コミュ力おばけと幼馴染(♀)がイチャコラするだけの話 (百合好きの獣)
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怪物たちが産まれた日

Q.手に汗握る頭脳戦や、ハラハラするクラス対抗戦は!?
A.ないです

お酒で脳を破壊しながら垂れ流した怪文書の為、クオリティは保証しかねます


 

 

 

とある民家の一室で、淫靡な音が響いている。

 

「んっ……ふ……ぁっ♡」

 

 室内は白を基調とした少女らしい家具や小物が溢れており、その内の一つであるシングルベッドでは二つの影が重なり合っていた。

 ギシ、ギシと規則的な音を軋ませながら、絡み合う影――跨がられている十代半ば程の少女が苦悶と、恍惚の声を漏らしている。

 

「……ここ、気持ちいい……?」

「うん……んっ♡ 気持ちいい、きもちいよぉ……♡」

 

 少女に跨っている、小柄な影――組み敷いた少女と同年代に見える少女――もまた、額に汗を滲ませながら一定のリズムで力を入れていた。

 

 室内には背徳的な甘い香りが充満し、二人の少女は息を乱しながら絡み合う。

 

「もっと……♡ もっとしてぇ……♡」

「もう……ちょっと……!」

「っ……ぁっ……!」

 

 やがて、上に乗った少女が少し強めに力を込めると、跨がられている少女が身体を逸らせ、びくんと跳ねた。

 

「はぁ……はぁ……♡ しゅ、しゅごかったぁ……♡」

「ん……お疲れ様……」

 

 

 

 さて、彼女たちが何をしているかというと、何も特別な事ではない。

 一人がベッドに寝そべり、その上に跨ったもう一人が全身を指圧し解すだけ。

 所謂マッサージであった。

 少女達はどちらも学校指定の体操着姿であるし、なんならマッサージを受けている方の少女についてはうつ伏せで背中にタオルをかけている。

 室内に漂う甘い香りも、リラックス出来るようにと焚かれたアロマである。

 いかがわしい事など一切ない。本当だ。信じてほしい。

 

「……どう? 痛いところ、無い?」

「うん。完ぺきだよ。いつもありがとうね、百合」

 

 施術後はふにゃふにゃに溶けた軟体動物のようだった少女は上体を起こすと、身体の調子を確かめるように数度上半身を捻り、ぐっと親指を立ててサムズアップをした。

 そんな少女へと用意していたミネラルウォーターを渡しながら、百合と呼ばれた少女はにへらと表情をほころばせた。

 

「……ううん。私が、桔梗ちゃんに、してあげたかったから」

「百合……」

 

 桔梗と呼ばれた少女は、感極まったように瞳を潤ませ、勢いよく百合へと抱きついた。

 

「好き……大好きだよ、百合……」

「うん……わたしも……」

 

 百合も桔梗の背に手を回し、その存在を確かめるように強く抱きしめる。

 

 二人の纏う雰囲気は明らかに友情以上の何かを感じさせるが、二人の間にいかがわしさは一切無いのだ。

 無いったら、無いのである。

 

 

 

 

 

 

 さて、この二人の少女が何故こんなことをしていたのか。

 それを説明する前に、彼女達のプロフィールを話す必要がある。長くなるぞ

 

 桔梗と呼ばれた、名を櫛田桔梗という少女は自己顕示欲の塊のような存在であった。

 その上負けず嫌いであり、自分が一番で無ければ我慢が出来ないような性格をしていた。

 彼女自身が優秀であり、幼い頃――幼稚園から、小学生の低学年までは学力、運動共に優秀な成績を残せており彼女の優越感を満足させていたが、成長するにつれ様々な分野で飛びぬけた者が現れ、次第に勝てなくなってくる。

 周囲と比較して確実に整っていると言われる容姿についても、成長と共に世界が広がれば、自分以上に容姿の整った者がちらほらと現れてきた。

 確かに彼女は満遍なく優秀ではあったが、万能ではなく、それに特化した者に勝てなかった。

 次第に、彼女は『何だったら自分が一番になれるか』に注目するようになる。

 

 そこで、彼女が自身の優れている部分として挙げたのが、『コミュニケーション能力』だ。

 彼女は優秀な人間であり、かつそれをひけらかすことなく(内心では優越感に浸っていたとしても)皆平等に接する為、交友関係が広かった。

 友達が多いパリピだったのである。

 目が合ったな? お前も今から『友達』だ。 

 

 そこから彼女は猫を被った。

 これまで以上に善人を演じ、誰にでも分け隔てなく接し、交友関係を広めた。

 やがて彼女の交友関係、そしてコミュニケーション能力は成長するに連れ洗練され、完成されていった。

 

 その結果、産まれたのだ。

 対話によってあらゆる他者と結びつくコミュ力の化身、コミュニケーションモンスターが。

 産まれちゃったのである。

 

 彼女は、自分が周囲から褒められる事で承認欲求を満たしていた。

 が、それと同時にストレスを溜め込んでいたのである。

 

 猫を被る――善い人を演じるというのは想像以上にストレスが溜まる。

 とりわけ、他人の為ではなく自分の為に善い人であろうとすると、普通であれば関わろうとも考えない人物にもいい顔をしなければならない。

 嫌悪感を必死に隠して取り繕っても、嫌なものは嫌なのである。

 

 それでも彼女はやり遂げた。

 心情的にも見た目的にも仲良くしたくない人物に対して手を差し伸べ、友好的に接した。

 時には心無い言葉をぶつけられても、根気よく相手と向き合い、その心を解きほぐしていった。

 会話デッキを充実させる為、興味の無い分野についてもある程度の造詣を深める為に学び、努力を重ねた。

 

 その結果、彼女は少なくないストレスを抱えた。

 

 状況によっては、彼女はそのストレスのはけ口をインターネット上に吐き出す事で解消していたかもしれない。

 その結果が回り回って、学級が一つ崩壊することとなる未来もあるだろう。

 

 しかし、今回はそうはならなかった。

 

 それは、彼女の親友――幼馴染の存在があったからだ。

 

 天白百合。

 小学生の頃からの付き合いであり、家が近所であることから櫛田の交友関係の中でも特別に位置する少女。

 

 彼女は仲の良い幼馴染である櫛田が日に日にストレスを貯めている事に勘づいた。

 元々、櫛田は天白の前では素を出していた事もあり、無理をしているのではないかと思ったのだ。

 

 天白にとって櫛田は大切な存在で、そんな彼女が辛そうにしている事を見逃すだろうか? いや、無い。

 天白が櫛田を自室へと呼び出し、服をひん剥いてベッドに転がし強制的にマッサージを敢行したのも当然の流れと言えるだろう。

 

『ちょっ! 百合!? 何?! 何をする気!?』

『……へっへっへ、おとなしくするんだなお嬢ちゃん。口では嫌がってもこっち(身体)は喜んでるぜぇ……』

『何そのキャラ!? 嘘、力強……って、ちょ、どこ触って……んぅ!?』

 

 そうして肉体言語による話し合いという名の一方的な天白カウンセリングは行われた。

 意外にも、櫛田は最初は抵抗したものの、時間が経つに連れて次第にされるがままとなっていった。

 変なキャラ付けしていたのは気になるが、天白が自身を労ってこんなことをしている事が、櫛田にも感じ取れたからだ。

 

 妙に心地よい暖かさのある手のひらに、心も体も解された櫛田は思いの丈を話し始める。

 自分が特別になりたかったこと。

 誰かに褒められ、必要とされたかったこと。

 自分の得意分野であるコミュニケーション能力、それを維持することに疲れてしまったこと。

 

 それを聞いた天白は、聞くものの精神を落ち着かせるような不思議な声でこう言った。

 

『桔梗ちゃんはすごいよ』

『いい子で居続けるっていうのは、普通はまねできない凄い事だよ』

『頑張ったね。そんな桔梗ちゃんが一番大好きだよ』

 

 ずぎゅん! と何かが撃ち抜かれる音がした。

 櫛田桔梗、欲しかった言葉をピンポイントで撃ち抜かれ見事にハートブレイクである。

 

 それから二人は常にもまして仲が良くなった。

 その仲睦まじさは互いの母親がちょっと心配になるレベルでベッタベタであり、父親共は腕を組んで「うむ」と頷いていた。うむじゃないが。

 

 櫛田はこれまで通りにコミュニケーションモンスター、通称コミュモンを続けながら、イライラすることがあれば天白とイチャイチャしながら愚痴を零すことでストレスを解消するようになった。

 なっちゃったのである。

 

 そうした生活を続けながら、櫛田はあることに気づいた。

 

 天白百合、こいつって天才じゃね? と。

 

 櫛田は承認欲求が高いくせに負けず嫌いと、少々面倒くさい性格をしている。

 その上善人を演じている関係で、通り一遍なおべっかやお世辞は聞き慣れており、そんじょそこらの褒め言葉では良い気分にはなるだろうがそれだけである。

 

 そんな自分が、いくら幼馴染で親友とはいえ、言葉一つでこうもメロメロに――完堕ちするものだろうか?

 そういえば、毎週恒例となった施術――天白セラピーにて櫛田が愚痴を零している時も、彼女はまず櫛田に理解を示した上で「でもその人って……」と櫛田がボロクソに言った生徒の良い所をつらつらと上げていた。

 それを聞いた櫛田も、最初は「ええー? ほんとにござるかー?」と懐疑的であったが、話を聞くに連れ「そうかな……。そうかも……」と次第に納得をし始めていたのだ。

 後日、話の種にそれを伝えてみれば、その生徒はみるみる内に能力を発揮し、好成績を修め始める始末。

 

 天白百合は、能力的に言えば櫛田よりも僅かに劣る。

 容姿についても、愛嬌のあるとろんとした顔や、小柄な体躯等が庇護欲を掻き立てる(櫛田談)が、櫛田と同等レベルであり、上を見ればキリがない。

 

 が、彼女には抜きん出ている物があった。

 

 一つは観察眼。特に、人に対して行使されるそれは超能力者レベルでずば抜けて優れていた。

 そしてもう一つが、人を癒やす力。通常よりも温かい手のひらは触れた人に心地よさを感じさせ、華奢な喉から発せられる声はマイナスイオンが出てるのかという程に精神を落ち着かせる効果があった。

 

 櫛田は閃いた。

 自分と天白二人で協力すれば、学校程度の小さな世界であれば天下を取れると。

 

 櫛田は言った。

 

「私達で頂点に立たない?」

 

 天白は答えた。

 

「天辺、とっちゃおう」

 

 中学に進学し、二人は早速行動を始めた。

 まず動くのは櫛田である。コミュ力53万のコミュニケーションモンスターは辣腕を発揮し、クラス全員と連絡先の交換、交友関係を築いた。

 その後に行動範囲を学年全体にまで広め、友達100人出来るかなをわずかひと月で達成する等、ますますその能力に磨きがかかっていた。

 どちらかと言えば、躊躇が無くなっていたという方が正しい。天白百合というストレスクリーナーを味方につけ、これまでは無意識にブレーキがかかっていたストレスを貯める行為――あまり好ましくない人や冷たい反応を返す人達――も積極的に行なうようになったからだ。

 嫌な思いをする? その分癒やして貰えるからオッケーだ。問題ない。

 若干承認欲求を満たす事よりもその後のストレス解消というなのイチャイチャに快感を感じるようになっているが、全くもって構わない。何か問題が? 無いでしょう。

 

 そうして一通り友好関係を築いたら、今度は天白にバトンタッチをする。

 悩みを抱えた者や、少し小難しい性格をしている者。それらを櫛田からの紹介で、天白が手腕弁論を駆使して更に強固に取り込んでいく。女性限定ではあるがマッサージや最近習得したエステの真似事なんかも振る舞い、カウンセリングをする。ねえねえどしたん? 悩み事? てか語ろ?

 

 妙に落ち着く声と、そして日々の櫛田への施術によって磨かれたマッサージ及びエステにより、女子は軒並み骨抜きにされていった。

 女子人気が高まれば、自ずと男子からの人気も高まる。

 元々容姿に優れた二人だ。親身になって接してくれる美少女を拒絶出来るような男が居るだろうか? いや、居ない。

 少なくとも、二人の通う学校には存在しなかった事は確かだった。

 

 それからも二人は快進撃を続けた。

 交流をし、悩みを聞き、解決し。

 時には中々心を開いてくれない困ったちゃんな孤高(笑)の少女も居たが、二人がかりであれこれ絡んでいけば次第に陥落した。へっ、ちょろいぜ。

 その少女は今後もちょくちょく絡むようになり、一般友達よりも彼女たちと親しい間柄となったのは別の話。

 尚、一般友達とは天白、櫛田両名の交友関係の最下層でありその上には親友、家族、幼馴染と続いていく。一般友達より下は存在しない。オールフレンズ。お前ら皆ズッ友だ。

 

 閑話休題。

 

 当初掲げた天辺を取るという野望通り、彼女たちが卒業する頃には学年どころか学校全体に名を轟かせる天下統一状態となっていた天白と櫛田だが、天辺取ったところで何をするかというと、別に何をするわけでもなかった。

 

 取り敢えず一番人気な生徒になってやろうというのが目的であり、学校を支配して世界征服に乗り出す等の考えは持ち合わせていない。

 彼女達がやりたかったのは、単にちやほやされて一度きりの学校生活を楽しく過ごしたいという、やり遂げた規模に対して非常に慎ましやかな事だったのだ。

 

 そしてそれを彼女たちはやり遂げた。

 

 全ての生徒から――更には教師に至るまで――好印象を獲得し、親友まで出来た。

 実に幸福な三年間だったと言える。

 

 彼女たち二人、親友を加えた三名は、次のステージへと進む。

 

 高校進学である。

 

 幸いにして、親友が二人よりも勉強が出来、教鞭を振るってくれた為、進学先には困らない。むしろ選択肢が多すぎて逆に困る程だ。

 その中で三人は一つの高校に狙いを定めた。

 

 国立の、就職・進学率驚きのほぼ100%を記録する超名門校。

 高度育成高等学校である。

 

 なんでも、親友の兄がそこに通っているらしい。

 離れた地であるが、知己がいるのであれば心強いと三者賛同し、進学先を決めた。

 

 尚、最初の進路希望調査で第一志望が「百合(桔梗ちゃん)が行く所」と臆面もなく書き込んだ二人に、担任と親友が頭を抱えた事を追記しておく。

 

 時は流れ。

 

 三人は無事、高度育成高等学校へと進学を果たした。

 

「これで三年間、また一緒に居れるね!」

「……うん。嬉しい」

「ええ、そうね……。ところで、二人のクラスはどうだったの?」

「えっとー……Aだって!」

「わたしも……A……」

「…………」

「どうしたの?」

「……Dだったわ……」

「「あっ……」」

 

 

 

 




櫛田ちゃんヒロイン小説流行れ。
流行ってくれ。


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カルテ:櫛田桔梗①

頭を空っぽにして読んでください

私も頭を空っぽにして書いてます


 

 

 

 

 ぐずぐずと泣き言を零していた親友と別れ(本人は絶対に認めないが、あれは確実に寂しがっていた)、自クラスへと訪れた天白と櫛田。

 担任の真嶋先生からこの学校での特殊ルールと、学生証カードを渡された。

 この学校では、現金を扱わない。

 購買や、校舎外にある各種施設などはすべてプライベートポイントと呼ばれる電子マネーのような物を利用するらしい。

 この電子マネーについては毎月1日に振り込まれ、そして今現在10万ポイントが一年生全員に配布されている。配られた学生証が、そのポイントを使用する媒体だそうだ。

 

 1ポイント1円と考えて、ざっと10万円分である。随分な大盤振る舞いであるが、この学校は国営とはいえ、税金をじゃぶじゃぶと使いすぎでは?? 

 

 その後、この学園に関する一通りの説明を受け(なんと学年ごとのクラス替えは無いらしい。親友が絶望している顔が脳裏を過った)、その後は各自解散――ではなく、体格の良いスキンヘッドの男子生徒が自己紹介を提案してきた。

 

 願っても無い事である。交友関係を築くに当たって、ファーストインプレッションは重要だからだ。しめしめ、と櫛田と二人ほくそ笑んだ。

 

 自己紹介の内容は割愛するが、概ね良い手応えであったと言えるだろう。

 まずはクラスメイト全員と友達になるのだ。学校が変わろうと中学生から高校生になろうと、天白と櫛田の野望は変わらない。

 どこであろうと、一番の人気者になる。

 自己紹介後、手始めに櫛田は最初に自己紹介を提案した男子生徒と、とある理由から天白が目を着けていた生徒と連絡先を交換すると、主婦たちのお買い得製品争奪戦の如く次々と連絡先を交換して回っていた。

 この様子では、クラスメイト全員の連絡先を手に入れるのも時間の問題だろう。

 小目標である友達100人RTAも、中学校以来の記録更新となりそうである。

 

 さて、日常生活において常に共にある櫛田と天白だが、入学初日は別行動をしている。

 中学校の時同様に、まずは櫛田が広く網を張り、かかった得物を天白が仕留める手法を取っているため、まずは櫛田がある程度の人付き合いをする必要があるのだ。

 

 別れ際に

 

『行ってくるね、百合!』

『……うん。ご飯は、作っておく。入学祝いで、ハンバーグ』

『ほんと!? やったぁ!』

 

 とやり取りをしていた時は、クラスメイトから少々呆気に取られていたが。まあいい。じきに慣れる。

 

 櫛田が交友を広めている間に、天白は施設を把握しておこうとショッピングモールを訪れていた。

 学園内に併設されているくせに、ずいぶんと品ぞろえが良いなと感心しながら施設内をうろつき――みつけた。

 コスメ製品を置いている、そこそこ名前を聞くチェーン店だ。

 

 ウキウキ気分で店にエントリーし、目を輝かせながら品定めをする。

 ふむ、何を買おうか。

 10万円分もポイントを手に入れたので多少奮発してもいいが、あれもこれもと買っては使いきれないだろうし勿体ない気もする。

 ウロウロと目移りしながら、三十分程度悩みに悩みぬき、結局天白はある商品を一つ手に取ってレジへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまぁー!」

「……お粗末様でした」

 

 自室に戻る前にいくつか生活雑貨を購入してから、食材を求めてスーパーへ。

 そこから自室でハンバーグを調理している間に、櫛田は帰宅してきた。

 櫛田にも自分の部屋があるはずなのだが、帰宅なのである。なぜなら彼女が帰るべき場所は天白の居る場所なわけなので。

 

 天白の振舞ったハンバーグは櫛田のお気に召したようで、にこにこと終始笑みを零しながら箸を進めていた。

 当然のように箸や食器は二人分揃えている。この二人、寮暮らしの癖に既に同棲気分である。

 

「はぁー、お腹いっぱい! ……じゃ、さっそくだけど戦果報告するね」

「……うん。よろしく」

 

 食後の紅茶を楽しみながら(業務用。200Pで50個入りティーパック)、居住まいを正した櫛田がキリッとした表情で告げる。

 ……訂正する。目元だけはキリッとしているが、親の干渉の無い二人の愛の巣にご満悦で顔の下半分の表情筋が緩みに緩んでいた。学生寮なので当然他の生徒もいれば寮監も居るのだが、そのことは既に頭の中には無いらしい。

 

「とりあえず、クラスの半分くらいは連絡先交換できたかな。もう半分についても、ざっと見た感じ拒否はされないと思う。リーダー格っぽい人二人と最初に交流持てたのが大きかったかな」

「……わたしも同感。あの人達と仲良くなれば、少なくとも、コミュニケーション自体を拒絶しそうな人は居なさそう」

「この調子なら、今週中には他のクラスにも手を出せそうかなぁ」

「……次は、やっぱりDクラス?」

「うん。あいつも居るし、手は広げやすいと思う」

 

 櫛田が自身の戦果を告げ、天白も施設をうろついて思ったこと、感じた事を伝える。

 そうして一通り情報のやりとりを終えると、ふと話題が途切れ室内に静けさが顔を出した。

 

 やがて口を開いたのは天白からだった。

 

「……する?」

 

 遠慮がちに問いかけた天白に、櫛田は頬を薄く染めながら返した。

 

「……うん」

 

 

 

 

 

「……なんか、緊張する」

「そ、そうだね……」

 

 服を脱ぎ、下着すらも脱いで産まれたままの姿となった櫛田が、ベッドへとうつ伏せに寝る。

 天白も体操着へと着替え、てきぱきと準備をしている。

 二人の間には僅かに緊張感が見え、実際に内心では心臓が早鐘をこれでもかと打ち続けていた。

 

 

 

 ……あくまでも、二人が行うのは健全なマッサージ及びエステである。

 いかがわしさは無い。

 無いったら、無い。

 ……無いのだ。多分。

 

「……それじゃ、始めるね」

「うん……お願いします……」

 

 おニューのアロマを焚き(500P ディフューザー別売り1500P)、よいしょと天白は櫛田の背にタオルをかけてから跨った。

 

「ん……しょ……」

「っあ……♡」

 

 まずは背中全体を手のひらで圧迫する。

 ぐっ、と力を籠めると、櫛田が甘い声を漏らした。

 ……なんで?

 

 天白はそれについて疑問にも思わず、上から下へ、肩甲骨あたりからゆっくりと筋肉を解すようにして体重をかけていく。

 

「あっ♡ ……んぅ……♡」

 

 天白が櫛田の身体に手をかける度、櫛田は喉を震わせ、蕩けたように喘ぎ声をあげた。何感じとんねん。マッサージやぞ。

 

 十分に上半身を解せたと判断した天白は、今度は櫛田の両肩に手を置き首筋に指を這わせた。

 

「ふぁっ……♡ それ……いい……♡」

「ん……。こう……」

「あぁっ……♡ そこ、そこぉ……♡」

 

 頭部と首の付け根――ちょうど窪んだ部分を親指で円を描くようにして解していくと、櫛田がおねだりを始める。

 

 首、肩、背中は人体でも凝りやすい部分であり、特に成長期を迎えてから急激に胸が大きくなったり、コミュニケーションの為にしょっちゅう携帯端末を弄っている櫛田にとって肩こりや首のこりは悩みの種だった。

 そんな状態であるから、肩や首に対する施術はとても「痛気持ちいい」ものであり、対櫛田特攻兵器である天白の手腕もあって天にも昇る心地よさなのだ。

 なので何も知らない状態の第三者が声だけ聴いた場合に100%誤解をするような声を上げてしまうのも仕方の無い事と言える。……本当にそうか?

 

 そこから腕、足、腰と全身もみほぐしコースを半刻程堪能した櫛田は、はぁはぁと息を荒げながらも満足そうにうっとり目を閉じていた。

 

「しゅごかった……♡」

「……それは何より。……でも、まだ終わりじゃない」

 

 そう言って天白は一旦櫛田の上から退き、ガサゴソと買い物袋の中をあさり出した。

 快感によって意識が朦朧としていた櫛田がぼーっとそれを眺めていると、天白は一つのボトルを取り出した。

 見た目は容量の多いシャンプーやリンスの様に見える。中に入っているのは、薄い琥珀色の液体。重さがあるのか、天白が揺らしても波立たずに静かに揺れるのみだ。

 

「え! それって……」

「……そう。マッサージオイル。……最悪自作しようかと思ってたけど、売ってて良かった」

 

 天白流セラピー秘密道具のその一。マッサージオイルである。

 

 天白が全寮制のこの学校に進学するにあたって、一番の懸念材料だったのはこういった小道具が入手できるか否かだった。

 事前に、区域内に商業施設がある事は把握していたものの、こうして手に入って一安心である。

 もっと他に心配する事あるだろと親友は呆れていたが、その親友も親友で恩恵に預かっているので強くは言えなかった。

 

「……ここでもエステ、できる、よ?」

「すごい……私は最高の環境に身を置いたのかもしれない……」

 

 櫛田は目を輝かせながら身を震わせた。

 学生の本分は勉強であるはずなのだが、完全に二人の世界に入っている彼女達はもうお互いしか見えていなかった。

 これで中学生の時は男女共に最も人気があり教師からも絶賛されているのだからズルである。親友が呆れる姿が宙に浮かんですぐ消えた。

 

「……特別コース、入りまーす」

「わぁーい……」

 

 タオルを取られ、わくわくとドキドキがない交ぜになったような声を上げながら櫛田は顔を伏せ、目を閉じた。

 今更だがなんで櫛田がすっぽんぽんなのかというと、天白がそう指示したからだ。「全部脱げ」と。

 オイルマッサージをするので、服が汚れないようにという配慮だった。なんせ、紙パンツのようなものは流石に買えなかったので。

 

 天白はマッサージオイルのポンプを数度プッシュし、十分な量のオイル手のひらに出す。

 やや温度の低いオイルを手のひらを合わせて擦り温めながら――そっと背中に手を置いた。

 

「ひゃんっ♡」

「……あ、ごめん。まだ冷たかった……?」

「ううん、大丈夫……久しぶりで、ちょっとびっくりしただけ」

 

 えへへ、と笑う櫛田に、天白は「よかった」と安堵を返し、オイルマッサージを再開する。

 

 まずは肌になじませるように、櫛田の日々の努力や天白の定期的なエステ、マッサージによって肌荒れの無い、きめ細やかな背中にオイルを伸ばしていく。

 

「あぁ……♡ きもちい……♡」

 

 滑りの良くなった背中を、ほのかに暖かい天白の手が上下に往復していく。

 

 背中、肩、腕――と時折オイルを足しながら広げていき、上半身に満遍なく伸ばした後は再び指圧をする。

 まずは背中だ。腰から肩、肩から腰と円を描くようにして、手のひらで圧をかけていく。

 そうしたら次は背骨にそって体を解し、次は、その次は……と腰から肩にかけてを解した。

 次第にじんわりと上半身が温まっていき、血行が良くなっている事を感じ取れた。

 

「あぁ~……幸せ~……♡」

「……ふふ、桔梗ちゃん、気持ちよさそう……わたしも、嬉しい……」

 

 液状化しそうな程全身を弛緩させた櫛田が多幸感にたまらず声を上げると、天白も嬉しそうに破顔した。

 お気づきかもしれないが、天白は大の世話焼き体質である。奉仕することが至上の喜びと、ダメ人間製造機の素質を備えていた。

 そのほとんどを櫛田に向けているものだから、櫛田の承認欲求メーターも常にカンスト状態なのだ。

 今の櫛田桔梗というコミュニケーションモンスターは無限動力を搭載しているようなものだ。恐ろしい。

 

 たっぷりと時間をかけて上半身の施術を終えた天白は、ふうと額の汗を拭うと櫛田に問いかけた。

 

「……どうする?」

 

 どうする、というのはこの二人でしか通じない合言葉のようなものであり、それを聞いた櫛田はもじもじと内股を擦りながら、顔を真っ赤に染めつつ、言った。

 

「……えっと、お願いします……♡」

「……ん、いっぱい気持ちよくしてあげるね……」

 

 天白は蠱惑的な笑みを浮かべながら、その小さな手のひらを櫛田の何も隠していない腰下へと伸ばし――

 

 

 

 




「……なあ」
「……なによ」
「いや、なんでそんな急に機嫌悪くなってるんだ」
「……別に、なんでもないわ」
「…………中学校の時の友人のとこに行くんじゃなかったのか」
「……………………たまたまそういう気分じゃなくなったってだけよ」
「そうか……」
「そうよ」
(なによ今日は百合を独り占めしたいって。……今度やり返してやるわ)
(なんかあったんだろうな……)


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カルテ:櫛田桔梗②

Q.なんで櫛田がAクラスになったの?
A.問題を起こさなかった事、堀北ブーストによって学力が向上したこと、天白セラピーによって身体能力が微向上したこと、あとなんか中学校の時に学校巻き込んでデカいことやって社会貢献性を上げたのでしょう。多分。

Q.なんで堀北がDクラスになったの……?
A.三人の認識はお互いに親友ですが、フレンズが多すぎて他の人から見たときにその違いが認識できなかった。そんでそのまま推薦された。

Q.前回の続きは!?(半ギレ)
A.R-18になっちゃうやろがい!!(半ギレ)


 

 

 

(あーもう最悪最悪最悪………!!)

 櫛田桔梗は苛立っていた。

 ここ数年は天白のお陰でストレスは貯まるそばから解消され――むしろパブロフの犬がごとくもう天白が視界に映るだけでストレスが消えていく始末だった。

 そのため抑圧された内なる人格(笑)――通称黒櫛田も浄化されていたはずなのだが、どうやら魔王のように殺られてもそこに闇があれば復活してくるらしい。お帰り下さい。

 

 カツカツカツカツと急ぎ足で歩き、忌々しげに顔を歪めいる姿は被っていた猫を投げ捨てているようにみえるが、それは周囲に人影が無いからだ。苛立ちを声に乗せることは流石にしないが、もしこの表情を見られても、なに、問題ない。櫛田程の猫被り力があれば瞬きする間に被り直せる。あれ? 見間違いだったかな……

 

 さて、櫛田が何にここまで苛立っているのかというと

 

(あの男共……! 変な目で見てきやがって……!)

 

 そういうことである。

 

 櫛田は容姿が整っている。

 それは美少女というだけでなく、体型も非常に魅力的だということだ。

 スラッとした足、まろやかに突き出たヒップ、魅惑の曲線を描く括れた腰、そして同年代の中でも上位に位置するほどに大きな胸。

 およそ一般受けする素晴らしいプロポーションを誇るのが櫛田桔梗という女なのだ。

 なに? 貧乳好き?? ……独房! 連れて行け!

 

 まあそんな訳なので、男共の下卑た視線(櫛田主観)を受けてしまう事も多々ある。

 天白や親友と立っていれば視線は分散され、更に体型よりも顔に集まるので、すげえ! 美少女が並んでる! と優越感に浸れるのだが今回は残念なことに一人だった。

 

 天白はクラスのリーダー格の一人に呼び出されてしまったのだ。

 しかも二人きりで話し合いたいとか。それを聞いた瞬間に内なる櫛田が目覚めかけはしたが、相手から天白に向けられている感情は、櫛田の読み違いでなければ好意的なものだった為飲み込んだ。

 これで櫛田と同じように猫を被っていたら大したものである。櫛田が見抜けなかったのだから、その実力は櫛田以上だろう。

 ひとまずその場は納得して別れ、他のグループに混ぜてもらおうか、それとも他クラスに顔出しでもしてみようかと考えながらウロウロしていた時に無遠慮な視線をぶつけられたのだ。

 しかも、大きな声で「おお、あの子可愛くね?」「だな、胸でけー」と指差された。前者だけなら許せたが後者は許さん。その後に同意していたやつも同罪だ。制服が真新しかったから同じ一年生だろう。顔覚えたからな……。

 

(私の事をそういう目で見て良いのは百合だけなんだから!)

 

 そうじゃないだろう。

 そうツッコんでくれる親友は残念ながらこの場には居なかった。

 

 人通りが多くなったので表情に櫛田桔梗(天使ver)を瞬着し、猫被り.exeを起動。瞬きの間にあら不思議。大天使クシダエルの降臨だ。スパコンもびっくりの処理速度である。

 

 櫛田が向かっているのは図書室である。

 暇潰しに本を読みに来たのではない。人に会う目的があるのだ。

 本は嫌いではないが、櫛田は活字よりも絵のある漫画や雑誌の方が好きだ。話の種にするために読む事はあるが、読書量はあまり多くない。

 

 図書室の前に到着した櫛田は、取り出したコンパクトミラーで手早く髪型を直し、表情のチェックをしてから扉を開いた。

 

 図書室内は当たり前だが静けさに包まれている。

 シーンという擬音が付きそうなほど静まり返った室内で、ペンを走らせる音やページをめくる音がアクセントのように耳に心地よい。

 

 櫛田は首を巡らせて室内を見回すと、目当ての人物を見つけた。

 どうやら読書用のスペースで本を読んでいるらしい。

 パタパタと足音を立てないように気を使いながら、静かに近づく。

 

「お邪魔するねっ、鈴音」

「……来たのね」

 

 堀北鈴音。

 同じ中学校出身の、天白と櫛田の親友である。

 

(あー、くそぉ……。いつみても綺麗な顔してるなぁ……)

 

 内なる櫛田が首をもたげた。

 起きるな。静まり給え。

 

 自他共に認める美少女である櫛田だが、目の前の堀北はそれより頭一つ抜けて美しい容姿をしていた。

 黒々と艷やかな長髪に切れ長の瞳。スラリとした体型はまるでモデルのようだ。

 物静かな佇まいはまさにクール系美少女といった様相で、櫛田は相対するたびに若干の嫉妬を感じていた。その後即座に天白に癒やされ浄化されるのだ。

 

 堀北は読んでいた本をカバンに仕舞うと、キョロキョロと当たりを見回して首を傾げた。

 

「……百合は居ないの?」

「うん。クラスの人の対応してる」

「………………そう」

 

 短く呟いた堀北は天白が一緒でない事を知り明らかに気落ちしていた。

 「私だけで悪かったな」と悪態を付きそうになるが、そばに他の人も居るために言葉を飲み込んだ。

 

 さて何を話そうか、図書室だからまずは場所を移す事を提案しようかなど考えていると、おずおずとした声がかけられる。

 

「……なあ堀北、その人は……」

 

 男子生徒だった。

 パッと見た感じは冴えない――容姿的に普通の見た目をしている。声の感じもはっきりとしていないし、自信なさげに感じられた。

 

「……ふっ。親友、よ」

 

 話を振られた堀北はふふんと胸を張った。書類上ではDカップとなっているバストが僅かに強調される。

 

(なんで自慢げ……?)

 

 櫛田は首を傾げる。

 一方、男子生徒の方は目を見開き愕然としていた。

 

「なん……だと……?」

 

(なんで悔しげ……?)

 

 櫛田は更に首を傾げた。

 

「驚いた。まさか堀北に友達がいるとは」

「友達じゃないわ。親友よ」

 

 堀北は大分親友を強調していた。

 尚、櫛田の知る限りでは堀北の交友関係は親友が2名。天白と櫛田。以上である。友達が居るという話は聞いたことが無かった。ミニマリストにも程がある。

 

「……鈴音、その人は? 友達?」

 

 何故か勝ち誇っている堀北に、先程から話している男子生徒について聞いてみることにした。話しているのを見るに仲は悪くなさそうだが、友達だろうか。

 

「友達じゃないわ。ただのクラスメイトよ」

 

 違かった。

 

「そうなのか……?」

 

 男子生徒の方はショックを受けている。まあ、面と向かって友達じゃないと断言されてしまえば仕方ないと言えるが。

 

「そ、そうなんだ……。えっと、私はAクラスの櫛田桔梗だよ。鈴音とは中学校が一緒だったの」

「親友よ」

「それはもう分かったから……」

 

 堀北が大分うざいことになっている。こんなキャラだったか? 中学生の頃は一匹狼というか、孤高(笑)であり他者の干渉を嫌っていたはずだが。

 天白メンタルクリニックの影響で人格も矯正されてしまったのかもしれない。それが良い方なのか悪い方なのかは判断が難しい。

 まあ、少なくとも以前よりはマシになっているとは思うが。

 

「あ、ああ。すまない。オレは綾小路清隆。Dクラスだ。よろしく頼む」

「うん、よろしくね!」

 

 櫛田が手を差し出すと、男子生徒――綾小路は一瞬戸惑ったものの、手を握り返してきた。ハンドシェイクである。

 握ったな? 今からお前も友達だ。

 

「よかったら連絡先を交換しない?」

「い、いいのか?」

「うん。友達になりたいなって思ったんだけど……だめ、かな?」

 

 櫛田の対コミュニケーション奥義が一つ、上目遣いが炸裂した。これを受けた相手は友達になる。

 

「いや、構わない。オレは友人が少なくてな。感謝する」

「少ない? 一人も居ないの間違いでしょう」

「……今一人増えたから良いんだ」

 

 そのやり取りを聞いて櫛田は先程の堀北の態度に納得が言った。

 綾小路は友達が居ないらしい。そのため「私は親友が居ますけど?」とマウントを取っていたのだ。櫛田と天白からしたらどんぐりの背比べも良い所だが。

 テキパキと操作する櫛田と比べ、綾小路の手付きは不慣れな用で覚束ない。どうやら本当に友人が少ないようだ。

 そうすると、綾小路から芋蔓式に友達を増やすことは難しそうだ。まあ逆に言えば、入手難易度の高い人物の連絡先を手に入れる事が出来たという事なので問題は無いだろう。

 

「せっかくだから、Dクラスの事教えてほしいな。雰囲気とか」

「別に構わないぞ。話せる事はそんなに多くないが」

「ほんと? やった。……ここで話すのもなんだから、場所を移さない?」

「移すって言ってもどこに行くつもりよ?」

「喫茶店とか。この前良いお店教えてもらったんだぁ」

 

 図書室は読書か勉強をする場所である。会話をするのであれば移動するべきだろう。

 三人は連れ立って、櫛田の案内で喫茶店へと足を運んだ。

 

 そこで行われた会話と言う名の情報交換は実に有意義な物だった。

 特に、毎月振り込まれる額が10万ポイントとは限らないと知れたのはこの二人と共に会話をしなければ気づかなかったかもしれない。

 

 櫛田は手に入れた情報をメモし、ほくほくとした顔で自室――天白の部屋――へと戻ったのだった。

 自室……?

 

 

 

 

 

 

「……今日は、これを使う」

 

 部屋へと戻り、今日も天白の手料理を堪能してお腹がくちくなった頃、唐突に天白が道具を取り出した。

 それは、片方の先端に白いぽんぽんの付いた細長い棒だった。

 

「……耳かき?」

「そう」

 

 ベッドに腰掛けた天白が、ポンポン自身の膝を叩く。

 なるほど。今日はそういう趣向で来たかと、櫛田も素直に天白の膝へと頭を乗せ、ベッドに横になる。

 いきなり顔をおなか側に向けて。

 普通は逆からやらない……? と思うが、櫛田と天白の距離感ではこれが普通の事なのだろう。

 

「……まずは、外側から」

 

 そう言うと天白は耳かき棒ではなく、綿棒にベビーローションを垂らしてそっと櫛田の耳――耳介の溝へと綿棒を沿わせた。

 

「んっ……♡」

 

 そり……そり……とリズミカルに擦られ、櫛田はたまらず嬌声を上げた。

 ベビーローションで滑りも良く、優しい手付きで掃除されていき快感が募っていく。暖かな天白の手のひらが耳の側に添えられており、それも気持ちよさを高める一因となっている。

 

 耳かきは繊細な作業だ。耳の中の掃除だけでなく、耳介――外側の部分も強く擦り過ぎては行けない。

 天白は真剣な表情で櫛田の耳掃除を続けている。彼女のふわふわなブロンドの髪が櫛田の頬をかすめ、少しくすぐったく感じる。

 

 ある程度掃除した後は綿棒を裏返し、耳に残ったローションを拭うように優しく取り除く。

 綿棒に付着した埃や垢を見れば、綿の先端部分が淡黄色になっており汚れは取り除けたようだ。

 

 天白は汚れた綿棒を脇に敷いたティッシュの上に起き、新たな綿棒を取り出して再びベビーローションを垂らす。

 

「……それじゃあ、耳の中をやる。危ないから動かないでね」

「うん……」

 

 耳の中は外側以上にデリケートだ。万が一傷をつけるわけにも行かないため櫛田に注意を促すと、彼女も少し不安なのか両手を天白の腰に回し、少し抱きつくような格好となった。

 

「……いくね」

 

 天白は慎重に慎重を重ね、少し手先を震えながらもローションに濡れた綿棒の先端を櫛田の耳の中へと侵入させた。

 

「ひゃっ」

「……痛い?」

「ううん……大丈夫……」

 

 ぬるりとした感触に少々驚きはしたが、痛みは無かった。

 大丈夫であることを確認した天白は、耳垢をこそぎ落とすというよりはローションでふやかすようにすりすりと綿棒を回して塗布する。

 

「あぁ~……なんかいい……人に耳掃除してもらうのって新鮮……」

 

 耳の中というのは人体で最も脳に近く、言ってしまえば身体の中を弄られているようなものだ。

 それを最も愛しい相手にやってもらっているのだ。

 これって実質セッ○スなのでは……? 櫛田は妙な興奮をし始めた。

 

「……? 息荒いよ? 大丈夫?」

「だっだ、大丈夫……なんでもないよ……ふへ……」

 

 にやけ顔が抑えきれていないが、天白のお腹に顔を向けているのが功を奏したのか天白は気づいていないようだった。

 こんなのが学園のマドンナの真の姿だと知れば、あの学校の生徒達は絶望に膝から崩れ落ちてしまうだろう。場合によっては一部の層からさらに信仰を集める結果になるかもしれないが。嫌過ぎる。

 

「ん……よし」

 

 ローションを塗布し終わったのか、いよいよ天白が耳かき棒を手に取った。

 そしてそれを先程以上に慎重に、耳の中へと差し入れ――カリ、とひと掻きした。

 

(…………あれ?)

 

 ぴくん、と櫛田の身体が勝手に反応した。

 なんだろうと思う間も無く、カリ、カリ、と入り口から1cm程の範囲を耳かき棒が掻いていく。

 

「っ……♡ ふぁ……♡ んうっ……!?♡」

 

 耳かき棒の手が壁を擦る度、強い快感が身体を駆け巡る。

 

(な、何で……!? 耳かきしてもらってるだけなのにこんなに……!)

 

 櫛田は未知の快楽に戸惑い、さりとて身動ぎをするわけにも行かず天白を抱きしめる手の力を強めた。

 その姿にきゅんきゅん来ちゃったのが天白である。そっと羽毛で撫でるが如くのソフトタッチであるのに、ここまで良い反応をされてしまえばたまらない。

 天白は少し力を強め――決して傷つけることのないように慎重にだが――櫛田の耳の中を蹂躙し始めた。

 

「あっ♡ あっ、あっ……♡ ダメ……だめぇ……♡」

「……きもちいい?」

「んあっ♡ 気持ち……っよすぎて……♡ なんで……なんれぇ……♡」

 

 一般に耳掃除が気持ち良く感じる理由は、耳の中は皮膚が薄く、耳垢腺と言う名のアポクリン腺があるからとされている。

 この汗腺は他の部位にも存在し、その代表たるものが脇と、そして陰部である。

 

 そう、耳の中は普通に性感帯の一種である可能性が高いのだ。

 

 ちなみに、耳の中には他にも迷走神経という脳から伸びる末梢神経も走っており、こちらを刺激しすぎると頭痛や吐き気などの諸症状に襲われる。特に耳の入り口から2cm以上先は皮膚直下がダイレクトに骨であるため傷をつけてしまう可能性が非常に高い。基本的には入り口から1cm程度を掃除するのが良い。諸君らも耳掃除をする際は注意されたし。

 迷走神経自体は快楽信号を脳に伝える役割をもっているため、適度な力加減であればただ気持ちいいだけなのだが。何事も程々が一番なのである。

 余談だが、この迷走神経も別の部位につながっている。ちょっと口に出すのは恥ずかしい部分である。耳の中が性感帯と言われる原因の一つでもあった。

 

 さて、そんなわけで性感帯である耳の中をほじほじと刺激されている櫛田は、強い反応をすることも出来ず、快楽を我慢するように天白に強く抱きついている。

 そんな櫛田の反応を楽しむように、天白は耳を掻く速度を早めていく。

 

「……ふふっ。桔梗ちゃん、可愛い……。ほら……カリ、カリ……♡」

「あっ……あっあっ……♡ ふあぁぁぁっ♡」

 

 徐々に強まる快感に、登り詰めていくような感覚に陥る櫛田。

 その息はもはや隠しようもなく荒くなっており、だらしなく口腔から舌がちろりと垂らされては天白のスカートを汚していく。

 

 ……言うまでも無いことだが、普通は耳掃除だけでこんなに乱れる事はない。

 櫛田が特別、耳が感じやすかっただけである。

 

「っ……♡ だ……め……♡ キちゃう、なんかキちゃうからぁ……♡」

「ぁは……♡ イきそうなの? いいよ……ほら、イッちゃえ、イッちゃえ……♡」

 

 耳かきでイクってなんだ。

 ここまで来たら櫛田は天才なのではなかろうか。

 耳で感じる天才。外聞が悪すぎる才能過ぎて言葉が出ない。

 

 天白は、ゾクゾクとした快感を感じながらも、冷静さを失ってはいなかった。

 櫛田が淫らに感じている(耳かきで)姿を脳裏に焼き付けながらも、きちんと耳掃除という当初の目的を果たそうとしていたのだ。

 ベビーローションでふやかした耳垢を熊手のような部分で集め、そして――

 

 クリッ、と掻き出した。

 

 瞬間、櫛田の身体が跳ねる。

 

「ふぎゅっ!?♡ んぅうううううううっ♡」

 

 達した。

 櫛田は初めての耳かきで達してしまった。

 よくこれで日常生活に支障が無かったものである。

 

 身体を思い切り逸らせた櫛田は(当たり前だが、耳かき棒は最後に掻き出した瞬間に取り出してある)、足をぴんと伸ばして身体を硬直させた後、へなへなと脱力をして崩れ落ちた。

 

「はぁ……はぁ……♡ しゅごい……♡ しゅごすぎる……♡」

「……んふふ。桔梗ちゃん、可愛かったよ……。でも……」

 

 天白は絡みついていた櫛田の腕を優しく離させ、ころん、と器用に膝の上で櫛田の向きを変えた。

 

「……あぇ……?♡」

 

 息も絶え絶えな櫛田は何をされたかも分からず困惑するのみだが、そんな彼女を見て天白は舌舐めずりをするように、蠱惑的な表情で、こう言った。

 

「……まだ、反対側が残ってるよ……?♡」

 

 この後、めちゃくちゃ耳かきした。

 




これ本当に投稿して大丈夫かと思いましたが、他のR-17.9タグを付けている方の作品を見るにセーフだと判断しました。

……本当か?

見れなくなったら察してください。

高評価、感想ありがとうございます。モチベめっちゃあがりました。


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カルテ:坂柳有栖①

Q.なんで堀北あんなことになってるの?
A.お兄様しか見えてなく、急に突き放されてオロオロしてる時に彗星の如く現れた二つの光に目を焼かれて少し社交性が増した。精神的な重圧が無くなったので、憧れのお兄様と同じ学校に親友と進学できて浮かれて調子に乗ってるため

Q.なんで堀北回じゃないの?
A.いずれ分かる。いずれな……

高評価、感想ありがとうございます。お陰様でルーキー日刊に載る事が出来ました。
坂柳回です。長くなってしまいました……


 

 

 

「……どうぞ」

「お邪魔します」

 

 櫛田が天白と共通の親友――堀北と、Dクラスの綾小路と邂逅を果たしている頃。

 天白はというと、同じクラスに在籍する少女を部屋に招き入れていた。

 

 上質な絹のように輝く銀糸の髪。切れ長の目は葵色で、意思の強さを表す様に光を宿している。

 全体的に小柄で華奢ではあるが、それでもなお美しいという感想が出てくる程の美貌の持ち主。

 櫛田よりも綺麗な堀北。その彼女でさえも凌駕しかねない容姿を持った少女の名は、坂柳有栖。

 

「……足元、気を付けて」

「え、ええ。ありがとうございます……」

 

 坂柳は足が産まれつき不自由であり、常に杖をついて歩行を補助していた。

 

 奉仕種族である天白がそれを見逃すはずは無く、入学式初日にふと視界に映った瞬間には駆け出し、あれこれと補助をするようになっていた。

 これには坂柳もびっくりである。

 これまでも、杖を持っていることから良心を持った人物から補助を申し出られた事はあったが、誰もが一度坂柳を視界に入れてから少し悩んでいる様子を見せており(悩みながらも補助を申し出てくれるあたり、やはり心優しい人物達であったが)、ここまでノータイムで飛び込んできた人物は初めてだったから。

 もはや反射の域ではなかろうか。熱い物に触れたら手を離すように、思考ではなく脊髄で行動を起こしていた。なんだその怪物。

 

 実際には天白にも多少の思惑はあった。

 足が不自由そうな人が居る→助けてあげたい→仲良くなれるかもしれない→結果的に桔梗ちゃんとの野望に一歩近づくといったロジカルだ。

 どちらかというと思惑より先にお助け精神が発露しているような気がするが。

 

 そんなこともあり、天白は坂柳とクラス内の自己紹介前から交友を結ぶ事が出来ていた。

 天白が櫛田を紹介しないはずが無く、自然と櫛田と坂柳も連絡先を交換し、無事に友達となっている。

 そういう意味では、この学校に来て初めて出来た友達が天白も櫛田も坂柳という事になるだろう。

 

 それからも天白は悉く坂柳の世話を焼きたがった。

 朝は早朝から起床し、朝食の準備を終えた後は部屋で眠る櫛田を起こし(当然のように天白の部屋で寝泊まりしているが何も言うまい)、二人で朝食を取り登校の準備をしたら、坂柳を部屋まで迎えに行く。

 坂柳の歩くペースに合わせながら一緒に櫛田と三人で登校し、移動教室があれば同様に手を差し伸べる。

 授業が終われば、坂柳を自室まで送ってから、場合によっては寄り道に付き添いながらも共に下校をする。もちろん櫛田も共に。言うまでもないが。

 

 余談ではあるが、入学してから10日程経過した段階で、坂柳、天白、櫛田の三名はその容姿も相まってAクラスでも評判の存在となっていた。特に天白は坂柳と同程度に身長が低く、可愛い×可愛い×可愛いと可愛いのジェットストリームアタックと化している。見たものはあまりの可愛さの光に目を焼かれ櫛田の友達となる。

 

 坂柳にしてみれば、突然現れた全自動お世話マシーンの天白に戸惑いっぱなしである。

 それが「ハンデを抱えた生徒にやさしくしている自分」に酔っているだとか、「可哀想だから手伝ってあげよう」といった哀れみを持っていたのであれば不快感を抱き、あらゆる手段を用いて潰してやろうと考えていた所だろうが、天白から感じ取れるのは驚きの100%善意。利己的であるといえばそうなのだが、純度100%で「大変な思いをしている人を助けたい」といった感情であることが坂柳アイによって導き出されていた為、なんでこの人はこんなに尽くそうとしてるんだろうと困惑必至であった。

 しかもやたらとこちらのやりたいことを汲んでくるし、手際が良すぎる。あまつさえ何も受け取ろうとしない。ありがとうという言葉でさえ、嬉しそうにするものの「受け取って当たり前」ではなく照れくさそうに笑うのみだ。

 『誰かを助けるのに理由がいるかい?』と言葉を残した盗賊団のいち員もご満悦である。

 

 その理由については説明は簡単だ。

 もともと誰かの為に何かをすることを苦に思わない――むしろ楽しく思うような世話焼き体質であり、それが中学生の三年間で天白セラピー、または天白メンタルクリニックと呼ばれるお悩み相談室により、天白の中では困りごと=手助けという図式が習性レベルで染み付いてしまっていたのだ。

 まさに奉仕種族である。なお同族は今のところ確認されていない。

 

 坂柳が困っていたのは、そんな得体のしれない謎の奉仕種族におはようからおやすみまでお世話をされるようにあっという間になってしまった事であり、さらにそれをどこか心地良いものとして認識してしまっている事だった。

 

 坂柳有栖、15歳。生まれつきのハンディキャップを抱えており、少なくない悪意を幼少期にぶつけられた事もある。父の仕事を間近で見て、社会の闇を垣間見た事もあった。

 そんな彼女が産まれて初めて出会った、純粋な優しさから無償で寄り添い支えてくれる存在に出会ってしまった。触れ合う事の温かさを知ってしまった。

 坂柳有栖は確かに、この天白百合という少女に惹かれ始めていた。

 

 ただしまだ堕ちたわけじゃない。自分はそんな安い女じゃないと坂柳は理性を保っている。

 自分はちょろっと欲しい言葉を囁かれただけで完堕ちなんてしない。甘く見ないでほしい。

 

「……ん。座ってちょっと待ってて。飲み物は紅茶でいい……?」

「アッ温かい手……んん”っ! はい。お願いします」

 

 そっと触れた手の温かさに胸がトゥンクとときめいてしまったが問題ない。

 問題ありませんとも。

 

 キッチンに立ち薬缶で湯を沸かしている天白を横目に、坂柳はぐるりと部屋の中を見回した。

 

 共通の家具については特に手を入れられている様子は見えないが、小物が多いような気がする。

 

「……あら?」

 

 見た限り、小物の種類が統一されていないように思える。

 自室のインテリアというのは大抵はその部屋の主の好みに寄って来る。

 坂柳の目から見ると、この部屋には趣味趣向が二人分は存在しているような……。

 ハッとしてキッチンに目を向けると、マグカップはまだしも食器、箸などが二セットあるのが目に入った。

 

「あの、天白さん」

「……何?」

「櫛田さんと普段から共に生活をされてますか?」

「うん」

 

 即答だった。

 何か問題が? というような態度だ。いや、別に同性であれば泊まりも問題ないけどさぁ……。

 

「……そうですか」

「うん」

「……もしかして、お付き合いされてますか?」

「……ん?」

「その、櫛田さんと交際を……。いえ、そういった愛の形というのも良いと私は思いますが……」

 

 いくら幼馴染とはいえ、自室に二人分の生活雑貨をそろえるレベルで寝泊まりをしているのは普通ではないだろう。

 というかよく見れば枕が二つある。寝泊まりどころか同棲しているのではと坂柳は勘繰った。正解である。

 

 同性同士の恋愛について、坂柳は偏見を持たない。そもそも偏見を持つ程ノーマルな恋愛観があるかも怪しいので、当人同士が納得しているのであればいいんじゃない? 程度の認識だ。

 しかし人によってはコンプレックスとなっているとも聞く。その為少し慎重にけん制を入れつつも問いかけたわけだが。

 

「……? 別に、付き合っては、無い」

「……そ、そうなんですか……?」

「……うん。桔梗ちゃんは、幼馴染」

 

 その距離感で幼馴染は無理でしょと、二人と付き合いが長い堀北ならば突っ込んでいたであろうが、この場に居るのは恋愛経験皆無の素人のみ。

 幼馴染も居ない為、「そうだったんですね……なるほど……」と変な認識をしようとしていた。待ちたまえ。この二人の距離感がバグっているだけで君は正常だ。

 

「……お待たせ」

「あ、どうも……」

 

 幼馴染ってそうなんだ……と坂柳が誤った知識を更新している途中で、紅茶を淹れ終えた天白が坂柳の前に湯気の立つカップを置いた。

 幼馴染同棲ショックから立ち直れていない坂柳は促されるままそれを口につけ――

 

「あ、美味しい……」

「……ありがと」

 

 思わず素直に感想を口に出してしまい、それを聞いた天白がふにゃりとはにかんだ。

 気恥ずかしくなってしまい、ぷいと顔を逸らした坂柳の頬は薄紅色に染まっていた。それでもずずと紅茶を口に含むのを辞めない。

 紅茶を飲みなれている坂柳は、茶葉自体はその辺で売っているインスタントのものだろうとアタリをつけた。しかしそれにしても美味いのだ。

 

「淹れ方を工夫されているんですか?」

「……そう。カップを温めたり、中で蒸らしたりの簡単なものだけど」

「それでも立派です。インスタントであってもおいしく飲もうという気概は好ましく思えますね」

「……照れる」

 

 言われた天白は言葉通り照れ、それでも本当に嬉しそうに表情に朱を差しながらえへへと頬を掻いた。

 

(可愛らしい仕草ですね……これで狙ってやっていないのだとしたら才能なのでしょう)

 

 ピロン、と坂柳の好感度ポイントが上昇する音がどこかで鳴った気がした。現在80ポイント。最大値は100である。

 

「……それで、私だけにしたい話って……何?」

 

 す、と居住まいを正した天白に、坂柳もつられて姿勢を伸ばして表情を引き締める。

 

「……天白さんは、出身の学校が福島県にありましたよね」

「……? うん」

「そこにはずっと住まれていたのですか?」

「うん」

 

 そこまでを確認した後、坂柳は恐る恐ると、何かを期待するかのような声音で、こう問いかけた。

 

「……天白竜太郎という医者の名前に、聞覚えはありませんか」

「……!!」

 

 天白竜太郎。

 日本どころか世界中に名を知られる胸部心臓外科医であり、天才的な腕を持ち数々の難しい手術を成功させてきたその道の権威である。

 そしてその男は――

 

「……わたしの、お父さんだよ」

「……! ああ……! やはり……」

 

 天白百合の、実父だった。

 

「私は生まれつき、心臓に疾患を抱えていました」

 

 坂柳はぽつぽつと語り始めた。

 先天性心疾患であり、産まれてから今まで心臓に負担をかける行為――運動等の一切を禁じられ、その影響で足にハンデを抱えてしまったこと。

 そして、中学生の時に天白竜太郎による外科手術を受け、それが無事成功したこと。

 

「その手術のお陰で、私は普通に成長をすることが出来るようになりました。軽い運動程度であれば許されるようになったのです。一生の付き合いになるはずだった足のハンデも、成長をすれば軽減……されると……」

 

 坂柳は語る内に、感情が溢れ出してしまったのか、ポロポロと涙を流し始めた。

 流石に天白も慌てて駆け寄り、頭を胸に抱いてあやすように背中を撫でる。

 

「ずっとずっと……お礼を言いたかったんです……! 手術後に目が覚めた時にはもう別の場所に向かわれていて……連絡をしようにも、分かるのはあの人のプロフィールしかなくて……私を助けてくれた方に何も言えないままで……どうしたらいいのかも分からなくて……」

 

 『天白』という名字は国内でも珍しい部類にあたる。その数は全国でも1200人程度しか存在しない。

 そして天白竜太郎の出身地は福島県であることは、調べるとすぐに出てきた。福島県に居る『天白』の姓を持つ者は――たったの10名程である。

 そのため、初日の自己紹介時に天白の出身が福島県にある中学校だと知り、もしやと思えば大当たりだった。

 

 坂柳有栖は天才である。

 非常に幼い頃――それこそ、物心ついて間もない頃には大人びた思考を持ち、一を聞いて十も二十も知る神童だった。

 しかし、心臓の病と足のハンデというそれだけのウィークポイントで、幼少期は奇異の目に晒される事が多かった。

 坂柳にとって満足に動かない身体と言うのは強いコンプレックスになっていたのである。

 時間はかかるものの、それらが取り除かれると知った時の坂柳の気持ちは語るまでも無いだろう。

 

 天白はえぐえぐと嗚咽を上げ始めた坂柳を抱きしめ、優しく背中を撫で続ける。

 

「……実を言うと、わたしが入学式初日に坂柳さんを見つけたのは偶然じゃない」

「…………え?」

 

 天白から告げられた言葉に、坂柳は胸に埋めていた顔を上げて疑問符を零した。

 

「……わたしがこの学校に入学すると家族に報告した時、理事長の娘が同い年で入学してくるかもしれないと言っていた。そしてその子は足にハンデを抱えているから、できるだけ力になってあげて欲しいと」

 

 胸にするりと滑り込んでいくような、不思議と落ち着く声音で天白は続ける。

 

「……お父さんは言ってた。自分がもっと早く対応できていれば、今頃普通の高校生として過ごせていたと」

 

 天白竜太郎は坂柳有栖の事を覚えていた。

 高名な人物の一人娘であり、術前に交流があってその少女の優秀さも聞き及んでいた。

 大分娘自慢に寄っていたがと天白竜太郎は苦笑していたが。

 

 尚、竜太郎自身も大概娘を溺愛している。

 例え激務で方々に行かなくてはならなくとも毎日必ず連絡を寄越してくるし、月に一度は無理やり時間を作ってまでも娘に会うために自宅に帰っている。

 そんな目に入れても痛くない程に可愛い可愛い一人娘が、高度育成高等学校という三年間は外部との連絡も取れない全寮制の学校に入学すると知った時の荒れようは酷かった。

 大の大人が「やだやだ」と転げ回りながらダダを捏ねる姿は普通に地獄の光景だった。

 

「……そんなことありません。あのままであれば、誰かの介助が無ければ一人で生活することすら難しかったのですから。それが今なら、制限こそありますが人並みの生活を送れるのです。これ以上、何を望む事がありましょうか」

 

 しかしそんな事をつゆも知らない坂柳は、ただただ感謝の気持ちを恩人の家族へと伝える。

 

「卒業後になるでしょうが、貴女のお父様にお伝え下さい。私は、貴方のお陰で元気に過ごせていると」

「……うん。分かった。伝えておくね」

「ああ、やっと言えました……本当であれば、直接お伝えしたかったのですが……」

「……卒業したあとでよければ、会う? いつ会えるかは、お父さんの都合次第になっちゃうけど」

「よろしいのですか……! ぜひ、お願いします」

 

 そう言って、坂柳は胸のつかえが取れたかのように、華やかな表情で破顔した。

 

 

 

 

 

 

「ところで、私が天白さんをお呼びしたのは、もう一つ理由があったんです」

 

 話が落ち着いた頃に、坂柳は涙で潤んでいた目をハンカチで拭いながらそう切り出した。

 

「先程お話した通り、私は生まれつき心臓に疾患を抱えていました。天白先生の手術で治療したことで、様々な制限が無くなりました」

「……うん」

「例えば運動ですね。まだ足は上手く動かないのでスポーツなどは出来ませんが、それでも上手く行けば、高校生活中には杖の補助無しで歩くことが出来ると主治医にお墨付きを頂いています」

「うん」

「なので、今まで出来なかった事をこの機会に経験したいと思いまして」

 

 なるほど、と天白は頷いた。

 彼女は自分にその補助をして欲しいのだろう。歩く事が出来なくても出来る運動はいくつもある。櫛田や堀北に協力してもらえば更に選択肢も増えるだろう。櫛田コミュニティを使ってフレンズを集めれば、大きな規模で遊ぶ事もできると天白は思案した。

 なので、続けられた言葉が少々予想外だった。

 

「それで……その、天白さんはマッサージが特技と自己紹介の時に仰っていましたね」

「……? うん。民間のだけど、資格も持ってる」

 

 やるならば専門的な知識も必要だろうと、母親に頼み込んでとある社団法人の会員となり、受験をした経緯がある。

 しかしそれがなんの関係があるのだろうかと天白は首を傾げた。

 

「あの、よろしければ……私にマッサージをしていただけませんか?」

 

 恥ずかしそうに頬を赤く染め、おずおずと申し出てきた坂柳を見て、天白はようやく彼女が何故こんな事を申し出てきたかを理解した。

 マッサージは身体のコリを解し筋肉の疲労を軽減するわけだが、そもそもとしてその根幹には血流の促進が関わっている。

 心臓に負担を掛けることが出来ない、心疾患を抱えた患者に対するマッサージなどは絶対に行ってはならない。そのため天白は坂柳と仲良くなる事に対してマッサージという手段を選択肢から除外していたのだが、問題が無くなったのであれば構わないだろう。

 

「……ん。分かった」

「本当ですか!? ああ……とても、楽しみです」

 

 どんな心地なのでしょうと目を輝かせた彼女は、言葉通りにマッサージへの期待感に胸を踊らせていた。

 そこまで楽しみにされては、こちらも気合が入るというもの。まずは実際に少し触れてみて、何が必要かを考えようか。

 

「……あ、そういえば」

「どうされました?」

 

 突然思い出したように声を上げた天白に、坂柳が疑問を返す。

 

「……名前」

「……?」

「……わたしのこと、『天白さん』じゃなくって、名前で呼んで」

 

 その言葉に、坂柳は目を見開いて驚いてみせた。

 そんな彼女の様子に、天白はふにゃりと相貌を崩して微笑んだ。

 

「……わたし達、もう友達――ううん、親友、でしょ?」

「――! ええ、では、百合さん、と……」

「よろしくね、有栖ちゃん」

 

 こうして、天白は二人目の、坂柳にとっては初めての『親友』が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、私はどうすればいいのでしょうか」

 

 晴れて親友となった二人だが、ご希望のマッサージはこれからである。

 一般的に何をすればいいのかといった知識はあるが、実際にはどうしているのかを知らない坂柳は素直に天白の指示を待った。

 

「……とりあえず、ベッドにうつ伏せに寝て」

「あ、はい」

 

 促されるまま、ベッドへと横たわる坂柳。

 天白も同じくベッドへと上がり、膝立ちになりながら軽く触診をする。

 

 首から肩、肩から背中、背中から腰、そして足の様子を天白は軽く押してみたり、手のひらを当てて擦ってみたり、腕や足を動かしてみて可動域を調べたりとてきぱきと坂柳の身体を診断していく。

 中学生の頃、天白はセラピストの資格を取るだけでなく、もうちょっと出来るようになりたいと母親の伝手を辿って整体師の手ほどきを受けたことがあった。

 国家資格を取得するには専門学校に通わなければならないため、柔道整復師やあん摩師等の資格こそもっていないが、骨格の歪みの少ない学生相手であれば十分な治療を施せる程度には知識と実力を得ていた。

 

「……ふう。とりあえず、有栖ちゃんには、マッサージというよりは整体が必要な事が分かった」

「整体、ですか?」

「そう」

 

 一通り触診を終えた天白は、一度坂柳の身体から手を離し、結果を彼女へと報告する。

 

「……外から見てた時に感じてたけど、杖をついてるから利き手側に少し歪みがあった。あと、有栖ちゃんは座る時の姿勢がいいから本当に僅かだけど、首とかも少し」

「なるほど……」

「……ちょっと本格的なやつになるから、今の設備じゃ難しい」

「えっ……そ、そうなんですか……」

 

 ガーン、という効果音がつきそうな位に坂柳はショックを受けていた。

 楽しみにしていた遠足が雨天中止となってしまったようなものだ。遠足に楽しみを見出した事は坂柳には無いので、完全に憶測でしかないのだが。

 

「……なので、今日はハンドマッサージをする」

「ハンド……マッサージ……?」

 

 聞き覚えのないハンドマッサージという言葉に、坂柳の優秀な頭脳がその回答を導き出す。

 それはつまり手をマッサージすることでは? と。

 心残りの一つが解消できたこと、親友が出来たこと、あとなんかふわふわする声を聞いてしまって坂柳の頭脳は一時的にその性能を大幅に落としている。本来の性能の一割にも満たない。ダメ人間製造機がまた一人ダメにしてしまったのだろうか。

 あくまでも一時的なので、後日の坂柳は正常に――むしろかなり調子が良くなっていることを念のため追記しておく。

 

 そのまま楽にしていて、という天白の言葉に従い、うつ伏せのままだらりと両手から力を抜いていると、その手を天白の両手のひらが包んだ。

 

「……手のひらと腕には、色んなツボがある。それに、手の血行をよくすることで色んな良いことがある」

「例えば、どのような」

「……むくみの解消、ストレス軽減、代謝や免疫力向上。副交感神経も活発になるから、リラックス効果もあるし自律神経も整う」

 

 つらつらと上げるマッサージ効果に、坂柳は素直になるほどと関心を示していた。

 出来ることが一気に増えてから、何事にも興味を持つようになったのだろう。その姿を可愛らしいなと思いながら、天白はベッド脇のキャビンから一つの小瓶を取り出した。

 

「それは?」

「……マッサージオイル。滑りを良くして、マッサージの効果を高める目的で使う」

 

 天白は数滴オイルを自身の手のひらへと落とし、軽く伸ばしてから坂柳の手を取り、塗布していく。

 手のひらから甲、指へと満遍なく塗ったり、オイルを足して二の腕までを滑るようにして坂柳の腕に艶を出していった。

 

「これだけでも、かなり気持ちの良いものですね」

「……良かった。でも、まだこれから」

 

 今度は両手を使って、坂柳の小さな手のひらをゆっくりと指圧していく。

 ツボを押し、円を描くように指圧を加え、血管に沿って伸ばすように。

 

「あぁ……これは……すごいですね。手への圧迫だけなのに徐々に身体が温かくなってきました」

「……血行が良くなった証拠。気持ちいい?」

「ええ……とても……」

 

 坂柳は腕や手から伝わる心地よさ、快感に身を任せうっとりと目を閉じる。

 

 普通よりもちょっと温かい天白の手が触れるたび、ふわふわと夢心地な気分だ。

 肉付きの薄い坂柳が痛くないようにと、絶妙な力加減で行使されるマッサージがたまらない。

 特に、指の間、親指の付け根、腕の中心の指圧を坂柳は気に入った。あまりの気持ちよさに思わず声をあげそうになったりもしたが、それほどの快感なのだ。

 まさかマッサージでアンアンとはしたなく喘ぎ声を上げる者が居るわけはないだろうが、これは広く普及するわけだと思う。

 

 それから半刻程、坂柳は天白によるハンドマッサージを心ゆくまで堪能した。

 

「……お疲れ様」

「ハンドマッサージ、素晴らしいものでした。……ところで、百合さん」

 

 全身が温まったせいか、じんわりと額に汗を浮かべた坂柳を甲斐甲斐しくタオルで吹いてあげていると、何やら思案げな表情をしていた。

 冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを渡し、続きを促すと坂柳は一つ質問を投げかけてきた。

 

「本格的な整体をするためには、今の設備では難しいと仰っていましたね」

「……? うん」

「その設備を揃えるためには、費用がかかりますよね」

「うん。結構」

「では、こういった事を始めるのはどうでしょう」

 

 そうして坂柳が話し始めた提案は、その手があったかと天白を驚かせるものだった。

 そしてそれが叶えば、中学生の時以上の事をすることが出来ると思い、笑みを浮かべた。 

 




坂柳が無人島特別試験参加フラグ
龍園は死ぬ

ハンドマッサージって気持ちいいんです。
専用の家電も発売される位に。
ソルジャークラス1st(2nd)の人も思わずあえいじゃうくらいに。

追記
天白にとって櫛田は親友ではなく幼馴染となります。
この場合の幼馴染とは限りなく恋人に近い存在の事を指します。幼馴染とは……??


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コミュ力おばけと天才少女

Q.なんで坂柳あんなことになってるの?
A.攻撃的な性格を形勢した根幹である身体のコンプレックスが解消されたので。急にやれることいっぱいになって困惑してるところに奉仕種族に目をつけられて懐柔された。心の弱みにつけこみやがってこの野郎……

Q.天白のベッドに寝たのか? 櫛田以外の女が……
A.中学生の時もちょくちょく天白ルームでマッサージしていたのでこれが初めてではない。でも櫛田はその後に転げ回ってマーキングし直す。なので問題ない。

今回冒頭に特殊タグを使用しているので、スマホから閲覧している方はダークモードに設定していると一部が見えなくなるかも知れません。ご注意を。

高評価、感想ありがとうございます。日々の生活もお陰様でストレス無く過ごせるようになりました。


 

 

 

 坂柳有栖が天白百合の『親友』となった。

 その情報は即座に櫛田と堀北へと拡散された

 

〇△中学仲良し部♡

 

今日

 

既読2
というわけで有栖ちゃんと親友になった。ぶい

 

は?

 

こちらベルフラワー。これより対象の尋問に入る

 

 

 この後に部屋に飛び込んできた櫛田による尋問(全身擽りの刑)により何があったかを洗いざらい吐かされ、櫛田は次の日早速坂柳にコンタクトを取った。親友になった。

 ……? なんだか時が飛んだような気がするが、その時の会話はこうだ。

 

「坂柳さん!」

「あら、櫛田さん。どうされました?」

「百合の親友になったって聞いたんだけど……ホント?」

「っ……え、ええ。確かに昨日、百合さんとはお互いに『親友』であると認識し合いましたが」

「そっかぁ……じゃ、私とも親友だね!」

「……え?」

「百合の親友なら、私とも親友だよ! 名前で呼んでいい?」

「は、はあ……構いませんが……」

「やった! じゃあ私も名前で呼んでよ、有栖ちゃん!」

「えっと……桔梗、さん」

「よろしくね! 有栖ちゃん!」

 

 ざっとこんなもんである。

 友達の友達は友達理論の応用編、幼馴染の親友は親友というわけだ。実に完璧な理論だ。人はこれを暴論という。

 

 坂柳も坂柳で最初は戸惑ったものの、落ち着いて考えれば昨日に引き続き二人目の親友ゲットとなる。

 二人も親友が出来てしまいました……と気分はウキウキになっていた。コンプレックスが解消された彼女は現在存分に高校生活をエンジョイするつもりだった。

 

 そんな一幕はあったものの、翌日の授業を無事に終えた後三人――天白、櫛田、坂柳はカラオケボックスへと訪れていた。

 一人のスキンヘッドの男子生徒を連れて。

 

「……なあ、非常に気まずいんだが」

「……? なんで?」

「いやなぜって……男一人に女三人だからな……」

 

 集団で行動するとき、男女比に差がある場合は少ない方が気まずい思いする。複数対一なんてことになったら目も当てられない。

 世の中には異性を侍らしふははと笑う豪の者が居るらしいが、少なくともこの男子生徒――Aクラスの葛城康平は普通に気まずかった。

 しかも共にいる女性が自分のクラスでアイドル扱いされている美少女三人組である。既にこの三人と共に出かけた事はAクラス内に知られてしまっているため、明日の葛城の命に保証はない。

 まあ気まずい思いをしている理由は、この三人とよりにもよってカラオケなんていう密室に来てしまったからなのだが。

 

「ふふ、そんなに緊張しないでください。我々は同じクラスの仲間なのですから」

「そうだよ! それに友達なんだし!」

「緊張というよりは、明日俺が無事でいられるかという心配が……いや、なんでもない。話を始めよう」

 

 そう言って葛城は、膝の上で手を組み、真剣な表情を作る。

 合わせて天白、櫛田、坂柳も先程の緩やかな空気を引っ込め、まじめな空気を醸し始めた。

 

「それで、今回は櫛田からの報告と、坂柳からの提案があるとの事だが……間違いないか?」

「うん」

「ええ」

 

 さて、この四人は何故集まっているのかというと、要はクラスの役員会議である。

 入学式からすでに二週間程経過し、高度育成高等学校の環境にも徐々に慣れが出始めてきた。

 集団で活動する以上先頭に立つリーダーが産まれるものであり、それがこの四人なのである。

 四人で先頭に立つという方式は、櫛田が発案したものだ。当初は葛城と坂柳の二人が集団の長として頭角を現していたが、このままでは勢力が二極化し分割されてしまうと危惧した櫛田が折衷案を出した。クラスの方針等を決める場合はこの四人で意見を纏め、クラスで採決を取るという議会制を提案したのである。

 この方法は堅実で柔軟な集団の運用が可能であるが、迅速な意思決定と意思伝達に難がある。……はずだった。

 

 迅速な意思決定? 坂柳と葛城の意見がぶつかろうと櫛田と天白がすぐに落としどころを見つけられる。

 末端までの意思伝達が遅い? 櫛田の手にかかれば秒で終わる。

 

 こうして一長一短だったはずの議会制は、櫛田という全方位コミュニケーションモンスターの参入によってデメリットが無くなってしまったのだ。

 

 というわけで、この役員会議も第二回である。ちなみに第一回は喫茶店にて行われた。

 その時はただの自己紹介だけだったが、今回は話の内容が内容なので、こうしてカラオケにやってきていたわけだ。最初に会議場所として提案した時に葛城は思いっきり苦虫を嚙み潰したような表情をしていたが。

 

「じゃあまずは私から報告するねっ! Sシステムについてなんだけど、毎月振り込まれるポイントが10万ポイントとは限らないんじゃないかなって」

 

 櫛田がぴょこりと手を上げ、つらつらと報告事項を述べる。それに驚きを見せたのは天白のみであり、坂柳は知っていたと言わんばかりに無反応。葛城は、ついと眉を動かすのみであった。

 

「あれ、結構重大な情報だと思ったんだけど。あんまり驚いてない?」

「ええ、まあそうだろうと言うことは気づいていました」

「俺もなんとなくではあるがおかしいとは感じていた。櫛田、根拠を聞かせてもらえるか?」

 

 あまり良い反応が貰えなかったものの、天白は目を思いっきり開いて驚いていた。びっくりしちゃったのである。

 櫛田は良いものが見れたと思い、内心で内なる櫛田もガッツポーズを天高く掲げている。

 が、そんなことはおくびにも出さずにその根拠を並べ立て始めた。

 

「まず、最初の説明の時、先生は毎月1日に振り込まれるって言ってたけど、その金額については言及してなかったよね? 普通に考えれば同じ10万円だと考えると思う」

 

 天白はそう考えていた。びっくりである。

 

「でも、ここって実力を評価する学校なんだよね? 最初に10万ポイントを貰えたのは、ここに入学出来た時点での評価でそれだけの価値があるって判断されただけで、その後もそれが続くとは考えにくいなって」

「それだけでは根拠が薄いように思えるが?」

「もちろん他にもあるよ! 二人も見たと思うけど、ここって無料の商品が結構あるよね。しかも、生活に最低限必要になる衣、食と消耗品類。ポイントが無くなっちゃっても暮らせるのは便利だけど……毎月10万円支給されるなら、それはおかしいなって思った。だって、明らかに一人二人分じゃない量の無料商品だったし」

 

 天白は「わぁ、無料の商品がいっぱいある。お得だなぁ」と呑気に考えていた。そもそも、櫛田と堀北が入学するので着いてきただけで、高度育成高等学校が実力者を養成するための学校であるとほとんど認識していなかった。なんだこいつ。舐めてんのか。

 

「だから、毎月支給されるプラベートポイントについては減額される事があると思うの」

「その通りだと思います。付け加えるのならば、その減額については評価がキーになるでしょう。学生の実力と聞いてまず出てくるのは試験ですから、中間や期末試験の結果で支払額が変わるのかも知れません」

「ああ。俺もそれには同意する。あとは、室内に監視カメラがあるのが気になるな。たまに居眠りしている生徒が居ると、教師が何かメモを取っていた。恐らくだが、授業態度も評価対象なんじゃないか?」

 

 そんな三人の会話を、天白は「ほえ~」と関心しながら聞いていた。

 だが、天白だって馬鹿じゃない。進学先を『親友と幼馴染が行くから』というぺろぺろな舐め腐った考えをもっていたが、それでも難関と呼ばれるこの高校に入学出来ているのだ。

 

「……その評価は、個人に対して? それとも、クラスに対して?」

 

 個人の評価であれば別にいい。授業は真面目に受けているし、遅刻欠席も無い。テストについては勉強すればなんとかなる。堀北や坂柳に教えてもらうことも出来るのだし。

 が、それがクラス単位での評価となると話が変わる。

 

「……実力の評価というなら、たしかに、学力が一番目立つ。けど、それ以外に評価項目は、必ずある」

「身体能力とかか?」

「……それもそう。けど、この学校は実力で生徒を評価する。何のために? 社会に貢献できる実力ある生徒を輩出する為。じゃあ、社会に出て必要な実力って?」

「……ああ、そういう事ですか」

 

 坂柳は、天白が何を言いたいのかを察したようで、ふむと頷いていた。櫛田と葛城は意図を察せておらず、首を傾げて考えている。

 そんな二人を見て、天白は隣に座った櫛田を抱き寄せた。

 

「わっ」

「……桔梗ちゃんのような、コミュニケーション能力。チームワークを円滑に進める為の、調和の力。集団を動かす、あるいは操る能力。勉強ばっかりで、他者との連携や交流を軽んじるワンマンな人間を、実力者とは言えないと思う」

「つまり、実力の評価は個人ではなくクラス単位で行われるということか?」

「……確証は無い。けど、想定しておいて損は無い。集団をどう纏めるか、そういう評価項目も、あると考えるのが良い」

 

 天白がこの事に気づけたのは、その最たる者である櫛田の側にずっと居たからだ。個の力も重要だが、束ねる力はより大きな事を達成するために必要不可欠だと考えている。

 

 葛城はなるほど、と納得したようだ。

 櫛田については天白に抱き寄せられた事を良いことにあれこれ甘えてしまいたい所だが、坂柳はまだしも葛城も居るため我慢して匂いをすんすんと嗅ぐだけに納めていた。それは我慢できているのか?

