鍵使いな問題児 (プックプク)
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第一話


暇潰しと片手間で書いてますのでクオリティは低いかもしれませんがご容赦ください


 

名も無き世界。

 

そこには人間はおらず、ましてや心だけの存在となった者達が来る場所でもない。

 

そこにいるのは一人の青年である。見た目だけで言えば年の頃は二十にも届かなそうであった。だが少年のような幼さは全くなく、その青年の表情には何の感情も浮かんでいなかった。

 

肩までは届かないほどに伸びた灰色の髪に、左右異なる色をした瞳。宝石であるルビーとサファイアをそれぞれ嵌め込んだような美しさがあった。

 

青年はこの世界に生きる唯一の人間であった。

 

青年のいる世界には何もなく、ただ見果てるほどにまでの闇が広がっているだけであった。

 

青年がいるのはそんな真っ暗な世界で唯一とも言える、岩が重なりあってできた山のような場所の上。そこに座って永遠に続く闇の世界を眺めていた。

 

世界の終わった後の世界とでも呼べるような、何もないこの世界。最も心が揺さぶられる場所でありながら、最も心が休まる、相反する感情を抱かせる。

 

そんな中で唯一と言っていい、光を放つものがそのの手に握られていた。

 

心が形となった武器、巨大な鍵のような形をしたキーブレード。だが青年が持つキーブレードには、武器でありながら針金細工のような装飾とハートが施されている、芸術品とでも呼べそうなキーブレード。

 

そのキーブレードは最強の一振りと名高い究極の名を冠する代物であり、彼はキーブレード使いとなったその日から握っていた。

 

青年も初めからこの世界に居たわけではない。

 

元は他のキーブレード使い達が住んでいた場所であるキーブレード使い達の都、スカラ・アド・カエルムに住んでおり、そこで青年もキーブレード使いとして生きていたがそれは遥か遠い昔のこと。

 

既に青年の記憶の中には、どんな街並みであったかも、五人の予言者達をトップとしたキーブレード使い達の集まる組織、ユニオンでの日々も、なにも残ってはいなかった。

 

最後に残された記憶は、キーブレード戦争と散り行く世界の終わりの瞬間であった。

 

 

「また湧いてきたか」

 

 

キーブレードを地面へと突き立て立ち上がると、青年の瞳に力が宿り、握る力にも更なる力が込められる。

 

青年の視線の先には相変わらずの暗闇が広がっているが、先程までとは違っていた。

 

ウヨウヨと、黒い液体のようなものが暗闇の中で大量に蠢いていた。それはやがて形を為すと、人の半分程度の大きさの触覚の生えた二足歩行の生物へと姿を変え、青年のいる場所へと向かって進軍を始めた。

 

それらは心なきもの(ハートレス)と呼ばれる人の心を奪う魔物であり、ピュアブラックと呼ばれる種類の中でも最も有名な、シャドウと呼ばれる個体の群れであった。

 

より大きな心を求めるハートレスは、各世界に存在する扉と鍵穴のさらに奥にある、その世界の心を求めている。

 

キーブレード使いの使命は、全ての心の行き着く先であるキングダム・ハーツを守ることであり、心を狙うハートレスと戦うことはキーブレード使いの使命の一部でもある。

 

 

「鍵が導く心のままに」

 

 

それだけを呟くと、アルテマウェポン片手に岩山から飛び下り一人、シャドウの群れへと突貫する。

 

落下の勢いを抑えることなく空中で体勢を整えると、落下地点にいるシャドウ達へと向けて、キーブレードを振り下ろす。

 

ドシャァ!!とシャドウを複数体まとめて吹き飛ばすが威力は収まることなく、真っ黒な地面を粉砕する。数百を越えるシャドウの群れであるが、それら全てを巻き込むほどの規模にまで地面が蜘蛛の巣状に衝撃が走り、足場が崩れ去る。

 

 

キーブレードを、太陽も何も無い真っ黒な空へと掲げながら一言。

 

