【アストレア・ファミリア】の生き残りの1人は現英雄 (百合こそ至高)
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オリ主設定

 亀更新ですいません……。ちなみにキャラの容姿に関しては完全に作者の趣味が入ってます。


名前

 レイ・エステルラ

 

二つ名

 【英雄(ウルスラグナ)

 

性別

 女

 

年齢

 22

 

身長

 170C(セルチ)

 

容姿

 銀髪青眼。

 髪は男性のように短く切り、7:3で分けている。7割の方の前髪をかきあげ、3割の方の前髪は長いものは耳にかけ、短いものはそのまま垂らしている。

 目は若干ツリ目で、普段はピアスとネックレスと指輪をつけている。

 

所属【ファミリア】

 【ロキ・ファミリア】

 

戦闘スタイル

 格闘タイプ。

 蹴り技の方が得意で、柔軟性に長けている。また、威力はレベルが高いのもあるがとんでもなく高い。都市最強のLv7の冒険者である猪人(ボアズ)の【猛者】オッタルですら、高い耐久性があるにもかかわらず攻撃を回避するほどである。しかし、拳闘も苦手という訳ではなく、こちらも威力は蹴り技までとは言わないが高い。

 攻撃だけではなく、攻撃を受け流す技術も超一流。組手をしたことのある【ファミリア】メンバー曰く、受け流されたことに気づかず、気づいたら右足の踵が顎の下を掠めていた。そして平衡感覚を無くした、とのこと。

 何よりも効率よく戦闘することを最優先とし、隙がなく対人戦では今まで負け無し。

 打撃耐性のあるモンスターと戦う場合は、双剣を使う。ちなみに双剣は神ヘファイストスから直々に何故か無料で貰い、戦闘時に使うガントレット、メタルブーツは全て【ヘファイストス・ファミリア】製の一級品を購入。合計金額は5億2000万ヴァリス。

 5億2000万ヴァリスがどれくらいのものなのかをわかりやすく説明すると、かなり大きな城を2つ買えるくらい。全て自腹で一括払いのため、貯金が心もとない。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 元々は【アストレア・ファミリア】に所属していた。壊滅してしまったことにより、現在は【ロキ・ファミリア】に所属して活動している。ただ、住んでいるのは【ロキ・ファミリア】のホーム近くの一軒家。

 

『ステイタス』

ーーーーーーーーーー

レイ・エステルラ

Lv7

力  S978

耐久 C641

器用 S997

敏捷 S904

魔力 D586

耐異常 D

拳打 E

魔防 E

精癒 F

 

《魔法》

【プロミネンス】

付与魔法(エンチャント)

・熱属性。

・詠唱式【焼け(バーケ)

 

【バーストレイ】

・速攻魔法。

 

《スキル》

妖精一途(エルフ・アマンテ)

・常時発動。

・想いの丈によりステイタスに高補正。

・想いが続く限り効果持続。

 

追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)

・早熟する。

・意志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。

・決意の丈により効果向上。

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 レイが【アストレア・ファミリア】に所属したのは、リューが入ってくる二年ほど前。

 元々病弱で余命が少なかったため、寿命を伸ばすために『神の恩恵(ファルナ)』を刻んだ。『神の恩恵(ファルナ)』には、様々な事象から経験値を得て能力を引き上げ、新たな能力を発現することを可能とすること以外にも、副次効果として寿命を伸ばすことが出来る。

 そのため、残り少ない寿命を伸ばすためにも『神の恩恵(ファルナ)』を刻む必要があった。本来であれば20手前で死ぬはずだったが、Lv7となった現在では70は生きていられるようになっている。

 

 【アストレア・ファミリア】に所属してリューが来るまでの間は、まずはダンジョンに関する知識と、戦うための術を年下の【ファミリア】メンバーに教えて貰っていた。実は今の戦闘スタイルになるまでにかなりの紆余曲折があった。

 一番手に馴染むものと言われても全てピンと来なく、珍しいと言われる武器も試してみるも扱えばする程度で終わってしまう。

 【ヘファイストス・ファミリア】で扱っている初心者向けの武器を大人買いし、全ての種類を並の冒険者より扱えるようになった一年後に、ようやく今の戦闘スタイルになった。

 

 リューが入ってきてダンジョンにもぐり始める頃、レイは未だダンジョンにもぐらず一人鍛錬を積んでいた。この頃あたりからようやく戦闘スタイルが定まったこともあり、調節が必要だったのだ。

 リューのレベルが2になった頃にようやくダンジョンにもぐり始め、その頃には既に白兵戦で一番の腕前を持つ副団長の『ゴジョウノ・輝夜』を討ち倒す程の実力までに至っていた。ちなみにこの頃の輝夜はLv.2であり、ステイタスに振り回されがちだった他のメンバー相手でも勝てるほどの力を持っていた。

 かつての英雄だった元最強の二大【ファミリア】である【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】のLv7、【静寂】『アルフィア』と【暴食】『ザルド』がオラリオを襲ったとき、【アストレア・ファミリア】はまだLv3だったが、仲間と協力しレイがアルフィア相手にかすり傷程度だが傷をつけたことでアルフィアに気に入られ、その戦闘中だけ師事してもらっていた。

 その際に、アルフィアからこれからのオラリオを託され、その意志を継ごうと固く決意した結果スキルが発現した。

 おかげで、技、駆け引きどれも超一流となり、ランクアップも果たし、完全に【アストレア・ファミリア】の誰も勝てないほどの強さになる。

 

 普段通りダンジョンにもぐってホームで先輩方と談笑していた途中で治っていたと思っていた病が再発し、オラリオから離れた空気のいい場所にて療養していたところ、【アストレア・ファミリア】が壊滅することとなる事件が起こる。

 闇派閥によってダンジョンから生まれ落ちた『ジャガーノート』によって、リューとレイ以外の構成員は全滅。オラリオに戻ってきた頃には【ファミリア】は壊滅し、主神であるアストレアもリューによってオラリオから出て行ってしまい、孤独感に苛まれていたところリューを見つける。

 激情に駆られるままにリューを問いただし、全てを知った後に果てしない喪失感に襲われしばらく冒険者業から離れる。

 余りの酷さに見かねたリューが、自身が拾われた『豊饒の女主人』に招待し、レイの気持ちが落ち着くまで甲斐甲斐しく世話をしながら時を過ごした。

 その際にレイはリューに恋をし、ずっと片想いをしていたというリューと付き合い始めた。付き合って三年以上経つ。

 

 自分では【英雄(ウルスラグナ)】という二つ名に相応しくない、責任が重すぎると考えているが、実は気づいていないだけでフレイヤの試練もヘルメス(クソ野郎)からの未来の英雄への受難もクリアしている。さらに、自分が気づいてないだけで英雄としての資格も得ているため、完全に主人公の自己認識と自己肯定感が低いだけ。でなきゃオラリオで二人しかいないLv7にならないし、オッタルからも戦闘を避けられない。

 ちなみに、ただ自分に向けられた試練だとかは皆も同じようなことをしていると思っているので、自分がすごいことをしているという自覚はない。



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オラトリア一巻
プロローグ


 原作ちょっと入りながらのプロローグ入りまぁす。


 朝。

 子鳥のさえずり、荷台を運ぶ音、カーテンの隙間から入ってくる日差し、窓から入ってくる爽やかな空気、軽快な話し声。

 今日も今日とて働かなければいけないという事実から目を背けて、二度寝を決めるべく頭から布団を被って二度寝の姿勢に入ったのだが、隣で寝ている人物はそれを許してはくれなかった。

 

「ほら、レイ。起きてください。今日は【ロキ・ファミリア】の遠征の日なのでしょう?」

 

 そう言って頬をペチペチと優しく叩くこの人物は、『リュー・リオン』。『豊饒の女主人公』という西のメインストリートに位置する大きな酒場で働くエルフの女性だ。

 起きろと言われても、わざわざ自分から危険を犯しに行きたくなんかないし、この布団の温もりから自分の力で脱出するのは困難である。要約すると働きたくないでござる。

 正面から顔を顰めてリューを見つめるも、リューは容赦なく布団を剥がし上体を起こした。

 

「あぁ〜〜〜………。いいじゃん、ちょっとくらい。まだ朝の5時だよ?もうちょっと寝ようよ……」

 

「そう言って前回の遠征で遅刻しそうになっていたでしょう。ほら、早く起きてください。集合時間まであと1時間半ですよ」

 

「えぇー?まだまだじゃんか……」

 

「装備の確認と、ポーション類の確認、それと団員達とのコミュニケーションもしておくべきです。ある程度の親睦を深めておけば、いざという時になにか役に立つかもしれませんからね」

 

「いざってどんな時さ……」

 

「…………」

 

「ちょっと」

 

 顔を逸らしてベッドを降り仕事着に着替え始めたリューをじっと見つめるも、依然として顔を逸らしたまま着替えをしている。

 仕方なく起きて私も行動を開始することにした。

 ぱぱぱっと服を脱いで、ダンジョンにもぐる時の装備に着替える。基本的に拳闘タイプだし、剣を使うとしても双剣なので、できるだけ軽くて動きの邪魔にならないものがいいと考えながら選んだ結果、黒のカーゴパンツに同じく黒のハイネックのへそ出しタンクトップ。その上に七分丈の白のシングルブレストシャツを着て、胸を守るプレートを装着。メタルブーツを履き、ダンジョン特攻前の準備は完了。

 メンズファッションでも気にしない。なんなら胸がないから男だって勘違いされることあるし。

 二階建ての一軒家で、二階の端に寝室が位置している。

 割と長めの廊下を歩き、階段を下りて、遅れて下りてきたリューが作ってくれた朝食をありがたくいただく。朝食のメニューは、普通にパンとコンソメスープだった。なんだかんだ言って普通が一番いい。

 お腹も満たされたことだし、本格的に身支度を整える。髪型を調節し、前髪を直し、歯を磨くことも忘れない。

 遠征する際に必要になるようなテントなどの大きな資材は、全て【ロキ・ファミリア】の方でやってくれている。その他諸々の準備をして、全てが終わったのは出発予定時刻の30分前。

 最後に、仕事の準備として洗面台前の鏡でおかしいところはないかを確認しているリューに声をかける。

 

「リュー、行ってくるね」

 

「ええ、気をつけて行って来てください。……決して、死んだりしないように」

 

「うん」

 

 リューは、私が遠征に行くと言うと、出発前に必ず体を小さく震わせ、気丈に振る舞う。理由は、同じ【アストレア・ファミリア】に所属していた仲間がダンジョン内で闇派閥に襲われてしまい、私とリュー以外全ての人が亡くなってしまったから。

 右腕を指先が白くなるくらいに強く握りしめていた左手の小指をそっと取り、人差し指と親指で挟み込む。

 これは、私達が所属していた【ファミリア】の団長がよくしてくれていたことだった。これをされると、なぜかすぅっと、まるで心が澄んだようかのような気持ちになれるのだ。

 

「大丈夫、私は死なない」

 

「……なら、誓ってください」

 

「……『正義の剣と、翼と、アストレア様に誓って』」

 

 少し震えた声に気づいていないふりをして、私はリューの細い体を抱きしめた。腕の中に閉じ込められたリューも、ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめてくる。

 どれくらい経っただろうか。

 お互い気が済むまで抱きしめ合い、何も言葉を発せずともどちらともなく離れる。じっとこちらを見つめてくるリューに、私は耳と首からそれぞれある物を外して預けた。

 

「待ってて」

 

 大事そうに私が渡したピアスとネックレスを両手に包む。

 その姿を最後に目に納めて、私は下に降りて遠征用の荷物を両手に【ロキ・ファミリア】へと歩き出した。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】のホームは、とにかく縦にでかい。

 敷地面積が十分に取れなかった分を高さで補って凄さを出そうとした結果、頂上を見ようと見上げても首が痛いだけで終わるくらい高い建物になったのだ。

 遠征当日でも普段と変わらず門番として働いている家族(ファミリアメンバー)に挨拶をし、中に入る。

 そこには、今回の遠征に参加する冒険者達が大勢集まっていた。

 団長である『フィン・ディムナ』を筆頭に、副団長の『リヴェリア・リヨス・アールヴ』、幹部の『ガレス・ランドロック』、『ティオナ・ヒリュテ』、『ティオネ・ヒリュテ』、『ベート・ローガ』、『アイズ・ヴァレンシュタイン』。そして二軍メンバと魔導士部隊、弓使い(アーチャー)部隊、(タンク)部隊など、その人数はとてつもなく多い。

 

「やぁ、来たね」

 

「まあ一応幹部だからね」

 

「一応などと言うな。英雄様」

 

「英雄様はやめてって……」

 

 ホームの庭に入ってきた私に話しかけてきたのは、黄金色の髪に蒼色の目をした小人族(パルゥム)の団長であるフィンと、長身の腰まで伸びた翡翠色の髪を一つに束ねたエルフの副団長、リヴェリアだった。この【ファミリア】に入ってまだ五年だが、二人からこんなにも気を許してもらっている。

 

「おい、あれがあの?」

「ああ、【英雄(ウルスラグナ)】様だ」

「『レイ・エステルラ』だよな?」

「そうそう。迷宮都市(オラリオ)で二人しかいないLv.7で、猛者ですらあまり戦いたくないって言うあの」

「マジかよバケモン過ぎるだろ、あの人」

 

 どこからともなく聞こえて来る囁き声。若干の居心地の悪さを感じながら談笑を続けていると、服を引っ張られる感覚があった。

 

「おはよう、アイズ」

 

「うん、おはよう、レイ」

 

 首だけを後ろに向けると、私のジャケットを小さく摘んでこちらを少し見上げる、金髪金眼のオラリオ最高峰の女剣士であるアイズ・ヴァレンシュタインがそこにいた。

 歳的には五歳くらい変わっている私とアイズだが、前の【ファミリア】に所属していた頃から親交はあったので、今ではもう姉妹のように気を使わずにいられるくらいの仲だ。

 

「ちょっとー、アタシ達もいるんだけどー?」

 

「ごめんごめん、ティオナもティオネも、おはよう」

 

「ええ、おはよう」

 

 健康そうな小麦色の肌と、露出の高い踊り子のような格好をしているアマゾネスの双子の姉妹、ティオネとティオナもアイズに続くように話に交ざりに来る。

 挨拶を交わし合ったその後、フィンは一度咳払いをして全員に声が届くように声を張った。団長としての厳格な声が、こんなにも人数がいるのにも関わらず静寂の空間に響き渡る。

 ダンジョン特攻前の激励に力強い返事を返し、各々が動き出す。

 装備の最終確認をしたり、フルプレートをつけたり、腰に剣を携えたり。

 私も、腰に双剣のホルスターを取り付け、砥石で研磨して切れ味を増した双剣をはめる。そして、指抜けタイプのガントレットを装着し、胸部にメタルプレートを固定する。

 最後に肩や股関節のストレッチをして身体を解し、一度目を閉じて気持ちを切替える。

 これから行うのは、生きるか死ぬかも分からないような冒険。到達階層を増やし、医療系【ファミリア】である【ディアンケヒト・ファミリア】から任された任務を果たす。それが今回の遠征の目標だ。

 生きて帰れるかなんて保証はない。

 

 

 ───()()()()()()()()()()()

 

 

 この言葉は、まだ神様が下界に降りてくる前から言われ続けている言葉だ。

 人間と同じように、ダンジョンが何を考えてモンスターを生み出しているのか、何を考えてこんな地形にしたのかなど、私達の誰もが一切心理を悟ることはできない。だからこそ、異常事態(イレギュラー)がいつ発生するかもわからない。そのため、用心に用心を重ねる形で遠征準備をするのだ。

 ダンジョンへの通り道である北のメインストリートを通っていると、周りから奇異や尊敬、憧憬、憎悪など様々な思いが込められた視線が私達に突き刺さる。しかし、このような視線に動揺する人はこの【ファミリア】にはいない。

 なぜなら、この【ファミリア】に入って道化師(トリックスター)のエンブレムが入ったものを使うようになったら、この視線があらゆる方向から来るのは当たり前のことになるからだ。

 さぁ、───冒険をしよう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ダンジョンの中でもランクがある。

 1から12階層までの上層と言われる階層までが、一般的にLv.1の冒険者の攻略可能階層。次に13から24が中層、25から35が下層とされており、更にそこから下の階層は『深層』と呼ばれる。

 今現在は、かなり順調に攻略が進みものの数日で50階層まで足を伸ばしていた。

 ただ、深層なだけあってモンスターの出現までのスパンが今までとは比べ物にならないくらいに早い。現に、(タンク)部隊が徐々に押されていってしまっている状態で、(タンク)部隊に囲まれた真ん中で前線を援護している弓使い(アーチャー)や魔導士のリヴェリア率いる部隊が切迫していた。

 

「盾ェ、構えぇッ―――!!」

 

 フィンの指示で踏ん張った大盾を構える者達の踵が、怪物達の突撃の威力により地面に埋まる。

 

「前衛、密集陣形(たいけい)を崩すな!後衛組は攻撃を続行!」

 

 指示を聞いて、大盾を構える者達は隣合う者と肩が触れ合うくらいに密接し、決して後ろに怪物の脅威が届かぬように力強く地を踏み締めた。

 一方の私はというと、前線で魔法を駆使しながら着々と怪物達の進行を抑えていた。

 

「レイ!」

 

「寄越せ!」

 

「【焼け(バーケ)】」

 

「【風よ(テンペスト)】」

 

 ティオネとベートに声をかけられる。

 瞬間、私とアイズ、ティオナ、ティオネ、ベートに青い炎が付与され、更にベートの靴にはアイズの風魔法も付与された。

 ベートは、狼人(ウェアウルフ)特有の敏捷性と蹴り技を活かしてモンスターを蹴り殺し、アイズは全身に、ティオナは大重量の大双刃(ウルガ)を片手に全身に炎を付与し、破壊力と耐久性を活かして斬る。ティオネは、ククリナイフと呼ばれる特殊な形をした双剣に炎を付与してまるで舞っているかのようにモンスター達を切り刻んでいった。

 しかし、ここまでやってもモンスター達は数が減ったことに依然として堪えた様子もなく、そのまま突っ切ってくる。

 真正面から襲いかかってくる怪物達に向けて、私は体に纏った青い炎と共に駆け出し、片っ端から頭を目掛けて殴りかかった。

 

「レイ、やれ!」

 

 そして。

 

「【バーストレイ】」

 

 私の周りから人が居なくなったのを確認してから、その場で唱える。すると、私を囲うように数多の雷の柱が縦に並んで落ちた。

 雷の柱に直接当たっていなくとも、電力がバカ高いため近くにいるだけで感電に加えて焼死し、更に体が触れ合っていた場合感電被害は増大する。また、毛があるモンスターには効果が大きくなり、そのまま痙攣して動かなくなるのだ。

 当然のことながら遠くに行けば行くほど効果は薄れていくのだが、範囲と威力はレベルに比例しているので、遠くでも麻痺する程度には効果がある。

 

「───ベート、穴を埋めろ!」

 

「ちッ、何やってやがる!?」

 

 声がした方向に振り向けば、そこでは前衛で大盾を構えていたはずの数人が吹き飛び防衛線の一角が壊されていた。

 ベートが急行しようとしているが間に合うようには見えない。

 ベートの横を全力で駆け抜け、防衛線の一角を吹き飛ばした張本人であるひときわ図体がデカい『フォモール』の後頭部を目掛けて勢いをつけて拳を振るう。それと同時に、アイズも駆けつけに来ていたのか、彼女のサーベルがフォモールの腹部を横一線に切り裂いていた。

 フォモールを斬って着いてしまった血を振り払い、アイズはまた前線へと帰っていく。

 颯爽と現れて颯爽と帰って行った女剣士を横目に、私はフォモールの攻撃による衝撃波で吹き飛んでしまっていたエルフの魔導士の少女の無事を手短に確認する。

 

「大丈夫?」

 

「……っは、ハイ!」

 

「なら良かった。───アイズ!」

 

 後方でオラリオ一の魔導士と囁かれている我らが副団長によって紡がれていた魔法が、長い詠唱とともに完成に至ろうとする。

 攻撃範囲内に入らないようにと声をかければ、アイズはこちらを一瞥した後に跳んだ。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣──我が名はアールヴ】!」

 

 次の瞬間、弾ける音響とともに魔法円(マジックサークル)が拡大し、全てのフォモールたちの足元にまで広がる。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 リヴェリアによって生み出された無数の炎柱は、僅か数瞬でモンスターの大群を一掃した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 50階層まで進めたのだが、新種の芋虫型の腐食液を出してくるモンスターによってかなりの武器が溶かされてしまい、これ以上は進むことが出来なくなってしまったので、17階層まで上がっていた。

 その時出現してきた大牛男の『ミノタウロス』の大群を、消化不良だという【ロキ・ファミリア】幹部が倒しに行ったのだが、あろうことかミノタウロス達は上の階層に向かって逃げ始めた。

 

「ちょっ!?」

 

「テメェらプライドはねえのか!?」

 

 12階層よりも上の階層に行ってしまった場合、まだLv.1の冒険者しかいない階層のため、もしかしたら死亡者が出てしまうかもしれない。

 【ロキ・ファミリア】というデカい看板を背負っているのに、モンスターを処理しきれずに下位の冒険者の命を失ってしまうとなると、それはそれはもうとんでもない失態のため、【ファミリア】全体の評判が下がってしまうかもしれない。

 深層で出すような速度でミノタウロスを殲滅しに向かうも、混乱したミノタウロスは色んな方向にバラバラに逃げてしまった。

 

「ベート、アイズ、そっちは頼んだ!」

 

「チッ!」

 

 返事代わりに舌打ちを返してきたベートの後ろ姿を見ることなく、私は全力疾走して通り過ぎざまに殺していく。

 二体、三体、四体……。

 他に取りこぼしたやつはいないかと血眼で探し回っていると、気づけば5階層まで上ってきていた。隈無く視線を張り巡らせていると、小さな声が聞こえてくる。

 

「────ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その声は次第に大きくなり、声の持ち主の足音とは違う重厚感のある足音が聞こえていた。

 

「ほぁぁぁあああああああああああああっ!?」

 

『ヴモォォォオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 いた。

 横脇腹を目掛けて回し蹴りをし、全身を壁に埋める勢いで力を込める。壁際に追いやられてしまっている少年に出来るだけ返り血がつかないように気をつけるも、そんな器用なことが出来るはずもなく。

 少年は顔と服をミノタウロスの臭い血で汚しながら、涙目でこちらを見上げた。

 

「大丈夫?怪我は無い?」

 

 少し膝を曲げ、屈むようにしながら手を差し伸べるも、涙目だったのが驚きの表情に変わっただけでその手は取られず、空をさまよう。

 

「えっと……」

 

「レイ、最後の一匹見つけた?」

 

「あ、うん」

 

 困ってしまい、差し伸べた手を引っ込めて頬をかいていると、後ろから少し息を切らしたアイズが歩み寄ってきた。ふと、アイズが私から視線を外す。

 アイズと真正面から視線があった白髪の少年は、ふと動きを止め、口をぱくぱくと魚のように開け閉めする。

 

「えっと、大丈夫?立てる?」

 

 先程の私のように手を差し伸べるアイズだが、変わらず手は取られない。困った顔をしていたアイズだったが、ある出来事をきっかけにその表情は驚愕に変わった。

 へたりこんでしまっていた少年だったが、突如何も言わずノロノロと立ち上がり、奇声を発しながら上層に向かってLv.1の新米とは思えない速さで駆け上がって行ったのだ。これには二人して走り過ぎ去るのを見守ってしまった。後ろから追いついてきていたベートには大爆笑された。

 二人揃ってムッとした顔をしたまま、今回の遠征は失敗という形で終わった。



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遠征後

 既読者の方にのみ説明。
 プロローグの方で、原作では穢れた精霊とアイズが戦っていたシーンの部分を全カットしましたが、あそこは原作通りアイズに任せてます。
 また、調査部隊としてフィンの班とティオネの班に分けられていましたが、レイはリヴェリアと同じく本部待機班に組み分けられています。
 原作より少し改変され、本作ではレイがほぼ全部の腐食液を出すモンスターに近づいてちょっかいを出し、興味を引かせ、そのまま魔法使い部隊から離れたところまで連れてきて、囲われる前に上に飛び【バーストレイ】を打ち込んで数を減らしていたので、本部への被害はそこまでありません。矢の数がなくなってピンチだとかそういうのはなく、穢れた精霊が現れるまでは余裕があるくらいでした。


 遠征から戻り、ホームではなく別で買った一軒家にてシャワーを浴びた後。戦闘着から私服に着替えた私は、【ロキ・ファミリア】でお昼ご飯を食べていた。

 【ファミリア】にもよるが、この【ファミリア】ではロキの「飯はいるもん全員でとる」という方針のもと、食べ始めは見回り以外の団員が揃ってから行うので、食堂はかなり混みあっている。移動するのも一苦労なくらいに。

 遠征期間直後というのもあって騒ぐ元気はないが、ダンジョン内、ましてや遠征中では食べられない酒食を貪る団員達は絶えず賑やかだった。

 【ファミリア】の皆とご飯を食べることで、ようやく全員の肩から力が抜けたように感じた。

 食べ終えた者から食器を片付け、ちらほらと食堂から出ていくものが現れる中、晩酌をしていたロキが、思い出したように立ち上がった。

 

「忘れとった。今日中に【ステイタス】更新したい子おったら、うちの部屋まで来てなー。明日とかまとめていっぺんにやるのも疲れるし。そうやなー、今晩は先着10人で!」

 

 神は気まぐれだというのはオラリオでは周知の事実であり、今更驚いたり批判を上げたりする声もない。

 ティオネ、ティオナ、アイズ、私と、遠征中でフォモールに襲われていた魔導師のエルフであるレフィーヤは、【ステイタス】の更新をするかについて話していた。

 

「みなさんは、今日はどうしますか?」

 

「私はやめとくわ。ゆっくりと寝させてもらう」

 

「あたしはどうしよっかなー。やることもないけど、【ステイタス】がぐーんと伸びるほど【経験値(エクセリア)】稼いだ手応えもないし……気が向いたら行ってみよっかな。レフィーヤは?」

 

「私も今日は……」

 

「アイズは……聞くまでもないわね」

 

「うん」

 

「レイも?」

 

「あー……一応お願いしておこうかな」

 

 アイズ共に彼女達に断りを入れて、食卓から立ち上がる。いつの間にか消えているロキだったが、こういう時はだいたい女子風呂か自室にいるのであまり探すのに手間はかからない。

 最上階にあるロキの部屋を三回ノックすると、ロキから許可が出る。

 木の扉を開けて入室すると、ロキは部屋を片付けている真っ最中だった。室内は雑多なもので溢れ返っており、特に酒類が多い。飲みきったものもあれば、飲みかけのものもあったりと清潔感の無い主神部屋だった。

 

「よし。えーよ」

 

 先にアイズに順番を渡し、私は部屋の外で待つ。同じ【ファミリア】の仲間と言えども、他人の【ステイタス】を覗き見たりすることはご法度なのだ。

 五分くらい待っていると、扉が開かれ、少し落ち込んだ様子のアイズが出てきた。気がかりに思いながらも、主神を待たせる訳には行かないと流れるように入っていく。

 

「お、次はレイか。珍しいなー」

 

「前回の遠征から更新をお願いしていなかったからね」

 

「あー、ちょっと間隔空いとるんやな。ほな、服脱いでー」

 

 ロキに背中を向けた状態で、言われた通りにVネックの黒のTシャツを脱いで背中を晒す。

 

「フヒヒッ。相変わらずええ背中しとるなぁ、ちょっと手が滑るかも───」

 

「殴るよ?」

 

「あ、もう酔い醒めました、大丈夫です」

 

「この流れ絶対アイズともやったでしょ」

 

「はい、すいません」

 

 その言葉を最後に、ベッドに置いた器具一式からカチャカチャと音を立てながら何かを取りだし、首の根元あたりに指があてがわれる。そのまま慣れた手付きで、まるでサインでも書いているかのような動きをしながら指を動かし始めた。

 

「アイズたんにも言うたけど、うちの方で(ロック)かけとるけど、神以外にも神血(イコル)を使って解錠(ピッキング)できる連中おるみたいやから、無闇に背中を許したらあかんよ?いつも口を酸っぱくしとるけど」

 

「うん、わかってる」

 

「まぁ、二人共心配するだけ無駄やけどな」

 

 私とアイズは第一級冒険者とも呼ばれる。レベルが5を超えたものを総括して第一級冒険者と呼び、その数は数多くいる冒険者の中でもわずかひと握りだ。そんな私達が容易に背中を許すわけが無い。

 

「ん、おしまい。紙に書くから待っとってな」

 

「ん」

 

 【ステイタス】は全て神々の扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】で刻まれており、この文字を解読できる者は少ない。しかし、当然神は読めるし、下界の者でも勉強さえすれば読めるようになる。今は読める者が少ないからと言って、【ステイタス】は眷属の能力を表す生命線でもあるので、必ず秘匿しなければいけない情報なのだ。

 【ステイタス】を(ロック)し消した後、更新された内容を共通語(コイネー)に訳して羊皮紙に書き写す。

 書き写している間に服を着て、その工程を眺めていると、「ほい」と言って羊皮紙が渡された。

 

ーーーーーーーーーー

レイ・エステルラ

Lv.7

力:S927➝S999

耐久:S904➝S953

器用:B712➝S911

敏捷:S983➝S999

魔力:D586➝C687

耐異常 E

拳打 E

魔防 E

精癒 F

ーーーーーーーーーー

 

「相変わらず、Lv.7で評価もSやとどんどん上昇値は下がっていくはずやのに、高いなぁ。しかもS評価四つあるし。これも成長促進スキルのおかげなんか?」

 

「十中八九そうだね」

 

ーーーーーーーーーー

追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)

・早熟する。

・遺志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。

・思いの丈により効果向上。

ーーーーーーーーーー

 

 今まで長く続いてきたオラリオの歴史の中でも、初めて出現する紛れもなく異例な超レアスキル。その概要が、成長促進。

 まだ私しか発現していないこのスキルだが、単純に、条件を達成せずともダンジョンにもぐって【経験値(エクセリア)】を稼げば、相応以上に【ステイタス】が伸びるという壊れ仕様だ。

 このスキルのおかげで、六年前ではLv.4だった私がレベルを三つも上げられたのだ。ちなみに、ちゃんとダンジョンにもぐっていたのは六年の内わずか三年ほど。

 一年は【アストレア・ファミリア】が壊滅したことのダメージでやられていた。もう一年はストレスで病気がぶり返してそれの療養として使われた。残りの一年はダンジョンにもぐっていたころまでリハビリを行っていた。

 より詳しく言えば、次の世代の冒険者の指導で総括すると半年くらいはダンジョンにもぐれていないし、慈善活動でも半年は活躍していた。つまり、実質ちゃんとダンジョンにもぐって冒険できたのは二年ということになる。

 一般的な冒険者は、Lv.1からレベルを一つ上げるのにも10年かかる人がいるところを、二年でLv.4から三つ上げたので、成長促進スキルのとんでもなさがよく分かるだろう。

 そんなことも要因となって英雄と呼ばれるようになった訳だが、正直気後れしてしまいそうになる。自分はそこまで偉大と思われるような人間でもないし、むしろ人前に出るのは苦手な部類だ。やいのやいのと立てられてもプレッシャーにやられて泣きそうになる。

 流石に英雄と呼ばれる人が人前に立たされて震えている姿を見せたくは無いので、何とか押さえ込んではいるが、いつかボロを出してしまうと思う。

 

「あ、せや。アイズたんにちょっと助言したってくれへん?」

 

「何をどう?」

 

「いやな、アイズたん【ステイタス】の伸びが悪くてめちゃくちゃ悩んどんのよ。せやから、何かしらちょちょいと言うてあげて」

 

「そんな他人任せな……」

 

「まあまあ、頼んだで」

 

 そう言って服の上から背中をとんとんと優しく叩くロキ。ただ、その顔はいつもの細目を小さく開けて弛めており、その瞬間は神ではなくただ自分の娘を案じる母親のように見えた。

 そっとため息をこぼし、椅子から立ち上がってロキの部屋から出る。

 部屋を出て、階段を下りて、アイズの部屋に直行した。

 コンコンコン、と三回ノックをし、声をかける。

 

「アイズ、入ってもいい?」

 

「……」

 

 無音。無言は肯定と受け取り、夜も遅いのでそっとドアを開けて入室する。机、ベッド、カーテンしかない非常に質素で少し寂しいような部屋。そこでアイズはベッドで膝を抱えて、膝の上におでこを乗せて蹲っていた。

 扉を閉め、窓から月明かりが差し込む部屋を真っ直ぐに進む。そして、手が届くのではないかと思う距離まで近づき、名前を呼んだ。

 

「アイズ」

 

「……」

 

 ……これは重症だなぁ。

 頭を指で小さく掻きながら少し考える。

 普段のアイズならば、声をかければ必ず顔をこちらに向けて返事を返してくれていた。しかし、返事もなく顔も見せないとなると、かなり自分の【ステイタス】について参ってしまっているのだろう。

 一体何に悩んでいるというのか。

 アイズの顔を覗き込むようにしゃがみ、再び声をかける。

 

「アイズ、どうしたの?」

 

「……」

 

「【ステイタス】の伸びが悪かったの?」

 

「っ」

 

 僅かに、アイズの白く小さな肩が動いた。図星だったのだろう。気分がさらに落ち込んだのか、膝にさらに顔を強く埋めた。

 

「……アイズ。先輩として一つ言わせてもらうと、伸びが悪かったからって焦ったらだめだよ。焦ってダンジョンにもぐっていって亡くなってしまった人は何度も見てきたし、無事にランクアップできてもまた伸び悩んでもぐるっていう負のループが続いている人もいる。アイズにはそうはなってほしくない」

 

「でも、それじゃあ遅い……」

 

 小さなボソボソとした声で、アイズの思いが伝えられる。着ているワンピース型の服の裾に、アイズの強く握られた手によって皺ができた。

 アイズとは私が【ロキ・ファミリア】に入る前から交流があったのだが、その頃からずっととあるモンスターに対して憎悪を膨らませ続けている。それが、オラリオの三大クエストの一つ、『黒竜』。

 なぜ『黒竜』に対してスキルに出るほどの憎悪を持っているのかはわからないが、かなりの因縁があるのだろう。『黒竜』を己の手で討伐するためだけに、今も尚力を求め続けている。ただ、その力の求め方が危うくて、どうしようもなく不安なのだ。

 

「……はぁ」

 

「…………っ!」

 

 そっとアイズの隣に腰かけ、肩を引き寄せる。そして硬直して動かない様子のアイズの頭を優しく撫で続ける。あまり人を撫でた経験がないためにたどたどしい手つきだと思うが、許して欲しい。

 

「……レイ?」

 

「ん?」

 

「なんで……」

 

「んー……何となく?」

 

「……」

 

「……」

 

 体に込められていた力が抜けて、頭を私の肩に置き体重をかけてきた。静かな時間が刻々と過ぎていく。気持ちも落ち着いたのか、気づけばアイズは小さく寝息を立てていた。

 問題の解決までには至らなかったが、これで少しは落ち着いてくれることを祈る。

 そっと離れて自室に戻ろうとしたその時、ふと何かに引っ張られる感覚がした。引っ張られていると感じたそこに目を向ければ、アイズのほっそりとした長い指によってきゅっと小さく摘まれていた。外そうとしたのだが、手に触れた瞬間に眉間にしわが寄せられていき到底離せそうにない。

 

「……ロキに騒がれそうだなぁ」

 

 諦めて、久しぶりにアイズと一緒に寝ることにした。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 左腕が痺れる感覚で目が覚めた。カーテンの隙間からは、太陽の光が入ってきて床に光の道ができていた。

 重みを感じるそちらに視線を向ければ、艶やかな金髪とつむじが見えた。それと、布団以外の人肌の温もりを感じる。

 だんだんと意識が冴えてきたので、今の状況を理解することにする。

 まず、昨日はアイズに捕まったので一緒に寝ることにした。その時の姿勢として、アイズは長い手足を畳んで小さくなっており、私はそんなアイズに背中を向けていたはずだ。それがなぜか、私は左腕で腕枕をしており、アイズは腕枕されながら私に抱き締められている、と。

 よくわからないけど有罪(ギルティ)

 

(ま、いっか……)

 

 考えるのも億劫になってきたので、左腕の痺れを感じながらアイズの寝顔を眺めさせてもらう。長いまつ毛に、小ぶりで高い鼻、ぷるっとした淡いピンク色の唇。

 ロキが生粋の女好きというのもあって、この【ファミリア】にいる女子は全員顔面偏差値が高いが、その中でもアイズは飛び抜けていると感じる。神にも勝る美貌とまではいかないが、それでも神に匹敵するほどの顔なのではないだろうか。

 

「……」

 

 じっと顔を眺めていると、うっすらと開かれた瞼から覗く金眼と目が合った。

 二度三度と瞬きを繰り返していたアイズは、一度驚いた顔をしたものの再び目を瞑りさらに体を密着してくる。

 

「こらこら、また寝ようとしないの」

 

 駄々をこねるように腕を背中に回してきたアイズの頭をとんとんと叩きながら起床を促すも、逆効果のようでだんだんと呼吸が深くなっていく。

 途端。

 

「アイズー?起きてるー?もう朝食だよー」

 

 ガバッと拘束を外し私の腕も跳ねのけるほどの勢いで上体を起こすアイズ。

 

「うん、すぐ行く」

 

 普段通りの声音で言ったつもりなのだろうが、その声は聞く人が聞けばわかる程度に動揺が込められていた。ベッドから立ち上がり私を跨いでそのまま支度を始めるアイズを眺めながら、私はそっとアイズの部屋を出て食堂に向かっていった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 何故か勘が鋭いロキに騒がれながらも普段通りに朝食を終えたあと、アイズに無理をしないことを約束するのならとランクアップするためにすることを教えた。

 その方法とは、【ファミリア】メンバー全員で階層主を倒す方法と、単独討伐。安全性をとるなら、【ファミリア】の人達と、経験値(エクセリア)の量をとるなら、単独を。

 アイズのことだ。選ぶ選択肢は一つしかないだろうと思いながら自宅のドアを開くと───

 

「レイ、私に何か言うことはありませんか?」

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 ───仁王立ちをしながら怒り心頭の様子のリューがいた。

 そのまま玄関で正座させられ、リューによる長めの説教が執り行われた。今回のことは最初から最後まで私が悪いので、素直にリューの怒りを受け止める。

 なぜリューに家に帰れないという旨を伝えに来なかったのか、なぜ人に言伝を頼むなどしなかったのか、なぜ私から恋人であるリュー以外の女の匂いがするのかなど、ごもっともな怒りが各方面から心に突き刺さった。

 もう一度謝罪をし、お仕置として何かされた後、もう仕事に行かなければならない時間のリューを見送り、支度をして【ロキ・ファミリア】の正門前まで駆けて行く。

 

「ごめん、遅れた」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

 特段期にしていない様子のフィンを見て本音と判断し、走ってきて少し荒れた呼吸を整える。

 

「レイは僕達と同じ『魔石』の換金をすることになった。本来は僕達の仕事だけど、手伝ってもらうよ」

 

「わかった」

 

 私が最後に役割を振り分けられ、正門で準備を整えホームを出発する。

 

「夜は打ち上げやるからなー!遅れんようにー!」

 

 ロキに見送られながら、北西のメインストリートに出てフィンの号令によりそれぞれの目的地に向かっていった。




 だんだんとガールズラブ要素が増えていきますし、私が書きたいところは厳密に書かれていたりしますが、そこら辺はドラえもんのような暖かい目で見ていてください。
 ちなみに、アイズがレイにあそこまで甘えているのは、ただ寝起きで頭が働いていなかったのと、アイズにとっての英雄がレイだからです。
 まだ会っていませんが、ベル君はただ昔の自分と既視感を感じるくらいの印象です。
 次回も亀更新になりますがお楽しみに〜


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宴会

 今回は割と短めです。


 【ロキ・ファミリア】は、遠征が終わったあとはロキ主催で盛大な宴会を開く。

 眷属の労をねぎらうという名目のもと、無類の酒好きなロキが率先して準備を進め、団員達もこの時くらいはと羽目を外すのだ。

 西のメインストリートをロキを先頭に遠征に行った【ファミリア】のメンバーと歩く。

 残照が消え完璧な夜を迎えた辺りで、ロキが予約を入れた酒場に到着した。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

 『豊饒の女主人』。西のメインストリートの中でも最も大きな酒場であり、ロキのお気に入りの店。そして。

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。ご了承ください」

 

「ああ、わかった。ありがとう」

 

 礼儀正しく接客を果たすエルフの店員で私の恋人、リューが働く店でもあった。

 ここで働く従業員は全員が顔立ちの整った女性であり、制服である黄緑色のウエイトレスの衣装を完璧に着こなしている。ウエイトレスの女性を目当てにこの店に来るという人も多いくらいだ。

 今朝のこともありかなり気まずく感じながらも、有名な【ファミリア】ということもあって必然的に集まってしまう視線を無視しながら、指定された席へと向かう。

 店の半分ほどのテーブルと、テラスの方にも用意されているテーブルを使ってようやく全員が座ることが出来るほどの大世帯。少し申し訳ないなと思いつつ、席に着いた。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

 立ち上がったロキが音頭を取り、一斉にジョッキをぶつける。

 運ばれてくる料理やお酒はどれも美味で、自ずと伸びる手が増えていく。個人的には果実酒と肉との相性が良いと感じた。

 

「団長、つぎます。どうぞ」

 

「ああ、ありがとう、ティオネ。だけどさっきから、僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね、酔い潰した後、僕をどうするつもりだい?」

 

「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」

 

「本当にぶれねえな、この女……」

 

「うおーっ、ガレスー!?うちと飲み比べで勝負やー!」

 

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」

 

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやァッ!」

 

「じっ、自分もやるっす!?」

 

「俺もおおおおおお!」「俺もだ!!」「私もっ!」「ヒック。あ、じゃあ、僕も」

 

「団長ーっ!?」

 

「リ、リヴェリア様……」

 

「言わせておけ……」

 

 いつもの如くティオネが恋慕を向けているフィンに向けてお酒をどんどんとついで、お酒の勢いを使ってお持ち帰りしようとし、ロキと酒豪のガレスが飲み比べをし、景品にリヴェリアの胸を触ろうとして結局全員酔い潰れる。

 それの中にアイズは入っておらず、私と一緒に隅の方で談笑しながら食を進めていたのだが、酔っているのか普段は絡んでこない後輩が私とアイズに酒を勧める。

 

「アイズさん、レイさんも。一緒にお酒でも飲みませんか?」

 

「あー、ごめんね。アイズはお酒苦手だから」

 

「じゃあレイさんは?」

 

「誘ってくれて嬉しいけど、遠慮しておこうかな」

 

「そうですか……」

 

 しょんぼりとした様子で席に戻っていく後輩の背中を眺めながら、少しため息をつく。

 アイズに今回のようにお酒を誘ってくる団員は、宴会の席だと必ずいる。しかし、いつも私が隣に座ってアイズに飲ませないように断っていた。

 

「……あれ、アイズさん、お酒は飲めないんでしたっけ?」

 

 左隣に座っているレフィーヤがなんでもないように聞いてくるが、これを私が答えてもいいのかと考えてしまう。すると、右隣でずっと運ばれてくる料理を口に運び続けていたティオナが、ぐいっと杯をあおった。

 

「んぐっ……ぷはっ。アイズにお酒を飲ませると面倒なんだよ、ねー?」

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「簡単に言ってしまえば、かなり酒癖が悪いんだ、この子は」

 

 そう言って、頬が赤らみ始めているアイズの頭を撫でる。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 止めようとしたら手首を掴まれてしまったので、そのまま頭をゆっくりと撫でながらアルコールを摂取していたところ、酔っている様子の狼人(ウェアウルフ)のベートが、何かの話をアイズに催促する。

 

「あれだよ、ほら、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の一匹、レイが5階層で始末したろ?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

 この話で、理解した。

 私が助けた、頭からミノタウロスの返り血を頭から被せてしまったあの白髪の少年。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

 

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺たちが泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」

 

 ティオネが確認し、ベートが嬉々として反応を返す。

 少し、嫌な予感がした。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引き攣らせてやんの!」

 

「ふむぅ?それでその冒険者どうしたん?助かったん?」

 

「レイが間一髪ってところでミノをミンチにしてやったんだよ、なっ?」

 

「……まぁ、ね」

 

 そう返すので精一杯だった。かつての自分がそうだったから。冒険者になりたての頃は、最弱であるゴブリンにも怖がり、涙目になって震えていたのだから。

 言い返せなかった。私はまだここに来て数年しか経っておらず、昔からいるベートに対して少年のために大きな声で反論することができなかった。あまり話したことがないのもプラスされ、言い返す勇気が、足りなかった。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」

 

「うわぁ……」

 

 ティオナが顔をしかめながら呻く。私は無表情で我慢するので精一杯だった。かつての自分も、モンスターの返り血を頭から被ってトマトになったまま街を歩いたことがあったから。

 言い返せなかった。私が言ったらどんな反応をされるのかわからなくて。気を使って距離を置かれるのが怖くて。姉達以外の人にネタにされて笑われるのが怖くて。私には勇気が、足りなかった。

 

「レイ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」

 

「……狙ってそんな事するわけ無い」

 

 笑いすぎて目に涙を浮かべるベートに、小さな声で反論する。

 聞き耳を立てている他の客達の忍び笑いが、鼓膜を震わせる。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、アイズ見た途端叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ!うちのお姫様、顔見られただけで逃げられてやんのおっ!」

 

「……くっ」

 

「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

 どっと周囲が笑いの声に包まれる。

 レフィーヤが、ロキが、ティオネが、ティオナが。

 誰もが堪えきれずに喉を震わせた。笑っていないのは、見える範囲だと私とアイズのみ。

 まるで、私達と他の皆との間に断層ができたのかと思うくらいに、生きる世界が離れているように感じた。

 申し訳ないという気持ちが心の中を埋め尽くす。

 ベートが話し出した瞬間に話すのを止めることが出来なくてごめん。

 ベートの侮辱から、君を庇えなくてごめん。

 英雄なんて言われてるのに、大きな声で反論できる勇気がなくて、ごめん。

 

 

 

 こんな情けない英雄で、ごめん。

 

 

 

「ああぁん、ほら、レイもアイズも、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」

 

 笑顔をほんのり赤くしながら顔を覗き込んでくるティオナに、今私はどんな顔をしているのか、あの少年のためにどんな感情でその話を聞けばいいのか、できることなら聞きたかった。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねえヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ」

 

「……あらぁ〜」

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁレイ?」

 

 ジョッキの持ち手を握る手に、力が込もった。リヴェリアが、口を噤み片目を閉じながら私達を見つめている。私達以外にも、リヴェリアがこの周囲の中で一人、同じようにその表情の裏で不快感を募らせていたことに気づいた。それだけで少し、安心した。

 自分に反論する勇気が出なくて、|自分の代わりに言ってくれる人がいた事に、安堵した《自分では言えず代わりに言ってもらって安堵している自分が、心底憎かった》。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 目を向ける先をベートに定めたリヴェリアが、柳眉を逆立てる。

 彼女の静かな非難の声に、肩を揺らしたティオナ達は気まずそうに視線を逸らしたが、ベートだけは違った。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

「これ、やめえ。ベートも、リヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 ロキが見兼ねて仲裁に入るも、ベートの口は止まらない。

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

 

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います。」

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 思わず軽蔑の視線を向ける。

 その場の勢いで告白紛いのことをするベートに、失望しかしない。

 

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 この酒場全員の前でのセクハラ発言。一体彼はどこまで私を失望させたいんだろうか。

 

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

「無様だな」

 

「黙れババァッ。……じゃあ何か、お前はあのガキに空きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

「……っ」

 

 ……ないだろう。

 方やオラリオ最強の女剣士、方やまだまだ新人のLv.1。

 アイズは常に高みを目指し続けており、後ろを振り向くことなどできない。ましてや、他派閥の第三級冒険者に。冒険者になりたてのひよっこに。

 

「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りする雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ

 

 直後、酒場の客の一人が荒々しく立ち上がり店を走り去って行った。

 

「ベルさん!?」

 

 店員の少女が、走り去るベルと言う名を叫び、後を追う。その時、私はただ呆然とその場に座ったまま動けなかった。

 なぜなら、飛び出して行った子の顔がはっきりと見えてしまったから。あの子は私があの時返り値を浴びせてしまった少年で、つい先程までベートが散々馬鹿にし侮辱したトマト野郎本人であったから。

 隣に座っていたアイズは立ち上がり、外へと向かう。

 対する私は、ただ勇気が足りずに傷つけてしまったあの子へのとてつもない罪悪感に襲われ、ただ座ったまま放心することしか出来なかった。




 キリがいいのでここで終わります。次はフィリア祭前までいけるかな?


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フィリア祭前日

 かなり前回の投稿から期間が空いたので実質初投稿です。(やってみたかった)ついでにめちゃくちゃ短い。


 夜中。

 ロキがとある女神(ヘスティア)にちょっかいをかけるためにと、豪華な黒のドレスを身にまとい馬車に乗って『神の宴』へと向かって行き、帰ってきたと思ったら泣きながらやけ酒を始めて二日酔い……いや、三日酔いだろうか。

 フィンの制止の声も聞かずに飲み続け、結果こうなったこのバカ(主神)を介抱する。

 

「うえっぷ、ちょ、レイ……みず、水くれへんか……おえっぷっ」

 

「あー待って本当に待って動こうとしないで止まってっ!?」

 

 自分で取りに行こうとするロキを止め水を取りに行くと、仁王立ちしているリヴェリアの後ろ姿と、その後ろに明らかにダンジョン帰りであるアイズの姿が見えた。

 ……まだ遠征から帰って一週間も経っていないし、確かアイズは、この前の遠征で無茶をして剣を消耗させてしまったので、換えの剣を【ゴブニュ・ファミリア】から借りている最中のはずなのだが。

 

「あ、レイ……」

 

「む、レイか。お前もこのお転婆娘にになんとか言ってやってくれ」

 

「あー、そうだなぁ……。遠征明けなのにしっかり体を休めず、ダンジョンに特攻した罪として、明日一日ロキと居てもらおうかな」

 

「なんでロキ?」

 

「ロキくらいがいい感じの罰ゲームじゃない?明日はフィリア祭だし、ロキに振り回されながら楽しんできな」

 

 少し失礼にあたるが、アイズは交友関係が【ファミリア】内でも狭い。原因はアイズの口下手さにもあるのだが、大体は周りが気後れしてしまっているからだ。当然だろう。片や【ファミリア】幹部で片やただの団員。関わる機会もそうそうないし、気後れしないわけが無い。

 あまり話さない【ファミリア】メンバーとフィリア祭を回るのは、アイズにもその相手にも精神的に負担がかかる。また、幹部と行かせると、それは罰にならない。ならば、アイズを気に入っていてだる絡みしてくる女子風呂覗き魔の変態ことロキと一緒に回るようにすれば、中々いい罰ゲームになるのではなかろうか、という考えである。

 瞬きを繰り返したアイズが口を開こうとしたが、先回りする。

 

「あ、ちなみに拒否権はなし。息抜きにもちょうどいいだろうし、せっかくだから行ってくるといいよ。前にティオナ達と買ったあの服でね」

 

「……わかった」

 

 この前のアイズが何か落ち込んだ様子で、リヴェリアが話を聞きに行ったあの日。アイズのことを気遣ったティオナ、ティオネ、レフィーヤと共に遊びに行っている最中に、アイズは私服を見繕ってもらっていたのだ。ちなみにこれはティオナ情報。

 

「じゃあ、そろそろ帰るね。ロキに水だけ渡してくる」

 

「ああ、零さないようにな」

 

「もちろん。アイズ、明日の朝集合ね。ロキにも伝えておくから」

 

「私も行くか……アイズ、先程と同じことを繰り返すが、ほどほどにしろ」

 

「うん……」

 

「じゃあね、おやすみ」

 

 それぞれ別れを告げ、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「あ、レイー!」

 

 フィリア祭当日。ホームで朝食を食べ、今日の予定を考えていると、小さめながら名前を呼ばれた。声のした方を振り向けば、ティオナが手を大きく振りながらこちらへと走ってきていた。

 

「えいっ!」

 

「うわっ!?」

 

 近くに来たらスピードを落とすのかと思いきや、全く落とさずにそのままの勢いで首に腕を回して抱き着いてきた。Lv.7の体幹を活かして何とか倒れずに済んだが、かなりの勢いだったため衝撃が痛い……。

 

「おはよう!」

 

「おはよう、ティオナ……。危ないから飛びかからないでね……」

 

「えへへっ、ごめんごめん」

 

 妹属性が強すぎるこのアマゾネス……。

 

「それで、どうしたの?」

 

「あ、そうだった。レイ、一緒にフィリア祭回らない?」

 

 かなり魅力的な提案だ。最近は【ロキ・ファミリア】の皆と何も出来ていないし、話すことも少なかった。せっかくの交流の機会ということで承認しようかと思ったのだが、それよりも回りたい人がいたので、ここは申し訳ないが断らせてもらう。

 

「ごめんね、一緒に回りたい人がいるから……」

 

「あーあ、レイにも断られちゃったかー。あたしはティオネ達とすぐに東のメインストリートへ行くけどさ、あっちで合流できたら、一緒に祭りみようね!」

 

「うん」

 

 リューからの承認を得てからにはなるが、きっと大丈夫だろう。善は急げとも言うし、早速リューを誘うため自宅へと帰宅する。

 【ロキ・ファミリア】のホームから自分で買って住んでいる家までは、徒歩5分圏内。至って普通の一軒家で、傍から見たらここに第一級冒険者と第二級冒険者が住んでいるとは思わないだろう。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい。随分と早かったですね?」

 

 家に帰れば、制服姿のリューが扉から顔を覗かせた。

 

「特に何も無かったからね。……制服ってことはこれから仕事?」

 

「はい、そうですが……何かありましたか?」

 

 ……前もって誘って休みを取ってもらわなかったこっちが全面的に悪い。今更休みを貰えないだろうし、残念に思いながらできるはずだった予定をキャンセルする。

 

「いや、なんでも」

 

「本当のことを言いなさい」

 

「……フィリア祭一緒に回ろって誘おうとしただけだよ」

 

「っ」

 

 不意の言葉だったのか、言葉が詰まるリュー。途端に顔色を変え、申し訳なさそうに私に謝った。

 

「申し訳ありません、いきなり仕事を休むわけにもいかないので……」

 

「うん、ごめんね、前もって誘わなくて」

 

「いえ……。誰か違う人と一緒に行くのですか?」

 

「そうだね……、しばらく働き詰めのリヴェリアでも誘おうかな」

 

 少し複雑そうな表情を浮かべたのも一瞬で、すぐに直し玄関の扉に手をかける。

 

「それでは行ってきます。そのようなことはないとは思いますが、怪我はしないように」

 

「そっちこそ、大丈夫だとは思うけど気をつけてね」

 

「ええ」

 

 手をひらひらと振り、扉が閉まったのを確認してから腕を下ろす。

 

「……さぁて、ハードルが高いぞ?」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ホームを出てまたすぐホームに帰ってくるという無駄な行動をして、広間のソファに座る。この後の空いてしまった予定をどうにかして埋めたい。せっかくのフィリア祭なのだ。誰かと回りたいと思うのは道理だろう。

 

「む、レイか。先程一度自宅に帰っていなかったか?」

 

「ん?まぁそうなんだけどね」

 

 背もたれ側から声をかけられる。この王族の妖精様は人混みを好まないらしく、今日もせっかくの祭りなのに事務仕事をするようだ。……勿体ない。

 

「リヴェリアは事務仕事終わったの?」

 

「そう簡単に終わるわけないだろう。今は少し休憩中だ」

 

「残りはどれくらいある?」

 

「……集中して一気にやれば半日と少しで終わるほどだな」

 

 かなりの量の事務仕事が残っているらしい。武器、装備やポーション類の領収書や、始末書などに署名、判子を押す作業だけだったら早く済むのだろうが、他にも済まさなければいけないものがあるのだろう。

 

「普段そういう仕事ってリヴェリア以外に誰かやってる?」

 

「やらないな。専らダンジョン攻略に勤しんでいる」

 

「………」

 

 一度、リヴェリアの仕事について整理しよう。

 まず、リヴェリアは探索系【ファミリア】の二大巨頭の片翼である【ロキ・ファミリア】の幹部であり、副団長を担っている。一般的な【ファミリア】でも、団長、副団長がすべき仕事は多い。

 探索系【ファミリア】だからといってダンジョンにもぐって攻略を進めることだけではなく、契約している鍛治系【ファミリア】にダンジョンでしか取れない鉱石や素材を取って譲渡したり、時にはオラリオ外で行われる戦争に繰り出されることもある。

 また、武器や装備を調達する際にお金を支払わなければいけないのは鉄則だが、何億ヴァリスもするものを買う際はその場で払うことが出来なかったりする。その場合は、【ファミリア】の名前を借りてその場を凌ぎ、後に正式な請求書を貰って払っている。

 深層に遠征で向かう【ロキ・ファミリア】は、不壊武器(デュランダル)のような特殊な効果が付与されている特殊武器(スペリオルズ)を求めることが多い。普通の武器に特殊な効果を付与するのだから、普通の武器を買うのよりもさらにお金がかかる。

 お金の管理をしながら、請求書、領収書をまとめ、【ファミリア】ないの不祥事を解決し、さらに講習も行っている。となると、自由にする時間があまりなく、かなりストレスが溜まってしまっているのではないだろうか。

 

「リヴェリア、事務仕事のやり方教えて。手伝う」

 

「その気遣いには感謝するが、不要だ。お前はお前で存分に羽を広げてくるといい」

 

