B.O.O.《ブラストオフ・オンライン》 (Sence)
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探偵部プロフィール

探偵部のプロフィール。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

      二年生

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:五十嵐 隼人《いがらし はやと》

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:180cm

 

性格:天邪鬼

 

外見:細身だが筋肉質、黒の短髪

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部部長

 

趣味:ギター、料理

 

得意な事:機械のスケッチ、バイク運転、家事全般

 

苦手な事:人付き合い、射撃、歌唱(下手では無い。恥ずかしいだけ)

 

イメージカラー:赤と黒

 

家族構成:父、母、姉、妹

 

好みのタイプ:小柄な子

 

好きな食べ物:何でも食べる

 

嫌いな食べ物:無し

 

得意科目:体育、社会科、家庭科

 

苦手科目:物理

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:十六夜 恋歌《いざよい れんか》

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:144cm

 

性格:ツンデレ・寂しがり

 

外見:黒髪ポニーテールのロリ巨乳

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:アニメ・特撮観賞、ぬいぐるみ集め

 

得意な事:腕力を使わない運動、大ジャンプ

 

苦手な事:腕力を使う運動、人付き合い、勉強、歌唱(恥ずかしいから)

 

イメージカラー:白

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:隼人

 

好きな食べ物:肉料理、乳製品、海草

 

嫌いな食べ物:魚、野菜

 

得意科目:体育、音楽、美術

 

苦手科目:上記以外の教科

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:藤原 武《ふじわら たけし》

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:175cm

 

性格:楽天的

 

外見:平均体型で茶色の短髪

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部副部長

 

趣味:ゲーム、アニメ観賞、マンガ作成

 

得意な事:何でも

 

苦手な事:無し

 

イメージカラー:緑

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:高身長で巨乳

 

好きな食べ物:焼き鳥(種類問わず)、メロンパン

 

嫌いな食べ物:ナマコ、センマイ

 

得意科目:何でも

 

苦手科目:無し

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:不知火 楓《しらぬい かえで》

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:170cm

 

性格:無邪気

 

外見:普乳のモデル体型、黒のセミロング

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:素振り、運動

 

得意な事:運動、刃物を扱う事

 

苦手な事:勉強、頭を使う事

 

イメージカラー:オレンジ

 

家族構成:父、母、兄×2

 

好みのタイプ:武

 

好きな食べ物:粉物、麺類

 

嫌いな食べ物:ピーマン、茄子

 

得意科目:体育、家庭科、音楽

 

苦手科目:上記以外

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:酒井 利也《さかい としや》

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:173cm

 

性格:温厚

 

外見:なで肩、伊達眼鏡、黒に近い紺の短髪

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:コンピューター弄り、絵描き

 

得意な事:製図、修理

 

苦手な事:運動

 

イメージカラー:水色

 

家族構成:父、母

 

好みのタイプ:大人しく控えめな人

 

好きな食べ物:ホタテ、アサリ

 

嫌いな食べ物:牡蠣

 

得意科目:体育以外

 

苦手科目:体育

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:砂上 夏輝《さがみ なつき》

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:168cm

 

性格:引っ込み思案

 

外見:巨乳、肌荒れしやすいので長袖、黒髪ロング

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:裁縫、読書

 

得意な事:書類作成、情報分析

 

苦手な事:運動

 

イメージカラー:翡翠色

 

家族構成:父、母、妹

 

好みのタイプ:メガネをかけた優しい人

 

好きな食べ物:魚介類

 

嫌いな食べ物:肉

 

得意科目:体育以外

 

苦手科目:体育

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:岬 浩太郎《みさき こうたろう》

 

年齢:16歳

 

性別:男

 

身長:177cm

 

性格:控えめ・天然

 

外見:細身の筋肉質、こげ茶色の短髪

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:パルクール、カードゲーム

 

得意な事:直感で物事を当てる事、気配を消す事、話を聞く事

 

苦手な事:喧嘩(弱い訳では無くあまりしたくない)、機械弄り、絵描き

 

イメージカラー:灰色

 

家族構成:父、母、妹(小学生)

 

好みのタイプ:加奈

 

好きな食べ物:回鍋肉、炒飯、ラーメン(種類問わず)、激辛料理

 

嫌いな食べ物:極端に甘い物、あけび

 

得意科目:無し(美術以外満遍なく出来る為)

 

苦手科目:美術

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:銀崎 加奈《ぎんさき かな》

 

年齢:16歳

 

性別:女

 

身長:165cm

 

性格:クーデレ

 

外見:貧乳、紺のボブカット

 

所属:双葉高校二年A組/探偵部

 

趣味:裁縫、洗濯

 

得意な事:浩太郎の私物を当てる事

 

苦手な事:人付き合い

 

イメージカラー:黒

 

家族構成:父、母、兄、姉

 

好みのタイプ:浩太郎

 

好きな食べ物:浩太郎が作った物

 

嫌いな食べ物:納豆

 

得意科目:無し

 

苦手科目:無し

 

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      一年生

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名前:五十嵐 秋穂《いがらし あきほ》

 

年齢:15

 

性別:女

 

身長:167cm

 

性格:活発、飽き性

 

外見:そこそこ筋肉質、普乳。黒のボブカット

 

所属:双葉高校一年C組/探偵部

 

趣味:ダンス、パルクール

 

得意な事:アクロバット、格闘技

 

苦手な事:勉強、頭を使う事

 

イメージカラー:黄色

 

家族構成:父、母、姉、兄(隼人)

 

好みのタイプ:不明

 

好きな食べ物:おにぎり、スルメ

 

嫌いな食べ物:にんじん、ピーマン

 

得意科目:体育

 

苦手科目:体育以外

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

名前:戸津 香美《とつ かみ》

 

年齢:15

 

性別:女

 

身長:150cm

 

性格:引っ込み思案、我慢強い。

 

外見:若干丸めな体つき、巨乳。茶色のロングヘア

 

所属:双葉高校一年C組/探偵部

 

趣味:絵描き、勉強

 

得意な事:勉強、模写、プロファイリング

 

苦手な事:運動、喧嘩

 

イメージカラー:ネイビー

 

家族構成:父、母、姉二人

 

好みのタイプ:不明

 

好きな食べ物:何でも食べる

 

嫌いな食べ物:特に無し

 

得意科目:体育以外

 

苦手科目:体育




追記:17歳と表記していた年齢を16歳と修正。区切り追加しました。
   隼人の苦手分野を追加しました。
   一年生とそれぞれの名前の読み方を追加しました。


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第一章『物語の始まり』
Blast1-1


初めてVRゲームを題材に書いたサスペンス小説です。
書いた事の無いジャンルに内心ドキドキで投稿いたします。
感想アドバイス等お願いいたします


Blast1『Blast Off《飛び立て》』

 

 

 

 薄ら寒い春、4月の今日、二年生になった一人の少年。あくび一つして午前五時を過ぎた家の階段を降りた彼は台所に行って目覚めの洗顔をし、昨日の残り物があるはずの冷蔵庫の中を開け、妹と自分の分の弁当の構成を考え始めた。

 

 まだぼやけた頭の中、下着越しでも分かる鍛え抜かれた長身に制服のシャツとズボンを身につけた彼は元気の良い妹が入学式の次の日、自分の始業式の日である事を示すホログラフィックのカレンダー表示を見るともうそんな季節になったのか、と実感の湧かない思いを抱いた。

 

 カーテンを開けば桜吹雪すら見れないもの悲しい景色だけがそこにあり、ちょうど見えた向かいの家の二階にそこでのんきに眠っているであろう幼馴染の姿を頭に浮かべてその場を去った。

 

 閑散とした居間の雰囲気に半ば機械的な動きで今や家庭には当たり前となった超薄型テレビの電源をつけた少年は司会者の交代で如何にか食い繋いでいる朝の長寿番組をBGMに家事を始めた。

 

 低血圧な妹と母親が起きてくるのは午前六時半頃、自分はそれまでに仕度を済ませ、七時を過ぎた辺りから騒がしくなる家から逃げる様に向かいにある幼馴染の家に転がり込み、彼女の仕度を待つ。

 

 それが彼、五十嵐隼人の日課だった。

 

 弁当と朝食を作り終え、一人物騒な事件を流すテレビを相手に朝食を摂った隼人はその中で唯一平和的なSNL(ソーシャルネットワークライン)と呼ばれるネットワークサービスに関する特集を見つめた。

 

『今回特集するサービスはコレ! 今、若者を中心に大人気のダイブ式オンラインゲーム『ブラストオフオンライン』! その奥深さは一度プレイしてみると分かるとの事で早速、このMRデバイスを使って遊んでみましょう!』

 

 そう言ってリポーターの意識が電脳の世界に飛んでいく。この時代、オンラインゲームはMR(ミックスリアリティ:複合現実)社会に突入した事で今までに無いリアリティを求めたユーザーの声に答え、使っていたSNLを利用する為の高性能デバイスを用いた意識を電脳に飛ばすダイブ式と言う方法を編み出し、一躍注目を集めた事でそこいらの流行り物好きよりもさらに流行に敏感な一般メディアの目にも晒される様になってきた。

 

 一家用の充電スタンドにある自分のMRデバイスを一度見た隼人はリポーターがプレイしているゲーム画面を一度見ると、素人同然のぎこちない動きに溜め息をついてチャンネルを変えようとしてその手を止めた。

 

 このゲームをよく知る自分が見るとあまり気持ちの良い物ではないがまだ見ておくべきだろう、と考えた隼人は学校に行けばこの特集を見たライトゲーマーや知り合いが質問をしてくるだろうし、リポーターの事もよく見てないと小学校以来の腐れ縁からのスケベな質問に答えられなくなる。

 

 何故か突っぱね続けても長く続いている縁は妙な事に色んなつながりに広がり、今では向かいの幼馴染を含めた八人近い遊び仲間がいる。

 

 あまり人付き合いが得意だとは思えない隼人だったが、そんなこんなである程度人とは付き合える様にはなっていた。

 

 と、特集が終わり、定時の天気予報が始まる。気がつけば六時半になっており、体内時計だけはしっかりしている妹の秋穂が先に起きてきた。

 

「おはよう、秋穂」

 

「おあよ~兄ちゃん」

 

「その言い方いい加減止めろ、高校生だろうが」

 

「良いじゃんか~妹何だし」

 

「そんな事、俺の前では免罪符にはならないぞ。早く飯食え」

 

「兄ちゃんは~?」

 

「俺はリュック取りに行くついでに母さんを起こしてくる」

 

 そう言って階段を登る隼人は冷えた空気に一瞬だけ身を震わせ、何時の間にか起きていた母親と無言ですれ違う。そしてギターやら何やらを置いている自分の部屋からリュックを取ってくると机の上に置かれた攻略ノートを手に取った。

 

 そのゲームのベテランプレイヤーに当たる彼は、友人から借りていたノートをリュックに入れて一階に降りた。

 

「秋穂、今何時だ?」

 

「七時」

 

 階段を降りた隼人は弁当をリュックに入れ、時代遅れと言われる電波腕時計を左腕に付けながら秋穂に時刻を聞き、自身も腕時計で確認した。そして充電を確認したデバイスをリュックに入れた。

 

「そうか、先に出るぞ」

 

「まーた恋姐のとこ~?」

 

「日課、だからな。俺の」

 

 恥ずかしさから少し詰まった様なニュアンスでそう言った隼人は、肩からずれたパジャマも直さず、意地悪く舌を出した秋穂に溜め息をつくと玄関に移動した。そして、靴を履き、開け放ったドアを潜って外に出た。

 

 肌寒い外へ出た彼は白い息をつきながら向かいの家の玄関へ歩いていき、センサー式のインターホンに触れた。未来になっても変わらない電子音がマイクから鳴り、玄関のドアが開く。

 

「あら、隼人君おはよう。ごめんね、恋歌まだ寝てるの」

 

「気にしないで下さい。あいつが低血圧なのは、小六からの事ですから」

 

「本当にごめんなさいねぇ。あの子も一度くらい早起きしてお弁当の一つくらい作ってあげればいいのに」

 

 玄関先で熱っぽい溜め息をつく幼馴染の母親の鋭い一言に何も言えなくなった隼人は一礼して家の中に入り、階段を上がって幼馴染の部屋にノックして入った。

 

「恋歌~起きろ、朝だぞ」

 

 こんもり盛り上がった布団の隣に正座で座った隼人はそれを軽く叩いて中にいるはずの幼馴染の十六夜恋歌を起こす。父親に似て低血圧体質の彼女は悩ましい声を上げながら布団の端から高校生とは思えない程、幼い顔を見せ、半開きの眠気眼で彼を見た。

 

「隼人・・・?」

 

「そうだぞ。おはよう、恋歌」

 

「隼人?! 何でアンタ私の部屋にいるのよ?!」

 

「いつもの事だろ。ほら、学校行くんだから早く着替えろよ」

 

「わ、分かってるわよっほら、あっち行けっ」

 

 真っ赤になりながら着替えを取った恋歌に仏頂面を向けながら部屋を出て行った隼人は階段を下り、彼女の家のリビングに顔を見せた。

 

「どうだった、隼人君」

 

「いつも通りですかね・・・」

 

「あら・・・残念」

 

 何が残念なんだ、と内心で突っ込みを入れた隼人は慌てて階段を下りてきた恋歌にぶつかって後ろから吹っ飛ばされ、腹を強打した。辛うじてリュックと顔面は守り、体を起こそうとした彼はシャツの上のボタンがしまっていない恋歌の姿に気付いた。

 

 中学生と見間違えるほど、小柄な背でありながら人並み以上にある恋歌の胸を前に目のやり場に困っていた隼人は真っ赤な彼女から目を背け、目を閉じた。暴れん坊で素直じゃない彼女の事だ、何かしら手が出てくるだろうと覚悟していた。

 

「は、隼人のムッツリスケベェエエエエエエ!!」

 

 手は出てこなかったが自覚している性癖を言い当てられて心にかなり突き刺さる言葉を恋歌から受けた隼人は頬を引きつらせ、固まった。

 

「と、とりあえず恋ちゃん。お着替えしながら朝ご飯食べなさい」

 

「う、うん!」

 

 真っ赤になっている恋歌を母親がダイニングテーブルに座らせ、用意していたトーストを食べさせると呆然としている隼人の方にしゃがみ込み、彼を揺さぶった。

 

「隼人君。隼人君!」

 

「は、はい?!」

 

「恋ちゃんが朝ご飯食べ終わるまで、コーヒーでも飲んでおく?」

 

「あ、いただきます」

 

「じゃあ、そこに座って待っててね」

 

 笑顔を見せる恋歌の母親に愛想笑いを返した隼人は彼女に言われるがまま椅子に座り、ボタンを留めた恋歌の食事風景を見ていた。

 

「何よ」

 

 じっと見られるのが恥ずかしい恋歌が仏頂面で隼人を睨む。睨まれるのには慣れているので顔を赤くしながら小口でトーストをかじる彼女をボーっと見ていた隼人は手渡されたコーヒーを啜っていた。

 

「さっきから何よ、隼人」

 

「いや、お前も俺も二年生かって思ってな」

 

「何よアンタ、オッサン臭い事言って」

 

「成長したって言えよ、お前こそ好き嫌い直ったのか?」

 

「な、直ってない・・・」

 

 縮こまる恋歌に溜め息をついた隼人はからかう様な微笑を彼女に向けるとコーヒーを啜って時計を見た。時計が指した時刻は八時過ぎ。片道十五分で学校に行く彼らにとっては危険な時間帯だった。

 

「れ、恋歌! 早く食え! 学校に遅刻するぞ!!」

 

「え?! あ、八時なの!?」

 

「そうだ! 早くしろ!」

 

 慌ててコーヒーを飲み干し、ブレザーを着た隼人はパンを一気食いした恋歌を連れて玄関に走った。

 

「お母さん、行って来ます!」

 

「おばさんお邪魔しました!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

 玄関の戸を開け放った恋歌と隼人は、そんな二人をにこやかに見送る恋歌の母親に見送られて肌寒い空の下、双葉町の住宅地の道路を全力疾走していた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 遅刻寸前で飛び込んだ始業式を終え、昼で終わった学校の廊下。無人の廊下を歩いていた隼人は、その手に自分が立ち上げた部活で使用する部室の鍵を持っていた。

 

 別館の二階、隅に追いやられた倉庫同然の部室の鍵を開けた隼人は入り口においてあった箱を持ち込み、中を確認すると空箱だったそれを廊下に戻し、ブレザーを脱いだ。

 

 まだ誰も来ていないそこの机の上、雑に置かれている看板を手に取った彼はそこに書かれた達筆な文字を内心で読んだ。探偵部、と書かれたそれは一年前、彼が無理矢理立ち上げた部活動だった。

 

 活動内容は学校活動における様々な困り事や事件を解決する事。だが、そんな事、普通に過ごしていれば早々無いので現在は同好会と何ら変わらない扱いを受けている状態だった。

 

 だが、それでも仲の良い幼馴染達と過ごせるこの部活動を彼はとても気に入っていた。何分素直じゃないのでそんな事を口にすることはないのだが。

 

「うーっす。お、今日も早いな隼人」

 

「部長だからな」

 

「へへ、相も変わらず真面目だよなぁお前は」

 

 そう言って入室した茶髪が目を引く中肉中背の少年、藤原武は机に置いた鞄からデバイスを取り出すと机の下に隠していたサポート用の筐体PCにデバイスと繋がるケーブルを差し、モニターを点けてLANの状態を確認した。

 

「よしよし、休み明けでも快調だな」

 

「パソコンか?」

 

「おうよ、細かい事は利也の方が詳しいけど。LANの状態チェックだったら俺でもできるからな」

 

 得意げにしている武にPCを任せ、自分は生徒会提出用の書類を仕上げていた。その間二人に会話は無く、静寂の部室に再び喧騒が戻ったのは二人の男子が四人の女子を連れてきた時だった。

 

「お、遅かったじゃねえか」

 

「ゴメンゴメン、ご飯食べてたら皆と会って話し込んじゃってたんだ」

 

「そうなのか。んで、女子連中。ちゃんとご飯食ってきたか?」

 

 立ち上がった武は、応接用のソファに置いたカバンからデバイスを取り出すメタルフレームのメガネをかけたなで肩濃紺髪の少年、酒井利也と、細身体型で焦げ茶色の髪が目立つ少年、岬浩太郎にそう返すと軽く伸びをしながら女子へ話しかけた。

 

「食べたよー!」

 

「食べました」

 

「・・・私も」

 

 心配している彼は元気一杯に返事する少女、不知火楓とその隣で控えめに答える少女、砂上夏輝に追従する様に答えた銀崎加奈の返答に満足げに頷くと三人に隠れている恋歌の方を見た。

 

「何」

 

 ゴミを見る様な視線をしている恋歌に、近寄れないと直感した武は書類を書きながら昼休憩に買ってきたコンビニのおにぎりを食べている隼人に助けを求め、面倒臭そうな目で詰って来る彼に武は板ばさみになった。

 

「何なんだお前等!! 俺の事ゴミみたいに見やがって!!」

 

「いや、下ネタガンガン言って女からの人望無いくせに女子に絡むな、このスケベ野郎としか俺は思ってないぞ」

 

「ひっでぇ!! れ、恋歌はそんな事思ってねえぞ!!」

 

 そう言って武は隼人に激怒しつつ、恋歌の方を指差す。

 

「私は気持ち悪いゴミ虫としか思ってないわよ」

 

「揃いも揃って何なんだこのカップルは―――――!!」

 

 胸に突き刺さる恋歌の一言で止めを刺された武は頭を抱えながら狭い床をゴロゴロと転がる。何時に無く五月蝿い彼を見ながら、コンビニのおにぎりを食べ終わった隼人は自身のカバンからデバイスを取り出し、PCに繋いだ。

 

「で、やるんだろ? 何時もの通りに。解決しなければいけない案件があるから早めにな」

 

「ん? おう、そうだな。皆、準備してくれ」

 

 面倒臭そうに隼人に併せて皆に準備を促した武は、デバイスを頭に装着し、電源を入れると起動したそれを一旦外して皆を見た。

 

「準備は良いか?! よぉし、それじゃあ行こうぜ」

 

 武の一言を合図に全員がデバイスを下ろし、今朝方紹介されていたBOOを起動しダイブした。



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Blast1-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ゲームを起動した隼人は電脳世界に飛び込み、スタート地点に設定していたグループの拠点に着地した。そして全員がログインした事を確認した彼はメールを確認した。

 

「確認終わり、全員用は済んだか」

 

「皆良いみたいだね」

 

「よし、じゃあさっき言ってた依頼の説明をする」

 

 グループデスクにアクセスして、一つだけ残っている依頼を全員に共有する様に設定し、その依頼について説明を始めた。

 

「春休みに受けた依頼だ。ウチの常連から自領の特定地域を調査して欲しいと言われた」

 

「また初心者狩り?」

 

「の様だ。対人戦闘を重要視するBOOの仕様上致し方ない事ではあるが、現在六つある攻略組が初期に選定した条例により、一定レベル以下のプレイヤーをキルするのは一部メンバーを除いて禁止されている」

 

 そう言ってマップを表示させた隼人は、レギウス、アイラン、モウロ、オルファー、アルカン、コウロスとそれぞれ面積の違う架空の土地が描かれたそれの内、アイランと書かれたマップを拡大した。

 

「それで、今回の調査対象区域はアイラン中心地の西地区だ。ここにはスカウトされたばかりの凄腕が、本部から配置場所を通知されるまでの間、アイランへリスポーンする時や料理アイテムを得る為に使う居住区が集まった仮拠点区になっている。管理体勢が甘いせいか余り警備はされていないらしい」

 

「如何にも犯罪者がいそうな所だね、でもそんな地区でPK(プレイヤー・キル)なんて出来るの?」

 

「これは俺の仮説だが、PKが一対多で行われているのであればどうだ。実行可能ではないか?」

 

「確かに多人数であれば可能だと思うけど、わざわざアイテム保有数の少ない街中で大人数を動かす必要ってあるのかな」

 

「そこなんだ、この仮説の矛盾点は。何にせよ、調べれば分かる。とりあえずアイランへ行くぞ」

 

 そう言って隼人はグループデスクから離れてロッカーに移動し、武器であるセミオートマチック式のパイルバンカーが付いたガントレットを腕につけた。

 

 その隣では羽の生えた堕天使という種族のアバターを使用する利也が、グループオフィスに設置された個人部屋と収納品を共有するガンロッカーから市街地戦に向いた銃を取り出していた。

 

 休み明けである程度ブランクがあるので、隼人は自分も含めた全員のアバター情報とそれぞれの交戦距離を確認した。

 

 隼人のキャラクターはハヤトと言う名前で登録され、クラスと呼ばれるキャラクターのタイプはモンクで至近距離戦を得意とするキャラクターだった。

 

 対し、狙撃銃として改造された自動小銃『Mk17』を手に取った利也のクラスはスナイパー。ガンナーと呼ばれる銃器を扱うクラスの上位クラスで、その名の通り銃器を扱う事に特化したクラス。後方からの長距離射撃を得意としている。

 

 選んだクラスによってそれぞれの交戦距離と運用方法が異なる。それ故にプレイヤー達はパーティを組み、集団行動を基礎にゲームをプレイする。

 

 更に武器でも得意な敵が異なってくる。RPGにおけるスタンダードな近接武器から弓や銃器などの遠距離武器、杖やタクト等の魔法補助武器など、それぞれ通用する相手が異なる為、選択する武器なども戦略に大きく関わる。

 

 そう言った意味合いではあまり初心者向けとは言えないゲームだ。しかし、ゲーム内でそれをカバーする為にメモ機能等で攻略情報がプレイヤー達によって作成されており、それらは様々な方面への商品になっている。

 

 そう言ったおさらいを終えた隼人は半猫と呼ばれる猫耳と猫尻尾を持つ種族をアバターに選んだ恋歌に肩を叩かれ、全員の準備が終わった事を確認すると扉を開けた。

 

 八人住める程度の古民家をそのまま利用した本部から出た隼人達は民家の前に置かれた四台のネイキッドタイプのオートバイにまたがり、一台につき二人で乗車するとそれぞれヘルメットを被ってセルを回した。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 全員の準備が終わった事を確認した隼人は後ろに恋歌を乗せて鉄の愛馬のスロットルを入れた。

 

 因みにブラストオフ・オンラインにおいてはプレイ中の時間は現実と変わらないので、最短距離でも移動には10分掛かる。

 

 未舗装路を高速走行するネイキッドのスピードを楽しんでいる隼人とは対照的に恋歌は彼に張り付く様にしていて、目まぐるしく過ぎていく周りの景色等一切見ていなかった。

 

「隼人ぉ・・・スピード落としなさいよ・・・・」

 

「ん? 怖いのか? まぁ良いけど」

 

「こ、怖くなんてないけど皆を、お、置いてっちゃうでしょ?」

 

「と言っても皆こんな速度だけどなぁ・・・おい、武。速度落とすぞ」

 

『あいよ、まーた恋歌か』

 

 スロットルを緩めた隼人達は菱形隊形を維持したまま丘を飛び、そのまま走る。そのスリルに笑っていた隼人は背中で縮こまる恋歌の方を見てテンション一変、溜め息をついた。

 

「大丈夫か?」

 

「何なのよぉ・・・何時ものとは違うじゃないのよぉ!!」

 

「ああ、単なるショートカットだ。お前には何も言ってなかったな・・・。怖かったか?」

 

「こ、怖くはないけど、夏輝、ビックリするんじゃない・・・?」

 

「いや、利也に聞いたら、夏輝、何とも無いって」

 

 平然と答えた隼人は泣きそうになった恋歌に溜め息混じりに減速し、後ろにいた浩太郎を避け、武達に通話で先に行く様に指示して自分は一旦止まって降り、恋歌の涙を拭うと彼女と目線を合わせた。

 

「本当にお前、大丈夫か」

 

「怖い・・・」

 

 誰もいなくなれば幾分か素直だな、と苦笑した隼人は泣き出した恋歌を慰めた。そして、穏やかな風の吹く草原を緩やかに走りながら、武達の後を追う二人は通り過ぎる行商の馬車を一瞬見て走り抜ける。

 

 剣と魔法と銃のある世界は中世と近代の文化が入り混じった混沌とした世界観となっており、工業製品として存在する最新の自動車から、伝説の動物まで、幅広い移動手段がある。

 

 走り出して数分、堀に似た水路と和風の城壁に囲まれたビルと瓦敷きの建造物が混じった街並みが見え、その城門を越えて行って目的地に設定していた安宿の前で二人は止まり、ヘルメットを脱ぎながら降りた。

 

 強化プラスチック製のそれをバイクのタンクの上に並べて置いた隼人達はエントランスでチェックを受け、宿内では強制解除になる武器が彼等の身から消える。

 

 二人部屋の鍵を受け取った隼人はモジモジしながら付いてくる恋歌に微笑を浮かべ、部屋の鍵を開けて中に入った。部屋へのリスポーン設定を行ない、一息ついた隼人は備え付けの時計で時間を見る。

 

「もう五時か!? やべぇ、恋歌ログアウトしろ! 帰るぞ!」

 

「え、う、うん」

 

 慌ててログアウトを選択した隼人は眠る様な感覚に襲われ、真っ暗な意識の中に沈んだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ダイブしていた意識は瞬時に戻り、慌てて身体を起こした隼人は悩ましげに身を起こした恋歌の姿に安堵し、夕暮れの空を見た後に周囲を見回した。

 

「彼奴ら帰ったのか・・・。おい、恋歌帰るぞ」

 

「うん・・・」

 

「どうした、大丈夫か?」

 

「もうちょっとだったのに・・・」

 

「な、何がだ」

 

 たじろいた隼人を頬を膨らませた恋歌が恨めしげに見つめる。自分に何か非があったのだろうと直感した彼は、一応謝罪したがそれでも恋歌の不機嫌は直らなかった。

 

 そんな状態のまま、部屋を出て施錠した隼人は自身の前を歩く恋歌が物欲しげに見てくるのに気付き、手を差し伸べた。が、手を取ってくれる直前にそっぽを向かれてしまい、肩を落とした。

 

「何なんだよ恋歌」

 

「折角・・・」

 

「ん?」

 

「折角二人切りだったのにぃいいい! 馬鹿ぁああ!」

 

「あ~・・・悪かった悪かった」

 

 困惑する隼人は涙目で睨んでくる恋歌のハンマーパンチを背に受けながら廊下を歩き、職員室に向かう。距離のある薄暗い廊下を恋歌と並んで進む隼人は、暗闇に怯える恋歌が腕を抱くのに何も言えなくて赤くなっていた顔を暗闇に隠し続けた。

 

 そしてその体勢のまま職員室に入り、教員の目に耐えながら鍵を返した。退室し、すっかり日が暮れた外を見て溜め息をついた隼人は、近付いてくる足音に気付き、怯えを強めた恋歌をカバーしながらそちらに顔を向けた。

 

「あら、相変わらず仲が良いわね。後輩君」

 

「アンタか、生徒会長。驚かせないでくれ・・・」

 

「ふふ、無理言わないでよ。それで、頼んでおいた件は? 少し進んだ?」

 

「いやちっとも進んでない。なにせ依頼を受けたのは一昨日だからな」

 

「ゴメンねぇ、気付いたのが一昨日だったから。ま、ヨロシクね」

 

 薄暗闇でも分かる柔和な笑みを浮かべて、そばを過ぎた生徒会長の背に半目を向けた隼人は、心配そうに見つめる恋歌の頭に手を乗せ、一つ息をつくと気分を切り替えた。

 

「さて、帰りにどこか寄るか?」

 

「え・・・い、良いわよ。それに依頼解決がまだでしょ? 武達も待ってると思うし、早く帰りましょ」

 

「ん~・・・そうか、じゃあ早く帰るとするか」

 

 内心では少し寂しかった隼人を他所に、嬉しそうな笑みを浮かべて抱く力を強めた恋歌は、着信音の鳴ったスマートフォンに出た彼に膨れっ面を見せ、苦々しい表情を浮かべながらの通話が終わるまで大人しく待った。

 

 取り敢えず歩き出した隼人に追従した恋歌は、通話途中の彼のリュックを叩く仕草から意図を悟り、手帳とペンを取り出した。

 

「・・・そうか、分かった。俺の方でも調べてみる。ああ、詳細が分かり次第そっちにも連絡する、じゃあな」

 

 そう言って電話を切った隼人は、膨れっ面の恋歌を見ながら手帳とペンを納め、リュックにしまった。

 

「誰からの電話?」

 

「他校の知り合いからだ。向こうのサーバーで何か怪しい動きがあるらしい」

 

「怪しい動き?」

 

「こっちと同じPK騒動らしいが、そんな偶然が重なるとも思えないからな。繋がりはあるんだろうさ」

 

「ふぅん・・・じゃあ尚更早く帰らなきゃね」

 

 悪戯っ気を感じさせる笑みを浮かべた恋歌を見下ろしながら相槌を打った隼人は、暗い校舎を二人引っ付いて玄関まで移動した。そして、肌寒い外の風に晒され、揃って身を震わせた二人は、何事も無く帰り道を歩いた。

 

 寄る所も無く、お互いがお互いを気にしながら歩いていた時、商店街に入ろうとした隼人が、腕組みのままの体勢に気付いて恋歌の頭を軽く叩いた。叩かれた事が気に入らず、膨れっ面になる恋歌に、腕を解く様に言った彼は商店街にいたクラスメイトの母親に声を掛けられた。

 

「あら隼人君、恋歌ちゃんとお揃いで部活から帰る途中?」

 

「はい、そうです」

 

「探偵部、だっけ。おばさんも何か頼んじゃおっかな。息子の様子とか」

 

「学校に関わる事なら、何でも」

 

「あはは、冗談よ」

 

 そう言って仲の良いクラスメイトの母親が笑い、仏頂面になった隼人の胸を軽く叩く。彼に隠れる恋歌に視線が向き、人見知りの気がある彼女が隼人の陰に隠れる。

 

 話せないと悟ったらしい母親は隼人に別れを告げ、去っていく。それを見送った彼は、自分に隠れている恋歌を見下ろし、恥ずかしそうに顔を赤くしている彼女に溜め息を落として歩き出した。

 

「恋歌」

 

「な、何よ・・・」

 

「早くその人見知り直せ。これから先困るぞ」

 

「わ、分かってるけど、その、その・・・」

 

「・・・まあ、良いさ。ゆっくり直せ」

 

 そう言った隼人は隣で涙目になっている恋歌の頭に手を載せ、三度撫でた。そして、再び縮こまる彼女に苦笑した彼は、薄暗い街頭を並んで歩き、

家の前にたどり着いた。

 

「じゃあまた後でな、恋歌」

 

「うん・・・」

 

 言い切って玄関に向かった隼人は、恋歌が家に入るのを見届けてから自分も家に入った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 時刻は八時前、BOOにログインし、リスポーン地点に設定した宿の一階、小さな酒場でサイドテーブルに飲料アイテムを置いて話す八人グループがいた。

 

「ちょっと遅過ぎやしませんかねぇーお二人さん」

 

「悪かった。でもこっちにも色々あったんだ」

 

「ま、そこらへん理解してっからこれ以上言わないけどさ、とっとと聞き込みに行こうぜ」

 

 からかう様な半目を向けた武は、疲れを浮かべた表情の隼人の肩を叩き、家に帰ってからの苦労を労うと酒場の戸を開けて外に出た。

 

 グラス入りのドリンクアイテムを一気に飲み干した隼人も、利也達を連れ、彼に続いて宿の前に出ていき、それぞれに調査箇所を分担して聞き出す事を指示して解散した。

 

 その場に残った隼人は一緒に残った恋歌の背を叩き、歩き出す。驚いたのか頭から生えている猫耳がビクッとなり、不機嫌になった琴音が尾を縦に振りつつ先行していた隼人に追い付く。

 

「何すんのよバカッ」

 

「お前がボーッとしてるからだ、キビキビ動け」

 

「うっさい、アタシはあんたと違って考える事がいっぱいあるのよっ」

 

「はーん。そりゃ随分と複雑な年頃だな、恋歌」

 

「レンレンっ。ちゃんとプレイヤーネームで呼びなさい、ハヤト!」

 

「あ、ああ。悪いなその・・・れ、レンレン」

 

「そ、そう。それで良いわ」

 

 赤くなる恋歌と隼人はお互い顔を合わせず歩き、しばらくして知り合いのプレイヤーに会い、聞き込みを始めた。

 

「お前等、PKについて調べてんのか」

 

「ああ、可能な限り頻発する場所の情報が欲しい。何か知ってるか?」

 

「知ってるかって言われてもPKについちゃ皆サクヤさんからグループメールで連絡もらったくらいだしなぁ。悪い。でもよ、この件についちゃ何か知ってる奴の方が少ないと思うぞ」

 

「そうか、ありがとう。手間を取らせた」

 

「これくらい良いさ。それより、頑張ってくれよ」

 

 人なつっこい笑みを浮かべてプレイヤーが去っていき、彼の背を見送った隼人はログを見ながら次の一手を考えていた。

 

「事情通は無し・・・か。まいったな、調べられないぞ・・・」

 

「それにこの時間、人通りが少ないんだっけ?」

 

「ああ、家族団らんの時にわざわざゲームする奴は少ないからな。PKには絶好の時間帯だ」

 

「それじゃ色んなとこ行きましょうよ、現場に遭遇するかもしれないし・・・ハヤト?」

 

 自分の話も聞かず、一点を見つめる隼人に疑問を浮かべた恋歌は突然歩き出した彼に慌てて付いて行った。

 

「ちょっとハヤト?! どうしたのよっ」

 

「怪しい奴等がいた。追うぞ」

 

「ちょっ、待ってよっハヤトォ」

 

 涙目で追いかける恋歌は、武達に連絡している隼人の背を見上げながら腰のホルスターにある拳銃に手を伸ばす。有事の際は応戦しなければならない緊張感で頭が真っ白になる彼女は、角を曲がった彼のサインに頷き、その場に待機した。

 

 バックアップとして恋歌を待機させ、怪しい集団に近付いた隼人は、自身のステータスを臨戦状態にして彼等に声を掛けた。

 

 VRMMOであるBOOにおける戦闘は、自身の体を用いての戦闘にゲーム的な数値の要素を絡ませた非常に複雑な戦闘方法となっている。プレイヤー同士の戦闘では、数値的な要素の他に体の動かし方や連携も重要になる。それがBOOの魅力であり特徴でもあった。

 

 そしてプレイヤーにはそれぞれHPが設定されており、それを0にする事で相手を強制的にログアウトさせる事が出来る。強制的にログアウトしたキャラクターは、ゲーム内では死亡した事になり、数時間ログインが出来なくなる。

 

 故にプレイヤー同士の戦闘ではかなりの緊張感が走り、本気の戦闘が行われる。警戒しながら歩み寄る隼人も、不意打ちでログアウトさせられない様に武器を確認しながら彼らに寄った。

 

「おい、ここで何やってる」

 

 威圧感に満ちた語調に身を震わせた集団は、先頭に立つ龍人の男を代表として出し、対応させた。

 

「我々のパーティへの勧誘ですよ」

 

「そうか、ここは勧誘禁止地域だ」

 

「あ、そ、そうなんですか」

 

「高レベル狙いかは知らんがとっとと去れ。集団でうろうろするな」

 

「あ、はい。・・・って言える訳ねぇだろ!!」

 

 叫び様抜刀した男の一閃を避けた隼人は、続いて突っ込んで来たモンクの一撃を受け止め流すとライフルの射撃を回避し、近場にあったタルを投げ飛ばした。

 

 樽を潜って来た少女のハルバードを回避し、囲まれる形になった隼人は、突っ込んできたモンクの連続攻撃を全て捌き、顎に掌底を叩き込んで浮かせると肘打ちで吹っ飛ばした。

 

 家屋に叩きつけられたモンクの意識が飛んで戦闘不能になるが、それを確認する間もなく刀を受け止めた隼人は、柄から手を放した男の拳を両手で受け止め、片手で振るわれた刀を屈んで避け、柄を握る手の甲を殴った。

 

 吹き飛ぶ刀が樽に突き刺さり、中に入っていたワインが噴出する。路端を浸すそれが色を広げ、二人の足下を濡らす。バックアップの短刀を引き抜いて構えた男は、隼人に突撃していった少女にほくそ笑んだ。

 

「もらったぁあああああああッ!!」

 

 反応出来ない速度で穂先を突き出した少女の身体は、直前で真横に蹴り飛ばされた。飛び蹴りで少女を蹴った恋歌は迫る龍人の一閃を、着地と同時に避けて隼人と入れ替わり、スキルを空振らせたモンクに空中回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ショートカット“鎧通し”、起動!!」

 

 龍人へ最大レベルまで強化した初級スキルの一発を音声起動で呼び出して見舞った隼人は、踏み留まった竜人の切り返しを両手で止めると力一杯引いた。そして肘を入れて怯ませ、後方からの射撃をそれで防いで一本背負いで投げ飛ばす。

 

 だがその背後から少女が迫り、今度こそ攻撃を受けると思われたがそれよりも前に、少女は背後からの一撃を受けて強制ログアウトさせられた。何だ、と龍人達が瞠目する中、ログアウトのホログラムエフェクトから現れたのは楓で、彼女は丁寧な鍛造の燐きを放つ業物の一刀を手にし、人狼の耳と尾を持っていた。

 

 子どもの様な笑みを浮かべて刀を鳴らした彼女に隼人は、溜め息混じりの笑みを返すと、モンクに苦戦する恋歌の方を見た。体格差で彼女を圧倒するモンクの背後、ガンブレードと呼ばれる複合武器が凶暴な輝きを放ち、直後、筋肉質な身体が吹っ飛ぶ。

 

 何が起きているのか分からないモンクは、恋歌の背後に立つ龍人の姿の武に気付いて思念起動で鎧通しを起動し、彼に拳を叩きつけようとした。が、直前背後に現れたアサシンのクラスに属す浩太郎の一突きで、強制ログアウトさせられ、光となって消えた。

 

「お前ら、遅かったな」

 

「複雑で広い町フィールドの端からひとっ走りしてきてんだぜ? 無茶言うなよ」

 

「利也達は」

 

「ちゃんと来てるよ、慌てなさんな」

 

「分かった、とっとと片付けるぞ」

 

 仏頂面のまま、振り返った隼人に苦笑しながら並んだ武は、その手に持ったガンブレードの銃口を龍人に向け注意を惹き付けた直後に、種族的に速度と攻撃力に優れている楓を飛び込ませた。

 

 龍人への初撃として抜き打ちを仕掛けた楓は、硬い鱗に刃を阻まれ与えたダメージ総量を確認して舌打ちした。龍人も人の要素がある以上、生身の部分があるがそこは専用の鎧でカバーされていた。

 

 だが、彼女の役目は攻撃だけではなかった。今の一瞬で見せた相手の動き、持っている攻撃耐性、そしてサポート役の有無だ。

 

「どうだ、ナツキ。大丈夫か?」

 

『え、うん・・・何時でも』

 

「分かった、じゃあ作戦を送ってくれ。各自、相手の前線はたった一人だがくれぐれも油断はするなよ」

 

 隼人の号令に応じた全員は、夏輝から送られてきた作戦メールを元にそれぞれ動き始め、ガンブレードを構えた武が、龍人目がけて三連射して牽制すると、瞬時に回復エフェクトを発した龍人の背後、刀を構えた楓がスキルを付加した一閃を見舞う。

 

「ショートカット、“雷光一閃”!!」

 

 音声起動したスキルを全身に乗せて神速の一閃を放った楓は、層になっている鱗に刃を阻まれ、ダメージを与えられない。引っかかる感触に違和感を感じた彼女は、武の隣に立ち止まり、鞘に刀を納めた。

 

 それと入れ替わる様にして跳躍した恋歌は龍人の顔面を蹴り、怯ませる。だが、ダメージを与えた様な手応えが無い事に気付いて顔面を足場に跳躍した。

 

「スイッチ!!」

 

 跳躍し、身を回した恋歌の叫びと同時、飛び込んだ隼人の拳が、胸に突き刺さる。が、やはり真芯に至った様な手応えは無く、舌打ちして身体を引いた彼に横薙ぎが襲い掛かり、屈んで避けた彼は肘打ちを叩き込む。

 

 それも怯ませる程度の威力でしか無く、ニヤリと笑った龍人は一瞬止まった隼人目がけて拳を振るう。咄嗟に飛び退いた彼は、刀の間合いに入った事を悟り、ダメージを覚悟する。だが、それよりも前に放たれたライフル弾が刀の軌道を逸らし、隼人へのダメージを食い止める。

 

「何、スナイパーだとッ!?」

 

 その時初めて、龍人は隼人達のパーティにスナイパーがいる事を知り、後方にいる仲間へチャットを開いて連絡しようとしたが、ログアウト反応を見て唖然とした。

 

「お、おいッ! 何だ、何で応答しないッ!? ガンナーッ! 返事をしろ!」

 

「無駄だよ。ガンナー達なら、俺が全部仕止めた」

 

 狼狽える龍人の背後、高レベルの光学迷彩展開スキルを解除した浩太郎が、ふわりと着地する。だが、龍人は態度を崩さない。馬鹿にした様に笑い、斬り掛かってきた浩太郎の一撃をその身で受け止め、返そうとした。

 

 だが、それまで阻まれていた刃があっさりと彼を貫き、三分の一に薄れた痛覚の中で血嘔吐を吐いた彼は目を見開いた。

 

「な・・・何でだ・・・何故エンチャントが解除を・・・」

 

「エンチャント担当は私が潰した」

 

「何・・・ッ?!」

 

 じわじわとHPが削られていく龍人の視線の先、逆手持ちの短刀を手にした加奈が、口元を覆っていたスカーフを下ろしながらそう言って、血振りした得物を鞘に収める。

 

「空き家の中でエンチャント術式をかけていたのを見つけた。探知術式とかトラップも無かったし暗殺するのは凄く容易だった」

 

「何故だ・・・、何故居場所が・・・空き家など幾つもあると言うのに・・・!」

 

「私がアサシンだからって嘗めない方が良い。初級スキャニングでも魔法発動中のマジックサポーター位隠れても見える」

 

 そう言った加奈は絶望する龍人に向けて、自動拳銃P228を引き抜き、トリガーに指をかけた。暗殺で使用すると想定していないので、サプレッサーを取り付けていないそれを龍人のこめかみに突きつけた加奈は、予想外の行動に驚く隼人達を他所に射殺した。

 

「終わり」

 

「いっつも思うけどカナって思い切り良いよなぁ・・・」

 

「悩むのは嫌い。どうせ倒すなら早く倒した方が良い。勝負とはそう言う物」

 

「けどよーこれは勝負じゃなくて戦争みたいなもんだぜ? 理由があるのか無いのか、そこらへんハッキリさせてやる様なもんじゃない。こちとらPKの頻発の原因探ってるんだからよー困るんだよなぁ」

 

「そう言う事・・・」

 

 思い切り沈んでいる加奈に慌てた武は、フォローに入る浩太郎の背中を見た後、額を押さえている隼人の方を見て一つ息をついた。

 

「一応言っといたぜ部長」

 

「ああ、すまん」

 

「しっかし結局の所、あいつ等何が目的でPKなんざしようとしていたんだ?」

 

「分からん、アイテムを奪おうにもここは集合住宅地。通りかかるプレイヤーを片っ端からPKをするメリットは無い」

 

「と、なるとますます意味分かんなくなっちまうな・・・。何つうか、連中愉快犯じゃねえの? だったら辻褄が合うだろ」

 

「愉快犯、か。確かに辻褄は合うな。だが、辻褄が必ずしも真実であるとは限らん」

 

「へっ、そう言うと思ったぜ親友。んなら、俺達ももうちょっと調べっかー」

 

「いつも悪いな、武。俺のわがままに付き合わせて」

 

「んな事、気にすんなって。探偵部の部長はお前だぜ? 部活動にいる以上、部長の考え聞かずして誰の考えを聞くっつーんだよ」

 

 気さくな笑みを浮かべる武に無言で頷いた隼人は、自身の背後で話を聞いていた恋歌のすねた膨れっ面を見て、苦笑混じりの溜め息をつき、視線を逸らす彼女の頭に手を置いてゆっくり二、三度撫でた。

 

「な、何よ」

 

「いや、お前にも悪い事するなって」

 

「別に・・・そんな事無い、けど。は、隼人は大変なんでしょ?!」

 

「ま、まぁそうだな。大変にはなるな・・・」

 

「だ、だったら手伝ってあげるわよ。私も、ひ、暇だし!」

 

 顔を赤くして言う恋歌の姿に恥ずかしくなった隼人は、懇願する様な涙目に負けて視線を逸らし、上気した頬を人差し指で掻いた。

 

「き、気持ちは嬉しいんだが恋歌その・・・」

 

「何よ、隼人は私に手伝って欲しくないの・・・?」

 

 口ごもる隼人を今にも泣き出しそうな表情で見上げた恋歌は、何か悩む彼の言葉を彼の腕を浅く抱きながら待った。

 

「分かった、手伝ってくれ」

 

「えへへ~しょうがないわねっ、ちゃんと手伝ってあげる!」

 

「くれぐれも、途中で投げるなよ?」

 

 飽き性を心配する隼人の言葉に、嬉しそうな返事をする恋歌を遠目に見ていた武は、ギリースーツを羽織った背にライフルケースを背負って合流してきた利也と、杖を腰に下げ、修道服の様なローブを纏った夏輝と合流した。

 

「皆、お疲れ様」

 

「ああ。お疲れ」

 

 他愛の無い利也と武の会話を安心した様に見ている夏輝は、いきなり抱き付いて胸を揉んできた楓に驚き、慌てて逃げようともがいた。そんな様子を離れた場所から見ていた浩太郎は、傍らに身を寄せ、懇願してくる加奈に気付いた。

 

「どうかした? カナちゃん」

 

「ううん、その・・・褒めて欲しくて」

 

「あぁ、そう言う事。ん、よしよしエラいね」

 

「えへ・・・」

 

(ホントこんなので良いのかなぁ・・・)

 

 疑問に思いながら頭を撫でている浩太郎は、恋歌と同じ半猫の尾を横に振る加奈を見てふっ、と頬を緩ませた。と、用事を済ませた隼人が軽く手を叩いて七人の注意を引き、話を始めた。

 

「さて、用事は一段落した。此処で今後を話すのもなんだし一旦宿に戻るぞ」

 

『了解』

 

 頭を掻きながらの隼人の号令に全員が応じ、徒歩で移動した彼等は、宿にある中規模な広さの部屋を追加料金で借りてそこに集まった。

 

「さて、十時を過ぎた辺りか。じゃあ、この話をしたら解散としよう」

 

「分かった」

 

「よし、それじゃあ本題だ。今後この件について以下の動きを取る事になる。一、PKグループを牽制する事。二、PKグループを叩きのめす事。

三、首謀者を焙り出す事。以上三つが今後の優先事項となる。但し、変な勘違いで戦闘を起こす事だけは避けろ。聞き付けたギルドの末端が

他ギルドの謀略と決め付けて暴れるかもしれん」

 

「と言う事は・・・この件は可能な限り内密に処理しろ、と言う事?」

 

「ああ。但し、狙撃による処理は不可能だろう」

 

「そうだね。相手の中には遠距離職もいるし、それらの射程外から多人数を仕止めるのは武器的に不可能だ」

 

 頷く隼人にそう話す利也は、何か聞きたそうにしている夏輝と加奈に視線を向け、代表して手を上げた夏輝の質問を受けた。

 

「その利也君が言う武器的に不可能、ってどう言う意味なの?」

 

「答えるのが難しい質問だね」

 

「ご、ごめん・・・なさい」

 

「ううん、気にしなくて良いよ。ええっとね、専門的な話になるけど、スナイパーライフルには種類があるんだ。セミオートライフルとボルトアクションライフル。

セミオートライフルは連射出来るけど射程が短い。逆にボルトアクションライフルは連射出来ないけど射程が長い」

 

「なるほど、射程外からの撃ち込みはボルトアクションが有利だけど、多人数戦は不利、と言う事なの?」

 

「そう言う事。だから狙撃は使えないって訳。となれば、頼みの綱はアサシンの暗殺かな?」

 

 納得する夏輝の言葉に説明を続けた利也は隼人の方を見る。

 

「いや、幾ら暗殺でも連続で二回までしか使えない。再使用可能時間も長いしな」

 

「二回って事は六人パーティでも二人余るよねぇ・・・」

 

「無理に暗殺を狙わずとも、通常スキルの一撃で仕止められれば良いが・・・な」

 

「通常スキルはエフェクトが派手な分、ステルス性は下がる、か」

 

「グループに牽制は出来るけどな・・・まぁ、良い。取り敢えずこんな感じだ。って大事な話してんのに寝るな!!」

 

 夜に強い男子陣を除き、意外と夜が弱い女子陣が、熟睡している様にどこにともしれない怒りをぶちまけた隼人は、慌てて起きた夏輝が必死に起こそうとする様に、どうしようもない気持ちになってただただ黙っていた。

 

「つか、ゲームん中で居眠りできるのかよ・・・」

 

「システム的には・・・出来るんじゃね?」

 

「ま、何にせよ・・・もう寝るから解散すんぞ」

 

「おー、お休み。寝るわ」

 

「ん、じゃあな」

 

 そう言って隼人は全員と同時にログアウトした。そして、翌日学校の教室にて慌てて駆け込んだ隼人は、朝読書の準備に入っていたクラスメイトの視線を浴び、真っ青になっていた彼の様子に異常を感じた利也と夏輝が、後列の席から慌てて駆け寄る。

 

「だ、大丈夫隼人君?!」

 

「ぜぇ、恋歌の馬鹿が・・・。ぜっ、起きないまんま時間が過ぎて・・・。俺が背負って走って来た」

 

「・・・流石、身体能力学校トップ。人を背負って一キロ近く走ってくるとは」

 

 呆れ半分驚き半分の利也に苦しい笑みを浮かべた隼人は、背中に目をやってすやすや眠る恋歌を親指で差した。

 

「取り敢えず恋歌を下ろし・・・ヴッ」

 

「恋歌ちゃん外れない!?」

 

「ぐぇええええッ」

 

 眠り続ける恋歌の腕で首を絞められている隼人は、眠り続ける彼女を引っ張る夏輝に止める様言おうとしてそのまま倒れた。

 

「じ、人工呼吸を!」

 

「いや、酸欠で死んじゃうから」

 

「じゃあどうすれば?!」

 

「普通酸素供給すれば良いんじゃない?」

 

「酸素ボンベですね!」

 

 そう言って立ち上がった夏輝に、普通ねぇよ、と全員が突っ込みを入れる。だが、何故か武が持っており、無事隼人に酸素が供給された。

 

 それから一時間後、恋歌共々机に突っ伏していた隼人は、割れる様な頭の痛みに耐えながら上体を起こし、心配そうに見上げていた恋歌と目が合い、焦ってのけ反り後ろに倒れた。

 

「くっそぉ・・・いて~・・・」

 

「ふん、何時まで寝てるつもりだったのよ」

 

(数十分前のお前に言いたいぜそのセリフ・・・)

 

 頭を押さえながら頬を引き攣らせる隼人を見下した恋歌は、頬を赤く染めながら尻餅をつく彼に手を差し出した。隼人に比して手の小さな彼女だったが、気持ちを汲んだ彼に手を握られ、身体を強張らせる。

 

「ははは、恋歌の手ちっちゃいな~(体もちっちゃくて軽いから何の支えにもならん・・・が、言うのは控えよう)」

 

「へ、変態! 何考えてるのよ!」

 

「よっと、サンキュー恋歌。助かった。(引っ繰り返るから引っ張ってないけど)」

 

「ふ、ふん。そりゃ良かったわね! さっさと手を離しなさいよっ」

 

「はいはい」

 

 そう言って手を離した隼人は、倒していた椅子を戻してそれに座ると、膨れっ面の恋歌の背後によって来た楓と武に視線を向け、それに釣られて探偵部の面々が隼人の机の周りに集まってきた。

 

「そう言えば部長よ、昨日のPKについてなんだが、知り合いのグローブ・スティンガーメンバーから聞いた話じゃ、あのエリアに限った話じゃないらしいぜ?」

 

「なるほど、大方予想はしていたが、本当にその通りだとはな。狩場を幾つも持っているとなると連中を叩く為には狩場ではなく、巣を狙う必要があるか・・・」

 

「て、事は昨日決めた方針も変更になっちまうか? 巣を狙うなら巣を探さねぇといけないだろ?」

 

「いや、それは早計だ。それに何も巣を探すのに直接探す必要は無いぞ」

 

「ん? おいおい・・・それってまさか」

 

「そのまさかだよ。単純な話ではあるけどな」

 

 額を押さえる武に柄にも無い無邪気な笑みを浮かべた隼人は、未だ真意を汲めずにいる残りの面々を見回しながら、さっき考えついたばかりの策を話し始めた。

 

「と言う訳で皆、今後の方針については昨日のままだが、やる事が増えた」

 

「それは?」

 

「次回の戦闘ではPKグループの内、一人を生け捕りにして尋問する事だ」

 

「捕らえて尋問、ですか。その程度で済めば良いんですけど、何故?」

 

「それはな―――」

 

 腕組みする隼人の言葉を待っていた加奈達女子は、合点がいったらしい利也と浩太郎に驚き、苦笑した隼人が彼等に言葉を譲った。

 

「自分達の本拠地を吐かせる為だね?」

 

「その通りだ。巣を狙うなら獣を追えってな」

 

「でも何で逃がそうとは思わなかったの?」

 

「奴等の本部がBOOにあるとは限らないからだ」

 

「ネットサイトで結束している可能性がある、と? 確かにその可能性はあるけど・・・」

 

「ああ、ネットであれば俺達に手出しは出来ない。学校と生徒会の出番だ」

 

「じゃあ、僕等はそこまでの手引きをすれば良い訳だね?」

 

 そう問うてくる利也に頷いた隼人は、教室に入ってきた教員を見て全員に昼休みに部室で作戦会議を行なうとだけ伝えて席に返した。



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Blast1-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「と言う訳で、飯を食いながら作戦会議だ」

 

 そう宣言した隼人に一人頷いたのは手作りの弁当を開けた浩太郎で、その隣、嬉しそうにしている加奈は同じ構成の弁当を咀嚼していた。

 

 その様子を見ていた隼人は少しばかり嫌そうな顔をしており、それを見た恋歌は彼にこう聞いた。

 

「そんなに大事なの?」

 

「いや・・・そんなに詰まった内容じゃないが・・・」

 

「じゃ、リラックスしてて良いのね?」

 

「・・・ああ、楽にしててくれ。食事時だしな」

 

 試す様な恋歌の物言いに少し不貞腐れ気味の隼人は、悪戯を成功させた子どもの様な無邪気な笑みを浮かべた恋歌に覗き込まれ、ばつが悪そうに顔を背ける。

 

 目を合わせない彼に悪そうな笑みを浮かべた恋歌は、彼の顔を追いながら追い討ちをかける様に話し始めた。

 

「アンタ、皆が真面目に聞いてくれるか心配なんでしょ?」

 

「そうじゃねぇよ」

 

「じゃあ何?」

 

「相変わらずだなって思ってただけだ」

 

「ふーん、羨ましいんだ」

 

「別に、そうは思ってねえよっ。お前こそどうなんだよ、同居っつうのは」

 

「い、良いと思う・・わよ? ずっと一緒って楽しいと思うし・・・・」

 

「そ、そうなのか・・・。さ、参考になるな・・・」

 

 最終的にお互いの手の内を探る様な微妙な会話に行き着いてしまった二人を苦笑交じりに見ていた浩太郎は、

隣で赤くなる加奈の頭を撫で、縮こまった彼女に更に明るい笑みを浮かべた。

 

「おーい、砂糖吐くよーな会話はそこまでで良いか? お二人さんよ」

 

「あ、ああ・・・。すまん」

 

「別に良いけどよ、時と次第を考えろよ? んで、作戦つーと?」

 

「作戦、と言っても単なる役割分担だ」

 

「おー、まぁそう言う事なら良いぜ?」

 

 微笑する武に内心感謝した隼人は作戦ノートと記された冊子を取り出し、授業中に考えていた役割分担を部室にある大きなホワイトボードに書き始めた。

 

 流石に全員が関わる事なので食事の手を止めた皆は書き終わった隼人が振り返るまで待ち、部長としての顔を見せ始めた彼に向き合った。

 

「さて、役割についてだが、俺と恋歌に武と楓、浩太郎と加奈はアイラン領地内で聞き込みつつ警邏。発見次第、各自で連絡する。

残る二人の内、利也は時計台の上からスナイパーライフルを用いて領内監視、怪しい場所があれば逐一連絡する事。

で、夏輝。お前はグローブスティンガーのギルドホールに行ってある程度の情報を貰っておいてくれ」

 

「了解です。それでその後は―――」

 

「ああ、尋問と聞き込み、警邏と情報で得たデータを纏めて報告書を作成。場合によっては印刷して生徒会に提出する」

 

「分かりました~。あ、お茶いります?」

 

「え、あ、ああ。貰おう」

 

 毒気を抜かれた隼人に苦笑した夏輝は彼に続く様に手を上げた全員の分を用意し、茶葉が広がるまで待ちながら食事に戻った。

 

「追加だがポイントと警邏については各人の判断を優先する。が、新米等に状況を悟られない様にな」

 

「了解、了解。まぁよっぽどのヘマしなきゃサクヤ達がカバーしてくれるだろうさ」

 

「そうだな。それで、今日は早めに帰ろうと思う。帰宅後は各自の家でログインし、行動に移ろう」

 

 部長としての顔を見せる隼人に表情を引き締め、無言で頷いた武達は夏輝から渡されたお茶を飲みながら各自の作業に移った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 放課後。予定通り、早めに部活動を切り上げ解散させた隼人は自宅で作戦を考えていると不意にインターホンが鳴り、

一階に降りた隼人は勝手に家に入ってきた恋歌に半目を向けた。

 

「お前か・・・」

 

「何よその目はっ! 家に来ちゃ駄目なの?!」

 

「いや、別に・・・来ても良いけどよ。あー・・・分かった。上に上がってろ」

 

「はいはい」

 

 飲み物を取りに行った隼人は少し嬉しそうな恋歌の声色にほんの少しだけ頬を緩ませ、自分の分も注いだコップ二つと

お菓子を入れた皿をトレーの上に置いて二階へ上がった。

 

「おーい、飲み物だ。ラムネードサイダーで良かったよな?」

 

 ドアを蹴り開けた隼人に頷いた恋歌は嬉しげな表情で彼のベットの上に寝転がり、掛け布団を巻き込んでくるまった。

そんな様子の彼女を見た隼人は気にせず作戦の考案を続けていた。

 

 探索ポイントの絞り込みを何度も行ない、その度に考えられる事を書き出していた彼はちょうど後ろ、ベットの方から聞こえる寝息に振り返ると

布団にくるまって眠っている恋歌が年不相応の可愛らしさを見せていた。

 

 たった数分で眠っている辺り相当疲れていたのだろう、と考えた隼人はサイダーを一口飲むと途端五月蝿くなった一階に疑問を浮かべ、ドアに耳を押し付けた。

 

『姉ちゃんお帰り~。あ、宮坂さんこんにちわぁ』

 

『こんにちわ、秋穂ちゃん。これ、おみやげ。お兄さんと一緒に食べてよ』

 

『スティックケーキですか?! ありがとうございます!』

 

 一階の会話を盗み聞き、カレンダーを見た隼人は今日が木曜日である事を確認して小首を傾げていた。姉と姉の同期が家に帰ってくるのは決まって週末だ。

 

 そうこうしていると姉と同期が話しながら上がってくるのに気付き、慌てた隼人は布団で寝ている恋歌を思い出し、どうしようか悩んだ挙げ句、

ベットの上で雑誌を読んでいるふりをした。

 

「隼人~入るわよ~」

 

「ん? お帰り姉ちゃん。どうも宮坂さん」

 

「何してたの?」

 

「部活の事してて、一段落したから模型雑誌読んでる」

 

「部活の事、ねぇ・・・今何調べてんの?」

 

「違反PK。取り決め外のプレイヤーキルしてる連中だ」

 

「ふぅん・・・ねぇ宮坂、もしかしたらだと思うから隼人にあれ見せてあげて」

 

 背後に侍っていた同期にそう指示を出した姉の姿にただならぬ物を感じた隼人は、跳ね起きた自身の目に飛び込んできた書類を受け取り、その全てに目を通し始めた。

 

「全国各地でそう言った学生を狙ったPKによる被害が出てるの。サイバー法が施行されてるとは言え介入しにくいのが現状なの」

 

 真剣みを帯びた姉の言葉が目の前にある極秘の捜査資料に書いてある事が紛れも無い事実である事を伝えてくる。

 

「何てこった、全国ネタかよ・・・」

 

「それで隼人、あなた何か掴んでない?」

 

「こっちも一昨日から調べだしてるんだ、提供出来るネタは何も無ぇ」

 

「あー・・・・そう、それならこの事は保留。何か分かったら連絡ちょうだい」

 

「了解。守秘義務は守るよ、姉ちゃん、宮坂さん」

 

 そう言った隼人は自身の隣で寝返りをうち、着衣を乱し汗まみれで出てきた恋歌に真っ白になって姉達の方を見ると、同様に白くなっていた彼女達に

言い訳を頭で考え始めた直後、寝ぼけた恋歌が隼人に密着した。

 

「隼人・・・・アンタ、大人に・・・」

 

「待て姉ちゃん! 違うんだ!」

 

 どん引きする姉達に言い訳しようとした隼人は腰に抱きついた恋歌に圧し掛かられ、一瞬バランスを崩す。が、何も無かったかの様に体勢を立て直した隼人は、

背中に当たる胸の感触に頬を赤く染めた。

 

「おい弟、何考えてるのよッ!」

 

「痛ェ! 何しやがるクソ姉貴!!」

 

「五月蝿いわスケベ! 何女子の胸に当たって鼻下伸ばしとんじゃい! 捕るぞゴラァ!」

 

 身長差のある自分の襟首を掴んで軽く持ち上げた姉に内心驚きながら腕を外そうと彼女の腕を掴む。一触即発の状況で割って入った宮坂が二人を諌めた。

 

「ま、まぁ・・・そう言う事だから。隼人君、何かあったら連絡を」

 

「分かりました・・・宮坂さん、姉ちゃんを早く連れて帰ってくれ」

 

「あ、あはは・・・それじゃ」

 

 苦笑を浮かべ、吼える姉を引っ張って退室していく宮坂に目つきの悪い眼を向けた隼人は、ベットに腰掛けると背負ったままの恋歌をベッドに寝かせ、

掴まれた所をさすった。

 

「ッたく、何したら女であんな怪力出るんだよ・・・」

 

 そう言いながら眠る恋歌を見た隼人は小柄な彼女の身に何とも言えない安心感を覚え、思わず頬を撫でた。いきなり触られて身を竦ませた恋歌が目を覚まし、

不機嫌そうな、それでいてまんざらでもなさそうな目で彼を見た。

 

「何、してんのよ」

 

「いや・・・その、すまん」

 

「な、何でいきなり謝るのよっ! こ、困るじゃないっ」

 

 真っ赤になって身を捩る恋歌と頭の中が真っ白になっている隼人の間に、気まずいだけの時が流れ、その後話を切り出そうとした隼人は、警戒心を抱いた目を

向けてくる恋歌に溜め息をついた。

 

「お前の頬を撫でてた」

 

「何でよっ」

 

「え、えっと、触りたかったから・・・・だ」

 

「エッチ! セクハラ!」

 

「んなんじゃねぇ!」

 

「じゃ、じゃあ・・・何?」

 

「そ、その・・・ち、ちっちぇから・・・?」

 

 正直に話してしまってから隼人は自分の失言に気付いた。外見はツンとしている恋歌だが、その実、凄く繊細で傷つきやすい。あまり身体の事を言うべきでは無いと

考えていた隼人は予想外に嬉しそうな彼女に肩透かしを喰らった。

 

「え、あれ?!」

 

「ん? 何よ」

 

「お前。怒って、ねぇのか?」

 

「怒ってないわよっ」

 

「おぉ、そうか・・・・」

 

 引き気味の返事をする隼人を睨んだ恋歌は頬を膨らませて彼に詰め寄り、気まずそうな表情を浮かべた隼人に一変した無邪気な笑みを向けた。

 

「な、何だよ恋歌」

 

「・・・甘えて、良い?」

 

「そんな事、お前の好きにしろよ」

 

 恥ずかしさからぶっきらぼうな物言いになってしまった隼人は、嬉しそうに笑う恋歌が背中に抱き付いたのを感じて身を強張らせ、

背筋に当たる胸の感触に途端落ち着かなくなった。

 

「えへへ~」

 

「急に機嫌良くなったな、お前。何でだ?」

 

「秘密っ」

 

 機嫌の良い恋歌が膝の上へ移動したのに顔を赤くした隼人は背中を預けてくる彼女に頬を緩ませていたが、手持ちの端末に送られてきたメールを見て顔を青くした。

 

「? 隼人?」

 

「忘れてた・・・ダイブしなきゃいけなかった・・・!!」

 

「あ」

 

 間抜け面の恋歌が慌てて端末を用意するのに合わせて隼人も準備をし、二人は慌ててダイブした。



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Blast2-1

Blast2『I do not seek, I find.《私は捜し求めない。見出すのだ。》』

 

 ダイブから一時間、アイラン領内を警邏していた隼人は、後ろに付いてくる恋歌の方を一度見ると、興味深げに周囲を見ている彼女がよそに移動していったのに気付いた。

 

 一度立ち止まった彼は、食料品を売っている出店の方に移動していた彼女の後を追い、屋台の方に顔を見せると店番の少年が恋歌に商品であるベビーカステラを手渡していた。

 

「おい、恋歌。寄り道している場合じゃないだろ」

 

「良いじゃないのよ、活動資源(BOOで設定されている生理的機能を表したパラメーター。下限値を超えると行動不能になる)減らさない為だもん」

 

「相変わらず、ああ言えばこう言いだな・・・ったく、そんなもん食べながら歩いてたら気が散るだろ」

 

「ふんだ、そんな事言うんだったらあげないわよ頑固」

 

「誰が頑固だ、真面目にやってるだけだろ」

 

 半目を向けた隼人に頬を膨らませた恋歌は、不機嫌そうな表情のまま歩き出し、自棄食い気味にベビーカステラを食べていた。

 

「おい、待てよ恋歌」

 

 その後を追った彼は、カウンターで口に突っ込まれたカステラを食べ、悪戯が成功した子どもの様な表情を浮かべている恋歌にため息を一つ落とし、彼女から貰ったカステラを食べながら周囲を探り始めた。

 

 通り過ぎる者達に目を向けた隼人は、中央広場で勧誘営業を行っているグローブスティンガーのメンバーに気付き、軽く手を挙げて挨拶しながら彼らの元に歩み寄った。

 

「よぉ、ケリュケイオンのリーダーさん」

 

「グループ名で呼ぶなよ。プレイヤー名で呼べ」

 

「はいはい、分かってますってハヤトさんよ」

 

「どうだよ調子は」

 

「入学シーズン真っ只中だから好調好調。ただまあ、最近は友達と動くって奴も多いからなぁ・・・」

 

「ここはあくまでも活動拠点って事か、俺達の頃じゃ考えられない事だな」

 

「そうさなぁ、ただまあそれだけプレイスタイルが変わってきてるって事なんだろうな」

 

 立ち話をしている隼人とメンバーの横、周囲を見回していた恋歌は、背後から抱き付かれた。

 

 人見知りの気がある彼女は殆ど無意識的に暴れ始め、拘束を振り解いて隼人の背後に逃げ込んだ。

 

「あーん、何で逃げるのぉ?」

 

「何で抱き付いてくるのよ!?」

 

「えー、良いじゃん別にぃ~。ご奉仕ご奉仕ぃ」

 

「私にはアンタ達に奉仕しなきゃいけない義務なんか無いでしょうが!!」

 

「良いでしょ~? ね、ハヤトくん」

 

 勧誘メンバーに入っていた女子から話を振られ、背後を振り返った恋歌の泣き出しそうな表情に困惑した隼人は天を仰いで考えると、怯える彼女の背を押して女子に引き渡した。

 

「ぎゃあああああ! ハヤトの鬼! 悪魔ー!」

 

「フン、何とでも言えよ」

 

 悲鳴を上げ、暴れる恋歌が連行される様を半目と溜め息で送った隼人は、含み笑いを浮かべている男子の方に振り返った。

 

「さて、話を変えるか。勧誘時、怪しい奴を見かけなかったか。活動を遠目から見ている様な奴とか」

 

「いたなぁ、二人一組で。俺らが声かけたら移動してったけどさ」

 

「二人一組・・・。それ以外に何か分かる事はあるか」

 

「女二人、クラスがアサシンとファイターだったって事ぐらいか。あと、そいつらはどっちも無所属だったぞ」

 

「どちらも無所属・・・分かった、ありがとう。その他、気になってる事はあるか?」

 

「気になっている事・・・特にゃねえな。それに、お前らPKだけでいっぱいいっぱいだろ? 雑事は他の連中にも頼めるしな」

 

「そうか、分かった。すまなかったな、つまらない話に付き合わせてしまって」

 

「良いって事よ。俺達の事を守ってくれてるんだ、これ位しないで何するってんだ」

 

 そう言って隼人に笑いかけた男子は、彼の肩を二、三度軽く叩き、勧誘の流れに戻っていった。

 

 それを片手を挙げて見送った隼人は、個人間通信起動を示す仕草を行った。そして、教会の鐘の塔で狙撃銃による監視任務についている利也を網膜に表示されたウィンドウで呼び出し、聞き込みで得た情報を流した。

 

「そう言う訳だリーヤ」

 

『二人組の女の子だね、了解。探してみるけど、こっちからもお願いがあるんだ』

 

「何だ?」

 

『そっちの方に怪しい雰囲気のパーティが移動してるんだ。多分、PK目的だと思うんだ』

 

「どうしたら良い」

 

『様子を見てPKの兆候を見せたら攻撃を開始して』

 

「了解」

 

 そう言って恋歌の傍に寄った隼人は、むくれる彼女の背を引き、女子達に断りを入れてから連れて行く。

 

 揉みくちゃにされた事を根に持って拗ねている彼女にため息をついた彼は、チャットで状況を知らせると、近場の軽食屋のテラス席に席を取った。

 

「やれやれ・・・よもやゲームの中でこんな事をするとは」

 

「わ、悪くはないわね」

 

「・・・今度、どこか行くか?」

 

「ホント?!」

 

「まあ、出かけられる様な休みがあればな」

 

 そう言って広場に目を向けた隼人は、サーブされたコーヒーを受け取り、紅茶とケーキを受け取った恋歌が伝票を差し出してくるのに半目を向けながらそれを引っ手繰った。

 

「と言うかさっきカステラ食って活動資源十分だろ、お前。ケーキなんか食べやがって」

 

「うるさいわね。嗜みみたいな物よ」

 

「・・・ケーキぐらい俺んちに食べに来ればいいのによ」

 

「何か言った?」

 

「何でもねーよ」

 

 不機嫌そうに口を尖らせた隼人に小首を傾げた恋歌は、大きな音を立てて飲んでいる彼を見て何かしたのでは、と泣き出しそうになっていた。

 

「ね、ねえ・・・私、何か悪い事でもした・・・?」

 

「あ?」

 

「ほ、ほら、ハヤト怒ってる、し・・・」

 

「怒ってねーよ」

 

「大きな音立てて飲んでるじゃん! 怒ってる!」

 

「怒ってねーって。・・・戦闘になるかも知れねえから、ちょっと気が立ってるだけだっての。お前が気にする様な事じゃない」

 

「そ、そうなんだ」

 

 子ウサギの様に怯えている恋歌の頭を乱暴に撫でた隼人は、周囲を見張り、怪しい人物がいないか、気付かれてはいないかと考えながらコーヒーを啜っていた。

 

 中身を半ばまで残してコーヒーカップを置いた彼は、自分達と合流しに来た武達に目をやり、視線を外した。

 

「ハヤト、来たわよ?」

 

「無闇に視線をやるな、怪しまれるぞ」

 

「あ、そっか。そうだよね」

 

「さて、リーヤの報告によればそろそろだが・・・」

 

「来た」

 

 ぞろぞろと冒険前のパーティメンバーの様にやって来たターゲット達に少しだけ視線をやった隼人は、ケーキを食べている恋歌を見るふりをしながらコーヒーカップをスプーンで叩き、モールス信号で隣に座る武達に自分が移動する事を伝えた。

 

 そして、恋歌の傍にコーヒーの代金を置き、彼は広場の方に移動を始めた。

 

 ポケットに手を突っ込み、パーティの傍に近づいた隼人にパーティの内の一人が気付くと同時、戦闘の火蓋が切られた。

 

 先ほど話していた少年が切りつけられ、大パニックになった広間でフォーメーション展開したパーティに隼人が突っ込む。

 

 全力で走りながら彼はマジックバック代わりに使っているポケットからフラッシュグレネードを取り出し、警戒していた男スカウトの目前へ投げる。

 

「ッ!!」

 

 炸裂した光に目を細めたスカウトは一時的なスタン状態から回復した視界に飛び込んできた隼人の拳によって殴り飛ばされ、ゴキリという不快音を首から発しつつバウンドし、噴水に飛び込んで即死した。

 

 一連の攻撃で隼人の存在に気がついたファイターが片手構えのロングソードを振り上げて接近してくる。

 

 だが、それよりも早く懐に潜り込んだ彼はファイターの鳩尾へ肘打ちを叩き込み、一瞬動きが止まった彼の腕を掴んで投げ飛ばした。

 

「クソ、先にこのモンクを始末するぞ!!」

 

 そう叫んだリーダーらしいインファントリの少年が手にしたアサルトライフル、SCAR-Lを構えて隼人を射撃する。

 

 高速のライフル弾を前に両手での防御を行った隼人は“射撃武器が使えない”自身を恨みつつ、数多の情報が表示された視界の中で隠れる場所を探した。

 

「ははは! この密度の弾幕! 易々と突破できると思ったか! ソロプレイヤー!!」

 

「―――って、思うじゃん?」

 

「何!?」

 

 掛けられた声に驚愕し、SCAR-Lでの射撃を止めた少年が声の方に視線を向ける。

 

 そこではM60E4軽機関銃で分厚い弾幕を張っていた味方のインファントリが紫色のエフェクトを纏わせた一突きで仕留められている光景だった。

 

 少年は銃口を向け、口元を布で覆った浩太郎がニヤリと笑ったのを皮切りに発砲した。

 

 然し、浩太郎の持つアサシンの機動力に照準が翻弄され、ライフル弾は当たらない。

 ライフル弾命中の為、安定性重視で、移動するべき足を止めて狙い撃つ少年を逆に狙い、投擲用のダガーに黄色のエフェクトを載せてそれを投じた浩太郎は少年の腕に刺さったそれが彼の動きを止めているのを確認する。

 刃に付加した麻痺効果で動きを止められた少年の頭上、軽く飛び越えた浩太郎はただ一人、隼人への射撃を続けているインファントリを確認して腰から消音機付きの拳銃を引き抜いた。

 

「この野郎ッ!!」

 

 視線に気付いたインファントリが罵倒と共に浩太郎へ向けた『コルト・

M4A1』アサルトカービンと『Mk23』拳銃から放たれた交錯し、ライフル弾が浩太郎の頬を掠める。一方の拳銃弾は致命箇所に直撃させたが対飛び道具用防具に設定されているケブラー繊維製ボディアーマーに阻まれて有効打になりえない。

 

 だが、それと同時にアーマーの耐久値が僅かに削れる。舌打ちした両者は連射を続け、滞空から着地した浩太郎は短剣を収めた手に収まる様に腰からあらかじめ先端に即死級の猛毒が付加されているダーツを取り出し、インファントリ目掛けて投擲する。

 

 遠距離武器に対しての防御性に優れたアーマーがダーツの貫通を防いだ為に突き刺さりはしなかったが元々遠距離武器ではないダガーの直撃は耐久値を大きく削る。

 

 弾倉を交換したMk23拳銃を連射して牽制した浩太郎は、敵味方、無関係者を表示するIFFで位置を確認しつつ、タイミングを計って次のダガーを投擲する。

 

「カエデッ!!」

 

 なけなしの一本を投擲した彼は叫び、その場を飛び退く。そこ目がけて猪突する楓は低く姿勢を落とした体勢から、鍔を指で押し上げせり上がった柄を握ってインファントリを見据える。緑色のサークルで表示された待機状態のスキル有効範囲に相手が入った瞬間、彼女は腰に下げた刃を高速で放つ。

 

 鞘をレールに銀の半円を描いて射出された斬撃が、それまで銃撃していたインファントリを重い強烈さを持って襲う。放たれる直前、咄嗟に盾にしたM4A1が元々少ない耐久値を一瞬で散らし、消失する。

 

 インファントリは斬撃からの圧で弾き飛ばされ、地面を転がりながら腰から補助武装のMP7短機関銃を引き抜いて発砲する。

 

 だが、獣の如き速度で接近する楓に照準は追い付けない。指切りで掠めさせるのがせいぜいで、相手の殺傷範囲に入ったと自覚した瞬間、音速の五連撃が彼の目の前を薙ぎ払う。

 

 避けられたのか、と疑問した彼は一拍遅れたバックステップからの着地でその答えを得る。身に着けていたアーマーが破裂し、五連撃の残滓がアーマーを構成するケブラー繊維を爆裂させていた。

 

 それは、武者固有の初級風属性アクティブスキル、“天斬”にスキル連射を可能とする“ラピッドスキル”を付加して打ち込んだ結果だった。

 

 再使用時間の延長を代償に五連撃化させた攻撃はリーチ延長の追加効果を以って近接武器に弱いケブラー繊維製ボディアーマーを引き裂いていた。

 

 だが高レベルとは言えど、初級スキルが掠めた位でやられる様な相手でも無い。腰からナイフを引き抜いていた彼は、腰から抜いた勢いでの薙ぎ払いから逆手の刺突に繋げて仕止めようとしていたが逆に楓に腕を取られ、そのまま彼女の背後に流された。

 

「ッ!」

 

 追撃の蹴りでバランスを崩されたインファントリは地面に伏させられ、起き上がろうとしたが顔を上げた先にあった二つ並びの銃口に頭部を吹き飛ばされた。

 

 銃口から硝煙を立ち上らせる水平二連ショットガンをその場で回した武は隣に着地した加奈に手にしたショットガンを投げ渡した。

 

 それを受け取った彼女は小さく頷いて残像を残さぬ程の速度でその場を走り去った。それと代わる様に飛び込んだ恋歌を見送った彼は、周囲を見回し、援軍を警戒していた。

 

 背後を振り返った瞬間に放たれた半猫女武者の一閃を、手にしたガンブレードで受け、何度も振られる太刀筋を捌き、一瞬の隙を見計らって射撃した。

 

 だが、素早い身のこなしで回避され、それと同時の蹴りで銃口を逸らされた武は横一閃を屈んで回避すると膝を狙った肘打ちで怯ませた。そして回し蹴りを叩き込み、彼女を吹っ飛ばした。

 

 一息つきながらガンブレードを一回転させた武は、二人掛かりで楓に挑んでいるファイターとインファントリに視線をやり、フッと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

(良いのかよ、近接職はそいつだけじゃねェぞ?)

 

 刹那、ファイターの姿が消え、インファントリが空中で何度も嬲られる。

 

 吹き飛んだファイターの姿は近場の倉に激突してエフェクトと共に消滅し、インファントリは腹蹴りからの踵落としによって撃墜され、消滅する。

 

 一体何が起きたのか分からず、パニックを起こしていた筈の民衆までもが逃走の足を止めてファイターに加わった一撃の余波で吹っ飛んでいた楓の前、攻撃の型を構えたまま二人並ぶ少年少女の姿が彼等の目に飛び込む。

 

「さっすが瞬間火力最強ペア! 助けにきてくれると信じてたよぉ~」

 

「だからって抱き付く必要ないでしょうが!! 放しなさいよッ!!」

 

「えぇ~良いじゃん、これはほんの感謝の気持ちだよぅ~・・・」

 

 うへへ、と笑いながら抱き締めてくる楓から逃れようと、暴れる恋歌を横目に武と合流した隼人は、何時の間にかパーティの一人を捕らえていた加奈と浩太郎に視線をやり、場所を変える様に指示した直後、逃走を計った捕縛者が二人の手を逃れて逃走する。

 

 だが、200m程行った所で彼の足へ遠方の利也が放った狙撃が刺さり、そのまま倒れ込んだ。血だらけの左足はそのままに、這いつくばった彼の傍に歩み寄った加奈は組み伏せた上で消音器付きの拳銃を背中に突き付けた。

 

「動かないで。動いたら撃つ」

 

「な・・・こ、殺せ!! 貴様ら領地警備隊だろう?!」

 

 冷たく殺気を含んだ加奈の視線に怯える少年の傍に音も無く歩み寄った浩太郎は腰から捕縛用ロープを取り出し、手をきつく縛ると立ち上がらせて連行し始めた。

 

「生憎だったな、俺達はそんな優しい組織じゃないぞ」

 

「ど・・・どう言う事だ?! 何者なんだお前等?!」

 

 民衆からガードする様に立った隼人の言葉を受けて狼狽した少年は路地裏に連れ込まれ、六人ほどいる戦闘職を前にして血の気を引かせていた。

 

 その中でニヤニヤと笑いながら腰のホルスターに挿していた『G18』9mm自動拳銃を引き抜いた武はうろたえる少年をコンクリートに座らせて尋問し始めた。

 

「さーて、と。洗いざらい吐いてもらおうかねぇ。お前等、何処のグループだ?」

 

「は、話す訳無いだろ?! こんな方法、非合法過ぎる! お前等、利用条約に違反するぞ!」

 

「あ? 何寝言抜かしてんだよ。そっちだって、非戦闘状態プレイヤーのキルって言う利用条約違反をやってんだ。そう言う事言えた口かよ」

 

「ひ・・・。た、助け・・・そ、そうだログアウト! あ、あれ?! ログアウトが・・・!」

 

「悪ぃな、こっちが使ってる拘束用ロープには、一定時間内のログアウトを阻害する効果がある。尋問用だからな」

 

 本来なら攻略組の主要メンバークラスにのみ持つことを許されているアイテムを、名も知らぬ者達が有している事に恐怖を覚えた少年は、本当に身動きできない体へサプレッサー付きの拳銃が突きつけられている事実に頬を引き攣らせた。

 

 当然だが、ゲーム中のダメージはそのまま痛覚としてプレイヤーに襲い掛かる。BOOの戦闘システムを複雑化させている一要因であり、銃痕などの目に見えて分かるほどの大きなダメージは痛覚が毒の様にプレイヤーを蝕む。

 

「さーて、と。もう一度聞くぞ? お前を含めたさっきの連中、何処のグループだ?」

 

「し、知らない! 俺は何も―――」

 

 武からの質問に首を振った少年は、撃発した拳銃から放たれた拳銃弾が自らの右太股を穿ったのを走った激痛で知り、再現された流血が目の前に飛び散る。

 

 本能的な叫びの後、血だらけの太股を見下ろした少年は、左太股に突きつけられた銃口に彼らが本気であると悟るとこの場からの脱出を考えていた。

 

「じゃあ何でお前はPKを行ったんだ?」

 

「た、単なるうさ晴らしで参加しただけで・・・一緒にやってたあいつ等とは初対面だ!」

 

「ふーん、なるほどなぁ・・・・。で、どうするよ」

 

 頷きながら拳銃を上げた武は隣に立つ隼人に視線を流し、少年の処分を視線で窺うと殺害のハンドサインを出した隼人へ頷きを返して拳銃を少年の額に向け、トリガーを引いた。

 

 減速された拳銃弾が頭蓋を穿ち、花咲いた血液が壁に広がる。ぐったりとした死体を見た武は役目を終えた拳銃をホルスターに収め、隼人に判断を請う。

 

「今吐かせた奴。お前はどう見るよ、リーダー」

 

「悔しいが、アイツはシロ(無罪)だな。クソ、俺達はハズレくじを引かされたらしい」

 

 アイテム保管用のポーチにロープを収めた武の問いに、悔しげな表情を見せた隼人は路地の壁に寄りかかった。無関係者をパーティに絡めると言う見破る方からすれば面倒な手段に出た相手の策略を鑑みながら今後の動きについて思案した。

 

 だが、それでも無関係者と関係者を判別できる様な上手い手段は思いつかない。当然だ、プライバシー意識の高いこの時代において、そこら辺を歩いているプレイヤーの情報は閲覧できる範囲がかなり狭く設定されている。プレイヤー同士の対戦も、相手の事を何も知らずに決着が着く事もざらにあるほどだ。

 

 そんな中で無関係な奴と関係者を選り分けて殺せとなれば、彼らのアバターに目印でもない限り困難だ。万が一にも間違えて殺害した事を恨んだ無関係者によってこちらの素性がバレでもすれば、こちらの行動は全て無に返る。

 

 自分達のグループ、ケリュケイオンはとある事情により、隠密行動が基本となっていた。自分達の事で騒がれるのは彼らにとって第一に避けたい事であるのだ。

 

 それは末端のプレイヤーの勝手な行動を避けると言う目先の理由では無く、彼らがケリュケイオンと言うグループを作った事その物に起因しているのだが、その事については追々語られる事になる。

 

「取り敢えず、この場は解散だ。自由行動は認めるが、あくまでも穏便にな」

 

 活動資源と言う時間概念が存在するこのゲームにおいて、自分の思案で無駄な時間を浪費する事を避ける為、隼人はその時間を消耗の補填に回そうと各人に行動を促し、自身も薄暗い路地を出て消耗アイテムの補充に向かった。



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Blast2-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、ホームルーム教室。いつもの八人が集まる中隼人はじゃれ合う楓達を前に、困り果てていた。

 

「でへへー恋ちゃーん。相変わらずの巨乳ですなぁ」

 

「も、揉まないでよ変態ッ!」

 

「何でさぁ、恋ちゃんはブカブカの服着てるの? 少しぐらいボディライン出ても良いじゃん」

 

「そ、そう言うの嫌なのよっボディライン出たら目線が・・・その、来るから」

 

「ふーん、そうかなぁ」

 

 頭の後ろで手を組んだ楓を他所に隼人の方を見ながら恥ずかしそうに体をくねらせる恋歌は困った顔の彼の側に席を寄せ、彼の体に隠れた。

 

「好かれてるねぇ、隼人っち」

 

「どうしてこうくっ付きたがるんだコイツは」

 

「んーお兄ちゃんみたいだからとか?」

 

「妹はアイツ一人で充分だよ。ったく、おい恋歌」

 

 ニヤニヤと笑う楓を横目に脇に潜り込んでいる恋歌を引っ張り出した隼人はブカブカのカーディガンの袖ではたかれた。

 

「痛って。っておいコラ、引っ付くなって!」

 

「やー」

 

「子供かッ!! 幼児退行でも起こしてんのかお前は!!」

 

 怒りながら襟を引っ張る隼人は意地になってくっ付く恋歌に折れてそのまま放置した。

 

「あはは、隼人っちまーけた」

 

「一緒になって暴れたら、恥ずかしいだろ」

 

「いやぁ隼人っちは充分子供っぽいけどなぁ~」

 

「どこがだよ」

 

「そー言う所ー」

 

 にゃははと笑う楓に顔を赤らめてそっぽを向いた隼人は意外そうに見てくる夏輝に不機嫌そうな視線を向け、ふてくされた表情のままそっぽを向いた。

 

「で、でも恋歌ちゃんには案外そう言う人の方が相性が良いのかも知れませんね」

 

「・・・と言うか、恋歌は隼人に依存しすぎ」

 

 フォローする夏輝の言葉に続けてそう言った加奈は恨みがましげに見てくる恋歌を睨み返したが、まあまあ、と諫めにきた浩太朗に大人しく引き下がった。

 

「つーか、加奈っちも浩ちゃんに依存しすぎじゃない・・・?」

 

「私は別」

 

「我が道行くねぇ・・・」

 

 おおぅ、と引き気味に言った楓は話を振って欲しそうな夏輝に視線を向ける。

 

「で、なっちゃんはとっしーの事どう思ってるの?」

 

「ほ、本人を前にしてそれはちょっと・・・」

 

「乙女だねぇ・・・」

 

 話振っただけ損じゃね、と思っていた楓はもじもじしている夏輝から武と雑談中の利也に視線を変える。

 

「ねえねえとっしー」

 

「ん? 何?」

 

「とっしーはなっちゃんの事どう思ってるの?」

 

「ノーコメントで」

 

「えー」

 

 不満そうに口をとんがらせる楓に苦笑した利也は仏頂面を貼り付けた隼人に懐から取り出したメモリーカードを手渡した。無言の頷きの後、隠し持っている端末に

カードを挿入した隼人は読み込まれたデータに目を通した。

 

「ん、悪いな利也。また、残業を頼んでしまって」

 

「大丈夫だよ。そんなの研究の片手間みたいなものだから」

 

「また何か思いついたのか」

 

「まあね、でも新しいことは試してみるに限るから」

 

「俺の方も・・・うまく行けば、また新しい作戦ファイルを作る事になりそうだけどな」

 

「あはは、そうなったらいつでもウチにおいでよ」

 

 狙撃監視と自分たちが集めたデータ、そして夏輝が持ち帰ったグローブスティンガー本部への報告書と届出。生のデータとそれらを照合して簡易化した範囲図が

カードには記録されていた。

 

 そして、メモリーカードには敵の編成が細かく書かれており、辛うじて読み取れたフォーメーションも同様に記録されていた。

 

「敵の編成、捕縛した奴を除けばやけに上級職が多いな」

 

「・・・確かに。一部を除いて上級職だね」

 

「もしかして・・・上級職のプレイヤー達がPKグループじゃないのか?」

 

「その可能性はあるけど・・・でも、どうして相手は上級職なのにPKをする必要があるんだい?」

 

「経験値じゃない、物盗りでもない。だとすれば何か、か」

 

 まるで掴めない相手の実態にしばし考え込んでいた隼人は端末でブラウザーを開いた利也に検索を任せて自分は推理に入った。

 

 今、自分達が相手にしているのはどんな奴等か。相手は次に何の手を打ってくるのか。脳裏に浮かぶ質疑応答を繰り返し、狙いを定めようとしていく。

 

 何故彼らはあんなにも計画的だったのか。グループでもない物が何故移動の段階で一つの所へ向かえるのか。それらを解決するとしたら何が好ましいか。

 

 参加者を募りやすく、尚且つ匿名性がある物。ニックネームや何かしらの偽名が使われてもおかしくない連絡手段。それもインターネット上で。

 

「・・・利也」

 

 やがて一つの可能性を思いついた隼人は検索作業中の利也を呼び止める。

 

「BOO関連のネット掲示板に妙な物が無いか探してくれ」

 

「ネット掲示板・・・?」

 

「ああ。多分アイツ等の連絡手段はゲームのチャットではなくインターネット上にあるトークツールだ」

 

「トークツール・・・だからネット掲示板ってこと?」

 

「そうだ。敵の穴蔵を見つけて掘り出せば一気にカタを付けることが出来るかも知れんぞ」

 

 平常心でそう言いつつも内心面倒な依頼から開放される事実に喜んでいた隼人は直感に響いた嫌な感じを握りつぶした。タッチパネル式のポータブルキーボードを

操作して検索エンジンにワードを打ち込んだ利也は順次公開されるページの中から正確な物を選び出してクリックした。

 

「・・・これかな。『双葉高校サーバー:伯爵主催:グローブスティンガーへのPKメンバー募集スレ』」

 

「ああ。履歴を見る限り、このスレッドで間違いなさそうだな。しかしこの、伯爵という奴は誰なんだ・・・?」

 

「さあ、でもこの伯爵という人はリーダーみたいだよ。ほら」

 

 利也に指示された方向を見た隼人は伯爵というハンドルネームの人物が書き込んだ襲撃計画の綿密さに舌を巻いた。

 

「異様に細かいな。しかも同時に、複数」

 

「うん。でも、何が狙いなんだろうこの計画」

 

「他には無いか調べてみてくれ」

 

「分かった」

 

 検索を任せ、思考に耽った隼人の脳裏に数日前、別の高校の知り合いが言っていた同様のケースで行われたPK事件がよぎる。もし複数のスレッドがあれば、それは何か、大きな目的があるのではないのか。

 

 今までとは違う、何か大きな。踏み出しては行けないと訴える理性を押さえつけた隼人は利也が見つけたスレッドを閲覧、スクロールで襲撃計画の詳細を確認していく。

 

「こっちの襲撃グループはP.C.K.Tを狙ってるみたいだね」

 

 利也が見せた画面には別の人物らしい誰かが、双葉高校サーバー領土保有数第一位のグループ『P.C.K.T』への襲撃を指示するスレッドを立てて事の詳細を書き込んでいた。

 

「これはゼルリット」

 

 見せられる画面のスレッドにはまた別の人物が書いた首都や重要拠点へのピンポイント攻撃のスレッドがあり、詳細を読めばどうやら集められた人々の活動場所も限定されている様だった。

 

「こっちはファイブフォーエバー」

 

 四つ目に差し掛かれば共通する部分も増え、二人はスレッドに書き込まれた作戦は土地にあった襲撃方法であると言う共通点を見つけた。

 

「ストームバンガードにトーネードストライダまで・・・これ、双葉高校サーバ内の攻略組全てじゃないか」

 

「となると。利也、これは厄介な事になるぞ・・・俺たちが首を突っ込んだこの事件。これから大きくなる」

 

「まさか、彼等は・・・PKを通して攻略組に混乱を与えようとしているのかい?」

 

「まず間違いないだろうな・・・しかし、ここで目の前にある仕事を放り投げるのはお門違いだ」

 

「じゃあ、当面のターゲットは伯爵になるのかい?」

 

 疑問を投げてきた利也に首肯した隼人はふと妙な視線を感じて振り返るとドアの方で何やら話し込んでいるらしい男子二人が見えた。彼らはこちらの事など気にも留めず、武に当面のプランを相談し始めた利也へ視線を戻した。

 

「全員。とりあえず、放課後。一旦部室に集まって今後の事を考えるぞ」

 

『了解』

 

 半ば無意識的に次のプランを考え、全員に伝えた隼人は了承の返答を返した全員に無表情を返した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 放課後、予告通りに部室で作戦会議が執り行われて当面の方針「『伯爵』を名乗る人物の発見」が隼人達の間で合意された事で即刻解散となった。

 

 その帰り道、恋歌と並んで帰っていた隼人は行きつけのコンビニに立ち寄り、習慣になった奢りじゃんけんで敗北し、結果恋歌にパンとミルクティーを奢ると自宅への帰り道に戻る。

 

「えへへ~悪いわね、隼人」

 

「それはどうでも良いけどさ・・・美味いのかそれ。たこ焼きパン」

 

「意外とイケるわよ。食べてみる?」

 

 そう言って恋歌から齧った後を先にしたたこ焼きパンが差し出され、一旦の躊躇の後に一口食べた隼人は偶然タコに当たり、生地を咀嚼しながらたこを口にいれた。

 

 名残惜しそうに見てくる恋歌に子供っぽさを感じつつ、口一杯に広がるミスマッチ感も混ぜて複雑な表情を浮かべた隼人は雑誌と一緒に買った缶コーヒーで上書きし、敢えて言及せずに雑誌を開いた。

 

「ちょっと、感想は?」

 

「言わなきゃダメか?」

 

「言い出しっぺはアンタでしょうが。ほら早く」

 

「ビミョーじゃねえか?」

 

「美味しいわよっこの味覚障害っ」

 

 膨れっ面の恋歌に溜め息を落とした隼人はコンビニで買ったバイク雑誌を開きながら嬉しそうにたこ焼きパンを頬張る彼女の横顔を見た。

 

 雑誌に隠す様な形で見ていた彼は帰ってする事を頭の中に浮かべながら雑誌をめくる。いかにAR技術が進歩しようともそれらが他の技術を変えるには至ってはいなかった。

 

 VR及びARと言う夢の技術が実現した今でも自動車産業業界は次世代の動力源を統一するには至らず、電気自動車(EV)、PHV(プラグイン・ハイブリッド)、ガソリン、

水素、ディーゼルと乱立する様になった。

 

 しかし本格的な石油枯渇時代に突入したこの時代において、純粋なガソリン車は最早マニア向けとも言われている有様だった。

 

「そう言えばさ、隼人。アンタあのバイク下取りに出していい加減EC(エレクトリック・サイクル:電気二輪車)買いなさいよ」

 

 口を尖がらせて言う恋歌の言葉は学校に内緒で免許を取得し、親名義のガソリンバイクを使用している隼人にとってとてもとても辛辣だった。

 

「いやな、俺はどうもあの静寂さが苦手でな・・・。ガソリンバイクの方が良いんだよ。乗り心地良いから」

 

「ふーん・・・変わってるわね、アンタ。普通の人はそう言わないわよ?」

 

「別に構わねえよ」

 

 そう言ってバイク雑誌に視線を戻す隼人は僅かな笑みを浮かべながら覗き込んでくる恋歌に気付くと彼女の頭に手を置いて視線を逸らす様に押さえ付け、彼女の視線を強制的に遮断した。

 

 女の子との付き合いがあまり得意ではない隼人は容姿は抜群に可愛い彼女に数十秒見られることをあまり好んではいなかった。理由としてはそう言った好意を意識する事による心臓の鼓動と顔の火照りが自分では失くしていくかもしれないと思っているからである。

 

「何すんのよド変態!!」

 

 苛立つ恋歌の怒号と共に脛を蹴られた隼人はジンジンと痛むそれを押さえ、視線で彼女に抗議した。

 

「い、いつまでも人の頭押さえてるからでしょ!」

 

 恥ずかしげな恋歌の表情は何時になく嬉しそうであった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻―――――ブラスト・オフ・オンライン:双葉高校サーバー内:アイラン領内

 

 移籍プレイヤーが集うエリアを離れた一人の剣士は後ろから付いてくるローブの男に意識を向け、遠距離護身用に所持している拳銃に手を添えた。

 

 剣士の耳にも近頃流行っているPKの事は入っていた。よもや襲われるのではと危惧していた剣士は斜めになった窓ガラス越しに男の動きを見て取り、ローブから取り出された長銃身を見た彼は急ぎ振り返って射撃した。

 

 マスタリースキルを持たない剣士にとっての拳銃は元々は剣の間合いまで距離を詰める為の物でダメージソースでは無く、高レベルプレイヤーである男の末端箇所に当たった所で大したダメージにはなっていなかった。

 

 だが、BOOにおいて飛翔物とはかなりの影響力を持っており、大丈夫と分かっていても食らい続ければ多少の動揺が生じる。そのセオリーに従って連射した彼は動揺など微塵も感じない男に驚いた。

 

 しかし既に剣士のレンジに入っている男は振りかぶられた片手剣のスキルによってキルされるのを待つだけだ。そう思っていたのが彼によっての致命傷だった。

 

「な・・・ショットガン、だと?!」

 

 先ほどの長銃身の正体はレミントン『M870』ポンプアクションショットガン。故に剣士の驚愕は一塩だった。ショットガンは近接戦用の銃である為、BOOでは基本的に散弾が装填されている(別の弾もあるが基本的に使用されない)。

 

 散弾の利点とはすなわち有効範囲の広さにある。空間に多粒弾がばら撒かれた際の有効範囲は屈指の広さを誇り、至近距離であれば全弾回避は不可能である。

 

「クソっ!!」

 

 毒づき、散弾で上半身を吹き飛ばされた剣士にローブの男は片頬を笑みに変える。男の口から卑屈な笑みがこみ上げ、グリップ操作による装填動作で排出された

リムが空虚な音を立てて地を転がる。

 

 キルした剣士は男が“担当”しているグローブスティンガーの中でも屈指の腕を持つ存在だ。彼がキルされたとなればヘビープレイヤー達は大騒ぎになるだろう。

 

 いずれ男の正体が割り出され、キルされる時が来るだろうがその時は討伐隊が壊滅する時である。理由としては彼を含めた“グループ”全体のレベルが高く、生半可なプレイヤーでは倒せもしないからだ。

 

 それだけの自信が彼にはあった。このBOOを居場所とし、その時間の多くを捧げてきた彼らだからこそこのゲームに勝つ自信があり、それらがこの世界を自分達の真の居場所とする事を決意させたのだった。

 

「ここが楽園となる日は近い。この世界が自分達の現実となる、楽園の日は」

 

 そう言った男は手元に表示させたセアカコケグモのエンブレムを睨み、不愉快そうにウィンドウを消した。最近になって調査を始めたと言う情報屋グループのそれは彼にとって計画遂行を妨げる障害でしかなかった。

 

「楽園の成立を阻むクズ共が。この私、『伯爵』が自らの手で直に鉄槌を下してくれる」

 

 ククク、と含み笑いを漏らした男は拳を握って近場の壁に叩きつけた。その瞳には激しい憎悪が渦巻き、自分を現実に引き戻そうとする者たちへの激しい憤りが

滲み出ていた。

 

 と、その時。男宛のボイスチャットが届き、それを受けた彼は件のグループのメンバーが見つかったという報を受け、ショットガンをリロードしながら目撃情報の

位置へと移動を始めた。



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Blast2-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その十数分前、単身ログインしていた隼人はスラムエリアであての無い調査を続け、伯爵なる人物であると思われるプレイヤーの割り出しに尽力していた。

 

 無論、何もなかったと言えば嘘になるが、それでも何もしないよりもずっと多くの情報を得ることが出来ていた。

 

「で、えっと・・・このデュークってプレイヤーの情報で最後か。グループには・・・所属してない。フリーランサーか」

 

 手持ち無沙汰になった隼人は取り敢えず酒場へ移動することにした。元々パーティ編集用の施設である酒場ならフリーランスのプレイヤー情報が集まりやすいのだ。

 

 その道すがら。隼人はずっと背後に感じていた気配に振り返った。そこでは自分を尾行していたらしい二人組が動揺していた。バレバレの尾行、日常的に行っている自分達からしてみれば児戯に等しいそれは見破るに難くなかった。

 

「お前等、俺に何か用か」

 

 彼らに凄んで見せた隼人はハンターナイトとスカウトで構成された尾行ペアの内、盾と片手剣を装備したハンターナイト一人だけが残って戦闘状態に移行したのを見ると拳を構えた。そして、スキルを発動、一息に距離を詰めた。

 

 移動系アクティブスキル『ラピッドステップ』。攻撃性は無い代わりに通常よりも遥かに早く距離を詰められる奇襲用スキルだ。死角外からの攻撃も可能とする為、ガードの固い相手にはかなり重宝する。

 

 ステップと言うよりも超高速の低空ジャンプに近いそれで接近した隼人は『鎧通し』をハンターナイトに叩き込む。

 

 直前で発動した盾系中級アクティブスキル『タワーブロッキング』を併発したシールドバッシュが強化された拳を弾き返す。

 

 ノックバックで大きく後退した隼人は再使用待機状態にあるラピッドステップを確認。回復に5秒の間を必要とするそれの解放を待ちながら相手の様子を窺った。

 

(チッ・・・やっぱり硬ぇな)

 

 ファイターの上級職ハンターナイトは基本的に防御力に重点を置いたステータス構成になっている。なので、生半可な攻撃ではHPを削るどころか個別に耐久値が設定されているシールドを破壊し、防御を突破する事すら叶わない。

 

 特に隼人が所属するモンク、その上級職であるインファイターは手数を重視する特性上ハンターナイトとは相性が悪く鉄壁の防御を中々突破できない。

 

 だが、多くはないがそれらへの対処法は存在する。その一つがこのラピッドステップによる俊敏性を行かした奇襲攻撃だ。

 

「ショートカット、『ラピッドステップ』!!」

 

 叫ぶと同時、先とは違った多角的な軌道で接近した隼人は対応しきれない彼の背に一撃叩き込んだ。重量級のアーマーが隼人の拳を重く受け止め、逆に弾かれた彼はその勢いでバックステップ。それと同時に薙がれた刃を回避する。

 

 回避から飛びかかった彼はカウンターで叩き込まれた刃によって吹き飛び、HPも二割ほどを吹き飛ばしていた。そして、エフェクトの血を拭いながら構えを直した隼人は、シールドを構えたハンターナイトへ接近し、シールドへミドルキックを叩き込んだ。

 

 重厚な音と共に止まった足に驚愕した隼人は突きの動きに構えられた切っ先を捉えて仰向けに体を倒した。

 

 構えられた剣に宿るスキルはエフェクトの色からして初級剣系アクティブスキル『イヴルストライク』で、直撃すればマスタリースキルで高められた通常攻撃の最大六倍ものダメージを受けることになる。

 

 元々回避力重視で防御力自体が高くないクラスであるモンクが当たれば無事ではすまないスキルだ。当然の様に回避した隼人は上げた上体に迫る盾の直撃を受けて大きく吹き飛ばされた。

 

「クソ、本命は盾か・・・ッ」

 

 伏させられた地面から上体を起こした隼人は、鈍重な動きで迫るハンターナイトの縦斬りを回りこむ様な横ロールで回避、そのまま立ち上がってナイトの背中にタックルを叩き込む。

 

 背後からの衝撃によって前に重心が偏っていたナイトは転倒し、無防備を晒す。しまった、と彼が気付いた直後、マウントポジションを取った隼人が兜を被った頭を滅多打ちにしていた。

 

 視界が揺らされ、身動きが取れないナイトのHPはどんどん減っていく。ナイトのHPが五割を割る直前、彼は隼人を振り落とし、襲いかかる拳を盾で防ぐと剣を振る。

 

 闇雲なそれに追い散らされた隼人は回復したラピッドステップで瞬時に距離を詰める。だが、先んじて盾を構えていたナイトはシールドに体を隠した。

 

 超高速で迫っていた隼人の動きがナイトの姿を見失った事で一瞬止まり、直後シールドバッシュで隼人の総身が弾き飛ばされる。盾での殴打はステータス強化の対象外だったが接近時の速度も相乗されて大きなダメージになった。

 

「クソがッ!!」

 

 毒突き、脚部のパイルで勢いを増して跳躍した隼人はクロスカウンターで放たれた突きを左脇に通し、反転。そのまま右脇と右腕で挟む様にしてナイトの右腕を締め上げ、地面に叩きつけた。攻撃を封じた上で至近距離でのスキル発動。

 

 視線選択でセレクト、発動した『鎧通し』が握った右拳に派手なエフェクトを加える。脆い関節を狙い、右腕だけを叩き潰した隼人は絶叫と共に右腕が分離したナイトの拘束を解除し、シールドを取り落とした左腕を取って投げ飛ばす。

 

 システム的には可能な部位破壊だがあまりに悲惨な行為であるのでほとんど行われない。実際よりも少しだけ弱い痛みに絶叫を発し続けるナイトに邪険な表情を浮かべた隼人は胸部へのストンプでトドメを刺し、消滅させた。

 

 痛覚減衰の効果はあっても感じる痛みは現実と殆ど変わらないBOOだがログアウトし、現実に戻れば嘘のように感じなくなる。馴れないプレイヤーはそう言った現象に適応できずに軽度の感覚障害を起こす。

 

 先ほどログアウトしたナイトがそう言った事を起こさないのを祈ってハーブ味の回復剤を取り出した。

 

 錠剤型のそれを一息に飲み込んだ隼人は常備しているミネラルウォーターを喉に通す。BOOの回復薬には様々な形態のものが存在し、飲料型回復薬であるポーションも存在するのだが隼人はポーションと言うものが好きではなかった。

 

 理由は口腔洗浄液や歯磨き粉の様な味がポーションの味だからだ。五感もゲームシステムに組み込まれているBOOにおいて味と言うのはかなり重要な所だ。加えて回復量も他の回復薬と変わらないので隼人は使わないのである(余談だがBOOでは同じ効果でも形が違うと別のアイテムと判断されるので探索などを頻繁に行っていると同じ効果を持つアイテムが何個もストックされる事がある)。

 

「あ、そう言えばもう一人・・・どこ言ったんだアイツ」

 

 同行していたスカウトを思い出した隼人は戦闘にかかった時間を考えて追うのを止めると戦闘ログを保存してその場を立ち去ろうとした。と、その時、背後からのロックオン反応が隼人の視界に浮かび、背後に視界をやった彼はオペラ座の怪人と同デザインの仮面を被った黒ずくめの男に目を見開いた。

 

 ご丁寧な正装にシルクハットを被ったその姿は脱帽しての丁寧な礼を隼人に送り、くつくつと肩を震わせた。

 

「やあ、ご機嫌よう。コードネーム『ブラックウィドウ(セアカコケグモ)』、ケリュケイオンのリーダー君、仲間との集団行動が常の君が一人でいるとは珍しいじゃないか」

 

「随分とご存知だな、どこの誰だか知らないが。お前の口ぶりからして、俺を殺しにきたのか。なるほどな」

 

「ハハハ、勘がいいな。そうだとも! 君は、君たちは! 私の、いや我々の目的には邪魔なのだよケリュケイオン! 崇高なる目的を抱く我々にとってはなぁ!」

 

 芝居がかった台詞で煽ってくる男の言葉から大体を察した隼人は涼しげな風を装って男の方に向き直った。

 

「そうか・・・お前、PKグループの召集スレッドを立てた『伯爵』だな?」

 

「ほぅ、私の顔の一つを知っているのか」

 

「有名だからな、知ってるさそれくらい」

 

「流石情報組。いや、処刑組とでも言うべきかな」

 

「呼び方はお前の好きに任せる。どちらにせよ、ここで会ったんだ。タダで帰れると思うなよ」

 

 言いながら拳を構えた隼人はスキルを用いず、距離を詰めにかかった。と言うのも会話中、相手のクラスを観察する間が無かったので相手のクラスが分からなかった。

 

 マントで体も武器も隠され、外見から一体どんな事をしてくるのか検討がつかなければ対策の取りようも無いので通常技で初撃を入れざるを得なかった。

 

「ほぅ、これが噂に聞く行動速度か。確かに素晴らしい速度だ」

 

(な、コイツ近接職よりも初動が早い!? まさか?!)

 

「だが、この愛銃達の前では無意味だ」

 

 ククク、と笑った男が大仰に翻したマントの下、着込まれた特殊繊維製対物理アーマーに備えられたホルスターから『ミニUZI』小型短機関銃を引き抜かれ、仮面の目が隼人を捉える。

 

「さあ、踊れ!! 銃声の旋律と共に!!」

 

 相手は隼人の苦手とする遠距離職の銃撃手(ガンナー)系。それもかなり苦手な中距離から手数で押してくるタイプのプレイヤーだ。男の手に収まった二丁が火を吹く前に射線を回避した隼人は集弾率の悪い短銃身(ショートバレル)とは思えないほどの集弾率の射撃に戦慄した。

 

 ガンナー系には射撃時のブレ補正スキルが存在するとは聞いていた隼人だったが先の射撃はかなりの集弾率だった。だが、高すぎる集弾率は機関銃の利点を一つ潰してしまう。

 

 弾がバラけにくくなる為、射撃による制圧効果が減少してしまうのだ。但し、その制圧効果に意味があるのは多人数戦の時のみである。

 

(クソッ、接近できない!!)

