トリステイン王子、ザナック! (交響魔人)
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プロローグ、あるいはエピローグ的なモノ

アンリエッタに兄か弟がいれば、かなり負担は少なかった…と思います。


「兄について?」

「はっ。是非お願いします。」

 

 

 栗色の髪の毛に、白い物が混ざり、目元にはシワをもつ老いた女性、アンリエッタ・テューダー太后。

 そんな彼女に、近代トリステイン史において大きく関わり、数年前に崩御なされた「ザナック・ド・トリステイン」についてトリステイン王国出身の青年将校、ティーダ・ド・ラ・ロッタは話を伺う。

 

 

「…どこから話したものかしら。とりあえず、私よりもはるかに頭脳明晰な人だったわ」

「そうでしょうか?誰かの補佐という立場であればもっと才覚を発揮出来たという話を伺いました。」

「当時のトリステイン王家で、兄の上に立てる人物なんていなかったわ。私は女の身だし。」

「……」

 

「話してあげるわ。ザナック・ド・トリステインの妹から見た彼の一面、というのは後世の歴史家にとって貴重な資料になるでしょう?」

「はい!よろしくお願いいたします。」

「まず…。兄は生まれた時、周りから死産だと思われていたわ。でも、そこから息を吹き返した…。」

「その話は、真実だったのですか?!てっきり、ザナック陛下を貶めるための嘘だとばかり…。」

「こんな嘘をついたら不敬罪よ…。幼少期は時折錯乱し、リ・エスティーゼだの、お父様に対してランポッサだの言っていたらしいわ。そういった言動のせいで、婚約も中々決まらなかったわ。」

「は、はぁ…。」

「健康に問題があり、そして精神もまともとは思えない。水メイジもお手上げな状況が続いて、お母様が私を身ごもった時は早くもスペア扱いだったと聞いているわ。」

「ですが、生まれたのは…。」

「そう。女の子。妹が生まれたと知った兄は無理やり入ってきて…。生まれたばかりの私をじっと見つめて…深く、深く呼吸をして…。それ以降は錯乱することは無くなったわ。だから、錯乱していた頃の兄については、私は直接見聞きしたわけでは無い。私が知っているのは…。」

 

 

 アンリエッタ太后は、目を閉じて考える。

 

「私の方が多少魔法が使えるというだけで、『私に然るべき婿を取らせて、その者をトリステイン王にすべし』と周囲の者から言われても、私を逆恨みするどころか優しく接してくれる、王の器を持つ人だった。貴方は、自分の弟や妹が、自分よりも魔法が使えて比べられて馬鹿にされて…それでも弟や妹に優しく出来るかしら?」

「それ、は…。ですが、アンリエッタ太后様は水のトライアングルではありませんか!」

「水のトライアングル、という点以外で兄に勝っている点は無かったわ。王家の血を引いていて魔法が多少上手なだけのお飾り、それが私。」

 

 一息ついて、アンリエッタ太后は告げる。

 

 

「さぁ、ここから長くなるわよ。メモの準備はいい?」

「はいっ!」

「まず、兄が行った政策についてだけど…」

 

―――――

 

 同時刻。

 トリステイン王国、オルニエール領主の館にて。

 

「お初にお目にかかります!ザナック陛下の懐刀、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール様!私は、ジェミー・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフです!」

 

 

 金髪をサイドテールにまとめ、元気いっぱいの女の子が使い魔たる風竜から降り立つ。

 クルデンホルフ大公国の一門に連なる名家の令嬢は、亡き陛下の信任厚く数々の功績を打ち立てた男に敬意を払う。

 

 

「ようこそ、オルニエール領へ。ザナック陛下についてだったか?何が知りたい?と言っても…ザナック陛下のお妃様か、妹様の方が詳しいと思うが。」

「いいえ。ザナック陛下から一目置かれていたサイト様からお話を伺いたいと思って参りました!」

「と言ってもなぁ…。俺の出身は知っているか?」

 

 

 黒髪黒目。老いて白髪も増えつつあるが、数々の激戦を潜り抜け、ヴァリエール公爵家の三女を娶り、ザナック陛下から領地と爵位を得た平民の剣士。

 伝説の使い魔、ガンダールヴ。

 

 

「アーベラージ、でしたか?ロバ・アル・カリイエにあるという…。」

「ああ。といっても、今後訪れるロバ・アル・カリイエ出身者が話してくれるところと相違点は多いだろうけど」

「…恐れながら。サイト様は故郷に帰りたいと思ったことは?」

「誰が帰るか、あんな環境が破壊しつくされたディストピアに。」

 

 

 きっぱりと告げるサイト。

 

「し、信じられないのですが…。自然が無いとは?どうやって食糧を得ているのですか?」

「そのまんまさ。雨は酸っぱい匂いがするんだ。草木も枯れている。食事は合成食物とか、サプリメントだ。」

「?!リュリュ様が開発した魔法の産物ですよね?!」

「リュリュさんはハルケギニアから飢餓を無くした人物として歴史に名を残すべきだし、ザナック陛下は回顧録にその名前を刻んでいる。」

「ザナック陛下が?!」

「ああ。為政者としては相当優秀だと思う。俺は、あの人の騎士になれたことを誇りに思っている。そうだな、まずは俺と陛下、当時はザナック殿下と、初めて出会ったところから話す。」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

 

―――――

 

 ガリア王国の喫茶店にて。

 

「カイル・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、と申します。シャルロット様」

「…私に聞きたいことがある、とか。」

「はっ。」

 

 金髪のトリステイン王国出身の青年は、そう言ってかしこまる。

 スレンダーで小柄だが、髪の毛は青々としている。

 シャルロット様の使い魔という、『眼鏡をかけた知的な印象を受ける氷竜』が傍らに寄り添っている。

 

「ガリア貴族から見て、ザナック陛下はどのような方でしたか?」

「…ガリア王ジョゼフと渡り合えた優秀な王。結局、ザナック王が生きている間、ジョゼフはトリステインに介入できなかった…。」

「恐れながら、物量で攻め込むことも可能だったのでは?」

「大義名分が無ければ、軍は動かせない…。そしてザナック王は、その大義名分を失わせる事で伯父の、ロマリアの介入を阻止し続けた。」

 

 

 一呼吸置く。

 氷竜が本を読み終え、興味深げに金髪のトリステイン人に目を向ける。

 

 

「話してあげる、若きトリステインのメイジ。ガリア人から見た、ザナック王について。」

「よろしくお願いします!」

「ところで、ここの食事は貴方の会計持ち?」

「お任せください。」

「では、遠慮なく。ここからここまで全部持ってきて」

「…へ?」

 




 という訳で、プロローグにしてエピローグ的なモノを投稿しました。
 ザナックがトリステイン王家に転生するという話を執筆していきます。

 アンリエッタ姫はアルビオンにいますし、サイト君は『環境が破壊しつくされたディストピア』な故郷に帰らずハルケギニアに留まりました。

 後、タバサさんの使い魔は「眼鏡をかけた氷竜」です。


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ザナック王子とトリステイン官僚

ゼロ魔の原作キャラもかなり性格が変わっています。また、オリジナルキャラクターも登場します。


 男の名は、ウィンプフェンという。

 トリステイン王国軍の知性と理性の権化である参謀本部の長であるが、口さがのない者は「臆病伯」と揶揄する。

 というのも、ウィンプフェン伯は対外進出よりも国防に力を入れるべき。と主張する『統制派』の実務を担っているからだ。

 そのことが、対外進出…主にゲルマニア相手を訴える『拡大派』には気に入らない。

 

 ちなみに魔法学院の長、オールド・オスマンは『拡大派』の事を『ボンクラ』と呼んでいる。

 

 

「ウィンプフェン伯。ザナック殿下がいらっしゃいました。」

「殿下が?」

 

 だから、幼少期に大いに錯乱して醜態をさらし、過食によって肥え太った10歳の王子が参謀本部にやってきたときは…適当に菓子でも与えて帰らせようと考えていた。

 少なくとも、この時は。

 

 

 

 

 

「ガリア、ゲルマニアに対し我が国の領土は10分の1でしかない。故に、領土の拡張は必須であると主張する意見は理解できる。」

「…その通りです。」

 

 そういう認識を持つ一派がいる事は事実だが、他国に勝利して領土を切り取って維持できる未来をウィンプフェン伯は見れなかった。

 いたずらに国力を消耗するだけ。かといって座していては滅びの道を突き進むのみという意見も一理ある。

 

 その話をザナックから切り出されたことで、ウィンプフェン伯は内心落胆する。

 ああ、この方は『拡大派』なのか、と。

 

 

「だが、現実問題として領土の切り取りというのは難しい。となれば、トリステイン王国軍は領土防衛に努め、国内の荒れた地を整備し、国力を増強することで対抗する。私はそう考えている。その為には、領地を任せた貴族に防衛を任せ、王国軍は要請に応じて動員をかけて出撃する方針が望ましい。故にトリステイン王国領内の街道を整備し、迅速に部隊を送り込めるようにする事を今後行っていくべきだ。」

 

 

 ウィンプフェン伯は、国土の街道整備を行えば敵軍が侵攻しやすくなるため、国防という一点から反対していた。

 だから荒れ地だろうと突き進めるような精強な軍をどう育成するか、という考えだったが…。

 

「街道を整備すれば行き来がし易くなる。それは流通を発展させ…」

 

 

 …ザナックの話を聞き終えたウィンプフェン伯は懸念事項を伝える。

 

「おそれながら、その財源は?」

「領地持ちの貴族と王家で折半だ。まだ具体的な数字は決めていないが、街道を整備する前に反対派を『説得』する必要がある。ウィンプフェン伯、トリステインの土メイジは、もっと多くの物を錬金で作り出せるがあえてしていないのだ。」

「なんですと?」

「理由は買い手がいないからだ。不定期に訪れる行商人任せになっている。今まではそれで良かったが…200年前にゲルマニア帝国が建国され、トリステインの国力は脅かされている。トリステインも変わる時だ。」

 

 

打って変わってザナックに王としての資質を感じる。

 街道整備は国防を下げるのではなく、国を富ませ、軍を展開しやすくなるための事業である。

 自分がいままで思いつかなかった方針を打ち立てた。この方だ。この方ならば、トリステイン王国軍は、いや、トリステイン王国は再生する。

 

 

 エスターシュ大公の幽閉、そしてフィリップ三世の死から始まった衰退に歯止めをかけてくれる。

 だから、ウィンプフェン伯は憂国の同志にも会ってもらおうと考えた。

 

「殿下、お会いしてほしい方がいます。」

「ふむ?」

 

 

―――――

 

 その出来事から数日後。

 ネルガル・ド・ロレーヌ。トリステイン王国軍…現国王を最高司令官とする「王軍」。諸侯が集める「諸侯軍」。そしてフネに乗り込む「空海軍」

 そのすべては士官が最前線で指揮を執るが…その士官教育を担当する者を指導する職がある。それが「教導官」。

 

 「激風」の2つ名を持ち、ウィンプフェン伯の頼みもあって精強な軍を編成するための士官教育を行う教員の訓練にネルガルは励んでいる。

 『統制派』の一員であるが、『拡大派』とも交流を持ち、バランスをとっていた。何せ、息子のヴィリエの嫁候補は多いに越したことはない。

 

 

 そんな彼に、ウィンプフェン伯から手紙が届いた。

 

「ザナック殿下に会ってみてくれないか?あの方こそ、次代の王にふさわしい」

 

 

 あの錯乱した王子が、次代の王?

 ネルガルは知っている。妹が生まれたと聞いたザナック殿下が無理やり入ってきた事を。

 

 そしてアンリエッタ王女の髪の毛をじっと見つめ、『金色…違う。栗色?』と呟いて大人しくなった事を。

 まぁ、「自分が金髪だから妹も金髪である」と思い込んでいたのだろう。実際は違ったわけだが。

 

 

 ネルガルは訝しんだが、憂国の士としてウィンプフェン伯とは昵懇の仲である。

 

 

「初めまして、ザナック殿下。私はネルガル・ド・ロレーヌ。教導官を務めております。」

「よい。ネルガル教導官。貴公の仕事ぶりは聞いている。我がトリステイン王国軍の強さは士官で決まる。その士官に教育を行う者を教育する貴公は、トリステイン王国軍の柱だ。」

「ありがとうございます。」

「先日、ウィンプフェン伯と話をしたのだがな…。参謀本部直属の部隊を用意したいと思っている。」

「平民の部隊であれば、用意できますが」

「それでは意味がない。メイジで揃えなければ。」

「では、魔法衛士隊から引き抜くしかありませんな。」

 

 もっとも、王族の護衛であり名門貴族の出身で構成されているエリートが、錯乱した過去がある小太りのザナック王子の思い付きで「臆病伯」のウィンプフェン伯の下につく事を求められれば、抗議の嵐と辞表を叩きつけられるだろう。

 そのことはネルガルもわかっていた。その上でこの案に飛びつくか否かでザナックの器を図ろうと試みる。

 

 ザナックは、唇をなめた後にネルガルに口を開く。

 

 

「いや、私が考えているのは没落した貴族。通称、平民メイジだ。人間、飢えれば生活の為に罪に走る。そうなるぐらいなら、王国軍に取り立てた方がお互いの為。そう思わんか?」

「それ、は…」

「私の発案で、貴公が鍛え、ウィンプフェン伯が指揮を執る。それで実績を出せば文句は出まい。」

 

 なるほど。ウィンプフェン伯よ。

 どうやら、この方は現状を憂いているだけでなく、行動に出ようとしている。

 王族。いや、10歳の子供が動いているならば。

 

 大人の我々が、支えなくてどうする。

 

「…わかりました。私自ら鍛えるとしましょう。」

「頼んだぞ。」

 

 

 平民メイジについては、さほど気に留めていなかったが…。犯罪歴が無く、傭兵稼業に身をやつしていた程度ならば改めて王国軍に再登用するのは有りだろう。

 それに、犯罪者になるメイジが減れば賊の討伐は容易くなる。

 

 戦力強化と、犯罪勢力の弱体化を一手で解消する妙案。

 伝統と格式を重んじるトリステイン貴族である、ネルガルでは思いつかない一手だが、子供ならではの柔軟な発想にネルガルは感心する。

 

―――――

 

 ザナックは、平民メイジになった者のリストを作成するべく、トリステイン王国に登録されている貴族の家系図からリストの作成に取り掛かる。

 現在生存しているメイジの総数、その中で死亡が確認されている者をリストから外し、生存が確認されている者から現在はどうしているかを探す作業だ。

 

 膨大な数に上ったため、人手を借りようとしたが…。ザナックに対して真摯に向き合う官吏は中々現れない。

 そんな中。

 

 

「ザナック殿下!その仕事、このジュール・ド・モットが尽力致しましょう!」

「いいのか、波濤?私が言うのもなんだが、途方もない作業だぞ。」

「いえ。ウィンプフェン伯とロレーヌ卿から話は伺っております。私も喜んで手伝わせていただきますぞ!」

「そうか。その二人が推薦してくれたから、か」

「それに、平民メイジが身を持ち崩す事は心を痛めておりました…。この度の殿下のご配慮、感服しましたぞ!」

「では、頼むぞ。」

 

 書類の山の一つを丸ごと押し付けられ、モット伯は一瞬怯むが、即座に顔色を戻すと作業に取り掛かる…。

 

 

 量が量だけに、中々終わりが見えなかったが、そんな二人を見た何人かの文官も参加し…。

 やがて、それは大きな噂となって広まる。

 

 ザナック殿下が、何かを企んでいると。

 

―――――

 『拡大派』の重鎮、エギヨン侯爵の館。

 

 ラ・トレムイユ伯、シャレー伯、ローゼンクロイツ伯といった面々は、エギヨン侯の呼びかけに応じて集まっていた。

 

 

「何?!ザナック殿下が平民メイジを集めているだと!」

「それは本当か、火消し!」

 

「…俺は依頼主に対して嘘はつかない。」

 

「どうされます?」

「むぅ、身を持ち崩したり、没落した元貴族を集めて何を企んでいる?」

 

 

 トリステイン王国の上層部に巣食う、『拡大派』に所属する俗物達は、濁り切った眼で見渡す。

 彼らは対外進出を訴えるだけであり、その矛先はゲルマニア、ガリア、アルビオン、クルデンホルフとばらばらだ。

 対外進出をスローガンにしている点は共通であり、派閥の構成員の数は『統制派』より大きい。

 

 

「そこも調べがついている。」

「おお!流石は火消し!」

「別料金だ。ついでに知った事だが、な」

「何だと!」

 

 短絡的に杖を抜こうとする太った貴族だが、その前に火消しは拳銃を取り出し、構える。

 

「じゅ、銃だと!」

「この距離なら、こっちが早いぞ。試してみるか?」

 

 剣呑な空気が漂うが、拡大派の大物貴族であるローゼンクロイツ伯はそれをなだめる。

 

 

「やめろ!火消し、ザナックは何をもくろんでいる?」

 

 エキュー金貨の袋を手渡され、その中身と重量を確認して懐に収めた火消しは、告げる。

 

「ウインプフェン伯の、参謀本部直属の部隊に当てる。平民メイジの教練は激風とその意向を受けた王国軍士官が行う…。」

「そういえば、そんな事を「臆病伯」が考えていたな。」

「閣下、もしやあの臆病伯は謀反をもくろんでいるのでは?」

 

「…臆病伯めは、手駒が欲しいためにザナックに菓子を与えて飼いならし、王族の命令という事でネルガル殿を動かしてまんまと目的を果たした…。うむ、そう考えると辻褄が合う。きっとそうだ、そうに違いない!」

「臆病伯め、うまくやったな…。」

 

 

 奸臣、佞臣達は上手くやった臆病伯こと、ウィンプフェン伯に嫉妬する。

 王の器では無いが、ザナックは王族だ。上手く操れば、戦力を強化して、ゲルマニアやガリアから領土を奪って権益を拡大することが出来る…。

 

 濁った眼の俗物たちを見ながら、火消しは考える。

 一度、ザナック王子の手腕を見る必要がある、と。




 原作では慎重論を唱え保身に走ったウィンプフェン伯ですが、拙作ではかっこいい参謀将校になっていただきます。

 トリステインの国土は、ガリア・ゲルマニアの10分の一なので対外進出を唱える『拡大派』にも言い分はありますが、なら切り取れるかと言われると疑問ですよね?

 次回は、ザナックのお見合いです。


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ザナックのお見合いと、あるトリステイン令嬢の「疑念」

 …まさか、俺がもう一度トリステイン王国の旗の下で杖を振るうことになるとはな。

 

 あの頃の同僚は今、どうしているだろうか?

 魔法研究実験小隊の隊員として実戦経験を積んだ俺は、シャン・ド・マルスの練兵場で真剣に杖を振る。

 

 

 

「どうですかな。」

「…良い動きをしていると思うが。」

 

 

 平民メイジの雇用を主張したザナック王子と、ネルガル教導官が話をしている。

 

 

「…あの二人はどうですか?」

「確か、鬼火と土煙だったか?」

「はい。鬼火はトライアングルメイジ…土煙はラインメイジですが、同格のラインメイジ複数人相手に勝利を収めています。」

 

 

 軌道を変えて標的を襲うファイアーボール。ゆえに俺は『鬼火』と呼ばれている。

 『炎蛇』、いや。『白炎』にもまだ勝てない。だが…。

 

 

 ネルガル・ド・ロレーヌは、メイジの大隊に対して一つの戦術を授けてくれた。

 腕利きの『個』を、連携で撃破。数の暴力で押し切る…そういう戦い方を。

 

 スクウェアだろうと、今の自分たちなら敗走させられるはずだ。中の上くらいなら。

 地形を利用して各個撃破されなければ、だが。

 

 

「他は?」

「夜風は良い動きをしています。水柱も同様かと。」

 

 

 銀髪で切れ長の目の女『夜風』、金髪でショートの女性『水柱』

 

 女が入っているのは…。まぁ「そういう事」だろう、そう俺は邪推していた。

 実際は違ったことを知るのは、もう少し後だ。

 

 

 

「ふむ。ウィンプフェン伯には4人の小隊長が前線指揮を執る部隊であると伝えておけばいいか?」

「4人体制、ですか?」

「問題か?」

「トップは決めておくべきかと。」

「よし。ならば鬼火を隊長にしておけ。私はそろそろ行かなければならん。」

 

 そうネルガル教導官に告げて、ザナック王子は歩き出す。

 

「どちらへ?」

「見合いだよ。私からウィンプフェン伯に伝えておこう。」

「恐れながら一つだけよろしいでしょうか!部隊名はいかがいたしましょう。」

「我がトリステイン王国は水の国。であれば、水精霊騎士隊(オンディーヌ)が適当だろう。」

 

 王子様が去った。さて、これからが大変だ。

 

 

「さて…。聞いていたと思うが。鬼火、お前が暫定的なトップだ。動きが悪ければすぐに交代もあり得るぞ。」

「任せてください。」

 

 

 望むところだ。隊長職など初めてだが、俺には『炎蛇』というビジョンがある。

 あの人と同じにはなれなくても、その領域には近づけるはずだ。

 

 

 彼は知らない。

 魔法研究実験小隊の隊員であり、名簿に細工したであろう『隊長』の背中を見てきた、という所を含めてザナックが隊長に据えたことを。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 美しい金髪をポニーテールに纏めた黒目の少女。その名はルナ・ローゼンクロイツという。

 ブドウの産地で有名なローゼンクロイツ伯爵領に生まれた彼女は、何不自由なく育った。

 そんな彼女は今、トリスタニアの王城に来ている。

 

 父からトリスタニアに来て、ザナック王子とお見合いしろと言われ慌ててやってきた。

 実は、ザナック王子とのお見合いはこれが「2回目」である。

 

 一回目の時は、ザナック王子が「錯乱」してテーブルをひっくり返した事でご破算になった。

 あの後はただただ、怖かった。

 

 ラナーって誰?!

 

 父が言うには、「今はだいぶ落ち着いている。婚約者がいないため、ザナック王子との婚約が成立すれば、ローゼンクロイツ領はさらに栄える!」

 との事だが…。

 

 

 第一王子でありながら、即位出来ないなど救いようがない。そうなったら、ローゼンクロイツ領へ婿入りしてくるのか?!

 あの「錯乱」した男の子が?!

 

 それはルナにとって耐えられない事だった。

 お見合いの時間にはまだ余裕がある。せっかくだからこのトリスタニアの外観を見て心を慰めよう。

 

 そんなルナの耳に、男の子の声が聞こえてくる。

 

 

 

「という訳だ、ウィンプフェン伯。貴公が考案していた参謀本部直属の部隊としてはいささか力不足感は否めないが。」

「メイジで構成された大隊!これを自由に動かせるならば、戦略の幅が飛躍的に広まります!」

「まだ足りない。機動力に欠けている。」

「では、どうなさるおつもりか?風竜にでも乗せますか?」

「それはナンセンスだ。ウィンプフェン伯。竜騎士の育成は容易くない。そして幻獣を乗りこなすのも容易い事では無い。」

「となると、馬ですな。」

「あるじゃないか、我が国には「フネ」が。」

「?!ラ・ラメー公爵の、空軍の管轄ではありませんか!参謀本部直属の部隊を乗せてくれるとは思えませんが…」

「そこからは私の仕事だ。考えてみろ、ウィンプフェン伯。メイジの大隊がフネで移動して苦戦している戦線に投下出来る…。火薬の積載量は最小限にとどめ、砲撃されても誘爆しないようにすれば…。」

「メイジである以上、フライで降りる事が出来ますな…。火薬の積載量を減らす代わりに物資を詰め込めば、戦闘地域に補給物資を送ることも出来る…」

「あとは、精神力を増やすことだが、アカデミーで面白い研究を出した人物がいるのだ。後で資料を送ろう。」

 

 

 だ、誰だ!だれだ、ダレダこいつは!

 あの!錯乱して自分の事をラナーと呼びながら、テーブルをひっくり返して迫ってきた、あの面影はどこに行った!

 ルナは叫びだしたいのを、何とか抑え込んで、一足先に見合い会場に向かう。

 

 

 

―――――

 

 

「レディを待たせてしまって、申し訳ない。」

 

 ザナックは、お見合い相手であるルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢に口だけで謝罪する。

 無論、頭は下げない。王族は軽々しく、頭を下げてはならないからだ。

 

 

「いいえ。先ほど来たところです。」

「そうか。ところで、ローゼンクロイツ嬢はメイジの大隊をフネで送り込むという作戦をどう思う?」

 

 ザナックは土メイジのドットだが、ウィンプフェン伯は気づいていた。

 

 

「何の事でしょう?」

「ああ、知らないなら別にいい。それと、今言った事はくれぐれも内密に。事が漏れた時には…。」

 

 そう釘を刺して、ザナックは紅茶に口をつける。

 ルナの疑惑はますます深まる。

 

 あの、あの!お見合いの席で錯乱して暴れた王子が!たった数年で国政の、軍事に口出しをしている!

 臆病伯と父とその友人は言っているが…。参謀本部の長で『統制派』の重鎮、ウィンプフェン伯と対等に話し合っている?!

 本当に誰なんだ!自分は委縮して、ウィンプフェン伯の顔すらろくに見れないというのに!

 

 ただただ、異質な生き物。もしやコレはザナック王子の皮をかぶった「偽物」では無いか?

 ディテクト・マジックを掛けたい衝動にかられるルナだが、杖は没収されているし、王族にそんな魔法をかけた瞬間、一族纏めて処断は免れない。

 

 

「ざ、ザナック殿下は…『イーヴァルディの勇者』をご存じでしょうか?」

「ああ。勧善懲悪の物語か。面白い。」

「殿下は、何故『勇者イーヴァルディ』では無くて、『イーヴァルディの勇者』なのだと思いますか?」

「そこまで考えたことはないな…。言われてみれば、勇者イーヴァルディで良いだろう。」

 

 

 話の食いつきが悪い!食いついてくれたら、イーヴァルディの勇者に関する演劇の話にしたかったのに!

 何を話す?ローゼンクロイツ家が『拡大派』に毎年、新作のワインを解禁日に提供し、それを飲むことが有力者として認められるという伝統がある、という話か?

 いや、『統制派』のウィンプフェン伯と親しいのだから、こういう話題に対しても食いつきは悪いだろう。

 

 

 土メイジならば、剣や鎧を作る事に興味は…無いか。だったら。

 

 ルナ・ローゼンクロイツは話題を変える。

 

 

「ザナック殿下は土メイジだとか。であれば、スキルニルはご存じですか?」

「初耳だ」

「血を一滴与えるだけで、その者と全く同じ姿になるという古代の魔法人形です…。当家にも作り方は残っていますが、製作には質の高い土石が必要で…」

 

 

―――――

 

 …少し、脅かし過ぎたか。ザナックは、ルナ・ローゼンクロイツのスキルニルに関する講義を聞きながら反省する。

 ラナーに似ていると言えば、雰囲気は似ている。それにしても…ルナの双丘は同年代と比べても大きい。

 ただ、お見合いの席で胸元を強調するドレスを着てくるのはいただけない。目の保養にはなるが…。

 

 家柄、容姿、年齢を考えれば条件は満たしている。ただ、『拡大派』のローゼンクロイツ伯爵が外戚というのは少し懸念事項だ。

 まぁブドウ酒は芳醇な香りであり、タルブ伯が献上した物よりザナックは気に入っている。

 

 

 

 

「完全再現には至っていませんが、外見だけ模倣するところまでは成功しています。爆発物を仕込んで、攻撃したら敵を道連れにするという構想はあるのですが…」

 

 

 物騒なことを言い始めたので、ザナックはそろそろお見合いを切り上げることにした。

 こういう軍事転用をすぐ考えるのが拡大派の美点であるが…。

 

 

 ヴァリエール家の三女を勧められたが、そもそも口約束ではあるが婚約している。というより、結婚相手としてヴァリエール家は駄目だ。

 リ・エステーゼ王国で例えるなら、ボウロロープ侯の軍事力とブルムラシュー侯の財力を併せ持つ大貴族が、外戚という権威を得るようなものだ。

 

 そうなればヴァリエール家に、トリステイン王国を掌握されかねない。

 嫁探しは大変だ。ザナックは内心ため息をつく。

 

 ぐずぐずしている場合ではない。ラ・ラメー伯配下の空軍士官や技術者との打ち合わせに、ザナックは向かう。




 お見合いする、とは書きましたが婚約するとは言っていません。あしからず。
 ヒロインはちゃんと登場しますので…。


 今回書き終えて思ったのですが、もしもヴァリエール公爵家とボウロロープ侯爵家が平原で戦ったらどっちが勝つのでしょうか?
 ボウロロープ侯は5000の精鋭兵団に加えて、娘を娶っているバルブロ殿下も参戦するとして…。ヴァリエール公爵には烈風カリンが参戦…。

 開戦と同時に烈風に吹き飛ばされるバルブロ殿下の姿が目に浮かびましたが、たぶん気のせいですね!
 まぁ、ボウロロープ侯は5万の軍を動員できますから、数で押せばいけるかもしれません。


 『烈風』相手に訓練されていない農民兵が、精鋭揃いのヴァリエール侯爵軍相手にどこまで根性を見せれるか疑問ですが。


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ド・ポワチエ将軍の想いと、アルビオンの粛清

『統制派』と『拡大派』は原作にはありませんが、南北に10倍の国土を持つ国に挟まれた小国なら、こういう派閥争いがあると思います。

こういう状況のトリステイン王国からすれば、リ・エステーゼ王国の広大かつ肥沃な土地というのは羨望の対象でしょうね…。適度な脅威が無かったので腐敗してしまいましたが…。


 妹のアンリエッタがヴァリエール家の三女と一緒にふわふわのクリーム菓子を取り合い、服を汚してラ・ポルト侍従に叱られている間も、ザナックは精力的に活動を続ける。

 

 

「参謀本部と、教導官及び王国軍士官は認めつつある…。さて。」

 

 後は、財務卿、陸軍と空軍の将軍だ。空軍はラ・ラメー伯を説得するだけ。

 だが、陸軍の将軍は…。

 

 

「グラモン家か、それとも、ド・ポワチエ将軍か…。」

 

 かつて、グラモン元帥と女性を巡ってトラブルが起きたド・ポワチエ。

 ド・ポワチエの軍事的才覚については、ボウロロープ侯と同数の兵を率いて平原で決戦を行えばボウロロープ侯が勝つだろうとザナックは思っている。

 ド・ポワチエは無能では無いが、『拡大派』の重鎮。

 

 

 とはいえ、グラモン元帥は隠居しようとしている。ならその長男というのもありだが…。こちらは『統制派』の一員だ。

 あまり『統制派』で固めると、反発を招きかねない。

 

 このあたりの政治的感覚は、レエブン侯と関わることでザナックは身に着けている。

 

 

「やはり、ド・ポワチエ以外居ないか。」

 

 他の将軍と比べれば、まだド・ポワチエの方が優秀。

 問題は、「トリステイン王国が抱えている諸問題は、軍事的勝利によって解決される!」という信念がもはや信仰の域に達している事だ。

 

 とはいえ、防衛だけではじり貧に陥るのは目に見えている。

 こういう「攻める事も出来る」将軍はやはり今後必要だろう。

 

 

―――――

 

 

 

 トリステイン王国軍、陸軍本部にて。

 

「ザナック殿下が、面会を?」

「はっ。こちらにお通ししましょうか?それとも、席を外しているとお伝えしましょうか?」

「いや、面会しよう。」

 

 

 ド・ポワチエはチャンスが来たとほくそ笑む。

 ウィンプフェン伯は上手くやって、メイジで構成された大隊を手に入れた。

 だが、メイジの大隊では敵の防御を突破して潰走させたとしても、占領と維持は難しい。

 となれば、陸軍の出番。

 

 

「ゲルマニアかガリア、いや、小生意気なクルデンホルフ大公国というのもありだな…。」

 

 

 そういう思惑を抱え、ド・ポワチエ将軍はザナック王子を待つ。

 

 

 

「ポワチエ将軍。私はザナック・ド・トリステインだ。」

「ようこそいらっしゃいました。狭苦しい所で申し訳ございません。」

「何。気にしておらん。むしろ、陸軍将校の本部が広々としていたら心配せねばならん。」

 

 

 

 ド・ポワチエは戦った。トリステイン王国は国土が10分の1しかない、これでは、いずれガリアかゲルマニアに併呑されてしまうかもしれない。

 そうなる前に、領土を切り取って国を豊かにせねばならない!

 

 そう説得しようとしたのだが…。

 

『領土の拡張はいずれ考えていかねばなるまい。だが、現状それは難しい。ならば今は、国内の整備と防衛に尽力するべきでは無いか?』

『将軍は、領土の拡張に随分と熱心なようだが…。領土を得れば将校と兵をおかねばならん。維持費はどうする?獲得した領土に住んでいた民に重税を課すのか?』

 

 だが、その全てはザナックに論破され、ド・ポワチエの信仰であった、「軍事的勝利で諸問題は解決される」という考えに揺らぎが生じる。

 

 

「私は、将軍を評価している。今は守りを重視しているが、攻め込んだところで攻め込まれはしないと侮られれば、国土を切り取られる結果になるかもしれん。そうならない為にも、ポワチエ将軍のような、気骨あふれる勇猛な将軍が、このトリステイン王国に必要なのだ。」

 

 

 否定だけでなく、今は認めないがいずれ来る戦いにおいて必要な人材なのだ!とザナックは諭す。

 この会合以降、ド・ポワチエはザナックの支持者になった。

 

 

―――――

 

 

「…ラ・ラメー公爵も俺についた。デムリ卿も同様だ。後は、トリステイン王国の重要な貴族との交渉だな。街道整備を王家だけでやるとなると破産する。各地の貴族の助力が必要だ。折半が妥当か…。」

「ざ、ザナック殿下!ほ、報告がございます!」

「ん?どうした。」

 

 入ってきた伝令は、緊張した顔で告げる。

 

 

「あ、アルビオンにて、モード大公が処刑されました!」

「何?!伯父上が叔父上を!どういうことだ!」

「り、理由は不明です!」

 

 理由なく処断だと?!馬鹿な、そんなわけがない。モード大公が何かして、それは公の理由に出来ずに処断せねばならない失態だったのだろう。

 だが、なんだ?何をした?いや、そんな事より…。

 

 

「わかった。今後はアルビオンの動向に留意せよ。私は再びラ・ラメー伯の所に向かう。」

「それでは、お伝えしてまいります。」

 

 

 部下の一人が動き出したところで、向こうからやってきた部下と衝突しそうになる。

 

「っつ、どけ!私はこれからラ・ラメー伯の所に再度殿下が赴くと」

「待て、私はそのラ・ラメー伯から殿下にお会いしたいという伝言を…」

 

 そんな部下たちにザナックは鷹揚に声をかける。

 

 

「ふっ、ラ・ラメー伯は先んじて情報を得ていたという訳か。構わん。私ももう一度ラ・ラメー伯に合わねばならんと思っていたところだ。」

 

 

 

―――――

 

 ザナック王子が再びラ・ラメー伯と会ってアルビオンに関する懸念を共有していた同時刻。浮遊大陸アルビオンにて。

 

 

「逃がすな、モード大公の娘だ!」

 

 美しい銀髪をなびかせながら、必死に愛馬と共に逃げる若い娘を、数名の騎兵が追撃する。

 どうしてこうなった?父が何をした?何故伯父は自分たちを…。

 

 

 助けを求めて『婚約者』のところに向かえば、婚約者が杖を向けてきたためこうして逃げている。

 

 

 サウスゴータだ。あそこに行けば、ひとまず助かる。

 だが、その前に彼女の命運は尽きようとしていた。

 

 

「しまっ!」

 

 気が付いたときは、遅かった。切り立った崖。

 そして浮遊大陸アルビオンは、周りが海では無く空。

 

 ここから落ちれば、助からない。

 

 

 愛馬がいななき、足を止めた彼女に、エア・カッターが、マジック・アローが連射される!

 悲鳴すら上げれず、彼女と愛馬は浮遊大陸アルビオンから落ちていく…。

 

 

「ここから落ちた以上、助かる可能性は無いが…。」

 

 追手が崖からのぞき込むが…既に少女の姿は影も形も無かった。

 

 

「いくぞ、報告せねばならん」

 

 

 

 

 追手が去っていく間、リリーシャ・モードは咄嗟に実家から持ち出したダガーを崖に突き立て、そこからぶら下がっていた。

 ちょうど死角になる場所で助かった。もしも、追手に精神力が残っていてフライで調べられていれば、一巻の終わりだった。

 気配が無くなったところで、杖を取り出す。

 大きく視界がブレ、恐怖にかられるも少女は気丈に魔法を完成させる。

 

 フライの魔法で、陸地に戻った事でようやく一息つく。

 

「…まだ、まだ、死ねない…!」

 

 追手は自分が死んだかどうか確認するべく、調査させるといっている。となれば…。

 

 呼吸を整えた後、ダガーを回収。刺し跡を隠蔽したのち、その場を速やかに去る。

 この恰好では追手に捕まる。ならば…。

 

「変装して、しばらくは身を隠す。その後は…」

 

 父の死の真相を、伯父上から聞き出す。どんな手を使っても!

 

 

 

―――――

 

 一人の少女が、決意を抱いて歩み始めた頃。

 

 

 

「…ラ・ロシェールの警備は通常通りにとどめるが、医薬品を大目に備蓄させる。」

「それがよろしいでしょうな。」

「伯父上が叔父上を討った真意は測りかねるが…それでトリステインが軍事行動を示せば、猜疑心が強くなっている可能性が高い伯父上を刺激する結果になりかねん…。アルビオンから亡命する者がいれば、丁重に扱え。真相を探る。」

 

 

 諜報活動にたけた部下が欲しい。ザナックはそう感じる…。

 




 拙作のヒロイン登場。モード大公の血縁者というオリジナルキャラクター、という構想は前からありました。
 モード大公は王族なので、妻子は妾以外にもいると思うんですよね。原作ではいたとしても粛清に伴って亡くなっているとは思いますが。


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ラグドリアン湖とアンドバリの指輪

水の精霊との交渉役を代々になってきたモンモランシ家の当主が、水の精霊に対して「歩くな、床が濡れる」と言い放つのはおかしい気がします。

頭モチャラスじゃあるまいし。


 40代だが激務のせいで痩せた男。その名前はマザリーニという。

 トリステイン王国の枢機卿である彼は、先王の崩御後のトリステインにおいて政務を行っている。

 

 マリアンヌ太后が女王にならず、ザナック王子は幼少期の錯乱もあって支持基盤が無い。

 アンリエッタ王女に婿を取らせて次期国王を選ぶというのも考えたが、さて誰にすれば国はまとまるというのか?

 だが、それでもマザリーニは行動した。周りからトリステインの乗っ取りを考えていると思われてもかまわなかった。

 

 そんな現状は、確実に良い方向に動きつつある。

 ザナック王子が様々な施策を打ち出し、参謀本部の長、教導官、陸軍の将軍、財務卿、空軍総司令が次々とザナック王子の支持者になっている。

 何より、他国人の自分と違って利害調整が上手い。これならば、次の王に迎えても良いだろう。

 

 

 後は何かしらの大きな実績、戦争や内乱での勝利などがあれば…。即位まで持っていける。

 反発した勢力が出れば、それを派手に一掃すればトリステインはザナック王の政権で一つにまとまる。

 

 この期に及んで、ザナックの事を認めていない貴族は多数いる。そういう者に最後の仕上げをしてもらえばよい。

 

 

「トリステイン王国軍は、国防を重視。そして迅速に部隊を送り込めるようにするべく、各種街道を整備。領地を持つ貴族は互いに協力して盗賊や妖魔に対抗。それに伴い、参謀本部に政治的しがらみを受けないメイジの独立大隊と空軍からフネを同時に持たせることで、国防戦略の幅を広げる…。」

 

 水精霊騎士隊に、平民メイジを登用したのも良い。没落したメイジも盗賊になるか、男女問わず参謀本部の部隊に組み込まれるか選べるようになれば、今後、トリステイン王国における賊にメイジが含まれる可能性はぐっと減る。

 

 街道整備を行うために、各地の有力貴族との折衝を行っているようだが…。トリステイン貴族からの評判が悪い自分が関われば、かえってザナック王子の足を引っ張る結果になるだろう。

 マザリーニはそう判断する。

 

 事実、マザリーニの手を借りずとも、ザナックは成果を上げつつある。

 時折、外交について相談を受けるが、その英俊さにマザリーニは「王としての資質」を感じつつあった…。

 

 

―――――

 

 一方ザナック王子はマザリーニ枢機卿の手腕に内心舌を巻く。

 自分が10歳になって、ようやく落ち着くまでの間トリステイン王国が持ったのはこの男が頑張ってくれたからだ。

 外交においては、まだ学ぶべきところがある。

 

 

 トリステイン王国上層部を味方につけつつ、街道整備事業について各地の貴族と利害調整や政策の実施を精力的に行っているザナックは15歳になった。

 まだ、婚約者は居ない。

 

 

 むろんザナックを支持する者は多い。だが、「ザナックの政権を脅かさない、かつ低すぎない家柄」かつ「年頃の女性」という条件が足を引っ張る。

 そういう家柄の令嬢はすでに婚約している者が多い。まだ未婚の令嬢は大抵一人娘であり、婿を取らねばならない身である。

 

 ルナ・ローゼンクロイツの縁談は破局したらしい。お見合いの席で手を出そうとした、と聞いたザナックはほとほと呆れる。

 そして次から次へと舞い込む知らせに、辟易としていた。

 

 

「ラグドリアン湖の水位が上昇した?」

「はっ。」

「モンモランシ家だったか、交渉役を担っているのは。即座に把握してくるよう伝えよ。」

 

 

 そんなザナック王子に対し、一人の貴族が異論をはさむ。

 

 

「恐れながら、水の精霊との交渉役はモンモランシ家では無く、今はこのスティードが担当しております。」

 

 誰かと思えば。ザナックは宮廷雀の一匹であり、『拡大派』の小者に目を向ける。

 

「そうか。では今すぐラグドリアン湖に向かい、水の精霊の真意を確かめよ。」

「水の精霊はきまぐれ。一時的な水位の上昇で呼びつければ、水の精霊の怒りを買う事になるかと…。」

「既に、実害が出ている。近隣の平民は水が迫っている事で避難している者も出ている。もはや猶予は無い。」

「たかが平民では無いですか。」

「…卿が行かないのであれば、私が赴くとしよう。」

 

 

 そんなザナックを妨害しようとする貴族がいるが、それを押しのけてザナックは進む。

 自分は第一王子だが、まだ支持層は薄い。ならば、率先して行動しなければならない。

 

 

―――――

 

 

 この日。モンモランシ家は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 ラグドリアン湖の実態を調査すべく、第一王子が供を連れてくると知らせが来たからだ。

 

「ザナック殿下が、直々に?!」

「ど、どうするのですか!父上!」

「やむを得ん。私は急病で倒れるから、お前が相手をしなさい。」

 

 おお、祖父よ。母よ。何故この男を婿に迎えたのですか?

 モンモランシは祖父と始祖に対して嘆く。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

「初めまして。私はザナック・ド・トリステインである。」

「お初にお目にかかります。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシでございます。」

「此度は急な来訪で迷惑をかけた。申し訳ない。」

「いえ。殿下がいらっしゃったにも拘わらず、お出迎えの配慮が足りず、申し訳ございません。」

「さて、本題に入ろう。水の精霊と会いたい。連れてきてもらう。」

「…かしこまりました。」

 

 

 

 

 

 待たされている間、ザナックは持ってきていた書類に目を通し、帰ったら即座に決済出来るようその頭脳を働かせる。

 

 

 

「殿下。準備が整ったとか。」

「会うとしよう。」

 

 

 

 水の精霊とザナックは対峙する。

『…単なる者よ。何用か?』

「何故、ラグドリアン湖の水位を上げる?」

『…我が湖から、秘宝が盗まれた。故にそれを取り戻す。』

「ハルケギニア全土を水没させれば、秘宝に届くからか?」

『いかにも。』

 

 

 スケールが違い過ぎる。魔導王からは人間らしさがあったが…水の精霊は本当に異質だ。

 これとの交渉役を限定するのもうなづける。

 

 

「では、秘宝を取り戻せば水位の上昇を止めてくれるのだな?」

『そうだ。だがそれを確約出来るのか?』

「身をもって証明せよ、と?どうすればいい?」

『…湖に手を差し入れよ』

 

 水の精霊の言葉に従って、ザナックは湖に手を差し入れようとするが。

 

「殿下!危険すぎます!」

「止めるな。これは命令である!」

 

 

 モンモランシは悲鳴を上げるが、ザナックはそれを押しとどめ、水面に手を入れる。

 水の精霊はじっとザナックを見つめる。

 

 

『…認めよう。数奇な運命に導かれし単なる者よ。汝が死を迎えるまでに秘宝を取り戻せ。その間、水位を上げる事をせぬ』

「では、その秘宝とは…」

『アンドバリの指輪。偽りの命を与える古き水の力にして、心を操る秘宝。』

「そんな秘宝を…」

『月が一度交差する前に、風魔法を用いて奪い去った…。その中の一人は、こう呼ばれていた。クロムウェル、と。』

 

 

 

 

 得られた情報は断片的だったが、ザナックはその頭脳でことの経緯を理解する。

 

「盗人がラグドリアン湖の秘宝を一か月ほど前に盗み出し、その一人がクロムウェルと呼ばれていた。盗み出された秘宝は、死者をアンデッドにして操ることができる上に、心を操ると。」

「そういう事になりますが…。一体誰が?」

「見つけ出して動機を聞き出すまでだ。それにしても、水の精霊が守っていた秘宝を奪い去った以上、腕が立つのは間違いない。」

 

 

 ザナックは供を連れて、トリスタニアへ帰還する。

 

 

―――――

 

 

 トリスタニアにて、ザナックは探していた人材が来ていることを知る。

 

「通せ」

「しかし、相手は武装解除を拒んでおり…」

「こう伝えろ。『あの件を見過ごしてやるから、武器を置け』とな。」

「はっ!」

 

 

 

 

 火消し、はザナックの言葉を聞いて考えこむ。

 

(気づいていた、というのか?情報を反ザナック派に伝えていたことを。)

 

「…言っておくが、触るなよ。暴発しても知らんぞ」

「わかっている。くれぐれも、非礼の無いように」

 

 

 ザナックのそばを任されている衛兵は、火消しを通す。

 

 

「こうして会うのは初めてだな。ロバーツ・アルツヴァルト」

「?!」

 

 捨て去ったはずの家名を言い当てられ、火消しは目を見開く。

 ザナックは、水精霊騎士隊のメンバー選別時にトリステイン貴族の家系図を調べつくしている。

 出奔した後の人物リスト。性別と年齢からの推理だったが…。その反応はザナックの推理が正解だったことを示している。

 

 

 

「アルツヴァルト家の次男。トライアングルの兄と比べられ、使用人同然の扱いに耐えかねて出奔…。金にがめついのは、生活に困ってのことか?」

「…金はあって困るものではない。俺が欲しいのは、『幸せ』だ。」

 

 

 その言葉に、ザナックは魔導王のことを思い出す。

 

 

 

「…私にやとわれる気はないか?」

「金を払うなら、なんだって調べてやる。」

「ならば、さっそく依頼だ。」

 

 

 この日、ザナックは有能な配下を得た。

 指示を出し終え、火消しが退出した後、ザナックはふと想像する。

 

 もしも、魔導王の『秘宝』を盗み出された場合…アルベドという女はどういう行動をとるのだろうか、と。

 

 




水位あげてハルケギニアを水没させれば、いずれアンドバリの指輪にたどり着く、という水の精霊の考え方は本当に「異質」です。

書いていて思いましたが、ナザリックから宝物を盗み出されたらモモンガさんはどういう反応をするのでしょうか?
「盗人を捕縛したら、ニューロニストと恐怖公の間を反復横跳びだ」という文言が浮かびました。

次回はヒロイン視点でアルビオン動乱をやります。
モード大公の血縁者視点から見たアルビオン動乱、お楽しみいただけたら幸いです。


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アルビオンの一幕

ゼロ魔二次は多いですが、アルビオンのレコン・キスタ視点となると一気に数が減ります…。


 浮遊大陸、アルビオン。

 モード大公の娘、リリーシャ・モードとその側近はグラスゴー近郊の砦に潜伏していた。

 

 

 

「リリーシャ様!レコン・キスタに加盟しましょう!」

「今こそ、モード大公の仇を討つべきかと!」

 

 気炎を上げるモード大公の派閥にいた重鎮達。

 そんな中、リリーシャは強い違和感と忌避感を感じる。

 

 

 数日前。始祖から「虚無」を授かったと平民の司教であるオリバー・クロムウェルが宣言し、レコン・キスタの設立を宣言してカーライルを占拠。

 即座に討伐部隊が送り込まれたが、討伐部隊がそのまま投降したのだ。

 

 

 伯父上は、父を処断した男だ。それが、寝返るような討伐部隊を送り込むだろうか?

 その部隊長は現王家に忠誠を誓っていた。それが寝返る?

 

 そんな時だ。レコン・キスタから書状が届いた。

 共に、腐敗したアルビオン王家を打倒しないか、と。

 

 

「私は、父上の死の真相を知りたい。だが、その為にレコン・キスタに参加するのは危険すぎる。」

 

 

「しかし、レコン・キスタは王党派を次々と撃破しております!」

「レコン・キスタが王党派の手勢を撃破しているため、我々はかなり動きやすくなっています。参加せねば、レコン・キスタと王党派の双方を相手取る事に…。」

「リリーシャ様!ジェームズがモード大公を討った理由を聞き出す事、という事に絞ればレコン・キスタへの参加は妙案かと。」

 

 

 リリーシャは、腹心の部下を見渡す。

 その眼光だけで、配下の者は押し黙る。

 

「皆の意見はわかった。その上で、問おう。レコン・キスタに加盟し、ジェームズから父を処断した真意を聞き出したとして、その後どうなる?」

「その後は、アルビオンの再建を行えばよろしいかと!」

「レコン・キスタに加わっているのは、うだつの上がらない下級役人や凡庸な軍人ばかり!リリーシャ様と我らが加われば、レコン・キスタの主導権を取れます!」

 

 リリーシャは首を横に振る。

 束ねられた銀色の髪が美しく揺れる。

 

 

「そうはならぬ。何故なら、ハルケギニア全土が敵になるからだ。」

「な、何故ですか!」

「レコン・キスタは王政の打破を主張している。今現在はアルビオンの内乱にとどまっているが、これがハルケギニア全土を巻き込んだ戦いになる。」

「そうなったとしても、我々には艦隊があります!」

「左様。懸念は無用かと。それに、トリステインを手に入れれば、ゲルマニアの領土は切り取り放題ですぞ!」

 

 

 気炎を上げる腹心の部下に、リリーシャはつぶやく。

 

「トリステインを襲えば、烈風が出てくる。」

 

 

 その場の全員が凍り付く。

 

 

「レコン・キスタという味方を得ても、ハルケギニア諸国が敵に回る。それでも、レコン・キスタに参加するべきだと思うか?」

「それでは、レコン・キスタと王党派の双方を敵に回して戦うおつもりですか…?」

「戦後処理をどうするか、その返答次第。返書は私がしたためておく。以上だ。」

 

 

 

 自室に戻り、リリーシャは服を緩める。

 同年代と比較しても大きい二つの膨らみが、その存在感を主張する。

 

 

「ああは言ったが…。レコン・キスタと王党派が戦っている中、首都へ進撃してジェームズ一世の身柄を抑えた場合、今度はレコン・キスタが敵になる。ありえないとは思うが…父上が許されない事をなしていた場合、私の行動はアルビオン王家を断絶へ導く事につながってしまう…。」

 

 

 ならば、レコン・キスタに参加した場合どうなるか?

 その場合、次はトリステインを狙おうとするだろう。ガリア、ゲルマニアを相手取るより、国土が狭くて小国。リスクは少ない。

 マリアンヌ太后は喪に服して女王にならず、第一王子のザナックも即位していない。未だに婚約者すらいないという事は貴族の支持基盤も脆弱なのだろう。

 

 そもそも、烈風が未だ生きているかどうか不透明だ。個人的にはもうヴァルハラに旅だっていて欲しいのだが。

 

 

 

 

「…やはり、レコン・キスタに対しては明確に敵対せずに地盤を固めるべきか…。」

 

 

 リリーシャは返書をしたためると、倒れこむように寝台へもぐりこむ…。

 

 

 

 

―――――

 返書を送ってから数日後。

 

 

「レコン・キスタから、使者が来る。丁重に出迎えよ。」

 

 リリーシャとしては乗り気では無いが…。強硬策をとるなら考えねばならない。

 

 

 

「お久しぶりです、ジョンストン卿」

「リリーシャ様。少し痩せられましたか?」

「親愛なる伯父上のおかげで。」

「そう、ですか…。」

 

 

 やや間が開く。

 

「ジョンストン卿。私の懸念は伝わっていますよね?」

「このままでは、ハルケギニア全土が敵になる、という事でしたな。」

「ええ。クロムウェル司教におかれましては、どのようにお考えなのか…。伝説の虚無とはガリアとゲルマニアの二か国を同時に相手取って戦えるのですか?」

「いや。リリーシャ様の指摘について、閣下は素晴らしい慧眼であると褒めておられた。」

 

 

 クロムウェルは表面上は平然としつつ、自室に戻った直後に「使い魔」に泣きついて、その「使い魔」も狼狽して「主」に指示を仰いだのだが…。

 

 

「トリステインの王位は未だ空席。マリアンヌ太后は即位せず、その息子のザナック王子に至っては婚約者すらいない」

「なら、貴族の支持を得ていないという事。」

「故に、アルビオンへ攻め込むだけの準備は出来まい。ゲルマニアの艦隊だが、忌々しい事に艦齢という一点でのみ、アルビオン空軍の上を行く。」

 

 艦齢が上、というのは「古い」という事であり、それ以外でアルビオン空軍は勝っている。

 

 

「ガリア王国では、新教徒による活動もあって介入は出来ない。」

「こちらから、トリステインに攻め込まなければそうでしょうね。」

 

 そうリリーシャは呟きながら、紅茶を飲む。

 

 

「親愛なる伯父上を廃し、共和制を樹立。その後各国と不可侵条約を締結し、国内の内乱からの復興を優先するというのであれば…レコン・キスタへの参加を検討させていただく。」

「うむ。私も閣下もそう考えている。書面だ。」

 

 なるほど。リリーシャは受け取りながらクロムウェル司教に対する評価を大きく上げる。

 自分の懸念事項を伝え、それを解消するだけの明確な答えを集め、その上で戦後復興を確約する書面をあらかじめ書いているとは。

 

 そうとう頭が回る人物に違いない。

 「虚無」に頼っているだけではないのか?と推測していたが、知略に秀でているようだ。

 

―――――

 

 

 ロンディニウムのハヴィランド宮殿。ジェームズ一世は家臣から上がってきた報告に頭を悩ませる。

 

「…モードの娘が生きていて、レコン・キスタに参加しただと?」

「リリーシャが…。」

 

 その事実に、ウェールズ王子も衝撃を受ける。

 

 

「一体何をやっていたのだ!死亡を確認したと言っていたでは無いか!」

「それに生きていたとしてもラインメイジが一人加わったところで、大勢に影響はない!」

 

 

 紛糾する御前会議。

 この状況で責任を追及するありさまは、見苦しいの一言でしかない。

 

 

「リリーシャが生きていたとなると…叔父上の腹心だった者が、その呼びかけで一斉にレコン・キスタに参加する可能性が出てくるな」

「恐れながらウェールズ殿下!顔が似ている娘を偽物として押し出しているだけでは無いでしょうか?」

「その可能性もあるけれど、大事なのは叔父上の腹心達がどう思うかだ。本物であろうと無かろうと、王党派に恨みを晴らせるなら、と考えて参加する可能性が高い。」

 

 ウェールズは地図の一点を指さす。

 

 

「そうなった場合、おそらく次の狙いは…サンタルス市だろう。ここを落とせば、サウスゴータ、レキシントンのどちらかへの侵攻が可能になる。」

 

 守る側としては戦力を二分せねばならない。

 ウェールズは、従妹の顔を思い浮かべる。銀髪が印象的な娘だった。彼女と杖を交えることになるとは…。

 トリステインにいる、もう一人の従妹には見せたくないな、とウェールズ王子は考える。

 

 

―――――

 

 

 この日、サンタルス市は緊張に包まれていた。

 レコン・キスタにモード大公の娘が参加したという話もあり、動揺が広まっている。

 

 

 

「賊軍の数は?」

「多く見積もっても、2000、こちらは5000です。」

「まず、こちらの勝ちは決まりだが…モード大公の娘を「僭称」している女とクロムウェルなる生臭坊主は、生きたまま捕らえておきたいものだな。」

「その通りですな。ん、あれは…?」

 

 

 

―――――

 栗色の馬に跨り、リリーシャ・モードは王党派の陣形を眺める。

 軍事には興味があり、せがんで教えを乞った時期があったが…。あの頃はまさか自分が戦場に立つことなどありえないと思っていた。

 分からない物だ。敬愛していた伯父と従弟と、自分は戦おうとしている。

 

 

「王党派はこちらの2倍、か。」

 

 

 狙いはサンタルス市の攻略。今後の事を考えるとここで損耗を出すのは危険。

 ならば…。

 

 

 

 そんな様子を、クロムウェルの「使い魔」は見ていた。

 彼女は「主」からこういい含められていた。

 

『敗北が決定的になったら、使用を許可する』と。

 

 ガリアのガーゴイル軍団を投入すれば、5000程度であれば勝敗は覆せる。

 とはいえ、この程度は自力で乗り越えてほしいものだ。そう、「使い魔」は楽観視していた。

 

―――――

 

 

「こちらは5000!敵は多く見積もっても2000!一気に総攻撃するべきです!」

「それでここを奪われたらどうする!」

「たかが2000の兵でどうやって奪い取れると!奪われたところで、サウスゴータかレキシントンから援軍がくれば逃げ場すらなくなる!」

「待て。今、何と言った?」

 

 エ・ガルガの言葉に、若い将校は慌てる。

 

「あ、いえ…。」

「あえて手薄にして、サンタルス市を取らせて包囲する。さすれば逃げ場を失ったレコン・キスタは…。よし、サウスゴータとレキシントンにそれぞれ伝令を送れ!」

 

 

 

 サンタルス市に駐屯している武官、エ・ガルガは先ほど前線に出てきていたリリーシャ・モードの姿を確認していた。

 

(そろそろ、『地下室』の娘に飽きてきたところだ…。あの容姿ならば申し分ない!)

 

 出撃準備を命じたエ・ガルガは私用を済ませると告げ、杖を手に『地下室』へ向かう。

 新しいのが手に入るならば、古いのは『処分』しなければならない。

 

 

 

 …かつてモード大公は、エ・ガルガについて兄であるジェームズ一世に告げた。

 

『エ・ガルガは、要職につけるべきではない』

 

 弟の進言もあって、エ・ガルガは前線将校としての扱いだった。

 そのモード大公の処断が行われた際、エ・ガルガはアルビオン王国上層部に賄賂を贈った。

 

 効果は激烈だった。モード大公による不当人事、ということでエ・ガルガはサンタルス市の総司令に上り詰めた。

 モード大公の派閥への追撃戦で奪った財宝を少なく報告し、その差額を気前よく分け与え、エ・ガルガは我が世の春を謳歌する。

 

 その行動こそ、モード大公の評価がいかに正しかったのかを証明していることに、エ・ガルガは気づいてすらいなかった。

 

 

 

 

―――――

 

 

「王党派が、サンタルス市から出撃してくる模様!その数、5000!」

「となれば、サンタルス市は空も同然。」

「サンタルス市を奪い、そこで守りを固めれば、数の差を補えます!」

 

 

 レコン・キスタ側の武官の発言を受けて、リリーシャは考える。

 そんな事は当然向こうも分かっているはず。何故、拠点を空にしてまで出撃を?

 

 奪わせることが、目的?奪わせた後で、レキシントンとサウスゴータから部隊が出てくれば包囲網が完成する…。

 そのうえで出撃した部隊が反転したら?

 

 

「野戦で、エ・ガルガの部隊を撃滅しなければ未来は無い。」

「なっ?!て、敵はわが軍の2倍なのですぞ!」

「それがどうした、我々には『虚無』もある!」

 

 

 リリーシャはモード大公の派閥である自分たちの存在価値を証明しなければ、今後、レコン・キスタでの立ち位置が薄れると判断した。

 

 

「虚無に頼る必要はない。私に、考えがある。」

 

―――――

 

 

 エ・ガルガはレコン・キスタの布陣を見る。

 

「全くなっていない。あの程度の軍に討伐部隊は後れを取ったのか。」

「悪運だけが強いのでしょう。まぁ、それもここまでですが。」

「ちっ…ここで殲滅しそこねれば追撃戦になるでは無いか。」

「いかがいたしますか?」

「攻撃だ。たかが2000、物量で叩き潰せ。」

 

 

 

 

 

 突き進む王党派の軍に対し、レコン・キスタの前線は乱れ、逃走を開始していく。

 

 

「くそっ、ここまで腰抜けとは…?!おい、騎兵部隊は私に続け!」

「エ・ガルガ卿?!」

 

 逃走していく敵部隊の中に、輝く銀髪を視認したエ・ガルガは自ら捕縛しに向かう。

 

 

「モード大公の娘を僭称している女だ。そいつを捕らえれば、モード大公の派閥がレコン・キスタに流れる事も無くなる!」

「陣形を崩すのですか!」

「陣形だと?もう勝ったも同然だ!聞け、これより掃討戦に移行する!全軍、突撃!」

 

 

 勝利の輝きに目をくらましたエ・ガルガには、「何故モード大公の娘を名乗っている女が、兜すらつけていないのか」と考える事すらできなかった。

 

 

―――――

 

 

 敢えて目立つように動いたリリーシャは、目論見通り王党派の一団が迫っている事に気づく。

 

 

 王党派の狙いとしては、クロムウェル司教と自分の首のはず。であれば、目立つ容姿の自身が囮になれば、功を焦った敵軍を吊りだすことが出来る。

 そして、誘い込んだ先には…。

 

 

 

 

 エ・ガルガはわからなかった。

 自分は勝っていたはずだ。後少しで栄光と「戦利品」が手に入るはずだった。

 

 だが、伏兵にあって落馬。右足と右腕を骨折した上に、杖は数メイル先に転がっている。

 そして、銀髪の少女が魔法を唱え終えている。

 

 

 そんな自分が、こんな、こんな所でっ!

