誰かの救世主 (スココLU)
しおりを挟む

新時代の幕開け

映画に脳を焼かれました。
毎日ウタのことばかりで辛い。
たすけて


世はまさに大海賊時代。

富や名声、力を求め、野望ある者たちは海へと繰り出した。

海賊たちにとっては夢の時代̶しかし、弱き者たちにとっては地獄の日々だった。

世界政府にも国にも守られない人々は強き者に財産・家族・命を奪われ、暗闇の中を生きるだけだった。

そんな人々の前にある日、一人の少女が現れた。

少女の歌は人々の苦しみを受け止め、日々の生活へ不安を覚える人々に希望を与えた。

人々は少女に希望を見出し、少女は苦しむ人々の願いを叶えようとした。少女は救世主としてみんなを導く。

そんな少女の傍には一人の男性が付き添っていた。彼の手には謎のキノコが握られている。

 

「…ウタ、そろそろ時間だ。始めよう̶みんなが望む新時代を」

「うん…わかってる。わかってるよ、みんな。みんなが幸せになる“新時代”を̶私が…私たちが作ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

【エレジア】。元々は音楽が栄え、十年以上前にとある海賊に滅ぼされた島。

まだ、復興の兆しが見えず、廃墟となった家が数多く見えるこの島で、今日とあるライブが行われることになった。

海上に設置されたライブ会場では多くの人々がごった返ししており、物販ブースでは様々なものが売り切れとなっていた。

その会場にとある海賊も参加していた。

 

「楽しみだな~!ウタが初めて行うライブ」

「今まで目の前で歌を披露することはなかったからね」

 

ウソップとナミが歩きながら言う。

その後ろにチョッパー、フランキー、ロビンが続いていた。

 

「生でウタの歌を聴ける日が来るなんて…しかもこんないい場所で…おれ…おれぇー!」

 

チョッパーは体をくねらせながら、感極まっていた。

【ウタ】。それが今回のライブを行う少女の名前だ。

ウタは特殊な電伝虫を使い、世界中に歌を届けている。今や世界で知らないものはいないほどの有名人だ。

 

「それにしてもよくここでライブができたな。まだ復興も進んでおらんようだし、船の往来も少ないはずじゃろ」

 

ジンベエが海で泳いでいる人魚たちを確認すると、疑問におもっていたことを口にする。

それに答えたのはピンクのパーカーを来たブルックだった。

 

「それはポベウスさんのおかげですね。彼が手回しをして物資や船を用意したそうですよ」

「なんでお前がそれを知ってるんだ?」

「ウタちゃんがライブで言ってたんだよ。お前も配信を見やがれクソマリモ」

「何だと鼻血コック!」

 

額を突き合わせてにらみ合うゾロとサンジをよそに、麦わらの一味船長モンキー・D・ルフィはバーベキューに夢中になっていた。

 

「!おいそろそろ始まるぞ!」

 

ウソップの声に一味全員がステージへと目を向ける。

観客全員がライブの開始を感じ取ったのか、ステージへと注目している。会場は静粛の空気に包まれていた。

しばらくすると、奥から一人の人物が現れてきた。その人物は齢50とみられる白髪が目立つ男性だった。

 

「あぁテステス…えぇ、みなさんこんにちは。私の名はポベウス。この度はライブにご参加いただき誠にありがとうございます。…いつもであれば何か世間話をするところですが、今日は歌姫ウタの初生ライブ。みなさんも待ちきれないでしょうから、今回は私の話は割愛させていただきます」

 

ちらほらと不満の声があがる。ポベウスと名乗った男性は頬を少し染めながら、話を続けた。

 

「みなさん、本日はライブを存分に楽しんでください。それでは登場していただきましょう。本日の主役、歌姫ウタです!」

 

ポベウスが横へそれ、ステージ上から消えると観客たちの歓声が聞こえる。

人々の歓声に迎えられ、赤白色の髪の少女がステージ上に姿を現す。ウタだ、と誰かが呟く。ウタは息を深くすると、まっすぐ前を見据えたまま歌い始めた。

 

「新時代はこの未来だ 世界中~全部かえてしまえば~ かえてしまえば…」

 

ウタの代表曲【新時代】。日々の苦しみを打ち消してくれる希望の歌。

ウタの重量感のある声が響くと同時に空が青く晴れ渡った。歌声は麦わらの一味を含め会場にいる観客、ローグタウンやアラバスタ、魚人島、フーシャ村、世界中へと電伝虫を通して届く。

楽しそうに歌を歌うウタを見てポベウスはこぼした。

 

「ようやく…ようやく新時代が誕生する」

 

その声はウタの歌声と観客の歓声にかき消される。

違う場所ではライブ会場を一望できる場所から肩まで伸ばした縮れ髪とサングラスをかけた一人の男がライブを眺めていた。

 

 

 

【新時代】の歌唱を終えたウタは、観客たちに向けて笑顔で呼びかけた。

 

「みんな、やっと会えたね!ウタだよ!」

 

会場が歓声に包まれる。その中にはウソップやナミ、チョッパーの声も混じっていた。

ウタはその歓声に感動し、目元をぬぐい、表情を引き締めた。その目には力強い決意が宿っていた。

会場はウタの生歌を聞けて喜んでいる観客の声であふれていた。しかし、中には不敵な笑みを浮かべているものもいる。

観客のみんなが熱狂する中、ルフィだけは歓声を上げることなく、まじまじとウタを見ていた。そして、ふいに手を伸ばして照明を掴み、地面を蹴った。

それに気づいたウソップたちの静止の声もむなしく、ルフィはウタの前へと着地する。

突然現れたルフィにウタは目を丸くし、ポベウスはファンの乱入と思い、ウタの下へと駆けていく。観客たちも現れたルフィに騒ぎ始めていた。

観客たちから野次が聞こえるが、ルフィは気に留めることなく、ウタと視線を合わせた。

 

「あ、やっぱりウタだ!俺だよ、俺!」

「ん~?俺?」

 

ウタは数秒きょとんとし、ルフィを見つめると、見覚えのある顔にハッと目を見開き、特徴的な髪をぴょこんと上げる。

 

「…もしかして、ルフィ?!」

「久しぶりだな!ウタ!」

「ルフィ~!」

 

ウタとルフィはお互いに両腕を広げて抱き合う。二人の行動に観客だけでなく、麦わらの一味とポベウスも驚いていた。

ポベウスは呆然としながらゆっくり歩いて二人の下へたどり着くと、みんなを代表してあることを聞いた。

 

「二人は、知り合いなのか?」

 

それに続き、ウソップとチョッパー、サンジも二人の関係について問いていた。

 

「だってこいつシャンクスの娘だもん」

「あっ」

 

ルフィがあっけらかんに言うと、ウタは不意を突かれた表情をした。一瞬会場が鎮まると、空気が震えるほどの驚愕の声が響き渡る。ポベウスはどこか険しい表情で二人を見ていた。 

【シャンクス】赤髪海賊団の大頭で、四皇の一人。そんな大物に子供がいる、しかもそれがウタだとは誰しも思っていなかった。

観客たちのざわめきはなかなか収まらず、ライブは完全に中断されてしまった。すると、突如ステージに上がる不届き物が現れた。

彼らは海賊であり、狙いは歌姫ウタだった。ルフィとポベウスはウタを庇うように立ちはだかる。

海賊がウタに近づこうとすると、「熱風拳!」という声と共に猛烈な熱風が吹きあふれ海賊たちを吹き飛ばす。

攻撃を仕掛けたのは四皇ビックマム海賊団の一員、オーブンだった。オーブンは鏡を手に持つと鏡からやせ細った背の高い女性が現れた。彼女もビックマム海賊団の一員であり、名はブリュレ。

彼らも先程の海賊と同様ウタがねらいであった。彼らに続き、続々と海賊が現れ、ルフィたちを囲い始める。

騒動を遠くから見ていた海軍ヘルメッポは慌てて飛び出そうとするが、コビーに制止されてしまう。コビーはルフィたちが何とかしてくれると信じているのだ。

そして、期待通りルフィの仲間たちが動き始めた。彼らは各々海賊たちを打倒していく。しかし、海賊たちも黙ってやられるわけではなく、反撃を開始した。

徐々にヒートアップしていく戦闘に観客たちが怯えていると、突如ウタが声を上げる。

 

「はーい、そこまで!喧嘩はもうおしまい!ルフィたちも守ってくれてありがとう」

 

海賊同士の戦いを喧嘩と呼ばれ、不快になるオーブンたち。しかし、ウタは彼らのことを気にもかけなかった。

 

「みんな私のファンなんだから仲良くしよ!海賊何てやめてさ。私の歌を聞いて楽しもうよ。私の歌があればみんなが平和で幸せになれる!」

 

ウタは自分の思いを伝えるが、オーブンを含め海賊たちは誰一人ウタの発言を信じることなく、馬鹿にしていた。

せっかくのライブが台無しになり、ウタが危険な目にあっていることに観客は海賊たちへ怒りをあらわにする。

ウタはちっとも自分の理想を理解しようとしない海賊たちに落胆し、「…残念」と視線を落とした。

 

「なら歌にしてあげる!」

 

海賊たちがウタの言葉を不思議に思っていると、ウタは今まで黙って傍にいたポベウスへと視線を向けた。

ポベウスはウタの伝えたいことを理解したのか頷き、前を見据えた。それを確認すると、ウタはにっこりと目を細め、歌を歌い始める。

【私は最強】。己を、聞いたものを鼓舞させるような歌が響き渡ると、ウタの体が光に包まれていく。着ていたワンピースが鋼鉄の鎧へと変わる。

 

「服が変わった!?」

 

ナミがウタの様子に驚いていると、ウソップとチョッパーも驚愕の声を上げた。

 

「おい!なんだあれは!」

「うぉぉぉ!?なんか出てるぞ!」

 

ウソップとチョッパーが指さす方を見ると、ポベウスの足元に渦ができ、渦からは様々なものが飛び出していた。ユニコーンや竜、キマイラなど空想上の怪物が現れ、海賊たちに襲いかかる。

それら怪物はウタと連携し、海賊を次々と倒していく。倒された海賊たちは五線譜に捕まり、上空へと打ち上げられ、宙に張り付けられていた。

劣勢になったオーブンは妹のブリュレを逃がそうと、音符や怪物に攻撃するが、音符にははじかれ、怪物たちには逆に返り討ちにされていた。

そして、遂にビックマム海賊団全員が捕まり、宙へと打ち上げられ、一つの譜面が完成した。

 

「みんなー!悪い海賊は私たちがやっつけたから安心してねー!」

 

観客はウタの強さに興奮し、歓声を上げる。ウタが海賊の娘でも、海賊側ではないことに安心していた。

ルフィたちは脅威が無くなったのに気づくと、元の場所へと歩いていく。途中ウタとポベウスの能力について議論するが、納得いく答えは出なかった。

ルフィが席へ戻るのを確認すると、ウタは変身を解き元の姿へと戻る。客席の方へと向いたウタは今回のライブがエンドレス…永遠に続くと告げる。

それを聞いた観客たちは喜び、「U!T!A!」と声援を送った。

ウタは歓声の中、さらに世界中へと向けて「ライブを邪魔するものは自分が許さない」と言葉にすると、最後に決意を込め高らかに宣言した。

 

「私は新時代をつくる女、ウタ!歌でみんなを幸せにするの!」

 

観客は今まで以上に盛り上がっていく。ポベウスはその様子を見て笑みを浮かべる。

ウタは自信に満ちた顔で次の曲を歌う。

 

 

 

 

あれからいくつもウタは歌を歌ったが、いつもの配信のように疲れている様子はなく、音符に乗りながら元気に空を駆け回っていた。

ウソップやチョッパーがウタを目で追っていると、ルフィたちがいる場所にポベウスが現れる。

 

「やぁ君たち、ライブは楽しんでいるかな?」

「あぁもちろんだぜ!こんな楽しいことは他にねぇよ!」

「俺…ここにこれて…ほんとによかった!」

 

ウソップとチョッパーは感激のあまり涙を流していた。他の仲間もウソップ達ほどではないが、それぞれ楽しんでいるとポベウスに伝える。

 

「そうかそうか。そう言ってもらえるだけで私は嬉しいよ。もちろんウタもね…それはそうと、自己紹介がまだだったね。私はポベウス、ウタのマネージャーさ」

 

ポベウスに続き、麦わらの一味も自己紹介を交わす。すると、肉に集中していたルフィがポベウスへ振り向いた。

 

「ハムハム…そういやよハムハムおっさんは…ガツガツウタと知り合ってゴクンなげぇのか?」

「喋るか食べるかどっちかにしなさいよ!」

「いってぇ!!」

 

ルフィはウタとポベウスがどう知り合ったのか気になるらしく、肉を頬張りながら尋ねるが、ナミに怒られてしまい、頭の上にたんこぶができる。

ポベウスはその行動に少し笑うと、ルフィの問いに答えた。

 

「そうだね。私とウタが出会ったのは二年半前ぐらいかな̶̶」

 




もうラスト直前まで書いてあるため、今週の金曜までには全部投稿する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウタの配信

ウタには幸せになってほしい。


それはそれで曇っても欲しい。



二年半前、ウタが配信を始めて半年のエレジアの沿岸。

 

「今日もみんな聞いてくれてありがとう!」

『すごかったよウタ!』『ウタの歌を聞くと元気になれるよ』『次の配信が楽しみだねぇ』

「ハハハみんなありがとう!それじゃあまたね!」

 

今日も今日とて配信を行っていたウタは疲れが出始めたので配信を終えることにした。

日はまだ高く、影の長さは自身と同じくらいだった。疲れはあるが、歩けない程ではなかったので、ウタは沿岸を散歩することにした。

配信を行うまでは毎日のように散歩していたため、どこに何があるか、どんな生物がいるかを知っているウタとしては目新しいものはなかった。

しかし、もしかしたら半年前の電伝虫のように面白いものが流れ着いているかもしれないと思い、ウタは足を進める。

 

沿岸には流木や貝殻、どこから来たのか分からないゴミであふれていた。

いつもと変わんないなぁと思いながらウタは海を眺めていると、視界の端に船らしきものを捉えた。

ウタは何か入っているかもと思い、足を弾ませながら船へと向かう。

ある程度近づいたウタはその船が小舟で、傷が複数あることに気づく。どこからか流れ着いたのかなぁと首を傾げていると、小舟の方からうめき声が聞こえてきた。

ウタは誰かいるのかと驚きながらも慌てて駆け寄り、船の中を見ると、灰色のコートを着た自分よりはるかに年上であろう男性が横たわっていた。

男性はどこか具合が悪いのか、それとも悪夢を見ているのか、苦痛の表情を浮かべている。

ウタは初めての状況に困惑し、右へ左へとうろうろするが、しばらくすると両手で頬を叩き、お世話になっている人物を呼びに城へと走っていった。

 

 

 

 

「う、うぅ……ここは一体」

 

男が目覚めるとそこは知らない場所だった。あたりを見渡しても自分の記憶にあるものは何もなかった。

男がこれまでの記憶を掘り起こそうと頭を押さえていると、ガチャッと扉が開く音が聞こえる。

男は突然の音にバッと体を扉の方へ向け、何が起こっても対処できるように身構えた。

 

「おや、起きたのかね。目覚めはどうだい?」

 

扉から入ってきたのは縮れたグレーの髪を肩まで伸ばした年老いた男性だった。何かの絵本で見たことのある怪物のような見た目をした男性は自身を警戒している男に事情を説明した。

 

「君はこの島の海岸で漂着したいたんだよ。それを私の教え子が見つけたんだ」

 

男は目の前の男性が自分を救ってくれた恩人であると理解すると頭を下げた。

 

「失礼な態度をとって申し訳ない。そして、助けてくれてありがとう。私の名前はポベウス、しがない浮浪者だ」

「ポベウスか。私はゴードン、この島エレジアの国王だ。…元、だがね」

 

エレジア、その名を耳にしたポベウスはゴードンへとあることを尋ねた。

 

「エレジアというと…十年前に海賊に滅ぼされた国か?いや、ですか?」

「敬語は大丈夫だよ…その認識であっている。今は私と教え子の二人しかこの島には住んでいない」

「分かった。自分のことは呼び捨てでかまわない…私はエレジアに流されてきたのか」

 

ポベウスが考え事をしているのを見て、今度はゴードンが質問する。

 

「君はどこからきたのかね?船の中に物資はほとんどなかったが…」

「私は南の海のしがない島出身だ。とある事情で偉大なる航路にいてね…航海していたら嵐にあって目が覚めたらこうなっていた」

 

両の掌を上に向けて首を少し傾けるポベウス。ゴードンは何か言いたくない事情があるのだろうと察し、これ以上聞くことはなかった。

 

「それより、私を見つけたのはあなたの弟子といっていたが、来ていないのか?そちらにも礼を言いたいのだが」

「あぁ…彼女なら部屋にいるよ。呼んでこようか?」

「いや助けてくれた恩人なんだ。自分から出向くさ」

 

ポベウスは先程まで寝込んでいたとは思えないほど軽やかに立ち上がる。ゴードンはもう大丈夫そうなポベウスに安堵し、彼を弟子の下へと案内した。

 

 

ゴードンとポベウスがいくつか会話を交わしながら廊下を歩くこと数分。ポベウスの耳にどこか聞いたことのある心地よい歌が聞こえた。

ポベウスは隣を歩くゴードンにこの歌は何なのかと聞く。

 

「あぁ、これは彼女が歌っている歌だね。半年前に新種の電伝虫を拾ってね。ウタはそれを使って世界中に配信しながら歌を届けているんだ」

 

ポベウスはゴードンの説明に驚きながら徐々に大きくなっていく歌に耳を傾ける。その歌は聞いたものの心を落ち着かせるような歌だった。

そして、ある扉の前につくとゴードンは人差し指を唇の前に上げ、ポベウスを見るとゆっくりと扉を開けた。

ポベウスは静かに扉の隙間から中を覗くと、そこには赤白のツートンカラーと二つの輪が特徴的な髪型の少女が電伝虫に向かって歌を歌っていた。電伝虫からの映像には様々な場所にいる人々が映し出されている。

 

「今日も応援ありがとう!みんなの応援で今後も頑張れるよ!」

『こっちこそありがとうウタ!』『今日の配信もすごかったよ!』『いつでも聞いていたいの~』

「ヘヘヘ、ありがとう!じゃあ次回も楽しんでいってね!」

 

どうやら終わったらしく、ウタと呼ばれた少女は電伝虫を切っていく。

 

「…いい歌だな。聞いてるこっちが元気になる」

「あぁ、彼女の歌声は天使の歌声さ…彼女の歌は人々を幸せにし、世界を平和にする力を持っている。それが世界に届くようになって私は嬉しく思うよ」

 

ゴードンはウタの姿を微笑みながら見ていた。ポベウスはそんなゴードンを一度見ると、ウタへと視線を戻した。彼女はまだ片づけを行っている。

 

「さて、そろそろ彼女を紹介しないと」

 

ゴードンは一度扉を閉めると、ノックをした。すると中から慌ただしい音が聞こえてきた。

数十秒後に音が止み、「は、入っていいよ」と許可が下りる。ゴードンが「失礼するよ」と中に入るとポベウスも続いた。

 

「どうしたのゴードンさんって、あっ!よかった、目覚めたんだ!」

 

ウタはゴードンの後ろに自分が見つけた男性がいるのに驚きの声を上げる。ゴードンはお互いを紹介した。

 

「ウタ、こちらはポベウス。ポベウス、こちらはウタ」

「はじめましてウタ。この度は助けてくれてありがとう。お嬢ちゃんが見つけてくれなかったら今頃私はこの世にいなかった。本当にありがとう」

「そ、そんなに感謝されることじゃないよ。それに困っている人を助けるのは当たり前だから」

「ハハハ、優しいお嬢ちゃんだね」

 

ポベウスはウタにこれ以上ないほどの感謝を示すと、ウタは両手を振りながら応える。

ゴードンはそんな彼らを微笑みながら見ていた。

 

「お互いに自己紹介も済んだことだし、そろそろ食事にしよう。今日は珍しく客人がいるんだ豪勢にしないとね」

「あ、じゃあ私手伝うよ!」

「私も手伝おう。こう見えて料理は何度かしたことがある」

 

窓から見える空は赤く染まっており、太陽が地平線スレスレに存在していた。ゴードンとウタは新しい客人ポベウスを迎えてその日を終える。

 

 

それから数か月が過ぎた。

ポベウスは戻る場所も行く当てもないらしく、ゴードンの手伝いをしつつ、忙しいゴードンの代わりにウタの相手をしていた。

ウタは自分のわがままを叶えてくれたり、様々なことを教えてくれたりするポベウスを祖父のように感じていた。

ゴードンはそんな二人を微笑ましく眺めていた。

 

そんなある日。

その日もウタは配信を行い、世界中へと歌を届けていた。その後ろではポベウスが目を閉じながら配信を聞いている。

 

「それじゃあみんな、今日もありがとう!またね~!……う~ん、どうしよっかな~」

 

通常なら配信が終わるとどこかへ向かうウタであったが、その日は配信を終えてもその場にとどまり、何か考え事をしていた。

そんなウタにどうしたのかと聞くと、ウタはポベウスへと体を向けた。

 

「ん~、いつも配信を始めたらすぐに歌を歌うんだけど、歌う前に何かやった方がいいかなぁと思って。もっとファンに楽しんでもらいたいんだよね~」

 

ウタの悩みにポベウスはウタの歌だけで十分なのでは?と考えるが、そこがファンに愛される所以なのだろうなと納得した。

ポベウスはウタと一緒に配信をより良くする策を考えるために思考を回転させた。ポベウスとウタが悩むこと数十分、ある案が思いついた。

 

「なら何か世間話とかしたらどうだい?」

 

ポベウスは歌う前に何かを語ることでファンのみんなが嬉しがるのではないかと提案する。また、曲にあった話をすることで歌にもっと感動してくれるのではないかとも話した。

説明を聞いたウタは名案と言わんばかりに目を輝かせる。

 

「うん!それいいかも!早速次回からやってみよう!でも、私が話してもなぁ。かといって忙しいゴードンさんにやらせるわけにもいかないし。ん~…あっ!そうだ!」

 

ウタは独り言をぶつぶつというと、突然ポベウスの方を見た。ポベウスはそんなウタにどうしたのかと尋ねる。

 

「ポベウス!私の代わりにお話ししてよ!」

「…え?」

 

ウタはこの数か月間ポベウスからいろんな話を聞いていた。十二年間ゴードンのみしか相手がいないこともあり、外の話をほとんど知らなかったウタ。

そんなウタにとってポベウスの話は興味深いものばかりだった。また、ポベウスは多くの島を訪れた経験があるのか、話のネタが豊富であり、興味が尽きることもなかった。

そのことを思い出したウタはポベウスに代わりに話をしてもらうように提案した。まさかの提案に驚きの声を上げ、固まるポベウス。

ウタがポベウスの目の前で何度か手を振ると、それに気づいたポベウスは行動を再開した。

 

「いや、それは…大丈夫なのか?突然君の配信に知らない人が現れたらファンのみんなは驚くんじゃないのか?それに男が現れたらファンのみんなが嫉妬しないか?」

 

至極まっとうなことを聞くポベウスだったが、ウタは気に留めなかった。

 

「う~ん、大丈夫じゃない?ファンのみんなも喜んでくれるよ!それにポベウスだったら嫉妬もしないでしょ!おじいちゃんだし!」

「おじい…ちゃん…」

 

ポベウスはウタのさりげない一言に傷つき、両手と両膝を地面へとつけた。自分が年を取っている自覚はあったが、まさかおじいちゃんと呼ばれるとは思いもしなかったのだ。

ウタは突然地面に伏したポベウスに疑問符を浮かべる。その状況はゴードンが呼びに来るまで続いた。

 

