっスよ、キリさん。あんただってショック受けてるっしょ」

「……それは勿論」

 

 ノオトの手を握り締め──キリは呟いた。

 

 

 

「……だから拙者たちは覚えていなければならんのでござるよ。我らはアルカ殿の友で味方であることを」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──名前を決めないとな」

「みゅー」

「じゃなきゃ呼びにくい」

 

 

 ふよふよ、と水玉のオーブに乗っかったまま浮かんでいるトカゲのポケモンを見やりながら、リンネは呟いた。

 くしゅんとトカゲがくしゃみをすると──パキッと音を立てて空中に罅が出来る。

 時計台のてっぺんからリンネが見下ろすは石灰造りの首都・サルナスシティ。かつての彼の故郷であり、内乱によって蹂躙され、その跡地に再建設された街だ。夜の闇に覆われ、彼の姿に気付く者は誰も居ない。

 

「まみゅーず?」

「……参ったな。色々考えたが、学の無い俺には洒落た名前が思いつかねえ」

「みゅー」

「……もうこの際適当でいいか。鳴き声から取ろう──」

 

 トカゲは不思議そうにリンネの顔を見上げた。

 

 

 

「──()()()()。お前の名前は……マイミュだ」

「まみゅー!」

 

 

 

【マイミュ みずトカゲポケモン タイプ:水/ドラゴン】

 

 

 

 ──「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」(後編)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:サルナスの滅亡

「見えるかマイミュ……」

「まみゅー?」

「……あれはサルナス、この世の罪の塊で出来たような街だ」

 

 

 

 憎たらしそうに──リンネは自らの生まれ故郷だった場所を見下ろした。

 かつて、この”ムナール地方”では二つの派閥による内乱が起こった。

 そして彼の出身地であるサルナス──かつての名はイヴ・シティ──も戦場と化した。

 モンスターが、兵士が、一瞬で平和と多くの命を蹂躙し、街を灰燼に帰した。

 残った跡地は戦後に再開発され、多くの都市と合併する形で現在のムナールの首都・サルナスに造り変えられたのである。

 多くの屍の上に、サルナスの栄華は存在している。

 リンネは、アブソルに焼き斬られたことで視力を失った右目を押さえながら──呻くように言った。

 

「……こんなものが許されて堪るもんかよ。クロウリーがあれだけ苦悩している間に、この町の連中は何をしていた?」

「みゅー……」

「マイミュ。この町は今日からお前の巣だ。……沈めてやれ」

「まみゅー!」

 

 可愛らしく鳴いたマイミュは、ふわふわと宙に浮かび上がる。

 丑三つ時。誰もが寝静まる中──災禍は唐突に始まった。

 

 

 

「──まーみゅーず」

 

 

 

 ──突如。辺り一面、空に罅が入る。 

 パキパキと音を立てて割れたそれらから──滝の如き量の水が一気に流れ込んだ。

 

「んがぁっ……何だ……?」

 

 水が流れる音で、その家の住民は目を覚ました。

 思わず窓を開けて外を見ると、既に路地に大量の水の塊が押し寄せていた。

 

「んなァァァーッッッ!? おい、起きろ!! 水がぁっ!?」

 

 そう言って振り向こうとした時には全てが遅かった。

 住民の部屋中にも裂け目が現れており、そこから大量の水が降り注ぐ。

 間もなく、サルナス中の家屋が、建物が、内側から大量の水を伴って崩壊していくのが──リンネには見えた。

 そして、多くの戦乱の果てに築き上げられた巨大な王宮もまた、建物の中から水を噴き出していく。

 

「はっ、はは、良いぞ。良い!! 俺達の血と悲しみで築き上げられた罪の国は……綺麗さっぱり洗い流してやるッ!!」

 

 間もなく辺りから悲鳴が上がる。

 あるいは、悲鳴を上げる事も出来ずに溺れ死んだと思しき死体が流れていく。

 大人も子供も、男も女も、そしてモンスターも関係なく、皆、前触れなく起こった大洪水に飲み込まれていく。

 津波などとは無縁の内陸地に、避難のノウハウなどあるはずがない。

 ましてや、建物の外だけではなく、建物の中からも水が溢れて満たしていくのだ。

 彼らは逃れられない死を前に逃げ惑うしかない。

 

「おごっぼぼぼっ……!?」

「逃げ、逃げられなっ……あああ……!?」

「おかあさーんっ、おとう──ごぼっ」

 

 あるものは水に溺れ、水に押し潰され、あるものは内側から圧壊した建物に呑まれ──皆、水の底へと沈んでいった。

 目の前で人が水に飲まれ、建物が崩れていく。

 その光景を前にして、リンネは──笑い声が止まらなかった。

 

「ハハ、ハハハハハ!! これが、お前達の罪だ……!! 俺を、そしてクロウリーを踏み躙って、安穏と暮らしてきた報いだ。せめて、寝ている間に死ねたのを幸せに思うんだなッ!!」

 

 その様を──マイミュは、無邪気な子供のように面白がって、ずっと眺めているのだった。

 

「まみゅー! まみゅまみゅーっ!」

「見ろマイミュ。あれだけ栄華を誇っていた王国が一瞬にして崩落していく……! 自分達の暮らしが凄惨な血の争いの上で成り立っていた事を知らない愚民共が水に飲み込まれていく!」

「みゅー!」

 

 こうして、ムナール地方首都・サルナスは一晩にして滅びることになる。王侯貴族は勿論の事、無辜の民諸共、水の底に沈むことになったのである。

 しかし、この町に住んでいた「無辜の民」などリンネから言わせれば、後から勝手に住み着いた挙句、戦争で国家が得た利益にタダ乗りし、贅を貪る醜い咎人以外の何でもなかった。

 かつて彼が生まれ育ったイヴの町の民は、彼以外残して皆死んだのだから──

 

「みゅー! まみゅー!」

「これは始まりだマイミュ……まだ序章でしかない」

 

 瓦礫と屍が浮かんでくる中。

 無邪気にマイミュははしゃぐ。

 サルナスは一晩にして、彼の住処と化したのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──これより、改めて大合議を始めるでござる」

 

 

 

 ──ベニシティ・ミヤコ島のポケモン協会本部。

 メグル達が帰還してから初めてのキャプテン達による大合議が始まろうとしていた。

 その場に集まったのは、御三家側がユイとハズシ。

 一方、旧家二社側がヒメノ・ノオトの双子、そしてキリの3人だ。

 大合議は基本的に、1つの緊急を要する議題について、この全員で対策の方向性を探るといった討議を行うのである。

 

「先ず、此度のヒャッキ遠征への協力、大変心に痛み入る。ユイ殿、ハズシ殿」

「良いのよ。困った時はお互いサマ」

「ただ、当初の目的のアルカさんの奪還は達成できたけど……他の問題が解決していないんだから」

「現状のヒャッキの状況を整理するのですよー」

 

 クロウリー軍団は本拠地である黒船を完全に制圧されたことで、鎮圧。

 しかし、苦し紛れにどうやら敵側が船を自爆させたらしく、結局の所”王国”への足掛かりは無くなってしまったのだという。

 人質も全員解放し、ヒャッキには仮初ではあるものの平穏が訪れたのだという。

 

「残ったのは軍団長のリンネだけでござるよ」

「そのリンネが問題ッスけどね? 先ず、ヒャッキの三大妖怪が封じ込められていたとされていた渓谷。でもそこに実際に封じられていたのはオーラギアスなる怪物だった」

「更に、そのオーラギアスの腹の中に、正体不明のポケモンが居たっていうじゃない。どうなってんの?」

「だからこそ、今日は──特別に来賓を呼んだでござるよ。彼無くして、オーラギアスの生態、そして正体不明のポケモンの謎は分からないでござる」

 

 キリの呼びかけに応じるようにして──()は現れた。

 忍者に両脇を固められて、自由に身動きが出来ないようにして。

 

「ど、どぉーもぉー……」

 

 全員の視線、殺気が現れたアロハシャツの男に向いた。

 重罪人と全く同じ顔、そして全く同じ声の人間がそこに居る。

 

「えーと、キリさん。オレっち、ずぅっと思ってたんスけど緊急事態だから敢えて触れなかったんスよね」

「うん……」

「おやおやー? 的当ての時間なのですー?」

「止すでござるよヒメノ殿……」

「こいつ信用して本当に大丈夫なんスよね? え?」

 

(いやいやいやいや、本当に嫌われてるんだな、こっちの僕!!)

 

 感じたことも無いようなアウェーな空気にイデアは竦み上がる。事情は分かっていても、いざこうして敵意剥き出しのキャプテン達を前にすると気落ちした。自分の知るサイゴクのキャプテン達はもっとアットホームな空気だったはずだ、と回想する。

 

「安心しなさい。あたしもソイツを信用したわけじゃないんだから。何なら裏切った瞬間にそいつを殺して、あたしも腹を切るわ」

 

 ユイの口元は笑っていた。目は笑っていなかった。

 

(クソッ、こんな時はポジティブな事を考えてショックを緩和するんだ僕!!)

 

 イデアの脳内では、それが嫁の言葉に勝手に変換される。

 

 ──ねえ博士っ。浮気したら博士を殺してあたしも腹を切るわ♪(※妄想です。実際には言ってません)

 

(あっ、意外と悪くないかもしれない──!!)

 

 どうやら強めなお薬が必要のようだった。

 

「やれやれいい加減にしなさい、皆……気持ちは分かるけど、この人は別世界の博士なのよ。顔が限りなく似てる別人みたいなものなのよ」

「そ、そう! そうだぞう! どいつもこいつも僕の事胡散臭いって言って、ちょっとは悪いと思わないかなあ!」

「……ごめんなさい、やっぱちょっと腹が立ってきたわ。ウェルダンで頼むわリザードンちゃん」

「ハズシさんまで敵に回ったら味方いなくなっちゃうからやめて!!」

「やれやれ、争うとる場合か愚か者共」

 

 助け船を出すかのように、イデアの後から現れたのは──付き添いの褐色肌少女であった。

 

「……そういや結局素性が分からなかったッスね。あんた何者なんスか?」

「妾はミコ。そうだな……オーラギアスの事ならば、妾は全部知っておるぞ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──帰還してから数日が経った。

 キャプテン達が大合議をしている間、メグルはベニシティに滞在することになった。

 ベニには大きなポケモンセンターがある。アブソルの具合もそこで診て貰える。

 しかし、調子はあまり芳しくはなかった。

 

「恐らく、アブソルは完治に一週間ほどかかるかと……体内の蓄積ダメージがあまりにも大きく……」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 ベニシティのポケモンセンターの一角。カプセルの中で息をするアブソルを眺めながら──メグルは息を吐いた。

 良かった、と心底思う。自分のように一生残る傷でなくて良かったのだから。

 

(……本当に良かったのか? 俺の勝手に付き合わせただけじゃないか)

 

 だが、同時にまたアブソルに無茶をさせてしまったことをメグルは悔いていた。

 ギガオーライズによる同調で、アブソル自身も全力を出すことに躊躇いが無かったことは理解している。

 しかし自分はポケモントレーナーである以上、本来なら何処かでブレーキをかけるべきだった。

 

(俺はポケモントレーナー失格だ……)

 

 センターを後にしながら、メグルは外に出る。 

 そこには──イクサ達が立っていた。

 

「メグルさん。アブソルは……」

「心配してくれてありがとな。何とか大丈夫そうだ」

「でも入院なんでしょ?」

「んまーな……」

「でも、そんな顔してたら他の手持ちも心配させちゃうわよ」

「ふぃるふぃー……」

 

 ニンフィアが心配するようにメグルの顔を見上げている。

 二度と元には戻らない右目を案じているようだった。

 

「お前、いつの間に出てきて……」

「ふぃー……」

「ごめんな。他の事でいっぱいいっぱいで、お前に構ってやれなく──あだだだだ!?」

 

 がりっ、とニンフィアはメグルの足を噛んでいた。

 そして──そのまま、「もう知らない!」と言わんばかりにぷい、とそっぽを向いてしまうのだった。

 

「ニンフィア~、何でだよォ~……」

「どー見ても今のはメグルさんが悪いですね……」

「こんな時くらい自分の心配をしろ、って言われてるねー♪」

「馬鹿野郎。俺の事は良い。心配なのは──アルカだ」

「そんなに心配なら会いに行ってみれば良いんじゃない?」

「……」

 

 メグルは押し黙る。

 「怖い」と言われ、拒絶された時のショックがまだ響いていた。

 

「いや、やめとく。俺……怖がられてるみたいだし」

「こんな時にビビって、どーすんのさっ!」

「あんたの彼女なんでしょーが……他に誰が見てあげるのよ」

「あいつは全部忘れてるだろ」

「でも、メグルさんは忘れてないんでしょ?」

「なあイクサ、この女子たちめっちゃグイグイ来るんだけど……」

「オシアス女子は超が付く程肉食系なんだよー♪」

 

 ※諸説あります。

 

「えーと……メグルさん。僕も……出来るだけ、アルカさんに会いに行った方が良いと思います」

「……お前も同じかよ」

「今すぐに記憶が戻るわけじゃないですけど……何かの足掛かりにはなるかもしれないですし」

「だと良いんだけどなあ……」

「しゃんとしなさいな」

「あいっだぁ!?」

 

 ばちん、とレモンが思いっきりメグルの背中を叩いた。

 

「話はノオトさんから聞いてるわよ。アルカさんを支えられるのは、貴方だけなんじゃないの?」

「ふぃー……」

「……だと良いけどな」

 

 気乗りはしない。だが、今となってはメグルが「身内」と呼べるのはアルカだけだったし、彼女にとっても同じだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 アルカが入院してる病室に、4人は辿り着く。面会の許可を特例で貰うと、看護師の案内の下、部屋に入るのだった。

 

(不安だ……)

 

 病室のベッドで──びくり、と身体を震わせたアルカは──そのまま「あっ、貴方は……」と声を漏らす。 

 怯えた様子ではないようだった。それよりも、申し訳なさそうな表情だった。

 

「その。こないだは──」

「あのっ。ボクの方こそゴメンなさい」

「……」

「あの後、色んな人から聞いたんです。その……メグルさん、でしたよね? 一番、ボクの事心配してたって」

「……そうだな」

「ボク、酷い事、言っちゃったみたいでゴメンなさい。……でも、まだ頭がぐわんぐわんしてて、何が何だか分かんないんです」

 

(俺の記憶のどのアルカよりも……大人しい。記憶が無くなってるなら、これがアイツの素なのか?)

 

 そこに、自分の知るアルカは居ないのだ、と思わせられる。

 その場に、重たい沈黙が横たわった。見かねたデジーは「あっそうだ!」とアシスト。

 

「──ねえ、アルカさんっ。もういつでも退院できるんだよねっ」

「そ、そうですけど」

「ボクらと一緒に、色んな所巡ってみようよっ! 何か思い出すかもしれないしっ!」

「……おい、そんな勝手に──」

「ねっ♪」

 

 デジーがぱちり、とメグルに向かってウインクしてみせる。

 

「僕もそれが良いと思います。サイゴクはアルカさんにとっても思い出深い場所が多いでしょうし」

「……なあ、無理しなくても──」

「えっと──迷惑でなければ、ボクは構いません」

「!」

 

 思いの外、アルカはこの話に食いついた。

 

「ボクも……不安なんです。自分が何者かも分からないなんて……だから、一刻でも早く、思い出したいんです」

「……アルカ」

「良いですか? メグルさん」

「……決定だねっ♪ 皆でいろんな場所回ってみよーよっ!」

「なあ、迷惑じゃないか? 悪いぜ流石に……」

「何言ってんのよ。うちのデジーは言い出したら聞かないんだから」

「ホントに上手くいくのかよ、こんなので……」

「ふぃるきゅー……」

 

 ニンフィアが、ベッドによじ登り、アルカの顔を覗き込む。

 それを見て、アルカは──微笑んでみせた。記憶を失う前の彼女ならば考えられない表情だ。いつもならば厄介そうに手で追い払うところである。

 

「ふぃー……」

 

 それでニンフィアも、状況を完全に把握するのだった。今目の前に居るのは、自分が知るアルカではないのだ、と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:記憶の欠片

 ※※※

 

 

 

【オーラギアス ゆうせいポケモン タイプ:毒/虫】

 

【オーラギアス(ヒャッキのすがた) ゆうせいポケモン タイプ:電気/虫】

 

【隕石の姿の時に近付くのは危険。放つ波動で周りのものを分解して取り込む。】

 

 

 

「……」

 

 改めてオーラギアスというポケモンの詳細を聞かされたキャプテン達は閉口した。

 此処まで恐ろしいポケモンが地上に現れたならば、それは歴史が大きく変わっても仕方がないことであった。

 

「無茶苦茶なのです……”僕の考えた一番強いポケモン”か何かなのですよ」

「辛うじてタイプが弱いので釣り合い取れてるッスね……え? タイプ関係なく毒盛れるんスかコイツ。馬鹿じゃねーの?」

「あったま痛くなるわ……戦わなくて良かったって思うレベルのバケモノなんだから。何? あのクソデカアリアドス? デンチュラ? もうどっちでもいいわ、あいつの所為でヒャッキは危うく滅ぶところだったっての?」

「そうなるな。少なくとも、かつてのオシアスは滅ぼされた」

「色々詰め込み過ぎて頭が痛いわね……」

「だろうな。現実味が湧かんだろう。妾の正体がポケモンである事も含めて、な」

 

 その他、オシアスの歴史、ひいては今までミコが歩んできた旅路を聞くと、余計にキャプテン達は頭を抱えるのだった。

 正直、テング団が可愛く見えてくるレベルであった。

 

「さて、オーラギアスの生態に話を戻そうか。あいつは、隕石の形態がある意味一番危険なんだよね」

「隕石?」

「うむ。言わば捕食形態だ。周囲の無機物・有機物を問わずに粒子に変えて吸収してしまう」

「それはさっき聞いた。……待って。でも、ヒャッキに現れたオーラギアスの亜種ってクモの姿だったわよね。何か違和感があるような」

「ああ──奴が捕食波動を放てば、伝承など残らぬレベルの被害が出ているはずだ。にも拘らず、絵巻にはクモの姿の奴が描かれていた。では疑問が浮かぶ。オーラギアスは一体、いつ……あの水トカゲを捕食したか、だ」

「それって何か重要な事なんスかぁ?」

「重要ね。あの水トカゲが──ヒャッキのポケモンではなく──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことでしょ?」

「僕の仮説はこうだ。あのオーラギアスは、元はヒャッキに落ちてきたんじゃなくて、裂け目を通って別の世界からやってきたんじゃないかって。そして──その時には既に、あのトカゲを捕食した後だった」

「しかし、オーラギアスは流石に裂け目を作り出す能力は持っておらん」

「じゃあ何? もしかして……オーラギアスがヒャッキ地方にやってきたのとか、ヒャッキでやたらと時空の裂け目が起きてるのって……」

「あのトカゲはオーラギアスに捕食されても尚、粒子の状態から復活しておったからな」

 

 こうなると──出てくるのは恐ろしい仮説であった。

 全ての諸悪の元凶が、オーラギアスではなくあの水トカゲにあるという点である。

 そして、あの水トカゲは、オーラギアスの腹の中に居る間も、あの封印地点を起点として時空の裂け目を作り出し続けていたのではないか、と。

 本人に時空を破壊してやろうという意思はないのかもしれない。

 しかし、動物が呼吸するように、そして植物が光合成をするような感覚で──あの水トカゲは時空の裂け目を作ることができるのではないか、とイデアは考える。

 あるいは、あの水トカゲが存在しているだけで、周辺の空間に影響を及ぼし続けるのではないか、とも。

 ただし、その”周辺”の規模は、想像をはるかに超える規模でもある、と。

 

「当のオーラギアスは死んだ。妾達が戦うべき相手は、間違いなくあの水トカゲだ。放っておけば裂け目を生み出し続けるだろう。そうなれば、他の世界にも災禍がバラまかれる」

「対策を練る必要があるけど、情報が少なすぎるわね」

「なぁに。妾はさして心配しておらんがな。此処に居るのはサイゴク最強のトレーナー達。そして、イクサ達はオシアス最強クラスのトレーナーだ。そこにイデアが居れば、何を恐れる必要がある」

「異世界同士の協定ってわけでござるか。良いだろう」

「良いんスか!?」

 

 ノオトがイデアを指差して言った。やはりそれでもイデアを信じられないようだった。しかし。

 

「──全ての責任は拙者が取る。イデア殿、ミコ殿。改めて、拙者たちに協力してもらいたい」

「……世界は違えどサイゴクのキャプテンに頼まれちゃあ仕方ないよね」

「ということで、”ひぐれのおやしろ”としては彼等と協定を組み、事態の解決に当たりたいと考えるが──他のおやしろは?」

 

 大合議の決議は、全てのおやしろに同意を取ることで決まる。

 キリは、他のキャプテン達を流し見た。

 

「”ようがんのおやしろ”としては賛成ね。一刻を争うもの」

「……はぁーあ。釈然としねーッスけど、”よあけのおやしろ”も賛成ッス。姉貴も良いっしょ?」

「はいー、此処で足を引っ張るつもりはないのです。並行世界の同一人物が善悪も同じとは限らないのは、リンネを見てよく分かったのですよ」

「”なるかみのおやしろ”も足並みを揃えるんだから。……完全に信じた訳じゃないから、そこは勘違いしないでよね」

 

(ははー、なんやかんやツンデレっぽいところはホント、ユイちゃんって感じだなあ)

 

 と言おうとしたイデア博士だったが、すんでのところで飲み込んだ。偉い。

 

「それに、協力するのはメグルちゃんとアルカちゃんの為でもあるわ」

「友達が困ってる時に、喧嘩してる場合じゃないんだから」

 

(あのメグルって子……やけに人徳があるんだなあ、意外も意外)

 

 と言おうとしたイデア博士だったが、すんでのところで飲み込んだ。偉い。

 

「では、決定だな。方向性は改めて、他のおやしろの重役、そして”すいしょうのおやしろ”の関係者も含めて決めていきたい。各自、疲れを取り、有事に備える事──以上ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「懐かしいな……」

 

 思い起こせば、アルカと本格的に絡むようになったのはベニシティに着いた頃だった。

 自分にオージュエルを押し付けたアルカを探し、テング団の事を聞く為に探して回ったのが始まりだ。

 

「此処って?」

「カブラギ遺跡。お前と初めてバトルした場所」

 

 ──ほんっとにもうっ!! 人が水浴びしている所を覗くなんて、サイテーです!!

 

 ──以前、俺に渡した宝石とテング団の事について残さず喋って貰おうか。

 

 ──勝ったら、貴方の欲しい情報を何でも教えてあげます。

 

 ──俺が負けたら?

 

 ──何でも、ボクの言う事を聞いてもらいますからねッ!

 

「……石っぽくて何も無いじゃないですか。何でこんなところに居たんですかボク」

「……お前からそんな事言われるなんてな」

 

 自分の知る彼女からは考えられない反応だ。

 遺跡や化石が誰よりも好きだった彼女が、全く興味を示しもしない。 

 

「お前は、遺跡とか大好きでよく回ってたんだ」

「遺跡……」

「覚えて……ないのか?」

「……はい」

「……」

「……ごめんなさい。覚えてないです」

「……いーよ、次行こうか」

 

 記憶の琴線に触れなかったのを察したメグルは、そのまま踵を返す。

 その姿は──イクサ達の目にも、寂しく見えた。

 次に訪れたのは、所変わってベニステーション近くのショッピングモール。

 アルカとの勝負に負けたメグルは、彼女からデートの誘いを強制的に取り付けられた。

 アルカはメグルを荷物持ちにしたかっただけであり、ときめきもへったくれもないものであった。

 当時の彼女はデートがどういうものなのかも浅い知識だけで、大して理解していなかったのである。

 それでも、メグルにとっては最初に彼女と過ごした大事な時間だった。

 互いにぎくしゃくしていた時期だったとしても。

 

「俺達さ、デートしたんだよ。此処で」

「でーと……?」

「お前から誘って来たんだ。つってもお前、ロクにデートの事とか分かってなかったけどな」

 

 当時は互いに好き同士でも何でもなかったし、とメグルは続ける。

 しかし、それも昔の話。

 付き合った後は二人っきりで一緒に居るのが当たり前になったし、デートするのも当然の事になった。

 

「そう、なんですか。信じられないな。ボク、そんなことしてたんだ」

「……実感、湧かねえのか?」

「心の中から色んなものがポッカリと抜けちゃった気がして。……分かんないんです」

「……これから思い出せば、それで良いよ」

「思い出せれば、良いんですけど」

 

 ──あ、あのー? 何でボクがおにーさんの買い物に付き合わされてるんですか? 普通逆じゃないんですか?

 

 ──分かってねーな、それがデートってもんなんだよ、知らんけど。

 

 ──絶対違いますよね!?