 

 

「き、貴様ごときにっ!」

 

 それがエ・ガルガの最期だった。

 

 

―――――

 

 エ・ガルガの命令を受けて突出した部隊もまた、横合いから魔法と弓矢の攻撃を受けて、混乱。

 その数を次々と減らし、撤退していく。

 

 そこに、苛烈な攻撃が加えられ、さらに数を減らす。

 

 

 

―――――

 

 

 上手くいった。

 自身を囮にして、敵部隊の一部を誘引して捕捉殲滅。指揮官クラスの首を掲げて敵軍の戦意を挫きつつ、伏兵と共に反転して再度前進。

 

 

 こちらが総崩れになったと見せかけた事で敵は追撃しようと、逃がさぬようにしようと動いているはず。

 

 

 だが、王党派の軍は、掲げた敵将の首を見るや否や戦意喪失していく。

 

 

「…もしかして、サンタルス市の駐屯軍の総司令官か?」

 

 いや、そんなはずはない。王党派の陸軍で、サンタルス市を預かっている総司令官をこうもあっさり討ち取れるわけが無い。

 

 

 

 

 あれが、総司令官だったらしい。なんだか釈然としない気持ちで、リリーシャは手勢を率いてサンタルス市を制圧、即座に防衛計画を練る。

 

「裏工作は?」

「滞りなく。サウスゴータとレキシントンには改めて早馬を出しています。」

 

 

 レコン・キスタの部隊は壊滅。近々、クロムウェルとモード大公の娘の身柄をロンディニウムへ護送するので、日程が決まり次第連絡する。

 なお、取り逃がした兵がいたため、襲撃に備えて防備を固める。

 

 

 という書簡がそれぞれのところに送り届けた。

 

「これで多少時間は稼げる。その間に、サウスゴータを奪還する。」

 

 

 リリーシャは、策を練る。

 自身が生きていた事については、サウスゴータを奪還した時に公表すればいい。

 今の自分に、父の腹心がどこまで付き従ってくれるか分からないが…。

 

 

「リリーシャ様!ち、地下室に!」

 

 そういわれ、向かった先には…親友の無残な姿が残っていた。

 

「…これが、貴方達のやり方か。伯父上…!」

 

 

―――――

 トリステイン王国、トリスタニアにて。

 

「レコン・キスタに、モード大公の娘が参加?!」

 

 王政を打破する、と掲げているレコン・キスタに、王族に連なる女性が参加するとは。

 

「サンタルス市を取ったという事は、サウスゴータとレキシントン、どちらも取れるな。5000を2000で打ち破ったか…。」

 

 地図を眺めながら今後取りうる行動を分析する。戦上手だ、とザナックは素直に評価する。

 

 

「厄介ですな。モード大公はかなり慕われていた王弟。その旧臣が集まるとなると」

「聖地奪還という、単なる司教の妄想では済まなくなってきますな。」

「殿下、どう思われますか?」

 

 ウィンプフェン伯、ド・ポワチエ将軍、ラ・ラメー伯は思考をめぐらす。

 デムリ卿も同様に考え込む。

 

 

「…そもそもモード大公の娘とその派閥の者は、ジェームズ一世を討ってアルビオンを制圧した時点で、これ以上戦う理由は無い。だが、クロムウェル司教とその派閥は早急に攻め込む必要がある。攻め込まずにぐずぐずしていたら、本当に聖地奪還と王政の打破をする気があるのか?と大義名分が揺らぐからな。」

「?!最終目標が別々では無いですか!」

「その通りだ、ウィンプフェン伯。故に、トリステイン王国が取れる方針は2つ…いや、3つか。一つ目はレコン・キスタにいるモード大公の派閥の者たちに『トリステインへの侵攻は容易くない』と思わせるほど、守りを固める。二つ目は、ラ・ロシェールに艦隊を集結させ、ロサイスへ侵攻。王党派と戦っている後背を襲う。」

 

 ザナックの発言に、ド・ポワチエは食いつく。

 

 

「?!殿下!それならばアルビオンの一部を割譲させることも!」

「だがその場合、内乱に乗じて他国の領土をかすめ取ったとして、批判を浴びるだろうな。それにアルビオン人は激しく抵抗し、占領しても統治は容易では無い。」

 

 

 ラ・ラメー伯はしばし考えていたが、ふとザナックを見つめる。

 

 

「恐れながら殿下。3つ目の策とは?」

「何、簡単な事だ。私とアンリエッタと、母上を纏めてレコン・キスタに差し出して恭順を誓う。まぁ、そうなった場合、貴公達はレコン・キスタの先兵となってガリア王国と戦争、その後はエルフと戦争という道が待っているがな。」

 

 自嘲するザナックに対し、トリステイン王国の上層部はそろってひざまずく。

 

 

「?!どうした!」

 

「殿下、冗談にしてもそのような事は仰らないで頂きたい!」

「左様。殿下を叛徒に差し出すぐらいならば、死を選びます。」

「主君を殺す貴族は犬にも劣る、と言います。」

「殿下は一つお忘れです。殿下を差し出せばガリアと戦う前に、トリステインで内乱が起きますぞ。」

 

 

 どうやら、最後の最後で裏切るという事はなさそうだ。

 ザナックは自分の行動が、少なくともこの国にとって悪い方向に動いていないと確信する。

 

 

「さて。アルビオン王家に対し援軍要請の是非を問う使者を送り、援軍要請があれば参戦、断られれば防備を固めてレコン・キスタのクロムウェル司教とモード大公派の分断を誘う。その方針で行くぞ」

「殿下、もしも使者をレコン・キスタの者に討たれたら…。」

「それを理由に介入だ。」

 




 モード大公の血縁者視点では、レコン・キスタに参加するのはものすごくリスクが高いです。
 レコン・キスタとしても旗印になってくれますが、アルビオン制圧後は邪魔になるという…。


 次回はちょっとギャグを挟んでから本編やります。


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交易都市シュルビスと、アルビオン動乱

「きゃあああああっ!」

 

 ラグドリアン湖に、ラナーが落ちる。

 どうせクライムの気を引く演技だろう、とザナックが思っていると…。水の精霊が現れる。

 

『単なる者よ。お前が落としたのは、この『綺麗なラナー』か?それともこの『化け物ラナー』か?』

 

 お星さまのように、目をキラキラと輝かせてうっとりと前で手を組んでいる綺麗なラナーと、瞳の輝きが消え、口元がゆがんでいるラナーの首根っこを、水の精霊がつかんで持ち上げている。

 

 

「化け物の方だ。」

『正直だな、単なる者よ。褒美として、この『綺麗なラナー』を与えよう。』

 

 そして、瞳の輝きが消え、口元を歪めている『ラナー』と水の精霊はラグドリアン湖に沈んでいく。

 良かった良かった。いつの間にか傍らにいたレエブン侯とマザリーニ枢機卿と笑いあうと、綺麗な方のラナーとアンリエッタとクライムを連れて、ザナックはトリスタニアに戻る。

 

 

 ふと、嫌な予感がする。気が付いたら、自分の足元は水で覆われていた!

 しかも、自分の目の前でラナーの姿をした水の精霊が現れる!

 

『つ・か・ま・え・た』

 

 しまった!ラナーと水の精霊を同じ場所に置いたら、ラナーが水の精霊を汚染するのは明白だったのに!

 選択肢をどこで間違えた?!混乱するザナックは、ラナーに精神を乗っ取られた水の精霊によって、水の中に引きずり込まれ…。

 

 水中で、魔導王の赤い目とザナックの目が合った。

―――――

 

 

 

「はっ?!」

「ザナック殿下、どうされましたか!すごく、うなされておりましたが…。」

「いや、大丈夫だ。ちょっと、そう、ちょっと…嫌な夢を見た。」

「どのような?」

「…水の、水の精霊が迫ってくる夢だ。」

「そうでしたか…。かの精霊は非常にきまぐれと聞きますが、その前で誓約した約束は必ず守られると伝わっています。」

「そう、か。結婚を誓約するのであれば、かの水の精霊の御前がよいだろうな。」

 

 アンドバリの指輪を返却するときに、頼んでみるとしよう。ザナックはそう考える。

 そのころには、婚約相手の一人や二人は見つかっているだろう。

 

 

 

 

―――――

 

 トリステイン第二の都市、シュルビス。

 そこを統治しているシュルビス伯爵は、緊張した顔でザナック王子を迎える。

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました。」

 

 発展している。

 交易都市という事で街道の整備が行き届いている。

 

 シュルビス伯の館に招かれ、ザナックは対峙する。

 

 

「この日を楽しみにしていた。シュルビス伯爵。」

「もったいないお言葉でございます。殿下のことは、王宮の友人から度々伺っております。聞けば、シャロンは殿下の発案で構成された部隊に配属しているとか…」

「水柱の事か。四人の小隊長の一人に選抜した。安心しろ、四人の小隊長のうち、二人は女性だ。」

「ほぅ?ではどちらかが殿下の意中の…」

「そういうつもりはない。水柱に恋人ができれば貴公に連絡を入れておく。たしか、養女だったのだな。」

「はい。実はその母親は私の初恋の相手でしてな…。父親が認知せず…我が領内に来て出産した後、はやり病で…。」

「父親は誰だ?」

「リッシュモンと聞いております。」

 

 リッシュモンへの弱みを握れたが、本人が否定しているとなれば言い逃れされてしまうだろう。

 

「さて、そろそろ本題に入るとしよう。」

「街道整備計画ですな。この計画に加入した貴族の領地全ての街道を整備、盗賊や妖魔の情報を共有して協力して撃退、ゆくゆくは関所を撤廃する…。」

「どうだ?」

「余剰生産物を売りあうことで、領地を発展するという案はありました。そのための街道整備というのも。」

「ほう、計画があったなら是非とも参考にさせてもらいたいが。」

「その前に。街道整備計画をかつて立ち上げたとき、王宮の重鎮から反対を受けました。『統制派』の方々にです。」

「統制派というと、ウィンプフェン伯がいる派閥か。」

「はい。街道を整備すれば、他国の騎兵隊が進撃しやすくなり、王都まで攻め込まれやすくなる…亡国への道である、と」

 

 根が深いな、とザナックは感じ取る。

 

「怠慢だな。トリステイン王国軍は他国の騎兵隊が進撃してきたらなすすべなく敗れる程度なのか?」

「ゲルマニアとガリアは国土が10倍です。人口もそれに比して多く…。」

「大国であるがゆえに、動員には時間がかかる。その間にこちらが早期に動員をかけれるようになれば、どうだ?」

「…統制派が何というか。」

「その統制派の重鎮であるウィンプフェン伯は、説得済みだ。」

「?!」

「見せてくれるか、シュルビス伯。貴公がかつて練ったという街道整備計画を。」

 

 

 

 シュルビス伯から手渡された計画書を読み、ザナックはその鋭敏な思考をめぐらす。

 細部と一部を大きく手直しする必要はあるが…草案としては及第点だ。

 

「土メイジが多数必要だな。声をかけるならどこだ?」

「グラモン家ですが…。恐れながら、色よい返事は期待できますまい。」

「なぜだ?」

「ド・ポワチエは殿下の支持者と伺っておりますが、そのド・ポワチエはグラモン伯と不仲で…。」

「ああ、知っている。」

「グラモン家を重用してしまうと、ド・ポワチエは殿下とたもとを分かつでしょう。また、グラモン伯は高齢。その嫡男は腕は立っても、実戦経験は浅く…。」

「軍内部での支持層を失いかねない、か。ド・ポワチエを重用するが、グラモン家をないがしろにするつもりもない。案ずるな。」

 

 

 シュルビス伯は深々と頭を下げる。

 

「ザナック殿下。このシュルビス、殿下を支持する事を神と始祖に誓いましょう!」

「感謝する。」

「そうとなれば。殿下は確か婚約者がいらっしゃらないと伺いました。ド・ポワチエの妹の娘、つまり姪っ子が逗留しております。殿下に紹介を」

「やめろ。二度は言わん。」

 

 ド・ポワチエ将軍の姪と恋仲といううわさが広まれば、グラモン家を説得しようとしているザナックは非常にやりづらくなる。

 

「そう、ですか…。ですが、舞踏会に是非ともご参加ください!」

「まぁ、舞踏会には参加させてもらう。」

 

 

 その後、紹介されたド・ポワチエ将軍の姪っ子の実物…金髪ツインテールで発育の良い体つきの美少女をみて、ザナックは暫定的な婚約者にしておけばよかった、と内心後悔した。

 

 

―――――

 

 

 

 

 街道整備計画を進める一方、アルビオンの情報収集もザナックは怠らない。

 マザリーニ枢機卿と、ウィンプフェン伯、ド・ポワチエ将軍、ラ・ラメー伯が一室に集合する。

 

 

「…サウスゴータを取るか。」

「竜騎士を配備していましたが…。防衛側の将軍が、劣勢に陥ったことで竜騎士部隊を投入しようとするも…。」

「竜騎士部隊は離反。内外から攻撃を受けて陥落、か。もともと、サウスゴータはモード大公の腹心が統治していた都市。そこにモード大公の忘れ形見が奪還に来れば。」

 

 カリスマは自分と違って高いようだ。

 

 

「竜騎士部隊を掌握しきれていなかったことが敗因か。だが、レキシントンには」

「ウェールズ殿下が直属を率いて到着したとか。ロイヤル・ソヴリン号とジェームズ陛下の竜騎士部隊も配置されている以上、裏切りはないでしょう。」

 

「ふむ…。なぜ、レキシントンから奪取しなかったのだろうか?」

 

 マザリーニ枢機卿は、思いついたかのように疑問を漏らす

 

「戦力確保と拠点の確保だろう。サウスゴータは大都市にして、モード大公の影響力が強い。そこを抑えて旧臣を糾合。その戦力でもってレキシントンを制圧する、という流れだろう。」

 

 淀みなく答えるザナック殿下に対し、マザリーニ枢機卿はそっと他の3人を見る。

 誰が、ザナック殿下に軍事指導をしたのかを。

 

 全員が地図に目を向けていたことで、その誰でもない、とマザリーニ枢機卿は判断する。

 

 

 

「さて、親愛なる従兄妹同士の骨肉の争いはともかく、計画を進めるぞ。レコン・キスタが勝って、さぁ次はトリステインとなった時に侵攻を躊躇させるほどに防備を固めれば、親愛なる従妹殿が説得してくれることだろう。」

 

 

 

―――――

 

 ザナックが防備を固めている頃。

 浮遊大陸アルビオンにおいて、レキシントンでの戦いは決着がついた。

 

 

 

 港湾施設、レキシントン。王党派にとって重要な拠点であり、ここをレコン・キスタが抑えれば制空権をほぼ掌握されてしまう。戦艦の整備、建造に携わる重要拠点。

 石の壁を周囲に張り巡らし、町全体の堅牢さは首都ロンディニウム、サウスゴータに次いで高い。

 

 そのレキシントンは、すでに陥落寸前であった。

 街のあちこちで門が内側から開けられ、その混乱に乗じてモード大公派を中心とした部隊が攻め込んだのだ。

 

 統制を失った王党派は退却を開始し、地理に詳しいモード大公派の部隊はレキシントンの要所を占拠。

 

「敗残の兵は残らず捕らえろ。手向かうなら容赦はするな!だが、市民への危害及び略奪は許さん!彼らはこれより我らの臣民となるのだからな!」

 

 凛とした声が響き渡る。軍服を纏っているが、その美貌は損なわれる処か、凛々しさが強調されている。。

 

 

「ウェールズの身柄は抑えたか!」

「申し訳ございません、リリーシャ様。風竜騎士団の小隊が追撃しましたが、バリーに守られ落ちのびたとの事。」

 

 配下である緑色で短髪の青年が、リリーシャに答える。

 マンティコアにまたがった彼の返答はリリーシャにとって望ましい答えでは無く、いら立ちを隠せない。

 

「レキシントンでウェールズを捕らえれば、ロンディニウムのジェームズ一世を引きずり出せたものをっ!」

「クロムウェル閣下からレキシントンの制圧を最優先にと言われている以上、精鋭をそちらに回せません。」

 

 内部から門を開けさせるという裏工作を施し、混乱させたことに成功したが、逃げ遅れた王党派の兵は時間を稼ぐべく抵抗を続け、その為に時間を稼がれた。

 

 

「それにしても、レキシントンの兵がここまで寝返るとは。父上、貴方はこれほど多くの人に慕われていたのですね…」

「今は亡きモード大公は温厚で誠実な方でした。これも始祖の思し召しでしょう。」

 

 そんな彼らの所に複数の将が駆け付ける。

 

 

「ロイヤル・ソヴリン号の接収、完了しました!」

「レキシントン憲兵本部の制圧完了!意外と簡単でしたな。」

 

 成功したという報告を立て続けに受け、リリーシャの機嫌はよくなる。

 

「そうだ、裏工作が無ければ数カ月はかかったであろう拠点だ。だが、王党派が再び奪還に向かう可能性は十分にある。気を緩めるな」

 

 主目的は果たせなかったが、レコン・キスタから命じられた当初の目標を果たした事で、リリーシャはやや落ち着く。

 

「ロサイス、ダータルネス、そしてレキシントン。これでトリステイン、ガリア、ゲルマニアの介入が難しくなるのは良い事。」

「トリステインが何故アルビオンの内乱に介入を?ガリアは国王が無能ゆえ、介入するという考えすら浮かばないでしょうが。」

 

 

 オルレアン公の死に伴って冷遇され、アルビオン動乱に参加したガリア出身のメイジ。「我こそはオルレアン公の配下で最強」と名乗った男にリリーシャは目を向ける。

 レコン・キスタには「オルレアン公の配下で最強」を名乗るメイジが3人いる。

 

 

「我らレコン・キスタは数の上では劣勢に立たされている。」

「お言葉ですが、現在、我らの兵は4万を超します。劣勢では無いかと」

 

 イマイチ要領を得ない態度に、リリーシャは内心失望する。トリステインやガリアが介入すれば、四万という数など何の役にも立たない。

 戦々恐々していた彼女としてはこの認識の甘さは眩暈がする。

 無論、ハルケギニア列強諸国が介入するかどうかは不明だが、不安要素は可能な限り排除するに限る。

 

 故に彼女は懇切丁寧に教えることにした。共通認識を持たねば話が成立しない。

 

 

 

 

「アルビオン王家とトリステイン王家は縁戚関係。故にアルビオン王家への支援として資金、物資、増援などを送る可能性は極めて高い。そもそも、アルビオン王家が潰えれば次がトリステインの番となれば、官民一体となって内乱への支援に乗り出してもおかしくない。サウスゴータ奪還後、レキシントンを即座に落とすべきと私がクロムウェル閣下に進言したのはそのため。」

「は、はぁ…。あの小国にアルビオンの内乱に参加する力と意思があるかというと…。ザナック王子は小太り、アンリエッタ王女は遊び呆け。鳥の骨マザリーニ枢機卿は王族と不仲と聞き及んでいます。」

 

 リリーシャはアンリエッタと面識はあるが、ザナックと会ったことはない。

 幼少期な錯乱していたという話も聞いているが…。今は違うという話も伝わっている。

 

 

 そんな彼女の所に、早馬が駆けてくる。

 

 

「ご報告します!レント隊長率いる第一火竜騎士団が虐殺を、ハイヴィンド隊長率いる第二火竜騎士団が略奪を!御止めしましたが、それがどうしたとのお言葉で…」

「なっ?!今すぐ止めさせろ!」

 

 

 リリーシャは愛馬とともに駆ける。

 

 

 

―――――

 

 略奪と破壊。流れる真紅の血は人の獣性を呼び覚ます。それでも理性的な軍隊であれば指揮官により統制されるのだが。

 その指揮官が率先して略奪にかまけていては統制などとれようもない。

 

「おのれっ、レコン・キスタめっ!狂った共和主義者共がっ!」

 

 すでに指揮系統は崩壊、その上多数の要所を抑えられたがウェールズ殿下は脱出を完了した。

 実戦経験のある若い王党派の殿軍は降伏も撤退も選ばなかった。

 この狂った共和主義者を一人でも多く討つ。

 

 残存部隊が襲撃してきたことで、略奪の狂熱に浮かれていた第一火竜騎士団と第二火竜騎士団も流石に熱から醒める。

 殺戮と略奪の狂奔に浮かれていた暴徒の群れが、一瞬にして一つの軍隊に代わる。

 

 アルビオンの竜騎士は天下無双。そう謳われる理由がここにある。

 

「全滅させろ」

「はっ。」

 

 火竜のブレス、さらにはファイアー・ボールにより王党派の残党部隊は殲滅。だが。

 

 

「これはどういう事だ!」

「王党派の残党が襲ってきた。ゆえに迎撃した。何か問題でも?」

「虐殺と略奪をしていたという報告がある。貴公達の言い分も聞いておこう。」

「それは王党派の残党をおびき出すための、演技だ。」

「建物に立てこもられては、建物ごと破壊せねばならん。レキシントンは重要な都市なのだ、クックック…」

 

 

 

 燃え盛る炎を後に、火竜騎士団は移動を開始する。

 後始末を押し付けられたリリーシャは即座に水メイジを呼び集め、消火活動にあたる。

 

 

 

 

 

 ザナックがトリステインの防備を固め、レコン・キスタがアルビオンを制しつつある中…。

 アンリエッタが行動を開始する。

 




実際、ラグドリアン湖の水の精霊とラナーが戦ったら水の精霊が勝つと思います。
そもそも人間は触れたらアウトな存在なので。

次回は、アンリエッタ姫が行動を開始します。え?遅い?
そもそも、この世界線では兄がいてアンリエッタ姫はスペアという扱いなので…。


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アンリエッタの叫びと、帝政ゲルマニア

 ゲルマニア帝国ですが、オリキャラが多数登場します。

 「政敵を塔に幽閉、食事はパン1枚、水1杯、暖炉の薪は週に2本」としたアルブレヒト3世と、政敵と無能を粛清しまくった鮮血帝ジルクニフが出会ったら、互いに内心批判しそうな気がします。アルブレヒト三世は「苛烈すぎる」、ジルクニフは「手ぬるい」という感じで。

 まぁ、ゲルマニアは皇帝の権威が低く、選定侯の意向が強い国なので、ジルクニフのような粛清をすると反発を招きかねないですし、
 バハルス帝国だと無能な貴族を塔に幽閉するぐらいなら処分した方がいいのでしょうが。



「お兄様!ウェールズ殿下を助けるために、ラ・ロシェールから進撃しましょう!リリーシャとレコン・キスタを、テューダー王家と協力して挟み撃ちにすれば、一日で崩壊します!」

 

 そう言ってくる妹に対し、ザナックは冷たい目を向ける。

 レキシントンが陥落し、総司令官のウェールズ王子が敗走した時点で、王党派の戦意は瓦解している。

 

 

 それにしても、裏切りが多い。まぁ、裏切りの『カラクリ』は早晩明らかになるだろう。

 裏切った部隊がどこに布陣していたのか。裏切った部隊の共通点は何か?ザナックはそれを調べさせている。

 

 ある程度の推測と、確信をもって。

 

 

「妹よ。トリステイン王国がアルビオンの内乱に参加する事自体が問題なのだ」

「だったら!テューダー王家と所縁のある貴族が、アルビオンへ上陸することを許可してください!」

 

 

 アルビオン王国が大金を投じた、ロイヤル・ソヴリン号というハルケギニア史上最大のフネもレコン・キスタの手に落ちた。

 艦長は戦死し、ボーウッドという戦上手が提督に就任。

 

 陸軍の名将、ホーキンス将軍も降伏した。

 趨勢は決している。ここから王党派を勝たせることができる力を持つものなど、ジルクニフと魔導王ぐらい…。

 いや、裏切りのカラクリはジルクニフとて気づけない可能性がある。自分とて、ラグドリアン湖の精霊から秘宝について聞いてなければ結び付けれなかっただろう。

 

 

 一連の戦いにおいて、裏切った複数の部隊の水源が同一の物であることかどうかなど、そうそう着目しない。

 何せ、大公を処断した後の内乱なのだ。裏切った部隊は大公の派閥に恩義がある、と考えてしまうだろう。

 

 

 

「トリステインはアルビオンの内乱に参加できるような体制では無い。」

「嘘ばっかり!ウィンプフェン伯にはメイジの大隊があり、お兄様の政策で大きく上がったトリステインの税収をつぎ込んで、ラ・ラメー伯が総括している空軍も強化されているではありませんか!」

 

 ザナックの政策はかつて他国に移住したトリステイン人が、再びトリステインに戻ってくるほどの好景気をもたらしている。

 

 

「レコン・キスタがアルビオンを制圧した際、トリステインに侵攻してきた時への備えだ」

「なぜ!備えるのですか!その前に、手が打てるではありませんか!我が国は!お兄様は!」

 

 

 ザナックは、アンリエッタを冷たい目で見る。トリステインの国防のためと言っているが、本心は違う。

 

「ウェールズ王子が心配か、妹よ」

「っつ!」

「私はリリーシャ・モードに、ひいてはモード大公の派閥の者に期待している。」

「!お兄様は、レコン・キスタの思想に賛成なのですか!」

「反対だ。説明するぞ、妹よ。レコン・キスタに参加しているのは、クロムウェルという狂人とモード大公の旧臣、そして降伏した元王党派だ。だが、親愛なる我らが伯父上を討ってアルビオンを制した時点で、モード大公の派閥は戦う理由がなくなる。聖地奪還よりも、アルビオンの再建を優先せねばならない。」

「…。」

「だが、クロムウェルはどうだ?アルビオンを制して、そこで足踏みすれば聖地奪還と王政の打破、という主張が揺らぐ。攻め込むとすればトリステインだ。だが、そのトリステインの守りが固ければどうだ?攻め込もうとしても、その堅牢さと内乱からの復興、そもそも戦う意義がないモード大公派は反対し、そうなれば降伏した王党派の者も内戦からの立て直しを求めるだろう。」

「…お兄様は」

 

 

 ザナックは、魔導王との会談を思い出す。

 ああ。彼もきっとこういう心境だったのだろうな。

 

 

「私は、トリステインが『幸せ』になるために、伯父と従弟を見捨てようとしている。それを臆病だと、レコン・キスタに迎合していると言うなら言えばいい。だが、よく考えろ。私に対し、財務卿も、陸軍も空軍も、参謀本部も、マザリーニ枢機卿も反対していない。つまり、これがトリステイン王国の総意だ」

「その総意に、わたくしは、含まれないのですね…!」

「モード大公の処断が、あまりにも乱暴過ぎた。伯父上の失策らしい失策といえばそれだけだが、それが致命傷だったな。あと妹よ。もしもトリステインがラ・ロシェールから進撃した場合、どうなるか教えておこう」

「…聞きましょう。」

 

「トリステイン軍が、ロサイスめがけてラ・ロシェールから進撃しようとすれば、レコン・キスタは鹵獲した戦艦、ロイヤル・ソヴリン号を使って迎撃してくる。勝てると思うか?ちなみに、ド・ポワチエ将軍とラ・ラメー伯は勝てないと答えたぞ。アルビオン軍の侵攻を撃退するなら勝機はあるという事だが」

「だったら、アルビオン王家が亡命してきたら匿ってください!」

「そうなれば再反撃を恐れてクロムウェルとモード大公の派閥もトリステインに攻めてくる…。少なくとも、伯父上の亡命は許可できない。まぁ、亡命するとは思えんが。一応、親愛なる我らが伯父上殿が討たれた後の混乱期であればウェールズ単独なら隠し通せるが…。いずれにせよ、今ではない。」

 

 

―――――

 

 もしも…クライムが浮遊大陸で敵軍に追い詰められ命が危ういとなったら、ラナーもあのぐらい取り乱すのだろうか?

 そうザナックはぼんやりと考えながら、去っていく妹を見送る。

 とりあえず、ラナーならばアンドバリの指輪について王党派に情報を流しつつ、クロムウェルを「ラグドリアン湖の秘宝を盗んだ盗賊として逮捕する」と主張してロサイスに兵を送るぐらいは…。

 

 

 そう考えはしたが、浮遊大陸という立地ではラナーとてその攻略難易度の高さに苦悩するだろう。侵攻しようと思ってできるような場所ではない。いずれは想定しなければいけないが。

 

 

 ザナックは日程を確認する。

 

 

「ゲルマニアとの軍事同盟、か」

「成さねばなりませぬ」

 

 マザリーニ枢機卿は、じっとザナックを見つめる。

 その同盟についてザナックにも異論はない。

 

 ガリアと組むべきだ、という意見もあるがガリアに送った大使からは『ガリア王は多忙を理由に、同盟を持ち掛けても相手にしてくれない』と言っている。

 

「同盟が成立すればレコン・キスタが攻め込む場合、トリステインとゲルマニアを同時に相手どらねばならなくなる。そうなれば、より一層反戦の機運が漂い、クロムウェルはやりづらくなる。」

「その通りですな。」

「案内だが…まず、ゲルマニアのサルバトール侯爵との会談か。」

「はい。まずかの御仁にあっていただければと。」

「それだが、枢機卿。本当に必要か?アルブレヒト3世の帝位継承戦争で圧倒的な兵力を有しながら負けたのだろう?」

「…それについては、グラモン元帥が詳しく知っておりますぞ。今、来ておりますが…。」

「案内してもらおう。」

 

 

 現在の陸軍の現状を見たうえで助言を求められ、トリスタニアに来ていたグラモン元帥は突然の呼び出しを受ける。

 慌てて参内し…。

 

「2度の大敗、その後の包囲戦でございます。サルバトール侯爵は降伏した手勢を含めてこのように退路を封鎖。」

「本陣がやや手薄だが…。」

 

 

 地図上の駒の配置を見て、ザナックはつぶやく。

 

 

「そこです。サルバトール侯爵は二度の勝利でアルブレヒト3世およびその配下の戦意は喪失、なんとか本拠地へ逃げ込んで守りを固めようとする。そう考えていたのですが…。ここで、アルブレヒト3世は前進を選びました。退路はふさがれている、ここで勝つしかないと」

 

 それだけの敗北を重ね、そのうえでその決断を行い、それに従う部下。

 

「なるほど、やり手だな。」

 

 バハルス帝国であれば可能かもしれないが、リ・エステーゼ王国では不可能だろうな、とザナックは自嘲する。

 その笑みを見て、グラモン元帥は慌てる。

 

「殿下。トリステイン王国陸軍は、不利な状況であろうと殿下のご命令があれば前進し、敵軍を撃破してご覧にいれましょう!」

「ああ、期待している。」

 

 

 グラモン元帥の話を聞き、ザナックは考える。

 

「現在のゲルマニアのNo2だが、選定侯でも最大の派閥か。挨拶しておいて損はなさそうだな。」

 

 

 

 

―――――

 

 

 ゲルマニア帝国、サルバトール侯爵の別邸。

 そこにザナックとトリステイン王国の外交官は訪れていた。

 

 調度品も一流の物ばかり取り揃えており、豪奢だ。

 

 

 

 

「ようこそ、ゲルマニアへ。ザナック王子、歓迎します。」

 

 

 案内を任されているのは、その息子と名乗る。

 

「こちらです。」

 

 

 

 白髪が混じり始めた赤毛の老人。

 邸宅の様子から豪奢な衣装と思っていたザナックだが、本人は飾り気のない黒いローブを纏っている。

 生地の質は相当上等な代物だろうが。

 

 

「初めまして、ザナック王子。私が、サルバトールだ。」

「お初にお目にかかる。ザナック・ド・トリステインだ。」

 

 

 会談して、ザナックはその人となりを見る。

 

 

「…なるほど、対レコン・キスタとしてトリステインを取れば次はゲルマニアか、ガリアか…。」

「彼らの主張を真に受けるのであれば、次はガリアでしょうが。その前に、ゲルマニアの反ガリア勢力を糾合するでしょう。」

「それは困るな。ゲルマニアの政治バランスが崩れる。聖地奪還は結構なことだが、急すぎる。本気で奪還するなら、各国が利害を捨てて一致団結せねば成し遂げられまい。内乱を起こしているようでは、まだまだ道は遠い。」

「私も、そう考えている。」

 

 

 続きは、夕食会の後で。と言われて解散となる。

 

「殿下、少し散策なさりますか?」

「そうしよう。」

 

 かなり疲れているが、あえてザナックは強がる。

 ここで弱みを見せれば交渉の席で不利になる。

 

 

「おや、あの方は…」

 

 

 赤毛で精悍な若者が、じっとロケットの肖像画を見つめている。

 バルブロより背は低いが、こちらに気づいて向けた目にはバルブロとは違い、確かな知性が宿っている。

 足音に気づいたのか、ロケットをしまい込みザナックに体を向ける。

 

 

「ゲルマニア皇帝の次男、カースレーゼだ。ザナック王子か?」

「いかにも。」

 

 世間話を交え、話はすぐに外交の話につながる。

 

「…そうか、レコン・キスタの侵攻を阻止するための同盟、か」

「貴国には選択肢があるぞ、レコン・キスタと手を組んでトリステイン、ガリア。そしてエルフと戦うという道がな」

「ガリアとつながりのある選定侯はトリステインを切り取った時点で兵を引き上げるだろうよ。そう考えれば、トリステインと手を組むのはこちらにとっても利がある。私からも父に話しておこう。」

「そうしてくれると、助かる。」

 

 

 年が近いこともあって、話が弾む。

 だが、父親についての話になった時、カースレーゼ皇子の腕がわずかに震えたことにザナックは気づく。

 

「…父君とは不仲なのか?」

「…噂は聞いているのだろう?」

「政敵は塔に幽閉、食事はパン1枚、水1杯、暖炉の薪は週に2本だったか?贅沢を好まないようで為政者として見習いたいものだ。」

「そうだ。だから私は、父が怖い。兄や妹との権力闘争に負ければ…。」

 

 この短時間だが、そんな弱さをさらすあたり、相当自身を評価してくれているのだろうと、ザナックは推測する。

 ゲルマニアと同盟を組むに際し、ザナックもゲルマニア皇帝について調べた。

 

 幽閉して粗末な生活を送らせているが、政敵も親族も殺しはしていない。『冷徹かつ合理的な野心家』、というのがザナックの評価だ。

 

 

 

「そうなったら、トリステインに来ればよい。」

「何?」

「近衛隊長と同格の扱いだが、少なくとも外を出歩けるように取り計らおう。」

「その時が来てしまったら、頼らせてもらおう。」

「もしも、私がトリステインを追われる時が来たら、匿ってくれないか?最も、武官として活躍できるか自信はないが。」

「だったら、内政の補佐を頼むとしよう。」

 

 口約束でしかないが、互いに亡命の渡りをつける。

 

―――――

 

 ヴィンドボナ。トリステイン王子とその側近と会談を終えたゲルマニア皇帝、アルブレヒト3世は子供たちと腹心を集めて御前会議を開く。

 

 

「…ザナック王子をどう見る?ゲーレン」

 

 嫡男に目を向ける。

 トリステインを併合すべき、と主張している一派の旗印である彼は、前に進み出る。

 

「口先だけの凡愚。取るに足りません。」

「…カースレーゼ。お前はどうだ?サルバトール館で会話したそうだが。」

 

 兄と違い、『トリステインはゲルマニアとガリアが戦えば、北と南の軍事脅威が減るため参戦する可能性は低い。そもそも、トリステインよりガリアを切り取った方が実入りがよい』

 と主張している、反ガリアの一派の旗印、カースレーゼが歩み出る。

 

 

「優秀な王子。とはいえ、王より補佐に向いているかと」

「なるほど。お前の内政の補佐をさせれば、上手くいくだろう。」

 

 ドキッとするカースレーゼ。

 ザナック王子とのやり取りは、余すところなくアルブレヒト3世の耳に入っている。

 

 アルブレヒト3世は、長髪をサイドテールでまとめ、長身痩躯でスラリと伸びた手足と均整の取れた体つきの娘に目を向ける。

 

 

「さて、アーナルダ。お前は」

「お断りですわ」

 

 父親が言い終わる前に口を開くゲルマニア皇女、アーナルダ。

 

 

「実物を見て理解しましたわ。あの年で婚約者がいないのも道理。トリステインの若い令嬢はさぞやヒヤヒヤしているでしょう」

「…お前を嫁にやるつもりは無い、今のところはな。ゲルマニア空軍司令として答えよ。アルビオンへの外征計画は」

「ありませんわ」

 

 即答するアーナルダ。

 

「なんと!ゲルマニア空軍を預かっておきながら!」

「怠慢にもほどがあるではないか!」

 

 

 そんなことを漏らす武官と文官に、アーナルダは目を向ける。

 

「知らない顔ですね。あなた方は、御前会議への出席を許可される身になって何か月目?」

「はっ?!小官は一か月目です」

「私も同じです。」

 

 ヴィンドボナの御前会議に出席を許されて一か月そこらの武官と文官でさえ、皇女を批判する当たり、ゲルマニアにおける女性の立ち位置がいかに弱いかが如実に出ている。

 

 

「ゲルマニア艦隊はアルビオン艦隊に比べて半数、旧式の戦艦が主力であり、機動力と射程で劣る。さらに言えば、竜騎士の数はアルビオンの五分の一。」

「そんなに差があるのですか?!」

「その状況でどうやってアルビオンへ外征する策があるか、お教え願いたい。」

「そ、それは…」

「そもそも、ゲルマニア空軍はアルビオン空軍と戦うことを想定していませんわ。」

「?!な、なんと!」

 

 

「…アーナルダ、説明せよ。」

「はい。そもそも、アルビオンへの外征を行うには、侵攻日時も侵攻ルートもほぼ確定。大量の風石を消耗しながらゆっくりと上昇せねばならず、対するアルビオン空軍は上から狙い撃ちすればよいだけ。」

 

 改めて、アルビオン大陸の難攻不落っぷりに内心頭が痛くなるゲルマニア首脳部。

 

 

「ゆえにゲルマニア空軍司令としては艦隊を温存し、アルビオン軍が侵攻してきた際にアルビオン空軍の艦隊と戦うことを想定していますわ。」

「だ、だが!古い艦隊しかないとはどういうことですか!」

「今現在、フネの建造を各選帝侯に発注しています。」

 

 

 アーナルダは父親に目を向ける。

 

「皇帝陛下。数名、『塔』から出してほしい人物がいますわ」

「駄目だ。」

「…ではゲルマニアでも有数の『フネ』の設計図をかける技術者に、個人的に手紙のやり取りをする許可を」

「ならん。」

 

 

 そのやり取りで、ゲルマニア空軍の体たらくを指摘した武官と文官は顔を見合わせる。

 そんな彼らに対し、アーナルダは聞こえるようにつぶやく。

 

 

「帝位継承戦争。あの戦いの後で、皇帝陛下の親族と政敵は塔に幽閉されてしまいました…。その中には、空軍に関する情報通も…。」

「手紙のやり取りをやらせたら、危うく脱獄されそうになったではないか。」

「警備担当に問題があったからです。今度は大丈夫では?」

 

 じっと、親子がにらみ合う中。武官と文官は小声で会話する。

 

 

「警備に問題?」

「一体どういうことだ?」

「…警備担当の隊長とその側近が、夜勤なのに居眠り。そのことが発覚したら他の者も居眠りや酒場へ繰り出していたことが判明。挙句の果てに脱獄を補助しようとしていた一団の居場所を特定して、捕縛に向かえと命じたら、グズグズする始末…。外に漏らすなよ?トリステイン人に知られれば数十年に渡って笑いものにされる醜態だ。」

 

 

 父を翻意させられない、と改めて実感したアーナルダは周りを見渡す。

 

「と、いうわけで。ゲルマニア空軍司令としては、ザナック王子の持ちかけてきた話には賛成ですわ。アルビオン空軍との戦いは彼らに頑張ってもらいましょう。ラ・ラメー伯は最近ずいぶんと羽振りが良いようで…うらやましい限りです。」

 

 乏しい予算で、ゲルマニア艦隊の装甲強化をアーナルダは進めている。

 どうせ機動力で勝てないならば、食らっても落ちないようにすればよい。

 

 それが陸軍に予算を吸われる陸軍国家における、ゲルマニア空軍の現状だった。

 




考えれば考えるほど、浮遊大陸の難攻不落っぷりがヤバイ。6000年間、他国の侵略を受けないのも納得です。

魔法学院でフーケ襲撃後での教師陣の堕落っぷりイベントは、ここで消費しておきます。オバロ勢で

1:警備担当が夜勤なのに寝ていて賊の侵入を許した。
2:そいつ以外の普段の警備状況を調査したところ、普段から夜勤担当はサボっていて警備はザルだった。
3:賊の居場所を突き止めて、汚名返上の機会を与えたにも拘わらずまごつく。

 こんな失態をやらかしたら、普通に処分されそうです…


 次回はアルビオン視点をやった後、ザナックと才人君が会います。


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ガンダールヴ、ザナック王子と出会う

原作主人公君、登場。
おなじみ決闘イベントもありますが、原作とは経緯を変えています。
ゼロ魔二次を読んでいて、「決闘イベントはこういう展開にすればどうだろう?」と前々から思っていたことを形にしました。



 レキシントンを落とし、王党派の拠点37ヵ所を数年かけて攻略したレコン・キスタはついにロンディニウムまで進軍する。

 ここを落とせばニューカッスル城のみ。

 

 徹底的に防戦態勢を取る王党派に対し、レコン・キスタ側も攻めあぐねる。

 レキシントン号を中心とした艦隊で粉砕するわけにはいかない。首都を廃墟にしては、その後の統治が破綻するからだ。

 

 そのロンディニウムの正門前。固く閉ざされた城門から、やや離れた場所に騎乗した、銀髪ロングの若い娘が数名の供をつれて現れる。

 

「聞けっ!ジェームズ一世!我が名はリリーシャ・モード!答えよ!何故我が父、モード大公を処刑し、他の貴族や臣民を手にかけた!既に王党派の城はこのロンディニウムとニューカッスルのみ!神と始祖に恥じるところがないなら、我が前に姿を見せ、釈明せよ!」

 

 姪が現国王である伯父に城門まで出てきて釈明しろ、というのはハルケギニアの歴史を紐解いても珍事である。だがそれでも彼女は行った。

 ただ、知りたいのだ。何故そこまで惨い粛清の嵐を巻き起こしたのかを。

 

「ロンディニウムが落ちれば、ニューカッスルまで落ちのびるつもりかっ!そこまで、そうまでしても答えたくないか!!何故だ!父と貴方は兄弟だったでは無いか!」

 

 

 ヴァルハラにも届け、と魔法で音声を拡大して叫ぶ彼女の叫びは、ロンディニウムに響き渡る。

 その悲痛な叫びは、ジェームズ一世にも届いていた。

 

 

「…父上」

「許せ、ウェールズ。全ての責めは、ワシが背負う。」

「一体、一体何があったというのですか。父上と叔父上の間で…」

「言えぬ。こればかりは、どうしても言えぬ。これは、ヴァルハラまでもっていかねばならぬ秘密…。」

 

 

 

 

 叫び続け、ようやくレコン・キスタの本陣に戻るアイシャに、クロムウェルが話しかける。

 

「…あの叫びを聞いてもなお、姿を見せぬとは。ジェームズ一世は既にまともな状態では無いのだろうね。」

「そう、でしょう。私はただ、真実を知りたい。あの惨劇を行った真意を。」

「ゆっくり休まれよ。ロンディニウムは必ず攻略する。」

 

 天幕に入っていく女を見送り、シェフィールドはクロムウェルに話しかける。

 

「思った以上に役立つわね、彼女は」

「ジェームズ一世を断罪する為に、素晴らしい働きをしている。モード大公派の兵以外のレコン・キスタの諸氏も感涙している程だ」

 

 聖地奪還のために無能な王家を打倒する。その大義名分として彼女は素晴らしい貢献を行っている。

 クロムウェルはにんまりと嗤う。

 

 

 

 

―――――

 

 俺は、平賀才人。

 西暦2138年。小学校を学費不足で中退した俺は、巨大企業の歯車として働いていた。

 そんな時だ。奇妙な鏡のような物に触れたら…ハルケギニアに飛ばされた。

 

 いつの間にDMMO-RPGにログインしたんだ?ロボットモノの、「アーベラージ」と違ってファンタジー系に?と混乱した。だけどログアウト出来ないし、どうやらこれが現実だと理解した。

 

 その後は、ルイズという富裕層の立場にいる女の子の使い魔になった。

 扱いは悪かった。加工食品とサプリメントではない食事だったが、自分は豪奢な食事をしていて、俺は床に置かれた食事だったから。

 目の前で豪奢な食事をしているのを見せつけられるというのは、中々辛かった。

 それでも、ほかに行く当てもないから俺は我慢して付き合った。

 

 

 魔法の授業で、『錬金』を唱えたら…大爆発を起こしたことで、俺はなぜルイズが『ゼロ』と呼ばれているのかを知った。

 

 

 その後。短い銀髪で目つきがヤバイ男子生徒が詰め寄ってきた。

 

 

『ゼロのルイズ!一体いつになったら退学するんだ!魔法がろくに使えないのに、魔法学院にいる必要はないだろ!お前のせいで、俺の使い魔が食われたんだぞ!』

『わ、悪いのは食べた使い魔でしょう!』

『そいつにはすでに落とし前を付けた!お前も使い魔を始末されたら、俺の気持ちも少しはわかるだろうよ!一週間後、ヴェストリの広場で決闘だ!』

 

 

 

 貴族の一人と一週間後に決闘、ということでルイズは悩んでいた。

 

 

『あいつはラインメイジだし、私や平民のあんたが勝てるわけ無いわ…。ああもう、どうしたら!』

 

 

 その後。使い魔に関する授業で、使い魔に刻まれている「ルーン」について調べる課題がでて、俺は「ガンダールヴ」という事が判明した。

 課題を提出した翌日。担当のコルベール先生が俺とルイズを学院長の部屋まで連れていって…そこに記されていた『始祖ブリミルと使い魔』という本から真相を知った。

 

 

『じゃあ、サイトはあらゆる武器を使いこなせるの?』

『伝説によれば、な。赤銅のジェダ・オルストにお主らが勝てるとすればそれに賭けるしかあるまいよ。』

 

 

 

 

 ルイズはトリスタニアに連れて行ってくれた。見るものすべてが俺には珍しかった。

 かなり大きな武器屋に入った。

 

 

 壁や棚に、様々な武器が整然と並べられていて…

 店主はルイズの制服をみて魔法学院の生徒、と見抜き『お売りですか!』といきなり聞いてきた。

 ルイズが客と答えると、意外そうな顔をした。

 

 

『魔法学院の貴族様が武器を?目的は何ですかい?』

「目的?」

『戦う相手が人間か、そうでないかで違ってきますんで。見栄え重視というなら、こういう細身のレイピア。これは良い出来でしてね、青銅製ですが精緻な細工が施されていてよく売れるんでさ。後はこの飾り気のない真鍮製のエストックか、赤銅製のフランベルジュでさぁ。』

「どれも斬りつけるのか?」

『レイピアはともかくエストックは両手でもって突き刺す。こうすれば、大抵の鎧は貫いてしまいますんで。フランベルジュは斬りつけ…なんで片手で持ち上げれるんですかい?』

 

 大きな赤銅製で、長さ180サントぐらいの波打った刃が付いた剣を、俺が持ち上げると店主が驚く。

 

 

 後から知ったが…ザナック王子の政策で、トリスタニアの武器屋にはトリステインの土メイジが作り上げた武具が並ぶようになり、質の良い物が流通するようになっていたらしい。

 それまでは質の悪い武器を高値で売って儲ける事ばかり考えていたような武器屋があったらしいが、あっという間に淘汰されたという話だ。

 

 

『相手は、人間よ』

『まぁ、何はともあれ主武器と副武器は必須ですな。落としてしまった時に、拾って構える暇なんてありませんぜ』

 

 

 副武器として、ダガーやハンドアックスを店主が提示する。

 

 

『ところで、これっていくらなの?』

『レイピアは75エキュー、エストックは90エキュー。フランベルジュは82エキュー、ダガーは12エキュー、ハンドアックスは56エキューでさ』

 

 値段を聞き、赤銅製のフランベルジュを見ながらルイズは言う。

 

 

『…ねぇ、主武器一つに絞らない?』

「落としたらどうするんだ?」

『落とさなければいいんでしょ!』

 

 無茶な事を言うが、払えないなら仕方ない。

 

『…あの棚にあるのは訳アリですが、勉強させて頂きますぜ?』

 

 あまりお金を掛けたくない様子を見抜いた店主は、そう言って棚の一つを指さす。

 そこにあるのは、見るからに作りが甘かったり、錆びていたりと非常に見劣りする武器ばかりだった。

 

 俺はとりあえず、大剣を手に取る。

 

『…ん?おめー、使い手か?』

「剣がしゃべった?!」

『使い手?もしかして、ガンダールヴの事?』

『懐かしいねぇ…。よし、俺を買え。俺はデルフリンガーっていうんだ。』

 

 

 前から厄介払いしたかった店主は格安で売ってくれるという事だったので、デルフリンガーという錆びた大剣を新金貨90枚で購入した。

 

 

 

 デルフリンガーを振る練習を経て。数日後。

 ヴェストリの広場で、ジェダが困ったように髪の毛を掻く。

 

 

『一週間待ったのは、詫びを入れさせるためだったが…。まぁいい。平民、お前に恨みは無いが…。』

 

 一呼吸おいて、ジェダが俺をにらみつけた。

 

 

『俺は、いや俺たちは!入学してからまる一年、ルイズの爆発に散々悩まされてきた!それでも、何とか耐えられたのは終わりが見えていたからだ!』

「3年で卒業だから?」

『違うっ!2年生への進級試験は、使い魔を呼び出し契約することになっている!それが出来なければ留年!留年になれば、もう同じ授業を受けることはないと思っていたのに…!』

 

 

 ジェダが、不格好な赤銅のでかいゴーレムを作り出す。

 武器屋で見覚えのある赤銅製のフランベルジュを持ち、ゴーレムの全身にびっしりと鋭いスパイクが生えていた。

 

 ああ、なるほど。武器屋の店主がルイズを見て売りに来た、と思ったのはこういうことか。

 そういえば、土メイジの先生は真鍮を錬金していたっけ…。青銅のレイピアもここの生徒が作ったのか?

 

 

『相変わらず、センスはゼロだね。ジェダ。』

『黙ってろ、ギーシュ!戦いにおいては、数よりも質だ!ルイズ、この平民にも親がいて、友人がいるだろう。お前が、今まで授業で失敗した後に一度でも謝っていれば、俺もここまでやるつもりはなかった…。平民。このサイマリンを前にしてもまだ戦うつもりか?決闘だからな、当たり所が悪ければ死ぬぞ。ルイズの代わりにお前が謝るというなら、手を引いてもいい。』

 

 

 正直、めっちゃ怖い。あのフランベルジュで斬られたり、刺されたらって思うと逃げ出したくなる。

 

『あんた…』

「使い魔でいい、寝るのも床でいい、飯はまずい上に少なくてもいい、生きるためだから割り切る。だけど。下げたくない頭は、下げられねぇんだ。」

 

 俺は、デルフリンガーを抜く。素振りは何度もしたが実戦は初めてだ。

 

 

『平民、名前を名乗れ。記憶にとどめて置いてやる』

「平賀。平賀才人だ」

 

 

 赤銅のゴーレムが迫る。

 

 『防御力はゴミ、攻撃と機動力に全振りすればいい』

 かつて、そう言っていた人の戦術を俺は取った。

 

 決闘は、俺の勝ちだった。

 崩れ落ちる赤銅のゴーレムを見て、ジェダは呻いた。

 

 

『後、二年我慢しないといけないのは腹立たしいが…認める。俺の負けだ。あんな大剣を軽々と振り回すとは、いったい何者なんだ…?』

 

 

 これ以降、学園での俺は一目置かれるようになったし、手が空いていたから使用人の手伝いも積極的にして交流するようになった。

 ほかの男子生徒と空き時間に「組み手」をするようにもなった。

 あと、ルイズは実技の授業で魔法を使うときは『爆発するので出来ません』とはっきり述べるようになった。

 

 

 ジェダはあの後、また使い魔を呼び出した。前はラッキーと名付けたカラスだったらしいが、今度もカラスだった。

 エサと藁に錬金をかけて上等にした物を与えて、赤銅のケージを作っていた。

 俺と決闘するときとは打って変わって、すげぇ優しそうな眼でカラスを見ていたのが印象に残った。

 

 

 

 

 

 そんな時だ。ルイズ様の幼馴染であるアンリエッタ王女が使い魔の品評会に訪れ、その夜にお忍びでルイズの部屋を訪ねてきた。

『王宮には人がいても、兄の味方ばかりで自分の味方が少ない』という事で友人のルイズに頼み事をしてきた。

 

 内乱のアルビオンへ特使として赴くよう頼んできて、俺達は行く羽目になった。

 

 

 

 おつきの人物としてワルド子爵が一緒だった。ルイズの婚約者という事だったが、なんだか落ち着かない様子だった。

 まぁ、これから内乱の国に行くんだ。そりゃあ落ち着かないだろうと思っていたら…。

 

 ラ・ロシェールで水精霊騎士隊と名乗る一団が乱入してきて、ワルド子爵と分断されてしてしまった。

 

 俺はその前に『こういう任務では、半数が目的地にたどり着けば成功』という説明をワルド子爵から聞いていたから、予約していたフネでアルビオンへ向かった。

 ふと下を見下ろしたら、すげぇ形相でワルド子爵が俺をにらんでいたが、水精霊騎士隊が集まって魔法を連射。それに追い回されながらワルド子爵は逃げて行った…。

 

 その道中、空賊に襲われて人質になったんだが…。その空賊をトリステイン空軍将校のラルフという人が艦隊を率いて包囲し、降伏させた。

 空賊は『神と始祖に誓う!今後空賊行為はしないから、我々をアルビオンへ返してくれ!』と叫んでいたが、空賊のたわごとと判断してそのまま連行。

 

 ラ・ロシェールに連行した後、空賊の長を直々に尋問すると言って連行。ルイズ様がヴァリエール公爵家の娘で俺がその従者、ということで同行を求められた。

 

 

 

 トリステイン王国の第一王子と、俺は初めて出会った。

 名前は、ザナック・ド・トリステイン。俺の第一印象は、ちょっと太った男の子だった。

 あのお姫様が言うには王宮はこの人の味方ばかりって事だが、そんな人望があるようには見えなかった。この時、は。

 

 

「さて、この度は事件に巻き込んでしまって申し訳ない。ヴァリエール嬢。アルビオンの王党派に特使を送る任務はアンリエッタの独断だからとりやめさせる。ワルド子爵は、『レコン・キスタ』とのかかわりがあると捜査していたのだが…逃げられてしまった。今頃は合流しているだろう。」

「レコン・キスタ?!確か、アルビオンで活動しているという…。」

 

 つまり、あのままアルビオンに行っていたら王党派に接触するどころか敵軍側に捕まっていたって事か…。

 おっかないなぁ。

 

「ああ。元はと言えば親愛なる伯父が、弟であるモード大公を処断した事による反発だったが…。現在、クロムウェルという司教が始めた運動に、モード大公の忘れ形見、リリーシャ・モード姫が参加した事でアルビオンの王党派はかなり苦戦を強いられている。」

「どうして、ワルド様…いえ、ワルドが。」

「理由は不明だが、何かしらの事情があるのだろう。ヴァリエール嬢と婚姻して後ろ盾を得れば、国政にも入り込めるという立場を捨てるからには、な。」

 

 

 言われてみれば近衛騎士の隊長まで上り詰めていたのに、それを全部捨てたんだよな…。

 

 

 

「レコン・キスタの指導者クロムウェルは「虚無」の力を授かったと言っているようだが…。ラグドリアン湖の水位が上昇したという事で調査を行った所、アンドバリの指輪が盗まれたという。そして、その中の一人が「クロムウェル」と呼ばれていた、と。」

「偶然では?」

「クロムウェルはアンドバリの指輪による魔法を「虚無」と偽っている、とある程度の確信をもって俺は推理している。」

 

 

 この王子、見た目と違ってすげぇ頭がいいんだな。俺はそうぼんやりと思った。

 

 

「本来であれば君は即刻トリスタニアで保護するべきなのだろうが…それで安全、という話では無い。なにせ、近衛隊長が裏切ったのだ。」

「じゃあ、ルイズ様はご実家に?」

 

 

 思わず口を開いてしまい、そのことでルイズ様が青ざめる。

 ザナック殿下に睨まれて、俺は委縮する。すっげぇ、怖い。ジェダのゴーレムより怖い。

 

「…発言を許した覚えは無いが。まぁ、いい。大目に見てやろう。…アンドバリの指輪は死者に偽りの命を与え、人の心を操るという。アルビオンの王党派を倒せば、次はトリステイン王国に来るだろう。今までいろいろな政策を行ったが、ガリアやゲルマニアに攻め込むよりは、国土が10分の1しかないトリステインを狙うのは道理だろう。」

 

 

 南北に10倍の国土を持つ大国に挟まれた小国か。まぁ、空の大陸がハルケギニアの統一を狙うなら普通に狙うか…。

 

「だからヴァリエール嬢。アンリエッタから受けた密命、そして今知った事。ご実家に連絡しないで頂きたい。」

「ええっ?!」

「…妹の頼みで婚約者と共に内乱中のアルビオンに行くという密命を受け、しかも婚約者は反徒の一員だった事をヴァリエール公爵が知れば、釈明を求めて杖を抜いて王宮に来るだろう。そうなれば、トリステインも内乱になる。それは避けたい。今ならば、全て隠蔽できる。」

「お父様は反乱などしません!」

「いや、娘をそんな任務に秘密裏に向かわせたと知れば、怒り狂う。何故わざわざ娘をそんな危険な任務に就かせたのか、いや、そもそも何故事前に話すら通してくれなかったのか、と問いただす。」

「…そうでしょうか?」

「そういう物だ。ヴァリエール嬢。人の親というのはな。」

 

 

 ザナック王子は、遠い眼をする。

 そういえば、この国の国王はすでに亡くなられていたんだっけ?

 たぶん、『お父さん』のことを思い出しているんだろうなぁ…。

 

 

 ザナック王子が立ち上がる。

 

 

「このまま学園に返すところだが…。空賊が何者なのかについて知る権利ぐらいあるだろう。興味があるなら教えるがどうする?」

「ぜひ、聞きたいです。なぜ、あの空賊がアルビオンに戻りたいと真剣に言っていたのか。」

「いいだろう。大方予想はつくが、な。」

 

 

 

 

 それから、しばらく待って。

 憔悴しきったザナック王子と、満面の笑みを浮かべたアンリエッタ王女がやってきた。

 

 

「ああ!ああ!私のルイズ!貴女は、本当によくやってくれました!」

「ひ、姫様!?」

「まさか、ウェールズ様を連れてきてくれるなんて!」

「は、え?」

 

 

 アンリエッタ王女は、輝くような笑顔をザナック王子に向ける。

 

「お兄様、ウェールズ様は亡命してきたわけではありませんわ!」

「…ああ、ああ。そうだな、妹よ。」

「空賊として、活動しているところを『拘束』したのですから、レコン・キスタという恥知らずどもに、引き渡すのは国法に反しますわね?」

 

 

 アンリエッタ王女は、楽しそうに一回転しながら話す。

 

「空賊の身柄と財産は、これを逮捕した者か国家に属する!ラ・ロシェールで締結された、当時の教皇が認可した国際法ですわ!」

「そう、その通りだな…。各地を荒らしまわった空賊を捕縛して、その宝物の引き渡し云々で揉めて、国家間で締結された条約だったな…。我が国も批准している…。」

 

 

 さっきからザナック王子がすっげぇ疲れた目をしている。

 

 

「空賊の長がウェールズ王子だったなんて!ざ、ザナック王子はこれを予想していたのですか?!」

 

 

 ルイズの言葉を聞いた直後、ザナック王子は呻きながら頭を抱えて蹲る。

 

―――――

 

 

「ザナック殿下。魔法学院の長、オールド・オスマン様が到着なされました。こちらにお連れしても?」

「構わぬ。」

 

 

 ルイズを学園に返す、となったとき。学園から迎えにやってきたのは、学園長だった。

 

「ザナック殿下。生徒を迎えに参りましたが…。内密にお貸しいただきたい物があります」

「なんだ?」

「始祖の祈祷書、です。」

「白紙でしかないが、国宝だぞ?何に使うつもりだ?」

「ミス・ヴァリエールが虚無の担い手、そう考えております。虚無は始祖ブリミルが用いた魔法とか。であれば…」

「始祖の秘宝とかかわることで、何かわかるかもしれない、ということか。だが、彼女が虚無の担い手という根拠はなんだ?」

「この、始祖ブリミルと使い魔、という本に記されております。」

「…確認した。あの平民が、一騎当千のガンダールヴか。」

「大剣を軽々と振り回しているところを確認しております。」

「あの体格で?それだけの力があるだけでも、十分戦力になるな。わかった、貸し出そう。」

 

 

 国宝を貸す、というのに思うところはあったが、ザナックには時間がなかった。

 こうなった以上、一秒でも早く自分の派閥の重鎮を集めて善後策を練らねばならないからだ。

 

 妹がやらかした事について、説明しなければならないザナックの胃は早くも悲鳴を上げていた…。

 




妹が亡国寸前の王党派にヴァリエール家の三女と、レコン・キスタと繋がりがあり、逮捕まで秒読み状態のワルド子爵を護衛につけてアルビオンに送り出そうとした。
その為、トリスタニアで逮捕するための準備が無駄になり、ラ・ロシェールに急遽水精霊騎士隊を送り込み、ワルド子爵の捕縛を試みたが逃げられてしまう。
ヴァリエール嬢がアルビオンで死亡したりレコン・キスタの手に落ちれば、ヴァリエール侯爵家が反乱を起こす可能性が高いため、空軍を緊急出動させ、何とかアルビオンへ行く前に連れ戻すことに成功したが、その際に捕らえた空賊の長がウェールズ王子だった。
レコン・キスタに引き渡すのは、アンリエッタが猛反対するから引き渡せない。
レコン・キスタに引き渡さない場合、明日にでも空の覇者と言われたアルビオン空軍が攻めてくるかもしれず、トリステインの開戦準備は完了していない。


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トリステイン閣僚の長い夜

前回の決闘イベントですが。
ルイズの魔法が失敗して迷惑をこうむっているが、悪びれない態度が一年続く→二年生に進級できなければおさらばできると思ったら成功→成功してしまったが今後魔法は爆発しなくなるだろう→やっぱり爆発して、呼び出した使い魔が犠牲になったにも関わらず悪びれない態度をとったから、お前も使い魔を失う気持ちを味わえ!→決闘に負けたから、もう文句は言わない→ルイズもここまで言われ、決闘騒ぎになった事でようやく反省する。

この流れなら、貴族VSルイズに召喚された使い魔という流れに出来ると思っていますがどうでしょう?