「羽を広げる云々はそっちにも言えるよ。こんなの早く終わらせて、せっかくだし一緒にフィリア祭回ろ?」

 

「いや、私は人混みがあまり得意では───」

 

「回ろ?」

 

「いや、だから───」

 

「回ろ?」

 

「……はぁ、わかった」

 

 珍しくリヴェリアが折れた。

 早く行って回りたいので、リヴェリアの背中を押しながら部屋へと急ぐ。

 一緒に行けるということで、早速ルートを考えなければいけない。人混みが苦手らしいが、おそらく【英雄(ウルスラグナ)】と【九魔姫(ナインヘル)】が並んで歩いているのなら自然と道を開けてくれるのではないだろうか。開けてくれなかったとしても、私が先導すれば何とかなるだろう。

 リヴェリアに比べて私は人混みがあまり得意では無いという訳でもないし、エルフの特性*1が薄いリヴェリアの手でも引いて行けば迷子になることもないし、時々後ろを確認していけば、具合が悪くなりそうだったら直ぐに気づける。

 なんと頭のいい発想だろうか。

 

「よし、リヴェリア。エスコートは任せてね」

 

「……不安だな」

*1
気の許した相手でなければ肌の露出、接触を許さない



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フィリア祭

 初めて7500文字超えました……。戦闘シーンって書くの難しい。
 それと今更ですが、感想と評価の方お願いします!相変わらず更新ペースはノロマでモチベーションがいつまで保つか分からない私にとって、それらはいい促進剤になりますので……。


 リヴェリアの部屋で溜まっている書類を整理する。

 机の上には、ギルドからの依頼の達成報告書、【ヘファイストス・ファミリア】への鉱石の納品報告書、頼んだ武器の請求書、団員が壊したホームの修理に関する書類などなど、その他にも数え切れないほどの書類が山積みになっていた。これを今までダンジョンに行ったりしながら一人でやっていたというのだから、相変わらずリヴェリアには頭が上がらない。

 時刻は12時頃。さらにフィリア祭に行く人が増えそうな時間だが、無事溜まっていた書類を全て片付けることが出来た。

 

「……随分と早く終わったな」

 

「まあ二人がかりでやったしね」

 

「どうする、行く前に何か食べるか?」

 

「うーん……、たまには外食してもいいんじゃない?」

 

「それもそうか」

 

 ということで外食する場所を考える。

 二人で行くので、別に大きな店でなくてもいいだろう。だが、一緒に行く相手はエルフの王族。下手なところには連れて行けない。となると、エルフ御用達の店に行くのが無難だろう。それに加えて、人混みが苦手なリヴェリアが気を休めることが出来そうな場所がいい。

 脳内検索の結果、『森の妖精亭』という飲食店が該当した。ネーミングセンスは安直だが、エルフが何度も好んで通うところを見るほどなので、エルフ的に好みの外装、内装、装飾、味なのだろう。

 

「『森の妖精亭』なんてどう?」

 

「森の妖精亭、という店があるのか?」

 

「そう。エルフの人がよく行くらしいんだ。ご飯の種類も多くて美味しかったよ」

 

「そうだったのか。長いことここに住んでいるが、まだまだ分からないことも多いな」

 

「あまり目立たないところにあるし、分からなくても仕方ないんじゃないかな?」

 

 そう、実はかなり前のしばらくダンジョンにもぐることすら億劫になっていた際に、気分転換にと街の色んなところをフラフラしていたところ、ここを見つけたのだ。

 見つけた時は何も思わなかったのだが、せっかくだからと入ってみたところ思っていた以上に美味しくて印象に残っていたのだ。エルフの人が多くてヒューマンの私が入るには気後れしてしまうからと忘れかけていたが、たまたま思い出せた。

 

「早速行こっか。何か持っていくものある?」

 

「いや、特にない」

 

 私もリヴェリアも持っていくものは財布以外何もなかったので、そのままホームを出る。突然思いついてそのまま提案しただけなので、外出用とかは何も考えていないが大丈夫だろう。変に着飾ってリヴェリアとのあらぬ噂をかけられても困る。

 せっかくの休みなので、ダンジョンに関係する話はあまりしないようにしながらお店への道を歩く。ホームから『森の妖精亭』までの道は案外長い。メインストリートから道を逸れ、それなりに曲がった先。

 扉を開ければ、カランと鈴の音が店内に響く。

 

「……っ、いらっしゃいませ」

 

 エルフの王族は、一般のエルフ族に崇拝されている。エルフ族にとっては、王族は神よりも神様のような存在なのだろう。そんな存在が突然入店してきて、驚かないわけが無い。が、流石はプロ。おくびにも出さず一般客の対応よりも少し緊張した様子ながら、普通に席を案内してくれた。

 案内されたのは、角の席。リヴェリアにエルフからの視線があまり寄らないよう気を使ってくれたのだろう。

 

「ふむ……、中々いい店だな」

 

「でしょ?はい、メニュー表。お金は私が払うから、気にしないでね」

 

「そうか、ならば甘えさせてもらおう」

 

 リヴェリアが決めたのは、白身魚のソテーと野菜スープ。なんとなく私も同じ品を頼んで、食事を終え会計をし、催し(モンスターフィリア)が始まる闘技場に行くまでの少しの間に世間話に花を咲かせる。

 

「交際相手のエルフとは、仲良くやれているのか?」

 

「職業の違いとかあってあまり一緒にいれる時間は無いけど、いい感じだよ。今日も朝に見送ってもらったからね」

 

「ほう、私と行くというのは話したのか?」

 

「隠し事は出来るだけしたくないし……」

 

「それはいい心がけだな。誠実なことはいい」

 

 リヴェリアは、エルフ内での同性愛が問題になっていることに特に何も思わないのか、私が同じ女性であるリューと付き合っているということを話した時もあっさりとした反応だった。気持ち悪がれてないようで嬉しいが、周りからどう思われているのかは気になる。私が英雄だのと持て囃されているから、特に。

 

「……私とリューとの交際ってさ、周りから見たらどう映るのかな」

 

「なんだ、好きな人と無事結ばれたというのに不安か?」

 

「まあ、少しは。周りからは【英雄(ウルスラグナ)】なんて言われてる私が同性愛者とか聞かされたら、ちょっと思うところもあるのかなって」

 

 実は、ほんの少し悩んでいるところでもある。当事者である私達が幸せでいるならばそれでいいという考えではあるが、一般人にとって普通の恋愛ではないという少し頭の固い考え方をする人もいる。

 多様性を尊重するべきなのだろうが、やはり頭ではわかっていても心では納得できないこともあるだろう。

 

「ふむ……。まずお前が交際しているということを知っている者が少ないだろうな。もし知ったとしても、何かを思うことはあれ言葉に出すことはないだろう」

 

「そうだといいんだけどね」

 

 交際していることがバレていないのならば好都合だ。いずれバレてしまうかもしれないが、その時までは平穏に過ごせる。

 私の二つ名である【英雄(ウルスラグナ)】は、レベルが4に上がった時に付けられた。Lv6で【勇者(ブレイバー)】の二つ名を持つフィンに対し、Lv4で【英雄(ウルスラグナ)】の二つ名を授かるのは身の丈にあっていないのではないかと思ったのだが、かつての主神とロキ曰く、異様に私の二つ名を推してきた神がいたらしい。

 誰が推してきたのかは不明だが、大凡の検討はついている。恐らく、ある銀髪の美の女神か、橙色の髪の胡散臭い顔をした男神のどちらかだろう。毎度毎度、何かと理由をつけて英雄にするための試験をこなさせようとし、それを律儀に受け続けてしまったおかげで無事英雄と呼ばれるようになってしまった。

 正直に言って荷が重い。

 

「【英雄(ウルスラグナ)】って二つ名私に合わないと思うんだけど……」

 

「それはまた突然だな。どうしてそう思う?」

 

「いや、そんな大それたことしてないし、世界の危機とかなんとかも救ってないし」

 

「七年前の抗争で近づくことすらも困難だったあの災禍の天才にLv3が近づき、かすり傷でもつけて見初められたという時点で偉業だろう。レベル差が四つもあったにも関わらず特攻したことに関しては、思うところがあるがな」

 

「いや、あれは皆が四方八方から攻撃を仕掛けて少しの隙を作ってくれたお陰でできただけで、私自身の力だけじゃ近づくことも攻撃する暇もなかったから。あの人本当に背中に目でもついてるのかってくらいに死角無かったし」

 

「運も実力のうちだ。大人しく事実を受け止めろ」

 

「はーい……」

 

 未だ納得しきれないが、まあ努力はしよう。

 闘技場への入場口に並ぶ大蛇の列の最後尾に並び待っていたところ、事件は起きた。

 祭りの喧騒以外に聞こえた小さな声。いや────咆哮

 

「……リヴェリア、聞こえた?」

 

「?何がだ───ッ!」

 

「行ってくる」

 

「任せた、私はギルドに知らせてくる!」

 

 刹那の間に決まったモンスターの駆除。おそらく、モンスターフィリアの為に入荷されたモンスターが逃げ出してしまったのだろう。一度高い場所に登って辺りを見回し声の出処を探す。声の主を見つけ次第殲滅するを繰り返し続け、被害者が出ないように立ち回る。私が見つけたモンスターの中に深層域のモンスターもいたので、急いで回っていかなければ犠牲者が出ることだってありえなく無い。

 

「【焼け(バーケ)】」

 

 ダンジョン外で行う付与魔法で違和感があるが、緊急事態なので厭わない。

 

「っ、【英雄(ウルスラグナ)】だ!」

 

「【英雄(ウルスラグナ)】!?」

 

「皆さん、落ち着けないかとは思いますが、できる限り冷静に避難してください。今【九魔姫(ナインヘル)】がギルドに説明しています。私も急ぎますが、いつ皆さんに被害が及ぶか分かりません。素早い避難をお願いします」

 

 メインストリートで暴れていたモンスターを出来るだけショッキングなものにならないように倒し、隅によっている一般人に務めて冷静に避難の警告をする。正直に言うならそんなところで縮こまってないでさっさと逃げてくださいとか言いたいが、そこは一応第一級冒険者ということもあって自重する。

 昨日アイズにロキとデートするように言い、さらにティオナ達もこの場にいるということでそこまで危険視はしていないが、早急に対処しなければ。

 四体ほど倒して他に情報があるところに飛んで行くと、既にアイズが倒したようで、サーベルに着いた血を払っているところだった。

 

「アイズっ、逃げたモンスターは何体かわかる?」

 

「九体のはず……。私はこれで四体目だけど、そっちは?」

 

「同じく四体。残り一体がどんなモンスターか知ってる?」

 

「ううん……」

 

 双方共に残り一体を探すため並行しながら会話を続ける。

 

 ───ふと、地面が揺れている気がした。

 

「アイズ、一回止まって」

 

「?」

 

 疑問符を頭に浮かべながらも言う通り立ち止まるアイズ。何があったのかとこちらを見つめていたアイズだったが、異変に気づいたのか途端に表情を変え、走り出そうとする。

 私はアイズの手を掴み、その場に留まらせた。

 

「っ、なんで?」

 

「何も情報がないのに感覚だけで虱潰しに探すんじゃどうにもならないよ」

 

「でもっ」

 

『き──きゃあああああああああああああっ!?』

 

「こっちだ、行こう!」

 

「っ!」

 

 悲鳴のした方向に向かって駆け出す。一応フィリア祭に来た【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者は五人いるし、それ以外にも【ガネーシャ・ファミリア】の人もいるから、誰かしら対処をしているだろう。

 地面を走るのでは石畳が壊れているのもあり不安定なので、屋根の上を駆けていく。高いところから下の様子も見れるし、割とすぐ救助に行けるので効率がいい。

 当たりを散策していると、今までに見た事のない生き物を発見した。

 上の部分しか見えないが、屋根の上から見えるほどに大きいこと、そして眼などの器官がなく若干膨らみを帯びた形をした頭部で、ひまわりの種を彷彿とさせる形状なのがわかる。

 

「……何、あれ」

 

「見たことないモンスターだね」

 

 スピードを上げながら現地に向かっていくと、前方から膨大な魔力を感知した。きっと、リヴェリアの弟子である魔力バカことレフィーヤが殲滅魔法を放つのだろう。

 レフィーヤの魔法の威力は、レベル差が三つもあるリヴェリアと同等のものであり、魔法はエルフが持つ魔法なら全て使えるというチート仕様。ティオナ、ティオネ、レフィーヤの三人で回るとのことだったので、きっと二人が守りながら戦いを進めているのだろう。それなら未知のモンスター相手と言えども少しは安心できる。そう思った次の瞬間、急に魔力が散乱としていった。

 魔法が発動された音も様子もなく、魔力爆発(イグニス・ファトゥス)*1も何も見えない。つまりは、術者本体に強い衝撃があったということになる。

 

「急ぐよッ!!」

 

「ッ!」

 

 頭の若干の膨らみは徐々に開いていき、完全に花の形になる。ようやく戦場の真上に来れたので、レフィーヤはアイズに任せ、私は本体を攻撃する。

 触手を使って攻撃していたようで、アイズは迫り来る触手を全て切り払い、私はなんとなく弱点そうな花の部分を目掛けて前宙の回転を活かし踵を振り下ろした。

 

「レイ、アイズ!」

 

 歓喜の声を上げるティオナ。

 落下の勢いと前宙の遠心力、さらにLv7の力のアビリティを全面に活かしたこの踵落としは、花のような蛇のようなこのモンスターの牙をも砕き、口の奥にあったらしい魔石にヒビが入って灰になっていった。

 

「こいつら何?」

 

「わかんないっ、なんか地面から出てきた!」

 

「なるほどねっ!」

 

 蔓を器用に使い、地面から突き出すようにして攻撃されるが、それを回し蹴りで吹き飛ばし胴体と思われる所にフックのようにして殴り掛かる。が、しかし。

 

「〜〜〜〜〜っ!?」

 

「あ、そいつら打撃への耐性高いの言うの忘れてた!ごめん!」

 

「忘れないで欲しかったなっ!」

 

 若干の涙目になりながら抗議するも、今は戦闘中なので深く言及はしないでおく。

 かなり間一髪だったと思った。少しでも遅れていれば、地面に倒れ込んでいたレフィーヤの命が危なかったかもしれない。

 後ろを振り向けば、まだ倒れている様子のレフィーヤと、レフィーヤを案じて近づこうとしているアイズがいたが、微細な揺れを感じ取り、歩みを止める。

 

「……!」

 

 すぐにその揺れは大きく明らかになり、辺りの石畳が隆起した。

 

「ちょ、ちょっとっ」

 

「まだ来るの!?」

 

 ティオナ達が悲鳴を上げた後に現れたのは、三匹の先程倒したばかりのモンスター。アイズを取り囲むように地面を破って現れ、閉じていた蕾を一斉に開花させる。

 打ち倒そうと眦を鋭くし、斬りかかろうとした直後。

 ビキッ、という音の後にレイピアが破砕した。

 

「───」

 

「なっ───」

 

「ちょ───」

 

「は───」

 

 思わず言葉を失う。

 本武器である不壊武器(デュランダル)のデスぺレートは、この前の遠征で消耗してしまったのもあり、現在鍛治系【ファミリア】の【ゴブニュ・ファミリア】に預けている。しかし、預けてしまうと武器がなくなってしまうため、代用品として普段のものよりも細身のレイピアを借りていたのだ。

 そして、折れた。

 

『───!!』

 

 三匹で囲い、武器もなくなったアイズに攻撃の手段はない。この機を逃さないとばかりに襲いかかる食人花を、アイズは跳躍で回避した。

 

「っ!」

 

 魔法を纏い、柄頭で攻撃を試みるも聞いている様子は見られない。しかも、食人花はアイズだけを狙い続け、こちらには見向きもしなかった。

 

「ちょっと、こっち見向きもしないんだけど!今度はアイズ!?」

 

「魔法に反応してる……!?」

 

 こちらからも攻撃するが意識を向けるような素振りも見せず、矛先をアイズに向け続ける。

 最悪なことに、今日は特に戦闘もないだろうと普段は持ち歩いている双剣を所持していない。そして、相手は打撃への耐性が非常に強い。───が、最初に花の中心部に打ち込んだ踵落としは効いていた様子だった。どんなモンスターでも魔石は弱点であり、相手が強いならばそこが狙い目になる。

 とにかく、この中で最も『敏捷』のアビリティが高い私が逃げ回るのが最適。

 

「【焦がせ(バーケ)】」

 

 三匹に狙われ続け、紙一重のところで逃げ続けているアイズだったが、アイズの風よりも強い魔力を感知したのか、狙いを私に定め襲いかかってくる。

 幸いなことに、私がこの中では一番レベルが高く、ほとんどのステイタスはカンスト状態だ。これで少しは凌げるだろうと思っていたのだが、視界の端にティオナ達以外の人影が映り込んだ。

 

「アイズ、あっちッ!」

 

 食人花から目線を逸らさないまま、逃げ遅れたと思われる獣人の子供を目掛けて指を差す。気づいてくれ、と願いつつ跳躍。

 モンスターの頭上まで跳び上がり、口を足と足で閉じないように固定する。そしてそのまま口の中に手を突っ込み、魔石を掴んで取り出した。

 

「ちょ、レイ!?」

 

「とうとうとち狂ったの!?」

 

 とうとうとはなんだ、とうとうとは。

 

「こいつの弱点は口の中!中に魔石が埋め込まれてる、口を開けた時が狙い目っ!」

 

「っ、りょーかい!」

 

 残る食人花は二匹。その間に避難させてくれたアイズが帰ってきて、再び全員が揃った。

 ───途端、耳に入り込む詠唱。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

「【どうか───力を貸してほしい】」

 

「【エルフ・リング】」

 

 一度はまたアイズに庇われたことで折れてしまったかと思ったけど、まだやる気、なんだ。なら、私はそれを信じよう。それが、家族ってものだと思うから。

 私よりも強い魔力の源へ振り返り、周りが驚愕で目を見開く中で、私は一人笑った。

 

「【───週末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 翡翠色の魔法円(マジックサークル)が眩い光を放つ。

 普通、魔法の所得数には限度がある。

 【ステイタス】で許されている魔法スロットの数は最高でも三つ。私はヒューマンの中でも魔法に恵まれ、二つのスロットがあった。中には一つもスロットがない人もいるので、スロットの数は才能によって左右される。種族にもよるらしいが、エルフならスロットの数が一つは必ず保証されていると言われるほどであり、その中でレフィーヤが最後に習得した魔法が、召喚魔法(サモン・バースト)

 同胞(エルフ)の魔法に限り、詠唱及び効果を完全に把握したものを使用することが出来るという、前代未聞の反則技(レアマジック)

 つまり、彼女は二つ分の詠唱時間と精神力(マインド)を犠牲にし、あらゆるエルフの魔法を発動させられるというのだ。それが例え、オラリオ最高峰の魔導士とも呼ばれる【九魔姫(ナインヘル)】のものであろうとも。

 

『──────────ッ!!』

 

 食人花の二匹が揃ってレフィーヤを急迫するが、その前には第一級冒険者四人が立ちはだかる。

 

「はいはいっと!」

 

「大人しくしてろッ!!」

 

「ッッ!!」

 

「そう簡単に行けると思うなよ!」

 

 殴り、蹴り、弾き、受け流す。

 必ず、背中に守る妖精にだけは攻撃を通さないと、幾度も食人花による猛追をいなし続ける。それはひとえに、レフィーヤならやってくれると信じているから。

 私達ではそう簡単に打ち倒せないこいつらも、この一撃で倒してくれると信じているから、守ることを躊躇しない。むしろ、喜んで守ろう。庇おう。

 だから───

 

「やっちゃえ、レフィーヤ」

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 斜線上から退き、大気をも凍らせるほどの純白の細氷がモンスター達に直撃する。体毛が、花弁が、絶叫までもが凍結されていき、やがて二匹の未確認モンスターは完全に動きを停止した。

 この魔法はモンスターだけではなく街路全体までもを凍らせ、氷の世界へと変貌させる。

 

「ナイス、レフィーヤ!」

 

「散々手を焼かせてくれたわね、この糞花っ」

 

 二人は二匹の凍結された食人花の元へと歩く。そして。

 

「ッッ!!」

 

「いっっくよおおおおぉ─────ッ!」

 

 一死乱れない、渾身の回し蹴りを打ち込んだ。

 回し蹴りを食らったこの氷像は、夥しい量の亀裂が刻まれ、無事粉砕された。

*1
魔力が散開した結果の爆発のような現象




「レフィーヤ、ありがと!ほんと助かったー!」

「ティ、ティオナさん!?」

 自身もレフィーヤも傷ついていることを気にせずに、ティオナはレフィーヤに抱き着く。まるで健闘を称えるように。

「ほんとにね。ありがとう、レフィーヤ」

「ありがとう」

「レイさん、アイズさん……」

「リヴェリア、みたいだったよ……すごかった」

 目を軽く見開いたレフィーヤは、感極まったように照れたような複雑な表情を作り、俯く。耳からわかるその顔は、林檎のように赤くなっていた。

「おーい、みんなー。申し訳ないけどまだ仕事が残っとるでー」

「会っていきなりそれか、まったく……。よくやってくれたな、みんな」

 ぱんぱん、と手を叩きながらほんわかムードを壊すロキと、その後ろから続くりヴェリア。確かに、まだあと一体モンスターが残っているはずだ。

「ティオネとティオナ、レイはちょっと地下の方、行ってもらってええ?まだ何かいそうな気がするわ」

「はいはい、任されたわ」

「レフィーヤはいけるか?もしあれだったら、ギルドの連中に治療してもらい?」

「あ、はい。わかりました」

「アイズは残ってるモンスターのとこ。うちも付いていくわ」

「わかりました」

 ロキが指示を出し終えた辺りで、私達はロキと別れた。


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オラトリア二巻
小遠征と異常事態(トラブル)


 今日は久々に一人で実力試しも兼ねて深層までもぐろうかと思って準備を進めていたところ、自宅の方に珍しくドアをノックする音が響いた。

 まだ仕事に行く前で寝ているリューが、騒がしくされて起きてしまう前に、ドアを開ける。

 

「おはよー、レイ!」

 

「ティオナ、それにみんな?なんで?」

 

 ドアの前で待っていたのは、ティオナ、ティオネ、アイズ、レフィーヤの四人だった。なぜこの四人がうちに来たのかが分からず困惑していると、レフィーヤが説明してくれる。

 なんでも、目的としてはアイズとティオナが先日壊してしまった武器の返済費用と修繕費を集めること。それのためには長い時間ダンジョンに潜らなければいけなく、レフィーヤが手伝いを申し出てくれたが、それだけでは人数が足りないし心もとない。せっかくだから気ままに探索でもしようかとフィン、リヴェリア、ティオネが加わり、私もどうかと誘いに来てくれた、という訳だった。

 丁度もぐろうと思っていたし、渡りに船だったのでその誘いに乗らせてもらう。

 

「丁度行こうと思ってたし、いいよ」

 

「やった!じゃあ正午にバベルに集合ね!」

 

「わかった。じゃあまた後で」

 

 扉が閉まり、準備を再開するために後ろを振り向こうと体の向きを変えようとした瞬間、お腹に腕が回される。寝起き特有の暖かい温度で、背中には柔らかい感触があった。

 

「リュー、起きたんだ。おはよう」

 

「……どこに行くんですか」

 

「しばらくダンジョンに行こうかなって」

 

「……また、私を置いて行くんですか」

 

 少し回された腕に力が込められる。可愛さに悶えてしまいそうになるが、ここはぐっと堪える。にしても、申し訳ないことにまたと言われるほど置いて行ってしまった記憶が無いのだけれど、どうしようか。

 【ファミリア】の遠征は、同じ【ファミリア】に所属していないのだから仕方なのない事だし、先日のフィリア祭だって、リューの方に仕事があって突然誘ってしまったから結果的にああなってしまっただけだし、その後の地下の探索だって、結局夜までかかったけど朝になる前には帰ってこれたし……実は結構リューとちゃんと話せてない?

 

「また、私を置いてダンジョンに行くんですか」

 

「……ごめんね、最近はあまり話せてないし、一緒にいられてないね」

 

「……本当に、申し訳ないと思っているのですか?」

 

「もちろん」

 

 間髪入れずに即答すると、リューは少しは溜飲が下がったのか、深くため息をつく。

 

「……はぁ。もう約束してしまったみたいですし、いいです。早く帰ってきてください」

 

「うん、ごめんね。帰ってきたら一日ずっと一緒にいよう」

 

「……約束ですよ?」

 

 その言葉を最後に、リューは腕を離し自身の朝食の準備を始める。対象に、私は自室に戻って準備を再開し、赤色の指抜きのガントレットを腕にはめ、銀色のメタルブーツを履き、動作を確認する。両方共に金属製なので、手入れが不足して錆びていないか、スムーズに関節部が動くかを確認し、不備がなければ次は双剣を腰に携える。

 この双剣は、白と黒の二色で対を成し、属性は『鋭斬属性』。その漢字の通り、鋭い切れ味を保ち続ける特性を持っている。黒の亀裂模様が入った方を『干将(かんしょう)』、白の方を『莫耶(ばくや)』と呼ぶが、名前の由来はよく分からない。

 

「今回はピアスとネックレスを任せてくれないのですか?」

 

 そうこう考えているうちにうちに、リューが聞いてきた。何だかんだルーティンのようになっている、遠征前にピアスとネックレスを渡し、帰宅後返してもらうこの行為。リューにとってもこれは自然にするようなことになっていたらしく、なんだか嬉しい気持ちになった。

 

「……っ!いや、今のは、その」

 

 無自覚に私がほとんど肌身離さず付けているものを欲するとは、私が入るまでは【ファミリア】の末っ子だったのもあって寂しがり屋の彼女には、寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。

 

「はははっ、はい。お願いね」

 

「……はい、任せてください」

 

 少し恥じらいを見せながらも素直に受け取り、大事そうに両手に収める。

 あと準備すべきなのは回復薬(ポーション)類だ。今持っているものは、通常の体力と怪我を回復するものの中でも上位の効果をもつ高等回復薬(ハイ・ポーション)と、さらに上の効果をもつエリクサー。それと、魔法を使う際に消費する高等精神回復薬(ハイ・マジック・ポーション)。それ以外にも、状態異常を回復するような回復薬(ポーション)をレッグポーチに入れ、準備完了。

 不足分はないが、次の遠征のために備蓄するのもいいだろう。いや、今回であまり使わないかもしれないし、遠征帰りでもいいか。めんどくさいし。

 少し駆け足でバベル近くまで行くと、ある広葉樹の一角にひとつのグループがいた。そのグループの周りには誰一人として寄っていくような雰囲気はなく、すれ違う同業者から憧憬の念と畏怖が混ざった視線をちらちらと向けられていた。

 あそこまで露骨に避けられているのも第一級冒険者の運命(さだめ)なのだろうか。見慣れた黄金、金、焦げ茶、山吹、翡翠色の髪をもつ彼女等のところへ駆け足で寄っていく。

 

「ごめん、待った?」

 

「いや、そこまで待ってないよ」

 

 そう返したフィンはこちらの全身を流し見ると、一つ頷いて全員に視線を向けた。

 

「準備は万端のようだね。じゃあ、そろそろ行こうか」

 

「ああ。この顔ぶれでダンジョンにもぐるのも、久々だな」

 

「えへへ〜、あたし行く前からわくわくしてるもんね〜」

 

「ちょっとは自重しなさいよ、あんた?」

 

「まあまあ、でもわくわくする気持ちもわかるよ」

 

 ダンジョン特攻前とは思えないような軽い会話の後に、私達は地下迷宮に向かって歩み出した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ダンジョンに入ってすぐに現れた『ゴブリン』や『コボルト』は、道すがら前衛に配置されたアイズとティオナによって追い払われた。

 そのままの勢いで壁から生まれるモンスターを瞬殺していくと、敵わないと思ったのか出現率が激減した。

 ()()()()()()()()()()()とは散々言われてきたが、敵わないと察した瞬間に尻尾巻いて逃げるところを見ると、そこら辺の深層心理は人間と同じなんだなと少し共感するところを見つけて少し複雑になる。周囲の冒険者も、あいつらとは関わるまいとばかりにそそくさと私達の視界から姿を消した。

 そしてその勢いのまま私達は『中層』である17階層の半ばまで来ていた。

 

「あー、やっぱり大双刃(これ)があると落ち着くなー」

 

「ティオナさん、作り直してもらっていた武器、完成したんですか?」

 

「うん、《ウルガ》二代目!できたてほやほやだよー!」

 

 レフィーヤが投げかけた問いに、出発前に【ゴブニュ・ファミリア】から受け取ってきたらしい超大型の専用装備(オーダーメイド)である大双刃を軽々と片手で回しながら答える。その表情は嬉々としており、スキップでもし出しそうな勢いだった。

 

「【ゴブニュ・ファミリア】の苦労が目に浮かぶわね……」

 

 魔導士兼サポーターの位置に着いているレフィーヤとともに、筒型のバックパックを背負ってドロップアイテムや魔石を回収しているティオネ。アイズ、ティオナが倒した『ライガーファング』から人差し指くらいの大きさの魔石と、ドロップアイテムである『ライガーファングの毛皮』が落とされ、それを上体を倒して拾いバックパックに詰める。

 アイズとティオナの剣の弁償代を稼ぐために今回こそ一体一体の魔石とドロップアイテムを拾っているが、この程度では全く足りない。本番は『下層』、『深層』からだ。

 下に行けば行くほどモンスターは強くなり、魔石の純度()も良くなる。中層のに比べると高値で換金されるし、ドロップアイテムの希少性も高くなるため、私達第一級冒険者からしたら、中層よりも下層、深層でモンスターを倒す方が効率がいいのだ。

 

階層主(ゴライアス)いないけど、誰か倒しちゃったの?」

 

「ンー、(リヴィラ)の冒険者が総出で片付けたみたいだよ。交通が滞るからって」

 

 17階層の最奥にある大広間には、普段なら大壁から生まれ落ちる『迷宮の孤王(モンスターレックス)』が立ちはだかるのだが、今回はもう倒されてしまったようで、代わりに『ミノタウロス』などの中層のモンスターがわんさかいた。ただ、私達からしてみればこの程度のモンスターの量ならば瞬殺できる。しかし、無駄に体力を減らさないためにもそのまま縦断することにした。

 襲いかかってきたモンスター?白兵戦が苦手なレフィーヤが何千万ヴァリスもする杖でぶん殴ってましたが何か?

 

「ん〜、ようやく休憩〜」

 

 足場の悪い傾斜の道を抜けると、そこには先程までモンスターに襲われていたのは何だったのかと言いたくなるほどに穏やかな光と、清浄な空気、小川があった。

 ここ、18階層は、ダンジョンにいくつかある安全階層(セーフティポイント)で、その名前の通りこの階層にはモンスターが出現しない。

 

「いつ来ても綺麗ですね、この階層は」

 

「うん、そうだね……」

 

「今は……どうやら『昼』のようだな」

 

 なぜそう判断できたのか。その謎の答えは、上にある。

 この階層の天井には、いくつもの水晶が隙間なくびっしりと生え渡っており、中心に強く発光する白い水晶の塊、周辺に優しく発光する青い水晶の群れがあることで、まるで空があるような錯覚に陥る。

 この光は時間が経つにつれ光度が小さくなっていき、それによって『朝』、『昼』、『夜』と区別していた。まあ、地上との時差はあるが。

 

「ねぇねぇ、どうする?このまま19階層に行っちゃう?」

 

(リヴィラ)に立寄る方が先よ。来るまでに集めたこのドロップアイテムを売り払っておかないと、どうせすぐに荷物が手一杯になるわ」

 

 大陸の片隅を切り取ったかのような高く巨大な島の頂上付近にその街はあった。ダンジョン内にある宿場街であり、起源はより能率的に未到達階層を開拓するために、過去にギルドが計画してできたとされている。

 

「あの、前々から気になっていたんですけど……(ここ)に書かれている334っていう数字って、もしかして……」

 

「ああ、『リヴィラの街』が再建された数だ。今は334の代……つまり過去に333回壊滅してきたことになる」

 

「さ、334回……」

 

 リヴェリアから返ってきた答えに顔を引き攣らせているレフィーヤの気持ちも、冒険者になりたての時はよくわかった。

 いくら安全地帯であるとしても、ここがダンジョンである限りは異常事態(イレギュラー)が起こる。実際、異常事態(イレギュラー)が起こる度リヴィラの街は崩壊してきた。だが、被害は出ていない。なぜなら、異常事態(イレギュラー)が起きた瞬間にはもうこの街を捨てて地上に逃げているからだ。

 そして事態が落ち着き、街が全て打ち壊された後に再びここに帰ってきてまた街を作り直す。意地汚い冒険者を象徴するかのようなこの街を、侮蔑と呆れ混じりの賞賛も込めて『世界で最も美しいならず者達の街(ローグタウン)』と呼ぶ者もいる。

 

「突っ立ってないで、早く入りましょう?一休みもしたいし」

 

 ティオネの呼び掛けに返事を返し、街に入っていく。

 ここは『街』と言われているものの、実は天幕や木の小屋、あるいは出店風の商店ばかりで、建物としっかり言えるようなものはほとんどなく、低予算(ローコスト)のものばかりであるのが、意地汚くならず者と言われることの要因の一つでもある。

 

「買取り所で魔石とドロップアイテムを引き取ってもらって……宿はどうする?」

 

「また森でキャンプ?」

 

「ンー、今回くらいは街の宿を使おうか。野営の装備も持ってきていないしね」

 

「でも、団長……一週間も寝泊まりすれば結構な金額になると思いますよ?ここはリヴィラなんですから……」

 

 ティオネがそれを気にするのも無理はない。なぜなら、リヴィラの街で売られている財・サービス類は全てとんでもなく高いのだ。

 携帯食や中古の武器を買うだけでゼロが四つ以上並ぶのは確定であるここで買い物をするというのは、余り財布に余裕が無いならばやめた方がいいというのは常識である。

 しかし、なんとフィンが全員分の宿代を出してくれると言った。思わず正気を疑って顔を訝しげに見つめると、フィンは少しの圧を含めた顔でこちらを見てきたので、そっと視線を逸らす。

 

「街の雰囲気が、少々おかしいな」

 

「そういえば、いつもより人が少ないような……」

 

 リヴェリアの言葉にレフィーヤが反応し、辺りを見回す。

 確かに、普段なら賑やかとまではいかないが、それなりに雑踏と話し声が耐えないここで、閑散としているというのは違和感がある。

 

「えーと……どうする?」

 

「ひとまず、どこかお店に入ろうか。情報収集も兼ねて、街の住民と接触してみよう」

 

 交渉術などに慣れており口達者なフィンに任せてドロップアイテムの換金の準備を進めていると、異様にここが静かな理由がわかった。

 ()()がある宿で行われてしまったらしく、小さな街というのもあってすぐに噂が広がりこのような事態になってしまったのだとか。

 

「……どうしますか、団長?」

 

(ここ)で宿を取る以上、無関心でも無関係でもいられないだろう。行ってみよう」

 

 着いた先は、共通語(コイネー)で『ヴィリーの宿』とかかれてある、人でごった返した洞窟の入口前だった。

 密集していて一切中も見れず進めなかったので、小人族(パルゥム)特有の小さな体躯を活かして人垣を掻き分けて進んでいく。一方アマゾネスで身長も胸もあるフィンガチ恋勢のティオネはご乱心。

 第一級冒険者で、フィンガチ恋勢であることが世間にも知られている『怒蛇(ヨルムガンド)』の怒りを買うことは、自殺行為にも等しい。

 綺麗に左右に別れた道を進んで宿屋の奥へと向かうと、三名ほどの冒険者が入り口前に立っている部屋を見つけ、許可を貰い中に入る。

 

「……っ!」

 

 アイズが息を呑む音が聞こえた。

 洞窟の一番奥にある部屋は真っ赤に染っており、───惨憺たる姿で床に横たわった首から下だけの男の死体が、そこにはあった。




 前回の投稿から早くも1ヶ月が過ぎました。
 そうですね、モチベーションが消えそうです。
 いや、別にもう書くのめんどくさいなとかは無いんですよ?やろっかなとは思いますし、見てくださって、評価と感想も書かれたら、飛び跳ねて喜びモチベーションもまた出てくるとは思うのですが、何分プライベートの事情があってですね……。
 まだ学生の身分である以上、テストは常に付きまとってきますし、資格を取れ取れと先生から催促されたり、高校卒業後のビジョンも何も無い私にとんでもない勢いで卒業後どこの大学に行くか、どの職に就きたいかを問い詰められるわけですよ。
 その現実から逃げるためにこれを書いていると言っても過言じゃないくらいで、これ以外にも現実逃避としてゲームをしているわけです。
 えー、要約すると推しキャラが出てくるイベントが連続で来ていて、これを書く余裕がなかった。そしてモチベーションもなかったってことですね!



 すみませんでした。


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(リヴィラ)での騒ぎ

 部屋に入った瞬間に飛び込んできたのは、返り血で汚れた一面の部屋と、その中央で横たわっている頭部を失った男の死体。

 上裸であり、無造作に投げ出された手足からは、男の苦悶が見て取れた。頭は踏み潰されたのか、首から上の血溜まりには薄紅色の肉片と脳漿が浮かんでいる。

 

「見ないで、レフィーヤ」

 

 アイズは有無を言わさぬ強い口調で、自身の体でレフィーヤの視界を遮った。

 

「ぐろ……」

 

 眉間に皺を寄せながら呟くティオナに同調するように首を縦に動かしていると、私達よりも先にこの部屋にいた二人の男性の内一人が振り返った。そして、アイズを見た途端に眉を吊り上げる。

 

「あぁん?おいてめぇ等、ここは立ち入り禁止だぞ!?見張りの奴等は何やってやがんだ!」

 

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

 全身が筋肉で覆われた巨体をもち、片目に黒い眼帯をしている彼は、『ボールス・エルダー』。リヴィラの街の買取り所を営む上級冒険者で、力こそ全てであるこの街では、単純にレベルが高い者が最も権力があるのだ。ちなみに、ボールスのレベルは3であるため、その論で言うならば私達には逆らえないはずなのだが、今こうして文句を言っているのは、リヴィラに住んでいないことが原因なんだろうか。

 

「僕達もしばらく街の宿を利用するつもりなんだ。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」

 

「けっ、ものは言いようだなぁ、フィン。てめぇ等といい【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴等はそれだけで何でも出来ると威張り散らしやがる」

 

アイツ自分のこと棚に上げてない?

お、落ち着いてくださいっ

 

「それで、どうなっているんだい?の冒険者の身許(みもと)や、手にかけた相手について何か分かったことはあるのかい?」

 

「ああ……くたばった野郎は、ローブの女をここに連れ込んできた全新型鎧(フルプレート)の冒険者だ。兜まで被っていたから顔は分からねえが、連れの女が消えているから、犯人はそいつで間違いねえ……そうだな、ヴィリー?」

 

「ん、少なくとも俺はこの部屋にその男と女しか通してねえよ、ボールス」

 

 ボールスの問いかけに頷いた宿屋の主人である獣人の男性は、話を続ける。

 

「昨日の夜に、二人で来てよ。どっちも顔を隠して、宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」

 

「たった二人なのに、客室を全て貸し切り……ああ、そういうことか」

 

「ああ、そういうことだ。うちの宿にはドアなんて気の利いたもんはないからよ、喚けば洞窟中にダダ漏れだ。やろうと思えば覗き放題だしな。まぁ、男の浮かれたような声に何しに来たのか分かっちまったからな、こっちは白けたが、もらうもんはもらっちまったし……くたばっちまえなんて思いながら部屋を貸したら、このざまだ。ぞっとしちまったよ」

 

 ナニをしていたのかを想像したのか、顔を真っ赤に染めるレフィーヤと、(いた)むように潰れた頭部に布を被せるリヴェリア。同じエルフで、同じ処女であるはずなのに、どこで間違えたのか。

 

「そのローブの女の顔は見なかったのかい?」

 

「フードを目深に被ってたんだ、男と同じで、顔は全然分からなかった。……あー、でも、ローブの上からでもわかるくらい、めちゃくちゃいい体してたな。ああ、思わずむしゃぶりつきたくなるような女だったぜっ」

 

「おお、実はオレ様も街中でちらっと見かけたんだが……ありゃーいい女だ。顔は見えなかったが、間違いねえ」

 

 鼻息荒く早口めに、どれだけ男と一緒に現れたローブ姿の女性の体が素晴らしかったかを熱弁しているボールス達に、一切の感情がこもっていない冷ややかな視線を向けながら、ティオナが質問する。

 

「……でもさぁ、自分のお店なのに、部屋で何があったか分からなかったの?あの入り口の前の長台(カウンター)にずっといたんでしょ?」

 

「勘弁してくれよ。あんないい女を連れ込んで部屋から声が聞こえてきたら、妬みやらなんやらでおかしくなっちまう。満室の札を店の前に置いて、俺はさっさと酒場に行っちまったよ」

 

 まぁ、それなら仕方ないか。男の脳は下半身に吸い込まれてるって聞くし。*1

 床に無造作に投げられている衣服と、上裸であるこの男の姿から、死ぬ直前までナニを行おうとしていたのかは想像に難くない。興奮して胸の谷間やら太腿やらに視線を奪われて油断している隙に殺されたのだろう。

 くだらなそうに話を聞いていたティオネと、それに加わるように質問したリヴェリアが、目撃情報と支払いについての質問を投げかけるも、良い情報は得られなかった。

 

「まぁ、今からこの野郎の身許(みもと)を体に直接聞くところだがな。───おい、『解錠薬(ステイタス・シーフ)』はまだか!?」

 

 そうボールスが廊下に向かって大声で叫ぶと、ヒューマンの男性が駆け寄ってきて、魔石の欠片に似た結晶と透明感のある赤い液体が入った小瓶を一人の男性に手渡し、うつぶせにさせられた遺体の背中に液体を垂らした。

 

「『解錠薬(ステイタス・シーフ)』って、確か……」

 

眷属(われわれ)恩恵(ステイタス)を暴くためだけの道具(アイテム)だ。正確な手段を踏まなければ、それ単体だけでは神々の(ロック)は解除できないがな」

 

 液体を垂らした男性は、複雑かつ正確な動きで指を動かし、【神聖文字(ヒエログリフ)】を浮かび上がらせる。

 

「ボールス、できた」

 

「おう、でかした。って、いけねえ、【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めねえ……オイお前等、外に出て、もの知ってそうなエルフを一人二人連れてこい!」

 

「待て。【神聖文字(ヒエログリフ)】なら私が読める」

 

「私も」

 

 ここで登場、エルフの王族として英才教育を受けてきたリヴェリアと、そのリヴェリアに幾度となくスパルタ授業から逃げ出そうとしては捕まりを繰り返し、泣きながら受けてきたアイズ。実は私も、リヴェリアのから抜け出してきたアイズに泣きつかれ、一緒に授業を受けたりしたこともあり読めたりするが、あまり思い出したくない過去なので、口を出さないでおく。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は……」

 

「……【ガネーシャ・ファミリア】」

 

 ふーん、【ガネーシャ・ファミリア】の『ハシャーナ・ドルリア』ね。…………へっ?

 瞬間、この場が凪いたように静まる。そして、にわかに騒然とし始めた。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】!?」

 

「おいっ、間違いじゃないのかよ!」

 

 うつ伏せで横たわっている男性の【ステイタス】から一切目を逸らさず動かないアイズとリヴェリアの様子から、嘘ではないこと、間違いではないことが伺える。そもそも、アイズもリヴェリアも嘘をついたりするような性格では無いことはわかっているが、それでも嘘であることを信じたかった。

 だって、そんなことありえない。ハシャーナ・ドルリアと言ったら───

 

「冗談じゃねえぞ、【剛拳闘士(ハシャーナ)】つったら───」

 

 

 

 

 

 ───Lv4のはずだ。

「───Lv4じゃねえか!?

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 頭部を失ったハシャーナの【ステイタス】欄の部分に目を向けて、呆然と立ち尽くす。

 ハシャーナの発展アビリティの1つには『耐異常』があり、それは毒や麻痺などの異常状態を防ぐことが出来るものだ。評価はGで、ほとんどの異常状態を無効にすると言っても過言ではない。

 

情事(こと)に乗じることで油断させていたとはいえ、第二級冒険者の寝首をかける女、か……」

 

「……【イシュタル・ファミリア】のところの戦闘娼婦(バーベラ)?」

 

 【イシュタル・ファミリア】は、構成員全員が女性で構成されており、娼館としての機能をしているだけではなく、戦うことも出来る女性達の集団なのだ。最高レベルが5であることも、一要因の一つとして考えられるが、そのLv.5の冒険者は、とんでもなく醜い見た目をした(カエル)なので、その可能性は非常に低い。

 フィンとティオネが、ティオナの疑問を否定すると、室内にいた1人の男性が、気が動転している様子で私達に指を差してきた。

 

「そ、それらしいこと言ってるけどっ!!今ちょうど街にやって来たって顔をして、本当はお前等の誰かがやったんじゃないか!?」

 

 確かに、実力の面だけで言えば第一級冒険者である私達なら、Lv.4の男も殺せる力はある。ただ、内面を見てほしい。

 アイズ。天然娘にはまず無理。論外。

 ティオナ。言ってしまえば悪いが、胸がないので論外。

 ティオネ。フィン一途であるため、いくら本人に頼まれたとしても色仕掛けなど絶対にしないだろう。論外。

 レフィーヤ。百合エロフなので論外。

 リヴェリア。エルフの王族であり高潔であることに加え、彼氏いない歴=年齢らしいので論外。

 私。リュー一筋で男に興味はない+胸がないので論外。

 

「こいつらがやったとすると……」

 

「ああ、まずフィンはありえねえ……」

 

 そう言って男性であるフィンを除外した後に、私達を上から下まで眺めていく。自分の家族に向けられる不快な目線に若干の苛立ちを感じながら耐えていると、視線はこちらにまで向けられ、ティオナと私の胸元で止まり、頷いた。

 

「こいつはないな」

 

「ああ、ないな」

 

「英雄サマも……ないな」

 

「ああ、ないな」

 

「うぎーっ!?」

 

殺す

 

「ちょちょちょ、落ち着いてくださいっ!?」

 

 暴れるティオナはアイズに羽交い締めにされ、歩み寄ろうとした私はレフィーヤに腰にしがみつかれる。

 いいか、確かに私は貧乳であり、それを認めている。それをリューや【ファミリア(家族(女子))】に弄られるのはまだいい。許すよ。だがしかし、大して話したこともない奴に、しかも男にされるのは許せないのだ。例えそれが同じ【ファミリア】であっても。一応私は、幼い子から話しかけられたり、街を歩いてると話しかけられたりするくらいに、フランクな姿勢で周りと接している。それは他の冒険者にも同じで、私とて第一級冒険者の端くれ。かなりの人気がある。そのため、同業者の方にも話しかけられたり、握手などを求められたりするのだ。応援してくれていて、勇気を出して話しかけてくれた人には、それなりに対応してあげたいと思う一心で、様々な人と触れ合ってきた。【英雄(ウルスラグナ)】としての私でない、本来の私は、神出鬼没だと言われるくらい自由人であるため、中々街に行くこともない。ただ、運良く何回も会っていると、段々相手からの対応がフランクになってくるのだ。それこそ、貧乳弄りさせるくらいに。応援してくれている人であるため、イラついて口調が荒くなるということは抑えているが、段々打ち解けてきているとはいえ、その人のコンプレックスと思しきところを、勝手に心の中に入ってきて無闇矢鱈に荒らしていくのは我慢ならない。以降の会話はほんの少しだけ簡素なものになってしまうくらいで済むだけ、上々だと思って欲しい。

 ……申し訳ない、少し心が荒れた。

 冒険者達の疑念は、最後にティオネに向けられた。

 

「……その体を使えば、男なんていくらでも誑し込めるだろうなぁ?」

 

 深い谷間と、豊かな双丘。しなやかな太腿に、くびれた腰。

 冒険者達からの舐るような無遠慮な視線が、露出の多いティオネに集まりまとわりつく。

 家族に向けられる不躾な視線と言葉に殺気を出しそうになっていると、強い衝撃が頭に来た。

 鈍痛に思わず頭を両手で押え若干の涙目になりながら後ろを向くと、硬いもの(何億ヴァリスもする杖)で頭を殴った犯人が、溜息をつき、片目を閉じながらこちらを見ていた。

 

「──あァ?」

 

 Lv.7の耐久値を破るほどの強さで殴られた衝撃から立ち直れず、涙目になる私と、そんな私を見てオロオロするアイズ、レフィーヤ。杖で殴られた部分を撫でてくれているティオナ、そして思っていたよりも反応が大きかったのか、「そんなに強く殴るつもりじゃなかったんだ」「すまない、力加減を誤ってしまったみたいだ」「お願いだから許してくれ」と先程までのすました表情が消え去り、本気(マジ)焦りをしているリヴェリア。

 そして怒り心頭の様子で、「私の操は団長のものだって言ってんだろ!!」「てめーらなんて知るか!!」「ふざけたこと抜かしてると、その股ぐらにぶら下がっている汚ぇもんを引き千切るぞ!?」と罵詈雑言を放ち、踏み出した一歩で床を壊すティオネと、この一瞬で起こった混沌(カオス)に思わず苦笑するフィン。

 そのまま暴れ狂いそうな実姉をティオナが抑え、フィンが話を戻す。

 

「……あー、ボールス。ご覧の通り、彼女達には異性を誘惑できる適性がない」

 

「お、おおぅ……疑って悪かった。す、すまん」

 

 無様に股間に両手を添えて内股になりながら頷くボールス。

 痛みが引いてきたので、もう大丈夫であることを伝え、アイズ達の心配を振り切る。

 ボールスからものを触る許可を得たフィンは、ハシャーナの亡骸に手を伸ばした。

 

「死因は頭部の破壊……いや、どうやら最初に首の骨が折られているな」

 

「つまり……骨を折って殺害した後、頭を潰したということか?」

 

「恐らくは」

 

 私を涙目にしてしまったことで動揺しているのか、少し状況を整理するのに時間がかかりながらも話に参加するリヴェリアと、冷静に推理をするフィン。頭を使う仕事はうちの首脳陣に任せよう。

 苛立って物に当たった時のような散乱具合のバックパックに入っていた中身。やることがなかったので何となく重なっているものを退かしたりして、バックパックの中身を見ていると、血に濡れて大半が見えなくなっている一つの羊皮紙を見つけた。

 

「ねえ、フィン。これ」

 

「ンー?」

 

「なにこれ?」

 

冒険者依頼(クエスト)の……依頼書ですか?」

 

「多分そう、だね……。30階層、単独で採取、内密にって書いてある」

 

「ハシャーナは依頼を受け、犯人に狙われる『何か』を30階層に取りに行っていた……?」

 

「ハシャーナが普段身に付けていた装備品に、覚えはあるかい?」

 

「んん〜〜っ、ちょっと待てよ。あいつの名は有名だが、(リヴィラ)の中じゃあんま見かけたことがねえような……ヴィリー、何かわかるか?」

 

「確か、前は……兜を被ってたな。主神(ガネーシャ)と似たような感じの、顔が見えにくいやつ。でも全新型鎧(フルプレート)はつけてなかった、これは間違いねえよ」

 

 ……ふーん、依頼書に書いてあった通り、ハシャーナは自身の素性がバレないようにしていたようだ。

 

「ハシャーナは引き受けた依頼のために、素性を隠していたようだな。恐らくは【ファミリア】の者にも話さずに」

 

 リヴェリアも同じ結論に至ったのか、血濡れの全新型鎧(フルプレート)に目線を向ける。この街でこんなにも騒ぎになっているにも関わらず、【ガネーシャ・ファミリア】の構成員が誰も来ないあたり、リヴェリアの考察は合っているだろう。

 

「……ボールス、一度、街を封鎖してくれ。リヴィラに残っている冒険者達を出さないでほしい」

 

「まだ犯人が何気ない顔で街を出歩いてるってか?オレ様だったら、とっくにトンズラこいてくがなぁ」

 

「ハシャーナほどの人物が極秘に当たる依頼……犯人が探していたものは、よほどの代物だった筈だ。殺人まで犯してる。もしまだ確保できていないとしたら、手ぶらでは帰れないだろう。それに」

 

 そこまで言うと、フィンは自身の右手の親指を舐めた。

 

「きっとまだいると思うよ……勘だけどね」

 

 フィンの勘はよく当たるため、たかが勘だと馬鹿にしたりすることはしない。

 ボールスは神妙な顔をして頷き、部屋の者達に指示を飛ばす。

 

「北門と南門を閉めろ。それから街の中の冒険者達を一箇所に集めるんだ。従おうとしねえ奴は、犯人だと決めつけて取り押さえちまってもいい。ヴィリー、新しく街に来た冒険者には事情を説明して別のところにまとめとけ」

 

「わ、わかったっ」

 

 慌ただしく行動を始める彼等を眺めながらその場に待機する。

 

「なんだか、すごいことになってきたね」

 

「うん……」

 

「まさか、Lv.4の冒険者が首の骨折られて死ぬなんてね」

 

「ここまできたら、ハシャーナの弔い合戦ね。絶対に犯人を捕まえるわよ」

 

「は、はいっ」

*1
そんなことない



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(リヴィラ)での悲劇(1)

 匂わせ程度の百合描写があります。苦手な人はそこだけ急いでスクロールしてください。
 また、アイズとレイで話している方がどっちか分からなくなるかもしれませんが、後半で主に話しているのはレイです。アイズは「レイがいてくれてるから難しいことは全部任せよ」って思っているので、ほぼ喋りません。喋ったとしても、大抵レイの後に話してます。


 突発的に言われた街の封鎖命令。何も事情を知らないまま地上()に出られなくなった、リヴィラの街にいた冒険者達は、皆困惑と動揺、懐疑の視線をこちらに向けていた。

 

「集まるのが早かったね」

 

「呼びかけに応じねえ奴は街の要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せるとも脅したからな。そうなりゃどこの店でも即叩き出しだ。この要所(まち)を今後も利用してえ奴等は、嫌々でも従うってもんよ」

 

「それに、1人でいるのは恐ろしい、か」

 

「ああ」

 

 フィンの呟くことは当然であろう。

 既に、第二級冒険者である【ガネーシャ・ファミリア】のハシャーナ・ドルリアが、この街で殺害されたということは街中に伝わっており、この街の頭をボールスがしているということは、実力主義のこの街の住人達は、少なくともLv.3以下。

 第二級冒険者を殺せる実力者ともなれば、同レベルの暗殺者、もしくは第一級冒険者、それか、それに相当する程度の実力者であることが予想でき、この街の者が抵抗できるとは考えられない。また、街のどこかにその殺人鬼が潜伏しているとなると、単独行動を危惧するのは当然だった。

 街の中心地であり、中央には白水晶と青水晶の柱が寄り添うように立っている。その傍らに血濡れの全新型鎧(フルプレート)を始めとしたハシャーナの私物も運び込まれているこの広場に、冒険者が全員集結していた。

 私達以外の第一級冒険者がすぐに見つかれば、その人を容疑者候補として捕まえて色々話を聞けたが、この騒動を起こしたならば、顔が割れないように変装をしたり、装備でバレないように普段とは違うものを身にまとっていたり、様々な偽装工作をしているはずだ。

 ざっと数えても500を上回る冒険者達から男性と女性で分けても、女性の数は200くらいだった。

 

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」

 

「うひひっ、そういうことなら……。よぅし、女どもぉ!?体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 ボールスの自身の欲求を大量に孕んだ叫び声に、全ての男性冒険者が雄叫びをあげる。

 一方で女性冒険者は雄叫びをあげた男性冒険者とボールスに対して大罵倒。「ふざけんなーッ!」「死ねーっ!」などの汚い言葉が飛んでいた。

 

「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査をするぞ」

 

「はーい」「うん」「男共(こいつら)の団結力ってなんなの?」「なんだろうね」「わ、わかりましたっ」

 

 喧しい男達には無視を貫き、私達は横一列に並んぶ。

 順々にリヴェリアの左隣に並んでいき、最後に私が並んだ瞬間、何故だか男性特有の低い声ではなく、黄色い声が大量に近くにあった。

 興奮冷めやまぬ様子で話しかけてくる女性冒険者達の集まりはどんどん膨らんでいき、遂には私の元に押し寄せる。

 

『レイ様、是非とも私を調べてください!!』『お願いします!!』『どうか体の隅々まで!!』『むしろ触って!!』

 

「えっ、ちょっ、まっ、わああああああああああああ!?」

 

 私に寄ってきただけでも50は優に超えるほどであり、そんな人数の成人女性、加えて装備の重さもあり成人男性並みの重量である大人が一気に押し寄せてきたらどうなるか。想像に難くないだろう。

 

 ───押し倒されました。

 

 

 

 sideアイズ

 リヴェリアに指示されて、横並びに並んで人が来るのを待っていると、女性冒険者達は私達が並んでいるところよりも左側に流れていき、1つの場所で全員が止まった。

 誰がいるのかと思って体を前に倒して見てみると、レイが今並ぶところだった。レイが持ち場について顔を上げた途端に、全員が口々に何かを言いながら詰め寄る。

 レイは自覚してないだろうけど、オラリオでの女性冒険者人気は、フィンと同じくらい。多分100人くらいが一気になだれ込んで行ったから、レイは自分の体を支え切れずに後ろに倒されて行った。

 その一方で、奥の方でも残り100人くらいの女性冒険者がフィンがいたはずの場所に群がっていて、ティオネが荒れていた。

 

「あ・の・アバズレども……!?」

 

「ちょっとぉ、ティオネー!?」

 

「離しなさいっ!?団長が変態どもに狙われているのよ!?」

 

 変態?どこでそう思ったんだろう。見てわかるものなのかな。なら、レイの周りにいるあの人達も変態なのかな?