 

 怒ってた彼女の姿をメグルは思い出す。

 今のアルカは──ずっと、落ち込んでいる。声にも起伏というものがない。

 

(……前のあいつは……もっと騒がしくて、喧しかったんだけどな……)

 

「……すっごーい! 美味しそうなお店、いっぱいあるーっ!」

「流石にオシアスとは比べ物にならないわね。ショッピングモールの充実っぷりは」

「日本に帰ってきた気分になるなあ。ついつい買いすぎちゃった」

「ボクもー……ああ、重いなあ。ねーねー、じゃんけんで負けた人が荷物持ちってどう?」

「何でもかんでも勝負に結びつけようとするなよ」

「あら面白いわね。私はやってあげても良いけど」

 

 イクサ達がわいわいと盛り上がってるのを見て──アルカは少しだけ微笑んだ。

 

「結局ボクが全部持つのーっ!?」

「自業自得じゃない。負けたら全部持つんでしょ」

「デジー、キツくなったら言ってよね。持ってあげるから」

「うう、転校生優しい……好き……」

「甘やかさないの、イクサ君」

「……あの人達、楽しそうですね。仲、良いんだなあ」

 

(あ、少しだけ笑った……)

 

 目は隠れている。だけど──ずっと一緒に居たから、彼女の表情の些細な変化もメグルは分かるようになっていた。

 

「ねえメグルさん。この辺り、他には何があるんですか?」

「映画館もあるし……トレーナー御用達ならバトルコートもあるな。デカい公園があるんだよ」

「あのっ、ポケモン達を遊ばせてあげませんか!?」

「そーだよっ! 今日は人少ないしねっ!」

「手持ち……そっか」

 

 メグルは頷いた。

 手持ちのポケモン達と対面すれば、何か思い出すかもしれない。

 

 

 

 ※※※

 

 

  

 ──あの頃。

 バサギリ──かつてのストライクに、メグルはとても手を焼いていた。

 ストライクの気性の荒さは勿論、メグルのトレーナーとしてのレベルが足りず、言う事を聞かなかったのだ。

 彼と何とか距離を縮めるべく、バトルコートでトレーナーと野良試合をしたり、アルカと互いのポケモンを入れ替えて勝負をしたのを思い出す。

 結局なかなか上手くはいかなかったのであるが。

 

「出て来い、お前らっ!!」

 

 平日の真昼間。人の少ない公園で、メグルは手持ちのボールを思いっきり投げる。

 

「ふぃるふぃーっ」

「グラッシュ」

「ブルトゥーム」

「ラッシャーセーッ!!」

「スシー」

 

 ニンフィア、バサギリ、アヤシシ、ヘイラッシャ、シャリタツの5匹が飛び出した。

 そうして──欠けた手持ちを見ると余計にメグルの心は沈みそうになった。この場にアブソルも居れば、どんなに良かったか、と。

 

「ふぃー? ふぃッ」

「えっ、ちょっ、お前──どわぁっ!?」

 

 尚、それを察したのか、ニンフィアは真っ先にメグルの顔に飛び掛かり、そのまま地面に押し倒す。

 私以外の女の事考えてたでしょ、と嫉妬たっぷりの顔でメグルを睨むのだった。

 

「ふぃー……!!」

「大丈夫ですかッ!? 頭打ってませんか!?」

「何とか……そうだ、アルカ。お前もポケモン出してみろよ」

「え? あ、そうだ。ボク……ポケモン持ってたんだ」

 

 アルカもボールを放る。

 中からカブトプス、デカヌチャン、ヘラクロス、モトトカゲ、オトシドリ、ジャローダが飛び出す。

 そして皆揃って、心配そうにアルカの方へ近寄ってくるのだった。

 

「わ、わわわ、どうしたの皆」

「カヌヌ? カヌカヌっ!」

「ぷぴーっ!」

「アギャァス……?」

「ストォーック!」

「……ごめんね。君達の事……覚えてないんだ」

「きゅるる……」

 

 一番付き合いが長い、カブトプスが──撫でてほしい、と言わんばかりに頭を下げる。

 しかし──今のアルカからすれば、見覚えの無い恐ろしい生物にしか見えない。

 恐る恐る手を差し出すので精一杯だった。

 

「……ごめん。本当に、ごめん」

「きゅい……?」

 

 カブトプスは、なかなかアルカの手が伸びないのを気にして彼女の顔を見つめた。

 

「……本当に、分かんないんだ。君達が誰なのか」

「カブトプスは、お前の相棒なんだよ、アルカ」

「……そうなんだね」

「かぬぬーっ!!」

 

 痺れを切らしたのか、怒った様子でデカヌチャンが地団太を踏む。

 ジャローダも、様子がおかしい主人を前にして甲高く鳴いてみせる。

 だが、手持ちの姿を見ても──アルカは何も掴めない、と言わんばかりに首を横に振った。

 

「……カヌッ!! カヌ、カヌッ……!!」

「ストーック……」

「……一緒に過ごしてたら何か思い出すかもしれねえだろ。可愛がってやってくれよ。そいつらは皆、お前の事大好きなんだからさ」

「良いトレーナーだったんですね。以前のボクは」

「……今だってそうだろ」

「ううん……正直、困惑してるんです」

「それならっ、バトルしてみたら良いんじゃない?」

 

 間から割って入るのは──デジーだ。

 突拍子もない提案に、メグルは顔を顰める。

 

「あのなウサギっ子。記憶を失ってるのに、バトルの指示が出来るってのかよ?」

「でも、技名とかは図鑑の説明見れば分かるし……それに、ポケモン達は最悪自分で考えて戦えるでしょ?」

「流石に無茶だろ……」

「良い考えかもしれないわ。バトルの刺激が記憶を取り戻すことに繋がるかもしれないし」

「じゃあ相手は僕が──」

 

 イクサが手を上げようとすると、彼を押しのけてデジーが前に出る。

 

「いーや、転校生は引っ込んでて。此処はボクがやるっ。言い出しっぺだしね!」

「えー、バトりたかったんだけど」

「貴方は戦いだけでしょーが」

「アルカさん、良いよねっ? ボクとバトル、してみよーよっ!」

「ボクに……出来るんでしょうか」

「きゅるるぃー」

 

 カブトプスが勇ましく鳴く。やらせてくれ、と言わんばかりにカチンカチン、と鎌を鳴らす。

 

「……カブトプス、だっけ」

「きゅるぅ!」

「……分かった。やってみるよ」

「審判は私が務めるわ。メグルさん、良いわよね?」

「しゃーねーな……頼むぜ」

 

 バトルコートにデジーとアルカは向かい合って立つ。

 そして、頭のリボンをキュッと締めたデジーはボールを出して、投げた。

 飛び出したのは、一本角が特徴的な怪獣のポケモン・ニドキング。デジー自慢の切り込み隊長である。

 

「転校生ーっ! 見ててよね、ボクの華麗なバトルっ! 頼むよ、ニドキング!」

「ねえデジー。ヒートアップしてギガオーライズとか使わないでよね、間違っても」

「……てへっ♪」

「使わないよね!? 大丈夫だよね!?」

「うちの子達って何でこうも血の気が多いのかしら」

「レモン先輩にだけは言われたくないんだけどっ!? ぶーっ!」

「……えーと、カブトプスの覚えてる技は……ってか、どんな技だっけコレって……」

 

 必死に図鑑の説明に目を通すアルカ。そんな彼女を見かねてか──メグルが立ちあがり、彼女の傍に立った。

 

「カブトプスの覚える技はストーンエッジ、アクアブレイク、シザークロス、あまごいだ」

「……どうやって戦うんですか?」

「カブトプスは雨が降ってる時にパワーアップする。あまごいで雨を降らせば良い」

「詳しいんですね?」

「当たり前だろ、何回コレでやられたと思ってやがる」

「あ、そっか……」

「躓いたら俺が教えてやる。先ずはやってみろ」

「……は、はいっ」

 

 二人のやり取りを見たデジーは笑みを浮かべる。何であれ、二人の距離が縮む切っ掛けになるならそれでいい、と考えたのだ。

 

「よーしっ! 手加減しないよーっ! ぴょんぴょーんっと、勝負ーっ!」

「……お願いしますっ!」

 

 

 

【ポケモントレーナーのデジーが勝負を仕掛けてきた!】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:思い出なぞり

 ──こと、デジーという少女は普段の言動の軽さに反し、良く言えば思慮深い性格であった。

 カブトプスに対して相性が不利なニドキングを繰り出したのも、記憶を失ったアルカに対する手心の一つであった。

 ただし、それはそれとして非常に負けず嫌いだったので、この条件下で手を抜くつもりは毛頭なかった。

 

「──とゆーわけで、ゴーッ!! ニドキング、”だいちのちから”!!」

「ブルッシャァッ!!」

 

 ズドン、と足が勢いよく振り下ろされるとバトルコートに罅が入り、溶岩がカブトプスの足元に溢れ出す。 

 それをいち早く察知したカブトプスは早速跳び上がり、それを避けてみせる。

 

「速ッ!? ……それなら──」

「先ずはコレ! ”あまごい”!!」

「空に逃げたなら撃ち落としちゃえっ! ”10まんボルト”ッ!!」

「大丈夫だ、カブトプスなら避けられるッ!!」

 

 ざぁ、と雨が降り出す。

 全身に水を浴びたカブトプスは敵のニドキングの方角を見据えると、放たれた紫電の束に対して身をよじって紙一重で躱してみせるのだった。

 思わずレモンも唸るほどの回避行動であった。

 

(凄い身体能力ね──ッ!! 修羅場をくぐってきたポケモンの動きだわ!!)

 

「そ、それで次は──」

「今は……水タイプの技が雨で強化されてる!!」

「じゃあ、アクアブレイクだよ、カブトプスッ!!」

 

 音速を超えた速度で肉薄するカブトプス。

 そのまま地面を鎌で傷つけながら水を纏わせ、ニドキングの首を目掛けて斬りかかる。

 効果バツグンに加えて、雨によって威力が上乗せされた一撃。受ければニドキングであってもただでは済まない──はずだった。

 インパクトの寸前。光が放たれる。そして──”アクアブレイク”を受けたはずのニドキングが、逆にカブトプスの頭を掴んで地面に叩きつけ、更に蹴り飛ばす。

 

「あ、あれ……あんまり効いてない!?」

「……ごっめんねー! 此処までやれるとは思ってなかったからさぁ──切らせてもらうよ、オーライズ!!」

「あんのバカ……!」

「手心は何だったんだよ、手心は……!!」

 

 呆れたようにレモンが眉間を摘み、イクサが肩を竦める。相も変わらずの負けず嫌いっぷりであった。

 ニドキングの身体にはオーラの装甲が纏われていた。真っ黒い紫電を放つ黒い鎧に、猫耳のようなパーツが付いた兜が頭には取り付けられている。

 彼女の手持ちの一匹であるレパルダスのオーライズだ。

 

「オーライズしたのか……!」

「えっと、オーライズって……!?」

「他のポケモンのオーラを、戦わせてるポケモンに纏わせる事が出来るんだよ。タイプと特性が変わるから、弱点も戦い方も変わる」

「でも、押し込めばいけるはず……! ”アクアブレイク”っ!」

「それだけじゃないよっ! オーライズしたポケモンは──Oワザが使える! ニドキング、ぴょんぴょーんとOワザ”ふいうち”!!」

 

 ”ふいうち”は通常、ニドキングは習得できない。アクアブレイクを放とうとしたカブトプスの背後に、既にニドキングは回り込んでおり、怪腕による一撃を叩き込んで地面に組み伏せるのだった。

 イクサ達の住むオシアス地方のオーライズは、トレーナーが持つオージュエルに、ポケモンのデータを記録したオーカードを読み込ませることで発動する。

 そして、オーカードには1つだけ、そのポケモンの技を記録させておくことが出来、オーライズしている間だけ使用できるようになるのだ。これが”Oワザ”である。

 

【ニドキング<AR:レパルダス> タイプ:悪】

 

(聞いちゃいたが、俺の知ってるオーライズとは違うよな……! しかも自由度が高過ぎる……! このクソウサギ、手加減する気ねーな?)

 

(ゴメンねー♪ ボク負けず嫌いだからさーっ!)

 

(ほんっとにこのイタズラウサギは……ギガオーライズ切らなかっただけマシだけども……)

 

「どうしよう、攻撃しようとしたら先に動かれちゃう……!?」

「きゅるるるるぃ……!」

 

 先制技の前では、幾ら素早さを上げても意味を成さない。

 辛うじてニドキングから逃げ出したカブトプス。しかし、強力な攻撃を受けたことで息が乱れていた。

 

「そうだな。だけど、カブトプスは諦めてないみたいだぞ」

「……っ! ……」

「それに信じろ。こいつはお前が育てたポケモンだ。お前は──強いトレーナーなんだ」

「ボクが……!?」

「ああ。化石蒐集と遺跡巡りの(自分の欲望を満たす)為にポケモンを鍛えまくってたからな……誇って良い」

「なんか今、微妙に貶してなかったですか!?」

 

 気の所為である。断じて、異常気象で極寒の中遺跡巡りに連れ出されそうになったのを根に持っているわけではない。断じて。

 

「キュルルルルルルルル!!」

 

 振り返り、カブトプスが咆哮する。「指示を」と呼びかけているようだった。

 

「ッ……ねえ。記憶を失ってるのに……ボクを、頼りにしてくれるの?」

「ポケモンには難しい事は分かんねーだろうからな」

「……ほらほらぁっ!! 来ないならトドメ刺しちゃうよ! ビリビリのーっ”10まんボルト”ーっ!!」

 

 ニドキングの身体に電気が迸る。そして角に電流が集中していくのがアルカの目にも見えた。今のカブトプスが受ければ倒れてしまうのは確実だ。

 

「……分かった。カブトプスのスピードなら間に合うよねッ!! ”シザークロス”ッ!!」

「んにっ!? 突っ込む気ィ!? でもこっちの方が速──」

 

 ニドキングが電気を放出する前に、カブトプスは既にその真正面で腰を低くして鎌を振るっていた。

 土手っ腹に斬撃が二発、交互に叩きこまれる。悪タイプになったのが運の尽き──虫タイプの技である”シザークロス”が効果バツグンとなっていたのである。

 

「ごぉっ……!?」

「うっそぉ!? 技を撃つ前にやられるなんてぇ──!?」

 

 鎧が消えていく。ふらふら、とよろめいたニドキングは、そのまま倒れてしまうのだった。戦闘不能──カブトプスの勝ちだ。

 

「あーんもうっ!! 今のは勝ったと思ったのにぃっ!!」

「……デジー。後で()()()()かな」

「え”ッ、何でェ!?」

 

 当然、オーライズが使えない相手にオーライズを黙って使うのはアンフェアも過ぎる所業だからであった。

 そんな彼らを他所に、アルカは目を輝かせて、カブトプスに駆け寄る。

 

「良かったぁ、カブトプスっ、ありがとっ!」

「キュルルルルルッ!」

「……何とか勝ったかあ」

 

 さっきまであんなに戸惑っていたのに──バトルを通して、カブトプスに親しみが湧いたのだろうか。

 あるいは、元々の相棒だったが故に、心のどこかでは彼の事を相棒として覚えているのか。

 それは分からない。だが──アルカは嬉しそうに、カブトプスに抱き着くのが見える。

 

「あっ、ゴメン。いきなり抱き着いて──」

「キュルルルルルィ♪」

「えへへ……ゴメンね、怖がったりして。君は……とっても良い子だっ」

 

 はしゃぐアルカの姿を見ると──メグルの脳裏には、かつての彼女の姿が浮かぶ。

 だが、それでも今此処に居るのは全ての記憶を失ったアルカだ。

 現実を直視する度に胸が締め付けられる。本当にもう、彼女の記憶は戻って来ないのだろうか、と思うと不安で押し潰されそうになる。

 そんな中──

 

「えっと……()()()()()っ」

「!」

「ありがとうございました。おかげで……勝てましたっ」

 

 びくり、とメグルは肩を震わせた。懐かしい呼び方だった。

 気が付けば、アルカが目の前に立っていた。嬉しそうに彼に向かって微笑みかける。

 その姿は本当に何時もの彼女のようだった。

 抱きしめたくなるのを抑え込み、メグルは首を横に振った。

 

「ちげーよ。カブトプスを育てたのはお前だ」

「でも、ボク、戦い方とか忘れちゃったから……」

「忘れたなら思い出すまで教えてやるよ」

「……そうですか。ふふっ。よろしくお願いしますね」

「キュルルルル!」

 

 もしかしたら、本当に思い出すかもしれない。このまま一緒に思い出をなぞっていれば。そう思うと、希望が見えてくる。

 それを見ていたデジーは、弁明するように言った。

 

「ねえ、やっぱりこれでチャラになったりしない? 二人共良い感じの空気だよ?」

「ダメね。お仕置きは確定事項よ、可愛いウサギさん」

「うー……しかも負けてるし、今回ボク、全然良い所なーいっ! こんなんじゃ、転校生のライバルじゃいられないーっ!!」

「そんなことは……ん?」

「フィッキュルルルィィィ……!」

「何でニンフィア、こっちに居るの?」

 

 良い感じの空気になっている主人たちに向かって威嚇するニンフィアに困惑するイクサ。

 彼女はずっとイクサの足元に陣取っていた。機嫌の悪さもマックスである。

 

「あのさニンフィア、僕の所に居ても良いの? 君の主人はあっち──」

「ケッ」

 

 ぺしゃっ。地面に唾が吐きかけられる。後ろ脚をダンダンと打ち鳴らしており、露骨に機嫌が悪そうであった。一般的なアイドルイメージとかけ離れたニンフィアの姿にイクサはドン引いた。これではヤカラかヤンキーである。

 

(えっ……信じられないくらいに態度悪ッ……まさか妬いてるのか!? アルカさんに!?)

 

 イクサは知らない。このニンフィアが、ご主人大好きな上に酷いヤキモチ焼きで、オマケに──凶暴リボンと呼ばれる程に凶悪な個体であることを。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──次は何処に行くの?」

「映画館」

「映画館はこの辺り、結構多いわよ」

「別に何処でも良いんだけどー……強いて言うなら」

 

 メグルが訪れたのは──以前、アルカとのデートの最中に立ち寄った映画館だった。

 

「……確か此処は──」

 

 ──とにかく! デートには恋愛映画が良いと聞きました! これで恋愛も一緒にお勉強というわけですよ! まさに一石二鳥!

 

 ──そういう発想が先ず良くないんじゃねえかなあ……。

 

 ──それじゃー、このポップコーンって食べ物と飲み物の代金はおにーさん持ちで!

 

 ──暴君だぁ……。

 

「……はは。懐かしいな」

 

 アルカとのやり取りを思い出す。

 恋愛に興味を持っていた彼女が観たいと言い出したのは、よりにもよって年齢制限付きの恋愛映画だった。

 好奇心の塊である彼女は、とにかく背伸びがしたかったのか、興味本位だったのか、それとも両方だったのか──明らかに刺激の強い映画を選んだのである。

 結果。青白い彼女の肌は、真っ赤になってしまい、気まずい空気になってしまったのも今では良い思い出だ。

 そう考えていたメグルは──映画館の上映スケジュールの1つに、見覚えしかない字の列を発見する。

 ”禁じられた恋─カジッチュから始まるふたりの関係2─”。

 まさに、以前観た映画の続編のようなタイトルであった。

 

(って……これの続編上映されてたのかよ)

 

 そう思ってパンフレットを手に取ると、どうやら監督は同じだが世界観が同じだけで、登場人物が違うらしく、前作を観ていなくても大丈夫な作りになっているようであった。

 

(……いやいやいや。幾ら何でもだろ。流石にガキンチョ共が居る時に、こんなもん観には──)

 

「んじゃーボク、”キングゴリランダーVSメカバンギラス”見たいかなーっ!」

 

(そうそうそういうのが良いだろ、無難オブ無難──)

 

「じゃあ()()はこれで決定ね」

「見覚えしかないタイトルだけど……別に良いか」

 

(うん? 私達?)

 

「色男さん? 流石に映画デートは二人っきりが乙だと思うけど?」

「……いや、だけど──」

「思い出なんでしょう? 大事にした方が良いと思うわよ、こういうチャンス」

 

 パチリ、とレモンがウインクする。年下に気を遣われてしまったのをメグルは察して頭をポリポリと掻いた。

 そのままオシアス組は仲良く、劇場の中へと先に入ってしまうのだった。

 そして──アルカの方をちらり、と見る。彼女は映画に興味はあるが、上映している数が多いからか、どれを見るか迷っているようだった。

 

「あのさアルカ。観たい映画無い?」

「映画の事はよく分からないですけど……あの。メグルさんは以前、ボクとどんな映画観たんですか?」

「えーと……この恋愛映画の前作」

「え”っ」

 

 流石のアルカも、パンフレットから溢れ出るアダルティな空気に困惑している。

 今となっては信じられないが──以前のアルカは本当に初心で、こういったものに耐性が全く無かったのだ。

 

「……これって」

「お前が観たいって言いだしてだな。観終わった後、すっごく気まずくなった」

「で、ですよね……あの嘘ですよね? ホントだとしたら何考えてたんですかね、ボク」

「俺が聞きてえ。でも、お前ももういい年したオトナだろーが」

「……そ、そーですけど。恥ずかしくないですか?」

「そうだな。俺も他の映画で良いと思うぜ」

「……いや、これにします」

 

 何かを決意した眼差しで(髪に隠れて見えないが)アルカは、パンフレットを指差した。

 

「良いのか?」

「……ボクだって、記憶を取り戻したいんです。これが……貴方との思い出だっていうなら」

 

(どっちかっつーと黒歴史に近い思い出だけどな)

 

「これがきっかけで何か思い出すなら──」

 

(ぜってーシリアスな空気で思い出すモンじゃねーと思うけどな。いや、思い出してほしいけどさ)

 

「……ボクは、この映画を択びます」

 

(仰々しいけど、年齢制限付きの映画観るだけなんだよな、しかもR15だしコレ)

 

 ──120分後。

 

「いやー、楽しかったなあ、映画!」

「あれ? でも最後良い感じで済まされてたけど、結局キングゴリランダーとメカバンギラスってどっちが強かったのかしら?」

「巨大カミツオロチの登場で有耶無耶になっちゃいましたからね」

「そりゃもうゴリランダーに決まってるよねーっ!」

「ねえデジー? ()()()()()()()()()()()()?」

 

 映画の感想をわいわい語りながら出てくる3人組。

 そこから遅れて──顔を真っ赤にしたアルカ、そしてメグルの二人がやってくるのだった。

 二人共気まずそうに顔を逸らしており、一言もしゃべる様子が無い。

 ロビーに出てきた彼らに対し──イクサは一言。

 

「あの。何観てきたんです?」

「……ぷしゅー……」

 

(前作より描写が過激になってた……)

 

「ナニ観てきたの!? もしかしてエッチな映画!?」

「こらデジー!! 幾ら恋人でも記憶喪失の人に初っ端からそんなもん見せるわけないだろ!?」

「お、男の人と女の人がハダカで抱き合ってた……ちゅーが、すっごくエッチだった……」

 

 その場に沈黙が横たわる。

 

「……メグルさん?」

 

 イクサの冷たい視線がメグルに突き刺さる。慌てて彼は弁明することになった。

 

「待て誤解だ! 元はと言えばな……」

「あう、あう……ダ、ダメだよ、あんなの……インモラルすぎるよ……!」

「もういいアルカ、思い出すな、映画の事は! あ、いや、待て、もしかして思い出せるのか!? 昔の事を!?」

「ぷ、ぷしゅー……」

 

 掌で顔を覆ってしまったアルカは、そのまましゃがみ込んでしまう。

 

「あの、メグルさん……? 説明責任があると思うんですが?」

「待て待てイクサ、こいつはちっこいが、これでも俺より一応年上で……」

 

(地味にデリカシー無いよね、メグルさんって……)

 

(……ちっこい? 何処が? 特大サイズじゃないのよ、腹が立ってきたわ)

 

(レモン先輩は人の胸見過ぎ)

 

「恥ずかしがる女の子にえっちな映画を無理矢理見せる性癖があったって話でしたっけ? 流石に擁護出来ないですよ」

「話を聞いてくれぇ……」

 

 この後、誤解を解いて事情を説明するのにかなり時間を要した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:異界からの来訪者

 ※※※

 

 

 

「結局、何も思い出せなかったです……」

「仕方ないわよ。一朝一夕で戻るものじゃないしね」

「でもでも、楽しい思い出、今日だけで沢山出来たよねっ!」

「は、はいっ。皆さん、ありがとうございました」

「……ふふーんっ! 今日はまだ終わらないよっ!」

 

 ホテル前に集まった一同に対し、デジーがVサイン。

 

「部屋に集まってパーティしよーよっ! お菓子とジュース、沢山買ってさっ!」

「おいおい朝までドンチャン騒ぎする気かよ……」

「そうですね……どんちゃんまではいかないけど、僕もまだまだメグルさんと話したいこと沢山ありますから」

「アルカは──」

「折角だし、参加したいです。皆優しいし……友達になれそうだから」

「またまた~! もうボク達、マブでしょアルカっちぃー!」

「そ、そうでしたっけぇ!?」

「ボクっ娘仲間ってすっごく稀少なんだよ? 仲良くしよーっ! にししっ」

 

(……こいつらが居てくれてよかったな。もし居なかったら……俺もアルカも、ずっと暗いままだったかもしれねえ)

 

 すっかりオシアス組と打ち解けたアルカを見て、メグルは安堵の息を吐く。

 結局の所、まだ彼女の記憶が戻る気配はない。それでも一つ救いがあったとするならば、彼女に新たな友が出来た事だろうか。

 

(……このままってわけにはいかねえけど……良かったな)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同じ狭い部屋で一頻り駄弁り、菓子とジュースに明け暮れて──皆、そのまま寝落ちしてしまった。

 そんな中、アルカだけが真っ暗な部屋の中でパチリ、と目を覚ます。

 

(……眠れない……)

 

 目を擦り──夜風を浴びようと、扉のノブに手を掛ける。

 ぼんやりとした気分のまま、彼女は部屋を出るのだった。

 

「んーっ」

 

 冷たい風が心地よかった。

 見上げると、月は大きく満ちており──自分がどれだけちっぽけなのか思い知らされる。

 それでも、悩みは尽きる事は無い。自分が何者なのか、今のアルカには分からない。

 

(……ボクは……アルカ。ヒャッキ地方からの流れ人で……ポケモントレーナーで……遺跡と化石が大好きな石商人……か)

 

 彼女は首を横に振った。

 

(……わっかんないな。目が覚めた時には、何も分からなかったのに。まるで、全部取って付けられた”設定”のようで、現実味が湧かない)

 

 ただ一つ、自分の在り方を証明するのは──体中に刻み込まれた傷跡。

 きっとヒャッキ地方では、ロクな扱いを受けて来なかったであろうことだけは分かった。

 そして、この世界の住民は皆、自分に対して優しかったこともこの数日間で分かった。

 だからこそ申し訳なくて仕方が無かった。自分はもう、彼等の記憶など一つも残っていないのだから。

 

(……ダメだ。結局何も思い出せなかった。ずっと、このままなのかなあ)

 

 目を閉じると涙が零れそうになる。

 頼れるものなど他に無い。自分を構成するものなど他に無い。

 

(おにーさんは……ボクの何がそんなに好きなんだろう。どうしてあんなに……頑張ってくれるんだろう)

 

「こんなところで月光浴? 随分とロマンチストなのね」

「ッ!」

 

 びくり、と後ろから飛んできた声にアルカは体を震わせる。

 

「でも、少々危機感が足りないんじゃないかしら」

「あっ、えっと……レモンちゃん……だっけ」

「メグルさんもそうだけど……”ちゃん”付けはこそばゆいわね。私がちっこいからだろうけど」

「?」

 

 レモンは──アルカの胸にぶら下がる大質量のソレを見て嘆息した。

 

「そんな事はどうだっていいの。メグルさんが心配するわ。帰りましょう」

「……良いんでしょうか」

「うん?」

「ボク、皆に迷惑かけてばっかりです。おにーさんにだって……」

「男の子ってのは──好きな子の為なら命まで懸けちゃうバカみたいなところがあるもんなのよ」

「……それは、本当にボクで良いんでしょうか」

 

 膝を抱え込み、アルカは呟いた。

 

「おにーさんが好きなのはきっと、記憶を失う前のボクでしょう? もし、ボクの記憶が戻らなかったら……きっと、辛い思いをさせるだけです。もし、そうなるくらいなら……ボクは──」

「ダメよッ!」

「ッ……でも」

「ヤケになっちゃダメ。部外者の私が言うのもなんだけど……メグルさんは絶対に悲しむと思う」

「……ごめんなさい」

 

 レモンは──思い返す。

 かつて、自分の会社も、手持ちも、学園での立場も全て奪われた時──それでも一緒に居てくれた仲間達の事を。

 一途に約束を守る為にともに戦う事を誓ってくれた恋人の事を。

 

「他でもない貴女が……貴女を大事にしてくれる人を悲しませるようなことをしちゃダメ」

「……」

「不安になっちゃったのよね。でも、メグルさんは心配してくれてる。帰りましょう」

「……うん」

 

 アルカの手を取り──レモンは、踵を返す。

 

「強いんですね……レモンちゃんは」

「私は記憶を失った事は無いけど……それ以外のものなら一通り無くしてるからかしら?」

「え”ッ……」

「ま、でも何とかなるもんよ。どんな時でも貴女の味方になってくれる人が居れば、ね」

「……」

 

 ピキッ

 

 ぴくん。

 アルカの青白い耳が動いた。

 何処かで窓が割れたような音が聞こえたからだ。

 

「今の、何処かで──」

 

 ピキッ、パキパキパキッパリンッ

 

 

 

「かぶりん」

 

 

 

 思わずレモンとアルカは振り返る。

 月光を浴びる真っ白なシルエットは、極限まで無駄を削ぎ落したかのような鋭利で細いフォルムをしていた。

 美しくしなやかな人型。しかし、その頭には虫のような長い触覚が生えている。

 それは辺りを見回すと、失望したかのように首を横に振り、そして──二人を睨み付けるのだった。

 

「な、何アレ。ポケモン……!?」

「ッ……逃げるわよ!」

「は、はいっ!」

 

(こいつ、何かがヤバい気がする!!)

 

 二人が駆け出そうとしたその時だった。それが地面を蹴ったかと思えば、瞬間移動でもしたかのように回り込まれていた。

 吹き抜ける風で、レモンは──この怪物の脚力が異次元の速度を生み出していることを察する。

 そして、逆手に持ったモンスターボールのスイッチを躊躇なく押した。が、間に合わない。

 

(速過ぎる!? 何なのコイツ──!? 距離を取ってポケモンを出すつもりだったのに!!)

 

 怪物の細い脚が、二人を薙ぎ払うべく鞭のようにしなる──

 

「ぷきゅーっ」

 

 しかし、そのインパクトの瞬間。

 アルカの目の前に、何かが現れた。

 そして──怪物の脚に打たれたかと思えば、そのまま地面に転がっていく。

 

「ッ……なに!?」

 

 ごろん、ごろん、と転がっていくのが──何かのポケモンであることをレモンは察した。しかし、暗がりの所為で見えない。

 

(私達を守った──ッ!? でも、これで時間が稼げた!!)

 

「──かぶりん」

 

 ノイズ音混じりの鳴き声が辺りに響き渡った。

 

「ヒッ……!」

「アルカさん。大丈夫──相手がポケモンなら、戦えば良い……!」

「は、はいっ……!」

 

 街灯に照らされたことで怪物の全体像が明らかになる。全身が真っ白な、美しい顔立ちの蟲人だ。

 そう思わされてしまうのは、怪物の身体から漂うフェロモンの所為か──

 

(コイツのデータ、見たことがある。アローラ地方で確認された異次元のポケモン──”ウルトラビースト”ね! 多分、時空の裂け目からやってきたんだわ!)