 

「分かった。ならば、明日にでもAクラス全体に周知しておこう。居眠りをして評価を下げられてはたまらないからな」

「ええ。幸いAクラスの人達は皆真面目に授業を受けておりますので、そこまで大げさに注意をしなくても大丈夫だと思います」

 

 そう言って、坂柳と葛城の両名は対応を確認しあった。

 そこで「あ」と櫛田が声を上げる。もぞもぞと体勢を変え、惜しいが、非常に惜しいが天白の身体から離れてそういえばと話し始めた。

 

「あのね、このことに気づいたのが、Dクラスにいる同じ中学の子と話してたときなんだ。それで、Dクラスは授業態度が酷いって愚痴ってたんだけど……」

「酷い、ですか?」

「うん。無断遅刻欠席は当たり前。授業中に携帯いじったり大声で話したり、別の事してたりって無法地帯になってるみたい」

 

 その事を話していた堀北はほとほと呆れ果てており、櫛田も流石に同情した。自分がその環境にいたらストレスが溜まるどころの騒ぎではないだろう。天白がいなければ血管がブチギレて死んでしまうかもしれない。

 堀北も一応、それとなく注意をしたりクラスの中心となった男子生徒に伝えたりしてみたものの、一向に改善出来ていないそうだ。今はもう諦めている。

 

「……そんな状況で、教師が注意をしないの?」

「しないんだって。鈴音も呆れてたよ。教師に対しても」

 

 高度育成高等学校は難関校なはずなのだが、そこに合格しているのにも関わらず授業態度が良くないということは、やはり評価項目は学力だけでないということだろうかと天白は思案する。

 

「取り敢えずは、様子見だな。櫛田、よければ他のクラスの動向について今後も調べて貰っていいか? もちろん、交友関係に影響が出るような事はしなくていい」

「うん、わかった! 百合と一緒に色々と相談に乗ったりしてみるね!」

 

 ひとまずは、そういう事になった。

 まだ情報が全然足りないので、そこを集めるところから始めなければならない。その点では、櫛田は適任だ。

 

「それで、坂柳の提案についてだが」

「ええ、これは先程の事にも関連してきます」

 

 櫛田の報告から始まった一連の話に区切りが付き、今度は坂柳のターンになった。

 坂柳はふふんと得意げにどや顔を晒すと、自信たっぷりにこう言ってのけた。

 

「百合さんのマッサージの手腕は素晴らしい物です。なので、事業としてAクラスで投資をしませんか?」

 

 あまりにも自信たっぷりなものだから葛城も何を言ってくるんだと警戒していたのだが、投じられたボールは大リーグボールも真っ青の魔球だった。

 聞いた内容を頭の中で反芻し、嚙み砕こうとして眉間を揉む姿は苦労人な中間管理職の貫禄を醸していた。高校一年生なのだが。

 

「……すまん、なんだって?」

 

 どうやら噛み砕けなかったようだ。

 このような劇物を噛み砕いて飲み込めというのも無理な話なので、仕方ないとは思う。

 先程の提案には何もかもが足りないのだ。理由も根拠も目的も。そして一番分からないのはクラスメイトのマッサージに投資するという手段。いくら葛城が優秀な生徒とはいえ流石にこれは噛み砕けない。チタン製の歯とワニ並みの嚙む力が――圧倒的な理解力が無いかぎり。

 というかあの情報だけで理解できるのはもはや超能力者だろう。

 

 尚、櫛田は当たり前のように理解してうむうむと頷いていた。天白に関わる事ならば世界一であるという自負があるため。

 

 葛城が困惑していると、坂柳は「仕方ないですね……」とやれやれと首を振って呆れたように説明を始めた。

 葛城、君は怒っていい。

 

「いいですか? 桔梗さんが築いたコミュニティは、それだけで値千金の物です。しかし、友人だからといって得られる情報には程度があります。例えば悩みなどがそうですね。桔梗さんであればお悩み相談といった形を取る事も出来ますが、彼女にはネットワークの窓口となって頂きたいので、一人にかかりきりになる事は出来ません」

「それは理解できるが、マッサージとは何の関係があるんだ?」

「マッサージは手段でしかありませんが、百合さんの施すそれは非常にリラックス効果が高いのです。そして彼女が語り掛ければ、愚痴という形で深い情報を得られる可能性が高い」

「いや、流石に不確か過ぎないか……?」

「もちろん他にメリットもあります。どちらかというと情報の収集は副次的な効果ですね。葛城くんは真嶋先生の言った事を覚えていますか? あの人は『この学園において、ポイントで買えないものはない』と仰っていました。それは、物品に限らないということだと私は推測しています」

「……! そうか、天白によるマッサージを事業として行えば、プライベートポイントを貯める事が出来るということだな?」

「そういうことです」

 

 坂柳の計画としてはこうだ。

 まず櫛田が友達を作りまくり、天白セラピーを紹介する。天白は代金としてプライベートポイントを受け取り、悩み相談の形で情報を収集する。

 坂柳視点では、値段設定をそこそこ高めにしても問題ないと考えている。一回1万ポイントにしたとしても客は付くだろう。それであれば月に二十人施せば二十万ポイント。天白の手腕次第でさらに稼ぐことも可能だ。そこに他クラスの情報がついてくるとなれば、その効果は計り知れない。

 

 効果については理解した。だが、葛城にはまだ納得できない事があった。

 

「ふむ……天白のマッサージの腕というのは、それほどの集客が見込めるものなのか? あいにくそういう事には疎くてな、どうも繁盛するイメージが沸かん」

 

 葛城としては、その天白セラピー商業化に勝算はあると思っていた。櫛田の集客力があれば、客には困らないだろうという判断だ。ただ、ネックになるのは天白の腕だ。いくら客が付こうと、腕が悪ければ客足は遠のく。生徒という限りあるパイで採算をとるにはリピート客は必須となる。

 それを懸念しての言葉だったが、坂柳は待ってましたとばかりに天白にアイコンタクトを飛ばした。

 

「百合さん、葛城くんに『アレ』をしてもらえますか?」

「……あー、なるほど。分かった」

 

 天白はこの会議に来る前に、坂柳にある物を持ってくるように言われていた。その意図を把握して鞄からあるものを取り戻した。

 

「……それはなんだ?」

「……マッサージオイル」

 

 小瓶に入れられた、琥珀色の液体。

 それは、先日天白が坂柳にハンドマッサージを施した時に使用したマッサージオイルだった。

 

「葛城くんには、この場で百合さんの力量を体感してもらいます。それが十分なものであると感じられたのであれば、文句はないでしょう?」

「ふっ……。なるほどな。分かった。天白、頼めるか?」

「……任せてほしい」

 

 葛城は笑みを零し右腕を差し出した。その腕を天白は取り、にぎにぎと軽く触れて力加減の調節を行う。

 

(小さな手だな……。それに、妙に温かい。平熱が高いのか?)

 

 葛城康平、15歳。恋愛等の女性経験については謎に包まれているが、年近い妹が居る事もあり、女子に手を握られた程度で顔を赤くする等という初心な心は持ち合わせてはいない。

 坂柳が絶賛するその手腕、見せて貰おうじゃないかと挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「ああ、それと……」

 

 坂柳が、微笑みながら。

 

「余計な事は、考えないようにしてくださいね?」

 

 坂柳は微笑んでいながら目は笑っていなかった。邪な考えが過った瞬間に何をされるか分からない。

 視線を横に向けてみれば、櫛田はニコニコとした表情で端末――連絡ツールにもなる学生証――を弄っていた。彼女の指先一つで、葛城の評判は即座に地に墜ちることだろう。

 

 葛城は心を無にすることに決めた。

 

 尚、そのマッサージは思わず葛城が悶えてしまう程のものだった。

 

 

 

 

 

 

 葛城の承認を取り付け、それきり夢遊病患者の様になってしまった彼と別れた三人は、そのまま商業施設をぶらついていた。

 途中、「行ってみたいところがあるんです」と申し出た坂柳に連れてこられたのはなんと公衆浴場。所謂銭湯であった。

 

「入浴の制限がなくなりましたので、一度どなたかと一緒に来てみたかったのです」

 

 受付を済ませ、脱衣所で衣服を脱いでいる坂柳はニコニコと楽しげな笑みを浮かべている。

 

 銭湯の広さはスーパー銭湯というよりも普通の銭湯と同じ程度。日替わり温泉、ジャグジー、水風呂にサウナと種類はそう多くない。

 風呂以外の設備についても、垢すりやエステ等は無く、完全に入浴専門の銭湯だ。

 尚、風呂場の壁に富士山の絵は描いていなかったので坂柳的にはちょっと残念だった。

 

 服を脱ぎ終え浴場に入ると、幸いなことに他の客は居ないようだった。まあ、肌がすべすべになる温泉だとかサウナが充実しているとかではない、ただのでっかい風呂であれば、若い女性の利用率はそれほど高くないだろう。

 

 ともあれ、坂柳は友人――それも親友だ――二人と未知の体験が出来るとワクワクである。中の施設を見てこれはどのような原理で動いているのかとおめめキラキラで各所を見て回っていた。

 

「有栖ちゃん、あまりウロウロすると危ないよ!」

 

 客が居ないことを良いことに好き放題調べ回っている坂柳の元にそれはやってきた。

 

 歩くたびに揺れる二つの双丘。中に水でも詰まってんのかというレベルで盛りあがったそれは、櫛田の動きに合わせてたゆんたゆんとその質量を震わせていた。

 坂柳の身体も震えた。

 

(デッッッッ…………か………)

 

 書類表記上はDとなっているはずの櫛田バストは、坂柳をして『これは勝てない』という敗北感を植え付けた。ええい、櫛田の胸は化け物か!

 

「あれ? 有栖ちゃんどうしたの??」

「なんでも……ありません……」

 

 視線を下げれば、そこに見えるのは自身の足先。Aクラス(の胸)がDクラス(の胸)に敗北をした瞬間であった。

 尚、この学校には櫛田以上のおばけバストを持つ怪物が居ることを坂柳はまだ知らない。

 

「まずは身体を洗おうね。他にお客さん居ないからかけ湯だけでもいいけど、せっかくだから綺麗になってから楽しもう!」

「はい……」

 

 愕然とした表情で櫛田に言われるがまま洗い場に向かい、椅子にぺたりと腰を下ろした坂柳。櫛田はなんで? と首を傾げながらも、テキパキと準備を始める。

 施設によってはシャンプーやボディーソープは持ち込み式である事もあるが、この銭湯は備え付けの物があったので、それらを坂柳の手元に置いてあげてから、櫛田も隣に座って身体を洗い始めた。

 

 バスタオルを取った事で顕になった怪物を横目で見てしまい、坂柳の目から更に光が失われた。

 

 なんとか気を取り直して身体を洗おうとするが、はて、目の前のこれはどうやって使うのだろう。

 蛇口の根本についていたボタンを押して見ると、シャワーノズルではなく蛇口の方から勢いよくお湯が排出され始めた。しかも割りと熱いやつが。

 

「あつっ……あれ? と、止まりません……」

 

 カコカコとボタンを数度プッシュしてみるも、お湯がダバダバと溢れ出してくる。すぐ真横に温度調節の物があったことに気づき、熱さはなんとかなったもののシャワーに切り替わらない。

 今度は温度調節のつまみとは反対側に着いていたレバーを引いた。すごい勢いでシャワーが吹き出した。油断していたので思いっきり被った。

 

「……貸して」

 

 思い通りにいかないシャワーに悪戦苦闘をしていると、ふいに真後ろから声がかけられた。

 この妙に身体がふわふわする声は天白である。

 天白はさっとシャワーを手に取ると、更に温度を調整した上でこういった。

 

「……やってあげる。目はつぶってて?」

「え? あ、はい」

 

 坂柳が目をつぶった事を確認すると、吹き出すお湯を直接頭皮に当てないように、手を盾にしながら天白はお湯をかけ始めた。

 十分に濡らした後で、今度はシャンプーを手に取り、手のひらで泡立たせてからそっと坂柳の頭に触れた。

 

 爪を立てないように、指の腹で優しく揉むようにして坂柳の頭を洗っていく。

 天白セラピー術その二、ヘッドスパの開幕である。

 

「あぁ~……気持ちいです……」

「……こうして頭をマッサージしてあげると、目の疲れにも効く」

「あー、いいなあ。百合、後で私にもやって!」

「もちろん」

「やったぁ」

 

 その後、リンスまでしてもらった坂柳の髪はより一層輝きを増していた。

 身体まで洗おうとしてきたので、流石にそれは固辞したが。ボディタオルがあるならまだしも、素手で地肌を直接洗ってもらうのは恥ずかしすぎるので。しかもこの奉仕種族は普通に前の方も洗ってきそうである。

 

 尚、櫛田は普通に身体も洗ってもらっていた。もちろん前の方も。恋人同士だってもう少し節度あるだろ。

 坂柳はその様子を見て幼馴染ってすごいと間違った知識を深めながら、やっぱ自分もしてもらえば良かったかなと少し後悔したのだった。

 




冒頭のLINEグループ風の特殊タグについてはSunGenuin(佐藤)様のデザイン紹介を参考にさせていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

次回はいよいよ孤高ちゃんのターンになります。でも桔梗ちゃんともイチャコラさせたいので順番が変更になるかもしれません。

アニメでたまに見返してますが、いつ見ても櫛田バストがでっかくてすごい。このバストでDは無理でしょ


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カルテ:堀北鈴音①

Q.天白が男性と接触するのを櫛田が許すもんじゃろか……
A.ハンドマッサージまでなら許可。中学生の時にも恐らくやってます。でもそのあとすぐ櫛田にマーキングし直される。

ここ好き機能を見るようになったのですが、読んでくれた方がどういう部分をいいと思ってくれたのかがわかって面白いですね。
一番多かったのが父親共が後方腕組みしてるとこでした。まさかの人気でびっくりです。

高評価、感想本当にありがとうございます。たいへん励みになっております。

※誤字報告ありがとうございます。なんであいつらって潰しても潰しても出てくるの……?怪異??


 

 

 

 天白マッサージ店の開業については、スムーズにクラス内にて可決された。特に女子からの圧倒的な支持があったことが大きい。

 坂柳、櫛田が熱烈にプレゼンする――特に、櫛田程の美少女が美容の秘訣とまで言ってのけた為――事で女子生徒の心を掴んだのだ。

 

 その後、坂柳、葛城、天白、櫛田の四名で担任である真嶋へと相談し、彼は面白いことを考えるなと苦笑しながらも許可を出した。

 当然、学生として風紀が乱れないようにと念を押して。

 

 しかし、話はそこで終わりではなかった。

 

 真嶋への相談は職員室で行われたのだが、それを聞きつけたDクラスの担任、茶柱教師が声をかけてきたのだ。

 曰く、どれほどの実力があるのか見せてみろと。それによってはこちらも部屋を用意したり道具の斡旋など便宜を測っても構わないと。

 

 なんでDクラスの担任が出しゃばってくるんだと思うが、この茶柱、実は大のマッサージ好きである。たまの休日に学園敷地外にあるサロンへと通う位には口うるさかった。教職とはストレスが溜まるものである。

 他クラスの事情には口を出すまいと思っていたが、生徒がマッサージ店を始めるというのだ。口を挟まない訳にはいかない。

 素直に言えば、最近ちょっとマンネリ化してきたので、真嶋が絶賛する坂柳がこれでもかとプレゼンを行っていたマッサージに興味をもったのだ。なにそれ私も受けてみたい。完全に職権乱用である。

 

 別室へと移った七人は(何故かBクラス担任の星ノ宮教師までついてきた)、まずは真嶋へと葛城にしたようにハンドマッサージを施した。

 その時の様子は以下の通りである。

 

『な、なにっ……!? なんだこれは、なんなのだ!?』

『……真嶋先生、右腕が凄い凝ってる。こことか、こことか』

『ぐうっ……! こ、これはすごい……なんて威力だ……!』

 

 その様子に教師陣は爆笑していた。葛城に関しては「分かるってばよ……」と真嶋を襲う衝撃に理解を示して頷いている。コリの感じにくい若者である葛城ですら施術後はフラフラになっていたのだ。疲れの溜まりやすい大人ともなれば、その効果の大きさは比べるまでもないだろう。

 坂柳と櫛田は当然とばかりに後方腕組待機をしていたが、もはや何も言うまい。

 

 さて、息も絶え絶えで『俺の腕が……生まれ変わった……』と感動している真嶋をよそに、今度は笑い過ぎで過呼吸を起こしかけていた教師二名、茶柱と星ノ宮の番だ。笑ってられるのも今のうちだぜ、と真嶋は内心で暗い笑みを浮かべている。

 

「悪いが、私はマッサージをされなれているからな。私の査定は厳しいぞ?」

 

 と堂々とドヤ顔晒していた茶柱も、数分後には

 

「馬鹿な……この私が、くぅっ……溶けるッ! 体が……溶けていく……!」

 

 と散々な醜態を晒していた。真嶋もほれみたことかとほくそ笑んでいた。

 ちなみに、真嶋と違い、茶柱は肩と首も施術されている。茶柱の挑戦的な言葉に「望むところ」と少し本気を出してしまった。

 

 そんなわけで茶柱も施術後には

 

「負けたよ……完敗だ。天白、お前は天才だ」

 

 と大絶賛していた。やったぜ。

 

 ところで、あと一人残っているな?

 きらんと目を光らせた天白が振り向くと、茶柱が悶絶していたあたりからだんだんと言葉少なくなっていった星ノ宮が冷や汗を聞かながら「ひっ」と短く悲鳴を上げた。

 

「あ、あはは~……わ、私はいいかな! うん!」

 

 そう言って回れ右。そそくさと逃げ出そうとするがそうは行かない。

 がっしりとその肩を掴む手が二つあった。

 

「そう言うな知恵。お前も受けてみると良い……トぶぞ?」

「ああ。俺達が受けたんだから、お前も受けるべきだ」

 

 幽鬼の如くゆらりと逃走を阻止したのは、茶柱と真嶋だ。自分らが痴態を晒したというのに、どうして一人だけ逃げ出そうというのか。我々は高校から共に過ごした仲間じゃないか。赤信号皆で渡れば怖くない。さあ一緒にマッサージを受けよう。ニゲラレルトオモウナヨ……。

 

 恐る恐ると振り返ると、ぺた、ぺたとゆっくりとした足取りで両手をワキワキさせながら近づいてくる天白が視界に入った。ホラーかな?

 

「ひっ……い、いや……! 来ないで! 私はまだ若いから!! コリとか無いから!!」

 

 嘘である。この星ノ宮、つい先日も肩が凝ったと茶柱に愚痴を零している。その時は「私も歳かしら~(笑)」と軽い感じで口にしていたが、割りと肩こりに悩まされていてそろそろ茶柱にサロンを紹介してもらおうかと真剣に悩んでいた。

 

「……大丈夫。ぜったい、気持ちよくしますから……」

「だ、だめ、ダメよ……そんな……そんな事されたら……私……っ」

 

 星ノ宮は逃げ出そうとした。しかし両肩をつかんでいる二名の手は微動だにしない。ぜったいに逃がすものかという強い意思を感じられる。

 教師陣の仲が良いようで結構である。

 

 あえなく星ノ宮も天白の手にかかることになってしまった。合掌。

 

「あっ……ダメ……! これダメ……! ダメになる……! 私、だめになっちゃうううう!!」

 

 そして彼女もダメになった。

 

 そんな一幕があり、天白マッサージ店は開業するに至った。

 さらに教師三名による手厚いバックアップもあり、運営資金等は自らで用意しなければならないが、器具や消耗品類については自分達で購入するよりも安価に卸して貰えるようになり、何よりも専用の施術室(学生寮の空き室)を確保してくれた。

 会計報告や棚卸し結果を真嶋に月イチで報告しなければならないという面倒は増えたが、それを引いても莫大な恩恵である。

 それだけではない。この一件が伝わったのか、学生だけでなく教師陣も天白マッサージ店に興味を示したのだ。

 これにより、想定顧客層が学生だけから教師、ひいては他職員まで手が伸びるようになった。

 

 それの何が大きいかというと、単純に、学生よりも大人の方がリピート率が高いのだ。それに手に入る情報も、教師はめったに口を割らないだろうが、わずかでも手に入るのであれば大きな物となる。これには坂柳も望外の僥倖と驚くと共に「流石は百合さんです」とご満悦な表情だ。

 唯一櫛田は、天白との時間が少なくなると不満があったのだが、その分自分が得た成果で天白が活躍するというある種の共同作業という事に気づいてからはより一層精力的に友達づくりに励むようになった。

 

 そして迎えた五月一日。

 Aクラスとしては事前に聞いていたので予想通りではあったが、支給されたポイントが10万ポイントではないという事と、クラスポイントというSシステムの隠されていた事実、そして希望する進路への進学・就職が100%というのは、Aクラスで卒業した者のみという衝撃の事実に少なくない動揺が一年生全員に走ったが、それはまた別の機会に話すこととする。

 

 この日はその他にもイベントがあった。

 天白マッサージ店、オープン日である。

 

 事前に櫛田ネットワークによって告知をしており、案の定予約が殺到した。

 料金はコースによるが、初回は割引をするという事もあり生徒だけでなく教師からも予約が入ったのだ。

 

 そして今日、記念すべきお客さん第一号となったのが――

 

「よろしくね、百合」

「……うん。任せて、鈴音ちゃん」

 

 Dクラス、堀北鈴音だった。

 

 

 

 

 

 

 堀北鈴音と天白百合の出会いは、中学一年生の時まで遡る。

 

 当時、堀北は兄である堀北学に憧れ、ちょこちょこと雛鳥のようにずっと後をつける程に他者が眼中に入っていなかった。

 小学校四年生の時に兄が卒業してから、三年ぶりに同じ学校に通えると期待していた堀北は、その兄から突き放された事で非常に精神が不安定になっていた。

 

 どうして兄さんは私に冷たくするのだろう。

 なぜ、私を見てくれないのだろう。

 

 これまでも、言葉少なく不器用ながらも兄として可愛がってくれていた彼の豹変に、次第に堀北は兄に振り向いてもらう為に形振り構わないようになっていく。

 友達なんていらない。時間の無駄だから。

 幼稚園の頃から筋金入りのブラコンだった堀北は、これまでも交友関係は0だった。話しかければ答えはするものの、放課後誰かと遊びにいったりは全くと行っていいほど無かったのだ。だって兄さんがいればそれでいいので。

 

 そしてそれが悪い方へと転がった。

 これまで以上に他者と距離を取るようになり、思ったことはすぐに口に出て――しかも攻撃的な言葉となって――しまうため、余計に孤立をして行くことになる。

 

 本人はそれを他者に左右されない『孤高』と自負していたが、そんなものは間違いである。

 それは、はたから見れば『孤独』でしかない。

 

 その事に気づく頃には、もう誰にも信用されない。手遅れになっている――ところだった。

 

 そうはさせまいとエントリーして来たのが、ご存知コミュニケーションモンスター櫛田と、奉仕種族天白である。

 櫛田は、ちょっと難しい子かな? と感じた段階ですぐに天白へと交代し、まずは精神の安定を図った。

 結果は大成功である。

 

 まず、彼女が何か悩みを抱えている事を知り、その原因を櫛田コミュニティの集合知によって特定。彼女と同じ小学校から進学してきた子から有力な情報を入手できた。

 その後はまず堀北兄へと直談判し――こちらも時間をかけて何を考えていたのかを把握し、徐々に堀北妹の心のコリを解していった。

 

 決定的な出来事となったのが、一度堀北が高熱をだしてしまい病欠となった日だった。二人は当然お見舞いに向かい、体も心も弱った堀北が零したヘルプサインを見事に掬い取ってみせた。

 

 堀北兄が堀北を突き放していたのも、このままでは彼女が自分に依存しすぎてしまうと危惧したからだ。

 聡明だが不器用過ぎる、特に家族に対してはポンコツレベルで言葉が足りなくなる堀北兄の真意を伝え、実際に兄と会話する機会を設けた事で(これも二人が必死に説得し)堀北のメンタルは無事に回復した。

 

 その後も、堀北兄から「おもしれー女」認定された天白と櫛田が直々に「妹を頼む」と任された為、甲斐甲斐しく堀北との交流を続けていった。

 そうしていく内に、やがて三人は親友となったのである。

 

 櫛田も、最初は堀北のことをいけすかねーやつと思っていたのだが、こうも友好的に接し続けていると流石に好感度も高くなっていく。天白と自分にちょこちょことくっついて回る姿も、可愛らしいといえば可愛らしいだろう。

 堀北は目敏く賢いため、櫛田が普段猫を被っている事に気づき、それからは三人でいる時は素を出せるようになってきた。

 気負いなく本音で話すことが出来る人物は、櫛田にとっても重要なのだ。

 

 で。

 その後の堀北だが、残念ながらコミニュケーション能力はあまり改善しなかった。

 一応、話しかければ普通に応対してくれるし、頼み事をされても嫌な顔をしたり拒絶したりすることも無くなった。

 しかし、それまでの事もあって積極的に絡みに行こうと思った生徒が居なかったのである。

 コミュニケーションのサンプルが二人しか居なかったため、また、堀北の性格上思ったことをズバズバと言ってしまうため(メンタル回復後は、空気を読むようにはなったが)中学校時代の交友関係は親友2,友人0という結果にしかならなかった。

 

 堀北としてはその親友二人が何よりも大切なため、大きな問題にはしていないのだが。そういうところだぞ。

 

 そんな堀北であるが、天白のマッサージについては何度もお世話になっていた。

 堀北もストレスを抱えやすい(しかも自覚が無い)ので、彼女のリフレクソロジーは大のお気に入りだった。

 

 突然だが、推し活というものをご存知だろうか。

 簡単に言えば、自分にとって大好きな人物やキャラクターに対して、グッズを購入したりライブやイベントに参加したりと応援する活動の事である。

 このお金が○○ちゃん(あるいはくん)の助けになるならば……! と直接的・間接的に彼ら彼女らを支える行為である。

 

 何が言いたいかというと、この堀北鈴音は常々、天白のマッサージに対して金を払いたかった。私の為に貢がせろ。

 グループチャットにていち早く天白マッサージ店のオープンを知った堀北は、その場で予約を申請した。

 親友なんだからいつでも無料でやるという天白を説き伏せ、うるせえ良いから貢がせろとばかりにポイントを強引に支払ってまで予約したのだ。しかも逆友達価格で。

 堀北のDクラスは今月始めの定期支給ポイントはほとんど無かったのだが、構わない。彼女はポイントを節約していた為、懐には余裕があった。

 

 貰っちゃったからには、天白としても本気になるしかない。普段も手を抜いている訳では無いが、より一層、隅々まで完ぺきに施術してやると気合が入っていた。

 

 茶柱教師の伝手により仕入れる事の出来た紙パンツに着替えさせ、施術開始。

 ポイントもたくさん頂いたので、今回はVIPコースだ。

 

 天白マッサージ店の為に用意された、専用の部屋。その施術台に横になった堀北は、久しぶりに受ける彼女のマッサージに「あ~これこれ」とふにゃふにゃの表情になっていた。もし堀北と交流のある綾小路がその表情を見てもひと目でそうとは気づくまい。

 

 上半身の施術を終えた後は、下半身である。紙パンツも履いているし、中学生の時にも散々お世話になったのだ。今更感じる羞恥などありはしない。

 腰から臀部、太ももの付け根と天白の手が指圧をかけていく。

 

 特に臀部――腰の付け根部分、お尻のちょっと上にあるくぼみは凝りやすく、腰痛などはここの凝りからきていると言われる。

 

「……鈴音ちゃんは、お尻が小さい」

「ふふ、そうね。私もそこは自信があるわ」

「……どちらかというと、私は大きい方が好みだけど」

「…………」

「……鈴音ちゃん。腰を反らしてもお尻は大きくならない」

 

 一昔前の歌には「お尻の小さな女の子」という歌詞が含まれていたように、きゅっとしたヒップは女子の中でステータスであった。

 が、天白は違うらしかった。というより、天白の好み=櫛田なので、どうしようもない。

 

 そんな一幕がありながら、今度は太もも、ふくらはぎと足の施術である。

 こちらに関しては堀北の運動量からすると疲労は無いため、軽くオイルをなじませて血行を促進するだけにとどめた。

 

 さて、本日のメインディッシュ。堀北にとっては待望の瞬間が訪れる。

 

 それは、足つぼマッサージである。

 

「……力加減は、いつもどおり?」

「ええ、お願いするわ……」

 

 足裏にオイルを伸ばし、まずは片足と左足裏を天白の両手が狙いを定めた。

 そして、二つの親指である一点をぐっ……と押し込む。

 

「っ……! あぁ……♡」

「……大丈夫?」

「ええ、続けて頂戴……」

 

 足には反射区――いわゆる足つぼと呼ばれる、各種臓器や感覚器官と繋がっているとされる部分が数多く存在する。

 体が不調な時は、対応した足つぼを押すことで不調を和らげる事が出来るというのは周知の事実だろう。

 

 で、この足つぼだが、人によってまちまちではあるが基本的には痛い。

 痛いということはそこに対応した臓器や器官が不調という証なのだが、どれくらい痛いかというと大の大人が大騒ぎするぐらい痛い。

 大人が大騒ぎする程痛いのは、それだけ体に不調が多いからなのだが、若い学生だからって痛くないかというとそんな事はない。

 実際に櫛田も一度受けた事があるが、その時は痛すぎて泣きながら懇願するレベルで痛がっていた。天白はゾクゾクしていた。櫛田はちょっと危ない扉を開きかけた。

 

 普段やる時は天白も加減して、ちょっと痛いけど気持ちいいレベルに抑えているのだが、堀北のオーダーはなんと加減無しでやってほしいという狂気の注文だった。

 

 ぐり、ぐりと遠慮なく足つぼを刺激していく天白に、堀北はたまらず声を上げる

 

「あぁ……♡ いい、すごく、いいわよ……♡」

 

 声は声でも、悲鳴ではなく嬌声である。

 

「……ほんとに痛くないの?」

 

 もちろん痛い。痛いのだが、それが良いという。

 

「ええ……♡ 百合が痛みを与えてくれるから……私は堀北鈴音でいられるのよ……♡」

 

 だいぶやべーやつだった。

 基本的にプライド高い堀北はこんな姿を見せるのは親友の中でも天白だけだ。

 それほど信頼されてるとはいえ、普通は見せられても困るだけなのだが、天白は貴女がそう望むならと何も言わずに希望を叶えていく。

 そういうところが、堀北から信頼されるようになった要因なのだろうが。

 

 なんでこんな事になっているかというと、正直才能の一言で片付けてしまって触れたくないのだが、一応原因は存在する。

 堀北鈴音は一度心折られた。直接的な暴力こそ無かったものの、慕っていた兄に突き放された事で心に強い痛みを覚えた。

 それが天白と櫛田によって兄との関係が元に、いやこれまで以上に改善されたことに、堀北は強い安心感と、幸福を感じたのだ。

 

 ここからが問題だ。

 なんとその痛みと安心、幸福感の振れ幅で恐ろしい化学反応が産まれてしまい、堀北は心許した人間から痛みを与えられる事に幸福――快感を覚えるようになってしまったのである。

 どうしてこうなった。

 

 一応付け加えておくが、足つぼは痛ければ痛いほどいいというのは間違っている。痛いのを我慢してやりすぎると逆に体調が悪化する事もある。痛気持ちいい程度が最適な圧の強さなので、自分でやるときは注意しよう。また、マッサージ店に訪れたときは我慢しないで痛すぎるときはきちんと声にするように。天白との約束だ。

 

 堀北へのこの地獄の痛み(本人は悦んでいるが)についても、実は堀北が気づかないように天白が神業的な手腕で痛みだけを引き出している。なんという才能の無駄遣いだろうか。

 

 堀北にとっては至福の、他人から見ればドン引きな施術が終わり、老廃物の排出を促すため渡されたペットボトルから水を一口飲むと、堀北はぽつりと呟いた。

 

「百合は……変わらないのね」

「……?? 何が?」

 

 染み染みと零したその声には、安堵と困惑と、そして諦めのような色が乗っているように天白は感じた。

 

「Sシステムの件よ。……今日、茶柱先生は言っていたわ。私達は一年の中でも落ちこぼれだって。この学校では、Aクラスが最も優秀な生徒が集まり、Dクラスはその逆……」

「…………」

 

 堀北としては何故自分がDクラスなのかと騒ぎ立てたい気持ちもあったが、心のどこか冷静な部分で原因は理解していた。

 中学生の頃の、社会性の低さ。これが査定に響いたのだろうと。

 だとしたら同クラスの平田洋介等もAクラスに所属していないとおかしい気がするので、他の要因もあるはずなのだが、今分かる中で最も思い当たる部分がそれなのだ。

 

 まあ、それは良い。いや良くはないが、評価などこれからいくらでも巻き返せる。

 幸いにして、先の平田のようにDクラスにも優秀な人間は何人か存在している。自分も自惚れなくクラスの中では能力を持っているという自負もある。クラスポイントを貯めてAクラスにまで昇り詰めるという事も、クラス一丸となって行えば不可能ではないと今は思える。

 だが、それが問題だった。

 

「私は、貴女達と……百合とも、桔梗とも争いたくないのよ……」

 

 クラス間で争うという事は、必然的に天白と櫛田と敵対することになる。それが堀北にはどうしても嫌だった。

 

「ねえ百合……私、どうしたらいいのかしら……」

 

 苦悶の声だった。

 天白は腕を組んで目を閉じ、そして――よし、と頷いてから堀北を抱きしめた。

 

「……クラスが変わるのは、クラスポイントで勝る以外にも方法がある」

「え……?」

 

 初耳の情報だった。

 堀北は目を見開き、顔を上げる。天白のアクアマリンの瞳と視線を交わった。

 

「……2000万プライベートポイント。それがあれば、生徒一人のクラスを移す事が出来ると、真嶋先生が言っていた」

 

 坂柳が言っていた、この学園では物理的なもの以外もポイントを払えば購入できるという推測を聞いて、天白と櫛田は一度真嶋へと問い合わせた事があった。

 生徒のクラスを異動する権利は、いくらで買えますかと。

 真嶋は驚いていたが、しばしの黙考の後にこう答えた。「2000万プライベートポイントを学校に支払えば可能だ」と。

 

「……今日から開くこのマッサージ事業。平均で一日に五人やるとして、二十日で100万ポイントの稼ぎになる。これだけでも、二年生の時には誰か一人をAクラスに異動させることが可能」

 

 天白と櫛田は、その権利を使って堀北を同じクラスにしようと画策していたのだ。

 それを聞いた堀北は、きゅうと胸が締め付けられるような気持ちになりながらも――首を横に振った。

 

「貴女達の気持ちはすごく嬉しいわ……ええ、本当に……。泣きたくなるくらいに、嬉しい。でも、ダメなのよ」

「……ダメ、とは?」

 

 堀北がDクラスに入れられたのは、過去の行いが巡ってきた結果だ。

 かつて自分を救ってくれた相手に、その尻拭いまでさせるというのか?

 そんなことは、堀北のプライドが許さなかった。

 

「それに、今のクラスも見捨てられないのよ……」

 

 Dクラスは問題児が集まっているが、いい所を探せば意外と見つかるものだ。

 正直男子については見捨てたい気持ちもあるが、特に櫛田が来るたびにいやらしい目を向けていた連中は。だが、彼らですらいい所は存在する。

 

「だから、私は自力で貴女達のクラスに辿り着いてみせるわ。もちろん、今のクラスを裏切るような事はせず、正々堂々と」

「……それは、かなり厳しい道になると思うよ?」

「構わないわ。むしろ望むところよ。だって、そうでもなければ貴女達の隣に胸を張って立てないでしょう?」

 

 ニヤリと口角を上げた堀北の瞳は、意思の強さを表すように瞬いていた。

 

「……じゃあ、わたし達は待ってる。だから、早く昇っておいで」

「そこまで待たせないわ。絶対に、卒業までに貴女達と同じクラスになってみせる」

 

 二人は手を取り合い、改めて誓い合ったのだった。

 ここを共に卒業しよう、と。

 




堀北の方針について最後まで迷ったのですが、こういう形になりました。
今後は普通にクラス対抗戦をこなしつつ、自力で2000万ポイントの獲得を目指す様になっていくでしょう。

尚、本小説は日常の話をメインでやっていくので特別試験の内容とかは軽く触れる程度でスキップすると思います。
何故って?
耳かきでイクとか頭悪い事書いてる作者が頭脳戦を書けるとお思いですか??

頭を空っぽにして読んでください。
私も頭を空っぽにして書いてます。


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カルテ:櫛田桔梗③

――なんでこんな話を書こうと思ったんですか?

百合好きの獣「挑戦……でしょうか」

――挑戦、ですか?

百合好きの獣「はい。どこまでやれるのか。マッサージという手段であればなんでも許されるのか、どこまでがセーフなのか。そういったギリギリに身を置くことで、自分が満たされるような気がするんです」

――そうですか。この話を書いている時に、何か失敗等はありましたか?

百合好きの獣「そうですね……。実は、マッサージの部分を書いている時に最初は首筋舐めと耳責めと背中を撫でるよくばりセットにしてたんですけど、書き終わって見直してみたら……アウトかなぁって(笑)」

――ありがとうございました。死んでください。

※読めなくなったていたら察してください


 

 

 

「あーーーん! 百合ぃーーー! 疲れたよぉーーーー!」

「……よしよし」

 

 天白の部屋に入ってくるなり飛びついてきた櫛田を、天白は優しく受け止めてその頭を撫でてあげた。

 櫛田はあまりの多幸感に昇天しかけたが、ギリギリのところで意識を繋ぐ事に成功した。失敗するとそのまま幸せそうな表情で失神する。そろそろ日常生活に支障をきたしそうだ。手を握られただけで失神してしまうかもしれない。

 

 さて、今回櫛田は相当量のストレスを貯めてきた。それは天白のハグ+頭なでなでで浄化されてきているが、ここしばらくなかったレベルでのストレスチャージだったようで完全浄化まで時間がかかるようだ。

 なぜここまでストレスを貯めたのかというと、それはDクラスに訪れた事が原因だった。

 

 櫛田は表向き面と向かっては認めはしないが、堀北の事も大切な親友だと考えている。

 坂柳との友好的な関係とは違い、堀北とはライバルというか、張り合える相手としてなのだが、彼女が困っていれば手を差し伸べてあげたいと思う程度には大切に思っている。

 

 なので、堀北から聞かされていたDクラスの男子の一部が酷いという話に、なんとか出来ないかなと思ってちょこちょこと様子を見に行っていたのだ。

 そして、今日は堀北を昼食に誘った時にちょっと問題があった。

 

「おい、今日も来たぜスゲーおっぱいでっかい子」

「くぅー、たまんねーな! それに堀北ちゃんと並んでるとこう……いい!」

 

 二人の男子が、大声で会話している。スポーツ刈りと、ちょっと気障っぽい髪型の男子だ。

 自分達の事を話しているというのは分かったが、ちょっと自分の認識に対して物申したい。

 しかも、その後も会話はどんどんヒートアップし、ちょっと筆舌に尽くしがたい卑猥な言葉まで出てきたのだ。これは酷い。

 

「……その、桔梗。ごめんなさいね、彼らも悪気があるわけではないのだけど……」

「あーうん、分かってる。……ちょっと行ってくるね」

「あ、ちょっと……」

 

 櫛田は一瞬だけ顔を伏せ、猫かぶり.exeを起動。表情に櫛田困り顔verを瞬着し、大声で話していたその男子生徒たちの元へ歩みを進めていく。

 あまりの早業に堀北も絶句をしていた。こいつ……一瞬で表情を……!

 

 これから披露しますは、櫛田流フレンドメイク術その十三~スケベな男子編~。ご覧に入れて見せましょう。

 

「ねえ、ちょっといいかな……?」

「え? あ、ああ、うん」

「ど、どうしたの……?」

 

 話しかけられた男子生徒は、先程まで話題にしていた美少女が自分たちに声を掛けてきた事に驚きと、わずかに気まずさを浮かべていた。

 

(ふぅん……一応、本人を目の前にしてそういう話はしない良識はある……。それに、自分たちの話がまずいって自覚もある。救いが無さそうなわけじゃない)

 

「あのね……さっきから聞こえてたんだけど……ちょっと、恥ずかしいなぁって思っちゃって……」

「あ、ごごごごごごめん! その、ちょっと調子に乗り過ぎてたっていうか……」

「お、俺も! 嫌な気持ちにさせちゃってごめん!」

 

 男子生徒たちは素直に謝った。それを聞いた櫛田は、もう一度猫かぶりプログラムを走らせ、今度は照れくささと驚きをブレンドした表情に切り替えて大袈裟に手ぶりをしてみせた。

 

「ううん! こっちこそ、楽しくお話してるのにごめんね! あ、私はAクラスの櫛田桔梗って言うんだ。このクラスの鈴音とは同じ中学校で、仲良しなの!」

「お、俺は山内春樹!」

「!! 俺は池寛治!」

 

 櫛田が名乗ると、まずはスポーツ刈りの男子――山内が名乗り、次いで俺も俺もと主張するように気障っぽい髪型の男子、池が自らの名を告げた。

 

(下心満載かな。この機会にお近づきになりたいっていうのが見え見え)

 

 内なる櫛田が冷静に分析するが、櫛田は全く表情を変えずに会話を継続させる。

 

「山内君に、池君だね。よろしくね! あ、良かったら連絡先交換しようよ!」

「えっ!? いやでも……櫛田、さんってAクラスだろ……?」

 

 山内は櫛田の申し出に表情をぱぁっと期待に輝かせたが、池の方は少しブレーキがかかった。

 

(山内の方は自分の欲望に素直で……池の方はちょっと理性が働く感じ)

 

「私ね、Aクラスとかそういうのを抜きにして友達をたくさん作りたいんだ! 目標は全クラスの人と友達になること! それに、Dクラスでも鈴音とはずっと親友のつもりだし……」

 

 そこで櫛田は一度視線を堀北へと向けた。堀北は少し気恥ずかしさに頬を掻いていた。

 

「だから……だめ、かなぁ……?」

 

 はい、ここで上目づかいをします。効果は抜群です。山内も池も余裕で陥落である。対あり。GG。

 こうして二人の連絡先を手に入れた櫛田は、まだ聞きたいことがあると会話を続ける。

 

「あ、ねえ。さっきの事なんだけど……どうしてああいう話をしてたの?」

「え? あ、ああいう話って……?」

「そ、そのぉ……ちょっと……ぇっち……な話っていうか……」

 

 ここではえっちの部分を恥ずかしそうに小さく言うのがポイントです。表情も顔にぐっと血流を集めて真っ赤にしましょう。なに? 出来るわけがない? 何を言う。一流のコミュニケーションモンスターは顔の血流操作など息を吐くように出来るとも。

 

「いいいいいやあのそそそそそそれは!!」

「なななななんていうか!!」

 

 めちゃくちゃ動揺していらっしゃる。そんなにまずいと思っているなら何故あんな大声で話しているのか。他の女子から向けられる極寒零度の視線に気づいて居なかったのだろうか? 気づいて居なかったんだろうなぁ……。

 

「そういうの、あんまり女の子って好きじゃなくて……だから、話すなら他の人に聞こえないように……ね?」

「お、おう……気を付けるよ……」

「ああ……そうだな……」

 

 Re:上目遣い炸裂。山内も池も顔を赤くして照れている。しめしめだ。

 が、これだけでは終わらせない。どうせ口約束で、こういう輩はすぐに同じ過ちを犯す。だから少しでも堀北が操縦しやすいように、餌を撒いておく。

 

「それと……これは内緒だけど、女の子ってね……何かにひたむきに頑張ってる子にきゅんってきちゃうんだよ」

 

 ぼそりと、二人にだけ聞こえるように話してみせれば、山内と池は背筋をピンっ! と伸ばして最敬礼をした。

 

「はいっ!!! 承知致しました!!! おい寛治、何ぼさっとしてんだ!! 俺たちはこれから努力をしにいかなくちゃならないんだぞ!」

「ああ!! それでは櫛田教官!! 失礼致します!!!」

「うむ! 行ってヨシ!」

 

 最後にはおどけてみせるのも忘れない。

 山内と池はカバンをひっつかむと、どこへ行くのか教室を勢いよく飛び出して行った。努力をしにいくって何をするつもりなのだろうか。

 

 まあいい。これにていっちょ上がりである。

 振り返ってみれば、Dクラスの女子たちが櫛田に向けてサムズアップをしてみせていた。思いがけず女子からの好評価も得られたようだ。

 

「これでよし、と」

「お見事ね、桔梗。流石の手腕だわ」

「あはは、ありがと!! じゃあお昼にいこっか!」

 

 Dクラスの女子たちに手を振り、堀北と櫛田は教室を後にした。そして二人で廊下を少し歩き、人気が無くなった瞬間に櫛田の表情が無になる。猫かぶり.exeの強制終了だ。

 

「あーー……うざい。さいっあくだった……」

「ふふ……お疲れ様。でもどこに目があるか分からないから、自室以外では控えた方がいいわよ」

 

 櫛田の素を理解している堀北は、彼女が話している内にどんどんストレスを貯めていっているのを感じ取っていた。なにせ、自分もかなりの嫌悪感を持っている相手だったので。

 二人はそれぞれ弁当を持参しているので、人の居ないスポット(櫛田セレクト、百合とイチャイチャする為の場所)へと腰を下ろし、食事を取りながら話し始める。

 

「はぁー……よし。あの二人だけど、たぶんこれから少しは操縦しやすくなると思う」

「どういうことかしら?」

「山内君と池君……いやもうあいつらでいっか……あいつらは自分の欲望に正直に生きるタイプだね。ずっと私の胸に視線行ってたし。それと周りも見えてない。鈴音、あいつら勉強は?」

「出来るわけないわ。いつも授業中に寝てるか喋ってるもの」

「だよねー。でもこの学校に入学できてるってことは何かしら評価された事があるんだと思う。少し話した感じだと……ムードメーカー気質、とか。流石にあれだけしか話してないとあんまり分析出来ないや。百合だったらなんかわかるかもしれないけど……あいつらに会わせたくないなぁ」

「それは同感ね」

「あいつらがもし予約してきたら予約いっぱいって事にしとこっと。……で、操縦しやすくなるっていうのは、今後あいつらに何かさせたいときは餌をちらつかせばいいと思う」

「餌?」

「ご褒美だね。一緒にお茶したりとか。褒めてあげるだけでも効果はあるだろうけど、それよりは直接的に何かをしてあげた方がいい。連絡くれれば一緒に出掛けるくらいなら付き合うからさ」

「……考えとくわ。あなたにそんな負担かけられないもの」

「べっつにぃー? こんくらいAクラスで百合と一緒に居れるからノーダメージだもんね」

「言ったわね……? 見てなさい。すぐに合流してやるんだから」

「あはは、あんまり時間かかってると百合をメロメロにしちゃうんだから」

 

 二人は睨むように顔を見合わせ、同時にぷっと吹き出して笑いあったのだった。

 

 それで終われば、いい話だなで終われたのだが。

 そこから放課後に、「櫛田ちゃん! どういう男だったら好きになってくれるかな!?」と櫛田の元に突撃してきたのだ。

 そういうことを言わない人と櫛田は言ってやりたかった。

 

 心労に心労を重ね、婉曲かつ迂遠にやんわりとお断りの言葉を告げ(決まり手は「あなたのことはお友達だと思ってるよ!」というアウトオブ眼中発言)たことで解決したが、堀北とのやりとりで微減したストレス値がそれでマッハで溜まってしまい、冒頭のやり取りに戻る。

 

「もう大変だったよー……。百合、あの二人に絶対に近づいちゃだめだからね」

「……話を聞く限り、どうやって入学したのかが不可解。有栖ちゃんと一緒に見てみてそのあたりの分析をしてみたい気持はあるけど」

「だめだめ! それについては鈴音と、あと綾小路君に頼んでおいたから」

「……綾小路くんに?」

「うん。綾小路君ってぼーっとしてるように見えるけど、視線の動き的に人を観察する事が得意そうだったから」

「……ふうん?」

 

 そういう事になったらしい。

 そういえば、綾小路も堀北経由でこのマッサージ店の噂を聞き入れ、予約をしていた。しばらく先にはなるが、その時に少し話してみようかと思う。彼も彼で百合の目にはなかなか面白い人だと思えたからだ。

 

「百合ー今日はいっぱい癒してー」

「……うふふ、わかった」

 

 べたべたに甘えてくる櫛田に、天白は表情を綻ばせてその髪を愛おしそうに手で梳いていく。

 さて、何をしてあげようか。天白はしばらく考えた後、一つの手段を考え付いた。

 早速、サイドチェストからマッサージオイルを取り出した天白をみて、櫛田は顔を赤くしながらいそいそと服を脱ごうとし――

 

「……あ、今日は、服を脱がなくて、いい」

「え? でもそれ……」

「……使う。けど服は汚れない」

 

 どうやら今日は普段と違う事をやるつもりのようだ。

 櫛田はドキドキしながら姿勢良くベッドに腰かけて待った。

 

 そして天白は準備を終えると、ベッドに乗り、そして櫛田の後ろにすとんと腰を降ろす。

 

「あ、後ろから……?」

「……うん」

 

 そう言って天白は、マッサージオイルを手のひらに二滴だけたらし、両手をこすり合わせて伸ばしてから、足を櫛田の腰に絡めて密着した。

 ふわりと香る天白の匂いが櫛田の鼻腔を擽り、この時点で櫛田のストレスは消え去った。犬かお前は。

 

「……じゃ、始める」

「う、うん……ひゃっ」

 

 ぴと、と天白の手が触れたのは、櫛田の耳だった。

 

「耳……?」

「……そう。ここにも、つぼは結構ある」

 

 実は、耳にも足裏同様に反射区であるつぼが複数存在する。

 その数は約十三個。腰痛や肩こりだけでなく、消化器系の機能改善にも効果があるつぼがあったりするのだ。

 眠る前に一分ほどマッサージするだけで睡眠の質が高められたりするので、天白としてもおすすめのセルフマッサージ方法となっている。

 

 マッサージオイルによって湿り気を帯びた天白の手のひらが、櫛田の耳をゆっくりと這いまわってこりこりと解していく。

 

「あ、なんだかぽかぽかしてきたかも……」

「……当然、血行促進をするから。顔に近い所の血流が良くなるから、実感しやすいと思う」

 

 じんわりと温まっていく耳に、これもなかなかいいな……と櫛田がうっとりし始めた時。変化が訪れた。

 

 くちゅ、と湿った音が鼓膜を大きく震わせた。

 

「んひゃっ♡」

 

 耳の中、入口付近を天白の指が捉えたのだ。

 

「……んふふ」

 

 天白は楽しそうに、櫛田の耳の穴付近をくちゃ、くちゃと音を立ててマッサージしていく。

 

「ひゃっ……♡ んぅ……♡ やっ……♡ なに、これ……♡ み、耳がぁ……♡」

「……きもちいい?」

 

 ASMRというものをご存じだろうか。

 Autonomous Sensory Meridian Response――直訳すると自立感覚絶頂反応と呼ばれるそれは、簡単に言えば聞くだけでリラックスや快感を感じる事ができる音声の事を指す。

 焚き火の音や、鉛筆を削る音、耳かきをする音、ささやき声などが代表的であるが、何故これらを聞くだけで気持ちいいのだろうか。

 それは、聴覚の構造上そうなるのである。

 ざっくりと説明すると、鼓膜が捉えた聴覚情報を脳へと伝達するその過程で感情を司る扁桃体という部分が反応し、さらにそこは記憶を司る海馬も近い事から感情・記憶両方が想起され、気持いいという感覚が呼び起こされるという理屈となる。

 音を聞く→それが気持ちいいという感情・記憶が反応する→気持ちいいとなるわけだ。

 

 人によって気持ちいいと感じる音は違うため、万人におすすめ出来る物というのは無いが、リラックスをするのであれば鉛筆削りの音や焚き火のASMRをお勧めする。

 

 さて、なぜ櫛田が耳の入口をなぞられて感じているのかというと、櫛田の耳がやべーレベルの性感帯であることに加え、この音が関わっている。

 にちゃ、ぬちゃ、くちゅ、という粘着質な音が、櫛田にとっては気持ちいい音なのだ。……何故って? ほら、あれだ。言わせるな。

 

「やぁ……ん……♡ あっ……♡ あぁ……♡」

 

 櫛田は身悶えているが、達するまでにはいかない。

 そもそも耳かきで達することが普通ではないのだが、刺激が絶妙に弱くて、快感は高まっていくものの突き抜けるようなひと押しが足りていないのだ。

 

 それを悟った天白は何をしたかというと。

 

「……桔梗ちゃん、きもちい?♡」

「んひぃっ!?♡」

 

 左耳だけ解放し、ぼそりと囁いたのだ。

 これにはたまらず、櫛田の身体がビクンと跳ねる。

 

「……おみみ、きもちいね……♡ ほら……くちゅ……くちゅって……♡」

「あっ!!♡ だめっ!!♡ それっ、だめぇ……!♡」

 

 ささやき声も立派なASMRである。むしろASMRの中でもかなりメジャーなジャンルであり、様々な場所で公開・販売されている。

 天白がやっているこれは、まあ、あれだ。マッサージ中に患者に気持ちいいですかと囁いているだけなのでセーフである。セーフ、である。セーフであってくれ。

 

 櫛田の背筋を強いゾクゾクが走った。突き抜けるまで、あと一歩。

 そして天白はとどめを刺す様に、こうささやいた。

 

「……桔梗ちゃん。大好きだよ……♡」

「あ”っ!!!!♡」

 

 ずん、と高まった快感が思いきり押し上げられ、櫛田はついに達した。

 また耳だけで達した。もはや脱帽するしかない。

 櫛田、お前がナンバーワンだ。

 

 思いきり腰を逸らし、びくんと跳ねた櫛田はしばらく身体を強張らせると、へなへなとそのまま天白へ体重を預けてもたれかかった。

 

「はぁ……はぁ……♡ す、すごすぎ……♡ なんでこんなに上手いの……?♡」

 

 天白が上手いというより、櫛田が弱いだけである。よわよわである。ざぁーこ♡ざぁーこ♡

 

 天白は櫛田の頬に軽く口づけを落とし(!?) もう一度囁いた。

 

「……桔梗ちゃんが、大好きだからだよ♡」

 

 櫛田はもう一度達しそうになった。

 お前らもういい加減にしろよ……。

 




感想、高評価ありがとうございます。正直ここまで高評価いただいていいのかビビってます。ありがとうございます。

アンケート結果は圧倒的にR-18を望む声が多かったので別で作って投稿しておきます……。もう、えっちなんだから……!

それとは別に、アンケートの得票の多かった櫛田と坂柳の話を中心に今後進めます。堀北が葛城に得票数で負けてるのは流石に不憫すぎて笑ってしまった。


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坂柳有栖のわくわく学生生活①

感想、高評価ありがとうございます。

この作品は教科書に乗せられるような健全な物語を目指しております。どうぞよろしくお願い致します。


 

 

 

 坂柳有栖の朝は早い。

 朝六時頃には自然と目が醒め、寝ぼけ眼を擦りながらのそのそとベッドから這い出る。

 あくびを嚙み殺しながら洗面所へと行き、顔を洗い、目をとろんとさせたまま歯を磨き、そこでようやく頭がしゃっきりとし始める。

 

 そして朝食を用意するのだが、この坂柳有栖、なんと最近料理をし始めるようになった。

 これまでは食パンに野菜ジュース等簡単に済ませていたが、時折天白の部屋で夕飯を振舞ってもらううちに興味を示し始めたのである。

 といっても、重たいフライパンを扱ったりは流石にまだ出来ないので、トースターを使って食パンを焼いたり、葉野菜を千切って洗ってサラダを作ったりと簡単なものにはなるが。

 天白や、櫛田も料理は出来る為、二人に教えてもらって徐々にレパートリーを増やしている最中である。

 これを知った坂柳理事長も感涙にむせび泣き、その日はとっておきの高級酒を開けて『大きくなったな……有栖……』と一人晩酌をしていた。将来は娘の作った手料理を食べる事が夢らしい。気色が悪い

 

 今朝の献立はトーストに葉野菜のサラダ、そして先日櫛田と一緒に調理したスクランブルエッグとベーコンをレンジで温めた洋風のモーニングセット。

 それらを食べ進めながら、坂柳は今日の予定に思いを馳せる。

 

 坂柳は高校生活をエンジョイしていた。

 中学生に上がるまでは他の目標があったような気がするが、あの手術で人生のスケジュールがすべて吹き飛んでしまった。

 やれることが大幅に増え、世界がぐっと広がった。そしてどうしたらいいのだろうと迷っている時に天白という劇毒と出会ってしまい、性格が思いきり変えられてしまった。

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、少なくとも今は色々な事が楽しいと感じられている。はて、自分は誰かに執着していたような気がするが……うん、気のせいでしょう!

 

 さて、そんなご機嫌な坂柳の本日のご予定であるが、そういえばそろそろ中間テストも近い。しかも、この学校では定期テストで赤点を取ると即座に退学となるという。

 事前に櫛田ネットワークにて、上級生のクラスには何名か退学者が居る事は把握していたが、中間テストまで残り二週間と迫った時点でそれを告げるのは大変意地が悪いと思う。

 入学早々退学などしたくないし、退学者も出したくはない。せっかく同じクラスになったのだから、出来る事なら卒業まで欠ける事無く行きたいものだ。

 

 坂柳は自分のクラスに対して悪くないと思っている。天白と櫛田が居るのもそうだが、他のクラスメイトについても嫌いではない。特に櫛田が八面六臂の立ち回りをしたことで、クラスの雰囲気は非常に良くなったと言えるだろう。

 天白マッサージ店が開業した事も、クラス内の雰囲気向上に役立っている。なぜならマッサージ店のセラピストこそ天白のワンマンであるが、そのサポートについてはクラス持ち回りで行われることが決定したので。

 予約受付や会計処理、備品管理等の雑務作業とやれることは沢山ある。手伝った者は給金としてPPを受け取るか、次回予約時にその分割引が効くようになる。これもある意味社会体験であり、教師陣はご満悦だ。

 

 そんなわけで、坂柳の今日の予定としては勉強、または勉強会を開く事になる――わけではなく。

 

(今日はどこに行きましょうか……)

 

 この女、テスト期間中に遊びに行く気満々である。

 

 というのも、そもそも坂柳は普段の授業のみでテストで満点近くをたたき出すほどの猛者である。テスト勉強なぞ最低限で構わない。

 そしてAクラスについても、優秀な生徒が集まっているということもあって勉強会を開くまでもなく全員自主的にテスト勉強をしっかりと行っている。坂柳のやる事は全体の進捗確認と遅れ気味の者へのフォローくらいである。それも葛城と、他の成績優秀者で手分けをしているので動く必要があまりない。

 それに、確実に乗り越える事の出来る手段についてもすでに手元にある。というかこれがあるから坂柳はテスト勉強を放棄したのだが、それは別の話。

 

 さて、それはそれとして今日の予定である。

 

 坂柳はその優秀な頭脳をもって、脳内に学園敷地内の施設を広げ、行ったことの無いポイントを絞り込む。そしてその中からやりたいことリストに照らし合わせ、また時期や同行相手の事を勘定にいれ、最終的な結論を導き出した。

 遊びの予定を組むだけで随分な力の入れようである。

 

 坂柳はご機嫌に端末へとインストールしているToDoリストへと予定を書き込み、準備を終えてから部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 登校は天白、櫛田と合流し三名で一緒に登校をする。時折、ここにDクラスの堀北が加わって四名となるが、今日は居ないようだ。

 天白と坂柳で手を繋ぎ、その天白は反対側の手を櫛田と繋いでいる。仲良し三人組である。これを仲良しという一言で片付けてしまっていいのか疑問ではあるが、仲良しなのである。異論は認めない。

 

 三人の美少女が仲睦まじくお話している様は非常に見栄え良く、それを目にした上級生のお姉様方も「あらぁ^~」とにっこりご満悦。

 三人の噂は既に学年を超えて二年生三年生にまで伝播していっていた。一部では有志達による親衛隊すら結成されているとの噂もある。守護らねば。

 たまに、この花園に混じりたいと考えた下半身脳の男子生徒が果敢にも声をかけようとする事もあるが、それらは突如現れる謎の親衛隊によって「キミ、ちょっといいかな」と署まで連行される。そうして謎の親衛隊は数を増やしていくのだ。

 

 さて、そんなプリティでキュアキュアな三人がどんな会話をしているのか。ちょっとだけ聞いてみよう。

 

『DとBの主要人物とは交流を持てたよ。Cはちょっと難しい。乱暴な感じがするから対応に時間かかるかも』

『それで構いません。というより、Cは無理をしてリーダーに接触する必要はないかと』

『……というと?』

『噂程度には聞いていましたがCクラスはどうやら暴力によって統率をしているようです。なのでわざわざ危険を犯す必要はないと考えます』

『そうだね。それにリーダー……龍園君って男子なんだけど、あれは誰かに従うとか絶対に無いと思う。皆でお手々繋いで横並びとか一番嫌うタイプ』

『ですので、Cクラスに対しては一度様子見をしましょう。それに、圧政や恐怖支配を行った為政者が少しでも負けてしまえば、その末路は内部犯による暗殺と歴史が証明しています』

『……つまり?』

『今のうちに不満をもっている人に目をつけて、スムーズに勢力を書き換えられるよう準備を整えましょう』

 

 恐ろしすぎる。

 表情にこやかに話している内容が他クラス乗っ取り計画なのだ。お前らの血は何色だ。

 キュアはキュアでも救済方法が全然プリティじゃなかった。

 

 もちろん、乗っ取るとはいってもあくまでも穏便な手段でである。その後も支配しようというわけではなく、友達になるだけである。友達ってなんだっけ……?

 この三人がこんな話をしているのは、この高校生活での彼女たちにとっての最終目標が関係しているのだが、それはまた別の機会に。

 

 

 

 

 

 

 放課後である。

 授業風景についてはテスト期間中という事もあり、全員が真面目に勉強をしていた以外に特筆する点はない。強いて言えば、休み時間中の自習や成績優秀者への質問等が増えた事くらいだろうか。優等生の見本市みたいな状態である。素晴らしい。

 

 そんな優等生集団を率いるメンバーの一人である坂柳はウキウキ気分で放課後遊びに繰り出した。これで成績が学年トップなのだからズルである。

 本日のパートナーは天白一人だ。櫛田はDクラスの勉強会へと友達を増やしに顔を出している。……勉強は?

 

 天白も勉強はしなければ行けないものの、基礎学力はある程度高い事と、坂柳の持つ秘密兵器の存在を聞かされていたので勉強量は程々で良い為、今日はオフなのだ。マッサージ店はテスト期間につき営業日を減らしている。その意味でもオフだった。

 

「……どこに行く?」

「ショッピングモールに行きましょう! 寄ってみたいところがあるんです」

 

 上機嫌な坂柳の手を取り、天白と二人歩きだす。

 杖は使わない。隣で天白が支えてくれるから。

 

 高度育成高等学校の敷地内には、様々な施設がある。スーパーやコンビニなどに始まり、喫茶店やレストラン、銭湯やカラオケ、ゲームショップ等の娯楽施設も充実している。

 全て利用客が学生なので営業時間等はかなり変則的になっているものの、それ以外は普通によくある施設だ。

 よくそれで経営していけるなと思うが、流石は国営ということだろうか。皆様の血税でこの学校は支えられています。

 

 坂柳と天白がやってきたショッピングモールも、テスト期間という事もあって人気は普段よりも少ない。

 まばらに見える学生たちは、その殆どの顔に見覚えが無かった。

 

「やはり、上級生が多いですね」

「……ということは、あれはこの学校のルール上のこと?」

「でしょうね。定期考査で必要とされるのは学力ではなく、別の部分なのでしょう」

 

 もちろん基礎学力は必須なのでしょうが、と坂柳はひとりごちた。

 

 さて、二人がやってきた――坂柳が連れてきた――のは、音と光があふれる小さなテーマパーク。

 

「……ゲームセンター?」

「はい」

 

 モール内にあるので、正確にはゲームコーナーになるのだろうか。二、三店舗分のスペースをぶち抜いて作られたそこは、テスト期間中だというのに絶賛稼働中だった。

 天白としては、こういう所に坂柳が興味を示したことが意外だ。あまり騒がしいところは好きじゃないと思っていたので。

 坂柳はここにお目当てがあるようだった。

 

「こういうものに以前までは興味無かったのですが、聞けば中々頭を使うものもあるそうですね。ゆーふぉーきゃっちゃーというのでしたか」

「……うーん、まあ、そうかも……」

 

 確かに少しは頭を使うけれども。

 まあ坂柳がやりたいと言ってるのだしいいか、と天白は深く考える事をやめた。

 

 ぬいぐるみやフィギュア等が閉じ込められた筐体を回って見ること少し。

 坂柳はむむ、と顎に手を当てて思案顔だ。

 

「欲しいと思える景品がありません……」

 

 そういうことらしい。

 ファンシーなぬいぐるみや、見たことも興味もないアニメキャラクターのフィギュア等が多いので、ゲーム自体に興味はあれど、その景品にはあまり食指が動かないらしい。

 ふむ、と天白は回りを見渡し、あるものを見つけるとその筐体へと歩み寄った。

 

「百合さん……?」

「……ちょっと、これをやってみる」

 

 それは、うさぎのぬいぐるみが置かれている筐体だった。

 白、茶、黒の三色で、それぞれ表情が違っている。

 天白は学生証をかざしてポイントを支払うと、白いうさぎに狙いを付け始めた。掴むことすら出来なかった。

 

「…………」

「あ、あの……」

 

 気にせずリトライ。任せておけって。こういう時には格好良くゲット出来るって相場が決まってるんだ。ソースは幼馴染。

 実はUFOキャッチャーについては櫛田が馬鹿みたいに上手いのだ。大体あれが欲しいとねだると数百円で簡単にゲットしてしまう。それを横で見てきたので天白は経験も無いくせに自信だけがついていた。

 二度目のトライ。なんとかアームを目当てのうさぎの場所までもっていけたが、持ち上げる事すら出来なかった。

 

「……この、軟弱者……!」

「いえ、あの……そういう問題ではないような……」

 

 しかしやり方は分かった。そういえば櫛田は直接持ち上げてゲットするのではなく、少しずつずらしたりして落としていた。それを真似すればいいんだろう?

 三度目のトライ。今度は狙い通りうさぎの首を持ち上げ、反動で僅かに手前に動かすことが出来た。一センチくらい。

 

「……わたしは、あと何度繰り返せば……っ!」

「えっと……その……」

 

 ついにループもの主人公みたいなことを言い出し始めた。格好が悪いにも程がある。

 

「百合さん、そこ……先程掴んだところから二センチ程身体寄りの部分を狙えますか? 一拍ほど早く奥に行くボタンを離せばよいかと」

「……? えっと、こう……?」

 

 坂柳の言う通り、一拍だけ早くボタンから指を離す。

 すると先程とは違い、見てわかるレベルで大きく手前にズレたのだ。

 

「……! おお……!」

「やりましたね。では次は――」

 

 そうして、坂柳の指示に従いながら二度、三度とトライする内に、ついにぬいぐるみがころりと転げ落ちた。

 

「……! やった……!」

「ふふ、おめでとうございます」

 

 白いうさぎを筐体下部の取り出し口から助け出し、坂柳に向かってVサイン。坂柳も笑顔でぱちぱちと拍手を鳴らした。

 

 天白は手にしたうさぎを一撫ですると、「はい」と坂柳に差し出した。

 

「……これあげる」

「え? でも、百合さんが取ったものですよ?」

「……うん。プレゼント。ほんとは、わたしの力だけで取りたかったけど。まあ、二人で協力して取った、記念ってことで」

「わあ……!」

 

 坂柳の葵色の瞳が輝いた。

 

「ありがとうございます。大切にしますね」

 

 そう言って破顔した彼女の表情は、心の底から嬉しく感じている事がわかるほどだった。

 

 ので、それを陰から見守っていた親衛隊の内何名かの心臓が止まった。

 離れた場所で慌ただしい声がしているが、あいにくここはゲームコーナー。大きな雑音に紛れて天白と坂柳は気づかなかった。

 

 後日、このゲームコーナーからうさぎのぬいぐるみが根こそぎ無くなっていたが、その行方は誰も知らない。

 

 せっかくゲームコーナーに来たのだから、女子高生としてはやらなければならない義務が一つある。

 そう、プリクラだ。

 

 プリント倶楽部。略してプリクラと呼ばれるこの機械は、主に女子中高生や若い女性に大ヒットしていまや全国どこのアミューズメント施設等にも設置されている位に普及している。

 構造としては中で写真を取り、スタンプやペンタブレットでデコーレションを施し、それがプリントシールとして排出されるというもの。

 写真のフレームやスタンプ等は筐体によって違うが、場所によってはご当地ならではのものもあったりするので、取り敢えず記念にプリクラ撮ってこ~となることが多い。記念じゃなくてもプリクラ撮ってこ~となることも多い。

 撮影した写真は手軽に可愛く加工できるため、日本が誇る「kawaii文化」の一つとされている。

 ちなみに、櫛田は中学生時代に撮りすぎてキングサイズのファイルを一つプリクラ保存用に使用している。名刺か何か?

 

 天白がプリクラ機(やたらと種類があり、なんの違いがあるのかは有識者にしかわからない)に坂柳を連れてくると、彼女は顎に人差し指を当て、可愛らしく首を傾げてみせた。

 

「これはなんですか? 証明写真機……?」

「……わたしはたまに、有栖ちゃんが本当に同い年かどうかが不安になる」

 

 興味の無い物にはとことん無関心だったのだろうけど、それでもプリクラを証明写真機と言うのは流石に面白過ぎる。

 天白の発言に、坂柳はぷうと頬を膨らませて不満を表現した。

 

「確かに私は世間知らずである自覚はありますが、必要がないので知ろうとも思わなかっただけですからね?」

「……ふふ、分かってる。これからたくさん体験してこうね」

「……はいっ」

 

 暖簾のようになっている垂れ幕をくぐり中に入ると、そこは撮影ブースだ。

 ご丁寧に置かれている荷物入れに学生鞄を納め、天白は慣れた手付きで料金を支払った。400Pだった。

 

「え、こんなにするんですか……?」

「……? うん。これでもまだ安い方」

 

 物によってはこれが600P(円)だったりもする。大体が複数人で使用する事が多いので、一人あたりの料金としてはそう高く無いのだが。

 初めて見る機械に興味を示した坂柳に、これはこういう機能と一つずつ教えてあげながらテキパキと進めていくと、やがて撮影フェイズに入った。

 背後からグリーンバックが降りてくるので、やはり証明写真機に見えると坂柳は思った。違います。

 

「……もうちょっと、こう。くっつこう」

「えっ、わ、わぁ……!」

 

 天白はちょっと(?)人との距離感を詰め過ぎてしまうところがあるので、平気でほっぺた同士をくっつけてきたりする。そういうところだぞ。

 坂柳も突然の密着に驚き、表情を赤く染めていた。うむ。

 

 あれよあれよと進んでいき、坂柳は終始ベタベタくっついてくる天白に翻弄されていた。

 

(い、いけません百合さん……。こんな、恋人同士みたいな……!)

 

 違うのだが。

 これくらいの距離感であれば、仲の良い女子同士であれば割りとやっている。プリクラの撮影ともなれば言わずもがな。

 だが悲しいかな、坂柳にとっては未知の領域となるため勘違いが加速している。尚、同類にはDクラスの女子が一人該当する。誰なのかは言うまでもないだろう。

 

 撮影が終われば楽しい楽しいデコレーションタイムだ。スタンプやフレーム、ペンタブレットを使って思い思いに可愛くしていこう。

 

「ひっ、ゆ、百合さん! 目が、目が大変な事になっています!」

「……盛り過ぎた。修正しよう」

 

 最近のプリクラは凄いもので、自動で目を大きく補正してくれるような物もある。天白たちが撮影したのもそのタイプだったようだ。

 元々目元がはっきりとした二人の為、そこから更に拡大してしまうと化け物みたいな事になっている。可愛いじゃなくて怖い。人とか食べそう。

 目の補正を切れば、あら不思議。肌から血の気が感じられない死人の様な美少女が写っていた。

 

「肌が白くなりすぎではないですか……?」

「……これも、補正を切る」

 

 肌の色白補正も切った。これではもう普通に写真を取ったのと同じである。それが一番可愛いのだからしょうがない。

 余談だが、櫛田のプリクラコレクションファイル(キングサイズ)の中には数ページほど閲覧注意のホラープリクラが混じっている。補正最大でやった結果、化け物共の百鬼夜行が出来上がってしまったのだ。たまに見返すと面白いらしい。

 

 慣れている天白は当然として、意外にも坂柳がセンスを見せた。時間をたっぷりつかって一枚仕上げたのだが、フレームやスタンプの色合いが見事に調和しており天白もその出来栄えに驚いていた。

 

「意外と楽しいものですね。限られたものでどれだけ飾る事が出来るのか、色調のバランスやポーズも考えながら埋めていくのはパズルみたいで良かったです」

 

 ……まあ、坂柳が楽しかったのならそれでいいだろう。

 

 デコが完了したら、あとは印刷を待つだけだ。端末に画像データを送る事も忘れない。

 カコンと割と勢いよく出てきたプリクラは、折り曲げれば簡単に切り離す事が出来るカット線が入っていた。もうはさみの順番待ちをしなくても良いらしい。時代は進んだものだ。

 

 坂柳は切り分けられたプリクラの中から、比較的大きめのサイズの物を欲しがった。

 頬と頬を触れ合わせ、画面に向かってピースをしている(坂柳は口元をアワアワさせているが)バストアップのもの。

 そこには、天白がデコったようでこのような文字が入っていた。

 

『ずっと仲良し♡』

 

 受け取ったそのプリクラを見て、坂柳は嬉しそうに頬を緩めるのであった。

 




R-18版をこっそり投稿しています。
URL貼って誘導するようなものでもないので、興味がある方は検索してみてください。
ifの話になるので、向こうの展開がこちらに影響する事は無いです。
不定期で思いついたら投稿しますが、内容は多分作者の性癖のごった煮になると思うので覚悟の準備をしておいてください。


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やつに歌を歌わせるな

感想・高評価ありがとうございます。
誤字報告も本当にありがとうございます。見逃しというよりは作者の知性が足りていないのが原因のような気がします。本当にありがとうございました。死にます。

また、この話はこれまで以上に頭が悪いのでご注意ください。

頭空っぽにして読んで下さい。作者の頭は空っぽです。


 

 

 

とあるカラオケルームの一室。数十人が入れる大規模なパーティールームにて、地獄が広がっていた。

 

「「「「「…………………」」」」」

 

 胸を抑えピクリとも動かなくなった生徒。鼻血を出しながら恍惚の表情で気を失っている生徒。逃げようとしたのか、扉に向かって手を伸ばした姿勢で地に沈んでいる生徒。

 

 死屍累々。あるいは地獄絵図。生者の気配が欠片も感じ取れない。

 その中でただ一人、部屋の中心に立ち、マイクを片手に持った少女――天白百合は呆然とした表情で呟いた。

 

「……どうして、こうなった」

 

 こっちが知りたい。

 

 

 

 

 

 

「せーの、かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 この日、1年Aクラスはカラオケルームにて打ち上げを行っていた。

 中間テストが終了し、無事に全員が赤点を回避することが出来たのだ。

 いや、回避するどころか、ほぼ全員が全教科で満点を取るという驚くべき結果となっている。

 いくらAクラスが優秀な生徒が集まっているとは言え、この結果には当然からくりが存在する。

 

「やはり、過去問と全ての問題が一致していましたね」

「ああ。問題文までご丁寧に一言一句同じなのは、流石に笑いそうになった」

 

 櫛田の音頭によって開幕となった打ち上げの席。リーダーとして部屋の中央付近の椅子に腰掛けた坂柳と葛城が静かに言葉を交わしていた。

 

「『赤点を回避する方法は確実にある』という真嶋先生の言葉がそのままの意味で裏技が用意されているとは思いませんでした」

 

 坂柳は問題傾向が毎年同じなのかと考え、櫛田コミュニティを通じて二年生から過去問を購入していた。パターンを把握する為にその前に行われた小テスト分も手に入れ確認してみれば、結果はまさかの全問一致。坂柳もこれには困惑した。

 その後、三年生からも同じく過去問を購入してみれば、これもまた完全一致。むしろこれは一年生をハメるための罠なんじゃ無いかと勘ぐった程だ。

 

「過去問については、一応、一年生時に行われる全ての定期テスト分を購入しましたが……今後もテストが同じとは限りませんし、その可能性は低いでしょう。あくまでも参考程度に考えるのが良いかと」

「ああ。それが良いだろうな。……一応俺の方でも、万が一を考えて真嶋先生に確認してみたが、どうやら点数をポイントで買えるようだ。今回の中間テストでは、1点で10万PPだそうだ。テストによって変わるだろうが、プライベートポイントは貯めておいて損は無いだろう」

「同感です。天白さんの尽力によってそこそこの額が溜まってきています。クラスポイントも増え、毎月Aクラスに振り込まれる額も上がったのですから、寄付金でも募りますか?」

「いい考えだと思う。一学生に毎月10万は卒業後の金銭感覚も狂うだろうからな。これについてはまた別途考えるとしよう」

「ええ」

 

 坂柳は室内を見回す。

 談笑するもの、歌うもの、ひたすらお菓子を摘む者。過ごし方はそれぞれだが、皆が楽しそうに笑っているのを見ていると、坂柳の胸に暖かい何かが灯った。

 

「……一つ、懸念があります」

 

 ぽつりと零した坂柳の一言は、葛城だけでなく声掛け回りを終えて戻ってきた櫛田の耳にも届いた。

 

「どうしたの?」

「定期テストには明確な抜け道がありました。これによってクラスポイントが全クラス増加しましたが、差はテスト前と変わっていません。テスト以外にも、何かクラスポイントが増減する機会があると考えるのが自然でしょう」

「あー、うん。多分そうだと思う。先輩に聞いてみたけど、AとBとか、CとDとか。近いクラス同士で入れ替わった事はやっぱりあるみたい」

「テスト以外となると……体育祭、とかか?」

「それでしたら、私は恐らく役には立てないでしょうね」

 

 自嘲気味に坂柳は笑った。どうしたって身体能力のハンデが足を引っ張ってくる。これでは、クラスの迷惑になってしまうのではないか。そう考えてしまい、暗い気分となった坂柳の手を櫛田の手が優しく包んだ。

 

「そんなこと無いよ。後ろで指示を出してくれるだけで、有栖ちゃんが居るだけで皆頑張ろうって気持ちになれる。それに、皆でやれることを精一杯やって、支え合うのが仲間だって私は思うな」

「ああ。俺も微力ながら力になろう。坂柳、このクラスにはお前が必要だ」

「桔梗さん……葛城くん……」

 

 この坂柳、制限がなくなりやれることが増えた事で、逆に自分では劣ってしまう部分――主に、身体能力関係だ――に対して、自信が無くなっていた。

 本来であれば、そのコンプレックスを他者の支配という手段で解決する攻撃的な性格になってしまっていたのかもしれないが、天白一家による劇的ビフォーアフターにより攻撃性が損なわれた為、このような結果となっている。だいたいあいつらのせいである。

 

「ありがとうございます。……せっかくのお祝いの席なのになんだか湿っぽくなってしまいましたね」

 

 櫛田に頭を撫でられながら、坂柳はふわりと微笑んで見せた。

 試験の事についてはこれから考えればいいだろう。教師の言葉がヒントとなることはこれまでの事から明らかなので、注意して観察していれば出遅れるという事も無いはずだ。

 頭脳労働は自分の仕事である、と坂柳は静かに決意を固めた。

 

「……あら? そういえば、百合さんはどちらですか?」

 

 櫛田、葛城と幹部三名で話しているのに彼女が入ってこない事に疑問を感じた坂柳がきょろきょろとあたりを見回す。

 櫛田が少し困ったように頬を掻きながらある一点を指差し、それにつられて視線を向ける。

 

「百合は、あそこだよ」

 

 なんか居る。

 両手にマラカスを持ちしゃかしゃかと振りながら、ポッキー等の菓子類を左右から餌付けされている天白百合が。

 

「……あれは、何をされているのですか?」

「……わからん」

 

 Aクラストップの頭脳を誇る二人でも、あの光景は理解が出来ないようだ。

 だがご安心あれ。ここに天白の事になれば天下一の理解力を誇る櫛田が居る。

 

「多分、百合はいつもみたいにちょこちょこお菓子配ったり飲み物注いだりして回ってたんだけど、普段からずっとそういう役回りだしマッサージ店で一人だけフルタイムだしで働き詰めだから捕まって甘やかされてるんだと思う」

 

 つまり……どういうことだ??