 

 プレイヤースキルの関係上銃器が“使えない”隼人は遠距離からの接近手段がラピッドステップしか持っていない。故に弾幕を張られると途端接近できなくなってしまう。

 

「ハハハ、隠れていないで出てきたらどうだ!」

 

「じゃあ撃つのを止めろよッ!! その間にブチのめしてやるからよ!!」

 

「出来ない相談だ、私は君を殺すのが目的なのだからね」

 

 男が発する挑発的な声に苛立ちを隠しきれない隼人は手元にあった木箱を拾い上げ、男めがけて投げ飛ばす。無残にも撃ち抜かれた木箱は木片に変わるが、無駄弾を撃たせる事には成功していた。その隙に接近した隼人は飛び蹴りで耐久力の無いミニUZIの片方を粉砕する。

 

「ショートカット、『ストライクキック』!」

 

 返す足にスキル強化を宿らせ、脇腹に強烈な踵蹴りを打ち込んだ隼人は、吹っ飛んでいく男にダメージの兆候が無いことを確認するとそのまま後を追った。

 

「ショートカット、『鎧通し』ッ!!」

 

 牽制射撃を回避し、着地点予測からの正拳突きで追撃した隼人は着地点に達する直前、ニヤリと笑う男の表情を見た。何かしてくる。そう直感がつげた直後、脇を通す様に構えられたM870の銃口が無情にも隼人を捉えていた。

 

「クソッ!!」

 

 放たれた散弾が至近で拡散し、スキルを中断させた隼人が咄嗟に防御するが残ったUZIが隼人の左足を狙い撃ちし、千切れた激痛が隼人を襲う。絶叫を殺し、口を噤んだ隼人は優越感に浸る男を見上げ、可笑しそうに肩を震わせる彼が律儀にショットガンをコッキングして隼人に銃口を向ける。

 

「どうだ、片足をもがれた気分は! 痛いか、悔しいか? ハハハ! コソコソ嗅ぎ回る鼠の分際で俺に逆らおうなんて数年早いんだよ!」

 

 化けの皮が剥がれ始めた男を他所に全員のログインを確認した隼人は救難の空メールを一斉送信。それまでの時間稼ぎを行おうと片手で這う。

 

「おいおい、逃げるってのか。そのなりでよ!」

 

 純粋なアサシンの浩太朗でも到着までには30秒以上はかかる。利也が良い狙撃位置から射撃できれば話は別だがそれにも時間がかかる。だから逃げるふりだけでもするのだ。

 

「ハ、往生際が悪いねぇ! 今楽にしてやるから、大人しくしてろよ!」

 

 ジャキ、とショットガンが凶暴な音を立てて照準される。死の宣告に等しいそれを前にした隼人だったが、接近する反応にむしろ笑った。予想よりも、早い到着だった、と。

 

「ショートカット、『ストライクキック』!!」

 

 重量級の飛び蹴り、当たればタダではすまない威力のそれを鳩尾に受けた男は突如として現れた援軍に驚愕し、後追いできた男女のアサシンが手にしたサプレッサー付き拳銃を照準して射撃してきた事に形成逆転を悟った。

 

「く、ここは撤退させてもらおう。さらばだ」

 

 言いながらフラッシュバンのピンを抜いた男はそれを地面の落とすとそのまま逃走に移り、頭に血が上っているのかそれに気付かずその後を追おうとした恋歌は目の前で炸裂した閃光で目と耳をやられた。

 

「恋歌! 恋歌!!」

 

 思わず実名で叫んでしまった隼人は片足を失った状態で、気絶している恋歌の元に寄るとだらりと四肢を垂らした彼女をあぐらの上に置いて容体を確認、何事もないと知るや安心してその場で大の字になった。

 

「間に合って良かった、ハヤト。大丈夫かい?」

 

「片足をやられた。身動きが取れねぇ。回復薬、あるか?」

 

「そのHPだと治癒魔法の方が良いんじゃないかな。ナツキもそろそろ着くし」

 

「分かった。しかし、どうやってきたんだ?」

 

「僕等がレンレンを引っ張って、着く直前にもう一度加速。その勢いを使って彼女は飛び蹴りさ」

 

 そう言ってはにかんだ浩太朗から目を逸らし、恋歌に一度視線を落とした隼人は男が逃げて言った先に目を向けるとぽつりと呟いた。

 

「『伯爵』だ」

 

「え?」

 

「今いた奴が、『伯爵』だ。あいつがこの事件の黒幕だ」

 

「・・・どうするつもりだい」

 

「捕まえるぞ、アイツを。奴は、サイバー法に違反している。身元を割り出して流すぞ」

 

 殺気に満ちた隼人に恐怖を覚えた浩太朗は周囲の調査を行っている加奈に一度視線をやると、彼の隣にしゃがみ込んだ。

 

「逮捕って・・・またお姉さんからの依頼かい? そんな大掛かりな事でもないのに?」

 

「いや、そうでもないんだ。知り合いに聞けば、これと似たような事件が別の高校サーバーでも起きてる。偶然とは思うが、それにしてはあまりにも不自然だ」

 

「ハヤト・・・君はこれが、この事件が、このサーバーだけに終始する問題ではないと、そう思っているのかい?」

 

「ああ、俺はそう思っている。そして恐らく、現実でも同じ問題は起きるだろう」

 

「・・・宣戦布告、と言う訳だね」

 

 大体を察した浩太朗に頷いた隼人はようやく追いついてきた武達に手を上げ、怪我の度合いに驚いている彼らに苦笑しながら浩太朗に恋歌を預けた。

 

「オイオイ、どうしたんだよその怪我! 片足ぶっ飛んでんじゃねえか!」

 

「まあな、探してた人物に撃たれちまって」

 

「探して・・・ってまさか『伯爵』?! あいつと接触して無事だったのかお前!」

 

「・・・どう言う意味だよ」

 

「どうもこうもねえよ、さっき一人凄腕がキルされたのが『伯爵』を名乗る人物からアップされた公開ログで分かっだんだ! そんな奴と戦って無事なら普通驚くっつの!」

 

 驚愕を浮かべる武が治癒魔法をかける夏輝にSP回復薬を渡しながらそう言うと、公開された戦闘ログを満身創痍の隼人に見せた。

 

 そして、その内容を見た隼人もその異常な強さを先ほどの人物であると一致させ、数分で終了した戦闘ログを消させた。

 

「・・・戦闘ログから察するに相手は中距離戦を最も得意とするみたいだな。お前とは相性が悪かったろ」

 

「ああ、ほぼ防戦しか出来なかった。常にサブで弾幕を張って戦闘していた。そして迂闊に接近すればショットガンでズドン、だ」

 

「野郎は完全な近接職殺しか、タイマンだと厄介だな・・・。だけどよ、遠距離ならどうだ? 倒せると思わねえか?」

 

「奴一人ならな。だが、今日のこの件は単なる挨拶だろ。リーダーの俺が襲撃され、最大HPの7割を奪われたとなれば危機感を覚えた俺達はグループで潰しにかかる。そこまで織り込んで動けるならば次に接敵した際、奴はパーティで攻めてくるだろう」

 

「スナイパーが対複数戦苦手なのはもはやセオリーだからな・・・それくらいしてくるか。まあさらに厄介なのはこっちはその対複数戦に有効な範囲攻撃を一切持っていないって事だ」

 

 悩む武を見ながら治癒魔法で再生される足にも視線をやった隼人はグループリーダーの特権として付与されている所属メンバーの閲覧可能な所有武装を見ると利也の物に記されたM107『バレット』対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)のスペックを確認した。

 

 射出する弾体が重い故に有効射程距離が長く、威力が高いバレットは、その高威力さと射出弾の殺傷範囲の広さから犯人確保も有り得るケリュケイオンの活動では出番が少なく購入して放置されている状態だった。

 

 だが、その威力と貫通力は対人用狙撃銃の比では無く、対人狙撃銃なら大幅な威力減衰が発生する1km先からでもハンターナイトのシールドを貫通させる事も可能だ。

 

「・・・リーヤ、バレットは使えるか」

 

「使えるけど、あれはまだ未調整だよ? カスタマイズも行ってないし」

 

「そうか、わかった。じゃあ、もしかしたら必要になるかもしれないから準備しておいてくれるか」

 

「了解だよ、リーダー」

 

「久しぶりの超遠距離狙撃だ、気を抜くなよ」

 

 治療を終えた隼人の言葉に苦笑した利也は下げていたMk17ライフルで周囲を見回すと不意に動きを止めた。そして、ハンドサインで遮蔽物への移動を指示すると自身も物陰に隠れた。

 

 ステルス用に使っている個人間ボイスチャットに切り替えた隼人は同様の処置を取った全員と会話を再開し、銃器を持つ面々が銃口に消音器を装着するのも見た。

 

『どうした、リーヤ』

 

『準戦闘態勢の集団が四名、前後二名ずつで接近中。どうする?』

 

『四名か・・・。コウ、接近中の連中のクラスは分かるか?』

 

『全員インファントリでメインに突撃銃、バックアップに拳銃。ランチャー装備はなし』

 

『四名ならどうとでもできるが奴等にバックアップがいたら面倒だな、よし連中の目を掻い潜って逃げるぞ』

 

 ボイスチャットを開いたまま、それぞれ別れた隼人達はステルスでのスラムエリア脱出を実行、見つからないように暗い所を縫って動く。五人、三人で別れた隼人達はそれぞれ別ルートで合流を目指していく。

 

 薄暗い物陰に隠れた隼人達に先ほど探知した四人とは別の、準戦闘状態に移行したプレイヤーが接近する。拳を構えた隼人を押さえた武が体を横に倒して拳銃を構え、消音された銃声と共に拳銃弾を射出させる。

 

 正確な狙いでヘッドショットが決まり、巡回していたプレイヤーが即死する。無論チャットログで彼の死亡が知らされるがその前にこの場を離れてしまえば良い。

 

 急ぎ移動した隼人達は後方を警戒しつつ、前方に見えるスラム街の出口である朝顔のアーチを目指す。だが、アーチの前に二人のインファントリが陣取り、進路妨害をしていた。

 

『奴等が邪魔だ、どうする?』

 

『ナインバンカー(九連発閃光手榴弾)からの強行突入(ダイナミックエントリー)で行こう。俺と楓で突入、武、お前は援護だ。アキンボ(二丁拳銃)出来るか?』

 

『無理だ、一丁でやる。カウントと投擲は俺がやる。三秒だ、準備しろ。三、二、一』

 

 カウントと同時、ピンを抜いた手榴弾を投擲した武は地面を転がったそれの音に驚いたプレイヤー達の喧騒とその後に聞こえた九連発の爆音と閃光が喧騒をかき消し、その隙に拳銃を構えた。

 

 同時、飛び出した隼人と楓は拳銃の射撃でHPを磨り減らされたインファントリを一撃で倒し、アーチを確保した。それと同時、けたましい銃声と共にこちらへ走ってきた利也達が高レートの射撃から逃げていた。

 

 何事だと思った隼人は爆音と共に現出したインファントリの大男が持つ『M134』大型ガトリング砲に目を見開いた。7.62mmライフル弾を毎分2000発以上の高レートで射出する狂気の兵器。

 

 本来なら車両やヘリコプターに搭載する代物だが、携行使用モデルとして特別に用意されたオリジナルモデルを彼は持っている。

 

 牽制射撃を行う利也の後を追う様に放たれたライフル弾が土剥き出しの道路を抉り、弾幕から逃れた利也を土蔵の壁に引き込んだ隼人は消音器を外した拳銃で応戦している武達の視線の先を追い、拳銃弾を弾く男の姿を見た。

 

「クソ、硬ェ! 拳銃じゃダメだ、ダメージソースにならん! グレネードを使う!」

 

 言いながらピンを引き抜いた武は投げずに転がして炸裂させるが、爆発の規模に対して与えたダメージは薄かった。爆炎を乗り越えて多身砲をぶっ放す大男に舌打ちした武は、自身の隣で拳銃を撃っている浩太朗にハンドサインを送って姿を消させると隼人にも近接攻撃のサインを送った。

 

 そして、マジックパックからツイスト式起爆のフラッシュパラライズグレネードを引き抜いて投擲、炸裂と同時に撒き散らされたスパークを浴びた大男は体を痙攣させる。その隙に接近した隼人はアッパーカットで吹き飛ばす。

 

 顎を穿てばスタン状態になるがそれは数秒しか保たない。だが、彼らに取ってはそれで充分だった。

 

「コウ! やれッ!!」

 

 叫んだ直後、大ぶりのコンバットナイフが凶暴な牙となって大男の胸に突き刺さり、ごぼりと血を吐かせて殺害した。アサシンの特技『暗殺』、再使用時間が長い代わりに隙が少なく、どこにでも当たれば一撃と言う物だ。

 

「グッジョブ、良いタイミングだった」

 

「まさか、ハヤトの援護が無ければ上手く行かなかったよ」

 

 ハイタッチしあった二人を他所に大男のスペックデータを見ていた武は小さく舌打ちして隼人の側に走り寄った。

 

「ハヤト、これを見ろ」

 

「・・・さっきの奴の装備データか、どうした」

 

「あいつの防具、ケブラー・EOD(対爆スーツ)複合型のハイブリッドジャケットだ。こいつはバージョンアップで追加された新レシピだが、防弾ジャケットのストレージ(携行量)を大幅に食っちまう特性があって殆ど使われてない代物だ。だが、奴の様な重火力武装一択の場合、関係は無いだろうな」

 

「・・・実質近接攻撃でしか有効打を与えられない防具か。確かに、距離を詰めにくい連射重火力型の武装と組み合わされると厄介だな」

 

「対策を練る必要がありそうだな、リーダー」

 

 ニヤニヤと笑いながら言う武に頷いた隼人は加奈に守られていた恋歌が、ふらつきながらも歩み寄ってくるのに気づき、自分の目の前で倒れそうになった彼女を抱き止めた。

 

「お、おい大丈夫かよ」

 

 慌てた武に苦笑を返した隼人は彼女を抱えたまま立ち上がり、アーチを潜って撤収した。




と言う訳でBOO第二話お届けいたしました。
一応密度濃く設定は練っているのですが生かし切れてない部分も多々あるかも・・・
一話や二話に限らず今後読んでて分からない場面や説明が無くて理解できない用語があったらぜひ聞いてください。


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Blast3-1

更新に時間がかかってしまいました・・・。
今回は日常回です。普段の彼らの様子をお楽しみ下さい。



Blast3『Without haste, but without rest.《急がずに、だが休まずに。》 』

 

 激戦から翌日、襲われてもなお懲りずにログインしていた隼人は伯爵と呼ばれる人物に関する情報収集を打ち切り、伯爵撃破の為、恋歌と共にアイランの訓練場にこもっていた。

 

「準備良いか、レンレン」

 

「何時でも良いわよ、ハヤト」

 

 久し振りの恋歌との組み手。デュエルと言う決闘方式での訓練に挑んだ彼は、拳銃を引き抜いた恋歌に向けて構えると呼吸法を変えて彼女を睨み据える。

 

 獣の様な獰猛な目をした彼は、片手で拳銃を構える彼女が後ろに引いたのを合図に飛び込んだ。

 

 一歩行動が遅れた恋歌からロックオン警報が鳴るが、もう遅い。一歩を踏み締めた彼の右腕が音速で空間を走る。

 

 だが、彼の得手を掴んでいた恋歌は上体を逸らしてバネとし、跳ね上がるも走った一撃の余波を受ける。

 

 だが、強力な一撃を受ける事は無く隼人の右腕に着地した彼女は彼の頬にローキックを打ち込む。だが、衝撃の瞬間に腕を下ろした彼は威力を減衰させる事に成功し、弱まった一撃を受けて若干よろける。

 

 地面に投げ出され、転がった恋歌は隼人が拳を振り上げた瞬間に手にしたHK45自動拳銃を射撃して彼を怯ませた。

 

 魔法職以外には装備制限が無い拳銃だが、マスタリーによる威力補正が無い為、威力に乏しい。

 

 だが、叩き付けられる鉛の礫は数値として発揮する威力以上の効果を隼人にもたらしていた。射撃する度に散るエフェクトの火花が隼人の視界を埋め、交差した腕に直撃する45口径弾が直撃を受ける彼の精神を削っていく。

 

 それで隙を作った恋歌は発動した蹴り技でハヤトを吹き飛ばす。腹へ直撃した一撃に堪らず体を折った彼は道場の壁に叩きつけられ、見物していたギャラリーが慌てて逃げていく。

 

「ゲホッ・・・相変わらずバカみてェな威力だな・・・」

 

「五月蝿いバカッ!! ショートカット、『蹴撃・円牙』!!」

 

「ぐっ・・・!!」

 

 交差した腕で受けた大鎌軌道の一撃。両腕に付けられたモンク系専用の武器、フィジカルアッパープレートの表面から凄まじい量の火花が散る。

 

 それは恋歌が持つプレイヤースキル、拳を得手とする隼人とは別アプローチのスキル、蹴りがもたらした結果である。

 

 現実でも彼女は類稀なる脚力を生かした蹴り技を得意とし、それに特化すべく隼人が通っていた道場で蹴り技だけを学んだ。

 

 無論、拳を使った技術も学んだが、彼女自身の腕力がそれに追いつけず、知識に留まる結果となった。

 

 最大強化の蹴りスキル『蹴撃・円牙』は、マスタリーで6倍に強化された通常攻撃力に6倍の強化係数を累乗してダメージを算出する。防御しても当たれば無事ですむ事は無く、壁にめり込んだ彼は大きく削れたHPに瞠目した。

 

 元々隼人の防御力は高くない。と言うより彼と恋歌が属するモンク系戦闘職は、軽装による速度を生かした回避率重視のクラスである為に防御力を高める事が出来ない。故に正面から受ける攻撃一つ一つが彼らにとっては致命傷になる。

 

「ショートカット、『ブリッツスマッシュ』!!」

 

 ガードを広げて恋歌の足を弾いた隼人は、右拳にスキルの強化を宿らせて振り上げた。アッパーとフックの中間位置を振り抜くスマッシュは直撃時、相手を一定時間行動不能にする『怯み』を与える。

 

 隙を作り返した隼人は、軽量級故に宙に浮いた恋歌の体へストレートを叩き込むと吹っ飛ぶ彼女との距離を詰めるべく走り出す。

 

 いかに彼が近接能力で勝っていようと彼女が拳以上の射程を持つ拳銃を持っている以上、距離を置かれると一気に不利になる。

 

 遠距離武器全般が苦手な隼人は拳銃を持つ相手との戦績が悪い。勝てなくは無いが距離を取られると一方的に攻撃される事になり、勝ち目が無くなってしまう。

 

 それは、相手の手から銃を奪うまでの苦戦が長ければ長いほど、自分の勝機は薄くなるという事を表していた。

 

「ショートカット、『メテオストライク』ッ!!」

 

 彼の接近よりも早く横方向の飛び蹴りを叩き込んだ恋歌は吹っ飛ぶ隼人へ拳銃の銃口を向ける。だが、それよりも早く復帰した彼は回避機動を取って銃弾を回避する。

 

 拳銃は銃の中でも比較的近距離で威力を発揮する武器、無論それは弾丸の威力、射程そして効果。それらを統合した上での結論だ。

 

 やがて弾倉に収められていた弾丸全てが射出され、HK45の動きが止まる。恋歌は冷静にマガジンを落とし、代わりの物を取り出そうとして隼人の突撃を受ける。

 

 一般にリロードと称される行動は射撃を止めて行う為、無計画なリロードは近接職の接近のチャンスだ。但し、相手が近接戦を得意とする者でなければ、だが。

 

「な、『ストライクキック』!?」

 

 飛び込んだ隼人の顔面に低空ジャンプからのスキル攻撃を叩き込んだ恋歌は薙ぎ倒した彼にリロードした銃口を突き付ける。いくら拳銃と言えど頭部へのダメージは即死レベルまでに倍加される。

 

 事実上の殺害を意味するその行為に諸手を上げた彼は得意気な表情の彼女を見上げた。

 

「ふっふーん。これで私に一勝が付いたわねぇハヤト」

 

「・・・俺の方がまだ二勝リードしてる。総合じゃお前に負けてない」

 

「むぅ・・・敗北くらい素直に認めなさいよっ」

 

 お前に言われたかねぇよと恋歌に突っ込んだ隼人はデータを取っていた利也達の方に戻ると回復用のハイポーションを飲んだ。

 

 ハイレベルな戦いを繰り広げた二人から距離を取っているギャラリーに視線を向けると始めたときよりも増えているそれにため息をついた。

 

「おい、タケシ。何か増えてないか」

 

「ん? まぁ派手に暴れてりゃ集まってくるだろ」

 

「・・・じゃあ、共有バンクに入金された金は何だよ」

 

「ん? 見物料」

 

「お前のせいか・・・!」

 

 利也の隣で入金管理をしている武の頭をどついた隼人は訓練場の床に顔面をめり込ませた彼に背を向けてポーションにストローを刺して恋歌に手渡した。

 

 薬品の味に思わず舌を出した恋歌は隼人にそれを突き返すと予備で用意されていた麦茶を飲み干した。

 

 運動系部活宜しくタンクに入れられているそれがコップに注がれ、並々入った物を飲み干した恋歌が勝ち誇った顔をする。

 

「私の方が早く飲んだから私に一勝」

 

「・・・ナツキ、俺に麦茶をくれ」

 

 勝ち誇る恋歌の表情に苛立った隼人はキャラクターの頭から生えた耳を寝かせた夏輝から麦茶入りのコップを受けとると一気に飲み干した。

 

「俺の方が早かった。俺の勝ち」

 

「むぅ・・・ナツキ! お茶! んぐっ。早かった!!」

 

「いいや、俺の方が早いな。お前の負けだ」

 

「違うもんっ私の方が早いもんっ」

 

「俺の方が早かった」

 

 仏頂面で言い張る隼人と、いやいやと首を振りながら喚く恋歌のやり取りを端から見ていた武は、隣に立つ楓に視線をやると相変わらず負けん気の強い二人の方に視線を戻す。

 

 治まる気配の無い言い合いにいい加減苛立ってきた武達は利也と加奈と浩太郎を除いた面々で二人の間に入った。

 

 当然不平不満を述べる恋歌と隼人の言葉を上手く抑えつつ、二人を分断した三人は至って冷静な利也達が苦労を労う目を向けてきたのに鋭い視線を返した。

 

「今回は恋歌ちゃんの作戦勝ちだね」

 

「おいおい、トシヤ。この状況で言うかよ普通」

 

「ま、事実は事実だから。正直にね」

 

「つーか、うちのリーダー様は何でそんなに勝ちに拘ってんだよ」

 

「恋歌ちゃんに良いとこ見せて頼られたいんでしょ?」

 

 間髪入れずズバッと言った利也の方を高速で振り向いた武は麦茶を噴出した隼人の方へ振り返り、むせている彼を白い目で見ながらニヤニヤと笑って隼人の背を擦っている浩太郎へ一度視線を向けると呼吸を整えた彼に視線を戻した。

 

「・・・マジかよ」

 

「そ、そんなんじゃねぇよッ!! アイツの勝ち誇った顔がムカつくから勝ちたいんだッ!!」

 

「そんな事言って俺んちでゲーム大会した時、恋歌が負けて泣いたらお前メチャクチャ焦ってたじゃねーか」

 

 半目を向けながらそう言った武は言葉に詰まる隼人が仏頂面でそっぽを向いたのにため息をつき、頭を掻いた。

 

 面倒臭い奴め、と内心で毒づいた武は恋歌の方を見てからもう一度溜め息をつき、仏頂面で顔を背けている隼人の方に向き直った。

 

「で、どーすんだよこれから」

 

「・・・俺はこのままログアウトする。今日はやる事があるしな」

 

「ああ、家の掃除か」

 

 合点がいったといった風情の武に頷いた隼人は、ゲーム内ウィンドウを呼び出してログインの準備をしていたがその背中を窺っている恋歌も同様にウィンドウを操作してタイミングを計っていた。

 

 ソワソワしている恋歌を遠目に見ていた武はじっと見ている加奈に気まずくなって浩太郎とその場を入れ代わった。

 

「よし、じゃあな武」

 

「おう、次何時来るよ?」

 

「あー・・・昼過ぎには来るよ。ちょっと試したい事があるしな」

 

「あいよ、じゃあな」

 

 ログアウトエフェクトと共に消えていった隼人に手を振った武は追ってログアウトして行った恋歌に苦笑を浮かべ、残った六人と共に後処理に入った。撤収していく人の中に誰か変な人物がいないかチェックしていた。

 

 腰に備えていた拳銃に手を伸ばす武は襲撃してくるような輩がいないと確認するや撤収の準備を始めた。と、その時突然拳銃を引き抜いた浩太郎に全員が目を見開き、それに構わず彼は一点を射撃する。

 

 消音機を外した射撃音が響き渡り、光学迷彩に包まれたアサシンが天井より落下する。腰から引き抜いたクナイを構えた浩太郎は入り口よりアサルトライフルを携えて接近してきたプレイヤーにクナイを投じる。

 

 そして、懐に飛び込もうとしていたアサシンへ足を振り上げて牽制する。

 

「コウ!」

 

 叫び、ガンブレードを引き抜いた武がアサシンに迫るがアサシンは身軽な動きで一閃を回避する。龍人と言う種族に設定された基本パラメータ故に武の動きは遅いものだった。

 

 三角飛びで接近したアサシンは夏輝目掛けて暗殺を繰り出す。が、その直前に間合いを詰めていた楓の一閃がアサシンの短剣を弾き飛ばし、後続の加奈にその動きを繋げる。

 

「暗殺・・・!」

 

 跳躍から顔面へ一突き。絶叫を迸らせ、アサシンはその姿をポリゴンエフェクトへ変貌させる。破裂した姿を残滓に着地した彼女は、接近していたインファントリの首を掻き切っていた浩太郎に目を向けると、血払いして鞘に収めた彼がにこやかな表情でこちらを見てくるのに頬を染めた。

 

「コウ。野郎がいるっての、よく分かったな」

 

「何時もの勘だよ」

 

「勘で何とかなる辺りお前ホントスゲーよな・・・」

 

 半目を向けてくる武に小首を傾げながら微笑を返した浩太郎は、撤収準備を終えた利也と夏輝を手伝い、荷物を持って訓練場を後にした。そして、宿で荷物を下ろした彼らは町の方でアイテムの補充に向かった。

 

 消費アイテムの補充はRPGに置いて必須とも言える行為だが、この行動を隼人や恋歌はあまり好んでおらず、余程の事にならない限り、町に出て買い集めたりはしなかった。

 

 デートっぽい事なのにな、と考えながら歩くのは夏輝と一緒に補充に向かっている利也で彼は購入する項目がかなりあった。

 

 先ずは回復アイテム。気を利かせている彼は何時も複数のアイテムを携行し、その都度使い分けている。故に買う物が多く、雑多である。

 

 帳面を書いている夏輝を横に消費アイテム専門の商人からアイテムを買った彼は、次の目的地に向かい、銃器を専門に扱う商人の店に向かった。

 

「お、いらっしゃい。新しいライフル入ってるよ」

 

「へぇ、アップデートで追加された対物狙撃銃かぁ。幾ら?」

 

「ざっと1千万クレジット、どう?」

 

「あはは、ローン組めたら今すぐにでも買うんだけど即金だからね、今日もマガジンだけにしとくよ」

 

「そう言うと思った。はい、メニュー」

 

 そう言って武器商人とは思えない小柄な女子は利也にマガジンのメニューを渡し、利也はそれらにチェックを入れていく。

 

 個数指定まで終えた彼は女子にメニューを渡すとサンプルとして渡された対物狙撃銃『OSV-96』を持ち上げて構えた。

 

 発砲と持ち出しの禁止設定が成されており、トリガーを引く事は出来ないがその重量を感じるには十分だった。

 

 ロシア製の対物ライフルであるOSV-96は使用する弾薬が同口径のバレットM82よりも強力な物を使う為、射程が長く貫徹力も強いと言う特徴を持っている。だが、同時に反動も強い為、バイポットでの使用が前提となる。

 

 それよりも、と利也は周囲を警戒する。先ほどの襲撃が自分達を狙った物であるのだとすればまだ何かあるのかもしれない、と警戒してOSV-96を下ろした彼は棚に飾られた銃を見て回る夏輝に目を向けると興味深げな彼女の様子に苦笑していた。

 

 魔法系の職業は基本的に銃を装備する事は出来ないから興味を示した所で試しに持つ事も出来ない。だからこうして彼女は見ているだけに終始している。

 

「何か気になる物あったかい?」

 

「これ、かな」

 

「GAU-8『アヴェンジャー』・・・え、エグイもの見つけるね夏輝ちゃん」

 

「? どう言う事?」

 

「これは口径30mmのガトリング砲でね、本当は飛行機に積む物なんだよ」

 

 そう言ってつらつらと説明していく利也に相槌を返す夏輝は手持ち改造されたGAU-8を見つめる。

 

「30mmの弾って、掠る所か傍を過ぎただけで体がバラバラになるんだよ」

 

「え・・・」

 

「まあ、こんな大きくて重たいものは発砲時の反動が大き過ぎて撃てないんだけどね」

 

 あはは、と笑う利也に愛想笑いを返した夏輝は青ざめた表情でGAU-8を見つめた。

 

 と、その間にマガジンを取りに行った利也はOSV-96を返却すると頼んでいたマガジンを受け取り、代金を支払った。

 

 ウェストポーチ型のマジックバックにそれらを収めた彼は入り口で待っていた夏輝と合流し、街道を歩く。

 

 並んで歩きながらも手を繋ぐのが恥ずかしい二人は周囲の目を引くぐらいのトライを繰り返していた。

 

「おーい。トッシー、ナッチー」

 

 お互いの気心を察してようやく手を繋いだと同時にあだ名で呼ばれた二人は反射的に手を離してしまう。その様子をばっちり見ていた楓と武は状況を理解してその場を去っていこうとする。

 

「あ、ちょちょっと待って二人とも!! 何の用なの!?」

 

「いや、暇なら一緒に喫茶店で話でもしようぜってな。まぁ忙しそうだし俺らは俺らでどこか行くよ」

 

「別に忙しくないよ!」

 

 慌てる利也の後ろで物凄い速度の縦頷きをする夏輝を楓と一緒に半目で見た武はアイコンタクトで相談し、とりあえず連れて行く事にして四人で移動を始めた。

 

 前に楓と武、後ろに利也と夏輝と言う組み合わせで歩き、前後で違う話をしていた。

 

「そう言えばカエデ」

 

「ん~? 何~?」

 

「お前さ、結構愛情表現薄いのな」

 

「な、何の事?」

 

「お前、俺の事気になってんじゃねえの?」

 

 どう言うと同時にアバターデータのオオカミの耳をぴんと伸ばして驚く楓に苦笑した武は後ろにいる利也達に目を向けると白くなりかけている楓に目を向ける。

 

 戸惑う彼女の頭に手を載せた武は苦笑を崩さずに優しく撫でると何処となく嬉しそうな楓が尻尾を振っているのに熱っぽい息をついた。

 

「で? 真相はどうなんだよ」

 

「え~っとねぇ、秘密・・・かな?」

 

「あいよ、じゃあそう言う事にしておくぜ」

 

 そう言って笑った武に満面の笑みを向けた楓は笑い合うお互いの表情が恥ずかしくなって咄嗟に顔を背けた。そして、その様子を後ろの二人も見ており、突然の事に目を白黒させるしかなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、ログアウトした隼人の家では。

 

「・・・何でお前ウチに来て掃除手伝ってんだよ」

 

「べ、別に良いでしょ!? 人手不足かもって思ってきたのに何よその態度!」

 

「別に家の掃除如きに人手なんかいらねぇよ。それよりも、物を落とすなよ」

 

 掃除機をかける隼人から顔を背け、頬を膨らませた恋歌は、小型で受話器が無線式になっている据え置き式電話が置かれたサイドボードを拭いていた。一所懸命に掃除している彼女は時折、隼人の方を見ては恥ずかしさから視線を戻していた。

 

 隼人の方は時折感じる視線に恥ずかしくなり、顔を俯けて掃除機をかけていた。意識すまいとする彼らの様子を第三者が見れば鬱陶しく感じるだろう。

 

 元々人の機微に鋭い二人だが高ぶっている状態ではお互いの心境を推し測る事は到底無理だろう。

 

「・・・なぁ」

 

「な、何よ!?」

 

「昼飯、どうする?」

 

 掃除機を片付けながらの問いかけに驚きながら答えた恋歌は真っ白になる頭に何とか考えを浮かばせながら答えた。

 

「え、えっと・・・えと・・・ロコモコ・・・?」

 

「ハンバーグ作るのにどれだけ時間かかると思ってんだ」

 

「じゃ、じゃあうどんが良い、な」

 

「うどんかぁ・・・分かった。えーっと・・・うどんはっと・・・」

 

 そう言いながら台所に引っ込んでいった隼人を目で送った恋歌は鼓動の止まらない胸を押さえて熱っぽい溜め息を漏らした。

 

 隙すら見せてくれない彼にもどかしさを感じる彼女は、ふとサイドボードの上に置かれた写真を手に取り、そこに映っていた中学時代の自分と隼人を見つめた。

 

 少しだけ色あせている写真の中では自分達が少し緊張した面持ちで校門前に立つ写真を取られていた。その時の事を思い返していた恋歌は自分の人生にあり続ける隼人の存在に安心感を懐いていた。

 

 何時もの面々の中にあっても尚、自分の、自分だけのヒーローみたいな存在。その存在が自分の心の支えになっている自覚を持って彼女は写真を置いて隼人の所に走ると葱を切っていた彼へ体当たりする様に抱き付いた。

 

「あっぶねぇええええ!! 恋歌! 包丁使ってる時は抱き付くな!」

 

「ねえ、甘えて良い?」

 

「は?」

 

「甘えても言いのかって、聞いてんのよこの朴念仁ッ!」

 

「す、好きにしろよ。でも料理の邪魔だけはすんじゃねぇぞ」

 

 恥ずかしそうに包丁を取った隼人は背中に張り付く恋歌の胸の感触に体を強張らせ、葱が変な切れ方をした。身の危険を察して離そうとした彼は嬉しそうな彼女の表情を見て言い出せず作業を続けた。

 

 胸が変形する度に変な切り方をする隼人は所謂ロリ巨乳の部類に入る恋歌のプロポーションを頭に過ぎらせ、慌てて頭を振り、心を落ち着けようと無の領域に突入しようとした。その瞬間、大胸筋に触れた恋歌の指が

鍛え抜かれた彼の胸をなぞる。

 

 荒い息遣いも聞こえ始め、ますます落ち着かなくなった彼は背中からの涎を啜る音を聞いて作業を止めると残った葱を冷蔵庫に入れると乾麺タイプのうどんをゆで始めた。

 

 煮えている湯に麺を投入した隼人は背中によじ登った恋歌が自分の肩越しに湯の様子を見てるのに否が応でも気付いたが無視して指し水をした。

 

「おい、恋歌」

 

「何よ」

 

「見るなら普通に見ろ」

 

「見方ぐらい自分の好きにさせなさいよ」

 

「お前は良くても俺が良くねぇんだよッおらっ降りて見やがれ!」

 

「ら、乱暴しないでよっ。や、止めなさいって!! キャーッ!」

 

「強情な奴だな、抵抗するなよオイッ」

 

 そう言いながら抱っこ体勢に変えて床に寝かせる様にして恋歌を下ろした隼人は寝かせると同時に開いた扉にハッとなって顔を挙げる。

 

 彼の視線の先、一緒に帰ってきた父親と母親、妹に顔色を真っ青にして恋歌から離れようとしたが彼女が抱っこ体勢の時に足を絡めていたが為に恋歌ごと起き上がった。

 

「な、何してんのアンタ!!」

 

「ちょ、ちょっと待てお袋!! これはそのっ」

 

「恋歌ちゃん傷物にしたの!?」

 

「してねぇ! 絶対にしてねえ!!」

 

「責任とって結婚しなさいよ?!」

 

 最終的に笑いながら言ってきた母親にがっくりと膝を折った隼人は、慰める様に撫でてきた恋歌に引き攣った笑みを返した。



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Blast3-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 昼過ぎ、波乱を生みながら昼食を取った二人は隼人の部屋のベットで並んで寝転がって一緒の本を読んでいた。意外とオタク趣味の恋歌は隼人が読んでいるマンガのコマを逐一指しながら嬉々として喋っていた。

 

 マンガを読むのに飽きた隼人は自室のテレビで録画していたロボットアニメを見始めた。意外とロボットアニメ好きの隼人は並んで見ている恋歌が目を輝かせて見ているのを見下ろしながらアニメに集中した。

 

 録画した回が運の良い事に新しい主人公機の登場回で、隼人や恋歌の食いつきも上々のものであった。新たに登場した機体が次々に敵を倒して行き、敵軍を圧倒するのに目を輝かせる恋歌はカットインとして

挿入された背面の翼を大きく広げる演出に興奮した。

 

「見て見て隼人っ超カッコいい!!」

 

「そうだな、カッコいいな」

 

「どうしよう、フィギュア買おっかなぁ・・・えへへ」

 

 フィギュア販売のCMを見て頬を綻ばせる恋歌を見下ろしながらすっかり武の影響が出ている彼女を半目で見た隼人は嬉しそうに笑っている彼女を見た安心感からふっと頬を綻ばせていた。

 

 そんな彼を見上げた恋歌は不思議そうに見つめ、そっぽを向いた隼人が恥ずかしそうに頬を染めたのを見て笑っていた。笑われてムッとしていた彼は不意に抱き付いて来た彼女に表情を崩した。

 

 やけに優しい微笑み。ゆっくりとした動きで顔を寄せた彼女は体を引いている彼の耳元に唇を寄せ、甘く囁いた。

 

「―――良いよ」

 

「なっ、何がだ」

 

「さっきの続き、しても良いよ?」

 

「さっきって・・・・」

 

「股開かせたじゃないのよバカッ覚えてないの!?」

 

「それは覚えてたけど女が股って言うんじゃねえッ!! 大体ありゃ事故だ、俺は意図してやらせた訳じゃねぇ」

 

「せっ、責任問題があるでしょ?! あんな辱めを与えておいて言い逃れる気?!」

 

「お前が足絡めてただけだろうが! 大体、今の俺にそんな気はねえよッ!」

 

「何でよこのバカッ」

 

 むーっと膨れっ面になる恋歌が睨み付けて来るのにも構わず顔を背け続ける隼人は見上げる彼女の目尻にじんわりと涙が浮かんでくるのに慌てた。

 

「な、何で泣くんだよっ」

 

「そんな気無いの?」

 

「ねえよ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

「ここで私が脱いでも?」

 

「あぁっ?! 馬鹿野郎、ここで脱ぐな! 止めろっ!」

 

 慌てて恋歌の胸元を押さえる隼人は嫌がる彼女を抑え付ける為に押し倒して力を出しにくくさせるとそのままマウントポジションで押さえていた。

 

 と、その時背後の扉が開き、好物のロリポップを咥えて入ってきた秋穂がその光景を目撃し、ぎこちない動きで手に持っていた書類を机の上に置くと素早く去って行った。

 

「おい、恋歌。お前のせいで俺の変態度が上昇してるぞどうしてくれる」

 

「じゃ、じゃあ責任取って私が隼人の貞操を───」

 

「そう言う事じゃないっつの! 大体お前が食ったら責任取るの俺なんだって!!」

 

「食うって隼人・・・えっち」

 

「だぁ────ッ! お前誤解を解きに行け! 俺が行ったら何て言われるか分からねぇからさ・・・」

 

 弱々しい隼人の表情に哀愁を感じた恋歌は彼の話もそこそこに彼の表情に萌えて胸を打たれていた。そんな表情に呆れていた隼人は恋歌から離れ、彼女の隣で膝立ちになって

額を押さえていた。

 

 とその時、扉が開き、母親と秋穂が青ざめた表情で隼人を見た。

 

「隼人アンタ自分の過ちに気付いたのね!」

 

「過ちって・・・何の事だよ」

 

「アンタに眠る野獣の本能が爆発して恋歌ちゃんを手篭めに・・・」

 

「だからしてねえって言ってんだろうが!!」

 

「え・・・アンタ達、事後じゃないの?」

 

 事後じゃねえと母親にキレた隼人は随伴していた秋穂がサムズアップしてくるのに苛立ってドアを締めると施錠して一息ついた。思春期か、と内心で突っ込んだ彼は気分を変えようと

ディスプレイモードにしたデバイスでメールを確認した。

 

 ダイブを昼頃といったが具体的に何時にしようか悩む彼はベットの上で落ち着きなく体を動かしている恋歌がチラチラ見てくるのに耐え切れず彼女に布団を被せて作業を続けた。

 

 そうすると今度はごそごそと物音を立て始め、半目の隼人がそちらを向くと布団の隙間から彼を見る恋歌の姿があり、興味深そうに見てくる彼女の視界に分厚いゲームの攻略本を置いて

視界を塞ぐとメールを開いた。

 

 メールの送り主は情報屋の一面を持つハッカーだ。頼んでいた仕事をこなして情報を集めてくれていたらしい彼は隼人宛のメールにデータファイルを添付していた。データの中身は伯爵と名乗った

キャラクターデータとパーティ情報、そして過去に彼の主導で繰り広げられた集団PK戦闘のデータがあった。

 

(堅実な包囲射撃型戦術を中心に、護衛の近接職が数名。射撃型の中に一人スカウトがいるとなると、アサシンは発見される可能性がある・・・と。無理矢理突破しようにもこの数の遠距離職じゃあ

攻撃を届かせる前にHPが尽きてしまう。じゃあ、どうすれば・・・)

 

 思い詰める隼人の隣、ベットの上でソワソワと正座している恋歌はデバイスを弄る彼が一度見てきたのに表情を変えると構ってほしいと言わんばかりにアピールした。

 

「何か用か恋歌」

 

「えっ・・・べ、別に何でも無いわよ?!」

 

「そうか、分かった」

 

 平然を保ちつつ、そう言った隼人は頭を抱えてゴロゴロと転がる恋歌に胸を打たれ、高鳴る胸を押さえつつメールを確認していった。相も変わらず何もないメールボックスに確認の手を止めて

デバイスの電源を落とした。

 

「おい、落ち着け恋歌。埃が立つだろ」

 

「あぅうううううう」

 

「言いたい事があるんならはっきり言え馬鹿野郎」

 

「え・・・と、一緒に寝よ?」

 

「・・・十五分だけな」

 

「短い! 短いわよ馬鹿ァ!! せめて1時間にしなさいよ恋愛チキン野郎!!」

 

「やかましい、ここまで来てこれ以上のリスク負いたくねーんだよッ!!」

 

 そう怒鳴った隼人だったが段々と語尾が萎んでいき、最終的には蚊の鳴く様な声になって聞こえなくなった。不満タラタラの恋歌は真っ赤になって俯く彼を睨み付け、

目を逸らし続ける彼の頭に軽い一発を入れた。

 

「何だよ・・・」

 

「何でも良いから、一緒に寝るわよ馬鹿」

 

「・・・武たちに連絡入れてからだ。だからもうちょっとだけ、待ってろ」

 

 赤くなりながらそう言った隼人に恥ずかしくなってきた恋歌は掛け布団で体を包むと顔から上を出してディスプレイモードで無線キーボードを叩く彼を見ていた。

 

 メールを打っている彼の表情を横目に嬉しそうに口元を緩ませた恋歌は送信し終わった隼人がベットに乗ってきたのに驚き、仏頂面でも頬が赤い彼の顔が息遣いすら

聞こえるほどの距離にあるのに頭を真っ白にした。

 

「おい、恋歌。大丈夫かよ」

 

「へぇッ!? だだだ、大丈夫よ!」

 

「で、添い寝で良いんだっけか?」

 

「う、うん。あ、後ね。腕枕してくれたら、嬉しいなって・・・」

 

「・・・ほら、腕枕してやるからとっとと寝ろ」

 

「えへへ~ありがと、隼人」

 

 言われて恥ずかしそうに顔を背けた隼人に満面の笑みを向けた恋歌は彼の左腕に頭を乗せると頬に感じる暖かな人肌に安堵感を懐いた。自然と緩む頬、そして眠気が襲い掛かり、

可愛げのある寝息を立てながら眠った。

 

 寝入る速度だけは速い恋歌に苦笑した隼人は彼女を包む様に抱き締め、自身も目を閉じて眠りに入ろうとして鼻腔をくすぐる恋歌の髪の匂いに存在を意識をしてしまい、寝入ろうにも寝れなかった。

 

 子どもの様なあどけなさがある恋歌の顔を見て昔の事を思い出していた隼人は根の性格が変わっていない彼女の甘え癖に内心嬉しく思っていた。無論恥ずかしくてそんな事を言えないが。

 

(つーか、何でこんなにも可愛いんだよコイツは・・・胸もあるし)

 

「むにゃ・・・隼人・・・」

 

 真っ赤になった隼人は寝息を立てる恋歌の顔を見ながら彼女の背を撫でた。浩太郎と加奈は毎晩こんな事をしているのだろうかと考えていた彼は首に手を回してきた彼女に驚き、体を硬直させた。

 

 顔を近づける恋歌から顔を背けた隼人は首元に顔を突っ込んできた彼女に変な声を出しかけていた。咄嗟に口を噤んだ隼人は顔だけ起こしてドアの方を見ると安堵の息をついて寝転がった。

 

「あなたぁ・・・」

 

(どんな夢見てるんだよ・・・誰かと結婚した夢か・・・?)

 

「うへへへ・・・」

 

 嬉しそうな恋歌の表情に胸の中にこみ上げてくる苛立ちを吐息として吐き出した隼人は胸に抱いた嫉妬の感情にさらに苛立っていた。

 

(何苛立ってんだよ・・・俺は)

 

「隼人ぉ・・・えへへ、子どもの名前何にする?」

 

 突拍子の無い爆弾発言に何かを噴き出した隼人は満足そうな笑みを浮かべている恋歌を見ると腹を撫でているらしい彼女の動きに冷や汗が止まらなくなり、更にさっきまでの事柄が自分の事だった事に

気付いて顔が真っ赤になった。

 

 遠い将来の夢を見る彼女の幸せそうな顔に安堵しつつもそこそこのボリュームで繰り出される恥ずかしい言葉に耐えられない彼は身長の低い彼女の顔を布団で覆って声を遮った。と、同時にドアが開いて

テキストを片手に持った秋穂が顔の赤い兄を不審そうに見ていた。

 

「兄ちゃん布団に入って何してんの?」

 

「え?! ね、眠いからちょっと昼寝しようと思ってな。それで、勉強か? 秋穂」

 

「お母さんが署に戻る前、学力上げるのに止めて残った塾のテキストやれって言ってたから」

 

「で、分からないと」

 

「うん。教えて」

 

 不審がっていた秋穂だが炬燵机にテキストを置くと隼人がすんなり降りてきたことに一応疑いを持たず、兄へ勉強を教えて貰おうと隼人の隣に座った。

 

「で、ここなんだけどさぁ」

 

「・・・また計算かよ、いい加減慣れろよ」

 

「ったってさー勉強嫌いだからしょーがないじゃん」

 

「お前ホントに集中力割り振れないよなぁ・・・集中したら凄いのに」

 

「だーって私そんな器用な人間じゃないもーん。私、兄ちゃんが本当に羨ましいよ」

 

 唇を尖がらせてそう言う秋穂に半目を向けた隼人は手癖の悪さを露呈しながら計算問題の解き方を教えていると背にしていたベットから物音が聞こえて冷や汗をかいた。

 

「・・・兄ちゃん、あのさぁ」

 

「分かってる、分かってるから俺に何も言わないでくれ」

 

「布団捲っていい?」

 

「アイツが起きるから止めろ」

 

「あ、ゴメンめくっちゃった。つーかホントにちっちゃくて可愛いね恋姐。兄ちゃんの好みでしょ」

 

 にひひと笑う秋穂の視線から逃げる様に視線を逸らした隼人は子どもの様な寝姿の恋歌をちらと見てさっきの言葉を思い出し、顔を一気に赤くした。

 

「お、俺は・・・その。ロリコン、じゃねえよ」

 

「何でそんな途切れ途切れなのさ」

 

「う、うるせえ! 兎に角、俺はそんなに恋歌へ思い入れしてねえっ」

 

「ふぅーん、そうなんだぁ。でもさ、その割には恋姐には優しいよね兄ちゃんって」

 

「うっ・・・・」

 

 言葉に詰まった隼人を見てニヤニヤ笑っている秋穂は彼の叫びで起きた恋歌にその笑みを向け、寝ぼけている彼女は何の事か分からずに隼人の方に張って移動する。

 

「恋姐、起きなよ~兄ちゃん困ってるよ~?」

 

「ん・・・すぅ・・・」

 

「ありゃりゃぁ、寝ちゃったね恋姐。って兄ちゃんどうしたの? 顔真っ赤だよ?」

 

 思わず半目になる秋穂の視線の先、恋歌に抱き付かれて硬直している隼人は寝入る彼女を如何にか移動させて根性で講義を続けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから一時間後、テキストのページを解き終えた秋穂は予想以上に消耗していた隼人の姿にぎょっとなると同時、暗くなった外の様子と彼の膝の上で起きた恋歌の姿を見て彼女に泊まってもらう事を提案した。

 

 と言う事で恋歌が着替えを受け取りに一時帰宅し、その間隼人と一緒に台所で調理をしていた。急いで帰ってくる両親の帰宅に間に合う様に一人分多い夕食を作っていた。

 

 台所で二人並んで調理する兄妹、兄が主導で妹はその補助と言う分担で進められているその最中で隼人は不意に口を開いた。

 

「悪かったな、秋穂」

 

「何がさ」

 

「いや、その色々とな。勉強の事とかお前の事なのに後半は恋歌にかかりっきりになっちまった」

 

「え? いやいや、あの時は粗方教えてもらってたから自力解決タイムだったはずっしょ? 何で謝るのさ」

 

「まぁ、そこは兄としてのけじめみたいな物かな」

 

「ふぅん、めんどくさいね」

 

「それくらい許してくれよ」

 

 苦笑しながら肉に下味を付けている隼人の横顔を見た秋穂は納得している素振りをしながらキャベツを切り終えた。持て余した時間、兄の横顔を前にした彼女は口ごもりながら一つの問いを投げた。

 

「兄ちゃんは、さ。本当は恋姐の事、どう思ってるの? 好き? 嫌い?」

 

「どっちかって言うと、好きなんだろうな。アイツから好意を向けられることは恥ずかしくあっても嫌じゃない」

 

「・・・やっぱり兄ちゃんってお父さんとかお爺ちゃんに似て面倒臭い性格だよね」

 

「そうか? 親父とか爺さんよりはマシだと思うけど」

 

「えー、そう思ってるの兄ちゃんだけだよ?」

 

 ケラケラ笑う秋穂に若干むくれながら作業を続ける隼人は帰ってきたらしい恋歌の応対に向かった妹を横目で追ってから秋穂が止めた分の下ごしらえを続けた。玄関先での仲睦ましそうな声に

自然と気持ちが曇って行くのを自覚した。

 

「えへへ、恋姐早くぅ」

 

「ま、待ちなさいってば。私荷物とかあるのよ?」

 

「まあまあそれはそこに置いといて、その可愛い姿を兄ちゃんに見てもらおうよ」

 

「え、隼人そこにいるの?」

 

「うん、晩御飯作ってるよ?」

 

 さも当たり前げに言う秋穂の声とそれを受けて慌てる恋歌の声を少し開いたドアから聞きながら下ごしらえを続ける。恋歌が可愛いのは普段からだ、そう言い掛けて柄にも無いとにやけ掛けた口をキュッと締めた。

 

 姦しい声に段々と気になりだした隼人は作業の手を止めて愛用している黒と赤のエプロン姿のまま玄関の方に移動する。

 

「何してんだよお前等、さっさと・・・・」

 

 入れ、と言いかけて隼人の動きが止まった。彼の視線の先、浅く体を抱いていた恋歌はフリルがかなり入ったゴスロリ衣装を着ていた。

 

「れ、恋歌、何だよその格好は」

 

「た、武に貰ったのよ・・・楓とかには似合わないからお前が着ろって・・・」

 

「またアイツかよ・・・」

 

「似合う・・・?」

 

「に、似合ってんじゃねえのか? ま、まあお前がそう言う格好好きなら・・・い、良いんじゃねえか? つーかさ、そんな大事なもの着て飯はキツくないか?」

 

「え、う・・・うん」

 

「上は俺のシャツ貸してやるよ。下は秋穂の半パンで良いか・・・待っててくれ取ってくるから」

 

 そう言って二階に上がった隼人の背中を見送った恋歌は服から上部分だけ出ている胸を見て頬を赤く染め、体を浅く抱いた。見られたのだろう、と考えていた彼女をニヤニヤしながら見ている秋穂は腕で隠れていない胸に苦笑していた。

 

「恋姐、胸隠れてないよ? むしろ潰れてエロいエロい」

 

「う、五月蝿いわねっ! 恥ずかしいじゃないのよっ」

 

「えー、恥ずかしがるんだったら止めれば良いのに」

 

 隼人の為だと分かっててそう言った秋穂は苦笑して恥ずかしそうな恋歌を見た。そうこうしている間に隼人が下りて来て言った通りの着替えを恋歌に渡した。

 

「あれ、兄ちゃん。その半パン小学校の時の・・・」

 

「何でか知らないがあったの見てたんだよ。何だよその目」

 

「いや、兄ちゃん優しいなって」

 

 目を逸らしながら笑いを堪える秋穂に半目を向けた隼人は胸を浅く抱いている恋歌に目をやり、潰れている胸に意識が映りかけて慌てて目を逸らした。

 

「何処見てんのよスケベ!!」

 

「ぐっ、うるせえっ。第一恥ずかしいならそんな格好するなよ!」

 

「・・・アンタ、妹と同じ事言うのね」

 

「え?」

 

「あ、いや、何でもないわよっさっさと着替えよこしなさいっ!」

 

「ほらよ、脱衣場で着替えて来い」

 

「ふ、ふんっ分かってるわよっ」

 

 ふいっと膨れっ面のまま脱衣場へ向かった恋歌の背を目で追った隼人は熱っぽい溜め息を吐いてから秋穂と共に台所に戻っていく。

 

「所で兄ちゃん、恋姐のあの格好どうだった?」

 

「似合ってる、と思うぞ」

 

「で、何でそれを恋姐に言ってあげないの?」

 

「言っただろ? おい、何だよその目は」

 

「やっぱり兄ちゃんめんどくさいねぇ」

 

 気恥ずかしさから苦笑する秋穂と視線を合わせずにいた隼人は先の可愛げのある姿とは一変してラフな格好に変わった恋歌の姿に安堵の息をつき、小首を傾げている彼女の頭に手を置いた。

 

「何よ」

 

 不機嫌そうな目を向けてくる恋歌に気づいた彼は慌てて下がった。

 

「わ、悪い」

 

「別に嫌じゃないわよ・・・むしろ」

 

「むしろ?」

 

「な、何でもないわよ!! ご、ゴハンできてるの?!」

 

「まだ出来てねえよ、もうちょっとだ。あ、そう言えば親父も帰ってくるけど大丈夫か?」

 

「大丈夫。たまにはおじさんにも顔見せないとね」

 

「俺にはなんか嫌な響きに聞こえるぞ、それ・・・」

 

 調理しながらそう言った隼人はその隣で苦笑している秋穂に調理を任せると恥ずかしそうにしている恋歌が手に持っている服を受け取り、それを綺麗に畳んで衣装鞄に入れた。

 

 何か言いたげな恋歌を視線で制した彼は普段着に使ってるカーゴパンツのポケットからスマートフォンを取り出すと手馴れた操作で親に電話をかけた。

 

「あ、もしもし親父? 今仕事中か? そうじゃないのか、でさ今日うちで恋歌が飯を・・・あ? 作ってねえよ、俺が作ったんだようるせえな張り倒すぞ。で、話戻すけどうちに恋歌が泊まるから

一緒に飯食う事になるんだけど良いか? ・・・うん、分かった。伝えとく」

 

 通話を切った隼人はソワソワしている恋歌の頭に手刀を置くと軽く微笑んだ。

 

「オッケーだってよ。ま、何時も通りだし当たり前だよな」

 

「そ、そうなんだ・・・」

 

「あ・・・悪い。ついつい、な」

 

 なるべく目を逸らさず軽めに謝った隼人は一気に赤くなった恋歌に恥ずかしくなってお互いに視線を逸らした。

 

「(二人ともめんどくさいなぁ・・・)兄ちゃん変わってー」

 

 面倒臭い二人に呆れながら半ばで火を止めた秋穂は鍋を隼人に任せて恋歌に抱き付き、そのままソファーに押し倒した。黄色い悲鳴と共に姦しい声がリビングダイニングに響き渡り、それをBGMに鍋を振るう隼人は

取っ手が変形する位の力で握りそうになって何とか堪え、鍋を止めた

 

 味見をしてもらおうとしていたのだが二人が仲良くしているのなら仕方ないと心の中で諦めを付けて味見用の小皿にキャベツ一切れと肉一切れを置いた隼人は匂いに釣られたのかソファーからじっと見てくる二人に

ふっと頬を綻ばせた。

 

「ほれ、味見。してくれよ」

 

『はーい』

 

「一人、キャベツと肉一つずつな。調味料自分で調合したからバランス見てくれ」

 

「んふふ、おいひい」

 

「そうか・・・良かった。変な味だったらどうしようかと思ったぜ」

 

 ほっと胸を撫で下ろす隼人に満面の笑みを見せる恋歌は口に広がる味わいに秋穂共々頬を綻ばせていた。

 

「兄ちゃん調味料調合する時一回味見てなかったっけ」

 

「食材と混ぜたら味の濃さ変わって薄く感じるかもしれないからな、あと分量とか」

 

「そっかー。兄ちゃんの料理で恋姐すんごく喜んでるね・・・」

 

「立場逆な気がすんだけどな。まぁ秋穂、回鍋肉美味しいか?」

 

「え、あ、うん。おいしいよ」

 

 戸惑いがちな秋穂の言葉に笑った隼人はとても嬉しそうな表情で取り皿を受け取り、流し台に置いた。両親が帰るまでに時間があったので三人でリビングのテレビを見る事にして二時間後、午後九時前。

 

「ただいま~ごめんね、遅くなっちゃって・・・ってあれ?」

 

「お、おかえり二人とも」

 

「あらあら秋穂と恋ちゃん寝ちゃってるの? ご飯は?」

 

「お袋達が帰るまで待ってたから食ってねえよ」

 

「あらっ、じゃあ準備しなきゃね。ほら、手伝って」

 

「そうしてぇけどこいつ等がさ・・・膝の上乗ってっから身動き取れねえんだよ」

 

「あんた、膝枕できたんだ」

 

 お母さんビックリ、と呟いた母親に俺もだよ、と返した隼人はゴツイ筋肉質な膝枕をえらく気に入っている二人を見下ろし、どうしようと迷っていたがその間に準備をしていた父親にサムズアップをされて

行動の迷いを断ち切ると二人を起こした。

 

「んにゃ?」

 

「親父達帰ってきたから、さっさと飯食おうぜ」

 

「お腹減った・・・」

 

 寝ぼける恋歌を介抱しながらダイニングテーブルに座った隼人はうつらうつらとしている恋歌を横目に飯を食い始めた。

 

「美味しいじゃないの隼人、腕上げたわね」

 

「あ、ありがとう」

 

「うふふ、この調子だと恋歌ちゃんと暮らしても大丈夫そうね」

 

「ちょっ、お袋! そんな事の為にやってんじゃねえよ!」

 

「あらぁ? 恋歌ちゃんに教える為に頑張ってるって聞いた様な気がするなぁ、お母さん」

 

「ちっちげえよ! おい、恋歌、勘違いするなよ!?」

 

「寝てるわよ?」

 

 からかう様な笑みを浮かべた母親の指す先、凭れ掛かってきた恋歌に怯んだ隼人は目を覚ました彼女に恥ずかしくなりながら黙々と飯を食った。そんな彼を寝ぼけ眼で見ていた恋歌は頬の赤い彼に可愛く首を傾げていた。



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Blast3-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夕食後、恋歌と共に食器を洗っていた隼人は体を寄せてくる彼女に濯いだ食器を手渡す。突き出される形で渡されたそれに不満そうな表情を見せる恋歌はにやけそうになるのを堪えているせいか凄く変な表情だった。

 

「さっきは、ゴメンね隼人。ご飯食べるのに寝ちゃってて」

 

「ん、まあ・・・マナー違反だからなぁ。嫌って訳じゃないけど直した方が良いな」

 

「じゃあ手伝って、隼人・・・私に、教えて」

 

「べ、別に一人でできるだろ? それとも何だよ、まだ眠いのか?」

 

「ううん、隼人の体温が・・・落ち着くの」

 

 食器を拭く手を止め、隼人の腕にそっと抱き付いた恋歌は彼と二人きりの台所で彼の腕へ縋り付く様に抱き直していた。何かに怯える様な目、自分に依存しきった目に悲しい思いが込み上げてくる隼人は

最後の食器を濯ぎ終えると恋歌が持っていた布巾で食器を拭いた。

 

「隼人?」

 

「とりあえず、仕事終わってからな。それからゆっくり聞いてやるよ」

 

「うんっ」

 

 笑みで頷いた恋歌に寂しそうな微笑みを返した隼人は二人で協力して食器を片付けるとリビングに並んで座った。コーヒーとホットココアを淹れた隼人はソファーに座る恋歌にココアを渡すと席について一口啜った。

 

 ホットココアに口をつけた恋歌はテーブルの上にカップを置くと隼人の隣まで移動し、コーヒーのカップを傾けていた彼の懐に入って抱きついた。

 

「ぶッ」

 

「うわぁあああ! 汚いっ!!」

 

「うるッせェ!! 何抱きついてんだよビックリしちまったじゃねえか!!」

 

「だ、だって・・・さっきの続き・・・」

 

「それなりに一言声かけろよ・・・俺は別に駄目って言う訳じゃないんだから。それ位分かってるだろ?」

 

 口の周りにコーヒーの滴をつけながらそう言った隼人に撫でられ、頬を少し膨れさせて不満そうに彼を見上げた恋歌は彼がカップを置いたのを待って話を続けた。

 

「えへへ・・・隼人」

 

「何だ?」

 

「んふふ~呼んでみただけ」

 

 幸せそうな彼女の笑みに苦笑しながらなされるがままになっていた隼人は不意に開いたドアに身を竦ませた。

 

「隼人、お風呂空いたわよ」

 

「お、おう。分かった」

 

「明日もおやすみだからって恋歌ちゃんと夜更かししないで早く寝なさいよ?」

 

「分かってるって」

 

「それじゃ、いい夜を」

 

 そう言ってドアを閉めた母親にお節介焼きめ、と内心呪った隼人は時計を見て行動プランを練った。

 

「なぁ、恋歌。風呂どっちが先に入る?」

 

「え?! ええっと・・・隼人が先」

 

「良いのか?」

 

「う、うん。私お風呂入る時は色々準備するし・・・ね?」

 

「そうか・・・じゃあ、どうすっかなぁ・・・」

 

「は、早めの方が良いんじゃない?」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

 何か考えてるな、と恋歌を見た隼人はどうしようと考えながら粒子が混じるコーヒーを啜って余りの苦さに舌を出した。そんな様子を見ていた恋歌もココアを飲んでいた。

 

 飲み終わった隼人は流しにそれを置いて部屋に戻り、自分の着替えを取ってきて脱衣場に入った。服を脱いだ彼はシャツとズボンを洗濯機に入れ、風呂場に入った。

 

「ふぅ・・・・はぁ」

 

 温めのお湯に全身を浸からせた隼人は今までに溜めてきた気疲れか眠気が込み上げてくるのを自覚し、何とか堪えて体を起こした。目頭を揉みながら首を鳴らした彼は大きく伸びをして腰をツイストさせた。

 

 と、その時やはりと言うか何と言うべきか音も無く引き戸を開けた恋歌の裸体が一切の補正無しで隼人の目に飛び込み、あらぬ所全部を網膜に焼き付けてしまった。対する恋歌は恥ずかしさから要所を隠して

湯船に入ってきた。

 

 よりにもよって隼人はリラックスムードで足を伸ばして入っていた為に彼女の小ぶりな尻が彼の足に乗っかり、赤かった彼の顔が更に赤くなった。

 

「お、お前・・・何のつもりだ。予想は付いてたが本当に実行するとは思わなかったぞ」

 

「え?! えっと、一緒に入った方が便利かなぁって・・・駄目?」

 

「だ、駄目じゃな・・いや、駄目だろ、絶対駄目だろコレ!」

 

 俯いたまま慌てる隼人を見ながら彼の方へと移動する恋歌は感触から移動を察知した彼の両手を胸に受けて身を竦ませた。触った隼人も感触からすぐさま物を特定したらしく慌てて手を引っ込め、

気まずそうに他所に視線を逃がした。

 

「ご、ゴメン」

 

「別に・・・良いわよ」

 

「なっ何がだ?」

 

「別に触っても、良いわよ・・・私困らないし」

 

「お前はそうでも・・・お、俺はだな・・・その、困ると言うかえっと・・・」

 

 どう言おう、と考えていた隼人は擦り寄る恋歌に慌てて彼女の肩を掴んだ。いきなりの事に驚く彼女から目を背けながら安全策を考え始めた隼人は真っ白になり始めている脳内で必死に考えた。

 

「ねえ・・・隼人ぉ」

 

「な、何だよ」

 

「私の裸見た責任、とってよ?」

 

 恋歌のあんまりな言い方にお前が仕掛けてきたんだろうが、と言いたかった隼人だったが状況が状況なのでそれ所ではなかった。顔を背けていた彼は何かの拍子で滑った手に頭が白くなり、

それなりに育った恋歌の胸が大胸筋に当たるのを否が応でも感じた。

 

 理性が飛びかけた隼人は恐る恐る顔を戻すと息を荒げる恋歌の頭があった。濡れて水面に浮かぶ黒の長髪、それを嫌っている筈の彼女がそんな事をするのは何故だろうと考えが変わった隼人は

抱き付いて来た彼女に驚いた。

 

「お、おい・・・恋歌?」

 

「隼人」

 

「どうしたんだよ、お前。何か、あったのかよ」

 

「私は・・・隼人の物、だよね?」

 

「・・・? 何で、いきなりそんな事言うんだよ。お前はお前だろ?」

 

「そんなの、嫌・・・。私を、一人ぼっちにしないで・・・隼人から、離さないで」

 

「恋歌・・・お前・・・そんな事で・・・」

 

 良いのかよ、と。そう言いかけて隼人は口を噤んだ。一人になった恐怖、計算もあったのだろうが恋歌が風呂に乱入したのは半ば衝動的な事だったのだろう、直接言えば自分が断る事も計算していた。

 

 今の彼女に暗闇の孤独は残酷すぎる。幼い頃、体育倉庫に深夜まで閉じ込められ、一人で啜り泣いていた彼女にとって恐怖を励起させる物でしかない筈だ。それが偶々、今日ぶり返してきたのだろう恋歌は

支えを欲していた。

 

 支えなければ、守らなくては。彼女を彼女に降りかかる敵意から守り続けていた自分が、今こうして必要としている彼女を、見捨てる事も伸ばされた手を放す事も許されないのだから。

 

「・・・恋歌、お前は今、俺にどうして欲しい?」

 

「隼人?」

 

「お前が、望む事なら・・・何でもするよ。俺が、今出来る事ならば」

 

「じゃあ、抱き締めて。ぎゅっと、私の事を」

 

「ああ、分かった」

 

 優しく、そう言って抱き締めた隼人は嬉しそうに甘えてくる恋歌を守る様に抱き寄せた。お互いの体温を通じ合わせる様に、しっかりと寄せた彼は満足そうに笑っている彼女に見えない様に表情を張り詰めさせた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから一時間後、恋歌の就寝を確認して深夜にログインした隼人は時間連動している電脳の町を歩いていた。所謂試したい事の為、無理を言って男子四人にログインしてもらったのだ。

 

 人気の少ない訓練場に足を入れた隼人は明るい一室の中で準備をしていた武達と合流し、両手にサブマシンガンを構えた武にアイコンタクトを送るとセーフティーをかけた銃をクルクル回す彼と向き合った。

 

「悪いが時間が無い、早速始めよう」

 

「応よ。で、俺は如何すりゃ良いんだ?」

 

「二丁の短機関銃による近接射撃戦闘をしてくれれば良い」

 

「分かった」

 

「始めるぞ」

 

 言い様飛び出した隼人は握った拳を武目掛けて突き出す。ギリギリで回避した彼は左の銃口を隼人に向けるがそれを見越した動きで射線を逸らされ、銃弾があらぬ方向へ飛んでいく。すかさず右の銃口を向けた武は

向けてからコンマ数秒の射撃を避けた隼人に驚愕する。

 

 肩からぶつかった隼人に吹っ飛ばされた武は両手のサブマシンガンを連射するが、それに向けて隼人はまっすぐに突っ込んでいく。三人が驚愕する中、隼人は両手を発光させながら弾丸をすり抜けさせた。

 

「な・・・?!」

 

 思わず声が出た武に隼人は両手での掌底を叩き込む。あまりの衝撃に吹き飛ばされた彼は満足そうな隼人の表情に小首を傾げていた。

 

「お、お前・・・何したんだよ」

 

「試したい事だよ、思った以上の出来だった。サンキューな、武」

 

「お、おう・・・」

 

 チンプンカンプンの武に手を差し伸べた隼人は呆然としている利也と浩太郎の元に移動した。

 

「リーヤ、バレットの方は?」

 

「調整済みだよ」

 

「了解だ。じゃあ、そろそろ仕掛け時・・・だな」

 

「仕掛けって・・・まさかこっちから?!」

 

「そのまさかだよ。まぁその方が不意打ちの効果が上がるって事もあるしな」

 

 そう言う隼人にやれやれと溜め息をついた利也は調整を終えたバレットを立て掛けるとウィンドウを開いて空間キーボードを叩き始めた。

 

「さて、そろそろログアウトするかな」

 

「ん? ああ、そうかお前急いでたんだっけ」

 

「まぁな、泊まってるし」

 

「はぁ?! 誰だ?! 恋歌か?!」

 

「・・・恋歌だよ」

 

 仏頂面の隼人に呆れ半分の武は苦笑する浩太郎に目を向けると手を頭の後ろで組んで壁に凭れかかった。

 

「おーおーお熱ですなぁ隼人君ってもういねェ!!」

 

「何時も通りだからもう帰っちゃったんだね」

 

「ったく、恥ずかしいけど熱入れるって言う訳の分からん性格なんだからあいつは・・・」

 

「まぁ、隼人君らしいね、そう言う所」

 

「面倒臭いだけだぜ、そう言うの」

 

 半目になる武に苦笑した浩太郎は早々にログアウトした隼人の残滓を見つつ、軽く伸びをして武達と共にログアウト作業に入った。

 

「さーて、俺は一人寂しく寝るかぁー。利也、お前もだろ?」

 

「まぁ・・・まだ起きてると思うから少し電話して寝るかな」

 

「チクショー、良いなぁそう言うの出来てよぉ」

 

 悔しがる武に苦笑を向けた利也は片手を上げて挨拶した浩太郎がログアウトしたのを見送って武と一緒にログアウトした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一足早くログアウトした隼人は強制遮断させられた反動で頭痛を起こしていた。頭を押さえながらベットに横になる彼は何時の間にか起きていた恋歌の仏頂面と向き合いつつ頭痛が抜けるのを待っていた。

 

「何で内緒でログインしてるのよ・・・」

 

「いや、それについては悪かったって言ってるだろ。でも外せない事だったから」

 

「むー・・・じゃあ、お詫びに何かして」

 

「何かって・・・明確には何だ?」

 

「え、えっと・・・えっと、マッサージ?」

 

「お前が答えるべきなのに何で疑問系なんだよ・・・まあ良いや、その・・・マッサージだっけか? 今するのか?」

 

「え?! う、うんそうだけど・・・その心の準備が」

 

 慌てて体を起こし、どぎまぎしている恋歌に半目を向けた隼人はその意図を悟ったが責任感から咎める事はできなかった。案の定上を脱ぎ、上半身を彼に見せた彼女は彼の隣に寝転がる。

 

 背中を見せ付ける彼女に一息漏らした隼人はその華奢な肩に触れる。びくりと身を竦ませた恋歌は雑な体勢の彼を睨みつけ、不満そうな表情を見せる。それを見て深い溜め息を漏らした彼は加減した力を掌にかけた。

 

「んぁ・・・っ」

 

「・・・大丈夫か? 加減するか?」

 

「う、ううん。大丈夫、ちょっとビックリしただけ」

 

「と言うか、ホントにコレで良いのかよ。他にもあっただろ」

 

「いきなり大きな物頼んだら幸せが薄れちゃうでしょうが」

 

 頬を膨らませる恋歌に嫌そうな顔をした隼人は溜め息一つ落とすと充電中のデバイスに目を向けた。

 

「今更だけどよ、強制的にLAN抜くの止めろよ。危ないぞ」

 

 半裸の事を意識しないようにそう言った隼人は肩越しに見上げてくる恋歌にたじろいた。表情から見るに頭に血が上っているのだろうと察した彼は体ごと振り向こうとする彼女を押さえつけた。

 

「な、何するのよ!」

 

「馬鹿野郎お前今の状況分かってんのか!?」

 

「うるさいっ黙って行っちゃうのが悪いのよ!」

 

「会話になってねえ!!」

 

「も、もう。痛いのよッ!」

 

 馬鹿力で振り解いた恋歌に嫌な予感を感じた隼人はそのまま真横に顔を向け、真っ白な壁と目を合わせ続けた。

 

「こ、こっち見なさいよ! 何でそっぽ向くのよ、私の事そんなに気に入らないの?!」

 

「い、いや・・・違う。違うけど向きたくない」

 

「じゃあ、何? 何で向かないのよ!」

 

「お、男の事情だ。察してくれ・・・」

 

「いいからこっち向きなさい!」

 

 無理やり顔を向き直させられた隼人は引っつかんでいた予備のブランケットを恋歌の上半身目がけて投げた。

 

 恋歌に被さったブランケットは大事な所を上手く隠してくれてその隙にパジャマの上を手に取った隼人は慌てて取ったが故にバランスを崩し、片腕をついた。

 

「つ、疲れる・・・。おい恋歌、上を着ろそれから話は聞く」

 

「わ、分かってるわよ・・・悪かったわね」

 

「まあ、俺も乱暴なやり方してしまったし。ビックリさせちまったな」

 

「き、気にしなくて良いわよ。それぐらい」

 

 苦笑混じりに謝る隼人の正面ブランケットお化けがモゾモゾと呟いていた。着替え終わるまでの間、薄暗い室内で待っていた隼人は突然飛んできたブランケットに驚き、

バランスを崩して倒れこんだ。

 

 幸い枕がクッションになって頭部にダメージは無かったがブランケットが視界を覆った直後の衝撃で彼は意識を失った。



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Blast3-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の朝、体内時計に連動した激痛と共に目が覚めた隼人はブランケットを除けると胸に乗っかる様にして恋歌が眠っていた。

 

「はぁ・・・何時だよ今。九時か・・・あ、飯作らねえと・・・ん?」

 

 寝ぼけ眼の隼人は手にしたスマートフォンに一軒のメールが入っている事に気付いた。ロック解除からメールを開いた彼は父親からのものだと分かり、内容を読んだ。

 

『隼人へ。朝飯は俺が作っといたから安心しろ。後恋歌ちゃんとどこか行く時の為に5000円ダイニングテーブルに置いといたから好きに使え。親父より』

 

 メールを読み終わった隼人は父親からの気遣いに感謝しつつ恋歌を揺さぶった。

 

「おい、恋歌起きろ。もう九時だぞ」

 

「ん・・・まだ九時じゃない・・・」

 

「俺、もう降りるからな。早めに降りて来いよ?」

 

 そう言った隼人は転がす様にして恋歌を下ろすと頭を掻きながら一階に下りた。大きなあくび一つして下りた隼人はソファーに寝転がってテレビを見ている秋穂に視線を向けるとダイニングに置かれた朝食と

5000円を手に取った。

 

「兄ちゃん、今日どこか行くの?」

 

「いや、考えてない」

 

「ふうん。そう言えば朝、利兄が電話してきたよ。武兄達とゲームセンター行こうって」

 

「利也が? なるほどなぁ・・・分かった、ありがとう」

 

 ソファーの膝置きに足を置いている秋穂に微笑を返した隼人は朝食のサンドイッチを頬張るとスマートフォンの本体をスライドさせてセカンドパネルを出すとメール入力用のキーパネルが表示される。

 

 利也宛のメールを打った隼人は大きなあくびをしながらリビングに入ってきた恋歌に視線を向けると早速返って来た返信を開いて内容を確認する。そんな彼を横に置いてモグモグとサンドイッチを食べていた恋歌は

何かに当たってパンをめくった。

 

「隼人ぉ・・・何でニンジン入れるのよぉ・・・」

 

「俺が作ったんじゃないぞ? と言うか、まだニンジン駄目だったのか。と言うか何で親父はサンドイッチにニンジン入れたんだよ・・・」

 

「食べて」

 

「は?! 嫌だよ、歯形付いてるだろ?! 食いかけじゃねぇか」

 

「うぅうう~・・・でもぉ・・・」

 

「もう高校生だろ? ニンジンとか食える様になれよ・・・」

 

「野菜駄目なのよぉ・・・」

 

 ほとほと弱っている恋歌に溜め息を漏らした隼人は苦笑している秋穂に一度目を向けるとニンジンを睨む恋歌を半目で見下ろし、ニンジンを彼女の口に突っ込んだ。ビックリした影響で咀嚼した恋歌にニヤッと笑った隼人は

舌を出した彼女に大笑いしていた。

 

「大丈夫かよ、まあ何にせよ食べられたんじゃないか」

 

「強引なんだからぁ・・・ビックリしちゃったじゃないのよ」

 

「こう言うの無しで食える様になれよ? 好き嫌い減らすのも大人の器量の一つだ」

 

 言い聞かせる様な彼の言い方に頬を膨らませた恋歌は苦笑する彼を見上げながら卵サンドを食べていた。

 

「あ、そう言えば恋歌。今からゲーセン行くんだけど来るか?」

 

「ひふ」

 

「食い終わってから喋れよ」

 

「行く。行くから待ってなさいよ、着替えるから」

 

「俺も着替えるっつの。・・・って事は」

 

「ん?」

 

「・・・恋歌お前、俺の部屋で着替えろ。俺は脱衣場で着替えるから」

 

「え・・・うん、ありがとう」

 

「くれぐれも部屋の中を探るなよ」

 

 半目で言った隼人に冷や汗ダラダラの恋歌は彼から受け取った食後のコーヒー牛乳をゆっくり飲むと視線で隼人を牽制しつつ、カップを置いた。そして、開けっ放しのドアに向けて走り出した。

 

「恋歌ァ――――――――ッ!!」

 

 隼人から走って逃げる恋歌をソファーから見ていた秋穂は大太鼓を叩く様な轟音を響かせる追いかけっこに苦笑しながらスマートフォンを弄った。

 

 ドアに飛び込んだ恋歌は肩で息をつきながら施錠したドアから恐る恐る離れた。薄いドアだと破られる可能性もあったがドアの向こうにいる隼人が冷静だと言う事を信じて着替えを探り始めた。

 

「おーい、恋歌」

 

 ドアの向こうに聞こえる隼人の声が恋歌の恐怖を一層煽る。中学時代、執拗な嫌がらせをしてくるトップカーストグループにマジ切れしてスライド式の金属ドアをぶち破った前科を持つ彼が冷静でなくなれば

何を仕出かすか分からない事は身に沁みている。

 

「俺の着替えさーそっちにあるから取って良いかー?」

 

「え?! う、うん。ちょっと待って」

 

 隼人の気配を感じてドアの鍵を開けた恋歌は怯えている自身に苦笑する彼がタンスから着替えを取り出したのにホッと胸を撫で下ろし、着替えを選んでいた。

 

「あ、徒歩で行くから好きな服で良いぞ?」

 

「まさか、バイクで行く気だったの?」

 

「調子見がてら、と行きたかったんだがな。ガソリン代が嵩むからアイツの調子は帰ってから見るよ。時間があればだけどな・・・」

 

「ふぅん、何だか楽しそうねぇ・・・あんな骨董品相手に」

 

「手の掛かる奴ほど可愛く思えるものさ。最近調子持ち直してきたから結構スイスイ動いてくれるんだよ」

 

 嬉しそうな隼人の表情を見てバイク相手に思わず嫉妬してしまいそうになった恋歌は乱暴に頭を撫でた彼がそのまま立ち去っていくのに目を向けた。物静かに閉じられたドアの音に胸を撫で下ろした彼女は

もしもの時の為に持ってきていた本気デートセットを身に付けた。

 

 ふふん、と自信満々そうに胸を張った恋歌は去年隼人が誕生日プレゼントとして蓄えから購入したお洒落な手提げ鞄も一緒にして一度くるりと回った。

 

「えへへ・・・これで隼人も・・・なんちゃって」

 

 ぐふふ、と不気味な笑みを漏らす恋歌は背後からの視線に気付いて振り返ると再びドアが閉じていた。誰か見ていたな、と半目になった彼女はドアから廊下に出るとそのまま階段を降りた。

 

 隼人はまだなのか、とリビングのソファーにちょこんと座っていた恋歌は鞄からスマートフォンを出して楓宛てに居場所確認のメールを打つとすぐに返信が帰ってきた。

 

『武やトッシー達とゲーセンにいるよん』

 

 笑い声が聞こえてきそうな文面のメールを閉じた恋歌はスマートフォンの画面を覗き込む隼人に驚き、悲鳴を上げながら後ずさった。

 

「何だよその化け物見た様なリアクション」

 

「い、いたなら声かけなさいよ!」

 

「ついさっき来たばっかりなのにどうしろってんだよ」

 

 半目になる隼人から真っ赤になった顔を背けた恋歌は手を差し出された彼の手を取って立ち上がると咳払いをして済まして見せたが逆に似合わなさ過ぎて大爆笑された。

 

「何よぅ、ちょっと可愛くしてみただけでしょ?」

 

「い、いやさ。似合わないって、そう言うワザとらしいのは」

 

「だからって笑わなくたって良いでしょ?!」

 

 真っ赤になっている恋歌にニヤニヤ笑っている隼人は時計を確認すると彼女の手を取って玄関に向かう。そして、二人して靴を履くと彼は玄関のドアを開けた。

 

「んじゃ、行くか。秋穂、出かけてくるぞ!」

 

 そう言って恋歌を通し、ドアを閉めた隼人はズボンのポケットに手を突っ込んで財布とスマートフォンを入れたサイドポーチを揺らしながら歩き出した。遅れて恋歌も付いて行き、

並んで歩き出した二人は頬を高揚させお互いに顔を見合わせずに歩いていた。

 

 話す話題も無く、何時もの道を歩いていた二人は住宅地の大きな通りに出る。バス停と電灯がぽつぽつ見えるそこを歩いていた隼人は恋歌の方を見ると彷徨う左手を取った。

 

「なっ、なによっ」

 

「手、繋ぎたいんだろ?」

 

「だからっていきなり握らないでよっビックリするじゃないっ」

 

「わ、悪い・・・・」

 

「でも、ありがと・・・」

 

 赤面しつつもそう言った恋歌が恥ずかしそうに話すのを平常心を保ちながら聞いていた隼人は角度的にどうしても見えるブラジャーやらに気付いて視線をゆっくり戻した。

 

「あんた、胸見てたでしょ」

 

「うっ・・・」

 

「な、何よ。気になるの? べ、別に触っても・・・あ、いや外だからやっぱ駄目・・・」

 

「俺何も言ってないのに。見事な自己完結をしたな・・・」

 

「だ、だって外だもん」

 

 恥ずかしがる恋歌に半目を向けた隼人は溜め息をつきながら通りの少ない道路を横断し、意外と長い道のりを進む。と、ここで電話が鳴り、電話に出た隼人はゲーセンの喧騒に耳をつんざかれた。

 

『もしもーし』

 

「耳が痛いぞのこの野郎」

 

『悪ぃな婆ちゃん用に音量設定しっ放しだったわ』

 

「で、何の様だ」

 

『お前さ今どこよ』

 

「えっと、三田町だ」

 

『三田町かぁ・・・まだかかりそうだな。ま、俺らは気長に遊んどくからゆっくり来いよ』

 

 そう言って電話を切った武にため息を禁じ得ない隼人は電話をしまうと手を握っている恋歌に目を向けて歩き出した。

 

「誰からの電話?」

 

「武。今どこだって言う電話」

 

「ふうん・・・武は何て?」

 

「ゆっくり来いって。お節介だよなぁ・・・」

 

「そ、そうね」

 

 戸惑いながらそう言って思わずえへへ、と笑った恋歌は隼人を見上げた。

 

「じゃあ、近所のおもちゃ屋さん行こ?」

 

「何か買うのか?」

 

「よ、予約・・・?」

 

「何で疑問形だよ。ま、ともかくおもちゃ屋か。確か・・・ヤマモ(山本模型店)とホビーライン、おもちゃのアオヤマとかか」

 

「じゃあ、行こうよ。えっへへ~」

 

 嬉しそうな恋歌が勇み足で先行し、手を放していた隼人は慌ててそれについていく。おもちゃ屋なんて何時ぶりだろうと考えていた隼人は

総出で去年の秋に全部巡ったか、と身も蓋もない事を考えていた。

 

 恋歌は何が楽しみなんだろうと考えを変えた隼人は昨日見たアニメのCMを思い返していた。昨日見たアニメは『FiDEX』で新発売の物は144/1スケールの『HMF-Type-26H 村雲』と

フルメタルビルド『紫電・壱式甲型』だったはず。

 

 値段とマニア性のどっちを取るか、考え込んだ隼人は不思議そうに見上げてくる恋歌に気付いて飛び上がった。

 

「どうしたのよ、大丈夫?」

 

「あ、いや。何でもない。くだらない考え事してただけだから」

 

「どんな事? 教えて?」

 

「え、えっと・・・今月発売のプラモって何があったかなぁって」

 

「意外ねぇ・・・アンタがそんな事言うなんて」

 

 えへへと笑う恋歌に無理矢理な笑みを向けた隼人はテンション高いなぁ、と内心で呟きつつプラモデル作りが下手糞な事を思い出して、嫌な気持ちになった。

 

 いきなり青ざめた隼人にギョッとなった恋歌は心配になって彼の顔を覗き込んだがそれを見て空虚な笑みを浮かべだした彼にますます意味が分からなくなって泣き出しそうになった。

 

「何で泣きそうなんだよ」

 

「だってぇ・・・隼人変な事してるし・・・」

 

「テンションだだ下がりになっただけだ。だから何で泣きそうなんだよ!」

 

「私と玩具屋さん行くの嫌?」

 

「嫌じゃないって。むしろ楽しそうだから行きたいっての、だから泣くなって」

 

 慌てる隼人に涙目を向けた恋歌はしきりに頭を撫でてきた彼を見上げながら嬉しそうに目を細めて身を預けた。機嫌の直った彼女に安堵の息をついた隼人は寄り添いながら歩いているのを

周囲の人に見られている事に今更気付いて恥ずかしくなった。

 

 どうしよう、と迷っていた隼人は密着している恋歌に引き離しを諦めてそのまま歩いた。一軒目の店の前に付いた彼は店内に入ると店主の中年の元に向かい、恋歌と別れた。

 

「お、部長さんじゃねえか」

 

「お久し振りです、山本さん」

 

「武は元気か? 最近顔見せてねえけどよ」

 

「アイツなら元気ですよ。最近ゲーセン通いが祟って金が不足してるだけです」

 

「何だ、そう言う事かよ相変わらず情けねえ野郎だなぁ」

 

 ウハハ、と笑う店主に愛想笑いを浮かべた隼人は彼の隣でプラモデルを組んでいる少女に気付くと彼女の手つきを見ていた。暫くして彼の視線に気付いたらしい少女はビックリして引っ繰り返っていた。

 

「うぉおおお?! 大丈夫か?!」

 

「だ、大丈夫です・・・商品も」

 

「って、これ・・・新発売の『紫電・三式『シャドウ・グレイブ』』か」

 

 そう言って上半身が完成している黒を貴重とした人型ロボットのプラモデルを手に取った隼人はきょとんとしている少女の疑問を聞いた。

 

「何ですかそれ」

 

「今お前が組んでるプラモデルの名前だよ、知らないで組んでたのか」

 

「はい、だって私器用だからって理由でお手伝いしてるだけですし」

 

「手伝いかぁ、それにしては良い出来じゃないか。惚れ惚れするよ」

 

「そ、それは元キットの出来が良いだけですよ」

 

 モジモジと恥ずかしそうにしている少女に苦笑した隼人はマントを身に付け、月光を背にしているシャドウ・グレイブのパッケージイラストを見るとアクション性重視でプラスチックパーツに変えられている

マントを見てリアルさを重視した布製のマントへの交換を考えていた。

 

 商品棚の方を見ると新発売の『紫電・弐式『エンジェル・ハイロゥ』』を手に取っていた恋歌が目に入り、彼女の傍に寄った隼人はエンジェル・ハイロゥの隣にある『FM-22A ラプター』を手に取った。

 

「お、正規型ラプターか。航空迷彩がカッコいいな」

 

「あれ、これロールアウトカラーなの?」

 

「全身金メッキか、値段高いな」

 

「何かカッコよくないわねぇ・・・私リカラーモデルの方が好きかも」

 

「俺もだ。だけどロールアウトの方が後に出てるから稼動範囲は広いぞ。見てみろよ、後ろのユニット展開範囲とか広いじゃないか」

 

 同じパッケージを見ながら話す隼人は手にしたラプターの箱を戻して恋歌が抱えているエンジェルハイロゥのパッケージの説明を読んでいた。一応プラモデル作りの経験がある二人はそれぞれの経験から

独自の改造プランを考えていた。

 

「リペイントか?」

 

「それしかないわね、余計なものを付けると外見が崩れてしまうし」

 

「第一このキット改造しにくいもんなぁ」

 

 ロールアウトカラー版のエンジェル・ハイロゥの箱を戻した隼人は恋歌と共に別のキットを探していた。

 

「山本さん、紫電は?」

 

「あー入荷してねえな。他所を当たってくれ。まぁ、次来る頃には入荷しとくよ」

 

「分かった」

 

 そう言って恋歌を連れ、店を出た隼人は二件目の店、ホビーラインに行くと綺麗な店内に陳列されたプラモデルを二人並んで見ていく。先ほど見ていたものとは別シリーズのプラモデルコーナーに移動した二人は

新作のショーケースに置かれたプラモデルを見た。

 

「ねぇねぇ、隼人。アルスヴェルシュのリファイン版出てるわよ」

 

「ん? お、ホントだ。最新話で支援機と合体するからそれに合わせたんじゃないか?」

 

「これ、後で合体セット売る魂胆よね」

 

「まぁ、そうだろうな。追加武器含めて」

 

「え?! 何それ?!」

 

「次回予告見てないのかよ、合体した機体用に新武器出るぞ」

 

「えぇええ、見逃した・・・」

 

 落ち込む恋歌を前に苦笑した隼人は彼女を慰めているとふと後ろに気配を感じて何時もの癖で素早く振り向きつつ拳を構えるがそれが浩太郎だと分かると拳を解いた。対する浩太郎は余りの拳圧に一歩引いていた。

 

「あ、悪い。奇遇だな、浩太郎」

 

「大丈夫。模型作りって、僕らにとっては少ない娯楽だからね。うーん、アルスヴェルシュかぁ・・・デザインはアルスマルトーの方が好みかなぁ」

 

「うお、結構買ってんなぁ・・・ん? 加奈もか?」

 

 浩太郎の片手の上で山になっているプラモデルの箱越しに加奈の姿を認めた隼人は曲面デザインの多い敵量産型のプラモデルを手に取って見ている彼女に声を掛けると驚いた彼女が身を竦ませて箱を戻していた。

 

「な、何?」

 

「加奈もプラモデル買うのか?」

 

「私、このアニメ最近知ったから・・・知らないアニメの機体はちょっと」

 

「まあ、愛着持って作った方が出来も良くなるしな」

 

「主人公機ってコレ?」

 

 そう言った加奈がアニメセカンドシーズンの主人公機であるアルスヴェルシュを手に取ると隼人の脇を潜り抜けた恋歌が食いついた。

 

「そう、それよっそれともう一機、このアルスマルトーよ!」

 

「れ、恋歌・・・気に入って見てるの?」

 

「当たり前じゃないっファーストシーズンのDVDコンプしたんだから!」

 

「え、えっと・・・どっちがどっち?」

 

「アンタが持ってるのがセカンドシーズンの主人公機。私が持ってるのはファーストシーズンの機体」

 

 ドヤ顔で説明する恋歌に頬をヒクつかせながら話を聞いていた加奈は彼女越しに隼人と浩太郎を見ると二人並んでプラモデルを探っているのを見て良からぬ事を考えており、脳内メモ帳に刻み付けていた。

 

 一方の二人は童心に帰って店の棚の奥にあるコアな機種を引っ張り出しては嬉しそうに笑っていた。

 

「やべー、アーマーズバリエーション機種まで網羅か。おい、浩太郎。ここにアルスマルトーダッシュがあるぞ!」

 

「うわーカッコいいなぁ・・・あ、隼人君あっちのコーナー行ってみようよ」

 

「お? FiDEXコーナーか。あ、俺紫電探してたんだ」

 

「紫電かぁ・・・再販分無いからねぇ、今度バリエーションモデル出るんだっけ」

 

「零式か? うーん、紫電はバイザーがカッコいいからなぁ・・・俺は微妙だな」

 

 熱く語る恋歌を他所に別の場所に移動した二人は山積みのプラモデルを傍らに置いて陳列棚を物色し始めた。昼時になろうかと言うのにも拘らず。

 

「あ、隼人君見てコレ。『アルヒアン・ゲロス』」

 

「イグディエルの成型色変更版だろ?」

 

「良いじゃない、この禍々しい感じ。黒と赤の配色バランス良くて」

 

「うーん、まあ、設計変更とかで頑丈になってるもんなぁ。あ、エクシージ」

 

「わぁ初回生産版じゃないか、ストライクバスターランチャー付きなんだね」

 

 二人並んでパッケージを見ている浩太朗と隼人はやつれて合流した加奈に気付き、彼女を追って来た恋歌の目の輝きを見て苦笑した彼らは加奈を間に入れて恋歌からガードすると代理で隼人が彼女の話を聞いた。

 

「おい、恋歌見ろ、初回生産版エクシージだぞ」

 

 話し足りなさそうな恋歌の気を逸らそうとした隼人だったがそれでも彼女は加奈の方に行こうとしていた。なので隼人は浩太郎達に一言告げて興奮気味の恋歌を担ぎ、店を出た。

 

 恋歌を担ぎながら昼時である事を確認した隼人は暴れる恋歌を下ろすと容赦ない蹴りを振るう彼女に驚き、近場のコンビニに逃げる様に駆け込んだ。雑誌コーナーで飛び蹴りを食らった隼人は周囲の目に晒されて

恥ずかしそうに立ち上がって咳払いをすると雑誌を手に取った。

 

 ゲーム雑誌を閲覧していた隼人の傍らでぴょんぴょんと飛び跳ねている恋歌に周囲だけが気付いていた。肩で息をする彼女に気付いた隼人は雑誌を差し出すがムッとしていた恋歌が半ばキレ気味にローキックを叩き込む。

 

「痛ェ!」

 

「その雑誌見せなさいよっ、あと背が高過ぎるのよアンタ!」

 

「んな事言われたってよ。お前が背を伸ばさないのが悪いんだろ」

 

「アンタが高いのよっ!」

 

 蹴りこそしなかったがご立腹の恋歌に怯んだ隼人は周囲の視線が自分に向いているのを見て慌てて店を出る。その後を追ってきた恋歌を睨もうとした隼人は背後から飛び付かれた。

 

「にひひー二人とも何してるのん」

 

「何だ、楓か。驚かせるなよ。と言うか抱きつくな」

 

「んー? 良いじゃん別に~友達同士なんだし。って恋ちゃんどったのそんな顔して」

 

 隼人に飛びついたままの楓は彼の肩越しに物凄く不満そうな恋歌の表情を見ると何か心当たりのある顔をした後に邪悪な笑いを浮かべていた。

 

「ん、ふ、ふ~。もしかして恋ちゃん、嫉妬ですか嫉妬ですかぁ~?」

 

「う、五月蝿いそんなんじゃないわよっ」

 

「じゃあどんな事~? 言ってみてよ~」

 

「は、隼人が嫌がってるじゃないっ! それで十分でしょ?!」

 

「ふぅーん。だってさ、はー君。愛されてるねぇ、よっと」

 

 身軽に飛び降りた楓は真っ赤になってしゃがんでいる恋歌に苦笑すると後ろにいる武達三人に目を向け、悪戯の成功した子どもの様なあどけない笑みを浮かべた。

 

「よーお二人さん。悪いなデートの邪魔しちまってよ」

 

「別に構わねぇ。・・・お前等飯は?」

 

「まだ食ってねえよ」

 

「浩太郎待つか? そこのホビーラインでプラモ買ってるから」

 

「プラモか・・・何かあったか?」

 

「エクシージの初回生産版があった。バスターキャノン付きの」

 

「マジかよ! 行こうぜ」

 

 そう言ってダッシュした武と楓に溜め息をついた隼人は彼の後を歩いて追う利也に付いて行き、その後ろを恋歌と夏輝が付いて歩く。利也と話し合う隼人の背中を見上げる

恋歌に微笑を浮かべている夏輝は視線に気付いたらしい彼女が半目を向けてくるのに気まずくなって視線を逸らした。

 

 そんな彼女に体をくっ付けた恋歌は驚く夏輝の大きな胸を頭に乗っけて心なしか安堵を抱いた顔をしていた。探偵部所属の女子の中で唯一母性的な夏輝は案外頼りにされるのだが

それに彼女は気付いていない。

 

 自信なさげに苦笑する彼女は頭一つ分以上低い恋歌の肩に手を回し、ぎゅっと抱き寄せる。その様子を前から見ていた利也と隼人は微笑を浮かべ、姉妹の様に並ぶ二人の声を聞きながら

店先が喧しいホビーラインに向かっていく。

 

「何やってんだ、お前」

 

「いやあ、買っちまったぜ初回版」

 

「はぁ?!」

 

「たまたま持ち合わせがあってさぁ、ヤベえよ積みプラが増えちまわ」

 

「・・・そうか」

 

 本当は欲しかったエクシージ初回生産版を先に購入された隼人はなるべく感情を押し殺してそう言うと大体察した武がそれ以上の事を言わずに箱を紙袋の中にしまった。

 

「それで、どうすんだよ。飯食いにいくんだろ?」

 

「そっか・・・もうお昼なんだよね。何処行こうか」

 

「何処行くかねぇ・・・ミスターバーガーとか?」

 

「安いし、妥当なとこかな。皆それで良い?」

 

「満場一致、じゃあ早速移動するか」

 

 隼人が先行しその後ろに嬉しそうな恋歌がちょこちょこと付いていく。ジーンズのポケットに手を突っ込んで歩く彼のポロシャツの裾を掴んだ彼女は心なしか少しだけ嬉しそうな彼の顔を見上げ、

えへへと頬を綻ばせていた。

 

「えーっと、恋ちゃんはあれが素なんだよね・・・」

 

「恋歌ちゃんは恥ずかしがり屋だからね。ああ言うの、本当は出来ない筈なんだけど・・・」

 

「あ、物凄く赤くなってる。可愛い・・・。あれ、隼人君も?」

 

「あの二人の共通点ってそう言う自爆が多い事なんだ」

 

「何と無く分かる気がする・・・」

 

 二人の様子を引いて見ていた夏輝と利也は真っ赤になって視線を逸らし合う隼人と恋歌に揃ってため息をついていた。その後ろ、加奈と並んで歩く浩太郎はそんな彼らを一歩引いた視点から見ており、

楽しげな彼らに微笑みながら隣に付いてくる彼女へ視線を向ける。

 

「楽しそうだね、コウ君」

 

「うん、加奈ちゃんも楽しいでしょ?」

 

「うん・・・楽しい」

 

 あまり笑う事が得意では無い加奈は少しぎこちない笑みを浮かべてしまうがそれも個性と受け入れる浩太郎はそんな事も気にせず満面の笑みで彼女の頭を撫でていた。

 

 恥ずかしそうに顔を俯ける加奈にも構わず、頭を撫でる浩太郎は恐る恐る手を退ける彼女に小首を傾げ、真っ赤な顔の彼女が手を伸ばそうとする彼に首を横に振って手を押し退ける。

 

「どうしたの? 加奈ちゃん」

 

「え、えっと・・・その・・・は、恥ずかしいから」

 

「そうなの?」

 

「そ、そうなのって・・・恥ずかしくないの?」

 

「別に・・・恥ずかしくは無いけど」

 

 しれっとしている浩太郎に思わず半目の仏頂面を向けてしまった加奈は苦笑して反省している様子の無い浩太郎に頬を膨らませた。

 

「コウ君はスキンシップを大切にしないね」

 

「スキンシップは何時でもやる事じゃないの?」

 

 視線を浴びて顔を赤くしながらもふるふると首を横に振る加奈は小首を傾げる浩太郎を少し睨んでいると不用意に顔を近づける彼に驚いてカウンターパンチをぶち込んでしまった。

 

「あ、ゴメンコウ君」

 

「大丈夫大丈夫、綺麗に入ったから」

 

「それ、大丈夫じゃない・・・」

 

「冗談冗談。当たる瞬間に後ろに避けたから」

 

「相変わらず凄いね・・・それ言ったら隼人もだけど・・・」

 

 呆れ半分といった風の加奈は苦笑した浩太郎がまた撫でて来ようとするのに頬を膨らませ、手を押し退けた。睨む加奈の膨れた頬を指で潰した浩太郎は怒る彼女のハンマーパンチを

胸で受け苦笑していた。

 

「怒らないでよ加奈ちゃん。あはは、痛い痛い」

 

「むぅ・・・からかわないで」

 

「からかってないよ、遊んでるけど」

 

「むーっ」

 

「可愛いなぁ・・・」

 

 のん気に笑っている浩太郎と少し怒り気味の加奈のやり取りを遠目に見ていた武と楓は激甘な空間の形成に伴って二人から離れた。利也達が絡まない事もあって実質二人切りの彼らは

並んで歩きながら話題を模索していた。

 

「ねータケちゃん」

 

「外出してんだからその呼び方止めろって。んで、何だよ」

 

「さっきのゲーム凄かったね」

 

「え? ああ、『AoF』の事か。まあ、隼人達とゲーセン通ってたからな」

 

「BOOとかもその、『AoF』の経験が生かされてるの?」

 

「ハハハ。考え方は似てっけどなぁ、やっぱ動かし方が違うから生かせる訳じゃねえよ」

 

「そっかぁ・・・あ、そう言えばさゲームセンターにいた知り合いの人達、特に男子二人」

 

「・・・あ、ああ。南井達の事か、あいつ等はニシコー組で中学時代にゲーセン内で競い合った仲だ」

 

「ニシコーの人だったんだ」

 

 へぇ、と納得する楓に苦笑した武はゲーセン時代に尽くブッキングする筐体でび優先プレイ権を物理手段で奪い合った事を思い出していた。無論こんな事口に出来る訳ないので

真面目でゲーセン通いをしていなかった女子連中には黙っていた。

 

 それから暫くして目的地であるミスターバーガーに到着した彼らはそれぞれ注文して机を繋げて席に着いた。

 

「恋歌お前ビッグバーガーって大丈夫かよ」

 

「ば、馬鹿にしないでくれる?! こ、これぐらい余裕だし!」

 

「前もそう言って結局俺が食べただろ?」

 

「前残ったの、一口だけだもん! 今度はちゃんと食べれるもん!」

 

「いや、そう言われても・・・」

 

 剣幕に押された隼人を涙目で睨む恋歌は小箱の中に収められたビッグバーガーを見下ろすと唾を飲み下し、手から溢れる位の大きさのそれを掴んだ彼女は滑りそうな感触にヒヤヒヤしていた。

 

 精一杯の大口で一口を齧った彼女は思いの外小さい後に不安を募らせ始めた。

 

「は、隼人ぉ・・・」

 

「無理だったら食ってやるから、泣くな」

 

「うん・・・」

 

 涙目で頷いた恋歌にため息をついた隼人は自分のビッグバーガーを片手に取った。小動物宜しく必死に齧っている恋歌に苦笑した彼は隣のテーブルから感じる視線にそちらへ顔を向けると

テーブルに座っているらしい男子と女子二人が慌てて顔を横に向けていた。

 

(何だ・・・こいつ等・・・)

 

 奇妙な光景に言葉を失った隼人は食の進んでいない様子を恋歌に心配され、意識すまいとビッグバーガーに齧り付いた。真正面でイチャつく加奈と浩太郎を他所に半分ほど食べた所で

再び隣のテーブルが気になった隼人は視線に気付いた恋歌と共に横を向いた。

 

「げ、こっち向いたっ」

 

 聞き馴染みのある声を発した三人に首を傾げた隼人は三人を凝視する恋歌に一度視線を向け、ふむと小さく漏らすと男子の方の身体的特徴を舐める様に見て取っていく。見覚えのある特徴、

雰囲気とでも言うのか勘を刺激するに十分な要素が彼らにはあった。

 

「・・・なぁ、恋歌。あの二人、どっかで見たことないか?」

 

「・・・・言われれば確かに見覚えが。つかあのポニテどう見ても時雨じゃない?」

 

「そうだよなぁ・・・一応声かけてみるか」

 

 そう言って席を立った隼人と恋歌はぎょっとしている武達を他所に隣のテーブルに移動し、冷や汗ダラダラの男子の肩に手を掛けた。

 

「お前、俊だよな」

 

「え・・・えっと、別人では?」

 

「別人なら顔をこっちに向けろよ・・・んで、本当に俊なんだろお前」

 

「ちぃ・・・よく分かったな、さすが探偵部と言った所か」

 

「いや、あからさま過ぎんだろお前等。誰が見ても怪しいって」

 

「ぬぅ・・・駄目か。駄目だってよシグ」

 

 無邪気を纏った少年、南井俊はため息をつく隼人を他所に自身の正面に座る小柄な少女に話を振った。

 

「その呼び方止めてください。んんっ・・・久し振りですね、恋歌」

 

「久し振り時雨。あ、もしかしてシグが良かった?」

 

「その名前、小学校の頃から呼ばれてましたけど気に入ってないんですからね」

 

「良いじゃないのよ、アンタと言ったらこのあだ名なんだから」

 

「もう、そうなったのは恋歌のせいですからね! 道場でずっとシグ、シグ、と言いながら付いて回って!」

 

 ムッとしている小柄な少女、三浦時雨に誤魔化し笑いを浮かべた恋歌は時雨の隣でソワソワしている少女、根岸花代へ隼人共々目を向けると同時に向けられた視線に驚いた彼女が

逃げ場を無くしてパニックになっていた。

 

「落ち着けってネギ。こいつらは何もしねえよ」

 

「えぅ・・・ホント?」

 

「ホントホント。口は悪いけど良い奴らだから」

 

「でも・・・中学校の時、修平君達と殴りあった人だよね?」

 

「大丈夫大丈夫、あん時みたいにはなんねえから」

 

 陽気に笑う俊に心配そうな目線を向けた花代は半目になる隼人に怯えていたがトレーを持ってきたメガネの少年に気付くと佇まいを直した。花代の目の前にトレーを置いた少年は

隼人の姿に気付くと目を見開いた。

 

「久し振りだな」

 

「ああ、全くだ。何時振りだ? 俺の記憶だと、三が日明け以来か」

 

「そうだな。何にせよお前等ゲーム部が相変わらずで安心した。和馬達は?」

 

「カズ達は昼ごろにここで合流の予定だ。お前は?」

 

「武達といる。お前らのテーブルの隣だ、ほら」

 

 そう言って肩越しに隣のテーブルを見た少年、浦上脩平は視線に気付いたらしい浩太郎に片手を上げ、驚く彼に苦笑しながら視線を戻した。嬉しそうな表情を浮かべながらダブルチーズバーガーを食べる浩太郎に

含み笑いを浮かべた隼人は恋歌と共に席に戻った。

 

 そして、浩太郎とアイコンタクトを取って机を動かし、俊達のテーブルの横に付けて話を続けた。

 

「よっす、久し振りだなコウ」

 

「久し振り。元気だった?」

 

「応よ、カズ達も相変わらず! 逆に元気有り余ってる感じだぜ」

 

「へぇ・・・あ、秋菜さん達は? この時期なら受験勉強してるよね?」

 

「いんや、部室に篭ってモンポリーしてる。モンポリー必勝法の研究だってさ」

 

「受験の必勝法研究した方が良いんじゃないのかな・・・」

 

「全くだぜ」

 

 並んで文句を言う俊と浩太郎を正面から見ていた隼人はローテンションでジュースを飲む自身の隣、嫌がる時雨にくっ付く恋歌を流し見ていると何時の間にか机ごと来ていた武達に驚愕し、同じ様な事していた加奈共々

口に含んでいたジュースを噴霧した。

 

『うわぁあああ!』

 

 余りの勢いに周囲にいた面々が一目散に逃げ、中心になった隼人が口元を拭ったのを合図に全員が戻る。しれっとしている全員の中でいまいち付いていけていない時雨、花代と夏輝は周囲の状況が読めずにきょとんとしていた。

 

「んでよ、これからどうすんのお前等」

 

「そりゃカズ達と合流した後にゼガワールドでゲームスコアの更新をするに決まってんだろ」

 

「相変わらずだな・・・ご足労なこった。あーあ、俺らはどうするかね。このまま帰るのもなんかつまんねぇよなぁ」

 

「じゃあ俺らと一緒にゲーセン行くか?」

 

「いや、止めとく。隣にいる奴が暴走するって分かってるからな・・・」

 

 そう言って隼人の方を見た武はムッとする彼から逃げる様に視線を逸らし、陽気に笑っている俊と顔を見合わせた。それからして色々と喋っていた彼らは遅れて合流してきた四人の男女へ

手招きした。

 

「何だよ、大所帯の連中がいると思ったらお前等か」

 

「うっせ、兎に角こっち来い」

 

「はいはい、第二班合流っと。だけどまさか隼人達に会うなんてなぁ、久し振りに楽しい話が出来そうだぜ」

 

 そう言ってのん気に席についてジュースを飲む大柄な男子、カズこと佐本和馬は向かいに座っている目元を前髪で少し隠したメガネの男子、田辺日向の表情が若干曇っているのに気づいた。

 

「如何したんだよヒナタ。テンション低いな、不味い事でもあんのか?」

 

「・・・・いや、無い。ただ・・・な」

 

「ただ、何だよ」

 

「あ、いや・・・すまない、何でも無い」

 

「・・・取り敢えずこれ以上突っ込むとヤベェのは分かった」

 

 大体を察した和馬は元々表情豊かな性質では無い日向の話を掘るのを止めたのを見た隼人は和馬の隣に座る長身の女子に目を向けると椅子の隣にある紙袋に目を向けた。

 

「なあ、ミィの隣にある紙袋。それって何だ?」

 

「あ、これ? 機材よ」

 

「機材・・・? 何用の機材だ?」

 

「漫画」

 

「お、お前漫画描いてるのか」

 

「そうだよ」

 

「どんな漫画描いてんだ?」

 

 邪気の無い物言いで問うた隼人は一瞬で凍りついた日向に驚愕してしまったが小首を傾げる長身の女子、大宮美月から話が聞けなくなると思って表情を抑えた。

 

「えーっとね・・・秘密かな」

 

「何だよそりゃ。あ、もしかして一般には見せられん物か?」

 

 顔青くし、冷や汗をダラダラ流す美月に何かを悟った隼人は硬直し、ぎこちない動きで日向の方を向く。大体が伝わったらしい彼が頷くのにどん引きした隼人は意味が分かっていない恋歌と

時雨の視線にどうしようか悩んだ。

 

「どうしたの?」

 

「え、あ・・・いや。知ってはいけない心理を知ったっていうか、その」

 

「意味分かんない・・・つまりはどう言う事なのよ」

 

「いや、お前が知るのには早すぎる」

 

「へ?」

 

 眼を点にする恋歌の純粋な視線に気圧された隼人は訳の分からない武達の問いを首を振って拒絶すると頬を赤くして俯く美月に一度視線を向けてから俊に視線を変え、話題も変えた。

 

 談笑する彼らをジュース片手に傍観していた脩平はうんうん唸っている花代に気付いた。

 

「どうした?」

 

「さっき五十嵐君が言ってた事ってどう言う意味?」

 

「・・・その通りじゃないか?」

 

「うーん、何を感じ取ったんだろ」

 

「あいつが言及しない程のものだから知った所でろくな事にならんだろう」

 

 脩平の指摘は正に正解だった。先ほど、隼人が言及を避けたジャンルとは所謂同性愛を扱った漫画の事である。男女は問わない。実は妹の秋保が行為が柔らかい方のジャンルを平然と読んでいたが為に

美月の描いている漫画のジャンルを特定できた彼は公衆の面前で言うべきではないと勘で察して言及を避けた。因みに彼の知らない裏話を言えば恋歌もそう言った世界に片足を突っ込んでいる。

 

 色々と話が反れた気がするが、脩平の指摘は実に的を射ていた。だが、ゲーム部部員でありながら世間で言うとこのオタク文化に縁の薄い花代は日向からの警告で既にジャンルを知っている脩平の指摘を

よく理解できていなかった。もやもやした物を抱える結果となった彼女は美月と仲の良い小柄な少女、水島美羽に話を聞こうと思い至ったが実際美羽も片足どころか全身浸った筋金入りである。

 

「ねぇ、ミュウちゃん」

 

「何?」

 

「ミィちゃんの描いてる漫画ってどんなの?」

 

「知りたい?」

 

「うん」

 

「じゃあ、今日見せて上げる。私も手伝ってるから」

 

「ホント? わぁ・・・ありがとう! ミュウちゃん!」

 

 満面の笑みで喜ぶ花代を見ていた美羽は内心で邪悪な笑みを浮かべていた。これで仲間が出来る、と。

 

「なーんか、嬉しそうですねぇネギは」

 

「ね、ネギって言わないでよっ」

 

「それで、何か嬉しい事あったんでしょう?」

 

「うんっあのね、ミュウちゃんがミィちゃんの漫画読ませてくれるって!」

 

「え、ホントですか? わぁ、良いなぁ・・・ミィの絵は凄く上手いですからね。私も読んでみたいです」

 

 無邪気に喜ぶ時雨と花代の会話を盗み聞いていた脩平はストローからジュースを噴き出し、盛大に咳き込んだ。

 

「お、おい大丈夫かよ」

 

「大丈夫だ・・・ゴホッ、スマン」

 

「大丈夫なら良いけどよぉ・・・どうしたんだよ」

 

「いや、一滴気管に入ってな。むせた」

 

「何だよ、ビックリしたじゃねえか」

 

 ハハハ、と笑う俊に愛想笑いを浮かべた脩平は花代に何か言おうとしたが純真そのものを笑顔にした彼女に逆に何も言えなくなって黙り込む結果になった。

 

 段々と被害に遭う人物が増えて来た所で一旦解散になった彼等はそれぞれ行きたい所に行く事になった。

 

「んで、夏輝だけが行きたいとこあるのか」

 

「えへへ・・・すいません」

 

「いや、別に良いけどよ。何で『フェリックス(裁縫用具店。布も扱う)』なんだ?」

 

「え、えーっと・・・それは、秘密です」

 

「そうか、まあ色々あるよな・・・」

 

 先の事があるので容易に首が突っ込めない隼人はぎこちない喋り方で夏輝に返したが当の本人は女子を引き連れ、何時もとは違う感じで店内に突貫して行った。

 

 その様子に一瞬固まった隼人と利也はニヤニヤしている武と苦笑している浩太郎に信じられない物を見る目を向けた。立っていても仕方ないので店内に入った男子は

店内にいる女性客から奇怪な目で見られた。

 

 刺繍を趣味とするご老人から可愛らしい姿格好の少女まで幅広い年齢層の客がいたが店内にいるのは女性客ばかり、早い所合流したいと思って早足になる隼人達は

足を止めた浩太郎に揃って足を止め、裁縫道具を物色している彼の元に駆け寄った。

 

「おい、コウ! 何してんだ!」

 

「え? 修繕とかに使う糸見てるんだけど」

 

「修繕用なのに何でピンク色なんだよ。無難な白にしろよ。雑巾にピンク使ったら凄い事になるぞ」

 

「んー・・・まあそうだね、白にしようかな」

 

「そうしとけ。よし、籠に入れて早く合流するぞ!」

 

 買い物籠に糸を突っ込んだ隼人は苦笑する浩太郎を連れて早足で売り場を進んでいく。だが、何処にも女子の姿が無い。と言うかそもそも売り場の状況を理解できていないから

自分達がどこにいるかすらも分かっていない。

 

「手分けして探すか?」

 

「いやいやいや、俺とか初めて来たのに手分けして探してみろよ迷子になっちまう」

 

「くっそぉ・・・如何する?」

 

「もうさ、素直にコウの買い物を会計して近くの店で時間潰しておこうぜ」

 

「・・・そうするか。じゃあ連絡して、と。よし移動するぞ」

 

 そう言って移動した男子達から三ブロックほど離れたコスプレ作成用の布などを扱う売り場に女子はいた。突然鳴った恋歌のスマートフォンに全員が驚かされたものの男子が来ない事に安堵した。

 

 各々頭に浮かんでいるコスチューム案に怪しい笑いを浮かべる女子連中は周囲で買い物をしているオタク女子からどん引きされていた。その中心人物とも言える夏輝は脳内プランにある男装用の衣装に

使う布を選んでいた。

 

 そう、夏輝にはコスプレ癖に加えて男装癖があるのだ。武経由で貰ったコスプレ雑誌を発端にしているコスプレ癖はその後女子連中に伝播。更に探偵部の裏仕事として演劇部の衣装デザイン及び

製作のアドバイザーとして参加している有様である。

 

「ねえねえ、なっちゃんどんな衣装作るの?」

 

「うーん、『ラブミッシング』の深桜高校男子制服かなぁ・・・男装用の服」

 

「うっひょー、じゃあじゃあ私の分も作ってくれない?」

 

「良いけど・・・どうするの?」

 

「女の子指導の時に見せよっかなぁって。『ラブミッシング』の制服って軍服っぽいからカッコいいんだよねぇ」

 

 えへへーと笑う楓に笑い返した夏輝は羨ましそうな恋歌に苦笑を向ける。本物に近い男装するにはある程度身長がいるので大きくても中一レベルの身長しかない恋歌に男子制服は少々無理がある。

 

 正直小道具も欲しいが工作が苦手な夏輝はどうも小道具作りが下手なのである。探偵部で一番小道具作りが得意なのは利也だが彼は察しが良い為、頼めば黙ってやってくれるだろうが間違い無くバレる。

 

 どうしようか考え始めた夏輝はラブミッシングの男子達が所有している物を脳内に浮かべた。ラブミッシングは男性ボディガードを育成する専門高校に男の子に変装した女の子が父親との約束を果たす為に性別を偽って入学し、

色んな男子と仲を深めていく作品だから小道具としての武器の携行は必須だ。

 

「ねえねえ、恋ちゃん」

 

「何?」

 

「何か武器のレプリカ持ってない?」

 

「んー・・・隼人から貰ったモデルガンと警棒かなぁ・・・ラブミッシングコスの小道具に使うんでしょ?」

 

「うん、貸してくれるだけで良いからね」

 

 何か言われる前に釘を刺した夏輝は少し怒り気味に恋歌を見ると視線を逸らした彼女は音の無い口笛を吹いて誤魔化した。脳内でのイメージが完成していく夏輝は材料を籠に入れていく。

 

 この為に両親から貰ったお小遣いを貯めていたのだ。そしてコスを完成させて近所の産業会館でのコミケに参加、裏で結託している漫画研究部の売り子を手伝う算段である。

 

「フフフ・・・」

 

 身内や男子、特に利也にさえバレなければこの趣味はとても楽しいものだ。憧れのキャラクターになり切る事が出来るし何より裁縫好きの自分の技能が生かせる事が何よりも嬉しい事だ。

 

「えへへ・・・」

 

 因みにこの数日後、部屋でコスプレを着て姿見を見て悦に浸っていた中学三年生の妹を目撃、その時に既にバレている事、そして妹が隠れオタクである事が判明する事になる。

 

「カッコよく作らなくちゃね」

 

 そう言って四人でレジに向かった夏輝の表情は何時に無く楽しそうだった。



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Blast3-5

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 女子と合流するまでの間、浩太郎の家で飯を食う事を勝手に取り決めていた男子は浩太郎の家に一旦向かい、特別汚い訳ではないが無性にモザイクを掛けたくなる様な状態の部屋を掃除して

激安スーパーマーケット『カマタスーパー』に向かっていた。

 

 買い物籠預かり役兼女子への連絡係を任された利也はタイムセールの広告を見るや主婦を相手に出入り禁止を受けるほどの大立ち回りを演じ始めた隼人達を遠目に見ながら急場でこしらえた買い物メモで

安売りに入っていないものを籠に入れていた。

 

 安売り開始と同時に店舗に突入した時の事を思い出していた利也は開幕と同時の高速タックルで40代のおば様方をぶっ飛ばしていた隼人の悪い笑みを思い出して溜め息を落とした。

 

「皆性格とか素行は良いんだけど情け容赦が無いのがなぁ・・・・」

 

 探偵部でも屈指の常識人である利也の溜め息を遠目に見るおば様方は憂鬱な表情で長葱を掴む少年がまさか特売セールで伝説を作ろうとしている売り場荒らし共の知り合いであると気付いていなかった。

 

 それから一時間後、おば様方からの引っ掻き傷とぶっ飛ばした勢いで陳列棚に激突した際に出来た打撲痕と勝ち取った戦利品を引っ下げて利也と合流した隼人は半目を向けられて怯んだ。

 

「やはり頭数あると楽だな・・・格安の鶏のモモ肉が六つも手に入った。これで八人は楽に食べれるぞ」

 

「隼人君・・・その鶏肉絶対血に塗れてるよね」

 

「正当防衛だ、向こうがプッシュしてきたからな」

 

 それでもタックルはやり過ぎである、そう心の中でツッコんだ利也は自信満々の隼人達が鶏肉二パックずつを籠に入れたのを黙して見守っていた。

 

「隼人君てさ何時ものこの調子なの?」

 

「そうだが」

 

「近所のスーパーで出禁(出入り禁止の略)食らってないの?」

 

「いや? 寧ろ店長から感謝されてるが」

 

「何で・・・?」

 

「名物なんだと。毎回恋歌と商品取り合ってるからか知らんけど」

 

「ああ・・・」

 

 なるほどなぁ、と利也を含めた男子三人は察しの付く理由から納得し、武器無しの生身で隼人と渡り合える恋歌のポテンシャルに恐れ戦いた。

 

 中学校の頃、不審者訓練でエアガンとゴムナイフを持った不審者役の教員をぶちのめした経験(生徒指導行き)がある隼人が武器を持った下手な大人よりも物凄く強い事を重々理解している三人は

少なくとも丸腰で喧嘩しようとは思わなかった。

 

「おい、お前等何固まってんだよ。次のタイムセールあるんだから行くぞ」

 

「お、おう。・・・そう言えばさ、お前と渡り合える人間どれ位いるんだ・・・?」

 

「ん? えーっと、恋歌位か」

 

「そ、そうか・・・」

 

「あ、でもうちの姉ちゃんとお袋と親父は俺より強いぞ」

 

 さらっと言った隼人に三人が固まる。隼人の家にはしょっちゅう遊びに行く三人は五十嵐家が生粋の刑事家系であることは知っていたがまさか全員が生身最強であるとは思ってもいなかった。

 

 逆らわない様にしようと心に誓った三人は首を傾げる隼人に畏怖の目を向けていた。

 

「じゃあモヤシ分捕りにいくぞー、これ済んだら会計な」

 

「おう、よっしゃコウ! 頑張ってモヤシ二つ取るぞ!」

 

 実際順番抜かしなのだが何時も通り過ぎて利也は四の五の言うつもりはなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから二時間後、利也の家に帰って晩飯の仕度を四人並んでしていたムサい男共は先に帰ってテレビを見ている加奈の様子が気になっていた。浮き浮き顔で鶏肉を捌く浩太郎は気づいた様子は無く、

寧ろ他の三人が何かを啜る音に気付いていた。

 

 ネギと豆腐の味噌汁とほうれん草の御浸しを作る隼人と利也、ガスコンロで米を炊いている武は手を止めて小さくじゃんけんをすると負けた利也が恐らくテレビを見ているであろう加奈の方を振り返った。

 

「・・・何?」

 

「いや、何のテレビ見てるのかなあって」

 

「録画してたアニメ」

 

「た、タイトルは?」

 

「言わなきゃ駄目?」

 

「べ、別に言わなくても良いけど」

 

「なら良いわ」

 

 仏頂面の加奈に気圧された利也は落ち込みながらほうれん草を切り始め、それをフォローする隼人と武は火加減を調整しながら浩太郎の表情を窺った。たまに笑い顔で怒っている事があるので注意している。

 

「あ、加奈ちゃん」

 

「な、何? 何か用?」

 

「イヤホン外した方が難聴になり難いよ? 僕等気にしないから外しなよ」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言った浩太郎に顔を赤くした加奈はぎこちない動作でイヤホンを外し、ジャックに手をかけて泣きそうになっていた。コイツ鬼だ、と戦慄した利也達は慌ててフォローに入る。

 

「ぎ、銀崎さんは僕等に遠慮してたんだよ! ほら、音出すと気が散っちゃうし!」

 

「でもさ、遠慮しなくて良いでしょ?」

 

「い、いや?! 気が散るから付けて欲しいよ?!」

 

 おっかなびっくりで本音を言った利也は一瞬見えたテレビ画面に映る美少年の静止画にやっぱりか、と内心で思うと不思議そうにしている浩太郎に悟られない様に丸め込んだ。

 

「んー・・・じゃあ加奈ちゃん悪いけどイヤホン付けて見てくれる?」

 

「う、うん」

 

「ごめんね」

 

 寧ろ酷い生殺しをする所だった浩太郎から隠れて安堵の息を漏らした加奈はイヤホンを付けてテレビに向き直った。浩太郎似のキャラクターが出て来る少女マンガ原作のアニメ『ダウナーラブ』の視聴を

再開し、エロスシーンの生々しさに自然と息が荒れていた。

 

 言うんじゃなかったか、と荒れる吐息を耳に入れていた利也達は不意に鳴った呼び鈴に一瞬作業の手が止まった。

 

「はーい、いらっしゃい」

 

 台所のすぐ隣に玄関があるのですぐ傍にいる浩太郎がドアを開け放って作業に戻る。勝手知ったるやと言った風体で入ってきた恋歌達に目を向けた隼人達は調理の終わった副菜とご飯を布巾を敷いた

ダイニングテーブルに移した。

 

「よっす、遅かったな」

 

「なっちゃんの家で買った物置いてきたからねー」

 

「そんなに買ったのかよ」

 

 ご飯を炊いていた土鍋(引っ越し祝いで隼人の家にあった物をあげた)を机の上に置いた武はドキッとしている楓に首を傾げていた。その隣に利也がお浸しの入ったボウルを持ってくる。

 

「あはは、ぬいぐるみ作るのかな?」

 

「そ、そんな所・・・」

 

「裁縫得意だもんね、夏輝ちゃんは」

 

 微笑する利也に俯きながらそう言った夏輝は今でテレビを見ている加奈の方に移動すると一緒に見始めた。少女マンガが好きなんだっけ、と考えていた利也は余計な事をしない様に恋歌達から離れた所でスマートフォンを弄り始めた。

 

「利也、コーヒーいるか?」

 

「え、もうすぐご飯でしょ?」

 

「いや、インスタントコーヒー買いに行こうか迷ってたから」

 

「あ、じゃあ付いてくよ。やる事無くなっちゃったし」

 

「よし、じゃあ。行って来る」

 

 武と利也が並んで出て行くのを見送った隼人は鶏肉とモヤシを炒めている浩太郎を横目に見てからやる事を模索し始めた。本棚整理すると加奈に怒られる(本棚の奥の方にモザイク処理されかねない物があったからと判明)。

 

 何しようか、と思っていた彼は今の畳の上に腰掛けると音も無く近寄ってきた恋歌が胡座の上に座ったのに驚き、身動きが取れなくなってきた彼は包囲する様に座った加奈達に身を硬直させた。

 

「お、お前ら何のつもりだ」

 

「んー? のこのこ乙女の園に来たお馬鹿さんへのお仕置きだよーん」

 

「こ、この状況がか?」

 

「うんにゃ、これから一緒にアニメ見てもらうんだよん」

 

「は? それのどこが仕置きだと―――」

 

 言い掛けて隼人は正面のテレビに映るタイトルを読み取るや否やその意図を理解した。確かに自分はとんでもない所に来た様だ、乙女アニメを見るのは分かっていたがハードタイプまで見る必要があるのか。

 

「お、おいお前らこれ見るのか・・・?」

 

「ん? 何? 問題あるかにゃ?」

 

「あ、いや・・・その・・・な、俺は席を外すから。ぐッ!?」

 

 瞬間、恋歌が抱き付いた隼人の片腕が彼女の体の方へ巻き込まれ、立ち上がる力を逃がしてしまう。無理にも立ち上がろうとした隼人は片腕に抱きつく彼女が腕の筋肉を調べる用に揉み始めたのに力が抜けた。

 

 胡坐から寝転がる形になった隼人を避けた加奈達女子三人は隼人にじゃれ付き始めた恋歌を彼に付けてアニメ観賞を始めた。畳の上に敷かれたカーペット材が枕になった隼人の腕に食い込み、大きく欠伸した彼は

懐で同じ様に欠伸する恋歌に眠気眼で苦笑する。

 

 本当に兄妹みたいだ、と離れた位置から見ている浩太郎が思い、身長さからそうとしか思えないペアを炒め物を皿に盛り付けながら見守っているとコーヒーを買って帰ってきた利也達に笑みを向けた。

 

「お、出来たのか。飯食うか?」

 

「そうだね、あの二人起こしてあげてよ」

 

「ん? ああ、仲良いよなぁあの二人は」

 

 呆れ半分の武に苦笑した浩太郎は添い寝寸前の隼人達の方に移動しようとしてダイブしてきた楓に驚き、彼女のパンチを顔面に食らった。余りの威力に悶絶している武を跨いだ利也がテレビの方を見ない様にして隼人を起こし、

大欠伸をした彼が軽く伸びをしたのを見てその場を離れた。

 

「よし、手伝うか・・・」

 

「わ、私も手伝う!」

 

「ん? 四人もいれば十分じゃないか? まあ、座って待ってろよ」

 

「じゃあ・・・そうする」

 

「ん、じゃあ待ってろよ?」

 

 そう言って彼女の頭を撫でた隼人は恥ずかしそうに顔を背ける恋歌に仏頂面を向けると台所の方に移動していく。せっせと仕度をする男子を遠目に見ていた女子はアニメを見終わり、手持ち無沙汰になって手伝おうかどうか迷っていたが

その間に男子が手早く仕度した為、出番は無かった。

 

 テーブル二つを出し、そこに料理を並べた男子四人はしょんぼりしている女子に揃って首を傾げていたが気にせず座った。

 

「・・・男子女子で分かれると何か合コンみたいじゃね?