 そう思うと、胸の辺りがざわざわして、なんだか落ち着かない。

 

『レイが押し倒されて悲鳴上げてるぞー!』

 

『フィンも押し倒されたぞー!』

 

『いや、お持ち帰りされたー!』

 

「───うがァああああああああああああああああああああああ!!」

 

 怒ったティオネが、ティオナの拘束を強引に振り解いて、フィンがいたと思う場所に直行していく。それによって、広場は大混乱に陥った。

 

「うん、と……」

 

「あぁ、もう何が何だか……」

 

「私も、レイのところに行ってもいい?」

 

「もうどうぞご自由に……頭が痛い…………」

 

 何だか胸の当たりがもやもやして、体がうずうずしていたから、レフィーヤに許可をとって私もレイのところに走っていく。

 人集りの近くに行って、人混みを掻き分けながら中央まで行き、押し倒している女性を避けさせて、レイを解放する。

 

「ア、アイズ?」

 

 人にもみくちゃにされて、服を乱し若干涙目になっているレイの手を取り立ち上がらせて、抱き着く。私とレイの恋人以外の人の匂いが着くのが嫌だったから、私の匂いで上書きするように。

 

「ちょ、えっ、アイズっ!?」

 

「レイは、私のだから……」

 

「いや、私は誰のものでもないんだけど……」

 

「?レイは私とリューさんのものでしょ?」

 

「リューのものなのは間違ってはないけど……」

 

 他の人の匂いが薄れてきてから体を離すと、周りの人達は静かになってこちらを見ていた。

 よくわからないけど、静かなのはいい。そのままレイの手を取りこの人集りを抜けてレフィーヤのところまで行くと、レフィーヤは焦ったような様子で話しかけてきた。

 

「アイズさん、レイさんっ。さっき、中型の子鞄(ポーチ)を両手に大事そうに抱えた小麦色の肌の犬人(シアンスロープ)の女の子が、怯えたように広場から抜け出して行くのを見かけたんですけど……」

 

「行こう」

 

「は、はい!」

 

 どこに向かって逃げていったのかをレフィーヤに聞きながら、私達はその犬人(シアンスロープ)の少女を見つけて話を聞くために駆け出した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 sideレイ

 レフィーヤの言う方向に向かって走っていれば、すぐにその人物は見つかった。

 ここでいう『夜』になり周りが暗くなるが、Lv7である私の視界には特に支障はきたさない。

 アイズには先回りをさせ、レフィーヤにはそのまま追いかけさせる。そして私は、あの犬人(シアンスロープ)の少女のレベルがレフィーヤより高くて、強引にこの包囲を掻い潜ってきたときの場合を想定し、対処するため、気配を殺し足音も消して、レフィーヤの後ろに走りながら隠れていた。

 曲がり角を曲がった先の一本道には、アイズが待ち構えている。その後ろから、私達が追いつき挟み撃ちにすると、少女は腰を抜かしたようにへなへなと座り込んだ。

 

「はぁ、はぁ……捕まえましたね。流石アイズさん」

 

「ううん。レフィーヤの、おかげだよ」

 

「お疲れ、二人共」

 

 背中に隠れるのをやめて声を出すと、少女は驚きと怯えを含んだ目でこちらを見上げた後に、俯いた。

 健康そうな肌と体つきからして、暗いところに関係してはないだろう。防具の類は装備していないから、ただの冒険者って感じじゃない。

 

「事情聴取は……私達がするより団長達に任せた方がいいですね」

 

「うん、広場に戻ろう」

 

 挙動不審で、いかにもな怪しい雰囲気の彼女を、うちの頭脳派に全てを投げるために連れていこうとした───が。

 

「やめてっ!?」

 

 途端に涙ぐみ、俯かせていた顔を上げて懇願する。

 

「お願いっ、止めて、あそこに連れていかないで!?あそこに戻ったら、今度は私が、きっと私がっ……!」

 

「えぇ……?」

 

「あ、あのっ……」

 

「ちょ、ちょっとっ、何してるんですか!?」

 

 私の両腕を縋り付くように掴み、見上げてくる。

 アイズとレフィーヤが慌てて離そうとするが、「お願い、お願いっ……!」と俯いた頭を振りながら言うばかりで、一切離そうとしない。

 あまりにも必死で、何かに怯えるような様子である彼女をどうするか、判断に困り後ろに立つ二人を見ても、同じような顔を返すだけであった。

 

「どう、しましょうか?」

 

「……どう、しようか」

 

「ひとまず、人のいない場所に連れていこう」

 

「いいんですか?」

 

「いいかはわからないけど、広場には戻りたくないみたいだし、とんでもなく怖がってるから。とりあえず、落ち着き次第話を聞こう」

 

 動く素振りを見せない少女の手を腕から離してもらい、立てるかを聞くと、「立てる」と返した後に立ち上がろうとしたが、腰が抜けたせいで失敗。横抱きにして運ぶよりも背負った方が安心しそうなので、背負って移動をすることに。

 向かった先は、北西のほうにある街の倉庫的な場所。そこには、街を築くために使ったであろうシャベルやツルハシ、材木が隅に置かれており、物資運送用の組立式のカーゴが積み重なっていた。

 その更に奥の、カーゴに囲まれる空き地のような空間で、少女を降ろして向かい合った。

 

「もう大丈夫?」

 

「……うん」

 

 レフィーヤが携行用の魔石灯を見つけて点灯させてくれた。ちょっと明るくなって重苦しい雰囲気も少し和らいだ気がする。

 

「貴方の名前は?」

 

「ルルネ……ルルネ・ルーイ」

 

「レベルと、所属している【ファミリア】は?」

 

「第三級、Lv2。所属は、【ヘルメス・ファミリア】……」

 

 落ち着きを取り戻したのか、しっかりと受け答えが返ってくる。にしても、Lv2で、ここまで防備もつけずに来れるか?……多分だけど、レベルを詐称している。もうちょっと警戒を強めておこう。

 

「どうして広場から逃げ出したの?」

 

「……殺されると思ったから」

 

「そう思った理由は?」

 

 つい先程まで割とスラスラと質問に答えていた彼女は、押し黙る。すると、アイズが鋭く言葉を踏み込ませた。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

 レフィーヤとルルネさんが目を見張る中、私とアイズの目は、反射的に手を添えられた子鞄(ポーチ)に向けられていた。

 やがて、事実であることを証明するように、ぎこちなく頷く。

 

「どうして貴方がハシャーナさんの荷物を……も、もしかして、盗んだんですか?」

 

「ち、違うっ。私はっ……依頼を、受けたんだ」

 

 依頼と聞いて、ハシャーナさんの荷物に入っていた血塗れの羊皮紙が思い浮かんだ。

 

「そう……。依頼の内容は?」

 

「この街で受け取った荷物を、地上に……依頼人(クライアント)に届けること」

 

「つまり、運び屋ってことですか?」

 

「ああ。指定された酒場で、荷物を持ってくる相手と落ち合う手筈だったんだ。相手のことは知らなかったけど、装備の特徴は事前に聞いていたから、全新型鎧(フルプレート)の冒険者がやって来た時はすぐにそいつだってわかった」

 

 それで、ハシャーナがルルネさんにその依頼品を渡して気が緩んでいるところに、女の人に誘われて殺されてしまった、ということか。

 かなり用意周到なその依頼者に、警戒心を覚える。

 

「その依頼人(クライアント)は誰?」

 

「わからない……ほ、本当だよっ。ちょっと前に、誰もいない夜道を歩いていたら、いきなり変なやつが現れて……。真っ黒なローブを全身に被ってて、男か女かもよくわからなかった。最初に依頼を頼まれた時は怪しいって思ったんだけど……報酬がめちゃくちゃ良かったから……その、前金もいい額だったし」

 

 随分と警戒心のない運び屋だな。お金に釣られるなんて……。にしても、一人でこの依頼を受けている感じだが本当にLv2なのだろうか。18階層を往復するとなると、最低でもLv3にはなっていなければ安全性は保たれない。

 そもそも、その用意周到な依頼者はLv2の運び屋に依頼するだろうか。

 それについてレフィーヤが聞いてみると、ルルネさんは狼狽えた素振りを見せて、白状した。

 

「そ、その……神様(ヘルメス)様に昇格(ランクアップ)したことは隠しとけって言われてて……ご、ごめん、私、実はLv3なんだ」

 

 しゅんと体を小さくする彼女を見ながら納得する。それなら18階層の往復は安全であるし、受けた動機から、報酬を目の前に吊るされてまんまとそれに釣られてしまったのだろう。

 

「……ぐずぐずしてないで、さっさと地上に帰っておけばよかった。見覚えのある鎧が広場に出されて、荷物を渡しに来た奴が殺されたってわかって……犯人はこの荷物を狙っているんじゃないかって、私……」

 

「レイさん、やっぱり、団長に知らせた方が……」

 

「───駄目!」

 

 やはり面倒ごとは丸投げに限る。そう思って賛同の意を示し、ルルネさんを連れてフィンの元に向かう考えを強めたところに、強い否定が被せられる。

 

「人がいるところは怖いっ、きっとハシャーナを殺ったやつはまだあそこにいる!荷物を持ってるってバレちゃえば、今度は私が……!?」

 

 激しく気が動転してしまっている彼女は、未だ大事そうに子鞄(ポーチ)を胸に抱えている。

 ハシャーナさんを殺したと考えられるのは、第一級冒険者。なら、その中でも上位の実力であると自負している私が持てば、自衛はできるし彼女は狙われないで済むし、依頼人(クライアント)さえ教えてくれればもう万事解決ではなかろうか。

 

「じゃあ私にその荷物を渡して?」

 

 私の言葉に瞠目した後、何かを悩むように逡巡し、やがて頷いた。

 

「詮索しないで、絶対に誰にも見せるなって言われてたんだけど……」

 

 中型の子鞄(ポーチ)を地面に下ろし、中から口紐がきつく縛られた袋を取り出す。何やら緊張した面持ちで、袋の中身を出した。

 

「……!」

 

「な、何ですかっ、これっ……?」

 

 渡されたのは、両手に収まるほどの球体。

 緑色の玉で、中には液体と───不気味な胎児。表面からは拍動が伝わってきて、丸まった体に不釣り合いなほど大きな眼球がこちらを見上げる。

 レフィーヤが呻くような声を出す一方で、私の視線はこれに釘付けだった。

 

(この感じ……、なんだか知ってる気がする)

 

 見つめ合ううちに、体内の血が暴れ出すのを感じた。

 

(何……これ?)

 

 強い眩暈と激しい嘔吐感に襲われ、思わず地面に片膝をつく。右後ろから私の手の中にあるコレを見ていたアイズも、同じように膝をついているのが見えた。

 

「アイズさん、レイさん!?」

 

 落としたらすぐ割れてしまいそうなほどのこの球体を、依頼品ということもありなるべく衝撃を与えないように地面に転がすと、レフィーヤは私たちの突然の異常を来した原因と思しきそれを直ぐにそれを拾い上げ、私達から距離をとった。

 私とアイズの乱れた呼吸が徐々に落ち着いていき、静寂が訪れる。

 

「大丈夫ですか、アイズさん……?レイさんも」

 

「大、丈夫……」

 

「……うん、平気」

 

「だ、大丈夫なのかよ……や、やっぱりコレ、やばい代物(モノ)だったのかっ?」

 

 急激な体調不良に体力を削られ、思考が鈍い。

 ルルネさんの疑問に確証も持てないため答えれずにいると、ハッキリとした言葉が聞こえた。

 

「私が持って、団長に渡します」

 

「ごめんね、本来は私がやらなきゃいけないことなのに………」

 

「ごめん、レフィーヤ……」

 

「謝らないでください、こんな時くらい私が……アイズさんとレイさんは、離れていてください」

 

 少し強ばった笑みを私達に向けると、再びあれを袋の中に入れ固く口を結んだ後に子鞄(ポーチ)に入れた。

 杖をしっかりと手に持ったレフィーヤが、振り向いて言葉を発した直後。

 

「それじゃあ、行きましょう───」

 

 遠くで何かが崩れる音と、悲鳴、モンスターと思しきモノの咆哮。

 

「!?」

 

 自分の体調は後回しにし、弾かれたように駆け出す。

 狭かった視界が広がり、目に飛び込んできたのは、多方向から上がる煙。それと、怪物祭(モンスターフィリア)で暴れた食人花が無数にいる光景だった。




 少しだけ原作改変。設定には加えませんが、原作既読の方は「あっ、ふーん、なるほどね?」と思いながら以降も読んでいってください。
 ちなみに本作品の主人公はそこまで頭が良くありません。【ロキ・ファミリア】に入りたての頃行われたリヴェリアの講習会では、真面目に話を聞いているうちにだんだん眠くなって居眠りしてるタイプです。


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(リヴィラ)での悲劇(2)

 だいぶ間隔が空いてしまいすみません。また、今回はちょっと短いです。


 目に飛び込んできたのは、街が無数の食人花のモンスターによって襲われている様子だった。

 

「な、何だよこれ、何がどうなって……!?」

 

 むしろこっちが聞きたいと思ったが、それを飲み込み3人に声をかける。

 

「とりあえずフィン達と合流しよう」

 

 おそらくティオナが大双刃(ウルガ)を振り回して食人花を斬り飛ばしているのを横目に、フィン達の元へ走ろうとした矢先に、食人花が襲いかかってくる。

 レベルが低いレフィーヤとルルネさんに攻撃が当たる前に、先頭にいた私が双剣で切り倒したが、直後に食人花が群れでこちらに押し寄せてきた。

 咄嗟に、倒したモンスターの死骸を避けて道の奥に駆け込む。すぐ後ろを滑り抜けていく食人花は音を立てながら体をくねらせ、停止。直後顔の向きを反転させて再度レフィーヤ達に襲いかかってきた。

 

「アイズ、二人を連れて先に行って!」

 

「レイ!?」

 

 勢いよく飛び出し、双剣を両手に構えて飛び出す。

 前にいる食人花の数は50を優に超える。こういう時、毎回大剣みたいなリーチの長い武器欲しいと思って毎回買わずに後悔するんだよね。

 私の魔法は超短文詠唱と無詠唱の二つ。ただでさえ使い勝手がいいのに、Lv7ということで超高火力。思わず魔法に依存してしまいそうになるため、ここぞと言う時にしか使わないようにしている。ただ、私は魔導士ではないにもかかわらず魔力量も精神力の総量も、一般の魔導士より持ち合わせている分尚タチが悪い。

 走り過ぎ去る音はかなり遠くになったし、本音を言わせてもらおう。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 実は、私は今も携えている黒と白の双剣、『干将(かんしょう)』と『莫耶(ばくや)』を正しく使いこなせていない。武器に使()()()()()()と言ってもいい。今までも何が悪いのか、何が足りないのかを手探りで探しているのだが、まだ使いこなせない原因がわかっていないのだ。

 これについてフィンやリヴェリアにも相談してみたけど、この双剣に相応しくなるまで使い続ける、戦い続ける以外に手はないんじゃないかと言われてしまった。つまり、フィン達にも原因はわかっていないのである。

 今回のこの劣勢な状況から、この二つの剣だけで対処しきれたら、武器に認めてもらえるんだろうか。分からないことをずっと考え続けて結局答えを出せずにいるよりも、行動しても答えを出せない方が全然いい。

 こんなことを考えながらも食人花を切り刻んでいるが、私が倒す速度を新しく来る速度が上回っている。

 我武者羅にただ傷をつけていくよりも、効率よく魔石を狙っていこう。細い道がギュウギュウになるほどの密度だけど、気にしない。大きいくせに小回りが効くけど、気にしない。一番得意な打撃や蹴りが効かないけど、気にしない。魔力を感知して襲いかかってくるけど、気にしない。

 これだけ時間をかけたにもかかわらず、敵は倒しても倒しても増え続け減っている様子が見られない。後ろを向いて逃げ出す先には守るべき人達が大勢いる。

 これが終わったら、【ヘファイストス・ファミリア】に新しい武器でも頼もうかな。それか、これを改造してもらおう。

 一つ深呼吸をする。

 さて、───久しぶりの冒険をしよう。

 

 

 

 

「シッ!」

 

 モンスターとでも人とでも、必ず戦う時には死角を作らないということをまず教えられた。ソロでダンジョンに潜ったりする時は、後ろをカバーしてくれる人なんていないし、追い込まれた時に助けてくれる人もいない。だから、必ず死角を作らないように地形も利用しながら立ち回れ、ということを耳にたこができるくらいに言い聞かされ、今でも後輩に戦い方を教える時は伝えてる。

 怪物祭(モンスターフィリア)で出てきた食人花よりもデカく、幹と思しきところも明らかに太い。

 蔓を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けてくるが、それを凪いて自身の出せる最高速度で詰め寄り上を取る。そして上を向いてきたタイミングで頭に片方の刃を奥にある魔石に突き刺し破壊。

 一度やってみたはいいものの、上を取ろうと飛び上がった瞬間に他のモンスターの蔓が向かってきて、体制を変えて迎撃しなければいけなかったり、口を開けて襲いかかってくるやつがいて片方の剣を投げて魔石を破壊したはいいものの、囲まれているために回収に時間がかかるという欠点が生じた。

 あまり普段は働かない脳をフル稼働させながら応戦するものの、対策が何も出てこない。こんなに数がいるんだし同士討ちとか起きないのかと思ったりしたのだが、後方のヤツ等は最前線の食人花が倒された際に前に出てきて攻撃を仕掛けてくるという謎の統率を見せてきて本当にウザイ。

 一回冷静になろう。

 深く呼吸し、脳に酸素を回す。思考をもリセットし、神経を研ぎ澄ます。魔力不足なんて気にしない。疲労なんて気にしない。目の前のことだけに意識を向け、その他の情報を遮断する。

 

 走る。

 斬る。

 刺す。

 避ける。

 受け流す。

 

 何だか暑い気がする。

 何だか苦しい気がする。

 何だか何かが零れている気がする。

 何だか視界が悪い気がする。

 

 それらを全て無視して、ただ斬りかかるだけではなく隙を見て自身の拳闘術の向上を図る。

 私には広範囲の殲滅魔法はない。範囲を指定できる無詠唱魔法の【バーストレイ】は、レベルの高さによって指定できる範囲が大きくなる。しかし、せっかくの双剣での戦いの上達を図れる実戦での機会。使う訳にはいかない。

 ()()はある。そのアドバンテージを殺さないように、ちょこまかと動き回りながら迎撃していると、ふと、何かが切れたように意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

『おい、■■■■■さん。これ』

『なっ、これはっ!』

『ああ、俺の大事な大事な相棒だ。本当はもっと使ってやりたかったんだがな』

『そんな簡単に……。はぁ、お前はそういう奴だったな』

『とりあえず、これはあんたにやる。持っておきたかったら持っておけばいい。娘に明け渡したって構わない』

『お前な……本当に、いいのか?』

『ああ』

『…………最後に、お前がこれを使う姿を見せてくれないか?』

『あ?なんで……はいはい、やりますよ。最初で最後だ、見逃すなよ───』

 

 二人の男女がいた。

 一人は真っ白で姿が見えなくて、でもシルエットは見えて。

 もう一人は、灰色の長い髪の女性で。

 二人とも顔はあまり見えなかったけど、なんだか寂しそうで。なんだか悲しそうで。

 真っ白な男性が二つの刃を手に取り扱うその姿は、まるで舞っているようで、踊っているようで。それでいて、楽しんでいるようにも見えて。

 

 

 

 

 

 

「っ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 集中が切れる頃には、酸欠のような状態になっていた。思考が覚束なくて、肺が酸素を求めている。大きく息を吸って息を整えて周りを見てみると、ふと戦闘衣(バトルクロス)に赤いものが着いているのが見えた。最初は食人花を切った時に着いたものかと思ったが、双剣を見ても何も着いていない。じゃあ何かと思ったら、鼻下から顎先までが何かで濡れていた。

 手の甲で拭ってみると、そこには赤が塗り広げられていた。鼻血だと気づいた頃にはようやくふわふわしていた思考が戻ってきて、食人花の大群はどうなったのかと見回すとそこにはモンスターの灰の山ができていて、魔石は一つもない。

 ふと自分の手を見てみる。両手にはしっかりと『干将』と『莫耶』が握られていて、なんだか戦う前よりも若干手に馴染む気がした。

 オッタルだったらこんなに苦戦せず、あの大剣を薙ぎ払うだけでコイツらなんか殲滅できたんだろうな、とたらればを想像し、らしくもないと首を振る。

 マイナスに向かいかけた思考を戻し、自分の力で食人花の群れを倒したのかも分からないまま広場に出ると、中央には50階層で見たような、上半身が女性の体を持つモンスターがいた。ただ、下半身からは(たこ)のように食人花のモンスターからなった10本以上の足が生えており、それぞれが意志を持っているように蠢いている。

 状況が上手く把握出来ていないけど、とりあえずフィンとアイズを探す。

 

「ボールス、人手が足りない!指揮は任せた!」

 

 ボールスに指揮を任せ、リヴェリアの援護射撃を受けながら長槍を振り回すフィンを見つけた。辺りを見回せば、何となく状況が読めてくる。

 あの50階層で見たようなモンスターがアイズをターゲットにしていて、意識を逸らすためにティオナ、ティオネ、フィン、リヴェリアが協力して波状攻撃を仕掛けている、といったところだろうか。

 アイズが集中攻撃から解放され、何かをしようとした途端に赤髪の女がアイズを襲う。そして、二人は広場から移動していった。

 一方、こちらでは前衛後衛で陣形を組んでいる様子の冒険者達が、10以上の食人花によって薙払われていた。

 

「うおおおおおおおおおっ!?や、やべえっ、死ぬうっ!?」

 

「ちょっと、周りのやつ等避難させなさい!庇い切れないわよ!?」

 

 これじゃあ連携も何もあったものじゃない。

 モンスターの一つの行動にいちいちパニクって、阿鼻叫喚の嵐だ。

 

「ちょくちょくぶった切ってるんだけど、ねッ!!」

 

『ゲェッッ!?』

 

「おそらく(魔石)が埋まってる、あの上半身を狙うしかなさそうだけれど……」

 

 ティオナが周りの食人花を大双刃(ウルガ)で迎撃し、フィンが誰かが落とした短槍を拾い上げ、あの巨躯の上半身に向かって投擲するが、両腕から生えた触手によって阻まれる。

 

「……なら、私の魔法も試してみる?」

 

「レイ!」

 

「戻ってきていたのか、やってみてくれ!総員、退避ッ!」

 

「【バーストレイ】」

 

 フィンが私の魔法の被害に及ばないよう声掛けをし、人が居なくなったことを確認。範囲をあの巨躯のみにし、階層主を倒す時と同じくらいの魔力を込めて放った魔法は、ダンジョンの床を震わせるほどの衝撃と共に女型の巨躯に向かい、道中にいた食人花を塵にし、触手を焦がして本体に大きなダメージが与えられた。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 加えて、レフィーヤの炎矢の豪雨。

 夥しいしいほどの紅蓮の魔力弾が全身を削り取り、全身が爆砕しながら弾け飛ぶ。

 およそ10秒以上も続いたそれは、全ての足を炎上させ、極彩色の上半身を焼け焦がし、女体型はつんざかんばかりの絶叫を上げた。

 

「たたみかけさせてもらおうか」

 

「お供します、団長!」

 

「行くよ、ティオナ」

 

「うん!───せぇーのッ!!」

 

 秒を待たず、長槍を持ったフィンが、何処か前よりも手に馴染む気がする双剣を両手に駆ける私が、二刀の湾短刀(ククリナイフ)を打ち鳴らすティオネが、そして大双刃(ウルガ)を振り上げるティオナがモンスターへと跳躍する。

 神速とも思えるような刺突、私によるこれまでの冒険により洗練された斬撃、二振りの湾短刀(ククリナイフ)による斬閃の交差、大双刀(ウルガ)による破壊の一撃。

 繰り出される攻撃は止まることなく叩き込まれ、足を何本も上半身から脱落させながら体皮が炎ごと弾け飛ぶ。

 

『アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』

 

 悲鳴と共にぐらりと仰け反る女体型は、私達の攻撃から逃れるように重心を後方へ傾け、次の瞬間、極彩色の上半身を下半身から切り離した。

 

「逃げた!?」

 

「あいつ、湖に飛び込む気!?」

 

 広場を越え街の傾斜へ転げ落ちていく上半身は、街の東側、絶壁へと向かっていた。

 必死になって転がり落ちていく上半身に、さらに追い打ちをかけるようにリヴェリアの詠唱が響く。

 本来発動の失敗や魔力暴走(イグニス・ファトゥス)を防ぐために停止して行われている詠唱を、走りながら展開する離れ(わざ)。オラリオでできる人は片手ほどの人数しかいないと言われている『平行詠唱』を、リヴェリアは軽々とこなして見せていた。

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」

 

 

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 

 

 

 扇状に広がる範囲砲撃。

 範囲の中で巻き込まれた食人花や、破滅した街の店々、水晶までもまとめて凍らせるほどの威力。

 全身が凍結し悲鳴も碌に上げられない中、女体型は尚も懲りずに急斜面へと腕を振り下ろし、岩を砕く衝撃の反動で空中を泳いで、断崖の境界線を越えた。

 ただ、それを逃さぬようにと追いかける二人の女戦士(アマゾネス)

 断崖を飛び降りた数秒後、灰が空を漂い、盛大な水飛沫が打ち上がった。



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(リヴィラ)での悲劇(3)

 オリジナル要素ありです。


 フィン達と合流し、アイズの元へと向かう。ティオナの証言によると、赤髪の女と一緒に奥のほうへと戦いながら行ってしまったのだとか。そして襲いかかられた時から奥に行くまで、アイズは防戦を強いられてしまっていたらしい。

 そうなれば早めに行って増援した方が良さそうだ。

 私を先頭に、フィン、リヴェリア、レフィーヤと順に走っていくと、先の方にかなり見なれた長い金髪が見えた。ただ、それは地面に膝を着いてしまっていて、反対の方から凄まじい勢いで迫る赤髪の女もいる。

 

「【焼け(バーケ)】」

 

 超短文詠唱で赤い炎を纏い、体を沈め一気に踏み切る。アイズを目がけて放たれようとしている女は横を見ておらず、アイズしか視界に居ないようだ。

 

「なにっ?───ガッ!?」

 

 攻撃を防ぐ激しい金属音が鳴り響き、動きが止まったところに側頭部を目掛けて殴り込む。殴られた女は防御の姿勢をとる暇もなく、結晶を壊しながら真横に吹き飛ばされていった。

 

「フィン、リヴェリア……───レイ」

 

 そこに追い打ちをかけるかのように、フィンがリヴェリアの杖と共に地面に先端を埋め交差させていた長槍を抜き取り、疾走。女の対応はフィンに任せるが、万が一に備えて私と同じ付与魔法をかけておく。

 付与魔法がかけられたフィンは普段よりも速く駆けていき、壁にぶつかることなく着地した女を圧倒していた。

 

「アイズさん!」

 

「レフィーヤ……?」

 

 レフィーヤがアイズの体を支えるように手を添えているため、アイズの治療はレフィーヤに任せることにする。ただ、わざわざ魔法を使うなんてことは勿体ないため、アイズの手元にポーションを投げ渡す。

 交戦中のフィンは、彼女の戦鎚のように振るわれる両腕を難なくいなし、むしろ迎撃するほどの余裕さえあるように見える。渾身と思われる蹴りも、全て空を切り掠りもしていない。

 力はあるが、技術や駆け引きなど、それ()以外のものが足りない、というような印象だった。

 ここで無理に割り込んでいっても逆に邪魔になってしまうだろう。どこか入れそうなタイミングを探しつつ逃走を警戒していると、フィンの攻撃が頬を掠めたちまち顔が苛立ちに歪んだ。

 

「調子に───乗るなッ!」

 

「っ!?」

 

 振り上げられた左足が地面を勢いよく捉え、亀裂が走り、爆発したように破片が飛び散っていく。

 地面から足が離れてしまうフィンだったが、咄嗟に槍を地面に突き立て高さを稼ぎ、裏拳の如く薙ぎ払われるのをすれすれのところ回避した。槍の柄は真っ二つに折られてしまったが、何も無かったかのように()()()()()()腰に備えていたナイフで下から切り上げた。

 胸を切られ、ぐらりと重心が後ろにいく。その隙を逃さず走り出し、フィンが体制を戻すまでの僅かな隙間に、抵抗する暇もつくらず避けられない女の真上を取って、付与を纏わせた拳を腰をひねりながら思い切り叩き込む。

 自身が作った亀裂よりもさらに大きいクレーターを作り出し、中心へ勢いよく叩きつけられた女は、その勢いを殺せず僅かに浮かび上がった。そこへボールを蹴るかのように、息を着く間もなく蹴り飛ばすフィン。

 蹴り飛ばされた女の体はほぼ地面と平行に空を切り、やがて地面を削りながら数十M(メドル)先まで勢いを殺せず転がっていった。

 ちらりとフィンの方を見れば、何やら足を気にしているようで足をぶらぶらとさせている。

 

「どうしたの?」

 

「……足にヒビが入った」

 

 無表情で言ってるフィンだけど、私は目を見開いていた。まさか相手の耐久がフィンの耐久を上回るとは。

 

「第一級……Lv.5、いや6………お前は、7か」

 

 鼻を折られ腹に打撲跡を刻まれ、胸と鼻から血が流れるのを拭いながらフラフラと立ち上がり、女は忌々しそうに吐き捨てる。

 

「分が悪い……」

 

 ぽつりと呟き、脇目も振らず走り去ろうとする女。急いで追いかけようとするアイズを腕を掴んで止めれば、アイズは困惑と焦燥が籠った目でこちらを見上げる。

 

「なんで……!?」

 

「さっき戦ってわかったでしょ、あの女を倒せるほどのステイタスはないって」

 

「だからって、じゃあレイが!」

 

「わざわざ追いかけるほど私はアイツに執着してない。それよりも今は味方の救護が優先」

 

「でも、あの人は私をアリアって!!」

 

「……それは気になるけど、それはアイズが自分で聞くべきこと。アイズと血縁関係がない私が追いかけてまで聞くことじゃない」

 

「っ、でも!!」

 

 未だ焦慮と口惜しさが収まらない様子のアイズ。そうこう話しているうちに、あの女は既に崖から飛び降りて消えている。興奮しているのかでも、だってを繰り返す左手の小指を親指と人差し指で添えるくらいの力で挟み、目を合わせる。

 

「落ち着いて、よく周りを見て。たくさんの負傷者が居るし、地上撤収のときの護衛とか、食人花がリヴィラの街を襲ったこととか色々報告しなきゃいけないことがある。あっちも私達がLv.6、7ってわかった瞬間逃げ出したってことは、今は勝てないって判断したってことだし、逆を言えばLv.5が相手でも勝てる自信があったってことになる」

 

 これだけ言ってわからないような子ではない。一度目を瞑り、深く呼吸をするアイズ。目を開けると、多少気持ちの整理ができたのか、その目は冷静になっている。

 その後は色々と後始末に追われた。

 負傷者の救護、護衛、事件の顛末をギルドとロキに報告、ポーションの買い足し。そしてまた37階層まで戻ってくるまでに、六日が経とうとしていた。

 『白宮殿(ホワイトパレス)*1の片隅のルームでかなり長時間の休息(レスト)を取り、(リヴィラ)での事件からアイズの雰囲気が変わっていることに少しの心配を抱きながら、休息(レスト)を終えてパーティで固まって歩き出す。

 前方からモンスターの大群が現れると、アイズは誰も引連れることなく一人で駆け出した。

 二十体以上いるモンスターから二人のサポーターを守るように、アイズを追っていってしまったティオナを除いた四人で迎撃していると、先陣を切っていたアイズとそれに続いていったティオナが、私達が対応していたモンスターまでも狩っていき、こちらは手持ち無沙汰になってしまった。

 

「流石に腰が引けるなぁ……リヴェリア、何も話を聞いていないのかい?一度辛酸を舐めさせられたくらいで、ああにはならないだろう」

 

「駄目だ。『何でもない』の一点張りで、何も話そうとしない。レイは何か知らないか?」

 

「何も。ただ、何も出来なかったことが悔しいんじゃない?だからああやって何の経験値の足しにもならないようなモンスターを倒してまで、ランクアップしようと躍起になってるんだと思う」

 

「なるほどね……」

 

 フィンは困ったように目を細め、リヴェリアはその心労を表すように大きく嘆息する。首裏を掻いているうちにも、アイズとティオナはみるみるうちに残ったモンスターを殲滅していった。

 

「今、灸を添えても意味はなさそうだね……やれやれ」

 

「あの、団長、リヴェリア様……アイズさん、大丈夫なんでしょうか?」

 

「ああいった状態の時は、大抵空腹になれば治まるが……腹を好かせた素振りを見せたら、すかさず餌付けをしてみろ。落ち着くかもしれん」

 

「は、はいっ」

 

 その後もアイズはいつもよりは積極的に交戦していたけど、特に変わっているところは見られなかった。そのまま進んでいくと、今までよりも大規模なルームに辿り着く。

 複数の蜥蜴が立っているような赤い見た目の『リザードマン・エリート』などのモンスターを仕留めていると、ビキリと足元から音がした。

 下から二十体ほど現れたのは、全身骨の姿をした『スパルトイ』で、この階層の中でも最上級(トップクラス)の白兵戦の実力を持つ。

 未だ他のモンスターと交戦中の私達を置いてアイズは愛剣である《デスぺレード》を振り鳴らし、横から強い毒を持ち青い毛の生えた《バーバリアン》が襲いかかってくるのも気にせず、スパルトイの群れへと接敵する。

 五人でスパルトイ以外のモンスターの大群を倒し切ったのに対し、アイズはLv4に相当するスパルトイを一人で十体以上相手にして、亡骸の中心で佇んでいた。

 

「結局一人でやっちゃったし……」

 

「ちょっと苦戦でもしてくれると、もっと可愛げも出てくるのにね……」

 

「ティオネのに関してはいつも通りじゃない?」

 

 ティオナがどこか避難がましく、ティオネが皮肉めきながら、私が呆れを滲ませながら各々思い思いに言葉を吐き出す中、アイズが《デスぺレード》を鞘に収めてこちらに歩み寄ってくる。

 

「はいはい、お疲れアイズ〜!回復薬(ポーション)いる?万能薬(エリクサー)は?アイズの大好きな小豆クリーム味のジャガ丸くんはどう!?」

 

「そもそも、傷一つ付けられてないんだから、回復薬(ポーション)も何も必要ないわ」

 

 アイズに気づかれる前に気持ちに区切りをつけて、アイズがこっちに着く前にティオナが迎えに行く。戦闘をこなして消費されたエネルギーと残量を見越していたかのような言葉にティオネが突っ込みながら、同じようにアイズを迎えていた。

 ジャガ丸くんを貰ったはいいものの保存が悪く腐りかけで、大きく落胆しているみたいだけど今は無視。

 

「何はともあれ、あらかたモンスターは片付けたな……。この後はどうする、フィン?」

 

「ンー、そろそろ帰ろうか?今回はお遊びみたいなものだし、ここで長居して、帰りの道でダラダラと手を煩うのも面倒だ。リヴェリア、君の意見は?」

 

「団長の指示なら従うさ。……お前達、撤収するぞ!」

 

「「「はーい!」」」

 

 帰省する旨を伝えられ、ティオネ、ティオナを中心に弛緩した雰囲気が漂う中、不意にアイズが申し出た。

 

「……フィン、リヴェリア。私だけまだ残らせてほしい」

 

 驚いて勢いよく振り返るティオナとティオネ。

 二人の視線を一身に浴びながら、アイズは表情を変えずに、むしろ強固な意志を窺わせていた。

 ……正直、もしかしたら言い出すかもなとは思ってた。あの赤髪の女と戦って、私に口煩く言われてからのアイズはずっと血気盛んな様子で、とにかく焦っていたし。

 さらに、少し前のステイタスの更新時に、アイズのステイタスの伸びが悪いことを知っている。何を目的とし、何を目指しているのかは分からないけど、とにかく今の現状を変えたくて躍起になっている様子だった。それが、今顕著になっただけ。

 Lv.5からLv.6にランクアップするためには、37階層に出現する『階層の孤王(モンスターレックス)』、『ウダイオス』を倒すのが最も効率がいいと私は思っている。実際、私はLv6にランクアップするために同じようなことをした。

 あの時はリヴェリアについてきてもらって、手出しはしないよう頼んで一人で討伐した。当然、こんなことをする人なんて自殺願望者くらいしかいないと思う。けど、当時の私は皆から呼ばれる【英雄(ウルスラグナ)】の二つ名に相応しくなるために、せめてLv6になりたいとかなり焦ってた。……まあまさか妹みたいな扱いをしているアイズまでこんなことするとは思ってなかったけど。

 そんなことは置いといて、多分私は関係ないからそんな睨みつけないで。リヴェリアの身長が高いから見下されてて怖いっ!

 

「食糧も分けてくれなくていい。みんなには迷惑をかけないから。お願い」

 

「ちょ、ちょっと〜!アイズ、そんなこと言う時点であたし達に迷惑かけてる!こんなところにアイズ取り残していったら、あたし達ずっと心配してるようだよ!」

 

「私もティオネに同じ。いくらモンスターのレベルが低くても、深層に仲間一人を放り出す真似なんてできないわ。危険よ」

 

 アイズの申し出に、ティオナ、ティオネの二人は猛反対。それも当然のこと。アイズは自分達の家族で、ダンジョン(ここ)はいつ何が起こるかも分からない。そんなところに一人で置いていくなんてことは、家族想いの彼女達には到底できるわけなかった。

 

「何でアイズはそんなに戦いたがるの?」

 

 俯いて無言を貫くアイズ。何も話してくれないことを察したのか、ティオナは多少強引にでも引き留めようと捲し立てる。

 

「アイズはすっごく別嬪なのに、もったいないよ〜。もうちょっと女の子しようよ〜。アマゾネスのあたしの方がお洒落でどうするのよぉー」

 

「私は……そういうのは、いいよ」

 

「なんでぇ?強い雄……お気に入りの男とか見繕わないの?アイズのその綺麗な顔は飾りなの?」

 

「あんた、自分でもしないことを押し付けるのは止めなさい」

 

 やり過ぎだとばかりに呆れるティオネが突っ込みを入れる中、一歩離れて見守っていたリヴェリアは、ため息をついてフィンに振り向く。

 

「フィン、私からも頼もう。アイズの意見を尊重してやってくれ」

 

「「リヴェリア!?」」

 

(えぇっ!?)

 

「ンー……?」

 

 リヴェリアからは絶対に出ないと思っていた、アイズの肩を持つ発言に驚きを隠せない。私の時はめちゃくちゃグチグチ文句を言いつつ不承不承ながら着いてきてくれて、無事ウダイオスを倒し終わってホームに戻った後もお説教が待っていたって言うのに。

 

「この子が滅多に言わない我儘だ。聞き入れてやってほしい」

 

「そんな、子を見守る親みたいな気持ちじゃあ動けないよ、リヴェリア。ティオナ達の言っていることの方がもっともだ。パーティを預かっている身としては、許可できないな」

 

「甘やかしている自覚はあるが……さて」

 

 吐息と共にアイズを見やり、その後私に視線を向ける。何かよく分からないけどとりあえず目を合わせておいたら、リヴェリアは私からフィンへ視線をずらし、告げた。

 

「レイに残ってもらおう」

 

 ッスー───………なるほどね?

 フィンは私とリヴェリアの瞳を見つめ返し、顎に手を添えながら勿体ぶるように頷いた。

 

「わかった、許可するよ」

 

「えぇ〜、フィン〜。説得してよ〜。っていうかレイも残るとかずるいんだけど〜」

 

「レイが残るなら万が一にも間違いは起こらないだろうしね。リヴェリアが残ってくれるなら、帰りの道で危険な目に遭っても大丈夫だろう」

 

 ややあって私とアイズが残ることになり、レフィーヤとティオナが残ろうとサポーターを志願するも、物資が四人分も残っておらず泣く泣く断念していた。

 外からその光景をフィンと眺めていると、リヴェリアが近づいてくる。

 

「すまないな、勝手に残ってもらうことにして」

 

「別にいいよ。アイズなら言い出すかなって思ってたし、むしろ予想通り。後回しにしてアイズに一人で特攻されるよりは、まだ安心できるしね」

 

「確かにね。……例の調教師(テイマー)が現れることはないと思うけど、どうか気をつけてくれ。僕の手持ちの精神力回復薬(マジック・ポーション)は全て置いていく。……アイズの独断(もうしで)を許したのはリヴェリア、君だ。残らないとはいえ、君が彼女の分まで責任を負わなくてはいけない」

 

「わかっている……そして、すまない、ありがとう」

 

 フィンから渡される小鞄(ポーチ)から取り出された試験管を受け取り、アイズの元に歩み寄る。

 フィン達が撤収の準備を整え、何度も去り際にアイズに激励の言葉を送りながら出発していくのを、二人揃って横に並びながら見送った。

……ちなみになんだけど、例の調教師(テイマー)って誰?

*1
白宮殿(ホワイトパレス)は37階層と別名で、白濁食に染った壁面とあまりにも巨大な迷宮構造が由来である。天井は第一級冒険者の視力を持ってしても見えないくらいの高さで、五層もの大円壁で構成されており、『ルーム』の中心に次の層への階段がある。




 レイは謎解きができるほどの頭脳はないので、赤髪の女が調教師(テイマー)であることも理解してません。英雄がバカとかこの世界大丈夫?


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オラトリア三巻
アイズのランクアップ


 不定期更新とは言ってますけど、できるだけ一ヶ月以内には投稿したいと思ってます。


「……ありがとう、レイ」

 

 二人だけになったルームで、そう伝えられる。

 

「どういたしまして」

 

 変に言葉は伝えない。今回みたいなのはこれっきりにしてほしいとか、あんまり無茶をしないでほしいとかは話しても、数日後には破るくらいにはアイズは戦闘狂で、お転婆な姫様なのだから。

 

「……」

 

 二人の呼吸の音だけがルームに響く。

 小さな、ほんの僅かな振動が履いているメタルブーツを揺らし、やつが現れる予兆を伝える。

 

「来た」

 

「……あー、そういえばもう三ヶ月経つのか」

 

 地面の揺れは次第に大きくなり、ルームの中心あたりの地面が隆起する。耳が痛くなるほどの爆音を鳴らしながら現れた、全身真っ黒で覆われた骸骨のモンスター。その名も、『ウダイオス』。

 37階層の階層主として冒険者の前に立ちはだかる『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』であり、ギルド評価はLv6相当。復活までに約三ヶ月のインターバルが空き、以前【ロキ・ファミリア】が倒してから今日で丁度三ヶ月が経つ頃だった。

 スパルトイをそのまま真っ黒に染めて巨大化させたような見た目ではあるが、スパルトイに比べて下半身が地面に埋まっているため機動力はなく、上半身だけで高さ数十M(メドル)に迫るほどの巨体。また、頭部には二本の(オウガ)を彷彿とさせるような角が生えており、胸部にはとんでもない大きさの魔石が、分厚い胸骨と肋骨に守られるようにして存在している。

 私との相性はかなり良かったけど、アイズとはどうだろうか。というか、まさか本当に私と同じように一人で特攻するつもりなのか。

 

「レイ、手を出さないで」

 

 するつもりらしい。ここまで意思が固まってるなら、私は見守るだけに徹しよう。致命傷を受けて死にそうなら助けに出るくらいで、あとは本当に何もしない。だって、私は信じてるから。

 

「すぐに終わらせるから」

 

 ───【ロキ・ファミリア】最強の女剣士は、こんなやつに負けるわけないって。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 戦闘は一時間以上の長期にわたった。

 ウダイオスが呼び出したスパルトイを受け持ち、そわそわしながら見守る。ひやひやするところはあったけど、本当に何も手を出さずアイズはウダイオスを単独で討伐した。

 大量の灰の上に巨大な魔石が乗っかっている中、アイズは屍の上に立ち、ゆっくりと見上げた。腕やお腹からも出血し、最も酷い怪我をしている額からの血で胸当てを血まみれにしながらも、頭上を仰ぎ続ける。

 そんなアイズのもとに歩み寄り、緩慢とした動きでこちらを向く頭を顎を掴んで少し上に向け、有無を言わさずに万能薬(エリクサー)を飲ませた。

 喉の動きが止まるのを確認してから、試験管をアイズの口から抜き取る。そしてそのまま何も言わずに、顔などに着いてしまっている血を服の裾を一部ちぎって拭う。

 拭い終わり、少しぼーっとしている目を正面から見つめながら、尋ねる。

 

「あの赤髪の女と何があったの?」

 

 瞠目した後、アイズうつむいてそのままぽつぽつと静かに話し始めた。そのほとんどは私も知っている内容だったけど、最後。

 

「あの人、私のことを……『アリア』って」

 

 その情報は私に衝撃を与えた。

 アイズが風の大精霊『アリア』の娘であるということを知っている人は僅か数人のみ。具体的には、ロキ、フィン、ガレス、リヴェリア、そして私の五人だけだ。全体的に口が堅いことに定評があり、性格的にも誰かが漏らしたとは考えられない。

 少し、いやかなり動揺したけど、よくよく考えればまだ少しの余裕はある。なんなら、私は偉業さえ果たせばLv8にランクアップすることはできるわけだし、例えまたあの女が襲ってきても数ヶ月程度では、成長促進スキルがない限りそう変わらないはずなので、十分対処出来るはずだ。

 

「アイズ、そういうことに気づいたらすぐ私かリヴェリアに相談して。……私達はそんなに頼りない?」

 

「そっ、そんなこと、ない」

 

「ほんとかな?……ねぇ、悩み事があるなら話してよ。何でも聞くし、相談にも乗るからさ」

 

 そっとアイズの頭に手を乗せ、髪を梳くようにして撫でる。撫でられているアイズは気持ちよさそうに目を細め、頷いた。

 やがておずおずと、頬を淡く染めながら顔を見上げられる。

 

「レイ……」

 

「ん?」

 

「……ごめんなさい」

 

「…………しょうがないなぁ」

 

 右手の甲でアイズの額をコツンと叩き、意識を切り替えるよう促す。

 

「この話はもう終わり。ほら、ドロップアイテムとか魔石回収しよ。アイズも手伝って」

 

「……うん」

 

 灰の中に埋もれてしまった魔石を頑張って探り、ドロップアイテムも回収。魔石はレフィーヤから預かったバックパックに突っ込み、ドロップアイテムは入り切らなかったので手で持つことにした。

 そのまま三日ほどかけ、ようやく『上層』に着く。その間アイズには戦闘させず、めんどくさいから【バーストレイ】をぶち込んでそそくさと『深層』、『下層』、『中層』を後にした。

 そして、ウダイオスのドロップアイテムである『ウダイオスの黒剣』は、アイズとの激しい戦闘の末剣先を始めとした部分が破損しているものの、ちょうど冒険者が使える程度のサイズになっていた。そしてそれを過去鍛冶師(スミス)を目指していたという武器狂(ウェポンマニア)のボールスからの強い懇願を押し負け、18階層にアイズは次回探索に備えた保管という体で託すことにした。

 そして今は、5階層。

 私とアイズは、広間(ルーム)の中でぽつんとうつ伏せで寝転がっている冒険者を発見した。まあなんとも命知らずな。

 二人で近づくにつれ、とても見覚えのある髪色が目に入る。

 下級冒険者を思わせる軽装に、まだ筋肉もあまり着いていない細身な体、そして処女雪のような白髪。まさに、ミノタウロスに追いかけ回され、酒場でベートに散々言われていた白兎(少年)だった。

 片膝を着いて少年の姿をよく観察する。

 

「……外傷は無し。んー、周りに魔力の残滓が残ってるってことは、精神疲弊(マインドダウン)かな」

 

「レイ。私、この子に償いをしたい」

 

「まあ、少年を守るのは当然として……膝枕でもしたら?」

 

 何かもう、今回の小遠征で異常事態(イレギュラー)が起きすぎて、思考を放棄した返答をする。

 思わずアイズも数回瞬きをした。

 

「……そんなことでいいの?」

 

「いいんじゃない?誰だってアイズみたいな可愛い子に膝枕されたら、もう飛び跳ねるほど嬉しいに決まってるよ」

 

「別に、私は可愛いわけじゃ……」

 

 え、寝惚けてんの?

 アイズが目を下に逸らしながら言った言葉に驚愕を隠せない。今、この子はなんて?

 

「可愛いに決まってるでしょ」

 

 真っ直ぐに目を見て、また頭を撫でてやる。なんかアイズの頭には私の手を引きつける魔力があるらしい。ことあるごとに頭撫でちゃう。っていうか、昔からアイズのことは猫可愛がりしてたのにまだわからないのか。

 

「よく、わからないよ……」

 

「わからなくてもいいよ。でも、私からしたらアイズはもうそこらの女神より可愛いと思ってるから」

 

「……そういうもの?」

 

「そういうもの」

 

 軽く思考に耽っている様子のアイズを最後に一撫でし、その場を後にする。

 ここはもう『上層』だし、アイズがあの少年を守るなら心配も要らないだろう。お邪魔虫はさっさと退散させてもらいましょうかね。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館の一室で、ロキとギルドの職員であるハーフエルフの女性が問答していた。そしてリヴェリアもロキに聞きたいことがあったらしく、そこに同席し話を聞いている。

 そしてその横で、明らかに雰囲気を壊すような異質の二人がいた。

 一人は、慌てふためいてどうにか機嫌を直そうとする私。もう一人は、アームチェアの上で膝を抱えて盛大に意気消沈するアイズ。

 なぜ、このような事態になったのか。それは、アイズの膝枕から起きた少年に脱兎のごとく逃走されたからである。つまり、邂逅(ミノタウロス)の時と全く同じことが再び引き起こされてしまったのだ。

 今頃どうなっているかな、あの時の謝罪はできたかな、ちょっとはアイズも落ち着きを取り戻せたかな。

 そう心を躍らせていた私の目に映ったのは、派手に項垂れて肩を落とすアイズ。思わず駆け寄り、何があったのかと問いかけると、返ってきたのは───また、逃げられちゃった……

 堪らず爆笑してしまい、真っ赤になって頬を膨らませながらどんっ!も両手で突き飛ばされた。

 その場にいた団員にめちゃくちゃ驚いた目を向けられたけど、暫く笑いは治まらなかった。結果、アイズはいじけてしまい今に至る。

 

「ごめんって。まさかまた少年が逃げるなんて思ってなかったんだよ」

 

「……」

 

「ホントにごめんって。許して?」

 

「……」

 

「お詫びと言ったらなんだけど、今度一緒に休み過ごそ?ティオナ達も誘ってさ」

 

「……………」

 

「なんでまた機嫌悪くなったの!?ごめんって〜!!」

 

「ほれ、アイズぅ。自分、いつまで落ち込んでんねん」

 

 もう話は終わったのか、ロキがこちらに歩み寄ってくる。心做しか輝きを失っている金髪を見て、「重症やな」と苦笑した。

 

「そや、【ステイタス】更新しよ?帰ってきてからまだやっとらへんやろ?な?」

 

「……わかりました」

 

 そのままロキに着いていくようにして部屋を後にするアイズ。去り際にリヴェリア達に小さく一礼したものの、私とは一切目が合わなかった。

 

「…………ねえ、もしかしてアイズ結構根に持ってる?」

 

「もしかしなくともそうだろうな」

 

「……………………泣きそう」

 

 ハーフエルフの女性が瞬く間に落ち込んでいく私にわたわたとし、リヴェリアに鎮められる中、大声がホーム中に響いた。

 

 

 

 

 

 

「アイズたんLv.6キタァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 

 

 

 

 

 おめでとう、アイズ。

 ついでに機嫌直して………。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 アイズがLv.6になった夜から次の日の朝になっても、話題は彼女の【ランクアップ】で持ち切りだった。

 それに触発されたように、同じくLv.5だったベートやティオナが心からの悔恨を見せ、今すぐにでもダンジョンに潜りそうな勢いだった。

 そして私は、団長である『椿・コルブランド』に案内され、バベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の一室を訪れていた。

 

「主神様、失礼する」

 

「あら、椿……と、珍しいお客さんね。どんなご要件かしら?」

 

「では簡潔に、私が今使っている武器を改良して頂きたいと思い訪問させて頂きました」

 

「……詳しく、聞かせてもらえる?」

 

 なぜ改良してもらいたいと思ったか。その理由は四つある。

 一つ。双剣だと機動性には富むが、攻撃範囲がとてつもなく狭いこと。

 二つ。打撃に耐性を持つモンスターと戦う際に、双剣だけだと決定打にかけると感じたこと。

 三つ。武器がどうにも使いにくく調節を頼んだが、オラリオ最高峰の鍛冶師である椿にも、神ヘファイストスでは無い鍛冶神の『ゴブニュ』様にも「無理だ」と断られたこと。

 四つ。長く使用し続けるためには鋭斬属性だけだと心許ないということ。

 その話を聞いた神ヘファイストスは、一度口元に手を置いて考えた後、やがて小さな声で。

 

「そう、貴女が……」

 

「?」

 

「きっと、これが貴女に馴染まないのはまだ同じ死線を潜った回数が少ないからね。この武器は、使い手と一緒に危機を迎える度に段々適応されて馴染んでいく武器。魔力の伝導率も上がっていくわ。椿の前の団長が作った武器で、元々使っていた人も最初はボヤいていたわね。……それで、これをどう改良してほしいの?」

 

「……双剣と大剣で自由に武器を入れ替えられるのが好ましいと考えています」

 

「双剣と大剣で自由に武器を入れ替えられる、ね……」

 

 やはりこの要望を叶えるのは難しいのか、頭を悩ませている様子の神ヘファイストス。だが、出てきた言葉はその不安を打ち破るようなものだった。

 

「それくらいなら簡単に出来るけれど、貴女大剣は使えるの?」

 

「……へ?」

 

 あ、え、できるのッ!?

 

「できるんですか!?」

 

「ええ、まあ。これの刃渡りが双剣にしては少し長めの60C(セルチ)だから、子周りの効く貴女にとってちょうどいい長さになるんじゃないかしら。ただ、さっきも言ったけれど貴女大剣は使えるの?」

 

「人並み程度にはいけます。最初武器で迷走してた時にあらかた使ってきたので」

 

「そう。じゃあ、四日後にまた来てちょうだい」

 

「はい、お願いします」

 

 なんだ、めちゃくちゃ悩んでたのにあっさりと解決してしまった。でも、これでようやく本当の私の戦闘(バトル)スタイルになれる気がする。ブランクもあるし、誰かに教えてもらおう。あ、オッタルとか?