 

 よくわからないが、櫛田曰く可愛がられているだけらしい。中学生の時もこういう催しがあればいつの間にか攫われてVIP待遇となっているので、天白も櫛田も慣れたものらしい。いいのかそれで。

 

「そういうことだから、あまり気にしなくてもいいよ」

「そうは言ってもな……いや、櫛田が良いというなら良いんだが」

 

 櫛田の目的としては天白と一緒に一番の人気者になってチヤホヤされることなので、天白が構われるのは別に良いらしい。

 それはそれとして「私の百合が」という嫉妬はあるため、ストレス値は微増している。この会が終わったら天白はさらにもみくちゃにされるだろう。その結果櫛田がめちゃくちゃにされるのだ。南無。

 

「ほら、丁度他の人も歌い終わったみたいだし、二人も歌おうよ!」

「あ、ああ……」

「えっと、私はあまり歌ったことが無いのですが……」

「大丈夫! 知ってる曲があれば一緒に歌うよ! 大体テレビで流れてる様な曲なら網羅してるから」

 

 この櫛田という女、中学生では頻繁にカラオケに行っていた事と、話の種とするため一通りの流行曲は網羅している。ことカラオケにおいては万能。カラオケクイーンだった。

 

 その後、三人のそれぞれが歌った曲はフロアを大いに沸かせたのだった。

 葛城は響き渡るバリトンボイスで観客を魅了し。

 櫛田はアイドルソングで聴衆の心を掴んだ。

 坂柳は櫛田とデュエットすることで、可愛いの光で聞くものを浄化させた。

 

 そして一方、天白はというと。

 

「はい、天白ちゃんあーん!」

「……んむ」

 

 絶賛餌付けをされていた。

 クラスメイトたちが歌う曲に合わせてマラカスを振って盛り上げようとしているが、ひっきりなしに左右からお菓子が差し出されるため落ち着かない。

 

「はぁ……はぁ……可愛すぎる……!」

「まじ天使なんだけど……! お持ち帰りしたい……!」

 

 ちょこちょこ危険なやつも混じっていた。一応、可愛がられているようではある。

 小さな口でぽりぽりと棒菓子を齧る度、女子から黄色い声が上がる。

 クラスの男共はその様子をみて腕を組みながら「うむ」と頷いていた。貴様らもか。

 

 天白としては不服ではある。あれこれ他の人の世話を焼きたい。奉仕することこそ生きること也と胸に誓ったはずなのに。

 が、それをしようとすると周りが非常に申し訳無さそうな顔と悲しそうな顔をしてくるので、大人しくしている。とはいえ不満が若干表情に出ているが、少しむくれながらも素直にお菓子をもむもむする姿はそれはそれで可愛いので女子も大盛りあがりだ。

 

 しばらくされるがままにしていると、どうやら葛城達が歌う事になったようだ。

 櫛田が歌うとあればと、天白もぱぁっと顔を輝かせた。お菓子をあげようとしていた右の女子が胸を抑えて死んだ。

 坂柳と櫛田のデュエットの時は、小さな手を一生懸命振りながら、しゃかしゃかリズムを取り始める。頭を撫でていた左の女子が鼻を抑えて死んだ。平和な打ち上げがあっという間に殺人現場に変貌した。

 

 既に二名死人が出たが、Aクラスでは日常茶飯事の事らしいので、死体をどけ、新たなクラスメイトが両隣に座った。それでいいのか? 

 尚、死体はその後数分もすれば何事も無かったかのように動き出し始める。軽率に生き返るな。

 

 Aクラス幹部三名による歌唱は大盛りあがりだった。全員が惜しみ無い拍手を送り、葛城と坂柳は照れくさそうにぺこりとお辞儀をして席に座った。

 櫛田は笑顔で手を振っている。カラオケクイーンはファンサも忘れない。

 

「あ、ねえ。天白ちゃんは歌わないの?」

 

 そういえば、と一人の女子生徒が思い出したかのように天白に問いかけた。それを聞いた天白は難しい顔をして首を横に振った。

 

「……わたしは、歌うのはいいかな。聞いてる方が、好きだし」

「えー! でも天白ちゃんの声すっごく可愛いし、聞いてみたいな!」

 

 粘られてしまった。

 しかも、それが周りにも聞こえてしまったようで

「え、天白ちゃん歌うの?」

「聞きたすぎる……」

「スゥーッ……よし」

「おい服を脱ぎ始めたこいつをつまみだせ」

 と何やら騒ぎが大きくなってしまった。期待のあまり全裸待機をしようとしたやつは縄で縛られてその辺に転がされた。

 

 天白は困った表情で櫛田を見るも、彼女は笑顔で「よし」と親指を立ててサムズアップした。

 まあ、彼女から許可が出たならいいだろうと天白はしぶしぶデンモクを操作し始める。

 

 ちょっと様子がおかしいなと気づいた坂柳は、心配そうな表情で櫛田に質問を投げた。

 

「……あの、百合さんですが、あまり歌いたがっていないのでは」

「あー、うん。大丈夫だよ。歌うのは嫌いじゃないって言ってたし」

 

 カラカラと笑う櫛田の様子を見るに大丈夫そうであるが、だとしたら彼女が渋っていたのは何故なのか。

 

「櫛田、あまりこういう事を聞くのは失礼だと思うんだが、天白の歌はどうなんだ?」

 

 歌に自信が無くて嫌がったのだろうかと葛城は推測したようである。が、櫛田は違うよと首を横に振って否定した。

 

「百合は歌うの上手だよ。ただ、それが逆に問題っていうか――」

「問題、ですか?」

「覚悟はしておいた方がいいかも」

 

 その言葉に嫌な予感がし始めた葛城であるが、既に天白は選曲を終え、曲のタイトルがスクリーンへと映し出された。

 

 その曲名は葛城は聞いた事が無かったが、見たところ恋愛ソングだろうか。珍しいなと呑気に考えた。

 

――その曲が何かを知っている者で、これから起きる惨状を察した一部の目ざとい者は腰を浮かせて退避しようとした。

 

 だが、遅かった。

 

「……せーのっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 自然界に存在するものには、必ず『ゆらぎ』が存在している。

 一見、全く動くこと無く一定に見えるものでも、厳密に言えば一定ではない。ごく微小にではあるが、動きがあるのだ。

 そのゆらぎが大きいと不安になったり、逆に小さいと単調で飽きてしまったりと、情動に作用する効果がある。

 そしてそのゆらぎの突発性や規則性、予測性と逸脱性などがすべてちょうどいい組み合わせとなり、居心地の良い空間や情報を与えるゆらぎの事を『1/fゆらぎ』という。

 ようは、見たり聞いたりするだけで落ち着くような物、声、音などの事だ。

 

 さて、ここまで聞いて何か思い当たる事はないだろうか。例えば、なんか話してるだけで心を落ち着かせてくるやつの事とか。

 そう、天白百合の声も、この『1/fゆらぎ』が発生している。さらにそれを性質の悪いことに自覚し、効果的に使っているのが天白である。

 

 そんな天白が歌うと、どうなるのか。

 まず心が落ち着く。落ち着くとどうなるのか? 曲と声がスっと頭に入ってくる。

 天白の歌が、ノーガードで脳を揺らすのだ。

 

 天白が歌った曲は、一昔前のアニメで使用された、ばちくそに可愛いキャラソンである。

 そして天白の声は、一般にかわいい声と言われるものである。

 

 かわいい子がかわいい曲をかわいい声でかわいく歌うのだ。世界が一つ生まれそうな程のかわいいビッグバンに、それを聞いた者の脳は破壊された。

 

 まず両脇にいた生徒が死んだ。本日二度目の死である。その表情は恍惚としていて幸せそうだった。

 そして死は広がった。

 ある者は胸を押さえて死に。かわいいの過剰摂取に外へと逃げ出そうとした者もとどめを刺されて地に沈んだ。 

 櫛田は鼻を押さえて悶絶し、葛城もかわいいに細胞を侵食され真っ白になっている。

 坂柳はかろうじて意識を保っているが、顔をりんごみたいに赤く染め、瞳を潤ませながら天白を見つめていた。様子がおかしい。

 

「……みんな、死んでしまった」

 

 そして誰も、居なくなった。

 

 これ以降、天白が歌をリクエストされることは無くなった。

 

 

 

 




そろそろ毎日投稿が途切れそう。



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カルテ:坂柳有栖②

感想・高評価ありがとうございます。
また、誤字報告もいつもありがとうございます。同じような誤字ばっかしてるので全く成長しませんね。見捨てないで。

さて今回はいっぱい見直しをしたので誤字は無いでしょう。自信ありますよ。
もし誤字報告があればお詫びにR-18版でえちえちなの書いてやりますよ。はい。

※明日投稿する分のやつの予約投稿間違えて投稿してしまったので、一旦削除しました。
お詫びにえっちな話を後日投稿するので許してください……
※一旦削除したくせにまた失敗したのでそのままになってます。コロシテ……


 

 

 

 中間テストを超え、じめりとした季節が近づいてきた。

 朝も夜も無く空は灰色模様であることが多くなって来ており、太陽を感じられないのか草木も心なしか元気が無いような気がする。

 しかし安心めされよ。光はここにあり。天白マッサージ店は本日も絶賛営業中。

 

 そんな謳い文句があるわけではないが、天白マッサージ店は中間テスト後は割りと繁盛していた。やはりテストは心も身体も凝り固まってしまうのだろうか。

 

 今日は既に二人に施術を施しており、次が最後の予約客となる。

 

「1年D組、綾小路清隆だ。よろしく頼む」

「……1年A組、天白百合。よろしく」

 

 堀北や櫛田が時折口にしていたが、実際には会ったことがなかった人物との初接触だった。セラピストと客という関係だが、友人の知人という事と、事前にお互いの事はそれぞれ聞かされていたため(特に綾小路は耳が痛くなる位天白の事を聞かされていた。いちいちドヤ顔で説明してくるのだ)、両者緊張感無く友好的に握手を交わす。

 

 実は綾小路は天白マッサージ店の初の男性客である。基本的に女子生徒がメイン客であり、男子生徒については施術内容がハンドマッサージオンリーという事もあって予約も少な――くはない。普通に多いが、それは櫛田と坂柳によって篩いにかけられている。例えば山内と池は予約をしようとすると5年後とか言われる。尚、予約は先着順ではなく一週間分の抽選制となる。

 

 一応男性客ということで、部屋の外にはAクラスきっての武闘派、鬼頭隼がスタンバイしている。彼は先の打ち上げ時のカラオケで、葛城を抑えて男性歌唱力部門一位を獲得した猛者だ。武闘派は時に歌声ですら周囲を魅了する。

 ちなみに女子部門の一位は櫛田がかっさらった。天白? やつは測定不能で集計対象から除外されている。

 

 そんなわけで、天白と綾小路は邂逅を果たした。

 

 握手を交わし、ついでに天白がにぎにぎと軽い触診をしていると、ふいに綾小路が口を開いた。

 

「……なあ、どこかで会った事――いやなんでもないすまなかった聞かなかった事にして許してくれ」

 

 開けたと思った瞬間に閉じた。しかもワンブレスで超早口の謝罪を口にしている。何があった。

 

 この綾小路、堀北にこの天白マッサージ店を紹介してもらい、予約当日となった今日別れ際に『くれぐれも百合に変な真似をしないように』と釘を刺されている。

 それどころか

 

『もし少しでも変な事をしてみなさい。――半分にするわよ』

 

 と脅されている。何を半分にするつもりだ? とは聞けなかった。股座が縮み上がる思いをした。

 そういう事もあり、先程ふいに思ってつい口に出てしまった言葉が『変な真似』に抵触するのではと直感が働いたのである。

 

 尚、綾小路がこのマッサージ店を知ったのは堀北が散々どや顔で自慢しくさったからであり、そんなに良いのかと興味を持ったのが発端である。お前のせいです。あーあ。

 

 一方、天白の方はと言えば

 

「……? まあ、鈴音ちゃんと外で会う事もあるし、それを見たのかも」

 

 綾小路は咄嗟に誤魔化したが普通に聞かれていた。が、特に気にした様子でもない為綾小路はそれに乗っかる事にした。

 

「あ、ああ。多分そうだきっと。悪いな」

「……別に構わない」

 

 どうやらなんとかなったらしい。綾小路の何かは半分にならずに済んだようだ。

 

「…………? …………」

「な、なんか変なとこでもあるのか?」

 

 ふにふに、と天白が綾小路の手を握ったり、腕を押してみたりしている最中に首をかしげていた。そんな様子に「どこか悪いところでもあるのか」とちょっと怖くなってしまった綾小路は、どうしたのかと声を掛けた。

 天白は「んー」と少し上の空のような声を上げた後、じ、と綾小路の目を見て――身長差から上目遣いの形となる――こう言った。

 

「……なんでわざと変な姿勢をしてる?」

 

 

 

 

 

 

 綾小路への施術は無事に終わった。

 施術中にこちらをじっと観察されているような感覚を天白は感じていたが、よほど物珍しかったのだろうか。

 変な姿勢――意識的に姿勢を悪くしているようなのでやんわりと今後の成長に悪いと告げてあげたが、まあ、ああいう感じの「自分の実力を隠している」という設定である人は中学生の時に何人も見てきた。今後も彼を尊重していれば友好的な関係は築けるのではないだろうか。彼は堀北の友人なので――堀北は認めていないが――こちらとしても、仲良くはしておきたい。

 

 ということで、今日の予約分がすべて終わった為これにて店じまいであるのだが、今日に限っては延長戦がある。

 

「……これでよし」

「んんっ……ふぅ。百合さん、いつもありがとうございます」

 

 坂柳の整体である。

 最近では杖をあまり使わなくなったので、足腰のバランスを整える為にこうして定期的に診ているのだ。

 この施術によって、坂柳の足は順調に機能を回復させつつあった。このペースで行けば、二年生になる前に完全に杖なしで歩行することが可能だと学校の嘱託医からの言葉もある。

 焦りは禁物なので無理なトレーニングは行わないが、それでも着実に効果が表れていることに坂柳の機嫌は鰻登りだった。

 にこにこご機嫌な坂柳を可愛らしいなと思いながら、天白は先程の施術中に気になった事を聞いてみた。

 

「……有栖ちゃん」

「はい、なんでしょう」

「……最近(検閲)してる?」

「は……?」

 

 あまりにも爆速ド直球の下ネタ過ぎて坂柳が硬直した。少しはオブラートに包め。

 ちなみに天白の口から迸った下ネタとは、所謂お通じの事である。

 え? “そっち”かって? おや、じゃあ逆に“どっち”があるっていうんだい? 言ってご覧よ。

 

 さて、とんでもないワードが天白の口から飛び出たわけだが、彼女の目は非常に真剣である。親友の健康に関わる事なのだから、当然だ。

 いや、当然か……? その心配はどちらかというと友よりも母の域に達していないだろうか。

 

「……さっき、軽くお腹を触った時張っているような感じがした。もし便秘なら、マッサージする」

 

 石像と化していた坂柳も、天白が真剣な表情をしているのに気づき、石化の状態異常が解除された。

 それでも恥ずかしさはあるようで、顔を赤くしながら先の質問に回答をする。

 蝶よ花よと育てられてきた坂柳にとって、下の話――健康を気遣うものとはいえ――は恥ずかしいものという認識がある。

 小学生の時は大人びていたが故にウ〇コチ〇コで大喜びしていた同級生男子を見て、そういったワードが恥ずかしい物であるといった認識があるのだ。

 

「えぇっと……その、二日目、くらいでしょうか」

「……してないの?」

「は、はい……」

 

 ふむ、と天白は考える。

 便秘は性別に限らず発生する症状ではあるが、女性に多く発生する傾向にある。

 その原因は諸説あり、ホルモンバランスだったり、ストレスだったり、冷えだったり。また、身体の作り的にそうなるのだという説もある。あとは単純に、トイレを我慢しすぎてそれに慣れてしまったりだとか。

 坂柳がこうなってしまった原因だが、おそらくは筋力不足だろうと天白は考えた。元々先天性心疾患によって運動を禁じられていた為、腸を動かす腹筋が不足しているのだ。

 これまでは体力も同様に少なかった為釣り合いが取れていたが、それが運動が出来るようになり、体力がつき、食事量も増えた事でバランスが崩れたのではないか。

 

 これからは運動メニューの腹筋の回数を少し増やそうと天白は決意した。

 

 それはそれとして、なんとかしてあげなければならない。

 便秘とは言い方は悪いが腐った物をずっと身体の中に抱えているような状態だ。放っておけば悪玉菌が増えていき身体全体に悪影響がでる。

 イライラもしやすくなるし、お金と違って貯めても良いことなんて一つもない。

 

 天白は坂柳に水をコップ一杯分飲ませると、診察台に腰浅く腰掛けさせ、足の間に坂柳を挟むように後ろに腰を卸して陣取った。

 そして坂柳の服(先程まで整体していたので、体操着である)の裾をくるくると巻き上げ、お腹の部分に両手を当てた。

 完全に密着状態なので、坂柳は少しテンパった。なんでテンパる必要があるんですか?

 

「はわわ……!」

 

 はわわじゃないが。

 

「……ちょっと圧迫する。苦しかったら言って」

「はっ、はい!」

 

 ちょっと声が大きくなってしまった。

 天白は気にせず、ぐ、ぐ、と軽く坂柳のお腹を押して触診する。

 手に伝わる感触から大体の症状を察したが「あ~お客さん大分詰まってますねぇ~」などと辱めるような事は流石に言わなかった。坂柳が羞恥で死んでしまうので。

 

 ひととおり触診を終えると、天白はゆっくりと円を描くように坂柳のお腹をさすり始めた。

 

「他人にお腹を撫でられるのは、なんだか不思議な気分がします……」

「……腸もみっていう、エステも存在する。お腹のマッサージは、ダイエット効果もあるし、何よりお通じが良くなるから」

「そ、そうなんですか……?」

 

 そうなのである。

 それ専用のサロンもあるくらいには、メジャーで人気があるのである。

 ぽっこりお腹や便通の改善等、良い効果はいくらでもある。

 腸は内臓の中でも最も長く、そして複雑に折りたたまれている。さらに日本人はねじれ腸と呼ばれる便秘や過敏性腸症候群になりやすい人が多いとされているため、腸活、腸を労る事は大切なのだ。

 セルフマッサージ方法は沢山あるため、便通やぽっこりお腹等でお悩みであれば『腸もみ』で検索してみよう。

 

 さす、さす、と天白の暖かな手が坂柳のお腹を撫でまわす。

 

「ん……ふ……」

 

 ところで、全く関係のない話ではあるが。

 女性にとって腹部は非常に大切な部位である事は説明するまでもないであろう。

 何故なら、そこは命を育む場所であるからだ。

 そして、天白はそこを遠慮なく撫でまわしている。慈しむ様に、優しく、ゆっくりと。

 人によっては、お腹とはそういうスイッチが入りやすい場所にもなるそうだ。

 これは健全なセラピーなので、全く関係ない話なのだが。

 

「………………」

「……ん? 顔赤い。どうしたの?」

「な、なんでも……ありません……」

 

 天白は首をかしげながら、撫でるだけでなく左右に腸を揺らす様にしたり、優しく持ち上げるようにしたりと施術を続けていく。

 そのたびに坂柳は「大切な場所を触られています……」とちょっとイケナイ気持ちになったりするのだ。

 

 十分程ではあるが、天白によって大事な部分(腸の事である)を弄繰り回された事で坂柳はじんわりと額に汗を浮かべていた。施術はどうやら終わりのようだ。

 腸が活発になったのか、コロコロという音がお腹の中で鳴っている気がして顔を赤くする。

 

「……これから毎日お腹やってあげるから、放課後はわたしの部屋に来るように」

「は、はい……」

 

 坂柳は顔を茹蛸のように赤くしながら、弱弱しくうなずくのだった。

 

 その日の夜、お手洗いを済ませた坂柳は非常に身体が軽くなったような気分を味わった。

 

 

 

 

 

 

『……彼女はどうでしたか?』

「正直に言えば、驚いた。まさか一目で見抜かれるとは思わなかったからな」

 

 夜、自室に戻った綾小路は一人の女子生徒と通話をしていた。

 

『ふふ、そうでしょうね。彼女の人の実力を見抜く力は天才と言っても過言は無いのですから』

「骨格や筋肉の付き方から、オレが最近になってわざとそれを歪めるように振舞っていると言われた」

 

 あのアクアマリンの瞳にはすべてを覗かれたような錯覚を感じた。今でもあの目を思い出すと背筋に冷たい物が走る。

 

『それで、彼女はなんと言っていましたか?』

「『理由は聞かないけど、目立ちたくないなら他に方法がある』だと。このままだと、今後の成長に悪影響を及ぼすそうだ」

『……! ふふ、そうですか……』

 

 何が嬉しいのか、通話相手の女子生徒はコロコロと鈴を鳴らすように笑っている。

 

「……契約通り、オレは今後お前達に協力をする」

『その代わり、私は卒業後の貴方の身の安全を保障する』

 

 綾小路が低い声でそう告げると、打てば響くように、通話相手の女子生徒が返す。

 

「その言葉、違えるなよ」

『ええ、もちろん。貴方の力は、私達の計画に必要です』

「なんでもいいけどな。オレが自由になれるなら」

『今なら友人もついて来ますよ? 良かったですね。薔薇の高校生活です』

「その薔薇、棘だらけで近づけないんだが?」

『百合の花に近づき過ぎなければ、刺したりなんてしませんよ』

「ああ、分かった。……それじゃ、なんかあったら――」

 

 綾小路は、そう言って通話を切ろうとして――

 

『あ、それはそれとして今度またチェスで勝負してくださいね。この前は負けましたが今度はそうは――』

 

 通話を切った。ため息が出た。

 




多分ハーメルンに投稿された数多くの作品の中でも便秘やお通じに対してここまで言及してる作品ってここくらいだと思う。


次回は大人気なあの人たちの話を書く予定です。


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アダルトストーリーズ ぷらすあるふぁ

ここすき機能でいいねされた部分を分析した結果、読者の皆様がどういった部分を良いと感じてくださったのかが分かりました。

間違いなく『醜態を晒す大人の姿』が好きですね?
また『ドヤ顔さらすちょっと調子にのった堀北鈴音』も好きですね?

というわけで、やりました。後悔はしていない。

※追記
予約投稿ミスって一回消した上でおまけ追加してもう一回予約投稿したんですけどそれでもミスるっていう体たらくを晒したのでこのまま投稿します……ばかばかばか。あんぽんたん。


 

 

 

 高度育成高等学校の敷地――から少し離れた所の、バスやタクシー圏内にある大衆居酒屋。

 

 そこで大人が三名。茶柱、星之宮、真嶋の1年担任組は席を囲み酒杯をあおいでいた。

 なお、坂上教師については残念ながらこの場には居ない。誘っても気まずくなるだけだし、ネ。

 

「まさか、こうしてこの三人で飲む様になるなんてね~」

 

 感慨深そうに零したのは、1年B組担任の星之宮だ。

 ことりと可愛くジョッキを置くが、数十秒前には中ジョッキが一息で空になっている。三人の中で一人だけ二杯目に突入しているので、その可愛らしさアピールはなんの効力も持たない。

 

「ああ……」

「そうだな……」

 

 茶柱、真嶋の二人は星之宮に追従するように頷いた。

 ちなみに茶柱は一杯目のジョッキをほぼ空にしており、真嶋は半分ほどしか減っていない。可愛さという点では真嶋が一歩リードをしていた。

 

 この三人。実は高校時代からの付き合いである。

 それぞれに因縁があり、数奇な運命を辿って同期三人が同じ学校の教員になるという事があったものの、各自が抱えてるものがちょっと重たすぎるため、気軽に「へーい、飲みに行かない?」といったコミュニケーションを取る事は今まで無かった。

 

 無かったのだが、例の天白マッサージショックの時にそれぞれが共有の体験をした事もあり、星之宮が誘う形でこうしてたまに三人で飲むようになっていた。

 しがらみなんて、突然なんか馬鹿馬鹿しい出来事で有耶無耶になってしまう事もあるのである。

 

「そ~れ~よ~り~も~! もう、Aクラスなんなの~!? ずるくない~!?」

「ずるくない」

「ずるいよ~! アベレージがただでさえ高いのに、それを率いる人が二人も居て、しかも協力しあってるなんて~!」

「ずるくない」

「うちのクラスも仲の良さや団結力はすごいって思うけど~。それをAクラスでもやられちゃ堪らないな~」

「うちのクラスはずるくない」

 

 星之宮がバタバタしながらずるいずるいと愚痴り、真嶋が酒をのみながら微動だにせず否定している。大人の姿か? これが……

 茶柱はそれを見ながらジョッキをちびちび傾けて愉快そうに話を聞いていた。

 

「ね~、佐枝ちゃんもそう思わない~?」

「ん? 私か? まあ、タレントが揃いすぎてるとは思うがな」

 

 茶柱の担任はDクラスとはいえ、自分が受け持つ日本史の授業等では他クラスを見る機会がある。それを考えると、どいつもこいつも粒ぞろいだというのが正直な感想だった。

 

「坂柳に、葛城に、櫛田。それぞれクラスカーストのトップに立てそうな人材が三人も加入してるんだ。知恵が駄々こねるのもしょうがないんじゃないか?」

「ね~! 真嶋くんってずるいよね~!」

「俺はずるくない」

 

 星ノ宮は既に酔いが回っている。

 大皿に積まれた唐揚げやフライドポテトなどのつまみをひょいひょいと平らげているが、後日体重計に乗って絶望顔を晒す事になるとは、この時の星ノ宮はまだ知らない。

 茶柱が摘んでいるポテトサラダも大概カロリーが高い。

 大人組はこのようにして天白マッサージサイクルに囚われていくのだ。

 

「……まあ実際、坂柳も葛城も高校一年生とは思えない程優秀だが、ウチのクラスの核は別のやつだ」

「というと~?」

「櫛田だよ、櫛田。あいつがAクラスをまとめ上げたんだ」

 

 真嶋も酒が回って口が軽くなったのか、内情をぽろりし始めた。

 基本的に他クラスには干渉しないようにしている教師陣だが、このくらいならば許されるだろうという真嶋の判断だ。

 

「当初、坂柳と葛城の二人で派閥が出来上がりそうになっていた。そこに櫛田が介入して、坂柳、葛城、櫛田、天白の四人で議会制を立ち上げたんだよ」

「へえ~。でもなんでそんなことしたんだろ~」

「派閥争いが起きそうだと思ったんだろうな。クラス間抗争の事は知らなかったはずだから、純粋にクラスが二分されるのを嫌ったんだろう」

「それが結果的に最善手になったわけか」

「ああ」

 

 そう言って、真嶋は冷やしトマトを一つ口に放り込んだ。つまみ一つとっても真嶋の女子力の高さが伺えてしまう。

 比較対象の二人が酷いだけ? ええ、まあ。はい。

 

「櫛田ちゃんか~。私も授業で見るけど、いつもニコニコしてて可愛いよね~」

「意外と腹黒いかもしれんぞ? しれっと自分もカーストトップに持っていくあたりとかな」

「もぉ~、そういうところだぞ、佐枝ちゃんの悪いとこ~」

 

 茶柱の頬を星ノ宮がつん、と指先で突っついた。

 尚、茶柱がそんな話をしたのは、今まさに隣でぶりっ子してるこいつの事が頭に過ったからである。それに気づいた真嶋は何も言わずにトマトを平らげた。

 

「まあ、茶柱の言うこともあながち間違いではないのかもしれないな」

 

 星ノ宮のつっつき攻撃を、「鬱陶しい」と茶柱が手を払ったあたりで、真嶋はそう零した。

 

「間違いじゃないとは?」

「言葉通りだ、茶柱。俺の目から見て、櫛田のあれは『そうあろうとして』やっているように見えた」

「キャラ作り、ってこと~?」

「恐らくな。少なくとも、Bの一之瀬のような根っからの善人気質ってことは無いだろう」

 

 真嶋は教員歴としては若い部類に入るのだが、それでも多くの人間を見てきた観察眼によって、櫛田の事をそう評価していた。

 櫛田の善良さは、作られたものであると。

 

「ふ~ん、でもそれって疲れちゃわないのかな~。誰にでもいい顔をするって」

「だが、社会に出る上では非常に重要な能力だという事は知っているだろう?」

「そうだけど~」

 

 教員である――社会人である三人は知っていた。

 例え心情的に受け入れられない相手であろうとも、表情に笑みを浮かべて対応しなければならない事はけして少なくないと。

 

「まあ、櫛田の場合、ストレスを溜め込んでいたとしても大丈夫だろうという確信はある」

「え~なんで~?」

「天白が居るからな」

 

 天白百合。触れた者、会話した者のストレスを消し飛ばす『心労殺し(イライラブレイカー)』の能力の持ち主。

 やつの手にかかれば心も身体もふにゃふにゃになる。妖怪か何か?

 

「あー、天白ちゃんね~。あの子も凄いよねぇ」

 

 星ノ宮は以前一度だけ受けた例の施術を思い出し、冷や汗を垂らした。その後復活はしたが、ダメになってしまったので。

 

「ああそうだ、その天白なんだが、なんであいつがAクラスなんだ?」

 

 茶柱がフライドポテトを一つ咥え、真嶋に問いかけた。最後の一つだったので星ノ宮は恨めしそうな表情で茶柱を見ている。

 

「天白のOAAを見たが、普通ならばAクラスではなくBクラスに配属されるような数値だった」

 

 茶柱の言うOAAとは、Over All Abilityの略で、高度育成高等学校内に置いて用いられる生徒の評価システムである。

 学力、身体能力、機転思考力、社会貢献性の4項目と、その4つから算出される総合力を含めた5項目によって、生徒を数値的に評価するためのシステムだ。

 この数値は生徒には開示されず、教員のみが閲覧できる。

 

 そのOAAによると、天白はAクラスの基準を満たしていない。低くは無いが、それほど高くもない。

 なのに、Aクラスに所属しているのは何か理由があるんじゃないか。そう思って茶柱は問いかけたが、真嶋は彼にしては珍しく、迷うような表情をしていた。

 

「おい、まさか……」

「いや違う。不正ではない。不正ではないんだが……」

 

 まさか何かしらの手段を使って無理やりAクラス配属となったのではないか。そんな考えが茶柱の脳裏を過ったが、どうやら違うらしい。

 

「ならばなぜ言い淀む。やましいことはないんだろう?」

「……これは、その時の面接担当だった一人から聞いたんだが」

 

 真嶋は非常に言いにくそうにそう口火を切ってから、語りだした。

 

「天白の面接は、まあ無難だったらしい。やけに落ち着く声というのは評価されていたが、内容についてはそれほど突出していたものじゃなかったそうだ」

「ふ~ん? じゃあ尚更、なんでAクラスに配属になったの~?」

「……やったそうだ」

「ふぇ?」

「天白は面接中、自己アピールポイントとしてマッサージが得意と言ったらしい。それを聞いた面接官の一人が『得意ってどういうこと?』と質問し、天白はその面接官に……」

「「あっ……」」

 

 星ノ宮と茶柱は察した。

 その面接官もやられてしまったのだろう。かつての自分達のように。

 そりゃあ真嶋も、Aクラス配属理由は面接官をマッサージしてドロドロにしちゃったからとか言い難いだろうて。

 

「あはは~、あれは、うん、凄いから、ね……」

「……そうだな」

 

 その後、三人は誤魔化すように酒を飲み、それぞれのクラスについて語りあった――。

 

 

 

 

 

 

『佐枝ちゃんはさ、まだAクラスになりたいって思ってるの?』

 

 

 

 同期三人での飲み会を終え、自室――学校敷地内にある職員専用の寮室――へと戻り、ベッドへと腰掛けた茶柱は、上着を乱暴に脱ぎ捨て、そのまま勢いよく横になった。

 

(いやぁーーー、無理!)

 

 無理だそうだ。何が?

 

 茶柱佐枝という教師には、野望があった。

 かつて自分が達成できなかった事。DクラスをAクラスにして卒業をするという、途方もない野望。

 

 かつての茶柱が出来なかったように、基本的に成績優秀者が集まるAクラスを蹴落とし、他クラスがAクラスとなって卒業するという事は非常に難易度が高い。

 それがDクラスからともなれば、尚更『頭、大丈夫?』と一笑に付されるレベルで無理無茶無謀だった。

 

 それが『おや? ワンチャンあるんじゃない?』と思えたのは、今年が初めてだった。

 

 歴代最高と呼ばれる生徒会長、堀北学に匹敵する実力を備えた――堀北鈴音。

 実力だけならAクラスに入れても可笑しくなく、それでも上位に食い込むであろう――平田洋介。

 何考えてるか分からんし協調性も全くないが、実力は最高峰である――高円寺六助。

 そして、綾小路清隆。

 

 こいつらが入ればAクラスに昇格するのも夢じゃない。これほどのタレントがDクラスに一堂に会する事など今後ありえないと確信出来るほどの奇跡。

 

(いやでも無理だろう!!!)

 

 でも無理だそうだ。なんで?

 

 酒気を帯びた、アルコールでふわふわとした頭で茶柱は更に思考を続ける。

 

(坂柳と葛城だけなら、なんとかなる。勢力が二分化され、派閥争いでもしてくれれば儲けものだ。だがなぁ……よりにもよって、Aクラスに櫛田が配属されたのが痛すぎる……)

 

 櫛田桔梗。その女子生徒が何よりも厄介だった。

 八方美人の究極系みたいなのは良いとして、クラス内を一つにまとめ上げたのもまあ、良いとしても。

 クラス学年関係なく友人を増やし、情報を一手に集約するようなやべーアンテナ張ってるのが大問題なのである。

 

 情報とは、それだけでおまんまが食べられるほど価値のある物である。それがクラス内外から集まり、Aクラスの優秀なやつらが運用する? 他のAクラスを目指す連中からしてみれば悪夢でしかなかった。

 

 さらにさらに、ただでさえ毎月のプライベートポイント支給額が多くなるAクラスが、さらなる集金方法として運営し始めたマッサージ店。『たかが生徒一人がやる事業だろう?』とたかをくくっていたらこれもまあ大変な事になってしまった。

 この学園ではポイントで買えない物は無い。有形無形関わらず、その価値に対して適正な額を支払えば、例えば校則を変えるような権利であっても買えてしまうのである。

 まあ、そのAクラスの集金に協力している――数々の便宜や自身も客になるなど――茶柱に言えたことではないのだが。

 

 野望は遂げたい。自身の受け持つクラスを、Aクラスとして卒業させたい。

 過去に縛られてた茶柱にとって、それは潜めてはいても絶対であった。

 

(でもなぁ……最近は、ちょっとどうでも良くなって来てしまってるんだよなぁ……)

 

 この茶柱佐枝、そこそこの頻度で天白に心も身体も解してもらい、過去の呪縛から解き放たれつつあった。チョロすぎない?

 それというのも、何度目かのマッサージ中に交わした天白との会話が原因でもあった。

 

『……茶柱先生は、Aクラスに対して何か執着してるんですか?』

『っ……。いきなり何を言うかと思えば。私は教師だぞ? 全ての生徒に対して平等に接する義務がある』

 

 思いっきりいち生徒のマッサージを堪能している最中なのだが、それは置いておくとして。

 

『……茶柱先生がわたし達の授業をしている時、たまにする表情。羨望と……あとは、後悔? よくわからないけど、何かを感じてるってことだけは、分かりました』

『……』

『……今だけは、そういうのを忘れて、身体だけじゃなくて心も軽くしていってほしい。……先生の授業、分かりやすくてわたしは好きだから』

『……そうか』

 

『なあ、天白。お前はAクラスで卒業したとしたら、何になりたいんだ』

『……将来の夢とかは、まだ良くわからない、です。それをこの学校にいる間に見つけられたら、とは。ただ――』

 

『この学校を選んで良かったって、誰もがそう思って卒業出来るような。誰も退学なんてしない、そういう結果は、目指したいと思ってます』

『……それは、Aクラスがか?』

『Aクラスだけじゃなくて、DもCもBも、全部、です』

 

 ――実力って、個人じゃなくて集団で発揮してこそだって、わたしは桔梗ちゃんに教わったから。

 

 あの時の会話が、どうにも茶柱の焦る心を冷やしている。

 

(どちらにせよ、筆頭候補だった堀北は櫛田と天白と懇意にしている。Aと敵対するような行動は取らせにくいだろう。綾小路を例の件で脅して本気を出させるようにけしかけるか? いや――)

 

 ふ、と茶柱は自嘲気味に笑った。

 

(ありえないな)

 

 自分の野望と、未来ある生徒たちの幸福。どちらを取るべきかなんて、言われるまでもなかった。

 茶柱は、自分の野望よりも、生徒たちの未来を優先すると今決心した。

 

(それに、あいつが言っていた事が大言壮語でなければ、存外面白い結果になるかもしれん)

 

 施術中、天白が不意に零した、全員が笑顔で卒業出来るための策。もしそれが達成されたのだとしたら、茶柱は心の底から愉快に笑うことが出来るだろう。

 

(まあ、今は若人達の背を見守ってやるとするか――)

 

 茶柱は教員にも貸与されている端末を取り出し、穏やかな表情で数度操作し――天白マッサージ店の予約を申請した。なにやってだこいつ。

 

 尚、抽選には普通に落ちた。

 

 

 

◇ぷらすあるふぁ

 

~耳かき 堀北鈴音編~

 

「あの……百合、お願いがあるのだけど」

「……? なに?」

 

 いつものように悶絶足つぼマッサージ(堀北主観では極楽)を終え、息も絶え絶えにアヘが――おっと、だらしない顔を晒していた堀北がおずおずと控えめに切り出した。

 

「その、桔梗にしてあげていたっていう……耳かきをやってほしいの」

「……耳かきを?」

 

 天白はきょとん、と首を傾げた。

 

「……構わないけど、痛くしないよ? 大丈夫?」

「貴女の中で私はどんな人物になってるのよ」

 

 激痛足つぼマッサージでよがるドMだが……? とは言わない。

 

 なんで堀北がこんな事を言い出したかと言うと、もちろん櫛田のせいである。

『百合がやってくれた耳かきがすーっごい気持ちよくて! あれもう死んじゃうかと思った(意訳)』とばかりに煽られ、興味をそそられたのである。なお死んじゃいそうになったのは100%櫛田の才能のせいである。

 

「……とりあえず、横になって」

「ええ……ありがとうね、百合」

「……んふふ、いいよ」

 

 ぽんぽん、と膝を叩く天白に感謝を述べつつ、堀北は膝に頭を横たえた。

 もちろん、天白のお腹に背を向ける形である。どこぞの距離感がバグった幼馴染とは違う。

 

 天白は櫛田に施したように耳の周り、外、そして中と掃除を行っていったのだが、堀北は「なんかちょっとちがう」という表情をしていた。

 

「……気持ちよくない?」

「あ、ごめんなさい。気持ちよくないわけじゃなくて……気持ち良いのだけれど、少し物足りないというか、桔梗が言っていた『飛んじゃう』という感じではなくて戸惑っていて……」

 

 そりゃそうである。初見の耳かきで『飛んじゃう』のは世界広しといえどもやつくらいだろう。そうであってほしい。

 

 そこで堀北、閃いた。

 一工夫加えてもらえばいいのでは? と。

 

「百合、もう一つお願いしたいことが……」

「……ん、いいよ。なに?」

「――私を罵ってくれないかしら」

「………………………………え?」

 

 何閃いちゃってくれてんだ。

 大体のことは「それもまたよし」と受け入れる地母神の如く広い心を持った天白だが、これは流石に飲み込むのに時間がかかった。

 

「……………………わかった」

 

 時間がかかるだけで飲み込んでしまった。理由すら聞いていない。親友や幼馴染に対しては全肯定マシーンであるのが奉仕種族の特徴である。

 

「『……親友に罵って欲しいなんて、この……へんたい』」

「っ……!?」

 

 瞬間、激しい稲妻の如き快楽が堀北を襲った!!

 あの優しい優しい天白が、自身を変態と蔑んでいる。

 天白の透き通るような声が、通りの良くなった鼓膜を震わせ脳を直接刺激しているかのようだ。

 

「……もっと……」

「……?」

「もっと、言って……♡」

「……………………」

 

 天白もこれには流石にドン引――いていない。既に天白は覚悟している。どのような手段であっても彼女を悦ばせてみせると。

 天白は嫌々と……表情には出さないようにしながら、彼女の望みを叶え続ける。

 

「『……へんたい。鈴音ちゃんの、へんたい。悪口言われて喜んで、はずかしくないの?』」

「ひぅ……♡ くぅ……!♡」

 

 びくん、びくんと罵倒が耳に入るたびに身体を震わせる堀北。こんな姿を晒していると知られたら、兄は絶望で膝から崩れ落ちるのではなかろうか。どうしてこうなった。

 

「『……気持ちいいの? 親友に酷いこと言われて、きもちい? ねえ、答えて』」

「っは……はい……♡ きもち……いいです……!♡」

 

 嫌々、なんですよね……?

 そのはずである。恐らく。多分。きっと。

 

「『……さいてー♡』」

「ひぃぃっ!?♡」

 

 天白が耳元に口を近づけささやくと、堀北はひときわ強く嬌声を上げ――くたぁ、と崩れ落ちた。

 

「……これで、良かった?」

「ええ……最高よ……」

「……そう」

 

 そのまま満足そうに目を閉じた堀北の頭を、天白は少し複雑そうに、だが愛おしげに撫でてあげたのだった。

 ……耳かきは?

 




次は特に思いつかなければ一気に無人島特別試験の時期に飛ぶと思います。
なお特別試験の内容はまともに描写するつもりがありませんのでご容赦ください。それを書くには作者の頭の出来が足りないのです……。


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カルテ:天白百合①

間に合った……!!
ちょっと短いです。

いつも感想、高評価、誤字報告ありがとうございます。

???「誰がメインヒロインなのかを分からせてやりますよ」

※後半ポエムってるので背中が痒くなってしまう方は◇から先は飛ばしてくれな!


 

 

 

 期末考査も終わり、夏休みまで残すところあと数日に迫った日。

 Aクラスが誇るアイドルの二人、櫛田と天白は何をしているかというと――。

 

「はい百合。あ~ん」

「……んむ」

 

 ベッタベタにイチャコラしていた。

 櫛田が天白を両足の間に座らせ、ぎゅうと抱きしめる――所謂あすなろ抱きをしながら、天白にお菓子を餌付けしている。

 そう、珍しいことに櫛田『が』天白を甘やかしまくっているのである。

 

「おいしい?」

「……(無言の首肯)」

「ふふ、百合は可愛いね~」

 

 ふわふわのブロンドヘアーを手櫛で梳きながら、櫛田は可愛さに脳をやられてへにょへにょになっている。

 

 さて、なんでこんな事になっているかというとだ。

 

 天白は今日は休養日なのである。

 休養日、なのである。

 

 簡単に説明すると、疲れちゃったのである。

 天白が。

 

 自他共に認める奉仕種族である天白だが、彼女も人間だということだ。

 奉仕によって日々のストレス等は減っても、疲れは流石に取れないのだ。肉体的疲労も奉仕していれば回復してしまえば、それはもうクリーチャーなのである。 

 いや、奉仕でストレスが減るってなんだ……?

 

 天白は疲れてしまうと、スイッチが切れる。

 文字通り、気力・体力ともにゼロになってしまい、充電期間に入る。……やっぱり機械なんじゃないか?

 大体1日もあれば復活するものの、その間は何もしない。マジで何もしない。

 誰かが介護しなければ、一日中横になっている事もあるくらいだ。

 

 そして、この充電期間中――通称、天白チャージタイム中は、櫛田にとってボーナスステージのようなものであった。

 

「あ、口に食べかすついてるよ。……ん、はい。取れた」

「……ん。ありがと」

 

「百合、好きだよ」

「……わたしも、好き」

 

「はい、ちゅー」

「……ん」

 

 おい待て何をしている。

 

 一応言及しておくと、ほっぺちゅーである。なのでセーフである。何に対しての言い訳か分からないが、とにかくセーフである。親しい間柄の女子同士であれば、ふざけてやることもあるだろう。

 この二人はふざけてじゃなくてガチだろって? ……衛兵! つまみだせ!

 

 とまあ、このように天白チャージタイム中は櫛田が割と好き放題する。

 ひたすら甘やかし、ベッタベタにくっつくことで数日分のストレスを癒すのだ。

 ちなみに数日分のストレスというのはこれまでに溜まった負債という意味ではなく、これから抱える事となるストレスを指す。ワクチンかなにか?

 

 櫛田は天白の肩に顎を置き、ふにゃふにゃとした声で彼女との会話を楽しんでいる。

 

「もうすぐ夏休みだねぇ」

「……ん」

「いっぱい想い出作ろうね」

「……ん」

「鈴音と有栖ちゃんも誘って四人で遊びにいこうね」

「……ん」

「でも、二人でもどこかに行こうね」

「……ん」

 

 これは会話と言えるのか……?

 櫛田は満足しているようだが、はたから見ればサボテンに向かって話しかけているのと変わらないのでは……?

 

 櫛田曰く、ほんの少しであるが表情が変化しているそうだ。

 天白は話し方こそのんびりと物静かだが、感情が結構表情に出やすいタイプではあった。それがチャージタイム中は完全に無になり表情筋が仕事をしないのだが、それを見抜けるのは流石の付き合いの長さであるといえる。愛のなせる業だ。

 尚、天白の父親はこの状態の時の天白の感情を見抜くことが出来ない。母と櫛田だけが読み取り可能となっている。哀れ。

 

 ふにゃんふにゃんになった天白を甘やかして櫛田もふにゃんふにゃんになっている。芯がある奴が一人もいない。

 

「百合、好きー♪」

「……桔梗ちゃん、好き」

「大好き~?」

「……ん、大好き」

 

 なのでこのように会話にも芯が無い。頭が茹だっている。付き合いたてのカップルでももうちょっと知性のある会話をするだろう。

 いや、この二人は別に付き合っているわけではないのだが。あくまでも、幼馴染である。

 たとえ周りの人百人に聞いて百人が「あの距離感で付き合って無いのは噓でしょ」と答えていても、本人達に付き合ってる自覚は無いのである。……なんで?

 

「んふ~……」

「……んみゅ」

 

 櫛田は天白の頬をもちもちと弄って遊ぶ事にしたようだ。

 擬音の通り、つきたての餅のように弾力があり、天白の体温が人よりも高めなこともあって触っていて非常に気持ちいいのだ。よくクラスメイトにぷにられていることからもその魅力は高い事が伺える。

 

 両手で押したり、ひっぱったり、つっついてみたり、好き放題感触を楽しむ櫛田だが、ここまでされるがままだった天白がついに動いた。

 

「……はむ」

「ひゃっ」

 

 櫛田の指が口元に来た瞬間、それをぱくりと咥えたのである。

 

「……んむ、ちゅ……ちゅぱ……」

「ふ、ふふ……百合ってば、赤ちゃんみたい……♡」

 

 櫛田は胸がキュンキュンした。この胸のときめきを、櫛田は『母性』と名前をつけた。多分違う。

 

「んちゅ……む……ぇろ……」

「……んっ♡ ……あれ?」

 

 天白は現在何も考えていない。口元に何かが近づいたのでしゃぶりついただけである。本能で動く獣。それが現在の天白だ。

 ぬめりとした暖かくて柔らかい天白の舌が櫛田の指を絡めとり、櫛田は思わず甘い声を漏らした。

 

「……ちゅ……ん……じゅる……ん……」

「んぅっ♡ え……? な、なんでこんな……」

 

 天白の舌が別の生き物のように複雑に動き回り、櫛田の指を丹念に舐め回す。

 指の腹、先、節の部分と、縦横無尽に舌が這い回っては櫛田に謎の『気持ちよさ』が襲いかかる。

 

「ちょ、ちょっとまって……ひうっ♡」

 

 待たない。

 天白百合は待たない。

 そもそもこいつは何も考えていない。

 口元に何かが近づいたのでしゃぶりつき、そうしていたら櫛田の気持ちよさそうな声が聞こえてきたので反射的にそれを続けているだけである。

 例え無意識であろうと、櫛田が悦ぶ事をやめない。

 対櫛田用ナチュラルボーン・サキュバス。それが天白百合という女だった。

 

「あっ、ちょっと……ほんとに、これ、やば……♡」

「じゅる……ちゅ……んー……?」

「カワイッ……じゃなくて……っ。これで……飛んじゃうのは、さすがにっ……♡」

 

 指を舐められているだけなのに、相手が天白というだけでどんどんと気分が高まっていく。

 このままではまずい。耳だけでなく指でも達してしまうのは、もう女の子として色々と取り返しがつかなくなってしまうのではないかという焦りがあった。

 ちなみにもう手遅れである。

 

「……はぁーむっ♡」

「ひゃぁっ!?♡」

 

 不意に、天白が櫛田の細い白魚のような指を深く咥えた。

 そして口をすぼめるように強く吸い付き、指の間にちろちろと舌を動かして刺激していく。

 

 一般に、指と指の間というのは皮膚が薄く、刺激を感じやすい。自分の指を撫でてみれば分かることなのだが、そこが一番くすぐったく感じるだろう。

 つまり、そういうことである。

 

(あ、これ、まず……! イっ――)

 

 ぴた、と。

 櫛田が達しかけた瞬間、天白が動きを止めた。

 

「……ふぇ? え……?」

 

 何が起きた、と見てみれば、なんと天白はすやすやと寝息を立ててしまっていた。

 さすがの彼女と言えど、完全に意識が落ちてしまえば奉仕は出来ないらしい。櫛田は指でイかされる(しかも無意識の相手に)という脅威から命拾いをしたということだ。

 

「………………もう」

 

 だが不完全燃焼なのは変わらない。少し悶々とした気持ちを抱えながら、起こさないようにそっと天白の口から指を引き抜いた。

 

 ぬら……と唾液でてかりの増した指がいやらしく照明を反射している。

 

「………………ごくり」

 

 何をする気だ貴様。

 

「はっ! だめだめ。流石にそれは……変態過ぎる……」

 

 何をする気だったかは知らないが、櫛田は思いとどまったらしい。少し後ろ髪を引かれるような表情をしながらも、めいっぱい片手を伸ばして手に取ったティッシュで指についた唾液を拭き取った。

 

「……はぁ、もう。起きたら、いっぱい気持ちよくしてもらうんだからね」

 

 櫛田は天白と共にベッドへと横になり、彼女を胸に抱いて目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 天白百合がその感情を自覚したのは、幼少期――小学三年生の事だった。

 

 彼女はなんでも出来た。

 勉強も、運動も、そして友達の数も。なんだって一番だった。

 

 対して自分は要領も良くなくて、どれもこれもが平均くらい。

 誰かの良いところを見つけるのは好きでも、自分には良い所が見つからなかった。

 

 なのに彼女は、こんな自分を幼馴染だからといって手を取って暖かい場所へ連れてってくれる。隣に居させてくれる。

 天白にとって、彼女は太陽の様な女の子だった。

 

 だから、天白が彼女の力になりたい、支えとなりたいと思うのは当然のことだった。

 

 転機が訪れたのは、高学年になるという頃だ。

 天白の中ではいつだって一番凄いのが彼女だったのだが、勉強や運動等、色々な部分で彼女は勝てなくなっていった。

 その代わりに、友達をたくさん作って、良い人であろうとしていた。

 それは凄いことだと思った。嫌な事を言われても、ひまわりみたいにぱっと笑顔を咲かせて接し続けようとするのは、とても難しい事だから。

 

 しかし、彼女はたまに苦しい表情をするようになっていた。

 天白しか知らないその表情は、特別に思われているようで少しばかりの優越感を抱いたけれど。それでも、彼女に苦しい気持ちになってほしくはなかった。

 

 だから、自分に出来る全てをもって彼女を支えようと決心した。

 

 身につけたマッサージやエステの技術は、彼女に笑顔を取り戻させてくれた。

 彼女の役に立てたみたいで、嬉しかった。

 一緒に一番になろうと言われて、天にも登る気持ちだった。

 

 

――桔梗ちゃん。

 

 世界で一番凄くて可愛い女の子。

 

 ずっとずっと、一緒に居させてね?

 

 わたしは、あなたのことが

 

 大大大、だーい好き、です。――

 

 

 

 

「……ききょ……ちゃ……」

「ん……? どうしたの……?」

「すき……ずっと……いっしょ……に……」

「私もだよ。……ずっとずっと、一緒に居ようね。百合」

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 この後櫛田もぐっすりと寝入ってしまい、天白を抱き枕のようにして胸に顔を押し付けていた。

 後に天白はこう語る。

 

「おっぱいに殺されるかと思った」

 

 

 




前回の『予約投稿は二度間違える』事件がショックすぎて消し飛んでしまったので、天白のOAAをもう一度のっけておきます。

天白百合
1年A組
学力 C(56)
身体能力 C(50)
機転思考力 B(70)
社会貢献性 A+(97)
総合力 B(68)

ちなみにこいつらはなんで付き合ってないのかというと、そういう事を口にしていないだけで実質恋人みたいな関係性です。お互いがお互いから離れられない。
共依存は素晴らしいでおじゃるな……!



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カルテ:坂柳有栖③

いつも高評価、感想ありがとうございます。


ついにあの伏線を回収します!


 

 

 

 夏である。

 

 夏と言えば何か。

 夏祭りに、花火大会、キャンプにバーベキュー。海水浴やプール。夜になれば肝試しなんかも楽しいだろう。

 夏とは斯様に遊びで溢れており、パッション溢れる若者達は夏が近づけばウキウキと心弾ませるのだ。ちなみに夏じゃなくてもウキウキしてるやつらもいる。オールシーズンパーティ。人はそれをパリピと呼んだ。

 

 夏といえば。

 開放的な気分になっちゃったりして、気になるあの子と急接近! なんていう事も大いにある。

 覚えがないだろうか? なんか夏休み開けたらクラスにカップルが増えてたなんて経験は。なに、無い? そんなはずは無い。よく思い出せ。あると言え。

 

 夏は恋の季節でもある。

 男も女も関係ない。狙った獲物を仕留める絶好の機会なのだ。

 急に物騒になったが、なんでこんな話をしているかというと。

 

「予約申請数が前月よりも倍以上に増えていますね……」

「……抽選形式にしておいてよかったと、心から思った」

 

 天白マッサージ店が繁忙期を迎えていたからだ。

 夏休みまで残す所あと二週間という頃の話だった。

 

 とある優秀な協力者に作成させた予約受付システムのリストをだーっと高速でスクロールさせながら、坂柳は頬を引くつかせていた。

 全女子生徒が応募してきているのでは? というレベルで予約申請が入っているのだ。

 

「これはちょっとすぐには捌ききれませんね……百合さん、今週、一日営業日を増やす事は可能ですか?」

「……ん。この前ばっちり充電したから。ばっちこい」

「ありがとうございます。……あとは、抽選が外れた人はリストを控えておいて、次回以降優先出来るようにしましょうか」

「……りょーかい」

 

 カタカタ、と淀みない手付きでノートパソコンを操り、坂柳はリストを仕分けていく。このノートパソコンは、『カルテ作るのにほしい』という天白の要望で購入されたものだ。現在は坂柳が便利に使っている。

 

「それにしても、急に予約希望者が増えましたね。何かあるんでしょうか?」

 

 抽選システム(これも協力者に作成させた)によって選び出された、次週の当選者達へと当選メールを自動送信(これも以下略)している途中、坂柳が不思議そうに疑問を口にした。

 

「……夏休み前だから」

「夏休みだと、何かあるんですか?」

 

 あるのである。

 夏は肌の露出が多くなりやすい。

 服装もそうだが、プールや海などでは水着を着用することになる。

 

 気になる人に少しでも綺麗な自分を見せたいというのも当然の話であるし、気になる人がいなくとも、肌を見せるのであれば美しいと思われたいだろう。

 そういった理由から、夏前はエステは大変繁盛するのである。逆に言えばかきいれ時である。がっぽがっぽだ。客が札束に見えてくるかもしれない。

 

「そういうものですか……」

「……そういうもの」

 

 ふむ……と坂柳はあまりピンと来ていないようだ。これまで肌を出す機会というのも無かったもので。

 

「……有栖ちゃんも、他人事じゃない」

「え? ど、どうしてですか……?」

 

 普通の女子高生ってそうなんだなぁ、とどこか他人事に考えていると、天白がぴっ! と指さして来た。

 

「……夏休みには、バカンスがある」

「え? あ、あぁ……確かに、真嶋先生がそのようなことを仰っていましたね」

 

 期末テストの前に「この期末テストを乗り越えた者には夏休みにバカンスをプレゼントしてやろう」と真嶋が言っていた。

 10万円分もポイントを最初に与えておいて、詳細説明を省き、翌月には「君たちの実力によって支給額が変わりまーす(笑)」と突き落とすような事をする学校だ。しかも、バカンスの事はAクラスだけでなく全クラスに同様の事を話しているらしい。

 これで素直に「バカンスだー!」等とはしゃげる訳がない。絶対に何かしてくるという確信が坂柳にはあった。

 なお天白は素直に「バカンスだー!」とはしゃいでいる。医者の娘か? これが……。

 

「ですが、恐らくバカンスとは名ばかりで、クラスポイントが増減するような何かがあると思うのですが……」

「!?!?」

 

 天白はびっくりしている。口をあんぐりと開け、「そんなバカな」という表情をしていた。

 

「ま、まあ、とはいえ、です。何をするかは分かりませんが、自由時間が無いわけではないと思います。豪華客船に乗るということですし、楽しみですね」

「……! うん……!」

 

 あまりにもショックを受けていたので、坂柳は慌ててフォローをした。

 疑う事を知らない少女といえば聞こえはいいが、ここは高度育成高等学校。坂柳は『守護らねば……』とケツイを固めた。

 とはいえ坂柳としても、何かあるだろうなとは思いつつも流石に日程全てで何かやらされるとまでは考えていない。普通に何日かは自由時間があると思っている。

 

 それを伝えてあげると、天白は安心したかのように一転して明るい表情を見せた。

 

「……そういうわけで、バカンスがあるので。有栖ちゃんも水着を着る事になる。なので、肌を綺麗にしておく必要があるということ」

「……ああ、そういうことでしたか。確かに、そうですね」

 

 坂柳はなるほど、と頷いた。

 

「……あら? ですがスクール水着はそこまで肌が露出するようなものでは――」

「有栖ちゃん」

 

 学園指定の水着――所謂、スクール水着はトップスとボトムスが一体型となっているワンピース型の水着だ。手足がむき出しになっているので、露出が少ないかと言われればちょっと首をかしげざるをえないのだが、まあ確かに、肌を綺麗にする必要がそこまであるような気がしない。

 

 気がしなかったのだが、天白はぴと、と坂柳の唇に指を当て、有無を言わさないような声音で言った。

 

「……バカンスでスクール水着なんて、わたしは許さない、よ?」

「は、はい……」

 

 というわけで、後日水着を買い物に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 買い物パートはまた今度だ。

 

「……じゃ、いつものやるから、座って」

「……はぃ…………」

 

 いつものである。

 坂柳は天白の両足の間に収まり、天白にむき出しのお腹を触れられていた。

 三度目くらいから服の裾を捲るのも面倒くさくなってしまい、上着を脱がされていた。可愛らしいスポーツブラに包まれた、非常に慎ましやかな胸部が野晒しになっている。

 

 さす、と天白の手のひらが坂柳の肉付きの薄い、白いお腹をなぞった。

 

「んっ……♡」

 

 仄かに暖かい手が、優しく慈しむ様にお腹を撫でる感覚に、坂柳は多幸感と僅かな『気持ちよさ』を感じて声を漏らした。

 ……お腹を撫でられて気持ちよさを感じる? ……妙だな。 

 

 数度、ぐ、ぐっ、とお腹の調子を確かめるように弱く圧迫したあとに、天白はこう言った。

 

「……もう、お腹は大丈夫そう。腹筋もついてきたし……張ってる感じもない。だから明日からはやらなくて平気」

「え……」

 

 期待していたらまさかの終了宣言である。これには坂柳もショックを受けた。

 

「……ん? もうお腹の調子は良くなったから、わざわざ毎日わたしの部屋に来なくても良くなった。嬉しくはない?」

「えっと……その……」

 

 坂柳は多忙だ。

 裏でなにやら色々と動いているようで、あちこちに電話をしたり、クラスメイトに指示を飛ばしたりしている。

 それが彼女の――そして、天白と櫛田、堀北の最終目標を達成するためのことであるとは聞いているので、邪魔をしないように詳細は聞いていないが、毎日違う人の部屋に来て数十分もお腹を揉まれるというのも負担になるだろうと思っての言葉だったのだが。

 

 坂柳は口をもごもごさせながら「でも」とか「あう」とか唸っている。

 顔僅かに紅潮し、もじもじと足をすり合わせている。

 流石に天白もピンときた。

 

「……もしかして、きもちよかった? まだ、やってほしいの?」

「っ……は、はぃ……」

 

 消え入りそうな声だった。

 それでもしっかりと頷いていた。

 

 これには天白の種族特性――奉仕――も『良きおねだりだ……』と鎌首をもたげ『此方も奉仕せねば……不作法というもの……』と武士の精神を呼び出した。

 天白は自らの奉仕欲がビシビシと刺激されているのを感じながら、優しく声を掛けた。

 

「……いいよ。じゃあ、もっと……気持ちよくしてあげる、ね?」

「はぅっ……」

 

 耳元で。

 この時、天白の中で坂柳も、堀北と同等の『悦ばせてあげたい人』にランクインすることとなった。

 

「……んー。よし。じゃあ、ちょっと新しい事をしよう」

「新しい事……ですか?」

 

 どうすれば坂柳をもっと悦ばせてあげられるのか。奉仕する事、そして他人の良い所を見続けてきた事によって磨かれた観察眼によって、その回答を天白の奉仕脳は導き出した。

 

 天白は坂柳を施術台の上に寝かせると、オイルやらの備品が収納されている棚からあるものを取り出した。

 

「あ、綿棒……もしかして、耳かきというものをしてくださるのですか?」

 

 坂柳は櫛田に聞かされていた「飛んでしまうほど気持ちいい」というそれに。

 そして最近堀北も「思わず絶対服従をしそうになった」と言っていたそれに興味を抱いていた。

 なお、その感想はやつらにしか適用されない。やつらの適性が鋭角過ぎるのでなんの参考にもならないということを付け加えておく。

 

 しかし、天白はふるふると首を横に振った。

 

「……違う。今日お掃除するのは――ここ」

 

 そう言って、つん、と坂柳のお腹の中心――いわゆる、おへそをつついた。

 

「……へ?」

「……ちょっと慎重にやる必要があるから、動かないでね」

「は、はい……」

 

 動揺する坂柳をよそに、天白は綿棒にベビーオイルを垂らし、そっと坂柳の小さなへその穴に当てて優しく、羽毛が撫でているような繊細なタッチで掃除をし始めた。

 

「……は、ふ……ふぅ……っ」

(なんだかくすぐったい……というより、おへそを弄られているだけなのに、身体の深くを触られているような……!)

 

 襲い来る未知の刺激に、坂柳は振り回される。

 

『おへそのゴマを取ると、お腹が痛くなる』

 こういう話を聞いたことは無いだろうか?

 へそのゴマとは、汗や皮脂がほこりや垢と混じって出来た汚れであり、ちいさな黒い塊になっている為ゴマと呼ばれている。

 

 このお腹が痛くなるという話は事実である。

 というのも、おへそとは身体のくぼみであり、皮膚の下にある皮下組織、そして腹直筋が最も薄い部分だ。

 そこを強く刺激してしまうと、腹膜と呼ばれる腹部の臓器を覆う膜が刺激され、それによって胃や腸がダメージを負ってしまうというからくりだ。

 

 しかし、じゃあへそのゴマは取らないほうがいいのかというとそうでもない。放置していると細菌が繁殖して炎症を起こしてしまう可能性があるのだ。

 お風呂やシャワーなどでは取りにくいため、定期的に柔らかい布や綿棒で綺麗にしておくのが好ましい。

 ただし、強い力は絶対に加えず、間違ってもぐりぐりとしてはいけない。もししてしまえば翌朝トイレで地獄を見る事になるだろう。

 

 というわけでおへそのお掃除である。

 天白は間違ってもお腹を壊さないように、と優しく、慎重に掃除を続ける。

 一方で坂柳はへその穴を凝視されるという恥ずかしい気持ちと、身体の深い所を弄られているという興奮に苛まれてそれどころではない。

 ……なんで興奮しているんですか?

 

「……はーっ♡ はーっ……♡」

 

 本来であれば息を荒げてしまうとお腹も上下してしまい、おへそ掃除の最中はとても危険なのだが、そこは奉仕の達人天白。坂柳の呼吸に合わせて力加減を変えるなど造作もない。

 とはいえちょっとやりづらそうで、少し顔を近づけ、坂柳のおへそを二本の指でぐっ、と広げた。

 

「あっ……♡ ひゃぁ……!」

(大事なところが、あんなに間近で見られ……しかも、広げられて……っ♡)

 

 無論、おへその事である。

 

「……みつけた」

 

 天白はその様子を全く気にすることなく、綿棒を更に細い物に取り換え、同じようにベビーローションを垂らした後、開かれた坂柳のおへその穴につぷ……と差し込んだ。

 

「っ!?♡ あ……ぁっ……♡」

(は、挿入って……百合さんのが……私の中に……!)

 

 この脳内どすけべピンクは頭がおかしくなってしまっているので翻訳するが、おへその穴に天白の持つ綿棒が差し込まれただけである。

 

「……くり、くり。……痛くない?」

「……ひっ♡ は……はぃ……!♡」

 

 天白からすればなんでこんな息が荒いのかは分からないが、とりあえず力加減は問題なさそうなのでヨシ! 

 

「……もう、少しで、取れそう」

「……あぁ……♡ あっ……♡ あぁ……♡」

 

 天白からすればなんでこんなに喘いでいるのかは分からないが、とりあえず気持ちよさそうなのでヨシ!

 ヨシじゃないが。

 

 そして、先程見つけた汚れの塊――おへそのゴマをついに捉え、くい、と掻き出した。

 

「っ……~~~~~~~っ!♡」

 

 坂柳は脳天を突き抜けるような激しい快楽信号に思わず口を押え、声を上げないように必死に抑えながら身体を仰け反らせた。

 こいつ、ついにやりやがった。

 

 絶頂は、性感帯や直接の行為だけでなく、極度の興奮によっても達する事がある。

 つまりそういうことである。

 

「はぁ……♡ はぁ……♡」

「……お疲れ様。おへその掃除は、あまり毎日やるものでもないからたまにしてあげる」

「……はい♡」

「……でも、お腹は、来てくれたら撫でてあげる、ね」

「…………はい♡」

 

 汗で額に前髪を貼り付かせ、息も絶え絶えな坂柳の頭を、天白は慈愛の表情で撫でてあげた。

 へそでイかせておいてなんでこんな表情が出来るんだ……?

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 




そう、数話前で坂柳のお腹をマッサージさせたのは、おへその掃除をするためだったのさ!!!
いや……その、よう実2期BDのAmazon限定イラストの有栖ちゃんのおへそを見てしまって……つい……。
誘惑に負けてしまった私を許してくれ……


その日暮らしを脱したいので、明日は一回投稿お休みするかもしれません。


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ドキッ!無人島でバカンス!?~時々拷問編♡~

遅れまして申し訳ございません。

今話のタイトルからは作者の溢れ出る知性を感じていただけたかと思いますが、残念ながらカラオケ回の時の様な脳死回です。ごめんなさいね。


尚、特別試験のルールについては皆さんご存じだと思いますので割愛しております。




 

 

 

 薄暗い洞窟の中。

 照明として置かれたランタンの淡い灯りが周囲をぼんやりと照らしている。

 その灯りの中、椅子に縛られた人間と、それを取り囲む数名が、影となって壁に映し出されていた。

 

「や、やめろ! 俺に近づくな!!」

 

 椅子に縛られた人間――声からして、男子生徒であろう人物が吠える。

 その声には明確に恐怖が現れており、がしゃがしゃと椅子を揺らして少しでも距離を取ろうと必死にもがいていた。

 そんな彼の肩を、後ろから掴む手があった。

 

「ひっ! な、何をする気だ……!」

 

 今から自分は何をされるのか。

 逃げ出すことも出来ないため、襲い来る恐怖に耐える事が出来ずに、思わず小さな悲鳴を上げた。

 

「ふふ……怖がらないでください。これからするのはただの『質問』なのですから」

 

 男の背後から、鈴を鳴らす様にコロコロと可愛らしい声が聞こえた。

 その声にはほんの少し、虫を無邪気に八つ裂きにするような、子供の様に純粋な嗜虐心が顔を覗かせている。

 

「ですので……素直に答えてくださいね……?」

「や、やめろ……来るな、来るなァーーーーーッ!!」

 

 男の絶叫が洞窟内に響き渡る。

 

 椅子に縛られた男の前には、なぜか上半身裸でポージングを続けながらにじり寄る葛城と鬼頭。

 そして男の背後には、いい笑顔で肩もみをする天白と、それを見ながらニヤニヤ笑いをしている坂柳。

 

 俺は一体何を見せられているんだろう。

 

 それを遠目に見ている1年A組『橋本正義』は、目の前に広がる光景にドン引きをしていた。

 

 

 

 

 

 

 夏休みのバカンスは、坂柳の懸念通りというか、案の定特別試験だった。

 豪華客船で表情を輝かせながら辺りをウロウロ探検しだし、それをニコニコしながら櫛田と坂柳、そして堀北が追いかけ、その姿を見かけた一部の生徒は「あら^~」と表情を綻ばせた。

 船内にある施設を一通り見て回り、レストランで美味しい料理に舌鼓を打ち、楽しい楽しい二週間のバカンスは、なんと初日で終了を告げた。

 

 この豪華客船はどうやら島に向かっていたらしい。そこに着いた途端、ジャージに着替えて島に上陸するように指示がされた。天白は絶望した。

 

 そこで伝えられたのが、要約すると七日間のクラス別でのサバイバル試験だった。

 ちょっと楽しそうだなと思い、天白のテンションは少し回復した。

 

 ルールについては大雑把には把握したものの、詳細なルールについては天白は匙を投げた。それでいいのかAクラス……?

 

 しかし心配ご無用。このクラスには優秀な生徒が多く所属している。何なら頭の出来は天白が一番下である。肉体にパラメータを極振りしている鬼頭とどっこいどっこいなのである。

 

 葛城、坂柳、櫛田の三名による作戦会議で、この試験に対するAクラスの方針が決まった。

 

 無理のない範囲で節約しつつ、無人島生活をエンジョイするようだ。

 この特別試験はクラスポイントを大幅に増やす機会であり、それでいいのかという声も当然上がったが、良いのである。

 現時点でAクラスはB以下のクラスに大幅にポイント差をつけており、無理に差を開く必要が無い事。何よりもここでストレスを貯めて崩壊してしまう事が何よりも恐ろしいというのが櫛田の談だった。

 それには葛城も坂柳も賛同を示していた。最も、坂柳と櫛田は悪巧みをしているような笑みを浮かべていたが。

 

 そうして無人島生活がスタートした。

 Aクラスは、事前にあたりをつけていた洞窟を拠点とするようだ。

 

 そうして、まずは拠点設営の班と周辺探索及び食料調達班の二つにクラスを分け、さっそく行動を開始する。

 

 天白は拠点設営班に振り分けられた。

 

「とりあえず、ざっくり必要なものをリストアップしていきましょうか」

「トイレとー、シャワーとー、調理器具も欲しいかな。あ、洞窟の中だから照明も少し足した方が安心かも」

「……仕切りは、テントを買い足せばいい。あと、室内で熱気が籠るから、扇風機も」

 

 購入するかは別として、いったん必要そうなものをリストアップしていく。これらは坂柳が記憶しておき、探索班となった葛城が帰ってきた後に再審議をするのだ。

 事前に配られたカタログのページをペラペラとめくりながら、ああでもないこうでもないと話し合っていると、とある項目に目が留まった。

 

『マッサージ施術台』『マッサージオイル』

 

 誰だこんなもんカタログに載せたのは。

 どう考えても天白の影響であることが否定できなかった。というかそもそもAクラス以外でこれを購入するやつがいるのか甚だ疑問である。

 

「「「「………………」」」」

 

 拠点設営班のメンバーはその項目を目にして熟考した。考えるな。ちょっといいナ……とか思うんじゃない。

 尚考えているメンバーは全員が女子である。もれなく天白セラピーの餌食となっていた。

 

「……流石に、ここではやらない」

 

 天白が否定すると、凝視していたメンバーも「ですよねー」とあきらめたようだ。こうして無駄遣いは阻止された。なにせ、探索班にも天白セラピーのシンパが混じっているため、多数決となれば普通に可決されてしまう可能性があったので。

 

「……肩もみとか、簡単なものなら、いつでもやるから」

 

 続く天白の言葉に、クラスメイトが色めき立った。この瞬間、七日間の無人島生活で感じるストレスが無に帰した。なんだこのチートモンスター。

 

 その後はいくつか候補を見繕い、葛城達探索班が帰還した後に再協議。一先ずは最低限『不快感を感じない程度』の生活水準を獲得し、後々必要に応じて都度購入していくという結果に落ち着いた。

 こうして無人島生活初日はおおむね平穏に過ぎて行った。なお、天白の寝床は一瞬で両脇が櫛田と坂柳によって固められた事を追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 無人島生活二日目。

 

 この日は探索班が島内に群生していたというトウモロコシを大量に確保してきた。

 坂柳は薄々この島が人工的に整えられた特別試験用の島だと勘づいていたが、今回の件で確信に至った。ついでに変な事にお金をかけるなぁと父親に呆れもした。理事長はくしゃみをした。

 

 現在の食料は、探索班が確保してきたトウモロコシ、山菜、木の実、そして安価だったので一先ず購入してきた保存食糧のみだ。

 たんぱく質が足りないので、天白の言及で魚釣りセットを購入し、後日から魚を収穫してくることにした。天白は魚釣りに興味深々だった。

 

 尚、探索班がそこそこ大きい枯れ枝を大量に確保してきた為、「キャンプファイヤーやろうぜ!」とワイワイやっているところにCクラスが訪れ、よく分からない挑発をしていった。

 「やれやれ、本当のバカンスをしたことが無いようだ。Cクラスの拠点に来てください。本当のバカンスを楽しませてあげますよ」との事なので、葛城と櫛田両名で偵察に赴いたところ、なんとポイントを全部吐き出して豪勢にバカンスを満喫していたそうだ。

 それを聞いた坂柳は「なるほど」と頷いて笑みを浮かべ、天白は「やっば……」とドン引きしていた。

 

 葛城と櫛田を含めたAクラスの総意としては「まあCクラスがそれでいいならいいんじゃない?」という羨ましがったりもしない普通の反応だった。

 Aクラスとしては、無人島生活の幸福度的には現状でそこそこ満足しているのである。

 

 

 

 

 

 

 無人島生活三日目。

 

 櫛田がCクラスの生徒を一人拾ってきた。

 まるで捨て猫のような扱いだが、実際に頬に殴られたような跡があり、Aクラスの拠点近くで座り込んでいたのだと言う。

 

 あからさまな罠だった。

 この特別試験では、最終日に他クラスのリーダーを指名し、それが的中すると当てたクラスから50Pを奪う事が出来るルールがあるのだ。

 櫛田がCクラスの生徒を連れて来た時、Aクラスは全員が全員「罠だわ……」と満場一致で思っていた。

 しかし櫛田が「こういう時こそ助け合いたい」と懇願し、Aクラスはしぶしぶ拾ってきたCクラスの男子生徒を保護することに決めた。

 

 もちろん櫛田も罠であると気づいている。むしろ座り込んでいる所を一目見た瞬間に「うわスパイだ」と演技を見抜いていた。猫かぶり――演技において櫛田を出し抜こうなぞ100年早い。

 その上で利用する気が満々だ。

 Cクラスの男子生徒を自拠点に連れて来たとき、アイコンタクトでそのことを天白と坂柳に伝えていた。二人はにやぁと悪い笑みを浮かべた。

 

 さあ尋も――いや、ちょっとお話をするお時間である。

 

 ひとまず傷の手当てを……ということで、Aクラスの女性陣でテキパキと頬の打撲を治療している後ろで、坂柳が葛城と鬼頭に手招き。こそこそと耳打ちをし、作戦を伝えた。男二人の顔が驚きと「マジでそんなことすんの……?」という表情に歪んだが、その手の事にとんと疎い二人が否定する材料もなく、ええいままよと覚悟を決めてジャージと体操着の脱ぎ半裸となった。

 

「えっ葛城くんたち何してるの」

「なんで脱いだ……?」

「坂柳さんがなんか話してたけど……あっ(察し)」

 

 Aクラスからは疑問の視線が突き刺さるが、既に覚悟を決めた二人は動じない。これはクラスに必要な事なのだと自分に言い聞かせ、顔を見合わせ頷き合った。

 

 そうしておもむろに、椅子に座って手当を受けていたCクラス生徒の眼前に立つとポージングを始めたのである。

 

「えっ……? は……?」

 

 それは見事なサイドチェストだった。

 そこから流れるようにフロントダブルバイセップス、モストマスキュラーとポーズを変えていき、じりじりとCクラス生徒へとにじりよる。

 表情には輝くような笑みを浮かべながら。

 

 Cクラスの生徒としてはいきなりの光景に恐怖しか抱かない。

 がたいの良いやつらが半裸で笑みを浮かべて筋肉を誇示しながらにじりよってくるのだ。高熱の時に見る悪夢のような光景だった。

 

 たまらず椅子から立ち上がろうとして、手が後ろ手に椅子に縛られている事に気づいた。

 

「はっ……!? なんで!? 何で縛られてるんだ俺!?」

「……わたしが、縛りました」

 

 どや顔ピースをしているのは天白だ。

 やられた側も――なんなら周りで手当てをしていたAクラス生徒たちですら気づかない早業だった。

 

「……天白はなんでそんな縛るのが早いの? 意味わかんないんだけど?」

「……親友が、最近ちょっと『縛ってほしい』って言うから、練習してた」

「……意味わかんないんだけど」

 

 手癖が悪いと自覚しているAクラスの女子生徒がドン引きしながら聞いたら、返ってきた理由に更にドン引きした。

 

「ふふ……では、少しお話をしましょうか」 

 

 そうして場面は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

「……Cクラスが全部のポイントを吐き出したのは、リーダー当てによって他クラスとの差を縮める為のブラフ?」

「はい、その通りです……」

「……他クラスのリーダー判別の方法は?」

「あっ、それぞれにスパイを潜り込ませてリーダーの情報を得るようにするのが最も簡単であっ一般的なあっ、あっあっ、あっあっ」

 

 さて、坂柳たちが何をしているかというと。

 

 一言でいえば尋問である。

 

 まずは身動きをとれなくして、葛城、鬼頭両名によって視覚から恐怖を刷り込む。

 そして天白が囁いて聴覚を、肩を揉むことで触覚を癒し、思考を誘導する。

 結果はご覧のとおりである。

 恐怖で正常な思考を奪い、その後に与える快楽で思考力を下げる。落として上げる、または飴と鞭。

 

 正直ふざけた方法ではあるのだが、これは天白無くしては達成できない手段だった。

 ただ囁き、身体を按摩するだけで櫛田、坂柳、葛城、堀北だけでなく教師陣の理性を崩壊させる程の腕前を持つ天白が居たからこその手段だ。妖怪か?