 

【フェローチェ えんびポケモン タイプ:虫/格闘】

 

「かぶりん?」

「ッ……!?」

 

 ふと、フェローチェが別の方角を見やる。

 ピキ、パキパキ、と罅割れるような音が響き渡った。

 そして間もなく──それは空間を突き破り、怒涛の勢いで爆走する。

 

 

 

「ドン・ファアアアアアンドドドドドッ!!」

「はぁっ!? もう一匹──!?」

 

 

 

【イダイナキバ パラドックスポケモン タイプ:地面/格闘】

 

 

 

 それは二本の巨大な牙を持つ象のポケモンだった。

 レモンもよくしる”ドンファン”と呼ばれる種に酷似してはいる。

 しかし、背中には鱗がびっしりと生えており、尻尾もまるで恐竜のそれの如く太い。

 何より体躯はドンファンとは比べ物にならない程に巨大化している。

 

「このドンファン、()()()()()()()……ッ!!」

 

(パルデア地方の極秘資料で確認した古代種のそれに酷似してる……!! あの裂け目、空間だけじゃなくて時間すら飛び越えるっていうの……!?)

 

「ッ……上等ッ!! 二匹纏めて相手してやるわッ!!」

 

(推定地面タイプが相手ではハタタカガチは不利──!! それならば!!)

 

 レモンはボールを投げる。

 中から飛び出したのは──ギャラドス。

 彼女自慢のパワーファイターだ。空に飛び上がったギャラドスは、咆哮すると──イダイナキバ目掛けて食らいつく。

 しかし、その間は当然、残るフェローチェがお留守になるわけだが、

 

「ぷぴふぁーッ!!」

 

 それと組み合うは、アルカの指示無しでボールから飛び出したヘラクロスだった。

 鞭のようにしなる脚を掴むと、そのまま力任せに地面に叩きつける。

 一方のフェローチェも、衝撃を受け身で殺すと、態勢を立て直してヘラクロスと睨み合うのだった。

 

「ヘラクロス……!? 戦ってくれるの!?」

「ぷぴっ!!」

「……かぶりん」

 

 汚らわしい、と言わんばかりにヘラクロスに掴まれた脚を手で払うと、フェローチェは地面を蹴って空へと高く飛び上がる。

 そして──ヘラクロスの頭目掛けて、思いっきり急降下するのだった。

 ”とびはねる”。空へ跳んで急襲する飛行タイプの技だ。勿論、ヘラクロスが受ければ致命傷は避けられない。

 しかし、

 

「……空に飛んだ。それなら撃ち落としてやれば良い! ”ロックブラスト”ッ!!」

「ぷぴふぁーッ!!」

 

 急降下するということは此方へ向かってくる位置も予測できるわけで。

 ヘラクロスは地面を踏んで岩の礫を浮かび上がらせると、それをそのままフェローチェ目掛けて飛ばす。

 しかし、フェローチェ側も身をよじらせてそれを回避してみせるが、着地地点はずれてしまい、ヘラクロスの眼前に飛び降りるのだった。

 両者は再び睨み合い、そして組みかかる。

 鞭の如く細い脚でヘラクロスを何度も何度も蹴りつけるフェローチェ。

 対するヘラクロスも、それを見切って躱し、爪の付いた掌で反撃してみせる。

 だが流石に素早さの差は如何ともし難いのか、そしてアルカもポケモンバトルに慣れていないからか、決定打に欠く──

 

「──ギャラドス、”たきのぼり”ッ!!」

「ギャラゴォオオオオアアアアーッ!!」

 

 一方。

 イダイナキバに対し、水を纏って突撃を繰り返すギャラドス。

 だが強固極まりない外殻故か、弱点を突いても尚、イダイナキバが堪える様子はない。

 そればかりか、イダイナキバが暴れる度に辺りに被害が出る始末だった。

 既に周囲は騒ぎになっており、悲鳴が聞こえてくる。

 

「ドドドドドド──」

 

 

 

「ドン・ファアアアアアアアアアアアアンドドドドドッ!!」

 

 

 

【ヌシ咆哮:ポケモンは怯んで動けない!!】

 

 地面を揺るがし、周囲の建造物の窓ガラスを叩き割る勢いの咆哮がギャラドスを揺さぶる。

 

「ッ……こ、こいつ、ヌシポケモンの咆哮まで──ッ!?」

 

 そして、その一瞬の隙が命取りとなった。

 イダイナキバが地面を踏み鳴らせば、アスファルトが切り立った岩の刃と化して襲い掛かる。

 

【イダイナキバの ストーンエッジ!!】

 

「ギャラガガガガガ!?」

 

 悲鳴を上げ、ギャラドスがうねり、倒れ込む。それだけで砂煙が上がり、地面が揺れる。

 この二匹が暴れるだけで被害が拡大していく──

 

(マズい!! 早く鎮圧しないと、被害が!! しかもギャラドスが暴れたら余計に……!!)

 

「ギャラドス、戻りなさい! ……次は貴方よ、ブリジュラス!!」

「キイイイイイイインオオオオオオンッ!!」

 

 物理技で弱点を突くよりも、特殊技で押した方が手っ取り早い──そう考えたレモンは、ギャラドスを引っ込めてブリジュラスに交代する。

 とはいえ、相手は地面タイプ。必殺のエレクトロビームは通用しない。

 

「ドン・ファーンドドドドドッ!!」

「……当然撃ってくるわよね。こっちに弱点突ける技!!」

 

 猛進するイダイナキバは、両前足を大きく振り上げる。

 イデア博士のガチグマと同じ──”ぶちかまし”の構えだ。しかし、レモンはすさかずそこでオージュエルに手を翳す。

 

「──オーライズ”ギャラドス”」

 

 ブリジュラスの身体には魚のような鱗が浮かび上がり、更に鰭を持った鎧が纏われていく。

 すかさず、イダイナキバの一撃を頭で受け止め、そして衝撃を受け流したブリジュラスは、無防備な腹部目掛けて──必殺の”りゅうのはどう”を見舞うのだった。

 爆発音が響き渡る。

 

「……危ない危ない。町を合戦場にしたら、大目玉どころじゃ済まないわ」

 

 ぐらり、と揺れたイダイナキバはそのまま倒れていく──すかさずそこにレモンはボールを投げ、捕獲するのだった。

 

「とんでもないわね、時空の裂け目。厄ネタの宝庫じゃないのよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ぷぴっ……!!」

「かぶりん」

 

 

 

 先に疲弊が見えだしたのはヘラクロスの方だった。

 圧倒的速度の差。手数。全てにおいてフェローチェが上回っている。

 紙切れのような耐久力のフェローチェだが、その代わり”当たらなければどうということはない”を地で行く回避力でヘラクロスの攻撃を次々にいなしていく。

 

「ダメだ当たらない……! このままじゃ……!」

「かぶりん」

 

【フェローチェの ふぶき!!】

 

 豪雪が吹きすさび、辺りが氷に閉ざされていく。

 アルカの身体にも薄っすらと雪が覆われていく。

 カチカチ、と歯を鳴らしながら彼女は何とか敵の方を見やるが、既にフェローチェは追撃を開始。

 気温が下がったことで動きが鈍くなったヘラクロスに対して、凄まじい勢いで蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。

 

「ヘラクロスッ!?」

「ぷ、ぷぴー……」

「しっかりして……!!」

 

(ダメだ、ダメだダメだ、こんな時、記憶があったら……!! ボクの所為で、ボクの所為で──ッ!!)

 

 かつん、かつん、と冷酷な足音を鳴らし、フェローチェが近付く。

 ヘラクロスを庇いながら、アルカは次のボールを投げようとするが──モンスターボールが凍り付いてしまっており、開かない。

 

「ッ……開かない! 開いて! お願い……!」

「かぶりん」

 

 フェローチェが脚を振り上げ、踵を思いっきりアルカの脳天に叩きつけようとしたその時だった。

 

 

 

「ぷきゅー……ッ!!」

 

 

 

 突如。フェローチェは体を強張らせた。

 その背後には──鬼の如き形相をした亡霊の顔があった。

 

「ッ……君は」

 

 サニーゴだ。

 その眼からは鬼火が漏れ出しており、フェローチェが怯える程鬼気迫るものであった。

 そして、その身体に大きな五寸釘が現れ、自らに打ち込むと──フェローチェも苦しみ悶え始める。

 

 

 

【サニーゴの のろい!!】

 

「……今だ。ヘラクロス、ロックブラスト!!」

 

 

 

 地面に倒れ、悶え苦しむフェローチェを脚で踏みつけるヘラクロス。

 この距離ならばもう避けられはしない。そのまま零距離で岩礫を大量に叩き込み、ぶつける。

 

「か、かぶり……!」

 

 速さと圧倒的な火力の代償は耐久性。

 それを受けたフェローチェは沈黙し、そして辺りの氷も溶けていくのだった。

 へたり込むアルカ。

 

「ありがと、ヘラクロス……! 強いんだね」

「ぷぴーっ!!」

 

 勝利の雄叫びを上げるヘラクロスをボールに戻す。脅威は去った。

 そんな彼女の下に、ふよふよとサニーゴがやってくる。

 

「ぷきゅー」

「……助けてくれたの?」

「でも君、ボクの手持ちに居なかったよね?」

「ぷきゅー……」

 

 自分の事を覚えていないアルカの発言に、サニーゴはしょぼくれてしまったような顔をした。

 

「ああ、ごめん! ごめんね……悲しませるつもりはなかったんだよ。ありがとね」

「ぷきゅ?」

 

 ぎゅう、とアルカはサニーゴを抱きしめる。硬い外殻は、フェローチェの蹴りで砕けており、穴が開いてしまっていた。

 

「アルカさんっ! 大丈夫!?」

「ボ、ボクは何とか……!」

「ぷきゅっ」

 

 レモンが駆け寄ってくる。

 すると、サニーゴはびっくりしたのか、そのまま姿を消して隠れてしまうのだった。

 

「あ、あれっ? 何処行ったんだろ、あの子……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:もし君が君でなくなっても

 ※※※

 

 

 

「──で? 何か申し開きは?」

「ありません……」

 

 

 

 ──十分程後。

 ぶっ壊れた建物の辺りには人だかりができていた。

 

「成程な。異界のポケモンか──よくもまあ初見で対処出来たものだ。流石はアカデミアのチャンピオン」

「元・チャンピオンよ」

 

 そして、騒ぎを聞きつけたからか異変を嗅ぎつけたからか、誰よりもフットワークの軽いミコは被害の様子を見て嘆息した。自分の出番が無かったことに不満半ば、安堵半ばといったところである。

 

「ミコっち、博士の様子はどう?」

「あいつならキャプテンの監視下で時空の裂け目の分析をしておる。可哀想に」

「本当に可哀想だな……」

「それよりアレは何だ? 痴話ゲンカか?」

 

 ミコが親指で指した先では──メグルがオニゴーリよりも恐ろしい形相でアルカを正座させていた。怒りの理由は尤もであった。

 

「何で勝手に一人で外に出たんだ!? そもそもが危ないだろが!!」

「ごめんなさい……」

「俺がどんだけ心配したか分かってんのか!? 分かんねえだろな!! お前はいっつもそうだ、一人で突っ走って無茶しやがって!! 俺がいつでも守ってやれるわけじゃないんだぞ!?」

 

 烈火の如き勢いでキレるメグルに、イクサ達も口を挟む余地は無かった。

 

「ああクソ……記憶が無いお前には分かんねーだろうけどな……!」

「ッ……」

 

 何を言っても響かない。

 虚しさを胸に──メグルはそれでも叫ぶ。

 

「俺はそれでもお前が──」

「ぷきゅーっ!! ぷきゅーっ!!」

 

 その時だった。

 メグルの眼前に、いきなりサニーゴが現れる。

 そして、その硬い頭で思いっきりメグルの額に頭突きを見舞うのだった。

 

「あだぁっ!?」

「メグルさんンンンッ!?」

 

 尻餅を突いたメグルは──いきなり現れたサニーゴに面食らう。

 頭にフラッシュバックするのは事故で粉々になってしまったプレゼントの化石だった。

 

「サ、サニーゴ!? 何でこんな所に!?」

「ぷきゅー……!」

 

【サニーゴの のろい!】

 

 サニーゴの頭に五寸釘が打ち込まれる。

 同時にメグルの胸にも五寸釘が現れ、打ち込まれた。

 当然そうなれば呪いによる苦しみがモロに襲い掛かる訳で。

 

「おっごごごごごご、ぐるじ──」

「サニーゴ、ストップストップ!! 悪いのはボクだから!! 止めてぇ!!」

「ぷきゅーっ!!」

 

 結局。

 周りで必死に止めて、何とかメグルが死ぬ前に事無きを得た。

 結局彼は汗だくで地面に手を突き、ぜぇぜぇ息をする羽目になったのであるが。

 

「こ、殺される……殺されるかと思った……」

「メグルさん、大丈夫ですか!? その……色々!!」

「ごめんなさいごめんなさい……!」

「いや、もう、何か良いよ……頭ァ冷えたから……それより、お前は何なんだ……サニーゴ!」

「ぷきゅー……!」

 

 サニーゴはずっと、彼女を守るかのように腕の中から離れようとしない。そして、ずっとメグルの方を見て睨み付けている。

 敵意剥き出しのサニーゴを前にして、つかつかとミコが前に出た。

 

「ふぅむ。仕方あるまい。此処は妾に任せよ」

「ミコさん!」

「妾ポケモンぞ? エスパーポケモンぞ? ポケモンの記憶を読み解くくらい朝飯前だ」

「なあ、俺……説明されても未だに信じられねえんだけど……本当にポケモンなのかコイツ」

「ミコっちは存在自体がややこしいからねっ!」

「ややこしい言うなウサギの小娘ェ!! 妾も気にするんだぞ!?」

 

 ──ミコの正式名称はオオヒメミコ。

 クエスパトラに酷似したオーデータポケモンである。

 普段は人と意思疎通するための義体をモンスターボールの中からサイコパワーで操作しているため、傍から見れば人間のようにしか見えない。

 異質なポケモンである自らの存在を秘匿するための仮初の身体なのであった。

 そして、この状態でもミコは自らの力を行使する事が出来る。サニーゴの頭に手を翳し、その記憶を読み取った。

 しばらくして、ミコは振り返りメグルに問いかける。

 

「オマエ……サニーゴの化石を購入せんかったか?」

「あー……したな。アルカへのプレゼントだったんだけど事故でぶっ壊れちまって……」

「壊れちゃったんですか!? てか壊しちゃったんですか!? よりによって、そんな曰く付きそうなものを!?」

 

 イクサが困惑する。

 ガラルサニーゴは、石ころと間違えて蹴飛ばしただけでも祟ってくる怪異のようなポケモンだからである。

 

「本当に事故だったんだって!!」

「コイツの記憶を覗き見したのだが……魔術師のような男と、アルカが見えるな? 背景は部屋の中のようだが」

 

 ミコがメグルの額に手を当てる。

 彼の脳内にはアパートの部屋。そして、そこに突如として現れたクロウリーと、それに対してポケモンを出して応戦しようとするアルカの姿が見えた。

 

「ちょっと待て。じゃあコイツってもしかして──俺がプレゼントに買ったサニーゴの化石ィ!?」

「ぷきゅー」

「良かった……粉々になっちまったと思ってたが、ポケモンになって復活したのか……!」

「本当に良かったって喜んでいいんですかコレ!?」

 

(つーかアレ、ガラル産だったのは知ってたけど、あそこからでも復活するのかよ……!?)

 

 尚、復活した理由はクロウリーの魔術によるものだ。

 全てのサニーゴの化石がガラルサニーゴとして復活するわけではないのである。

 

「ぷきゅぅ」

 

 不満そうにサニーゴはメグルを睨む。事故とは言え砕かれた恨み、そして主人を怒鳴るメグルに対する敵愾心は高いようだった。

 

「その後、こいつはずっと──アルカの下で隠れ潜んでおったようだ」

「……ボクを守ってくれてたの?」

「ぷきゅー」

「役に立ちたかった……か。そう言っておる」

「それなら、ボールの中に入れてやらないとな」

「良いんでしょうか? ボク……この子の事、覚えてないのに」

 

 そう言ってアルカがボールを取り出そうとすると──「ぷきゅっ」と鳴き声を上げ、サニーゴは消えてしまう。

 

「あっ、居なくなっちゃった! ……どうしたの、サニーゴ! 出て来なよ……!」

「恥ずかしがり屋のようだのう。姿を消しおったわ」

「……どっかの誰かさんにソックリだな」

 

(記憶を失う前の……だけど)

 

「今日はホテルに戻りましょう。事後処理はキャプテンに任せる事になりそうだけどね」

「ああ。ハズシがもう直に此処に着く。オマエ達はせいぜい休め」

「良いのか?」

「構わん。もう夜も更けそうだからな」

「……分かったよ」

 

 メグルは──ふと、アルカの方を向く。彼女は申し訳なさそうに顔を伏せるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……昨日は悪かったな。怒りすぎた」

「……」

 

 

 

 気まずい空気のまま、二人は──朝食の席についていた。

 はむはむ、とトーストを食べるアルカは「気にしないで下さい」と一言。

 その顔は何処か浮かないものではあったが。

 

「……なあ、何で勝手に出てったんだよ」

 

 アルカは言葉に詰まる。しかしそれでも、スカートの裾を握り締め、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

「おにーさんは、ボクに良くしてくれます。怒ったのも、心配してくれたからって分かってます」

「……じゃあ何で猶更……」

「不安だったんです」

「……!」

「不安で、怖くて、仕方ないんです。周りの人全部、ボクからすれば知らない人で……! 貴方がどんな人なのかも分からないのに……!」

 

 彼女に安息も、安寧も無かった。

 周りは知らない場所。知らない人間。そして知らないポケモンで溢れていた。

 自分を守ろうとしてくれるメグルでさえも例外ではない。

 そんな相手から好意を寄せられても──アルカには受け止める事が出来なかった。

 そして何より、他者から聞かされる「アルカ」の人物像が──記憶を失った彼女には、他人のように思えて仕方が無かった。

 

「そう思ってたら、いつの間にか足が動いてて」

「……ごめんな」

 

 それを聞かされたメグルは──改めて記憶の喪失が、深刻な問題であることを思い知らされる。 

 目の前に居るのは自分の知る彼女ではない事を否が応でも思い知らされる。

 今まで「記憶を失ったアルカ」のつもりで目の前の彼女に接してきた。

 しかし、今目の前に居るのは──「自分自身の好きな物すら欠落した名無しの少女」なのだ。

 心のどこかでは分かっていた。記憶など、そう簡単に戻るものではない、と。

 あるいは魔術師の手に掛かって彼女の記憶が抜け落ちたなら、自然に戻るわけがないのに。

 

「……俺さ、自分勝手だった」

「ッ……何でメグルさんが謝るんですか」

「こうしたらお前のためだろう、って思って──こうしたら、お前が喜ぶだろう、って思って──やったことが全部、結局俺の押し付けだった」

 

(だから──喧嘩になったんだ)

 

 彼は目を伏せる。プレゼントを買い集めるあまり、彼女と過ごす時間を無碍にした事を悔いた。

 喜んでもらいたかった。ただ、それだけだったのに。

 

「……分かんなかった。いや、考えようともしなかった。記憶が無くなったお前の気持ちが。そりゃそうだよな。いきなり知らねえ奴らの中に放り込まれて──いきなり知らねえ奴と恋人だって言われたって怖いだけだよな」

「……ッ」

「俺は──俺のことしか考えてなかった」

 

 天井を仰ぐ。

 元より彼女はこうだったではないか、と自分に言い聞かせる。

 ふらふらと気の向くまま、目を離すと直ぐに何処かへ行ってしまう。

 それこそ、放っておけば勝手に死んでしまうのではないか、と思わされるほどに。

 そんな彼女が放っておけなくて、ずっと傍に居た。

 だがそれは──間違っていたのではないか、とメグルは思わされる。

 椅子に深くもたれ、もう見えない右目を抑える。

 

(何やってもダメだ、俺は……コイツの自由を縛ってただけだった)

 

「おにーさん……?」

「……少し一人になってくる」

 

 メグルは立ち上がり、そのまま食堂を後にする。アルカは、呼び止めようとしたが、彼の求めている「アルカ」が自分ではない事実を知っている以上、その資格すらない事を察し、ただただ目を伏せるしか出来なかった。

 

(俺はもう……どうすりゃ良いのか分かんねえよ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ふぃるふぃー?」

 

 

 

 おやしろのある火山島。それが一望できる桟橋の上で、メグルは一人黄昏ていた。

 足元ではニンフィアが不安そうな顔で鳴いている。

 今まで見たことが無い程に、メグルの表情は曇っていた。

 視線は火山島の方へ向いているが、何も見えていないようだった。

 彼女は必死に足元に顔を擦りつける。

 「私は何時でもここにいるよ」「私は居なくならないよ」と言わんばかりに。

 

「なあニンフィア」

「ふぃー?」

「俺さ、どうすれば良かったのかな」

「……ふぃー……」

「諦めなきゃ、いけねーのかな……アルカの事」

「ふぃッ!? ふぃーッ!!」

 

 ガブリ、とニンフィアは思いっきりメグルの脚を噛む。

 

「あだッ!? ニンフィア!? 何で噛むんだ!?」

「……ふぃー……!」

「お前はむしろ、喜ぶべきことだろ? お前に構ってやれる時間が増えるんだぞ」

「ふぃッきゅるるるるる……!!」

 

 今までにない程の威嚇をニンフィアはメグルに向ける。

 あの女を助ける為に散々酷使しておいて? という恨み節も多分には入っていたが──「諦めるの?」と問いかけているようだった。

 

「……仕方ねーだろ……記憶を失ったらもう……別人みてーなもんなんだからよ」

「……ふぃー……」

 

 メグルは──スマホロトムに記録した今までの写真を眺める。

 本当に色々な事があった。

 嬉しかったこと、悲しかったこと、喧嘩したこと──全部、彼女と分かち合った。

 

「……あいつが俺の下から離れたいって言うなら……」

 

(……本当にそれで良いのか?)

 

 そんな問いが心の奥底から湧き出てきた。

 理性では、もう彼女は自分の知る「アルカ」ではないのだから自由にさせてやれよ、と言っている。

 

「こーんなところで、何してんの?」

「!」

 

 ふと、後ろから声を掛けられた。 

 振り向くと──缶ジュースが放り投げられ、メグルはそれをキャッチできず──鼻で受け止めるのだった。

 

「へぶっ!!」

「あっ……ゴメン」

「てんめ……何しやがる……ユイ!!」

「ゴメンって。でも、随分としょぼくれてるみたいなんだから」

 

 パーカー姿の電撃少女は、ナチュラルにメグルの隣で柵にもたれかかる。

 

「ケッ、しょぼくれてる? そう見えるのかよ」

「見えるよ。いっつもの虚勢すら張れてないんだから」

「……」

「アルカさんとの事でしょ?」

「分かんねーんだよ。もうどうすればいいか……あいつは記憶を失ってる。好きなモンも分からなくなっちまった。別人みたいだ」

「……それで諦めるの? アルカさんの記憶を取り戻すのをさ」

「……戻んなかったらどうするんだよ」

「あんたはどうなの?」

「……分からねえ」

 

 メグルは俯いた。

 

「記憶の無いあいつと──今までのように付き合っていけるか分からねえ。きっと俺は……記憶があった頃のあいつを引きずると思う」

「ん。でしょーね。あたしと同じだ」

 

 彼女は自分の分のジュースを思いっきり飲み干した。そして、遠くにあるゴミ箱に向かって──缶を放り投げる。

 見事にそれは、ゴミ箱の中へと吸い込まれていった。

 

「あたしも博士の事、まだ引きずってる。忘れてたのに。忘れてたつもりだったのに。別世界から来た博士を見て──何でこっちの博士はこうじゃなかったんだろう、ってずっと思ってる」

「……そっか。お前、博士と仲良かったもんな」

「やっとわかったんだ。裏切られた後も。あいつの本性を知った後も──ずっと、あたしは引きずってる。クソ野郎だって分かってても、吹っ切ったって思っても──吹っ切れるわけないんだよ、きっと」

 

 きっと過ごした時間が長ければ長い程──そうなんだと思う、とユイは続けた。

 

「ねえ、メグル君」

「……どうしたんだよ」

「いっそのこと、()()()()()()()()()()? 傷心したもの同士さ」

 

 思いもよらない彼女の言葉に──メグルは何も答えられなかった。

 

「あたし達、結構お似合いだと思うんだ。一緒に旅してたし。それに──あたしは君の事、結構カッコイイと思ってるんだから」

「……」

「どうかな?」

 

 悪戯っ子のように笑うユイ。

 その顔が、妙に眩しい。彼女を見つめ、メグルは──「俺は」と答えを出そうとしたその時だった。

 

 

 

 ピキ、パキパキパキ

 

 

 空が割れる音が聞こえてきた。

 ベニシティの中心部に──巨大な空の罅が入っていた。

 空模様がおかしい。

 そして、巨大な罅が割れていき、やがてそれは裂け目となっていく。

 町中が災禍に飲み込まれようとしている。

 

「アルカッ……!?」

 

 思わず口を突いて出てきたその言葉に──ユイは「やっぱりね」と言った。

 恋人がいる場所に、危険が迫っている。

 そんな時、メグルは絶対に──駆け付けに行く。

 

「うん……そうだよね。……そっちの方が、君らしいんだから」

「ッ……試したのかよ」

「半分ホンキ。半分は……うん、試したのかな。でもメグル君は──記憶を失ってるとかどうとか関係なく、アルカさんを──助けに行くんだと思ってた」

「そうだな……記憶を失ってても、あいつが……アルカである事には変わりねえんだ」

「ふぃッ!」

 

 ニンフィアがとびっきり凶悪な笑みを浮かべる。

 漸く本調子を取り戻して来た主人に対して、一緒に暴れようと呼びかけているようだった。

 

「ユイ。俺はきっと、この先後悔すると思う。記憶を失ったあいつと付き合い続けることになっても、あいつを諦めても──絶対どっかで後悔する」

「……そう。じゃ、敢えて茨の道を進む理由は?」

「──約束を守らねえといけねえからだよ。()()()()()()()()()()って──アルカとの約束だ」

「ふぃー!」

 

 そう言ってメグルは走り出した。迷いを吹っ切った彼の背中を見て──ユイは微笑む。そして──不気味な色に染まる空を見て、自らのやるべき事を思い出した。

 ユイは彼の良き友人である──それ以前に、キャプテンでもあるのだから。

 

 

 

「って、待つんだからぁっ! 結局あたしも行かなきゃじゃないっ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「さぁ、どうしたものかな」

 

 

 

 水没した都市を前に──リンネは自らの目を押さえる。

 これで幾つ沈めただろうか。

 彼の復讐は止まる事を知らない。

 いや、最早復讐ですらなかった。

 無軌道で──無差別な殺戮行為でしかない。

 逆らうものなどもう誰も居なかった。皆、水の底に沈んでいったのだから。

 しかし、こうもあっさりと成し遂げてしまうと──彼の心を満たすものはすぐに尽きてしまった。

 

「……次は何を沈めてやるか? この腐った国を滅ぼすところまでは良かったが──」

「まいみゅ」

 

 ふと、マイミュの目が赤く光る。

 

「……元はと言えば。あいつらだ」

 

 リンネの瞳も一瞬、呼応するように赤く光った。

 握り締めた拳から赤黒い血が垂れていく。

 もう見えない右目が疼く。

 

「……あいつらが、来なければ……俺達の邪魔をしなければ……ッ!! クロウリーは死なずに済んだのに──ッ!!」

「まーみゅーず! まーみゅーず!」

 

 きゃっきゃっ、と無邪気に笑うマイミュ。

 ピキ、ピキパキパキ、とリンネの背後の空間が割れていく。その先に見えるのは──見知らぬ建造物が並び立つ大都市だった。

 

 

 

「……沈めてやる。沈めてやるぞ、メグル。お前を絶望の底に……!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:ベニシティの戦い

 ※※※

 

 

 

「──アルカさんっ」

 

 

 

 ──カブラギ遺跡から出るところで、アルカは──イクサと対面する。

 走って来たからか、彼は体全部で息をしており、顔は真っ赤になっていた。

 

「……貴方は……」

()()()……!」

「……ボクを追いかけてきたんですか」

「いきなり居なくなると……心配するよ。行きそうな場所をあちこち探して……」

「……ごめんなさい。でも、記憶を──取り戻さなきゃって。じゃなきゃ──あの人を悲しませてしまうから」

 

 アルカは目を伏せた。

 成果は──何も無かった。

 

「わっかんないなあ、って……ボクは遺跡や化石が好きだったみたい。だから、此処に来れば──また何か思い出せるんじゃないかって。でも──ダメでした」

「……やっぱり記憶を取り戻したいんだね」

「自分が何者かすら分からないのは──イヤだし、その所為で皆を悲しませてしまう。でも、どうしても……思い出せなかった」

「……そうだね……怖くて、不安、だよね……」

 