 椿にまた案内されて【ヘファイストス・ファミリア】を出ると、私はウッキウキで新しいおもちゃを与えられた子供のように喜ぶ。思わずスキップまでしてしまうほどに高揚していて、周りから二度見されているけど気にしない。

 気分が浮き立ったままホームに帰り、近くにいたレフィーヤにこのことを話して談笑していると、ロキに話しかけられた。

 普段はあまり話しかけてこないので何か大事な話かと思って話を聞くと、なんでもレフィーヤとベートと【デュオニソス・ファミリア】の『フィルヴィス』さんと共に24階層にいるアイズの援軍に行けとの事だった。

 大急ぎでレフィーヤが荷物をまとめ、【ヘファイストス・ファミリア】に武器を預けた私は、代理品である『不壊属性(デュランダル)』をもった大剣を担ぎ驚かれ、やがてフィルヴィスさんが来た。

 臨時パーティを組むということでレフィーヤが軽く自己紹介するも、彼女は無言を返すのみ。続くように私が挨拶をすれば、彼女は慌てふためいた様子を見せた。

 挨拶が終わって少ししたら、ベートとフィルヴィスさんの間で険悪な空気を漂わせ始める。何かもう既に先が思いやられた。

 ちなみに、今更ながらなぜベートとレフィーヤくらいしか主戦力の人がいないのかを尋ねると、下水路の方の探索に行ったらしい。私が武器の調節をお願いしている間に何やら会話は進んでいて、その時の会話中にいなかった私は置いていかれたということだった。

 なんか会話の除け者にされた感じがして悲しくなりました。まる。



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13話(仮)

「……きょ、今日はいい天気ですねー?」

 

「18階層に天候も糞もあるか」

 

「……」

 

「……」

 

 ……流石にこの無言の空気が気まずいとはいえダンジョン内で天気デッキは無理があると思う。

 場所はなんだか最近縁がある18階層の、連絡路である洞窟を通り抜けた先にある、階層南部の森林の中。かかった時間はたったの数時間。

 効率を重視しようとしたベートからお前はエルフ二人を担ぎながら走れとか提案し始めたけど、常識的に考えてそんなことするわけないでしょ。

 レフィーヤはそんなにエルフの習性出てないけど、フィルヴィスさんは視線を向けただけでめっちゃ睨んできてなぜか青ざめ始めたし。というか青ざめて「切腹……」とか言い出してるし。レフィーヤ今すぐ彼女が手に持ってる剣奪って。

 そんなわけで、最初は一悶着あったもののかなりいいペースで進むことが出来た。とはいえ、私からしたら大股歩き程度の気分だったけど、レフィーヤがへばったので一回休憩を挟むためにここにいる。

 ちなみになぜ普段はちょくちょく口を挟んでくるやつが無言でいるのかというと、単純にそこまで喋るタイプじゃないから。

 レフィーヤが頑張って会話を広げようとしてるけど、ベートは友好的な態度を見せる素振りもないし、フィルヴィスさんも話しかけるなオーラ満載。涙目のレフィーヤが縋るようにこっちを見つめるけど、その話題を広げられるほどのトーク力がないから首を横に振ることで返答。

 首がガックリ折れたレフィーヤを横目に、なんとなく背中に担いでいる大剣をベートに背負わせてモンスターを倒させてみる。結構な重量があるからスピードダウンするかと思ったけどあんまりしてない。見せびらかしてる腹筋とスボンに隠れてる大腿筋は伊達じゃないね。

 

「フィ、フィルヴィスさんっ、先程はありがとうございました!」

 

 急にレフィーヤが割と大きい声を出し始めてびっくりした。先程っていうのは、ここにくるまでにさりげなくレフィーヤを守っていたことについてだろう。

 私はこの階層に着くまでレフィーヤの杖術の向上を図ってあえて近接戦闘を指示し、レフィーヤがモンスターから一撃貰ったら助けるくらいのスタンスで見守っていた。しかしその目論見は思うようには進まず、奇襲されそうになった時はフィルヴィスさんがレフィーヤから危険を取り除くなどの気遣いをして、結局未だにモンスターに迫られることに慣れないままに終わった。 ちなみにレフィーヤの杖術は一切成長しなかった。この子近接戦闘向いてなさすぎる。

 それにしても、世間ではフィルヴィスさんとパーティーを組んだ人が軒並み死んでいくことから、『死妖精(バンシー)』だのなんだのと言われいるらしくどんな感じの人なんだろうとか思ってたけど、ただのいい子って印象だったな。

 

「ミノタウロスを受け持ってくれて……実は、私あのモンスターが苦手で……」

 

「……」

 

「フィルヴィスさんは前衛職なんですか?短剣(けん)の他にも杖を持ってしらっしゃいますけど」

 

「……」

 

「ひょっとして、魔法剣士だったり?だ、だったら私っ、尊敬しちゃいます!」

 

「……」

 

「あ、あははは……しゅ、趣味はなんですか?」

 

 そこまでいって反応無いんならもう諦めなさい。それ以上会話が広がることは無いから。

 

「うるせえっての。耳障りだ」

 

 ベートがうざったそうに口を開き、続けて鼻で笑った。

 

「使えねーなら捨てるでいいだろう。仲良しこよしになる必要がどこにある」

 

「私も貴様と馴れ合うつもりは毛頭ない。下賤な狼人(ウェアウルフ)め」

 

「おー喋れるじゃねえか、陰険エルフ。その調子でモンスター相手に魔法(うた)でも歌ってろ」

 

 うーん売り言葉に買い言葉。これからアイズのところに加勢しに行くための臨時パーティで、協力しなければいけない仲間なのになんで喧嘩したがるのか。それに、これ以上レフィーヤの胃を傷つけて一体何がしたいんだこの人達。

 

「ベート、相手は他派閥で臨時とはいえパーティメンバーなんだから言い方は慎重に。うちのベートがすみません、フィルヴィスさん」

 

「い、いえっ、貴女様に謝られるほどのことでは……!?」

 

 フィルヴィスさんは焦ったようにそう言うと、早足に19階層に繋がる階層中央に向かっていった。

 

「おい、間抜け。アイズの居場所もわかってねえだろ、先に(リヴィラ)へ行くぞ」

 

 情報収集が先だと呆れながら手を伸ばし、襟首を掴もうとした次の瞬間鋭く翻り、抜剣して白刃を勢いよく振るった。

 

「───私に触れるな!!」

 

 甲高い金属音が響き渡る。

 ベートが腕に装着している手甲で危なげなく防いだものの、相手が同レベルだったら間違いなく顔に刺さってる勢いだった。

 なんでそんなに過剰な反応を示したんだと疑問を浮かべたけど、すぐに納得。

 今でこそリューやレフィーヤ、リヴェリアなど、エルフの中でも少し異例な人物が周りにいてすぐ出てこなかったけど、本来エルフは『認めた相手でなければ肌の接触を許さない』という特有の文化であり習性がある。

 それにしても過剰反応すぎるとは思うけど。昔の荒れてたリューでさえ小太刀か裏拳だったよ……もしかして同じくらいリューも過剰だった?

 

「あァ?」

 

 ベートの頬に刻まれた稲妻型の刺青が怒りに歪み、殺気が溢れる。

 一触即発の空気に、私が行く前にレフィーヤがフィルヴィスさんの前に立って、庇うようにしながら慌てて仲裁に入る。

 

「べ、ベートさんっ、待ってください!?同胞(エルフ)には他種族との肌の接触を許さないという風習があってっ、だからそのっ、反射的に……!?」

 

「けッ、それにしたって過剰だろ。どうかしてんじゃねーか」

 

「……」

 

 口を閉ざし俯くフィルヴィスさんにレフィーヤが気まずそうに付き添っているのを見て、私は同じ種族同士何か通ずるものがあるかもしれないと判断し、ここはレフィーヤに任せることにした。後ろから「え、まさかこの状況の中で私だけ置いていくんですか……!?」っていう声が聞こえてきそうなくらいじっと見つめられてるけど気にしないで足を進める。

 レフィーヤ、あとは任せた。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 『リヴィラの街』に入って、アイズの姿を見た者がいるかを調べるため聞き込みをする。

 ロキから見せてもらったアイズ直筆の手紙には、『冒険者依頼(クエスト)を引き受け24階層へ向かう』としか書いていなくて詳細が書かれていなかったから、具体的に24階層のどこに向かえばいいのかがわからない。そんな状況で無鉄砲に行って着いた頃には手遅れにだったという最悪の場合を防ぐため、多少時間はかかっても聞く必要があった。

 ロキからは冒険者依頼(クエスト)内容はモンスター大量発生の調査だろうと言われている。手分けして情報収集に奔走し、私は買取り所の小屋の前で椅子に腰かけているボールスのところに向かった。

 

「ボールス、今少しいい?」

 

「誰だ……って、【英雄(ウルスラグナ)】じゃねえか!?なんでここに……」

 

「それはおいおい話す。それはそうとして、アイズの姿を見てない?それとモンスターの大量発生の原因とか知ってたら教えてほしい」

 

「【剣姫】?【剣姫】ならオレ様のとこにも来たぞ。盾を預かってください、ってな。くれぐれも無くさないようになんて、珍しく釘を刺してきたぜ」

 

「盾?」

 

「おう、これだ」

 

 そう言って差し出された防具は緑玉石(エメラルド)の光沢を帯びたプロテクターで、綺麗ではあるけどアイズが着けるには性能が低過ぎる。そんな装備だった。誰かの落し物とかかな。

 

「……どこに向かって行ったとかわかる?」

 

「【剣姫】とつるんでいた連中が、どうやら陽動用の血肉(ドロップアイテム)隠蔽布(カムフラージュ)をいくつか買い上げていったようだな」

 

「ってことは、アイズ達が向かったのは食料庫(パントリー)かな……?」

 

 血肉(トラップアイテム)は、設置すると周囲にモンスターを誘き寄せることができ、隠蔽布(カムフラージュ)は、その階層にあった色合いのものを選べれば、モンスターの策敵を欺くことができる。両方とも食料庫(パントリー)*1を通るときに、先頭を回避する時に使用される。

 24階層は食料庫(パントリー)を通るし、これらを買うのも納得出来る。そう一人納得していると、ボールスが何かを言い淀むように話しかけてくる。

 

「ところで……お前等、『死妖精(バンシー)』とパーティを組んでいるのか?」

 

「えっ?」

 

 他のところではいい情報が得られなかったのか、最も情報を持ち合わせているだろうボールスのところに話を聞きに来たレフィーヤが、死妖精(バンシー)という言葉に反応する。後ろから歩いてきていたベートとフィルヴィスさんも立ち止まり、ベートを残してフィルヴィスさんはこの場から離れていった。

 

「『死妖精(バンシー)』って……フィルヴィスさんの二つ名ですか?」

 

「いや……冒険者(オレら)が勝手に呼んでるだけだ。あのエルフの二つ名は別にある」

 

「フィルヴィスさんに、何かあったんですか……?」

 

 ボールスはフィルヴィスさんの方を一瞥した後、ポツリと零すように話し始めた。それは私も知っていた内容であり、自派閥(みうち)他派閥(よそ)も関係なく、フィルヴィスさんとパーティを組んだ人はフィルヴィスさんを残して全滅しているということ。六年前に起こった『27階層の悪夢』*2*3の数少ない生き残りで、以降まるで()()()()かのように、彼女と関わったパーティは遅かれ早かれ彼女を残して壊滅してしまうようになったということ。

 これらの理由が重なり、厄介者扱いされているのだとか。

 

「本人にはたまったもんじゃねえ風評だろうけどな……まあ、【英雄(ウルスラグナ)】と【凶狼(ヴァルガナンド)】もいるんだし大丈夫だとは思うが、気をつけろよ」

 

 肩を竦めて忠告したボールスは、小屋の中に戻っていく。

 きっと、ここにきて最初にあったあの睨みつけられた後に自責の念に駆られていた様子は、「自分なんかが【英雄(ウルスラグナ)】様と一緒のパーティで、ただでさえ恐れ多く申し訳ないと思っているのに、さらに習性から睨みつけてしまって、もうどうしたものやら」という感じなんだろう。別にそんなことに気にしてないのにね。

 話を聞き終わり、こっそり聞き耳を立てていたベートが広場で待つフィルヴィスさんの元へ歩いていく。それの後を追っていくと、彼女はゆっくりと振り返った。

 不意に、ベートが身を乗り出して口端を吊り上げる。

 

「詳しい話は知らねえが、要するにてめえは仲間を見捨てて、おめおめ生き残っちまったってわけだな。ざまぁーねえな。何でまだ冒険者なんてやってんだよ、そのままくたばっちまえば良かったじゃねえか」

 

「ベートさんっ!!」

 

 いつも通りのベートの遠慮の無い言葉に、彼女は静かに笑みを浮かべた。ただ、その笑みは自然に浮かぶものではなく、その美しい顔立ちには似合わない嘲笑と自傷の笑みで。

 

「お前の言う通りだ。あの日、眷属(ファミリア)先達(なかま)とともに死ねないまま、私はこうして生き恥を晒している。無様なまでにな。噂は聞いたのだろう?どうする、ここで別れるか?私はお前達も殺すかもしれないぞ」

 

 自虐にも聞こえる脅し文句に対し、ベートは舌打ちをし、「てめーみてえな達観している奴が一番ムカつく」と唾棄して一人広場の外へ向かい出した。まるで見限ったかのように。

 周りはどこからか響いてくる弦楽器の音色で包まれ、天井からの水晶の明かりが降り注ぐ。そんな暖かな雰囲気と賑やかな周囲とは隔たれたかのように、沈黙が三人を支配していた。

 

「別れるわけないよ」

 

 余りにも静かな空間の中で、断言するように言葉に出す。

 

「……なぜ?」

 

「周りが貴女を死妖精(バンシー)と呼ぼうと関係ない。私の目の前にいるのは、どこか寂しそうで、すぐにでも折れてしまいそうな雰囲気のただの一人の女の子だよ。例えボールスが話していたことが事実で、実際に事件が起こったとしても、必ず私が守る。もう、貴女を死妖精(バンシー)だなんて言わせない。私が、呼ばせない」

 

「っ、なぜそう断言出来る?」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、英雄というだけで全てがどうにかなるとでも思っているのか!?それに、私は汚れているッ!穢れているッ!!」

 

()()()()()

 

「ッ!?」

 

 二度目の驚愕の表情。こんなにも彼女は感情が豊かで、動揺するのか。この短時間でまた新しい一面が知れた。思わず破顔する。

 

「これからは、本当の貴女を教えて欲しい。死妖精(バンシー)と呼ばれてからの出来事じゃなくて、同じ【ファミリア】にいた仲間のこととか、それこそ、好きな食べ物みたいな、ほんの些細なことでも」

 

 拍子に抜けたような表情で呆けていたフィルヴィスさんだけど、ややあって「くっ」と噴き出した。慌てて漏れ出た笑みを隠すように手で口を覆ったけど、止まる様子がない。

 結局、諦めた彼女は、おかしそうに笑った。それは思わず見蕩れてしまうほどに美しくて、つられて私も目を細める。横を見れば、レフィーヤも笑っていた。

 

「やっぱり、貴女は怖い顔でいるよりも笑顔の方が綺麗だよ」

 

 ほんの少し棘が無くなった彼女の雰囲気に、堪らなく嬉しくなる。これはただの自己満足だけど、彼女が人生を諦めないでいてくれてよかった。

 途端に赤く染っていく耳と頬を見なかったことにし、そろそろ行こうと声をかけ、広場の外で律儀に待っているベートの元に三人で駆け寄っていく。編成に変更はなく、四人のパーティは(リヴィラ)を後にするのだった。

*1
モンスターに栄養を恵むダンジョンの休養の間

*2
闇派閥(イヴィルス)が、ダンジョン内で不振な動きがあるという情報をわざと漏洩(リーク)させ、無数のパーティを27階層のある地帯(エリア)に誘き寄せ、総掛かりで捨て身の『怪物進呈(パス・パレード)』を実行した事件。モンスター、階層主までもを巻き込み、今日では『悪夢』の名で語り継がれている。

*3
闇派閥(イヴィルス)』……秩序を嫌い、混沌を望む邪神達(かみがみ)に率いられた過激派集団




 フィルヴィスさんフラグが立ちましたね。これからどんどんフラグを立てていくかもしれませんが、本命はリューさんのみなので、ハーレム展開にしはしない予定です。やっぱ嘘かも()

 話は変わりますが、アンケートの方について説明が不足していたので少し補足させてもらいます。
 一つ目の各話のセリフから抜粋というのは、基本的にはレイが話した言葉からの抜粋になります。レイが一度も喋らなかったり、クソみたいなことしか話してなかったら別のキャラのセリフからの抜粋になるかもしれません。
 そこを踏まえた上での投票お願いします。補足が遅れてしまい申し訳ありませんでした。


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ふーん、そうなんだ。それが何?(仮)

 アンケートの投票ありがとうございます。採用された案は過去の話の方にも投影させていただきます。
 今回、前回の話でお試しとしてタイトルの書き方を変えるので、その上でどれが良かったかを選んでいただけると幸いです。


「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!【アルクス・レイ】!」

 

 進路上にいた二十を超すモンスター達を一掃したことを確認したレフィーヤは、杖を下ろした。

 

「そうか、お前はウィーシェの森の出身か。同胞の中でも『魔力』に秀でた里の者達……あの魔法の出力、道理で」

 

「い、いえっ、私はこれくらいしか取り柄がないので……」

 

 階層北にある食料庫(パントリー)までの道に、収拾しきれなかったものと思われる無数の『ドロップアイテム』と死骸()が続いている。また、死骸()がまだ山になったままであるということは、このモンスターが倒されたのはおそらく数分前。

 

「無駄口叩くな。来るぞ」

 

 くだらなそうに告げながら、ベートが前に飛び出す。

 あっという間に、視界の奥から現れた巨大蜂(デッドリー・ホーネット)と二M(メドル)を超える巨躯のホブゴブリンを、パーティの進行速度に微塵も影響を与えない早さで叩きのめしていく中、私達の周囲では蜥蜴人(リザードマン)毒茸(ダーク・ファンガス)の群れがどっと押し寄せてくる。

 即座に超短文詠唱をしようとしたところで、フィリヴィスさんが何かをしようとしているのを僅かな挙動で感じ取り、口を閉ざす。

 

「!」

 

「下がれ、ヴィリディス!」

 

 産まれたばかりのモンスターに包囲される中、レフィーヤの名前を呼んだフィリヴィスさんが疾走する。

 短剣でレフィーヤの傍にいたモンスターを斬り倒した後、木製の短杖(ワンド)を引き抜き詠唱。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

 残る二体の蜥蜴人(リザードマン)を相手取りながら『平行詠唱』を当然のように開始し、蜥蜴人(リザードマン)を倒した後に、残る三体の毒茸(ダーク・ファンガス)に持っている短杖(ワンド)を向ける。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 毒胞子が撒き散らされるのと同じタイミングで短文詠唱が発動し、鋭い稲妻と共に駆け抜ける一条の雷が、毒茸(ダーク・ファンガス)達を胞子諸共焼き尽くした。

 中衛として全パーティから常に引っ張りだこな上級中衛職(ハイ・バランサー)として『魔法剣士』は重宝される。自分自身が前線に出て戦うこともできれば、後衛に下がって魔法での味方の援護もできる。また、カバーだってお手の物。

 

「てめーもアレくらいできるようになればな」

 

「うぅ……」

 

「まあまあ、レフィーヤも今平行詠唱頑張ってるんだから」

 

 モンスターを倒し終わったベートに言われて何を言い返せずにいるレフィーヤを少しだけフォローする。

 レフィーヤは前の遠征でもそうだったように、厳しいことを言うが魔法しか取り柄がない。せめて自分の身を守るためにも杖術くらいできるようになれとリヴェリアに言われているものの、どうにもレフィーヤは魔法の素質は有り余るくらいあっても、白兵戦の素質がなかった。また、平行詠唱も頑張ってはいるものの未だ習得できず。

 そもそも、平行詠唱はできる人が少なく、オラリオの中でも片手で数えられるほどしかいない。習得するまでに何十年も必要になる人がいることから、平行詠唱が出来るようになるのはかなり難しいことがこのことからわかるだろう。

 未だ特訓していることが身になっていないとはいえ、習得しようと努力していることに変わりはない。

 頭を垂らして落ち込んでいるレフィーヤを、フィリヴィスさんも擁護する。

 

「火力特化の魔導士にそこまで求めるのは酷だ。真の局面で必要とされるのは、ヴィリディスの力だろう」

 

 砲台である彼女を守るのがパーティの役目だ、とフィリヴィスさんはベートへ語気を強める。上位魔導士こそがパーティの切り札であると主張する彼女に、ベートは二人を交互に見やって鼻を鳴らした。

 

「随分仲良くなってんな、エルフども」

 

 ほんの前までとは偉い違いだというその言葉に、フィルヴィスさんは口を噤み、レフィーヤは赤面してその場で右往左往する。

 軽薄そうに笑っていたベートだったが、そこからレフィーヤに視線を送った。

 

「お前はそれでいいのか。自分(テメェ)の身も自分(テメェ)で守れねえで。馬鹿アマゾネスどもは甘やかしているみてえだがな、俺はそんなことはしねえ。魔法だけが取り柄だの抜かしている内は、てめーは一生お荷物だ」

 

「っ……」

 

「お前は甘い」

 

 断言するその言葉に、一切の容赦も見られない。何かを覚悟するように強く杖を握るレフィーヤ。そんなレフィーヤを見て、漸くかとばかりに出そうなため息を堪える私。言うだけ言って我関せずとばかりに歩き始めるベート。レフィーヤを気にしながらも同じく歩き始めるフィルヴィスさん。

 私もレフィーヤを一瞥してから歩き出そうと思い、レフィーヤに目を向けると、視線をあちこちに向けてどこか落ち着きの無い様子だった。

 

「レフィーヤ、どうかした?」

 

「えっと、いえ、その……」

 

 レフィーヤ以外の全員が何があったのか分からず、思わず気の所為であったのかと首を傾げているが、そんな不思議そうな顔でこちらを見られても私だって何も分からない。

 

「何もねえんだったら行くぞ。食料庫(パントリー)までもう少しもねえ」

 

 手間を取らすなと悪態をつきながら再び歩み出すベートの背中を追うような形で、私達はアイズの元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 ふと、ベートが獣人特有の鋭い聴覚で物音を捉えた。

 普段のダンジョンで鳴っているような、防具と武器が擦れ合う金属音や、ブーツで歩いている時の足音、モンスターがやられたときの悲鳴とかではなく、爆発音や人の悲鳴であるらしい。

 音の発生地に急行すると、【ヘルメス・ファミリア】*1*2の団長、アスフィさんが今まさに全身白ずくめの長身の男によって首を絞められているところだった。

 

「っ、【バーストレイ】!」

 

 咄嗟に男の腕のみを指定範囲として放つと、男は反応しきれずそのまま電撃を食らうこととなり、アスフィさんも感電してしまったが、無事首から手を離すことが出来た。

 一足先に私がずっとベートに預けていた大剣を奪い取って突っ込んでいき、後ろからベートも己ができることをこなしていく。最後方にはフィルヴィスさんの詠唱に続くようにしてレフィーヤが詠唱し、砲撃の準備を進めていた。

 ここに来る途中で見つけた緑壁から胸騒ぎを覚えていたから、正直最悪の場合としてアイズ以外は全滅を想定していたけど、そこまででは無かったらしい。ただ、結構ギリギリだったみたい。

 

「み、みんなっ、逃げてっ!?」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 誰かの掛け声により皆がレフィーヤの魔法範囲から逃れるため走るが、私はそのままの勢いで真っ白の男に肉薄を仕掛けた。

 

「ぬっ!?」

 

 小手調べも兼ねてちょろちょろと周りを動き回り、ジャブ程度の攻撃をするが、相手の男はそれに着いてきている様子がない。なんなら、視線でも追えていないんじゃないかと思うほどの動きだった。

 拍子抜けだと思いながら鳩尾に向けて回転蹴りを食らわせると、正面にいるにも関わらず勘づくことも無く無様にそのまま吹っ飛んでいく。かなり強めに蹴ったので、常人なら暫く立ち上がることも出来ないほどの苦痛を味わっているだろう。

 その間に、痺れているであろうアスフィさんを回収し、話を聞くついでにレフィーヤ達がいるところまで避難させる。

 

「アスフィさん、今の状況を教えてください。それと、知っているならアイズの居場所も」

 

「っ、【剣姫】は、さっきまで私達と同行していましたが、途中で分断されてしまいました。───」

 

 アイズと分断されてしまった事は大分気になるけどひとまず置いておく。それ以外にも、死兵*3やあの男が食人花を従わせる調教師(テイマー)であることなどを教えてもらった。

 

「……なるほど、ねッ!」

 

 吹き飛ばされても尚襲いかかってくる調教師(テイマー)に応酬し、ベートには基本的に遊撃として活動しつつ周りのフォローもするよう指示する。不承不承ではあったみたいだけど、無事従ってくれているようだった。

 因みに、こう考えている今も交戦は続いている。理由は、思ったよりこいつが硬いから。ただ、身体が硬いだけでベートと同じくらいの速さしかないし、攻撃の威力も低い。

 力の出し惜しみをすることなく、男が反応できないほどのスピードでの【バーストレイ】を打ち込んだ。

 この階層(ルーム)内に響く一つの轟音。

 思わず誰もが言葉を発するのを忘れてしまうほどの輝きと、圧倒的な火力。

 咄嗟に男が死んだのではないかと思ってしまうような、そんな一人に打つには少し魔力を込めたとはいえオーバーすぎる火力だったにもかかわらず、男は高電力の雷に打たれ黒焦げになりながらも、フラフラとしながらではあるが立ち上がった。

 

「ゴフッ……惜しかったが」

 

 口から血を吐き出しながら、俯いて目元を隠す前髪の下で、男は薄気味悪く口元に笑みを浮かべた。

 

「『彼女』に愛された体が、この程度で朽ちるわけが無い」

 

 次の瞬間、男の体に変化が訪れた。

 私が着けた高電力の雷による炭化や、裂傷などの傷が()()()()()()

 回復魔法などを使っていないのでは説明が効かないほどの自己治癒能力。体中から蒸気のようにうっすらと立ち上っているのは、『魔力』の残滓のような極小の粒子なのかな。

 この場にいる全員が声を失っていると、漂っていた煙は晴れ、男がおもむろに顔を上げた。

 

「なっ……」

 

 最初に反応したのはアスフィさんであった。

 呆然とその場に立ち竦む。

 

「フィ……フィルヴィス、さん?」

 

「……どうして」

 

 フィルヴィスさんもまた愕然と立ち尽くし、やがて震える唇を開く。

 

「オリヴァス・アクト……」

 

 その言葉を聞いた周囲の人達は、途端に騒ぎ立て始めた。

 

「オリヴァス・アクトって……【白髪鬼(ヴェンデッタ)】か!?嘘だろう!?」

 

「だって、だって、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は……!?」

 

 ルルネやアスフィさん、フィルヴィスさんが茫然自失としていたのも無理はない。なぜなら───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な、なぜ死者がここにいる!?」

 

 ───いるはずのない死者が、そこに居たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死者って……?」

 

 震える声で訊ねるレフィーヤに、アスフィが己の動揺を振り払うように、男の情報を口に出す。

 

「オリヴァス・アクト……推定Lv.3、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名をつけられた賞金首。既に主神は天界に送還され、所属【ファミリア】も消滅しています。悪名だがきあの闇派閥(イヴィルス)の使徒……そして、『27階層の悪夢』の首謀者」

 

「───つ!?」

 

 その言葉を聞いたレフィーヤは、思わずといった様子でフィルヴィスさんに振り返った。

 『27階層の悪夢』という事件は、数え切れない犠牲者を出した闇派閥(イヴィルス)発端の凄惨な事件であり、フィルヴィスさんから仲間とエルフの誇りを奪い取った直接の原因である。

 レフィーヤが見つめる先で、フィルヴィスさんは顔の色を無くして立ちつくしていた。

 

「彼自身、あの事件の中でギルド傘下の【ファミリア】に追い詰められ、最後はモンスターの餌食に……喰い千切られた無惨な下半身だけが残り、死亡が確認されていた筈」

 

 まさに悪夢を前にしたような表情で、彼女は男に問うた。

 

「生きていたのですか……」

 

「いや、死んだ。だが死の淵から、私は蘇った」

 

 男は彼女からの問いかけに、どこか誇らしげに答えた。喜びとも恍惚とも見える表情で自身の体を下から上に撫でていく。そして、胸部まで手が上って行った時、一同は絶句し、顔を蒼白させた。

 狂ったような笑い声とともに目を見開くオリヴァスは、平静を失うレフィーヤ達へ示威するように、胸に埋まった結晶───極彩色の『魔石』を見せつけた。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ!他ならない、『彼女』に!!」

 

 男の背後に位置する赤い光の源、石英(クオーツ)大主柱(はしら)に寄生する(おんな)の胎児が、ドクンッ、と大きく胎動した。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「一体、何の冗談ですか……」

 

 アスフィが思わず疑問を零し、レフィーヤは現に感じている凄まじい怖気と忌避感と強烈な吐き気に堪えきれないように、問いかけてしまった。

 

「貴方は、何なんですか……?」

 

 その問いかけに、オリヴァスはよくぞ聞いてくれたとばかりに口角を上げ、その白髪を揺らした。

 

「人と、モンスターの力を兼ね備えた至上の存在だ!」

 

 あたかもその言葉を実証するように、私が食らわせた【バーストレイ】による焦げも焼け剥がれた皮も徐々に癒えていき、『魔石』が埋まっている胸部も塞がっていく。

 

「神々の『恩恵』に縋るのみの貴様等が……どうしてこの私に勝てる?」

 

 まるで怪人(クリーチャー)とも思われるほどの、人とモンスターの『異種混成(ハイブリッド)』。しかし、先程のように私には随分あっさりとやられていることから、L()v().()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……貴方は、闇派閥(イヴィルス)の残党なのですか?」

 

 何とか冷静であろうとするアスフィさんが、視線を鋭くしながら問い質すも、全員からの視線を浴びるオリヴァスは、くだらなそうに笑い返した。

 

「私はあのような過去の残り滓とは違う。神に踊らされる人形ではない」

 

「ここは何ですか。ここで、貴方達は何をするつもりだったのですか?」

 

 質問を重ねるアスフィさんに、オリヴァスはあっさりと返答する。

 

「ここは苗花(プラント)だ」

 

苗花(プラント)……?」

 

「そうだ。食料庫(パントリー)巨大花(モンスター)を寄生させ、食人花(ヴィオラス)を生産させる……『深層』のモンスターを浅い階層で増殖させ、地上へ運び出すための中継点」

 

 ……食人花、オリヴァスの言う通りなら、食人花(ヴィオラス)が『深層』出身のモンスターであることは、硬度や攻撃の威力から薄々察してはいた。けど、実際にこうしてけしかけた本人?が口に出して言うことで、考察は確信となった。さらに、驚愕の事実。

 

「モンスターが、モンスターを産むなんて……聞いたことがない」

 

 モンスターがモンスターを産む。

 ダンジョンがモンスターを産み出す『母胎』であるということは絶対であり、神々さえも認めている世界の理。過去数百年の歴史の中でも、モンスターがモンスターを産むなんてことは聞いたことがない。

 

「つまり、調教師(テイマー)であふ貴方がモンスターを使役し、この空間を作り出したと?」

 

「違う、違うぞ。私は調教師(テイマー)などではない」

 

 語気を強めるオリヴァスは、とうとうと語った。

 

食人花(ヴィオラス)も、私も、全て『彼女』という起源を同じくする同胞(モノ)。『彼女』の代行者として、私の意思にモンスターどもは従う」

 

「貴方の目的は、何ですか?」

 

 アスフィさんの確信を迫る問いかけに、オリヴァスは狂気の目をしながら笑った。

 

迷宮都市(オラリオ)を、滅ぼす」

 

「じっ、自分が何を言ってるのか……わかってるのかよ?」

 

 無意識に震える尻尾を片手で無理矢理握り込んだルルネさんが口を開く。

 その問いに、オリヴァスは歓呼した。

 

「理解しているとも!」

 

「私は、自らの意思でこの都市を滅ぼす!!『彼女』の願いを叶えるために!」

 

「お前達には聞こえないのか、『彼女』の声が!?」

 

「『彼女』は空を見たいと言っている!『彼女』は空に焦がれている!!『彼女』が望んでいるのだ、ならば私はその願いに殉じてみせよう!!」

 

「地中深くで眠る『彼女』が空を見るには、この都市は邪魔だ!大穴(あな)を塞ぐこの都市は滅ぼさねばならない!」

 

「愚かな人類と無能な神々に代わって、『彼女』こそが、地上に君臨すべきなのだ!!」

 

「娯楽だと笑い、生を尊ぶなどとなどと抜かし何もしない神々とは違う!『彼女』には私に二つ目の命を、慈悲を与えてくださった!」

 

 一気にまくし立てるオリヴァスは、嘲りと敵意を孕んだ目で、こちらを睥睨する。

 

「私は選ばれたのだ、他ならない『彼女』に!!私だけが、私達だけが『彼女』の願いを叶えられる!『彼女』の望みは必ずや私が成就させてみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『彼女』こそが、私の全てだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴァスの狂気にあてられて誰もが動けずにいるけど、ずっと聞くだけに徹していた私の感想としては、至って単純(シンプル)なもので、()()()()()()

 

「ふーん、そうなんだ。それで、何?」

 

 興味が一切ない話を聞き続けるのはストレスだし、退屈。心底くだらない。精々思っても狂ってるってことくらい。

 周囲から一歩踏み出すと、追随するようにベートが唾を吐いた。

 

「御託はいい、とにかくてめえは大人しくくたばれ。……どうせ、もう碌に動けやしねえんだろ」

 

 その言葉に、オリヴァスは言い返さず口を噤む。

 今の長い口上が、オリヴァスの体力を回復するための時間稼ぎであるということをベートは勘づいていたらしい。ちなみに私はわからなかった。長ったらしく永遠と話し続けるから終わらせたかっただけ。

 「え、そんなこと考えてたの?わからなかったんだけど」と思いつつも動揺を表情に表さず、飄々とした態度を貼り付ける私とは違い、「かなりのダメージを負っていたんだ。少ない魔力と生命力(エネルギー)で済むはずもなく、恐らく最初のような動きはできやしない」という考察とともに鋭い視線の矛を向けるベートに、オリヴァスは「くっ」と笑う。

 

「見抜いていたとは、恐れ入る」

 

 ベートの読みを認め、思惑が看破されたにもかかわらず、オリヴァスは不敵な笑みを浮かべた。

 

「私を生かそうとしてくださる『彼女』の加護は、未だこの身にはすぎた代物…々貴様の言う通り、今の私は碌に動けん」

 

 ───()()()、とオリヴァスは笑みを深めた。

 瞬間、オリヴァスの背後の光が微かに揺らめいた。嫌な予感がし、声を張り上げる。

 

「全員この場から離れてッ!!」

 

「やれ───巨大花(ヴィスクム)

 

 直後、石灰(クオーツ)から発せられる赤光が揺らめき、大主柱(はしら)に寄生していた三体のモンスターの内、一輪の巨花が蠢き、震え、毒々しい花弁をレフィーヤ達に向ける。咆哮の代わりに鳴り響くのは、大主柱(はしら)と緑壁に一体化した体をベリベリと引き剥がす、耳を塞ぎたくなるほどの轟音。

 極彩の花から放たれる強烈な腐臭───凄まじい死臭。

 時が止まったかのように動かずにいるレフィーヤ達の頭上から、巨躯が重力に従って落ちてきていた。

*1
探索系【ファミリア】であり、基本的にどことも中立の立場でいる。その中でも【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダは有名であり、『神秘』という発展アビリティのおかげで魔道具作成者(アイテムメイカー)として、装着した者を完全な透明状態にする『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』などの様々なものを作り出している。

*2
発展アビリティである『神秘』の所有者は、オラリオの中でも五人に満たないと言われている。『魔導』と『神秘』などといったレアスキルを極めると、魔導書ができ、過去に『賢者の石』という不死身になる石を作った賢者がいたが、主神に見せた次の瞬間に目の前で破壊されるという事件があった。

*3
自身が死んでしまうことすらも厭わない狂気的な思考を持つ集団のこと。捨て駒。



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大丈夫、何があっても私が守るよ(仮)

 アンケートへの投票ありがとうございます!
 一話から続いているアンケートに関しましては、書け次第の投稿にさせて頂くことにしました。
 続いて、前々話からのアンケートに関しましては、一先ず最も投票数の多い本編のセリフを一時的に採用させて頂くことにしました。
 以降もよろしくお願いします。


「早く逃げろッ!」

 

 一度は足を止めていたが、二度目の叫びでようやく全員が動き出す。

 誰もが全力でその場から駆け出し、巻き込まれそうな人を両脇に担げるだけ担いで、この場にいる全員を覆い尽くすほどの黒影から逃れると、程なくして恐ろしいほどの体積がまるで鉄槌のように地面へと叩き付けられ、今日一の衝撃がルームを震わせた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」

 

「う、嘘だろう!?」

 

 思わず悲鳴をあげるほどの衝撃波。

 地面が粉微塵に弾けて緑肉が雨のように降り注ぐ中、舞い上がった灰煙の奥でその巨体は傲然と存在していた。

 階層主すらも優に抜かしてしまうほどの巨大花のモンスターに、上級冒険者は思わず戦慄してしまう。そんな中、音もなく駆け出す者が一人。

 

「なっ!?」

 

 巨大花がオリヴァスの命によって動き出す前にその存在を消す。

 

「【焼け(バーケ)】」

 

 私の体と大剣を真っ赤な炎が覆い尽くす。

 地面を力強く踏み切り、上へと飛び上がる。そして大剣を頭上に構えつつ力を溜め、体重を乗せながらその威力を解き放った。

 高熱が大剣に付与されており、普段の切れ味よりも摩擦熱やらなんやらが重なって増長。巨大花が気づいたころには花は中心から割れ、魔石を巻き込みながら地面へと大剣が叩きつけられていた。

 真っ二つとなったその身の断面は、いっそ芸術品を前にして見蕩れてしまうような感覚に陥らせる……といいんだけど、実際は熱で体の水分が蒸発して肉が焼けてなんかブクブクしてる。気持ち悪い。過剰だったかな。

 

「……は?」

 

 大主柱(はしら)に寄生している宝玉の胎児が叫喚しているけどそれを無視して、顔を白くして放心しているオリヴァスを前に、大剣を肩に担いぎ顔だけを仲間達に向けて歯を見せる。

 

「大丈夫、何があっても私が守るよ」

 

『……………う、うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「はぁぁぁああああああああああああ!?」

 

 

 

 

 

 ドカンッ!!

 

 

 

 

 

 雄叫びルームを木霊した刹那、鳴り響く爆発音。

 その出処は、大空洞の壁面の一角だった。

 

『!?』

 

 全員が視線を向けたその先には、何筋もの煙を引いて傷だらけで飛び出してきた赤髪の女性と、全身に裂傷を負った様子のアイズ。

 

「レヴィス!?」

 

「アイズさん!?」

 

 オリヴァスとレフィーヤが同タイミングで叫んだ。

 探し求めていた人物をようやく見つけだしたと思ったら、その人物はなにやら交戦中だったらしい。

 赤髪の女性は片膝をつき、アイズは肩で息をしている程度。双方かなり疲弊しているみたいだけど、どちからといえばアイズの方が優勢みたいだった。

 

「……口だけか、レヴィス。情けない」

 

 レフィーヤ達と同じくアイズ達を観察していたオリヴァスは、顔色が戻り調子も良くなったのか、味方であるはずの女性に嘲笑を送り付けた。

 響いた声の方をアイズとレヴィスとかいう女性が見つめる中、オリヴァスは笑みを深める。

 

「この娘が『アリア』などと……認められるものではないが、いいだろう。『彼女』が望むというのなら」

 

 何処かアイズに嫉妬している様子を見せながら、オリヴァスは顔を歪めてから片手を真上に上げた。

 

巨大花(ヴィスクム)

 

 背後にある大主柱(はしら)に向かって喚起を飛ばす。

 石英(クオーツ)に取り付いていたモンスターさ巨躯を揺すり、体皮を引き剥がしながら、あたかも倒壊する塔のように地面に倒れ込んだ。周囲一帯の地面を砕きながら、ぞるっと大長躯を蠕動させる。

 大主柱(はしら)に巻き付き残った巨大花に見下ろされながら、その花頭を目前にいるアイズへ向けた。

 レフィーヤが叫声を上げ救援に向かおうとするも、オリヴァスの差し金かモンスターが邪魔をしてきて進めない。しかし。

 

「【バーストレイ】」

 

 【プロミネンス】を解除し、広い範囲で殲滅できるもう一つの魔法を使用する。

 指定範囲は巨大花と冒険者を除く()()()()()

 細かい範囲の指定はできるけど、電力が高すぎて感電してしまう恐れがあるから、とりあえずそこら辺に蔓延っている食人花がいる範囲全てを指定。魔力を解放する。

 高密度の雷の柱が迸り、巨大花を残して全てが魔石ごと灰になった。

 

「………チート過ぎるでしょ」

 

 再び衝撃で固まるオリヴァスと、目を見開くレヴィス。目を点にして情景を見て固まる【ヘルメス・ファミリア】とフィルヴィスさん等々を無視して、私はアイズに目線だけを向ける。アイズはわかったと言わんばかりに、小さいながらも頷いた。

 

「───行くよ」

 

 オリヴァスからの指示がなく不動の巨大花に眼前にし、愛剣(デスぺレード)に呼びかけたアイズは、その小ぶりな唇を開き、()()を乗せた。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 直後、呼び起こされた風の大渦が周囲の空気を押しのけ、最大出力の暴風を愛剣(デスぺレード)に付与した。

 そして、一閃。

 大薙ぎされた斬撃が、巨大花の首を両断した。

 私がしたような、圧倒的な力を見せつけられ、思わず誰も彼もが声を失ってしまう。

 鮮血を撒き散らしながら、モンスターの花頭は弧を描き、やがて轟音を放って地に墜落した。

 再び木霊する叫喚。レフィーヤ達の戦慄した視線が、《デスぺレード》を振り抜いたアイズの元に集まる。

 きっと、私のときと同じような心境なのだろう。

 

 

 

 

 

 ()()

 

 

 

 

 

 再び肌の色を白くさせ、後退りをする。まさか、二体ともが両方一撃で仕留められるとは思ってもみなかったのだろう。一瞬で今まで張りつけていた自信と余裕が崩れ落ちていく様子が見て取れた。

 アイズは、Lv.6に到達して初めて行使した【エアリアル】を纏い、オリヴァスを見据える。

 オリヴァスは咄嗟に手を振り上げ、悲鳴をあげるように叫んだ。私とアイズに巨大花を一撃で沈められてるんだから、もう諦めてしまえばいいのに、と同情の念すら浮かんでしまうほど、その姿は哀れなものだった。

 

「ヴィ、食人花(ヴィオラス)───ッ!?」

 

 残っていた食人花の全てがアイズに襲いかかるも、あの風を纏ったアイズに手打できるはずがなく、瞬く間に殲滅された。

 

「……差ァ開けられた」

 

 ベートは不機嫌そうにそう言葉を零し、頬に刻まれた稲妻を歪める。

 オリヴァスは全ての手札を失い、とうとう精神の平衡が崩れた。

 

「ありえんっ、負けるなど、屈するなどっ───ありえるものかァ!?」

 

 地面を蹴りつけ、アイズに突進した。でも、それは今のアイズにとって余りにも()()()()

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

 無数の斬閃が刻まれ、体の各部位が繋がっているのが不思議なほど、全身から血飛沫が舞い散る。黄緑色の下半身も、人の上半身もズタズタにさせながら、オリヴァスは倒れ込んだ。

 

「嘘だ……種を超越した私が、『彼女』に選ばれたこの私がぁ……!?」

 

「───とんだ茶番だな」

 

「!」

 

 再起不能に陥った無惨な男へ、アイズが歩み寄ろうとしたその時。突風のような速度でレヴィスが横からオリヴァスを助け出した。

 飛び退いたアイズの目の前で彼の服を掴み、そのまま十分な距離をとる。石英(クオーツ)大主柱(はしら)付近で止まったレヴィスは、何の遠慮もなしにオリヴァスの体を放り投げた。

 周りのモンスターも殲滅し、巨大花も倒した私達の視線は、自然と二人に向けられる。

 

「す、すまない、レヴィス……」

 

「……」

 

 膝を着くオリヴァスは息も絶え絶えな様子で、まさに満身創痍だった。それを静かに見下ろすレヴィスは、いっそ不気味で恐ろしく感じる。

 レヴィス達の周囲は、私達が大きな半円状となって囲んでいるため、ここから逃げることは至難の業だ。

 レヴィスは無表情でその手を伸ばし、オリヴァスの服の襟を掴んで片手で持上げる。

 そして、次の瞬間。

 手刀を、オリヴァスの胸部に()()()()()

 

『!?』

 

「なっ───」

 

 想像していなかった状況に、思わず言葉を失った。

 突き刺さった手刀は、そのまま更に押し込んでいき、オリヴァスの鼓動の音に合わせて血液が溢れていく。押し込んでいくレヴィスの表情は一切変わることはなく、オリヴァス本人は、ここにいる誰よりも理解が追いついていないような表情をしていた。

 

「レ、レヴィスッ、何を……!?」

 

「その目で周りをよく見ろ」

 

 そう言って見回す視線の先には、私、アイズ、ベート、フィルヴィスさん、レフィーヤ、アスフィさん、ルルネさんがいた。

 立ち尽くす私達の視線を一身に浴びながら、その血のように赤い髪を揺らす。

 

「より力が必要になった。それだけだ」

 

 レヴィスは淡々と、そして冷酷にそう言葉を紡いだ。

 

食人花(モンスター)どもではいくら()()()()大した血肉(たし)にならん」

 

 その言葉でこれから起こることを察したのか、オリヴァスはこおりつく。

 

「まさか、よせ!?私はお前の同じ、『彼女』に選ばれた人間……!?」

 

「選ばれた……?お前はアレが女神にでも見えているのか?」

 

「……ッ!?」

 

「アレが、崇高なものである筈ないだろう。お前も、そして私も、アレの触手に過ぎん」

 

 そうくだらなそうに鼻を鳴らし断言したレヴィスに、オリヴァスの表情は目まぐるしく変化し、眦を裂いた絶望の形相で自身の胸に刺さった細腕を両手で握り締める。

 

「た、たった一人の同胞を殺す気か!?」

 

 オリヴァスの必死の叫びも聞く耳を持たず、レヴィスは手に力を込めた。反比例するように、オリヴァスの体からは力が抜けていき、レヴィスの腕をがっしりと掴んでいた両手もまた、だらり、と垂れ下がった。

 

「私がいなければ、『彼女』を守ることは───!?」

 

 オリヴァスの叫びを塞ぐように、レヴィスは勢いよく胸部から手を引き抜いた。その手中に収まっているのは、血に濡れた極彩色の『魔石』。核を抜かれたオリヴァスは、その他のモンスターと同じように灰になっていった。

 

「勘違いするな」

 

 足元に積もった灰塊へ言葉を吐き捨てながら、レヴィスはこちらに振り向いた。惨憺たる光景に瞠目するアイズを見据える。

 

「アレは私が守ってきた。これからもな」

 

 オリヴァスの胸部から剥奪した『魔石』を口に含み、噛み砕く。

 嚥下し終わると、レヴィスはぐっっ、と漲る力を確かめるかのように右手を握り締め、また彼女の髪も逆立つようにざわっと揺れる。

 直後───レヴィスは地面を粉砕し、アイズへ砲弾のごとく爆走した。

 

「っっ!?」

 

 アイズへと叩き込まれた剛拳を、風を纏った《デスぺレード》で防御するも、次の瞬間には真後ろへ凄まじい勢いで弾き飛ばされた。

 

「貴方はっ……!?」

 

「喋る暇があるか。まだ足りんな」

 

 18階層で会った時とは桁違いの威力。つい先程までアイズより劣っていたというのに、今では形勢逆転して逆にアイズが劣勢になってしまっている。

 こうなるまでにしたことと言えば、オリヴァス・アクトの『魔石』を食べたこと。それだけで判断するなら、レヴィスの攻撃の威力、洞察力の上昇の理由は───強化種

 増援しようと駆け出したその時、背後からアスフィさんの悲鳴が聞こえた。

 

『!』

 

「なっ!?」

 

 アスフィさんが吹き飛ばされる前にいた場所には、紫の外套(フーデッドローブ)を被り、不気味な紋様の仮面をした謎の刺客。両手には銀のメタルグローブがはめられており、明らかに増援ではなく敵側の人間の洋装だった。

 

「アスフィ!」

 

「まだ仲間が!?」

 

 吹き飛んだアスフィさんに、【ヘルメス・ファミリア】の足並みが乱れる。

 同じくアイズの増援に行こうとしていたベート、レフィーヤ、フィルヴィスさんもその場で立ち止まって振り返り、仮面の襲撃者に目を見張った。

 

「完全ではないが、十分に育った、エニュオに持っていけ!」

 

 レヴィスはアイズと戦いながらも思考を巡らせ声を張り上げられる余裕があるらしい。

 襲撃者は『宝玉』ごと握り締め、アイズの『風』に反応し叫び続けている胎児を黙らせる。そのまま取り付いている大主柱(はしら)から強引に引き剥がした。

 

『ワカッタ』

 

 仮面の人物は様々な肉声が折り重なったような不気味な声で返事をし、直ちにその場から離脱した。そのまま宝玉を持って数ある大空洞の出入口の一つに疾走する。

 

「ルルネ、()めなさい!?」

 

 アスフィさんに命令されたルルネさんは、歯を食い縛り、全力で仮面の人物を追走した。

 

巨大花(ヴィスクム)!」

 

 しかしそこで再びレヴィスが叫ぶ。

 近接していたアイズを力任せの薙ぎ払いによって吹き飛ばし、大主柱(はしら)に巻き付いている残る巨大花に命令をした。

 

()()()()()!!枯れ果てるまで、力を絞りつくせ!」

 

 瞬間、大空洞が鳴動した。

 

「……!?」

 

 思わず立っているのにわかるほどの強い振動に、動きを止めてしまう。

 大主柱(はしら)に寄生している巨大花が震え、何かを吸い上げるおぞましい音響を発する。光り輝く石英(クオーツ)から養分を暴君のごとく吸収するかのように。

 やがて、ピキリッ、と結晶の大主柱(はしら)にいくつもの罅が入り、その罅を拡張するように痙攣を繰り返す巨大花から、大空洞に広がる触手、太い根が、瘤のように断続的に膨れ上がり恐ろしい勢いで脈動する。

 次の瞬間、天井、壁面、大空洞の全領域に存在する蕾が、一斉に()()()()

 

「─────」

 

 全ての食人花が開花する。その大きさは大小様々で、巨大花の体皮からは急速に色素が抜け落ちて土気色に変わり、大長駆が力なく垂れ下がる。

 まるで世界の終わりかのように色が無くなる大空洞の緑壁。そして死んでいく食料庫(パントリー)の代わりに、破鐘の産声が次々と響き合い、重なり合う。耳朶を震わせる怪物の斉唱に、頭上を見上げる全冒険者が戦慄する。

 醜悪な牙を剥き出しにした食人花が咆哮し、私達を目がけて一斉に天井と壁面から落下した。

 ───怪物の宴(モンスター・パーティー)!!

 呆然とする冒険者の全方位から、食人花達は激烈な勢いで襲いかかってきた。



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……は?(仮)

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「っっ!?」

 

 数え切れないほどのモンスターの群れに、声にならない悲鳴をあげる。

 見渡す限り広がる花。右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、上を見ても、どこもかしこも花に覆われていた。

 数百にも上るそのモンスターの総数は、通常の怪物の宴(モンスター・パーティー)とは比較にならないほどに多かった。

 

「くっ……!?」

 

 出入口の一つに飛び込んだ仮面の人物は、地獄の壺と化した大空洞を後にした。通路口の奥へと姿を消す男を追いかける人物はここにいない。

 

「【バーストレイ】!」

 

 再び全範囲を指定しモンスターを殲滅するも、すぐに新しく湧いてくる。流石にこんなに何発も全範囲を指定して魔法を発動すると、魔力量と精神力(マインド)の消費量が半端じゃない。まだ余裕はあるけど、同じ威力で打てるのはあと三回といったところ。

 ベートを中心として前衛の防衛線を維持しているみたいだけど、その数が減る気配はない。

 その現状を前にし、場は大混乱に陥った。レヴィスとの交戦を強いられていたアイズとは、向こうもこちらもお互いに救援になかなか行けない状況であり、正直なことを言えば絶望的状況。

 【バーストレイ】よりも消費魔力量が低い【プロミネンス】の、【焼け】よりも温度が高い【焦がせ】を使用して、光に群がる虫のように襲ってくる食人花を、皆に熱による被害が及ばないように離れながら数十匹とまとめて断ち切っていると、Lv.7の聴覚が普段から聞き慣れている人物からの悲鳴を聞き取る。

 ちらりと視線だけをそちらに向ければ、武器を失ったアイズが慣れない格闘戦を強いられているところだった。しかも、同じレベルのポテンシャルを持つ敵ということで、こちらと同じ、もしくはそれ以上に厳しい状況に陥っていた。

 今すぐにでも助けに行きたいけど、私が行ったら何とか保てているこの戦線は瞬く間に崩壊してしまう。

 武器の性能として劣っている人もいるし、レベルが足りなくて何も出来ない人や、十八番の高威力広範囲の魔法を使おうとしても魔力を感知して食人花が襲いかかってくるという理由で魔法を使えない魔導士もいる。

 ……【焼け】で6000℃、【焦がせ】で1万℃、【焼き消えろ】で2000万℃を超える熱を自身に付与する【プロミネンス】は、付与されていない人に対してはそのままの熱が感じることになる。

 人はいくら冒険者で耐久値が上がっていても、いくら器が昇格していても、耐えられないラインはある。それを易々とこの熱が超えてしまうため、【プロミネンス】を自身にだけ使用する時は皆に被害が及ばないように離れていた。けど、付与している自身が感じる熱は、暖炉から感じる熱と同じくらい。

 であるならば。

 

「っ、【焦がせ(バーケ)】!」

 

 残り魔力量の半分ほどを使って、()()()()に付与する。そちろん、それはアイズにも。これなら、そこに立っているだけでも周りにいるモンスターは勝手に肉が焦げて死んでいくし、攻撃が届く前にほとんどの物質は溶ける。幸い、発展アビリティに精癒*1があるから多少の無理くらいならできる。

 念の為高等精神力回復薬(ハイマジックポーション)を半分ほど飲んでおき、ベートに声をかける。

 

「ベート!」

 

「なんだァ!」

 

「私はアイズに加勢しに行く、ここ任せた!」

 

「あァ!?」

 

 返答をちゃんと聞く前に、ベートの靴にも【焦がせ(バーケ)】を施し、走り去る。

 目指すは、この可愛い妹分の元。Lv.7が出せる全力を出して疾走し、落ちていた《デスぺレード》を拾って左手で逆手に持つ。大剣も逆手にして右手に、アイズへのトドメを刺そうと油断しているレヴィスを横から襲撃した。

 

「ガッ……」

 

 下顎を目掛けて大剣を持っている右手で殴るブラフをかけ、本命の大剣で首を後ろから斬りかかるも、レヴィスは本能的に危機を察知したのか即座にしゃがみ、こちらから距離を取った。

 

「はい、《デスぺレード》」

 

「あ、ありがとう……」

 

 離れたのをいいことにアイズに《デスぺレード》を手渡すと、とんでもないものを見るような目でこちらを見られた。多分何も躊躇なく首を切り落とそうとしたことに吃驚しているんだろう。でも一度相手が人型のモンスターなんだって理解したら、多少心と体の相違はあれど普段モンスターを殺すときのように動ける。

 

「ぐっ、この化け物め!!」

 

「貴女に言われたくないね!」

 

 一息で攻めにかかると、レヴィスは目が追いついていないのか明らかに防戦一方になっていた。それはそうだ。アイズ相手でさえ僅かに優れているくらいだったのに、アイズが一度も勝てていない、寧ろあのアイズが遊ばれている人物を相手にして太刀打ちできるはずがないのだ。

 

「【焦がせ(バーケ)】!!」

 

 ()()()()

 有り得ない行動にアイズ共々目を丸くする。

 二重に付与魔法をかけたことで、より身体能力が上がった体は今まで以上によく動く。

 圧倒的なまでの蹂躙。相手の動きは緩慢に見えるし、少し体の軸をずらすだけでまんまと釣られて避けきれずに攻撃を食らう。攻撃を仕掛けたところで高温により肉は溶けるどころか炭になる。

 出血していたり炭化していたりする全身から『魔力』の粒子である蒸気を立ち上らせて傷が治っていくけど、流石に怪我が深いのか治りは遅くて、着々と傷により動きが鈍くなっていた。

 そうしてプライドを少しずつ折っていき、大分イライラしてきたかなというところであえて後ろに体制を崩すことで相手を油断させ、必殺を打ってくるところを狙って胸部を蹴り上げる。

 蹴り上げられた衝撃で上に飛ばされたレヴィスは、そのまま重力に引かれるままに落ちてきた。そこにさらに追い打ちをかけるように、上へと跳躍しレヴィスのさらに上まで行くと、上空で前宙した勢いのままにかかと落としを顔に叩き込む。

 かなりの高度に加えてとてつもない衝撃による加速が与えられたことにより、ただの重力加速度による落下以上のものを伴いながら、レヴィスは勢いよく地面に叩きつけられた。それにより瓦礫が砕け、砂塵が舞う。

 砂塵が晴れた頃には、レヴィスはフラフラとしながら立ち上がり、口から血が混じった痰を吐き出して口元を拭っていた。苦々しく表情を歪ませて忌々しそうに叫ぶ。

 

「お前、もしかして()()()()か!?」

 

「……は?」

 

 『ヘリオス』って誰?知らない。

 

「クソッ、『アリア』に『ヘリオス』だと?分が悪すぎる……っ!」

 

 いやだから『ヘリオス』って誰よ。自分のじゃなくて知らない人の名前で呼ばれても反応すら出来ないけど。「ヘリオスゥゥゥウウウウウウウウウウ!!」って叫ばれても「…………………………あっ、私か」ってなるよ?認識に時間かかって空気緩くしちゃうけど平気?