 

「……Cクラスのリーダーは?」

「……あっ……それは、あっ……い、いえな……あっ……」

 

 とはいえ、限界はある。流石に自クラスのリーダーを売る事までは出来なかったようだ。

 作戦を大体ゲロってしまったので元も子もないとは思うが、この状況に持ち込まれている段階で既にスパイであることがバレているようなものなので漏らしてしまったのかもしれない。

 

「これ以上はやめておきましょうか」

「そうだね。無理やりはよくないもんねっ」

 

 この櫛田、数分前は「こういう時こそ助け合おうよ!」と言っていたが、ノリノリで尋問に加わっていた。もちろん表情はちょっと困ったような顔をしながらだ。櫛田程の力があれば、表情と考えと発言が全て異なる事など造作もない。

 

 坂柳と櫛田の終了宣言に従い、天白は拘束していた縄を解き、葛城と鬼頭はどこかやり遂げた表情で拳をこつんとぶつけ合っていた。共有体験は時に友情を深める事もある。

 

「……手荒な真似して、ごめんね? 痛く無かった?」

「あっあっ――はっ!? え、ああ。だ、大丈夫だ……」

 

 若干縄の跡がついてしまった腕をさすってあげると、Cクラスの生徒はトリップから帰還した。

 そうして状況を再確認したのか、諦めるように大きなため息をついた。

 

 

「あーあ、全部バレちまったか。これで俺も終わりってわけだ……」

「……終わり、って?」

「そのまんまだよ。作戦がバレて、何の成果も得られませんでしたじゃ龍園が納得するわけがねえ。良くて仕置き、悪くて制裁――少なくとも、今後俺にクラスの居場所は無いだろうさ」

 

 彼が言うには、Cクラスは龍園の暴力によって支配されているらしい。そして命令に従っている内は良いが、逆らったり、失敗したりすると容赦なく切り捨てられるとも。

 それを聞いたAクラスの生徒は、それぞれの反応を示した。

 義憤に燃える者、同情をする者、他クラスの事と傍観する者。

 

 そして坂柳は

 

「その事で、お話が――いいえ、取引があります」

 

 笑みを浮かべ。

 

「……今のCクラスの体制に、不満を抱いてはいませんか?」

 

 と、そう悪魔のように囁きかけた。

 

 尚、その日は快晴だった為、Aクラスのメンバーは小さなキャンプファイヤーと都会では滅多にお目にかかれないような満点の星空を堪能した。

 Cクラスの男子生徒も含めて。

 なんだかんだで、この特別試験を楽しんでいる一行であった。

 




当初は『バカンスたのしかった』で纏めようと思ってたんですが、感想で面白そうなネタを頂いてしまったのでちょっと描写。

葛城、坂柳、以外の原作Aクラスキャラについて
・神室真澄
入学当初の万引きをよりにもよって天白に見られてしまい、未遂に終わる。その後メンタルケアによって「つまらない」高校生活の中で「楽しい」と思える事を探すようになる。なんかこいつらなら面白い事やりそうという理由で櫛田・坂柳のグループに所属している。最近の悩みは櫛田と天白の言う『幼馴染』が信用ならないこと。

・橋本正義
なんか強者がたくさんいるので、Aクラスは安泰だなと思っている。櫛田と二人で他クラスや上級生に繋がりを作りまくっている。櫛田がクラスカーストトップなので、彼女に話しかけにくい生徒からの相談事とかが結構舞い込んでくる。最近の悩みは謎の親衛隊にご意見番として目をつけられはじめた事。

・鬼頭隼
Aクラス随一の体格・身体能力を誇るフィジカルモンスター。天白の目で『素晴らしい……極限まで練り上げられた肉体の完成形……』とお墨付きをもらってご満悦。カラオケで意外な特技を見せ、クラスでの知名度を上げた。最近は頭脳面だけではなく肉体面も鍛えようとしている葛城の良き相談相手となっている。

・戸塚弥彦
どっかの癒し系妖怪がAクラスに配属された影響でBクラスあたりに配属された。今後も出番はない。

ネタ切れの為、今後更新ペースちょっと遅くなります。


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カルテ:一之瀬帆波① 前

いつも感想・高評価ありがとうございます。
前回後書きに書いた弥彦君が大人気で笑いました。

ちょっと長くなりそうだったので前後編に分けました。



 

 

 

 無人島特別試験は概ね平穏に終わった。

 何やら坂柳と櫛田がDクラス、Bクラスと共謀していたらしく、大暴れした結果Cクラスからポイントを巻き上げて3クラスほぼ横並びで夏休み明けのクラスポイントをそこそこ獲得した。Cクラスは0ポイント。龍園くんは悔しいでしょうねぇ……。

 

「いやぁ、自然の中での生活っていうのもたまには良いもんだな」

「そうだよね~、あんな綺麗な星空とか初めてみたよ」

「うーん、たしかに楽しかったけど、あたしはたまにでいいかな……虫とか怖かったし」

 

 Aクラスの面々は各々が無人島生活を楽しんでいたようだ。陰謀渦巻く特別試験も、キャンプ感覚である。

 試験を終えた彼ら彼女らは、現在は無人島から引き上げ、豪華客船の中で思い思いにバカンスを楽しんでいる。

 そして無人島試験でやりたい放題しやがった坂柳、櫛田、ついでに天白は現在何をしているのかというと。

 

「はい百合。あ~ん!」

「……んむ」

 

 客船の中にあるカフェの中でベタベタにイチャコラしていた。

 あれ? なんかデジャヴュ……。

 

 だが、今回は二人っきりではない。

 

「……ねえ、あんたアレを見てなんとも思わないわけ?」

「何がでしょう?」

「いや、アレ……距離近すぎじゃない?」

「素敵ですよね、幼馴染って。まるで姉妹のような仲睦まじさだと思います。私にも姉や妹が居れば、あのように仲良く出来たでしょうか」

「いくら何でもあれは普通じゃ――いや、なんでもない」

「???」

 

 その場面を目にしている、というより同席している坂柳と、Aクラスの神室がヒソヒソと話をしていた。神室は坂柳の認識が歪んでいる事に勘づいたが、余計な事を言って虎の尾(櫛田)を踏む事になると言葉を濁した。

 

 尚、同席者はもう二名居る。

 

「堀北、幼馴染ってああいうものなのか」

「私に聞かれても困るわ」

 

 Dクラスの綾小路と、同じく堀北だ。

 綾小路は「あれが親友を超える友情ってやつか……」と坂柳同様に認識を歪め、堀北はもう慣れたものなので誤解を解かずに放任している。誤解を解ける反証材料を持っていないとか言ってはいけない。堀北が泣いてしまう。

 

「一応聞いておくけど、何で百合はこうなってるの? まだ電池切れまで遠いでしょう」

 

 堀北はこの二人の事を中学生時代から知っていたためイチャコラしている姿には慣れているが、一応代表として聞いておく。尚、電池切れというワードに疑問符を浮かべているのがこの場に三名程居た。軽率に専門用語を使うな。

 櫛田は天白への餌付けを継続しつつ、「えっとねー」と可愛らしく首を傾げながら答える。

 

「無人島での特別試験では、私達が裏で動き回ったけど。Aクラスの表で一番動いてたのは百合なんだ。まあ、葛城くんも色々してくれてたけど、皆が快適に暮らせるように働いてたのが百合。だから甘やかしてるの」

 

 嘘である。

 天白は別に電池切れをしているわけではなかった。

 そも、普段からバタバタ動いており、また按摩という体力を使う奉仕を日常的に繰り返している天白は、筋力・持久力共にそこそこのものを誇っている。

 不慣れな環境とはいえ、たった七日間で疲れ切るようなヤワな体力をしていなかった。

 むしろ、おはようからお休みまで好き放題お世話出来たので『良き……奉仕であった……』と天白の中に潜む武士の精神も喜んでいる。

 

 気力は充足され、体力も余裕はある。

 

 なので甘やかしているのは完全に櫛田の私的な理由である。

 こいつはただイチャイチャしたいというだけの理由で天白を甘やかしている。

 櫛田も無人島ではクラス間の調整やクラス内の和睦などで駆けずり回っており、せっかくのバカンスなのに存分に天白とイチャれなかった。

 なので我慢できず、親友二人と、あとは信用ができそうなメンバーしか居ないこの場でついイチャついてしまったのだ。

 

 ということを天白も察しており、また満更でもないのでされるがままにしている。

 

 ……ということを堀北も察し、やれやれと頭を振った。

 

「まあ、百合さんは炊事洗濯からマッサージまで八面六臂の大活躍でしたから。改めて、お疲れ様でした」

「……ちょっと待ちなさい。百合、あなた無人島でまでそれやってたの?」

「……ん。肩とか、足とかのケアだけだけど」

「うらやま――ごほん。桔梗、後でちょっと代わりなさい」

「えぇ~、どうしよっかなぁ~」

 

 堀北と櫛田が天白取りゲームを始め、それを坂柳と綾小路が興味深そうに眺め、神室は「あれ? こいつも大概じゃ……?」と疑念を懐き、カフェでの時間は過ぎていく。

 そこへ、一つの影が近づいてきた。

 

「あ、桔梗ちゃん! お疲れ様~!」

 

 そう言って明るく声をかけて来たのは、Bクラス所属の一之瀬帆波という女子生徒だった。

 ピンクブロンドの長髪に、朗らかな人好きのするルックス。

 そして何よりも目を引くのは、ジャージというラフな格好だからか封印が甘くバルンバルンと揺れる胸部装甲。

 そのカップ数は、なんとF……いや、実際にはGクラスを誇る程の途轍も無い威力を秘めている。

 彼女が戦車だとすれば、坂柳はさしずめ輪ゴム。パ、パワーが違いすぎる!

 

「帆波ちゃん! お疲れさま~!」

 

 声をかけられ、同じく労いの言葉をかけた櫛田も胸部戦闘力は高くロケラン程の威力を誇る。

 

 さて、さんざん一之瀬のおっぱいがやべえと伝えてきたが、彼女の特徴はそこではない。いや、見た目の特徴はどうしたってそこに目が惹かれてしまうのだが、それよりも強烈な個性が彼女には存在している。

 

 それは、彼女が根っからの善人だということだ。

 

 どういうこと? と疑問を抱いた諸君の為に説明すると、彼女の行動には100%不純物なく『誰かの為に』という善意が含まれているということだ。

 櫛田の様に優越感に浸らず、櫛田の様に内心であることない事罵倒をしない。

 猫を被ることなく、ただただ善人なのだ。櫛田が内心に邪神を宿している天使とすれば、一之瀬は内心に菩薩を宿している天使なのだ。

 

 何? よく分からない?

 では、先程のやり取りでの彼女達の内心を副音声としてお届けしよう。

 

『あ、桔梗ちゃん! お疲れさま~!』

(桔梗ちゃんだ! 今日も可愛いなぁ~)

 

『帆波ちゃん! お疲れさま~!』

(ゲ! おっぱいお化けだ……)

 

 ご覧の通りである。

 参考の為に、彼女達二人に対しては少しの間副音声を継続しておく。

 

「無人島ではありがとう! お陰でクラス内で決裂することなく、ポイントも沢山残せた!」(ほんとに助かったよ~! 今度はこっちが力になってあげたいな!)

「ううん、全然! むしろ私達のお願いを聞いてくれてありがとう!」(有栖ちゃんが立てた作戦なんだから当たり前だろぉ? もっと感謝してほら)

「一之瀬さん、こんにちわ」

「あ、有栖ちゃん! こんにちわ~!」(うーん、有栖ちゃんもすっごく可愛いなぁ! それに頭もすっごく良いし……仲良くなりたいなぁ)

 

 堀北、綾小路、神室とも挨拶を交わし、ちょうど六人掛けの席で一席空いていた為、「良かったら一緒に話さない?」との櫛田の誘いに乗る形で、一之瀬もこの集いに参加する事となった。

 ……ん? 一之瀬を含めれば七人になるはずなのに、六人掛けの席が一席空いている……? 妙だな……。

 妙も何も、櫛田が天白を人形抱きにしているので二人で一席使っているだけであった。謎もくそもない。

 

「…………」

「えっと……そのぅ……」(うぅ……!)

 

 さて、先程一之瀬が挨拶を交わした中に天白が入っていなかったのは、何も無視をしていたわけではない。

 結果的に無視になってしまっていたのだが、一之瀬は彼女にも声を掛けようとしていた。

 していたのだが、天白がじっ、と見つめてくるので目を逸らし、無視なんかダメダメ! ともう一度見るとじぃぃっと見つめてくるアクアマリンの瞳とバッティングしてしまい、たじたじとしてしまうのである。

 実は、このようなやり取りは既に何度も行われていた。一之瀬が天白に声を掛けようとするたび、天白のつぶらな瞳になんだか目を合わせられないのである。

 何故天白が執拗に見つめているのか、一之瀬が耐え切れず目を逸らしてしまうのかについては理由があるのだが、それは後ほど触れる事としよう。

 

「帆波ちゃん……やっぱり、百合の事、苦手?」(おうこらワレこら、私の百合の何が不満なんですかこら)

「ち、違うの! 苦手って訳じゃなくて……桔梗ちゃんの幼馴染だし、仲良くなりたいんだけど……!」(だって……でも、うぅ……!)

 

 櫛田が悲しそうに目を伏せると、一之瀬も慌ててそうじゃないと否定する。

 尚二人がどのように思っているかは副音声の通りである。

 

「百合さんが苦手でないのなら、先程から何故目を合わせようとしないんですか?」

「多分、天白も一之瀬に声を掛けてもらえるのを待ってるんじゃないか?」

 

 坂柳と綾小路からも、非難というわけではなく、純粋に疑問に思ったという声音で問いが投げかけられた。

 神室は何も言わない。ただ、あの噂に聞くレベルの聖人の一之瀬が、心優しき妖怪『ほぐし入道』である天白を嫌うとは思えない為、どんな理由があるのかと興味を傾けてはいる。

 

 そして堀北とは言えば。

 

「まさか、百合が可愛らしすぎて目を合わせられないって訳じゃないわよね?」

 

 と珍しく軽口を叩いた。

 この堀北、元はコミュ障を拗らせたボッチであったが、櫛田と天白の背を見て育った(?)ことと、その親友二人と離れたこと、成長する機会に恵まれた事で場の空気を読めるようになっていた。

 今の軽口についても、ちょっと場の雰囲気が一之瀬を糾弾する方向へと傾きそうだった為、粋な堀北ジョークで場を和まそうとしたのである。

 この後に櫛田辺りが「まさかそんなわけないでしょ~」と更に空気を弛緩させて大団円だ。ナイスプレイ。素晴らしい。後に天白に「良くできました」と褒めてもらえるぞと堀北は内心でドヤっていた。

 

 実際に、普通であればあの堀北の発言は場の空気を見事に切り替える切っ掛けとなっていただろう。

 誤算だったのは、その冗談が思いっきり地雷を踏みぬいていた事であった。

 

「………………」

 

 一之瀬が黙った。

 顔を真っ赤にして、恥ずかしさを隠す様に両手で顔を覆って。

 

「え? ……嘘でしょう、ほんとに……?」

 

 これには一同絶句である。櫛田も「まさか」とまで口にしかけていた為、口をあんぐりと開けて驚いていた。

 

「えっと……その、わ、笑わないで欲しいんだけど――」

 

 恥ずかしさで消え入りそうな声で一之瀬が語るには、幼少期から可愛い物――特に、西洋人形が好きだったのだという。

 幼少期に母が買ってくれた西洋人形を今でも実家の自室に大事に飾っており、この学校に進学した後も、無駄遣いとは分かっていても人形集めを辞められないそうだった。

 そんな一之瀬だが、天白を一目見た時に雷が落ちたかのような衝撃に襲われた。

 ちっちゃくて、ふわふわしてて、まるで一之瀬の好みドストライクな人形がそのまま大きくなったかのような姿に、一之瀬は心奪われた。

 恋ではない。恋ではないのだが、限りなくそれに近い好意の感情を抱いてしまった為、つい恥ずかしくなってしまったのだそうだ。

 

「にゃはは……恥ずかしいなぁ。おかしいよね、もう高校生なのにお人形さんが好きだなんて――」

「ううん、変じゃないよ」

 

 自嘲気味に笑った一之瀬の言葉を否定したのは、櫛田だった。

 

「女の子だもん。可愛い物が好きなのは、ぜんぜんおかしなことじゃないって私は思うな!」

「桔梗ちゃん……」

 

 この時の櫛田の内心は以下の通りである。

 

(いい趣味……してるじゃん、親友……)

 

 先程までの内心の喧嘩腰が嘘のようだ。櫛田ハンド@球体関節がいつもより多めに回っております。

 よほど過激派な同担拒否でもない限り、好みの共有というのは親近感を得やすい。

 櫛田の好みとは言うまでもなく天白そのものであり、人形か本人かという違いはあれど、それをど真ん中ドストライクと言ってくれた一之瀬に、櫛田はあっさり親友判定を下した。ようこそベストフレンド。歓迎するぜ。

 

「…………」

 

 そしてそれを聞いた天白の行動は早かった。

 さっと櫛田の足の間から離れると、一之瀬の席に近づき、「ん」と声を出して両手を広げた。

 ハグしろよの合図である。

 

「えっ……えっ?」

「あはは……百合も、『そんなにわたしの見た目が良いのであれば抱かれてもいい』って言ってるよ」

「なんで今の一文字だけでそこまで読めたんだ……?」

 

 文字数にして26倍である。恐ろしい程の意思疎通であり、綾小路もこれには「さすがは幼馴染ってやつだ……」と内心舌を巻いていた。ちなみにその認識は間違っている。

 

「……いいの?」

 

 恐る恐る問いかけた一之瀬に、天白は無言で首肯し肯定の意思を示した。

 

 そして震える手で天白の背に手を回し――

 

「っ……はぁぁぁ~~っ!♡」

 

 即堕ちした。特別大サービスで、天白からもぎゅっとし返されて一之瀬は恍惚とした表情をしている。

 ちなみに、天白の身長は小柄な坂柳よりも更に低い驚異の140cmであり、これは小学五年生女子の平均身長とほぼ同値である。

 

 理想のお人形さんがそのまま大きくなり、しかも動いて自分を抱きしめてくれるとの事もあり、一之瀬は「多分私、今この瞬間世界で一番幸せな自信がある……」とトリップしかけている。

 この光景を目撃している他のメンバーはというと、

 坂柳は「あらあらまあまあ」と微笑まし気に――いや、あまりの堕ちっぷりに今後もいい関係を続けられそうだとほくそ笑んでおり、

 綾小路は「いいな、アレ」と美少女と可愛いが抱き合っている姿を眩しそうに目を細めながら眺め、

 神室は「またやべえのが増えた」と頭を抱え、

 堀北は「羨ましい」と素直に嫉妬していた。

 なんだこいつら。

 

「はぁ……ありがと、天白ちゃん……ううん、私も百合ちゃんって呼んでいい?」

「……構わない。わたしも、帆波ちゃんと呼ぶ」

「ふわぁ~っ!♡」

 

 夢が叶った少女のように、一之瀬は熟れた林檎が如く頬を赤く染めながら歓喜の声を漏らした。

 そうしてしばらく天白ハグを堪能した後、意を決したように天白と――櫛田へとある願いを口にした。

 

「桔梗ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど――少しの間、百合ちゃんを借りてもいいかな?」

「え? 私は別に、百合がいいならいいけど……何をするの?」

「うん。百合ちゃんに……相談があるんだ」

 

 そう言った一之瀬の目は、何か自分を大きく変えようという決心をしたかのような、決意を宿していた――。

 

 

 

 

 

 

 

 後日の話。

 

「あ、そうだ百合。そういえばなんで帆波ちゃんの事をずっと見つめてたの? しかも何も言わず無言でじーって」

「……あれは別に、帆波ちゃんを見つめてたわけじゃない」

「うん? どういうこと?」

「……すっごいおっぱいだなって思って」

「………………うん?」

「……ちょっと他ではお目にかかれないくらいおっぱいだったから、帆波ちゃんの顔を見る振りして観察してた」

「………………」

「……観察した結果、やっぱりわたしは桔梗ちゃんのおっぱいが良いって思った」

「も、もうっ! またそんなこと言って! でもうれし~! ありがと百合~! 大好き~!」

 




またあの妖怪が原作キャラをダメにしてる……

次回はちょっと更新遅れます
裏の方で書きたいことが出来たので

アンケート追加しました。
やりたいプレ――やりたいリフレクソロジーは決まりましたが、誰を生贄にするか
よければ参考にさせてください


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カルテ:一之瀬帆波① 後

いつも高評価、お気に入り登録、感想ありがとうございます。

なんか筆が進んだんで、後編投下します。アンケート結果の反映は次回から。

後半ちょっとじめじめ注意報です。



 

 

 

 一之瀬から内密に相談があるということで、天白が連れてこられたのは一之瀬が宿泊している部屋だった。

 ルームメイトは外出しているようで(そうでなくとも、人払いをしたのだろうが)、現在部屋は天白と一之瀬の二人きりだ。

 

 ここに来る前にカフェでテイクアウトした飲み物をテーブルに置き、一之瀬に促される形で対面に向かい合うように腰を下ろした。

 

「…………」

「…………」

 

 なぜか無言で。

 

 この一之瀬穂波は天白の容姿が自身の理想のお人形さん像であった為、そわそわと落ち着きがない。わああ可愛いいと限界化しているのだ。落ち着け。

 そして天白はというと、クッションに腰かけた事でローテーブルによって胸から下が隠れており、机に乗っかりそうなお化けバストに目を奪われていた。しかも性質が悪いことに視線はしっかりと一之瀬の目に向かっており、広い視野角で捉えた胸に意識を割いているため、見られている方もそうと気づかない悪辣さ。一之瀬気づけ! その理想のお人形さんはお前のおっぱいを見て「すっげ……」と夢中になってるおっぱい星人だぞ!

 

 さすがにずっと無言でいるわけにもいかないので――天白としてはこのままずっと観察していてもいいくらいなのだが――一之瀬が意を決して口火を切った。

 

「えっと、ごめんね百合ちゃん。時間をもらっちゃって」

「………………」

「ゆ、百合ちゃん……?」

「……! 気にしないで。桔梗ちゃんのお友達なら、全然かまわない」

 

 こいつはおっぱいに意識を割きすぎて声をかけられたことに気づいていなかったようだ。最低過ぎる。

 

 気を取り直して、本題に入る。

 さすがに天白もおっぱいへの意識を10割から2割まで減らして話に集中するようだ。もっと集中しろ。

 

「……それで、相談っていうのは?」

「えっと、そのぉ……」

 

 天白から話を切り出すと、一之瀬はもじもじ指先をこすり合わせながらもゆっくりとその悩みを打ち明け始めた。

 

「えっとね、最近肩こりが酷くって……」

 

 一瞬で打ち明け終わった。カフェでしていた決意の瞳はこの肩こりと決別をしたいというだけのものだった。表情の重さに対して悩みが軽すぎる。もっとTPOを弁えて表情を作ってほしい。

 

 と、普通ならそう思うところだが、一之瀬にとってそれは割と深刻な悩みだったのである。

 肩と首、両方が痛み授業も集中できないし、それによって最近は軽い頭痛まで引き起こし、耳も閉塞感を感じたりもする。

 日常生活にだいぶ支障をきたすレベルで悩まされていた。

 病院に行けと言いたいところだが、一之瀬は肩こりで病院に行くのは……とちょっと及び腰だった。

 これは大変危険な事である。肩こりとは筋肉が緊張することで血行不良が起こり、それによって引き起こされる症状だ。これは放っておくと一之瀬が感じている症状以外にも、激しい頭痛や吐き気、指先の痺れを感じるようになってしまうことがある。そうなるともうそれは肩や首の筋肉だけの問題だけでなく、脳神経や血管に異常が生じてしまっている可能性があるのだ。最悪の場合、脳梗塞等の大きな問題を引き起こしてしまうこともある。

 そのため、肩こりが酷いときには自己判断せず、必ず医療機関に相談をしよう。症状によって整形外科や脳神経内科、場合によっては心療内科を受診しなければならないので、まずは自分の症状をしっかりと把握することが大切だ。

 

 話が逸れたが、酷い肩こりというのはそれほど危険が潜んでいるため、さすがの天白も表情を強張らせて即座に問診を開始した。

 急に雰囲気が変わり真剣な表情となった天白の姿に戸惑いながら――ギャップにちょっとキュンとしながら――も質問に正直に答えていく。

 

 問診の結果、指先の痺れやボーっとすることが多くなるなど、神経や脳の問題は確認できなかったので、ひとまず天白は安堵から胸を撫でおろした。が、素人判断でしかないので、後日必ず病院へ行き、検査をしてもらうように約束をした。

 

「でもなんで私だけこんなに肩こりが酷いんだろう……」

 

 そりゃそのおっぱいのせいやろがい! と言いたいところだ。

 

「……そんな大きいものぶら下げてたら、そうなる」

「え、へっ!?」

 

 実際に言った。しかも指もさした。

 あけすけな天白の言葉に、一之瀬は顔がかぁーっと熱くなるのを感じた。

 

「……おっぱいが大きいと肩がこりやすいっていうのは、本当のこと。何故かというと、普通に重たいから肩や首に負担がかかるのが一つ。ブラとかで支えてても、肩紐が圧迫して血流が滞るのが一つ。おっぱいが大きいから上半身が動かしにくいのが一つ。さらに胸を張るのが恥ずかしく感じる人だと猫背になるから余計な負荷がかかるのが一つ。これだけ理由がある」

「ほぇ~……」

 

 あんまりな物言いに驚き恥ずかしがった一之瀬だったが、スラスラと出てくる理由がどれも当てはまり、驚きが羞恥から関心へと切り替わり感嘆の声を漏らした。

 天白はおっぱい星人であるが、アマチュアとはいえ立派な整体の資格持ちなのだ。しかも実力もかなりの数の女生徒がお墨付きをするレベルの物。

 高度育成高等学校で唯一、生徒でありながらマッサージ店を開業したのは伊達では無いのである。

 

 そして、天白は話を締めくくる様にこう言った。

 

「……つまり、そんなにおっきいおっぱいをしてるのが肩こりの原因」

「酷い言われ方!?」

 

 台無しだった。

 ほらまた一之瀬が恥ずかしさに顔を赤くしている。……顔が赤くなるということは、それだけ顔に血流が集まっているということであり、むしろ血行が良くなったのでは? まさか天白はこれを狙ってわざと恥ずかしがるような言い方をした……ってコト!?

 まあそんなわけは無いのだが。

 

 ちなみに、天白の目から見て肩こりの原因はそれだけではないとは見抜いていた。おっぱいおっぱい連呼しながらも、一応はきちんと診断をしていたのである。

 その原因は、恐らくストレスの蓄積だと天白は睨んでいる。

 肩がこる原因は、「同じ姿勢」「運動不足」「眼精疲労」「ストレス」の四つが四大原因と言われている程に多い。

 この内、「同じ姿勢」というのは肩や首に負担がかかる事を指すので、胸が大きいというのはこれに含まれる。

 「運動不足」や「眼精疲労」は、学生であるしデスクワークをしているわけでもないのでそこまでひどくなる原因としては弱い。もしそうであれば中高生は全員漏れなく肩こりになってしまうからだ。

 とすると、消去法で「ストレス」という事になるのだが、これは現時点では聞き出せないだろうなと天白は思っていた。自覚してるかは分からないが、それは『悩み』といって差し支えないものであり、それを聞き出す為にはもうちょっと踏み込まなければならない。

 

「えっと、じゃあこの肩こりってこの先もずっと付き合わなきゃいけないのかな……」

 

 天白から肩こりの原因(一部だけ)を聞いて、表情を暗くし落ち込む一之瀬。

 肩こりはそれ自体がストレスになりやすく、ストレスによって肩こりも慢性化し、さらにストレスが溜まり……という負のループに陥ってしまう。

 が、重度のものならまだしも、現状であればマッサージやストレッチでなんとかなりそうだというのが天白の診断だった。

 

「……大丈夫。シャワーやお風呂を浴びたあとにストレッチをすれば、少なくともそこまで酷い肩こりにはなりにくくなる」

「ほんとっ!?」

 

 希望を持たせるような天白の言葉に、一之瀬は一転してパッと明るい顔になった。表情がころころ変わって可愛いなちくしょうと天白は思った。

 

「……それは後で教える。今は肩を動かすのも辛いだろうから、まずはそれを治すところからやる」

「と、言うと……?」

 

 天白はふふん、と自慢気に鼻を鳴らし、一之瀬に対してこう告げた。

 

「まずは帆波ちゃんの肩甲骨を――引っ剥がす」

「にゃっ!?」

 

 ちょっと恐ろしい言い方に一之瀬が猫みたいな悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

「もう……骨を引っ剥がすとか言うからびっくりしたよぉ」

 

 取り敢えず風呂に入って温まってこいと命令され、言われるがまま船内にあるスパで湯浴みをしてぽかぽかとなった一之瀬が、ぷうと頬を膨らませながら怒った風に言った。いちいち可愛いがよ……。

 

「……間違ってはない。実際に、肩甲骨剥がしっていう名前で通ってる」

 

 肩甲骨剥がし。一見猟奇的な言葉に聞こえるが、れっきとしたマッサージ・ストレッチの名称である。まあ肩甲骨が物理的に剥がれるわけもなく、医学的根拠が無いただの通名であるが。

マッサージ店や整骨院等の広告で見かけることも最近は増えたこのマッサージ方法は、一言で言うなら肩甲骨周りの固まった筋肉を解して肩の動きをなめらかにするというものである。実際にベリベリと肩甲骨を剥ぐ訳では無い。鶏肉じゃないんだぞ

 

 肩甲骨には、数にしておよそ17種類もの様々な筋肉によって、様々な部位と繋がっている。胴体にはつながっておらず、鎖骨のみと繋がって少し浮くようにして存在しており、この骨が腕を自由に動かす補助を行っているのだ。

 これ以上は長くなるので詳しくは割愛する。要は、背中の上部にある羽のようにパタパタ動く骨の周りの筋肉を解すということだ。

 

 天白は一之瀬の肩甲骨の前にまずブラを引っ剥がし(もちろん上はTシャツを着させたままだが)、施術台に腰掛けさせた。

 そして自身はその背後へと周り、左腕を取って上と持ち上げた。

 ゆっくりと肩と平行になるまで上げ、そこからさらに速度を落としながら腕の可動域を調べる。

 

「……ここまで上げると、痛い?」

「にゃ、大丈夫、だけど……ちょっと苦しい」

「……分かった。じゃあ次はこっち」

 

 そうして両腕がどこまで動くのか、そして範囲に違いがあるのかを把握した天白は、比較して症状が重そうな左腕から先に解すことにした。

 一之瀬に手のひらを自分の肩に置くように指示し、天白は肩甲骨のくぼみに手を当て、肘を取ってぐるぐると回す。

 

「わ、わ、すごい。なんかゴリゴリって音がするよ」

「……筋肉が固まってるから、そういう音がする」

 

 順回し、逆回し、肘を引っ張って胸を張らせたり、逆に押して肩を開かせたりを続けていると、次第に肩から臼を引くような音がしなくなっていった。

 

 そして天白は告げた。

 

「……じゃ、挿れるね」

「えっ……へ?」

 

 困惑する一之瀬をよそに、天白は掛け声と共に一息で手のひらを突っ込んだ。

 

「……えいっ」

「ひゃああっ!?」

 

 一之瀬の肩甲骨のくぼみの中に、天白の小さな手のひらがずぼっと入り込んだ。

 

「えっ!? 何!? 今私何されてるの!?」

「……これより、直接肩甲骨を引っ剥がします」

「怖い!?」

 

 

 もちろん天白はお茶目で言っただけであり、手羽を割くように肩甲骨をべりべりと引き裂く訳ではないので安心してほしい。

 肩甲骨とは、先に説明した通り体幹とは直接つながっておらず、鎖骨によって宙に浮くような状態である。なので、普通に指が入る。マッサージ店とかに行くとズボってされるのだ。

 

 そして肩甲骨の隙間に手を突っ込んだ天白は、そのままより深部の筋肉を解すために手を動かしていく。

 

「ひゃっ、やっ……すご、そんな奥まで……! ふにゃあああっ♡」

「……ここ? ここ気持ちいい?」

「あっ!? そこ……!♡ ビリビリってするのっ♡ 奥っ、奥ぐりぐりしちゃだめぇ……!♡」

 

 肩甲骨剥がしである。

 肩甲骨剥がしなのである。猥褻は無い。

 

 天白が好き放題一之瀬の肩甲骨を蹂躙し、施術を終える頃には一之瀬は息も絶え絶えになっていた。

 汗でぴっとり張り付いた前髪が艶めかしい。

 

「ふにゃああ……すごかった……♡」

「……それは何より」

 

 一之瀬はへとへとだ。なので、続けられた天白の言葉に絶句した。

 

「……じゃ、逆側やるね」

「へ……?」

 

 この後めちゃくちゃ肩甲骨を剥がされた。

 

 

 

 

 

 

「わわわっ……! すごい! すっごい肩が軽い!! 羽みたいだよ!!」

 

 両腕共に十分にほぐされ、重荷を下ろしたかのように軽くなった肩に感動して「みてみて!」とぐるぐるしてみせる一之瀬に、天白はぐっと親指を立ててサムズアップしてみせた。

 

「……これは応急処置みたいなものだから、しばらくするとまた固くなっちゃう。その度にやってあげてもいいけど、自分でも出来るストレッチがあるからそれを教える」

「わ、ありがとう!」

 

 肩甲骨剥がしは調べればストレッチ方法がいくらでも出てくる。要は普段あまり動かさない部分の筋肉を動かして温めればいいので、色々試してみるといいだろう。

 天白が教えたのは、一回3分程度で終わる簡単で効率的なストレッチの方法だった。

 尚、天白が自分でやってみせるのを真似していた一之瀬だが、彼女が誇る九一式徹甲弾が如きキャノンボールおっぱいがぶるんぶるんと凄まじく火を吹いていた事を追記しておく。

 

 ストレッチ方法を伝授した後、せっかくだからということで腰のマッサージも行うことにした。

 何故かというと、腰の筋肉が硬いと仰向けで寝にくく寝返りが打ちにくい。そして横向きで寝続けてしまい、結果肩に負担がかかってそれも肩こりの原因となってしまうからだ。

 

「あぁ~……きもちいい~……」

 

 一之瀬も腰がほぐされていく感覚に思わずだらしない声を上げてしまっていた。

 

 両足をもって転がすように左右に振り、ほぐれのバランスを取っている時に(尚、櫛田をも超える脅威の93ヒップも同時にふるふると揺れている)一之瀬が何の気もなしに問を投げかけた。

 

「そういえば、さ……百合ちゃんはどうしてこういうことをしようと思ったの?」

「……マッサージの事?」

 

 こくりと頷いた一之瀬。天白はそうだなぁとかつてを振り返るように視線を斜め上に向けながら言葉を紡いだ。

 

「……最初は、桔梗ちゃんを癒やしたくてやった」

「桔梗ちゃんを?」

「……そう。桔梗ちゃんは凄い子だった。けど、頑張りすぎて、ちょっと疲れてるように思った。だから、わたしがそれをなんとかしてあげたくて、してあげたの」

「そうなんだ……」

 

 一之瀬は「優しいいい子だなぁ……」とほんわかとした気持ちになった。

 尚、初めてマッサージをした時は櫛田の服をひん剥いてベッドに転がしてから『へっへっへ……大人しくするんだなお嬢ちゃん』と変なキャラ付けで強制マッサージを行ったのが真実である。

 思いは純粋なれど、絵面が酷い。

 なお、あの変なキャラはどうして出てきたのかは櫛田をもってしても理由が未だに分からない最大の謎となっている。ちなみに天白も分かってない。

 

「……今は、わたしがマッサージしてあげることで、誰かの悩みとか、つらい気持ちとか、そういうのをほぐしてあげられるのが嬉しくて、やってる」

 

 いつのまにか、お店開く事になっちゃったけどと天白は照れくさそうに笑った。

 その言葉を聞いて、一之瀬は――

 

「……あの、ね。わたっ、私、私……っ!」

 

 何かを打ち明けようと、苦しみを吐き出そうとした。

 しかし、喉につっかえがあるような、吐き出すことへの恐れから中々それを口にすることが出来ない。

 

 天白はただ静かに待った。彼女が勇気を出して何かを伝えようとしている。その邪魔をしないように、ゆっくりと腰を揉み解してあげながら、無言で彼女の勇気に対して頑張れとエールを送り続ける。

 

 そしてその思いが伝わったのか、一之瀬は声を震わせながら、ついに言った。

 

「私っ……本当は、悪い子なの!」

「…………?」

 

 天白は何言ってんだこいつって顔をした。

 うつ伏せの一之瀬はそれに気づくこともなく、一度口に出来たからか、堰を切ったように内に抱えていた物をぶちまけはじめた。

 

 一之瀬は語った。

 家が母子家庭で裕福では無かったこと。

 中学三年生の時に母が過労で倒れ、妹の誕生日プレゼントを買ってあげる事が出来なかった事。

 今までずっと我慢を続けてきた妹が、期待が裏切られた事で感情の制御が出来なくなってしまい、つい泣いてしまったこと。

 

 そして一之瀬は、そのプレゼントをデパートで万引きしてしまったこと。

 それが母にバレて謝罪に行き、許されてしまったこと。

 それが原因で、半年近く家に引きこもったこと。

 

「だ、だかっ……だからね……! わた、私は……っ! いい子じゃないの……っ! なのに皆、わ、私の事を、凄いって、いい子だって……! ひぐっ……、違うのに……、私は、そんなんじゃ、なくて……っ!」

 

 止めることの出来ない感情の発露に、一之瀬の紺碧の瞳から涙がボロボロとこぼれだしている。

 枕に顔を埋め、嗚咽を漏らしながら泣き続ける一之瀬を、天白は助け起こしてから強く抱きしめた。

 

「あっ……」

「……よしよし」

「百合……ちゃん……」

「帆波ちゃんは、頑張った。頑張ったね……」

「百合ちゃん……っ! 百合ちゃん……! うわああああん!!」

 

 身体を包み込むような暖かさと柔らかさに、一之瀬はついに声を上げて泣き始めた。

 その彼女が落ち着くまで、天白はあやすように優しく背中をさすり続けたのだった。

 

「……ごめんね、みっともないところ見せちゃって」

「……ん。平気」

 

 一之瀬が落ち着きを取り戻したのは、それから十分程経過してからだった。

 泣いたことで目が充血し、涙袋がぷっくりと膨れた顔で、一之瀬は照れくさそうにそう言った。

 一之瀬は落ち着くと身体を離そうとしてきたが、天白が抱きしめる力を強めた為、今も抱き合う格好のままだ。

 

「……帆波ちゃんの悩みは、分かった。そのうえで、言いたいことがある」

「……うん」

 

 天白は自分の思ったことを頭の中で言語化し、口を開く。

 一之瀬は何を言われようと受け止めるつもりで、静かに言葉を待った。

 

「……帆波ちゃんは、おばか」

「えっ…………へ?」

 

 ちょっと予想外だったのでびっくりした。

 

「……話を聞くに、帆波ちゃんが辛いって思ってるのは、自分が悪い子なのに皆から凄い凄いと崇拝されていること」

「す、崇拝って……」

 

 一之瀬は崇拝という言葉に思う所があったようだが、これは何も的外れというわけではなかった。

 Bクラスは団結力が強い。

 能力的にはAクラスよりやや劣るものの、チームワークという点では他のクラスよりも突出してると言えるだろう。

 ……訂正する。この妖怪とコミュ力おばけのせいでAクラスも非常に強く纏まっているため、DとCクラスよりも団結力が強い。

 

 しかしAクラスが四人を頂点としているのに対して、Bクラスは一之瀬帆波一人を頂点としている。

 それが、どれだけ彼女に重責を背負わせているかを知らず。

 

 自分は『悪い子』だから、人に優しくしなければならない。そういう強迫観念の元、一之瀬はクラスメイト全員に人当たり良く接した。

 元々優秀だった――入試成績で1位を取得するほど――事に加え、容姿の良さ、そして性格の良さから瞬く間にクラスのリーダーに祭り上げられてしまった。

 

 人に優しく接することは、苦ではなかった。元々の資質が天白と似ている為、人の為に動く事は苦ではない。

 しかし、それによって「凄い」「偉い」と褒められる度、一之瀬の心は軋みを上げていったのだ。

 自分は悪い子なのに何故、と。

 

 自分の事を『悪い子』だと思い込もうとしている一之瀬にとって、それは非常にストレスになる事だった。

 

「……帆波ちゃん、理由があるとはいえ、万引きは悪いことです」

「っ……うん、だから私は――」

「なので、帆波ちゃんはごめんなさいをしました。そしてデパートの人は許しました。これでおしまい」

「えっ……」

「……帆波ちゃん。貴女は悪い子だから……その贖罪の為に人に優しくしなければいけないって言ってたけど」

 

 天白は少しだけ身体を離し、一之瀬と目を合わせた。

 アクアマリンと紺碧、二つの青が交差する。

 

「……許してあげてないのは、帆波ちゃんだけだよ」

「あっ……や……」

 

 一之瀬は目を見開き、わなわなと身体を震わせ始めた。

 

「……帆波ちゃんは、自分が思ってるよりも、優しい。だから、許されちゃいけないと思ってる」

「ち……ちが……」

「違わない、の。ずっとずっと苦しかったね。でも、もういいんだよ。帆波ちゃんは……頑張った帆波ちゃんは、もう、自分を許してあげても、いいの」

 

 一度は収まった涙が再び一之瀬の目元に浮かび上がり、そのままつうと頬を伝った。

 

「いいの、かなぁ……私は、もう、悪い子だって……思わなくても……いいのかなぁ……っ!」

「……許してあげるのは、帆波ちゃんだよ。……帆波ちゃんは、どうしたい?」

「わかんないっ……わかんないよぅ……」

 

 一之瀬はいやいやと駄々をこねるように頭を左右に振りながら、天白の肩へと頭を押し付けた。

 

「……むずかしいよね。こればっかりは、帆波ちゃんの気持ち次第だから。わたしで良ければ、いつでもお話、聞くから。つらいって思ったら、おいで? マッサージしてあげる」

「百合ちゃん……」

 

 一之瀬は天白の肩に顔を押し付けたまま、すんすんと鼻を鳴らし、嗚咽を零し始めた。

 伝えたいことは伝えた。後は一之瀬がどう折り合いをつけるかだ、と天白は一之瀬の頭を優しくなで続けてあげたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「……うん」

 

 そこから更に十分程で、一之瀬は泣き止んだ。

 しかし、鼻をずびびと啜りながらも天白の肩から顔を離すことはなかった。

 シャツが一之瀬の涙やら鼻水やらでべちょべちょになっているが、天白は気にならない。なんなら櫛田にマッサージを施して上げたときも、場合によってはそうなることが多々あるので。

 どんな場合かって? ……みなまで言うな。

 

「……ありがとう、百合ちゃん。ちょっとスッキリしたかも」

「……よかった。さっきも言ったけど、いつでもお話しに来ていいから。マッサージとかも、してあげる」

「ううん、マッサージは、ちゃんと予約する。だから、お願いがあるんだけど……」

「……なあに?」

 

 一之瀬は天白抱きつく力を少し強め、ぐりぐりと頭を擦りつけながら言った。

 

「また……こういう風に、ぎゅってしてもらってもいいかな……?」

 

 耳まで赤く染めながら、恥じらう様にそう言うと、天白はふわりと微笑みながら「もちろん」と優しい声で返した。

 

 この日以降、Bクラスでは一之瀬のワントップではなく、彼女が信を置く人物『神埼隆二』と『白波千尋』の二人を幹部に据え、三人チームでクラスを導くようになった。

 そして時折、一之瀬が天白マッサージ店の予約申請をしまくる姿があるのだが、それはまた、別のお話。

 




今度こそ少し間開くと思います。許して。

Q.白波千尋の脳が破壊されちゃう……
A.実は破壊されてない。なんでかはまた今度触れます。でも妖怪のせいって事だけは回答しておきます。

帆波ちゃんのケアについては、完全解決ではなく本人次第というとこに決着つけました。あの子の抱えてる事は回答出すのが難しいんよ……!

なんかまた妖怪がたらしこんでますが、メインヒロインは変わらず桔梗ちゃんです。
トゥルーエンドは桔梗ちゃん√なので悪しからず。
ハーレムルート? ……か、考えておきます。



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エステアソート あらかるて①

いつも感想・高評価ありがとうございます。
また、アンケート回答ありがとうございました。全員分やらせていただきます……。

全員やれ以外の回答が多かった順の登場となります。今回は一之瀬と坂柳。
やりたかったプレイは一之瀬に担当してもらいます。


 

 

 

 無人島での特別試験を終え、あとは豪華客船の中でゆるりとバカンスを楽しむだけ――と言うとでも思っていたのか?

 そう高度育成高等学校の悪意が聞こえてくるかのように、無人島試験を終えてきっかり三日後に新たなる試験の開始が告げられた。

 

 そして終わった。

 

 あっという間だった。

 説明されたルールを把握し、「これは会話をすることで特定の人物を見つけ出す人狼ゲーム!」とちょっと楽しくなっていた天白だったが、試験は翌日には終了となった。

 試験が終わったわけではなく、ご存知コミュ力おばけにIQ200(天白主観)の天才少女、最近ちょっとコミュ力が改善した元・孤高(笑)の少女の三人組。

 さらにD・B・Aのリーダー格となる少年少女達が寄り集まり、集合知によって即座に人狼の法則を割り出した為、何をするまでもなくおしまいとなってしまったのである。あーあ。

 

 そんでもって、じゃあパイの分配だとばかりにCクラスを食い散らかし、余裕のあるAクラスから少し譲渡したりと本当にやりたい放題やった。

 Cクラス以外のリーダーは元は天白、櫛田、坂柳、堀北の四名だけでやろうと決意していた野望に賛同を示してくれたため、この様な結果とあいなったのだった。

 

 Cクラスはなんでハブられたかというと、現在のリーダーが絶対に賛同しないと分かりきっていたからだ。

 

 天白達の野望というのは、全クラスが手を取り合わなければ達成が困難なものなので、Cクラス――正確には、Cクラスリーダーの龍園には協力させることが非常に難しいだろうというのが全員の共通認識だった。

 

 なので、彼をぶっ潰す事にしたのである。

 

 とは言っても、破滅させるだとかそんな話にはならない。暴力でクラスを支配し、「黙って俺に従え。勝たせてやるから」と独裁体勢を敷く彼をけちょんけちょんにやっつけて、求心力が無くなった所で別の頭にすげ替えるだけである。

 実質的な植民地支配? 違う違う。内部で革命が起きて、新しいリーダーが協力的になるだけ。私達、ワルクナイヨ。

 

 まあ、それでも抵抗を続けるというのなら仕方ない。その場合は妖怪『ほぐし入道』によるメンタル改善コースを振る舞うだけである。

 

 話が逸れたが、そんな感じでD,B,Aクラスによるクラスポイント食べ放題パーティは終了となった。

 観察眼には自信のあった天白は、これは自分も活躍できる機会! と息巻いていたのだが、一瞬で試験が終わってしまったためちょっとだけしょんぼりとした。

 まあ、そもそも彼女が人狼だったのでその観察眼も発揮出来る事はなかったのだが。

 

 閑話休題。

 

 というわけで、不意打ちの様に行われた特別試験も終わったため、ここから先は本当にただのバカンスである。

 レストランにカラオケ、高級スパに観劇と娯楽が勢ぞろいしたこの豪華客船で、思うままに夏休みを友人たちと堪能出来る。

 

 なので、天白がやることは唯一つ。

 

「……へいらっしゃい」

「よ、よろしくおねがいしま~す……」

 

 出張天白マッサージ店IN豪華客船である。……バカンスは?

 

 実は、この豪華客船では高級エステが受けられる施設があった。

 スパに併設されたそこは誰でも無料で利用でき、多くの女子生徒がそこに殺到した。

 で、どっかのマッサージ好きの女教師が学校とエステスタッフに掛け合い、天白も一室を利用できるようにしたのだ。何してくれてんだ。

 尚、高級エステを体感した生徒の内、天白マッサージを受けた事のあるものはこぞって「天白ちゃんのやつの方が良かった」と言ってくれていた為、天白はご満悦である。まいどご贔屓にありがとうございます。

 

 この高級エステルームにある備品は自由に使って良いということなので、普段は高くて買えないようなあれやこれやをしいたけお目々になりながら天白は検分していた。

 現在はバカンス中なので、商業としてのエステではなく、完全に天白の趣味で親友たちへと振る舞われる予定だ。

 バカンス? そんなことより奉仕だ。奉仕こそ、我が道也と天白の中の武士の精神もそう言っている。

 

 そしてその出張特別エステのお客様第一号となったのが、なんとBクラスの一之瀬帆波であった。

 一之瀬も、天白の中ではもう既に親友判定となっている。先の一件で親密になった事もそうだが、なんせ櫛田が親友判定を下していたので。

 お前の親友(モノ)は俺の親友(モノ)と、かの有名なジャイアニズムの提唱者もこれにはにっこりだろう。

 

「わ、私エステって初めてで……何をするところなの……?」

 

 一之瀬は期待半分不安半分で部屋の中をキョロキョロと見回している。

 天白専用エステルームは照明を絞っており、ダークブラウンを基調とした室内は薄ぼんやりと暗く、だけども暖かみのある色の照明が照らされているため、隠れ家的でどこか落ち着くような雰囲気となっていた。

 床はスパに併設されている為かタイル張りとなっており、土足厳禁ということで一之瀬も天白も素足のままである。

 ちなみに壁材は防音仕様となっているため、大きな声を出してしまっても安心である。……何をする気だ?

 

「……して欲しいことがあれば、それをする。マッサージでも、エステでも」

「う~ん……どういうものかよく分からないから……」

 

 取り敢えず、おすすめで……と一之瀬は控えめにそう言った。

 天白は心得たとばかりに頷く。

 おすすめということは、好き放題していいということですね? おまかせください。貴女の心も身体もキレイにして差し上げましょう。

 

「……じゃあ、服を、脱げ」

「にゃっ!?」

「……脱、げ♪」

 

 楽しそうな表情で一之瀬の服へと手をかけ始めた天白に、一之瀬は慌ててストップをかけ、どうにか自分で脱衣をする権利を勝ち取ることが出来た。

 そのまま天白に言われた通りに浴室へと入り、湯船で二十分程身体を温めた一之瀬は、バスタオル一枚だけを纏った状態でお風呂から上がった。

 

「あ、あがったけど……」

「……ん、じゃあそこにうつ伏せになって」

 

 指示された通り、施術台に横たわる。

 何かを準備していた天白は、プラスチックの小物いれにそれらを収納し、施術台の近くにあったキャスターラックにそれを置く。

 

 そしてうつ伏せになっている一之瀬を見て、首を傾げた。

 

「……なんでバスタオル巻いてる?」

「え? だって、これを取ったら見えちゃう……」

「……女の子同士で、何を恥ずかしがっている」

「で、でもぉ……」

「……つべこべいわず、脱ぎな、さいっ」

 

 ていっ、という軽い掛け声と共にバスタオルを引っ剥がされ、一之瀬の裸体が露わになった。

 ボリューミーながら引き締まったお尻に、くびれのある腰、そしてうつ伏せになったことでべたりと潰れた脅威的な胸囲(激オモロギャグ)。

 天白はそのつぶれたキャノンボールおっぱいを見て、手打ちうどんの作業工程を思い出していた。まな板にべたんと潰すアレである。

 

「うぅ……恥ずかしいよぅ……」

「……昨日一緒にお風呂に入った時も裸だったでしょ」

「でもその時は百合ちゃんも裸だったもん……」

 

 肌を見せる場所が風呂かそうでないか。そして相手が服を着ているか着ていないかで羞恥心は大きく変わるものだ。それが同性相手だったとしても。

 

「……しょーがない」

 

 恥ずかしくて心地よさを感じられなければ本末転倒だ、と天白はため息をつきながら自らも服を脱ぎだした。

 下着すらも脱ぎ、これで両者共にすっぽんぽんである。

 

「……わたしも脱いだから、これで少しは恥ずかしくない?」

「た、多分……」

 

 状況としては先日の風呂場と同じではあるのだが、これはこれでなんか違う恥ずかしさが無いかな? と一之瀬は疑問に思ったが、天白がここまでしてくれたので言うに言えず、控えめに頷いた。

 天白はもっと恥ずかしがれ。なに? 普段もっと恥ずかしい姿を晒しているやつが三人ほどいるから平気だと? そう……。

 

「……じゃ、はじめる」

「う、うん」

 

 天白はそう言うと、部屋に備え付けられていたシャワーからお湯を汲み、ぱしゃぱしゃと一之瀬の背にかけ始めた。

 

「……熱くない?」

「へ、平気だよ」

 

 一之瀬は何をされるのだろうという不安が少し強くなった。まるでまな板の上の鯉みたいだ。

 

「……今日やるのは、いわゆる垢すり」

「あ、そうなの?」

 

 不安に思っているのを見抜いたのか、天白が施術内容を伝える。

 取り敢えず調理されるわけではないと知り、一之瀬は安堵した。

 

「でも垢すりってよく温泉とか行くと見るけど、実際には受けた事無いなぁ」

「……まあ、そういう人が大半だと思う。学生とかは特に」

 

 人の身体は一定の周期で古い角質が新しい角質に生まれ変わる。

 ターンオーバーと呼ばれるそれによって、剥がれた古い角質が、汗や皮脂、埃などと混じる事で出来る汚れが垢である。

 垢すりとは、それを専用のタオルやブラシでそぎ落とす行為の事である。

 現在日本で広く普及している、温泉施設でよく見かける垢すりは韓国式垢すりがほとんどであるが、実は日本でも江戸初期から垢すり師という職業があるなど、その歴史は長い。

 

 天白がこれから行うのは韓国式の方である。現代で垢すりといったら大体これなので。

 

 天白の小さな手をすっぽりと覆う、ミトンのようなナイロン製の手袋を付け、準備完了。

 お湯でふやかした一之瀬の背中を擦っていく。

 

 

「そういえば、垢すりって垢を落とすだけなのに、どうして人気があるの?」

「……単純に、肌がキレイになる。あと、代謝機能が活発化して、痩せやすくなったりするとも言われてる」

「ほぇ〜……」

 

 その他にも、マッサージ効果での疲労軽減や体臭の改善等、垢すりをすることのメリットは沢山ある。

 痩せやすくなるという言葉に、一之瀬はちょっと関心を示した。別に一之瀬が太っている訳では無いのだが、この豪華客船ではレストランの料理が美味しくてついつい食べすぎてしまったりするので。

 

 すりすり、と背中、腕、脇と擦られるたび、なんだかお風呂で背中を流されているような、不思議な心地よさを感じ始める。

 

「あぁ~……きもちぃ~……」

「……良かった。痛かったら、言って」

 

 天白はそう言うが、痛さとは無縁の、ただただ気持ちがいい垢すりとなっており、一之瀬はぽわんと蕩けた表情でうっとりとしている。

 

 

 それから十分ほどで、一之瀬の背中を擦り終えた天白は、手袋を脱いでその背中に手を触れた。

 

「ひゃっ」

「……いっぱい出た」

 

 天白が手を動かす度に、コロコロと大量の小さな物が背中を擽った。

 

「え、ええっ……!? 毎日シャワーとかお風呂入ってるのに……」

「……身体を洗うだけでは、落ちない垢もある。毛穴に詰まったやつとか」

「う~……なんかハズカシイ……」

 

 垢とは日頃から身体を洗っていても溜まってしまうものだ。

 特に事前にお風呂に入って身体をふやかしていた為、面白いくらいぽろぽろと垢がこそげ落ちていった。

 

 垢すりを受ける、または自分で行う場合は、大体二十分程度湯船で温まってからやると良い。

 逆に、ボディーソープ等で身体を洗うのはお勧めしない。垢が出にくくなる。そして身体を温めるといっても、ドライサウナも良くない。汗はかくし身体も温まるが、肌がふやけるわけではないので。

 サウナは垢すり後に行こう。そうしたなら、君は自らが生まれ変わったかのような感覚を得られるはずだ。

 

「……はい、おわり」

 

 備え付けのシャワーで、背中に浮いた垢を流してあげた後、一之瀬のお尻をぺちんと叩いて終わりを告げる。……今お尻を叩く必要がありましたか?

 

「えっ、終わり……?」

「……うん。上半身……背中と、腕は終わった。後は、表と、下半身が残ってるからやってもいいけど……」

 

 天白は蠱惑的な表情で、視線を一之瀬の腰元へとやり、ぺろりと唇を舐めて言った。

 

「……全部、見えちゃうよ?」

「にゃにゃにゃにゃっ……!?」

 

 流石にそれは恥ずかしすぎると遠慮された。なお、天白は頼まれたなら隅々までやってあげるつもりでいた。こいつ……!

 

 その後はうつ伏せのまま、せっかくだからと髪を洗い頭皮もマッサージされた。一之瀬はめちゃめちゃ気持ちよくなった。 

 

 

 

 

 

 

 本日二人目の客は坂柳だった。

 

「……ウェルカム」

「よろしくお願いします」

 

 施術台に腰かけた坂柳は既に服を脱いで下着姿となっており、ふわりと顔に微笑みをたたえていた。

 判断が早すぎる。

 

「……早速服脱いでるけど、ご希望は垢すり? それともいつもの?」

「そうですね……」

 

 坂柳はふむ、と顎に手を当てて考えた。

 ちなみに下着姿を晒すのはもう慣れたようだ。慣れるな。

 

「垢すりというのも興味がありますが……その、一之瀬さんにしてあげたというものを……」

「……肩甲骨はがし?」

「そ、それです」

 

 どうやら天白は一之瀬が体験した肩甲骨はがしに興味がおありのようだ。

 

「……肩、こってるの?」

「いえ、そういうわけではないのですが……なぜ不思議そうにされているのですか?」

 

 肩がこる程おっぱいねーだろとは言えなかった。

 肩こりの原因はおっぱいだけではないので。

 

「……ん、まあわかった。それじゃ……下着脱いで」

「は、はい……」

 

 一之瀬と違い、坂柳は素直に下着を外し始める。この場合に関しては一之瀬が正しい。坂柳は幼馴染の認識だけでなく、親友(天白)との距離感についてはバグり始めていた。

 脱ぐのはブラだけでよかったのだが、何を勘違いしたのかショーツまで脱いだ坂柳は流石に恥ずかしそうに身体を縮こまらせている。何されるつもりだ?

 

「……わたしも脱いだ方がいい?」

「えっ、な、なぜですか」

「……帆波ちゃんは自分だけ裸だけなのは恥ずかしいって言ってたから」

「……………………おまかせします」

「ん」

 

 坂柳はなぜか長い葛藤があったし、天白はなぜかノータイムで服を脱いだ。なんだこいつら。

 

 肩甲骨はがしをする前に、肩を軽く揉んであげてこりの状態をチェックする。数度にぎにぎとした後に、天白はぽつりと漏らした。

 

「……やっぱり、あんまりこってない」

「そ、そうです――”やっぱり”?」

 

 おっと口が滑った。

 天白は微笑むことで誤魔化した。

 

「……有栖ちゃんは姿勢が綺麗だし、筋トレも頑張ってるから肩がこる原因があまりない」

「あ、ありがとうございます。なんだか照れてしまいますね」

 

 誤魔化されてくれた。ちょろいぜ。

 坂柳ブレインは言葉の裏を即座に見抜く洞察力があるので、先の様な発言をしてしまえば即座に十の言葉で口撃が返ってくるのだが、なぜか今回は上手く働かない。

 今現在彼女の脳内で『薄暗い室内ですし二人とも裸ですしいけない事をしている気分ですはわわ……!』となっている事と関係があるのかもしれない。

 

「……とりあえず、一通りやってみるね」

「は、はい。お願いします……」

 

 天白は一之瀬にしてあげたように、まずは坂柳に両手を肩に当てさせ、肘を持ってぐるぐると回し始めた。

 その途中で、片手を右の肩甲骨に当て、坂柳の右腕を回しながら囁いた。

 

「……ここ。分かる? ぐるぐるーって、動いてるの」

「ひゃんっ……は、はい……わかります……」

 

 肩甲骨はがしに限らず、筋トレやストレッチなど身体を動かす時はどこが動いているのか、どこに負荷をかけているのかを意識すると良い。

 坂柳に肩甲骨はがしは必要なさそうであったが、一応教えてあげると坂柳は顔を真っ赤にしながら頷いた。……ストレッチのアドバイスで赤面を? 妙だな……。

 

「……じゃ、挿れる、ね」

「お、お願いしましゅ……」

 

 坂柳はなぜか緊張している。

 ふむ、身体に力が入っているなと天白は一計を案じた。

 

「……ふーっ♡」

「ひやぁっ!?♡」

 

 耳に息を吹きかけたのである。

 注射を嫌がり身体を強張らせる子供に対し、看護婦さんが気を紛らわせてあげてその隙にぷすっといっちゃうアレである。

 坂柳の肩がびくりと跳ね、脱力した瞬間に左肩甲骨に指をずぶり。いっちょ完了。

 

「あっ……♡ 百合さんのが……私の中に入って……♡」

 

 またか貴様。

 どうやらこの坂柳有栖という少女は、自分の身体に(臍等)天白の手が入り込むことに背徳感と快感を感じるようになってしまったようである。

 幼馴染とDクラスの親友を含めてもだいぶやばい性癖に目覚めてしまったようだ。

 これには高度育成高等学校の坂柳理事長も愕然と――いや、どうやら彼的にはオーケーらしい。良い顔でサムズアップを浮かべた姿が宙にぼんやりと浮かんでいた。

 言うまでもなく幻覚である。

 

「……有栖ちゃんの中、あったかい」

「っ! だ、ダメです百合さん……!♡ そんな、そんなに奥をぐりぐりしたら……っ♡」

「……ここ、とか。……このへんは、どう?」

「あっ♡ だめ、だめですぅ……♡」

 

 無論肩甲骨はがしである。

 肉付きも薄く、またこりもないためスムーズに奥まで侵入した天白が、指を入れた瞬間に坂柳が気持ちよさそうな顔&声をしだしたので「こういうのが良いの?」と好き放題に蹂躙し始めた。

 あまりやり過ぎても逆効果な為(元々そこまでこっていないので猶更)程々でやめてあげると、坂柳はくた……と天白の胸に背を預けた。

 

「……す、すごかったです……♡」

 

 恍惚とした表情でそう告げる坂柳に、天白は満足げに頷いて見せた。

 そして

 

「……そういえば、肩甲骨はがしは肩こりの解消の他にも効果があると聞いた」

「どのような……?」

「……――おっぱいが大きくなる効果がある、って」

「………………百合さん」

「……なぁに?」

「逆側もお願いします」

 

 この後逆側も滅茶苦茶肩甲骨を剥がされた。

 

 尚、肩甲骨はがしによるバストアップ効果は個人差があり、姿勢が改善されることでその効果が表れやすくなるのだが、坂柳は元から姿勢がいいため効果が薄かった事を追記しておく。




なお、この時点で特別な関係になっているとルート分岐をしてR-18の展開になります(エロゲ風味)

某嫁さんを作れるサイトで天白百合のイメージを作りました。

【挿絵表示】

上手く生成できず目の色と髪の色が描写とちょっと違いますが、私の中の百合のイメージはこんな感じです。
あくまでも私の中でのイメージなので、お好きな姿でご想像くださればと。

次回は堀北と櫛田+あるふぁの予定



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エステアソート あらかるて②

すみませんちょっと遅刻しました!

高評価、感想、お気に入り登録、なによりここすきありがとうございます。
こういう所が皆好きなんだなぁと参考にさせてもらってます。多かったのは大人勢とか天白の中の武士の精神でした。なるほど……?


 

 

 

「……らっしゃーせー」

「よろしくお願いね、百合」

 

 三人目の来客は堀北だった。

 彼女は前の二人よりも天白のマッサージを受け慣れており、妙な緊張やいきなり服を脱ぎだすような奇行はしない。

 

「……今日は、何する?」

「いつもので」

 

 受け慣れているため、常連みたいな事を言い出した。飲み屋じゃないんだぞ

 

「……いつものでいいの? 普段できないものも出来る、よ?」

「構わないわ。私はあれこれ手を伸ばすより、自分が好きな一つをとことんやりたいの」

「……わかった。じゃ、準備して」

 

 ジャージを脱ぎ、体操着姿となった堀北が施術台へとうつ伏せになる。

 天白は堀北の腰辺りに跨り、上半身を指圧し始める。

 

 余談だが、通常のマッサージ店では施術時に大きめのタオルを患部にかけ、肌に直接手を触れる事を避ける。

 これは爪などで肌を傷つけないようにする事の他に、マッサージする側も汗をかくため不快感を感じさせないようにという理由がある。また、服の生地によってバラつきが出るのを抑えたり、掛布団のようにすることでリラックス効果を狙っているなども理由に含まれる。

 が、天白のマッサージでは基本的にタオルを使わない。天白の手のひらの温かさこそがマッサージの肝であるので。一応こまめに手汗は拭いているが。

 

 さて、堀北の言う『いつもの』とは、『全身もみほぐしコース 堀北エディション』の事である。

 普通のコースとなんの違いがあるのかというと、足つぼの割合が大きいだけである。こいつ……。

 

 足つぼに比率が割かれているとはいっても、上半身のマッサージに手を抜く事はしない。きちんと上半身をほぐして上げたあとに、待望の足への施術である。

 

 腰から太もも、そしてふくらはぎと指圧を続けていく。

 

 さて、マッサージを受けた後に、施術された部分が痛くなったり、身体全体が怠くなった経験は無いだろうか。

 それは「揉み返し」あるいは「好転反応」という現象だ。

 字面で分かると思うが、悪い方が「揉み返し」で、良い方が「好転反応」と言う。

 

 それぞれを簡単に説明しよう。

 「揉み返し」とは、無理な姿勢で施術を受けたり、指圧が強すぎたりして筋膜や筋繊維が傷つき、炎症を起こしてしまう事。

 「好転反応」とは、身体が解されることで溜まっていた毒素や老廃物が流れやすくなり、怠さや患部周辺に痛みが生じる事だ。

 

 どちらも痛みや怠さが伴うので、見分ける場合はどれくらいその症状が続くかがポイントとなる。

 好転反応は身体が正常な状態に戻ろうとする反応の事なので、2~3日もすれば身体がすっきりとしてくるだろう。逆に、それ以上続く場合は揉み返しと判断しても問題はない。

 

 揉み返しは患部の痛みだけでなく、酷い時には頭痛や吐き気も併発してしまう。

 特に初めてマッサージを受ける場合はする側も受ける側も力加減の具合が分からず、揉み返しになってしまう場合が多い。その為、初めての場合は「ちょっと弱いかな?」くらいで留めておくのがいいだろう。筋肉が凝り過ぎている場合は、その分柔軟性が低く圧の刺激がダイレクトに響いてしまうので。

 

 もちろん天白はことマッサージに関しては天才なので、そのような愚行は犯さない。

 尚、こと堀北に関しては揉み返しによる痛みもまた快感に変えてしまうので、それも幸せなのかもしれないが。

 

「……足裏、やるね?」

「スゥーッ……ええ、お願い」

 

 待望の足つぼマッサージの時間だ。

 堀北は期待に胸を膨らませている。

 

「……えい」

「くぅっ……♡」

 

 堀北の小さな足裏、その土踏まずの部分をぐりっと押してあげると、堀北は「きたぁ!」と嬉しそうに嬌声を上げた。

 その姿はまるで金曜夜に仕事でたまった疲れをアルコールで押し流しているOLのようであり、控えめに言って残念な姿だった。

 これがDクラスでは『深窓の令嬢』が如き評価を受けているのはもう詐欺だろう。

 

 天白の神業的な手腕によって、的確に痛みを感じるポイントを痛みを感じるように刺激していく。しかも、揉み返しや体調不良にならないギリギリのラインをキープして。

 

「……きもちいい?」

「えぇ……っ♡ もう……最高ね……♡」

 

 足つぼでここまでよがる女子高生は世界広しと言えどこいつだけだろう。

 耳だけでイク女子高生とか、へそ掃除が癖になってしまった女子高生とか、特殊性癖の博覧会である。

 特殊性癖同士は引かれあう運命なのかもしれない。大体全部妖怪のせいなのが笑えない。

 

 このまま心ゆくまで足つぼで悦ばせてあげてもいいのだが、せっかくバカンス中なので、普段はしないような事をしてあげたい。

 そう考えた天白は、足つぼを刺激していた手を止めて、うんしょと姿勢を変えた。

 左の足を持ち、少しだけ持ち上げるような恰好だ。

 

 さて、足つぼは基本的に痛いということは以前お伝えしたと思うが、どこが一番痛いのだろうか?

 それは人によって違い、同じ場所でも痛いという人もいれば何も感じないという人もいる。

 だが、ほぼ万人に効く部分があるのだ。

 

「……えいっ」

「っ!? ~~~~~~~ッ!?」

 

 膝裏である。

 膝の裏、その中央にあるツボは委中(いちゅう)と呼ばれるツボである。

 効果はふくらはぎの引きつりや関節症による膝の痛みを和らげる。

 この委中というツボは、『四総穴』と呼ばれる人体にある非常に重要なツボの一つであり、古くは中国が明の時代に書かれた書物に記されている。

 腰背は委中に求むとある通り、腰と背中の疾患にも効く。

 そしてこの委中というツボは――とっても痛いのである

 

「……っく……う……っ」

 

 ご覧の様に流石の堀北と言えど悶絶している。

 

「……ごめん、さすがに痛かった……?」

 

 痛みを快感に変えてしまう堀北が悶絶しているということは、やり過ぎたかと天白も少し不安になってしまった。

 マッサージで痛いのは基本的にダメなのだ。

 だが堀北は違った。

 

「……す、すごいわ……♡ こんな痛み、初めて……♡」

 

 どうやらここでも堀北は感じれるらしい。無敵か?

 

 マッサージにおける『痛気持ちいい』とは『少し痛いけど気持ちいい』の略なのだが、こいつに関しては『痛いから気持ちいい』となってしまっているらしい。恐ろしすぎる。

 

「……………………それはよかった」

 

 天白はもう考える事をやめたようだ。

 

「あ、そういえば……。百合、今度ちょっと会って欲しい子がいるのよ」

 

 うわあ急に冷静になるな。

 

「……Dクラスで?」

「そう。ちょっと引っ込み思案で難しい子なのだけれど……ぜひ百合に話してあげてほしいの」

「……ん、分かった。日程は、任せる」

「助かるわ」

 

 

 

 

 

 

「……マイド――」

「うわああああん! 百合ぃぃぃぃぃ!!」

 

 四人目の来客は当然の様に櫛田だった。

 この櫛田、実は天白セラピーIN豪華客船が開店したにも関わらず、『誰が最初に行くかじゃんけん』でまさかの最下位となってしまい、こうして出番が来るまで悶々とした気持ちを抱えていたのだ。

 

「うぅぅぅうぅぅぅ」

「……よしよし。その分今日は一杯気持ちよくしてあげるからね」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「……うんうん。寂しかったね。今日はもう予定無いから、ずっと一緒に居てあげる」

「うぅぅぅ……?」

「……うん。お風呂も一緒に入ろうね。そのあと、一緒のベッドで寝ようね」

 

 すまないが日本語で会話してくれないだろうか。

 

「もう、今日は百合を独り占めしちゃうんだから」

「……よしよし」

 

 天白は大きな犬みたいに絡みついてくる櫛田を、しょうがないなぁというような顔で受け止め、撫で続ける。

 今更であるが見た目の話をするならば、完全に年上が年下に甘えている構図である。実に素晴らしい。

 

「……よしよし。桔梗ちゃんはかわいいね。いいこいいこ」

「あぁ~……幸せ~……」

 

 へにょへにょとした声で実に幸福そうに表情を蕩けさせる櫛田。

 完全にダメにされている。

 彼女が抱えたストレスが一撫でごとに消えていった。

 つい数日前に公衆の面前でいちゃついていたにも関わらず、もうストレスを貯めてしまったらしい。

 というのも、この出張天白マッサージ店で順番待ちをしている途中、他クラスの友人とスパで遊んで時間を潰していたのだが、不躾な視線をいくつも受けてしまっていたのである。

 櫛田はタダでさえトップクラスの容姿を持っているが、それが常日頃から天白によって磨かれているため、それはもう目を引く。

 ただ「かわいい!」とかであれば機嫌も良くなるのだが、それが「ワオ! 彼女の身体はとってもスケベだね!」となってしまうと途端にストレス源となる。

『可愛く見られたい』と『異性から魅力的に見られたい』は似ているようで違うのだ。

 

 まあそんなストレスも天白に抱き着いて頭を撫でて貰った時点で雲散霧消してしまったのだが。人生イージーモードか?

 

 ぐりぐりと天白のあまり豊かとはいえない胸元に頭を擦り付ける姿は、天白から見てとても可愛いものであったのでいつまでもこうさせてあげたい気分ではあったが、これはただ甘えてるだけではないなと幼馴染特有の勘によって見抜いていた。

 

 要は不安だったのだろう。

 中学生までの頃は、天白の特別な友人――所謂親友と呼ばれる人物は堀北しか存在しなかった。

 それが高校生になった途端、二人も増えた。しかも、三年間を共に――一蓮托生で過ごす事を考えれば、今後も増えないとは限らないというか、むしろ増えないと考える方がおかしいだろう。

 

 それは櫛田も同じではあるのだが、彼女はそれによって、天白の興味関心が自分から離れていってしまうことを何よりも恐れた。

 

 櫛田にとって、何よりも一番でありたいのは、天白の中の一番であるのだから。

 

 だけども、である。『私だけを見て』というクッソ重たい女になるわけにはいかない。既に二人だけのものではなくなった野望を遂げるためには、大勢と友好関係を結ばねばならないから。

 それに、櫛田自身も特別に思った少女たち――堀北、坂柳、一之瀬の三名については、憎からず――むしろ、これからも仲良くしていきたいと思っているのだ。

 自分がそうなのだから、それを天白に強要することなんて出来ない。でも……という少々面倒くさい思考回路になっている。それが今の櫛田だ。

 理屈じゃ説明出来ないのだ。こういう感情というのは。

 

 結果的に、櫛田のその気持は完全に杞憂であるといえる。

 

 なぜなら、天白だってそう思っているのだから。

 いつだって一番かわいくて、一番かっこよくて、一番すてきなのが、天白から見た櫛田である。重たいとか言うな

 天白ですら知らない交友関係というものだってある。いつか自分の側から離れてしまうのではという気持ちは、むしろ天白の方が強い。

 

 二人の違いは、別に離れても勝手について行きますけど? と開き直れているかどうかでしかない。

 

 天白は考えた。

 言葉で伝えたところで、こういうのは表面上は納得出来たように見えても、心にしこりが残ってしまうだろう。なにせ、これだけベタベタしといてまだ不安がっているのだから。

 

 なのでこうする。

 

「……桔梗ちゃん」

「百合……? んむっ!?」

 

 呼びかけ、顔を上げた瞬間に唇を奪った。

 それどころか、腕を後頭部に回して離れないように、隙間をなくすように思いっきりくっつける。

 

「……じゅる……んちゅっ……♡ ぴちゃ……んじゅる……」

「っ!? !?!? ~~~~!?」

 

 こいつ舌まで入れやがった。

 別の生き物の様にうねった天白の舌が、櫛田の唇を強引に割り、口腔内へと侵入する。

 舌を絡め取り、上顎をなぞり、歯茎の裏を刺激した。

 

「ひゃっ……♡ んむっ♡ ふぁっ♡ あぇ……~~~~~っ!?♡」

 

 口の中というのは敏感なので、もちろん性感帯となりうる。

 たまらずあえぐように舌を突き出してしまった櫛田は、その直後に天白の口に捕まってしまい、ちゅううううっと吸い出されてしまう。

 

「……ぷぁっ。……わかった? わたしの気持ち」

「ひゃ、ひゃい……♡」

 

 数分間に渡るキス責めの後、ようやく口を離した天白は、櫛田の顎をくいと持ち上げてそう聞いた。

 口の端に透明な橋をかけながら、櫛田はとろんとした表情で頷く。

 

 これが一番早いと思いますというくらいの気軽さで行われたえぐいキスだが、これでもまだ二人は付き合っていないと言い張るだろう。

 もうここまでしておいて付き合って無いというのは、推理漫画で証拠も全て突きつけられたのにも関わらず「違います」と否定するくらい見苦しい言い訳でしかないのだが、本人たち的には付き合ってないのである。

 言葉にして伝えていないので、限りなく恋人に近い何かだとしても、例え本人たちの認識ももう幼馴染の枠を超えた関係であったとしても、付き合ってないのである。

 もうくっついちゃえよとも思うが、一応二人の中でも「恋人にならない理由」というものが存在する。それについては、またどこか別の機会で。

 

 だが、ここまでディープなやつをかましたのは流石に初めてであり、それを考えると一線は超えたのは確かだ。

 天白は色に濡れた表情で、とろとろに溶けてしまった『完堕ち』という表現が妥当である顔をした櫛田に対して、こう囁いた。

 

「……今日はとことん、わたしの気持ちを分からせてあげる。……どろどろにしちゃうから、覚悟して、ね?♪」

「はい……♡」

 

 櫛田はこの後どろどろに溶かされた。

 

 

 

◇おまけ 担任教師共

 

 

 

「天白は垢すりまで出来るのか……すごいな、お前は……」

「……お気に、めしました? 茶柱先生」

「あぁ……身体が生まれ変わるようだ……」

 

 部屋一つを使えるように取り計らってくれた恩もあり、後日、天白は茶柱をエステルームへと招いていた。

 尚、流石に茶柱は全裸ではなくエステ用の紙パンツを着用した上でタオルを腰下にかけており、天白も体操服姿である。当然ではあるが、当然ではない例があったので。

 

「こうなると後3年で卒業してしまうのが惜しいな……どうだ? 卒業後はうちで職員として働くというのは」

「……それもちょっと楽しそうですけど、まだ進路の事は決めきれないので……」

「ふっ、言ってみただけだ。……もし気が向いたら声をかけてくれ。出来る限り力になろう」

「……ありがとうございます」

 

 この教師、完全に卒業後も通う気満々であった。聖職者の自覚あります……?