ルイズも悪いなぁと内心思っていたとしてもプライドが高すぎますから、こういう出来事でも無いと態度を変えるのは無理だと思います。

ちなみに原作の決闘で「頭を下げたくない」と骨折させられてもそう言っていたサイト君が、のちに頭を下げてティファニアを庇うというのは成長を感じられてすごく好きなシーンです。



 ザナック王子から、内密に集まれという召集を受け、馳せ参じた高級官僚達。

 マザリーニ枢機卿。参謀総長ウィンプフェン。陸軍将軍ド・ポワチエ。デムリ財務卿。ネルガル教導官。

 今現在ザナック王子を支持しており、この時間まで残っていた面々は静かにザナック王子の言葉を待つ。

 

 

「集まったか。まず、知らせておかねばならないことがある。ウェールズ王子の身柄を確保した。」

 

 

 ザナック王子の言葉を理解するのに閣僚達は、数秒の時を要した。

 

 

「「「「「…は?」」」」」

 

 まずありえないと思っていた出来事。

 一足先に我に返ったウィンプフェン伯が口を開く。

 

 

「ウェールズ王子が亡命し、それを、受け入れたと?開戦準備は完了したのですか?」

 

 

 ザナックは首を横に振る。

 

「ラ・ラメー伯。空軍は空賊討伐をすることでフネを確保する、という作戦を行っていたな?」

「はっ。成果を着実に上げております。」

「そうだな。追い詰められた王党派が…空賊に扮して物資を確保していた事は?」

「初耳です。」

 

 

 ようやく、話の内容を飲み込めたド・ポワチエ将軍が震えながら口を開く。

 それが恐れか、怒りか。当の本人にもわからない。

 

 

「い、何時ですか?ウェールズ王子を迎え入れたのは?」

「本日だ。」

「つい先日も…空軍は出動していませんでしたかな?」

「その通りだ。」

 

 変わってウィンプフェン伯が前に出る。

 

 

「殿下。空賊も馬鹿ではないので、鹵獲作戦については不定期に行うとしていましたが、余りにも期間が短すぎます。何故こうも立て続けに?」

「出さざるを得なかったからだ。アルビオンに行こうとしていたヴァリエール公爵令嬢を、連れ戻すために。」

「…こ、この情勢下でアルビオンに?」

 

 

 それまで黙って聞いていたデムリ卿が口を開く。

 

 

「つまりヴァリエール公爵令嬢の勝手な行動のために、空軍を緊急出動。その結果、ウェールズ王子の身柄を確保してしまったという事ですか?」

「彼女にも事情があったのだ。」

「何ですか?いかに名門と名高いヴァリエール公爵家の令嬢とて、浅はかにも程があります。一体全体どういう教育をしているのかと、ヴァリエール公爵には問いたださねば。」

「彼女に罪はない…妹が、アルビオンに大使として行くよう『お願い』したからだ。」

 

 

 ラ・ラメー伯、ド・ポワチエ将軍、ウィンプフェン伯、デムリ卿とネルガル教導官が硬直する。

 代わって、マザリーニ枢機卿がようやく口を開く。

 

「いつ、何時ですか?しばらくアンリエッタ殿下と共に行動していましたが、ヴァリエール公爵令嬢と接触する予定はなかったはずです。」

「使い魔品評会の夜、部屋を抜け出して接触したそうだ。なんでも、幼馴染でお友達だから『お願い』したとの事だ」

「…友人に。現在内乱の国で、主な拠点が首都近郊にしか残っていない、劣勢の王党派に大使として行け?そう、『お願い』したのですか?」

「それも16歳で、魔法学院の書生にだ。」

 

 絶句するマザリーニ枢機卿。

 黙っていたネルガル教導官が思わず口を開く。

 

 

「息子と同年代ですな…。」

「そうか、ネルガル。ご子息は同年代か…。ネルガル、もしも私が貴公の息子にアルビオンの王党派に特使としてひそかに接触せよ、という『お願い』をしたらどう思う?」

「…何故息子にそんな大任を与えるのか、他に人員は居ないのか?それは必要なのか、という説明を求めます。一人の父親として、聞く権利はあるでしょう?」

「そう、か。そうだな…。ちなみに、他の人員としてワルド子爵が選ばれた。」

「?!そ、そうです!殿下、ワルド子爵の捕縛はどうなりましたか!トリスタニアで罠を張らせていたはずです!ワルド子爵でさえ逃れる術は…」

「ラ・ロシェールに行ってしまったので、急遽向かわせたが…。逃げられた。とりあえず、ヴァリエール公爵令嬢には既に話をつけて置いた。この事は漏らすな、と。これを知れば、ヴァリエール公爵家が最悪反旗を翻しかねん。」

 

 

 名門ヴァリエール家の忠誠心を疑いはしないが、それぞれ我が子がこんな任務に巻き込まれそうになった事を想像して黙り込む。

 その怒りは正当な物である上に、アンリエッタ王女殿下がやらかした事は極めて杜撰と言わざるを得ない。

 

 

「妹は、悪気があってやったわけではなく。ただ、自分の『お願い』を聞いてくれる者がヴァリエール嬢しか居なかったからお願いしただけだそうだ。」

「…王族の友達というのは想像以上に大任なのですな。理解しました。」

 

 ザナックは閣僚を見渡して告げる。

 

「…心構えをして欲しい。明日、アルビオンが攻めてきてもおかしくない状況になってしまった。アルビオンが攻めてくれば兵は動揺する。だが、トップが泰然としていれば混乱は多少抑えられる。」

「それは、命令ですか?」

「違う。私からの『お願い』だ。」

 

 

 流れる沈黙。完全な静寂となった謁見の間。

 ややあって、ウィンプフェン伯が動く。

 

「…承知いたしました。もう夜も遅いので退席しても?」

 

 ザナックが頷くと、ウィンプフェン伯は友人に目を向ける。

 

 

 

「ネルガル。久々に飲まないか?」

「今の話の後で、酒?おい、気は確かか?」

「明日以降、一滴も飲めなくなるぞ。というより、飲まねば眠れる気がしない。」

「それもそうだな。よし、飲むとしよう。」

 

 その二人に、他の閣僚も声をかける。

 

 

「同行しても構わんか?」

「私も加わりたい。」

「構わんぞ、ド・ポワチエ、ラ・ラメー伯。デムリ卿はどうする?」

「御一緒させて頂きます。マザリーニ枢機卿は?」

 

 

「…いえ。自室で聖書を読み解きます。」

 

 

 彼らはそれぞれ、安眠するために酒や聖書に逃避することに決めた。

 ザナックも正直酒に逃げたい気分だが…。眠りにつくことにした。

 

―――――

 

 

 黒を基調とした、高級酒場。韻竜亭。

 トリステインの高級官僚も訪れる落ち着いた雰囲気のバーだが、大抵は部署ごとに分かれてやってくる。

 

 トップだけ集まって来るという光景は、父から受け継いだ若い優男風のバーテンダーにとって初めての光景だ。

 少し前に、空軍将校と財務の閣僚が同時に訪れていたが…。

 

 

 

「変わった組み合わせでいらっしゃいますね。」

 

「…いろいろあってな。」

「詮索しない方がいいぞ。仕事中だろうと飲みたくなるだろうからな」

 

 

 

「かしこまりました。当店はお酒をお出しする店。寛いでいただけたら幸いです。カウンターになさいますか?個室になさいますか?」

「個室で頼む。」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

 

 

 

 

 全員着席したところで、バーテンダーはいくつかの酒を用意する。

 

 

「こちら、タルブ赤ワインの19年物、ローゼンクロイツ白ワインの16年物になります。皆様、大変お疲れのご様子…おつまみはいつものを、すぐにお出ししましょうか?」

「そうだな。いつもの奴を頼む」

「かしこまりました。料理が揃いましたら、お持ちします。」

 

 

 

 バーテンダーが去り、ドアを閉める。

 

 ド・ポワチエは個室を見渡し、乾杯もせず酒を飲む。

 それに煽られるように、ハイペースで杯を重ねる高級官僚達。

 

 やや落ち着いたところで、ド・ポワチエは周りを見渡す。

 

 

「この店は信用できるが、何せ話が話だ。まだ、杖は振れるな?」

「当然だ。全然酔えない、実に不思議だ。」

「きっと、始祖のお導きであろう」

 

 

 全員がディテクト・マジックを唱えて盗み聞きしている輩がいないことを確認。

 

 

「とりあえず、状況を整理するぞ。アンリエッタ王女殿下が、ヴァリエール公爵令嬢に『お願い』した。内容はアルビオンに大使として赴けと。それを知ったザナック殿下が、空軍を緊急出動させて連れ戻し、ヴァリエール公爵令嬢を襲っていた空賊を捕縛したところ、首領がウェールズ王子で捕縛して連行してしまった。ここまではいいな?」

 

 

 改めて、本当に何という事をしでかした、と頭が痛くなる一同。

 

 

 

「…思うに。王党派が健在なうちにレコン・キスタをたたく、というのは道理では?」

「その通りだ、デムリ卿。だが昔からアルビオンに出兵した歴史はあるが、ことごとく失敗に終わっている。かの浮遊大陸に進撃するのはそれだけで難事業。参謀将校として言わせてもらうと、アルビオンへの侵攻は夢物語といっていい。」

「であれば、なおさら内乱のうちに介入するべきでは?」

「アルビオンが攻めてきたから戦うならまだしも、アルビオン一国の問題だ。何故トリステイン人がかかわらねばならん?という声が強い。それだけ、浮遊大陸への出兵は難しいのだ。」

 

 

「陸軍ゆえ知らなかったが、ラ・ラメー伯、空軍の空賊狩りは成果を上げていたようだな?」

「ザナック殿下の発案で始めた。フネは今後いくらあっても不足するようになる。数だけは揃えたいという事で活動していたが…アルビオンの王党派が空賊に扮して物資の確保に励むとは本当に想定外だ。今更だが、考慮はしておくべきだった。」

「言うな。ザナック殿下も貴公も想定していなかったのだからな。まぁその活動のおかげで、ヴァリエール公爵令嬢がアルビオンのレコン・キスタに捕らえられたり、死亡する事は避けられた訳か。それだけは僥倖だな。」

「そうなればトリステインが内乱になっていただろう。」

「杖を抜いた『烈風』の相手はド・ゼッサール殿に一任するとしてもだ。諸侯軍では数・質ともに最高レベルの兵を擁する。容易な相手ではない。」

 

 

 この場にド・ゼッサール本人が知れば「小官に恨みでも?」と恨みがましく呟くであろうセリフを吐いて、ド・ポワチエは杯を呷る。

 

 あのような擁護しようがない任務をされて、途中で死亡したり捕まったと知れば反旗を翻す可能性は十分ある。

 そうなれば、もはやアルビオンどころではない。トリステイン存亡の危機だ。

 

 

「ネルガル教導官、先ほどは頭が回らなかったが、ワルド子爵が裏切りとはどういうことだ?」

「そのままの意味だ。レコン・キスタと接触した情報をつかんだ。情報を横流しした証拠もある。」

「グリフォン隊の近衛隊長が、か?」

「その通りだ。ちなみに、話に出てきたヴァリエール公爵令嬢とは婚約している。」

「わからん。ヴァリエール家の後ろ盾を得て国政にも入れるのにレコン・キスタに?」

「そこまではわからんよ。ただ、裏切った以上いずれ討たねばならん。風のスクウェアメイジだからな、かなり苦戦を強いられるだろうが…水精霊騎士隊で仕留めきれなかった以上、ゼッサール殿と共に当たらねばならんだろう。」

 

 

 

「さて。ウェールズ王子の身柄を確保してしまったわけだが。」

「ウィンプフェン伯、その言い回しは間違っているぞ。確保したわけだが、が正しい。酔ったか?」

「意外だな、ド・ポワチエ。貴公は確保したかったのか。」

「そんな訳無いだろう。」

「そうだな…。とりあえず、最悪のケースを考えるとしよう。何がある?」

「明日、激怒したアルビオン艦隊がラ・ロシェールめがけて侵攻。そのままトリスタニアに侵攻してくる。どうだ?」

「…考えうる限りでそれより悪い状況は無さそうだな。…連中が交渉してくれる可能性は欠片も無いか?」

「内乱直後だ、ありえない話は無い。だが、いつウェールズ王子が軍を率いて祖国奪還にいくかわからない以上先手を打ってもおかしくない。」

 

 この中で、財務を担当しているデムリ卿が口を開く。

 

 

「そこですが。アルビオンへの侵攻は非常に難しいと思われている以上…。レコン・キスタ側も攻めるよりも攻められない事を考えるのでは?」

「む?」

「モード大公は財務を担当、それを粛清した混乱とその後のレコン・キスタによる内乱。レコン・キスタは貴族の集まりである以上、その資金は各貴族の持ちよりでしょう。財源はありますかな?」

 

 

「待て、デムリ卿。資金であれば王党派から奪った物で賄っているのでは?」

「それで賄えた時期があったとしても、もはや限界。残る王党派の拠点はわずかである以上、得られるものも少ないはず。仮にあったとしても、物資の確保で目減りしていないとおかしい。」

「何故だ?」

 

 

 参謀将校、陸軍の将軍、空軍の長、士官の教導官。彼らは補給の重要性を理解している。

 理解しているからこそ、資金面で問題なければ物資も当然問題ないはず。そういう認識をしていた。

 

 

「レコン・キスタは物資の徴発など不可能ですからな。」

「討ち取った王党派の領地から奪うくらいはするだろう?」

「それはない。何故なら彼らの中にモード大公の派閥が加わっているから。物資を略奪するなど、そこを統治している貴族やのちに領地持ちになりたい貴族は阻止する。民が困窮した土地の統治などしたくない。つまり、物資は金を出して買うしかない。」

 

「だとしても、目減りはしていないだろう?」

「ご存じかな?アルビオンの小麦の価格は粛清前の8割増しですぞ?ああ、肉類は倍だそうで。」

「「「「はぁっ?!」」」」

 

 

 軍の要職についている面々だが、食料の物価まで把握はしていない。

 鉄、硫黄、水の秘薬や風石など、戦闘に直結する物資であれば把握しているが…食料やトイレについては補給部隊の管轄になっているからだ。

 

 

「ガリア産の硫黄が黄金と同じ価格で取引されているとは聞いていたが…小麦でそれか!」

「その状況で物資の徴発もできず買わねばならんとなれば、資金繰りも厳しかろう。」

「そんな状態で外征、は向こうとしても避けたいだろう。」

 

 

「そういう状況です、アルビオンの食料事情は。ザナック殿下の施策で、農産物の生産力が急激に成長したトリステインが連中にどう見えているのやら…」

「つまり、財務卿としてはレコン・キスタの内情はガタガタ、王党派が健在なうちに叩いてしまえと?」

「参謀総長殿の考えは違うようですな。アルビオンへの出兵自体、難易度が高すぎる、と…。」

 

「いずれアルビオンは攻めてくる。その時にどうやって撃退するかを陸軍は考えていたが…」

「そうなのか?空軍としてはどうやって攻め込むか、を考えていたが。」

 

 

 考えの違いを聞いたネルガルは自嘲する。

 

「なるほど、ザナック殿下がアルビオンの内乱にトリステイン人が参加する事を反対するわけだ。このメンツでさえ意見が割れるのだから、我々より下がどういう状況か考えるまでもない。」

 

 

 

 ザナック王子から聞いた衝撃的な内容から、ヤケ酒のつもりで集まった閣僚達はこの会合で気づいた。

 自分とは違う分野の専門家であれば、別の視点から状況を見れる。

 

 財政状況からみたレコン・キスタの状況など、参謀総長のウィンプフェン伯は想定すらしておらず、一方で軍事に疎いデムリ卿にとって軍事関係者の本音を聞けたことは大きな収穫だ。

 財務官吏と軍人は普段から不仲なのは、言うまでもない。

 

 

「…アルビオンが宣戦布告して、ようやくトリステインがまとまれるという訳ですか。なんとも歯がゆい。」

「連中の掲げているのがジェームズ王を討つだけではなく、王政の打破と聖地奪還。であれば、いずれトリステインに来ることは明白なのだが。」

 

 先手を打つにも、国内の反対は根強い。

 

 

 こうして話し合って、彼らはある程度落ち着く。

 それと同時に、彼らは一つの認識を共有した。もしもザナック殿下に何かあれば、アンリエッタ王女が即位する事になるのだ、と。

 この夜。ザナックを即位させるというのが彼らの共通目標になった。

 

 

 

 礼儀正しくノックされる。

 

 

「失礼します。料理をお持ちしました…。」

 

 

 並べられる料理の数々。

 

「これだ。他でも食べることはできても、ここのあぶり鶏は別格だ。」

「あぶり鶏?」

「知らないのか、デムリ卿。これは鶏に野菜やキノコを詰め、下味をつけて香草を巻いて焼き上げた物だ。」

 

 

「デムリ卿、それはワイン煮込みか?」

「じっくり煮込まれていて、ここに来るときはたいてい注文しますよ。ウィンプフェン伯とネルガル卿、それはいったい…」

 

 

「これか?魚貝類の油炒めだ。パンに浸して具材と一緒に食べると旨いぞ。」

「ラ・ラメー伯、それはウナギサンドか?」

 

 

「そうだ。ウナギはシチューにするところもあるが、燻製に勝る調理法はあるまい。」

「よい機会だ、色々試してみよう。」

 

 

 

―――――

 

 数日後。

 ジェームズ王が討たれ、神聖アルビオン共和国が建国を宣言。

 その知らせは、大きなうねりとなってハルケギニアを襲う。

 

 

 

 トリスタニアの謁見の間。そこに、空軍司令のラ・ラメー伯の息子、ラルフは呼び出されていた。

 

「この度は、空賊の捕縛に尽力した貴公の働きぶりを表して、勲章を授与する。妹よ」

「はいっ!」

 

 美しいトリステイン王国の姫君から直々に勲章を授与されるという栄誉を、ラルフは受ける。

 

 

「ありがとうございます!」

「実に、実によくやってくれた。ああ、本当によくやってくれた…。」

 

 

 目に隈が出来ているザナック王子。対照的にアンリエッタ王女は輝くような笑みを浮かべている。

 

 

「…さて。勲章授与も終えた。さて、紹介しよう。この度、トリステイン王国の預かりとなった空賊の長。ちなみに、私の従兄だ。」

「?!」

 

 

 ラルフは驚愕する。

 ドアが開いて入ってきたのは髪の毛の色こそ異なるが空賊の長だった。それが、アルビオンの王族?!

 

 ちょっと待て。もしかして俺、何かやらかしました?

 

 

「アルビオン王家に伝わる風のルビーを所持していた。」

「で、殿下?!」

「どうした、ラルフ卿。」

「恐れながら、ウェールズ王子がいらっしゃるということは、神聖アルビオン共和国が明日にでもラ・ロシェールへ侵攻するのでは…?」

「引き渡せば、今後、我が国は空賊を討伐してもその戦利品を引き渡せと要求されるようになるだろう。それは飲めない…。」

 

「空賊を捕らえれば、フネの頭数を確保し、物資を鹵獲できる。ということもあって我ら空軍は殿下の支援のもと、行動しておりましたが…。」

「裏目に出たわけだ。ディード、セミラミス、ゼノビア。どれも空賊が使用していたフネ…。この活動により、フネの建造にかかわる予算を大幅に減らすことができた。そうだな?デムリ卿」

 

「はい。あの夜はラ・ラメー伯および空軍の将校と財務省の者が集まって、高級な酒場に繰り出しました。確か殿下から、お祝いとしてローゼンクロイツ産のワインを樽ごと頂きましたな。」

「そうだったな。楽しんでくれたようで結構なことだ。さてさて…こうなることは想定外だ。財務卿はどうだ?」

「恐れながら殿下。この日が来ることを予想できる者など、始祖ブリミル以外おりませぬ」

 

 

 ここにきてようやく、ようやく話を飲み込めたラルフの顔色が白くなる。

 明日、戦争になってもおかしくなくなった事態を招いてしまった事に気づく。

 

 

「も、もも申し訳ありません!」

「貴公が謝ることではない。軍人として命令されたことを遂行して、貴公を咎めたりはせん…。」

 

 

 ラルフはちらりと父親に目を向けるが、泰然としている。

 ここにきて初めて事情を知った次官や部下はそれぞれ自分の上司の顔を窺うが、平然としていることで何かしらの対策がすでにあるのだと判断して安心する。

 

 

 一方で高等法院の長、リッシュモンは呆然としており、その派閥の貴族も動揺する。

 

 

「ざ、ザナック殿下!聞いておりませんぞ!」

「そうだろうな。私も把握したのはつい最近だ。」

「そ、即刻引き渡すべきです!さもなくば、レコン・キスタが攻めてきますぞ!」

「連中が王政の打破を掲げている以上、いずれトリステインに来ることは明白。違うか?」

「だとしてもです!」

 

 

 その心境は理解できる。まだ戦争準備は整っていない。

 

 

 

「神聖アルビオン共和国が取ってくる道は2つ。一つ目は、このままトリステイン王国への侵攻。こうなったらもはや戦って撃退するしか道はない。二つ目、不可侵条約を締結し、時間を稼いで内乱で疲弊したアルビオンの立て直し。これはこちらとしても守りを固める時間が得られるということで、双方にメリットがある。」

「殿下は、どちらを取ってくると?」

「ん?ああ、従妹姫の派閥および、アルビオンが疲弊しているのであれば不可侵条約を打診してくるだろう。クロムウェルの勢いが強ければ、戦争だろうよ。私の親愛なる従妹姫の健闘と、始祖に祈るとしよう。」

 

 

 

「会議中、失礼します!」

「入れ。」

 

「神聖アルビオン共和国から不可侵条約の打診が参りました!」

「案内しろ。」

 

 去っていく部下を見送って、ザナックは周りを見渡す。

 

 

「とりあえず、クロムウェルの影響力はそれほど大きくないようだな。ウェールズ王子、席を外してもらう。居たら条約締結が進まない。」

「わかった。」

 

 

―――――

 

 不可侵条約の締結を行い、ザナックは空賊の長を呼ぶ。

 

「さて、答え合わせをさせてもらう。」

「なんの答え合わせかな?」

「王党派が次々と突破された要因。それは部下の離反にあったが…。その共通点があった。この布陣、このバツ印をつけているところの部隊が離反した、そうだな?」

「…その通りだ。」

「全て、河川沿いだな。そして、この部隊については、飲料水をこの井戸から得ていた。」

「?!ま、待ってくれ!ということは!」

「レコン・キスタは水に何かを混ぜることで、王党派を次々と離反させていた。」

 

 

 ザナックの指摘に、ウェールズは動揺する。

 

「あ、ありえない!一体どれだけの魔法薬が必要になると!」

「アンドバリの指輪。」

「アンドバリ?」

「ラグドリアン湖にあった水の精霊の秘宝。死者に偽りの命を吹き込み、心を操るという…。もっとも、無制限に使えないようだがな。使えるなら、全ての部隊を寝返らせているはずだ。」

「…そんな。いや、だがしかし、それなら離反も…」

「水の精霊は、盗賊の一人が『クロムウェル』と呼ばれていたと証言している。気づけていれば作戦は立てようがあったかもしれんが、な。」

 

 

 ザナックはその明晰な頭脳を働かせる。

 来るべき、神聖アルビオン共和国との戦いに備えて。

 

 

 だがその前に。やらねばならないことがある。

 アンリエッタと、OHANASHIだ。

 

―――――

 

「あらお兄様。どうしたのかしら?」

「アンリエッタ。お前に話しておかなければならないことがある。レコン・キスタと戦うための方策を巡るよりも、重要だからだ」

 

 

 ザナックは、内心呪文を唱える。『ラナーよりマシ、ラナーよりマシ、ラナーよりマシ』

 心は落ち着いた。ラナーの幻影が頬を膨らませて、『アンリエッタよりマシでしょ!』と怒っている。

 

 どっちもどっち、というのが今のザナックの心境だ。

 

 

 

「援軍は間に合わない以上、王党派に亡命を促そうとしていたのか?」

「だとしたら、どうだというのです。ウェールズ王子が亡命しようとしまいと、反徒はいずれトリステインに攻めてきます。連中は王政の打破と聖地奪還を目論んでいるのですから」

「そうだな。そしてウェールズ王子を亡命させる使者に、ヴァリエール嬢を選んだわけか。」

「ええ。大切なお友達ですもの。」

「友達ぃ?都合の良い駒の間違いだろう?」

「お兄様っ!言葉が過ぎます!」

 

 

 口元には笑みを浮かべているが、冷え切った眼でザナックは妹を見る。

 

 

「事実だろう?昔からの遊び相手を務めた幼馴染だから、どんな頼みをしても断らない。これが都合の良い手駒でないというなら、なんだというんだ?」

「そんなことは!」

「ワルド子爵はさぞや笑いが止まらなかっただろうな。ろくな手土産が無い状態でレコン・キスタに亡命しなければならなかったが、婚約者であるヴァリエール嬢を連れ出せる。そうすればどうなる?」

「どう、って…」

「娘を人質に取られたヴァリエール公爵家はどう動く?」

「き、決まっていますわ!恥知らずなレコン・キスタと」

「本当にそう思うか?アルビオンに行くようアンリエッタが『お願い』したのに?」

「?!」

「レコン・キスタに策士がいれば、ヴァリエール嬢にこう書かせるぞ。『アンリエッタ様からのお願いでアルビオンへ特使として派遣されましたが、道中でレコン・キスタに捕縛されてしまいました。』と。それをヴァリエール公爵家に届ければ、何故娘をアルビオンに送り込んだのか?他に人員は居なかったのか?そもそも、どういう経緯でそうなったのか問いただしに来る。今のような説明をして、ヴァリエール公爵が受け入れるとでも?」

「も、もしかして、ヴァリエール公爵が反乱を?!」

 

 

「いずれにせよ、王家とヴァリエール公爵家の信頼関係は崩れ去る。だから俺は空軍を緊急出動させてでも、ヴァリエール嬢を連れ戻した。お前の言う通り、レコン・キスタはいずれトリステインに攻めてくるだろう。だが、まだトリステインは戦争を行える態勢が整っていない。それに、アルビオンへの出兵は過去何度も失敗していて、反対する勢力が多い…。いずれは、アルビオン本国を叩かねばならないと思っているが。」

 

 ようやく、自分が何をしてしまったのかをアンリエッタは自覚する。

 

 

「アンリエッタ、お前は俺と同じ王族だ。その自覚を持て。俺たちの言動で、大勢の人が死ぬかもしれないんだ。わかったな?」

 

 さめざめと泣いたアンリエッタは、ややあって頷く。

 

「今回はなんとか乗り切った。だが、次は取り返しがつかないかもしれない。すまなかった。俺はお前を蔑ろにしていた…。以降は、俺も気を付ける」

 

 

 

―――――

 ザナックは妹の部屋を出て、閣僚を呼ぶ。

 

 

「妹には言い含めて置いた。もう過ちを犯すことは無いだろう。」

「そうあってほしいものですな。」

「これ以上、追い詰めないでもらいたい。」

「…わかりました。ザナック殿下。」

「酒場に繰り出したそうだが、代金は俺が」

 

 

「「「「「いいえ。結構です。」」」」」

 

 

 奢ってもらおうとは、彼らは微塵も思わなかった。この事実はヴァルハラまでもっていくつもりだが、同じようなことがまた起こされてはたまらない。

 この一件については水に流すつもりは、無い。

 

 

 

 ザナックはその後、何食わぬ顔でレコン・キスタと不可侵条約を締結。

 表面上、平穏が訪れることになる。

 

 

 

―――――

 







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リリーシャ・モードの憂鬱

後世のトリステイン史。~アンリエッタ王女殿下の決断編~


『当時、空賊に扮して補給路を寸断していたウェールズ王子の活動を見抜いたアンリエッタ王女殿下は、アルビオン王家の血筋を残しつつ、王党派を味方につけるべく行動を起こした。ラルフ提督はアンリエッタ王女の密命を受けて緊急出動し、ウェールズ王子の身柄を確保した。ウェールズ王子の身柄を確保すれば、勢いのある共和主義者の侵攻を招く恐れがあり、反対の声は大きかった。だがザナック王子と閣僚は、共和主義者の資金がすでに乏しいという事実を見抜いており、秘密裏にこの行動を支持した。
今のアルビオン王朝があるのは、アンリエッタ王女殿下の決断と行動、それを支えたザナック王子によるところが大きいのである。』

こんな感じに脚色されて記されるのでは無いでしょうか?事実をありのままに書かないでしょうし。


 ロンディニウムから落ち延びた王党派は最後の城、ニューカッスル城に立てこもるも陥落。

 ジェームズ一世は、自爆して果てた。

 

 

 王政を打破した!革命を成し遂げた!神聖アルビオン共和国の樹立はなった!とレコン・キスタの幹部は騒いでいる中、リリーシャ・モードは虚無感にとらわれていた。

 自分は、何をしているのだろう?父の仇を討ったが、なぜ伯父上がそんな蛮行をしたのかという真意は分からずじまい。

 それでも、アルビオンの再建を達成するべく行動するという使命感があるおかげで、前に進むことはできている。

 

 

 

「リリーシャ護国卿!」

 

 

 そう呼ばれ、リリーシャ・モードは振り返る。

 クロムウェルを皇帝とした神聖アルビオン共和国。その中にあって次席という地位を得ていた。

 様々な戦いにおいて、統率力と軍事的手腕、占領地域を統治する者の人材配置で、レコン・キスタを大いに支えた功績のためだ。

 

 

「不可侵条約は締結したが、不備でも見つかったか?」

「ウェールズ王子が、トリステインに亡命していました!」

「?!ニューカッスル城にいないと思ったら!即座に召集を!」

 

 

 リリーシャが即座に召集をかけて数十分後。

 王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿のホワイトールには緊急召集を受けて閣僚が集まっていた。

 

「集まってもらったのは他でもない。ウェールズ王子がトリステインに亡命していたという知らせが入った。」

「?!おめおめと逃げていたか!」

「即座に出撃を!ボーウッド提督、今、動員をかけれるフネは!」

「レキシントン号と、20隻の戦艦を出せます。火竜騎士団についても、2大隊は即座に出せます。」

 

 

「ならば今すぐ出撃を!」

「そうですぞ、トリステインの軍勢を率いていつ戻ってくるか」

 

 

 リリーシャ・モードは、目の前の机を派手に叩く。

 騒然としていた神聖アルビオン共和国の重鎮達は、一斉に静まる。

 

 

「不可侵条約は締結したばかりだ。こちらから破ってどうする!」

「リリーシャ様、放置は出来かねます!」

「分かっている!だが、この財政でトリステインと戦えば財政が破綻する。故にトリステイン王国に対し、ウェールズ王子の引き渡しの要求を行う。その対応次第で次の手を打つ。」

 

 

 トリステイン王国の軍事を司るトップは気づけなかったが、デムリ卿はレコン・キスタの資金面に関する内情を的確に見抜いていた。

 彼の推測通り、レコン・キスタの財政はカツカツ。財務を担当していたモード大公の遺臣が財政を最大限に効率化してようやく維持している有様。

 

 

 しかも不可侵条約を持ち掛けた以上、攻撃する名分は無い。だが、ウェールズが亡命したなら話は別。

 

 その言葉を受けて、閣僚たちはざわめく。

 

 

「手ぬるい!この際、一気にトリステインを攻め取ってしまえばいい!天候に恵まれ豊作だったらしく、今は羽振りが良い。トリステインを制圧し、王家と貴族から領地と財産を、平民に重税をかけて絞りとれば諸問題は解決する!」

「さよう。いまだに婚約者もいないザナック王子には、支持者も少ないに違いない!この勢いのまま進むべきだ!」

「そうだ!聖地奪還の大義のために、足止めなどしていられん!」

 

 

 クロムウェルの派閥である閣僚は違う。さらなる領土と財宝を得ることに心を砕く者、革命を推し進めたい者、聖地奪還という夢に蝕まれた者。

 彼らは欲望と野心の赴くままに、侵攻を主張する。

 

(父の粛清と、その後の内乱で疲弊しきった今のアルビオンに、内政に力を入れていたであろうトリステインを切り取れるわけが無いだろうに!)

 

 そう思うリリーシャは、どうやって説得したものか考えをめぐらす。

 

 そんな中、伝令が入ってくる。

 

 

「も、申し上げます!ウェールズ王子は、亡命しておりませんでした!」

「なっ?!」

「空賊として活動していたところを、トリステイン王国空軍に捕らえられたとの事!」

「なんということ…。」

 

 

 リリーシャ・モードは崩れ落ちる。

 事態を把握した、ジョンストン卿も同様に項垂れる。

 

「どちらにせよ、トリステインに引き渡しを」

「いや、それは出来ない…。空賊として名をはせた『凶鳥』、連中は各国を荒らしに荒らしまわって、最終的に後の初代クルデンホルフ大公によって討伐されたのだが…。各国から宝物の引き渡しを求められた際に、各国が奪われた宝物の価格に色を付けた結果、『凶鳥』の総資産の10倍の額になった。空賊を討伐したのに破産する!と泣きつかれた事でロマリア教皇は、『空賊を討伐した際の捕虜および財産は、討伐した者及び国家に帰属する』という条約を結ばせ、その後、宝物を各国が『買い取る』という形でまとめたのだ…。」

「と、いうことは…」

 

 ジョンストン卿の解説を聞いた閣僚は、リリーシャ護国卿に目を向ける。

 

 

「トリステイン王国としては、悪しき先例を作れないから引き渡しを拒否する。そもそも神聖アルビオン共和国が引き渡しを求めてしまえば、今後、空賊を討伐した際に金品の引き渡し云々で揉めに揉めることになる…!かといって、放置すればウェールズはトリステインやガリアで手勢を集めて再度侵攻をかけてくる可能性が高い…!」

「悠長な!もう攻め込んで切り取ってしまえばいい!そうなれば」

「そもそも、ジェームズの粛清とその後の革命戦役で多くのメイジを失った。この状態では、例えトリステインを制圧してもゲルマニア軍が動いて取り戻されてしまう!」

「ゲルマニアがどれほどの物か!来るなら叩き潰せばよい!我らには空軍がある!」

「では問おう。トリステインを攻めて、『烈風』が出てきたらどうする?」

 

 

 その言葉に、シン、と静まり返る神聖アルビオン共和国の閣議室。

 リリーシャ護国卿と同時代のアルビオン人は「悪いことをしたら『烈風』が来るよ!」と叱られる世代である。

 

 『烈風』本人が聞けば、憮然とした表情を浮かべるだろう。

 

 

「そ、それは。ホーキンス将軍!」

「そうだ、貴公ならば!」

「…恐れながら、かの伝説がいまだ生きているとは…」

 

 歴戦の将軍でも、『烈風』と戦って勝てるとは断言できない。

 

「だが、死亡したという確証もない。」

 

 

「何を!リリーシャ護国卿!革命を達成した今の勢いがあれば、伝説だろうと」

「革命を達成したが、粛清と内乱でアルビオンの国土は荒れ果てている。資金も物資も不足している。まず再建を優先せねば、補給すらままならない!」

「補給?現地調達すればよいではないか!豊作なトリステインであれば可能だ!」

 

 

 その発言をうけ、欲望に目をギラギラさせる閣僚たち。

 補給という概念すらない、初期に参加しただけで今の地位を得て、ことあるごとに物資の徴発を行おうとする男に怒りをにじませるリリーシャだが。

 

 

「し、神聖アルビオン共和国議長、クロムウェル皇帝陛下のご入場!」

 

 衛兵の一人が叫ぶ。

 それを聞いて、その場で立ち上がっていた閣僚は静かに着席する。

 

 

 

「…緊急会議にも拘わらず、遅れて申し訳ない。」

 

 議長席に着席するクロムウェル。

 

 

「さて、話は聞いている。空賊に扮したウェールズがトリステイン空軍に捕まった。そして、国際条約上、引き渡しを求めることも出来ない。」

「ですが、クロムウェル議長!」

「放置すれば、いつ攻めてくるか…」

 

「その懸念はもっともだ。だが、私は大事な約束を交わしているのだよ。リリーシャ護国卿とね。」

「なんですと?」

「アルビオンに政権を樹立した後は、各国と不可侵条約を締結し、国内の復興を優先する。間違っているかね?」

 

 にこやかな笑みを向けられ、リリーシャも答える。

 

 

「その通りです。」

「革命を進めるのも大事だが、まずは国内の再建も重要だ。リリーシャ護国卿、復興案の草案を内務卿と法務卿と財務卿とともに進めて欲しい。」

「承りました。」

 

「外務卿には各国との不可侵条約を締結するための草案を。軍務卿、そしてボーウッド提督は国内の王党派の残党の討伐を任せたい。」

「…わかりました。」

「謹んでお受けしましょう。」

 

 

「他の諸君は、不可侵条約が破られたときに備えて、トリステイン攻略のための作戦案および予算の草案を頼みたい」

 

 内戦から復興した直後に、トリステインへの侵攻を隠そうともしないクロムウェルに対し警戒心を強めるリリーシャ。

 レコン・キスタの助けなしで、伯父を討つことはできなかったが…。その結果トリステインとすぐに戦わねばならなくなるのは避けたい。

 

 

 何より、トリステインを倒して終わりではない。次はガリア、その次はエルフ…。

 聖地奪還と王政の打破を主張する連中は、計画があるのか?

 

 それでもリリーシャは気丈にふるまう。自分が倒れれば、それに付け込んで連中は他国への侵攻を目論むだろう。

 戦わねばならないならともかく、勝てるだけの算段もないのに戦うのは愚の骨頂である。

 

 

 

―――――

 ハヴィランド宮殿、韻竜の間にて。

 ホーキンスはボーウッド提督を招いて会議を行う。

 

 

 

「王党派の残党掃討か…。」

「エーミールぐらいだな。降伏、はしないだろう。アレは頑固だからな。」

「リリーシャ護国卿、か。成長なされたな。」

「あの方が、女王になられればアルビオンを王政に戻すことも…。」

「言うな。王政を打破してしまったのだ。後戻りはできん」

「トリステイン、ガリアを落としてエルフ…か。」

 

 軍人は政治に口出しすべきでは無い。それは正しいと思っていた二人だが、リリーシャ・モードの指摘は二人をして考えさせられるものがあった。

 このままだと、王党派どころかハルケギニア全土が敵になり、最後はエルフが相手になると。

 

 

「内政からの立て直し、というのは急務だろう。空軍士官はどうだ?」

「ひどい物だ。質の低下が著しい。竜騎士隊も、戦死や辞任が相次いだから…手柄欲しさに民間人を虐殺した男や、策士気取りを用いなければならん。」

「あいつらか…。まぁ人材がいないのだ、やむをえまい。そもそも、メイジを大量に失ったのは痛い。だからこそ、トリステインというのもわかる。」

「軍におけるメイジの比率、という点ではハルケギニア最大。国土も狭く、足掛かりとしては最適…。」

「だが、取ればゲルマニアが動く。特に、サルバトール侯爵と、ゲーレン、カースレーゼ皇子が。」

「アルブレヒト3世の子供たちか。どちらもよい腕をして居る。出来れば味方に欲しいところだ。」

「知り合いか?」

「ゲルマニアの駐留武官をしていた時に、指導した。ゲーレンは大勝することもあるが、大敗を喫しそうな危うさがある。一方でカースレーゼは大きな勝利をあげることは少ないだろうが、大敗を喫する事も少なく引き際を心得た手堅い戦い方を好む。」

「エルフとの戦いでは頼りにできそうだな。」

「アーナルダ皇女が空軍を率いていると聞いたが、どうだ?」

「…身の程をわきまえている。アルブレヒト3世が、ゲルマニア空軍の重鎮を大量に幽閉したことで、ゲルマニア空軍は十数年改革が遅れた。艦隊は現存主義に凝り固まっているだろう。同じ立場なら私でもそうする。」

 

 

「さて、そろそろ仕事に取り掛かるとしよう。」

「そうだな。」

 

 ウェールズが亡命しているという知らせを受ける前から、彼らは部隊を展開できるように準備を進めていた。

 王党派の残党、エーミール司令を叩き潰すために。

 

―――――

 

 ハヴィランド宮殿の通路にて。

 

 

「まったくもって手ぬるい!」

「その通りだ!このままでは革命の勢いが失われてしまう」

「各国が守りを固める前が、好機だというのに!」

 

 口々に不平、不満を漏らす神聖アルビオン共和国の閣僚達。

 モード大公の派閥でもなく、王党派だったが上官が『降伏』したためにやむを得ず降伏した者とも違い、ただ、レコン・キスタの初期に参加したというだけの下級役人と下級軍人。

 

 彼らは貴族の家系だが、家督を継げる位置にいなかったために教育を受ける機会も与えられなかった。

 分不相応に高い地位に上り詰めた彼らは、錯覚するようになった。

 

『モード大公を粛正するような見る目のないジェームズ王とは違い、平民でありながら『虚無』に目覚めた偉大な指導者クロムウェル閣下は、自分達を正当に評価して相応の高い地位を与えてくださったのだ。』と。

 

 

 

「まったく、そんな事だから貴公達はジェームズ一世のころに出世出来なかったのだよ。」

「?!貴様は!」

 

 

 あざ笑うような声を受け、閣僚達は目を向ける。

 精悍な男と、陰惨な男が立っている。

 

 

「神聖アルビオン共和国火竜騎士団、『ドラゴンアイ』隊長、ハイヴィンドだ。木っ端役人だった貴様らを助けてやる、ありがたく思うがいい。」

「何を言っている、策士気取り。」

「ほぅ?偉大なるクロムウェル皇帝陛下から、私闘は禁じられているぞ?『ドラゴンクロー』隊長、平民殺しのレント殿。」

 

 陰惨な男が、精悍な男を揶揄し一触即発の空気が漂う。

 

 

「ドラゴンアイに、ドラゴンクロー?」

「どういう意味だ?」

 

 

 その言葉に、険悪な空気が一瞬で四散する。

 

 

「き、貴公!アルビオン人でありながら、伝統と格式高い火竜騎士団の名称すら知らないのか!?」

「ドラゴンブレス、ドラゴンスケイル、ドラゴンアイ、ドラゴンクロー、ドラゴンテイルから成る5つの火竜騎士団だ!子供でも知っているぞ!」

「す、すまない。メモを取るから、もう一度ゆっくりとだな。」

 

 

 こ、こんなのが閣僚で本当に大丈夫か?と揃ってひきつった表情を浮かべる竜騎士隊長達。

 木っ端役人と下級軍人が自分達よりも上の立場に成り上がっているので、少し威圧するつもりだったが…ここまでモノを知らないとなると話が変わってくる。

 

 

「ハイヴィンド隊長、レント隊長!こちらにいらっしゃいましたか!」

 

 竜騎士隊の制服を纏った、金髪ショートで金色の瞳の少女が駆け寄ってくる。

 

 

「見ない顔だな、何者だ?」

「小官はアルビオン風竜騎士隊ドラゴンウイングに、本日付けで配属となりました、フーティス士官です。ボーウッド提督から火竜騎士団の隊長は至急集合されたし、と。」

「集合だと!」

「はい。王党派の収容所が襲撃され、襲撃部隊と脱走した者達が港湾都市ラスターンより脱出を図っていると報告がありました。」

「役立たずが、敗残兵すら抑え込めんか。まぁいい、狩りの時間だ。場所は?」

「韻竜の間、とのことで…、お、お待ちください!」

 

 

 案内しようとしたフーティス士官だが、それよりも大柄な二人の竜騎士隊長は先を進んでしまう。

 

 

「女の身でありながら、風竜騎士隊の士官か。神聖アルビオン共和国は安泰だな。」

 

 のんきに、メモ帳をしまう閣僚の一人。

 

 

―――――

 

 同時刻。ハヴィランド宮殿の資料室にて。

 

 

「リリーシャ様、うまくいきましたな」

「内務卿と法務卿と財務卿は我ら。軍務卿とボーウッド提督は心情的に王党派であり、レコン・キスタにはよい印象を持っていない様子。」

「説得できればこのまま、レコン・キスタを乗っ取るのも遠い話ではありません。」

 

 レコン・キスタの要職でも、重要性の高い役職についてはリリーシャ達が占めていた。

 

 

 

「油断するな。クロムウェル皇帝閣下には『虚無』がある。それに、ウェールズがアンリエッタ王女を口説き落として攻めてくる可能性は十分にある。」

「まさか?!」

「そうか、アンリエッタの事を言っていなかったな…。私の親愛なる従妹姫は、友人の髪の色を変えて影武者に仕立てて、ウェールズと密会していたことがある。」

「御冗談を!」

「冗談であれば良かったが…。アンリエッタと会おうとして訪れたら、髪の毛の色だけ同じ別人だったときは曲者と思って思わず杖を抜いてしまった事がある…」

 

 

 彼女には随分と悪いことをした、と今では思っている。気が付いたら自分の髪の毛が桃色から栗色に替えられた上に、他国の王族が杖を突き付けているのだ。

 鳶色の瞳は震え、怯えていた。

 

 ふと、リリーシャは外を見る。二人の竜騎士隊長の後ろを、軍服に身を包んだ少女が懸命についていく。

 

「あれは…」

「平民殺しのレントに、策士のハイヴィンドですな。よくもまぁ、おめおめと…アルビオン火竜騎士隊の恥さらしが。」

「…私よりも年下の女性でありながら、風竜騎士隊に配属か。」

 

 女性は軍人になれない、という線引きを神聖アルビオン共和国は取っ払った。

 トリステインで女性の平民メイジが参謀本部の所属になったことで、アルビオン共和国でも『使い魔が風竜、火竜のメイジは女性であっても登用すべき』という法案が通ったのだ。

 

「人材の払底は、そこまで来ているか…。さて、やることは山積みだ。」

 

 

 アルビオン共和国の、のんきな閣僚と違い、リリーシャは神聖アルビオン共和国の内情が暗いことを悟る。

 士官に選抜された当たり、優秀なメイジであり軍人なのだろう。だが、その上が戦死したり怪我で戦線を離脱して、彼女が隊長に昇進せねばならくなったら、どうなる?

 才能がなくとも使い魔がドラゴンというメイジが士官に選ばれ、その層もいなくなれば調教した風竜や火竜に素人同然のメイジを乗せて竜騎士を名乗らせるのだろう…。

 

 そんな暗い考えを、リリーシャは振り払う。

 

 にっこりと笑い、大量の書類を積む。

 

「どこまで、お供します!」

「期待している。」

 

 

―――――

 

 アルビオン王家が使用していた豪奢な私室にて。

 

 

「よくできたわね、クロムウェル」

「は、ははー!しかし…不可侵条約を締結してよろしかったので?」

「お前ごときが考える必要はないわ。あの方の指示通りに動きなさい。」

「は、はい!」

 

 

 皇帝と秘書。だが、人の目がないところでは、その力関係は真逆だった。

 

「それにしても、リリーシャ・モード…邪魔ね。」

「は、はい!その通りでございます!」

 

 いくつかの戦いにおいて、リリーシャは使い魔の『主』の予想を超えた戦いぶりを見せている。

 姪が伯父を糾弾した時のやり取りは、使い魔の『主』を大いに楽しませた。

 

 その働きから、彼女の『主』は今しばし泳がせておくよう告げていた。

 

―――――

 

 

 火竜騎士団の詰め所にて。

 一人の竜騎士に、口ひげを蓄えた青年が歩み寄る。

 

 

「リュゼン」

「ワルド。アルビオンでの生活には慣れたか?」

「問題ない。食事が少し口に合わないが…。」

「遠くないうちにトリステインも版図に加わる。それまでの辛抱だ。」

 

 ドラゴンテイルの隊長、リュゼンとワルドの母親は姉妹だった。

 

「済まない。ルイズを連れ出せれば…」

「婚約者とは言え、書生。それを内乱中のアルビオンに連れ出す口実など無理だろう。気にするな」

「そのチャンスがあったんだが、な。」

「…本当なのか?アンリエッタ王女がヴァリエール嬢に王党派の特使として赴けと言ったのは。到底信じられないが。」

 

 アンリエッタからの『お願い』であるため、正式な書面による命令書などは存在せず、口約束に過ぎない。

 ワルド子爵を疑う気はないが、あまりにもアレな内容にリュゼンでもやや不信感が勝る。

 

 

 親友に対して内乱の国に大使として赴け、と『お願い』するような王女がいるわけないだろう。

 

 

 

「そうだな…。本人がいない以上、僕が何を言っても信用されない。」

「ヴァリエール嬢の身柄を抑えれば、その事実をヴァリエール公爵家に伝えてトリステインで内乱を起こさせ、ヴァリエール公爵家の軍が王国軍と激闘を繰り広げる前後で進軍してトリスタニアを制圧。トリステイン王族の身柄を抑え、その後王国軍を後方から攻撃、ヴァリエール公爵をレコン・キスタの閣僚に迎え入れることで和解する…。」

 

 

 リュゼンはさらりとトリステイン滅亡ルートを言ってのける。

 

 

「まぁ、ここまでうまくいかなくても、ヴァリエール公爵家が王家に反感を持てばトリステイン攻略は容易くなっただろう。」

「…済まない。」

「言うな。メイジの一個大隊に追われたら逃げおおせるのが精一杯だ。それより、竜騎士隊は欠員が多数出ている。風竜に乗った経験は?」

「任せろ、俺に乗りこなせない幻獣はいない」

 

 

 そんな二人に、竜騎士の制服に身を包んだ赤髪で黒目な少女が駆け寄ってくる。

 

「リュゼン隊長。韻竜の間にお越しください。会議です!」

「わかった。すぐに向かうとしよう。そうそう、こちらは私の従弟にしてトリステイン王国のグリフォン隊長のワルド子爵だ。彼に風竜を与えるように。」

「は、はい!それではご案内します!」

 

 

 一国の近衛隊の長がどうしてレコン・キスタに来たのか気になったが、彼女はワルド子爵を風竜の飼育所に案内する。

 

 

―――――

 

 

 トリステインの王立アカデミー。

 始祖の祈祷書の現物を借り受けたことをエレオノールに伝えた後、王立アカデミーをルイズとともに見学していた才人はアカデミーに保管されているモノに気づく。

 

 ロボットモノのDMMO-RPG『アーベラージ』に登場した量産機に酷似したパワードスーツ。

 

 

 

「ヘンテコね。亜人の鎧なのかしら?」

「俺はこれを知っている。」

「へ?ロバ・アル・カリイエの武器なの?」

 

 懐かしそうに、平賀才人は触る。

 

 

 弐式炎雷という紫の称号持ちの上位ランカーに…友人と一緒に挑んでボロ負けした。

 当たれば落とせるけど、当たらなければ意味がない。どうしてそんな紙装甲高機動力かつ高火力なのかと聞いたら、そのスリルがたまらないと言っていたことを才人は思い出す。

 

 触ると、才人は気づく。

 月の光を動力源としているソレはまだ戦えることを、ガンダールヴのルーンが教えてくれる。

 

 

「それにしても、この機体がハルケギニアにあるなんてな。アッハハハハ!」

「ちょっと、何がおかしいのよ!」

 

 

 『アーベラージ』において、共和国からの独立を画策するも、敗北した軍閥の残党の実働部隊『リベリオン』が主に使う量産型の機体。

 その正式名称は『双月』(そうげつ)。

 

 共和主義と敵対しているトリステイン王国、夜空に浮かぶ二つの月といい、その偶然に才人は笑ってしまう。

 

 

「その場違いな工芸品がどうかしたの?」

「エレオノール姉様!いえ、こいつがどうにも使い方を知っていると言い出して…」

「だったら動かしてみなさい。」

 

 

 あらゆる武器を操るという伝説の力、その一端にエレオノールは研究者として興味を抱く。

 即座に乗り込み、才人は乗りこなす。

 

 

 プレイヤー視点で、サイトは機体の状態をチェックする。

 

「アサルトカービンの弾倉は200発分しかないから銃撃用の兵装は温存しつつ戦うしかないな…。弾薬の補充は、ファンタジーだと無理だよなぁ。振動剣は使える…あれ?システムが変わっている?両肩に備え付けられているのがレーザーライフルではなくて、魔法を発動するタイプか。」

 

 

「…確かにその両肩には魔法を込めて、発動させることが出来るわ。そんなところまでわかるのね。」

「す、すごいじゃあ無いですか!もしかしたらスクウェアスペルを貯めて」

「スクウェアスペルは一度だけしか入れられないわ。魔法を一度でも込めた場合、使い切らなければ新たな魔法を込めることは出来ない。今まで判明している所はそこまでよ。」

「それでもすごいじゃあ無いですか!貯めて置けるなら」

「例えば錬金、をわざわざ貯めるぐらいなら、使った方がいいでしょ。それでも何かに使えないかと考えていたけれど…。こうして動かせるなら話は違ってくるわ。」

 

 

 エレオノールは、その動きを見て「使える」と確信していた…。




レコン・キスタ視点だと、トリステイン侵攻の際に『烈風』の存在に言及しないのは変だと思います。まぁ、原作だと烈風は引退したと思われていたのでしょうが。
 あと、アンリエッタのやらかしについては直筆の手紙、水のルビー、ルイズの身柄。どれかを確保していないといくら説明しても信じてもらうのは無理でしょう。

 ゼロ戦に代わる武装を才人君がゲットしました。オバロ4期でデスナイトをロボットが瞬殺したシーンは本当にびっくりしました。

 魔法込めれる設定で、「偏在」を思いつく方が多そうなので言っておきます。偏在は仕えません。才人君が増えるとかヌルゲーになるのでダメです。


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王党派残党の生きざまと、リッシュモン一派の動向

…ある王立アカデミー研究員の手記。

機体名:双月
所属:ロバ・アル・カリイエ『アーベラージ』→トリステイン王立アカデミー
全高:5メイル
武装:振動剣。
両肩に系統魔法を込める武装があり、ドットスペルなら16回、ラインスペルなら8回、トライアングルスペルであれば4回、スクウェアスペルでも1回まで込めることが出来る。
ただし、スクウェアスペルでも『偏在』を込めた場合は、搭乗者の偏在が現れる。

これについて、平賀才人は『偏在に該当する魔法がアーベラージには無いため、中途半端に発現した結果である』と推測している。
卿によればロバ・アル・カリイエの『アーベラージ』地方では、長きにわたる共和国の支配は既に末期をきたし、軍閥は独立を目論んでいた。
このゴーレムは『アーベラージ』共和国に敗北した軍閥の残党部隊『リベリオン』の主武装。

ロバ・アル・カリイエには『アーベラージ』地方だけは無いらしく、『弐式炎雷卿』はアーベラージを去り、『ユグドラシル』へ赴いたと語っている。



 港湾都市ラスターン。そこに王党派の残党は集結。

 国王陛下は崩御。アルビオン大陸で抵抗活動をするのは、ホーキンス将軍相手では厳しいと判断。

 

「出港準備、急げ!なんとしても、ウェールズ王子と合流するのだ!」

 

 

 アルビオン王党派の軍人、エーミールは空賊に扮して通商破壊を行っていたウェールズ王子が、トリステイン空軍に捕らえられたと聞いて気が気でなかったが…。

 レコン・キスタが引き渡しを求めているという情報を入手。

 

 

 つまり、あの方は生きておられる。ならば、馳せ参じるのが我々の務め。

 

 

「レコン・キスタ軍が接近中!エーミール司令!」

「もう嗅ぎつけてきたか!総員、積み込みやめ!物資はくれてやれ!!」

 

 

 懸命に脱出準備を進めるが、それよりもレコン・キスタの進軍の方が早い。

 

 

 

「エーミール司令、ここは我らが!」

「何を言っている!貴公達はまだ傷が癒えていない!行ったところで無駄死にだ!」

「だからこそです。」

 

 竜騎士達は、しっかりとエーミールの目を見つめる。

 

「こんな体たらくで、ウェールズ殿下の下に馳せ参じたところでお役には立てない。」

「何、蹴散らした後は風に乗って合流します。」

「…武運を」

 

 

 

 

 

 竜騎士10騎、怪我が癒え切っていないアルビオン陸軍172名。

 たったそれだけの王党派残党の殿軍だったが…。

 

―――――

 

 乏しい戦力の配置は完了。

 開戦の時を、王党派残党の殿軍は静かに待つ。

 

 

「狂った共和主義者に見せつけよ!突撃ぃいいい!」

 

 

 アルビオンの竜騎士は天下無双。

 機動力では風竜に劣るも、火力という一点で凌駕する火竜騎士。

 

 

 それが先陣を切って突撃。王党派の突撃に備えていた前衛部隊は動揺し、四散する。

 ここを死場と定めた殿軍の勢いはすさまじく、逃げる敵を追い立てるだけと楽観視していたレコン・キスタの将兵は浮足立つ。

 

 

 だが。レコン・キスタにも火竜騎士隊は居る。

 前衛が壊乱したことで、出撃が命じられる。

 

 

 後方で待機していた火竜騎士隊、ドラゴンブレスのハーケンは配下を率いて出撃。

 

 

 

 

 

 一時的な優勢を支えていた火竜騎士隊が、レコン・キスタのドラゴンブレス隊と交戦を開始したことで地上の戦いは一気に劣勢に傾く。

 ホーキンス将軍は、混乱した部隊の中央部を後退。突出した殿軍に対し半包囲の陣形を引き、魔法と弓矢で攻撃を開始する。

 

 

 一方的に魔法と矢を射かけられているのに、戦う前から傷つき、物資も乏しい王党派には打ち返すだけの魔法を放つ力も、矢もない。

 

 

 

 ドラゴンブレス隊長、ハーケンにエア・スピアーを叩き込み、墜落させた竜騎士は、わき腹を抑える。

 癒え切っていない傷が開き、鮮血がほとばしる。

 

「お、おおおおおっ!」

 

 

 雄たけびを上げ、彼はレコン・キスタに立ち向かう。

 味方が全員倒れても、彼は命尽きるまで奮戦した。

 

 

―――――

 

 神聖アルビオン共和国軍によって制圧されたラスターンの施設にて。

 

 

 

「ホーキンス将軍、報告します!」

「聞こう。」

「わが軍の被害、傭兵部隊212名、重装歩兵85名、竜騎士18騎が戦死。ドラゴンブレス隊長、ハーケンも、先ほど戦死を確認しました…。」

「そう、か。」

 

 驕りはあったが。死期を悟った将兵の戦いぶりは敵ながら見事であった。

 

「ハーケン隊長の遺体は、ロンディニウムへ送れ。閣下の虚無で蘇生させてもらわねばならん。」

「それと…。敵将の最後の言葉があります。」

「ふむ?」

 

 最後の言葉を聞いた、ホーキンス将軍はため息をつく。

 

「英雄、だな。死なせるには惜しい男だった。そちらも、閣下の下へ送るとしよう。」

 

 

―――――

 

 王都、トリスタニアにて。

 

 

 

「…これで、アルビオンにおける王党派の武装戦力は壊滅した。妨害工作を行える組織は点在しているが…。纏まった攻勢には出れない。報酬を頂く。」

「持っていけ。火消し。」

 

 だが、報酬を受け取った火消しはザナック王子をじっと見つめる。

 

「…エーミール司令の殿軍を引き受けた、竜騎士の言葉がある。」

「ほう?」

「…フレイ・アルビオン(アルビオン万歳)、だ。」

「よい軍人だったようだな。」

「ザナック殿下。今後も俺を雇わないか?」

「金は払うが危険を考えれば割に合わんぞ。」

「殿軍を生き受けたアルビオン軍人は竜騎士も併せて182名。誰一人、最後まで逃げることなく戦って散った…。あの散りざまを見て、なんとも思わない男は居ない。」

 

 

 火消しの目をじっとザナックは見つめ、ややあって口を開く。

 

「ならば、今後も頼む。」

 

 火消しから手に入れた人物リストを、ザナックは『空賊の長』に渡す。

 

「…これが、そのリストか。」

「アルビオンを取り戻したら、アルビオン王国史にその戦いぶりと供にこう記したらいい。アルビオン王国軍人かくあるべし、と。」

「そうさせてもらう…。」

 

 

 

 『空賊の長』が去り、ザナックは様々な報告を受け取る。

 

 情報を横流ししていると思われるトリステイン高官に関する調査報告、ローゼンクロイツ伯爵夫人の病死…。

 欲しかったアルビオン大陸における物資の相場表を見つけ、ザナックは考えをめぐらす。

 

「そして、この報告は本当か。であれば…不可侵条約は嘘で、何かしらの理由をつけて攻め込むのが狙いか?」

 

 軍事物資にかかわる硫黄の価格は、内戦が終わったにも関わらず下がるどころか上がっている。

 間違いなく軍事行動を目論んでいる。ザナックはそう予測する。

 

 だが、予想していたが外れていて欲しかった情報を見たザナックは呻く。

 

 

「ガリア王国が、この状況で動きを見せない。本当に窮地なのか、あるいはレコン・キスタの裏にロマリアがいるのかと思っていたが…。」

 

 

 レコン・キスタの資金源の一つがガリア王国という証拠書類を手に、ザナックはこれをどのタイミングで公表すればいいか考える。

 

 

 アルビオンでの内乱で、硫黄の値段は吊り上がっている。火竜山脈を有するガリアは大儲け、その利益をレコン・キスタに横流しさせて共和制を立ち上げる。

 そうなればトリステインの行動はガリアかゲルマニアと組むしか無くなる。そこでトリステインとの交渉をはねつければ、トリステインとゲルマニアの同盟がなる。

 

 レコン・キスタとトリステイン&ゲルマニアで疲弊した所で宣戦布告して攻め込めば、ガリア王国トリステイン領という事になりかねない。

 

 ガリア国王の真意は不明だが、それが狙いであるとするならば自分がとるべき選択は…。

 

 ザナックが手元の情報をどう有効活用しようか悩んでいると。

 

「ザナック殿下!報告します!アンリエッタ王女殿下が…」

 

 今度は何をやらかした?!