 

「エアロラ」

 

 

その身から溢れんばかりの魔力の奔流と共に、青年の周囲に風が吹き始める。

 

初めはフワリと、青年の灰色の髪が靡く程度であったが、徐々に吹く風の範囲が広くなっていくと、青年の込めた魔力の影響を受けて、風の威力そのものが引き上げられる。

やがてそれはそよ風から一つの小型な竜巻へと姿を変え、青年の一撃によって足元が崩れて慌てているシャドウ達には抗う術はなかった。暴風の中で、風によって舞い上がっていくシャドウの群れは、さながら風に流される木の葉のように、洗濯機の中で回っているかのように。

 

その竜巻の中心で、青年はアルテマウェポンを空へと掲げたままエアロラは維持しつつ、もう一つ新たに魔法を発動させる。

 

「サンダラ」

 

シャドウの竜巻のさらに上空の雲も何も無い場所に、アルテマウェポンから一筋の電撃のようなものが走る。

ズガガガッ!!と空から何十もの雷が、青年によって作り出された竜巻の中のシャドウ達目掛けて駆け抜ける。空から駆ける雷は、その一つ一つが十を越えるシャドウを闇のように霧散させながら地面へと落ちる。

 

最後の雷が落ちきる頃には、あれほど大量にいたシャドウの群れは消え去っていた。

キーブレードの一振りと、魔法をたった2回発動させただけであの規模のシャドウの群れを殲滅させるのは、並大抵のキーブレード使いの実力ではできやしない。それはキーブレード使いの中でも最強の一角とされるユニオンリーダーこと、予言者の実力をもってしても、これほど簡単に殲滅とはいかないだろう。

 

ましてや青年は、その実力を微塵も発揮していない。

 

その事実だけで、青年がどれ程規格外の力を持ったキーブレード使いかが分かるだろう。

 

辺りには消滅したシャドウ達の闇の残骸のような、煙のようなモヤが漂っているが、青年がキーブレードの持っていない左手を翳すと、そこに吸引器でも付いているかのようにモヤが集まり、青年へと吸収されていた。

 

 

「今回は簡単に片付いたな」

 

 

そして青年以外に何もいなくなると、元いた岩山へと戻るために歩き出した時であった。

 

 

「何だこれ」

 

 

ヒラヒラと、突如として青年の目の前に一通の手紙が落ちてくる。

 

普段ならば罠かと警戒するところだが、突然目の前に現れた事と、ただの紙だと認識してしまったため反射的に掴んでしまった。

 

だが幸いなことに、掴んだ瞬間に刃物が飛び出てくることも、ましてや毒が染み込まれていることもなく、青年は自分のとってしまった短絡的な行動を反省しながら安堵していた。

 

 

『グロード様へ』

 

 

封筒には青年の名前が書かれているが、その事で本格的に意味が分からなくなってしまう。

 

青年の名前を知っている者に心当たりはないし、ましてや知っていた所で、青年が今いる場所に届けることは容易なことではない。ひっくり返してみるものの、裏側には何も書かれていないため送り主が誰かも分からない。

 

ご丁寧に封筒に入れられていたため、送り主のことなど考えることなくビリビリと破り、中に入っていた手紙を取り出し目を通す。

 

 

『悩み多し異彩を持つ少年少女に告げる

その才能を試すことを望むのならば

己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て

我らの箱庭に来られたし』

 

 

「家族も友人も俺には残っちゃいないがな」

 

 

自虐のように呟く青年であるが、その事は全く気にしていなかった。

 

この身はキングダム・ハーツを守るためにあると、ただそれだけで戦うことも生きることも、十分だから。

 

そもそも青年本人が言ったように、家族も友人もいない側からしてみれば、あと一つだけ捨てればいいということになってしまう。

 

それに財産といったところで、青年の持ち物は今着ている服ぐらいで、あとは青年本人に宿っているモノであるため、どの世界に移動しようとも捨てる必要はない。

 