 

「混合で座るか。・・・っていつも通りのペアかよ」

 

「まあ、変に合コン形式にならないだけマシじゃね? 気まずいしアレ・・・」

 

 視線を逸らす武に同意した隼人は正座する自分の隣、同じ様に正座して黙々と食べている恋歌に目を向けた隼人は道場通いしていた経験上正座慣れしている彼女の正座に見とれていた。

 

 そんな彼の視線を感じながら食べていた恋歌はガッチガチになりながら鶏肉に手を伸ばす。そんな彼女の隣、嬉しそうに加奈を見ている浩太郎は美味しいと素直に言ってくれる彼女に大喜びしていた。

 

「コウちゃん超嬉しそう」

 

「んまぁ、コウ最初料理下手だったからなぁ・・・満足のいくもの作れたから嬉しいんだろ」

 

「ふぅーん・・・」

 

 何の気も無さそうに言った楓はノーリアクションで黙々と食べる武を横目に見ながら彼に手料理を振舞う様を想像していた彼女は美味しく作れればどんな顔をしてくれるのだろうと思った。

 

「なぁ」

 

「ふぁい?!」

 

「何でそんな驚いてんだ? ・・・ああ分かった分かった気にしねぇから」

 

「んで? 何?」

 

「まあ、そんな怒ってる訳じゃねぇけど何でさっきから見てくんのかなぁって・・・さ。って、何で赤くなんだよ」

 

 困惑する武から顔を逸らした楓はオフモードらしい武の気だるげな声にドキドキしながら先ほど考えていた事がバレていないと確信して食事を続けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから二時間後、コーヒー(男子)とココア(女子)をそれぞれ飲みながらテレビを見て雑談しそれから八人総出で片付けて解散した隼人達はそれぞれ帰路に付いた。

 

 恋歌は再び隼人の家に転がり込んで秋保と一緒に風呂に入り、隼人が風呂に入っている間、秋保の部屋に入っていた。

 

「恋姐恋姐、この服可愛くない?」

 

「んー? あらホント、可愛いわね」

 

「今度、夏姐に作ってもらおうよ」

 

「駄目よ、これから夏コミ衣装作るって言ってたから」

 

「ちぇーじゃあ利兄かなぁ・・・」

 

 ベットの上を転がった秋穂は苦笑している恋歌を巻き込むようにして抱き締めると秋穂と身長差のある恋歌はまるで妹のような扱いだった。そんな事に不満を覚えた彼女は秋穂を離すように押したが

腕力が弱いが為に抵抗にならなかった。

 

 持ち前のマイペースさから豊満な胸に押し付けられるのを嫌がっている恋歌を見下ろした秋穂は悪魔か何かを連想させる悪どい笑い方でゲラゲラ笑っていた。豊満な胸の持ち主同士の組んず解れずは

なかなか来る所があるが残念ながら部屋には二人だけしかいなかった。

 

「ねーねー恋姐、今日私と寝ようよー」

 

「えー・・・私は隼人とが良いなぁ・・・」

 

「あ、じゃあ私兄ちゃんの部屋行くよ」

 

「何でそうなるのよ・・・?」

 

「だって、恋姐と寝たいんだもん。良いでしょ?」

 

「は、隼人が良いって言ったらね?」

 

「兄ちゃんなら良いって言ってくれるよー」

 

 のん気に笑った秋穂を背にした恋歌は兄妹の信頼と言うものなのか、と少しばかり嫉妬していた。隠していても感情が現れやすい彼女を後ろから見ていた秋穂は頬を膨らませて

壁を睨む彼女にニヤニヤと笑っていた。

 

「恋姐嫉妬してんのぉ?」

 

「にゃあっ!? そ、そんな訳無いじゃない! 何で私が年下に嫉妬なんか・・・」

 

「いーま嫉妬してた気がするよん」

 

「な、何で分かるのよっ」

 

「だって、昔の私もそんな事してたもん。兄ちゃん依存症だったから」

 

 そう言ってえへへ、と寂しそうに笑う秋穂を肩越しに見た恋歌は抱き付いてくる彼女を逆に抱き返し、驚く秋穂と顔の高さを合わせた。

 

「あ・・・秋穂」

 

「な、何?」

 

「わ、私もその・・・秋穂のお姉ちゃんみたいな感じだし・・・あ、甘えたって、良いのよ?」

 

 ぎこちなくそう言った恋歌は精一杯の笑みを秋穂に向けるとふふっ、と笑いを零した彼女が恋歌の頭を撫でくり回す。

 

「似合ってないよ、恋姐」

 

「う、うるさいっ!」

 

「でも、ありがとね。恋歌お姉ちゃん」

 

「ふ、ふんっ」

 

「えー、折角お礼言ったのにへそ曲げないでよぉー」

 

「さ、さっきの一言で台無しよっ! 全く・・・」

 

「えへへーゴメンゴメン」

 

 苦笑しながらベットから体を起こした秋穂は視線の先、少し開いたドアから様子を見ていた隼人に一瞬悲鳴を上げ、素早く口を押さえた恋歌が秋穂を押し倒す様にしてダイブする。

 

 結果的に大きな物音がしてしまい、両親が飛び起きると思った三人はその場で固まったが日常茶飯事の事だと思われたのか両親が飛び出ては来なかった。

 

「な、何とかなったか・・・恋歌、もう良いぞ秋穂が死んでしまう」

 

「もう、ビックリさせないでよ兄ちゃん!」

 

「悪かった、風呂上がって二階に来て見れば恋歌がいなかったもんだからついな。あそこまで驚かれるとは思っても見なかった」

 

「でさ、兄ちゃん今日一緒に寝ても良い?」

 

「それは別に構わないが・・・恋歌と寝るんじゃないのか?」

 

「恋姐が兄ちゃんと寝たいっていうから一緒に寝ても良いかなぁって思ってー。ね、ね? 良いでしょ兄ちゃ~ん」

 

「まあ、良いか。じゃあ必要なもの持って部屋に来い。恋歌もだ」

 

 そう言って部屋を後にした隼人はものの数分で部屋に来た二人が大喜びで部屋の座椅子にダイブしたのを嫌そうな目で見下ろした。黒のメッシュ素材で出来た座椅子で遊ぶ二人を

他所に漫画を片付ける隼人は山積みになっていた漫画を巻数順で並べた。

 

「よし、片付け終わり。寝るぞ」

 

「えー何か見ようよぉー」

 

「駄目だ。明日学校なんだぞ? 起きられなかったらどうする」

 

「大丈夫だよー正確な兄ちゃんタイマーが―――ギャフンっ」

 

「喧しい、さっさと寝るぞ」

 

 そう言って部屋の電気を切った隼人が布団に入るとベットが嫌な軋みを上げて彼の重量を受け止める。一人用ベットに三人はキツイだろ、と内心冷や汗を掻いていた隼人は壁側から順に

恋歌、秋穂、隼人と並んでいる状態で落ちない様に精一杯努力していた。

 

 バランスを取る隼人の懐で丸くなっている秋穂は間近に感じる兄の温度に安堵を覚えていた。真っ先に眠っている恋歌が静かな寝息を立てるのに微笑を浮かべる隼人は同じ様な表情を浮かべる秋保を

見下ろすと、クスクス笑う彼女に半目を向けた。

 

「何だよ」

 

「兄ちゃんってさ、やっぱり恋姐の事好きなんでしょ?」

 

「何だよ、いきなり・・・早く寝ろ」

 

「寝る前のお話ー。良いじゃん良いじゃん聞かせてよー」

 

「うっせえ、早く寝ろ」

 

 仏頂面の隼人に突っ跳ねられた秋穂は不満タラタラのまま、恋歌を抱き枕に眠った。



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Blast4-1

お待たせしました、第四話です。
季節は秋になり夏の暑さが抜けて朝、夜はすっかり肌寒くなってきましたね。
皆さんも健康には気をつけてください。


Blast4『Before you point your fingers, make sure your hands are clean.《指をさして人を非難する前に、君のその手がよごれていないか確かめてくれ。》』

 

 

 翌日の昼休憩、人の少ない生徒会室にいた隼人は生徒会長一人の部屋で彼女の話を聞く事になっていた。

 

「どう言う呼び出しだ、生徒会長」

 

「酷く、他人行儀ね。まあいいわ、その言い方だと呼び出された用事が分かっていると思うから」

 

「PKの実行犯についてだろ? 知り合いに戦闘ログのネームプロテクトの解除を頼んでる」

 

「プロテクトを掛けるなんて、随分と用意周到な相手ね・・・それは何時終わるの?」

 

「楽な仕事だから今日中には済むと言われてる。放課後だろうな」

 

「そう、分かったわ。こっちも照合の準備はしておくから終わったら持って来て頂戴」

 

「了解だ」

 

 短いやり取りを終えた隼人は生徒手帳を掲げて見せた生徒会長に頷くと、生徒会室を後にした。そして、教室へと戻る道すがらに遭遇した妙に大きい話し声に気付いた彼は

念の為に足音を殺して話し声のする方へ移動すると人通りの少ない校舎裏にたどり着いた。

 

 そこには女子一人と男子二人が一人の女子を囲む様にしていた。

 

「アンタ、ちゃんと迷惑料の三万円は持ってきたんでしょうね」

 

「え、あ・・・む、無理だって」

 

「あ? 持ってこなかったら何するって言ったか覚えて無い訳? タダじゃすまないって言ったっしょ?」

 

 男子を連れた女子がそう言うと囲みの中心にいる女子は体を萎縮させる。その様子を見ていた隼人は恐喝と判断して何とかしようと思い立ち、手近にあった掃除用のバケツを手に取って

男子の一人に向けて投げ飛ばした。

 

 寸分違わず直撃したバケツはガシャン、と物音を立てて落下し、頭を抑えた男子は低空姿勢で目の前に迫っていた隼人に驚愕した後に全力の右ストレートを腹に食らい、コンクリート製の壁に叩きつけられた。

 

 叫びながら手にしたパイプでもう一人の男子が殴り掛かろうとするがその前に右肘の一撃を鳩尾に受け、体を折り掌底でパイプを弾き飛ばされてその場に崩れ落ちる。へこんだバケツがむなしい音を立て男二人が

薙ぎ倒された凄絶な現場に哀愁を残した。

 

 怯える恐喝犯の女子を睨みながらストンプで鉄パイプを変形させた隼人はそれを彼方まで蹴り飛ばすと女子を見下ろした。

 

「さーてと、生徒指導室まで行ってもらうかねぇ。おら、立てよ」

 

 そう言って男子二人を担ぎ、女子を連行した隼人は時折逃げようとする女子に追いついて目前に蹴りを叩き込んで連れていた。そして、護送が終わって教室に戻った隼人は既に授業が始まっている教室に入り、

教員に事情を伝えてから席に着いた。

 

 教科書を出して授業を受けようとした隼人は隣の席になっている浩太郎に腕を叩かれ、別名"浩太郎メール"と称される独特の形に折られたルーズリーフを投げ渡された。

 

(コウ)『何かあった?』

 

(ハヤト)『恐喝犯とっちめた』

 

(コウ)『あ、その護送で遅くなったんだ。てっきりどっかで時間潰してるんだと思ってたよ』

 

(ハヤト)『俺はそんな不良じゃないぞ』

 

(コウ)『知ってる。でも、その不良よりも強いって知られてるんだから性質が悪いんじゃない?』

 

 心配する様なイントネーションが浮かび上がるその文を読んで苦笑する浩太郎に目を向けた隼人はペンを走らせ、汚い字で書き殴ると浩太郎に投げ渡した。

 

(ハヤト)『性質が悪いってどう言う意味だ、確かに強いっちゃ強いがSATには負けるぞ』

 

(コウ)『何で比較基準がSATなのさ?』

 

(ハヤト)『いや、並の警官なら倒した事あるからさ・・・道場で』

 

(コウ)『ああ・・・前言ってたね、親御さんに付いて行った時に警官数名薙ぎ倒したって・・・』

 

(ハヤト)『薙ぎ倒したとは何だ、ちゃんと一対一でだな―――』

 

 書いている途中で奪われた隼人は浩太郎の隣に座る夏輝を経由して縦列でルーズリーフに書き込みを開始したのに青くなった。探偵部メンバーを一巡して帰ってきたルーズリーフは思い思いの感想が書かれていた。

 

(レンカ)『アンタどんどん人外的な強さになっていくわね・・・』

 

(カエデ)『と言うかはー君が言ったのって複合試合じゃ無いっけ。剣道とか薙刀術とか色々な型がいっぺんに戦う奴』

 

(タケシ)『おいおい、もしそうだとすればやばいぞそりゃ』

 

(トシヤ)『と言うかもう既に市内最強じゃないかな・・・』

 

(ナツキ)『あ、私インターネットで調べた事があるんですけど得物を持ってる人に素手の方が渡り合うには得物を持ってる方の三倍の実力が必要になるそうです』

 

(カナ)『知ってる、三倍段の事でしょ』

 

(トシヤ)『カナちゃん詳しいね。ざっとこんな感じだよ、隼人君」

 

 羅列された文章を読んで微妙なテンションになった隼人はニコニコ笑っている浩太郎を睨むと文章を書いて彼に渡した。そして数分後、返事が返ってきた。

 

(ハヤト)『つまり戦闘能力バカ高いキチガイだって言う意味か? それは』

 

(レンカ)『ストレートに言えばそうよ』

 

(カエデ)『そこは否定しようよ恋ちゃん!』

 

(タケシ)『はなっからそういう風に書いてたから否定しようがねえんだよなぁ』

 

(トシヤ)『キチガイじゃないけど戦闘力バカ高いとは思うよ? うん』

 

(ナツキ)『隼人君大抵戦う人より実力上ですもんね・・・』

 

(カナ)『と言うより何をやったらそんなに強くなるのか知りたい』

 

(コウ)『あはは、気になるね』

 

 回ってきた文章を読んだ隼人は主題が自分の戦闘力である事にあまり良い気持ちになれなかった。高校生で大人を倒すのは確かに異常だとは思うがそれを言うなら自分を持ち上げる姉や

凶器を恐れず逮捕する父親の方が凄いのではないのか。

 

 そう疑問に思った隼人だったがそれよりも彼らの疑問に答えるべきだと思い、答えを書いて回した。

 

(ハヤト)『飯食ってトレーニングして寝るをしたらこうなった』

 

(レンカ)『え、それ本気?』

 

(カエデ)『・・・はー君って、たまに区別の付け難い事言うよね』

 

(タケシ)『つーか、トレーニングって大体何してんだよ』

 

(トシヤ)『と言うか筋肉の量が桁違いだよね、それに加えて豊富な経験かぁ・・・』

 

(ナツキ)『隼人君って格闘技する為に生まれてきた様なものですね』

 

(カナ)『ほう・・・恵まれた体格に格闘技への天賦の才が組み合わさる事で最強になる、と』

 

(コウ)『アスキーアートでそんなのあったよね、確か』

 

 意外とコアなネタ知ってるよな加奈は、と内心で思った隼人は続きを書こうとして教員から睨まれているのに気付いて止めた。気まずい雰囲気になる中、浩太郎の方を見た隼人は

あっさりと女子から手紙を受け取った彼に冷や汗をかいた。

 

 嬉しそうな彼の背後、異様な殺気を持って手紙を渡した女子を睨む加奈に気づいた隼人はフォローに入ろうとしている夏輝にも気づいた。

 

(一応止めようとはしてくれてるみたいだな・・・弱腰だから効果は無いが)

 

 ため息をついた隼人はあまり面白くない授業を受け、退屈な時間が終わるのを待った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 放課後、要件を済ませる為にある場所に向かっていた隼人は通学に使っている赤と黒の登山用リュックサックを半分肩掛けして、理系棟と呼ばれる理系科教室が密集する棟の

廊下を歩いていた。

 

 薄暗い噂しか聞かない理系棟でも放課後になれば部活動に参加しようとする生徒で賑わいを見せる。双葉高校には把握できるだけでも30近い部活動が存在しており、部室割りでのトラブルや

部費の割り当てなどでしょっちゅう小競り合いがあった。

 

 探偵部でもそれらが円滑に行われる様、交渉の代行や提出された証拠の信用度を上げる為の内部調査などを行ったりしていた。それらは生徒会からの依頼で行っていたが元々不透明な活動内容だった事に加えて

本来なら委員会業務に当たるらしいそれを報酬のある依頼と言う形で執行した為に文化委員会に睨まれたらしく、現在の彼らとは折り合いが悪い。

 

 それに加えて隼人は個人的に文化委員会が気に入らない。それは過去の因縁が絡んでいるのだが、それはまた別の話である。

 

「さーて・・・おい、佐々山。依頼の物出来てるのか? 受け取りに来たぞ」

 

「受け取る前に渡す物有るんじゃない? それからそれから」

 

「チッ、ほらよSNLウェブマネーカード1500円分」

 

「おうおう、上等上等。1500円とは羽振りが良いねぇ探偵部も」

 

「渡す物は渡したんだからとっとと寄越せ」

 

 強気の隼人に肩を竦めながらパソコンに繋がれたタブレットのパネルを操作した少女、佐々山は隼人が持っているデバイス宛にプロテクトを外したログデータを送信した。受信側に設定されていたスマートフォンの

バイブレーションが振動し、彼が取り出したタイミングでデータが開かれる。

 

 PDFデータで表示されたそれは隼人と『伯爵』が交戦した時の記録を時間毎の箇条書きで表示されており、『???』だった『伯爵』の所がプレイヤーネームであるらしい『デューク』に変わっていた。

 

「・・・よし、依頼は終わりだ」

 

「はいはーい、毎度~」

 

 立ち去る隼人の背中に飄々とした佐々山の言葉が掛けられ、理系棟を後にした隼人は生徒会へデータを提出すると部室に向かった。照合には時間がかかるがゲームキャラをキルするには必要の無い事だった。

 

 部室に到着した隼人は各々の事をしている各人にため息を漏らし、部長の字も眩しい立て札が飾られた事務机に向かうとカバンを下ろして長机二つ置いた会議スペースに移動、簡易ホロ装置にUSB接続で

スマートフォンを繋げた。

 

「おい、会議するぞ」

 

 若干不機嫌そうな隼人の声でものんびりしている全員は普段通りの速度で会議スペースに移動した。

 

「んで? 何話すんだよ」

 

「『伯爵』のプレイヤーキャラが分かった」

 

「あー、例のプロテクトの奴か。外してもらったんだな、それで、名前は?」

 

「『デューク』、俺が調査しようと思った最後の一人だ。経歴は二ヶ月前までグローブスティンガー所属、その後はアイランを拠点にフリーランサーとして活動していた。クラスはインファントリー、

使用回数から見るにライフルやグレネード(爆破物)の類は殆ど使用していない」

 

「なるほど・・・しかし、プロテクト無しでこれだけ情報が漏れるのか。末恐ろしいぜ」

 

 身震いする武に頷いた隼人はプロテクト解除のついでにと頼んでおいたライブラリーサイトの情報抜き出しで表示されている情報量に圧倒されると同時に寒気を感じていた。VRMMOであるBOOの戦闘において

最も重要なのはプレイヤーの情報だ。弱点や癖、攻撃傾向などあらゆる情報は精査すれば強力な武器になる。

 

「何にせよ、得物を丸裸にしたんだ。どう攻めるかを考えるぞ」

 

「セオリー通りなら不意打ちだけど・・・」

 

「相手はどこにいるかも分からない奴だ、不意打ちできるとは思えない」

 

「・・・だとすれば、どうするの?」

 

「狙撃が出来る環境に持ち込めればいいんだが・・・武、マップデータあるか?」

 

 隼人の問いに利也の隣に座っている武が共用コンピューターに保存していたマップデータを呼び出し、プロジェクターに出力する。表示されたマップデータにはアイラン周辺地域のマップが表示されていた。

 

 表示されたマップを見ていた隼人はアイランの西側にある遺跡エリアを凝視してポインターを手に取った。

 

「狙撃ポイントとしてはこの遺跡エリアだが・・・拡大できるか?」

 

「あいよ」

 

「ふむ・・・運営提供の立体マップによれば一番高い建物で200m相当、狙撃をするには十分な高さだ」

 

 ポインターで円を描いた隼人に武が頷くが、当の狙撃手である利也はポイントされた高層ビルを見て考え込んでいた。そんな彼を見ながら共有設定にされているマップデータを手元に置いているタブレットに表示させ、

同じ様に考え込んでいる夏輝を見た隼人はどうしたのだろうかと思った。

 

「どうした?」

 

「いや、この地形だと遠距離からの狙撃の方が有利だと思ってさ・・・ほら、エリアから離れた荒野の方が良いと思うんだけど」

 

「何でだ?」

 

「理由としては、距離的優位が確保しやすい事と成功率の上昇かな。正直この高さから撃つなら遠距離の方が当たり易いんだ、遺跡で戦闘をするならほぼ真下に銃口を向けなきゃいけなくなるからね」

 

「なるほどな」

 

 納得する隼人に頷いた利也に続く様に手を上げた夏輝はタブレットに書き込んでいた情報を武に頼んで同期してもらい、しっかりと書き込まれた図面がプロジェクターに出力される。

 

「夏輝、これは?」

 

「え、えっと利也君の狙撃能力を図面化した物です・・・バレットの有効射程および利也君の狙撃スキルから計算すると半径約1.5kmほどです」

 

「1.5km、荒野には十分に届くな・・・よし、利也の狙撃を含めて作戦を考える。第一案だが先ず俺に関する噂話を流してグループごと誘い出す」

 

「噂話で誘い出せるもの? 相手はネット掲示板を使っている様な人達なのに・・・」

 

「まあ、そこはほぼ推論だ。人の集まる所で情報収集しているのかも、と言う博打でな」

 

「はぁ、五十嵐君って意外と博打打ちですよね・・・。それで、第一案が成功した場合、どの様に立ち回るのですか?」

 

「この破片集中地域を中心に円形状に迫撃砲を設置、一斉射で数を減らす。ここで夏輝、お前は迫撃砲と武たち前衛メンバーを広範囲アクティブステルス術式で隠すんだ。砲撃後、爆煙に紛れ込ませながら

武達は突撃、この地域は風がよく吹くから爆煙が晴れるのは早いから利也の狙撃も早いタイミングで行われるだろう。頭数を更に削った後、乱戦に持ち込む手筈だ」

 

 隼人の立てた作戦プランを見て呆れている夏輝は同じ様に押し黙っている周囲を見るとタブレットに表示されたマップにそれらを書き込み始めた。

 

「つまり・・・1.噂話で誘い出す。2.予定ポイントで迫撃砲の砲撃。3.晴れた煙から見える敵の狙撃。4.残存戦力への強襲と、言う具合に進めるの?」

 

「そう言う事だ。迫撃砲はサクヤから既に借りる許可を貰っている。計七基、武と楓で四基を運び、残り三基を恋歌、コウ、加奈で運搬。設置して回ってくれ」

 

「ポイントをココとするならば・・・こう、かな。ここに設置して遠隔発砲装置を取り付ければ良い筈です。発砲権は?」

 

「夏輝に任せる。あと、装填弾種はエアバースト、低空炸裂に設定しておいてくれ。じゃあ、今夜。決行と行こうか、解散」

 

 そう問いかけた夏輝は無言で頷いた隼人に小さく頷き返し、タブレットのデータを武に送った。受け取った武は鼻歌交じりにBOO外部アクセス用のSNLラインで転送し、ケリュケイオン共用データフォルダに収めた。

 

 軽快な電子音と共に収められたデータに上機嫌の武がコンピューターを閉じる。それを合図に解散の号令を出した隼人はわらわらと帰り支度を始めた彼らに混じってカバンを取りに行った。

 

「はーやとっ、一緒に帰ろ?」

 

「ああ、帰るか。っと、家に電話しないと」

 

「BOOの事?」

 

「ああ。一応言ってからやらないと家族に怒られる」

 

「面倒ねぇ・・・じゃあ、尚更早く帰らなきゃね」

 

 えへへ、と笑う恋歌に顔を赤くして応じた隼人は武たちに退出を促すと部室の鍵を手に取った。全員の退出を確認した隼人はドアを施錠すると職員室に移動する。

 

 鍵に通されたボールチェーンに指を通して回す彼の隣をちょこちょこと歩く恋歌はその背後を付いてくる武達の方を見るとニヤニヤと笑う武と楓を睨みつけた。

 

「・・・何してんだお前」

 

「にゃあっ?!」

 

「武と楓は無視しろ・・いない者として考えるんだ」

 

 白けた目をしている隼人に頷いた恋歌は地獄耳の二人の突撃を受けて悲鳴を上げそうになったが突撃を看破していた隼人の手に引かれて難なく回避し、勢いそのままに飛んでいく二人を流した。

 

 無言のままその場に置かれた恋歌は武と楓の方に移動した隼人が彼らにチョップを叩き込んでいる様を見て怒っているのか、と内心ヒヤヒヤしていたが彼らがヘラヘラ笑っているのに

怒っていないと判断して隼人の傍に近づいた。

 

 そんな彼らのやり取りを遠巻きに見ていた利也はため息一つを落とすと隼人から鍵を受け取り、先に職員室に向かって鍵を返却しに行った。要件を済ませて帰って来た彼は窓から隼人の妹が入ってくるのを

目撃して何かを噴出していた。

 

「何してんの?!」

 

「あ、利兄。何って普通に兄ちゃんと話してんだけど」

 

「はぁ・・・これでも普通なのかい?」

 

 溜め息をつき、落ち着きを取り戻した利也はいたずらが成功した子供の様な目をしている秋穂が校舎の屋根に足を掛けたのに疑問を浮かべるがその直後に彼女は木の上に飛び乗り、器用に降りていく様を見て

胸を撫で下ろすと手を振って友人らしい少女と共に帰っていく彼女を窓越しに見送った。

 

「秋穂ちゃん流石だね・・・」

 

 ダンスやってる以上の運動神経を見せる秋穂に呆れ半分の呟きを漏らす利也は負けず劣らずの身体能力を持つ隼人や浩太郎に視線を向けた。

 

「アイツ、建造物の上り方はコウから教わったって言ってたな・・・どうなんだ、コウ」

 

「まあ、基本を教えたのは確かだけどあくまでも公園を縦横無尽に駆け回るだけの技術だから」

 

「基本でも教えた時点でアウトだと思うぞ、俺は」

 

「それは、お兄ちゃんとしての意見?」

 

「まあ、そうだな・・・」

 

 そう思うと恥ずかしさが込み上げてくる隼人にニヤニヤと笑う浩太郎は一連の会話を疑う武達に見せ付ける様にして階段の踊り場から身を回しながら跳躍して一階に降りて見せた。戦闘用途に限らなければ

身体能力随一の利也はカバンを投げると身軽な動きでバク転、着地と同時にカバンをキャッチした。

 

「どう?」

 

「どうって言われても見慣れてるからよ・・・」

 

「あはは。ま、そうだよね」

 

「見慣れてるついでで聞くがそのアクロバット、どうやったら出来るんだよ」

 

「こればっかりはもう馴れって言うしかないかなぁ・・・」

 

 あはは、と笑う浩太郎に苦笑を返した隼人はあんなアクロバットが出来るのは恋歌や秋穂ぐらいだろうと思いながら下駄箱で靴を履き替えた。隼人は元々器械体操が苦手でアクロバットは無論出来ない。

 

 相談してみれば筋肉の作りが違いすぎると道場に通っていた頃、道場に勤務しているスポーツトレーナーに笑われた。恋歌や秋穂、浩太郎は柔軟な筋肉を持っているが自分はがっしりとした筋肉を持っており、

対衝撃性が強いので格闘技やぶつかり合いをしても耐えられるがその代わりに柔軟性に欠ける。

 

 体に掛かる負荷のステータスが無いBOOではそれらの違いがゲームとして現れる訳ではないが現実での身体感覚が引き継がれるそれではどうしても普段している体の使い方が現れてしまう。

 

 何かしらの事柄が現実で出来なければBOOでも出来ない。これはゲームでの常識であり、一般的な常識である。逆を言えばBOOで出来る事は現実でも出来ると言う事だ。

 

(そう・・・人を殺す事もな)

 

 心の中でそう呟いた彼は数ヶ月前に経験したある事柄を思い出していた。居合わせた場所が血に塗れた瞬間、自分はゲームの世界にいるのではないのかと錯覚し自分もその一人となりかけていた。

 

 執拗なPKが引き起こした事件、不幸な事件とも防げた事件とも言えないそれは敢え無く闇の中に葬り去られた。そう、自分が犯人を半殺しにした事実ですら。

 

「おい、隼人?」

 

「ん?」

 

「何ボーっとしてんだよ、早く帰ろうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

「ようし、そうと決まりゃさっさと帰るぞ!」

 

 全力疾走の武に呆れ半分の隼人は走り去る彼に追従した楓の背を見ながら赤と黒のツートンで彩られたリュックサックを背負って残る六人と一緒に帰った。



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Blast4-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 午後八時―――BOO:双葉高校サーバー:アイラン郊外・廃ビル密集区域

 

 攻撃作戦の第一段階として隼人のいる荒野エリアに敵が到着したのをはるか遠くから見ていた一組の男女がいた。廃棄された事務机に設置した観測用スコープを構える観測手とその隣、会議用の長机の上でバイポットを立てた対物狙撃銃、バレット・M107A1を匍匐姿勢で構える狙撃手は夏輝と利也で、彼女らは今遠くからの観察で攻撃タイミングを計っていた。

 

 半円を描く様に設置された迫撃砲のコントローラーを手にスコープを覗き込む夏輝は隼人との距離を徐々に詰めていく敵を見ていた。短機関銃の有効射程距離に入る前に一斉砲撃させる様に言われていた彼女は個別砲撃を指示するタブレット型の端末を操作しつつ、隼人以外の前線組にかけたステルス術式の維持時間を見ていた。

 

(残り67秒・・・)

 

 長くは持たない時間だが文句を言っていられない。ステルス術式の射程距離は使用者の認識可能な範囲に準拠している。今、対象者達は幾多にも設置された岩に隠れてその姿を晦ませている。

 

 相手に居場所を悟らせない為でもあるがそのせいで彼女もその姿を認識する事が出来ずにいた。故に術の重ねがけが出来ず切れたらそこで御終いだ。その前に、発砲させる。

 

「ナツキ、ブラスト」

 

 砲撃を意味する符号呼称と同時に1番と6番を先に発砲させ、その砲弾が気を引いた瞬間に残る砲筒から砲弾を放つ。爆発のエフェクトと共に数名がログアウトしたのを確認、タイマーが術の解除を知らせ、同時、IFFで識別された味方の反応が爆心地へと移動し始める。

 

 煙が晴れる予想時間は炸裂から30秒後、体内感覚で三十秒を数えた彼女は観測用スコープを覗き込んで優先的な射撃点をスポット、連動してファンシアと呼ばれるゲーム内の端末が表示する生体連動式擬似HMDにスポットされた敵に向けての射線が夏輝の視界に映る。

 

 無論相手にそれは見えていない。見えるのは味方として登録している夏輝達だけで、プレイヤーの任意でこの機能のオンオフは出来る。この機能はコミュニケーションを取れない特殊環境のプレイヤー同士での誤射防止及び連携精度の向上を目的とした物で、有効範囲は無制限だ。

 

「距離、1.5キロ。無風状態」

 

 観測したデータを報告する夏輝は射線が少しずつ動いていくのを確認、煙が晴れると同時腹に響く様な銃声を発したバレットが12.7mmのライフル弾を射出する。スコープの中で頭部を爆ぜさせたそれを見届けた彼女は

命中と、機械的に呟いてスコープの中に映る雑兵をスポットした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 夏輝達から約1.5キロの地点、煙が晴れた瞬間の狙撃で大慌ての相手に向けて突撃した隼人達は続々と打ち抜かれるハンターナイトの傍を抜けながら後ろで待機していた攻撃職達の方に突貫していく。防御力が高く強固なハンターナイトを壁役に自分達の攻撃を凌ごうとしていたのだろう彼らが慌てる様にニヤリと笑った。

 

 盾役のハンターナイトが持つシールドは確かに強力だがそれ一つでどうにかなるかと言われればそうではない。防御ステータスの高いシールドでも貫通力の高い攻撃は防げない。利也が使っている対物狙撃銃や対戦車ロケット砲がそうだ。

 

 あらかじめ壁役が来る事は読めていたのでバレットの使用を求めた隼人は接近する女人狼武者の攻撃をアッパープレートで受け流すと右のジャブで顎を穿ち、脳震盪を起こした武者の体が揺らめく。腹を蹴り上げた隼人は倒れ込んだ武者の胸にストンプを落とし、退場させた。

 

 直後、背後から組み付かれた彼は顔の横に現れた銃口に反応して拳銃を握る腕を引っ張って前に向けさせる。そして、地面に投げ飛ばした彼は倒れた先で拳銃を構えていたデュークに目を見開き、連射された拳銃を回避した。

 

 咄嗟の回避でバランスを崩し、倒れた彼へいつの間にか接近していた男エルフのフォーサーがショットガンタイプのガンブレードを構えていた。やられる。そう思った直後、フォーサーの胸部に恋歌の飛び蹴りが突き刺さり、薙ぎ倒された彼の体が引き摺られた様に地面を滑っていく。

 

 その反動で跳躍した彼女は起き上がったデュークにHK45拳銃を構えて発砲する。ワンアクション遅れた動作に反応が間に合ったデュークは難なくそれを回避して拳銃を構える。だが、それよりも早く起き上がった隼人がタックルでそれを阻止。

 

 向けられた拳銃を裏拳で弾き飛ばし、拳を振り下ろした彼は打ち下ろしのストレートを回避され、背後にいた人狼族のインファイターにマウントから剥がされて投げられる。

 

 地面を転がった隼人は接近するインファイターに反応しようとした恋歌が、別で接近した女人狼タオシーの華麗な槍捌きによって追い散らされる。

 

 その奥で逃走するデュークの姿があった。拳を下ろそうとしたインファイターを蹴り飛ばした隼人は起き上がって追おうとするも炎属性の気孔術で牽制したタオシーによって阻まれ、種族特性でブーストされた速度で接近するインファイターに捕捉され、デュークの追撃を諦めた。

 

 叩き付けられた拳を捌き、カウンターを入れた隼人はカバーに入ってきたタオシーの槍を回避すると柄を掴み、振り回そうとするが人狼の筋力によってそれを阻まれてしまい逆に引き摺られていた。

 

 介入しようとした恋歌は気孔術で牽制され、その間に挟撃しに来たインファントリーが隼人の背後から拳を振りかざしてくる。

 

 後頭部狙いの一撃。不味いと思った隼人だったが槍を放す訳にも行かなかった。拳が直撃する瞬間インファントリーの体が真横に吹っ飛び、追撃のショットガンが倒れた体を滅多打ちにする。

 

 それを確認するより早く、槍を動かしてタオシーへの射線を確保した隼人はショットガンを下ろした武のライフルタイプガンブレードの発砲音を聞いた。

 

 だが、そう簡単にやられる訳が無く、槍を手放したタオシーは隼人に足払いを掛けて槍を奪うと鋭い突きで武のショットガンを弾いた。あらぬ方向へ飛んでいくそれも見ずに、ガンブレードを縦に振るった武は受け流された刃を切り返そうとしたが穂先で押さえ込まれた。

 

 その背後から飛び出した恋歌は素早い動きで回避したタオシーに目を見開き、飛び膝蹴りの体勢のまま武とかち合った。

 

 自滅した二人を他所にタオシーに飛び掛った隼人は着地と同時に打ち込まれたライフル弾にバックステップし、視線を横に向けるとM4カービンを構えたインファントリがいた。

 

 ライフル弾の射撃を受けて物陰に隠れた隼人は夏輝と通信を繋げた。

 

「ナツキ! 敵の数を教えろ! 大体で良い!」

 

『約二十人前後、リーヤ君の狙撃でだいぶ数は減らしてるけど・・・』

 

「くそ、そんな数だったのか・・・!」

 

 切り抜けて追おうにも追いかけられる距離では無かった。秘策も用意していたと言うのに二十人近いプレイヤーがいるとなれば必ずどこかで包囲されるのがオチだ。

 

 だったらここで戦力を削るのがベターだと断じた彼は、チャットに指示を書き込むとインファントリに向けて石を投げつけた。

 

 目前に現れた石に驚愕しているらしいインファントリの動きを見ていた隼人は真横から現れた男半猫の忍者に驚愕し、飛び蹴りで阻まれた。転がった彼は眼前に向けられた拳銃を回避して蹴りを放つ。

 

「ショートカット『ストライクキック』!!」

 

 振り上げられた足にスキルの強化効果が纏われるが直前で跳躍回避され、空振りに終わった。その隙を狙ってインファントリが銃を構え、ガンブレードを構えた武がライフルを連射してそれを阻む。ライフルに追い散らされたインファントリは合流しに来た楓の一閃を背後に受け、始末された。

 

 隼人と合流し、片手に構えた刀を回転させた楓は回転した刀に触れた女リッパーの剣をそれで弾くと一瞬フリーになった刀の柄を掴んで回転斬りを放った。剣の軌道から逃れた彼女は背後からの一刺しで即死させられた。

 

 消滅した死体から現れたのは大振りのコンバットナイフを手にした浩太郎でその傍らには加奈の姿もあった。図らずも戦況の悪化により全員が一箇所に集まる状況になってしまい、囲まれた彼らは背中合わせで集結しつつ、それぞれの得物を構えた。

 

「おいおい、どうすんだよリーダー」

 

「決まっているだろう、殲滅だ」

 

「よく言うぜ、二桁は確実なのによ!!」

 

「いつも通りだ、やって見せろ」

 

「はいよ、リーダー!!」

 

 武と隼人の軽口を合図に飛び出した彼らは一方向に雪崩れ込み、その方向にいるプレイヤーを薙ぎ倒すと追ってくるプレイヤーを相手取った。飛び蹴りで距離を詰めた隼人は着地と同時に正面にいるインファントリを殴り飛ばし、挑みかかって来たハンターナイトの一閃を受け止める。

 

 大振りの大剣を白羽取りで受け止めた隼人はそれを真横に投げるとフックで顔面を殴り、前ロールで切り返しを防ぐとそのまま半回転をかけながらのバックステップで彼に背を向けて他のプレイヤーに挑みかかった。

 

「舐めやがって!!」

 

 大剣を構え直し、隼人の方に走り出したハンターナイトは風切り音を背後に聞いた。何の音だ、と振り返った彼の目に飛び込んだのは踵部分にパイルバンカーが備えられた鉄製のブーツだった。

 

「ッ?!」

 

 発砲音と同時、突き抜ける様な衝撃を体に受け、吹っ飛んだハンターナイトは背後で待機していた仲間を巻き込んでそのまま消滅した。空中で姿勢を制御して着地した恋歌は次々に撃ち込まれる拳銃弾をバク転で回避すると通常の剣とガンブレードの二刀流で立ち回る武にその場を任せた。

 

 短機関銃で弾幕を張るインファントリをガンブレードで牽制した武は接近する忍者二人からの一撃離脱斬戟を右手に構えた片手剣で防ぐ。押し込みに掛かった忍者からの刃をガンブレードで受け止める。その間にフリーになった片手剣にスキル効果を纏わせて横薙ぎに振り抜く。

 

「邪魔だオラァ!!」

 

 片手剣の初級スキル『アバランストブレイク』を纏わせた刃で忍者を薙ぎ払った武はガンブレードに炎を纏わせ、接近してきたファイターを切り裂くと強化スキル『バレットエンチャント』を発動させてファイターを滅多撃ちにした。

 

「一丁上がりッと! 危ねえな」

 

 背後から接近するファイターの一閃を剣で受けた武は反転しながら二刀で斬ると背後をカバーした楓に視線を向けた。一刀でファイターの剣を弾いた楓は斬り返すとゆっくりと構えを直し、ファイターに歩み寄る。時代劇によくある残心の動き、熱しやすい彼女が使っているのは珍しい事だった。

 

 ファイターの刃を受けながら楓の方を見た武は楓の手元に浮かぶウィンドウに気が付いていた。なるほどな、と笑った彼は押さえ込んでいた刃を放してかち上げるとファイターを滅多切りにして蹴り飛ばした。

 

 そして、楓の方を振り返ってウィンドウ操作で武装を転送させていく。マジックバックの容量を圧迫してしまえば武器を収める事は出来なくは無いのでおそらくそこから取り出しているのだろう。ボックスからの転送だと余計な金が掛かる。

 

 転送され、次第に腰へ現れる刀。ワイヤーフレームから実物と変わらぬ姿に変わるそれは豪奢な飾り紐に彩られながらも艶やかな漆塗りの鞘から立ち上るワインレッドのオーラが非常の物であると指し示していた。現出と同時現れたウィンドウには禍々しい得物の銘が記されていた。

 

「妖刀『威綱』・・・だと?!」

 

 ケリュケイオンが保有する唯一の魔剣クラス武装。去年暇つぶしに行った大規模クエストで最後に止めを刺した隼人がドロップしたものだ。拳以外の武装を扱う意味が無かった彼がいらないと言って楓に譲った代物で、付加されている特殊効果に防御貫通があり、シールドでの防御をすり抜け尚且つ防具の防御能力を無視してダメージを算出するという、いわば防御殺し(ディフェンスキラー)の武器だった。

 

 無論そう言った能力に圧迫されて『威綱』その物にはそれ以上の追加効果は無いが、予め持っていた刀『ムラサメマル』には所有者の攻撃力強化があり、それと合わせて装備する事によって強化された攻撃を防御無視で叩き込める様になっている。それも、二刀流でだ。

 

「に、二刀流・・・?!」

 

 両手に構えられた刀の煌きを恐れる様に呟いた女ファイターはゆらりと刀を揺らした楓に剣を向ける。対する彼女は横にした刀をそれぞれ上下に構え、下になったムラサメマルの切っ先をファイターに向ける。深呼吸した彼女の動きを緩やかでその目は確実に彼女の体を捉えていた。

 

 攻防一体の構え方、まともな剣道経験者ならほぼやらないであろう二刀流の構え方は元は演舞用のものだ。全てを攻撃に転用できる訳ではないが構えがあるのは楓にとってはありがたい事だった。構えを中心に攻撃を行うのが楓の基本スタンスであり、それが無いとなれば攻撃を組み立てる事が難しくなってしまう。

 

 それはさて置き、ファイターとの距離を徐々に詰める楓は攻めかかったファイターの剣を左の威綱で受け流すと懐に潜り込ませた右のムラサメマルで腹を切り裂く。痛みに反応して後退したファイターに向けて左の刀でスキルを発動させた楓は刀系スキル『斬捨』のエフェクトを纏った一撃を食らわせた。

 

 防御貫通の効果もあいまって一撃必殺となったそれは容易くファイターの豊富なHPを刈り取っていた。ニヤリと笑った楓は両腕を翼の様に広げて両側から攻めてきた刀を受け止めるとそれを弾き飛ばし、両の刀から炎属性の回転切りを放つ。

 

「独流剣技『焔旋風』!!」

 

 その名の通りに旋風を巻き起こした焔に切り裂かれたハンターナイトに驚愕した武は中に散る火の粉の中に立つ楓に目を奪われた。直後、迫り来る炎属性の単体攻撃魔法『フレイム』を切り裂いた彼女は至近で炸裂した切断体に驚いていた。

 

「ぬわあああ、ビックリしたぁ! 何で爆発するのぉ!?」

 

『炎系なんだから当たり前です!!』

 

「って、アレ? もしかして今魔法ぶった切っちゃった?」

 

『自覚無しですか!?』

 

「だーって、身の危険感じたらつい手が出たんだもん」

 

 えへへーと笑う楓にため息を返した夏輝の通信帯から電子音声が響き、直後に対物用ライフル弾が詠唱段階に入っていたウィザードを撃ち抜く。ライフル弾が伴わせた衝撃波で周囲で待機していたインファントリもまとめて吹き飛ばされる。

 

 まぐれだと判断し、魔法の切断をさせまいと遠距離職を優先的にスポットした夏輝は割り込んできた通信を開くと個別で受けた。

 

「はい、ケリュケイオンのナツキです」

 

『お、繋がったか。こちら、アイラン首都警備隊だ。お前さん方が探してる奴がこっちに来そうになったから門閉めて牽制射撃中、奴さん移動の足は無いみたいだから今走ってくれば間に合うぞ』

 

「本当ですか!? 分かりました、向かわせます!」

 

『おいおい、それは良いが戦闘中だろう。大丈夫か? 二名でも良いぞ、そっちの・・・リーダーとその彼女で』

 

「分かりました。じゃあ二人を向かわせますね」

 

 そう言って通信を切った夏輝は通信を切り替えてケリュケイオン全員と繋ぐと先ほどの事を伝え、隼人に作戦プランの変更を進言した。

 

『了解よ、ハヤト。さっさとぶちのめすわよ!』

 

『ま、待てレンレン。俺達が抜けると前衛四人で戦わなきゃいけないんだぞ』

 

『任せろって、幸い数が少なくなってるし後は俺達だけでも何とかなるよ』

 

『だから早く行くんだ。その分僕等も早く動ける』

 

『分かった、頼んだぞ』

 

 そう言って通信を切った隼人と恋歌のシグナルが離れていくのを確認した夏輝は残る面々に指示を出し始める。指揮官である夏輝は取り出したファンシアのディスプレイに表示されているマップを見て作戦を考案、

その間にも戦闘は続いており、傍らで匍匐姿勢で狙撃を続ける利也が並べたマガジンから通算10個目を手に取った。

 

「開けたエリアだと、こっちは不利・・・狙撃で数は減らしているけれど、全てを補えるわけじゃない・・・」

 

 精神力を使う狙撃は一撃で仕留めるのが普通であり、何度も撃っていると精神疲労が重なってしまう。利也の狙撃は有用だが頼りっきりに出来る訳ではない。だとすれば、前衛の運用法を変えて使うしかない。

 

「前衛は楓ちゃんを攻撃の中心に。アサシン二人は隙有らば暗殺で頭数を引いてください。武君はガンブレードとサブマシンガンを装備して皆の援護を。後で全員にオフェンシブアッパーを掛けますね」

 

『了解!』

 

 全員の返答を合図に作戦が変わった。すかさず通信を切って射撃を続ける利也の肩にタップサインを送ると一気に息を吐いた彼を休憩させ、精神的な疲労を抜いている彼を前に作戦の変更を通達した。

 

 ファンシアのディスプレイに表示させたマップを操作しながら説明する彼女は敢えて直撃させずに遠距離職がいる地点を集中砲火させる作戦を考案、バレットが持つ凄まじい衝撃波で吹き飛ばして打撃を与える魂胆だ。

 

「何なら、スキル使おうか。アレなら確実性が増すと思うし」

 

「『フェンリルキャノン』ですか・・・?」

 

「そ。本当は『伯爵』を前衛が倒せなかった時の奥の手だったんだけど。ほら、ハヤト君達が追っちゃったからさ、もういっそここで使おうかと思って」

 

「了解、でもそうなったら六倍足す六倍足す三倍でとんでもない数値を叩き出しちゃうね」

 

「そうだね」

 

 そう言って笑っている利也は一度深呼吸してから匍匐姿勢になるとバレットのスコープを覗き込んだ。スコープに写り込むウィザードやマジックサポーター、ランチャーを携えたインファントリにマークスマンライフルを装備したスナイパーを見回した彼はもう一度深呼吸するとカッと目を見開いた。

 

「ショートカット『フェンリルキャノン』!」

 

 殺那、紫色のエフェクトがバレットを包み込み、それが獣の姿を取ったのも一瞬の事ですかさず引き金を引いた彼はスコープに写る遠距離職の間を射撃した。

 

 唸る風を伴って直進した弾丸は視線を巡らせたプレイヤーのボディを無惨に引き裂き、ポリゴンフレームに分解して消滅させた。強化系アクティブスキル『フェンリルキャノン』、射撃した弾丸の威力を6倍し即死効果を付与するそれを使った射撃で次々に葬っていく利也は前衛の最前列を張る楓を視界に入れて射撃の手を止めた。

 

 対物狙撃銃は誤射が怖い。今の状況では掠っただけでも即死する。スコープに写る楓は二刀を振り回しての大立ち回りを演じていた。その楓は一度に三人を相手に取り、同時に攻めかかる二人の忍者の一撃を弾くと

正面から斬りかかって来たリッパーの双大剣を刀で流し、蹴りで吹っ飛ばす。

 

 アサシンから発展したリッパーは両手武器を二刀流で扱う事が出来、その一撃は必殺を誇るがその分攻撃の隙は大きい。質量の大きい大剣を刀で受けると薄く細い刀は細枝の如くへし折れてしまうが楓は持ち前のセンスで持ってやすやすとそれを捌いて見せた。

 

 双の刀を並列にしてリッパーを切り裂いた楓は、側面にいた忍者が作動音と共に引き抜いたM92FS拳銃を至近で回避。左腕を巻き付ける様な体制でタックルを叩き込む。首筋に当てられそうになっていた厚刃の短刀を柄で弾いた彼女は背後を武に任せると忍者にスキルを叩き込んだ。

 

「ショートカット『天斬』ッ!!」

 

 交差させる様に繰り出した一撃に引き寄せられる様にして切り裂かれた忍者の消滅を壁にして突撃した楓は待ち構えていたインファントリの一閃を回避するとすれ違いざまに斬撃する。素の攻撃力ですら驚異的な楓は、当然マークされるがそれをさせまいと武がMP7サブマシンガンとガンブレードで牽制する。

 

 武は自分が選択した種族である龍人族の行動速度ステータス成長値の低さ故、移動速度が遅く楓に付いて行くので精一杯だった。対し、素早さと攻撃力に特化した人狼族特有のステータスを持つ楓は突風を伴うほどの速度で駆け抜けてはすれ違う者を切り裂いていた。

 

 超高速通り魔となっていた楓だったがそれにも限度があった。激しく動く彼女のステータスを開いた武はズラリと羅列されたパラメーターの中で見る見るうちに減っていく数値の項目を見た武は自身の目前で足を縺れさせ、倒れた彼女を遮蔽物に押しやるとMP7で牽制しながらマジックバックから取り出した携帯食料を楓に渡した。

 

「おー、さんきゅー・・・タケちゃん」

 

「バカ野郎、行動資源値くらい確認しとけ!」

 

「えへへーゴメンゴメン」

 

「お前、枯渇寸前だからあんまり動けないんだろ。後は任せろ」

 

「うん、お願い」

 

 荒く息をつく楓の言葉に頷いた武は残弾数一桁のMP7のマガジンを排出して新たなマガジンを装填する。同じく残り少ないライフルタイプのガンブレードを腰のマウントラッチに装着させた武はMP7のグリップとストックを引き出すと周囲を警戒した後、楓を抱えて移動を始めた。

 

「コウ、カナ! 相手はどの位いる!?」

 

『多くても10人くらい、カエデは?』

 

「行動資源値低下でダウンだ」

 

『前衛は三人に・・・不味いね、狙撃支援があるとは言えど流石にこの人数じゃ・・・』

 

「それでもやるぞ、俺はMP7とガンブレードがある。俺がカエデを守りつつ囮になるからお前らはそいつ等を背後から叩け」

 

 了解、と帰ってきた通信を切った武はMP7を構えて遮蔽物に張り付き、楓の様子を見ながら向こう側を覗き込んだ。夏輝のスポットデータと浩太郎たちの偵察データを同期したファンシアが遮蔽物の向こうに隠れているらしい敵をシルエットとして捕捉する。

 

 だが、貫通力に乏しいMP7では厚いコンクリートを撃ち抜く事は出来ない。射撃するとすれば利也の対物ライフルだが夏輝から転送されたインフォメーション通りなら残弾数が少ない為、撃つ事は出来ても多くを狙えない。

 

 その事を頭に入れつつ、通信を開いた彼は発砲してきた相手側に舌打ちしつつ繋がった利也にスポット番号を用いて発砲指示を出した。直後、音速で飛んできた銃弾によってチャンスを得た武は大量の4.6mm弾をばら撒くと予め取り出していたコンカッショングレネードとフラッシュグレネードを投擲した。

 

「ゴー・アサルトッ!!」

 

 独自の突撃符号を叫んだ武に呼応してコンカッション、フラッシュによって一時的な行動不能状態に陥ったプレイヤー達に向け突撃した浩太郎と加奈は同士討ちリスクそっちのけで連射するインファントリの射撃を掻い潜りつつ、M249軽機関銃を暴れさせるインファントリの喉元にダガーナイフを投擲した。

 

 急所を突かれて一撃死したインファントリの消滅を確認する間も無くクリス・ヴェクターサブマシンガンを構えた加奈と入れ替わった浩太郎は次に見定めたプレイヤーへ飛び掛る。

 

 シールドを持っていない前衛攻撃型ハンターナイトの上方を取った浩太郎はその手にプッシュダガーナイフを引き抜くと喉元へ突き刺し、払い切る。

 

 飛び散ったデジタルの血液がプッシュダガーに血の色を付け、血払いの動きと共に刃を指で挟んだ彼は復帰が早かった女半狐族のマジックサポーター目掛けてそれを投擲、突き刺さった痛覚で行動が出来ない彼女へ加奈が追撃を掛ける。

 

 ここまでで三人、続くインファントリ二人はコンカッションの爆圧こそ食らっていてもフラッシュを食らうまいと直前にガードしていた為、失明効果が無かった。二人の内、一人はSCAR-L突撃銃を構えて加奈を射撃しようとしており、もう一人もスコーピオンEVO3短機関銃を加奈に向けていた。

 

 集中砲火で仕留める手筈なのだろう彼らだったが直前に飛び込んできた12.7mmの対物弾に脳漿を吹き飛ばされた事で瞬く間にキルされた。壁を足場に跳躍した浩太郎は射撃支援を行った利也に感謝しつつ、ジグザグに敵の間を進む。

 

 前方は武が詰めている。バックアップは利也と夏輝、逃げようとすればMP7の餌食、立ち止まれば対物弾の的。そして後方へ進めば暗殺者達が待っている。程度良く袋の鼠となったPKグループ達は側面の狙撃と浩太郎達の暗殺によって瞬く間にその数を減らしていく。

 

「くそ、攻撃だ! 敵の頭数を減らせ! サブマシンガンを持ったアサシンを狙うんだ!!」

 

 そう叫んだハンターナイトは大剣を振りかざして加奈を狙おうとするが大剣を狙った狙撃で剣の腹をぶち抜かれ、得物を吹っ飛ばされる。

 

 それにチャンスを掴んだ加奈が至近距離でヴェクターの全弾を叩き込むが、それでもHPの半分しか削れず、苦い表情を浮かべた彼女はまだ息のある相手が動き出す前に残弾の無いヴェクターを右に持ち替え、空いた左に逆手でダガーを引き抜くと振り払いの動きでハンターナイトの腕を刺す。

 

 だが、体力、防御力に優れるハンターナイトが致命箇所ではない腕を刺された位でやられる訳が無く、痛覚を感じつつもそのまま行動を続けようとしたハンターナイトは、攻撃力の低さからノーマークだった浩太郎が腰から苦内を引き抜いているのに気付き、頭上を飛び越えながら投擲姿勢に入った彼を目で追った直後、即死効果のある毒が塗られたそれが額に突き立てられた。

 

 新たな苦内を抜いた浩太郎は、サバイバルナイフに近い苦内を手馴れた動きで構えると物陰に隠れて携行性重視のマット加工がなされたウェストバック型マジックバックからサプレッサーを取り出した。奇襲性を増させる為、銃口に装着した彼は高レベルのスキルを用いて光学迷彩を展開、壁と一体化して加奈狙いのプレイヤーを素通りさせた。

 

 かなりレベルの高いスキャニングスキルを持っていないと探知されない高レベルの光学迷彩で隠された浩太郎の傍を通り過ぎたフォーサーとインファントリは歩調を速めてヴェクターをリロードしている加奈を追いかけている。

 

 インファントリは主兵装にM249軽機関銃を装備しており、防御力の低い加奈が正面から立ち向かうとアサルトライフル並みの攻撃力と100発と言う射撃継続能力をもって、いとも容易くキルされてしまう。だからと言ってフォーサーも放置しておくと素早い連撃を叩き込まれて厄介だ。

 

「女アサシン優先で見つけ次第即射撃だ」

 

 加奈を狙うつもりらしい彼らは物陰に隠れながらそう言ったが浩太郎からしてみれば自分に背を向けている間抜けな光景でしかなかった。拳銃を構えた彼は第一目標に設定したインファントリの頭を撃ち抜き、動揺したフォーサーに近付いて口を押さえつつ、苦内を喉に突き刺した。

 

 くぐもった断末魔を上げたフォーサーの姿がエフェクトと共に消え、一息ついた浩太郎は周囲の敵の数をスキャンスキルで計って味方以外いないと知るやサプレッサーを外したMk23自動拳銃をホルスターに収めた。

 

「クリア」

 

 そう呟いた浩太郎に呼応して全員から安堵の息が漏れていた。後は、とアイランの城壁へ目を向けた彼は装備の確認を済ませるとその付近で繰り広げられている激闘の様子を見に向かった。



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Blast4-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻、城壁周辺ではデュークを追っていた隼人と恋歌が彼と激闘を繰り広げていた。両手二丁のMP7サブマシンガンが火を噴き、隼人達を牽制し続け、弾幕に押された彼らが着弾点で引かれた曲線に沿って駆け抜けてチャンスを待つのを周囲に展開した弾幕の中心となっているデュークがあざ笑う。

 

 BOOでも屈指の実力者の自分には敵わないだろうと高を括った彼は敢えて弾幕に突っ込んだ隼人に驚愕し、僅かに銃身をブレさせる。高速の低空ジャンプで迫る彼が拳を振り被り、殴り付けようとするがその前に逃げたデュークが両のMP7をリロードして構える。

 

 カギ爪状の手で地面をホールドした隼人は着地点からの予測射撃を行おうとしていたらしいデュークの狙いを外させる為、手で減速しつつ真横に体を向けて地面を蹴った。抉れるほどの勢いで蹴り飛ばし、デュークに迫る。

 

「う、ぉおおおおッ!!」

 

 叫びながら迫る隼人に焦りを浮かべつつ引き撃ちしたデュークは空を切った拳に安堵した。その直後、気合一閃と共に真横に弾き飛ばされ、二回転しつつ地面に引き倒された。

 

 何だ、と思った彼は隼人を足場に跳躍して回し蹴りを放ったらしい恋歌の姿を認めると飛びすがる彼女に向けてMP7を向ける。

 

「クソアマがぁああああああッ!!」

 

 寸分違わぬ正確さで撃ち込まれるフルオート射撃が恋歌を追う。だが、持ち前の素早さで回避し逃げ切っている恋歌はデュークに向けてサイドアームのHK45拳銃を向け、闇雲に連射する。

 

 だが、碌な狙いも付けていない射撃が当たる筈が無く、デュークの周囲で土の逆瀑布をぶち上げるのみだった。

 

 当たる筈が無い、と内心で嘲笑したデュークは横から迫る気配に振り向くと拳を振りかざした隼人の姿があった。

 

「もらったぁああああッ!!」

 

 瞬間、デュークの世界が揺れた。御しがたい衝撃が叩き込まれ、彼の視界は揺れながら地面に近付いた。意識が無くなった一瞬、冷たい土の感触に自分が倒れている事を悟ったデュークはHPの六割を吹っ飛ばした攻撃に戦慄し、そのダメージを叩き出したペアがハイタッチしているのを忌々しげに見つめた。

 

 口にハイポーションを入れつつ、胸中に広がるどす黒い感情を口にして吐き出したデュークは右のMP7を捨て、装備変更したベネリ・M4ショットガンに変えると左のMP7で隼人達を射撃する。咄嗟に飛び退いた彼らは距離を詰めようと走り出す。

 

 その中で真っ先に突っ込んできた隼人を見て無駄だ、と嘲笑ったデュークは予めセミオートに変更していたショットガンを構えた。それと同時、左の拳を構えた隼人は容赦なく引き金を引いた彼にニヤリと笑い、散弾の至近射撃を受けた。

 

「ヒャハハッ!! ゲームオーバーだッ!!」

 

 本来ならログアウトする、筈だった。着弾した散弾は何の効果も示さず接近した隼人は左拳によるアッパーカットを叩き込み、デュークを空高くまで打ち上げた。空高くで苦悶の表情に変わる彼は何が起きたのか理解できないまま、直下に向けて落下を始めた。

 

「貴ッ様ァアアアッ!!」

 

 落下しながらショットガンを構えたデュークは照準が合わず射撃できない事に苛立ち、照準を合わせようと必死になっていた。それが、自身にとって致命傷となる事も知らずに。銃を下方に構える彼から距離を取って跳躍した恋歌が先に落下していくデュークを睨みながら空中で叫んだ。

 

「ショートカット、『メテオストライク』ッ!!」

 

 言い様、飛び蹴りの体勢で高速降下した恋歌は落下点が重なったデュークを捉え、着地と同時に引き摺るとその勢いを消すかの様に後方へ跳躍し着地した。

 

 まるでヒーローの必殺技の様なフィニッシュに大満足の恋歌は自身の傍を通り過ぎ、ボロ雑巾の様になったデュークの傍へ歩み寄った隼人の後を追った。

 

 デュークの傍にしゃがんだ隼人は瀕死の彼の襟首を掴んで持ち上げると額を掴んだ。

 

「お前の目的は何だ」

 

 冷静さを崩し始めた隼人がそう問うても瀕死のデュークは黙している。

 

「もう一度聞く、お前の目的は何だ!! 言えッ!!」

 

 焦っている様なそんな表情に恋歌は疑問を抱き、質問の意味を問おうとして歩み寄るや否や苛立ちを浮かべた彼はMP7で自殺したデュークの総身を地面に叩きつけ、彼女の質問を遮った。バウンドした死体がポリゴンエフェクトとなって消滅する。

 

「・・・こちら、ハヤト。ターゲット処理に成功。ミッション終了だ、撤収するぞ」

 

『了解』

 

 全員からの返答を聞きつつ、撤収し始めた隼人の後を追いかけた恋歌は開放された城門を潜ろうとしていた彼が悔しそうに拳を叩きつけたのに驚き、一息ついた彼が振り向いてきたのに合わせて歩み寄った。

 

「お疲れさまっ」

 

「ああ、お疲れ。良い蹴りだったぞ」

 

「えへへーありがと」

 

 嬉しそうな恋歌の表情に寂しそうな笑みを返した隼人は周囲を確認してから甘えてくる彼女に薄く笑うとそっと抱き締めた。アバターデータの猫の尾が激しく揺れ、嬉しいのかと理解したらしい彼は彼女を放すと撤収までにかかる時間を計算しながら宿への道を歩み始める。

 

 一仕事終えた撤収となればもうアイランに留まる必要は無い。かれこれ一週間近く宿に止めていたバイクを使ってウイハロへ戻り、領地の管理や新たな依頼の確認などを行って必要があればその準備を進める必要がある。今回の依頼でかなりの報酬を貰った。

 

 ケリュケイオンが貰い受けた町、ウイハロは独自発展の町だ。自分達が得た金が直接ウイハロの発展に使われる事は無い。自分達は中心となる産業を決めたのみで後はほったらかし、店舗設営設定やらは申請の後に金を払う事で自由に店を作れる。

 

 そう言う開放政策で成り立っている町だからあまり活気が無くどちらかと言うとアウトローな印象を受ける事が多い。そんな町作りのお陰でケリュケイオンが引き受ける仕事は実に様々な物となった。

 

 狩場帰りを狙うPKグループを警戒する初心者グループや物品の輸送を行う情報屋グループの護衛から複数パーティでの集団戦闘やPKグループの駆逐まで今までこなして来た任務は数知れない。

 

 雇う側からすればフットワークの軽い自分達は小規模な行動に駆り出すにはかなり扱いやすいらしい。現実で言う所の民間軍事代行会社(PMSCs)に近い扱いなのだろうと納得していた事までを思い出した隼人は腕を絡める恋歌に目を向けてからやけに静かな町を見回す。

 

「・・・もう、十一時か」

 

 戦闘開始から三時間経過していた。深夜に近い夜の気候、ひんやりとした夜風に当てられた彼はログインしているプレイヤーの少ない仮想都市を見回して宿のドアを開け、個室に移動するとリラックスムードの彼女が寝転がる隣に腰掛けた。

 

「疲れたな・・・」

 

「ん・・・・そう言えば、隼人。アンタ、銃撃喰らいながらアッパーかましてたけど、あれどう言う手品?」

 

「ああ、アレか。トリックは拍子抜けする位簡単だぞ、カウンタースキルだ」

 

「カウンタースキル・・・? あれって近接攻撃限定なんじゃなかったっけ」

 

「いいや、そんな事は無い。近接攻撃専用って言われてるのは攻撃無効化時間が短いから、どうしても近接戦にならざるを得ないだけだ」

 

「って、事はアンタ、相手の発砲タイミングに合わせてスキルを発動させてた訳?」

 

「そう言う事だ」

 

 茶目っ気のある表情を浮かべた隼人に呆れている恋歌は自分のやった事の大きさに気付いていない様に見える彼に半目を向けたがログアウト作業に入ろうとしているのを見て慌ててログアウトした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の昼休憩、生徒会室にてプロテクト解除した情報を渡した隼人はカードキーを差し込んだコンピューターを操作している生徒会長は無線送信で隼人の持っている携帯端末に検索した学校サーバー登録情報を送信した。

 

「山岸幸助。あなたの言っていた『デューク』を使っている生徒の名前よ」

 

「分かった、ありがとう。これからこいつについて調べてみる。何か分かったら報告する」

 

「ええ・・・でも、大事にはしないようにね。最近VRMMO絡みの事件が多いせいでPTAからの風当たり良くないんだから」

 

「分かってる」

 

「じゃあ、がんばってね。後輩君」

 

 柔らかい微笑を浮かべた生徒会長に頷きを返した隼人は生徒会室を出ると、ドアの方で待っていたらしい恋歌に気付き、敢えて無視して彼女の前を素通りした。途端不機嫌になった彼女はポケットに手を突っ込みながら歩く彼の後ろを追いかけ、腰に抱き付いて足を踏ん張らせた。

 

 いきなり後ろに引かれた彼は驚きながらもバランスを取り、そのまま恋歌を引っ張る様にして歩き出す。その様子を見ている周囲は何しているのか分からずただただドン引きで180cmクラスの隼人を140cmクラスの恋歌が引く様はまるで我侭な妹が兄を引っ張るようだった。

 

「だー、もー離れろ恋歌!! 鬱陶しい!! 皆見てるだろうが!!」

 

「じゃあ何で目を合わせないのか言いなさいよ!」

 

「良いだろうが別に! 何で一々言わなきゃいけないんだ!!」

 

 突然の喧嘩に周囲がざわつき始め、不機嫌そうな隼人に食って掛かる恋歌は頑固な彼に苛立って思わずハイキックを放ったがそれを予期していた彼が左腕一本のガードで腕を弾かれながらも蹴りから顔を防いだ。

 

「ってぇ・・・何がそんなに不満なんだよ」

 

「だって、だって・・・・」

 

「・・・あのよ、俺だって言いたくない事位あるんだよ。だからまあ、あんま首突っ込んでくるなよ?」

 

「やだ」

 

「お前よぉ・・・」

 

 意固地な態度に半目になる隼人はため息一つ落とすと教室に帰ろうと廊下を歩き始める。その後ろを付いてくる恋歌を定期的に見た彼は泣き出しそうな顔を俯けて歩いている彼女を見る度どうしようか、と内心悩んでいた。

 

 正直、この調査に彼女を巻き込みたくない。と言うか、探偵部の面々もあまり巻き込みたくない隼人は生徒会室での事をあまり話したくなかった。だが、知りたがりで勘の鋭い恋歌にはどんな誤魔化しも通用しそうに無かった。

 

 そうこうしている内に教室に戻った彼は、楽しげに話している武達の傍を素通りして自分の席に着くと携帯端末を取り出して先ほどのデータを閲覧した。冴えない格好の男子生徒、彼についての情報を収集して検挙、または情報を聞き出す。

 

(こいつが持っているのはPKグループの情報だけじゃない・・・きっと、こいつ等を動かした何かがある筈だ。俺達を執拗に狙うだけの何か)

 

 傭兵で無いならPKグループには行動をする上での信念がある筈だと隼人は思っていた。それが何なのか、今の自分には分からないが調べれば分かる筈だと彼は自分に言い聞かせてデータを仕舞うと武達がいる方へ移動した。

 

 それからしばらく、他愛の無い話に付き合った後、放課後の事について話すと席に戻って始業に合わせて準備を始めた。それから時間は経過して放課後、単独で聞き込み調査を始めた隼人は教室で話し込んでいる生徒を見つけると彼らに声を掛けてから山岸の写真だけを表示した携帯端末を見せた。

 

「この、山岸って奴について知ってる事を教えてくれ。クラスとか、そう言う小さい事でも良い」

 

「んー・・・山岸君かぁ2-Dなのは知ってるんだけど彼二年生になってからガッコ来てないんだよねぇ」

 

「来ていない? 何でだ?」

 

「詳しくは分からないんだけどさぁ。なんか一年の終わり掛けにいじめにあったらしいんだよねぇ、その山岸君。ね、ミカ」

 

「・・・いじめにあった?」

 

「そ、クラスの事情通の子が言ってたんだけどね。詳しい事知りたいんなら紹介したげよっか? 多分今新聞部にいると思うから」

 

「新聞部か・・・・そいつは信頼できる奴か?」

 

「うん、口堅いしそれに生徒会からの警告で探偵部絡みの記事作成は禁止だって言ってたよね? 部長総会で言ってたらしいじゃん」

 

「そう言えばそうだ。じゃあ、連絡頼む。何かあったらこのアドレスにメールをくれ」

 

「はーい」

 

「じゃあ、よろしく頼む」

 

 そう言って教室を後にした隼人は校舎を彷徨いつつ、手当たり次第に情報を収集していくが不登校児である事とその大まかな原因ばかりが寄せられ、肝心の詳細情報が不足していた。

 

 個人情報や実態調査証などがあれば楽に捜査が進められるが生憎自分は生徒だ。そう言った物に関われるほどの権限がある訳でも無く調べるリソースも殆どが太いパイプに裏付けられたコネクションだ。

 

 基本的に待ちの調べ方になってしまう為、もしもの時の反応が遅いのだ。それ故今の隼人は苛立っており、捜査情報が書き込まれた端末を見下ろしてはため息と共にそれをポケットに突っ込んでいた。渡り廊下の手すりに凭れた彼はそんな自分に気づいたらしい妹に声を掛けられた。

 

「よう、秋穂」

 

「何してんの? あ、話があるからそっち言って良い?」

 

「ああ、良いが穏便な方法で来い」

 

「ちぇっ、ばれてたか」

 

「いつもの事だろうがバカ」

 

 引っ込んでいった秋穂に苦笑した隼人は暫くして友人らしい少女を連れてきた彼女に軽く手を上げると、連れられている友人を見て驚いていた。

 

「君は・・・」

 

「あ、はい。あの時模型店でバイトしてました。戸津香美、です」

 

「あー、あの時の子か」

 

 そう言えばそうだったな、と内心で言った隼人は半目を向けてくる秋穂に視線を返すとその様子を微笑みながら見ている香美の印象を計った。大人しめで、何と無く夏輝や利也に似ている。掛けている赤色のメガネも頭脳明晰な印象を強めていた。

 

 スポーティな印象が強い秋穂とは対照的なタイプだと思った隼人はそっちのけにされている秋穂の方に視線を戻すと詰まらなさそうな彼女に頭を掻き、ため息を漏らすと手すりに凭れて彼女に話を切り出した。

 

「んで? 何か話す事でもあるんだろ?」

 

「あー・・・うん。そうそう、部活の事なんだけどさ」

 

「部活? あー、そう言えばうちの学校は入部推奨なんだっけな・・・何だよ、入る所の相談か?」

 

「ま、まあ・・・そうなんだけど」

 

「だったら、探偵部の部室に行ってこいよ。そう言う相談事とか、うちの得意分野だ」

 

「ちょ、ちょっと違うんだって!」

 

「はっきり言えよ、困る事でもないのに」

 

 そう言った隼人はそれでももじもじしている秋穂にため息をつくとその先を促した。

 

「その、私達探偵部に入ろうかなぁって思っててさ」

 

「・・・何でだ?」

 

「一番楽そうだから」

 

 のん気な秋穂に少し苛立った隼人は妹の額にデコピンをぶち込むと苦笑する香美に視線を向けた。

 

「それで、このバカ妹はともかく、君も入ろうと?」

 

「は、はい。え、えっと前から探偵部の方々の事は聞いていて自分もやってみたいなぁって」

 

「あんまり良い部活動じゃないぞ? 校内で暴れる事なんかしょっちゅうだから風紀委員会から物凄く睨まれてるし」

 

「暴れ・・・? 何してるんですか普段」

 

「大体頼まれる事柄が委員会業務じゃ何ともならん事ばっかりだからな、暴れる事も辞さないって訳だ」

 

 そう言って笑った隼人は心配そうな表情を浮かべる秋穂達の様子を伺いつつ、何とか探偵部に入らない様に誘導しようとしていた。先も言った通り、探偵部は些細な事から普段扱えないようなアウトローの依頼をこなす事までをやってのける部活動だ。あまり人に勧めたいものではない。

 

 部活に入る入らないにしろ探偵部にだけは入って欲しくない。その一心で誘導しようとしている隼人だったが彼女達には意味がなかった。

 

「でも、小さな事とかも扱うんですよね?」

 

 嫌な所を突っ込まれた。少しばかりの動揺を浮かべた隼人は平然とした振りをしつつ、返した。

 

「ま、まあ、そうだな」

 

「じゃあやります! 私、細事担当で良いので! そう言う人の為になる事をやりたいんです!」

 

 大事の悪い事で細事の良い事が塗り潰される部活動なんだが、と言いかけた隼人は目を輝かせている香美に気圧されて言い出せなかった。やばい、と内心焦りだした彼は考え込んでいる秋穂の方に目を向けると香美を見て賞賛する様な声を漏らしていた。

 

「香美ちゃんやる気だねぇ、まあ私なら荒事いけるし即戦力っしょー」

 

「ま、待て。本気か!? 荒事って暴力沙汰だぞ!?」

 

「だーからいけるって言ってんじゃん? それに面白そうだし」

 

「面白いからで首突っ込んだら痛い目見るぞ」

 

「大丈夫だって、そう言うの慣れてるから痛いとかあんまり気にしないよ」

 

 あはは、と笑う秋穂に額を押さえた隼人は深く息をつきながらバイブレーションの作動した携帯を取り出した。聞き込みの連絡用に取得したメールアドレスに紹介された新聞部の子からのメールが届く。新聞部の部室にいるらしいその子からの連絡を見て話を切り上げようと思った。

 

「まあ、何にせよ興味本位で探偵部に入るのは止めとけ。俺は用事が出来たから、じゃあな」

 

 そう乱暴に言った隼人は新聞部の部室がある本館三階の部屋に向かうと三回ノックしてから部室に入室した。部屋に入ると新聞部員が興味深げに隼人を見ており、彼らを睨み返した隼人は手を振ってきた小柄な少女の傍に足を向けると彼女が用意していたらしい椅子に腰掛けた。

 

「いらっしゃい部長さん、話は聞いてるよ」

 

「だったら話は早いな。詳しい事が聞きたい、どんなネタでも良い。出来る限り多くの情報が欲しいんだ」

 

「多くの情報ねぇ・・・じゃあネタ被りたくないから今掴んでる情報教えてくれない?」

 

 自己紹介を後回しにして掴んでいるネタを少女に話した隼人はふむと一声上げた彼女がパソコンに取材内容をまとめたメモを表示させ、それを見ながら話を始めた。

 

「山岸幸助、現在2-Aに所属。進級前にいじめを理由に不登校」

 

「そこまでは分かってる。そこから先だ、いじめが起きる前に何か有るんだろう?」

 

「鋭いね・・・彼の家は政治家の家だったの知ってる?」

 

「いや、政治の事は疎くてな・・・市議会議員の息子だったのか」

 

「それでさ、いじめってのはお父さんの汚職事件がきっかけだったのよ。始めはクラスにいた政治に詳しい子の何気ない一言だったらしいわ。それがエスカレートして不登校になる程にまでなったらしいわ」

 

「まあ、いじめってのはそんなもんだろ」

 

「そうやって往なせる辺り、君も慣れたもんだね。経験って奴?」

 

「まあ、そんなもんだ。あ・・・そうだ。住所、分かるか? 会いに行くから無線転送してくれ」

 

「え? まあ、断っても無駄なんだろうけど・・・えっと、このケータイで良いの?」

 

「ああ、頼む」

 

「はい、送ったよ。ま、穏便にね」

 

 あはは、と笑った少女に無言で頷いた隼人は端末をポケットに入れると少女に連絡先を教えてもらった。

 

「あ、そうそう名前。言ってなかったね。私は2ーCの御堂、あなたは?」

 

「俺は2ーAの五十嵐だ。これからよろしく頼む」

 

「うん、よろしくね五十嵐君」

 

 満面の笑みを浮かべる御堂にそう言った隼人は知り合いである新聞部の部長に顔を見せてからその場を後にした。荷物を置いてきた部室に戻りながら携帯から電話をかけた。

 

「もしもし、姉ちゃんか?」

 

『どうしたのさ、アンタから私の携帯に掛けてくるなんて。珍しいじゃん』

 

「こっちで事件起こしてた奴のホシ〈注:犯人の事〉が出た。今から問い詰めに行く」

 

『ホシって・・・例のPK犯? でもアンタ、今そんな事したら・・・』

 

「分かってる、でも俺は捕まる覚悟で行くから。だから姉ちゃん、早く来てくれよ。位置、送っとくから」

 

 そう言って電話を切った隼人はポケットにスマートフォンを突っ込んで住宅地へ向かっていった。



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Blast4-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 16:30/双葉市南区団地

 

 住宅街の中でも一等地と呼ばれるこの地域の片隅に目を引くほどに立派な一軒家があった。白い壁も眩しいその家の二階、個室としてはかなりの広さを誇る薄暗い部屋に一人の少年が引きこもっていた。

 

 床に散乱したゴミがモニターの光を反射して不気味さを増していた。そして、モニターの明かりが少年のシルエットを浮かび上がらせ、薄気味の悪い笑みを浮かべる彼の表情を照らしていた。

 

「幸ちゃん、お友達よー」

 

「え?」

 

 ドアを挟んで聞こえる母親の声に少年の顔から笑みが消えた。自分に友達などいない、なのに何でそう言う事を言うのだろうか。三カ月立ってもなおその事を理解しようとしない馬鹿な親に閉口しながらも

愛想を繕って何とか返した少年、山岸幸助は母親を騙したらしい卑劣漢がドアの前に立ったのを感じ取った。

 

「誰だ、君は」

 

 そう問いかける。また何時もの通り、無理やり連れ戻すような事でも言われるのだろうと思っていた彼は次の瞬間、全身を凍りつかせた。

 

「お前が、デュークだな」

 

「え・・・?」

 

「お前をデジタル運用マナー法に基づいて拘束する」

 

「お前、高校生だろ?! そんな権限無いはずだ!」

 

「お前を拘束したら後は警察がくるんだよ馬鹿が。クソ、カギを掛けるな!」

 

 そう言って開かないドアを揺さぶった隼人に焦った幸助は通販で購入したコンバットナイフとガスを充填した『M1911』モデルのガスガンを手に取ると破壊しようにも破壊できない隼人に呼びかけた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

「早くしろ!」

 

 臨戦態勢にあるとは知らず幸助に催促の声を上げながら、ドアから離れた隼人は勢い良く開いたドアに殴られよろけた刹那に彼の射撃を受けた。腹部に三発受けた隼人は殴られるより酷い痛みに苦悶の声を上げたが

それでナイフを受ける力が弱まった訳ではなかった。

 

 ナイフを持つ手を掴んだ隼人はそのまま壁に叩き付けようとしたがその前に向けられた銃口に反応して幸助を真横に向けて殴り飛ばした。その勢いで螺旋型の階段を転がり落ちた彼は追ってくる隼人から逃げると

曲がり角に隠れ、追ってきた隼人の足に五発打ち込んでバランスを崩させた。

 

「クソッ!」

 

 毒突きながら倒れた隼人に乗っかった幸助はナイフで刺し殺そうとして母親に見つかった。信じられない光景を見たかのような表情に苛立った彼はその一瞬に体勢を立て直した隼人のアッパーで脳を揺らされ、

倒れながらも銃を照準した。

 

「いい加減にしやがれッ!!」

 

 銃の側面を蹴り、彼方へ飛ばした隼人は返すナイフを叩き落として武装を解除させた。だが、幸助にはまだ武器があった。生身に攻撃してこない隼人を他所にリビングに走った彼はガンロッカーから『M870』ショットガンと

スラッグリムを取り出し、装填して構えた。

 

 そのタイミングでリビングに入った隼人はいきなり放たれたスラッグを滑り込みで回避して、ソファーに隠れると悲鳴を上げる幸助の母親を他所に投げれる物を周囲に探した。手頃な野球ボールを手に取った隼人は

倒れこむ様な投球フォームでボールを投げるが直前の射撃で手元が狂い、ボールは彼方へ飛んで行った。

 

「ハハハッ。お前が、お前達が俺に何しようと無駄だ! もう計画は動いている! 楽園が成就され、貴様らクズが俺達に淘汰される日は近いんだからな!! 今更・・・何したって無駄なんだよ!!」

 

 嘲笑を含んだ言葉。それを聞いた瞬間、何かが切れた隼人は壁にしていたソファーの下に手を突っ込んで投げ飛ばし、ショットガンの連射が貫通する中回転するソファーの真下を潜り抜けた隼人は背凭れを掴んで幸助にぶつけようとしたが

ショットガンの発砲がそれを砕いて阻害する。

 

 だが、それでも隼人は止まらず一気に距離を詰めた彼は幸助の顔面に向けて打ち下ろしの軌道に乗せたフックをぶち込んだ。

 

「い、いやああああああ!!」

 

 絹を裂く様な母親の悲鳴が響き渡り、バウンドした幸助の体から力が抜けて手放されたショットガンが床を滑る。拳から血を滴らせた隼人は鼻血で顔面を汚した幸助を見下ろすとこみ上げて来た吐き気に膝を突いた。自分の拳が人を傷つけた事実に

動悸が止まらない隼人はショットガンを拾い上げた幸助の母親に目を見開き、銃口が向けてきたのに目を閉じた。

 

「隼人ッ!!」

 

 誰かの叫びと同時、銃声が響き渡る。撃たれたのか、と言う思いを浮かばせた隼人は何の痛みも無い体に疑問を抱きながら目を開けると目の前にショットガンが落ちていた。バレルに刻まれた円形の歪な打刻を見た彼は慌ててそれを窓ガラスに向けて投げると

立ち上がって声がした方へ向いた。

 

「姉ちゃん・・・・」

 

「隼人、アンタ大丈夫?! 怪我とかは・・・?!」

 

「無いよ。それより、何したのさ今の一瞬」

 

「隆宏が狙撃したのよ、そこのご夫人が持ってたショットガンをね」

 

「そっか。宮坂さんありがとう」

 

 そう言った隼人は自身の拳を手に取った姉に嫌気を感じて思わず手を引っ込めていた。その瞬間走った痛みに表情を歪めた彼は引っ込めようとした手を止めてしまい、その隙に無理矢理に掴まれた。

 

「隼人、帰りに病院行きなさい。多分、拳にヒビが入ってるわ」

 

「・・・分かった」

 

「大丈夫? 顔色悪いわよ?」

 

「大丈夫だって。心配しなくても、病院いくからさ」

 

「そ、じゃあ気をつけて帰りなさい。後は私達がやるから」

 

 そう言った姉に頷いた隼人は交番から来たらしい警官が守っている玄関から外に出ると拳を振るう直前に言われた言葉を思い出していた。俺達が淘汰される、その根拠を見つけられずずっと歩いていた彼はこれまでの事を繋げ始めていた。

 

 PKから端を発した今回の事件、奴が口にした計画と『楽園』と言う単語。それがもし全て繋がっているとすれば、自分達が解決に動いた今回の事件は始まりでしかないのではないか。そう考えた隼人は携帯を取り出し、探偵部のグループ通話に

パネルを設定するが通話パネルをタップするだけの勇気は無かった。

 

 今まで自分のわがままに付き合ってくれていた彼らに負担を強いる訳にはいかない。そう思って画面を消し、病院へと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の放課後、探偵部の部室でお茶を飲んでいた隼人は、突然鳴った電話に驚き着メロから姉からの物だと判断して廊下に出て行き、電話に出た。

 

『もしもし隼人?』

 

「何だよ姉ちゃん、まだ学校だって」

 

『そんな事言ってる場合じゃないっての、アンタが昨日捕まえた子。あの子が妙な事話したのよ』

 

「妙な事? 何だよそれ」

 

『アンタが言ってたBOOでの目的よ。何でPKしたか分かったわ。混乱させるつもりだったみたいよ、まあただの愉快犯だったって訳ね』

 

 ただの愉快犯。そう聴いた瞬間、隼人の脳裏に『楽園』と言う単語が過ぎる。あの時、アイツを追い詰めた自分へ嘲笑と共に放たれたそれが意味を持っていない筈が無くそしてそれを放った奴もただ単に混乱させようとした訳ではない筈だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ姉ちゃん。そいつから『楽園』と言う単語について何か聞いていないか?」

 

『『楽園』? 聞いてないわね・・・って何か関係あるかしらそれ。聞く限りじゃなさそうだけど』

 

「え、あ・・・いや、聞いてないならそれで良いんだ。俺個人として気になっただけだから」

 

『ふぅん・・・まあこっちでも調べてみるわ。じゃ、そう言うことだから』

 

「ああ、ありがとう姉ちゃん」

 

 何も聞いていない、その響きが隼人の足元を不安定にさせる。『楽園』という単語が一体何を意味するのか、それを知る事がこの事件の鍵を握る事になると判断した彼はちょうど良く来た秋穂と香美に気付き、彼女らの手に短冊状の紙が

握られているのにも気付いた。

 

 まさか、と思った彼はその表情から考えを察した妹が恥ずかしそうに笑うのに苦笑交じりのため息を浮かべ、部室のドアを開けた。

 

「ほらよ、新入り。先輩達に挨拶しろよ」

 

 そう言った彼は先の思考を保留し、今は新しい部員を迎える事を優先して遠慮しがちに入った妹達と共に半ば倉庫に近い探偵部の部室へと戻った。




さて、これにてブラストオフ・オンライン第一章は決着です。

 感想・質問があればどんどんください。特にキャラクターのバランスやらは強過ぎないかどうか気になっているのでぜひ教えてください。

 自分は個人の強さに頼る話は書きたくないので・・・そう言う部分は修正できる限り修正していきたいです。

 さて、第二章からはゲーム内にて領地を奪い合う攻略グループ同士の大規模な戦闘が始まり、探偵部にも二名の新入部員が入ってケリュケイオンの戦力も増して取れる戦術も多くなっていきます。

 ですが、戦いの場は何もゲームの中だけではありません。一体どんな展開があるのか次回をお楽しみに。


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第二章『荒廃初動』
Blast5-1


お待たせしました、第二章開始です。
第二章から本格的に話が始まると言った感じです。


Blast5『Love the life you live. Live the life you love.《自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。》』

 

 

 五月、新入部員として入った秋穂と香美は入部から二週間経過したこの日の放課後、二年生全員が集められた部室に召集されまるで公判を待つ被疑者の様な心持でパイプ椅子に座っていた。

 

 緊張している彼女達二人の真正面、部長とマジックで書き殴られた名札を置いた机に同じ字体で副部長と書かれた名札を置いて座っている武は部長の肩書きを持つ隼人の隣で彼女達の表情を伺いつつ、

二人が夏輝より手渡されたお茶を飲んで一息ついたのを見ると隣にいる彼に合図を出した。

 

「よし。落ち着いたな、二人とも」

 

「ん、まあ・・・つうかそう言う風な空間作ったの兄ちゃんじゃん」

 

「ぐっ・・・うるさい。じゃあ、会議を始めるぞ」

 

「え、会議?」

 

「議題は『一年生のケリュケイオン加入』についてだ」

 

 真面目な雰囲気を醸し出す隼人の切り出しを聞いた秋穂は香美と顔を見合わせて首を傾げた。聞き慣れないケリュケイオンと言う言葉は理解できないがそれに加入すると言う事から何かしらの組織なのだろうと

理解した秋穂は兄に質問した。

 

「兄ちゃん、いきなりで悪いんだけどさ。その、ケリュケイオンって何?」

 

「あ・・・えーっと・・・お前ら、BOOって知ってるか?」

 

「知ってるも何も、兄ちゃんがやってるゲームじゃん。それが何?」

 

「そのケリュケイオンって言うのはBOOで俺が作った探偵部のグループの名前でな。探偵部にいる以上、このグループに入ってもらおうと思ってな」

 

「つまる所、兄ちゃん等もやってるそのゲームをあたし等にもやってくれって事?」

 

 半目の秋穂の返しに頷いた隼人は元々そう言ったゲームに興味関心があるらしくやる気を見せている香美の隣で唸り声を上げる彼女を見ながら半ば諦めていた。

 

 秋穂は興味の薄い事にはとことん関心が無い。ゲームの類も五十嵐家がゲームとの縁が無い事もあってあまり関心を示してこなかったしBOO自体もネットでの購入が必要になるタイプのゲームだから敷居が高い。

 

「いいよ、やる」

 

 諦めていた分、あっさりと承諾した事に驚いた隼人は香美と秋穂がゲームのプレイを承諾した事で話が進む事に安堵した。

 

「じゃあ、話を戻すぞ。ゲームをプレイするに当たって、お前ら二人にはケリュケイオンと言うグループに入ってもらう事になる。それで、加入に当たって三つほど制約がある」

 

「え、ゲームなのに何かあんの?」

 

「ある。と言うか守ってもらわなきゃ困る事だ。まず一つ目、BOOをしていることは話して良いがケリュケイオンに入っている事やケリュケイオンでやっている事については話さない事」

 

「何で?」

 

「訳は次の制約とまとめて話す。二つ目、ケリュケイオンとして動く際の行動について一切文句を言わないこと。理由は俺達がやる事はまず人に恨まれてもおかしくないような事だからだ」

 

 真剣みを持った面持ちの隼人を他所に秋穂と香美の表情は呆れ模様だった。何故そこまでする必要があるのか、彼らがやっている事を知らない彼女達には凡そ考えつかなかった。

 

「それで、三つ目はなるべく平穏に過ごす事。他のプレイヤーに迷惑をかけないようにする事だ。これらを守ってもらう事になる」

 

 そう言い切った隼人に疑問を浮かべた秋穂だったが周囲で見守っている面々が何も言わない事から先に言われた事柄の全てがここではおかしい事ではないと判断し、追求せず香美に質問を委ねた。

 

 無言で質問権を譲られた香美だったが、興奮冷めやらぬ彼女は質問の一切をせずに隼人に続きを促した。二人がケリュケイオンの加入を承諾したと判断した隼人は全員を見回して理解を得ると肩の力を抜いて武を中心にしてBOOでのプレイについての話を始めた。

 

「じゃー、BOOについて説明すっかねー。二人ともウェブマネーとか扱った事ある?」

 

「通販に使った位で・・・」

 

「あー、じゃあBOOの購入方法について説明しようか、BOOはSNLサービスの回線を利用したVRMMORPGでゲーム自体はソフトをSNLストアのゲームカテゴリで購入すれば良い様になってる。月額制じゃないから安心して大丈夫だ」

 

「なるほど・・・それで購入して起動させるにはどうすれば良いのですか?」

 

「購入はMRデバイスのディスプレイモードでもできるがVRゲームだから起動にはダイブモードにする必要がある。さて、ここからはゲームをプレイするまでだ。起動したら種族選択とそれに合わせたアバター生成があるからそれが終わったら今度はクラス選択だ。ここまでで質問は?」

 

 そう問うた武に目を白黒させる二人は起動の手順が分かってもゲームの知識、先に言われた種族とクラスについてあまり理解できていない様子だった。その様子を見ていた利也が苦笑交じりに手を上げた。

 

「武君、二人ともBOOの事に疎いんだから説明してあげなよ」

 

「んー、そうするか? ここら辺公式サイト見れば分かるんだけどなぁ」

 

「僕ら経験者なんだから教えてあげても良いと思うよ?」

 

「じゃあ、そうするか・・・で、どこから言えば良い?」

 

「先に出したんだから種族の事について教えてあげれば?」

 

 秋穂達を見ながらの利也の助言に頷いた武は小型のプロジェクターとラップトップを持ってくると兼ねてより作成していた資料を表示させ、BOOにおいて存在している種族の表をファイルから出した。

 

「じゃー説明するぞ」

 

「はーい。と言うかタケ兄、こんなもの作れるんだ・・・」

 

「作れるんだ、って俺探偵部関連のデジタル書類ほとんど作ってんだけど」

 

「いやいや、そう言う事利兄のイメージしかないからさ」

 

「ぐぬぬ・・・話戻すぞ!」

 

 悔しそうな表情から一変しようとする武を小馬鹿にしている秋穂はいまいちノリに付いて行けない香美の呆け顔に気付いて佇まいを直し、彼の説明を聞き始めた。

 

「じゃあ種族の説明な。BOOには七つの種族がある、人間、エルフ、リザード、堕天使、人狼、半猫、半狐。それぞれに伸び易いパラメーター、伸び難いパラメーターが設定されていて一度決めると基本的に変更する事は出来ない。

それらは当然得意となる攻撃にも影響してくるし、どんな事が出来るかにも大きく影響してしまう」

 

「ほー、つまりBOOは最初の種族選びが一番大事なの?」

 

「そうだな、本気でやる奴はそう言う傾向が強いがお気楽な奴は種族の外見で決めちまうもんだ。可愛いやカッコいいで決めて、クラスや腕でそれを補う。ここで言うと隼人や恋歌がそうだぜ」

 

「え、兄ちゃんと恋姐が?」

 

「そうだ、こいつ等は俺らがステータスとかあるから慎重になって言ったのに外見で決めやがった。けど、その後自分が持っている技能で全部カバーして今じゃトッププレイヤーの一人だぜ? まあ、そう言うケースもあるから、選び方は千差万別ってとこだな。お前らの好きに決めれば良い」

 

 やたらと饒舌な武の言葉にニヤニヤと笑っている秋穂は送信されてきた各種族の外見サンプルを見ながら、自分がプレイする上での分身を考えていた。

 

 因みに性別選択に付いてはVRゲームが発達する様になって以来、いわゆるネカマの精神的影響が危惧された為に性別は脳波解析で自動選別される様になっている。

 

 そう言った閑話はさて置き、ステータスなどそっちのけで種族選択を外見で決める事にした秋穂に対して気に入った種族のステータスにある程度着目している香美は苦笑している武に手を上げて質問した。

 

「副部長、堕天使と言う種族はどんな事が得意なんですか?」

 

「ん? えっとな、主に銃撃戦や情報戦だな。堕天使は命中率高いだろ? 命中率のパラメーターは主に銃と有効視認距離に影響するから遠距離や偵察で活躍するタイプだ。まあ、偵察自体が珍しいんだけどな」

 

「銃撃戦と情報戦、ですか。何か楽しそう」

 

「・・・えっと、香美ちゃんだっけ。地味なの好きか?」

 

「地味な事と言うより、そう言う裏方仕事に興味があるので・・・」

 

 そう言う香美に感心した様な頷きを送る武は先を促す隼人に不満そうな表情を見せながらも今度は初期クラスに付いての大まかな説明を始めた。

 

「んで、種族を決めたら今度はクラスを選択する事になる」

 

「クラスって?」

 

「まあ簡単に言ったら自分が作ったキャラクターで出来る事だ。剣を振る、銃を撃つ、魔法を放ったりして敵と戦う事や物を作ったり領地の管理などの政治もその気になれば行える。でも、俺らは戦闘が中心だからな。

ドンパチできるクラスの方が楽だぜ?」

 

「つまり、戦闘クラスが良いと・・・。うーん・・・どれが良いかなぁ」

 

「さっき言ってた索敵をするんならフィールドワーカーがおすすめだけど射撃出来るか?」

 

 そう問いかけた武に小首を傾げた香美は返答にため息を返した彼を他所に隣でバードのクラスに注目している秋穂に目を向けた。現役ダンサーの彼女にとって踊りは大事な物なのだろう。

 

 秋穂にそのクラスにするのかどうかを聞こうとして下校時刻のチャイムが鳴った。興味が尽きない香美は今日BOOのインストールとキャラメイクをすることを探偵部員に伝え、秋穂にはやるかどうかを問いかけた。

 

「んー、お金ないんだよねぇ」

 

「そっかー・・・」

 

「ん? 何、兄ちゃん」

 

 帰り支度を済ませた秋穂の隣に歩み寄った隼人は小首を傾げる香美を他所に無言で秋穂の手に封筒を持たせるとそのまま自分の鞄の方に移動して行った。心配する香美を他所に封筒を開けた秋穂はちょうどBOOのソフトウェアが買えるだけのウェブマネーカードに気付いてクスクス笑っていた。

 

「秋ちゃんのお兄さんって変わってるねぇ」

 

「えへへー。でも自慢の兄ちゃんだよ、優しいし。恥ずかしがり屋のツンデレだけど」

 

「そ、そうなんだ。良いお兄さんだね・・・」

 

 ツンデレって変わった人だなぁ、と思った香美は嬉しそうな秋穂の向こう帰り支度をしている隼人が武や楓からからかいを受けて恥ずかしそうにしているのを見て秋穂の元を本当だと信じた。



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Blast5-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 二時間後、BOOに入った隼人達は中継地点に使っていた宿からスタートし、チュートリアルに突入したらしい秋穂達からSNL経由で連絡が届き、開始拠点らしいアイランのプレイヤーオフィスにケリュケイオン全員で移動すると、露出の多い踊り子衣装と水色の髪が特徴的な長身エルフと露出の少ない長袖とボディアーマー姿に漆黒の翼と長髪、そして赤枠のメガネをかけた堕天使が入り口で待っていた。

 

「おーい」

 

 一番外見の変化が少ない隼人がエルフ達に手を振る。通る声で読んだ彼を目印にした彼女らは隼人達の方に移動して行き、八人と合流した二人はそれぞれの外見に驚きと意外さを交えつつ電脳世界を見回した。

 

「兄ちゃんとコウ兄だけ現実と変わんないね」

 

「まあな、さて体の調子はどうだ? 気分悪くないか?」

 

「大丈夫。それよりも、この世界について案内してよ。チュートリアルも含めて」

 

「はいはい、分かったよ。じゃあ、移動するか」

 

「はーい」

 

 元気よく返事したエルフにアバターを設定した秋穂が隼人の後に付いていき、その後ろを恋歌が付いて行く。その三人から離れた位置で香美を囲む様にして六人が歩く。隣に並ぶ秋穂からチュートリアル画面を見せてもらった隼人は、一番初めに行う項目にあった武装の購入を行おうと知り合いの武器屋に向かった。

 

 隼人の進路に無言で付いて行く秋穂と香美は武器屋に入店するといの一番に店主に顔を店に行った隼人の後ろに付いていき、護衛する様に店内を見て回り始めた七人の方を振り返ってからカウンターに向かった。

 

「よう、いらっしゃいハヤト。今日は何用だよ」

 

「新人二人の為に装備を見繕って欲しい。現状扱える限りの物をな。金はキチンと払う」

 

「まー、アンタの律儀さは知ってるから金の事は気にしないけどよ。門外漢は一切入れないアンタ等に新人って珍しいな、どう言う風の吹き回しだ?」

 

「そこらへん、詮索してくるなよ。面倒な事になるぞ?」

 

「はいはい、分かったよ。じゃあ装備選びでもするかね」

 

 そう行った店主に招かれた二人は店の奥にあるポータルから広大な練習場に移動し、薄暗い印象を持ったそこに足を踏み入れながら周囲を窺っていた。そんな彼女らを他所に端末を用いている店主の隣に隼人が立つ。

 

「ココは、店舗にある練習場だ。武器の試しに使う空間でHPは減らない様になっている。ここで練習しながら武器を選んでもらうぞ、好きなの選べ」

 

「なーんか本格的だねぇ。うーん・・・と、じゃあスタンダードに剣」

 