 

一ヵ月後、ウタの配信はかってない盛り上がりを見せていた。

 

「みんなウタだよ!今日も配信を見に来てくれてありがとう!」

『うおぉぉぉ!ウタちゃぁぁぁん!』『今日も最高の歌を聞かせてくれぇ!』『あぁ今日も一日頑張れそうだ』『ウタかわいいぃぃぃ!』

「ヘヘヘ、嬉しいな~」

 

ウタは少し頬を染め、照れていた。しばらくして、ウタは横にそれ、ポベウスの名前を呼んだ。

 

「それじゃあ、今日もいつものやっちゃうよ!ポベウス!」

「はいよ。全く、ウタもみんなも何でこんなおっさんを待ち望んでいるのかね」

 

一ヶ月前とは違い、自分からおっさんと呼ぶポベウス。ウタに代わり、電伝虫の前に来ると、ファンのみんなから歓声が聞こえてくる。

あの後、ウタの説得により、早速次の配信から参加することになったポベウス。最初はいきなり見知らぬおっさんが出てきたことに困惑していたファンだった。

しかし、人生経験が豊富故かポベウスの話にファンたちは魅了され、配信を行うごとにポベウスのファンが増えていった。

今ではウタの歌の次にファンたちの楽しみとなっていた。その配信を偶々見ていたゴードンは飲んでいたコーヒーを噴き出していたが。

 

「それじゃあ、今回はとある村の勇気ある青年の話でもしよう」

 

ポベウスは青年が村の仲間と協力して海賊を対峙する物語を話し始める。

大海賊時代の今、海賊によって大切なものを奪われるものは多い。ファンの中には実際に経験する者もいた。そんなファンにとってポベウスの話はなじみ深いものでもあり、青年が海賊を倒す場面では強い喜びを感じていた。

 

「̶こうして青年は海賊を倒し、村に平和が訪れました」

 

ポベウスの話が終わるとファンたちは歓声を上げる。ポベウスはファンのみんなに感謝を伝えると、ウタを呼び横にそれる。

ウタはファンの歓声の中、笑顔で前に出る。

 

「ポベウスありがとう!海賊がやられる話を聞くと心がスカッとするよね!今日はその気持ちを盛り上げるために【逆光】を歌うよ!」

 

【逆光】。人々を虐げる存在への怒りを表現した歌であり、歌詞にはそれに屈せず戦っていくことの内容が込められていた。

ウタはすうっと息を吸うと、元気よく歌う。その歌を聞き、ポベウスとファンのボルテージは上がり始める。

 

さらに一年後、ウタの人気は留まることを知らなかった。ファンは爆発的に増え、今まで以上に配信に参加する人は増えていった。

単にウタの歌声が人伝に広まっていった、ポベウスの話が面白いというのもあるが、それ以上にファンが増えたのはとある理由があった。

それはポベウスがウタの歌をもっと世界に広めるための行動をしていたのだ。ポベウスはどこから入手したのか分からないが、各国や様々な組織への伝手があり、それを使用してウタの素晴らしさを広め、配信が多くの人に見られるようにしていた。

以来、ポベウスはウタのマネージャーとしてファンから認識されるようになり、ウタはみんなから望まれるようになった。

 

 

 

 

 

 

「̶̶以上が私とウタの出会いさ」

「へー、そんなことがあったのね」

「流石ウタちゅあ~ん!心も美しいぜ!」

「それじゃあ、おっさんはずっとエレジアに住んでんのか」

「そうだね、ゴードンとウタにはいつも世話になっているよ」

 

ポベウスの過去話に麦わらの一味が耳を傾けていると、上空から観客にお菓子やぬいぐるみなどを配っていたウタが音符に乗ってやってくる。

ウタは上空で音符を消すとスタッと地面に着地した。

 

「ルフィ!みんな!楽しんでる?」

「はひ!プリンセス・ウタ!」

「食材が豊富だし、コックにとって天国だよ」

「酒もたくさん飲めるしな」

 

ウタの登場に麦わらの一味は各々違う反応をするが、どれもウタに感謝するものだった。

ウタはその感謝に照れ、顔を横に逸らすと、ポベウスがいるのに気づいた。

 

「あれ?ポベウス、どうしてここに?」

「なに、ウタの知り合いらしいからね。どんな人物なのか気になったのさ。いい人そうだし、そこの麦わら帽子の子はどこかウタに雰囲気が似ているね」

「え~ルフィと一緒にしないでよ~。私はルフィみたいに子供じゃないもん!」

「おいウタ!どういうことだよそれ!」

「そういうところだよ~」

 

ウタが幼馴染に似ているといわれ、文句を垂れるがその顔はどこか嬉しそうだった。一方、ルフィはウタの発言を真に受け、反論する。

ポベウスがウタが子供のようにはしゃいでいるのを微笑んでいると、そろそろ時間が来ていることに気づいた。

 

「ウタ、そろそろ時間だから私は戻るよ。ルフィ君たち、存分にライブを楽しんでくれ…大丈夫かいウタ」

「うん、大丈夫…またねポベウス」

「またな!おっさん!」

 

ポベウスはウタの肩に手を置き小さくささやくと、その場から移動する。

その時、ポトンと何かが地面に落ちた。ポベウスはそれに気づかなかったが、近くにいたロビンが気づき、地面に落ちたそれを拾い上げる。

ロビンは手に持ったそれを見ると、ロケットペンダントであることに気づく。そのペンダントは黒と白で彩られており、表面には牙が生えた鼻の長い四足歩行の動物が描かれていた。

ロビンはどこかで見たことのあるその絵を不思議に思いながら、持ち主に声をかける。

 

「ポベウスさん落としましたよ」

「ん?あぁすまない」

 

ポベウスはロビンからロケットを受け取るとポケットへとしまい込んだ。

 

「…これは私の大事な物なんだ。拾ってくれてありがとう」

 

ポベウスはロビンに感謝し頭を下げると今度こそ階段を降り、ルフィたちがいる場所から離れていく。足を進めるポベウスの耳にはウタと麦わらの一味の賑やかな声が聞こえていた。

 




毎日三話ずつ投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

計画の真相

ウタとルフィが十二年ぶりに再会してから数十分が過ぎた。

その間、ウタは自分の幼馴染が海賊になっていることを知り、海賊を辞めさせようとルフィたちと敵対する。

ルフィ以外は反撃をするが、その甲斐むなしく船長であるモンキー・D・ルフィ以外は捕らえられてしまった。

ウタは唯一逃げ出したルフィを見つけに観客たちを連れて島を歩いていた。

一方、追われる身となったルフィとルフィを助け、共に行動することになったバルトロメオとトラファルガー・ロー、その部下ベポはとある人物の案内の元、島にある聖堂に身を隠していた。

男性は頭頂が禿げあがり、両脇の髪だけを伸ばし、サングラスをかけていた。

 

「私の名はゴードン。かってこの国エレジアを治めていたものさ」

「国?国と言っても人は誰もいねぇべ」

「かってここは世界一の音楽の都として栄えていた。しかし、一夜にして滅んでしまった。ある大物海賊に襲われたという噂だが…」

 

バルトロメオの疑問にローが答えると、ゴードンは重い口調でウタの話をした。

 

「ウタはこの島で私が育てた。当時、この島には私とウタの二人っきりだった。彼女はまだ幼かった。私の前では気丈に振舞うが、一人になるといつも歌を口ずさんでいた。私は彼女を励ますために音楽を教え、苦手な料理を練習して「カタン」…」

 

ゴードンは何か固いものが落ちた音がしたため、そちらを見るとルフィが石を積み重ねて遊んでいた。

ゴードンはその行為に文句を言うが、バルトロメオに先を促され、しぶしぶ続きを話した。

 

「あの子の歌声はまさに天からの贈り物だった。彼女の歌を世界に届けばそれだけで人々が幸せになるものだった。ただ、彼女の歌を世界に届ける方法が当時の私には思いつかなかった。

だが、それは唐突に表れた。二年ほど前、エレジアの海岸に映像と音声を不特定多数に配信できる新種の電伝虫が漂流した。偶然か、それとも神からの贈り物か。それを拾ったウタは解き放れたかのように自分の歌を外に発信していった…しかも奇跡はそれだけではなかった。半年後に同じく沿岸に漂着してきた人物がいた。それがライブの初めに出ていたポベウスだ。彼はどうやって手に入れたか知らないが、様々な国や組織に伝手があった。それのおかげで今まで以上に彼女の声が世界に広まり、より多くの人々を魅了していった。

だが、世界を知るうちに彼女に新たな自覚が芽生えてしまった。大海賊時代は争いや血が絶えない。最初は歌を聞いてもらえればよかったのに、いつの間にかウタを救世主と崇めるファンが増えてしまっていた。それらを聞いたウタは̶̶」

 

アラバスタ、ウォーターセブン、魚人島、各海の名もなき島々̶世界中の人々がウタに感謝と賛辞の声が、さらには手紙も届くようになっていた。

それらにはさまざまな思いが込められていた。海賊に村を焼かれた怒り、国が守ってくれない虚しさ、海軍や世界政府、天竜人に家族を殺された悲しみが書き綴られていた。しかし、ウタの歌を聴いている時だけは忘れることができる、楽しく感じることができると記されていた。

ウタはその時初めて外には残酷な世界が広がっていることに気づいた。

そして、決意したのだ。

自分の歌を愛してくれる人々のために“新時代”を作ることを。

 

「頼む、ウタとポベウスの計画をとめてくれ!ウタの友人であるルフィ君ならできるはずだ!」

 

ゴードンの悲痛な叫び声が聖堂に響き渡る。しかし、ルフィはろくすっぽ聞いていなかった。

 

「計画というのはこのライブのことか。それとポベウスというやつは何故協力している」

 

ローが一歩前に出て聞く。すると、後ろにいたベポから陽気な音が聞こえてきた。ローはまたかと思い、後ろを振り向くとそこには小さくなったベポがいた。

ローたちがその姿に驚いていると、聖堂の入り口から声が聞こえてくる。

 

「動かないで。私に勝ち目はないって理解できてるよね」

 

ウタは低い声で言いながらルフィたちの方へと歩いてくる。ウタはルフィたちの後ろにゴードンがいるのに気づくと目を細めた。

 

「ゴードン。何で海賊と一緒にいるの」

「ウタ、お前、なんで船を降りたんだ?」

 

代わりに応えたのはルフィだった。ルフィはウタに赤髪海賊団シャンクスのことについて聞く。

 

「ッ!シャンクスの話はしないで‼」

 

ウタは一瞬傷ついた表情をすると激高し叫んだ。

ウタの声により空気が震え、衝撃波が巻き起こる。その衝撃波により、ルフィの麦わら帽子が飛ばされ、くるくると回るとウタの頭上で停止した。

ウタはその麦わら帽子、シャンクスの帽子を手に取ると、ルフィに海賊を辞めるように説得する。しかし、ルフィはウタの話を全く聞かなかった。

ウタはそんなルフィにがっかりすると、次の攻撃を仕掛けようと手を掲げる。

バルトロメオはルフィを押さえると、ローが能力を使い、その場から消える。観客たちはウタの提案により、逃げたルフィたちを追い、外へと出た。

 

 

観客たちがいなくなり、聖堂にはウタとゴードンの二人きりとなった。

 

「ねぇゴードン怒ってる?相談もしないで勝手にライブを開いたこと」

「…ただのライブじゃないんだろ?」

「気づいてたんだ。なら応援してくれるよね、ポベウスみたいに」

 

ゴードンは「私は…私は…」と詰まらせるだけだった。ウタはそんなゴードンを細目で見る。

ゴードンにはライブを辞めてほしい、でもウタが楽しんでいることを中止したくないという気持ちがあった。ゴードンは別の方法を探そうと提案するが、ウタによって五線譜に拘束されてしまう。

 

「海軍や政府が黙っていないぞ!」

「大丈夫だよ、私とポベウスの力。そして…これがあるから」

「それは…トットムジカ…。どうしてそれを…」

 

ウタが取り出したのは古びた楽譜だった。余白には骸骨が描かれており、禍々しくも美しい雰囲気を醸し出していた。

 

「ポベウスが教えてくれたんだ。お城の地下にあったってね。ポベウスはこれが何か知らなかったみたいだけど…ねぇゴードン、何で捨てなかったの?」

 

ゴードンはその楽譜を見ると、大きな声で「使ってはいけない!危険なものだ!」とウタに叫ぶ。

しかし、ウタはゴードンの訴えに耳を傾けるどころか、視線すら合わせようとせず、聖堂を出て行った。

 

ウタが聖堂を出て、数秒もしないうちに今度は別の場所から足音が聞こえてくる。ゴードンがそちらへと目を向けると、そこにはポベウスがいた。

その姿を確認したゴードンは彼へと叫んだ。

 

「ポベウス!お願いだ、ウタを止めてくれ!あの歌を歌えば取り返しのつかないことに、世界が滅びてしまう!だから̶̶」

「あぁ知っているよ。彼女に渡す前から」

「̶知っている?」

 

ポベウスの口から出た言葉にゴードンは唖然としていた。知っているといったのか彼は…ならばなぜウタにそれを、と頭の中で考えていると、ゴードンの思っていることが分かっているのか、ポベウスは先に答えた。

 

「【トットムジカ】…古くから存在する歌であり、世界を滅ぼす魔王。ウタウタの実の能力者が歌うことで真価を発揮する呪われた楽譜。たしかそうだったか?」

 

ゴードンは何も反応を示さなかったが、ポベウスはそれを肯定の意味と受け取った。

 

「あの楽譜を渡したのは単純だ…ウタウタの実の能力者だから、ただそれだけだ。あの子と私の望みである新時代の誕生…それにはあの楽譜が必要だった。ゆえにあの子に託した。世界を変えてもらうために」

 

ゴードンはポベウスが言った内容に頭が追い付いていなかった。そして、ようやく内容を理解した彼は声を荒げた。

 

「なぜそんなことを!あの楽譜を、あの歌だけはウタに歌わせてはいけないんだ!それを君は̶̶」

「̶エレジアを滅ぼしたのがウタだからか?」

「なぜ、それを…君には世間に公表したことと同じことしか伝えていないのに」

 

ゴードンはエレジアの過去の真相を知っているポベウスに驚いていた。ポベウスはそんなゴードンを余所に話を続けた。

 

「一年前、私はある電伝虫を拾った。その映像に映っていたんだ。トットムジカに囚われているウタとそれに立ち向かう赤髪海賊団が…あぁ、安心しろ。彼女には電伝虫を渡していない」

「…なぜ彼女を巻き込んだ。なんでこんな残酷なことをウタにやらせるんだ!このためにエレジアに来たのか!」

「…エレジアに漂流したのは全くの偶然だよ。ウタはこの理不尽な世界を変えることができる力を持っている。人々を救う救世主となる運命なんだ!…それに彼女は自ら私の計画に賛同した」

 

 

 

 

 

一年前、ポベウスがエレジアに漂流してから二年が経ったころ。

ある日、ポベウスは配信を終えたであろうウタの部屋へと向かっていた。扉の前まで到達すると、ノックをする。

いつものなら直ぐに許可が下りるはずが、その日はいつまで経っても返事が来なかった。

もしかしていないのかと思い、ドアノブに手をかけるポベウス。しかし、鍵はかかっておらず、簡単に扉は開いた。

ポベウスは年頃の娘の部屋を勝手に覗くことに罪悪感を感じつつ中に入る。

部屋の中は年頃の少女らしくピンクで彩られており、ベッドや壁にはファンからの贈りものが飾られていた。そして、窓の傍にある机にウタはいた。

ウタは扉の音にも気づかず、ファンから貰ったであろう手紙を読んでいた。それを読んでいる時のウタは何か思い詰めた表情をしていた。

 

「…ウタ、配信は終わったのかい?」

「!?ポベウス!いつからいたの!?」

 

突然の声に驚いたウタは扉の方へとバッと体を向ける。

 

「つい先程だよ。それより何か考え事をしていたようだけど、どうしたのかい?」

「!え、えーと、その~」

 

ウタは理由を言うのに戸惑っていた。ポベウスは腰を下ろし、ウタの視線に合わせる。

 

「ウタ、何か悩んでいることがあれば話してくれないか?これでも私は君の倍以上の年を生きている。もしかしたら何か力になれるかもしれない…もちろん無理に話す必要ないが」

 

ウタは少しの間俯くと、顔を上げた。

 

「…ポベウス私どうすればいいのかな」

 

ウタは悩んでいることをポベウスに全て話した。

ファンが感じる日々の苦しみ、期待に対する責任感、とある少女からの悲痛な思い。ウタは人々の願いを叶えたいと告げる。

ポベウスは彼女の優しさに感動し、頬を緩ませる。

 

「…ウタは優しいね。自分のファンが幸せになれるように必死に考えているのだから…すぐに解決策は出せないけど、必ず何か思いついてみるから少しの間待っててもらえるかな」

「…うん、ありがとうポベウス。私も考えてみるよ」

 

ウタは頷くと部屋からゆっくりと出ていく。その背中はどこか哀愁が漂っていた。

しかし、ポベウスはそのことに気づくことなく、笑顔でウタを見ていた。

 

数日後。

ポベウスは手に数枚の紙を持ち、再びウタの部屋へと向かっていた。以前ウタから相談されたことの解決策をいくつか紙にまとめ、それを渡すためだった。

部屋の前に着いたポベウスはノックをするが、中からの返事はなかった。

どこかにいったのかな、と思いながらドアノブを回すと鍵は開いていなかった。また何かに集中しているのかと考え、中へ入ると、そこにウタの姿はない。

ウタがいないことに気づいたポベウスは紙だけを置いておこうと机に向かう。すると机の上に見かけない映像電伝虫があった。

不思議に思ったポベウスは映像電伝虫に触ると、壁に映像が映し出される。

 

映像には炎に包まれた町とこのエレジアで見たことのある建物が映っていた。その後ろには新聞や手配書で見たことのある赤髪海賊団と禍々しい怪物が周囲を破壊している。

ポベウスはその怪物が何なのかは知らなかった。しかし、映像から聞こえる声から怪物がエレジアを滅ぼした真犯人だということが分かった。

ゴードンから聞いていた話と違うことに驚いていると、映像では赤髪が怪物を倒していた。

そして、ポベウスは見逃さなかった。̶赤髪に倒された怪物からウタが現れたことに。

 

「なぜ怪物からウタが…もしかしてウタがこのエレジアを?」

 

ポベウスはまさかの真実に後ずさり、呆然とする。まさかの真実に頭が混乱していたのだ。

しばらくそうすると、ポベウスは映像電伝虫を切り、部屋を出た。彼の頭にあるのはウタのことだけだった。

 

その日の夜。

夕飯も終え、後は就寝するだけとなったポベウスはゴードンだけには映像で見たことの確認を取ろうと、月の光だけが照らす薄暗い廊下を歩いていた。

ウタはもう真実を知っているのだろうかと考えながら足を進めていると、何かの気配を感じた。その気配は不気味さを感じたが、同時にどこか親近感を覚えるものであった。

ポベウスはその気配を辿ると、たどり着いた先は図書館だった。そこは何年も掃除がされていないのか埃だらけであり、そこかしこにぎっしりと本が詰まっている本棚が立っていた。

初めてくる場所にあたりを見渡していると、中央にぽつんと置かれた譜面台が視界に入った。譜面台に近づくと上には古びた楽譜が置かれており、その楽譜からは先程感じた気配が発せられていた。

楽譜は余白に骸骨があしらわれ、ところどころシミがついている。ポベウスは何の楽譜だろうと思い、楽譜を手に取った。

その瞬間、手に取った楽譜が何であるかに気づく。それと同時に自分の心の奥底にあった様々な感情が沸き上がってくるのを感じた。

 

「ハハ、ハハハハ!これだ、これがあればあの子の願いは叶う!この世界を変えることができる‼ハハハハハ‼‼」

 

ポベウスは狂気に満ちた笑い声をあげる。もう彼には今まで考えていたことなどどうでもよかった。ただ救世主の誕生に歓喜の声を上げ続けていた。

 

 

 

 

「そしてとあるキノコを発見し、今回のライブを思いついた…ただ懸念点はあった。ウタにその気がなければ計画自体が意味をなさない。だから今まで使用しなかった各国や組織への伝手を使い、多くの人に見てもらうように誘導した。そのおかげで多くのファンがウタを救世主として崇めるようになり、彼女はファンの思いに応えたいと強く思うようになった。彼女はファンのためなら、と私の提案に賛成した」

 

ゴードンはポベウスの話を聞き、言葉を失っていた。今まで共に暮らしてきたポベウスがとんでもないことを計画していることの衝撃、そのして計画からウタを守れなかった自分の愚かさを悔やんでいた。

ポベウスは何も言わないゴードンに興味が無くなったのか、「ゴードン、今までありがとうございました。あなたはそこで新時代の誕生を祈ってくれ」と言い放ち、ウタと同じく聖堂を出て行った。

ポベウスがいなくなり、ゴードンは落ち込んでいると白いフワフワとした生き物が目の前に現れる。

小さくなったベポだ。今までの話をすべて聞いていたベポは困ったように「アチョー…」とつぶやいた。

 




ルウタ、ウタルは至高


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みんなの思い

「いったい…なにがおこっている」

 

海軍中将モモンガはエレジアのライブ会場ステージにて周囲を見渡しながらそう呟いた。そこは彼が軍艦で見ていた配信とは全く違う世界だった。

天気は暗く霧が立ち込めっており、ライブ会場はボロボロであった。歓声を上げていた観客も寝息をたて、地面に横たわっている。

 

「まさか…死んでいるのか?」

「まさか、寝てるだけ」

 

モモンガが声のした方を振り返ると、そこには手にバスケットを持ったウタが立っていた。バスケットの中には何やら料理らしきものが入った透明な箱と麦わら帽子が入っている。

突然現れたウタにモモンガは部下たちへ合図を出そうとするが、「私が死んだらみんな戻らないけど、いいのかなぁ?」と言われ、動きを止める。

すると海兵たちの背後から大将藤虎が現れ、ウタに話しかけた。

 

「お嬢さんの悪魔の実の能力については十分理解していやす」

「なら説明いらないよね…それに私はもうすぐいなくなるんだし」

 

ウタはバスケットの中から透明な箱を取り出し、中に入っているものを口にした。

 

「この匂いは…少々焼けたにおいがしますが、まさかネズキノコですかい?」

「正解。ポベウスが見つけて料理してくれたんだ。そのおかげで食べやすくなったよ」

 

ウタはグッと手を突き出すと、おいしそうに焼き目がついたネズキノコを食べる。

モモンガは「ネズキノコ?」と口にすると、藤虎がその疑問に答える。

 

「そのキノコを口にしたものは眠ることができず、やがて死に至る。なぜお嬢ちゃんがそれを?そのポベウスってやつは今どこに?」

 

藤虎の質問にウタは答えなかった。

モモンガが「観客を道連れにするつもりか!」とウタに詰め寄るが、ウタは嘲笑を浮かべる。

 

「死ぬって何?大事なのは心でしょ?ポベウスも心があればみんな幸せになれるって言ってたもん。新時代はみんなが心で一緒に生き続けるんだよ」

「できれば今すぐやめてもらえることはできやせんか、あんた…あんたたちの世界転覆計画を」

「なにそれ?私たちはみんなに幸せになってほしいだけだって!」

 

藤虎とモモンガはウタに今すぐ観客たちを元に戻すよう説得するが、ウタとの会話はうまく嚙み合わなかった。

お互いに話が通じない相手とわかると、ウタは歌を歌おうとすうっと息を吸う。

海軍はウタがしようとすることに気づくと、ヘッドフォン型の耳栓を取り出し、装備する。モモンガを含む海兵は勝ち誇った顔でウタを見ていた。

しかし、ウタの表情は余裕のままだった。

 