 息を整えると──イクサはへたり込んだ。

 

「だいじょうぶですか!?」

「町中走ったから、疲れちゃった。慣れない事はするもんじゃないな……」

「何で皆、ボクの為に……ボク、何もできないのに。何もお返しできないのに」

「だって放っておけないから。きっと──メグルさんだって同じなんじゃないかな」

「ボクは何者でもないし、何も……持っていないのに」

「そうだね。でも、貴女はきっと、それだけ沢山のものをこの世界に……そして色んな人に残したんじゃないかな」

「残した……?」

「うん。それはきっと、貴女の記憶が消えたくらいじゃ、消えやしないんだよ。だからみんな……貴女の事を心配して、気遣うんだと思う」

 

 それは例えば、繋がり。

 人同士だけではない。ポケモンに対してもそうだ。

 きっとそれは彼女の記憶が消えても尚、彼女の記憶を持つ全ての者には残り続ける。

 

「それはきっと、貴女にとっては迷惑で……何なら余計なお世話かもしれない。貴女にとっては、知らない誰かの事のように思えるかもしれない」

「……」

「でも忘れないで。貴女が思ってる以上に、貴女の残した物は……大きいんだ」

「貴方にとっても、ですか?」

「僕は──はっきり言って、記憶を失った後の貴女としか会った事が無い」

「……じゃあ、何故ボクを心配するんですか」

「知ってるからだよ。君が居なくなって、ずっと苦しんで、悩んで──それでも負けずに戦ってきた人の事をさ。だから、報われて欲しいって思うんだよ……あの人も、貴女も」

 

 きっとそれも「残したもの」に入るんだろうね、とイクサは続ける。

 

「優しいんですね……ボクは──ボクの事ばっかりでいっぱいっぱいだ」

「……無理もないと思うけどね。でも、大事なのはアルカさんがどうしたいかだと思う」

「ボクが、どうするか?」

「うん。結局貴女自身の事だからさ」

「ボクは……記憶を取り戻したい」

 

 瞑った瞼の裏には──メグルの顔が映った。

 

(ッ……! 何でボク、あのおにーさんの事を今、思い浮かべたんだろ……)

 

「その為なら、出来る事は何でもやりたい……ッ!! 諦めたくない……ッ!!」

 

 それはきっと他の誰かのためだけではない。

 自身のためにも、記憶を取り戻したいという気持ちが改めて強くなっていく。

 そればかりか、冷え切っていたはずのハートに炎が灯るような感覚が蘇っていく。

 迷いが、躊躇いが、遠慮が全部消えていく。

 

「それがきっと……ボクを待っててくれる皆へのお返しになるんだ……ッ!」

 

 

 

 ピキッ、パキパキパキッ──

 

 

 

 ──ガラスが割れるような音が聞こえ、二人は空を思わず見上げた。

 

「……何あれ」

「空が割れてる……ッ!!」

 

 ベニシティの上空に、巨大な時空の裂け目が現れていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……のこのこと出てきたねエ!!」

 

 

 

 各地に発生した時空の裂け目をカメラで監視、分析していた博士(二徹目)は──白昼堂々と巨大な裂け目から降りてきたリンネ、そして水トカゲを前に歓喜の笑みを浮かべた。

 水トカゲとリンネは巨大な水の泡の上に乗って浮かんでいる。そして、彼等の周囲を起点として裂け目から水が溢れ出してくるのだった。

 

「こいつが、例の水トカゲのポケモンッスかあ!?」

「ああ。そしてメグル君そっくりの人間までセット! こいつらが、今回の黒幕さ! 全キャプテン達に通達! 敵はベニシティの上空にあり、そんでもってなーんか嫌な予感がするから、住民たちをさっさと避難させちゃって!」

『オーケー。ワタシに任せて頂戴。住民は私の言う事ならすぐ聞くと思うから♡』

 

 通信機からはハズシの声が聞こえてくる。既に状況は把握しているのだろう。

 

「さっさと出発しようか。あんな奴、戦力が何人居ても足りないでしょ!」

「見りゃあ分かるッスよ、あいつが居るだけで裂け目が辺りに増えたッス!!」

 

 ノオトはカラミンゴを、そして──博士はオオスバメを繰り出すと、すぐさまライドギアを取り付けて跨った。

 

「ところで君のお姉さんは!?」

「おやしろの方に行ってるッスね……霊能力が戻る方法を探してるッス。ま、ハズシさんも一緒ッスからすぐ来るっしょ」

 

 

 

「ノオト殿! イデア殿! 待たせているでござるな!」

 

 

 

 何処からともなく声が聞こえてくる。

 上空からエアームドが滑空し、オオスバメとカラミンゴに並んだ。

 乗っているのはキリだ。

 

「キリさん!」

「敵が現れたのは知っている、早急に叩くでござるよ!」

「さっすが有能! ウルイさんの娘さんなんだっけ? ……ウチのサイゴクも、君が居たら楽だったんだろうなあ」

「……?」

「何でもない! 徹夜した学者の言う事を真に受けちゃあいけないよ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 辺りの空間が割れ、裂ける。

 そこから水が溢れ出し、人々が逃げ出す。

 しかし──ムナール地方の都市とは違い、水を溢れ出させてもすぐに何処かへ逃げてしまうこと。

 何よりも、人々が直ぐに避難を始めたことに、リンネは苛立ちを覚えていた。

 

(治水……! この都市の文明は、ムナールのそれよりも遥かに発展している……! そう簡単に沈みはしないってことか)

 

 街のあちこちには、大雨災害が起こった時に備えた側溝や下水道に繋がる穴が存在する。

 加えて、元より災害とは無縁だったムナールとは違い、列島はかねてより大雨、地震といった災害に幾度となく遭っており、人々の危機感も段違いだ。

 

「……まーみゅーず」

 

 町に水が満ちない事に業を煮やしたマイミュは再び咆哮する。

 更に時空の裂け目が現れていく。だが今度は、溢れ出てくるのは水ではない。

 

「ヤー・ターン!!」

「ババァルゥク!!」

「かがよふ」

 

 パキパキ、と罅が割れると共に、溢れ出してくるのは異次元から来訪した異形のポケモン達。

 

「むきゅー」

「ぷひぃいいいいいいいっぷ!!」

「ゴォオオアアアーッ!!」

 

 既存のポケモンに酷似しながら、荒々しい恐竜の如き意匠を持つポケモン達。

 

「サザン・ドォォォー」

「ウィル・ドン・ファーッ!!」

「キィイ・イイイン!!」

 

 そして、全身を鋼に包んだロボットの如きポケモン達。

 

「かぁーあ!! かぁーあ!!」

「ノットリガァァァアアアアーッ!!」

「かっぱばばばばばばああ!!」

 

 更には魑魅魍魎の如きポケモンの集団。

 

「どぐりゅりゅりゅりゅーっ!! ピピピピ」

 

 終いには恐竜土偶の群れまで大挙して裂け目から零れ落ちていく。

 

「……思わぬ副産物だな」

「まーみゅ! まーみゅー!」

 

 異形たちの群れを見て心底嬉しそうにマイミュは鳴く。

 だが、それだけには留まらず、マイミュの目が赤く光ると共に──町を這いずり回る異形たちの目も赤く光るのだった。

 

「さあ獲物は釣れるかな? その前に……食われてしまうか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「わっぁあああ!? 何だこのポケモン達はぁ!?」

 

 

 

 町はすぐさまパニックに包まれた。

 雨も降っていないのに、町中に水が溢れ出す。

 そればかりか、裂け目から現れたポケモン達が襲い掛かるという事態が発生していた。

 ベニシティは修羅の国サイゴクの中でも大都市圏であるが故に、野生ポケモンの襲撃からは無縁であった。

 故に、未だかつてない事態に人々は混乱していた。

 しかも現れたのは只の野生のポケモンではない。港町周辺に現れたのは荒ぶる太古の本能のままに暴れる怪物たちであった。

 

「むきゅー」

 

【ハバタクカミ パラドックスポケモン タイプ:ゴースト/フェアリー】

 

 逃げ回る人々に向けて、面白がるようにして幽霊のポケモンはシャドーボールを放ち続ける。

 翼竜の翼の如き髪で羽ばたきながら、悠然と空を舞い、獲物を見定めると更に追い打ちをしかけるのだった。

 更に、逃げ道を塞ぐようにして、港湾作業者たちの前に立ちはだかるのは、巨大な蛾のような怪物だった。

 しかし、その尾は恐竜のそれのように長く太く、そして鱗が生えている。

 おまけにその複眼からは荒ぶる闘気を示すかのように赤いオーラが漏れ出していた。

 

 

 

「ぷひぃいいいいいいいっぷ!!」

 

【チヲハウハネ パラドックスポケモン タイプ:虫/格闘】

 

 

 

 振り下ろした前脚でアスファルトが粉砕され、辺りに飛び散る。

 作業者たちはポケモンを繰り出して迎え撃とうとするが──

 

「カ、カイリキー!! あいつを何とかしてくれぇ!!」

「ぷひぃいいいいいいい!!」

 

 

 

【ヌシ咆哮:ポケモン達は怯んで動けない!!】

 

 

 

 ボールから飛び出したカイリキー達は、チヲハウハネの放つ悍ましい咆哮を前に竦み上がってしまう。

 そこに、空中からハバタクカミが”ムーンフォース”を絨毯爆撃し、蹂躙。

 更に追い打ちをかけるチヲハウハネは全身を炎に包み込むと、残っていたカイリキーも突き飛ばし、海へと叩き落としてしまうのだった。

 

「ひっ、ひいいい!! 何なんだこいつら……!!」

「カ、カイリキー!! 今助けるぞ!!」

 

 

 

「──その必要はない!」

 

 

 

 作業員が海へ飛び込もうとした瞬間だった。

 カイリキーの身体が海からひとりでに引っ張り上げられ、そのまま陸地に揚げられる。

 暴れる古代のポケモン達の前に現れたのはオオヒメミコ。

 そして、チヲハウハネの前に単騎で立ちはだかるのは、同じく巨大なミミロップだった。

 遅れてやってきたミコが叫ぶ。

 

「オマエ達は疾く逃げよ! 此処は妾達が相手だ!」

「あ、ありがとうっ……!!」

「ぴょんぴょーん! 悪い子達にはお仕置きだよっ!!」

 

 スマホロトム、そして町中に鳴り響く警報で異変を察知した二人は、いち早く町を飛び出し、裂け目の方へ向かっていたのである。

 作業員やカイリキー達が逃げていく中、不機嫌そうにハバタクカミが鳴き、シャドーボールを大量に放つ。

 しかし、それに対抗するようにしてオオヒメミコがレーザーの雨を降らせて先に貫いて掻き消してしまうのだった。

 

「おっと弾幕勝負か? 妾が相手になってくれようぞ!」

「ぷきゅ……!」

「ぷひいいいいぃいいいいっ!!」

 

 地を這い、そして飛び掛かるチヲハウハネ。

 しかし──その身体は鉛でも括りつけたかのように鈍重になってしまう。

 

「ざーんねん。トリックだよっ♪」

「みーみみっ!」

 

【ミミロップの すりかえ!】

 

 後ろ脚には”くろいてっきゅう”が括りつけられていた。ミミロップが既に押し付けていたのだ。

 

「そーゆーわけで、一発痛いのをお見舞いだッ! ”ほのおのパンチ”!」

 

 ミミロップが拳に炎を纏わせる。

 一方のチヲハウハネも、立ち上がると前脚を振り上げ、最大限力を溜め込んだ一撃を見舞う。

 

 

 

【チヲハウハネの ばかぢから!!】

 

 

 

 しかし。

 その一撃はミミロップに対しては空を切ったかのように摺り抜けてしまった。

 

「ごっめんねー♪ 今のミミロップは──ゴーストタイプだよっ!」

「みー!」

 

【ミミロップ<AR:ゴルーグ> タイプ:ゴースト/地面】

 

 全身に土の鎧を身に纏い、目からは鬼火を迸らせるミミロップ。

 そのままチヲハウハネの懐に潜り込むと、炎の拳を叩き込む。そしてトドメと言わんばかりに蹴り飛ばすのだった。

 

「ぷ、ぷぴぃ……!」

「お仕置き完了っ☆ さあてミコっちは──」

 

 空をふわふわと浮き、辺り一面にシャドーボールをばら撒くハバタクカミ。

 それに対してオオヒメミコは周囲に”ひかりのかべ”を展開して弾き返してみせる。

 なかなか攻撃が通用しない敵に対し、不満そうに歯ぎしりしたハバタクカミは、姿を消すと一瞬でオオヒメミコの眼前に迫って”シャドーボール”をノータイムで放とうとした。

 だが、ワープを決めて背後を取った瞬間、ハバタクカミの頭上からレーザーの雨が降り注いだ。

 

 

 

【オオヒメミコの サイコイレイザー!!】

 

 

 

「……悪いな。計算通りだ。オーデータポケモンの頭脳をなめるな」

「ぷっ、ぷっきゅ……!!」

「オマエの行動パターンは既に見切った。無駄に動いてくれたおかげでな」

 

 浮かび上がろうとするハバタクカミ。

 しかし、幽鬼の影さえも消し去る勢いでオオヒメミコの目から光が迸る。

 

 

 

「プレゼントしてやろう──必殺・ルミナコリジョン!!」

 

【オオヒメミコの ルミナコリジョン!!】

 

 

 

 余りの眩さに昏倒したハバタクカミは、そのまま地面に落っこちてしまうのだった。

 こうして、港で暴れていた二匹の古代ポケモンは鎮圧されたのである。

 

「……おーお、流石ミコっちぃ!」

「ミコっちやめんか。……さぁて、次の場所に向かうぞ」

 

 そうミコが言った時だった。

 

 

 

「ゴォオオオオオオアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 工場の窓が全部割れる程の咆哮が辺りに響き渡る。

 そして、屋根から飛び降りてきたそれは、体重全部を乗せて彼女達の前に降り立った。

 先程の二匹とは比べ物にならない程の威迫。

 トカゲのような体躯に三日月のような羽根。

 目から迸る獰猛な赤い光が稲光のように軌道を描く。

 

「……あれってラズパイセンが使ってたボーマンダにめっちゃ似てない?」

「……こいつが本命か」

「ゴォオオオオオオオアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

【トドロクツキ パラドックスポケモン タイプ:ドラゴン/悪】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 リンネの方に向かいたい博士たちだったが、市街地で暴れるウルトラビーストを見過ごせるわけもなく、交戦に入っていた。

 

 

 

「こんなところで、時間食ってる場合じゃないんだけどねえ!!」

「ババァルゥク!!」

 

 

 

 赤く膨張した筋肉を誇示するかのようにポーズを取ったかと思えば、それはイデア博士目掛けて飛び掛かってくる。

 それを受け止めたのは怪力自慢のガチグマだ。

 しかし、それでも尚、相性差ゆえか押し切られそうになっている。

 

「ぐまぁ……!」

「ババァルゥガ!!」

 

【マッシブーン ぼうちょうポケモン タイプ:虫/格闘】

 

 その頭部は蚊そのもの。ドリルのように太く尖った口を思いっきりマッシブーンはガチグマに突き刺す。

 ぎょっ、と博士がリターンビームを当てようとしたが時すでに遅く、ガチグマの額から思いっきりエネルギーを吸い上げてしまうのだった。

 

「ヤバいヤバい! 戻ってガチグマ!」

「ぐまぁ……」

 

 すっかり疲弊してしまったガチグマをボールに戻した博士は──ちらり、とノオトとキリの方を見やる。

 彼らの前には巨大な竹の如き怪物、そして熨斗のような小さなポケモンと彼らは相対していた。

 竹の方のポケモンは、脚部をブラスターのように火を噴いて空を飛び、此方を見下ろしており、一方で熨斗のようなポケモンはその小ささに見合わず、辺りを飛び回ったかと思えば、乗り捨てられた車を両断して爆破させるのだった。

 

「確かこいつら……!!」

「アローラの情報ファイルにあった。テッカグヤとカミツルギでござるな……!!」

「デカい方がテッカグヤ、小さい方がカミツルギ、ッスね!!」

 

 

 

【テッカグヤ うちあげポケモン タイプ:鋼/飛行】

 

【カミツルギ ばっとうポケモン タイプ:草/鋼】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:時空を超えた怪獣決戦

「かがよふ」

 

 

 

 狙いを定めるようにして空中からノオト、そしてキリを見下ろすテッカグヤ。

 そのまま首を引っ込めたかと思えば、脚部のブラスターを爆発させ、キリの方目掛けて自らをロケットに見立てて思いっきり吹き飛ばす。

 

【テッカグヤの ロケットずつき!!】

 

「受け止めるでござるよ!!」

「バギラァァァーッ!!」

 

 それを真正面から受け止めるのは、キリのエース・バンギラスだ。

 メガシンカしなくとも、その膂力はキャプテン達のポケモンの中でもトップクラス。

 体躯と重量で上回るテッカグヤの頭を掴み、そのままアスファルト目掛けて投げ飛ばす。

 一方のテッカグヤも空中でスラスターで態勢を制御し、華麗に着地してみせるのだった。

 

「巨体に見合わず、意外に小回りが利くでござるな……!」

 

 一方のカミツルギも、道路標識やガードレールを切り刻みながらノオトへ迫る。

 速度任せに、そして自らの身体の鋭利さ任せに辺りのものを傷つけ、そして両断するカミツルギを前に、ノオトが繰り出したのは──ルカリオだ。

 

「ィヤァァァァアアア!!」

「素早くとも必中の一撃からは逃れられないッス! ルカリオ、”はどうだん”ッ!」

「ガォン!!」

 

 咆哮したルカリオは両手を合わせ、青白い気光弾を放つ。

 それは誘導ミサイルのようにカミツルギ目掛けて飛んで行く。しかし──カミツルギが空中を飛び回るだけで、それらは全て真っ二つに切り裂かれ、爆散してしまうのだった。

 

「んなぁ!? ”はどうだん”を誘爆させて防いだァ!?」

「ガォ!?」

「ヤー・タァァァァン!!」

 

 迫るカミツルギ。命の危機を察したルカリオはその辺に落ちていた瓦礫をぶん投げるが、それもカミツルギは真っ二つにしてしまうのだった。

 あまりにも凄まじく、そして落ちない切れ味を前にノオトはゾッとする。こんなものに斬られたら幾ら鋼タイプでも一溜まりもない。

 すんでのところで避けたが、目の前にある障害物が全部カミツルギに叩き斬られていく。

 

「ヤバすぎっしょ、あいつ……!!」

「ガォォオオン……!」

 

 小さく、そして素早く飛び回るカミツルギを前に、ノオトは歯噛みする。

 ”はどうだん”すら着弾の寸前に爆発させられてしまうため、対処方法が思い浮かばない。

 

「もっと緻密に……細かく、”はどうだん”をコントロールするには──!!」

「ガォン!!」

「……あれをやるしかねえッスよね!」

 

 ノオトは腕に嵌めたキーストーンに指を翳す。

 迫りくるカミツルギ。

 それを前にして、ルカリオは進化の光を放ち、更なる領域へと到達する。

 進化を超えた進化──その名はメガシンカ。

 目元、そして全身に波動が駆け巡り、それが痕となって刻まれる。

 

「……ルカリオ、チャンスは一回。外したらオレっちたちが真っ二つッス」

「ガゥ!!」

 

 両の手を正面に構え、再びルカリオは”はどうだん”の構えに入る。

 一方のカミツルギは全身を硬化させ、正面のありとあらゆるものを切り裂きながら突貫する。

 

【カミツルギの リーフブレード!!】

 

「”はどうだん”ッ!!」

 

【ルカリオの はどうだん!!】

 

 放たれたそれはたったの一発。

 だが、カミツルギを撃ち落とすならば一発で十分だった。

 ノオトとルカリオは呼吸を合わせる。

 波動によって両者の感覚は極限まで研ぎ澄まされ、同期されていた。

 はどうだんの軌道が神経系を通じてノオトにも分かる。

 

「──今ッ!!」

 

 再び迫りくる”はどうだん”を自らの身体で切り裂こうとするカミツルギ。

 しかし、それすらも予測した二人は”はどうだん”を──カミツルギの身体が触れる直前で爆破させる。

 先程は切断してやり過ごした爆風と衝撃がカミツルギに襲い掛かり、紙のように軽い身体は吹き飛ばされる。

 そこにすかさずルカリオは第二撃を見舞った。

 紙のようなカミツルギは、全身が刃の如く鋭利で切れると言えど──脆弱性が確かに存在する。

 それは正面。紙を真正面から正拳突きすれば破れるのは当然の道理。二発目の”はどうだん”はカミツルギの真正面を撃ち抜き──地面に叩き落とすのだった。

 

 

 

「っしゃぁ!! 落としたッス!!」

「ヤ、ヤラレ・ターン……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──かがよふ」

 

 

 

 巨大な筒の如き腕から炎を噴きだし、辺りを火の海に変えていくテッカグヤ。

 しかし、そんな中でも砂嵐で特防を上昇させていくバンギラスは咆哮しながら突っ込み、テッカグヤの巨体と組み合う。

 

「かがよう」

「バギィ……!!」

 

 しかし、テッカグヤも最重量級ポケモンの意地を見せつけるかのように鉄筒を振り回し、更にバンギラスの脳天に鈍器同然の腕を打ち据える。

 一瞬倒れそうになったバンギラスだったが、吼えると足をアスファルトに突き刺して、耐え忍ぶのだった。

 

「……バンギラス……!! 拙者たちは忍び。現代に生きる忍び。民を守るためならば──命を懸ける覚悟でござる! 拙者もまた、命を懸けよう!!」

 

 キーストーンに指を翳すキリ。

 バンギラスの鎧がさらに発達し、目からは赤い闘志の炎が迸る。

 

「力業には力業を!! バンギラス、”りゅうのまい”!!」

 

 テッカグヤの連続攻撃、そして砲撃をいなしながら、バンギラスは更に己の動きを加速させていく。

 一撃は鋼を砕く程に重くなっていく。

 危機感を覚えたのか、炎をばら撒いて牽制するテッカグヤだが、バンギラスはそれを物ともせずに迫りくるのでまったく意味を成さない。

 

「かがよう!!」

 

 飛び上がったテッカグヤは、己の重量全部を乗せてバンギラスに向かって押し潰すべく突貫する。

 

 

 

【テッカグヤの ヘビーボンバー!!】

 

 

 

 1トンの超重量に加え、落下の勢い。

 さっきのロケットずつきと違い、受け止めれば致命傷は避けられない一撃。

 だが、それに対してバンギラスは身をよじってすんでの所で直撃を避けてみせるのだった。

 ここで”りゅうのまい”で素早さを上げていたことが効いてくる。すぐさま地面を蹴ってバンギラスは獰猛にテッカグヤの首に食らいつくのだった。

 一方のテッカグヤは、あまりの自重で地面に埋まってしまい、その場を脱する事が出来なかった。

 

「バンギラス──急所を狙え、”かみくだく”!!」

 

 ガリィッ!!

 

 テッカグヤの首に噛み痕が出来る程の咬撃。悲鳴と共に辺りに炎が舞い散るが、それでもバンギラスはテッカグヤを地面に押し倒すと首を噛む力を強めていく。

 しばらく激しく暴れ回っていた巨獣だったが──完全に力尽きたのか、その場に沈黙するのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「センセイ!! しっかり!!」

「どぅーどぅる!!」

 

 

 

 マッシブーンと打ち合うドーブル。

 特性”ビーストブースト”によって攻撃力を上昇させたマッシブーンの一撃は先程のそれよりも激しくなっており、軽量級のドーブルでは簡単に吹き飛ばされてしまう。

 

「ババル、バルゥガ!!」

「うん?」

 

 ドーブルを拳で弾き飛ばしたマッシブーンはその後追撃を仕掛けてくることなく、唐突にポーズを取り始めた。

 まるで自分の肉体を誇示するような──そんな姿に、博士の脳裏には嫌な記憶が蘇る。

 

 

 

 ──此処は私の美しさに免じて許してくれないだろうか!?

 

 ──先ず服を着なよ君は!?

 

 

 変態である。

 そう、オシアス一の変態の姿だった。

 己の肉体こそがこの世で最も美しいものであると信じて止まず、公の場で躊躇なく脱ぎ散らかす変態である。

 

「……とんでもないモン思い出しちまった……」

「どぅ……」

「バル?」

「……あ、うん、君に恨みはないんだ……無いと言いたいところだけど、君の所為でヘンなモン思い出したから恨みはあるねえ!!」

「バルゥ!?」

 

 ドーブルの尻尾から大量の墨が流れ出る。

 それが全身に纏われていき、紳士服とシルクハットを形成していく。

 

「……ババァバルルガ!!」

 

 思いっきり飛び上がり、渾身の拳による一撃を見舞おうとするマッシブーン。だが、ドーブルの速度は先程よりも遥かに上がっており、それを跳んで躱すなりマッシブーンの腕を駆け上がって蹴りによるカウンターを喰らわせる。

 頭部に衝撃が襲い掛かり、ぐらり、と揺れるマッシブーンは体に登ったドーブルを振り払おうとするが、頭を踏み台にした彼は既に空中へ逃げていた。

 

 

 

「オオワザ──”ちみもうりょう・じごくえず”」

 

 

 

【ドーブルの ちみもうりょう・じごくえず!!】

 

 

 

 そこからはもう早かった。

 墨から湧きだした大量の怪物たちがマッシブーンに襲い掛かり、捻じ伏せていく。

 流石の頑強な筋肉も、墨から生み出された幻獣を前では意味を成さなかったらしい。

 一分も経たぬうちにマッシブーンは沈黙する事になったのである。

 

「やれやれ……全くおぞ気がするよ、あいつを思い出す度に……」

「博士の方も終わったみてーッスね!」

「ああ、何とかねー……」

「その割には気分がすぐれないようでござるな」

「気の所為じゃないかな。あ、それよりもキリ君。例の支援物資っていつ頃届くのかな」

「ああ、もう直に──各地に届くはずでござるよ。この時の為に用意した特注品でござる!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──やれやれ。この私を前に、沢山おいでなすったわね」

 

 

 

 住民たちが逃げていく中、レモンはひとり、それに逆らって歩いていく。

 鏡の羽根を持つアーマーガアに、辺りに胞子をばら撒いていく火山の如きパラセクト。

 そして、中央に座すは全長5メートルはあろうかという巨体を持つカバルドンであった。

 

「かっぱばああああああああああッ!!」

 

 咆哮すればビルの窓ガラスが破砕され、木々が揺れ、枝が圧し折れていく。

 

「3対1……少々厳しいけど、やれない事は無いわね。カガチ!!」

「ぎゅらるるるるるるぅ!! ピピピ……!!」

 

 カバルドンの特性ゆえか、辺りには草が生い茂っている。

 だが、それを物ともせずにハタタカガチは頭の電球を激しく光らせながら先ずはアーマーガアに噛みついて放電してみせるのだった。

 急所である首から電気を流されたことで、一瞬でアーマーガアは沈黙し、黒焦げになって落ちていく。

 それを見たパラセクトは背中の火山型のキノコから胞子の塊を噴き出させてばら撒くが、それさえもハタタカガチは電気で焼き落としてみせるのだった。

 

「ノットリィィィ!?」

「ハタタカガチ、”ドラゴンハンマー”ッ!!」

 

 地面を尻尾で叩いて飛び上がったハタタカガチは、形状変化させた尾の先を槌の如くパラセクトに叩き落とす。

 キノコはぐしゃっと音を立ててへしゃげ、本体を傷つけられたことでパラセクトもその場に転がってしまうのだった。

 

「これで二匹。後はあのデカブツね」

「かばあああああああッ!!」

 

 巨体を震わせながら突貫するカバルドン。

 しかし、真正面から突っ込んで来る敵などハタタカガチからすれば良い的でしかない。

 

「”ヘドロウェーブ”」

 

 口から吐きだされた大量のヘドロの雨。

 それを受けて、カバルドンの全身に生い茂っていた藻は一気に枯れていく。

 

「ひれ伏し見下ろすのは貴方の方。……頭が高いわ」

「かっ、かっぱばば……」

 

 毒を浴び、それが全身を蝕んでいくのはあまりにも早かった。巨体は小さく咆哮を上げると──そのまま倒れてしまうのだった。

 

(さぁて。思いの外早く片付いたわね。となると、ラスボスは……こっからでも見える、あの水玉──)

 

 

 

 ピキ、パキパキ、ピキ。

 

 

 