 ザナックは悲鳴をあげたくなるのを何とか抑える。

 

 

―――――

 

 

「私の護衛部隊ですわ。」

「銃士隊、か。」

 

 

 平民の女性かつ、身元がはっきりしている者で構成した近衛隊。

 水精霊騎士隊に、平民メイジかつ女性を登用したことでアンリエッタは勢いづいたようだ。

 

 

 まぁ、グリフォン隊は隊長が裏切るということで評判を大きく落としているため、別の近衛隊の設立は考えていたが…。

 良かった。この程度か。

 

 

 そんな安堵した様子のザナック王子を見て、トリステイン上層部は考える。

 ああ、なんだかんだ言ってワルド子爵の裏切りによるアンリエッタ王女の身辺警護に不安がおありで、それが解消されて安堵なされているのだと。

 

 

―――――

 

 

 絵画や調度品。己の財を誇示するような印象を与える高級な物ばかり揃えられた館。

 これほどの物を揃えるとなると、高等法院長の給金では到底賄えない。

 

 だが、揃えている以上、揃えるだけの『カラクリ』がある。

 

 自身の館にてリッシュモンは、肥えた体を揺らしながら派閥の者を眺める。

 

 

「また壺か?」

「もちろんです。まだまだ、集めますぞ!」

「…そうか。」

 

 壺や美術品を買い漁る者、金を集めることに余念が無い者。

 

 

 本来ならば国庫に収まるべき金を横流しして懐に入れている彼らには、最近不満があった。

 ザナック王子の施策と、各種不正の摘発だ。

 

 

「閣下、レコン・キスタが掲げている共和制ですが、一理あるとは思いませぬか?」

「あまり大きな声で言うな、ベルナルド。」

「申し訳ありません。ですが、我らのような有能な貴族が議論して決定するのであれば…。太后が喪に服して玉座が空白になる、という事は起こりません。誰かが職務をこなせないならば、別の者が代わりを務められる。重要なのは人材ではなく席という事になれば、トリステインが今後どのような国難に陥ろうと、国体は残ります。」

「ふぅむ…。」

 

 

 共和制の素晴らしさを説く部下の言葉に、リッシュモンは深く頷く。

 そんな中、一人の男があわただしく駆け込む。

 

 

 

 

「か、閣下!大変ですぞ!逮捕者が出ました!」

「なんだと!」

「閣下のお力で、お救いください!あんな罪でチェルノボーグ監獄など酷すぎます!彼は我々に尽くしてくれたのに!」

 

 

「ん?どれぐらい抜いた?」

「今回は3000です!」

「それだけで!ザナック殿下の横暴にも困ったものだ。」

 

 

 チェルノボーグ監獄送りにされた官吏は3000エキューを懐に入れたわけである。

 

 公共事業を請け負うにも、中間マージンを取って下請けに丸投げ。その下請けでさえ賄賂の額で決める。

 私腹を肥やし、給金を受け取るべき層に正当な報酬を払わない。

 

 だが彼らは悪びれない。自分たちは有能だから、この程度は『正当な報酬』。

 

 ザナックによる「横暴」と言っているが、公文書を偽造して差額を懐に入れた不正を摘発しただけである。

 それを横暴と訴えれば、アンリエッタでも怒りより困惑の色が勝るだろう。

 

 

 

「よし、手を回そう。食事だけはまともな物を用意させるとして…。」

 

 方策をリッシュモンがめぐらしていると。

 

 

 

「親父ぃ!金!」

 

 3人の少年が入ってくる。一番大柄な長男、モーガンの第一声にリッシュモンは不愉快な顔になる。

 

「もう使い切ったのか?何に使っている?」

「魅惑の妖精亭だ。」

「気に入った女でもいるのか?」

 

 

 そんなモーガンに対して、もう一人の少年が口を開く。

 

 

「呆れた。平民女のどこがいいんだか。」

「黙れ、トマソン!俺は実力であの子を落とす!」

「どうせ飽きるのに。」

「…そういえばトマソン。この前の高等法官試験の結果は、どうだったんだ?」

「つ、次は合格する!」

「どうだか。」

 

 言い争いをする息子達に対し、リッシュモンは咳払いをする。

 

 

「言っておくがな。あの忌々しいバート参事官の娘婿が高等法院入りを果たした。」

「「ノベラが!?」」

 

 

 

 高等法院にあってリッシュモンに従って甘い汁を吸う事を拒み、トリステインの国法と己の良心を貫き通す何かと馬の合わない目障りな男。

 数々の妨害を物ともせずに、高等法院入りを果たした娘婿も気に入らない。手を回した次男トマソンは落ちたのに。

 

 

 一方で劇場における歌劇の検閲については極めて緩く、『面白さは全てに優先する』と言い放つ。

 

 

 オーク鬼退治を請け負っている一団に、荷物持ちの平民が従事していた。だが、事あるごとに口出ししてきたため、新たにリーダーとして加入したメイジの若者により追放される。

 追放された平民は、別の一団に雇われてそれまでの経験を生かして活躍する。

 一方で追放した側は適切な指示をしてくれる司令塔がいなくなり、物資にも事欠き、コボルトにすら負けるほど落ちぶれていく…。

 

 

 他には婚約破棄された令嬢が、他国の貴族に見初められて嫁いで幸せになる。一方で婚約破棄した男は落ちぶれていくというものだ。

 

 どこが面白いのか、リッシュモンにはわからない。追放したり婚約破棄した側が落ちぶれていく様を楽しむのか?

 

 

 

 リッシュモンは2人の実子に、エキュー金貨がずっしり詰まった袋を渡した後、不愉快な視線を3人目に向ける。

 リッシュモンの妻の甥っ子に当たる少年、エリク。当然、リッシュモンと血のつながりは無い。

 

 

「それで、お前はどうした?」

「伯父上。良い土石が売り出されています。是非とも競り落としたいので、小遣いをください。」

「何を始めるつもりだ?」

「魔道具を作ります。良質な土石があれば、ザナック殿下が進めている街道事業において流通を制することができます!」

 

 

 だが、リッシュモンの表情は硬い。

 元々血の繋がりが無くて好意的でない上に、ザナック王子を支持している事を隠そうともしない態度をとるからだ。

 

 一方、リッシュモンの部下が興味を示す。

 

「どういう事だ?話によっては、私が出してもよいが。」

「馬車や荷車を、馬やロバで引かせていますよね?ですが、馬は良く食べ、良く飲む。僕が作っているのは、ガーゴイルを車の形に加工して運ばせる物です!」

「ほう!つまり、家畜のエサと水を考慮しなくていいのか!」

「問題は、制御するためにはメイジの魔力が必要な点で…。でも、元々我が国にはメイジが多く、流通業はザナック殿下の施策を考えれば今後需要が増す産業。武官や文官になれなかった次男、三男。いや、嫁ぎ先に困った次女や三女なども就職先が広がって」

 

 

 リッシュモンは言葉を遮る。

 

「却下だ。お前も、こんなたわごとに金を出すな」

「実用に耐えうる物には仕上がっていませんが、後、土石さえあれば完成します!だから」

 

 

 

「うるさい!親父が駄目と言ったんだ!」

「全く。父上、お邪魔しました。」

 

 

 子供たちが去り、扉が閉じる。

 

 部下の一人がリッシュモンに話しかける。

 

「いやはや。元気なお子さんですな。」

「そろそろ落ち着いて欲しいのだがな。ミリアムは何をしているのやら…」

 

 

 

―――――

 

 モーガンとトマソンが小遣いをもらっている頃。

 

 

 仮面をつけた客が集う賭博場。悲喜こもごもな態度を見せる客が多い中。

 

 リッシュモンの娘、ミリアムは追い詰められていた。

 

 最初は勝ったり負けたりしていたが、徐々に勝った事でミリアムは『またしても』のめりこみ、大張りしてチップを一気に失った。

 そこで引けずに、再度大張りして負けチップは無くなった。

 

 

「まだ、続けるか。」

「当たり前でしょ!ここまで虚仮にされて、引き下がれないわ!」

「だったら、何を賭ける。ここでは家の名を出して金を借りることは出来ないが。」

 

 

 仮面をつけた赤髪の青年は冷たい声で告げる。

 

 

「だ、だったら装飾品を賭けるわ!いいわね!」

「いいだろう。」

 

 

 

 5枚のカードが両者の間に裏側で配られる。

 

 ハルケギニアでは、地、水、風、炎の4種類が13枚入ったカードを用いることが多いが…。この店では『場違いな工芸品』を用いた、一風変わったカードゲームがある。

 

 

 巨大な亜人の顔と体が書かれた絵、右手、左手、右足、左足の絵が描かれ、右上に☆が書かれた奇妙な5枚組のカード。

 何故か顔と体が書かれたカードだけ茶色で、四肢のカードは黄色である。

 

 

 互いに先攻・後攻を決めた後。これらを裏側でシャッフルして並べて互いに一枚ずつ引いていく。

 右手と左手、右足と左足が揃えば勝ち。お互いに同じであれば引き分け。

 

 つまり、亜人の顔と体が書かれたカードを引いた方が負け、というシンプルなゲーム。

 

 

 数回の引き分けを挟んだ勝負の結果、ミリアムはネックレス、イヤリング、腕輪、サークレット、指輪を立て続けに失う。

 彼女に残っているのは、店に預けている杖だけだ。

 

 

「ひ、酷いわ!ぜ、全部持っていくなんて!」

「賭けると言い出したのはそっちだ。」

「お、お、覚えておきなさい!」

 

 捨て台詞を吐き、ミリアムは賭博場を去る。

 

 

―――――

 

 ミリアムが素寒貧にされた同時刻。

 エリクは別邸へと帰り、荷物を下ろす。

 

 

「お帰りなさい!エリク兄さん、どうだった?」

「ディミ。やはり、ダメだったよ。」

 

 

 薄い水色の髪をショートにまとめ、全体的にスレンダーな少女が天井から壁を伝って床に降り立つ。

 エリクの双子の妹であり、ここぞという時の行動力と咄嗟の機転が利く少女だ。

 

 ディミも気弱なところはあれど、世情を鑑み、そのうえで利益を得るための方法を模索しているエリクを兄として慕っている。

 

 

「ザナック殿下に直接持ち込んだら?」

「そんな伝手はないし、やったとしてもバレたら僕の部屋は別邸から馬小屋に代わるよ。」

「でも、街道整備は進んで行商人は行き来がし易くなったけれど、流通についてはまだ問題が多い。エリク兄さんが作っている作品なら、評価されるはずよ!」

「却下されたら…生活にも困窮するようになる。平民が歩くより多少早い程度でしかないし、改善点は多い。」

 

 ディミは形の良い顎に手を当てる。

 

 

「…水精霊騎士隊って、女でも入れるよね?」

「攪乱と偵察がディミの強みだから、ザナック殿下の方針とは合わないだろう。」

「うーん…」

 

―――――

 

 ミリアムが去った1時間後。賭博場の控室にて。

 赤銅のジェダ・オルストは仮面を取る。

 

 

「ずいぶん儲けたな…。」

 

 ギムリはジェダの手元にある、銀製で精緻な細工が施された上にそれぞれ別の宝石が燦然と輝く装飾品を見つめる。

 大勝してチップを換金したエキュー金貨が詰まった袋に、ヴィリエが息を飲む。

 

「素寒貧にされた相手を見ても、そう思えるのか?ギムリ」

 

 友人の軽口に対して、辛辣に答えつつジェダは注文した生ぬるい果実水を飲み干す。

 

 

「でも勝ったじゃないか」

「向こうは覚えていなかったみたいだが、俺は覚えている。勝てば調子に乗る一方で、負けが込むとああやって大金を賭ける。この界隈には余り向いていないタイプだ」

 

 ジェダの言葉に、もう一人が考えながら口を開く。

 

「つまり、相手を見極めれば稼げるって事か。」

「そういう事だが、それを見極めるのが難しいんだ、ヴィリエ。…この界隈は甘くない。サイコロ勝負でタバサに大負けした。」

「断定は出来ないだろう?仮面をしているのだから。」

「あんな綺麗な青髪がほかに何人も居てたまるか。よい機会だから言っておく。タバサは只者じゃない。」

 

「「なんで?」」

「家名すら名乗らない、まるで人形か何かにつけるような適当な名前…。そんな名前で伝統と格式高いトリステイン魔法学園に入学することを、あのオールド・オスマンに認めさせるだけのやんごとない名家の令嬢であればどうだ?つじつまは合うぞ。」

「…本当、何者なんだろう?あいつ。」

「知らん。前から気はあったんだがあれで完璧に冷めた。もうあいつとサイコロ勝負は二度とやらん。」

 

 

 自分からまき上げた金で鹿肉料理や竜騎士御用達のドラゴンが好む果物、ドラゴン・フルーツを買い込んで、眼鏡をかけた氷竜に食べさせていたが…。

 やたら旨そうに食べていたのがジェダの印象に残っている。

 

 ドラゴン・フルーツを食べる時も、他の竜と違って分厚い皮ごと食べてそのまま飲み込む事も、皮だけ吐き出す事もなく…。

 皮をむいて中身の白くて瑞々しい果肉にかぶりつくなど『知性がある』ように思えたが、韻竜は既に滅びているはず。

 使い魔になったことで、多少知能が向上しているのかも…いや、しているのだろう。何せ、ドラゴンなのに本を読むのだから。

 

 

「あれ?お前ゼロのルイズにも気があっただろ?タバサといい、お前の趣味って」

「ジェダってそっちなのか…知らなかった。」

 

 

 友人たちから珍し気な目を向けられ、形勢不利なジェダは話題を変えることにする。

 

 

「さて。賭博場を案内してほしいというから、連れてきたが。やるなら自分の責任だ。」

「ここで大勝すれば、炎の女王に貢物を…」

「サンクを一回ぐらいなら…」

 

 

 リスクとリターン、手持ちの金と今後の小遣いを天秤にかける友人たちにジェダは助言をする。

 

「とりあえず、最初のチップが尽きたら引き上げる、としておいたほうが無難だ。引き際が肝心。逆に引き際さえ心得ておけば、素寒貧にされることは無い。」

「金品も賭けられるんだよな?換金はできるのか?」

「出来るが、ここの換金所だと二割手数料で引かれる。」

「…気に入ったなら、売らないのも手か?」

「まぁ、これについては手元に置いておくつもりだ。センスは良いからな。」

 

 




何気に恋愛フラグをへし折っていたタバサ。最もタバサと恋人になった場合…。

カステルモール「小国トリステインの貴族が、シャルロット様に手を出しただと?!」
イザベラ「エレーヌに恋人ぉ?!」
ジョゼフ「新しい玩具!!」

三人「「「ガリアに連れてくるしかない!」」」

…うーん。土のラインメイジ、ジェダ君は命がいくつあれば足りるのやら。
オバロ勢でも、タバサの背後関係を含めた事情を聞けば「国王に睨まれている姪っ子と恋人はやめて置け」と忠告するでしょう。

次回は、いよいよタルブ戦役。


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タルブ戦役

平賀才人君からみた、弐式炎雷さんの評価。
「防御を捨てて全部機動力と火力に突っ込んでいる、頭がおかしい人」

弐式炎雷さんからみた、平賀才人君の評価。
「才能がない」


 アルビオン大陸にて、モード大公の派閥が懸命に復興計画を練り、ホーキンス将軍達が軍を再建している間。

 空軍司令部を訪れたクロムウェルは、ボーウッド提督に対してひそかに計画を打ち明ける。

 

 

「トリステインの軍部が?!」

「いかにも。親善大使として訪れた我々に攻撃を攻撃を加えるという情報を得た。かの国はアルビオンの切り取りを模索しているようでな。」

「なんと!かの水の国も落ちたものですな…。」

「フネが炎上したら、君たちは即座に降下したまえ。いいね?」

 

 ボーウッド提督は心情的に王党派。ゆえにクロムウェルはこう伝えた。

 一方で偽装工作を行う部隊については、エキュー金貨の詰まった袋を添え、事前に伝えてある。

 

 

 他国への侵攻に反対しているリリーシャの派閥が懸命に「復興計画」をさせている間にトリステイン攻略の準備を進める。

 それがクロムウェルに対して使い魔から与えられた『計画』だった。

 

 

 

―――――

 クロムウェルが密かに謀略を巡らしてから10日後。

 すっかりモード大公派の拠点になりつつある資料室で、リリーシャはカレンダーに目を向ける。

 

「そういえば、そろそろ親善大使が向かう頃か」

「ジョンストン卿が特使、ボーウッド提督が親善艦隊を。ドラゴンテイルのリュゼン隊長が火竜騎士隊の指揮を執ることになっていますな。」

 

 はた、とリリーシャ・モードの動きが止まる。

 復興計画をまとめ上げた各種臨時法律、草案をまとめた資料を机に置く。

 

「どうされました?」

「待て。なぜボーウッド提督に加えて火竜騎士団まで連れていく?」

「護衛でしょう。」

「過剰過ぎないか?示威行為と受け止められかねない…。まさか!」

 

 それからのリリーシャ・モードの行動は早かった。

 

 

―――――

 ロサイスにて。

 息を切らせ、多少銀髪が乱れたリリーシャ・モードは出港準備が完了しつつある艦隊の広場に駆け付ける。

 

 

「リリーシャ護国卿だ!ジョンストン卿およびボーウッド提督に話がある!」

「どうされました?」

 

 遥か年上であるボーウッド提督に、リリーシャ・モードは食って掛かる。

 

 

「どういうことだ!なぜ、陸軍輸送船団が出撃準備を完了している!親善大使の護衛にしても、地上戦力を3000人も動員するのは示威行為を通り越している!」

「クロムウェル閣下の指示です。」

「?!」

「トリステイン空軍は、親善大使を狙い撃ちにする計画を立てている。攻撃を受けた後、速やかに反撃するためです。」

「馬鹿な…この、この状況でトリステインと戦端を開く?!ボーウッド提督!トリステイン相手に戦えるが、切り取ったところで維持ができない!ゲルマニアがトリステイン解放を名目に侵攻してくれば、物量で押しつぶされる!」

「…我々には、閣下の『虚無』がある。ご存じでしょうか?先日、亡くなったドラゴンブレスのハーケン隊長も蘇りました。何より、トリステインには。ウェールズ王子がおります。」

「?!」

 

 

 死亡しても、「虚無」がある。そしてトリステインには従兄がいる。その事実を突き付けられ、リリーシャは沈黙する。

 

「そう、か。王党派の残党とウェールズ王子がいる以上、トリステインとは事を構えざるを得ない…。だが、ボーウッド提督!トリステインが親善大使を狙い撃ちしてきたのであれば、それを非難し、アルビオンとゲルマニア間だけで不可侵条約を締結!それでトリステインを孤立させることが出来る!たとえ攻撃されても、現状ゲルマニアとの軍事同盟が成立しているトリステインと事を構えるな!」

 

 

 リリーシャは必死に押しとどめる。

 政治的な謀略を察知しているなら、奇貨として攻め込むよりも有用な外交政策を彼女はその場で導き出す。

 

 そう。本当にトリステインがそのような謀略を仕掛けてくるなら、ゲルマニアを引き込めるのだ。陸軍不足という問題はそれで一気に解決する。

 本当ならば。

 

 二か国を同時に相手取る余力は、今のアルビオンにはない。ゲルマニア艦隊はアルビオンには攻め込めないが、アルビオンもゲルマニア全土を制圧するだけの余力など無い。

 風竜騎士隊も女性士官を多数採用している状況だ。

 

 

「それは出来ませんな。」

「リュゼン…。私は、神聖アルビオン共和国の護国卿!その命令に従えないのか!」

「はい。これはクロムウェル閣下の命令です。自分は軍人。国のトップが戦えというなら、戦うまです。」

 

 狂信者特有の眼を、ドラゴンテイルの隊長リュゼンは浮かべている。

 

 

「我々は、いや、私は。聖地にいかねばならない」

「聖地に?聖地に一体何があるというのだ?」

「リリーシャ護国卿には理解できないでしょう。ハルケギニアにはもう、時間がないのですよ」

「時間が?どういうことだ、答えろ、リュゼン!」

 

 それに答えず、リュゼンは傍らに来ていた風竜騎士隊の士官に声をかける。

 

 

「リリーシャ護国卿はお疲れだ。フーティス士官、お連れしろ」

「はっ。」

 

 

 無理やり連行されるリリーシャ護国卿。

 

 

 

 その様子を観察していた火消しは即座に情報を送る。

 神聖アルビオン共和国軍が、軍事行動をとりつつある、と。

 

 

 だから、その後でリュゼンとワルド子爵の密会には気づけなかった。

 

 

―――――

 リュゼンはワルド子爵の姿を見つけると呼び止める。

 

「リュゼンか。」

「いよいよ始まるな。大隆起阻止の戦いが。」

「成し遂げねばならん。」

「トリステインの風竜騎士隊に後れを取るつもりは無いが…万が一の時は、頼む」

「任せろ。」

 

 

 

―――――

 アルビオンの諜報員からの連絡を受け取ったザナックは即座に、その情報を風竜騎士隊員を通じて、空軍艦隊に乗り込んでいるラ・ラメー伯に伝える。

 開戦になるやもしれぬ。艦隊の温存を最優先にせよ、と。

 

―――――

 トリステイン艦隊旗艦、メルカトール号の甲板にて。

 

 

「…ザナック殿下からなんと?」

 

 艦長のフェヴィスは上官のところに届いた書状に注意を払う。

 

 

「アルビオン艦隊が、攻撃してくる可能性が極めて高い、と。」

「ウェールズ王子の身柄を確保したから、ですかな。」

「それもあるだろうが。ザナック殿下は、アルビオンの軍事物資の相場が下がっていない事から推測したそうだ。未だ小麦は高騰しているという。」

「小麦?」

 

 糧食も確かに軍事物資ではあるが、より重要度の高い硫黄ではない事にフェヴィス艦長は訝しむ。

 そんなところまで気を配る人ではなかったはずだが…。

 

「少し前だが、財務卿と飲む機会があってな。モノの見方が多少柔軟になった。仕掛けてくるというが、不可侵条約は向こうから言ってきたこと。大義名分が無ければ士官も従わないだろうが…。」

「…答砲で轟沈された、と言いがかりをつけてくるとか?」

「可能性は否定できんな。戦艦ディードの艦長に連絡を。答砲を任せるが、最大射程であることを記録したのちに撃て、と。後は…こちらの出迎えが無礼という言いがかりか?」

「その場合はブレイドで斬りかかってくるでしょうな。」

「礼服の下に何か仕込むか…。ないよりマシだろう。」

 

 

 

―――――

 お決まりの礼砲のやり取りが行われる中。

 

 

 神聖アルビオン共和国のフネ、ホバート号で火災が発生。

 あらかじめクロムウェルから、言い含められていたホバート号の船長は笑みを浮かべる。

 

 

「これで、俺はトリステイン制圧後に手に入る新艦隊の提督に出世だ…ん?」

 

 だが、船長とその部下は気づく。火の勢いが想定よりも強すぎる。

 

 

「ま、まさかっ!嵌められ」

 

 

 ホバート号の船長と部下達は、トリステインの空で散った。

 

 

―――――

 一部始終を見ていたボーウッド提督は、クロムウェルの話が真実だったと思い込む。

 ホバート号で犠牲となった者達に憐れみ、不意打ちしたトリステイン軍に対して怒りが爆発するが、その感情を抑え込み艦隊戦を開始する。

 

 

 トリステイン空軍は礼砲を撃った最後尾の戦艦ディードと共に残存主義を取り、距離を取って離れていく。

 

 

「何をしている、ボーウッド提督!逃げられてしまうではないか!」

「…また来るなら、撃退出来る。それよりも…部隊の降下を優先せよ。」

 

 

 追撃は出来る。だが、風石の浪費は避けたいところではあった。トリステイン空軍が艦隊温存主義をとっているならば…。

 牽制しつつ、部隊を展開。あとは地上部隊が決着をつける。

 

 

「降下地点は、予定通りタルブだ。」

 

 

 アルビオン共和国軍は行動を開始する。

 

 

―――――

 同時刻。

 トリスタニアの御前会議は紛糾する。

 

「我々がアルビオンのフネを轟沈させた?!空軍は何を考えているのか!」

「ザナック殿下!殿下の責任ですぞ!潤沢に空軍へ予算を割いた結果、暴走してしまった!」

 

 

 そう喚く『拡大派』の小物を、ザナックは冷たい目で見つめる。

 『内乱に便乗してアルビオンを切り取ろう!』と気勢を上げておきながら、いざ戦いになればこれだ。

 

 

「親善艦隊は、出向前に陸軍の輸送船団も用意していたという。つまり、最初から攻撃するつもりだったということだ。」

 

 

 火消しから情報は得ていたこともあったが、こちらから戦端は開かない。あくまでも、アルビオン側が攻撃したという事実が重要だ。

 そうなれば、レコン・キスタを包囲するのではなく、倒さねばならない敵という認識が広まる。

 

 

 伝令が駆け込み、ザナックは報告を受け取る。

 

「レコン・キスタ軍はタルブを占領し、そこから進軍しつつある…。私はこれより軍を率いてラ・ロシェールに出撃する。ド・ポワチエ将軍、陸軍の出撃準備を。」

「はっ!」

「ウィンプフェン伯、水精霊騎士隊を率いて合流せよ。」

「承知しました。」

「タルブ伯にも伝令を。突出せず、王国軍の到着を待て、と。」

 

 ほかの閣僚に対しても矢継ぎ早に指示をだすザナック。

 

 

「恐れながらザナック殿下。殿下の行動は国法を逸脱しております。」

「どういうことだ、リッシュモン高等法院長。」

 

 

 剣呑な目つきを隠そうともせず、ザナックはリッシュモンを睨む。

 

 

「今現在。国軍を動かす権限は、王政府議会にあります。よろしいですかな?」

「そうだな。本来であれば国王にあるが、今現在空位だ。では、評決を取ることにする。不可侵条約を破棄して攻め込んできた共和国軍と戦う事に賛成の者は、起立せよ。」

 

 

 トリステイン王国上層部の閣僚達が、一斉に立ち上がる。

 

 

「ですが、高等法院の参事官は」

「立っているぞ。名を名乗れ。」

 

 

 振り向いたリッシュモンは、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 

 

「バート参事官と申します。そも、レコン・キスタは王政の打破を掲げている以上、攻めてくる事は明白。」

「その通りだ。ほかの者にも言っておく。レコン・キスタに降伏するというなら、まずこの私を!そして母上と妹を拘束してレコン・キスタに差し出すがいい!」

 

 ザナックの剣幕に、その場は一気に静まり返る。

 だが、ザナックが手をたたくと即座に指示を出すべく、動き始める。

 

 

 

「妹よ。どうする?ゲルマニアのトリステイン大使館へ逃げてもいいぞ。」

「お兄様…。私に、何かできることはありませんか?」

 

 

 前のやらかし、で相当堪えている妹にザナックは短く告げる。

 

 

「あるぞ」

「?!であれば、連れて行ってください!」

「お前の魔法の才能が、この戦いの趨勢を決めることになる」

 

 こういう時への対処は既にできている。

 そのためには、妹とウェールズ王子の出陣が必要だったが…。本人がやる気を出してくれたので、やりやすくなった。

 

 

―――――

 配下が、好き勝手に破壊活動をしているが、ドラゴンテイルのリュゼン隊長は特に感慨はわかなかった。

 この破壊活動に怒り狂って突出したトリステインの風竜騎士隊を血祭りにあげたからだ。

 

 後は、ボーウッド提督と地上部隊がトリステイン王国軍を撃破して、王族を捕縛。

 それで終わりだ。

 

 

 トリステイン艦隊が戻ってきたら即座に知らせねばならないが…。

 哨戒任務は、ドラゴンウイングに配属されたルーキーに経験を積ませることを兼ねている。

 手に負えなければ、自分たちの出番だ。

 

 

 

 

「リュゼン隊長!ゴーレムが一騎、飛んできます!」

「何?どういうことだ、フーティス士官」

「はい、そのままの意味です。トリステイン軍かと思われます!」

 

 あきれたリュゼンは、部下に命令する。

 

 

「お客様だ。丁重にもてなしてやれ。」

 

 

 6騎が向かった。これでリュゼンは片が付くと判断した。

 どうやっているのかは不明だが、空の戦いに鈍重なゴーレムを飛ばしてくるとは、誂え向きな的に来たようなものだ。

 

 

 

―――――

 双月の中で、才人は向かってくる敵を見る。

 

「来たか…火竜のブレスが直撃したら普通にやばいよな…。だけど、有効射程はこっちが上!」

 

 まずは、アサルトライフルを構える。出し惜しみはしない。

 9発発射、当たった。一騎の火竜騎士が爆発炎上して落ちていく。

 

 ヒトを始末したが、才人の心は痛まない。

 ヒトの死は、平賀才人の世界ではありふれたモノだからだ。

 

 仲間が倒されたからか、残りが向かってくる。

 

 

「合計5騎か!」

 

 

 平賀才人は敵を討つべく、突っ込んでいく。左手のルーンが激しく輝く。

 双月に搭載されているアサルトライフルの有効射程は、ドラゴンブレスの最大射程より二倍以上ある。

 

 

 才人は誂え向きな的を片っ端から撃墜する。

 

 あらかた片づけたところで、敵の一団を発見。

 

 中央にいる指揮官らしき人物に標準を合わせる。

 アサルトライフルが変形し、スナイパーモードになる。

 

 兵器というのは、性能も重要だが数およびメンテナンスが容易なことも求められる。

 だがリベリオンは台所事情が厳しく、一つの機体に複数の役割を求めた。これもその機能の一つ。

 その設定は、この世界でも反映されていた。

 

―――――

「リ、リ、リュゼン隊長ぉおおおお!」

「何事だ、フーティス士官?」

「ろ、6騎が、あっという間に撃墜されました!」

「なるほど、只者ではないようだな。」

 

「しょ、小官は、ボーウッド提督にご報告に向かいます!」

 

 やはり、女は駄目だな。リュゼンは完全に腰が引けている風竜騎士隊の若い女性士官を見送る。

 

 

「距離を取れ。少なくとも雑魚ではないようだ。」

 

 

 向かってくる

 

 

 ゴーレムの武器が変形した、何のつもりだ?この距離で何が出来る?

 それが、リュゼンが最期に考えたことだった。

 

 

 目の前で不意に隊長の首から上が無くなり、地上に落下していったことで、ドラゴンテイルの隊員は戦意喪失する。

 狩人から一転して獲物となった彼らは、もろかった。

 

 

―――――

 レキシントン号に乗り込んでいたワルド子爵は風竜を借り、作戦宙域の偵察を任されていたフーティス士官の案内に従い、従兄が率いているドラゴンテイルと合流するべく向かって来ていた。

 だが、天下無双とうたわれたアルビオンの火竜騎士団は一人もいない。

 

 

「方向を間違えたか?」

「いえ、あっています…」

「だが…。」

「もしかして、あのゴーレムに殲滅させられた?」

「案内はよい。後は私が始末をつける。」

 

 

 距離を取って周りを見渡すフーティス士官。その使い魔たる風竜も怯え切っている。

 一方のワルドはその場で待機し、周りを警戒する。

 

 

 その様子を、スコープで才人は見つけていた。

 

 

「ワルド子爵?!裏切ったってザナック王子が言っていたっけ…。」

 

 才人は何の感慨もなく、目標をセンターに入れて、引き金を引いた。

 たったそれだけの動作で、26歳にして風のスクウェアメイジまで上り詰め、『閃光』と呼ばれた若きエリートはヴァルハラへ旅立った。

 

 

 目の前で風のスクウェアメイジの首から上が炸裂した事で、フーティス士官の戦意は完全に消失する。

 

 

―――――

「ふ、ふざけるなっ!ドラゴンテイルが全滅だと!ゴーレム一体に!」

 

 ジョンストン卿が、若い女性士官に詰め寄る。

 目の前で、自分よりもはるかに腕の立つ火竜騎士隊が5人も虐殺され、今またワルド子爵も戦死したのを見てしまった、フーティス士官はそれでも懸命に報告する。

 

「じ、事実です…。そして、その。ワルド子爵も…」

「お前が、お前が手引きしたのか!いや、きっとそうだ。そうに違いない!」

 

 

 アルビオンの竜騎士は天下無双。そう信じているだけに、ジョンストンは受け入れられなかった。

 醜態をさらすジョンストンを、ボーウッド提督は短く魔法を唱えて昏倒させる。

 

 

「連れていけ。そして、フーティス士官。そのゴーレムは艦隊で相手をする。君はアルビオンへ帰還するように。現在、くだんのゴーレムについて、詳細な情報を持っているのは貴官だけ。生存を最優先せよ!」

「は、はいっ!」

 

 

 使命感で血色が戻ったことを確認すると、ボーウッド提督はゴーレムが現れた、という宙域を警戒させる。

 

 

―――――

 ラ・ロシェールに急遽設置されたトリステイン王国軍司令部にて。

 

 

「神聖アルビオン共和国軍の配置だが…。レキシントン号はともかく、いくつかの艦隊が妙な配置をしている…」

「先行した風竜騎士隊の第二中隊が討たれました…。ですが、謎のゴーレムが現れ、火竜騎士団を一掃したとの事!」

「勲章物の働きぶりだな。」

 

 

 地上では、ザナック王子とその側近が神聖アルビオン共和国軍の動きを観察している。

 

 

「トリステイン艦隊が再度攻撃を加え、それにアルビオン艦隊が応戦している間に、地上部隊を撃破する。アストン伯、地理に詳しい貴公の働きにかかっている。」

「はっ、お任せください!」

 

 

 

―――――

 同時刻、空で才人は困っていた。

 

「アサルトライフルの残弾が心もとない…。戦艦にアサルトライフルを打ち込んでも効果は薄いよなぁ…。」

 

 弐式炎雷さんが、ゲームで使っていた機体でこの世界に来ていればそのまま殴り込んでそれでフィニッシュだったが、今の才人の機体は量産機で腕前もトップクラスではない。

 両肩の魔法武装に、ファイアーボールは込めているが、それに戦艦を落とせる威力は無い。

 

 一度、ルイズと合流しよう。そう考えた才人は戦域を離脱する。

 偵察部隊の風竜騎士隊の若手は、火竜騎士団の全滅を聞いてすでに引き上げているため、その事実をアルビオン側は全く把握できていなかった。

 

 

―――――

「さて、攻撃開始せよ。」

 

 ザナックは油断なく敵艦隊を見つめる。

 後方から一時離脱したトリステイン艦隊と、王党派の残党が乗り込んだ艦隊が攻撃を加える。

 

 

「敵艦隊の配置が、ずいぶんと歪です。何を企んで…」

「それは後々明らかになるだろう。我々が生きていれば、だが。」

 

 

 かなり苛烈な攻撃を加えているが、レキシントン号と数隻のフネは何時でも地上部隊を掩護できる配置にいる。

 ザナックが望んだ布陣となった。

 

 

「よし。出番だ、妹よ!」

「はい、お兄様!」

 

 

 アンリエッタの詠唱に、ウェールズの詠唱が重なる。

 

 

 王家のみに許された、風と水の六乗、『ヘクサゴン・スペル』

 

 巨大な六芒星。津波のような竜巻が発生して前方に放たれる!

 

 それがレキシントン号と残りのフネに直撃。さらには戦闘中だった神聖アルビオン共和国軍の艦隊の戦列が崩れる!

 

 

 その隙を逃すはずもなく、トリステイン艦隊は弾を討ち尽くす勢いで連射を開始する。

 

 

 

 

 

 

―――――

「終わりましたな。」

 

 アルビオン艦隊が墜落していく。

 これで制空権はトリステイン空軍と風竜騎士隊の残存部隊が制した。

 すでに地上に降下していた部隊も戦意喪失している。

 

「そう、だな。…突撃!侵略者を一掃せよ!」

 

 ザナック王子の号令で、トリステイン軍は敵陣へ突撃する!

 制空権を奪われ、火竜騎士団を失った地上部隊にこの勢いを止める手段はなかった。

 

 

―――――

 タルブ戦役。のちに、そう呼ばれる戦いは…トリステイン側の勝利に終わった。

 

 

「火竜を数頭、鹵獲出来ました。」

「ロイヤル・ソヴリン号は修復可能か?」

「残念ながら…。一から作り直した方が早いかと」

「だったら、解体して再利用だ。」

 

 

「新型ゴーレムを使っていた人物と面会したい。連れてこい。」

「はっ!」

 

 

―――――

 

「火竜騎士団を殲滅したのが、貴公か。」

「はい、ザナック殿下。」

「何者だ。火竜騎士20騎と裏切ったワルド元子爵まで討ち取っておいて、平民とは言わないよな?」

「…殿下は、アーベラージをご存じでしょうか?」

「なんだ、それは。」

「腐敗した共和国の統治から、独立をもくろむ軍閥が戦っていたとか。あれは共和国と対立していた軍閥が開発したゴーレムです。」

「そのゴーレムの名前は」

「双月、です。」

 

 そういえば、このハルケギニアも双月だったな、とザナックは考える。

 偶然か、必然か。だが、今大事なのはその兵器が自軍の手にある事だ。

 

 

 平民が一歩前に出る。

 

「陛下、発言しても?」

「許す」

「双月は、弾倉がほぼカラです。今回のような火竜騎士団を壊滅させるような、今回の戦果はもうできません。」

 

 頭を抱えたくなるザナック。

 とはいえ、天下無双のアルビオンの火竜騎士団の五分の一を殲滅、トリステインの内情に詳しい裏切者のワルド子爵を始末したのは大きい。

 

 戦後は何かしらの爵位や土地を与えねばなるまい。ザナックはそう判断する。

 

 

「両肩にドットスペルを16回分、ラインスペルを8回、トライアングルスペルを4回、スクウェアスペルを1回込めれるので、それと振動剣で戦えます」

「哨戒任務はどうだ?」

「お任せください!一応、接近戦も出来ます。」

「その軍閥はなぜそんな様々な機能を付与したんだ?」

「俺は別の軍閥にいましたが…エネルギー拠点を共和国に奪取され、そのため一つの機体にいろいろな役割を求めざるを得ませんでした。」

 

 共和主義者に負けた勢力が開発した兵器が、この地で共和主義者と戦う、か。

 双月、という名前も偶然とは思えない。空に二つの月があることをしったときは、ザナックも仰天した。

 数奇な運命にザナックから笑みがこぼれる。

 

 であれば、ここで勝たせてやるべきだろう。

 

 

 

 のちに、双月の戦略的価値を知ったウィンプフェン伯は才人を水精霊騎士隊に入れようとするが、ヴァリエール家の三女の使い魔と知って断念する。




ゼロ魔二次は多々あれど、ここまでサクっとワルド子爵を処理した作品は拙作ぐらいな気がします。私が知らないだけで探せば他にもあるかもしれませんが。

ヘクサゴンスペルで、レコン・キスタ艦隊を蹴散らすのは王家を否定した一派に対して軍事的にも政治的にも意味があるでしょう。



あれ?タルブ戦役なのに虚無は?と思った方は多いでしょうが。

ザナックがルイズに貸したのは、『始祖の祈祷書』だけで、水のルビーは貸していません。

オバロ勢でも、「白紙の祈祷書、水のルビー、王家の血筋でありながら魔法が使えない公爵家の三女」
という情報だけで、「ルイズに水のルビーを嵌めさせて、始祖の祈祷書を開かせたら虚無魔法を会得できるのでは?」と推測するのは無理でしょう。


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ザナックの即位とローゼンクロイツ伯の反乱

タルブ戦役後ですが、ウェールズ王子が生存してアンリエッタ誘拐ルートが吹き飛んでいるので、オリジナル回です。ご了承ください。


原作のアンリエッタ王女はタルブ戦役の後、王族の責務を捨ててゾンビウェールズに付いていこうとしておきながら、王女としてルイズに最後の命令をするという割と許されない失態を晒しています。

死んだと思っていた愛する人が会いに来てくれた、という事で一人の恋する乙女としての心境は理解できますが、王女の行動では無いです。


 神聖アルビオン共和国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて。

 

 

「クロムウェル閣下!何故、トリステインに攻撃をした!」

「リリーシャ護国卿、トリステイン側が砲撃をしたため、反撃したのだ。」

「攻撃を受けてもそのまま撤退、ゲルマニアとだけ不可侵条約を締結し、トリステインとゲルマニアの軍事同盟を破棄させれば良かったのに!トリステイン軍が攻めてくる可能性が高まった以上、復興計画は破棄するしかない…!」

 

 腹心とともにまとめ上げた内戦からの復興計画は延期せざるを得なくなった。これまでの苦労が水の泡になったことに加え、何らかの形でトリステイン・ゲルマニア同盟とウェールズ王子に対して決着をつけなければならなくなった。この疲弊したアルビオン共和国で。

 

「何故ですか?トリステインやゲルマニア空軍にアルビオンへ攻め込む実力など無いでしょう?」

「数をそろえたところで、練度は劣る」

 

 楽観視するクロムウェル派の閣僚に対し、リリーシャは冷たい目を向ける。

 

「内乱と革命戦役で、空軍士官は大きく減り、即席士官で穴埋めした以上、練度はこちらも褒められたものではない。フーティス士官!発言を許可する。ドラゴンテイルを殲滅したゴーレムについて説明を。」

 

 

「は、はい!」

 

 軍人教育を受けてはいたが、居並ぶ閣僚の前で発言しろ、というのは若い軍人にとって胃が痛くなる話だ。

 だが、やり遂げねばならない。

 

 天下無双とうたわれたドラゴンテイルの最期を、自分を含めた風竜騎士隊も、他の火竜騎士隊も迎えるかもしれないのだ。

 

 

 

「…以上、となります。敵ゴーレムの有効射程は、火竜騎士の最大射程の倍以上あると、小官は進言します。」

「そんなことがあるわけない!」

「小癪なトリステインの風竜騎士隊にやられたのだろう!」

「事実です!」

 

 無責任な閣僚が「願望」を飛ばすが、最前線で体を張る士官としてはとてもではないが見過ごせない。

 軍服に袖を通した以上、死ぬ覚悟は出来ているが…だからといって無駄死にはお断りだ。

 

 

「フーティス士官の懸念、そしてこの度のタルブでの敗戦。その責任は私にある。ゆえに、時間稼ぎの策を練る。ドラゴンアイのハイヴィンド隊長に、この後会いたいと伝えてくれたまえ」

「はっ、了解しました。」

 

 

 ようやくここから退出できる。そうフーティスは胸をなでおろす。

 

 

 

「…どうされるおつもりですか?不可侵条約の再締結はもはや望めない。タルブの戦いで残ったベテランも失い、艦隊の練度は大きく下がった。トリステインは単独で火竜騎士団20騎を殲滅できるゴーレムを擁する。内戦から立ち直るための計画はありましたが、それは全て不可侵条約ありきでの物。」

「近々、ザナック王子は即位されるという」

「そうでしょう。これだけの戦果を挙げた以上、文句はどこからも出ない。」

「だが、トリステインには我々の同志が大勢いる。彼らに、一働きしてもらうとしよう」

 

 

―――――

 トリステイン王国の城下町、ブルドンネ街では戦勝記念のパレードが催される。

 前を行くザナック王子。その後ろに付き従うアンリエッタ王女とウェールズ王子。

 

 

 タルブ戦役で侵攻部隊を撃破し、多くの神聖アルビオン共和国軍の士官を捕らえ、火竜を数頭生け捕り。

 この一件でザナックを王に、という声はトリステイン全土で高まった。

 

 

「あれが、トリステインの王子か。」

「王家の血筋のみが操れるヘクサゴン・スペルが、あれほどとは。」

「その状況に持って行ったのはザナック王子の手腕だろう…。リリーシャ護国卿は正しかった、というわけだ。」

 

 

 

 捕虜宣誓をしたアルビオンの士官に、ザナックは親善艦隊を出迎えた部隊は空砲であった記録を見せ、自作自演であった事実を知らしめた。

 ボーウッド提督も、最後尾の戦艦が礼砲を撃った事は見ており、その事実を受け入れた。

 

 親善艦隊に砲撃するという卑劣な謀略を打ち砕くつもりが、全ては自作自演だった上に敗北したことでアルビオン空軍士官は神聖アルビオン共和国への忠誠が消滅。

 彼らの処遇について、ウェールズ王子の王党派に委ねた。

 

 

 

 

 これまで数々の根回しを行い、今回明確な実績を打ち立てたザナックは即位を宣言。

 母のマリアンヌ太后から王冠を被せられ。ここに、トリステインの玉座が空白という事態は、終わりを告げることになる。

 

 

 だが、ザナックの様々な政策に反発。事業に介入、仲介をいくつも挟んで公金を横領して懐を肥やすことしか頭に無い、一部の貴族はこれに反発。

 一触即発、という空気が漂う中…。

 

 

―――――

 トリステインの城下町、ブルドンネ街にある安宿にて。

 

 

「よくやってくれたわ。ハイヴィンド隊長。」

「楽な仕事でしたよ。それで、どのタイミングで我々は進撃を?」

「いいえ。動きません。」

 

 ハイヴィンドは首をかしげる。

 皇帝の秘書を、ザナック王子から冷遇されている一派の中心人物であるローゼンクロイツ伯爵に会わせる。

 後は皇帝陛下から事前に託された『虚無』によって『お友達』になったローゼンクロイツ伯爵が謀反を起こし、それに協調した諸侯たちが一斉に反乱を起こす。

 

「時間を稼ぐための一手。」

「なるほど、捨て駒であれば…こういう策はどうでしょう?」

 

 

 ハイヴィンドの策略を聞き、ミョズニトニルンは笑みを浮かべる。

 

 

「素晴らしいわ。それでいきましょう。これで、ザナック王はヴァルハラに旅立ちます…」

 

 

 ハイヴィンドとミョズニトニルンは酷薄な笑みを浮かべる。

 

 

―――――

 ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢は、ふと気づく。

 今まで、自分は何をしていた?記憶が混濁していて、思い出せない。

 確か、父に来客があってご挨拶をしたら…。

 

 

 そうだ。思い出した。

 あれから、近隣の付き合いがある貴族に書状をしたためる作業を手伝った。

 

 内容は、思い出せない。

 家紋が押された返書と、そうでない返書があったような…。

 父もぼんやりとしている。周りを見渡すと。

 

「ザナックの即位など認めぬ!」

「そうだ!今こそトリステインは、有能な貴族による議会制に移行するべきだ!!」

 

 

 なんだ、なんだこれは!

 共和主義者がどうしてローゼンクロイツ領の館に集結している?!

 

 

「ルナ伯爵令嬢、我々の決起に合わせて、神聖アルビオン共和国軍も再び動くとか。勝ったも同然ですな!」

 

 は?いや、タルブの戦で敗れたアルビオンにそんな余力があるはずが…。

 事を起こすにしても、タルブ戦役の時だ。今のトリステイン軍は勝利して士気も高い。タイミングが悪すぎる。

 

 

 

 

 だんだんと、記憶がはっきりしてきたルナ・ローゼンクロイツは館の関係者のみが立ち入りできる書斎で状況を整理する。

 今、この館に集まっている「共和主義者」および反ザナックの者は、決起するためにローゼンクロイツ領に集結する!と家紋を押して返書を送ってきた者達だ。

 

 家紋が押されていない返書にも同様の内容が記されているが、その者達は集まっていない。

 

 

 ルナは父を探して、寝室にいることに気づく。

 母が亡くなってから、かなりふさぎ込んでいたが…。

 

 

 

「父上、お話があります。」

「どうした?」

「…声を掛けましたが、どうも集まりが悪いのでは?」

「そうだな。遅れているのだろう。」

「父上。何故、ザナック陛下に対して反乱を?」

「お前だって、ザナック王子を警戒していた。だったら同じ気持ちだろう?」

「反逆を起こすにしても、時期が悪すぎます!ローゼンクロイツ家の為に!」

 

 

 ルナはブレイドの魔法を唱えて、父を討つ。

 反逆者の父を討って、その首を差し出せば家は保てる。

 

 だが、致命傷を負ったはずの父は平然としている。

 

 

「父上…?」

「どうした、ルナ。」

 

 

 呆然と急所から杖を引き抜くが、傷跡が即座に癒える。

 

 ルナは後ずさる。本能が、目の前にいるのは父ではないと告げている。

 回れ右して、ルナは父の寝室から退出する。

 

 

 

 

 

 

 

 父と自分が行動を起こしたことは、優秀なザナック王子。いや、ザナック陛下は気づいているだろう。

 戦って勝つ?近隣諸侯がすべて同調するならまだしも、同調したのは半数にも満たない。

 

 ならアルビオンの援軍を待つ?ローゼンクロイツ領はそれほど険峻な守りではない。

 そもそも祖国を敵に回して、持ちこたえられる訳がない。

 

 降伏?行動を起こしてしまった上に、首謀者である父がナニカに変わり果てていて討ち取れない。

 だったら…。

 

 

 

―――――

 ザナックは、自分の前にひざまずいている貴族達を見渡す。

 

「ローゼンクロイツ伯爵の反乱に加担しなかった、貴公達の忠誠、頼もしく思う。」

「はっ!」

「陛下、是非とも先鋒はこのハイダルにお任せを!」

「否、私こそ!」

 

 

 口々に言う貴族達に、内心辟易とするザナック。

 

「わかった。先陣は貴公達にそれぞれ任せるとしよう。さて、出陣だ。私を認めないという者が行動を起こした以上、私が直接行かねば収まらないだろう。」

 

 

 反乱の機運を先んじて入手したザナックは、ローゼンクロイツ近隣の有望な諸侯を多数懐柔。

 ローゼンクロイツ領からの返書には「家紋」を押さずに返事をし、王宮に対して報告する際に「家紋」を押して連絡を入れよ、と。

 

 

 

 

―――――

「王国軍、接近!その数、5000!」

「数だけだ。遅参した者が集まれば、数は互角になる!」

「何とか、時間を稼がねば…」

「だが、どうやって?」

 

 そんな有象無象に対し、ルナ・ローゼンクロイツは決意を固める。

 

「私が、ザナック陛下に面会を求めます。」

「何!?」

「私は二度、ザナック陛下とお見合いをする機会がありました。向こうも知っているでしょう。わずかですが、時間は稼げるかと。その間に、準備をよろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

―――――

「ルナ・ローゼンクロイツが面会を?」

「はっ。いかがいたしましょう。」

 

「陛下と2度もお見合いをしておきながら、謀反を起こすとは。陛下、お会いする必要もありません。我が炎で灰にして」

「何を言う、我が風で切り刻んで」

「手ぬるい!我がゴーレムでひねりつぶして」

 

 

「いや、会いに行く。何を言いたいのか、気になる。机と椅子、それに茶を用意せよ。護衛は、平賀才人。貴公に任せる。風竜騎士隊員は、周辺の警戒に当たれ。」

 

 物騒なことばかり言う貴族をたしなめ、ザナックは面会に応じる。

 …激しいデジャヴを感じながら。

 

 

 

 

―――――

 青空の下。ザナックはルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢と向き合う。

 土魔法で作られたテーブルと、紅茶が用意される。

 

 

 護衛騎士である才人がルナの杖を預かり、面会が始まる。

 

 

 

「…こうして、お会いするのは3度目か。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢。」

「この度は、即位おめでとうございます。ザナック陛下。」

「それで、降伏をしに来たのか?反逆を起こしておいて。」

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツは黙り込む。その様子からザナックは判断する。

 

「なるほど、時間稼ぎか。」

「…陛下。陛下は覚えていらっしゃらないでしょうが…。最初にお見合いをした際に、陛下は私を見て、ある名前をお呼びになりました。覚えて、いらっしゃいますか?」

「……錯乱していた頃の話は、やめてもらおう。」

「お願いです。ラナーとは、誰ですか?」

 

 不快な表情を浮かべていたザナックだが、ルナの言葉に顔つきが変わる。

 確かにどちらも金髪の女の子だが、それ以外に共通点は見受けられない。

 

 容姿はラナーが上で、体格はルナ・ローゼンクロイツの方が上だ。

 

 

 ザナックは杖を取り出してディテクト・マジックを唱える。

 ザナックは未だに土メイジのドットだが、こういう便利なコモン・マジックだけは必死に練習して使えるようになった。

 

 

「覗き見、盗み聞きしている者はいないか…。」

 

 

 近くに控えているのは、護衛と平賀才人だけだ。

 常に剣に手が届く位置に手を備え、油断なくルナ・ローゼンクロイツをにらんでいる。

 

 

 続いて、サイレントの魔法をザナックは唱える。

 これで、話が出来る。

 

 

 錯乱したと思われかねない為、実の妹にも話せない事を。

 もしも、酒の勢いなり、何かの拍子で話した場合、どういう反応になるのかをザナックは試すことにした。

 反乱を起こした首謀者の娘が、何を知ったところで『処理』出来る。

 

 この時のザナックは、そんな気持ちだった。

 

 

―――――

「リ・エステーゼ王国の夜空を照らす月は一つだけで、フネは空を飛んだりしない。」

「…り、リ・エステーゼ王国?」

「第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。そう名乗っていた時期の記憶がある。ラナーとは、リ・エステーゼ王国の王女だ。」

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツはじっとザナックを見つめる。

 錯乱している、妄想を言っているようには見えなかった。

 

 

「リ・エステーゼ王国は亡国の危機にあった。ある戦いで…いや、戦いではないな。大虐殺をされ、第一王子の兄も戦死した。その大虐殺で多くの貴族は当主や後継者を失い、次男、三男といった者を当主に据えざるを得なくなり、さらに質が低下。その状況で…大虐殺を行った国とまた戦争をすることになった」

「?!何故止めなかったのですか!」

「ある貴族が想定外の事をして止められなかった。大虐殺をした国が、聖王国へ食料などの支援物資を送っていたが、それを王国内で襲撃し強奪した…。フィリップが何をしたかったのか、今でもわからん」

 

 

 バルブロや多くの貴族家の当主や次期当主を虐殺した魔導国相手に、魔導国が行っている支援物資をリ・エステーゼ王国で強奪する、という動機はザナックも理解できなかった。

 

 

「襲撃出来るという事は、領地持ちの貴族ですか?それならば次期当主が殺され、繰り上がりで次期当主になり…。領地経営に対する不安や恐怖、もしくは困窮してやむを得なかったのでは?」

「それは無い。そいつは同じように繰り上がった者達を集めて派閥を作り上げ、パーティを開いていた。」

 

 

 いよいよもって、理解に苦しむルナ。

 次期当主では無く繰り上がりとはいえ派閥を作っている以上、そこから大虐殺を行った国に関する情報も手に入れている。にも拘わらず、物資を強奪?

 もしかして、物資を強奪したらどうなるのかを想像すら出来なかったのか?

 

 

 最もハルケギニアの誰であろうと、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスの思考ルーチンを理解する事は不可能であろう。

 

 

「…もはや、俺には勝ち目が無くとも戦うしか無かった。俺はリ・エステーゼ王家の人間として最後の責務を果たすべく父を幽閉。軍務と政務の実権を握って決戦に臨んだんだが…。臆した貴族が俺の天幕に入ってきてな。傭兵に討たれて死んだ。」

「…そういうこと、だったのですね。」

 

 ルナ・ローゼンクロイツは、納得した。

 

 

「リ・エステーゼ王国で亡くなられ、ヴァルハラへ召されたザナック陛下は。始祖ブリミルのご意思によって、トリステインを導くべく再誕されたのですね!」

「…俺がトリステイン王子に生まれたのが、始祖ブリミルの意思であるとは思えないが。」

 

 

 狂信者のような瞳を輝かせるルナに、ザナックは気圧される。

 

 ルナとて、いきなりそのような話をされたら不信感は強まっただろう。だが、今の話を聞いて、ルナは想像できた。

 

 

 もしも自分が、リ・エステーゼ王国に生まれたら?

 

 月が一つしかなければ、『どうして毎日スヴェルの月夜なの?月が二つ見え無いの?』と周囲に聞いてしまい、『錯乱した娘』と周囲から思われるだろう。

 今の年齢のまま、幼女に戻れば人形遊びなどは流石に出来ない。魔法や礼儀作法などの習得を始めてしまい、奇異な目で同年代から見られるだろう。

 

 ザナックは、そういう自分であれば気が狂ってしまうかもしれない状況で、一人で頑張ってきた。トリステイン王国を立て直すために。

 であれば、今の自分が最期に出来ることは。

 

 

「いえ。これで、理解出来ました。何故、陛下が私をラナーと思ったのか。トリスタニアの王城に、金髪の女の子は普段居ない。そして、陛下が様々な政策を実行できたのは、かつて軍務と政務の実権を握り、多くの将兵を失った祖国を立て直そうとしていた時期があったから。」

「信じるのか、今の話を。当事者である俺でも、たわごとか何かだと思っているぞ。」

「いえ。今のお話を伺って、納得出来ました。ザナック陛下。貴方は、最後の決戦に臨むとき、何を思われましたか?」

 

 

 魔導王との会談。その行きは魔導王の真意を確かめることだった…。

 いや、そもそも。ザナックの想いは。

 

 

「…俺はただ。リ・エステーゼ王国を、良い国にしたかっただけだった。」

「ありがとうございます、ザナック陛下。いえ、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ様。」

「?!」

 

 

 もう二度と呼ばれる事は無いと思っていたフルネームを呼ばれ、ザナックは動揺する。

 

 

 

「…杖を、渡していただけませんか?」

 

 

 ザナックはサイレントを解除して、平賀才人に声をかける。

 

「杖を渡せ。」

「はっ。」

 

 

 ルナは杖を受け取ると、短くルーンを唱えて氷を作り出し、ぬるくなった紅茶に入れる。

 

「何を?」

 

 そのまま、ミルクを入れてスプーンでかき混ぜると、勢いよくルナ・ローゼンクロイツは飲み干す。

 

 

「私は、こういう飲み方が好きなんです。美味しかったです、ザナック陛下。」

 

 

 真摯な瞳で、覚悟を決めたルナ・ローゼンクロイツにザナックは思わず口を開く。

 

 

「…ルナ・ローゼンクロイツ。降伏しろ、そうすれば!」

「いいえ。討ち取ってください、ザナック陛下。私と父はトリステイン王国に反逆した謀反人。派手に一掃し末路を知らしめれば、トリステイン王国は一つにまとまります。そうなれば、私達の死には…意味があります。」

「父親を止めろ。そうすれば俺が!」

「ザナック陛下。私の父は…ブレイドで急所を貫いても死にませんでした。」

「?!」

「お願いです。領民には、寛大な処置を。」

「約束しよう。」

「ありがとう、ございます。」

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツは一礼して、その場を去る。

 

 

 

 

 

「平賀才人。彼女を生かして捕らえたい。可能か?」

「お任せください。」

 

 

 何を話したのかは全く聞こえなかったが、現国王が生かして捕らえたいというなら捕らえるまでだ。

 

 

 

 

―――――

 ローゼンクロイツ伯爵領、近郊に設置された王国軍司令部にて。

 

 

 

「…陛下。確かに年齢が近く家柄も良いですが…。」

「反逆者の娘が王妃、というのはいただけません。」

「トリステインは纏まりつつあります。ここは毅然とした態度を示さねば。」

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢の身柄を確保するようガンダールヴに命令を下したが、それを聞いた上層部はそろって苦い顔を浮かべる。

 

 

「…全部隊に告げる。反乱軍を殲滅せよ。ただし、武装していないローゼンクロイツ領民には危害を加えるな。」

 

 その命令を受け、トリステイン王国軍は動き出す。

 

 

 

―――――

 トリステイン王国軍はザナックの手腕により、練度は上昇。

 対する反乱軍はレコン・キスタから多少の支援はあるが、数で負けていた。

 

 

「わ、ワシを守れっ!」

 

「逃げるなっ!踏みとどまって戦え!」

 

「いったん、一旦下がれ!陣形を立て直す!」

 

 

 相反する命令が飛び交い、数で劣る反乱軍は統制を失う。

 

 歩兵部隊が蹴散らされ、弓兵部隊はファイアーボールで吹き飛ばされる。

 槍衾を作って抵抗しようとした部隊は下がれ、という命令を受けて下がったことであえなく突破。

 

 反乱軍の部隊は瞬く間に、各個撃破され討ち取られていく。

 

 

 

 後方にいたルナの身にも王国軍が迫る。

 いや。王国軍よりも素早く向かってくる剣士がいる。

 

 

「な、なんだあいつは!うわあああああっ!」

「足止めしろ!囲んで…ガハッ!」

 

 

 その顔をルナは知っている。ザナック陛下の護衛にいた少年。

 

 

「エア・カッター!」

 

 ここで死ぬつもりだが、無抵抗のまま殺されるつもりは無い。

 最後の最期まであらがって、そして死ぬ。それで、ザナック陛下によってトリステインは纏まる。

 

 

 だが、その風魔法は剣士の大剣に吸い込まれる。

 驚愕した次の瞬間、ルナの杖は斬り飛ばされ…。剣士に抱えられ、そのまま連れ去られてしまった。

 

 

 

―――――

 …反逆者を一掃し、戦いは容易く終わった。

 ルナ・ローゼンクロイツは杖を失い、捕虜としてザナックの傍に立たされていた。

 

 反逆者の娘を現国王の傍に置くなどありえないが、現国王の命令とあれば是非もない。

 当然、ルナに向けられる視線は非常に冷たい。

 

 

 そんな中、論功行賞が始まる。

 

 

「ハイダル卿。見事な働きぶりだった。褒美を取らせる。」

「…恐れながら陛下。今、この場で頂きたい物がございます。」

「なんだ?」

 

 

 次の瞬間、ハイダルは袖口に仕込んでいたダガーを取り出し、ザナックに向かって飛び掛かる!