 

 茶柱だけでなく、星ノ宮も招く。仲間はずれにはしない。

 

「い、いいのかなぁ~……こんな、生徒にマッサージしてもらうなんて……」

「……今更、です。茶柱先生は常連ですし」

「何やってるのよサエちゃん……」

 

 今度は垢すりではなく、通常のマッサージだ。全身を揉みほぐしてやろう。

 もちろん星ノ宮は私服でタオルを背中にかけており、天白も服を脱いでない。

 

「あぁ~……ダメだと思ってても気持ちいぃ~……ほんとダメになっちゃいそう~……」

 

 そして星ノ宮は再びダメになった。

 教師職は事務作業が多いため、肩腰足に疲労が溜まりやすいのだ。

 

 そしてもちろん、自分の担任である真嶋も招く。

 こちらは男性なので、本来であればハンドマッサージオンリーなのだが、今回は特別に足腰も施術をすることにしたらしい。

 

「……真嶋先生、無人島試験ではお疲れ様でした」

「あ、ああ……。いや、担任として必要な事だ。気にする必要は無いんだぞ」

「……でも、わたしたちに付き添って沢山歩いてくれましたから。今回のこれは、そのお礼も含めて、です」

「そ、そうか、なら……ありがたく受け取っておこう」

 

 正直真嶋はビクビクしている。

 腕だけであんな目にあったし、足腰も含めてやられたら本当にどうにかなってしまうんじゃないかと警戒しているのだ。

 その警戒は正しかった。が、どうにもならなかった。

 

「んぐぅ……! こ、これは……!」

「……やっぱり、先生は座ることが多いから、腰が辛そう」

「痛っ……くない……!? どういう事だ……!?」

「……痛いだけのマッサージは、しません」

「う、生まれ変わる……俺が、俺で無くなってしまう……!」

 

 そうして真嶋も生まれ変わった。ニュー真嶋はこれまで以上にバリバリ働けるようになるが、それ以上にAクラスのやつらが問題(良い意味ではあるのだが)を起こすので、疲労は無くなれど心労は溜まっていった。

 ちょっと定期的に予約しようかな……と真嶋・改は思った。

 

 特別ゲストはこれだけではない。

 なんと、Cクラスの坂上教師も招かれていたのだ。

 

「何故私が生徒にマッサージをされるなどと……」

「……茶柱先生が、せっかくだから誘ってみたらどうだ? って言ってました」

「………」

 

 坂上は押し黙った。内心では『あの女……!』と歯ぎしりをしていることだろう。

 

「まあ、せっかく招かれたのですし、貴女の評判は耳にしていました。まさか自分が受ける事になるとは思いませんでしたが……そのハンドマッサージというものをされるのもやぶさかではありません。ですが、あくまで客として受けるだけです。私のクラスについては何も喋りませんよ」

「……? 別に、これは先生達にお礼をしたいからやってるので、そういう事を聞くことはないです。他の先生も、お客さんとして来てもらってるので」

「ほう……中々殊勝な良い生徒ですね。分かりました、ではお願いするとしましょうか」

「……はい、任せてください」

 

 坂上は知らなかった。

 この妖怪がハンドマッサージの手腕一つで面接官を陥落せしめ、Aクラスに配属されたという事実を。

 そして疲労やこりというのは加齢と比例して溜まりやすくなるのだということを。

 

「ふぉぉぉぉぉぉっ!? これは!? これはぁっ!?」

「……これまでで、一番手強い。お父さん以来のこり……」

「あぁ……! なんという……これが、ただのマッサージだとでも言うのか……!?」

 

 そして坂上もダメになった。

 尚、教師の意地として生徒に愚痴を零すような真似は流石にしなかった。どこかの縁起のいい名前をした教師とは違う。

 その後、授業の後で内容の質問をしに来た天白を見る目が、ちょっぴり優しくなったのは別の話である。

 




ついに坂上センセも餌食に……。

もう天白と櫛田が付き合ってないっていうのが無理になってきた感ありますが、まだ付き合ってないです。まだ。


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カルテ:堀北鈴音②

今週ゲロ忙しくて全然更新できませんでした……ごめんなさいね。

裏の方もちょこちょこと更新してますので、興味ある方は良かったら見てやってください。


 

 

 

 それは、二度の特別試験後にバカンスを終え、夏休みも残すところあと数日と迫った時に起きた。

 

 午後六時。端末に学校より連絡があり、水道局のトラブルによって寮全体の水が出なくなっているという。

 それを受け取った天白が試しに蛇口をひねってみれば、数滴の水がぴちょんとシンクに落ちるだけであり確かに水道が止まってしまっているようだった。

 

 復旧には時間がかかるらしく、長ければ早朝までかかる見通しだ。

 学校もこの事態には生徒たちに対してフォローを行っており、最悪、寮以外の場所で水を確保することは可能なようだ。ただし、大規模な混雑が予想されるため、コンビニは一時利用不可となってしまったそうだが。

 

「こんな時を予想してたわけじゃないんだろうけど、お水は一杯あってよかったね~」

「……ん。ミネラルウォーターは必須品だから」

 

 幸いなことに、天白には水の備蓄があった。

 天白マッサージ店で使用している寮の一室、そこに備え付けられている冷蔵庫の中に、施術前や後に客に飲ませる為のミネラルウォーターが十分な量貯蔵されているのだ。

 冷蔵庫の中だけでなく、箱買いしているためストックは十分だ。現に天白も数本を自室へと持ち込み、櫛田ネットワークにて『もし水が必要なら渡す事が出来る』と情報共有も行っている。マッサージに利用している部屋は施錠しているため、鍵を持っている天白に櫛田経由で話を通す必要はあるが、早朝まで復旧されなかったとしても問題は無いだろう。

 

「……でも、流石に生活用水には使いにくいかも」

「あー、お手洗いとかにも使うもんね」

 

 水洗トイレは一度タンクに補充した水を一気に押し流す仕組みなので、一度であれば利用は可能なのだが、水道が止まっている以上、二度目以降は外に出るしかないだろう。

 

「あ、お風呂どうしよう。銭湯とか行く?」

「……ん、でも今は多分凄く混雑してると思うから、少し時間をズラしてからいこ」

 

 櫛田はわかったーと軽い返事を返しながら、どうせなら友人も誘おうと堀北、坂柳、一之瀬へと連絡を取った。

 程なくして、坂柳と一之瀬からは了承の返事が届いたのだが、堀北は音沙汰がない。

 

「鈴音、どうしたんだろ。本読んでるのかな」

「……ちょっと、電話してみる」

 

 堀北は読書や勉強をしていると、集中してしまって連絡に気づかない事が多い。まだお風呂に向かうまで時間的余裕はあり、行く前まで連絡が無ければ声を掛けるつもりではあるが、いきなり言われても準備に困るかもしれないと思い、天白は端末で堀北へと電話を掛けた。

 

「……? コールが長い。端末置いてどこかに出かけたのかな」

 

 堀北は天白や櫛田からの電話に出るのが早い。マジで速い。大体3コール以内には着信を取る。企業の電話対応でもばっちり満点を貰えることだろう。その他の者からの着信については着信音を変えているのかお察しである。

 

「……あ、つながった。もしも――」

 

 数度のコール音の後に、ぷっ、と回線がつながった音がした。

 しかし、天白が何かを言う途中で――

 

『ゆ、百合……助けて……』

 

 という声が聞こえた。

 か細く震えた声だった。それを聞いた天白は表情を一変させた。

 

「……いまどこ」

『わ、私の部屋だけど……』

「すぐいく」

『え? あ、ちょ――』

 

 堀北の返事を待たずに通話を切り、天白は駆け出した。

 

「えっ!? 百合!?」

「鈴音ちゃんが危ない!」

 

 天白にしては珍しく、大きな声。

 櫛田も瞬時にそれを察し、慌てて後を追った。

 

 天白の部屋から堀北の部屋はそれほど離れていない。

 エレベータを待つ時間も勿体ないと階段を一段飛ばしで駆け上がり、13階へ。

 自分に出来る一番の速さで走り、額に汗を滲ませ息を切らせながら堀北の部屋のドアノブへと手をかけた。

 幸いなことに、鍵は開いていた。

 

「鈴音ちゃん!!」

 

 扉を開けると、そこにはおろおろとした様子の堀北が居た。

 

「あ、ゆ……百合……」

「鈴音ちゃん! 大丈夫!? 怪我とか――」

 

 天白は普段から、喋るときには間を置いている。

 それは彼女が物静かだとか喋るのが苦手というわけではなく、自分が思った事を言語化する前に、一瞬ウェイトを挟んでいるからだ。

 その一拍を置く喋り方は天白の『妙に落ち着く声』と相まってえぐいヒーリング効果を生み出しているのだが、それは狙っての事でもある。

 

 が、今の彼女の声からはそう言った『喋り方』に気を配る事も出来ない焦りがあった。

 

 ので、堀北はとっても気まずい気持ちだった。

 

「えっと……その……」

「………………」

 

 天白の視線は、堀北の右手に注がれていた。

 

 なんかある。

 

 堀北の右手の先端は、女性用の小ぶりな水筒に覆われていた。

 

「あ、その、えっと……できれば、笑わないで欲しいのだけど……その……」

「……………………」

 

 天白は笑わない。

 すとんと表情を落とし、無感情の瞳で水筒IN堀北ハンドを見つめている。

 

 少し遅れて、櫛田もやってきた。

 

「鈴音! あんた大丈――」

「あ……」

 

 櫛田も同じく、堀北の右手に注がれた。

 

「「「………………」」」

 

 重い重い沈黙が訪れた。

 天白は相変わらず無表情だし、櫛田は何かを堪えるような表情をしているし、堀北は冷や汗をだらだら流している。

 

 その沈黙を最初に破ったのは、やはりというか櫛田だった。

 

「ぷっ……あははは! 何それ! おっかしー!」

 

 櫛田は吹き出すと、お腹を抱えて笑い出す。笑われた堀北は耳まで赤く染めて恥ずかしがっていた。

 

「だから嫌だったのよ……桔梗はきっと笑うと思ったから……そういう辱めは求めてないわ

 

 なんか余計な一言が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

「ふふっふ、……あぁ笑った。それで、抜けなくなっちゃったの? それ」

「笑い過ぎよ、もう……。ええ、洗い物をしていたら、うっかり奥まで手を入れてしまって」

 

 堀北は恥ずかしそうにこうなってしまった理由を話した。

 手首から先が釣り針の返しのようになってしまい、抜けなくなっているのだろう。

 猫かぶり力にしたら100万は確実な櫛田アイによればその理由はちょっと怪しいところだった。そもそも断水中なのに何故水筒を洗おうとしたのか。

 ちょうど良さそうな水筒に興味本位で手を入れて「ろけっとぱーんち」とかやってる堀北の姿を想像して、櫛田は再びぷっと噴き出した。

 

「あー、それ取るとしたらお水が必要だよね。じゃあちょっと部屋まで取ってくるね」

 

 櫛田はそう言って部屋を後にしようとした。ちなみに自分の部屋に取りに行くような口ぶりだがもちろん天白の部屋に行くつもりである。櫛田はここ数日自室へと帰宅していない。

 しかし、櫛田が部屋を出る前に、天白が「……わたしが取ってくる」と静かに言い、すたすたとそのまま部屋を出てしまった。

 

「百合なら笑わないとは思っていたのだけど、その、幻滅されてしまったのかしら……」

 

 堀北は割とガチで落ち込んでいた。それを見て櫛田は「いや、あれはどっちかというと……」と少し言いかけたが、その後に「なんでもない」とお茶を濁した。

 

「あ、ねえ桔梗。このことは出来れば他の人には黙っていて欲しいのだけど――」

「うーん、ごめん。ちょっとまずい事態かと思って綾小路君にヘルプ送っちゃった」

「え――」

 

 

 

 

 

 

 天白が戻ってきたのは、それから十分以上も経っての事だった。

 

「……すぐそこで、綾小路くんとすれ違ったけど」

「ああ、うん。私が念の為に呼んだんだけど、全然ピンチでも何でもなかったからごめんねって謝って帰ってもらったんだ」

「不覚だわ……」

 

 絶対の信頼を置く天白や親友の櫛田だけでなく、クラスメイト(本人はかたくなに友人と認めてあげない)の綾小路にまで情けない姿を見られてしまい、堀北は肩を落としていた。

 

「それにして、お水取りに行くだけにしては遅かったね?」

「……ん。これを取りに行ってた」

 

 天白が取り出したのはマッサージオイルだった。

 

「……洗剤を使うのは、肌に良くないから」

「ゆ、百合……っ!」

 

 堀北は感動に目を潤ませていた。ちょろすぎない?

 

 それから、天白の持ってきたマッサージオイルで滑りを良くさせ、しばらくの奮闘の後にようやく堀北の右手の拘束が解かれた。

 

「助かったわ。……ありがとう、百合」

 

 うっ血して少し赤くなった手首をさすりながら、堀北は天白に礼を言った。

 それに対して櫛田はぷうと頬を膨らませて不満を表現している。

 

「ちょっと~、私だって心配して駆けつけたんですけど?」

「ふふ、もちろん貴女にも感謝してるわよ」

 

 堀北が笑いながらそう言うと、櫛田もにやっと相貌を崩した。

 やはり二人は最高の親友だ、と堀北は改めて二人に礼を言おうとして――

 

「っ……!」

「……百合?」

 

 突然、天白が堀北へと勢いよく抱き着いた。

 これには堀北も目を白黒とさせ、櫛田も驚きを露わにしている。

 

「……心配、したんだから……っ! 鈴音ちゃんに、何かあったら……って!」

 

 堀北へと抱き着く天白の身体は震えていた。

 流石の堀北もこれには胸を打たれ、櫛田はそれをニヤニヤしながら眺めている――ん?

 

「ごめんなさい、百合。……心配かけたわ」

「……だめ。許さない。――ので」

 

 天白はひょいっと堀北を抱き上げ、ベッドへと転がした。流れ変わったな。

 そうして堀北のお腹にぺたんと腰を降ろすと、天使のような笑み――しかし、目だけは笑っていない――を浮かべ、堀北に言った。

 

「これからお仕置きをします」

「……え?」

 

 天白が震えていたのは、怒りからだった。

 櫛田がニヤニヤしていたのは、天白がこっそりと後ろ手に隠していたものが目に入ったからだった。

 

 天白がマッサージオイルを取りに行ったときに時間がかかったのは、緊縛用のロープも同時に持ってきていたからだ。

 そうして、抱き着いた瞬間に堀北の両腕を縛り上げているのである。ハヤワザ!

 

「ゆ、百合……? 何故、私を縛っているのかしら」

「お仕置きする、の♪ ……紛らわしい電話をして。ホントに心配をした」

 

 ぶっちゃけ詳しく話を聞かなかった天白にも非はあるのだが、そんなこと知ったこっちゃない。あんな切羽詰まった電話をしてきた堀北が悪いのは確かだ。

 

「そ、そう……分かったわ。それで、私はどうお仕置きされてしまうのかしら」

 

 堀北はこれから何をされてしまうのかという想像を膨らませ、僅かに興奮し始めた。このクソマゾがよ……。

 しかしこれしきでめげる天白ではない。

 

「……鈴音ちゃんは単純に痛みが気持ちよくなってしまうので、相応のお仕置きが必要」

 

 堀北は痛みを快楽に変えてしまうため、物理攻撃は効かない。そもそも、親友相手に痛い事をするのは天白も嫌である。

 天白のマッサージによってアヘアへさせてしまうのも考えたが、気持ちいは普通に気持ちいいとなるので有効ではない。なんだこいつ無敵か?

 

 なので、天白は考えた。

 まずは縛り上げた手首を頭の上に持っていき、もう一本のロープでベッドに繋いでから刑の執行を宣言した。

 

「……これから、鈴音ちゃんが泣くまでくすぐります」

「え……」

「……ごー♪」

「ちょ、ちょっと! あはっ、あはははっ! やめっ……あはははははっ!!」

 

 天白は脇をこちょこちょーっと指をうごめかせてくすぐり始めた。

 堀北はくすぐりに身を捩るが、手首を拘束され、また天白がお腹に乗っかっている為抜け出すことが出来ない。

 

「そういうことなら、私も参加しようかな。それ~っ」

「ひゃぁっ!? あははははははは! だめ! これ、だめっ!! あはははははははは!」

 

 櫛田、参戦。

 足裏をくすぐられ、ジタバタと暴れ始めたので櫛田も膝上に陣取って暴れないように抑え込んだ。

 

「それ~っ」

「それそれ~っ」

「あははははははははは!! あっ!? だめ、まず……これ、ちょっと……! あはははははは!」

 

 数分程脇と足裏を擽られ、堀北は顔を真っ赤にして笑い転げていた。くすぐりに弱かったらしく、親友の新たな一面の発見だった。

 しかし少し様子がおかしくなる。

 

「あはっ、あははははっ、んっ♡ くっ♡ あはははははは!」

「……???」

「あれ、もしかして……」

 

 堀北のあげる笑い声に色が乗り始めた。

 天白は疑問に思いながらも擽る手は止めず、櫛田は何事かを察していた。

 

 さて、くすぐったさというのは大別して二つある。

 羽毛でなぞったり、虫などが這った時に感じる弱いくすぐったさを感じる事をknismesis、脇や足の裏などを擽られ、思わず笑ってしまう程の強いくすぐったさをgargalesisという。

 ちなみに、擽られて声を出して笑うのは人間を含む霊長類だけである。

 

 この笑いたくなるくすぐったさというのは、実は痛みと快感が混ざり合った信号の事である。

 

 聡明な諸君であれば、もう何が言いたいか分かるな?

 

 そう、くすぐったいは裏を返せば気持ちいいであり――くすぐるだけで絶頂する事が出来るのだ。

 

「あ”っ……いくっ……♡」

「……え?」

「あー……」

 

 くすぐり開始から約十分堀北はくすぐりで達した。

 天白は何が起きたか分からず目を白黒とさせており、櫛田はやっぱり……と苦笑いを零していた。――ん? やっぱり?

 

 ぴん! と足を伸ばして達した堀北は、少しの間硬直した後にくた……と身体から力が抜けてベッドに沈んだ。

 

「はぁ……♡ はぁ……♡」

「……い、イっちゃった、の……?」

「あはは……」

 

 お仕置きでくすぐったら親友が絶頂してしまった。

 天白と櫛田は驚くやら申し訳ないやらで気まずい気分を味わっている。

 

 尚、友人をイかせるという事については既に天白は既に慣れていた。主にそこで頬を掻いている幼馴染と、最近は臍掃除をするとなぜか絶頂する天才ロリのせいで。

 

 堀北はぜいぜいと荒い息をつきながら、恍惚とした表情でこう言ったのだった。

 

「……こういうのも……♡たまには……はぁ……♡悪くないわ……♡」

 

 お仕置きやぞ。

 堀北はなんと、痛みだけでなくくすぐりですら感じる事が出来る究極生物になってしまったのだった。

 

 




堀北ちゃんがどんどん魔改造されていく……



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カルテ:佐倉愛里①

遅れましたッッ!!!

まだ夏休みから抜け出しません。


 

 

 

 夏休みも残すところ、片手の指で数えられる程となった。

 

 天白マッサージ店は特別試験後に営業再開しており、夏休み前ほどは客足が無いものの、熱心なリピーター等によってそこそこ繁盛をしていた。

 夏休み中ということもあり、一日の受け入れ可能数が増えた事も影響している。

 

 そんな天白マッサージ店なのだが、本日の業務を終えた午後18時を過ぎても、天白は退店をしていなかった。

 約束があるためだ。

 

 バカンス中に堀北が言っていた、Dクラスで少し話をしてあげて欲しい子というのが、本日業務終了後に訪れる予定となっている。

 

 とりあえず施術台は片付け(折りたたみ式となっている)て、ローテーブルとクッション、そして紅茶を淹れる準備をしながらその人物を待った。

 

 お湯を沸かしていると、チャイムが鳴った。どうぞと声を掛けると、カラコロとドアベルを鳴らしながら扉が開く。

 そうして「お邪魔します……」とおずおずと入室してきた少女を見た瞬間、天白は音もなく駆け、少女の背後へと回った。

 

「……動くな、小娘……!」

「ひっ!?」

 

 少女は当たり前のように悲鳴を上げた。

 逃げ出すまもなく腕を取られ、背中に身体を押し付けられて少女は身動きが取れなくなった。

 天白は小柄なくせに筋力だけはいっちょまえなので、対して鍛えてもいない少女等鼻歌まじりに拘束出来るのだ。

 ところでなんで拘束したんですか?

 

「キミ……なんだねこの歪んだ身体は……。わたしの前で歪んだ身体は禁止だ。他にも歪みが無いか見せてもらう」

「ひぇ……整体奉行……!」

 

 天白の豹変の理由は、視界に入った瞬間に少女の身体の歪みを見抜き、内なる武士の精神が表出しただけだった。辻斬りよりたちが悪い。

 

 あれよあれよと言う間に部屋の中に連れ込まれ、瞬時に組み立てられたベッドの上に転がされる様はまるで誘拐された少女。誘拐した方も少女なので、ギリギリ犯罪には見えない。

 

「……ところで、貴女が鈴音ちゃんの言ってた佐倉愛里ちゃん?」

「ふぇっ!? えと、その、はい……」

 

 急に冷静になった天白に問われ、少女――佐倉愛里は混乱から抜け出せないまでも肯定した。

 というか、天白は相手が誰かも分からずに拘束して転がしたわけである。見境なしにも程があった。

 

「……とりあえず、話をする前に、身体を見せて。ひと目見て分かるレベルで歪んでるから」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 佐倉は天白に振り回され、混乱した頭が回復しないまま頷いてしまった。大丈夫? 詐欺師に騙されたりしない?

 

 仰向けに寝かせた佐倉の両手両足をまっすぐに揃え、天白はてきぱきと各部をチェックしていきながら問診も並行して行い始めた。

 身体をペタペタと触れる暖かな手のひらと、耳朶を震わせるやたらと落ち着く声に、佐倉の警戒心はすっかりとほぐれてしまい、天白の投げた質問に素直に答えてしまう。チョロすぎない?

 

「……最近、身体に痛い所は?」

「ふぇ? え、っと……肩と、首? かな……」

「……足とかは?」

「別に、大丈夫、です……」

「……おっぱい大きいね、何カップ?」

「えふ……?」

「……F……だと……?」

 

 問診である。他意はない。

 

 このデカさでFは無理でしょ……と天白は戦慄した。彼女がFならば、坂柳はなんだというのだ。マイナスか?

 

 この佐倉愛里という少女のバストは、あの天白を虜にした一之瀬バストよりもデカかった。

 大きすぎて虜になるというよりも畏怖を抱くレベルだ。『この歳でこれほどの力を持つとは……』と天白の中の武士の精神も恐れ慄いた。

 なのに彼女の申告ではFだという。つまり一之瀬の自己申告と同じということだ。お前つまんないウソつくねと白髪の少年もおこである。

 今は診断に集中しなければならないので、後ほど後学の為にじっくりと観察してやろうと天白はケツイした。最低過ぎる。

 

 仰向けの後は上体を起こして首や背中のチェックを行い、一通り診たところで天白は「さて」と口を開いた。

 

「……とりあえず、足腰はへいき。でも、上半身が問題」

「も、問題って……?」

「……一言で言うなら、酷い猫背」

 

 人の背骨は首付近の頸椎、胸の辺りにある胸椎、そして腰辺りの腰椎という三部位からなる。

 正常であれば緩やかなS字を描き、首や身体を支えているのだが、姿勢が悪い上体が長く続くと歪みが出てくる。

 胸椎が湾曲してしまった状態が、猫の背中のように丸くなる為猫背と呼ばれている。

 

 詳しくは割愛するが、日本人は骨格や体格の関係で猫背になりやすいとされている。骨盤が後ろに倒れやすく前かがみになりがちだからだ。

 そして猫背は放置しておくと、将来は円背と呼ばれる杖などの補助具が無ければ歩行する事も困難な酷い症状になってしまうこともあるほどだ。

 

 それだけではない。人体の中で頭部は約4kgから6kgほどもあり、それを背骨で支えているわけなのだが、猫背で前かがみになってしまうと首にエラい負荷がかかる。

 負担の大きさは角度にもよるが、姿勢がまっすぐの状態を0°とした時、たった30°傾くだけで約3倍以上もの負荷がかかるのだ。

 そうしてしまうと何が起こるのか。

 

 まず当然の様に血行不良が起きて肩こりになる。

 深い呼吸がしにくくなって、代謝も落ちるし臓器の働きも鈍くなる。

 

 猫背になって良い事は一つもないのだ。

 

「――と、いうことなので、猫背を改善すべし」

「そう言われても……どうすればいいん、ですか?」

「……おっぱいを張れ」

「へ?」

 

 おっと間違えた。

 

「……胸を張る事を意識する。わたしがある程度直すけど、それでも普段から姿勢を良くしなければ、猫背は治らない」

 

 猫背とは生活習慣病と呼ぶ人もいる程、普段の生活に密接して影響が出る症状だ。例え整骨院に言って矯正してもらっても、楽だからといって姿勢を崩してしまえばたちまち元に戻ってしまう。

 楽なのは、歪んだ状態に慣れてしまっている状態だからだ。

 

「でも……」

 

 佐倉は迷いを見せた。

 当然である。そんだけデカい物を持っているのだから、胸を張ってしまえば注目を浴びることだろう。今まさに天白が凝視しているように

 

「……姿勢の改善は、精神面の改善にも繋がる」

「え?」

「……俯いていると、気分も俯きやすくなる。逆に、姿勢が良くなると、自信がつきやすくなる」

 

 胸を張るというのは、自信に満ちた態度を取るということ。ココロとカラダは相互に作用するため、あながち間違いではない。

 

「……その良い例が、鈴音ちゃん」

「堀北さんが……?」

「……鈴音ちゃんは、常に自信満々。本人の実力もそうだけど、姿勢、いいでしょ?」

「確かに……」

 

 天白の前ではただのクソマゾだが、クラスでの堀北は『深窓の令嬢』と呼ばれる程にミステリアスで人気が高い。

 空気を読めるようになった為攻撃性は薄れたが、ズバズバと物を言う姿には佐倉も憧れを抱いていた。

 同じクラスということで堀北を例に出したが、他にも櫛田や坂柳等も、自分に自信を持つ者は総じて姿勢が良い。

 

「……うん、分かった。姿勢、頑張って直してみます」

 

 佐倉は決心したようだ。

 元々、自分に自信が無いという事もあったが、そもそも他人との関わりを必要ないと切り捨て、目立たない様に縮こまっていたのが原因だ。

そして、ある事件がきっかけで佐倉は『変わりたい』という意識を持っていた。ならば、自分を変えるきっかけになればという思いから天白の助言を聞き入れた。

 

 それを聞いた天白は、頬を緩めて頷いた。

 

「……ん。あと、敬語は必要ない。同い年だし、鈴音ちゃんのお友達なら……わたしも、友達」

「わ、分かった……。えと、ありがとう」

 

 天白もまた、櫛田の『お前の友は俺の友』という薫陶をしっかりと持ち合わせていた。

 

「……あとで姿勢を良くするコツとか、ストレッチ方法を教える。その前に、まずはわたしが直せる範囲で直す」

「あ、マッサージ……してくれるの? でも、私あんまりポイント持って無くて……」

「……大丈夫。鈴音ちゃんの紹介だし、サービス」

 

 もとよりポイントを貰おう等とは思っていない。これは完全に天白が『そのような姿勢、許しておけぬ!』と武士道精神を発揮しているだけなので。

 ちなみに佐倉が断ったとしても強引に矯正してやるつもりだった。妖怪『ほぐし入道』は時により強引な施術も辞さない。

 

「じゃあ、お願い……しようかな」

「……ん。任された」

 

 本人からの許可も取れたので、天白はウキウキしながら佐倉を施術台を横たわらせた。

 これは友達の姿勢改善の手助けを出来るからのウキウキであり、けして『ひゃっほうおっぱい触り放題だぜぐへへ』と喜んでいる訳では無い。

 無いったら、ない。

 そもそも天白が猫背矯正でおっぱいを触ることは無い。あっても反らされるモンスターおっぱいに視線を釘付けにするだけである。最低。

 

 それはさておき。

 天白はまず、佐倉を横向きに転がし、腕を取って片腕でバンザイのポーズを取らせた。

 

「……これが、今の状態。腕が耳よりも前にある」

「う、うん……」

「……で、これが正しい位置。耳よりも後ろ」

「ちょ、ちょっと苦しい……」

 

 苦しいのは肩が内向きに丸まってしまっているためだ。

 続いて、天白は佐倉の腕を背中に回し、反りを直すように身体の正面から圧をかけはじめた。

 

「……今更だけど、全身をやるから少し時間かかる」

「え? 全身?」

 

 猫背の矯正と聞くと、上半身をボキボキと反らせる施術を思い浮かべがちだが、実際は違う。

 全身をじっくりと直していかなければ根治しないのだ。

 

「……ちなみに、胸を張るのはいいけど、姿勢を直そうとして無理に腰を反らすと別の歪みになる。だから、そうならないように上半身も下半身もバランスよく整えるのが、大事」

「そ、そうなんだ……」

 

 上半身だけ整えて下半身を疎かにしてしまうと、良い姿勢を保とうとして腰を反らす――腰を突き出すような格好となってしまう。

そうして腰を無理に反らしてしまうと、ぽっこりお腹の元となる反り腰という別の歪みが発生する。

 反り腰は骨盤が前傾し、内蔵が降下するため、幼児体型のようなイカ腹のようにぽっこりお腹となってしまうのだ。当然腰にも負担がかかり、腰痛の原因となる。

なので、上半身と下半身はバランスよく整えてあげなければならない。

 

「……ここを、こうして、こう」

「わ、わ、すごい。入っちゃった……」

 

 それから十分程度、肩や背中、腰や足をぐいぐいと押したり捻ったりすることで施術は終了した。

 整体は完了したが、せっかくなので「どうせ肩こってるでしょ?」と肩甲骨剥がしのサービスも行う。ちなみに胸を凝視しながら言っていた。こいつ、ついに隠そうともしねぇ……。

 

 頭痛や目眩などの症状が出るほど重い肩こりだった一之瀬と違い、佐倉は確かに肩こりではあったがそこまで酷くはないようだった。

 一之瀬の場合はストレスで雁字搦めになっていて、佐倉はそれが無かっただけなのだろう。対人関係はストレスを軽減させる事も貯める事にも繋がるのだ。

 

 天白は背中側から肩甲骨周りをほぐしつつ、腕の動きに合わせてぶるんぶるんと揺れるおっぱいを凝視しながら佐倉と会話を重ねていく。集中の割合としてはおっぱい8に会話が2。もっと集中して差し上げろ。

 

「……さっきの話の続き。おっぱいちゃんは、自分を変えたいという認識で良い?」

 

 ほら8割もおっぱいに思考を割いているから最低な呼び方になってしまっている。もっと左脳を働かせろ。

 

「……失敬。愛里ちゃんはお友達なので、愛里ちゃんと呼ぶ。いい?」

「え? いまおっぱいちゃんって……」

「愛里ちゃんで、いい?」

「は、はい……」

 

 頭がふわふわする声で無理やり誤魔化すな。

 

「こほん。……それで、愛里ちゃんは、姿勢改善を頑張ると言った。つまり、変わりたいって事だと思った。あってる?」

「う、うん。そう、なの、かな……?」

「……なんで疑問形?」

「ちょっと、自分でもどうなりたいかが分からなくて……」

 

 天白マッサージは身体だけでなく心も解きほぐす。

 暖かな手のひらと落ち着く声、そして天白自信が可憐かつ小柄であるため、その相乗効果により、受けた者の警戒心を吹き飛ばし内に抱えた物を吐き出させるのだ。

 『ある意味洗脳』とはAクラスのあるスキンヘッドが残した言葉だ。これを善意でやっているのだからたちが悪い。

 

 そしてまた一人、妖怪の手によって迷える子羊が悩みを打ち明けた。

 

「私ね、高校生になる前から人と接するのが苦手で――」

 

 佐倉が言うには、元々人と接する事が苦手であり、それを隠す為にひょんな事からグラビアアイドルになったという。

 ひょんでは誤魔化せないくらいのメタモルフォーゼなのだが、天白はおっぱいに思考の大半を取られているため、なぜグラビアアイドルをやることになったのかについては引っかからなかった。

 カメラの前では明るく元気なアイドル『雫』として振る舞い、普段は引っ込み思案な地味な少女。そんな二面性を持ったまま、この高校へと進学した。

 

 そこで事件があったそうだ。

 グラビアアイドル『雫』の厄介ファンによるストーカー被害。

 約三ヶ月も続いたそれは、ある人物によって解決されたそうだ。

 

「堀北さんがね、襲われそうになった私を颯爽と駆けつけて助けてくれたんだ」

「………………………………そうなんだ」

 

 天白の脳内は二つの感情でせめぎ合っていた。

 親友がクラスメイトを悪漢から助け出した事に「やるじゃん」という感嘆の感情と

 「足つぼでよがってくすぐりでイくドMが……?」という疑問の感情。

 まあ、堀北は天白と櫛田の前以外では完璧超人に見えるし実際にそういう面もあるため、結局天白は「さすがわたしの親友だぜ」と納得することにした。先日のくすぐり絶頂事件は稜線の彼方へと投げ捨てながら。

 

「堀北さんはその前から私の事気にかけてくれてて、クラスの中で浮いてた私をずっと支えてくれてたの」

 

 佐倉は嬉しそうに語った。

 天白としては意外である。

 堀北もどちらかというと「天白と櫛田がいれば十分」とあまり友人を作らないようにしていると思っていたからだ。

 

 裏話をしてしまうと、堀北は友達いっぱいで囲まれた仲良しAクラスに対してちょっと羨ましいと感じていたため、同じクラス内で気軽に話せる友人が欲しくなってきていたのである。

 隣の芝が青く見えてきた堀北が目をつけたのは、どうやら自分と同じく孤独グループに所属しているらしき佐倉だった。

 

「私が人と接するのが苦手だって分かってくれていたみたいで、無理やりじゃなくて少しずつ小さな事から一緒にお話してくれてたんだ。あれは、嬉しかったな」

 

 実際にはどうコミュニケーションを取っていいか分からず、死ぬほど頭を働かせながら接した結果後手後手に周りまくっただけである。現実とはかくも惨い。

 こうして天白マッサージに放り込んだのも、後でどういう風に接したらいいか天白に相談するためであった。

 ちなみにことコミュニケーションという分野では天下無双の櫛田を頼らなかったのは、以前相談した時にもらったアドバイスがおよそ同じ言語だとは思えなかったかららしい。

 IQが20違うと会話にならないというが、それはコミュ力にも当てはまるようだ。

 

「だからね、そんな堀北さんと友達になりたくて……。けど、堀北さんはすごく綺麗で、かっこよくて、凄い人だから……少しでも近づきたくて、変わりたいって思ったんだ」

「……ふふん。鈴音ちゃんは、凄いから」

 

 どうやら佐倉は堀北に対して結構な幻想を懐いてしまっているようだ。騙されるな、あいつはコミュ障ぼっちのドMだぞ。

 もちろん天白は親友大好きウーマンなので、『わたしが育てました』とばかりに得意げだ。育てたというより魔改造してしまったと言う方が正しい。

 

 さて、そういう事なら天白の出番である。

 天白にかかれば堀北は指先一つでアヘらせる事が可能な特攻兵器。ヤツの事ならわたしに聞けとばかりに対堀北コミュニケーション術を授け始めた。

 

「……鈴音ちゃんは、ああみえて結構寂しがりや。だから、積極的に話しかけてあげるべし」

「え? でも……迷惑じゃないかな」

「……そんな事無い。例えば、休み時間中に本を読まずにぼーっと外を見てるのは『誰か話しかけてくれないかなー』のサイン」

「へ、へぇー……」

 

 中学生の時にクラスが天白とも櫛田とも分かれてしまった時、堀北はよくそういう事をしていた。ちなみにその待っているのは『誰か』というのは天白か櫛田の事である。自分で別クラスに行くのも、キョロキョロソワソワするのも恥ずかしいので、窓の反射を利用して教室の入り口を見張っているのだ。

 

「……愛里ちゃんくらい距離が縮まってれば、話しかけられて嬉しいと思うはず」

「そうなの? そうだったら、嬉しいけど……」

「……それは確実。ただのクラスメイトだったら、わたしに紹介なんてしない」

 

 堀北はちょっと面倒くさいタイプのぼっちなので、少し話す程度のクラスメイトであれば天白と櫛田に近づけない。なぜなら堀北にとって二人が一番なので。その一番を取られるのは快く思わないのだ。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 佐倉は堀北に仲が良いと思われているという事に、頬を染めて喜んだ。……おや?

 

 しかし天白は、背後からマッサージしていることと、おっぱいに気を取られている為その変化に気づく事が出来ず、引き金を引いてしまった。

 

「……そういえば、Dクラスでの鈴音ちゃんって、どんな感じなの?」

 

 そう聞かれた佐倉は、嬉しそうにぱっと表情に花を咲かせ、機関銃の如く語りだした。

 

「あのね、堀北さんはね――」

 

 その後、天白が部屋に戻ったのはおよそ2時間後だった。

 天白は言う。

 

「門限が無ければ、一晩中拘束されていた」

 

 と。

 




日常系ハートフルマッサージ二次創作なので、特別試験よりも4.5巻とかの方が比重多くなりますのは許して。



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坂柳有栖のわくわく学生生活② 前

Q.綾小路何もしてないの?
A.なにかはしている。堀北が『Dクラスやだやだ事件』を起こさなかった為、機械化進行度が最小限に抑えられた状態で敵意の無い坂柳と無事卒業後の自由を確約する契約を結べたのでウキウキ学生生活をエンジョイ中。事なかれ主義は継続中の為、功績を大体堀北におっ被せるように暗躍している。3バカとは最近ある理由から疎遠。

Q.須藤事件起こしてないの?
A.もちろん起こした。多分事前に関係良好な堀北から注意を受けてたけど、肝心要な堀北をバカにされてぷっつん。事情を聴いて櫛田と天白と坂柳もぷっつん。Aクラスが介入しちゃったもんだから龍園クンも慌てて訴えを取り下げさせた。

いつも高評価、感想、お気に入り、ここ好きありがとうございます。


 

 ついに夏休みも残すところあと三日となった。

 高校生の――というよりも、学生の夏休み最終日付近と言えば、夏休みの宿題の存在を放念していた連中が地獄を見ている時期であるが、幸か不幸か、高度育成高等学校では夏休みの宿題に該当する課題は無かった。

 その代わり二週間も拘束され(バカンスという名目であり実際に休息期間はあったが)て行われる特別試験があるので、どちらが幸せかは一概には語れない。

 まあ、かといって勉学を疎かにして夏休みボケしてしまうと休み期間開けの授業で地獄を見る羽目になるので、程々に勉強は継続していなければならないのだが。

 

(まもなく最終日ですし、百合さん達とめいっぱい羽目を外す最後の機会ですね)

 

 もちろんそんなことはこの天才少女坂柳有栖には無縁である。元々授業を受けるだけで定期テストで満点を叩き出す規格外の才女だ。夏休みを1から10まで遊び惚けた所で何も問題は無かった。

 この夏休み期間中は適度に頭を使う試験があり、そして十分に大切な仲間たちと触れ合う事が出来たため、1ヶ月間の幸福度で言えば坂柳はぶっちぎりのトップだったと言えるだろう。高度育成高等学校という特殊な環境下に居ながら普通の高校生よりも楽しい夏休みを過ごしていた。

 

 だが、もうちょっと遊びたいというのも正直な思いだった。

 そしておあつらえ向きなイベントも用意されている。

 

 坂柳は早速電話を掛けた。

 

『……もしもし』

「あ、百合さん。こんばんわ」

 

 数コール後に通話に出たのは、天白だった。

 天白の脳トロボイスも電子情報へと変換されてしまえば効力を失うのか、甘ったるい声であることは確かだがふわふわとする感じは流石にしなかった。

 ぶおおおという風の音が少し遠くに聞こえる。

 

「もしかして、外出中でしたか?」

『ん? ……部屋にいる。……あー、風の音は、桔梗ちゃんが髪を乾かしてるから』

「なるほど……」

 

 当然の権利のように櫛田が天白の部屋で風呂に入っていたようだ。今更の事なので坂柳も「今日も仲が良いようで何よりです」とスルーした。

 そして本題に入る。

 

「百合さん。夏休み最終日に何かご予定はありますか?」

 

 天白マッサージ店は夏休み最終日は店休日としている。運営もセラピストも学生であるため、最終日はプライベート優先なのだ。

 しかし、コミュ力お化けの櫛田には負けるとはいえ、天白もそこそこ交友関係はある。勝算はあるが、負ける可能性も無視できない賭けだった。

 

『んー。……最終日は特に。桔梗ちゃんと一日のんびりしようとは思ってた』

 

 そして坂柳は賭けに勝った。

 

「で、では……最終日まで、水泳部専用のプールが一般開放されている事はご存じですか? もしまだ行っていなければ、よければ一緒に行きたいと思いまして……」

 

 普通の授業で使うものよりも、更に広く充実した設備が整えられているプールがある。そこは水泳部専用施設ではあるのだが、なんと夏休み最後の3日間は誰でも使える市民プールのような形で解放されているのだ。

 最も、初日である今日、多くの生徒が大群として押し掛けた為、急遽3日間のうち1回だけの入場となったそうだが。まるでサービス開始初日で緊急メンテに入るオンラインゲームのように。

 

 坂柳は緊張からごくりと喉を鳴らした。

 

 もし天白が今日プールに行っていたら一緒に遊べない。また、そもそもプールに興味が無ければ断られるかもしれない。

 坂柳は、まるで告白の返事を待つ乙女のように、心臓をばくばくと鳴らしながら答えを待った。なにせ、友達を遊びに誘うという行為すら、あまり経験が無いもので。

 

『……そういえば、そんなお知らせがあった気がする。いいよ。一緒にいこ』

「っ! はい!」

 

 坂柳はぱぁっと表情を輝かせた。まるで告白を受け入れられて恋が成就した乙女のような様相だが、遊びに誘って承諾されただけである。

 

『……あ、他の人も誘っていい?』

「もちろんです。ぜひ桔梗さんも誘って頂ければ……」

『おけ。……桔梗ちゃん。明後日、プール行こ。……ん、有栖ちゃんがいこって。――桔梗ちゃんはいいってー』

「わぁ……! ふふ、最終日まで、これまでで一番楽しい夏休みが過ごせそうです」

『んふふ。せっかくだから、みんなでいこ。桔梗ちゃん経由で、色々誘ってみる』

「ありがとうございます。桔梗さんにもよろしくお伝えください」

『はーい。……じゃ、有栖ちゃん、明後日楽しみにしてるね……おやすみ』

「はい、おやすみなさい」

 

 通話を切ると、坂柳はぽすんとベッドに倒れ込みぱたぱたと手足をじたばたさせて興奮を表していた。

 

(ふふ、ふふふ……! ああ、この学校に入って正解でした……!)

 

 坂柳の当初の目的は別にあったはずだが、今は青春を大いに楽しんでいるので、これでいいのである。

 

 

 

 

 

 

 きたる夏休み最終日。

 朝は早く、八時三十分にロビーへと集合していたのは、錚々たるメンバーだった。

 

「おっはよ~!」

「……おはよ」

「おはようございます、桔梗さん、百合さん」

 

 まずはAクラスから、櫛田、天白、坂柳のAクラスアイドルトリオ。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

 Bクラスからは、一之瀬帆波。

 

「待たせたわ」

「ごめん、ね? ちょっと準備に時間かかっちゃった……」

 

 Dクラスからは、堀北鈴音と、つい最近友人となった佐倉愛里が参加した。

 

 Cクラスを除いた、各クラストップレベルの容姿を持った美少女が勢ぞろいである。

 今は休日の朝早くという事もあり人の目が少ないが、これが連れたって歩けば注目を集める事間違いなしのメンバーだった。

 

 この期間だけ解放されている水泳部専用の『特別水泳施設』は学校の傍に併設されている。

 最終日ともあって、入口付近は入場開始前にも関わらず既に大勢の生徒で賑わっていた。

 

「お、おい……あれって……!」

「ん? う、ウワー! 一年生の女神ファイブだ!」

「マジかよ……! 俺、産まれてきてよかった……!」

「女神ファイブと……もう一人の子は誰だ……!? あの子もすげえ可愛いぞ……!」

 

 別の意味でも賑わいを見せていた。

 そりゃあ一人でも目を惹くレベルの美少女が6人も揃っているのである。市民プールに国民的アイドルグループが現れたみたいに、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 

「女神……ふぁいぶ……?」

「あはは……」

 

 一之瀬が聞きなれない単語にこてんと首を傾げ、情報通の櫛田は意味を知っているのか苦笑して頬を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

 特別水泳施設の入り口が大変な騒ぎになっている時、施設へと向かう二つの影があった。

 

「綾小路殿。ほんとーに、拙者と共にプールに来てよかったでござるか?」

「ああ。オレも興味はあったんだ。ただ一人でいくのも気が引けていたから、博士が誘ってくれて良かった」

「ふひひ、綾小路殿とはマブでござるからな」

 

 1年Dクラス。綾小路清隆と、外村秀雄の男二人だ。

 

 彼らは最近『俺達は努力をしなければならないんだ!』と部活動に精を出し始めてしまった池や山内、そしてそれに感化された須藤の三人が付き合いが悪くなってしまった為、自然と交友を重ねて休日に一緒に遊ぶ位には仲良くなっていた。

 友人に飢えていた綾小路にとって、臆面もなくマブダチと呼んでくれる外村は、今ではDクラスで一番仲の良い友人となっており、こうして二人でプールにやってきていたのだ。

 

「ま、綾小路殿。今日は存分に楽しみましょうぞ」

「そうだな。……そうだ。一応堀北も誘ってみたんだが、今日は例の親友たちと行くと言っていた。だから運が良ければ――」

 

 ふと、綾小路の視界に今まさに話題に出していた堀北が映った。

 しかも、堀北が言っていたように櫛田、天白、一之瀬、そして佐倉と、見事に綾小路の知り合いが勢ぞろいしていた。

 

 これ幸いと、出来れば大勢でプールを楽しみたいと考えた綾小路は早速堀北達に声をかけようとして――

 

「バカ野郎ッ!!!!!」

 

 思いっきり外村に頬を殴り飛ばされた。なんで?

 

「な、何をするんだ博士!」

「綾小路殿……あんたぁ……今、何をしようとした?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴと、何やら分からぬ『スゴ味』を背にしながら低い声で問いかけてくる外村に、綾小路は久しく感じていなかった恐怖を思い出していた。

 

「な、何って……堀北が居たから声を掛けようとしただけだが――「バカ野郎ッ!!!!」――ぐっ!?」

 

 今度は殴られはしなかったが胸倉を掴みあげられた。あまりの豹変に綾小路はついていけずに混乱するばかりだ。

 

「かの有名な尊み秀吉も『挟まれば 殺してやろう 百合の間に』と句を残していたでござろう……!」

「誰だそれは」

「百合の間に挟まるのは人類の原罪だというのは、世の常識にござろう……!」

「どこの世界の常識だそれは」

 

 どうやら外村は壊れてしまっているのかもしれない。

 綾小路は、今日は堀北達と合流は出来ないかもしれないとため息をつきながら、どこか遠い目をしていた。

 それから綾小路は入場開始まで『百合に対してはYes鑑賞 No干渉』という訓戒を外村からくどくどと説教されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 無人島を一つ丸々所有し管理していたり、生徒しか顧客がいないのに商業や娯楽施設を経営させていたりと、国民の血税を湯水の如く施設の充実に使用する高度育成高等学校は、たかが部活用のプールといえどその力の入り具合は凄まじかった。

 更衣室一つをとってもなんと学年ごとに存在するのだ。この分では、プールの中にウォータースライダー等が存在しても驚かないと坂柳は内心で苦笑していた。

 

 

「一之瀬さん、貴女のその胸はいつから?」

「へっ? いつって……中学三年あたりかな。どんどん育っちゃって……それがどうしたの?」

「いえ、理解出来たわ。貴女が持て余し気味にしている理由が」

「鈴音~、声震えてるよ?」

「う、うるさいわね……。貴女も貴女よ。中学の頃はそこまで差が無かったのに……」

「百合に毎日揉んでもらってるからね!」

 

 いまとんでもない爆弾発言が聞こえた気がしたが、このメンバーからしてみれば「ああ……いつもの……」で流せてしまう。

 

「ええっ!? 毎日!?」

 

 流せていない者が一人いた。つい最近天白・櫛田コンビと交流し始めた佐倉である。

 

「……桔梗ちゃんの言い方では、語弊がある。わたしのエステには、バストアップを狙ったものがあるから、その影響。実際にはそんなに揉んではいない」

 

 天白がフォローしているが、フォローになっていない。

 

 女子更衣室ではそういう会話をしなければいけないジンクスでもあるのか、坂柳達は私服から水着へと着替えている最中に各自の身体的特徴について会話をしていた。

 

「私も足つぼだけじゃなくて、そういうのも受けてみようかしら……」

 

 堀北が一之瀬と佐倉を見てそういえば

 

「じゃ、じゃあ私がやろうか……?」

 

 と佐倉がやばい事を言い出し

 

「……? 佐倉さんもマッサージの心得があるの?」

 

 と更に堀北がとんちんかんな事を言い始める。

 

 おっぱい談義はさらに続く。

 

「……帆波ちゃんもすごいけど、愛里ちゃんが飛びぬけておっぱいおおきい」

「そ、そうかな……」

「……違法建築」

「人体の建築法って何……?」

 

 すっぽんぽんになりながら天白はそれぞれのたわわを視界に収めて眼福眼福と拝んでいた。見た目が可憐な同性だからってなんでも許されると思ってないかこいつ。

 

「でも、皆大きいから私一人に注目されなくて、それはホッとする……かな」

 

 木を隠すなら森の中というように、大きな胸で注目されるのであれば、同類で周りを囲ってしまえば視線は分散される。

 さらに一部からは『女神ファイブ』と崇められているメンバーなので、身体よりも顔に視線が向きやすい為猶更いやらしい視線は感じにくいだろう。そのことに佐倉は安堵の息を吐いていた。

 

「……………………………」

 

 その言葉に、深く傷ついた少女が一人いる事に気づかずに。

 

「「「あ…………」」」

 

 一之瀬、佐倉、櫛田の三大巨乳娘がそれに気づいて気まずげに声を漏らした。

 坂柳は彼女達の胸に視線をやり、その後自身の胸へと視線を落とし、すとんと足先まで見えているそれに表情に無を張り付けた。

 

「思い出しました。どれだけ努力しても、埋められない差は存在する。それが、私の信条でした」

 

 絶望しすぎて、かつての攻撃的な性格を取り戻そうとしている。戻ってこい! はわわと言っていたお前はどこに行った!

 

 しかし、地獄にも蜘蛛の糸が垂らされるように、明けない夜は無いように。絶望していた坂柳の元に救いが現れた。

 

「……有栖ちゃん。無いからといって、絶望する必要はない」

「百合さん……!」

 

 天白百合。

 身長140センチ。絶壁こと坂柳よりも更に低い身長の幼児体形の同い年の少女。

 坂柳にとってそれは、砂漠で遭難した時にオアシスを見つけるレベルの救いに思えた。

 

「……持たぬからこそ、わたし達は有を欲する事が出来る。それはわたし達にしか無い特権」

 

 このオアシスはただのおっぱい聖人だった。目を覚ませ坂柳。

 しかし天白に対してはちょっとおバカに(マイルドな表現)なってしまう坂柳にとって、天白の言葉はまさに福音だった。

 

「……有栖ちゃんには、おっぱいなんかより、素晴らしい所がたくさんある」

「ど、どのような……!」

「……ちっちゃくてかわいい、おへそ。有栖ちゃんのお腹は、好き」

「百合さん……っ!」

 

 坂柳は感動のあまり、天白へと抱き着こうとして――はた、と動きを止めた。

 

 天白は現在、水着に着替え終わっていた。

 特別水泳施設では、一般開放中はスクール水着ではなく普通の水着が着用可能だ。

 天白が身に着けているのは、胸から臍上まで布地のある、コルセットタイプのビキニ。以前夏休み中に坂柳や櫛田と買いに行き、無人島特別試験で一時着た事もあるものだ。

 それはいい。白い肌にブロンドの輝く天白本人に対してモノトーンカラーの水着は非常に良く似合っている。

 

 だが、その胸元に確かに一本筋――谷間が出来ているのである。

 補正下着のような形状であるため、寄せてあげているY字型であっても、確かに渓谷がその姿を主張しているのである!

 

「……百合、さん」

「……??」

「失礼ですが、バストのサイズをお聞きしても……?」

「……………………B」

「わァ…………ぁ…………!」

「泣いちゃった……!」

 

 哀れ、坂柳有栖。

 Aクラスの少女――ゴールデンカノン基準で計算するとAAクラスの彼女の明日はどっちだ。




おかしいな。プールで遊ばせようと思ったら着替えまでしか行かなかった。

投稿速度ですが、ネタ切れということもあって1週間に2~3話投稿出来たらいいな程度に思って頂ければ……。
下手したら週1になるかもしれませぬ……。

一応、終わりは1年生の最終特別試験までを予定してます。
裏の方は別ですが。


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坂柳有栖のわくわく学生生活② 後

Q.坂柳が最高の夏休みを過ごせたはずなのに心の傷を負って可哀想……可愛い……
A.その後天白がちょっといやらしい感じでお腹を撫でてあげたら顔真っ赤にして復活しました。可愛い。

Q.佐倉は原作通りラッシュガードつけたの?
A.天白が剥ぎ取った。

多分過去最高にキャラ崩壊があります。ご注意を


 

 

 

「これは……凄いですね……」

 

 坂柳が負った心の傷をなんとか克服し、着替え終えた天白達一行はようやくプールサイドへと訪れることが出来た。

 着替えと余計なやり取りに幾ばくかの時間を取られ、更衣室を出た時にはすでに人はごった返している。

 多くの生徒達がきゃっきゃと水遊びに興じているプールは、全3種類。

 かなり大きいが普通に泳ぐためのプール。

 なぜ水泳部専用施設にあるのかは分からないが、流れるプール。

 そして水球等のスポーツに使用する、やや浅めのプール。

 

 そのどれもに、生徒達が群がっている。

 とはいっても1学年あたり約160名。三年生まで退学者を減算しなかったとしても全校生徒は480名程度。どれだけの生徒が集まろうと、およそ市民プール程の広さを持つこの施設であれば、有名スパリゾート等のように芋洗い状態になる事は無い。

 というよりも普段一般開放されてない時は水泳部しか使えないはずなので、通常時は大分施設を持て余す事になるはずなのだがそれでいいのか高度育成高等学校。

 

「わ、すごい。売店がある」

 

 更に驚く事に、プールサイドにはホットドッグや焼きそば、フランクフルト等の食べ物や各種ドリンクを販売する売店が出店している。

 しかも運営が上級生らしき生徒達。商人魂でもあるのか楽しそうに笑顔を振りまいている者も居れば、鬼の形相で必死に調理をしている者までいる。

 

「……ほんとに、市民プールみたい」

「そうですね……なるほど、ああいう風にもプライベートポイントを稼ぐ事が出来るのですね」

 

 混み合った為に急遽入場制限をつける等の対応から、この専用施設が一般開放されたのは恐らく今年から。そして一般開放の知らせが来たのも夏休みに突入してからだ。

 つまり、今売店を運営している上級生たちは、その短い間にこの方法を思いつき、かつこの学校が無許可運営を許すとは思えないのでなんらかの申請をして、必要な物を揃えてまでこうして働いているということ。

 金儲けに対する嗅覚が異常過ぎる。天白マッサージで情報収集と金稼ぎ計画を立案・実行している天白達にも言えることだが。

 

「来年の夏も一般開放されるなら、私達もやってみてもいいかもしれませんね」

「そうだね! 楽しそう!」

 

 坂柳の提案に、櫛田も嬉しそうに同意した。

 尚、二人の脳内では素早く原価計算とその後の売上による利益計算が行われており、膨大な収益が見込める事にしめしめと舌舐めずりをしている。

 売り子を顔が良いこのメンバーでやり、かつ櫛田ネットワークを通じて広報すればそれこそ飛ぶように売れるだろう。がっぽがぽである。

 天白・一之瀬の天然二人は『みんなでお店なんて、文化祭みたいでたのしそう』とぽわぽわお花畑な想像をしている。かわいい。

 

 その後六人は、まず普通のプールで遊ぼうと軽く準備運動をして(天白監修)から入水を果たした。

 ここは通常時はレーンが敷かれているのだが、現在は8割程度が取り除かれ、フリースペースとなっている。ガチで泳ぎたい者は残ったレーンで泳ぐがいい。

 

 さて、一般の高校で使用されるプールは、縦の長さが25メートル。横や水深は学校によって違うが、大多数の高校が横12.5メートル、水深1.35メートル程度となっている。

 この専用施設のプールは、横幅はかなり広くなっているが、水深については変わらない。

 

 何が言いたいかというと、身長1.4メートルの天白が普通に沈むのだ。

 

「……楽ちん」

「あはは、百合かわいい~」

 

 なので櫛田に両手を持ってもらって、ぷかぷかと浮く事しか出来ない。

 

「…………お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「ううん! 気にしないで!!」

 

 ちなみに身長1.45メートルの坂柳も辛うじて鼻から上が出るだけなので、一之瀬に手を引かれている。

 一之瀬に手を引かれているせいで否が応でもキャノンボールを目にしなければならず、坂柳の目が死んだ。

 こんな調子なので、この二人は普段の水泳授業についても泳がない時は誰かに引っ付くかプールサイドで大人しくしているしかない。泳ぐ事になれば、また別なのだが。

 

 しばらく櫛田、一之瀬に手を引かれて遊泳していると、天白と坂柳の頭からすぽっと何かが被せられた。

 浮き輪である。

 

「レンタルしてたから、借りてきたわよ」

「他にも、ビーチボールとか一杯あったよ」

 

 売店を冷やかしに行った堀北と、それにくっついて行った佐倉も合流した。

 

「ビーチボール! せっかくだから後で皆で遊ぼうよ」

「丁度六人だから、三対三かな? 負けないぞ~」

 

 櫛田が提案すれば、一之瀬も乗り気のようでニコニコ笑みを浮かべている。

 堀北はやれやれと首を振りながらも参加はするようで、それを見て佐倉も「運動苦手だから……お手柔らかに、ね?」と控えめに賛同した。

 

「ところで」

 

 それから六人でぱしゃぱしゃ水を掛け合ったり、天白が収まった浮き輪を櫛田と堀北と一之瀬が取り合ったり楽しく過ごしていたが、堀北がそろそろ無視するのも限界といった風に口を開いた。

 

「私達が来たら随分静かになったのだけれど」

「蜘蛛の子を散らすみたいにさーって、居なくなっちゃったね……」

 

 堀北と佐倉が言うように、彼女たちがプールへと入ると、その周囲から人が居なくなっていった。

 ある程度スペースのある広いプールとはいえ、天白達六人が遊んでいる周囲だけが閑散としている。

 

「さっきから凄い生暖かい視線を感じるね」

「うん。声かけられる事もないし……あ、帆波ちゃん。あそこにいるのってBクラスの白波さんじゃない?」

「あ、ほんとだ。おーい! ……逃げちゃった」

「……なんかわたしを見て拝んでるけど」

「にゃはは……ごめんね。千尋ちゃんなんでか分からないけど百合ちゃんのファンらしくて」

 

 拝んでいるならそれはファンじゃなくて信仰対象なのでは? と天白は思ったが、つついたら面倒くさい蛇が出てきそうなので口をつぐんだ。

 

 Bクラスの白波――白波千尋という女子生徒だけでなく、その他にもちらほらと見知った顔をがある。

 というか1年Aクラスの生徒まで結構な人数がいる。櫛田と天白が手を振ってみれば振り返してくれるのだが、動物園の猿みたいに『うおおおお!』とけたたましい咆哮を上げていた。なんだあいつら。

 

 ここで、彼女たち六人を遠巻きに見守っている彼らに焦点を当ててみよう。

 

「はぁ……美少女六人揃い踏み……マジ尊い……」

「尊すぎて尊みの鎌足が大花の改新……」

「あ、おーいお前ら。何やってんだ――」

「バカ! 彼女たちを視界に入れるな! そんな事したら……!」

「……あ? 綺麗な花が咲いてる……あっはは。……あぁ、綺麗だ。百合かなぁ? いや、違う。違うな。百合はもっとこう……パァーって咲き誇るもんな!」

「馬鹿野郎……! 耐性がないやつはあれほど視界に収めるなと言ったのに……!」

「光だわ……! Kawaiiの放つ浄化の光で彼もやられてしまった……!」

 

 地獄かな?

 

 こういった光景があちこちで繰り広げられていた。

 遠くでの騒ぎのため、天白達の耳には入らない。

 

 ここまで大騒ぎとなっているのは、天白達六人が美少女だというのも大きな要因の一つだが、それだけではない。

 彼女たち六人……いや、天白を除いた五人は、全員が天白によるセラピーを受けている。

 なんなら数名は何度も何度も受けている。

 

 一般に、エステとはリラックス効果はもとより、綺麗になるための手段だ。

 天白という妖怪の手腕によって、この五人は美しさや可愛さに更に磨きがかかってしまっている。

 二人を除いてナイスバディだった少女たちは、妖怪によって超ナイスバディと化し、また除かれた二人も見目が非常に愛らしいため、集まってしまえばkawaiiの暴力となる。

 しかも全員が大胆な水着着用だ。スクール水着じゃなく、私物の。その破壊力は図りしれない。

 

 さて、高度育成高等学校は主に妖怪やコミュ力モンスターが大暴れした結果、一年生は一部を除いてちょっと変わった学校生活位の認識で青春を謳歌している。しかし、二年生や三年生はそうはいかない。

 張り巡らされる陰謀、繰り返される優劣がはっきりと分かれる特別試験。クラス間だけでなく、酷いところはクラス内ですらギスギスした空気が流れている所まである。

 そうして荒んでしまったところに、美しさ補正のかかったkawaiiの波動を直視してしまうとどうなるのか。

 

「光が……広がっていく……!」

「だからよ……止まるんじゃねえぞ……」

「あたしって、ほんとバカ……」

「貴様と居た二年間……悪くなかったぞ……」

 

 こうなる。

 

 積み上がる死体の山(比喩表現)に、それを必死に救助する生徒達と阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 Kawaiiの光に焼かれて死んだ者達は、やがて不死鳥の様に蘇り、どこからともなく現れた謎の親衛隊にスカウトされるのだ。

 

 その騒ぎを知ってか知らずか。坂柳は浮き輪の中心にお尻を収め、両手足を輪の外へ投げ出してぷかぷか浮かぶ姿勢になりながら、どこか得意げな表情をしていた。

 

「このように注目を浴びるのも、悪くはありませんね」

「注目っていうか……悪目立ちしてる……ような……」

 

 佐倉は身を縮こまらせている。

 とはいえ、視線が分散しているお陰で――また、その性質もなんだか見守られているようなものの為、恐怖感は少ない。

 周囲で繰り広げられている光景は恐怖そのものだが。謎の親衛隊によって死体は隠されている為、彼女の心の安寧は保たれている。

 

 それから少しの間、無意識の内に死体を増やしながら、彼女たちはバレーに興じる為にスポーツ用プールへと赴く事となった。先程までは全コートが使用中だったが、死体が発生して無効試合となりコートがいくつか空いたため。

 

「あっ、すみません自力で起き上がれないです。百合さん、抱っこしてください……」

「……はい」

 

 途中、坂柳がひっくり返った亀のようにジタバタしていたが、先にプールから上がっていた天白が無事救い上げた。彼女以外が抱っこしてしまうとまた心が死んでしまうので。

 

 

 

 

 

 

「すまぬでござる……拙者、つい我を失ってしまい……」

「いや、いいさ。勉強にもなった」

 

 一方、外村にぶん殴られ「百合とは干渉するでなく、愛でるもの」と訓戒を受けていた綾小路も、ようやくプールへと入る事が出来た。

 

「それにしても、『尊い』……か。堀北達を見ているとたまに感じる暖かな気持ちは、そういうことだったんだな……」

「ふふ、これで綾小路殿も立派な百合男子でござる。今度おすすめの漫画を教えるので、共に学びましょうぞ」

「ああ、頼む」

 

 綾小路は洗脳を受けていた。

 ちょっと産まれと育ちの事情で世間に疎い綾小路は、さも常識のように語る外村の論調に完全に騙されている。

 綾小路は『尊い』を覚えた!

 

「それにしても、すごい人だな……」

「そうでござるなぁ……。売店もあり、さすが国営の学校ンゴねぇ……」

 

 二人はあまりの光景に絶句していた。

 広すぎるプール。大勢の水着姿の学生。そしてプールサイドに転がるいくつかの屍。

 

 最後の屍については二人は意図的に無視を決め込んだ。一年生のエリアでは度々見られる光景なので。

 

「そういえば博士。さっき少し耳にしたんだが、女神ファイブってなんだ?」

「ご存知ないのですか!?」

 

 綾小路がふと気になった事を聞いてみれば、外村は大仰に驚いてみせた。ヤック・デカルチャーとか言っている。綾小路は意味が理解できずに首を傾げ、外村は少し寂しそうな表情をした。

 

「女神ファイブとは、一年生の美少女五人の事でござる。Aクラスの坂柳有栖殿、櫛田桔梗殿、天白百合殿。Bクラスの一之瀬帆波殿。そしてDクラスからは堀北鈴音殿。この五人は仲も良く、よく共にいる所を目にするのでそう名付けられたそうでござる」

「ああ、まあ堀北達は確かに美人だよな。この学校は元々ビジュアルが良い奴らが多いが、たしかに飛び抜けてると思う」

「ふひひ。美男子美少女が大勢って、何そのエロゲ。……そこに交じる拙者……つらい、お腹痛い」

「い、いや……博士もなかなかいい線行ってると思うぞ? ほら、愛嬌があるというか」

「下手な慰めんはいらんですよ……。んん“っ。話が逸れてしまったでござるが、先程見た限り我がクラスの佐倉殿もグループ加入したご様子。これは近々名前が変わるかもしれませんなぁ」

 

 尚、命名は謎の親衛隊によって行われたものらしい。

 

 綾小路はキョロキョロと辺りを見回し、そこらに転がっている死体の位置からおおよそ堀北達がどこに居るかを推測した。最悪の測量計算である。

 

 美少女達が仲睦まじく遊んでいる姿は目の保養になるので、出来れば遠目からでも視界に入れて起きたいと思った綾小路は、少し位置を変えてあたりを付けていた箇所を目にした。

 

 そこでは丁度、少女たちが跳ね回り、ビーチバレーに興じている姿だった。

 

 坂柳が読みで拾い、櫛田がトスを上げ、一之瀬がゆるくスパイクを打つ。

 天白は近くに迫ったそれを普通に見逃している。

 

『あ、天白さん……今の取れたと思うんだけど……』

『ボールがいっぱいあって目が移った』

『百合……ボールは一つしかないわ……』

『九つもある』

 

 天白は大分最低な事を口走っていたが、遠巻きに眺めている為綾小路の耳には届かなかった。

 

「博士、堀北達はあっちに居るみたいだ。俺達は普通のプールに――博士?」

 

 何の反応も返さない外村を怪訝に思い、振り返った綾小路が見たのは、菩薩の様な悟った表情をし、今にも消え去りそうな姿の外村だった。

 

「は、博士! しっかりしろ……!」

「綾小路殿……ふふ、拙者はついに見つけたのでござる。そう、ここが理想郷……万物が還る、天の頂き……」

「行くな! 博士……! ここは学校のプールだ! 帰ってこい!」

「ああ……やっと、人生で一度は言って見たかったセリフが言えるでござる……綾小路殿、拙者の一世一代。聞いてくだされ……!」

「ば、バカ……! 何を言って……!」

「我が生涯に……一片の悔いなし……!」

「博士っ! 博士ぇーーーっ!」

 

 外村は天高く拳を突き上げ末期の台詞を言い切ると、拳の先からキラキラと光の粒子を撒き散らしながら(イメージ映像)――果てた。

 はたから見るとだいぶ余裕があるように見える。なんだこの茶番。

 

「……何をしている」

「っ! あんたは……」

 

 そんな心温まるおふざけを綾小路達がしていると、声がかけられた。

 綾小路が振り返ると、そこに立っていたのは――。

 

「堀北……生徒会長……」

 

 堀北学。堀北鈴音の兄にして、高度育成高等学校の生徒会長。

 過去最優と謳われたその実力は高く、彼が率いる三年Aクラスはこれまでに退学者を一人も出していないという偉業を継続している。

 

「久しぶりだな、綾小路。鈴音はDクラスで元気にやっているか?」

 

 そしてシスコンである。

 天白と櫛田の魔改造により、堀北兄は妹関連では少し口数が増えるようになった。その結果、シスコンぶりを信用できる人間相手には隠さなくなったのだ。

 綾小路とは、以前堀北と綾小路が会話している所に襲撃してきて、少々のお話(意訳)の後、実力を認めたという経緯がある。堀北はちょっと引いていた。

 

「あ、ああ……堀北はこの前の特別試験でも大活躍だったよ。おかげでクラスポイントも一気に増えた」

「ふっ、そうか……流石は、俺の妹だ」

 

 綾小路が近況報告をすると、堀北兄は満足そうに微笑を浮かべた。

 ちなみにこのやり取りは特別試験を終えてから既に五回は行われている。一人暮らしの娘を心配する母親よりもしつこい。

 

「それで、綾小路。その男はお前のクラスメイトか」

「ああ。外村秀雄。俺の――親友だ」

「綾小路殿……!」

 

 先のやり取りは茶番なので、外村も普通に蘇っている。軽率に死者蘇生を果たすな。

 

「なるほどな。……『我思う、故に百合あり』」

 

 堀北兄は外村へと視線を向け、何やら不思議な呪文を唱えだした。

 それに外村も強く反応する。

 

「――! 『だがそこに我、必要なし』!」

「なんの合言葉だ……?」

 

 堀北兄は外村の返答ににやりと笑みを浮かべると、手を差し出した。それを外村も力強く握り返し、ここに一つの絆が産まれた。

 綾小路は置いてけぼりになってしまっているが、今のやり取りで何か通じる物があったらしい。

 

「よかろう。貴様には会員の資格ありと判断した」

 

 そして熱いハンドシェイクを交わした後、堀北兄はどこからか取り出したプラスチック製のカードを外村へと投げ渡した。

 ところで現在堀北兄は海パン一丁であり、ラッシュガード等の上着は着ていない。じゃあどこから取り出したんだって話になるが、それは触れない方が良いだろう。この世には、知らぬほうが幸せな事もある。きっと異次元から取り出したんだ。そうに違いない。

 

 外村は投げられたカードを取りこぼしそうになりながらもなんとか掴み、そこに記載された文字を見て目を見開いた。

 

「リリィ・ナイト、会員番号089……!? これは、まさか……!」

「貴様もまた、戦士であると認めた。共に戦ってくれるな?」

「イエス・ユアハイネス……」

「ふっ……面白い男だ」

 

 そうして、綾小路が理解する隙も無く、また一人の戦士が生まれる事となったらしい。

 

 なんだか親友が遠い。

 

 綾小路は遠い目をしながら、少しでも癒やしを得ようと堀北達が戯れる様子を視界に入れたのだった。

 

 

 




・リリィナイト
 度々存在が確認されていた謎の親衛隊。誰がいつ結成したかは謎に包まれているが、各構成員の『尊い』を守る為、日夜戦っている。
 組織トップは謎に包まれており、構成員達からは『Mr.0』と呼ばれている。

・生徒会長堀北学
 生徒会長。シスコン。天白と櫛田による性格矯正の結果、シスコンが加速した。南無。
 噂ではある組織のトップらしいが……謎多き男である。
 常に『マリア様は見てる』を聖書として持ち歩いているとかなんとか。

・白波千尋
 その日、彼女は天使に出会った――
 4月に廊下でイチャついている天白と櫛田を目撃してしまい、覚醒した。最近天白達が自クラスの最カワランキング不動の一位である一之瀬と交流が多く、それを眺めて幸せな毎日を送っている。
 リリィ・ナイト会員ナンバー09。
 天白や一之瀬達と接触してしまうと、モード反転裏コード『千尋・ザ・ビースト』と化してしまうことを危惧して近づかないようにしている。

次から体育祭編に入りますが、何も考えてないのでちょっと時間かかるかも。
その間裏をちょこまか更新すると思うので、18歳以上の方はよかったら覗いてくださいな。


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暴君の散々な一日

遅れましてすみません。

いつも高評価、感想、お気に入り、ここすきありがとうございます。

ようやく夏休みを抜けました。今回はちょっと真面目なお話です。


 

 

 

 9月1日。

 楽しい楽しい夏休みも終わり、二学期の始まりである。

 一般の高校であれば、久しぶりに会うクラスメイトがイメチェンしていたりして驚いたり、気になってたあの子に彼氏が出来ていて静かに涙を流したりなど悲喜こもごもな学期始まりとなるだろう。

 

 しかしここは高度育成高等学校。全寮制であり、入学したら卒業まで学校敷地内から出ることは叶わず、少し買い物にでも出かければ親しい友人以外のクラスメイトとも頻繁に顔を合わす事になるため、「お前変わったなー!」や「付き合ったのか……? 俺以外の男と……」というイベントは発生しにくい。

 とりわけ、一年生にいたっては夏休み中の二週間も全員でバカンスをしていたのだ。特別試験がどっかの誰か達のせいで「たのしいいべんと」と化してしまった為、尚の事久しぶり感が薄い。

 

「おはよぉ~」

「おう、おはよう。つっても昨日会ったばかりだけどな」

「そうだね~。……ところで、例のモノは?」

「へへ、そう焦るなって……ちゃんと焼き増ししてあるからよ……」

「はぁ……っ♡ 天白ちゃんに抱っこされる坂柳さん尊み……!♡」

 

 Aクラスでも、土日を挟んで月曜日に登校したかのような、長期休暇開けとは思えないゆるい空気が流れていた。

 一部でお馬鹿な会話がされているが、Aクラスでは日常茶飯事である。みんななかよし。

 

 さて。

 夏も終わり、秋に入った。秋といえば食欲・芸術・運動とイベントが盛りだくさんであり、学生にとっては更に身近な行事があることだろう。

 

 体育祭である。

 

 小学校では運動会、中学校からは体育祭と、名前を変えてではあるがここまでの9年間毎年開催されていた、全校生徒で身体能力を競い合う行事。

 ここ高度育成高等学校も当然のように開催される。

 

 しかし、普通に開催するだけじゃ終わらないのが高度育成高等学校クオリティ。なんと体育祭も特別試験として行われるそうだ。

 

 細かいルールについては例によって天白は把握を諦めた。「勝ちゃあいいんだろ? 勝ちゃあよぉ……」と身も蓋もない理解だ。頭よわよわである。

 

 今回の特別試験に至っては、Aクラスは勝ってもせいぜいがお小遣いが少し貰える程度であり、勝つことによる旨味がさほど感じられないのだが。

 だからといって手を抜くかと言われればそうではない。最初のHRで体育祭についての伝達事項が伝えられたその日のLHRにて、早速クラスで作戦会議を行った。

 

 司会進行は我らがスキンヘッド、葛城である。

 

「じゃあ皆、まずは次の体育祭のルールを軽くおさらいするぞ」

 

 葛城が説明するのに合わせて、櫛田が持ってきたホワイトボードに要点をまとめだす。

 

「――と、ルールはこんなところだな。それで、俺達と同じ紅組として組むDクラスについてだが」

 

 体育祭では、全学年を紅組・白組に分けて組対抗戦を行う。

 紅組はA・Dクラス。

 白組はB・Cクラスに割り振られる。

 

「夏休み中の特別試験で、DとCが入れ替わった結果、俺達は旧Cクラス――そうだな、仮に龍園クラスとしておこう。彼らと同じになる」

 

 夏休みに行われた二度の特別試験により、9月1日付けでクラスポイントの変動があった。その結果、なんとDクラスがCクラスよりもポイントがわずかに多く、クラスが入れ替わったのだ。

 なんとも何も、そうなるように仕向けた連中がいるのだが。ご存知天才幼女(体型)とコミュ力おばけと愉快な仲間たちである。

 

「はい」

 

 一人の生徒が挙手をし、葛城が発言を許可した。

 

「葛城さん、ぶっちゃけ龍園クラスは俺達と協力しようなんて思わない気がするんだが、そこはどうするんだ?」

 

 旧Cクラス、龍園が率いる彼らは協調性とは程遠い――というか、実質支配している龍園がお世辞にも素行が良いとは言えず、暴力と恐怖によってクラスを纏めている事は周知の事実だった。

 夏の特別試験で、各クラスにスパイを送り込むためにクラスメイトへ暴力を振るっていたというのは記憶に新しい。まあそのスパイは後にAクラスで大変な目にあったのだが。主に妖怪と筋肉のせいで。

 

「龍圓クンって、クラスポイント云々よりもどこまでがセーフかを調べてるみたいな感じじゃない?」

「確かに。あいつらだったら味方へのラフプレーとかも平気でしてきそうだ」

「『最終的には倒す相手だから』つって、こっちの戦力を削ってくるとか」

「ありえそ~。それで白組のCとBクラスにも妨害仕掛けるんだ。俺知ってる」

 

 喧々諤々、Aクラスに言いたい放題されている。それだけ評価が低いということなのだが。いや、どちらかというと、そういう盤外戦術を仕掛けてくるという評価をされているのだろう。

 

 葛城は腕を組んで目を閉じた。それについては、今朝真嶋に組分けを知らされた時点で葛城も懸念していたからだ。

 いくらAクラスの目標が単独勝利では無いとは言え、ラフプレーで怪我をさせられてはたまらない。

 なので、当然坂柳と櫛田にも相談したのだが――。

 

 ぱん、ぱん。と二度手を打つ音が響いた。

 これまで会話していたクラスメイト達も、一斉に口を閉じて音の鳴った方へと視線を向ける。

 手を鳴らしたのは、これまで葛城の隣で不敵に微笑んでいた坂柳だった。

 

「はい、皆さん。龍園クラスが協力をするのかどうか、また、想定される暴力行為に対する不安についてですが――ご安心ください。私に考えがあります」

 

 そう言って、坂柳はにこりと可憐に笑みを見せた。何人かが胸を抑えて屍となったが、それに構わず坂柳は続ける。死に慣れるな。

 

「本来であればじっくり内部から取り込もうと考えていましたが……今回のように、学年の垣根を超えて試験を行う可能性があるとなると、話は別です。百合さん、桔梗さん、葛城クン、それと……鬼頭クンもですね。後ほどお時間をいただけますか?」

「……やるんだな?」

「ええ。少し――お話をしに行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 今後の方針を伝えてからクラスを一旦解散した後、坂柳、櫛田、天白、葛城、鬼頭の五人はカラオケルームへと訪れていた。

 Cクラスの王、龍園と話をするために。

 

 大人数用のパーティルーム。その片側に五人は腰を落ち着けた。真ん中を坂柳、それを挟むようにして天白と櫛田。端には葛城と鬼頭がスタンバイしている。

 尚、教室を出る時に『三人に何かあったら分かってんだろうなあぁん?』というご指摘をAクラス女子達から受けてしまった為、葛城と鬼頭はやや緊張気味だ。こういう時、男は弱いのである。

 

 五人が部屋に入ってから少しして、櫛田経由で呼び出された龍園がやってきた。

 流石に一人では無く、護衛としてか体格に優れる山田アルベルトと石崎大地、そして女子の伊吹澪を連れ、四人でのエントリーだ。

 

 龍園達が席についたことを確認すると、坂柳が微笑みながら口火を切った。

 

「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。龍園くん」

「……御託はいい、さっさと用件を話せ」

 

 龍園は苛立ちを隠さず吐き捨てた。

 その様子を見て坂柳はますます笑みを深める。

 

「ふふふ……では、早速……答え合わせといきましょうか」

「何……?」

 

 坂柳が切り出した用件に、龍園は眉を潜めた。龍園に随伴してきた石崎と伊吹も、わけも分からずといった風に顔を見合わせ首をかしげる。

 

「どういうことだ、坂柳。俺は体育祭の事で取引があるって言うから来てやったんだ。くだらねえ問答をやるっていうなら帰るぞ」

 

 坂柳は、櫛田に龍園を呼び出す口実として『取引』を口実にしていた。

 その内容がAクラスに従えといったものであれば即座に却下して帰るつもりだったが、実際に聞かされたのは取引とは程遠いもの。

 意味も意図も理解出来ず、どういうことだと問い詰める。

 坂柳は余裕の笑みを崩さない。

 

「ええ、ですから、取引の前に龍園くんの疑問を解消して差し上げようかと」

「疑問だぁ……?」

「……龍園クンは、疑問に思いませんでしたか? 夏休み中の特別試験。何故旧Cクラスだけが尽く最下位になったのか。それも、二度とも」

 

 坂柳の言わんとすることを察した龍園が怒気を膨らませて睨みつけた。

 

「テメぇまさか……! そういうことかよ……お前らの仕業ってわけか……!」

 

 夏休み中の特別試験。

 無人島での事も、その後の豪華客船での事も、二つの試験において、旧Cクラスは何をすることも出来ずに圧倒的な敗北を重ねた。

 Aクラスや、業腹だがBクラスに負けるならまだいい。だが、不良品と見下していたDクラスにすらも欺かれ、大敗を喫する事になったのだけは理解が出来なかった。

 堀北等一部の生徒は龍園も認めるところであるが、それにしてもあそこまでやられるとは思っていなかった。

 龍園は、堀北達旧Dクラスに入れ知恵をした――もしくは、Dクラスを影から操る何者かが居ると推測し、体育祭であぶり出そうと考えていたのだ。

 しかし、その謎の策士探しはあっさりと終わりを告げた。他ならぬ、本人からの証言に寄って。

 

「ええ、無人島試験では我々Aクラスに潜入しようとしたスパイをマッサージで骨抜きにして情報を聞き取り、Bと旧Dクラスへと報告しました。そして、3クラス合同で貴方のクラスを狙い撃ちにしたというわけです」

「…………」

 

 マッサージで骨抜きにして情報を聞き取ったというのが意味不明過ぎて思わずツッコんでしまいそうになったが、今はシリアスな場面なので頑張ってスルーした。龍園は空気を読める男だった。

 

「だが、次の船上試験はどう説明するつもりだ。ご丁寧に俺達だけが沈み、BとAは横並び。鈴音のクラスの一人勝ちって状況は――いや、まさか」

 

 龍園は疑問を口にしている途中で一つの推測に行き着いた。

 

「気づかれましたか? そうです。我々Aクラスと、Bクラス、そして旧Dクラスは……同盟を結んでいます。今後、如何なる特別試験があろうとも、情報の共有をし、協力をするというものです」

「ちっ……クソが……」

 

 龍園にとって、その情報はあまりにもまずいものだった。

 目下の敵である旧Dクラスを標的にして攻撃しようものなら、AとBも敵に回るということだから。

 坂柳は「これでまずはチェック、です」と微笑み、龍園はそれを忌々しげに睨みつけた。

 

「テメェ……どんな手を使いやがった」

「あら? 別に何もおかしなことはしていませんよ? ただ、私達の目的をお話して、それに『賛同』して頂いただけです」

「目的だと……?」

「はい、私達Aクラスのこの学校での最終目的は――」

 

 坂柳がその詳細を告げるについれ、龍園の表情は訝しげなものから驚愕へと変わっていく。

 

「馬鹿な……出来るわけがねえ」

「出来ます。だからこそ、Bクラスと旧Dクラスのリーダーは同盟を承諾しました。そしてそれには、全クラスの意思を統一しなければなりません」

「……つまりテメェらは、俺達にも協力しろって言いたいわけか」

「ええ」

 

 坂柳は微塵も揺らぐこと無く、強い意思を込めた目で訴えた。

 龍園は思考を巡らせる。

 坂柳がわざわざこんな嘘をつくとは思えない。マッサージの下りは冗談だと思いたいが、クラス間同盟やその契約内容については真実と判断してもいいだろう。

 既にBと旧Dクラスの同盟がなされている以上、これを蹴って徹底抗戦をしかけるのは分が悪すぎる。

 かといって、提案を素直に飲み込むかと言われれば絶対にノーだ。

 どうすればこの状況を打破出来るか、龍園が思案に暮れるのを石崎は不安そうに見ており、伊吹は興味が無いため『マッサージで骨抜きにするってどうやるんだろう』とまだ考えていた。もっと会話に集中しろ。クラスの危機だぞ。

 

 そこで、坂柳は次なる手札を切った。

 

「一つ、情報を開示しましょう」

「……あ?」

「リリィ・ナイトという名前に聞き覚えはありませんか?」

「……ああ、あのイカレ集団か。何してるかしらねえが耳にしたことはある。それがなんだ」

 

 坂柳はクスクスと笑い、真実を突きつけた。

 

「彼らの目的は私もよく分かりませんが……その方々は私達に良くしてくださっています。目的は本当に分かりませんが。そしてその会員数はおよそ90名。すごいですね、この学校の5人に1人が会員になっています」

「……何が言いてぇ」

 

 リリィ・ナイトという謎の組織の話は龍園も耳にしていた。

 発足者から何を目的としているのかまで全てが謎に包まれた組織であるが、これまで『龍園が女子生徒に話しかけようとすると偶に妨害される』といった程度しか関わりが無かった為、特に問題視していなかった。

 ぶっちゃけあんまり関わりたくないなというのが本音であったが。

 

 そのため、何故今それを話題にするのかが分からない。龍園はそう思って聞き返したが、坂柳はにやにやとした笑いを崩さない。

 

「いえ、これは噂程度に聞いただけなのですが……会員の頒布は、一年生が割合としては多いそうです。……もしかすると――この集まりの中にも、会員は居るかもしれませんよ?」

「は? んなワケ……」

 

 龍園はハッとした表情で、両隣に控えさせていた男二人を交互に見た。

 石崎は何のことやらと頭上に疑問符を浮かべているが、もう一人――山田アルベルトだけは気まずそうに顔を反らした。

 

「アルベルト……テメェ、まさか……」

「Sorry Boss.She is very cute……」

 

 アルベルトがス……と懐から取り出したのは、一枚の会員証。会員ナンバー015とある。

 大分初期に加入していたらしい。

 あーあ、シリアスさんが死んじゃった。この人でなし!