「うん? また新手──」

 

 しかし。彼女を阻むようにして、空間の裂け目から現れたのは──二匹の骸龍だった。その姿を見た途端、流石のレモンも身構え、顔をこわばらせる。

 

「……成程ね。今度は紛い物なんかじゃない本物ってわけ」

 

 サイゴク地方に伝わる、龍脈に引き寄せられて死んだ二匹の竜骸。

 それを前にして、レモンは流石に竦みそうになった。

 ワスレナが記憶魔術で呼び出していたものなどとは比べ物になりはしない。

 正真正銘の本物だ。

 

 

 

「しゅわあああああん!!」

「ひゅああああああん!!」

 

【ヒコマヤカシ げんむポケモン タイプ:ゴースト/ドラゴン】

 

【ヒメマボロシ げんむポケモン タイプ:ゴースト/ドラゴン】

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ウィル・ドン・ファーッ!?」

 

【テツノワダチ パラドックスポケモン タイプ:地面/鋼】

 

 

 

 ビル街を縦横無尽に駆け回るホイール状の物体。

 その正体は、ドンファンの未来の姿とされるパラドックスポケモン・テツノワダチだ。 

 相対するはそれを追いかけるピンク色の蛮族だった。

 相手がパラドックスかどうかなど関係はない。彼女にとっては鋼タイプ全てが狩猟対象である。

 故にテツノワダチは生まれてこの方最大の命の危機に瀕していた。

 

「かぬぬ!! かぬぬ!!」

 

【新たなハンマーの素材を求めて】

 

【メインターゲット:テツノワダチ一頭の狩猟

報酬金:なし 目的地:ベニシティ市街地 制限時間:50分】

 

「かぬぬ!! かぬぬ!!(特別意訳:なあお前、素材だろ素材置いてけ)」

 

 テツノワダチを上回る速度で爆走し、回転する鋼のホイールの前に回り込んだデカヌチャンは、ハンマーを振り回し──思いっきり打ち返す。

 

「パォ・ウル・ムー!?」

 

 悲鳴を上げたテツノワダチ。回転の方向が変わり、ビルの方へと突っ込んでしまったのである。

 

「ま、待ってよデカヌチャン……置いてかないでぇ……!!」

「かぬぬ!!」

 

 ビルに突っ込んだテツノワダチを見て「くたばったかな?」とばかりに覗き込もうとするデカヌチャン。

 しかし、次の瞬間にはぐるぐると回転しながら鋼鉄の獣は再び姿を現すのだった。

 その異様な姿を前にアルカは絶句する。

 

「ウィル・ガ・ムムム……!! ウィル・ドン・ファーッ!!」

「全身メカ!! これって本当にポケモンなの!?」

「かぬぬ!!」

 

 改めて睨み合う両者。

 相性ではテツノワダチが有利だ。しかし──生態系のヒエラルキーとしては、デカヌチャンが有利であった。圧倒的に。

 少なくとも自分の住んでいた世界には居ないピンク色の蛮族は、既にテツノワダチの脳に最優先排除対象として刻まれていた。

 そして一方──その付近では、同様に全身が鋼鉄で構成された三つ首の竜が辺りに炎を噴き暴れていた。

 

「サザン・ドォォォーッ!!」

 

【テツノコウベ パラドックスポケモン タイプ:悪/飛行】

 

「ゴオァアアアアアーッ!! ピピピピ」

 

 一方、それに対して圧倒的な巨体で襲い掛かるのは同じく鋼の身体で出来たオーデータポケモン・イワツノヅチ。

 辺り一面を火の海に変えていく機龍を前にして、静止させるように鳴くが──

 

「サザン・ドォォォオーッ!!」

 

 元が凶暴なポケモンであるが故か、テツノコウベの暴走は止まる事を知らない。

 

「──イワツノヅチ。早い所ケリを付けよう」

「ゴォオオオオ……!!」

 

 三つの首から龍気、電気、そして炎。

 全く違う攻撃を撒き散らしながらテツノコウベは襲い掛かる。

 しかし、対するイワツノヅチは体をバラバラに分離させて、それを操ってテツノコウベにぶつかっていく。

 

「”パワフルエッジ”ッ!!」

 

 そしてテツノコウベの近くで、分離した身体は巨大な一本の剣の如く真っ直ぐに再び再連結し、振り下ろされた。

 身を引き、それを躱してみせるテツノコウベ。しかし──それさえもイワツノヅチには計算の内だった。

 インパクトの勢いで再び身体はバラバラになり、テツノコウベの周囲に散らばっていく。

 

「からの──”ロックブラスト”!!」

 

 磁気で引き合ったイワツノヅチの身体が、レールガンのように次々に射出され、テツノコウベを撃ち落とす。

 三つの頭は見事に潰され、そのまま地面へと叩き落とされたのだった。

 

「ウィル・ドン・ファーッ!!」

 

 一方のデカヌチャンも、咆哮したテツノワダチ目掛けて瓦礫の破片をハンマーで打ち上げる。

 それは正確にテツノワダチのカメラアイに突き刺さり──罅を入れた。

 

 

 

「ウィルドドドドドドドド!?」

 

 

 

 悲鳴が上がる。

 最早効率化された「狩り」とも言える行動に、アルカは自分が指示をするまでもないな、と嘆息。もといドン引きしていた。

 

(どうしよう、この子……相性とかバトルとか無視して戦ってる……対鋼タイプ最終兵器じゃん……)

 

「かぬぬ!!」

 

 飛び出したデカヌチャンは、思いっきりハンマーを振り抜き、罅が入ったモニターアイに”デカハンマー”を叩き込んだ。

 もう一度大きな悲鳴が上がったかと思えば──テツノワダチの身体の光は消え失せ、そのまま物言わぬ鋼の塊になり果てたのだた。

 

「や、やったね、デカヌチャン……って、わああ!! 剥ぎ取るのはやめて!! 可哀想だからーっ!?」

「あっちも終わったみたいだね。なんか……悲惨だけど」

「ゴォオアアア……」

「……ノヅチ、怖いの? うん……分かるよ。ボールに戻ろうか」

 

 惨状を前にしてイワツノヅチも震えあがる。イクサはやむを得ず彼をボールの中に戻すのだった。あれはもう生粋のハンターである。

 倒れたテツノワダチを前にたったかと走っていくデカヌチャン。

 だが、しかし。彼女を目掛けて──突如、光の刃が飛んだ。

 

「かぬッ!?」

「デカヌチャン!?」

 

 それに弾き飛ばされたデカヌチャンは、ごろごろと地面を転がる。

 アルカがその方角を見上げると、ビルの屋上から何かが飛び降りてくる。

 全身が白い装甲に覆われ、鋭利なビームナギナタを振り回す文字通りの──鉄の武人。

 

 

「キィイ・イイイン……!!」

 

【テツノブジン パラドックスポケモン タイプ:格闘/フェアリー】

 

「今度はブジンか!!」

「あいつも鋼タイプなの!?」

「いや、ブジンは格闘とフェアリータイプ……デカヌチャンの狩猟対象じゃない……!」

「かぬぬ……!」

 

 起き上がり、テツノブジンを睨み付けるデカヌチャン。

 しかし、全く意に介さぬといった様子でテツノブジンはナギナタを展開し、二人に襲い掛かるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:新たな進化の光

 ※※※

 

 

 

「グルゴォオオアアアアアアアーッッッ!!」

 

【トドロクツキは こだいかっせいで攻撃が上がった!!】

 

 

 

 咆哮するトドロクツキ。

 そのまま頭を硬化させ、オオヒメミコ目掛けて突撃する。

 すかさずトドロクツキの頭上にレーザーの雨を降らせて牽制するミコだったが、それが通用する様子はない。

 エスパー技である”サイコレイザー”が通用しないということは、敵のタイプを示していた。

 

(こやつ、悪タイプか!! ならば!!)

 

 月光を収束させ”ムーンフォース”を放つ態勢に入るオオヒメミコ。しかし──それよりも早く、トドロクツキの頭が彼女の頭を思いっきり砕く。

 

「ミコっちぃ!?」

「がっはぁ!?」

 

 悲鳴を上げ、オオヒメミコはその場に倒れ伏す。

 アイアンヘッド。鋼タイプの技だ。

 

「グォゴオアアアアアアアーッッッ!!」

「こ、こうなったらギガオーライズを……!!」

「バカモン……やめろ……!!」

 

 ミコの声が、デジーの脳裏に響く。

 もう義体を動かす力も残っていないようだった。

 今の一撃は想像以上に彼女にダメージを与えていたのである。

 

「ミコっち!? で、でも──」

「あの水トカゲ相手に余力を残しておけ! 妾の為に此処で切札を切ることは許さん!!」

「で、でも……!!」

「でももヘチマもあるものか……!!」

「ッ……ミミロップ! トドロクツキに”とびひざげり”!!」

「みーっ!」

 

 高く飛び上がり、必殺の一撃を見舞おうとするミミロップ。

 しかし、ふわりと滑空するといとも容易くトドロクツキはその攻撃を避けてしまうのだった。

 当然、そのままミミロップはアスファルトに膝をぶつけ、地面に転がって悶絶する。

 

「あ、ああ!! ミミロップ、ごめん!!」

「みぃ……」

 

(ダメだ、あの化け物相手にミミロップの素早さじゃ届かない……!!)

 

 想像以上の暴威を見せるトドロクツキ。

 その爪の一撃でコンテナを粉砕する程の腕力を見せるドラゴンは、放置していれば被害を広げてしまう。

 かと言って、此処で貴重なギガオーライズを切るのはあまりにも痛手であった。

 

(こんなの、どうすれば……!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「カガチ!?」

「ぎゅらるるるるる……!」

 

 

 

 相手がドラゴンと言う事もあって、電撃が通らない。

 そればかりか、二匹の連携によってハタタカガチは集中攻撃を受けており、地面に倒れ伏す。

 おまけに元がラティアス・ラティオスということもあってか素早さがとてつもない。

 電撃は躱され、そもそも当たらないのである。

 好戦的に舌をチロチロと出すハタタカガチだが、疲弊が既に見えていた。

 

「戻ってカガチ! ……エクスレッグ! ブリジュラス! 貴方達の出番!」

 

 すぐさま手持ちを入れ替え、二匹掛かりで相手しようとするレモン。

 しかし、それを見たヒメマボロシの目が不気味に光り輝く。

 すぐさま、エクスレッグとブリジュラスの目はとろんと落ちてしまい、そのまま倒れてしまうのだった。

 

(まさか……”さいみんじゅつ”!?)

 

「しゅあああああん!!」

 

 そうして眠った二匹に対し、ヒコマヤカシは咆哮。

 頭上から流星の嵐が一気に降り注ぎ、無防備なポケモン達を打ち据えた。

 爆音、そして衝撃波。レモンの身体は吹き飛ばされ、そしてエクスレッグとブリジュラスも戦闘不能になってしまうのだった。

 

(なんて火力……! 幾ら特防が低いって言ったって、そんなヤワな鍛え方してないわよ……!!)

 

「ッ……戻って、エクスレッグ、ブリジュラス……!」

 

 手持ちが次々に削られていく。

 残るのは、タイプ相性面で二匹の竜骸に対して不安が残る面々ばかりだ。

 強いて言うならば、特防が高いギャラドスだが、それでも二匹の連携を前に戦えるかは不明だった。

 

「……参ったわね……私が相手で良かったわ。こんなやつ、他の皆には相手させられないもの」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「キィイイ・イイイイン!!」

 

【テツノブジンは クォークチャージで攻撃が上がった!】

 

 

 

 止められない。止まらない。

 テツノブジンの冷酷な瞳が獲物を捉えれば、次の瞬間には切り刻まれている。

 

「”リフレクター”を張ったのに、ダメージが抑えられてない……!」

「かぬ……!」

「サーナイト、こっちも”かげぶんしん”で対抗だ!」

「らー♪」

 

 サーナイトの歌うような声が聞こえれば、一気に彼女の分身体が空に現れる。

 しかし、テツノブジンはその一つ一つを徹底的に分析し、そして本物を見極めて距離を詰めた。

 長刀の一振りでサーナイトは地面に叩き落とされてしまう。

 

「ッ……ダ、ダメだ、小細工が効かない……!!」

 

 ギガオーライズを切ろうとするイクサだったが──空に浮かぶ水玉を見て、止める。

 アレが相手になる以上、此処でギガオーライズを使えば消耗してしまうのは目に見えていた。

 かと言って、このままではサーナイトとデカヌチャンの二匹掛かりで抑え込むのがやっとだ。

 

 

 

「ロトロトロト……」

 

 

 

 その時だった。

 空から甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 イクサが見上げた先には、ドローンロトムの姿があった。

 それは素早くイクサの下まで降りてくると、小さなコンテナを彼に渡すのだった。

 

「な、なになになに!? 一体何なんだ!?」

「お届け物ロトー! ひぐれのおやしろキャプテン・キリ様から、皆さまに支援物資をお届けロトー!」

「支援物資!?」

 

 コンテナを開けると──そこに入っていたものを見て、イクサは思わず目を輝かせる。

 

「成程──これなら、この状況を突破出来るかもしれない!」

 

 入っていたのは回復アイテムに加えて、黒いバングルに二つの石。

 所謂キーストーン、そしてメガストーンと呼ばれるものだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 一方、港で戦っているデジーの元にも、ドローンロトムは訪れていた。

 

「キリ様からメッセージを頂いているロトー!」

 

『遅れて申し訳ない。希少品であるが故、手配に時間が掛かった。だが、貴殿たちならば使いこなせるはずだ』

 

「メガストーンに、キーストーン……!」

 

 オシアスでは希少品であるが故に、滅多にお目にかかる事が出来ない品だ。

 デジーはコンテナからそれを取り出すとすぐさま右腕に嵌める。

 

「ッ……小娘……!?」

「ミコっち待っててぇ! 今すぐ助けたげるかんねーっ! ミミロップ!」

「みぃーみみ!」

 

 飛び跳ねて起き上がったミミロップは、デジーの元に下がるとメガストーンを受け取る。

 ミミロップナイト──彼女に対応したそれを前にすると、不思議と力が漲ってくるようだった。

 

「一回やってみたかったんだよねーっ! いっくよミミロップ! メガシンカーッ!」

「みーっ!」

 

 

 

【デジーのメガバングルとミミロップナイトが反応した!】

 

 

 

 メガストーンとキーストーンの光が共鳴する。

 そして、ミミロップの身体が極光に包まれた。

 脚はより屈強に、しかししなやかに。より好戦的に。

 何よりも強く、より速く。

 彼女の進化は、更なる領域へと到達する。

 

 

 

【メガミミロップ うさぎポケモン タイプ:ノーマル/格闘】

 

 

 

「にしっ。これならギガオーライズ無しでも、無敵だーっ! ミミロップ、いっけぇーッ!!」

「みぃーっ!!」

 

 トドロクツキに飛び掛かったミミロップ。

 すぐさま敵の接近を察知して、再び空へ飛び上がろうとする暴君龍だったが、それよりも遥かに速く、そして高くミミロップは飛び上がる。

 強くしなやかに強固となった耳による殴打がトドロクツキの鼻っ柱を圧し折り、地面へと叩き落とす。

 

「ゴォアアアアアアア!!?」

 

 先程とは別物の動きを見せるミミロップを前に、トドロクツキは潜在的に恐怖を覚えた。

 今のミミロップは狩られる側から狩る側へと転じたのである。

 メガシンカによって付与された「格闘」タイプが、その証であった。

 

「ゴォオオオーッッッ!!」

 

【トドロクツキの スケイルショット!!】

 

 すかさず、地上に落ちたトドロクツキは全身の鱗を弾丸のようにして飛ばす。

 しかし、空から急降下するミミロップはそれら全てを身をよじって躱し、更に地上に降りるなり、更に追撃の蹴りを見舞うのだった。

 

「強い、そして速い……これが、メガシンカなのか……!」

 

 驚きの声を上げるミコ。

 彼女の記憶やデータには無いメガシンカと呼ばれる力は想像を優に超える。

 おまけにギガオーライズに比べても、人間とポケモン双方の負担も軽いのである。

 

「決めるよ、ミミロップーッ!! ぴょんぴょんぴょーんと”とびひざげり”ッ!!」

「みみみーっ!!」

 

 地面を強く強く蹴り、アスファルトが抉れる。

 今度はもう外さない。

 トドロクツキに一瞬で距離を詰めたミミロップは膝による渾身の一撃を叩き込む。

 

 

 

「ゴッガァァァァ!?」

 

【効果はバツグンだ!!】

 

 

 

 トドロクツキの身体が吹き飛び、工場へと叩き込まれる。

 そのままもう一度吼えようとした暴君龍だったが──降ってきた屋根の瓦礫に埋もれ、そのまま動かなくなるのだった。

 

「勝ったーっ! びくとりーっ、ぶいっ!!」

「みみーっ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「メガシンカ……これなら、いけるわね」

 

 

 

 空を悠然と舞う骸の竜を前に、レモンは笑みを浮かべる。

 ドローンロトムが持ってきたメガストーンとキーストーンを手にして。

 

「ギャラドス! 貴方の出番よっ!」

「ギャラゴォォォーッッッ!!」

 

 飛び出したギャラドスの角に、レモンはメガストーンを括りつける。

 そして、迷うことなくキーストーンに触れるのだった。

 

「行くわよギャラドス──メガシンカッ!!」

 

 新たな敵を前にして飛び掛かろうとする二匹の竜骸。

 しかし、進化の光はあまりにも亡霊たちにとっては眩く、そこで止まってしまうのだった。

 

 

 

「ゴォゴガアアアアアアアアーッッッ!!」

 

【メガギャラドス きょうあくポケモン タイプ:水/悪】

 

 

 

 それは、より凶悪なる暴君と化したギャラドスの進化。

 竜のようだった身体は肥大化し、魚類のそれへと先祖返りを果たした。

 

「しゅああああん!?」

「ひゅああああん!!」

 

 明らかにそれが最大の脅威であると感知した二匹は”ミストボール”と”ラスターパージ”を同時に放ち、ギャラドスを攻撃する。

 しかし──閃光の球も、霧の爆弾も、ギャラドスには全くと言っていい程効いていない。

 

「ギャラドス。”りゅうのまい”!!」

「ゴォオオアアアアーッッッ!!」

 

 地面で尾を叩き、暴れ狂うギャラドス。その勢いで竜骸たちに飛び掛かる。

 すぐさまヒコマヤカシが”りゅうのはどう”を撃ってギャラドスを攻撃するが──全く響いた様子がない。

 

「頑丈さに磨きが掛かってるわね──ギャラドス、”かみくだく”ッ!!」

 

 その牙は、悪霊すら粉砕する。

 ヒコマヤカシの首に噛みついたギャラドスは、たったの一噛みで竜骸を文字通り砕いてみせるのだった。

 

「しゅ、しゅあっ……!?」

 

 ぼろぼろ、とヒコマヤカシの身体は崩れ落ちる。

 それを目の当たりにしたヒメマボロシは──再びあの催眠術でギャラドスを眠らそうとするが──鰭の噴射口から水を吐き出し、一気に空中へ飛び上がって加速したギャラドスを捉えることは出来なかった。

 

「しゅあああああん!?」

 

 空中へ飛び上がったギャラドスは、ヒメマボロシを見据えると──再度加速。

 元は飛行タイプであるが故に、空中すらもテリトリーなのだ。

 オオワザを放とうとするが”りゅうのまい”も合わさって加速したギャラドスの方が追い付くのが早かった。

 

 

 

「──貴方達は強かったわ。誇っていい──ギャラドス、”かみくだく”ッ!!」

 

 

 

 結果。竜骸の番は神砕きの一撃のもとに葬り去られるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「行くよサーナイト!」

「らー♪」

 

 

 

 イクサはメガバングルを腕に嵌めこみ──キーストーンに指を翳す。  

 

「……メガシンカッ!!」

 

 冷酷に表情一つ変えず迫るテツノブジンは、データには無い進化の光を前にして立ち止まる。

 サーナイトの姿は純白のドレスを纏った花嫁の如き出で立ちとなり、妖精の加護をその一身に纏うのだった。

 胸の赤いプレートはハートの如き形状と化す。

 ぽっかりと穴が開いたテツノブジンとは対極をなすように。

 

 

 

【メガサーナイト ほうようポケモン タイプ:エスパー/フェアリー】

 

 

 

 歌声の如き鳴き声が辺り一面に響く。

 それでも尚、テツノブジンは怯む事なく、臆する事なく走り──長刀を振るう。

 だが、サーナイトの踊るような動きに翻弄されて先程までは当てられていた斬撃を透かされてしまう。

 

「ららー♪」

「キィイイイ・イイインッ!!」

 

 長刀を振るう心無き武人。

 相対するは、主人を守り抜く忠義の騎士。

 時にその攻撃をいなし、時に手を取ってあしらい、戦場に花を咲かすサーナイトを前に、テツノブジンは逆に翻弄されることになる。

 

「す、すごい、踊るように戦ってる……!」

「かぬ……!」

「サーナイト、”ムーンフォース”だッ!!」

 

 サーナイトの頭上に月光が光り輝く。

 そこから光の柱がテツノブジン目掛けて撃ち出された。

 一方のテツノブジンも長刀でそれをいなして、再び接近しに掛かる。

 だが──

 

「デカヌチャン、”でんじは”ッ!!」

「かぬぬーっ!!」

 

 ──地面を走る微弱な電流。

 それがテツノブジンの脚を奪った。

 完全に硬直したその一瞬に、再びサーナイトは”ムーンフォース”を放つ。

 今度は避けられはしない。月の光線がテツノブジンを──薙ぎ払う。

 

 

 

「キィイイイ!?」

 

 

 

 爆発音。そして衝撃でサーナイトのスカート状の器官が巻き上がった。

 後に残るのは、目から光を失って機能停止した心無き武人のみであった。

 

「……よ、よし、倒した……!!」

「らー♪」

 

 メガシンカが解除される。

 そして──嬉しそうにサーナイトは踊りながら、イクサに抱き着くのだった。

 

「……ありがと、サーナイト」

「これで、全部でしょうか……?」

「まだ出てくると思うけど──元凶を絶たなきゃ話にならないよね」

 

 イクサは、市街地の上空に浮かぶ水玉を指差した。

 

「アルカさん、空を飛べるポケモン……いるよね」

「はい……!」

「きっとメグルさんも、いち早く駆け付けるはずだ……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ユキノオーッ、ふぶきでまとめてやっつけて!!」

 

 

 

 迫りくる恐竜土偶の群れを、メガシンカしたユキノオーは一吹きで全て凍らせてみせる。 

 しかし、次から次へと裂け目は現れ、そこからポケモンが姿を現すのだった。

 

「これじゃあ、キリがない……!」

「メグル君。先に行って」

「……おいおい、それって」

 

 メグルは心配そうにユイの方を見やる。しかし、彼女は──さっさと行けとばかりに、町の上空に浮かぶ水玉を指差した。

 

「勘違いしないで? 自己犠牲なんかじゃない。てか、あたしが負けるビジョンが見えるの?」

「……見えねーけど」

「じゃあさっさと行きなさいよ。此処は──あたしの戦場なんだから」

「……あんがとよ、ユイ」

「ふん。あたしを振ったんだから──ハッピーエンド以外許さないんだからね。にしっ」

 

 二人はハイタッチを交わし、その場で別れる。

 そして、メグルはアヤシシをボールから出すと、一気に市街地を駆け、建物の屋上へ飛び移り、上へ上へと向かっていくのだった。

 

「あれならきっと、心配要らないよね、ユキノオー」

「ぶふぅ」

「……もう一仕事、行くよっ!!」

 

 目の前に現れた夥しい数の恐竜土偶を前に、改めてユイは気合を入れるのだった。

 

 

 

(頼むから……無事に戻ってきてよ、メグル君……!!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:VS・マイミュ

 ※※※

 

 

 

「──いよう、しばらくぶりだな」

「……」

 

 

 

 ベニシティの高層ビルの屋上。

 そこで、リンネと水トカゲは町を見下ろしていた。

 振り向くこともせずに彼は言い放つ。

 

「……疼くんだよ──お前のアブソルに斬られた右目が」

「何だ? そういうのは中学二年生までにしとくもんだぜ」

「……何を言ってるかさっぱり分からんが──やっぱりお前とは同じ空を頂けないらしい」

 

 漸く振り向いたリンネ。その右目の刀傷を見て──メグルは言葉を失う。

 奇しくも両者共に、右の目の光を失ったようだった。

 

「俺達ゃこんな所まで似てるのかよ」

「誰の所為だと思っている」

「全部テメェらの所為に決まってんだろが」

「……本当に何処までも虫唾が走るヤツだ──お前もそう思うだろう? マイミュ」

「まーみゅーず」

 

 ふよよよ、と水トカゲがリンネの前に進み出る。

 丸い水の球に乗っかったトカゲのようなポケモン。

 改めて見ても、メグルが知るどの種類にも該当しない完全なる新種だ。

 

()()()()。俺がそう名付けた──こいつが吼えれば時空が裂ける。何もせずとも他の世界から災禍を呼び寄せる。沈むぜ、この町は」

 

 

 

 ピキ、パキパキパキ──

 

 

 

 辺りから硝子が割れる音が鳴り響き、大量の水が町目掛けて注がれていく。

 とうとう水を逃がせる閾値を超えたのか、道路には水が張られていく。

 

「俺はクロウリーを失い、生きる意味を失った。今度は──お前達が全てを喪う番だッ!!」

「……何処まで傍迷惑なヤローだテメェは……!」

「その減らず口も直に利けなくなる」

 

 リンネは笑みを浮かべると──懐から翠色の石を取り出し、メグルに見せつけた。

 

「……何だソレは」

「お前の一番大事なモノだと言っても分からんか。アルカだったか。あの女、儀式のときに抵抗が激しくってだな」

「……テメェら。アルカに何をしたッ!!」

「もう分かっているだろう? ……守りたいもので心の強さが決まるなら──その守りたいものを奪えば良い」

「……やっぱりお前らだったんだな。アルカの記憶を奪ったのはッ!!」

「それで? ……取り戻したいんじゃないか? 愛しの女の記憶をなあッ!!」

 

 ぐっ、と石を握り締めるとマイミュが咆哮する。

 メグルもボールを握り締めて力強く放った。

 

「ニンフィアッ!! お前の出番だッ!! あいつから石を取り返せッ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

「……マイミュ。そいつを沈めてやれッ!!」

「まーみゅ!」

 

 マイミュが吼えれば時空が裂け、そこから水が一挙に射出される。

 その水圧は屋上の床を抉り、切り裂く程。

 高度に圧縮された水は、ダイヤモンドのようにありとあらゆるものを切断する刃と化す。

 

「……ッなんて威力だ!!」

「ほらほら、臆している場合か? 大事な記憶の石は……俺の掌の中にあるんだぞ?」

「テメェッ!!」

「フィッキュルルルィィィーッ!!」

 

 ニンフィアは宙返りして態勢を立て直すと、すぐさま地面を蹴り、マイミュの脳天目掛けて”でんこうせっか”を見舞う。

 更に、怯んだマイミュ目掛けて何度も何度もリボンを叩きつける。

 

「まみゅッ……!?」

「遅れをとるな、マイミュ!! ”ハイドロポンプ”ッ!!」

 

 ピキ、パキパキ。

 硝子が割れる音と共に、再び高圧縮された水が辺りを薙ぎ払う。

 それをすんでのところで飛び退いて躱したニンフィアは、思いっきり息を吸い込んだ──

 

「”ハイパーボイス”ッ!!」

「展開しろ──”まもる”」

 

 水の膜による障壁が展開され、ニンフィアの大音声も遮断する。

 必殺技が全く効かなかったことに戸惑いの表情を見せるニンフィア目掛けて、邪悪に微笑む水トカゲは──”ハイドロポンプ”を直撃させてみせるのだった。

 

「ニンフィアッ!?」

 

 ぐしゃっ、と音が鳴る。ボロ雑巾のように打ち捨てられたニンフィアが、か弱く鳴きながら──それでも足を震わせて立ち上がろうとする。

 

「無様だな。そんなに()()を取り戻したいか?」

「下種野郎が……!!」

「俺は──お前のその顔が見たかったんだッ!! マイミュ、”ハイドロポンプ”で押し流せッ!!」

「くそっ──」

 

 一際大きく空間が割れた。裂けるなんてものではない。空間が一気に崩落したのである。

 そこから放たれる水の量は尋常ではない。

 メグルはニンフィアを抱きかかえたまま、ビルを飛び降りる。

 

「ふぃっ!?」

「怖いかもだけど我慢しろよニンフィア!!」

「ふぃぃぃーっ!?」

 

 間もなく、その判断が間違っていなかったことが証明された。

 放たれた水の勢いで屋上の建築物は吹き飛ばされ、更に建物も抉り取んだからである。

 落ちながらだが、メグルは冷静だった。すぐさまアヤシシを呼び出すとその上に跨る。

 状況を理解したアヤシシは辺りを見回すと、手ごろな足場になりそうな場所目掛けて、空中で鬼火を爆発させ、跳ぶのだった。

 

「ッ……逃がすか!! 行くぞマイミュ!!」

「まみゅ」

 

 逃げたメグルを追うようにして、リンネは大きな泡の上に乗って市街地へと降りる。

 

(大方、開けた場所に戦場を移したかったんだろうが……後悔させてやる!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「水が溢れ出した……!!」

「あちこちから裂け目が……!!」

 

 

 町中が冠水し始めたのを見て、イクサとアルカは、建物の中に逃げ込んでいた。

 だが、建物の中にも裂け目が現れており、そこから水が溢れ出してくる。屋内であっても安全とは限らない。

 二人は追われるように屋上へ逃げ出した。先程までは町の中央に居た水玉の姿が消えてなくなっていた。

 

(移動された……何処に……!)