 そう考えていると、レヴィスは苦々しい表情を含み笑いに変え、ばっと勢いよく私の背後に視線を向けた。まだ策があるのかと多少警戒しながら視線を追うと、その直後にはレフィーヤが【エルフ・リング】で召喚したリヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】による巨炎の広範囲殲滅魔法が放たれ、レヴィス曰く産み続けていた大主柱(はしら)に巻き付く巨大花をも巻き込んだ。

 再びレヴィスの方に視線を向ければ、今度はその目には驚愕している心情が浮かんでいた。

 しかし、レヴィスは背後の石英(クオーツ)を見やると、にやりと顔を歪ませる。こういう時に詰め寄って取り返しのつかないことになるなんてことはざらにある。よって、そのまま警戒を続けながら動向を見ていると、大主柱(はしら)を背後にして立ち止まった。

 

「あぁ、そういえば。知ってるか、この大主柱(はしら)食料庫(パントリー)の中枢だ。これが壊れるとどうなるか……わかるか?」

 

「「っ!?」」

 

 ───まさか。

 急いで止めようと走り出すも、止めるためには一歩も二歩も遅い。

 拳を握られ、腰をひねり、横殴りの一撃を大主柱(はしら)に叩き込まれる。

 儚い赤光を帯びていた石英(クオーツ)の柱にたちまち竜の爪痕のような巨大な亀裂が生じ、罅が天辺まで上ったかと思うと、次には甲高い破砕音を響かせた。

 摩耗していた大主柱(はしら)はとうとう倒壊し、連動するかのように食料庫(パントリー)の天井も崩れ始める。

 

「……!」

 

「逃げなければ埋まるぞ?特に、助けが必要そうなお前の仲間はな」

 

「……性格腐ってるね、貴女」

 

 ギルドとの情報とは明らかに違う戦闘力を見せたアスフィさんは、私が抜けた分ベートと一緒に得意じゃないはずなのに前線を維持してくれていたらしく、かなりの満身創痍。その他の【ヘルメス・ファミリア】の面々も、レベル差があったためか立つのも辛そうなくらいだった。

 レフィーヤは、最後に放った召喚魔法により精神疲弊(マインドダウン)を引き起こして倒れ込んでしまい、ベートは傷がところどころあるもののまだ余裕があるのか、落下してくる岩石の中でデカすぎるものを粉砕し、怪我人がさらに出ないようにと配慮していた。

 激しい岩盤の雨が降り注ぐ中、全員が撤退行動に移ろうとする。

 

「アイズ、私達も撤退するよ」

 

「……っ」

 

 レヴィスに背を向け、場を離れようとした直後。

 

「───『アリア』、ついでに『ヘリオス』。59階層へ行け」

 

 投げかけられた言葉に、思わず視線を向ける。

 

「ちょうど面白いことになっている。『アリア』の知りたいものがわかるぞ」

 

「……どういう、意味ですか」

 

「アイズ、耳を傾けない方がいい」

 

「薄々感づいているだろう?お前の話が本当だとしても、体に流れる血が教えている筈だ」

 

「……」

 

「アイズっ」

 

「お前自ら行けば、手間も省ける」

 

 それは言外に「アイズを連れていくのは骨が折れる」という意味でもあったと思う。

 

「地上の連中は私達を利用しようとしている……精々こちらも利用してやるさ」

 

「おい、【剣姫】、【英雄(ウルスラグナ)】!」

 

「アイズ、レイ、急げ!」

 

 ルルネさんとベートに呼ばれ、アイズはようやくレヴィスと交わしていた視線を切った。

 出口に向かって走りながら、最後にあの女の方を見る。女は空間の最奥から動くこともなく、その場に留まっていた。

 やがて、怪我人を担いで崩落する迷宮から退避する。

 この日、24階層の食料庫(パントリー)は崩落し、一行は何とか脱出することに成功した。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

sideレフィーヤ

 24階層での戦闘の後、私達はホームに帰ったらまずすぐに寝た。まさか、寝て起きたら丸一日経ってるなんて思ってもいませんでしたけど。

 フィルヴィスさんは別れ際、多くを語らず笑みだけを見せて【デュオニソス・ファミリア】に帰っていった。フィルヴィスさんとの心の距離が縮まった気がする。もっと話したいけど、今度会えるのはいつかな。

 そして、【ヘルメス・ファミリア】には、数人の死者が出てしまった。かける言葉が見つからなくて自己嫌悪していたら、もし良かったら墓に手向けの花でも添えてやってくれ、とアスフィさんとルルネさんから微笑まれた。

 冒険者を生業としている以上、自他の死は覚悟しておかなければいけないとしても、自分の【ファミリア】の人が亡くなってしまったと聞いたら、私は暫くは塞ぎ込んでしまうかもしれないな、なんて思ってしまう。

 

「色々なことが沢山あったけど……」

 

 あの事件から二日が経った。

 ようやく体が全快したけれど、何もせずベッドの上でぼーっと過ごしてしまう。普段同僚の女性団員と相部屋だからか、どこかこの部屋が広く感じて寂しいと思った。

 

「『アリア』に『ヘリオス』、か……」

 

 宝玉の胎児やら、闇派閥(イヴィルス)の残党やら、怪人(クリーチャー)やらと、衝撃的な事象が目白押しで、何から考えればいいのかも分からなくなる。でも、今私が最も気になるのは、アイズさんとレイさんがオリヴァスとレヴィスに呼ばれていたその名前。

 なんでアイズさんが『アリア』と呼ばれたのかなど、憧れの人とあの人達との接点が気になって思い切って直接聞いてみるも、無惨に敗れ去った。ちなみに、レイさんも同様。最後に申し訳なさそうな「ごめんね……」って言って、何も語ってくれませんでした。

 

「う〜ん……詮索は、駄目だけど……うぅ〜ん」

 

 ぽすん、と音を立てて仰向けに倒れる。

 どうしてもそれが頭から離れなくて、そのまま天井を見上げていると、ドア越しに声が掛けられた。

 

『レフィーヤ、平気ー?』

 

「……ティオナさん?」

 

 部屋のドアを開けてみれば、そこにはティオナさんとすぐ側にティオネさんがいた。

 

「大丈夫だったー!?なんか大変だったんでしょー!?もう動いて平気なのー!?」

 

「は、はい、もう体の方は……」

 

 ずいずいと距離を縮めながら質問攻めしてくるティオナさんに思わずタジタジしてしまう。数歩後退してもなお詰め寄ってくるティオナさんに、思わずどうしようと思った直後、ティオネさんがティオナさんの後頭部を叩いたことでようやく大人しくなった。

 思わず苦笑すると、お二人とも私のみを案じてお見舞いに来てくれたらしい。

 

「レイとアイズとベートからちょっとは話聞いたんだけどさー、なんかよくわからなくて」

 

「あんたがトンチンカンなだけよ、馬鹿ティオナ」

 

「あはは……そういえば、ティオネさん達は下水道の方へ行かれてたんですよね?そちらの方はどうだったんですか?」

 

「あの食人花のモンスターは何匹か見つけたけど、収穫って呼べるものはなしね。無駄骨だったわ、こっちは」

 

 食料庫(パントリー)でモンスターがどこに運び出されようとしていた光景を知る身としては、下水路にいる食人花は闇派閥(イヴィルス)の仕業なんじゃないか、なんて考えていた時、さっきまで頭を回していた考え事がぱっと思い浮かんだ。

 

「あの、ティオナさん、ティオネさん……『アリア』と『ヘリオス』、って知っていますか?」

 

 憧憬であるアイズさんとレイさんに内密で探るような真似は気が引けるけど、ずっと言葉を濁されていることなら、多少はどんなことが隠されているのかとか気になってしまうものだと思う。

 ティオナさんとティオネさんは私よりもアイズさん達との付き合いは長いし、物は試しだ。

 

「『アリア』と『ヘリオス』?私は聞いたことがないわね……」

 

「『アリア』と『ヘリオス』?あたし、知ってるよ!」

 

 ティオネさんでやっぱりかと思ったら、まさかのどんでん返し。

 

「え!?ほ、本当ですか!?」

 

「うん、ほんとだよー」

 

 失礼な話だけど、正直そこまで期待していなかったために、驚きを隠せない。「お、教えてくれませんか!?」と身を乗り出せば、「うん、いいよー!」とまたまた軽い返事。

 その場でどんな人なのかを説明してくれるのかと思ったら、ティオナさんは何故か移動を始めた。

 

「ティ、ティオナさん?どこに行くんですか?」

 

「んー、書庫!」

 

 そう言ってティオナさんは【ファミリア】の資料庫に足を踏み入れた。お目当ての本を探すために何度も棚の間を往復していると、無事見つけることが出来たのか、嬉しそうな声を出して少し高い場所から背伸びして本を取り出す。その本はかなり古いものなのか年季が入っていて、『アリア』と『ヘリオス』が載っているであろう(ページ)を開いて渡してくれた。

 左右の肩から覗き込まれながら開かれた(ページ)に視線を落とすと、一人の英雄に寄り添う長い髪の女性がいた。白黒の挿絵で、天の羽衣を纏った姿が描かれている。英雄とアリアの間には光のようなものがあり、英雄と光と精霊は、ハイエルフやドワーフ、獣人、小人族(パルゥム)、アマゾネス……多くの仲間と共に立ちはだかるモンスターと対峙していた。

 記されてる名前は……。

 

「……精霊、『アリア』」

 

「『ヘリオス』はこっちー」

 

 左肩から手が伸びてきたかと思うと、ペラペラと(ページ)を捲っていき、最後の一つの絵のところで捲るのを止めた。

 そこに描かれていたのは、一人のショートヘアの女性で、その女性の周りには腰にも届かない身長の子供がたくさんいた。こちらは特に目立ったものを纏っている様子はないけど、燦々と降り注がれる陽光の下で手からモヤを出していて、それを見つめるように立つエルフ。その隣にも『アリア』はいた。

 最初に見せてもらった挿絵とは全く違った印象を抱かされる。

 

「話の内容は微妙に違うけど、色んな物語に出てくるよ」

 

「そういえばあんた、小さい頃から童話とか御伽噺、よく読んでたわねぇ……」

 

「えへへー」

 

 お二人が談笑している中、私は一人じっと本の中の女性を凝視する。

 精霊。

 神に最も愛された子供。

 神の分身。

 完全なる不死では無いにしろ、何世紀にも及ぶ寿命。

 エルフである私達と同じ魔法種族(マジックユーザー)にして、エルフ以上の強力な『魔法』と『奇跡』の使い手───。

 

(───アイズさんの『風』と、レイさんの『熱』?)

 

 そこまで思考が迷走したけど、まさか、と一笑してその考えを捨てた。

 『精霊』なら神様達と同じように、相対すればその雰囲気やらで誰にでもはっきり種族を察することが出来る。アイズさんは天然というか不思議な感じはあるけど、神聖というほどの存在感は見受けられない。それはレイさんも同様。多少抜けてたり、無自覚フィジカルお化けなところだったりをふとした瞬間に見せつけられるけど、『精霊』ではないとわかる。

 そもそも、神の分身である『精霊』は神々と同じように子供は産めないはず。

 ここまで調べといてなんだけど、結局は私の思い違いか、と苦笑しながら私はこの本を閉じた。

 本の表紙には、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』という題名(タイトル)が綴られていた。

*1
魔力の回復量が上がる、レベルが上がった時に出現したアビリティ。魔導士に発現することが多い




設定裏話
レイの秘密①
・精霊の血が入ってる。精霊名は『ヘリオス』。
・ヘリオスはギリシャ神話の太陽神であり、ギリシャ語ではヘーリオス(太陽)と言われている。「本編ではあまり精霊とか書かれてなかったし、一人くらい加えてもいいでしょ。炎とかはありふれてるし、ちょっと捻って太陽位にしておくか」という発想で生まれた精霊。
・黒竜に襲われた時、家族は全員モンスターに襲われ死亡。自身は黒竜が飛んできた時の風圧でかなりの距離吹き飛ばされ、受け身取れず傷だらけ。(当時5歳)さらにそこら辺のモンスターにも襲われて満身創痍。
 黒竜がいかにも体に悪そうな瘴気出してきて死にかけて、掠れてしまった視界には瘴気に呑まれそうになっている精霊『ヘリオス』の姿があった。見たことない姿だなと思いながらも瘴気から助けるために歩き出し身を呈して庇うと、その姿に感動し、レイの命がもう時期終わってしまうことが見えた『ヘリオス』は、自身の命を引き換えにレイの魂の中に入りレイのことを守った。

 そのうち詳しいことは本編で話します。


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幕間:誠に申し訳ございませんでした。(仮)

 注意!めちゃくちゃにR-15の内容が含まれてます。ガールズラブの内容ですので、苦手な方はすぐ次話にいってください。作者の趣味がふんだんに注ぎ込まれただけのものなので、普段よりも文章がかなりはっちゃけてます。頭を使って読まないようにしてください。シンプル恥ずかしいので。


 一応ちょっと大事なのは、レイがランクアップしたことと、それに伴って新しい魔法、スキル、発展アビリティが発現したことです。詳しい説明は次の話で!


 24階層での事件から、およそ二週間が経過した。

 レフィーヤはもう起きて普段通り生活している。ベートは気づいたらどっか行ってるからよくわかんない。

 24階層から帰った日は、ヘファイストス様から大剣が出来上がったとの報告を貰って受け取りに行った。

 完成品を見て、実際に双剣から瞬時に大剣に変わるのかを確認するためにも一度ダンジョンで試し斬りをしたいと言った日のまま、ありとあらゆる階層主(モンスターレックス)を相手に試し斬りをしたらなんか楽しくなっちゃって、結構瀕死の重症を負いながら49階層のバロールも撃破した。一気に一人で休み無しに階層主(モンスターレックス)を倒し切るのは流石に辛かった。

 持っていっていた回復薬(ポーション)類が戦っている最中の衝撃で全て割れてしまったことで、自分は回復魔法も使えないし精神疲弊(マインドダウン)寸前だしで結構ギリギリな状態だったなかなるべくモンスターと遭遇しないように帰路を辿っていたところ、何階層かはわからないけど冒険者の装備を身に纏ったリザードマン?がいた、と思う。正直疲れすぎてたのもあって記憶が曖昧。

 その時に襲いかかられる前に討伐しようとしたんだけど完全に体から力が抜けちゃって、前に倒れ込んでしまいそうな体を何かに支えられた。で、気づいたら18階層に繋がる階段の前で倒れてて、そのままとりあえず疲れたしシャワーに入りたいから、ドロップアイテムと魔石は後回しにして、真っ先に家に帰ってきた。外見は結構見てられないくらいに酷いと思うけど、そこは力を振り絞って、意地でも姿を見られる前に走ってきた。

 

「ただいま」

 

 扉を開けると、奥からバタバタと慌ただしく音が聞こえて、玄関に繋がる扉が勢いよく開かれた。目の前に写るのは、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる大好きで愛しい恋人。

 そしてその勢いのまま抱きつこうとして、固まった。

 

「っ、遅い!今までどこをほっつき歩いてたんだ貴方、は……」

 

「ごめんね、不安な思いさせた―――」

 

 私の全容を解説すると、裂傷と打撲痕が体中に張り巡らされていて、頭から血が流れてたり自覚してなかったけど、肩が外れたのか右腕動かせなかったり指の骨折れて動かそうとすると痛いという、あからさまな重症。リューはみるみるうちに顔を青くして、動揺した。一方の私は、リューのもとに帰ってこれたという安堵から意識を手放した。

 再び目が覚めたときには、かつては見慣れていた景色が視界に広がっていた。ベッドの横にはこちらの手を握るリューと、その後ろで立っている【ロキ・ファミリア】の幹部達。

 声を出そうとしたらかすれて、一瞬話し方を忘れたかのように思った。そんなことを考えているのも束の間、なだれ込むように抱きついてくるリューとアイズとティオナとレフィーヤ。

 あまりの衝撃に一瞬息ができなくなったけど、それについての文句を言う前にリューに遮られた。

 

「無事に帰ってきてくれてよかった………」

 

 私の肩口に頭が寄せられ、病衣が濡れていくのを感じながら頭を撫でる。そして口々に優しい言葉をかけられた後、何日寝ていたのかを知らされた。まさかの三日。思ったより短いんだねっていったら怒られた。何があってオラリオ最強の片割れがこんなにも重症になるんだと問い詰められて、圧に負けてありのまま隠さず話したら、更に怒られた。全員の背中に大蛇が見えた。

 ベートは呆れた様子で一言残した後病室を出ていった。他のみんなも続くように言葉を残して部屋を離れた。最後に残ったリューはまだ離れる様子を見せなくて、暫く頭を撫でながら久しぶりのリューを満喫していると、落ち着いてきたのかそのまま鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅がれる。

 

「臭い……」

 

「自覚してます」

 

「帰れることになったらすぐシャワーに入りなさい」

 

「うん」

 

「二度とこんな無茶はしないで」

 

「……うん」

 

「深層に向かうときは最低でも三人で行きなさい」

 

「うん」

 

「帰ったら……触ってください」

 

「……今も触ってるけど?」

 

「そうではなく、───奥まで」

 

「」

 

「……」

 

 思わず真顔になる。

 私達が付き合い始めてから三年。今までやってきたスキンシップといえば、手をつなぐ、ハグ。最近ではキスもするようになったけど、深くしようとしたらリューが口を離してしまってできたことがない。そんな私達の関係が、ようやく発展することになるらしい。

 

「で、では。ちゃんと安静にしてしっかり治すように」

 

 そう若干早口でまくし立てたリューは顔を赤くして逃げるように病室を出ていった。

 …………………………彼女は一体どこまで私を悶えさせるのか。今から緊張してやばいんですけど。

 ナースコールをいつの間にか誰かが押してくれていて、リューが去ってからしばらくしてアミッドが現れた。

 

「起きましたか……って、なぜそんなに顔が赤いんですか」

 

 ………………………………………黙秘権を行使します。

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 果てしないほどの緊張を孕みながら言葉を紡げば、何もなかったかのように「おかえりなさい」と迎えてくれるリュー。

 もしかして盛り上がっていたのは私だけ?と肩透かしを食らったような気分に陥りながらシャワーに入り、その後に続くようにシャワーに入りに言ったリューを待っている間になんとなく伸びていた爪を切る。

 

「あがりました」

 

 「おかえりー」といつものように声をかけようとして、固まる。

 いつの間に買っていたのか、あがってきたリューはうさみみがついたパーカーを着ていて、何も言えずに固まっている私をよそに魔石冷蔵庫から水を取っているその背中―――基臀部には、うさぎの尻尾と思しき丸があった。座っていたソファから立ち上がり、その背中に抱きつく。

 

「どうかしましたか?」

 

「……その格好、めっちゃ可愛い」

 

「……それは、ありがとうございます」

 

 ちゃんと抱きつきながらリューがコップに入った水を飲みきったのを確認して、横抱きにする。

 

「ひゃぅ!?」

 

 何その悲鳴かわいい。

 そのまま二階に上がり、私の部屋に連れて行く。そしてそのままベッドに降ろして、その上に覆いかぶさった。

 付き合い始めてから三年間で一度も見たことがない景色。

 この先を想像したのか上気した顔に、への字になった眉。緊張しているのか息をするのが早くて、顔を隠すためかフードを被って隙間越しにこちらを見てきた。

 その瞬間、私の脆い理性は千切れた。

 

 

 

 朝、小鳥のさえずりで目が覚めた。横にはリューが寝転がっていて、起きた私に挨拶する。そこまではいつも通りなんだけど、こちらに向けられるその表情といい、若干枯れている声色といい、なんだか艶っぽくてドキドキした。

 リューが上体を起こした時顔を顰めて己の腰をさすりだしたから大丈夫か聞いたら、拗ねたような初めて見る表情を向けて一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───レイのせいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エッッッッッッッッッロ過ぎない!?

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 腰が痛いというリューに家事をさせないように色々気を使いながらベッドメイキングや朝食の準備、不在だった期間の分の部屋の掃除やら何やらをして、ようやく暇になった昼。

 流石に階層主ハシゴしたんだからレベル上がるでしょと思いロキにステイタスの更新を頼みに【ロキ・ファミリア】の拠点(ホーム)、『黄昏の館』にやって来た。

 丁度入ってすぐの広間のソファに座っていたベートにロキの居場所を聞いて、言われた場所に向かうと、神酒(ソーマ)を飲んでいるロキがそこにはいた。ちなみになぜかベートには会ってすぐ顔を顰められた。失礼。

 

「ロキ」

 

「おん?なんや、レイやん。もしかしてステイタスの更新か?」

 

「そ。お願いしていい?」

 

「えーよー。代わりに酔ってるから手が滑ってあらぬところ触っても許してな」

 

「夜中に背中を刺されたくなかったらご自由に」

 

「さーせんっした」

 

 いつものやり取りを済ませ、上着と下着を腕にかけたまま椅子に本来使う向きと逆で座る。

 ロキはその後ろでカチャカチャと音を立て、背中を見た瞬間変な声を出した。

 

「ロキ?」

 

「ああぁいや、ななななんでもあらへんで??」

 

 誰が見ても明らかな動揺をしているけど、これは気にしない方がいいのかな。まあいっか。

 上裸のまま待つのもちょっと肌寒くなってきたくらいに、動揺するのは終わったのか背中にそっと触ってきた。普段のエロオヤジっぷりはどこへ行ったのかというほどに静かに触ってくるから、少し肩が跳ねる。

 

「なんや、今もしかしてビクってした?」

 

「……別に」

 

「カーッ、もう可愛えなぁ〜」

 

「うるさい、早く」

 

 少し暑くなった体を冷やすことも出来ずにいる私を他所に、調子良さげに「はいは〜い」と言って(ロック)を解除しちゃんと作業を始めたロキは、ピタッとその手を止めると、勢いよく息を吸い出した。

 危険を察知した時にはもう遅く、『黄昏の館』全域に響くような大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイLv.8キタァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

レイ・エステルラ

Lv.7

力:S999➝SSS1224

耐久:S953➝SS1096

器用:S911➝SS1003

敏捷:S999➝SS1092

魔力:C687➝A809

耐異常 E

拳打 E

魔防 E

精癒 F

 

《魔法》

【プロミネンス】

付与魔法(エンチャント)

・熱属性。

・詠唱式【焼け(バーケ)

 

【バーストレイ】

・速攻魔法。

 

《スキル》

妖精一途(エルフ・アマンテ)

・想いの丈によりステイタスに高補正。

・想いが続く限り効果持続。

 

追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)

・早熟する。

・遺志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。

・思いの丈により効果向上。

ーーーーーーーーーー

 ↓

ーーーーーーーーーー

レイ・エステルラ

Lv.8

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

耐異常 E

拳打 E

魔防 E

精癒 E

魔導 I

 

《魔法》

【プロミネンス】

付与魔法(エンチャント)

・熱属性。

・詠唱式【焼け(バーケ)

 

【バーストレイ】

・速攻魔法。

 

【ヴァハグン】

・指定範囲攻撃魔法。

・炎・雷属性。

・魔法持続時損傷(ダメージ)回復。

・魔法持続時間は魔力値に依存。

 

《スキル》

妖精一途(エルフ・アマンテ)

・想いの丈によりステイタスに超補正。

・想いが続く限り効果持続。

 

追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)

・早熟する。

・遺志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。

・思いの丈により効果向上。

 

巨体殺し(ジャイアント・キラー)

・自分より大きい相手が相手の場合ステイタスに高補正。

・戦闘時、習得発展アビリティの全強化。

ーーーーーーーーーー

 

「なんやこのステイタス!?最大評価ってSやなかったんか!!しかも魔導士やないのに【魔導】ついとるし、スキル表記一部変わっとるし、新しいスキル出現しとるし、新しい魔法まで!?一体どうなっとるんやぁぁあああああああああああああ……」

 

 何が何だか分からないといった様子で錯乱するロキをそのままに、私は今後の対応について頭を巡らせる。

 オラリオ唯一のLv.8の冒険者になり、【猛者】を抜かした。

 ロキ曰く、私はヘルメス様とフレイヤ様には目をつけられているらしく、今までも何度もモンスターをけしかけて恩恵の昇格を図っていたらしい。ちなみに気づかなかった。もしかしたら、ダンジョン帰りに見かけた冒険者の装備と思われるものを着たリザードマン?と会ったのもあの二人のどっちかの仕業なのかもしれない。

 まあそのことは置いておいて、どうしたものか。

 実は度々、フレイヤ様とは顔を合わせることがあった。ロキの付き添いの時以外にも、普通に道端ですれ違ったり、じゃが丸くんのバイトを手伝っていたらフレイヤ様がやってきて買った後に隣でちょっかいかけてきたり。はたまた、面と向かって【フレイヤ・ファミリア】に入らないかと誘われたり。

 誘われる度に申し訳なく思いながら断っているけど、めげずにアタックしてくるフレイヤ様にはちょっと疲れてる。旧最強を抜かしたから、より勧誘が激しくなる可能性は非常に高い。むしろ確定で激しくなる。しかも、どうせギルドの掲示板にランクアップしたことが書かれて都市中に広まって、有り得ないくらいに話しかけられるんだろう。そしてまたリューとの時間が減って……負の連鎖だ。さて、どうしたものか。

 そんなことを考えている間に服を着て、ロキからステイタスの写しをもらう。

 なるほど、確かにロキが言ってたように、ステイタスの限界を超えてるし、新しいスキルと魔法が出てるし、一部スキル内容が変わった。具体的には、【妖精一途(エルフ・アマンテ)】の高補正が()補正になったこと。よく気づいたね、ロキ。

 写しから視線を上げれば、ヤケ酒をしているロキと、ドタドタと忙しなく聞こえる足音。

 足音は徐々に近づいてきていて、音を大きくしながら真っ直ぐこちらに迫ってくる。ドアが開かれるまで、5、4、3、2、1……。

 

『ランクアップおめでとう!?』

 

 キレながら祝福されるってなんか複雑。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 皆さんおはようございます。

 朝六時の【ロキ・ファミリア】の食堂は今日も賑わっていますね。

 

「あら、【英雄(命知らずバカ)】じゃない。おはよう」

 

「お、おはよう、ティオネ……」

 

「あ、【英雄(脳筋バカ)】!おはよ!」

 

「おはよう、ティオナ……」

 

「【英雄(戦闘狂い)】さん、おはようございます!」

 

「おはよう、レフィーヤ……」

 

 ……だいぶメンタルが傷つけられていますが、一応これでもオラリオ最強のLv.8の冒険者で、【英雄(ウルスラグナ)】なんて呼ばれてます。命知らずバカでも、脳筋バカでも、戦闘狂いでもなく、【英雄(ウルスラグナ)】と言います。ぜひ覚えて帰ってください。あとティオナのは人のこと言えない(ブーメランだ)と思います。

 

「あ」

 

「あ」

 

「【英雄(恋人を泣かせた人)】」

 

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 流れるように土下座した。ティオネとティオナのも痛かったけど、アイズのが一番効いた。バロールにやられた異常状態と同じくらいのダメージが入った。

 上体を起こせば、ティオナから何かのプレートを首にかけられ、見ようとしたらティオネに下から顔を掴まれて妨害された。見るなってことですね了解しました。え、何?このままの格好で街歩いてついでに奉仕活動でもしてこい?ならこのプレート邪魔じゃない?あっ拒否権は無しですか。…………………………………………………はい。

 

 

 

 結局その日の残りは奉仕活動に消えた。昼からだったからそんなに多くのことはできてない。なんなら、「【英雄(ウルスラグナ)】Lv.8になったってほんとー?」とか「本物の【英雄(ウルスラグナ)】様だー!!」とかはしゃいだ子供達の対応に追われて、その後子供を迎えに来たお母様方に前に飾ってるプレート見られてまた新しく噂が広がってってな感じで時間が潰れてしまった。

 ちなみに、次の日の新聞に「【英雄(ウルスラグナ)】に恋人発覚!?」っていう見出しの記事が載っていた。

 家に帰ったらプレートを適当に机の上に置いといて速攻着替えて寝たら、翌日の朝一階に降りたら顔真っ赤にしたリューがプレート指差してて、そこには「私は昨夜恋人のエルフをグズグズに泣かせました」って書いてた。速攻ティオナに出会い頭に質問攻めしたけど、書いた張本人はベートらしい。

 

「んーっとね、ベートが言うには、ギシギシうるせえんだよだって」

 

 ちょっと顔を赤く染めて、指で頬を掻きながら「ちゃんと音を消して耳をすませば、第一級冒険者ならみんな聞こえてると思う。昨日窓開けてたしょ?」と、普段のティオナにしてはかなり小声で教えてくれた。部屋の窓空いてたとか知らなかったし、そんな激しくした自覚なかったし、何より同じ【ファミリア】の人に知られてるのが一番最悪。正直羞恥心で死にたくなるどころかいっそ殺せと思うくらいにはダメージを受けた。




 またいつか欲望が暴走したら書くと思います。
 リューさんの口調が強かったり急に敬語になったりと困惑しているかと思いますが、口調が強い時は敬語なんか使う暇もないくらい焦っていて、怒っている時です。あとシンプルに詰問する時とか。反対に、敬語を使っている時は基本的に落ち着いている時。例外として、緊張している時が含まれます。
 解釈違いだったらすみません。


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オラトリア四巻
アイズ、じゃが丸くん小豆クリー「いる」ム味……(仮)



 あえての前書きに更新されたステイタスどーん。
ーーーーーーーーーー
レイ・エステルラ
Lv.8
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0

耐異常 E
拳打 E
魔防 E
精癒 E
魔導 I
 
《魔法》
【プロミネンス】
付与魔法(エンチャント)
・熱属性。
・詠唱式【焼け(バーケ)
 
【バーストレイ】
・速攻魔法。
 
【ヴァハグン】
・指定範囲攻撃魔法。
・炎・雷属性。
・魔法持続時損傷ダメージ回復。
・魔法持続時間は魔力値に依存。

 
《スキル》
妖精一途(エルフ・アマンテ)
・想いの丈によりステイタスに補正。
・想いが続く限り効果持続。
 
追悼意志(アディユ・ボロンテ)
・早熟する。
・遺志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。
・思いの丈により効果向上。
 
巨体殺し(ジャイアント・キラー)
・自分より大きい相手が相手の場合ステイタスに高補正。
・戦闘時、習得発展アビリティの全強化。

ーーーーーーーーーー
 変わったところは太字にしてます。【妖精一途(エルフ・アマンテ)】に関しては、元々()補正だったのが()補正になっただけです。


 昨日の羞恥攻めは一旦忘れて、更新されたステイタスの内容について考える。まず、新しい魔法である【ヴァハグン】について。

 これに関しては、かなり上位の魔導書をもらっていたのでそれを使って出現させた。誰からもらっていたのかというと、七年前に戦った、というより短い間だったけど師事してくれていたかつての【ヘラ・ファミリア】のLv.7。

 なんかよくわからないけど、その人は「真の正義」を生み出し次代の英雄のための踏み台になるため、今で言う『死の七日間』という死者を三万人も出した大抗争に参加したらしく、私はその人に次代の英雄にふさわしいと思われたらしい。

 彼女が死ぬ前に呟いた場所に向かってみたところ、上位の魔導書の他にもいろいろ深層レベルのモンスターのドロップアイテムがあった。でも一人でいろいろ決めるのは難しくて、魔導書以外のものは全て個人用金庫に今も大切に保管されている。

 それで、彼女から貰った魔導書を使って得た魔法が、【ヴァハグン】。

 羞恥攻めされた後に気を紛らわそうとダンジョンで試し打ちした感じ、超強い。初めて自分の魔法打って放心した。

 魔法とは詠唱分がながければ長いほど威力が高く強力であるとされていて、正しくその通りって感じの威力だった。普通に威力高すぎて、もしものことも考えて闘技場(コロシアム)*1で撃ってきたけど、出現したモンスターを殲滅するどころか熱すぎて地盤が溶けて未開拓地域*2まで見つけちゃう始末。意味分かんないと思うけど、言ってる私も意味わかんない。

 それと、新しいスキルの【巨体殺し(ジャイアント・キラー)】について。

 これは単純に一人でゴライオスからバロールまで倒したことから生まれたスキルだと思う。私よりも身長が高くて、昨日私に恥をかかせた*3ベートを相手に模擬戦した時にその効果を実感した。

 【プロミネンス】を使ったときに、普段よりも武器に魔力を纏わせやすいって思ったのと、付与させているときに立ち上る炎の熱が上がってる感じがした。気がしたってだけで自分に温度計が付いてるわけじゃないからわかんなかったけど、獣人の感覚的には温度が上がったみたい。

 まあそんなことは置いておいて。

 

「違う【ファミリア】の子に師事してあげたいんだけど、何をしたらいいかな」

 

 この状況を何とかせねば。

 まず何があったらあの【剣姫】が師事するような事になるのか、なぜ師事する相手が他の【ファミリア】の子なのか、師事すると決めたのに何をしたらいいか分からないのはどういうことかとか色々問いつめたいことはあるけど、一旦置いておこう。

 

「あー……、そうだね。その子はどんな武器を使う?」

 

「短刀、だったと思う」

 

「……」

 

 ……確信ないのか。

 

「じゃあまずはその子の普段の戦い方を知ることから始めよう。それから粗を見つけて、実戦形式でやっていく中でその粗を指摘する。他にも実戦している中で気になることがあれば随時指摘していけばいいんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

 本当にわかってるのかこの子は。正直不安十割なんだけど。

 アイズは今までに誰かに戦い方の指導をしたことはないと思うし、したって言う話も聞いたことがない。なんならつい数年前までガレス達に教えて貰っていたアイズが、誰かに教えるなんて思ってもみなかった。

 というか、教える相手はどんな人なんだろう。そもそも、オラリオの二大巨頭【ファミリア】の幹部が違う【ファミリア】に戦い方を教えるって前代未聞だよ。しかも私相手のレベルも名前も所属している【ファミリア】すらも知らないし。

 

「その子の名前は?」

 

「ベル・クラネル。……前、ミノタウロスを逃した時に、血を被ってベートさんに馬鹿にされてた子」

 

 ───刹那、思考が止まった。

 遠征帰りに会ったミノタウロスの大群が上層に逃げていった時に、私が助けて、酒場でベートに馬鹿にされているところを勇気が足りず庇えなかった少年。確か、酒場で見た時は白髪で深紅(ルベライト)の目をしていた気がする。上層で見かけた時も、目は見えなかったけど白髪ではあった。

 その子が、アイズが戦い方を教える相手。

 上層で倒れている少年を見つけた時はアイズに機会を譲ったから、次の機会があればすぐにでも、と考えていた。

 ……誠心誠意謝罪をしたとして、償いとして菓子折を持っていって、さらに武器や装備を買おうと思っているけど、それだけで許されるかな。あの時見て見ぬふりをした人がいきなり掌返したように謝って物をあげるって、凄い嘘くさくて、自己満足な感じがして、どうにも私が彼の立場だったら素直に受け入れられないと思う。

 

「……レイも、彼に償いたいの?」

 

「っ、そう、だね。……許してくれるかは分からないけど」

 

「大丈夫、だよ。あの子は、優しいから」

 

 あの頃と同じ、臆病な自分が顔を出しそうになる。

 あれから、けっこう普段の自分なら怖くて出来ないだろうことをし続けた結果、あまり臆病なところはでなくなった。でも、人間関係が崩れてしまうのはどうしても恐れてしまう。

 それがまさにあの時で、ほとんど関わりのない彼一人が傷つくのと、長年関わってきた仲間との関係性が壊れるかもしれないのとを天秤にかけた結果、彼一人の方を選べなかった。

 そんなの誰しもそうだろって言われたとしても、私は納得できない。そもそも、ベートが言うことに色々口を出したいところはあった。

 だんだん思考が脱線してきて、頭が色んなことでぐちゃぐちゃになりかけてた時、ふと小指を柔く挟まれる。

 その瞬間、頭がクリアになってきて、狭くなっていた視野が広がった気がした。定まってきた焦点の先には、心配する表情を浮かべるアイズ。

 

「……大丈夫?」

 

「う、ん……。これ、なんで知ってるの?」

 

 小指を人差し指と親指で挟むという行為は、かつて【アストレア・ファミリア】団長だった『アリーゼ・ローヴェル』がしていた事だった。冷静な判断が出来なくなっていた時に。それから、色んなことで頭がごちゃごちゃになっていた時に。いつも彼女はその瞬間を見逃さず、よく周りを見ていて、本当に頼れる団長だった。

 

「昔、よくアリーゼさんとレイがやってくれてたから」

 

「っ!」

 

 言われてみれば、やっていた気がする。

 昔のアイズは暴走列車のようで、ダンジョンに行って帰ってきたと思ったらまた気づけばダンジョンにもぐってるといったように、全然休まなかった。無理矢理にでも休ませようとしても、少し目を離した隙にダンジョンに向かっていて、よく困らせられていた。

 その理由はよく分からないけど、どこか昔のリューのように復讐に燃えてるように見えるアイズを落ち着かせるために、アイズと割と交流があったアリーゼと私がよくこれをしていた。

 

「そっ、か。覚えてたんだね、これ」

 

「うん。これされると、落ち着いたから」

 

「そっか。そっかぁ……」

 

 なんだか、もう故人となってしまった彼女を覚えてくれている人が、私とリュー以外にもいたということ泣きそうになった。

 ……やばい、色々思考が脱線してるし、めっちゃムカついたと思ったら今なんか泣きそうになったし、情緒が不安定すぎる。落ち着かなきゃ。

 

「すー、はー。───よし、それに私も参加していい?」

 

「むしろ、いいの?」

 

「もちろん、せっかくの彼に償えるチャンスだし。ただ指導はアイズに任せるよ。私は横から指摘するくらいしかやらないから」

 

「……なんで?」

 

「アイズに誰かに戦い方を教える経験を身につけさせるため。ただ教えるだけじゃ暇だろうから、彼が休んでいる間にアイズは私と模擬戦できる。彼は第一級冒険者に教えて貰える貴重な時間を過ごせるし、アイズは私と模擬戦することでさらに強くなれる。私はステイタスと体のズレを直したいから、全員にとっていい条件じゃない?」

 

 ただずっと教えられてるだけじゃ分からないことだってある。私もアイズに戦い方を教えたことで気づいたことだってあるし。

 

「……わかった。じゃあ明日の早朝に市壁の上で集まることになってるから、一緒に行こう」

 

「おっけー。……ついでに聞きたいんだけど、なんで彼の指導を受け入れたの?」

 

「……あの子、まだ冒険者になって一ヶ月しか経ってないのに、もう上層深部にいたから、なんでそんなに早く強くなれるのか気になって………」

 

 ……あれ、なんかすごく既視感を感じる。

 私が【追悼意志(アディユ・ボロンテ)】が発現したのはLv.4になる頃。以降は様々な記録を更新し、ちーと?を使っているだのと噂されていたけど、今はそれも無くなった。

 もしかしたら、彼も成長促進系のスキルを持っているのかも。もしそうだったら、私に次ぐ二人目の発現者ってことになるのか。髪色も髪の長さも似てるし、目の色は反対の色で、二人とも近接武器。面白いくらいに似ているところが多い。もしかしたら生き別れの兄弟とかかも、なんて。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 普段のダンジョンに行く時の装備に少し大きめの菓子折りを持って、まだ日も登ってない早朝に【ロキ・ファミリア】ホームの前で門番の人にバレないよう隠れながら待つ。タンクトップの上に一枚羽織っているとはいえ、太陽の光がないし生地が薄いから寒い。

 腕を組んでどうにかして熱を逃がさないようにしていると、ホームの塀を誰かが飛び越えてきた。姿を現したのは、金髪金眼の女剣士。欠伸をしているのがなんとも緊張感を無くされる。

 

「おはよ、アイズ」

 

「……おはよう。ね、眠い」

 

 かもしれない、と小さく呟いたアイズの目は、眠いと言った通り普段の目よりも開いていない。

 ぽやぽやしたアイズの頭や頬を、アイズの頭が覚醒しないうちに弄んでおく。髪はサラサラ、頬は程よい肉感に加えてもちもちスベスベ。神は二物を与えずとは一体なんなんだよ。ロキに今度直談判するか。

 ねむねむなアイズの手を引いて、待ち合わせ場所だという市壁の上に行くと、まだそこには誰もいない。

 ここからなら今少年がどこにいるのか分かるかと思い、塀から少年の姿を探していると、眼下には少年を見覚えのある山吹色の髪をしたエルフが血眼で追いかける様が広がっていた。

 ……………もしかしなくとも、なぜかめちゃくちゃ早起きをしたレフィーヤにアイズが出ていく瞬間を見られた?

 あーあ、どうしようかな。同じ【ファミリア】の間でこのことについての噂が広がったら最悪。だってロキにもフィンにもリヴェリアにもこのことは話してないんだから、バレたらすぐにでもこれを辞めさせられるだろう。それだけは阻止したい。

 おっと、考え事をしていたら鬼ごっこはもう終わっていたみたい。勝者は新米冒険者か。

 

「おっ、おはようございますっ……!」

 

「うん、おはよう。朝から大変だったみたいだね」

 

「はいっ……───って、レイ・エステルラさん!?何でここに?」

 

「……5階層でのことと酒場での件について謝りたくて。本当にごめんなさい」

 

 頭を下げると、前から慌てているような雰囲気を感じる。後ろに立っているねむねむアイズも少なからず驚いているようだった。

 オッタル曰く、第一級冒険者かつその頂点に立つような人物は、そう簡単に頭を下げてはいけないらしい。その理由が、頭を下げすぎると威厳やらが無くなってしまうから。確かにその通りだと思うし、オッタルなら今のような状況でも頭を下げたりしないだろうなと思いつつも、私は頭を上げてもいいと許可が出るまで下げ続ける。

 ここまで頭を下げていると、自分が何か言わないと頭を上げてくれないと思ったのか、「あっ、頭を上げてくださいっ!?」と言われたので姿勢を直す。

 

「あのっ、それについてはもう気にしてないと言いますか、むしろそれが日々の励みになっていると言いますか!?なので、もう謝って頂かなくても大丈夫です!?」

 

「……そこまで言ってくれるなら、もう私からは言わないでおくね」

 

「…………レイ」

 

 私と少年とがようやくちゃんと話せたところで、アイズから声をかけられる。あっ、そろそろ始めようってことですね、了解。

 

「じゃあ、そろそろ始めようか。まず、君は普段どうやって戦ってる?戦う時の武器は?」

 

「えっと、武器は短刀で、普段はとにかくヒットアンドアウェイ方式で戦っています」

 

「なるほどね、それに足技を入れてみたりしたことある?」

 

「いえっ、全て独学なのでそこまで頭が回っていなくて……」

 

「ほうほう。よし、アイズ。本当に軽くだよ?かるーーーく、やっておしまい」

 

「わかった」

 

えぇぇぇええええええええええええええええ!?

 

 流石にいきなり戦うとは思っていなかっただろうけど、相手のことを知るのには模擬戦が一番効率がいい。

 早速私は端の方に寄って戦うのを座って眺めていると、アイズが粗を探してそれを少年に伝えていた。その指摘を受けた少年も、飲み込みが早いのかすぐに指摘された部分を調整している。───あっ。

 

「ぶべらっ!?」

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 ……とうとうアイズが力加減を間違えて少年を吹き飛ばした。急いで立ち上がって少年が地面に倒れる前に抱きかかえるも、反応はなし。完全に気絶してます。

 

「……アイズ」

 

「………ごめん」

 

「それは少年に言いなさい」

 

「………うん」

 

 抱えた少年をどうしようか。寝させるにしても地面だから体が痛くなっちゃうだろうし……まあいっか。これも経験の一つだってことで。

 そのまま地面にそっと下ろして、私が来ている上着をかけておく。まだまだ暗いから寒いけど、これから動くしなんとかなるはず。

 

「さてと、アイズ」

 

「何?」

 

「私達も模擬戦しよ」

 

「!」

 

 私の感覚の調整に付き合わせることになったから、先手はアイズにあげる。そう言えば、アイズは途端に目付きを鋭くさせて瞬時に戦う時の形態に切り替えた。

 そこからはほぼ蹂躙。

 アイズが少年にしていたように、今度は私がアイズに粗を伝える。アイズも飲み込みが早いからすぐに調整してくるけど、レベル差が二つもあるから全ての動きがスローに見える。言ったら悪いけど、これじゃあ調整にならない。

 最後にアイズからの攻撃を流したところで、攻守交替。

 すぐさま懐に攻め入り、何も反応できていないアイズのお腹に拳を優しく添える。

 

「一旦これで終わり。少年がそろそろ起きるよ」

 

「……………………わかった」

 

 悔しさが滲んだ顔で不承不承ながら了承の意を伝えてきたアイズだけど、若干の不機嫌オーラが消えない。そっとしておいてもこの不機嫌は消えないから、どうしようかとちょっとだけ悩む。そもそも、不機嫌にさせたのが私だから何を言っても、何をしてもアイズの気に触るような気がする。

 こういう時に必ず効くのが、少年がアイズに指南されてる間にこっそり買っていたじゃが丸くん小豆クリーム味。じゃが丸くんはアイズの大がつくほどの好物で、じゃが丸くんを与えたらすぐちょろくなるほどの効き目を得られるのだ。第一級冒険者が物で釣られていいのか。

 

「アイズ、じゃが丸くん小豆クリー「いる」ム味……はいどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 小動物のように小さな口でほわほわした雰囲気を醸し出しながら食べ進める。めっちゃ食い気味の返事だったし、ありがとうって言ってから食べるまでのスピードが早すぎるけど気にしないことにしよう。

 

「……んんぅ」

 

 少年が起きたみたいで、ゆっくりと上体を起こす。

 

「おはよう、ベル、でいいのかな」

 

「はっ、はいっ!おおおはようございます!!」

 

「元気そうでよかった。起きてすぐだけど、いける?」

 

 私の言葉を聞いた少年、基ベルは私から視線をずらし、後ろに立っている準備万端のアイズを視界に入れると、眦を吊り上げた。

 

「───いけますッ!」

 

 それから三時間ほど、休みを挟みながらもベルとアイズの模擬戦は続いた。その間に何回もアイズが力加減を間違えて吹き飛ばしちゃうことがあったけど、その時に私は抱きとめたりしないで観戦に徹する。

 そうして朝日が見え始めた頃、初日を終えた。

*1
モンスターが永遠に湧き続ける場所のこと。37階層にあり、第一級冒険者でもその階層でモンスターと対峙することでは避けたいと思っている。

*2
今まで一度も見つからず、ギルドで得られる情報にはない地域のこと。見つけたらギルドに報告するのが基本。

*3
とんでもない逆恨み



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脳筋脳筋うるさいんですけど(仮)

 話後半がちょっとグダったものの一応は書きあげました。あるよね、その時は絶対にしないって思っときながらやらかして、また絶対にしないって思ってはやらかすこと。


 次の日の早朝、今日も今日とてアイズとベルが鍛錬をしていた。

 それを見ながら私は一つあくびをこぼす。

 そう、実は私から手伝っていもいいかと聞いておきながらいの一番に音を上げそうになっていた。

 悲しきかな、アイズと模擬戦をしても毎度のごとくレベル差と技術で圧勝。アイズは為す術もなく手加減している私に負けて不貞腐れ、ベルへの加減を間違えて吹き飛ばし僅かながら介抱をする。そしてまたベルが起きるまで模擬戦し、再び負けて不貞腐れ、起きたベルはその数瞬後には吹き飛ばされる。それを見て私は度々思うのだ。

 

(あれ、なんで私ここにいるんだろう……)

 

 先日の鍛錬が終わった後に持ってきていた菓子折りを渡し、そのままバベルの【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに赴いてベルに新しい装備を買い与えた。もちろん、相手はまだ冒険者になりたての新米(ルーキー)なので、一つ3000万ヴァリスもする装備をあげたりはしない。

 更に上の階にある、まだレベルアップを果たしていない鍛冶師が出品しているテナントで、ベルが欲しいと言ったものを買った。

 買ったのはメタルブーツ。今までは短刀(ナイフ)だけで戦っていたけど、これからは自慢の足も使って戦いたいと申し出があったから、それを買った。

 

『もしよろしければレイさんにも指導してもらいたいんですけど、その、どうでしょう……?』

 

 なんてそんなに無い数C(セルチ)の差でありながらも上目遣いをするという高等なテクニックにより簡単に落とされた私は、そのまま考えなしに返事をした。きっとそれがいけなかったんだろう。

 冒頭で話したことをもう少し解像度を上げて説明するとすると、こうだ。

 まずシンプルにアイズが急激に成長していくベルに合わせて加減できずに吹き飛ばす。そして吹き飛ばされ意識を手放したベルをアイズがあわあわしながら拙い介抱をし、それが終わり次第アイズと模擬戦をし打ち負かす。ベルが起きたら再びアイズがベルに指導するけど、その時に模擬戦で負けたことで生まれた自己への不満や劣等感で色々考え込んでしまい、上手く加減できずにまた吹き飛ばしあわあわしながらの介抱。

 完全に負のループですねありがとうございました。

 これが鍛錬二日目だということに若干気が遠くなりながら空を眺めていると、またアイズがベルを気絶させた。最早いつもの光景と化し始めていることに危機感も感じなくなってきた頃、ベルが提案する。

 

「あの、そろそろレイさんからも戦い方を教わりたいんですけど……」

 

「……わかった」

 

 何だか気に食わなそうだけど、異議は唱えないようだから機嫌取りは後でにする。

 アイズと入れ替わるように前に出て、ベルの体の状態を目測する。

 見たところ軽い打撲と擦り傷くらいしかないだけど、アイズにボコボコにされてる時にふと気になることがあった。

 それは、受け身がちゃんと取れていないということ。

 

「うーん……ベル」

 

「はっ、はい!」

 

「今から日が出るまで転がしまくるから、早めに慣れてね」

 

「……へ?」

 

 返事が返ってくる前に、立ち尽くしているベルの片手を掴んで足を引っ掛けて転がす。ベルは転がされてることに気づけず仰向けで倒れたまま。

 そんな無防備な胸部───心臓に鞘に納まったままの双剣を軽く当てる。

 

「はい、今このちょっとした時間の間に君は死にました」

 

「───ッ!?」

 

 すぐに手を振りほどき立ち上がって構えたベル。

 一挙一動も見逃さないように目を凝らしているけど、流石にレベル8の動きに新米冒険者の目が追いつくはずがない。徐々に徐々に最初より速度を下げていく。レベル5、レベル4、レベル3、レベル2……。

 レベル2になりたてくらいの力加減で転がして、ようやくちゃんと受け身の形を取れた。目が慣れてきたのか、最初に転がした時と比べて断然反応が良くなっているのが見て取れる。

 ほーれ、ころころ〜、ころころ〜。

 犬と戯れる飼い主のような気持ちでころころさせていると、日が出始めるのが見えた。

 

「今日はこれでおしまい。受身を取れるか取れないかで生存率は全然違うから、この感覚絶対に忘れないようにね」

 

「っ、はい!ありがとうございました!!」

 

「うん。これからダンジョンに行くんだっけ?頑張ってね」

 

「はい!」

 

 市壁から降りる階段の前でも丁寧に振り返って「ありがとうございました!」と頭を下げてお礼の言葉を叫んだベルは、上体を起こすとすぐさまダンジョンまでの道を走っていった。

 

「さて、私もアソコに行くかな」

 

 腰に両手を添えて伸びをしながらそう零すと、それに反応したアイズが疑問を投げかけてくる。

 

「アソコって、どこか行くの?」

 

「んー、ちょっとね」

 

「……どこに行くの?」

 

「『戦いの野(フォールクヴァング)*1』」

 

───……えっ?

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「なんのつもりだ、テメェ」

 

「いきなり来てごめんって言おうとしたけど、こんなに人が重装備で集まってるなら大丈夫そうだね」

 

お前が急に殺気飛ばしてくるからだろうがッ!!

 

 【フレイヤ・ファミリア】の本拠、『戦いの野(フォールクヴァング)』に向かっている最中に気づけば殺気を出していたみたいで、皆目早々怒鳴られた。しかも皆重装備。威圧感が凄い。

 

「いやー、ランクアップしたはいいけど体とのズレがデカくてさ。調整したいけどフィン達がダンジョンに行くことまだ許してくれなくて」

 

「そりゃそうだろ馬鹿かテメェ。いや、馬鹿だったな」

 

「冷静に考えてわからんのか馬鹿だな脳筋」

 

「その脳みそは筋肉でギッシリなのか脳筋」

 

「お前もしや実はオッタルだったのか脳筋」

 

「脳みその構造オッタルと同じなのか脳筋」

 

「脳筋脳筋うるさいんですけど。っていうかオッタルと一緒にしないで」

 

『知るか脳筋』

 

 ………うざ。いや、せっかくいい天気だったのに雨が降ってきたから機嫌が滅入っているのかも!よしそう考えよう。

 馬鹿だの脳筋だの言ってくる彼等は、【フレイヤ・ファミリア】の副団長『アレン・フローメル*2』と『ガリバー兄弟*3』。

 ランクアップしたということは既にギルドの掲示板に載せられており、ランクアップする為にどんなことをしたのか、ランクアップまでにかかった期間はというような詳細も記載されている。それは誰でも見ることが出来るものであり、この反応から察するに確実にコイツ等はその情報を見た。

 言い訳をさせてもらうとすると、どんどん倒していくうちにアドレナリンを抑えられなくなってそのまま深く考えずにやっちゃっただけなんです。信じてください!そろそろやめようかなを何回か繰り返していたんです!

 ちなみに詳細を知った冒険者(【ファミリア】メンバー)の反応を一部抜粋すると、『アタシ以上の脳筋だね』『あんたバカなの?』『常識を知らないのかテメェ』『遠征までダンジョンにもぐるの禁止ね』『私もこれくらいのことをすれば……』『コレは参考にするな』『元気じゃのう』『アハ、アハハ、アハハハ…………ハァ。神酒(ソーマ)*4飲も』とのこと。ロキは禁酒して。

 それはともかく、私はここに体を慣らすために来たのだ。話をするためにここに来たんじゃない。

 早速とばかりに本題を切り出す。

 

「オッタル相手に体でも慣らそうと思ってたけど、こんな()()しかいないんじゃ来なきゃ良かったかな」

 

『───あァ?

 

「あーあ、残念。用が無くなったから帰るね、()()()()()()()()とヘグニとヘディン」

 

殺すッ!!

 

 チョロくてよかった。

 見事なまでに釣れたアレンとガリバー兄弟。ヘディン達は別に何も言ってこなかったから煽らなかったけど、ちょっと様子を伺って見た感じ戦いに参戦するみたい。Lv.6を実質四人相手することになるけど、私の体はいつ頃ズレが直るのかな。それと一体私はこのメンツに勝てるのかな。

 

 

 

 その日、オラリオの南のメインストリートの一部で起こった衝撃により天候が変わった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 かなりの傷がついたものの無事ズレを直して勝つことができた私は、本来向かってすぐ渡す予定だった菓子折りを渡すと『タイミング遅すぎるだろ!!』と怒られた。会って早々戦うことになったんだし仕方なく無い?