 そう言った秋穂に呼応して初心者向け性能の片手剣が空間に突き刺さる様にして現出し、それを手に取った秋穂は片手に握ったそれで円を描く様に振り回しながらアクロバットを行う。演舞の様な動きに香美が見惚れるが、当の本人はその動きを気に入らないと言った風情で一回転した片手剣を手に取った。

 

「どうだ、アキホ」

 

「んー、何か動きが鈍るっぽいんだよねぇ。剣の重量に引かれてさー。リーチはこのままで良いけど、もうちょっと軽くならない?」

 

「剣のカテゴリじゃ当てはまる武器はねーよ。だけど・・・イロモノ武器にならそう言うのはあるぞ」

 

「イロモノ武器? どんなの?」

 

「聞いて驚くなよ、アークセイバーだ」

 

 そう隼人が行った直後、転送された円筒形の柄を見て驚いた秋穂はおおよそ硬派なSF作品でしかお目にかかれなさそうなそれを手に取るとプッシュ式らしき長方形のボタンを押し込んだ。すると特徴的な発振音の後にプラズマ形成が安定した刀身からスパーク音が消えていく。空気の膨張する音を聞きながら、重量のないそれを振り回した秋穂は一見すればおもちゃにしか見えないそれを気に入ったらしく、軽々と振り回す。

 

 どうやら彼女との相性が良いのは殆どの人が避ける様なイロモノ武器らしい、と苦笑した隼人はサンプルの刀身発振を収めた秋穂が、アークセイバーカテゴリーから更なるイロモノを引っ張り出してきた。二つの柄を連結させた形状のアークセイバー、いわゆるダブルブレードアークセイバーのスイッチを入れた秋穂によって、柄の両端から放出されたプラズマの輝きと縦横無尽に振り回されるそれの軌跡に見惚れていた。

 

「あっはは、凄い凄い!! 兄ちゃん、この武器凄い扱いやすい!」

 

 そう言いながらの秋穂が見せる超高速の剣捌きに驚愕を禁じえない隼人は、鍛え抜かれた金属で作られた刃を扱う楓や武とは対極の、エネルギーで形成された刃だからこそ出来る振り抜きの速度を重要視した剣術。凄まじい速度で光の軌跡を生みながらその中心で無邪気に笑う妹が振り回しながらスイッチを切った。

 

 短いバトンの様な柄を振り回した妹に引き戻された隼人はイロモノに当たる武器を主兵装として決めた彼女に半目を向けつつ、購入手続きを進めると今度は香美の武器を決めるべく銃器に詳しい利也を呼んだ。

 

 予告通りにフィールドワーカーを選択したらしい香美の傍に立った利也は、銃を選ぶべく射撃場モードに変更した練習場のレーンでフィールドワーカーが使用できる銃のカテゴリに付いての説明を始めた。

 

「フィールドワーカーが使用できる銃のカテゴリは『拳銃』だけ。まあ、元が攻撃職じゃないから仕方ないんだけどね」

 

「って事は『拳銃』って言うカテゴリが銃では一番弱いんですよね? 連射も出来ないし」

 

「弱いっちゃ弱いけど・・・連射は出来る銃があるよ? 大体このカテゴリ、サブマシンガンやPDWまで入れてるからややこしいんだけどね」

 

「サブ、マシンガン? PDW? 普通のマシンガンとはどう違うんですか?」

 

「あ、えーっと・・・サブマシンガンって言うのは拳銃と同じ弾丸を使う小型の機関銃。PDWって言うのは使う弾を強力な物にしたサブマシンガンって所かな。厳密には違うんだけどここで詳しい事話しても仕方ないからね。

それで、君が使う銃なんだけどPDWの『FN・P90』って言う銃がお勧めかな」

 

 そう言って選択した利也は転送されたそれを香美に手渡した。利也の指導の下、P90・トリプルレイルモデルを構えた彼女は追加装備されたドットサイトを覗き込み、人型のターゲットを照準した。

 

 父親がたまに見ているガンアクション映画で見かけるこの銃だったが奇天烈な外見とは裏腹に使いやすいデザインがなされていた。

 

 威力は控えめだがボディアーマーへの貫通力に優れており、防御力の低い防具に対して安定したダメージを期待できそうだった。P90の説明書きにある通り、自衛用の火器としてはかなり優れた性能を持っている様だった。

 

「いっぺん撃ってみなよ。反動とか、そう言うのも大事だから」

 

「分かりました」

 

「ターゲットを五回破壊したら終わりにするね」

 

 そう言った利也の言葉に集中力を高めた香美は狙いやすい胴体を集中して狙って射撃する。頭部は命中しにくいので極力狙わず堅実な狙いを心がけた彼女は反動の少ない銃に驚きつつも規定回数破壊して練習を終えた。

 

 P90と言う銃を気に入ったらしい香美の表情に一応の安堵を得た利也はそのまま、二人の副兵装の一つとなる拳銃の選定に移行した。魔法職以外なら誰でも扱える拳銃は近接職であってもよほどの事が無い限り携行しているのが常だった。

 

 総じて小型である為、携行の負担になりにくく小回りが利いて接近するまでの牽制が出来る上に、遠距離武器への対抗も出来ると有れば、無いよりあった方が良い精神で誰も彼もが持つのはごく当たり前の事だった。

 

「さて、ハンドガンは混乱しやすいから僕らと共通の物で良いね。アキちゃんにはレンレンと同じ『HK45』拳銃を、カミちゃんには僕と同じ『Px4』拳銃を使ってもらう事にするよ」

 

「分かりました。・・・やっぱり射撃の練習はした方がいいですか?」

 

「ううん、ハンドガンは基本的にオートサイト仕様だから、抜いて向けたら当たる様になってる。だから、練習とかは基本しなくても大丈夫」

 

 そう言う利也に納得する香美と秋穂は彼から拳銃と受け取ると現出した収納用ホルスターにそれを収めた。この後、香美は『ナイフ』カテゴリのマチェットを近接装備に加え、秋穂はバードの装備として『バトルファン』を装備し、武装の買い物はこれにて終了した。

 

 練習場から出てきた秋穂と香美は購入したばかりの武装を下げた自分達を見て感動している恋歌達に気恥ずかしさを感じて揃って俯いた。

 

 武装分の代金をグループの金庫から引き落としで支払った隼人は馬鹿にならない値段だったそれに今までの稼ぎがあってよかったと内心胸を撫で下ろしていた。

 

 次に向かったのは防具の購入に関してのチュートリアルである。BOOにおいて防具は防御性能と同時に外見の一旦も担う重要な装備だ。因みにプレイヤーが男子なら性能を、女子なら外見を重視する傾向にあるらしく秋穂や香美の防具選択もその例に漏れない選択の仕方だった。

 

「まー、予想ついてたが外見選択かぁ・・・」

 

「えー良いじゃん良いじゃん、可愛いって目立つかもよ」

 

「性能的には微妙ライン、でもまあ許容範囲内か」

 

 そう言った隼人が購入手続きを済ませたのに大喜びの秋穂はやたらと露出が多く扇情的な外見の自身とは対極的に露出を極力避け、ミリタリズムな外見の香美に変わった魅力を感じていた。そんな彼女らを他所に購入系チュートリアルを終えた事を確認した隼人達はスキルの設定に移らせた。

 

「じゃあ、スキルの設定な。初期はスキルポイントが10くらいある筈だ。まあ、割り振りはどれか一つに特化するより使える種類を増やす様に設定した方が良いぞ。後、マスタリースキルを忘れずにな」

 

「ん、じゃあ私は舞踏スキルって言うのとアークセイバーのマスタリースキルを選ぼっと」

 

「香美は、サポート特化だから攻撃はマスタリー強化に依存するな。まあそこら辺は個人の采配だ」

 

 広場に集まり、ファンシアを用いてスキル設定を行っている二人にそうアドバイスした隼人は設定を終えたらしい彼女らに目配せするとようやっとフィールドに出て戦闘する事に変な緊張が解けるのを感じた。

 

 そんな事を抱きながら先行する兄達の苦労も気付かず、ピクニック気分で荒野のフィールドに出た秋穂は活気に溢れ、和の雰囲気があった町とはうって変わって正常な生命の気配を感じられない荒れ果てた土地を前にゲームだと言う事を忘れて呆然としていた。

 

「びっくりしてるか?」

 

「うん・・・。町の外ってこんな感じになってたんだ」

 

「このゲームの無制限フィールドはどこもこんな感じだ。じゃあ、モンスター狩りに行くか」

 

「も、モンスター? モンスターいるの?!」

 

「このゲームRPGだぞ? 普通にいるっての」

 

 呆れ半分の隼人を他所に荒野を見回した秋穂はモンスターらしき影が見当たらないのにいると言う事に驚きつつ、先を行く隼人達を追っていく。左手には緊急対応用の拳銃が握られ、右手には分割したアークセイバーの柄が握られている。

 

 シームレスに戦闘が起こるフィールドを行く隼人達はそれぞれの武器を構えながら進んで行き、現れたゴブリンモンスターがこん棒を振りかざして香美に迫る。明らかに動きが早いそれに対応し切れなかった香美を庇おうと動いた秋穂はアークセイバーの刃でゴブリンを切り裂くとエフェクトと共に消滅したそれから経験値を獲得した。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ん? へーきへーき。大丈夫、つか結構あっさりしてるね」

 

「まあ、モンスター戦とかは基本一撃決着だからな、強い武器の一撃とか急所とか狙ったらすぐ終わる。ただ、条件はこっちも一緒だ。もしこん棒が頭部に直撃してたら瀕死になってただろうな、お前」

 

「り、リアルだね・・・・」

 

「そうだ。だから、このゲームで生き残るには臆病も必要だぞ?」

 

 そうアドバイスする隼人に頷いた秋穂だったがモンスターの集団に牽制射撃をしているらしい香美に気付くや射撃を任せて両の手にそれぞれアークセイバーの柄を持ち、モンスターに突撃した。彼女らの後ろで待機しているケリュケイオンの面々はあわよくばエリアに沸いた中ボスクラスを討伐しようと周囲を警戒していた。

 

 実質彼女らにぴったりついているのは回復役の夏輝くらいな物だった。それは経験値を奪わない様に極力介入を避け、危険になった時のみ介入するのが初心者随伴の鉄則である為だ。購入したばかりのP90で弾幕を張る香美は自動でHMDモードに移行したファンシアのメニュー画面からスキルを選択した。

 

 瞬間、香美の周囲にいるモンスターとそのHPが透過して表示され、正確な位置と数を把握した彼女は通信機越しに突貫する秋穂に指示を出しながら自身も移動した。P90で牽制しつつ、マチェットを片手に抜いた彼女は奥にいるらしいゴブリンのボスの姿を捉えるとこの場にいる初心者で一番突破力のある秋穂に指示を出すべく、ボスをスポットした。

 

「アキちゃん!」

 

 物怖じしない辺りゲームと割り切れているのだろうな、と思いながら射撃する香美はゴブリンを薙ぎ倒す秋穂が見せる回避と攻撃の動きに驚きを隠せなかった。大鉈を横薙ぎに振るったゴブリンの頭上を飛び越えつつ、頭を狩った秋穂は着地と同時の回転斬りで二体を倒すとブルライドゴブリンの重突進を横ロールで回避、連結したダブルブレードアークセイバーの回転連撃で乱切りにしてボスに突貫する。

 

 その間、マチェットとP90でゴブリン一体を相手にするのが手一杯の香美は脳天を狙ったこん棒の縦振りに恐怖が励起して足を竦ませてしまった。

 

 刹那、脳天をぶち抜かれたゴブリンが消滅し、呆気に取られた彼女が弾の飛来方向を見ればMk17のスコープから目を離した利也が軽く片手を上げていた。

 

 距離にして500mほど。そこから撃ち込んだ利也に手を上げ返した香美はスキャンスキルで探知した敵の数が殆ど無い事に安堵しつつボスの方に向かっていった。

 

 そこでは巨大な戦斧を振るう身長3mほどのゴブリンと二刀のアークセイバーを振るう秋穂が激戦を繰り広げており、分厚い鉄板に近い防具に接触したアークセイバーから散ったプラズマの光が周囲を照らす。

 

 奮戦する秋穂が放つ光の剣戟を防具の分厚さ任せで無視したボスゴブリンはその手に持った巨大な斧を振り下ろし、荒野の大地に地割れを起こす。

 

 が、直前で回避していた秋穂は連結状態にしたアークセイバーを右手に持って空いた左手にサイドアームのHK45拳銃を引き抜き、牽制の射撃を叩きつける。だが、左腕の小手で弾かれ有効打を与えられない。

 

 強い、そう思った秋穂はボスゴブリンのレベルをスキャンすると五十近いレベル差があった。勝てない、そう思った彼女は後方待機の隼人達に連絡を送ると応対に出た夏輝に状況を知らせた。

 

『ボスゴブリンって事はここもしかしたらイベントエリアかも』

 

「い、イベント?」

 

『稀にモンスターの襲撃イベントがあってねー、決まってボスがいるんだよ』

 

「つまり、私達が突っ込んだ所ってそのイベントのエリアってことですか?」

 

『多分ね』

 

 のんびりした夏輝との通信を切った香美は前線で戦っている秋穂に撤退指示を出しながら、援護射撃を始めた。レベル差の大きいボスは二人ががりで倒すには明らかに相手が悪い。そう判断したが故だったが逆に闘争心に火がついたらしい秋穂は凄まじい熱量を放つアークセイバーと打ち合った斧を弾いた。

 

 気合一閃、脛に連撃を叩き込んだ秋穂だったが防具に阻まれてダメージにならなかった。バックステップに距離をとろうとした彼女だったがその前に斧の横薙ぎからのパンチを食らって吹っ飛んでいく。瀕死寸前にまでHPが削られた彼女は緩和無しの痛みから力を入れられずにもがいていた。

 

「アキちゃん!」

 

 叫び、駆け寄りながらP90を射撃した香美だったが防具に弾かれて有効打を与えられなかった。守る事しか出来ない状況下でパニックにならない様に努めていた香美は残りマガジンが無い事に気づき、サイドアームのPx4を引き抜いて引き金に指を当てた。

 

 その刹那、彼女とボスゴブリンの間で眩い閃光と爆音が迸り、一時的な失明状態に陥ったボスゴブリンが錯乱状態に陥って暴れる。何事、と思った二人は防具の無い膝関節を切断されたボスゴブリンが絶叫を上げながら崩れ折るのに呆然としていると駆け寄ってきた利也と夏輝にその理由に思い至った。

 

「助けに来てくれたんだ?!」

 

「そりゃ護衛するって言っちゃったしね。二人とも、異常状態は無いかい? よし。ナツキちゃん、回復お願い。終わったらここから退避しよう」

 

「うんっ」

 

 治療術を受けている秋穂の返事に微笑を返した利也は不安そうな香美の頭を撫でて慰めるとライフルを構えて周囲を警戒していた。一方、ボスの周囲を取り囲む武達は暴れるボスゴブリンが撒き散らす砂煙で視界を塞がれていた。視界不良の中、お互いがどこにいるのか分からない為に迂闊に銃が抜けない状況になっていた。

 

 瞬間、ボスゴブリンの拳が呆然としていた武を襲い、慌てて逃げた彼が引いていく拳に照準するが砂埃の濃さに発砲を躊躇した。フレンドリファイアが常時オンになっているBOOにおいて視界不良状態での発砲は同士討ちによる味方のキルに繋がってしまう。

 

 故に視界不良状態では身動きが取れない状態にあった。砂煙から一歩引いた地点にいるはずの利也に通信しようとした武は通信不良のアイコンを見るや周辺地域のECM濃度を確認、彼の懸念は必中しECMがジャミング可能な濃度に散布されていた。

 

「こんな時にお客さんかよ!」

 

 熱心な初心者狩りか、弱ったゴブリンを横取りしに来た馬鹿か。どちらにせよ、別集団が用いた通信遮断と言う手段は賢いがそうする為に用いたのがECMと言うのが不味かった。砂煙による視界不良の上に通信遮断が無差別に引き起こされるECMはスキャニングの精度を低下させる一面も持っていた。

 

 こんな状態ではまともに戦闘できる訳が無い。そう判断した武はとにかく砂煙から抜ける事を考え、ガンブレードを構えたまま利也のシグナルが見える方向へ走り出した。今は視界を確保する事を優先し、仕掛けてきたグループの様子を見る事にした武は利也に襲い掛かっているプレイヤーを見つけるや否やガンブレードで背後から攻撃した。

 

 突きからの射撃で大穴を変えられたプレイヤーが消滅し、デジタルの血糊を払った武は連射の利くサイドアームであるG18を引き抜いて別方向から射撃しているプレイヤーを牽制する。その間に防衛に専念して消耗している利也がフルオートに切り替えたMk17のマガジンを交換し、武が狙っていたプレイヤーを射撃した。

 

 ちゃっかりパーティ経由で経験値を貰い、10くらいまでレベルアップしていた秋穂の回復も済み、同じくレベルアップがなされていた香美がPx4で牽制射をする中で隼人達がまだ出てきていない事に気づいた。まだ砂煙の中にいるのか、と思った武は不意に消えたゴブリンの鳴き声と砂煙に気付いた。

 

「何だ?!」

 

 驚く武を他所に現れた相手プレイヤー達が彼らに殺到する。迎撃しようと身構えた彼らはゴブリンがいた辺りから猪突してきた五人ほどのプレイヤーに体制を崩された。挟み撃ちする格好になった間で前後から攻められるプレイヤー達はそれぞれ分かれようとしたが後ろの五人の侵攻速度が速かったが為に総崩しにされた。

 

 通り魔的な攻撃を行う彼らは唯一サブマシンガンを携行している加奈に射撃支援を任せて走り抜けると武がいる地点で停止した。

 

「大体数は減らせたな。これ以上戦う必要は無い、退くぞ」

 

「あいよ。了解だぜ、リーダー」

 

 そう言って走り出した隼人に頷いた武は恋歌と秋穂、香美を彼に続く様に行かせるとガンブレードで射撃して牽制。瓦解させられた相手グループが引きの姿勢を見せた所で残る面々と共に町へ撤退していった。



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Blast5-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 アイランの城門で合流した武達は命辛々の振りをしながらお互いに笑っていた。そんな彼らをポカンとした顔で見ている秋穂と香美は隼人から見せられたドロップアイテムの量に驚きつつ、それを如何するべきかで迷っていた。

 

 その事に気づいた夏輝は黒字だの何だのと言いながら歩く武に談判し、許可を貰うと秋穂達も含めた女子を連れて装飾品を扱う店に向かっていった。男子は置いてけぼりを食らい、本来ならホームタウンに戻るつもりだったプランが一旦保留になった事で手持ち無沙汰となり、良い機会だからと宿屋のバイクを工場へ持っていった。

 

 そんな男子を他所に買い物へ出た女子達は行きつけの道具屋に入るとマジッグバックのコーナーに移動し、夏輝達は様々な種類があるそれを吟味していった。マジッグバッグとは通常のRPGで言うとこのアイテム欄にあたる保管用の装飾具だ。

 

 これが無いと携行できる物の量に大きな制限が出来てしまう為、常時携行していたい重要なアイテムだがその実デメリットが数多くある。

 

 まず装飾品扱いされる為、大きな物ほど装備者の動きに干渉する事。もう一つは装備分の重量が機動力に影響する事、そして、ストレージ(収納可能量)が大きさに比例する事等がある。それ故、攻撃職ほど小型のバッグを使う傾向がある。

 

「二人ともウェストポーチとかどうかな、動く時に邪魔になりにくいし」

 

「おー、でも何か工事現場の人みたい・・・」

 

「バランス良いんだけどねぇ・・・カミちゃんはどう?」

 

「私は、これで良いと思います。外見とのバランスも良いし・・・」

 

「じゃあ、カミちゃんのだけ買おうか。アキちゃんのはまた今度にして、追加でリュック一つと」

 

 砂漠柄のリュックサック型とマットブラックのウェストポーチ型マジッグバックを手に取った夏輝が会計に向かう背を見送った秋穂と香美は店の時計で時間を確認するとそう言えば、と気になった事を恋歌に聞いた。

 

「このゲームの時間計算ってどうなってるの?」

 

「確か現実と変わらないはずよ。今は・・・十時だから現実も十時、だから基本的にこのゲームやる時は夜が多いのよ」

 

「じゃあ、あの時計に合わせてゲームの時間を調整すれば良いんだね?」

 

「そう言う事よ。さて、ナツキが帰ってきたらカミの弾を補充しないとね」

 

 秋穂にそう言った恋歌はポシェットサイズのバッグにリュックを収めたらしい夏輝がマガジンの無いP90を肩にかけた香美にウェストポーチ型のマジックバッグを手渡すのを見ると自動的に腰へ移動したそれの調子を見ている彼女に回復用ポーションを手渡した。

 

 これから秋穂とのペア運用が多くなるであろう香美が実質的にサポート役になるだろう事は策を弄することを大の苦手とする恋歌でも容易に想像できた。拾い物とはいえ少しでも足しになればと恋歌は渡したのだが周囲からはそれが先のドロップアイテムと勘違いされたらしく香美に先の戦闘で獲得したアイテムが集中する事になってしまった。

 

 あわあわと慌てる彼女に苦笑した恋歌はアイテム譲渡を終えた彼女らを連れて武器屋に移動しようとして、先のグループの一員を見つけた。基本的に町では戦闘しないと言うのがアイランの鉄則だがどうやら町から町へ移動するキャラバングループらしくアイランでのローカルルールを知らない様子で恋歌達を狙って挑みかかってきた。

 

 戦闘状態に移行していなかった事が災いし、発見が早かった恋歌達だが武器を抜くまでに時間が掛かってしまった。だが、一人。アークセイバーの柄が剥き出しと言う部分が思いがけず役に立った秋穂が襲い掛かってくる男を得物ごと切り裂いた事で初撃を奪われることは無く、続く二人のファイターに熱線を向けた彼女は逆手で柄を引き抜くと既に発振しているセイバーの柄と連結させて発振した。

 

「な、ダブルブレードアークセイバー?!」

 

「へぇ、この武器持ってるだけで目立つんだ。あはは、ほらほらかかっておいでー」

 

「な、なんて腕だ。自傷設定のある武器なのに軽々と扱うなんて・・・」

 

 ご丁寧に解説してくれる相手の説明に改めて武器の特性を理解した秋穂は癖の強い武器だと言われていた己の得物を風車の様に振り回して牽制すると相当強力な武器らしいアークセイバーの間合いに飛び込めない相手が徐々に引いていく。

 

 流石に地面は切断できないのか地面に触れた瞬間、接触エフェクトが散る。睨みあいを捨てて挑みかかろうとした勇敢なプレイヤーは熱線と鍔競り合う厚刃の剣に希望を見出した。が、剣はプラズマ収束用の干渉フィールドと接触してスパークを散らす。

 

 秋穂は柄を手繰って弾くと一旦スイッチを切って長巻の様にし、体勢を整えながら柄尻側のスイッチを入れた。

 

 現出した熱線でもう一方の刃を防いだ秋穂は干渉フィールドのノックバック効果と相乗させて刃を弾くと逆手持ちで分割し、二人を相手に攻めかかった。アークセイバーの威力は絶大だ、レベル13の秋穂の攻撃とは言えど直撃すれば即死する事は間違いない。

 

 だが、肝心な所でアークセイバーと連動していた擬似HMDからの警告に首を傾げた秋穂は圧縮空気で排出されたバッテリーに驚愕し、徐々に消えていく熱線が秋穂から攻撃力を奪って消滅した。それを見ていた全員も突然の事にあっけに取られていた。

 

「何でいきなり電池がぶっ飛んだのぉ!?」

 

「アキちゃん、何でバッテリー換えなかったの!」

 

「え、セイバーのバッテリーって交換するもんなの?」

 

「そこら辺の説明受けてないの!? アークセイバーには時間制限があって15分経過するとバッテリー切れで使えなくなっちゃうんだよ?!」

 

「あっちゃー・・・まー徒手空拳で時間稼ぐから姉ちゃん達援護よろしく」

 

 お気楽な笑い声を上げて跳躍した秋穂が柄を両腰に収めて着地し、隼人が見せる物に近い構えを取って男二人の目を引いた瞬間、楓と加奈が消音器付きの拳銃を引き抜いてヘッドショットを決めた。

 

 援護と言うよりは囮に近かった秋穂は拳銃を収めた楓と加奈にハイタッチを決めるとバッテリーが入っている筈のアークセイバーの柄を見てスイッチを闇雲にオンオフした。それも無駄だと分かった秋穂は大人しくそれを腰に収めると武器屋に移動した。

 

 最初に言った所とはまた別の武器屋では応対用のNPCが機械的な挨拶をして出迎えてくれていた。購入するのは消耗品、P90に使用されている5.7m弾が50発も入った類を見ない形状のマガジンを手に取った香美は必要なだけそれを購入すると、初陣で使用する事になったPx4に使用していた9mm弾のマガジンを補充する。

 

 マジックバッグがあるお陰でかなりの数を携行する事ができ、今回の購入で金を使い果たす結果にもなった。一方の秋穂は拳銃弾の補充とアークセイバー用のバッテリーの補充を行うとナイフコーナーにある汎用性の高いサバイバルナイフからコンバットナイフ、コンパクトで殺傷性の高いカランビットナイフ、殴る様な動きで相手に突き刺すプッシュダガーナイフを見て回っていた。

 

「アキちゃん何見てるの?」

 

「んー? ナイフだよ、アークセイバーが切れた時に使おうかなって」

 

「あれ、アキちゃんバトルファン持って無いっけ? アレは使わないの?」

 

「アークセイバーと違ってアレは補助武器として使うから一つしかないんだよー。それにバトルファンは武器としては少し扱い辛いのもあるしね・・・」

 

「つまり汎用性に優れた補助武器が欲しいの?」

 

「そう言う事。ナイフはカナ姐に借りて使ってみる限りスタンダードで扱いやすいし、バトルファンと併用すればそこそこ戦えるかもって」

 

「でもそうしたらアキちゃんの体、刃物だらけになっちゃうよ?」

 

 そう言って笑った香美を他所にカランビットナイフを手に取った秋穂は初めて触るそれのフィンガーリングに指を通し、器用にそれを回した後に逆手持ちで構えて見せた。一見すれば手のひらサイズの鎌の様な形状が特徴のかなりマニアックなナイフだ。

 

 粗方振り回した秋穂は刃を収めると元の位置に戻してサバイバルナイフを手に取った。シース付きのマット加工が成された一体成形タイプのそれを抜いた秋穂は峰に木を伐るための鋸刃が付いているのに気付いた。確かに多目的だ、と納得した秋穂はツールとしてこのナイフを購入し、腰後ろにシースを配置した。

 

 右太股に拳銃のホルスター、両腰にアークセイバーの柄、そして腰後ろにナイフシースと言う近接装備のオンパレードとなった秋穂が軽くジャンプして体の調子を見る。

 

「んーまあ、この位の重さなら許容範囲でしょ」

 

「じゃあ、先輩たちに報告しなくちゃね」

 

「そだね」

 

 そう言って恋歌の方に移動した香美はマガジンをセットしたP90を背中に回し、秋穂共々備品調達が終了した事を報告するとちょうど連絡を入れていたらしい彼女が手で待機を指示した。通信を終えて振り向いた彼女は要点をまとめて指示し、修理とカスタマイズを終えたバイクに乗って戻ってきた男子がマヌケなクラクションを鳴らす。

 

「よう、お待たせ」

 

「遅いわよ。それで、集合は良いけどどうするのよこれから」

 

「ホームタウンのウイハロに戻ろうと思ってるんだが、時間が厳しいな。今日は宿に戻って明日移動しよう。それでいいか?」

 

「私は別に良いわよ。他はどうなのよ」

 

「まあ、大丈夫そうだ。詳しい事は明日、部室で」

 

 そう言った隼人に頷いた恋歌は素直に挙手した浩太朗に目を向けると大体察した。

 

「明日バイト」

 

「了解、いつも通りなら夜は大丈夫か?」

 

「大丈夫。話し合いの詳細はメールしてくれれば見るから」

 

「分かった。それじゃあ、残りの奴らは明日一旦部室に集合してくれ。解決する依頼があればそこで話す」

 

 浩太郎達にそう言った隼人は男子を連れてバイクに乗ったまま、宿の方角へ走り去っていった。それを見送った女子達はサービス精神の足りない男子達に呆れながら徒歩で宿を目指した。女子達が到着した頃、宿の入り口では樽を椅子代わりに大型物転送用のウィンドウを開いて話し込んでいる男子達がいた。

 

 彼らに話しかけた女子はちょうど良い頃合だったらしく、ウィンドウを表示していたファンシアを収めた隼人を中心に男子先導で宿へ入った。そして、二人一部屋の割り当てで鍵を貰うとそれぞれ宿のベットでログアウトした。



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Blast5-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、予告通り部室に集合した隼人達は依頼の無い投函箱のチェックを済ませると隼人主導で秋穂達一年生への移動計画の説明をした。アイランの北西、直線距離にして8km程離れた高原地にケリュケイオンのホームタウンであるウイハロはある。

 

 マップを表示した武は比較的気候が穏やかな高原地である周辺地域の立体マップを使って隼人の説明を補おうとしていた。

 

「まず、移動する目的だが。ホームタウンはグループの拠点となる場所だ。現在俺達はアイランで活動しているが本来はウイハロが活動の拠点だ」

 

「ほうほう。それで、今回はそのウイハロって所に帰るのが目的なんだ。具体的にどう言うメリットがあんの?」

 

「基本的に活動拠点には倉庫機能がある。活動拠点に戻れば、保管してるアイテムの補充もしやすくなる訳だ。・・・あと、依頼の確認もできる」

 

「あ、そうか・・・ケリュケイオンって雇われグループだったね」

 

「依頼こなさなきゃ金が入らないからな、とりあえず諸々の理由があって移動すると言うわけだ」

 

 雑に締めた隼人に何となくのレベルで理解した秋穂は移動計画の中に車一台と書かれているのに気付いた。昨日はバイク四台いたはずだけど、と頭の中で勘定した彼女は自分と香美が運転できない事を考慮した結果なのだろうと考えてあまり言及しないでいた。

 

 と、ここで使うものがアバウトに書かれているのに気付いた恋歌が隼人に向けて挙手した。

 

「車って何使うのよ」

 

「払い下げハンヴィーだ、マシンガン付きのな。バイク下取りに追加で支払ったら譲ってくれた」

 

「でも何でその車な訳?」

 

「ハンヴィーはオートマトランスミッションで変速機構の操作が必要ないからだ。マニュアルは操作が難しいからな、その点オートマはアクセル・ブレーキ・ハンドルだけで簡単に動かせる」

 

「よく分かんないけど要するに簡単に動かせるからって訳ね」

 

 無理やりまとめた恋歌に頷いた隼人はよく分かっていない他の面々の呆け顔に一瞬怯み、あまり自動車に興味がないらしい全員にため息をついて移動までの地図にウィンドウを切り替えさせた。

 

「さて、移動ルートだが移動時間短縮のため、最短ルートを通る事になる。そうした移動の際、障害となるのはルートの中盤にある広い高原だ。ここは元々モンスターの発生率が高く、グローブスティンガーのメンバーが何度も掃討している地点だが

昨日からモンスターの大量発生イベントが始まった為、メンバーの安全確保を優先して進路確保の掃討は一時中断するとの告知があった。つまり、このエリアを抜ける際はモンスターを迎撃しなけりゃならない」

 

「それでミニガン付きなんだ。意外と強行軍だね」

 

「気にするな、通常営業だと思えば良い。で、だ。このエリアを抜ける際、ハンヴィーを先頭にしてガトリング掃射と共に突撃。バイクはその後ろから近接武器で薙ぎ払えば良い」

 

「そう言えばドライバーとナビはどうするの? なんならドライバーは僕がやろうか?」

 

「ああ、頼む。じゃあ夏輝、ナビをしてくれ」

 

 そう言った隼人はドライバーとナビの欄を埋めると後部座席に乗るメンバーに秋穂と香美の名前を書き込んだ。因みに調べてもらえば分かるのだがハンヴィーはルーフに機銃が取り付けられており、基本的に後部座席に座っている者がガンナーとなる。

 

 そんな事に気づかずのほほんとしている二人は仲良しなのかじゃれ合っていた。そんな二人に向けて飛び込んだ楓は香美の胸を弄ると秋穂に劣ってはいてもある程度の膨らみがある彼女の胸にベストサイズ、と叫んでいた。そんな彼女を白々しい目で見た恋歌は

楓から離れ、夏輝の方に移動した。

 

 騒がしい女子達を他所に計画を練っていた男子は移動に掛かる時間を逆算して部活を終える時間を算出していた。それまでにやる事を終えなければならない男子はいろいろと忙しく立ち回り、部活終了時刻を迎えた。

 

 それから二時間後、家事もそこそこにログインしていた隼人はグローブスティンガーのガレージに向かうと新米らしい警護役のファイターとガンナーを連れた女エルフからハンヴィーのエンジンキーを受け取るとシャッターが閉じられたガレージの前に

出されていたハンヴィーの状態を確認すると乗り込んだ。

 

 キーを捻り、エンジンをかけた隼人はブレーキを踏んだままシフトをD(ドライブ)レンジに入れた。管理役達に手を上げた隼人はアイドリングさせていたハンヴィーのアクセルを踏み込む。快調な走り出しを見せるそれを広く作られた車道に乗せた隼人は

待ち合わせ場所に設定していた広域駐車場に向かう。

 

 BOOにおいて長距離への移動手段と言うのは様々で馬を初めとして車、バイク、戦車とヘリコプターが用意されている。いずれにしても燃料補給が必要で専用の補給所が各拠点に用意されている(ヘリコプターは離陸用施設に常設されている)。

 

 一般的に速度と燃費のバランスが取れているバイクや車が長距離移動手段としてポピュラーだ。そんなこんなでハンヴィーを運んだ隼人はレンタル用の車や公用車両が止められている事が多い駐車場で待っていた面々の元に車を移動させ、

レンジをN(ニュートラル)に切り替えた。

 

「待たせたな」

 

 バン、と運転席のドアを閉めた隼人は項垂れている様に見えるブローニングM2重機関銃を見上げている利也にそう呼びかけた。アイドリングのままなのでキーは抜いておらず、そのまま乗り込んだ利也は待機していた夏輝達に手招きして乗り込ませた。

 

 その間に愛車である青と白のスズキ・GSX-R1000の方に移動した隼人は御馴染みのライムグリーンで塗装されたカワサキ・ニンジャZX-10Rの傍で談笑している武と楓を流し見ると白と黒が目を引くホンダ・CBR1000RRの調子を見ている浩太郎とその傍で

動力部を不思議そうに見ている加奈を見て調子を確認すると愛車を撫でている恋歌に気付いた。

 

「何してんだ?」

 

 そう声をかけた隼人はびっくりしている恋歌が引っ掛けていたヘルメットに頭を打って額を押さえたのに可愛いと素直に思った。やれやれと呟き、涙目の彼女の傍にしゃがみこんだ彼は今にも泣き出しそうな表情に気付いて慰めた。

 

「よしよし、痛かったな。腫れてないか?」

 

 そう言う隼人は冷静になってゲームで打撲部分が腫れるのか、と疑問に思ったがそう言った心配の方が恋歌にはありがたかったらしく涙が引っ込んでいく。そうこうしている内に利也からケリュケイオン限定の通信で発進を伝えられ、

セアカコケグモがエンブレムで描かれた赤と黒のフルフェイスヘルメットを手に取る。

 

 一般的な格闘家のイメージからはかけ離れた比較的カジュアルな赤と黒で纏められた制服に近いデザインの服装に合わせたヘルメット姿で恋歌に彼女用のフルフェイスヘルメットを投げ渡すとGSX-Rのエンジンをかける。

 

「行くぞ、レンレン。早く乗れ」

 

「う、うん・・・あ、待って。HK45出しとくから」

 

「分かった、タケシ、コウ、先に行っといてくれ」

 

 二人を先行させた隼人はHK45を引き抜いた恋歌がバイクに跨り、肩をタップしたのに頷いてスロットルを開けた。全力で走り出したGSR-X1000が唸りを上げて街道を走り、歩道を歩く人影が過ぎていくのを風と共に感じていた恋歌は

和風建築が散見したアイランの街道を抜け、危険に満ちた高原へと出た瞬間、HK45の安全装置を解除した。

 

 予定ポイントになくても襲われる事はある。何しろバイクや車は基本的にガソリンエンジンを使用しており、走ればエンジン音が辺りに響き渡ってモンスターを引き寄せる事になってしまう。それ故に数百メートルも走ればモンスターが

襲い掛かってくる。

 

 大抵のモンスターは車両の速度に追いつけず被害を与える事はない。だが、たまにいるライダー系モンスターは移動速度が高くすぐに追いつくので射撃武器などで叩き落す必要がある。自動照準するHK45で後ろに付いてくるファントムライダーを

甘く照準した恋歌は斜め構えの片手撃ちで騎手を射撃した。

 

 リコイルで跳ね上がる銃身から薬莢が跳ね飛び、一撃を受けた騎手の体が後ろへと倒れていく。だが、ファントムライダーが握っていた手綱が危うかったバランスを修正しロングソードを引き抜いて構えていたそれが速度を上げて距離を詰めてくる。

 

「くぬぅ・・・しつこいわねぇ!」

 

 構えはそのままにHK45を連射する恋歌は次々に現れるファントムライダーに歯を噛みつつ、グリップからマガジンを落とす。素早く再装填した彼女はようやく一体目を倒すと横に付けて来た二体目の頭部を撃ち抜き一撃で叩き落とすとリロードした。

 

 逃げ切りを狙う隼人がオフロード走行が得意ではないGSX-R1000を全力疾走させ、前を走る浩太郎や武のバイクに追いつこうとしていた。前のライダー達は武器を持っている為、騎乗戦に十分なアドバンテージがある。リーチの短いモンクである二人は

銃くらいしか対抗手段がなく恋歌は射程距離の短い拳銃しか持っていない。

 

 目の前ではタンデムシートに進行方向とは逆向きに座る加奈がバランスを取りながらクリス・ヴェクター短機関銃で射撃しており、左右に展開するモンスターを射殺していた。まるで人間ターレットだ、と正確な射撃の腕を評した隼人は加奈からのハンドサインで

真横にモンスターが来ていた事に気付き、体当たりされた。

 

「くッ・・・! 掴まれッ!!」

 

 歯噛みした隼人と恋歌を乗せてGSX-Rが草むらに突っ込む。だが、ハンドルと体重移動に加えてスキルを利用した彼は車体に足を挟まれる前にスキルによる蹴りで車体を無理矢理起こし、接近したモンスターの顔面に裏拳を入れた。叩き落されたライダーが街道を転がり、

ダメージ連動で消滅した騎馬型亡霊が煙の様に宙に溶ける。

 

 スロットルを全開にし、遅れを取り戻そうとする隼人は急勾配の頂上で跳ねた車体をコントロールして後ろを振り返った。凡そ馬の出せる速度ではない時速300kmで追従するファントムライダー達が霊力で出来た剣を振りかざし、執拗にリヤタイヤを狙ってくる。

 

 最高速に近い時速300kmで駆動輪であるリヤタイヤが破裂(バースト)すれば空気圧でつんのめったバイクから投げ出され、大きな運動エネルギーを抱えた愛車共々自分達はお釈迦になるだろう。HK45で恋歌が追い払っているがそもそもメインのダメージソースではない

拳銃の威力は微々たる物でヘッドショットを狙わねば一撃で倒す事すら間々ならない。

 

 ヘッドショットを狙おうにも曲面構成の甲冑が9mmパラベラム弾よりも貫通力に劣る.45ACP弾を逸らし、逸れ難い正中線を狙わないと貫通してくれなかった。牽制射撃を続けながら苦虫を噛み潰した表情をする恋歌は半ギレの状態でマガジンを交換した。

 

「もー! しつこいのよッ!!」

 

 確かに、と内心で返した隼人は夜帯に大量に沸くファントムライダーが騒音を撒き散らす自分達に集中しているのを当然の事だとも思っていたが彼らの思考ルーティンがここまで執拗に追ってくるように設定されていたかどうかと言う所にまでは思い至らなかった。

 

 薄暗い道路、ナイトビジョンが無い状態では十分な視界はライトの中だけだ。と、突然前方から激しい光が見え、ぎこちない運転になったハンヴィーからライフル弾が飛んできた。隼人達のギリギリを通ったそれは後ろに付いていたファントムライダーの額を撃ち抜き、

それに追加でライフル弾が五発、それぞれの額に命中した。

 

「リーヤか! 助かった!」

 

 パーティ限定の通信でそう言った隼人は後続がいなくなった事を確認させると探知用のレーダーをミニマップに変えてポイントしていたイベントエリアに差し掛かった事を確認した。緩やかな曲がり角、その終わりに差し掛かった瞬間。大量に湧いたモンスターが

彼らに向かってきた。

 

 瞬間、ハンヴィーに搭載されているM2重機関銃が火を噴き、辺りから攻めてくるモンスターを薙ぎ払う。襲い掛かると言う思考ルーティンに支配されたモンスターに恐れはない。夜のモンスター、特にこう言った大量繁殖イベントのモンスターは向精神薬を打った兵士の様に興奮し、

威嚇射撃が意味を成さない。

 

 幾分かの恐怖があるプレイヤーなら楽なのにな、と呟いた隼人は50口径の重機関銃が火を吹く様を見ながら獣道を突っ切る。当たれば肉片になる50口径弾は利也が使っているバレットなどの対物狙撃銃に使用されている弾とほぼ同じ物だ。当たれば体が消し飛ぶ威力を目の当たりにすれば

誰もが恐怖を抱く、だがリビングデッド宜しく群がるモンスターにはそう言った躾は意味を成さない。

 

『はー君! これさ、予想以上に群がってない!?』

 

「分かりきった事を言うな!」

 

『だーって言わずにはいれないっしょこの数!』

 

「口を動かさずに手を動かせ! エリアを抜ければこちらの物だ!」

 

『ひぃーそう言うと思ったよこの鬼部長! 抜けたら危険手当貰うかんね!』

 

 危険手当なんぞ出るかと喚き立てる楓に内心で返した隼人は体重移動を巧みに使って操縦しながら移動速度が激減した車列に追いつく。その間、小型モンスターを跳ね飛ばした勢いで減速したハンヴィーに大型のカブトムシのような昆虫モンスターが角を振り上げて襲い掛かるが

直前、横倒し体勢のGSX-R1000が柔らかい下面に潜り込み、乗っている隼人のアッパーカットで破裂、辺りに臓物をぶち撒いた。

 

 地面へのキックで車体を起こした隼人は拳銃でハンヴィー前の小型モンスターを処理した恋歌が慌てた様子を見せたのに直感でホイールスピンを利用した旋回を行った彼は自分達が元いた地点に突っ込んだウリボアを流すとその後を追った。反転して再突撃されると手に負えなくなる。

 

「ショートカット、『ストライクキック』!」

 

 すれ違い様、光を纏わせた右足で旋回体勢のウリボアを蹴り飛ばした隼人はそのまま大きく曲がると予定ポイントを抜けるサインが見えた。だが、勢いが衰えず執拗に狙ってくるモンスター達は狂暴化した思考ルーティンに駆られている。急いで抜けたケリュケイオンは湧きが止まらない事と

追跡範囲外に出てもなお追ってくるモンスターに驚愕していた。

 

『何だって追ってくるんだ!? 該当エリアは抜けた筈だぞ!?』

 

「構うな! アクセル全開だ!」

 

『そんな事したらハンヴィーが遅れんぞ!?』

 

「くっ、速度をハンヴィーに合わせるな! 街に飛び込むことを優先しろ!」

 

『それでも俺らなら何とかできる! ハヤト、先に行け!』

 

 そう言って通信を切った武に了解の符丁をオンオフの切り替えで打った隼人は限界までアクセルを開いてウイハロを目指す。後ろを警戒している恋歌が拳銃を連射する音を聞きながらウイハロのゲートに飛び込むとバイクから飛び降り、ウイハロを拠点とし、臨時対応メンバーとして

登録しているプレイヤーを呼び寄せてゲートに配備する。

 

 抑制を目的として銃器を中心に武装を揃えた隼人は三台が飛び込むと同時に発砲させるとゲートの閉鎖作業を行い、ゲートに迫っていたモンスター達目掛けて自衛殲滅用の高電圧をお見舞いした。一瞬でウェルダンになったモンスター達が経験値になって消滅する。鉄格子から電気が消え、

深く息を吐いたプレイヤー達は煙を上げ、破損寸前に陥っているハンヴィーに近寄るとドアを蹴破り、秋穂が香美を巻き込んで転がり降りる。

 

 面白おかしそうに笑っている秋穂の頭をサブマシンガンで照準している女半猫族のリッパーは身元確認を行いながら随伴している仲間をハンヴィーの運転席と助手席に回して救助させた。外れたドアが投げ捨てられ、席に乗ったまま気絶している二人を引っ張り出した彼らは

マジックサポーターを呼んで治癒術をかけさせる。

 

「武達は!?」

 

「おー・・・無事だー・・・まぁ死にかけてはいるんだけどよぉ・・・」

 

「警備班、救護頼む! 車両の回収は?」

 

 大騒ぎの状態に陥った現場を歩きながら状況を確認する隼人は相当酷い衝撃を受けたのか、それとも乗り手を投げ飛ばした後に凄まじい大回転を演じたのかカウルもフレームも酷く大破しているニンジャとCBRが回収されていく様を流していた。久しぶりの帰還が大騒ぎになるとは

思ってもいなかった隼人はゲート警備に回った二人のインファントリに手を上げると恋歌と共に町の中を回った。

 

 自分達が拠点に使っている場所より少し離れた地点にあるウイハロ構内はアウトロー感の漂う薄汚れた感じの町並みで、アイランの法整備された感じとはうって変わって法と言う概念を感じられない雰囲気を訪れた冒険者達に提供している。だが無法ではなく最低限の法は存在し、

ある程度の部分は統制されて警備専門のパーティもいる。

 

 今後片付けに当たっているのは警備専門としてウイハロに所属しているプレイヤー達で周辺を行動範囲として普段は警備を行っている。隼人は警備隊隊長と合流すると隊長に集中していた状況報告を聞くと治療院に担がれた面々の状態を聞いた。

 

「たった今治療院に収容されたのは六人。三台の車両は全て大破認定を受け、工場待機状態となっている状態です」

 

「了解した。では、三台の修理を申請しておいてくれ。車庫に車はあるか?」

 

「レンタル車両は全て出払ってます。あなた方のガレージにハッチバックタイプのインプレッサが置いてあります」

 

「整備は?」

 

「いえ、何も。しかし状態は良いので使用するには問題が無いと思われます」

 

 こう言った組織立った軍隊的ロールプレイが流行っているのか敬語を使用している警備隊長の報告に頷いた隼人はゲート近くに設営したガレージへ二つほど取っている大型の専用スペースに移動すると薄暗いそこの電源を入れた。電気が点き、薄暗かった車庫内が見渡せる様になった。

 

 そこには特徴的な青色で塗装された一台のハッチバックがおり、ゲームシステムに沿う様に現実では実用化されていないキーレス型へ改造されたそのハッチバック、スバル・インプレッサのドアロックをファンシアで解除した隼人はハッキング機能を利用してエンジンを始動させると

各所の調子を見つつ、車体をガレージから出した。

 

 警備隊の詰め所兼案内所で待機していた恋歌達の横にインプレッサを付けた隼人はファンシアを操作しながら恋歌達が乗り込むのを待った。供給元のロゴを表示した後にナビゲーションシステムを展開したファンシアがSPS(シームレス・ポジショニング・システム)を利用した

常時同期ナビゲーションを展開した。

 

「大げさな名前だよなぁ・・・コレ」

 

 舞台装置にしてはかなり現実感のある用語にそう呟いた隼人は乗り込んだ三人に目を向けると、インプレッサを始動させてハーフスピン。ケリュケイオン本拠地に向けて出発した。暗い荒れ道を快調に走るインプレッサはWRC(世界ラリー選手権)参加用車両であったポテンシャルを遺憾なく発揮し、

隼人の運転技術も相まって素早く目的地に到着した。

 

 本部に入った隼人は電灯を点けて中に入るとまだプライベートルームが無い秋穂と香美の部屋を素早く割り当て、ケリュケイオン宛に送られてきた依頼を備え付けの投影式コンピューターで確認した。ケリュケイオンは情報組と呼ばれる小事実働グループの中でも主に国境を跨いだ輸送の護衛や

微妙なラインで起きるPK等の戦闘行為を専門としたグループなのでそう言った依頼が来る。

 

「依頼は二つ、期限が早いのはアルカンからアイランまでの輸送護衛任務か・・・」

 

「どうするの? 武達の回復には時間が掛かるけど」

 

「取り敢えず依頼人は話を通そう。期限は二日後だしな」

 

 仕事用のオフィスで二人っきりの隼人と恋歌はクエストファイルに同梱されている依頼用の通信コードで依頼人へ連絡を取った。

 

『はーい、もしもしー?』

 

「どうも。ケリュケイオン、リーダーのハヤトです」

 

『あいよー、どしたよー?』

 

「え、えっと。そちらが依頼された護衛任務について、確認を取ろうと思いまして」

 

『はいはい、って事は受けてくれるんだね? ありがとう! それで?』

 

「輸送の決行日時は何時頃になるのでしょうか? 後、そちらの車両編成を教えてください」

 

『あー、えっとだね。依頼締め切りの日に決行、こっちの台数は4台。積載物資の内容は弾薬と武装』

 

「分かりました。ハンヴィーとバイク三台で護衛します」

 

『了解。じゃあ、準備しとくね』

 

 その言葉を最後に通信が切れ、ビジネス用の態度を崩した隼人はマガジンを抜いたHK45を指で回す恋歌が興味深そうに見て来たのに微笑を返した。武達が遊びで身に着けていたガンプレイの真似事をしている恋歌はくるくると銃身を回しながらホルスターに収めた。

 

「どう?」

 

「コウの方が上手い」

 

「素直に褒めなさいよっ!!」

 

「褒めて欲しかったのかよ」

 

「そうじゃないわよっ!!」

 

 じゃあ何だよ、と顔を赤くして不機嫌そうにしている恋歌に向けて突っ込んだ隼人はマガジンを装填し、スライドを引いた彼女が照星を覗き込むのを眺めながら取り外したフィジカルアッパープレートを机の上に置く。身体強化作用があるそれを付けるのと付けないのとでは

打撃の負担が極端に違う。

 

「そう言えばさ。隼人って補助武器持っていないのね」

 

「ああ、自分の体で十分だからな。武器は必要ない」

 

「そりゃそうよね、アンタは全身が武器だものね」

 

 苦笑する恋歌に頷いた隼人は拳銃をホルスターに収めた彼女が周囲を見回し、妙にソワソワしているのに気付き、その意図を察した。

 

「おい、来るか?」

 

 平然を装いつつ左太ももを叩いてそう言った隼人は嬉しそうな彼女が二人きりだからか素直にやってきたのに若干引き、不機嫌そうな彼女に気付くと慌てて態度を直した。そんな彼の太ももに尻を乗せて満足そうに座った恋歌は彼の胸に頭を乗せるとファンシアでSNLのネットブラウザを開いていた。

 

 無料配信の特撮番組サイトを見つけた恋歌は彼と共にそれを見始めた。ログアウトすれば一緒に見れなくなる事に寂しさを感じた彼女のわがままに無条件で付き合う事にした彼はファンシアに届いたメンバー達のログアウト報告を消すと動画に見入った。今はこうしている方が良いのだ、とそう思った彼は

恋歌を後ろから抱き、そのまま彼女と目線を合わせて動画を見ていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の放課後、いつもの部室ではなく浩太郎と加奈のバイト先である喫茶店『シルフィー』にて輸送護衛クエストについての説明を行った隼人は店長からの依頼で臨時雇用のアルバイターとして給仕服を着てケリュケイオンメンバー総出でウェイターの仕事をしていた。

 

 忙しく動くメンバーの姿は常連の中では『シルフィー』の名物となっており、その中でもよく可愛がられている恋歌が接客に行く度にお客さんから写真撮影を頼まれる。そう言った類の事がかなり苦手な彼女は引きつった笑いで写真に写っていた。シルフィーの立地は双葉駅の真ん前にあるが、

店の落ち着いた雰囲気を好んで来る常連もいる。双葉町はベッドタウンとして作られながらも新しい商業地として駅前ビルの建設などの開発が進み始めている。その影響で観光客もそれなりに入店してくるのだった。

 

 観光客の相手でクタクタになった恋歌がカウンター席に突っ伏しているのを流し見た隼人は給仕服の襟元を緩め、風を通そうとするがそれを浩太郎に咎められ渋い顔をした。それに苦笑を返した浩太郎は接客を続け、観光客を相手にノリノリの武と楓の傍を通り過ぎた。

 

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

 

 一年以上も言い続けている言葉を前置きにして注文を聞いた浩太郎は慣れた手つきでオーダーを取るとマスター兼店長である山崎大蔵の下へ戻った。メモを受け取った彼が厨房に戻る間に隼人が接客業が苦手な恋歌を励ますのを手伝おうと彼らの元に歩み寄った。

 

「おい、恋歌。大丈夫か?」

 

「もうやだぁ・・・帰りたいぃ・・・帰ろうよぅ」

 

「帰ろうっつったってまだ俺達仕事するから帰らないぞ? お前一人で帰るか?」

 

「やだぁ・・・」

 

「じゃあ、頑張れよ。お前人気あるんだからさ」

 

 そう言った隼人に涙目の恋歌は不服そうに頬を膨らませるばかりだった。慣れてるなぁ、と感心している浩太郎の方を振り返った隼人は何故か赤くなった彼に首を傾げてカウンターに置かれた注文の品を持っていった。何か悪い事でもしたのか、と考えていた浩太郎だったが仕事をこなす内にその疑問は薄れていった。

 

 それから暫くして閉店時間の午後7時になり、店仕舞いの手伝いを始めた武達は店主の許可を貰って一人厨房にいる隼人が店の余り物を使って何か作り始めたのに期待を膨らませて作業を続けていた。

 

「隼人君、何作ってるの?」

 

「まぁ、有り合わせで飯。バラバラに作ったから好きなの選ぶ様になるな。片付けは?」

 

「全部終わってる。皆カウンターに座って話してるよ」

 

 そう言う浩太郎に頷いた隼人はまかないを盛り付けた皿を持って武達の所に行くと彼らの前に順々に並べていった。好きなのを取れ、と言った隼人は騒いでいる彼らを背に厨房に引っ込むと今に繋がっているらしい段差から老婆が姿を現した。

 

「ヨネさん、どうしたんですか?」

 

「あらまぁはー君。おばあちゃん、ご飯作る所なのよ」

 

「手伝いましょうか?」

 

「良いのよ、タケちゃん達とご飯食べてきなさい」

 

「分かりました」

 

 そう言った隼人はカウンター席に引き返そうとして、厨房で料理を作り始めた老婆、ヨネの方を振り返った。その背中に、何故か哀愁を感じた隼人はまだまだ現役の父方の祖父母と比べてしまった事を恥じたがその背中から感じる気配が活気に溢れたものではない事に不安を感じていた。

 

 何かあるのだろうか。そう考えていた隼人は彼の視線に気付いたらしいヨネが微笑んだのに気まずくなって軽い会釈をしてその場を後にした。戻った隼人は明るい雰囲気を纏い、談笑しながら夕食を摂っている九人に出迎えられた。反射的に思い詰めていた事柄を頭から離した。

 

「あ、隼人! コレ美味しいわね!」

 

「あ・・・ああ、そうか。良かった」

 

「レシピ教えなさいよ! どうやって作ったの!?」

 

 口端にソースをつけたまま迫る恋歌に後ずさった隼人は予想外に美味しかったらしい特製デミグラスソース(隼人がたまに仕込んでいる物)のパングラタンのレシピ開示を迫られ、間近に迫る彼女の顔から逃げる様にして顔を逸らす。

 

「お、落ち着け。ちゃんと話すから!」

 

 そう言った彼はカウンターの方に移動して料理の作り方をレクチャーし始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻、双葉警察署取調室―――――

 

 薄暗いその部屋には、デュークことデジタル運用法違反、傷害罪及び銃刀法違反で逮捕された山岸幸助が警視庁デジタル捜査一課巡査、五十嵐冬香と共に静かに座っていた。その後ろに同課巡査長、宮坂隆宏もいた。現在全国的なVRMMOのPK事件を扱っている二人は

隼人の言葉を受けて幸助をその関係者では、と疑い始めていた。

 

 それ故に冬香はイライラしていた。まごまごとしている幸助の態度が一層冬香をイラつかせ、単刀直入に『楽園』について尋問し回答待ちの彼女が薄ら笑いを浮かべ始めた幸助を睨む。

 

「何がおかしいのさ」

 

「いや、あんた達には分からないだろうよ。この嬉しさが、今この場でイニシアチブを握れる嬉しさが」

 

「・・・警官、馬鹿にしてんの?」

 

「お前ら無能がどう喚こうが『楽園』には辿り着けない。俺が提供してやっても良いがそれなりの待遇を要求する」

 

「こんの・・・!」

 

 拳を振り上げた冬香の腕を取った隆宏は馬鹿にした様な幸助の薄ら笑いを睨みつつ、こう切り出した。

 

「では、それなりの待遇をしようじゃないか。『楽園』について知っている情報を全て吐いてもらおうかな、無論タダでとは言わない。支払いは全て君持ちだ」

 

「何・・・?!」

 

「既に君のアカウントはSNL上で凍結済みになっている。今君はBOOはおろか通信サービスすら受けられない状態になっている。この解除権限は安全使用許諾書を通信管理省に使用許諾を提出しないと解除されない仕組みだ。君が協力してくれないのなら

君はライフツールを一つ失う事になる。それでも良いのなら、その態度を続けると良い」

 

「警官が、脅迫をして良いと・・・!」

 

「これは脅迫じゃない。君がSNLを使うのは危険と判断した正当な行為だ」

 

 あくまでも冷静に返した隆宏は冷静さを失い始めた幸助に内心ほくそ笑みつつ話を続けた。

 

「今更『楽園』を知った所で手遅れ。だが・・・話そうか」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

 そう切り出した幸助は不気味な笑みを浮かべながらその場にいる警官達へ『楽園』について話し始めた。

 

「・・・最初に『楽園』を知ったのはインターネット上に出回っていた都市伝説。内容は・・・BOOに何かが起きると言う事、BOOにのめり込んでいた自分は目的を欲していた事もあってそこに参加した」

 

「それで今回の事件を起こした、と?」

 

 幸助の言葉を引き継いだ隆宏は頷く彼がやけに素直な事に違和感を覚えていた。こんなにも素直だと逆に疑わしく感じる隆宏は彼に話を続けさせた。

 

「しかし、所詮俺は末端の兵士だった。最低限の情報と、最低限の命令。それだけが与えられ、戦いの始まりを告げる狼煙として俺は利用された。だが、それで良い。俺には目的が欲しかったから」

 

「始まり・・・?! それは一体どう言う事だ?! 君の起こしていた事件が一体どう言う事と・・・・!」

 

「分からない。分からない事には答えられない」

 

「では・・・これで終了だ」

 

 そう言った隆宏は幸助を留置所に帰すと冬香の方を振り返って自分達の職場に戻るとそう言った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 時刻は九時前、あの後それぞれ食後の飲み物を飲みながら今度の休日の計画を立てていた彼らはオーナー夫妻に挨拶して帰路に付いていた。余りまともに歩かない秋穂が人の家の塀によじ登って

平均台宜しく歩く様を見上げた隼人は怒鳴って下ろす。

 

 不満そうに頬を膨らませた秋穂は頭一つ分低い香美に抱き付いて慰めていた。香美も香美で満更でもない感じでなされるがままだった。

 

「・・・その内結婚するとか言うなよ。頼むから」

 

 そう言った隼人はビクッとなった二人に半目を向けるとその隣でソワソワしている恋歌が何か言いたそうに彼を見上げていた。何だよ、と表情そのままで彼女を見た隼人は懇願する様な彼女の表情に顔を赤くした。

 

「秋穂を怒ってあげないで」

 

「何でだよ?」

 

「悪気がある訳じゃないから」

 

 ごく当たり前な恋歌の物言いにそらそうだ、と内心で返した隼人は突っぱねてはいてもちゃんと秋穂の事を考えているらしい恋歌に感心しながら彼女の表情を隠す様に頭に手を載せた。そんな二人を見ながら伸びをした武は

あ、と何かを思い出して間抜けた声を出した。

 

「やっべえ! 今日の『クラムエクス』、新型機登場回だった!」

 

「録画してないのか」

 

「いや、生で見たいじゃん?! 先行発売の『パラ・ベラム』販売情報も気になるしさ」

 

「新型機って・・・ああ、『フレデリック』か」

 

「アイツ、公式のビジュアルがかっこ良かったんだよォ・・・。ああ~・・・生番で拝みたかったぜぇ・・・」

 

 悔しがる武は急に生返事になった隼人に違和感を覚え、他の面々共々彼に注目しているとその視線に気付いたらしい彼が慌てた様子で全員を見回す。

 

「どうしたんだよ、隼人」

 

「あ・・・いや。何でも無い」

 

「何でも無い様にゃ見えねぇぞ」

 

「本当に、何でも無いから。気にするなよ」

 

「了解了解。でもよ、あんまり考え過ぎんなよ? お前、そう言う性質なんだからさ」

 

 そう言って苦笑する武に頷いた隼人は心配そうな恋歌の視線を隠す様に彼女を撫でるとふと頭に浮かんだ心配事に脳裏を埋め尽くされた。あの時幸助が口走った『楽園』と言う単語、それを成就する為に動いている計画。

 

 あの言葉はきっとブラフではない。ならば今自分が享受しているこの平和な日々も何時しか終わるのではないのか、そう考えていた彼はその時初めて解決した依頼は単なる始まりでしかなかったのだと気付いた。あの依頼を

解決しようとしていた時から自分達は引き返せない場所にいたのだ。

 

 戦いが始まる。それだけはハッキリと、彼には理解できていた。そして、その歯車は確実に回り始めていた。



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Blast6-1

六話です。まだまだ皆のんびりしてます


第6話『Change before you have to.《変革せよ。変革を迫られる前に。》』

 

 翌日の放課後、自宅に戻った隼人は自室のベットでログインし、ケリュケイオン本部である古家のベットで目を覚ます形でゲームの世界に飛び込んだ。自室に割り当てられたベットで体を起こした隼人は身に着けている布製の防具を確認すると

武器を入れているロッカーからパイルバンカー付のガントレットを取り出すと腕に装着し、装填機構のスライドを引く。

 

 装填音と共にじんわりと作動し始めた身体強化を体感しつつ、露出した手にハードタイププロテクター付きのオープンフィンガーグローブを着けた隼人は黒いブーツを履くと脛にバンカーユニット付のプロテクターを装着した。これで格闘戦では万全の体制を取れる。

 

 そのまま、外に出ようとドアの方に移動した隼人は狭い廊下を通ろうとしていたらしい人物にドアを当ててしまい、謝りながら覗き込むと怯えた様子の香美が隼人の仏頂面を見るや後退りながら謝っていた。それに慌てた彼はどうしようと思いながら取り敢えず部屋から出た。

 

 意外と言えば意外だが、隼人は香美の様な大人しい子が苦手だった。それ故にどう対応して良いか分からず取り敢えず降りる事にした彼はちょこちょこと後を追ってきた香美の方を少しだけ見るとコーヒーを淹れ始めた。我ながら自分勝手だ、と思いながら一瞬で淹れられたコーヒーを持って、仕事机に移動する。

 

「あ、あのっ」

 

「ん?」

 

「昨日のご飯、美味しかったです。すぐに言えなくて・・・」

 

「ああ、なら良かった」

 

「あ、あの・・・それでもし良かったら今度私にも料理を教えてくれませんか?!」

 

「教える位なら別に構わないが、何が良い?」

 

「和食で!」

 

「分かった、考えとくよ」

 

 そう言うやり取りをした隼人はゆっくりコーヒーを飲みながらクエストを確認していると応接用兼休憩用のソファーに座っている香美が手持ち無沙汰でいるのを見て立ち上がり、コーヒーの隣にある紅茶を取り出して淹れると彼女の目の前に置いた。

 

 おっかなびっくり受け取った香美は、ゲーム内の物に味を感じる事に驚いていた。食いついたな、と思いながら席に戻ってコーヒーのカップを持って席を動いた彼は香美の前に座って話を切り出した。

 

「どうだ?」

 

「味が、ある・・・何でですか?!」

 

「えーっとだな、五感に干渉する様にデバイスの方に細工がしてあるらしい。ここで言う五感って言うのは触覚、視覚、聴覚、味覚、後なんだ・・・?」

 

「触覚、視覚、聴覚、味覚・・・嗅覚ですか?」

 

「あってる。忘れてたよ。やはりカミは色んな事に詳しいな、その外見通りだ」

 

「止めてくださいよ、この外見のせいで理系女子って思われてるんですから・・・」

 

「ほー、じゃあカミは文系か」

 

「いえ・・・私はオールマイティです」

 

「じゃあ何で理系女子って言われるの嫌なんだよ・・・」

 

 利也、夏輝と喋っている感覚の隼人は柔和な性格特有の天然オーラを発する香美にため息をつきながらコーヒーのカップを置く。探偵部に下級生はいなかったからか、全員が秋穂と香美を甘やかす傾向にあった。

 

「さて、俺はウォームアップでもしてくるかな。あ、武達が合流してくるからレンレンとアキホが降りてきたらそう言っておいてくれ」

 

「え、あ・・・あの。私、見学しても良いですか?」

 

「構わないが・・・何でだ?」

 

「秋ちゃんが、自分のお兄さんの事すごく強いって言ってたので一度で良いから見てみたいなぁ・・と」

 

「アイツ・・・。まあ、そう言う事なら一緒に来い」

 

 いつもの慣習でコーヒーのカップを流しに置いた隼人は同様にした香美に武器を持たせると彼女を連れて古家の裏に備えた練習場に移動すると練習台であるオートボットを起動させた。自立駆動したそれの不意打ちを

回避した隼人はリズムを取りながらボットを睨む。

 

 ジョンと名付けられたボットは比較的スタンダードなガンナイフスタイルで隼人に攻めかかる。学習したロジックから拳銃を連射して接近したジョンだったが気配から射線を読んでいた隼人に拳銃弾を回避され、距離を詰められた。

 

 苛烈な戦闘を見学している香美はウォームアップとは思えないレベルの戦闘を頑張って追っていた。そして、隼人が近距離に入り込んだのを見た彼女は拳を振り上げる直前に回避運動を取った彼に疑問を抱いた直後に

外に振る動きで銀孤が走った。直後、その下を潜った彼が倒れながら身を捻ってジョンの顔面に回し蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす。

 

 受身を取った隼人はハンドスプリングで起き上がると順手に持ち帰られたナイフを手の甲で弾き、向けられた拳銃も裏拳でギリギリのラインまで弾くと激発したそれの衝撃波で聴覚を一時封じられた。だが、開いた腹部に連続で拳を叩き込んで怯ませると後ずさったジョンが拳銃を向ける前に隼人は飛び上がっていた。

 

 唐突なジャンプにジョンが戸惑う間、宙で足を引いて溜めていた彼は自分の体が落下を始め、ジョンが照準する瞬間に気合の叫びと同時、エフェクトを纏いながら足を伸ばした。ちょうど落下点にジョンの頭が来て額に蹴りを食らった彼の頭から嫌な音が鳴って練習用の機械人形が吹っ飛んでいく。

 

 片膝を突きながら着地した彼は派手な爆発エフェクトと共に機能停止したジョンに一息つきながら払う様に掌を叩いて立ち上がった。一息ついた隼人は唖然としている香美に苦笑し、彼女の方に戻ると修復されたジョンに軽く手を上げて立ち去った。

 

「どうだった、香美。噂の真相は」

 

「正直言うと何も言えない、と言った感じです。あれでウォームアップなんですか?」

 

「うちがやり合う連中は皆あんな感じだ。って言ったらどうする?」

 

「大人しく離れた所で見る事にします」

 

「秋穂は突っ込むぞ、そう言う連中がいる所」

 

 そう言って苦笑した隼人は心当たりがあるのか嫌な顔をする香美にお互い大変だな、と声をかけていた。そうしていると秋穂と恋歌が二人並んで歩いているのに出くわした。二人から立ち上る闘気に気付いた隼人は矛先が自分に向かない様に気をつけながら二人に話しかけた。

 

「お前ら、どうしたんだ?」

 

「ん? ちょっと恋姉と模擬戦をねー」

 

「レベル10前後のペーペーがよく言うわね。ま、ちょちょいとのしてあげるから」

 

「あっれ、タケ兄が前に言ってたけどこのゲームレベルとかが重要じゃないってさー」

 

「・・・とっととやるわよ」

 

 そのまま練習場に移動した二人は険悪なムードのまま向き合うとお互いに構えていた。両手のアークセイバーの柄を手にした秋穂はスイッチに手をかけて一歩前に足を出している恋歌の様子を窺うと進行役の隼人の合図を待った。

 

「始め」

 

 一言を終えるより早く左のアークセイバーを起動した秋穂はリーチを利用した突きで恋歌に対して先手を取ろうとしたがそれよりも早く動いていた恋歌が熱線ギリギリを通って秋穂の懐に飛び込む。瞬間、二本目が起動し恋歌の進攻軌道を遮る。

 

 ターンでその勢いを殺した恋歌は薙がれた刃を回避するとローキックを秋穂の足元に叩き込んで転ばせようとするが蹴られる瞬間に跳躍した彼女が側転を入れながら蹴りを避け、二刀流で追い散らしたのに反応した恋歌が大きく距離を取って拳銃を構える。

 

 牽制目的か、と意図を読んだ隼人は拳銃を放った恋歌の表情が変わるのに気付くと弾道を薙ぎ払った熱線に気づいて表情を同じにした。それに少し遅れて香美も秋穂が偶然した事を理解した。アークセイバーの莫大な熱量で持って弾丸を偏向した。

 

「すごい・・・秋ちゃん!」

 

 香美の声も他所にすかさず柄を連結した秋穂はリーチの長いそれを振り回して恋歌を牽制する。開いた片手に拳銃を引き抜いた彼女は連射する。瞬間、跳躍した恋歌は空中で一回転するとエフェクトを纏った足を突き出す。

 

「やあぁああああああああああッ!!」

 

 形的にラ○ダーキックみたいな恋歌の飛び蹴りだったがお約束なんて何のそのの秋穂の熱線に薙ぎ払われて吹っ飛んだ。そのまま壁に激突した恋歌は伏せたままだった。心配になる隼人が彼女の体を動かすと泣いていた。

 

「な、何で泣いてるんだよ・・・」

 

「だって秋穂が・・・」

 

「何の策も無く空中に飛んだら迎撃するのは当たり前だろ・・・・」

 

「でも、でも・・・武の時は」

 

「アイツはその、空気読みすぎっつうか・・・とにかく、タイマンで飛び蹴りはやるな」

 

 そう言った隼人は年長とは思えないほど子供っぽい泣き方をしている恋歌を慰めつつダブルブレードアークセイバーを振り回す秋穂の方に移動すると喧嘩の原因を聞いた。

 

「それは兄ちゃんの事をどっちが分かっているのかで・・・」

 

「だったら決闘するなよ! 話し合えや!」

 

「えー、だって兄ちゃんまともに決めてくれないじゃん」

 

「・・・お前にしか分かっていない所もあるし恋歌にしか分からない事もある。それじゃ駄目か?」

 

「まあ・・・それでも良いけど・・・」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめる秋穂に一息ついた隼人は泣いてしまうと幼児退行する癖がある恋歌を抱き上げて家に戻るが抱き上げられている事が嬉しかったらしい恋歌の感情に応じた尻尾が大事な所を直撃したのに膝を突いた隼人は無駄に再現されているVRゲームを恨んだ。

 

「ハヤトさん?! どうしたんですか!?」

 

「タマチン打ったの兄ちゃん」

 

「タッ・・・・」

 

 下ネタに耐性が無いのか真っ赤になる香美を他所に無言で膝を突く隼人の傍に移動した秋穂は物を撫でる尻尾を引っ張り出して握り締めると激痛があるらしい恋歌が飛び起きた。立ち上がる力が無いのに物が起立した状態の隼人はパンツ丸出しの恋歌に何かを噴出した。

 

「兄ちゃん大丈夫?」

 

「今目の前にある光景が大丈夫じゃないわッ!!」

 

「あ、気にしないでただのお尻だから。ほーいすぱんきーん」

 

「止めんか!! 恋歌の尻を叩くな!!」

 

「じゃあ、兄ちゃん調教してあげなよ、ほい」

 

 そう言って恋歌の尻を前に担いだ秋穂は鼓か何かの様にスパンキングして隼人に滅茶苦茶怒られていた。顔を真っ赤にしている香美がその様子を見ていて恋歌のスカートを戻した隼人が優しい手付きで恋歌を抱え、その場に下ろす。

 

 その光景に見とれていた香美はダブルキックでぶっ飛ばされる秋穂に引きつり笑いを浮かべるとお互いに顔を背けた二人に笑っていた。仲が良いんだろうか、と思っていた香美は秋穂に回復アイテムを使いながら小競り合いを始めた二人にそうでもないのかも、とも思っていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 暫くして合流した武達が隼人以外寝ている有様を見て首を傾げていた。ソファーで横倒しになっている三人の一番下、小柄な恋歌がうんうん唸っている中を普通に作業していたらしい隼人は大きく伸びをすると待機している六人に目を向けた。

 

「皆揃ったな、じゃあ出るかぁ・・・」

 

「三名寝てんだけどよ・・・と言うか今回車三台なんだろ?」

 

「ロードスター、インプレッサとハンヴィーな、インプレッサは前に停めてたろ?」

 

「ああ、あの邪魔臭い奴か・・・ま、良いや出るかね。じゃあ俺らは居眠りを運ぶかね」

 

「スマンな。そいつらはインプレッサに乗せてくれ。ロードスターは・・・ああ、浩太郎と加奈か」

 

 割り当てを確認した七人は居眠りしている三人をインプレッサに乗せるとエンジンをかけ、お世辞にも舗装されたとは言えない一本の獣道を無視して野原を小さく回ったシルバーのNC型ロードスターと大きく回ったハンヴィーを見送るとインプレッサのコックピットに乗り込んでアクセルを全開にした。

 

 器用にゲートを駆け抜けたそれをウイハロの町まで走らせた隼人はスピードを落としながら構内に入ると目的地の方向に移動し、門を抜ける。かなり広い谷道に出た彼は通り過ぎる馬車群を連れた商人団とすれ違う。そのまま山道を登る車列から距離を置いた彼は恋歌達が寝ている事を確認してシフトギアをセカンドからサードに入れた。

 

 同時に加速したインプレッサは山道を駆け上り、先行するハンヴィーを追いかける。ジャンプポイントだったらしい頂上から車体を飛ばしたインプレッサはハンヴィーとの距離を詰める。同時、スタンドに置いていたファンシアを通話モードにして煽りの言葉を放った。

 

「オラ、行かねえとケツ突くぞ!!」

 

『うっせえ、そっちがその気ならやってやるよ!!』

 

『こっちもだ!』

 

 先頭集団が加速したのを見た隼人はギアをフォースに入れるとアクセルを踏んだ。そして、S字コーナーの前でブレーキング、ダートコンディションを考慮して早めにハンドルを切りながらシフトをセカンドまで下げた。

 

 瞬間、ギアがロックして車体が急激に横を向く。ドリフト状態になった車体をアクセルだけで操作した隼人は迫るコーナーに反対側へハンドルを切った。瞬間インプレッサの鼻っ面が反対側に向いて難なくコーナーを抜ける。

 

 端から見ればド派手なドリフトだが舗装路では抵抗が大きい為、遅い走り方になる。しかし、ダートコンディションではハンドル操作でのコーナリングに回転数を極端に落とさなければならない為、加速が鈍ってしまう。

 

「よっと」

 

 今、武達と競争しているので回転数を落とさぬ様にドリフトで走っている隼人はコーナーに差し掛かってドリフトに入った所で凄まじいエンジン音で起きたらしい三人がすっ飛んでいく車体に慌てているのを見ながらコントロールをしていた。

 

 大きく笑いながら大慌てする三人を見ていた隼人は姿勢を崩さない様、ハンドルは動かさずにアクセルワークだけで車のコントロールをしていた。コーナーを突破し、ハンドルを戻した隼人はのろまなハンヴィーの後ろにつくと並んでドリフトを始めた。

 

「うわああああ! ちょっ、兄ちゃん! 近いよぉ!?」

 

「はっははは、大丈夫だ。ま、ちょっとフレンチキスでもすっかな。ほれ」

 

「ぎゃあ! 怖いっての! ほら! カミちゃんとレン姐死にかけてんじゃん!」

 

 そう言う秋穂が指す先、後部座席で顔面蒼白になっている二人にニヤニヤと笑っている隼人は余所見をしながらもハンドルとシートから伝わる振動と衝撃でコンディションを計るとコーナーを抜けると同時のシフトアップで加速させた。

 

 ゲームセンターとバイク運転で鍛えた運転感覚で走らせる隼人はハンヴィーの後ろを追いながら山道を降りて野原に出るとハンヴィーを抜いてロードスターに追いついた。後ろを追うインプレッサに気付いたらしい浩太郎はにやっと笑うとシフトギアを操作してあぜ道に飛び込んだ。

 

 野原が道の後半とは言えどアルカンまではまだある。人っ子一人いないのが幸いして暴走行為で怒られる事は無い彼らは男子の笑い声と女子の悲鳴のセッションをBGMに爆走していた。



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Blast6-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 超高速ドライビングを楽しんだ男子は目まぐるしく変わる景色でそれ所じゃなかった女子を車の傍に置いて輸送団の方に移動し、団長らしい依頼主と握手を交わした。ファンシアを取り出した依頼主に応じて隼人もファンシアを取り出す。

 

「早速ですが依頼の再確認を。我々、アルカン輸送団はこれからウイハロを経由してアイランへ物資を輸送します。折り返し時にはアイランの攻略組が護衛をしていただけると言うので片道分だけで十分です」

 

「了解した。俺達はどのポジションにいれば良い?」

 

「こちらに陸戦対策の緊急対応部隊が二ユニット、トラックの荷台に隠れさせていますが極力使用しなくて済む様、遊撃を宜しくお願いします」

 

「やれやれ。遊撃か、了解だ」

 

 今回は積み荷の中身を悟らせない為の能動的迎撃を必要とするので遊撃を必要としていた。そのニーズに合う便利の良いグループがたまたまケリュケイオンだった。依頼の経緯がそんな所だった事に半分がっかりの隼人は陽気な港町のアルカンの風景を見ながら

名産品である森林資源を遠目から見学する。

 

 土壌汚染の影響で緑資源が異常に成長しているという設定らしくかなり背の高い木々が窺える。森林と言うよりも塔の群れに近い光景に意識を奪われていた隼人達は出発準備を始め、現地で仕入れた武装や弾薬を積載量の多いハンヴィーに載せると

カモフラージュ用のアルカン仕様の制服を着た。

 

「結構設計がしっかりしているんだね。ステータス変化が無いよ」

 

「ああ。俺達が使っている服よりも良い服だ、惜しむらくはカモフラージュ用って所か」

 

「それは仕方ないね。僕らは彼らの一員の振りをする様に言われて雇われてる身だし。さて、よっこいしょと」

 

「利也、その銃は?」

 

「ああ、これ? さっき貰った銃でさ、G28だっけ。HK417ベースの狙撃銃だよ、報酬の一つらしいし」

 

「銃の無料提供って珍奇な報酬だな・・・。何にせよ、うちのコレクションが増えたな」

 

「うん。HKのM4改造シリーズはこのゲームでもマイナー過ぎて一般ガンスミスが作らないからレア銃になってるからねぇ・・・。基本オーダーメイドだから高いんだよこれ」

 

「そんなに珍しい銃なのか。見た限りじゃスペック低いのにな」

 

「銃器は見かけのスペックが重要じゃないんだよ。しっくり来るかどうか。それが一番重要さ」

 

 そう言った利也はライフルスコープ代わりらしい低倍率ACOGスコープを調整して覗き込んだ。アメリカ軍の正式採用銃M4を改修したHK416の7.62mmモデルがHK417と言う銃であり、彼の言っていたG28と言う名称はドイツ軍が採用した際の名称である。

 

 正面戦闘での射撃支援を主とした場合、ケリュケイオンの交戦距離の関係上反動が大きい傾向にある大口径ライフルは邪魔になりやすい。かと言って5.56mmになると貫通力と威力が激しく不足するしそもそもセミオート射撃前提なのだから

程よく反動があっても大丈夫なので遠距離狙撃にならない限りは基本的に7.62mm弾を使用するライフルを好んで使っている。

 

 スペック的には低いHK417だが、熟練したプレイヤーからすると少し物足りない様に感じた。だが、今回利也はハンヴィーに積んでいたDSR-1しか狙撃銃を持ってきていないので自動小銃はありがたい代物だった。

 

 因みにHK417はセミ、フル切り替えられるので区分的にアサルトライフル(口径が大きいので正しくはバトルライフルだが)になる。

 

 確認を終えた利也の隣、同じ様に提供された拳銃を取り出して構えていた浩太郎はサンプルで提供された5-7をホルスターに収め、5-7が入っていたケースにMK23を収めた。メインアームとして使う事を前提に開発されたMK23に比して

非常に軽量に仕上がっている5-7だが逆に軽すぎて命中率に不安を覚えていた。

 

「5.7mmだから良いんだろうけど半分くらい軽いとちょっと不安になるなぁ・・・。サイドアームだったら良いけどね」

 

「と言うか普段使ってて重くねえのか、あの銃(MK23)」

 

「まぁ、僕の武器は基本ハンドガンとナイフだけだからね。ハンドガンが重くたって関係ないさ」

 

「そう言えばお前の戦闘傾向(バトルスタイル)はそう言うもんだったな」

 

「正直、軽い拳銃は反動制御しにくくなるから使いたくないんだよね」

 

 そう言いながら小型、コンパクトな5-7を一回転させた浩太郎は左手にダガーナイフを引き抜くと右手にハンドガン、左手にナイフを構えたガンナイフスタイルで構えると構えを解いてフリースタイルに変えた。両手の得物をくるくる回す浩太郎は

回転させながらそれを収める。

 

 ガンプレイが得意な浩太郎の技にニヤニヤ笑っていた武はアタッシュケースから5-7のマガジンを取り出すと浩太郎に投げ渡した。MK23の予備マガジンの代わりに5-7のマガジンをウェストバック型マジックバックに突っ込むと高速リロードの練習をした。

 

「相変わらずリロード早いな。何かコツでもあるのか?」

 

「コツなんて無いよ。ただ素早く動くだけさ、無駄無くね」

 

「うーん・・・そう言うもんかぁ・・・」

 

「さてと、話がまとまったみたいだしそろそろ出るみたいだね」

 

「そうみたいだな。さてと、俺もMK16のマガジンチェックしとかねえとな」

 

「ガンブレードは?」

 

「単発ライフルはお休みだ。傍に置いとくがな。それにせっかく提供してもらえるんだ、貰えるだけ貰っとこうぜ」

 

 そう言って立てかけていたMK16を投げ上げた武はマガジンの中身をチェックすると装填し直し、スライドを引いて初弾を薬室に入れると中距離戦闘仕様のミドルバレルを装着したタイプのそれのマウントレールに装着されたリフレックスサイトを

覗き込んだ彼は照準の先にある車両のエンジンが始動したのを見て車に飛び乗った。

 

 ハンヴィーのドライバーシートに座った武はエンジンを始動すると他の三人が乗り込むのを待ちつつ隣に駐車されているインプレッサに目を向けた。背の高いハンヴィーのシートからはインプレッサのシートは見えないが耳にかけた通信機から隼人の声が聞こえてくる。

 

『全員聞こえるか』

 

「オッケーだ」

 

『・・・よし、全員良いみたいだな。俺達が輸送隊に先行して移動する、サブシートは周囲に目を配れ。良いな?』

 

 隼人に指示に全員が応答する。返答を聞いた武はバックスピンしたインプレッサに続いてハンヴィーの姿勢を変えると車列を組んで走り出す。アクセルは一定で周囲の状況を確認しつつ進んで行く武の背後で何かに気付いた利也が後ろに置いていたDSR-1を出してルーフの穴から体を出した。

 

 刹那、ライフル弾がハンヴィーを直撃した。車体を揺らされた武は慌てて姿勢を立て直すが立て続けに放たれたロケット弾を咄嗟に回避、後方にいたロードスターが直撃を受けて大爆発を起こした。しまった、と車を軌道に戻しつつ思った武は利也からのサインでロードスターに乗っていた浩太郎と

加奈が無事である事を知り、ルーフの上にしゃがんでいる二人に挟まれた利也はロケット弾の飛来方向にスコープを向けた。

 

「こちらリーヤ。二時の方角、タンゴ(ターゲット)2」

 

『リード、了解。殺せ』

 

「リーヤ了解。さて、撃とうかなっと」

 

 独自の用語を羅列して通信した利也は様子見では無く、射殺を命じた隼人に聞き返さず二脚を立てて狙撃準備を行った。スコープに移りこんだ狙撃手に引き金を引いた利也は射出されたラプアマグナムがスコープの中の人物を貫いて射殺した。

 

 すかさずボルトを操作した利也はスコープを覗き込んで次のターゲットをランチャーを構えるインファントリに設定して射撃した。頭をぶち抜かれた兵士が額から血を噴き出して消滅、ボルトを操作した彼は何かに気付いた加奈の叫びで敵に気付いた。

 

「タケシ君、車止めて!! ハヤト君、敵だ。降車して対処する」

 

『了解した。だが、リーヤとナツキはハンヴィーに残れ。後の四人で対処しろ、こっちはアキホとカミを出す』

 

「分かったよ。ここから援護するね」

 

 言いながらライフルを交換した利也はハンヴィーを出て行った武達がそれぞれの得物を構えて接近し、相手が間抜けにも顔を出した所で射撃を開始する。バリバリと雷鳴の様な発砲音と共に鉛弾が横殴りに襲い掛かる。慌てる相手が体勢を崩したのを見計らって

フラググレネードを投げた秋穂は爆発と破片を撒き散らしたそれによって消滅した複数人から得た経験値にウキウキしていた。

 

 だが数名残っており、突然現れた護衛部隊に応戦しようとするが奇襲攻撃で完全に利を失っており、ヴェクターで射撃する加奈の後ろで5-7を連射する浩太郎はヘッドショットで一人倒すとナイフを引き抜いて振り下ろされたマチェットを受け止める。

 

 逆手持ちのナイフから火花が散り、刃渡り的に有利なマチェットが浩太郎を押すがそれよりも早く相手を蹴り飛ばしていた彼は宙を舞った体を5.56mmライフル弾と.45ACP弾が滅多撃ちにしたのを見届けると敵に飛び込んだ秋穂と彼女の後ろをついて行く香美に

ついて行こうと走り出す。

 

 二人の後を追う浩太郎はナイフの柄を持った状態で走り、マガジンを交換して隣に現れたファイター目掛けて腰溜め連射した。至近距離からの滅多打ちに耐え切れなかったらしいファイターが後退り、止めを楓が刺した。秋穂の後ろを走りながらハンターナイト目掛けて

P90の連射を浴びせた香美は別方向に移動していたインファントリにコンカッショングレネードを投擲、爆圧でダメージを与えつつ牽制する。

 

 爆圧で怯んだインファントリは飛び込んできた浩太郎の膝蹴りで吹っ飛ばされ、頭への一射を横に転がる事で回避する。岩に隠れた彼は手にした軽機関銃、M249を浩太郎に向けて射撃する。ベルト給弾に裏付けられた分厚い弾幕がインファントリを狙う浩太郎達四人の進撃を阻む。

 

 たった一人で四人を足止め出来ている辺り、元々分隊支援用に開発されているM249の牽制効果は抜群だった。雨の降る方向を真横にした様な滅多打ちに晒された岩盤を盾にしている四人は手持ちの射撃武器で牽制しつつ、散開して距離を詰めていく。

 

 ファンシアの通信機能で浩太郎との通信を確保した武はMk16を構えつつ、後ろに待機している楓に待機維持を命じると通信を開始した。

 

「コウ、俺が援護するから突っ込んで注意を引いてくれるか?」

 

『勿論』

 

「よし、カエデ。お前はコウに注意が向いたら突撃だ。カナは俺と援護」

 

『了解』

 

「三秒後、フレアグレネードと共に行動開始だ。三・・・二・・・一・・・」

 

 カウント終了と同時に赤色のフレアを投擲した武は赤色の光に一瞬気を取られたインファントリ目掛けてライフル弾をぶち込む。瞬間、風の様に飛び出した浩太郎がナイフを手にインファントリへ飛び掛る。瞬間、一閃を回避したインファントリが軽機関銃を連射して追い散らし、

追撃のグレネードを投擲した。

 

 グレネードから逃れ、5-7を手に呼吸を整えていた浩太郎はファンシアの同期システムで楓の現在位置を把握すると牽制する。直後、倍のライフル弾が返礼で返ってきて急ぎ隠れた。元々手持ちの武器が少ない浩太郎はグレネードの類を持っていないのでグレネードへの対抗手段が無い。

 

 だが、時間を稼ぐには十分だった。

 

「チェエエエエストォオオオ!」

 

 インファントリの背後、両刀にスキルエフェクトを纏わせた楓が岩盤を切り裂きながら迫る。両刀に斬捨を発動させた一閃は岩盤をバターの様に切り裂き、楓は切断された岩壁から飛び出した。

 

「ショートカット『焔討』、発動!!」

 

 返す太刀に炎を纏わせた楓は刃を赤熱させるのみならず漏れ出たフレアの本流を御しつつ、M249を捨ててナイフを引き抜こうとするインファントリに迫る。瞬間、左の太刀がM249のボックスマガジンに食い込んで炸薬に引火させる。爆発を起こしたそれから

撃発を待つばかりだったライフル弾が破片となって周囲に飛び散る。

 

 命中するライフル弾の痛みに堪えた楓は右の太刀でインファントリのボディアーマーを切り裂くと外気に晒され白煙を上げる刀身を食い込ませようとして直撃判定で効果の切れた刃が血を零したのを見た彼女はグレネードによる自爆を目論んでいるインファントリに気付いて

刃を引こうとしたが既にナイフを捨てた手で握られていた。

 

「うわ、やばっ」

 

 咄嗟に武器を放そうとした楓は吸い付いているが如く柄から離れない指に焦っていたがインファントリの手の中で炸裂寸前になっていたグレネードが弾かれ、間抜けた声を上げたお互いは落下したグレネードの炸裂を浴びてHPを減らすも即死には至らなかった。何でだろうと思うより早く、

インファントリの体が蹴飛ばされ、ライフル弾に滅多打ちにされた。

 

「大丈夫か、カエデ」

 

「うん、大丈夫。でもまあ、激しく動いたから行動資源値がピンチかなぁ~」

 

「ほらよ、ライトバーだ。取り敢えずこれ食って回復しろ」

 

 マジックバッグから取り出したライトミールを投げ渡した武はそれを口に入れ始めた楓を浩太郎と共にカバーしながらハンヴィーに戻っていく。一人、秋穂達の様子を見に行った加奈は物陰に隠れてマガジンを交換しそこから二人を見ていた。

 

 P90でハンターナイトに距離を取らせつつ、秋穂を飛び込ませた香美はハンターナイトの大剣で弾かれたアークセイバーから散った火花に目を見開くとマガジン交換を行った。一方の秋穂は右手のアークセイバーで横薙ぎに襲い掛かる大剣を往なそうとして貫通した刃に驚愕した。

 

 両手武器が繰り出す重量任せの一閃はアークセイバーの熱線に触れても耐熱性と速度で貫けるのだ。なまじ、片手武器ならば弾ける所か刃を切断する事で無力化できるだけにそれを想定していた秋穂の驚愕は一塩だった。咄嗟に引いた彼女の防具を切っ先が掠める。

 

「っつぅー・・・ビームぶち抜くとか想定外だっちゅーの」

 

「ええい・・・素早い! 何だ貴様は・・・」

 

「えー・・・えっと、通りすがりの・・・なんだろね」

 

 考えながら飛び下がった秋穂は振り上げた大剣の切っ先を向けてくるハンターナイトと距離を取ってから左にアークセイバーを引き抜いた。左のセイバーを順手から逆手に持ち替えた彼女は右の熱線を前にして走り出すと横薙ぎを跳躍して回避すると着地と同時にバックステップからの

後方逆手突きでハンターナイトを牽制する。

 

 頬を掠った一閃に恐怖が励起したハンターナイトは小指でスイッチを切った秋穂が手の中で柄を回したのを見ながら大剣を振り回す。瞬間、側転して刃を回避した秋穂は右手のセイバーで腕を落とすと左のセイバーのスイッチを入れた。瞬間、熱線に白いエフェクトが纏わり付く。

 

「ショートカット! 『剣の舞』!」

 

 両手の熱剣が超高速で振り回され、舞の如くハンターナイトの周囲を踊り切り裂く秋穂は四肢、頭を乱切りにして傷口の焼けた肉片を宙に散らしながらプラズマ刃を収めた彼女は焦げ臭い周囲に眉を顰めながら刃の無くなった柄を腰のホルスターに収めた。カシャン、と言う音を立てて

収まった柄の感触で一息ついた彼女はHK45ハンドガンを代わりに引き抜いて周囲を警戒しつつインプレッサに戻った。

 

 加奈も追って戻り、ハンヴィーのルーフに浩太郎共々しゃがんだ彼女は強化された移動補助スキルの恩恵で走行の風圧で飛ばされる事は無く、周囲を警戒していた。念の為にラペリングをかけている彼女の隣で周囲を警戒している浩太郎は右手の5-7に左手を添えながら口を開いた。

 

「さっきの人達、何か妙だったね」

 

「そう? 盗賊にしか見えなかったけど」

 

「盗賊にしては、人数が少なくなかったかい?」

 

 そう問いかけた浩太郎に首を傾げた加奈は苦笑する彼が周囲を見渡しながら言葉を続けるのを待った。

 

「それに最近各攻略組の動きが少ないのがちょっと気になってるんだよね・・・」

 

「確かに・・・。でも、今気にする事じゃないと思う」

 

「でもさ、さっきの人達が攻略組の人達だとしたら・・・どうする?」

 

「どうするって・・・倒すしかない」

 

「簡単に言うねぇ・・・」

 

 そう言った瞬間、丘を越えたハンヴィーの車体が跳ねて二人がバランスを崩す。何とか立て直した二人は上を通過したヘリコプターに空を行くそれと併走して接近してくる車両に気付いて車両に銃を向けた。

 

 ローター音と共に現れた輸送ヘリ、UH-60ブラックホークに照準した加奈と浩太郎は両手で構えた銃を発砲し牽制しようとするがチタン合金に炒り豆をぶつける様な物だった。風圧で減衰し、あっさり弾かれる拳銃弾に舌打ちした二人は側面に備えられたドアガン仕様のM249に

射手が着いたのを見て取るとハンヴィーの側面に回って掃射を凌いだ。

 

 実質対抗手段が無い彼らはルーフを叩くライフル弾に耐えながら攻撃手段を模索していた。ヴェクターを構えた加奈は側面から射撃で足止めしろくに狙いも定めない射手を穴だらけのルーフから狙撃した利也の援護を受けつつルーフによじ登った。

 

 浩太郎も同じ様に登ると左の手の甲に仕込んだワイヤーを射出してヘリコプターを捉えるとそれを引っ張ってヘリコプターを固定した。挙動が変化したらしいヘリコプターが上昇しようとするのに合わせて跳躍した浩太郎はヘリコプターにぶら下がるとコックピットから人員を投げ飛ばし、

副操縦士を射殺して飛び降りた。

 

 落下から地面に接触する直前、ワイヤーを射出して半ば強引に移動した浩太郎はルーフに着地すると自分達を追う車に左手を振るった。射程距離無限のワイヤーが射手の首に巻き付き、鋭い刃の様なそれは首をいとも容易く切断して見せた。元々暗殺用の武器であるワイヤーは

シンプルさ故の万能性を見せていた。

 

「コウ君、凄い」

 

「ありがとう。でも、まだまだ用途はあるよ」

 

「そうなの?」

 

 無垢な顔で聞いてくる彼女へストレートに答えようとした彼はもう一つの用途を思い出してその口を噤んだ。ワイヤーの用途は物音を立てずに殺傷する事であり、その一つに相手を吊るし上げて首の骨を折る、または切断すると言う用途がある。無論これは、浩太郎が武から借りたゲームから

ヒントを得て考案した暗殺方法であるが実践で使用したら予想以上にえげつなかったので止めた。

 

 後ろめたい事があったのでそこで言及を止めた彼に助け舟を出すが如くもう一台の車がハンヴィーに激突した。危うく落ちそうになった加奈を引き上げた浩太郎はピックアップタイプらしいトラックの二台に座る二人のプレイヤーに気付いて5-7を引き抜いた。瞬間、飛び移ってきた少年の蹴りで弾かれ、

得物を失った彼は防具でもある衣服の袖から遭遇戦用に仕込んでいたM9バヨネットを引き出すとローキックを構えていた少年の軸足を突き刺した。

 

 激痛で力が抜けたらしい少年は膝を折ったがバヨネットを振り上げて迫る浩太郎に気づいて両手で短剣を受け止め、得物を投げ捨てると残っていた足で浩太郎の足を刈った。荷台に陣取る少女が投擲した瞬間回復型の傷薬で負傷箇所を直した少年はハンドスプリングで起き上がりながら立っていた

浩太郎の頭にドロップキックを放った。

 

 寸での所で受け止めた浩太郎は足の裏を押し返すと起き上がった少年の拳を往なし、腰から引き抜いたクナイを腕に突き立てるとそのまま顎に一撃入れた。ふらついた彼を掴んだ浩太郎は荷台からアサルトライフルを向けてくる少女に気付いて咄嗟に少年を盾にし、ライフル弾を防いだ。

 

 大幅にHPの減った少年の首を捻って折った浩太郎は死体を投げ捨てると荷台に飛び掛り、少女をワイヤーで絞殺するとハンヴィーに戻ってM2ブローニング重機関銃を運転席めがけて発砲した。穴開きチーズの様になった車は乗り手を失い、壁に激突して黒煙を上げた。

 

 過ぎていく車を見送った加奈はヴェクターでの射撃戦が基本の自分とは異なり、暗器やその場にある道具を用いたアウトローな近接戦を得意とする浩太郎がした結果に少しだけ、恐怖心を抱いていた。一方の浩太郎は半分近くまで削れているHPを戻すべく回復薬を使っていた。

 

「ん? どうかした? 加奈ちゃん」

 

「さっきの戦い方、凄いね」

 

「ああ、あれかぁ・・・。原型はお爺ちゃんから習ったんだよね、何でもお爺ちゃんのご先祖様がそう言う事をする専門の人だったらしくってさ。一族の教えでずっと伝わって、出兵してた曾お爺ちゃんを守ったんだって」

 

「そう言う事って・・・コウ君のご先祖様は暗殺者・・・忍者だったって事?」

 

「ま、そうだね。今でこそ古流剣術とかって言う体勢を取ってるけど本質的には暗殺術に近いよ。その場にある物を利用するとか、無手で相手取るとかね」

 

 そう言って苦笑した彼の顔は少しだけ、曇って見えた。戦った後、隼人がする顔と同じだ。だけど、加奈にはその意味があまり分からなかった。どんな事に苦悩しているか、分からなかったから。

 

「コウ君、どうしたの?」

 

「え? あ、いや・・・。何でも無いよ」

 

「そう、分かった」

 

 そう言った加奈はウイハロへの入り口に差し掛かったのに気分を高揚させ、それでも冷静な浩太郎はクナイとダガーを引き抜いて周囲を警戒していた。その後、一団は無事ウイハロに到着しぼろぼろの車から降りたケリュケイオンの面々は輸送トラックがガレージに移動したのを見届けると

輸送団を宿が密集する通りに案内した。

 

 案内を終えた彼らは大きく伸びをしながら一度本部に戻る算段を付けていた。だが、それを阻むが如く怪しい一団が彼らの前に立った。一団を率いるハンターナイトを一度見た隼人はその鎧に描かれたエンブレムを見て取るや状況を理解した。

 

「なるほど・・・さっきからちょっかいを出しているのはお前等だったか、『P.C.K.T.』。領土保有面積一位の癖してこそこそ野盗の真似事か?」

 

「ちょっかい? 夜盗の真似事だと? 何の事だ、『サイファー』。リーダーからは貴様らの排除しか言い渡されていない。それでは覚悟してもらおうか」

 

「な・・・チッ、面倒だな。行くぞ、お前ら」

 

 そう言って構えた隼人に続いたケリュケイオンとP.C.K.T.は臨戦状態にあった。パーティ人数は互角。故に、ケリュケイオンの不安要素である秋穂と香美がハンデとして重くのしかかる。如何にプレイヤースキルが重視されるBOOにおいても

レベルに二十以上の開きのある状態では流石に勝ちにくい。

 

 特に戦闘系ではない香美にはかなりキツいレベル差だ。それも含めて二人一組での行動を指示した隼人はそれぞれ散らばって街中に逃げ、後を追ったP.C.K.T.のプレイヤー達はそれぞれに分かれて索敵を始めた。レベル的に中堅どころになるプレイヤー達はそれぞれの得物を持って

辺りを探し回った。だが、固まって探していたのが不味かった。

 

「いない・・・?!」

 

 周囲を探すスカウトがスキャニングをかけるが高レベルのそれには何も反応が無い。映らないからどこにもいない、と言う訳ではないがイニシアチブを掴めない歯痒さが彼らにはあった。どこに行った、と捜索していたスカウトはその瞬間本能的な恐怖を励起させる浮遊感に襲われ、

一瞬でHPを失い、そのままログアウトとなった。

 

 索敵を失ったグループはそれでも冷静に周囲を窺っていたが索敵を失った事が痛手となった。右側を警戒していたファイターは瞬間、現れた拳に殴り飛ばされた。拳の直撃を受けた体がゴム鞠の様に跳ね、壁に叩きつけられる。それを見て一瞬で強襲と理解して行動する辺り、

彼らも慣れていると言えるがそれでは彼らの相手には不足だった。

 

 ステルスエンチャント状態で強襲してきた隼人目掛けて軽機関銃を構えた有翼族のインファントリはマニュアルエイムで彼に照準する。間髪入れずトリガーを引いた彼は弾道を見切って横ロールで回避した隼人に驚愕し、足払いで体勢を崩された。隼人の背後を取ったハンターナイトが

両手で構えたハンマーを振り下ろすが直前で右に往なされ、顔面への左裏拳で怯ませられる。

 

 その隙を逃さず右ストレートを顔面に叩き込んだ彼は立ち上がったインファントリの頭目掛けてコンボを放つ。滅多打ちにされた彼が後ろによろけるとそれを待ち構えていたかの様にナイフを構えた加奈が心臓を一刺ししてその場に捨てていた。消滅したインファントリの残滓を浴びた加奈は

その手に構えたクリス・ヴェクターでファイターの一閃を受け止め逸らした。

 

 耐久値を減らさない限りの使い方で往なした彼女は自身の体を狙う片手剣を屈んで回避すると返された切っ先をナイフで逸らし、ヴェクターの銃身で顔面を殴った。そして、腹に蹴りを入れた彼女は痛みから復帰した直後に逆襲しようとしたファイターをフルオートで射殺した。

 

「これで三つ」

 

 消滅する際のエフェクトを浴びた加奈が呟いた死の宣告は着実な殲滅を意味していた。残りは七人。と、ここで敵のリーダー格は思い出す。こと市街地や洞窟と言った閉所戦闘に置いてケリュケイオンは相手にしてはいけない程の実力を持っていると彼らの上司から聞いていた。

 

 つまり、町にいる限り、ここは彼らの得意な場所と言う事になる。既に姿を現している二人に構わず、有利な場所への移動を行おうとしたリーダーは真横からの狙撃でこめかみを打ち抜かれ、一瞬で消滅した。そのあまりの呆気なさにパーティの動きが一瞬止まり、直後強襲してきた恋歌と楓に

戦列を瓦解させられた。

 

 初手を貰った恋歌が右足での飛び蹴りでタオシーを蹴り飛ばし、着地までの隙を埋めるが如く楓が居合いでの抜き打ちを放つ。射程の延びた一発が恋歌を狙おうとした武者の刀を弾き飛ばして阻害する。直後、武者の胸部に恋歌の左ソバットが突き刺さって吹き飛ばす。

 

「ショートカット、『鎧通し』ッ!!」

 

 それに合わせて武者に右ストレートを叩き込んで前方に吹き飛ばした隼人は加奈が放った無数の拳銃弾に嬲られたそれが消滅したのをエフェクトで確認しながら下段に構えた拳を楓と恋歌を狙う女ハンターナイトに向けて放つ。フィジカル系アクティブスキル『ブリッツスマッシュ』が

反応したナイトのシールドに突き刺さる。

 

 激しいノックバックで弾かれたシールドだったが隼人の次撃は無かった。その隙を潰すが如くコンパクトな片手剣の振りが彼を襲い、それを前ロールで回避した彼はワンアクションでナイトの腕に密着したシールドに攻撃を躊躇した。一瞬でHPを突破する程のダメージでないと通らないが故に

彼は戸惑い、故に隙が出来ていた。

 

 隙を狙った刺突をバックステップで回避した隼人は掌底で剣の腹を叩いて逸らすと左の蹴りで牽制し、回避したハンターナイトに震脚を踏みながら距離を詰めて指先を丸めた掌打を叩き込む。体の芯に響く筈のそれだがシールドで防がれ、ダメージにならない。瞬間、タオシーが気孔弾を放って

隼人を吹き飛ばし、叩きつけられた彼が膝を折って喀血する。

 

 普通なら内臓破裂していてもおかしくない程の威力に致死の錯覚を得ていた隼人は加奈をシールドバッシュで弾き飛ばしたハンターナイトの接近とタオシーの気孔術で分断された恋歌達に絶体絶命を悟った。が、それを裏切るように上方からの奇襲攻撃がハンターナイトの命を容赦なく刈り取っていた。

 

 シールドが効果を発揮しない上面から脳天に突き刺さるダガーの一閃。刃に刺さった頭を押し潰す様に着地した浩太郎は引き抜いたダガーを血払いすると左のクナイをタオシーに投擲する。敢え無く長槍で弾かれたがその隙を逃さないとばかりに現れた武のフルオート射撃が一人残ったタオシーのHPを削る。

 

 痛覚でタオシーの行動が鈍ったのを見逃さなかった隼人と恋歌は飛び掛るとそれぞれの得手を構えた。隼人はフックに構えた拳を、恋歌は両足を合わせたドロップキックを。それぞれ構えた彼らはタオシーを挟撃する様にそれらを発射した。攻撃力の高い一撃が突き刺さり、消滅したタオシーを最後に

相手パーティはファイター一人を残して全滅した。

 

 隼人の傍に移動した浩太郎はファイターの両足に拳銃弾を撃ち込んだ。喉から絶叫を迸らせたそれの襟首を掴んで壁に叩き付けた隼人は香美にデータを読み取らせ、彼女がそれを終えるのを見届けてから至近距離からの一撃を加えた。壁に挟まれる形で受けさせられた一発は

ファイターのHPを刈り取り、消滅させた。

 

 殴り消した隼人は拳をスナップしながら解くと残心の呼気と共に上げていた腕を下ろした。そして、ケリュケイオン共々ホームに戻ってログアウトした。



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Blast6-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、朝からログインしていた彼らは輸送隊を護衛しつつ荒れ道を進んでいた。違うのは車からバイクに乗り換えている事だった。秋穂がライダーとなり、緑と黒の配色が特徴的な海外モデルのカワサキ・Z250を譲り受けて走らせていた。後ろに香美を乗せ、走る彼女はシステムからのアシストで

ストリートファイターを走行させていた。

 

 始め操縦するバイクに緊張しっ放しの秋穂とそれを後ろから見守っている香美より先行している隼人達二年生は昨日襲撃してきたグループについてそれぞれの意見を出し合って考察していた。道中遭遇した車群と街中で遭遇したパーティの所属が共通しているのか、それが彼らには気になっていた。

 

『仮に昨日の車両部隊がP.C.K.T.だとすれば昨日の部隊は後詰になる。けど、それだと彼らが知らなかった事が引っかかるよね』

 

『確かに後詰なら連携を取る為に襲撃の概要は言い渡される筈だよなぁ・・・』

 

「いや、アイツなら・・・P.C.K.T.のリーダーなら、メンバーを使い捨てる。俺達を排除する事を前提とせずに俺達の動向を探りにきたのだろう」

 

『何の為に?』

 

「双葉高校サーバーで攻略組が動く時、一番邪魔になるのは俺達だ。いや、言い換えよう。特定のグループの味方になった俺達だ」

 

『確かに・・・俺達は傭兵だから攻略組の戦力に匹敵するグループが金で買える事になる。連中からしてみれば厄介だよな』

 

 納得する武は何か考えがあるらしい隼人が黙っているのが気になっていた。通信回線は女子とも繋がっている。だが、そう言った入り組んだ事情に詳しい訳ではないのでケリュケイオン全員が一様に意見できる訳ではなかった。

 

 確かに武の意見は今までであれば素直に納得できる。だが、攻略組所属プレイヤーを狙った集団的なPKを行う謎のグループと言う異分子(イレギュラー)がいる状況では納得しかねる意見であった。普通自らの領土を荒らされている状況で

他の領土に攻め入ろうとは思わないからだ。

 

『もしかして・・・ハヤト君、君は異分子がいる状況だからこそP.C.K.T.は僕らを探りに来たと考えているのか?』

 

「・・・俺でもそうする。リスクはあるが誰も動きたがらず尚且つ戦力が分散する絶好の状況だからな」

 

『なるほどね・・・。君が裏をかけない唯一の相手だけはある』

 

「敵の肩を持つな、利也。何にせよ、攻略組が活発になっていない今、積極的に動くのは良くない。動向がハッキリするまで、グループを食い繋げるだけの小事をこなそう」

 

『そう言う方針なら了解だよ、リーダー。所詮僕らは総数十人の小規模グループ、大規模な攻略組の規模には対抗できないからね』

 

 懸命な利也に感謝しつつ方針をその様に決めた隼人は押し黙る全員から了承を得ると無言でバイクを走らせる。と、彼らの行く手を阻む様にヘリコプターがホバリングし、ロープから数名が降下してくる。更にヘリコプター三台が現れ、

順次降下して行く手を封じる様に銃器を構えた。

 

「移動を停止しろ! 停止しなければ発砲する」

 

 お決まりの言葉だが、隼人はそれとは別の所を見ていた。上空に四台が存在するヘリコプター、盗賊如きが凡そ運用できる代物ではないそれを凝視した彼は敵の正体を推察しつつ、バイクを停車。バックシートから降りながら拳銃を構える恋歌を抑え、

武器を構える部隊の前に身を晒した。

 

 ヘルメットを取りながら彼らのリーダーらしい男に話しかけようとした彼は足元に打ち込まれた一発に反射的に足を止めた。

 

「そこから動くな、ケリュケイオンのリーダー。動けば射殺する」

 

 先頭の隼人にそう言い放った男は手にしたMP5Kを持ち上げるとフォアグリップを握って構えた。一台につき四人ほど、それが四台と言う事は相手には16人いる。彼我の戦力差は覆せないレベルではないが秋穂と香美がついて来れるかどうかだ。

 

 それに、もしかすれば伏兵がいるかもしれない。自分達が戦っている間に積荷を調べられでもすればその時点でアウトだ。自分達の任務は積荷の護衛、一度でも危害が加われば信用に関わる。それだけは何としてでも避けたい。

 

 だが、迂闊な行動は射撃を誘い開戦を起こしてしまうだろう。慎重を期すなら、どうすれば良いのか。その答えは既に出ていた。隼人の背後、重なる様にして駐車していたCBの運転席でDSR-1を構えた利也はリーダー目掛けて射撃した。

 

 頭部を撃ち抜かれ、一撃死したリーダーが消滅し慌てた敵グループに向けて突撃した隼人は銃を構えた敵に向けて飛び込み、手前にいたファイターをバイクの方に投げ飛ばす。敵陣に突っ込む形になった隼人は向けられた銃口を蹴って弾くと

そのままソバットで女ダンサーの腹部を貫く。

 

 貫いた衝撃で吹っ飛ばされた女ダンサーが仲間を薙ぎ倒す様を見ながらインファイターの拳を上に弾いた隼人はインファイターに加えてハンターナイトとリッパーの連続攻撃を同時に捌き切るとリッパーにフック二連発、インファイターに膝蹴りを入れて

防御力の高いハンターナイトから距離を取り、狙撃に処理を任せた。

 

「クソ、こいつ等乱戦狙いだ! 距離を取り、統率の維持を最優先して攻撃せよ!」

 

 そう叫んだサブリーダーだったがそれ故に背後への警戒が疎かになった。瞬間、剥がれた光学迷彩はそれが包んでいた一人の少年の周囲に光塵として散り、少年は花吹雪の様なそれを周囲に置きながら引き抜いていた厚刃のダガーをサブリーダーの胸に突き立てた。

 

 血色に近い赤紫のエフェクトと共に突き刺さったダガーはすぐさま心臓に到達し、サブリーダーの体力を奪い取って消滅させた。アサシンの固有スキル『暗殺』。防御、干渉無効化の一撃死攻撃だが再使用までが長く使い所が難しい欠点がある。だが、この状況下では

指示を出せる人間を潰す事が優先となっていた。

 

 指揮系統を壊滅させ、各個での攻撃に移らせた後に統率の取れないグループを火力で叩き潰す手筈だ。だから、体勢を立て直せる指揮者を最優先に潰す。血払いする様にダガーを振った浩太郎は手元に戻したMk23の銃口を背後に向けると引き金を引いた。

 

 拳銃の威力で怯んだ相手に回し蹴りを叩き込んだ浩太郎はそのまま逃走すると腰の鞄から円形の物体を取り出して逃走経路にばら撒く。瞬間、作動した爆破トラップが鉄の子弾を追いかけるプレイヤーに浴びせた。大ダメージに怯んだプレイヤーは飛び込んできたラプアマグナム弾に

残るHPを消し飛ばされた。

 

 消滅した追っ手も見ず駆け抜ける浩太郎は指定ポイントに指示された罠を固有スキルの恩恵もあって高速で仕掛け終え、光学ステルスを作動させて風景に消えていった。一方の近接戦闘系は敵の中心で大暴れしていた。そして、隼人が投げ飛ばした先、浩太郎が仕掛けた罠が作動。

爆発と共に電撃が散る。

 

 作動したのは威力としては最大級のエネルギー地雷、アークマイン。一つ辺りの値段が高い代わりに作動と同時に周辺に強力な電磁パルスを撒き散らし、レーダー機能と通信障害、一部種族特性の使用不可能を引き起こす効果がある。それ故に戦闘地域の通信に強烈なノイズが混じり、

スキャニングの補助がなければ敵味方の区別も付けられない状況になっていた。

 

 香美と共にヴェクターで護衛をしている加奈はバイクにバイポットを立てて狙撃している利也とその傍で戦闘管制を行っている夏輝の様子を窺いつつ、常時スキャンをしている香美から情報を受け取って接近する敵がいないか監視していた。今回は一人だけで間に合っているので

加奈は撃ち漏らしの処理と敵の動きの監視を任されていた。

 

「流石に皆、腕は良い・・・。撃ち漏らしが殆どない」

 

 そう呟いた加奈の方に来る敵プレイヤーは殆ど無く、仮に彼女が接近する者にヴェクターを向けた時には利也が既に頭を穿っている状態だった。仕事が無いのはあまり良い気分ではない加奈だったがそれで役目を守らないのでは本末転倒だと思って行動の手を止めた。

 

 そして、結果的にその行動がケリュケイオンと輸送団を救う結果となった。手持ち無沙汰になってふと視線を左に向けた加奈は何か嫌な感覚を胸に懐かせ、ガンナイフスタイルで構え直しそちらに銃口を向けた。レーダーと合わせて確認しようとした彼女は低レベル光学迷彩が持つ

空間の揺らぎに気付いて腰からスモークグレネードを取り出して投擲する。

 

 炸裂したグレネードに撒かれた空間から人型が浮かび上がり、戸惑うそれに向けてフルオート射撃を撃ち込みながら接近した彼女は順手に直したナイフを突き出す。瞬間、切っ先が弾かれナイフが宙を舞う。人型が浮かんでも像が結ばれていないのでどんな姿格好なのか、

武器の種別やリーチがどれ位なのか、推し量る事が出来ずにいた。

 

 故に、得物を弾かれても加奈にはヴェクターに頼るしか次の手が無く、クイックリロードで交換した彼女は引き撃ちで距離を取りながら周囲にも意識を配った。低レベルの光学迷彩と言う事は低レベルのステルスエンチャント術式によるエンチャント状態だと加奈は推測していた。

 

 だから、不可視型のステルスを纏う敵プレイヤーに囲まれる事だけは回避しようと立ち回る加奈だったが既に背後に回られており、不可視の攻撃で吹き飛ばされた。攻撃の勢いで地面を転がり、HPの6割を飛ばされた大激痛に立ち上がる事すらままならない状態の彼女は

周囲を囲む透明人間に死を覚悟した。

 

 その瞬間、光学迷彩に隠されていた一人の肩から血が吹き出、剥がれた光学迷彩から現れ肩を抑えて悶絶するファイターに彼女は目を見開いた。何が起きたのかを理解するより早く荷台から現れた味方がそれぞれの得物を手に攻撃を始める。

 

「マジックサポーターがいるはずだ! C隊はマジックサポーターの捜索を優先! A隊、B隊でケリュケイオンに加勢する! 良いな!」

 

『了解!』

 

「よし、行け! ゴーゴーゴー!」

 

 そう言ってマウントレールにアンダーバレルグレネードを装着したSCAR-Lを手に走り出した護衛部隊の総隊長に助け起こされた加奈は統制部隊らしいD隊のマジックサポーターに回復術をかけられ、その周囲を隊の面々が囲って固める。銃や剣とバラバラの武器だが、統一された意思は

流石攻略組と賞賛するしかなかった。

 

「どうして・・・?」

 

「君達の危機にいても立ってもいられなくてな・・・。無理を言って出てきたんだ」

 

「そう・・・感謝するわ」

 

 そう言いながらも加奈の内心では彼らが出てきたのは自分達の手で襲撃者を撃退したと言う事実を持ち帰りたいと言う実利目的ではないのか、と疑いの感情が芽生えていた。とある事情から軽い人間不信に陥っている彼女の疑りは正解だった。今回手柄に焦る気持ちが致命傷とならなかったのは

単なる偶然であり、繰り返せば致命傷となるのは目に見える結果だと言える。

 

 実利とリスクが吊り合っていない行動をしながら撃退していく輸送護衛部隊の面々は敵のインファントリが担いでいたランチャーの一撃で吹き飛ばされ、数名が消滅した。更にM249軽機関銃の制圧射撃が襲い掛かり、運悪く頭に直撃したプレイヤー数名が消滅。瞬時に瓦解した戦線に舌打ちしながら

入れ替わったケリュケイオンは現れた伏兵の伏兵に向かっていき、射撃武器を連射する。

 

 だが、丘の上に陣取るプレイヤーはM249軽機関銃で弾幕を張って隼人達を近づけさせない。一発一発が侮れない威力の弾幕で牽制された彼らは岩場に隠れてやり過ごそうとしており、その間に輸送団を逃がす。当然ランチャーが構えられるがそれを狙い済ました狙撃が脳髄を穿つ事で阻止し、

輸送団は無事逃げおおせる事が出来ていた。

 

 一方、M249に加えて新たにセミオート射撃を行ってくるMk17の存在が明らかになった前衛側では迂闊に顔を出さず遠目に見ていた味方の視覚情報で遮蔽物への移動タイミングを図っていた。遠く、移動の意図を読んだ加奈と香美が短機関銃で射撃手を牽制し、利也もDSR-1で嫌がらせ射撃を行っていた。

 

「今だ!」

 

 姿勢を低く、突っ走った隼人は背後に付く恋歌と共に移動し岩盤に背中を押し付ける様にして隠れる。瞬間通信回線が開き、通信を開始する。

 

『どうするんだ、こっから!』

 

「さあな。なる様になれ、だ!」

 

『お前、意外とテキトーだよな!』

 

 通信帯でそう叫んだ武に苦笑を漏らした隼人は対岸の二人が拳銃を連射し、背後の恋歌も片手で拳銃を連射しながら開いた手で隼人の背中をタップする。瞬間、彼は飛び出してインファントリ目掛けて走り出す。M249を構えるインファントリが隼人に照準するがその時既に隼人は跳躍していた。

 

「ショートカット、『インパルスナックル』!! ズェアアアアアアアアアッ!!」

 

 ランチャーを構えたインファントリが弾幕に晒される中、M249の弾幕が隼人を襲おうとする。瞬間、打ち下ろしの拳が軽機関銃の銃口と錯綜し、インファントリを穿つ。地面に叩きつけられた射手の背後、貫通した衝撃波がクレーターを形成する。インパルスナックルの効果の一つ、衝撃貫通が生み出した効果である。

 

 刹那、バヨネット付きのMK17を構えたインファントリが槍の如き一閃を拳を上げた隼人に繰り出す。視覚外からの攻撃に一瞬反応が遅れた彼は目の前に迫る切っ先に反応したがそれよりも早くインファントリの体が真後ろに攫われた。円弧を描いた軌道で地面に引き倒されたインファントリは後頭部を強打しながらバウンドし、

そのまま消滅した。その残滓を背後に着地した恋歌と拳を軽く打ち合わせた隼人は敵の全滅を確認するとその場を後にし、輸送部隊を送り届けた。




6-3話を読んでいただきありがとうございます、センスです。
基本的に戦闘しかしていない今回の話でしたが次回からいよいよ本番です。

気になる所や誤字等ありましたら教えてくださいまし。

それでは次回お会いしましょう!