 

「これじゃあ、リンネの所に行くどころじゃない……!」

 

 ロトロトロト……

 

 スマホロトムに着信が入る。

 急いでイクサは通話に出た。相手は──レモンだ。

 

『イクサ君、聞こえる?』

「レモンさん!? そっちはどうなってますか!?」

『ギャラドスに乗って移動してるわ。デジーとミコちゃんも回収済み。キャプテン達も空を飛べるポケモンを持ってるから大丈夫でしょうね』

『やっほー、転校生聞こえるーっ!?』

「良かった……皆無事だったんだ」

「レモンさん、僕らはこのままリンネの所に向かいます。既に誰かが戦闘に入ってる」

『恐らくだけど戦ってるのはメグルさんね。くれぐれも気を付けて。私達も機を見て加勢するけど、こんな事態を起こせるポケモン、フツーじゃないわ』

 

 通信はそこで切れる。 

 メガストーンとキーストーンは手に入ったものの、リンネ相手ではこれでも安心できない。

 

(とにかく追いかけなきゃ、リンネを……!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふぃーっ! ふぃーっ!」

「痛い痛い! 良いだろ別に、結果的に助かったんだから……!」

 

 

 

 ぺしんぺしん、とリボンでメグルの頭をひっぱたき続けるニンフィア。

 アヤシシに騎乗する彼の背中に、そのままへばりついているのだった。

 辺りは裂け目が出来ており、大量の水を一気に注がれ続けたことで道路は既に水没していた。そして後ろからは、水の泡に乗っかったマイミュが迫りくる。

 

「あいつ、想像以上に速いな!!」

「ふぃー!」

「へっ、心配すんなよ! 此処からはヘイラッシャの出番だ!」

 

 アヤシシをボールに戻すと、ヘイラッシャをメグルは繰り出す。そして、ヘイラッシャの上に飛び乗り、水没した道路を進み始めるのだった。

 振り向くとマイミュとリンネが追ってくるのが分かる。

 移動はヘイラッシャに任せ、メグルはもう1つ追加でボールを放った。中からはシャリタツが飛び出す。

 

「シャリタツの姉御、頼んだぜーッ!! ”りゅうのはどう”ッ!!」

「スシーッ!!」

 

 ヘイラッシャの尾の付近に乗るシャリタツは竜気を纏った光線を迫るマイミュ目掛けて放つ。

 だが、それをものともせずにマイミュは避け、徐々に徐々に距離を詰めて来るのだった。

 

「そんなへなちょこドラゴンで、俺のマイミュと撃ち合えると思ってるのか!?」

 

 頭上の空間が割れる。

 そこから、偏差でメグル達を打ち下ろすようにして”ハイドロポンプ”が放たれた。

 ニンフィアが目を丸くしてメグルに抱き着いた。だが、彼は慌てなかった。

 

「試してみるか? へなちょこかどうかをよ──ミラーコートッ!!」

 

 シャリタツの周囲に鏡の障壁が展開される。 

 放たれた水の柱を受け止めた彼女は──そのまま、マイミュ目掛けてそれを弾き返した。

 当然、シャリタツにもダメージは返ってくる。だが、水タイプの技はシャリタツには通用しない。

 こうして跳ね返された水の柱はリンネ目掛けて飛んでいき──彼を水面に叩き落としたのだった。

 

「ごぶふっ!?」

「まみゅ!?」

 

 すぐさまマイミュが水の泡を作り出し、リンネを引き上げる。

 憎たらしい擬竜の姿が、ヘイラッシャの尾鰭に見える。

 

「くっ、くそ、まさか砲撃を俺の方に跳ね返してくるとは──ッ!!」

「オヌシ、シス」

「あ”?」

 

 ──擬竜は挑発するようにヒレを首元に持っていった。

 

 

 

「オシメェ~~~ッ!!」

「貴ッッッ様──ッ!!」

 

 

 

 そして特大の煽り顔をかましてみせるのだった。

 リンネの額に青筋が2本くらい浮かんだ。完全に人間をバカにしている顔である。

 

「シャリタツ、合体だ!! ヘイラッシャの中に入れ!!」

「スシスシ」

「もう許さん!! いや、元より許す気は粉微塵も無いがッ!! マイミュ、”りゅうのはどう”!!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ね、ヘイラッシャの口の中に入るシャリタツ。

 その瞬間、ヘイラッシャの全ての能力値は跳ねあがり、辺りに偽竜の怪の咆哮が轟いた。

 向かってくるマイミュに対して方向転換したヘイラッシャは、飛んできた”りゅうのはどう”に対し、思いっきり尾鰭を叩きつける。

 

 

 

「”いっちょうあがり”ッ!!」

 

 

 

 龍気を纏った尾鰭の一撃で”りゅうのはどう”は弾き返される。

 更にヘイラッシャの大口からシャリタツが”りゅうのはどう”を追撃で放った。

 二つの波動は絡まり合い、マイミュに叩きこまれる──

 

「まみゅ!?」

 

 爆音。

 想定外の反撃に、マイミュの水玉は割れて、水面に叩き落とされるのだった。

 

「マイミュ!? 何処だ!?」

 

 すぐさま水面を覗き込むリンネ。

 しかし──

 

 

 

「まーみゅまーみゅ!」

 

 

 

 ──ケタケタ笑いながら、水トカゲは先程よりも巨大な水の球に乗って水面から浮上するのだった。

 目からは赤黒い紫電が迸っており、更にそれを受けてか、リンネの左目からも同じ色の紫電が迸る。

 それは、ギガオーライズによっておこるポケモンとの同調に酷似していた。ただ違うのは、ギガオーライズは通常、人間側がオージュエルとオーパーツを用いてポケモン側にアプローチを掛けるのに対し──今のこの状況は、マイミュ側がリンネにアプローチを掛けているということであった。

 

「何だ、何だコレは……!? マイミュ……一体、どうした──!?」

 

 

 

「まーみゅーず」

 

 

 

 マイミュの乗る水球に幾何学状の模様が現れ、頭部には王冠の如きパーツが現れる。

 

 

 

【マイミュ<ギガオーライズ> タイプ:水/ドラゴン】

 

 

 

「分かる……分かるぞマイミュ……オ前の、感ジていることが……ッ!!」

「ギガオーライズ、したのか……!? オージュエル無しで──!?」

 

 長年マイミュはオーラギアスの中に取り込まれていたがために、大量のオシアス磁気を摂取している状態だった。

 故に、オージュエルが無くとも体内のオシアス磁気だけでギガオーライズを可能としたのである。

 此処からが本番だ、とばかりにマイミュはケタケタと笑う。効果バツグンの”りゅうのはどう”を受けたものの、全く響いた様子がない。

 

「この野郎、遊んでやがったのか……今の今まで……!!」

「まーみゅーずッ!!」

 

 時空が割れる。

 そこから次々にメグル達を追い立てるようにして、水の柱が噴き出す。

 先程とは数も威力も段違いだ。ビルに当たればそれを真っ二つに叩き折り、水面を走れば大波を起こす程の水圧だ。

 

(くそっ、アブソルが居りゃあまだ対抗できるけど……!! 流石に強さは禁伝クラスか……!!)

 

 水で浸かる町を見やりメグルは歯噛みする。

 避難は終わっているはずだが、マイミュが吼えて時空が裂ける度に町が壊されていく。

 

 

 

「まーみゅ──ボクルグガァァァアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

【ヌシ咆哮:ヘイラッシャは混乱した!】

 

【ヌシ咆哮:ステータスの変化と特性をかき消した!】

 

 

 

 これまでにない程の咆哮がメグル達を襲う。

 耳を塞がなければ鼓膜が破られていたのではないかと思わせられるほどの大音声だった。

 潜在的な恐怖を植え付けられたからか、ヘイラッシャは恐慌状態に陥り、暴れ狂う。

 

「おいっ、しっかりしろ、ヘイラッシャ!!」

 

 舵をまともに取れなくなったヘイラッシャに対し生ける災禍と化した水トカゲは巨大な泡を作り出す。

 そして、それをメグル達目掛けて飛ばすのだった。

 

「──まーみゅーずッ!!」

 

【マイミュの コラプスバブル!!】

 

 メグルとヘイラッシャは赤い稲光──即ち龍気を表面に走らせた水泡に包み込まれ、空中へと吊り上げられる。

 そればかりか、泡の中は水で満たされておりメグルは呼吸が出来なくなるのだった。

 マイミュが嗤った瞬間、泡は内側から弾け飛ぶ。

 衝撃と共にヘイラッシャとメグルは吹き飛ばされ、水面へと落とされるのだった。

 

「げほっ、がほっ……!!」

 

 辛うじて、ヘイラッシャに掴まるメグル。

 ニンフィアもごほごほ咳き込んでいたが「ふぃっ!?」と怯えた声を上げた。

 水の泡に乗ったリンネが、すぐ傍でメグル達を見下ろしていた。

 

「リンネ……!!」

「……お前もお前もオマエも、オマエも気に食ワない……ッ!!」

「ふぃー……!」

「何故お前が生キている……お前が生きてイるのを見ると、虫唾が走る……!!」

「まみゅみゅみゅ」

「……これで力の差は理解出来タだろう?」

「フィッキュルルルルルィ──」

 

 バチバチ、と赤い稲光がリンネとマイミュの目から迸る。

 ペッ、と唾を吐くと──ニンフィアは低く唸り、大口を開けた。

 

「ニンフィア……”はかいこうせん”──ッ!!」

「ふぃいいいいいいいいいーっ!!」

「”まもる”」

 

 障壁が展開され、ニンフィア渾身の至近距離での”はかいこうせん”も防がれてしまう。

 ぜぇぜぇと息を切らせたニンフィアは、そのままへたり込むようにメグルの肩に突っ伏すのだった。

 

「……終わりか? 終わリだろうな? 切札は全部切ったんだろう」

「ッ……」

「マイミュ──”コラプスバブル”ッ!!」

 

 

 

「──リザードンちゃん、”りゅうのはどう”ッ!!」

 

 

 

「ッ!?」

 

 頭上から突如、龍気が迫るのを感知したマイミュは技を切り上げ、退避する。

 間もなく──メグルとリンネを別つようにして極大の龍気が放たれた。

 水しぶきが冠のように上がる。

 

「メグルちゃん、捕まって!!」

「ッ……ハズシさん!」

 

 空から飛来してきたのは──リザードンだ。

 そして跨るハズシがメグルの方に向けて手を伸ばす。

 すぐさまメグルはヘイラッシャをボールに戻すと、ハズシの手に掴まり、そのままリザードンの背に飛び乗るのだった。

 

「ばぎゅおおおおおおおんッ!!」

 

 咆哮したリザードンは、そのままメグルを空へと連れ去るのだった。

 その様を歯噛みしてマイミュは見つめる。

 

 

 

「ボクルグググ……ッ!!」




【DETA】

マイミュ みずトカゲポケモン タイプ:水/ドラゴン

H95 A95 B110 C95 D100 S105

【図鑑説明:海底に沈んだ古代都市にはマイミュを崇拝していたと思しき痕跡が残っている。】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:君の為に命を賭す

 ※※※

 

 

 

「メグルちゃん、大丈夫!?」

「な、何とか……」

 

 

 

 何処かの建物の屋上に下ろされたメグルは──リザードンから降りると辺りを見回した。マイミュの姿は近くには見えない。

 

「……助かりました」

「良いのよ。それよりも、メグルちゃんに渡したいものがあるの」

「俺に?」

「……メグルちゃん。貴方はね、もう昔とは違う。私達の希望よ」

「何ですか、改まって──」

「だからこそ、よ。受け取ってほしいの」

 

 ハズシはコンテナケースをメグルに渡す。

 それを開けて中に入っていたものを見てメグルは目を見開く。

 

「良いんですか──これって」

「良いのよ。キャプテン全員で決めた事だから。オーライズを一番使いこなせるのは間違いなく貴方だから、託したいのよ」

 

 それは、各おやしろに奉納されている御神体だった。

 御三家三社が奉る三つの真宝珠。

 よあけのおやしろの古びた刀。ひぐれのおやしろの石の飾り羽。

 その全てが、ケースの中には収納されていた。

 いずれもオーライズに必要なオーパーツであり、最も安定した物質でありながら──サイゴクのおやしろにとっては最重要な至宝でもある代物だ。

 

「──メグルちゃん。ワタシたち皆、貴方の事を信じてるからね。だから、絶対に生きて帰ってきてちょうだい。約束よ」

 

 ハズシはにっこりと微笑み、メグルの背中を叩く。

 しかし、余韻に浸る間もなく新たな裂け目が音を立てて現れる。

 

「コフュ オオ ンン!!」

「らいごううあ!!」

 

 現れたのは、伝説のポケモン・コバルオンに酷似した機械仕掛けのポケモン。

 そして、伝説のポケモン・ライコウに酷似した荒ぶる太古のポケモン。

 更に、その後ろの裂け目からは無数の異形のポケモンの大群が現れる。

 

「みすみす逃がしてくれるようには見えねえな……!!」

 

 ポケモンの群れを前にメグルは身構えるが──それをハズシが手で制した。

 

「行きなさいメグルちゃん。此処はワタシが引き受ける。──決着、付けるんでしょう?」

「いや、でも、この数は──」

「行きなさいッ!! サイゴクの英雄は……貴方なのよ!!」

「……はいッ!!」

 

(ありがとう、ハズシさん──キャプテンの皆ッ!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──あいつめ……ッ!! 何処に行った……ッ!!」

 

 

 

 空中を浮遊しながら進むマイミュとリンネ。

 しかし──それを阻むようにして、稲光が落ちる。

 すんでのところで障壁を展開したマイミュだったが、流石に突如として現れた乱入者に釘付けにされるのだった。

 頬から電光を放つ電気ネズミ。その頭には、王冠の如く電球が座している。

 既にギガオーライズしたパーモットだ。

 

「ッ……!!」

「これ以上……貴方の好きにさせるわけにはいかない!!」

 

 後ろから声が飛んでくる。イクサを乗せたマリルリが、水面を泳いでマイミュに追いつこうとする。

 

「マリルリ、飛ばしてッ!! 肉薄するよッ!!」

「りーるぅっ!!」

「お前もお前でしつこい奴だ……まだくたばってなかったのか!!」

「ああ、しつこいのが取柄だからね! それに──」

 

 マイミュの障壁に打撃を叩き込むのはパーモットだけではない。

 ビルの壁を走り、そして思いっきり回転したかと思えば、その大きな鎌を障壁に向けて叩き込む。

 カブトプスだ。辺りは既に水が満ちており、彼にとっては最適な環境と化していたのである。

 それに追いつくようにして、オトシドリに乗ったアルカが接近する。

 

「ッ……君が誰かは知らないけど──何でこんな事をするの!? 関係のない町を沈めて、何になるの!?」

「……記憶が消えても癪に障る女だ……!!」

「──聞いてた通り、おにーさんに顔がソックリだ……!!」

「俺をアイツと一緒にするなッ!!」

「ああそうだッ! あの人の方が、君よりも何倍も強くて、優しいんだッ!」

 

 カブトプスとパーモットの打撃が障壁を打ち破る。

 マイミュは驚いた顔を浮かべ、逃れようとするが電光の如き鉄拳、そして鎌による斬撃を浴びて仰け反ってしまうのだった。

 

「──マイミュッ!! まとめて吹き飛ばせッ!!」

「まーみゅーず……ボクルグガァァァアアアアアアアーッッッ!!」

 

 機嫌悪そうにマイミュが叫ぶと辺りの空間が次々に割れていく。

 辺り一面に裂け目が現れ、そこから水の塊が次々に射出されていく。

 

 

 

 

【マイミュの ハイドロポンプ!!】

 

 

 

「させるかぁっ!! パモ様、オオワザだッ!! ”ガンマバースト・ストーム”!!」

 

 

 

 対抗するように、パーモットが砲撃を避けながらマイミュに肉薄した。

 体中には電気が迸り、”でんこうそうげき”すらも連発できる超帯電状態と化している。

 確かに強力な射撃だが、電光化したパーモットならば間を縫って接近することが出来る。

 しかし──パーモットが打撃を見舞おうと実体化した瞬間、それをあしらうように次元の裂け目が現れ、そこから一際大きな水の柱が射出される。

 

「ぱもぉっ!?」

 

 それを至近距離で撃ち込まれたパーモットは吹き飛ばされ、あえなく水面に叩き落とされるのだった。

 

「そんなっ!? マリルリ、パモ様を拾いに行くよ!!」

「りーるぅっ!」

「……他愛もない」

 

 マリルリに乗ったままパーモットの元へ向かおうとするイクサ。

 しかし、彼目掛けて裂け目から射出された水の柱が襲い掛かった。

 背後から来たそれをマリルリは避けられるはずもなく、間もなく水の冠が飛沫を立てて出来上がる。

 

「がぁっ!?」

 

 大きく水面から空に打ち上げられたイクサとマリルリ。

 更に、そこへ目掛けて”ハイドロポンプ”が叩き込まれ──ふたりまとめて水面へ落ちていく。

 

「ッ……イクサさんっ!!」

「残念だったな。愛しのメグルは──お前を助けに来なかったらしい」

「──カブトプスッ!! ”ストーンエッジ”!!」

 

 カブトプスが咆哮して大量の岩の刃を作り出す。

 だが、それらは全てマイミュが作り出した水の泡に包み込まれたかと思えば、そのまま崩壊してしまう。

 

「技が不発した……!?」

「”ハイドロポンプ”」

 

 裂け目が現れ、次々に水の柱が落とされる。

 カブトプスも──そしてアルカも、水の災禍に巻き込まれるのだった。

 

「がっ、げほっ……!!」

 

 辛うじて、アルカは瓦礫の上に這い上がる。

 頑強なヒャッキの民としての体質が功を奏したのだろう。

 だが、向こうで”ハイドロポンプ”を受けたイクサは、ぷかぷかと浮いたまま起き上がる様子がない。

 

「……イクサさん……助けに、行かなきゃ……!」

 

 戦闘不能になったオトシドリとカブトプスをボールに戻し、次の手を考える。考えるが、思いつきはしない。

 記憶を失った事で、修羅場を潜り抜けた経験もまた、失われてしまったのだから。

 

「やれやれ。がっかりさせてくれるな」

「……!!」

「無理もないか。記憶を失った状態では」

 

 そう言って、アルカの前に現れたリンネは──翠色の石を見せつける。

 

「君が……ボクの記憶を奪ったの……!?」

「記憶を失ってもカンは良いな。薄っすらと覚えているのか? ……ま、どっちでもいいか」

「まーみゅーず」

 

 アルカの頭上の空間が裂ける。

 

「水に浮かぶお前の死体を見たら()()()はどういう顔をしてくれるだろうな」

「……ッ」

「今からそれが楽しみだッ!!」

 

 覚悟を決めたように目を瞑る。マイミュが吼え、裂け目から水が現れようとしたその時だった。

 

 

 

「ぷきゅーっ!!」

 

【サニーゴの のろい!!】

 

 

 

 マイミュの身体に巨大な五寸釘が打ち込まれる。

 裂け目は消え失せ、マイミュは悶絶して苦しんだ。

 辺りを見回すリンネだったが、サニーゴは後ろに回り込んでおり──彼の後頭部に頭突きを見舞う。

 

「サニーゴッ!!」

「がぁっ!? こいつ──ッ!! いつの間に!!」

「まーみゅっ……!!」

 

 ふよふよと浮かぶサニーゴは、アルカを庇うようにして二人の前に立ちはだかる。

 

「ダ、ダメだ、サニーゴ!! 君じゃあ、勝ち目が──!!」

「ぷきゅーっ!!」

 

 瘴気で出来た枝を顕現させ、それでもサニーゴは立ち向かう。

 アルカを守る。ただそれだけのために。

 

「そうか──お前は……!! クロウリーの魔法で復活したんだな……!! 見れば分かるぞ、あいつの魔力が残っている!!」

「ぷきゅ……!!」

「なのに、俺達に仇なすのかッ!! 駄目じゃないか──死骸が動いたらぁッ!!」

「ボクルグルルルルルルル!!」

 

 水を差され完全にキレたマイミュの目が赤黒く光る。

 サニーゴの周りを水の泡が包み込んだ。霊体化で逃れようとしたサニーゴだったが、その一切の力を封じられているからか逃げる事が出来ない。

 

「──水は古来より神聖なものとされている。邪悪なものも浄化する、神聖なる水だ。それをゴーストにぶつけたらどうなると思う?」

「ぷきゅっ!? ぷきゅーっ!!」

「──サニーゴッ!? ダメ!! やめてよッ!!」

「”ハイドロポンプ”」

 

 時空の裂け目から、一際圧縮された水の柱が撃ち出される。

 動けないサニーゴを──水の泡諸共刺し貫いた。

 

 

 

「っあ、あああ……!!」

 

 

 

 ぼろ、ぼろぼろぼろ──

 

 

 

 白化したサニーゴの身体が砕け、水面に落ちていく。

 手を伸ばし、それを掴もうとしたアルカだったが──砕けた破片は無情にも水へ流れていく。

 

「他愛もない」

「あ、ああ……ああああ……うっ、うぅう……!!」

 

 嗚咽が辺りに響いた。

 助けられなかった。助けられてばっかりだった。

 そんな悔いがアルカの中で渦巻く。

 目の前でポケモンが散った。自分を庇った所為で散った。

 無力感が、無念が彼女に襲い掛かる。

 

「何故涙を流す? お前には……あのサニーゴの記憶も残っていないだろうに」

 

 時空の裂け目が再び開いた。

 今度の狙いはアルカだ。

 

「……無駄死にだったな。死ぬのが少し先延ばしになっただけだ」

「まーみゅーず」

「ッ……!!」

「──大丈夫だ。一瞬で逝かせてやる──”ハイドロポンプ”」

 

 

 

「──ふぃるふぃいいいいーッ!!」

 

 

 

 その時だった。

 マイミュを、そしてリンネを黒い雷が襲う。

 二人は飛び退いたが──その衝撃は凄まじく、吹き飛ばされてしまうのだった。

 

「アルカっ!! 掴まれ!!」

 

 声が聞こえてきた気がした。

 落雷の所為で耳鳴りが起きて、よく聞こえなかったが──伸ばされた手を、アルカは迷わず掴み取った。

 そして引き上げられた先に現れた顔を見て、アルカは安堵、そして困惑で顔をくしゃくしゃにしたのだった。

 

「おにーさん……何で……!!」

「うるせーうるせー……約束を守りに来たんだよ。お前が覚えてるとか覚えてねえとか関係ねえ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

「らっしゃーせっ!!」

 

 黒い電気の鎧を身に纏ったニンフィアが甲高く鳴く。

 ふたりを背に乗せるヘイラッシャも吼える。

 

「俺は──決めたんだ」

 

 

 

 ──じゃあ、ボクも同じですっ。勝手に居なくなったりしたら、許しません。絶対に──許しませんからっ。

 

「もう……お前の傍から居なくならねえよ!!」

 

 

 

 たとえ記憶を失おうと、約束は無くならない。

 それが彼女が確かに刻んだ痕跡なのだ。

 顔をぐしゃぐしゃにしたアルカは、メグルの服を掴み、絞り出すように言った。

 

「ッ……おにーさん……!! ううっ……サニーゴが……!! サニーゴが……あいつらに……!!」

「──ッ!! ああ、分かった。後は──任せろッ!!」

「フィッキュルルルルルィィィーッッッ!!」

 

 ニンフィアが怒りの雄叫びを上げる。黒い稲光が迸り、メグルの左目からも紫電が放たれた。

 

「テメェらは──何人泣かせりゃ気が済むんだ──!! どれだけ傷つけりゃ気が済むんだッ!!」

「ッ……マイミュ!! ”コラプスバブル”!!」

 

 大量の泡が空中に浮かび上がる。

 そして、メグル達を喰らわんとばかりに襲い掛かった。

 だが──稲光が縦横無尽に駆け回ると泡は全て砕かれるのだった。

 

「なッ……!!」

 

 リンネは思わず、さっきイクサが浮いていた地点を見る。そこには誰も居ない。

 

「パモ様ッ!! ”でんこうそうげき”ッ!!」

 

 ざばばばば、と水を切る音が聞こえた。

 マリルリに乗ったイクサが叫んでいた──

 

「まだくたばってなかったのか──ッ!!」

「生憎しぶといんだ!! レモンさんの特訓のおかげでね!!」

「ぱもーぱもぱもっ!!」

「勝利への道は見えたッ!! あいつのバリアを使わせるぞッ!! パモ様ッ!!」

 

 

 

【パーモットの でんこうそうげき!!】

 

 

 

 パーモットが両腕に思いっきり電気を溜め、マイミュに殴りかかる。

 思わず障壁を展開してそれを受け止めるマイミュだったが、超帯電状態で威力が上昇したそれを受け止め切ることは出来ず、威力を相殺するので力を使い果たしてしまう。

 

「ニンフィア──フルチャージだ!! オオワザ”ホノイカヅチ”ッ!!」

「ふぃるふぃいいいいいいーっ!!」

 

 

 

【ニンフィアの ホノイカヅチ!!】

 

 

 

 黒い稲光がニンフィアの全身から放たれる。

 一瞬、サンダースの姿が浮かび上がり、そして消えた。

 稲光は弓矢の如き形へと変わり──先程とは比べ物にならない勢いでマイミュを撃ち貫く。

 激しい落雷の音が響き渡った。

 

「かっは──!?」

「ま、まみゅ……!!」

 

 マイミュは勿論、傍に居たリンネも黒焦げになり──水面へ落ち、そして沈んでいく。

 その指から翠色の石が零れ、流れていった。

 

「スシー!! スシスシ!!」

 

 それをすかさず、ヘイラッシャの口から飛び出したシャリタツが泳いで近付き、キャッチしてみせる。

 そのままUターンしてメグルの元へと持っていくのだった。

 

「シャリタツ……!! お手柄だ!」

「スシー!!」

「そして──」

 

 沈んだまま浮かんでこないリンネの方を見て、メグルは呟く。

 

 

 

「仇は取ったぜ、サニーゴ……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(こ、こんな所で、終わるのか……俺は……!)

 

 

 

 全身が黒焦げになったリンネは──隣に浮かぶマイミュの方を見やる。

 

「まーみゅーず……!!」

 

 不気味に目を赤く輝かせたマイミュが、リンネの眼前に浮かび上がっていた。

 

(あ、ああ、そうか──支配したと思っていたが──支配されていたのは、俺の方──ッ!!)

 

「まーみゅみゅみゅ」

 

(こいつは、俺から魔力をずっと吸い取っていたのか……!!)

 

 水泡がリンネを包み込む。

 先程電気に撃たれたはずのマイミュの傷は、何事も無かったかのように癒えていた。

 

(だが、この際、そんな事はどうだって良い……!! マイミュ……俺を喰らえッ!!)

 

「まーみゅみゅみゅみゅ」

 

(仇討ちだとか、最早、そんな事もどうだって良い──あいつに、あいつに勝てれば……ッ!!)