 もちろん、私が喧嘩を売りに行ったのは一応ライバル的な位置に存在する【ファミリア】であり、ただの私情であろうともそれが【ファミリア】間抗争につながることもあるため、少なくとも知名度も影響力もある【ファミリア】の人は他派閥に過剰に干渉しない、というのが絶対であり常識である。

 負傷した彼等は【フレイヤ・ファミリア】の優秀な回復役(ヒーラー)に治してもらったようで、怪我をしているところは一つも見当たらない。とりあえずズレも直ったし【フレイヤ・ファミリア】を実質単騎攻略したということに愉悦を感じながらルンルンで帰る。

 

「ただいまああぁぁぁ……───」

 

「おかえりなさい。そしてそこに座りなさい」

 

 玄関開けたらぶちギレ妖精が仁王立ちでスタンバってた時の私の心境を十文字以内で答えよ。

 解、「───あっ、死んだわ(十文字)」

 気に触れないように言葉遣いに気をつけながら、僭越ながら質問をさせていただく。

 

「大変恐縮なのですが、靴を脱いでからの謝罪でもよろしいでしょうか」

 

「許しましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 所作には気を配るものの、傍から見た時に遅いと思われないように気をつけながら靴を脱ぎ、揃える。そして諸々の装備を、全て外して正座をした後に右隣へ置いた。

 どうぞ何なりとと言わんばかりにうつむき加減で刑の実行をじっと待つこと三十秒。何かをする様子もなく、ただ緊張感のある時間が刻々と過ぎていくだけなことに違和感を覚えつつも、静かに待ち続けていると、不意に上から特大のため息をつくのが聞こえた。

 

「はぁ……。貴女に幾つか質問させてもらう。まず、なぜ【フレイヤ・ファミリア】の本拠に奇襲をしに行ったのか」

 

「はい。その質問に答える前に一つ訂正させて頂きますと、私は【フレイヤ・ファミリア】本拠に奇襲をしに行ったのではなく、一つ交渉をしに行きました」

 

「誰が訂正していいと許可した」

 

「申し訳ございませんでしたッ!!」

 

 とにかくリューの神経を逆撫でしている気がしたので深く頭を下げる。所謂土下座の姿勢になると、リューは物珍しそうに視線をめぐらせて質問した。

 

「その姿勢はなんだ。服従のポーズなのか?」

 

「はい。これは極東(きょくとう)*5で用いられている、最大級の謝罪とお願い、敬意を示す時の姿勢です」

 

「ほう。それはいいとして、私の質問に答えなさい。まず、交渉の内容とはなんなのか。なぜ貴女はわざわざ【フレイヤ・ファミリア】の本拠に交渉をしに行った。加えて、交渉をするのに女神フレイヤがいるバベルの最上階に行かなかったのはなぜか。」

 

「はい。まず交渉の内容につきましては、私はランクアップしたことにより生じた精神と肉体のズレを直すためダンジョンにもぐろうとしたのですが、フィン・ディムナ氏とリヴェリア・リヨス・アールヴ氏がそれを許してくれず、それならばと多少の面識があった彼等と多対一で模擬戦がしたいと。やってくれるならば、代わりに【経験値(エクセリア)】を与えるということ*6を交渉しに行きました。

 わざわざ本拠に向かった理由と致しましては、先程も申し上げました通り、多対一で戦いたかったからです。それも、高いレベルでいつも闘争心が剥き出しな人達と。

 バベルの最上階に行かなかった理由と致しましては、私がオッタルへ嫌悪感を抱いているからです」

 

 きっとこの答えを聞いて大体の人が思うだろう。なぜ私がオッタルを嫌っているのだろうか、と。

 それについて説明するとかなり長くなるため簡潔に説明すると、私はまず暗黒期と呼ばれる、闇派閥(イヴィルス)が今以上に蔓延っていた時代に【アストレア・ファミリア】という正義を司る女神が作った【ファミリア】に入団していた。

 しかし、七年前に『死の七日間』と呼ばれるとんでもなく死者が出た事件が起こった。それを起こしたのが、かつての都市最強派閥の幹部だった【ヘラ・ファミリア】所属、Lv.7の【静寂】『アルフィア』。同じくLv.7である【ゼウス・ファミリア】所属、【暴喰】『ザルド』。そして、『絶対悪』を絶対としていた男神『エレボス』。

 その事件を解決するため、【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の他に、まだLv.3が最高の【アストレア・ファミリア】の面々も参加し、死闘を繰り広げた。

 その時になぜか『アルフィア』に目をつけられ、そのままの流れで戦いの最中に師事されることになり、最終的にはその意志を託されたというだいぶとち狂った過去があった。

 その意志とは、最後の英雄『アルゴノゥト』がいた時代のように、【神の恩恵(ファルナ)】のような神の力に頼らない英雄が生まれること。それと、【ヘラ・ファミリア】、【ゼウス・ファミリア】が成し遂げられず大勢の死者を出した黒竜の討伐であり、私はその意志を引き継いで黒竜がまた襲ってくる前に力を蓄えようと日々ダンジョンにもぐっている。

 しかしながら、オッタルも『ザルド』に目をかけられてその意志を聞いていたはずなのに、一歩も前進せず停滞するばかり。それに私は腹が立つのだ。

 

「……まあ、事情はなんとなくは把握した。貴女が【猛者】が苦手だと言うのも無理はないと思っている。しかし、それが『戦いの野(フォールクヴァング)』を襲撃してもいい理由にはならないはずだ」

 

「仰る通りです」

 

 情状酌量の余地もないほどに、私は絶対悪だった。奇しくもかつて男神エレボスが絶対としている信条と全く同じ業を背負ったことに、果てしない絶望と屈辱を感じる。

 

「……………………はぁ」

 

 ビクリと、次に言われるであろうことを想像してしまい肩が震える。

 

「やはり、私は貴女に弱い」

 

 顔を上げなさい。と優しい声色で呼びかけられ、ゆっくりと体を起こすも、まだ顔を上げられない。すると、リューはそっと手を伸ばし、私の頬に触れた。そのまま添えられた手に力が入り、小指を顎下に添えてそのまま顔を上げさせられる。

 頬に手を添えられて、顔を上げてもなおリューと目を合わせられなかった。言葉の文面から嫌われることがないというのは冷静に考えればわかるはずなのに、頭は正常に働いてくれず、愛する人に嫌われるのかもしれないという恐怖が私を襲いかかる。

 

「貴女はいつも考えすぎてしまう。大方、私がしたことは絶対悪で、男神エレボスと同じ業を背負ってしまったとでも思っているだろうが、深く考えすぎだ。重く受け止めなくていい、それでは貴女が潰れてしまう」

 

 大丈夫だよ、とばかりに優しく親指の腹で頬を撫でられ、思わず泣きそうになる。

 

「どれだけ大きくなっても()()()なのは変わらないな」

 

 追い打ちをかけられ、私の防波堤は崩落した。

 枷が外れ、ボロボロと流れ続ける。

 止まることを知らずに溢れ続ける涙は、リューの白く温かい手を濡らした。

 濡れちゃうからと手を離させるけど、スルスルと腕を滑らせて抑えていた手を握り、反対の手で頭を撫でられる。

 今まで何回も心がけて同じ過ちを繰り返していたが、今回も変わらず心に深く刻み込む。絶対に考え無しに行動はしない、と。

*1
オラリオ最強【ファミリア】の片翼である【フレイヤ・ファミリア】の本拠地。旧最強のLv.7【猛者】オッタルや、旧都市最速の【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】の二つ名を持つ『アレン・フローメル』など、第一級冒険者の数はオラリオの全【ファミリア】の中で最多。ちなみに現最強・最速はレイ。

*2
旧オラリオ最速の男。Lv.6で小柄な体格の猫人(キャット・ピープル)

*3
Lv.5の四兄弟で、連携するとその戦力はLv.6以上だとされている。

*4
探索系の【ファミリア】であるが、主神の趣味でお酒も売っている。市販で売られているのは失敗作。成功品をランクアップしていない冒険者が飲むと、また飲みたいというような禁断症状が出てしまう。

*5
現代でなされている解釈とほぼ同じような感じ。オラリオの中の日本と捉えるくらいでおk。

*6
言ってない。



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なんか出来たからコツ教えてあげる(仮)

 普段は何十日もかけてちまちま書いていたのに、何故か今回は一日で仕上げられました。誤字脱字で溢れてるかもしれないし、シンプルに内容ゴチャゴチャになってるかもしれないです。……いつものことか。


「レイさんって並行詠唱とか出来たりするんですか?」

 

 リヴェリアから課されたダンジョン特攻禁止令がようやく解除され三日ほどだった頃に、たまたま街中で遭遇したレフィーヤにそう聞かれた。

 私が今現在所持している魔法は付与魔法(エンチャント)と速攻魔法と長文詠唱を伴う魔法の三つ。中でも付与魔法(エンチャント)と速攻魔法に関しては詠唱がほぼないからあまり意識して行ったことがない。

 そもそも、並行詠唱ができる人はオラリオにいる魔導士の中でも片手で収まるほどの人数しかおらず、やろうと思ってできるようなものでもない。

 なぜ魔導士がほとんど必ずと言っていいほど立ち止まったまま詠唱しているのかと言えば、魔法を放つために必要な莫大な魔力を制御出来ず魔力爆発(イグニス・ファトゥス)を起こしてしまう可能性があるからだ。そのため、必要な脳のリソースを魔力制御に全てかける必要がある。

 

「んー、どうだろうね。やったこともないし、やろうと思ったこともなかった」

 

「やろうと思ったこともないんですか?」

 

「うん、だってそれまで長文詠唱が必要になるような魔法が発現したことなんてなかったし」

 

「そうですか……」

 

 エルフ特有の細長い耳をへにゃりとさせるレフィーヤ。

 レフィーヤは今までもリヴェリア監修の元並行詠唱を習得しようと何度も挑戦しているみたいだけど、ことごとく失敗してるらしい。そこで、もしかしたらと微かな希望にかけて私に聞いてみたのだとか。

 明らかに前衛的で魔法に不慣れな私に何を学ぼうとしたのか。

 でも、攻撃を回避しながら詠唱して強力な魔法を放ってくる相手というのがとてつもなく脅威だということはちょっと魔法について齧った程度の私にもわかる。

 ……ベート相手に練習してみるか。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 なんかできた。

 自分でもどうやったのかはよくわかってないけど、なんか出来た。

 ホームの庭でベートに相手してもらって、最初は容赦なかったのに加えて慣れてなさ過ぎて何度か魔力爆発(イグニス・ファトゥス)しそうになった。だけど繰り返すにつれてちょっとずつだけど魔力制御に思考を割く余裕が出来てきて、若干ゆっくりの詠唱になったけど並行詠唱出来るようになった。

 ちなみに、威力は極限まで下げたから直撃したベートの尻尾の毛がちょっと焦げる程度で済んだ。小言言われたけど気にしない。

 その後も何日もベートを無理矢理練習に付き合わせて、高速詠唱しながらの並行詠唱、さらに回避、攻撃、防御、反撃までできるようになった。実は才能あったのかもしれない。またベートに小言言われたけど気にしない。また差をつけられた?知らないよ。

 

「なんか出来たからコツ教えてあげる」

 

「なんか出来た!?」

 

 ホームに帰ってきたレフィーヤにそう伝えると、目をまるまるに見開いて驚きを露わにする。正直私も驚いたよ、私才能ありすぎ……?って。

 

「まず第一に、最初から魔力を込めすぎない方がいい。最初から撃つぞ撃つぞって身構えながらだとそっちに脳のリソースが全部持ってかれちゃう」

 

「なるほど……」

 

「第二に、向こうからの攻撃を恐れないこと。怖がって魔力制御できなくて詠唱どこまでやったか忘れてたら本末転倒だから」

 

「うっ……」

 

「第三に、どうせ自分はなんて思わないこと。レフィーヤは結構自己評価低いから、思い込みで出来ないのもあるかもしれない。とりあえずは感覚を覚えよう」

 

 まずは軽い威圧。今から戦闘するような状況にあると自覚させる。レフィーヤは一瞬怯えた表情を見せたものの、直ぐに眦を吊り上げて杖を構えた。

 

「隙を見せたら抓るから、抓られないように気をつけてね」

 

「えっ」

 

「じゃあ行くよ」

 

 かなり抑えた速度で接近。レフィーヤと私でレベル差が五つもあるからだいぶ手加減しないといけないのがちょっとストレスだけど、これもレフィーヤの為だと我慢する。

 

「【解き放つ一条の───んみゅっ!?】」

 

 顔に手を伸ばし、思わず目を瞑ったレフィーヤの隙だらけの鼻を摘む。直ぐに後ろに下がって距離を取り詠唱を始めたところで右から頬を摘みに迫るも、ギリギリで回避。ちまちまと繰り返していると、およそ二十回目の挑戦でようやくその時が訪れた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】───【アルクス・レイ】!」

 

 光矢の単射魔法である【アルクス・レイ】が完成して杖の先端から放たれた。自動追尾型の魔法が私に命中する前に振り払って消失させる。

 

「や……やりましたっ!?」

 

「おめでとう、先ずは一歩前進したね。その感覚を忘れないように」

 

「はいっ!!」

 

 喜色満面に溢れているレフィーヤは、杖を胸に抱いて魔法の発動に歓呼した。

 

「よし、じゃあ次のステップに行こうか」

 

「へっ?」

 

 間抜け面を晒すレフィーヤを連れてダンジョン5階層を訪れた。立ち尽くすレフィーヤはどこか不安そうに周りをキョロキョロと見回す。そんなレフィーヤを横目にモンスターを大量に誘き寄せて彼女を目掛けて突撃した。

 

「あ、レイさ───ええええええええええええええっ!?」

 

 背後にはゲロゲロと鳴く『フロッグ・シューター』の群れ。簡易的な『怪物進呈(パス・パレード)』を引き起こして、二十にも及ぶモンスターをレフィーヤに擦り付ける。

 仰天のあまり杖で殴ろうとしたレフィーヤに注意喚起。

 

「モンスターに手を出すのは禁止ね。破ったらビンタ」

 

「はいっ!?」

 

「ほらほら、こっち見てる暇ないよ」

 

 ビビって伸びてくる舌を避けるだけのレフィーヤに一つ助言する。

 

「この階層のモンスターくらいならレフィーヤにとって致命傷にもならないよ。さっきまでの練習を思い出して」

 

 そうは言ってもとばかりに目をぐるぐる回しながら対応に追われるレフィーヤ。肌は打撲まみれ、全身に汗が浮かび、何度も呪文を中断させられ失敗しながらも、決して根をあげることなく詠唱を続けた。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】───【ヒュゼライド・ファラーリカ】!!」

 

 体当たりを往なし、夥しい舌撃を躱し、後方に大きく跳んだレフィーヤの足元に山吹色の魔法円(マジック・サークル)が展開。生み出された数十発に及ぶ炎の矢が、フロッグ・シューターの大群に降りそそいだ。

 膝に手を着いて肩で息をしながらも魔法を完成させた姿を見て、確信する。きっとこれなら、もっと練度を上げれば遠征でも足でまといになんてならないだろう。これで【ロキ・ファミリア】に合計三つの移動式砲台が完成したわけだ。強い(確信)。

 

「お疲れ、レフィーヤ。今のは良かったよ」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「うん、これならきっと遠征でも通用する」

 

 謙遜や贔屓目無しにしても、十分に通用するだろうと伝えると、相好を崩して頭を下げた。

 

「付き合ってくれてありがとうございました。ここまで出来たのもレイさんのおかげです」

 

「レフィーヤの努力の賜物だよ。お疲れ、よく頑張ったね」

 

「はいっ!!」

 

 少し下にある頭を髪を崩さないように撫でると、小さく「んふふっ」と笑う声が聞こえる。何か並行詠唱を完成させたご褒美でもあげようかな。

 

 

 

 そのままもうちょっと練習してから帰ると言ったレフィーヤを残して地上に帰還して、市壁の上まで登る。そこにあったのは、何故か地面に二人並んで寝転がる金と白の頭だった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 起きたアイズとベルから事情を聞くと、今日は一日中ベルに鍛錬をつける予定だったらしい。それからなんで寝たのかは分からないけど、アイズがなんか満足げだからいいか。

 数刻後。

 

「いやー、ヴァレン某も酷烈(スパルタ)だと思ったけど、君の方がかなりの酷烈(スパルタ)だねぇ………」

 

 市壁の上に神が一柱現れた。

 小腹が空いたという二人の付き添い的な形でアイズの大好物であるジャガ丸くんを買いに行ったところ、丁度そこでバイトをしていたベルの主神である女神『ヘスティア』に見つかり、あまつさえ違う【ファミリア】の人物であるというのに加え、一緒に自分がバイトしている店舗に仲睦まじそうに買いに来たことに烈火のごとく怒った。三人で必死に説得、懇願した結果、遠征までの残り三日間の鍛錬の続行を渋々許可してくれた。代わりに見学させてもらうという条件を加えられたが。

 ベルがアイズに吹き飛ばされる毎に「あっ、こらっ、えげつないぞ!?」と抗議する。両手を振り上げ抗議する動きに合わせて、その小さな身丈に合わない巨大な双乳がたゆんっ、と弾む、弾む。

 よくロキが『あの生意気なジャガ丸どチビおっぱいがぁ……!』という文句を言っているのを思い出して、今まで言い出せずにいたこの秘密裏の特訓は益々ロキには言い出せないことを察した。

 そうして、日が落ちる頃、ようやく鍛錬は終わりを告げた。

 蒼然とした夜空の下をじゃれ合いながら歩く二人。対照的に、私とアイズは周囲を警戒し、視線を感じて足を止める。

 とある一点を見つめていると、建物と建物の狭間、暗闇の奥から、やがてこちらを監視していた視線の主は影を払って歩み出てきた。

 

猫人(キャットピープル)……)

 

 ベルよりも少し小柄な身丈、黒と灰色の毛並み、黒で統一した全身像。さらに手に持つのは2M(メドル)を超えた長槍。思い当たる人物は───いた。

 

(【フレイヤ・ファミリア】がなんで襲ってきた?)

 

 思考を巡らせながら、卓越した技術で襲いかかる長槍を難なくいなす。すると上から気配を感じ、加減するのをやめて八割くらいの力で迫り来る猫人(キャットピープル)の鳩尾を殴り吹き飛ばす。すかさず上に視線を向ければ、三階建ての建物の屋上から放たれた雷魔法。

 回避の一手を取らざるを得ない状況に思わず舌打ちをし、避けると同時にアイズとベルの様子を流し見た。

 すぐ復帰した様子の猫人(キャットピープル)だけど、まだ若干ダメージが残っているのか動きはさっきより僅かに遅い。アイズは新たな四人の刺客の対応に追われており、ベルも同様に女神を庇いながら四人を相手取っていた。

 細かなステップを刻みながら接近し、自身の体の一部かのように自在に長槍を操りながら攻めてくる猫人(キャットピープル)を片手間にいなしながら、一瞬の隙を着いて上にいるエルフに魔法を放つ。

 

「【バーストレイ】」

 

 すぐさま回避した様子だったけど、多少の麻痺はしたはず。これで向こうは警戒を深めただろう。ついでとばかりに目の前に迫り来る長槍の先端を指で挟み込み、両手に【バーストレイ】を打ち込んで麻痺させる。

 力を込められず槍を落とした男をすかさずうつ伏せに転がし、首元に『莫耶』を構えてマウントを取る。援護射撃しようとしたエルフにいつでも魔法を撃てることを示して威嚇をすることも忘れない。

 

「どうして【フレイヤ・ファミリア】が私達を襲った」

 

「……」

 

「答えろ、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】」

 

「グゥッ……」

 

 背中を踏む力を込めると、下にいる『アレン・フローメル』はくぐもった声を上げた。

 

「あの方のご達しだ……。今後、一切の余計な真似をするな……」

 

「それは、また女神フレイヤの()()か」

 

「……あの方を愚弄する気か………?」

 

 下から殺気立つ気配を感じるが、何を手を出すことが出来ない、こちらが優位な状況であることがわかっていないのか。さらに力を込めると、背骨がミシミシと鳴り始める。

 

「グアッ……!」

 

「勘違いしているようだが、私は余程のことがない限り彼に及ぶ試練に手を出すつもりは無い。女神フレイヤにもそう伝えろ」

 

 別に私はあの()のする()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()*1に苦言を呈しているだけであって、強くするためのちょっかいならまだ容認できる。

 【フレイヤ・ファミリア】副団長の猫人(キャットピープル)をマウントから解放すると、すぐさま長槍を回収し【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】がいる建物の屋上まで避難した。アイズを襲った【炎金の四戦士(ブリンガル)】も上まで避難すると、そのまま彼等のホームまで撤退した。

 もう一度襲撃されないかと警戒したけど、その必要はなかったようで、大人しく警戒を解く。三人ともに怪我がないことを確認して、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 遠征当日。【ロキ・ファミリア】の遠征に参加するメンバー達と懇意にさせてもらっている【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛治師(ハイ・スミス)達が、一様に集っていた。

 

「レフィーヤ」

 

「レイさん?何ですか?」

 

 既に準備を終わらせ精神統一を図っていたらしいレフィーヤに話しかけに行く。

 

「はい、これ」

 

「ええ!?急になんで……」

 

 なんの脈略もなく渡したのは、魔道具兼アクセサリーにもなるネックレス。銀色のチェーンに、魔法の威力が上がる効果をもつ石があしらわれた、シンプルなデザインのもの。

 

「並行詠唱ができるようになったお祝い、まだあげてなかったから」

 

「そんな、いいんですか?」

 

「もちろん」

 

「……ありがとうございます。大事にしますね」

 

 そう言って大事そうに両手に抱えたレフィーヤは、ネックレスをつけようとするも上手くいかない様子で手こずっていた。

 

「貸して」

 

 後ろに回りネックレスを着けてやる。

 ネックレスは前から見た時でも服で隠れるような長さのものにしておいた。私なりの、恋人がいると神にからかわれたりするのは嫌だろうからというちょっとした配慮である。

 

「ど、どうですか?」

 

「うん、似合ってるよ」

 

 そう褒めれば、レフィーヤは嬉しそうにはにかんだ。

 

「遠征、頑張ろうね」

 

「はいっ!」

 

 最後に威勢のいい返事を聞いてその場を離れる。

 各々が遠征前最後の準備をこなし親しい人物等に見送られている中、私も愛する恋人が見送りに来てくれた。

 

「いよいよですね」

 

「うん。今回もお願いね」

 

 そう言って彼女の掌に大事そうに包まれるのは、日々装着しているピアスとネックレス。

 

「……確かに、受け取りました」

 

 俯き気味な彼女の顔に両手を添えて、上げさせる。その目は相変わらず不安と心配が揺れ動いていて、愛されていることを実感させてくれた。

 

「帰ったら一目散に抱き締めに行くから、待っててね」

 

「っ、はい」

 

 リューの左手をとって、小指を人差し指と親指で優しく摘むように持つ。最後に前髪をそっと退けておでこに唇を押し当てた。顔に血が集まるのを実感しながら、最後に二人揃って顔を赤くしつつ目を合わせる。

 

「いってきます、リュー」

 

「いってらっしゃい、レイ」

 

 そうして、一行は遠征へと向かった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「さて、どうなるかなー」

 

 館の中央塔の天辺。

 ホームを出発したフィン等を居残り組の団員達と見送った後、ロキは屋根の上に登り、鯨波が響いてくる都市中央を見据える。

 

 

 

「待ち受けるのは厄災か、それとも……」

 

 ギルド本部地下神殿。

 松明の日に囲まれながらウラノスもまた、その蒼色の瞳を暗闇に塞がれた頭上へと向ける。

 

 

 

「───さぁ、見せてみなさい?」

 

 そして白亜の巨塔最上階。

 麗しの女神が人知れず笑みを落とした。

 

 神々の眼差しのもと、冒険譚がダンジョンで紡がれようとしていた。

*1
女神フレイヤは下界の住人の魂を見ることができ、気に入った魂は何があろうとも必ず自分のものにしようとする悪癖がある。



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きっとなるよ。だって、こんなにも私達が心打たれているんだから(仮)

 |=͟͟͞͞ '-' )スッ

 ( 'ω')ノ⌒゜ポイッ


 『遠征』において、前行する第一部隊───言うなれば先鋒隊には派閥の主戦力が集中することが多い。何が起こるかわからないダンジョンにおいて()()()に備えることは必要だ。それは、物資や予備(スペア)の武装を回した後続部隊*1が安全に進行できるようにするため。

 先鋒隊構成員(メンバー)は、フィンとリヴェリアを筆頭に、アイズ、ベート、ティオナ、ティオネ、私という第一級冒険者八名の錚々たる顔触れが揃っていた。私達の他に、サポーターなどの構成員(メンバー)はラウルを始めとした第二級冒険者が多い。

 第二部隊は、残る第一級冒険者であるガレスと、レフィーヤ達魔導士で、先鋒隊よりも何倍も多い人員が組み込まれている。さらに今回は、女神『ヘファイストス』に無茶を言って鍛冶大派閥(ヘファイストス・ファミリア)から十人の鍛冶師(スミス)達にも『遠征』について来てもらっていた。

 現在位置はダンジョン7階層。

 私達は『遠征』とは露ほども感じさせない賑やかさで進んでいた。

 

「ほー、【ヘファイストス・ファミリア】の連中なら、間違っても足手纏いにはならねえな。安心した」

 

「はい出たー。ベートの高慢ちき。ベートはさ、何でそういう言い方しかできないの?他の冒険者を見下して気持ちいいの?あたし、そういうの嫌い」

 

「勘違いするなっての。雑魚なんぞを見下して優越感に浸るなんて、俺はそんな恥ずかしい真似しねぇー。事実を言ってるだけだ」

 

 ティオナの言葉を鼻で笑うベートと、アイズの背中に抱き着きながら「ウギーッ!?」と憤慨するティオナ。それは今までに何度も見てきた光景で、それに周囲の者が噛み付くのも恒例だった。

 リヴェリアも加わってさらに会話が騒々しくなってくのをぼーっと眺め、咄嗟に十字路の先に視線を向ける。

 

「……四人かな」

 

「あんだよ、噂をすれば何とやらってやつか?」

 

 パーティ全員が視線を向ける先から、四人の冒険者が取り乱した形相で接近してきた。

 頻りに後ろを振り返りながら走る様はあたかも何か恐ろしいものに追われているようで、何だか嫌な予感がする。

 

「なーんか、やけに慌ててるね。声かけてみる?」

 

「止めなさい、ダンジョン内では他所のパーティに基本不干渉よ」

 

「ねえっ、どうしたのー!」

 

「……馬鹿たれ」

 

 ティオネの静止を無視してティオナが話しかけると、驚いた彼等は私達の存在に今初めて気づいたのか、慌てて目の前で足を止めた。

 

「な、何だお前っ?って……げえっ!?ア、【大切断(アマゾン)】!?」

 

「ティオナ・ヒリュテぇっ!?」

 

「ていうか、【ロキ・ファミリア】!?え、遠征!?」

 

 相手に喧嘩を売りにいきそうなベートを背中に押し込めるようにして前に出て、彼等に話を聞く。何でも、本来『中層』に出現するはずの()()()()()()が『上層』に現れたのだとか。

 フィンがさらに詳しく話を聞くと、広間(ルーム)に繋がる一本道の奥でミノタウロスを発見し、()()()()()()()()()()()()のを見た。しかし、彼等は咆哮(ハウル)に当てられて十分に身動きが出来ず、体の硬直が解けた瞬間にすぐ逃げだしてしまったとのこと。

 私の記憶の中で唯一思い当たる人物は───ベル・クラネル

 アイズは素早く眼前の冒険者にミノタウロスを見た階層を聞き出し、風のごとく駆け出した。

 『遠征』中であるということも忘れて走り去っていくアイズを先鋒隊全員が追いかける。敏捷値が最も高い私が一番に着くと眼前には、巌のような巨軀の猪人(ボアズ)によって行く手を阻まれているアイズがいた。

 そこで私は察してしまう。

 

(フレイヤ)からの試練か……)

 

 苛烈な猛攻。

 アイズの細剣捌きを純粋な力のみで対処し圧倒的な力を見せつけられながらも、アイズの心は決して折れず、その心はベルの元へ行きたい、その一心だった。

 端の方で横たわっている血塗れの小人族(パルゥム)の少女を回収し、レッグポーチに入れていた回復薬(ポーション)を噎せないように少しずつ飲ませる。貴重なの回復薬の一つを見知らぬ女の子に使ってしまったけど、そこに悔いはない。

 飲んですぐ少女は目を覚まし、弱々しいその小さな手で私の服の袖を掴む。

 

「あの人をっ、ベル様を助けてください……!!」

 

 ……私は、その言葉に素直に頷くことは出来ない。けど。

 

 

 

 

 

「任せて」

 

 

 

 

 

 命だけは、絶対に救うから。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 少女を横抱きにして抱えたまま進んだ薄暗い一本道の奥に、光が漏れる。

 瞬く間に開けた視界に飛び込んできたのは、広間(ルーム)の中央に立っている片方の角が欠けたミノタウロスと、特攻を仕掛ける少年の背中だった。

 右手に持つ黒いナイフで切りかかろうとするも、ミノタウロスの体は筋肉のせいで断ち切りにくく、そのまま為す術なく吹き飛ばされる。受身を取り起き上がってはまた突撃して、力任せに振るわれた大剣を受け流せずにまた吹き飛ばされる。

 その様子を私は見守ることしか出来ず静観していると、後ろから凄まじい速度で足音が迫ってきた。

 

「レイ、あの子はっ───!?」

 

 そのまま一瞬速度を落としたものの、アイズは魔法(エアリアル)を纏ったまま少年を背で庇うように立ふさがる。

 さらに後ろからティオナ、ベート、ティオネ達までもが追いつき、全員がアイズの動向を見守った。

 

「……大丈夫?」

 

 ───大丈夫?怪我はない?

 あの最初の出会いのように、ミノタウロスから助けたあの時と同じようなシチュエーションで、少年に言葉をかける。

 

「……頑張ったね」

 

「今、助けるから」

 

 魔法(エアリアル)を解除し、足を踏み出そうとした次の瞬間。

 

……やるじゃん

 

「……ないんだっ」

 

 アイズの背に守られていた少年は立ち上がり、傷だらけになりながらアイズの左手を掴んだ。

 そして、その掴んだ手を引いて自身の背後へと押しやる。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、レイ・エステルラに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 ただの少年のはずだった。

 心優しくてとても白い、ただの子供のはずだった。

 間違っても、冒険者の『器』ではなかった。

 にもかかわらず。

 立った。

 決して『器』ではなかったはずの子供が、決意を持って立ち上がった。

 

「ッッ!!」

 

 若干腰が引けていながらも、その目は闘志で埋め尽くされている。

 

「勝負だッ……!」

 

 そして少年は。

 『冒険』へと臨む。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 彼が今紡ぎ出している冒険譚は、正に佳境だった。

 全てを賭した一騎打ち。それに手を出すなんて無粋だと思ってしまうほどの、互いの命を賭けた決闘。

 

「───チッ、レイは何してやがる。どけ、アイズ!俺がやる!」

 

 アイズの背中を追い越そうと真横に並んだベートは、思わずその足を止めた。

 驚愕に見開かれているその金の瞳を見て。

 

「…………あぁ?」

 

「え……あ、あれ?」

 

「……誰がLv.1ですって?」

 

 ベートが、ティオナが、ティオネが、気づいた。

 

「僕の記憶が正しければ………」

 

 

 

「一か月前、ベートの目には、あの少年が()()()()()()()()に見えたんじゃなかったのかい?」

 

 

 

『ウヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

 

「あああああああああああああああああッッ!」

 

 誰もが言葉を発さず、その闘いを最も近い場所から見つめていた。

 双眸を揺らし、その光景に引き込まれるアイズと同じように。

 興味と興奮を抱いてしまう。

 

「『アルゴノゥト』……」

 

 ぽつりと、ティオナがおもむろに呟いた。

 それは、一つの物語。

 英雄を夢見る少年が、人の悪意と数奇な運命に翻弄される御伽噺。

 精霊に愛され、牛人を打ち倒し、一人の王女を救う英雄譚。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ……」

 

 目の前の光景を英雄譚の一場面に重ね合わせるように魅入っているティオナは、両手を胸に抱き締めた。

 

「レイ、君はこれを予期していたのかい?」

 

 フィンが呟いたその言葉。

 第一級冒険者の研ぎ澄まされた聴力ははどんなに小さくとも聞き逃さない。

 私が彼が立ち上がった時に零した言葉が聞こえていて、視線を寄越さず耳だけを傾ける彼等彼女等に、感嘆の息を洩らしながら応える。

 

「なんとなく、彼はまたミノタウロスと戦うことになるだろうなとは思ってた。でも、こんなに素晴らしいものがこんなに間近で見れるなんて、思ってもみなかったよ」

 

「……彼は君の目から見て英雄になり得る人物だと思うかい?」

 

「きっとなるよ。だって、こんなにも私達が心打たれているんだから」

 

 これは、きっと、私達が忘れ去っていたもの。

 神々がいつまでも見守り、愛してきた【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。

 

「『─────────ッッッ!!』」

 

 終盤戦(クライマックス)

 清冽な一進一退。止まらない加速。

 命を削り会う、激甚な決戦。

 アイズと私から享受した技や知識を全てこの戦いに注ぎ込み、全身全霊をもって猛牛と激突し合う。

 

「ファイアボルト!」

 

 そして。

 

「ファイアボルトォッ!」

 

 

 

「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 

 爆砕。

 

『─────────────────ッッ!?』

 

 体軀に叩き込まれた漆黒のナイフ。ミノタウロスの体内に直接打ち込まれた零距離砲撃。

 凄絶な断末魔と共にミノタウロスは木っ端微塵に砕け散り、その身は灰となって消えた。

 残ったのは、灰の上に落ちた赤い片角と、宙を舞い地面に突き刺さる『魔石』。

 

「勝ち、やがった……」

 

「……精神枯渇(マインドゼロ)

 

「た、立ったまま気絶しちゃってる……」

 

 ───ベル・クラネル。

 私はもう、きっとこの名前を忘れることは無いだろう。

 今日、産声を上げた『冒険者』は───『英雄』への資格を手に入れた。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 まさしく死闘を繰り広げた彼をアイズが背負い、一時は頭から血を流し若干の貧血状態となっている小人族(パルゥム)の少女を横抱きにして、摩天楼施設(バベル)の治療室に運び込んだ。

 寝台(ベッド)の上に寝かされた二人の容態を見守りつつ、係の者に頼んでホームから呼び出した自派閥の構成員にミノタウロスの『上層』出現、そしてその顛末をギルドに報告するように命じる。

 すると、治療室から飛び出していく団員と入れ替わりで幼い女神が駆け込んできた。

 

「ベル君!?」

 

 息を切らす女神ヘスティアは寝台(ベッド)の上の少年と少女を交互に見て、全身を脱力させた。

 眷属の搬送を聞きつけたのか、店舗(テナント)の制服らしき格好の女神は、少年の静謐な寝顔にむねをぎゅっと押さえ涙ぐんでいた。

 彼女に向き直り事情を説明して、感謝の言葉を頂いた後は静かに礼をし、その場から立ち去った。

 その後ダンジョンに急いで戻った私たちは、無事に後続隊と問題なく合流。18階層で編成し直された遠征隊は、そのまま『深層』を目指して出発した。

 

 

 

 野営地の準備を完了させ、私達は食事に移った。

 営火(キャンプファイヤ)を囲むように大きな輪にる私達の前には、これまでの『遠征』と同じようにご馳走が振る舞われる。50階層まで踏破した団員達への労いと士気の維持を兼ねた豪勢な内容で、肉果実(ミルーツ)を始めとした迷宮産の果実と干し肉、大鍋で作られたスープが配られた。

 鍛冶大派閥(ヘファイストス・ファミリア)上級鍛冶師(ハイ・スミス)達も輪に混ざって、普段よりも賑やかな気がする。

 

「最後の打ち合わせを始めよう」

 

 食事を終え、始まるのは今後の最終確認と、注文していた武具の配付。私は『莫耶』と『干将』の切れ味の復活をお願いしたくらいで、特にやってもらうことは無い。

 

「では、明日に備え解散だ。見張りは四時間交代で行うように」

 

 その指示を皮切りに、団員達は周囲にばらけ始める。

 私は一人ぼーっとテントの中で仰向けに寝転がりながら上を見上げていた。何をするでもなく、何も考えず、ただ何となくそんな気分だった。

 寝ようにも寝れない。皆の緊張でもほぐそうかと思ったけど、それは皆がもうやってくれている。手持ち無沙汰で、退屈だと感じていた頃に、レフィーヤがやってきた。

 

「あの、団長にレイさんが呼んでるって言われたんですけど……」

 

 えっ、聞いてない。

 思わず言葉に出しそうになったけど寸前で抑えて、あることに気づく。

 普段通りの遠慮がちな態度に見えてたけど、その表情はだいぶ固まってて、不安と緊張でいっぱいな様子だった。

 

「あー、そうだね」

 

 寝転がったままでは失礼かと思い、足の反動を使って上体を起こす。

 

「単刀直入に聞くけど、緊張してる?」

 

「………してるに、決まってますよ」

 

 首元から私が遠征前に渡したネックレスを取りだし、握り締める。でもその手は震えていて、武者震いとも恐怖とも見て取れた。

 

「そりゃそうだよね。正直私も緊張してる」

 

「レイさんも緊張とかするんですね」

 

 私をなんだと思ってるんだこの娘は。私だって一人の人間だし、そりゃ怖いっていう感情も、緊張する気持ちもわかる。

 

「んー、昔話をしようか」

 

 隣に座るようにぽんぽんと叩いて示唆すると、おずおずと並んだ。

 

「私が初めて【ロキ・ファミリア】の遠征に参加した時、周りはみんな一個も二個もレベルが上で、入りたてですぐの参戦ってこともあって超緊張してたし怖かった」

 

 【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバーション)することが決まって、ロキに背中に『神の恩恵(ファルナ)』を刻んでもらって、アミッド*2に病気を治してもらえた。それから連携を組むためにパーティに入れてもらってとやっていくと、気づけばフィンから遠征の話が出てきた。

 でもその遠征には当時Lv.2の自分が参加出来るはずもなく、遠征までの期間でランクアップを果たした。そうして迎えた遠征当日、緊張と不安に押しつぶされそうになっているところを、連携を組むためのパーティメンバーだったアイズやティオナに励ましてもらい、無事遠征を終えることが出来た。

 

「でも、そんな私をアイズ達が助けてくれた」

 

「………」

 

 フィンから告げられた59階層まで突撃するメンバーの中に、サポーターとしてラウル*3やアキ*4に混ざって一人だけLv.3の自分が入ることに不安と緊張で溢れているんだろう。

 若干俯きながら静かに話を聞いていたレフィーヤの前に回り、両頬を反対方向に軽く引っ張る。

 

「いたたたたた、いたいっ!?」

 

 顔を上げたレフィーヤの頬から手を離し、今度は優しく包み込む。

 

「そんなに気負わなくていいよ。ピンチな時は私達が助けに行くし、私と一緒に並行詠唱の練習して出来るようになったんだもん。その後にフィルヴィスさんとも練習して無意識下でもできるようになって、フィルヴィスさんから防御魔法も教えてもらったらしいじゃん。なら何かあっても大丈夫だって」

 

「で、でも……」

 

「どうしても不安なら、私とフィルヴィスさんを信じて。信頼してる人から教えてもらったことって思えば、ちょっとは怖さ消えるしょ?」

 

「っ」

 

「私達は必ず、何があってもレフィーヤを守る」

 

 ずっと導くようなことばかり言っても、不安なものは不安だろう。私もその気持ちは知ってる。こういう時、アリーゼは───

 

「じゃあさ、私達が逆にピンチな時はレフィーヤが助けて。ティオナとかすぐ突っ込んでいっちゃうし、私も必ず皆を守れるとは限らないから」

『じゃあ、私達がピンチな時はアンタが助けて。ネーゼなんて血の気が多いからすぐ突っ走っちゃう。代わりに、正義の剣と翼に誓って、必ずアンタの事は守るから』

 

 真面目な雰囲気を壊して、少し眉根を下げて笑いかける。アリーゼの真似事になっちゃうけど、私が一番落ち着けたのはアリーゼの一言だから。

 

「どうしても不安って言うなら、皆も誘って雑魚寝しようか」

 

「えっ?」

 

「ほら、行こっ」

 

「わわわ、ちょっとレイさん!?」

 

 レフィーヤの手を取って立ち上がらせる。強引過ぎたかなと横目でレフィーヤの表情を伺えば、仄かに笑ってるのが見えた。せっかくだからと【ヘファイストス・ファミリア】の女性団員の方も誘うと、文句も言わず首を縦に振ってくれた。

 一番大きなテントがちょうど私のものだったらしいから、戻って全員で寝る準備をする。準備を終えて思い思いに話しているのを見ながら、レフィーヤに話しかけた。

 

「もう大丈夫?」

 

「はいっ!」

 

 最初にやってきた時とは打って変わって、綺麗な笑みを咲かせた。

*1
『遠征』を行う上での心臓部。彼等がやられてしまうと、もし深層にいたら物資をなくしたことで餓死。さらに武器をなくしていれば発生したモンスターに為す術なく殺されることになるだろう。

*2
戦場の聖女(デア・セイント)】を二つ名にもつ都市最高の治療師(ヒーラー)。完全に欠損していなければ治せるほぼチーター。Lv.2。

*3
超凡夫(ハイ・ノービス)】という二つ名を賜ったLv.4の第二級冒険者。フルネームは『ラウル・ノールド』

*4
貴猫(アルシャー)】という二つ名を賜ったLv.4の第二級冒険者。フルネームは『アナキティ・オータム』



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太陽の精霊、『ヘリオス』(仮)

 きっとこの話が年明け前最後の投稿になると思います。

 この作品を見つけて頂きありがとうございます。こんな投稿ペースであまり話も進みませんが、来年もよろしくお願いします。


 早朝、私達はフィンの静かな号令とともに野営地を発った。

 目標は、未開拓階層の攻略。かつて最強の座に君臨していた【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】でさえも到達できなかった階層へ侵略し完遂すること。その硬い意志を全員が一心に掲げてここまでやってきた。当然、その中には私も含まれる。

 

(必ず前人未到の59階層に到達し、攻略してみせる。……【静寂(アルフィアさん)】のためにも)

 

 より一層決意を固め、先陣を切る。

 

「もう、なんでベートと前衛なのー。レイがいるからまだマシだけどさっ」

 

「うるせぇ、馬鹿アマゾネス」

 

 ……ベートとティオナに気を削がれながら。まあ、あんまり気を張りすぎると疲れるし、まだまだ緊張気味の後衛達のためにも気を緩めよう。

 

「別にティオナは馬鹿じゃなくない?ちょっと考えが足りないところがあるだけで」

 

「はんっ、それを馬鹿って言うんだよ。馬鹿はそう簡単に治らねえ」

 

「なにをーっ!?」

 

 私が入り込んだことでより口論が苛烈になってしまった。

 なんか結局その場を荒らすだけ荒らした人になったけど気にしない。後ろから小さな団長様の何か言いたげな視線を感じるけど気にしないったら気にしない。王族のエルフからも視線を感じるけど気にしないっ!

 

「さて、ここからは無駄口はなしだ。総員、戦闘準備」

 

 ようやく目的地だった50階層と51階層をつなぐ大穴に辿り着く。崖と勘違いしていしまいそうな傾斜のきつい穴を覗き見ると、階下には既に何体ものモンスターが待ち構えていた。

 フィンからの突撃の指示を待つ。パーティ一同が静かに武器を構える中、長槍を携えるフィンは、告げた。

 

「───行け、レイ、ベート、ティオナ」

 

 突撃。

 急斜面を駆け抜け、獲物が来たと思っている怪物たちを次々とその鍛えられた肉体で屠る。安全階層(セーフティポイント)を抜けて早々発生した交戦は、瞬く間に終わった。

 

「予定通り正規ルートを進む!新種の接近には警戒を払え!」

 

 私一人の討伐の速さにベートとティオナの個々の速さでは追いつけない。そのため、ベートとティオナは二人体制で侵略を続けていた。

 横道から、十字路の先から、天井から、壁面から、いたるところで連続して行われる遭遇(エンカウント)。今まで攻略してきた階層とは比べ物にならないほどの出現頻度。これが、『深層』の脅威。これが、『遠征』。

 一切途切れることのないモンスターとの交戦に、しかしパーティは怯まない。

 

「がるぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ベートが吠える。

 ティオナが大双刃を細い両腕で振り回す。

 これからの時代を担う第一級冒険者の力を横目に見ながら、私は目の前のモンスターに鋭く視線を向ける。今はまだ魔力と精神(マインド)を節約したいし、Lv.8となったステイタスに振り回されることがないように右手に『莫耶』、左手に『干将』を携えて自己研鑽に励む。未だに手に馴染んでいないこの双剣が馴染むように、並大抵のことがなければ足技を開放しない。

 双剣で戦う上での動きのモチーフは、巨人が蔓延る世界でリッタイキドウソウチ?を使って人類最強として立ち続ける人……とほぼ同じレベルの戦闘力を持つ人。*1。ロキがまだ天界にいた時はその作品は完結しなかったらしいからまだその動きは完璧ではない。

 対人でも対モンスターでも今までの動きより個人的には断然動きやすかったから、それを自分に合うようにさらに研鑽し続けている。

 

「シィッ!」

 

「うわ、速っ……もう目で追えないんですけど………」

 

 斬る、斬る、斬る。たまに蹴る。たまに殴る。

 繰り返していくうちに、軽い怪物進呈(パス・パレード)状態だった道が開けた。

 前衛サポーターがおののくように呟くのを耳に入れながら耳を澄ませていると、開けた道の奥から聞こえるけたたましい進撃音が私の鼓膜を震わせた。

 Lv.8の聴力と視力を遺憾無く発揮して、ソイツを捉える。

 

「───新種来る!」

 

 通路の横幅を全て埋めるほどの密度で迫り来る黄緑色の大軍。特に警戒していたモンスターと、二回目の遭遇(エンカウント)を果たした。

 前回の遠征ではあらゆるものを溶かす腐食液に為す術なく撤退を強いられたが、今回はそれの対応策もある。

 双剣でちまちま攻撃するよりも大剣の方がきっといいだろう。どうせ最後に爆発するんだから、多めに倒せる方がいいに決まってる。

 逆手に持っていた莫耶と干将を順手に持ち直し、魔力を通じることで双剣から大剣に早変わりさせる。その時に魔力はほんの僅かの使用だけで済むのは、本当にヘファイストス様さまさまだ。さまさまさまだってなんかウケる。

 

「【焼け(バーケ)

 

 付与魔法(プロミネンス)を発動させ、再び突撃。

 口腔から放出される腐食液が付着する前に蒸発し、続いて不壊属性(デュランダル)の特性を十二分に発揮させる。

 背後の仲間にもモンスターは当然のこと、腐食液をも通さない。その前に蒸発しきる。

 溜め斬り。

 薙ぎ払い。

 斬り上げ。

 飛び上がって溜め落下突き。

 双剣の使い方はリッタイキドウソウチの人だったけど、体験の使い方は地上に現れる人の何倍もの大きさのモンスターを狩る人*2がモチーフになっている。これもロキに教えてもらった。

 あっという間に敵の進撃を押し返し、リヴェリアの『並行詠唱』が完成する。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!!」

 

「総員、撤退!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

 蒼と白の砲撃が迷宮ごと前方のモンスターを凍結させる。フィンの号令を聞いて横に避けなければ、瞬く間に私達の体は氷像になっていたことだろう。死ぬとは言ってないけど。

 大剣から持ち運びが楽な双剣に戻し、念の為全ての氷像を壊しながら通路を走る。そして、あっさりと次の階層への階段に辿り着いた。

 

「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」

 

 ここまで無傷で来た私達は、さらに気を引き締める。でなければ、この先死んでしまうことだって有り得るから。

 

「行くぞ」

 

 51階層と変わらない黒鉛色の迷宮内を、今までより速く走り抜ける。

 

「戦闘はできるだけ回避しろ!モンスターは弾き返すだけでいい!」

 

 モンスターの出現頻度も遭遇(エンカウント)率も依然変わらないけど、交戦する回数はめっきり減った。

 そう感じることの無い緊張感。そして、───響いた。

 

「……竜の、遠吠え?」

 

「フィン」

 

「ああ───()()された」

 

「走れ!走れぇ!!」

 

 走行の速度(ペース)が更に上がる。

 進路に現れるモンスターを、ベートよりもティオナよりも前にいる私が往なす中、途切れる事のない咆哮の出処を探す。

 

()()()?」

 

 中衛前部にいたアイズが呟いた。

 

「───来る」

 

「レイ、転進しろ!!」

 

 

 フィンからの指示が飛び、すぐ後ろにいたベート、遅れてティオナとパーティ一団は正規ルートを外れ横道へ飛び込んだ。

 次の瞬間。

 

 

 

 

 

「───────────────」

 

 

 

 

 

 地面が爆砕した。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?』

 

 突き上がる轟炎、そして紅蓮の衝撃波。

 比較的レベルの低いサポーター達を背中で庇い、熱風から身を守る。決して、正面から目を逸らさないまま。

 

「迂回する!!西のルートだ!!」

 

 正規ルートを外れて、迷路状の広幅の通路を全力疾走する。

 すぐに、再び響く大爆発。

 やがて鮮明に響き渡る竜の咆哮。

 次いで付近の層域全体を震わす爆発の連鎖。

 地面を突き破り、天井へ突き抜けていく紅蓮の()()()

 爆炎の中でも襲いかかるモンスターの対応を迫られる中、Lv.8の聴覚は大爆撃にパーティの隊列が乱れかけている後衛位置でガレスが声を荒らげるのが聞こえた。

 視線を向ければ、『デフォルミス・スパイダー』の太糸に腕を絡め取られて横穴に引きずり込まれる寸前のレフィーヤの姿。

 

「っ!」

 

 救出せんと急行するも、レフィーヤの下で地面が膨れ上がり大穴ができる。

 そして、そのまま落下した。

 ギアを上げる。

 そのまま、飛び降りた。数秒後に続くようにティオナ、ティオネ、ベートも飛び込む。

 壁面を蹴りつけ直下へと疾走。底で居座る全長10M(メドル)を誇る大紅竜、『ヴァルガング・ドラゴン』が待ち受けているのを見て、今まさに大火球を放とうと開いた喉奥を目掛けて速攻魔法を放つ。

 

「【バーストレイ】!!」

 

 範囲は狭く、威力は勁烈に。

 狙いを定めて放った電撃は、寸分のズレもなく放たれた。

 

「「「レフィーヤ!!」」」

 

「足引っ張るんじゃねえノロマァ!?」

 

『───【ヴェール・ブレス】!!』

 

 大火球の放出は中断され、私達の全身を緑光の衣が包む。

 喉を焼かれ自慢の轟炎を放てなくなった『ヴァルガング・ドラゴン』が飛翔し、こちらに向かって飛んでくる中───銀の大剣を担ぐティオナが一人飛び出した。

 

「んにゃろおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 体ごと突っ込み、両手で握り締めた不壊属性(デュランダル)の大剣を、頭蓋目がけて振り下ろす。

 

『────────────』

 

 形容しがたい叫声を放ちながら、『ヴァルガング・ドラゴン』は絶命した。

 

「レイ、ティオネ、ベート!飛竜(ワイヴァーン)が来る!」

 

 58階層の咆竜(ヴァルガング・ドラゴン)、更に56階層付近の動きを察知してティオナが叫んだ。

 56階層、57階層の横穴から次々に現れる竜種。

 双剣から大剣に形状を戻し、力を溜める。正面から大きく口を開けて一直線に飛んでくる紫紺の飛竜、『イル・ワイヴァーン』を、大剣の剣身で受け止め、回転。そのまま遠心力を利用して下に向かって渾身の力で吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた『イル・ワイヴァーン』は、下で火炎弾を放とうとしていた飛竜(ワイヴァーン)達も巻き込んで墜落した。

 攻撃の手はそれだけで止まることはなく、再び壁を蹴って下へ下へと向かう。加速を続けるこの体は、止まることを知らない。

 

「【焼き消えろ(バーケ)】!!」

 

 ───話は変わるけど、私は付与魔法が使える。

 

 生まれた頃から病弱だったこの体は、何をするにしても病が弊害となって常に誰かに支えてもらう必要があった。お母さんも体が弱かったらしいし、きっと遺伝なんだろう。

 お母さんは【ヘファイストス・ファミリア】の団長で、私が今持っている『莫耶』、『干将』は、【ヘラ・ファミリア】の副団長だった父のために作ったものだったらしい。やけに年の差があったけど、きっと気にしない方がいいんだろう。

 お母さんのレベルは高かったけど、急に病にかかってそのまま亡くなった。その頃の医療技術では治せないほどの病気だったらしい。そうして父子家庭になったけど、お父さんは当時の二大派閥の副団長という立場があって、病弱な私はオラリオでは過ごせない。

 結果、私は空気の綺麗な辺境の村で生活することになった。

 

 そして二年後、『黒竜』が現れた。

 

 黒竜によって及ぼされた被害は甚大だった。通るだけで災害だとみなされるほどの大きい被害。それは私の生活圏だった小さな村も例外ではなかった。

 ただ上空で翼をはためかせただけで、貧相だった村は全壊した。

 窓が割れ、壁が剥がれ、屋根が崩れ落ち、生い茂っていた草木は風で地盤ごと飛んでいった。

 若い人はいないと言っても過言ではないほど辺鄙な村であったから、家に潰されるか、風圧か、転倒か。いずれかの理由で村人は全員が亡くなった。

 当然、私も例外ではなかった。でも、奇跡が働き何とか満身創痍ながらも生きていた。目を開けば血で視界が滲み、腕や足を動かそうとすれば激痛が全身に走る。背中も断続的に痛みが迸っており、もうここで死ぬのかと幼いながらに悟った。そんな絶望の縁で目に入ったのが、仄かな赤い光だった。

 なんとなく、その光が怯えているように見えて、泣いているようにも見えて、痛みを無視して小さな手を伸ばし抱き竦めた。するとその光は強くなり、私の体に浸透していった。

 あれから十五年が経った今、ロキに言われて私は初めてあの光がなんだったのかを知った。

 

 太陽の精霊、『ヘリオス』。

 

 だからなのだろうか。

 私はあの日から熱に対しての耐性があって、アストレア様に恩恵を刻んでいただいたその瞬間から魔法が使えた。加えて、リヴェリア曰く炎系統の精霊が私の周りに集まってくるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな私が出せる最高温度は2()0()0()0()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け、だと6000度。焦がせ、だと1万度。焼き消えろ、だと最高温度の2000万度が出せるけど、それだと私の周りにいるだけで火葬されてしまうから、必ず誰かがそばにいる時は自分だけでなくその人にも付与している。

 では、今この場所にいる冒険者は私を含めて五人。では、その全員が一瞬でも2000万度の熱を放出したらどうなるか。

 結論。

 

『──────────────』

 

 ()()

 そのまま使い続けると地面が熔けてしまうから、すぐに使うのを止める。そして、特に問題なく着地して、このままだと焦げ死ぬ可能性があるから、氷の魔剣で周りの空気を冷やす。多分こんな理由で魔剣を使う冒険者はどの時代で見ても私だけだろう。そして、上から降ってくる女性陣を順番に全員受け止める。ベート?知らない子ですね。

 こうして、全員がほぼ無傷で58階層に到達できた。

 他にモンスターが出現していないかを確認しようとしたけど、壁面までもが熔けてしまっているから、以降モンスターが出現することは暫く無いだろう。

 

「「「「………」」」」

 

「……何?」

 

 今まで響いていた騒音が止み、途端に静かになったことに違和感を感じて振り返れば、どこかジト目でこちらを見てくる四人。

 

「毎度思うけどよ、その魔法チート過ぎるだろ」

 

「そうだそうだー!最初っからレイだけで良かったじゃん!」

 

「はあ……。無駄に疲れたわ」

 

「元はと言えば私のせいで………」

 

 いや、そんなこと言われましても……。

*1
某ミカサ。ちなみに作者は進撃をちゃんと見れていない。でもエレンがめちゃくちゃ拗らせてるのは知ってる。

*2
某モンハン。作者は片手剣愛好家だったけど、太刀も大剣も弓も双剣も好きだった。大剣は正直溜め斬りの時隙デカすぎじゃね?とか思ってたけどその威力に魅了された。




 各話のタイトル名をどうするかについて一つ提案が。
 アンケート作ったので投票お願いします。
 ついでに評価もお願いします。(ボソッ)


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【火ヨ、来タレ───】(仮)

 皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ『【アストレア・ファミリア】の生き残りの1人は現英雄』をよろしくお願いします。喪中の方がいればすみません。
 タイトル名は暫くはまだこの形で投稿していきたいと思います。


 58階層の元々飛竜(ワイヴァーン)たちがいたところでフィンたちを待っていたが、会合は思ったよりも早かった。

 離れていた仲間と合流し、ようやく弛緩した空気が流れる。精神力回復薬(マジック・ポーション)を飲みようやく肩から力が抜けた。

 地面に座り込み、未到達領域を目前にする一団の間で、束の間の休憩(レスト)風景が広がった。一方、オラリオが誇る第一級冒険者である【勇者(ブレイバー)】は一ミリたりとも警戒を解かない。

 なにか気になることでもあるのかと、フィンとティオネの間で繰り広げられる会話を盗み聞きする。その内容は、思わずハッとするほどの衝撃をもたらした。

 【ゼウス・ファミリア】が残した記録によれば、59階層から先は『氷河の領域』とのことだった。それは、第一級冒険者の動きを凍てつかせるほどの恐ろしい寒気を巻き起こす。しかし、その階層を目前にしている私達の元には一切の冷気は伝わってこない。

 59階層に直通する連絡路前で待機していた私達の中から、一人、また一人と武器を携え立ち上がる。

 

「何かあるってのか」

 

「わからんが……【ゼウス・ファミリア】の誇張とは考えにくいのう」

 

 そういえば、と私はあることを思い出す。それは、約二十日前。24階層で赤い髪の女に投げかけられた言葉だった。

 

 ───『アリア』、ついでに『ヘリオス』。59階層へ行け。

 ───ちょうど面白いことになっている。『アリア』の知りたいものがわかるぞ。

 

 もし、あの女の言う通りに59階層にアイズが知りたいと望むものがあったとして、それがアイズに害を与えるようなものだったら。アイズだけでなく、【ファミリア】全体にも影響があるようなものだったら。

 その時は、私は彼女を力ずくでも止めなければいけない。同じ【ファミリア】に所属してる仲間として、長い時を一緒に過ごしてきた姉として。それでもだめだったなら、最悪の場合―――。

 

「だ、団長、どうするっすか……?」

 

「……火精霊の護布(サラマンダー・ウール)はいい。総員、三分後に出発する」

 

 思考を断ち、直ちに準備を済ませ、休憩(レスト)を終える。武器を装備し、隊列を組んだ私達は目の前の大穴へ足を踏み入れた。

 

「寒い、どころか……」

 

「……蒸し暑い、ですね」

 

 ティオナとレフィーヤが思わずといったように零し、暗闇に包まれる連絡路をラウル達サポーターが携行用の魔石灯に灯りを入れる。

 情報にない湿った空気に誰もが口を閉ざし、胸騒ぎを覚えた。緊張感が増していき、誰かの息遣い一つにも敏感になる。

 かつん、かつん、と。

 階段を降りる冒険者の足音が細い通路に反響する。

 遥か先に顕在する光を求めて、歩を進めた。

 

「フィン、これは……」

 

「ああ、今から僕達が目にするものは……誰もが、神々でさえ目撃したことのない───『未知』だ」

 

 リヴェリアからの問いかけに静かに答え、そして、光の先。未到達領域59階層へ進出した。

 

「───」

 

 視界に広がる光景に、誰もが言葉を忘れる。

 そこに氷河なんてなかった。

 私達の眼前には、不気味な植物と草木が群生する、情報とは真逆の59階層の景色があった。

 

「……密林?」

 

 ティオネが呟いた表現以外に適したものを私は知らない。

 58階層の規模を超える広大な『ルーム』には緑一色に染まった樹や蔦が生えていた。

 連絡路直前に密生する背の高い樹林。青い草原と毒々しい極彩色の小輪を揺らす花々。遥か彼方の四方には緑壁があり、大きさの異なる無数の蕾が垂れ下がっていた。

 

「これって、24階層の……?」

 

 巨大花に寄生され変貌した24階層の食料庫(パントリー)苗花(プラント)を彷彿とさせるような光景に、アイズ、私、ベートはよりいっそう警戒する。

 

「音、が……」

 

 階層の中央付近から響く、奇怪な音響。

 何かを咀嚼しては、何かが崩れ、何かが時折震えるような細く甲高い声音。

 視界を塞ぐ密林からの謎の響きを聴いて、思わず立ちどまり団長の指示を仰ぐ。

 

「前進」

 

 通り道のような一本道を、一番レベルが高い私を先頭にして進んでいく。

 左右、前方の三方向に視線を走らせ、何が出てきても即座に対処できるようにする。

 歩き続けること数分。密林が消え、視界が一気に広がった私達の目に、それは飛び込んできた。

 

「……なに、あれ」

 

 大双刃(ウルガ)を携えるティイナの唇から、声がこぼれ落ちる。

 灰色の大地が広がる大空間。

 荒野と見間違えるような階層の中心には、夥しい量の芋虫型と食人花のモンスター。

 虫嫌いが発狂しそうなほどの怪物の大群が囲むのは、巨大植物の下半身を持つ、女体型だった。

 

「『宝玉』の女体型(モンスター)か」

 

「寄生したのは……『タイタン・アルム』*1、なのか?」

 

 頬を皺を寄せるガレスの横で、リヴェリアが一体のモンスターの名を口にする。

 巨大植物(タイタン・アルム)の女体型に、芋虫型は口腔から舌のような器官を伸ばし、先端にある『極彩色の魔石』を差し出していた。食人花も巨大な顎を開き、構内にある『魔石』を露出させている。

 巨大植物の上半身は、記憶違いじゃなければ前回の遠征で討伐した芋虫型の女体型と同じで、無数の触手で片っ端から『魔石』を貪り尽くしていた。

 そこで、私達は二つのことに勘づく。

 

「まさか、あれほどのモンスターを喰らってきたというのか?」

 

 一つは、今現在私達が踏み締めているこの灰色の大地は、尋常じゃないほどのモンスターの()()()()()()だということ。

 もう一つは、アイツは()()()だということ。

 そして、私は自身の体に起こる異変に気づいた。

 鼓膜が張り裂けるような心臓の拍動。

 確かに、この階層に今までで一度も来たことがなく事前情報と全てが異なるということは、大いに緊張感を増す要因になる。でもきっとこれはそれだけが原因ではなくて、奥底に眠るナニカがざわめいているようだった。