「残念、それはポベウスの予想通りだよ」

 

突如客席から二つの人影が飛び降り、海兵たちをなぎ倒した。コビーとヘルメッポだ。

藤虎たちは味方の裏切りと思い、動揺するが、二人に意識はなかった。どうやら眠ったまま操られているようだった。

ウタは眠っている観客たちに声をかけると、それを合図に観客たちは海兵たちへと襲い掛かる。次々と襲い掛かる観客たちに一般の海兵は反撃できず、耳栓を奪い取られる。

それを確認したウタはすっと腕を伸ばし、歌い始めた。

【ウタカタララバイ】病みつきになるような中毒性のある曲、ウタが過ごした十二年間で感じた思いを込めた歌だ。

耳栓を取られ、歌を聞いた海兵たちは眠りにつき、地面へと倒れる。そして数秒後には立ち上がると観客たちと同様に他の海兵たちを襲い始めた。

たくさんのファンを率い、海軍と戦いながら、ウタは歌い続けた。

 

ウタと海軍の戦いを遠くからポベウスは見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖堂から逃げ出したルフィたちは追手から逃げ、途中でコビーとヘルメッポ、CP0のブルーノと合流していた。

ルフィたちはコビーたちから今いる世界がウタウタの実で作り出された架空の世界“ウタワールド“であることを聞かされた。どうすればこの世界から逃げ出せるとローは聞くが、世界に取り込まれた自分たちではウタに手出しができないと希望のない答えが返ってくる。

では、限界が来るまで待てばいいとバルトロメオが言うが、それは無理だとブルーノに反論される。

 

「ライブが始まる前にウタがネズキノコを食べているのを確認している。食べれば眠れなくなり、死に至るという代物だ」

「まもなく現実世界のウタさんは体力が尽きて…死にます」

 

ルフィは「ウタが死ぬぅ!?」と驚いている。ローは「ウタが死ねば俺たちは助かるのか」と質問するが、コビーは暗い表情で首を振る。

 

「ウタが現実世界で死ねば、僕たちはこの世界の住人となってしまいます。ファンを永遠にウタウタの世界に閉じ込める。それがウタの計画です」

「いかれてるべ…ん?だべよ、あのおっさんはどうなんだべ?ゴードンさんがウタ様の計画に気づいているんだべ。あのおっさんも知っているはずだべ」

 

バルトロメオはライブの最初に挨拶をしていたポベウスを思い出し、コビーたちに尋ねる。

しかし、コビーたちは顔を合わせると、先程よりも暗い表情をしていた。

 

「彼は…実のところよくわかっていないんです。ウタのサポートをしているため、計画には関わっていると思うのですが…どういった人物なのかは未だ判明していません。現在判明しているのはエレジアの外から来たということだけです」

「コビー、どうやったらウタを止められる」

「…それを探るための潜入だったんですが、結局何もわかっていません。ただ、今は戦力を集めており、麦わらの一味は別行動をとっています」

「あいつら無事なんだな!」

 

声を明るくするルフィに、「連中はエレジアに向かった。ニコ・ロビンがエレジアの過去に知っているらしい」とブルーノが告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニコ・ロビンたちがウタウタの実の能力を探しているころ、ウタワールドのライブ会場では何も知らない観客たちがライブを楽しんでいた。

 

「みんなー!悪い海賊たちは放っておいて、新時代の誕生を待とう!」

「うぉぉぉ!」

 

 

海上に響き渡るウタの歌声、尽きることのない食べ物̶人々はライブに熱狂しているが、それはウタワールドの中だけだった。

現実世界では人々は気を失い、ライブ会場で起きているのは海軍を追い払ったウタとその戦いを見ていたもう一人だけだった。

 

「もうすぐ…悪い人たちのいない、新時代がやってくる」

「ウタ…」

「!…ポベウス。私はやるよ、ポベウスが言ったように、みんなのために私は新時代を作って見せる」

「あぁ、君ならできる。新時代を作ることが」

 

ウタはファンたちの思いを裏切らないためにも自身の計画を確実に成功させようと改めて決心する。

そう覚悟を決めたウタの脳裏にとある言葉が浮かび上がった。

 

『なぁウタ。この世に平和や平等なんてものはない…だけど、お前の歌声だけは世界を幸せにすることができる』

(…なんでこんな時にあいつの言葉なんかが)

 

過去の記憶を思い出したウタは顔の左半分を手で覆う。

雨が現実世界のライブ場にいる全員に降り注ぐ。ウタの頬には一つの水滴が伝っていた。

 

 

全力で歌い踊ってもウタは汗一つかかない。それは観客たちも同じだった。ウタワールドではすべてがウタの思うがままだ。

ウタがステージで観客に手を振っていると、太った男が警護の男たちを引き連れて、ステージへ踏み入ってきた。

太った男は「気に入ったえ~。ウチに来て、わちしのために子守歌を歌うえ~」と無遠慮に話しかける。天竜人チャルロス聖だ。

天竜人の登場に観客たちは驚くと、先程の歓声が嘘のように静まり返り、怯えながら膝をついて頭を下げる。

ウタはその男が何者かまだ分かっていなかった。すると、ポベウスが現れ、ウタの傍へ近づく。その目は男を目の敵のように睨んでいた。

 

「ウタ、この男は天竜人だ。以前、伝えただろ?」

「う~ん?…あぁ、前教えてくれたあの天竜人!世界の支配者とか言って、だれでも奴隷にしたがる世界一最悪な一族でしょ?」

「あああ?」

 

ウタの物言いに観客たちは顔色を失い、チャルロス聖は口元をピクピクとさせていた。

護衛の者は天竜人の命令に従うようウタに話しかけるが、ウタは拒否する。

まさか拒否されるとは思わなかったチャルロス聖は目を見開く。そんなチャルロス聖を余所に、ウタは目の前の男たちに話しかけた。

 

「それよりここではみんな一緒!おじさんもみんなと同じ!これから仲良く過ごそうよ!」

「おじっ!?この女死刑だえ~!」

 

チャルロス聖の命を受け、護衛たちが銃を連射する。しかし、その弾は一つもウタとポベウスに当たらなかった。ウタには音符に守られ、ポベウスには近づくと弾そのものが消え去った。

チャルロス聖は忌々しげに銃を取り出すと護衛へ向けて発砲する。背後から撃たれるとは思っていなかった護衛たちはもろに銃弾をくらい、血を流しながら地面へと倒れる。

 

「なんてことを!大丈夫、私が助けてあげるからね」

 

ウタは護衛たちへ近づき、手のひらをあて彼らの治療をする。手のひらからは音符があふれ、音符が傷口に触れるとみるみると塞がっていく。

その様子を見たチャルロス聖はますます憤慨した。海兵たちにウタを処刑するよう命令する。観客に紛れていた海兵たちは慌ててウタとポベウスを囲むように集まる。

ウタは正義の味方であるはずの海軍がどうして天竜人の横暴を許すのか理解できず、イラついていた。

 

「あなたたち海軍は正義の味方じゃないの!?」

 

ウタに強く睨みつけられた海兵たちは視線をそらし、おどおどしていた。ポベウスはイラつくウタに落ち着くように囁いた。

 

「落ち着きなさいウタ。彼らは仕方なく命令に従っているんだ。でなければ家族を殺され、自身が奴隷となってしまう」

「そっか!本当はこんな奴の命令は聞きたくないんだね!だったら平気だよ。新時代は天竜人も奴隷もみんな同じなんだから!」

「お、同じだと~!早くこいつを殺すんだえ~!」

 

チャルロス聖の命令に従い、海兵たちはウタとその近くにいたポベウスに銃を向ける。

その時、ポベウスの足元から虹色の光が周囲を照らした。その光に海兵たちは一瞬眩むと、その隙をつくように五線譜が現れ、海兵たちを上空へと貼り付けにする。

 

(あれ?)

 

ウタは上空を見上げた時、捕らえていたはずの海賊たちがいなくなっているのに気づいた。

チャルロス聖はウタが上空に気を取られた際でも凝りもなく銃を発砲する。

ウタはチャルロス聖を鬱陶しく思い、音符を放つ。音符は顔、腹、背中、腕と体の隅々に炸裂し、地面へと倒れこむ。

 

「この…下々民めがぁ!ヴォエ~!!」

 

地面に倒れたチャルロス聖は地面から表れた巨木によって上に打ち上げられ、上空に現れたハンマーによって横に飛ばされると、海兵たちと同様五線譜に張り付けられる。

脅威が消えたことをウタは笑顔で宣言する。しかし、観客たちの顔色は優れない。ウタはどうしたのかと首を傾げると、とある観客が立ち上がって叫ぶ。

 

「や、やばいよウタ!天竜人を襲ったら世界政府や海軍が襲ってくる!」

「大丈夫だよ!私がライブは中止にさせない!」

 

しかし、観客たちはこの世界が架空の世界とは知らないため、ウタが何を言っても安心しなかった。

現実世界ではライブが永遠に続くなどということはあり得ない。楽しい時間もいずれは終わり、いつもの日常が訪れる。

 

「ごめん、ウタ!そろそろ羊の世話をしないといけないから帰らないと」

「なんで?意味が分からないんだけど。それより上にいた海賊たちを知らない?」

 

海賊たちはコビーやブルーノたちによって既に解放されていた。しかし、ウタも観客もライブに夢中で誰も気づかなかった。

すると、ステージの横に丸い形をしたドアが表れ、中からコビーとブルーノが出てくる。

 

「ウタさん、こんなことはもう止めるんだ!」

「なに、あなたも天竜人を助けに来たの?」

「僕はみんなを助けに来たんだ。みんなを現実世界に今すぐ返すんだ」

「なんで!?みんな苦しんでるのに、どうして現実世界に返さないといけないの!?みんなここにいた方が幸せだよ!」

「それは…」

 

コビーは返答に困っていた。現実世界がどれだけ残酷な物か知っていたからだ。どうしてこの素晴らしいウタワールドから残酷な現実世界にみんなを返さないといけないのかと考えてしまったのだ。

すると突然観客がコビーに向けて「コビー大佐!」と叫ぶ。それを皮切りに続々とコビーの名を観客たちは口にする。

ウタはそんなに有名なのかと首を傾げると、ポベウスと観客たちからロッキーポート事件の英雄であると聞かされる。

 

「そうなんだ。私ずっとエレジアにいたから全然気づかなかった。どうしてポベウスは知ってたの?」

「新聞を読んでいたからね。ウタは音楽ばかりに集中してたから知らないのも当然だよ」

 

こそこそ話をするウタとポベウスを余所にコビーは観客へ向けて声を張り上げた。

 

「みなさん、ぼくたちがいるこの世界は現実じゃありません!ここはウタが悪魔の実で作り出した架空の世界です…みなさんは騙されているのです!今すぐここから脱出するべきです!」

 

コビーは知っていることをすべて話した。ウタウタの実の能力のことも、もうすぐウタワールドから出られなくなることも。

コビーから話を聞いた観客たちは困惑の声を上げ、ウタを見つめる。

観客たちの声や目にウタは後ずさる。ファンのみんなに懐疑的な目で見られ、自分がやっていることが間違っているのではないかと錯覚してしまう。

 

「なんで…そんな目で見るの?…私は間違っているの?」

「!ウタさん今ならまだ「いやウタは何も間違っていないよ。彼らはウタが本当に自分たちを新時代に連れて行ってくれるのか不安になっているだけだよ。ウタが思っていることを話せば、みんな理解してくれるよ…なんてったって君はみんなの救世主なのだから」っ、何を!?」

 

コビーはウタが揺らいだことに気づき、計画をやめさせるために説得しようとするが、

足元から槍のようなものが生えてくる。

コビーがそれを避けている間にポベウスはウタへと話しかけていた。

 

「…うん、そうだよね。みんなも私の思いを聞いたら分かってくれるよね!」

 

一瞬揺らいでいたウタだったが、ポベウスに諭されると、ファンたちが知っているウタへと戻る。ウタは笑顔で観客たちに自分の思い、みんなの思いを伝える。

 

「みんな!私はみんなが幸せになるよう導いているだけ!ここはみんなが望んだトコだよ。海賊に襲われることもない、病気や苦しみもない。平和で平等な時代が来るんだよ!」

 

ウタは手をたたき、お菓子やぬいぐるみを会場中に降らせる。

ウタの言葉を聞き、賛同するものもいた。ここで生きたい、外の世界なんて嫌いと叫ぶ人もいた。

しかし、反対するものもいる。今までの頑張りを無駄にしたくない、仕事をしたい、学校に通いたいと言う人もいた。

観客たちはウタワールドに残りたい者と、現実世界に帰りたい者の二極に分かれる。

コビーはもう一度ウタを説得しようと、槍を避けながら話しかける。しかし、ウタの耳には彼の言葉は入ってこない。

ウタは観客たちが言い争っていることに困惑していた。

 

「みんなは自由になりたかったんじゃないの?病気に苦しむこともなく、海賊に怯えない世界が欲しいって言ったのはうそ?あんなに配信で幸せな毎日が欲しいって言ってたじゃない!」

 

ウタは声を荒げる。

みんなが望んだから私は今回のライブを行ったんだ。みんなが欲していたから新しい時代を作ろうとしたんだ。みんなが言っていたから救世主になろうとしたんだ。みんなが苦しんでいたから…自分の命を捧げたんだ。

ウタはそれらを心で思いながら叫んだ。

 

しかし、みんなは分かってくれなかった。

 

「帰りたいって言ってんだろ!」

「…え?」

 

ウタの表情が凍り付く。

ウタが呆然としている間にも観客たちはより一層激しく言い争う。

 

「ウタは私たちのためにやってくれたんだよ!」「俺頼んでねーよ」「家に帰りたい!」「うるさい!」「ウタに賛成」「ウタはやりすぎなんだよ!」「何だと!」

 

ウタに賛成するもの反対するものそれぞれが今の状況に対して思っていることを口にする。

何でみんなわかってくれないの?何で喜んでくれないの?何で反対するの?何で何で何で…。ウタは何度も自分に問い続ける。

 

(私が間違っているの?私が思う新時代はみんな望んでないの?)

 

自分が行っていることをファンのみんなが望んでいないのではないかと考え、ウタの心は揺らいでいた。

自分の思い通りにいかないことに困惑し、泣き出しそうなウタだったが、そんな彼女に救いの手が差し伸べられる。

 

「ウタ、みんなはまだ楽しさが、幸せという感情が足りないんだ。だから、この世界のすばらしさを理解できていない」

 

ポベウスに話しかけられ、ウタはそちらへと顔を向ける。ポベウスはウタと視線を交わしながら話を続ける。

 

「ウタ、君は正しい。君のやっていることは世界の人々を幸せにするものなんだ。だから、ここで挫けてはいけない、やめてはいけない。君は世界を救うんだろ?そう約束したじゃないか…それにね、ウタ。もう私たちに逃げ道はないんだよ」

 

ポベウスは迷い人をあるべき道へと誘うようにウタへ話しかけた。

ウタは涙をこらえ、作り笑いをして立ち上がる。

 

「私は正しい…私がみんなを、世界を幸せにする…私がやらなきゃ今までの私とポベウスの苦労が無意味になる……なら、みんながもっと楽しめればいいんだ!この世界が楽しいことをもっと、もっと知ってもらえばいいんだ!」

 

そう叫んだウタの体から光が放たれ、ライブ会場の水位が上昇する。水は徐々に上昇し、触れた観客たちをお菓子やぬいぐるみへと変えていく。

コビーとブルーノはドアドアの実の能力を使い、何とかその場から脱出する。ウタはその身を上へと上昇させながら姿を変えていく観客たちへ視線を向ける。

 

「ほら!これでみんな、楽しい気分になれるでしょう!みんな、平和で自由な新時代で、ずっと一緒に楽しく過ごそうね!」

 

ウタは狂気じみた声で話しながら、可愛いもので埋め尽くされた会場を見渡す。光を失った目でその光景を見てうっとりと微笑んだ。

たった一人、ウタだけが水上に立っていた。

 




ウタのヤンデレ顔スコ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウタの思い

ライブ会場から逃げ出したコビーたちはルフィとバルトロメオ、ローがいる旧市街の民家に戻っていた。

ドアドアの実からコビー、続いて小さくなったブルーノが出てくる。バルトロメオは小さくなったブルーノに驚いていた。

そんなブルーノを気にもせず、ルフィはコビーへと聞く。

 

「コビー、ウタに会えたのか?」

「それが…」

 

コビーは言葉を濁すと、ブルーノがローたちに仲間は集められたのか、と聞く。バルトロメオが顎を民家の外へしゃくると、そこからはウタによって五線譜に貼り付けにされていた海賊とビックマム海賊団の一員が現れた。

 

「おい、協力することには賛成したが、麦わらと手を組むとは聞いていない。死んでもごめんだ」

 

オーブンがルフィを見てそう言うと、ビックマム海賊団はブリュレの鏡へと消えていった。

協力者が消え、ウタの対策が分からないままの状態にローとバルトロメオ、ブルーノは浮かない表情をしていたが、ルフィだけはいつも通りだった。

 

 

数十分後、再び空間に鏡が現れた。

ブルーノとローはとっさに警戒態勢をとるが、中から現れたのは麦わらの一味だった。

 

「おまえら無事だったか!」

 

仲間たちが次々と現れたのを見て、ルフィは嬉しそうに立ち上がった。麦わらの一味はルフィに会えたことに喜びつつ、かわいらしい姿になったサニー号に各々異なる反応を示していた。

麦わらの一味に続き、ビックマム海賊団のメンバーも現れ、全員がその場に集まると、コビーはロビンに声をかけた。

 

「ロビンさん、ウタを倒す方法は何かわかりましたか?」

「昔の記録によると、ウタウタの世界に取り込まれたものは自分の力で脱出することはできない。絶対に」

 

ロビンの言葉に絶望的な表情を浮かべるものもいた。しかし、彼らに構うことなく、ロビンは話を続けた。

 

「ただし、二つだけ助かる方法はある」

 

ローが「その方法は?」と聞く。

 

「一つ目はウタウタの実の能力者がトットムジカを使った場合。そうすればチャンスは訪れる」

「トットムジカ?」

「古代から続く、怒りや寂しさ、辛さなどの負の感情の集合体。“魔王”とも呼ばれる存在よ」

「そのトットムジカとやらを使った場合、どんなチャンスがあるんだ?」

「記録によると、呼び出されたトットムジカはウタワールドだけでなく、現実世界にも姿を現すみたい。その時、現実世界とウタワールドから同時に攻撃すれば、魔王を倒しウタワールドを消すことができる」

 

ロビンの言葉に希望を感じたものはロビンへと詰め寄る。

しかし、ウタワールドから攻撃するのは自分たちがいるが、現実世界で攻撃するものがいないことにその場の皆が気づく。

海軍もサイファーポールも一般市民がいる以上無理であった。そのことに皆が絶望する中、聞きなれない声が聞こえてくる。

 

「一人いる」

 

そちらを見ると、ベポが椅子に乗ったゴードンを引っ張り、ルフィたちの下へ向かっていた。

ローが「ベポー!」と嬉しそうな声を上げる中、バルトロメオがゴードンをみんなに紹介していた。

 

「こちらウタ様の育ての親、ゴードンさんだべ」

「おい、一人いるって誰のことだ」

「…シャンクス」

 

ゾロの問いにゴードンは短く答えた。

四皇の一角の名を聞いて、その場の者が息をのむ。ただ、ルフィだけいつもと変わらないテンションだった。

 

「シャンクスが?」

「シャンクスが来れば現実世界のウタを止めてくれるはずだ」

「おっさん。ウタとシャンクスにやっぱ何かあったのか?」

 

ルフィの問いにゴードンは「それは…」と呟いたきり、押し黙った。

その沈黙にシャンクスとウタの間に何かがあったことをルフィは悟った。

「おっさん̶̶」

 

ルフィはゴードンを見続けると、突如走り出し、ゴードンの横をすり抜けて外へ向かっていく。

突然のルフィの行動にバルトロメオを含め数名が狼狽えるが、麦わらの一味は動じなかった。

 

「行かせとけ」

「止めても無駄だ、うちの船長は」

「どっちみち行動しないと時間がないんだしね」

「しかしどうやって?」

 

コビーが首を傾げるとゾロは鉢巻を頭に巻き、その疑問に答える。

 

「同時攻撃が必要なんだろ?なら簡単じゃねぇか。…ひたすら攻め続ければいい。こっちと向こうのタイミングがそろうまでな」

 

さらっとすごいことを言うゾロにバルトロメオは圧倒され、感極まって膝をついた。その後ろではオーブンやローたちがロビンへと近づく。

 

「それよりニコ・ロビン、もう一つの脱出方法は何だ」

 

オーブンがロビンに二つ目の方法を聞いた。ロビンは周囲を見渡し、何か言いたげなゴードンの見ると、もう一つの方法を語る。

 

「もう一つは̶̶」

 

 

 

 

ウタワールドのライブ会場。

多くの観客が水の中を漂う中、ウタは水上に寝そべっていた。そこへ、ゆっくりとルフィが歩み寄ってくる。

ウタはルフィに気づくと、ゆっくりと立ち上がる。

 

「何しに来たの?何度やっても私には勝てないよ」

「まだ負けてねぇ」

「出た、負け惜しみ~!…それじゃあ昔みたいに喧嘩で勝負する?」

 

ウタはパチンと指を鳴らすと、音符の戦士が現れ、ルフィに襲い掛かる。

ルフィは“ゴムゴムの銃(ガト)乱打(リング)”“ゴムゴムの暴風雨(ストーム)”で戦士たちを蹴散らす。音符の戦士が消えると、ダッと走りウタへと詰め寄る。

足を大きく蹴り上げ、“ゴムゴムの斧(おの)”を放とうとするが、ウタの横へとそれる。

 

「当てる気ないくせに」

「お前は間違ってる!」

「それはルフィだよ」

 

ルフィは“ギア2(セカンド)”の態勢を取るが、ウタの力により水柱が立ち、ルフィの体が浮いてしまう。

 

「いい加減わかりなよ。大海賊時代は終わりなの」

 

ウタは麦わら帽子を取り出し、ルフィを見つめる。ルフィは見っともない姿になりながらもウタを睨んでいた。

 

「だいたい何でそんなに、海賊王を目指すの?」

 

ウタの問いにルフィは力強い声で答える。

 

「新時代を作るためだ!」『俺も新時代を作る!にししし』

「!…ルフィ!」

 

一瞬苦しげな表情を取ったウタは苛立たし気に足を踏み鳴らし、目を見開いた。衝撃波が放たれ、ルフィは吹き飛ばされ、水面へと倒れこむ。

二体の音符の戦士がルフィの下へ行き、槍を突きつけた。その姿は海賊王ゴール・D・ロジャーの処刑シーンと同じだった。

ウタはルフィに近づき、麦わら帽子を持った手に力を入れる。麦わら帽子は徐々に横へと伸び、ブチッという音共に裂けていく。

 

「ウタァァ!!!お前あんなに赤髪海賊団が好きだったじゃねぇか!シャンクスが好きだったじゃねぇか!なんで海賊が嫌いになったんだ!」

『さぁ、うちの歌姫が歌うぞ!』『なぁウタ、もう一曲歌ってくれよ』『よーし!みんなで歌うぞ!ハハハ』

「っ!」

 

ルフィが激昂して叫ぶ。それと同時に、過去の…幼少期の赤髪海賊団との楽しい日々がウタの脳裏に蘇る。

ウタは一瞬戸惑うが、頭を振ると冷ややかにルフィを睨み、感情を爆発させた。

 