 

 

 

 反逆者との戦いが終わって気が緩み…手柄を立てた功労者を称える場面で、ザナックの命を狙う。

 これが、ハイヴィンドの立てた策略だった。

 咄嗟の事で、近衛騎士も間に合わず…平賀才人が走り出したタイミングで。

 

 

 

 ザナックを庇った者が、一人だけ居た。

 

 

「ぬっ?!」

「ルナッ!」

 

 

 深々と心臓まで刺さったダガーを引き抜いたハイダルは、ルナを押しのけてザナックに迫ろうとするが。

 

 

 才人がそのわき腹を蹴り飛ばして吹き飛ばす。飛ばされたハイダルに、近衛騎士が覆いかぶさる。

 

 

「おのれっ!あと、あと少しでっ!」

 

 

 喚くハイダルの急所を、青白い杖が貫いて絶命させる。

 

 

 

「勅命だ、ルナを助けろ!」

 

 

 駆け付けたモット伯が必死で呪文を唱えるが、何かしらの即効性のある毒物が刃先に塗られていたことと、心臓まで刺さっていたこともあり…。

 生暖かい血がザナックの胸に降り注ぐ。

 

 

 

 温もりが失われつつあるルナの手が、ザナックの頬に振れる。

 

「無事、で…か?」

「しゃべるな!今、手当てをしている!」

「私を…忘れない、で…」

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツの呼吸と、鼓動が止まる。

 治療に当たっていたモット伯が、沈痛な顔になって杖を下ろす。

 

 

 

―――――

「ザナック陛下。ローゼンクロイツ伯を捕らえました。連行しましょうか?」

「そうだな。」

 

 

 連れてこられたローゼンクロイツ伯は、泰然としている。

 

 

「…ハイダルは失敗したのか。」

「そういう事、か。反乱を制圧した直後で、気が緩んでいるときに功績を称える場面で俺を暗殺する。」

「その通り。」

「何故だ、ローゼンクロイツ伯。この反乱で、お前は何を得た?反逆者の汚名だけだ。もしもハイダルが成功したとしても、お前は助からない」

「それはどうかな?」

「始末しろ。」

 

 

 近衛騎士の一人が、エア・スピアーを突き立てるがローゼンクロイツ伯は平然としている。

 呆然としながら近衛騎士が杖を抜くと、傷は即座にふさがっていく。

 

 

「なるほど。ルナの話は本当だったか。命令だ。これを、壊す方法を見つけろ。」

 

 

 殺す方法とザナックは言わなかった。コレを、生きていると認めたくなかったから。




 もうちょっと早くザナックが前世の事を打ち明けていればルナは嫁いでいたでしょうが、ザナック視点だと『また錯乱した』と思われかねないから話せない。
 二回目のお見合い時点でも、ルナ視点のザナックは…同年代で国政に携わっている『得体のしれない化け物』なので心を開いてくれない。

 父親が得体のしれない存在になって、反逆起こして後がない、と追い詰められた状況。サイレントを唱えて声が漏れないようにして話してくれたので、『あ、本当の事だったんだ』と初めて受け入れる土壌が成立する。

 ん…この子が生存するIFルートがちょっと思い浮かばない。生存した場合、ザナックの前世での経験をハルケギニアで生かす為の相談役を務めてくれるので、トリステイン人視点でのリ・エステーゼ王国の詰みっぷりを描写出来るのですが…。


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リッシュモン包囲網

~もしも拙作のルナ・ローゼンクロイツが、リ・エステーゼ王国に転生したら~

ルナ「どうして、いつもスヴェルの月夜なの?」
父親「スヴェル?」
ルナ「月が二つ重なっているから、一つに見えることだけど?」
両親「「」」

うーん、これはランポッサ三世やレエブン候でも、錯乱したと考えて幽閉コースですね。


 トリスタニア、アンリエッタの自室にて。

 

 

「…妹よ。少し、いいか?」

 

 許可をもらって、妹の部屋に入ったザナックはやや黙り込んだ後、問いかける。

 

「水系統のメイジとして、答えてほしい。毒は、どういったものがある?」

「…多岐にわたりますわ。皮膚に触れさせる、傷口にいれる、飲ませる、吸わせる。主にこの四種類がありますわ。植物、蛇、蜘蛛、幻獣の毒を用いることが多いですわ。特に。」

 

 水メイジであれば、これぐらいはサラリと答えられなければやっていけない。

 アンリエッタはまっすぐ兄の眼を見つめて言う。

 

 

「バジリスクの牙からとった毒を塗ったダガーで刺されたら、出血は止まりません。秘薬が辛うじて間に合った例もありますが。」

「そう、か」

 

 

 一連の話を聞いたアンリエッタは、兄を始末しようとした際に用いられた毒物の正体に思い至った。

 兄が知りたかった情報はこれだろう。とはいえ、あの状況で自分ならば助けられたか、と聞かれればアンリエッタには自信がない。

 

 天気が水魔法の威力を増す『雨』であれば助けられたが、ハルケギニアに天候を操る魔法は存在しない。

 

 

 

「お兄様は、ローゼンクロイツ伯爵令嬢を愛していたのですか?」

「…あの話し合いで、お互いに理解しあえた相手だった。」

「それを、愛しているというのですよ」

 

 

 反逆を起こした首謀者の娘だが…。もしも、あの後彼女が一命をとりとめて入れば、間違いなく輿入れする流れになっただろう。

 あの反逆におけるレコン・キスタが仕掛けた謀略はアンリエッタも聞いている。あまりの卑劣なやり方にアンリエッタも憤った。

 

 

 

 

「……妹よ。トリステインの玉座に興味はあるか?」

「あら。私の記憶が正しければ、お兄様が即位なされたはずですが?」

「確認だ。悪いが、もしも今から王位につきたいというなら…。俺を始末するしかないぞ。」

 

 

 何故。自分がトリステインの王子に生まれたのか、ザナックは今でもわからない。

 だが、トリステインを良い国にするためにも、自分は『王』にならねばならない。

 

 立場だけではなく、心から。

 

 

 自分は生きている。意見は、考え方は変えられるが。

 死者の想いは変えられない。

 

 

「お兄様ならば、トリステインを良い国にしてくれます。」

「元より、そのつもりだ。」

 

 

 断言したザナックの眼を、アンリエッタはのちにこう語る。

 

『あの瞬間。兄は本当の意味でトリステイン王になった』と。

 

 

―――――

 神聖アルビオン共和国、王都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿にて。

 

 

「ということで、ローゼンクロイツ伯爵と周辺諸侯による『壮挙』は失敗に終わってしまった…。」

「なんと。トリステインの同志が」

「だが、心配はいらぬ。トリステインにはまだまだ同志がいる。艦隊の再編成はどうかね?」

 

 

 失敗前提の『壮挙』、狙いはその功績をたたえる場面でザナックを暗殺する事という謀略だったが…。

 それは、一人の令嬢の行動により阻止されてしまった。

 

 

 

 そんなクロムウェル派の者をリリーシャ護国卿は冷たい目で見る。

 

 時間稼ぎのために、自分たちに協力してくれる者を使いつぶすか。

 それこそ、トリステイン軍が侵攻してくるときに王都へ進撃させるなり、方法はあるというのに。

 

 ローゼンクロイツ伯爵が起こした「謀反」を制圧したことで、ザナック陛下を中心にトリステインはまとまりつつある。

 時間稼ぎどころか、敵の結束を固める結果に終わっている。

 

 こちらが不可侵条約を申し出たにも関わらず、杖を抜いた以上、トリステインとゲルマニアが和平を申し出てこなければ戦争は終わらない。

 早く復興に全力を注ぎたいのだが、戦争状態が継続している以上、軍への予算は減らせない。

 

 

 

 

―――――

 トリスタニアの王城にてザナックは妹と共に報告を受け取った。

 

 

「リッシュモンが、黒か。」

「…情報をレコン・キスタに売っていた。」

 

 兄の直属となった間諜、火消しの報告書にアンリエッタは目を通す。

 

 

 

「ウィンプフェン伯。水精霊騎士隊で処理する。」

 

 淡々と処理を進めるザナックに、控えていた護衛騎士の一人が声をあげる。

 

 

「お願いがあります!ザナック陛下!」

「…アニエス隊長。発言を許可する。」

「是非とも、リッシュモンの逮捕をお任せください!」

「任せてもよいが、神と始祖に2つ誓ってもらうことがある。」

「なんなりと。」

「一つ目は、決して逃がさぬ事。」

「はっ、神と始祖に誓います。」

「よし。もう一つは、ダングルテールの虐殺にかかわったアカデミー魔法研究所実験小隊を許す事だ。」

「?!」

 

 

 愕然とするアニエス。

 凛とした態度を取り繕うことも出来ず、崩れ落ちる。

 

 底冷えするような眼でザナックは、アニエスを見る。

 

 

「知らないと思ったか?」

「お、お願いです!陛下!我が故郷を焼き滅ぼした者に鉄槌を下さねば」

「ロマリアの幹部から新教徒狩りで金を受け取り、命令を出したのはリッシュモン。その仇を討たせるというのに、それ以上を求めるか。ならば問う。」

 

 ザナックはアニエスと目を合わせる。

 

 

「アニエス隊長。私がある村に疫病がはやっているため、これを焼き滅ぼしてこい、と命令したらどうする?その生き残りが、他の村にいた親族がアニエス隊長を恨んでも、その恨みを正当なものだと受け入れられるのか?」

「……そ、それ、は。」

「それが飲めないなら、リッシュモンの敵討ちも任せられない。不満があるならリッシュモンを始末した後、近衛隊長を辞任しても構わん。ただその場合…。」

 

 

 ローゼンクロイツ伯爵が起こした一連の反逆者に対する苛烈な仕打ちは、耳に新しい。

 ザナックは明言しなかったが、辞職すれば…。

 

 

 その気迫にアニエスは気圧される。

 

 

「…か、神と始祖に誓い、ます…。実験小隊には、危害を、く、加えない、と…」

「では、アニエス隊長。リッシュモンの討伐に全力を賭して貰う。さて、妹よ。リッシュモンをおびき出すにはどうするのがいいと思う?お前の意見を聞きたい」

 

 

「…タニアリージュ・ロワイヤル座はどうでしょう?ここで情報交換をしていたならば、私もそこで問い詰めます。」

「…地理的にリッシュモンの館にも通じている可能性が高い。劇場には地下通路があるだろうな。」

「おびき出しても、逃げられてしまいますね。」

「おびき出すと同時に、館を包囲すればよい。問題は、おびき出す方法だが」

「囮は私がやります。私が行方不明になったという情報を流せばレコン・キスタの仕業かそうでないかを知るために、接触するでしょう。」

「妙案だ。よし、リッシュモンの始末は任せた。私は包囲網を敷く。」

 

 

 

 

 

 そちらについては妹に任せ、ザナックは包囲網を構築すべく部下に指示を出す。

 

「配置はこれでいく。もう一つ、使い走りをやってもらいたい。」

「お任せください、陛下。」

 

 一礼して去るウィンプフェン伯。

 そのうえで、新たに重用するようになった部下にザナックは目を向ける。

 

 

「…お前の負担が多いが、大丈夫か?クレード卿」

「お任せください、殿下。」

「事が済んだ後、これをやってもらいたい。」

 

 指示を受けたクレード卿は、部屋を出た後、配置につくべく足早に動く。

 

 

 

―――――

 …喪服に身を包んだ男が、始祖の像を前に跪いて祈りを捧げる。

 

 扉がノックされ…男は杖を振ってアンロックを発動する。

 

 

「こんなところにいたか。波濤。」

「…参謀総長。」

 

 あの日。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢を救えなかった波濤のモットが、祈りを捧げているという噂は本当だったようだ。

 無理もない。彼女の最期は、近衛隊の間ではすでに広まっている。

 

 ゆえに、彼女を救えなかったモット伯への批判は大きい。あの状況で救えるか?と水メイジに聞いたところ、雨が降っていればあるいは、という返答だった。

 ハルケギニアに天候を操作する魔法やアイテムなど無い。

 

 

「祈るのは、神官にでも任せておけばよい。貴公の仕事はそれではあるまい。」

「…しは。」

「ん?」

「私は。トライアングルメイジになった時に…魔法の研鑽を積むのを怠った。」

「私など風のライン。メイジにとってランクの壁は、火竜山脈よりも高い。」

「わかっている。わかってはいるのだ。だが…。」

「ザナック陛下は変わられたぞ。目つきが、王になられた。」

「それは、どういう事だ?」

「以前は。他に適任がいるなら譲って補佐に回ってもよい、という空気を漂わせていたが…そのどこか柔らかい空気がなくなった。」

「喜ばしい事だ。」

 

 

 ああ。こいつもか。

 

 ウィンプフェン伯は、ザナック王子が行動を始めた際に、真っ先に接触された高官という事もあって、熱心な支持者である。

 だからこそ、ザナック王子が持っていた『心の余裕』とでもいうべきモノを好ましく思っていた。

 

 その余裕が失われた。ド・ポワチエもマザリーニ枢機卿も喜ばしいと言っている。いや、ここにモット伯も追加された訳だが。

 確かに、王子と王は違う。成長と捉えるべきなのだろう。だが、それでは『ザナック』という一個人が、擦り切れてしまうのではないか?

 

 正妃が居ればと思ったが、未だ候補が居ない。重ね重ね、ルナが生きていればと思ってしまう。

 

 

「ヴァリエール公爵家への使者に赴け、との事だ。」

「…この私に、まだそのような仕事を与えてくださるのか?」

「今のトリステインに、人材を遊ばせる余裕はないと仰っていた。」

「そう、か。私でも、まだ出来ることはあるか…。」

「宮廷雀が何を囀ろうと、気にするな。陛下が評価してくださっている以上、臣下はそれに応えるべきであろう?」

「わかった。もう、悩まぬ。私は、私が出来ることを全力でやる。」

 

 

 よし、これで問題は解決だろう。力強く歩き出すモット伯をウィンプフェン伯は見送る。

 後は…。

 

「リッシュモンの包囲網、か。一点突破を図られたら逃げられる公算が高いが…。」

 

 部隊の配置もやや間隙が広い。一抹の不安がウィンプフェン伯に浮かぶ。

 

「いや、あの方のことだ。一点突破を図らないという確証があるのだろう。」

 

 

 

―――――

 アンリエッタが視察を終えた後、行方不明になったという知らせがリッシュモンに届く。

 それを知ったリッシュモンは、大慌てでレコン・キスタの間諜と劇場で接触する。

 

 

 リッシュモンが外出した、という報告を受けたザナックは笑みを浮かべる。

 

 後は、妹とアニエス隊長が始末をつけるだろう。失敗したときの備えもある。

 同時にリッシュモンの館を制圧するべく、ザナックは包囲させる。

 

 

 アンリエッタ王女が行方不明で捜索部隊が出ている以上、部隊を展開してもそれは捜索部隊と思わせることが出来る。

 ここで一点突破を図れば逃げれるが、それをする事はリッシュモンを置き去りにするため出来ない。

 

 

 この時ザナックは、情報漏洩を恐れて担当部隊にはそれぞれ個別に指示を与えていた。

 何せ、相手は高等法院の長。目と耳は鋭い。

 

 

―――――

 同時刻、リッシュモンの館は大混乱に陥っていた。

 王女が行方不明になった。何かに備えて館に集まっていろという指示が下って、派閥と一族の者は集結していたのだが…。

 

 

「お、王国軍が包囲しています!」

「馬鹿な!アンリエッタ王女殿下の捜索部隊だろう!」

「だが、包囲されているのは事実!」

 

 

 リッシュモンの配下、ベルナルドは私兵を見渡す。

 

 

「敵軍の数と配置はどうなっている?」

「か、数は不明!」

「やむを得ん。閣下が戻られるまで館を死守する!」

 

 慌ただしく動き始める私兵達。

 普段は父の威光を笠に着るモーガンとトマソン、ミリアムは狼狽する。

 

 

 

「王国軍が包囲しているってことはつまりはそういう事だよな…。ここまで、か。」

 

 諦めたエリクに対して、ディミは発破をかける。

 

「エリク兄さん、まだ手はあるわ。」

「ど、どうやって?」

「いいから。ちょっと見て回ったけれど、どうにも部隊同士で連携が取れていないみたい。ここに付け込むスキがある…!」

 

 

 

 

―――――

 日焼けした小柄な歴戦の中年軍曹、ニコラはザナック陛下の作戦として、包囲網の一角を担っている。

 そんな時。館から轟音が響き渡る。

 

 

「軍曹殿、どうやら先走った部隊がいるようですな。」

「取りこぼしが無いように、ということだったが。あの方面はどの部隊が…?」

 

 

 情報漏洩を警戒し、前線将校同士は顔合わせすらしていない。

 そんな中、ドヤドヤと十数名が駆けてくる。

 

 

「そこまでよ、リッシュモン…!また私兵?!」

 

 見知らぬ淡い水色髪の少女が、杖を向けてくる。

 リッシュモンを『追っている』ような言動から、ニコラ軍曹は味方であると『思い込んだ』。

 

 

「自分達は、正規の王国軍でさ。」

「…こっちに、リッシュモンが来なかった?」

「いいや。」

「ということは、こっちに逃げたのは偏在!先回りするわよ!」

 

 

 そう言い残し、少女とその仲間は来た道を戻らず、そのままどこかに去る。

 

 

 

「何だったんですかね?」

「包囲網の一角、では無くて追い込む部隊か?いや、それより」

 

 

 歴戦の軍曹は、リッシュモンの私兵が動き出したことを感づき、思考を目の前の戦いに切り替える。

 館を制圧せよ、というのがザナックから与えられた任務だ。

 

 

―――――

 館の制圧作戦は、順調に進む。部屋を制圧し、王国軍は突き進む。

 だが、ある大部屋に差し掛かったところで許容できない被害を被る。

 

 

 リッシュモンの懐刀、ベルナルドが私兵を指揮して立ちはだかる。

 

 

「観念しろ!」

「もはや、逃れる術はないぞ!」

 

 

「逃れる?お前たち、何故あんな小太りに従う?あいつは、玉座を空白にした女の子供だぞ!」

「それ、は…」

「共和制なら、そうはならない。一人が心を病んでその職務を果たせないなら、別の有能な人材が取って代わる。共和制ならば、トリステインは倒れない!」

 

 

 ベルナルドの言葉に、王国軍側は動揺する。

 だが。

 

 

「妄言、ここに極まれり。聞くに耐えん。」

「クレード卿?」

 

 

 精悍な30代のメイジが、呆れたような目を向ける。

 

 

「共和制は議論によって決定する以上、重大な決定を行わねばならない時に王政や帝政に速度で劣る。南北に10倍の国土を持つ国家に挟まれたトリステインにおいて、重要な決定を行わねばならない時に議論などしていては、亡国の道を突き進む事は明白。何より王政は6000年も続いている。共和制が優れているというなら、その根拠を示せ。」

 

 クレードは冷ややかな目で告げる。

 ベルナルドは殺意を向ける。

 

「どうやらお前には何を言っても無駄なようだな」

「奇遇だ。初めて意見が一致したようだ。」

 

 

 

 

 ブレイドによる応酬、時折体術を駆使するが、中々決着がつかない。

 だが、実戦経験という点においてクレードはベルナルドの上を行く。

 

 じりじりと追い詰められ、ベルナルドの動きが鈍る。これ以上長引かせる訳にはいかないと捨て身の一撃を放つが。

 

「ウィンディ・アイシクル!」

 

 

 氷の矢が、ベルナルドの太ももを射抜く。激痛で動きが鈍ったベルナルドの利き腕をクレードは斬り飛ばす!

 

 鮮血が迸り、倒れるベルナルド。

 

「国庫を食い荒らし、賄賂を受け取り、敵国に情報を売り渡す輩の言葉などに惑わされるな。」

 

 動揺するリッシュモンの子供たちと私兵に、クレードは告げる。

 

「捕らえろ。この期に及んで抵抗するなら、殺せ」

 

 

 無力化を確認した後、クレードはその場を去る。

 ザナック陛下からの命令は館の速やかな制圧と、アニエスの抑えだ。

 

 

 

―――――

 リッシュモンは、劇場の地下に用意していた通路から逃走する。

 まさか。あのアンリエッタ王女が誘拐された話を流し、慌てて自分がアルビオンの密使と接触するべく行動を起こした所を逮捕しようとする筋書きを書くとは。

 

 もう、自分の派閥は終わりだ。こうなった以上、金をもって一族と館の私兵を連れてアルビオンに脱出。この屈辱はクロムウェル皇帝に兵を借りて復讐を…。

 

 

 そんなリッシュモンは、前方に誰かがいることに気づく。この秘密通路を知っているなら味方と思ったが、向けられる殺気から敵だと推測する。

 その顔にリッシュモンは見覚えがある。

 

 

「平民が、何の用だ」

「ダングルテール」

「何の話だ?」

「とぼけるな!20年前!アカデミー実験小隊を使って焼き払った!私はたった一人の生き残りだ!」

「…ああ、そんな事もあったな。」

 

 20年前の出来事を言われて、リッシュモンは記憶をたどっておぼろげながら思い出す。

 

「いくら、いくら受け取った!」

「賄賂の額などいちいち覚えておらぬわ。」

「殺す。地獄で貯めた金を使っていろ!」

「平民風情が、メイジに勝てると思ったか!」

 

 リッシュモンのファイアーボールに対して、アニエスはマントと水袋で炎の威力を減衰させる。

 それでも、鎖帷子に熱が伝わり全身に激痛が走る。

 

 

「ぬっ!」

 

 慌ててリッシュモンはエア・カッターを放つ。ファイアーボールが減衰されたことで、炎系統に対する対策をしているという判断だったが。

 手傷を負うが、板金鎧と鎖帷子で致命傷にはならない。

 

 

 アニエスの刃が、リッシュモンの心臓を貫く。

 

 

「ぐっ、ごはああ!へ、平民風情に、この、私、が…」

 

 

 リッシュモンは動かなくなった。

 

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

 

 リッシュモンを討ち取ったが、アニエスも火傷と裂傷で意識がもうろうとしている。

 ザナック陛下は、リッシュモン以外への復讐を禁じた。復讐のために生きてきたが…。実行犯の仇を討てないなら、このまま…楽に…。

 

 

―――――

 アニエスが目を開けると、見知らぬ部屋だった。

 

 

「ここは?」

「目が覚めたか。リッシュモンを始末したことは報告済みだ。今は体を休めよ、という事だ。」

「…お前は。」

「クレード。リッシュモンの館を制圧した後、貴公が失敗したときに備えて奴を始末する命令を受けていた。貴公が成功していれば手当てをしておけと。復讐を止めさせた以上、重傷を負った際に生きる気力が萎えているかもしれない、と仰られていた。」

「…あの方は、そこまでお見通しだったのか」

 

 

「…復讐者の目をしている。そういう目をした奴を、俺は何人も見てきた。」

「復讐を止めろ、と?」

「世の中には勘違いしている馬鹿が多いが、復讐は犯罪を正当化はしない。」

「犯罪だと!だったらあの虐殺は!」

「どんな理由があれど、罪を犯せば犯罪者として処罰されて当然だろう。俺が言っているのはそういう話だ。陛下はリッシュモンを討つ事は許可したが、それ以上は許していない。その一線を越えたら処罰されるのは当然だ。」

 

 

 クレードは薬湯を入れると、アニエスに差し出す。

 

「アンリエッタ王女殿下が直々に調合なされた。」

 

 

 アニエスは、差し出された薬湯をゆっくりと飲んだ。

 

 

 

 

―――――

 同時刻。

 上げられた報告書を読み、ザナックは困惑する。

 

 

「リッシュモンの縁者2人と7名の使用人が捕まっていない。どうやって逃げた?」

 

 あの状況で逃げおおせる者がいたとしたら、圧倒的な力による正面突破を想定していたが…。

 作戦に従事した前線将校の軍曹を全員呼びだし、事情を聴く。

 

 

「そういえば、先走った部隊がいました。」

「誰だ?」

「…ここにはいないみたいですがね。偏在を追っていると言って…そのまま外に…。」

 

 そこまで言って、ニコラ軍曹もザナックも気づく。

 

 

「…なるほど、騙されたわけか。」

「情報が漏れていたのでは?」

「いや、その場合、館に行かなければよい。咄嗟に包囲網の一角を担っている風な言動をとって逃亡したか。機転が利く奴だな。特徴は?」

 

 ニコラ軍曹はその後失態を取り返すべく、記憶をあさってザナックに情報を提供する。

 

「使用人はともかく、縁者は身柄を確保しておかないと後々禍になる。」

「リッシュモンの愛人の連れ子はともかく、リッシュモンの甥っ子は…」

「正確には、リッシュモンの正妻の妹夫婦の息子だ。」

 

 縁者というには血のつながりがないことで、アンリエッタは目を瞬かせる。

 

「お兄様、残党が旗印にするにしても根拠が弱くありませんか?放置しても…」

「アルビオンとの戦いを前にして、不確定要素は排除せねばならん。」

 

 

―――――

 リッシュモンは始末したが、その縁者二人を取り逃がした。とりあえず、トリスタニアの出入りは厳重に調べさせる事にして。

 ザナックは他の行動を起こす。

 

 トリステイン王国軍、輜重隊司令官。ギンメル卿。

 王国軍の補給を担当する部署である彼は、大きな懸念事項があると事前に伝えてきた。

 

 

「アルビオン遠征をおこなう場合、補給計画書はどうなっている?」

「内乱の後、というのを懸念しております。物資が足りなくなるかと」

「何?持っていく物資に関しては用意できるはずだ。長引かなければ。」

「恐れながら、それは『人間』の話です。小官の懸念は、馬の食糧と水です。」

「それも補給部隊に運ばせるわけにはいかんか?」

「現地である程度調達する公算を立てております。それにしても此度の作戦においては、浮遊大陸での軍事活動。トリステイン史を紐解いても前例は無く…。」

「ゴーレムに引かせるのはどうだ?」

「効率が悪すぎます。ある程度は人力でどうにかするしかないでしょう…。トリスタニア国内からラ・ロシェールに集め、そこからフネに積み込み。ロサイスで下ろしてそこから運搬となると効率が悪すぎます。風竜騎士に運ばせれば楽ですが、風竜が消耗します。」

「難題だな。その上、街道は荒れている公算が高いと来たか。」

 

 

 ザナックは優秀な王子だが優秀な土メイジではなく、一部のコモンマジックだけは研鑽したドットでしかない。

 課題が浮き彫りになったところで、予定していた客が来たという知らせが入る。

 

 

 ヴァリエール家の長女とザナックはこの日、面会する約束をしていた。

 

 

 

―――――

 エレオノールは緊張しながらも、毅然とした態度を崩さない。

 今から会うのは、トリステイン国王に即位したザナック王。

 

 アルビオンへの攻勢を考えているだろうが、ヴァリエール家は反対していることを伝えねばならない。

 諸侯軍を編成せよと言われたら、軍役金を支払う用意はあるが…。

 

 

「ようこそ、エレオノール殿。」

「はっ。陛下におかれましてはご機嫌麗しく…。」

「茶でも飲まぬか?」

「で、では。」

 

 

 ザナック王の前には氷が入ったトールグラス、自分の前にはカップ。

 紅茶が注がれるが、それにザナック王はたっぷりとミルクを入れる。

 

 

「変わった飲み方だろう?」

「い、いえ。そのようなことは」

「自覚はある。だが、良いものだぞ。暑い日にはこちらの方が良い。」

 

 一口飲むと、ザナックは唇をなめる。

 

「ヴァリエール家はアルビオンへの侵攻には反対か。」

「はい。父の言葉を伝えます。反徒を包囲すれば向こうから和平を言い出す、と。こちらから攻めることを守るとは言わない…。」

「そして、また不可侵条約を破られて、トリステイン人が大勢死ぬと。」

「…恐れながら陛下。アルビオン大陸は難攻不落。」

「一連の内乱で、アルビオンは士官を大勢失い、練度が下がっている。それに…次の戦いでアルビオンの火竜騎士団はまず出てこない。」

「アーベラージのゴーレム、ですね?」

「そういう事だ。さて、貴女に質問しよう。レコン・キスタの資金源はどこだと思う?」

「各貴族の持ちよりでは?特に、モード大公の関係者からの献金が大きいかと」

「ガリア王国だ。」

「?!な、何故ガリアが、共和主義者に援助をするのですか!」

「アルビオンで戦争になれば、硫黄が高値で売れる。共和主義者が勝てば、次のターゲットはトリステイン。そしてトリステインから同盟を求られても、ガリア王国がそれを拒否すればゲルマニアと組まざるを得なくなる。」

「……」

「つまり、アルビオンの共和主義者とトリステイン・ゲルマニアで戦争というわけだ。両者が疲弊したところでトリステインとゲルマニアの本国をガリア軍で叩き、遠征軍をアルビオンの共和主義者と挟み撃ち。最後は用済みになった共和主義者を蹴散らせば…数十年はガリア王国はやりたい放題の時代が来る。」

「それを、ガリア王は企んでいる、と?」

「そう考えれば、つじつまが合う。とりあえず、ガリアからレコン・キスタに金が流れているのは事実。だが一つだけ、この謀略を打ち砕く手がある。大国ガリアは新教徒およびオルレアン公の残党による抵抗もあって、兵の動員が遅い。降臨祭までには間に合わないと私は考えている。」

「つまり、降臨祭までにアルビオンの共和主義政権を打倒すれば」

「ガリア王の目論見はご破算となる。まぁ、その場合でも硫黄を高値で売り飛ばせたから、アルビオンへの資金援助以上の物は得ているだろうよ。それを踏まえた上で聞く。」

 

 ザナックは、冷たくなったミルクティーを一気に飲み干す。

 

 

「ヴァリエール家は、アルビオンへの侵攻は反対か?」

「ち、父と相談させてください!」

「それも道理だな。ところで、紅茶は良いのか?」

 

 そういわれ、エレオノールは一息で紅茶を飲み干すと一礼してその場を去る。

 公爵令嬢らしからぬ行動だが、それだけパニックになっているのだとザナックは判断し咎めることはしない。

 

 

 

 入れ替わりに入ってきた報告を受け取るザナック。

 

 

「そう、か。始祖の祈祷書を貸したが…。虚無は発現せずか。」

 

 

 ザナックは考える。ウェールズとアンリエッタのヘキサゴンスペルでレコン・キスタを蹴散らす、というのはリスクが高い。

 自国の王女を前線に立たせる事は、トリステイン上層部…具体的にはド・ポワチエ、ラ・ラメー伯、ウィンプフェン伯の連名で提出されたが…。

 

 それを聞いた母が会議室まで押しかけてきて猛反対した為、白紙となった。

 

 

「トリステイン王国軍と、諸侯軍。王党派とゲルマニア軍。それに加えて、双月とガンダールヴか。」

 

 レコン・キスタと戦ってくれる軍団はこれだけ。これでどうにかして勝たねばならない。

 裏にガリアがいるが、それに備える余力はない。

 

 

「…ヴァリエール家の軍がどれほどの物か。そしてこれは…。魔法学院の生徒が士官になりたい、か」

「実戦経験が乏しくても、メイジの割合が増えれば艦隊決戦に勝利できる可能性は高まるかと。」

「それもそうだな。厳しくしごいてやれ。実戦よりつらい訓練など無いのだから」

 

―――――

 同時刻。

 

 まんまと逃げおおせたエリクとディミは、木賃宿で今後どうするか相談する。

 

 

「当面の生活費はあるけれど。どうやって稼ぐ?ギャンブル?」

「色々作って売ってみよう。機会を見てトリスタニアを脱出して…」

 

 

 強い絆で結ばれた双子は前後策を練る…。




前世と違って、使える手駒が増えつつあるザナック陛下。

アニエスの復讐についてですが、ザナックなら『命令を下したものを恨むのは当然だが、軍人は命令に従っただけ。それを実行犯だと言って復讐するのはおかしい』と考える気がします。
というより、オバロ勢なら誰もが『命令に従った軍人に罪はない』と考えるかと。まぁ、アニエスさんの心情に対して斟酌してくれるでしょうが。


原作だとダングルテールと言われて即座に思い出していたリッシュモンですが、20年前の事を即座に思い出すのは難しいのでは?
例えばデイバーノックが「20年前の仇!」と言われて襲い掛かられても、とっさに何のことか思い出せないでしょう。
…そいつの場合、心当たりが多すぎてわからない?ごもっとも。


次回は、タバサとヘジンマールの物語を送ります。
眼鏡、冷気属性、読書好きの組み合わせは、普通に仲良くなりそうな光景しか浮かびません。
…まぁ、ヘジンマールではギルモアのカジノと、極楽鳥の卵の「任務」が達成不可能ですが。


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外伝:タバサとヘジンマールとオーク鬼

使い魔がシルフィードではなくヘジンマールだと無理ゲーな任務、極楽鳥の卵とカジノ。

極楽鳥←火竜山脈に生息。卵を狙われたら、雌の火竜に似た鳴き声を上げて雄の火竜をおびき寄せる習性がある。戦場が熱いうえに火竜が群れで襲ってくるとか、フロスト・ドラゴンだと普通に無理ゲー。
ギルモア←先住魔法を使える幻獣エコーを使って、ポーカーで相手より上役を揃える。先住魔法はヘジンマールだと見抜けないのでタバサが詰む。


…まぁ、モモンガさんなら極楽鳥の鳴き声におびき寄せられた雄の火竜を虐殺して素材回収。イカサマについては、カードに《魔力の精髄》と《生命の精髄》かけて看破。
その後は『流石アインズ様、下等な人間の浅知恵など最初から見抜いておられたのですね!』という流れになるでしょう。


 父親のオラサーダルク=ヘイリリアルからきつく叱責を受け、いよいよもって追い出されそうな気配を感じつつあるヘジンマールはこの日。

 

 部屋に奇妙な鏡のようなものが浮かんでいることに気づく。

 近くにあった小石をぶつけてみたが、何も変化がない。好奇心にかられてそれに触れた時…。ヘジンマールはその場から消えた。

 

 

 このゲートに触れたのが他のフロスト・ドラゴンでは無かった事は、呼び出したメイジとヘジンマールの双方にとって幸運だっただろう。

 最も、ここでヘジンマールを失ったフロスト・ドラゴン一族は、後に厄災を受けることになる…。

 

 

 

 

 

―――――

 目を開けたヘジンマールは、強い光と暑さを感じて不快感を覚える。

 草原のようだ。書物に記されていた『転移魔法』だろうか?それにしては、書物と随分違った形状をしていたが。

 

 

 身なりのよさそうな小さな人間が大勢いる。

 

 

「ど、ドラゴンだ!」

「ちょっと太っていないか?」

「なんで、眼鏡をかけているんだ?」

 

 

 …言葉を発しようとしたヘジンマールだが、それを察知した小柄な青い髪の女の子が静止する。

 

 

「しゃべっちゃ、だめ。」

 

 

 真剣な表情と、手に持つ大きな本。纏う冷気と眼鏡をかけている事に、ヘジンマールは強い共感を覚える。

 

 

 …どうにも見知らぬ場所であり、アゼルリシア山脈の方向など、様々な情報が不足している。

 目の前の人間の女の子は自分に対して好意的であり、ここで逆らうのは得策ではない。ヘジンマールはそう判断する。

 

 

 

 

―――――

 使い魔の契約、というのは中々痛かった。

 だから、二人きりになったときにヘジンマールはいろいろと質問しようとした。

 

 

 その直前に、タバサはヘジンマールが暑がっていることに気づき、短く魔法を詠唱。

 ヘジンマールが過ごしやすい温度に調整した後、サイレントをかけて静寂な空間を作り出す。

 

 

 

「韻竜は、絶滅したと思っていた…」

「韻竜って、何?」

「言葉を操り、先住魔法を使う一族…。でも。」

 

 韻竜についての書をタバサは読んだことがあるが、目の前のヘジンマールはどれも該当しない。

 ちょっとおなか回りが太っている。

 

 ヘジンマールはタバサの視線に気づく。

 

 

「フロスト・ドラゴンは脂肪を蓄える傾向があるんだ」

「なるほど。」

 

 寒冷地帯の動物は脂肪を蓄える傾向がある。それを書物で知っていたタバサは納得する。

 タバサとヘジンマールは場所を変えて、さらに事情を話し合う事にした。

 

 

 

―――――

「今日は、春の使い魔を召喚する儀式だった。ここで、使い魔を召喚し、契約出来ないと二年生に進級出来ない。」

「その儀式に、僕が来てしまったって事か…。使い魔に、君は何を求める?」

「使い魔は、主人の眼となり、耳となる」

「つまり、僕が見聞きしたものを、君も共有するって事?逆はどうなの?」

「逆も可能。後は、主人の望むものを見つけてくる事。秘薬の原料などが該当する。最後は、主人を守る事だけど…。」

「どうしたの?」

「…私は、ガリア王国の北花壇騎士団に所属している。本国から「出頭」として呼び出されれば危険な任務を行わねばならない。」

「断ったら?」

「母の命がない。」

 

 

 ヘジンマールは自分に置き換えて考える。母であるキーリストラン=デンシュシュアを人質に取られて、任務を行わねばならない。

 なるほど、それは断れない。

 

 

 

 

―――――

 夜になり、夜空を見上げて仰天したヘジンマールはタバサの部屋の窓を叩く。

 ただならぬ様子に、タバサは何かあったのかとヘジンマールに対応するが。

 

 

「大変!あ、あれを見て!」

 

 

 早口かつ小声で問いただすヘジンマール。その視線の先を、タバサは見る。

 今夜も二・つ・の・月が輝いている。

 

「月が、二つある!!」

「…?月が二つあるのは当たり前。」

 

 

 この使い魔は、何を当たり前な事に驚いているのか。

 一方、月が二つある事を当たり前のように告げられたヘジンマールは呆然とする。

 

 

「いや、月は一つ…」

「ヘジンマールの故郷だと、月が重なっているから一つに見えるのでは?」

 

 

 タバサは内心呆れながらそう教える。

 ヘジンマールの脳裏にSANチェックという不思議なワードが浮かび、直後に小さな立方体が転がる幻聴が聞こえる。

 

 

 その後ヘジンマールは腑に落ちない表情で、夜空に浮かぶ双月をしばし見つめるのであった…。

 

 

 

―――――

 呼び出されてからしばらくの間、ヘジンマールはタバサから文字を教わり、一人で読めるようになってからは共に本を読んで過ごす。

 

 言葉は交わさず、ただ、同じ時間と空間を共有する。そういう間柄になるまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

―――――

 使い魔になってしばらくたったある日、ヘジンマールは奇妙な夢を見た。

 知らない光景が、浮かんでくる。

 

 

 

 深い森の中。若い人間の女と、膨大な数の『頭』が胴体に生えている異形の姿が対峙している。

 

 致命傷を負って冷たくなっていく女と、ヘジンマールの全身に迸る強い怒り。

 

 異形が大きな口を開ける。ドラゴン、なのか?

 だが、ブレスが放たれるより前に。氷の槍が飛び込み…異形は倒れ伏す。

 

 

 弓が立てかけられている。その横に、綺麗な『蒼い髪』が捧げられる。

 

 

 …断片的な情報でしかないが、ヘジンマールは想像できた。これは、タバサの記憶だ。

 あの『異形のドラゴン』を倒せと言う任務を受けて、現地の協力者と当たっていたが、協力者は死亡。

 その後、タバサが仇を討ち、自身の髪の毛を捧げたのだろう。

 

 

 タバサが受けている『任務』というのがああいう化け物退治であるなら、心構えはしておかなければならない。

 

 

 

―――――

 最近。タバサは奇妙な夢を見た。

 王城の景色だ。どこの城だろうか?

 

 

 奇妙な亜人もいる。コボルトとは違うようだが…。茶色や黒が多く、赤や青の体毛をしている個体は少ない。

 

 それにしても何を食べているのだろう?まるで、鉱石のように見えるが。

 

 場面が、変わる。

 大きな成体のドラゴンがいる。

 

『無様にも程があるぞ、ヘジンマールッ!お前よりずっと年下の妹に、ブレスで押し負けるとは何事だ!この世は、強くなければ生き残れないのだッ!わかったか!』

 

 …似ている、ヘジンマールに。

 タバサはそう感じた。

 

 きっと、あのドラゴンはヘジンマールの父親で、これはヘジンマールの記憶だろう。

 タバサには妹が居ないからわからないが。父親から優秀な妹と比べられて叱責されるのは、辛いはずだ。

 

 詳細は不明だが、過去に無力だった事で大切な人を失った為に力を重んじるようになり、それをヘジンマールにも教えようとしていた。

そう、タバサは考えた。

 

 

 だが、ヘジンマールは穏やかで、戦いを好まず、知識欲に溢れた性格だ。

 あの韻竜の視点から見てもドラゴンらしくないのだろう。だが、タバサにとってはドラゴンらしい事よりも、自分と気が合う事の方が重要だ。

 

 近々、危険な戦いに巻き込んでしまうかもしれない。だからこそ、タバサは自分に出来ることなら精一杯ヘジンマールに報いると決めた。

 

 

―――――

 ある時、トリスタニアの賭博場でタバサは大勝ちして、その金でヘジンマールにも鹿肉料理とドラゴン・フルーツなる果物を持ってきてくれた。

 噛むほどに肉汁溢れる旨味たっぷりの鹿肉料理と、甘さと適度な酸味が合わさったドラゴン・フルーツはヘジンマールの胃袋と心を掴んだ。

 

 

 

「ねぇ、タバサ。貴女の使い魔って変わっているわね?ドラゴンなのに本を読むなんて。」

「勉強熱心。」

「うーん。ドラゴンが本を読んで何か意味があるの?」

 

 その問いかけを、ヘジンマールの父も投げかけた。ヘジンマールは相変わらず、それに対する答えは持ち合わせていない。

 だが、好きなのだ。知識を蓄えるという行為そのものが。

 

 

 タバサから借りた、『幻の古代知性生物たち~韻竜の眷属』にフロスト・ドラゴンに関する記述はなかった。

 予想はしていたが。

 

 

―――――

『どうした、氷の』

 

 

 タバサの友人、キュルケの使い魔サラマンダーのフレイムが、ヘジンマールに話しかけてくる。

 

「…アゼルリシア山脈、って知らない?」

『聞いたこと無いな。』

 

 

 ヘジンマールは、ジャイアントモールに顔を向ける。

 

 

「クアゴアを知っている?」

『知らないなぁ。もしかして、僕のように土の中に潜る種族なのかい?』

 

 ヘジンマールはヴェルダンテの言葉にうなづく。

 

 

「鉱石を食べて、それによって特徴が変わる種族なんだ。」

『鉱石を食べる?!なんて種族だ!』

 

 その生態に驚くヴェルダンテ。

 ジャイアントモールは宝石を見つける特技があるが、クアゴアという種族がいたら競合相手になることを、ヴェルダンテはすぐに思い至る。

 

 

『あなたって、本当に遠いところから来たのね。でも大丈夫よ。使い魔になったらご主人様に保護してもらえるんだから。』

「そう、だね。」

 

 小さなカエル、ロビンの言葉をヘジンマールは受け入れる。

 そもそも、あの調子だと自分は遠からず追い出されていただろう。正直、準備期間は欲しかったが…。

 

 ヘジンマールはこの異郷の地に住み着く決意を固める。

 

 

 

―――――

 

 ヘジンマールは、タバサから「イーヴァルディの勇者」という本を借りて読み終え…。ガリア王国からの「出頭」に応じてガリア王国への道中で話をする。

 

「イーヴァルディの勇者だけど。なんで勇者イーヴァルディじゃあないのかな?」

「それは、私も思った。」

「もしかしたら、勇者というのはイーヴァルディ自身を指さないのかも?」

 

 ヘジンマールの指摘に、タバサははっとする。

 

 

「!イーヴァルディの、決意とか、勇気…。それを指しているから、勇者イーヴァルディでは無くてイーヴァルディの勇者?」

「その解釈が正しそうだね…。ところで、今回の任務は何?」

「オーク鬼。人間の子供が好物。2メイルぐらいで、2本足で歩く大きな豚。」

 

 

 未知の敵との戦い、という事でヘジンマールは動揺するが…。イーヴァルディの勇者の物語を思い出す。

 自分だってドラゴンだ。豚に怯えるわけにはいかない。

 

 

 

 

―――――

 タバサが放棄された開拓村へ出立した直後。

 東薔薇花壇騎士団と外部のシャルル派の密会が開かれる。バッソ・カステルモールは、信頼できる6名の同志の顔ぶれを見渡す。

 平民の剣士、武人肌の土メイジ、老齢の司祭、若くて野心あふれる軍人、ガリアの竜騎士、フードを被った男。

 

 最後の議題は、先日呼び出された使い魔の話になる。

 

 

「最後に、シャルロット様が呼び出された使い魔だが…実物を見てどう思ったか、どうするべきか聞かせてほしい。」

 

 

「ふっ、新種のドラゴンを引き当てるとは、流石シャルロット様だな。」

「だが…ドラゴンにしては太っていないか?カステルモール殿、あれは少々運動させたほうが良いかと。」

「否、寒冷地の生物は脂肪を蓄える傾向があるのじゃ。それにまだ、懐いていない可能性もあるぞい。苛烈な訓練を施せば、恩義を忘れて野生に帰るやもしれぬわい。」

「カステルモール団長。あの使い魔はドラゴンでありながら読書をしていました。高い知性を持つ新種のドラゴン…もしかしたら、すでに滅びた韻竜の眷族かもしれませんぜ。この説を大々的に広めれば、我らはより大きな支援を受けられるのでは?」

「待て。そもそもドラゴンが本を読んで何になる?ドラゴンの役割は空を飛び、ブレスや牙、爪、尻尾で戦うことではないか?」

「うむ…。」

 

 そんな中。ずっと黙っていたメイジが口を開く。

 

「…シャルロット様は素性を隠して、小国トリステインで不慣れな生活を送っていらっしゃる中、読書を楽しんでおられるという…その同好の士が増えたのは、喜ばしい。たとえ呼び出されたのが、ドラゴンではなくネズミでも、シャルロット様の御心が安らぐならば…支持する。シャルロット様の御心は、すべてに優先する…。」

「そうだな。韻竜の眷族扱いをすれば、簒奪者の娘が手出しする可能性がある。当面はドラゴンを呼び出された、という話を流す。」

 

 

 

 

 

―――――

 廃墟となったガリア王国の開拓村。鉄の柵はひしゃげ、木製の建造物は風雨に任せるままに破損しつつある。

 

 そこに、獣の臭いをまき散らす亜人、オーク鬼が十数匹うごめいている。

 

 動物の毛皮を体に巻き付け、こん棒を持ち、鳴き声を上げる。

 

 

 

 

 水と風と風。タバサが得意としている、『ウィンディ・アイシクル』がオーク鬼達を不意打ちする!

 十数本の氷の矢に貫かれ、二匹のオーク鬼が倒れ伏す。

 

 

「ぶぎぃ!びぎぃ!」

 

 

 敵襲、という事を察知したオーク鬼たちがいきりたち、周囲の警戒を強め…嗅覚でタバサが隠れている場所を突き止めると、そこに向かって突進する。

 

 

 自分たちは大勢。相手は小さなニンゲン。

 負けるはずがない。魔法を使ってきても、自分たちの勝ちだ。

 

 

 

 

 直後、彼らは背中から猛吹雪を浴びる!

 その寒さたるや、真冬並みである。

 

 オーク鬼達は、なんとか振り返った。

 見た事のない、氷のドラゴンがそこにいた。

 

 

 あのドラゴンは一体何者なんだ…?

 それが、オーク鬼達が最期に思い浮かべた事だった。

 

 

 

―――――

 タバサが奇襲をしかけ、囮になる。後は向かってくるオーク鬼に対して、ヘジンマールがオーク鬼の後ろからブレスを放つ。

 そのまま挟み撃ちにして翻弄する。

 相手が単純なオーク鬼という事と、初の実戦という事で連携が取りにくい事を加味した作戦だったが…。

 

 

 タバサにとって想定外だったのは、ヘジンマールのブレスの強さだ。

 オーク鬼は丈夫な皮と脂肪で寒さや打撃に強い。そのうえ、毛皮を纏っていた。

 

 にも拘わらず、たった一発のブレスで全滅だ。

 韻竜の強さに対して、右斜め上に評価を修正するタバサ。

 

 

 

 ハルケギニアに来て、初めての実戦。

 ヘジンマールは渾身の力を込めてブレスを吐いたが…それで片が付いてしまった。

 

 

「…今ので終わり?」

 

 

 ヘジンマールの拍子抜けした声で、タバサは考える。

 これで片が付くなら、わざわざ自分を投入したりしないはずだ。ガリアの騎士団であれば討伐は可能なはず…。

 仮に自分を始末するつもりなら、お粗末すぎる…。

 

 

 

「びぎいいいいいいぃっ!」

 

 

 ひと際、大きな声が響き渡り何者かが迫ってくる。

 その方向をみて、タバサは理解する。

 

 

 なるほど、どうやらこの個体がいたから自分は送り込まれたのだろう。

 

 

 鉄製の部分鎧を纏った、オーク鬼と比較しても大柄な個体が、赤い刀身のバスター・ソードを握りしめながら数体の部下を引き連れて現れる。

 部下が殺されたことに気づいた、オーク鬼の首魁は雄たけびを上げて突っ込んでくる。

 

 

 タバサとヘジンマールの左から首魁と思われるオーク鬼が、右からその取り巻きが迫る!

 

 

 

―――――

 ヘジンマールのブレス、タバサの『ウィンディ・アイシクル』で鉄の鎧の隙間からダメージを与えたが…。

 それでも、オーク鬼の首魁はバスター・ソードを振り回して暴れ回った。

 

 あわや、という局面でもヘジンマールはタバサを庇う。

 

 

 

 ヘジンマールの尻尾で転倒させ、タバサが倒れた首魁の急所をブレイドで貫いた事でオーク鬼の首魁は力尽きた。

 

 

 勝てたのは、首魁を集中攻撃できるように周りの取り巻きを足止めをする。

 とヘジンマールが咄嗟に判断して、広く浅く、取り巻きの足元を狙って氷漬けに留めた事。

 

 オーク鬼の首魁が単調な攻撃しか出来ず、タバサが今まで積み上げた実戦経験と身のこなしで攪乱した事。

 こういった要素が重なり、主従は勝利した。

 

 

 

 残った3匹のオーク鬼は戦意喪失したため、ヘジンマールは爪で切りさいてトドメを刺す。

 

 

 ヘジンマールはタバサを庇った際に少なからず傷ついており、何より主従は疲れ切っていた。

 とりあえず、廃墟でもまだマシな所を探して一休みした後。魔法学院に帰ることにしたのだが…。

 

 

 

 

―――――

 タバサは、呆れていた。

 ヘジンマールが、オーク鬼の首魁が持っていた赤い刀身のバスター・ソードを持って帰るべきだ、と主張したからだ。

 

 

「…亜人が使っていた武器。そもそも、あちこち傷ついている。」

「聞いて。これには、持って帰るだけの価値がある。」

 

 真剣な目をしていた事で、タバサは持ち帰る事にした。

 内心ヘジンマールへの評価に、『意地汚い』という項目を密かに追加したタバサだったが…。

 

 

 

―――――

「た、タバサ?!ちょっと、そのバスター・ソードをよく見せてくれない?!」

「…構わない。」

 

 自室に押し掛けてきた友人の頼みを、タバサは許可する。

 近々、魔法学院の土メイジが武器をよく売っていると聞いているトリスタニアの武器屋に、タバサはこの戦利品を売り飛ばそうと考えていた。

 何せ、大きすぎて邪魔だからだ。

 

 

「…シュペー卿の刻印だわ!それに…」

 

 

 本が大量に収納されている室内にもかかわらず、炎魔法を使うキュルケに冷たい目を向けていたタバサだが、その目は丸く見開かれる。

 魔法の炎が吸収され、消滅したからだ。

 

 

 

「間違いないわ…。炎魔法無効で、シュペー卿の刻印がある。これが、レッド・ヴァン・テュラン…。」

「シュペー卿?」

「ゲルマニアの錬金魔術師よ!私、お父様と一緒にサルバトール侯爵にお会いしに行ったことがあるの…。その時に、水魔法無効のギアス・ヴァン・ブレイカーというソード・ブレイカーを見せてくれたわ。」

「メイジが、ソード・ブレイカーを?」

「ええ。なんでも、身に着けていれば水魔法のギアスとスリープ・クラウドにかからなくなるって。お父様の側近が試したいといってスリープ・クラウドをかけたけど、まったく効果がなかったわ。」

 

 

 ギアスとスリープクラウドが効かない、というのは北花壇騎士団員のタバサにとっては欲しくもあり、相手にはしたく無いアイテムだが…。

 そんな大貴族の所持品であれば手にする事は叶わないし、対峙する事も無いだろう。

 それよりも、気になる代物がある。

 

 

「風魔法無効は存在する?」

「エア・ヴァン・シャールという曲刀で…エア・ハンマー、エア・カッターどころか…ウィンディ・アイシクルまでも無効化出来るって聞いたわ。」

 

 

 親友の言葉にゾッとするタバサ。

 もしもあのオーク鬼がそんな武器を持っていたら、自分かヘジンマールは死んでいたかもしれない。

 

 

「烈風を倒すべく作り上げたらしいけれど…風魔法でも電撃属性のあるライトニング・クラウドは吸収できずに所持者は討たれ、鹵獲されちゃったみたい。私がトライアングルになったことを自慢した時…サルバトール侯爵が今の話をして、『炎魔法を無効にできるバスター・ソードが行方不明になっているから、バスター・ソードを所持している剣士には気をつけろ』って忠告されたわ。確かに、これを知らなかったらファイアーボールを使って吸収されていたでしょうね。」

 

 

 タバサはしばらく考え込む。

 どうやら、見た目によらず相当高級な品物らしい。

 

 

「それにしてもタバサ、一体全体どこで手に入れたの?」

「オーク鬼から奪った戦利品。」

「ど、どういう経緯でオーク鬼が手に入れることになったのよ…。てっきり、メイジ殺しが持っていると思っていたのに。」

「相場はどのくらい?」

「私のお父様がサルバトール侯爵に、ギアス・ヴァン・ブレイカーを4000エキューで買い取りたいと言ったら話にならんって断られていたわ。」

 

 

 このバスター・ソードと同格の剣が、4000エキューで拒否されたわけか。ソード・ブレイカーは短剣。これはバスター・ソードである事を考えれば、もっと価値があるかもしれない…。

 

 

「ねぇ、タバサ。私たち、親友よね?これをオークションに出品させてくれない?」

 

 

 タバサは深く考えて、告げる。

 

 

「取り分は、私が8で貴女が2」

「やった!愛してるわ、タバサ!」

 

 

 親友に抱きしめられながら、タバサはヘジンマールの夕飯を奮発しようと決めた。

 

 

 この日以降、タバサはヘジンマールの鑑定眼に一目置くようになる…。




夜空を見上げて、月が二つあったらオバロ勢はみんな仰天すると思います。
ヘジンマール君はSANチェックに成功したので正気度は保てました。

二次創作でもナマクラ扱いされるシュペー卿の業物…。真相は店主の嘘なのでしょうが…。
重ね重ね不憫なので、拙作では有用な魔法武器の製作者という事にしました。



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進撃準備と、リッシュモン一派の処分

レッド・ヴァン・テュラン
帝政ゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が作り上げたバスター・ソード。長さ1メイル60サント。刃の片方は真紅に彩られている。
飾り気はないが…腕の立つ土メイジや、剣に対して造形の深い者が観察すれば、これが業物であることを見抜けるだろう。
彼は武器というのは、耐久性が重要と考えており、剣としても高い耐久力がある。腕力自慢の亜人が粗雑に扱っても、折れる可能性は少ない。


質実剛健を旨とする彼が作り上げた剣を受け取った依頼主は、アルブレヒト三世との権力争いに敗れて失脚、塔に幽閉された。
屋敷に保管されていたこの剣は、家宅捜査を行った兵士が安物と判断して横流しした。その後、裏ルートを経てあるトリステイン人の野盗の手に渡る。


強面に似合わず小心者の彼は、馬車で移動していたある夫妻を襲撃。ロジェンヌ夫人のファイヤーボールを無効にして殺害に成功した事で、この剣の効果を知った。
しばらくたって焦げ臭いマントを羽織った男を見つけて火メイジだと判断。子分を引き連れ襲撃を決行した。


襲撃された火メイジは、顔色一つ変えず『爆炎』の魔法を放って野盗を殲滅。
野盗の首領が所持していたバスター・ソードには目もくれず、『炎蛇』と呼ばれているメイジはその場を後にする。


しばらくの間、野ざらしになっていたバスター・ソードはある日、旅人に拾われる。
彼はある開拓村に参加するが…開拓村はオーク鬼に襲われ、バスター・ソードはオーク鬼の首魁の手に渡り、暴虐の手助けをすることになる。


後に、『雪風』とフロスト・ドラゴンの主従によって回収された剣は、ゲルマニアのオークションにかけられる事となる。


 神聖アルビオン共和国、王都ロンディニウム。

 ハヴィランド宮殿にて。

 

「報告します。トリステイン・ゲルマニア連合軍は新造の艦隊を合わせて60隻の戦艦を建造。諸侯軍も集結しつつあります。」

「厄介ですな。これでは攻め手が見つからぬ。」

「貴公は敵の意図も見抜けないのか!連合軍はアルビオンへの侵攻を目論んでいる!」

 

 

 レコン・キスタの初期から参加していた、というだけでこの場にいる男は、本来ならばホーキンス将軍と同席できるような才覚もない。

 

 リリーシャが恐れていたことが現実になりつつある。

 王党派との戦いでも、トリステイン軍が介入してきたら無事では済まなかった。ゆえに、戦後は「攻め込まれず、こちらから攻めれる」という状況を作り上げておきたかったが。

 

 

「艦隊決戦に敗れれば、疲弊しきったわが軍は泥沼の戦いを強要されます…。有効な防衛策を練らねばなりません。サウスゴータかレキシントンに立てこもって…」

 

「それは敗北主義者の考えだ!」

「それに、練度では我々の方が勝る!」

 

 黙って聞いていた、リリーシャは立ち上がる。

 

「私に、策があります!」

「リリーシャ護国卿?」

「艦隊決戦を行わず、敵軍をロサイスに上陸させます。」

「?!ロサイス周辺を明け渡せ、と?!」

「艦隊は敵の補給路を奇襲。陸軍はサウスゴータとレキシントンに集結させて時間を稼ぐ。補給を寸断して、疲弊させれば…」

「ふむ…。ありですな。」

 

 

 博打になるより確実に勝てる方策を示すリリーシャに、ホーキンス将軍は感心する。

 練度が著しく低下した現状では、それが最も勝算が高い。

 

 

「敵に最初から領土を明け渡すのは…」

「左様。まるで我々が無能と思われかねない。国内外からの支援も打ち切られかねませんぞ?」

「リリーシャ護国卿。貴女の策もよいと思うが…。敵軍に領土と領民を一時的にも蹂躙させることは本意ではない。それに、艦隊決戦に勝てばよいのだ」

 

 

 トリステインとゲルマニアの連合軍ゆえに連携は取れていないだろうが、それに数が少なく練度も大きく下がったアルビオン空軍が勝てるという保証がない。

 アルビオン人の自尊心もあり、クロムウェルと他の閣僚は難色を示す。

 

 

「クロムウェル閣下。評決を仰ぎます。」

「な、何?」

「負ければ泥沼になる艦隊決戦をするか、あえて上陸させて補給路を寸断するべきか。共和主義である以上、評決で決めるべきでしょう。」

「少し、休憩を挟もう。」

 

 

 クロムウェルは使い魔をつれて、私室へ行く。

 「使い魔」の「主」に指示を仰ぐために。

 

 

―――――

 トリスタニアにて。

 

 

「連合軍ゆえに、ゲルマニア空軍との連携に不安が残りますが…。数は上回るかと。アルビオン空軍の練度は大きく下がっています。」

「いまこそ艦隊決戦で勝利し、アルビオン上陸を果たした軍として、ハルケギニアの軍学史に金字塔を打ち立てるべきです!」

 

 

 血気盛んなトリステイン軍上層部を、ザナックは見渡す。そう、艦隊決戦に勝てば、あとは疲弊しきったアルビオン陸軍。

 5つの火竜騎士隊のうち一つは、王党派残党との戦いで壊滅。もう一つはタルブ戦役で殲滅した。

 風竜騎士隊もいるが…かなり欠員が目立ち、新人を多く採用しているという。

 

 

「一つだけ、疑念がある。アルビオン空軍が、素通しする可能性はないか?」

「陛下!さすがに練度が下がったアルビオン空軍でも、我々を素通りさせてはくれませんぞ。」

「左様。艦隊決戦に敗れればすべては水泡に帰しますが…。勝つしかないのです。」

 

 

 ラ・ラメー伯も、ウィンプフェン伯もその可能性に思い至りすらしない。

 リ・エステーゼ王国で育ったザナックだからこそ、その『可能性』にだとりついた。

 

 

「アルビオン空軍が我々をロサイスにあえて上陸させ、その補給路を寸断する可能性だ!」

「…は?」

「…へい、か?」

 

 絶句する文官達。

 

 

「落ち着いてください、陛下!アルビオン軍人は、一度も敵軍に乗り込まれたことがないという歴史に誇りがあります!作戦としても、領土を明け渡すという発想ができるはずがありません!」

「…陛下、それを敵がしてくるのであれば、上陸と同時にロンディニウムへ進撃するしかありませんぞ。補給はすべて現地調達、糧食も『錬金』で作るしかなくなります。」

「錬金の食事など食事とは呼べぬ。兵士の不満が爆発するぞ!」

「我らも兵士と混ざって食事をすれば不満は減る」

「あれを食せというのか?!」

「勝利のためだ。私はやる」

 

 途端に、暗雲が立ち込めたことでトリステイン王国軍の上層部の顔色が悪くなる。

 

 

 

「…ゲルマニアの、サルバトール侯爵に書状を送る。それと、アルビオンの『手筈』はどうなっている?」

「そちらは滞りなく。『空賊の長』が戻ってくるとなるという事で士気は高いです。」

 

 その報告を聞いてザナックは笑みを浮かべる。

 

 

「士官候補生の教練も順調です。書生という事で軽く見ていましたが…。根性はあります。」

「そうでなければ困る。さて、ほかの案件も処理するとしよう…。」

 

 

 扉がノックされ、衛兵が入ってくる。

 

 

「ザナック陛下!ギンメル卿が面会を求めています。」

 

 

 

―――――

 入ってきたギンメルは、一礼する。

 

「陛下。包囲網をかいくぐった、エリクとディミの兄妹を拘束されたとか。」

「ああ。リッシュモンの関係者は処刑だ。」

「お願いです。エリクとディミだけは助けて頂けませんか?」

 

 

 嘆願書を出され、目を通したザナックは訝しむ。

 

 

「…リッシュモンの正妻、カロリーナの甥っ子と姪っ子の助命を、何故貴公が求める?血縁関係はないはずだが。」

「先日面会したところ…エリクはザナック陛下の街道整備事業を鑑み、今後は流通業の需要が増すと判断しておりました。馬ではなく、ガーゴイルを車の形に加工したモノに引かせる。動かすのにメイジの精神点を消耗しますが、馬に比べれて、食料も水もはるかに少なく済みます。」

「メイジであれば動かせる、か。」

「現在、流通業は慢性的な人手不足です。量産を行えば物資輸送について、かなりの改善が見込めます。」

「だがギンメル卿。わからないことがある。貴公の本音はなんだ?」

「…エリクとディミの母親のロジェンヌは、私にとって初恋の相手です。他人の妻になり、夜盗の襲撃で殺されてヴァルハラへ旅立っていても。彼女と過ごした燃え上がるような日々はかけがえのない物。お願いします、陛下。寛大な処置を。」

「包囲網を搔い潜ったのは、どっちだ?」

「妹のディミです。」

「そっちは処刑だ。」

 

 余計な手間を取らせたほうは処刑、とザナックは冷酷に告げるが。

 

 

「待ってください、お兄様。」

「何だ?妹よ。」

「リッシュモンはこの兄妹を前々から疎ましく思っており、冷遇していたようですわ。お兄様の敷いた包囲網を搔い潜って逃げおおせた機転は使えます。妹を処刑するより、生かして恩義を与えれば兄の離反を防げます。」

「それでもなお裏切ったらどうする?」

「ここまで温情を掛けたうえで裏切るようなら、私は庇いだてしません。」

 

 アンリエッタから目を向けられ、ギンメル卿もうなづく。

 

 

「陛下。二人が何かをしでかせば、私も責任を負います。」

「…わかった。その双子の兄妹は生かしておくとしよう。」

 

 

―――――

 ゲルマニア帝国空軍司令部。

 トリステインの10倍の国土を持つ帝政ゲルマニア。故に空軍もトリステイン空軍より質と量で圧倒している…訳ではない。

 もとは都市国家だったゲルマニアは一つの国家となったが、設立直後から陸軍の増強が急務だった。

 そのしわ寄せは、空軍と海軍に押し寄せられた。

 

 だが、この陸軍重視の方針により魔法大国ガリアの陸軍に匹敵する軍事力を獲得したこともまた、事実である。

 

 

 この日も、森から切り出した木材を集積場に集め、そこから工廠に送ってフネを建造し、ゲルマニア空軍の港湾施設に送り……

 という一連の作業の報告書と、現場におけるフネの進捗状況に関する報告書をアーナルダ皇女は確認するはずだった。

 

 

 来訪者が来る、という知らせと来客の名前を確認した直後、彼女は空軍司令部の清掃を命じた。

 ここでいう清掃とは掃除だけではなく、警備レベルの引き上げも含めている。

 

 

 何せ来たのは、ゲルマニア帝国の大貴族。それが、内密に話があるといわれては最優先にせざるを得ない。

 

 

 

 

 

「アーナルダ皇女殿下、これをご覧ください。」

「ザナック陛下からの…。」

 

 ふと、違和感を覚える。書簡ではあるが開封済みだ。というよりあて先が。

 

 

「サルバトール侯爵宛てではありませんか。」

「…ゲルマニア空軍司令として意見を求める。」

 

 老練なサルバトール侯爵が、重々しい空気を漂わせている。

 さて、自分の好みからかけ離れたあの王子様…今は国王だが、は何と言ってきたのか…。

 

 

 

 一度読み終えたアーナルダは、目を閉じて深く深呼吸をして、もう一度読み直す。

 水を一杯、一気に飲んでからもう一度読み直して…サルバトール侯爵に目を向ける。

 

 

「…冗談にしては、まったく笑えませんね?」

「可能性は否定できない。何せ、不可侵条約を一方的に破ってきた政権だ。」

「上陸軍は、最短でサウスゴータかレキシントンを奪取して物資を確保するしか活路が無い!カースレーゼに!」

 

 

 アルビオン空軍が、艦隊決戦を行わずに素通し。その後、補給路寸断に乗り出した場合の対抗策を求める内容だった。

 

 混乱しているアーナルダに、サルバトール侯爵は別の書状を手渡す。

 宛先が『親愛なるカースレーゼ殿下』と書かれた書面だ。

 

 

「それよりも、もっと悪い知らせがある。」

「これ以上悪い知らせ?」

「読めばわかる。」

 

 

 なぜか端の方に握りしめられた形跡のある手紙を読み終えたアーナルダ皇女は、その場に崩れ落ちる。

 

 

「レコン・キスタの資金源が、ガリア王国?!そ、その狙いが、アルビオンの内乱を成功させてトリステインに侵攻!トリステインがゲルマニアと同盟を組んでアルビオンと戦い、疲弊したところを両用艦隊を動かして本国を攻撃!その後に遠征軍をレコン・キスタと挟み撃ちにして壊滅させた後、用済みのレコン・キスタを蹴散らして、数十年間ガリア王国がやりたい放題出来るようにする事?!」

「ガリアからレコン・キスタに資金が流れていることは私も確認した。ジョゼフ王の真意は不明だが、ザナック王の考えは正しいだろう…。同じ立場なら、私でもこういう筋書きにする。何せ、失敗しても硫黄は高値で売りさばけて元は取れるのだからな。進撃出来る戦力はアルビオンに集中している状況でガリアが攻めてきた場合、ゲルマニア帝国の選定侯は雪崩を打ってガリアに帰属を申し出るだろう。そうなれば…」

 

 

 アーナルダは立ち上がると、サルバトール侯爵に向かって叫ぶ。

 

 

「…ヴァリエール!ヴァリエール家は従軍するの!」

 

 

 トリステイン貴族を当てにするというゲルマニア皇女としてあるまじき発言だが、サルバトール侯爵も咎めない。

 アーナルダに伝える前、彼も部下に対して同じ発言をしたからだ。

 

 敵対しているからこそ、見える物はある。サルバトール侯爵が目を掛けていた武官が、烈風のせいで心をへし折られて引退した例は2ダースを超える。

 

 

「参戦する、という事だ。ザナック王はこの謀略に対する策を提示してきた。」

「これを打ち破る策?」

「両用艦隊の整備は遅れており、完了するのは降臨祭の後になると。つまり。」

「それまでにアルビオンを落とせなければ…。待って!ガリアが参戦するなら、トリステインと共にガリアと戦ってから」

「その場合、ガリアとアルビオンの連合軍と戦うことになるが?」

「…お父様は、なんと?」

「降臨祭までに決着をつけた上で、アルビオンに対して途方もなく甘い賠償をさせる事で和平をする…まぁ、相手が凡庸ならばゲルマニア帝国アルビオン領にして見せると言っていたが。」

 

 

 

 サルバトールはアーナルダを見つめる。

 

 

「わかっていると思うが、艦隊決戦でアルビオン艦隊を打ち負かさねば全ては終わりだ。全力を尽くせ。」

「…お願いです、塔から何人か…」

「諦めろ。この状況で塔から出されても、時間が足りない以上どうする事も出来ん。下手すればレコン・キスタかガリアに逃亡しかねない。」

 

 数秒、額に手を当てていたが…。スッと目を細めるとアーナルダは起き上がり、真っすぐサルバトール侯爵と向き合う。

 先ほどまでの狼狽は消え失せ、冷徹な瞳でサルバトール侯爵を見つめる。

 

「では、全力を尽くさせていただきます。」

「期待している。見送りは結構。」

 

 

―――――

 リリーシャは、拳を握りしめていた。評決は、艦隊決戦に傾いた。

 

 

 ホーキンス将軍はリリーシャに同意したが、レコン・キスタに初期から参加していて閣僚に上り詰めた者はクロムウェルの方についた。

 だが、一部の王党派から降伏した参謀はクロムウェルの側についてしまった。

 

 

 リリーシャとて、アルビオンに敵軍の上陸を許したくない。それでも、確実に勝利する道を取りたかった。

 もしも。リリーシャに「戦略爆撃」という概念があれば。

 

『敵軍を上陸させつつ、補給路を寸断。また、トリスタニアやヴィンドボナを攻撃する』

 

 と主張し、クロムウェルの「使い魔」すら論破できただろう。

 

 

 

 空軍士官は、数さえそろえればよいという物ではない。

 訓練されたベテランでなければ意味がない。

 

 にもかかわらず、粛清と革命戦役で数を減らし、残ったベテランもタルブで失った神聖アルビオン共和国空軍は、学生士官を採用して数を補っている始末。

 これで勝てると思えるほど、彼女は楽観論者ではない。

 

「父上、私は…間違っていたのでしょうか?」

 

 たとえ処刑されるとしても。王族として王政の打破を掲げるレコン・キスタと戦うべきだったのか?