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Blast6-4

何か・・・短くない?

そう思わずにはいられないセンスです。

あれだけ言っといてこの体たらくだよ!
謝罪いたします、予告詐欺でした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、朝早くから身支度をしていた隼人は携帯端末が鳴らす突然の呼び出し音に驚きつつも催促する様にがなり立て続ける接触充電式の充電スタンドに置いていた端末を手に取った。

 

「もしもし」

 

『もしもし、後輩君?』

 

 電話の主は生徒会長だった。こんな早朝から何事だろうか、と思いつつもコーヒーメーカーが基本となる中では少々時代遅れのドリッパーから滴るコーヒーを見つめながら呼びかけにこう返した。

 

「朝からなんだ、会長」

 

 いたずら電話にしては悪質だ、と思いながら内心の不満をひけらかした彼は飄々とした彼女にしてはやけに真剣味を持った様子に直感が騒ぎ出す。

 

『学校に保管されていた筈のSNL登録者名簿が盗まれたの』

 

「盗まれた・・・・? 確か登録者名簿はデジタル化されていて・・・」

 

『そう、だから正確にはコピーされていた・・・ね。コピー記録は履歴に残されているからマスターコードで消去しない限り足跡は残るわ』

 

「犯人はの目星はついているのか?」

 

『名簿を使えるのは先生か、生徒会のメンバーだけ。だから、それらを調べれば分かるはずよ』

 

「・・・その言い方。まるで探偵部が調べる事を期待する様な言い方だな」

 

『ええ、私はあなた達に協力してもらいたいの。名簿を奪ったのが誰なのかを調べて頂戴』

 

「報酬は?」

 

『ボランティア扱いでよろしく』

 

 一方的に通話が切断され、苛立たしい感情が込み上がってきた隼人だったが秘密裏に処理するべき案件なのかどうか脳裏で判断しながらドリップできたコーヒーを飲み始めた。当然、ブラックだった。

 

 と言う訳で一足早く学校に来た隼人は生徒会室を訪れようとして部屋の前にいる黒服の男達にギョッとなった。視線を読まれない為にサングラスを掛けている彼らの顔が隼人を捉える。

 

 一瞬迷った彼は生徒会室に近寄ろうとして進路を塞がれ、ずっと塞がれる堂々巡りを繰り返した後にタックルからの強行突破を試みた。黒服のマッチョマンをふっ飛ばしたヘビー級は生徒会室のドアをぶち抜きながら

転がり込むと襲い掛かってきた男を投げ飛ばす。

 

 その場にいる男達を逮捕術で無力化した隼人は奥の方でログを見ていたらしい生徒会長と目が合い、彼女は隼人の現れた黒服を諌めて下がらせると彼を招いた。デジタル版の登録名簿にアクセスできるパソコン画面を見た彼は

履歴の一つに残された全データのコピーを確認すると何に移されたのかを見た。

 

「コピー元はMRデバイスのストレージじゃないな・・・この表示、外部の記憶メモリだ。もしかして、USBドライブか?」

 

「分かる物なの?」

 

「一応な。恥ずかしながら俺はこう言う物には疎い。だが、電子特別捜査課の姉がいるんでね。こう言うコピー履歴のどこを見ればいいのかは分かってる」

 

「つまり・・・無線送信型ポートを使ったって事?」

 

「そう言う事だろう。然し、完全無線送信型のパソコンはそんなに無いからなぁ・・・」

 

「確かにウチの生徒会でも知ってる子は少数なのよねぇ・・・」

 

「知ってる奴に心当たりは?」

 

「あるけど、三人くらいいるわよ」

 

「まあ、やって見せるさ。聞き込みは今日からで良いか?」

 

「ええ。お願いするわ。生徒会の子に協力してもらえる様、私からも言っておくから」

 

「頼む」

 

 そう言ってその場を去った隼人は無人の廊下で鳴った携帯端末に出ると、音割れするほどの怒号が彼の鼓膜を直撃した。音割れのせいで誰なのか分からなかった彼は喧しくノイズを発し続けるそれが収まったのを見計らってそれを顔に当てた。

 

「もしもし」

 

『ハァヤァトォオオオオオ!! アンタ! 何で黙って先に行っちゃうのよ!』

 

「あっ、えっ。その声恋歌か!? あ・・・悪い。急ぎだったから」

 

『急ぎだったから何よぅ、一声かけるか秋穂に言ってくれても良かったじゃないのよぅ・・・』

 

「わ、悪い。ホントゴメン、埋め合わせはちゃんとすっからこれ以上は勘弁してくれ」

 

 電話で話しながら頭を下げている隼人に傍を通り過ぎる生徒達はサラリーマンか何かなのかと思いながらHR教室に向かう。基本的に双葉高校は授業中で無ければ携帯電話の使用はオッケーだ。ただ、廊下での大声はあまり褒められたものではないが。

 

 それから暫くして教室で探偵部二年生の面々と合流した隼人は意外そうな顔をする彼らに半目を向けると依頼内容をノートに記入して再確認する。無報酬と言う記入欄を見て一斉にため息をついたケリュケイオンの面々は捜査プランを話し合い始めた。

 

「今回は少し荒事になりそうだな。ふむ・・・夏輝と利也は部室で情報整理、何ならSNSを調べてくれても良い。香美も一緒にいる様言っておいてくれ。後の面々は校舎内で捜査、と言う配置で良いか?」

 

「別に構わないけど、大丈夫かなぁ・・・。SNLの名簿の行方を追うなんてさ」

 

「・・・確かにな。まあ、そこら辺は用心してくれとしか言えん。何せ、人手不足だしな」

 

「はぁ・・・・そうだよねぇ・・・」

 

「一応、ガスガンの使用は許可する。心配なら用意しとけ」

 

「了解・・・。ま、流血沙汰なんてゴメンなんだけど」

 

「それは皆一緒だ」

 

 そう言った隼人はPK事件に続けて起きたが故に関連性を否定し切れず、だからこそ利也の心配には最大限配慮していた。とは言え、自衛用の武器を持つ以外に対策を取れないと言う事、それらが教員の目には過剰な物に映ると言う事が彼らには心配な事でもあった。

 

 そんな感じでだらけていた彼らは予鈴に気付いてクモの子を散らすが如く自分の席に戻る。これからまた退屈な授業の時間が始まる。




これにてブラスト6終了です!

さて、萌えの時間は(一応)終了です、こっからは血みどろの戦いが始まるのですよ・・・・。

はてさてどうなるのやら。では、次回お楽しみに!



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Blast7-1

お待たせしました第七話です!
話がガラリと変わる今回一体どんな事が待ち受けているのかお楽しみに!


第7話『the reverse side also has a reverse side.《裏には裏がある。》』

 

 

 授業終わりの放課後、本格的に捜査を始めた隼人達は生徒会室の一角を借りて取調べを始め、その間に浩太郎は生徒会長から事の詳細を聞いていた。

 

「では、名簿の盗難に気づいたのは先生からの連絡であった・・・と?」

 

「ええ。そうよ、だから早く学校にいたのもそのせいなの」

 

「会長のアリバイは・・・隼人君が証明してるか。今隼人君達が話を聞いてるなら・・・職員室に行ってみようか」

 

「まあ、待ちなさいな。今職員室に行っても意味は無いわ、追い返されるだけよ」

 

「あ、そう言えば今日は職員会議でしたね。じゃあまた今度かなぁ・・・」

 

 そう言って頭を掻く浩太郎は自分を盾に隠れている加奈に気付き、不思議そうに見ている会長に苦笑した彼は加奈を庇う様に彼女の体を自分の後ろに押しやった。怯える彼女の頭を撫でた彼は

興味を抱いた会長に向き直った。

 

「すいません。彼女、人見知りなんで」

 

「良いのよ、恋歌ちゃんで慣れてるから。でも、あなた達が女の子を連れてくるのって珍しいわね」

 

「まあ、楓ちゃん以外人と話すの苦手ですからね・・・。今回は人手が欲しかったので出て来てもらったんですけど」

 

「荒事はあなた達の専売特許みたいなものだしねぇ・・・当たり前にされても困るけど」

 

「あはは・・・」

 

 苦笑する浩太郎にため息を漏らした会長は不満そうな加奈に気付き、苦笑しながら武達の方に移動していった。その近く、取調べをしている隼人は最後の一人の様子がおかしい事に気付いた。

 

 生徒会書記である彼女は変にソワソワしている。明らかに怪しいと思った隼人は彼女の情報を引き出す為にどうやって外堀を埋めるかを考え始めた。そうした上で、彼は取調べを始める事にした。

 

「さて、早速質問なんだが」

 

「は、はい!?」

 

「いや、そんなに緊張しなくてもいいぞ? 事務的な事を聞くだけだからな」

 

「そ、そうですか・・・」

 

「じゃあ、質問だ。昨日は何時まで学校にいた?」

 

 敢えて同じ事を聞いてみた隼人は彼女の表情から若干の動揺を読み取るも気付かない振りをして様子と証言を手元のタブレットに書き込んだ。デジタル化されたテキストを読み返し、不備が無い事を確認した彼は

それを傍らで話を聞いていた恋歌に渡した。

 

 不満たらたらと言う風体の恋歌だったが内心は頼ってもらえて嬉しかった。そんな彼女を他所に腰を上げた隼人は待っていたらしい探偵部の全員に廊下待機のハンドサインを送りながら生徒会長の方に移動していく。

 

「終わったの?」

 

「・・・ええ、まあ」

 

「そ、じゃあ。この件についての協力は今後も続けさせてもらうわ、但し・・・分かってるわよね?」

 

「分かってる。この件に関して生徒にバラすな、だろ? そんなヘマはしない。する様な奴が俺達の中にいるならとっくの昔に探偵部なんて辞めてるさ」

 

「あら。頼もしいわね、後輩君。じゃ、宜しくね」

 

 そう言って手を振ってきた生徒会長に一礼した隼人は廊下に移動し、待っていたらしい探偵部の面々と合流。彼らに囲まれる様にして部室に戻っていく。その途中、女子を先に行かせていた隼人達男子は

今回の取調べで得た事柄を独自にまとめていた。

 

「なぁ、隼人。あの書記さん、怪しくなかったか?」

 

「ああ」

 

「って事はだ。十中八九、あの子が犯人じゃないのか? どう見ても怪しすぎるだろ」

 

「武、事を急くな。例え彼女が犯人だとして、動機が不鮮明すぎる。何故、彼女が名簿を盗み出す必要がある?」

 

「何だよ、何かあるってのか?」

 

 首を傾げる武に頷いた隼人は顎に手を当てて考え始める。そんな彼を見て肩を竦めた武はため息をつきながら浩太郎に視線を向けた。同じ様に肩を竦める浩太郎はそのまま部室に戻ると、タブレットを

コンピューターに繋いでデータを移した。

 

「何か収穫あった?」

 

「一応な。でも、精度で言えばまだまだなんだよな・・・。そっちは何かあったか?」

 

「あ、そうだ。その事で隼人君に話があったんだ」

 

 そう言って武の肩越しに隼人を呼んだ利也は考え事を中断されて不機嫌な彼に苦笑しながら伝えるべき事を話し始める。

 

「さっき、冬香さんから電話が来てたよ」

 

「・・・ッ! 何て、言ってた?」

 

 しれっと言う利也に隼人は若干の緊張を走らせる。まさか、話したのか? そう思わずに入られない彼を他所に利也は話を続ける。

 

「何でも君だけに伝えたい事らしくってさ。『折り返し電話する様にって』、言われたんだよ」

 

「そ、そうか・・・分かった。後で電話するよ、ありがとう利也」

 

「どういたしまして。さて、データの吸い出し終わり。タブレット、返しとくね」

 

「おう。ふむ。時間も時間だし、帰るか」

 

「そうだね。あ、今日BOOやる?」

 

「あー・・・おい、秋穂お前今日ダンススクールだろ? 急がなくて良いのか?」

 

 そう言った隼人の視線の先、香美と折り重なる様にして寝ていた秋穂が伸びをしながら起き上がる。

 

「んあ? あー、そうだったぁ」

 

「晩飯、作り置きしておくぞ? ・・・恋歌、何だその目は。まさか俺の家に来るとか言うんじゃないだろうな」

 

「ふぁー・・・何にしてもご飯宜しくねぇ兄ちゃん。じゃあね」

 

 えへへ、と笑って部室を出て行った秋穂にため息をついた隼人は苦笑している利也の方に振り返る。

 

「やるとすれば10時以降で頼む」

 

「ん、了解。多分九時八時位からやると思うよ。ま、やる時はSNLのグループチャットで連絡してよ」

 

「よし。じゃあ、部室閉めるぞ。とっとと退室しろ」

 

 そう言って乱暴に呼びかけた隼人は施錠した鍵を職員室に持って行き、下駄箱に直行した。そんな彼を正門で待っている恋歌は武達と別れて一人夕暮れの空を見上げていた。小柄な身には不釣り合いの

ボストンバッグを下げている彼女は門に凭れかかって隼人を待つ。

 

 今の自分はまるで主人を待つ犬の様だ、と思っていた恋歌は脳裏を過ぎた忠犬プレイの図に不気味な笑いを浮かべ、ちょうど来た隼人の足を止める。どん引きしている隼人に気付いたらしい恋歌はその笑顔を貼り付けたまま、

彼に向かって突進し、逃げようとする彼の胸に飛び込んだ。

 

 難なく受け止めた隼人は犬の様に尻を振る恋歌に顔を赤くし、周囲を見回してから咳払いをする。何事も無かったかのように歩き出した隼人は左腕に抱き付いてきた恋歌に何かを吹いた。

 

「ちょ、おい恋歌?」

 

「んふふ~なぁに?」

 

「今日なんでそんなにテンション高いんだ?」

 

「二人っきりだから!」

 

「ああ、そう言う事か」

 

 呆れ半分でそう言った隼人はそんな自分のテンションを吸い取った様な恋歌のはしゃぎ振りに少しだけ、頬を緩ませ微笑を彼女に向けた。そんな表情に気付いたらしい彼女が頬を赤くし、また、何時もの様に俯いていた。

 

 そんなに鈍い性質ではない隼人は彼女をそっとして置いて帰路の安全を最優先した。まるで年の離れた兄にすがり付く妹の様な恋歌の頭を右手でそっと撫でた隼人はそのまま行きつけのコンビニをスルーしようとしたが

騙されなかった恋歌に脛を蹴られた。

 

 舌打ちしながらコンビニに連れ込まれた彼はくっ付いたままの恋歌が自分を引いていくのに仏頂面を浮かべながら連れ回される。本当は恥ずかしい彼だったが嬉しげな彼女の表情に負けて付き合う事にした。

 

「今日は何買うんだ?」

 

「んー、『クリムちゃん印のくりーむぱん』かなぁー」

 

「プチ贅沢って奴か。金あるんだな」

 

「ううん、お金無い。ねー隼人、おごって?」

 

「はぁ?! 無いんなら我慢しろよ!」

 

「やだ! おーねーがーいー! 半分あげるから!」

 

「別にいらな・・・はぁ、分かった。買ってやるよ」

 

「ホント!?」

 

「ったく、体良く絞りやがって。金は無限じゃないんだぞ?」

 

 そう言いながらレジに向かう隼人はクリームパン一つを買うとそれを恋歌に渡すと一歩前に出て包みを取った彼女が歩き出すのを待っていた。慌てて歩き出した彼女が隣に来るのを待った隼人は家に向けて歩き出す。

 

 クリームパンを租借する恋歌の横顔を盗み見た彼は小動物の様な雰囲気の彼女に微笑む。そんな二人を夕暮れだけが見ていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

―――同日午後八時:BOO・双葉高校サーバー:アイラン同盟国・ウイハロ西部:アルベクト遺跡―――

 

 薄暗い空間を白い光が照らす。ひび割れたリノリュームの隙間からは見た事の無い草木が生え、黒い染みと干乾びた肉がリアルなポリゴン合成でそこに表示されている。ゲームと分かっていても生理的不快感を押さえられない香美は

先導する武のモスバーグ・M870ショットガンのライトが照らしたミイラに飛び上がった。

 

「あ? ああ、オブジェクトじゃねえか・・・ビックリすんなぁ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ん? ああ、良いよ。俺らもここ来た時はそんな調子だったし。何にしても不気味なんだよなぁここ。狭いし」

 

 そう言った武は十字路で一時停止し、壁に背を預ける様にしてショットガンを構える。同じ様にした香美の後続、それぞれ武器を構えている楓と利也、夏輝が後ろを警戒する。その間に香美はスキャニングスキルを発動。

 

 壁側に敵性反応を見つけ、タグをつける。タグで判別している武は近付くそれに舌打ちし、曲がり角から躍り出た。瞬間、腰溜めでショットガンを発砲した彼は散弾を弾く金属音に気付き、直後聞こえたスピンアップ音にロールで

元の場所に戻り、十字路に赤色のフレアを投じる。

 

「やれやれ、宝探しのつもりで来てみりゃ、とんだ貧乏くじを引いちまったな」

 

「そんな事言ってる場合かい?」

 

「緊張しようにもいつも通り過ぎてな。ま、やるしかねぇよ」

 

 そう言ってチャンバーを開けての割り込みリロードで術式榴散弾を装填した武は苦笑する利也にハンドサインで合図するとコッキングして飛び出した。宙を飛びながら発砲した彼は一発一発が榴弾の子弾をばら撒き、直撃を受けたボットを

スイカ宜しく爆砕した。

 

 一機目が爆砕され、二機目が武をロックオンする。その右手に備えられたM134『ミニガン』がスピンアップし左手のMk19グレネードマシンガンも遅れて持ち上がる。直前、飛び出した利也が膝立ちでMk48を発砲して二機目を滅多打ちにする。

 

 暴れ狂う銃口によって弾道がバラつき、命中率は芳しくないが気を引く事には成功していた。利也の方を振り返ったボットは四つあるセンサーの内、一つをライフル弾の直撃で破損させていた。だが、ガトリングとグレネードマシンガンで

射撃する分には構わなかったがそれは阻まれた。

 

 至近での閃光。シャットアウトが遅れたボットの光学センサーが焼き切れ、焦げ臭い匂いを撒き散らしながらボットは両腕の兵器を乱射する。直撃弾が遺跡の天井を破壊し、崩れ落ちたそれが目を失って暴走しているボットを押し潰す。

 

「あーあーあー・・・」

 

 砂埃を撒いて崩れた道に溜め息をついた武に苦笑を見せた利也は後方からの銃撃に飛び退き、転がりながら銃を構える。すかさず利也の選択した種族である有翼族固有の特性が補完する様に働き、暗闇の奥にボット三体を確認した。

 

 有翼族の種族特性の一つ『バード・アイ』。人間を超えた望遠視力とナイトビジョンを凌駕する夜間視力を有する目で物を見る事に特化した能力を持っている。そんな能力の恩恵を持って敵を捕捉した利也はグレネードマシンガンの発砲に

気付いて引っ込めた。

 

 狭い通路を滅茶苦茶に爆破するグレネードが遺跡を揺さぶる。どうやらサーモセンサーで探知しているらしく壁ばかり狙って発砲している。砕かれた外壁が白煙を周囲に撒き、視界を奪って発砲を遮る。

 

「クソ、視界が白くて何も見えねえ!」

 

 ボットに搭載されている熱感知のサーモに比べてどうしても光に頼ってしまう光学スコープとバード・アイは外壁から吹き上がった微粒子に遮られて何も見えなかった。目を失った五人は離脱を優先し、殿を武と利也が引き受けて移動を開始した。

 

 P90を構えながら周囲を窺う香美は移動先に赤外線反応を感知して急停止。それに気付かず突っ込んだ楓と夏輝の体を手前に引っ張った刹那、二人のいた地点に一粒5mmと言う大型の重硬化特殊金属製の散弾が浴びせられる。9mmパラベラム弾に匹敵する

運動エネルギーを持った散弾を浴びた外壁はボロボロの状態になり、血の気を引かせた二人が後ろから迫る武達を止める。

 

 彼らを角に引き込んだ楓と夏輝は何かに気付いたらしい香美が拾い上げたアイテムに何かを噴き出した。

 

「あ、『IED(即席爆発装置)製作キット』!? レアアイテムじゃん!」

 

「レアアイテム・・・。それにしては自由研究の工作キットみたいな名前のアイテムですね、コレ。どんなアイテムなんですか?」

 

「ありあわせの物で即席爆弾を作るクリエイターアイテムだよ?」

 

「何でそんな物がレアアイテム扱いなんですかこのゲーム・・・。と、取り敢えず何か作ってみます!」

 

「うわぁ・・・フラッシュコンカッションフラググレネード。って言うか三つ一括りにしただけじゃん」

 

 兎に角、と三つ括った即席合成グレネードをボットの前に投げ込んで延長された太目のワイヤーを抜いた香美は炸裂したグレネードの威力に驚きながらもその場を離脱していた。

 

「あれ、何か威力強化されていませんか?!」

 

「アレで作った爆弾は合成グレネードでも『IED』扱いだからな、装甲車でも破壊出来る威力になるぞ」

 

「この状況にはピッタリじゃないですか!」

 

「作るのは良いけどあんまポンポン爆弾投げるなよ。遺跡が壊れちまう」

 

「分かりました。材料は適当に取って作ります!」

 

 そう言いながらそこら辺にあるグレネードを回収しては走る香美に並んで走りながら苦笑する武は現れたボットの射撃に追い立てられる様に角を曲がり、追ってくるボット目掛けてガンブレードを射撃する。

 

 マグナム弾に撃ち抜かれたボットが倒れて味方の進路を塞ぎ、逃げる彼らは進路を戻し目的に向かって進む。走りながらアイテムを合成している香美をカバーする武は背後に迫るボットを撃ち抜いて

彼女の方を振り返った。

 

 彼女の手には大型の爆薬があり、それを見た武は頭に過ぎった用途に突き動かされ、叫んだ。

 

「香美、そのドア開くか?!」

 

「開かないみたいです! 向こうに敵がいるらしくって!」

 

「そうか、じゃあその爆弾をドアの継目に仕掛けろ!」

 

「りょ、了解!」

 

「待て、待てよ! ・・・良し、爆破!」

 

 武の合図に応じてワイヤーに繋いでいた安全装置を外した香美は数秒遅れて炸裂した大型爆弾の爆音に周囲の音が聞こえなくなった。縦の通路に添って爆風と爆炎が高速で駆け抜け、爆音と衝撃波が遺跡を揺らした。

 

 ガンブレードの銃口を周囲に巡らせて確認しながら通路を出た武は粉々に砕けた金属片を蹴りながら周囲を見回す。誰もいない事を確認した彼は四人へ手招きし、穿たれた破孔を潜って中に入る。

 

 モンスターハウスだったらしいそこは識別しやすい様に四方を囲む壁の色が周囲とは違っていた。焼け焦げた施設のコントロールパネルにファンシアを触れさせた武は割り込みハッキングでデータ取得を行うそれを

睨みながら遅れてルームに入った四人を見た。

 

 トラップの類が無い事を確認した香美が利也や夏輝と共に施設を探り、大きなカプセルマシンの様な形状の設備に気付いた。少なくとも現代的な物ではないが、と思いながら壁に手をついた彼女は突然鳴ったブザーに飛び退き、

手にしたP90を構え、マチェットに手をかけた。

 

「な、何ですか?!」

 

「あ、悪い。俺が操作ミスってブザー鳴らしちまった」

 

「び、ビックリするじゃないですか。もう」

 

 緊張を息にして吐き出した香美は武器を下ろし、改めて設備を見て回る。ゲームの中とは思えないほどの現実味を帯びたグラフィック、それで再現されたのは錆の目立つ不気味なマシンだった。

 

「コレ・・・何かの製造設備ですかね?」

 

「だろうなぁ・・・ま、潰しとくに越した事は無いな。離れててくれ」

 

「はい」

 

 そう言って武の後ろに下がった香美はガンブレードの一撃を受けた設備が火花を吹き上げたのを確認して自身もP90で設備を破壊する。そうしてリスポーン地点を潰した後に奥の方にあるボックスに近付いた。

 

「これ、宝箱ですよね!? レアアイテムとかあるのかなぁ・・・」

 

「あー・・・まぁ、そうだけど期待しない方が良いぞ。ドロップレアはハズレの方が多いからなぁ・・・」

 

「ハズレが多いって・・・じゃあ何の為にダンジョンにいるんですか?」

 

「ん? こう言うダンジョンに遺されているデータの回収。回収品はオートメーション工場に保存されている設計データが主だな。んで、それを鍛冶屋に売って金を得てそのデータで作られた武器を使うってサイクルがこのゲームだ」

 

「データ回収がメインって事はドロップアイテムにはあんまり興味関心が無いんですね・・・。はぁ・・・一応回収します」

 

 そう言ってボックスを開けた香美は箱に収められているアイテムを適当に拾い上げてマジックバックに収めていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、恋歌、秋穂の三人で夕食を食べていた隼人は嬉しげに談笑する二人を見ながらこうなった経緯を脳内で思い返していた。きっかけは数十分前の電話だった。

 

『今日お家帰れないから、三人で過ごすのよ』

 

「は? 三人? 誰と誰と誰だ」

 

『アンタと秋穂と恋ちゃんよ』

 

「あ?! 何で知ってるんだよ!?」

 

『うふふ、十六夜さんとこから電話があったのよ~。娘がお世話になりますって。頑張んなさい』

 

「何をだよ」

 

『あら、ヤらないの?』

 

「おいイントネーションおかしくねえか。嫌な予感しかしねえぞ」

 

『あ、洗面所の下の棚の奥に未使用のゴムとオクスリあるから』

 

「未成年に何やらせようとしてんだぁああああああ!」

 

『じゃ、頑張ってね。お父さんもお母さんも応援してるわ!』

 

 そう言って一方的に電話は切れ、心配そうに扉から様子を窺っていた恋歌に気づかずキレ気味に受話器を元の位置に叩きつけた隼人は洗面台の下、観音開きの戸棚を開けて奥を探ると本当にあった。

 

 そんなこんなで親の勝手な期待から飛躍してとんでもない事が頭に浮かぶ隼人は脳内18禁フィルターを破砕する己の青い情に恐怖しながら脳内のアドレナリンでぼやけた味を噛み締めていた。それから十分後、

台所で一人股間の息子と格闘しながら後片付けをしていた隼人は風呂から上がってきたらしい秋穂が何故か自分に微妙な表情を向けて足早に二階に上がって行ったのを見た。

 

 焦りからそんな事も気にならず、隼人は泊まりの恋歌がソファーで寝ているのを確認した。自分は彼女が起きるまでの間に寝る準備を済まさねばならない。そう、青い情が爆発する前に。だが、世の中と言うのはそう上手く出来ている訳が無く。

 

「ふあ・・・皿洗い終わった?」

 

「あ、ああ・・・終わったぞ。お前、先に風呂入るか? 眠そうだぞ」

 

「ん~・・・? 一緒に入らないの?」

 

「何歳感覚でそれを言ってるんだお前は。入る訳無いだろ」

 

「えー・・・じゃあ何の為に待ってたのか分からないじゃないのよぉ・・・」

 

 頬を膨らませる恋歌の半目にたじろいた隼人は最後の言葉を無視して脱衣場に移動しようとする。瞬間、背後から掛けてくる音が聞こえ、顔面蒼白になった彼がリビングと廊下を仕切る戸を急いで閉めようとする。

 

 それをさせまいと恋歌は飛び蹴りを隼人に叩き込む。ぶっ飛んだ彼は強く頭を打ち、苦悶の声を上げながらその場をのた打ち回る。後頭部強打で即死しなかったのは体の頑丈さが生んだ奇跡だった。

 

「ぐぉおおおお・・・・ってぇ・・・。おい、恋歌、不用意に飛び蹴りするんじゃねえよ!」

 

「そう言うアンタだってドア閉めようとしたじゃないのよ!」

 

「もう良い、俺は風呂に入ってくる。・・・付いて来るなよ」

 

 そう言って脱衣所に入った隼人は併設の洗面台脇のサイドボードに“ゴム”と“オクスリ”が置いてあるのに気付いて何かを噴き出した。ちゃんとしまった筈なのに何故ここにあるのだ、と真っ白になりかける頭で考えた隼人は

僅かに開いた脱衣場のドアに気付いた。

 

 見られている感覚に扉を開け放った隼人は覗いていたらしい恋歌が小動物宜しく震えているのに気付いた。

 

「何してんだ、お前」

 

「え、えっと・・・その・・・」

 

「お前か、パッケージ開けたのは」

 

「あ、あう・・・」

 

「何で気付いた?」

 

「電話した後に洗面台の下から出してたの見たから・・・」

 

「みっ・・・うぁあああああああ・・・・」

 

 真っ赤になった隼人が頭を抱えながらしゃがみ込み、それに驚いた恋歌が飛び上がる。怒りで頭が回らなかったあの時を恨んだ彼は激しい虚無感に襲われながら脱衣所に引き返す。シャツを脱いだ隼人はボーっとしている恋歌に視線を向け、

慌てている彼女が何故か脱衣場に入ってきたのに違和感を感じた。

 

「恋歌」

 

「あ、ゴメン。ドア閉めるね」

 

「そう言う事じゃねぇ。何でこっち来るんだ」

 

「ダメ?」

 

「・・・お前の胸に手を当てて考えてみろ」

 

 もはや突っ込む事すら放棄した隼人はうんうん考える恋歌を放置して戸を開け、風呂に移動した。シャワーを出して温度の加減を見ながらボーっとしていた隼人は突然開いた扉にため息をついた。振り返らず、気配だけで誰かを判別した彼は

全裸の恋歌に風呂を桶を回す。

 

 頭を洗い始めた隼人を見ていた恋歌はたくましい背筋に思わず触れてしまい、緊張していた為に敏感だった彼は肩を竦ませ、濡れた前髪で若干隠れた目を彼女に向けていた。

 

「何してんだお前・・・」

 

「あう・・・」

 

「・・・湯冷めするからさっさと入れ」

 

 ぶっきらぼうにそう言った隼人は何故か嬉しそうな恋歌の表情に顔が熱くなるのを感じ、湯煙に隠れる事を祈りながら頭を洗い始めた。その隣、湯船に浸かっている恋歌はそんな彼を見つめ微笑を浮かべた。

 

 何だか夫婦の様だ、と思っていた恋歌はその笑みをより一層深い物にして照れ隠しに湯船へ体を沈めた。そうしていると頭を洗い終わったらしい彼が湯船に入り、伸ばしていた足をどけられて不機嫌になった。

 

「何するのよっ」

 

「普通に邪魔だ。俺だって湯船には浸かりたい」

 

「ちょっ、アンタでかいのよっ! 邪魔ッ!」

 

「バカ、湯船で暴れるな! ぬるくなる!」

 

 ぎゃあぎゃあと揉める二人は湯を波立たせ、揉めに揉めてから何故か隼人の上に恋歌が乗ると言うスタイルに落ち着いた。くびれは出しつつも、ある程度小振りな恋歌の尻の感触にドキドキしている隼人は

体を預けてくる彼女が嬉しげに笑っているのを見て自身も頬を緩ませていた。

 

「嬉しいか、恋歌」

 

「どうしたのよ、急に」

 

「いや、そうでないかを聞きたかっただけだ。嬉しそうなら、答えなくて良い」

 

「ふーん、変な隼人。何だかお爺ちゃんみたいね」

 

「周りが子どもっぽけりゃ、精神年齢も老け込むもんさ」

 

 そう言って苦笑した隼人を見上げた恋歌は不機嫌そうに頬を膨らませる。それから紆余曲折あって(隼人の名誉の為に言及するがヤってはいない)寝室に移動した隼人はSNLで利也にメールしていた。

 

 と言うのもBOOにログインするかどうかを判断する為である。そうしていると利也から返信が来た。もう誰もやっていないと書かれたメールを読んで大人しく寝る事を決めた。

 

「今日はやるの?」

 

「いや、やらない。もう誰もやってないからな」

 

「ふうん・・・。そう言えばさ、アンタってゲームあんまりしないわよね」

 

「そうだな・・・ゲーム以外にもする事はあるし、何より常に忙しい」

 

「の割には結構レベル高いわよね、アンタ」

 

 座椅子の背もたれに身を預ける隼人の気の抜けた表情に胡坐を掻いたベットの上で苦笑している恋歌は思いつめた表情で拳を天井に突き上げた彼に気付いた。彼の目は光源パネルを睨んでいる様で

その実、自分自身を睨んでいる様なそんな緊迫感がある。

 

 そんな彼は自嘲気味の笑みと共にこう切り出した。

 

「それも、この体に染み付いた経験のお陰だな・・・。それが、良い事だけをもたらした訳じゃないけどな」

 

 悲しそうな表情。この時は、それが何を意味するのか彼女には理解できていなかった。だが、今何をするべきなのかだけは彼女には分かっていた。

 

「あんたが何を思っているのかは知ったこっちゃ無いけど皆と仲良く遊べるんなら、それで良いんじゃない?」

 

「それも・・・そうだな。疲れたんだろうな、弱気にこんな事を話すなんて。悪いな恋歌、らしくない事を聞かせてしまって」

 

「隼人・・・」

 

 シリアスな雰囲気も他所にむしろそれが良い、と臨戦態勢の恋歌は弱気な表情の隼人の隣に正座する。そうして彼の太ももに手を這わせたがそれに気付いたらしい彼が正座のまま器用に飛び退く。

 

「な、なななっ何してんだお前!?」

 

「あれ、何かコレ立場逆じゃない? 嬉しくないの?」

 

「う、嬉しい訳無いだろ!」

 

「本当は嬉しいんじゃないの?」

 

「嬉しくねえっ!!」

 

 顔を赤くしてそっぽを向いた隼人はニマニマとあくどい笑いを浮かべる恋歌に違和感を覚え、彼女の額に手を当てた。人肌並みの体温に、単に舞い上がってるだけかと安堵した隼人はハイテンションな彼女を

諌めつつベットに移動し、無言で横になった。

 

「え、もう寝るの?」

 

「何かしたい事でもあるのか? ああ、18禁もの以外でだ」

 

「えー・・・。じゃあ映画見よう?」

 

「何見るんだ?」

 

「春画」

 

「お前、死にたいのか」

 

「う、嘘嘘! コレ! コレが良い!」

 

「あァ? って『アトランティック・リム』か、お前好きだなそれ。そう言えば、お前『サウスピーク』途中まで見てやめてなかったか?」

 

「え、エグいんだもんアレ・・・。話のチョイスが『チ●ポコモン(マジネタ)』とかOPの『(自主規制1)大好き(自主規制2)大好き』とか・・・」

 

「あー・・・確かに女が見るもんじゃないな・・・。下ネタ耐性の無いヤツも」

 

 暗い表情の恋歌の気持ちを汲んだ隼人は『サウスピーク』を自室で武達と見ていた時、誰も笑っていなかったことを思い出した。単なるネタで買ってきたがあんまりにも衝撃的過ぎて笑い所を失ったのである。

 

 なのに恋歌が見たのは隼人がそれを薦めた訳では無く、彼のブルーレイラックを探っていた恋歌が見た目に騙されて持ち帰り、子供向けのアニメと高を括っていた彼女がよりによってリビングで家族と視聴した結果、

凄まじいトラウマが刻み込まれたのである。

 

 因みに無断で持ち出した事が発覚した際、隼人は当然怒ったが持ち出した作品タイトルを聞いてその矛先を無言で収め、代わりに極力最後まで見る様にと言った。

 

「で、どうするんだ。『アトランティック・リム』見るのか?」

 

「見る! 見る! ちゃんと全部見る!」

 

「2時間チョイあるから全部見たら12時になるぞ、明日起きれるのかよお前」

 

 低血圧かつ体力的に夜が弱い恋歌を心配する隼人はそんな心配も他所にウキウキした表情で中古のPS4に映画のブルーレイを入れていた。やれやれ、と思いながら座椅子を譲って自分は座布団を尻にベットの側面を背凭れに

三回目の視聴となるハリウッド製ロボット映画を見始めた。

 

 所謂B級映画に当たるそれだがクオリティはA級のそれであり、ジャンルが国土に合わなかった為アメリカでは売れなかったという不遇の作品だ。

 

「くぁ・・・オイ、恋歌。俺もう寝るぞ」

 

「えー、何で?」

 

「見飽きてんだよこの映画。武に付き合わさせられたせいで三回見たし」

 

「じゃあ、横になって見る」

 

「変な事はするなよ? じゃあ、おやすみ」

 

「おやすみ~」

 

 そう言って目を閉じた隼人は子どもの様な恋歌のはしゃぎ声に邪魔されて寝入る事が出来なかった。しかもよりによって音量を上げている為、怪獣とロボットが殴り合う度に無駄に性能の良いオーディオ機器からけたたましい爆音が轟く。

 

『Jet Pulse Knuckle!!』

 

「うっせえよ!」

 

 必殺の鉄拳が炸裂する瞬間、ブチギレて音量を下げた隼人はショックを受けている恋歌を他所に再び横になる。しばらく背中を叩かれたがやがて落ち着いたのか、隼人の背中を走る衝撃は無くなった。その代わり、やはりと言うか当然と言うか

恋歌の寝息が聞こえてきて慌てて振り返った彼は案の定寝ている恋歌に気付いた。

 

「結局寝てんのかコイツは・・・。まだ中盤だぞ・・・」

 

 取り敢えず、とPS4のコントローラーを手にした隼人は再生停止操作をして電源を落とし、携帯端末のコントロールアプリケーションで照明の光度を落とす。薄暗くなった室内でルームライトを点灯した彼はすぅすぅと静かな寝息を立てる恋歌に

視線を向けつつサイドボードの漫画を手に取った。

 

 時計で時刻を確認しつつ、武から借りたガンアクション漫画を読んでいた隼人は布団の位置を無意識の内に自分の胸元まで上げており、気付いた時には寝ぼけている恋歌が起きて這い出ている所だった。

 

「うにゅ・・・寝苦しい・・・」

 

「悪い。何も考えてなかった」

 

「ばか・・・。もう、ねる」

 

「ん、おやすみ」

 

「ん・・・」

 

 そう言って眠った恋歌の頭を撫でながら漫画に目をやった隼人は一日の終わりを悟りながら、漫画を読んだ。



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Blast7-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、全校集会沙汰となった事に驚いていた隼人達探偵部は自分達生徒側とは別の思惑で事態が動いている事を盗難事件を集会で発表し始めた校長の表情と、それを驚愕の表情で聞いている教師達を見て理解した。そして、事を急いたこれが

自分達の思惑とは予想外の方向に事件を持っていくとも理解していた。

 

 教室にて少なからぬ動揺を生んだ全校集会は生徒達をざわつかせるには格好のネタだった。廊下でも教室でも持ちきりのネタになっているそれを聞きながら校長室に移動した隼人は一応、事務室の職員に確認を取った上で入室した。

 

「生徒が訪れるとは珍しい事だと思っていたが悪名高い探偵部の部長かね」

 

「校長先生、質問があります。何故公表したのですか」

 

「何故、とは?」

 

「盗難事件と言えど今回の事件は重大な事態に発展する可能性があり、生徒会も自分達探偵部も―――」

 

「待ちたまえ、知っていたのか、この事件を」

 

「ええ、生徒会に依頼されて捜査を」

 

「・・・あれほど他言するなと言っていたのに、全く・・・」

 

「今、そんな事を気にしている場合ですか! 下手をすれば生徒にも被害が出るのに何故!」

 

「何故? 何故かと聞くか? 分かりきった事だ! 個人情報を失い、犯人も見つけられない責任を追求されてみろ。学校はお終いだ! そうなれば君達も困るのだぞ!?」

 

「あァ?! 何がお終いだ! 自分の生徒へのリスク管理も出来ねえのかジジィ!!」

 

「な、リスクだと!? 生徒の悪戯に何のリスクがある!」

 

「ふざけるな! ただの悪戯で重要な名簿が盗めるか!! それなのに、アンタは何も考えないのか!?」

 

「考えた上でこうしたのだ! 文句があるなら君がやりたまえ!」

 

「やってるさ! アンタが余計な事をする前からな!! もう良い、これ以上この事件に干渉するな! ここからは俺達で何とかする! 次の仕事を探す覚悟だけはしてろよジジイ、俺達はアンタの首を繋げるつもりはないからな!!」

 

 啖呵を切って校長室の重厚なドアを閉めた隼人は追って来ていたらしい浩太郎の微笑を無視してそのまま教室に向かう。うまくいかない、自分達が守っていた暗黙の了解すら無視する大人の自分勝手な思惑によって。

 

 これからどうすれば良いのか、と言う茫然も当然あった。昨日まであった考えが全てご破算になったからであり、そしてその理由すら保身に走った大人の思惑だったからだ。うまくいかない、だからこそ隼人は今まで最も苛立っていた。

 

「隼人君、隼人君! 何をイラついてるのさ、落ち着きなよ!」

 

「ッ、悪い・・・。コウ」

 

「一体何があったのさ、校長室で。君が吼える程の事をするなんて早々無い。話してくれ、何かあったんだろ!?」

 

「あの校長・・・。どうやら事態の収束よりも犯人を見つけられなかった時の保身を優先して情報を公開したらしい。生徒の悪戯と無理矢理決め付けた上でな」

 

「それは・・・厄介な事になったね」

 

「ああ、犯人ではない第三者によって捜査網をズタズタにされた上に恐らく犯人には自分達が事件を把握していると理解された訳だから迂闊に動けない。これにどんな状況でも暴力沙汰を起こせば厳罰って言うのも加えれば、こりゃ詰みだな。

教師共の方がよっぽど犯人らしい。そうじゃないと分かっているがな」

 

「障害は敵ではなく味方。おまけにその味方は排除の方法を封じてくるから始末が悪いって事?」

 

 そう問いかけてくる浩太郎に頷いた隼人は授業開始時刻を過ぎている無人の廊下を歩きながら教室ではなく探偵部の部室に移動する。隠し持っている合鍵で扉を開けた隼人は時間潰しもかねて今後想定されるであろう状況をシミュレートする。

 

「今後、どう言う事が起こり得るか・・・。まず情報を扱う部署は狙われるな」

 

「どうやって? まさか、犯人が直接乗り込んでくる・・・とか?」

 

「“この世にあり得ない事は一つとして無い”。例え乗り込みがあり得ない、起こらない事だと思っているなら、起こると予想して動くべきだ」

 

「君らしい考え方だね。でも、あり得ない事は第一案にはならないよ、隼人君。それは第二案として先ずは捜査の事を考えようよ」

 

「分かった。取り敢えず、捜査においての俺達の目的は恐らく犯人であろう生徒会書記のアリバイを崩す事だ。だが、俺は彼女が窓口でしかないのでは、と考えている」

 

「あ、だから・・・」

 

「ああ、だからこそ隠密に行きたかったんだ。気付かれる前に気付きたかった、だがそれもご破算だ。奇襲の利を失えば俺達は捜査において大きく遅れる事になる。俺達は正規の組織じゃないからな、奇襲が無いと戦力的に苦しくなる」

 

 立場を明らかにしながら話を進めていく隼人は相槌を打つ浩太郎が切り出した話を聞いていた。

 

「となれば・・・取れる行動も限られてくるよね・・・」

 

「そうだな、暫くは様子見になるだろう。さて、そろそろ行くか」

 

「そうだね。あ、言い訳考えておかなきゃ」

 

「そうだな・・・。何て言う?」

 

「取り敢えず、『道に迷いました』?」

 

「それは不味いだろ・・・。良い、言い訳は俺が考える」

 

「うーん・・・分かったよ」

 

 頭を掻く浩太郎にため息を付いた隼人は言い訳を考えながら廊下を歩き、浩太郎の後に教室に戻ろうとしていた。瞬間、背後に感じた殺気に振り返った彼は振り下ろされる金属バットに殴られ、よろけた直後の追撃を肩と手で受け止めると

攻撃してきた者の顔を見ようとバットを脇に逸らして一旦距離を取る。

 

「誰だッ!?」

 

 そう叫んだ隼人は自身への返答として振るわれたバットを両腕で受けると僅かに体を傾かせる。よろけた刹那、バットを大きく振り上げた襲撃者に気付いた隼人は緩め掛けたガードを上げて大上段の一撃を両腕で受ける。

 

 突然の事に呆然としていた武は隼人が滅多打ちにされ始めた所で我に返り、金属バットを振り回す男子に飛び掛ってドアに押さえつけようとする。だが男子は頭突きを叩き込んで武をよろめかせ、彼の頬に一撃叩き込む。

 

 殴り飛ばされた武が勢い余って机に激突し、数個を薙ぎ倒す。脳に振動が行ったらしい武は脳震盪を起こして動けず、その間にバットで隼人の腹を突こうとした男子が咄嗟に避けた隼人のカウンターキックで吹き飛ばされ、

机に激突してそのまま気絶した。

 

 荒く息をつき、膝を突いた隼人は支えに入ろうとする浩太郎を無視して気絶した少年の襟首を掴み上げ、全力の平手を少年の頬に叩き込んだ。風船が割れる様な音がして横倒しにされた少年の体にその場にいた全員が慌てる。

 

 利也と探偵部の女子で隼人を抑え、浩太郎が激痛に目を覚ました少年を取り押さえる。傍にあった金属バットを蹴り飛ばした浩太郎はもがく少年の腕を一度締め上げ、抜けるギリギリの所を維持した上で切り出した。

 

「何が目的かな?」

 

「あが・・・」

 

「返答次第じゃ肩を抜くけど、返事してくれないかな? 意思確認取れないと不安なんだ」

 

「が、がァアアアア!」

 

「おっと」

 

 鈍い音と共に逆上した少年の右腕が不自然に垂れ下がる。クラスメイトが引き攣った声を上げ、噛み付かんばかりに吼えた少年の頭を押さえつけた浩太郎は恨みがまし気に見てくる少年の目が虚ろな事に気付いた。何かおかしい。

 

「こ、コウちゃん・・・何も肩外す必要は・・・」

 

「楓ちゃん、何か武器を持っておいた方が良いよ。コイツは何かおかしい・・・」

 

「へ?」

 

 クラスメイト共々目を白黒させる楓に真剣な表情で少年を見下ろす浩太郎はクラスに入ってきた担任の先生の方を向いた。

 

「先生、警察に連絡を。傷害事件です」

 

「え?」

 

「彼が、五十嵐君と藤原君を金属バットで殴打。二人は怪我を負っています」

 

「あ、ホントだ! 大変!」

 

「お願いします」

 

 慌てて携帯電話を出した教師が連絡するのを聞きながら拘束したままの少年を見下ろす浩太郎は急に苦しみだした少年に驚き、咄嗟に飛び退いた。不安定な右腕を揺らしながら暴れ狂う少年は白目を向き、泡を吹いた口から

声にならない絶叫を発する。

 

 奇妙なダンスを踊っている様な少年が跳ね上がり、飢えた目を周囲に向ける。そんな彼に不用意に近付いた男子が絶叫を発した少年に殴り飛ばされ、堪らず倒れ込む。男子生徒に襲い掛かる少年を蹴り飛ばした浩太郎は

男子生徒を助け起こすと逃げ出した少年を追う。

 

 加奈も彼の後を追い、連絡が終わった教員が忽然と姿を消した当人達に困惑する。脇目も振らず脱臼した腕をぶら下げて走る少年を追う浩太郎は階段の踊り場から踊り場に跳ぶ。その後ろを階段を下りながら追った加奈は

外に走っていった少年を浩太郎と共に追いかける。

 

 グラウンドで体育をしている生徒が何事かと注目するのにも構わず少年に追いつこうとする浩太郎は突然白目を向いて吐瀉し、その場に倒れた少年へ恐る恐る近付くと潰れた動物の様にヒクヒクと痙攣している彼を拘束した。

 

「・・・加奈ちゃん、あんまり見ない方が良いよ。気分の良い物じゃないし」

 

「大丈夫。でも、ありがとう・・・気遣ってくれて」

 

「気遣いじゃないよ、事実を言っただけさ。それより皆の誘導、お願いして良いかい?」

 

「う・・・うん、頑張る」

 

「ありがとう。頑張れ、加奈ちゃん」

 

 そう言った浩太郎はサイレンと共にやって来たパトカーに安堵し、気絶した少年の身柄を引き渡した。少年の背中を見送った浩太郎は歩み寄ってくる刑事に気付いて彼らに一礼した。

 

「神奈川県警双葉署の横川です」

 

「双葉高校二年A組の岬浩太郎です」

 

「災難だったね、校内でクラスメイトが暴れるなんて」

 

「はい、クラスメイトと協力して取り押さえようとしたんですけど二人が怪我をして」

 

「なるほど、じゃあ詳しく話を聞かせてもらっても良いかな」

 

「良いですよ」

 

 そう言って浩太郎はグラウンドに立ったまま、聞き込みに応じた。そこで浩太郎は凶器の情報に加えて、犯人とは何の関係もなかった事と犯人の様子がおかしかった事を話した。うっかり麻薬ではないか、と言いそうになった浩太郎は

素人判断の怖さを思い出して口を慎んだ。

 

 殴られた隼人達の事が気になるがそれよりも彼らが疑われない様にここで自分がしっかりと証言しておかなければならない。その重要さを理解しながら聞き込みを終えた浩太郎が教室に戻ると騒ぎを聞きつけたらしい女性教頭があろう事か

隼人と武、そして先生を怒鳴りつけていた。

 

「全く、君達は問題しか生みませんね! このような暴力沙汰が我が校で起きるとなれば学校の面子に関わる! 全く、イメージダウンもいい加減にしてもらいたい!」

 

「だから、俺らがしたくてした問題じゃねえって言ってんだろ!? 何で俺達が怒られなきゃいけねえんだ!」

 

「黙りなさい! 第一君達が探偵部などと言う怪しげな部活動で問題を起こすからこの様な事態になるのですよ!」

 

 一方的に叱咤している教頭を相手に武は挑みかかる様に叫ぶ。今にも掴みかかりそうな彼を相手に彼女は怯む事無く一方的な言葉を投げつける。

 

「良いですか! 今後この様な事態が発生した場合、あなた達の部活動は停止です! 良いですね!?」

 

「ふざけんなッ、そんな要求納得できるか!」

 

「生徒なら、教師の決定には従いなさい! それともここで停止処分になりたいのですか!?」

 

 もはやヒステリックに近い教頭の言葉に掴みかかろうとした武はその動きを片手で制した隼人の方を振り返った。一瞬怯んだ彼に代わり、隼人はイラついた声色で質問する。

 

「教頭、アンタはそれで良いのか?」

 

「良いとは?」

 

「俺達を処罰する事で事態を封じようとする動きについてだ」

 

「良いも悪いも、これは教員の総意で―――」

 

「俺は総意が聞きたいんじゃない、アンタの意見が聞きたいんだ。で、どうなんだよ」

 

「収拾をつける為には致し方ない事ですよ!」

 

「そうか、じゃあ決別だな教頭。俺達は俺達で“解決”を目指して動く。収拾とするあんたらとは折が合わんらしい、だから邪魔はするなよ」

 

 邪魔すれば何をするか分からない、と付け加えて教頭を帰した隼人の捲くった腕に浮かぶ打撲痕が屈強だった彼の印象を痛々しいものに変えていた。武も頬にアイスパックを当てており、

染みる痛みに仕切りに表情を歪めていた。

 

「っつー・・・おう、コウ。お帰り、アイツどうなったよ」

 

「警察に引き渡したよ。取り敢えず今日は聞き込みとかは無いみたい」

 

「後日か・・・。あーあ、無能な教員共がうるせえんだろうなぁ。あ、悠美ちゃん先生は違うぜ!? 取り敢えず、理不尽な怒られ方しちまったけどアイツ、何で殴りかかってきたんだろうな」

 

「そうだよねぇ・・・。隼人君、身に覚えはあるかい?」

 

 浩太郎の問いかけに武共々、クラスメイトが息を飲む。その視線の中心で、隼人は口を開いた。

 

「ある。繋がりは薄いがな・・・恐らく、名簿だろう」

 

「名簿? 名簿って、ああ、集会で言ってた・・・って事は犯人は―――」

 

「いや、お前の思ってる犯人じゃない。それは今回関係がない」

 

 クラスメイトを前にして堂々とした推理を披露する隼人に食いついた恋歌が首を傾げる。

 

「関係がない? 何でよ、犯人は犯人じゃない」

 

「え、えっとね恋ちゃん、隼人君が言いたいのは個別犯じゃないって事じゃないかな?」

 

「個別犯じゃない?」

 

 更に首を傾げる恋歌の隣、苦笑する夏輝が隼人に続きを促す。

 

「俺は最初に犯行を聞いて捜査した時、正直疑わしかったんだ。犯人は本当に単独かどうかってな。盗むにしては動機が薄いし不自然な振る舞いがどうしても漏れてしまうタイプが何で盗む必要があるのだろうってな、

不自然な振る舞いは罪悪感の表れだ、そう言うタイプが犯行に及ぶ事はまずない」

 

「たまたまじゃない? お金に困ったから売り払ってお金を得る為だとか・・・・」

 

「物を盗むだけでも動揺するぐらい激しく罪悪感を持つ人間がそれを売る? そんなの、見返りの金を手にした瞬間に自殺するぞ」

 

「じゃあ何よ、中心人物がいるって事?」

 

「俺はそう考える。金ではなく何らかの脅しを持って盗ませる、そうして自分は知らぬ顔を貫けば犯人にならず名簿が手に入る。どうだ?」

 

 そう言った隼人に恋歌は渋い顔をする。まるでそんな事が有りえないで欲しいと思っているかの様に。

 

「まあ、何にせよ警察待ちだな・・・。俺達が出来る事はそんなに無い」

 

「そう・・・。待つ事しか出来ないのね」

 

「仕方ないだろう、そう言う組織体制なんだからな。さて先生、どうするんだ?」

 

「えーっと、とりあえずこの時間は自習ですね。次の時間の授業はしっかり受けてください」

 

 先生の指示に黙々と頷いた隼人は散らばるクラスメイトを見送りながら腰掛けていた机から降りる。思いつめた様な表情を貼り付けて。



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Blast7-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから数時間後、学校から帰宅した隼人は夕食を終えた後、自分の部屋でBOOにログインした。仮想空間に飛び込んだ隼人は何時もとは違う表情のメンバーに気付き、電話を受けているらしい武から受話器を投げ渡された。

 

「誰からだ?」

 

「サクヤの姉御だよ」

 

「・・・分かった」

 

 半目でそう言った隼人は電話の内容がろくな事ではないと決め付けた上で電話に出た。

 

「もしもし」

 

『あ、後輩君?! よかった、緊急の依頼があるの』

 

「何だ? またPKか?」

 

『違うわ、これはあなたにも因縁のある事よ』

 

「もったいぶるな、早く言ってくれ」

 

『分かったわ。落ち着いて聞きなさい、P.C.K.T.がコウロスに侵攻。トーネードストライダは激闘の末、彼らに降伏したわ』

 

「連中はやられたのか?」

 

『分からない。この情報も有志によってもたらされた物だから、確かな情報ではないの。だから、あなた達を雇用するわケリュケイオン。あなた達は三日以内にコウロスの首都にあるトーネードストライダの本部、

ソロモンビルに赴いてこの情報の信憑性を確かめて頂戴。どんな情報も見逃さずに、何もかもを奪ってね』

 

「畑荒らしのドサクサにニンジンを盗んで来いと言う事か?」

 

 そう言う事、と返してきたサクヤに呆れた返事をした隼人は受話器を置いて通話を切った。そして、数秒の間を置いて発行された依頼をホログラムに表示させて説明を始める。

 

「仕事が舞い込んできたぞ皆、説明する。今回の依頼はここから地図で南西にあるコウロス。今回、ここにP.C.K.T.と言うグループが侵攻し、一帯を占拠したらしい。然しこの情報は信用性が低く、行動の指針とするには

いささか不安定な物であるらしい、そこで俺達が呼び出された。俺達は敵の本拠地に潜入しこれらの事実を裏付ける重要な情報を収集する」

 

「うわ・・・俺らだけでの潜入ミッションかよ、キツイな」

 

「続けるぞ。期限は三日、準備をした上でこのビルへの潜入を開始する。今日は作戦を立てるとしよう、全員いる事だしな」

 

 ホログラムを切り替え、コウロスの中心部にある本部ビルの見取り図と3Dモデルを表示した隼人は潜入任務という響きを嫌う武に苦笑しつつ話を始める。

 

「盗み出すとして、この中にどうやって入んのよ?」

 

「なるべく乗り物は使わない方がいいが・・・。サーバールームの位置データがあれば楽なんだがな」

 

「あ、そうだ。壁に張り付けば良いんじゃない?! この前テレビでやってたスパイ映画みたいに!」

 

「張り付くのは無理だな、でも良いアイデアだ」

 

「ふふーん。で、どうすんのよ。壁に貼り付ける手袋を使うの?」

 

 小首を傾げる恋歌に苦笑する隼人の隣、武が呆れた表情をしている。

 

「んなアイテムねーっつの」

 

「何よ、言ってみただけじゃない!」

 

「あー、悪かった。んで、どうすんだよ結局」

 

 そう問いかけた武に続いて恋歌も隼人の方を見る。何かのデータを探していたらしい隼人はライブラリにあったらしい探し物をホログラムに出力する。

 

「・・・? 何よこれ」

 

「おいおいこれ・・・・ジップランチャーじゃねぇか。まさかお前」

 

「そのまさかだ。今回の作戦、コイツを使う」

 

 そう言って3Dモデルの方を引っ張り出した隼人は三十階相当の超高層ビルの屋上、ヘリポートのあるそこをズームした隼人はビルの端にある地点に赤いポイントを置く。引いたモデルの外壁に赤い線が走った所で変化は止まった。

 

「説明する、これは明日にする事だ。まず、先行してコウとカナがステルス展開状態で壁面伝いに屋上を偵察。カミとリーヤ、ナツキはビル内部の偵察。但し、スキルは使うな。探知される危険性がある」

 

「屋上では何を主に見ればいいのかな?」

 

「敵の配置、監視ルート、見れるならヘリの配置も見ておいてくれ。大体二時間の監視の後、ジップランチャー用のガイドビーコンをここに設置して撤収。屋内は案内された場所だけでいい」

 

「了解、あんまり無理するなって事だね。まあ武器は持って行くけど使う事は無いかな」

 

「そうしてくれ。それはそうとコウ、お前にプレゼントだ」

 

 そう言って共用武装ロッカーからトマホークを取り出した隼人は柄を浩太郎に突き出して手渡した。黒と赤で塗装された手斧は戦闘用途に向いたタクティカルトマホークでそれを手に取った浩太郎は上下に軽く振って重心を確かめると

それを宙に放って柄を掴んだ。

 

 そうして何度も振るった浩太郎は受け取っていたシースへ刃を滑り込ませ、手斧を固定して吊り下げた。

 

「どうだ? お前の要望に合った武器と思って買ってみたんだが」

 

「ん、悪くないね。ナイフとは使い勝手が違うけど、これ位の重量があれば骨を砕ける」

 

「希望通りで良かったよ。まあ、しばらく出番は無さそうだがな」

 

 そう言った隼人に頷いた浩太郎は早速外出準備を始めている先行偵察メンバーの後を追って徒歩でウイハロ市内に向かった。Mk17バトルライフルを肩に下げた利也を先頭に歩いた五人は市内の交易所でコウロス行きのキャラバンを探しに

知り合いの交易官の元に移動する。

 

 役人というクラスに属している半狐の少女に声を掛けた利也は交易所で商売をしているらしい商人達の管理をしている彼女にコウロスに向かうキャラバンがないか聞いた。

 

「ん~、コウロス行きはないなぁ・・・近場ならこの『カリン』がケオス行きかな。聞いてみたら?」

 

「分かった、ありがとう」

 

「そう言えばコウロスには何しに行くの?」

 

「素材探しとグループからの買い付けかな。あの辺りにしかない物もあるしね」

 

「あ、じゃあいい物あったら頂戴。この情報の報酬でね」

 

「見つかったらね」

 

「えへへ、お願いね」

 

 そう言って笑う少女に苦笑を返した利也は取得したデータをHMDモードで視覚に表示、ポイントされた人物の元に単独で移動する。その間、夏輝達は商人から様々なアイテムを購入し、準備を整えていた。そして、カリンという防具商人の下に

移動した利也は気付いたらしい彼女に笑みを向けられる。

 

「いらっしゃい、何をお求め?」

 

「あ、いや。買い物じゃないんだ、その君がコウロス方面に向かうって聞いてね、これから移動だろ? その時に乗せてもらえないかと思ってさ」

 

「そう言う事なら、いいわよ。商品も底をつきかけてるし、本拠地に戻りたかったから。その代わりちゃんと護衛してね、ケリュケイオンさん」

 

「そう言う事なら構わないさ。戦闘業務中心だけど、護衛も僕らの仕事だからね、お客さんが増えるのはいい事だ」

 

「何言ってるの、タダでやってもらうわよ?」

 

「あー・・・、まあ良いか。片道分だけなら」

 

「にひひー」

 

 悪どい笑いを浮かべるカリンにため息をついた利也はちょうど買い物が終わったらしい夏輝達と合流、店仕舞いして移動用の馬車に移動したカリンに付いて行って馬車の後ろに乗り込む。馬車はウイハロの西門に向かい、それから全力で走り始めた。

 

 移動開始時刻は10時過ぎ、加奈がサブシートに乗ってヴェクターを即時射撃位置に移動させる。幌に包まれた荷台では利也がMk17を構えて後部を監視、香美は荷台の中でフィールドをスキャニングし夏輝はその情報の精査と緊急時のエンチャントに備えた準備、

浩太郎はMk23のセーフティを外して二人の護衛をしていた。

 

 モンスターに襲われる事も無くケオスまで到着した五人は馬車から降りるとカリンに別れを告げてコウロスに向かう。それぞれ武器とアイテムを満載したマジックバッグを背負い、徒歩で移動する。

 

「何で徒歩なんですか・・・。車使いましょうよ」

 

「仕方ないさ、ケオスは内乱が激しいコウロスとの交流を絶ってるし地形的に自動車類の輸送が厳しい。車も借りられるほど余ってないんだ」

 

「うぅ~・・・でも、一時間歩くのは辛いですよぉ」

 

 肩を落とす香美に苦笑した利也は前を歩く加奈に胸を叩かれ、反射的に停止した。見れば浩太郎と加奈が自身の銃にサプレッサーを取り付けている所だった。何かいる、そう判断した利也は後ろの二人にしゃがむ様にサインを出し、腰に下げていたサプレッサーを

Mk17の銃口に装着、一度スライドを引いて未使用のライフル弾を排出、マガジンをサブソニック弾をこめた物に変更してスライドをもう一度引いた。

 

 その手順を終えた利也は振り返っていた浩太郎が道路を指差した後にピースサインで目を指してから人差し指と親指を内側に折り込んだ右手を見せた後に親指だけを立てた。

 

『道路の先、目視確認大型モンスター一体』

 

 そう示すサインを受けた利也はそれに頷くと浩太郎と加奈を指差し、対岸のブロックへそれを移動させる。

 

『あそこへ移動』

 

 頷いた二人は利也のカバーを受けながら音を抑えて移動、壁から出したMk17のスコープでモンスターを捉えた利也は一度引き戻し、傍に寄せた香美に耳打ちでスキャニングを指示する。スキャニングした香美は利也の意図を汲み、感知したプレイヤーにタグをつける。

 

 採取作業中らしいプレイヤー達のいる方向にスコープを向けた利也は外見からクラスを判定、脅威ではないと判断してコウロス境界に居座るモンスターの弱点部にスコープのレティクルを合わせた。

 

「シューターよりユニット。エントリーカウント、5から開始。4、3、2、1―――GO!」

 

 瞬間、セミオートでの連射がモンスターの弱点部を穿ち、悲鳴を上げるモンスターがのた打ち回って傍のモンスターを打ち据える。その隙に接近した加奈が直立体勢からヴェクターを高速射撃して牽制、その傍を超高速で駆け抜けた浩太郎はMk23を連射して距離を詰める。

 

 Mk23をホルスターに戻した浩太郎は腰から手斧を引き抜いて構え、暴れるモンスターの尻尾を回避して乗っかる。そのままそれを足場にした浩太郎は高速で駆け抜け、モンスターの背中を逆手のナイフで切り裂く。そして、露出した背骨にトマホークを連続で砕き割り、

露見した脊髄にナイフとトマホークの刃を打ち込む。

 

 一瞬痙攣して消滅したモンスターの返り血を浴びた浩太郎は消滅分の差で落下し、着地する。残る一体に接近した浩太郎は麻痺弾を食らっていたらしいモンスターの右前側の脹脛を切り裂き、露出した神経を斧でぶつ切りにする。回復したらしいモンスターが

バランスを失って倒れこみ、その隙に加奈と浩太郎はモンスターの皮膚を切り裂きまくる。切られている間はぎゃあぎゃあと暴れるモンスターだったがやがて失血して死亡した。

 

「ファントムよりシューターへエリアクリア」

 

『シューター了解、移動する』

 

 そう言った浩太郎に加奈が頷く。血振りしたナイフとトマホークから赤みが抜け、それらをシースに収めた浩太郎は白目を剥いているモンスターが消滅したのに一息ついた。そして、離れていた浩太郎達と合流してコウロスに入った。コウロスの土地的な特徴として

内乱を勝つ為、グループごとのモンスター狩りが激しすぎてフィールドにモンスターがいない事が挙げられる。

 

 寧ろ経験値源として襲撃される危険性がある為にモンスターよりもプレイヤーの方を警戒すべきなのだ。緑が残っている土地に足を踏み入れた五人は周囲を警戒しながら奥に見える現代風建築のビルが密集する地域へと向かう。

 

「カミちゃんSPの余裕、ある?」

 

「あ、えっと・・・無いです。先輩方のお陰でレべリング出来てはいるんですけど・・・。5回までが限度で・・・」

 

「そっか、スキャニングは10にするまでは燃費悪いもんね。じゃあ、はい。マナポーション」

 

「良いんですか? ナツキ先輩、SPが重要なクラスなのに」

 

「今必要なのはカミちゃんだから。ファストルック・ファストキル。これが一番良いんだから、ね」

 

 そう言って笑った夏輝から手渡されたマナポーション五個の内、四個をマジックバックに収めた香美は一個を飲んで回復するとスキャニングを発動する。半径700mを探知するスキャニングスキルに引っ掛かる反応は無し。だが、奇襲される可能性はある。アサシン系統クラスの存在だ。

 

 探知しにくいアサシンは視界から消える光学迷彩に加えてスキャニングからの非探知状態、そして極限まで足音を消せる利点がある。つまり奇襲性が極端に高く厄介なのだ。なので、香美のスキャニングはあくまでもアサシン以外を探知する為に使用して接近を知る物だ。

 

「リーヤ先輩、十時の方向、木の陰に二人プレイヤーがいます」

 

「分かった。皆ストップ。その人達、そこでずっと止まってる?」

 

「はい、一歩も動いてません。時折探る様に影から見てますけど、位置は動いてません」

 

「うーん、待ち伏せかなぁ・・・コウ君、カナちゃん、ステルス状態で回り込んでくれる? 三人でここを進むからさ」

 

「分かった。待ち伏せなら殺害するよ?」

 

 香美の報告を受けて指示を出した利也はステルス状態で回り込もうと移動したアサシン二人を見送ると夏輝と香美を連れて歩き出す。何かしら不利な状況にされた瞬間、二人は隠れているアサシンに抹殺される。予め探知されている二人の近くに移動した三人は

木陰から出てきた彼らを警戒しつつ、目的を問いた。

 

「何ですか?」

 

「警戒するなよお兄さん、ここら辺じゃ恒例の行事だからよ」

 

「はぁ・・・バンディット、ですか」

 

「理解が早くて助かるぜお兄さん。ま、射撃クラスだって事を恨め―――」

 

 瞬間、拳銃を手にしたインファントリの少年の背後に迫っていたカナは片手に構えていたナイフを喉に突きたてる。その後ろでは浩太郎がファイターの少女の首を捻って殺害していた。瞬間、離れた位置から見ていたらしい3人ほどの仲間が駆けつけるのを

利也が確認し、香美に弾幕を張らせながら自身はMk17を構えた。

 

 5.7mmのフルオート射撃で怯んだパーティに無慈悲な一撃を加えた利也は銃声で気付かれたと想定して合図すると町に向けて走り出した。走りながら9mm口径のPx4ハンドガンを引き抜いた利也は前を走る浩太郎のカバーをしながら周囲を警戒する。

 

 漁夫の利を狙うパーティに捕まればジリ貧だ。だが都市部に飛び込めれば、他のプレイヤーの存在が抑止力となる。だから飛び込めれば何とかなる。門を越えた瞬間の背後から射撃を受けた利也は足をもつれさせた香美の方に走りながら

フルオートに変更したMk17を連射する。

 

 三人も転進し、アイテム持ちの夏輝が浩太郎にスモークグレネードをトス、ピンを抜いた直後に下手投げで門へ転がし煙幕を張ると香美の手を引いて走り出す。カバーに動く利也と加奈は追撃が無い事を確認して先行した三人の後を追う。

 

「危機一髪だったね」

 

「・・・卑怯」

 

「町に入る瞬間ってのは油断しやすいからね、射撃手からしてみたら格好の的だよ」

 

 そう言って苦笑する利也に加奈は視線を向け、納得のいかない表情で浩太郎達と合流する。安心したのか欠伸をかみ殺す香美に時刻を確認した夏輝は苦笑を浮かべてファンシアを利也に見せた。午前一時、十時半から計算すれば

移動に三時間近くも掛かった事になる。

 

 移動に集中力を使い過ぎたのか、船を漕ぎ出した香美に背を見せた浩太郎は眠気眼の彼女を背負うと隼人が確保していた宿屋に移動した。六人部屋に案内された五人はベットの一つを荷物置きにして浩太郎が香美をベットに寝かせた

 

 パーティリーダーに任命されている利也が香美のログアウト作業を行い、彼女は現実世界に戻る。香美のアバターから色が少し抜け、褪せた色合いのアバターが残る。今日は移動だけで明日から偵察だ、なるべくなら日のある内に行い、

移動する隼人達に必要な機材を持ってきてもらう手筈だ。

 

 だが、今からは休憩だ。各々好きなようにする時間でログアウトするのかと利也は思っていたが他の面々は残っていた。

 

「あれ。皆、ログアウトしないの?」

 

「連続戦闘で目が冴えてさ。暫くここでクールダウンしようと思って」

 

「んじゃ、僕も残っておこうかな。クリーニングしながらでいい?」

 

「構わないよ、僕のわがままなんだから」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 そう言ってMk17の整備を始めた利也の向かいに座った浩太郎は自身の隣に座った加奈の頭を撫でながら外の景色を見つめる。正面に目標となるビルが見え、それを見ながらわくわくした表情を浮かべる彼は正面で銃と格闘している利也が

隣に座る夏輝からブラシを受け取って清掃する。

 

「映画を思い出すね、ビルへの侵攻は」

 

「FPSのキャンペーンじゃたまにあったけどね、オンラインゲームでやるとは思わなかったけど」

 

「ハヤト君も凄い事考えるなぁ・・・。まあ、少数で強襲するならこれぐらいしないとダメなんだろうけど」

 

 そうして苦笑する浩太郎にため息をついた利也はマガジンを取り外しサプレッサーも外す。そうしてノーマルになったMk17を壁に立てかけた彼の腕に夏輝は凭れかかる。普段の彼女からは考えられない大胆さに驚いた利也は

半ば寝ぼけている彼女に気付いた。

 

「ナツキちゃん、無理しなくていいんだよ?」

 

「うん・・・分かってる、よ?」

 

「凄く眠そうなんだけど大丈夫?」

 

 心配そうな利也に柔和な笑みを浮かべた夏輝はそのまま彼の膝に頭を動かし、枕にした。固まった利也に苦笑した浩太郎はしきりに甘えてくる加奈を膝に座らせて全身を撫で回し、胸を重点的に弄られた彼女の体が痙攣する。

 

「ちょ、ちょっと何してるのさ!」

 

「ん? スキンシップだよ?」

 

「セクハラじゃないのかい?!」

 

「同意の上で触らせてもらってるからセーフ。胸を大きくしたいらしいし」

 

「・・・目標は夏輝」

 

「カナちゃん、それは流石にドン引きするよ。恋歌ちゃんくらいがいいと思うなぁ」

 

「・・・そう」

 

「あのさ、二人共。まさか本番してないよね?」

 

「どうかなぁ・・・」

 

「・・・秘密」

 

 驚く利也は仲良くニヤニヤと笑っている浩太郎と加奈にウンザリしたような表情を向ける。直後、夏輝に抱き付かれて豊満な胸が腰に当たる。

 

「な、夏輝ちゃん?! ログアウトしなよ!」

 

「うん・・・おやすみ」

 

「お、おやすみ」

 

 寝ぼけた彼女がログアウトしたのに安堵した利也は自身もログアウト作業を行い、ログアウトする。それを見送った浩太郎は加奈と共にログアウトし、並べて敷いた布団から体を起こすと

目元からVRモードに変形していたデバイスを取り外す。

 

 スタンバイモードになっていたそれのスイッチを切り替えた浩太郎はディスプレイモードになったそれに表示された時刻を確認して一息ついた。額に当てた手の震えに気付いた彼は

月明かりを頼りに流し場に向かい、コップに水を注いで飲み干した。

 

「はぁ・・・。こんな姿見られたら怒られそうだなぁ」

 

 ハハハ、と自嘲気味に笑った浩太郎は突然の物音に振り返る。右の逆手に菜箸を握った彼は怯える加奈に気付くと菜箸を戻す。泣き出しそうな彼女を抱きしめた浩太郎は落ち着かせる様に撫でた。

 

「ゴメン、加奈ちゃん。ビックリさせちゃって、ちょっと気が立ってたから」

 

「・・・コウ君こそ、大丈夫?」

 

「うん・・・大丈夫じゃない、かな。ちょっとショックがあるっぽくてね。しばらく寝れそうにないや」

 

「じゃあ、早く寝れる様にエッチして寝よ? ゴムの予備はまだあるし」

 

「体力使う事を選ぶね・・・。まあ、明日休日だけどさ」

 

 渋々ととした態度ながらも拒絶しない浩太郎に心なしか嬉しそうな表情を浮かべた加奈は洗面所に走っていく。彼女の背中を見送った浩太郎はもう一度水を飲むとやる気満々の彼女の後を追って

寝室に戻っていった。



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Blast7-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、午前十時。一般サーバー内セントラルシティ自由貿易市場内、とある商会の事務所。

 

「相変わらず無茶苦茶言うなお前さん。ジップランチャー1基、ラペリングロープ6本、EMPチャージャー3基に殺傷、非殺傷型グレネードが多数。弾薬、ランチャーだけでもどんだけ売るの大変だと思ってるんだ」

 

「どうせ余ってるんだろ? 発注品はどれもPvP(対人戦闘)用の用品だ。ジップランチャーなんかは使い捨てだから組み立て据え置き型の旧式が良いんだよ。遺跡探索用とかの小型品はいらない」

 

「またなんか企んでんのかよ。取り敢えず受注だ、何か追加するもんとかは無いか?」

 

「あれば12.7mmの爆破弾を。対車両用に使える物で」

 

「物騒な物頼むなぁ、あいよ了解。じゃあ、その間料金帳消しの為にこれを頼んどこうかね」

 

 そう言ってファンシア対応のARカードを投げた半狐の青年は事務所の奥に引っ込んでいく。ファンシア生体同期型HUDをARモードにした隼人はカードのバーコードをスキャンしてデータを取得する。依頼内容は自由貿易市場の

近辺に陣取るPKの排除だった。貿易の邪魔になる為、排除が望ましかったらしい彼らを捜索しに隼人達は普段の格好で存在が確認される地域に移動し、捜索を始めた。

 

 ものの数分で発見した隼人達はそれぞれ武器を構えるまで待ち、投擲力のある隼人が商団を襲う盗賊目掛けてパルスグレネードを投擲。暴徒鎮圧用という名目の非殺傷性グレネードから頭痛を引き起こすほどの大音量が

放たれて盗賊団は襲撃対象の商団諸共、足を止められた。

 

 その隙に武の射撃である程度数を引いて突撃、近接職が大半を占める現在ではその戦術が最も有効だった。二人がウィンチェスターマグナムによるヘッドショットで消滅し、残る五人に近接職が雪崩れ込む様に襲い掛かる。

 

「う、うわぁあああ?!」

 

 恐怖に飲まれた五人は呆気無く消え、呆然としていた商団に近付いた隼人はリーダーらしい青年の太ももを叩いて行かせた。自分は味方だとは告げずにその場を離れた彼は依頼完了のウィンドウを見てホッと一息ついていた。

 

 どうやらこれでタダ働きは終わりらしい。何時もの金銭的取引を基にした関係に戻るのだろうと思いながら市場に引き返そうとした隼人は背後から迸った殺気に気付いてその場から飛び退く。目の前を走った銀閃を回避した隼人は

槍であるそれを掴み取って引くと持ち主目がけてローキックを放つ。だが、槍の持ち主は寸での所で回避する。

 

「あっぶね。流石ハヤトだな!」

 

 そう言って豪快に笑う槍使いのハンターナイトを見て、隼人は下らなさそうに息を吐く

 

「シュンか・・・。ん、お前だけか?」

 

「いんや、『アルファチーム』のメンバーもいるぜ?」

 

「置いてきたのか?」

 

「おうよ、あいつ等チンタラ歩いてるからな! んで? 何でお前らがここにいるんだよ?」

 

「買い物だ。今度のクエストで使う物のな、今いないメンバーは下見に行ってる」

 

「リーヤ達が? 大丈夫なのかよ」

 

「大丈夫だ、ステルスが重要だから遠距離監視を徹底させている。それに、今回は新メンバーがいるしな」

 

「新メンバー? 何だよ、お前らんとこ誰か入ったのかよ」

 

「探偵部の部員二人がな。っと、タケシ達が来た」

 

 そう言った隼人の視線の先、帰って来ない事に心配になったらしい武達がファンシアのリンク機能で位置確認し、追いかけてきたらしい。それぞれ遠距離武器を構えながら歩み寄ってきた四人の内二年生は、シュンの存在に気付いて

一様に目を見開いた。

 

「久しぶりだなタケシ!」

 

「おう。こっちじゃ何時振りだ? 共同作戦の時以来か?」

 

「そうだな。お、シュウ達が来た」

 

 その言葉に遅れて少年一人少女二人がシュンの隣に並ぶ。シュンの右側に黒のポニーテールに結った人狼の少女、左側に『レミントンACR』5.56mmアサルトライフルを下げたメガネの少年、彼の左側に『HK417』7.62mmバトルライフルを担いだ

少女が種族的な特徴である猫耳を動かしていた。

 

「久しぶりだな、ハヤト。そっちの青髪の子は?」

 

「こっちじゃ新顔だけど中身は見知った顔だ。エルフ・バードのアキホだ」

 

「ほう、アキホと言う事はお前の妹か。アキホ、俺はシュウ。現実で見知った顔らしいがこっちでは初めましてだな。種族は人間、クラスはインファントリーだ。宜しく」

 

 そう言ったメガネの少年、シュウは自分のファンシアを身分証明証の様に秋穂へ見せた。双葉西高校サーバー所属『ユニウス』、第一班『アルファチーム』。秋穂にとっては初めての他校サーバーのグループだった。

 

 そして、秋穂はシュンの隣にいる少女にも目を向ける。もしかして、と彼女は口を開いた。

 

「ポニテのワンちゃんってシグ姐?」

 

「そうよ、アキホ。って撫でないのっ! やぁあああ! 止めなさいっ!」

 

「あはは~カワイ~。似合ってるよシグ姐! アバターが犬だから雰囲気に合ってるよ!」

 

「犬じゃなくて狼よっ!! 第一雰囲気って何よ雰囲気って!」

 

「シグ姐っていっつもシュン兄にくっ付いてるもん。わんわん! わんわん!」

 

 頭の上に手を耳の様に置いてからかう秋穂に威嚇する狼宜しく牙を剥いた時雨が吠え掛かる。からかいが数分続き、秋穂の頭を叩いて止めた隼人はタイミングを計りかねていた小柄な少女の方へ妹の頭を向けた。

 

「え、えっと。向こうじゃネギだけどこっちではハナって呼んでね。種族は半猫族、クラスはスカウト」

 

「宜しくね、ハナ姐」

 

「アキちゃんバードなんだよね、じゃあまだ一次職なのかぁ。メインアームは何?」

 

「ん~? ああ、アークセイバーだよん。ダブルタイプって奴」

 

「へぇ~! アークセイバーって扱い難しいのに! ダブルタイプって事は連結式?!」

 

「え、う、うん。まぁ、そんなとこ・・・かな」

 

「サイドアームは? あ、HK45なんだ! レンちゃんと同じだね! 使って見てどう?」

 

「べ、別に何とも・・・」

 

 詰め寄られる秋穂が怯んだのも構わずハナはグイグイと距離を詰めていく。後ずさる秋穂に苦笑した隼人は見かねて止めに入ったシュウが秋穂に視線を向けているのに気付いた。

 

「・・・シュウ?」

 

「ハヤト、今時間あるか?」

 

「あるかって・・・。発注したのに連絡無いから多分あるが、何する気だ?」

 

「実はこっちで大型モンスターの討伐をやる予定でな。それに付き合ってもらいたいんだ、この子の実力を見てみたい」

 

「実力試しか・・・。別に良いが大型モンスターって事はPvM(対モンスター戦)だろ? PvPメインの俺らはお前らほど対モンスター戦闘のノウハウはないぞ?」

 

「大丈夫だ。不足分のノウハウを俺らが伝えればいい。今回はボスドロップ素材狙いで巡回してるモンスターだからある程度セオリーが出来てる。取り敢えず狩場に移動しよう」

 

「アイテム補充は良いのか? シュンがこっちに来たのも補充の為だろう?」

 

「いや、この馬鹿がお前等の所に移動したのはお前らに会う為だ。狩りにも行ってない」

 

「そうだったのか・・・。大変だな」

 

「何、何時もの事だ。さてと説明に入ろう、今回狩るのは旧関東オーヴォルト・横須賀ベイエリア機械兵研究所のキングタイタン級重火力ドローン。周辺巡回に一機、研究所入り口に一機、

出口側に一機の計三機が配備されている。だが、狩るのは敷地と入り口だけだ」

 

「何でだ?」

 

「別のパーティが来るかもしれないからだ。一機残しておけば乱獲扱いされない。俺たちが一機分割合が大きいだけのことだ」

 

「お、思ってたより悪どいな・・・。まあ、そう言うプランなら了解だ。それで、敵について何かあるか?」

 

「タイタン級は多脚戦車として設計されている為に総じて火力が高く、射程が長い。キングとなれば尚更だ。奴は、こちらが攻撃可能な距離に入る前にドローンで有効射程内を偵察し、発見すると

隠れている場所ごと主砲でぶち抜く。主砲の200mm電磁砲は射程が長い上に直撃所か至近弾で致命傷になる可能性があるから回避の際は気をつける様にな」

 

「主砲の有効射程は?」

 

「敵を中心に半径2km。こちらの射程に入る前に発見されれば一方的に攻撃されるからドローンに見つからない様にな」

 

「了解だ、細かい動きはそちらに任せる。こっちは臨時の指揮に徹する、指揮権はお前に委譲するぞシュウ」

 

 そう言って移動用の装甲列車に乗る。エリア移動用の乗り物で、自動運転で任意の場所に移動する優れ物だ。それで目標となるエリアに移動した九人は土砂降りの雨の中、随分と寂れた駅で降りると

階段を使って所々浸水している横須賀ベイエリアの大地に足をつけた。

 

 埋立地であるそこは激闘で生じた振動で液状化現象を起こしているらしく、湧き出た水が溜まりとなっており道端には浮き上がったマンホールの存在もあった。水に沈んだ地下道の入り口には

膨れ上がった死体があったが、隼人達はそれを無視して進んだ。

 

 ベイエリアの駅から研究所までは直線距離で1.2km、道なりに進めば1.5kmほどの距離になる。その道中にタウンは無く、避難シェルターらしき場所を中心としたテントの群れがあるだけだ。

 

 無論、モンスターは襲ってくる。然し、モンスターとの戦闘は必然的に周囲の目を引きやすく、キングタイタン級が打ち出した偵察用ドローンが寄って来る可能性だってある。出来るだけ避けたい彼らは

草むらに身を潜めて進んでいた。

 

 ベイエリア全体を常に覆っている雨雲からの土砂降りでモンスターには匂い、音、どちらからも探知されず、ドローンも降りしきる雨で周囲の気温が下がっておりサーマルの機能が正常に働いていなかった。

 

 だが、悪い効果もある。

 

「・・・ウィドウ1(ハヤト)よりユニオン1(シュウ)

 

「どうしたウィドウ1、トラブルか」

 

「ああ、ウィドウ4(カエデ)ユニオン5(シグ)行動資源値(ワークポイント)があやしい。別ルートを取れないか?」

 

 そう言った隼人が振り返れば武にカバーされながら低くしゃがんだ体勢でゆっくり苦しそうに歩く楓とシグの姿があった。人狼族である彼女らのキャラクターはデフォルトでの消耗速度が速く、加えて低体温状態になる雨天時などは

消耗速度が種族に合わせて増える。現に隼人達も苦しい状態だが二人ほどではない。

 

 通信を聞きながらパーティを止めたシュウだったが一度を空を見上げ、周囲を見回してから首を横に振った。

 

ネガティヴ(無理だ)。屋根のある場所に移動すればたちまちドローンに熱探知される。ウィドウ4、ユニオン5の消耗速度は?」

 

「毎分8ポイント。下限値まで5分しか保たない」

 

コピー(了解した)、急ごう」

 

 そう言って銃を構えたシュウが歩き出し、パーティもそれに続く。隼人は遅れている二人に行動資源回復値の高い携行食を渡すと武と共に列の後ろで周囲を警戒する。それから小一時間、雨に打たれながら移動したパーティは

目標まで700m程の場所に接近していた。

 

 一度廃ビルの中に消耗の激しい二人を入れた隼人と武は遅れて来たシュンと共にその場に待機し、残る面々は対岸のビルで待機して通信越しに作戦概要を再確認する。

 

『まず、入り口のキングタイタン『ターゲットA』を狙う。アキホが主導となって一撃で仕留めてくれ、キングタイタンの装甲はエネルギー属性に耐性は無い筈だ。『ターゲットB』にはこちらから監視を付ける』

 

「ウィドウ1コピー(了解)

 

『皆、準備はいいな? それじゃあ、ショウタイム(戦闘開始)と行こうか』

 

 シュウの号令に従って立ち上がった隼人は同じ様に立った武とシュンを連れてビルを出る。瞬間、熱探知したらしいドローンからけたたましい警報が鳴り、舌打ちしながら走り抜けようとした三人は壁を破って現れたタイタン型ドローンの

機銃掃射を飛んで回避する。

 

 20mm弾が地面を抉り、寸での所でダメージを免れた三人は通行規制用に用意されていたらしいブロックに飛び込むが生物である以上、サーマルから逃れられる筈が無く隠れようとした壁は20mm弾に崩された。

 

「ビルに逃げろ!」

 

 隼人が叫び、それに従って二人が飛び込む。唸りを上げるガトリングの連射が三人を襲う中、タイタンの真横に位置する廃ビルから飛び出した秋穂は右手のアークセイバーで一機の左前足を刈って転倒させるとシュウから受け取っていたセムテックスを

底に貼り付けて研究所の方に走り出す。

 

 走りながら爆破スイッチを押した彼女は起動したらしいキングタイタンに向かって突進する。瞬間、キングタイタンの肩に当たる部分から長方形の物体が起立する。赤いレーザーが秋穂を照準する中、腰のホルスターからHK45を引き抜いた彼女は

牽制目的で闇雲に連射する。

 

 だが、多脚戦車の名に恥じない強固な装甲に弾かれ、赤外線でロックオンされた秋穂に片側八発、計十六発のATGM(対戦車誘導ミサイル)が放たれる。肩のランチャーセルから放たれたそれが秋穂目掛けて殺到し、風化していた中庭を破壊する。

カバーに入ったシュウがACRでミサイルを数発撃ち落とすとEMPグレネードを準備する。

 

 リロードに入ったらしいキングタイタンから腕に当たる銃身が伸びる。左腕には多数の弾種を切り替え、高速連射する60mmリヴォルヴァーカノンが伸縮式の銃身を延ばし、右手には『GAU-12』25mm《イコライザ》五銃身ガトリング砲が搭載されている。

 

 全高6mもあるキングタイタンでも目を引く重武装。瞬間、初動の早いリヴォルヴァーカノンから榴弾が放たれる。対処しきれない数の攻撃に舌打ちしたシュウの横を四つの影が通り過ぎる。隼人を初めとする前衛組だ。

 

「各自散開だ! 秋穂の狙いをこっちに引け!」

 

『了解ッ!』

 

 号令一下、散らばったそれぞれが攻撃を加えてキングタイタンの注意を引く。大したダメージにならない攻撃に反応したそれが両腕の武器を乱射して牽制する。放たれた榴弾がボロボロの石畳を粉砕して跳ね上げ、25mmのヘヴィ弾が噴水を粉砕し藻が繁殖し

ボウフラの湧いた汚水が辺りにぶちまけられる。

 

 悪臭を放つ水から逃げる様に走ったシュンは茂みに飛び込むと右手の長槍『ドラゴンフライ』を左手に持ち変えると右手にHK・P30を引き抜いて射撃した。キングタイタンの装甲に当たった9mm弾が弾かれ、注意を向けたそれが左のリヴォルヴァーカノンを

シュンに向ける。

 

 瞬間、その場を飛びすがったシュンにAP弾が浴びせられ、根こそぎ吹っ飛んだ茂みが緑と茶色のコントラストを散らす。ローリングで立ち上がったシュンは下がりながら9mm弾を発砲、ガトリングが向いたのを確認するとその場から逃走しようと走るが

弾着の衝撃波に煽られて転倒、滅多打ちにされる前にシュウが噴水跡に引き込んで難を逃れた。

 

「無事か!?」

 

「なんとかな!」

 

 セミオートのACRで牽制しつつ、そう問うたシュウに笑い掛けながら答えたシュンは槍を置いてリロードしたP30をホルスターに戻すと右手に槍を取る。5.56mmがセンサーに当たったらしいキングタイタンが一瞬よろけ、その隙にシュンは接近する。

 

 隼人達共々接近したシュンは右前足の間接に槍をぶち込み、ドローンの神経である伝達ケーブルを切断する。隼人と恋歌がそこへ蹴りを叩き込んで足払いし、真横を向いた脛部に爆破物をセットしていた武を足場に秋穂が跳躍する。

 

「やぁあああああっ!!」

 

 分厚い装甲をぶち抜くアークセイバーの刃、バチバチと火花を散らしながら溶断するそれを振り抜いた秋穂は左手にもう一振り引き抜き、起立した右ランチャーの根元を切り裂く。足元のセンサーを踏み砕き、中央に位置するレールガンの砲身を

切り裂いた彼女は破壊の限りを尽くし、切り開いた制御部にグレネードを投げ込んで飛び降りた。

 

 直後、キングタイタンの四肢と心臓部は大爆発を起こす。制御系の破壊に合わせて武が仕掛けたセムテックスを爆破したのだ。ざくろの様に内からかち上げられる様に裂けた胴体の装甲と四肢の内部から部品が飛び散り、研究所の外壁に高速で激突する。

 

「危ない!」

 

 恋歌の声と共に襟を引かれた秋穂は自身のいた場所に落下した巨大なコンクリートの破片に血の気を引かせ、慌ててその場を離れる。直後、通信にハナの声が響き渡る。

 

『シュウ君、ターゲットBがこっちに来る!』

 

『何!? 予定より早いぞ?!』

 

 ハナの報告に焦るシュウ。そのやり取りを聞いていた刹那、研究所をぶち抜く様に青白い光が迸って衝撃波が突風の様に全てを吹き飛ばす。踏ん張る間などないまま中庭の外壁に叩きつけられた秋穂と恋歌は真っ二つに割れた施設から現れたキングタイタンに

血の気を引かせる。

 

「シュウ! ターゲットCが! シュウ!?」

 

 拳銃を引き抜き、現れた三機目のキングタイタン、ターゲットCを狙いながらそう言った恋歌だったが彼女に返ってきたのは耳障りなノイズだけだった。通信動作をしたまま秋穂の方を向いた彼女は首を振った後輩に舌打ちし、その場からの逃走を図る。

 

「何で通信が使えないのよ?!」

 

「どーすんのレン姉。多分兄ちゃん達、ターゲットBと戦ってるよ?」

 

「分かっててもアイツがいるんじゃ動けないわよ!」

 

「・・・でもさ、アレ。さっきから動いてないじゃん?」

 

 そう言う秋穂が指す先、伏せているターゲットCは動く気配がない。レールガンはおろか、リヴォルヴァーカノンやガトリングすら展開していない。一しきり警戒していた恋歌は動かないと見るや移動を始め、銃声が鳴り響く路地に出る。路地に出ると通信が戻り、

しきりに呼びかけていたらしい隼人の声が鼓膜を震わせる。

 

『レンレン! アキホ! 応答しろ!』

 

「聞こえるわようっさいわね!! アキホもいるわよ!!」

 

『良かった、間違えてスイッチ切ったかと思ったぜ。今どこだ?』

 

「今? 路地よ、銃声のする方に移動中」

 

『ターゲットCは?』

 

「動いてないわよ、伏せたまんま」

 

『そうか・・・そのエリアには暫く近づけないな。よし、そのままこっちに来てくれ。早めにな』

 

 了解、と隼人に返した恋歌は秋穂を連れて彼が出したポイントに向かって移動する。不意の接敵を警戒しつつ、移動した二人はキングタイタン・ターゲットBと戦闘している隼人達と合流する。ハナの姿は見えないが復帰した楓とシグが加わっており、火力は増していた。

 

 だが物理防御力が高いキングタイタンにはあまり効果が無く、加えて狭い路地であるが故にリヴォルヴァーカノンとガトリングの効果が向上している事が彼らを苦しめていた。直後、放たれた榴弾とヘヴィ弾が廃屋の柱を破壊する。押し潰さんばかりの大質量から逃げた恋歌と秋穂は

離れて位置で隠れていた隼人達と合流する。

 

「何してんのよアンタ達」

 

「連射武器ってのは狭い場所だと有利なんだよ。それよりお前等、アイテム回収できたか?」

 

「出来る訳無いじゃないのよ! それよりもアンタ、さっきの通信障害に心当たりがあったみたいだけど」

 

「ああ、レールガンの影響だな。経年劣化で発砲時、電磁場が漏れるんだよ。だからレールガンを撃つと電子機器は全部ダウンする。暫くあのエリアには近づかない方がいい」

 

「そう言う事なら了解よ。それで、これからはどうするの?」

 

「アイツを仕留める。だが、その為には―――」

 

「両腕の機関砲を黙らせなきゃいけないんでしょ? 策はあるの?」

 

「博打だが一応ある。一点掛けの大穴場だ。外すと痛いぞ」

 

「男って賭け事好きよね。ま、面白いからいいけど」

 

 そう言ってHK45を構えて笑った恋歌に苦笑を返した隼人は武とシュウ、そしてタブレット端末を手にしているハナを見てニヤリと笑った。笑い返した彼らを見回した恋歌は背後からの発砲音に驚き、その場で飛び上がった。

 

 見れば何もない空間から発砲炎が迸っており、凄まじい音量の発砲音がそれに先行して響く。

 

「な、何?! 何よ?! ってドローン?!」

 

 光子を散らしながら光学迷彩を解除したツインローターのドローンに慌てる恋歌は落ち着いている隼人に視線を向けた。問いかける様な視線に気付いた彼は苦笑混じりにハナを指差し、口を開いた。

 

「アレはハナが所有しているアイテムだ。俺らに危害は加えないから安心しろ」

 

 瞬間、ドローンの底部に備えられた対物銃から12.7mmが放たれ、中心部に直撃を受けたガトリングが花開く様に四散する。すかさず、シュウがXM25グレネードランチャーをリヴォルヴァーカノンに撃ち込み、爆発四散させて

次の行動の為に武共々その場を離れる。

 

 シュウ達をカバーする役目を終えたドローンは主の元に戻り、しゃがんでいるハナの傍に垂直着陸する。底部からランディングギアを展開して着陸したドローンのウィングローターを両手で折りたたんだハナは不思議そうに見てくる恋歌に苦笑した。

 

「レンちゃん、アクちゃんの事気になる?」

 

「アクちゃん?」

 

ドローン(この子)の名前。『AQ-01』だからアクちゃん」

 

「そ、そう・・・。でもドローンなんて初めて見るわね、どうやって手に入れたの?」

 

「設計図を持って、生産工場跡地の生産設備で作ったんだよ? 鞄の中には後二機あるんだ~」

 

「二機・・・って事は予備の機体?」

 

「ううん、それぞれ装備が違うの。ここにあるミドルバレル型のアンチマテリアルライフルを装備してるのがA型で、グレネードランチャーを装備しているのがB型、それでこのパルスガンを装備しているのがC型」

 

「け、結構あるわね・・・。それで、使い分ける為に三機もあるって訳なのね?」

 

「そう言う事! えへへ~」

 

 元々機械オタクの気があるらしいハナが取り出して並べていたドローンを前に若干引き気味の恋歌はリュックサック型のマジックバッグに収められたそれらの脅威を感覚で悟ると武器を失ったキングタイタンへ突進する。

 

 射撃武器を剥いてしまえば後は近接職の出番となる。秋穂や隼人達と接近した恋歌は右足間接の裏を狙った回し蹴りを叩き込み、膝を落としたキングタイタンの足元が大きく崩れる。位置の低くなった胴体に隼人がストレートをぶち込み、

大きくへこんだそこにシュンの槍とシグのククリナイフが突き刺さり、二人は開いた手に引き抜いた拳銃を突っ込んで連射。

 

 制御盤を破壊しつつナイフを手放したシグは開いた手に高周波振動の刃を束ねたバトルファンを取り出して装甲を滅多切りにする。だが、キングタイタンは体勢を立て直し、前足で器用に蹴るとその場で戦車形態に変形した。

 

「させるかッ!!」

 

 瞬間、前脚部に取り付いた隼人とシュンは後方役に突進しようとするキングタイタンを押し返そうと足を踏ん張るが質量と馬力で負けている為に徐々に押されていっていた。恋歌達も加勢するがそれでも焼け石に水だった。

 

「クソッ、シュン! ブラストオフモードを俺に合わせて起動しろ! 押し返すぞ!」

 

「おう! 任せとけ!」

 

「いくぞ、3、2、1―――」

 

 そう叫んだ隼人はシュンと共に息を吸い、ファンシアに向けて叫んだ。

 

『Blast Offッ!!』

 

《Voice Command:B.L.A.S.T.O.F.F. Mode:Ignition》

 

《Blaine

 Lead

 Assist

 Support

 Transcend》

 

《Overed

 Fanshia

 Follower》

 

《All Systems:B.L.A.S.T.O.F.F. Mode:Complete》

 

 

 瞬間、二人の体が仄かな色味を持って発光し始め、強制起動のHMDモードに走るラインウィンドウが起動したモードを表示する。『ブラストオフモード《B.L.A.S.T.O.F.F. Mode》』、ブラストオフオンラインに実装されている強化モードであり、

プレイヤー全員に残された最後の切り札である。

 

 全スペックが3倍になり、再使用時間も大幅に短縮される。故に、拮抗していた押し合いも隼人達が押し返し始め、空転したキャタピラが風化しているアスファルトをめくれ上がらせる。その隙にシュウ達がセンサーを狙って射撃し、

感覚器を失ったキングタイタンが闇雲な出力で突進しようとする。

 

「クソッ、ブラストオフモードでもダメか!?」

 

 ジリジリと押され、再び地面に足がめり込んでいく感触を味わう隼人達四人は陰った地面に気付き、揃って空を見上げた。瞬間、壁蹴りで上部に取り付いた秋穂が左手にアークセイバーを引き抜いて振り上げる。突き刺さった刃から火花が散り、

液化した強化チタン合金がお湯の如く沸騰する。

 

 基部に接触した熱線が基盤ごと溶かし切り、制御系がめちゃくちゃになったキングタイタンが急激に出力を弱める。伏せの体制になろうとしたキングタイタンに好機を見た四人は近接攻撃のスキルを発動させて前足に叩き込んだ。爆発した前足から

破片が散り、レールガンの砲身をへし折らせた機体から咆哮にも似た軋みが聞こえる。

 

「よっしゃあ! キングタイタン撃墜だぜ!! ・・・っと」

 

「モードの反動が・・・」

 

 尻餅をついたシュンと隼人は力の入らない全身を地面に横たわらせ、土砂降りの雨に打たれる。それを遮る様に恋歌とシグがサバイバルグッズの保温シーツをテントの様に広げた。倒れた二人が起動させたブラストオフモードにはきちんと弱点がある。

 

 ブラストオフモードは180s(セコンド:秒)、つまり3分しか保たない制限があり制限時間が過ぎると30s動けず、そこから600s(十分)間プレイヤーの能力値が3分の2にまで減少する弱点が存在する。つまり、使用のメリットよりも使用後のデメリットの方が大きいので

本当に不味くなった時しか使用しない、正真正銘の切り札である。

 

「動けるか?」

 

「硬直はおさまったから大丈夫だ、それよりアイテム回収は良いのか?」

 

「一つは回収済みだ。少し・・・破損してはいるがな」

 

「何だそれは・・・?」

 

「ドローンの内部にしかない希少金属、レアアースだ」

 

 そう言ってソケットの様な部品をキングタイタンの装甲から取り出したシュウはそれを興味深げに見てくる恋歌と武に苦笑した

 

「レアアースっつーと、精密機械の材料になる奴か。そう言えば相場が良い値段するんだよなアレ」

 

「え、何々? ガッポリ儲けられるって事?」

 

「端的にはそうだな。ほら、ファンシアの相場情報とかにも書いてあるぜ、えーっと今は全身剥いて50万ってとこかね。前足吹っ飛んでっから20万くらいに下がるだろうけど」

 

「え、それマジ!? 20万も貰えるの?!」

 

「全部のレアアースを剥ぎ取って売っ払ったらだけどな。あ、乱暴に剥いだら価値下がるぞ」

 

 そう武が言った瞬間、ボッキンと音を立てて基盤がへし折れる。一気に青くなった恋歌の表情を見てシグが大爆笑する。元々プロポーションの差で若干コンプレックスがあるらしいシグは恨みたっぷりの表情で恋歌を笑っていたがレールガンの取り外しに

手間取っていたハナが手を滑らせてシグの方に砲身を投げてしまう。

 

「キャアアアアッ?! ちょ、重ッ!」

 

「あわわわわ・・・シグちゃん大丈夫? どうしよう・・・」

 

「て、手伝って・・・潰れるぅうううう!」

 

 重みに負けてシグが膝を折った直後、男子総出でレールガンを持ち上げ傍らに投げた。ガシャンと音を立てて砂煙を撒き上げたそれが経年劣化の痕跡も痛々しい基部を露にする。一息つく男子陣を他所に上部から滑り降りてきたハナは

分解用の工具で基部と砲身に二分し、マジックバッグに収めていく。

 

 二つ目の部品回収を終えたらしいハナが立ち上がり、それに続いてシュウも立ち上がる。ACRのマガジンを交換しながら移動を始めた彼は目の前に現れた戦車形態のキングタイタンに目を見開いた。ターゲットCと名付けられていた三体目、

レールガン発砲の電磁波でダウンしていた筈の機体だった。

 

「ハナ!」

 

 変形したキングタイタンが巨大な前足を持ち上げ、戦闘を歩いていたハナを押し潰そうとする。誰も間に合わない、叫び走り出していたシュウだったが誰よりも状況を理解していた。前足が振り下ろされる直前、キングタイタンの体が

横方向からの強い衝撃によって逸れる。

 

「何ッ!?」

 

 見れば、ギリースーツを纏い、二振りの長剣を持った人狼族が飛び蹴りを叩き込んでいた。強力な一撃に揺れたキングタイタンは肩のランチャーを起動してレーザーポインタを照射する。キングタイタンの機体が揺れ発射かと思った瞬間、横合いからの機銃掃射が叩き込まれる。

 

 ハリウッド映画宜しく片手で反動制御しているハゲマッチョのアバターが肩にSMAWロケットランチャーを構え、キングタイタンにロケット弾を撃ち込んでいた。ダメ押しと言わんばかりにレーザービームの様な魔法が撃ち込まれ、装甲が融解する。

 

「ぶち殺せ!!」

 

 ハゲマッチョの叫びに頷いた人狼族が長剣二本にスキル強化の光を宿し、高速で振り回した。目で終えないほどの速度で振り回された刃がキングタイタンを滅茶苦茶に破壊し、物の数分で終了した戦闘に息をついた人狼族は逆手に変えた長剣を両腰の鞘に収めた。

 

「・・・状況終了、だ。ん? お前等・・・先客か?」

 

「あ、いや・・・違う。俺らはこっちを狩っていただけだ。そっちの獲物が乱入して来ただけだ」

 

「そうか、それはすまなかったな。落ち着いて物色も出来なかったろう」

 

 そう言った人狼の後ろ、死体漁りをしている面々が気になったシュウは苦笑している人狼に気付き、慌てて佇まいを直した。仲間の手伝いに行くらしい人狼と片手を上げて分かれた後、ハナからスキャンデータが送られ、シュウはそれを閲覧した。

 

「『ゲネシス旅団』、リーダーは人狼リッパーの『山田ジャピオ』・・・。変わった名前だな」

 

『というか・・・外見に似合わない名前だよね』

 

「まあな・・・。っと、ボーっとしている暇はないな、帰ろう」

 

 一通り読み終えたシュウは合流してきたハナと一緒にシュン達を待って駅に戻っていった。




ゲームやってるだけだコレー!

今回は3話登場のニシコー組との共同戦闘です。彼らは予定では外伝の登場人物です。なので、この話の裏はいずれ書くつもりです。

何時の事かは分かりませんがね! それでは!