手紙に書かれている少年少女という単語にも言えることであり、青年の年齢は見た目とは異なっており、世間一般の範疇からして当てはまらない。

 

だがそんなことは問題ではない。

 

手紙には、世界すらも捨ててという一文がある。これは断じて許容することはできない。

青年はキーブレード使いであり、全ての心の行き着く先、キングダム・ハーツを守ることを絶対としており、そのためにはハートレスから様々な世界を守らなくてはならない。

 

だからこそ、青年からしてみれば他の全てを捨てたとしても、世界を捨てることなど有り得ないのだ。

 

この手紙は本当に自分に宛てられたモノなのかと疑いすら持ち始めた、そんな青年の思いとは裏腹に、その身は強制的に移動することとなる。

 

上空四千メートルの高所へと。

 

まだ見ぬ新たな世界、修羅神仏が闊歩する世界の箱庭へと。

 

 

 





キーブレード使いはロマンがあるよね


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第二話

 

手紙を開いただけで問答無用の召喚とは一体どういう事なのか。

 

この手紙を書いた人間と、この手紙を使って召喚した人間には相手を気遣う心も無いのかと、青年は小一時間ほど話を聞きたくなっていた。

 

そんなことを思いながらも青年は、自分と同じように落下している男女三人組と共に、上空二万メートルからの落下を体験していた。

 

急な視界の変化かと思えば落下と、少しも冷静になる時間を与えないシステムはお化け屋敷でお客さんを驚かせることにも似ているだろう。

命の危険度でいえばまさしく段違いであるが。

 

それはともかくとして、こんな高所からの落下は普通の人間ならば突然の出来事にパニックになるか、落下の最中に耐えきれずに意識を失うか、それとも落下のショックで死ぬか。

 

だがキーブレード使いである青年は普通ではない。

 

急な出来事であるが青年の心中は至って冷静である。

具体的に言えば、こんな召喚方法を実行した相手を見つけた時に言うであろう幾つもの嫌みを頭の中で案を出しては、それを言い返されたときの対抗策も考えるほど。

 

確かにこの上空2万メートルからの高さの落下を、一瞬で行われたのは初めての経験であるが、似たような経験ならこれまでに何度も体験していたし、ただの落下程度ならば寧ろ経験上でいえば優しい方である。

 

他の無抵抗に落下していく男女三人組とは異なり、すぐさま意識を切り替えた青年はこの状況を打開するための行動へと移す。

 

体勢を立て直すために両手両足を広げ、下からの風を全身で受け止めながら速度を少し緩めるが、それでも体に降り注ぐ重力による加速を抑えるには及ばない。

 

故に青年は別の方法を使うことにした。

 

 

「エアロ」

 

 

本当に僅か、数秒経てば自然に回復する程度ではあるが体から魔力が無くなる代わりに、フワリと落下していくはずの体が下から持ち上げられる。

 

青年の体を下から体を持ち上げるのは風。

 

それはシャドウを相手にしていたときに発生させた凶暴な竜巻と比べれば、あまりにも貧弱で小規模な風であるが、人間一人を持ち上げるには十分な威力であった。

 

しかしそれは周りの、青年と同じように落下していく三人を無視してということを付け加えるが。

 

吹き続ける風で落下が完全に止まった青年は空中で立つような体勢へと変えると、エアロの魔法は既に消えているにもかかわらず完全に空中で制止していた。

それは飛んでいるというよりも立っているというような。その場で、空中に足場があるかのように悠々としていた。

 

「良い景色だ。こんな風景を見るのは悪くないな」

 

青年は何をするでもなくグルリと辺りを見渡していた。

 

先程までの青年のいた、闇だけの世界とは比べることすら烏滸がましい程に遥かに自然豊かな土地。遠くに見える巨大な滝や広大な森、その他様々であるが、他の世界も回ったことのある経験からしてみても、この世界、箱庭の素晴らしさを青年は一身に受けていた。