 

 坂柳はニンマリと笑みを深め『チェックメイト、です』と告げた。

 気づけば包囲網を固められ、あげく側近が目的不明の敵に塩を送る組織の古参ときた。

 今の龍園に打てる手は残っていなかった。

 

「………………………はぁ」

 

 龍園は長い長い葛藤の末、諦めたようにため息を付いて天を仰いだ。

 なんかもう色々とどうでも良くなってきた。策とか実力で負けるのではなく、よくわからんやつらがよくわからん方法で引っ掻き回してて真面目に天下を取る事を考えるのがアホらしく思えてしまったのだ。

 ここまで振り回されている彼を見るのは非常に珍しく、良い印象を持っていない伊吹なんかは内心で『獅子身中の虫wwwざまぁwww』と大爆笑していた。

 

 

 

 

 

 

 その後、坂柳と龍園でいくつか協定を結んだ後、せっかくカラオケに来たんだしと女子達が盛りあがってしまい、普通に歌うこととなった。

 龍園が「好きにしろ」と言った為、石崎とアルベルトは何やら波長が合うのか葛城・鬼頭のAクラス肉体派コンビと談笑しており、伊吹はちゃっかりとAクラス女性陣と共にカラオケに興じている。

 

 龍園は精神的に非常に疲れたので、もうおうちかえりたい気分で一杯だったが、連れてきた連中を放っておく訳にはいかないので残留している。これでも彼は自クラスに対しては面倒見が良い。暴君であろうとも、王なのだ。民無くして国は成り立たぬ。

 

 ヤケだとばかりに注文した山盛りのポテトフライをつまみながら、龍園は1人黙考する。

 

(クラス間同盟とか反則だろうが……!)

 

 哀れ龍園。1人で頑張って勢力を率いて各国へと喧嘩を吹っ掛けようとしてたら、いつのまにか自国を除いた全てで連合軍が形成されていた。

 

(Aの……櫛田っつったか。あいつの影響が徐々に浸透してきてたのは知ってたが、もっとクソふざけた集団が入り込んでるとはな……)

 

 櫛田のフレンドサークルは徐々に勢力拡大をしてきていた。最初は無視していたが、末端から徐々に感染していく様は毒や感染症のよう。

 重要な情報を抜き取られないように、幹部を固めて木っ端の構成員は切り捨ててはいたが、目的も何もかも不明のもっとやべーやつらが幹部に居たとか笑えない。その幹部である伊吹は内心大爆笑していたが。

 

(しばらくは様子見するしかねえが……いつか奴らが隙を見せた時、必ず俺が上に立ち、屈服させてやる)

 

 龍園は諦めていなかった。

 彼は勝利に飢えている。例え幾度の敗北を重ねようと、最後に勝って相手を屈服させる事に快感を覚える男だった。

 今は時期が悪く、大人しくしているしかない。しかし、例えば現生徒会長が卒業し、龍園の思惑通りの男が次代の生徒会長になるとしたら……勝負は分からなくなる。

 

 龍園は蛇のように、耐え忍び、その時を待つことにした。

 

「…………あ?」

 

 思考に集中していたからか、周囲の様子が変わっている事に気づけなかった。

 

 静かだ。

 

 カラオケルームの中であり、先程まで女子たちが歌っていたのにも関わらず、物音一つしない。

 

 その理由は明白だった。

 

「なっ……んだ、こりゃ……」

 

 なぜなら、室内で既に動いている者が、彼しか居なかったからだ。

 

 石崎も、アルベルトも、伊吹も。

 坂柳も、櫛田も、葛城も、鬼頭も。

 

 全員が机に突っ伏すか、胸を抑えて倒れている。

 僅かに覗く横顔が苦しみに満ちたものではなく、むしろ長寿の末に未練なく大往生したかのような安らかなもののため、尚の事困惑する。

 

「……龍園くんは、倒れないんだ」

「……テメェは」

 

 1人、龍園以外にも生きている者が居た。

 

 マイクを手に持ち、何やら嬉しそうに微笑んでいる小さな女子生徒。

 

 天白百合だった。

 

「天白、何しやがった」

「……? 歌ってって言われたから、歌っただけ」

「は?」

「そしたら、皆倒れちゃった。わたしが歌うと、いつもこう」

「…………」

 

 歌うだけで死屍累々の状況を作れるとか大量破壊兵器にも程がある。意味が分からず龍園は沈黙した。

 一応、倒れている者はピクピクと僅かにだが動いており、死んだわけではなさそうだ。安心するが良い。後少しすれば全員何事も無かったかのように動き出す。死の国かなにか?

 

「……音痴なのか」

 

 取り敢えず、龍園はこの得体の知れない存在Xに対し、会話を試みた。

 自分で投げかけて置いてだが、音痴であるとは龍園も思っていない。人が卒倒するようなレベルの音痴であれば、思考に集中していても流石に気づくだろうから。

 

「……音痴では、無いと思う。昔、歌った動画を投稿してみたら結構褒められたし」

「……そうか」

 

 尚、櫛田企画で歌ってみた動画を投稿した所、『なんか聞いてると落ち着く』『kawaiiに浄化された』と瞬く間にミリオン再生を達成し、一時期ネットで話題となっていた事を龍園は知らない。

 

 ここで、龍園は一つ間違いを犯した。

 

 もし自分が天白の歌に耐える事が出来れば、ここで無様に倒れて恍惚の表情を晒しているやつらには勝ったと言えるのではないだろうか。

 クラス対抗戦に関わるものではないが、少なくとも今時点での溜飲は下がるだろうと考えてしまった。

 

「天白、もう一曲歌って見てくれよ」

「……? いいの?」

「ああ。どんなもんか、俺が聞いてやる」

 

 歌うだけで人を卒倒させてしまうのは恐ろしい事この上ないが、あいにくと龍園は恐怖を知らない強靭な精神力の持ち主。

 「じゃあ……」とデンモクを操作し始めた天白を横目に、龍園は「歌なんかに絶対負けない!」と腹に力を込めて歌を聞く体勢に入った。

 

 天白が入れた曲名はよく分からないが、Sweetsと書いてあるからにはゆるふわな曲なのだろう。

 ヘビメタでも歌ったのかと思っていた龍園は肩透かしを食らった。

 

 龍園はもっと考えるべきだった。

 何故、天白が歌うと人が倒れるのか。

 何故、倒れた者は胸を抑えていたり、恍惚とした表情をしているのか。

 

 その事に考えが至らなかった龍園は、後悔することになる。

 

「あい・うえ、おっかしし~た~♪」

 

 その日、龍園は産まれて初めて恐怖という感情を知った。

 Kawaiiに自身が侵されていくという、恐怖を。

 

 フェアリータイプは、あく・ドラゴンに対して4倍弱点なのである。

 

 




おかしいな、真面目な話だったのに……。

・石崎大地
 最近親友が何かしてると思ったらやべー組織に入ってる事を知りちょっと疎外感を感じた。尚、この会の後に無事目をつけられた模様。

・山田アルベルト
 いつの間にか組織の一員になっていた男。5月頃に天白・坂柳ペアが仲良く手をつないでる姿を見てしまい『守護らねば……』と武士道精神を発揮していたところをスカウトされた。かくとうタイプにもフェアリーは効果抜群なのである。
 ボスには悪いと思っていたが、龍園クラスが下った為、表立って活動出来るようになりご満悦。

・伊吹澪
 龍園ざまぁwwwしてたら予想外のところからkawaiiに浄化された。かくとうタイプに(以下略
 マッサージやエステに興味を持ち、予約しようかな……と迷っている。

・龍園翔
 一番の被害者。なんとか勝ち筋見つけられないかなって頑張ったけどダメだった。
 天白は最悪の天敵。


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カルテ:坂柳有栖④

いつも高評価・お気に入り・感想・ここすきありがとうございます。
お陰様でなんと10万UAを越えました! 10万回もアクセスしてもらったんですね……よく通報されなかったなと染み染み

有栖ちゃんの心疾患を直したのは、これをやりたかったからといっても過言ではありません。


 

 

 

 さて、体育祭の始まる10月まで、9月中は体育の授業が増えるらしい。また、その間LHRの時間も長く取られ、各クラスで作戦を練ったり練習をしたりと体育祭までの準備期間がある。

 

 昨日、龍園クラスを恐怖のどん底に突き落とした(坂柳達が意識を取り戻した頃にはとてもおとなしくなっていた)ので、これにて一年生のクラス対抗戦は完全終了となった。

 この事が教職員にバレてしまえばどんな特別試験が課されるかわからないため、外部から見れば一見して協力しているように見えないようにしなければならないが。難しいが、やりがいはあると坂柳は感じていた。

 

 これまでの特別試験でその優秀な頭脳をいかんなく発揮し、やりたい放題やっていた坂柳ではあるが、残念ながら体育祭ではあまり力になれそうにならない。

 運動能力については、学年全体で見てあきらかにドベであるので。

 

 それについては、もう諦めた。頭脳労働で頑張ろうというのが坂柳のスタンスである。とはいえ、ある人物に向けたちょっとした恩返しというか、やりたいことはあるので天白に個人相談を持ちかけているのだが。

 

 Aクラス幹部陣の体育祭での役割は以下のとおりである。

 

・葛城

 全体を纏めるリーダー。また、その逞しい肉体を元に、鬼頭等の運動出来るメンバーを率いて推薦種目等で活躍を期待。

 

・櫛田

 管理職。男子女子問わずに円滑に連携が取れるように調整し、葛城や坂柳への橋渡しをする。また、龍園クラスとの折衝も担当する。

 

・坂柳

 作戦参謀。櫛田から提出された各自の身体能力データを分析し、最適な組み合わせを考える。また、他クラスリーダーと共謀して好き勝手やる。

 

 そして、Aクラス四人目の幹部に『マスコット枠』として置かれていた天白はというと。

 

「……重心がズレてる。踏み込む時、あと一拍分力を込めるようにしてみて」

「……スタートが若干遅い。合図を聞いてからじゃなく、タイミングを図って飛び出すように」

「……腰の位置が少し高い。もう少し足を開いてみると、力が込めやすくなる」

 

 なんと、ここにきて八面六臂の大活躍をしていた。

 

 最近は人をグズグズに溶かす妖怪としての側面が強かった為忘れられがちだが、天白は元々対人への観察眼が鋭い。

 そこに、マッサージや整体の知識も組み合わせ、効率的な動きや改善点を導き出し、具体的なアドバイスを飛ばす。

 そうすることで、Aクラスの生徒達は飛躍的に記録を伸ばしていくのだ。

 

 さらに、マッサージの手腕も忘れては行けない。繰り返される練習によって筋肉に蓄積された乳酸は、天白の手によって消滅する。

 異世界転生をしたWeb小説の主人公レベルで大活躍をしていたのである。

 

 その結果

 

「ママぁ~!」

「天白百合は私の母になってくれるかも知れない女性なのだ」

「あぁ……これが包容力……なんて、あたたかいの……」

 

「……よしよし。ママじゃないけど」

 

「「「きゃっきゃ!!」」」

 

 一部の生徒が幼児退行した。

 

「……はい。ふざけてないで、休憩終わった人から練習に戻る」

「「「は~い」」」

 

 流石にそれは冗談であり、仲の良いクラスメイトたちによる心温まる茶番であった。ああ良かった。

 

「百合ママぁ~、認知して?」

「……はい桔梗ちゃん。ママです、よ♪」

「バブゥ……♡」

 

 一人ガチなやつがいた。でもいつもの事なので皆スルーしている。そろそろ本人達が提唱している『幼馴染であって付き合ってない』説にも無理が生じ始めているが、今更である。

 

「百合さん、桔梗さん。何をされてるのですか?」

 

 これには坂柳も苦言を呈したいようで、練習中だというのにイチャつき始めた二人の元へ近づいていた。

 

「あ、有栖ちゃん。えっとね、百合が皆のお母さんみたいだって話になってたの」

「お母様? 百合さんが……?」

「……こんな大きな子を生んだ覚えは、ありません」

 

 天白は否定しているが、それならそろそろあやすように櫛田を撫でているその手を止めるがいい。説得力が皆無なのだ。

 

「……ふむ」

 

 坂柳は少し考えるように顎に手をあて、そのままぴとりと天白に抱きついた。

 

「百合お母様……」

 

 貴様。

 

 天白は突然甘えてきた坂柳に少し驚きながらも、慈しむ様な表情で抱き返してあげた。坂柳はうっとりとした表情でそれを受け入れている。

 

「有栖ちゃんずるい! 百合ママ~私も~!」

 

 妹に母を取られた姉のように、櫛田も天白へと抱きついた。

 

「……こんなに大きい娘が二人もできちゃった」

「お母様……」

「ママ~……」

 

 尚、この光景を眼にしたAクラスの面々と、偶然遠くから目撃してしまった者の数名が胸を抑えて死ぬといった事件が起きたが、突如現れた謎の組織によって人知れず解決されたようだった。

 

 

 

 

 

 

 危うくAクラスが全員幼児退行をするという地獄が顕現するところだったが、なんとか持ち直して体育祭当日。

 

「紅組っ! 勝つぞぉぉぉぉ!!!」

「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」

 

「白組っ! ふぁい!」

「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

 

 全校生徒による行進、そして紅組代表の3年生による選手宣誓により、体育祭は開幕となった。

 

「よっしゃぁ! 寛治! 春樹! 俺達の実力、見せてやろうぜ!!」

「ああ! 努力の成果を見せるときだ!!」

「そうだな!! ……そういえば、俺達なんで努力してたんだっけ?」

「ああ? んなもんなんでも良いだろ。俺達が勝ぁーつ!!」

「「応!!!」」

 

 白組の待機場所では何やら熱血が始まっている。三馬鹿は熱血馬鹿へと変貌を遂げていた。これには仕向けた櫛田も苦笑い。扱いやすくなって何よりである。

 

 紅組待機場所で、1年Aクラスは集まり円陣を組みながらそんな彼らの様子を見て苦笑していた。

 

「あいつらやけに張り切ってんなぁ」

「運動に特化した生徒にとって、ようやく回ってきた活躍の機会だ。気合も入るだろう。……だが、俺達もただで負けてやるわけにはいかない」

 

 集まったAクラスの面々を、葛城はゆっくりと見回す。

 Aクラスはどちらかというと学力の高いメンバーが多く構成されている。しかし、学年最優(どこかのマッサージの腕一つで配属された妖怪は除き)と称されるクラスは伊達ではない。

 

「俺達はあいつらに比べ、たしかに身体能力で劣るだろう。だが、それでも俺達は一年のトップだ。Aクラスとしての誇りを胸に――勝つぞ」

「「「「おおおおっ!!」」」」

 

 

 まず第一種目として、全員参加の100m走。一年男子から順に走り、最後は三年女子となる。

 

 一年生男子の出走が終了し、続いて一年生女子の番となる。

 

 第二レース、そのレーンでスタートを待っていた坂柳は、過去を思い返していた。

 

『百合さん、お願いがあります』

『いいよ。何?』

『……体育祭までに、私のトレーニングメニューの負荷を上げたいのです』

『……それは、どうして?』

『百合さんにサポートしていただいたお陰で、私は予定よりも早く、歩行の際に杖を必要としなくなりました。……ですが』

『……』

『走りたいのです。一年生の夏という、一度きりの機会に、私はみなさんと同じ体験をしたい。例え、勝てなくとも、最後まで走りきりたい』

『……分かった』

 

 そうして、坂柳は過酷なトレーニングを始めた。

 筋トレからジョギング、時には水泳部の顧問に掛け合ってプールを使わせてもらったり、スポーツジムでマシントレーニングをしたり等、やれるだけの事をやった。

 尚、それこそトレーニング中は天白と櫛田がつきっきりであり、なんならこの一ヶ月間坂柳は天白の部屋に泊まり込んでいた。

 毎日の勉強は苦にならないとしても、その後の体育祭に向けた練習や対策、それから個人トレーニングとなり疲労は蓄積していったが、おはようからおやすみまで天白に世話をしてもらったお陰で過負荷で故障するという事も無かった。

 むしろ、クタクタに疲れた身体をマッサージで癒やされ、寝る時は天白と櫛田に抱かれながら同じベッドで寝ていた為、わりと幸福に過ごしていた。役得……ってコト!?

 一つのベッドに、しかもシングルベッドなので三人で寝るのは狭いかと思いきや、ある理由のためそんなことはなかった。

 その理由? ……それ以上踏み込めば死ぬことになる。やめておけ。

 

 そのトレーニングの成果は、今。この時のために。

 

 紅組の待機場所では天白と櫛田、そしてAクラスの面々が固唾を呑んで見守り、教員席では坂柳理事長が「有栖が出走するだと……!?」と席を蹴飛ばして立ち上がり驚いていた。

 

「よし、頑張ろうね。坂柳さん」

 

 Aクラスから同じくこのレースに出走する女子生徒が、坂柳へと声をかけた。

 

「ええ。スタートしたら、私の事は気にしないで構いません」

「分かったわ」

 

 会話を切り、坂柳は眼を閉じて深呼吸をする。

 

『位置について――』

 

 やれることはやった。

 事前に一度試してみたところ、無事に走り切る事が出来た。

 あとは、それが本番という違う環境でも発揮できるかどうか。

 

(ああ、これが本番前の緊張なのですね)

 

 坂柳はテスト等の所謂本番前に緊張するということは無かった。やれば出来るという圧倒的な自信があったからだ。

 それがどうだ。こうして事身体能力を問われる体育祭では、こんなにも心臓がうるさく跳ね回っている。

 

 だが。

 

(――この感覚、悪くありません)

 

 坂柳は笑った。

 

『――よーい……ドン!』

 

 よーい、から三拍置いてからのスタート。訓練でもしているのか、タイミングは一年男子からこれまでの全てのレースで同じだった。

 

 まずは好スタート。

 一瞬だけではあるが、坂柳は先頭の景色を見ることが出来た。

 

 しかし流石に身体能力の差は覆せず、あっという間に抜き去られ、最後尾へと落ちた。

 これでいい。元より自分は得点源にはなり得ない。

 最後まで走り切ることだけを考える。

 

呼吸は一定に、腕を振り、足を上げる。

 これまでなんども繰り返し身体に覚えさせた通りのフォームで、坂柳はただ前を見据えて走り続ける。

 

 他の選手の背中が遠い。それどころかぐんぐん離されていく。しかし、坂柳は冷静に、自分のペースを崩さずに足を動かした。

 

 50m程を走り終え、白組の待機場所を越えて紅組の姿が見えてきた。

 わっと飛び込んでくる、大勢の生徒が声を張り上げる姿。耳に届くのは、最愛の親友達の声だ。

 

「……有栖ちゃん!! 頑張って……!」

「有栖ちゃぁあああん!! 頑張れぇえええええ!!」

 

 天白と櫛田が大きな声で声援を送ってくれている。

 

 その声援だけで、坂柳はどこまでも走れるような気がした。

 

「はっ……! はっ……っ! はっ……!」

 

 そしてついに、坂柳はやり遂げた。

 

 順位はダントツのビリ。

 タイムも22.91と小学校低学年レベルの有様。

 

 それでも、坂柳は晴れやかな表情だった。

 

 紅組の待機場所へと戻ると、案の定櫛田と天白に抱きつかれ、1年Aクラスの面々にも囲まれてもみくちゃにされた。

 

「有栖ぢゃんっ! 頑張っだねえ“……!」

「……すごい、かっこよかった! 頑張った、ね……!」

 

 案の定最下位だったにも関わらず、温かく迎えてくれたクラスメイトに坂柳は感動のあまり、ほろりと涙を流し、破顔した。

 周りを見てみれば、同じく出走した他クラスの女子だけでなく、紅組――いや、白組からも健闘を称える拍手を坂柳に送っていた。

 坂柳が足にハンデを抱えていて、それを克服する為に努力をしていたのは度々目撃されていたので。

 

「Mr.0……良い光景ですね……」

「あぁ……『尊い』な……」

 

 紅組待機場所の後方、上級生の列では謎の組織のトップ達も感涙しながら拍手を送っている。

 

 

 

 ところで。

 感動的な場面の最中ではあるが、ここで職員席を見てみよう。

 

「……………………!!!!!!!」

 

 坂柳理事長が滂沱と涙を流しながら、顔を真っ赤にして手で口を覆って嗚咽を零していた。

 それは恋する乙女の表情なんよ。

 

「坂柳理事長! ……理事長?」

「感動的ではあったけど、流石に競技がストップするのはな……! おい、坂柳理事長はどうなった!?」

「ダメだ! 坂柳理事長が泣きながら固まってる!!」

「何だって!? ……なんだって??」

 

 職員席は最高権力者が行動不能になってしまったため阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。外野がうるさすぎる。

 

 第一種目からてんやわんやだが、体育祭は、まだ始まったばかりである。

 




そう、坂柳理事長を乙女感動(造語)させたかったのです……!!

次回も一応体育祭の予定ですが、ポンポンカットしてテンポよくやるつもりです。


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アダルトストーリーズ②

遅くなって申し訳ありません!!

体育祭の他の競技をどうするか悩みまくった結果、とりあえず書きたかったやつだけダイジェストにしました。お許しを……。


 

 

 

 体育祭は無事に終わった。

 

 理事長が乙女感動してフリーズする事件があった為あれを無事と言うには些か無理があるかもしれないが、生徒からしてみれば別に問題はない。

 現Dクラス――龍園クラスが事前にkawaiiの波動によって心がぽっきりされてしまった為大人しくなった事で、一年生は特に波乱も無く体育祭を楽しむ事が出来ただろう。

 

 そんなわけで全体としては紅組勝利、学年ごとの総得点数でいうと上からD、C、B、Aの順となる。

 これによりDクラスが50ポイントを稼ぎ、逆にBクラスが150、CクラスとAクラスが100のクラスポイントを減らすこととなったが、夏休み中の二つの試験で大きくCPを稼いでいた為クラスの変動は発生しなかった。

 

 まあ、全て一年生連合の想定通りではあるのだが。

 

 こうして体育祭は終わったものの、流石に全カットは忍びない。なので、少しだけ体育祭での天白達の様子をお見せしよう。

 

・二人三脚

 

「頑張ろうね、百合!」

「……ん。勝つぞー」

 

 二人三脚は走る速さの他に、何よりもパートナーと息を合わせる事が肝要となる。

 それでいくと、Aクラスで一番仲が良いとされる櫛田と天白がペアを組むのは当然のことではある。

 今回二人に託されたオーダーは、出来れば1位、少なくとも3位までの上位入賞。そのため天白と櫛田はやる気に満ち溢れている。

 

 そのオーダーを下した坂柳は自陣の最前列で余裕の笑みを浮かべていた。

 

「……おい坂柳。あいつらは大丈夫なんだろうな」

 

 その隣に同じ紅組の別クラス代表として腰掛けている龍園は懐疑的な視線を坂柳に送った。

 これまでの競技では1年生についてはおおよそ想定通りに事が運んでいたが、旧Dクラス――堀北の所属するクラスの3馬鹿がえらく張り切ってしまい、当初想定しているよりもAクラスの得点が沈み過ぎてしまったのだ。

 その調整として坂柳は天白と櫛田の二人にそう指示したのだが、果たしてそう上手くいくのかという疑問が龍園にはあった。龍園の記憶では、天白と櫛田のレースにはそこそこ足の早い女子が固まっていたはずなので。

 

 それを受けた坂柳は涼しい顔で返す。

 

「ええ、当然です」

「テメェがそこまで言う根拠はなんなんだよ。あいつらはそこまで運動が得意な様には見えねぇぞ」

「ふふ、見ていればわかりますよ」

 

 どこまでも余裕の表情を崩さない坂柳に、なにか策があるのだろうと納得した龍園は視線を競技コースへと戻す。

 同時に、パンッと乾いた銃声が響いた。スタートの合図だ、

 

 好スタートを切り、先頭へ踊り出たのはDクラス所属のペアだった。天白と櫛田はそこから更に二組程後ろに居る。

 

「おい、いきなり出遅れてるぞ」

「そうですね、ですが、問題ありません」

「あ? どういうことだ?」

 

 龍園が疑問を返すが、坂柳は「まあ見ていてください」と取り合わない。仕方なく視線をレースへと戻すと、そこでは変化が訪れていた。

 

「はぅっ……!」

「くぅ……!」

 

 なんと、天白達の前方を走るペア達が尽く胸を抑え、速度を落としていた。

 それを天白達は悠々と「いち、にっ。いち、にっ」と掛け声を上げながら抜き去っていった。

 

「どういう……ことだ?」

「ふふ、簡単な話ですよ。元々百合さん達が上位入賞出来るように、このレースには仕組みがありましたから」

「なっ……」

 

 まさか『盛った』のか!? と龍園は驚愕に目を見開いた。

 坂柳はくすくすと笑みを零しながら、その仕組みの全貌を語る。

 

「このレースに参加する生徒たちには、ある共通点がありました」

「共通点だと……?」

「ええ。彼女達は一年女子の中でも――リリィ・ナイトに所属しているのです」

「八百長じゃねえか」

 

 すわ不正か!とダーティな手法を好む龍園はほんの少し楽しそうな表情を浮かべたが、明かされた答えが「いつもの」やつだったので龍園はスン、と表情を無に返した。天白が絡む事象においてシリアスな雰囲気は影すらも見えないのだ。

 龍園の八百長発言に、坂柳は心外ですとばかりに鼻を鳴らした。

 

「八百長ではありません。私はあの方たちが出場するレースに百合さん達をぶつけただけであって、他には何も指示はしていませんから」

「じゃあなんであいつらは分かりやすく失速してんだ」

「百合さん達の可愛さにやられたのでしょう」

 

 でたよ……と龍園は頭を抱えたくなった。

 龍園は自らを悪だと自認しているため、その正反対に位置している『可愛い』という概念についてはとんと疎い。体育祭の準備期間で浄化されかけた事で恐怖を抱いているが、それはもう彼の中ではオカルトにあたる。

 

「んなコトで……」

「おや? 偏見はよくありませんよ。百合さんと桔梗さんの合わさったkawaiiに胸を打たれない人間は居ないのですから」

「偏見じゃねえか」

 

 これからもこいつらと関わる事になるのか……と、龍園は椎名あたりにクラス代表を引き継いで隠居しようかなと本気で考え始めた。

 尚、その提案はこれまで散々煮え湯を飲まされてきた椎名が『その方が面白そう』という理由で却下される事になる。頑張れ龍園、負けるな龍園。進む先はキミの大嫌いな光しかない。

 

 その後、競技参加者だけでなく観戦者たちからも死者を出しながら天白・櫛田ペアは無事に一位でゴールした。

 

 

 

・借り物競争

 

「……桔梗ちゃんがんばれー」

 

 競技は粛々と進み、推薦種目である借り物競争の順となった。

 お題に沿った物を(または人物を)借りてくるという性質上、純粋な走力よりもスムーズな協力が求められる為、Aクラスからはコミュ力の化身こと櫛田や、男子から橋本、葛城といった交友関係の広い人物が選出されていた。

 

 第一走は櫛田の番ということで、天白は自陣の最前線に陣取って精一杯声援を上げている。その両隣に居たAクラス女子が鼻を抑えながら悶えているが、死体になっていないだけでも成長が伺える。その成長は社会で役に立つ事があるのだろうかという疑問はさておき。

 

 櫛田は難なくお題ボックスまでたどり着き、一枚紙を取り出して中を検めると、即座に天白の元へと駆け寄ってきた。

 

「百合、来て!」

「……おーらい」

 

 そのまま櫛田に手を引かれ、ゴール。

 わざわざ戻って天白を連れてきた為、3着となる。

 ゴールにスタンバイしていた職員へとお題の紙を渡し、どれどれと中を確認されるとそこに書かれていたのは。

 

「……『好きな人』か。対象は彼女でいいんだね?」

「はい! 世界で一番好きです!!」

 

 不正防止の為、職員が確認すると返ってきたのは熱烈な告白だった。

 天白と櫛田の関係をよく知らない職員は二人が同性という事もあり『よっぽど仲が良いんだな』とほんわかとした気分になった。

 尚、言うまでも無いがガチである。

 

 突然だが、この『借り物競争』に使用されるお題は、例年職員が考案している。

 担当は持ち回りで、今年は一年生の担任四名が任命されていた。

 

 そう。

 茶柱(おもしれー事好き)、星ノ宮(ゆるふわ)が作成したのである。

 真嶋と坂上の男性陣だけが真面目に考えていて、実に二分の一の確率で「失礼ですが合コン会場と勘違いされてらっしゃる?」というハズレを掴まされる事になるのだ。

 

 その結果。

 

「百合、着いてきてくれるかしら?」

「……? おっけー」

 

 堀北のお題:もし誰かに従うのなら?

 回答:天白

 

「百合ちゃん、ごめん!」

「……? おー」

 

 一之瀬のお題:一番可愛いと思うモノ

 回答:天白

 

「神、お連れする不敬をお許しください」

「……よかろう」

 

 白波のお題:尊敬する人

 回答:天白

 

「天白、すまないがついてk――すまん、なんでもない」

「…………??」

 

 綾小路のお題:自分よりも背の低い異性

 回答:多数から睨まれ撤退した為失敗

 

 上から順に、茶柱、星ノ宮、真嶋、坂上作である。

 星ノ宮のお題は一見大人しめに見えるが、櫛田の引いた「好きな人」はやつが作成しているのでアウトなのである。

 やたら天白が連行されていったのは単なる偶然ではあるが、流石に何度も何度も走り続けていてその後の競技は少しへにょへにょになってしまい、紅組――主に一年Aクラスに死の大地を広げていた。

 

 とまあ、体育祭はこのような形で幕を閉じたわけである。死人が何人か出たが、その後すぐに復活していたので『無事』終了したということだ。

 

 さて。

 体育祭が終わり、秋も半ばで肌寒さを実感し始める10月も後半に差し掛かった。

 次回の特別試験、または2学期の中間試験までの束の間の休息時間に、天白と坂柳は揃って職員室へと呼び出されていた。

 

「私と百合さんだけが呼び出されるとは、何の用件でしょうか」

「……マッサージ店の事、とか?」

「ありえますが……それであれば、桔梗さんも呼び出されているはずですし……」

 

 ここ最近めっきり杖を使わず、代わりに天白か櫛田と手を繋いで歩く事に慣れた坂柳は空いた手を顎に当ててふむ、と考えるが、呼び出された理由は思い当たらない。

 最終的に「行けば分かるか」と思考を放棄して職員室へと向かえば、真嶋は少し困ったような表情で二人をある場所へと案内し始めた。

 

 その場所は、坂柳にとっては馴染みのある、天白にとっては初めて訪れる場所――理事長室だった。

 

 いよいよなぜ呼び出されたのかが分からず(坂柳だけならまだしも、天白も共にとなると途端に理由が不明である)首を傾げる坂柳をよそに、真嶋は数度ノックをして中から入室を促されると、二人を部屋の中へと通した。

 

 そこに待っていたのは、部屋の主である理事長――坂柳の父と

 

「よう、百合。久しぶりだな」

「……お父……さん?」

 

 二人が予想だにもしない人物だった。

 

 

 

 

 

 

 天白竜太郎。

 少しでも医学に関わる者であれば、その名を知らない者は居ないほどの超有名な天才外科医。

 これまで数々の高難易度手術を成功させており、彼の影響で医療は――とりわけ、心臓手術関連の技法は数年分も発展したと言われる現代のブラックジャックとの呼び声が高い。

 彼は天白百合の実父であり……坂柳有栖の恩人である。

 

 天白と出会えた事で卒業後にようやく会えると思えば、不意打ちの様に再会してしまい少しの間フリーズをした坂柳であったが、正気に戻ったと同時、長年胸に抱えていた感謝の気持ちを涙ながらに伝えると、竜太郎は「おう、元気でやってんなら良かったぜ」と優しく微笑み、坂柳の頭を撫でようとして「僕の有栖に気安く触れるな」と理事長に払いのけられていた。台無しだよ。

 

「ごほん。有栖、それに天白さん。わざわざ来てもらって悪かったね。大体察しているだろうけれど、君たちを呼んだのは彼に会わせるためだ」

 

 気を取り直したように理事長がわざとらしく咳払いし、二人を呼んだ理由を告げる。

 

「……なんで来た?」

 

 天白が首を傾げながら如何なる理由があってこの学校まで来たのかと問う。

 高度育成高等学校は全寮制であり、在学期間中は外部との連絡が原則として一切取れなくなる程閉鎖的な高校である。

 それは内から外だけでなく、外から内も同様である。

 外部から高度育成高等学校へと入るには、それはそれは大変な手続きを踏まなければならない。しかも、そもそもが入るためには相応の資格が必要となるのだからその難易度は計り知れない。

 竜太郎がここに来れたのは

 ①自身が世界的に有名な人物であること

 ②理事長に対して個人的に交友関係を結び、恩があること

 という謂わば権力のゴリ押しである。

 

「なんでって、そりゃお前――」

 

 そうまでして竜太郎がこの学校へ訪れた理由。それは。

 

「百合ちゃんに会う為に決まってんだろ!!」

 

 愛娘に会うためだった。

 

 この男、実の娘に三年間も会えない事を最初は我慢していたが、半年と少しで音を上げたのである。

 

「……それだけ?」

「それだけって酷いなぁ! おれぁ百合ちゃんに会うためだけに後輩をビシバシ鍛えて、ようやく時間作れたっていうのによ」

 

 しかもこいつは娘に会いに行く時間を作りたいからという理由で後輩にスパルタ教育を施し、任せられると確信したら仕事をぶん投げて来たのである。

 まあ、いくら埒外の天才とはいえ、彼の後を継ぐ者が居ないのは非常にまずいので後進育成という意味では良い機会だったのだが。

 

「……そう」

「おい坂柳ぃ! ウチの娘が冷たいんだけど!! 昔は家に帰ればすぐに『パパ~♡』なんて言って抱きついて来たってのに……!」

「……いつの話をしている……!」

 

 天白百合が3歳の時の話である。父親とはいつまでも過去を引き摺る物なのだ。

 

 坂柳は恩人のあんまりな姿を見て再びフリーズしており、理事長は同じ親として共感する部分があるのか腕を組みながら「うむ」と頷いていた。こいつも大概であった。

 

「……有栖ちゃん、ごめんね。お父さんがこんなので」

「あ、ええと……その……」

「おいおい百合ちゃん。パパに向かってこんなのって酷いじゃねえの。また地獄を見る事になるぜ?」

「……それだけはやめて」

 

 地獄とは、天白が高度育成高等学校への進学を決めた時に発生したいい歳したおっさんが披露した『駄々こね大車輪』の事である。

 

 それから一時間程度会話をした後に天白と坂柳は退室をすることになった。一学生をあまり理事長室に拘束するわけにはいかないので。

 席を立ち、帰ろうとした天白達に竜太郎は最後にこう言った。

 

「百合ちゃん、それと有栖ちゃん。仲間は大切にしろよ? 人は一人で出来ることは限られてる。信頼出来る仲間が揃って、初めてデケェ事ができるってもんだ」

 

 竜太郎が執刀した手術は全てが成功をおさめているが、それは彼一人によってもたらされた結果ではない。

 執刀医、麻酔科医、助手、病理医、そして内科医と、チームで成し遂げてきた功績だ。

 それだけに、仲間の大切さを事あるごとに天白へと伝えていた。

 

「ここは閉鎖的な学校だ。親も居ねえし教師からの手助けも期待できねえ。だからこそ、困ったら仲間を頼れ。頼れる仲間を作れ。……ま、百合ちゃんには桔梗ちゃんも居るし、見たところ有栖ちゃんも居るから心配はしてねえが」

「……ん。桔梗ちゃんも、有栖ちゃんもわたしの大切な人。他にも、友達はいっぱいいる。だから、大丈夫」

「そっか……頑張れよ」

「……うん。またね、パパ」

「やっぱり離れるの嫌だあああ! パパも一緒にいるうううう!」

 

 迂闊にパパと呼んでしまった為、再び地獄が顕現した。台無しだよ。

 

 

 

 

 

 

「落ち着きました? 天白先生」

「ああ、わりいな。ちょっと取り乱しちまった」

 

 天白と坂柳が退室した後、大人たち二人は密談を再開していた。

 ちょっとどころではない醜態を晒していたが、理事長はもし自分が愛娘に『パパ』と呼ばれていた場合冷静さを欠くことになるのは想像に容易い為流すことにした。

 

「じゃ、こっからは大人の話だ。……前に頼まれてた件については、こっちもコネ使ってなんとか抑えれそうだ」

「助かります。今彼らに手を出されると、折角良い方向へと進みかけている現状に良くない影響が出るでしょうから」

 

 竜太郎がこの学校へと訪問したのは8割位が愛娘に会いたいからというものであったが、それ以外にも理由はあった。

 その一つが、ある機関に対して牽制を入れて動けなくするというもの。

 世界中を飛び回り、様々な分野の重鎮と繋がりのある竜太郎へと、理事長が独自に相談をしたのである。

 

「んで、約束のブツはあるんだろうな」

「ええ、もちろん。……ご覧になりますか?」

 

 取引成立、と大人二人は怪しい笑みを浮かべ――

 

「お前ふざけんな! なんで百合ちゃんが全然映ってねえんだ!」

「僕の有栖が一番可愛いから一番撮影するに決まってるでしょうが!」

「百合ちゃんが一番だ!!」

「有栖です!!」

「やんのかテメェ!!!」

「やってやろうじゃないですか!!!」

 

 大の大人が二人、体育祭の時の映像を流しながら取っ組み合いの喧嘩になり、騒ぎを聞きつけた職員が止めるまで二人で娘自慢をしながら殴り合うという地獄が繰り広げられていた。

 

 

 




月城代理参戦フラグをへし折る所業。

最近マッサージしてないので次かその次あたりでなんかやりたいところ。

※2/21追記
プチスランプ(ネタ切れ)と激務で中々次の話が書けてません。
隙を見て書いてまして、2月中には次の話を投稿できれば……


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カルテ:軽井沢恵①

あけましておめでとうございまああああああ!!

大変遅れて申し訳ありません。以下の理由でなかなか書けませんでした

①書いて消してを繰り返してるうちにプチスランプになった
②普通に仕事がゲロ忙しくなった
③スメール地方に出張していた

隙をみてちょこちょこ書き進めてようやく1話仕上がりました。
前々から出そうと思ってた子をようやく出せました。言い訳はあとがきで……。


 

 

 

 秋も深まり、抜けるような青空と木枯らしが季節の移り変わりをこれでもかと主張しはじめた。

 体育祭という大きなイベントが終わったものの、学業は通常通りに進んでいく。

 一日二日の休日があったところで、一日中肉体を酷使し続けた疲労は簡単には抜けないだろう。運動部に所属しているのであれば別だろうが、体育祭は全生徒が参加したわけなので。

 

 ほら、見渡せばそこかしこに疲労を抱えた学生たちの姿が――

 

「体育祭、めっちゃえがった……」

「一生分の尊みを接種した気がする……」

「信じられるか? これでまだ折り返し地点なんだぜ……?」

「嘘……私のkawaiiキャパが壊れちゃう……!」

 

 疲労を抱えた学生たちの姿が見えるだろう!!!!

 何? 余裕があるように見える?

 気のせいだとも。

 よしんば余裕がある生徒が居たとしても、そいつらは訓練を受けたkawaiiの奴隷達だ。主に一年Aクラスに生息している。

 

 さて。

 そんな秋空が広がる十月後半。

 今日も今日とて共に登校してきた天白と櫛田、そして坂柳と堀北の四人は校舎玄関で上履きへと履き替えるため、自身に割り振られた下駄箱に手をかけ――

 

 ひらり。

 

 何かが天白の下駄箱から飛び出てきた。

 

「……???」

 

 拾い上げてみると、どうやら手紙らしい。

 真っ白な封筒に、小さなハートのシールで封がされている。差出人の名前は見当たらない。

 

「あー、もう。鈴音ったらまたこんなことして~」

 

 それを横目で見ていた櫛田が、からかうような視線を堀北へと向けた。

 

 天白は見目こそ非常に愛らしいが、それは庇護欲を掻き立てるという意味であり、惚れた腫れたの話に発展することは非常に少ない。というよりも、無い。

 中学時代、ラブレターを貰ったり告白されたりは櫛田の役割であり、天白がその対象になったことはなかった。男女問わず愛玩動物扱いである。

 

 そして何を隠そうこの堀北という少女は、類稀なる美貌と明晰な頭脳、優れた身体能力を得た代わりに対人スキルを母親の腹の中に置き忘れていた生粋のコミュ障である。

 中学時代、まだ天白と櫛田両名との仲がそれほど良くは無かったときに、それでも感謝の気持ちを伝えたくて下駄箱の中に手紙を入れるという思春期男子も今どきやらないような手法を取ったのだ。

 尚、ラブレターをもらったと勘違いした櫛田は暴れた。

 

 その一件があったことから、今回もまた堀北の仕業だろうと櫛田はニヤニヤしていたわけだが。

 

「私じゃないわよ」

「へ……?」

「そもそも、あの時は貴女達の連絡先を知らなかったから仕方なくそうしただけであって、今は普通に電話するか直接会いに行くわよ」

 

 堀北が否定したことで櫛田が固まった。

 それは、つまり。

 

「……まあ。恋文なのでしょうか」

 

 口元に手を当て、ぽつりとつぶやいた坂柳の背後で、冷たい北風がびゅうと吹く。

 

 櫛田が暴れ始めるまで、あと5秒。

 

 

 

 

 

 

 案の定暴れ始めた櫛田を堀北と坂柳に任せ、天白は受け取った手紙を開封すべくトイレの個室へと駆け込んだ。

 

 始業開始までは時間がある為、他生徒とすれ違う事もなくすんなりと一人きりになることが出来た。

 破かないように丁寧にシールを剥がし、中を検める。

 

 実を言うと、天白はちょっとドキドキしていた。

 なんせ、ラブレターである。しかも、下駄箱の中に仕込むというベタベタなシチュエーション。

 交際を申し込まれたとしても櫛田が居る以上断るしかないのだが、誰からだろうとどんな事が書いてあるんだろうという興味はある。

 

 封筒の中には、一枚の便箋が入っているのみだった。

 

「……これは」

 

『――天白百合さんへ

貴女に伝えたい大切な事があります。

 今日の放課後、屋上で待ってます』

 

 内容はそれだけ。

 空白部分がかなり目立っている。

 

 それでも、これがラブレターである事には間違いない。

 

「……誰なんだろう」

 

 天白はこの手紙の差出人の事を想像しながら、機嫌よく教室へと戻るのだった。

 

 そして荒ぶる櫛田神を抱きしめて鎮めた。

 

 

 

 

 

 

 時はあっという間に過ぎ去り、放課後である。

 

「……それじゃ、いってくる、ね」

「いってらっしい。百合」

「がるるるるるるっ!」

「桔梗、ステイ」

「がうっ!!」

「……桔梗ちゃん、お利口にしててね」

「くぅ~ん……」

「釈然としないわ……」

 

 猛犬櫛田を一撫でで大人しくさせ、天白は呼び出された屋上へと向かった。

 櫛田は天白の手前素直に行かせたが、やはり不安なようで机に上半身を投げ出してぶうたれている。

 

「う~……二人は心配じゃないの? 百合が告白されるなんて……!」

「別に、普通に断るとしか思えないわ。百合も期待じゃなくて興味で向かったようだし」

 

 堀北も多少不安に思わないでもなかったが、ぶっちゃけ天白が誰かに告白されたところで、櫛田が居る限り交際を始めるとは露とも思えないため心配は何もしていない。

 万が一を考える必要もない。六面サイコロを振って12が出るくらいあり得ない。あり得たとしたらそれはもうオカルトなのである。

 

「……有栖ちゃんは?」

 

 それでも櫛田は不安が晴れないようで、坂柳に意見を求め始めた。

 堀北目線では、坂柳も天白過激派の一人だと思っている。付き合いの長さこそ高校入学からの数ヶ月程度であるが、そののめり込み様は櫛田と似ている。

 しかし、当の坂柳は意外なほどにけろっとしていた。

 

「私ですか? 私も堀北さんと同じく心配はしてませんよ」

「ほんと……? でも……うぅ~っ、やっぱり不安~……!」

「大丈夫ですよ。念のため裏取りはしてますし、万が一もありえません。それに――」

「それに?」

「いえ、なんでもありません」

 

 そう言うと、坂柳は何かを知っているのかクスクスと笑みを浮かべていた。

 

 ちなみに、あり得ない話ではあるが、億が一天白が男性と交際する事になった場合、高度育成高等学校に在籍する生徒から五分の一が暴徒と化す。なんなら主導者は学校全体にネットワークを張るコミュ力おばけとその仲間たちなので、下手をすれば全校生徒が暴れ出す。学校は密かに壊滅の危機にあっていた。

 

 

 

 

 

 

 小中高問わず、学校の屋上が一般開放されている事はそんなに無い。

 アニメや漫画で見た、屋上に集まって昼食を取ったり、授業をサボって屋上で昼寝したりを夢見て入学、進学した者は、普通に鍵がかかっていて肩透かしを食らったことだろう。諸兄らも経験があるのではないだろうか。

 屋上が立ち入り禁止になるのは、万一にも自殺者を出さない為、また転落事故を起こさない為、そして教師の目が届きにくい屋上で非行を起こさせないためと至極真っ当な理由からだ。

 

 しかし、それは一般の学校施設の事であって、高度育成高等学校では普通に屋上に入る事が出来る。

 そもそも、ここで非行を起こそうものなら一発で退学なので誰も実行に移さない。閉じられた環境の為酒や煙草も入手ルートが無いので手に入りようが無いというのもあるが。

 

 というわけで、実は密かに憧れていた初の屋上イベント――しかも、下駄箱に手紙を入れて等というワクワクドキドキもあり、天白は普通に気分が高揚していた。

 

 まあ天白を呼び出した相手が誰であろうと、伝えたい事が交際の申込みであるなら受けるわけにはいかないのだが。

 そこでOKを出すくらいであれば最初から櫛田と交際をしているので。

 断る文言についても問題はない。日頃から櫛田より『櫛田直伝、後腐れない告白の断り方100選』を聞いているからだ。交際を断りつつスムーズに『お友達』化させる方法は数多あるので。

 

 とはいえ、こうも胸が高鳴るイベントを用意してくれたのだ。お付き合いは出来ないが、友人として仲良くしたいくらいには、天白の中で見知らぬ誰かへの好感度は上がっていた。

 

 やや緊張気味に、屋上へと繋がる扉を開いた。

 

 相手は既に居た。

 

 ひと目見て、天白は『かわいい人だな』という感想を抱いた。

 

 明るい長髪をシュシュでポニーテールにしており、名前の通り馬のしっぽのような後ろ髪が風に揺られている。

 やや釣り上がった目は意思の強さを表しているようで、葵色の瞳がきらりと瞬いた。

 スカートから伸びる足はすらりと細く――スカート?

 

 さっと周囲に目を滑らせても、その人物以外に人影は無い。

 

 つまり、目の前に立つスカート――女子の制服を着た、まごうことなき女子生徒が呼び出した相手なのだろう。

 

「……なるほど」

 

 そう来たか、と天白は思った。

 『櫛田直伝、後腐れない告白の断り方100選』が無意味と化した。なにせ、櫛田は男子生徒からの告白しか経験が無かったので。

 イベントを楽しむ当初の余裕はどこへやら、天白は一転して緊張した面持ちで歩みを進めた。

 

「……貴女が、この手紙をくれた人?」

 

 念のため、手紙を見せて確認すると、相手は静かに頷いた。人違いという線が消えた。

 

「……女の子、だよね?」

 

 更に念のため確認すると、再び首肯が返された。相手が女装男子という可能性も消えた。

 

「……………………なるほど」

 

 天白は再び呟いた。

 なるほどとは言ったものの天白は何も納得していない。表情はギリギリ平静を保てているが、脳内は現在プチパニック中である。小さな天白達がてんやわんやだ。

 

 両者の間に緊張が走る。ごくり、と喉を動かしたのはどちらの方だったか。

 先に口を開いたのは、女子生徒だった。

 

「あ、あのっ。あたし、1年Cクラスの軽井沢恵って言います。あ、あたし――」

 

 来た、と天白は身構える。

 どう言えばこの場を穏便に済ませられるか、いや、意中の相手を呼び出した――しかも、同性だ――そんな勇気がある行動をしてくれたこの少女に恥をかかせるわけにはいかない。

 決していいとは言えない頭を必死で働かせ、そして――

 

「あなたのファンですっ!!!!!」

「……へ」

 

 天白は赤っ恥をかいた。

 

 

 

 

 

 

 衝撃の告白――ファン宣言から数分後、『……ちょっと落ち着かせて』と天白がタイムを宣言し、羞恥心で紅潮した頬を冷ませてから再び向き合った。

 

「……それで、ファンってどういうこと? ……お客さん??」

 

 告白されるかと思ったらただのファンだった。変に緊張してしまい赤っ恥をかいたわけだが、そもそもファンというのも解せない。天白はマッサージ店を開いているただの高校生である。

 ただの高校生とは……?

 

 天白マッサージ店のファンであるというならまあ、百歩譲っていいとしても、わざわざ手紙まで使って呼び出した理由が分からないし、そもそも天白はこの少女――軽井沢に見覚えが無かった。

 いや、おそらく学校では何度か見かけた事があったはずだが、マッサージ店で施術をしていれば流石にもっと印象に残っているはずだ。

 

「あ、えっと。マッサージ店は興味はあって抽選は受けたんですけど当たらなくって……」

「……え、じゃあ、何の……ファン……???」

 

 なおさら意味が分からなかった。

 本人の知らないところで本人の知らない事のファンが出来るのは普通に恐怖なのである。

 尚、ファンでは無いし天白だけが対象ではないが、謎の親衛隊は知らぬところで発生し徐々に勢力を拡大していっていたりする。それも普通に考えれば恐怖である。

 

「あの、天白さんって……リリベルさん……ですよね?」

「……???」

 

 誰だそいつ。

 危うく天白はそう口に出しそうになった。

 しかし妙に引っかかり、記憶を探っていくと確かに覚えがあった。

 

「……もしかして、動画の??」

「そうです!!」

 

 あぁ、なるほどと天白は腑に落ちた気分だった。

 

 リリベルとは、天白が中学校時代に上げた歌ってみた動画を投稿したときのユーザー名だ。命名者は櫛田。アカウント名一つとっても独占欲が発露しているのが分かる。

 

 ふとした気まぐれで歌った動画を投稿してみたら、あっという間に再生数が伸び一時期学校で話題となった事があったのだ。

 何本か投稿した後は別の事で忙しくなり、自然と学校で話題にされることも無くなっていたし、それから進学した事もあってぱったりと忘れていた。

 

「……良くわかったね」

「えと、あたし中学の頃から毎日聞いてて……それで、この前の体育祭、ふと天白さんの近くを通った時に歌ってるのが聞こえて、この人だ! って……」

「……なるほど?」

 

 そう言われると、確かに思い当たる節が天白にはあった。

 体育祭の時、愛する櫛田や親友たちが大活躍をしていて、また自身もそれなりに結果を残せていることから機嫌が良くなった天白が、競技を終えた後にAクラスの待機場所に戻る際にるんるん気分で歌いながらキュン死を周囲に撒き散らしつつ戻るという一幕があった。疫病かなにか?

 

 天白がまたキルスコアを増やしていた事はもう今さらなのでおいておくとして、それにしてもその短い邂逅で特定されたのは素直に驚きだ。

 ほんの数フレーズで当てられるほど良く聞いてくれたのだろうと、天白は素直に嬉しく思った。なにせ、軽率に歌ってしまうとそこには死者しか残らないので。

 

「……聞いてくれてありがと。けど、動画だと編集してるから、バレちゃったのは初めて」

 

 そう、天白は歌うだけで耐性を持たない者を死に誘ってしまう悲しきモンスターなのだが、それを電波に乗せてしまったにも関わらず(しかも再生数もミリオンを達成している)死者が量産されていないのは、絶妙に編集されているからだ。

 エコーやディストーション、ノイズの排除等を行った結果、『聞くと死ぬ歌』から『聞くと癒やされる歌』にグレードダウンしているのである。尚、編集に携わった者は無修正版天白の脳トロソングを何度も繰り返し聞くハメになり、尊死を繰り返していた。

 

 そんな訳で、中学時代は櫛田が積極的に広めていた事でリリベル=天白が認知されていたわけだが、進学してからはそういった話題が出ることすらなかった。

 あのカラオケで一度歌った後も、共に居たAクラスの生徒から「もしかして……」と声をかけられることは無かったので、バレてはいないだろう。そもそも、天白自身も覚えて居なかったくらいなので。

 すっかりと忘れていた、過去の活動の思わぬファンとの遭遇に少し照れていると、軽井沢はパッと表情に花を咲かせ――

 

「当たり前ですよ。リリベルさ――天白さんの歌声はまるで天より遣わされた使途が紡ぐ絹糸のように透き通っていて、それでいて耳に残るとろりとした甘い可愛らしい声。スタッカートやしゃくり、こぶし等の技術面は確かにプロと比べて甘い所がありますが、それが逆に天白さんの魅力を際立てていて、手が届きそうで届かない、まるで夜空に輝く星のような光に思わず胸が熱く――」

「待って待って待って。ちょっと、ストップ。……落ち着いて」

 

 呪文を詠唱しだした。

 情報量が多い。ついでに詩的だ。今どき食レポでもそこまで形容詞をつけないだろう。ポエムかなにか?

 天白が慌ててストップをかけると、軽井沢はハッとした表情を浮かべ、照れくさそうに頭を掻いた。

 

「あ……えへへ、すみません。あたし、中学の頃にリリベルさ――天白さんの動画を見て、喧嘩しちゃった友達と仲直りが出来て……それからずっと大ファンだったんです」

「な、なるほど……?」

 

 動画を見て仲直りって何をしたんだろうと天白は思った。見せたのか。そして溶かしたのか、脳を。

 実際には、軽井沢が放課後の教室で天白が投稿した動画を見ていた時、偶然その友達が通りがかったことで思いがけない好みの一致に気づき、なし崩し的に仲直りが達成できたということだったのだが。

 その事を身振り手振りを交えて伝えられた天白は、自分の歌が電子ドラッグとして使用されていないと知り、ほっと胸を撫でおろした。

 

「それで、あたしも歌った動画を上げてみたり、ボイストレーニングしたりしてみてるんですけど、中々上手くならなくって……それで、ますますリリ――天白さんの歌はすごいなぁって」

「……そんなに褒められると、照れる」

 

 中学時代で話題になった時も、天白は同様に称賛と崇拝(!?)の言葉を学内でかけられていたが、それはそもそも天白自身が学校で幅広く認知されていて、好感度が高かった為という認識だった。

 しかし、目の前の軽井沢は全くのゼロから――天白百合という人となりを知らない状態で、純粋に自分の歌を褒めてくれている。

 天白は歌うことが嫌いではない。むしろ、自分の歌を聞いて人が喜ぶ(または悦ぶ)ことが好きだ。だからこそ、それを褒められたことが天白は格別に嬉しかった。

 

「……軽井沢さん。ん――恵ちゃん。ありがと。ほんとに、うれしい」

 

 そう言って、天白はふ、とほほ笑んだ。

 軽井沢は慌て、両手を顔の前でぶんぶんと振り「そんな、あたしなんて……!」と謙遜しているが、こうも嬉しい気持ちにされたのだ。奉仕を司る妖怪としては何かしらしてあげたいところである。御恩と奉公はセットなのだ。ちなみに御恩が無くても奉公をする。

 

「……ね、恵ちゃんは何かしてほしいこと、ない? マッサージとかなら、個人的にしてあげられるけど」

「そんな! 恐れ多いです!」

「……わたしがしてあげたい、の」

 

 軽井沢は恐れ多いと遠慮をしたが、テンションが高い天白は押せ押せで頼み込むと、「じゃあ……」とようやく折れてくれた。

 ところでこの学校は同輩を神聖視する輩が多くないですか……?

 信仰を集めた妖怪は神になるというが、こいつが行きつく先は歌えば周囲にキュン死をまき散らし、触れれば身も心も骨抜きにして一部には性癖を植え付ける。邪神か?

 

「えっと、その……一緒にカラオケとか行きたいです」

「……? カラオケ?」

「はい! 生歌を聞かせてもらえれば……って」

 

 この場に葛城や龍園が居たら間違いなく血相を変えて止めるであろうお願いをした軽井沢に、天白は嬉しそうに頷いた。

 

「……ん、よろこんで。……あ、どうせなら、一緒に歌お?」

「へっ?」

 

 

 

 




・軽井沢恵
画面外でトラウマ回避していた原作ヒロイン。
絡ませたい→でもお腹に傷あったらエステとか来れないよな→救わなきゃ(使命感)の結果歌い手オタクに……どうしてこうなった。敬語の軽井沢とか違和感でしかないので今話限りです。タメ口をきくのだポッター。

次回カラオケ回

投稿に時間空きすぎたので、次話はちょっと時間開けてから投稿します。多分、今月中には……?
ネタはいくつか思いついたので……。



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やつ『ら』に歌を歌わせるな

Q.軽井沢いじめ回避したん?
A.しました。

Q.じゃあなんで入学してきた……?
A.えー、それについては担当部署に調査を命じておりまして、現時点での回答は控えさせて頂きます(何も考えてませんでした)

いつも感想・評価・誤字報告ありがとうございます。

今更ですが、本作はますますマンガで分かるFGOや、ぐらぶるっ!みたいなものだと思って下さい。


 

 

 

「それじゃあ、体育祭お疲れ様でしたっ! かんぱ~~い!」

「「「「「かんぱーい!!」」」」」

 

 いつぞやの定期テスト後にAクラスが打ち上げで使用したカラオケパーティールム。

 そこに10名以上の――しかも、AからDまでの全てのクラスから――生徒が集まっていた。

 Aクラスからは天白、櫛田、坂柳、葛城、鬼頭の5人

 Bクラスからは一ノ瀬、白波、神埼の3人

 Cクラスからは堀北、綾小路、外村、平田、佐倉、軽井沢の6人

 Dクラスからは龍園、伊吹、アルベルトの3人が集まっている。

 

 錚々たるメンバーだった。1年生の各クラスから、代表(一部おまけ)が一同に会している。

 発端は天白が軽井沢とデュエットするためにカラオケに行こうとしたからなのだが、いつの間にか規模が膨らみ、いい機会だからと先の体育祭の打ち上げと化していた。

 

 何故こうなったのか。順を追って説明しよう。

 

 まず天白が櫛田と坂柳、そして堀北に例のラブレター?事件の顛末を聞かせたところ、全員が同行したいと言い出した。

 それを軽井沢が快諾したところで流れが変わった。

 堀北がどうせなら佐倉を誘いたいと申し出、それならと櫛田も一ノ瀬を誘う。

 そうすると3クラスが集まる事となり、体育祭から全クラスで同盟を結んだ為Dクラスを誘うべきだと坂柳が進言し、龍園を誘――ったところで来ない事は明白なため、最近龍園に対しての発言力を増した伊吹、アルベルト経由でDクラスを招待。

 

 こうなってくるともう各クラスの代表も連れてくるべきだろうと、Aから葛城、Cから平田の男性2名を数に入れ、葛城・平田の強い要望によって更に男子を増やした。

 

 その結果がこの大集会である。

 

 カラオケということで葛城・龍園は最後まで抵抗していたが、葛城はそもそもAクラス女子3名に勝てるわけがないので早々に諦め、龍園は伊吹が煽りアルベルトが『Please……Boss……』と捨てられた子犬のような懇願に渋々折れた。両名とも、今日は死を免れないと悟り覚悟を決めた表情をしている。

 

「やー、それにしても軽井沢さんが百合の動画を知ってたなんてね~」

「一時期かなり噂になっていたけれど、それ自体はすぐに鎮火していたし私も忘れてたわ」

「え、あ、うん……ここに進学してからも曲は聞いてたけど、あたしの部屋でしか聞いてないし……あ、でも麻耶とか良く喋る友達には話した事あったかな? 向こうは知らなかったけど……」

「へぇ~……鈴音、知ってた?」

「……………何よ、もう」

 

 

 本日の主賓――というより、本来の目的であった軽井沢は早速天白厄介オタク共に絡まれている。さもありなん。

 当初は尊敬する歌い手である天白と同郷であった櫛田、堀北の二人に対しても軽井沢は敬語を使っていたのだが、丁寧な言葉遣いが染み付いている坂柳と違って、ガチの尊敬からくる敬語だった為、早々に二人から敬語禁止令が発令され砕けた口調となっている。

 

 そしてもうひとりの主賓、死を誘う歌声の天白は、覚悟はあるがまだ死にたくない葛城によって一ノ瀬と坂柳に挟まれており、餌付けをされたり髪を弄られたりとまだ歌う様子を見せていない。

 そのことに龍園は深い感謝を覚え、葛城もまた龍園に対しシンパシーのような何かを感じ取っていた。過酷な試練を前に、人はかつての敵であっても団結をすることが出来るのだ。奇妙な連帯感に、お互いに目礼を交わした。

 

 Dクラスの伊吹が筋トレを主としたアニメの主題歌を熱唱し、kawaiiから日本の文化を学んだアルベルトが歌詞の節々に現れるポージングを実際に取り、それに触発されたAクラスの筋肉二人が対抗してポージングしだすなど一部が妙な盛り上がりを見せている。

 

 一方、Cクラスで固まっていた男子三名はというと

 

「ふぇぇ……ここどこでござるかぁ……なんで拙者連れて来られたでござるかぁ……?」

「ここはカラオケだし理由は誘った時に説明したぞ?」

「いや、そうでは無く――」

「んぶっふ……っ」

「ん……?」

「おや、平田氏……?」

 

 お馴染みのやり取りとなり始めてきた、外村がアニメ由来の小ボケをかまし、元ネタを知らない綾小路がスルーする……その一連の流れに、平田が飲み物を吹き出した。

 

「もしかして……ご存知なのですか!?」

「ヤック・デカルチャ――じゃなかった。えっと、うん。最近、ちょっと気分転換に昔放送してたアニメを見るようになってさ。この間見たやつだったから、つい」

 

 平田洋介という少年は、甘いイケメンフェイスに運動神経も良く、また成績優秀と絵に描いたような完璧超人。故に、女子人気は高く、その嫉妬から男子の評判はよろしくない。

 まさかそんな平田がアニメを観ていたとは。綾小路は意外そうに目を見開いている。

 

「実は、クラスでこういう話を出来る人が居なくてさ。外村君や綾小路君だったらもしかしたらとは思ってたんだ。良かったら、今度からお昼一緒に行かない?」

「オレは別に構わないぞ。ただ、ハカセと違って最近観始めたばかりだが」

「拙者も歓迎ですぞ! いやぁ、かの有名な平田氏と交友を結べるとは光栄ですな。あ、拙者の事はぜひハカセと」

「うん、よろしくねハカセ。あと清隆君も。僕の事も洋介って呼んでほしい」

「おぉ……。よろしく、洋介」

 

 初めて名前で呼び合う関係となった友人が増えた事に、綾小路は密かに感動をしていた。

 

 Cクラス男子が友情を築いている間も、歌う人間は入れ替わり立ち代わりしていった。

 鬼頭が得意のバリトンボイスで喝采を浴びれば、平田がアニメを観ない層にも分かる曲を歌い外村のテンションが上がり、綾小路が無難に歌い、堀北が佐倉とデュエットして佐倉の意外と通るきれいな声に一ノ瀬が声援を送り、白波がガチの賛美歌を歌い上げ異様な空気となるが、続く軽井沢がかなり上手くて空気を取り戻すなど、カラオケ会はほどほどに盛り上がりを見せていた。

 そんな中で、一人つまらなそうにポテトを摘んでいる人間が一人いた。

 

 Dクラスの王、龍園である。

 

「あら? 龍園くんは歌わないのですか?」

「……あ?」

 

 丁度、密かに練習をしていたポップソングを歌い終えた坂柳が一人黄昏れていた龍園へと声をかけた。

 龍園としては正直トラウマもののカラオケルームに、その元凶と一緒に居るというシチュエーションにいますぐおうちかえりたい思いで一杯だったが、これが一年生連合の打ち上げという名目である事と、また腹心の部下(尚実際はスパイも真っ青の敵組織古参)であるアルベルトに懇願されてしまった事から、一応の義理を果たす為にこの場にとどまっている。敵前逃亡をしてしまえば今度こそ完膚なきまでにkawaiiに屈してしまうからというのも大いにあるが。

 

 なので龍園は参加はしているものの歌う気等サラサラ無い。

 

「ハッ、もともと義理で参加してやってんだ。そんなツモりは欠片もねえよ」

「……そうですか。もしかして、自信が無いのですか?」

 

 龍園が鼻で笑い飛ばすと、坂柳はクスクスと笑みを――あざ笑うかのように、言葉を返した。

 

「いえ、私も初めて知ったのですが、最近のカラオケは自分の歌の点数が出るだけでなく音程の正誤まで分かるようになっているのですね。練習をした歌だったのですが、86点しか取れませんでした」

「……何が言いてぇ」

「いえいえ、まさか龍園くんが、自分の歌がどれだけの点数を取れるのか知られることが怖いのでは……なんて、まさかそんな事無いですよね?」

「ハッ……! 下手な挑発だな。俺は今日歌わねえって信念持ってやってんだ。さっさとどっか行け」

「…………」

「…………」

「………………ふっ」

「やってやろうじゃねえかこの野郎ッ!!!」

 

 哀れ龍園。彼は坂柳に『叩けば良く鳴るおもちゃ』認定を受けてしまった。

 その後龍園は挑発に乗ってしまい(外村から『乗るな龍園殿!』と煽られ更にヒートアップ)、デンモクを操作し曲を予約。

 このクソ生意気な女に勝つためには、自分が得意な歌で無くてはならない。幸いな事に龍園はカラオケの経験があった為、歌える曲の中から上手く歌える物を絞り、かつこの場に居るメンバーの中で少なくとも半数は知っている曲が望ましい。

 誰も知らない曲を熱唱した結果、歌が上手くとも空気が凍るのは先の賛美歌で学んだので。そんな中での勝利は龍園が望むものではない。

 

 得点であの女を上回り、かつ会場の視線を釘付けにする。

 龍園が選んだのは、日本が誇る4人組ロックバンドの有名な曲。

 特徴的なギターのブラッシングから始まる前奏に、龍園の想定通り何名かがピクリと反応した。

 

(俺が、勝つ――!!)

 

 そして龍園はやり遂げた。

 音程は完璧に合わせ、会場も盛り上げた。

 手応えはあった。龍園は平気な顔をして拍手を送っている坂柳にドヤ顔を向けた。

 

 表示された獲得点数は――85点。

 

 龍園は膝を折って悔しがった。伊吹は腹を抱えて笑った。

 

 

 

 

 

 

 それぞれが自由に楽しみ、龍園も負けん気を発揮して坂柳に対抗するためリレーに加わり、3巡目に差し掛かろうとしていたところ。

 

 ヤツが動いた。

 

「あ、わたしだ――」

「総員ッ!!! 対ショック体勢ッ!!!!」

 

 葛城の号令に、それぞれが動きを見せた。

 女性陣はおおっ、と期待の表情を。

 男性陣の中でも意味がわかっていない綾小路と平田は首を傾げ。

 アルベルトと外村は『死を目前に覚悟しながらも受け入れるような穏やかな微笑み』を見せ。

 鬼頭と葛城は丹田に力を込めてkawaiiアナフィラキシーショックを受けないよう守りの姿勢を固め。

 最もトラウマとなっている龍園は素早くダンゴムシの様に丸くなると、両手で耳を抑え目を閉じて口を開いていた。それは爆発物への対応なんよ。普通に失礼だったので伊吹に蹴り起こされていた。

 

 そんな面々を天白は華麗にスルーして、軽井沢にマイクを一本手渡した。

 

「……恵ちゃん。これ」

「え? あ、うん!」

 

 ちょっと当初予想していた形とは違ったものの、憧れの人物とデュエット出来ると分かり表情を輝かせた軽井沢は慌てて立ち上がりモニター前のミニステージへと駆け寄った。

 ちょっと様子が違うぞ、とにわかに疑問が広がり始めた瞬間、曲が始まる。

 

「「ヒトリゴトだよ」」「恥ずかしいこと聞かないでよね♪」

 

 デュエット曲は事前にチャットで打ち合わせをしていたため、完璧に歌い出しを揃えられる。

 ぴくりと櫛田が反応した。

 

「「キミノコトだよ」」「でもその先は言わないけどね~♪」

 

 流れる軽快なミュージックに、揃って口を開け惚ける一同。

 

 天白の歌が脳を破壊するプロセスは、次の工程からなる。

 

①天白がふわふわな曲をふわふわする声で歌う

②無防備になった脳にkawaiiが直接ブチ込まれる

③kawaiiの過剰摂取により脳が溶ける

 

 恐ろしいのは、天白が自身の声質がいわゆるかわいい声であると自認し、普段の喋り方同様、それをより引き立てる為の歌い方をしていることだ。

 歌うことで脳をトロトロにするという、無自覚の殺意を持って歌うのは、櫛田や掘北、そして中学の頃の級友達がこぞって喜び絶賛したがために歪んだ認識のためであり、天白はその気になれば聞いた者の脳を溶かさずに歌うことが出来る。最初からやれ。

 

 そして天白はもともと、奉仕を――言い換えれば、他者を補助する事に関しては並々ならぬ手腕を持つ。それは、歌に関しても同様であった。

 

「伝えたい気持ちは今日も~」

 

 軽井沢がハイトーンで朗々と歌い

 

「言葉になる直前にっ」

 

 天白が軽井沢の声を引き立てるように歌声を調整し

 

「変換ミスの連続で~」

 

 それに応えるように、更に軽井沢がのびのびと歌ってみせ

 

「「ため息と一緒にのみこんだら~♪」」「ほろ苦い……♪」

 

 二人の声が、調和した。

 

「「ふとしたときに 探しているよ

 君の笑顔を 探しているよ

 無意識の中 その理由は まだ言えないけど」」

 

 マリアージュという言葉がある。

 元はフランス語で『結婚する』という意味であるが、これはしばしば『2つの別の物が、1つの存在のように調和する』という状態を指して使われる。

 軽井沢の良く通る歌声に、天白がそっと寄り添うような歌声が完全に混ざり、1つとなった。

 

「「言えないその言葉 言えないこの気持ち Ah

早く気づいてほしいのに~~♪」」

 

 ユニゾンを終え、1つとなっていた二人は元に戻った。

 軽井沢は自分の歌声が天白の歌声と溶けて混ざり高まっていくという未知の感覚に、たった一曲歌っただけであるのに走った後のように息が乱れ、疲弊していた。

 一方で天白も、軽井沢の歌が予想以上に上手く、ぐんぐんと引き上げられるように高くなっていくので、それについていこうと体力を使い、額に汗をじんわりと浮かべている。

 

「……恵ちゃん、すごい」

「いや、そんな……百合さ――ちゃんこそ、まるであたしの歌がどんどん上手くなっていくみたいな、なんだろうこれ……凄かった……」

 

 表示された点数は、94点。激辛審査で有名な採点システムであるため、今日の回での最高得点が89点だったので記録更新である。

 

 そして聴衆共はというと

 

「「「「「……………」」」」」

 

 全員が放心していた。

 心ここにあらず。魂の抜け殻が15もある。

 平田や女性陣ら感受性の高いメンバーは涙を流してすらいる。

 

 いち早く正気を取り戻したのは、防御の姿勢を取っていた為比較的ダメージが軽傷だった葛城だった。

 

「……お、驚いた。天白が歌うというから覚悟はしていたが……二人で歌うとこうも凄いことになるとは……。いや、いい意味でなんだが……」

 

 頭を振りながら葛城が言うと、それを皮切りに他のメンバーも魂を回収出来たようで盛大な拍手が巻き起こった。

 

「すごい……すごいです二人共!!」

「ほぇ~……まだふわふわする……」

「なんというか……凄いな、軽井沢さんも天白さんも」

「拙者……涙で前が見えぬ……」

「胸の中で何かが動いた……これが、心ってやつか……?」

 

 一人だけ人間になりたいAIみたいな事を言い出しているやつがいるが、それぞれが口々に凄い凄いと褒め称えてくるため、天白は得意げな表情をし、軽井沢は照れて顔を真っ赤にしていた。

 龍園ですら、仏頂面で顔を背けているのだ。言葉にこそ出していないが、二人の歌を認めてはいるのだろう。

 

 二人がめちゃめちゃ相性ぴったりな感じで歌いきった事に嫉妬した櫛田が「私も一緒に歌うー!」と飛び込み、急遽三人でのアンコールが勃発。ノリノリのオーディエンス(1名を除く)がコールを挟み、フロアが沸き立った。

 

 そんな中、葛城は内心でふと考える。

 

(いい表現ではないが……普通に金を取れるんじゃないか? この二人の歌は……。やりようによっては、大きな資金源に成りうるな……)

 

 単なる思いつきだが、あながち間違ってはいないように感じる。一年生連合の最終目標を達成する為には、金――プライベートポイントはいくらあっても困らないだろう。

 葛城は苦笑し、後で坂柳や櫛田、それと他のクラスの代表とこの思いつきについて検討しなければならないなと思いながら、盛り上がっているオーディエンスの群れに飛び込んだ。

 

 尚、三人で歌った歌のソロパートで天白が全力でkawaiiを振りまき、再び死が広がったことで葛城は思い直す事にした。全校生徒の前でやらかせばハイスクール・オブ・ザ・デッドとなってしまうので。

 




・平田洋介
まさかの綾小路グループ加入。クラスリーダーであるものの、学年全体で団結しているという状況にかつてないほど精神が安定している。堀北が精力的に動いている事で時間が余り、ふとした気の迷いでアニメを観始めてしまった。許せ平田……好きなんだ君の事が……

・伊吹澪
スタイル維持やもともと運動が好きで筋トレの時に聞く曲を探している時にあろうことか『お願いマッスル』を聞いてしまった為に汚染された。アルベルトとは一緒にジョギングをする仲

・龍園翔
坂柳にイジる対象として目をつけられた。最後まで坂柳には点数で勝てなかったので秘密特訓を始める。最近の悩みはあのアルベルトが上目遣いで懇願してくること。ちょっとキモいのでしかたなく願いは叶えてあげている。彼の明日はどっちだ。

・綾小路清隆
情緒が芽生え始めた赤ちゃん。

裏もこっそり2話投稿してます


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カルテ:星之宮知恵

最近死者を量産しすぎていたので、原点に戻ってやっとマッサージできました。
専門書買おうかしら……。

今回の犠牲者はコイツだぁ!!

※感想、ここすき、高評価、お気に入りいつもありがとうございます。

時系列としては、アダルトストーリーズ①の後くらい。船上試験前。


 

 

 

 年を取ると、身体の不調が多くなってくる。

 筋肉が固くなる、運動能力の低下、節々の痛み、冷え性、むくみ、エトセトラエトセトラ……。

 

 この年というのは四十歳、五十歳というレベルではなく、それこそニ十歳を超えた頃から感じ始めるようになってくる。

 聞いたことはないだろうか? 大学に入学し、お酒も飲めるようになって『大人になった』事を実感した頃に、先輩方の2~4年生から「若いなぁ~」と自らを指しながら漏らす声を。

 あれは何も「自分はあなたよりも大人ですけど?」というマウントを取りに来ているわけではなく、実際に新入生からフレッシュさを感じてしまってつい零してしまったという事も含まれている。

 君も中学、高校、大学、社会人とステップアップした時に、自分より一つ下のステップに入ってきた者を見た時にそれを感じられるだろう。え、嘘……あの制服に袖を通していたのは十年以上前……? そんな……。

 

 話が逸れた。

 

 年を感じる――身体の不調を感じるようになるのは、たとえ二十代後半というまだまだ『若い』部類でも十分に感じられるということだ。

 

 そう、星之宮知恵は今まさに、年を感じていた。

 

「うそ……[検閲]キロも増えてる……」

 

 教員用の寮、その自室で風呂上りに体重計に乗った星之宮は、そこに表示された数字にわなわなと慄き震えていた。

 

「なんで……? 最近そんなに食べすぎたりなんか……してないはず……」

 

 星之宮はつい最近の出来事を振り返る。

 

 最近は、過去の蟠りが雲散霧消したこともあり、かつての同級生たち――茶柱や真嶋とよく飲み会に行くようになっていた。

 だからだろうか? いや、その飲み会でもビール等のプリン体が多く含まれるアルコール類は控え、ホッピーやサワー系をメインにしているため違うだろう(希望的観測)

 だとすれば……と星之宮は顔を青ざめた。

 

「まさか……年だから……?」

 

 それしかない、と星之宮は思った。

 飲み会でフライドポテト等の揚げ物を好んでパクパク平らげ、毎日のように晩酌を行っている事はきっと関係がない。そうに違いない。もしそうなら制限しなければいけないが、きっと違うのだから大丈夫。

 

「……痩せなきゃ」

 

 星之宮は固く決心した。

 これから毎日、少しでも運動しよう。

 そして食事も気を使って、脂っこいものは控え――たまに接種する以外は我慢しよう、と。

 

 こうして、星之宮のダイエット計画が――

 

「うええええええん!! 佐枝ちゃあああああああん!!!」

「どうした急に」

「びえええええええ!!! びええええええええん!!」

「ふむ……最近ちょっと太ったからダイエットを始めてみたものの、悉く失敗したと……」

 

 なんで会話が成立してるんですか??

 

 星之宮のダイエットは上手くいかなかった。

 忙しい中でも時間を作って運動したり、昼食も糖質制限でご飯の代わりに豆腐を食べたりと努力はしていた。

 しかし、効果が表れないのだ。

 

 一、二週間で劇的に痩せる! とは流石に星之宮も思っていない。

 だが、たった数百グラムでも下がると思っていたが、むしろ結果はゆるやかに増加していくという恐ろしい事態になっていた。

 

「ぐす……えぐ……どうしよう佐枝ちゃぁああん……もう私、ぶくぶく太っちゃうのかなぁ……!? 年には勝てないのかなぁ……!?」

 

 星之宮は涙目だ。

 茶柱としては腹を抱えて笑ってやりたいところだったが、同性かつ同じ年齢ともあれば明日は我が身である。

 最近ちょっと授業中につま先立ちしたり運動量をこっそり増やしている茶柱は、泣き崩れる星之宮の肩にそっと手を置き、慈愛に満ちた表情でこう言った。

 

「知恵……私に任せろ」

「佐枝……ちゃん……」

 

 茶柱は力強く頷くと、携帯端末でとある人物に通話をかけた

 

「……ああ、私だ。茶柱だ。すまないな、突然。悪いんだが――」

 

 

 

 

 

 

 

「お、お邪魔します……」

「……いらっしゃい、知恵ちゃんせんせー」

 

 茶柱が電話をかけてから1時間後、どや顔で「お前の悩みを解決してくれるやつに渡りをつけた」と豪語した茶柱の言葉に従ってみれば、案内された先にはまさかの教え子。

 あの女郎、自信満々にどや顔晒しておいて教え子に押し付けやがった。

 

「……それで、茶柱せんせーからは、痩せたいと聞いてますけど」

「ご、ごめんね……私、先生なのに……」

 

 自分より一回り下の――更に、担任ではないとはいえ教え子に『痩せるにはどうすれば』というプライベート以外の何者でもない相談を持ちかける羽目になり、星之宮はもう恥ずかしいやら情けないやらで縮こまってしまう。

 この恨みはらさでおくべきかと、過去の遺恨が再び芽生えかけはしたが、茶柱は恐ろしい事に善意でやっているのだから始末に負えない。ダイエットに成功したら潰れるまで飲ませてやる、と密かに復讐を誓うだけにとどめた。

 

「……参考までに、今までどんなダイエット方法をしてました?」

「えっと……」

 

 ここまでお膳立てされてしまったのだ。星之宮はもうヤケだとばかりに開き直ることにした。

 ダイエット――美容に関して、確かに天白以上の適任は居ないのは確かだからだ。それは彼女と親しい女子生徒が尽く素晴らしいプロポーションを誇っている事が証拠となっている。体型という点では坂柳は例外かもしれないが、彼女も元々抜群に優れていた容姿が更に美しくなっているのだから。

 マッサージ、エステ等のセラピーを彼女たちに施しているという事は、この学校に携わる者であれば誰もが知っている事であろう。

 言葉は悪いが、Aクラスでマッサージ店を開業したことによってそのお零れを預かれる生徒が増え、高度育成高等学校の美人指数はみるみるうちに上昇の一途を辿っている。

 

 閑話休題。

 

 星之宮がこれまで行った運動や糖質制限などを話し、それに天白がちょこちょこと詳細をつっつくような質問を重ねていき、問診が一段落した。

 

「……知恵ちゃんせんせ、ちょっと立ってもらっていいですか」

「え? うん……」

 

 ある程度話を聞いた天白は、星之宮に起立するよう促した。

 星之宮は言われるがまま、ベッドに腰掛けていた体勢から立ち上がる。

 今更だが、天白の「知恵ちゃん先生」呼びはある程度交流を取った後に星之宮からそう呼ぶように言われたためである。天白は普段からちょこちょこと1年生教諭陣と交流をしているので。

 

「……そのまま、膝を曲げないで、指先を床につけてみて下さい」

「う、うん……」

 

 続いて天白が指示をしたのは、いわゆる前屈。

 それがどうダイエットに関係するのだろうと、星之宮は懐疑的ではあったが、まあ彼女が必要というならそうなのだろうと前屈をするため、上体を一度引き――引いたところで、天白がやんわりと注意をした。

 

「……あ、出来るとこまでで丈夫です。無理にやると、膝裏とかが痛くなっちゃうので」

「むっ、大丈夫よ! これでも私、学生の頃は運動でもブイブイ言わせてたんだから!」

 

 天白が待ったをかけると、星之宮は「心外です!」とばかりに唇を尖らせた。言葉のチョイスがもう古い。諦めろ、星之宮。

 それでも忠告には素直にしたがって、ゆっくりと上体を前に倒し――

 

「あ、あれ……?」

 

 指先が全くつかない。おしいどころの騒ぎではなく、膝の半分程度しか倒れない。

 

「う、嘘……学生の頃はぺたって床に指をつけられて……ふぬぬぬぬぬぅ……!」

 

 星之宮は必死に力み、なんとか指を床につけようと奮闘するが、悲しい事に身体のどこかが引っかかっているように指先が一ミリたりとも前に進まない。

 一分ほど格闘してみたものの、うんともすんとも言わない身体に、星之宮は息を荒くしながらようやくギブアップをした。

 

「ふ……ふふ……私がおばさんになっても泳ぎに連れてくの……」

「……? 知恵ちゃんせんせーは、おばさんじゃない」

 

 悔し涙を流しながらなにやら口ずさむ星之宮に、天白は首を傾げた。

 選曲が古すぎる*1。世代も違うのでこれは完全に星之宮の趣味なのだろうが。そういうところだぞ。

 

「……じゃあ、次は――」

 

 天白は、星之宮の前屈が上手く行かないことは想定していたようで、結果について言及すること無く次の工程に入ろうとした。

 

「……腕を後ろにまわして、背中で触れ合わせる――こんな感じで」

 

 そう言って天白は、右手を上から、左手を下から背中に回し、両手の指を触れ合わせた。

 くるりと回ってそれを見せると「……出来ますか?」と問いかける。

 

「だ、大丈夫よ! それなら大学の時にヨガ体験して出来たし……よ、よゆう……よね?」

 

 星之宮は「できらぁ!」と強がってみたが、すぐに自信が無くなってしまった。言葉尻がへにょへにょになっている。弱い。

 

「ふんっ……! むむむむむぅ~……!」

 

 案の定ではあるが、やはり背中で腕はくっつけられない。せいぜいが肩と腰に指先が触れるのみである。肘を曲げたのと何が違うんだ……?