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Blast7-5

ぜんぜん伸びなかった。今回で7話は終了です。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 エリア移動用の駅で降り、シュウ達と別れた隼人達は事務所に戻ると待ちわびていたらしい青年に半目を向けられた。依頼を終えてから帰ってこない事を心配していたらしい彼は隼人に伝票を手渡した。

 

「約束通りの品、用意しておいたぞ」

 

「ジップランチャー、ロープ・・・・良し。必要なものは揃ってる、サンキューな」

 

「おうよ、大事なタダ働き口だもんよ。その分の仕事はちゃんとやらないとな」

 

「後はこれを向こうのサーバーに持っていくだけだな。時間もちょうどいいし、これを受け取ってログアウトとしよう」

 

 そう言ってアタッシュケース入りのジップランチャーを受け取った隼人は残りの荷物を手に取った武達を見回すと青年に一礼して事務所を去った。頃合のいい所でログアウトした隼人は自宅のベットで目を覚まし、11時45分を指すデジタル時計を見ると

一階に降りて台所に移動する。

 

 乾麺のうどんを取り出し、鍋に湯を沸かすと昼食を作り始めた。湯が沸くまで、携帯端末を弄っていた隼人は遅れて降りてきた秋穂に水を渡すとデバイス経由でSNLにアクセスした端末が受信したメールを開いた。

 

『リーヤ:巡回完了。屋上の見張りは夕方5時から五人に変わる。暗殺に手間取る可能性がある為、早期開始を進言』

 

『ハヤト:そいつは無理だ。季節設定はまだ春だからまだ日が出ている。夕暮れですらない見えやすさだから危険だ』

 

『リーヤ:了解。して、決行時刻は?』

 

『ハヤト:午後九時。だが、先行して作戦説明があるので午後八時からのログインが望ましいな』

 

『リーヤ:分かった、皆に伝えとくね』

 

 そう言ってメール画面が消える。どうやらゲームの中らしい彼は必要事項を伝え終えたと判断してログアウトしたらしい。沸騰したお湯に乾麺を投入した隼人は端末を傍らに置いて茹でていた。

 

「秋穂、お前何うどんがいい?」

 

「えー、カマタマ~」

 

「分かった、だったら俺もカマタマにしよう。お前、今日夜に予定あるか?」

 

「ないけど~?」

 

「俺は午後八時からログインするが、お前はどうする?」

 

「八時かぁ・・・ちょっとする事あるから遅れるかも」

 

「分かった。よし、出来たぞ」

 

 三玉のうどんがそれぞれ入ったどんぶり二つを持った隼人は食い盛りの自身と妹、それぞれの席にそれを置くと自分の分の箸を持ってきて早速食べ始めた。膨れっ面の秋穂もそれに続き、卵の絡んだ麺を啜った。

 

 卵の自然な甘味に大きなどんぶり一回り分のしょう油の塩気がアクセントとして効いており、手抜き料理としては意外な美味しさだったが既に食い飽きている二人は大した感想も無く無言で啜っていた。

 

「ねぇ、兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「そう言えばさ、この前兄ちゃん達殴り合いしたんでしょ? 逮捕沙汰になったアレ、先生達は兄ちゃん達が悪いって言ってたけど本当はどうなの?」

 

「あれか・・・教師の言葉をあまり真に受けるなよ、真実じゃない」

 

「ふーん、相手の人から仕掛けてきたんだ。やるね、その人。命知らずも程ほどにって言うけどさ」

 

「そうならざるを得ないだろうな、何せ理性が無かったからな」

 

「え? どう言う事?」

 

「明らかに様子がおかしかったんだよ、襲われた時。多分、ドラッグの禁断症状が起きていたんだと思う」

 

「まさか・・・そんな事ある訳ないじゃん、だって私ら学生だよ? 学生が、ドラッグとか・・・ありえないでしょ・・・」

 

 箸を取り落とした秋穂に首を横に振った隼人は俯いた妹から視線を逸らしてうどんを啜る。秋穂にとって、その無言が答えだった。父や母から聞かされていた夢物語の様な事件の数々、その内の一つが現実味を持って

自分の傍に現れている事に、彼女は恐怖していた。

 

「兄ちゃんは・・・怖くないの?」

 

「怖くない、むしろまだ気が楽だ。敵は、見ず知らずの人間なんだからな」

 

「え・・・?」

 

「あ、いや。何でもない。忘れてくれ」

 

「う、うん・・・。ゴメン」

 

 怯えた表情の秋穂を置いて隼人は無表情で流しにどんぶりを置いて二階に上がる。それから彼女に隼人が口を利いたのは二時間後、BOOへログインした後の事だった。



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Blast8-1

第八話『Never, never, never, never give up.《

決して屈するな。決して、決して、決して!》』

 

 午後八時半、BOO双葉高校サーバー内・コウロス―――宿屋『アウトロー』203号室。

 

 六人部屋に詰め掛けたケリュケイオンのメンバーは隼人を中心にこれからする作戦のブリーフィングを始めた。全員、ファンシアをHMDモードで起動し、空間に浮かぶARデータとして作戦のデータを読み取る。

 

「段取りの確認から行こう。本部ビルには先行してコウとカナが屋上まで上がり、見張りを始末する。死体の始末は陰に隠すだけでいい。15分経過すれば消滅するからな。始末が済んだ後、前衛組はジップランチャーを放ち、オートキャスターで屋上に上がる。

その後、俺、レンレン、カエデ、コウ、アキホの五人は屋上からここ、32階にあるサーバールームを直接目指す。タケシ、カナ、カミはビルの壁面からバルコニーの敵を排除しながら32階を目指せ」

 

「よくここまで作戦思いつくな。で、装備の中にあるパラシュートってのは?」

 

「もしもの時の脱出装備だ。幸い、外壁は全面ガラス張りだ。破ればすぐ外に出られる」

 

「滅茶苦茶だなぁオイ・・・。理に適ってるけど普通そんな事しねーよ」

 

「非常策だ、あまり深く考えるなよ」

 

 そう言って隼人は話を続ける。

 

「基本、ビル内部ではCQB〈クロスクォーターバトル:近接戦闘〉が展開される。加えて今回は隠密性が重視される、あまり派手な事はするな。それじゃあ、準備に入ろう」

 

 そう言って手を叩き、ケリュケイオンのメンバーはそれぞれの準備に取り掛かった。浩太郎と加奈はビルの方に向かい、隼人達は持ち込んでいた機材を宿の屋上に移動させていく。周囲を警戒している彼らが屋上でジップランチャーを

組み立てている中、宿を出た浩太郎と加奈はポツリと落ちた雨粒をスニーキングスーツ越しに感じつつ光学迷彩を起動してビルの外壁に走った。

 

 加奈がヴェクターを周囲に巡らせて警戒しつつ、浩太郎は外壁に足を付け補助のクライミンググローブを壁にくっ付けて這う様に壁を上がった。遅れて加奈も続き、アサシン二人は54階もあるビルの屋上を目指して上り始める。大雨が降り始め、グローブのグリップが怪しくなり始める。

 

 と、浩太郎が手を滑らせ、咄嗟に加奈が彼の手を掴んで落下を抑える。左のグローブを壁に貼り付けた浩太郎は足を滑らせない様に気を付けながら足をビルにつけた。加奈と共に壁を登った浩太郎は自分達の真上にあるバルコニーに誰か来たのを至近のスキャニングスキルで感知した。

 

 飛び上がる様にバルコニーの足場に隠れ、ハンドサインで加奈に待機を指示する。鼠返しの様に天井を押さえる足場を透過して二つのシルエットが土砂降りのバルコニーに現れる。クラスまでは判別できないが何とか音声は拾えていた。

 

「ねぇ、今日トーネードストライダの連中見た?」

 

「いや、見てないが。それよりもどうした? 雨が降ってるのに」

 

「何となくだよ、それよりも連中がいないのって何か怪しくない? 何かあるかもしれない」

 

「考えすぎだ。体が冷えるぞ、早く戻ろう」

 

「えー、分かった」

 

 シルエットが建物に戻るのを待った二人は、拳銃を引き抜いて構えつつ足場の範囲から出て行く。ゆっくりと壁を登りながらバルコニーを照準した二人は誰もいないと見るや急いで登る。飛び上がる様に壁を登る二人は既に配備している利也からのスポット情報を元に見張りのいる42階のバルコニーで一旦止まり、利也に通信する。

 

「ファントムよりシューター、バルコニーの敵を狙撃できる?」

 

『シューターよりファントム、ターゲットの狙撃は可能』

 

「ファントム了解。お願いするよ」

 

『コピー』

 

 瞬間、シルエットの頭部が吹き飛んでバルコニーに倒れる。急ぎバルコニーに上がった二人は周囲を警戒しつつ射殺体を廊下の影に隠し、再び壁を登り始める。その後にバルコニーは無く、二人は無事屋上の少し前に到着し加奈を先頭に屋上に上がって暗がりに隠れた。加奈と入れ替わった先頭でMk23を構えた浩太郎は敵の数を確認し、

近くでファンシアを弄っている女ファイターに拳銃を照準する。今は物陰に入ると同時に切れた光学迷彩の再使用時間中。なので迂闊に動けなかった。

 

 据え置きライトの灯りはヘリポートにしかないので見張りは懐中電灯を携行している。チャンスと見た浩太郎は加奈にカバーを任せ、ファイターにギリギリまで近づく。そして、近場の欠片をファイターの向こうに放り投げた彼は物音に気付いていない彼女に近付くと口元を押さえ付けて首を思い切り捻り、骨を折った。即死したファイターを

物陰まで引き摺った彼はカバーしていた加奈がその向こうにいたインファントリを射殺していた。

 

 NVG(ナイトビジョン・ゴーグル)を装備していたらしいインファントリは灯りを持っておらず、サボりのファイターを見に来て殺害に遭遇したらしい。危機が去った事に胸を撫で下ろした浩太郎は腰の拳銃を引き抜いて構えつつインファントリの傍に移動すると死体を隠して次のターゲットを見繕った。スキャニングによるターゲッティングで数を確認、

前もっての偵察通り、五人から二人を引いた三人がHMDに映っていた。

 

「ヘリポートに二人。ヘリポートへの階段に一人・・・どうする?」

 

「コウ君は回りこんでヘリポートのフレームから上って。私は見張りを始末して階段を上がるから」

 

「了解、気を付けてね」

 

 そう言って闇の中に隠れた浩太郎を見送った加奈はヴェクターに取り付けられたサプレッサーを確認するとヘリポートへの階段を目指す。足音を立てず、素早く移動した彼女は見張りの様子を窺うと低発光ステルスモードのリストディスプレイで時刻を確認する。午後八時五十分、作戦開始まで十分しかない。内心焦りつつ、見張りを観察していた彼女は

通信動作をしているらしいシルエットにハッとなった。

 

(まずい、もしかして倒した見張りと通信しようとしている?!)

 

 素早くヴェクターを構えた加奈は回復した光学迷彩を起動、急いで見張りに近付いた。だが、それがまずかった。

 

「・・・物音?」

 

 決して小さくない足音が加奈の足から発せられ、ストラップでTAR-21を吊っていた見張りがクルリと振り返った。そして、彼はスキャニングの動作をしようとしており、それでクラスを判別した彼女は真っ先にヘッドショットで射殺した。糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた死体に胸を撫で下ろした。ばれない様にフレームの下に死体を隠した彼女は

浩太郎からの通信を受けた。

 

『こちらファントム。リーパー、首尾は?』

 

「上々、これから階段を上がる。そっちは?」

 

『ターゲットを捉えてる。合図、出すから良かったらいって』

 

「了解、今・・・上がった。よし」

 

『それじゃ行くよ。3、2、1、ファイア』

 

 瞬間、Mk23とヴェクターの銃口が同時に火を吹き、ターゲット二人がヘリポートに倒れ込む。それを高所から落とした浩太郎はヘリポートの明かりを消し、予め設置していたジップランチャーのマーカーをファンシアで起動させた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 膝立ちでファンシアを睨んでいた隼人はARモードで認識したマーカーにカメラを起動していたファンシアを閉じるとそれを元の場所に収めて立ち上がった。

 

「ターゲットマーカー起動確認、作戦開始だ」

 

 そう言った隼人に頷いた利也はマーカーの位置にジップラインを射出する。ハープーンガンの様に矢尻にロープのついた矢が放たれ、矢がマーカーの位置に命中して自動巻き上げ機能が機能する。ピンと張られたロープの具合を確認した隼人は先陣としてオートキャスターを取り出し、

端に付いていたカラピナをベルトに引っ掛け、ロープにキャスターを取り付けた。

 

 助走の後にキャスターに内蔵されたモーターを起動させた隼人は上り坂になっているロープをするすると登っていくモーターの力強さと足元に何もない浮遊感を感じつつ、屋上に上がった。屋上に上がった隼人はすぐにキャスターを外して脇に逃げると後を追ってきた武達が

次々に屋上へ上がってくる。

 

 最後の一人だった香美は背負っていたリュック型のマジックバッグを屋上に下ろすと必要なものをそこから取り出して並べた。並んだ中から非殺傷グレネードを二、三個程、手にとって腰に下げた隼人は周囲を確認しつつ、作戦を確認し始めた。

 

「ここからは手筈通りだ。よし、ここからはコールネームで通信しろ。秋穂、香美、自分のコールネームは覚えてるよな?」

 

「大丈夫」

 

「よし、必要な物を持って各自の位置に移動するぞ」

 

 そう言ってドアに向かった隼人はMk23を構えた浩太郎のカバーを受けつつ、屋上のドアを開けた。手でゆっくりと開けた彼は何もない事を確認すると待機していた面々へ手招きして中に入れた。カバーしつつ入った五人は六階ずつ使う階段が違うらしい作りのビルを降りながら

周囲に敵がいないかどうかを警戒していた。

 

 先頭を行く隼人が48階に下りた階段の角を曲がった瞬間、彼の目の前をライフル弾が通り過ぎた。反射的に下がった彼は後ろの面々を押しながらこう叫んだ。

 

「コンタクト!」

 

 叫んだ隼人は弾雨が途切れた瞬間を狙ってオフィスの仕切りに飛び込む。薄板に弾痕が穿たれ、スライディングで難を逃れた隼人は目の前に現れたファイターを窓ガラスの外に蹴り飛ばすと弾丸の方向を見定め、並んでいた机をスキルを使って蹴り飛ばした。砲弾宜しく滑走した机が仕切りごと

机を薙ぎ倒し、開いた進路を隼人が走った。

 

 それを見ていた四人が呆れ返り、接近に気付いた敵が慌てて隼人に襲い掛かる。飛び込んだ隼人も机を足場に跳躍して首狩りの一閃を回避、着地と同時に一閃を放ったククリナイフを戻していたリッパーに回し蹴りを叩き込むが間に割って入ったハンターナイトのシールドで防がれ、反撃のショートスピアが

ノックバックで隙だらけの隼人を狙う。

 

 瞬間、膨大な集中力を検知したシステムが隼人に『ゾーン現象』を起こし、スローモーションの世界で彼はスピアの切っ先を捉える。そして、脳内にあるスピアが通る軌跡のイメージが視覚的に浮かび上がり、赤い線で表示されたそれから逃れようと隼人は体を後ろに下げようと足で地面を蹴る。急な動きであるが故、

彼の体はゆっくりと後ろに倒れていく。

 

 瞬間、プレイヤーの脳への負担を検知したデバイスがファンシアを介して隼人に警告を発し、ゾーン現象が強制解除され、彼の視界映像が等倍に引き戻される。股下を突き抜けたスピアの振り下ろしがリノリュームの床を爆裂させる。体制的に攻撃を出せない隼人にハンターナイトは再び引き戻した短槍を向けた。

 

 高速で突き出される冷たい刃。それが隼人の喉笛を貫かんとした時、二つの現象が起きた。一つは、ハンターナイトの真横にある壁が爆裂し恋歌と秋穂が飛び込んできた事、そしてもう一つは。

 

「や、槍を止めた?!」

 

 隼人が、穂先を白羽取りしていた。先端に対し垂直方向に運動させる剣とは異なり、水平方向に突く槍は白羽取りで受け止めるのがかなり難しい。むしろ不可能だ。なのに、隼人はそれをやってのけていた。数瞬の隙を作る為だけに。

 

『ショートカット!』

 

 同時に叫ぶ二人は体力、防御力ともに最高クラスのハンターナイトを前に空中から挑みかかっていた。

 

「『蹴撃・円牙』!!」

 

「『フレイム・タンゴ』ッ!!」

 

 恋歌の回し蹴りと秋穂の炎の5連撃が突き刺さったハンターナイトが怯み、仕切りに背中を付ける。瞬間、ハンドスプリングで起き上がった隼人は踵落としをハンターナイトの頭に叩き込む。そのまま地面に足を付けた彼はハンターナイトの脇腹を蹴り飛ばして宙に浮かせるとその向こうで

こちらに銃口を向けていたインファントリに掌底の一撃で吹き飛ばした。

 

 砲弾の様に飛んでいったハンターナイトは弾切れのRPKを構えていたインファントリを壁で押し潰すと床に叩きつけられた。その状況にもう一人のインファントリが慌て、浩太郎と楓を抑えていた制圧射撃がその瞬間に途切れる。しまった、とM60を戻したインファントリの目の前にはもう拳銃とクナイを構えた浩太郎と

サイドアームのFN・5-7を構えた楓が迫っていた。

 

「コウちゃん宜しくー」

 

「了解」

 

 構えながらも相手の処分を引き渡してきた楓に苦笑しながら答えた浩太郎はクナイをインファントリの額に突き刺して蹴飛ばすと壁で潰されていたインファントリに.45ACP弾を打ち込んで止めを刺した。起き上がっていたハンターナイトは放たれた.45ACP弾が弾かれている事に安堵していた。先端が丸い拳銃弾は

電磁コーティングがなされたプレートアーマーの曲面装甲で滑っており、弾かれていた。

 

 拳銃が利かないと見たハンターナイトに少しだけ余裕が戻った。だがそれも束の間の出来事だった。ホルスターに拳銃を収めた浩太郎は後ずさるハンターナイトを見ながら腰のトマホークを手に取り、手の中で回して柄を握った。トマホークなら鎧ごと頭蓋を割れる。そうした上で補助としてナイフを引き抜いた彼が

手斧を振り上げた瞬間、伏兵のリッパーが割り込んできた。

 

 トマホークとナイフでククリナイフ二本を受け止めた浩太郎はリッパーを仕切りに向けて投げ飛ばすとハンターナイトの頭蓋に斧を振り下ろす。脳髄に食い込んだ刃を引き抜いた彼は横合いから挑みかかろうとするリッパーを視界に入れた瞬間、事務用の机にさらわれた彼に目を見開いていた。

 

「クリア」

 

 破壊された仕切りを跨いで出てきた隼人が肩に担いだ死体を脇に投げ捨てる。糸の切れた人形の様になっている死体を放置して階段に向かった隼人達は42階まで降りた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、ラペリング降下で32階を目指す武達は隼人達が遭遇した48階での戦闘に冷や汗をかいていた。ほとぼりが冷めるまでの間に二人落下するのを見た彼らは、砲火が止んだ事を確認してラペリング降下を再開した。そして40階、窓際を歩く二人組に気付いた香美は通信で二人を止めた。

 

「リコンよりエリミネーター」

 

『どうした?』

 

「窓側にターゲット2名」

 

『・・・確認した。リーパーと俺で排除する』

 

「了解」

 

 一応P90を構えていた香美は足元に広がる夜の街の光景に震え上がっていた。その間に窓ガラスに小さな弾痕を穿ってターゲットを排除した武と加奈が震えている彼女に降下を促して先に窓ガラスを蹴った。衝撃を受け流す様に両足で着地した彼らに遅れて香美がのろのろとガラスの上を歩いて降りてくる。

 

 不慣れな彼女はラペリング降下など出来る筈も無く、彼らのペースは落ちていた。と、その時香美が足を滑らせて真っ逆さまに落ちた。咄嗟に降りた武は左手で香美の右足を掴み、右手で自分のロープを掴む。金属製のロープから火花が散って制動。その間、手に走った痛みに表情を歪ませた武は黒タイツに黒いブレザー姿の

香美の姿に少しばかり鼻の下を伸ばしていた。

 

 遅れて降りてきた加奈が武の頭を殴り、香美を下から支えて体勢を戻させた。そして、目下のバルコニーに目を向ける。隼人達が先に降りている筈の42階は目と鼻の先で、そこに目を向けた香美はバルコニーにいる三人のプレイヤーに気付いた。瞬間、ヴェクターの銃口を下に向けようとした加奈はそれを制する武の声に

トリガーにかけていた指を離した。

 

『よく見ろ』

 

 武の言葉に振り返った加奈はバルコニーの三人を暗殺して投げ飛ばした隼人達が突き上げる様にサムズアップを送っていた。敵が余りいなかったらしい42階から下に隼人達が降りる。彼らを見送った後、HMDにマップデータを呼び出した武はグループごとに割り振られているビルの構造を見た。本命の32階はトーネードストライダの管理下だ、

このまま行けば激しい戦闘になるだろうとそう思った武は加奈や香美に先行してラペリングの速度を速めつつ、降りた。

 

 早めに降りた武はトーネードストライダの管理下にある階層を見て驚いていた。何故なら本来人のいるべきそこには――――

 

「誰もいない?!」

 

 広々とした部屋は誰かがいた痕跡を残しつつも、もぬけの殻だった。下の階も、そのまた下の階ももぬけの殻だった。一気に36階のバルコニーまで降りた武は追いついてきた隼人と合流した。遅れた加奈と香美もラペリングを取り外して武の後ろにつく。全員揃っている事を確認した隼人は足早にサーバールームに向かう。32階に到達する前に

武は口を開き始める。

 

「ハヤト、何か変だぞ。トーネードストライダの連中、管理階層に誰もいねえ」

 

 Mk16アサルトライフルを手にそう言った武の言葉に隼人は階段を下りる足を止めて彼の方を振り返った。

 

「・・・本当か?」

 

「おう、マジだぜ。誰もいなかった」

 

 ゆっくり歩きながら考え込み始めた隼人の後ろ、心配そうに彼を見る武。そんな事も気にせず、34階に差し掛かった辺りで隼人は利也に向けて通信を始める。

 

「リードよりシューター。撤収準備をしておいてくれ、理由は後で話す。何も無かったらな」

 

『シューター了解。とりあえず準備しとくよ』

 

「ああ、頼んだ」

 

 そう言って通信を切った隼人は武達の方を振り返るとハンドサインで前進を指示して走り出した。32階に降りた彼らは二手に分かれて作業を始め、隼人と武と香美がコンソールに張り付いてデータを抜き出し、その間に残りの面々でサーバールームにEMPチャージャー三基を仕掛けて隼人達の元に戻る。証拠データの抜き出しを行っている彼らだったが

証拠となるデータが殆ど無かったのだ。

 

 そう、どこにもトーネードストライダとP.C.K.T.が交戦した記録が無いのだ。食い入る様に全員がコンソールを見た刹那、ビルが揺れた。激しい振動の後にゆっくりと傾き始めた地面に崩落を悟った全員はEMPチャージャーを起動させてサーバールームを出た。急いで30階に降りた八人は大きくなった傾斜に足を取られ、フロアにある非固定物ごと

全員窓ガラスに向かって滑っていった。

 

 落ちる彼らは咄嗟に何かに掴まって制動し、傾いていくビルの窓から大量の物や人が落ちていく様を窓ガラス越しに見ていた。

 

「う、うぅ・・・もう、限界・・・」

 

「わぁああ、カミちゃん! 落っこちちゃうよ!」

 

「でも、もう・・・無理・・・」

 

 手を離した香美の腕を秋穂が掴む。それを見ていた隼人は全員にパラシュートが付いている事を確認すると声を張り上げた。

 

「このまま降下するぞ!」

 

「え?! マジで言ってんの!?」

 

「大マジだ! カウント3からいくぞ! 3、2、1―――降下!」

 

 そう言って掴まっていた鉄骨から手を放した隼人はほぼ垂直に落下していく体を制御しつつ既に割れている窓枠から外に出る。それと同時にパラシュートを展開した隼人は自分に続く様にパラシュートを展開した面々を見つつ地面に激突する様に着陸した。

 

 ローリングしつつハーネスを外した隼人は雨霰と降り注ぐ机やガラス、コンクリートを避けながら利也に通信しようとする。だが、通信不良を示すウィンドウがHMDに走り、通信は利也に繋がらない。何でだ、と思っているとすぐ横に事務机が落下した。

 

 背後で立った轟音に慌てて振り返った隼人は完全に崩落したビルの猛烈な砂煙に思わず吹き飛ばされ、吹き抜けるまで道路に尻をついて顔を覆っていた。砂煙が止み、立ち上がった隼人の目の前にはビルの瓦礫が現れていた。

 

「ゴホッ、クソ・・・。全員無事か!?」

 

「何とかな・・・。一体何だよこりゃ、大スペクタクル過ぎんだろ」

 

「ああ、これが映画ならよく出来てるんだがな。武、お前、利也に通信できるか?」

 

「無理だ、ファンシアが繋いでくんねえ。宿屋にいくしかねえな」

 

「分かった、全員体力は大丈夫か? よし、移動するぞ」

 

 そう言って数分間走った隼人達は必要な物を担いで通りに出てきた利也と夏輝と合流する。

 

「皆! 無事だった?!」

 

「何とかな、とりあえず駐車場にいくぞ。ここを離れるんだ」

 

「了解!」

 

 頷いた利也を後ろに先頭に立って走った隼人は強制クローズのシャッターを前に一瞬迷った。振り返ると意図を汲んだらしい秋穂がアークセイバーを引き抜いてシャッターを両断する。バターの様に溶けたシャッターに

蹴りを入れた秋穂は隼人と協力して切断したシャッターを剥ぎ取った。

 

 剥ぎ取られたシャッターの奥、主達を静かに待っていたハンヴィーの鍵を解錠した隼人はエンジンを掛けると目の前で銃撃戦を展開している武達に気づいた。シフトをドライブに入れた隼人は押されている彼らの傍に車を移動させる。

 

 ハンヴィーに乗り込んでいた香美が銃座に移り、予め換装していたM134E1のスイッチを入れた。内蔵された小型3Dプリンターで生成された7.62mm弾が勢い良く放たれ、通りで銃撃戦をしていた敵グループが慌てて退散する。

 

「うはははは! 散れ散れぇ!!」

 

 甲高いスピンアップ音と共に放たれるライフル弾、その爆音に劣らぬ声で香美が叫ぶ。更にアドオンのMk19グレネードマシンガンも起動した香美はひとしきり通りを破壊し尽くすと隼人の運転で通りを離れた。夏輝や恋歌、秋穂と香美を除いた面々は

全員グラップルグローブでハンヴィーに捕まって移動していた。

 

 過積載で移動性能が下がっているハンヴィーの最高速度は全力疾走とどっこいだった。当然追いつかれ、後ろから複数のプレイヤーが追って来る。片手で射撃武器を構えた武達が慌てて迎撃しようとするがそれよりも前に香美が血走った目で機銃を向けていた。

 

「死ねやぁアアアアアアッ!」

 

 絶叫と共にガトリングとマシンガンが砲声を上げる。制圧力の塊の様な武器が同時に放たれれば直撃を受けた土地は当たり前の様に焦土と化す。直撃で巻き上がった土煙が出入り口を埋め、門が崩落する。それを見てゲラゲラ笑っている香美に

全員が白い目を向けていた。

 

 重機関銃限定でトリガーハッピーだった香美はまだまだ撃ち足りないと言った雰囲気で周囲を見ており、モンスターやプレイヤーがいれば無条件で撃ちそうな感じだった。

 

「ちょ、ちょいカミにゃん?」

 

「あ゛?」

 

「いえ・・・何でもないです・・・」

 

 グラップルグローブで側面に掴まりながらしゅん、とへこんだ楓を他所に遠くに見えるモンスターに照準を揃えた香美は流石にまずいと見た秋穂に止められ、車内に連れ込まれた。ようやく脅威が去った事に安堵していた楓はスモークガラスの向こうで

キスし合っている二人を見て車内の夏輝共々何かを吹いた。

 

「な、どうした?!」

 

「私はそのセリフ、向こうに聞きたいよん・・・」

 

 首を傾げた武は噎せる楓が顎で指す方を見ると真っ赤になっている夏輝と何故かいい雰囲気になっている後輩二人だった。秋穂に香美が跨っている体勢以外、何も不健全な所はないとみた武は落ち込んでいる楓に更に首を捻った。

 

「オイ、大丈夫か?」

 

「武、私・・・後輩に追い抜かれたよ・・・アブノーマルな方法で」

 

「・・・オイ、待て。マジか」

 

 察しのいい武が楓の言いたい事を理解して青い表情を浮かべる。内心信じられない状態に視線を彷徨わせていた武は形に出来ない感情を息として吐き出すと内心で夏輝に合掌した。それから小一時間、移動して本拠地に戻った彼らは精神的な疲れを引き摺って

各々無言でログアウトした。



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Blast8-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の昼休憩、怪我と精神的なダメージで弁当を作る気になれなかった隼人は購買でパンを買った帰り道、隣のクラスが騒がしいのに気付いた。気になった彼がクラスを覗いてみると取調べをした書記が囲まれている所だった。

 

「この前の名簿盗難、あんたがやったんでしょ?!」

 

 リーダー格らしい少女がそう叫んだのに隼人は驚いた。何で情報が漏れてるんだ、と。思わず教室に踏み入った隼人は囲みを押し退けて少女の前に顔を出した。話を聞いていた隼人の存在に気付いたらしい少女が、アッと言った顔で隼人に目を向け、

彼の腕を引っ張って書記の前に持ってくる。

 

「ねえ、五十嵐君。この子捕まえてよ、名簿盗んだ犯人だよ!」

 

 隼人の様子など気にせず、そう言った少女は怪しげに疑ってくる表情の彼に首を傾げた。

 

「五十嵐君?」

 

「一つ、聞いていいか? 証拠は?」

 

「え、えっと・・・このつぶやきだよ」

 

 そう言って見せられた携帯端末の画面には生徒会会計が書記が犯人だと仄めかす書き込みが映っていた。二度目の驚愕、その画面を手に取った隼人は俯く書記を攻め立てようとする少女を止めた。

 

「何よ」

 

「止めろ、こんな馬鹿の悪戯レベルの書き込みが証拠になる訳ないだろ」

 

 そう言って少女に端末を突き返した隼人は書記と目線を合わせ、自分に注目を向けると囲みを追い払い、書記を彼らから離した。

 

「何でよ・・・何でそいつが犯人じゃないのよ!」

 

「何?」

 

「そんな根暗で陰気な子、犯人になればいいのよ! 私達に合わせないくせに、自分は仲間みたいに振舞って!」

 

「もう一度言ってみろ。もう一度言ってみろ!!」

 

「犯人はその子よ、そうならなきゃ駄目なの!」

 

 瞬間、少女の体が吹き飛んだ。拳を上げ、荒く息をついた隼人はざわつく教室の面々を睨んで少女を見下ろした。

 

「何するのよ! 男が女に手を出して良いと思ってんの?! タダじゃ済まさないから! 覚えて―――」

 

 瞬間、少女の襟首を掴んだ隼人は彼女を廊下に投げ飛ばす。廊下を歩いていた数名を薙ぎ倒した少女に立ち歩きしていた生徒が何事かと彼女に注視する。少女の目の前、攻撃しようとしていた取り巻きを薙ぎ倒して

廊下に出てきた隼人が修羅の形相で拳を握っていた。

 

「おい、何してんだバカ!」

 

 騒動に気付いた武達が隼人を押さえ込みに走る。男三人のタックルで隼人を倒した武は慌てて逃げようとする少女に気付いたが興奮している隼人を押さえ込むのが先だった。

 

「落ち着け!」

 

 思わずストレートを打ち込んでいた武は頭が冷えたらしい隼人が大人しくなったのにホッとしつつ、隣の教室の惨状を見て頭を掻いていた。

 

「おうおう、派手に暴れたなぁ。こりゃ怒られるな」

 

「悪い・・・。その、カッとなって」

 

「見りゃ分かるっつの。んで? 何でカッカしてたんだよ?」

 

「あそこにいる書記さんが、苛められていた。それだけだ」

 

「あー、そっか。お前そう言うの許さねえもんな、昔から」

 

 そう言って苦笑した武は頭を掻いていた手を止めて立ち上がっていた隼人の方を振り返る。恨みがましげなクラスの連中に一瞥くれてやった武は書記の手を引いて隼人の所に持っていく。驚く利也達を他所に書記の肩を叩いた武は

気まずそうな隼人の肩に手を置いた。

 

「ほら、本来やる事をやって来い。それから説教な?」

 

 そう言って笑った武に頷いた隼人は書記を連れて探偵部室に向かった。その背中を見送った武は浩太郎に視線を向けると頷きを返した彼にアイコンタクトで指示を飛ばした。瞬間、窓から飛び降りた浩太郎に周囲がざわつき、

それを放置して武は取り巻きの襟首を掴んで持ち上げた。

 

「失礼、お休みのとこ悪いけど事情徴収に協力してくんね?」

 

 そう言って笑う武の目は笑っていなかった。

 

 場面は変わって部室に移動した隼人は部室で書記の子と詳しい話をしていた。書記の子が犯人ではないのではという事も含めて。

 

「私が実行犯だって気付いたんですね」

 

「いや、あれ気付かないバカはいないと思うが・・・まあいい。とりあえず話してくれないか、その、君を脅した犯人を」

 

「それが、私もあった事がないんです」

 

「え」

 

「いきなりメールで脅迫文を送ってきて・・・。返信しても返事が返ってこないんです。脅迫されたくなかったからそれで仕方なく・・・」

 

「盗んだ、と。止むを得ないとは言え許されざる行為だな。ただ、相談も出来なかったんだろ?」

 

「送られてきたネタがネタだったので・・・」

 

 そう言って気まずそうにモジモジする書記にため息をついた隼人は頭の中で事件の構図を考えつつ、見えない犯人の候補を脳内に浮かべようとする。そこで隼人は書き込みをしていた会計を思い出す。不自然な書き込みをしていた彼に

聞けば何か分かるかもしれない、そう思った隼人は鳴ったチャイムに悔しそうにした。

 

「すまない、時間を取らせてしまって」

 

「いえ、その・・・分かってくれて嬉しかったです。それで、その・・・」

 

「分かってる。俺達が犯人を捕まえるまで自首は止めておいてくれ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

「取り敢えず、ありがとうな。話してくれて」

 

 そう言った隼人は照れ臭そうに頭を掻き、それを見た書記が楽しそうに苦笑する。彼女を教室まで送った隼人は険悪なムードの教室を見回してから自分の教室に戻った。それから暫くして放課後、生徒会室を訪れた探偵部は会長への挨拶も

そこそこに会計の姿を探していたがどこにもいなかった。それどころか書記の姿すらない。

 

「あれ、姉御。書記と会計は?」

 

「ん~? まだ来てないわねぇ。どうしたの? 二人に用事?」

 

「ちょっと聞きたい事があってな。いないなら・・・いいや。俺らで探すよ」

 

 そう言った武の言葉を聴きながら隼人は廊下に出る。体に感じる嫌な予感、それに突き動かされた隼人はこちらを注視する武と利也を他所に二年生の教室がある階層に行く。書記のいた教室を覗いた隼人は誰もいない室内に更に不安を加速させた。

 

 廊下の端にある階段に移動した隼人はそのまま一階に降り、校舎の外に出た。校舎裏を徹底的に探していた隼人は体育館からの叫び声に気付いてそちらに向かった。体育館の裏に回った彼は血の気を引かせている女子生徒の前にいる書記に気付いて走った。

 

「どうした!?」

 

「こ、この子から血が・・・血が出て・・・。う・・・っ」

 

「分かった。誰か、救急車を呼んでくれ!」

 

 そう呼びかけた隼人は口から吐血し、腹を刺されている書記の傷跡を確かめて圧迫止血を試みる。だが、血は止まらず既に相当な量が出ていた。草むらに広がる血の池に舌打ちした隼人は突然鳴った端末に血だらけの片手で出た。

 

「誰だ!」

 

『ど、どうしたんだよ隼人。つかお前どこにいるんだよ』

 

「体育館裏だ! 来るなら早く来てくれ!」

 

『いや、コウが会計見つけたってさ・・・何か女の子達といるっぽいけど。書記さん見つかったか?』

 

「ああ、今目の前で血だらけになってる。クソ・・・血が止まらない」

 

『マジかよ。分かった、利也と一緒にそっちにいくわ』

 

「ああ、早めにな」

 

 そう言って通話を切った隼人は到着した救急隊員に彼女を引き渡し、血だらけの全身はそのままにただ呆然と救急車を見送っていた。それから武達が到着し、血だらけの隼人を見て驚いていた。

 

「おい、隼人! 書記さんは?!」

 

「分からない、相当弱ってた。刺されて放置されていたんだろう」

 

「マジかよ・・・。学校で傷害事件とか洒落になんねぇ」

 

 青くなる武を他所に手についた血を水道で流した隼人は血だらけのブレザーを脱いで肩からかける。

 

「それで、コウの方は?」

 

「リアルタイムの状況はわかんねえけどさっき聞いた分には会計一人らしい」

 

「どこにいる?」

 

「何でも中庭とかでさ。一人でベンチにいるらしいぞ? 渡り廊下の屋上から見てるコウがそう言ってた」

 

「・・・分かった」

 

 そう言って血だらけの携帯端末を取り出した隼人は赤黒いそれを見下ろすとその様子を見ていた利也に端末を取られ、彼が持っていたハンカチで血が拭われた。それを付き返した利也の表情から少しばかり嫌悪感が滲み出ており、

それに気づいた隼人は端末を受け取ると足早にその場を去った。

 

 血を見る事に嫌悪感を抱くのは誰だってそうだろう、と隼人は思う。ただ、自分にはそれがない。感情を無くした訳ではない、情緒も失った訳じゃない。ただ、人の生き死に慣れてしまった。あり得ない現実じゃなくて

自分の隣に常にあると思ってしまったからだ。

 

 血を流せば死ぬという事が現実に起きたからこそ、隼人の感覚は狂った。空想性を持たなくなった。ゲームも、そんなにしないのはあの世界の死が自分にとって現実味を持ち過ぎてるからだ。そんな嫌悪感を懐きつつ、隼人は電話する。

 

「コウ、今どこだ」

 

『屋上。会計さんの監視中だけど状況が変わったよ』

 

「どうした?」

 

『女の子達がいる。それも三人、全員様子がおかしい感じだ』

 

「分かった、行って見る。一応監視は続けておいてくれ」

 

 そう言って通話を切った隼人は浩太郎をカバーに置きつつ、会計のいる所に移動した。気を引き締めながら接近した隼人は彼と話しているらしい三人の姿格好を目に入れ、昼間の女子達であると理解して会計の前に立った。意外そうな顔で会計は隼人を見ると

小馬鹿にした様な口調で話を切り出した。

 

「おや、五十嵐君。どうかしましたか?」

 

「あんたに聞きたい事が二つある。まず一つはこいつ等とどこで知り合った」

 

「ああ、彼女達ですか。何かお困りの様だったので生徒会の義務として手助けしただけですよ」

 

「じゃあ二つ目だ。お前、どうやってあいつの犯行を知った」

 

 眼つきを変えた隼人の言葉。それにただならぬ物を感じ取った会計は後ずさろうとして隼人に襟首を掴まれた。逃がさぬと言う意思を見せる隼人に気圧されていた会計は懐に手を回し、隠し持っていたナイフを引き抜いて隼人の腕へ振るう。

 

 慌てて手を離した隼人は逃走していく会計を追いかけようとして女子三人に阻まれた。彼女らの目はいずれも異常さを帯びており、まるで生気がなかった。また薬物か、と身構えた隼人はそうではない事にすぐに気付いた。

 

「邪魔しないでよ五十嵐君、あの人は私の復讐を完璧にしてくれる。救世主なのよ?」

 

「生憎な、俺はお前らと遊んでる暇はないんだよ。そこをどけッ!」

 

 言い様飛び出した隼人は逆手持ちで引き抜かれたメスの切っ先をギリギリで避け、ロールで起き上がると会計の逃走経路へ走った。それを逃さんとばかりにメスを投擲した少女は空中で打ち落とされたそれに驚き、隼人と少女の間に割って入る様に着地した浩太郎が

やれやれと言いたげな風で少女達に手にしたガスガンの銃口を向ける。

 

「邪魔しないでもらえるかな」

 

「それはこっちの台詞よ、岬君。何で五十嵐君を庇うの? 正義の味方を気取りたい訳?」

 

「ハハハ、正義なんてやさしい物の為じゃないさ。僕らはただ、真実を追っているだけ。事件の真実を知りたいだけだ。だからこそ、障害は全力で排除する」

 

 そう言って浩太郎は腰のホルダーから伸縮式の警棒を左手に引き抜き、Mk23を模したガスガンと併せて構えた。BOOと同じガンナイフスタイル、ゲームとの違いは殺傷性と周囲の倫理観だけだ。瞬間、三人が分かれて浩太郎に襲い掛かり、それを跳躍で回避した彼は

右から来る長身の少女へ牽制射撃を放ち、左側の女子からの一閃を警棒で受ける。

 

 薙ぎ払う様に弾いた浩太郎は正面からの攻撃をメスを持つ手の蹴り上げで防ぐとサマーソルト体勢の彼は一回転して着地する。あまりの身体能力に圧倒されている左の少女の顔面にハイキックを叩き込んだ浩太郎はメスを取り出そうと下がった正面の少女に銃口を向けるが

それよりも数瞬早く右の少女が動いた。

 

 少女の持つカッターがMk23の金属部分に当たり、束の間彼女との鍔迫り合いを展開した浩太郎は正面の少女が迫ってきているのに気づき、目の前の少女の軸足を刈ってMk23をフリーにすると射撃した。メスを狙った彼の射撃は射撃体勢が悪かったのか外れた。

 

「ッ!!」

 

 間に合わないと判断した彼の体が少女を蹴り飛ばす。腹を蹴られ、そのまま飛んだ彼女を追わず浩太郎は復帰しようとするもう一人の横薙ぎを避けながら先ほど打撃した足に警棒を叩きつける。衝撃が突き抜け、少女の細い足が動きを止めた。その隙を逃さず浩太郎は

グリップで顎を穿ち、アッパーカットの一撃で脳を揺らした少女の体はその場に崩れた。

 

 少女三人を仕留めた浩太郎は騒ぎにならない内に退散し、確保したと連絡を入れてきた隼人の後を追った。



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Blast8-3

 その夜、確保の際に拳を痛めた隼人は母親と妹、何時もの様に転がり込んだ恋歌に家事を任せ、父親にテーピングをしてもらった。血に塗れた制服はクリーニングに出され、彼はしばらくの間、冬服を着る事が出来なくなってしまった。その事も含めて悩んでいる隼人の表情に

気づいた父親はテーピングを終えるとワザと拳を叩いた。

 

「ってぇ。・・・サンキュ、親父」

 

「お前が拳を痛めるのは二回目か。殴りすぎだ、お前」

 

「悪ぃ・・・」

 

「それで、それだけじゃないんだろ? いって見ろ」

 

「何もねえよ。テーピング、ありがとな」

 

 そう言って立ち上がった隼人の手を取った父親は痛みに表情を歪ませた彼を見上げると仏頂面を睨んだ。隠しても無駄だぞ、という様に。

 

「・・・教頭に怒られた」

 

「ほう、何でだ?」

 

「暴力沙汰を起こされると困るっていわれて」

 

「それで、お前は何て言ったんだ?」

 

「知ったこっちゃないって言い返した」

 

「ふっ、お前らしいな。そう言う所は俺譲りだな、隼人」

 

「なぁ親父。何で大人って、そんな風に面倒を隠したがるんだよ」

 

 不機嫌そうにそう言った隼人に父親は苦笑を返す。そして、やれやれと首を振りながら息子の仏頂面を見返した彼は右手の人差し指を立てて話を切り出した。

 

「いいか、隼人。大人には大人の、子どもには子どもの特権がある。大人には自由に過ごせるだけの力を持っている。逆に子どもは大人に反抗する権利を持っている。大人は面倒を隠したがっているって

お前はそう言うが、子どもの権利に代価がないだけで普通は責任って代価があるんだよ。普通の大人は責任っていう負債を抱える訳にはいかないから自由を切り詰める。それが逃れているように見えるだけだ」

 

「そう言うの、責任を取れないヤツの詭弁じゃないのか?」

 

「じゃあお前はこれから起こりえる全てに責任が取れるのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

「責任ってのはな、子どもが考えるよりも重いんだよ。それだけは覚えとけ」

 

 真面目な表情で返した父親に隼人は頷く。そうした後、ニヤリと笑った父親の表情を見た彼は嫌な予感を感じて二階に逃げようとする。ゲームをすると口実を作った隼人がそそくさと上がろうとした時、

恋歌と秋穂が彼の後を追って走り出す。

 

 二人を連れて自室に入った隼人はデバイスの電源を入れた。すると同期している無線キーボードが信号を通して自動的に電源を入れ、小型のパソコンをなしたそれらがインターフェースを自動展開のスクリーンに投影し、

半透明のモニタにOS起動画面が映る。

 

「それで? お前らは何しに来たんだよ」

 

「えー? 何でもいいじゃん、そう言う兄ちゃんは何するの?」

 

「武達と一緒にこの前取得したデータの報告をサクヤへしに行く」

 

「んでもさ、デバイスはスタンドモードで起動しちゃってるんじゃん?」

 

「今は移動プランの計画段階、チャットで打ち合わせ中だ」

 

「大げさだなぁ。移動ぐらいちゃちゃっとすればいいのに、何でそんな回りくどい事するの?」

 

「不意打ち対策だ、俺達十人に対して攻撃要員二十人で奇襲されてみろ。たちまち全滅だ」

 

 そう言ってキーボードを叩いた隼人の背中に秋穂は舌を出す。そんな様子を端から見ていた恋歌は秋穂の行為を子どもっぽいな、と思いつつ、ベッドに寝転んで作業中の隼人の背を見た。

 

 その流れに秋穂も加わり始め、ベッドに二人並んだ恋歌は身長の高い秋穂に巻き込まれる形で抱き締められ、愛玩動物よろしく頬を突きまわされて嫌がっていた。そんな中、インターホンが古めかしい音を発し、

間髪入れず玄関のドアが開けられる。

 

 滅茶苦茶な方法からして姉だろう、と予測した隼人は一階に降りる。午後六時の空は焼けた様な赤みを持っていて、ドアが開け放たれている玄関から見えた。燃える夕日を背に立つ姉、冬香。彼女は動きやすさを考慮して

ズボンと組み合わせたフォーマルスーツに身を包んでいた。

 

 相変わらず似合わねぇ格好だ、と実の姉を内心で酷評した隼人は彼女の後ろに立っている宮坂隆宏に気付いて彼に頭を下げた。遅れて一礼した隆宏から冬香に視線を移した隼人は指を手前に動かして招いた彼女のハンドサインに

首を傾げつつ歩み寄った。

 

 と、そこに恋歌と秋穂がどたどたと物音を立てつつ降りてきた。久しぶりの再会に興奮している恋歌と秋穂へ冬香が慈愛に満ちた笑みを浮かべる。甘えたがりな秋穂と恋歌の前では人が変わった様に優しい姉の姿に呆れ半分の隼人は、

二人を大人しく部屋に帰した彼女に驚いた。

 

「姉ちゃん?」

 

「隼人、ちょっと来なさい」

 

 そう言って隼人を招いた冬香は彼を外に連れ出す。

 

「何だよ姉ちゃん、俺の事連れ出して」

 

「アンタに聞きたい事があってね。『楽園』って言葉、覚えてる?」

 

「ああ、あいつ《山岸幸助》がいってた・・・」

 

「アンタ、それが何を示すか、分かってた?」

 

「いや・・・。何も」

 

「そう・・・。じゃあ、アンタは知る必要があるわね。この事を」

 

 そう言って冬香はタブレットにあるウェブサイトを表示させる。そこにはアヴァロンという文字と残り約7時間を示すタイマーが表示されていた。真っ黒い背景には気味の悪い文章以外無かった。

 

「何だよ、これ」

 

「『楽園』という言葉で調べたの。そしたらこれが出てきてね」

 

「それが、何の関係があるんだよ」

 

「文章、読んで見なさい」

 

 そういわれて隼人は気味の悪いフォントで書かれた文章を読む。

 

「『楽園は救われぬ者を救済し、救いを求めぬ者を死へ誘う』・・・」

 

 アヴァロンとは救済の楽園、伝説からしても確かにそうだ。明確に違うのは選ばれた人間にのみ救済を与えるという事だけ。その意味を考えたくなかった隼人は敢えてタイマーの事を聞いた。

 

「姉ちゃん、この時間って何か分かるか?」

 

「え? あー、それね。まだ分かんないのよ。まるで終末予言みたいだけど」

 

「残り七時間って事は明日開示か? 気味悪いな」

 

 そう言った隼人がタブレットを睨んでいるとポケットに突っ込んでいた端末が振動し、着信音を鳴らす。何事かと思った隼人がそれを開くと武からだった。見ればSNL経由の電話だった。通話ボタンを押した彼は

心配そうに見てくる冬香達から目を逸らす。

 

「もしもし」

 

『お、隼人か! 緊急事態だぜ!』

 

「どうした」

 

『P.C.K.T.が宣戦布告した! 連中、オルファーに侵攻を始めたやがったぜ!』

 

「オルファーに・・・? 分かった。他には何か情報があるか?」

 

『他の情報・・・そうだ、コウロスの方、新しいグループが居座ったみたいだぞ』

 

「トーネードストライダは?」

 

『わかんねえ。取り敢えず、秋穂と恋歌にはログインしてもらったから。お前は?』

 

「今取り込み中だから後でいく。じゃあ、後でな」

 

 そう言って隼人は通話を切った。

 

「誰から?」

 

「武。多分BOOの中から」

 

「ま、頃合もいいし。私らは帰るね。何かあったら電話頂戴。絶対よ?」

 

「はいはい、分かってるっつの」

 

「それじゃ、週末にね」

 

 そう言って淑女的な慎み深い笑みを浮かべた姉に白い目を向けた隼人は彼女に殴られそうになりかけ、それを止めた隆宏が苦笑交じりに連れて帰る。罵声を放つ姉を見送った隼人はため息をつきながら

家に戻るとリビングに顔を見せた。

 

「父さん、母さんいる?」

 

「ん? 何だ?」

 

「俺、今からゲームするから。何かあったらSNLでメールしてくれ」

 

「分かった。全力で遊んで来い」

 

「おう」

 

 そう言ってドアを閉めた隼人は理解してくれる父親に感謝しつつ二階に上がると自分のベットに並んで寝転がっている恋歌達に遭遇した。自分の寝る場所がない状態に遭遇した隼人は仕方なく勉強机に座って

ログイン作業を行った。

 

 デバイスから下ろしたバイザーにAR表示のアプリケーションを映し出し、その中にあるBOOのアプリケーションを選択。VRモード起動の警告を承諾し、ログインが開始される。ログインする間、そう言えば移動の算段を

立てて無かったな、と思い出していた隼人は結局秋穂の言った通りか、と苦笑していた。

 

《ログイン認証:五十嵐隼人様:アバター選択へ》

 

「アバター、登録番号01『ハヤト』を選択。リスポーンを本拠地に設定」

 

《アバター選択:ハヤト・モンク:リスポーン地点:ウイハロに設定:ログイン開始》



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Blast8-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ログインには空を飛ぶ様な浮遊感も、転送される不自然さも感じなかった。まるで今までそこにいたかの様な感覚でゲームの中に入った隼人は本拠地であるウイハロの個人部屋で目を覚ました。

 

 そして、ファンシアを開いた彼はグループメンバーの居場所を調べると一階に全員いると分かり、そこに向かった。一階に降りた彼は到着を待っていたらしい全員の視線を浴び、彼らの中心に移動するとサブリーダーの武が

最新情報が入ったファンシアを長机の中心へ滑らせる。

 

 机の中心にはめ込まれたリーダーが接触回線越しに情報を取得し、ホログラフィックで表示する。

 

「今から一時間前、P.C.K.T.がファイブフォーエバーに対して宣戦布告を行った。それで、連中の布告理由がビックリする内容だぜ。ハヤト。『自領となったトーネードストライダ本拠地への攻撃に対して報復を行う』とさ。

お前、覚えてるか、あの時のビル地震」

 

「ああ、アレか」

 

「アレの原因、こいつらが持ってる古代兵器『ロンゴミアント』大口径レールキャノンの砲撃なんだよ。アレがビルの一部をごっそり持っていったから崩落した。それがあの時起きた事らしい」

 

「ふむ・・・。リーヤ、お前はレールガンの軌跡とか見てないのか?」

 

 武の報告を受けて隼人はすぐに思いついた疑問を本人にぶつける。

 

「衝撃波で見る所じゃなかったさ。僕とナツキちゃんが見た時にはもう既にビルに大穴が開いてたのさ」

 

「だから・・・他に信じようがない、か。しかし当事者からしてみれば辻褄が合わんな。『ロンゴミアント』が撃たれた時、管理する筈のP.C.K.T.の誰もが本部ビルにいなかった。だが、P.C.K.T.は自領になった土地を攻撃されたから報復すると言っている。

管理すらしていない土地だから、損害は無かったにも関わらずだ」

 

 利也の証言を受けてそう呟き、考え込んだ隼人は補足の意見を出していた夏輝の方を見た。

 

「確かに、皆さんが見た事が正しければ妙ですよね。味方が誰ももいない場所への攻撃に報復をしようとするなんて」

 

 隼人の思いを補足する夏輝の意見に、その場にいた全員が唸り声を上げて悩む。その流れの中心で、勢力図と睨めっこをした彼は本部据付の電話の着信音で現状に引き戻される。

 

「はい、ケリュケイオン本部。はい・・・はい。ちょっと待ってくださいね。ハヤトさんちょっと。」

 

「どうした、カミ。誰からの電話だ?」

 

「えっと、サクヤと言う人からです。その人が、電話を全員と出来る様にしてほしいと」

 

「サクヤ・・・。分かった、電話の出力をこっちの机に繋げ。ウィンドウが表示されるはずだ」

 

「りょ、了解。えーっと、ここをこうして・・・そっちに繋げます」

 

 ぎこちない香美の操作を受けてテレビ電話の出力がリーダーに移る。勢力図がサイズダウンして左下に移り、代わりにフルサイズのテレビ電話画面が出てくる。そして画面に映っている扇情的な踊り子衣装に身を包んだ人間の女性を

睨んだ隼人は腕を組んで話を切り出した。

 

「用件は何だよ、サクヤ」

 

『切り出す前に聞いておくことがあるの。あなた達、P.C.K.T.の件に付いて情報は仕入れてる?』

 

「今、仕入れた所だが情報はある。まさか、連中絡みの依頼じゃないだろうな?」

 

『そのまさかよ、後輩君。先日、グローブスティンガーと同盟を組んでいるアルカンの攻略組、『ストームバンガード』の連絡員からP.C.K.T.と思わしきグループの一個中隊がアルカンの国境線に見られると言う連絡があったわ。

それも、ファイブフォーエバーへの宣戦布告の一時間前にね』

 

「俺達にそれを迎撃しろと? ムチャだ、いくら俺達でも中隊規模は・・・!」

 

『分かってるわよ、無論戦力の大半をあなた達に依存するわけじゃないの。あなた達は中隊の指揮部隊へ攻撃を仕掛けてほしいのよ』

 

「指揮官への奇襲攻撃、って事か。正面からやりあう気はない、と」

 

『ええ、ストームバンガードは事実上の零細グループ。P.C.K.T.とやり合えるだけの戦力と持久力はないわ。早期に決着する事が先決なの』

 

「分かった、善処する。で、話は変わるがアイランに行って報告してくれといっていた件、どうすればいい?」

 

『今聞いておくわ。報告お願い』

 

「P.C.K.T.とトーネードストライダの交戦を裏付ける記録はなかった。つまりあの情報は嘘だ。そして、トーネードストライダはもうコウロスにはいない。恐らく、P.C.K.T.に合流したと思われる。報告は以上だ」

 

『そう・・・。私達はあわや狂言回しに付き合わされる寸前だったって訳ね、分かったわ。じゃあ、アルカンへの移動をお願い。案内は現地要員に任せるから』

 

「アンタの部隊は、もう現地入りしてるのか?」

 

『ええ。だから、早めに行ってあげてね。それじゃ』

 

 そう言って通話は切れた。しばしの沈黙の後、隼人は武に目配せをするとその腕にガントレットを付けて移動準備を始めた。それぞれの武器を積み込み、それに遅れて弾薬やアイテムが満載されたマジックバッグが積み込まれる。

 

 いつも通り、インプレッサとハンヴィーの二台で移動する事になった彼らは周囲を警戒しながら海に面したアイラン中心部を目指す。山を越え、海が一望出来る様になった頃、ハンヴィーのルーフに膝立ちで立ち、流れる風景を見ていた浩太郎は

遥か先の一点から迸った発砲炎に気づき、反射的に引き抜いた拳銃を照準して連射した。

 

 グングンと接近する物体に彼は見覚えがあった。ダイレクトアタックモードで放たれた『FGM-148 ジャベリン』対戦車ミサイル。完全なファイア・アンド・フォーゲット(撃ちっぱなし)兵器であるそれを迎撃した彼は爆炎に包まれ、

急停車したハンヴィーから投げ出される様に降りて周囲を警戒する。

 

 銃口を巡らせ、何もないと判断した浩太郎は運転席のドアパネルを三度叩くとハンヴィーのルーフに飛び乗った。そのまま発進したハンヴィーの上で警戒していた加奈と浩太郎は合流地点にあるトヨタのピックアップトラックに気付き、

荷台に据え付けられた機銃の銃口が向いた瞬間、ルーフ据付のM2ブローニングを動かし、展開式の電磁式銃弾偏向シールドを開いて壁にした。

 

 電磁フィールドに直撃したライフル弾が火花を散らしながら彼方へ飛んでいき、機銃掃射を受けた浩太郎と加奈はインプレッサの後ろに付いたピックアップに手持ちの弾をありったけ返す。機銃の射手の頭蓋に流れ弾が直撃、脳の一部を吹っ飛ばして

力を失った体が機銃に凭れかかり、頭から垂れた血液と脳漿の混合物が機銃の機関部に垂れる。

 

「カナちゃん、トラックのフロントガラスに集中砲火!」

 

 グレネードを準備する浩太郎の指示に頷いた加奈はリロードしたヴェクターのマガジン全弾をトラックのフロントガラスに叩き込む。強化ガラスを粉々に砕いた.45ACP弾は助手席、運転席にいたプレイヤーを蜂の巣にした。そこへ、ダメ押しとばかりに

浩太郎がナパームグレネードを投擲。車が爆発し、乗っていた死体があぜ道に落下する。

 

 安心したのも束の間、ハンヴィーの脇を掠めたドス黒いビームが地面を削って破裂させる。マガジンを交換した二人が反撃しようと銃口を向け、銃口の延長線上にいるプレイヤー達を照準する。だが、引き金を引く前に彼らは撤退し、

安堵する浩太郎とは対照的に加奈はどこか悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「悔しそうだね、カナちゃん」

 

「・・・仕留められなかった」

 

「気にしちゃダメだよ。今は移動が最優先で、撃破が目的じゃないから」

 

「・・・分かってるけど、逃がしたらちょっと悔しい」

 

「気持ちは分からないでもないんだけどね」

 

 そう言って宥めた浩太郎はMk23をホルスターに収めると左手に握っていたコンバットナイフをシースに収め、警戒を解いた。そうした彼は悔しそうに俯く加奈の頭に手を置くとゆっくりと撫でた。撫でられる事に嬉しそうな反応を返した加奈は

焼けた空を虚ろな瞳で見上げる彼に首を傾げる。

 

「・・・コウ君?」

 

「え? あ、ゴメン。ボーっとしちゃってた」

 

「・・・そう」

 

 そう言って無理に顔を逸らした加奈は俯いた浩太郎の横顔に異常な物を感じ、彼女は彼の手に自分のそれを重ねた。自分を彼に縫い付ける様に、何処かに行ってしまわない様に。

 

 それから十数分後、アイランに到着した隼人達はいつも通りの風景を保っている中心部に車を入れ、備え付けの共用駐車場に車を止めると全員武装を持って降りた。ファンシアのアプリケーションで施錠を施し、

アイランの総務府《正式名称:ガバメントセンター》に移動した。

 

 依頼を遂行するに当たって情報収集を選択した彼ら、ケリュケイオンは政府機能の全てを集約しているそこに入ると外の雰囲気とはうって変わって慌しい内部に呆れつつグループリーダーのいる場所に向かった。

 

 入り口には警備役が二人おり、ガードする様に立ちはだかった彼らの視線を十人の先頭で浴びた隼人は溜め息をつきつつ手持ちのファンシアを取り出し、プロフィール画面を彼らの視線にかざした。HMDモードのファンシアが視線と連動して

隼人のプロフィール情報を読み取り、クラウドに保存されたデータと照会して表示する。

 

「あんた等のリーダーに聞きたい事があってな、通してもらえないか」

 

「身元確認の出来たあなただけなら、お通しできます」

 

「それでいい」

 

 そう言った隼人に道を明けたガードはドアを開けて彼を通すとリーダー用に設えられた執務机に座る金髪と透き通った肌が目を引くエルフの少女と向き合う。彼は再びファンシアを取り出し、彼女に見せる。個人認証を済ませた彼は

意外そうな顔をする彼女を無視して彼は執務机の前に立った。

 

「単刀直入に聞かせてもらう。俺の立場は理解しているな?」

 

「サクヤさんから聞いてるわよ、ハヤト。双葉高校最高の即応部隊とは言え、お金で動く人達は私達攻略組からしてみれば到底受け入れ難いわね」

 

「報酬の量で味方を変えるからな、俺達傭兵は。だから達成感を報酬としているお前らと相容れんのは当たり前だな。それで」

 

「分かってるわよ。さて、侵攻寸前のP.C.K.T.らしきグループはここから数キロ行った国境線で派遣した軍と睨み合ってるわ。でも一向に動く気配がないの」

 

「そうか・・・、分かった。俺達は今から戦場に向かう。向こうにいる軍に連絡を頼む」

 

「了解。戦果に期待してるわ、ケリュケイオン」

 

「報酬分は働くさ。働かざる物、食うべからずだからな」

 

 そう言ってロビーに戻ろうとした隼人は急に騒がしくなったそこへ走り、応戦しながらも次々に殺害されているストームバンガードの面々に気付いた。襲撃者の詳細は明らかになっておらず、無名の襲撃者達はそれぞれの得物でプレイヤー達を屠殺していく。

 

「クソッ、ウィドウ1よりウィドウユニット! ロビーに敵だ! 全員来れるか!?」

 

『ウィドウ2よりウィドウ1! ネガティヴ(無理だ)! こっちにも敵がいるんだ!』

 

「分かった、そっちを優先しろ。こっちは何とかする」

 

 そう言ってロビーに向かった隼人はコンディションを戦闘状態に移行させ、それに連動したファンシアがHMDモードを起動。拡張現実として武達の居場所を表示するがそれに見向きもせず彼はロビーに向けて走り出し、虐殺者達に挑みかかる。

 

「ショートカット、『鎧通し』ッ!!」

 

 飛び掛り様の初撃、渾身の右ストレートを近くにいた男人狼に叩き込む。吹き飛ぶ人狼を他所に拳を引き戻した隼人は薙刀を手に挑みかかって来たタオシーの横薙ぎを腕のバンカーで受け止める。太い鉄の杭に叩きつけられた刃から火花が散る。

 

 それを弾いた隼人はスキル無しの蹴りを繰り出し、踵部分のバンカーを連動して撃発させる。顎を穿ったバンカーにタオシーはよろけ、杭の戻った足で震脚を踏んだ彼は掌底でタオシーを吹き飛ばす。心臓を正確に穿った一撃は肺や心臓をミンチに変える。

 

 絶命した体が入り口のガラスに突っ込み、粉々に砕けたそれが死体に向けて雨の様に降り注ぐ。それを見ながら呼吸を整えた隼人は数瞬、目を閉じる。それをチャンスと踏んだのか、彼の両側から武者とリッパーが挑みかかる。それぞれが持つ刃で

隼人の体は切り刻まれる――――筈だった。

 

 瞬間、攻め手の体が吹き飛ぶ。内臓を破裂させるほどの一撃にバウンドした体から滝の様な血が吐き出される。ぴくぴくと痙攣する死体を振り返った彼らはショックコーンの残滓が周囲に見える隼人に得物を一斉に向ける。

 

「い、一斉攻撃ィイイイッ!!」

 

 声を上げ、一斉に挑みかかる虐殺者。先頭のリッパーが殴り飛ばされ、次に挑みかかるファイターの顔面に回し蹴りが叩き込まれる。一人ずつ攻め込んできていた彼らだったが次は四人がかりだった。四人一斉の構成に思わず眉を顰めてしまった隼人は

視線選択でスキルを選ぶと四人に向けて繰り出す。

 

「『インパルスナックル』」

 

 瞬間、振りぬきの速度と射出されたバンカーの衝撃が衝撃波となって四人を吹き飛ばし、襲撃者を全滅させる。ロビーにいたメンバーは既に無く、死体は物を語らず荒れ果てたロビーを後にした隼人は玄関前の通りを血染めにしていた面々と合流し、

気分が悪くなっている夏輝を後ろに全員と共に駐車場に移動した。

 

「早速出るぞ、血塗れだがな」

 

『おうよ、でもさっきの連中何もんだ? P.C.K.T.か?』

 

「分からん、だがあんな突発的な事を連中がやるとは思えない。奴等はもっと戦略的でかしこいやり方をする」

 

 そう言ってインプレッサのエンジンを始動した隼人は車内通信機で唸り声を返す武に苦笑しながらハンヴィーを先行させる。助手席の恋歌がそれを流し見て可愛く小首を傾げていた。ハンヴィーを走らせる上で話す余裕が無くなったのか武からの通話が切れ、

それをつまらなさそうにした隼人がインフォメーションパネルを操作して通話を切断する。

 

 幾分か余裕が出来た彼は既に離れているハンヴィーに追いつくべく、アクセルを踏み込んだ。クラッチを繋ぎ、エンジンを吹かした隼人は青のハッチバックを走らせる。現実では廃れかけている変速機構を操作しながら走行する彼はグングン加速する車体に

恐怖を浮かばせている恋歌をちらと見ると未舗装の道路に出たのを見計らって車体をスライドさせた。

 

「ひぃ」

 

 悲鳴を上げる恋歌。144cmの小柄な体が縮こまり、それを見てニヤッと笑った隼人は暴れようとするインプレッサの挙動をアクセルワークとハンドル操作で修正する。ドリフトでコーナーを突破したインプレッサが暫く走るとハンヴィーの後ろに付き、

その背後にピッタリと止まる。

 

「ったく、ノロノロと走りやがって。そこまで時間がないんだぞ・・・」

 

 焦りを口にしながらシフトを操作した彼の横顔を見ていた恋歌はインフォメーションパネルの発光に気付き、通話モードの起動を示すそれを彼女がタップした瞬間、車内に怒号が走った。

 

『RPG!!』

 

 武の怒号と共に脇道にロケット弾が直撃し、車体が揺れる。慌てて車体の体勢を立て直した隼人を他所にHK45を引き抜いて窓から体を出した恋歌は遠方、700m程の距離から見えたマズルフラッシュに体を引っ込める。瞬間、制圧射撃が浴びせかけられ、

アイラン防衛軍の本拠地があるであろう場所への道を進んでいたハンヴィーにライフル弾が浴びせかけられる。

 

「タケシ! プラン変更だ! 車を路肩に止めろ!」

 

『言われ無くても!!』

 

 二台が路肩に止まり、M2ブローニングで反撃する浩太郎の支援を受けながら隼人達は車から降りる。荷物は最低限に、武装優先で下ろした。隼人達がそうしている間に狙撃準備を終えた利也は制圧射撃をしているインファントリをスコープに捉え、躊躇い無く射殺した。

 

 確かな手ごたえを感じた利也はスコープの中でザクロ状に爆ぜた頭部を確認し、その隣でM4カービンを構えるインファントリに照準を向けるが引き金を引くより前に隼人から移動指示が飛び、狙撃を止めた彼は皆に続いて走り出す。

 

「睨み合ってる状態じゃないのかよ!?」

 

「知るか! とにかく今は本拠地を目指すぞ!」

 

 そう言って走り出した隼人達は銃弾飛び交う戦場の只中を駆け抜け、前に見える前線基地を目指す。ロケット弾が田畑を抉り、プラント農園は見る影もないほどに破壊されている。夜の暗さに染まった外の風景、前線基地に飛び込んだ隼人達は襲撃されている基地内に気付き、

暗がりに隠れながら様子を窺った彼らはほとぼりの冷めていない状況に全滅は避けられていると判断し、手近にいた兵士を攻撃する。

 

「俺を先頭に、前衛は後衛を守りつつ最小陣形で展開。司令部に向けて移動する。移動開始!」

 

 隼人の号令で前衛組が展開し、後衛組が彼らから離れない様について行く。急ぎ足で移動する彼らは突然止んだ銃声に違和感を感じつつ、司令部に向けて走る。と、管制塔らしき構造物からマズルフラッシュが見え、隼人の膝を穿つ。片足を吹き飛ばされた隼人が転び、

慌ててカバーに入った武がMk16でのフルオート射撃を撃ち込む。

 

 その間に利也達が物陰に隼人に引き込み、夏輝が回復用の術式をかける。武が注意を引いている間にDSR-1をゴルフバッグ型のマジックバッグから取り出した利也はバイポットを立てて狙撃手を狙う。スコープに写る狙撃手がこちらを見たのに気付いた利也は慌てて逃げる。

 

 直後、掠めたライフル弾がアスファルトを抉り、尻餅をついた体勢からDSRを構えた利也はスコープに写った狙撃手に反撃の一射を撃ち込む。揺れたスコープ内で頭を爆ぜさせた狙撃手はその場に崩れ落ちていた。死体は見たくないな、と思いながらスコープから目を離した利也は

歩ける位には回復した隼人を先行させ、狙撃に耐えていた武に回復アイテムを渡す。

 

 勢いをつけて司令部に突入しようとした隼人は入り口をスキャニングをしていた香美からの情報伝達を受けて足を止め、IED作成キットを取り出した彼女にコンカッショングレネードを手渡す。それを含めて三つのコンカッショングレネードを合成した香美は作成に成功した

コンカッションチャージャーをドアに取り付けた。

 

 長い紐を垂らしたチャージャーから距離を取った香美は周囲を囲む先輩達の視線を受けながら紐を引いた。瞬間、起爆したチャージャーから爆圧が迸り、衝撃で仕掛けられた爆弾が起爆する。吹き飛ぶドア、香美に直撃する筈だったそれは秋穂に切り裂かれる。

 

 そして、内部に突入した隼人達は静まり返っている司令部に驚愕し、血の跡が点々としているリノリュームの床に新しい死体があった。割れたガラスの破片を踏み砕き、先に進んだ彼らは自分達の物ではない足音に気付いた。全員の動きがピタリと止まり、足音の方向に全員が銃口を向ける。

 

 瞬間、彼らの前後から銃弾が飛翔する。慌てた全員がその場に伏せ、それを見計らっていたのかグレネードのピンが引き抜かれる音がする。クソ、と呟いた隼人が投げ込まれたグレネードを蹴り飛ばす。天井で炸裂した破片手榴弾が爆圧と破片をばら撒いて、室内を滅茶苦茶に破壊する。

 

「囲まれたぞハヤト!!」

 

「分かってる! クソ、どこのどいつだこいつ等!!」

 

「知らねえよ!」

 

 怒声と同時に武と隼人が反撃に転じ、正体不明の敵に突っ込む。彼らは一様に室内戦装備であり、この状況を想定していたかの様だった。この準備の良さは、と考えていた隼人は両足での飛び蹴りを女ファイターに叩き込む。蹴りと同時にバンカーが作動し、至近距離での一撃で

ファイターは肺と心臓をミンチにされながら吹き飛び、ソファーに突っ込む。

 

 宙返りで着地した隼人は着地と同時にサーベル二刀流で襲い掛かってきたリッパーの左突きを回避、そのまま懐に飛び込んでカウンター気味にショートストロークのボディブローを打ち込む。同時、射出された杭が内臓を抉る様に打撃し、吹き飛んだ体が瞬時に絶命する。

 

「こっちはクリアだ」

 

「ん、今・・・こっちもクリアだ。あれ、四人だけか?」

 

「みたいだな、さて・・・状況が状況だな」

 

「前代未聞だぜ、到着前に全滅とかよ」

 

「元々ストームバンガードは戦闘専門じゃないからな。グローブスティンガーの生産専門セクションと言った所か。独立したのは一年前ぐらいらしいからな」

 

「マジかよ・・・。ヤバイとこに来ちまったな」

 

「取り敢えず撤退だな。こんな状況じゃ介入できない。兎に角、ここを脱出する事を考え―――」

 

 そこまで言いかけた瞬間、ケリュケイオンは爆風を浴びた。猛烈に吹き荒れるそれに吹き飛ばされた全員は間髪入れず放たれたライフル弾の群れに反射的に伏せる。伏せながら移動した彼らは非常口に飛び込むと地下通路に通じているらしいそこを急いで降りる。通路を介して遺跡に飛び込んだ彼らは

地上で起きているらしい戦闘の衝撃を感じつつ、移動を始めた。

 

「あのエリアには一体幾つのグループがいるのさ・・・。確実にP.C.K.T.とストームバンガードだけじゃないよね」

 

「ああ・・・、なあおい隼人、どうなってんだよ。何でこんな乱戦なんだよ」

 

「知るか! 第一、乱戦を作ってるグループすら俺は分からないのに状況なんか判断できる訳がないだろ!」

 

 疲れ切った表情の利也と武にそう叫んだ隼人は振動する天井を忌々しげに見つめながら移動を始める。何時も通りの中で起きた予想外の事に隼人は苛立っていた。介入してきた組織に対する予測が甘かったのか、それとも―――。考えを巡らせていた隼人だったが連続した振動を受けてそれを中断した。

考えを違う物にしなければならない。何しろ、ここから自分達はアルカンに向けて脱出をしなければならないのだから。

 

「・・・とにかく、アルカンに向けて移動するぞ。ここの遺跡内の地図データはあるから何とかなる」

 

「了解。ここにいても意味ねえし、とっとと移動するか」

 

 ファンシアを操作して地図データを送った隼人を先頭に歩き出した武達は地下ドックだったらしい遺跡の全景をタラップから望む。暗視装置無しの状態なので暗い遺跡の全貌は分からないが進む事だけは出来るだろうとそう思いながら彼らは隼人の後に続いた。



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Blast8-5

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから一時間後、どうにかアルカンに戻った隼人達は遅れてきたグローブスティンガーの派遣部隊と合流し、前線の状況を伝えた。二勢力による対称戦だとばかり思っていた彼らにとって別勢力がいる事は想定外だったらしく、動揺が垣間見えた。

 

「クソ、押し返しは無理なんじゃないのか?」

 

「いや、人数さえ足りてれば何とかなる。制圧し返すんならな、そっちの人数は?」

 

「射撃クラスが10、近接20、魔法が10ある。10人編成の規模で大体4分隊だな。足りるか?」

 

「十分だ。俺達ケリュケイオンはこれより奪還任務遂行の為、そちらに合流する」

 

「歓迎するぜ。よし、早速移動しよう。あんた等徒歩だろ、こっちの車両を利用してくれ」

 

 そう言って機銃付きのハンヴィーに乗り込んだ派遣部隊のリーダーに頷いた隼人は全員にグラップルグローブを装着させ、ハンヴィーのルーフに付いているグリップを掴んだ。そうして移動を開始したケリュケイオンと派遣部隊は共通の通信帯を用いて作戦会議を行っていた。

 

「戦場についてだが近接職の積極的運用は避けたほうがいいだろう。射撃武装があるならそれを主として敵の数を間引き、それらの締めとして前衛を飛び込ませる方が被害が少なくてすむように思える」

 

『珍しいな。アンタがそんな消極的な作戦を進言するなんて』

 

「それだけ向こうが異常なんだよ。何時ものセオリーが通用する様な戦場じゃない」

 

『そこまで言うんなら了解だ、その作戦を採用しよう。だがアンタはどうするんだ、ハヤト。射撃武器のないアンタはしばらくお留守番だぜ?』

 

「大人しく観測スコープでスポットするさ。っと、ここで止めてくれ。リーヤ、周辺の観測を頼む。他にスナイパーはいるか? いたら基地周辺の敵の捕捉を頼む」

 

 そう言ってマジックバックからスコープを取り出した隼人は前線基地に居座っているグループを捕捉する。彼らには装備に統一感がなく、統率を大切にする傾向のP.C.K.T.とは考えにくかったがそれでも油断せず隼人はグループ全員をスポットする。そして、基地全体を見回すとスコープから目を離す。

 

 利也も含めたスナイパーの方もスポットを終えたらしく、スナイパー達は一様に隼人の方を見る。派遣部隊の隊長を一度見た彼は戦闘用のコールサインを使用してスナイパースポットを示す緑色の枠組みで囲まれた敵のスポット番号を指定する。

 

「ウィドウ8、G-1を狙え。イカロス1-4はG-3、イカロス2-3はG-2を。イカロス3-4はG-4を狙え。同時射撃だ、タイミングを合わせろ」

 

「ウィドウ8、オンターゲット」

 

「イカロス1-4、オンターゲット」

 

「イカロス2-3、オンターゲット」

 

「イカロス3-4、オンターゲット」

 

 捕捉確定を示す赤線をスコープに見て取った隼人はマイクのスイッチを入れる。

 

「了解。オールシューター《全射手》、オープンファイア《発砲許可》」

 

 瞬間放たれたライフル弾が捕捉したプレイヤーを穿ち、衝撃で転倒した彼らが麦畑に倒れる。サプレッサー無しの発砲音で気付いた哨戒がこちらに銃口を向けてきたのを見た隼人はスコープから目を離すと全員に隠れる様に指示して遮蔽物に隠れた。瞬間、飛んできたライフル弾がシールドにしたハンヴィーを嬲る。

 

 相手はどうやらライトマシンガンを使っているらしく、絶え間ないフルオート射撃がハンヴィーを襲う。その合間に得物を構えた射撃クラスが一斉射撃を敢行、その際別方向に他のプレイヤーを発見し数名がそちらへ射撃した。一方拳銃という射程の短い射撃武器を持つ近接職は射程距離ギリギリに移動して発砲する。

 

 辺り一帯にばら撒かれる弾丸に怯んだのか接近しようとしていたファイターが逃げ出し、追撃しようと恋歌と秋穂を含めた数名が追いかける。それを静止した隼人だったがいつの間にか接近していたアサシンの攻撃を回避する。暗殺を使われていたら問答無用で即死していた事に内心焦った隼人は命令を守っている残りのメンバーからのカバーを受けた。

 

「くっ、ヤバイな。このままじゃ乱戦に持ち込まれるぞ」

 

「分かってる! イカロスユニット、密集隊形を取れ!」

 

「そっちは任せた、俺達は前に出る。ケリュケイオン、前進するぞ!」

 

 そう言って前に出た瞬間、隼人の右腕が吹き飛び、衝撃で倒れた彼の口から苦悶が吐き出され、慌ててカバーに入った武が隼人の襟首を掴んで安全な場所に移し、夏輝に引き渡した。そして、ゴルフバッグ型のマジックバッグからバレットを取り出して利也に投げ渡す。

 

 銃を受け取った利也は翼を寝かせた匍匐体勢で草むらに紛れながら折り畳まれているバイポットを起こす。地面にバイポットのスパイクを食い込ませ、高倍率スコープの保護部分を外して覗いた彼はスコープ内に見えるスナイパーに照準を合わせようと銃身を動かす。

 

 トリガーに指をかけた彼は軽い機械音を鳴らして十字の中心より僅かに下側へ頭部を捉える。狙い撃とうとした瞬間、放たれたライフル弾が草むらを掠める。一瞬の出来事、それに集中力を奪われた利也はスナイパーから逸れた位置に対物弾を撃ち込む。

 

「く、外したッ!」

 

「リーヤ! 一時の方向、LMG! 距離300m!」

 

 草むらに撃ち込まれた制圧射撃に追い散らされた利也をカバーした武は壁にしたハンヴィーを掠めたライフル弾に舌打ちし、足止めを食らう近接職を振り返った。一瞬の迷いの後にスモークグレネードを取り出した彼は草むらから飛び出してきた武者に驚愕し、振り上げられた刀で斬られた。

 

 反撃の蹴りを叩き込んだ武はMk16アサルトライフルを武者に投げつけると腰に下げていたガンブレードを手に取る。横一線にライフルが切り裂かれ、その間に距離を詰めていた武が分厚い刃で刀を叩き折ると武者を押さえ込む。

 

「行け!」

 

 武の号令と共に前衛が走り出し、彼らは無理矢理草むらを突っ切る。高い移動速度に物を言わせて弾幕を張っている機銃手を真っ先に捉えた浩太郎は拳銃を引き抜いて連射、闇雲な射撃だが動揺させるのに一役買っていた。腰からナイフを引き抜いて跳躍した彼は小手を掠めたライフル弾に冷や汗を掻きつつ、直下のインファントリの脳髄に刃を突き立てた。

 

「マシンガン排除!」

 

 ナイフを払ってそう叫んだ浩太郎は殺気を感じて電磁フィールドを起動させた小手を眼前にかざした。瞬間、直撃したライフル弾が電磁フィールドの持つローレンツ力で偏向され、ヘッドショットを免れた浩太郎は反動を受け流すと機銃手が持っていたM60E4軽機関銃を手に取り、手招きしている武のほうに走っていく。

 

 浩太郎がハンヴィーに隠れた所でM60を投げ渡された武は残弾数を確認しながら威嚇射撃を繰り返している香美の隣に立ち、腰溜めで発砲。けたたましい銃声と共にライフル弾が飛散するが数秒撃っていると突然M60が作動が停止した。

 

「な・・・クソ、こんな時に弾詰まり《ジャム》かよ!」

 

 悪態をつきながら機関銃を投げ捨てた武と入れ替わりに飛び出した香美がリロードしたP90を連射する。その間にターゲッティングを終えた利也はスコープ内部に映るL115A3を構えたスナイパーを狙撃する。強烈な反動と共に放たれた12.7mm弾はスナイパーの頭部に直撃した瞬間、スナイパーの上半身を吹き飛ばした。

 

 肉片が辺りに散らばり、スナイパーの血液が霧と化す。スコープから目を離した利也は目頭を揉みながら通信機のスイッチを入れる。

 

「こちらシューター。スナイパーを排除、遠距離からの脅威は今の所認められず」

 

『リード了解。引き続き、こちらの援護を頼む』

 

「了解」

 

 そう言ってバレットを収めた利也はハンヴィーのホイールに立てかけていたDSR-1を手に取るとボルトを操作。装填されていた弾丸が落下するが利也はそんな事に頓着せず、装填動作を行う。安全装置を解除して周囲を探っていた利也は遠距離スキャンを行っていた香美が何かを感知して声を漏らした事を見逃さず、周囲に目を向けた。

 

 何かいる。敢えて声に出さずハンドサインでその場にいる全員に伝えた利也は空間の揺らぎ、肌に感じた大気と草むらに穿たれた足跡の圧縮位置から何かの位置を割り出し、腰の『Px4』9mm拳銃を引き抜いて発砲した。トリガーに指をかけると同時の三連射で太もも、腹、胸にそれぞれ直撃させた利也は初級の光学ステルスで接近していたらしいハンターナイトに銃口を向ける。

 

 プレートアーマーから剥がれて粒子となって散っていくステルス術式の魔力。ベールの様なそれが全身装甲のハンターナイトの姿を露わにすると同時に利也は腰溜めに構えたDSR-1のトリガーを引く。強烈な反動と共に放たれたライフル弾はプレートアーマーの胸部を狙う。

 

 音速のライフル弾の至近射撃ではシールドは構えられない。直撃だ、そう考えた利也は着弾直前で爆発した装甲に歯噛みしながらPx4を構えた利也は全身装甲の中でただ一つ隠されていない目元が僅かに笑ったのを皮切りに目元目掛けて三連射する。だが。

 

「防いだ!?」

 

 目を狙う軌道に乗っていた9mm弾三発がシールドで弾かれる。火花を散らして飛んでいったそれに目を見開いた利也はハンターナイトがランスを振り上げたのに反応してバックステップ。振り下ろされたランスが土砂を跳ね飛ばし、距離を取った利也の隣で香美がマチェットを引き抜いた。

 

 ハンターナイトと距離を取る彼らを他所に曇天から豪雨が降り始める。雨による視界不良の状況で、睨み合う彼等を嘲笑し、ランスを構えたハンターナイトにP90のフルオート射撃を叩き込んだ香美は爆発で弾かれた弾丸に驚愕した。

 

「爆風で弾丸が・・・!」

 

「チッ、RPAか・・・。つー事はだ」

 

 そう言ってガンブレードで射撃した武は吹き飛んだ頭部アーマーから露見した顔を睨み付けた。

 

「サイトさん・・・!」

 

「敬語はよせ、リーヤ。それに今俺達は敵対関係だ、今更そんな仲に戻る事など出来まいよ」

 

「ならここで、あなたを殺します。サイトさん」

 

 そう言ってライフルを構えた利也に龍人のハンターナイト、サイトは微笑を浮かべ、口を開いた。

 

「相変わらず、詰めが甘いなお前らは」

 

「何!?」

 

「対等にやり合う訳がないだろう?」

 

 そう言ってサイトは指を鳴らす。瞬間、車の上に複数のプレイヤーが現れ、彼らを包囲する。ランスとシールドを下ろしたサイトは安堵の息をつき、利也達の方に歩み寄ろうとしてその足を止めた。

 

 瞬間、ハンヴィーが真横に吹き飛んでサイトに迫る。だが、直前でシールドを構えた彼は軽いショックを感じただけでそれらしいダメージを負っていなかった。突然の事に眉をひそめた彼の上方、円筒状の物体が落下してくる。

 

「な、フラッシュバン!? 退避! 退避!」

 

 サイトの護衛隊長らしいスナイパーが慌てて指示を出した。が、直後にグレネードは炸裂、あたり一面に閃光が撒き散らされてスナイパー共々包囲していた部隊がスタン状態に陥る。スタンの影響が少なかったサイトが視界を確保した時には包囲していた部隊は全員射殺されていた。

 

 拳銃を手に着地した五人を見ながら武器を構えたサイトは左のシルドバッシュで手近にいた武を夏輝の方に跳ね飛ばし、右のランスで拳銃を向けて来た浩太郎を薙ぎ払った。ハンヴィーに叩きつけられた浩太郎はMk23をサイトの頭部に向ける。

 

 トリガーを引く直前にランスが突き出され、身を捻って回避した浩太郎は左手にナイフを引き抜いて前に出る。ポールウェポンの類に入るランスはリーチの関係上至近距離では威力を発揮しない。故に、サイトの懐に入り込めればリーチの長いランスは脅威となりえない。

 

 だが、浩太郎は判断を誤った。それは武装の選択ではなく、サイトの装備構成を忘れ、『暗殺』スキルを作動させていなかった事だった。激突する刃、プレートアーマーに直撃したナイフの切っ先は利也ごとアーマーからの爆風で吹き飛ばされる。

 

「くぅっ・・・!」

 

「終わりだ、コウ」

 

 ランスの切っ先が浩太郎を笑う様にきらめく。仰向けに吹き飛ぶ彼の上方、入れ替わる様に跳躍しているのは回し蹴りの体勢に移行している恋歌だった。彼女の姿を認めた瞬間、サイトはシールドを上げて蹴りを防ぐ。

 

 シールドで片足を止められてバランスを崩した彼女は片手に持っていたHk45を照準し、闇雲に連射する。ろくに当たらない射撃だったが逃げるまでの時間を稼ぐのには好都合だった。一マガジン撃ち切った恋歌は後ろ回りに転がりながらリロード。

 

 その後を追うサイトに加奈と楓が飛び込む。シールドとランスで二人の攻撃を受け止めた彼はニヤリと笑いながらそれを弾き、彼女らが繋げた次撃をアーマーで受け止めた。瞬間、アーマーから途轍もない爆風が生じ、二人の体が藁の如く吹き飛ばされる。

 

「がはっ」

 

 加奈は車両の外壁に叩きつけられ、楓は勢いそのままに地面に引き摺り倒される。あまりの衝撃で行動できない彼女らを嘲笑いながらサイトは恋歌に向けて歩みを進める。それをさせじと秋穂が香美の射撃と同時に飛び込み、アークセイバーを振るう。

 

 生産可能な物では最高クラスの性能を持つサイトのシールドは分割されたアークセイバー二本を受け止め、その光景に秋穂は驚愕する。エネルギーコートで部分強化しているらしいシールドとの間に火花が散り、バッシュで弾いたサイトは距離を取る秋穂に興味を含んだ目を向け、その背後で銃を構える恋歌と香美にも視線を向ける。

 

 視線が逸れたと同時に秋穂は左のアークセイバーを突き出す。実力の差を埋める為の不意打ち、身の程を弁えた上での行為にサイトは内心嬉しく思いつつ、彼はランスの一突きを返した。それを秋穂はセイバーを連結しながら仰向けに倒れて回避し、更にランスを持つ腕に組み付いて奪い取る。

 

 一方の恋歌と香美は得物を奪われたサイトが地面に倒れた秋穂へ重量級のストンプを落とす前に一斉射撃を敢行。銃身が焼け付く寸前まで連射した彼女らを忌々しげに睨みつつ、彼はシールドで全弾弾く。ランスを投げ捨てた秋穂が起き上がり様にサイトへドロップキックをぶち込むべくハンドスプリングで跳躍する。

 

 その瞬間、三つの出来事が起きた。一つはサイトの振り下ろしが秋穂を打ち据えた事、もう一つはサイトの背後から利也の援護を受けた隼人が突撃してきた事、そして、彼らに向けて猛烈な弾雨が放たれた事だ。

 

「ッ?!」

 

 ライフル弾の雨あられに全員の動きが止まり、ライフル弾に反応したサイトの装甲が爆発を生み、隼人達を巻き込んで吹き飛ばす。爆発で押し退けられたケリュケイオンは中心に立つサイトを睨みながら遮蔽物を探し、通信の安全を何とか確保する。

 

「ウィドウ1よりイカロス1-1!」

 

『どうしたウィドウ1?!』

 

「何者かから銃撃を受けている! 援護できないか!?」

 

『無理だ、こちらも足止めを食らっている! 救援は要請したが到着は5分後だ!』

 

「了解した! クソッ、期待通りだ」

 

 悪態をつく隼人の横顔を窺った利也は手にしたDSR-1のグリップを握り締め、サイトの方を見る。忌々しげな表情を浮かべる彼がランスを拾い上げてこちらに来る事に気付いた利也はリロードしていたPx4を引き抜いた。

 

 その様子を見ていた隼人がPx4を下ろさせ、驚く利也を他所に彼はサイトを睨みつけながら手招きをした。隼人の隣に屈んだサイトは警戒する利也達を他所に会話を切り出した。

 

「それで、お前達はどうするんだ? 逃げる算段はついてるのか?」

 

「そんな事を言う為にこっちに来たのか?」

 

「フン、こんな状況でもそんな口を聞けるなら十分だな。どれ、今回は共闘するか」

 

 そう言ってサイトはファンシアと通信機のスイッチを入れる。ファンシアがホログラフィックで周辺の地形を映し出し、サイトはそれを見ながら通信機に指示を吹き込む。

 

「アーバレスト2-1、こちらラプターリードだ。プランB始動、敵性勢力を薙ぎ払え」

 

『アーバレスト2-1よりラプターリード、ご命令はあなた以外を薙ぎ払えばいいので?』

 

「いいや、狙うのはイエローターゲット《所属不明》だけだ。それ以外は狙うな」

 

『2-1了解。掃射開始します。巻き込まれないでくださいよ』

 

「ああ、派手にやってくれ」

 

 ニヤニヤと笑うサイトがそう言った直後、上空より飛来したヘリコプター『AH-64D アパッチ・ロングボウ』が『ハイドラ70』70mmロケットランチャーと『M230』30mmチェーンガンを連射しながらアンノウンを掃討する。

 

 瞬く間に消滅したアンノウンの反応に一息ついたサイトは隼人の方を振り返る。遠く、迎えに来たらしい『MH-6 リトルバード』が旋回して着陸態勢に入ろうとしていた。

 

「これが、最後のチャンスだ。ハヤト、P.C.K.T.に帰ってこないか?」

 

「止めておく。もうあんた等とは敵対する関係になっちまったからな」

 

「そうか、俺としてはお前の様な奴を手放すのは気が気じゃないんだが、もう、無理だったな」

 

「ああ、だから共闘ももうこれっきりだ。あんた等と俺達じゃもう価値観が違う」

 

「分かった。じゃあな、後輩」

 

 そう言って着陸したリトルバードに乗り込んだサイトを睨んだ隼人は一息ついてその場に座り込んだ。その周囲、同様に力が抜けたらしい面々がその場にへたり込んで焼け野原と化したフィールドを見回す。

 

「任務失敗だな・・・こりゃ」

 

 そう武が呟くと同時、ケリュケイオンの回収に現れたグローブスティンガー所有の『UH-60 ブラックホーク』が空中で旋回し、昇降用のロープを下ろす。それにカラピナを引っ掛けた隼人達は順々に乗り込んでアイランヘ帰還して宿を取り、彼らはログアウトしていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 その翌日、朝のニュース番組を見ていた隼人はテレビの前で固まる事になった。昨日見たアヴァロンというサイトに付いての事だった。

 

『たった今入ってきましたニュースです。『アヴァロン』と名乗るサイバーテロ集団がSNL利用のネットワークゲーム、『ブラストオフオンライン』へのサイバー攻撃を宣言しました。同集団は攻撃は準備段階にあると供述しており、

サイバー安全局では同ゲームの一時的な利用停止などを検討しています。然し、同ゲーム停止に伴う社会的影響も少なくなく、慎重な行動が求められています』

 

 動悸が止まらなかった。自分が、自分達が踏み入れた場所の危険さを今になって知った。自分は、テロ組織の行動に一枚噛んでいたのだ。だとすれば今までの事が全部、準備段階の出来事であれば――――。

 

 そこまで考えた所で電話が鳴った。武からだった。震える手で受話器を取った彼は震えを抑えながら声を出した。

 

「もしもし」

 

『・・・隼人か?』

 

「ああ、そうだ。どうした? 武、こんな朝早くから」

 

『朝のニュース、何だけどよ』

 

「・・・どうかしたのか?」

 

『あの、アヴァロンとかいう名前。誰もいないコウロスに拠点を置き始めてるグループの名前だって、思い出してさ』

 

「コウロスの・・・? 待て、武。コウロスにはもうグループが居座っていたのか?」

 

『ああ・・・だが俺はさほど脅威じゃないって判断して黙ってたんだよ。後から話せばいいって、さ。だから、その・・・』

 

「いや、いい。大丈夫だ、そんなに慌てる事じゃない。それよりも、報告ありがとうな、武」

 

『え、あ・・・ああ。どういたしまして』

 

「じゃあ、切るぞ」

 

 そう言って手早く受話器を置いた隼人はソファーに身を沈めた。まずい事になった、と呟いた彼は入れたてのコーヒーを啜ると深いため息をついてその場を離れた。

 

 

――――そして、この日から

 

――――日本は、混沌に走り出すのである。



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第三章『四面楚歌』
Blast9-1


Blast9『To say Good bye is to die a little.《さよならをいうのは、少し死ぬことだ》』

 

 何時もの様に登校していた隼人はいつも通りの風景に内心安堵していた。あのニュースがあってもなお、自分の周りは平常を保っている。その事に彼は内心安堵していた。テロとは無縁でありたいと思うのは誰だって同じだった。

 

「おはよう、隼人君」

 

 恋歌と歩く平和を噛み締めていた彼に気付いたらしい浩太郎が加奈と共に合流してくる。

 

「ああ、おはよう」

 

「珍しいね、君達がこんな時間に登校しているなんて」

 

「今日は早起きだったからな、恋歌が」

 

「それはいい事だね」

 

「・・・船を漕いでるのは起きてるとは言わない」

 

「まあまあ」

 

 そう言う浩太郎に不満そうな加奈は引きつり気味に笑っている隼人を見る。見られている事に気付いた隼人が少し引く中、加奈の視線は隼人だけを見て首を傾げていた。

 

「・・・隼人、疲れてない?」

 

「え? そ、そう見えるか?」

 

「・・・うん。そう見える。やつれてるから」

 

「色々あったからな、この所」

 

「・・・色々? それって、この前の傷害事件とか?」

 

 切り込む様に問いかけた加奈に隼人は押し黙る。この手の話を避けてきたツケが回ってきたと、そう思いながら隼人は口を開こうとする。直前、浩太郎が加奈を諌めた。彼女には話さなくていいと隼人を庇う様に、割り込んだ彼は

隼人に目配せをすると加奈の視線から逃がす様に彼女の頭を撫でた。

 

 そんな気遣いに感謝しつつ、隼人は眠気眼で寄りかかってくる恋歌を引き倒さない様に引っ張り上げて通学路を歩く。親友とはいえど他人に気を使わせる事を引け目に思っている彼は俯きがちに歩き、それを見ていた浩太郎と加奈が

気を使って黙っていた。

 

「おはよう」

 

 そんな空気を払拭したのが利也と夏輝の存在だった。のほほんとした二人の雰囲気に飲まれた三人は苦笑も含めた深い息をついて漂わせていた空気を払う。一度気分をリセットした上で彼等は合流してきた二人と話を始めた。

 

「利也、週末GSR持っていってもいいか?」

 

「ん、いいよ。あれからどう、調子は」

 

「一昨日家に帰って30分回してたが今の所は快調だな、吹け上がりもいいし挙動に変な癖もない」

 

「良かった。父さんのツテで貰った部品が合ってたみたいだね」

 

「ああ、純正品とほぼ変わらない。いい物だったよアレは」

 

 そう言って笑った隼人へ利也が笑い返し、ふと思い出した様に浩太郎の方に視線を動かす。

 

「あ、そうだ。浩太郎君、これ渡しとくね。Mk23のガスガン、メンテナンス終わらせたから」

 

「ん、ありがとう。ガスは別なんだね、当たり前だけど」

 

「それはちょっとね。そう言えば今度サバイバルゲームにいくとか武君いってたけど」

 

「この辺にあったっけ、プレイゾーン」

 

「何か新しく出来るみたいだよ? 双葉西地区の山奥に」

 

 そう言ってマップを出した利也はホロ表示で拡大すると五人並んで場所を見る。夏輝の胸が当たっているらしく感触に焦った利也の顔が途端に赤くなる。何も言わずに利也に閉じさせた隼人は

腕に縋り付いている恋歌を起こす。

 

「いい加減歩いてんだから起きろボケナス。起きないと担ぐぞ」

 

「出来るもんならやってみなさいよ~・・・」

 

「チッ、コウ手伝ってくれ」

 

 そう言って恋歌を負った隼人は浩太郎へ彼女の足元を持つ様に指示を出すと恋歌は非常に高い位置で腹這い姿勢になった。暇潰しにその下に入った加奈はぶら下がっている二つの物体を妬ましげに見上げ、ぷらぷら揺れるそれを殴った。

 

「か、加奈ちゃん何してるの?」

 

「妬ましい、この塊が」

 

「殴っちゃ駄目だよ?!」

 

 早朝から突っ込みを入れている夏輝に加奈は不満そうな表情を返す。何の気も無しに列から離れた彼女は真っ青な表情の利也に気づいた。悪戯っ気のあるタイプではない利也は恋歌の様子に呆れ返っており、溜め息をついていた。

 

 何時も通りだな、と思っていた利也は突然鳴った電話に驚き、慌てて受信した。電話の主は武で、一瞬の無言のバックから喧騒が聞こえる。

 

「もしもし?」

 

『お、繋がったか。俺だ、武だ』

 

「どうしたの?」

 

『学校で事件だぜ! 立てこもりらしいけど』

 

「皆を連れて行こうか?」

 

『え、皆そこにいるのか?』

 

「一年生以外はいるよ。恋歌ちゃんは使い物にならないだろうけど」

 

『分かった、じゃあ皆連れてきてくれ。到着次第、状況を説明する』

 

「了解」

 

 そう言って通話を切った利也は心配そうに見てくる全員に状況を説明すると、急ぎ足で学校に向かった。学校に到着した彼らはざわつく生徒が鞄を持ったまま校庭にいるのに驚きながらその中に入ると武の姿を探した。暫く歩いていると

咲耶ともう一人、顔なじみの副生徒会長、山田健太と話している武と楓の姿を見止めた。

 

 合流した利也達は軽く手を上げた彼に微笑を返し、事情を聞こうと話を切り出した。

 

「状況は?」

 

「人質は二名、立てこもり犯は五人、全員武装してる。場所は三階の2-Cだ。教室の出入り口にはバリケードとつっかえ棒、交渉しようとしている先生がそこらを封鎖してる」

 

「それで、生徒は危険回避の為に外に出されたんだ・・・。みんなの様子はどうなの?」

 

「不安ばかりだな、何せ外に出されてから何の説明もない。どうなっているかすらわからないんじゃ何とも出来ないだろうから」

 

「そうかぁ・・・。それで、咲耶さんは?」

 

 そう言って利也は立てこもられている教室の窓を見ている咲耶の方に視線を向ける。

 

「このまま好転しなさそうで不安なのよね・・・。この前の様に、ね」

 

「集会の件、ですか」

 

「事なかれで収められる様な事態じゃないのに、先生達はそうしたがってる、見たいな感じよね今は」

 

「はい。・・・だとすれば・・・」

 

「悪化する事も考えられる、と。今回は状況が状況ね、あなた達突入できる?」

 

 そう言って振り返った咲耶に利也を含めた探偵部の面々は目を丸くする。そう聞いてきたと言う事は先生達そっちのけで突入し、事態を収束させろという事だ。長引くどころか状況を悪化させかねない教師の行為を止める意味もある。

 

 そこまで汲んで隼人は了承した。そして、一年生の到着を待って探偵部の部室に向かい、突入の為の準備を始めた。

 

「よし、状況を整理する。現在、3階の2-Cにて二人の人質を取った立てこもり事件が発生している。犯人は二年生五人、全員が刃物で武装して入り口で教師と交渉中だ。だが、教師は犯人を刺激する可能性が高く、放置は危険であると生徒会長が判断し、

俺達に早期収束の為の突入を依頼した」

 

「で、今回の作戦の概要についてだけど、突入は二箇所から行うよ。一箇所目は窓、二箇所目はドアだ。まず、窓に衝撃を与えて犯人の注意を窓側に逸らす。窓の下で待機している浩太郎君へ注意が向く前に隼人君がドアを破って突入する。

その際に秋穂ちゃんと楓さんが警棒を持って突入、武君と加奈ちゃんは先生を抑えて。浩太郎君は万一に備えて待機」

 

「夏輝と香美は恋歌を頼む。何なら様子も教えてくれたら助かる。それで、利也は図書棟から改造ガスガンで窓を狙撃してくれ。まあ、距離減衰でそんなに被害はないだろうけどな」

 

「そうだね、それに今日は風が強い。風向きによるけど減衰は激しいだろうね」

 

「それぞれ、装備を確認しておいてくれ。最悪すぐにでも突入する」

 

 そう言った隼人に全員が緊迫した面持ちで頷き、準備に入る。その中で隼人は一人、震える手を握り締めていた。これがもし、『楽園』に関する事であったら、そう考えられずにはいられない。あの日から既に地獄に片足を突っ込んでいるのだ、

引き返せなくなる前にどうにかしなければ。

 

 脳裏で脅迫概念に囚われた隼人を恋歌が呼び止める。

 

「隼人、大丈夫? 顔色悪いけど」

 

「え? あ、ああ。大丈夫だ、気にしないでくれ」

 

 心配そうな恋歌に強がって見せる隼人は足早に部室を出る。震える手を隠しながら彼は現場へと向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから十分後、立てこもられているドアの前でしゃがんでいる隼人は後ろで待機している楓と秋穂をちらと見るとブルートゥース対応インカムのスイッチを入れた。

 

「こちらアヴァランチリーダー。位置についた。全員状況を知らせ」

 

『スプーキー、位置についた』

 

『ストームユニット、位置についてる』

 

「アヴァランチリーダー、状況把握。ストーム1-1の射撃に合わせる」

 

『ストーム1-1、了解』

 

 そう言って隼人は待機する。教室の外、射出圧を強化した改造ライフル、モデル『L115A3エンハンスド』を構えた利也はボルトを操作して初弾を装填。予め調整していたスコープに立てこもられている教室の窓ガラスを捉え、トリガーガードから

トリガーに指をかけ替え、ターゲットを見据える。

 

 窓に当たればいいので照準は甘め。然し、損傷を避ける為に狙うのは窓枠の金具。十字照準の中央より少し下にターゲットを置いた利也は引き金を引き、発砲した。小さくない破裂音と共に放たれたBB弾が枠を穿って大きな音を立てる。

 

 そして、その音は隼人の耳にも届いた。教室から慌てた様な声が響き、窓に気を取られているメンバーがいる事をドア越しの音響で探った彼は素早く立ち上がり、十分な距離を取ると思い切り引き戸を蹴り飛ばした。バリケードごと蹴り飛ばされたドアに

犯人が慌てる中、隼人は傍らに置いていた消火器を手前にいる男子の顔面に投げ付けた。

 

 のけぞる男子を他所に突入した秋穂と楓は人質を捕らえている男子の顔面に警棒を叩き付け、人質を確保して退避する。彼女らと入れ替わりに犯人に挑みかかった隼人は怯んでいた男子の鳩尾に掌底を入れて沈めると別の男子生徒の突きを回避してナイフを叩き落とし、

背後に回って首を締め落とす。

 

「くっそぉおお!」

 

 中心部で唖然としていたリーダー格が我に返ってナイフを突き出したのを見た隼人はナイフの腹に手刀を合わせて逸らすとそのままの動きでリーダー格の鳩尾に肘を打ち込んだ。一瞬意識が飛びそうになったリーダー格だったが何とか堪えた。そうしたとしても

トドメを刺されるのは必定であったが。

 

 顎に一撃入れられたリーダー格はあっさりと沈み込み、その場に倒れこむ。即死箇所を打たない様に襟を掴んだ隼人は残る二人に視線を向ける。彼らの内、黒板側にいた少女が手にしたハンマーを手に隼人に挑みかかり、振り下ろされたヘッド部分を隼人は横っ飛びで回避した。

だが、間髪入れず横薙ぎに追ってくるそれが彼を殴り飛ばし、ハンマーを受けた腕から軋む様な音が鳴る。

 

 歯を食いしばって耐えた隼人はハンマーの柄を握る手を掴むと乱暴に引き倒す。そして、苛立ちをぶつける様に彼女の手首へストンプを落とす。手放したのを見計らって取り上げた隼人は窓際で後ずさるもう一人が突然倒れたのを確認するとドアの方で様子を窺っている楓達に

クリアを示すサインを送って気絶した犯人を回収しながら通信を始めた。

 

「アヴァランチリーダーより全ユニット。状況終了だ、各自、撤収を開始しろ」

 

 そう言って犯人を運んだ隼人は唖然としている教員に一瞥くれるとリーダーを除いた犯人を引き渡した。そして、気絶しているリーダー格を担ぎ上げるとそのまま借りていた多目的教室に連れ込んでラペリングロープと手錠で椅子に固定した。

 

 遅れて探偵部の面々が集まる。おっかなびっくりと言った様子の全員に隼人はいたって冷静に話し始める。

 

「さて、皆。これからコイツに尋問をするぞ。武、夏輝。お前が中心となって犯行理由を聞き出せ、場合によってはコレの使用を認める」

 

 緊迫した面持ちの全員の前で隼人は懐から低電圧変更のスタンガンを取り出す。わざと機能を維持できる電圧に設定してあるそれを見せた隼人は用途を知っている全員が青ざめるのを他所に懐に戻した。本気だという事を示した彼は指名した二人を待機させて自分は壁にもたれかかった。

 

 それから十数分後、リーダー格は目を覚まし、それを椅子に座って待っていた武は不安がる男子を他所にニヤリと笑い、隼人達に彼の周囲を固めさせる。その傍で恋歌達にガードされている夏輝は生唾を下した。

 

「さて、お前がここにいる理由。分かってるよな?」

 

 机の上に手を置いた武はニヤニヤと笑いながら粘る汗をかく少年の表情を見て取る。焦っているな、と思いながら武は話を続ける。

 

「単刀直入に聞こう。何で事件を起こした?」

 

「い、言う訳ないだろ」

 

 武の問いかけに怯えながらそう言った少年は武の目配せに頷いた隼人によって頭を机に叩きつけられた。

 

「何を勘違いしてるか知らないがよ。ここにいる以上、お前にイニシアチブはないんだぜ? 拒否ろうが何しようが話してもらうぜ?」

 

 そう言って武は隼人を下がらせる。

 

「あの、犯行理由に付いて話してもらえないでしょうか? こちらもあまり痛めつけたくないので」

 

「ほら、女の子からもお願いされてるんだぜ? とっとと話せよ」

 

 そう言って夏輝と武は少年を見つめる。見つめられている彼は気まずそうに視線を逸らす。そうしていると少年の背後で待機していた隼人が見かねた様子で歩み寄り、机に手をついて話を切り出した。

 

「じゃあ、質問を変えよう。お前、『アヴァロン』という組織の関係者か?」

 

 凄む隼人に気圧された少年は戸惑う様に視線を彷徨わせる。当たりだ、そう直感した隼人は武と夏輝に目配せをすると机から体を起こし、机の周りを回りながら話し始める。

 

「その素振りからして、お前関係者だな?」

 

「ち、違う! 俺は!」

 

「じゃあ聞くがお前、やけに武器の扱いに慣れていたな。どこで習った」

 

「それは・・・」

 

「アヴァロンはSNLに攻撃を仕掛けるといった。それと合わせてうちの高校に同じ名前のグループが現れた。偶然にしては出来すぎている。そして、この高校ではSNLに登録した生徒の名簿が紛失している」

 

「それとこれとは関係ないだろう!?」

 

「じゃあ何で立てこもったんだ。要求があったんだろ?」

 

 切り替えした隼人に少年は口ごもる。

 

「俺はただ、あの子を刺した犯人を知りたかったんだ」

 

「あの子・・・? もしかして、生徒会書記か?」

 

「ああ、そうだ。俺はあの真実を知りたかった。どうしてあの子があんな目にあわなきゃいけなかったのか、俺は知りたかったんだ! ただ楽しく遊びたいだけの俺達が何でこんなことに振り回されなきゃいけないんだ!」

 

 バン、と机を叩きつけた少年の表情を見た隼人は武と夏輝に目配せすると徐にロープと手錠を外した。少年を解放した隼人は殴りかかろうとして来た少年の手を受け止め、後方にベクトルを流す。合気道の容量で投げ飛ばした隼人は

仰向けの少年を押さえつけた。

 

「余計な事に首を突っ込むな、一般人。お前らの様な奴がいるから、俺達の仕事は無くならない」

 

「仕事、だと?! じゃあお前ら探偵部なのか!?」

 

 瞠目する少年を締め上げた隼人は気絶した少年を担ぎ上げると武達に撤収を指示して教室を出て生徒指導室に連れ込むと気絶した体を床に置いてその場を後にした。時計で時刻を確認した隼人は既に三時間目が始まっている時刻である事を知り、

大人しく教室に戻る事を決めた。

 

 その道すがら、廊下で待ち伏せしていたらしい恋歌が曲がり角から顔を覗かせる。それに気づいた隼人は嬉しさでニヤケそうになる顔を抑えて彼女の方へ歩み寄った。

 

「待ってたのか」

 

「うん。だって、いつもと様子が違うんだもの。心配になって・・・」

 

「そんな事はない。俺はいつも通りだ」

 

「嘘よ! だってさっきのアンタの手・・・震えてたじゃないのよ・・・」

 

「ッ!」

 

 歩み寄る恋歌を払い除け、彼は一歩離れる。

 

「お前は心配しなくてもいい・・・。いいんだよ・・・!」

 

「嫌よ! 絶対嫌! だってアンタの事を見てないと、置いていかれるんだもん。アンタは私の知らない所に行くんだもん!」

 

「お前は・・・、お前は楓達のいる所にいるべきだ。お前は平和に過ごさなきゃダメだ。だから、俺の事はもういい」

 

 そう言って隼人は恋歌の頭を撫でながら彼女の肩を持ち、教室に連れて行く。教室に変えるまで二人の間に会話はなかった。



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Blast9-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 放課後、部室に集まらず直接ゲーム内で集まることにした隼人達は本部一階でサクヤからの依頼内容を直接聞いていた。そして、その内容に驚かされた。

 

「モウロへの単独突入?! マジで言ってんのかよ姉御!」

 

『大真面目よ、後輩君。モウロはうちと同盟を組んで一応仲間なの。それでね、侵攻されたみたいよ。例の『アヴァロン』に』

 

「それで俺達に何とかしろっていうのかよ。あんな戦いにくいフィールドで」

 

 そう言った武は傍らで呆けている秋穂と香美向けにモウロのフィールドマップを表示する。フィールド設定が寒冷地で、その境界線には大きな山脈が砦の様に横たわっている。唯一徒歩で楽できるのが検問所のみであり、

それ以外は激しい行動資源の消耗を強いられる難所だ。

 

 モウロに向かう為には防寒装備は勿論、行動資源回復の為の食料を携行する必要がある。その分拳銃の弾薬や回復アイテムが収納できない為、継戦能力が激減する。加えて吹雪の影響で視界不良、複雑な風の影響で弾丸が流れる為、狙撃も通用しない。

 

 加えて深く積もった雪が枷の様になって行動速度を奪い取り、体のバランスを崩しやすくする。それらの要素は近接職にとって致命的であり、迂闊にアクロバティックな体裁きが出来ないのである。

 

『突入地域についてだけど、あなた達にはモウロの奥地、ケロスに突入してもらうわ』

 

「今時点でケロスが取られたのかよ。モウロの弱点であるあそこが」

 

『ええ。何ともなさけない事に偽装してたみたいでね、やすやすと検問を突破されて抑えられたわ』

 

「なるほどな、今のままじゃあモウロに戦闘を継続できるだけの資源はない。となれば奪還作戦は外注しなければならない。然し、攻略組の戦力は即応性に欠けている。だから」

 

『そう、あなた達って訳。無論、報酬は弾むわ。それとは別件で必要機材があれば言って頂戴。可能な限り貸し出すわ』

 

 そう言うサクヤの頑なな表情を見て困り顔をする武は一歩前に踏み出した隼人の悪どい笑みを見てその表情を一気に青ざめさせた。彼がこんな表情をする時は決まってろくでも無い事を考えている時なのだ。

 

「サクヤ。そちらで輸送機数台とパラシュート、そして防寒装備は用意できるか」

 

『出来るわ。そっちから要求さえ出してくれれば』

 

「そうか、分かった。装備品のオーダーはこちらから出すからよろしく頼む」

 

『了解よ』

 

 通信が切れ、隼人は一息ついて武の方を見る。

 

「輸送機とパラシュート。案の定、降下で突っ込む気なんだな。でもよ、あの吹雪の中で輸送機はキツイぜ?」

 

「何を勘違いしてるんだ、武。俺は輸送機を吹雪の中に飛び込ませる気はないぞ。それよりももっと高い所を飛んでもらうんだ」

 

「・・・おい。おいおいハヤト、もしかして、俺らにHALO《ヘイロー》降下させる気か?」

 

「そのまさかだよ、高高度で輸送機を飛ばせば見つからないし、低高度でパラシュートを開けばそれだけ見つかりにくいからな。まあ、コントロールはある程度補助してくれるから降下自体は楽だろう」

 

「現実でも成功率低いのに気楽に言うよな、お前・・・。それにアキホ達はどうするんだよ、俺達はともかくこの子達はちゃんとしたパラシュート降下経験してないんだぜ?」

 

「そんなもんなくても何とかなる。今回必要なのは降下した後だ」

 

 そう言って隼人は長机の上に地図を表示させる。雪上フィールドを拡大したそれはターゲットであるケロス周辺を表しており、そこは辺り一面を雪が覆っているフィールドで追加情報として吹雪がある事を表示していた。

 

「問題は移動だ。目標地点まで推定2キロ、この間を徒歩で歩かなくてはならない」

 

「踏破までに疲弊したら終わり、って事か」

 

 そう説明した所でサクヤから再び連絡が入った。

 

「何だ」

 