 

久しぶりの、吸い込むだけで全身が喜ぶような澄んだ空気を肺一杯に取り込みながら深呼吸。

 

別段体に変化があるわけでもないが、精神的には良い効果があるのは間違いない。それだけでもこの世界に来て良かったと、青年は断言することが出来るだろう。

 

「そういえば他の奴等がいたんだったな。けど別にいいか」

 

ドボーン!!!と下で大きな水飛沫の音と水の柱。それは眼下へと広がる箱庭の世界へと向けられていた青年の意識を現実へと引き戻すには十分なもの。

 

だがそれは二万メートルの落下というエネルギーがあったにしては威力が弱すぎた。

落下していった三人の内、二人は生き残れそうであったが、少なくともあと一人の少女の肉体レベルでは、湖に打ち付けられた時の落下の衝撃で肉体はバラバラになっていたはずである。

 

湖が血で染まっていないためきっと少女は生きているのだろう。そのことに興味を牽かれた青年は、飛行に使っていた魔法を解除すると、三人に遅れて下へと向かって落下する。

 

「濡れるのはヤダな。地面に着地するか」

 

だが途中でまっすぐ湖へと向かっていた青年の落下の軌道が変化する。

 

急にではなく緩やかに、カーブを描いて軌道を変えた青年は、さらに空中で体を半回転させると足と頭の位置を逆転させる。

 

エアロの魔法で足の裏から風を噴射させることで落下の速度も急激に緩めながら。

 

「よっと」

 

そのため先に落下していった他の三人とは違い、青年は湖ではなく地面へと静かに着地する。

 

意識は既に湖へと向いているが、それは落下していった三人組を助けるためではない。視線は落下していった湖そのものではなく、それよりも上に向けられている。

 

 

「成る程な。この世界の魔法ってことか」

 

 

透明なため見えずらいが、青年が少し目を凝らせばハッキリと確認できる。湖から空へと向けて、幾つかの層が重なりあうようにしてドーム状に形を成している魔法の集合体が。

 

それは青年の使っている魔法体型とはまた異なる理論、術式によって発現されている。

 

役割としては、落下してくるものへの衝撃の緩和という至ってシンプルなもの。ただし一つ一つの層を潜っていく度に少しずつ落下の衝撃を緩和するように調節されている。それはさながら水の蒸留を砂や石などを使ってしていくときに、少しずつ蒸留の為の層を繊細にしていくのと同じよう。

 

もしこれが一つの層で落下の衝撃を緩和しようとすれば、水に直接叩き付けられるよりはマシかもしれないが、それでも普通の人間程度ならば耐えきれない衝撃がその身に襲い掛かることになる。

 

 

「偽装とかは掛かってないけど、知らないものは理解しようがないな」

 

 

長々と説明しているが、魔法の効果は予想にしか過ぎない。

 

自分の知識には無い術式の構造であるため、早々と理解を諦めた青年は、自分の持つ魔法に応用することができるかを考えていた。

 

人に使うなり何かを受け止めるならば、ただエアロの魔法を使って勢いを弱めるよりも、このように風の層を何回かに分けて使うのが有効そうである。

 

早い話がエアロの応用である。

 

術式自体をコピーすることは、青年の学んでいる魔法の術式とは根本的に違うため難しいが、仕組み自体は防御系統の魔法やエアロなど、青年の魔法にも応用しようと思えばできそうである。

 

そんな風に考えていれば、青年よりも先に落下して湖の中に落ちていった人達が水の中から続々と上がってきた。

 

 

「し、信じられないわ! まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だな」

 

「………いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「そう。身勝手ね」

 

 

上がってきた男女は各々が思い思いの言葉を話して行動を取っているが、どこかコントのような見てるだけなのに面白さがある。

 

少なくとも蚊帳の外である青年の目から見てみれば、以前からの知り合いでないことだけは理解できた。かなりコミュニケーション能力が高そうという注力は着くが。

 

 