 

 

―――――

 トリステイン王国の処刑場。

 

 

 新たに高等法院長に就任したバートと娘婿であるノベラは、リッシュモン一派の処断を行う。

 

 刑場に引き立てられたベルナルドは、跪こうともしない。

 

 

「前王の時からお仕えした身でありながら、レコン・キスタのクロムウェルと通じて情報を流した罪は重い。最後に、言い残すことはあるか?」

「本当に、アルビオンに勝てると思っているのか!トリステインが議会制に移行すれば、戦いを避けられるのだぞ!」

「主君を売り渡す者は犬にも劣るというが、まさにその通り。執行せよ。」

 

 

 警吏が引っ立てようとするが、ベルナルドは振り払い、傲然と歩きだす。

 執行人として立っているアニエスの前まで来ると。

 

 

「平民の手にはかからん!」

 

 と叫び、自ら頭を地面に叩きつけて自決。

 壮絶な最期に、処刑場にリッシュモン一派の最期を見に来ていた者達の一部は肝を冷やす。

 

 

 

「…モーガン、トマソン、ミリアムの処刑を執行せよ。」

「嫌だ、し、死にたくない!」

「わ、私は高等法院でやっていける才能があるんだ!」

「いやぁ!な、なんでもするから殺さないでぇ!」

 

 一斉に騒ぎ立てるかつての上司の子供達。だが、バート高等法院長の眼は冷たい。

 

 

「トマソン君。君には高等法院試験において、不正を行ったにもかかわらず不合格だった。」

「あの時は調子が悪かっただけだ!試験のために、5回も清書したんだからな!」

「綺麗に文字を書くことは勉強ではない。作業だ。覚えなければ意味がない。ちなみに、リッシュモンの正妻カロリーナの妹、ロジェンヌの子供エリクとディミだが…。」

 

 

 代わってノベラが口を開く。

 

 

「アンリエッタ王女殿下とギンメル卿の嘆願があったことで、極刑は行わない。今後、二人が婚姻して独り立ちするまで保護観察はギンメル卿が行い、それまでの期間に罪を犯せばギンメル卿を連座で裁くことにする。」

「「ありがとうございます。」」

 

 

 

「待てよ、な、なんでお前たちが許されるんだ!」

「そうよ!私も助けてよ!」

 

 

 

「売国奴の親族は極刑だ。アニエス殿、速やかに執行を。」

 

 

 散々抵抗し、逃げようとするが…刑吏の手から逃れられず、三人とも処刑が執行される。

 仲が良かった記憶など微塵もないが、親族が目の前で泣き叫びながら処刑されたことで震える双子。

 

 ザナックから呼び出しを受け、双子は恐る恐る前に出て跪く。

 

 

「エリク・シュトラだな?」

「は、はい。ザナック陛下におかれましては、ご、ご機嫌麗しく」

「処刑を見届けたばかりだから、良い気分ではない。お前が開発したというガーゴイルは、非常に有用性が高い。私の街道整備事業に伴い流通業の需要が増す事を想定していた事も含めて、期待している。人員を手配するため、アルビオン戦役中は製造と破損した場合の補修に専念せよ。」

「は、はい!」

「まずは、だれが見ても作れるように詳細な図面を用意しろ。」

「お、恐れながらザナック陛下。レコン・キスタの手に渡れば…」

「俺としては、その図面がレコン・キスタの手にわたってほしいところだがな。」

「ええっ?!」

「内戦で荒れ果てた状況では、土メイジは大忙しだ。その上でこのガーゴイルを作ろうとすれば、さらに土メイジは疲弊する。何より、鹵獲できればそのまま運用できる。こちらには、考案者がいるのだからな。しばらくは、妹とともに仕事に励め。」

「わ、わかりました。すぐに取り掛かります!」

 

 

 

 

 

 

―――――

 ヴァリエール公爵家の大広間にて。

 

「レコン・キスタの裏に、ガリア王ジョゼフ、か」

「本当なのですか?王政の打破を掲げている組織に、現国王が出資など…」

「事実だ。ガリア王の真意は推測になるが…トリステインとゲルマニアに同盟を結ばせ、アルビオンと戦わせる。我らが疲弊したところを見計らって、攻め込むつもりだろう。」

「な、なんと…」

「両用艦隊の整備が遅れているらしく、降臨祭までには間に合わない。であれば、降臨祭までに終わらせるためにザナック陛下の軍に参戦する。」

「恐れながら公爵様。降臨祭までに終わらせる、と言って終わらせた例はありません。」

 

 

「であれば、私が終わらせます。」

 

 

 ヴァリエール公爵夫人の言葉に、全員が静まり返る。

 

「そのために、準備を進める。一個軍団を編成する為に、前線士官の選抜を行う。」

 

 

 指示を受けて一斉に動き出すヴァリエール公爵家の文官と武官達。

 その中に混じっている一人の武官の腰には、飾り気のないシミターが下げられていた。

 

 




ゼロ魔二次で、レコン・キスタ陣営に入っていたオリジナル主人公が「連合軍をあえて上陸させて、補給路を寸断する」と提案して、すごく感心しました。
島国とはくらべものにならないレベルで本国からの補給が難しいので、補給路寸断はより効果的な一手になるでしょう。


おまけ。ゲルマニアで行われた会話

シュペー卿「ファイヤーボールやファイヤーウォールを吸収して無力化する。トライアングルスペルの『爆炎』は防げないが、いきなり『爆炎』を使うような冷酷な火メイジはまず居ない。まずはファイアーボールで様子見をするのが火メイジの定石だからな。」
依頼主「だが、見た目が地味すぎないか?」
シュペー卿「派手な見た目にしてしまうと、相手は魔法の武器と思って警戒するかもしれないから、これぐらいのほうが良い…。」
依頼主「炎を連想させるような模様を描くぐらいいいだろう?」
シュペー卿「……刃の片面を真紅で塗り上げておこう。それでいいな?」


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ザナックと、リリーシャ・モード

エア・ヴァン・シャール
帝政ゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が作り上げた曲刀。長さ90サント。隣国トリステインの『烈風』を討ち取るべく、彼は風魔法無効の剣を作り上げた。
トリステインとの小競り合いで出陣してきた『烈風』を討ち取ってみせる、と息巻いていたゲルマニア貴族は…溺愛している妾腹の息子が欲しがった事もあってこの剣を与えた。
『あの烈風が妾腹の息子に討ちとられれば、トリステイン王国の心胆を寒からしめる』
という思惑もあったが…烈風のエア・カッターを無効にした事で味方の戦意は大いに高まったが、直後にライトニング・クラウドを放たれて絶命。

その後有効打を打てず、指揮系統が崩壊したゲルマニア側は逃走。その後、この曲刀はヴァリエール家の従者によって鹵獲された。

ある日ヴァリエール公爵は、自分に長らく忠勤を励んだ部下にその曲刀を手ずから与えたという…。


「…艦隊決戦後、ロサイスを占領する。問題は、ここにホーキンス将軍が到着している事だ。対策として王党派の残党に、硫黄を中心に物資を提供している。」

「?!ザナック陛下、どんな手品を使ったのですか…?」

「神聖アルビオン共和国は、綱紀粛正が非常に遅れている。検問は賄賂を渡せば通過し放題。数年、内政に力を入れていれば別だっただろうが…。」

 

 手は打った。

 後は、艦隊決戦に勝つだけだ。

 

「アーベラージの双月が参戦することは、知らしめよ」

「隠さないのですか!」

「どうあっても目立つなら、知らしめたほうが良い。それだけで火竜騎士隊は戦意を失う。」

 

 

 

―――――

 モード大公の粛清と、その後のレコン・キスタによる内乱。空軍士官の数は激減し、残ったベテランもタルブで失ったアルビオン空軍は…。少年メイジを即席士官として雇用。

 その状況で、神聖アルビオン共和国空軍は出撃する。

 

 

 『タルブのゴーレム』が参戦するという事で、火竜騎士隊の参戦は見送られた。

 

 

 

 

 神聖アルビオン共和国陸軍はロサイスに向けて進軍しようとしたのだが…。 王党派の残党が仕掛けた交通網の破壊工作に、陸軍は悩まされる。

 メイジが多ければ対応できるのだが、粛清と内乱で、メイジの数は大きく減っている。そこに、追い打ちがかかった。

 

 トリステインの同志が送ってくれた補給部隊に実戦配備されるガーゴイルの図面。なお、彼らとの連絡はそれ以降完全に途絶えた。

 敵軍が軍事転用するならば非常に有用であると貴族議会は判断し、土メイジを動員して制作、配置に取り掛かかった。

 こうして、土メイジの人手は割かれた。

 

 ホーキンス将軍直属の現場指揮官がトライアングルの土メイジが2人必要だと報告したのに、送られてきたのは疲れ切ったドットメイジ一人という状況であり、進軍が遅々として進まない。

 

 

 

 王党派の残党はザナックが裏から送った多数の支援を受けており、しかもウェールズ王子が帰還する、という事で王党派の残党の士気は高かった。

 一方、レコン・キスタは内戦で疲弊し、士気も上がらない。革命だの、王政の打破だの、聖地だの…末端の兵士にとってはそれよりも今日のパンである。

 何より、難攻不落のアルビオン領土への上陸を許したことで、アルビオン軍人として誇り高い者はともかく、徴兵された末端の兵士は士気が下がっていた。

 

 

 

 ラ・ロシェールからロサイスへの航路で起きた艦隊決戦、アルビオン空軍40隻のうち無事なのは20隻にも満たない。

 一方で、連合軍は60隻のうち45隻を残して勝利。そしてロサイスに、ホーキンス将軍は間に合わなかった。

 

 

 

―――――

 レキシントンにて。リリーシャ護国卿は聞きたくない知らせを聞く。

 

「艦隊決戦に敗北し、残存艦隊は20隻にも満たず…ロサイスに上陸を許した?!」

「リリーシャ様、こうなれば我々だけでもロサイスに出撃して。」

「連合軍は6万の兵力、こちらは6000しかいない!修理せねばならぬフネが半数。制空権は敵に…。ホーキンス将軍は?」

「途中で妨害工作を受けたらしく…。」

 

 

 目の前が真っ暗になるリリーシャ。

 難攻不落だが、一度上陸を許してしまった以上、残っているのは疲弊しきった共和国陸軍のみ。

 開戦前に恐れていたことが現実になりつつある。

 

 まだ竜騎士がいるが、5つの部隊のうち2つが壊滅という有様。

 クロムウェルの『虚無』でどこまで戦えるというのか…。

 

 

「ロンディニウムから、早馬です!レキシントン駐屯軍とサウスゴータ駐屯軍は敵軍を食い止めよ、との事!」

「…そうか。」

 

 

 まだだ、それならまだやりようはある。

 レキシントンに来るならサウスゴータから奇襲、サウスゴータを攻撃するならレキシントンから打って出る。

 リリーシャはまず、レキシントンの守りを固める。

 

 

 

―――――

 ロンディニウムにて。

 王族が使用していた私室で、クロムウェルは「使い魔」に縋りつく。

 

「しぇ、シェフィールド様!て、て、敵が、私の国に上陸してきました!」

「安心しなさい。貴方の後ろにはあのお方が付いている。」

「お、おお!ですが、不安なのです!こんなことなら、艦隊決戦を行わずに補給路を寸断しておけば、と。」

 

 

 『使い魔』の『主』も、その発想はなかったため、リリーシャの策には素直に感心した。

 だが、サイコロの目が艦隊決戦となったために、評決を艦隊決戦にするよう誘導した。

 

 

「サウスゴータの準備は?」

「は、はい!撤収を命じておきました!トリステインの同志から送られた設計図もあって、順調です!」

「これで、時間は稼げるでしょう。」

 

 シェフィールドは、あざ笑う。多少の、そう。多少の誤算はあるが…。すべては、『主』の計画通りに進んでいる。

 

 

 邪魔になりつつあるリリーシャ護国卿には「サウスゴータとレキシントンで敵を食い止める」と伝えて置き…。

 その実、サウスゴータからは撤収。レキシントンの後方に督戦隊を配置。

 

 サウスゴータで物資と戦力を分散すれば、連合軍相手だろうとモード大公の派閥であれば疲弊させつつ、時間稼ぎが出来る。

 そう、シェフィールドは考えていた…。

 

 

 

―――――

「ロサイスに上陸出来た。後は降臨祭までに、ロンディニウムを落として終わらせる。」

 

 

 この戦いにおいて、ザナックは総司令官として戦場に身を置いている。

 どういうデザインにするべきか、という事で揉めたため…ザナックは茶色を基調とした鎧、リ・エステーゼ王国に伝わる宝物を模した物をスクウェアメイジに作り上げさせた。

 

 

 アンリエッタも連れてきて、ウェールズ王子とともにヘキサゴンスペルを使うことも考えたが…。

 何かあったときは、アンリエッタに即位してもらわねばならない為、国に残すことにした。

 

 

『私に何かあれば、妹を即位させて支えてほしい』

 

 

 というザナックの言葉に、マザリーニ枢機卿とデムリ卿は…表情が抜け落ちた顔で小さく頷いた。

 どうやら、まだ許していないらしい。まぁ、あの夜のことはザナックも忘れられないのだが。

 

 

「アルビオン共和国陸軍は全部で5万、こちらは6万…。物資も、降臨祭までの分しかない。」

「レコン・キスタが王党派を倒したように、サウスゴータ、レキシントンの順に落としていくべきでは?」

 

 

 ロサイスにて、ゲルマニアの第二皇子カースレーゼ、ウェールズ王子を天幕に招き、参謀将校と将軍を連れて議論を交わしていた。

 

 

「サウスゴータは物資の集積地。ここを取れば物資に余裕が生まれる。」

「それに交通の要所。モード大公の派閥にとってもゆかりのある地。ここを切り取られば、レコン・キスタに加わっているモード大公の派閥をおびき出して各個撃破を狙えるのでは?」

「まて、物資は降臨祭までしかないのだ。ロンディニウムの攻略のみを考えれば」

「道中の城や砦を放置して、後方を寸断されはしないか?」

 

 

 

 裏にガリアがいる。ということを知らせないために、ザナックは表向き『連合軍の物資不足』を『降臨祭までにレコン・キスタを制圧する必要がある』という理由付けにしている。

 真相を知っているウェールズ王子もカースレーゼ皇子も同様だ。

 

 一方で真相を知らない部下の一部は躍起になって物資不足を解消しようと考え、行動している。

 

 

 

 

 

 

「ほ、報告します!サウスゴータから敵軍は撤収しつつあります!」

「あのサウスゴータが!切り取れるだと!」

「カースレーゼ皇子殿下、ここはサウスゴータを奪還して、拠点にしてはどうでしょうか?」

 

 

 色めき立つアルビオン王党派とゲルマニア軍の上層部をザナックはにらむ。

 

「物資の集積地かつ、交易の要所であり、モード大公派の拠点をレコン・キスタが差し出してくれると?」

「?!それ、は」

「だけど、サウスゴータを奪還出来るなら。」

 

 

 カースレーゼとウェールズも、動揺を隠せない。

 だが、ザナックは違う。

 

 サウスゴータを奪還したところで、ロンディニウムを降臨祭までに落とせなければ戦略的に敗北なのだ。

 ゆえに、撤収しつつあるサウスゴータに物資は残っておらず、もはやサウスゴータに関わるのは物資と時間を浪費するだけとザナックは見抜く。

 

 彼らも薄々わかっているが、それだけ軍事的にも魅力的なのだ。サウスゴータという都市は。

 

 

 

「ザナック陛下!サウスゴータ方面から、風竜騎士が一騎、偵察に来ています!」

「始末しろ。」

 

 敵は一騎、10騎で行けばしとめることも可能だろう。

 

 

「…レキシントンに向かうぞ。」

 

 

 

―――――

 アルビオンの風竜騎士隊のフーティス士官は、敵陣を偵察する。

 

「連合軍の予想侵攻ルートは…レキシントン?サウスゴータには来ないのか?」

 

 

 火竜騎士隊を殲滅した例のゴーレムは、ロサイスにいる。

 ゆえに、こうして風竜騎士隊の補充メンバーで最も練度の高いフーティスは、ロサイス近郊の偵察任務に来ていた。

 

 使い魔の風竜が警戒するような声を上げてフーティスは気づく。

 あのゴーレムでは無いが…

 

 

「…!トリステインの風竜騎士隊か!」

 

 

 

 

 

「…敵は一騎!」

 

 魔法の矢、を放たれるがフーティスはあっさりと躱す。

 このままサウスゴータへ撤退するのが定石だろうが…。

 

 

 難攻不落のアルビオン大陸に土足で踏み込まれた怒りと、タルブのゴーレムによる恐怖心を拭う為にも、彼女は一戦交える事にした。

 単騎で突っ込んできた事に、トリステイン風竜騎士隊は動揺し、四散する。

 

 包囲しようとするが、フーティスは抜ける!

 

「早いっ!」

「人竜一体…!」

 

 火竜騎士隊がタルブで殲滅でき、アルビオンに上陸出来た事。もはやアルビオン軍に、連合軍に立ち向かえるだけの力はない。

 その認識は、たった一騎の竜騎士に覆された。

 

 

「…アッハハハハハハ!」

 

 その雰囲気から、フーティスは高笑いをあげる。

 この練度ならどうとでも出来る!自分なら!

 殲滅は無理だろうが…。タルブの悪夢を払うために数名、血祭りにあげてやろう。

 

 

 

 

「この声色、もしかして女の子?」

「じゅ、十対一で挑むのか!風上を抑える!」

 

 

 ルネ・フォンクの指示を受けた赤毛の副隊長、アッシュ・ペントルドンは近くの同僚とともに行動しようとするが…。

 突然、揺れを感じてそちらを見る。

 

 金髪で金色の眼。フーティスが乗り込んでいた。

 

 

「?!」

 

 フーティスが素早く殴り掛かる。

 かろうじて防御が間に合い、手甲を殴ってしまい拳を痛めたフーティスは、苦悶の表情を浮かべつつ追撃しようとするが。

 

 新手が来たことで、風竜から躊躇なく飛び降りる!

 

「なっ!」

「馬鹿な!」

 

 双子のトリステインの竜騎士が驚愕するも、フーティスはフライで飛ぶと、自身の風竜に戻る。

 そんな戦いぶりを、ロマリアから来たオッドアイの少年は楽し気に見ていた。

 

 

 

「…へぇ。行くよ、ラズーロ」

 

 

 

 新手が来ていることに、フーティスは気づく。

 どうやら、トリステインではないようだが…。ゲルマニアでもないだろう。となれば、ロマリアか?

 

 

 

 互いにブレスで交戦するが、その邂逅でフーティスは新手が尋常ではない乗り手という事を悟る。

 竜騎士、ではない。何か別の力で竜の力を引き出している…。

 

 

 使い魔たる風竜と心を通わし、血のにじむような努力を重ね、力を追い求め続けた求道者であるフーティスはこれ以上の交戦は危険と判断。撤収する。

 

 金色の瞳と、オッドアイが交差し…。互いにそれぞれの陣地へ帰還する。

 

 

―――――

 サウスゴータにて。

 

 

「戻ったか、フーティス副隊長」

「敵軍はレキシントンに向けて出撃するものと思われます。それに合わせて我々も後背を」

「その計画は廃棄となった。」

「…はい?」

 

「貴族議会の命令だ。サウスゴータを放棄、撤収せよとの事だ」

「サウスゴータを敵に差し出すのですか!」

「物資は回収せよとの事だ。いくぞ。」

 

 

 不本意な作戦だが、命令とあれば仕方ない。

 だが…。サウスゴータを放棄するならレキシントンに配置されたリリーシャ護国卿とその直臣はどうなるのだろうか?

 

 

 考えても仕方ない。フーティスは撤退することにした。

 

 

「…ところで、あのガーゴイル?は一体…」

「トリステインの同志からもたらされた、物資運搬用のガーゴイルだ。なかなか役に立っている。連中を蹴散らした後は根こそぎ鹵獲して、活用してやる。」

 

 

 物資を回収したレコン・キスタはその場を後にする…。

 

 

―――――

 神聖アルビオン共和国軍レキシントン支部は、大騒ぎになった。

 

 

 

「敵軍が、ほぼ全軍をあげてレキシントンに進軍?!サウスゴータ駐屯軍はどうした?!何故動かない!」

「ホーキンス将軍が間に合えば、勝てます!それまでしのげば」

 

 側近の言葉は言い終わることが出来なかった。

 

「ほ、ホーキンス将軍はロンディニウムに帰還!サウスゴータから駐屯軍は物資を引き上げたとか!」

 

 駆け込んできたその伝令の言葉でリリーシャは察する。

 自分は、自分たちモード大公の派閥は切り捨てられた、と。

 

 

「これでは無駄死にです!ロンディニウムに撤退を」

「ロンディニウム方面に、部隊は?」

「…長弓隊が、配置されておりました。道を開けさせようとしたところ、射かけられ…。」

「督戦隊、か。」

 

 

 最初から。クロムウェルは聖地奪還、いや、王政の打破しか頭に無かった。

 戦後に内乱からの復興を訴え、奇襲に反対したり、艦隊決戦に反対したり…。さぞや、自分は邪魔な存在だったに違いない。

 伯父上を討ち取るまでは、旗印になったがもう用済み。

 

 だからサウスゴータを空にして、敵部隊を駐屯させて物資を浪費させつつ、自分たちを敵軍に始末させて実権を握る。

 それがクロムウェルの狙いだったというわけだ。

 

 

 リリーシャは、自分に付き従ってくれた側近達に目を向ける。

 

 

「よく、今まで私に尽くしてくれた。」

「リリーシャ様?」

「…認めたく、認めたくはないが…。父上は、きっと神と始祖のご威光に背く行いをしたのだろう。伯父上が、隠し通さねばならないほどの。」

 

 それは、リリーシャ・モードがずっと胸に秘めていたが、口には出せなかった想い。

 認めたくは無いが、そう考えればジェームズ王の行動につじつまがあう。何故、父を理由を明かさず処断したのかも。

 

 

「リリーシャ様…。」

「連合軍に、降伏の使者を送る。」

「お任せください!」

 

 

 

―――――

 ロサイスから進撃していたザナックは報告を受ける。

 

 

 

「レキシントンから、降伏の使者が?」

「聞くだけ時間の無駄でしょう。」

「いや、会おう。降伏するつもりなら、受け入れたい。」

「?!不可侵条約を結んでおきながら、攻撃されたと言いがかりをつけてきた相手です!」

「本当に降伏するというならば、余計な時間を取らずに済むし、戦力の消耗もなく情報と物資が手に入る。」

 

 

 

 一時間後。ザナックは使者と顔を合わせる。

 

「レキシントン総司令、リリーシャ護国卿の使者として参りました。」

「要件は?」

「…降伏を受け入れていただきたい。」

「ならば、レキシントンに駐留している部隊は武装解除を受け入れてもらう。それと、レキシントンの物資は連合軍が徴発する。」

「…はい。」

 

 

 どうやら、クロムウェルは。レコン・キスタはモード大公の派閥を切り捨てることを選んだようだ。

 これで情報と物資、何より大義名分を奪える。

 

 

―――――

 武装解除されたモード大公の派閥の者達。

 そんな中、ザナックは初めて従姉と出会う。

 

 軍装しているが、それでも美しさは損なわれていない。

 

 

「リリーシャ・モード。神聖アルビオン共和国の護国卿を務めている。」

「ザナック・ド・トリステイン。連合軍の総司令官だ。降伏するならば受け入れる。捕虜の宣誓を。」

 

 神妙にしているリリーシャを、ザナックは見つめる。

 降伏せねばならない、というのもあるのだろうが…。それ以上に、解放感を彼女からザナックは感じた。

 

 

 捕虜の宣誓をしたリリーシャから、ザナックは杖を預かる。

 

 

「降伏を受け入れてくれて、感謝する。」

「貴女からは聞きたいことがある。一緒に来てもらう。」

 

 

 これで。私の戦いは終わった。

 この時のリリーシャ・モードはそう考えていた。

 

 

 この時、は。

 

―――――

 レキシントンを無血で制圧し、新たに司令部を設置したザナックは改めてリリーシャと向き合う。

 

 

「伯父上と叔父上の間に何があったのか。知りたい気持ちはあるが、ジェームズ王が亡くなった今、それを知ったところで時は巻き戻らない。」

「…そう、ですね。」

「まず確認しておきたい。何故、王族であるのにレコン・キスタに加入を?」

「当時の我々は王党派に追われており、隠れ潜むのが精一杯だった。レコン・キスタが蜂起し、王党派に勝利を重ねた時に打診があった。ジェームズ王を討つために参加しないか、と」

「レコン・キスタを討つという一点で王党派と協力など心情的に無理だな。そして、聖地奪還と王政の打破を掲げてトリステインへ侵攻したと?」

「私は!何故父上が処断されたのか、その理由を知りたかった!それは叶わず…。そもそも、あの内乱が終われば戦後復興を最優先にする、という約束を交わしていた!」

「その書簡はあるのだな?」

 

 リリーシャは頷き、彼女の側近が即座に差し出す。

 

「…確かに確認した。」

 

 モード大公の派閥としては、内乱後は聖地奪還よりも復興を進めると想定はしていたが…事実だった事で今後やりやすくなったことを確認する。

 側近が即座に出してきた事といい、どうやら想定されていた質問らしい。

 

 

「ならば、不可侵条約を結ぶつもりだったのだな?」

「クロムウェルが暴走した事で止められなかった。あの戦いで亡くなったトリステイン人とその家族は、相当恨んでいる事だろう。」

「彼らが恨むべき相手は、指示を出した者だ。ところで…。艦隊決戦を行わない、という選択肢はあったのか?」

 

 

 その発言に、リリーシャは目を瞬かせる。

 

「…ハヴィランド宮殿の会議は筒抜けだった訳ですね。」

「…は?」

「私が艦隊決戦を行わず、ロサイスに上陸させた上で補給路を寸断する、という提案を間者なり通じて知っていた訳ですよね?」

「本当に、あったのか。」

 

 言葉を失うザナックの表情を見て、リリーシャは微笑む。

 

「私の提案が受け入れられていれば、立場は違ったかもしれませんね。」

「そうかもしれないな。まぁ、違うことが一つある。」

「それは?」

「私は貴女を処刑しないが、レコン・キスタは国王である私を確実に処刑することだ。」

 

 

 その他、レコン・キスタ内部の情報を聞き出し、リリーシャの身柄はトリステインが預かるという事で丁重にトリスタニアへ送るようザナックは厳命する。

 

 

 

「ウェールズ王子。思うところはあるだろうが、リリーシャへの手出しは許さない。彼女が死ねば…降伏したモード大公の派閥の者は、最後の一人になっても戦い続けるだろう。」

「わかっている。それにしても、父上と叔父上の間に何が…。」

「それは、後世の歴史家が暴くだろう。さて、これで残るはホーキンス将軍と、クロムウェルと虚無か。この顛末はアルビオン側に広く宣伝する。」




オバロ勢で、「街道の集結点」であり「物資の集積場」にして、「堅牢な大都市」が手薄になれば、大半のキャラが切り取りに行きそうです。
罠ではないか?と疑う人物はいるでしょうが、これだけの好条件がそろって切り取りにいかない理由がないので抑えるのは大変かと。

それでいて切り取ったら手勢の半数が反乱…。オバロ現地に『アンドバリの指輪』があったら、それを巡った争いが起きるでしょう。


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シェフィールドの襲撃と、決戦準備。

シェフィールド「連合軍にサウスゴータを明け渡せば物資と時間を浪費して、降臨祭までの時間稼ぎができるはずなのに…!」
ザナック「…サウスゴータの三分の一ほどの井戸は、北に30リーグほど離れた山中にある水源…なるほど、だから撤退したわけか。」

情報は大事。ザナックと同じ情報を集めていれば、モチャラスでもサウスゴータを切り取りには行かないでしょう。
…行きませんよね?モチャラスでも。

よし。モチャラスでも切り取りに行かないに、ヘジンマールの妹ちゃんの魂を賭ける!


 ロンディニウムのアルビオン共和国の会議室は、重苦しい空気に包まれていた。

 

「…報告します。敵軍は、サウスゴータに進軍せずレキシントンに総力を傾けて進軍。リリーシャ護国卿は降伏し、レキシントンは同日中に陥落。

サウスゴータの放棄とリリーシャ護国卿の降伏を受けて、我らレコン・キスタから離反する部隊が多数出ております。」

 

 

「ご、護国卿でありながら、戦いもせずに撤退とは!」

「何たる腑抜け!」

 

 増援を率いて到着する予定だったのに、ロンディニウムへ帰還せざるを得なかったホーキンス将軍はその報告を真摯に受け止める。

 挟撃予定の部隊が撤退、自分が間に合わないとなれば降伏しか生き延びる道はない。

 

 共和主義を掲げるレコン・キスタは、ともにジェームズ王と戦ったモード大公の娘ですら切り捨てた!

とザナックが知らしめた事で、レコン・キスタ内部でも王党派から降伏した者の士気は大いに下がった。

 あれだけ貢献し、護国卿まで上り詰めても切り捨てられる。であれば、自分はどうだ?

 

 その結果、多数の兵士は降伏を選択するようになった。

 

 

「状況は深刻だ。艦隊決戦で敗れたため、空を抑えられている…。だが、ロンディニウムに至るまでの砦や城がある。そこで降臨祭まで時間を稼ぐ」

「時間を稼いで、どうするのですか?」

「交差する二本の杖が鉄槌を下す。安心したまえ」

 

 リリーシャが降伏し、レコン・キスタをクロムウェルが掌握。それにより使い魔の「主」が許可を出したことで、これまで隠していた事実をクロムウェルは明かす。

 

 

「なんと、閣下も人が悪い!」

「ガリアが味方であれば、なんの憂いもありませぬ!」

 

 

 ガリアが味方という事でクロムウェルに従うだけの閣僚は安堵し、欲望に目をぎらつかせる。

 

 

「諸君、降臨祭だ!降臨祭まで時間を稼げば我々の勝利なのだ!」

 

「であれば閣下!護国卿、内務卿、法務卿と財務卿の後任を!」

「おお、その通りですぞ!」

 

「護国卿はわたくしに!」

「引っ込んでいろ!護国卿は私にこそふさわしい!」

「なんだと!」

 

 議場での罵り合いは即座につかみ合いになり、椅子や机が倒れ、紙が乱舞する。

 誰かが杖を抜き、魔法を使用したことで収拾はさらにつかなくなる。

 

 どこからともなく飛んできた文鎮が、シェフィールドの膝に直撃。彼女は苦悶の声を漏らして座り込む。

 

 王政を打破しようとしている、レコン・キスタにガリア王国が本当に援軍を出すのか?

 と乱痴気騒ぎを見ながらホーキンス将軍は訝しむが…祖国への愛から最後まで戦い抜く覚悟を固める。

 

 

―――――

 ジェームズ一世の寝室。

 巨大なベッドの傍で、30歳の男は震える。

 

「は、話が違います!い、忌々しい連合軍が、まっすぐ!ロンディニウムに向かってきている!」

「ええ、そうね…。」

「な、何故サウスゴータを!空っぽにすれば占領、住民に物資を供出するから、目障りで用済みな連中を使いつぶし…ホーキンス将軍に全軍を指揮させて食い止めるはずが…」

「サウスゴータに目もくれないのは想定外だったわ…。あれだけの策源地が無傷で手に入るというのに、手を出さないなんて…。」

「り、離反する者も出ています…。ど、どうすれば?」

「虚無の同志を、敵の後方に送り込んで攪乱させるわ。」

 

 

 連合軍の配置について、シェフィールドは調べていたが…。水源に関して非常に神経質に動いている。

 アンドバリの指輪頼み、というのはすでに把握しているのだろう。

 

 

「…向こうが、タルブのゴーレムを使うならば。こちらも切り札を使います。」

「お、おお!そのような物が!」

 

 

 シェフィールドは、足を引きずりながらクロムウェルを連れて倉庫へ向かう。

 

 

「私が動かします。」

「黒いですな…。密偵?」

 

 黒を基調としたカラーリングの機体が、収められている。

 

「火力と機動力はあるけれど、防御が全くないわ。」

「?!だ、大丈夫なのですか!」

「そのために、装甲の強化と防具を運び込んでいるわ…。安心しなさい。」

 

 

 

 シェフィールドは知らない。その機体は「アーベラージ」にて弐式炎雷が使っていた事を。

 たとえ防御面が不安だろうと、そのまま戦えば勝利出来る事を。

 

 

 

 

―――――

 レキシントン司令部にて、連合軍は次の作戦を立案する。

 

「ロンディニウムに向かうまでの間に、砦や城がある。後方を襲われる危険がありますが…」

「それでも、ロンディニウムを落とすしかない。降臨祭を挟めば物資が不足する。」

 

 

 アルビオンへ物資を運ぶのは風石を消耗することもあり、非常にコストがかかる。

 傷病兵を本国へ送り、その帰りに予備役と物資を運んでいるが…。

 

 輸送部隊の現場は悲鳴を上げている。

 先日、悪路により破損して放棄された敵軍のガーゴイルと物資は回収。鹵獲したガーゴイルは土メイジにより修復されて補給部隊のところで実戦配備されている。

 こういった戦利品もあって、補給線は維持できている。

 

 

 

 

「ザナック王子、俺に考えがある。」

「カースレーゼ皇子?」

「降伏するのであれば、戦後、レコン・キスタに協力した罪は咎めない…。こう触れを出すのはどうだ?ウェールズ王子も、レコン・キスタに協力した者を一人残らず粛清する気はないだろう?護国卿の降伏さえ受け入れたのだから。」

 

 そんなことをすれば、アルビオンの人口は半減する。ハルケギニア史上でも類を見ない虐殺をする羽目になる。

 倒すべきはクロムウェルとその側近だからだ。

 

 降臨祭までに終わらせねば、ガリアが動く。そのため、連合軍上層部には可能な限り戦闘を避けるという共通認識があった。

 

 

「その通りだ。」

「その案はありだな。道中の砦と城の守備隊も行動を躊躇うだろう。」

 

 

 ザナックとしては、ホーキンス将軍がクロムウェルを縛り上げてアンドバリの指輪を差し出してくれたら、もうアルビオンに用は…。

 いや、遠征費用及びタルブ戦役及び一連の戦闘で死亡した遺族年金を賄うためにも領土の割譲と賠償金で取り戻さねばならないが…。

 

 

 

―――――

 同時刻。連合軍駐屯地で、一人の竜騎士が上司に報告していた。

 

 

「第二竜騎士中隊、フェルナンです!哨戒ラインを突破して、敵が進軍中!」

「長弓隊には伝えたのか!」

「はっ!ですが、効果が薄く…。急所を射抜かれたのに、平然と動きます!」

 

 

 報告を受けたウィンプフェン伯の直属である参謀将校は、ザナック陛下から指示されていたことを実行する。

 攻撃を受けても平然と動く『敵』が現れた場合の対処は…。

 

 

「水精霊騎士隊の火メイジに通達!ここで食い止めるぞ!」

 

 

 

 

―――――

 後方に送り込んだ同志は、アンドバリの指輪により蘇ったレコン・キスタの手駒。

 風で致命傷を受けても、即座に回復する。

 

 平民であれば、打つ手がない相手。

 それを三方向から送り込み、連合軍の司令部を襲撃する策略だったが…。

 

 

 火と火と土。

 炎蛇が使った残虐無比な『爆炎』

 

 それは襲撃者をまとめて焼き尽くす!

 

 

「…お見事です。」

「まだまだ足りん。さて、これで終わりでは無いだろう?」

 

 

 その破壊力に、若い竜騎士は戦慄しながらも安堵する。

 

 一方で鬼火は部下に周囲を警戒させつつ、自身も哨戒する。

 事実、これは一方面でしかなかったのだが…。

 

 

―――――

 ゲルマニア軍が配置されている駐屯地。

 

 

「敵襲!」

「矢が通じない?!どうなっている!」

 

 

 アルビオン戦役に選抜されたゲルマニア兵士は、決して臆病ではない。

 平民でありながら、亜人を討ち取った豪勇の戦士も混じっている。

 

 だがどれほど勇猛な戦士だろうと、『自分の武器が通用しない』という相手と対峙すれば戦意は崩れる。

 

 

 そんな中、地響きが伝わってくる。

 ハルケギニアでも、地上を駆け抜ける速さなら最速と言われる、幻獣バイコーン。

 気性が荒いこの幻獣を乗りこなすのは、カースレーゼ皇子率いる直属の精鋭部隊。

 

 

 火力と機動力を重視したバイコーン隊から、ファイヤーボールが放たれる。

 ザナックから伝えられていた『炎以外に有効打が無い敵兵』についての情報を入手していたこともあり、迅速に対処する。

 

 

「殿下!今の敵はいったい…。」

「炎以外受け付けない兵士だ。まだ残党がいるかもしれん。火メイジを必ず1人加え、8人組で周囲の警戒に当たれ!」

「はっ!」

 

 

 

 その指示を受け、部下は周囲の警戒に当たる。

 

 

 

 

―――――

 すっかり油断していたロマリアからの義勇軍が配置されていた駐屯地は、大混乱に陥っていた。

 突然の襲撃に慌てふためき、剣は?弓は?と探し回る滑稽な姿は、無様の極みである。

 

 

 駐屯地入り口を突破し、内部に入り込んで破壊工作を始めた部隊に、風竜のブレスが浴びせられる!

 襲撃者を一蹴した竜騎士は、その場に降り立つ。

 

 

「お、おお!流石ジュリオ様!」

「…ちょっと気を抜き過ぎじゃないかな?」

「申し訳ございません。まさか奇襲を受けるとは…。やはり小国や野蛮人は当てになりませんな。」

 

 そういう事では無く、仮にも敵地でこんなに気が緩んでいることをジュリオは指摘したかったが…。

 自分の主に、資金面で融通を聞かせてくれる人物だ。心証を悪くするのは得策ではないため、黙り込む。

 

 

 その様子を、小さな魔法人形が見つめていた…。

 

 

 

―――――

「…全滅。くっ、これだけ投入して将校一人討ち取れないなんて…!」

 

 

 哨戒任務に当たっていた不運な兵士を若干名討ち取ったが、到底釣り合わない。

 シェフィールドは歯噛みする。

 

 

 

「あのお方の役に立たなければならないのに…!」

 

 ガリアの両用艦隊の準備は整っていない。爆破事件が相次ぎ、降臨祭の後になる事がほぼ確定している。

 ゆえに、降臨祭まで長引かせねばならないのだが…。

 

 

「ロンディニウム郊外で、決戦するしかないわね…。ロマリアの竜騎士も気になる…。」

 

 

 

 シェフィールドはそう決意し、その場を静かに立ち去る…。

 

 

―――――

 レキシントン司令部にて、各地の駐屯部隊から上がってきた報告をまとめた文官は、ザナックに報告する。

 

 

「襲撃の影響は?」

「哨戒任務に当たっていた兵士が14名死亡。事前に火系統が利くとわかっていたので。損害は物資のみです。ロマリアからの義勇兵に、怪我人が多数出たそうですが…。」

「そう、か。今後襲撃はあるかもしれないが…。時間がない。前進する!目指すは、ロンディニウムだ。」

 

 

 

 

 

―――――

 ロンディニウムまでの砦、城は37ヵ所。

 だがその中で、レコン・キスタのために捨て石になろうとする将兵は驚く程少なく、戦おうとしても味方だった者に攻撃され…

 這う這うの体でロンディニウムにいるレコン・キスタと合流する以外に道はなかった…。

 

 

 ロンディニウムに駐屯している神聖アルビオン共和国陸軍の実情は、心が折れた兵士や、策もなく革命の熱気にあてられた愚か者ばかりであり、芳しいとはいいがたい物だった。

 

 降臨祭まで時間を稼ぐのは、もはや不可能というのは誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 神聖アルビオン共和国、首都ロンディニウムのホワイトホールにて。

 ホーキンス将軍は、覚悟を決める。

 

 

「クロムウェル閣下。小官はロンディニウム郊外で決戦を行うべきと進言します。」

「な、何故だ?ロンディニウムに籠城すれば」

「首都を戦場として、どうするおつもりか。」

 

 静かな言葉だったが、ホーキンス将軍の言葉にクロムウェルとその取り巻きは何も言い返せない。

 

 

「待て、それでは私は、いや、我々はどこにいけば」

「ニューカッスル城は?」

「あそこはすでに廃墟ではないか!」

「こうしてはおれん、至急ロンディニウムでの防衛計画を」

「それは貴公に任せる。私は援軍を連れてくる!」

「おお、そ、そうだ!私も援軍を連れて戻ってくる!それまで持ちこたえるのだぞ!」

「どこに行くつもりだ!護国卿であればロンディニウムに残るべきだろう!」

 

 

 唾を飛ばして喚き散らす者、沈むフネから逃げだすネズミのごとく会議室から去る者。

 つい先日、護国卿の席を巡った閣僚たちは責任の押し付け合いを始めている。

 

 

 思えば、この程度の小物しかいない状況で他国と戦端を開いた時点で詰んでいたのだろう。

 ホーキンスはそう思った後…。出撃準備に入る。

 

「ホーキンス将軍。タルブのゴーレムは私が抑えます。火竜騎士隊を全て投入して頂きましょう。」

「…何故、ここまで温存を?」

「非常に精巧な代物なので、起動に時間がかかりました。」

 

 

 事も無げに言う秘書を、ホーキンス将軍はにらみつける。

 

「わかりました。全力を尽くしましょう」

 

 

 ドラゴンブレスは、王党派の残党との戦いで戦死。虚無で蘇ったが、シェフィールドによる後方強襲作戦で二度目の死。

 ドラゴンテイルは、タルブ戦役でゴーレムにより殲滅。

 

 残る火竜騎士隊は3つ。ドラゴンスケイル、ドラゴンアイ、ドラゴンクロー。

 風竜騎士隊のドラゴンウイング。

 

 かつてハルケギニアの強国とうたわれたアルビオン軍は、粛清と反動の内乱。各地で敗北したことで、その戦力は低下。

 この戦争は負けだ。だが、負けるにしても…。

 

 アルビオン軍の誇りと意地を見せつけつつ、次世代を残す。そのために…。

 ホーキンス将軍は、ドラゴンスケイルの隊長に伝令を送る。

 

 

 

 

 

―――――

 ドラゴンスケイル隊長、ヴェイルはドラゴンウイングの副隊長であるフーティスを呼び出す。

 

「お前は、法改正に伴って竜騎士となったこのメンバーを集めて、ラスターンにて待機せよ。」

「?!小官は、戦えます!」

「駄目だ。予備役は全て下げることが決定した。お前は本来予備役どころか、竜騎士にもなれない身」

「…っ!」

「…アルビオンは負けるだろう。だが、次世代が残っていればまた再建できる。生きろ。ウェールズ王子であれば、悪い扱いはしない。」

「御武運を。」

 

 

 

 

 

―――――

 ロンディニウム郊外、上空にて。

 

 

 平賀才人は風竜騎士隊とともに偵察任務を行う中、とんでもないものを見つけてしまう。

 思わず動きがとまり、他の風竜騎士もそちらに注目する。

 

 

「あれって、君と同じゴーレムじゃあ!」

 

 

 黒を基調とした、あのカラーリングは…。ゴテゴテと防具と盾を装備しているが…見間違えるわけがない。

 

『防御力をゴミ』と言い放つ、弐式炎雷さんの機体。ファイアボルト。

 

 

 そもそも何故、ハルケギニアにアーベラージのロボットがあるのか不明だが…。敵側にあれがあって、弐式炎雷さんがいては戦いにはならない。

 

 

 

 

―――――

「タルブの英雄が私と二人きりで話をしたい、と?」

「はっ。なんでも重要な報告があるとの事で」

「であれば、閣僚の前でもよいだろうに…。陛下、いかがなさいますか?」

「…俺は同席する。そう伝えろ。」

 

 

 

 

 平賀才人は、撤退を訴えたらトリステイン側はともかく、アルビオンとゲルマニアの関係者は猛反対すると考えた。

 ゆえに、トリステイン側を説得する事にした。自分の武器が有用であることを知っているなら。

 

 

 

「レコン・キスタに、アーベラージの兵器がある、と」

「弐式炎雷さんの機体、ファイアボルト。間違いありません。今の俺が戦ったら間違いなく殺されます。そして、あの人はそのまま本陣へ切り込むぐらいはやってのけます。」

「どういう人物なのだ?」

「えっと…防御力はゴミ、火力と機動力に全振りする人です」

「そのゴーレムの状況は?君が知っているファイアボルトと全く変化は無かったか?」

「防具を増やしていました。盾も」

「ふむ…聞いた話では、弐式炎雷卿は来ていないな。」

「えっ?」

 

「防御力をゴミ、と言い放つ人物がハルケギニアに来て突然守りを固めるとは思えない。ここにきて心変わりした可能性もあるが…それよりも別人が乗り込んでいるという方が適切だろう。」

「それは…でも、もしも本人だったら」

「タルブの英雄…いや、平賀才人」

 

 

 ウィンプフェン伯は、平賀才人をじっと見つめる。

 その気迫に、平賀才人は思わず後ずさる。

 

 

「ここで撤退すれば、勝ち目は本当になくなる。撤退すればアーベラージのゴーレムに怯えて逃げ出したと思われ、味方の士気は下がり、敵の士気は大いに上がる。今まで投入しなかったのは、投入したくなかったからだろう。ファイアボルトの調整がうまくいかなかったか…。弐式炎雷卿の説得、あるいはアンドバリの指輪による洗脳か。いずれにせよ、ここで勝つしか無い。」

「ウィンプフェン伯…」

「平賀才人。ファイアボルトを破壊しろ。これは参謀総長ではなく、君自身の為だ。弐式炎雷卿に恩義があるなら、それに報いる為に。」

「ファイアボルトを壊すことが?!」

「防御を捨てでも火力と機動力を重視する、その美学を愛さぬ不届きものに弄ばれるぐらいならば…弐式炎雷卿も壊されることを望むだろう。」

 

 

 

「ウィンプフェン伯、ザナック陛下。失礼ですが…死ぬのが怖くないのですか?」

「何を言っている?」

 

 事も無げに、ウィンプフェン伯は言葉を続ける。

 

 

「怖いに決まっているし、死にたくない。」

「はへ?」

「だが、戦わねばどうなる?私の主君や同僚、家族、部下…。そういった大切な人が死ぬかもしれない。私はそちらの方が怖い。君にはいないのか?」

「…ルイズ」

「そうか…。ならば、なおさら勝って生き延びるしかないな。」

 

 

 ウィンプフェン伯は微笑む。

 

「…ありがとうございます。話を聞いて下さって。俺、戦います。ファイアボルトと」




Q:あの、ルイズ様はどちらに?
A:虚無に覚醒していないので、学園で始祖の祈祷書を持ってお留守番です。


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決戦!ロンディニウム

 アンドバリの指輪で蘇生された『偽りの命』は炎が有効な反面、それ以外がほぼ通じない。
 対策していれば勝てますが、対策していないとワンサイドゲームに持ち込まれる。

 やはり事前の情報収集は大事ですね!


 ロンディニウム郊外。神聖アルビオン共和国の最終防衛ライン。

 ここを突破すれば、残るは王都。

 

 

 対峙するトリステイン・ゲルマニア連合軍は正面から激突。

 

 乱戦になり、互いに殺し殺されの激戦が繰り広げられる。

 

 

 

「アルビオンの火竜騎士隊、3つ全てが司令部めがけて突っ込んできます!」

 

 

 悲鳴じみた報告が、ザナックのところに持ち込まれる。

 

 

「た、タルブのゴーレムを!」

「そうですぞ!火竜騎士隊を単独で殲滅したという…。」

 

 

 アルビオンの竜騎士は天下無双。

 だからこそ、タルブ戦役で活躍したゴーレムの活躍は大いに期待されていたのだが…。

 

 

「敵左翼から巨大ゴーレムが出現、それを受けてタルブのゴーレムが出撃しました!」

「「何ぃ!?」」

 

 

「…そういうわけだ。あのゴーレムの相手を出来るのはタルブのゴーレムのみ。カースレーゼ皇子、我が水精霊騎士隊と長弓隊を預ける。」

「任せろ。」

 

 

 全盛期であれば、100騎を展開できたアルビオンの火竜騎士隊も、2つの隊が壊滅。60騎であれば足止めできるはず。

 

 

 

(平賀才人が敗れ、そのゴーレムが前線に出てきたら負けだな。)

 

 ザナックは内心そう思うが、顔には出さず泰然とする。

 打てる手は、全て打った。これで敗れるなら、最初から敗れる定めだったという事だ。

 

 

―――――

「ヴァリエール公爵軍接近!」

「相手にとって不足なし、行くぞ!」

 

 部下と共にマンティコアに跨った騎士隊の隊長は、勇ましく立ち向かうが…。

 敵のマンティコア隊長の放った「カッター・トルネード」で使い魔ともどもボロボロになって無力化される。

 

 

「このまま、前線をかき乱します。」

「はっ!」

 

 マンティコア隊を蹴散らした、『烈風』はそのまま進軍を続ける…。

 

 

 

 

―――――

 ギーシュは、オーク鬼の攻撃を紙一重で躱す。

 小さなニンゲンをつぶせないことに、オーク鬼はいら立つ。

 

 

(力だけなら、サイトよりも強いけど)

 

 

 速度が全く足りない。

 完成した呪文、アースハンドで転倒。

 周りの兵士が急所を貫いてオーク鬼を討ち取る。

 

 ガンダールヴとの組み手は、ギーシュを一回り成長させていた。

 

 

 

「ギーシュ士官、新手です!」

 

 今度は、3体が向かってくる。

 その中の1体を、赤銅のゴーレムがフランベルジュで切り伏せる。

 どうっ、と倒れ、最後のオーク鬼がギーシュに対して背中を見せる。

 

 

 間髪入れず、ギーシュのアースハンドでもう一体を転倒させ、兵士が群がる。

 

 

 オーク鬼で構成された亜人の小隊は、トリステイン魔法学院から志願した二人の土メイジ、ギーシュとジェダが指揮する部隊の前に壊滅した。

 勿論、亜人の小隊はこれだけではない。だが、亜人達は神聖アルビオン共和国軍が期待するほどの戦果を上げることもなく、崩壊していく。

 

 

 

 

―――――

 槍隊を指揮している男は、密集陣形を作っていたが…。

 遠距離からのファイヤーボールとエア・ハンマーでまとめて吹き飛ばされてしまった。

 

 

「こっちは片付いたね。」

「そうだな。次だ。」

 

 レイナールと、ヴィリエは部隊を率いて、次の敵部隊に向かっていく。

 

 

 

―――――

 シェフィールドは、いら立っていた。

 

「何故、倒せない!」

 

 

 当たれば即死の攻撃を放つが、攻撃が当たらない。

 

 

 最初の攻防で、才人は見抜いた。乗っているのは弐式炎雷さんでは無いと。

 防御力をゴミと言い放つ、火力と機動力に全振りするロマン構築。

 

 その美学は鈍重な鎧と盾で、最大の利点である機動力は失われていた。

 一撃必殺の火力は健在だが、当たらければ意味がない。

 

 

 

 このゴーレムで連合軍を強襲すれば終わる。それだけの力があった。

 だが、その前に。虚無の使い魔として、ガンダールヴを血祭りに上げてからと考えてしまった。

 

 

 無論、才人を放置して連合軍に攻めかかれば、奇襲されるかもしれないというリスクがある。

 合理的な判断ではあったが…。

 

 

 

 機動力を支えている基部が次々と破壊され、計器はエラー音をオーケストラのように奏でる。

 右腕が落とされてバランスが崩れ、さらに操縦が困難になる。

 

 

 そんな最中。

 ガンダールヴにスキが生まれた。

 

 

「これでっ!」

 

 

 戦場の狂気と焦りに彩られた女の一撃は。

 

 軽く躱され、近接用の主武器は双月にもぎ取られていた。

 

 

「?!」

 

 

 奪われた武器が、向けられる。左側から向かってきたため、咄嗟にシェフィールドは左腕に『わざわざ追加した盾』を構える。

 

 これには、固定化もかけてある。これで跳ね飛ばして体勢を崩して。

 

 

 そう思った直後、シェフィールドの意識は暗転する。

 

 

 

 

 

 弐式炎雷さんの昼飯4回分に匹敵する『課金アイテム』を鹵獲した才人は、そのまま盾ごと切り伏せた。

 コックピットの「中身」には目もくれず、才人はアーベラージ由来の戦利品を漁る。

 

 

「敵司令部を落として、この戦いを終わらせる!」

 

 

―――――

 タルブのゴーレムとレコン・キスタのゴーレムの戦いは、一方的な戦いで終わった。

 おまけに、タルブのゴーレムはそのまま司令部目掛けて突っ込んでいく。

 

 

 

「ヴェイル隊長!もはやこれ以上は…」

「…こちらのゴーレムは敗れ、我らもまた司令部は落とせずか。撤退するぞ!」

 

 

 地上はすでに、敗走を始めている。

 追撃してくる敵部隊と、算を乱して敗走している味方は明らかに練度が違う。負けるべくして、負けた。

 

 

「レント隊長は戦死。ハイヴィンド隊長は逃走しました。」

「…残ったのはこれだけ、か。撤退だ!」

 

 生き残ったのは36騎。

 この上、タルブのゴーレムと交戦する気は彼に無かった。

 

 

―――――

 こちらのゴーレムは敗れ、竜騎士部隊は敵司令部を落としきれない。

 その上、部隊は各個撃破され、司令部に迫ってくる。

 

 

「れ、烈風が近づいてきます!」

「タルブのゴーレムもです!閣下、お逃げください!」

 

 

 ここまで総崩れとなった軍を立て直すのは、名将といえど難しい。

 

 

「…君たちは引きなさい」

「閣下は」

「後から行く。」

 

 

 そう側近に告げ、ホーキンス将軍は迫りくる連合軍を見据える。

 傍らに駆け付けた副官に、ホーキンス将軍は目を向ける。

 

「閣下?」

「苦労を、かけた。」

 

 長きにわたり、ホーキンス将軍の副官を務めた男はそれで察する。

 殿軍になって散るつもりだ、と。

 

「…御武運を」

 

 

 残ったのは、すでに傷つき逃げることも出来ない者達。

 敗残兵を束ねて、ホーキンス将軍は死を覚悟する。

 

 

―――――

 死を覚悟した、殿軍の勢いは凄まじい。

 逃亡する敗残兵を追うだけ、と気が緩んでいた連合軍。その攻勢に『待った』を掛けた。

 

 傷を受けても、敵を一人でも倒そうとする殺意。その前に、攻めている側の連合軍がたじろぐ。

 

 それでも、交代を繰り返して攻め立て、ついに500人を下回るほどになった。

 

 

 その殿軍に、大きなゴーレムと、練度の高い部隊が急行する。

 

 ホーキンス将軍が率いる殿軍は、多くのアルビオン陸軍を戦域から逃亡するだけの時間を稼いだが。

 

 

 『タルブのゴーレム』と『ヴァリエール公爵軍』によって打ち破られた。

 殿軍に生き残りは、居なかった。

 

 

 

―――――

「勝ちましたな。」

「…あのゴーレムに乗っていた人物は?」

「申し訳ございません。逃げられました…。」

「構わない。弐式炎雷卿では無いのだな?」

「はい。」

 

 そう答える才人。

 

 

 ザナックは、ウェールズ王子とカースレーゼ皇子と共に、ロンディニウムの大門前に歩み出る。

 偶然か必然か。ザナックが立っている場所は、かつてリリーシャが伯父を糾弾した場所と全く同じだった。

 

 

 ザナックが見ている前で、破城槌によりロンディニウムの門が開く。

 

 

「クロムウェルを討てっ!突撃!」

 

 

―――――

 

 正門から真っすぐ突き進むゲルマニア皇子カースレーゼ率いるバイコーン隊。

 

「ここで、クロムウェルを討ち取れば、塔に幽閉される事は無くなる!」

 

 

 カースレーゼは、既に戦後を見据えていた。連合軍を主導したザナック王と自分では器が違う事を思い知らされた。

 アルビオンはウェールズ王子が即位して王政復興となるだろう。

 だが、自分は大将首一つ上げていない。火竜騎士を2名討ち取り、重傷を負わせたが到底足りない。

 

 

 

 

「ボシュエ護国卿!て、敵が迫っています!」

「案ずるな!我に秘策あり!戦わずして降伏したリリーシャとは訳が違う!やれいっ!」

 

 

 十字路に差し掛かったところで、左右から伏兵が迫る。

 

 

 

「殿下!これが秘策だそうですよ!」

「笑わせるなっ!」

 

 カースレーゼと副官が杖を一振りすると、バイコーン隊を挟撃しようとした部隊の前に炎の壁が生じる。

 

 

「うわああああっ!」

「ひいいいっ!」

 

 

「ば、馬鹿なっ!十字路を直進してきた敵を、挟み撃ちで壊滅させるという、私の完璧な作戦が…」

 

 

 カースレーゼは使い魔のバイコーンに跨ったままバリケードを跳躍。そのままユニコーンに騎乗している護国卿に杖を突き付ける。

 

 

 

「護国卿を名乗っていてもお前では力不足、役不足もいいところだが、やむを得まい。」

「ふん、役不足というのは役者に対してふさわしい役が無い事を言う。野蛮なゲルマニア人では品性が下劣だな!」

「…口先だけは回るようだが、魔法はどうかな?」

「ほざけっ!」

 

 

 

 両者は突進しあい、バイコーンとユニコーンが交差し…。

 カースレーゼの炎の槍は、ボシュエ護国卿を焼き尽くす。

 

 

 

 

 

―――――

 正門には敵兵が配置されていると予測しているウェールズ王子は、別ルートから突き進む。

 彼と同じくこの地を知り尽くしている王党派は、レコン・キスタ閣僚の直属部隊を瞬く間に瞬殺していく。

 

 

 

「ボシュエ護国卿、戦死!」

「第六歩兵部隊、全滅!」

「亜人部隊も苦戦、このままでは支えきれません!」

 

 

 

 次から次へと入ってくる悲報に、クロムウェルは打つ手がない。

 アンドバリの指輪で、手当たり次第に蘇生させているが…。炎が有効という事を知られて対処されている。

 

 

 

 クロムウェルの「虚無」で蘇るメイジ。それに、閣僚の一人があることを思いつき…水で鎧をまとわせる。

 

「おお、これなら!」

「よし、まずは侵入してきた敵から…」

 

 

 色めきだつ、レコン・キスタの閣僚達の前に。

 ウェールズ王子が現れる。

 

 

 

「クロムウェル!」

「来るがいい、亡国の王子!」

 

 

 アンドバリの指輪で蘇り水の鎧を纏ったメイジ達が、ウェールズの前に立ちはだる。

 

 

「炎は無駄だ!」

「風メイジの王子には無理だろうがな!」

 

 

 

 ここにきて炎への対策を施された敵が出てきたことで、ウェールズは息を整える。

 

 

「何故だ、オリバー・クロムウェル。何故、革命を起こした!」

 

 

 一連の内乱を主導した男。おそらく、これが彼と言葉を交わせる最後の機会。

 

 

「…お前たち、テューダー王家は。私を司教から追い出した!その上、後任は私に、ガリアへの届け物を依頼した!それが、どれほどの屈辱か!」

「…屈辱?」

 

 

 ウェールズは呆然とする。それが理由で?