「シャンクスの…シャンクスのせいだよ!私はシャンクスのことを̶実の父親のように思ってた!」

 

たとえ血は繋がってなくてもウタにとってシャンクスは父親だった。

赤髪海賊団の音楽家として、みんなが望めば賑やかになるように歌った。辛そうだったらみんなが楽しくなるように歌った。

赤髪海賊団のみんなはウタの歌声を心から楽しんでくれた。̶̶みんながウタに、歌で誰かを幸せにできると教えてくれたのだ。

 

「私はみんなを本当の家族と思ってた̶̶でも、あいつらは私を捨てた!このエレジアに残してどこかに行ったんだ!」

「それはお前を歌手にするために̶」

「違うッ!」

 

ウタはルフィの言葉を遮り、興奮してまくしたてた。ルフィの知らない過去を、ルフィと最後に別れた後に起こったことを、ウタとシャンクスが共に過ごした最後の一日を、ウタは語る。

それはウタにとって人生で一番苦しかった日だった。

 

 

 

ウタから十二年前に起こったことを聞いたルフィは信じられなかった。

 

「シャンクスがそんなことをするもんか!お前だって知ってんだろ!」

「じゃあ私の十二年は何だ!」

 

ウタは叫び返すと、冷ややかな表情をし、手に持っていた麦わら帽子を音符へと変える。

 

「ルフィ、あんただってシャンクスにとっては道具なんだよ」

「シャンクスは来る」

「あんたを助けに?」

 

ウタは嘲笑する。しかし、ルフィは真剣な表情だった。

 

「違う。お前を助けにだ」

「…私を?何で?」

「̶娘が苦しんでるのにシャンクスが黙ってるわけねぇだろ!」

 

 

 

「あいつが来るわけないじゃん…私をこんなところに捨てたやつだよ」

 

現実世界のウタは眠り続けるルフィの傍でそう呟いた。降り続ける雨がウタの体を冷やしていく。

ウタは幼少期とは変わったルフィの顔を撫でながら麦わら帽子をルフィの胸の中央に置く。

 

「顔を合わせて会いたかったな…さよならルフィ、バイバイ」

 

ウタは手に持ったナイフを麦わら帽子に向け、勢いよく振り下ろす。

しかし、ナイフがルフィを突き刺すことはなかった。誰かがウタの手を押さえていたのだ。

邪魔者が入ったことに苛ついたウタは恨みがましく視線を上げ̶̶その人物に驚く。

 

「えっ…なんで、ここに…シャン、クス」

 

ウタを止めたのは四皇赤髪海賊団の大頭、ウタの親シャンクスだった。その後ろにはベックマン、ホンゴウ、ヤソップたち赤髪海賊団のみんながいた。

 

「久しぶりに聞きに来た。俺たちの娘の歌を」

 

シャンクスは穏やかそうな表情で言う。

ウタは唐突のことに「は?」と困惑する。やがて現状を理解すると顔をゆがめ、涙が出そうになる。ウタは何度も涙を押し殺し、顔をそらす。

そして、感情を押し殺すように髪をかき上げ、上半身をそらし、狂気じみた笑い声をあげる。

 

「ちょうどよかった!もうすぐ私たちが望む新時代が迎える!その前にあんたと決着を付けたかった!…みんなぁ!一番悪い海賊が来たよ!」

 

ウタは後ろに飛ぶと、ナイフをシャンクスたちに突きつけながらファンたちに呼びかけた。

観客たちはゆっくりと立ち上がると、シャンクスたちへと襲い掛かる。

 

 

一方、ライブ会場の外では黄猿たち海兵がウタの抹殺の命を受け、足を進めていた。

 

「辛いねぇ~、世界を守るために子供に手を出すのは。しかも、その子を止めるために何万人もの人々が犠牲になるとはね~」

 

黄猿はこれから行うことに悲しそうに言うと、海兵たちの前に誰かが立っていることに気づいた。

 

「ん~?君は確か~歌姫ウタの協力者ポベウスだったかい?なぜこんなところにいるのかね~」

 

黄猿が手を上げると、海兵たちが銃を構える。しかし、ポベウスは気にも留めなかった。

 

「…ウタの邪魔はさせないぞ海軍。君たちにはここで立ち止まってもらう」

 

ポベウスが手をかざすと一部の海兵が気を失ったのか、地面に倒れる。周囲にいた海兵たちは気を失った仲間に近づくと、突然倒れた海兵が立ち上がり、味方の海兵たちに発砲する。

それは黄猿も例外ではなく、弾が体をすり抜けていった。

 

「これはまずいね~。いったい何の能力なんだい~」

 

同じ組織の人物を殺すわけにはいかず、さらには覇気使いまでも襲ってくるため行動を制限される黄猿。前方を見ると、先程までいたポベウスはもうすでにいなくなっていた。

 

 

 

 

 

現実世界に突如現れたシャンクスに、ウタワールドのウタは目を閉じたまま黙りこくっていた。その頬には涙が伝っていた。

 

「シャンクスが来てんのか?」

 

ウタの状態から現実世界で起こったことを悟ったルフィ。ウタはハッとして、取り繕うように涙をぬぐう。しかし、その行為が仇となる。

 

「今です!」

 

ウタの隙をついてコビーが叫ぶ。その声と共に隠れていた者たちが攻撃を仕掛けた。ウタを誘拐しようとしていた海賊、ビックマム海賊団、ローや一匹欠いた麦わらの一味たち。

ウタは咄嗟に音符の戦士たちを出し、襲ってきたものと戦わせる。

麦わらの一味は音符の戦士たちを倒し、ウタを捕らえようとするが、逃げられてしまう。

 

「まだ戦うの?だったら…」

 

ウタは小さく口を開け、歌を歌おうとする。その時、すぐ近くにブルーノの“空間(エア)開扉(ドア)”が現れる。

 

「え?なにこれ?」

 

中からブルーノ、ベポ、サニーがウタを捕らえようと続々と現れる。しかし、ウタは驚きながらも冷静に音符を出し、弾き飛ばす。

だが、さらに背後からチョッパーが現れた。チョッパーも音符で弾き飛ばそうとするウタだったが、「毛皮(ガード)強化(ポイント)!」という声と共にチョッパーが大きくなると、驚き尻もちついた。

 

「あいたっ!?」

「シャンブルズ」

 

ウタが転倒した瞬間、ローがチョッパーとバルトロメオの位置を入れ替える。バルトロメオは入れ替わると即座にバリアを張った。

 

「バリアボールサウンド!」

 

ウタの声がバリアによって遮られ外に聞こえなくなった。音符の戦士たちは次々と姿を消していく。

声が届かなくなり、万事休すとなったウタは荒れ狂うようにバリアを殴り続ける。その目は何かに焦っていたようだった。

その様子を見ていたルフィはウタの左手に描かれている見覚えのあるマークが視界に入る。その後ろにはいつからいたのかゴードンもいた。

 

「あれは…」

 

それはルフィとウタしか知らない二人だけの秘密のマークだった。

 

 

 

現実世界では赤髪海賊団がウタによって操られた観客たちの襲撃を受けていた。シャンクスを筆頭に誰も観客たちに殴られ蹴られようが反撃をせず、大人しくしていた。

一部のものは頭であるシャンクスが滅多打ちにされているのを見て、反撃しようとするが、副船長であるベックマンにいさめられてしまう。

 

「…なんで!どうして反撃しないの!?海賊なんだから攻撃すればいいじゃない!」

 

ウタは何をされても一切行動しないシャンクスたちに憤っていた。シャンクスたちがそんなことをするような人間じゃないと頭で分かっていながらも叫んだ。

シャンクスは一般市民に殴られながらも穏やかそうな顔でウタを見る。

 

「…娘が久しぶりにかまってくれるんだ。それに怒る親なんていないだろ」

「ッ!…まだ私を娘だと思ってるんだ…」

「当たり前だろ。お前は俺たちの「ならなんであの時置いて行ったの!私を捨てたくせに今更父親面しないで!」…ウタ」

 

ウタは憎しみの目で睨む。自分を置いて行った仲間を、今まで一度も会いに来てくれなかったシャンクスを。

シャンクスは口を閉じウタを見続ける。

 




皆さんはどんなウタが好きですか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



ウタワールドでは未だにウタはバリアボールの中に閉じ込められたままであり、バリアボールから出ようと何度も手を打ち続けていた。その手から血が出ていてもなお。

 

「ウ、ウタ様。そんなことしても無意味だべ。俺のバリアは解けないべ。だからそれ以上殴るのは…」

「うるさいッ!私は作るんだ、新時代を!みんなが望んでる幸せな時代を!」

 

ウタはバルトロメオの忠言に耳を傾けることなく、一心不乱に叩き続ける。

 

「どうしたのでしょうウタは。何であんなになってまで…」

「やっぱりネズキノコを食べていたか」

「ネズキノコ?サンジ君それって一体何なの?」

 

サンジが何か思い出しながら呟くとナミが疑問を口にする。サンジはいつものような態度は取らず、真剣な表情で答えた。

 

「あれを食べると眠れなくなるだけじゃない。感情のコントロールが制御できなくなってしまうんだ」

 

ウタが自身の身を顧みず、新時代を作ることに固執しているのはネズキノコのせいだった。

サンジの話を聞いていたルフィはゆっくりと前へ出る。

 

「ん?おいルフィ」

 

ゾロの言葉に耳を傾けもせず、ルフィはウタの下へ向かっていった。

 

「…ロメ男、バリアを解いてくれ」

「麦わら屋なにを!」

「麦わら何を言ってやがる」

 

ルフィはウタの前に来ると、バリアを解除するよう告げた。

ロー、オーブンに続き、せっかく捕らえたウタをみすみす解放するような行動にでたルフィに麦わらの一味以外が非難の声を上げる。

ビックマム海賊団がルフィを捕らえようと動き始めた。

しかし、

 

「おっとうちの船長の邪魔はしないでもらおうか」

「これは二人の問題だ」

 

ゾロとサンジがビックマム海賊団の前に立ちはだかり牽制する。二人に続いて他の一味も集まってきた。

 

「やっと会えた幼馴染なんですもの、二人っきりにさせなくちゃ」

「二人の邪魔はさせねぇ!」

「ヨホホホ、人の恋路はじゃまするものじゃありませんよ」

「アーウ!船長が漢を見せようとしているんだ。野暮な真似はよしな」

「このままじゃ二人ともお互いのことを何も知らずに終わりそうだもの」

「そんなの俺は絶対嫌だぞ!」

「これ以上ルフィから大事な人を失わせはせん」

 

ナミ、ウソップ、ブルック、フランキー、ロビン、チョッパー、ジンベエが各々の思いを口にする。思いは全員同じで、ルフィとウタの邪魔をさせないことだった。

ビックマム海賊団とルフィを覗いた麦わらの一味は両者とも睨み合ったまま一歩も動かずにいた。

一方、ルフィは後ろで起こっていることを感じ取りつつも意識は前方へと向いていた。

バリアボールの中にいて、周りからの音が聞こえないバルトロメオだったが、ルフィの表情とその後ろで起こっていることを見て、ルフィが何をしたいのかを感じ取り、バリアを解いた。

 

「きゃっ!?」

 

突然バリアが解除され、前のめりに地面へと倒れるウタ。視界に見覚えのあるサンダルが入ると即座に立ち上がった。

 

「何で私を解放したのか分かんないけど、今度は失敗しない。ルフィ、あなたたちを倒して私は新時代をつく̶̶えっ!?」

「わぁお!?」

「まぁ!」

「フフ、ルフィらしいわね」

「うおぉぉぉルフィ!いいなぁお前はよぉぉぉ!」

「流石に空気読めよサンジ」

 

ウタは驚きで言葉が出なかった。なぜならルフィが抱き着いてきたからだ。再会した時とは違い、手は腰ではなく、肩と頭に当てられていた。

その様子は近くにいたバルトロメオだけでなく、後方にいるナミたちも目撃し、驚きの声を上げる。

ウタはルフィの突然の行動に少し頬を赤らめる。

 

「ルフィ一体何を̶」

「ごめんなウタ、側にいてやれなくて。さびしかっただろう」

「っ…」

 

ルフィの言葉にウタの心は揺さぶられる。それはウタが欲しかった言葉であった。

今まで繋がりがあった人たちと突然別れることになり、何もないエレジアで暮らしていたウタにとって、ルフィの言葉がウタの心に響く。

 

「さっき、ゴードンのおっさんから聞いた。エレジアを滅ぼしたのはシャンクスじゃねぇ。悪いのは全部トットムジカというやつだ!」

 

ルフィはみんながウタを捕らえようとしている時にゴードンからエレジアの過去を聞いていた。そして、シャンクスがウタをエレジアに置いて行った理由も。

ルフィはウタの目を見てエレジアの真相を話す。しかし、ウタの表情は暗いままだった。

 

「ウタ?」

「…知ってるよ、とっくの前にね」

 

ウタは微笑し、ルフィから視線を外す。

 

「…シャンクス、赤髪海賊団の皆のことをずっと憎んでた。私を利用してエレジアに赴き、エレジアを滅ぼした。用がなくなった私をこのエレジアに捨てていった。ずっとそう思ってた…でも違かった。本当は私がやった」

「違う!あれはお前じゃ̶」

「私が!私がエレジアを滅ぼしたの!…私がトットムジカを呼んでエレジアに住む人々を殺した」

「ウタ…」

 

ルフィはウタを見つめる。ウタは後ろ髪を下ろし、悲しそうな目でルフィを見ていた。

 

「私は海賊を嫌いだってみんなには宣言してる。けど、そんな資格何て元々私にはなかった…だって昔から赤髪海賊団が好きだから」

 

ウタは笑ってそうルフィに告げた。ルフィは何も言わずにじっとウタを見ていた。

 

「でもファンのみんなが望んでいるのは“海賊嫌いのウタ”。たとえ自分に嘘をつくことになっても私はファンのみんなを裏切れない。私を見つけてくれたファンのためにも、みんなが望む“新時代”を!私は作らなきゃいけないの!」

 

ウタはキッとルフィを睨みつけて宣言する。自身の心を偽ってでもファンのためにあり続けようとしている。

そんなウタにルフィは怒鳴り声をあげる。強い感情が表に出たためか覇気が少し漏れていた。

 

「それが本当にお前がしたいことかよ!」

「ル…フィ?」

 

ウタは今まで一度も見たことのないルフィの様子に驚いていた。十二年前はいつも笑うか、泣いていた幼馴染が怒りの感情をあらわにしていることに。

ルフィは目を吊り上げ、歯を食いしばってウタへと近づく。

 

「お前がやっていることは誰も幸せにできねぇ!」

「ッ!だったらどうすればいいの!」

 

ウタは叫んだ。その時に衝撃波が放たれるが、ルフィは一歩もひるまなかった。

 

「みんなの望みを叶えるにはこうするしかなかった!誰も苦しまない、誰も悲しまない新時代を作るためにはこうするしかなかった!みんなを幸せにしたいと思って何がいけないの!?」

 

ウタは自分の思いをぶちまける。ファンのみんなを幸せにしたいという思いを踏みにじられたことに反撃の声を上げた。

 

「なら何で泣きそうな顔をしてんだよ!」

「…え?」

 

ルフィの言葉にウタは疑問の声を上げる。その時、自身の頬を何かが伝っていることに気づく。両手を開いて下を見ると、手のひらにぽたぽたと水滴が落ちてきた。

ウタは自身がいつのまにか泣いていることに気づいていなかったのだ。

 

「なんで…グスッ!私は、みんなのためにグスッ…新時代を…」

 

ウタは袖で顔を拭うも涙はとめどなくあふれてくる。これでみんなが幸せになる、そう思っているはずなのに、涙は止まらない。

そんなウタをルフィは真剣な表情で見ていた。

 

「ウタ、本心を言え。お前がしたいことはなんだ」

「私が…したいこと…」

 

ウタは視界に入った左手のハンドカバーに描かれたあるマークを見つめる。昔、二人の新時代のマークとしてルフィがくれたもの、不格好な雪だるまのような麦わら帽子。

そのマークをウタは自分のマークとして使っていた。みんなを新時代に導く、歌姫ウタのシンボルとして。ルフィとの記憶がウタの脳裏には蘇っていた。

 

「他人に押し付けられるな̶自分の人生ぐらい自分で決めろ」

「私は̶」

『私の歌をたくさん届けて世界を幸せにする!私は、新しい時代を作るの!』

 

幼少期にルフィへ伝えた夢がウタの脳裏に蘇る。ウタが本当に叶えたかった“新時代”。

 

「歌でみんなを幸せにしたい…誰も傷つかない、私の歌でみんなが̶“笑顔”になれる新時代を作りたいッ!」

 

ウタは大きな雫を流しながらルフィへと告げる。ルフィはそんなウタを再び抱きしめる。

 

「止まれ、ウタ。こんなのは自由じゃねぇ。こんなのは新時代じゃねぇ̶お前がだれよりも分かってんだろ…それに、お前の新時代はもう始まってる。なら最後まで俺に見せてくれよ。ずっと傍で見てやるから」

「…ぅ、うわぁぁぁルフィ!」

 

ウタは泣きじゃくった。

十二年分の思い̶シャンクスに捨てられた時の絶望を、一人で過ごしてきた寂しさを、ファンの期待に応える苦しさを、エレジアの真相を知ったときの恐怖を、シャンクスに謝りたいことを、誰かに助けてほしかったことを、いつのまにか自分より大きくなったルフィの胸元でそれらの思いを吐いた。

ルフィは幼子のように泣くウタをより一層強く、ウタの気が済むまで抱きしめた。

 

しばらくして、泣き止んだウタは少し頬を紅潮させ、ルフィから離れる。ウタの顔は再会したとき同様笑顔で、しかしどこかすっきりした表情で、ルフィを見つめていた。

もうウタの心には自己犠牲の精神は無くなっていた。

 

「…ありがとうルフィ」

「にししし、気にすんな。しかし、ウタがあんなに泣きじゃくるとはな」

「なっ!?し、仕方ないでしょ!…こんなこと話せるような人いなかったんだから」

「にししし、そうか」

 

ルフィは嬉しそうに笑う。

ウタはそんなルフィを見てまた少し笑うが、再び暗そうな顔に戻った。

 

「でも…本当にこれでいいのかな。これがみんなを幸せにする方法なのに」

「だから言ったろ、だれもこんな新時代望んじゃいない。前みたいに歌を届けるだけでみんなは幸せだったんだ。それにお前が一番幸せにならなきゃ意味ないだろ」

「ルフィ…でもこれが終わったらみんな私を憎むかもしれない。世界から狙われるかもしれないんだよ」

「にししし、大丈夫だ。お前の思いをしっかり伝えればみんな分かってくれる。それに…」

「ルフィ?」

 

突然に黙り込み、こちらを見るルフィにウタは首を傾げる。ルフィは笑顔で話す。

 

「もし狙われるようになっても俺が守ってやるよ」

「っ!…あ、ありがとう」

 

ウタは突然のことに顔を赤く染め、ルフィから顔をそらす。ルフィは顔をそらしたウタの不思議そうに見ていた。

そんな二人に近寄ってくる人物たちがいた。

 

「よぉルフィ。話は終わったか」

「あっ、お前ら!おう終わったぞ!」

 

ゾロから話しかけられ、ルフィとウタはそちらを見る。その後ろには麦わらの一味とゴードンがいた。

彼らはルフィとウタの二人を心配そうに見ていた。

 

「…ごめんなさい!」

 

ウタは自分たちを見る麦わらの一味に頭を下げる。こんなことに巻き込んだこと、彼らに攻撃したこと、それらに対する謝罪をした。

突然のウタの謝罪に麦わらの一味はきょとんとした顔をすると、各々笑って許した。

 

「別にいいわよ、何もなかったんだし。このあとちゃんと元に戻してくれるんでしょ?」

「俺は生のプリンセス・ウタの歌を聞けて満足だぜ!」

「俺も俺も!」

「とてもいいライブじゃった」

「スーパード派手なライブだったぜ!」

「ヨホホホ、お二人の青春が見られて目の保養になりましたよ。私、目ないんですけどヨホホホ!」

「いろんなものが見れて楽しかったわ」

「酒もくれたしな」

「お前はそれだけかよクソマリモ…いろんな食材があって楽しめたよウタ」

 

麦わらの一味は今回のことなど大したことがないといった様子だった。

ウタはそんな彼らの態度にあっけにとられる。

 

「にししし、面白いだろ?俺の仲間たち」

「…うん。本当に面白いねルフィの仲間たち」

 

ルフィとウタは笑い合う。昔みたいに無邪気に、されど昔とは違い、成長したお互いを見ながら笑った。

すると、ゴードンが二人の下へと近づいてくる。

 

「ゴードン…」

「すまないウタ。私が情けないばかりに君に辛い思いをさせた…私は失格だ。シャンクスに合わせる顔がない」

 

ゴードンは俯きながらそう言った。

 

「ううん、そんなことない。ゴードンさんは私を一生懸命育ててくれた。ゴードンさんが育ててくれたから私はここまでこれた。私にとってゴードンさんはもう一人の父親だよ」

「ウタ…うぅ…」

 

ゴードンはウタの感謝の言葉に涙腺が崩壊し、袖で涙をぬぐう。そんなゴードンをウソップとサンジが慰めていた。

ウタはその様子を眺めていると、ルフィが真剣な顔でこちらを見ていることに気づく。

 

「ウタ、シャンクスが来てんだろ?なら伝えて来いよ、ウタの気持ちを」

「…うん、行ってくるね」

 

 

 

 

現実世界。

赤髪海賊団はもう観客たちに襲われていなかった。赤髪海賊団を襲っていた観客たちは依然と変わらず、気持ちよさそうに眠っていた。そんな彼らに今も雨が降り注ぐ。

そんな中、ウタは赤髪海賊団、シャンクスの目の前に立っていた。

 

「ねぇシャンクス。どうしてあの時私を置いて行ったの…」

 

ウタはシャンクスと顔を合わせない。視線を下に向けながらシャンクスに問いかける。

シャンクスは目を合わせようとしてくれない娘が悲しいのか、少し暗い顔をしていた。

 

「…余計な苦労をかけたくなかったんだ。当時のウタは小さかった。そんなウタに真相を伝えるのはあまりにも酷だ。それに…これ以上お前の歌を俺たちが囲うわけにもいかなかった」

 

シャンクスはウタがエレジアの真相を知っている前提で話した。ウタの態度からゴードンからすでに聞いたのだろうと察したのだ。

ウタはやっぱりシャンクスは私を助けてくれたんだと嬉しく思いつつも、言葉ではシャンクスを責め立てた。

 

「勝手に決めないでよ!私がこの十二年間どれだけ寂しかったか!みんなに裏切られたと思った。みんなが…今まで家族のように接してきたのが嘘だと思ったんだよ!」

 

ウタの目から涙がこぼれ、ぽたぽたと地面へと落ちる。

シャンクスたちは自分たちが行った行動が娘をどれだけ苦しめてきたかを理解する。

 

「私は置いてほしくなかった。何があっても一緒に旅に連れて行ってほしかった…私を置いて行ったみんなを憎んだ!嫌いになろうとした!でも!…嫌いになれなかった、真相を知ってどうすればいいかわからなかった」

 

ウタは今まで俯いていた顔を上げ、シャンクスを見る。

 

「…ねぇシャンクス。私はもう、いらない子なの?」

「「「「それは違う!」」」」

 

ウタは苦しそうな表情をしながらシャンクスたちへ問いかける。自分はもう娘じゃないのかと。

しかし、彼らは̶シャンクスは即座に否定した。シャンクスはウタの下へ駆け寄り、片腕でウタを抱きしめる。

 

「お前は俺たちの仲間だ!どんなに離れても、いつになっても。一生、俺の娘だ…」

 