 星之宮はそれから少しの間力んで頑張っていたが、やはりだめなようですとんと肩を落として落ち込んでいた。

 尚、背中に腕を回すという姿勢の関係上、豊かなバストがばっちり強調される形になっていたので天白がガン見していたが、幸いなことに星之宮は必死だった為気づいていない。こいつ……!

 

「……知恵ちゃんせんせーの努力が報われない原因は、大体わかりました」

「えっ、今ので……?」

 

 星之宮としては自分の身体の硬さをまざまざと認識させられたようにしか思えなかったのだが、どうやら天白は何かを見抜いていたらしい。

 何に使うのかは分からないが、部屋に置いてあったホワイトボードをガラガラと引いて星之宮の前に置くと、そこにぺたりと人体図の書かれた絵を貼った。

 

「……知恵ちゃんせんせーの身体は、リンパが滞ってる」

「リン、パ……?」

 

 説明しよう!!

 人間の身体は、心臓から動脈を通って酸素や栄養素が体中に運ばれるように作られている。それらを運ぶのは細胞の役割で、その酸素や栄養素を使って脂肪の燃焼や傷の修復や体力の回復が行われているわけだ。

 そして細胞は役割を終えたあと、二酸化炭素や老廃物を細胞の間にある組織液へぺっと吐き出すのだ。吐き出した老廃物等は毛細血管が回収し、静脈を通って心臓へと戻る。

 

 リンパとは、その静脈で回収できない大きな老廃物や栄養素を回収する為の器官の総称である。

 リンパは

 ①血管にそった形で張り巡らされている「リンパ管」

 ②リンパ管に流れている「リンパ液」

 ③老廃物や細菌など有害物質を取り除くフィルターのような「リンパ節」

 これらを総称してリンパと呼ばれる。

 

 けして身体をまさぐるための方便として使われる言語ではないのだ。*2

 

 血液は心臓のポンプ機能によって全身を巡るが、リンパにはその機能が無いため流れるスピードが遅い。なので、老廃物が多く溜まってしまうとどんどん流れが悪くなってしまう。

 星之宮は教職という職業柄立ちっぱなしや座りっぱなしが多く、リンパ液の流れが悪くなり老廃物を溜めやすくなっている。

 この滞りは単純に運動すれば流れが良くなるというわけではなく、きちんと理解した上で詰まりを解消しなければならないのだ。

 先程天白が星之宮にやらせた前屈などは、その滞りを確認する為の作業だったわけだ。

 リンパが滞っている――リンパ節の詰まりが多いと、その周辺の筋肉や関節が硬くなってしまうので。

 

 というような事を、天白は人体図やホワイトボードに書き出した絵を持って図解解説をした。

 

「……なので、これから知恵ちゃんせんせーのリンパの流れを良くします」

「な、なるほどぉ~……」

 

 いつの間に着替えたのか、天白はなぜか白衣を来ており伊達メガネをかけていた。身長が小さすぎてコスプレにしかみえない。そもそも医者でもなんでもなくセラピストなのだから、白衣を着る必要性は全く無かった。

 星之宮も、いつの間にか教え子から物事を教えられているという事態に気づかず、素直に関心をしていた。それでいいのか養護教諭。

 

「……温まった方が効果が高いので、まずはシャワーで身体を温めて来てください。着替えは来客用のやつがあるので、それを」

「はーい」

 

 ダイエットが上手くいかない理由が加齢ではなかった事に星之宮はやや上機嫌で促されるまま併設されているシャワー室へと向かっていった。

 尚、リンパが滞る……流れが悪くなる原因は同じ姿勢を取り続けたり運動不足等ではあるが、そもそも老廃物が増える原因は普段の食生活や加齢も十分に関係ある事を追記しておく。

 

 十分程で、星之宮はシャワーから上がってきた。

 既に用意されていた、来客用のシャツと短パンを身にまとっている。

 

 天白に促されるまま施術台に腰掛けた星之宮を見て、天白はおや? と首を傾げた。

 

「……? 知恵ちゃんせんせー、ブラつけてる?」

「え? うん、一回脱いだやつだけど、帰ったらまたお風呂入るから……」

「……ダメ、ですっ」

「うひゃぁっ!?」

 

 天白は素早く近づくと、片手を裾口に突っ込み、ワンハンドでブラのホックを外してするりと抜き出した。

 この間約三秒。天下の大泥棒の三代目も真っ青の早業であった。

 

「なんでブラ取るの!?」

「……身体を締め付けるから、マッサージの効果が薄くなるので」

「そ、それにしたって……なんというか、手慣れてない……?」

「……日頃から、機会があったので」

 

 どんな機会だ。*3

 余談ではあるが、ブラホック外しの世界記録は1分間に91個(人)*4である。一人当たり0.66秒。その技術が活かされる事は果たしてあるのだろうか。

 

 抜き取った、あるいは抜き盗った淡いピンク色のブラを施術台の下にある脱衣カゴに畳んでから放り込み、いよいよ施術が始まる。

 

「……定期的にマッサージを受けるのが一番いいですけど、予約とかもあって難しいと思うので、セルフケアの方法も合わせて教えます」

「わ、分かった……」

 

 ブラが光速で抜き去られた事はなんとも納得が行かないが、その理由が理由だったためひとまずは大人しくする事に決めた星之宮。

 その彼女の正面に立った天白は、両手をグーの形にし、星之宮の首のぴとりと当てた。

 

「ひゃんっ……♡」

「……リンパの流れを良くするには、リンパ節の詰まりを解消するのが一番。でも身体には800個以上もリンパ節があるので、ポイントを絞ってやるのがいいです」

 

 なんだか星之宮が変な声を上げた気がするが、誰にやっても大体いつもこうなので天白はスルーした。もっと異常を自覚しろ。

 

「……リンパ液は鎖骨周りに集まって、静脈に流れるので、最初にここを刺激します」

「んっ……♡ くぅ……♡」

 

 ぐいぐいと首の前側が圧迫され、あごの下、首の中央、首の付け根と上から下に圧がかかっていく。

 ところでなんで声を上げているんですか??

 

「……こーやって、首の上から」

「あっ……♡ あぁ……♡」

 

「……鎖骨をすーって」

「ふぁあ……っ♡」

 

「……んしょ、ぐり、ぐり」

「あっ♡ あっ♡」

 

 先程天白が言ったように、リンパ管を通って流れるリンパ液は全身を巡り、鎖骨へと流れる。

 そのため、全体的に詰まりがみられる場合は出口に近いところから解消してやるのが効率が良いとされている。リンパ液は心臓に向かって流れているので、心臓に近い場所から滞りを取っていけば流れやすくなるのだ。

 ただし、全ての場所をほぐしてやるというのは非常に時間がかかり、手間である。

 なので、リンパ管が必ず経由するポイントを抑えていれば、短時間かつ効率的に効果が期待でき、そのポイントを「やせスイッチ」と呼ぶ。

 そしてそのやせスイッチは――

 

「……じゃあ、あと8箇所。やりますね♪」

「……ふぇ?」

 

 9つあるのだ。

 

 この後めちゃくちゃリンパをリンパされた。

 

 

 

 

 

 後日談。

 

「ぷはーっ! おいしー!」

「おい知恵……お前ようやく痩せたって言ったばかりだろう……」

 

 いつだかに真嶋、星之宮、茶柱の三人で訪れた、学校にほど近い居酒屋。

 「ダイエット成功したのよ!」と上機嫌な星之宮に誘われ、茶柱と二人で小さな祝勝会を行っていた。

 今回は男性陣はお休みである。なにせ、男としては触れづらい話題の祝勝会であるので。

 余談だが、一年生教師陣の集まりはちょこちょこ開かれている。なんとあの坂上も稀に参加するのだ。これまでは一応形式として誘ってはいたが毎回やんわりと断られていたので驚きである。原因は分からない。参加するようになったのは夏休み船上試験後なので、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 言わずもがな、やつのせい(おかげ?)である。

 

 提供された酒を一息に飲み干す星之宮に、茶柱も苦笑しながら心配をするが、星之宮は「だいじょーぶよぉ~」とほんのり赤くなった顔で豪語する。

 

「今日はチートデイだから!」

「あぁ……好きな物を食べられる日か……」

 

 食事制限中はどうしても食べたいものを食べられずストレスが貯まる。

 それに制限でカロリーの接種を控えるため、基礎代謝も落ちてしまうのだ。

 上手にダイエットをするために、たまには好きなものを食べる日を作る事はけして悪いことではない。チート、すなわちズルをする日ではあるが、効率的なのだ。無理なダイエットは厳禁である。

 

 言うまでもないが、やりすぎには注意だ。

 

「最近お豆腐ばっかり食べてたから、味が濃いもの食べたくなっちゃって……あ、すみませーん。ホッピーの中おかわりと、あとポテトフライとからあげ――」

「……糖質制限は効果が出やすいがその分リバウンドが激しいぞ」

「…………揚げ豆腐なら、セーフかしら……」

 

 案の定調子に乗っていたのでちくりと刺してみれば、途端に冷や汗をかきだした。

 

「はぁ……まあいい。それで、その様子ならどうやら天白を紹介したのは正解だったようだな」

「そうなの~!♪ 色々教えてもらっちゃって、助か――あれ……? 私、教師で……生徒に……?」

「おっと。まああれだ、私も同じ女だからな。悩む気持ちはよく分かる。これでもスタイル維持には結構気を使っているんだ」

 

 生徒に色々と施されているという異常に、星之宮は危うく正気を取り戻しかけたが、茶柱がすかさず話題をすり替えてフォローする。

 この茶柱、もはや常連となった天白セラピーに同じ教師から仲間を増やそうとしている。ストッキングを日常的に着用しているせいか、むくみも辛く、スタイル維持の為にこれからも生徒経営のマッサージ店に通う気まんまんな為。最低すぎる。

 良いものをシェアしようという、善意では、あるのだが。生徒にマッサージされる教師という倫理的な問題は、さておくとして。

 

「あっ、だから佐枝ちゃんもしょっちゅう予約してるんだ……」

「ああ。倍率が高いから競争は激しいが、定期的に受ける価値は大いにある」

 

 怪我の治療と違い、スタイル維持は一発で効果が完璧に出るわけではなく、また効果発揮後も継続的に受けなければならない。

 学生の内はいいが、茶柱や星之宮のような大人は運動不足に成りやすく、時間を取ることも難しい。

 実を言うと、天白マッサージ店の学生のリピート率というのはそこまで高いものではない。大体が夏前などのスポットや、口コミが爆速で広まっている為新規の流入が多い事で客足が途絶えていないだけであり、同じ生徒が短い期間でもう一度受けるというのは稀なのだ。

 で、対して大人達――茶柱や、何故か広まっている他の女性教諭、女性職員等が主なリピート客であり、太口のお客様である。平素より格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げますなのだ。

 

「へぇ~……じゃあ、私も今度相談されたら紹介してあげよっかな~」

「そうするといい。天白達も、顧客が増えて喜ぶと思うぞ」

 

 こうして、妖怪ほぐしスパイラルに大人達はハマっていくのだ。

 ところで、あなた達別クラス担任でしたよね? 敵に塩を送っていいんですか……?

 

 後日、案の定減った体重がもとに戻りかけており、マッサージ店の予約に必死になる星之宮の姿があったとかなかったとか。

 

*1
何故か見た目がおばさんにならない

*2
お客さん、リンパが凝ってますねぇ~

*3
幼馴染&ベストフレンズ

*4
2013年10月時点




せんせー達の中では星之宮せんせーが一番好き。次に漢・真嶋せんせー。

・星之宮知恵
加齢に悩むお年頃。尚、体重増加の原因は運動不足の模様。無事妖怪ほぐしスパイラルに囚われた。食事制限はするが頑なに飲酒制限はしようとしない。そういうところだぞ。

・茶柱佐枝
この後無事飲み潰された。

次回はもう1回くらい日常回やってからペーパーシャッフルに移ります。尚ダイジェスト。
そのため、日常回のアンケート取ってます。選ばれなかったやつもおりを見てどこかで挟むつもりですが

4月5月は死ぬほど忙しくなるので、できれば3月中にあと少しは進めたいところ。


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ビブリオガールズ①

アンケート結果はっぴょおおおおおおおおお!!!!


 

 

 

 学生の本分とは何か。

 

 勉強? 部活? 委員会? はたまた友達付き合い?

 

 そのどれもが正解であるといえる。

 学ぶこと、それが学生の本分である。

 そして学びとは、日常から得られるものだ。

 

 なので。

 

「……今日はどこに行きましょうか」

 

 中間テスト一週間前に普通に遊びに行く計画を立てている坂柳も、学生の本分を果たしていると言えるだろう!!!*1

 

 なにせ、暇なのだ。

 つい先日に生徒会長が3年生の堀北から2年生の南雲へと受け継がれたのだが、何の変哲もない代替えであって、率直に言えば“つまらなかった”。

 まあ、なにやら男同士通じるものがあるのか、南雲は感極まって涙を流していたし、堀北もそんな南雲の肩に手を乗せて「後は任せた」と言わんばかりに力強く頷いていたが。

 櫛田経由で坂柳に入って来た情報では、リリィナイトという非公認団体もトップが交代したとかしてないとか。あの集団も意外と息が長い。この調子では少なくとも坂柳達が卒業するまで――いや、下手をすれば代々受け継がれていってしまうかもしれない。悪性腫瘍か何か?

 

 そんなわけで、坂柳は大変暇を持て余していた。

 全く勉強していないというわけではなく、普段は櫛田や天白のテスト勉強に付き合っている。が、今回は二人とも別の用事があるようで坂柳は珍しく一人だ。

 では神室はどうかというと、彼女もなにやら用事がある様子。彼女は美術部に入っており、コンクールが近いとぼやいていたので、その関係だと思われる。

 

 坂柳の交友関係は決して広くはない。その三人がそれぞれ予定が入ってしまうと、ソロ活動を余儀なくされてしまう。

 とはいえ、元々高校進学以前は一人で居る事が多かった坂柳。時間を潰す方法はいくらでも思いつく。

 

「……図書館にでも行きましょうか」

 

 まずは時間潰しの鉄板、図書館に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 試験前という事もあってか、図書館内ではそこかしこで勉強をしている生徒の姿が見えた。

 Aクラス生徒も何名かおり、坂柳を見かけると小さく手を振って笑顔を見せた。勉強の邪魔をしてはいけないので、軽く会釈をして新刊コーナーに。基本的にAクラスは個人勉強で完結出来ている為、わざわざ教える事も無い。もちろん天白を除く。

 

 運動が出来るようになった事で最近読書から離れていた為、好んで読んでいた作者の新刊がある。以前読んだことのあるシリーズ物の続巻も出ている。

 坂柳は乱読派である。ミステリーを好んではいるが、それだけを読むわけではなく、サスペンスや歴史小説、エッセイやファンタジーなんかも偶に手を出している。

 とりあえずお気に入りの作者の新刊を一冊手に取って、空いている席を探しにあたりをうろついた。

 

 勉強会を行っている生徒の邪魔になってはいけないので、人の集まりの少ない場所を目指していると、意外な人物の姿が目に入った。

 

「あ……」

「あら……」

 

 艶やかな黒髪の美しい、1年Cクラスの堀北鈴音だ。

 

「珍しいですね、堀北さんが一人で読書されているのは」

「ええ。よく分からないけど、休みを言い渡されてしまったのよ」

「休みですか……?」

 

 堀北鈴音はCクラスの要である。

 勉学優秀で運動能力も高い。指揮統率能力はやや難があるが、それでもクラスの中心――リーダーとして重宝されている。

 その働きっぷりは尋常ではなく、Aクラスで言えば坂柳と葛城と櫛田が3人で分業しているところをほぼ一人で賄っているというような状況だった。

 クラス内の伝達や調整は平田も行っているとはいえ、堀北一人にかかる負担は大きい。

 

 故に、平田が「勉強会は僕の方で見ておくから、一日くらい休んでよ」と提案され、何かと交流の多い佐倉や最近友好関係を築いた軽井沢、その他女子生徒達からあれよあれよと言う間に追い出されてしまった。

 堀北が受け持っていたグループを平田が見るというのは少し不安があったが――平田は男子の嫉妬の対象であるため――そちらもここ最近は徐々に改善の兆しを見せている。

 まあこれもいい機会か、と堀北は素直にその提案を受け入れる事にした。なんだかクラスの和が知らぬ所で良い方向に転がっているというのは釈然としないが。

 

「休みと言われても、ただ寝て過ごすのもどうかと思ってとりあえず読書をしているわ」

「そうだったんですね……。なんというか、良い事だと思いますよ」

 

 ちょうど堀北の隣の席が空いていたので、坂柳は一先ずそこに腰を落ち着ける事にした。

 

「…………」

「…………」

 

 とりあえず座ったはいいものの、そのまま読書に入れるような雰囲気ではなく、何とも言えない沈黙が広がった。

 ページを捲る音、ノートに何かを書き込む音、小さな声で何かを――勉強を教えているのだろう――話す声。

 静かな空間に、僅かな音だけが木霊する。

 

「…………」

「…………」

 

 この時、奇妙な事に二人の思考が一致した。

 

((き、気まずい……))

 

 そう!

 二人は天白・櫛田という共通の友人が居るのだが、かといって直接の交流があるわけではない。

 何度も顔を合わせ話をしたこともあるが、二人きりで話す事などこれが初めて!

 趣味嗜好も分からなければ、共通の話題を知っているわけもない!!

 

 ”友達の友達”

 

 これは実に複雑な関係だ。

 話題がすらすらと出てきたり、沈黙すら心地よいといった関係性は無い。

 かといって全くの初対面というわけでもないので一から関係性を構築も出来ない。

 普段は櫛田と天白が間に入ってガンガントーク回しをしていた為、話のフックも既に潰されている!

 

 『良く知らないけれど概要だけは他の人から聞いている』という中途半端な知識が先行してしてしまい、なんとも言えない距離感!!

 

 そしてなによりも、中学時代は孤高(笑)のコミュ障と、話術はあれどここまで友人の居なかったぼっちこと坂柳。

 

 そう!! この会合は コミュ障とぼっちの会合だったのである!!!!!

 

(何か話題を……勉強の調子は……坂柳さんには聞くだけ野暮だし……)

(中学の時の話を……いえ、最初からその話をするのは……)

 

 続く沈黙!! 焦る二人!! 巡る思考!!!

 

 悩みに悩んだ結果、とりあえず何か口にしなければと二人が同時に口を開きかけたとき、声がかけられた。

 

「あの~、もし……Cクラスの堀北さんとAクラスの坂柳さんではありませんか?」

「「え……?」」

 

 「今日はいい天気ですね」と今どきトークスターターデッキにも入らないような手札をオープンしようとした愚か者二人は、その闖入者へと顔を向けた。

 坂柳が紫がかったそれであるとすれば、彼女は青みがかかった銀髪。しかし長さは腰元まであり、藤色の瞳は穏やかに目元が垂れている。

 突然現れた少女に呆気に取られていると、その少女はくすりと笑みを零してから名乗った。

 

「失礼しました。私はDクラスの椎名ひよりと申します。お二人のお噂はかねがね」

「え、ええ……どうも……。堀北鈴音よ」

「坂柳有栖です。私達の事はご存じのようですが……」

「はい。いつかお話をしたく思っていました」

「「……?」」

 

 意図がつかめず、顔を見合わせる二人に椎名と名乗った少女はくすくすと笑う。

 

「ああ、すみません。これといって特別な事はないのですが……お二人は、読書を好まれると見ていたのですが――違いましたか?」

 

 そう言って、椎名は堀北と坂柳の持つ書籍を二つ、指で指し示した。

 

「ええ、まあ……確かに読書は好きね」

「私もそうです。……ですが、何故今声を掛けたのですか? これまでも図書館で本を借りている時などもタイミングがあったと思いますが」

 

 堀北は肯定し、坂柳も同意しながらも疑問を返した。

 坂柳の疑問は何か警戒しているわけではなく、純粋な興味だ。とはいえ、受け取ったボールをきちんと相手に返しているため、コミュ力ダービーでは坂柳が僅かにリードしている。

 それを受けた椎名。少し照れくさそうに頬を掻いた。

 

「ええ……実は前々から声を掛けようと思っていたのですが……お二人が図書室に居る時は大抵どなたかと勉強をされていたので……」

 

 予想以上にまともな理由だった。それは確かに話しかけ辛いわけだ。わざわざ別クラスに訪れてまで尋ねる事でもないため、チャンスを伺っていたのだろう。堀北と坂柳はなるほどと納得をみせた。

 幸いな事にというか、ちょうど坂柳の正面の席が空いていたので、椎名はそこに静かに着席すると、途端に目を輝かせた。

 

「それで……お二人は、どのような本を読まれるのですかっ!?」

 

 ずい、と身を乗り出す椎名。心なしか鼻息も少し荒い。まるでごちそうを前にした犬。あるいは天白を前にした櫛田。

 何を隠そう、この椎名ひよりは生粋のビブリオマニアである。

 朝は早くから図書室へ直行し、昼休みは食事もそこそこに図書室へ赴き、放課後は閉館まで図書室に居座る。まるで第2の自室である。図書室を利用する生徒からはあまりにもよく見かけるので図書室に住む妖精、あるいは座敷わらしではないかという噂があったりなかったりする。

 

 そんな椎名の悩みは1つ。読書仲間の不足である。

 読書に限らず、映画やゲームなど、良い作品に触れた後はその感想を誰かと共有したくならないだろうか?

 椎名の所属する旧Cクラスには、残念ながら読書をするクラスメイトが居なかった。居てもマンガや雑誌であり、椎名がシェアしたいものとは違う。

 

 そこで目をつけたのが、勉強会の後にちょくちょく本を借りていく堀北と坂柳である。

 いつか一人で本を借りに来ないかと虎視眈々と機会を待っていたのだが、結果はまさかの両取り。鼻息も多少荒くなろうものである。

 

 それを察した二人は苦笑い――ではなく、天啓を受けたかのように固まっていた。

 

(読書――それだわ!)

(盲点でした――!)

 

 そう、天白グループ――天白、櫛田、堀北、坂柳のいつメンの中で、堀北と坂柳にしか当てはまらない共通点がある。

 それが読書。

 何故それに思い当たらなかったのか……天気がどうのと話している場合ではないと、二人してその話題に食いついた。

 

「私は……主に推理小説をよく読むわ。ジャンルでいうとミステリーかしら。有名なところは大体読んだはずよ」

「私も同じくミステリーを好みますね。いろんなジャンルにも手を出していますが、一番好きなジャンルと聞かれればそれでしょう」

「まあ……まあ!!」

 

 まさかのクリティカルジャスト。あまりの歓喜に思わず声が大きくなってしまい、周囲から覗うような視線が集中した。

 さすがに椎名も僅かに落ち着きを取り戻し、僅かに頬を染めながら咳払いをする。

 

「こほん……も、もしお時間があればどこかでお茶でもいかがですか……?」

 

 三人は意志を一つにしていた。

 すなわち、この同士を逃してなるものか、と。

 

「「ぜひ」」

 

 

 

 

 

 

「最近、ミステリーばかりを読んできたせいかトリックに既視感をよく覚えるのよ」

「「わかります」」

「それでやっと新鮮なものを見つけたと思ったら、どちらかというと超能力地味ているようなものだったり、叙述トリックだったり……いえ、それが悪いというわけではなく面白いのだけど、なんかこう違うというか……」

「完全に同意」

「最近はサイエンスフィクションも増えましたよね。ドラマもそうですが、推理というよりは科学力で詰めていくようなタイプといいますか。実際にあるものだとは思うのですが、科学技術が万能すぎて近未来のものに感じてしまいます」

「「本当にそう」」

 

 同好の士というのは、しかも、長く一人で居た時に出会えた“同じ趣味を持つ者”ともなれば、会話は途切れる事無く大いに盛り上がるものだ。

 更にこの三人は相性も良かったらしく、所謂見解の相違が起こらなかった。

 “〇〇はいいけど××はダメ”とか、“〇〇×◇◇こそ至高。別カプ? リバ? んんwwwありえないwww”といった意見の対立に繋がるような火種が産まれる事も無かった。

 その為、気づけばカフェに入ってから数時間がゆうに経過しており、外は既に濃紺色。店員も「いつまでコーヒー一杯で会話続けるんだろう……」とちらちら視線を投げかけている。

 

 ひとしきり話終えた時点で、椎名は満足したという風に「はふぅ……」と恍惚のため息をついた。

 

「あぁ……素晴らしいひと時でした。こんな事なら、クラスに押しかけてでも話しかけるべきだったかもしれません」

「ええ、同じ趣味をとことん話し合えるなんて、得難い経験だったわ」

「そうですね……ここまで一つの話題で盛り上がれたのは初めてかもしれません」

 

 堀北も坂柳も、嬉しさを隠せないといった風に破顔している。

 

「百合も桔梗も、普段から小説を読んでくれていたら良かったのだけれど」

「桔梗さんは話題になったものしか読みませんし、百合さんもミステリーは読みませんからね」

 

 大満足ではあるのだが、こうまで楽しい事であると親友たちとも共有したい気持もある。

 堀北と坂柳がそう零すと、椎名は少し考えた後に「では……」と意見を出した。

 

「何か本をお勧めしてみるのはどうでしょう。お二人の好みに合うものであれば、興味を持って下さるかもしれませんよ」

「「好みに……」」

「例えば……桔梗さん――えっと、櫛田桔梗さんですか? その方は何か好きな物はありますか?」

「ううん……友達を作る事、おしゃれ、百合――あとはそうね……ああ、数学が得意とは言っていたわ。実際にテストでも一番点数が取れているし」

 

 付き合いの長い堀北が櫛田の好みをいくつかピックアップすると、椎名は心あたりがあるのか携帯端末で検索をかけ始めた。ところで今一つ変なものが混じってなかった?

 

「数学であれば――これはどうでしょう? 『浜村渚の計算ノート』」

「聞いたことが無いわ……どういう話なの?」

「学校教育から数学が排斥された社会で、数学の地位向上の為に引き起こされた“数学が得意でないと解けない”凶悪事件を、女子中学生の主人公が解き明かしていくという推理小説です。数学に関する面白い知識が散りばめられていて、主人公が女の子であることから共感しやすく、普段勉強が苦手な方でも数学という学問に興味を持てるような本です。シリーズものですが、1巻ごとに完結しているので読みやすいですよ」

「それはまた……興味をそそられるわね」

 

 どうやら椎名の提示した本は堀北のお眼鏡にかなったらしい。堀北も興味を持ったのか、さっそく端末で図書館のデータバンクにアクセスし、貸し出し状況を調べ始めた。

 

「百合さん……こちらは天白百合さんですかね。その方は何か興味がある事はありますか?」

「そうですね……思いつくのは、マッサージ、エステ、世話焼き、歌、桔梗さん……」

「それは専門書くらいしか該当しなさそうな……ドラマや映画などは見ないのですか?」

「見ますね。ええと……この前見ていたのは、ホラー……でしょうか。幽霊が出てくる映画を見ていたと思います」

 

 少し前に、天白の部屋(櫛田が住み着いている)に集まって映画観賞会をした事があった。その時に天白が見ていたのは、幽霊がバンバン驚かせてくる世界的に有名なジャパニーズホラーの鉄板。

 中々に怖く、坂柳と櫛田はずっと天白にひっついていた。堀北も平気そうにしながらも天白の傍から離れようとはしなかった。あまりにも怖かったので、その日は全員天白ルームで寝泊まりしたのはいい思い出だ。

 ところでやっぱり好みに変なのが混じってなかった???

 

「ああ、それであればこれはいかがでしょう。“ホーンテッド・キャンパス”。幽霊が見えてしまう大学生の男の人が主人公で、一目ぼれした同い年の女の子の為にオカルト研究会に入り、そこで数々の怪奇現象の事件に巻き込まれていく……という物語です。ホラーではありますが、メインはその原因解決と主人公たちの恋愛模様でして。怪奇現象の不気味さとじれったい恋愛のドキドキや魅力的なキャラクター達がとても素敵な作品です。こちらもシリーズものですが、短編集のようなものになっているのでお勧めです」

「なるほど……恋愛がメインなのはいいですね。あまり本を読まない方でもとっつきやすそうです」

 

 坂柳もまた、椎名の提案に興味を抱いた。

 二人共に良い情報提供を出来たようで、椎名も満足そうに微笑む。

 

「ふぅ……いいですね、自分の好きな物を人にお勧めするというのは。えもいわれぬ充足感があります。お二人とこうしてお話しできて、本当に良かったです」

「こちらこそ、すごく楽しく話せたわ」

「ええ、またお話しましょう。 よければ連絡先を交換しませんか?」

「ぜひ!」

 

 こうして、少女たちは姦しく、自らの趣味を存分に語明かす――。「そろそろ閉店だから帰ってくれないかな」という店員の困ったような視線を受けながら――

 

 後日、無事に椎名の紹介した二冊は櫛田、天白にぶち刺さりハマった。そして彼女達の新たなベストフレンズリストに『椎名ひより』という名が刻まれたのだった。

*1
※良い学生は真似してはいけません




・堀北学
蟠りが無くなり、可愛い可愛い自分の妹が居るというのに不穏分子に対して何もしないわけがないので雅くんと遊んであげた

・南雲雅
ずっとかまってかまってしてた堀北パイセンにやっと遊んでもらったと思ったらナニカサレタヨウダ
実は過去に一言だけ登場したことがある

・椎名ひより
最近龍園が急に大人しくなって不思議に思っていた
でも友達がいっきに四人も手に入ってホクホク。後日さらにひとり増える模様
椎名がオススメした本は作者のおすすめでもある。ぜひ読んでみてほしい


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どきっ!女だらけのテスト対決~貴女のパートナーは譲らない~

やっと次の特別試験に進めました。

Q.南雲浄化されたんか…?
A.された。シスコンを加速させた堀北兄によって分からせられた。体育祭の時に「Mr.0……良い光景ですね……」とか言ってるのがきれいな南雲。

投稿予約なんか勘違いして17時にしてましたが、今話以降16時更新に戻します。

※感想、ここすき、評価、お気に入りありがとうございます。誤字報告も非常に助かります。


 

 

 

 高度育成高等学校は普通の高校と比べて特別なカリキュラムが組まれている。

 そもそもSシステムやクラス間抗争といった他には無い学校独自の組織形態というのもあるが、その最たるものは特別試験だろう。

 通常、生徒の実力を図る為の試験としてはやはり中間・期末の定期テストがあげられる。後は部活でのコンクールや大会等があるが、それは個人の披露の場となるため除くとして。

 体育祭などの催しが成績にダイレクトに直結する――しかも、それによってクラスの入れ替えが行われるのは、世界広しといえどもこの特殊な教育機関ならではの話だろう。

 夏休みを利用して無人島でサバイバル生活を行ったり、豪華客船の中で人狼ゲームを行う等、その特殊性は幅広い。

 

 が、どれだけ特殊な高校であっても、避けられない類似点というものは存在する。

 

「では、この前の中間テストの結果を発表する」

 

 1年Aクラス担任、真嶋がボードに模造紙をペタリと張り出した。

 

 つい先日受ける事になった中間テスト、その結果発表である。

 

「心配はしていなかったが、今回のテストでも退学者は発生しなかった。また、今回のテストでのクラスポイントの増加はあったが、クラスの変更は無い」

 

 張り出された模造紙には上から順にテストの獲得点数、平均点数が順位ごとに並べられている。

 

「今回のテストも、皆が非常に優秀であることが分かり、先生も大変鼻が高い。だが、各自この結果に満足せず更に励むように」

 

 まず頂点に燦然と輝くクラス1位の座は、当然のように天才幼女である坂柳の名が刻まれている。

 その1つ下には、惜しくも逃したがそれでもほぼ満点に近い点数で葛城の名が。

 

「……負けたか。数問、どこで落としたのか、だな」

「いい勝負でしたよ、葛城クン。次のテストでは、二人並んでいてもおかしくありませんね」

 

 坂柳は全教科満点を叩き出し、葛城は数問落とした程度で僅差で2位。

 少し自信があっただけに歯がゆい思いの葛城に、坂柳はにこりと笑みを見せた。

 次回も満点を取れる事を確信しているような表情に、葛城も苦笑を返した。葛城がどれほど頑張って満点をとっても、坂柳も同じく満点であれば引き分けでしかないので。

 勝つためには坂柳がケアレスミスをすることを祈るくらいだが、彼女は同じクラスの仲間であり戦友だ。絶対に勝てないというのは男として悔しいものの、それだけ味方として頼もしいのも確かである。

 

 クラスのリーダー格二人が際立っているように思えるが、3位以下も軒並み団子状態である。そもそも、Aクラスは成績優秀者が集まるのもあって平均点が異様に高い。

 櫛田もきっちりとクラス上位にランクインしている。出来るコミュ力おばけは勉学においても優秀なのだ。まあ、テスト前の教師役が坂柳であるし、違うクラスではあるが堀北や一ノ瀬も自クラスの勉強会が終わった後などで暇を見て共に勉強をしている。学年トップクラスの生徒複数人に勉強を教えてもらえば、否応にも成績は引き上げられるというもの。

 

 ところで、同じ条件のはずの妖怪の名前はどこにあるでしょう?

 

 答えは模造紙の一番下。

 

 ドベである。

 

「……点数自体は悪くないのに。クラスメイトが強すぎる……」

 

 天白の平均点は80点前半。他クラスであれば普通に上位に入れる成績であるのだが、猛者が犇めきあうAクラスにおいては最下位となってしまっていた。

 普段ワースト争いをしている、フィジカルモンスターこと鬼頭は今回なんと順位を2つ上げていた。そんな鬼頭を恨みがましい目で天白は睨みつけた。

 

「……悪いな、天白。俺は今回、葛城につきっきりで勉強を教えてもらっていた」

「……むぅ。次は、勝つ」

「いいだろう、受けて立つ」

 

 この高校における定期テストは、赤点即退学という非常に厳しい試験であるのだが、このようにAクラスはこと学力においては他の追随を許さぬ成績優秀者ばかりであるので、誰も退学の危機感を抱かず和やかな空気が流れている。

 

 担任の真嶋はワイワイと「どこ間違ったー?」「俺は……」「不貞腐れる百合ちゃん可愛すぎんか……?」「このために勉強頑張ったまである」とにぎやかな自クラスを満足そうに眺めては笑みをこぼした。

 日頃から他クラスの担任共にずるいずるいと嫉妬されているが、自らが受け持つクラスがのびのびと実力を発揮していく様に真嶋も上機嫌だ。誰だって、自分の教え子達が結果を出しまくっていれば嬉しいものである。

 

 だがいつまでも感慨に浸っているわけにはいかないと、真嶋は手を数度叩き自分に注目を集める。

 担任の合図に即座に私語をやめ傾注するあたり、「うちのクラスは、最強なんだ!」と声たかだかに自慢したくなったが我慢し、話始める。

 

「盛り上がる気持ちも分かるが、大事なお知らせがある。よく聞くように」

 

 真嶋が語った事は、この後行われる特別試験についての事だった。

 

 ①来週に小テストが行われる。

 ②その小テストの結果は成績には反映されない

 ③その小テストの結果を持って、二人一組のペアを作り特別試験へと臨む

 

 以上である。

 

 ……もちろん以上ではなく、そのペアを作った後の特別試験に関するルールが細かに説明されたわけだが、例によって例の如く、天白は理解を放棄している。そういうところだぞ。

 

「ペア……?」

「ペア……か……」

「なるほど……」

「ふむ……」

 

 この時、Aクラスの殆どの生徒の思惑が一致した!!!

 

((((1位になれば、天白(百合ちゃん)と合法的にペアになれる……!!!))))

 

 天白のAクラスでの立ち位置は、櫛田や坂柳がアイドルだとすればマスコットである。

 素直で、表情がコロコロ変わり、小さく愛らしい姿をしている天白を、皆べったべたに溺愛していた。

 多くの生徒が懐に飴玉を忍ばせ、隙あらば餌付けをしようとしてくる。

 普段は櫛田や坂柳がべったりなため眺めるだけに留めているが、クラスの懇親会等では積極的に甘やかそうとしてくるのだ。

 

 ペアになれば、一緒に勉強をするのはおかしくない。その勉強途中でおやつをあげたりすることができるカモ……!?

 

 尚、天白のペアの座を狙っているのは女子が殆どではあるが、男子も一部は狙っている。しかし悲しいかな、そこに性欲は無く、ただただ庇護欲しか掻き立てられていないのが天白がマスコットたる所以なのだが。

 

「それではHRを終了する」と真嶋が退室した瞬間、クラスのリーダー格である三人に一斉にクラスメイト達が群がりだした。

 

「葛城! 次の特別試験ではどんな作戦で行くんだ!?」

「あ、ああ……詳細は坂柳や櫛田と詰めてからになるが、学力テストである以上はいつも通りだろうな」

「分かった!! 勉強してくる!!」

 

「坂柳さん! ペアの法則って結果の上と下だよね!?」

「え、ええ……学力を競う特別試験でペアを組ませるのであれば、偏りのない方法だと思いますが……」

「橋本!!!」

「あー……姫さん、一応上級生に聞いてみたが、それで合ってるそうだ」

「そ、そうですか……」

 

「櫛田さん!! ごめん、しばらく遊びに行けないかも!! 勉強しなくっちゃ!!!!」

「う、うん……頑張ってね……?」

「ありがとう!! あ、もしペアになっても許してね!!」

 

 見事にドン引きである。

 葛城、坂柳、櫛田全員が見事に頬を引きつらせていた。

 

 このAクラスの暴走状態には、原因がある。

 マスコットこと天白は、日中は櫛田をはじめとしたグループに所属しており、放課後は何もなければそのグループと出かけている。唯一の接触機会が、マッサージ店で交代で行う受付係の時のみと非常に限られている。

 ようは、フラストレーションが溜まっていたのだ。

 もっと甘やかさせろと。愛でさせろと。

 そういうい事だった。

 

「んー……有栖ちゃん。とりあえずは目の前の小テストに集中する? このクラスなら、狙わなくてもアベレージ高いだろうし……」

「そうですね……やる気があるようですし、好きにさせましょう」

「ああ。どちらかというと、俺たちよりも他クラスの方が心配だが……」

「あ、それなら私が連絡とって確認してみるよ。何か分かったら連絡するね」

 

 ぶっちゃけ今回の特別試験は、ルール的に一年生連合が締結されている以上茶番でしかない。

 というか、今回に限らず基本的にはクラス間闘争はすべて談合ありきの茶番となった。実力至上主義の教室、完!!!

 

 もっとも、クラス間の闘争ではなく生徒を退学させるための試験などがあれば話は別だが。その時は1年生全員が学校に対して牙を剥くだろう。

 

 と、そこへ天白が教科書を持ってとことこと近づいてきた。

 少し申し訳なさそうな表情をしながら、次の小テストも不安なので「勉強教えて……?」といったような様子。

 櫛田が天白を迎えるように両手を広げ、それを見た天白がパァッと表情を輝かせ、それを見ていた一部の生徒が灰になった。

 

 が、櫛田は両手をパン、と合わせ

 

「ごめん百合!! 私も勉強しなきゃ……!」

「え……」

 

 そそくさとカバンを纏め、そのまま教室を去ってしまった。

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、櫛田は勉強に本腰を入れ始めた。

 いつも以上に授業に真剣に取り組み、放課後は遊びに出かけず図書館に直行して堀北主催の勉強会に参加して勉強を見てもらい、自室に帰ってからは天白を抱きしめてストレスを消したり。

 今一瞬日常を過ごした気がするが、とにかく、これまでの櫛田とは違う気迫を見せていた。

 

 何故か。

 

(百合のパートナーは……渡さない……!!)

 

 火が付いちゃったのである。

 

 櫛田は元々嫉妬深い性格をしている。

 その対象は、天白百合ただ一人。

 中学では堀北が、そして高校に入ってからも多くの親友が出来た。

 大切な人が増えた影響で、その嫉妬心は小さくなってはいたが、それは大切な人と天白をシェアする事に対してであり、その他大勢のフレンズにとられるのは我慢ならない。

 

 故に、櫛田は勉強に注力する。

 

 そして夜は天白を抱きしめながら眠るのだ。

 

 お前そこまでしておいて独占欲発露してんの…………?

 

 

 

 

 

 

(百合さんのパートナー……ですか……)

 

 坂柳有栖にとって、天白百合、櫛田桔梗の両名は大切な親友だ。

 だが、仮に両者を比べた場合、やはり天白百合にその思いの比重が傾いてしまう。

 

 命の恩人の一人娘であり、また、現在の坂柳を形成した重要人物なのだから。

 

 普段の定期テストでは、勉強を見るときは大抵櫛田と三人か、堀北を加えた四人で行っている。Aクラスは勉強会をする必要はないので。

 

(……もしパートナーになれれば、二人きりで勉強を……?)

 

 坂柳ははっとしたような表情をする。

 

(……だ、ダメです百合さん! そんな、『二人っきりだね』なんて……私達にはまだ早いです……っ)

 

 頬に手を当て、いやんいやんと身体をくねらせる坂柳。

 なんの想像をしているんだこの脳内どピンク。

 

(これは、本気を出すしかないようですね……!)

 

 坂柳は来る小テストに向け、めらめらと闘志を燃やすのであった。

 

 

 ところで、櫛田にしろ坂柳にしろ、特別試験をダンスパーティかなにかと勘違いしてらっしゃる……?

 

 

 

 

 

 

 きたる小テスト当日。

 

「では――始め」

 

 真嶋の合図に、一斉に配られた用紙を裏返してがりがりと解答欄を埋めていく。

 成績に関係ないと伝えたにも関わらず、多くの者がやたら鬼気迫る様子なのが真嶋には疑問だったが、獅子は兎を狩るのも全力を尽くすと言う。小さなテストでも真剣に取り組む姿に、真嶋はうむと頷いた。

 尚、そのモチベーションの高さは驚く程邪なものであることを彼は知らない。

 

(……百合とパートナーになるためには――)

(百合さんの点数予想からすれば――!)

 

 坂柳と櫛田の思惑が一致した。

 

(1位になれば、ペアになれる!!!)

 

「……くちっ」

 

 天白が最下位前提の最低な予想に、天白は小さくくしゃみをした。その余波で付近の生徒が机に突っ伏した。妨害行為では……?

 

 ともあれ、試験は無事終了し、あっという間に結果発表の時間となった。

 

「……今回の小テストは、なんというか――いや、見てもらった方が早いな」

 

 クラス全員が注視する中、張られた模造紙の結果は――

 

 1位 坂柳有栖 総得点800 平均100

 

 まずは坂柳。こちらは中間テストと変わることなくきっちりと全教科満点を取得していた。脳内ドピンクのくせに……

 

 焦らしているつもりはないのだが、勝手に焦れているAクラスの面々は丸まった模造紙から結果が表示されるのがやけにゆっくりに感じていた。

 そして、坂柳の下には――

 

 1位 櫛田桔梗 総得点800 平均100

 

「やっ…………――っし!」

 

 櫛田が狙い通りの結果を出せた事に、思わず歓声を上げかけた。が、なんとかすんでで我慢して、机の下で小さくガッツボーズをするだけに留めた。

 それからも続々と結果が見え、3位に葛城、そこから下も平均点90点代後半と素晴らしい――いっそ恐ろしいほどに高得点を重ねていた。普段からやれ。

 さらに、全員の小テスト結果の集計では、クラス平均点も94点と恐ろしい事になっている。なんだこいつら。

 

「真嶋先生、質問があります」

「なんだ、坂柳」

 

 結果が出た後、坂柳がぴ、と片手をあげて質問の許可を取る。真嶋に促され、坂柳は口を開いた。

 

「今回の小テスト、一番上と一番下でペアを組むという事でよろしいですか?」

「その通りだ坂柳。今回の場合、一位が二人いる為どちらか二人と、最下位である鬼頭と橋本のどちらかとペアとなる。どうペアを組むかは生徒同士で決めていい」

「はい、分かりました。では――……………え?」

 

 坂柳はどう櫛田と交渉しようかと思考を切り替えかけ――聞き捨てならないワードに引っかかった。

 

「今、なんと……?」

「ん? 一位が二人いるから、鬼頭と橋本のどちらとペアとなるか決める必要があるんだが」

 

 坂柳は――いや、櫛田や、他のAクラスメイト全員が模造紙を見た。

 

 40位 鬼頭隼 総得点714 平均89.3

 39位 橋本正義 総得点 718 平均89.8

 

「……まじかよ」

「ここまでとは……」

 

 この瞬間、坂柳と櫛田、二人の目論見は潰えた。

 では、天白はどこに……と視線を滑らせてみれば

 

 33位 天白百合 総得点750 平均点93.8

 

「……いち、にぃ――あ、真澄ちゃんとペアだ」

「あー……、まあ。よろしく」

 

 普段勉強を見てくれている櫛田と坂柳が、それを放棄してまで勉強に注力してしまった為、次善の策として――

 

 

『……あ、茶柱せんせ。質問が……』

『ん? どうした天白。……ああ、その問題は当時何があったかを把握するとやりやすいはずだ。当時あの国では――』

 

『……知恵ちゃんせんせー。これってどういう意味ですか?』

『あら百合ちゃん。あー、えっとねー。この場合の考え方は――』

 

『……坂上せんせ。すみません、さっきの授業でちょっと分からない事が……』

『ふむ、どこですか? ……ああ、確かにそこは分かりにくい部分でもあります。参考程度ですがこの本を借りて読むといいでしょう。解説が分かりやすく、理解を深めるにはおすすめです』

 

『……真嶋せんせー。これはこの答えであってますか?』

『どれ。……うむ、よく考えているな。付け加えるとすれば、この手の記述問題はまず――』

 

 教師を味方につけていた!!!!

 

 といっても、直接小テストの勉強を見てもらったわけではない。授業の内容に関する事や過去問等の質問に合わせて、勉強の方法や考え方のアドバイスを貰った程度だ。

 大分親身に接しているように見えるが、この学校は基本的に生徒の自主性を重んじるとはいえ、勉強に関する事であれば、聞けば教師は普通の学校と同じように丁寧に教えてくれる。むしろ、普段そういった質問をしてくる生徒が少ない上に、真面目に勉強しようとしている生徒を突っぱねるような理不尽な教師は居ない。

 天白は授業態度も良く、素直で、教師にきちんと敬意を持って接している為、ついついお節介を焼いてしまうのも仕方の無い事だろう。なにせ、普段は癖の強い生徒に囲まれているため、純粋な尊敬の気持ちを向けられて悪い気はしないので。

 ……天白も癖が大分強いだろうって? やつはマッサージと歌を除けば基本的に無害だ。ただし一度被害を出せば災害もかくや。

 あとは、Aクラスがやる気になっていた為マッサージ店も急遽休店し、勉強時間を潤沢に確保出来た事もあって好成績を収める事が出来た。

 じゃあ普段トップクラスの教師が三人もついていて何故今回の方が結果が良いのかというと、一つは今までの成績がそもそも大幅にブーストされていた結果だったというのと、もう一つが流石に生徒と経験豊富な教師では効率な教え方は流石に現役教師に軍配が上がったというだけである。

 

 天白は茫然としている櫛田や坂柳に、ふふんとどや顔をして

 

「……なんだかみんな、すごい勉強頑張ってたから。わたしも、頑張った。過去最高得点、だよ。ぶい」

 

 なんかもうはしゃぐ天白が可愛いからいいかな……と櫛田と坂柳は鼻から血を流しながら幸せそうな笑みを讃えていた――

 

 余談ではあるが、その後のペーパーシャッフルは前述の通り全クラスの談合により好き放題やった。Dクラス(龍園クラス)での龍園の求心力をある程度取り戻すのが急務であったため、余裕のあるAクラスからDクラスにポイントを譲渡し、この結果によって再度CとDが入れ替わるという一幕があったとか。龍園は無事クラスの王としての発言力を取り戻すことは出来たが、正直隠居したい気持でいっぱいであった。

 

 




特別試験、終了!!! やっと冬休みに入れる……さぁやりたい放題しちゃうぞぉ。

・Aクラスの学力
特別試験が有名無実化した為、集中して勉強できるようになった。クラスに紛れ込んだ妖怪のせいでモチベーションが非常に高く、元々高かったアベレージが押し上げられ、手のつけられないモンスタークラスになってしまった。

・真嶋先生
うちのクラスは最強なんだ!!
天白という歩く核弾頭がちょくちょく死者を量産させるのが胃が痛いが、生徒としての評価は高い。けどもうちょっと大人しくして欲しいとは思ってる。

・1年生教師陣
授業態度もよくて、真面目で、きちんと敬意を持って接してきて、授業後の質問等で勉強への意欲が高い生徒が可愛くない訳がない。D,Cクラスの担任は特に。
なのでちょっとおせっかいをしちゃう。

・龍園
クラスポイントが戻った結果王権復活したが、kawaiiに心折られてしまったためだいぶマイルドな王様になってしまった。さしずめキャスターギルガメッシュ。逆襲の足掛けとしようとしていた南雲があんなんになってたのでFXで有り金全部溶かしたような顔をした。


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SSアソート あらかるて

冬休みに突入したので、小話集。

Q.(頭脳戦のある)よう実どこ……? ここ……?
A.ここではありません。

Q.天白のペアになる為になんで普通に努力してるの?
A.(学力で)殴った方が早いので



・おさイチャ episode0 生徒会、漢の仁義

 

 

 

 これは、天白百合達新1年生が入学してくる前。堀北学が2年生の3学期末の頃の話である。

 

「今日こそ、勝負してくださいよ堀北先輩」

 

 放課後、日常業務を終了し、各々が帰宅準備を始めている。

 数か月前に生徒会長に就任した堀北も、同クラスの橘茜という女生徒といくつか会話を交わしながら机の上に広がった書類や筆記具を纏めている途中で、1年生の南雲雅が話しかけてきた。

 堀北はため息を着きながら、南雲へと顔を向ける。

 

「またか、南雲」

「ええ、またですよ。俺はずっと、堀北先輩と勝負がしたいんです。歴代最高の生徒会長と名高い堀北先輩とね」

 

 この南雲という生徒は高い実力を持ちながらも事あるごとに堀北へと勝負を持ちかけてくる。

 私闘をする気はサラサラなく、またAクラスリーダーと生徒会長の二足の草鞋を履く堀北は多忙な為毎度断っているのだが、南雲は諦めずにこうしてしつこく迫ってくる。

 堀北は考える。ここで南雲の勝負を拒否する事は簡単だ。どうせ諦めないだろうが、しつこいしストーカーっぽくてちょっと気持ちが悪いので、ぶっちゃけ断ってしまいたい気持が強い。南雲の事は信用しているが、こうも執着されると辟易もしてくる。

 

 ふと、妹の事が脳裏をよぎった。そしてその友人である二人の少女の事も。

 彼女達であれば、この学校への進学を希望する可能性が高い。そしてその場合、問題なく入学をしてくるだろう。

 南雲が1年生でどのような事をしているか、堀北の耳には入ってきている。そしてそれは、自分達2年生にまで手が伸びている事も。もし妹たちが入学してきた場合、南雲の餌食になるかもしれない。

 かもしれないのであれば、自分が動く理由としては十分だ。

 

「……いいだろう」

「へ……?」

 

 まさか受け入れられるとは思っていなかったのか、南雲は素っ頓狂な声を上げた。

 堀北はブレザーを脱ぎ、ネクタイを緩め、南雲へと歩を進める。

 何故か竜驤虎視とした雰囲気に南雲は気圧され後ずさり、橘も何が起きているのかと目を白黒とさせている。

 

 とん、と南雲の背が壁に着いた。いつのまにか追い詰められてしまったらしい。

 南雲は困惑した。いつも断られるので、南雲の中ではデイリーミッションと化していた「勝負を要求する」がどうしてこんなことに。勝負をしてくれるというのは嬉しいが、まるでこれから殴り合いでも始めるかのような空気に、ごくりと喉を鳴らした。

 

 堀北は南雲の前に立つと、ドン! と強く壁に手をつき、静かに告げた。

 

「表へ出ろ、南雲。……お前に分からせてやろう」

「は、はい……」

 

 顎で出口を示し、堀北は南雲を連れて生徒会室を出て行ってしまった。

 

「は、はわわ……! 大変なものを見てしまいました……!」

 

 生徒会書記、橘茜。彼女は今見た光景に何かを感じ、胸をときめかせていた。新たな扉の開く音がする――!

 

 

 

 

 

 

「どうですか!! まさに奇想天外、このドラテク!! 俺のコース取りは誰にも読めな――」

「……ふっ、甘いな」

「何ッ!? ショートカット!?」

「勝者とは常にコースがどういうものかではなく、どうあるべきかを考えなければならない。俺ならここにショートカットを設置する。そう読んだだけだ」

「くっ……このカーブを先に取られてしまったら――うおおおおお!! まがれえええええ!!!」

「お前の敗因は、先頭を取ったことによる油断、慢心。その驕りを突かせてもらったぞ、南雲」

 

「こいつはどうですか!! 複数のパックが多方向から同時に襲いかかる! 名付けて南雲スペシャル!!」

「いい攻撃だ」

「よし! 会長のマレットでは対応出来ない!! もらった――」

「だが、踏み込みが甘い」

「なにぃぃっ!? マレットの二刀流だと!?」

「そら、反撃の時間だ」

「あっ、ちょっ。ズルいですよ先輩!! うわあああ大量失点だ……」

 

「この銃を使って画面のゾンビどもを蹴散らせばいいんですね?」

「ああ。ステージの最後にリザルトが出るから、その得点数で勝負だ」

「へへ、見せてやりますよ俺の銃捌き。よっ、ほっ……!」

「やるな、南雲」

「へへへ、これくらい余裕っすよ。――先輩危ない!!」

「む……すまないな南雲、助かった」

「……! べ、別に堀北先輩を助けたわけじゃなくて、俺の得点を伸ばす為にやっただけっすから」

「ふっ……そうか。だが――甘いぞ南雲」

「なっ……! あんな奥にいるゾンビにヘッドショット……!? くそっ、負けるかああ!」

 

 

 

 堀北が南雲を連れ出した場所は、ケヤキモール内に併設されているゲームセンターだった。じゃああの今にも決闘しそうな雰囲気は何だったんだ。もっと雰囲気のTPOを弁えろ。

 

「……これで俺の10勝だな」

「はぁ……はぁ……まさか、一回も勝てないなんて……」

 

 最初は困惑していた南雲も、憧れの人との勝負ともなれば熱も入る。ひりつくような緊張感のある真剣勝負ではないのが残念――かと思えば、堀北の醸す雰囲気がどのような勝負であっても全力であった為、いつの間にかのめり込んでしまっていた。

 南雲は、敗北を重ねても勝利を諦めない龍園とは対照的に、敗北を知ることなく頂点に立ち続けた傑物である。その為、強者への挑戦心が旺盛で、その筆頭である堀北との勝負に執着をしていた。

 だが、ふたを開けてみれば全敗。レースゲーム、エアホッケー、シューティング……ゲームセンターにあるおよそすべての対戦系ゲームにおいて、南雲は完膚なきまでに叩き潰された。

 

「……俺の勝ちだ、南雲」

「ええ……そうですね……俺の……負け……です……」

 

 南雲にとって、初めての完敗。すべてにおいて上を浮かれていた事は初めてであり、苦渋の味と――どこかすがすがしいような気持ちを感じていた。

 

「はは……なんつーか……やっぱすげえなぁ……堀北先輩は……こんなに遠くに行っちまうなんて……」

 

 好きの一歩手前のクラスメイトに留学されちゃう時の男子高校生みたいなことを言いながら、南雲はごろりと寝転がった。

 場所はゲームセンターから移動して、ショッピングモールから寮への途中にある街路の途中。

 流石に金髪チャラ男と堅物眼鏡でお馴染みの生徒会会長副会長コンビがゲームセンターではしゃぎながら遊んでいたらそれはそれは目立ってしまい、注目を集めてしまったので。

 

 堀北は哀愁漂う南雲に対し、メガネの位置を直しながら言葉をかける。

 

「南雲。俺とお前の実力にそこまで差はなかった」

「よしてください、下手な慰めなんて……」

 

 堀北が告げた言葉を、南雲は心底嫌そうに否定した。だが、堀北はそれでも続ける。

 

「いや、本当の事だ。南雲、俺とお前の差は、たった一つ。……真に美しい物を知っているかどうかだ」

「……は?」

 

 なんかこう視野の狭さとか世界の広さがどうのとか、含蓄の効いた事を言われるのかと思えば告げられたのが大分予想外だったので、南雲は間抜けな声を漏らしてしまった。

 

「いい機会だ、南雲。その足りない一つを学ぶために、お前にはこれをやろう」

 

 堀北がカバンから取り出したのは、外観から判断するに何かのゲームソフトのようだった。なんで持ってんの??

 

「なんすかこれ……ゆめあらわれ……リマスター?」

 

 南雲が受け取ったパッケージには6人ほどの少女と、ゲームタイトルであろう『夢現RE:Master』という名前が描かれていた。

 

「“ゆめうつつ”と読む。……そのゲームには、お前に足りないものがある」

「なんか、気が進まないっすけど。ゲームとかあんまりやった事無いですし」

 

 女の子がいっぱいうつっているゲームパッケージだ。なんというか、堀北という男がこれをやっている姿が想像できず、南雲はただただ困惑していた。

 

「……そうだな。では、勝者命令だ。そのゲームをプレイし、感想をレポートに纏めて俺に提出しろ。期限は1週間後だ」

「まあ、そう言われたら敗者の俺にはなんも言えないですが」

「安心しろ、そのゲームのプレイを終えた時、お前はまた一つ先に進める事だろう」

「貴方ほどの男がそういうのなら……」

 

 そうして南雲は堀北からゲームを受け取り、その日は自室へと戻った。

 翌日、プレイするのに必要なゲーム機を購入し、さっそくプレイしてみることにした。

 

「にしても、ゆめうつつリマスターねぇ……。ギャルゲーってやつか? 堀北先輩もこういうのやるんだな……イメージが崩れていくようだ」

 

 南雲はぶつくさ言いながらも、勝者命令だし……と素直に指示に従っていた。あの堀北が「これをやれば一つ先のステージに進める」とまで言ってのけたものがどんなものか気になったというのも大いにある。

 

「ん? 主人公女なのかよ……じゃあギャルゲーじゃないのか? ノベルゲー、だったか? くそ、鬼龍院からもうちょい話聞いておくんだった」

「……へぇ、ゲーム作るのって結構大変なんだな……。そういや、うちのクラスにゲーム開発者志望のやつが居たな……」

「なんか変だと思ったらこの世界男がいねえのかよ。とんでもねえ世界観だな。どうやって子孫残してくんだ……? は? 万能細胞……? あったのか、STAP細胞が……」

「……終わったか。まあ、なんつーかよく分からねーな。女同士の恋愛って、こういう世界だからだろうが、俺には理解できねー。……ただまあ、もうちょっとやってみるか。うん。別に興味が出てきたとかじゃなく、他のやつだとどうなるのか気になるってだけだ」

「銃持ちだして来やがった!? くそ、ここは庇って……嘘だろ!? 死ぬのか主人公!? なんてこった……これじゃあ残されたあいつは……!」

「う……お……胸がえぐられちまうくらい悲惨な末路になっちまった……だが……次こそは……」

「…………そうか、夢現とは、Re;Mastarの意味とは……こういう事だったのか……」

「……………………………くそっ……まさか、この俺がゲームなんかで……ぐすっ……あぁ……そうか、これが堀北先輩が言いたかった『俺に足りないもの』、か……」

 

「南雲、目に隈があるがどうした」

「いえ、なんでもないっす。ちょっと、寝不足なだけで」

「そうか。…………どうだ? 何か分かったか?」

「ええ。…………真に美しい物。俺に足りなかったものは、この『尊い』と思う気持ちだったんですね……」

「ふっ……また一つ、成長したな南雲」

 

 この馬鹿どもがよ。

 

 

 

◇たまにはこんな、休日を。

 

 

 

 特別試験という名の期末テストも終わり、待望の冬休みへと突入した。

 

「天白、今の店でリストにあったのは最後」

「……ん。りょーかい」

 

 天白は少なくなった備品の買い出しということで、本日の受付担当である営業終了後に神室と共にショッピングモールへと買い出しに来ていた。

 クリスマスも近い為か電飾やツリー、雪の装飾等で煌びやかに飾り付けられており、店内を歩くだけでも気分が向上していくというものだ。

 いくつかの店舗を回ってミネラルウォーターやタオルなどのかさばる物は宅配サービスを利用し、神室はマッサージオイルやボックスティッシュ、アロマオイル等の軽い物を入れたマイバッグを片手にぶら下げている。

 

「なんか他に買うものあんの? 付き合うけど」

「……ありがと。んー……」

 

 Aクラスのツンデレ代表こと神室の出した、ぶっきらぼうな「もうちょっと一緒に居たい」というオーダーに、天白は嬉しそうに笑みを返してから周囲を見渡した。

 

「……あ」

 

 そして一つの店舗に目が留まる。

 

「何? へぇ……あんた、ああいうの興味あるの?」

「ん……と。まあ、たぶん……?」

「そ。せっかくだから見ていきましょ」

 

 神室は意外そうな表情をしながらも、天白の手を引いてその店舗へと歩を進めた。

 

 

 

 そうして、買い物を終え、自室へと天白は帰宅した。

 

「あ、お帰り~。遅かったね」

 

 天白の部屋ではあるが、当然の様に櫛田がくつろいでいた。櫛田の寮室は基本的に友人を招くためにしか利用していない。客間じゃないんだぞ。

 

「……ちょっと、買い出しの他に個人的な買い物してた」

「へえ~。何買ったの?」

「……これ」

 

 天白が手にしていた紙袋は結構な大きさであり、櫛田はパソコンか何かを買ってきたのかと予想した。

 そして天白が紙袋から取り出したのは――

 

「これ……ゲーム?」

「……ん。冬休みの、暇つぶしにいいかなって」

 

 世界的に有名な企業が発売する、家庭用ゲーム機だった。

 パーティゲームやバラエティゲーム等、大人数でプレイできるゲームが多く発売されている事が特徴だ。

 

「ゲームかぁ、そういえば昔やったよね一緒に」

「……うん。その時やってたやつの新しいのが出てたから。あとはみんなで遊べそうなやつをいくつか」

 

 当たり前だがゲーム機だけでは遊べない為、いくつかゲームソフトを買っている。

 ポケットなモンスターと冒険をするRPGゲームと、ぷよぷよとしたグミのような物体を積み上げていくパズルゲーム、実際のスポーツのように身体を動かして遊べるスポーツゲーム。

 ゲーム機と合わせて結構な出費だが、天白はマッサージ店で売り上げのいくらかを手取りとしてもらっており、ちょっとした小金持ちであった。生活費も櫛田とほぼ折半しているようなものなので、懐は潤っていた為ポンと出せたのである。

 

「……とりあえず、セットしてみる」

「私も手伝うよ!」

 

 箱を開け、ガサゴソと本体とケーブルをモニターと接続していく。あまりケーブルの種類も多くなく、どれをどこに繋ぐかというのが分かりやすくシールが貼られており迷う事も無かった。

 

「どれやる?」

「……とりあえず、これ」

 

 三つのソフトから、RPGゲームを取り出しセット。お気に入りのビーズクッションに櫛田が座り、その足の間に天白が収まる。これが最近のベストポジション。前後から人をダメにする櫛田スペシャル。

 オープニングムービーが始まり、画面から出てきた茶色いモコモコな獣がぴょこぴょこと跳ねまわっている。

 

「わぁ、可愛い! 犬……? きつね……?」

「……いぶいぶ言ってる。この子がパートナーなのかも」

 

「あ、自分の名前でやるんだね」

「……とくに思いつかなかったので」

 

 久しぶりで不慣れなゲームではあるが、進行目標が明確で分かりやすい為サクサクと進められる。

 

「さっき捕まえた子だ!」

「……やっぱりパートナーだった。ニックネーム……? 『ききょう』ちゃんっと」

「なんかちょっと恥ずかしいな……」

「……大事なパートナーだから」

「もうっ。百合、好き~!」

 

 ゲームそっちのけでイチャイチャしながら、二人はゲームを進めていく。

 可愛いモンスターが居れば存分に愛で、手ごわい敵には知恵を出し合って突破していく。たまにパートナーの『ききょう』ちゃんが可愛すぎて天白がデレデレになれば、リアルの桔梗ちゃんが嫉妬して天白にちょっかいをかけ、二人の少女は笑顔を絶やさず遊んでいく。

 たまにはこんな休日もいいのかもしれない。画面の中の『ききょう』ちゃんが、生暖かいような視線を送っているように見えた。

 

 




・南雲雅
工事、完了です……。
彼が見つけた物は『尊い』と思える感情。百合男子になったかと言えばそうではなく、普通にストレート。百合の守護者ではなく愛の伝道師と化した。どこぞの校長先生もこれにはにっこり。

・鬼龍院先輩
なんか南雲がぎゃーぎゃー騒ぎながらゲームセンターで堀北生徒会長と遊んでるという面白過ぎる状況に興味を持って話しかけた。そしたらギャルゲーやらされることになってて更に面白かった。

・橘茜
新しい扉を開いた。堀×南派であり、リバは許さない過激派。

・天白が買ったゲーム機
よう実が刊行されたのは2015年。任天堂から例のゲーム機が発売されたのが2017年。時代設定的に発売されてない可能性が高い。ここでは発売されていたということで一つよろしく頼みたい。


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I want for X'mas is y'all

拝啓 かねてより拙作をご拝読頂いておりますユーザーの皆様におかれましては、感想、ここすき、高評価、お気に入り等格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
さて、世間では気温も緩やかに暖かさを増しており、春の訪れを感じさせるものであります。
つきましては、日頃の御礼と致しまして、僅かばかりではございますが季節感あふれる今話をお送りいたします。
それでは皆様ご唱和くださいませ。

メリイイイイクリスマアアアアアアアス!!!!


 

 

 12月25日。

 この日は、特別な日であった。

 日本どころか世界各地で、老若男女問わずに12月25日と言えば? と聞けば迷いなく正解が返ってくるほどの知名度。

 

 クリスマス。

 元はイエス・キリストの降誕祭として、「キリスト(Crist)のミサ(mass)」という意味に由来する年に1度の特別な日。

 敬虔なキリスト教徒ではなくともその日はチキンにケーキを机に並べ、家族や友人、親しい人とプレゼントを交換したりする。キリストとか知らないけどクリスマスは祝うものという認識でいる者は多い事だろう。

 

 日本人は古くから祭りに対して敏感だ。事あるごとに祭りを開催し、祝い、騒ぐ。

 高度育成高等学校も例外ではなく、むしろ多感な時期の少年少女達が、親元を離れ学園という閉鎖された環境に閉じ込められているという事からその鬱屈したフラストレーションを解放する為にパーティを開く。

 

 1年Aクラスも25日の前日、所謂クリスマスイブにクラスでパーティを行い、多くの死者を出した。カラオケで行ってしまった事が死因だろう。

 そしてその翌日となったクリスマス当日。人気者の櫛田はもちろん、天白と愉快な仲間たちもそれぞれのグループでクリスマスパーティーを行い、櫛田あたりは様々なところに顔を出した為分刻みのスケジュールが組まれる等大忙しであった。

 その夜。日もとっぷりと暮れ、宵闇が彼方を埋め尽くした20時過ぎ。

 天白ルームに、四人の少女が集っていた。

 

「めりーくりすまーす!」

「……わー」

 

 櫛田主催、親友たちとのクリパである。

 クリパと言っても小規模な物で、寝巻きを着ている訳では無いがパジャマパーティーのような様相となっている。この後は天白ルームで寝泊まりする予定の為なおのこと。

 参加者は主催の櫛田、天白と――

 

「メリークリスマス」

「め、メリークリスマ――きゃっ」

 

 堀北、そして坂柳の計四人である。

 一之瀬や佐倉、軽井沢等は声をかけたものの、遠慮からかこのプチパジャマパーティへの参加は辞退していた。

 

 ローテーブルにケーキやジュースが並び、各々が手元のクラッカーをパンと鳴らした。色とりどりの紙吹雪が舞い、仄かに火薬の匂いがあたりに広がる。

 堀北は中学時代に何度もこの三人で小規模パーティーを行ってきた経験もありクラッカーを鳴らす手際も慣れたものだったが、坂柳は初めての経験に恐る恐る紐を引っ張り、思いの他大きな音がなったのでちょっとびっくりしていた。かわいいね。

 にまにまとした生暖かな目線が向けられていた為、坂柳は取り直すように咳払いをした。

 

「こほん。それにしても、桔梗さんお疲れ様でした。今日一日引っ張りだこでしたね」

「ありがと~有栖ちゃん。確かにちょっと疲れちゃった」

 

 櫛田は一年生の主グループ(軽井沢や一之瀬等)だけでなく、上級生の催しにも声をかけられており顔を出していた。

 よくわからないが新生徒会長がやたらと好意的で、また聞き上手であった為天白とのエピソードを余すところなく語ってしまったのは記憶に新しい。*1

 一年生の情報網構築は完了しており、後は上級生に侵食していく予定だったので都合が良かったのだが。実際に新生徒会長を始めとした中核メンバーに顔を売れたのは大きい。

 ただし、さすがのコミュ力おばけといえども著名人の様にあちこちに顔を出しては挨拶と顔売りを日に何件も熟せば疲れも出てくる。

 出てくるがつい先程天白に膝枕されながら頭を撫でられた事で全て吹き飛んでいる。兵站補給路が強すぎる。

 

 というわけで、この小規模クリパは櫛田お疲れ様会の意味合いもある。既に夕飯は軽く済ませてあるので、ケーキを食べてジュースを飲みながらのんべんだらりと過ごすのだ。

 

「あ! そうだ。先にプレゼント交換しちゃおうよ」

 

 お泊り会しようよという誘いをかけたとき、お互いプレゼントを送り合おうという事で合意しており、各自で休日などにクリスマスプレゼントを買ってあった。あまり高級な物を送るのもあれなので、常識的な範囲内でという約束のもと。

櫛田の音頭に、それぞれカバンから小包を取り出し――いやまて、なんか一人だけでかいのを持ってきているやつが居る。

 

「……鈴音ちゃん、それは一体何……?」

「これ? これは百合へのプレゼントよ」

「えぇ……?」

 

 櫛田、天白、坂柳が出したのは長方形や円形という違いはあるがどれも小さな包だ。緑やピンクの包装紙で包まれ、赤いリボンが可愛らしく結ばれている。

 が、堀北が取り出したのは、三人の全ての小包を重ねてようやく届くかといった大きさのもの。天白へのものという言葉通り、あと二つプレゼントらしきものが両脇におかれているが、そちらは常識的な大きさであるといえる。

 

「えぇ……? 鈴音、これ……えぇ……?」

「? どうかした? 別に変なものではないと思うのだけど……」

「いや、明らかに大きいじゃん。これで変ではないっていうのは無理だよ鈴音……」

 

 とりあえず天白は受け取った大きなプレゼントを手に持ち、こつこつと叩いて確認している。

 

「……硬い。それに軽い。……何が入ってるんだろう」

「聞こえた音からして、何か木箱のような物に入ってるのでしょうか……」

 

 出だしから少々不穏な空気が醸し出されてしまったが、ひとまずは各々にプレゼントを渡していく。

 プレゼント交換は開封の儀が一番の盛り上がりポイントだ。誰がどんな物を受け取ったのか、一つ一つ開けて確認するのはなかなかに楽しい。

 が、今は机の上に鎮座しているでかいやつがやたら存在感を発しているため、妙な緊張が一名を除いて走っていた。

 

「……じゃあ、とりあえずわたしから……。鈴音ちゃん、あけていい?」

「ええもちろん。喜んでもらえると嬉しいわ」

 

 堀北はなぜか自信満々だ。

 天白は何が飛び出て来るのだろうとおっかなびっくりしながらも丁寧に包装を剥がしていく。

 そして現れたのは――箱。

 肌触りもよく艶のある、桐箱。いよいよもって何なのかがわからなくなってきた。

 

「……き、桐箱? え、鈴音ちゃんこれ高いものじゃないよね……?」

「ああ、桐箱は別に買ったのよ。数万するものとかではないから安心してちょうだい」

 

 この時、堀北以外の脳内ではこれは一体何だという予想が繰り広げられていた。

 

候補① 実は可愛らしいぬいぐるみ。箱の大きさ的にぬいぐるみが入る余地はありそうだ。包む時にそのままだとくしゃくしゃになってしまうので、箱に入れたと言うのであれば辻褄は合う。何故桐箱なのかという事は置いておく。

 

候補② 瓶のジュース類。候補①同様に、包やすさという点と、あと割れ物であるため桐箱に入れるのはおかしくない。おかしくはないがクリスマスプレゼントとしてはちょっとおかしい。お中元じゃないんだぞ。ただ、持った時に感じた重さから違うのではないかと天白は予想している。

 

 この二つのどれかであればまあ分かる。どちらも天白に送るにあたってイメージはぴったりだ。

 送り主が堀北でなければ。

 このコミュ障は足つぼでよがり囁き罵倒とくすぐりでイき、中学生の時はラブレターのような方法で連絡をよこしてきた。

 中学生の時は大勢でのパーティに参加しており、プレゼント交換も対象が多数であったため無難な物を送っていた記憶がある。だが、個人に対してのプレゼントを送るという経験は初めてでなかろうかという不安が大きいのだ。

 

 ごくり、と天白が恐る恐る桐箱を開けると――

 

 まず目に入ったのは、赤い色をしているということ。

 それは長く、太く、丁寧に巻かれている。

 蝋でも塗られているのか、やや光沢のあるそれはルームライトをわずかに反射していた。

 

 一言で言ってしまうと。

 桐箱の中に鎮座していたのは『麻縄』だった。

 高級蜜蝋なめし麻縄~朱染~ お値段ぽっきり3800ポイントである。

 

「変なものじゃないのよぉーーーーっ!!!!」

 

 櫛田、キレた!!!!!

 

「変なものじゃないわよ! これは、その……」

「その、何!?」

「ほら、最近百合がよく縛ってくれるのだけれど、普通の麻縄だとチクチクしていて百合の手が傷ついてしまうのではないかと思って……ほら、蜜蝋コーティングしているから手触りいいのよこれ。ちょっと残念だけれど」

「完全にあんたの趣味じゃない!!!!」

「し、私利私欲のこもったクリスマスプレゼントです……」

 

 坂柳もドン引きであった。

 しかし天白は違う。お出しされたものがどストレートにアダルトグッズだった為面食らったが、それでも嬉しそうに微笑んだ。というかどこで買ったんだこんなもん。

 

「……鈴音ちゃん、ありがと。わたしの為にって気持ちはすごく嬉しい」

「百合……っ!」

 

 良かれと思って買ったプレゼントに櫛田がきゃんきゃん噛みついて来たので「また何かやっちゃいました?」と不安になっていたところに、天白の嬉しい発言。これには堀北もきゅんと胸を掴まれた。

 ……天白の上手いところは、プレゼントそのものに対しての感想ではなく、プレゼントを選んだ堀北の気持ちに対してお礼を言うことで絶妙に論点を反らしたところだ。流石にアダルトグッズをプレゼントされたのは天白もびっくりしていたので。

 

「百合がそう言うならいいけど……。もう、他の人にはこういうの渡しちゃダメだからね鈴音。流石にドン引かれるよ」

「当たり前よ。百合以外にはきちんとリサーチして普通のプレゼントを選んだわ」

「そこまでしておいて何故これをチョイスしてしまったんでしょう……いえ、当人たちが納得しているのならいいですが……」

 

 やいのやいのと麻縄プレゼントショックについて意見を交わしていると「じゃあ」と堀北が櫛田を見た。

 

「そういう貴女はどうなの? 百合へは何を渡したのかしら」

「私のは普通だよ! ちゃんと考えて選んだんだから!」

 

 櫛田は心外だとばかりに頬を膨らませて怒ってみせた。

 坂柳視点ではちょっと怪しい気もする。なにせ、天白が絡むとポンコツになるのはどちらも同じなので。尚、坂柳も大概である。

 

「……じゃあ、次は桔梗ちゃんのを開ける。いい?」

「うん! さあさあどうぞ!」

 

 櫛田が送ったプレゼントは、外観は普通のプレゼントに見える。長方形で、やや小さめ。黄色の包装紙にピンクのリボンが結ばれており、手に持った感じだと結構軽い。

 アクセサリーか何かだろうか。天白はわくわくしながら包装を解いた。

 

 現れたのは――

 

「…………耳かき?」

 

 名人製、最高級耳かき。お値段据え置き4000ポイント。

 

 変ではない。いや、変ではあるが、先の麻縄と比べれば普通――いや普通か? 祖父や祖母に送る父の日母の日のプレゼントじゃないかこれは。

 何故これを選んだのか。そう問いかける堀北の視線に、櫛田は胸を張って応える。

 

「そう! 普段やってもらってる耳かきが凄いから、是非って――」

「変なものじゃないの!!!!!!」

 

 堀北、キレた!!!!!

 

「あ、あ、貴女!! よくそれで私のプレゼントに言いがかりつけられたわね!!!」

「緊縛グッズよりマシでしょーっ!?」

「あの……どっちもどっちかと……」

 

 どちらにしろ自分に使ってもらう用のグッズだった。そろそろ天白は怒っていいのではなかろうか。

 しかしこの天白、これにも嬉しそうに微笑んだ!!