 

 ケタケタと面白そうに嗤うマイミュ。リンネの身体は泡によって分解されていき、マイミュへと吸収されていった。

 そうしてエネルギーを再び補充したマイミュは膨れ上がっていく。

 先程までとは比べ物にならない程に──大きくなっていく。

 

 

 

「グボル……ボクルググググググガガガガガガガ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……サニーゴ」

 

 

 

 流れゆく水面を前に、アルカは呟く。

 自分の記憶が戻ろうという時でも、命を散らしたポケモンの事を想い涙を流す。

 

「……ごめんね……守ってあげられなくて……」

「アルカ……俺がもっと、早く駆け付けてれば……」

 

 それを悔やむ。

 遅れたことを。

 後一歩が届かなかったことを。

 

「……ねえ。おにーさん──石を、ボクに」

「……」

「あの子は、命懸けでボクを守ってくれた……今度は──ボクが全力で命を懸ける番だから」

「ああ。……まだ、終わってねえみたいだからな。アレでくたばると思っちゃいなかったけど──」

 

 水面が歪んでいる。

 水底から凄まじい力を感じられる。

 マイミュはまだ死んでいない。

 アルカに翠色の石を手渡し──メグルは言った。

 

「──アルカ。一緒に戦ってくれないか」

「……!」

 

 石が彼女の手の中で消えていく。

 一度目を瞑った彼女は──力強く頷いた。

 

 

 

「うんっ……!! 約束だからね──メグル!! 生きて一緒に帰ろう!!」

 

 

 

 目を見開いた彼女は固くメグルの手を取って、握り締めた。

 

「……思い出したんだな、アルカ」

「うん──全部、全部覚えてるよ。此処までの事。全部、覚えてるッ!!」

「……積もるは話は後だ。先ずは、あいつを何とかするぞ」

「オーケー……!!」

「ふぃーっ!」

 

 ニンフィアが毛を逆立てて、威嚇する。

 行く先を見守っていたイクサも──凄まじい力を感じとる。

 

「マイミュの奴……まだ本気を出してなかったのか……!! メグルさんッ!! アルカさんッ!! 気を付けて!!」

「ああ、分かってる!!」

「来るよ、メグル──ッ!!」

 

 アルカの細腰を抱き寄せ、メグルは真っ直ぐに水柱から現れた怪異を見据えた。

 咆哮と共にそれは飛び出し、天に高く高く舞い上がっていく。

 

 

 

「ボクルグググガガガガガガアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

 それは現れた途端に辺りの水を吸い上げ、吸収していく。

 文字通り天に登る龍の如し姿だった。

 蛇のように長い首。そして、水球がぶら下がった鹿の如き大角。

 長く曲がった指は、水の球を握り締めていた。

 

 

 

【マイミュ(ドラゴンフォルム) りゅうじんポケモン タイプ:水/ドラゴン】

 

「なんつーデカさだ……一度離れるぞッ!!」

 

 

 

 暴れ狂う龍は、自らが裂け目で呼び出した水を吸収し、更に大きさを増し──空へと昇っていく。




【DETA】

マイミュ(ノーマルフォルム) みずトカゲポケモン タイプ:水/ドラゴン

マイミュ(ドラゴンフォルム) りゅうじんポケモン タイプ:水/ドラゴン

特性:てんいむほう
戦闘中にHPが半分を切ると、ターン終了時にドラゴンフォルムにフォルムチェンジする。

H195 A95 B110 C115 D100 S105


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話:覆滅の龍神

「ボクルググガガガガガアアアアーッッッ!!」

『は、ははははッ!! 見ろ、メグル!! 俺は一つになったぞ、マイミュと!』

 

 

 

 空に舞い上がったマイミュから、人の声が聞こえてくる。状況からして誰が発しているのかを察し、メグルはげんなりした。

 

「うわ、アイツの声が聞こえてくる……」

「マイミュがリンネを取り込んだ、ってコトォ!? あるいはその逆!?」

「みてーだな……アルカ。しっかり掴まってろよ!!」

「おーけー!! 火力はボクが出すッ!!」

「ああ、任せたッ!!」

 

 アルカは慣れた手つきでボールを空に投げると──ヘラクロスが飛び出した。

 そして、目の涙を指で拭きとり、キーストーンに指を翳す。

 その姿に、ヘラクロスも漸く主人が本調子を取り戻したことを察したようだった。

 

「ぷぴっ!!」

「心配掛けてゴメンね──メガシンカだよ……ヘラクロス!!」

 

 

 

【アルカのメガリングと ヘラクロスナイトが反応した!!】

 

 

 

 進化の光が爆ぜ、ヘラクロスの外骨格が膨れ上がり、より強固なものと化す。

 羽根は黄金に輝き、開けば蒸気が一気に噴き出した。狙いは、空に向かって伸び、咆哮するマイミュだ。

 

「狙って!! ”タネマシンガン”!!」

「ニンフィア、援護しろ!! ”ハイパーボイス”!!」

 

 両者の攻撃が同時にマイミュに叩きこまれる。しかし──あまりにも敵が巨大すぎるからか、全く響いた様子がない。

 

「パモ様、こっちも攻めるよ!! ”ガンマバースト・ストーム”ッ!!」

 

 電光化したパーモットが距離を詰め、マイミュの胴に拳を叩き込んだ。だが──パーモットの身体はそのままマイミュを摺り抜けてしまう。

 

「ッ……ウソだろ!? 身体の殆どが水にしたって、電気を流せばダメージは入るはずなのに!」

『この程度か? 笑わせてくれるなっ!!』

 

 咆哮したマイミュは、大顎を開けると、そこから水の渦を吐き出す。

 振り下ろされればビルを薙ぎ払い、そしてメグル達も諸共に吹き飛ばそうとする──

 

 

 

【マイミュの ハイドロポンプ!!】

 

 

 

 

「やっば!! デカすぎでしょ──!?」

「ッ……!!」

 

 ──イクサは何とかマリルリに乗って射程から逃れたものの、鈍重なヘイラッシャでは逃げ切る事が出来ない。

 

「ヘイラッシャ気張れ!! もっと速度を上げろ!!」

「ら、らっしゃーせーっ!!」

「ダメだよ追いつかれるーッ!?」

 

 水の柱がヘイラッシャを飲み込む。

 この勢いの水を浴びせてしまえば、ひとたまりもない。水圧で押し潰されてお終いだ。

 マイミュは勝利を確信して高笑いするが──

 

 

 

「──ケェェェェェレェェェェェスゥゥゥゥーッッッ!!」

 

 

 

 突如。

 地鳴りがするほどの咆哮がマイミュの背後から聞こえてくる。

 後ろを振り返り、彼は戦慄した。

 全長20メートルはあろうかという巨大な岩の鳥が、よりにもよって飛行して接近してきたのである。

 

『な、なんだコイツはぁ!?』

「ヨイノマガン……!? 何でこんな所に──!?」

 

 イクサも驚きのあまり、固まった。一度相まみえたクワゾメタウン”ひぐれのおやしろ”のヌシポケモン。

 しかし、その拠点は此処から遠く離れた砂漠にあるはず──

 

 

 

「エリィィィィス!!」

 

 

 

 今度は、ビルの屋上の方から甲高い咆哮が聞こえる。

 そこに見えるのは、日本刀の如き尾を揺らした巨大な鵺のようなポケモンだった。

 全身からはその怒りを表すように青白い鬼火が立ち上がっている。

 

「アケノヤイバまで!? どうなってるんだ……!?」

「イクサ君ッ!! こっちも加勢するわッ!!」

 

 イクサは思わず振り向いた。

 そこには、ギャラドスに乗ったレモン、デジー、ミコの姿があった。

 

「皆っ!!」

「……随分とデッカいわね。あれが敵で良いのかしら?」

「デカイいヤツ相手なら、もう遠慮はいらないよね! 全力で叩きにいこーっ!」

「そうだなあ。今まで好き勝手してくれたお礼をしてやらんとなあ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──結論から言えば。

 被弾の直前、割って入ったアケノヤイバがメグル達を皆まとめて影の世界に引きずり込み、更に近くのビルの屋上にまで連れ去ったことで全員は事なきを得た。

 ギガオーライズをしたアブソルであっても、複数人を影の世界に引きずり込んで移動させるような真似は出来ないため、オリジナルの能力の高さにメグルは驚かされることになった。

 

「アケノヤイバ……! 助けてくれたのか……!?」

「エリィィィス!!」

「ねえ、アケノヤイバだけじゃないよ、メグル!」

 

 アルカが指差した方には──見慣れた三匹のヌシポケモンの姿があった。

 

「ぷるるるるーッ!!」

「ビッシャーン……ッ!!」

「ぎゅらららら!」

 

 シャワーズ。サンダース。ブースター。

 御三家三社のヌシポケモンまでもが、その場に揃っている。

 

「ど、どうやって此処にやってきたんだ!? ヨイノマガンも居るし……!!」

「私達も一緒なのですよーっ」

 

 今度は空から声。

 空を飛べるポケモン達に乗って、キャプテン達が次々に降りてくる。

 

「どうやら、ヨイノマガンが皆を連れてきたみたいなのですよー」

「──サイゴクの一大事に、全てのヌシポケモンが集結したのだろう」

「遅れてゴメンなさいね、メグルちゃん♪ あいつら片付けるのに手間取っちゃった♡」

「よく言うわよ、ハズシさん……あたしが加勢しなきゃヤバかったじゃない」

「キャプテンとおやしろのヌシポケモン、これで全員集合なのですよー♪」

 

 得意げにVサインを送るヒメノ。ヌシポケモン達も皆、決意を新たにしたかのように頷き、咆哮してみせる。

 そんな彼らに、アルカは前に進みだす。

 

「ノオト……皆……心配掛けてごめんなさいっ!! ボク、もう大丈夫です!!」

「アルカ殿……! 記憶が! 拙者の事、分かるでござるか!?」

「もう大丈夫だよ。恥ずかしがり屋のキリちゃんに──泣き虫ノオトの事もバッチリ覚えてる!」

「アルカさん──記憶が戻ったんスね!? 一時はどうなる事かって──!! うっ、オレっち、嬉じぐで涙がずびびびび」

 

 すっかり記憶を取り戻したアルカを見て、ノオトは顔を真っ赤にして泣き出してしまう。

 問題は近くにいたメグルの服で顔を拭き出したことであったが。

 

「ギャーッ!! 俺の服で鼻をかむんじゃねえ!!」

「ごめんね、ノオト。大泣きするほど心配かけちゃったみたい」

「こいつが泣き虫なのはいつもの事だろーッ!! 鼻水が服についたじゃねーかッ!!」

「メグルのさんのだったらいいかなって……」

「良くねーわッ!!」

「このノリも久しぶりのように思えるわねぇ」

「じゃ後は──あいつをブッ倒すだけなんだからっ!」

 

 ユイが、マイミュの方を指差す。

 キャプテン達、そしてヌシ達は、サイゴクを脅かす脅威に向かうのだった。

 

『雑魚が何匹集まろうが、結果は同じだーッ!!』

「結果が同じかどうか、試してみると良いでござろう!! ヨイノマガン、行くぞッ!!」

 

 屋上を跳んだかと思えば、その脚力でキリはヨイノマガンの羽根に飛び乗り、そのままワイヤーで移動して頭のてっぺんに立つ。

 

 

 

「──五社同盟ッ!! 出るぞッ!!」

『応ッ!!』

 

 

 

 他のキャプテン達も、ヌシとの共闘を開始するのだった。

 

「ノオト。ヌシ様は私が指示して戦うのですよ。ノオトは──例の秘密兵器を使うのですよ」

「合点承知ッス、姉貴!!」

「秘密兵器?」

「へへん、後のお楽しみッスよ! メグルさん! オレっちたちは向こうへ!」

 

 ノオトが向こうを指差す。ヌシ達のオオワザは破壊力が高過ぎる。巻き込まれてはいけないので、各自散るというのだ。

 

「オーケー……! お前に合わせるぜ、ノオト!」

「やっぱり一番しっくりくるのは、この3人だねっ!」

「そうッスね!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──サイゴクのキャプテン達が……集まった!」

「私達も負けていられないわね」

「ギガオーライズで、こっちもオオワザの準備だーっ!」

 

 

 

 ギャラドスが空を飛び、オシアス組の4人をそれぞれ、ビルの屋上へと下ろしていく。

 此処からならば、オオワザを撃っても当たる距離だ。

 

「──パモ様っ! キツいかもだけど、もう少しお願い!」

「ぱもぱもっ!」

「ミミロップ! 今度はギガオーライズ、いっくよーっ!」

「みーみみ!」

「ハタタカガチ、遠慮はいらないわ。まとめて蒸発させてやるわよ」

「ギュラルルルルルル!!」

「おうおう、全員やる気だな! 妾もフルパワーで行くぞッ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『キャプテンだか何だか知らないがッ!! お前達皆、まとめて薙ぎ払ってくれるッ!!』

 

 

 

 マイミュが咆哮する。

 大量の時空の裂け目が一気に現れ、そこから大量の水の塊が押し込められているのが見える。

 解き放たれれば、それら全てがありとあらゆるものを押し流す水の柱と化す。

 

『最大出力だッ!! この町諸共、全員まとめて沈むが良いッ!!』

 

 

 

【マイミュの メイルシュトローム!!】

 

 

 

「──敵がオオワザの態勢に入った!! 此方もオオワザで敵を狙えッ!! 阻止するぞッ!!」

「了解ッ! 水なら、蒸発させてしまえば問題無いのよねえッ!!」

 

 ハズシが高らかに言うと、ブースターが飛び出した。

 その身体の炉心が激しく燃え上がり、彼の中で一気に爆発する。体表の鉛色の部分が全身に広がっていき、赤く光り輝く。

 ブースターの身体は今、全身が赤く熱された鉄と化した。

 

「朱に染む、太陽の一撃──さあ、爆ぜなさいなッ!! ”メルトリアクター”ッ!!」

「ギュラララオオオオオオオオンッ!!」

 

 マイミュに突っ込んだ途端、ブースターは一気に爆発する。

 大量の熱の塊と化したそれは、マイミュの身体を一気に蒸発させ、水蒸気へと変えてしまうのだった。

 龍の身体が崩れ落ちる。

 

 

 

「グボルグググガアアアアアアアアアアーッ!?」

 

【オオワザ阻止:マイミュは怯んで動けない!】

 

 

 

 それでも元が水の龍ということもあり、足元の水を吸い上げ、再び姿を形成していく。

 だが、そこに他のヌシ達も合わせるようにしてオオワザを叩き込み始める。

 

「──サンダースっ! あたし達も続くよ! ”ホノイカヅチ”!!」

「ビッシャァァァァーンッ!!」

 

 雷がサンダースの身体に落ちる。

 そして全身が黒い稲光に包まれていき、特大のレールガンの発射台を電気で作り出す。

 一方、向こう側では雷雲の如き姿となったハタタカガチが大量の光の弓矢を浮かび上がらせていた。

 

「合わせなさい、ハタタカガチ!! ”らいごうのゆみや”!!」

 

 

 

【サンダースの ホノイカヅチ!!】

 

【ハタタカガチの らいごうのゆみや!!】

 

 

 

 弓矢が何本も水の龍に突き刺さっていき、爆ぜる。 

 悲鳴を上げ、暴れ狂い、ビルに居るキャプテンやヌシを薙ぎ払おうとするマイミュだったが──その身体を何本もの剣が突き刺し、動きを止めた。

 

「──おやおやー? 残念ながら、動くことは許さないのですよー」

『身体が、縛り付けられている……!? どうなっているんだ──!!』

「神聖なるサイゴクの地を土足で踏み荒らした罪、その命で贖ってもらうのですよー♪ ”あかつきのごけん”」

「エリィイイイイイイイイス!!」

 

 

 

【アケノヤイバの あかつきのごけん!!】

 

 

 

 ──マイミュの脳天を一際大きな剣が貫き、そして地面に完全に縛り付けた。

 これでもう、マイミュは自由に動くことは出来ない。

 

 

 

「ぷるるるるるー……」

 

 

 

 そんな中。

 キャプテンが居ないのに呼び出されたシャワーズは拗ねた様子で戦いを見下ろしていた。

 攻撃しなければいけないのは分かるが──どうしても、胸には何かが引っ掛かる。

 他のヌシには居る心を通わせたキャプテンは、もう彼女の傍には居ないからである。

 

「ぷるるー……」

 

 

 

 ──ほれ、シャワーズ。そんなしょげた顔をしちょったらいかんじゃろう。

 

 ──俺達は何時でも、お前の傍に居る。

 

 

 

「ぷるっ!?」

 

 

 

 ふと、シャワーズは辺りを見回した。誰も居なかった。しかし──風に流れ、声だけが聞こえてくる。

 

 

 

 ──ヌシとしての……お役目を立派に果たしなさい。ワシも──見ておるから……。

 

 ──熱く戦え、シャワーズ。俺達の……分まで。

 

 

 

 サイゴクの霊脈の力によるものか、それとも霊的な何かだったのかは定かではない。

 しかし、その声を聞き──シャワーズは己のヌシとしての責務を全うすることにした。

 

 

 

「ぷる……ッ!! ぷるるるるるるーっ!!」

 

 

 

【シャワーズの むげんほうようッ!!】

 

 

 

「──合わせろヨイノマガンッ!! ”たそがれのざんこう”ッ!!」

 

 

 

【ヨイノマガンの たそがれのざんこうッ!!】

 

 

 

 

 動けないマイミュに対し、シャワーズは薙ぎ払うような特大の水ブレスを放つ。

 そして、一気に辺りの光を魔眼に収束させたヨイノマガンも、同時に閃光を放つのだった。

 二つはマイミュを同時に狙い撃ち、爆発させる。

 

「ウサギの小娘ッ!! 次は妾達の番だッ!!」

「オーケーっ!! いっくよ、ミコっち!!」

 

 オオヒメミコの目が妖しく光る。

 そして、水であるが故に掴みどころのないマイミュの身体は一気に凝固し、押し固められた。

 

『これはサイコパワーか……!? 動けない──!!』

「最新鋭のオーデータポケモンの力、ナメるなよ!」

「駆け上れーっ、ミミロップ!!」

「みーっ!!」

 

 時を止めたかのように硬化したマイミュの身体を全速力でミミロップが駆け上る。

 そして、その脳天を蹴り、一気に宙へ舞い上がった。

 全身のオシアス磁気がその健脚へと集中していき、更に身体に現れていた金色の輪も足に全て集中していく。

 

 

 

「──”ノクターンインパルス”ッ!!」

 

【ミミロップの ノクターンインパルス!!】

 

 

 

 一度宙返りして勢いをつけたミミロップは、そのまま空中に張り巡らされた硬質の糸をも突き破り流星の如き蹴りを叩き込んだ。

 硬直していたマイミュの身体を突き破り、そのまま貫く──

 

『ぐっ、ぐあああああああああ!?』

「ボクルググガガガガガ!?」

 

 ──マイミュが全身を貫かれる痛みで絶叫した。

 辺りからは更に水が溢れ出し、そして辺りは崩落していく。 

 キャプテン達が足場にしていたビルも時空の歪みに巻き込まれ、崩れ始めるのだった。

 

「退避ッ!! 退避よッ!! 巻き込まれたら堪ったモンじゃないわッ!!」

『畜生ッ……!! 俺は勝たなきゃいけないんだ、お前達に──ッ!!』

 

 裂け目が次々に現れ、キャプテンやヌシポケモン達を狙って”ハイドロポンプ”が放たれていく。

 しかし、それを掻い潜って電気の拳を思いっきりパーモットが振り上げる──

 

「──自分の事しか見えてないお前に──僕達がッ!! 負けるわけがないだろッ!!」

 

 

 

【パーモットの ガンマバースト・ストーム!!】

 

 

 

 拳がマイミュの頭を正面から打ち砕く。

 そして、そこに続くようにして──ルカリオが飛び出した。

 エアームドに飛び乗ったノオトは左腕に嵌めこまれたバングルに手を翳す。

 

「──行くっスよ、ルカリオ。()()()()()()()ッ!!」

「ガォンッ!!」

 

 ルカリオの首輪には爪のようなものがぶら下げられていた。

 その身体に、純白の鬼神の姿がオーバーラップし、そして消える。

 全身には冷気が纏われ、目からは青白い稲光が迸った。

 その姿を前にしてメグルは驚く。

 

「使えたのかッ……!! ヒャッキのルカリオのギガオーライズが!!」

「イヌハギから貰った秘密兵器ッスよ!! オオワザ──”ウガツイチゲキ”ッ!!」

「ガォオオオオオオオン!!」

 

 拳を大きく振りかぶったルカリオは、空中で加速し──掌に現れた氷柱をマイミュに突き立てる。

 そこを起点として水龍の身体は一気に凍り付いていく。

 

 

 

【ルカリオの ウガツイチゲキ!!】

 

『クソッ……!! こんなバカな事が──!!』

 

 

 

【マイミュは凍り付いた!!】

 

 

 

「──いっけぇ、ヘラクロスーッ!!」

「──バサギリ、決めてやれーッ!!」

 

 

 

 完全に凍り付いたマイミュに飛んで行く影が二つ。

 ヘラクロス、そしてそれに飛び乗るバサギリだ。その身体は溶岩の鎧を纏っていた。

 

【バサギリ<AR:ブースター> タイプ:炎/鋼】

 

 マイミュの頭まで浮上すると──バサギリが回転しながら大斧を構え、ヘラクロスが全身から排熱しながら拳を構えた。

 

 

 

「”インファイト”ッ!!」

「オオワザ──”メルトリアクター”ッ!!」

 

 

 

【バサギリの メルトリアクター!!】

 

【ヘラクロスの インファイト!!】

 

 

 

 バサギリの大斧が爆熱を纏い、マイミュの脳天に打ち付けられ、そのまま自重と落下の勢いを乗せ、地面まで切断してみせる。

 そこにヘラクロスの拳が何度も何度も何度も叩き込まれ──氷像と化したマイミュはバラバラに崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『マ、マイミュ……!! ダメだ、もっと力を寄越せ……!!』

 

 

 

 薄れゆく意識の中、リンネは必死にマイミュに呼びかける。

 しかし──

 

 

 

 ──アーア、面白カッタケド……飽キチャッタ……。

 

 

 

『ッ……!? マイミュ……!! このままでは負ける……!!』

 

 

 

 ──オ前ハモウ要ラナインダヨ、リンネ……。

 

 

 

 意識が混濁する。中に何かが混じる。

 彼の中の理性も、記憶も、全てがこの邪悪な水龍に上書きされていく。

 

 

 

『マイミュ……やめろ……意識が薄れる──!? 俺ガァ、俺じゃア、無くナる──ッ!?』

 

 

 

 ──マダ分カンナイノカァ? オマエハ、モウ──用済ミナンダヨ……ッ!!

 

 

 

 

 ──此処カラ先ハ……ボクガヤル……ッ!! マミュミュミュッ!!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 崩れ落ちた水龍は──再び、起き上がる。

 ただし、今度は全身から悍ましい量の瘴気を放ちながら。

 

「ウソッ……!? まだ起き上がるの!? しかもこれって──オシアス磁気じゃない!!」

「またギガオーライズするのか!?」

 

 

 

 

「ボクルミュガァアァアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

【マイミュ<ギガオーライズ・フェーズ2> タイプ:水/ドラゴン】

 

 

 

 水龍の咆哮が轟き、それは空へと飛び出す。

 背中には巨大な鰭のような羽根が生えており、目からは赤い稲光が迸る。

 水のようだった身体は、鱗を持つ正真正銘の龍のそれへと変貌を遂げていた。

 そして、空が音を立てて崩れ去り──天上は雲も太陽も無い、ただただ黒い空間が残るのみとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話:最後のオオワザ

「──ボクルグガァァアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

 先程とは比べ物にならない程の速度で空へ飛び出したマイミュは、先ずヨイノマガンに掴みかかる。

 砂漠ではないが故に、ヨイノマガンは本来の力を発揮する事が出来ず、水場に沈められ、その身体が崩れてしまう。

 

「ヨイノマガン、しっかり──”ふうとん・つむじ”ッ!!」

「ケェエエエエエエエエレェェエエエエエスゥゥゥウウーッッッ!!」

 

 至近距離から大竜巻を巻き上げてマイミュを退かそうとするが、それを物ともせず、マイミュは巨大な渦潮を口から吐きだして押し込んでしまう。

 ヨイノマガンが水の中へ崩れ落ちていくのを見て──ノオトの顔から血の気が引いていく。

 

「キリさんッッッ!!」

 

 だが駆け付けることなど出来はしない。二人の距離はあまりにも離れすぎていた。

 

「仕方ないわねえ──もう一度オオワザを浴びせるわよッ!! ブースターちゃんッ!! ”メルトリアクター”ッ!!」

「サンダースッ!! ”ホノイカヅチ”ッ!!」

「アケノヤイバッ!! ”あかつきのごけん”なのですよッ!!」

「ぷるるるるるーっ!」

 

 そうなれば、今度は先程まで通用していた。

 しかし、放たれたオオワザは全てマイミュが展開した障壁によって弾かれてしまう。

 そして──反撃と言わんばかりに裂け目から放たれた大量の水の柱によって、ヌシポケモンもキャプテン達も薙ぎ払われてしまうのだった。

 

「ミコっち!! サイコパワーであいつの動き止めてよッ!!」

「──試しておるわッ!! だ、だが、止まらん……!? 何故──」

 

 

 

【マイミュの ハイドロポンプ!!】

 

 

 

 そうこうしている間に、更に裂け目が現れ──ハイドロポンプが次々に撃ち放たれていく。

 バサギリを回収して飛び回るヘラクロスだったが、空から次々に飛んでくる水の柱を避け切れず被弾し、墜落してしまう。

 デジー達も最早攻撃するどころではない。逃げるのに手一杯だ。

 そして、後輩たちを逃がす中、振り返ったレモンは反撃に転じた。

 

「何やってんのレモン先輩ッ!?」

「貴女達は逃げてッ!! ……行くわよハタタカガチッ!」

 

 放たれた無数の稲光の弓矢も、マイミュが展開した時空の裂け目に吸い込まれ、全て消えてしまう。

 そしてレモンの真上に裂け目が現れ、そこから先程吸い込んだ稲光が降り注ぐ。

 ハタタカガチは避ける事が出来てもレモンはそれを避ける事が出来ない──

 

「ぎゅらるるるるるる!?」

 

 電光化してハタタカガチは咄嗟にレモンに覆い被さる。

 しかし、稲光の全てを受け止め切ることが出来ず、弾け飛んだ雷に当たったレモンの悲鳴が響いた。

 間もなく。

 ハタタカガチのギガオーライズも解除される。シンクロしているレモンが倒れたことで保てなくなったのだ。

 

「レモンさん──ッ!!」

 

 それを見たイクサも駆け寄ろうとするが、すぐに駆け付けられる位置ではない。

 彼の視線は、自然と下手人であるマイミュに向いた。

 

「お前──レモンさんをよくも……ッ!!」

「パモパモパモーッ!!」

 

 しかし──それでも大量の裂け目に囲まれてしまっては、イクサも身動きが取れなくなる。

 間を置かずに大量の水が放たれ、彼も弾き飛ばされるのだった。

 シンクロは保てなくなり、パーモットのギガオーライズも解除されてしまう。

 

「ぱもっ!? ぱも、ぱもぱもーっ!!」

「痛ッ……がぁあっ……ダメだ、立てない……!!」

「ぱもーっ……!!」

 

 肩、そして脚の激痛に耐えながら、辛うじて起き上がるイクサだが──咆哮を上げながら進軍する巨龍を前に打つ手がない。

 

(考えろ……あいつに、少しでも大きなダメージを与える方法──ッ!!)