「そこの貴方も、自分一人だけじゃなくて私達のことを助けてくれてもよかったのよ」

 

 

先程まで金髪の青年と話していた、お嬢様のような少女は会話のターゲットを青年へと変えた。

 

ボーッと上がってきた男女三人組を見ていた青年としては、急に自分に矛先が向けられたことに驚いていたが、一人だけ助かった人間がいるならば他の者も助けられたのではないかと考えるのは、そんな不思議なことではない。

 

黙って自分と猫の水を払っている少女と、もう自分は関係ないと学ランの上を脱いでシャツ一枚になっている金髪の青年。

 

だが青年からしてみれば、お嬢様的な少女の言葉は不意打ち気味のことであった。

 

 

「それは悪かったな。あの程度なら何とかできると思ってたんだが、今度は助けるように覚えておくさ。

代わりとなるかは知らないが、取りあえず体を温める程度はしてやるよ」

 

 

少女の言葉には少々刺の含まれるものではあったが、青年はまるっきり気にしていない。

しかし返す言葉に多少の嫌みが混ざっているのは無意識の内。

 

出会った瞬間殺しに来るような人や、大量の生物に捕食の対象として見られることと比べれば、多少の嫌みを言われることなど可愛いものだ。

 

 

「ファイア」

 

 

火種も何もない場所に、青年が手をかざすとそこに小さな炎が現れる。

先程のエアロよりも少ない魔力ではあるが、炎が消えないように一定の出力を流し続けることで、炎を継続的に灯す燃料としている。

 

その炎は不思議なことに地面から五十センチほど浮かんでおり、地面に生えている短めの草には何の影響も及ぼしていない。

もちろん草木を燃料にしても召喚した炎を維持することはできるが、世界を守るために生きるキーブレード使いの青年としては、不必要な犠牲はしたくないという心の現れ。

 

何よりこの美しい世界を例え一部分、極僅かな草木であったとしても傷付けるのは青年の主義には合わないし、気分も悪い。

 

 

「へー、お前は魔法使いか何かってところか」

 

「当たらずとも遠からず、似たようなものだな」

 

 

金髪の青年からの問い掛けに、明確に答えるようなことはせずに返答を返す。

 

それに対して深く聞いてはこないのか、金髪の青年は何も言うことなく燃え上がる火に手を向けて腰を下ろすと、びしょ濡れになっている服を搾りながら暖を取る。

 

金髪の青年の言葉もあながち間違いではない。

 

青年の本来の役目はキーブレード使いであるが、だからといってキーブレードを振り回すことしかできない訳ではない。

 

先程も使ったように様々な魔法を習得しているし、各世界を回る過程で手に入れたアイテムも自在に扱えるし、様々な武術も習得している。

 

かつて訪れた世界の一部では、青年はキーブレード使いではなく魔法使いと呼ばれたこともあったため、敢えて否定はしなかったのだ。

 

 

「お前、けっこう面白そうな奴だな」

 

「そうでもないぞ。俺なんて大した取り柄もないような存在さ。この世界の方がよっぽど面白いことはあるだろうよ」

 

 

だがそんな青年の横顔を、金髪の青年は心の底から愉しそうにヤハハ!と笑いながら眺めている。

 

今までの退屈な日常が終わりを告げて、自分が本心で愉しいと思えるものが、この箱庭にはわんさかいるということを本能的に理解しているからなのか。

 

ともかくその真実は本人にしか分からないこと。

 

 

「お前の意見は別にどうでもいいから、今度別の魔法も見してくれよ」

 

「なんだそりゃ。機会があったらな」

 

 

少女二人を置き去りにしながらも、そんな二人の青年の並んで座って話す後ろ姿は、会ったのがこの短い時間とは思えないほどに友人のようにも見えるのであった。

 

 



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第三話

 

 

「温まってるのもいいけど、そろそろ自己紹介をしましょうか」

 

 