シャンクスの後ろではウタを知るもの全員が頷いている。

ウタはいつまでもどこまでも自分の娘だと呼んでくれるシャンクスたちに涙を流しながら口角を上げる。

 

「シャンクス…わたし…会いたくなかった。でも…会いたかった」

 

ウタは悲しそうな、しかし嬉しそうな、どちらの感情も混じった声で話す。そして、シャンクスに抱きしめられながら涙を拭い、明るい声と笑顔で彼らに告げた。

 

「…ただいま、シャンクス」

「!あぁ、おかえりウタ」

 

シャンクスとウタはお互いに抱きしめあう。その姿はまるで実の父娘のようだった。

ウタは笑顔で涙を流し、それらを見ていた赤髪海賊団も涙を流していた。ルゥやガブのように声を上げて泣くもの、ホンゴウやヤソップのように笑って泣くもの、と様々だった。

静かに涙を流すベックマンはそんな仲間を一見すると、ウタを抱きしめる自分たちの船長を見つめる。

シャンクスは一度も後ろを振り向くことはなかった。

 




ルフィがしっかりウタと話せてたら救えたと思う。
だってルフィだもん…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【魔王】トットムジカ

現実世界でシャンクスと仲直りをし、ホンゴウがネズキノコの解毒薬を取りに船に戻っている一方で、ウタワールドでウタはルフィの傍にいた。

シャンクスとの話し合う勇気が欲しいという理由でウタはルフィの横に座り、目をつむりながら彼の肩に頭を乗せている。ルフィはウタの気が済むまで少しも動くことなく、静かにしていた。

サンジはそんなルフィを恨みがましそうに見ており、その身からは嫉妬の炎が出ていた。

 

「うぉぉぉ!なぜお前だけそんな羨ましい展開に!俺なんか、俺なんか!」

 

サンジは二年間の修行を思い出しながら悔しそうに地面を殴りつける。ゾロはそんなサンジを見て馬鹿にする。

いつものように額を合わせ、睨み合うゾロとサンジを余所に、ナミとロビン、ウソップ、ブルックはルフィとウタを微笑ましそうに見ていた。

 

「仲直りできてよかったわね。仲たがいしたままだと苦しいだけだもの」

「そうね。ルフィも大事な人を失わずに済んでよかったわ」

「ようやく会えた幼馴染だもんな」

「ヨホホホ、仲睦まじいですね~」

 

その横ではフランキーとチョッパーが親子の仲直りに涙を流していた。

 

「よがっだなぁ!」

「うお~~うスーパーよがっだぜ!」

「…エース君、ルフィは強くなったぞ」

 

ジンベエだけは空を見上げながら、微笑みを浮かべる。

しばらくするとウタはルフィから離れ、みんなへと体を向ける。

 

「みんな、もうすぐホンゴウさんが解毒薬を持ってきてくれるからここから脱出できるよ…本当にごめんね、こんなことに巻き込んで」

「もういいってウタ。みんな気にしてないからよ」

 

ルフィが代表して答えると麦わらの一味およびコビーやバルトロメオたちも頷く。ビックマム海賊団などは少し不満げだったが。

ウタは笑顔でみんなを見た。

 

「ありがとうみんな。それじゃあ̶」

「ウタ…」

「ん?あっ、ポベウス!」

 

ウタは脱出まで歌を歌おうと伝えようすると、どこからか現れたポベウスに遮られる。ウタはポベウスを見つけると、嬉しそうな声を上げた。

 

「ちょうどよかった。ポベウスあのね、私̶」

「まて、ウタ」

「̶どうしたのルフィ?それにみんなも」

 

ウタは今回の計画は中止しようとポベウスに駆け寄ろうとするが、ルフィの手によって遮られてしまう。ルフィはウタを守るように前に出ると、続いてゾロやサンジたちもウタを守るように囲う。

みんなの行動が理解できず、混乱するウタだったが、ルフィたちは気づいていた。ポベウスのウタを呼ぶ声に、怒り・悲しみ・失望といった負の感情が込められていることに。

そして、知っていた。彼がウタを利用していることを。

 

「ウタ、君は利用されていたんだ。ポベウスに」

「え?どういうことゴードン?」

 

ゴードンはウタに近づくと、聖堂での出来事を話す。

ウタはその話を信じられなかった。いや、信じたくはなかった。今まで傍で応援してくれた人が自分を利用していたとは思いたくなかったのだ。

 

「ポベウス…嘘だよね?ポベウスがそんな…」

「ウタ、そいつらは海賊だ。騙されてはいけない。君をだましてみんなを不幸にしようとしているんだ。ゴードンも彼らに操られている…さぁ、こっちに来なさいウタ」

「あのね、ポベウス。もうこのライブは中止にしたい、この計画を止めたいの!…今でも海賊は嫌い。人の幸せを奪う海賊は大嫌い。それにみんなの夢を叶えたいっていう気持ちもある。でも私は世界について何も知らなかった。海賊にもルフィみたいな人たちがいる、みんなが願う幸せもそれぞれ違う…だから私、この世界を見て回りたい!世界を旅して、この世界のことを知りたい!そして今後こそ私が夢見た、みんなが笑顔になれる“新時代”を作って見せる‼だから̶」

 

これからも私を応援してほしい、とポベウスに告げようとウタは頭を下げる。しかし、その言葉は出なかった。代わりに出たのはヒュッという息を飲む音だった。

ポベウスは怒り・嫉妬・失望・悲しみ、ありとあらゆる負の感情を込めた表情でウタを見ていた。

 

「ダメだよウタ。君はみんなを、私をあの世界から救ってくれる救世主なんだから̶」

 

ポベウスはウタに向けて手をかざす。その行動を警戒したルフィやゾロ、サンジたちはウタを庇うように前へと出る。

しかし、もうすでに遅かった。

 

「違う…違うのみんな、私はみんなを救うために…いや!まってシャンクス!私を捨てないで!…いやだ、もう一人は嫌なの…」

 

突然ルフィたちの後方で怯える声が聞こえた。ルフィは後ろを振り向くと、そこには体を震わせ、目から光が消えているウタがいた。

 

「どうしたウタ!?」

「ルフィ!ウタちゃんが何かに怯えてるの!」

「…ウタに何をしたお前ぇ!」

「待ってルフィ!」

 

ルフィはナミに抱き寄せられているウタを見ると激昂し、ロビンの静止を聞かずにポベウスへと向かった。

 

「ゴムゴムの~銃(ピストル)!」

 

ルフィは腕を伸ばし、ポベウスへと攻撃するが、何かに阻まれ吹き飛ばされてしまう。ルフィに続き、ゾロとサンジも技を放つ。

 

「煉獄…鬼切りィ!」「首(コリ)肉(エ)シュート!」

 

しかし、ルフィと同様に何かに阻まれてしまい、攻撃はポベウスへと届かなかった。ルフィたちが一旦元の場所へと戻ると、突如空中に亀裂が走り、そこから幾多の怪物たちがルフィたちに襲い掛かった。

怪物はライブで見たユニコーンやドラゴンの他に、スリラーバークでみたゾンビや空島の羽の生えた人のようなものなどがいた。

麦わらの一味及びコビーやビックマム海賊団たちは襲い掛かる怪物へと対応する。だが、いくら倒せどもその数が減る気配はなかった。

 

「ちょっと!こいつら何なのよ!」

「必殺!緑星ドクロ爆発草!一体何体いるんだ!」

「埒が明かんわい、鬼瓦正拳!」

「ヨホホホ、あの亀裂が怪物たちを生み出してるみたいですね」

「ならこれならどうだ!フランキ~ラディカルビーム!」

「おいィ!俺たちが近くにいること考えろよ!?」

「アーウ!スーパーすまねぇ!」

 

フランキーの技が亀裂に直撃する。その時の爆発により、チョッパーら数名が巻き添えになりかけるが、周囲の怪物たちを殲滅し、亀裂が消える。

その一連に麦わらの一味は喜びの声を上げるが、すぐに落胆の声へと変わる。

亀裂は消えたが、すぐさま別のところに亀裂が現れ、怪物たちが出現する。しかも先程より亀裂の数は増えていた。

 

 

 

 

現実世界。

 

「ウタ!どうした!?しっかりしろ!」

「いや、行かないでルフィ!…もう離れないで傍にいてよぉ…来ないで、来ないで!私じゃない!私が…やったわけじゃない…」

 

こちらでもウタは何かに怯え、手足を乱雑に動かしていた。

そんなウタをシャンクスは抑えるように、安心させるように抱きしめていた。

 

「シャンクス!いったい何があった!」

「ホンゴウ!」

 

船から薬を取りに戻っていたホンゴウは錯乱しているウタを見て驚く。

シャンクスは説明もせずに、仲間の名を呼ぶと、瞬時に理解したホンゴウは手元にあった瓶をシャンクスへとなげる。

シャンクスはウタを支えたまま右手で薬を受け取る。

 

「さぁウタ!これを早く飲むんだ!」

 

シャンクスは瓶の蓋を開け、ウタの口元に差し出す。

しかし、暴れるウタの手によってシャンクスの手がはじかれてしまい、その拍子でシャンクスの手から瓶が飛び出す。

瓶は少し離れた場所まで飛び、ガシャンと音を立てながら地面へと激突し砕け散った。

ウタを救う希望が無残にも消えると同時に、新たな絶望が赤髪海賊団を襲う。

 

「…ᚷᚨᚺ ᛘᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛘᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ」

 

暴れることを突如やめ、動きを止めるウタ。その口からおぞましい歌が歌われる。

【Tot musica】、世界を破滅へと誘う呪いの歌。

その歌を歌うと同時にウタの足元からどす黒いガスのようなものが渦巻きながら表れる。

ウタは狂気に満ちた表情で、暗い瞳で歌い続ける。黒い渦はウタを乗せながら上昇し始めると、徐々に大きくなり、渦の中央から人の形をしたものが姿を表す。

それは鍵盤の腕が生え、胸には複数の髑髏を飾った̶殺戮と破壊を繰り返す“魔王”だった。

 

「ウタァ!クソッ!なんでトットムジカが…」

 

シャンクスは十二年前と同じ出来事に、ウタを取り込んだトットムジカを睨みつける。

魔王はビームを放ち、ライブや沖に浮かぶ海軍の船を破壊し始めた。その上では黒い翼の生えたウタがトットムジカを歌い続けている。

 

 

 

 

ウタワールドでも現実世界と同様トットムジカが現れ、ルフィたちを攻撃していた。トットムジカは可愛い姿に変えられた観客たちを巻き込みながら周囲を破壊し続ける。

その様子をポベウスは笑いながら見ていた。

 

「ハハハハ!さぁ、“新時代(フィナーレ)”の始まりだ!」

「ウタをもとに戻せ!」

 

ルフィはポベウスに向かって走る。しかし、その行く手を阻むように怪物たちが立ちはだかる。

 

「邪魔だどけぇ!ゴムゴムの象銃!」

 

怪物たちを吹き飛ばすルフィ。しかし、次々と現れ、ルフィの視界を埋め尽くす。

ルフィがその光景にいら立っていると、突如怪物たちから複数の手が生える。

 

「六輪咲き、クラッチ!」

「ロビン!」

 

怪物たちはロビンによって体を反り返らされ、消滅していく。ルフィは横に立つロビンを見て嬉しそうな声を上げた。

麦わらの一味と同じく怪物の相手をしていたローがロビンの横へと降り立った。

 

「おいニコ屋!やはりこいつは」

「えぇ、これはおそらくユメユメの実の能力」

「ユメユメぇ?」

 

ロビンの言葉にルフィだけが首を傾げる。

 

「ユメユメの実。人の夢に入り込み、夢の中を自由に操ることができる悪魔の実だ。俺たちは現実世界で眠っていて、このウタワールドにいる。つまりここは一種の夢だ。お前は先走ったから知らねぇだろうがな」

 

サンジが怪物たちを蹴り飛ばしながらロビンに代わりルフィに解説をする。

 

「ロケットを拾ったとき、それに描いてある動物に見覚えがあった。その動物の名はバク、人の悪夢を食べる伝説上の生き物。その動物をシンボルに活動していた人物が昔、南の海いたわ」

 

ロビンは一呼吸置くと続きを話す。

 

「人に望む夢を見せて幸福にさせる人物、“夢見師(ユメミシ)”。二十年以上前に活動して以来消息が不明だったけど…まさか彼だったなんて」

「何でそんな奴がウタを利用してるんだ?あいつもウタと同じ、人を救ってきたんだろ!?」

「…それは分からない。でも」

「確実に言えることはあいつがウタを利用して世界を滅ぼそうとしていることだ」

「ようはあいつをぶっ飛ばせばいいってことだろ」

 

ゾロがサンジの横に並び、刀を構える。ゾロとサンジはニヤッとルフィに笑いかけた。

 

「そういうことだルフィ。こっちは俺たちに任せとけ。お前はウタを救ってこい」

「いってこいよ船長。大事な幼馴染なんだろ?」

「…あぁ、任せた!」

 

ルフィはゾロとサンジたちにその場を託すと暴れるトットムジカ、歌を歌い続けるウタの下へと走る。

ゾロとサンジ、ロビンはルフィを振り返ることなく、ポベウスへと視線を向ける。

 

「ウチの船長の命令だ。足を引っ張るなよグルグル眉毛」

「あぁ!?おめぇこそ足手まといになんじゃねぇぞバカマリモ」

 

口ではお互いの悪口を言いながらもその表情は真剣であり、ポベウスを睨みつける。その様子をロビンは少し笑いつつ手を交差する。ローはこいつら大丈夫か、と思いながらも三人の横へと並んだ。

 

 

ゾロたちがポベウスと対峙する一方、残った麦わらの一味とビックマム海賊団たちはトットムジカと怪物たちの相手をしていた。

 

「サンダーボルト、テンポ!」

「鼻歌三丁、矢筈斬り!」

「必殺緑星!衝撃狼草!」

「フランキー、ロケットランチャー!」

 

ナミ、ブルック、ウソップ、フランキーによって多数の怪物たちが消滅すると、その空いた空間からジンベエ、チョッパー、オーブンがトットムジカへと攻撃を仕掛ける。

 

「魚人空手…武頼貫!」

「柔力強化!ハイ‼ハイ‼ハチャ~‼」

「熱風拳!」

 

さらにその後ろからルフィが武装色の覇気を纏った腕を膨らませていた。

 

「うおぉぉぉ!ゴムゴムの~灰熊銃‼」

 

それぞれの技がトットムジカへと向かう。しかし、トットムジカに直撃しなかった。

ジンベエたちの攻撃は謎のバリアに阻まれ、ルフィの技は魔王の手によって受け止められてしまう。

ウタは魔王に守られながら意思なき状態で歌を歌い続ける。

 

「クソッ、やはり同時攻撃じゃなければダメか!」

 

オーブンが悔しげに顔をゆがめる。そんな中、ウソップが攻撃の合間を縫ってウタに近づいた。

 

「プリンセス・ウタ!目を覚ましてくれ!みんなを救う歌声をこんなことに利用されないでくれぇ!」

 

ウソップはポップグリーンを引き放ち、トットムジカへ攻撃するが弾かれ、その余波で吹き飛ばされてしまう。

 

「ウソップ!」

「だ、大丈夫だ。それより、ルフィはウタのところに…幼馴染を一人にさせんな!」

「̶あぁ!“ギア2”!」

 

気合たっぷりに叫び、足をポンプのように震わせる。すると、体全身から蒸気が上がり、その場から消える。

ルフィは襲い掛かる音符の戦士を躱しながら鍵盤の腕を駆け上がる。

 

「ウタ!目を覚ませ!あんな奴に操られるんじゃねぇ!」

 

ルフィがウタに話しかけていると、下から黒い鞭がいくつも現れ、ルフィをたたき続ける。

ルフィは抵抗することなく、なおウタに話し続けていた。

 

「ウタ̶おまえは̶一人じゃ̶ねぇ。観客のやつらや̶おっさん̶」

 

抵抗し続けるルフィにトットムジカがいら立ったのか上空に槍が現れ、ルフィを貫く。

 

「ガフッ…」

 

貫かれたルフィは膝をつき、口から血を吐いた。それでも、ルフィは反撃することなく、ウタへと話しかける。

 

「お前には̶シャンクスと…俺が、いるだろウタ!」

 

ルフィの声がウタに届いたのか、暗く濁ったウタの目に光が宿る。

 

「ル、フィ…」

 

 

 

ウタはポベウスによって過去の悪夢を見せられていた。

民が虐殺され、町が破壊し尽くされるエレジアを、父親と思っていた男に捨てられた日を、一人で暮らし続けた十二年間を、ファンの期待に応えなければと思う自分を。

ウタが捨てたかった悲しい思い出を強制的に何度も見せ続けられていた。耳の奥にはウタが聞きたくない声が聞こえてくる。

̶お前が殺した!

̶私たちの思いに応えてよ救世主!

̶お前はもういらない

 

「いや!もうやめて!私は殺したかったわけじゃない!もう私に救いを求めないで!もう…私を一人にしないでよ…」

 

ウタは暗闇の中一人寂しく泣き叫ぶ。何度も何度も嫌な記憶を見せられ、ウタの精神は徐々にすり減っていく。

ウタの目から大きな雫がぽたぽたと下へ落ち、虚空へ消える。自分という存在が希薄になっていくのをウタは悟った。

 

「助けて…誰か助けて!私を、誰か見つけてよ!…ァ」

 

ウタは誰かの名前を呼ぼうとするが、頭には誰の名前も記憶になかった。自分の大事な人だったはずの思い出が無くなっている。

ウタは膝に顔を埋め、幼子のように怯えていた。

ウタは光一つない空間で泣き続けていると、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。うつろな目をしながら声が聞こえる方へ顔を上げると、暗闇を一筋の光が走っていた。

光は徐々に大きくなり、暗闇を押しのけていく。

 

『なぁウタ!もう一回歌ってくれよ!』『もう一度勝負だウタ!』『ウタ!』

 

ウタの脳裏に過去の記憶が蘇る。ウタが大事にしていた、一番楽しかった少年との思い出。

 

「俺が、いるだろウタ!」

「あ…う…う、びぃ…」

 

はっきりと自分の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえてくる。

ウタは少年の名を呼ぼうと口を動かす。何度も間違えるが、徐々に少年の名前に近づいていく。

そして、暗闇が完全に消え去った時ウタは少年の名を口にした。

 

「ル、フィ…」

 

 

 

「ウタ!意識が戻ったのか!」

 

ルフィは自分の名前を呼んだウタに喜びの声を上げる。ルフィと同様ウソップやナミたちも正気に戻ったウタに安堵の表情をしていた。

 

「ルフィ!早くウタくんをトットムジカから引き離すんじゃ!」

 

ジンベエは周囲に響くような声で叫ぶ。ルフィは傷を負いながらも腕を伸ばし、ウタのところへ向かう。

ルフィはウタのいる高さに到達するとウタへと手を伸ばした。

 

「ウタ!捕まれ!そこから俺が出してやる!お前はもう、一人じゃねぇ!俺と一緒に新時代を作るぞウタ!」

「ルフィ!」

 

涙を流すウタはその手を、救いの手を掴もうと手を伸ばす。しかし、魔王トットムジカはそれを許さなかった。

 

「な、なんだこれ!?」

 

地面から二人を遮るようにどす黒い音符が噴きあがり、ルフィの手を吹き飛ばす。噴き出す音符は勢いを増し、徐々にウタを覆うようになっていく。

 

「ウタァ!」

 

ルフィはウタを助けようと手を伸ばすが、奮闘もむなしく再び弾かれ、音符に巻き込まれてしまう。

ルフィは気を失いそうになりつつもウタが最後に放った言葉をしっかりと耳にした。

 

「助けて…ルフィ」

 

ルフィが意識を失う前に見たウタの頬には涙が伝っていた。

 




【Tot musica】が一番好き。Adoさんの声にバッチリ合う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共闘

「遅すぎた」

 

ロビンは怪物たちを倒しながらトットムジカを見て呟いた。前方ではローがサポートし、ゾロとサンジがポベウスへと攻撃をしている。

トットムジカは徐々に姿を変えていく。元々あった二本の腕に加え、四本の手足が生え、背中からは黒い翼が現れ、頭には二本の角が伸びている。

魔王の姿が変わると同時にウタワールドも変容する。明るかった空は暗くなり、禍々しい渦が空を埋め尽くしていた。

その状況にコビーは生唾を飲み、ビックマム海賊団はブリュレの力を使い、その場から逃げようとしていた。

ウソップは重傷を負い、気絶したルフィを引きずりながら「同時攻撃のタイミングさえわかればいいんだけどよ…」ともどかしげに顔をしかめた。

 

 

 

現実世界でもトットムジカは形態を変化させ、周囲へとビームを解き放つ。

赤髪海賊団はすぐにも攻撃を仕掛けたかったが、周りには眠っている一般人が多数おり、思うように行動できていなかった。

そうして動くことを渋っていると、トットムジカによって破壊されたドームの天井が観客を落下し始める。

シャンクスたちはその天井を破壊しようと構えるが、トットムジカによって邪魔をされてしまう。

その時、一つの影が落ちる天井に向かうのがシャンクスの視界に入った。そして次の瞬間天井が細かく切り裂かれる。

 

「こりゃあ厄介なことになりましたな」

 

そう語るのは海軍大将藤虎だった。藤虎は赤髪海賊団の近くに降り立つ。

 

「一般人はわしらが対処するんで、あんたらはトットムジカをどうにかしてくれやぁせんか」

「なにが狙いだ…」

「お互い一般人がいやすと全力をだせんしょう。ならば海軍が一般人を助けるのが無難じゃあありゃせんか」

「…いいだろう。そっちは任せるぞ」

 

シャンクスは観客たちを海軍に任せると、仲間たちに指示を出す。トットムジカを倒すため、自分たちの娘であるウタを救うために、その力を奮う。

その様子を黄猿は「おうおう面倒くさいことになったね~」とトットムジカのビームを相殺しながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

ウタワールドでも魔王との激しい攻防が続いていた。

個々の力では魔王に対して全く歯が立たないため、コビーが指揮を執りながらトットムジカに対応していた。

その様子をポベウスは嘲笑う。

 

「ハハハ!そんなことはもう無意味だ。何をしようと新時代は訪れる!」

「チッ、あいつの能力はどうなってんだ。こっちの攻撃が全く通らねぇ」

「ここは夢ん中だ。弱点を見つけない限りあいつに攻撃は通らん。それよりあっちを先に何とかしないと」

 

サンジは怪物と共に暴れるトットムジカを見る。そちらではナミやウソップたちが音符の戦士や怪物、トットムジカへ攻撃をしていた。その隅では横たわるルフィとルフィを治療するチョッパー、トットムジカを見つめるゴードンがいた。

ゴードンは暴れだす魔王に責任を感じ、前に出る。

 

「ウタ!私が悪かった!お前の能力を恐れ、人前に出す機会を失っていた̶そして音楽を愛するものとして、トットムジカの楽譜を捨てることもできなかった…私は愚か者だ。逃げることしかできない卑怯者だ…」

 

自分を責めるゴードン。しかし、その声はウタには届かない。うなだれるゴードンにウソップとサンジが声をかける。

 

「俺の親父は俺をほったらかしだった。でもあんたはプリンセス・ウタの傍にいたんだろ?」

「あんたは誓いを守ってウタを育てたんだ。それは誰にもできることじゃねぇ…立派だぜ、あんた」

 

その会話が聞こえていたのかルフィは治療中に目を覚まし、起き上がる。ルフィはチョッパーの静止の声に従わず、着ていたコートを脱いだ。

ゴードンは立ち上がったウタの幼馴染に懇願する。

 