 

 

 

「グボルグググガアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 マイミュが吼える度に、空から”りゅうせいぐん”が降り注ぎ、町に火の手が上がっていく。

 ビルを尻尾で薙ぎ払い、裂け目から流れ出る水で周囲を満たしていく。

 自らがこの星の盟主であるかのように、傲慢に辺りのものを破壊し、進軍していく──

 

「ヘラクロスッ! しっかりして──ッ!」

 

 ヘラクロスが墜落した地点に、オトシドリに飛び乗って移動したアルカが駆け付ける。

 水の一撃を受けたからか、バサギリ共々戦闘不能だ。しかし、確かにバサギリを守ってくれたヘラクロスに──「やっぱ君は森の王様だよ……」とアルカは零すのだった。

 

「──サンキュー、バサギリ。ゆっくり休んでてくれ」

「グラッシュ……」

 

 バサギリをボールに戻し、メグルは──進軍し続けるマイミュを見やる。先程まではヨイノマガンと同等サイズだったのに、今は全長が40メートルほどに膨れ上がっており、最早特撮の怪獣と遜色ないサイズだ。

 それが天敵の居なくなったベニシティを我が物顔で破壊し続けている。

 

 

 

「──ざッッッけんじゃねえぞ!! 勝った気になってんじゃねえ!!」

 

 

 

 ──メグルの叫び声が響いた。

 

「……こんな所で終わりじゃねえ──終われるわけがねえだろ……!!」

「そうだよ──まだ何も終わってないッ!! 諦めないよッ!!」

 

 二人はオトシドリに飛び乗り──上昇した。

 メグルの背中には、気に食わないとばかりに歯を剥き出しにしたニンフィアがしがみついていた。

 

「そうだ──拙者たちは諦めはせん……!!」

 

 マイミュは後ろを振り向く。

 先程倒したはずのヨイノマガンが、その身体を再生させて再び起き上がっている。

 その頭頂部には、ワイヤーをヨイノマガンの身体に突き刺して固定したことで振り落とされずに済んだキリが立っていた。

 衝撃で仮面は壊れていたが、それを脱ぎ捨て──必死の形相で叫ぶ。

 

「──拙者はキャプテンだッ!! このサイゴクの命を守る使命を背負っているッ!! まだ死ねない、死ぬわけにはいかないッ!!」

 

 ヨイノマガンがマイミュに掴みかかった。

 必死に振り解こうとするマイミュだったが、そこに今度は炎、冷気、そして稲光の集中砲火が辺りから浴びせられる。

 

「あらあら? どうしたの? まだ終わってないわよ、勝負は!」

「ブチ切れたわ──久々にねッ!!」

「ぷるるるー!!」

 

 瓦礫の上に這い上がったキャプテン、そしてヌシ達が攻撃を仕掛けていた。

 

「これ以上、この町は──やらせはしないのですよッ!!」

 

 次々に影の剣がマイミュの身体に突き刺さる。

 ヨイノマガンの”あかつきのごけん”で動きを封じ込めたのだ。

 しかし、先程のようにはいかない、とばかりに力づくでマイミュは影の剣を引き千切り、ヨイノマガンも振り払おうとする。

 だが、それが致命的な隙となった。身体を駆け上がってくるルカリオ、そしてミミロップの侵入を許してしまう。

 彼らを撃ち落とそうと時空の裂け目を呼び出すが、いずれも華麗に避けられてしまうのだった。

 

 

 

「──聞こえるかクソドラゴンッ!! オレっち達ゃ、テメェに踏み潰されるようなヤワな生き方してねーんスよ!!」

「──どんな逆境でも、抗ってみせるもんねーッ!!」

 

 

 

 打撃が同時に加えられ、マイミュの身体がよろめく。

 だが、それでも倒れはしない。時空の裂け目から放った”ハイドロポンプ”でルカリオとミミロップを撃ち落としてみせるのだった。

 しかし、今度は死角から飛び出した電球蛇が喉に食らいつき、思いっきり放電を放つ。

 

 

 

「ボクルミュググガガガガァァァァァァーッッッ!?」

 

 

 

 最後の力を振り絞った超高圧電流。

 流石のマイミュも絶叫し、暴れ狂う。

 レモンは這いつくばりながら──しかし、それでも不敵に笑ってみせる。

 

「……悪いわね。蛇は……しつこい生き物なのよッ!!」

「レモンさん……良かった、無事だったんだ……ッ!!」

 

 イクサは──肩を押さえながら立ち上がる。もうギガオーライズは解除されたにも拘わらず、その眼には赤黒い稲光が迸っていた。

 

「──行くよパモ様。あいつはドラゴンタイプだ。これで──有効打が与えられるかもしれないッ!!」

「ぱもッ!!」

「勝利への道は……僕達がッ!! 切り開くんだッ!!」

 

 カードケースから取り出したオーカードを、イクサはオージュエルに翳す。

 そこに描かれていたのは、天に昇る翠色の龍。

 イクサが、最初に手にしたカードだった。

 

「レックウザ……もう一回僕達に力を貸して」

「ぱもーっ!!」

 

 龍気が迸り、パーモットの身体に纏われていく。

 一瞬、レックウザの姿が現れ──そして、その拳へと吸い込まれていく。

 

「……ロータス。オマエの相棒は確かに、あやつに受け継がれたぞ」

 

 ミコはその名を口走り──そして、叫ぶ。

 

「行けッ!! ()()()ッ!! ブチ抜いてやれ!!」

 

【オオヒメミコの てだすけ!!】

 

 オオヒメミコの目が輝くと共に、パーモットの身体に更に稲光が迸る。

 ”てだすけ”によって、技の威力は更に跳ね上がる──

 

 

 

「──パモ様ッ!! Oワザ──”げきりん”!!」

 

 

 

【パーモットの げきりん!!】

 

 

 

 龍の咆哮。

 それに、パーモットの叫びが重なる。

 マイミュの顔面目掛け、天に翔ける龍の如き鉄拳が撃ち込まれる──

 

「ボ、クルグガッ……!?」

 

 ぐらり、と巨龍の身体が揺れた。

 よろめき、それでも辺りに時空の裂け目を作り出して攻撃を続ける。

 だが──今の攻撃は余程響いたのか、もう狙いを定める事すら出来ていない。

 それでも暴れ狂おうと腕を振り上げようとしたが──

 

 

 

「──ごっめんねぇー? 悪いけど、真打ってのは最後の最後で出てくるもんだからさぁー」

「どぅーどぅる」

 

 

 

【ドーブルの ちみもうりょう・じごくえず!!】

 

 

 

 突如、何処からともなく現れた大量の魑魅魍魎の集団に足から胴、腕までびっちりと這いずり回られ、マイミュは動けなくなってしまった。

 そしてドーブルのオオワザだ。

 

「いやー……未来と古来のポケモン共に追っかけ回された時は死ぬかと思ったけど、遅れた分はこれでチャラになるよね」

「どぅーどぅる」

「さぁて、後は頼んだよ!! メグル君ッ!!」

 

 空に逃げようとしても、亡者共に食いつかれて飛び立つことすら出来ない。そうこうしている間に、メグル達の接近を許す結果となってしまう。

 

「──ニンフィアッ!! アブソルの分までデカいのぶつけるぞッ!!」

「ふぃるふぃーッ!!」

「オーライズ──”アブソル”!!」

 

 まばゆい光を放ち、ニンフィアの身体にオーラの翼、そして霊魂が纏わりつき、それが鎧となる。

 

 

 

【ニンフィア<AR:アブソル> タイプ:ゴースト/格闘】

 

 

 

「ボクルグガァァアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

【マイミュの アトラクトブレイク!!】

 

 

 

 咆哮し、巨大な大渦を呼び出すマイミュ。

 だが──ニンフィアも、それに負けない程の巨大な剣を呼び出す。

 

 

 

「オオワザ──”あかつきのごけん”ッ!!」

 

 

 

 大渦と、影で出来た巨大な剣がぶつかり合った。

 両者はせめぎ合い、ぶつかり合う。

 だがそこに──アルカが投げたボールから飛び出したデカヌチャンが、ハンマーを振り上げる。

 

「押し込んでデカヌチャン!! ”デカハンマー”ッ!!」

「かぬぬッ!!」

 

 力いっぱいに、デカヌチャンはハンマーを巨大な剣の柄に打ち付けた。

 釘を金槌で叩き、押し込むように。

 随分と大きな釘ではあったが、デカヌチャンからすれば容易いものだった。

 その勢いが加わり──剣は大渦を突き破って、マイミュの脳天に突き刺さり──そして貫いた。

 

 

 

【ニンフィアの あかつきのごけん!!】

 

 

 

 マイミュの巨大な龍の如き身体は崩壊していく。

 オシアス磁気が辺りに霧散して、消えていく。

 ギガオーライズの鎧は今、砕かれたのだ。

 そして、崩壊する龍の中からは、あの小さな水のトカゲのようなポケモンが飛び出したのを、ニンフィアは見逃さなかった。

 

「まみゅーっ!! まみゅみゅ──ッ!!」

「フィーッ!!」

「……まーみゅ♡」

 

 ──特別意訳:……見逃して♡

 

「フィッキュルルル♡」

 

 ──特別意訳:くたばれボケカス♡

 

「まみゅーっ!?」

 

 落下する両者。

 必死に逃げようとするマイミュに対して、悪魔の如き形相でニンフィアは大きく口を開ける。

 今日この日、マイミュは思い知ることになる。凶暴リボン──そのニンフィアに付けられた異名の意味を。

 

 

 

「フィッキュルルルルィイイイイイイイイーッッッ!!」

 

 

 

【ニンフィアの はかいこうせん!!】

 

 

 

 妖精の加護を帯びた必殺の光線が至近距離からマイミュを包み込む。

 龍気を浄化し、消し飛ばす力を前に、最早水トカゲの姿では無力であった。

 時空の裂け目を新たに生み出す余力など残っているはずもなく──全身でそれを浴びたマイミュは、水の中へと叩き込まれる。

 

 

 

「──ぼくるみゅがぁぁぁーっ!?」

 

 

 

【効果はバツグンだ!!】

 

 

 

「ふぃー……」

 

 

 

 そして、全力を出して力尽き、落下するニンフィアを──すんでのところでメグルが抱きとめる。

 

「……ったく、最後の最後まで世話ァ焼かせる姫様だな」

「……ふぃー……!」

「不服そうだねー、ニンフィア」

「いや、悪かったって。世話焼かせたのは俺も同じか」

 

 遅れて、爆発音が響く。

 そして腹を背にしたマイミュがぷかぷかと浮かび上がり、辺りに開かれていた時空の裂け目は次々に消えていく。

 空の色も元の通りに戻っていく。

 

「……全部、戻っていくね。空──!」

「ああ……!! 一件落着……だな」

「ふぃるきゅー……」

 

 快晴。雲一つない晴れ。

 そんな空の中、二人は──何時ぶりかのように笑い合うのだった。

 

「……全く……やっと終わったよ……」

「ぱもー……」

「あいだだだだ……やっば、これ全治何週間だろ……折れてるかな流石に」

「ぱもぉー……」

 

 幸せそうな二人を乗せるオトシドリを眺めながら──イクサは力無くその場に寝そべった。

 

「……ま、いっか……全部丸く収まったみたいだしね」

「ぱもぱも」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話:別ち、また交わる

 ※※※

 

 

 

「──リンネ──あいつは、付いていく奴と、やり方を間違えちまっただけで……大事な誰かの為に戦ってたのは俺と同じだった」

「そう? メグルとリンネは全然違うよ」

「俺も一歩間違ってたら、あいつみたいになってたかもしれないって事だよ」

 

 

 

 水が引いていく町を見ながら──メグルは呟く。

 もう何も見えない右目を撫でる。

 別の世界の、自分の辿った可能性を考えるうちに、恐ろしい気持ちになる。

 アルカが居ない間、そして彼女が記憶を失っている間、どれだけ心を乱されたかを思い返す。

 

「でも、君はリンネのようには絶対ならない。ボクが保証するよ」

「何でそう言いきれるんだ?」

「おにーさんは……ボクからは離れたくても離れられないからだよ」

「よく言うぜ」

 

 ぎゅうっ、と彼女が腕に抱き着く。

 記憶を取り戻し、全てが終わり──彼女も元の調子を取り戻したようだった。

 

「アルカ」

「……なぁに?」

「ごめんな。記念日、一緒に居てやれなくて」

「……いいよ。ボクも怒りすぎた。君が浮気なんてするわけないって、信じられなかった」

「アレは状況が悪ィよ」

「てか、あのキスマークって、ほんとにムチュールだったの?」

「ムチュールだった」

「そっか。なら信じるっ」

 

 抱き締める力が一層強くなっていく。

 

「……サニーゴ……本当に居なくなっちまったな」

「そだね……」

「あいつ……最期まで健気だったんだな。お前、ポケモンに好かれる才能あるよ」

「ん……」

 

 水面を眺める。

 町の水はいずれ、消えて無くなる。サニーゴの居た痕跡と共に。

 あのポケモンはマイミュの一撃でバラバラに砕け散った。

 その破片すら回収することはままならない。

 サニーゴの死は、二人に暗い影を落とした──

 

 

 

「おーい何なんスかねコレ? 漬物石ッスか?」

「ぷきゅー」

「うわっ、鳴いた!? ねえコレ……もしかして」

「ははは、まっさかー! 漬物石のポケモンなんて、いるわけないよーっ!」

「……」

「……」

 

 

 

 ──落としたはずだった。

 向こうの方から聞こえてきた声。 

 そしてノオトが拾い上げた漬物石にしては随分と大きいソレを見て、二人は沈黙する。 

 おまけに「ぷきゅー」と鳴き声まで聞こえてくる。何故。

 

「これってどういうこと? ボクらの涙は何だったの?」

「あれもう漬物石って事にして俺達帰らねえか?」

「いやあんな穴ぼこだらけの漬物石あるわけないじゃん、通らないよ」

「じゃあ何なら良いんだよ」

「それは──じゃあもう漬物石しかないか……」

「オバケさんは、この世に未練があると、浄化されても成仏せずに戻ってきてしまうことがあるのですよー♪」

 

 後ろからひょっこりとヒメノが現れ、ニッコニコで語る。流石ゴーストタイプの専門家であった。

 

「……じゃあ未練って何?」

「お世話になったお二人に恩を返したいのではないでしょうかー?」

「あいつ思いっきり再生してるんだけど」

「”じこさいせい”したんじゃないの……?」

「原種しか覚えねーんだよ!!」

 

 謎であった。何処までいってもサニーゴが復活した理由には謎が付きまとう。

 そこが──「ポケモンは不思議な生き物」である所以なのかもしれないが。

 

「ぎゃああああ!! 呪いがががががが」

「な、なななな、何で、何にもしてな、ぐるじじじじ」

「ノオト殿ーッッッ!! めっちゃ呪われたーッッッ!! ノオト殿が呪われたーッッッ!!」

「デジーッッッ!! ついでに呪われたーッッッ!! デジーも呪われたーッッッ!!」

「うわーっ、サニーゴ!! ストップ!! ストップ!! 人をオヤツ感覚で呪っちゃダメーッ!!」

「……まーた騒がしくなりそうだな……」

「ふぃっきゅるるるー」

 

 足元でニンフィアが鳴き、くすくすと笑う。

 人の不幸は蜜の味。何処までいっても凶悪リボンは凶悪リボンなのだった。

 

「ところでよ。マイミュが消えて、時空の裂け目が無くなったのは良いんだけどさ」

「そうだね」

 

 結局、アルカの腕の中にすっぽりと納まり、ご満悦のサニーゴ。

 気を取り直し──水が引いていく町を前にしてメグルは当然の疑問を口に出す。

 辺りにはもう、裂け目は無かった。どうやら各地で観測されていた裂け目も、消え失せたらしい。

 というのも主犯のマイミュは既にボールで捕獲されており、二度と自分からは外に出られない状態になっているからだ。

 ボールに捕獲されたポケモンは、その能力を制限される。それが伝説のポケモンならば、これまで振るってきた超常的な力の一部が行使出来なくなるらしい。

 

「オシアス組……どうやって帰るんだ?」

「……あっ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 推薦組+博士は黙りこくった。

 真っ先に飛び出して来たのはイデア博士であった。

 

「嫌だぁぁぁーんッッッ!!」

「うわッ!! 大の大人が鼻水と涙垂らして泣いてるッ!!」

 

 ぼどぼど、と顔から色んな液体を撒き散らしながらイデアが叫ぶ。

 

「何が悲しくって自分が大罪人扱いの世界に留まりたいのさッ!? 僕もう早く帰りたいッ!! 嫁さんに会いだいッ!!」

「よっぽどストレスが溜まってたみたいね」

「えーと……結局裏切らなかったし……なんか、ホント、ゴメンなんだから」

「微妙な感じで謝るのヤメテ!?」

「まあ、住めば都という言葉もあるだろう?」

「冗談でも言って良い事と悪い事があると思うよミコっち!?」

「悪かったって」

「……丁度良かったじゃない。サイゴクに留学してたし」

「冗談でも言って良い事と悪い事があると思いますよレモンさん!?」

「悪かったわよ」

 

 だとしたら、どうやって元の世界に帰るのだろう──と全員が思案する。

 思案したところで、時空の裂け目はもう二度と現れないので、答えなど出るはずもない。

 ここにきてマイミュをすぐに解放するのはあまりにもリスキーが過ぎる。

 そう考えていた時だった。

 イクサのすぐそばに、金色の輪が現れる。そこから──小さな魔人のようなポケモンが現れた。

 

「オデマシ、オデマシーッ!! フーパガ、オデマシーッ!!」

「あっ……一瞬で解決した」

「何このポケモン!? ちっこいカワイイ!!」

「フーパじゃねえか!! お前、フーパ持ってたのかよ!?」

「いや、持ってたっていうか……知り合いみたいなもので……」

「何だって良いわ。私達がどうやって帰るかって問題は解決したわね。今回もお手柄だわ、フーパ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──それからしばらくして、別れの時がやってきた。

 改めて、全員は向かい合う。並ぶキャプテンの中から、キリが代表して歩み出た。

 

「此度の異変の解決に協力していただき──本当に感謝痛み入る」

「なぁに、僕は大したことしてないって。頑張ったのは子供たちとポケモンさ」

「ね、博士」

「ん? 何だいユイちゃん」

()()()()()()()に……よろしくね」

「分かってるよ。こっちのユイちゃんも可愛かったって言っておくから」

「なんかその言い方キショいんだから!!」

「あはははっ。しおらしいのはユイちゃんらしくないからね! 安心したよ」

「──アルカっち!」

 

 デジーが、アルカの前に走り出した。

 

「今度はバトル、負けないかんねっ!」

「うん。またやろう! ま、次もボクが勝っちゃうかもだけどさ」

「んにゃーっ!? ちょっと!! それは本当はボクが言うはずなのにーっ!!」

「潔く負けを認めなさい」

「ところでボク……古代のオーパーツ的なポケモンに興味があってさぁ」

「的って何だよ、そんなのオーデータポケモンしか居ないじゃん」

「考えれば考える程興味が湧いてきたよ、何で記憶を失ってたんだろボク!! ちょっと触らせてくれないかなあ!?」

「ここにきてアルカ殿が暴走したでござる!!」

 

 前髪に隠れた目が妖しく光る。

 視線が──まさにオーデータポケモンそのものであるミコに向いている。

 実際は未来文明の力で作られた機械のポケモンであるのだが、アルカからすれば年月が経ったものならば何でも良いらしい。

 

「なあイクサよ。コイツ、目が隠れてるのに目がヤバいんだが……さっさと帰らんか?」

「つれないこと言わないでさ、ね? ね!? 先っちょだけ!! 先っちょだけだから!!」

「はいはーい、帰宅の邪魔をしないように、ッスよー」

「むーっ!!」

 

 石商人はノオトに耳を引っ張られ、退場してしいった。残当であった。

 

「──イクサ。今回はお前に沢山助けられたな。向こうでも達者にやれよ」

「ええ。アルカさんと仲良くしてくださいね」

「はは、気を付ける」

「それと──今度会った時は、バトルしましょうっ!」

「ああ……()()があれば──な」

 

 メグルとイクサは固い握手を交わす。

 フーパがぐるり、と宙を舞うと金の輪が大きく広がった。

 そして彼らは一人ずつ輪をくぐっていき、元の世界へと帰っていく。

 

「……終わったな。今度こそ、本当に」

「ん──そうだね」

 

 金の輪が閉じていく。

 名残惜しくも、それが本来あるべき形なのだ、と受け入れる。

 今此処に、三つの世界を股にかけた大異変は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「むむむむむーっ!!」

「──そんで、あれから姉貴……ずっと霊能力が元に戻らないか頑張ってるんスけど」

「戦果は芳しくない、でござるか」

 

 

 

 ──数日後、よあけのおやしろにて。

 ノオトに膝枕してもらってるキリは、先程からずっと向こうでうんうん唸っているヒメノを指差す。

 傍ではアケノヤイバも欠伸をしながらうとうとしていた。

 そんな彼らを見て、ヒメノが叫ぶ。

 

「って、貴方達がこれ見よがしにイチャイチャするから集中できないのですよっ!!」

「姉貴ィー、そうやって人の所為にするのがいけねーんじゃねーか?」

「エリィス」

「ヌシ様も”そうだそうだ”と言っているでござる」

「むむむむーっ!! 本当にいけ好かないのですよっ!!」

「みみっきゅ!! みみっきゅ!!」

「うん? どうしたのです? ミミッキュ」

 

 ミミッキュがぐいぐい、とヒメノの袴を引っ張る。

 影の爪が指差す先には──背が高く、色素の薄い少年の姿があった。

 表情は柔らかく、何処か儚さを纏ったような笑みは、ヒメノの心を一発で撃ち抜く。

 つまるところ、好みドストライクであった。

 

「ごめんくださーい、僕……おやしろ参りに来たチャレンジャーなんですけど」

「は、はわ……」

 

 ヒメノは固まる。

 こんな衝撃は、キリと初対面で会った時以来であった。

 

「あれ? もしかして何か間違えました?」

「あ、いえ! 今日はおやしろはお休みなのですよっ! でも、明日なら開いてるので、ぜひ来てほしいのですよっ!!」

「そうでしたか。ところで……此処はとても良い場所ですね。ゴーストポケモン達がとても生き生きとしている」

「見えるのです? オバケさんが……?」

「ええ。物心ついた時から。可愛いですよね、ゴーストポケモン」

「は、はひっ、ヒメノもそう思うのですよ……!」

「じゃあ──また明日。挑戦に来ますね」

 

 去っていく少年を見て──ヒメノは飛び上がり、叫ぶ。

 

「今の殿方……ヒメノのハートに効果バツグンなのですよーっ!!」

「あっ」

「あっ……」

 

 ぶわぁっ!!

 

 勢いよくヒメノの身体から靄が噴き出し、辺りのものが前触れもなく宙に浮かび上がる。

 それは、完全に彼女の霊能力が元に戻った事を意味していた。

 

「こんなにもあっさりと戻るものでござるか……」

「ははー……まーた一目惚れッスよ」

「面食いな所は昔のノオト殿そっくりでござるな」

「うぐっ──それを言われると弱いッスね……」

「拙者……忍者なので。弱い所を突くのが忍のセオリーでござるよ」

 

 じとっ、とした目で見上げてくる最愛を見て、ノオトは確信した。

 バトルはさておき、恋愛では一生、彼女に勝てる気がしない。

 

「姉貴……今度はちゃあんと捕まえるッスよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「まみゅみゅみゅみゅみゅ……!!」

 

 

 

 ──特別意訳:おのれ、絶対に滅ぼしてやる、人間ども……!!

 

 

 サイゴク地方──と言ってもイクサ達が転移した方の世界にあるサイゴク地方であるが──シャクドウ大学の研究室。

 その地下室でマイミュは保管されることになった。

 ボールの中で虎視眈々と復活のチャンスを狙っていたマイミュだったが、エネルギー源である水が供給されないこの部屋では、一生叶うはずもない。

 そんな中現れたのは、したり顔のイデア博士だった。

 

「はぁーい、マイミュ。元気してる?」

「まみゅみゅみゅーッ!!」

 

 ボールの中からマイミュはカプセルを叩くが、今の彼に外へ出る力は無かった。

 

「ボールの中、暇だろ? 出してあげよっか?」

「まみゅ!? まみゅー♡」

「もー、そんなに喜ばなくっても良いって……シャクドウ大学の研究員総出で、たぁーっぷり実験してやるからさぁ……覚悟しときなよ?」

 

 イデア博士の後ろには、白衣の研究者たちの姿。

 その全員が、好奇心と嗜虐心に満ちた目でマイミュの入ったボールを見ていた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()が手に入って、皆も喜んでるんだよねぇ」

「イデア博士、こいつが例の?」

「あ、うん。僕が責任持つから好きにやっちゃっていいよ。でも絶対に外に出さないように」

「押忍ッ!!」

「み”ゅーッッッ!!」

 

 

 

 ──この後。マイミュが研究所の外へ出る事は二度と無かったという。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──パルデア地方、テーブルシティにあるアパートの一室。

 そこで、今日もメグルは朝を迎える事になる。

 一緒に寝ていたニンフィアとアブソルも欠伸をして、部屋の方へ出て行くのが見えた。

 眠い身体を起こし、恋人の身体を揺すり起こす。

 

「おーいアルカー……起きろよー。休日だからって、だらけすぎだぞ」

「うぇー……?」

「ぷきゅー」

 

 サニーゴを抱きしめたまま寝ていたアルカは、そのまま起き上がり、時計を見る。

 

「まだ10時じゃん……見てよ、デカヌチャンだってまだ寝てるよ」

 

 アルカが指差した方には、ハンマーの上で豪快に寝そべるデカヌチャンの姿。

 完全に主人の寝坊癖が映ってしまっている。

 

「もうすぐ昼なんだわ。なんかテキトーに作るよ」

「おねがーい」

「おいコラ、また寝るんじゃねえ──おっとと。やば、転びそうになった」

「ふぁーあ……お腹空いた……」

 

 トーストを焼き、更に盛るだけの簡単な朝食。

 だが、空きっ腹を満たすだけならこれでも十分だった。

 向かい合い、互いにいつもの朝食を食べる中、アルカは──ふと、彼に問うた。

 

「ねえ、メグル。右の目……やっぱりもう見えないの?」

「多分な……」

「……」

 

 未だに──右目が全く見えないことに、メグルは慣れない。

 だが、それでも良いか、と最近は思えるようになってきていた。

 隣には彼女が居る。そんな現在を守れたのだから。

 

「お前は気にしなくても良いんだぞ? これは……俺にとっても勲章みてーなもんだし」

「ふるーるっ!」

「……そうかなあ。気にするなって言われても、ボク一生気にするよ」

「この傷のおかげで──俺はもう迷わないと思う」

 

 きっとそれは決意の証。そして、約束の証。

 これだけの逆境を乗り越えたのだから、これから起こる事も全部大丈夫だ、と自分に言い聞かせる為のものだ。

 

「カッコつけすぎだよ……全くもう」

「ぷきゅー」

「誰かさん程じゃねえよ。無茶する癖が俺にまで伝染っちまった」

「んなっ。そうだけどぉ……」

「だから気にすんな。俺は──お前が居てくれるのが一番嬉しいんだ」

「……ボクもだよ」

「フィッキュルルルル……」

 

 テーブルの下で丸まっているニンフィアは気が気でない。

 今日もバカップル共は仲がいいなー、と心の底から僻んでみせるのだった。

 

 

 

 ──ぴーんぽーん。

 

 

 

 呼び鈴が鳴る。慌てて上着を羽織り、メグルは玄関に出た。

 

「はーい──宅配便……え”」

 

 ドアを開けて、そこに居た人物に思わず彼は目を丸くする。

 もう二度と会う事は無いと思っていた少年が、モンスターボールを持ってそこに立っていた。

 

「どーも! 遊びに来ましたっ!」

「イ、イクサァ!? 何でお前こんな所に居るんだよ!?」

「えっ、イクサ君来たの!?」

 

 どたどたと音を立てて、アルカもやってくる。

 見間違うはずもない。

 

「フーパに頼んで連れてきてもらったんです──言ったでしょう? 今度会った時はバトルしましょう、って」

「ぱもぱもーっ!」

「爆速で有言実行する奴があるかよ……!」

「約束は守らないとですからねっ!」

「……はは、一本取られたぜ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──手加減はしねえぞ。本気で掛かって来い!」

「──はい、勿論ですっ!!」

 

 

 ──場所は変わり、テーブルシティの広場。

 そこで、メグルとイクサはボールを構え、向かい合っていた。

 間で審判役を務めるのはアルカだ。

 

「それじゃあ始めるよーっ!! バトル、スタート!!」

「勝負だイクサッ!!」

「負けませんよ……メグルさんッ!!」

「ふぃるふぃーっ!!」

「ぱもぱもーっ!!」

 

 

 

 ──「ポケモン廃人・ザ・ユニバース」(完)




「ポケモン廃人、知らん地方に転移した。」「ポケモン廃人、知らん学園に入学した。」の二作品に連なる「廃知ら」シリーズ、これにして完全完結です!!
最初から応援して下さった読者の方、途中から、あるいはこの「ユニバース」から応援して下さった皆さま、全員に感謝を申し上げます!本当にありがとうございました!
この二作品クロスオーバーの「ユニバース」は「学園」連載前からずっとやりたかった企画で、今となってはもう作者はやり切った感に満たされてます。完全に解き放たれた……やりたい事全部やり切った……って感じですね。
語りたい事は幾らでもありますが、それはまた追々。先ずは、メグルとイクサのこれまでの冒険、そして戦いを応援して下さった全ての読者の方に改めて感謝を。
長らく応援、ありがとうございました! また次の作品でお会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。