 

「……ありがと、桔梗ちゃん。これで一杯気持ちよくしてあげるね」

「はぅっ……ゆ、百合ぃ……♡」

 

 はいチョロい。

 猛犬櫛田もこれにはノックアウト。今にもヘソ天して完全降伏してしまいそう。

 

「……最後、有栖ちゃんのも開けていい?」

「え、あ、はい。……ただ、なんというか、お二人のと比べてしまうと少々オチに欠けてしまうかもしれませんが……」

 

 オチってなんだ。コントやってるんじゃないんだぞ。

 

 坂柳からのプレゼントは、櫛田からのものと同じくらいのサイズだった。

 流石に二人ほど性癖をこじらせてはいないだろうと、天白は安心しながら封を開けた。

 出てきたのは、透明な――コスメグッズだろうか。小瓶サイズの何かが二つ。

 

「……えっと、HESOGOMA BUBBLE CLEANER……。へそごま……?」

「はい。おヘソ掃除の時に良いと店員さんに聞きまして――」

「「………………すぅーっ(大きく息を吸い込む音)」」

 

 堀北と櫛田がキレるまで、あと3秒。

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり騒いだ後、天白と櫛田は自動販売機に飲み物を買いに外へと出ていた。

 

「……んふ、ふふふ」

「もう百合、笑いすぎだよ……ふふ」

 

 天白へのプレゼントがあんまりにもあんまりであったが、それでも三人がぎゃーぎゃー言い合っているのを見て天白はついおかしくなってしまい、大笑いした。

 天白がお腹を抱えてけらけらと笑い転げるのは珍しく、三人は一瞬呆気に取られはしたが、天白が楽しそうに笑ってるのを見てつられて全員で笑ってしまったのだ。

 

 ちなみに、その後の開封の儀で飛び出てきたのは普通のものだった。天白からはそれぞれの好きな色で作られた万年筆。櫛田からは人気のコスメグッズ。堀北からは本の栞で、坂柳からはケヤキモールのスイーツバイキングで使えるチケットを。

 なんで天白にだけゲテモノを送りつけたんですか……? 愛ゆえ……だろうか。

 

 防寒着を着込み、マフラーもつけているがそれでも冬の夜は冷える。天白と櫛田はお互い身を寄せ合い、手を繋ぎながらも乾き透き通った寒空の下を歩いていた。

 

 その時、天白の鼻先に白い小さな塊が舞い降りた。

 

「……あ、雪だ」

「わぁ、すごい。ホワイトクリスマスなんて素敵だね……」

 

 上を見上げれば、しんしんと粉雪が舞い降りている。

 都内ではめっきり雪が降らなくなり、久しぶりに見る幻想的な光景に二人は立ち止まって雪の降る夜空を見上げた。

 

「……ね、桔梗ちゃん」

「なに――」

 

 天白に呼ばれ、顔を向けたその一瞬。櫛田の唇を柔らかな何かが触れた。

 驚き目を開く櫛田に、天白は悪戯が成功した子供の様に微笑んだ。

 

「……大好き」

「私もだよ、百合」

 

 お返し、とばかりに今度は櫛田から口づけを落とす。

 あたりは夜の静けさに包まれており、二人の愛の証明は夜空だけが見守っていた。

 

「……やっぱり、恋人同士にはならない?」

「うん……少なくとも、今は」

 

 かつて、高校に進学してからそういう話題になったことがある。

 お互い勘違いの仕様も無いほど好意を抱いており、そしてそれは友愛や親愛ではなく、惚れた腫れた――恋愛によるものであると確かめあった。

 両想いであるわけだが、それでも一線を超える――関係性を変えるような事はしなかった。

 櫛田が待ったをかけたのだ。

 

 その理由は――

 

「だって……こんな閉じた環境で恋人になっちゃったら……色々我慢できなくなっちゃうから」

 

 周りの目が気になるとか、醜聞がどうとか、そういう問題ではなく、ただの本人の自制心が限界だからだった。

 

「……わたしも、所構わず襲っちゃうかも」

「そんなのっ……拒否出来ないよ……っ!」

「桔梗ちゃん……」

「百合……」

 

 くそボケ共め。

 

 

*1
両者共にその表情は満足げであった




・天白へのプレゼント
あまりにもあんまりなので、後日普通にプレゼントを贈りなおされている。
受け取ったアダルトグッズ類については私室に保管しており、各自へのご褒美として今後たまに使用されるようになるとか。

・恋人にならない理由
爛れた生活になってしまうからという、バカップルも助走つけて殴るようなとんでも理由。
なお、恋人になってしまった場合、裏のように天白がサキュバス化してしまい、櫛田だけでなく被害者を拡大していくようになるのでこの警戒は間違っていない。


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これはゲームであっても、遊びではない――

なんとか4月中に1話投稿出来た……!

これまでこの作品では頭脳戦をあえて取り扱ってきませんでした。
しかし、この話を書くにあたってどうしても頭脳戦にならざる得ず、これまでのポンコツコメディを楽しんでくださっていた方々には申し訳ありませんが、知性溢れる心理戦をお届けすることとなってしまいました。

ギャップ……っていうんですかね、ボケとシリアスの緩急さっていうのを表現しちゃったというか……わたしの溢れ出る知性ってやつが、ついに表に出ちゃいました。

※いつも感想、ここすき、高評価、お気に入り登録ありがとうございます。ちょくちょく見返してはニヤニヤしてます。


 

 

 

 クリスマスが過ぎ、年が明け、冬休みが終わった。

 そして始まる三学期。普通の高校であれば、定期テストを除けば夏や秋のようなイベントが特に無い、年度末に向けてごくごく平凡な日々が送られる事だろう。三年生にもなれば、大学受験の為に最後の追い込みをしなければいけないが。

 最も、それは普通の高校の話であって、普通ではない高度育成高等学校ではもちろん“イベント”が発生する。

 

 三学期が始まってまもなく、天白達一年生――だけでなく、二年生や三年生を含めた全生徒がバスに乗って移動をしていた。

 これから7泊8日、遠方の地で全生徒一斉参加の特別試験が行われるという。

 

 小学校中学校で行われた林間学校のようなもの、というよりは勉強合宿に近いだろうか。ただ、普通に勉強するだけのはずもなく、バスの中で行われた説明を聞く限りまた色々と考えることが多そうな試験ではあった。

 まあ、一年生は既に全クラスで連合を組んでいるので、やることは変わらない。

 談合して、調整して、殴り勝つだけである。

 

 この試験をざっくりと理解した――むしろ、ざっくりとしか理解できていない――天白から見ると、ちょっとしたボーナスステージのようにも思える。

 まず学年ごとに男女別に別れ、そこから6つの小グループ(男女合わせて全12グループ)を作る。そして各学年の小グループを1組ずつ合わせ、全学年合わせて12の大グループとなり、試験に望む。

 面白いのが、グループの組み方によって特別試験で獲得できるクラスポイントやプライベートポイントの倍率が上がることである。

 グループは最低2クラスの生徒で構成されている事が作成条件であり、3クラス、4クラスとグループに混じる他クラスの生徒が多ければ多いほど試験結果で得られるポイントが多いそうだ。それは小グループで上位3グループのみの話であり、下位3グループはマイナスされてしまうが、そこにクラス混合種類の倍率は適用されない。

 

 そう、一年生にとっては別にどこのクラスと組もうと問題は無いため、この瞬間小グループ構成の読み合いが破綻する。なんなら一年生は小グループ全てで全クラス混合を組むことすら出来る。

 

 もちろん、メリットだけではなくポイントが減る以外のペナルティも存在する。

 各グループには責任者を一人任命する必要があり、責任者は報酬額が倍となるメリットもあるが、グループが最下位となった場合、平均点が学校側が決めたボーダー以下であれば責任者が退学となってしまうのだ。

 なので、クラス混合の割合が増えれば増えるほど連携が難しくなり、責任者のリスクも増す――はずだったのだが。

 残念ながら一年生は既にクラス間談合を何度も行っており、クラスごとの隔意というのは他学年に比べて薄い。

 一時期の龍園クラスはヘイトを買っていたが、それも体育祭以後は龍園がキレイナ龍園と化してしまった為、かつて程敵視はされない。

 当然みんながみんなお手々繋いでなかよし! ではなく、性格が合わなかったり苦手だったりする人も居る。

 が、そこは一年生全てと交友関係を持ち、そういった情報を一手に担う調停者櫛田が存在するため、そういった生徒同士で組まないように調整してしまえばいいだけの話。

 あとは試験内容を鑑みて不得意な生徒が固まらないようにバランスを配慮をすればおしまいである。

 それぞれがグループ内で自分の出来ることを頑張れば、確実にマイナス分を超えて各クラスにポイントが加算されるこの試験は、一年生にとってはボーナスステージでしかないのだ。

 

 なので

 

「「「「「王様だーれだ!」」」」」

 

 王様ゲームが始まっていた。

 なんで?????

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は少し戻り、全学年問題なく小グループ、そしてその後の大グループ作成を行った後。それぞれ割り当てられた協同部屋に天白のいる小グループは集まっていた。

 

 グループ構成はこうだ。

 Aクラスからは天白、櫛田、坂柳

 Bクラスからは一之瀬、白波

 Cクラスからは伊吹、椎名

 Dクラスからは堀北、佐倉、軽井沢

 

 以上10名。

 バランスはどうしたと言いたいくらいいつメンでしかないが、これで意外と一年生女子の中では勉強・運動の得意不得意で見ると平均的なのだ。勉強特化で運動が微妙という面で。まあ、運動分野(特別試験内に駅伝がある)に関しても万能選手の一之瀬堀北櫛田に、体力自慢の伊吹天白が担うのでそこまで劣っている訳では無い。

 そのため、このグループは一位を目指す。と言うか、取る。責任者はできるだけポイントを確保させておきたいDクラスの堀北が務める事となった。なにせ、最終目標のためには全クラス満遍なくクラスポイントやプライベートポイント――資金を持っておきたい為。

 

「さて、自由時間ですが……何をしましょうか」

 

 この特別試験は7泊8日の長期間に渡る試験ではあるが、初日はグループ決め以外は完全フリーである。

 明日以降行われる試験に向けて、グループに慣れるようにという学校側の配慮だろう。普通のグループであれば、初対面同士は自己紹介をしたり、特別試験について話し合う等グループ内の結束を高めるのだろうが、あいにくこのグループは全員が友人知人同士。

 Cクラスの伊吹がこの中では一番交友関係は少ないが、それでもAクラスの全員とは体育祭頃からそれなりに絡みもした。なんなら、つい最近ようやく天白マッサージの予約が取れたので緊張は少ない。

 

 ので、このグループでは自由時間にすることが駄弁るくらいしかないのだ。特別試験? ああ、あったねそんなの。

 

「トランプとかあれば良かったんだけど、流石に誰も持ってきてないもんね」

 

 ぽつりと呟いた坂柳に、天白を人形抱きにしている一之瀬が答えた。冬休み中にあまり触れ合えなかった分、成分を補充しているらしい。そしてその近くで白波は片膝を付き、手を組んで目を閉じながら頭を垂れている。その姿はまるで神に祈る聖職者の様。

 

「喋るにしても、消灯時間までまだまだあるもんね……」

 

 そんな“神に祈りし者”白波の姿はよく見る光景とスルーしながら、櫛田もどうしたものかと腕を組んで考える。

 ちなみに、櫛田はその気になれば消灯時間までの間ノンストップで話題を提供することが出来る。コミュ力お化けは時に長期戦も熟す。

 

「それでしたら~、王様ゲームはいかがでしょう~」

 

 と、ここで椎名からポワポワとした声でとんでもない提案がなされた。

 

「王様ゲーム……?」

「はい~。番号が記されたくじを引いて、王様に選ばれた人が1つ命令をして実行する……例えば、2番と3番がお互いのいい所を言い合うといった形ですね~。この命令は、王様に対して誰かから何かをさせるというのも可能です~」

「な、なるほど……」

 

 この瞬間、櫛田、堀北、坂柳、一之瀬の思惑が一致した。

 

((((百合(ちゃん・さん)になんでも命令が出来る……?))))

 

 違うが。

 あくまでも命令対象は番号に対してであり、個人に向けてはできない。

 できないがこのポンコツ共には関係の無い話であり、なんならくじに細工をしてリーディングしたりといろいろ誰がどの番号を引いたのか特定することは容易だ。

 ならばやることは1つ。

 

「あ、私食堂で割り箸もらえないか聞いてくるね!」

「待ちなさい桔梗、私も行くわ。一応このグループの責任者なのだから」

「それでは私も。帆波さんもいかがですか?」

「行く行く! 一緒に行くよ!」

 

 あっという間に四人が部屋を飛び出していった。欲望に囚われし哀れな囚人共が。

 部屋に残された六人は何がなにやらである。天白もこれまで抱かれていた一之瀬が出てしまった為、所在なさげに佐倉の近くに腰を下ろしながら首を傾げた。

 

「……どうしたんだろう、皆。すごいやる気だけれど」

「あ、あはは……。えっと、椎名……さん? どうして王様ゲームを提案したの……?」

「以前読んだ本にありまして。気になっていたのと、このメンバーでやれば大変面白い事になるかなぁと」

 

 なった。

 既にポンコツ四人衆が暴走し始めており、どんな命令を下すかは予想できないが、普通に終わるはずがないというのは容易に推測が出来る。それを外から眺めるのはさぞ面白かろう。

 さらに、そいつら四人を除いたここに居るメンバーもなかなかに癖が強い。誰が王様になったとて、何を仕出かすか分からないのだから。

 椎名ひよりは争い事が苦手だ。基本的に一人を好むが、出来るならクラス関係なく皆と仲良くはしたいと考えている。

 当初はクラス間抗争やCクラスの事情――暴君の君臨――で自暴自棄気味になっていたが、気がつけばクラス間抗争が有名無実化し、暴君もkawaiiに怯えるチワワになってしまった。

 そして極めつけに、本の趣味が合う友人もできた。

 絶賛ストレスフリーな椎名は、これから起こる「面白いこと」に期待を馳せ、表情を綻ばせるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 で、冒頭に戻る。

 櫛田達は無事に割り箸を手に入れる事ができたようで、それに番号を1~9まで割り振り、王様のくじは先端を赤く塗り、それぞれが一本ずつくじを引いていく。

 

 ルールはこうだ。

 ・一人一つずつくじを引いていく。その際は自分の番号が見えないように手でくじを隠す

 ・王様だーれだの声と同時に、王様は名乗り出る

 ・王様になった人物は、番号を指定して命令を一つ下す

 ・王様の命令は絶対

 ・ただし、命令は実現可能であり公序良俗に反するものでないこと

 ・同じ人物が連続で二度王様になった場合、くじを引き直す

 

 最初にくじを引かせる役は堀北だった。以降は、直前の王様がくじを引かせる役となる。

 もちろんくじにはバリバリ細工がしてある。一見普通の割り箸に番号を書いただけに思えるが、巧妙に隠された目印があるのだ。堀北・櫛田・坂柳・一之瀬の無駄に優秀なメンバーが無駄にその頭脳を発揮した結果である。要するに無駄である。

 

 初回に王様――くじに赤い印が付いていた――となったのは椎名だった。

 

「あら……私が王様ですね~」

 

 椎名としては予想外ではあった。てっきり主犯の四名がいきなり王様になるのかと思っていたからだ。

 

(最初は派手に動くつもりはない――様子見でしょうか。であれば、私も情報収集にとどめましょう)

 

「では……2番の方が7番の方に肩もみをしてください。そうですね~……3分間にしましょうか」

 

 椎名が選んだのは、ごく普通の命令だった。椎名視点でも確実にくじに細工がしてある事は分かっている為、その細工を見抜く為にまずは自身に対しての奉仕ではなく、番号が1つでも多く公開されるように自分以外の2人を指名した。

 その結果。

 

「……2番」

「ん、7番は私だ。ラッキー」

 

 2番が天白、7番は伊吹だった。

 伊吹としては肩こりに悩まされている訳では無いが、天白マッサージの腕は知っているため、それが無料で受けられると望外の僥倖とばかりに笑った。

 

 それじゃあと天白が伊吹の背後に回り、ゆっくりとその肩をもみほぐしていく。

 

「……お客さんどうですか~」

「あ~……いい。すごくいい。別に肩こりがあるわけじゃないけど、やっぱ天白のマッサージは最高だな……」

「……お褒めに預かりきょうえつしごく」

 

 天にも昇る心地とはこの事か。勝ち気クール美少女伊吹も、これには思わずうっとりである。

 しかしそうは問屋が卸さないぞ、とばかりに櫛田が一言。

 

「百合、遠慮せず気持ちよくしてあげちゃって」

「……? いいの?」

「本気だしちゃって、ごー!」

「……ん」

「は? ちょ――」

 

 流れが変わった。

 それまではじんわりと揉みほぐすだけであった天白の手が雷鳴の如く閃き、伊吹のツボを最適な力加減、最適な角度、最適な間隔で複数箇所同時に刺激していく。

 途端にあふれる快楽の本流!! 人はツボ押しマッサージだけでここまでの快楽を得られる!! それはまさに昇天に値する!!!!!

 

 “オァァァァァーーーーーーッ!?”

 

 そうして3分間の蹂躙劇が終わり、そこにはピクピクと恍惚の表情をしながら倒れ伏す、物言わぬ躯が転がっていた。

 

「む、酷い……」

「うそ……百合ちゃんの本気マッサージってこんなに……? あたしも受けたらこうなるってこと……?」

「あら~……まさかこれほどとは……」

 

 比較的常識人である佐倉と、天白流昇天術を初めて目撃した軽井沢と椎名は軽く引いている。さもありなん。

 しかし普段から昇天され慣れているポンコツ四人と、これが神の御技……! と信仰心を深めている白波は耐性があるため、何事も無かったかのように先に進める。

 

「おや、伊吹さんは脱落のようですね。では残った9人で続けましょう」

「この流れで!?」

「人が一人死んじゃったんだよ!?」

 

 死んではいない。殺すな。

 坂柳は佐倉と軽井沢の抗議をさらりと流した。

 

「尊い犠牲でした。ですが、一度始めたからにはたった一回で終わるわけには行きません。ひよりさん、続きを」

「わ、分かりました……」

 

 椎名もまさか犠牲者が出るとは思わず呆気に取られていたが、有無を言わさぬ坂柳の言葉に気圧され、手を少し震わせながら――笑いを堪えている為――9番のくじだけを取り除き、次の用意を始めた。

 

 唐突に始まったデスゲーム。常識人の佐倉と軽井沢はごくりと喉を鳴らし、とんでもない事に巻き込まれてしまった……と参加を若干後悔しながらもくじを引く。

 

 結果。

 

「あ、私が王様だ!!」

 

 櫛田がキングを射止めた。

 そして下す。王の勅命を。

 

「じゃあ~……4番が……5番に耳かき! 片耳だけ!」

 

 おや、と椎名は思う。櫛田が王となったのであれば、天白に自身を奉仕させると思ったのだが。どうせ誰が何番を引いたかは、くじを作ってきた四人には筒抜けなのだろうし。

 しかし、直後に気づく。櫛田が――いや、あの四人が何を狙いとしているかを。

 

「……4番」

「えっ……嘘……5番あたしだ……」

 

 4番――つまり、耳かきをしてくる相手が天白だとしり、先程の伊吹の惨状を見ていた軽井沢はサッと顔を青ざめさせた。

 

「……なるほど。恵ちゃん、カモン」

「えっ、あっ……べ、別にあたしは……」

 

 天白がベッドに腰掛け、ポンポンと自身の膝を叩いて軽井沢を招くが、死にたくない軽井沢は力なく首を振って後ずさるが、その両方を掘北と一之瀬が掴んだ。

 

「だめよ、軽井沢さん」

「そうだよ~。だって……」

 

「「「「王様の命令は、ぜ~ったい!」」」」

 

「ひっ……いや……だめ、ダメだよ……そんなの……!」

「怖がる必要はありませんよ、軽井沢さん。ただ、気持ちよくなるだけですから……」

「そうだよ~。百合の耳かき、すっごいんだよ……? 飛んじゃうくらい……!」

 

「あ、あぁ……」

「……うぇるかむ」

 

 “アッーーーーーーーーーー!!”

 

 また一人、犠牲者が出た。

 

 そうしてやっと、椎名も四人の思惑に気づいた。

 

(これは……! そういうことですか! いくら番号を判別できたところで、引く順番によっては偶然他の人が王様となる可能性が存在する……! それが無かったとしても、同じ人がずっと王様や命令に従う側になっていたら他の参加者からの批難は免れない。だから減らす……っ! 他の参加者を……っ! 目撃者を消し、確実に王様となるために……っ!)

 

 そう、櫛田達四人は、いかに天白を独占するかで議論を交わし、予想される懸念点の他者が王様になる可能性、そして出るであろう不満を黙らせる事にしたのだ。物理的に。

 指先1つでダウンさせてしまう妖怪が居るのだ。実行は容易い。

 天白の負担は増えるが、普段の生活から天白は奉仕することに喜びを感じる奉仕種族であり、むしろ嬉々として取り組んでくれるだろう。

 今も、2人も殺しておいて――おっと、快楽で骨抜きにしておいて、満足げにニコニコ笑っている。サイコパスかな?

 

(これは、いけませんね。このままでは私も消されてしまいます……その前に、どうにかして、打開策を――)

 

 椎名が思案する間にも、デスゲームと化した王様ゲームが続いていく。

 一之瀬が王様になり、佐倉が肩甲骨剥がしで沈められた。

 そして次は堀北が王様となり、白波が耳元で囁かれ死んだ。どちらもけしかけられた天白の仕業である。

 

 運良く生き残る事ができたが、残る邪魔者は自分しか居ない。

 次に消されるのは――椎名だ。

 天白以外の四人が、次の獲物である椎名を見て暗い笑みを浮かべているような気すらする。

 どうすればいい。椎名は考える。

 既にくじの細工は見抜いた。幸いなことに、次にくじを引く順番は自分からの為、王様になることは出来る。

 しかし、ここを凌いだところで敵は四人。一人を上手く始末出来たとしても、次の命令で――

 

 瞬間、椎名に電流走る。

 

 その閃きに、椎名は迷わず従った。

 堀北が持つくじの中から、王様になる特別なそれを抜き取った。

 

「「「「「「王様だーれだ!」」」」」」

 

 そして、合図と共にくじを天に放り――パジャマの裾を翻しながらくるりとその場で一回転。

 確実に幻覚であろうが、青色のオーラが吹き荒れ、どこからかベイベベイベベイベベイベとシャレオツなBGMが流れたような気さえする。

 落下してきたくじを華麗にキャッチし、名乗り上げる。

 

「キングは――私です」

 

 文学少女の突然の豹変に、櫛田と堀北、一之瀬は気圧され、坂柳は「なるほど……面白い」と強者の出現に笑みを深めた。クソボケシリアルキラーは見事なキャッチに拍手を送っている。お前のせいだぞこの惨状は。

 

「椎名ひよりが命ずる――」

 

 そして椎名は切った。自身が生き残るための一手を。起死回生の為の、鬼札を。

 

「2番の方は、3番、4番、5番、6番に対して……持てる全てで“気持ちよく”して差し上げてください」

「「「「なっ…………!」」」」

 

 椎名の奇策! それすなわち「殺られる前に殺る」!!!

 

「そ、そんな命令あり……!?」

 

 櫛田が目を剥いて抗議の声を上げるが、椎名は涼しい顔をして反論する。

 

「あり……というよりも、ルール上命令内容は複数人に対して実行する事を禁止してはいないので。それに――」

「そ、それに……?」

「先程仰っていたではありませんか。王様の命令は――」

 

 椎名が視線を天白に向けると、天白はにんまりと邪悪な――バイアスによってそう見えるだけ――笑みを見せ続けた。

 

「……ぜぇったぁい♪ それじゃ、皆……一列に、ならんで?」

「あ……あぁ……」

「私たちは……間違っていたのかもしれないわ……」

「百合ちゃんをコントロールするなんて……」

「最初から……出来なかったのかもしれません……」

 

 “ひゃあああああーーーーーーっ!!!!”

 

 こうして悪は滅びた。

 椎名は容赦なく行われる天白フルコース~昇天エディション~から目を背け、背後から聞こえる水音や何かを啜るような音、上げられる嬌声を意識からシャットアウトした。……何が行われているというのだ。

 

「なんとか……生き残れましたか……」

 

 椎名は安堵した。

 ギリギリの勝負だった。椎名がもし、全員にけしかけることを思いつかなければ、もし、くじの目印を読み解けなければ、間違いなく自分は生きていなかっただろう。

 

「伊吹さん……軽井沢さん……佐倉さん……白波さん……勝ちましたよ……」

 

 ただ、一つ。椎名の誤算だったのは――

 

「……じゃあ、次は椎名さんの番、ね」

「…………ぇ……」

 

 ぬ、と椎名の背後に影が立った。

 恐る恐る振り返ってみれば、どこかつやつやとした顔の天白が汗を拭いながらいい笑顔をして立っている。

 視線を横に移せば、恍惚な表情で倒れ伏し――なぜか服が少しはだけながら――ているポンコツ四人衆が。生きてはいるようで、荒い息を吐いているがしばらく動く事は出来ないだろう。

 

 つまり、残るは椎名と――このキルカウント8を誇るキルリーダー天白。

 

「……ルール上、王様は連続で同じ人は出来ない。残るは、わたしと、椎名さんだけ。つまり……わたしが、王様」

「あ……ぁ…………」

「……王様の命令は~、椎名さんが、王様からマッサージを受ける、こと♪」

「……ぁ…………」

 

 椎名は天白にゆっくりと押し倒され――

 

「……王様の命令はぁ♪ ぜぇったぁい……♪」

 

 そして全員が天白の犠牲となった。

 

 余談ではあるが、天白マッサージにより身体が羽の様に軽くなったこの小グループは、次の日以降バリバリ結果を出し無事に1位を取得することが出来たのだった。




ゲームであっても遊びではない。
茶番でした。

・天白のマッサージ手腕
中学時代よりも高頻度で行っている関係で、めきめきと腕を上げてしまった。ただでさえ埒外の天才が努力してしまうとこうなるの図。指先一つでダウンが誇張でもなんでもなくなってしまった。
触れる者皆アヘらせる悲しきモンスター。

・全学年男女混合合宿
南雲は浄化されるし坂柳はチワワになってるのでそもそも争いが発生する余地が無くなった。ようこそ平和至上主義の教室へ

・一年生連合の最終目的
達成が不可能に思え、かつ資金が多く必要。
ぶっちゃけ本二次創作は女の子たちがイチャイチャしてるポンコツコメディなので最後まで明かされることは無いのかもしれない。一応無理のない設定は考えられている模様。

そろそろ完結が見えてきた。


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カルテ:堀北鈴音③

あけまして暑中お見舞一周年ありがクリスマァァァァス!!!

すみません、本当に申し訳ないです。
職場環境が変わって書く時間が無かったのもあるんですが、普通にネタ切れとスランプでした……。

※今話の時系列としてはクリスマスになります。


 

 堀北鈴音は忘れない。

 

『私、櫛田桔梗って言うんだ! よろしく!』

 

 堀北鈴音は、忘れない。

 

『……天白百合。よろしく、堀北さん』

 

 彼女たちと出会った、あの日を、忘れない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 天白と櫛田が飲み物を買いに行き、部屋には堀北と坂柳が残された。

 こういう時は普通部屋主を残すのでは……? 堀北と坂柳は訝しんだが、クリスマスの夜という特別な時間を二人で過ごしたかったのだろうと推測し、一応納得はした。

 ところでそれは恋人同士の距離感であるのだが、『幼馴染』の概念が破壊されている二人はついぞ気づかない。

 

 少し前までは天白と櫛田が間にいなければ途端にコミュ障を発揮してしまうポンコツ二人だが、図書館に住む(と噂される)妖精、ビブリオモンスターこと椎名によって共通の趣味を見出し、とりとめのない会話を続けられるくらいには二人も打ち解ける事が出来ていた。

 当初は会話デッキテーマが『読書統一』同士のミラーマッチしか行えなかったものの、半年以上も同じ学校で過ごしている為、使える札は少なくない。今では読書以外にもいくつか別の話題をデッキに組み込んでいる。

 余談だが、櫛田はデッキ枚数が膨大にありかつ好きな時に好きな札を引くことが出来るチート能力を有し、天白は対戦中に相手を直接攻撃してくる。つよい。かてない。

 

 化け物二人の事はさておき、堀北と坂柳がお互いに話題カードを切りながらトークを重ねていった。そこにぎこちなさや相手の様子を観察する様子は見えず、ごく自然に話が盛り上がっている。

 

 そこで、坂柳が「そういえば」と切り出した。

 

「鈴音さんは百合さんや桔梗さんと同じ出身でしたよね? お二人とはどのように仲良くなられたのですか?」

 

 かつて、堀北を櫛田と天白から紹介された時に、同じ中学校だったという風に聞いていた坂柳は、最近になって堀北の存在の特異性を感じ始めていた。

 ご存知の通り、櫛田の交友関係は広い。凄まじく広い。全生徒友達と言っても過言ではないと豪語してしまうほどに。

 しかし、友達から一歩進んだ親友については僅かしか存在しない。この学校内に限って言えば、堀北と坂柳、そして一之瀬の三人のみ。

 一般的に普通といえば普通なのだが、普通でない友人の多さに比べ、ごく少数と言えるだろう。

 そして堀北は、そんな櫛田と天白と中学の時から親友だったのである。

 他に過去親友が居たという話は聞いたことが無いため、おそらく、唯一の。

 

 故に、坂柳は気になった。

 三人はどうやって知り合ったのだろうかと。

 

「そうね……あまり特別な事ではないのだけれど──」

 

 堀北はそう前置きをして、語り始めた。

 

 過去編。始まります。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 中学生の頃──いえ、その前からかしらね。私はいつも一人で居たわ。

 学校に行っても、予習復習をしているか、本を読んでいるかのどちらかだった。

 私の尊敬する兄さんのようになりたくて、常に自己研鑽の毎日。友達を作って話して、遊んで、そんな無駄な事をする時間があれば少しでも勉強をする方が効率的……あの頃は本気でそう思っていたの。

 

 今は違うわよ? あの二人と出会って、人と交流する事の大切さを学べたから。あの時の私は、孤高と孤独を履き違えていたわけね。今になっては……孤高すらも、少し寂しいと感じてしまうもの。

 

 話が逸れたわ。

 あの二人と最初に話したのは──中学生になって、少し後だったかしら。

 

「こんにちは! 私○組の櫛田桔梗って言います! みんなと友達になりにきました!」

 

 昼休みに突然教室に押しかけてきたのよ、桔梗は。ちなみに言うと、ここに来てからも同じだったわ。いきなりやってきて、全員と連絡先を交換していたの。

 それで、私の所に来た。

 

「よろしくね! えっと、貴女は──」

「…………」

「あ、あれ? お名前教えてほしいな~って……」

「……貴女にそれを教える必要性を感じないわ。私は一人でいるのが好きなの」

 

 今にして思えば、ずいぶん冷たい対応だったと思うわ。まあ、当時は騒がしいとしか思って無かったから。

 桔梗はちょっと困った顔をしてたわ。多分向こうも内心では「なんだこいつ」って思ってたんじゃないかしら。

 まあ、それで諦めるような子じゃないのだけれど。

 

「おっ……とぉ。……なるほど。でもでも、名前だけでも知りたいな。貴女としか呼べないのってとっても不便だよ。ね、お願い!」

 

 あまりにもグイグイくるものだから少し面食らってしまって。これ以上絡まれるのも嫌だったから素直に名前だけは教えたの。

 

「……はぁ、堀北鈴音。でもよろしくするつもりはないから」

「ふふ、名前教えてくれてありがとう! 堀北さん!」

 

 それが、私と桔梗の初めての交流だったわ。

 その後も、よろしくするつもりは無いと言ったにも関わらず、桔梗はちょくちょく話しかけてきたわね。正直、会話らしい会話はしていなかったし、いつも突き放すような態度だったからどうしてそこまで話しかけてくるのか疑問だった。私のクラスの人からも、もう話しかけないほうがいいとまで言ってるのも聞こえたし。

 それでも桔梗は私に話しかけるのを止めなかった。

 

 それで、ある日。昼休みに桔梗が来るのが当たり前になりかけてきた時に、彼女──百合が来た。

 

「……天白百合。よろしく、堀北さん」

「よろしく、可憐なお嬢さん。私の事はどうか鈴音と呼んで頂戴──」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ちょっと待って下さい」

 

 坂柳から待ったがかかった。当然である。

 坂柳は眉間を指で揉みながら、ため息をついた。

 

「鈴音さん」

「なにかしら」

「盛りましたよね?」

「そ、そんなこと無いわ」

「盛りました、よね?」

「はい……」

 

 堀北は盛りに盛っていた。最近のプリクラよりも自分を盛っていた。盛りすぎて元の造形が分からないくらいに、盛大に。ここまでくるともう捏造である。存在しない記憶が溢れ出している。

 

「桔梗さんとの出会いは普通でしたが……何故……」

「いえ、その……ちょっと、百合との出会いは失敗してしまって……」

「失敗……? まあ、良いです。とにかく、話を変に美化させたりせず、思ったままに教えてください。いいですね?」

「はい……」

 

 過去編、リスタート。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 百合との出会いは、そうね……まあ、特に変わった所は──わかった、分かったわよ、もう。

 正直に話せば、驚いたわ。百合は今でも小さくて可愛らしいけれど、あの時は輪をかけて小さかったから。

 だから言ってしまったのよ。

 

「……ここは、中学校だけれど」

「……? それはそう。知ってる」

「貴女……ええと、天白さんだったかしら。学校間違ってない? 小学校は少し離れているけれど……」

「……あー、なるほど。こうみえて、わたしは中学生。学生証みる?」

「え……?」

 

 当時の百合は、小さいというよりも幼いという表現がぴったりだったわ。全体的に雰囲気がおよそ中学生とは思えなくて、つい。流石に百合もちょっとムッとしていたわね。貴女も経験が──いえ、なんでもないわ、ごめんなさい。だからその目をやめて頂戴。

 

 なんというか、百合は不思議な子だったわ。桔梗や他のクラスメイトにしていたように冷たく当たれないというか……。見た目もそうだけれど、彼女に対しては害意というものが全くと言っていいほど抱けないのよ。

 だからその後もなし崩し的に百合と行動することになって、そうなると勿論桔梗もその輪に入ってきて。休み時間を3人で過ごす事が増えた。

 

 それから、百合と桔梗はどこから知ったのか、私と兄さんの確執まで聞きつけてきて……あっという間に解決してしまったわ。

 

 詳しくは、流石にちょっと恥ずかしいから省かせてもらうけれど……悩みの1つが解決して、気が緩んだからか、一度風邪をこじらせてしまったの。

 その時、熱で苦しい時にずっと側に居てくれて……彼女達は手を握って励まし続けてくれた。それどころか、兄さんを説得して2人で話す機会を作ってくれたの。

 それで、兄さんの気持ちを知って……ようやく、私が間違えかけていた事に気づけた。あの2人のお陰で、ね。

 

 それからね、あの2人が何よりも大切になったのは。兄さんとどちらかを選べと言われても、選べないくらいには。

 

 ……あら、羨ましそうな顔をしているけれど、貴女もよ? この学校で出会えた掛け替えの無い大切な友人だわ。それこそ、あの2人と同じく親友であるという認識ね。貴女もそうであれば嬉しいのだけれど……。そう、ありがとう。

 

 

 だから百合も桔梗も、そして貴女も、一之瀬さんも。出来ることならずっと一緒に──

 

 

 

 ◇

 

 

 

「………………」

「鈴音さん?」

 

 話の最中、突然黙り込んでしまった堀北を怪訝に思った坂柳が声をかける。しかし堀北は顎に手を当て、何か考えている様子。ぶつぶつと何事かを呟いている。

 

「ああ……そう……そういうことだったのね……私の……望みは……」

 

 その時、玄関が開く音がした。

 

「ただいまぁ~! はぁーっ寒かったぁ!」

「……ただいま」

 

 どうやら天白と櫛田が帰還したようだ。坂柳が視線を向けると、コンビニまで行ったのかビニール袋を下げている。

 そして二人の後ろには、意外──でもないが、新たに客がいた。

 

「お邪魔します!」

 

 ピンクブロンドの髪にキャノンボールバストを誇る美少女。一之瀬帆波、その人である。

 12月初頭に、この5人だけで夜に集まらないか誘った際は非常に申し訳なさそうにしながらも辞退を表明していたのだが、どうやら遅れて参戦するようだ。

 

「帰りに偶然会って、今からでもどう? って誘ったんだ」

「ごめんね、プレゼント交換するのに、私の用意が間に合わないかも……って。でもついさっき出来たんだ!」

 

 そう言って、一之瀬は後ろ手に持っていた袋から四つのぬいぐるみを取り出した。

 

「……ぬいぐるみ?」

「うん! 正確にはニードルフェルトって言って、羊毛フェルトをちくちくして形を作るの。本当は後で出来たら渡すつもりだったからラッピング出来てないんだけど……気に入ってくれると嬉しいな」

 

 どーぞ、とはにかみながら手渡す姿はまるで天女。プレゼントのチョイスが可愛らしく、さらに手作りだ。各々に手渡されたものは、天白が白い兎、櫛田が黄色の子犬、堀北が黒い子猫、坂柳が薄紫のハムスターと、それぞれのパーソナルカラーとイメージを落とし込んだもの。

 なんで坂柳がハムスターかって? ほら、小さくてかわ──いや、多くは語るまい。

 ともあれ、一之瀬が選び作ったこれらは女子が特別な友人に送る模範的なプレゼントと言えるだろう。

 けして麻縄や耳かき棒やへそゴマクリーナーではないのだ。

 お前たちのことだぞ。聞いてるのか、ポンコツ三人衆。

 

「……うん、ありがとう。もこもこしてて可愛いね。わたしからも、帆波ちゃんにどーぞ」

「「あ、ありがとう……」

 

 女子力の格の違いを見せつけられた櫛田と坂柳は頬を引きつらせながらも──部屋の隅に鎮座する自身のプレゼントから目を逸らしつつ──可愛らしいぬいぐるみは嬉しいようで、羞恥と喜びがないまぜになった笑みを浮かべて礼を言いつつ、天白から順に一之瀬に用意していたプレゼントを手渡した。一之瀬は嬉しそうに受け取り、部屋に帰ってから開封すると言う。

 

 こほん、と気を取り直すようにして櫛田が一つ咳払い。

 

「ところで、鈴音はどうしたの?」

「え……っと、百合さんと桔梗さんのお二人と出会った時のお話を聞いていたのですが、突然固まってしまって……」

「……壊れちゃった?」

 

 天白が堀北の頬をぺち、と軽く叩くと堀北は流石に再起動をした。パソコンじゃないんだぞ。

 

「あ……おかえりなさい、二人共。それに、帆波も来たのね……あら、これは……?」

「おはよう、鈴音。ほんとに気づいてなかったみたいね。それは帆波ちゃんからのプレゼントだよ。ニードルフェルトだって」

「え……っ? あ、その……ありがとう。それとごめんなさい、すぐに気づけなくて」

「にゃはは、いいよいいよ。それよりどうしたの? 何か考え事?」

 

 復活した堀北も、一之瀬が持っている箱がそれぞれ渡されたプレゼントであることを察し、自身の分も手渡してから、ぽつりと漏らし始めた。

 

「そう、ね……ええ。皆、申し訳ないのだけれど、聞いてもらえるかしら」

 

 

 なにやら真剣な雰囲気であるため、天白と櫛田、そして一之瀬は首を傾げながらもそれぞれクッションに腰を落ち着けた。

 一人用の寮室に5人も集まるとさすがに狭いのだが、この場には2人足して1.5人分くらいのサイズしかない人物が2名いるため、そこまで窮屈ではなさそうだった。

 

「何から話そうかしら……」

 

 堀北はしばし言葉を選び、口を開いた。

 

「あなた達は、この先──進路はどうするつもりでいるの?」

「どうしたの突然? んー……私は特に決めてないけど……」

 

 櫛田の答えに、ほかの3人が追従するように頷いた。

 4人は優秀ではあるが、先のビジョンとなると自分のやりたいことが明確になっておらず、具体的な進路──就職先や進学先──についてはまだ迷っている状態だ。

 当然である。高校1年生で、まだまだ学びの最中なのだ。この時点ではっきりとやりたいこと、行きたい所が定まっている生徒は多くないだろう。特に、この場にいるメンバーは部活動に所属しているわけではないので。

 天白のマッサージ店にしたって、過去に茶柱からヘッドハンティングを受けそうになったものの、趣味の範囲であるためそれを仕事にしようという気はまだ無い。

 

「そうよね……でも、大学には行くつもりでしょう?」

「それはまあ、そうだね。どこに行くかは分からないけど、進学はすると思う。高卒で就職っていうのはピンと来ないし」

「私もですね。一番良い大学に行くつもりです。ただ、海外の大学は今のところ選択肢には入れてませんが」

「私も、かな。働いて家計を支えたいけれど、高卒より大学まで行った方が就職は有利だろうから」

「……んー、たぶん……?」

 

 若干一名不安なやつがいるが、概ね進学するという方向で意見は纏まっているようだった。

 堀北は一瞬だけ目を伏せ、そして意を決したかのように問う。

 

「私は──」

 

 少しだけ迷いが見えた。だが、堀北は言葉を止めなかった。

 

「私は、あなた達と同じ大学に進学したい。いえ、それだけじゃなくて、出来ればその先──社会人になってからも、この先の人生を、貴女たちと共に歩んで行きたいと思ったの」

 

 こぼした思いは、熱く。

 

「中学生の頃、百合と桔梗に救われた。二人が何よりも大切になって、そしてこの学校で、有栖と帆波にも出会うことが出来た。私には兄さんを含め、大切な物はいくつかあるけれど……ここにいる皆が、その中でもいっとう、何よりも大切なの。だから──」

 

 熱く、そして──

 

「……なるほど」

 

 天白がひとつ、頷いて。

 

「……それはつまり、わたしたち4人に対するプロポーズという理解で良い?」

 

 どちゃくそ重かった!!! 

 

「鈴音、あんたの気持ちはすごく伝わってきた。その上で言わせてもらうけど──重おおおおおおいッッ!!!! 

 

 櫛田、吠える! 

 

「あのねえ! 百合も言ってたけど、プロポーズか!? なによ生涯を共にって!! 卒業してもズッ友宣言ならまだしも、生涯を共にて!! いまどき情熱的なプロポーズでもそこまで言わないわよ!! 見なさい有栖ちゃんと帆波ちゃんを!! 顔真っ赤でしょ!!」

「えと……その……」

「はぅ……」

「にゃはは……」

 

櫛田、吠える!! 

 

「そもそも! まず、私だって百合とは生涯を添い遂げるつもりでいるけれど、あんた達だって親友なんだからずっと仲良くしたいと思ってるの!! でも私の自惚れじゃなければ皆同じ気持ちでいてくれるって思ってたけど、違う!?」

 

 櫛田、吠え──今天白と添い遂げるって言った? 

 

「ち、ちがわないわ……」

「でしょ!? そんでもって先の事なんか分からないけど、たとえ別々の大学に行ったって、そのあと別々の道に進んでいったって、どーせあんたが寂しがるから定期的に会うだろうし、なんなら私が皆を誘うし! そう思ってたら──生涯を共にて!! 何度も言うけど、プロポーズか!?」

「え……っと、そう、そうね……ええ。プロポーズと受け取ってもらって構わないわ」

「あ、そっちに振り切ってしまうんですね……」

「はわわ……! ど、どうしよう……!!」

 

 吠える櫛田に押されたのか、堀北が変な方向に覚悟を決めてしまった。大丈夫か? ギャンブルで身持ちを崩す人の思考では??? 

 と、一通り吠えた事で少しクールダウンしたのか、櫛田がため息をつきながらも坂柳と一之瀬に問いかけた。

 

「はぁ……有栖ちゃんと帆波ちゃんはどう? いきなりで戸惑っているかもしれないけど、今のプロポ──いや、一生一緒に居たい発言について」

「私からのプロポーズと受け取ってちょうだい」

「うるさいわよ! なんでちょっと開き直ってんのよ!!」

 

 堀北が混乱しているのか腹を括っているのか分からないが、頬は紅潮し若干の発汗が認められる為、冷静では無いことは確かだった。羞恥もあるのだろうが。

 で、話を振られた坂柳と一之瀬はというと……。

 

「えーっと……うん。私も皆とはずーっと仲良くしたいって思ってたよ。それこそ卒業した後も」

 

 この五人の中で、一之瀬は一番交友を結んだのが遅く、その付き合いは半年ほど。入学初日には櫛田と連絡先を交換しており、当然『友達』判定もその際に行われたのだが、そこから『親友』にカテゴリされるようになったのは夏休みだ。

 

 実は、一之瀬と一番付き合いが深いのは、意外かもしれないが天白ではなく櫛田なのである。

 

 当初こそ自身の上位互換ともいえる存在の一之瀬に対し、内心対抗心を燃やしていたのだが、夏休みの一件で天白が一之瀬の好みドストライクである発言を聞き、手のひらくるくるで親友認定。櫛田は同担歓迎なタイプだった。

 

 また、一之瀬も自身の抱える悩み──中学時代のあれこれ──を天白が絶対的に信頼している櫛田に対して相談をしたことがあり、天白とほぼ一言一句同じ回答を返された。その際、櫛田の裏の顔──通称黒櫛田についても『貴女を信用して話すけど』という前置きで聞き、それでも皆と友好的に接しようとする姿勢に敬意を覚えた。

 

 櫛田にとって自分に表と裏があるという事は隠し通さなければいけない重要事項ではなく、ブランディングへの影響もあるので大っぴらには言えないが親友までならば情報開示もやぶさかではない。他の二人の親友(堀北・坂柳)は開示せずとも見抜いてきたので今更なのだが。

 

 と、いうわけで。お互いの秘密を打ち明けあった櫛田と一之瀬は気兼ねなく話すことが出来る親友として、天白関係なくちょくちょく共に過ごすようになっていた。

 その二人でいるコンビを誰が呼んだか【ツインエンジェル】。養殖と天然という違いはあるが、誰にでも優しい二人は天使のレッテルを貼られたようだ。怪盗天使ではない。

 

「でも将来の事ってまだ全然で……今のところ、いい大学に奨学金を使って入れればとは思ってるんだけど、どんな職業にしようっていうのは……」

「いやそれが普通だよ帆波ちゃん。まだ私たち高校一年生なんだから、この段階で仲が良い友達と生涯を共に過ごす覚悟を決めるのは、よっぽど惚れ込んでないと無理」

 

 堀北は“ちいさくなる”を使った! 

 

「……有栖ちゃんは?」

「概ね帆波さんと同じ意見ですが……少し、思いついた事はあります」

 

 べた惚れを指摘され、縮こまってしまった堀北をにやにやしながら天白が見つめつつ、坂柳に話を振った。

 

「私はある理由でこの学校に生徒一人を職員としてねじ込もうと考えていたのですが、その為に私自身もここに籍を置くことも有り得ると想定していました。ですが、少々事情が変わったそうで──」

 

 坂柳は要所をぼかして話したが、1学期の際にDクラスの綾小路と結んだ契約──卒業後もホワイトルームからの干渉をされない自由を与える──を履行するための手段として、外部からの介入が難しい高度育成高等学校の職員として就職させることを想定していた。

 していたのだが。

 天白の父親と話した後、再度父である成守──理事長に綾小路と二人で呼ばれた坂柳が聞かされたのは、ホワイトルームがなんらかのトラブルで再度稼働停止に……それも、無期停止になったという衝撃の事実だった。

 成守は言葉を濁しまくっていた為詳細は聞けず仕舞いだったが、どうやら成守が天白の父親に依頼して抑えようとしたことが効果が出過ぎてしまったらしい。

 どういうことだと追及しても、『kawaii』だの『男の娘』だの『プロダクション』だのといった要領を得ない情報しか出てこない。おそらく、成守自身もどうしてそうなったのかが分かっていないのだろうと推察をした。

 

 再度成守から「今後ホワイトルームが綾小路清隆に対して干渉をすることは無いとは言い切れないが、少なくとも強引に連れ戻すような手段は取れなくなった」という言葉を引き出し、納得は出来ないが理解はした。綾小路は終始宇宙を見た猫のような表情をしていた。

 

「そういうことですので、私も将来何になるかを考えている最中なのですが……大学を卒業した後、起業するのもいいかもしれません」

「起業……?」

「はい。女子高生社長というのもあるそうで……どういったものにするかはこれから考えるとして、少なくとも、何をするにしてもこの高校は人材の宝庫ですから」

 

 なので、と坂柳は言葉を区切って。

 

「皆さんもどうでしょうか。どういう事業をするか……みんなで、夢を創りませんか?」

 

 それは、優秀が故に何でも出来、何でも出来るが故に選択肢の多さに悩んでいた少女達への殺し文句となった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 深夜。

 窓の外で舞い落ちる粉雪が音を呑み込み、しんとした静けさに包まれた部屋には、すぅすぅと寝息を立てる少女たちの姿があった。

 

 せっかくだしお泊りしようということで、物の無い櫛田の部屋──天白の部屋でほぼ同棲している為──に布団を運び込み、5人並んで横になっていた。

 寝場所については厳正なじゃんけんの結果、左から一之瀬、天白、堀北、櫛田、坂柳の順となっている。

 

 真ん中──天白と櫛田に挟まれる位置を勝ち取った堀北は、上手く寝付けなかったようでゆっくりと上体を起こし、隣で寝息を立てている親友達を見る。

 

 明晰な頭脳でクラスどころか学年全体の動きを読み切り、そうと分からないように操る坂柳。

 参謀に専念することで、その坂柳に匹敵する読みを見せ、また優れた人格者であることから人望の厚い一之瀬。

 学年を飛び越えいまや全校生徒、職員に至るまで独自のネットワークを広げた情報戦の怪物の櫛田。

 声とマッサージで人をほぐし絆していく妖怪、天白。

 

 自分にはもったいないほど、優れた親友達であると思う。また、この四人と並び立つには、堀北は実力が足りていない、とも。

 

 ならばこそ。

 

(もっと、もっと。変わらなくちゃいけない)

 

 強くなりたい。彼女たちの隣に、胸を張って立てるように。

 

(やりましょう。外村くんと佐倉さん、綾小路くんと立てたあの計画を)

 

 堀北は静かに、決意した。

 




・メロ北メロ音
ハリネズミ堀北は風邪で苦しい思いをしているとき、少し安心した程度で寝込んでしまった事に「自分は駄目な子」と心が折れかけていた。そこを天白と櫛田が懸命な看病をしてくれた事でドロドロに重たい感情を抱いてしまう。それは依存に近く、中学の時に堀北を推薦した教師はその部分を懸念点として報告した結果、1人だけDクラスに編入されたという裏話。

・ほあいとるーむ
ナレ死
どうなったかは想像にお任せ。

・男の娘 
???「綾小路清隆にも出来ない事であれば僕が上であるという証明になる……? ヨシ!」

最終話だけは書けるんですけど、助走も無い段階でお出しするわけにはいかず……。なので最後の特別試験前に少し閑話を挟み、終わらせます。
次は流石にこんなに遅くならないと思います。次話はある程度書き終えてるので……あと裏も更新控えてます。


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カルテ:一之瀬帆波②

原点回帰

今後は週1くらいで投稿できると……いいナ!

※感想、高評価、ここすき、お気に入りありがとうございます。定期的に1話からもらった感想見返してにやにやしてます。


 

 

 

 クリスマスパーティが行われる前。

 天白は親友達に送るクリスマスプレゼントを選ぶ為、一人でケヤキモールをぶらついていた。

 

 数々の妨害――主に、偶然出会ったクラスメートたちによる餌付け――を潜り抜け、口元の食べかすをティッシュでふき取りながらも調査を続けていたところ、文房具店でいい感じの万年筆を見つけ、第一候補としながらも他にも見ていこうと立ち寄った家電ショップ。

 時期もあり、普段よりすこしだけ客足の多い店の中をうろついていると、とある商品が目に入った。

 

「……こういうのも、置いてあるんだ」

 

 角の方にひっそりと置いてあったそれは、用途から考えると、確かにあってもおかしくはないものだが、主な購買客が学生にも関わらず売られているのは少々意外なものでもあった。

 

「……うん」

 

 天白は陳列されていた物の中から性能を見比べ、私用と仕事用に二つほど手に取り、籠に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 その後、クリスマスが終わり、そろそろ大晦日も近づいてくるといった頃。冬休みは運動部の大会等も旺盛であることも関係があるのか、夏のように特別試験が行われるといった事もなく、部活に所属していない生徒にとっては普通の長期休暇としてのんびりとした時間が流れている。

 

 その中でも天白マッサージ店は通常営業を続けており、むしろ平日よりも長時間働ける事から生徒職員問わずそこそこに集客があり、天白はあくせくと人を溶かし誑し込んでいた。

 取り込めていない新規顧客の数も減っており、夏休み前のような入れ食い状態ではないが、熱心なリピーターも確保出来ていることと、また来年になれば新しいカモ――おっと、ピュアな新入生も入ってくるので、今後も客に困るような事も無いだろう。

 そろそろ事業拡大――天白以外のマッサージ担当も視野に入れるべきか、とは葛城の談である。

 

 というわけで、今日も多くの生徒をダメにした天白が、ダメになってしまった最後の客――星乃宮教師――を見送ったところで、新たな入室者が現れた。

 

「よろしくお願いします!」

「……いらっしゃい、帆波ちゃん」

 

 1年Bクラスリーダー、一之瀬帆波。彼女は普通の客ではなく、天白が最近始めた試みの効果測定役――要は、被験者である。

 被験者といっても投薬をするわけではなく、あくまでもマッサージにおいて新しい事を試すので、その効果がどれほどかを確認するためのテスターである。

 このテスターは主に天白の親友達に頼んでおり、櫛田や堀北の協力によって天白マッサージ店には姿勢矯正の施術が追加された経緯もある。エステから離れて本格的に整体方面へ手を伸ばしているのは、それだけ職員への需要が高いと見越しての事である。

 

 今回のテストは、マッサージにおいてのサブウェポン。道具を使用するといったものだ。

 

 マッサージといえば手で揉んで、押してというイメージが強いかもしれないが、道具もしばしば使用される。

 さすがに整骨院なんかで見るような電気を流すようなものに手を出すことは資金的にも資格的にも出来ないが、いわゆる小道具のようなものはこの学校でも購入することが出来た。

 今回試すのは、そのうちの一つである。

 

「……帆波ちゃんには、これを試してもらう」

 

 天白がニコニコしながら取り出したのは、一見してこけしのような見た目をしたものだった。お尻の部分からコードが伸びている為、電機で動く機械のようだ。

 

 おや? どうしたんだい? これは一般的なマッサージ道具だろう。それ以外に何があるというのだね。

 

 一之瀬はそのメカこけし――電動マッサージ機――を目にし……首を傾げた。

 

「これは、何?」

「……………え」

 

 天白はなぜか驚いたような表情をした。なぜか。

 

「……知らない?」

「え、うん……。マッサージに使う物、なんだよね?」

 

 一之瀬は本当に知らないようで、純粋に首を捻っている。その身に纏うのは浄化の光。ピュアすぎる白が邪な考えを押し流してしまう。

 

「……………うん、そう」

 

 「我輩が……間違っておったのだな……」と天白の中に潜む悪戯な魔王が消滅した。

 

 気を取り直して、テスト開始。

 体操服に着替えた一之瀬は、施術台にうつぶせになっており、天白は先ほど見せた電動マッサージ機とは違うタイプのもの――先端に丸いゴムのついた拳銃のような見た目のそれを準備した。

 

「あれ? さっきのやつは?」

「……あれは、私物。これは同じ原理だけど、効果が高いもの」

「にゃ? じゃあなんで「……セルフマッサージに使う物だから、見せた。一応」あ、うん……」

 

 一応……? と一之瀬は疑問に思ったが、まあ天白が言うならいいのだろうと誤魔化された。ここには邪な思いを抱くものは居ない。いいね?

 用意したマッサージ機――マッサージガン――をいったん脇に置き、天白は効果測定の為に一之瀬の身体を触診していく。

 

「……肩はあんまり凝ってない、ね」

「うん! 前に教えてもらったストレッチはずっとやり続けてるよ!」

 

 夏休みの時、一之瀬は肩こりに悩まされていた。そのため、天白が一度マッサージで解消してやり、その際にセルフケアの方法としてストレッチを教えたのだが、一之瀬はそれをしっかりと継続していたようだ。

 

 今回のテストでは、出来るだけコリがある状態からどれくらいほぐれるかを図りたいので、ほかの部分を探っていく。

 一之瀬は運動不足というわけでもなく、何より若いのでコリが発生する事も少ないのだが、長期休暇でのんびりしていたということもあり、セルフケアだけでは限界があるはずなのだ。例えば、下半身とか。

 天白は一之瀬のお尻を遠慮なく鷲掴みした。

 

「ひゃんっ♡ ゆ、百合ちゃん……そこはお尻……」

「……? それはそう。わたしは今、お尻の部分を確認している」

「えっえっ……あうっ♡」

 

 こら。悪戯な魔王が消え去ったからって、純粋な目で開き直れば許されると思うんじゃない。一之瀬もあまりにも堂々と揉みしだくものだから、間違っているのは自分の方なのではと戸惑っている。惑わされるな一之瀬。触診であることは間違いないが、こいつはマッサージ関係なしに揉みたくなったから揉んでいるというのもあるのだ。

 

 好き放題お尻を好きにした後、天白は一之瀬の片手を取り、器用にあおむけに姿勢を変えた。

 

「……はい、ごろん」

「わっ」

「失礼しまーす」

「え、ええっ! やっ♡ そこ、は……ぁっ♡」

 

 次に天白が手を付けたのは、かなり際どい部分――足の付け根だ。股関節とも言う。

 局部にかなり近い部分を触られ、さすがに一之瀬も恥ずかしがり体を固くさせるが、天白はそんなの関係ねぇとばかりに摩り、揉み、親指で押し込んでいる。無法か?

 

「……うん、大体分かった。帆波ちゃん、一回起きて」

「はぁ……はぁ……♡ う、うん……」

 

 天白は何食わぬ顔で触診を終え――心なしか顔がつやつやしている――その対称として、一之瀬は恥ずかしさと心地よさで若干息が荒く、外から見れば「大変えっちでございます」な状況なのだが、この場に邪な考えを持つ者は浄化されてしまったので存在しない。

 

「……最初は肩とか首をやろうと思ったけど、帆波ちゃんの場合コリも無いし効果が薄そうなので。今回は主に下半身を試そうと思う」

「か、下半身……?」

 

 一之瀬の頬が羞恥で朱に染まる。

 しかし天白はけろりとした表情で頷くと、概要を説明しだした。

 

「……ん。腰とか、股関節回りとか。骨盤の周りは大きな筋肉が多いから、そこが固くなるとほかのとこも影響してくる。例えば――」

 

 天白は一之瀬の両手を取り、手のひらを合わせると胸の高さまで持ち上げた。そのままぐぐっと上体を捻るようにして、右へと逸らしていく。

 

「……右は、このくらい。で、左は……これくらいまで。この位置を覚えてて」

 

 真正面を0°として、右に逸らすと大体45°くらいで止まり、左はそれよりも浅く、40°ほどで動かなくなった。

 

「……じゃ、はい。仰向けにごろんして」

「うん……」

 

 一之瀬は何をされるのだろうとドキドキしながら、天白の指示に素直に従い、仰向けに寝っ転がった。

 そしていよいよ、先ほど準備したマッサージガンを取り出した。

 

「あれ? さっきと先っぽが違うね」

「……アタッチメントでいろんな形がある。場所によって使い分けるの。全部シリコン製だから安心して」

 

 先ほどは先端が球形の物だったが、天白は先端が細めの銃弾のような形のものに付け替えていた。

 そしてまた無遠慮に一之瀬の左足を持ち、ぐいと横に開いた。

 

「きゃっ……こ、この格好……はずかし……っ」

「……大事なとこには当てないようにしてるから、動かないで、ね」

 

 無敵状態の天白はそう言って、スイッチを押す。ビィィィィという振動音がし、天白は空いた手に先端を押しつけながらも強さを調節し、良きところでおもむろに一之瀬の足の付け根に押し当てた。

 

「んひっ♡ ……な、なんかくすぐったいっていうか……不思議な感覚かも……」

「……痛くない?」

「いたくは……ひゃっ♡……ない、よぅ……」

「……それはよかった」

 

 微細な振動が股関節に当たり、ぶるぶると足の付け根が小刻みに震える。

 

 さて、筋膜リリースというものをご存じだろうか。

 テレビで取り上げられたこともあり、ここ数年で非常に知名度が上がり、多くの整骨院やマッサージ店でもメニューの一つとして大々的に広告されるようにもなってきた。

 詳しく話すと長くなるので非常にざっくりと噛み砕くと、筋膜とは筋肉の一つ一つを覆っている薄い膜の事であり、これが同じ姿勢を長時間取り続けていたりすることでその筋膜と深層部の筋肉とが癒着してしまい、その周辺の筋肉が動かしにくくなってしまう事がある。

 筋肉とは様々な箇所でつながり、連動しているので、一か所で動きが阻害されてしまうと全身に影響が出てしまう事がある。また、現代における肩こりはこの筋膜の癒着が原因であるという説もあるほどだ。

 この癒着はハンドマッサージでは完全に取り除く事が難しく、それを解消する手段の一つが、マッサージガンを使用し、固くなって癒着してしまった筋膜をほぐし、正常な状態へと戻して血行を促進することが筋膜リリースということだ。

 このマッサージガンを使ったケアは整体でも使用される他、アスリートもコンディショニングや運動前のウォームアップ等で注目されるなど、その効果の注目度具合が伺える。

 

 余談ではあるが、筋膜リリースの手段として最も効果が高いのは鍼治療という説がある。髪の毛よりも細い針で直接コリの原因にアプローチできるため、おすすめだ。ただし、針に恐怖感がある人はむしろ身体が固くなってしまい逆効果となるので、気を付けよう。

 

 ちなみに、天白はいきなり足の付け根から取り組んだが、首や脇、股関節回りなどは太い血管や神経が集まるところでもあるので、筋肉の知識が無い場合はその場所は避ける事を強く推奨する。天白も、自分の手で確かめた後に非常に弱い振動で慎重に行っているくらいなので。

 身体の中心から外に向けてほぐしていくのは間違いではないので、肩こりであれば、アタッチメントを球形のものにして首の付け根から肩を直線状に弱めの振動で伸ばすようにしたり、肩甲骨周りを。腰痛であればお尻の上の窪みや大腿四頭筋付近を広く行うようにしよう。

 

 足の付け根から外側に向けて、弱い振動で滑らせるようにしてマッサージガンを動かしていく。途中、コリがあって引っかかる部分には10秒ほど押し当て、ある程度満足すると指で直接確認し、今度はうつぶせに姿勢を変える。

 

 そしてアタッチメントを球形のものに戻し、お尻の上にあるくぼみ――大殿筋をほぐし始めた。

 

「あ”あ”~~~そこ、きもちいいかもぉ”~」

「……ここ? ここきもちいい?」

「あっ! そこ! しゅご……♡ ほぐれるううう」

 

 その後も大腿四頭筋や脊柱起立筋などを存分にほぐし終えたところで、テストは終了。

 再び身体を起こした一之瀬に、マッサージ前と同じ動作をさせると――

 

「お、おぉ~っ! すごい! さっきより動く! 魔法みたい!」

「……帆波ちゃんくらいのコリでもこれだけ効果があるなら、導入も大丈夫そう」

 

 先ほどよりも可動域が広がったことで、一之瀬は魔法をかけられたような気分となった。

 上半身の動きがよくなったのに、施術したのは下半身なのだ。びっくり体験である。今回は可動域が広がっただけだが、例えば背中や肩の痛みも、原因を探ってみれば腰や股関節回りの筋肉が凝っていたから……というような事もあるのだ。

 

「……これはケヤキモールの電気屋さんで売っていたから、帆波ちゃんも買えるもの。自分でマッサージできるから、おすすめ」

「そうなんだ……! んー……でも、百合ちゃんにマッサージしてもらいたいから、見るだけにしておこうかな」

「……んふふ。ありがと。じゃあ、せっかくだし足もやってあげる」

「いいの? ありがとう!」

 

 この後足つぼされて一之瀬はアブナイ扉を開きかけた。

 

 

 

◇ おまけ1

 

 

 

「……ただいま」

「おかえり! どうだった?」

「……いい感じ。桔梗ちゃんにもしてあげようか?」

「え? うん……でも、何を試したの?」

「これ」

「ぶふっ……! え? え!?」

「……どうしたの~? これ、何か知ってるの~?」

「だ、だだだだって、それ……!!」

「それ……なに? これは、マッサージ機、だよ? 桔梗ちゃん、どんな想像したの? の??」

「う、うぅ……っな、なんでもないよっ……」

「……んふふ、じゃあ、これで気持ちよくしてあげるね……」

 

 

 

 

◇ おまけ2

 

 

 

「あ、これ百合ちゃんがこの前使ってくれたやつだ」

「……………………」

「あれすごく気持ちよかったな。やっぱり買ってみようか――わああ!! 千尋ちゃん!? 鼻血が!」

「…………一片の、悔いなし」

「千尋ちゃん!? 千尋ちゃーーん!!」

 

 

 




・一之瀬帆波
性知識×
そのまなざしは純粋であった

・悪戯な魔王
悪は滅びた。なおすぐに復活する

・櫛田桔梗
性知識〇
際どい部分を悪戯な魔王に悪戯された。

・白波千尋
マッサージ機(意訳)でマッサージ(意味深)された……ってコト!?



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イベントクエスト:St. Valentine's Day

間に合ったッ!!!!!!

いつも感想ありがとうございます。ここすきや高評価、お気にいりもめちゃめちゃ励みになります。


 

 

 

 2月14日。

 何かと祭事に事欠かない日本であるが、この日も例によって特別な日である。

 

 バレンタインデー。

 一般的に、恋人の日とされており、日本独自の風習ではあるが、女性が思いを寄せる男性にチョコレートを渡すというイベントが発生する。

 

 そも、バレンタインデーとは、キリスト教における聖人歴――聖人の命日を記念した、聖人祝日が由来とされている――の中で、2月14日が命日となった聖ウァレンティヌスを悼む日の事である。

 この聖ウァレンティヌスという人物は諸説あるが――長くなるし複雑で面倒くさいのでざっくりとだけ説明をすると、結婚を禁止した過去のローマ皇帝に隠れこっそりと恋人たちの結婚式を執り行い、それにプッツンきた皇帝が、いきなり処刑してしまうのはよろしくないと改宗を命じたものの、それに抵抗し「愛」を説き続けた為、処刑されてしまったというキリスト教における聖人の一人である。

 聖ウァレンテイヌスは上記の出来事から恋人たちの守護聖人と崇敬されており、その後も歴史の中で様々な出来事を経て、命日である2月14日が今では恋人たちの祝日という形に落ち着いた。詳しく知りたければ、『バレンタインデー 由来』などで調べるといくらでも情報が出てくる。ただし複雑かつ諸説あるため、調べる時は覚悟されたし。

 

 さて。

 そんな2月14日であるが、他宗教国家である日本ではカップルを祝う日であると共に、チョコレートを用いて愛を伝える日にもなっている。

 何故チョコレートなのかは、菓子メーカーの広告宣伝が勇気が欲しい女性にポジティブに受け入れられ、定着したというのが有力な説とされているのだが。

 そこに何を思ったか義理チョコだの友チョコだのという概念も生えてきた。

 

 義理チョコについてはまだ理解が出来る。ようは女性にとって本番前のリハーサルにもなるのだ。男性も、貰えたという結果を受け取れるメリットがある。

 しかし友チョコはちょっとわからない。友愛という意味での愛を伝えると思えば解釈もできるが……。

 何? 友チョコと見せかけた本命チョコ? なるほど……?

 

 閑話休題。

 

 というわけで。女子にとっても男子にとっても。この日はちょっとそわそわする一日となっていた。

 

 そんな日の朝。天白の自室(With櫛田)では。

 

「……ん。桔梗ちゃん、準備できた?」

「おっけー! よいしょっと。毎年の事だけど、これだけあるとさすがに重いや」

 

 どっさりと山となったチョコレートの数々を、スクールバックとは別の大きなカバンに詰め込み終わった櫛田が、汗をぬぐうようなしぐさをしながら笑みを見せた。

 櫛田にとって、バレンタインとその前日は戦日である。

 フレンズがべらぼうに多い上に、その全てに義理チョコを配らなければならないのだ。そこに友チョコ分も含めると、その数はまさしく山の様。

 経済的にも結構な出費となっているが、フレンズ造りは櫛田の趣味のようなものなのでこなさねばならない。

 購入した大量の板チョコを湯煎し、型どって大量生産したものが殆どとはいえ、数がかさめば持ち運ぶのも一苦労だ。

 天白も同じチョコレートが詰まったカバンを持っているが、これも櫛田が配る用である。正しくは、櫛田・天白連名での義理チョコ達であった。

 

 というわけで。彼女達のチョコレート配布活動が始まった。

 

 

 

◇ CASE1 堀北鈴音

 

 

 

 最初のターゲットは堀北だ。

 寮から校舎までの距離は長くはないのだが、天白と櫛田はほぼ同棲しているため常に一緒であり、その親友たち――堀北、坂柳、一之瀬も「せっかくだから」と用事が無い限りは一緒に登校している。

 高度育成高等学校はクラス間で競い合うような仕組みであるため、上級生ともなると別クラスの友人というのは珍しい存在なのだが、一年生に関しては今更である事と、この5人は仲が良い事が周知されているため毎朝一緒に登校している姿も今や日常の一コマとなっている。

 この5人だけでなく、堀北のクラスメートである佐倉や軽井沢、Cクラスから椎名なども合流することがあり、完成された美少女集団を目撃したものは「尊ッ!」と尊みアナフィキラシーショックを発症する。

 

 彼女たちは寮のロビーで待ち合わせをするのだが、大抵の場合一番先に居るのは堀北である。

 

「……鈴音ちゃん、おはよう」

「おはよー!」

「ええ、おはよう。二人とも」

 

 短い待ち時間でも読書をしていた堀北は、読んでいた本から顔を上げると十人中十人が見とれるような可憐な笑みを見せた。

 この堀北、先の『堀北プロポーズテロ事件』から、現在夢と希望に満ち満ちた幸せ真っ最中であり、密かに脳を焼かれる被害者が増加させている。

 元々文句なしの美少女である櫛田をして「自分より上」と言わせしめた堀北だ。そんな彼女が朗らかな笑みを見せていれば、そうなってしまうのもさもありなん。水面下ではファンクラブも結成されているとかなんとか。

 

「はい、鈴音! ハッピーバレンタイン!」

「……ハッピーバレンタイン。鈴音ちゃん」

 

 櫛田と天白は、それぞれスクールバックから綺麗に包装されたチョコレートを堀北へと手渡した。

 友チョコ(親友エディション)である。

 それを受け取った堀北がとても嬉しそうに顔を綻ばせ、偶然視界に入った登校途中の生徒の脳を焼いた。

 

「ありがとう……毎年貰ってるけれど、何度もらっても嬉しいものね……」

 

 頬を僅かに朱染めした為、キルスコアがさらに増えた。

 

「じゃあ、私からも。百合、桔梗、ハッピーバレンタイン」

 

 お返しと、堀北もカバンから豪奢な包装のチョコレートを二つ取り出――ちょっと待て豪華過ぎねえ?

 黒地に金刺繍。手触りの良い包装用紙の外観だけでも「私、高級チョコレートです!」と存在感が発されている。

 そのブランドを知っている櫛田は恐れ戦いた。

 

「え、こ、これ……すっごい高いチョコレートじゃん……」

「ええ。私は二人と違って手作りが出来ないから……。少しでも感謝の気持ちを伝えたかったのよ」

「……ありがと、鈴音ちゃん。大事に食べるね」

 

 一つ数万円もするチョコレートなので重力磁場が発生しそうであるが、気持ち自体は嬉しい為天白は素直に受け取り、櫛田は今度またコミュ力研修をしてあげようと思った。

 

 

 

◇CASE2 坂柳有栖

 

 

 

 次のターゲットは坂柳だ。

 日々のトレーニングや天白の献身的なサポートおよびケアによって、坂柳は当初の予定よりもずいぶん早く杖の補助を必要としなくなっており、しっかりとした足取りで天白達に合流した。

 

「すみません、お待たせしましたか?」

「……だいじょぶ。わたしたちもついさっき来たところ」

 

 これで美少女が四人揃った。

 慣れた者は「良いものを見れた」と満足気な表情をしており、慣れない者はkawaiiに脳を焼かれ始める。

 

 ほわっと笑顔になった坂柳に、天白もニコニコとしながらスクールバックから堀北に渡したのと同じ包装の――中身は健康に気を使ってカカオ含有量の多いチョコレート――ものを差し出した。

 

「……え?」

「…………????」

 

 そしたらなぜか坂柳が固まった。

 どうした?

 

「ゆ、百合さん……これは……」

「……ん? チョコレート。バレンタインだから」

「あ! 私からも! はい、ハッピーバレンタイン!」

「!?」

「私のも受け取って頂戴。手作りではないけれど、気持ちは込めたつもりよ」

「!?!?」

 

 坂柳がなぜか大混乱している。

 

「そ、そんな……気持ちはとても嬉しいのですが、三人からだなんて……こ、困ります……。せめて卒業後に……で、でも……」

 

 さて、坂柳有栖という少女はいわゆる箱入りのお嬢様であり、また中学生までは身体が不自由だった事もあり交友関係というのがとても狭かった。

 彼女は非常に聡明であり、また自身の天才性について自負も抱いていた為、なおさら仲の良い友人というものには恵まれず、友人同士のイベントというのにとんと疎かった。

 

 なので。

 

 今現在坂柳の中では、『バレンタインデーでチョコを渡す=交際を申し込む』となっており、そこに【友チョコ】という概念は無い。

 ついでに言えば、天白櫛田はクラスメート女子たちと共謀して前々からチョコレートの用意をしていたのだが、当時坂柳は忙しくしていたため共済金の出資だけをしており全貌は知らない。それも男子たちに渡す用の義理チョコであるということくらいしか把握しておらず、女子同士でチョコを渡すとは夢にも思っていなかった。

 つまり、今坂柳視点では、親友三人から同時に交際を申し込まれている状況となっている。

 そうはならんやろ。

 

 しかし実際坂柳の中ではそうなっているのである。

 気持ちは嬉しい。同性同士の交際というのも別に忌避感は無い。そして恋愛観が未発達な坂柳は相手が親友であるこの三人の誰かから告白されたのなら、交際するのも真剣に検討するだろう。特に恩人という事もあって好感度ランキング最上位の天白からであればその場で頷いてしまうかもしれない。

 だけど今はなんと三人から同時に交際を申し込まれてしまったのだ。

 これには知将坂柳といえど混乱も必至である。

 

(なぜいきなりこんな……。ま、まさかモテ期というやつでしょうか!?)

 

 違う。

 

(そんな……こんなの、選ぶ事なんて……!)

 

 重ねて言うが、勘違いである。

 

 そうして坂柳は、勘違いしたまま――

 

「そ、そのっ……い、今は学業に専念したいといいますか、返事はほりゅ――「……有栖ちゃん」……え?」

 

 ちょいちょい、と何かを察した天白が手招きをするので、顔を寄せた坂柳に対して彼女は真実を告げた。

 

「……友チョコって、知ってる?」

 

 坂柳は顔を真っ赤にして小さくなった。かわいいね。

 

 

 

◇CASE3 クラスメート

 

 

 

 赤っ恥をかいた坂柳を生暖かい表情で慰めつつ、校舎までたどり着いた一行。一之瀬はBクラス女子連合によるチョコ配布会があるということで合流はしておらず、堀北は靴を履き替えている最中に下駄箱からチョコが転がり落ちてきた為、差出人を探すために分かれた。直接渡すのは恥ずかしいから下駄箱に入れたのだと思うのだが、人の心はないんか?

 

「みんな! おはよ!!」

 

 がらりとドアを開き、元気の良い挨拶をしながら入室をすると、女子はワッと色めきたって天白達に集り、男子はぴくっと反応をしながら様子を伺い始めた。分かりやすい奴らめ。

 

「桔梗ちゃん! おはよ~」

「みんな準備出来てるよ」

「うん。男子たちなんかもうそわそわしちゃって。見ててちょっと面白かった」

 

 男子がさらに反応した。天白が視線を投げると、さっと顔を逸らしている。橋本のようなモテる側の陽の人や、リーダーである葛城は平然としながら苦笑を浮かべているが、鬼頭等の寡黙なタイプですらちょっと期待するような様子なのは確かに面白い。

 

 朝のSHRまで時間もあまりないので、櫛田を先頭に、女子全員が教壇前に並んで声を張った。

 

「みんな! わたしたちAクラス女子からバレンタインチョコ! 一人一個ずつ持って行ってね!」

 

 瞬間、沸き立つ、オーディエンス(男子生徒)

 

「うおおおおお!」

「ッしゃあ!」

「信じてた! 信じてたよ櫛田さん!」

「中学時代勉強漬けだった俺でも……ついにチョコをもらえるんだ……!」

「Aクラスで良かったー!」

 

 大騒ぎである。

 一部を除き男子連中がお祭り騒ぎになっており収集がつかないので、代表して葛城が最初にチョコを受け取りにきた。

 

「すまないな、櫛田。それと他の女子も。わざわざみんなで用意してくれたんだろう?」

 

 苦笑しながらも礼を言えば、「そうだよ~」「ホワイトデーは期待してるからね!」とAクラス女子連盟から口々に言葉が飛び、葛城はホワイトデーにも同様に男子から共同出資をするか……などと考えながら机の上からチョコを一つ受け取って席へ戻ろうし――

 

「あ、待って葛城くん!」

「……葛城くんには、代表として前に出てもらうことも多いから。わたしと、桔梗ちゃんと、有栖ちゃんの三人からもう一つ別にある」

 

 三人連名での義理とはいえ、特別なチョコを受け取ってしまった葛城は「怨ッ!」というオーラを浴びせかけられ逃走した。

 橋本は終始腹を抱えて笑っていたが、櫛田から別でチョコを渡されてしまった為同じく逃走を試みた。

 なお、SHRが始まる前には流石に戻ってきたので、1限目が始まるまで数名の男子生徒から囲まれ無言で見つめられ続けるという責め苦を二人は味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 その後、一日かけてすべてのフレンズにチョコを配り終えた二人は、すっかり荷物も軽く――はなっていなかった。

 

 友チョコとは、友人に渡すものであり、当然テイクがあればギブもある。

 男子に配った義理チョコは完売したものの、女子に配った友チョコは差し引きでほぼトントン。櫛田宛だけでなく、天白宛ての物もあるので。

 半分以下とはいえ、それでも小山のようなチョコレートが天白の部屋のダイニングテーブルに積まれていた。

 

「毎年のことだけど、これからしばらくはおやつに困らないね」

「……うん。毎日ちょっとずつ、崩していこ」

 

 幸いな事に、もらった友チョコは多くがロカボチョコ。カロリー控えめなものであり、食べ過ぎなければどうということは無い。

 天白は早速適当な包みを開け、小さなチョコをぱくりと頬張った。

 なお、堀北からもらった超高級チョコレートは流石にすぐにあける勇気が出ないので冷蔵庫に大事にしまい込んである。

 

 さて。

 

 チョコレートは健康に良いとされているのをご存じだろうか。

 

 チョコレートの主材料であるカカオ豆にはカカオポリフェノールという成分が豊富に含まれており、これにより動脈硬化や高血圧などの生活習慣病に有効であるという報告が多数上がっている。

 また、チョコレートに含まれるテオブロミンという成分には毛細血管を広げ血流を良くするという働きがあり、健康や疲労回復に期待が出来るという。

 そのほか、ダイエットや肌悩みなど、含まれている成分によって改善が期待出来るので、健康に良いとされているのだ。

 

 良いのは身体にだけではない。

 先のテオブロミンやポリフェノール等の作用で、ストレスを軽減しリラックスが出来るとも言われている。

 

 無論、適量を摂取すればという前提ではあるが、このようにチョコレートは様々な効果が期待できるため、一日に20~25gを数回に分けて毎日摂取する事が望ましい。

 注意点としては、食べ過ぎないということと、普通のチョコレートはカカオ含有量が少ないため、効果的に健康や美容に気を遣うのであれば70%以上含まれているハイカカオチョコレートをチョイスするといいだろう。

 

「……はい、あ~ん」

「あ~ん♡」

 

 チョコレートについて説明をしている内にバカップル(カップルに非ず)がイチャイチャし始めた。

 天白が摘まんだチョコレートを、櫛田が指ごと咥え、おいしそうにもぐもぐと表情を綻ばせている。良い。

 そして櫛田の口から指を抜いた天白が、そのまま自身の口へと持っていき――おや? 流れが変わったな。

 

「……ちゅ。んむ」

「ゆ、百合……恥ずかしいよ……」

 

 ……チョコレートには、フェニルアチルアミンという成分も含まれている。

 こいつはなんなのかというと、フェニルアチルアミンはドーパミンの発生を促進する効果がある成分であり、そのドーパミンは快楽や意欲につながる脳内物質だ。

 

 つまり――

 

 天白は櫛田の隣に腰を下ろし、しなだれかかるように体重を預けながらチョコレートを摘まみ、櫛田の口元へと近づけ――

 

「……もっと、食べさせてあげる、ね?♡」

「……ごくり」

 

 チョコレートにはこんな別名がある。

 

 恋の媚薬、と。

 




聖ウァレンティヌスやらチョコレート効果は所詮ネットの聞き齧りなので話半分に思ってくだせい。
だから許して有識者の方々……優しく指摘して……

・橋本へのチョコ
主に上級生へのパイプが太く優秀な為幹部女性陣3名からの連名義理チョコ。義理だろうと明らかに他のチョコと違うのでクラスの怨嗟を浴びた。

・Aクラス女性陣
あの神室が出資だけとはいえチョコ買って渡してるんだよ?可愛くない???

・一之瀬
普通に友チョコ交換した。おまけで天白からハグも受けた。白波は食いしばりスキルを発動した。

・他のネームド男性陣
Aクラス男子と同じようなチョコを配った。綾小路は感動し、博士は卒倒しかけた。三馬鹿はあからさまな義理だが大はしゃぎであった


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