 そもそも、テューダー王家にブリミル教会の司祭を罷免する権限など無い。それが出来るのは各国の枢機卿やロマリア皇国の本国くらいだ。

 

 

 後にウェールズが調べたところ、クロムウェルは教会の立て直しやらで寄付金を募りながら懐に入れていた事を知って怒り狂うのだがそれはまた、別の物語である。

 

 

 迫りくる水の鎧を纏ったメイジ達を、エア・ハンマーで牽制するが決定打には至らない。

 一方で蘇生させたメイジ達も、祖国を取り戻す一心で杖を振るウェールズ王子と側近を討ち取れない。

 

 だが、いくら攻撃を受けても死なないメイジと、攻撃が当たらないメイジ。一件互角に見えても、時間が経過すればどちらが勝つかは明白である。

 

 

「厄介な…!」

「クロムウェルはここか!その首、貰った!」

「カースレーゼ皇子?!駄目だ、相手は水で鎧を纏って…」

「だったら、その鎧ごと燃やし尽くすまでだ!」

 

 

 

 ここに来て追いついたゲルマニア人の部下も参戦するが、水の膜で覆われた不死身のメイジ相手に対し、決定打に欠ける。

 タイミングがかみ合ったウェールズ王子のエア・ハンマーとカースレーゼ皇子のファイヤーボールで二人が燃え尽きる。

 

 

「対処法は見つかったが」

「何度も通じたりはしないか。」

 

 これなら、連合軍の大物二人を人質にして脱出することも可能なのでは?いや、降伏すらさせられるかもしれない!

 共和主義者達は、き残れる可能性を得て歓喜の表情を浮かべる。

 

 

 

 そんな中、ようやくザナックが手勢とともに到着する。

 新手が到着したことでギョッとするクロムウェル達だが、その笑みがますます深くなる。

 

 

「これはこれは、ザナック王。連合軍の司令官が勢ぞろいか。君たちを始末した後、私の「虚無」で新たな命を与えてあげよう。」

「それが水の精霊から盗み出した、アンドバリの指輪か」

 

 

 ザナックはクロムウェルの指輪を指さしながら告げる。その言葉に、レコン・キスタの閣僚が困惑する。

 

 

「何を言っている!」

「知らないようだが、クロムウェルは虚無を使えない。アンドバリの指輪の力を『虚無』と偽っているだけだ。違うというなら、その指輪を外して『虚無』を使って見せろ」

 

 

 クロムウェルは沈黙する。それが、答え合わせになった。

 

 

「か、閣下!う、嘘ですよね!閣下は始祖から虚無を賜り、無能な王家を打倒して、聖地を奪還して…」

「まぁ、敵の言うことを素直に聞く義務も義理もないか。さて、終わらせるとしよう」

 

 

 それを受けて、クロムウェルは開き直る

 

 

「どうやって私を倒すつもりかね?ザナック王は土メイジのドットでは無いか。」

「水の鎧で炎が効かない。なるほど、この土壇場で思いついたか…。」

 

 

 ザナックが杖を振る。コモン・スペル、蜘蛛の糸が伸びて動きを封じる。

 これはネバネバした糸を作り出す上に伸びるので、刃物で切ったり炎で燃やさない限り、抜け出せない。

 

 倒れたメイジに対して、アース・ハンドで杖を取り上げるザナック。

 

 

「あ、ああああああっ!」

「コモン・マジックの念導で宙に浮かせるなりして、動きを封じろ!所詮、死なないだけだ!」

 

 

 蘇った『同志』を無力化され…レコン・キスタの閣僚は次々と討ち取られる。

 

 

「クロムウェル、覚悟っ!」

「ぐああああああっ!」

 

 

 

 ウェールズ王子はクロムウェルを討ち取る。

 水の鎧をかけていたメイジも死亡し、アンドバリの指輪で蘇生された兵士が燃やされ…。

 ここに、レコン・キスタ戦役は終結する。

 

 




 ザナックが使った魔法は、原作タバサの冒険で、人さらいがシルフィードに使っていた魔法です。
 まだ幼いとはいえ、韻竜を抑え込めるので利便性が非常に高いと思います。

 次回は戦後処理と諸国会議です。『翼』(艦隊と竜騎士)と『爪』(陸軍)を失った、『焼かれた鳥』(アルビオン)の、『肉』(領土)を切り分けるお話。



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戦後処理と諸国会議

拙作のアルビオンの現状まとめ。
モード大公の粛清から端を発した共和主義の台頭による内乱で、支配階級にしてインフラを整備する技術職かつ戦力として重要な要素を占めているメイジが大勢死亡。
その後、タルブ戦役で残った精鋭を失い、練度が大幅に低下。艦隊決戦で敗北して空軍が壊滅的な打撃を受け、アルビオン南部のロサイスからロンディニウムまでの間を制圧される。
生き残った王族はウェールズ王子とリリーシャ・モード。
どちらかが王権を復興させるしかないが、リリーシャはレコン・キスタの護国卿になっていた為に望み薄。

モード大公がエルフと密通していたという事実は完全に闇に葬り去ったが、テューダー王朝は王党派とモード大公派で完全に割れている。

原作よりまだマシなのは、直系の王族がハーフエルフだけでは無くて、ウェールズ王子が生存している事ですかね?
…ホーキンス将軍が戦死していますが。


 アンドバリの指輪をクロムウェルから回収し、ザナックはようやく一息つく。

 

「それが…アルビオンの反乱勢力が虚無と僭称するのに用いていた…」

「カースレーゼ皇子。アンドバリの指輪を戻さねば、水の精霊がラグドリアン湖の水位をハルケギニアが水没するまで上げる、と言っている。返さねばトリステインは水没だ。」

 

 その指輪が欲しい、と凝視していたカースレーゼ皇子だが、水の精霊がらみという事を受け入れ、目をそらす。

 

 

「さて、ラスターンに予備役が残っているが…まずは使者を送り…降伏しないなら、総攻撃で終わらせる。」

 

 

 だが、ラスターンの予備役は降伏。ここに、アルビオン戦役はレコン・キスタの崩壊という形で終結する。

 

 降臨祭まで終わらせる。そう言って初めて降臨祭までに終わった戦いはハルケギニア史には無いが…それをザナックはやってのけた。

 歴史に残る偉業ではあるが、さっさと戦後処理を終わらせなければガリアがここにきて動く可能性がある。

 

 

 

「戦後処理だが、トリステインからは参戦した私ともう二人を諸国会議に出席させる。ゲルマニアはどうする?」

「ゲルマニアからは父上と兄上が出席する。トリステインの二人とは誰の事だ?」

「妹と、身柄を預かっているリリーシャ護国卿だ。そうそう、ガリアからはイザベラ王女が来るそうだ。」

 

 

 

 首都が陥落。ラスターンに残っていた予備役の部隊も停戦に応じ…。ここに、二週間に及ぶ諸国会議が行われることになる。

 その間、ザナックはデムリ卿とマザリーニ枢機卿と共に綿密に話を練る。

 

 妹はウェールズと共に降臨祭を一緒に過ごすと言い出したので、ザナックはもう放置することにした。

 戦勝国の国家元首に、休みなど無い。

 

 

 

 

―――――

 トリステインの保護下にあったが、この度祖国に足を踏み入れたリリーシャは、レコン・キスタの代表として出席するよう求められた。

 

 

「アルビオンはもはや火竜にあらず、『翼』と『爪』を失いし、焼かれた鳥…か。」

 

 街で聞こえた小唄に対して自嘲するようにリリーシャはつぶやく。

 ハルケギニア最大最強と名高い『艦隊』という翼も、『陸軍』という爪も失った。

 この後、強欲なゲルマニア皇帝と、多大な損害を受けたトリステインと交渉しなければならないのだ。

 

 

 解放されたジョンストン卿は胃が痛いと抜かしたので、リリーシャは放置することにした。

 周りは、降臨祭という事で浮かれているが…。

 

 

 レキシントンで、連合軍に降伏した時。

 

『これで。私の戦いは終わった。』

 

 と考えていた自分に、リリーシャは平手打ちしたい気持ちになった。

 終わりどころか、途方もなく大変な『戦後処理』を敗戦国の護国卿として行わねばならなくなった。

 

 

 戦いは終わった!という声をしり目に、リリーシャは交渉のために準備を進める。

 敗戦国の護国卿に、休みなど無いのだ。

 

 

「…これが、私の『最後の仕事』か。父上。近々、お傍に参ります…。」

 

 

 リリーシャは交渉の準備を進めつつ、介錯人も手配する。

 この一連の事態の責任を終わらせ、王党派とモード大公派に割れたアルビオンを一つにまとめて再出発するためにも、王家の人間の死が求められている。

 ウェールズ王子は勝者。故に、死が求められているのは…自分だ。

 

 

「ラスターンの予備役部隊をロンディニウム近郊に集結させよ!神聖アルビオン共和国軍は潰えても、アルビオン軍人は未だ健在という事を知らしめる!」

 

 

―――――

 諸国会議開催前。葬式のような雰囲気のアルビオン人の大広間。

 6000年以上もの間、他国の侵攻を許さなかった歴史がありながらトリステインとゲルマニアに広大な領土を切り取られる事が確定しており、意気消沈である。

 

 諸国会議後に、王権復興にウェールズがアルビオン王として即位。アンリエッタとの婚姻をするとザナックから申し入れがあったため、アンリエッタもその中にいる。

 

 

 

 ゆっくりと、リリーシャ・モードは自分に今まで付き従ってくれた家臣に対して一人一人、目を合わせる。

 

 

「良く聞いて欲しい。アルビオンは敗れた。だが、我々は生きている。生きている以上、アルビオンを再び再建する事こそ生き残った者の使命である…。ウェールズ王子、頼みがある。」

「リリーシャ…。」

「私の家臣を、どうか受け入れて欲しい。」

「勿論だ。これからは、協力してアルビオン王国の再建を行わなければならないのだから。」

 

 

「貴女も、協力して下さいますよね?」

 

 アンリエッタの言葉に、リリーシャは穏やかに微笑む。

 

 

「アンリエッタ王女…貴女が思っているより、王党派と大公派の対立は根が深い。何より、私は王族でありながら共和主義者に加担した。責任は、取らねばならない。」

「?!待って、待ってください!」

「これは、けじめ。そもそも私がレコン・キスタに参加せずにヴァルハラへ旅立っていれば、アルビオンの憂き目は無かった…。」

 

 すすり泣きが、会場のあちこちで上がる。

 

 

「そんなことは無い!父上が、叔父上を処断したから」

「父上は、公に出来ないような、許されない事をしてしまったと、私は思っている。…受け入れたくは無いが。おそらく、それが真実なのだろう。」

 

 

 真っすぐに、リリーシャはアンリエッタと目を合わせる。

 

 

「アルビオンで起きた粛清と内乱…その全ての憎しみを私が引き受ける事で、二つに割れたアルビオンは一つになれる。」

 

 

 アンリエッタは分かった。分かってしまった。

 従姉は、自決しようとしている。レコン・キスタ側の重鎮でありながら、レコン・キスタの暴走を止められなかった者の責任として。

 アルビオンを、一つにまとめる為に。自身の死と引き換えに自分の派閥の者達を、ウェールズ様に吸収させるために。

 

 止めなければ。でも、どうやって止めればいい?

 

 

 

「少しでも、アルビオンを残す。あとは、頼む。」

 

 覚悟を決めた従妹に対して、ウェールズにはかける言葉が無かった。

 深々と頭を下げて、誠意を示す。

 

 

 

 

 

―――――

 諸国会議にて、妥協点と譲れないラインを決めて、ようやく一息ついたザナックのところに妹が押し掛けてきた。

 リリーシャが死のうとしているから止めて欲しいという『お願い』をしてきた。

 

 

「…そう、か」

「お兄様。助けられませんか?」

「妹よ。彼女は王家の人間だ。にも拘わらず、王政の打破を掲げる勢力に加担。その上、この諸国会議で領土を大幅に切り取られる。言っておくがトリステイン王としてアルビオンに対して妥協はしない。そんな事をすればこの戦争で死んだトリステイン人とその遺族は納得しない。」

「お兄様っ!」

「ウェールズ王子がお前を娶って即位する以上。敗戦の責任と、ジェームズ王の粛清から始まった王党派とモード大公派の対立を解消する為に、彼女の死が望まれている。」

 

 

 ザナック自身もそうだった。もはや魔導国と交渉の段階は過ぎ…勝てるかどうかはともかく、戦争せねばならなかった。

 あの局面で王家の人間の死が望まれていたからこそ、会談に赴いた。

 総大将として戦死して、戦後処理は父に任せるつもりだった…。最も、魔導王の真意は違ったわけだが。

 

 

 

 黙り込む妹を見つめていると、ノックがされる。

 入室を許可すると、侍女が一礼する。

 

「失礼します、ザナック陛下、アンリエッタ殿下。」

「何事だ?」

「実は。ゲルマニアの第一皇子、ゲーレンがリリーシャ・モードの所に押しかけ、壁際に追い詰めつつ手を伸ばして顎を持ち上げました。リリーシャ護国卿はその手を跳ね除けて毅然としておりましたが、ゲーレン皇子は去り際にも笑みを浮かべておりました。」

「そう、か…」

 

 

 その報告を受けて、アンリエッタは嫌悪感を示し、ザナックは考える。

 そんな兄の様子をアンリエッタはじっと見つめる。

 

 

「…妹よ。この件は預けてくれないか?」

「お兄様?何か妙案があるのですか?」

「まぁな…正直。俺がしようとしていることは、間違っているのかもしれない。だが…。」

 

 ザナックは、自分の両腕を見つめる。

 その態度でアンリエッタは気づく。

 

 

 レコン・キスタとの戦いを前にして、起きたローゼンクロイツ伯爵の反乱。その鎮圧後…兄を庇って冷たくなっていくルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢を思い出しているのだろう。

 

 

「ローゼンクロイツ嬢の事ですか?」

「……」

「お兄様?」

「ん?あ、ああ…そうだな。それもある…。だが、それ以外にも理由がある。」

 

 

 妹と侍女が退出した後、ザナックは改めて考える。

 

 

 ゲルマニアは始祖の血が無いため、他国から軽く見られている。それを解消することは国是となっている。

 トリステインの国土の10倍の領土を持つ上に始祖の権威まで手に入ると…いよいよ手に負えなくなる可能性がある。

 

 ゲルマニアが戦勝国としてリリーシャを妻によこせ、と要求すれば、もはや彼女に自決という逃げは許されない。

 であれば…。

 

 ザナックは、考えを練る。

 

 

 

 

 

―――――

 諸国会議。

 ここで、二週間にも及ぶパーティが開かれる。

 各国から要人が大勢の家臣を引き連れ、敗戦国アルビオンの領土と利権を切り取るのだ。

 

 

 アンリエッタは、集まった各国の首脳陣を見渡す。

 

 正直、自分と同年代の娘がいるにもかかわらず、自身を好色な眼で見てくるアルブレヒト三世には嫌悪感しかない。

 その嫡男であるゲーレン皇子が、リリーシャの胸元を無遠慮に見ているのも個人的に気に入らない。

 

 

 ガリア王国からは蒼い髪と蒼い瞳を持ち、滑らかな額を晒しているイザベラ王女が出席している。

 

 ロマリアの大使は、わずかな義勇軍しか送っていない上に義勇軍が失態を犯した事もあり、かなり窮屈そうにしている。

 

 従兄にして最愛の人、ウェールズ王子も参加しているが連合軍の立場であるため、席にはついていない。

 この諸国会議の最後にアンリエッタが長年秘めていた想いが叶うと伝えられたこともあって、顔が赤くなるのをなんとか耐える。

 

 

 敗戦国側の代表として席についているのは、レコン・キスタの護国卿である従姉のリリーシャ・モードだ。

 銀髪を束ね、堂々と胸を張っている。敗戦国の護国卿とは思えない態度だと囁かれているが…。その真意をアンリエッタは知っている。

 この諸国会議の後、自決する。アルビオンを、一つにまとめるために。阻止したいが兄に託すことしかできない自分が、アンリエッタにはもどかしい。

 

 

 こうして比べると、やはり兄は冴えない。少し太っているのもあるだろうが…。

 政治家としての才覚は、兄に及ばない事をアンリエッタは思い知らされた。だが、不快感は無く、むしろ誇らしい気持ちがある。

 

 

 

 

―――――

 諸国会議において、ザナックもアルブレヒト三世も、貪欲に利権を主張。

 結局、『何故ジェームズ王が弟を処断したのか?』は謎だが、一連の粛清とその反動による内乱。

 その後のレコン・キスタの暴走により、両国は多大な戦費を浪費した。

 

 ゲルマニアはアルビオンの完全な解体も考えていたが…三王家直系の血を引くウェールズ王子が生存している事。ロンディニウム近郊に集結したアルビオン軍が想定以上の数だった事。

 戦場とならなかったアルビオン北部が無傷である事もあって、アルビオンの解体は断念した。

 

 

 占領地域では無かったが、サウスゴータの割譲を強く求めたアルブレヒト三世に対して、リリーシャは強く拒否。

 恫喝めいた交渉を行うアルブレヒト三世に対し、リリーシャはレキシントンとアルビオン側に残させる事と引き換えに、サウスゴータの割譲を提案。

 

 

 アルビオン側としてはサウスゴータを維持しても、周囲がトリステイン、ゲルマニアの領土になり果てているため、飛び地でしかない。

 それよりも、レキシントンがアルビオン領であればレキシントンを中心に防衛線を引ける。

 アルブレヒト三世もレキシントンよりサウスゴータ一帯を得られるのであれば、落としどころとして妥当と判断。

 

 

 ザナックに対しても、サンタルス市の放棄と引き換えに、隣接地域の領土割譲を提案。

 ザナックとしても、隣接地域を所領に出来る方がメリットが大きいと判断。事前にデムリ卿とマザリーニ枢機卿と協議していた地域であることもあり、それを飲む。

 

 

 こうして連合軍が進駐しなかったアルビオン王国北部と辺境、首都ロンディニウム、レキシントン、サンタルス市。

 港湾施設であるラスターンとダータルネスがアルビオン王国の領土として残った。

 

 

 アルビオン南部で進駐した地域は、トリステインとゲルマニアで分ける事となった。

 莫大な領土を獲得した事で、今後トリステイン王国と帝政ゲルマニアでは統治の為送り込む人員の手配をする事となる。

 

 

 

「では、共和主義及び新教徒の勃興を抑えるための『王権同盟』の締結を行わせていただく。」

 

 

 それぞれ、締結文章がイザベラ王女、ウェールズ王子、ロマリア大使、ザナック、アルブレヒト三世を回り、確認する。

 

「それと。義勇軍を送ったロマリアの所領を考えねばならないな…。クロムウェルがかつて司教をしていた寺院の管理を任せたいと思うが…どうだろう?」

「ありがとうございます。ザナック陛下。」

 

 アルビオンの寺院の管理という、その座を得られたロマリア大使は笑みを浮かべながら頷く。

 

 

 

「最後に、アルビオンの王権についてだが、アルブレヒト閣下、何か意見はあるかな?」

「それは、トリステインとアルビオンで話し合って頂こうか。」

 

 始祖の血縁となると、ゲルマニアにとっては無縁の話となる。投げやりな態度でアルブレヒト三世は発言する。

 

 同時に、その発言を狙い通り引き出せた事でザナックは内心ほくそ笑む。

 

 

「そうだな…。我が妹、アンリエッタ・ド・トリステインをウェールズ王子に嫁がせたい。」

 

 二人が頬を染めて頷く。これについては事前に二人に話を通している。

 

 

「妹よ、これからのアルビオンは試練の時。兄として、隣国の王として支援は行う。」

「ありがとうございます。お兄様。」

 

 

 ようやくひと段落ついた、と列席者から弛緩した空気が漂う。

 

 唇を舐めた後、ザナックはリリーシャ・モードをじっと見つめて告げる。

 

 

「続いて、リリーシャ・モード。貴女に伝えたいことがある。」

「何でしょう。ザナック王。」

「私の妻になって頂きたい。」

 

 

 アンリエッタを含めて、言葉が出ない列席者。

 もしも、この場にラナー、ジルクニフ、アルベドやデミウルゴスが居ても思考処理が一瞬停止するだろう。

 

 

 しばらく時間をおいて、リリーシャは薄く微笑み…寂しげにつぶやく。

 

 

「ザナック王。私に、これ以上の生き恥を晒せと?伯父上に父上を処断され、その後共和主義者に加担し…。挙句の果てに他国への侵攻を許した女です。」

「そうは思わないな。処断の理由は明確にされなかった以上、反発するのは当然だ。何より貴女が殺害されていたら、モード大公派は生き延びるため、または復讐のためにレコン・キスタに入っていただろう。そうなれば旗印が居ないため、戦いはより凄惨な物になっていた…。そもそも、クロムウェルにはアンドバリの指輪もあった。」

「アンドバリの指輪?」

「ラグドリアン湖に伝わる秘宝だ。他人を操り、死者すら蘇らせる先住の秘宝。それをクロムウェルは虚無と偽っていた。故にレコン・キスタを貴女が掌握しようとすれば、殺されるか、操られていた。」

 

 真相を知って、動揺するも直ぐに平静を装ってリリーシャは口を開く。

 

「私は…護国卿の立場にありながら、祖国を防衛するために一戦も行わずに降伏しました。」

「挟撃する予定の味方が要衝を放棄、来るはずの援軍が撤収。私の部下が同じ状況で降伏しても、私は咎めない。」

 

 

 列席している、カースレーゼ皇子も思わず頷く。他の武官もその状況を想像し、納得する。

 

 

「…勝者と敗者は明確にしておいた方が、トリステイン領となった地域の支配も行いやすい。違いますか?」

「私はアルビオンの支配より、アルビオンと良い関係を築いていきたい。両国の未来の為、是非協力して頂きたい。」

 

 

 イザベラ王女は、この空気に困惑の色を隠せない。発言権があっても発言する事が無く、退屈な会議がようやく終わると思ったらプロポーズが始まったのだ。

 ガリアの暗部を束ねる北花壇騎士団長でも、想定外の流れに一言も発せられない。

 

 

「……私がザナック王に嫁いだら、トリステインの令嬢は快く思わないでしょう。強い王となった陛下を慕う令嬢は多いはず。」

「過分な評価だな。私にはこの年になって、未だに婚約者がいないのだ。」

 

 思いつく限りで反論していたリリーシャだが、反論できなくなって口ごもる。

 そんな彼女を、ザナックは真正面から真摯に見つめる。

 

 

 ザナックがリリーシャを口説き落とすと決めた政治的な理由は、いくつかある。

 

 ゲルマニアの第一皇子がリリーシャに向けていた眼に、ザナックは気づいている。リ・エステーゼ王国で好色な貴族が散々見せていた眼だ。

 間違いなく、戦勝国として彼女に婚姻を「強要」する。

 

 諸国会議では発言権が無いから行動しないが、この後に行われる宴会で行動に出る。ゆえに、先手を打つ。

 横やりを入れることが出来る、アルブレヒト三世が発言権を放棄したこのタイミングで。

 

 何より、新たに得たアルビオン領の統治行う以上、アンリエッタが嫁いだことで王党派の支持を得られる。

 この状況で彼女を娶ればモード大公派の支持も得る事ができる。

 

 

 

 

 その場に参席し。どんな形でもいいから生きていて欲しかったが、翻意させる事が出来なかったモード大公の家臣達は涙ぐむ。

 そんな涙ぐむ家臣一人一人に目を合わせ…。しばらく時間をおいて、リリーシャは深々と頭を下げる。

 

 

「…その申し出、喜んで受け入れます。」

「感謝する。」

 

 

 アンリエッタが拍手を始めるとウェールズが同調。

 やがてそれは、万雷の拍手へと変わっていく。不機嫌そうにアルブレヒト三世も拍手を行うが、列席者の中でゲーレン皇子だけは拍手をしなかった。

 

「さて…事前にお伝えした議題は全て終わったが…。他にある方は?」

 

 

 ザナックは見渡すが、誰も口を開かない。「それでは、宴会に移らせていただく。」

 

 席を立つザナックを、ゲーレン皇子は拳を握りしめて殺意を込めて憎々しげに睨みつける。

 発言権の無い彼に出来る精一杯の行動。その殺意にザナックは気づいていたが、素知らぬ振りをする。

 

 

―――――

 アルビオン動乱で硫黄を売りさばいて大金をせしめたが、両用艦隊の整備が間に合わなかった事でアルビオンに関する権益を得られず、王権同盟の締結以外やることが無かったイザベラ。

 そんなイザベラ王女をじっと見つめるカースレーゼ皇子。

 

 

 疲れたので、役得としてせめてご馳走だけでも食べようと心に決めるロマリア大使。

 

 始祖の血を手に入れる事は出来なかったが…新たな土地の総督を誰にするか、と考えをめぐらすアルブレヒト三世。

 

 

 

 そんな中。ザナックにジュリオは近づく。

 

「ザナック陛下に、申し上げたいことがございます。」

「なんだ?」

「ここでは話せません…。」

「ふむ。」

 

 

 与えられた客間の一つにザナックはリリーシャとジュリオを連れて入り、ディテクト・マジックを唱える。

 

 

「これでいいか?」

「ありがとうございます。ザナック陛下。降臨祭までに終わらせる、といって終わらせた例はございませんでした。それを成し遂げた手並み、お見事でした。」

「幸運が重なったからだ。アルビオンの内乱、不可侵条約を締結して置きながら侵攻してきた事。多くの要素が重なった結果だ。どれかがかけていればこうはいかなかった。」

「始祖のお導きでしょう。」

 

 

 情報収集を行い、戦力を整え、各方面に根回しして自ら出陣して得た戦果を、始祖の導きという一言で片づけられたが、ザナックはさほど怒りを見せない。

 この手の輩には、何を言っても無駄だと理解しているから。

 

 

「この後は、宴会なのだ。話がそれだけならば失礼させていただく。」

「…陛下は、始祖が残した虚無についてご存じですか?」

「何も。始祖の祈祷書を捲ったが、白紙にしか見えなかった。」

「選ばれし者が四の系統の指輪を嵌め、祈祷書を開けば読めると伝わっています。」

「まて。指輪を嵌めねば読めないのか?」

「はい。」

 

 

 注意書きだけは、誰でも読めるようにしておくべきではないか?

 ちらり、と隣のリリーシャを見つめると、見つめ返して頷く。どうやら同じ事を思ったらしい。

 

 

 始祖ブリミルとしてはその注意書きの内容すら忘却するようなら、虚無を使う資格がないと言いたかったのかもしれないが…。

 

 

「それより、四の系統の指輪といったか。まさか…」

「いえ、アンドバリの指輪ではありません。トリステインであれば水のルビーの指輪でございます。」

「これ、か。」

「陛下。ロマリア皇国は虚無の担い手を探しております。四つの秘宝、四つの指輪、四人の担い手と四つの使い魔をそろえた時、虚無は蘇る。虚無の担い手を見つけたら知らせて頂ければ幸いです。」

 

 

 

 ザナックは手元の指輪を見る。

 王家の証とされている水のルビーを嵌めさせ、その上で祈祷書を開かせればわかるというが…。

 

 

 王宮からトリスタニアの城下町までずらりと並んだメイジに、順番に指輪を嵌めて祈祷書を開かせて探す、という光景をザナックは想像する。

 

 

 

「この度の王権同盟が、始祖の御心にかなう事を願っております。」

 

 

 うなずいた後、ザナックは考える。

 とりあえず、ヴァリエール公爵家の三女から祈祷書を預かって…いや。ヴァリエール公爵家は王の庶子とか。

 

 

 もしかしたら、彼女に水のルビーを嵌めさせれば判明するかもしれない。

 

 ザナックはリリーシャに手を伸ばし、それを優しくリリーシャは握り返す。

 

「行くぞ」

「はい。」

 

 未だ、ザナックの真意を計りかねているが…。求婚を受けた直後という事もあり、リリーシャは大人しくザナックに従う。

 

 

―――――

 

 宴会のバルコニー近くで涼みながらイザベラ王女はつぶやく。

 

 

「…あれが、トリステイン王か。」

 

 王権同盟には参加するという事を表明してこい、と父親に言われた事でイザベラは来ていたが…。

 想定外の収穫だった。人は見た目によらないというが、まさにその通りだ。

 

 

 ガリアの両用艦隊は、アルビオンの失墜でハルケギニア最大の空軍となった。

 此度のアルビオン動乱で硫黄は黄金と同等の価格まで吊り上がり、ガリアは大いに潤った。もしもトリステインとゲルマニアと2戦線になっても負けは無い。

 それにしても。

 

「わからないね、なんで求婚した?そして、何故受けた?」

 

 レコン・キスタの護国卿にまで上り詰めた王族だ。王政を打破する一派に正当性を与えた女を王妃に迎え入れては国内は荒れる。

 それがわからない無能な男ではない。交渉の席にいたイザベラは考える。

 

 そもそも、何故あの場面で求婚する?

 自分ならば…ラグドリアン湖の湖畔で美しい双月を眺めながら、蒼い宝石に銀細工の指輪をそっと差し出されながら…。

 

 

 そこまで妄想した所で、差し出した相手が冴えない小太りであるザナックとなり、慌てて妄想を打ち消す。

 どうやら、だいぶ当てられたようだ。何故リリーシャ・モードはあの求婚を受けた?自決はせず、派閥争いを終わらせる為に王党派の誰かに嫁ぐつもりだったのか…?

 

 思えば、こういう相談が出来る相手が自分には居ない。昔は、こういう相談が出来る従妹が一人いたのだが…。

 物憂げにイザベラ王女はため息をつく。

 

 

 ゆえに、そんな自分の横顔と胸から腰にかけてめりはりのある曲線を描く肢体を、カースレーゼ皇子が熱い視線でじっくり見つめている事に、イザベラ王女は気づかなかった。

 

 

 

 

―――――

 同時刻。

 アルビオン王国のハヴィランド宮殿の客間にて。

 

 

「ガンダールヴとは接触しないのですか?」

「今は接触しない。トリステインの担い手がヴァリエール嬢か。」

「ガリアに担い手がいますが…アルビオンには現れませんでしたな。」

「ウェールズ王子もリリーシャ護国卿も風だった以上…。傍系をあたるしかない。」

 

 ジュリオは壁に立てかけられた絵画を見つめる。

 

「それか、彼らの子供だな。」

 

 ロマリア人に『聖戦を諦める』という概念は、無い。

 




Q:アルビオン北部?一連の戦争ってアルビオン全土では無いの?
A:拙作では「アルビオン南部」が舞台という事にしました。想像してみてください。ラ・ロシェールに物資を集積してフネに乗せてアルビオンのロサイスへ。
フネから降ろして、物資をアルビオン大陸を縦断して最前線に運搬…補給部隊の士官に死人が出るでしょう、これ。
北部は今後、アルビオン王妃となったアンリエッタと少し関わります。


Q:なんで、ザナックとティファニアが接触しないんですか?
A:前提として。ティファニア生存ルートには、二つのアイテムが必要です。始祖のオルゴールと風のルビー。
拙作だと「四つの指輪」は現国王か第一王位継承者が常に身に着けている事が習わしになっています。
原作でも空賊として最前線にいたウェールズ王子が風のルビーを身に着けていたので、「常に身に着けているのでは?」と思ってこうしました。

…という訳で、ティファニアのファンには大変申し訳ありませんが、拙作に出番はありません。


Q:もしも、モード大公が処断された本当の理由(エルフとの間に子をなした)が明らかになったらどうなりますか?
A:リリーシャが発狂。ゲーレン皇子が求婚しようと意味が無く、全ての説得に対して聞く耳を持たずに自決。
内政を行えるモード大公派が全員辞表を出して政権から引退。
テューダー王朝の権威が完全に失墜するので、アンリエッタがアルビオン女王に即位してウェールズ王子は臣籍に下って公爵になります。


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リリーシャの輿入れと、虚無の覚醒

拙作を執筆するにあたり、「ザナックのお相手はどうしよう?」となりました。
原作キャラを選択するべきですが…原作カップルを崩さない前提で考えた結果。
ケティ・ド・ラ・ロッタ、トネー・シャラント、ヴァレリーさんしか思いつかなかったのでオリジナルキャラクターを起用しました。
ゼロ魔のオリジナルヒロインとして、「ティファニア以外のモード大公の娘」という構想は前からありました。


モード大公の子供であるオリジナルキャラクターが登場する作品は二作品しか知りません。探せばもっとあるかもしれませんが…。



 ロサイスに総督府を置き、初代総督には老貴族のマルシヤック公爵が赴く事が決定したが。

 諸国会議で最後に起きた出来事は、余りにも受け入れがたい話だ。

 

 

「レコン・キスタの護国卿、リリーシャ・モードを王妃に迎える?!」

「王政の打破を掲げるレコン・キスタに王族でありながら参加し、アルビオンを混乱に陥れた張本人では無いか!それが王妃だと!」

「あれは質の悪い冗談では無かったのか?!」

 

 ザナックの支持者、否、支持者だからこそ、その知らせを受けた最初の感想は「冗談にしては質が悪いな」だった。

 

「貴公はどう思う?バート高等法院長。」

 

 リッシュモンの処断に伴って、高等法院長に就任した中年の男は周りを見渡す。

 

「ザナック陛下にお仕えして日は短いが、ご想像は出来る。」

「ほぉ、言うではないか。聞かせてくれ」

 

 

「まず、モード大公の娘を娶る理由には4つある。1つ目はアンリエッタ王女殿下をモード大公派から守るためだ。王党派の長に輿入れするわけだが、今のアルビオンにはモード大公派も根強い。何せ、降伏に伴って多数の旧臣が生存している。王党派は武官ばかり生き残った以上、新政権において財務と内務は彼らが行うだろう。」

「なるほど。滅多なことをすれば、敬愛する主君の娘に泥を塗るわけか。」

 

「2つ目、王家の血筋を取り込みたいゲルマニアへの牽制。」

「そうだな。王家の血筋である以上、ゲルマニアが動くのは明白。」

「待たれよ。彼女を取り込むか?事情がどうであれ、共和主義に加担したのだぞ!」

 

 異論を手で制し、バート高等法院長は言葉を続ける。

 

「ゲルマニアは始祖の血を欲しがっている。始祖の血が手に入る機会を逃すとは思えない。3つ目は、アルビオン領の統治を円滑にするためだ。王党派とモード大公派の対立は根強い。アンリエッタ王女殿下が王党派に嫁いだため、今のままではモード大公派の支持は受けにくくなる。だが、リリーシャ姫を娶れば、どちらの派閥からも支援を受けられる。」

「…それは私も思った。」

 

 

 

「4つ目は、ガリア王の手駒では無いことだ。」

「…それはどうだろう?」

「彼女がガリア王の手駒ならば、レキシントンで降伏はしない。そもそも時間を稼げば祖国は勝つ。レキシントンで降伏を選択した裏には、ガリア王の手駒が彼女たちを使い潰そうとしたからだ。彼女は自分に従ってくれた派閥の者を救いたい一心で降伏したと考えれば筋が通る。」

 

 

 その見識に、周りの閣僚も唸る。

 

 

「確かに。リリーシャ・モードは王族でありながらレコン・キスタに加担した。だが、彼女の行動原理は家臣を助ける事という一点、そこは決してぶれていない。」

「護国卿でありながら、降伏したというのがどうにも」

「そもそも、レキシントンとサウスゴータからの挟撃と、ロンディニウムからの援軍を受けて戦闘を行う予定だった。にも拘わらず、挟撃するはずのサウスゴータから駐屯軍が撤退、ロンディニウムからの援軍も来ない。艦隊決戦で敗れて空を制圧されている。この状況で勝つ方法があるならば、是非ともご教授して頂きたい。少なくとも私には無理だ。」

「ウィンプフェン伯。そもそも、何故そのような軍事行動をとったのだ?」

「…政治的な意図で我々に処理させるのが狙いだったそうだ。共和主義者の下では、勝てる戦も勝てぬよ。」

 

 

 

「待ってください、バート様」

「どうした、ノベラ。」

「なぜ、ガリア王国の名前が?」

「それはな。レコン・キスタの裏にはガリアがいるからだ。」

「なっ?!」

 

 

 衝撃的な事実に、『物資はさほど不足していないのに、なぜザナック陛下は物資不足を理由に、降臨祭までに終わらせることに拘たのか?』と考えていた部下たちは動揺する。

 

「両用艦隊の整備は降臨祭を過ぎると予測していたため、短期決戦にこだわったのだ。此度の戦でヴァリエール家も従軍したのはそのためだ。」

「な、なるほど…。」

「交渉を早急に纏めねば、ガリアが介入しかねない。落としどころとしてはこれが妥当だ。」

 

「それにしても…やはり、彼女を王妃に迎え入れるのは…誰かいないか?年頃の娘を持つ者は!」

「…確かに当家には16歳の娘がいる。」

「おお!であれば」

「既に婚約して、両家顔合わせ済み。ひと月後に、吉日を選んで輿入れする予定だ。」

「だったら、婚約破棄してザナック陛下に」

 

 暴論に、ウィンプフェン伯が割って入る。

 

「婚約破棄させられた上に陛下の正妻にされては、その者のメンツが丸つぶれだ。何より、略奪婚だと誹りを受ける。」

「ウィンプフェン伯!略奪婚のほうがまだましだと思わないのか!」

「前例を作るべきでは無い!」

 

「そもそも、トリステイン王子でありながら婚約者一人用意できなかった我々の落ち度も大きい。」

「その通りだ、ネルガル。私に娘がいれば喜んで差し出したのだが、な。」

 

 

 その言葉に、それまで黙っていた男が口を開く。

 

 

「各々方は、ルナ・ローゼンクロイツ嬢を忘れたか?」

 

 

 モット伯の静かな言葉に、その場の全員が静まり返る。

 

 

「忘れぬ。かの娘を救えなかったことは、この波濤にとって最大の不覚…。反逆者の娘をなぜ御傍に置かれるのか?と誰もが疑念を抱いていたが、実際はどうだった?」

「それ、は。」

 

 あの時、誰もが傍に置くなどと思っていた彼女は。凶刃から主君をかばった。

 もしもザナックが死んでいれば。トリステイン王はザナックではなくアンリエッタ王女になっていた。

 

 そうなれば5枚の辞表がアンリエッタに提出され、一人の老人は「もう限界」という書置きを残し、荷物を纏めてロマリアへ帰国しただろう。

 

「あの日から私は誓った。例えザナック陛下がどんな女性を王妃に選ぼうと、私は必ず支持すると。そもそもふさわしくないということであれば、我らが支えれば良いだけだ。それに。」

 

 

 モット伯は真顔で言う。

 

 

「トリステインに輿入れするべくアルビオンから来られたというのに、家臣の猛反対を受けて出戻り娘、となれば怒り狂ったモード大公派によりアンリエッタ王女殿下の身に危険が迫るやもしれぬ…んん?」

 

 

 モット伯は、な・ぜ・か。

 マザリーニ枢機卿、参謀総長ウィンプフェン、陸軍元帥ド・ポワチエ、デムリ財務卿、ネルガル教導官の口元に、恐ろしく歪んだ笑みが浮かんでいることに気づく。

 唐突に、SANチェックというワードがモット伯の脳裏に浮かび、小さな立方体が転がる幻聴が聞こえる。

 

 

「ど、どうした?何が愉快なのだ?」

「…やはり、考え直して貰ってはどうだろうか?」

「気は確かか!ド・ポワチエ元帥!アンリエッタ王女殿下と、貴公たちの間で何かあったのか?」

 

「「「「「…何も、無い。」」」」」

 

 嘘をつくな、絶対何かあっただろう!と叫びたくなる気持ちを、モット伯は飲み込む。

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王国の王都、トリスタニアに向かう馬車にて。

 銀髪を金色の髪飾りでポニーテルにまとめ、白を基調として金色の精緻な細工が施されたドレスをリリーシャ・モードは纏っている。

 

 その眼前にいるのは、モード大公の家老を務めた老人である。

 

 

「…リリーシャ様。」

「祖国を散々騒乱に巻き込んだ挙句、他国へ嫁ぐとは…。ヴァルハラで父上に合わせる顔が無い。」

「ザナック王もザナック王です!リリーシャ様がアルビオン王家の権威を保つべく、覚悟を決めておられたのに…。」

「そもそも戦勝国の国王が、敗戦国の護国卿に対して命令すればいいだけだ。にも拘わらず求婚という形で私の面子を保ってくれた。感謝こそすれ、恨む理由など無い。」

「ううっ…」

 

 うつむき、自嘲するリリーシャ。

 

 

「私は、アルビオン史において汚名を残すのだろうな…。祖国の騒乱を激化させ、共和主義者を手助けしておきながら敗戦。他国に領土を割譲された挙句、自身は従弟のトリステイン王を誑かして正妃に収まった…恥知らずな悪女として。」

「リリーシャ様!歴史は、勝者だけの物ではありませぬ!わたくしめは、歴史に残しますぞ!我らの無念を!共和主義者に切り捨てられ、やむを得なかった事を!」

 

 嘆く忠実な側近を連れ、リリーシャは王宮に到着する。

 馬車から降り、これから過ごす事になるであろう王宮をリリーシャは見つめる。

 

 扉が開き、十数名の人々が現れる。

 その顔ぶれをみて、リリーシャも側近も呆然とする。

 

 

 

「ようこそ、トリスタニアへ。」

「ザナック陛下?」

 

「一国の王が、直接出迎えに?そ、それも…せ、戦勝国の王が?」

「不服か?」

「め、めっそうもありません!」

 

 敗戦国の王が、戦勝国から嫁ぐ女性に対してするならまだしも、トリステインは戦勝国だ。

 そんな立場にあるザナックが門前まで出迎えてくれた事実に、主君の娘を差し出さねばならない、と悲観していた側近の心は感動で打ち震える。

 

 

 

「こちらへ。案内しよう。」

 

 その言葉をうけ、リリーシャは深々と頭を下げる。

 

 

 

「ああ、あのような方であれば、安心して任せられます…!」

 

 打って変わって感涙する側近は、うれし泣きしながら後に続く。

 

 

―――――

 王宮の謁見室で、ザナックは妻を紹介する。

 

 

「紹介しよう。リリーシャ・モードだ。今後は、リリーシャ・ド・トリステインになる。」

「陛下!お聞きしたいことがあります。」

「だろうな。ラ・ポルト侍従長?」

 

 

「何故、求婚したのですか?」

「ゲルマニアを牽制するためだ。」

「ゲルマニアを?」

「あの国は我が国の10倍の国土を持つが、始祖の血を引いていないために軽んじられる。故に、始祖の血を入れられる好機を逃しはしないと判断した。何より、第一皇子が狙っていた。」

「ゲーレン皇子ですね?」

「その通り。だが、彼には発言権は無い。諸国会議で発言権があるのはアルブレヒト三世だけ。故にアルビオンの王権に関わる話を持っていき、『トリステインとアルビオンで話し合え』と言質を取れたタイミングで求婚した。」

「なるほど。」

「宴会で求婚すると思ったのでな、先手を打った。」

 

 寄りにもよって、何故自分に求婚したのか。その真意を直々に聞いて、リリーシャは理解する。

 ゲルマニアの第一皇子から迫られたときは毅然と拒絶したが…宴会で自分にそのような要求がされていれば、敗戦国という立場上断れない。

 そうなれば、ゲルマニアは始祖の血を得て権威を獲得。その国力を背景に、トリステインに侵攻していただろう。

 

 

 

 

「政治的な意図は、他にもあるのですね?」

「勿論。モード大公派の支持を受けるためだ。妹が王党派の長に嫁ぐ。私がモード大公派の長を娶る。そうすれば、マルシヤック公爵の統治はやりやすくなるだろう?」

 

 

 二つに割れたアルビオンの派閥を、こうやって纏めるか。自身の死をもってまとめる以外に方策を思いつかなかったが、

 正妃が居ないと言っていたが…アルビオンの内乱の時から、この状況を見計らって今まで用意していなかったのでは無いか?

 リリーシャの中でザナックに対する評価が上昇方向に修正されていく。

 

「妹殿下を守る意図もあるのですね?」

「アンリエッタを守る意図?何のことだ?」

「えっ?」

「ウェールズの妻に危害を加える事など、王党派が許しはしない。」

「…最後に陛下、何故リリーシャ様を城門まで出迎えられたのですか?これにも何か、政治的な意図がおありなのですか?」

「その行動に、政治的な意図は無い。」

 

 想定外の言葉に、リリーシャは思わず声を漏らす。

 

「えっ?」

「どうした、リリーシャ」

「その、直接出迎える事で、私の派閥の者たちの不満を抑えるのが狙いとか…」

「私の体は全てトリステインのために捧げる。心だけは私の物だ。私に嫁いでくれる女性に対する、最大限の敬意として出迎えた。」

「…あ、ありがとう、ございます。」

 

 

 頬を染めて恥じ入るリリーシャをみて、ラ・ポルト侍従長は引き下がる。

 弛緩した空気が漂う。

 

 

 

 

「言っておくが、彼女はは諸国会議後に自決するつもりだったぞ。ウェールズ王子に自分の派閥の者を吸収させてアルビオンを一つに纏める為の犠牲としてな。妹がそう俺に教えてくれた」

「アンリエッタが?」

 

 ザナックは頷く。

 

 そんな中、来客が来たことで扉の前の衛兵がこの世の終わりのような表情で叫ぶ。

 

「申し上げます!マリアンヌ太后様が、いらっしゃいました。」

 

 

 その場の空気が凍り付く中、扉が開かれる。

 

 

 

―――――

 気丈に、唇を結んだまま歩み寄ってくる40代のマリアンヌ太后が、ザナックには恐ろしく見えた。

 

 

「これはこれは母上…。お体はよろしいので?」

「臥せっている場合ではありません。何故ですか?」

「母上。妹がアルビオンに嫁いだ以上、私も正妃を得るべきでしょう。違いますか?」

「ええ、その通りです。ですがその相手が、問題なのです。その女を娶れば、反発と不満を招きますよ。」

「反発を招く以上の国益を見込めると、私が判断しました。そもそも母上。私はこの年になってもなお、正妃が居ません。自分で選んで、何が悪いと言うのですか?」

 

 

 やや時間をおいて、マリアンヌ太后はリリーシャに目を合わせる。

 

 

「貴女は…。あれだけの事をしておいて、けじめをつけようとは思わなかったのですか?」

「私は。諸国会議の後に自決する覚悟を決め、介錯人も手配済みでした。神と始祖に誓って、真実です。」

 

 

 数秒考えこみ、マリアンヌ太后は息子に目を合わせる。

 

 

「今、わかりました。」

「何でしょうか?」

「貴方は。この娘とローゼンクロイツ伯爵令嬢を、重ね合わせているのですね。」

「ローゼンクロイツ?」

 

 

 反乱を起こして失敗した、という情報しかリリーシャには入っていない。

 一方で、ザナックの表情が抜け落ちる。

 

 

「モット伯、説明を。」

「はっ。ルナ・ローゼンクロイツ伯爵令嬢。反逆者の娘でしたが…論功行賞の席にて凶刃から陛下を庇い、陛下の腕の中でトリステインの未来を託して…亡くなりました。」

「そんなことが…」

 

 ザナックをリリーシャは見つめる。

 

 

「…トリステインを一つに纏める為に、貴方を庇って死んだローゼンクロイツ嬢と、アルビオンを一つに纏める為に死のうとしていた貴女を重ね合わせ…今度は死なせたくないからこそ娶ろうと思ったのでしょう?」

「ほぼ、正解です…母上。」

 

 

 玉座に座り込むザナックをしばし見つめた後、マリアンヌ太后は家臣たちを見渡す。

 

 

「『お願い』です…リリーシャ・モード。そして貴方達。ザナックを、今後とも支えてください。」

 

 

 マリアンヌ太后は、深々と頭を下げる。

 後頭部が、見えるほどに。

 

 

 マリアンヌ太后の真摯な『お願い』に、トリステイン王国上層部は一斉に跪き、数秒遅れてリリーシャも椅子から立ち上がり、その場に跪く。

 

 

「わかりました。神と始祖に誓って、ザナックを愛し支えると誓います。」

 

 

 ザナックとしては、『以前、国の為に死なせてしまった貴族令嬢がいて、非常に後悔している。だから、同じように国の為に死のうとしているリリーシャ・モードを救いたかった』

 とは言えなかった。死んだ女と重ね合わせるのは、余りにも失礼だから。

 

 様々な政治的な理由をあげていたが、本音はそこだ。

 誰にも知られずに秘めておきたかった事だったが、マリアンヌ太后は母として息子の心境を見抜いた。

 

 

 

 

―――――

 リリーシャのために、用意した私室にザナックは許可を得て入室する。

 

 

 

「長旅、お疲れ様だったな。その上、あのような姿を見せてしまい、申し訳ない。」

「そのようなことはありません…。私の婚約者だった男は、助けを求めたところ、杖を向けてきました。」

「そう、か」

 

 

 紅茶にミルクを入れ、氷を入れて飲むザナックをリリーシャは見つめる。

 変わった飲み方だ。トリステインの王宮ではこれが流行なのだろうか?

 

 

「ああ、これか。最近知ったやり方だ。」

「私にも、頂けますか?」

「構わない。」

 

 

 冷たくて美味しい。

 こういう味わい方もあるのか、とリリーシャは感心する。

 

 

「…正直な話。貴女には今後も不快な思いをさせてしまうかもしれない。」

「覚悟は、出来ています。一つだけ、聞かせて頂けませんか?」

「なんだ?」

「レコン・キスタとの戦いの前後で、ウェールズ王子と私を秘密裏に始末すれば、アルビオン王家の直系は途絶える。そうすれば、アンリエッタ王女をアルビオン女王に据えることも出来たはず。」

「それは最初から選択肢には無かった。妹が入れ込んでいるから、そんなことをしたとばれたらどうなる事やら。」

 

 

 しばし、遠い目をする。

 アンリエッタ王女と何かあったのか?と思いはしたが、リリーシャは聞かなかった。

 

「さて、やるべき事は山積みだが…とりあえずやらねばならないことがある。」

「というと?」

 

 

「王家の秘宝、始祖の祈祷書を貸している人物がいるから、返却してもらう。」

「始祖の祈祷書…クロムウェルも持っていたな。」

「何?」

「始祖の祈祷書は、ハルケギニアのあちこちに『本物』と主張されている物がある事はご存じでしょう?」

「…本物として伝わっているぞ。私には白紙にしか見えなかったが、な。」

「なるほど。祈祷書が白紙だから、偽物があれだけ流行していたのか。」

 

 長年の疑問が氷解したリリーシャは薄く笑う。

 

 

 

―――――

 ルイズは緊張した顔で王宮へ入る。

 始祖の祈祷書を持ってくるように、との事だったが…。

 

 

「返せ、ってことですよね?」

「そうじゃろうな。」

 

 

 オールド・オスマンは、ルイズを連れて謁見室に入る。

 

 

「レコン・キスタ戦役では、貴女の使い魔に苦労を掛けた。」

「勿体ないお言葉…」

 

「「あっ!」」

 

 

 ザナックの隣にいたリリーシャとルイズの眼が合い、互いに声を漏らす。

 

 

「知り合いか?リリーシャ。」

「ラグドリアン湖の湖畔で開かれた園遊会、そこでアンリエッタの天幕に入った時の影武者が」

「ヴァリエール公爵家の三女が影武者?説明しろ、意味が分からん。」

 

 公爵家の三女という影武者にして良い家柄ではない為、皆目見当がつかないザナックは説明を求める。

 

 

「ひ、姫様が。気晴らしに出かけたいと仰って…魔法染料で私の髪を染めた私が代わりにベッドに入っていました!」

「声をかけて、布団をめくって顔を見たら別人だったので思わず杖を抜いて…。謝りに行きたかったが、あの時は申し訳ない事をした。」

「い、いいえ。当然の反応です!」

「だとしても…」

 

 

 どちらも申し訳なさそうにしているが、ザナックはため息をつく。

 

 

「とりあえず、妹の被害者というわけだな。ヴァリエール嬢、始祖の祈祷書を貸していたが、返却してもらう。」

「は、はい。」

「虚無の担い手を見つけるには、四の系統の指輪。この水のルビーの指輪を嵌めた上で始祖の祈祷書を開いたときに読めるという。ロマリア皇国から、担い手を見つければ知らせてほしいという依頼があった。トリステインから探しだすために、指輪と秘宝は手元になければならない。」

「わ、わかりました!」

「大々的に布告を出すのは問題があるし…どうやって見つけた物か。まぁ、何かの縁だ。ヴァリエール嬢、この指輪を嵌めて始祖の祈祷書を開け。」

 

 

 さほど期待していないザナックだが、ルイズが水のルビーを嵌めて祈祷書を開いたとたん。水のルビーと始祖の祈祷書が光を放ち、その場にいた面々は呆然とその光を見つめる。

 

 

 

「古代ルーン文字…。よ、読み上げます!」

 

 

 

 語られた内容から、ザナックはうめき声をあげる。

 始祖の祈祷書とは、虚無魔法に関する書物だった。

 

 

「…トリステイン王家の正当な後継者は、ヴァリエール嬢だったと。そういうわけか。」

「ざ、ザナック陛下!私は王にはなりたくありません!」

「どうだか。ロマリア皇国と接触して兵を借り受けるなり、教皇に働きかけて私を破門させるという手が取れるぞ。」

「私は。ずっと魔法が使えず、馬鹿にされてきました。私は魔法が使える普通の、メイジになりたかったのです…。玉座は望んでいません!ですから、そのようなことは仰らないでください!」

 

 

 悲鳴じみた声を、ルイズは上げる。

 王家に仕える者として育てられた彼女にとって、他国から兵を借りて現国王を退位させるというのは、想像すらしたくない所業だ。

 実行しようものなら、『烈風』にお仕置きでは済まない罰を与えられるというのもあるだろうが。

 

 

「…ヴァリエール嬢を担ぎ上げて反乱を起こそう、という貴族がいれば、今、私が上げた策ぐらいは即座に思いついて実行するぞ。」

「それですがの、ザナック陛下。一つ忘れております。」

「何?」

 

 オールド・オスマンはもったいぶって告げる。

 

 

「ヴァリエール公爵は、娘を政治の道具に使う者を決して許しませぬ。」

「…忠義を疑うわけではないが。利用される可能性がある、というだけで放置は出来ない。手を打たねばならないな。」

 

 懸念事項が一つ片付いたが、別の懸念事項が出来てしまった。

 仕方ないので、もう一つの懸念事項を片付ける事にした。

 

 

 

―――――

 ラグドリアン湖の湖畔。

 そこに、ザナックはリリーシャとモンモランシー嬢、それに護衛を連れて訪れていた。

 

 

「水の精霊よ、あなたに話がある!」

 

 

 しばらく待つと現れた水の精霊に対し、ザナックは一礼してアンドバリの指輪を提示する。

 

 

「水の精霊よ。奪われた秘宝、アンドバリの指輪をザナック・ド・トリステインの名に懸けて取り戻した。」

『…確認した。これこそ、我と共に時を過ごした秘宝…』

 

 そう告げ、水の精霊はアンドバリの指輪を受け取る。

 

 

『約束を守った以上、アンドバリの指輪が単なる者の手に奪われぬ限り、水位を上げる事はせぬ。』

「感謝する。」

『数奇な運命に導かれし単なる者よ。汝が誓約を果たしたことを、記憶しておく…』

 

 

 水の精霊が去り、これでアンドバリの指輪を巡る一連の騒動は幕を下ろす。

 リリーシャは水の精霊がザナックのことを何故『数奇な運命に導かれし単なる者』と呼ぶのか気になったが、この場で問いただすことはしなかった。

 

 今までの疲れが出たことで、ザナック達はモンモランシ邸に宿泊する事になる…。

 

 

―――――

 ガリア王国王都、リュティス。

 その王宮、ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワにて。青い髭の美丈夫は娘が退出した後、チェス盤を前に高笑いをあげる。

 

 

「はっはははは!まさか、まさか!こんな展開になるとは!」

 

 ウェールズ王子が空賊活動により物資を確保していた時期に、トリステイン空軍もフネの数を補うべく空賊狩りをしていた。

 ウェールズ王子の行動ととトリステイン空軍の行動を分析した結果、遭遇はしないとみていたが。理由は不明ではあるが、あるタイミングで空軍を緊急出動をかけた事で身柄を確保。

 

 その結果、明日戦争になってもおかしくなくなったトリステイン王国は、相当動揺すると予想していたが…その混乱は想定より小さかった。

 

 

「そして、空軍を敵部隊の撃破では無くて補給路寸断という発想!老いぼれに殺された男の娘と思っていたが、中々どうして頭が回るではないか!しかも、その二人が結婚とは!片方だけでは余の指し手には物足りんが、二人であれば余の遊び相手にはなろるだろう!」

 

 

 




ルイズに虚無の担い手である事を御旗に、簒奪を唆しても拒絶すると思います。
というよりルイズが簒奪しようと色々動いたところで、最終的にロマリアのお人形にされる未来しか見えません。
根が真っ直ぐですから、王には向かないでしょう。王様ランキングだとどこまで行きますかね…ルイズは。女官としては間違いなく優秀な人物ですが。


ジョゼフがザナックを『遊び相手』と認識しました。
ナザリックと違って軍事力で「何とかなる」レベルなのが救いですね。

次回は、リリーシャがザナックの「過去」を体験します。どういう展開になるのかは、お楽しみに!


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『仮想世界』リ・エスティーゼ王国

もしも、モモンガさんとナーベラル・ガンマに『シェフィールドという女が、弐式炎雷さんが使っていた機体を改悪して出撃して敗北。機体は大破しました』と言ったらどうなるのでしょうか?

シェフィールドがヨルムンガンド10体と火石まで用意して待ち構えていても、ナーベラルが一人で突撃しそうです。
アインズ様が止めようとしても、プレアデスの姉妹、それにコキュートスも嘆願して一人で行かせようとするのでは?

…アインズ様とプレアデスの姉妹とコキュートスも一緒になって突撃してくる?うーん…10体のヨルムンガンドは何分持つんですかね?


注意:「仮想世界」編です。水の精霊がザナックの記憶と知識をもとに構成した世界にリリーシャが入り込みます。
リリーシャと会話をしたオバロキャラは、『ザナック視点』だとこういう反応をするだろう、という予測を下に水の精霊が発言します。オバロキャラの言動がおかしな点がありますが、ご了承ください。


 戦後処理がひと段落したからか、ザナックは疲れが出て爆睡。

 一方でリリーシャはベッドから起き、モンモランシーに声をかけ、真夜中のラグドリアン湖に訪れる。

 

 

「あの王妃様。何故ここに?」

「…ザナックの事を水の精霊は、『数奇な運命に導かれし単なる者』と呼んだ。おかしいと思わないか?」

「はい。水の精霊は、私達をメイジだろうと平民だろうと関係なく、単なる者と呼びます。」

「その通りだ、モンモンランシー嬢。故に、確かめたい。数奇な運命とはどういう事か。どうしても気になってしまう。」

 

 

 

 その言葉が終わると同時に、水の精霊がラグドリアン湖から浮かび上がってくる。

 

 

「?!水の精霊…。呼びかけも無しに現れるなんて!」

『…単なる者よ。『数奇な運命に導かれし単なる者』について、聞きに来たようだな?』

 

 

 跪いて、リリーシャは水の精霊に問いかける。

 

 

「教えて欲しい。何故、貴方はザナックの事をそう呼ぶのか?彼が幼少期に錯乱した事と、関係があるのか?」

『…単なる者よ。お前は『数奇な運命に導かれし単なる者』とはどういう関係だ?好奇心というのであれば、答えるつもりはない。』

「私は、ザナックの嫁です。」

『…湖面に触れるがいい、単なる者よ。数奇な運命の記憶をもとに、再現した世界へ汝を導く…。心を強く持て。さもなくば、汝の意識が戻ることはあるまい』

 

 リリーシャはゆっくり頷く。

 

 

『覚悟は出来ているようだな…』

 

 

 リリーシャは深く深呼吸すると、ラグドリアン湖の湖面に触れる。スッと、意識が遠くなる…。

 

 

 

―――――

 リリーシャは呆然と周囲を見渡す。ここは何処だ?ハルケギニアの建築様式ではない。ロバ・アル・カリイエの宮殿か?

 前から、可憐な少女が短い金髪の少年を連れて歩いてくる。貴族令嬢とその護衛だろうか?