『緊急の依頼。アヴァロンがモウロに侵攻、このままではアヴァロンがゼルリットの領土を奪い取ってしまうからそれを阻止してほしいの』

 

「ボーナス出せよ。それで、どうすればいい?」

 

『発着地点まで来て頂戴、輸送機を用意してあるからそこの中で武器以外の装備は渡すわ』

 

「分かった。全員、移動するぞ。グローブスティンガーからの緊急雇用が入った。ケロス奪還に先駆けてモウロ防衛に向かう。各自で武装を用意、その他装備は向こうが用意してくれるそうだ」

 

 そう言って隼人は全員に準備を促し、自身も装備を身につける。そして、一度恋歌と目が合う。気まずそうな表情で彼女から目線を逸らした隼人はファンシアをポケットに入れて外に出る。ハンヴィーのエンジンを掛けた彼は

慌てた様子で出てきたメンバーを待つとそれぞれの位置についた事を確認して車を走らせた。

 

「くそっ、車の挙動が重い!」

 

「まあ、重い車体に過積載だしな。つうか、よくフレーム折れないな・・・」

 

「やかましい。とにかく、今は動きが鈍いから狙われたらおしまいだ。皆、警戒を頼むぞ」

 

「いい加減トラック購入しろよ、金余ってんだろ?」

 

「アレは予備の積立金だ。迂闊に使う訳にはいかんだろうが」

 

 そう言った隼人はバウンドする度に感じる嫌な手ごたえを無視してハンヴィーの電装をいじる。ふら付く車の軌道を片手で修正しながら積載機材の近接スキャナーを起動させた隼人はフィールドに展開しているプレイヤーを探知するそれを

ファンシアと同期させた。

 

「今の所、敵性反応は無しか。このまま何も無ければいいんだがな」

 

「それよりも、これからどこ行くのか教えてよ」

 

「アイラン郊外の飛行場だ。恐らく輸送機が待機しているのだろう」

 

「飛行場かぁ、嫌な予感しかしないね」

 

「そう言うなよ」

 

 外を見て回る利也にそう返した隼人はそのセリフに反応したかのように右側に現れた高速接近する車両に視線を向けると、猛烈な勢いで接近する三菱・ランサーエボリューションⅨの体当たりを回避し、挙動を乱したハンヴィーの姿勢を高速のハンドル捌きで修正。

 

「くっ、タイミング良過ぎないかな!」

 

「もー! こうなったのはトッシーのせいだかんね!」

 

「え?!」

 

 驚く利也を他所に5-7を引き抜いた楓は他の全員と共に一斉射撃を敢行。ルーフにバレットのアンカーレスバイポットを立てた利也が穴だらけになった車のコクピットへ射撃する。助手席から運転席にかけてピラーごとぶち抜いた狙撃で運転手の上半身が吹き飛び、

ドライバーを失った車がスピンして路肩に突っ込む。

 

 銃口から硝煙を立ち上らせるバレットを手元に戻した利也は後方から接近する車両に気付き、天に銃口を向けながら銃を移動させ、ルーフに足を立てるとスコープに映り込むドライバーに容赦なく狙撃を浴びせる。12.7mm弾が体をぶち抜き、急激に失速した車体が後続に追突。

 

 それで足止めをした利也はそこから切り抜けてきたバイクに気付くと舌打ちしながらマガジンを落とし、装填されている一発を牽制として撃ち出す。着弾した大地が抉れ、衝撃波がバイクの車体を揺さぶる。だが、転倒させるには至らない。だろうな、と思いながら

ジャケットから引き抜いた爆裂弾を直接薬室に込めるとインカムに触れ、音声操作で炸裂形式をプログラミングする。

 

「爆裂弾、近接信管でセット。武君! 焼かれるよ! 避けて!」

 

 退避を命じつつ利也は容赦なく虎の子を放ち、音速で放たれた銃弾が近接信管でバイクを感知して爆発する。揺さぶられたバイクが転倒する。ほっと胸を撫で下ろす利也はマガジンを通常弾に変える。逃げていた武が元の位置に戻りながら苦笑する。

 

「おっそろしい威力だな。一発でこの影響力とは」

 

「取り敢えず振り切ってはみたけど、この調子じゃ追いつかれるかなぁ」

 

「時速六十キロだしな。相手の方が速度は上だから仕方ねえな」

 

 そう言ってよじ登ったルーフのグリップに掴まる武は片手でMk16を構えると後を追ってきた車両に舌打ちしながら銃口を向ける。フルオート射撃で牽制する武はリアに追突してきた車両に搭載されている機銃に目を見開き、安全帯をグリップに引っ掛けてアンダーバレルのグレネードランチャーに手をかけようとして

追突の衝撃でバランスを崩し、舌打ちしながらフロントガラスにフルオート射撃を叩き込む。

 

 ダッシュボードに無数の弾痕が開き、内包された配線をぶつ切りにする。フロントガラスをぶち抜かせた武はコックピットにグレネードを撃ち込もうとして向けられた機銃に舌打ちして機銃手に照準を変えようとするがそれよりも早く利也が射殺する。

 

「今だ!」

 

 利也の叫びと同時、コクピットにグレネードをぶち込んだ武は炎に包まれたシートに若干引き気味になりながらラペリングの要領で元の位置に戻る。振り切ったらしく追撃無しで十分後、飛行場についた隼人達は何事もないらしい飛行場にほっと胸を撫で下ろし、

それぞれ荷物を持って駐機している輸送機の貨物室を覗く。

 

「おろ、姉御」

 

「あら、遅かったわね。まあいいわ、入って頂戴」

 

「おっす。あれ、姉御も前線出んの?」

 

「ええ、前線指揮をね。今回は激しい戦闘になると思うし、総指揮官がいないと瓦解すると思ってね」

 

「んで? 装備、あるんだろ? 見せてくれよ」

 

 武の催促に頷いたサクヤは動き出した輸送機の天井を見上げながら装備一式が納められたコンテナ十基をケリュケイオンに見せる。

 

「これが今回支給する装備よ。防寒対策がなされたソフトアーマーとインナーのボディスーツ一式、偽装と防寒用のマスク。女子用と男子用があるから。あと、パラシュートね」

 

「ちゃんとうちのカラーリングになってるんだな、この装備。って事はこれそのまま配給って事になるのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

「いいのか? 安くないだろう」

 

「それ、そのまま次の任務で使ってもらうから、ね」

 

「そう言う事か」

 

 そう言って装備変更画面から支給された装備に変更した隼人は頭部用装備のスカルマスクの装着具合を確かめると視線を読ませない為のバイザー型ディスプレイを目元に装着する。グラス部分に投影されたインターフェイスがファンシアと同期する。

 

 男子はそれらを装着し、完全な偽装を施す。いっぽうの女子は口元をスカルマスクで覆い、頭に黒いニット帽を被っていた。全員、ボディスーツの上に上下装備のソフトアーマーを着込んでおり、総じてボディラインが出にくくなっていた。

 

「仕方ないけど、動き辛いな。見た目は俺好みだが」

 

「お前こういうの好きだもんな・・・。まあ、ステ値は結構いいぞ、この装備。まあ、同調しねえと識別しにくいけどよ」

 

「そうだな・・・。おい、識別タグがあるから全員装備しとけ」

 

 そう言ってバンド状の識別タグを装着した隼人はゆるい返事を返した武達を他所にパラシュートを装着する。すぐさま装着確認員がやってきてハーネスの固定を確認する。確認完了のタップに頷いた隼人はソフトアーマーを見回す。

 

 射撃武器を持っていない隼人にはマガジンポーチ無しのシンプルなソフトアーマーが渡されており、左胸には唯一の追加武器であるナイフシースが備えられておりサバイバルナイフが差されていた。そして、腰には小型のウェストポーチもあり、

スタミナ消耗の激しい雪上戦に対して万全の備えがなされていた。

 

「えーっと・・・。兄ちゃんはどれだっけ」

 

「こっちだバカ。はぁ・・・。分からなくなるからファンシアを起動させておけ秋穂。それで?」

 

「兄ちゃんさ、恋姉と何かあったの?」

 

「・・・何も、ない」

 

「みょーに歯切れ悪いねぇ。ま、何にしても仲直しときなよ~? 恋姉、長引かせると面倒なタイプだよ、あれ」

 

 そう言って秋穂はスカルマスクをモゴモゴ言わせると降下ポジションに移動する。お節介だな、と苦笑しながら移動した隼人は似た様な格好の武を見て確かに間違えるな、と思っているとパラシュート装備のサクヤが貨物ハッチ付近に移動する。

 

「じゃあ、皆準備して頂戴な。もうすぐ目的地よ」

 

 了解、と返した全員が装備を確認して整列していく中にケリュケイオンは混じっていた。彼らはそれぞれ持ちこんだ武装を装備し、降下の時を待った。

 

『降下地点到達。貨物室開放、降下開始だ!』

 

 貨物室の降下兵達はアナウンスと共にダッシュ。開放されたハッチから空中に躍り出、降下を開始した。



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Blast9-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 二度目となる降下を完了した隼人はケリュケイオンが担当する商業区画の左側にある公園に降下、木に引っ掛かったそれをサバイバルナイフで切断。パラシュートを解除して着地する。周囲を警戒していた隼人は忙しなく走る兵士を見るや

公園を埋め尽くす雪景色に飛び込み、伏した。

 

 すると雪に紛れる様にメタマテリアル・サーモカモフが作動し、隼人の周辺の光は全て屈折する。見えない事を補う為、ステルス作動モードのファンシアが隼人の視覚情報を補う。

 

「急げ、この地域にも降下してきた。援軍と合流される前に連中を撃滅しろ」

 

 通り過ぎるまでリーダー格らしい少年の声を聞いていた隼人は装備付随の簡易スキャンで周辺を探ると雪から体を起こした。白の中で目立つ、黒色の装備を身につけていた彼はスカルマスクの中を動かして自分の目で周囲を探る。

 

 そして、合流地点にセットした場所に向けて走り出す。

 

「リードより全ユニット、聞こえるか」

 

『フォワード感度良好っ』

 

『シューター感度良好だよ』

 

『リコン感度良好です』

 

『リーパー、感度良好』

 

「他のメンバーは? 反応なしか、取り敢えず、聞こえている奴だけでいいから聞いてくれ。予定通り、合流ポイントに移動する」

 

『フォワード、了解だよん』

 

『シューター、了解』

 

『リコン、了解です』

 

『リーパー了解』

 

「よし、移動」

 

 そう言って隼人は通信を切り、移動を開始する。通信可能なのは今の所、五人。安定して通信できる人数だけでも合流しなければ単独戦闘は非常に苦しい。

 

 雪を踏みしめながら走る隼人は曲がり角で気配を感じて立ち止まり、レンガ造りのアパートメントの壁に体を押し付けてカモフを作動させる。壁と同化した隼人は路地から見えた四脚歩行の戦車を見ると護衛に付いている歩兵の人数を数える。

 

(5、いや6人か。歩兵を潰そうにもなかなか難しい人数だな)

 

「ここの制圧はそんなに難くなかったな」

 

「ああ、やっぱり食料を押さえられたらここの戦力も脆弱なもんだ」

 

 護衛の兵士が小話をするのを聞きながらカモフを解除した隼人は周囲を確認して大通りを駆け抜ける。歩行音に違和感を懐いたらしい護衛の一人が振り返り、隼人が飛び込んだ路地に近付いてくる。それよりも早く隼人はカモフを作動、自身の姿を隠してじっと待つ。

 

「誰もいないな・・・。勘違いか」

 

 覗き込み、辺りを探って見張りは離れていく。安全圏まで離れた事を足音で感知した隼人はカモフを解除して走り出す。仕切りの壁に向けて跳躍し、よじ登った隼人は角に背を当てて周囲を探る。大丈夫だ、と判断して移動し始めた隼人は裏路地の集合地点に入る。

 

 足を踏み入れた瞬間、真横から銃口が向けられ咄嗟に反応した隼人は交錯させる様にバンカーを向けた。

 

「遅かったね、ハヤト君」

 

「リーヤか、驚かせるなよ」

 

「あはは、ゴメンゴメン」

 

 そう言って笑い、謝った利也はMk17を下ろす。それに合わせてバンカーを下ろした隼人は通信したメンバーが集まっている事を確認し、状況の確認に入った。

 

「今、集まれているのは俺を含めて五人か。連絡取れた奴はいるのか?」

 

「一応、全員と連絡は取れました。ただ皆さん敵と交戦中の様で、振り切れていないそうです」

 

「一番交戦するとまずいのは・・・。ナツキか。カミ、ナツキのシグナルを全員に表示してくれ」

 

 そう言って香美のファンシアと同期した全員は夏輝のシグナルを表示、こちらに来る事を目指しているのか然程距離が離れていない事を確認する。楓と香美を利也につけて先行させた隼人は残らせた加奈を屋根に上げ、自身は別ルートを通って夏輝の元を目指す。

 

 一方、楓達の後ろに付いて進撃する利也は手にしたMk17を大通りに向けてクリアリングすると後ろにいた楓達に合図を送ると雪を被ったポストに隠れる。移動地点を少し前に出た先にある路地に指定した利也は楓達が移動するまで待つとポストから出て前進、

隠れた衝撃でずれたバッグを直すと、通りの向こう側のT字路に照準を向ける。

 

 刹那、T字路にある商店の屋上からオレンジ色の光が迸り、移動していた楓達を掠める。遅れて発砲音が轟き、放たれたライフル弾が威嚇する様に二人の足元に直撃、バランスを崩した香美が転倒する。

 

「カミにゃん!」

 

 叫び、引き返した楓は起き上がろうとする香美の手を取ろうとして足に直撃弾を貰い、バランスを崩した。そのまま、転倒し地面を転がった彼女は香美を逃がすとそのまま横ロールで遮蔽物に入ろうとして二発目を貰った。

 

 商店に身を潜めた香美はP90を連射して威嚇しようとするが距離、そしてかなり複雑な風が軽量な弾丸を流してしまう。楓に手が伸びず、歯噛みする彼女は向かい側から響いてきた銃声に顔を上げた。

 

「リーヤさん!」

 

『カエデちゃんを隠せ! 早く!』

 

「はい!」

 

『後、援護要請をカナちゃんに』

 

「分かりました」

 

 Mk17を連射した利也に銃弾が放たれ、スナイパーの気が逸れる。その間に楓を引き込んだ香美はリュック型のマジックバックに手を突っ込み、救急キットに手を伸ばして救急キット内の部位修復アンプルを打ち込む。そして、通信機に手を当てて加奈を呼び出した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 距離にして約300m先、利也達に銃弾を撃ち込み続けていたスナイパーはスポッターに周囲の状況を確認すると2個目のマガジンを『ワルサー・WA2000』に装填した。マガジンを後ろに配したブルパップ方式の半自動狙撃銃であるそれは高い命中精度を誇っており、

その命中率はアサルトライフルのカスタムモデルである利也のMk17を凌駕していた。

 

 スライドを引いたスナイパーはスコープ内の利也を見て軽く舌打ちする。彼を見落としていたのはミスであり、そしてこちらの狙いを完全に読まれているとは思っていなかった。彼は敢えて楓の手足を狙撃して放置する事で利也達の侵攻自体を遅滞させようとしていた。

 

 が、その狙いを真っ先に読んだ利也がスナイパー達を牽制し、注意を向けざるを得ない様にして楓達を守ったのだ。

 

「やるな、あのプレイヤー」

 

 そう呟いたスポッターに何も返さず、スナイパーは利也への狙撃に集中した。こちらの狙いが読まれる以上、直接排除が望ましいと考えたからだ。幸い、相手は大きなマジックバッグを背負っていて機動力が落ちている。狙撃は容易だ。

 

「ターゲット、距離294m。当てられるか?」

 

「無論だ」

 

「よし、いい返事だ。奴は今ダストボックスに隠れている。出てきた瞬間が――――」

 

 そう言った瞬間だった。スポッター目掛けて弾丸が飛翔し、スポッターの体が大きく仰け反る。何、と目を見開いたスナイパーがスコープを覗き、利也の手にDSR-1がある事を見た瞬間、彼は絶命した。

 

「クリア」

 

 寝そべっていたスナイパーの死体を見下ろした加奈は大振りのコンバットナイフを血振りすると鞘に収めた。短機関銃を手に光学迷彩を展開した彼女は商店の裏路地を覗き込み、誰かいないか確認すると雪を被ったコンテナの間で縮こまるブラックローブを見つけた。

 

「リードへこちら、リーパー」

 

『どうした』

 

「ナツキを見つけた。対応を請う」

 

『了解した、取り敢えず確保しておいてくれ』

 

「了解」

 

 そう言って通信を切った加奈は何も考えずにコンテナに降りると落下の音に驚いた夏輝が悲鳴を上げる。

 

「ナツキ」

 

「ひぇええええ?! 何?! 何ですか!?」

 

「ナツキ、落ち着いて。あ、光学迷彩展開したままだった」

 

 そう言って迷彩を解除した加奈は周囲を警戒すると夏輝を立ち上がらせた。体力が既にレッドゾーンの夏輝に回復アイテムを渡した加奈は周囲を警戒していた。その間に夏輝は回復し、ホッと一息ついていた。

 

「ありがとう、カナちゃん。私もう駄目かと思ったよ」

 

「・・・どういたしまして。取り敢えず、移動。ハヤト達と合流して他の面々を追う」

 

「うん、分かった」

 

「私が先行する。ナツキは後方警戒。攻撃は・・・」

 

「ん、SP余ってるから攻撃魔法は使えるよ。逃げるのに必死だったし・・・」

 

 そう言って笑った夏輝に無言で頷いた加奈は赤面している彼女に意味が分からず首を傾げていた。訳が分からないので取り敢えず進む事にした加奈は角で立ち止まるとヴェクターを構えながら大通りに出る。

 

 人っ子一人いない通りを進んだ彼女は突き当たりにビークルモードの四足歩行戦車を見つけて夏輝を角に隠れさせると自身は光学迷彩を展開して戦車を監視する。随伴部隊と別れた戦車はそのまま直進して

加奈から見えなくなり、随伴していたプレイヤー四人が加奈達の方にやってくる。

 

 小さく舌打ちした加奈は夏輝の元に戻ると光学迷彩を解除して裏路地を進む。哨戒を避けた二人は利也達三人と合流する。

 

「良かった、無事で」

 

「うん、ゴメンね。心配かけちゃって。あれ、ハヤト君は?」

 

 どう答えた物かと悩む利也に首を傾げる夏輝はマップを開く。

 

「別行動するとかいってたけど・・・。カミちゃん、ハヤト君のシグナル追える?」

 

 そう問うた利也に香美は戸惑いながら答える。

 

「んー・・・。あ、タケシさんの所にいますね。結構離れてますけど」

 

「そうか・・・。ここから近い人は?」

 

「ここから近いのはアキちゃんとレンレンさんですね、一緒に戦ってます」

 

「コウ君が気になるけどひとまず二人との合流を目指そう」

 

「了解です」

 

 分隊長的ポジションに納まった利也の指示に頷いた香美は手持ちのP90をリロードすると楓、加奈に続いて秋穂と恋歌のシグナルに向けて小走りに進み始める。進行スピードが欲しい彼らは多少索敵能力を犠牲にしてでも

秋穂達と早めに合流したかった。

 

 角で止まり、クリアリングを行う彼女らはぽつぽつと聞こえる銃声に不安を募らせながら移動、数分進むと突き当たりに先ほどの戦車が現れる。瞬間、戦車の主砲が放たれ、咄嗟に飛び退いた彼女らは戦車からせり上がった

ランチャーに目を見開き、店舗に飛び込む。

 

 直後、店舗の入り口を対人ミサイルが滅茶苦茶に破壊し、衝撃波が彼女らを嬲る。体を起こそうとした香美は利也に庇われている事を知り、呻きながら体を転がした彼から大量のガラスの破片が落ちる。

 

「ゲホッ。カミちゃん、大丈夫・・・?」

 

「は、はい・・・。何とか」

 

「痛たた。やれやれ・・・、相手も派手な事するよね。っと・・・。どうしようか」

 

「この調子だと戦車を避けて進む事になりそうですね・・・」

 

「まぁ、そうね。あっちには僕らの攻撃は通らないし。尚更アキホちゃん達と合流する必要性が増えたなぁ」

 

 そう呟きながら店舗の裏側に移動した利也は後をついてくる女子の人数を確認するとゆっくりドアを開け、カバーポイントに移動した。敵が来ない事を祈りながら香美達が出てくるのを待っていた彼は案の定来た哨戒の喉笛に

ナイフを突き立て、近場の倉庫に隠した。

 

 加奈を通らせてサプレッサー装着のPx4を手にした利也は先の哨戒を探しに来たらしい半狐ファイターの少女を素通りさせ、敢えて夏輝とかち合わせた。慌てる夏輝に動揺したファイターは背後から射殺された。

 

「ん、大丈夫。出てきていいよ」

 

「囮に使うなんてひどい・・・」

 

「あはは、ゴメンゴメン」

 

 そう言いながら様子を窺った利也はドアから香美と楓が出てきた事を確認するとバックアップに香美を置いて先に進む。加奈と楓を香美の後ろに置いて先に進んだ利也は大通りに繋がる道で立ち止まると戦車を探す。

 

「オッケー、戦車はなし。進もう」

 

「はい。取り敢えず早いとこ合流しないとですね」

 

「うん、まあ合流するとして激戦なのは必死だから。まあ、気合入れていこう」

 

 そう言って進んだ利也は近くなった銃声にハンドサインで列を一度止め、銃声が聞こえる通りをスコープで覗く。案の定複数人を相手取る二人を確認した利也は上方を陣取るスナイパーを確認して、楓と加奈を屋根に上げた。

 

 スナイパー二人を排除させた利也は通信回線を開く。

 

「シューターよりバンガード、アサルト両名へ。カウント3より飽和攻撃を実施、0と同時に現交戦地帯より回避せよ」

 

 通信を送ってフルオートに切り替えたMk17を構えた利也は3秒のカウントから数えていき、0と同時に遠距離職の火力を生かした一斉攻撃を仕掛ける。突然攻撃に慌てたプレイヤーにフラッシュグレネードを投擲した利也は

炸裂と同時に待機させていた加奈達を突っ込ませた。

 

「行くよ、二人とも」

 

 そう言って路地から走り出した利也はリロードしながら進むとHPが減っているプレイヤー達にセミオートで射撃する。歩行しながらの射撃は命中率が芳しくないので牽制程度の効果しかないがそれでも近接職へのサポートにはなる。

 

「レンレンちゃん、アキホちゃん」

 

「リーヤ・・・。助かったわ、HPがレッドゾーン寸前だったのよ」

 

「やっぱり二人ともギリギリだったみたいだね。回復アイテム、渡しとこう」

 

「ありがと。あと、アンプルある? さっき二本使ったから補充がないのよ」

 

「ん。カミちゃん、一本渡してあげて」

 

 牽制射撃をしながら回復の時間を稼ぐ利也は救護兵ポジションになった香美に指示を出す。

 

 残弾少ないMk17を手放し、腰からPx4を引き抜いて射撃した利也は香美の隣で待機している夏輝に楓と加奈へエンチャントをかける様に言うと周囲を警戒、安全確保を確認してMk17にマガジンを装填する。

 

「それで、どうするのよ」

 

「ここを脱出してハヤト君たちと合流する。後はサクヤさん次第だね」

 

「ノープランって事? 随分とのん気ね」

 

「のん気っていったって元々ここの地域に居座る敵の殲滅が主任務なんだから。皆と合流がてら、って感じでね」

 

「取り敢えず集合するのが先って事?」

 

 首を傾げる恋歌に頷いた利也はMk17を手にして立ち上がると次第に押され始めた二人の状態を確認して道路にブラストチャージャーを設置、雪で埋めて偽装するとグリップ兼用のコントローラーを抜き取る。

 

「二人共十分だ、戻ってきて」

 

 通信にそう吹き込んだ利也はコントローラーを手に裏路地まで下がると二人を追ってきた相手を見据え、効果範囲に入った瞬間スイッチを入れた。

 

 瞬間、雪を吹き飛ばす大音量の超音波が下から上に突き抜け、超音波に揺さぶられて鼓膜を破られた数人が悶絶し、その場に膝を突く。

 

「撃て!」

 

 同時射撃で身動きの取れないプレイヤー達をキルした四人は合流してきた二人をフォーメーションの中心に入れ、回復を施す。

 

「お疲れ様。二人のおかげで何とかなったよ」

 

 そう言って苦労を労った利也は道路に座り込む二人を見ながら周囲を見回す。

 

 と、その時になって射撃戦用の補助装備として右側に用意されていたモノクルタイプディスプレイのスイッチを入れる。

 

「あ、これ、望遠とターゲッティングだけなんだ。まあ、ありがたいけど」

 

 そう言って利也はスイッチを切る。ディスプレイが収納され、元通りの視界になったそれに安堵を懐いた利也を横目に見た香美はスキャニングを使わず目視で通りを監視する。

 

 と、その時、大通りに独特の原動機の騒音とモーター音が轟き、そちらを向いた利也達の目の前に戦車が現れる。先ほどの戦車とは違ってかなり大型で聞こえる音もかなり独特なそれは繋がっている様なキャタピラが

通常型戦車と思わせる様な形を崩し、六脚型の戦車に変形した。

 

 大型のボディを持ち上げる為に足の本数を増やして荷重を分散させる設計の六脚型の戦車に歯を噛んだ利也は自信満々の秋穂が先行するのに慌てる。

 

「どんな装甲持ってようがアークセイバーさえあれば・・・!」

 

 そう言って二刀流で攻めかかろうとした瞬間だった。戦車の中央下部から大型のアームが現れその先端から超高出力のアークジェットが放出される。

 

「げぇっ!?」

 

 交差したアークセイバーと干渉したそれから迸る火花に秋穂の顔が照らされる。

 

「う、ぐぅううっ・・・」

 

 高出力に干渉する為、アークセイバーの出力調整機能がリミッターを解除して対抗しており、秋穂のHMDに映るバッテリーの限界時間が目まぐるしく減っていく。

 

 まずい、と思った秋穂は刃を逸らし、有効範囲から逃れようと下部をすり抜ける様にしてスライディング。同時にバッテリーが排出されたアークセイバーから白煙が上がり、腰のラックに装着した秋穂は

予備兵装のバトルファンを取り出す。

 

 起き上がりと同時にファンを展開、開いた片手でバッグから予備バッテリーを取り出す。右側マウントのセイバーの柄にそれを装填した秋穂は逆手で手にかける。

 

「ショートカット! 『剣の舞』!」

 

 逆手で引き抜いた右の柄からアークの刃を迸らせた秋穂は戦車に向けて走る。そして、上空に飛び上がった彼女は横回転しながら戦車を切り刻んで着地する。輪切りにされた戦車が轟音を上げて倒れたのを確認した秋穂は

息をつきながらその場に座り込む。

 

 息を切らせる秋穂に歩み寄った利也は間髪入れず放たれたライフル弾の掃射に秋穂の襟を掴んで走ると角に引き込んで路地に銃口を向ける。

 

 インファントリ三人とシールド装備のハンターナイト二人に気付いた利也はシールドの合間から放たれる機銃掃射に圧倒された利也は直後に放たれたロケット弾に目を見開き直撃を避ける。ロケット弾の爆発と同時に崩落したアパートから

壁の破片が落下、咄嗟に反応した秋穂が利也を引き込む。

 

 引き込んだ瞬間、破片が利也の足を直撃した。膝下を潰された利也がリンクした痛覚に表情を歪ませ、悲鳴を上げかけた口をきつく締め上げて彼はナイフを引き抜いた。そして、膝下を切断し、顔面蒼白の秋穂に引き上げさせる。

 

 間髪入れずに修復アンプルを打った彼は元通りになった足で立ち上がると裏路地を通って先に逃がしていた夏輝達と合流する。

 

「よし、戦車は破壊したから早めにここから離れてコウ君と合流を」

 

 そう言った瞬間だった。後ろから聞こえる喧騒に振り返った利也は接近してくるファイターの長剣をナイフで受けた。残存兵力の一部らしいファイターの体が消えた事に驚いた利也は屋根の止まり木に吊るされているファイターの死体に気付いた。

 

「一体何が・・・?」

 

 そう呟いた直後、雪から現れるスカルマスク。地面に手をついた体勢から変わったスカルマスクが手首を振ると死体が雪に落ちる。ファンシアの認識からスカルマスクの正体が浩太郎だと理解した利也は上げかけた銃口を下ろした。

 

「ワイヤードキルかい?」

 

「うん、あれだけ隙だらけだとね」

 

「君らしいね。さて、移動しよう。集団に囲まれると一溜まりもない。早めに隼人君達の所に移動しよう」

 

 そう言って利也は全員を隼人たちがいる場所に移動させた。



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Blast9-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方その頃、武と合流した隼人は周囲の敵を掃討し、利也達と合流しようと移動し始めていた。前を歩く隼人の後ろ、背面にKSGショットガンを背負う武は腰にガンブレードを下げ、手に鹵獲したAK-74を持っていた。

 

「しかし災難だったな、武。まさか、降下中にライフルを落とすとは」

 

「全くだぜ・・・。ああ、俺のMk16ちゃん・・・」

 

「諦めろ。まあ取り敢えず、合流だな。シグナルから察するに皆合流できたみたいだな」

 

「おう、そうみたいだな。しかし・・・姉御たちは大丈夫かね?」

 

「大丈夫だろう。それよりも移動を優先しなければな、まだ仕事は残ってる」

 

 そう言って歩く隼人について行く武は時折後方を確認する。誰もいない事を確認した武は曲がり角で一旦止まった隼人に頷くとクリアリングを済ませた彼に続いた。

 

 壁沿いに歩いていた隼人はふと何かに気づき、武を止まらせた。不審そうにしている彼を他所にレンガ造りのアパートに近付いた隼人はドアから聞こえてくる声に少し考えると武に手招きし、ハンドサインで指示を出す。

 

《ナックルブリーチ》

 

 指示に頷いた武がAKと残弾を確認したG18を構え、準備完了の指示を出す。頷きと共にスキルを宿らせた拳をドアに叩きつけた隼人は作動したパイルバンカーの補助でドアを破砕する。

 

 そして、AKとG18を構えた武が飛び込み、室内にいたプレイヤー達に叫ぶ。

 

「全員、武器を捨てろ! さもなくば射殺する!」

 

 武はマニュアルロックに切り替えていた両銃でプレイヤー達を牽制する。大人しく武装解除したプレイヤー達を見回した武は遅れて入ってきた隼人にその場を譲ると後方警戒に当たる。

 

「お前ら、ファンシアの所属表を見せろ。応じなければ殺害する」

 

 脅しながら所属を見た隼人は敵ではない事を確認すると彼らの平均レベルを聞き出し、そして何故ここにいるかを聞いた。

 

「なるほどな、お前らは初心者で襲撃に際して逃げてきたのか」

 

 そう言って頷いた隼人はファンシアを返すとパイルバンカーの状態を見て外に出る。周囲を見回した隼人は誰もいない事を確認すると建物に戻る。

 

「俺達はこれからガバメントセンターの方に移動する。ついて来るか?」

 

 隼人の問いかけに初心者達は頷く。それを見て頷き返した隼人は向かいの路地でシグナルを送ってきた利也の反応に気付き、通信機のスイッチを入れた。

 

「リードよりシューター。現ポイントで索敵待機、繰り返す現ポイントで索敵待機」

 

『シューター了解。現ポイントで索敵待機する』

 

「リード、命令伝達確認」

 

 そう言ってスイッチを切った隼人は室内を見回して編成を軽く確認する。

 

「よし、お前ら。移動するぞ、そう言えばお前ら、コールサインはあるか」

 

「そんな物はない」

 

「了解した。8人編成のお前らを『ペトロナス+数字』で呼ぶ事にしよう。リーダー格が1番、サブリーダーが2番だ」

 

「分かった、割り振るから待っててくれ」

 

「早めにな」

 

 そう言って隼人は武と共に入り口で周囲を警戒する。と、ここで隼人宛に通信が入り、警戒を武に任せて隼人は通信を受ける。

 

「こちらウィドウ1」

 

「私よ、後輩君。そっちの様子はどう?」

 

「粗方殲滅した。今、生き残りを保護してそちらに合流しようと思っていた所だ」

 

「そう、こちらもゼルリットと合流したわ。じゃあその子達を連れてきてちょうだいな」

 

「了解した。周囲の状況も良好みたいだから、今から向かう」

 

 そう言って通話を切った隼人は武の方を振り返ると通信バンドをケリュケイオン専用の物に切り替える。

 

「ウィドウチーム全員に通達、移動開始」

 

 そう言ってペトロナスチームの方を振り返った隼人は頷く彼らを先に通し、後ろを武と共に走る。

 

 刹那、大通り正面からの銃撃が浴びせられ、思わず足を止めたペトロナスチームを二人は利也達の方に押しやる。

 

 戸惑うペトロナスチームを裏路地に行かせると射撃を続ける利也達に撤収のハンドサインを送る。

 

「残存兵力が集結してきてるのか?!」

 

「クソ、止まるな! ゴーゴーゴー!」

 

 驚く武を他所にペトロナスチームを走らせる隼人は表通りに出るとそのまま裏路地を避けて走る。

 

 大人数移動の時はむしろ広い場所を通った方が詰まらずスムーズに動ける。

 

「うわあ、敵だ!」

 

「チィ! 路地に入れ! タケシ、カナ! 連中のカバーを頼む!」

 

 前に出た隼人は接近してきたファイターの攻撃をバンカーで受け止め、ローキックで転倒させる。

 

 その間に裏路地に逃げ込んだペトロナスチームをカバーする武と加奈は前後に分かれて路地を進む。

 

「くッ、数が多い!」

 

 追って来る利也達の苦言も他所にファイターを仕留めた隼人は真横に着弾したロケット弾の爆風で吹き飛ばされ、ショーウィンドウに突っ込んだ。

 

「がっは」

 

 吐血し、体力を確認した隼人はカバーに来たらしい恋歌と秋穂、香美に支えられて立ち上がる。

 

 回復アイテムを口にした彼は武達と交信を図ろうと通信機のスイッチに手を伸ばしかけて人影に気づき、三人を物陰に隠れさせた。

 

「どうだ?」

 

「誰もいないぞ」

 

「吹っ飛んだんじゃねえの? だって、ロケット弾だぜ?」

 

 踏み込んできた二人組が周囲を見回しながら隼人たちの隠れている場所に近づく。

 

「バカ、油断するなって。天下のアヴァロンが、クリアリングミスでキルされるって目も当てられないぞ」

 

「へーいへい。お前は慎重だなぁ」

 

「ったく、お前が大雑把なだけだ」

 

 そう言いながら一人が元々洋服店だったらしい廃墟の店内を『キャレコ・M900』サブマシンガンを構えて歩き回る。

 

 無事だったカウンターの裏でじっと息を殺していた隼人と香美は動きたくてウズウズしている恋歌と秋穂にギョッとなった。

 

 直後。

 

『こちらウィドウ2、ウィドウ1応答してくれ』

 

 つけっ放しだった秋穂の通信機から武の声が響く。

 

 目を見開いた隼人と香美が慌てる足音に振り返った直後、フルオートで放たれた9㎜弾がカウンターをぶち抜く。

 

「にゃあああ?!」

 

 慌てる香美を引っ張って離脱した隼人は敵へ猪突していく秋穂と恋歌に気づき、舌打ちして香美を次の物陰に隠す。

 

「カミ。アキホ達に援護射撃を。相手を攪乱するだけでもいい」

 

「りょ、了解です!」

 

 力強く頷いた香美にその場を任せ、通信機のスイッチを入れた隼人は物陰から銃撃戦を繰り広げる相手の様子を窺いつつ、武と通信した。

 

「ウィドウ1よりウィドウ2。こちらは突撃バカ共のせいで立て込んでる。お前らは先に行け」

 

『お、おう。分かった。ウィドウ2アウト!』

 

 通信が切断され、香美の方を見た隼人はタップ撃ちで牽制している彼女に半ば強引に接近しようとしているハンターナイトに気付いた。

 

「クソッ、させるか!」

 

 タックルで重装備のナイトを突き飛ばそうとした隼人は思いの外飛ばなかった彼に驚き、大剣の横薙ぎを屈んで回避する。

 

 そのまま懐に飛び込んでジャブを打った隼人は持ち前のタフさにものを言わせた強引な縦下ろしを回避、剣を裏拳で弾き飛ばす。

 

「ショートカット、『スタンインパルス』!」

 

 肝臓狙いのフックを衝撃をもろに伝えるスキル付きで打ち込んだ隼人は鋼鉄製の特殊メットにハンマーブロウを打ち下ろし、ハンターナイトの顔面を地面に叩き付ける。

 

「ショートカット『ストライクキック』!」

 

 そのまま更に肝臓の辺りを蹴り飛ばした隼人は激戦区となっている店舗の方に向かった。

 

「アキホ! レンレン! 退くぞ!」

 

 香美の援護射撃を受けて全滅させんばかりの勢いで戦闘している二人を呼んだ隼人は増援らしき足音に気付いた。

 

「おい!」

 

 呼び止めた瞬間、増援に捕捉された隼人はライフル弾の掃射を受け、近くの家屋に逃げ込む。一人逃げた彼に向けて間髪入れず、40㎜グレネード弾の大群が押し寄せる。

 

「なんだよこの連射性能! グレネードマシンガンか!?」

 

 言った直後、衝撃に負けたアパートの入り口が崩れ、慌てて裏口に飛び出した隼人は崩落したアパートから走って店舗の裏口に向かう。

 

「ウィドウ1よりウィドウ2可能なら応答しろ!」

 

『どうした?!』

 

「首都ガバメントセンターの奪還状況は?!」

 

『奪還は完了した! センター周辺のインフラも回復済み!』

 

「ヘリは出せるか?!」

 

 裏口で待機しながらそう告げた隼人は黙した武の返答を待つ。

 

『ああ、出せるぞ! CAS(近接攻撃支援)要請だな!? 姉御に聞いてみる!』

 

「急いでくれ、おそらく敗走した部隊がこちらに来ている。まともな戦力は確認できるだけでも俺達だけだ」

 

『分かった。連絡だ、先行してコウとカナがそっちに行った。合流できるなら合流してくれ』

 

「了解した。それまで保たせて見せる」

 

 そう言った隼人は裏口のドアを拳で破壊すると驚くインファントリの襟首を掴み上げてその場の壁に叩き付ける。

 

「く、くそ――――」

 

 悪態をついたインファントリの頭蓋目がけて蹴りを繰り出した隼人はぐしゃりと潰れた頭部から足を離す。

 

「き、貴様!」

 

 カバー役だったらしい『PP-19 ビゾン』サブマシンガンを構えたインファントリが隼人目がけてフルオート射撃を撃ち込む。

 

 弾幕に襲われるより早くカウンターを足場に跳躍、天井部分が開いた壁を乗り越えて退避した彼はハンターナイトの頭を脚部パイルで貫きつつ、恋歌達と合流。

 

「遅かったわね」

 

「誰のせいでこうなったと思ってる。とにかく、蹴散らすぞ」

 

「了解!」

 

 言い様、両腕を広げた隼人は左右から迫っていたファイター達の腹を貫く。瞬間、跳躍した恋歌がカウンターの天板を撃ち抜きながらパイルを起動。

 

 加速の勢いそのままに膝蹴りを正面にいた武者の顔面に打ち込む。のけぞる武者を他所に後方へ縦回転を入れながら跳躍した彼女は着地と同時に後方ロールを行う。

 

「ええい、ちょこまかと!」

 

 ロールの終わりと同時に足払いされたリッパーが顔面狙いの回し蹴りを防ぎつつ、長剣を恋歌に突き出す。

 

 のけぞって回避した恋歌は足元狙いのローキックをバンカーの加速で強制的に跳躍して回避。

 

 倒れる様な着地、リッパーが接近するより早く拳銃を抜いた恋歌は至近で連射し、キルする。

 

「な、何とかなったわね……」

 

 倒れたリッパーの死体を見ながら起き上がった恋歌は店舗にいた敵を全滅させた事を確認すると、スライドオープンしていたHk45に新たなマガジンを挿入してロックを解除した。

 

「それで、どうすんのよ」

 

「コウ達がこちらに来るらしい。取り敢えず、合流を図る」

 

「りょーかい」

 

 そう言ってホルスターに拳銃を収めた恋歌は隼人に続いて裏口から店舗を出る。

 

 殿に香美を置いた編成で移動する彼らはHMDモードに切り替わったファンシアに驚き、位置指定での警告が入った通りの方を振り向いた。

 

 直後、道路の舗装を剥がす弾雨が彼らの目に飛び込み、弾着に遅れて天空から銃声と低速ジェットエンジンの爆音が轟く。

 

「うわぁ、『A-10 サンダーボルトⅡ』……」

 

 BOOではあんまり使われない類の攻撃機カテゴリに入るアメリカ軍の航空機『A-10』が二機、空中旋回に入る様子を見ながらいろいろ調べているらしい香美がドン引きの声を上げる。

 

「相変わらずエグイ威力だな。跡形もないだろう」

 

「ですねぇ……」

 

 砂煙立ち込める空間に二人が呆れ、その間に浩太郎と加奈がアパートの屋上から光学迷彩を解除しつつ降下してくる。

 

「お待たせ、待った?」

 

「いいや、今合流しようとしていた所だ」

 

「なら良かった。サクヤさんから伝言があるんだ。通信出てくれなかったみたいだからね」

 

「ずっとグループ限定バンドに設定していたからな……。内容は?」

 

 一しきり周囲を警戒して、回復アイテムと携行食料で一服入れた隼人は壁に背を預け、顔だけ浩太郎に向ける。

 

 表通りに通ずる入口を視界に入れつつ、浩太郎は腕のファンシアからサクヤから受け取った指令書を隼人に送信する。

 

「僕達ケリュケイオンはこのままケロスに向かえ、ってさ。CASからの歩兵掃討が終了次第、グローブスティンガー通信バンド、コード6620で連絡してくれって。迎えを出すんだって」

 

「シグナル見る限り……全員こっち向かってるのか。到着は五分後、車両使用で車種はストライカー装甲車……。中古か、まあいい。コウ、作戦指示書を見る限りA-10はドローンだな?」

 

「うん、ファンシアで目標指示できるはず」

 

 浩太郎の言葉を聞きながら、腕に取り付けたファンシアをターゲッティングモードに切り替えた隼人は連動するインターフェイスから加害範囲を確認すると通信に切り替える。

 

「敵残存勢力はA-10ドローン経由によればおよそ50、やれない事は無いがこの後を考えればなるべくワンサイドがいいが、まあ、ガチでやるか。

大柄で目立つストライカーはドローンモードにしてA-1と一緒に囮として使う」

 

『ガチっつったって乱しに乱しまくって大型火器でトドメか、相変わらずえげつねぇな』

 

「作戦エリア侵入次第、作戦開始する。無人機のコントロールを、カミ、ナツキの両名に譲渡」

 

『作戦エリア侵入! ストライカードローンモード移行!』

 

 武の叫びと同時にストライカーが急停止する音が聞こえ、十秒の間を置いてソフトターゲット用のコンポジットウェポンが火を噴く音が響く。ミニガンとM2ブローニングが

撤退していたプレイヤーを殲滅するが、即座に反撃のロケット弾が飛んでくる。

 

 ロケット弾の直撃を受けて吹っ飛ばされたストライカーが路上を炎上しながら跳ね転がる。

 

 炎をまとった残骸は大通りに出ようとした秋穂の鼻先を掠めて過ぎ、たたらを踏みながら下がった彼女はアークセイバーを連結させて背後の恋歌と加奈にアイコンタクトを送る。

 

 頷いた二人に歯を見せて笑った秋穂は網膜に映るインターフェイスからスキル『クイックステップ』を選択し、発動して飛び出した。

 

「敵襲! ガンナーは撃ちまくれ!」

 

 飛び出しと同時に弾幕に晒された秋穂はニヤリと笑いながらアークセイバーのスイッチを入れる。

 

「行くよ、レン姉! カナ姉!」

 

 叫びながら、両刃のセイバーで直撃弾を弾いた秋穂はやれやれといった風体の二人を守りながら敵陣に向けて突貫していく。

 

 縦横無尽に振るわれる光刃が弾幕に穴をあけ、二人が斬り込む隙を作っていく。その後ろ、楓と武、隼人がそれに紛れて突撃。

 

 突っ込みの際に姿勢を低くした三人の後ろ、アパートの一室からDSR-1による狙撃体勢に移行した利也がスキャニングを起動した香美のスポッティングで優先ターゲットの頭部に狙いをつける。

 

「セイバーの熱量で風が出てます。下右巻き、上左巻きの微風、射線スポット二番が開いてます。そちらを一番に変更、一番を二番に下げます」

 

「了解。オンターゲット、レディ」

 

「オープン」

 

 スポッターの香美からの言葉を受けた利也が引き金を引き、重厚な発砲音と共に弾丸が飛んでターゲットにされていた軽機関銃を扱うプレイヤーの頭蓋が爆ぜる。

 

「命中。次ターゲット、距離600、射線クリア。シューターセット」

 

「オンターゲット、レディ」

 

「オープン」

 

 香美の言葉と共に二人目が倒され、顔を上げた利也は香美に先導されながらすぐに射点から退避する。その屋上、大乱戦になった戦場を見守る浩太郎は、頃合いと見て飛び降りる。

 

「ショートカット『暗殺』」

 

 静かに呟き、リーダー格らしい少年の頭蓋をかち割って着地した浩太郎は血振りしながらバックステップ。チェイングレネードを斬りかかろうとしたハンターナイトに巻きつけ、起爆ワイヤを引いた。

 

 焼夷グレネードを鈴生りにつけたそれは起爆と同時に鎧騎士を火だるまに変え、強固な防御力を誇るはずの彼は一瞬で焼死体となって路上に倒れ込む。

 

 その間に着地した浩太郎は後方からの斬撃を屈んで回避、足払いしつつ起き上がると同時に手の甲のバリアガントレットを起動。ショットガンの弾丸を防ぐとガントレットから仕込み武器の毒針を射出する。

 

「このォ!」

 

 気合を込めた叫びで武者に気づいた浩太郎は腰からトマホークを引き抜き、反り返しで刀を受け流す。

 

 開いた左手に逆手でダガーを引き抜いてトマホークの補助とした彼は体勢を戻し、横薙ぎに斬りかかってくる武者の一閃をロールを入れながらの跳躍で回避する。

 

「バカめ!」

 

 突進しながらスキルの光を刃に纏わせた武者は宙に身を投げた浩太郎を嘲笑い、その刃を振るう。

 

「ッ!」

 

 ギリギリの所でダガーが刃を犠牲に威力を殺し、その隙に武者の頬を蹴った浩太郎はダガーを手放した左手にクナイを引き抜いて投擲。

 

 頭部に直撃したそれが武者の命を奪い、糸の切れた人形の様に倒れた武者を他所にその場を離れた浩太郎はライフルで射撃してくるインファントリに右手から移動用の太いワイヤーを放ち、首に巻き付ける。

 

 首を締め上げながらMk23を逆手で引き抜いた彼は別方向からの射撃に気付き、ワイヤーを巻き上げてインファントリを引き倒しながら射撃が飛来した方向に向けてMk23を放つ。

 

「くっ、不味い」

 

 撃たれている浩太郎のHPがぐんぐん減っていき、Mk23の残弾が切れる。

 

「しまった!」

 

 攻撃手段を失った浩太郎は手元まで巻き戻ったワイヤーに絡まって絶命しているインファントリを盾に、後退を始める。

 

『援護するよ』

 

 その言葉と同時にライフル弾が正面のスカウトを直撃する。吹っ飛ぶそれを他所にワイヤーを切断した浩太郎は回復アイテムを服用して逃走、光学迷彩を展開して雪の残る外壁を駆け上る。

 

 一方の利也はDSRのスコープで周囲を見回し、顔を上げる。持ち上げたライフルをマジックバッグに収めた彼はバッグを背負い、スリングでMk17を下げると腰から拳銃を引き抜いた。

 

「シューター移動開始。リコン、オフィサー、今どこ?」

 

『アパートの屋上です。どうしましょうか?』

 

「僕がそっちに行くよ。二人は監視しながら待ってて」

 

『リコン、了解です』

 

 そう言って通信を切った利也は拳銃を構えつつ階段を上った。慎重にクリアリングしながら上がる彼は屋上で待機していた香美と夏輝の姿を見つけると後ろを警戒しながら屋上に上がる。

 

「あとちょっとかな。まぁここから狙撃するのも有りだけどリスクがあるかな、ここで監視しようか」

 

「了解です。それにしても、どうして敵はここを狙ってきたのでしょう……」

 

「んー、防御に固い土地だからじゃないかな。ここ、凄く攻め辛い土地だから補給経路が何とかなれば無敵の要塞だよ。ここを押さえられれば、殆どのグループは手が出せなくなる」

 

 スキルで遠距離を観察しながら利也は香美のいる方へモウロの地形図を表示する。地形図では山岳のように横たわっており、非破壊オブジェクトである事も相まって長距離砲撃を完全に無効化する構図になっている。

 

 加えて、ヘリでは突破困難な山岳の高度と自然環境の影響で侵攻には大きな不利を強いられる。無論、正攻法での話だが。

 

 と、そこまで理解して香美は次なる疑問を利也にぶつけた。

 

「でも、ゼルリットがここを押さえている事が許容されているのは何故です? 押さえるのであれば、自分の領土にするべきでは?」

 

「サクヤさんの考えは分からないからなぁ。生産土地も手放して同盟って事にしちゃったし。まぁ、理由らしいものをつけると、管理が複雑になるからじゃないかな」

 

「複雑?」

 

「そう。一組織が広い範囲を管理しようとしたらどうしても上役に現地の状況が伝わりにくい。そうなると現場レベルでは好き放題出来てしまうから敢えて分けてるんじゃないかな」

 

「なるほど……。あ、敵性勢力の消滅確認」

 

 スキャンをした香美がそう告げるのに反応して立ち上がった利也は周辺を目視で探ると、香美と共に夏輝を持ち上げて背中の翼を広げた。

 

「降りるよ。せーの」

 

 掛け声とともに飛び降りた三人は減速しながら降下し、地面に足をつけると香美を先頭に移動を始める。

 

 クリアリングしながら歩いていた三人はボロボロの店先で一服している隼人たちと合流する。

 

「の、のん気だね皆。ま、僕らも疲れたし、休憩しようかなぁ……」

 

「そうしとけ、まだ第二ラウンドがあるんだからな」

 

「あー、そうだったね。連絡は?」

 

「もうしてある。あと五分で来るそうだ」

 

「了解だよ」

 

 そう言って地面に座った利也は傍らにライフルを立てて置くと夏輝からホットココアを受け取る。

 

「はー・・・。体冷えてたんだなぁ。ココアが熱く感じる」

 

「はっはっは、アドレナリンと防寒作用でそこそこ押さえてたからそりゃ気付かないだろう」

 

「改めて見るとやっぱりここは雪国なんだなぁって感じるよ」

 

 ココアを啜る利也に頷いた武は冷たさを感じにくい全身の装備を点検していると上空に『V-22 オスプレイ』がホバリングしながら降りてくるのに気付いた。

 

「うぉっ」

 

 ゆっくりではあるが降下地点と居場所が重なる事を悟り、慌てて避けた武は自動で開いた昇降口に近付き、様子を見た。

 

「お待たせしました。ケリュケイオンの皆さん」

 

「おう、オスプレイたぁロマンある選択じゃねぇか」

 

「あいにくヘリは出払ってまして、これしかなかったんです。でも、対地攻撃能力付加型ですので援護できますよ!」

 

「ん―まあ、そりゃ嬉しいんだけどよ。俺ら、一応隠密強襲するつもりでいるからさ」

 

 そう言って苦笑する武はオスプレイに乗り込むと座席を引き出し、ガンキャリアーから『レミントン・ACR』アサルトライフルと弾薬を手に取り、アーマーに装備。

 

 そして、鹵獲していたAK-74をガンキャリアーに立てて置く。腰のマウントラッチに下げていたKSGもリロードし、予備のリムをアーマーに装着。

 

 座席に戻った彼は隣に座る利也と同様にライフルの銃口にサプレッサーを取り付けていた。そんな彼らを他所に隼人は全員いる事を確認して出発の合図を送る。

 

「さて、ブリーフィングを始めるか」

 

 閉じたドアを見て仲間の方を振り返った隼人は、そう言うとファンシアをディスプレイモードにして話し始めた。




これにてBlast9完結です! 次はいよいよ、ケロス奪還作戦です!

波乱間違いなしの次回をお楽しみに!


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Blast10-1

お待たせしました。第十話です。


Blast10『Agartha(虐げられし者の楽園)』

 

「ブリーフィングのおさらいでもするか?」

 

 そう言うのは猛吹雪の中、前を歩く隼人だ。彼はマスク内部の通信機を使って先ほどから文句ばかり垂れている女子と、それに苦笑しながら歩く男子と会話していた。

 

「おう、気晴らしになんだろ」

 

 苦笑の声色でそういう武は隼人は笑いながらおさらいを始める。

 

「じゃあ、作戦目的のおさらいだ。俺たちはこれからケロスに侵入し、町の中心部の政府施設を破壊する。破壊すれば一時的に無所属扱いとなり、その町でリスポーンは出来なくなる。

続いてビーコンを出しつつ貯蔵庫を破壊、後は後続部隊が来るまでケロス内部で暴れればいい。そう言う事だ。質問は?」

 

「だからってなんでこんな吹雪の中歩かされんのよ! しかもでかい荷物背負って!」

 

 通信機の中で喚く恋歌に隼人は耳を押さえつつ笑う。

 

「しょうがないだろ。ヘリで街に乗り込めば、少数の俺達が不利なのは火を見るより明らかだ。俺達がいつも一方的に戦えてるのは奇襲で、尚且つ司令官を優先して殺しているからであって

戦力的には蹴散らされてもおかしくないほど貧しいんだぞ」

 

「むぅ~。だったら多少マシな方法はなかったの?!」

 

「お前、輸送機から降下して突貫するのとこっちだったらどっちがマシと思うんだ?」

 

「こ、こっち……」

 

 縮こまる恋歌に苦笑した隼人はナビシステムを一旦リセット、再起動して最新情報に切り替える。

 

「まぁ、そろそろ。到着だ」

 

「距離にして700m、射点確保は出来てる。じゃ、準備しとくね」

 

「了解だ。前衛組は雪に紛れながら前進。夏輝、警戒任せる。香美、360度、警戒を厳としとけ」

 

 そう言って匍匐体勢に移行した前衛八人は塀で囲まれたケロスの街に近付いていく。侵入まで数分の所で利也から通信が入る。

 

『敵スナイパー、正面ガバメントセンター屋上に捕捉』

 

「まだ撃つな。その距離で光学迷彩はバレない」

 

『了解、待機続行』

 

 そう命じて前進した隼人は下水で埋められた川に降りると激臭を伴う水煙を上げる下水溝に近づく。

 

 メンテナンス用の入り口を確認した彼は腰から静音型ソニックブレードを取り出し、撫でる様に切断して鍵を破壊する。

 

 フリーになったドアをゆっくり開けた隼人は眉を顰めながら来る七人を下水道に通す。そして、内側から留め具をつけて彼らの後を追った。

 

「くさーい」

 

「そりゃ下水だからな。さて、ガバメントセンターに向かうか」

 

「うん。でもさ、行くのはいいけどどうやって施設をぶっ壊すの?」

 

「相当量の爆薬があれば中に入らずとも陥没破壊できるんだがそれをやると地盤にダメージがあるからな……。二次災害は避けたい。そこでだ、俺に策がある」

 

「それって?」

 

 秋穂が首を傾げるのに頷きつつ、隼人はファンシアを取り出す。そこに映し出されるのはあらかじめ入手していたらしいガバメントセンターの共通構造図だ。

 

「ガバメントセンターは通常、ビルの様な構造をしている。どうやらそれで、だ。利也に設計図を見てもらった所、ガバメントセンターは中心に太い柱を配置しているらしい。

地震対策とやらでな。で、この柱は各階層を支柱と共に支えている」

 

「あー、何となく言いたい事分かった。つまり、そのでっかい柱ぶち壊すんでしょ?」

 

「そうだ。その為には手持ちの爆弾では威力が足りない。そこで、カミ。お前の出番だ。合成爆弾の威力なら主柱の根本を一撃で破壊できる。お前が中心になるんだ」

 

 そう言って隼人は香美を指す。少し嬉しげな香美に秋穂は頬を膨らませる。そんな彼女を見た隼人はため息をつきつつ話を続けた。

 

「さて、爆弾を仕掛け終わったらここから退散。逃げ道は侵入口から数百メートル先のメンテナンスハッチ。ここから上に上がって爆破。その後は二手に分かれて行動。

俺、レンレン、タケシ、カエデは倉庫の破壊に。コウ、カナ、アキホ、カミは外壁の一部とその付近の対空砲の破壊を頼む。

それぞれ目標達成後、合流して現場を維持する。作戦は以上だ。じゃあ、行くか」

 

 隼人がそう言うと全員が返事をし、下水の中を進み始める。が、数分も経たない内に女子がダウンした。

 

「くさーい!」

 

「バカ、大声出すな」

 

「だってくさいんだもーん!」

 

 下水道の悪臭が全員に大きな負荷を与えていた。何せ常時腐った卵の匂いがするのである。溜まったものではない。

 

「だったら早く行けばいいだろうが。グズグズしてるともっと苦しめられるぞ」

 

「うぇーん。分かったよぅ」

 

 嘘泣きしながら歩き出す秋穂にため息を落とした隼人は下水を通るには少々暑苦しいマスクを少し、開けて短く呼吸した。

 

「さて、そろそろか。カミ、よろしく頼む」

 

「了解です。ショートカット『スキャニング』……敵反応6、一人は壁際。強行突入、ブリーチング開始します」

 

 そう言って香美は慎重に遠隔爆破チップ内蔵のIEDを貼り付け、壁からそっと離れる。

 

 ファンシアを操作し、爆破待機モードに切り替えた香美は爆破口から離れている隼人たちとアイコンタクトを取り、パネルをタップした。

 

「ゴーゴーゴー!」

 

 レンガ造りの壁を吹き飛ばし、突入した隼人達は五人を射殺すると目の前に見える巨大な柱に全員が圧倒されていた。

 

「デカ過ぎねぇかコレ」

 

「まあ、高層ビル支える柱だしな。さて、デカいノックしちまった以上、下に押しかけてくる事は想像に難くない。俺らから挨拶に行こう。カミはここで爆破作業。

アキホ、レンレン、お前らはその護衛だ」

 

 指示を出した隼人は残りのメンバーを連れて昇降階段の方に移動、降りてこようとする敵に先手を打ちつつ階段を駆け上がった。

 

 そんな彼らを見送った秋穂は恋歌の傍で爆破作業を始めている香美の持っている爆弾の大きさに驚愕していた。

 

「自動車のタイヤぐらいあるじゃんそれ」

 

「えへへ、対要塞用のブリーチングボムだよ。あ、アキちゃんお願いがあるんだけど」

 

「ん? 何?」

 

「底の柱にちょっとだけ穴開けてくれないかな」

 

「ほいほーい」

 

 軽めの調子で言いながらアークセイバーを低出力で起動した秋穂は鉄製の柱に数十センチの穴を開け、続いて香美が爆弾をセットする。

 

 そして、彼女は補助用のテープ爆弾を取り出し、柱を一周させる様に貼り付ける。

 

「よし、とりあえずはオッケーかな。先輩達はどうなんだろう」

 

「二人とも、今連絡するから待ってなさい」

 

 秋穂の言葉に恋歌がそう返し、彼女は通信モードのファンシアで会話する。その間に片づけていた香美は慌てた様子で出てきたプレイヤーと目が合う。

 

 サボっていたらしい彼はその手に持っていた『SAIGA-12』セミオートマチックショットガンを向け、トリガーに指をかけた彼は間に飛び出してきた秋穂に舌打ちしながら引いた。

 

 瞬間、連結モードのアークセイバーでスラッグ弾を切り払った秋穂はホルスターからHK45を引き抜いて射撃する。流石に銃声で気付いたらしい恋歌も駆けつけ、秋穂のカバーに入る。

 

「援護するわ!」

 

「おっけー!」

 

 そう短くやり取りした恋歌は突撃する秋穂に攻撃が行かない様に牽制しながら香美に片づけを急がせる。

 

 片づけを終え、大型バッグを担いだ香美からボール型のグレネードを受け取り、彼女に牽制を任せた恋歌は急いで降りてくる隼人達を誘導、追従して降りてくる敵目がけてグレネードを蹴り込んだ。

 

 ロケットランチャー並みの速度で猪突したグレネードが炸裂し、昇降階段が崩落する。それと同時に切断されたプレイヤーに背を向けた秋穂が隼人たちのいる出入口に全速力で迫る。

 

「殿は俺達が!」

 

 そう言う武に頷いた隼人は彼が率いる香美、加奈で編成された射撃支援チームに後方を任せ、全速力で出口に向かう。途中香美がテーザー地雷をばら撒いて敵を足止めし、足の遅い武も何とか出口にたどり着けた。

 

「カミ、爆破準備しろ!」

 

 そう言いながら両開きのコンテナに隠れた隼人に最後尾で追いついた香美がファンシアの画面をタップする。コンマ数秒の遅れで地面が震動。体を低くしていた隼人達は爆音に晒され、コンテナが動く。

 

 そして、爆音が収まり、恐る恐る出て行った隼人は安全である事を確認するとメンバーを呼び寄せ、自身は離れた場所で通信していた。

 

 呆気に取られる全員の後ろから出てきた香美は更地となったガバメントセンターの跡地を見回し、千切れた死体やらも一緒に見てしまっていた。

 

「うわーお。こいつぁ刺激が強すぎるな。B級スプラッタ並みだぜ」

 

「そんな軽口言ってる場合かい?」

 

「んな事言ってもよ。指示出す奴から聞かない事にはよ」

 

 そう言って武は隼人の方に移動すると連絡がついたらしい彼からのゴーサインに頷き、浩太郎達に第二作戦開始の指示を出した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 第二作戦開始を知らせるメールが届いた時、利也は出番が来たと確信し、食べていた携行食料を口に押し込んでOSV-96対物狙撃銃を雪から掻き出した。

 

 雪を固めた土台にバイポットを置いた彼はマグネティックスコープで猛吹雪の向こうを観察する。長距離用のスコープに映り込む白い影がざわついている様に見える。

 

「見張り台に敵……見えるだけで12。左側、スカウトと思わしきプレイヤーにオンターゲット。ファントムからの指示を待つ」

 

『ファントム了解、オープン』

 

「了解、ファイア」

 

 爆音と共に雪を飛ばし、対物弾を放った利也は風で着弾点がずれたのを見届けた夏輝からの報告を受けて照準位置で誤差を修正、二射目を放つ。

 

「着弾、頭部右側。次、右20度。ファイア」

 

 夏輝の号令と共に利也は引き金を引く。三連続で当てた彼は対空砲の方に近づく味方をスコープに収めて確認するとその先にいる敵に照準を動かす。

 

 見れば固定銃座が火を噴いており、その弾幕に浩太郎達は釘付けにされている状態だった。

 

 急いで射手に照準を合わせた利也はレティクルに合わせて射殺するとすぐに銃座を破壊、続けて夏輝がポイントしたハンターナイトを側面から射殺する。

 

「ッ! リーヤ君、敵に気づかれた! 敵がこっちを狙ってる!」

 

「了解、下がろう」

 

 そう言ってあらかじめ掘っていた塹壕に戻った二人は12.7mmの弾雨を凌ぎつつ、通信回線を開いた。

 

「シューターよりファントムへ! こちら現在攻撃を受けている! 射撃支援は出来ないよ!」

 

『ファントム了解! こちらで銃座を排除する! それまで待機!』

 

「分かった!」

 

 言った直後、利也の真上が爆裂し咄嗟に頭を下げていた彼に雪が覆いかぶさる。

 

「クソ、飛んでるのはロケット?! それともグレネード!?」

 

「どちらでも結果変わらない気がしますぅうう!」

 

 対物弾に交じって飛来するグレネード弾が雪の飛沫を上げる。塹壕を削られながらも耐えている二人は、それぞれの武器を構えて待機する。

 

 HPが危険域に移行した瞬間、けたたましい弾雨が止む。

 

『ガンナー排除!』

 

「了解、射撃支援再開!」

 

「ショートカット、『リカバリーワン』!」

 

 浩太郎の報告と同時に塹壕から体を出した利也は対空砲の周囲で戦闘している浩太郎達をスコープに捉えた。

 

 侵攻する彼らの様子を見ながら周囲を探した利也はロケットランチャーを構えるインファントリを見つけ、迷わず引き金を引いた。

 

「ふー、危ない。お、制圧完了したみたいだね。じゃあ、ヘリ部隊を向かわせて僕らも合流しよう」

 

 そう言ってOSV-96を雪に埋めていたバッグに収めた利也はヘリ部隊に通信を送ると夏輝を後ろに付かせてMk17バトルライフルを構え、黒煙立ち上るケロスの街に向かった。

 

 一方、貯蔵庫を破壊して回っている隼人達は狭い地形を利用しながら積極的に近接戦に持ち込んでいた。

 

 隼人達が爆弾を設置している間に狭い路地で三角飛びで跳躍した恋歌は落下と同時にラリアット気味の回し蹴りをファイターに打ち込み、亜音速に達している足とコンクリートの壁で頭部を潰す。

 

 そして、バンカーで壁を砕きつつ、跳躍。高速で到達して次の壁を炸裂も加えた勢いで蹴る。広い道路の高い位置にまで跳躍した彼女にその場にいたプレイヤーの注意が向く。それを、彼女は待っていた。

 

「ショートカット『斬捨』!」

 

 広い十字路、高速で接近した楓が放つ抜身の一閃が連続し、二人の近接職が袈裟状に体を切り裂かれる。刀を血振りした楓は残るハンターナイトを睨みつつ、一応数秒間の高周波解放機能がある刀を回した。

 

 防御を無視して攻撃できる波動解放機能だが、切札的な意味合いが強いのでうかつに使えない。加えて、二刀流では威綱の機能がある為、使用する必要はあまりない。

 

「さぁて、どっから攻めますかねぇ……」

 

 ニヤニヤと笑いながら円の軌道で歩く楓は円の中心でシールドを構えるハンターナイトを見つめる。威綱は防御無視なので実質シールド防御は意味をなさないが、シールドで隠れた腕が手の内を読みにくくしている。

 

 トン、と後ろにステップした楓はその瞬間に挑みかかってきた相手に驚きつつ、着地と同時に前へ出た。それに合わせてシールドが迫り、慌てて回避した彼女は脇に感じた鋭い痛みに表情を歪ませた。

 

「っつー、やっぱ隠してたかぁ」

 

 円形に動きながら被害箇所を押さえた楓は目つきを変えると同時、反転してハンターナイトに迫る。シールドを持ち上げた彼は裏に仕込んでいるらしいバリスティックナイフのトリガーを引いた。

 

「っのぉ!」

 

 刃の軌道をくぐりつつ、横回転で転倒しそうな体を持ち上げた楓は右の刀をシールドで往なしつつ潜って避けたハンターナイトの顔面に膝蹴りを打ち込む。

 

 打撃を受け、のけぞった彼が体勢を立て直す前に楓はスキルを発動する。両刀に宿らせた炎のエフェクト、抜刀アクティブスキル『焔討』。

 

「薙ぎ払い、焼き斬れ! 『焔討』!」

 

 武譲りのセリフを放ちつつ、焔をまとった刀を振り放った楓はあっけなく両断されたハンターナイトに笑みを向けつつ両刀を回して開放型の鞘で挟む様に納める。

 

 そして、周囲を見回しつつ腰から拳銃を引き抜いて別地点で撹乱戦闘を行っている恋歌の元へ移動を始める。クリアリングしながら移動していた彼女は隼人からの通信を受け、脇道に隠れつつ通信を受けた。

 

「ほいほい、こちらフォワードだよん。どったのはー君」

 

『コールサインで呼べ馬鹿野郎。んんっ、そっちにグローブスティンガーの攻撃ヘリが行く。攻撃誘導しながら恋歌を下がらせろ。巻き込まれたら塵しか残らんぞ』

 

「うぃー、了解了解。あ、そうだ。はーく……間違えた、チームリード。ファントム達こっち来る?」

 

『一応向かう様に指示は出した。まぁ、お前の事だ。とっとと終わらせるだろう』

 

「んひひ~信頼されちゃってるなぁ~。フォワード、アウト!」

 

 ニコニコ笑いながら通信を切った楓は遠い空から響くローターの音に気を引き締めながら恋歌を示すシグナルに向けて走り出した。

 

 その頃、移動している楓のシグナルに向けて屋根上を駆ける浩太郎達を追っていた香美は滑空しながら周囲を見回すと向かう場所から反対の門にいるプレイヤー二人に気付き、浩太郎に通信を繋げた。

 

「リコンよりファントムへ。侵攻地点より反対側にアンノウン2名。スキャニングの射程外につき、有効範囲内にアサルトとのペア移動を進言します」

 

『ファントム、了解。リードへの報告用にバンドを切り替える。アウト』

 

 そう言って通信が斬れると同時に香美は空中で旋回し、秋穂が浩太郎達と位置を入れ代わって香美と同じ方向に向かって跳躍する。

 

 有効範囲に近づいた香美は有効範囲の外で秋穂を待機させ、旋回しながらスキャニングを作動させた。そして、その結果に驚いた。

 

「えっ」

 

『へ? カミちゃんどうしたの?』

 

 思わず声に出していた香美は通信から返ってきた秋穂の声に幾分か平常心を取り戻し、旋回しながらもう一度スキャニングを駆ける。

 

「やっぱり」

 

『え? 何? 何なのさ』

 

「リコンよりウィドウユニット! 接近中のアンノウンに反応なし! スキャニングが効いてません! 何かおかしいです!」

 

 そう叫んだ香美は秋穂に隼人達の元へ撤退する様に指示すると自身も全速力で離脱する。

 

 その間際、アンノウンの方を見た香美はこちらを見ているそれの口元が微かに笑っている事に気が付き、背筋を凍らせた。

 

「何なんですか……あなた達は」

 

 体に感じた悪寒を口にして吐き出した香美は秋穂に追従する様に隼人達の元へ戻った。



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Blast10-2

 数分後、秋穂と共に隼人の元に戻った香美はアンノウンについて見たままの情報を伝えた。

 

「見る限り外套を被った男とハンターナイトの女のペアで、バッグの類は見当たらなかったので非装備か小型です」

 

「なるほど。撃ち落とさないのはパフォーマンスか、それとも射撃武器が無いからか。いずれにせよ」

 

「……ッ!」

 

「お客さんを歓迎しなきゃいけないみたいだな」

 

 そう言って香美を下がらせた隼人は臨戦態勢に移行しながら吹雪の夜空をヘリが舞うケロスで、正体不明の男と対峙した。

 

「俺たちに何用かな? その前に、IFFを作動させろ。でなければ敵性勢力として排除する」

 

「ふっ……ずいぶんと甘い対応だな、五十嵐隼人」

 

「なっ……?! 何故俺の名前を!?」

 

「調べたからさ。お前らの学校の、名簿でな」

 

「名簿、だと?! 今、名簿データはお前らの手にあるというのか?! いったい何のつもりで盗み出した!?」

 

 驚く隼人に男は薄く笑う。そして、彼は、隼人に向けて拳を突き出すと立てた親指を逆さにした。

 

「お前を殺すためさ、五十嵐隼人」

 

 男がそう告げた瞬間、秋穂と恋歌が飛び出す。野生の勘で危険だと判断したらしい二人は無防備な男に迫り、それぞれの攻撃を放つ。

 

「させません」

 

 その間に割り込んだ女が剣を抜いたシールドを掲げ、空中からの一撃を防ぎ切る。

 

 斬り返しが来る前に離脱した二人は壁の様に立ちふさがるハンターナイトを睨むと得物を構え直した。

 

「さて、どうする? “また”殺すのか? 隼人」

 

 男が放ったまた、という一言にケリュケイオンの全員が戸惑う中、隼人一人が鬼の形相で男に殴りかかった。

 

「ショートカット! 『奥義:ドレットノートブロウ』!」

 

 ハンターナイトのシールドにぶち当たった拳が、バンカーの勢いも加味して重量級のハンターナイトを数百メートル吹き飛ばす。

 

「ぐぅううっ!」

 

「邪魔だ! どけろ!」

 

 家屋に激突したハンターナイトにそう叫んだ彼は男目がけ、体を倒して踵落とし気味に左足で蹴りかかる。

 

「ショートカット『レッグストライク』!」

 

「無駄だ!」

 

 瞬間、隼人と男の間にバリアーが現れ、渾身の一撃はそれに受け止められてしまう。

 

 それで生じた隙、空中で背中を晒す彼に向けて拳銃を向けた男はそれを遮る様に放たれた無属性魔法とそれに隠れる様にして接近してきた一刀持ちの楓の一閃をバリアーで止める。

 

 だが、彼女らの狙いは別にあった。

 

『カエデちゃん!』

 

「うっしゃあ! ショートカット! 『盾崩』! いっけえええ!」

 

 至近距離、弾かれたムラサメマルを手放した楓が腰に差していた威綱を抜き放ってバリアーを破壊する。

 

 切り払う直前にバックステップしていた男は踏み込んできた隼人にニヤリと笑いながら宙に槍を生み出す。

 

「何?! クソッ!」

 

 横移動からのロールでベクトルを殺した隼人は槍を投げつけてきた男を睨みながらその場を飛び退く。

 

 続けざま、長剣が現れ、ブーメランの様に回転をつけて投げつけられたそれを隼人は両手両足で弾き飛ばし、スキルを用いて距離を詰める。

 

「直線的だな、愚図が!」

 

 その手にショットガンを召還した男がそう叫び、隼人は苦虫を噛み潰した様な表情を一瞬浮かべる。

 

 が、発砲の直前にバンカー付きのサイドステップで散弾を回避して男の側面に回る。

 

「終わりだ、偽善野郎」

 

 側面に置かれていた対物ライフル。その銃口が隼人の頭部を捉えていた。瞬間、銃身にライフル弾が直撃し、照準がズレて隼人は難を逃れる。

 

「チィッ、忌々しい!」

 

 舌打ちをかました男の手にM203四連装ロケットランチャーと長剣が現れ、隼人の拳を剣で止めつつ利也がいるであろう地点をロケット砲で薙ぎ払った。

 

「リーヤ! くッ、貴ッ様ァああああ!」

 

 被害報告が聞けないほどに激高した隼人は長剣を砕き、動揺した素振りを見せる男に迫る。左拳を振り上げ、叩き付けようとした刹那。

 

 隼人は右側からの殺気に気づき、強烈な打撃を受けて吹き飛ばされた。地面を転がり、廃墟の壁を突き破った彼はHP危険域を知らせるアラートを指向性の音声で聞きながら呻く。

 

 大ダメージによる部位損傷とスタン判定が入っている隼人は身動きが取れず、尚且つ部位損傷に脳震盪が含まれていたが為に意識混濁となっていた。

 

「双葉高校の上級プレイヤーも、冷静さを失わせればこの程度か」

 

 そう言って笑った男の隣、巨大なハンマーで地面を突いた少女が気味の悪い薄ら笑いを浮かべていた。へらへらと笑う彼女を流し見つつ、男は手にMG36を具現化させ隼人に銃口を突きつける。

 

「今度こそ終わりだ、五十嵐隼人。挽き肉になって消えろ」

 

 そう言って笑った男が引き金を引こうとしたその時、MG36が熱を引いたオレンジの線を縁取りに一瞬でバラバラになり、遅れてドラムマガジンいっぱいの弾丸に誘爆した。

 

「何……?」

 

 片手を失い、驚く男の視線の先、二振りのアークセイバーを下ろした秋穂が深く息を吐きながら振り返っていた。

 

「アンタが誰だか、私は知らないけどさ」

 

 そう言いながら秋穂はいつもとは違う刃の様に研ぎ澄まされた声色を男に向け、右のアークセイバーを彼に突きつける。

 

「私は、兄ちゃんをよく知ってる。どんな人かもね。その兄ちゃんがアンタに敵意を向けるって事は、アンタは飛び切り危ない奴って事。だから、兄ちゃんがダメなら私が、アンタを排除する!」

 

 二振りのアークセイバーを手に秋穂は飛び出す。

 

「ショートカット!」

 

「させません」

 

 斬りかかろうとした秋穂の目の前にハンターナイトが現れる。それを避けようと横に逃げた直後、先ほどのハンマーを手にした少女が狂気的な笑みを放ちながら得物を振り下ろす。

 

「んなもん切り裂いて……」

 

 火花を散らしながらハンマーの柄が横薙ぎに振るったアークセイバーをすり抜け、慌てて避けた秋穂は砕かれた地面に冷や汗を掻きながらセイバーを構え直す。

 

「そう簡単には行かないってかぁ……。流石にキツイねぇ」

 

 軽く言いながらも頬を引きつらせた秋穂はアークセイバーを連結させ、軽く一回転させた。

 

「フヒ、フヒヒヒ……。それで、触っちゃダメ……」

 

「そう言う事です。彼には、触れさせませんよ」

 

 引き攣り笑いと仏頂面。対極の表情を浮かべる二人の女を前に、秋穂はがむしゃらに突撃した。

 

「何度来ようと、あなた一人では無駄です」

 

「じゃあ、私ならどうなのよ!」

 

「ッ?!」

 

 上方から恋歌が蹴りを構えて飛びかかり、強烈な衝撃がハンターナイトのシールドを穿って彼女の体を数メートル吹き飛ばす。

 

 そのまま恋歌はノックバックを利用して跳躍し、右手に拳銃を引き抜いて着地する。

 

「固いわね……。フルパワー数発でシールドブレイクってとこかしら」

 

 そう言って引き攣り笑いを浮かべた恋歌は戸惑う秋穂を背後に流し見ると正面、シールドのみを構えたハンターナイトに視線を戻す。

 

「見立ては誤りではありません。しかし、こちらのシールドには高レベルのリジェネレイトが付与されています。生半可な攻撃では、打ち砕く事も、貫く事もできません」

 

「ふぅん、あっそう」

 

 突然聞こえてきた声に片眉を上げたハンターナイトは恋歌の隣に並ぶ楓に気づき、携帯食料を頬張る彼女がニヤニヤと笑いながら腰の一刀に手を置いているのを見た。

 

「要するに、それって最強の盾なんだ」

 

「そう言う事です。あなたの持つ刀では切断できぬほどに、この盾は強靭です。試してみますか?」

 

「オッケーオッケー。じゃ、あなたの担当は私。レンちゃん、アキちゃん。お先にどうぞ」

 

 そう言って楓は浪人の様な風情を醸しつつ、自身を盾に二人を通す。そして、携帯食料の包みを宙に放って刀の柄に手を添えた。

 

「お見逃しありがと。あなた以外と武人なのね」

 

「あなたが自らを盾にしただけでしょう」

 

「それごとぶち抜くのが悪人って奴でしょ?」

 

 そう言って笑った楓は表情を僅かに歪ませたハンターナイトを睨みつつ、柄を握る。

 

「分を弁えない無法者は、あの子と、下っ端だけで十分です」

 

 そう言いながらハンターナイトは背中にマウントした鞘から長方形型のロングソードを引き抜き、構えた。

 

「準備良いみたいだねぇ……。それじゃ、いざ尋常に、参る!」

 

 言い様、飛び出した楓が左の親指で刀鍔を持ち上げ、居合の動きに移行する。その瞬間、盾を構えたハンターナイトは視界を塞ぐギリギリまでシールドを持ち上げていた。

 

 だが、結果的には、それが致命傷となったのだが。

 

「ショートカット『奥義:斬閃必衰』!」

 

 ダメージの大きな奥義技、だが、それでもシールドを突破するには高い攻撃力だけでは足りない。貫通力に欠ける単なる斬撃ではこのシールドは突破できない、筈だった。

 

「ムラサメ! 波動解放!」

 

 叫び、トリガーを引いた楓を見たハンターナイトは低音の波から高周波に代わっていく共振音に敗北を悟った。

 

 三十秒間だけ、刀の貫通力ステータスを無制限に引き上げる波動解放機能、その存在を忘れていたが為に楓の自信の源をハンターナイトは特定する事は出来なかった。

 

「喰らえェえええっ!」

 

 刀がシールドに触れ、横一線に両断されたそれを囮にハンターナイトは短距離のバックステップで距離を取る。

 

 当たらなかったから助かったとはいえ、直撃すれば二回死んでおつりがくるほどのダメージが自身を襲っていたに違いない。

 

 そう思いながら剣を構えた彼女は刀から高周波の音が収まったのを確認して斬りかかる。

 

「甘い!」

 

 合気の動きで回避した楓は刀を回しながらハンターナイトを笑う。余裕の彼女だったがどてっぱらに恋歌が激突したことで予定が狂った。

 

「いってて……。大丈夫? レンちゃん」

 

「げほっ、ごほっ……」

 

 覗き込む様に見た楓はヒューヒューと苦しげに息を漏らす恋歌を見てシミュレートされたダメージの程が不味いと悟り、彼女を抱えて立ち上がった。

 

 と同時、楓の首筋に刃が突きつけられる。

 

「私を忘れた訳ではありませんよね」

 

「あっちゃー。こりゃ不味いねぇ、私も恋ちゃんも動けず他の皆は遠いしねぇ」

 

「これで終わりです」

 

「それは早計じゃないかなぁ。まだ、こっちには切り札があるのさ」

 

「あの子の事ですか? しかし、我々と彼女ではレベル差がありすぎます。有効打を与える事には―――」

 

「充分なんだよねぇ。ま、見てなよ」

 

 そう言って楓はハンマー使いと相対する秋穂を顎で指す。

 

「ブラスト・オフッ!」

 

 叫んだ秋穂の全身から漆黒の粒子が放出され、黒く染まった体を彼女は疾駆させた。音速の体術で残像が生まれ、秋穂の姿がブレて映り始める。

 

 そして、ハンターナイトは目前に現れた秋穂に驚きながら剣を振るうが、直前で回避した秋穂に腕ごと切断される。

 

 そしてそのまま、ハンターナイトの体を蹴り飛ばした秋穂はその反動でハンマーを回避しつつ、空振りした女の顔面を蹴り飛ばす。

 

「一気に本丸を切り裂く!」

 

 言った先、右手にM249軽機関銃、左手に耐熱シールドを呼び出した男が秋穂に笑みを見せる。

 

「やってみな、弱者!」

 

「言ってろォ!」

 

 アークセイバーを連結させ、秋穂は猪突する。そして、視界のウィンドウからスキルを確認、ここで決める以上、大技で行く。

 

 今まで実戦の場で使う事のなかった技、その名は。

 

「『奥義:ブレイドダンス・エグゼキューション』!」

 

 合計120連撃、光速で繰り出される剣戟。秋穂の周囲を球体に走る剣戟がシールドと激突。接触した瞬間、側面のフィンから排熱するシールドの表面が徐々に融解していく。

 

 その間、体のベクトルをコントロールして連続攻撃を打ち込む秋穂は背後からの射撃もそれで防ぎ、まるで舞い踊る様な斬撃を繰り返す。

 

「これで、どうだぁあああッ!」

 

 シールドを破壊した秋穂は残る60連撃で切り刻もうとして目の前に走ったエラー表示に目を見開いた。

 

(ブラストオフモードの強制解除?! まだ猶予は二分もあるのに?!)

 

 体を硬直させた秋穂は膝を突いて天を見上げる。疑似的な夜空に大きな弧とその向こうに小指の先ほどの星がいくつか輝いていた。

 

(あ、綺麗だ)

 

 そんな事を思いながらその場に倒れた秋穂はM249の銃口を見つけるとニヤリと笑う男の口元に敗北を悟った。

 

(やだ、こんな形で……負けたく……)

 

 トリガーが引かれるその瞬間だった。宙を走った熱溶断ナイフがM249の機関部を穿ち、弾薬に誘爆する。爆発を受けた秋穂は行動制限の解除を受けて呻きながら立ち上がる。

 

「な、何……?」

 

 立ち上がった秋穂の目の前に、彼女を守る様に立ちはだかった動きやすさを重視したロングスカートタイプの巫女装束をまとった女性。

 

「さ、サクヤさん!?」

 

 秋穂の叫びに横顔を向けた彼女は優しい微笑を浮かべ、そのまま右腕を広げた。

 

「折角、新人後輩ちゃんが頑張ったんだもの。お姉さんも、頑張らなきゃね」

 

 言いながら手にしたバトルファンを広げたサクヤは高周波ブレードであるそれのスイッチを入れて男と相対する。

 

「グローブスティンガーのリーダーが直々に出張るとはな。僥倖と言うべきか、運が悪いというべきか」

 

「さあ、どうかしら。その二択の答えは、あなたの腕次第ではあるけど自信をもって言うならそうねぇ。ご愁傷様、かしら」

 

「は、相変わらず食えない女だな。アンタは」

 

 そう笑いながら男は爆発で失ったはずの右手を修復し、その手にダネル・MGLを現して発砲する。それに反応して後退したサクヤはエアバーストの勢いをそのまま受けて吹き飛ぶ。

 

 そのまま地面を引きずり倒された彼女に男はクツクツと嫌味な笑みを浮かべ、ダネルを上に上げる。

 

「くっ、はははっ! 何だよ、グループリーダーのくせに地面に引きずり倒されてんのか?」

 

「変な小細工を使う奴に、言われたくはないわねぇ……」

 

「小細工だぁ? はん、これは俺の力だ。俺だけの、俺にしかない最高の力だ!」

 

 そう言いながら男は大仰に笑う。その様子を見たサクヤは男の正体に思い至り、口元をゆがめた。

 

「その考え方、思い出したわ。あなた、ウチのエースの一人だった子よねぇ」

 

「ようやく思い出したか」

 

「ええ、はっきりと。あなたのせいで、ウチは大変だったんだから。あなたの卑怯な行いのせいでねぇ。さて、正体も思い出せた事だし本気でお礼参りをさせてもらうわよ?」

 

 そう言って両手にバトルファンを展開したサクヤは舞う様な動きを入れながら構える。直後、彼女の姿が消えた。

 

「何っ?!」

 

 目を見開いた男は右側面からの蹴りで吹き飛ばされ、地面を転がるもロールに変えて立ち上がった。

 

「クソがァ!」

 

 移動先と予想した左へダネルを向けた男は正面から迫るサクヤに驚愕し、ダネルを投げ捨てその場を離脱する。

 

「いただくわよっ!」

 

 右のバトルファンを投棄し、ダネルを手に取ったサクヤはエアバースト弾を撃ち尽くし、ダネルを投げ返す。エアバーストの爆風でダメージを受けた男は長剣二本を手に出してブーメランの様に投げる。

 

 爆煙から現れたそれを回避したサクヤは腰のシースからククリナイフを引き抜いて斬りかかろうとする。

 

 が、それよりも早く、アークセイバーを出していた男は切り結ぶ動きでククリを切断、斬り返しを耐熱コーテイングが施されていたバトルファンで防がれる。

 

「なッ、防いだ?!」

 

「新人ちゃん、覚えておきなさい。バトルファンは防御武装。柔よく剛を制す為の」

 

 言いながらサクヤは体重が乗った斬撃を扇で往なしながら背中を蹴り、男のバランスを崩した。

 

「ぐぅっ……!」

 

「その為の武装だと言う事を」

 

 男を地面に倒しながらサクヤはそう告げ、その風格に秋穂は圧倒された。

 

 本気を出した兄や恋歌とは違う、武人の風格。覇気とも言うべきかそれは経験者ではない秋穂ですら感じ取れるほどに研鑽された言葉として言い表せないものだった。

 

「相変わらず、力に頼った攻撃ねカイト。繊細さや技量の欠片もないわ」

 

 そう言いながら腰後ろのラッチからアークセイバーを引き抜いたサクヤはフードを蹴り上げた男の手首を足で押さえ、とどめを刺そうと逆手で刃を向ける。

 

「それじゃあ、さよなら」

 

「させません!」

 

 男の胸部にアークの刃が突き刺さろうとした瞬間、サクヤの周囲を白い煙が立ち込め、慌てた彼女の足を払ったカイトが外套を翻して逃げ出す。

 

「ッ、スモークグレネード?!」

 

「この勝負、預けておいてやる! 撤退だ!」

 

「……あらあら、逃げ足だけは速いわねぇ。逃がしちゃった、さてと」

 

 アークセイバーを腰に戻したサクヤは逃げて行ったカイト達を見逃した事を悪びれもせず、秋穂の方に歩み寄る。

 

「よく頑張ったわね、新人ちゃん。これで防衛ミッションは成功よ」

 

「でも、私……。あいつに、負けたんだよ」

 

「ええ、そうね。じゃあ、どうするの?」

 

 そう言ってサクヤは微笑み、それを受けて秋穂は意味も分からずきょとんとする。

 

「どうするって……何を?」

 

「あなた自身を、どうするのって話。そのまま負け続けるあなたで良いの? これから先、あなたよりも強い奴はわんさか出てくるわよ?」

 

「じゃ、じゃあ……強くなりたい、です!」

 

 そう言って両手に握った拳を胸元に寄せた秋穂に笑ったサクヤは彼女の頭を撫で繰り回す。

 

「はい、よくできました。あらあら、遅かったわね。後輩君とケリュケイオンの皆」

 

「サクヤ、アンタ前線に出てたのかよ」

 

「うふふ。そうよ、あなたの因縁の相手と一勝負。あなたはグロッキーみたいだったけどね」

 

「余計な事を言うな。それで、あいつは? 倒したのか?」

 

「いいえ、逃がしちゃったわ」

 

 そう言ってサクヤはむっとした表情の隼人に視線を向けつつ、秋穂を立たせる。

 

「後輩君。もしかしてあなた、カイト君を倒そうとしてるの?」

 

「……無論だ。あいつとの過去は、清算せねばならないからな」

 

「私見だけど、今のあなたじゃ無理よ。技量はともかく耐久力の観点から見て速攻で殺されるわ」

 

「やって見なきゃ……」

 

「やらずとも分かるわよ。だって彼、武装の使用制限と無数使用のチートを使ってたんだもの。射撃武器で蜂の巣がせいぜいよ」

 

 そう言ってサクヤはヘリコプター誘導用のビーコンを投擲し、ムキになりかけている隼人の目前に人差し指を突き出す。

 

「だからあなた達は、戦力の増強を図りなさい。特に、後輩ちゃんの育成を重要視する事」

 

「それについては同意する。そろそろ、装備を買い替える時と思ってな」

 

「そう。じゃ、二人はしばらく私の直轄ね。私が直々に教育してあげる」

 

 そう言ってサクヤは呆然としている隼人を他所に一年二人へウィンクを飛ばす。

 

「俺が同意した意味ないな」

 

「あら、そうでもないわよ? あなた達がこの子達をどうしたいのか教えてくれないと、私も教育のしようが無いし。だから、明日までに教育プランを送って頂戴な。試験週間だけど」

 

「そう言えばそうだった。ついでに勉強も教えてやってくれ、秋穂はスイッチの切り替えがへたくそだからな。成績が悪い」

 

「はいはい、了解よ。赤点取らせちゃったら文化委員会がうるさいものねぇ」

 

「ならプランは……今渡そう。ちょっと前から組んでいた物だ。修正案は……待て、ちょっと相談する」

 

 そう言ってスクラムを組んだ二年生をサクヤと秋穂達が遠目に見る。

 

「よし、修正案はこっちだ。データを送ろう」

 

「SNLの方に送信お願いね。向こうでもプランを練りたいから」

 

「分かってる。じゃあ、これでよろしく頼む」

 

 マヌケた着信音を鳴らしてSNL端末代行のファンシアが受信を知らせる。

 

 それを確認してレッグホルスターに収めたサクヤは満面の笑みを浮かべながら一年生二人を抱えてヘリコプターに乗り込んだ。

 

「さて、俺達も試験勉強と個別の強化プランがあるぞ。三週間で仕上げて物にする。クラスアップも含めてな」

 

「ようやく元のケリュケイオンってとこかなこりゃ。さて、明日からがんばるぞ!」

 

『おー!』

 

 一年生抜きのケリュケイオン全員が全員マスク姿のまま元気に声を上げる。なお、その光景を見て到着した引継ぎ部隊が発砲する事態になったのは余談である。




まさかの特訓フラグ。そしてお話の時間軸が試験週間突入につきここからしばらくは日常回です。

特訓後の彼らの強さは一体どうなるのでしょうかお楽しみに!


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Blast10-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日、夜更かしでダウンしていた二人を抱えて走ってきた隼人は学校で突っ伏し、苦しげな息を上げていた。

 

「朝から大変だね、隼人君」

 

「クソ、何だって毎日こんな目に合わなきゃならないんだ」

 

「あはは……」

 

 乾いた笑みを浮かべる利也の声を聴いても隼人は伏せたまま、ポツリと呟いた。

 

「なあ、利也」

 

「何だい?」

 

「昨日の件、すまなかった。俺が未熟なばかりに」

 

「いや、いいさ。たまには死にかけるのも悪くないよ」

 

「それで、だな……」

 

 そう言って隼人に笑いかける利也はイントネーションからすごく言い辛そうな彼に気づき、首を傾げた。

 

「何?」

 

「今週から試験期間で授業が少ないだろう? 修行も兼ねて爺さんのとこに世話になろうかと思って」

 

「あー、それってつまり」

 

「そうだ、二週間のお泊り勉強鍛錬会だ」

 

「いろいろ詰め過ぎじゃないかなその名前」

 

 そう言って苦笑した利也に隼人は伏せたままその声を聴く。

 

「まあ、良いんじゃないかな」

 

「そう言う事だから伝達頼む」

 

「分かった」

 

 そう言って利也は隼人の席を離れ、眠る恋歌を囲んで談笑する武達のいる方へ移動する。

 

「おーい、みんな。今日の午後さ、隼人君のおじいさんの家に泊まりに行こうって隼人君が」

 

「おー、イイねぇ泊まりで合宿かぁ……。何日泊まるんだ?」

 

「二週間近くだと思う」

 

 さらっと言った利也に武は少し表情を歪ませる。

 

「二週間かよ、って秋穂達は大丈夫なのかよ」

 

「あー、そうだったね。まあ、とりあえず大丈夫な人どれくらいいる?」

 

「寝てるロリを除けば、皆オッケーみたいだな。じゃ、今日の午後から集合だな」

 

 そう言って武は手を叩く、それと同時にチャイムが鳴って蜘蛛の子を散らす様に利也達が席に戻る。

 

 放課後になった午後、隼人達とは別行動で裏門に呼ばれていた秋穂達は帰宅する生徒達を流し見ながら裏門の柱に寄りかかっていた。

 

「咲耶先輩からここにいる様にってメールもらって早30分、先輩遅いなぁ」

 

「仕方ないよ、だって生徒会長さんだもの」

 

「にしたって遅いよー! どーいう事なのさー!」

 

 そう言ってじたばたする秋穂に香美は苦笑して周囲を見回す。もうこの辺りには生徒の姿もなく、秋穂と自分の二人だけだと分かった香美は遠くから聞こえるエンジン音に気づいた。

 

「え、あれってリムジン?」

 

 香美が呟くと同時、彼女らのいる場所に直付けされた後部ドアの窓が開き、咲耶がのん気そうに手を振った。

 

「はぁーい、お待たせ―」

 

「へ? 咲耶先輩これなんですか?」

 

「実家の車よ?」

 

 さも当然といったスタンスの咲耶に一瞬きょとんとした秋穂と香美はお互いに顔を見合わせると顔を戻した。

 

『実家ァ?!』

 

 ハモって叫んだ二人に笑う咲耶はドライバーにドアを開けてもらう。

 

「そうよ、実家の車。さ、乗ってちょうだいな」

 

 そう言って咲耶は二人をリムジンに乗せ、出発させた。

 

「うわぁ、私リムジンって初めて」

 

「私も」

 

 社内を見回す二人に微笑んだ咲耶は備え付けのモニターをつける。

 

「さて、二人共。これから二人には私の家に食客として二週間住み込んでもらいます。でも、それはあくまでも育成の為。うちには道場もあるから、そこでみっちり扱かせてもらうわ」

 

「うっげぇー。それに加えて勉強でしょー? 遊ぶ暇ないじゃーん、ダンススクールにも行けないし」

 

「そっちの方は後輩君が手配したそうよ。テスト勉強の為に休ませますって」

 

「鬼兄ちゃんめぇ……」

 

「じゃあ、これから小一時間。二週間の予定を説明していくわよ?」

 

 そう言ってモニターの表示を切り替えた咲耶に促されて二人はモニターを見つめた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 同時刻、隼人達は五十嵐祖父宅に全員集結して勉強していた。

 

「ええー修行しないのー?」

 

「勉強も修行だ。おい恋歌寝るな!」

 

 駄々をこねる楓に怒る隼人は古臭い毛布に顔を擦り付けながら眠る恋歌を揺さぶり、匂いに反応してダラダラと垂れている涎にドン引きしながら毛布を抱える彼女を抱え起こす。

 

 クンクンと匂いを嗅ぐ音が聞こえる恋歌に半目を向けながら揺さぶる隼人にニヤニヤ笑っていた楓は武に頭を叩かれ、ノートに向き直された。

 

「うへへ、隼人の匂い。クンカクンカ」

 

「ギャアアア!?」

 

 胸筋に涎を垂らしながら匂いを嗅ぐ恋歌に抱き付かれ、逃げられない隼人はドン引きしながら左太ももを挟むむっちりとした足の感触に更に焦っていた。

 

「盛り上がってるね、隼人君」

 

「……恋歌は、意識朦朧の時はフェチに従順だから」

 

「羨ましいのかい? 加奈ちゃん」

 

「……私は、別に。それに、私にはこれと言ったフェチが無いから」

 

「僕は、困った加奈ちゃんの顔が特に好きだなぁ」

 

 そう言って笑う浩太郎に困惑した加奈はそわそわと視線を彷徨わせ、目の前のノートに目を落とす。浩太郎は追う様にニコニコとした笑顔を向け、加奈の頭を撫で回す。

 

 そんな彼らを見ていた利也と夏輝は揃ってため息を落とし、提出用の課題と並行して新編成に移行する為の説明資料を作成していた。

 

「新編成って言っても二年生は皆元のクラスに戻るだけなんだね」

 

「うん。でも、僕らには一年の経験があるし装備も元のままじゃない。新しい装備を持つのは秋穂ちゃん達だけじゃないって事」

 

 そう言って夏輝に笑った利也は隼人が渡していた各個人用の装備と要求戦術のリストを参考に全員配布の資料を仕上げ、各個人のクラス、装備する武装等を書き上げていく。

 

「それにしても、恋歌ちゃんのコレ、よくこんな使い方思いつくなぁ」

 

 書く手を止めて利也はそう呟く。彼の目の前、ホロモニターに映る恋歌のクラスとその運用法。さっそく見てみたいと好奇心がうずく彼はギャーギャーと暴れる隼人達を見てため息を漏らす。

 

 昨日の時点で全員モウロに戻っている。やろうと思えばすぐにでも特訓は出来るがその前に勉強を終えなければならない。

 

「ちょ、ちょっと皆! 静かに勉強しようよ!」

 

「ん、俺は終わった」

 

「早いね」

 

 そう言う利也に笑った武は隣で苦戦する楓に勉強を教え、流石に不味いと思った浩太郎も加奈に勉強を教えていた。

 

 そして、だらけた格好の恋歌を抱き付かせたまま勉強に戻った隼人がくったくたの表情でノートに書き込んでいた。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、まあ何とかな。それよりも早く終わらせよう。説明も兼ねて新クラスでの運用法を説明したい」

 

「分かってる。こっちも急いで書いてるところだから」

 

 タイピングする利也に頷いた隼人は必死にノートを書き込み、一時間後。

 

「おーい、はーくんや」

 

「あ? 何だよばあちゃん」

 

「夕飯手伝っとくれ」

 

 ぶっきらぼうな祖母に呼び出され、隼人は渋々と言った体でその後を付いていき、寝ていた分を取り返そうと必死に勉強する恋歌を武達に任せる。

 

 武達がいる客間を後にした隼人は台所に向かう祖母がこちらを見てくるのに気付いた。

 

「どうしたんだ、ばあちゃん」

 

「あんた、何かおっきな事、抱え取るんじゃないかね」

 

「いや、別に」

 

「はん、隠そうとしたって無駄さね。ま、アタシにはあずかり知らぬ事ではあるんだろうけどさ、あんまり気負うんじゃないよ。アンタは意外と脆いんだから」

 

「ああ、分かってる」

 

 そう言って隼人は祖母の背中を見つめ、そのまま台所に入る。

 

「さて、夕飯作ろうかね。何がいい?」

 

「みんなで食べられるものが良いな。今日はアイツらいるし」

 

「じゃあ、鍋にしよう。アンタらが来た時の為に買っといた奴があるから」

 

 そう言って笑う祖母に笑い返した隼人は白菜を切り始め、夕飯作りを手伝い始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 一方、咲耶の実家へ泊まることになった秋穂と香美は袴姿で備え付けの道場で息を切らせながら大の字に寝ていた。

 

「きゅ、休憩。休憩させて」

 

「まだ基礎も終わってないのよ? ダンスで鍛えてるんじゃないの?」

 

「いや、激しすぎ……。分間で何合打ち合うのさ!」

 

「そりゃ、手数重視だから仕方ないわよ。ったく、仕方ないわね。十分休憩、その後模擬戦ね」

 

「へ、へーい」

 

 そう言って秋穂は転がって香美に抱き付く。むわっと甘く香る香美の汗にむらっときた秋穂は周囲を見回すと文系のインドア派なのに振り回されて目を回している彼女を床に寝かせて覆いかぶさろうとした。

 

「休憩とは言ったけどだからって何していいとは言ってないわよ」

 

「ギャー!」

 

 道場の入り口で見ていたらしい咲耶に驚いた秋穂は慌てて香美から飛び退く。

 

「まったく、女の子だけだからそう言う事考慮しなくて済むとか思ってたら後輩君よりも淫獣じゃない」

 

「む、ムラッときちまいまして、へへっ」

 

「うふふ、真剣でダルマがお望み?」

 

「い、いいえ、違います! マム!」

 

「なら宜しい。じゃ、準備して頂戴な。実戦形式の、それもBOO仕様でね」

 

 そう言って咲耶はお付きのメイドに香美を任せると手にしていた軽量竹刀二本を秋穂に投げ渡す。自身は扇と軽量竹刀を構える。

 

「さ、始めるわよ」

 

「うん、でも竹刀じゃ干渉できちゃうから意味ないよね」

 

「うふふ、ちゃんと物理干渉できるアークセイバーを後輩君が用意するって言ってたから。意味はあるわよ。さあ、かかって来なさい」

 

 そう言って扇を突き出した咲耶に頷いた秋穂は竹刀を構えて円運動でゆっくり動き、間合いを測る。笑う咲耶の目が一瞬緩んだ瞬間、秋穂が仕掛けた。

 

 左の竹刀を突き出した秋穂にフッと笑った咲耶は扇で竹刀を反らす。ベクトルをずらされ、一本の槍の様に真っ直ぐだった秋穂のバランスが揺らぐ。

 

「まずは一撃」

 

 そう言って秋穂の背中を畳んだ扇で軽く弾いた咲耶はすっ転んで床を滑った秋穂に苦笑しながら竹刀を構える。

 

 派手な転び方からのハンドスプリングで立ち上がった秋穂は仕掛けてこない咲耶にむくれつつ斬りかかる。

 

「ふんっ、はっ、やぁっ!」

 

「うんうん、良い太刀筋。楓ちゃんに似てるわねぇ。でも、あなたには合わないみたいね」

 

「ちぇええええい!」

 

 快音を鳴らして竹刀が切り結ぶ。片手で秋穂の勢いを受け止めた咲耶はそれを受け流すと突進してくる秋穂の連撃をすべて往なし、カウンターで面を入れた。

 

「はい終わり」

 

「ぬぅーなんで勝てないの!?」

 

「それは単純。相性の問題だけど、まああなたの場合はファイトスタイルがあってないからかしらね。ちょっと、打ち込むから対処してみて」

 

 そう言って横薙ぎに竹刀を振るった咲耶は竹刀で受けた秋穂に指をさす。

 

「それ、それがダメよ新人ちゃん」

 

「え?」

 

「アークセイバーを刀や剣等の実体剣と同じ感覚で扱っちゃダメ。無闇に触れさせるとエネルギーが減るしそ元々受ける様に作ってないの。重量もないしね」

 

「あー、そっか」

 

「基本的にセイバーは近接武器に対してはパーリングして対処するの。速度を乗せて剣を弾く感じでね。ちょっと難しいんだけど出来る様になるだけでも戦力は上がるわ」

 

 そう言いながら咲耶は竹刀を振るう。

 

「幸い、あなたは動体視力が高いみたいだから銃弾も同じ要領で捌けるでしょう」

 

 さらっと言う咲耶に、普通出来はしないだろうとメイドの膝枕でクーリングしながら目を閉じていた香美が内心でそう呟いた。

 

「後は向こうの模擬戦場で合わせましょう。香美ちゃんの訓練も併せて行うわね。じゃあ、ご飯にしましょう」

 

 そう言って笑った咲耶に頷いた秋穂と香美は彼女について道場を後にした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 隼人達の夕飯はキムチ鍋。魚が苦手な恋歌と肉が食べられない夏輝に考慮して肉と魚介が入った豪勢な鍋でわいのわいのと盛り上がって食べていた。

 

「ばっちゃんおかわりくれ」

 

「あいよ、ちょっと待ちな。ほれタケ坊」

 

「ありがとよばっちゃん」

 

 短いやり取りをしながら具が盛られた取り皿を受け取った武は隣で幸せそうな表情を浮かべる楓を見てフッと頬をほころばせた。

 

「どしたの?」

 

「いや、嬉しそうだなって」

 

「んふふー美味しいご飯は幸せの源だよん」

 

 そう言って笑う楓に頷いた武は取り皿の物を食べ、合掌して皿を下げに行く。大食いの隼人と楓はまだ食べているが後の面々はもう食べ終えていた。

 

 風呂の時間だがどちらも入れないので食べ終えた面々で時間潰しのカードゲームを始め、十分後にようやく全員が布団を並べた寝室に揃った。

 

「あー、食った食った。で? 風呂の割り振りだが一応広いとは言え俺らは男女だ。ちゃんと分別をもって」

 

「僕は構わないよ」

 

「黙ってろコウ。後なんでナチュラルにそんな事が言える」

 

 そう言って半目を向けた隼人に浩太郎はニコニコと笑みを浮かべる。

 

「とにかく、先にどっちが入る? 俺はどちらでも構わんぞ」

 

「えー、一緒に入ろー」

 

 逃げの姿勢を見せる隼人にぷくーっと頬を膨らませる恋歌は楓と加奈にも同意を求める。

 

「バカ野郎。俺達はもう小学生じゃないんだぞ。一緒に入れるか」

 

「だから良いじゃんかー、でっへへぇ」

 

「……じゃあ、こうするか」

 

 そう言って隼人は恋歌を抱き寄せた。筋肉質な体に密着させられた恋歌が真っ赤になり、香る汗の匂いと程よい固さの胸筋にだらしない顔で笑う。

 

「二人ペアで、風呂って事で」

 

「それ、妥協案になんのかよ」

 

 サラッと言う隼人に半目を向けた武はワクワク顔の楓を見て諦めたのか深いため息を落として着替えを取りに隣の部屋に移動し、それに彼女も追従した。

 

「さて、一番風呂は武達で良いか?」

 

「うん、構わないよ」

 

 隼人の問いかけに浩太郎だけが答え、布団の上に腰かけた隼人はそのまま寝っ転がって天井を見上げる。

 

 ボーっとしている彼の頭に昨日の事が過ぎる。

 

(名簿を持っていなければ成し得ない事を何故アイツはやっていた? まさか、アイツが名簿を持っているのか? 調べたにしろ、東京にいる筈の奴が何故双葉高校のサーバーに入れる?)

 

 何が起きているのか、分からない事実に隼人は少し恐ろしくなり、体を横にする。

 

(アイツは、一体何をしようとしているんだ? 生きている事とは関係のないあの世界で、何をしようとしているんだ?)