「ルフィ君!あの子の歌声は世界中を幸せにする力を持っているんだ!なのに、こんなことに使われてはあまりにもあの子が不憫だ…頼む!あの子を!ウタを縛る楔を解き放ってくれ!」

 

ルフィは武装色を纏わせた腕に空気を送り込ませながら、気絶する前に聞いたウタの言葉を思い出す。

 

『助けて…ルフィ』

 

体が膨れ上がり、目元や鎖骨に黒い模様が浮かぶ。“ギア4(フォース)”となったルフィは両腕を大きく広げ、周囲に強烈な衝撃が走るほどの大きな声で叫んだ。

 

「当たり前だ‼‼」

 

ルフィは勢いよくその場から飛び出す。その行き先はもちろん̶トットムジカ。残り少ない時間、ルフィは全力を出してウタを救いに行った。

 

 

 

 

 

 

ルフィが魔王へと攻撃を開始し始めたころ、現実世界でもシャンクスは仲間のサポートの元、魔王と対峙する。

しかし、音符の戦士が邪魔をして中々近づけない。再度、トットムジカへ迫るシャンクスに音符の戦士が前を塞ぐ。その時、どこからか餅が現れ、戦士たちを絡めとった。

ビックマム海賊団の実力者No2、“モチモチの実”の能力者、シャーロット・カタクリ。

 

「赤髪!必要なのはウタウタの世界とこちらの世界の同時攻撃だ!」

「ビックマムの息子が何の用だ」

「妹を助けに来た!」

 

カタクリは音符の戦士たちを蹴散らしながら堂々と言った。カタクリは見聞色の覇気で妹の景色を見たと伝える。

しかし、それはシャンクスも分かっていた。後方ではヤソップが誰かに文句を言っている。

シャンクスは視界の端にある男を捕らえながら愛剣グリフォンを抜き、トットムジカのビームを弾き返す。

彼らの横では海軍が救助活動を行っていた。

 

 

 

ウタワールドでは“ギア4”となったルフィが果敢にトットムジカへと攻撃していた。そのほとんどがバリアに阻まれていたが、現実世界のシャンクスとカタクリの連携攻撃が炸裂し、バリアが破壊される。

トットムジカは体制を崩し、ひっくり返る。それを確認したルフィとシャンクスは同時にお互いの名を呼んだ。

ルフィの攻撃が効いたことにみんなが喜ぶと、やる気を出し始める。それぞれが音符の戦士やトットムジカへ攻撃する中、ウソップだけが状況を打開する方法を探していた。

 

「クッソォ、あの手足さえ何とかできりゃあ!…いや待て、こういう時こそ落ち着けキャプテン・ウソップ」

 

突然立ち止まり、こめかみを押さえ、目を閉じながら考えるウソップ。何かないかと考えていると、頭が冷静になり、とある映像が流れ込んできた。

それがなんなのか、誰が見ている景色なのか、ウソップにはすぐ分かった。

 

「ハッ!親父!?」

 

ウソップがヤソップに気づいたと同時に、現実世界のヤソップがため息をつく。ウソップはヤソップの見る光景がよりクリアに映った。

ウソップは今の状況を打開する勝機を見出し、船長の名を呼ぶ。

ルフィはウソップの声に頷くと、自身の体を細く変化させる。“ギア4 スネイクマン“

 

「野郎ども!気合入れろ!」

 

ルフィが叫ぶと仲間たちも「おうっ!」と声をそろえる。

 

同じ頃、現実世界でもシャンクスが仲間たちへ激を飛ばす。

 

「野郎ども!気合入れろ!」

「「おぉーっ!」」

 

ウタワールドではウソップが、現実世界ではヤソップがそれぞれ指示を出す。

 

「先に手足をつぶすぞ!まずは右足!」

「右足!」

 

ゾロが刀を、ベックマンが銃を構える。コビーがバリアを蹴り砕くと、ゾロとベックマンの攻撃が右足へと向かう。

 

「三刀流奥義、一大・三千…大千・世界‼」

「フッ…」

 

ゾロの刀が、ベックマンの銃弾が同時に命中すると、右足が粉砕され、トットムジカは大きく体を泳がせた。

 

「左腕!」

「左腕!」

 

間髪入れず、ウソップとヤソップの指示が飛ぶ。

ジンベエとホンゴウ、ルゥが左腕を狙う。

 

「魚人空手、槍波!」

「オラァ!」

 

ジンベエは水の槍を投げ、ホンゴウは丸まったルゥを蹴り飛ばした。攻撃が命中した左腕が吹き飛ぶ。

 

「右腕!」

「右腕!」

 

オーブンのサポートを受けたサンジ、右足を上げたカタクリが右腕を狙う。

 

「悪魔風脚、羊肉ショット!」

「斬・切・餅!」

 

右腕が粉砕され、トットムジカの体勢が崩れる。

 

「真ん中右!」

「真ん中右!」

 

チョッパーとロビンが、ボンク・パンチとモンキーがそれぞれ協力して目標を破壊する。

 

「「真ん中左!」」

 

ウソップとヤソップの声がぴたりとそろった。ナミとブルック、ロックスターが魔王を襲う。

 

「サンダーブリーズ=テンポ!」

「革命舞曲、ボンナバン!」

「うおぉぉぉ!」

 

五度の攻撃を受けたトットムジカは唸り声をあげる。

 

「「右腕!」」

 

ウソップはスリングショットから、ヤソップは銃から放った弾がトットムジカへ向かう。トットムジカはガードしようとするが、フランキーのフレッシュ・ファイヤにより、ガードも空しく右腕を失う。

 

「ルフィ!」

「シャンクス!」

「「今だ!」」

 

ルフィは右腕を打ち出し、シャンクスは剣を構える。満身創痍のトットムジカに近づいたシャンクスの脳裏にウタと過ごした短い期間の記憶がなだれ込んでくる。

シャンクスを見つけた時の笑顔、ウタの歌声に合わせて仲間と躍ったこと、ルフィと勝負ばかりしていた時のウタ̶。

 

ルフィは拳に、シャンクスは刀に覇気をまとわせ、同じタイミング同じ場所に攻撃した。

 

「ゴムゴムの、王蛇!」

「フンッ!」

 

魔王は苦し紛れのビームを放つが、命中せず、ルフィとシャンクスの攻撃によって、悲鳴を上げながら大量の音符へと姿を変える。

ウタはぼんやりとした意識の中、魔王“トットムジカ”の感情を読み取っていた。

すべての人の負の感情が集まって生まれた存在であったトットムジカは自分を受け止めてくれる存在を探していた。

そしてようやく現れたのがウタだった。

 

(なんだ、あんたも寂しかったんだね)

 

音符へと変わるトットムジカにウタは心の中で語りかけた。

トットムジカが消え、落下するウタ。ルフィは疲れ切った体に鞭を打って、ウタの下へ飛び、強く抱きしめる。

 

「ウタァ!」

「ルフィ…」

 

ウタは自身を助けてくれたことに涙を流し、幼馴染の名をか細い声で呼ぶ。

ルフィはウタに負担をかけないようにそっと地面へ降りる。そして、ナミへとウタを預けると、今もポベウスと対峙しているローの名を呼ぶ。

 

「トラ男!」

「ルーム、シャンブル!」

 

ローは瞬時に自身とルフィの位置を入れ替える。ポベウスはトットムジカが敗れたことに唖然とし、さらに突如入れ替わったルフィに驚き、体が硬直する。

ルフィの体からは蒸気が上がっている。

 

「俺の親友に…手を出すんじゃねぇ!ゴムゴムのォ~火拳銃‼」

 

ルフィの技がポベウスの腹部へと命中し、ポベウスは後ろにのけ反ると、後方へと吹き飛ばされる。

数秒空中に浮いていたポベウスは地面へと落ち、火拳銃によって上半身が炎に包まれていた。




次、性癖てんこ盛りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

「ア ゛ァァ!」

 

現実世界。

トットムジカを倒したシャンクスはウタに肩を貸していると、観客席の方から男性の悲鳴が聞こえてきた。

ウタと赤髪海賊団のみんながそちらを向くと、上半身が炎に包まれている男性がのたうち回っていた。

 

「ポベウス…」

 

ウタは男性の名を呼ぶ。

シャンクスはあれが、と口ずさみ、力強い眼光でポベウスを睨みつけた。

ポベウスが何度か地面に転がると炎は徐々に消えていく。しかし、彼が着ていた上着は燃え尽きてしまっていた。

そして、彼の背中に刻まれたある刻印がシャンクスの目に入る。

 

「あれは…」

「シャンクス?」

 

ウタは神妙な顔つきになったシャンクスに疑問を持つ。ウタは以前、間違って部屋を覗き、目にしたことのある刻印を不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

ウタワールドでもポベウスの背中の刻印を見て、ウタを除いた全員がその顔をゆがめていた。

 

「天翔ける…竜の蹄…」

 

ロビンがその刻印の名を口にする。

その刻印は世界貴族、天竜人の紋章。このマークを付けられたものは天竜人の奴隷として扱われ、一生消えることのない“人間以下”の証明でもある。

 

「なるほど。この二十年音沙汰がなかったのはそういうことだったのか…」

 

フランキーは納得した表情で腕を組む。チョッパーやナミ、ジンベエは痛ましそうにその背中を見ていた。

ポベウスを殴りつけたルフィもハンコックのことを思い出し、追撃は仕掛けなかった。

 

「…見たな」

 

痛みから立ち直ったポベウスはルフィたちへ振り向き、増悪の感情を隠すことなく、彼らを睨みつける。

 

「お前ら海賊が、海軍が、世界政府がなければ̶大海賊時代なんてなければ!」

 

 

 

 

 

二十二年前、南の海に浮かぶどこかの島。

 

「ありがとうございます!あなたのおかげで明日も生きて行けそうです!」

 

ある家のベッドの傍で一人の若い男性が感謝されていた。

男性の名はポベウス。短い黒い髪と整った顔、白いコートを着て、首にかけた金のペンダントが特徴的であった。

 

「いえ、喜んでもらえてとても良かったです。では何かありましたらまた呼んでください」

 

そう言ってポベウスはそこから立ち去ろうとした。その行動にベッドで寝込む少し置いた女性は制止の声をかける。

 

「待ってください!まだお代が̶」

「いえ、お代は結構です。ここには偶然立ち寄っただけですし。それに…」

 

ポベウスは扉の方を見る。そこには笑顔でこちらを見る小さな子供とその父親であろう男性がいた。

ポベウスは彼らに微笑むと、上機嫌に答えた。

 

「あなたたちの笑顔で私は十分ですから」

「…ありがとう、ございます」

 

女性は涙を流しながらポベウスへと感謝をする。ポベウスは子供と男性とすり違って部屋を出た。

彼の後ろでは三人が笑顔で抱き合っている。

 

(さて…また帰ったら妻にどやされるな)

 

ポベウスは諦めた表情でそう考える。太陽の日差しが彼へと降り注いだ。

ポベウスは機嫌直しのために何か買おうと街を歩いた。ここは周辺でも比較的交易が盛んな島であり、様々な物や人が道を往来している。

ポベウスは店に並ぶ商品を眺めていると様々な人から声をかけられた。

 

「おぉあんたか。この前はうちの子供が世話になった。ありがとよ」

「あらぁ夢見師さん、お久しぶり。あれからウチの夫すごく元気になったの。ありがとうね。これはほんのお礼よ」

「兄ちゃん!この前はお母さんを助けてくれてありがとう!」

 

老若男女問わず、様々な人がポベウスへと感謝の言葉をかける。

そんな彼らにポベウスは笑顔で対応した。

 

ポベウスは少し名の知れた人物であった。

彼の職業は夢見師。悪夢に苛まれている人、現実で辛いことがあった人など、様々な悲しみや苦しみ、悩みを抱えている人々に幸せな夢、望んでいる夢を見せることを生業としていた。

彼は二年ほど前に悪魔の実“ユメユメの実”を食べた。当時は使いこなせなかった彼だったが、その能力を使い、今では人に夢を与えている。

 

 

ポベウスは自分が住処としている島バテリエへと到着していた。

家の前にたどり着いたポベウスは疲れた表情で扉を開ける。

 

「ただいま~」

「おかえりパパ!」

 

扉を開けると小さな少女が全力でこちらへと走ってきた。ポベウスはよろけながらも少女を抱きしめると彼女の名前を嬉しそうに呼ぶ。

 

「ただいまオーニラ!」

 

ポベウスは自身の娘に頬ずりをしていると、奥から若い女性がこちらへと向かってくるのが視界に入った。

 

「おかえりなさいあなた」

「あぁ、ただいまブラウ」

 

ポベウスの妻であるブラウはお腹をさすりながらじゃれ合う娘と夫を見ていた。

三人は広間へと集まると最近の状況を話し始めた。

 

「ブラウどうだいお腹は。あとどれくらいで産まれてくるんだ?」

「お医者様が言うにはあと数か月そうよ。そしたらオーニラはお姉さんね」

「私お姉さんになれるの!?」

 

オーニラは嬉しそうな声を上げる。ポベウスはそんな娘に笑顔で頭を撫でた。

 

「海賊王も最近捕まったし、これで平和な時代になるといいな」

「そうね。そうすればあなたの夢にも近づけるでしょうね」

「そうだな」

 

ポベウスとブラウは神妙な顔でお互いを見続ける。そんな二人にオーニラは高らかに宣言した。

 

「私もパパみたいにみんなに夢を与えたい!みんなを幸せにする!」

 

オーニラが笑顔で元気よく将来の夢について語る。ポベウスは自分と同じような夢を持つ娘を嬉しく思い、より一層頭を強く撫でた。

 

「オーニラならできるさ。なんてった私の娘だもんな」

「オーニラは歌うことと物語を話すのが好きだから…吟遊詩人になるのがいいかしらね」

「じゃあ私それになる!」

「ならたくさんのこと知らないとな。人は苦しいことがあるから楽しいことが分かる、悲しみがあるから嬉しいことが分かるんだ」

 

その後、三人はポベウスの旅やオーニラが隣人の同い年の男と遊んだことについて話し合った。彼らはそんな他愛のない平和な話を聞き、笑い合う。

ポベウスはこの生活がいつまでも続けばいいと、そう願っていた。

 

しかし、現実はそう甘くはなかった。

 

「じゃあ行ってくるよ。それではジョセフさんお願いします」

「ママ行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 

その日、ポベウスは娘を連れて仕事の依頼へと向かおうとしていた。娘に様々なことを経験してもらいたいという思いと身籠った妻を気遣ってのことだった。

ポベウスは信頼のおける年老いた隣人に妻を預け、娘を連れてバテリエを出た。

 

 

それから数か月後。ポベウスは娘を連れ、バテリエへ帰還した。

その間に海賊王が処刑され、彼が最後に放った言葉により、多くの海賊が海へと出たが、運よく海賊に鉢合わせることなく、島へとたどり着いた。

ポベウスは娘と手をつなぎながら家へと向かう。そして、扉を開け、娘と共に元気よく「ただいま~」と言った。

しかし、返事は帰ってこなかった。まだ寝てるのかと思い、家中を探すが、妻はおろかジョセフの姿も見つからなかった。

 

家の状況に首を傾げていると、ガタッと音が玄関から聞こえる。

そちらを向くと近くに住んでいた少し年を取った女性がバケツを倒し、驚いた表情でこちらを見ていた。

ポベウスは彼女の様子から何か嫌なことが起きた感じがした。

 

 

数十分後、ポベウスの家は荒れに荒れていた。

テーブルや椅子は倒れ、窓や食器は砕け、破片が地面へと散乱している。その部屋の中央でポベウスは泣き崩れ、彼の泣き声は外まで響いていた。

 

ポベウスは女性から自分がいない数か月バテリエで何が起こっていたのかをすべて聞いた。

この島に海賊王の子を身籠った女性がいること。その子供を狙って海軍が訪れたこと。何人もの妊婦が疑惑をかけられたこと。そして、殺された女性がいること。

その殺された女性の中にはポベウスの妻もいた。

 

ブラウはその時ポベウスがいなかったこと、産まれる時期がピッタリだったこと、ある人物の裏切りから海賊王の妻と断定され、子供ごと殺害された。

 

ポベウスは部屋で泣き続けた後、家を出ると、娘が心配そうな顔でこちらを見ていることに気づく。

 

「パパ…ママはどこいったの?」

「オーニラ…ママはね。出産のために遠い島に行ったんだ。帰るのに時間がかかるそうだから新しいお土産話を作りに行こうか」

 

娘に心配かけないために泣きそうな顔を無理やり抑え、ポベウスは笑顔でそう告げた。

オーニラはそんな父に何も言わず、手をつないで後を着いて行った。

 

 

 

数か月後、ポベウスとオーニラは偉大なる航路の辺境の島に向かっていた。

そこは一つの村しかない小さな島であった。その村は前回、海賊に襲われており、その後にポベウスは村人を癒すため、幸せな夢を見せに訪れたのだ。

ポベウスは海岸に着くと、ここで待っているようにオーニラへと告げた。オーニラは不満気な表情をしながらも黙って従った。

 

ポベウスは記憶にある道をたどって村に向かう。そして、ようやくたどり着いた彼だったが、目の前の光景に驚愕の表情を浮かべていた。

村は以前と海賊に襲われた直後の時と変わらず、いやそれより荒れた状態だった。畑は荒れ、家屋は倒壊し、白骨化した遺体がそこら中に転がっていた。

 

「一体何が!?海賊に襲われたのか!?」

 

ポベウスは慌てて走り、そこらの家屋へと入り込む。この村に起こったことの手掛かりがないか探していると、とあるノートを発見した。

ポベウスは何が起こったか記されているかもしれないと思い、そのノートの中身を覗き見た。

そして中身を読んで、ポベウスは顔を怒りと絶望に満ちた顔をし、膝から崩れ落ちた。

 

「すまない…すまない…私はそんなつもりじゃ…」

 

ポベウスは何かに謝りながら涙を流す。

 

ノートは海賊によって夫を殺され、足を奪われた子供を持つ母親の日誌だった。

ノートの最初には海賊に幸せを奪われたことに対する怒りと悲しみが記されていた。その次のページは夢で亡き夫に会えたことと、海賊に襲われて以来久しぶりに子供の笑顔を見ることができたことによるポベウスへの感謝が書かれていた。

しかし、それから数ページ後からは村に起こった悲惨な結果が記されていた。友人が一度見た幸せな夢を見たいがために寝たきりとなったこと、お世話になった老人が夢に出た亡き妻を追いに自殺したこと、夢で出会った最愛の夫が現実世界にいないことへの悲しみ、子供が二度と笑わなくなり、喋ることもなく衰弱死したこと。

ノートにはポベウスが村を滅ぼした最悪の犯罪者だと、自分たちから生きる希望を奪った張本人だと記され、ポベウスに対する憎悪が書き殴られていた。

 

ポベウスはどれくらいそうしていたか分からないが、少なくとも青かった空が赤く染まるぐらいはその場で膝をついていた。

そして、ようやく娘を一人にしていたことに気づき、体に鞭を打って急いで海岸へと向かった。

徐々に海岸に近くづくポベウスだったが、彼の耳に複数人の下品な男性の笑い声が入ってきた。

そのことに嫌な予感がしたポベウスはより一層足を働かせ、娘の下へと向かう。

 

海岸に着いたポベウスは船を止めたところに着くと、そこには自分たちよりはるかに大きな船とある場所を囲むように集まり、笑っている男性たちがいた。

その中の一人がポベウスに気づく。

 

「あぁ?お前何もんだ?」

 

その声を皮切りに他の男たちもポベウス方を向いた。そして、円の中央から他よりは大柄な男が現れる。

その男は大きな帽子に一振りの刀を腰に差し、いくつもの宝石を身に着けていた。それぞれが目を引くものであったが、それらよりあるものがポベウスの目を引いた。

 

「その髪飾りは…」

「うん?これか?さっき殺したガキが持ってたもんでよ。売れそうだから奪っておいた」

 

男が手に持ったものは過去にポベウスがオーニラに上げたものと瓜二つだった。ポベウスが髪飾りに視線をやっていると、男が気づいたように話した。

 

「あぁ、もしかしてお前があのガキの親か。おい!お前らそこどいてやれ!親子の感動の再会だ!」

 

男の指示に円を作っていた男たちはその中央が見えるようにどいた。その時の男たちはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。

ポベウスが恐る恐る中央を見ると、そこには娘オーニラがいた。頭と胴体、手足がバラバラになった状態で。

ポベウスは苦痛に歪んだ表情の娘を見て、むせび泣いた。

 

「ガハハハ!感動の再会なのに何泣いてんだよ、ガハハハ!」

「船長こいつどうしやす?」

「ん~そうだな~。殺してもいいが、あのガキが面白いこと言ってたな。確かユメユメの実の能力者だったか?おれぁは悪魔の実なんか興味ねぇが、ヒューマンショップで売ればいい金が入るかもしれねぇ。野郎ども!こいつを縛り上げろ!」

 

ポベウスはなすすべもなく捕らえられ、船に運び込まれた。彼は薄暗い檻の中、ずっと泣き続けている。

 

 

それから数日たったころ、ポベウスはシャボンディ諸島のヒューマンショップで奴隷として売られていた。

現在は丁度オークションが開かれており、ポベウスは今回の目玉となっている。

 

「それではお待たせしました!本日の目玉、希少な悪魔の実を食した人間。その実はユメユメの実であり、自由自在に夢を操ることができるとのこと。これで皆さんが望む夢を見ることができます!」

「「「ウォォ!」」」

 

ポベウスが登場すると、観客たちは今日一番の盛り上がりを見せた。司会者はその光景にほくそ笑みながら、オークションを開始する。

 

「それでは最低価格1000万から始めさせていただきます。それではスタート!」

「2億ベリーで買うぇ」

「…えっ?」

 

最低価格の20倍の値段を初っ端から宣言され、唖然とする司会と観客。

それもそのはず、人間の奴隷に億を付けることは珍しく、さらにそれが開始直後だからなおさらだ。

しかし、その金額を言ったものを見た者たちは納得し、あきらめた表情となった。

なぜならポベウスを買うと宣言したものは天竜人だったからだ。

 

「…えー、他にいなければ落札となりますが、よろしいでしょうか?」

 

司会の言葉に誰も反応しない。誰も天竜人と競い合おうとはしないのだ。

 

「それではこれにて決定!」

 

司会はカーンと槌を鳴らし、今回のオークションを閉廷する。こうして、ポベウスは天竜人の奴隷となった。

 

 

 

 

 

「私は二十年クソどもの奴隷として暮らした!苦痛の日々を過ごしてきた!」

 

ポベウスは二十年近く味わったありとあらゆる苦しみをルフィたちに話した。誰にも告げたことのない、自身の過去を。

最初は天竜人の奴隷になっても問題はなかった。天竜人が望む夢を見せればいいだけだからだ。

しかし、天竜人はそれに飽きると、自分の奴隷たちに悪夢を見せるようポベウスに命令した。悪夢を見たやつらがどうなるかを娯楽としていたのだ。

 

「私は人々にありとあらゆる悪夢を見せてきた!家族が無くなる夢!足を失った夢!自分が死ぬ夢!最愛の人を殺す夢!人を幸せにしようとした力をそんなことに使った!」

 

毎日そんな夢を見せられたものは例えそれが夢だと分かっていても現実世界で狂い始めた。

ある者は歩けなくなり、ある者は何も食べられなくなり、ある者は精神が崩壊した。

そんな状態になった人々を目の前でポベウスは見てきた。

 

「毎日苦痛だった…何度も死にたいと思った…だがある日、救世主が現れたっ!」

 

ポベウスは狂気に満ちた表情で空を見上げる。ウタワールドの空は未だいくつもの黒い渦が渦巻いていた。

 

 