湖に落ちた三人の服もようやく乾いてきた頃に、お嬢様のような少女が話し始めた。

 

それに猫を撫でていた少女と、青年の魔法について何個もの質問をしていた金髪の青年も会話を止めて、お嬢様のような少女へと視線を向ける。

 

自分を除いて人数は三人と猫一匹とはいえ、ほぼほぼ初対面の人間達という、仮に人見知りであったならば中々に地獄といえる場面であるが、お嬢様のような少女は一切気にしていない様子。

 

単純に人の視線に慣れているのか、注目されることが日常だったのか。客観的に可愛らしいといえる容姿と気品漂うお嬢様の雰囲気もあって、そのことについて青年は一人で考えて勝手に納得していた。

 

他の面子もそうだがまず派手な見た目と、初対面の集まりで自由気ままに振る舞っていることから、まず他人の存在に萎縮するような質ではないだろう。

 

あまり積極的に関わり合いになりたくないというのが青年の本音である。

 

しかし自分の力を介さない、他者による別世界への召喚という今回のイレギュラーな出来事は、青年にはそこまで都合がいいものではない。

 

仮に普段通り、青年が自身の力で世界間を移動する場合はそれぞれの世界の座標を観測しているため、移動先や元いた場所へと帰ることは難しくない。

 

しかし今回の召喚では、青年は元いた世界の座標は知っているが、今いる世界の座標は全くもって理解していない。

 

無理矢理にでも回廊を開けば世界間の移動も可能であるが、それは帰り道も分からずに何となくで進んでいくことであるため、元いた闇の世界へと着くのが何時かなど検討もつかない。

 

そのため自分と同じ境遇という、この状況を変えられるピースである以上、面倒だからと切り捨てる訳にはいかない。

 

魔力の流れを止めてファイアの火を消すことで、青年もお嬢様の話を聞くことを促した。

 

 

「まず間違いないだろうけど一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずはそのオマエって呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて」 

 

 

蚊帳の外に徹しているつもりであったが、何故か口の悪い金髪の青年と、若干の苛立ちを見せるお嬢様、飛鳥を見て、青年の気分は更に盛り下がった。

 

このまま話を聞き続けても、激流川下りの如く青年のテンションは下がっていきそうだが、物事の捉え方は自分次第だと、心を無理矢理に上向きにするため話へと耳を傾ける。

 

 

「それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。それで野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」 

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

 

最初は面白いかもしれないと心の舵を切ろうと思ったが、やはり面倒だという気持ちが奥底から沸き上がってきていた。

 

ただの自己紹介で何故そこまで激しい自己主張が必要なのか、名前以外にもっと話せよと、彼等彼女等の感性は青年には理解できないが、突っ込んだらそれはそれで面倒な気がしたので口には出さない。

 

 

「それで、さっきの火を出してくれた貴方は?」

 

 

この場から立ち上がって逃げ出そうかという考えも浮かんだが、どうやら一手遅かったらしい。

 

飛鳥の声と共に、周りの視線が自分へと向いていることを肌で感じた青年は、引き釣り気味であった表情筋を稼働させ、いたって普通の表情を装う。

 

笑顔のポーカーフェイスは得意ではないが、無表情にするのは割と得意という密かな特技のひとつを発揮させながら、青年も自己紹介を行った。

 

 

「……俺はグラード、別に呼ばれ方に拘りは無い」

 

 

内心で散々言っているくせに、自己紹介は耀と同レベルの簡素なもの。もし先程までの青年の内心を聞いていた者がいれば爆笑間違いなしだろう。

 

だがそもそも人との関わりなどここ最近無かったため、声がちゃんと出たことに安心しており、グラードは先程までの内容のことなど微塵も考えていなかった。

 

そんな青年ことグラードの興味の中に、三人の存在は既に無かった。

 

他への目移りが激しすぎるかもしれないが、それもグラードなキーブレード使いということを加味すれば仕方がないとも思えてしまう。

 