 

 考えれば考えるほど謎が出てくる事に苛立つ隼人は背中に密着した柔らかい感触に思考を吹き飛ばされ、全身を硬直させた。

 

「隼人、おねむ?」

 

 幼い語調でそう問うた恋歌の体にそれどころじゃない隼人は慌てて言い返す。

 

「ば、バカ言えまだ夜の八時だろうが。眠い訳無いだろ」

 

「ちぇー、添い寝しようと思ったのにー」

 

(の、ノーブラの胸の感触が……。ぐっ、落ち着け、俺。精神を研ぎ澄ますんだ、揺らがないくらいに)

 

 精神を鋼の様に鍛え上げていた隼人は潰れたノーブラおっぱいの感触にリアクションせず、恋歌をそのまま抱き付かせていた。

 

 と、ふいに恋歌がした可愛らしいゲップから酒気を感じた隼人は疑問を浮かべ、寝たまま質問を飛ばした。

 

「恋歌、酒飲んだのか?」

 

「んぇ~? 飲んでないよぉ~?」

 

 疑問を飛ばした隼人に恋歌が、んヘヘ、とベロベロの笑いを浮かべて全身を擦らせる。流石にこれはきつかったらしい隼人は半分エビ反り状態で体を強張らせていた。

 

「え、お前何してんの?」

 

 着替えを持って戻ってきた武が悶絶する隼人を見てそう言った。

 

 それから三時間後、悶絶に体力を持っていかれて寝ていたらしい恋歌ごと跳ね起きた隼人は自分の姿に真っ赤になった彼女を連れて風呂に入った。

 

「さっさと入るぞ」

 

 そう言って上半身裸になった隼人に嬌声を上げかけた恋歌は慌てた彼に口を塞がれた。

 

「バカ野郎、大声出すな。何時だと思ってる」

 

 そう言って手を離した隼人は位置的に目の前にある胸筋に見とれる恋歌の頭にチョップを打ち込むと全裸になって風呂場に入り、細身ながら鍛え抜かれた屈強な体を流し湯船に身を沈めた。

 

 言葉にならない声を漏らしながらそこそこ大きな湯船を満喫していた隼人はそそくさと入ってきた恋歌に気づき、伸ばしていた足を折って横を向いて彼女が入れるスペースを開けた。

 

「ふぅー……気持ちいいわね」

 

「ああ、そうだな。かなりぬるいけどな」

 

「私には、ちょうどいいわ。それに」

 

 そう言って恋歌は隼人の腕に抱き付き、目を引く大きさの胸で彼の二の腕を挟んだ。

 

「ッ!?」

 

「こうすればあったかいでしょ?」

 

真っ赤になる隼人に悪戯っぽい笑みを浮かべた恋歌は困惑する彼の腕を抱き寄せてうれしそうに笑う。

 

「あ、あのな。恋歌、俺はゆっくり湯船に浸かりたいんだが」

 

「こうしたままでもできるでしょ? えへへ、隼人の腕太くて素敵」

 

「やかましい。とにかく離れろ」

 

 そう言って恋歌を振り払った隼人は湯船の隅に移動して体を伸ばす。大柄な彼でも十分足を延ばせるほどに湯船は大きく、このところの疲れを癒すにはうってつけだった。

 

「ねぇ、隼人」

 

 そう言い、深刻そうな表情を浮かべた恋歌が深く息をついて湯船に浸かっていた隼人の上を這う。

 

「何だよ、恋歌」

 

「昨日の敵。やっぱり、カイトなの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そう、なんだ。アイツ、だったんだ」

 

「恋歌……?」

 

 心配そうにそう問いかけた隼人は暗い表情で俯き、体を震わせる恋歌に気づいて体を起こした。

 

「何で、アイツがいるの? 何で、何で……ッ」

 

「落ち着け、恋歌」

 

「どうして?! アイツは、アイツは仲間と一緒に隼人が殺したんでしょ!? 死なせたんでしょ!? どうして生きてるのよ! どうして私たちの目の前にいるの!?」

 

「恋歌ッ!」

 

「ッ……」

 

 委縮した恋歌に気まずくなった隼人は湯船に身を浸し、太ももに腰を下ろしている彼女の全身を見ない様に顔を反らす。

 

「悪い。大声出しちまって」

 

 無言の恋歌に隼人もまた、無言になる。気まずさに耐えきれず俯いた隼人は絹擦れの音に気付いて顔を上げた。

 

 顔を上げた先、髪を纏めていたタオルを解いた恋歌が頬を手で押さえて彼の唇と自身のそれとを重ね合わせ、何度も何度も噛みつく様に繰り返す。

 

 突然の事に驚いた隼人は目を見開いて頬を赤く染めて、息を荒げて喘ぐ彼女を見ると、頬を真っ赤に染めて体を震わせた彼女が不意に唇を離す。

 

「ゴメン、隼人」

 

「……構わねぇよ。お前が、一時的だとしても怯えずに済むなら。俺は何だってしてやる。前にも言っただろ?」

 

「うん……。そうだったね、隼人はずっと私の味方だもんね」

 

 長髪を湯船に流しながら恋歌は裸のまま隼人に抱き付く。体を強張らせた彼に微笑みながら彼女はそのまま優しく目を閉じた。

 

「私の事、守ってね。隼人」

 

「ああ、必ず守る。どんな事があろうとも、お前だけは、必ず」

 

 そう言って隼人は虚ろな笑みを浮かべた恋歌の体をそっと抱き締めた。



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Blast10-4

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日の午後、BOOへログインしていた秋穂達は咲耶に呼ばれてモウロの訓練場に来ていた。

 

「サクヤさん来たよ~?」

 

 体育館に近い内装を見回し、秋穂は大声で呼ぶ。だが、薄暗い訓練場はがらんとしていて誰もいない感じだった。

 

 そのまま進もうとする秋穂に慌てた香美はサイドレイルにフラッシュライトを取り付け、先行する彼女の行き先に緑色のケミカルライトを投擲した。

 

「カミちゃん慎重過ぎないかなぁ」

 

「昨日あれだけやられてて警戒しない方が凄いよ……」

 

「ん~? そうかなぁ」

 

 のん気に笑いながらケミカルライトを拾い上げた秋穂は腰からアークセイバーの柄を取り、フラッシュライトで周囲を照らす香美のカバーを受けながら薄暗い訓練場の奥へ進む。

 

「何か、壁あるね」

 

「うん。訓練場だし、狭い所での戦闘訓練の為じゃないかな」

 

「ふうん、あ、そんな施設をタケ兄が持ってた雑誌で見たよ」

 

 楽しくしゃべりながら迷路の様な施設内を歩く二人、けたけたと笑う秋穂が曲がり角を左に行こうとした瞬間、香美が彼女を止めた。

 

「どったの、カミちゃん」

 

「そこ、誰かいる」

 

「へ? そこ?」

 

 そう言って秋穂はケミカルライトを香美が示した場所に投げ込む。乾いた音がしてケミカルライトが地面に落ち、しばしの間沈黙が流れる。

 

 その間に香美は急いでショートソケットタイプのサプレッサーを銃口に取り付け、衝立からの僅かな物音に気付いた秋穂は腰からナイフを引き抜いて構え、そっと近づく。

 

 ナイフを逆手に持ったまま、ケミカルライトに照らされて浮いた影を見た秋穂は位置を把握。

 

 ノックで角まで誘い込み、香美のカバーを受けながらヘッドロックの要領で腕で口元を押さえたまま、近くの壁に投げ飛ばした。

 

 衝立を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ何者かに銃口を向けた香美は右側面からのマズルフラッシュに気づいてその場を飛び退き、フラッシュの方向へフルオート射撃を叩き込んだ。

 

 空薬莢が跳ねる音がして静まり返った室内に緊張を張りつめさせた香美と秋穂は衝立をぶち抜いてきたライフル弾の掃射を伏せて回避、香美が冷静にスキャニングを発動して周囲を探る。

 

「こ、ここ十数人くらい敵性反応がある……」

 

「へ?! マジで?! じゃ、じゃあこれ罠って事?!」

 

「多分……違うと思うけど。取り敢えずここを突破しようよ、アキちゃん。そしたら多分サクヤさんに会えると思う」

 

「おっけー。で、何すればいいの?」

 

「ま、待って。訓練所ならファンシアの現在地情報で訓練モードかどうか分かるから、一応確認して……。うん、訓練モード。暴れても大丈夫みたい」

 

 そう言って香美は右側のサブコンソールを低発光モードに変え、P90を背中に回して左のメインコンソールも同様にすると背負っていた銃を戻して手に取る。

 

「それで、プランなんだけどアキちゃんって隠密苦手でしょ? だったらもう派手に行こうと思うの。それで、アキちゃんは前衛で私が後衛、私はアキちゃんから距離を取って進む」

 

「ん~、つまり私を囮に使って前進するって事?」

 

「簡単に言ったらそう、だね」

 

 そう言って香美はフラッシュライトを取り外し、秋穂に手渡した。周辺を探る手段がない香美はサブコンソールを操作して自身の目をナイトビジョンモードに変更する。

 

 種族固有のスキル効果の恩恵であり、夜目が効く堕天使ならではの運用法を見せた香美は秋穂を先行させて歩き始める。

 

「右の部屋、クリア。左も」

 

 そう言いながらライトで辺りを照らす秋穂は前進し、香美がそれに追従。

 

 一瞬目の前のT字角に映った空間の揺らぎに気付いてサプレッサーを装着した銃口を向け、秋穂の肩を叩いて止める。

 

「誰かいる」

 

 壁に背を押し付けた香美のカバーを受けて秋穂が前進する。数メートルほどまで距離を詰めた瞬間、二人は同時に襲い掛かられた。

 

「コンタクト!」

 

 夜目でハンターナイトを捕捉した香美がギリギリバスターソードを回避してセレクターをフルオートに変更して腹部に発砲する。

 

 プレートアーマーに接触して火花を散らす5.7mm弾を使い切った香美はバックアップの拳銃を引き抜いて銃口を足に向けて発砲した。

 

 足の甲に穿たれた風穴に絶叫するハンターナイトがその場でのたうち回る。その間にP90をリロードした香美はハンターナイトの顔面に十発撃ち込むと秋穂の方に向かう。

 

「避けて!」

 

 叫びながら筒状のコンカッショングレネードを投擲した香美は慌てて逃げる秋穂を他所に逃げようとするアサシンをフルオートで牽制し、コンカッションの爆圧をもろに浴びせた。

 

「うっひぃ、危なかったぁ」

 

「ゴメンね、アキちゃん。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫大丈夫。それにしてもアキちゃんも兄ちゃん達みたいなやり方する様になったねぇ」

 

「そ、そうかな……? そんなつもり無いんだけどなぁ」

 

 のんびりとした言い方の香美に乾いた笑いを浮かべて立ち上がった秋穂は暗闇から飛び出してきたナイフを切り払うとそちらをライトで照らしながら走り出す。

 

 その間に右側へ走り出した香美は秋穂の侵攻ルートを裏取りしながら徐々に奥地へ進んで、出口手前で秋穂と合流した。

 

「んー出口かな、ここ」

 

「そうみたいだね、一応スキャンしておくよ」

 

「ほーい、安全確認完了。入るよー」

 

 そう言って秋穂はドアを開けて中に入る。そこには大方の予想通り、咲耶がいた。

 

「サクヤさんやっほー」

 

「うふふ、お疲れ様。いきなりのテスト、どうだった?」

 

「あ、あれやっぱりテストだったんだ。んー、いつも通りかなぁ。暗くて狭かったのが辛かったけど」

 

 ケロリと言う秋穂に咲耶は笑いつつ、背後の応接用ソファーでロシアンティーを飲んでいる半狐の少女の方へ振り返る。

 

「らしいわよ、カナコ。人材育成は急務ね」

 

「……こちらの人材を無理やり引っ張り出しておいてよく言う。それに教育方針が違うから一緒にしないでほしい」

 

「一緒にするなって……それって現場式のスパルタ教育受けてた分、この子達の方が強いからって事?」

 

 そう言って苦笑する咲耶にカナコと呼ばれた少女は頷く。

 

「そちらの二人はすでに実戦を幾度と経験してる。対してこっちはさほど経験していない。その差は大きい」

 

「大事にし過ぎって事よ、それは。もうちょっと雑でもいいのよ」

 

「なるほど」

 

 頷くカナコに微笑んだ咲耶はさて、と前置きを置いて二人を相手に話し始めた。

 

「ここに来てもらったのは二つの要件の為。一つは、さっきやってもらった模擬戦をする事、そしてもう一つは」

 

「……あなた達宛ての荷物の案内」

 

「ああん、セリフ取らないでよ」

 

 勿体付けて話していた咲耶に業を煮やしたカナコがそう告げる。頬を膨らませる咲耶に半目を向けた彼女は自身のファンシアを操作して秋穂達に見せる。

 

「これが案内する荷物。あなた達の所のマジックサポーターが置いていった物で大型のケースだった。身に覚えは?」

 

「無いなぁ。見てみないと何とも」

 

「分かった、こっちにある。付いてきて」

 

 そう言ってフードを被ったカナコの後ろを咲耶を殿に置いた秋穂達二人は彼女の後を追って吹雪が舞う外に出る。

 

 出る直前、一寸先を白く染める吹雪を見て取った秋穂達は雪景色に目立つ黒色の防寒戦闘着のフードを被ってカナコの後を小走りに追いかけた。

 

 十分間歩いた彼女達はガバメントセンターに入ると領主権限で奥に入っていった彼女を追おうとして止められた。

 

「……その人たちは大丈夫。中に入れてあげて」

 

 強めの語調でそう言ったカナコを追っていった秋穂達は厳重管理の保管室に入室した。古臭い物置の様なそこには未来的なガジェットやコンテナが山の様に置かれていた。

 

 その奥、張り紙が張られていたコンテナ四基。それぞれ、対応する個人が書かれているそれの元に二人を案内したカナコは領主室直通の扉を通して運ばせた。

 

「これがあなた達宛ての荷物。張り紙に書いてある人以外開けられない様になってるみたい。開けてみて」

 

 そう言ってロック部分にファンシアを当ててコンテナを解放した二人はガチャガチャと変形して中身を解放したコンテナに圧倒されつつ、その中身に驚かされた。

 

「これ、全部アークセイバー?」

 

 そう言う秋穂の目の前、おおよそ剣の柄とは思えぬ厚底ブーツや柄が外付けされたガントレットに加えて紫色のラインが目を引くダブルブレードタイプのアークセイバーが二基、

二つのコンテナにそれぞれ収められていた。

 

 加えて、それらを装備する為のアクセサリーも同梱され、さっそく取り付けようとした秋穂はそれを咲耶に遮られた。

 

「まだ駄目よ、新人ちゃん。装備が更新されてもあなた自身の更新がまだ。その装備はまだつけないの」

 

「えー……。って言っても駄目だろうね。分かったよ~」

 

「ん、良い子良い子。さて、カミちゃん、あなたの装備は……」

 

 そう言って香美の装備を覗き込んだ咲耶はコンテナに横たわるライフル銃にを目に入れ、意外そうな声を出した。

 

「あら、『HK417』じゃない。カミちゃんのクラスアップを見越してかしら」

 

 武器はそれだけ。後は、全て戦闘管制に必要な装備群だった。

 

「派手さはないけど、強力な品々ね。ま、でもこれもこの特訓が終わってから装備してもらいましょうか」

 

 そう言って咲耶は二人のコンテナを閉じると秋穂と二人で運び出す。

 

 自分のコンテナを持っていかれた香美は領主室でぽつねんと立っていた。

 

「……ねぇ」

 

 そんな彼女を見かねたのかカナコが話しかける。

 

「は、はい。何でしょうか」

 

「あなたは、どうしてこのゲームを遊んでるの?」

 

「と、言いますと?」

 

「昔ね、このサーバーで起きた事件が現実にまで影響を及ぼした事があったの」

 

「はぁ……」

 

 眉唾物か、と思いながら香美はカナコの話を聞く。

 

「あなた、PTSDって知ってる?」

 

「は、はい。一応は。心的外傷後ストレス障害の事ですよね? でもあれって、戦場の兵士じゃないと発症しないって……」

 

「PTSDは極限状態でのストレスが原因。だから、このゲームでも発症する」

 

「それがその事件、と言う訳ですか……?」

 

「そう。そして、ゲームで発症したPTSDが原因で人が死んだ。それも、複数人ね」

 

 そう言ってカナコは淡々と告げる。

 

「加えて言えばその発症原因になったのは……当時P.C.K.T.に所属していたハヤト」

 

「え? それって……」

 

「そう、あなた達のリーダー。そんな彼に、付いていけるだけの覚悟はあるの?」

 

 そう言って問いかけてくるカナコに、最初の質問の意味を悟った香美はスリングで下げたP90を見下ろすと顔を上げた。

 

「分かり、ません。そんな事を言われても、考えた事も無いのに。いきなり、そんな」

 

 そう言って戸惑う香美にため息を落としたカナコは伏せ目がちに視線を逸らして謝ると執務机に戻った。

 

 そのタイミングで咲耶達が戻ってくる。彼女達は二人が醸す微妙な雰囲気に首を傾げながら帰り支度を始め、香美もそれに追従する。

 

「今日はもうログアウトするわ。それじゃあね、カナコ」

 

「うん、じゃあね」

 

 挨拶して立ち去る咲耶を見送ったカナコは机の椅子に座って深く息を吐いた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それから十分後、咲耶の道場で稽古をしていた秋穂は攻撃手段にパーリングを取り入れつつ、咲耶と打ち合っていた。

 

「うん、捌きは十分。でも攻撃に幅が無いわねぇ」

 

「セイバーで十分じゃ」

 

「でも、こう来たら?」

 

 そう言って前進してきた秋穂はリーチの内側に入り込まれたことに焦り、対処しきれず吹き飛ばされた。

 

「んぁあああっ、またダメだったぁあ」

 

 バタバタと暴れる秋穂に苦笑する咲耶は正座して待っている香美の方に移動すると水分補給をした。

 

「ほら、休憩よ」

 

 そう咲耶が言った瞬間、秋穂が猛ダッシュで香美に飛びついた。

 

「うわぁあああん、香美ちゃぁあああん」

 

「ひゃああ?! 秋ちゃん、どこ触ってるの?!」

 

「おっぱい! もう我慢ならぬぅうう! 揉んで揉んで香美ちゃん成分をぉおおおお!」

 

 真っ赤になる香美の胴着の合わせに手を突っ込んだ秋穂が恋歌以上、夏輝未満の巨乳に顔を埋めながらおっぱいを揉む。

 

 その光景を見ていた咲耶は顔を蒼くして放心状態となり、秋穂の補給が終了するまで動けなかった。

 

 案の定ボコボコにされた秋穂は叱咤する咲耶からの説教を無言で聞きつつ、床に横たわり、頬を染めたまま熱っぽい呼吸を激しく繰り返す香美の方をちらちら見ては色欲をムラムラさせていた。

 

「ちょっと、聞いてるの?!」

 

「ふあい?!」

 

「あのね、私もそう言う事に理解が無い訳ではないの。でも、限度と言うものがあるでしょうが!」

 

 そう言って地面に竹刀を叩き付ける咲耶はびくぅと驚く秋穂を睨み付けつつ、メイドに介抱されている香美の方に移動した。

 

「大丈夫?」

 

「はい、あの……下腹部がジンジンするだけですから」

 

「それ、大丈夫じゃないわよね。って言うかそこにまで手を出したの?」

 

 呆れながら秋穂の方を振り返った咲耶はぐったりしている香美を見下ろしながら優しく告げる。

 

「そう言えば、香美ちゃん。カナコに何か言われてたわよね?」

 

「ふぇ? あ、はい。強くなりたいかとか、隼人さんの過去に起こした事件がとか、そんな事を聞かれました」

 

「……そう」

 

 そう言った瞬間、咲耶の様子がおかしくなったのに香美はいち早く気付いた。

 

「咲耶さん、やっぱり何かあるんですか?」

 

「ふふっ、鋭いわね。あなたは。そうよ、後輩君の過去には私も関わりがある。ううん、あの世界の頂点に立っていた者なら誰だって関わっていた」

 

「それほどの事だったんですか?」

 

「ええ、それはもう。あのゲームでもそうそう起こらない全領地での同時開戦が起こったほどですもの。軽い最終戦争ね」

 

「最終、戦争……」

 

 比喩からどの様な地獄絵図だったかを悟った香美はビリビリ痛む下腹部と股を手で押さえ、横になる。

 

「……無理して聞かなくていいのよ?」

 

「いえっ、聞きますっ!」

 

 咲耶に背を向けてそう叫んだ香美は口元をキュッと締めて耐える姿勢に入った。

 

「じゃあ、新人ちゃんも聞いてちょうだい。一年前、当時P.C.K.T.で新設されたエースだけが属せるエリート部隊に後輩君達は所属してた。その部隊はPKK部隊。

そうね、軍で言うとこの憲兵、社会で言うとこの警察と言った所かしら」

 

「そうなんだ、それでそれと事件が何の関係があるのさ」

 

「まあ、待ちなさいな。また別の話だけど、当時は私のグループが双葉高校サーバーで大きな勢力を持っていたの。そして、その中に彼はいた。あなたが追いつめたプレイヤー、カイト。

またの名を斑鳩海斗。後輩君は十年前にも因縁があったみたいね」

 

「斑鳩……何か聞いた事ある様な気が」

 

「そうなの? まあいいわ。それでね、当時隆盛を極めていた私のグループでは初心者を狙ったPKが頻発していてね。その中で、たまたまグローブスティンガー領に立ち入っていたP.C.K.T.所属の初心者が

PKの被害にあったの。すぐに向こうで対策が取られたわ。そして、最もPKK能力に優れた後輩君達がP.C.K.T.の大隊長達とグループリーダーの命令でグローブスティンガー領内に侵入し、警護に当たった」

 

 一定の間を置いて咲耶は続ける。

 

「そして、会敵した。今の今まで続く因縁の相手とね。勝負は一方的だったわ、奇襲攻撃による早期掃討、彼らの常とう手段を用いてPKグループは負けたわ。

そして、ルールには無い、ただの不利益の為に全滅させられた事を逆恨みしたグループによってP.C.K.T.領土内で初心者PKが繰り返された事で、世界大戦のトリガーは引かれた」

 

 そう言って咲耶は保存していた当時の戦場を映し出す。

 

「その最中で後輩君達だけが執拗にPKグループをキルしていった。尋問、見せしめ、彼らは何でもやったわ。彼らの心の奥底にある、何かに突き動かされてね。

数か月、同じ事の繰り返しが続いて、最終的にPKする側のプレイヤーがPTSDを発症し、現実で殺人を犯して逮捕される形で決着したわ。そして残ったのは荒れ果てた戦場とお互いへの因縁のみ。

PKグループは一旦表舞台から消え、後輩君達もまたPTSDを発症させた原因としてグループを追放され、ケリュケイオンを創った。それが、事件。今の状態を形作った事のあらましよ」

 

 そう言って咲耶はメイドが持っていたスポーツドリンクを一気に飲み干す。

 

「これで満足? あなた達が知らなくても良かった事よ」

 

「あそこにいる以上、関係ない振りをするのはズルい事だと思うので……。それに、私には強くあろうとする為の理由が、無いんです」

 

「強くある事に理由なんて必要ないわ。ただ力を欲するだけ、でもね。それをどう戦う事に、強大な存在に抗う事に繋げるかは理由が必要よ。それも、自分を折らせない為のね」

 

「戦う、理由……。カナコさんも言っていた」

 

「そうね、皆理由があって戦ってる。理由の部分が宙ぶらりんな人は、おそらくいないわ。あなた達を除いてね。それを見つける事も、修行としましょうか。じゃ、今日はここまで」

 

 そう言って手を叩いた咲耶は香美に襲い掛かる秋穂を見て近くにあった竹刀で地面を叩いて威嚇した。その間に運ばれた香美にはその光景がゴミをあさる野良猫と近所の人の争いに見えていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 午後八時、人気の無い道場を借りていた隼人は恋歌と二人きりで基礎と体の動かし方の練習をしていた。片手での腕立て伏せをする隼人の隣で大の字に寝っ転がっている恋歌は息を荒げて天井を見上げる。

 

 その隣、黙々と汗を流す隼人は頭を埋め尽くす思考の全てを捨て去り、ただ体を動かす事のみに集中しようとして視界の端に入った恋歌のだらけ切った顔から目を反らした。

 

「邪魔だ恋歌、トレーニングしないなら端っこで休んでろ」

 

「休憩の仕方なんて人それぞれよ、ぅへへ」

 

「チィ、お前のは犯罪スレスレだろうが。お前のせいでうちの妹が変態道まっしぐらだどうしてくれる」

 

 そう言いながら腕立てする腕を入れ替えた隼人を口元から涎を垂らした恋歌がじいっと見つめる。

 

「大体、お前、俺の何を見てるんだよ」

 

「筋肉」

 

 そう言いながら恋歌はシャツを張り切らんばかりに動く隼人の腕の筋肉を見つめ、息を荒げるとコロコロ転がって彼の隣まで行くと背中に飛び乗った。

 

「ぐぉおお。馬鹿、体に負担がかかるだろうが!」

 

「んへへぇ、背筋と汗の匂いだぁ。興奮しちゃう」

 

「お前、今まで淑女だったのにここに来てからはっちゃけたよな」

 

「秋穂達いないからね」

 

「ああ、そう言う事か」

 

 腹筋を続ける彼の背中で汗の染みついたシャツに顔を埋めた恋歌は思い切り吸い込まず小分けにして匂いを味わっていた。

 

 そんな彼女を背中に乗せたまま、トレーニングを終えた隼人は彼女の腰を叩いて合図すると彼女を下ろして立ち上がった。

 

「ふー、久しぶりに体を動かすといいな」

 

 そう言ってそそくさと風呂に行こうとした隼人は逃がさんとばかりに飛び込んできた恋歌に振り返りざま突き飛ばされ、汗もあって廊下を滑走して壁に激突した。

 

「痛ェクソッたれが! おい!」

 

 怒り心頭の隼人が体を入れ替え、恋歌の方を振り返った瞬間、風呂上りらしい加奈と浩太郎が彼の股間に腰を座らせている恋歌を見て一瞬凍りついた。

 

「僕らでもそう言うプレイはしないかなぁ」

 

 若干引き気味にそう言った浩太郎に顔を真っ赤にした隼人は寝室に移動した彼らに手を伸ばし、届かぬと分かって諦めると仕方なく恋歌を抱えて着替えを取りに行った。

 

「おい、降りろ恋歌。風呂行くぞ」

 

「はーい。えへへ~、隼人も私とお風呂に入るの慣れてきちゃった感じ~?」

 

「そりゃあ、まあな。不本意ではあるけど」

 

 そう言って脱衣場に移動した隼人は徐に上半身を脱いだ恋歌から顔を背け、同じ様に汗まみれのシャツを脱ぐと脱衣かごに入れてズボンとパンツを脱いで同様にした。

 

 先に体を洗う事にした隼人は遅れて入ってきた恋歌が腕で要所を隠しつつ入ってきたのを見ながら彼女が浴槽に入るまで待った。

 

「ふぅー気持ち良い~」

 

 緩み切った表情で体を伸ばす恋歌を座高の関係上、上から見えた隼人は湯船に浮かぶ浮き球二つに気づいて若干目を伏せて頭を洗う。

 

「んふふ~、今私の体見てたでしょ」

 

「み、見てねぇよ」

 

「隠そうとしたって分かるわよ~? ムッツリスケベ」

 

 でへへ、と笑う恋歌にムッとした隼人は最近になってやたらと積極的な彼女に疑問を浮かべつつ、シャンプーを流した。

 

「せ、背中洗ってあげるっ」

 

「は? 良いって、俺一人で洗うから」

 

「ケチっ」

 

 何がだよ、と突っ込みつつ隼人は垢すりのタオルにボディソープを垂らし、少し擦りあわせてから体を洗い始めた。

 

 その様子を不満タラタラな表情で見つめる恋歌に段々と恥ずかしくなってきた隼人は一度彼女の方を見る。

 

「……背筋、胸筋、太もも、上腕筋」

 

「お前は何を言ってるんだ」

 

「全部堪能できたのにぃいいい!」

 

 うわーん、とマジ泣きし始めた恋歌に慌てた隼人は妥協策を模索しようとしていたがわたわたしている内に泣きながら湯船から出てきた彼女に度肝を抜かれ、真っ向から抱き合わされた。

 

 全身が硬直した隼人はだんだんと泣き止んだ彼女に内心安堵しつつ、筋肉を触れる感触にくすぐったさを感じて身を捩った。

 

 仕方ねぇ、と踏ん切りをつけた隼人は抱き付かれた体勢のまま恋歌の体を洗い始める。と、そのタイミングで風呂場の引き戸が開いた。

 

「あ」

 

 間抜けた声を上げたのは利也と夏輝で、彼らは隼人達の体勢を見て顔を赤くすると口を金魚の様にパクパクさせた。

 

「あ、いや待て利也! これはその……。仕方なく!」

 

「何が仕方ないのさ!? その体勢のどこにも仕方の無さは感じられないけど!?」

 

「と、取り敢えず入れよ、体冷えるぞ」

 

 そう言って誤魔化し、諦められたのか追及されなかった事に安堵した隼人は夏輝に極力視線を向けない様にして羞恥心から顔が赤い恋歌を下ろし、シャワーで彼女の泡を流した。

 

「まあ、俺らもそろそろ出ようとしてたんだがな。利也と夏輝はこんな時間まで何してたんだ?」

 

「恥ずかしながら、布団でうたた寝してた」

 

「ああ、飯食った後か。通りで姿が無かったわけだ」

 

 そう言いながら湯船に浸かった隼人はその後を付いてきた恋歌が恥ずかしそうに背中に隠れたのを赤面しながら受け入れる。

 

「そ、そう言えば、二人はその様子だと混浴に慣れたのか?」

 

「慣れた、と言うより……。意識しない様にしてるかな、意識しすぎるとお互い落ち着かなくなっちゃうし」

 

「そう言う方法があったのか……。まあ、俺がやると恋歌が怒りそうだけどな」

 

 そう言って隼人は背中の恋歌をちらと見てタオルで前を隠している夏輝の方に押しやると四人並んで湯船に浸かる。

 

 ちらと夏輝の方を見た隼人は湯船に浮かぶ大玉に気づいて視線を逸らした。そんな彼に気づいたのか利也が頭に軽く手刀を当てて諌めると話題を振った。

 

「隼人君、明日は休日だよね。皆に関わる予定とかあるの?」

 

「いや、特には決めてない。個別には予定入れられているが、全体で動く事は何もないぞ」

 

「そっか、おじいさんのガレージにあるヴィンテージカーいじりたいなって思ってるんだけど、どうかな」

 

「ガレージのオンボロをか? 爺さんに怒られんぞ。本人は何もメンテしてねえらしいが」

 

「だから、君に頼んでるんじゃないか。綺麗な状態にしますよって付け加えてね」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う利也の後ろ、苦笑する夏輝とムスッとした表情の恋歌を見た隼人は頭を乱暴に掻いて湯船に拳を叩き付けた。

 

「あーもう、仕方ねえな! 爺さんには俺がお膳立てする。それでいいか?」

 

「充分。後は僕らが何とか丸め込むからさ」

 

「たまに思うけど、お前ら二人と討論したくないなその交渉能力は」

 

 そう言って乾いた笑いを浮かべてそっぽを向く隼人に苦笑した利也は何やら騒がしい脱衣場に気づき、そっちを向くと脱衣場と浴室を隔てるドアを勢いよくかけて外れさせた楓に何かを噴いた。

 

「皆とお風呂ーっ!」

 

「だからってドアを外すんじゃねぇ!」

 

 もろ手を上げて喜ぶ楓に湯船から立ち上がった隼人が突っ込みを入れ、立ち上がった際に一応の配慮として巻いていたタオルが吸った水の重さでずり落ち、楓から目を背けていた恋歌と夏輝の眼前に

立派な50口径を露呈させた。

 

「き」

 

 欲情して涎を口元から垂らす恋歌の隣、真っ赤になった夏輝が引き気味の悲鳴を溜める。

 

「きゃああああああああ!」

 

 目を回しながら恋歌に抱き付いた夏輝は我に返った彼女に驚かれ、二人はもみくちゃになりながら湯船で暴れる。

 

「うわあ、ちょっと二人とも落ち着いて!」

 

 乱舞する巨乳に頬を赤く染めながらそう言った利也は暴れる二人を落ち着かせると、若干気になっていたらしい隼人にハンドサインを送るとのぼせる寸前の二人を湯船の枠に寝かせてクーリングさせた。

 

 その間にドアを直した隼人は全裸で武に怒られている楓を見るとため息をつきながら湯船に入った。

 

「ったく、今度はお前らか。騒がしいなぁ」

 

「僕らもいるけどね」

 

「っと、コウか。加奈もいるのか。二人共どうした? もう風呂には入っていただろう?」

 

「寝汗掻いちゃったから、入り直そうと思ってね」

 

「寝汗……? 今日は涼しいだろ、それに寝室は風の通り道を開けてあるはずだぞ。それに二人とも、汗っかきじゃないだろ」

 

「隼人君」

 

 圧力を感じる笑みを浮かべて浩太郎は隼人を見つめる。無言の笑顔に気圧された隼人はいつもの調子を失って湯船におとなしく浸かった。

 

「ふぅー、何だかんだで皆揃ったね」

 

「ああ、小学生以来だな。皆デカくなってるが」

 

「あはは、まあそうだね」

 

 そう言いながら湯船に浸かる隼人と浩太郎。その間に加奈と恋歌が割って入り、それぞれにふくれっ面を向ける。

 

「二人だけで」

 

「楽しそう」

 

 むぅ、と可愛らしく睨む二人に揃って苦笑した隼人と浩太郎は二人への慰めにそれぞれで頭を撫でる。

 

「二人で話ぐらいさせてくれよ」

 

「私達がいる時くらいそれぞれと話しなさいよ」

 

「分かってるよ。でも……ちょっとだけ、頼む。加奈も」

 

 頼み込み、二人を離れさせた隼人は彼の変わった表情に気づいていた浩太郎に視線を向け、話し始めた。

 

「わざわざ、二人を遠ざけるって事はカイト君の事かい?」

 

「ああ、お前にならと思ってな。お前もアイツと……いや、アイツが生み出した理不尽な現実と戦ったはずだ」

 

「……うん、そうだよ。僕は、中学校の頃に彼を、半殺しにした。もっともそれよりも前に君が瀕死にしたみたいだけどね」

 

 そう言って苦笑した浩太郎に頷いて隼人は視線を俯ける。

 

「アイツとの決着は、俺がつける。今度こそアイツを」

 

「どうする気なんだい。まさか、殺すのかい?」

 

「ああ、アイツは俺の手で、始末するべきだった。いや、そうしなければならなかった相手だ」

 

 そう言って自分の手を見下ろした隼人は脳裏にフラッシュバックした血だらけの拳に慌てて手を湯船に沈めた。

 

 顔を上げた視線の先、潰れたカエルの様に痙攣を繰り返す海斗の姿があり、彼を揺さぶる少女が隼人に向かって罵倒を浴びせる。「ヒトゴロシ」、と。

 

「隼人君、隼人君!」

 

 浩太郎の呼びかけで我に返った隼人は何の変哲もない湯船に安堵しつつ、徐に立ち上がり、一人早く出て行こうとする。

 

「おい、隼人」

 

 彼の背に声を投げたのは額に畳んだタオルを乗せていた武だった。

 

「何だ、武」

 

「これからも、お前の事。俺達は信用してるぜ」

 

「ああ、分かってる。ありがとう」

 

 そう言って隼人は片手を上げて脱衣場へのドアを開けた。ドアを閉めて視線を絶った彼は恐怖に震える右手を抑えつけ、形容できぬ苛立ちを表情として浮かべる。

 

 また間違うんじゃないのか、その事だけが彼を苛む。今度こそ、間違えない、絶対に。そう心に誓った隼人は押し掛ける様に出てきた面々に顔を真っ青にした。




Blast10完結です!
さて、そろそろ一周年を迎えるBOO。記念的な事は何もありませんが、
応募用に仕上げた読みきりサイズの長編のアップやピクシブとのダブル連載(書き換えは基本なしの方針)をしたいと思っています。

さあ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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Blast11-1

 翌日の午前六時、道場で朝の鍛錬を行っていた隼人は刃の様に鋭い蹴り上げからの鋭い突きを放って呼吸を整える。

 

「朝から早いね」

 

 そう言われて振り返った隼人は道場の壁にもたれ掛って笑う浩太郎に笑い返した。

 

 お互いに寝巻兼用のジャージ姿で道場の床に敷いた座布団へ腰かけた二人は開けっ放しの縁側を見ながら話題を探る。

 

「そう言えば、気になってたんだけど隼人君って恋歌ちゃんのどこが気に入って付き合ってるの?」

 

「うぐっ。そ、それは……」

 

 ズバリ入り込む浩太郎の問いかけに視線を逸らしかけた隼人はニコニコ笑顔の彼に折れた。

 

「あ、アイツの……身長とか、む、胸。後、性格」

 

 恥ずかしそうに言う隼人に一瞬固まった浩太郎はもう一度聞き直して驚愕した。

 

「隼人君って、ロリ巨乳好きなんだ。それも子供っぽい性格の子が好みかぁ、へぇ~」

 

「そ、その言い方止めろ! 別に、胸だけを見て判断してるとかそう言うのじゃないんだ」

 

「まあ、気持ちは分かるよ。まあ、正直性格から好きになってもおかしくないしね、恋歌ちゃんは」

 

「そ、そうだろう?」

 

「でもまぁ、甘やかしすぎるのはどうかと思うよ」

 

 そう言って半目になる浩太郎にお前もだろ、と内心で返した隼人は大きな欠伸を噛み殺す。

 

「ん、く。眠い」

 

「あれ? どうしたの?」

 

「ん、ああ。ちょっとな、寝不足だった。まあ、俺はここで仮眠取るから。ランニングでも行って来いよ」

 

「あはは、寝過ぎないようにね。それじゃ」

 

 そう言って道場の出口に行く浩太郎を見送った隼人は風通しのいい道場の隅に移動して座布団をベットに眠った。

 

 そのタイミングでランニングウェアの加奈に付き添われた恋歌が眠い目を擦りながら道場にやってくる。

 

「ちょっと、恋歌。まっすぐ歩きなさい」

 

 毎日の習慣からか朝に強い加奈はフラフラと千鳥足の恋歌を引っ張る。

 

「眠い~。隼人~、何処よ~。あ、座布団だぁ」

 

「ちょっと、恋歌……あ~もう、知らない」

 

 フラフラと座布団の群れに近づく恋歌に舌打ちした加奈はランニングシューズを手に道場の出入り口に向かう。

 

「隼人が来るまで~隼人が来るまで~」

 

 そう言いながらフラフラと隼人が寝ている座布団の中に飛び込んだ恋歌は隼人を埋めながら座布団の上にダイブしてすやすやと眠った。

 

 それから二時間後、道場通いの子ども達が騒ぐ声で目を覚ました隼人は、その声に交じって武や楓がはしゃぐ声も聴いた。

 

(あ、やべえ。恋歌との約束が……。ん? なんで暗い?)

 

 恋歌の体重が軽いのかはたまたいるなんて思ってないのか、とにかく重みよりも目を開けても真っ暗な視界に驚いた隼人は体を動かす。

 

「むにゃあ」

 

 至近で恋歌の声がした事に驚いた隼人は自分が座布団に埋まっていることを理解して自分に被っている座布団をかき分ける。

 

「うぉおお、座布団の山から巨人が出てきたぜ皆!」

 

 茶化す武の声にムスッとしながら起き上がった隼人は伸ばした足の上に引かれた座布団で寝ている恋歌に気付いてため息を落とした。

 

「おう、おはようさん」

 

「ああ……武今何時だ?」

 

「十時ちょうど。ご愁傷様だな」

 

「ああ、最悪だ。座布団で寝るなって言われてたのによ」

 

「はっはっはー」

 

 直後、祖父に見つかった隼人は門下生達の目の前で舟をこぐ恋歌共々こっ酷く叱られて居間に戻ってきた。

 

「婆さん、悪い。朝飯あるか? 二人分」

 

「もうないよ不摂生な孫めが。アンタら二人近所の喫茶店で食ってきな」

 

「あいあい、分かったよついでにバイク取ってくる。そう言えば利也と夏輝は?」

 

「あのふたりゃあガラクタいじくってるよ。仲良さそうにね」

 

「分かった。何かあったら連絡してくれ」

 

 そう言って寝室の隣、荷物を置いている部屋に移動した隼人は寝ぼけ眼の恋歌の下着姿と遭遇した。

 

「ほぇ、隼人?」

 

「まだ着替えてねえのか。おら、バイク取りに戻るから早く着替えろ」

 

「ふぁーい」

 

 くあ、とあくびする恋歌に背を向けて着替えた隼人は武と楓、浩太郎と加奈がいる道場を突っ切って入口に移動する。

 

 手伝えと怒鳴ってきた祖父を無視して門の入り口で恋歌を待った隼人は、そこそこ目が覚めてきたらしい彼女と並んで自宅のガレージを目指す。

 

「お前、何時間寝る気だ。それに俺の時間奪っといて」

 

「休日ぐらいいいじゃないのよ~。アンタとの約束保護にしたのは謝るわぁ」

 

「そういう態度に見えねえんだがよ」

 

 そう言って隼人と恋歌は十分ほど歩いて自宅のガレージに到着する。鍵は常備しているのでバイクだけあればすぐに動かせる。

 

 鍵を差してセルを回した隼人は近くの収納ボックスから黒と赤のファイアーパターンが施されたフルフェイスヘルメットと白のヘルメットを取り出して白い方を恋歌に渡すと

奥から愛車のGSX-R1000を引っ張り出す

 

「このまま飯食いに行くぞ」

 

「う、うん」

 

 恋歌をバイクに乗せた隼人はキックでギアを入れると一気にスロットルを開けて加速した。

 

 住宅街に爆音が轟き、手を入れまくったカスタムバイクが大通りを疾走し、隼人持ち前のライディングテクニックによってノロノロ運転の車をごぼう抜きにする。

 

 速度を重視しない大衆車相手では十分すぎるほどに速いGSX-Rを商店街の共用駐車場に滑り込ませると徐々に減速して駐輪スペースにバイクを置いた。

 

「着いたぞ」

 

 そう言ってガードを上げた隼人は失禁寸前の恋歌に申し訳ない気持ちになった。

 

 そんなこんなで商店街内の喫茶店でモーニングを頼んだ隼人達は朝できなかった練習について話し合っていた。

 

「掌底?」

 

 モーニングの中から野菜だけ隼人の皿へ移した恋歌が半目の隼人に問い返す。

 

「ああ……。そうだ、掌底だ。お前がクラスアップする予定のタオシ―で使うんだよ。つか、ニンジンかブロッコリーどっちか食べろ」

 

 そう言ってフォークで一欠けらのブロッコリーとニンジンを小皿に弾きだした隼人は舌を出す恋歌へ皿を突き出す。

 

「うぇ~。意地悪」

 

「意地悪なものか。ちゃんと食べないからそんな身長なんだぞお前」

 

「ぷぅ~。それよりも話の続きっ」

 

 そう言ってブロッコリーを刺した恋歌を見た隼人は話を続ける。

 

「それでだな、掌底に合わせてタオシ―の気功砲撃を使うというアイデアをアニメ見て思いついた。で、知り合いに試してもらったら十回中四回成功した」

 

「成功率低いわね。やる意味あるの?」

 

「普通の人がやる必要は無いな。まあ、そもそも腕の打撃力が弱いお前用のアイデアだし成功しなくても安全な位置で出したなら普通の気功砲撃として打ち出せるんだ。練習あるのみだな」

 

「うー、でもここ最近やってないじゃないのよぉ」

 

「まあ、勉強優先だしな。お前と楓が足引っ張り過ぎ、授業中寝てるツケだバカタレ」

 

 そう言ってウィンナーソーセージを頬張った隼人はツナオニオンのホットサンドを手に取る。

 

「ば、馬鹿って! そこまで言われるほど馬鹿じゃないわよ!」

 

「……お前、得意科目は」

 

「体育、音楽、美術」

 

「五教科は?」

 

「に、苦手……」

 

 ブロッコリーの乗った皿を脇に避けて縮こまる恋歌にため息を吐いた隼人は携帯端末を机の上に投げるとスケジュール表を空間投影する。

 

「課題が残った場合の月曜からの予定表だ。まず帰宅後二時間勉強、それから家事手伝ってまた勉強―――」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 特訓は?!」

 

「お前らが課題終わらせたら入れるんだよ。あとちょっとだろ? ちゃんと手伝うからさ」

 

 必死に説得する隼人を上目使いで見た恋歌は涙ぐんで潤んだ瞳に苦笑する彼を写した。

 

「ホント?」

 

「ホントだホント。だから、頑張ろうな」

 

「うんっ」

 

 満面の笑みで頷く恋歌の頭を撫でた隼人はその様子を見て笑う老夫婦に気づいて慌てて手を除けた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ブロッコリーを食べるだのと揉めに揉めた一時間後、爆音を轟かしてバイクで帰宅した隼人は庭先で掃除していた門下生の前で止まり、恋歌を先に下ろした。

 

「あ、隼人お兄ちゃんだ。おかえり」

 

「ああ、ただいま。今日はもうみんな終わりか?」

 

「うん。あ、お兄ちゃん、バイク見てもいい?」

 

「別に構わんが、触るなよ。今熱いから火傷か皮膚が溶けるぞ」

 

「分かってるよ~。えへへ~」

 

 機械が好きらしい門下生の男の子が塀沿いに止めたGSX-Rを見に行ったのを見送った隼人はヘルメットを脱ぐと道場入口の脇から祖父宅の方に移動する。

 

 と、庭先で洗濯物を干しているらしい武と遭遇し、平然と女性用下着を干す彼の変態じみた表情を流し見ると平手で頭を叩いた。

 

「ってえ!」

 

「ちゃんと仕事しろ、このスケベ野郎が」

 

「へん、労働にも休憩は必要だぜ」

 

「二十分そこらだろうがとっとと済ませろ」

 

「へーいへい、手厳しいねぇ。毎日やってりゃ手早く済むってかぁ? カーッ、ロマンがねえ奴。パンツとかブラとか! 一度は触って嗅いでみてえじゃねえか」

 

 そう言って力強く言う武に半目になる隼人はちょこちょことひな鳥の様についてきた恋歌に気づく。

 

「武、あんた何やってるのよ」

 

 同じ様に半目になる恋歌に武は誤魔化す様に笑う。

 

「洗濯物を預かっといて変態行為に手を染める訳? はん、聞いて呆れるわこのクズッ」

 

 そう言って武にヘルメットを投げようとした恋歌を隼人が寸でのとこで止め、ヘルメットを奪い取って恋歌を先に行かせる。

 

「わ、悪い。助かった」

 

「べ、別にお前の為じゃない。洗濯物が泥だらけになっても困るしな」

 

「へーいへい。そう言う事にしとくかね」

 

 そう言って苦笑する武に仏頂面でそっぽを向いた隼人は玄関から帰宅する。

 

「ただいま婆ちゃん」

 

「あら、お帰り。あ、はーくんや。買い物行ってくれんかね」

 

「分かった、何買ってくればいい?」

 

「これに買いとるから頼んだよ」

 

 そう言ってメモを渡してきた祖母に頷いた隼人が玄関から出て行くのを名残惜しそうに見送った恋歌は居間で勉強させられている楓と彼女を囲む面々に気づき、血の気を引かせて引き返そうとする。

 

「恋歌」

 

 周りをよく見ている加奈に呼びかけられて体を硬直させた恋歌はぎこちない動作で振り返ると頭一つ分くらい高い加奈が目の前にいる事に驚いて腰を抜かした。

 

「恋歌、リアクションオーバー過ぎ。あとお帰り。さ、勉強しようか」

 

「ひ、ひぃいい! 嫌! 絶対に嫌よ! 勉強なんかぁああああ」

 

「うるさい」

 

 ぱん、と泣き喚く恋歌の額を軽く叩いた加奈は首根っこを掴むとそのままずるずる引っ張って居間に連れ込んだ。

 

「勉強を終わらせないと、私たちは特訓できないんだから。分かってる? 恋歌」

 

「わ、分かってるわよぅ……」

 

「隼人はいないけど、その分私たちが手伝うから。だから頑張って」

 

 そう言って畳に座らせた加奈は頬を膨らませる恋歌にため息をつきながら彼女が残している課題を取り出して広げた。

 

「残っているのは後、数学と物理だけ?」

 

「うぅ……」

 

「数学と物理、か。夏輝お願い。楓は私が見るから」

 

 そう言って後退した加奈は仮眠を取る利也とその隣で読書をしている浩太郎を流し見ながら、楓の隣に座る。

 

「うぇ~加奈ちゃんやってよぉ~」

 

「……赤点取らない為にも、ちゃんと覚えて」

 

「分かってるけどぉ~」

 

 机に突っ伏す楓の背を撫でる加奈は物静かな男子二人を流し見ると楓が詰まっている問題を見た。

 

 それから三十分、買い物を終えた隼人がレジ袋を片手に台所に移動し、冷蔵庫に移し替える間も武を加えた男子は極力介入せず黙って待っていた。

 

「婆さん買い物終わらしたぞ」

 

「お、そうかい。じゃあお昼作っとくれ」

 

「あいよ」

 

 そう言って隼人は台所に引っこんでいき、暫くして料理をする音が聞こえ始める。

 

「もうちょっと~もうちょっと~」

 

 朦朧と呟き、目を回す楓に苦笑した加奈は人数分の麦茶を置いていった隼人を見上げ、小さく頭を下げた。

 

 麦茶を飲みながら楓を励ます加奈は机の上に乗った胸を見て自分の少々貧しいそれを見下ろす。

 

「ん~? どったの加奈にゃん」

 

「……別に」

 

 頬を赤く染めてそっぽを向いた加奈に暑さと頑張り過ぎでボーっとしている楓は首を傾げた。

 

「ひ、ひひひ、後何問かしらぁ」

 

 楓の隣、目を回しながら問題と向き合っている恋歌にドン引きの加奈を他所に慌てて台所に引っこんだ夏輝が冷却シートを彼女の額に貼り付けて知恵熱を覚ました。

 

「ふー、それにしても暑いねぇ」

 

 そう言って服の胸元を掴んで仰ぐ夏輝から見えた胸に楓と加奈は揃って赤面し、そっぽを向く。その様子の意味が分かっていない彼女は首を傾げて二人を見つめた。

 

(谷間凄い)

 

 そう内心で呟きながら麦茶のおかわりを貰いに行った加奈は手慣れた様子で料理をし、品数を増やしていく隼人の横顔を見ながら麦茶の入ったポットを取り出す。

 

「ん? ああ、加奈か」

 

「何?」

 

「いや、誰かな、と思ってな。食うか?」

 

「良いの?」

 

「内緒にしてくれるならな」

 

 そう言ってだし巻き卵の端を加奈の口に押し込んだ隼人は恋歌にやりたかったなぁ、と内心で思いつつも美味しそうに食べてくれる彼女の表情を見てそっと笑う。

 

「味は大丈夫そうか」

 

「うん」

 

「今度、コウに作ってもらえ。前、レシピ教えたから」

 

「そうする。お弁当のおかずになるし」

 

「ああ、そうだな」

 

 苦笑する隼人に仏頂面を向けて加奈はその場を後にしようとする。と、そこで何かを思い出したらしい彼に呼び止められた。

 

「な、何?」

 

「そう言えば、向こうの様子はどうだ?」

 

「二人ともハイになりながら頑張ってる。もうちょっとって所」

 

「分かった。じゃあ、もうちょっとかかりそうだな」

 

「うん」

 

 頷いた加奈を見送る隼人を背に彼女は居間に戻る。

 

 だが、開けっ放しのふすまからは何の声も聞こえず、何でだろうと疑問に思って覗き込んだ加奈は三人川の字で寝ている恋歌達を見つけた。

 

「あ、終わってる」

 

 楓と恋歌のノートをチェックした加奈は台所に戻って隼人に報告すると戻ってきてちゃぶ台の周囲に座って寝ている三人をじっと見ていた。

 

 両サイドの恋歌と楓に強く抱き付かれているのか苦しげにうんうん唸る夏輝の胸を凝視した加奈はそろそろと這い寄ると夏輝の上に寝転がる。

 

「う、うぅ……重いよぉ……」

 

 三方向から圧迫されている夏輝が苦しげに呻くのを他所に夏輝の上で柔らかな温もりを味わっている加奈は教え疲れたもあったのか段々と眠くなり、

眠気に抗おうとしたが速攻で負けて寝入った。

 

「おーい、飯に……」

 

 そう言って居間に来た隼人は四人並んで寝ている女子を見てフッと頬を緩ませると、扇風機を彼女らに向けて男子と祖母を台所のダイニングテーブルへ呼んだ。

 

 それからしばらくして、目を覚ました加奈は夕暮れの日差しに気づいて慌てて夏輝達から転がり離れ、体を起こすとちゃぶ台を囲んで隼人達が携帯ゲームをしていた。

 

「おう、おはよう」

 

「い、今何時」

 

「午後の六時前。よく寝てたぞ。ああ、昼飯なら夕飯にも出すから安心しろ」

 

「そ、そうじゃなくて。わ、私、えっと、その」

 

「BOOの事なら気にするな。夜やればいいんだそれに急ぐ必要があると言う訳でもないからな」

 

 そう言って画面を凝視する隼人に加奈は申し訳なさそうに縮こまってしまう。そんな彼女を流し見ながら隼人はゲームの過程をクリアする。

 

「まあまあ、加奈ちゃん。隼人君が大丈夫って言ってるんだから大丈夫だよ」

 

「そ、そう……?」

 

「うん、大丈夫。っと、隼人君。着替えとお風呂用意しといた方がいいよ」

 

 突然そう言いだした浩太郎に加奈と隼人がおんなじ表情で驚く。

 

「何でだ?」

 

「夏輝ちゃんの全身、加奈ちゃん達の涎塗れだから」

 

「あー……。分かった、風呂の用意してくる」

 

 そう言ってゲームを中断した隼人は風呂場の方に移動し、それに武も追従する。そして、残った利也も着替えを取りに移動し、浩太郎は女子の見張りで残った。

 

 残った加奈も寝汗に気づいて嫌そうな顔をする。そんな彼女に気づいた浩太郎はそそくさと着替えを取りに引っこんでいく。結局一人残った加奈は自分より背の低い恋歌を抱き枕に横になった。

 

「……寂しい」

 

 そう呟いた加奈は起きているのが一人である状況に不安を覚え、恋歌を抱きしめる力を強めた。

 

「寂しいよぅ」

 

 ぐす、とべそを掻く加奈はその頭にそっと置かれた手に気づき、顔を上げた。

 

「大丈夫です、私たちがいますから」

 

 起きていたらしい夏輝がそう言って優しく微笑む。聞かれていたのか、と恥ずかしくなるよりも早く安堵が加奈の内心から湧き上がってきた。

 

「どうしたんですか、加奈ちゃん。泣きそうですよ?」

 

「ふ、不安……だったから」

 

「ふふふっ、甘えん坊で寂しがり屋ですね。加奈ちゃんは」

 

 そう言って撫でてくる夏輝に自分に甘い兄や姉の面影を感じる加奈は遠慮せず甘え、恋歌を抱きながら夏輝に体を寄せる。

 

「あ、あの加奈ちゃん。ちょっと窮屈……あとすごく蒸れる……。着替えたい……」

 

「着替えなら利也とコウ君が取りに行ってる。後、隼人と武が風呂の準備を」

 

「うちの男子ってホント気遣いうまいですよね……」

 

 そう言ってため息を吐く夏輝の表情を見る加奈は廊下の方から聞こえる足音を楽しげに聞いていた。

 

「ただいま~帰ったぞー」

 

「お帰り、爺さん」

 

「おう。何じゃ、風呂の準備をしとったのか。気が利くのぉ」

 

「言っとくけど爺さんの為じゃねえからな。居間で寝てる女子の為だ」

 

「ジジイに厳しいのうこの孫は。若い娘っ子優先しても何ともならんじゃろうに」

 

 やれやれと言いながら居間に来た隼人の祖父に狸寝入りを決め込んだ二人は台所に移動した祖父に安堵していた。

 

「老い先短けぇ爺さん心配しても何の得にもならんだろうが」

 

「おい孫よ、お前の辞書に敬老と言うものはないのか」

 

「そう言う爺さんの辞書にゃ遠慮がねえだろうが」

 

 通りすがり様に祖父の肩を叩いた隼人は居間に戻ると夏輝達を起こす為にしゃがみ込み、彼女らの肩を掴んだ。

 

「おい、そろそろ起きろ。夕方だぞ……って夏輝と加奈は起きてるな」

 

 揺さぶってきた隼人が冷静にそう言ったのに二人はビクッと体を竦ませる。

 

 何で分かる、と二人して同じ事を思っていると本気で寝ている楓と恋歌が服を脱ぎだしたのを体の動きから感じ取って二人して慌てて起き上がった。

 

「お、おはよう二人とも。どうしたって……ぬおぉお!」

 

 胸の下側まで見えている恋歌と楓に焦った隼人はその声で起きたらしい二人の不機嫌そうな視線を受けて気まずそうに顔を逸らした。

 

「お、おはよう。二人とも」

 

「今何時……?」

 

「六時……。あの、よ……。服、着てくれねぇか」

 

「ふえ……? へ……ひ、ひやぁあああああああ!」

 

「ばっ馬鹿! 大声出すな!」

 

 慌てて抑えにかかる隼人は驚いて悲鳴が引っ込んだ恋歌を押し倒し、間が悪く来た祖母にその現場を目撃された。

 

「なっ、何をしとるんさねバカ孫!」

 

「ちょ、ちょっと待て婆さん! 事故だ事故! 襲ってねえし!」

 

「ええい、分かっとらんさね! 人払いをしてからやるもんさそう言うのは!」

 

「止めねえのかよ!」

 

 押し倒したままツッコミを入れた隼人はまんざらでもない様子の恋歌を見下ろし、ローテンションで彼女から離れた。

 

「おーい、何だギャーギャーと。飯の準備しねえのか?」

 

 そのタイミングで武が隼人を呼びに来、楓の格好に慌てて彼女の服を直すと女子を風呂に案内する。

 

「お前、女運ないなぁ」

 

「女難の相なんか聞いた事ないぞ俺は」

 

「いや、何かな限定的に女運ない気がするぞ、お前は」

 

 そう言って台所に移動した隼人と武は利也と浩太郎の足元の発泡スチロールにある捌かれていない十匹近いアジに気付いた。

 

「おい、こんな立派なアジ、どうしたんだ?」

 

「お爺さんがお刺身用にもらって来たらしいけど捌けなくてね、持て余してたんだ。隼人君、お願いできるかい?」

 

「ああ、任せろ」

 

 そう言って包丁を手に取った隼人は魚を捌きながら武に作ろうとしていたメニューを伝える。

 

 すっかり料理人が板についた四人は長風呂でいない女子の料理も食べたいなどと考えつつ、料理を教えるのは自分たちかもしれないとも思いながら、それぞれの作業を続ける。

 

「お、隼人。アジ、捌いてくれてんのかい?」

 

「ああ。爺さん良いアジもらったな。油が凄いぞ」

 

「旬だからな、うめえぞぉ」

 

 大笑いしながら居間に行く祖父にふっ、と笑った隼人は切り分けた刺身を皿に並べていく。その隣では武が海藻の酢の物を作り、利也はしじみ汁と炊飯と麦茶の用意、浩太郎は恋歌用に焼き肉のたれで炒め物をしていた。

 

 五つ捌く予定の隼人は人数分ある事を理解した上で武達用につまみ食いの味の刺身十枚を並べ、醤油を出した。

 

「人数分あるし、ちょっとだけ頂こう」

 

「お、良いなぁ。美味そうだ」

 

「お先に頂くぞ」

 

 そう言って隼人は二切れひょいひょいと食べてしまう。

 

「うん、美味いな。脂が乗ってる」

 

「ホントだ、美味しいね」

 

「こんな上物もらって来たってマジかよ爺さん。美味いな」

 

「加奈ちゃんも喜びそうだ」

 

 思い思いの感想を言いながら食べていた四人は風呂から出てきたらしい女子と目が合い、慌てて皿を流しに隠した。

 

「あー! 何々?! 何食べてたの~!? ねえねえ!」

 

「う、うるせえっ、飯に出すおかずの味見だ! 分かったならさっさと居間に行けっ」

 

「えー……って、あ! アジだ! って事は晩御飯はお刺身?!」

 

 こと食べ物になるとうるさくなる楓を往なそうとしていた武だったが仕方ないな、とつまみ食いのおかわりを出した隼人に諦めたらしく何も言わなくなった。

 

「脂が乗ってておいしいぞ。醤油とわさびも置いとくからな」

 

 そう言ってダイニングテーブルに置いた隼人はきゃあきゃあと姦しい声を出しながら食べる四人に微笑を浮かべ、男子三人にニヤニヤと笑われる。

 

「な、何だよ」

 

「普段あんな感じなのに優しいねぇ、五十嵐君は」

 

「べ、別に……そんなつもりじゃねえよ。何だその眼は!」

 

「おうおう、照れちゃって。じゃ、俺らは俺らで美味しいご飯作りますかね」

 

「む、無視するな!」

 

 顔を赤くして調理場に戻った隼人にニヤニヤと笑う三人は手早く調理を終えて夕飯準備を終えた。

 

「飯にするか。加奈、ちゃぶ台拭いてきてくれ。夏輝、冷蔵庫の上から二番目の大皿に昼飯の残りがあるから出してレンジで加熱してくれ。恋歌は取り皿と箸とコップ並べといてくれ」

 

 てきぱきと指示を出しながら盛り付ける隼人はお盆を二つ出して盛り付けたものを乗せていく。

 

「持ってけ」

 

「うい」

 

 手慣れた動きで運ぶ男子に負けじと女子も続く。さっさと済ませた探偵部は居間のちゃぶ台を祖父祖母と囲んで夕食を食べる。

 

 祖父が酒の肴に刺身を食べているのを他所に黙々と食べる隼人は刺身を食べている恋歌をじっと見ていた。

 

「な、何よ」

 

「いや、お前が料理できる日が来るのかなってな」

 

「そんなのすぐ来るわよ。……包丁の使い方忘れたけど」

 

 最後なんて言った、と隼人がツッコミを入れ、それに恋歌が気まずそうに縮こまる。

 

 そんなやり取りを交えながら夕食を終え、男子が風呂から出てきた午後八時。やっとこさBOOが出来る彼らは三日ぶりにログインした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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Blast11-2

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

―――― 午後8時10分:モウロ・ガバメントセンター ――――

 

 ケリュケイオンがケロスが復興するまで駐在を命じられていた為に身動きできない隼人は恋歌、浩太郎、加奈を連れてモウロ中心区にあるガバメントセンターを訪れ、NPCが担当している受付の方に移動した。

 

「いらっしゃいませ、どのような用件で?」

 

「クラスアップを行いたい。四人だ」

 

「分かりました、少々お待ちください」

 

 今日、彼らがここに来たのは今回の目玉、隼人、恋歌、浩太郎、加奈の四人のクラスアップを行う為である。

 

 クラスアップは各町にあるガバメントセンターにて手続する事でファンシアの一部機能が解除され、解除後一度だけクラスアップが可能となる。

 

「アップデートを行います。ファンシアを受付に預けてください」

 

 隼人達は元々クラスアップしていたが、何でも行うという傭兵としての事情により四人は敢えてクラスダウンを行い、元々多方面に特化していた性能を少しばかり汎用的に変えていたのだ。

 

 だが、度重なる戦闘任務に加えて依頼ではなく自衛目的の戦闘やこちらから仕掛ける必要性のある戦闘などが増えてきた。

 

 それらに対応する為にクラスアップで戦力を戻し、さらに増強する必要性が出てきたので今回のクラスアップに至ったと言う訳である。

 

「アップデート完了。ファンシアを返却します。またのご利用をお待ちしております」

 

 機械的な礼をした受付に背を向けてその場を後にした隼人達は徒歩十分の西地区まで防寒装備のフードを被って移動する。

 

「これで、クラスアップできるな。倉庫まで移動してそこでやろう。新装備の装着も兼ねてな」

 

「了解だよ。それにしても、よく装備を整えられるだけのお金があったね」

 

「積立金だよ。今までのな。こうなる事はある程度予測できていたから貯めておいたのさ」

 

 そう言って移動した隼人は浩太郎の含み笑いを通信機越しに聞きつつ、西地区まで小走りに進む。そして、間借りしていた倉庫に入ると待っていた武達がマスクを下ろす。

 

「すまん、遅れた」

 

「良いって事よ。それよりも早く要件済ませて肩慣らしと行こうぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

 そう言って笑った隼人は三人とアイコンタクトを交わして、あらかじめクラスアップする物にセットしていたファンシアのクラスアップパネルをタップした。

 

《クラスアップ開始:ハヤト:クラス:モンクからインファイターへ》

 

 瞬間、隼人の全身から白い光が放出され、クラスアップ完了の表示が隼人の網膜に映し出される。そして、姿は変わらずともステータスが変化してる肉体を見下ろす。

 

「流石に性能は試さねばわからないか……。さて、皆それぞれの新装備に変えてくれ」

 

 そう言ってコンテナを配った隼人は各々で支給された装備を装着する様子を見ながら、自身の装備を古いものと交換した。

 

 隼人の新装備は武装のみであり、威力は高いが使い勝手が少々悪い今の装備よりも取り回しと威力のバランスに優れた装備の方が都合がいいと判断した隼人は腕部に射出機構底部にブレードを追加した新型の電磁加速式パイルバンカーを装備。

 

 脚部にはパイルバンカーを廃し、火薬の勢いそのままを地面に叩き付けるブラストランチャーを踵に備えたブーツを装着。防具は今のままで十分な為、敢えて変えなかった。

 

「俺の新装備は武装だけだな。ああ、タケシやリーヤも武装だけだな」

 

「まあな、武装のアップグレードだけでも十分なくらいに補強になるさ」

 

「まあ、もともと俺は防御を重要視していないし、タケシは高ランク装備だから強化不要、利也は後方射撃が主になったから防具そのままでも問題無くなったしな」

 

 言いながらコンテナを閉じた隼人は新型ガンブレード『M28A2 グレイヴ・メーカー』を素振りしている武の肩を叩いて諌めると元の位置にコンテナを戻す。

 

「コウは……衣装の色が黒くなったせいか忍者っぽい格好だな。フードとかアサシンっぽいアレンジは入ってるが」

 

「あはは、どう? かっこいいでしょ」

 

 そう言ってバク宙をかます浩太郎に苦笑した隼人は徐に腕を出した彼が展開したブレードに度肝を抜かれ、慌てて体を引く。

 

「びっくりさせるなよ」

 

「あっはは、ゴメン。新装備にこれも入ってたからさ、全身に着ける隠しワイヤー付きのブレード。後はクロスボウガンとベクターかな。まだ追加するんだろうけど。因みにベクターは加奈ちゃんが使ってた奴」

 

「重装備だな、機動力とかは大丈夫か?」

 

「まあ、基本バッグに入れるし、ベクターは限定的過ぎてそんなに使えないからね。メインはクロスボウガンとかになるかな」

 

「お前が正面戦闘をするとなるとかなり不味い状況だろうしな。そう言う方針で頼む」

 

 隼人がそう返したのに浩太郎は頷き、その隣で着替えていた加奈の方を振り返るとフード付きのローブに苦戦する彼女の着付けを手伝った。

 

「うん、うん。こうだね。それで……よし。終わったよ」

 

 着付けを終え、加奈の頭をポンポンと叩いた浩太郎は頷いた彼女から少し離れると大型のウェポンコンテナから大戦斧を二振り引き抜いた彼女が重量のあるそれを大きく振り上げる。

 

 そして斧を地面に叩き付けた彼女は身の丈に匹敵する全長のそれを回しながら背面にマウントする。

 

 死神を思わせる様な漆黒のローブに先の破れたロングスカートを組み合わせ、上半身にはブラだけを身に着けるという大胆な基本仕様に防寒用の黒セーターを身に着けていた。

 

「やはり、胸が無いとこういう服は似合わない」

 

 ぺっちゃりした胸を見下ろす加奈に浩太郎以外は揃って視線を逸らし、当の本人はそれを気にしていないかの様にニコニコしていた。

 

「胸が無い方が僕は好きだな。いじりがいがある」

 

「女は機械じゃねえんだぞ……」

 

「あはは、だから良いんじゃないか」

 

 まぶしい笑顔の浩太郎から真っ黒いオーラが見えた気がした隼人は鈍い汗を掻いてそのまま視線を恋歌達三人の方に逸らした。

 

 そっちでは全体的に大きい夏輝が着付けに苦戦しており、すでに装備を変えていた二人がかりで無理やり着せている状況だった。無論周囲に見える光景は真逆の様子であるが。

 

「ああっ、もう! 入らないじゃない!」

 

「い、いたたっ。恋ちゃん、もうちょっと優しく!」

 

「無理よっ。大体何でこんなに胸デカいのよ!」

 

 魔術師っぽい風体の夏輝が身に着けた白のフリルシャツをボタン留めしようと頑張っていた恋歌は締めた瞬間に外れたボタンに額を弾かれ、泣いていた。

 

 恋歌から楓が作業を引き継ぎ、夏輝の胸の上側は開けっ放しにして腰に簡易リグ付の黒いコルセットを着け、スカートは片側に大きなスリットを入れた黒のロングスカートを着用。

 

 全身を覆う様に青い花弁状の模様が線で描かれたマントを装備し、頭に円形帽を被った。追加装備として利也が使用していたものと同型のモノクルディスプレイを装着するとスイッチを入れて通信マイクを展開した。

 

「ふいー、取り敢えずこれくらいかな。じゃ、後は新武器を持ってこようかね」

 

 そう言って武装収納コンテナの方に移動した楓は三人分纏めてある武装コンテナを持ってくると解除レバーを引いて中身を解放した。

 

 長物用のコンテナの側面が解放され、そこからラックに装着された三人の新しい武器が現れる。彼女達はそれぞれの武器を手に取ると背面のマウントラッチに一度装着し、そこから再び手に取った。

 

「私のは伸縮式の薙刀と手足のアッパープレート、腕、腰、足のワイヤーブレードね。手の方、見た感じ普通なんだけど」

 

「掌の方見てみろ、砲口が付いてるだろ? 気功砲撃用の物だ。あと指の部分が内側に来るとセイフティで発砲できなくなるから気をつけろ」

 

「はいはい、分かったわ。で、薙刀は石突だっけ? ここ、変形するのね。ビーム出るの?」

 

「いや、そこはスラスターだ。突進攻撃とか空中での姿勢変更が出来るぞ」

 

「マジで?!」

 

 目を輝かせる恋歌に引き気味に頷いた隼人を他所に新しい刀、『村雨丸・甲』をムラサメマルと交換した楓は右肩に装備した草刷り型の反応装甲の具合を確かめると腰に鞘を懸架する為の分割式二段のソードキャリアーを装着する。

 

 左に装着したキャリアーに村雨丸を下げた楓は村雨丸の下にあるキャリアーに地面に置いていたバッグから取り出した威綱を下げ、体を軽く動かして荷重位置を確かめる。

 

 あらかた確認を終えるとマガジンポーチを二つ備えた拳銃のホルスターを右太ももに移動し、背面マウントに下ろしていたバッグを取り付けた。

 

「見た目バランス悪そうだな、その装備方法」

 

「んー? 想像してるほど悪くはないかなぁ。ほら、こっち側、肩に装甲付けてるし」

 

「ああ、反応装甲がカウンターウェイトになってるのか」

 

 納得する武にえへへ、と笑った楓はその隣で、対車両狙撃用に用意されたレールガンの照準と出力の調整を行う利也と彼の隣で機械で構成された魔法補助兼射出用の長杖のセイフティ解除作業を行う夏輝の二人を見た。

 

 ファンシアとレールガンの二つを使って調整する利也をちらちら見ながらファンシアを基部に繋いで登録認証を行っている夏輝は大胆に開いた胸を見下ろすと魅力ないのかな、と思いながら作業を進める。

 

 一方で作業に集中している利也は満足のいく調整になった所でレールガンを立て掛けていたバッグに収め、夏輝の方を振り返っていの一番に巨乳が視界に入り込んだ。

 

「あ、利也君。どうしたの?」

 

「え?! あ、いや。その服装可愛くて似合ってるなぁって」

 

「そ、そうかな……。ちょっと胸のあたりきついけど……似合う?」

 

「う、うん。とっても」

 

「えへへ、ありがとう」

 

 そう言って笑う夏輝にどぎまぎしている利也は赤い頬を隠そうともせず、立てていたバッグからMk17を取り出して背中にマウントする。

 

 そんな彼に気恥ずかしさを感じた夏輝もファンシアに視線を戻し、認証完了の表示を見てファンシアから伸びていた接続コードを本体に巻き取って、腰のバッグの小ポケットに収めた。

 

「調整完了です。あ、待ってた……?」

 

「まあ、そうだが……。武装の仕様上、仕方ないしな。さて、全員準備は済んだな。じゃ、一つ腕試しと行こうか」

 

 そう言うと夏輝を含めた全員を見回した隼人はファンシアのホロプロジェクターでマップを映し出すと赤点のブリップでポイントを示す。

 

「ここって……訓練場? 普通の場所だよね」

 

「ああ、そこで今訓練中の新人にテストをってな」

 

「大人げないよ。ま、様子見に行くのもいいかもね」

 

 そう言って立ち上がった利也に先んじて倉庫を出た隼人は吹雪から顔を守りつつ、利也達を後ろに連れて目的地に徒歩で向かっていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

《午後九時:モウロ中央区:一般向け訓練所》

 

「って事なんだが、良いか?」

 

 雪を払いながらそう言った隼人の視線の先、コーチらしくジャージ姿の咲耶がうーん、と形だけ悩むふりをしながら秋穂達の方を見て承諾する。

 

「オッケー出たぞ。最初、誰がやるんだ?」

 

 そう言って武達の元に戻っていく隼人は手を上げながらすれ違った加奈に苦笑し、彼女をリングに上げた。リング上で背中に手を回している彼女に対するのは両手に柄を掴んでいる秋穂だった。

 

「じゃあ、始めるわよ」

 

 そう言って手を叩き離脱した咲耶は左の手に掴んだ斧を秋穂目がけて投擲、その間に右の斧を構える。

 

 ブーメランの様に投げられた斧を回避しながら距離を詰めた秋穂は右の斧での打突を回避し、背後を取る。

 

「もらいッ!」

 

 瞬間、柄から光の刃を出した秋穂は打突の動きで前に加速した加奈に驚きつつ、追撃。ワイヤーで投擲した斧を引いた加奈の横薙ぎを回避したが右のラケットの様に広がった斧の面で殴り飛ばされた。

 

 元々質量兵器である斧の打撃は芯に至るほど強く、重い物だった。それ故に転がされた秋穂のダメージは斬撃のそれと変わらなかった。

 

「キッツぅ……。重い武器だからって舐めちゃいかんね」

 

 軽口をたたく秋穂を加奈は殺気に満ちた目で見つめる。まるで黙していろと告げるかの様な視線に口笛を吹いた彼女はセイバーを連結させて柄を腰に当てる様に構えた。

 

(強くなったつもりでいたけど全然じゃん。これが加奈姉の、本当の実力)

 

 重量武装を扱う事に長け、大雑把ながらも要所で的確にコントロールする能力。軽量武器を扱うアサシンでは役に立つ事は無い能力だ。

 

「来ないの?」

 

 考え事をしていた隙を指摘され、秋穂はぞくりと背筋を震わせる。下がろうとして真横に突き立てられた斧に威圧され、足が止まる。

 

「じゃあ、こっちから」

 

 瞬間、斧の柄尻についたワイヤーをガイドに両膝での蹴りを秋穂の顔面にぶち込んだ加奈はのけぞる彼女に引き寄せた二つの斧を向ける。

 

「ショートカット『アックスバーン』」

 

 淡々とした死神のつぶやきの後に重量級の一撃が秋穂の総身に衝撃を与え、束の間呼吸が出来なくなった秋穂はめり込んだ地面で苦しげに息を漏らした。

 

「終わり」

 

 そう言って斧を背中にマウントした香美はシュミレート判定でキル扱いされた秋穂に背を向けると、彼女に親指を上げたサムズアップを向ける。

 

「やり過ぎだ、加奈」

 

「ごめん。でも、いい仕上がりになってる。あなたも試せば?」

 

「そのつもりだ。だがその前に回復させなければな」

 

 短時間でありながら、初めて晒された強い殺気とプレッシャー、そして即死攻撃によって物凄い勢いで体力と精神力を消耗していた秋穂はベンチに戻され、代わりに香美が出てきた。

 

 対するのは咲耶に頼まれて出てきた楓と武の二人だ。彼女らはストック部分しか見えないP90を装備した香美を見ながらひそひそと話を始める。

 

「ねぇ、ホントに良いの?」

 

「姉御が大丈夫ってんだから大丈夫だろ」

 

「うーん、気が引けるなぁ」

 

 そう言いながら離れた楓に苦笑した武はガンブレードを構えると腰が引けている香美にしゃんとしろ、とサインを出す。そして、開始の合図と共に銃口を彼女に向ける。その瞬間、ガンブレードが弾かれた。

 

 目を見開いた武は息を荒らしながらP90を構える香美の方を見ると中距離を意識したロングバレルに中距離スコープのACOGサイトを乗せたカスタマイズモデルを構えており、その顔が嬉しそうな表情に徐々に変わっていく。

 

「や、やったあ! 出来た! ぶへっ」

 

 飛び跳ねるほど喜び、居合一閃でぶっ飛んだ香美に何かを吹いた武は容赦なく刀を振るった楓の頭をげんこつでぶん殴った。

 

「あだーっ!? ふえええ、パンチ?! パンチ何で?!」

 

「喜んでるとこに攻撃ぶち込む奴があるか! ちったあ空気読め! つうかお前気が引けるっつって何でそんな容赦ねえんだよ!」

 

「え、ええ……だって負けたくないじゃん。勝負なんだしぃ」

 

 そう言って頬を膨らませる楓にため息を吐いた武は顎に入ったらしく目を回す香美を抱えてベンチに向かう。

 

「ったく、お前は後輩の成長を見ようとは思わねえのかよ」

 

「み、見る気あるもんっ! 馬鹿にしないでよね!」

 

「馬鹿にしてはいないけど、現在進行形で実行中だからな? お前」

 

 そう言って香美を寝かせた武は彼女が持っていたP90を回収するとセレクターをロックモードに入れる。

 

「さっきの射撃、マルチロックオンに備えた射撃方法かね。姉御、どういう方針だ?」

 

 ロングバレルのP90を香美の枕元に置いた武はそう問いかけながら苦笑している咲耶の方に振り返る。

 

「あなたの言う通りよ。マルチロックオン戦法を使う為の練習。ロックオンから射撃までコンマ1秒で射撃する練習してたのよ」

 

「こ、コンマ……。厳しすぎねえか」

 

「厳しいも何も、マルチロックオンはもともと索敵用なんだから効果短いのよ」

 

 そう言って平手を振る咲耶に呆れ半分に返事する武はゾンビ宜しくフラフラとやってきた秋穂に首を傾げていると香美に被さった彼女を慌てて引っぺがした。

 

「何やってる?!」

 

「ナニをやっております! ほら! VRでもくっきり!」

 

「レイティング変わるから止めろ!」

 

 羽交い絞めにして取り押さえた武ははぁはぁと荒い息を吐く後輩にドン引きしつつ、順調に練習試合をこなす面々を見て援護を求めた。

 

「誰かっ、助けろ! 百合女子の扱いなんか慣れてないぞ!」

 

「あ~、武? そう言う時は緩衝材に恋ちゃんを使えばいいんじゃないかな」

 

「そ、それでいい!」

 

 テンパり過ぎて判断できなかった武はギャーギャー喚く恋歌を緩衝材に三人を寝かせた。

 

「ちょっ、アンタどこ触って! ギャー! そこはダメ! ぜぇったいダメ! 隼人しかダメ! 開発していいのは隼人なんだから!」

 

「おい、アイツらキルしていいか」

 

 大音量で喚き散らす恋歌の言葉を聞いてパイルバンカーを構えた隼人に全員がギョッとなって彼を止める。

 

「お、落ち着け! お前バンカーで何する気だ!?」

 

「殺す」

 

「ストレートだなお前! 彼女だろ!? 後ろめたくないのか!?」

 

 そう言われて思い止まった隼人は喚いている恋歌の方に歩み寄ると片手で口を抑えつけ、彼女の耳元に口を寄せると戻ってきた。

 

「何て言ったんだ?」

 

「秘密だ」

 

 そう言って眠たいから、とその場を後にした隼人についていこうとして振り返った武はついて来ようとしている恋歌のがくがく揺れる膝を見て大体言ったことを察した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ゲームから帰ってきた隼人達は風呂の湯を抜いた祖母からのお叱りを受けてシャワーで済ませ、目が冴えて寝れなくなっており全員居間でテレビを見ていた。

 

「なぁ、アニメ見せてくれよぉ~。何でバラエティ見るんだよぉ~」

 

「帰って見ろ。録画してるんだろう?」

 

「そりゃそうだけどさぁリアタイで見れるんなら見たいんだよぉ」

 

 うだうだと愚痴る武を無視してテレビのリモコンを居間に置いた隼人は台所に引っこむと飲み物をコップに注いで戻ってくるとエアコンのリモコンを操作してちゃぶ台の周囲に座った。

 

 コップを置いて深夜のトークバラエティ『クモトーク』を見ていた隼人は飲み物に気づいた武がニヤニヤしながら引っ込むのにため息をついてテレビに向き直った。

 

「おいおい隼人君、こんな物開けやがって怒られるぞー」

 

 そう言いながらチューハイ缶二本を持ってきた武に含んでいた酒をぶちまけた隼人は噎せつつ、人数分のコップに注ぎだした武から缶をひったくった。

 

「おいおい、何してんだよ!」

 

「こっちのセリフだ馬鹿野郎! 酒癖悪いの二人いるだろ!?」

 

「二人だけじゃねえか。あ」

 

 間抜けた声を上げる武に背後を振り返った隼人はすでに飲み干している酒癖の悪い楓と恋歌に真っ青になった。

 

 その間、マイペースに普通の味とブラックペッパー味の柿の種を肴にして飲んでいる利也は酒に弱い自分とは対照的に意外と強い夏輝に二杯目を注いだ。

 

「よく飲むね、夏輝ちゃん」

 

「お酒は味より、雰囲気です。楽しく飲むときは、楽しくですよ」

 

「多分これ、迎え酒だと思うけどね……」

 

 苦笑交じりにそう言った利也は騒がしい隼人達を流し見ると両手でコップを抱える夏輝を見る。

 

「どうしたの? 楽しくって言ってたのに」

 

「え、えっと……。その、利也君、縁側に行きませんか?」

 

「へ? あ、うん、良いけど」

 

 先にどうぞ、と促されて縁側に移動した利也は250mlチューハイ缶を一つ持ってきた夏輝に驚き、豪快に開けた彼女に萎縮しつつ一気飲みが終わるまで待っていた。

 

「ぷは」

 

「あ、終わった? それでどうして僕をここにって……うわっ」

 

 上気した頬を笑みにつり上げた彼女に押し倒された利也は酒気の混じったキスをされ、驚きに目を見開く。

 

 数十秒ほどの間そのままだった彼は解放されると同時に噎せ、投げた手が縁側に置いていたコップの中身をぶちまけてしまう。

 

「な、夏輝ちゃん。何の冗談だい?」

 

「冗談でやるほど安くはないです。この機会だから、やっちゃおうって」

 

「ああ……」

 

 そう言う事だったんだ、と思いながら利也は苦笑し、覆い被さる様に上にいる夏輝をそっと抱き締めた。

 

「じゃあ、もう何も言わなくてもいいよね」

 

「それは、ダメです。ちゃんと、言ってくれなきゃ不公平です」

 

「えーあー、じゃあ」

 

 至近距離にある夏輝の表情にドキドキしている利也は身長がそこまで変わらない彼女から恥ずかしそうに視線を逸らし、一度深呼吸をすると向き直った。

 

「す、好き……です」

 

「誰の事が、ですか?」

 

「さ、砂上夏輝さんです」

 

 頬が真っ赤の利也に、嬉しさ最高潮の夏輝はうへへぇ、とだらしない笑みを浮かべて彼の首元に頭を摺り寄せた。

 

「えへへ、知ってました」

 

 そう言って顔を上げ、笑う夏輝に利也は同じ様に笑う。さっきまで、頑張って告白した事実も、その笑顔を見れば少しだけ恥ずかしさが消えていた。

 

「じゃあ、恋人ですね。私達は」

 

「そう言う事になるのかな。これからは」

 

 言葉遊びだな、と頬を膨らませた夏輝を撫でながらそう思った利也は二番目のカップル成立の瞬間に実感が湧かず、何とも言えない複雑な思いを抱いていた。

 

 明日も明後日も、恋人だと言う事だけが変わって、いつもの事はそのまま続くのだと利也はそう思いながらめっきり大人しくなった夏輝を撫でる。

 

 何だろう、と彼女を覗き込んだ彼は大人っぽい艶に残したあどけない寝顔に笑いながら夏輝を抱え、寝室に移動しようとする。

 

 その途中に遭遇した居間で寝ている隼人達に苦笑し、そのまま通って寝室に入った彼は寝息を立てる夏輝を寝かせ、その隣で眠った。



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Blast11-3

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 翌日もBOOで練習を続けていた秋穂達二人は咲耶が組んだ公開模擬戦に臨んでおり、人が集まり過ぎてトーナメント制になったそれは実質腕試し大会の様になっていた。

 

 相当な実力者が集まった大会でペアを組んで参加した秋穂と香美は一回戦に当たったハンターナイトとインファントリを追い詰めながらもその固い防御力を打ち崩せずにいた。

 

(ここまででハンターナイトは六割……。対して秋ちゃんは八割近く削れ、私は何とか二割に抑えている。でも、向こうのインファントリは無傷)

 

 戦闘管制官としての訓練も教導隊の個人レッスンで受けていた秋穂は腕に付けたファンシアで秋穂の様子を確認、バイタルは危険域だが勝機が無い訳ではない。

 

(ハンターナイトを突破できれば、勝機はある)

 

 言い様、P90で弾幕を張り、秋穂を下がらせた香美は腰のバッグからサイコロ状の物体を四個五個取り出し、ハンターナイトの足元へ投擲する。

 

「何だ? これは」

 

 馬鹿にしたような口調のハンターナイトに香美は笑いながら答える。

 

「足止め用のテーザーマインです」

 

 瞬間、紫電がハンターナイトを襲い、その間に牽制射撃をインファントリに撃った香美は走り出した秋穂へバッグから大型のブリーチングボムを投げ渡す。

 

 電撃が収まると同時にシールドへボムを叩き付けた秋穂はコントローラーを外し、ニヤリと笑うとコントローラーのトリガーを引いた。

 

「チェックメイト」

 

 瞬間、貫通した爆圧がハンターナイトの総身を撃ち抜き、キル判定の出た彼はそのままリングアウトする。

 

 すかさずコントローラーを投げ捨てた秋穂はアークセイバーで弾丸を弾きながらインファントリへ接近、マシンガンを切断し首元にアークの刃を突きつける。

 

「こ、降参だ」

 

 諸手を挙げたインファントリに安堵した秋穂は不意を突く様に素早く抜かれた拳銃を斬り捨て、往生際悪くナイフを引き抜こうとしたインファントリをリングから蹴り落とす。

 

「ゴメンね、競技には慣れてないけど不意打ちには慣れてるんだ」

 

 そう言って血振りする様にセイバーを振るった秋穂は収束していくセイバーを腰へ鞘に込める様にマウントし相手へウィンクを飛ばした。

 

 鮮やかな勝ちを決めた二人は嬉しそうにハイタッチすると額を合わせて笑いあう。

 

 仲睦まじい光景を見せていた二人は次のカードが途方に暮れているのに気付いた咲耶に頭を叩かれ、ベンチに戻される。

 

「何してるの。後があるのよ」

 

「ふぁーい」

 

「マイペースなのは良いけど、空気ぐらい読みなさい。で、さっきの試合の評価だけど、カミちゃん、ナイス判断だったわ。あなたの強みを生かせてるわね」

 

 そう言って評価シートを作成する咲耶は嬉しそうに笑う香美を見るとシートの送信作業に入ろうとした。

 

 その時だった。遠くから爆発音が轟き、何事か、と思った彼女らのファンシアに襲撃警報が表示される。

 

「襲撃だと?! どこの誰だ!?」

 

 参加者が狼狽える中、襲撃者の見当がついているらしい咲耶についていった秋穂達はちょうど探しに来ていたらしいカナコと出会う。

 

「カナコ! 敵は?!」

 

「分からない、中央区西側で暴れてるとしか報告が。正体も」

 

「ゲリラ戦って事……? とにかく、迎撃に加わるわ」

 

 そう言って出て行った咲耶達をカナコは視線で追う。一年前の事件で一番の犠牲者はサクヤだ。それなのにどうして、加害者であるケリュケイオンとつるむのか。

 

 そう思っていた彼女は思考を切り替え、施設内のプレイヤーを退避させた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 現場に到着した三人は苦戦する防衛側のリーダーらしきプレイヤーの方に移動し、咲耶が状況を聞く。その間、香美は射撃武器で牽制し続け、秋穂は周囲を見回し、奇襲を警戒する。

 

「状況は?」

 

「見ればわかるだろ! こちらが劣勢! 潤沢な武器こそなくとも敵はモンスターを味方につけてんだよ! 物量じゃこっちが不利だ!」

 

「モンスターを……? このゲームでテイミングはないはず。どうして……」

 

「詮索は良い! 敵を倒してくれ!」

 

「分かったわ、あなた達は防衛行動に専念を。敵は私達で始末する」

 

 そう言って踵を返した咲耶は秋穂達を連れて移動、大通りを避け、小路に入りながら二人に作戦を伝える。

 

「これから、二人には後ろから暴れてもらうわ。私はそれに合わせて側面から攻撃する。ゼルリットを攻撃しているすべてを排除しなさい」

 

「シンプルで分かりやすいねぇ」

 

「余計な事を考えても仕方ないでしょ?」

 

 それに、と咲耶は秋穂達に続ける。

 

「これは恐らく本格的な攻撃ではないはずよ。こんなに小規模に行う事は愚策でしかない。もし、攻めてきているのがケロスを襲った敵ならば、本部の戦力を削った状態の方が再侵攻しやすいはず」

 

「と言う事はこれは単なる布石でしかないと?」

 

「ええ、でも何度もかけなきゃいけないけどね。だから、早く始末して、次の手を打ちましょう」

 

 そう言って秋穂達と別れた咲耶は一人、セミオートに設定した『G18』マシンピストルとシングルブレードアークセイバーを引き抜くと路地に隠れると通信回線を開いた。

 

「二人とも、準備は?」

 

『アサルト、オンポジション』

 

『リコン、オンポジション』

 

「あら、まじめね。じゃ、攻撃開始」

 

 言い様、路地から飛び出し単発でG18を射撃した咲耶は発砲音に気づいたインファントリがアサルトライフルの銃口を向けてくる前に家屋の壁に跳躍。

 

 そのまま、三角飛びで翻弄するとワイヤーで強制的に落下し、スライディングしながらライフルを切断する。

 

 開いた手に拳銃を抜こうとするインファントリの両肩を射撃したサクヤは右側から攻めてくるモンスターの突進をインファントリを飛び越す事で回避すると再び突っ込んでくるモンスターへ足を切断したインファントリをぶつけた。

 

 自動車に跳ねられたに等しい衝撃を受け絶命したインファントリで視界を塞がれたモンスターは跳ねあげる様な軌道で真っ二つに切り裂かれた。

 

「な、何だこいつ!」

 

 咲耶の後方、秋穂達が攻めている方向にいるプレイヤーが悲鳴を上げており何事か、とチラ見した咲耶は分割したダブルブレードで弾丸を全て弾いている秋穂と、その隙間を縫って単発で射撃している香美の二人を見て驚いていた。

 

「だ、弾丸を全て、弾き飛ばしてんのか!?」

 

「そ、それならロケットランチャーで!」

 

 驚くプレイヤーの中、一人が構えたRPG-7が不意に爆発。動揺するプレイヤーの内、五人ほどが頭に銃弾を受けて絶命、15匹近いモンスターが即死箇所に弾丸を受けて死亡する。

 

(やるわね、香美ちゃん)

 

 踊る様な軌道で秋穂が防御する中、香美は視線誘導による手動調整でロックサイトを任意の位置に置くという荒業をやっていた。無論集中力を要する為、狙撃と勝手は変わらないがロックサイトさえ誘導できればそこに必ず命中するという違いがある。

 

「力押しすれば何とかなる! や―――」

 

「させないわよ?」

 

 号令をかけようとしたプレイヤーの首を落とした咲耶は素早い身のこなしで左右のプレイヤーからの射撃を回避、マシンピストルのフルオートで牽制しつつ距離を取ろうとする。

 

 だが、それをさせまいとファイター、リッパー、ハンターナイトの三人の近接職が咲耶に迫る。素早いファイターとリッパーが左右から攻め込み、挟撃しようとするがアークセイバーで得物を切断され、追い払う様な拳銃弾の雨あられを浴びせられる。

 

「どけェい!」

 

 マガジン交換からの弾幕の中、クマの様な体格のハンターナイトが大型のシールドを構えて接近する。そして、手にした大剣を咲耶目がけて振り下ろす。が、直前、パーリングされ、軌道が逸れる。

 

「あーら、良い一撃。当たれば即死ねぇ」

 

 言いながらナイトの懐に潜り込んだ咲耶は胸から肩にかけて巨躯を袈裟に切り裂くと焼き焦げた断面に苦い表情を浮かべつつ、死体を倒した。

 

「こ、この女、何者だ!? 強いぞ!」

 

「奇抜さなら新人ちゃんに負けるんだけどね」

 

 そう言って苦笑した咲耶は好対象としたファイターとリッパーが香美の射撃で死亡したのを見ると周囲を見回し、全滅と判断。

 

 セイバーを収め、二人の元に向かうと同時、防衛部隊の隊長から通信が入る。

 

『防衛成功だ。協力を感謝する』

 

「ええ、良かったわ。ウチとしても、同盟国にちょっかい出されると困るもの」

 

『え、その言い方……し、失礼しました!』

 

「良いのよ、現場の混乱って奴だから。それよりも、後始末お願いね。私達は周辺を見てくるから」

 

『わ、分かりました』

 

 そう言って通信を切った咲耶は二人に微笑む。が、香美だけは油断していなかった。咲耶の背後、隠れていたらしい少女が銃口を向けようとするのを香美は得物を奪う事で阻止する。

 

「アキちゃん、逃がさないで!」

 

 フォローを頼んだ香美の声に答えた秋穂はバックアップの拳銃を連結状態で切り裂き、もう一方でナイフを弾くと少女の腕を捻って壁に押し付けた。

 

「妙な動きをしたら壁ごと斬るよ」

 

 捕縛を選んだ秋穂は腕を掴んだ少女の関節を抜かんばかりに捻り上げ、そう言うと香美と共に追いついてきた咲耶が少女を押さえたまま尋問を始める。

 

「さて、あなた達の拠点についてちょっと調べさせてもらおうかしら」

 

「きょ……拠点?」

 

「そう、ここに来るまでの拠点。あなたの本拠地じゃないわ」

 

 そう言って咲耶は少女の持つファンシアを手に取ると香美に渡す。電子戦が専門のフィールドワーカー系なら敵のファンシアに向けて直接スキャニングを使用する事でクラッキングする事が出来る。

 

 取得したデータを解析していた香美は拠点情報らしきマップポイントとインスタントメッセージで交わされていた作戦指示を引き抜くと咲耶のファンシアに転送した。

 

「ふぅん、なるほど。ここのダンジョンにキャンプを張ってたんだ。考えるわね、じゃ移動しましょうか」

 

「え、この子どうすんの」

 

「引き渡すか、殺すかしかないわね。ま、あとが面倒だから、楽に死なせてあげなさい」

 

 そう言って指示を出した咲耶に頷いた秋穂は少女の首を落とし、電源を落としたセイバーを腰にマウントしてバッテリーを交換した。

 

「さて、次のポイントはここ、中央区北にある廃棄された軍事兵器研究所よ。っと、その前にアキホちゃん、お兄さんに連絡しておいてくれないかしら」

 

「ん? 何で?」

 

「ま、何かあっちゃいけないから。備えもなしに計画を立てるのは愚者のする事よ」

 

 そう言って秋穂にメールで連絡を取らせた咲耶は目的地へ歩きながらプランの説明に入る。

 

「これからだけど、敵の拠点に奇襲を仕掛けるわよ。ちょっかい出されるのも嫌だしね」

 

「それはそうですけど、援軍を呼ばなくていいのですか?」

 

「確かに、必要と言えばそうだけど、この場合ベストではないわね。グループが混乱するかもしれないし、それにそもそもこう言うのは遊撃部隊の役割だから」

 

 そう言って笑う咲耶に香美は納得できたような出来てない様な表情で彼女の後を付いていく。

 

「ん、連絡したよ」

 

「じゃ、ちょっと車置き場まで走っていきましょうか」

 

「ほーい。あ、カミちゃん抱っこしてあげよう」

 

 そう言って香美を抱えた秋穂が先行する咲耶を追って走り出す。ステップ気味に跳躍しながら走る秋穂は恥ずかしそうに縮こまる香美を見下ろしつつ、極寒の土地を高速で疾駆する。

 

 途中、香美が秋穂に携帯食料を食べさせ、車両格納庫に到着。香美を下ろした秋穂は手続きをしながら歩く咲耶の後ろに追いつく。

 

「で、どうやって行くの?」

 

「そうねぇ、悪路走破するからSUVかしら」

 

「おお~運転できるの?」

 

 そう言って詰め寄る秋穂に、咲耶は微笑むとこう言った。

 

「できないわよ」

 

「え、じゃあどうすんのさ」

 

「あなたが運転しなさいな」

 

 そう言って笑った咲耶へ半目を向けた秋穂はガレージから現れた車、トヨタ・FJクルーザーに乗り込むと案の定あったマニュアルシフトを見て嫌な顔をする。

 

「えー、私兄ちゃんほど運転できないよぉ?」

 

「良いのよ、まっすぐ目的地に向かわせられれば。ドリフトとかそんなの無しで良いから」

 

「うーん、分かった。じゃ、乗って乗って」

 

 そう言ってドライバーシートに着いた秋穂はイグニッションを入れると助手席についた香美、後部座席についた咲耶を確認してクラッチペダルを踏むとミッションの一速にギアを入れながらエンジンの回転を上げ、ペダルを離した。

 

 瞬間、タイヤを空転させながら加速したFJクルーザーの挙動を巧みなハンドル捌きで制御した秋穂は車両用の出入り口に向けて猪突、そのまま外に出て行く。

 

「あ、あなた! もうちょっと優しい運転をしなさい!」

 

「え、え~……私、習ってないし……」

 

「どこまで習ってないのよ!?」

 

 言いながら秋穂がシフトアップした瞬間、そのショックで車体が大きく揺れる。

 

 ショックで乱れた姿勢を何とか立て直した直後、経験から地面にある物に気づいた咲耶が秋穂が握っているハンドルを踵で弾いて思い切り左に切らせる。

 

 雪の壁を削りながらカーブしたFJクルーザーは猛スピードから滑りやすい雪道で姿勢を崩された為に雪の塊に激突し、猛スピンしながら壁に激突し続けてそのままバンカーらしい廃墟の入り口に突っ込む。

 

「って坂道ぃいいい?!」

 

 そのまま滑り落ちていくFJクルーザーはメインホールらしきエリアを数十メートル転がって停止し、上下反転した車両が天に向いた底面から黒煙を吐き出す。

 

 脱出の為、落下と転がった勢いでフレームごと歪んでいた運転席を蹴破った秋穂は運転席から滑り出ると拳銃を抜き放って周囲を警戒して後部座席のドアを叩く。

 

「もしもーし。到着ですよぉ~う?」

 

 軽い調子で言った秋穂は蹴破られたドアから飛び退くと、滑り出てきた咲耶のマジギレ寸前の顔を見て頬をヒクつかせた。

 

「到着ですよぉ~う、じゃないわよ。何で移動でジェットコースター気分味わわなきゃいけないのよ」

 

「えっへへ~ごめんごめん」

 

「で、あなたカミちゃんはどうしたのよ」

 

「あっ、といけない! そうだった」

 

「素で忘れてたのね……」

 

 憂鬱な表情でため息を落とした咲耶は、新品の車両が散見するエリアを見回しながら入口らしき隔壁へ移動する自身の背後で救助作業に当たった秋穂を振り返る。

 

「カミちゃんの太ももぉおおおお!」

 

「馬鹿な事してないで早く連れて来なさい!」

 

 気絶しているらしく、失禁したあとがあるタイツに包まれた香美の太ももに顔を埋めている秋穂に叱咤した咲耶は腰からバトルファンとG18を引き抜く。

 

 肩に香美を担いできた秋穂ははぁはぁと不審な呼吸を繰り返しながら血走った眼をするのにため息を吐いた咲耶は折り畳んだファンで頭を殴った。

 

「痛い! 地味に痛いよそれ!」

 

「知ってるわよ、わざとなんだから」

 

「えぇ?!酷くないそれ?!」

 

「あなたがやろうとしてた事鑑みればマシよ、これでも。さて、お荷物はあるけど中には入れるわね?」

 

 そう問いかけながら開閉スイッチを押した咲耶は轟音を上げながら開いていくハッチに向けてG18を構え、開き切るより早く静かに中へ入った。

 

 例によって薄暗い施設内に入った咲耶はG18に取り付けているライトを点灯。周囲に巡らせつつ、背後にいる秋穂に追従のハンドサインを送って先行するとキャンプを張れそうな場所に移動する。

 

「取り敢えず、ここにカミちゃんを下ろしてちょうだいな。私が容態を見るから、あなたは周囲の警戒を」

 

「りょーかい」

 

 そう言って香美を咲耶に任せた秋穂は右太ももに配置変更したホルスターからHK45を引き抜き、バッグから手持ち式のライトを取り出して居座っている階層の見回りを始めた。

 

 順手で構えた秋穂は照らしている場所に銃口を向けて咄嗟に対応できる様に身構える。その体勢を維持する彼女が一歩を踏むたび、足元のガラス片が割れて軽快な音を立てる。

 

 音で存在がばれるが、施設内部の陰湿な雰囲気にのまれてそれどころではない秋穂は滅茶苦茶に破壊された衝立で遮られていた箇所を除くと、手足を食いちぎられたまま風化したらしい死体を見て息を飲んだ。

 

(もう、何でこんなにホラーなのさ……)

 

 世界設定上、致し方ないとは言えどこうも徹底した『社会崩壊後の地球』と言う雰囲気作りをされると流石に尻込みしてしまう。

 

(っと、アイテムボックスだ。拾っとこ)

 

 外見が風化しているアイテムボックスを開けた秋穂は軋みを上げながら開くそれの中身を探る。

 

「回復アイテム、300発の弾薬……。口径は7.62mm? あ、これライフル弾じゃん。まあいいや、お土産にしとこ。で、えーっとこれは……あっ修復アンプル」

 

 そう言って注射器を手に取った秋穂はバッグにしまうと周囲を探りながら立ち上がる。と、そのタイミングで通信が入る。

 

「ほい、アキホだよ」

 

『カミちゃんが起きたわ。戻ってらっしゃいな』

 

「うぃ、了解」

 

 そう言って走り出した秋穂は雑にクリアリングしながら元の場所に戻ろうとして地下の入口らしき場所から聞こえてきた声に立ち止まると同時、顔を照らしてきた明かりに向けて銃口を向けた。

 

「銃を下ろし、腕を頭の後ろに当てろ! お前は包囲されている!」

 

 フロアに響き渡る怒号、明かりで視界を遮られている秋穂は声と明かりの照射方向で位置を特定しながら言われた通りにしたと同時、膝の裏を蹴られ無理やり姿勢を落とされ背後から締め上げられた。

 

 苦痛に歪む彼女の正面にリーダー格らしいバラクラバを被った男がしゃがみ込み、その手にナイフを手に取った。

 

「さて、お前、どうしてここにいる?」

 

「だ、ダンジョン探索」

 

「の割には随分と軽装じゃないか。パーティは? 仲間はいるのか?」

 

「い、いない。ソロだよ」

 

「ふむ、嘘をついているな」

 

 そう言ってナイフの切っ先を顎に当てた男は恐怖を見せる秋穂に僅かにのぞける口元からニヤリと歪んだ笑みを見せ、少しずつナイフの刃を彼女の皮膚に食い込ませる。

 

 息を飲む秋穂が目を閉じた瞬間。軽く連続した銃声がフロアに鳴り響き、その音に秋穂が目を開けた時、困惑する男は高速の勢いを乗せた咲耶の膝を顔面にめり込ませていた。

 

「て、敵襲!」

 

 瞬間、拘束を振り解いた秋穂は驚くプレイヤーの首の骨を折ると腰のアークセイバーを逆手で引き抜き、順手に変えて構えた。

 

「騒がしいと思って来てみれば。あなたはトラブルに愛されてるのね」

 

「えっへへ~それほどでも」

 

「あのね。皮肉よ、これは」

 

 呆れつつそう言った咲耶に嬉しそうな笑みを浮かべた秋穂はその隙を狙ってきた相手の一撃をセイバーの熱量でパーリング。

 

 大きく開いた相手の胸へ反対のセイバーを突き出し、心臓を焼いて殺害。

 

 絶命し崩れ落ちる相手から刃を抜いた秋穂は同時に攻めてきたファイターとリッパーの攻撃をほぼ同時に捌き続け、初心者らしく功に焦ったファイターが大振りの横薙ぎを構えた瞬間。

 

「ショートカット『ブリザード・ホパーク』!」

 

 リッパーめがけて突進した秋穂がそう叫び、コールに応じて刃に乗った氷結の舞踏が彼女の周囲を線上に走る。同時に範囲から逃げていた咲耶が横薙ぎを外したファイターを秋穂のスキル射程内に蹴り飛ばす。

 

「二名様、ご案内~」

 

 軽口を叩きつつ、二人のプレイヤーをバラバラにした秋穂はその間に暗闇から放たれた香美の銃撃と咲耶の斬撃で片付いたパーティの死体を足元に見ながら剣を収め要として咲耶に止められた。

 

「武器は収めないで。多分今ので気付かれてるから、強襲するわよ」

 

「おっけ。バッテリ入れ替えるから待って」

 

「ええ、カミちゃんが来るまでに終わらせてね」

 

 そう言いながら階段があるらしい場所へ目を向けた咲耶は筒状になっているアークセイバーのカートリッジを交換している秋穂をカバーしながら後方で射撃支援をしていた香美を待つ。

 

 マガジンを交換しながら走ってきた香美が合流、それよりも少し早く咲耶と秋穂は移動を開始し、下に降りる階段を駆け下りると曲がり角でいったん止まり、角で警戒しているらしい敵影を追いついた香美がスキャニングで確認する。

 

「コーナー先、敵影6、うち、モンスター4」

 

 そう言って構える香美に頷いた咲耶は待ち伏せている人数に違和感を感じていた。プレイヤーが二人、総数が不明だが異様に数が少ない。対処するには易いが後が分からないと面倒だ。

 

 だが、足止めを食らう方がもっと面倒だ。天秤にかけてそう判断した咲耶は“フラッシュクリア”のサインを二人へ出すと腰からフラッシュバンとナインバンカー《九連炸裂型閃光手榴弾》を取り出してピンを抜き、アンダースローで地面に転がした。

 

「フラッシュだ!」

 

 叫び声の後、まばゆい閃光と若干光度の落ちた閃光が八連発炸裂する。

 

 閃光が収まると同時にアークセイバーを発振した秋穂が飛び出し、爆圧で鼓膜を破られたらしく方向感覚を失っている子鬼型モンスターの首を連続で焼き切る。

 

 宙を舞う生首が四つ地面に落ちる前に正面を向いた秋穂は、バリケードに備え付けられた軽機関銃を見ると銃座で失明して苦しんでいるらしいプレイヤーに挑みかかる。

 

「撃たれる前に斬る!」

 

 左のアークセイバーを突き出しながら跳躍した秋穂は視界が回復したらしいプレイヤーが軽機関銃を持ち上げるのと同時に着地し、右のセイバーを振り下ろす。

 

 振り下ろしを回避したプレイヤーは腰撃ちでMG36を発砲。Cマグと呼ばれるドラムマガジンから給弾された75発全てが秋穂に猪突するが50発が掠め、残る25発は大半が回転するアークセイバーに弾かれ、一部が足に当たる。

 

 苦痛に表情を歪めた秋穂は前方向へロールしてベクトルを殺すと機関銃を捨て、ナイフを引き抜いて斬りかかってきたインファントリの横薙ぎを後方転回で回避し、上下反転状態から首を刈り取る。

 

 着地と同時、長剣を振りかざしてきたファイターが秋穂の背後を取ろうと迫るが威嚇する様に目の前を過ぎた弾丸に足を竦ませる。

 

 秋穂から離すように威嚇する射撃に気を取られ、側面を向いた彼はP90で狙撃する香美を見据えて拳銃を抜き放とうとした。が、その瞬間、彼の左肩に弾丸が直撃する。

 

 その直後、バリケードの陰から現れた咲耶が腰からククリナイフを引き抜いて斬りかかり、それに驚いたファイターは高周波を発するナイフを右の長剣で受け止めた。

 

 高周波機能を解放した長剣から散る火花越しに咲耶を睨むファイターは力任せに弾き飛ばすとその隙を埋める様に放たれたP90の射撃を剣で偏向したが背後から迫った秋穂に真っ二つにされた。

 

「ふいー何とかなったかなぁ」

 

「ええ、何とかね。さ、奥に進みましょう。まだ相手の本拠地は分かってないんだから」

 

「ういうい。了解だよん。じゃ、先行するね」

 

 そう言ってハンドガンを引き抜いた秋穂はバリケードの先にある階段を降り、踊り場で安全を確保すると追いついてきた咲耶と共に香美を待つ。

 

 リロードしながら追いついた香美を見た秋穂は右手にHK45を引き抜くとそのまま走り出し、案の定バリケードを張り、二人体制で待ち伏せしていた相手に向けて突進していく。

 

「う、撃て!」

 

 軽機関銃が唸りを上げ、弾幕が展開されるがそれを見越して左手にアークセイバーを引き抜いていた秋穂は高熱の刃で偏向するとバリケードを飛び蹴りで破砕し、二人を切り裂くとその先にある大きな扉に近付いた。

 

「およ、ここかな?」

 

「ま、待ちなさいな……あなた進むの速いのよ」

 

「あ、あっはは~ごめんごめん」

 

 能天気に笑う秋穂を他所に呼吸を整えている咲耶は背後で苦しい息をする香美にスキャニングを指示する。コンソールを操作し、スキャニングを掛けた香美は表示不能と出てきた事に驚いた。

 

「す、スキャンできない……? どうして?!」

 

「構わないわ。カミちゃん、強行突破するからブリーチングボムを仕掛けてちょうだい」

 

「りょ、了解です」

 

 そう言って香美は分厚そうなドアに爆弾を仕掛けると秋穂の背後に回り、咲耶と彼女にアイコンタクトを取ってドアを爆破した。

 

 瞬間、秋穂が飛び出し、手前にいた敵を切断する。そして、その背後からカバーリングで飛び出した咲耶と香美が残る敵全てを排除し、場所の確保を終える。

 

 と、そのタイミングで咲耶の方に通信が入る。隼人からだ。

 

「あら、後輩君。どうしたの?」

 

『アンタ今どこにいる?!』

 

「え、ダンジョンの中だけど」

 

 言いながら部屋の奥の方に移動していった秋穂達二人を目で追った咲耶は彼女たちがアイテムボックス型の物体に近づき、開けようとして敵の意図を悟った。

 

『早く出てこい! モウロが襲撃を受けて―――』

 

「その箱を開けてはダメ!」

 

 咲耶がそう叫んだ瞬間、半開きのアイテムボックスの隙間から赤い光ががちかちかと瞬き、慌てて逃げた二人の背後で爆発し爆発を受けて意識朦朧となる咲耶の目の前で轟音を上げて部屋が崩落した。




やっとできた……。
遅くなってすいません。さあ、そろそろパワーアップフラグです


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番外編
番外編『VS黒の剣士』


悪ふざけで書いたショートストーリー。
キリト君と隼人が何の脈絡のなく戦うお話です。
うん、そう。書きたかっただけ。

ケリュケイオンとSAOのクロスSS書いてもいいんですけどね。


番外編『黒の剣士』

 

 五月、PK事件より二日後。BOOにてアイテム補充をしていた隼人に擬似HMDモードを起動したファンシアがSNLからのメールを受信した事を知らせる。

 

 アイラン市場を歩く足を止め、すぐにメールを確認した隼人は文字化けしているそれに気付く。

 

「何だ、これ・・・」

 

 件名は無し。加えて文字化けだらけで内容が分からず、隼人は戸惑う。だが、辛うじてこう書いてあった。

 

「キリト・・・?」

 

 直後、目の前に一人の少年が立っているのに気づく。黒尽くめの服装に黒の剣を背負った彼が周囲に視線を巡らせ、それを隼人のみに絞ったのを見るや否や周囲の時間が停止する。

 

 驚愕する隼人を他所に少年は剣を抜いて歩み寄ってくる。突然の事態に状況が理解できない隼人は接近された分、後ずさる事しか出来なかった。

 

「なあ、アンタ」

 

「何だ?」

 

「デュエルしないか?」

 

 ユラリ、と少年の体を揺れる。まずい、そう判断した隼人の目が駆け寄ってきた少年を捉える。少年は黒の剣を振り下ろし、反応した隼人は少年の真横に回りこんでバックステップする。

 

 逃げなければ、そう考えた彼の頭にそれを拒否する思考が浮かんできた。逃げるな、戦え。そうすればこの地獄から開放される。そう命じられた体が足を止め、少年と向き合う。

 

「お前、何者だ」

 

「俺の名はキリト。お前は?」

 

「俺の名はハヤトだ。まあ挨拶はそれ位で良いだろう」

 

 そう言って拳を構えた隼人は剣を構えた少年、キリトと向き合う。恐らくお互いに置かれている状況は同じ、だからこその真剣勝負。瞬間、キリトが仕掛ける。横薙ぎに振るわれた剣、それを小手で受けた隼人は

重い一撃で弾かれたガードに驚き、後退りながら蹴りを繰り出す。

 

 顎を狙った一撃、だがそれは当たらずサマーソルトの動きで隼人は一回転し、着地する。直後、キリトが横にした剣を引いて突きを構える。その切っ先が届くより早く隼人は跳躍、繰り出されたヴォーパルストライクは

隼人の足元を掠める。

 

 そのまま隼人はキリトの肩を踏んで跳躍し、反転しながら着地する。そして踵に仕込まれた炸薬を撃発させてパイルを射出、加速の勢いとしてキリトに迫る。対するキリトはスキル後の硬直と突進の慣性を

打ち消し切れずにつんのめる。

 

 その間に迫る隼人はキリトの背面に新たな鞘が現れているのに気付いた。豪奢な飾り付けがなされたそれは左手に引き抜かれて金色の刃を露に隼人の拳を受け止め、弾き飛ばした。勢いを後ろ向きに下がった隼人は拳を構え直す。

 

「チィッ、お前・・・・二剣使いか」

 

「そっちこそ、モンクなんて珍しいな。戦ったことが無い」

 

「だろうな、間合いじゃそっちが有利だ。だがな!!」

 

 瞬間、隼人は地面を蹴ってキリトに迫る。金の剣と黒の剣、見た目からして装飾分僅かに金の方が重いと見積もった隼人は迎撃の為に迫るそれの軌道、左上方から右斜め下に打ち下ろす軌道をイメージとして浮かび上がらせて

軌道の死角へかつて最高の反応速度を誇った黒の剣士の視認レスポンスをも超えるほどの速度で体を動かす。

 

 常人であるならば一瞬消えたと誤認するほどの瞬発力、それこそ剣の間合いをも詰めるインレンジ戦闘を常とするモンク系統が発揮しえる本来のポテンシャルだ。

 

「ショートカット『鎧通し』ッ!」

 

 捻った体を返す振り子運動のエネルギーも相乗したスキルの一撃。その今までに無いスキルの存在に驚愕するキリトだったが咄嗟に交差させた剣の腹に拳がぶち当たった事で弾き飛ばされるだけですんだ。

 

 地面を蹴り、再び迫る隼人は目の前に走った剣の軌跡に咄嗟にガードを上げるが自身が持つ速度を打ち消せず軌跡に飛び込む形で三連続の攻撃を受けた。片手剣三連撃ソードスキル『シャープネイル』の攻撃を初撃を中段、

二撃目が下段に三撃目が上段に叩き込まれた為にガードを無視された隼人のHPは既に四割消し飛ばされていた。

 

 上段の一閃で真横に吹っ飛ばされた隼人は右頬を抉られた様な切り傷を親指で詰りながら口腔に溜まった擬似的な血液を吐き出し、口元を拭って呼吸を整える。構えを直し、キリトを見つめる。相手にとって自分の一撃がどうなるのかは分からない。

だが、わかっている事が一つある。ヤツの一撃を貰えば終わる、ただそれだけだ。

 

 隼人が動くよりも先にキリトが仕掛けた。剣を翼の様に構えて迫る彼に反応した隼人は炎を纏った剣が迫るのを片手とHP一割を犠牲に捌き切り、外側へ僅かに弾くと握った左拳をキリトの腹にぶち込む。

 

「が・・・ッ!」

 

 アッパーカット気味の一撃が突き刺さり、キリトが苦悶を上げる。吹っ飛ばされた彼を追う隼人は片足を振り上げてキリトを睨み下ろしながら足を振り下ろす。

 

「ショートカット! 『レッグストライク』ッ!!」

 

 必殺の踵落としが腹に突き刺さり、地面に叩きつけられたキリトの体がバウンドする。着地した隼人はよろめきながら立ち上がる彼に驚愕し、そしてその隙に入り込まれた。

 

「ウォオオオオオッ!!」

 

 叫び、キリトは右手に持ち替えた金色の剣を振り上げる。集中力を全開にした隼人の視界では金の刃が段々と青白い光を纏っている最中だった。咄嗟にガードを上げた隼人は加速した一閃に弾かれてしまい、束の間彼の体ががら空きとなる。

 

 だが打ち合っていた経験から衝撃をうまく受け流していた隼人は二撃、三撃を両手で弾く。だが剣は動かず、逆に刃に触れた体が吹き飛ばされていた。回避するしかない、キリトが追い付くまでの刹那にそう判断した隼人は

迫る金の刃を目前一寸の所で回避、続く攻撃をS字軌道に連続させたバックステップで避ける。

 

 瞬間、刃に乗っていたエフェクトが消える。隼人は直後に感じた冷たい殺気に動かされてその場を飛び退くと黒の刃に炎が纏わりついていた。空気の焼ける感触に冷や汗をかいた彼は十字を切る様に走った剣閃から逃れる。

 

(コイツ何をした!? チッ、これじゃ迂闊に寄れない!)

 

 恐らくスキル攻撃を連発しているのだろうキリトの攻撃によって隼人は自らの得意レンジに収める事が出来ない。剣よりも内側に有効射程を取る拳では攻撃が出来ないのだ。

 

「こうなれば一山ッ!! ショートカット、『ラピッドステップ』ッ!!」

 

 くの字軌道で剣戟の合間に飛び込んだ隼人の次撃は振り子運動で放つ拳の一撃、対しキリトはスキル発動中の剣で受けた。切断される腕、真正面からの打ち合いに極端に弱い拳では当然の結果だった。

 

「ッ、のぉおおおお!!」

 

 奥義系スキルの視線選択、しまったと思った時には既に遅かった。動揺そのまま隼人は拳に宿らせたスキルを黒の剣からスキルを繋いだ金の剣にぶつけた。激突、両者を隔てる様に走る衝撃波と共に金の剣が吹き飛び、

フック気味の拳に引っ張られた彼の姿勢が崩れ、衝撃波で自滅していた隼人は黒の剣に仮想の命を刈り取られた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 薄暗い部屋の中で彼は飛び起きた。目元からVRモードになっていたデバイスが滑り落ち、汗だくの彼から雫が落ちる。久しぶりの激闘に、体まで反応していたらしい。深く息をついた隼人は小型の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して

一気に飲むと再び息をついた。

 

 デバイスをスタンドモードにした隼人はログイン制限が掛けられた状態である事を確認してからベッドに腰掛ける。久しぶりの強制ログアウト、数えるほどしか経験していないそれにされるほどの実力者に自分はぶち当たってしまった。

 

「黒の剣士、キリト・・・か」

 

 数奇な事もあるものだ、と思いながら隼人は残りを飲み干す。家に誰もいない事が幸いした。こんな姿を見られれば何と言われるか分からない。誰かが来る前に着替えようと動いた隼人は、デバイスを放置して元の日常に戻っていった。




※ネタバレ注意









今回対戦したキリト君のデータはマザーズロザリオ戦準拠です。
つまり作中出てきた金の剣はエクスキャリバーなんです。
選考基準は気分ですが書いてる途中でSAOの方がよかったと後悔。

で、まさかの隼人敗北で終わりましたが彼単体の実力は大体こんな感じです。一撃死とかは大体急所を狙って攻撃してるからで素の攻撃力はレベリングしてる人の方が高かったりします。


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