三年前、ポベウスは天竜人に連れられ、とある島に来ていた。その島は娯楽の都であり、ありとあらゆるものがそろう場所でもあった。

その日は、たまたま天竜人とは別行動をとることになったポベウスは街を歩いていた。光なき眼で街を見渡すと、心地の良い歌が聞こえてきた。

ポベウスは気になって歌の聞こえる方へと足を進める。徐々に近づくと、とある家にたどり着いた。ポベウスはその家の窓から歌が聞こえてくるのに気づいた。

窓から中を覗くと、親子が映像電伝虫から映された映像を見ていた。その映像には一人の少女が歌を歌い、踊っている。

その映像を見た瞬間、ポベウスの心が晴れ渡った。

 

 

「彼女の歌は私を救った!それまでの苦しみを全て取り払ってくれた!」

 

その後、ポベウスは天竜人の奴隷から脱出した。そして、逃げている最中に偶然エレジアへと着き、自分を救ってくれた少女に出会う。

ポベウスはルフィたち、ウタへと視線を向ける。

 

「これは運命だ!彼女は新時代を、何もない世界を作ってくれる!ウタは私たちの救世主だ!」

 

ポベウスが叫ぶと、消えたはずだった黒い音符が集まり、ポベウスを覆いつくす。それは黒い塊となり、徐々に大きくなっていく。

やがてトットムジカと同じぐらいまで大きくなると、表面にひびが入り、中が露になった。

その姿にナミやコビーたちは驚愕の表情を浮かべる。

 

「ウ、ソ。またあれを倒さないといけないの!?」

「おいおいそりゃねぇぜ」

「ヨホホホ、驚いて目が飛び出るかと思いました。あ、私̶」

「おめぇ目玉ねぇもんな」

「ヨホホホ…」

 

中から現れたのは先程と同じトットムジカだった。しかし、前回は禍々しくも美しさを感じるものだったが、今回のはただ不気味な存在であった。

手足の数は合計9本に増え、左右で揃っておらず、髑髏もいたるところにあり、顔は半分が黒い何かに置き換わっている。翼も片方捥げており、背中からは無数の黒い手が生えていた。

トットムジカを中心に光が世界を覆いつくしていく。何ものにも染まらない白い世界が広がっていく。

その異様な光景にウタは恐怖の表情を浮かべた。先程の体験がウタの脳に蘇ってくる。

 

「ウタ、心配すんな。俺がいる」

「ル、フィ…」

 

ルフィはウタに麦わら帽子をかぶせる。ウタは麦わら帽子をぎゅっと強く握り、深くかぶって小さく頷いた。

ルフィは先頭に立ち、ゾロ、サンジたちが横に並ぶ。

 

「いくぞ野郎ども!誰一人欠けることなく元の世界に帰るぞ!」

「「「おう!」」」

 

ルフィたちは怪物へと変貌したトットムジカへと向かう。世界を救うためではなく、自分の未来を守るため、か弱き少女ウタを守るために。

 

 

 

 

現実世界でもトットムジカが再度現れ、海軍やカタクリは混乱していた。

ようやく観客や大事な妹が戻ると思ったが、誰一人目覚めることはなく、さらには苦労して倒したトットムジカが現れたのだ。

たが、赤髪海賊団は動揺することなく、戦闘態勢に入っていた。

 

「野郎ども!覚悟はいいか!」

「「「おう!」」」

「…ヤソップ、息子とはどうだ?」

「へっ、俺の息子をなめんなよ?まだばっちりリンクしてるぜ」

「よし、さっさとあの化け物を倒してウタと帰るぞ!」

「「「おぉぉぉ‼」」」

 

赤髪海賊団と冷静になったカタクリ、さらに後方からは観客の非難が済んだ大将黄猿、藤虎を筆頭に海軍もトットムジカへと向かっていた。

 

「ほぉ、お前らも加勢してくれるのか」

「これ以上は世界がやばいからね~」

「あっしらは海軍。市民の平和を守るのが役目でござんす」

「そうか、なら任せたぞ…ヤソップ!」

 

シャンクスは刀を抜くと、ヤソップに声をかける。ヤソップはウソップと視界を共有すると、みんなに指示を出した。

同時にウタワールドでもウソップがルフィたちに指示を出す。

 

「「まずは右手二本だ!」」

 

二人の指示にそれぞれの世界で行動を開始した。

ウタワールドではゾロとジンベエ、フランキーが、現実世界ではベックマン、ガブ、ライムジュースが攻撃を仕掛ける。

 

「三刀流、千八十煩悩鳳!」

 

ゾロの技とベックマンの銃弾が同時に一つ目の右手に直撃し、トットムジカの手が一つ破壊される。

間髪入れず、ジンベエとフランキー、ガブとライムジュースが攻撃を仕掛ける。

 

「海流一本背負い!」

「フランキ~ラディカルビーム!」

 

ウソップの視界ではガブとライムジュースの攻撃が残った右手に命中する。その光景にウソップは次の指示を出そうとするが、言葉が出なかった。

なぜならヤソップの視界では命中しておらず、無数の怪物やモノによって阻まれていたからだ。

 

「な、なんだよこれは!?」

「一体どこから現れてきやがった」

「!おい、破壊したはずの手が戻ってるぞ!?」

「なに!?」

 

チョッパーが指さした方を見ると、さっき破壊したはずの手が元に戻っている。

それは現実世界でも同じであった。

 

「おいヤソップ!いったいこれはどういうことだ!」

「…向こうの世界で攻撃が妨害されてた。おそらくあの男の仕業だろう」

「なに…」

 

シャンクスはトットムジカを、それの中にいる人物を睨みつける。すると黒い手足を退けていた藤虎とカタクリが傍にやってくる。

 

「こいつはしょうしょう厄介なことになりやしたね」

「おいどうする赤髪。こっちからは何もできないぞ」

 

カタクリの言う通り、攻撃の妨害はウタワールドの中のみ。シャンクスたちからは干渉することはできない。

シャンクスは少し目を閉じると、再び目を開けて呟く。

 

「…ルフィを信じろ」

 

それだけを言うと、再びトットムジカへと向かっていった。

トットムジカは骸骨から無数のビームを放ち、黒い手足を伸ばして周囲へと攻撃している。




オリキャラはどんだけぞんざいに扱ってもいいから気持ちいい~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の歌声

「ゴムゴムの~獅子・バズーカ!」

「魂のパラード、アイスバーン!」

「悪魔風脚、焼鉄鍋!」

 

ウソップの指示を受け、サンジとブルックが障害を蹴散らし、ルフィがトットムジカへと大技を放つ。

数度目の攻撃でようやく再度手の破壊に成功する。しかし̶

 

「九輪咲き、ツイスト!」

「柔力強化!ホアチャー!」

「一刀流、厄港鳥!…クソッ!また邪魔が入りやがった!」

 

ロビンやチョッパーが怪物や黒い手足を撃退し、そのうちにゾロがトットムジカへと攻撃するが、突如空中に巨大な壁が現れ、斬撃がそれえう。

そうして次の手足を破壊するのに戸惑っている間に、先程破壊した手足が元に戻ってしまう。

 

「早く何とかしないとこっちの体力が先に尽きちゃう!」

「だが何とかするったって、こいつらが邪魔でまともに出来ねぇ!かといってむやみに攻撃してもバリアで弾かれてしまう」

「それに上手くいっても次には再生されてしまうからのぉ」

 

ナミ、フランキー、ジンベエが解決策を探すが、中々見つからない。

ユメユメの能力により、いくら破壊されても修復することができ、無数の怪物やモノの存在によって同時攻撃を防ぎ、頭部への攻撃を手で庇うことができるようになったトットムジカ。

そんなトットムジカに手も足も出ない海賊や海軍にポベウスは笑う。

 

「ハハハ!これが救世主の力だ!世界が新時代を望んでいるのだ!」

 

高らかに笑いながらトットムジカの中へと沈むポベウスをルフィは睨みつけ、上空へと駆けあがる。

 

「うるせぇ!早くウタを放しやがれ!ゴムゴムの~大猿王銃!」

 

ルフィは蒸気を体から発し、覇気を纏った巨大な腕をトットムジカへと放つ。それと同時にトットムジカも腕を後ろに引き、ルフィへと放った。

両者の攻撃がぶつかり、周囲へと衝撃波が放たれる。お互いの攻撃は少しの間拮抗するが、ルフィは押し負け、後方へと吹き飛ばされてしまう。

ルフィは地面へと激突し、土煙を上げるが、すぐに立ち上がって再びトットムジカへと向かう。

 

その光景をゴードンに支えられながらウタは麦わら帽子を抱きしめて見ていた。現実世界ではシャンクスが着せてくれたコートを強く握って。

ウタは自分のために戦ってくれる幼馴染と父親を見て、目頭が熱くなっていた。

十二年とは違い、自分より強くなったルフィに。十二年前と同じく、自分を救おうとしてくれるシャンクスに。

 

そんな彼らに立ち塞がるのは自分を二年以上支えてくれたポベウスである。

しかし、ウタは彼を憎めなかった。自分を利用していることを知っても、過去のトラウマを見せつけた張本人だとしても、彼に怒りを向けることはできなかった。

なぜなら彼も自分のファンなのだから。彼も日々の苦しみを抱え、ウタの新時代を願っていた一人なのだから。

 

ウタはポベウスに恩返しをしたかった。彼が自分を利用していたのだとしても、ウタにとってポベウスがいた二年間は楽しい日々だった。

何も知らない自分にいろんな物語を聞かせてくれた。海賊を倒す物語、一組の男女の恋物語、離れ離れとなった家族との感動の再会、各島の伝統など、様々なことを聞かせてくれた。

精神が幼少期で止まっていたウタにとって、それは目を輝かせるものだった。大切な思い出の一つとなった。

 

「ゴードン…私は結局誰も救えなかったのかな。私の歌は…何の力もないのかな」

 

ウタはか細い声で隣に居るゴードンへと話しかける。ゴードンは弱っているウタを優しく抱きしめる。

 

「そんなことはない。君の歌声は世界の宝だ、聞いたものを幸せにする力を持っている…ポベウスも君に感謝していたよ」

「ポベウスが?」

 

ゴードンは過去にポベウスとした会話をウタに伝える。

 

 

一年半前、その日ゴードンはいつもと同じく救援物資の資料を整理していた。

一段落付き、椅子に腰かけると、扉が開かれ、ポベウスが中へと入ってくる。その手には珈琲が入ったカップを二つ持っていた。

 

「やぁ、ゴードン。お疲れ様」

「あぁ、ありがとう」

 

ゴードンはカップを受け取ると、一口付ける。いつも通り美味しい味だった。

二人は珈琲を飲みながら談笑していると、開いた窓から歌声が聞こえてくる。

 

「今日も歌っているね、ウタは…」

「何度聞いても素晴らしい歌声だ」

 

ゴードンは歌声を褒めていると、ポベウスが窓に視線を集中していることに気づく。

 

「どうしたのかね?」

「いや…この歌声を聞くと娘を思い出すなと」

 

ポベウスは首にかけたペンダントをいじりながらそう口にする。ゴードンは子供がいたのかと少し驚いていると、ポベウスが過去について話した。

 

「娘は吟遊詩人になって世界の人を幸せにしたいって言っててね。私は娘ならなれると信じていた…でも、二十年前に亡くなってね」

「そうだったのか…」

 

ゴードンは自分の子供も十年前に亡くなったことを思い出す。家族と過ごした日々が脳裏に浮かんだ。

 

「でもウタに会って、彼女の夢を聞いて私は思った。彼女なら娘の夢を叶えてくれるとね」

「それは…」

「…分かっている。彼女は娘ではない。彼女に押し付けるつもりはない…でも、ウタは世界を幸せにしてくれると思っているよ」

 

ゴードンはその意見には反対しなかった。ゴードンもウタの歌声にはそれを叶える力があると思っていたから。

 

「私はウタに救われた」

 

ポベウスは雲一つない青空を見ながら、そう呟いた。ゴードンも彼と同じように窓へと目を向ける。

歌声は未だ止むことはなく、響いていた。

 

 

「…」

 

ウタはゴードンから話を聞くと黙り込んだ。ゴードンはそんなウタを見て、聞かせないほうが良かったかと内心焦る。

すると、ウタは立ち上がり、みんなが戦う方へ体を向けた。

 

「ウタ?」

「…ゴードン。私、行くよ。みんなを救ってくる」

 

ウタは覚悟を決めた顔で宣言した。ゴードンはそんなウタを心配する。

 

「しかしウタ、君は…」

「大丈夫。だって私は世界の歌姫だよ。こんぐらいなんてことないって!」

 

ウタは笑顔でゴードンへと告げる。その顔に苦痛や疲労は感じられなかった。

ゴードンはウタを心配しつつも彼女の背中を押す。

 

「…分かった。行ってきなさいウタ。君ならやれる」

「うん!見ててゴードン!私が活躍するところ!」

 

そう言ってウタは駆ける。ルフィたちの下へ、シャンクスたちの下へ、一人のファンの下へ。

ゴードンはたくましく育った娘の背中をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界では赤髪海賊団、カタクリ、海軍が協力してトットムジカへと攻撃をしている。しかし、戦闘が始まった時と何一つ進展はなく、むしろ体力と時間だけが奪われていた。

 

「クソッ!早く何とかしないと妹がッ!」

「あっちとは連携取れないのか~い」

「やってるよ!ただ向こうが大変なだけだ!」

「あれが少しでも弱れば勝機が見えるんだが…」

 

シャンクスはトットムジカを攻略する方法がないか模索するが、襲いかかる手が邪魔をし、考える暇を与えない。

そんな時、シャンクスの耳に聞きなれた声が入ってきた。

 

「シャンクス!」

「!…ウタ!お前何でここに!下がってろ!」

 

シャンクスは戦場に来た娘に叱責の声を上げる。隣に居たベックマンは何も言わないが、その目はシャンクスと同じだった。

しかし、ウタは従わない。

 

「いやだ!もう私は逃げない!私だって戦うんだ!だって̶」

 

ウタは一息つき、すうっと息を吸うと、大声で宣言した。

 

「私は!赤髪海賊団の音楽家、ウタだよ!」

「ウタ…分かった。なら援護頼むウタ!」

「!うん!」

 

ウタは元気よくシャンクスに返事をすると、歌い始めた。

【世界のつづき】、柔らかな旋律が、人を信じることへの思いが、人々の心を包み込む。

歌を歌い始めたウタを中心に光が発せられる。赤、青、黄色と様々な色の光が発せられ、白い世界を鮮やかに染めていく。

 

ウタワールドでも現実世界と同じ光景が広がっていた。ウタの歌声がウタワールドにいた人々に届いて行く。

 

「…天使の歌声だ」

 

その様子を見て、ゴードンはそうつぶやいた。ウタの足元から音符が現れ、戦場へと向かっていく。

 

「これは…傷が癒えていく」

「なにこれ。力が、湧いてくる」

 

音符がルフィたちの周りを回ると、負っていた傷を癒していく。それだけでなく、トットムジカとの戦闘で減っていた体力が回復していった。

その光景にルフィたちは驚いていると、ドカンという音が響いた。咄嗟にそちらを振り向くと、今まで苦労していた手足が二本破壊されていた。

 

「おい誰か攻撃したか!?」

「いや、誰も手は出してねぇ…どうなってんだ」

 

フランキーが周囲へ呼びかけるが、サンジが否定する。サンジが煙草に火をつけ、破壊された手足を睨んでいると、ウソップが驚きの声を上げる。

 

「おぉ!?マジか!?」

「どうしたウソップ?」

 

チョッパーがウソップに聞くと、驚愕しつつ喜びの声を上げる。

 

「聞けみんな!もう同時攻撃をしなくてもあいつに攻撃は当たる!」

「どういうことだ?」

「親父の視界に映ってたんだよ!向こうで親父たちが手足を破壊してたんだ!もうあいつのバリアを恐れる必要はねぇ!」

「ウタ…」

 

ウソップの声に皆が驚きの表情をする。しかし、次の瞬間には笑みを浮かべた。

ゾロは刀から光を反射させ、サンジは足を赤く染める。

 

「ならもう出し惜しみをする必要はなさそうだな」

「これであいつをジューシーに焼き上げることができるぜ」

 

不敵な笑みを浮かべるゾロとサンジの上でルフィは声を張り上げる。同時刻、現実世界でもシャンクスが仲間たちに叫んだ。

 

「「いくぞ野郎ども!これが最後の戦いだ!」」

「「「「おう!」」」」

 

ルフィとシャンクスを合図に各々トットムジカへと向かう。彼らは己の全力を発揮した。

 

「いくわよゼウス!」

「ランブル!」

「巨大樹!」

「フランキー!」

「フルーズダルム!」

 

ウタワールドでナミは雷雲を空に浮かべ、チョッパーはランブルボールを嚙み砕き、ロビンは巨大な二本の腕を生やし、フランキーは両手を構え、ブルックは仕込み刀を抜く。

彼らに続き、コビーがとヘルメッポ、オーブンたちビックマム海賊団も攻撃態勢に入る。

 

「ゼウスブリーズ、テンポ!」

「刻蹄 椰子!」

「スパンク!」

「アイアンBOXING!」

「管弦楽!」

 

ナミは雷を、巨大化したチョッパーとロビンは平手打ちを、フランキーは連続パンチを、ブルックは黄泉の冷気を纏った剣を怪物たちへと奮う。

コビーたちの攻撃も加わったことでその場にいた怪物たちは全て消え去る。

現実世界でもライムジュースやガブ、スネイクたちが音符の戦士や黒い手を消し飛ばしていた。

 

怪物や音符の戦士などの障害が無くなると間髪入れずに、ゾロたちやベックマンたちが残った七本の手足に攻撃を仕掛ける。

 

「鬼気九刀流、阿修羅抜剣!」

 

ゾロの気迫を受けたトットムジカの目に九本の刀を構えたゾロが映る。

ゾロは勢いよく駆け寄ると、襲いかかる黒い手を回転しながら切り捨て、トットムジカの手へたどり着く。

 

「亡者戯‼」

 

ゾロの攻撃を受けた手が一刀両断される。その反対側にあった手もベックマンの銃弾によって破壊されていた。

 

「空中歩行!」

 

サンジは空中を蹴り、空高く駆け上がる。

ある程度の高さまで上がったサンジはトットムジカを見下ろし、残った左手へと狙いを定める。

左手めがけて落下し始め、空中を蹴りながらスピードを上げる。

 

「悪魔風脚…」

 

衝撃波が起こるほどまでスピードを増したサンジは体を縦に回転しながら落下する。

サンジは回転による遠心力と落下スピードから驚異的なパワーを得た足をトットムジカへと振り下ろした。

 

「粗砕!」

 

サンジの技を受けたトットムジカの左手は粉砕し、全ての手を失った。

 

「魚人空手̶」

 

トットムジカが全ての手を失ったことに驚いている間、後ろ脚にて瞑想をしたジンベエが正拳突きの構えを取っている。

ジンベエは閉じていた目をカッと見開き、拳を放った。

 

「鬼瓦正拳!」

 

ジンベエの正拳が脚に当たる直前で止まる。次の瞬間、空間にひびが入り、衝撃が脚へと伝わる。

衝撃を受けた脚は粉々に砕け、同じタイミングでホンゴウとラッキー・ルゥが反対側の脚を破壊したことでトットムジカが後ろへと傾く。

 

「これで終いだ!必殺、火の鳥星!」

 

ウソップがスリングショットから弾を撃ち放つ。同じ頃ヤソップも銃の引き金を引いた。

ウソップの弾は火の鳥の姿を取り、ヤソップの弾は赤黒い輝きを放っていた。それぞれの弾が空中を走り、トットムジカの残った二本の脚を打ち抜く。

ほとんど同じタイミングで全ての手足を失ったトットムジカは、悲鳴のような声を上げながら、大きく姿勢を崩した。

 

「「「行けぇ!ルフィ!」」」

「「「行け!お頭!」」」

 

仲間の声を受けたルフィとシャンクスは空へと駆けあがる。

すると、今までトットムジカの中にいたポベウスが姿を現した。ポベウスは自分の邪魔をするルフィたちへと苛立ちをぶつける。

 

「なぜ邪魔をする!なぜ拒む!」

 

ポベウスは自身より高い場所にいるルフィとシャンクスへ問いかける。彼らの後ろでは赤色と白色の空が混ざり合っていた。

 

「全ての人が何もしなくていい!夢を持たなくてもいい!ウタが私たちのために歌い続けれてくれる!そんな誰も苦しまない世界の誕生をなぜ妨げる!」

 

ポベウスの言い分にシャンクスは何も言わない。それはポベウスの言葉に言い返せないわけではない、自分の思いを代わりに伝えてくれる友達に任せたのだ。

 

「お前が俺たちの…ウタの人生を勝手に決めんじゃねぇ!俺の未来は̶」

 

ルフィはポベウスを強く睨みつけて宣言する。

 

「俺が決める!ゴムゴムの~」

 

ルフィは腕に空気を送り込む。腕は大きく膨れ上がり、さらに覇王色の覇気を纏っていた。

シャンクスは目をつぶり、刀を構える。

 

「借ります、ロジャー船長…」

 

目を見開いたシャンクスも刀に覇王色の覇気を纏わせた。二人の覇気によって赤黒い稲妻が周囲に走る。

ルフィとシャンクスは空からポベウスへと向けて下降し、技を放つ。

 

「“覇猿王銃”!」

「“神避”!」

 

迫りくるルフィとシャンクスに、ポベウスはユメユメの実の能力を使い、トットムジカの手を二つ修復させ、対抗する。

ポベウスのサポートを受けていたトットムジカだったが、二人の攻撃を抑えるだけで精一杯だった。

徐々に押され始めるトットムジカに焦ったポベウスはトットムジカが弱体化した原因、歌を歌い続けるウタに目を付ける。

 

黒い手がいくつもウタへと襲い掛かる。それに気づいた麦わらの一味や赤髪海賊団は阻止しようとするが、突如現れた音符の戦士や怪物たちに足止めされてしまう。

その間もウタに迫る黒い手。ウタはそれに気づきながらも歌うことをやめない。

黒い手がウタの目前まで迫った瞬間、黒い手は何かに阻まれ、弾かれてしまう。

 

「バーリアだべ」

 

バルトロメオが印を組み、ウタの前へと立つ。彼のバリバリの実の能力によって、黒い手がウタに届くことはなかった。

黒い手はバリアに阻まれてしまったが、全方位から攻撃しようとウタとバルトロメオを囲む。

しかし、二人の人物によって黒い手がウタに襲いかかることはなかった。

 

「ROOM、切断!」

「ナグリ餅!」

 

ローとカタクリによって黒い手は切り刻まれ、粉砕され、消える。

二人はルフィとシャンクスに届くように声を上げた。

 

「これは貸しだぞ麦わら屋!」

「これは貸しだぞ赤髪!」

 

ルフィとシャンクスはウタを救ってくれた二人に笑みを浮かべる。

対照的に、ポベウスはまたしても邪魔が入ったことへ怒りの表情を浮かべた。

 

「私の、新時代の誕生の邪魔をするな!喜びがあるから悲しみがある!希望があるから絶望がある!」

 

ポベウスの脳裏に妻を失った日のこと、殺された娘の表情、夢のせいで苦しむ人々の様子がなだれ込んでくる。

 

「なら最初から何もなければいい!何もなければ誰も苦しまない!あんな世界、なくなってもいいじゃないか‼」

 

ポベウスの感情が力を与えたのか、トットムジカの力が増す。先程まで押されていたはずの両手がルフィとシャンクスを押し返そうとする。

しかし、ルフィは負けじと力を込める。トットムジカを倒すため、ポベウスを殴り飛ばすため、ウタを救うため。

ルフィの心臓が音を響かせ始める。ドンドットット、と鳴り始めるとルフィの体が白くなっていく。さらに腕はより一層大きく、トットムジカより大きく膨らんでいった。

 