どうせそう長いこと関わることもないだろうという考えもあるが、それ以上にこの世界、箱庭を色々見てみたいというのが本音だ。

 

空から落下しているときにも見た豊かな自然、そしてこうして座っている今でも、グラードはこの世界に存在している様々な生命と心を感じることが出来る。

 

一日、二日歩き回った程度では到底尽きないであろう面白さを秘めた未知なる世界は、キーブレード使いとして数多の世界を渡り歩くグラードの琴線に触れるには十分以上であった。

 

 

「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねぇんだよ。この状況だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」

 

「そうね。何の説明も無ければ、動きようが無いもの」

 

「……この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

 

それはお前もだと、最早息があっている三人の会話のリレーに上手く入り込めなかったグラードは内心で突っ込みを入れる。

 

右も左もよく分かっていない異世界に、一人ではないとはいえ放り出されたのが現在の状況なのだ。

そこに案内人もいなければ、どう行動すればいいかなど皆目検討も付かない。

 

と、普通の人間ならば思っていただろう。

 

 

「はぁ……仕方ねぇな。こうなったらそこに隠れている奴にでも話を聞くか?」

 

 

十六夜は視線を向けずとも、その隠れていると言った方向へと意識を向けているのは、ここにいる他の三人にも明確に伝わった。

 

 

「あら? 貴方も気付いていたの?」

 

「当然、かくれんぼじゃ負け無しだぜ? そっちの猫を抱えている奴も、魔法使いも気付いてたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

「逆に気付かない奴がいるのか、あんな分かりやすい奴を」

 

「へぇ。やっぱり面白ぇ奴だな、お前ら」

 

 

今回は上手く流れに乗れたグラードの言葉もしっかり聞こえたのか、茂みの中で傷ついたかのようにビクリ!と動くウサ耳。

 

残念ながら十六夜の視線はウサ耳ではなく、お前も同じく獲物であると、暗に示すように獣のような獰猛な眼差しはグラードにも向けられる。

 

しかしグラードの心は十六夜には向いていない。

 

 

「……久しぶりに会ったな。こんな心の奴には」

 

 

それは誰にも聞こえないほど小さな声で呟かれた。

 

散々な言い方をするグラードであるが、気付けたのは長年に渡り戦い続けてきた者として当然であるが、それ以上にウサ耳の少女の心の存在を強く感じていたからだ。

 

この場にいる他の者には理解できないだろうし、感じることも出来ないであろうため、態々口に出すことはしない。

 

だがウサ耳の少女の心はある意味で言えば懐かしく、それと同時にグラードの心をキツく締め上げるような痛みを与える優しい光。

 

何なら地面に着地した時から分かっていた。

 

かつての仲間達の持っていた光の心と、その少女の心が限りなく似通っているのが、逆にグラードの心に棘を刺す。

 

一人センチメンタルな気分となっていたが、そんな様子を気にするどころか気付いてすらいない問題児達の行動は、グラードの意識の範疇で勝手に進んでいた。

 

茂みへと跳び蹴りをかました十六夜に、そこから飛び出したウサ耳の少女を軽やかな身動きで追う耀、そしてカラスの群れを従えた飛鳥。

 

 

「ふぎゃあっ!?、お、お三方、お止めくださーい!!」

 

 

少女の声でハッとしたのか、グラードはようやく現実へと戻ってきた。

 

少しの間、感傷的な気分ですっかり自分の内側へと意識を向けてしまったらしく、グラードは周囲の変化についていけていなかった。

 

少なくとも先程までは、この問題児三人がウサ耳少女の耳を引っ張っているという、中々にカオスな場面ではなかったことだけは間違いない。

 

 

「……早く終わってくんねぇか」

 

 

懐かしい心の持ち主が目の前で滅茶苦茶に遊ばれているが、どうやらその中に飛び込む勇気は無かったらしい。

 

密かにウサ耳に多少興味は惹かれたものの、グラードは傍観者として徹することにしたのだった。

 

 



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