 次の瞬間。

 対応に乗り出そうとする私達の目線の先で、変化は起こった。

 

『───ァ』

 

 それは、周囲のモンスターの量がが丁度半分を超えた頃。

 上半身を起こした女体型の上半身が、蠕動の如く打ち震えた。

 

『───ァァ』

 

 上半身は蠢くように震え続け、その身を破かんとするように盛り上がる。

 そして───女体型の上半身から蛹が羽化するように、美しい身体の線を持った『女』の体が生まれた。

 

 

 

『───ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 

 

 鼓膜が破けてしまいそうになるほどのえげつない声量に思わず両耳を塞ぐ。

 『女』は仰け反り、天を仰いだ。

 背まで流れる長い頭髪は、光沢を帯びた美しいものに。

 なだらかな上半身を覆うのは、極彩色の衣。

 迷宮の天井を見上げ歓喜に打ち震えるその横顔は女神にも劣らない美貌を誇った。

 瞳孔も虹彩もないその瞳だけが淀みのかかった金色で、それ以外は緑色で塗り尽くされていた。

 変貌するのは上半身だけに限らず、下半身には巨大な花弁や無数の触手を出現させた。

 

「なっ、何だっていうのよ、アレ……!?」

 

 未だに続く歓呼に、耳を塞ぐのも忘れて呆然と立ち尽くす。

 いや、嘘だ、でも、あれは、まさか、本当に───

 認めたくないという気持ちと、自身に流れる血が認めるように動くので思想が傾く。

 そして、全身に流れる血の流れが共鳴するように、ドクンッ、と揺らいだ。

 それは向こうも同じだったのか。

 天に向かって叫んでいたはずの『彼女』はぐるりと首を回し、アイズを見つける。そして次に、私を見つけた。

 途端に破顔し、歓声を上げる。

 

『アリア───ヘリオス!!』

 

 嬉しそうに『アリア』、『ヘリオス』と連呼する『女』。

 確信した。確信してしまった。

 震える唇をこじ開け、言葉にする。

 

「『精霊』……」

「『精霊』……!?」

 

「『精霊』……!?あんな気味悪いのが!?」

 

 私とアイズの言葉を聞き、視線の先の存在に向かってティオナが叫ぶ。

 嘘だ、認めたくないと思っていても、その神聖とも思えてしまう美貌がそれを許してはくれない。

 美醜の混在。

 圧倒的な忌避感を振り撒く『穢れた精霊』*2のその威容に、総員は狼狽える。

 

「……新種のモンスター達は、女体型をあの形態まで昇華させる()()に過ぎなかったのか」

 

 10M(メドル)を超えるだろう巨体にとっては、階層中の『魔石(モンスター)』を喰らい、かき集め、届けるための触手だとフィンが推測する。その推測は、もしかしたらそうなのかもしれないと思わせるような信憑性のあるものだった。

 

『アリア、ヘリオス!!アリア、ヘリオス!!』

 

 まるで迷子だった子供が母親と再開した時のような興奮度合いで『彼女』は『アリア』、『ヘリオス』と私たちを呼び続ける。

 

『会イタカッタ、会イタカッタ!』

 

「……っ!?」

 

『貴女達モ、一緒ニ成リマショウ!?』

 

 

 

 

 

『───貴女達ヲ、食ベサセテ?』

 

 

 

 

 

 なんで喋れるとか、一緒に成るって何にとかは置いておいて、『彼女』からは目を離さない。

 何か、とてつもなく嫌な予感がした。

 『彼女』が口角を吊り上げた次の瞬間、『魔石』を献上していた芋虫型と食人花が勢いよく反転。同時に、階層の出入口である連絡路が轟音を立てて緑肉で閉鎖された。

 

「総員、戦闘準備!!」

 

 多少なりとも混乱していたパーティの体が即座に反応し、脳を切り替え武器を構える。

 アハッ、と笑う『彼女』の声と共に、戦闘の幕が開いた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 優に五十を超える芋虫型と食人花の大群が押し寄せてくる。

 少なからずあった動揺と嫌な頭痛を無視し、『莫邪』、『干将』とは別に芋虫型のために持ってきた不壊属性(デュランダル)の武器を抜いて一足先に殲滅を始める。

 段々と数は減っていくが、頭にこびりつく嫌な予感がどうしても私を安心させてくれない。

 そんな私の胸騒ぎは、最悪なことに当たっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【火ヨ、来タレ───】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかの詠唱に全員が声に出さずとも驚愕する。

 巨大な下半身のもとに展開される広大な魔法円(マジックサークル)

 禍々しい紋様と立ち昇る紅の魔力光が、女体型の全身を包み込んだ。

 

「モンスターが!?嘘でしょう!?」

 

 ティオネの堪らず叫び散らかした言葉に同意する。

 起源が『精霊』とはいえ、魔法に伴う理性と叡智は人類の領分であるはず()()()。その常識が今まさに目の前で壊されたことにもう動揺を隠せる気がしない。

 吹き上がった『魔力』の出力に、フィンは今まで聞いたことの無い余裕を失った声音で命令を下した。

 

「リヴェリア、結界を張れ!?」

 

 指示を聞くや否や、リヴェリアも焦った様子で詠唱を開始した。

 

「砲撃っ、敵の詠唱を止めろ!?」

 

「せ、斉射ッ!?」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 『魔剣』と共に放たれた数百発に及ぶ炎矢が女体型に直撃する。しかし、敵は下半身に備わる十枚の巨大な花弁を正面に並べ防御した。

 階層中心の大地が流れ弾によって弾け飛ぶ中、私達の目の前には無傷の女体型が悠然と鎮座する。

 

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ(チカラ)ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄(カレ)(トキ)ノ代償ヲ───】』

 

「【舞い上がれ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契りを結び、大地の歌をもって我等を包め。我等を囲え】」

 

 女体型とリヴェリアの同時詠唱。そして、『超長文詠唱』。

 信じられないほど長文な詠唱文にも関わらず、その紡がれる速さは最強魔導士(リヴェリア)をも凌ぐ。

 『精霊』の美貌が微笑み、王族(ハイエルフ)の美貌が焦燥に歪む。

 詠唱を妨げようと試みても、アイズやティオナ達は触手や突撃してくるモンスター達からリヴェリアを守ろうと手一杯になってしまっていて、私が前衛の全員に付与魔法をかけてもあまりその効果は発揮されなかった。

 前蹴り、二段蹴り、三日月蹴り、エビ蹴り、穿弾、穿打、鎧通し、鞭打、波紋、震脚………

 躰道や影武流、格闘術など光速で様々な種類の攻撃法を混ぜてみると、花弁が破けて本体に近づけるようになった。しかし当然のように私からの攻撃を嫌がりこちらに回す分の花弁の量が増え、触手の鞭のような攻撃の量も増し、モンスターも寄ってくる。

 こっちに意識を割いた分ほんの少しだけアイズ達への壁が薄くなった。その隙を逃さずに特攻するアイズ達に警戒を強め、さらに『彼女』は詠唱を早める。

 

『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)───】』

 

「───総員、リヴェリアの結界まで下がれ!!」

 

 命令に応じてレフィーヤ達の援護を受けながらフィン達のところまで辿り着いた瞬間、示し合わせたようにリヴェリアの詠唱が完成する。

 

「【大いなる森光(しんこう)の障壁となって我等を守れ───我が名はアールヴ】!」

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 リヴェリアが持つ魔法の中で最硬の防衛魔法。

 ほぼ同時に、女体型の『魔法』が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【ファイアーストーム】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が紅に染まった。

*1
深層域に棲息する巨大植物のモンスター。同胞だろうが冒険者だろうが手当たり次第に捕食する『死体の王花』

*2
迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』まで遡るほど昔に、下界から怪物(モンスター)を排除するために一部の神々が放った人類の導き手兼武器であった精霊が、ダンジョンにもぐりモンスターに喰われなお自我を保ち続けた存在。千年以上も行き続け、モンスターに喰われたことにより在り方が反転してしまった姿。



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自分の家族くらい守らせて(仮)

 難産でした………。
 文字数はおよそ7500字です。私にしては超長い。それでもいい方はどうぞ。


 火炎の精霊を彷彿させる極大の炎嵐。

 私達()モンスター(味方)も関係なく無差別に放たれた炎嵐は、階層一帯を呑み込んだ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」

 

 杖を両手で支えているリヴェリアの口から苦鳴が漏れる。

 灼熱の世界と隔絶された空間で外の光景に立ち竦む中、無情にも私達に絶望を知らせる音が聞こえた。

 

「結界がっ……!?」

 

 ビキッ、ビキッッ。

 正面、左右、頭上。

 全方位にわたって罅割れる光壁に思わず表情が固まる。

 前方から押し寄せる炎の爆流に───焦熱を浴びるリヴェリアが叫んだ。

 

「───ガレスッッ、アイズ達を守れぇっ!?」

 

 リヴェリアの叫びにハッとして、私がやるべきことを思い出す。

 私は皆より二つレベルが上で、スキルによってステイタス高+超補正されているのに加えて全ての発展アビリティが強化されている。アビリティには魔防と耐異常があるし、私だって微力ながら壁役になれるはずだ。

 次の瞬間、リヴェリアの結界魔法(ヴィア・シルヘイム)は甲高い音を立てて砕け散った。

 

「リヴェリアッ!!」

 

 リヴェリアの手を引き自身の背中で隠して、ガレスがサポーターから奪ってきた盾をさらに奪って中腰で支える。

 首脳陣が残っているだけで安心感は段違いになる。私がいてもいなくても、ちょっとの士気の低下だけで済むだろう。

 

「なっ、レイ、()めろ!私なんか放っておけば───」

 

「───っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、出来るはず、ないでしょッ……!」

 

「何故!お前はうちの最高戦力で、唯一あいつに攻撃の手が届くかもしれないんだぞ!?」

 

 紅蓮の濁流が盾を溶かし、咄嗟に後ろを向いた。業火の波が私の背中を焼いていく。

 まるで私の付与魔法(プロミネンス)みたいだな、なんて現実逃避するけど、背中への来襲は途絶えることはなく。決死の思いで爆炎を受け止め続けて、次には───大爆発。

 咄嗟にリヴェリアを抱き締め投げ出される。火風が収まった頃には私の背中は炭化一歩手前になっていた。

 

「ガぁッ、はっ、」

 

 何とか死守していたレッグポーチから、高等回復薬(ハイポーション)を取り出し一気に飲む。何度飲んでも一気に回復する感覚には慣れないけど、これで全快。私が変わりに庇った結果首脳陣は全員五体満足で、幹部勢も目立った外傷はない。

 今回持ってきてる万能薬(エリクサー)は三本。今日ほどもっと持ってくればよかったと思う日は無いだろう。

 

「っ、この大馬鹿者!なぜ私を庇った!!」

 

「……首脳陣さえいれば、士気が低下するのも防げるかなって」

 

「馬鹿者!お前がいなければ私達がいない時以上の大打撃だ!!」

 

 リヴェリアが言うことを半分ほど受け流しながら全員の様子を伺う。精神面も多少の摩耗はあれど特に問題はなさそうで安心した。

 

『【地ヨ、唸レ───】』

 

 更に、畳みかけるように。

 

「──────」

 

 女体型は微笑みながら詠唱を始める。

 本来ならあるはずの魔法執行直後の硬直なしで再詠唱に入った怪物に、誰もが凍りつく。

 展開されたのは、黒の魔法円(マジックサークル)

 

『【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄(くろがね)宝閃(ひかり)ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢(かいびゃく)ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ひとつ)ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊(ノーム)大地ノ化身大地ノ女王(おう)───】』

 

 詠唱量はさっきより落ちた。それは私達にとっては絶望でしかなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【メテオ・スウォーム】』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法円(マジックサークル)の輝きが直上に打ち上がり、階層が闇と光に包まれる。

 膨大な『魔力』が収束し、黒光の隕石群が姿を現した。

 

「ラウル達を守れッ!?」

 

 悲鳴を上げるラウルをベートが抱え爆風に吹き飛ばされる。レフィーヤをアイズが抱き締め黒光に呑み込まれる。残る二人のサポーターをティオナ、ティオネが飛びつき、四人を庇うために盾になる椿さん。私も私で、耐久値が紙装甲のリヴェリアを再び抱き締める。

 階層全体が、激しい光の連鎖に支配された。

 円環状の窪地(クレーター)がそこかしこに出来ていて、抉られた大穴付近で遠征組全員が倒れ伏していた。その体からは煙と黒い光粒が上がっている。

 この光景を見た女体型は、淀んだ金眼を細めた。しなやかな両腕を広げ、下半身にある二つの蕾を開花させる。

 

「……『魔力』、を」

 

「吸ってる、の……?」

 

 ───これは、ダメだ。

 全員の士気が完全に落ちている。絶望に苛まれ、立ち上がることすら出来ていない。隕石群によるダメージもあるかもしれないけど、それでもこの状況は、みんなの表情は、言葉には出ていない絶望がありありと浮かんでいた。

 ここで、私に出来ることは───

 

 

 

 

 

「フィン、後は任せた」

 

 

 

 

 

 痛む体に鞭打ち、自ら闘志を湧き上がらせる。

 最初の花弁への特攻で、私のする攻撃は少なくともダメージを与えられていることはわかった。花弁と本体ではさすがに耐久は違うだろうけど、僅かながらでも加えられるものはあるはず。

 皆よりも二つレベルが上で、前衛職だから耐久も高い故にまだ動ける。心もやられてない。背中全体の火傷くらいでどうこう言ってられない。私は、【英雄(ウルスラグナ)】なんだ。オラリオ唯一のLv.8で、【ファミリア】メンバーからも神からも、オラリオ中の人からも全幅の信頼と期待を背負ってる。

 ここで、折れる訳には行かない。

 割と最近やった気がするけど、もう一度。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───冒険を、しよう。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 単騎突撃は、しかもこの絶望的な状況下でのそれは、とんでもないほどの緊張感とプレッシャーが襲いかかってくる。それでも、私は止まれない。

 『魔力』の吸収先である芋虫型を尽く殲滅していけば、女体型は怒り出し詠唱を始める。それは想定内。同様に、私も詠唱を始める。

 

「【賽は投げられた。厭世(えんせい)(もたら)す怪物に終焉を、悲観する胸懐に灯火を。静寂の切望、正義の神への悔悟の情を忘れぬように、未来を(うた)う。神に、仲間に、友に、民に、劤悦(きんえつ)を捧げよう。矜恃を掲げ、敵を撃ち破り、明日への希望となろう。嵐の如き勇気と灼熱の意志、我が心に宿りて英雄の誓いを奏でん。落ちるは紅蓮の業火と破滅の雷霆。灰塵と為せ───】」

 

「【ヴァハグン】」

 

 走行、迎撃、回避、索敵の四つの仕事をこなしながら行う高速詠唱。気づけば私の詠唱速度はリヴェリアと同等またはそれ以上に練度が高くなっていた。

 指定範囲は女体型を含めたその周囲。Lv.8の威力で吐き出されたこの魔法は炎が主体で、雷が周りを覆うように張り巡らされている。そしてこの魔法は、術者が止めるまで効果を持続させることができる。加えて、隕石群で負わされた怪我を徐々に回復。

 つまり、私の魔力と精神力がもつ限り、敵はずっと炎と雷の被害にあって、こっちはずっと怪我の回復ができるということだ。

 

『アァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 

 堪らず叫んでしまうほどの威力だったらしい。ざまぁみろとか思ってみるけど、正直この魔法はゴリゴリ精神力(マインド)が削られていくからあまり持続させることは出来ない。

 ある程度私の怪我が癒えたところで解除すると、その姿は見るも無惨になっていた。

 花弁は焼け焦げて原型をなくし、本体も同様に一部炭になって欠けている。その表情は怒り一色で覆われていた。

 怒りに身を任せ再び隕石群を降らすための詠唱を始めようとするところに、短絡的になっている今がチャンスだと飛び込む。穿弾、肘打ち、鎧通し、裏拳、三日月蹴り、カウンターで上体を急速反転させて海老蹴り。あまり追い詰めすぎると次に何をするかが分からないから一度撤退。

 それを繰り返して様子を見ていたら、本格的に怒り出した。

 今まで防御に使っていた蔦を何十本もこちらに向けてくる。流石に対処が難しいと思っていると、その隙に詠唱を始める。

 

『【地ヨ、唸レ───】ッア"ァ"!?』

 

 最早詠唱もさせない。

 口を開いた瞬間に喉元に照準を合わせて【バーストレイ】を打ち込めば、詠唱を中断させることが出来た。

 見ている分にはこちらが圧倒的に敵をボコボコにしていると見えるかもしれないけど、魔法を多発してる分精神力(マインド)がとんでもない速度で削られていくから、正直キツイ。高等精神力回復薬(ハイマジックポーション)を飲みたいところではあるけど、飲んだら敵に隙を与えてしまうから迂闊に飲めない。

 そこで、向こうはジリ貧だと感じたのか、大きく息を吸い始めた。そして───

 

 

 ───咆哮。

 

 

 モンスターの原初的な攻撃手段にして、単純な強さから冒険者は警戒するもの。それを真近で受ければどうなるか。

 レベル差が大きければ大きいほどその影響は強く受ける。その点で言うなら、私はさほど精神力(マインド)的にも辛くない。だけど、鼓膜的な問題で言えば大損害。

 レベルは高ければ高いほど五感は優れていく。現に、この階層に着いた初めの時、獣人であるベートよりも先に変な音がすることに気づいた。そんな聴覚を持つ私が、至近距離で超音波とも捉えられるような咆哮(ハウル)を浴びればどうなるか。

 耳の内部から鋭い痛みが襲ってくること、音がほとんど聞こえなくなり、耳鳴りが続くのはほとんど当然の事であった。

 鼓膜が機能しなくなったことで、視覚くらいでしか危険を察知することが出来なくなってしまった。上記の被害に加え、目眩も出てきた。

 女体型に隙を与えてしまったことで、せっかく負わせた傷を超速再生で全快状態にさせてしまう。これで、私と女体型とのパワーバランスはあっという間に逆になった。

 平衡感覚が一時的に無くなってしまった私は、今までの報復をするかのように滅多打ちにされた。

 蔓がこちらに向かってきていることも認識できずに肩に当たって脱臼したり、急に目に激痛が走って思わず硬直したり、その隙に脱臼して動かせない方の腕を思いっきり打たれて骨が折れたり。弁慶の泣き所とも言われている脛を打たれてこっちも折れた気がする。

 そして最後の最後には、胴体に当たって後ろに吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、泣き叫んでいるような気がする。遠くでその声が聞こえる気がするんだけど、それが確かなものなのかも分からない。今、自分がどこにいるのか。それすらも分からない状況に孤独感を感じ泣きそうになる。

 でも、ここで泣く訳には行かない。まだ動く方の手を上げて、女体型がいる位置を探る。ここで、限界を越えなきゃ意味が無い。

 震える腕である部分に狙いを定める。

 この魔法は、今まで自分が見えるところにしか撃つことが出来なかった。口を空けられたから喉奥を狙ったとかはあるけど、本当は一気に魔石を狙いたかった。収入にならないのは痛いけど、本当に強敵が現れた時に直ぐに決着が着くから。

 今日、私はここで、限界を超える。

 目から血が流れ、顎下まで伝う。最早視界も封じられたようなものだけど、残る触覚や嗅覚でなんとなくの位置を捉える。空気が揺らいで、きっと皆が立ち向かっているんだろうなということを感じられた。

 なら、動けないなりに援護しよう。これが、みんなの助けになるといいな。

 

「【バースト、レイ】……っ!」

 

 上手くいったかどうかは分からない。でも、きっと誤射はしてないだろう。

 何か硬いものが唇に当てられる。

 これがなんなのか分からないけどとりあえず口を開けば、徐々に若干冷たいものが入ってきた。

 途端湧き上がる活力。

 きっと飲ませてくれたのは万能薬(エリクサー)。お陰で耳が聞こえるようになり、腕と脚は骨がちょっと歪にくっついたっぽいけど治った。片目はまだ見えないけど、まだいける。

 起き上がれば、傍にはラウルが顔をビシャビシャにしながら見上げていて、椿さんは動くなと言うように腕を掴んでくる。リヴェリアは、泣きそうな、でも怒ってるような複雑そうな表情でラウルと同じように寄り添ってくれていた。

 前を向けば、アイズ、ベート、フィンがトドメを刺しに向かっている。なら、遠方からだけど支援しよう。女体型は幸い怪我が回復していない。なら、きっとこれが一番有効だ。

 

「リヴェリア、杖貸して」

 

「なっ、まだ動くというのか!?」

 

「うん、お願い」

 

「お前がそうまでなって動かなくてもあの子たちならやってくれる!」

 

「私が今ここで動けば、勝率は格段に上がる」

 

 ここまで言っても「だが」とか「しかし」とか言ってくるリヴェリアから無理矢理杖を奪い取る。

 言い争いをしてる時間なんてない。

 今出せる全力で、徹底的に皆を援護しよう。

 

「【焼け(バーケ)】【プロミネンス】」

 

 自分の何倍も大きいモンスター相手に怯まず挑みに行く、私の大好きで誇らしい家族に、付与魔法を施す。

 付与を続けることで精神力(マインド)がジリジリと削られていく中、さらに詠唱。

 本来、これをやれば脳の処理落ちで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起きてしまう。現に魔法に精通しているリヴェリアは「何をしているのだこの大馬鹿者!!」と烈火のごとく隣でキレ散らかしてる。だけどそれを無視して行使させてもらう。

 アイズが必殺を撃つために風を強く纏う。

 

「【賽は投げられた。厭世(えんせい)(もたら)す怪物に終焉を、悲観する胸懐に灯火を。静寂の切望、正義の神への悔悟の情を忘れぬように、未来を(うた)う───】グゥっ……!」

 

 脳が焼き切れそうになる。血管がどこか破けてるんじゃないかと思うほどの鈍痛が響く。それでも構わずに詠唱を続ける。

 

「【神に、仲間に、友に、民に、劤悦(きんえつ)を捧げよう。矜恃を掲げ、敵を撃ち破り、明日への希望となろう。嵐の如き勇気と灼熱の意志、我が心に宿りて英雄の誓いを奏でんッ。落ちるは紅蓮の業火と破滅の雷霆ッ。灰塵と為せッ───】!」

 

 今ある全ての精神力(マインド)を込めて、ありったけの力を振り絞る。

 

「【ヴァハグン】!!」

 

 狙いは女体型の上半身。

 

『ア"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッ!!!!』

 

 見事的中した炎雷は、胸部から頭部までを焼き消した。

 女体型の魔石が露出し、なぜかお得意の超速再生をする素振りを見せない。理由は知らないけど、これは大きなチャンスだ。後は私の代わりに、きっとあの子があいつを討ち取ってくれる。

 精神疲弊(マインドダウン)どころか精神枯渇(マインドゼロ)にまで届きそうなほどで意識が飛びそうになりながらも意地で耐える。

 そして、精霊のように美しい少女を見た。

 

「いけっ……」

 

 少女の剣が魔石を貫き女体型の体が灰になったことを確認して、私の意識は落ちた。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 目が覚めれば、気づけばリヴェリアに背負われていた。ここは……51階層かな。まだ私の左目は見えない。

 

「……ここは?」

 

「起きたか、この寝坊助」

 

「……何時間くらい寝てた?」

 

「三時間ほどだな」

 

 ……眠い。

 まだ起きたくないという意思でリヴェリアの首元に顔を埋めれば、私を支えている両腕をグワングワンと揺らして眠るのを妨害してくる。

 大人しく自分の両足で立とうとしたけど、アドレナリンが切れたのか変なくっつき方をした脚に激痛が走る。心配させたくないから声を出さなかったし表情にも出さなかったんだけど、リヴェリアにはそれもお見通しらしい。

 

「……大丈夫か?」

 

「…………結構ちゃんと痛いかも」

 

「はぁ……支えてやるから腕を貸せ」

 

 そう言われたから右腕を差し出せば、リヴェリアの首の後ろに回され、リヴェリアの左腕が腰に回ってきた。

 

「お前には色々と言いたいことがあったんだがな。この命知らず女め」

 

「命知らず女!?」

 

 思わず聞き返すほどのインパクトの強さ。後ろに並んでいたレフィーヤも思わずといった様子でぐりんと顔をリヴェリアに向ける。

 

「妥当な名前だろう。我々に背中を見せて鼓舞してくれたと思いきや、滅多打ちにされて瀕死。あまつさえそんな状態で魔法を撃って、ようやく万能薬(エリクサー)を飲んだと思いきや貧血状態のまま二つの魔法を併発させるとは。さすがの私でも恐れ入る」

 

「あの」

 

「言い訳無用。大人しく反省しろこの大馬鹿者。そもそも、なぜ一番最初の攻撃の時に私を庇ったのだ。私なんてそこらへんにでも捨て置けば───」

 

「それは無理」

 

 燻げな目線でこちらを見てくるリヴェリアに、真正面から見つめ返す。一瞬表情が歪んだけど、理由は何となくわかってるから無視。

 

「前提として、私の優先順位は家族、友達、私、その他の順番なの。家族であるリヴェリアを自分可愛さに見捨てるとかそんなの絶対に無理」

 

「しかし」

 

「しかしもでももないの。……自分の家族くらい守らせて」

 

 昔リューとアストレア様を除く家族全員を失ったことを思い出す。病で床に伏せてたしとか、そもそもレベルが足りないとか、正論ならいくらでも浮かぶ。でも、それを納得出来るかと言われればそれは無理だ。

 せっかくレベルも上がって守れるものが増えた。守るべきものも増えた。手が届く範囲が広がって、その中でどうしても守れないものもある。……もう二度と、家族を失いたくない。

 そういう願いを込めながらリヴェリアににへらと笑いかけると、息が詰まったような表情をして、大きくため息を吐いた。そして背中に回っていた手が離れ、私の頭をワシャワシャと強めに撫でる。

 

「ちょちょちょ、痛、痛い!?」

 

 いつもならもっと優しくしてくれるはずなのにとは思うけど、不思議とこの強い撫で方も嫌いじゃない。だって、リヴェリアの顔が優しいから。

 

「この大馬鹿者。……ただ守られるだけでは腑に落ちん。私はお前に守られる。代わりに、お前は私に守られろ。いいな」

 

「アタシも!もうレイの背中を見るだけとか嫌だから!」

 

「私もよ。精々追い抜かれないように気をつけなさい」

 

「テメェに守られるだけなんざ反吐が出るッ」

 

「……私も、もう守られるだけなんて嫌」

 

「私もですっ!」

 

 ティオナ、ティオネ、ベート、アイズが前線でモンスターを相手にしながら会話に参加してくる。後ろで話を聞いていただろうレフィーヤも混ざってきた。

 フィンとガレスの方を見てみても、レフィーヤの更に後ろにいるラウル達の方を見てみても、言葉には出していなくても同じ気持ちだと視線で訴えてくる。

 今までは割と肩肘張ってる感じだったけど、これからは力を抜いてみるのもいいかもしれない。こんなにも頼もしい家族がいるんだから、ちょっとくらいはいいだろう。

 家族がいることの温かさに、思わず顔がほころんだ。




 熱が消えないうちに書き進めるとは一体なんだったのか。その謎を解明すべく───とかは一切ないです。謎なんてなく普通に時間が無かったです。


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オラトリア五巻
援護(介護)お疲れ様(仮)


 やらなきゃいけないことがある時こそ本来後回しにするべきものが進んでしまう。後半ちょいシリアス。


 私達は未到達領域であった59階層で『精霊の分身(デミ・スピリット)』と名付けられた精霊と怪物の異種混成(ハイブリッド)を撃破した後、即刻帰還行動に移った。

 一度50階層で休憩(レスト)を取って、その隙に不格好にくっついた腕とか脛の骨達を治した*1から、身体的な面で言えば五体満足。後治ってないのは左目の視力だけ。

 その時骨の配置を治すために付き添ってくれてたリヴェリアに左目が隠れるようにして包帯を巻いてもらった。皆と顔を合わせるとどこか泣きそうな顔をして視線を左目から逸らすから、きっと万能薬(エリクサー)で無理矢理治したから白目になってるとか、瞳孔が変なところ向いてるとかだろう。地上に戻ったら眼帯買うか。ていうかリューにどう説明しよう。

 幸い、幹部達にこれ以上負担をかけるまいと勇み立つ第二級冒険者(ラウル)達のお陰もあって、割と十分に考える時間も身体を休ませる時間も取れている。そこで気づいた。いや、気づいてしまった。

 

 片目失ったのデカすぎる。

 

 思ったより左サイドの距離感がなくなってて動揺を隠せない。だけどダンジョンはお構い無しとばかりにほんの僅かな気の緩みすらも許してくれない。

 

「……悲鳴?」

 

「アァ?……………チッ、本当だ、遠くから聞こえる。何か起きやがったのか?」

 

 深層から下層まで来て地上まであと半分のところまで来た時に、後方から複数の叫喚が聞こえてくる。

 

「───フィン、部隊を走らせろ!」

 

 殿を務めてくれているガレスが怒号を響かせる。

 

「『ポイズン・ウェルミス』じゃ!!」

 

 それヤバいやつ〜。

 空いてる右目で後ろを見れば、夥しい量の(うじ)のモンスター。『毒』の『異常攻撃』を仕掛けてくるヤツらの中でも最上位の危険度で、『耐異常(アビリティ)』も貫通してくるくらいその『毒』は強力。

 ただの一体とか二体とかならちょちょいと対処出来たけど、この時襲いかかってきたのは私ですら目を疑うほど。疑う目が一つなくなったから信憑性ないかもだけど*2

 

「あの数───大量発生!?」

 

「こんな時にっ……!不味いわよ!?」

 

 戦闘不能になった仲間の肩を支えながら走る団員たちの背後から、百を超える量で通路をギチギチにしながら押し寄せてくる。

 アイズが(エアリアル)を使って応戦し、ベートもアイズの(エアリアル)銀靴(フロスヴィルト)に装填して参戦。大盾を構えるガレスとともに毒液を防いでいる間に、手が余ってる私達が団員達を回収していく。

 リヴェリアの『魔法』で通路一本をまとめて凍らせたけど、複数の横道から新しく毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大群が合流したから量的には変わらない。

 

「レイ、魔法を!」

 

「【バーストレイ】」

 

 フィンに指示されたなら仕方ない。本音を言うなら魔力は回復するのに時間がかかるから正直もうちょっと休みたかった。

 右の方から振り向いてモンスターの気配を感じなくなるところまでを範囲として指定し、ある程度の威力を持たせて放つ。放った威力が結構強かったのか地面まで揺れたけど、そのおかげで殲滅できたし良しとしよう。壁面にも高圧電力すぎて傷がついただろうし、断続的な増殖だから次また襲われるかもしれないけど、それまでの時間稼ぎにはなる。

 

「フィン、ラウル達がヤバイッ、早く治療しないとっ!」

 

「団長、『下層』の安全階層(セーフティポイント)に行った方が……!」

 

大量発生(イレギュラー)の規模がわからない。下層域全体に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)が増殖しているなら下層(ここ)に閉じ込められるだろう」

 

 あまりの苦痛に呻く兎人(ヒュームバニー)の少女や男性団員を抱えるティオナとティオネの訴えを、フィンはパーティの戦闘で槍を振るいながら跳ね除けた。

 目の前に現れた大型級のモンスターを瞬殺しながら、彼はその脳みそをフル回転させる。

 『下層』の安全地帯に篭城しても迎撃に手間取ればまともな治療すら行えないと。それ以上に、解毒用の道具(アイテム)の数が底をつきかけてるのが一番の問題だと叫んだ。

 

「18階層まで行く、動けない者は引きずって来い!総員、走れ!!」

 

 第一級冒険者が前衛、中衛、最後尾で強行軍を援護しながら、全速力で安全階層(セーフティポイント)を目指した。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 フィンに命令されて私は今度は地上に向かって全速力で走っていた。全く、片目を失ってるって言うのに人遣いが荒い。まあ今回に限っては仕方ないけど。

 都市(オラリオ)最速を誇るこの足は半日強で地上に辿り着いた。フィンからは、販売されてる特効薬を人数分かき集めるようにと指示されている。ただでさえ稀少で高価なものを一人で集めさせるとか、階層の往復よりも疲れるかもしれない。

 遠征から二週間ぶりの太陽の光に懐かしさを感じながらも、一旦黄昏の館(ホーム)を目指す。一人で集めるよりも絶対に効率的だから。

 黄昏の館(ホーム)の門前に立ち惚けている門番は私の顔を見ると急いで館内に入っていった。きっとロキを呼んでるんだろう。その気遣いが今は何よりも有難い。

 もう一人の門番に促されてエントランスホールで待ってると、ロキがはしゃぎながら飛びつこうとしてくる。

 

「おーっ、レイー!?よく帰ったなー!!ってその包帯なんやーっ!?」

 

「やる事あるからそれの答えは全部終わった後で」

 

 ロキを適当に()なして、出迎えてくれた団員達を呼び止める。ついでに今残ってる構成員を全員集めるようにお願いというか命令。「は、はいっ!」と訳が分からないまま従ってくれる団員達に流石の統率力だと実感していると、ロキに質問される。

 

「なぁレイ、フィン達は?」

 

「まだダンジョン」

 

 集まった構成員の過半数に私は【ディアンケヒト・ファミリア】に行くから、それ以外の道具屋で特効薬を買い漁ってくるようにと指示し、残りの人達に食料を持ってくるようお願いしながら、その後も続くロキの質問に答えていく。

 

「何日くらいで集まるかな……」

 

「二、三日はかかるんやない?」

 

 ファミリア間の貸し借りをなしでいいなら、高位治癒魔法を扱える【戦場の聖女(デア・セイント)】に直接ダンジョンに赴いて治療して欲しいところだけど、主神(あの神)が無償での治療を許すはずがない。

 在庫数が足りなかったら【ディアンケヒト・ファミリア】にでも頼んで新しい解毒薬を作成してもらうしか……頭が痛くなる。頭使うのは苦手なんだよぉ。

 

「それよりレイ、休まないで大丈夫か?ダンジョンから帰ってきたばっかでヘロヘロちゃう?肩揉んだろうか?」

 

「それがただの善意だったらお願いしたかったよ」

 

 下卑た笑みを浮かべながら手をワキワキとさせて背後に回るロキを額に当てた人差し指だけで抑える。

 戻ってきた団員からバックパックを受け取って、戦闘着(バトル・ジャケット)の懐から羊皮紙を取り出しロキに手渡す。

 

「なんや、これ?」

 

「フィンから渡せって」

 

 それだけを最後に、特効薬を集めるためにまた奔走した。

 【ディアンケヒト・ファミリア】に行って予想通り足りなくて、他の団員たちの方も全然集まらず、結局アミッドに作って貰ってたらロキの予想通り人数分集めるのに二日かかった。三日目に差しかからなかったのは団員達の頑張りによるものなので、帰ったらちゃんと感謝を伝えよう。

 毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の『毒』にかかった団員達に早く特効薬を届けたいし、行きと同じくらい、またはそれ以上の速さで18階層に向かう。

 着いた頃には階層全体に『夜』をもたらされていて、おそらく晩餐が行われている頃だった。

 どんちゃん騒ぎしている中あまり目立たないようにしたいなと思いながら小走り程度でフィンの元に駆け寄ろうとすると、一目散にティオナが私に気づいた。

 

「あ、レイ!!」

 

「団長、レイが帰ってきました!」

 

「お帰り、レイ……」

 

「空いてるやつさっさと来い!」

 

 私が帰ってきたことで喧騒が治療のための慌ただしさに塗り潰される。

 一人一人に特効薬を配って、お世辞にもいい香りとは言えない紫紺の溶液を口にすると、苦痛に呻いていた負傷者たちの呼吸が瞬く間に安定し始めた。

 

「良かったね〜、みんな〜。本当にありがとう!」

 

「取り敢えず、これで一安心ね」

 

「ご苦労だったな、レイ。助かったぞ」

 

「随分と服が汚れているが、なんじゃ、休憩も碌に取らんかったのか?」

 

「急いで届けないとって思って……眠い」

 

「ああ、ゆっくり休んでくれ。……ありがとう、レイ」

 

 リヴェリアに促されてろくに頭が働いてないまま天幕の一つに向かおうとしたところ、遠方から騒がしい音が聞こえてくる。その音はモンスターが出すとは思えないようなものであったから、少し気になった。

 

『───ぐぬあぁっ!?』

 

 野営地の外の方角から聞こえてきたのは、幼い少女のものらしい悲鳴。

 休めないことへの落胆を感じつつも何かあったのかと向かおうとしたところで、一目散にいつの間にか居たベルが駆け出していく。小人族(パルゥム)の少女、黒の着流しを着た赤髪の青年と後を着いていくようで、私達もその後に続いた。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「いや〜、突然押しかける形になって申し訳ない!だが驚いたよ、ベル君を助けてくれたのが君達【ロキ・ファミリア】だったなんて!」

 

 一先ず大きめの天幕に招き入れて話を聞くことにした。山吹色の髪をしたいかにも自由人そうな優男(やさおとこ)の神が、にこにこと笑いながら歯切れ良く言葉を連ねる。まさかの宴中に野営地の奥から現れた人がヘスティア様だとは思ってもみなかった。割と長く冒険者業に就いてるけど、直接ダンジョンに赴く神は初めて。

 そしてヘスティア様と一緒にやってきたのが、目の前の男神ヘルメスと、その眷属や他の冒険者達。特に私の目を引いているのは緑色のケープを着た女性。

 いやー、とても見覚えがあるんだけどなんでだろうなー?いや本当に、なんでだろうなー??何故か目も合わないんだけど、何かやましい事でもあるのかなー???まあいいか。とりあえず眠い。寝たい。

 首脳陣がちゃんとした面会をしてる中、アスフィさんとは面識があるから会釈する。援護(介護)お疲れ様の念を込めて。

 眠過ぎて何も聞いてなかったけど会話が終わったみたいで、見覚えがありすぎるエルフの女性の手を引いて私は天幕を後にした。奇怪な目線を向けられた気がしたけど気にしない。とにかく今の私にはリューセラピーが足りてない。

 【ロキ・ファミリア】の女性陣が使っている天幕の一つで、主に幹部が使っているものの中に入る。ある程度寝る準備を固めて、有無を言わさず寝転がらせる。困惑した様子でも構わずに、私は胸元に顔を埋めた。

 

「あのっ、レイ!?」

 

「スーーーー、ハーーーー……」

 

 あー……落ち着く。

 

「深呼吸しないでください!?」

 

「スヤァ」

 

 

 

 

 

 気づいたら意識が飛んでた。

 そして目が覚めたら『昼』だった。起きたらリューがいなくて発狂しそうになったけど、ご飯を持ってくるために一時的に離れてただけだったみたいで、精神年齢が下がってる気がする。

 お昼ご飯を食べて、寝起きで頭が働かずぼーっとしてると、天幕がシャッと勢いよく開かれた。

 

「ねねね、水浴びしに行かない?レイ一回も入ってないでしょ?」

 

「入る」

 

 あまりにも早い返事、私じゃなきゃ聞き逃しちゃうね*3

 リューもどうかと表情を伺ってみると、首を横に振られた。

 

「あー、ごめんやっぱいいや。誘ってくれたのにごめんね」

 

「全然!次は一緒に入ろうね!」

 

「うん」

 

 バタバタと忙しなく次のところに向かうティオナを見送れば、横から良かったのかと尋ねられる。それに大丈夫だと返して、積み上がってるタオルを二枚取って立ち上がった。リューの手を引いて立ち上がらせて、天幕を出る。

 

「どこかに行くのですか?」

 

「水浴び〜」

 

「それなら先程の誘いに乗ればよかったのでは……」

 

「リューと一緒に入りたかったからいいの」

 

「……」

 

 無言になったリューを連れてきたのは、ティオナ達が入ってるところから割と離れた穴場。

 ここならそう見つかることは無いと説得して、二人で入ることにする。衣服を脱いで、一糸まとわぬ姿となり、泉と言えるような小さなところで世間話をしながら体を清める。

 ある程度洗い終わってタオルで体を拭いている時、ふとリューが少し言い出しにくそうに私に問いかけた。

 

「……今まで聞いてなかったのですが、なぜ片目だけを閉じているのですか?」

 

「……」

 

 瞼を上げて、左目を露わにする。

 リューはその目を見て、暫く動揺から目を震わせた後、宝石のような空色の目から静かに涙を零した。震える手で多分目元まで手を持ってきたからその手を右目で追うも、きっと左目は追えてないし、動いてはくれない。優しく、慈しむように目元を撫でる指を見れないのがもどかしくて、辛くて。

 泉に顔を落として自分の顔を見てみれば、青かった左目は自分のものとも思えないようなものだった。思ってた通り、目の神経が死んだのか右、左と見てもピクリとも動かない。

 再び顔を上げてリューを見れば、その顔はくしゃりと歪んでしまっている。

 

「なんで、なんで……っ」

 

「……強いモンスターが、いてね。ソイツにやられちゃった」

 

 ボロボロと流れ続ける涙を拭うこともせず、そっと私の目元を撫で続けるリュー。冒険者だから死ぬことも念頭に置いておかなければならないことは知ってる。欠損や神経が麻痺してしまうこともあるってわかってる。いつだって命懸けの職だってわかっていながら、私達は冒険者をしている。

 それでも、実際に自分の片目が失明してしまって見えなくなると、悲しく感じる。ちゃんと両目でリューの顔を捉えたいのに、それが出来ない。

 二人しかいない泉の中で、精一杯の力を込めて抱き締める。

 この場に似合わない熱い雫が肩口に触れて流れていく。細くてしなやかな腕からは考えられないほどの力で抱き竦められる。

 そうして暫く経った頃、アイズ達が入ってるだろう滝下の泉の方で大きい水音が鳴った。

 一度離してもらってリューの肩にタオルを被せる。颯爽と着替えて様子を見に行ったところ、そこには水に浸かった状態で顔を真っ赤にしたままどこか一点を見つめるベルと、恥じらうように局部を隠すアイズの姿。周りには見られないように肩から下を水につける、ティオナとティオネを除いた女性陣。

 ………………………………やったな、ベル。それと枝の上に隠れてる()()()()

*1
荒治療ではあるが、もう一度今度は自分の手で腕と脛の骨を粉砕して、【サンダーレイ】で骨形成を促進させて、筋肉で骨の形がちゃんと元に戻るように動かして、万能薬(エリクサー)飲んだ。なんで筋肉だけで元の位置に戻せるんだとか聞かれても「Lv.8だから」としか答えられない。

*2
ブラックジョーク

*3
普通に嘘



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おはよう、闇派閥(イヴィルス)さん(仮)

 ベルが女性の水浴びを覗いてから数時間経ち、階層の時間帯は『夜』に切り替わった。

 野営地では【ロキ・ファミリア】が男女問わずベルの覗きに対して怒り狂っている。怪物(モンスター)より化物(モンスター)のような形相で、狩りに出かけていた椿さんが狼狽えリヴェリアですら頭を抱える状況だった。

 野営地の片隅で縛られているのは男神ヘルメス。ベルがしでかした覗きの首謀者であり、縛られてもなお悪びれた様子も見せないため当然有罪(ギルティ)。一方突入していったベルはちゃんと一人一人に覗いてしまったことに対して誠心誠意謝罪(土下座)をしていたから厳重注意だけで済んだ。

 因みに、ベルはアイズの裸を見た瞬間に烈火のような勢いで逃走を始めたけど、逃げた方向が私の方だったということもあって呆気なく捕まった。

 にしても、アイズがまだ7歳くらいの頃から交流があって、本人から姉のように慕ってくれるようになってからおよそ10年。もはや妹分じゃなくて妹のような存在だからこそ、まだ知り合って正直間もない少年に見られてしまったことがどうしようもなく許せない。もしリューの裸が見られるなんてことがあったら腸が煮えくり返るなんて騒ぎじゃない。

 まぁ?私は姉ですから?アイズが許すって言うんだし何も言わないでおいてあげるけどアイズ親衛隊がどう言うかなァ!!やってやれベート(筆頭)

 とか思っていたらベートよりも先に百合エロフ(レフィーヤ)が爆発した。Lv.2になりたてホヤホヤの冒険者をLv.3になって結構経つ魔導士の脚力で追うその容赦無さ、嫌いじゃないよ。

 走り去っていく二人に迷子にならないようにと言おうとしたけど、ベルは論外としてレフィーヤも暴走し始めたら周りが見えなくなる悪癖がある。

 

「あー、あの二人迷子になりそうだし追いかけてくる」

 

「いってらっしゃーい」

 

 ティオナに伝えるだけ伝えて、ゆるい返事を聞き流しながら森の中に入っていくのを木の枝と枝を渡って追跡する。ベルが考えなしにちょこまかと逃げていくから、案の定夜の大森林で迷子になった。

 迷子になった先でギャーギャーと見苦しい言い合いが繰り広げられていくのを呆れた目で見ながら状況整理。私の感覚によるとここは野営地から結構離れていて、中央樹からもそれなりに離れた中途半端な場所。目印になるようなものもなくて、ここから戻るのは彼らだけだと至難の業だ。

 別にこのタイミングで下に降りて野営地まで誘導してもいいんだけど、ここであっさり姿を表したらせっかくのレフィーヤの成長の機会が失われてしまう。

 今までフィンからの指示ばかり仰いでいた彼女は自分で考えて行動するということがあまり無かった。確かに、勝手に独断で突っ走ってしまうのは団体行動を主とする【ロキ・ファミリア】からしたら迷惑でしかない。でも、フィンが前線に出る事態に陥ったとき、彼からの指示を仰げなくなったときに、リヴェリアに並ぶメイン火力の彼女が指示待ち人間だととても困る。最近になってようやく並行詠唱もできない宝の持ち腐れ状態から一歩抜け出せたのに、また振り出しに戻るとか最悪だ。

 そんなわけで、ワーギャー騒ぐ彼等を静観。

 お腹が空いたらしいベルに水晶飴(クリスタル・ドロップ)を一つ譲って、その後どちらからともなく木の根元に二人して座った。無言で気まずそうなレフィーヤとベルの間に置かれた魔石灯が、二人の顔を照らしている。ロマンチックの欠片もない。

 多分彼等的にはそのまま夜を明かすか救助を待つかしてるんだろうけど、この森の中で彼等しかいないという状況ではとってはいけない選択だった。

 

『───オォォォォォォォ』

 

「「ひっ」」

 

 不意にどこからが聞こえてくるモンスターの遠吠え。

 夜の森は危険だ。それは冒険者じゃなくてもわかることであり、どこの都市でも共通の認識である。

 レフィーヤはおもむろに立ち上がり、周囲に目を配る。現状の位置を探しているようで、良い結果では無かったのか少しエルフ特有の細長い耳が萎れた。

 ベルに何故か年齢を聞き出すレフィーヤ。なんでかと思ったけど、ベルの返答を聞いて少しだけ理解した。ベルの年齢はレフィーヤの一つ下であり、レベルでも一つ下。つまるところ、彼女は彼を守る対象としてみなしたということだった。

 急に先輩風を吹かし始めたレフィーヤは普段は割とゆるゆるの表情筋を締め、毅然とした態度でその場から動き始めた。

 手頃な青水晶を砕いては背後に欠片を落としていつでも道を辿れるようにしたり、大きな道を迂回する度に木の幹へバツ印の痕を刻んだ。すぐに復元しないように深く切り込んでいるようで、普段遠征の時に最前線で皆を率いていく私をよく観察していたことがわかる様子で、感心する。

 ただ、レフィーヤ自身もおっかなびっくりなのかどこか不安そうに辺りを見回すのは今回に限ってはダメだった。

 今いるのは初めてこの階層に来たという上級冒険者になったばかりの超新人で、どこかも分からないし頼れる仲間も近くにいない。まるで迷子になったかのような少年は兎のごとく辺りを警戒して不安がっているのだから、見栄であっても強気な態度を見せるべきだ。とはいえそれはレフィーヤにも言えることであるのだから、高望みしすぎなのだろう。

 これからちょっとずつ身につけていくだろうし、私の記憶通りでは正解の方向に進んでいってはいる。このままだと順当にいけば野営地に戻ることが出来るだろう。

 枝の上をぴょんぴょんと移動しつつも音を立てないという、Lv.8(都市最強)の実力を最大限に活かして尾行を続けると、ベルが静かな声でレフィーヤに問いかけた。

 いきなり名前呼びは失礼かという気遣いによる家名呼びに無愛想な返事をして、かと思えば眉を吊り上げて怒る。

 ベルはその様子に申し訳なさそうにしながらも、再び静かに尋ねた。

 

「……レフィーヤさん」

 

「まだ何かあるんですか?」

 

「やっぱり、何でもできるようにならないとレイさん達や……アイズさんの力には、なれませんか?」

 

 その問いかけにレフィーヤは歩むのを一度止めるも、間をおいてから再び歩き始める。

 

「なれませんよ。たとえ何もかもできるようになっても、それでも、全然……あの人達には、追いつけません」

 

「……」

 

「……」

 

 レフィーヤの独白に、いや多分というか確実に力になってるし追いつけると心の中で激励する。

 正直なところ、私は何でもできる訳じゃない。それは当然のことで、前線を張ることはできても後方で負傷者を治したりはできないし、戦うことはできても頭を使った戦い方はあんまりできない。*1手が届く範囲なら守りたいって思うけど、どうしても取りこぼしてしまう人だっている。

 今でこそ()()()()()と世界中のそこかしこで言われたり【英雄(ウルスラグナ)】っていう仰々しい二つ名を神々から頂いたりしてるけど、私が一番自分は英雄なんかじゃない、認められない、認めていいはずがないって思ってる。

 沈黙が空間を支配し、足音と草のさざめきしか音を立てることが許されていないような錯覚に陥る。

 そのまま歩き続けて、大樹を見上げた。

 

「私は上に登って、辺りの様子を見てきます。貴方はここにいてください」

 

「あ、はい、わかりました」

 

 絶対に上を見ないように何度も言いつけ、レフィーヤは手を使わずにぴょんぴょんと枝から枝に飛び移っていった。

 丁度その頃、二つの妙な気配を感じた。よくよく視線を凝らせば、24階層の食料庫(パントリー)で交戦した闇派閥(イヴィルス)の残党と同じローブを着ていて、唯一違うのは色だけという徹底ぶり。舌打ちしようとして何とかその気持ちを抑える。レフィーヤ達に意識を割いていたから気づけなかった。

 下に飛び降りたレフィーヤはベルに目配せをし闇派閥(イヴィルス)の残党を追跡し始める。それは追跡したその先に罠があるかとかを考えていない浅はかな判断であり、愚策だった。

 推奨の柱が一旦途切れた円形の草地に足を踏み入れたのがきっかけとなったのか、がばっ、と音を立てながら何の前触れもなく()()()()()()

 まるで落とし穴のような窪みに二人は呆気なく吸い込まれていき、流石に助けに行こうかと下に降りて穴を覗けば、丁度上を見上げていたレフィーヤと目が合った。しかし、声をかけるまでもなく開口していた()が再び音を立てて勢いよく閉じられてしまい、声をかけることすら出来ずに終わってしまった。

 後ろから奇襲を仕掛けようとしていた残党共の背後に、彼らが気づけないほどの速さで回って四肢の各関節を外す。第二級冒険者でも十分に動けなくなるほどの激痛が走っているだろう彼等を拘束して、武器やら自爆用の火炎石やらを押収。ついでに舌噛んで自殺もできないように、そこら辺に落ちてる口にギリギリ入るくらいの石を詰め込んだ。

 他にも何か変な気配がないかを探ると、茂みの奥に覚えのある気配がした。でもそれは下で大変な目に遭ってるだろうレフィーヤとベルの気配じゃなくて、闇派閥(イヴィルス)の残党と同じく24階層で会ったことのある気配。

 

『───オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 黄緑色の長駆で這い寄る十以上の食人花をバーストレイで最小限の被害に抑えつつ殲滅する。

 痛みやらなんやらで気絶してしまっている残党二人組のうち一人から情報を収集するため、額当てと頭巾を剥ぎ取り肩の関節を無理に接続させて再び激痛を味合わせると、意識が覚醒した。

 

「ゔぅぅぅっ、……ッ!?」

 

「おはよう、闇派閥(イヴィルス)さん」

 

「ん"ぅ!?───っ?」

 

 ヒューマンの男は私を認識した途端に自決しようとしたんだろうけど、残念ながら自決するための方法は封じられてるし、『神の恩恵(ファルナ)』を読み取られるリスクも考えたら舌噛んでの自殺も出来ない。

 実の所今の私は自決用の装備である火炎石を見た時点で冷静さを若干失っており、闇派閥(イヴィルス)の残党であることがさらに私の怒りを増長させていた。だって、【アストレア・ファミリア】にいたときに実の妹のように可愛がってくれてた人を殺されたから。

 だけど、ここで私情は挟まない。

 さて、静かな詰問の始まりだ。

 

「この落とし穴の先はどうなっている。大人しく答えろ。でなければお前らの素性を暴き、残る仲間を皆殺しにする」

 

 ボールスがだいぶ前に強奪した『開錠薬(ステイタス・シーフ)』をチラつかせると勢いよく首を縦に振る男。

 実際には己の名声やらを守るためにそんなことはしないけど、圧力と殺気を一人に集中して浴びせたがために、男の顔はどんどん白くなっていき、体は惨めに震え、ズボンの中央部からは段々と水溜りが生成されていた。

 草木の匂いで覆われた自然がこいつのせいで汚れてしまったことに不快感を覚えつつ、口に詰め込んだ石を外し、睨みをきかせ続けながら話を聞いていく。すると、あの落とし穴はモンスターそのものであり、ある方に忠誠を誓っているという情報を漏らした。ただ、この情報は到底役に立つとはいえない。

 もう一人のエルフの残党も同じような起こし方と脅し方をして詰問すると、ヒューマンの男と同じく落とし穴の正体はモンスターそのものであることと答えた。しかしこれだけではなく、彼は荒唐無稽なことも言い始めた。

 

「は、はははっ……」

 

「何がおかしい」

 

「し、知っているぞ、その瞳……復讐を誓い、遂げた者の眼だ」

 

 復習を誓ってもないし遂げてもないけど、勘違いしてくれてるならその勘違いに乗っておく。

 憐憫と嘲笑が混ざった眼差しでこちらを見上げる男に絶対零度の視線を向けつつ、聴取を続けた。

 

「同胞の匂いを深く漂わせる者よ。愛した者と……死して別れた者と、また会いたくはないか?」

 

 そんなの、会いたいに決まってる。

 

「会えるはずはない」

 

 だけどそれは誰でもわかる常識であり、自然の摂理でもあった。加えて、私はまだ皆に胸を張って誇れるほどのことが出来ていないし、大事な局面で病気なんていうくだらない理由で参戦できなかった私が彼女らに会いにいけるはずがない。そんな資格を持ち合わせていない。

 

「再会することが出来ると言ったら、どうする」

 

 ほんの僅かに揺らいだけど、表面上には出さない。

 男は過呼吸になりながらもエルフの美貌を醜悪に歪ませ笑い続け、やがて震える声音で囁いた。

 

「我等が主に、忠誠を誓え。そうすれば、お前にも───」

 

 言葉を続けようとする男の真上から鋭い銀光が走り抜ける。

 咄嗟に双剣を抜いて当たらないように弾くと、再び短剣が投げつけられた。恐らくそれは彼等の喉元を狙ったものであり、二回目のこれが本命。

 短剣を投げた誰かは男達を殺そうとした。順当に考えて、投げたのは同じ闇派閥(イヴィルス)の者。情報漏洩を防ごうとしたのか、はたまた普通にこいつらはいらない存在だったのか。

 投擲主は彼らを殺したいみたいだけど、私はまだ彼らから情報を得たいから()を掴んでそのままの方向に投げ返す。

 高台の上に見えたのは、紫紺の外套(フーデッドローブ)で体全体を覆い不気味な紋様の仮面を被った謎の人物。

 

闇派閥(イヴィルス)ノ残リ(かす)メ……足ヲ引ッ張ルダケノ無能ドモ』

 

 聞き取れないほどの様々な肉声が混ざった気持ち悪い声。何者かを問う前に、右腕に嵌められたメタルグローブが何かを取り出そうとする挙動を見せた。

 相手が反応すらできない速度で接近し、顎のラインの中央目掛けて拳を掠らせるように撃ち抜いて脳震盪を起こさせる。ふらりと体勢を崩した外套(フーデッドローブ)の人物を地面にうつ伏せで倒し、両腕を拘束すれば、抵抗するのは至難の業だ。

 痛みで覚醒した外套(フーデッドローブ)の人物は辺りを見てどうもできないことを察したのか、自力で打開しようともがき始める。

 

「お前らの主とは一体誰だ、何処を拠点として活動している」

 

『グウゥッ、カ、簡単ニ答エルトデモ思ッテイルノカ……ガアッ!?』

 

「答えなければどうなっているか、今の自分の状況を省みながら物事を判断しろ」

 

 拘束する力を強くすれば、誤って肩が脱臼した。そういう目的はなかったけど、結果的に強い脅しにはなっただろうし問題無し。

 高速を続けながら周りに視線を張り巡らせる。増援がいたら面倒臭いとか思っていたのが悪かったのか、突如視界が白一色に染められた。

 思わず目を庇いながらその場から離脱。視界が回復した頃には誰一人としていなくなっていた。

 

「………とりあえずフィンに報告だね。これが何なのかも気になるし」

 

 ジャケットのポケットから一つの球体を取り出す。

 手の平に収まる程度の大きさで、材質は精製金属(インゴット)。内部には赤い眼球のような物体が埋め込まれていて、表面には共通語(コイネー)とも【神聖文字(ヒエログリフ)】とも異なる『D』という形の記号が刻まれていた。