「俺はこんな世界いらねぇ!ウタが幸せにならないこの世界何か̶」

 

ルフィは心に思ったことをそのまま告げた。

 

「俺がぶっ壊してやる!俺は、海賊王になる男だ‼」

「ルフィ…」

 

ウタは巨大な腕を振り下ろすルフィを見つめる。

巨大な腕がトットムジカの両手を粉砕し、ポベウスへと迫る。それと共にシャンクスの刀も振り下ろされ、トットムジカを両断した。

ポベウスの視界に迫りくる拳。彼が最後に見た光景は自分の夢を語る娘の姿だった。

 

「オー…ニラ…」

 

ルフィの拳がポベウスに直撃し、地面へと激突する。トットムジカは操る存在がいなくなったためか、再び黒い音符となり、今度こそ完全に消え去った。

トットムジカが消え去ったことにより、ウタワールドが徐々に崩壊していく。ウタワールドの崩壊と共に、囚われていた人々は目を閉じていき、眠りについた。

彼らが最後に見た光景は様々な色で染まった鮮やかで美しい空だった。

 




ワノ国編ラストバトルはかっこよかった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

救世主

「ねぇ、ルフィ。何で殴らなかったの、私のこと」

 

ウタは噴水のベンチに座りながら横に立っているルフィへ話しかける。ここはウタがよく通っていたエレジアのとある場所を参考にした特別な世界だった。

 

「言ったろ。俺のパンチはピストルよりも強いって」

「…昔はよくやってきたじゃん。ヘナチョコグルグルパンチ」

「あれは本気じゃねぇ」

「出た、負け惜しみぃ」

 

ウタは立ち上がってルフィに勝負で勝った後、いつもやっていたポーズをとる。ルフィはウタと視線を合わせようとしない。

そのことに落ち込みながらもウタはルフィに背を向ける。背中越しにルフィがベンチに座るのをウタは感じた。

 

「…いつの間にか、ルフィの方が背が高くなっていたんだね̶これ、返すよ。私にとっても大事な帽子だから。最後にシャンクスの帽子を被れてよかった」

 

ウタは麦わら帽子をルフィの頭にかぶせる。その時、数滴の雫が落ちるのに気づくが、何も言わなかった。

ウタはルフィを背中から抱きしめる。

 

「来てくれてありがとう、ルフィ。ルフィがいなければ私は間違えたままだった…誰も幸せにできず、夢を見失うところだった。̶助けてくれてありがとうルフィ」

 

ウタは優しくルフィを抱きしめる。ルフィは何も言わず、されるがままだった。

しばらくして、ウタはルフィから離れる。

 

「それじゃあ、私もう行かなきゃ。じゃあねルフィ。いつかきっと、それがもっと似合う男になるんだぞ!」

 

ウタはそれだけを告げると、ルフィへ背を向け、その場を去ろうとする。絶対に後ろを振り向かないと心に決めながら。

ルフィは小さくなる足音をしばらく聞いていたが、突然立ち上がるとウタの下まで駆け、後ろから抱きしめる。

 

「行くなウタ!…頼むから…いかないでくれ」

 

ルフィは泣きそうなのを我慢しながらか細い声でウタに懇願する。

ウタはルフィの腕を軽く握った。ウタだって離れたくない、別れたくない、そう思っている。それでも、足を進めようとした。

 

「もう……大事な人を失うのは嫌なんだ…」

 

しかし、ウタは進むことができなかった。ルフィの泣き声が聞こえたからだ。

昔のように、子供のように泣くルフィを感じる。それにつられてか、ウタの目からもぽたぽたと涙が頬を伝い、地面へと落ちる。

ウタはルフィの腕を解くと、体を反転させる。視界には鼻水を垂らして号泣するルフィが映った。

 

「私だって…みんなといだいっ!赤髪海賊団のみんなと、シャンクスと一緒にずごしだい!…ルフィと…もっと遊びだいよ!」

 

お互い体が立派に成長しているにもかかわらず、子供のように泣きじゃくる。

二人は再会した時のように、昔のように互いを抱きしめると泣き叫んだ。二人以外誰もいないはずの場所で空間が閉じるまで泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界。

トットムジカが消え、全ての元凶だったポベウスも倒れた今、そこは静粛に包まれていた。

雨が降り、どんよりとした空はいつの間にか晴れており、夕日がライブ会場を照らしている。

その中央の観客席にウタと赤髪海賊団はいた。目の前には麦わらの一味が眠っている。

体力がほとんどないウタはシャンクスの肩に頭を乗せながら、ルフィの容態を聞く。

 

「ルフィは…?」

「戻ってきた」

 

シャンクスが答え、ベックマンが目の端を赤くしながら観客の無事を伝える。ウタとシャンクスの周囲には赤髪海賊団のみんなが集まっていた。

 

「…よかった…」

 

ウタはホッとすると頭をシャンクスの肩から落としてしまう。それをシャンクスに抱き留められ、膝に乗せられる。

 

「ごめんね、シャンクス。みんなを信じきれなくて。なのに、ありがとう。助けに来てくれて」

 

シャンクスは無言で唇を噛む。口のからは少し血が流れていた。赤髪海賊団のみんなは分かっていた、このままウタを看取らないといけないことに。

その時、海兵たちを引き連れて、黄猿と藤虎が姿を見せた。

 

「さぁて、そろそろ世界を滅ぼそうとした大罪人を渡してもらおうかねぇ」

 

ゆったりという黄猿に赤髪海賊団のみんながウタを守るように並ぶ。

ウタは自分を守ろうとしてくれるみんなの背中を見て、涙がこぼれる。こんなに自分に優しくしてくれたみんなを、愛してくれたみんなを信じることができなかったことに悔いが残った。

シャンクスは力強くウタを抱きしめると、黄猿たちに怒号を響かせた。

 

「こいつはおれの娘だ!おれたちの大切な家族だ!それを奪うつもりなら̶死ぬ気で来い!」

 

シャンクスの体からとてつもない量の覇気が放たれた。海面が波立ち、空気が震え、ライブ会場にひびが入る。

一般の海兵だけでなく、一部の中将の意識も持っていかれ、黄猿の頬に冷や汗が流れる。

 

「これが四皇の覇気か…」

「やめときやしょう。市民の皆さんを巻き込むわけにはいきやせん」

「そうだね~。それに元凶は別の奴だったみたいだし。ここは手を引くとしよう」

 

黄猿と藤虎たち海軍はその場から撤退する。先程の戦闘の疲れもあるのに、四皇と戦うわけにはいかないと判断し、軍艦に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海軍がいなくなったライブ会場でウタは暮れかけた空を見上げる。

 

「…ファンのみんな大丈夫かな」

 

私がいなくなっても、ウタワールドがいなくなっても辛くないのかなとウタは心配する。シャンクスはそんなウタに大丈夫だと声をかける。

 

「人間はそんなにヤワじゃない。それに…新時代は目の前だ」

 

力強く言い切るシャンクスの視線の先には寝息をたてるルフィの姿があった。

 

「だから…安心しろ、ウタ…」

「シャンクス…?」

 

シャンクスは涙を流すまいと、ウタの目の前では弱みは見せないようにしていた。しかし、徐々に元気がなくなる娘を見て、我慢ができず涙を溢してしまう。

それはシャンクスだけでなく、ベックマンやヤソップ、赤髪海賊団のみんながそうだった。

ウタは自分のために泣いてくれるみんなに本音を吐く。

 

「私…みんなともっと一緒にいたいっ!…もっと一緒に旅をしたかった…」

 

ウタはルフィに言ったことと同じことをシャンクスたちに告げる。もう遅いと分かっていながらもそう呟いた。シャンクスのズボンがずぶ濡れとなる。

ウタと赤髪海賊団が声を殺して泣き続けていると、ビチャッという音と共に何か濡れたモノが自分たちのいる場所に立っていることに気づいた。

ここまで接近されていることに驚いた赤髪海賊団は即座に臨戦態勢を取り、気配がする方を見る。

 

「お前は…」

「シャンクス?…ポベウス」

 

シャンクスの纏う気配が強くなるのを感じたウタはみんな見る方向へと顔を向けると、そこには全身が濡れ、上半身が傷だらけのポベウスが立っていた。

ポベウスは自分へと向けられる殺気をものともせず、シャンクス、正確にはウタに目を向ける。暗く淀んだ目でウタを見ていた。

 

「何の用だ…」

 

シャンクスは目を細め、刀に手をかける。ベックマンたちも各々の武器をポベウスへと向けた。

しかし、ウタの手によって遮られる。ウタはまっすぐポベウスの目を見つめる。

 

「なぜだ、ウタ…君はみんなを…幸せにするんじゃなかったのか…」

 

途切れ途切れにウタへ伝えるポベウス。体をふらつかせながら前へと足を進める。

シャンクスたちは警戒しつつも手を出さず、彼の行動を注視する。

 

「私は…」

 

ウタは顔を俯かせ、消えそうな声で話した。

 

「歌でみんなを幸せにしたい…その思いに嘘はない。でも…」

 

ウタは顔を上げ、自分が本当に叶えたい夢を伝える。その目に迷いはなかった。

 

「誰かから求められて歌うんじゃない。私は―自分の夢を叶えるために歌う。歌でみんなを幸せにして見せる!」

 

ウタは立ち上がって、そう宣言した。自分の足で地面に立っていた。だが、すぐに地面へと倒れこんでしまう。

シャンクスは右腕で彼女を抱き留めた。

 

「…そうか…君は…」

『みんなを…幸せにする』『みんなに夢を与えたい!』

 

ポベウスは自身の夢を語るウタに、かっての自分と娘を重ねた。

ウタの前まで来ると膝をつき、血の気の引いた表情でウタを見る。しかし、その目には光が戻りつつあった。

 

「まだ夢を、あきらめていないのか…」

 

口からぼたぼたと真っ赤な血を垂らす。

ライブが始まる前にネズキノコを食べていたポベウス。その毒が彼の体を蝕んでいた。

彼はシャンクスたちへと視線を向ける。

 

「…私のポケットに、ネズキノコの解毒薬がある…それを彼女に…」

「だが、もうウタは…」

「…」

 

シャンクスたちはポベウスの言葉に一瞬喜びの声を上げるが、すぐに落胆の表情へ変わる。ウタは何も言わない。

もうウタの体力はほとんど残っておらず、ネズキノコの毒がすでに全身へ回っていた。シャンクスたちはもうウタが助からないと思っていた。

しかし̶

 

「彼女が食べたネズキノコは、火を通してある…そこの船医なら、この意味が分かるん、じゃないのか…」

「!本当か!?」

 

ポベウスは息も絶え絶えに伝えた。口からはより一層血が溢れている。

ホンゴウはその容態に気を配りながらも彼の言葉に驚き、ポベウスのポケットから解毒薬を取り出す。

 

「おいホンゴウ。どういうことだ」

 

シャンクスはホンゴウに問いかける。赤髪海賊団のみんなもホンゴウを驚きの表情で見ていた。

ホンゴウは目に涙を滲ませながら喜びの表情を浮かべ、赤髪海賊団のみんなへ振り替える。

 

「ネズキノコの毒は熱に弱い…ならまだ解毒薬を飲んでも間に合うはずだ!」

「それは本当か!」

「あぁ!早くウタにこれを飲ませろ!」

 

ホンゴウは手に持った解毒薬をシャンクスへと投げる。シャンクスはそれを受け取ると、ウタに解毒薬を差し出す。

ウタは自分が助かるべきではないと考え、拒もうとする。

 

「ウタ、私に君の新時代を見せてくれ…君が望む、夢を…」

 

しかし、ポベウスの言葉を聞き、シャンクスたちの顔を見て、意を決し、薬を飲む。薬を飲んだウタは薬が効き始めたのか、それとも安堵故か、すぐに意識が朦朧とし始めた。

シャンクスはウタが薬を飲んだのを確認すると、ポベウスへと薬を差し出す。

 

「おい、お前も飲め」

「…いや、私にはもう、必要ない…私が食べたのは、彼女とは違う…」

 

シャンクスはポベウスの言いたいことを感じ取る。手に持った瓶を地面へと置き、ウタを大事そうに抱きしめた。

ウタはシャンクスに抗議の目を向けるが、シャンクスは無視をする。

 

「なぜ…ウタにはそうしなかった」

「…なぜ、だろうね…」

 

シャンクスはなぜウタには調理済みのネズキノコを食べさせたのかという意味でポベウスに問う。

その質問にポベウスは暗くなり始めた空を見上げた。上空では星が爛々と輝いている。

 

「子供には…おいしく、食べてほしかった…からかな…」

「…感謝する」

 

ポベウスは視界がぶれる中、お互いに信頼し合っているウタとシャンクスを見て、笑った。

 

「…家族からは、目を、離すんじゃ…ない…よ…」

 

ポベウスの意識が徐々に混濁し始める。目からは生気が無くなっていき、腕が地面へと落ちる。

ウタはその光景を見て、意識が朦朧とする中、消え入りそうな声で歌を歌う。

【風のゆくえ】。子供の頃にフーシャ村で何度も歌った、ゴードンとポベウスが嬉しそうに聞いてくれた思い出の曲。

ウタの穏やかで美しい歌声を聞き、ポベウスは安堵の表情を浮かべ、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

『パパ!』

 

二十年以上聞くことはなかった、しかしはっきりと覚えている声。突如聞こえてきた娘の声に目を開いた。

視界には明るい世界でこちらに手を振っている娘と赤子を抱いた妻の姿が広がっていた。ポベウスはその光景に涙を浮かべる。

 

『オーニラ…ブラウ…』

 

ポベウスは立ち上がって、手を伸ばし走る。娘と妻の下へたどり着いたポベウスが彼女たちを抱きしめると、彼女たちは満面の笑みを浮かべた。

 

『おかえりなさい、あなた』『おかえり!パパ!』

『あぁ、ただいま…』

 

ポベウスは涙を流し、彼女たちを強く抱きしめた。彼女たちもポベウスを強く抱きしめる。その中央で赤子が泣き始めていた。

二十年以上の地獄の日々によって傷ついた心は、一人の幼き少女によって救われた。

 

ウタは歌声で一人の人生を救ったのだ。




ラストはウタの誕生日10/1に投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新時代の誓い

誕生日おめでとうウタ!

どうか原作では幸せでいてくれますように…


ハッと目が覚めるとルフィはサウザンド・サニー号の甲板にいた。空は黒く染まり、星が強い光を放っている。

ルフィがあたりを見渡すと、仲間たちも甲板に座り込み眠っていた。周囲は海に囲まれ、波が船を沖へと送り出す。

 

「よく寝てたな」

 

起きていたゾロが酒を飲みながらルフィに顔を向ける。ルフィは濡れていた目元を拭うと、ゾロに話しかける。

 

「もうみんな起きたのか?」

「あぁ、お前が最後だぞ」

「ウタは?…シャンクスはどこだ?」

「おう」

 

ゾロはお猪口をもった手をルフィの後ろへと向ける。

ゾロが指さす方を見ると、白み始めた空に接する水平線に、レッド・フォース号の船影が見える。シャンクスたちは先に行ってしまったのだ。

 

ルフィは甲板から身を乗り出し、シャンクスたちの船を見つめる。しかし、どこにもシャンクスたちの姿は見られなかった。

ルフィは唇を結び、麦わら帽子を深くかぶる。そして、覚悟を決めた顔でレッド・フォース号を見ると、仲間たちの方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウタのライブが終わってから数週間が過ぎた。

世間では歌姫ウタが死亡したことになっており、彼女のファンであった者たちは当初落ち込んでいた。

しかし、彼女の歌声はなくならない。歌声は困難な現実に立ち向かう人々の背中を押した。

音貝に録音された歌声を希望が欲しい時、明るい気持ちになりたい時に聴いた。ウタの歌は人々の希望であり続け、人々をたくましくさせた。

 

そして、ルフィもエレジアを発ち、仲間たちとの冒険の旅へと戻る。いつもの特等席でサニーに呼びかけていた。

 

「おーい、サニー!サニー?」

 

ウタワールドでは小さいお人形のようなサニー号だったが、現実世界では何も喋らない。

あの幻想的な世界はもう終わり、日常が戻ってくる。仲間との航海という、ルフィにとっての日常が。

ルフィは立ち上がると、空へ向けて高らかに宣言する。

 

「海賊王に‼おれはなる‼」

 

ルフィがそう叫んでいる一方で、ウソップやチョッパー、ナミは名残惜しそうに電伝虫を見ていた。ライブが始まる以前に、ウタの配信を見るために使用していたものだ。

彼らは口に出さないまでも、ウタがいなくなったことに寂しさを感じていた。

 

しかし、幼馴染である船長を見て、いつまでもうだうだしてられないと思ったウソップは切り替えようと、倉庫に持っていくために映像電伝虫を手に持った。

その時、誤ってスイッチを回してしまい、電伝虫が起動した。電伝虫の目から光が放たれ、壁に映像が映る。

本来なら何も映らず、ずっと砂嵐が出るだけのはずだが、数秒だけ砂嵐が出ると、その次に見知らぬ部屋が映像には映っていた。

 

「なんだこれ?」

「どうした?なにかあったのか」

「あ、フランキー。なんかね、どこかの部屋が流れてるの」

 

チョッパーが疑問の声を上げると、近くにいたフランキーが寄ってきた。ナミは映像を指さし、フランキーに問う。

 

「う~ん?なんだこれは?電伝虫の故障というわけではなさそうだが…」

「おーい、何かあったのか?」

「なんだ!面白いことでもあったのか!?」

 

フランキーたちの騒ぎを聞きつけたのか、他のメンバーも集まってくる。ルフィだけは目を輝かせ、映像の前に座ると、凝視していた。

仲間たちがその行動に呆れていると、突如映像から若い女性の声が聞こえてきた。

 

「う~ん、これ繋がってるのかな?久しぶりすぎて操作忘れちゃった」

「…あれ?この声、どこかで聞いたことのあるような…」

「これって、まさか!?」

 

ルフィやジンベエ、ゾロたちは少し首を傾げるが、ナミやウソップ、ブルックたちはその声に聴き覚えがあった。

最近まで、なんならさっきも聴いていた歌声に似ていたからだ。

すると、映像の横からぴょんと一人の少女が現れる。

 

「へへへ、みんな驚いた?」

「…」

 

その少女は赤と白のツートンカラーで後ろを輪っかのようにした髪型に、紫色の綺麗な瞳をしていた。

少女が現れた瞬間、一瞬その場に静寂が訪れる。そして、しばらくすると空気が振動するほどの驚きの声が上がった。

 

「「「「えぇぇぇ!?!?歌姫ウタァァ!?!?」」」」

「ハハ、マジか…」

「こりゃ驚きじゃわい…」

「まさかこんな…」

「スーパー驚いたぜ…」

「おいおい…マジかよ」

 

映像に映った少女の正体は先日死んだと発表された世界的歌姫、ウタであった。

ウタの登場に各々反応は違えど、驚きの声を上げる。そして、それは麦わらの一味だけではなかった。

同時刻、映像電伝虫を使用していた世界中の人々が反応していた。

ある者は泣き、ある者は目を飛び出して驚き、ある者はライバルの生存に怒り、ある者は頭を抱えていた。

そんな中、ルフィだけは笑っていた。

 

「ハハハ、良かった…生きてて…」

 

ルフィは地面に寝転び、誰にも見られないように麦わら帽子で顔を隠す。その体は小刻みに震えていた。

 

「ほんどうに゛!…よがっだ‼」

 

仲間たちは仰向けになっているルフィを温かい目で見つめる。

そうしていると、ウタが何かを話し始めた。

 

「…みんなに話したいことがあるの」

 

ウタは真剣な表情でこちらを見ていた。緊張を解くためか一呼吸すると口を開いた。

 

「まずは、この前のライブはごめんなさい…みんなの思いを勘違いして、世界中の人に迷惑をかけた。謝っても許されるとは思っていない…」

 

ウタは俯いて話す。しかし、次の瞬間には顔を上げる。それは何かを決心した表情だった。

 

「でも!みんなを幸せにしたいという思いは嘘じゃない!私は…歌でみんなに元気を、夢を与えたい!」

 

ウタは拳を握って叫ぶ。それは以前と同じようで、全く違うものだった。

 

「だから…もし、みんなが私を許してくれるなら…私の歌を聴いてほしい」

 

ウタは何かに恐れているかように目をつぶる。数秒静かな時間が訪れると、一人の少女の声が配信に混じった。

 

「私!またウタちゃんの歌が聴きたい!もう一度歌ってよウタちゃん!」

 

それはウタにメッセージをくれた、ライブでウタと同じ格好をしていた少女だった。少女の声を皮切りに、様々な声が聞こえてくる。

 

「僕もだよウタ!もう一度聴かせて!」「わしもじゃ」「私も!」「「俺も!」」

 

羊使いの少年、よぼよぼのおじいちゃん、教会のシスター、仲のよさそうな兄弟。様々な人々がウタの歌を切望している。

ウタはそれらの声に涙があふれてくる。

 

「…ありが、とう。みん、な…私、今度こそみんなが望む、私が考える“新時代”を作って見せる!」

 

ウタは涙を拭うと、みんなに宣言した。今度こそ“新時代”を作ると。

配信上にライブの時、いやそれ以上の歓声が響いた。

 

「…ルフィ、話しかけなくてもよかったの?」

 

ナミは寝転ぶルフィに問いかける。幼馴染と再会はいいのかと。

しかし、ルフィは身体を起こし、顔を腕で拭うと笑った。

 

「にししし、大丈夫だ。もうウタは一人じゃねぇ。あいつはあいつの旅を始めたんだ」

「そう。分かったわ…やっぱり似てるわね、あなたとウタは」

「そうか?にししし」

 

ルフィたちが笑っていると、ウタは突如こちらへ指をさした。

 

「私は、私の方法で新時代を作って見せる。だから、これは勝負だよ!どっちが先に自分の新時代を作るかの!」

 

誰に向けたものか分からない宣言。現に配信を聞いていたものは首を傾げるものが大半だった。

しかし、当事者とその仲間たちは気づいていた。

 

「にししし…あぁ、どっちが新時代を作るか勝負しようじゃねぇかウタ。俺は負けねぇぞ」

「はぁ…子供ね二人とも」

「いいじゃねぇか。面白くなりそうで」

「ウタちゃんの歌声がまた聞けるとは…なんでもできそうな気がするぜ~♡」

「プリンセス・ウタと勝負か…こりゃあ大変なことになりそうだ」

「俺!頑張るぞ!」

「アーウ!スーパー面白そうじゃねぇか!」

「ヨホホホ、またあの歌声が聴けるのですね。いずれデュエットでもしたいものです」

「あら、いいわね。それ」

「ワッハッハ!愉快なことになったのぉ!」

 

ルフィと仲間たちはウタの挑戦に乗り気であった。

ルフィとウタは直接会ってないにもかかわらず、お互いの拳を、ウタはハンドカバーをした左手を、ルフィは右腕を前へと出す。

 

「「新時代を作るのは—」」

 

「俺だ‼」「私よ‼」

 

二人は笑い合って宣言する。昔、フーシャ村で誓い合ったあの時のように。

ルフィとウタの旅はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに私、今赤髪海賊団の音楽家だから。海賊になったけど、これからもよろしくね!」

 

「「「「「えぇぇぇ!?!?」」」」」

 

最後に特大の爆弾を落とし、ウタの初?配信は終わりを告げる。

 

 

今日も世界は様々なことが起こっている。

 




これにて終了です。

初めての小説だったので、至らなぬところが多々ありますが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

感想・批判お待ちしておりますので、よろしくお願いします。

それでは、ご高覧ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。