 レフィーヤ達が落ちていった落とし穴まで駆け寄ったその時、目の前で光の柱が姿を現した。それから数瞬遅れてベルを抱えたレフィーヤが出てきた。

 

「レイさん!」

 

 突然の事で思考回路が若干停止しながらも、目視で二人の安否を確認する。靴やらローブやらが溶かされているみたいで、あとは擦り傷とかくらいしか目立った外傷はない。ただ、ベルは精神疲弊(マインドダウン)寸前かな。

 ひとまずダメージがでかいベルをその場に座らせて、回復薬(ポーション)高等精神力回復薬(ハイマジック・ポーション)を飲ませる。その間にレフィーヤにも回復薬ポーションを渡して傷を癒させた。

 ふらつきながらも自力で立ち上がろうとするベルに待ったをかけ、レフィーヤから落とし穴の先でどんなことがあったのかを聞く。その後に、向こうからの質問を無視して説教を始めた。

 

「レイさん、何でここが……」

 

「二人とも、特にレフィーヤ。夜の森は危険だっていうのは子供でも知ってる常識だと思ってたんだけど?」

 

「……すみませんでした」

 

「すいません……」

 

「今回は私がいたからよかったけど、いなかったら今頃闇派閥イヴィルスにやられてたよ」

 

「………はい」

 

 他にもいろいろ言いたいことはあったけど、二人ともちゃんと反省してるみたいだし、ベルにいたっては大分疲れ果ててる。

 

「レフィーヤには色々言いたいことあるけど、ちゃんと先輩として後輩を守れたのに免じて何も言わないでおいてあげる。とりあえず早くキャンプに戻ろう。皆心配してるよ」

 

 ベルに手を貸して立ち上がらせ、肩を貸しながら歩く。レフィーヤが変わろうとしたけど、そっちだって疲れてるんだからいいのと押し切った。

 道中で心配して探しに来たアイズ、リヴェリア、ティオネ、ティオナに遭遇し、アイズに護衛を任せて私達は残ってここの調査を進めた。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 レフィーヤとベルの迷子事件から一夜明けて、調査を続けたけど何も見当たらなかった。

 早朝、皆が起きるよりも前の時間にリューと一緒にみんな(【アストレア・ファミリア】)の墓を訪れて、道端で見つけた綺麗な花を手向けた。色々思い出だったりを話して、また来ると約束する。

 道中でリューと別れ、キャンプ地に戻って精製金属(インゴット)についてなどの事情を説明しつつ、フィンの号令で撤退準備を始めた。

 胸当てやブーツ、ガントレット、双剣。共に不備がないことを確認して装備する。解毒薬の運搬速度を優先させたがために『迷宮の孤王(モンスターレックス)』を素通りしてきたので、駆除するために先鋒隊に組み込まれた。

 ティオナとティオネにリューと寝たことについて弄られながら歩き、階層南端の岩壁に空く洞窟の前で止められる。フィンが諸々指揮を執って、今回は中衛の位置で攻守両方の支援を行うことになった。

 

「三分で終わらせる。行くぞ───総員、戦闘準備」

 

 体の力を抜き、リラックス状態に持っていく。思考は冷静に。判断は素早く。薄暗い洞穴を見据え、オォォォォォォ───と巨人の遠吠えが響いてくる連絡路に突入した。

 結果は言うまでもなく犠牲なしの完封勝利。フィンの宣言通り三分で討伐を終え、地上に向かって歩いていた。8階層でダンジョンが震えるという異常事態(イレギュラー)もあったけど、無事帰還した。

 時刻は夕方に差しかかる頃で、久しく浴びなかった日の光に懐古し、広大な空に思いを馳せ、風の香りに歓喜した。

 

「あ〜、ひっさびっさぁ〜!」

 

「夕焼け……」

 

「『遠征』の帰りは、いつ見ても眩しいわね」

 

 それから後続部隊がやって来るのを待つこと三十分。ガレスとリヴァリアが率いり、大型カーゴを伴って現れた。

 中央広場(セントラルパーク)で【ヘファイストス・ファミリア】と別れ、大型カーゴを引きながら凱旋する。ようやく辿り着いた本拠地(黄昏の館)の前庭は居残りの団員達で溢れ返っていた。

 

「───おっかえりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 ロキが朱色の髪を揺らしながら飛びかかってくるのをあっさりの回避し、最後尾にいたレフィーヤに叩き落とされた。これには女性陣全員が拍手する。

 

「ロキ、今回も犠牲者はなしだ。収穫もあった。積もる話は色々あるけれど……そのまま聞くかい?」

 

「んんぅー、そうやなぁ……じゃあ、まずは!」

 

 しゅたっと立ち上がり、出迎える団員達の元へ戻って振り返る。

 

「溜まっとる問題は山ほどあるんやけど、取りあえず、今は……」

 

 そう言って全員の顔を見回し、最後には相好を崩した。

 

「おかえりぃ、みんな」

 

 ようやく、力が抜ける。ロキのこういうところが好きだから、何だかんだいろんなことに付き合ってしまう。

 

「ただいま」

 

 こうして、【ロキ・ファミリア】の長い『遠征』が今日、終わった。

*1
自分が出来ないと思ってるだけで客観的に見たらフィンと同じくらいの判断能力を持ち合わせてる



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オラトリア六巻
もしかしてなんやけどレイって戦闘狂(バトルジャンキー)?(仮)


 驚くほど短い投稿間隔……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


 遠征から帰還後。ロキに迎えられたことで安心感から力が抜けて一気に身体が重くなったけど、何とか耐える。

 私とリューの家に帰って、シャワーを浴びて、眠気に何とか抗いながら【ディアンケヒト・ファミリア】に治療されに行った結果、レベルが六つも下の女の子の目の前でブチギレられてます。うとうとしたら殺されるくらいの怒気で、本当に遠征から帰ってまだ一週間も経ってないのかと思うほどだった。

 

「ちょっと、真面目に聞いているんですか!?」

 

「はい、大変反省しております」

 

 なぜ歳も身長もレベルも下の女の子に説教させられているのか。

 事の顛末を説明すると、私の状態と目を見た瞬間にアミッドがめちゃくちゃ慌てながら【ファミリア】構成員(メンバー)を集めて、あれよあれよという間に治療室に閉じ込められた。そのまま即めっちゃ強い麻酔刺されて意識が落ち、気づいたら病床に寝かされていて、腕とかにいっぱい点滴のチューブが繋がった状態にいた。

 しばらくぼーっとしてたらアミッドが静かに私の部屋を訪れて、起きているのに目を丸くしつつも体調はどうかを聞いてきた。大丈夫という旨を伝えて、ここで寝かされてからもうすぐ二日が経過すると教えてもらう。

 体温を測ったり点滴の交換を行いながら、私が過度の疲労状態にあったことと、左目はもう二度と見えないということを報告された。

 何故左目を失うほどの怪我をしたのか具体的に吐けと言わ(脅さ)れ、『精霊の分身(デミ・スピリット)』のことはぼかしつつ全てを話したら、病院に有るまじきクソデカボイスでブチギレたのが、今の現状だった。

 いやー、正直そんな酷いと思ってなくってぇ……疲労具合もいつもよりちょっとキツイけど大丈夫だろとか思っててぇ……左目もただ一時的に見えないだけなんじゃないかとか希望はほぼないってわかってながらも思っててぇ……。*1

 

「本当に何を考えてるんですか馬鹿なんですか馬鹿なんですねまさかかあの【英雄(ウルスラグナ)】様がここまで馬鹿だとは思ってもみませんでした。普通ちょっと考えたらわかるでしょう、正しい位置にない骨を無理矢理にでもくっつけたらどれだけの痛みが走るかとか。というか自分で骨を折って筋肉で骨の位置を調節するとか意味がわからないんですけどどういう原理でやってたんですかしかもなんでどの骨がどこにあるべきかとかわかるんですかそのうえ微塵もズレなく完璧に治ってるとかどういうことなんですか。……まあ腕についてはいいです。いや良くはないんですけど。前っ然良くはないんですけど一回飛ばします。そもそも明らかに目に強打が入って血だって出ていたというのに目が潰れてるって気づかなかったとかもう本当に勘弁してください。これ以上幻滅させないでください。万能薬(エリクサー)を飲んでも視力が治らない時点で疑ってください。しかもなんですかその怪我の状態で貧血でもあったっていうのに精神枯渇(マインド・ゼロ)と魔力切れまで起こしたって言うんですか。それで三時間しか休息取れてないのに徹夜で走って18階層と地上で往復。いやもう本当に一度脳みそ誰かと取り換えた方がいいんじゃないですかああ自分の脳が異常だということすらも分からないほど馬鹿なんでしたね失礼しました。いや馬鹿だから失礼とかも分かりませんよね。今度お教えしますよそれはもう懇切丁寧に何回も」

 

 ほとんど息継ぎなく憤怒の言葉が羅列されていくのをベッドに寝かされながら聞いている都市最強とは如何に。いやもう医療従事者がこんだけ言うんだったら私がしたことって普通じゃ考えられないほどとち狂ったものだったんだなって。

 

「はぁ、もういいです。どうせまた同じように無茶するんでしょうし。完全に潰された目を治す技術はまだないので眼帯でも付けて目に炎症ができないようにしといてください。それと、あと一日はここで寝ててもらいますからね」

 

 目に関してはほとんど諦めてたからいいんだけど、あと一日ここで寝てなきゃいけないの?

 早く帰らせてほしいという願いも込めてキュルン?*2とした顔をすれば、汚物でも見ているかのような目で見下された。そういう性癖は持ち合わせてないから普通に傷ついた。

 

「貴女は無駄に魔法使いでもないのに魔力の量が半端ないですから全快するまで時間がかかってしまうんですよ。それに、ちゃんと身体の疲労が取れてないので様子見ということで一日です。これでも大分短くしたんですから文句言わないでください。伸びることも考えられるので悪しからず」

 

 えー、つまり。リューにもう暫く会えないと。笑えない。

 死んだ目で虚空を見つめる私をそのままに、アミッドはスタスタと早足で病室から出ていく。

 ああ、完全に一人になった。やることが無さすぎて困る。

 何もやることがなくて外の景色を眺めていたら、ドアを三回ノックされた。アミッドがもう一度来たのかと思ったけど、今のアミッドならノックとかせず開けてくるだろうから多分違う。

 「はーい」と返事したら、「失礼する」と言いながらリヴェリアがやってきた。

 

「ようやく目が覚めたか、おはよう」

 

「おはよう。二日ぶりだね」

 

「二度目の光景だな。寝すぎだ、全く……。アイズ達はもう回復してダンジョンにいくほど元気だぞ」

 

「休みを知らないのかあの子は……」

 

「今日の朝もダンジョンにもぐる前にお前の見舞いに来ていた。会ったら礼をしておけよ」

 

「もちろん。リヴェリアもありがとね」

 

「同じ【ファミリア】の仲間で家族だからな。当然のことをしたまでだ」

 

 その後も話し相手になってくれて、大分退屈を紛らわすことが出来た。ただ、リヴェリアも忙しい身だから帰って書類仕事をしなければいけないらしい。そうだ。

 

「ねえ、ここにいる間暇だからその書類こっちまで持ってきてよ」

 

「いや、お前は普段から手伝ってくれてるし、せっかくだ。ダンジョンも仕事も休みな日を満喫しておけ」

 

「んー、わかった。またね、リヴェリア」

 

「ああ、また来る」

 

 リヴェリアの訪問はあっという間で、再び暇が襲いかかってくる。本もないしどうしようか辺りを見回してみれば、サイドテーブルの上にバケットが置かれてあった。中にはフルーツが盛られていて、どれも新鮮そうなものばかり。しかも私が好きなものだけ。

 よくよく観察してみれば窓辺に花瓶が置かれていて、花は太陽の光を受けてより煌びやかに見えた。まあ、こういう何もしないでいる日も悪くないのかもしれない。

 ただ思うのは、こういうフルーツを食べた時のゴミをどうするのかという問題。生ゴミなんだし、そのまま普通にゴミ箱に入れたらアミッドは烈火のごとく叱ってくるだろう。かといって、生ゴミを入れられるような袋なんて持ってない。

 まあいいや。殺風景すぎて面白みないし、外見ててもそんな面白いわけじゃない。寝たら時間も経つし、休息も取れる。一石二鳥。

 おやすみー……スヤ。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 寝て起きてを繰り返して予定通り次の日に退院した。

 その間にロキとフィン達首脳陣や幹部の皆、レフィーヤ、リューがお見舞いに来てくれた。全員にもう左目が見えることは無いと説明すると、私のを慮って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてくれた。

 まあ【単眼の巨師(キュクロプス)】も片目だけだし、他にも片目だけで活動してる冒険者はいるでしょ。鍛錬次第でどうにかなる……はず。それに、今回の戦いで大方()()が治った。どうしても【ランクアップ】したらできてしまうズレだけど、ちょっとの違和感があるくらいでほとんど身体とズレとの差異はない。

 

「ロキー、【ステイタス】の更新お願い」

 

「帰ってきてそうそうそれかいな。えーよ」

 

 早速訪れたのは、ホームの最上階に位置するロキの私室。普通に上るの大変だからどうにかしてほしい。最悪窓から入ろうかな。入れるかわかんないけど。

 一応主神だから、コンコンコンと三回ノックしてから入る。失礼しますとかは言わない。ロキだし。*3

 

「ほな背中見せてー」

 

 Tシャツを脱いで用意された椅子の背もたれに腕をかけるような姿勢で座る。いつものように後ろでカチャカチャ金属音が聞こえてきて、何も言わずにそっと背中に指を押し当てられた。こういうドッキリ系には弱いから、体がビクッと反応してしまう。

 

「んひひ、相変わらずええ反応するなぁ」

 

「遊ばないでくれる?」

 

 一応自分でも気にしてはいるんだから。一応。

 流れるようにスルスルと指が動いて、「相変わらず伸びすごいな〜」と零しながら更新終了。

 

「ほい、終わり」

 

 【ステイタス】の写しを眺めて、安定の伸び具合に我ながら引く。

 

「ねえ、偉業ってどれくらい貯まってる?」

 

「んー?そらまだまだ【ランクアップ】に必要な分は貯まってへんよ」

 

「だよね。参考程度に聞きたかっただけだから気にしないで」

 

 「ありがと」と言葉を残しながら退室し、写しを眺めながら屋根の上に登る。何故ここに来たのかと言われたら、左側の視力を補うための訓練に付き合ってもらうため。相手?もちろんベート。

 

「ちょっとだけ付き合って」

 

「許可を取る前に殴りかかってくんな!?」

 

ーーーーーーーーーー

レイ・エステルラ

Lv.8

力:I0 ➝ F352

耐久:I0 ➝ E493

器用:I0 ➝ F315

敏捷:I0 ➝ E446

魔力:I0 ➝ D571

耐異常 E ➝ E

拳打 E ➝ E

魔防 E ➝ E

精癒 E ➝ D

魔導 I ➝ H

 

《魔法》

【プロミネンス】

付与魔法(エンチャント)

・熱属性。

・詠唱式【焼け(バーケ)

 

【バーストレイ】

・速攻魔法。

 

【ヴァハグン】

・指定範囲攻撃魔法。

・炎・雷属性。

・魔法持続時損傷ダメージ回復。

・魔法持続時間は魔力値に依存。

 

《スキル》

妖精一途(エルフ・アマンテ)

・想いの丈によりステイタスに超補正。

・想いが続く限り効果持続。

 

追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)

・早熟する。

・遺志を継ごうとする決意が続く限り効果持続。

・思いの丈により効果向上。

 

巨体殺し(ジャイアント・キラー)

・自分より大きい相手が相手の場合ステイタスに高補正。

・戦闘時、習得発展アビリティの全強化。

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

【sideロキ】

 レイは【ステイタス】の更新終わったら写しを凝視しながらスルスルと屋上に登っていった。

 アイズたんの場合はダンジョンやしそれに比べたらまだマシなんかもしれんけど、これは由々しき事態なんやないのか?

 早速ママ(リヴェリア)に相談や!

 

「邪魔すんでー!」

 

「ドアは静かに開けろ、ロキ」

 

 小言言われたけどスルーして、そのままさっさと本題に入る。

 

「もしかしてなんやけどレイって戦闘狂(バトルジャンキー)?」

 

「もしかしなくてもそうだな。アイズがそれを真似してダンジョンにいってしまうから、私個人としては直して欲しいのだが」

 

 やっぱりそうかー。……なんかなぁ。

 

「……リヴェリア」

 

「何だ急に」

 

「最近のレイってどこか生き急いでる気がするんやけど、それについてどう思う?」

 

 それまで書類仕事をしていたリヴェリアの手が止まり、インクが入っている容器にペンを指す。そして、ちゃんとウチの目を見て話を聞く姿勢をとった。

 

「どう思うというのは、私個人としてのものか?それとも【ファミリア】のイメージ的なものか?」

 

「リヴェリア個人としては?」

 

 すると、リヴェリアは顎に手を当てて熟考し出す。やっぱりママ(副団長)として思うことはあるのか、考え続けた末に答えを出した。

 

「……確かに、生き急いでいる節がないわけではないと思う。ただ、私としてはどこか焦っているようにも見える」

 

 焦っている、かぁ。

 今回の『遠征』で上がった総アビリティは脅威の2000超過(オーバー)。しかも、この伸び具合はLv.1ではなくL()v().()()でのものなのだから、異次元であるとも言える。

 今の世の中で彼女に叶う相手なんていないと言っても過言じゃないのに、何をそんなに焦っているのかと聞かれたら。

 

(【追悼意志(アディユ・ヴォロンテ)】やろうな……)

 

 レイが『死の七日間』とも呼ばれる事件があった時に【静寂】のアルフィアに見定められたんが、このスキルが発現した理由であり、生き急いでいる原因なんやと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイは現代の英雄とも言われていて、唯一のLv.8。学区にいるもう一人のLv.7でさえも戦いたく無いと言うほどの強さを兼ね備えていて、ヘルメスとフレイヤのちょっかいから逃げ続けられているという実績も持つ、最有力の()()()()

 アイズたんも十分に素質も才能も兼ね備えとる。なんなら、()()()()()()()。それでもなお、贔屓目に見てもまだまだレイには及ばない。

 レイは今でこそ英雄だの都市最強だの才禍の怪物(アルフィア)の再来だの言われとるけど、実際はそうではない。実の所、彼女は天才じゃない。英雄としての素質もみんなが言うほど持ってない。

 ただの努力でここまで登り詰めてきた()()が、レイだ。その血も滲むような努力を知っているから、ウチも含めた【ファミリア】の構成員(メンバー)全員がレイに信頼を預けている。ただそれだけ。

 せやけど、レイは皆を()()()()()()だと思っていて、己の身は支えられることはあれど自分の力で守らなければいけないものだと思ってる節がある。

 フィンの話によれば、59階層でレイは一人でモンスターに挑み、一度は瀕死に追い込んだものの返り討ちにされたらしい。そこで、自分はまだまだ英雄には相応しくない、【英雄(ウルスラグナ)】の二つ名に相応しくないと思い詰めているんだろう。というのが、リヴェリアの見解だった。

 ウチもそれが原因の一つだと思ってる。……それに加えて、オラリオで言われ続けている三大冒険者依頼(クエスト)の『隻眼の黒竜』もあるのではないかというウチの予想。

 

(あのゼウスとヘラがやられたんやもんな……)

 

 かつての最強派閥だった【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が敗れたという歴史が、ここで重荷になる。

 Lv.8とLv.9がいて、尚且つLv.7もわんさかいた時代。歴代最高レベルの戦力が揃っていたにも関わらず討伐に失敗したという事実が、昔からずっとレイに重くのしかかっていた。

 もしこの時代に黒竜を討伐しろという冒険者依頼(クエスト)が公布された場合、最大戦力となるのはきっとレイだ。当然、冒険者という職業に就いるけど中身はただの人間。誰もが死にたくないし、子供を尊ぶ気持ちもあるだろうし、好きな人を守りたいという気持ちもある。

 こんだけグダグダ考え込んだけど、結局のところ『精霊の分身(デミ・スピリット)』に負けたっていうのが一番心に刺さったんやろうなぁ。

 

「あんま思い詰めすぎると良くないよなー。レイ的にも、【ファミリア】的にも」

 

「そうだな。後続達が奮起するためのいい刺激にはなっているが、あそこまで過剰だとアレほどの努力が最低限だと錯覚して無茶をしてしまう者も現れるだろう」

 

「そうなったら元も子もないしなー。どないしたらええんや」

 

 割と真剣に考える。戦闘狂(バトルジャンキー)なところを鎮めつつ体も心も休めてやりたい………………あっ。

 

「よぉし!今夜は宴や!皆にも伝えといて〜!!」

 

「毎度毎度いきなりすぎるぞ、全く……」

 

 そう言いながらもウチと一緒に部屋を出たリヴェリア。ツンデレやんけ〜このこの。

 とりあえず、諸々の準備進めな!!いやー、楽しくなるで〜〜??

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

【sideレイ】

 ランクアップしたらしいベートの体慣らしに付き合いながらこっちも調整に付き合ってもらって、シャワーを浴びた後。すれ違ったアイズに、今日は宴会だと言われた。会場はいつもの『豊穣の女主人』。

 ウエイトレス姿で働いてるリューが久しぶりで駆け寄ろうとしたけど、人目もあるから何とか堪える。

 

「んじゃあ、『遠征』お疲れちゃんを労って───乾杯(かんぱーい)!」

 

 ジョッキを掲げてぶつけ合い、一口飲む。それから、卓の上に広がる大量のご飯に手を付けた。

 

「飲み過ぎて羽目を外すなよ、ベート」

 

「しねーよ」

 

「レフィーヤー!そこのお肉もらっていい!?」

 

「い、いいですけど……ティオナさん、もう五皿目………」

 

「どんどん来るんだから、落ち着きなさいよね。あ、コレおかわりお願い」

 

「しまった、ここで飛ぶ勘定を計算に入れておらんかったぞ、フィン」

 

「まぁまぁ、祝いの席くらいはぱーっといこうじゃないか。いざとなったら、ロキのへそくりで何とかしてもらおう」

 

「おーいフィーン!?マジかー!?でもオッケーやー!!みんなーっ、ウチが奢ってやるから羽目を外せー!」

 

『おおー!』

 

 やった、お腹いっぱい食べてお酒も飲んでいい気分になりながら寝よう。……やっぱ帰ったらリューから色々返してもらわなきゃいけないから抑えとこう。

 右隣のティオナと左隣のアイズで騒がしさが違うなと思いながら食事を楽しんでいると、ロキが突拍子もないことを言い始める。

 

「あ、明日は都市の外に行くでー」

 

「何だ、藪から棒に……」

 

「遠征も終わったことやし、休息も兼ねて慰安旅行や!」

 

「えっ、旅行!?楽しそー!」

 

「真に受け取るな、アホ」

 

「なんだとー!?」

 

 ティオナが騒がしいけど、ベートの言う通り。大抵こういう時は振り回されたり、よからぬことが起こったりする。

 少しだけ警戒しながら話を聞く姿勢を取ると、フィンは何かを理解したのか笑って問う。

 

「一体、どこへ旅行するんだい?」

 

「んー、詳しい話はホームに帰ってからするけどなー」

 

 ロキは、ニヤッと笑った。明らかに何かを企んでるのが手に取るようにわかる。

 

「都市を出たすぐそこ……港街(メレン)や」

 

 ………ちょっとそれは予想外。

*1
期間限定でコログ大量発生中。どこかにボックリンもいるかもしれない。

*2
いた

*3
矛盾




 オラトリアはあんまり詳しくないんでちゃんと読んで色々構成考えていきます。


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海水浴ならぬ、湖水浴や!!(仮)

 なんと作者にしては早い投稿ペース、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね……!とか書こうとしたら一話前でも同じこと言ってた。


 オラリオから3(キルロ)離れた南西に位置する港街。ここはティオナとティオネにとって馴染みのある場所みたいで、ティオナが人前だということも憚らずはしゃいでいた。

 私やアイズも、許可なくオラリオの外に出てはいけないという制限もあってメレンには訪れたことがなく、初めて見る港や大型の船に感嘆し、声を上げることも忘れて見入ってしまう。というか、私とアイズは二人揃って戦闘狂(バトルジャンキー)の気があるから今まで興味を持たなかったとうのもある。現に、私とアイズのように周囲の景観に目を奪われているのは少数派で、大半がティオナのように懐かしがっていた。

 漁業着?を着た日焼けした男性が揃って出店に鎮座する巨黒魚(ドドバス)というモンスターのような大きさと体貌の巨大魚に群がっている様子なんて、私の興味を引く最たる例だ。オラリオでも売られているのを見たことはあるけど、1(メドル)を超えるほどの大きさのは見たことがない。

 聞き慣れない言葉を大声で発し、それに続々と手を上げていく大人達。やがてその数はだんだん減っていき、最後に「100万ヴァリス!」と声が上がって以降誰も手を挙げなかった。それから少し時間が経って、ベルが鳴らされる。

 よくわからなくてティオネに聞いてみたら私が見ていた場所は魚市場と言うようで、さっきまで声を荒げていたのは「竸り」が行われていたのだとか。

 初めての事だらけで目を輝かせていると、レフィーヤが不思議そうに聞いてくる。

 

「あれ、レイさんってメレンに来たこと無いんですか?」

 

「うん、どれもこれも初めて見るものばかり」

 

 私が無駄に知名度なんてあるばかりに気兼ねなくはしゃいだりできないのが歯痒い。

 実は今回メレンを訪れたのには真っ当な理由があった。メレンは港街で海があると聞いたとき、最初はただロキが女性陣の水着姿が見たいだけじゃないかと思ったけど実はそうではなく、本来の目的とは大汽水(ロログ)湖にあった()()()()()()()()()()の調査。

 最近多く見られる、食人花を始めとした極彩色のモンスター。十五年前に【ゼウス・ファミリア】、【ヘラ・ファミリア】、【ポセイドン・ファミリア】が協力して完璧に塞がれたはずの穴から運び込まれた可能性はゼロではない。

 因みに、今回メレンに来たのは()()()()()だ。理由は単純。

 

 

 

 

 

 ───(ロキ)の気まぐれ。

 

 

 

 

 

 もっと言うなら、ロキは女好きであり容姿端麗、眉目秀麗な女性を集めたと自慢気に話していたこともある。つまるところ、水着目当て

 確かに始めての土地ということもあって心が沸き立つけれど、油断してはならない。なぜならあのロキ(女好き)が計画した慰安旅行なのだから。信用無くて悲しい?自分が今までしてきた行動を思い返してみな。

 見上げるほど大きい商船が出港していく迫力に圧倒されていると、ロキに呼びかけられた。

 

「みんな、あっちやー!」

 

 主神の後に続いて南下していく。山積みにされた樽と積荷の横を通り過ぎていくと、目の前に美丈夫の男神がいた。

 

「おぉーい、ニョルズー!」

 

「ん?ありゃ、ロキ!」

 

 肩ほどまでに伸びる茶髪を一つにまとめ、上着を脱いだその体の線は細いものの、浮かぶ筋肉は見せるための筋肉ではない。柔和な笑みからは穏和な性格がにじみ出ているものの、その顔は精悍(せいかん)であった。

 その体格の良さと漁網を肩に担いで運んでいる姿は『海の男』を彷彿とさせるものであり、膝丈までしかない脚衣(そくい)を履いて汗を流しながらも一切日焼けをしていない様は不変である神の片鱗を覗かせている。

 貿易港として栄えている他方で漁業が盛んなこともメレンの特徴であり、港の四分の一が漁港でもある。それを運営・管理しているのが【ニョルズ・ファミリア】であった。大農業を営む【デメテル・ファミリア】と並んで迷宮都市の食料事情に深く携わっている派閥の一つで、【ロキ・ファミリア】でも両派閥の魚や野菜がよく食卓に並んでいる。

 

「実はウチら、調べ物ついでに慰安旅行中でな〜。『息抜き』のために、ニョルズにちょっと教えてほしいことがあるんや」

 

「何を聞きたいっていうんだ?」

 

「自分、当然ここら辺の地理には詳しいやろう?そこでやなぁ……」

 

 私達の目の前で小声を交わす二柱の神。聞き耳を立てずとも聞こえてくる話の内容から、ロキはもうどうしようもないほど欲望に忠実なことを改めて実感する。

 ニョルズ様に耳打ちされて満面の笑みを浮かべたロキは、そのまま嬉々とした表情で感謝の意を述べた。

 

「ありがとなーニョルズ!土産話は後でうんと聞かせたる!」

 

「なぁロキ、俺も付いてって───」

 

「ダメや」

 

 ニョルズ様の申し出を最後まで聞くことなく遮って、こちらに振り向いた。

 

「知りたいことはわかった!さぁみんな、行くでー!」

 

 うなぎ登りになる主神と嫌な予感が最高潮に達しそうな私達。というか内容がバッチリ聞こえて逃げ出したい私。情報を共有したかったけどロキの糸目が私を見るときに開いたからなんとなく言い出せずに、目的地に向かった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 ロキについていって街から離れた先に、それはあった。

 

「すごーい、白ーい!?」

 

「港か岩場だけだと思ってたのに、こんな浜もあったのね……」

 

「綺麗……」

 

 背の高い木々と巨岩に隠れた先にある白い砂浜。左右には切り立った崖がそびえていて、まさしく穴場スポットだった。

 漁港とはまた異なった佳景に目を奪われる。しかし、ロキの声によってせっかく感傷に浸っていたところを妨害された。

 

「さぁアイズたん達───これを着るんやー!!」

 

 突如雄叫びを放ち荷物(バックパック)の中身をぶちまける。中身は当然水着。

 あれよあれよという間にロキによって各々に水着が配布され、岩陰で着替えることになった。

 

「うわー、なんかアレだね、レイのやつ。えっち」

 

「言葉を選ぼうとして諦めたんだね」

 

「えへへ。似合ってるよ!」

 

「そうね。ロキにしてはいいセンスなんじゃないの?」

 

「ありがと、二人のも似合ってるよ。おそろいで可愛い」

 

 私に配られたのはパレオ付きでハイネックの、青を基盤とした水着だった。肋あたりで生地がクロスになっていて、背中は大胆に空いている。

 

「うおーッ、うほーッ!?最高やー!!太陽の下で輝く眩しい肢体、ここが楽園か!?」

 

 湖を調査するためとか色々言い訳(説明)をしてどうにか私達に水着を着せたロキは、女性陣の水着姿に大興奮していた。その目は一時も目を離さないよう目を血走らせており、気味が悪い。

 

「あれ、リヴェリアは―!?ウチの可愛いリヴェリアはどこやー!?」

 

「あっちの岩陰で、水着を持ったまま固まってます……」

 

「え〜、リヴェリアの水着姿見たい〜!こうなったらウチが直接着替えさせたるー!!」

 

「───待ちなさい!!」「やめろぉ!」「リヴェリア様にそんなことさせるなぁ!!」

 

 リヴェリアのところに特攻しようとするロキを捕らえに行くエルフの団員達。砂浜に押し倒したのはいいけど、ロキが密着する柔肌にぐへへと笑い出したから引いてた。

 ある意味静かになったところに遅れて着替え終えたアイズがやってくる。剥き出しの二の腕をさすりながら、白い上下一組(ツーピース)の水着の上にパレオを巻いていている自身の身体を見下ろして、羞恥で頬を淡く染めていた。

 その姿にひどく庇護欲を掻き立てられ、アイズに駆け寄りロキのバックパックから強奪してきた白のラッシュガードを羽織らせる。生地は薄くて若干透けてるけど、羞恥心は多少和らぐだろう。逆に透けて見える水着に更に興奮しだすかもしれないけど、露出は抑えられたから良しとする。

 

「あ、ありがとう」

 

「いいよ。……水着、似合ってる。可愛い」

 

 普段なら全然見えない肌色に目を奪われつつ素直に褒めて、頬の紅潮が増したアイズの手を引いていつもの三人のところに向かう。道中でパレオがおそろいなことを指摘したら、仲良い人だと気づけるくらいにはにかんで「……本当だ。おそろいだね」と呟いた。

 

「さぁみんな、一旦仕事のことは忘れて存分に遊べっ!!海水浴ならぬ、湖水浴や!!戦う乙女達の束の間の休息ー!!勿論ポロリもあるでぇえええええええええええええッ!!」

 

『ない!!』

 

 何はともあれ、慰安という名目のもと湖水浴が始まった。

 ティオナが一目散に飛び込み、それに触発されて次々と湖の中に入っていく。そんな中、私はパレオを脱ぎ捨てて泳げないというアイズの手を引いて浅瀬まで誘導していた。ちなみに、眼帯は外してるし目が見えないように片目は閉じ続けている。

 

「レ、レイ、やっぱり怖い……っ」

 

「大丈夫だよ。ほら、冷たくて気持ちいいよ」

 

「む、無理……!」

 

「手掴んだままでいいから、おいで」

 

 恐怖で両手を強く握り締められ若干の痛さを感じながらも、腰が水に浸かるところまで来れた。

 

「どう、まだ怖い?」

 

「う、うん……怖い………」

 

「───アイズー!レイー!二人も一緒に遊ぼー!!」

 

 なるべく人目につかなそうなところにいたはずがあっさりとティオナに見つかる。バシャバシャと水をかき分けながら歩いてきたティオナは、アイズが顔を青くしながらガッシリと両手を掴んで離さない情景に目をパチパチとさせ、もしかしてと呟いた。

 

「アイズ、泳げないの?」

 

 その言葉にビクリと肩を揺らし、これでもかというほど挙動不審になる。目は左右に忙しなく動いていて、その反応が全てを物語っていた。

 遅れてやってきたティオネとレフィーヤにもアイズがカナヅチであることを説明すると、レフィーヤは驚愕し、ティオネは最初こそ不思議そうな表情をしたもののすぐに「そういえば……」と眉根を寄り合わせた。

 

「確かにダンジョンじゃあ水辺にあまり近付いてないような……」

 

「水中に落ちそうになった時も、いつも(魔法)でバシャバシャ水面蹴って離脱してるわよね……」

 

 三人から視線を浴び、うぐっと声を詰まらせる。そして二人から視線を逸らして、頬を赤くし、か細い声で白状した。

 

「……泳ごうとすると、沈んじゃって………」

 

「ええ〜!本当に?」

 

「嘘でしょう?」

 

「で、でもっ、ダンジョンじゃあ水浴びをよくするじゃないですか!?18階層でも、ちゃんと水面に浮いていたような……!」

 

「足がつくところは、大丈夫なんだけど……顔を水につけると………」

 

 思わぬギャップに目が点になっているレフィーヤ。

 

「とりあえず、どこまで泳げないか見ておきたいわね」

 

「アイズ、ちょっと泳いでみてもらっていい?」

 

 二人からの要求に大丈夫かとアイズの顔を見れば、顔面蒼白になりながら泣きそうな目で助けを求められた。しかし、二人からの視線は真っ直ぐなもので断りにくく、手を握る力を緩めたら裏切られたような表情を浮かべて震えだした。

 強く抵抗するアイズからどうにか離れていつでも助けられるように少し離れたところで待機すると、ここまできたら腹をくくるしかないと気合を入れて髪を結い上げる。

 

「仰向けなら浮けるのよね?やってみて」

 

「……」

 

「おー、浮く浮く」

 

「流石です、アイズさん!」

 

「………」

 

 そう、ここまではできるのだ。ここまでは。ただ……。

 

「何よ、楽勝そうじゃない。じゃあ、顔を水につけてバシャバシャーっと───」

 

「────────────────────────(ぶくぶくぶくぶくぶくっ!?)」

 

 惨い音を立てて沈没するアイズを急いで救出する。混乱しながらも必死に手を伸ばし、私の腰に両腕を回しながら幼子のように震えるその姿からは、オラリオ最強の女剣士など一ミリも想像できない。

 頬を緩めつつも、頭を撫でながら抱き着かれるのをそのままに休ませていると、ロキが寄ってきた。

 

「なんやー、アイズたん?もしかして、まだカナヅチ直っとらんのかー?」

 

 死にかけのアイズに変わって頷くと、あちゃーというように頭に手を当てた。

 

「いかん、こりゃあリヴェリアとの特訓がアイズたんの根深いトラウマになっとる……」

 

「リヴェリア一体何をしたのよ!?」

 

 その後もアイズが回復し次第背泳ぎ等を試してみたけど、努力虚しく全て足を動かした途端に沈みだす。

 

「思った以上にヤバかったわね……」

 

「でも、こればっかりは練習するしかないよ〜」

 

「水が苦手というより……いざ泳ごうとすると、緊張して力が入り過ぎているような………」

 

「つまり条件反射?リヴェリア、本当に何をやったのよ……」

 

 ヒリュテ姉妹が会議している傍らで足を崩し砂浜に両手をつくアイズの背をさすってあげて、レフィーヤが他にできることはないかと聞いてくるのに答えていると、様子を窺っていた他の団員達も集まってきてアイズの特訓の様子を眺め始めた。

 

「ん〜、じゃあレイと一緒なら大丈夫?」

 

「た、たぶん……離さないでね?」

 

 ちょっとそれは了承しかねる。

 回復したアイズの手を取って湖に移動し、後ろ歩きをしながら沈むまいと藻掻くアイズを支えていると、岸の方からアドバイスが送られる。

 

「アイズー!もうちょっと力抜いて!!」

 

「その調子よー!」

 

「頑張ってくださーい!」

 

 水に対しての恐怖があるようなので、水に顔をつけて思いっきり全ての息を吐き、苦しくなってきたところで上げる。そこで瞬間的に息を吸って、また水の中で息を吐く。それを繰り返させる。

 そうはいってもどうしても力んでしまうようなので、視線を下に向けるよう言って緊張しないように手を掴みながら、背中から体が浮くことを実践させた。

 それらを繰り返しながら手を引き続けていると、何やらティオネとティオナからハンドサイン。

 えーと、二人が手を繋いでて、そのまま少し歩いて……離した。いい感じのところで手を離してみろってことかな?

 ゴーゴー!と腕を突き上げるティオナ(監督)の指示に従うべきか少し悩んで、実行することを決める。

 

「いいよ、上手」

 

「ほ、ほんとう?」

 

「本当。じゃあ片手だけ離すよ?」

 

「!?」

 

 右手だけ離した途端にバランスを崩しそうになったアイズの左手を取って、もう片方の手を掴ませる。ムッとした顔で睨まれながらもう少しだけ進み、ちょっと不安定になった状態でさっきと同じことをさせる。そろそろかな。この感覚にも慣れただろうタイミングで……。

 

「!?!?」

 

 手が離された瞬間全身に力が入り、今までの特訓を何も活かしきれず沈んでいくアイズ。沈みゆくアイズの手を取って水から顔を出させれば、入る前と同じくらいかそれ以上に顔を青くさせて、強くしがみつき震えていた。

 水に対する慣れもまだまだ少ないだろうし、そう簡単に泳げるようになったら苦労はしないだろう。

 少しでも彼女が安心できるように抱き締めて背中をさすった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 たっぷり遊んだところで、一応本来の目的である調査が行われる。

 今回はティオナとティオネが行くと決まっていたっぽくて、二人の水着には歴とした加護が宿った『精霊の護布』が使用されていた。

 『精霊』が魔力を編み込み作成した護布は、特化した属性なら上級鍛冶師(ハイ・スミス)の防具をも凌ぐ性能を秘めていて、水精霊の護布(ウィンディーネ・クロス)は水属性の攻撃への耐性や熱波を打ち消す防暑効果が見込まれる、冒険者の中で重宝されるほどの護布だ。

 だけど、水精霊の護布(ウィンディーネ・クロス)が真価を発揮するのは水中で、これを装備すれば素早く泳げるようになったり、水の抵抗、水圧にも強くなれる。当然これだけ素晴らしい効果があるのだから値は張るけど、それでも支払うほどの価値があるものだった。

 ティオネとティオナは発展アビリティ『潜水』を持っていて、その効果は水精霊の護布(ウィンディーネ・クロス)とほぼ同様。唯一違うのは、打撃(とう)の威力補正などの『水中戦』に対する効力面があるかどうか。それにさらに水精霊の護布(ウィンディーネ・クロス)を装備したらどうなるかといったら、もはや彼女等に水中戦で敵う者はいないだろう。

 ロキから水中用武器(コーベル・エッジ)を受け取った二人は、軽く素振りした後「じゃあ行ってくるわね」とだけ告げて、一糸乱れぬ動きで湖に飛び込んでいった。

 ……私達が水着になった意味とは。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 ティオネ達が潜水して僅か数分後。突如として水面から伸びる黄緑色の触手が、ロログ湖に入ってきたばかりのガレオン船に絡み付いたのが見えた。

 

「ロキ!」

 

「!」

 

 誰よりも早く察知し、他の面々も異変を目撃する。

 切断された跡がある鞭がその巨大な船体を傾けたかと思うと、すぐさま食人花が出現した。そのままガレオン船に食らい付こうとするモンスターに、ロキから救助命令が下る。

 開けた湖畔に移動した魔導士達が詠唱し、それ以外の面子が付近の船を足場に急行しようとした、その時。

 

『───ガッッ!?』

 

 ガレオン船から跳躍した一つの影がその頭を切り飛ばす。

 宙を舞う大型級の頭部。派手な水飛沫とともに着水し、船体に絡み付いていた触手は離れ、長躯も水中に沈んだ。ティオナの大双刃(ウルガ)で切ったのかと思ったけど、彼女は今それを持っていないはず。

 では誰だと思ったとき、ティオネとティオナが水面から顔を出す。二人もまた唖然としている様子で、誰が倒したのか見当がつかないようだった。

 誰もが予想もつかない出来事に騒然としていると、食人花を葬ったと思われる黒い影が、曲刀(シミター)の輝きとともに空中から付近の漁船に着地した。

 バッと振り返ったティオネ達の後ろにつく巨大なガレオン船。その上にいたのは、二人と同じ褐色の肌に露出の激しい独特の衣装の()()()()()()()()だった。



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白髪の男?それって……(仮)




待たせたな





 巨大なガレオン船が入港し、女戦士を表す船の意匠に多くの者が注目する中、仮面を纏う幼い女神を先頭にアマゾネス達がぞろぞろとメレンに降り立つ。

 

「カーリー!!」

 

 ティオネから発せられた鋭い糾弾の声に思わず視線が向く。着替えを終えてみんなのところに戻ったら、知らない【ファミリア】と一触即発な雰囲気でびっくりした。

 怒声を上げるティオネに対して、なんてことなさそうに受け答えする『カーリー』と呼ばれた女神。ティオナも、二人が交わす問答に参加してなくとも不思議には思っているのか、口をへの字にして怪訝な表情を隠していない。

 普段よりも妙に静かなアイズを流し見たら、どこか一点を凝視していた。視線をたどれば、そこにいたのは女神の近くに控える二人のアマゾネス。

 砂色の髪をした二人は、ただの推測でしかないけどおそらく姉妹。加えて、二人揃って第一級冒険者に比肩する実力を持っている。

 オラリオの外で『器』を昇格させることはとても難しい。厳密に言えば、オラリオの外にもモンスターは存在するものの、魔石の大きさがダンジョン産のモンスターに比べてとても小さく経験値(エクセリア)も少ないため、レベルが上がるに連れて昇格の難易度がとてつもなく上がるってしまう。

 にも関わらず、あの二人はLv.5、または6となっている。食人花を瞬殺したことといい、外の世界で一体どんな経験を積んできたのか。

 様子をうかがっているのにもあっさりと気づき一瞥してくる、結んだ髪を腰まで伸ばしたアマゾネスに無為に警戒させないよう微笑んでおく。同時に、どこかアイズっぽさを覚える半長髪(セミロング)のアマゾネスにも。

 一瞥してきた姉妹の片割れ、長髪の彼女は、少し顔を顰め主神の耳元に口を寄せてよくわからない言葉で話し始めた。聞きながらこちらを見てくる女神に、一応敬っていることを伝えるべく軽くお辞儀しておく。

 すると、女神は不思議そうに頭を傾けながらこちらを指差した。

 

「のう、ティオネ。あの白髪(はくはつ)()の名は何というのじゃ」

 

「白髪の男?それって……」

 

 その場の空気が凍るのが感じ取れた。ティオネは辺りに視線を巡らせ、該当する人物を探し始める。やがて私を視界に入れたところで動きが止まった。あの、もしかしてなんですけど……。

 

「ああ、レイね」

 

 ……神に性別間違われるとか前代未聞では?

 

「ほう、レイ、という名か」

 

「それを知ってどうするのよ」

 

「なに、男のくせにこちらの様子をうかがうような仕草をして気持ち悪いとアルガナが言っておってな。少し気になったのじゃ」

 

 散々な言われようだけど、私は女だからノーダメージ。いくら言われようともノーダメージなのだ。ロキが後ろの方で笑いを堪えていても何も感じない。レフィーヤ、笑うな。

 

「お主等の名声は妾も聞いておるが、レイという名の男など聞いたことがないのう……まあ、詳しくは主神に聞くとしよう。して、主神はどこじゃ?」

 

「ここや」

 

 私の後ろから大物感を出して登場したロキだったけど、早速とばかりにした挑発を見事に返されて激昂した。ざまぁみろ。

 レフィーヤやアキ達に押さえ込まれながら騒ぎ散らすロキを綺麗に無視し、女神は依然睨みつけているティオネを見た。

 

「しばらくこの街で過ごす。そなた達もいるのなら、また会おうぞ」

 

「ふざけんなっ……」

 

「随分嫌われたものじゃ。そんなに妾が……妾達が憎いか?」

 

「二度とその面、見たくなかったわよ」

 

 女神とその後ろに佇むアマゾネス達に向かって吐き捨てるティオネに、女神は仮面から見える瞳を細めた。

 こちらに背を向け、港を後にする。その途中、女神は「妾は会いたくてしょうがなかったぞ。愛する子供(ムスメ)達よ」と意味深な言葉を残していった。

 

「ティオネさん達と、あの女神様達の関係って……?」

 

「……はぁ。んーとなぁ、もう気付いとるとは思うけど……ティオネ達が所属しとった、元【ファミリア】や。ウチんとこに来る前の、最初のなぁ」

 

 その言葉を聞きながら、妙にずっと静かだったティオナの心境が気になった。

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 その日の夜、街港メレン調査の拠点として貸し切りにした宿の広場で、【カーリー・ファミリア】についてとそれにまつわる話をロキとリヴェリアから聞いた。

 知っていた話も含めてまとめるとこうなる。

 

・テラスキュラとはオラリオからずっと離れた東南の方にある半島の国であり、アマゾネスしかいない国であること。

 

・軍神アレスのところの王国ラキアと同じ国家系【ファミリア】と言っても差し支えないほどの規模であること。

 

・男子禁制であり、いたとしても奴隷か種の繁栄の道具でしか存在を許されないということ。

 

・雄叫びと歓声が途切れる日がないほど戦い合っては研鑽を続ける、血と闘争の国と呼ばれており、同時に女戦士(アマゾネス)の聖地とも呼ばれていること。

 

・血と闘争の国と呼ばれてるが故に、オラリオを除いて突き抜けた戦力を保有する数少ない世界勢力の一つで、団長と副団長の砂色の髪をした双子は近年Lv.6になったという噂が流れていたこと。

 

・オラリオの外でそこまで昇格(ランクアップ)できるのかというと、彼女等は日々闘技場で命を賭けた闘争(『儀式』)を行っており、生き残ってきた()()()()()()()()()()()相手としているからであるということ。

 

 ロキが最後に放った、どこかの探検家がテラスキュラに忍び込んで命からがら逃げ出した時に書いた大陸異聞録の一節。

 

 

 

『私も彼女達の讃歌に倣うことにする。彼の地のアマゾネスこそ、()()()()

 

 

 

 この言葉を皮切りに広間は静まり返った。話を聞いていた皆、かつてティオナとティオネがその【カーリー・ファミリア】に入っていたという事実に、動揺を隠せなかった。

 

「そ、それじゃあ、ティオナさんと、ティオネさんは……」

 

「テラスキュラ出身で、あの国が故郷。入団する前に、確かにそう言っておったわ。こんなこともな」

 

 勧誘する時の記憶を想起するように、ロキは長椅子(ソファー)の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。

 

『私達、数え切れないくらい同胞(みうち)を殺してるけど、それでも勧誘するわけ?』

 

 今まで、彼女達にも色々と訳があるんだろうなとは思っていた。あの二人が【ロキ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したのは五年前で、その当時のことは今も覚えている。

 ティオネの殺伐とした目と、いつでも臨戦態勢な佇まい。ティオナは、今も昔も天真爛漫だった。けど、そんなティオネを横にしながらニコニコと笑っているのを見たら、双子のティオナにも同じように訳があるんだろうと察することができた。

 話を聞き終えて、なんとなく窓の外を眺める。

 広いバルコニーには、ティオネがこちらに背を向けていた。

 

「ねぇティオネー、中に戻ろうよー」

「……何しに来たのよ、あいつら」

「わかんないけどさー。考えたってしょうがないじゃん。本当に観光かもしれないし」

「なに暢気なこと言ってんのよ!カーリーがっ、あいつ等が戦いのないところに来るわけないでしょ!?」

「……」

「あいつ等が私達に何をさせてきたか、忘れたっていうの!?だったらあんたの頭は本当におめでただわ!!」

「じゃあ、どうするの?今のあたし達にはやることがあるじゃん!それを放り出してカーリー達のところに乗り込むって言うの!?ティオネ、言ってることおかしいよ!

「そこまで言ってないでしょ、馬鹿!言いがかりをつけるな!」

「先に言いがかりをつけてきたのはティオネじゃん!」

「へらへらしてるあんたが気に食わないって、そう言ってんのよ!」

「なにそれ!」

 

 バルコニーで繰り広げられる激しい言い合いに流石に仲裁に入らなければと立ち上がったところで、ティオネがこちらに向かって勢いよく歩いてきた。

 これ以上怒らせないように場所を譲りつつも、それだけ【カーリー・ファミリア】にいたときの記憶がティオネの心を今も蝕んでいるんだと、そう実感させられる。

 アイズはティオネを追いかけて、それ以外の面々はその場に残るティオナに大丈夫かを聞いた後、ロキ達から聞いた話が真実なのかを尋ねる。

 

「……あの、ティオナさん達が、今日会ったカーリー様のもとにいたって……」

 

「本当だよ」

 

「それじゃあ、えっと、その……」

 

「ごめん。ティオネのいないところで、あたし達のこと勝手に話していいか、わかんないや……」

 

 双子の姉と先程まで口論して頭に血が上っていただろうに、その相手がその場からいなくなったことを慮って言わずにいるその様子から、普段の言動とは反対にどこか達観しているように見える。

 二の句が継げないレフィーヤに、ティオナは床へ視線を落とす。

 沈黙がその場を包み込む中、「でも」と言って上空に煌めく星を見上げる。

 どこか遠い眼差しで、彼女はそっと呟いた。

 

「あたし、ティオネには、もうカーリー達に会ってほしくなかったな」

 

 

 

 

 

 △▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 昨夜のいざこざがあれども、やらなければいけない事がある。ティオネはまだギスギスしているものの、昨日ほどではない。

 聞き込み班として色んな人から食人花について聞いていたけど、途中でお腹が空いたからと漁港で漁師達に混ざって昼食をかきこんでいた。まあ、苛立ちを誤魔化すためにあそこまでやけ食いしてるんだろうけど。

 同じ班で調査していた他の団員はティオネが放つ雰囲気に落ち着かない様子でお昼を食べている。少し可哀想。

 私も同じようにお昼を食べながら、ティオネの様子を窺いつつ同時にアイズ達の話も聞いておく。大事な話は……何度か海に蛇のような影が見えたということ、【カーリー・ファミリア】に漁師達も住人達も怯えてしまっているということくらいかな。

 昼食を終えてお金を支払い終わったティオネは、最後の【カーリー・ファミリア】という単語に目を鋭くさせて街の方角を睨んでいた。

 そんな時。

 

「───ロッド、大変だ!?」

 

 漁師たちとの会話が、息を切らしながら駆け込んできた獣人の漁師によって中断させられる。

 

「大通りでアマゾ───」

 

 アマゾネスという単語が言い切られる前に、ティオネが動き出す。それに対して瞬時に反応して、見逃してしまわないように追いかけた。

 向かった先、通りの中央にいたのは、漁師の首を()()()()()()()()一人のアマゾネス。

 

「ワタクシに、なにか、用か?」

 

 拙い共通語(コイネー)を喋る彼女の顔には笑みが浮かんでいた。しかし、その笑みは私達が浮かべるような柔和なものではなく、獲物を前にした大蛇のような鋭さを孕んでいる。

 今にも突撃していきそうなティオネを背中に隠し、穏便に事が済むよう声をかけた。

 

「その男性を離してあげてくれないかな」

 

 何横槍入れてんだとばかりに後ろから殺気を飛ばしてくるティオネを無視し、物腰柔らかく声をかける。既に舐められてるんだし、更に下に見られても誤差の範囲内だろう。多分というか確実に、今のティオネの精神状態を考えると彼女と正面から合わせるのは得策じゃない。

 

「ナゼ、お前の言うコトを聞いてやる必要がある?」

 

「その人が苦しそうにしているから」

 

「つまらん。ハナシにもならないな」

 

 首を掴む手に力を入れ始めた彼女から、Lv.8の力を存分に使って男性を助け出す。男性は白目を向き体に力が入っていない様子で、早めに助けに入るんだったと後悔を覚える。

 

「!……ほう、おもしろい。どれほどの強さか見せてみろ」

 

 まさか自分から実力だけで奪い取るとは思っていなかったのか、より目をギラつかせた彼女。

 助け出した男性をティオネに任せ、市民の避難誘導をお願いする。そして、向こうから上段蹴りが繰り出される前にこちらが繰り出し、側頭部に強い衝撃を与える。

 Lv.6とLv.8では大きな違いがあり、向こうからの攻撃は一切こちらに届かず、反対に向こうはこちらの攻撃に防御することすら許されなかった。

 そして、そんな彼女を援護しにきた影が一つ。

 もう一人の砂色の髪をしたアマゾネスが、同じLv.6が玩具のように転がされているのを見ても臆せずに突っ込んできた。しかし、血気盛んな片割れに比べて、こちらはどこか恐れを孕んだ目をしていた。

 その姿にどこか違和感。

 誰しもが恐れる感情を持っているはずだから、恐怖を覚えるのに関しては別に違和感はない。むしろ当然の感情だと思う。ただ、私が違和感を感じたのは、()()()()()

 普通なら第一級冒険者である二人を一人で弄んでいることに対して恐怖を覚えると思うけど、彼女はそうでは無いらしく、隣で共闘している片割れの機嫌を伺ったり機嫌を損ねないようにフォローに回って、本人にはバレないように表面上は繕っている。

 その恐怖を暴いたものの、無関係の私が突っ込んでいい問題ではないだろう。

 双子の姉妹による完璧に息があったコンビネーションにも難なく対処し、視野をこれまで以上に広くする。

 ティオネは誘導し終わったのか私が二人を相手取る姿にどこか複雑そうな表情を浮かべながら観戦しており、ティオネの後を着いてきたと思われるアイズとティオナも感心したように見ていた。

 苛ついたように攻撃の勢いを増す長髪の彼女と、それに合わせる形で手数を増やしてきたセミロングの彼女。流石にこれ以上騒ぎを起こすわけにもいかず、あえて後ろに体勢を崩して如何にもミスをしたように見せかける。焦ったような表情をちょっと浮かべれば───ほら。

 まんまと乗ってきた二人の顔を掴んで床面に叩きつければ、あっという間に制圧完了。尚も空いている手で殴りかかろうとしてくる長髪の彼女には鳩尾に膝をめり込ませる。

 呼吸すらも困難な程に深く入った膝でどうも出来ないように抑え込み、セミロングの彼女に視線を移せば、その目には隣の苦しみに喘ぐ彼女に対しての恐怖は浮かんでおらず、どこか期待を含んだものだった。

 

「───ほい、そこまでや」

 

 ぱんぱんと手を合わせながら登場してきたのは【ロキ・ファミリア】主神、ロキ。

 

「アルガナ、バーチェ、お主らも止めろ」

 

 同じように、ロキとは真逆の位置から声を投げかけてきたのは【カーリー・ファミリア】主神、カーリー。

 

「すまんなぁロキ。外の世界に出て、こやつらも興奮しているようじゃ。痛み分けでよいか?そなたの【英雄(ウルスラグナ)】とやらに加えて【剣姫】とやらにも妾の子が相当痛み付けられておる」

 

「あーもうわかったから、いけ、いけ。そんで二度とウチらの前に出てくんな」

 

「じゃあな、ティオネ」

 

「次たたかう時はかならずワタクシが勝つ。くびをあらって待っていろ」

 

「……」

 

 踵を返す女神の後ろを着いていく砂色の髪をした二人。二人は揃って私に対して興味を持ったのか蛇のように視線を絡めながら、去り際に言葉を残してこの場を後にした。

 

「ア、アイズさんっ、ティオナさんっ、レイさんもっ、大丈夫ですかっ?」

 

「私は、大丈夫だけど……」

 

「私も全然平気!」

 

「私も大丈夫だよ。ただ……」

 

「ティオネさん……」

 

「思った以上に、深刻みたいやな……」

 

 砂色の髪の二人が主神の元へ寄る際にティオネとすれ違ったタイミングで何かを言ったのか、ティオネは胸を片手で握り締める。

 行き場のない感情をもてあましているかのように、ティオネは頭上に広がる青空を見上げた。




設定裏話
レイの声帯
・設定構想段階では普通に声を聞いたら「あっ、女性だ」ってわかる声の予定だったけど、今回の話でちょっとフラグを立てたいと思って変更。ちなみに作者(相当の面食い)はバーチェが好き。
・声のイメージ的には朴璐美さん(ペルソナ4の白鐘直斗)。わからなかったらぜひ聞いてみてくれ。耳が孕む。


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