 

 

「あら。貴女は…だれ?」

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。ここは何処だ?」

「ここは、リ・エスティーゼ王国のヴァランシア宮殿ですわ。」

「リ・エスティーゼ王国?ハルケギニアの王国は、トリステイン王国、アルビオン王国、ガリア王国の三王家のみ。もしかして、ここは、ロバ・アル・カリイエ…なのか?」

「ロバ・アル・カリイエ…、貴方達ハルケギニアの民は、私たちの地域の事をそう呼ぶのですね。」

 

 

 

 なるほど。確かに自分たちハルケギニアの民は東方の事を「ロバ・アル・カリイエ」と呼ぶが…東方の民は自らの地域は別の名前で呼んでいるのか。

 

 後ろから足音が聞こえたため、リリーシャが振り返ると見知らぬ男が歩いてくる。

 一礼して、金髪で気品のある男は口を開く。

 

 

「これはこれは、ラナー様…と。どちら様でしょうか?」

「…私は、リリーシャ・ド・トリステイン。」

「私は、エリアス・ブラント・デイル・レエブン。トリステイン家のご令嬢、でしょうか?」

「違う。私はトリステイン王国の王妃だ。」

「異国の王妃様でしたか!これは失礼いたしました。リ・エスティーゼ王国では市民は二つ、貴族は三つ、称号を付ければ四つ。王族ともなれば称号を加え、五つの名前があります。勘違いした事、お許し下さい。」

 

 そうだったのか。それで自分の事をトリステイン家の令嬢と。

 

 

「私はトリステイン王国出身では無く、アルビオン王国出身。トリステイン国王ザナックに嫁いだ。」

 

 

「はい?」

「お兄様がトリステイン王?!」

 

 困惑するレエブン…。いや、4つの名前という事は貴族か?

 口に手を当て、驚く少女。

 後ろの少年もびっくりしている。

 

 

「待ってください!その…ザナック王子は、いつトリステイン王に即位なされたのですか?」

「1年前に即位された。それよりも…。」

 

 

 リリーシャはラナーという少女に鋭い目を向ける。

 

 

「お兄様と言ったか。ザナック陛下の妹はアンリエッタ・オブ・テューダーのみ。ザナックの妹を名乗る貴女は、何者だ?」

「…私は、リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフです。リリーシャ様が、ド・トリステインでアンリエッタ様がオブ・テューダーという事は…トリステイン王国から他国…。もしかして、アルビオン王国に嫁がれたのでしょうか?」

 

 

 わずかな会話でここまで理解が早いとは。非常に聡明だ。

 リリーシャが頷くと、ラナー王女は考え込む。

 

 

 ふと、リリーシャが外を見るとザナックの姿が見える。

 窓を開け、リリーシャはフライを唱えて飛び降りる。

 

 

「マジック・キャスター?!」

 

 ロバ・アル・カリイエでは、メイジの事をそう呼ぶのか。

 リリーシャは去り際に聞こえたレエブンの言葉からそう判断しつつ、ザナックの下へ向かう。

 

 

 

―――――

「これはこれは、兄上。奇遇ですなぁ」

「フン。お前か。」

 

 

 王冠を被った老人と黒髪黒目で大柄な男。そして短い金髪の男と、ザナックが居る。

 老人は何やらため息をついている。

 

 

 そんな中、リリーシャはまっすぐザナックに向かって歩く。

 

 

「ん?誰だ、お前は!」

 

 短い金髪の男に誰何され、むっとなったが顔には出さず、一礼する。

 

 

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。トリステイン王国王妃です。貴方は?」

「私はリ・エスティーゼ王国第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだ!しかし、トリステイン王国だと?その王妃が何故この国に来ている?」

 

 

 第一王子、か。リリーシャはザナックと目を合わせる。

 

 

「答えてください。貴方のお名前は、ザナック・ド・トリステインですか?」

 

 リリーシャはザナックを見据えて言う。

 

 

「…初めまして。私はリ・エスティーゼ王国第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。私と同名の方がいるのか?」

「そう、ですか。ザナック王子、聞いてくれませんか?」

 

 ザナック王子がうなづいた事で、リリーシャは言葉を続ける。

 

 

「私はアルビオン国王の王弟、モード大公の一人娘です。ある日、伯父であるジェームズ一世に父が討たれ、家臣も大勢殺され…私は、家臣と共に潜伏しました。」

「貴方はアルビオン王家に連なる身か!それで、何故。貴女の伯父上は実の弟を処断したのだ?」

「今でも分かりません…父上が、許されない事をしたのかもしれませんが…。私は、王政を打破して有能な貴族による議会制度への移行を掲げる、共和主義者レコン・キスタに参加しました。」

 

 

「何?!有能な貴族による議会制度だと!詳しく聞かせろ!」

 

 それに食いつくバルブロ。

 一方で、王冠を被った老人が一歩前に出る。

 

 

「そなた。王家の一員でありながら、王政の打破を掲げる組織に加担したのか?」

 

 老人が鋭い眼でリリーシャをにらむ。一瞬、リリーシャは背筋が凍る想いをする。

 言いつけを破ってしまい、実の父親に叱られた時の事をリリーシャは思い出した。

 

 

「…家臣を生き延びさせる為です。旗色を鮮明にせねば、王家の一員である私とその家臣も討伐対象になりましたから。私は伯父を討ち、アルビオン王国は…神聖アルビオン共和国になりました。」

「共和国…か。」

「その後、神聖アルビオン共和国は不可侵条約を打診しておきながら、その締結時に隣国、トリステインに宣戦布告。」

 

 

「?!不可侵条約を打診しておきながら、宣戦布告?!騙し討ちではないですか!」

 

 大柄な黒髪黒目の男が思わず声を漏らす。やはり、ロバ・アル・カリイエでも非常識な行動なのだろう。

 

 

「はい。私は内戦の直後という事もあり、国内の疲弊を鑑みて阻止しようとしましたが…。その戦いでアルビオン共和国軍は敗北。アルビオン共和国は、内戦で熟練の士官と精鋭を失い、数少ない精鋭もその戦いで失いました。その後、アルビオン共和国の護国卿だった私は、レキシントンに派閥の者と共に進軍。サウスゴータの駐留軍と共に挟撃、ロンディニウムからの援軍を待って戦うつもりでしたが…。サウスゴータ駐留軍は撤退。ロンディニウムからの援軍も引き上げ、私は、10倍の敵軍と対峙しました。」

「…なるほど。その共和主義者とやらは、王家の一員であった貴女を処分させようとしたのだな?」

「その通りです。私は降伏。神聖アルビオン共和国軍はロンディニウム近郊の決戦で壊滅し、王都ロンディニウムは陥落。私は敗戦国の護国卿として、勝者である連合軍と戦後処理を行いました。諸国会議を。」

「かなり厳しい条件を課された事だろう。」

「はい。何とか、アルビオンの国体は残しました…諸国会議後、私は自決するつもりでしたが…。諸国会議の場で私は。戦勝国のトリステイン王から求婚されました。」

 

 

 絶句する男たち。

 バルブロ王子とザナック王子は思わず顔を見合わせている。仲は良いのだろうか?いやこれは…不仲だが、衝撃のあまりといったところか?

 

「まて、もしかして、その求婚した王というのが…!」

「はい。トリステイン国王。ザナック・ド・トリステインです。私は、その申し出を受け入れました…。ザナック王子。貴方は、私の夫ととてもよく似ています。貴方は、一体何者なのですか?」

 

 

 ザナックとリリーシャは目を合わせる。ザナックの瞳に、自分の顔が映っている…。

 

 

 なぜか、リリーシャはものすごく眠くなった為、ザナックの腕にしなだれかかる…。

 ザナックの声が響く中、リリーシャの意識は遠ざかる。

 

 

 

―――――

 リリーシャが目を覚ますと、ベッドに居た。

 化粧台の前で身支度を整え、外に出る。

 

 

「おや、目が覚めたか。トリステイン王妃殿。」

「ザナック王子。伺いたいことがあります。」

「何かな?」

「リ・エスティーゼ王国について。」

「…廊下では話せない。場所をかえさせてもらう。」

 

 リリーシャはザナック王子の後をついていく。

 

 少し歩くと、部屋に案内される。

 

 

 

「あら、お兄様と…トリステイン王妃様。」

「ラナー王女。」

 

 

「会いに来たぞ、腹違いの妹よ。彼女がリ・エスティーゼ王国について知りたいようだ。改めて、この国の現状について話をしないか」

「いいですわ、お兄様」

 

 肥沃な大地を持つこの国は腐り果てており、貴族や役人は自分さえ良ければいい、という考えが広まり汚職まみれ。犯罪組織、八本指による暗躍もあり、麻薬は他国にまで流れている。

 隣国のバハルス帝国は毎年、農民の収穫時期を狙って侵攻。

 王国は農民を徴兵して数で対抗しているが…収穫時期を狙って侵攻されており、国力は徐々に削られている。

 にも拘わらず、王国は王派閥と貴族派閥に分かれて権力闘争を繰り返している有様。

 

 

「バルブロお兄様はボウロロープ侯の娘と結婚していて、貴族派閥。」

「しかも、麻薬部門から金を受け取っている…そんな現状を俺たちは変えようとしている。」

 

 かなり追い込まれている事で、リリーシャは方策を提言する。

 

 

「であれば、バハルス帝国と不可侵条約を締結して、その間に犯罪組織の摘発を。」

「いや。バハルス帝国側は王国を併呑しようとしている。不可侵条約など結んではくれない。」

「ならば犯罪組織の摘発を進めながら、帝国に対してはフネで牽制…とするのが妥当か。」

 

 ラナーとザナックの二人が呆けた顔をしている。

 

「この国のフネは何隻ほど動員できる?いや…他国人に、国家機密は明かせないか。」

「えっと、その。フネでどうやってバハルス帝国軍をけん制するのですか?」

「空中から艦砲射撃をすれば…。無論、バハルス帝国側にもフネは当然あるだろうが、風上を抑えれば…」

 

 

 ラナーは、おそるおそる口を開く。

 

 

「その、トリステイン王妃様がいらっしゃる…ハルケギニアのフネというのは、空を飛ぶのですか?」

「勿論。海を行くフネもあるが…。」

 

 は?という顔になるラナー王女

 突如、ザナック王子が笑い出す。

 

「空を飛ぶフネか!しかもそこから攻撃まで出来るだと!そんな物があれば、ずいぶんと出来ることが増える。そう思わないか、妹よ。」

「はい、お兄様。」

 

 

 それほど、突拍子も無い事なのか…。浮遊大陸で生まれ育ったリリーシャにとって、フネとは身近な物なのだが。

 

 

 そんな中。ラナー王女の護衛をしていた少年が来訪。クライムと呼ばれた彼の報告で、事態は動き出す。

 八本指のアジトを強襲するのだという。

 

 国内で最も根が深い犯罪組織を一掃出来れば、事態は大きく変わる。

 

 

 

―――――

 夕暮れになり、リリーシャは何やら奇妙な炎の壁が現れた事で、街中を訪れる。大勢の兵士が行き来している。

 八本指のアジトを襲撃するという話だったが…。あの炎はいったい?熱は伝わってこないが…。こけおどしでは無いだろう。

 

「これは、トリステイン王妃様?!どうしてここに!」

 

 

 クライムと、青い髪の剣士がこちらを見ている。

 

「こちらが、異国の王妃様か。初めまして、俺はブレイン・アングラウスだ。」

「状況を知りたい。八本指はどうなった?」

 

「状況が変わったのだ。」

 

 

 後ろから声を掛けられ、リリーシャが振り返ると大きな黒い鎧を纏った男と、黒髪の女性がいる。

 

 

「貴方達は。」

「私はアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンだ」

「同じく、ナーベ。」

「アダマンタイト、級?」

 

 リリーシャに対して、ブレインは口を開く。

 

「この国で、最高峰の冒険者に与えられる称号だ。」

 

 冒険者、というのがよくわからなかったが。旅人みたいな物か?であれば…。

 

 

「…ということは、ロバ・アル・カリイエの情報に詳しいか…。一つだけ聞きたい。弐式炎雷、という方に心当たりは?」

「無い」

「知りません」

 

 

 言下に言い捨てるモモンと、冷たい目で否定するナーベ。

 

 なるほど、どうやらここはアーベラージではないらしい。少しホッとするリリーシャ。

 火竜騎士を一方的に討ち取るようなゴーレムがうろつく世界では、命がいくつあっても足りない。

 

 

「ザナック王子殿下はどちらに?」

「兵士を率いて、王都の人々を守りに出かけています。」

 

 リリーシャはそちらに向かおうとして…。強い光に包まれる。

 

 

 

―――――

 リリーシャが気が付くと、歓声が聞こえてくる。

 多くの人々が口々に色々な話をしている。

 

 

 …どうやら、八本指は壊滅。王国は王派閥が力を持ち、あの騒動で前線に出ていたザナック王子の評判が上がったらしい。

 そんな中。化粧台の前の鏡が、光景を映す。マジック・アイテム、遠見の鏡のようだ。

 何かの会議だろうか?多くの貴族が集まっている。

 

 

『エ・ランテル近郊は元々アインズ・ウール・ゴウンの土地。リ・エスティーゼ王国は直ちにこれを返還するべきであり、バハルス帝国はこれを手助けするものである。』

『元々、王国の歴史にそのような人物が所有していた記録は無い。』

 

 帝国は毎年戦争をする口実に困ったのだろう、という意見が出ている中。

 何か言いたげな表情を浮かべた事で、意見を求められた黒髪黒目の男は一礼する。

 

『陛下、エ・ランテル近郊をゴウン殿に割譲することは出来ないでしょうか?』

『これは、ガゼフ戦士長とは思えぬ発言だな!』

 

 一戦すらせずに、土地を明け渡せ?

 臆病と呼ばれて嘲笑われる男。国王の傍に控えている以上、有能な武人のようだが…おそらく身分が低い。

 彼はアインズ・ウール・ゴウンという人物と面識があり、恐るべき実力を備えている事を見抜いているのだろう。リリーシャはそう推測する。

 

 それにしても、貴族が多い。『マジック・キャスター』がこれだけ占めているなら、安泰だろう。

 

 

 

―――――

 またしても映像が途切れる。

 化粧台の前で身支度を整えつつ、鏡を見つめていると…映像が浮かび上がる。

 

 

 沈痛な表情の老人。傍にはザナック王子が居る。

 

 

『戦うべきではなかった…。エ・ランテルを、割譲する…』

 

 どうやら、手痛い敗戦になったそうだ。

 敗戦で、領土を削られる苦しみをリリーシャはとてもよく知っている。

 

 

 

 

―――――

 また映像が切り替わる。

 ラナー王女だ。歪み切った笑みを浮かべながら、腕の前で手を組んでいる。

 

『ああ、クライム…貴方と結ばれたい!子を為したい!貴方に鎖をつないで、どこにも行けないようにして、飼いたい…。あの目がすごく好き!犬のように纏わりついてくる姿も、大好き!』

 

 

 その歪みっぷりにリリーシャは戦慄する。ザナック王子!腹違いとはいえ、妹をどうしてこうなるまで放っておいた?!

 公爵家の三女を影武者に仕立て上げてウェールズに会いに行っていたアンリエッタ王女の悪戯が、むしろ可愛らしく思ってしまうリリーシャ。

 

 

『…ところで。覗き見はどうかと思いますよ?トリステインの王妃様。』

 

 

 グリンッ、と音を立てたかのように瞳が動いて目が合う。リリーシャは怖くなって急いで廊下に出る。

 

 

 

―――――

 夜だ。窓の外は双月ではなく、一つの月しか浮かんでいない。スヴェルの月夜のようだ。

 誰もいないのでしばらく歩いていると、廊下の向こうから誰かが歩いてくる。頭には角があり、白いドレスを纏っており、その腰から翼が生えている。

 

 

「こんばんは。良いスヴェルの月夜ですね。」

「スヴェルの…月夜?失礼、貴女は?」

「私は、リリーシャ・ド・トリステイン。トリステイン王国の王妃。貴女は?」

「私は魔導国宰相アルベド。」

「魔導国?」

「はい。エ・ランテルを割譲させた事で、建国いたしました…。トリステイン王国…とはいったい?」

「ハルケギニアにある国家です。北に帝政ゲルマニア、南にガリア王国、そして浮遊大陸アルビオン王国があります。貴国は?」

「西方にリ・エスティーゼ王国、東方にバハルス帝国、南方にスレイン法国がありますわ。ところで…スヴェルの月夜とはいったい?」

「青い月と赤い月が重なって、一つに見える事です。ご存じではないのですか?」

 

 魔導国宰相アルベドは呆けた顔をしている。おかしな人だ。月・が・二・つあるのは、当たり前のはずだ。

 まるで月・が・一・つしかないのが当たり前、のような反応をしている。

 

 

「宰相殿は、どのようなご用件で?」

「わたくしは、リ・エスティーゼ王国に宣戦布告を行うべく参りました。良ければ、ご一緒しませんか?」

「宣戦布告?」

 

 

 エ・ランテルを割譲させて、日が浅いと思われるが…ここで宣戦布告?

 

 

 

―――――

「ようこそ、魔導国宰相アルベド殿。リ・エスティーゼ国王、ランポッサである。本日は、何用で来られたのかな?」

「本日参りましたのは。貴国の貴族が、我が魔導国が聖王国に支援にしていた食料を強奪した件です。」

「まずは、王国の者として謝罪させていただく。その上で…私の首一つで許しては貰えないだろうか?」

 

 

 一国の王が、首を差し出す?!

 その覚悟に驚くリリーシャ。

 

「…少し、読み違えていたわ。ガゼフ戦士長を失ったからかしら?それとも、ザナック王子の優秀さに気づいたからかしら…?いずれにせよ、私の対応は変わりません。我が魔導国は。貴国に対して宣戦を布告します。一か月後、開戦します。」

 

 馬鹿な!国王が首を差し出すというのに、交渉にすら応じないだと?!

 

 もしも。伯父のジェームズが『我が姪よ。弟モードを処断したこの一件。余の首一つで許しては貰えないだろうか?』と言われたら、王党派と和解。

 その後、クロムウェル率いるレコン・キスタと敵対していた。

 

 

 王の首とはそれだけの価値がある。なのに…。強奪した貴族と陛下はどういう関係にある?

 

 

 それより、魔導国は一体、何を狙っている?リ・エスティーゼ王国の地下資源?それともさらなる領土か?工廠でも奪うつもりか?

 

 周囲が暗転する。

 

 

 

―――――

 周囲が明るくなってくる。ザナック王子が地図を前に考え込んでいる。

 

 

「ザナック王子?」

「…トリステイン王妃殿か。」

「状況を、教えていただけませんか?」

「ああ。これを、見てくれ。」

 

 

 見せられた地図には、都市にバツ印がいくつもつけられている。

 

「印がついているのは、魔導国によって住民が皆殺しにされた都市だ。」

「何故、ここまで残虐な事を…。いえ、何故皆殺しにされている事に、気づかなかったのですか!」

「レエブン侯が裏切った。彼の領地は、ここだ。」

 

 沈痛な表情のザナック王子。

 一つだけ、バツ印のない街。

 

「子供を愛しているからな、人質に取られたのだろう…」

「…軍の編成はどうなっているのですか?」

「どうしようもないな。前のカッツェ平野の戦いで王国軍は18万人の兵士を失い…多くの貴族家の当主や次期当主を失い、代わって次男、三男が爵位をついだ。」

 

 その数にリリーシャは呆然とする。死者の数が、文字通り桁が違う。

 戦争では無くて虐殺では無いか。

 

 

「戦うのですね。魔導国と。」

「ああ。兄上が前の戦いで行方不明だからな…俺が王家の人間として戦うしかない。」

「…降伏は出来ませんか?」

「無理だな、バハルス帝国は属国になったが、王国で降伏を言い出せば内乱になる。」

 

 そうだ。王国は王族の権威が絶対では無く貴族派と対立している…。その内憂がここにきて足を引っ張るか。

 

「ランポッサ陛下は?」

「父上は、この期に及んで交渉で片づけようとしている。」

 

 本来ならば、ランポッサ陛下が戦い、ザナック王子が戦後処理をするべきなのだろうが…。その決断が、あの国王には出来ないのだろう。

 父上なら、どうしていただろうか?今は亡き父、モードに対してリリーシャが想いを馳せていると。

 

 

 

 周りの風景が変わっていく。

 執務室から、草原に変貌する。

 

 

 

―――――

 リリーシャがフライで周囲を偵察すると、リ・エスティーゼ王国軍の前に、異形の魔物で構成された軍勢が立ち並んでいる。

 あれと、戦う…?勝てるのか?一体だけでもシュバリエ勲章を授与されるような、実力者のメイジが戦略を練って小隊規模でかからねばならない。そんな強敵があれだけ居るのに?

 

 戦うというのであれば…まずは戦列艦による一斉掃射で数を減らし、必要であればストックボート…注文が無くともフネを建造する技術継承の為に造船所で作られる代物…に可燃物を満載した火船まで使う必要があるかもしれない。

 戦艦を想定した武装まで陸上に向けねばならないとは、規格外にもほどがある。

 

 リリーシャはリ・エスティーゼ王国軍を見渡す。士官の数が少なすぎる上に、兵士の練度も低い…内戦直後のアルビオン軍でもここまで酷く無かった。

 

 気が付くと、天幕に異形の魔物が居る。

 豪奢な服を纏った骸骨だ。貴族の遺体だろうか?

 

 だが、驚くべき事に骸骨でありながら生きているらしく、こちらに目を向けている。

 リリーシャが降り立つと、天幕で動きがある。

 

 ちらりと見えた骸骨が、恐ろしい馬に乗ってリリーシャの前まで向かってくる。

 

 

 

―――――

 大きなテーブルが現れ、椅子も用意される。

 

 

「…お初にお目にかかる。私は魔導国国王、アインズ・ウール・ゴウンである。」

「…私はトリステイン王国王妃、リリーシャ・ド・トリステイン。」

「トリステイン王国の王妃。それで、何をしにここに来た?ここは今から戦場になるのだが。」

「魔導王陛下。貴方は、リ・エスティーゼ王国と戦うつもりなのですね?」

「そうだ。」

「何故、戦うのでしょうか?我がトリステイン王国はこの戦いに介入する気はありませんが、お教え下さると幸いです。」

「我が魔導国は、聖王国に支援物資を送っている。だが、その輸送部隊をリ・エスティーゼ王国の貴族、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスが襲ったのだ。」

 

 それが開戦理由か。ん?

 

 リリーシャは訝しむ。これだけの異形の妖魔を揃えているのであれば、姿かたちを変えられる妖魔が居てもおかしくない。

 先住魔法の中には、姿を変える魔法もあるという。フィリップに化けさせる事で、魔導国による自作自演を行ったのではないか?

 

 

「意外ですね。」

「ほぅ?」

「これほどの強力な軍勢を保有していながら、聖王国への食料輸送部隊の護衛が突破された事です。」

 

 

 自作自演をするならもう少しうまくやれ、これだけの強力そうな妖魔の軍勢を束ねて置いて、護衛すら満足に用意できない訳が無いだろう、というニュアンスを込めるリリーシャ。

 というより、この手勢を相手に…輸送部隊の襲撃をフィリップという貴族が成功したのであれば、その軍事的手腕は辣腕を通り越している。

 

 

「まさか、他国への支援物資を強奪する貴族が居るとは思わなかったのでな。」

 

 

 自作自演では無くて、本当に襲撃されたのであれば話は違ってくるが…。じっと魔導王の眼窩にある赤い光を見つめるリリーシャ。嘘を言っているようには思えない。

 

 

 リリーシャは今まで手に入った情報を整理する。フィリップの真意は不明でも、推測は出来るはずだ。

 

 リ・エスティーゼ王国軍は、農民を徴兵している軍隊。その軍隊を18万人も殺され、その中には有望な次期当主などもいた。今回の輸送部隊の襲撃事件。

 現国王が首を差し出して事態の収拾を図った。にも拘わらず、交渉にすら応じない宰相アルベドの態度。

 

 カチリ、とリリーシャの中で歯車がかみ合う!!

 

 

 まさか!フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスとは!超が付くほど優秀な、武闘派貴族なのではないか?!

 

 次期当主が亡くなって、急に家督を継がねばならなくなった。だが、多くの農民を失った事で領地経営は難渋。…いやフィリップは法衣貴族かも知れないが。

 働き手を失い、飢えた王国民の惨状を見るに見かね、自ら手勢を連れて魔導国の食料輸送部隊を襲撃して強奪したのではないか?

 

 

 そういう事であれば…ランポッサ陛下が自分の首を差し出してでも、事態を収拾しようとするのもわかる。

 民を想い、軍事的手腕に長けた戦術家が自分の派閥にいたらリリーシャとて、否、ハルケギニアのどんな王や貴族でも重用する。

 

 

 最も、『魔導国の輸送部隊を自国で襲撃したらどうなるのか?』という所まで考えが及ばない辺り、戦略家ではなく、戦術家なのだろう。

 

 

 宰相アルベドがランポッサ陛下の首を拒んだのも、魔導王が直々に前線に来ているのも…各地の民を皆殺しにしているのも全て。

 武闘派貴族、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスを前線に引きずり出し、そこに質と量を兼ね備えた戦力をぶつけて始末する事が狙いなのだろう。

 自分とて、そんな武闘派貴族が居たら敵国に居れば排除なり無力化を目論む。

 

 

「…ほう、来たか。」

 

 

 リリーシャが椅子から立ち上がって振り返ると。

 

 レキシントンで降伏した際にザナックが纏っていた武装。それと酷似した物を、ザナックが纏っていた。

 確かあの鎧は、ザナック王が直々にデザインしたという。トリステイン軍に降伏した後、アンリエッタから聞いた。

 

 同じ名前、酷似した容姿、同じ人柄。それに加えて鎧のデザインまで同じ。これはもう、偶然では片づけられない。

 リリーシャの中で、確証に変わっていく。ザナック王子とトリステイン国王ザナックは同一人物…!

 

 

「リリーシャ王妃?どうしてここに…。」

「お初にお目にかかる、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ殿。私が、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。」

 

 

 リリーシャは椅子から立ち上がって数歩下がり、代わってザナックが一礼して席に着く。

 魔導王とザナックの会談が始まる。

 

 

「陛下。なぜ私共の降伏を、受け入れてくださらないのですか?」

「メリットがないからだ。」

「メリット?」

「君たちは私たちの生贄となり…今後、多くの者達に魔導国と敵対する愚かさを知ってもらう。その為に、私たちは君たちを殲滅後。王都に乗り込み、そこにある全ての物を瓦礫の山に変える。数千年後もそのままにして、未来永劫、魔導国にたてついた愚かさを語り継がせる。」

 

 

 示威行為にしてもやり過ぎだ。リリーシャは慄然とする。

 この骸骨には、文字通り血が流れていないのだろう。

 

 

 

「どうして、なのですか?」

「ふむ」

「魔導王陛下の力と知恵をもってすれば、そのようなことをせずとも、ご威光を知らしめることができるでしょう。何故。そのように狭量なのですか?」

 

 魔導王は、沈黙する。

 耐え切れず、リリーシャは口を開く。

 

 

「…魔導王陛下。貴方はただ。破壊と殺戮を行いたいだけでは?」

「違う。」

「ならば、何を狙っているのですか?何をリ・エスティーゼ王国に求めているのですか?」

「私が狙っている、求めている物はたった一つ。」

 

 

 一呼吸おいて、魔導王は告げる。

 

「幸せだ。私の大切な、守るべき者達の。」

 

 

 その言葉に、リリーシャは呆然とする。

 同じだ。この魔導王は。

 

 自分も。父の派閥の、家臣とその家族、仲間、友人。そういった守るべき者達の大切な命と幸せを守るために、伯父をはじめとした王党派の将兵の命を奪った。

 

 18万の命は奪っていないが…。これは、数が多い少ないという話ではない。

 

 

「魔導王陛下。貴方は、生前…人間だったのですか?」

「さて、どうだろうな…。」

 

 

 

「陛下。貴方は、自分たちの幸せのために、他人の幸せを踏みにじってもいいというのですか?幸せの為なら、他者の幸せを奪ってもよいと!」

「当然じゃないか!私の大切な者達が幸せになるためなら、それ以外の者などどうなろうと構わない。他にも方法はあるが…簡単に幸せになれる方法があれば、私はそれを選ぶ。君たちだって、自国の民の幸せと引き換えに、他国の者達が苦しむとしたらどうする?幸せを諦めろ、と言うのか?」

 

 ザナックもリリーシャも叫ぶ。

 

「「極論だっ!!」」

 

 思わずハモったため、顔を見合わせる。ザナックの顔を見た事で、リリーシャは冷静さを取り戻す。

 

 この魔導王の考え方が…余りにも動物的すぎる。貴族としての教育を受ける事無く皇帝になった男、オリバー・クロムウェルを連想するリリーシャ。

 

 確かに魔導王の立ち振る舞いは、王としての貫禄を感じる。だが、彼は王族としての教育など、受けていないのではないか?

 

 

「…失礼しました。陛下」

 

 リリーシャも頭をさげる。

 

「気にすることは無い。二人とも顔を上げるといい。」

「…なるほど。自国の利益を追求し、自らに従う者を幸せにする事こそ、上に立つものの役目と言えます。降伏を認めない理由も、わかりました。もはや、どうしようもないという事が。」

「さて。この後、君を殺すわけだが。ここまで話した仲だ。君ぐらいは、出来るだけ優しく殺すとしよう。」

「負けるつもりはございませんが…そうして下さるとありがたいです。」

 

 

 

 その後、ザナックは水を一気に飲み干して告げる。

 

 

「美味しかったです、陛下。」

「それで、トリステイン王妃殿はどうされる?」

「…ザナック王、途中までご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 

 

 死にゆく者に、リリーシャは敬意を払いたかった。

 

 

 

―――――

「ザナック王、貴方は、リ・エスティーゼをどうしたかったのですか?」

「…俺は。リ・エスティーゼ王国をまともにしたかっただけだったんだがなぁ…。所詮俺は。王には向かなかったという事か。」

 

 

 そんなことはない。貴方は立派な王だ!志があって、それを行えるだけの才覚がある!ここまで悪条件が重ならなければ、状況は変わっていた!

 あふれる思いを口に出そうとしたところで。

 

 

「殿下!魔導王はなんと!」

 

 複数人の貴族がやってくる。少ない、リリーシャはそう感じた。その上、彼らからは以前の会議の時にいた貴族のような凄みも気品も無い。

 これが、次期当主が死んで繰り上がった貴族たちか…。

 

 

「魔導王はこちらを皆殺しにするつもりだ。交渉の余地はない。」

 

 

 天幕に入ると、一人の男がいた。

 

 

「お帰りなさいませ、余り良い話では無かったようですね…。」

「予想通りの話だった、という事だ」

「そうですか…。魔導王はどれほど邪悪な化け物でしたか?」

「外見は確かに化け物だったが…。思ったよりも人間味があった。中身は普通の人間と、同じだ。それで、作戦はどんな風に上がっている?」

「作戦も何も。先の戦いで多くの貴族を失いましたからな…。」

 

 

 あの魔導王を倒すにはどうすればいいのか…アンドバリの指輪を使って、無力化するしか…。

 いや、それよりも。此度の戦争の元凶ではあるが、ランポッサ陛下が首を差し出してでも守ろうとしたフィリップは何処に?

 

 そんな事を思ったリリーシャの耳に、兵士の悲鳴と倒れる音が聞こえる。

 

 

 ここはザナック陛下の天幕。

 ああ…なるほど。

 優しく殺す、というのはこういうやり方か。暗殺とは、随分と『優しい』事だ。

 

 

 そう思っていたリリーシャの目の前に現れたのは、リ・エスティーゼ王国の貴族達。その剣から、血がしたたり落ちている。

 目の前の光景が信じられず、いや、信じたくなくて。

 

 リリーシャの思考が、停止する。

 

 

 

「殿下、おとなしくして下さい。」

「我々は、御身を差し出して、魔導王に降伏して忠誠を誓います!」

 

 リリーシャは唖然とする。

 何を言っている?交渉の余地はない。今更降伏を受け入れられるなら、ランポッサ王が首を差し出そうとした時点で受け入れている。

 

 開戦直前で、主君の首をもって降伏?自分ならそんな連中の降伏は受け入れない。そんな連中はこちらが不利になれば、今度は自分の首をとって降伏するに決まっているのだから。

 

 

「お前たちなりに生き残るために必死ということか。だが…!」

 

 ザナックは剣を抜く。

 

「俺は、王家の人間として戦う覚悟がある!命を失っても構わない者だけかかってこい!」

 

 

 怯む貴族達にたいし、ザナックはさらに口を開く。

 

 

「どうした、この首を!取れるものならば取ってみるがよい!!」

 

 

 

 貴族が合図をすると兵士が前に出てくる。

 

 覚悟を決めた王族に対して、主君殺しを自分の手ではなく部下にやらせる。

 

 『主君殺しは犬にも劣る』

 そんな格言がある程、主君殺しが忌み嫌われるハルケギニアで生まれ育ったリリーシャの中で、ナニカが音を立ててキレた。

 

 

 

―――――

「リリーシャ王妃!止まってくれ、俺は!王家の人間としての責務を!」

「主君を殺そうとするものを率いて、勝てる戦いがあるなら教えて頂きたい!」

 

 

 裏切った貴族、否。あれを貴族と呼称するのは貴族に失礼、貴い賊と書いて貴賊と記すべきだ。

 

 貴賊とその手勢をエア・トルネードで吹き飛ばし、そのまま逃亡を開始。

 ザナックとともに二人乗りで、リリーシャはひたすら馬を走らせる。が。

 

 突然、馬が嘶き立ち止まる。

 

 

 

 何事か、と周囲を警戒するリリーシャの目の前に、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが空中から降り立つ。

 

 

 

 

「…逃がしはしない、私の大切な、守るべき者達を『幸せ』にする為に。君たちには犠牲になってもらう。」

 

 

 リリーシャは呪文を唱える。知識でしか知らず、自分では発動できないはずの魔法。だが。

 

 大勢の命を奪い、王都を滅ぼして逆う者に知らしめる、という過剰過ぎる示威行為をする魔導王への怒り。

 祖国をまともにしたかったという想いを胸に、覚悟を決めた主君に殉じるどころか…主君殺しを目論み、しかも部下にやらせようとするリ・エスティーゼ王国貴賊に対する怒り。

 何より。

 

 このような状況でありながら…『国をまともにしたかった』という信念を持っているザナックを死なせたくないという想い。

 内戦前でライン。内戦を経てトライアングルメイジになったリリーシャは。溢れ出る感情に身を任せ、その魔法を詠唱する。

 

 

 ハルケギニアの系統魔法は、メイジの感情の強さによって威力が変わる。また、余りにも強い思いは…時に発動すらできないはずの魔法でさえ、発動を可能にする。

 

 

「ユビキタス・デル・ウインデ!風は…偏在するッ!」

 

 四人に増えたリリーシャは、それぞれ詠唱を開始する。

 

 

「トリステン王妃。この魔導王に魔法で挑むか…ならば、我が力を見るがいいッ!ライトニング!」

 

 囮として前に出ていた偏在リリーシャの一人が撃ち抜かれ、消滅する。

 

 

「エア・ハンマー!」

「エア・スピアー!」

「エア・カッター!」

 

 

 風魔法の三連打。それでも、魔導王の足元に穴をあけ、その態勢を崩し、ローブの裾に切れ込みを入れるのが精一杯。

 

「甘い、温い、浅い!受けよ!ファイヤーボール!」

「っつ!エア・ハンマー!」

 

 

 偏在リリーシャはそれをエア・ハンマーで空中にはじき飛ばす。

 

 

「何ぃ?!」

 

 驚愕の声を上げる中、もう一体の偏在リリーシャがウェブを魔導王に放って、動きを封じる。

 

「むうっ、これはっ!小癪な手をっ!」

 

 その間にリリーシャはフライで虚空に飛び、弾き飛ばされたファイヤーボールをエア・ハンマーで魔導王にはじき返す!

 

 

「ぐわああああああああっ?!おのれぇ!」

 

 

 業火に包まれ、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが雄たけびを上げる。

 リリーシャは降り立ち、呪文を詠唱する。

 二人の偏在リリーシャも詠唱を開始。魔導王の左右へ回り込みながら、魔法を完成させる。

 

「「エア・トルネード!!」」

 

 炎を振り払った直後の魔導王の左右から、風の竜巻が押し寄せる!

 

 

「ぐっ、侮るなっ!この魔導王、アインズ・ウール・ゴウンを!」

 

 左右から迫る風の渦。亜人でも巻き込まれれば体を引きちぎられて死ぬ。にも拘わらず、魔導王は耐える。

 

 決定打を与えるべく、リリーシャはブレイドを完成させ、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの腹部にある謎の「赤い球」を狙う。

 そこが急所なのか、回避しようと無理に体を動かす魔導王。

 

 

「ディメンジョナル・ムーブ!」

 

 

 魔導王の左右の小指が嫌な音を立ててへし折れる中。未知の魔法を完成させた魔導王は、数歩分の距離を取ってリリーシャの一撃を躱す!

 

 初見の魔法に驚きつつも、エア・トルネードが交差して乱れた気流に風を纏いつつ、身を任せて潜り抜け、そのままブレイドでリリーシャは斬りかかる!

 アルビオンの内戦、という猛き風に鍛えられたリリーシャの執念の一撃は。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの左頬に『傷をつける』。

 

 

 再びディメンジョナル・ムーブで距離を確保した魔導王は、ゆっくりと手を上げ、頬に触れる。

 

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が手傷を?!」

 

 

 駆け付けた魔導王国宰相、アルベドが傷を負ったアインズを見て、驚愕。

 

 そんな彼女を、魔導王は手で制する。

 

 

 偏在のリリーシャ二人がリリーシャ本人の傍に駆け付け、杖を構える。

 

 

 

「…なるほど…いささか、見誤って居た…。ならば、我が全力を見るがいい!そして、世界の高みを知れ!受けよ、我が魔導の深淵!チェイン・ドラゴン・ライトニングッ!」

 

 

 放たれる白い雷撃魔法が、リリーシャに襲い掛かるが、偏在リリーシャ二人が盾となって庇う!

 

 

 間一髪、リリーシャ本人はフライで回避しきれたが…。

 フライ、で飛んだ魔導王がリリーシャの目の前に立ちふさがる。

 

「今のを躱すか、優秀だな。だが…ここまでだ!見よ、我が魔導の神髄を!ヘルフレイムッ!」

 

 

 魔導王の小さな炎がリリーシャにぶつかると、黒炎がリリーシャを包み込み、天まで焦がす勢いで燃え上がる!

 

 

 

―――――

 偏在は全て消滅。精神力も尽きてへたり込み、肩で息をするリリーシャ。

 そんなリリーシャを、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが冷たく見下ろす。

 

 

 万策尽きた…あの炎を受けて意識があるのは始祖ブリミルのご加護以外の何物でもない。かくなるうえは、ザナックだけでも。

 

 振り返ったリリーシャの目に、傭兵に殺されるザナックの最期が映る。

 次の瞬間、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの動きも、貴賊も傭兵の動きも止まる。空中にいた蝶ですら、動かない。

 

 

『自分の家臣に『数奇な運命に導かれし単なる者』は殺された。単なる者よ。あの者は、その時の記憶を持ってこの地に赤子として生誕した。幼少期は記憶が混乱していた…』

 

 水の精霊の声が聞こえる。

 これが、貴方の数奇な運命か。家臣の反逆で命を落とした事が。

 

「ザナック……私だけは、どんな事があっても、貴方の味方…」

 

 

 強烈な睡魔に襲われ、リリーシャは意識を失う。

 

 

 

―――――

「…ここ、は」

「お目覚めですか?」

「…モンモランシー嬢?ここはっ…ラグドリアン湖…か。」

「湖面に触れてからずっと意識が無くて…。大丈夫ですか?」

「……心配をかけた。済まない。水の精霊よ。あれが、ザナックの数奇な運命なのですか?」

 

 

『如何にも。単なる者よ、汝が今見たのは、『数奇な運命に導かれし単なる者』の記憶を下に、我が再現した物。かの者の本当の強さは、今の比ではあるまい…。』

 

 あれよりも、強い敵…。なんと恐ろしい。

 

 ザナックは、元々リ・エスティーゼ王国の第二王子で、その国をまともにしたかった。様々な不運や悪条件が重なり…魔導国という強力な妖魔相手に物資を強奪出来る辣腕、否。

 

 『辣腕っぽいナニカ』という武闘派貴族、フィリップのせいで全面戦争になり死亡。

 死後、ザナックの魂はヴァルハラでは無くハルケギニアに送られ、その結果、トリステイン王家に生まれた…。

 

 そんな事を成し得るのは、神か始祖ブリミルのどちらか。

 つまり。ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフがトリステイン王家に生まれたのは、神か始祖ブリミルのご意思。

 

 

「感謝します、水の精霊よ。私の迷いは晴れました。」

『であれば、行くがよい、単なる者よ…。我はあの記憶を用いて、秘宝を守ることにする』

 

 リリーシャの迷いは、完全に晴れた。

 それが、神か始祖ブリミルのご意思であれば。自分は今まで以上にザナックを支えれば良い。

 

 

 となれば、まずするべき事は…。

 

「この度の事は、他言無用だ。」

「わかりました。王妃様。」

 

 

 その場にいた人物にくぎを刺した後。

 

「貴女の二つ名は…」

「はい、香水です。」

「では一つ、香水が欲しい。」

「すぐに、ご用意いたします!」

 

 リリーシャは双月を見つめながら、歩き出す。




リリーシャは内戦前はライン、内戦を経てトライアングルメイジになっています。
今回は想いの強さがあって偏在が使えました。

アインズ様のスキルと使用可能魔法をザナックが全部把握していないので、本人と比べると大幅に劣化しています。


今回、アインズ様に偏在を使わせようかな、と思いましたが。
『アインズ様が四人に分裂して襲い掛かってきた!』という字面が狂っているので没にしました。笑える。


フィリップに対する認識は、第三者視点で情報が限られており、かつフィリップの心情を知らないければこういう貴族だと思うかと。
大勢の農民兵の死、強国の食料輸送部隊を襲撃、そんな首謀者を自分の首を差し出してでも庇う国王。ここから導き出せる答えは少ないのでは?


次回は、ゲルマニアの動向と、復興が始まったアルビオンについても触れます。


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ヴァリエール公爵家、ゲルマニアとアルビオンの動向

 ド・モンモランシ伯爵家の客室。そのベッドで熟睡していたザナックは、目を覚ます。

 よい朝だ。懸念事項が片付き、久々にぐっすりと眠れた。何より、これでトリステインが水没する事は無くなった。

 

 ふと、右隣に目を向ける。薄めの毛布に包まれた膨らみがある。なんだろう、これは。寝る前には無かったはずだ。程よく温かい。

 寝起きで少しボーっとしているザナックは、右手を伸ばして膨らみに触れる。

 

 極上の手触りだ。右手の指が、食い込む。それでいて、弾力があって弾き返される。

 その膨らみはもう一つあるようだ。体を起こしてそれに左手で触れる。こちらも素晴らしい手触りだ。

 

 

 小さく甘い声が聞こえたことで、ザナックの脳が活動を始める。まさか、この中身は…

 

 膨らみを包んでいる毛布を外すと、さらりと銀髪が流れる。

 ほんのりとほほを染め、上目遣いのリリーシャがいる。

 

 数秒、目が合う。

 

 

「ね…寝るところを間違えたか?」

「大丈夫。私が潜り込んだだけ。」

 

 大丈夫じゃない…結婚しても、三か月は体を許したりしない。ハルケギニアの高貴な身分ではそういう風習があるはず。

 

 というより、仰向けなのにほとんど形が崩れず…胸がアルビオンの方向に向かっている。何故だ?アルビオン人だからか?

 白いフリルのついた可愛らしい下着をつけている。ザナックは寝起きという事もあって錯乱する。

 

 そんな中、リリーシャは起き上がってザナックに体ごと向く。

 

「…もっと触りたい?」

 

 胸の下で腕を組み、谷間を見せつけながら誘惑するリリーシャ。何故、急に好感度が上がっているのかわからない。

 ザナックは目をつむって深呼吸する。毛布をかぶって汗をかいていたリリーシャの匂いと、知らない香水の香りが、朝の空気と混ざってザナックの鼻腔をくすぐる。

 

 ザナックが眼を開き、両手を伸ばしたところで。

 

 

 不躾なノックが響き渡る。

 

「失礼します、ザナック陛下。朝食の準備が整いましたわ。」

 

 客間から現国王だけでは無く王妃も出てきて、一瞬『お楽しみを邪魔したか?』とモンモランシーは焦ったが、何も言われなかったことで安堵する。

 

 

 

―――――

 ヴァリエール公爵は、ザナック陛下から送られた手紙と、オールド・オスマン学院長から送られた手紙を読んで頭を抱える。

 夫から手紙を渡され、内容を知ったカリンも、額に手を当ててため息をつく。

 

 

「ロマリア皇国からの情報と照らし合わせたところ、ルイズの系統が、虚無…。」

 

 

 長らく魔法が使えなかった、愛娘が魔法を使えるようになったことは喜ばしい。だが、それが虚無とは。

 

 

「甘い汁をすすろうという輩が、ロマリア皇国から兵を借りる旗印にルイズを利用する、ですか…。

女王に即位させた上で、ロマリアが聖戦を発動すればその旗印に差し出す事と引き換えに。」

「ワルドとの婚約が白紙になったから、婿を取らせようと思ったが…。」

 

 

 マリアンヌ太后が喪に服し、マザリーニ枢機卿がかろうじて維持していたトリステイン。

 そんな時にザナック王子が才覚を発揮し、上層部をまとめ、数年かけて根回しを行って街道整備事業を開始。

 それに伴ってトリステインは大きく成長した。

 

 

 アルビオン戦役の時も、自分は包囲して干乾しにすればいい。

 …いや、そもそもアルビオンへ侵攻するのは現実的ではないとされていたが…

 裏でガリア王国がレコン・キスタに資金援助をしていることを突き止め、その上で降臨祭までに落とせばガリアから大義名分を奪える。

 

 サウスゴータを差し出すような『空城の計』を看破し、ロサイスを割譲させ、モード大公の娘を娶った。

 よりにもよって何故その小娘を娶る?という想いはあるが…マリアンヌ太后が認めた以上、家臣として異論はない。

 

 

 今、トリステインはザナックの治世で纏まっている。それを馬鹿者が壊す?しかも、ルイズを利用して。

 許せる物ではない。

 

 

 しかるべき男と結婚させるつもりだったが…。ルイズを守れるだけの力があり、それでいてルイズを愛し、何より政治的に利用しない人物…。

 となると、とんと思いつかない。

 

 ヴァリエール公爵夫妻は、ザナックと面会することにした。

 

 

 

―――――

 ザナックを支持している派閥の重鎮は、この日。トリスタニアに集まっていた。

 ザナック陛下から直々に話があるという事だ。

 

 

「レコン・キスタの残党か、あるいは不穏分子のあぶり出しといったところか…。」

「いや。ゲルマニアとの同盟は維持され、アルビオンが片付いた。となればガリア、ロマリアとの交渉かもしれぬ。」

「街道整備事業の残りでは?外憂は払った。」

「結婚式の準備だろう。巫女も決めねばならない。」

 

 

 

 そんな中、ザナックが正妃を連れて姿を見せる。

 それだけで、全員が静まり返る。

 

 

「集まってもらったのは、他でもない。我が国で、虚無の担い手が現れた。」

「…アンドバリの指輪は返却されたのでは?」

「本物だ。王の庶子であるヴァリエール公爵家の三女、彼女だ。」

「な、なんと!」

 

 

 一斉にトリステイン王国上層部の面々に見つめられ、ルイズは怯える。

 

「これが、水のルビーと始祖の祈祷書だ。この指輪を嵌めて始祖の祈祷書を開くと、虚無の担い手であれば読める。見ての通り、私には何も反応しないが…」

 

 

 ザナックがルイズに指輪と祈祷書を手渡し、ルイズが指輪を嵌めて、始祖の祈祷書を開くと光がほとばしる。

 その輝きに、トリステイン王国上層部の重鎮達も、言葉を失う。

 

 

「ほ、本当に…ルイズが?」

「そういう事だ。さて、虚無の担い手という、トリステインの正当な王位継承者が判明してしまった訳だ。」

 

 

 やや沈黙が流れる中、ウィンプフェン伯が前に出る。

 

 

「ザナック陛下。ヴァリエール嬢に王位を譲るつもりですか?」

「ヴァリエール嬢は拒んだが、その父親が望むならば話は別だ。ヴァリエール公爵、これは簒奪ではない。貴方の娘は、虚無の担い手。これは正当な王位継承を主張できる立場だ。」

 

 今度は、トリステイン王国上層部の視線がヴァリエール公爵に向けられる。

 娘と違い、泰然と受け流すヴァリエール公爵。

 

 

「…陛下。当家は、長きにわたって王家にお仕えしてきました。今までも、そして、これからも。変わることはございませぬ。」

「良いのか。玉座を手に出来る絶好の機会だぞ?」

「私は、老いました。もはや名誉と誇りと忠誠だけを守る生き方以外、できませぬ。」

 

 

 今まで、裏切ることなく忠勤に励んできた大貴族。今後を考えても重用できる人物。

 だが、ザナックには懸念事項がある。アンリエッタがルイズにした『お願い』の内容が公開されてしまう事とは別に。

 

 

「ヴァリエール公爵。これまでの忠義、そして今後の忠誠も疑うつもりは無い。だが、ヴァリエール嬢の夫はどうだ?虚無の担い手であることを知れば、ヴァリエール公爵家とロマリア皇国を後ろ盾にして玉座の簒奪を目論まないという保証は、どこにある?懸念事項がそこだ。その者が、私よりトリステインを良い方向に導けるならともかく…。」

 

 

 ザナックは、一拍おいて唇をなめた後に告げる。

 

「そのような売国奴に、トリステインを導けるとはとても思えない。」

 

 

 

 ルナ・ローゼンクロイツに、「トリステインを良い国にしたい」と伝えた。そんな自分を凶刃から庇って、彼女は死んだ。

 ルイズがトリステインの正当な後継者というなら、譲っても構わない。だが、その者がトリステインを食い荒らすというなら、内乱になったとしても阻止する。

 

 生者は意見を変えられるが、死者の想いは変えられないから。

 

 

 ザナックが最大の懸念を伝え、沈黙が流れる中、一人の軍人が声をあげる。

 

 

「ザナック陛下!私に妙案が浮かびましたぞ!」

「ド・ポワチエ元帥?」

「ヴァリエール嬢を陛下が娶れば良いのです!」

「…それには、大きな問題があってだな…。」

 

 

 

 ザナックはルイズを見つめ、ルイズもザナックを見つめ…。ややあってルイズは首を横に振りながら告げる。

 

「無理です。」

「る、ルイズ?!陛下に向かってなんて無礼なっ!」

「よい。ヴァリエール公爵。私も彼女を娶るのは少々懸念事項がある。」

 

 

 現国王にたいして、あるまじき発言が飛び出す。

 慌てるトリステイン王国上層部と、内心ホッとするリリーシャ。

 

 ルイズがザナックに嫁げば、ヴァリエール家の令嬢という事実に加えて虚無の担い手という、正当性としてはこれ以上ない程の王妃となる。

 そうなれば王族でありながらレコン・キスタに参加した経歴がある自分など、見向きもされなくなる。

 

 

 ザナック個人としても、虚無の担い手という王妃が居ては権威として自分が軽んじられる。

 筆頭貴族のヴァリエール家の当主が『外戚』まで得ては、国内が二分される恐れもある。

 

 本人にその気が一切なかったとしても…第三者が見過ごすとは思えない。

 あのバルブロでさえ、笑いながら『不和』という名の火種をまき散らし、『憎悪』という薪をくべるぐらいは思いついて実行するだろう。

 

 

「と、いうわけだ。ロマリアからは、虚無の担い手を見つけたら情報を提供するように求められているが…。」

「虚無の担い手、となればエルフとの戦いでは最前線ですな。」

 

 

 ウィンプフェン伯がつぶやくと、ヴァリエール公爵が怒りに顔をにじませる。

 

 

 

「娘は大砲や火矢ではない!」

「…虚無の担い手は四人いるという。ロマリアではすでに確認されているだろうから、これで二人…。ガリアは不明だが…。」

 

 ザナックの視線が隣に向き、リリーシャは口を開く。

 

「アルビオンでも、聞いたことが無い…。」

「四人の担い手、四体の使い魔、四つの秘宝と四つの指輪が必要だと、ロマリアから伝えられた。」

「風のルビーは現国王及び王位継承者が身に着けるのが習わし。始祖のオルゴールは財務卿である父の…?!」

 

 

 そこまで思考が及んで、リリーシャは愕然とする。

 即座に立ち上がって、ザナックの両肩をリリーシャはつかむ!

 

 

「ザナック!虚無が未来永劫復活しなくなったかもしれないわ!」

「今すぐアルビオンに書状を送って、事情を説明!始祖のオルゴールと思わしき物を見つけ次第、ヴァリエール嬢の下に送って確かめさせるぞ!」

 

 

 今後、自分の所にオルゴールが次から次へと送り込まれる事が確定したルイズは、ほほを引きつらせる。

 

 

「陛下!水のルビーと始祖の祈祷書はどうなさるおつもりですか?ヴァリエール嬢に持たせて虚無魔法を習得させた方がよろしいのでは無いでしょうか?」

「そうだったな。ヴァリエール嬢、しばし水のルビーと始祖の祈祷書を『貸与』する。可能な限り虚無魔法の習得に努め、写本を執筆せよ。」

「は、はいっ!」

 

 

 大変な使命を受けたが、それでも気丈にルイズは返事をする。

 

 

「国宝を貸すというのは…。何かしら理由が無ければ騒ぎ立てる者が出かねませんぞ?」

「虚無の担い手であることを隠して、か。」

「何か思いつかんか、ウィンプフェン伯。」

「そういうな。城や敵陣地の攻略であれば方策は思いつくが、この手の問題は専門外だ。デムリ卿、何かないか?」

 

 デムリ卿はやや考えた後、口を開く。

 

 

 

「陛下。始祖の祈祷書は代々、トリステイン王家の結婚式において、詔を読み上げる際に用いられます。ヴァリエール嬢に、巫女の役割を与えてはどうでしょう?そうすれば、始祖の祈祷書を預かっていても当面問題は無いかと。」

「当面はそれで良いが、その後はどうする?」

「虚無魔法の研究者に任命してはどうでしょう?そうすれば国宝を貸与する名分は立ちます。アカデミーに部門を立ち上げればよろしいかと。」

「エレオノール女史は、アカデミーの研究員であったな。それで進めよう」

 

 

 デムリ卿は、そのための方策をどうやって違和感なく行うか考えをめぐらす。

 マザリーニが咳払いをしたことで、ザナックは目を向ける。

 

 

「マザリーニ枢機卿。どうした?」

「……枢機卿としての立場であれば、ヴァリエール嬢が、始祖の祈祷書の『写本』を作る事は反対せざるを得ません。」

「だが、世の中には始祖の祈祷書が数多く出回っているのだろう?」

 

 

 オールド・オスマンが、リリーシャが頷く。

 

「その中の一冊、という事に出来ないか?そうすれば、今後虚無の担い手が現れても国宝を二つ貸し出す必要がなくなる。」

「ザナック陛下!始祖ブリミルが、手順を踏まねば読めないようにしたのには我々では及びもつかない深いお考えがあります。それを蔑ろにするのは枢機卿として戴けませんな。」

「マザリーニ枢機卿。黙っていてくれるならば、今この場で始祖の祈祷書の序文を聞かせよう。」

 

 その言葉で、マザリーニ枢機卿は膝から崩れ落ちて、苦悩する。

 敬虔なブリミル教徒であるマザリーニとしては、始祖の考えを蔑ろにすることには反対だが、一方で「始祖の考え」を聞ける千載一遇の機会という魅力はあらがえない。

 

 

 そんなマザリーニ枢機卿を見ながら、ルイズは思う。

 

 自分は普通のメイジになりたかっただけなのに、いつの間にかエレオノール姉さまと同じアカデミーの研究員として、始祖の祈祷書の写本を作る傍らで。

 アルビオンから送られるオルゴールの精査も行わなくてはならなくなりつつある。

 

 どうしてこうなってしまったのか。座学で一位の才媛は、思考をめぐらすが…。答えは出なかった。

 

 

 

―――――

 ヴィンドボナの高級酒場にて。

 多くの男たちが集まり、思い思いに杯を傾ける。

 

 

「ゲーレン殿下。うまくいきましたな。」

「そうだな。」

「親トリステイン派のカースレーゼがアルビオン領となったサウスゴータ太守に任じられた以上、次の皇帝は…。」

「カースレーゼは弟だ。呼び捨ては感心しないな。」

「これは、失礼いたしました。」

 

 

 派閥の無礼を咎めつつも、口元に笑みを浮かべるゲーレン第一皇子。

 初代太守は誰にするか、という事はかなり揉めたが…。ゲーレンは弟が太守になるよう策謀を巡らした。

 最大のライバルがアルビオン領へ行ってしまえば、ゲルマニアを掌握する事は容易い。

 

 

「ところでゲーレン殿下。そろそろ妻を娶られては?」

「おお、その通りですぞ。一国の皇帝になられる以上、奥方がおられねば軽く見られます。そういえばどこかの冴えない小太りも娶ったそうで。」

 

 その言葉に、追従するように笑う面々。

 同時に、ゲーレンは忌々しい事を思い出す。会談は父が主導権を握っていて発言できなかったが…。

 発言権があれば、リリーシャ・モードを自分の妻に差し出せと命令したかった。

 

 あの冴えない小太りが、容姿端麗で発育の良い美女を娶るなど身の程知らずが!いずれはどちらが上か思い知らせてやる。

 

 暗い衝動を胸に秘めたゲーレンは、ここに来ている大貴族の一人に目を向ける。

 

 

 

「それもそうだな。ツェルプストー辺境伯!」

 

 名前を呼ばれた事で、会合に顔だけ出しに来ていた辺境伯は友人に軽く会釈をすると、ゲーレンの下へ歩いていく。

 

 

「どうされましたか?」

「確か、貴公の娘は婚期を迎えていたな?」

「はい。18歳になります。」

「どうだ。皇室に入れるつもりは無いか?」

 

 

 ピタリ、と動きを止める辺境伯。

 

「殿下。娘の意思を確認しない事には返事は致しかねます。何せヴィンドボナの魔法学校を中退して、今はトリステインの魔法学園に在籍した気の強い娘でございます。」

「それほど気が強いのか。是非とも会ってみたいものだ。」

 

 

 失敗したな、とツェルプストー辺境伯は内心ため息をつきたくなる。ヴァリエール家が従軍した以上、トリステイン王国はザナック王により掌握されていると見ていい。

 正直、目の前の好色で強欲、その上、自分にとって都合のいい話しか信用しないゲーレン如きでは相手にならないだろう。

 

 ゲーレンに皇帝としての資質は無いとみているが…カースレーゼ皇子が反ガリアを掲げている以上、反トリステインのゲーレンを支持するしか彼に選択肢は無かった。

 

 

「辺境伯。ゲーレン殿下がお会いになりたいというのに、それを拒むおつもりか?」

 

 ジロリ、と一にらみすると腰巾着はひぃ、と言って後ろに下がる。

 

「お話は通しておきます。ゲーレン殿下。何せ家出している最中ですから。」

「そうか。期待している。」

 

 

 

 

―――――

 同時刻。ヴィンドボナにある、高級店の個室にて。

 一組の男女が、向かい合って食事をとる。

 

 

 

「アルビオンの初代総督就任、おめでとう。カースレーゼ。」

「総督府はサウスゴータに置くことも決定したが…余り、いい気分では無い。」

「あら。これで皇帝にはなれなくても、塔に幽閉される可能性はなくなったでしょう?」

「父上は、ゲーレン兄上を次期皇帝にしようと思っているのだろう。」

「反トリステインの旗頭の、ね。」

 

 火竜の横隔膜をミディアム・レアで焼き上げた分厚いドラゴン・ステーキをナイフで切り、あふれる肉汁と濃厚なソースとともに咀嚼するカースレーゼ。

 飲み込んだ後、真っすぐにアーナルダを見つめる。

 

「…勝てると思うか?ザナック王とリリーシャ王妃に。どちらか片方でも荷が重いと思うが。」

「カースレーゼこそ、ガリア王ジョゼフに勝てると思っていたの?反ガリアの筆頭だったけど。」

「ふっ。3年前であれば、ヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワまで攻め込んでゲルマニアの旗を立てる自信があった。アルビオン戦役前、ザナック王からの親書を受け取るまでは…イザベラ王女の身柄を抑えれば、ガリア王と交渉出来ると言い聞かせることが出来た。今では、とてもそんな大言壮語は出来ない。」

「イザベラ王女が好きだったの?」

「…そうだ。」

「だったら、なんで反ガリアを掲げていたの?」

「ガリアの王女が、俺と政略結婚してくれるわけが無いだろう。戦勝国として要求すれば可能性はあった。それ以外には、ゲーレン兄上以外の選定侯の支持を取り付けておきたかった。」

「納得。」

 

 緑豆で作った薄皮に白身魚、エビ、カニ肉が、それぞれ包まれているゲルマニア料理。色鮮やかに緑色の薄い皮を透して赤や白が映える。

 その一つを、酢と香料につけてから口に運びつつ、アーナルダは頷く。

 

 

「頼みがある。」

「引き受けるわ。内容次第で。」

「トリステインと事を構えるなら、ザナック王が亡くなった後にするよう働きかけてほしい。」

「…努力はするけれど。トリステインが祖国を征服出来るとでも?」

「それは無い。国土が10倍違うのだから。だが、今のトリステインに領土を割譲してしまうと…発展に大きく寄与してしまう。今は避けるべきだ。」

「だから喪に服している所に付け込めと。備えはしているでしょう?」

「備えをしているだろうが、備えをしている事で油断と隙が生まれるはず。攻めるのであれば、タイミングはそこだ。新しい王が立った後だと、体制が固まる。」

 

 色々話し合ったが、結局ザナックの相手をするのはゲーレン皇子だ。

 一抹の不安をかき消すように、兄妹は果実水を飲み干した。

 

 

 

 

 

―――――

 アルビオン大陸。

 

 粛清と反動から生じたレコン・キスタの内乱。

 その中にあって戦乱から離れたアルビオン北部などの辺境にて中立を保ち続けた貴族達は、新生アルビオン王国において重要な役割を担う。

 

 

 アルビオン統治に際して領土を切り取られたことで、アルビオン人の間で危機感は高まった。人員不足は深刻だが、領地も減った事で回っている。

 残った予備役は正規軍として再編成し、治安回復に努める事で治安は急速に回復しつつある。

 

 

 アンリエッタが窓から外を眺めると、戦争終結に伴い、軍役から外れたメイジが駆け回っている。

 

 土のメイジが土木工事の為に杖を振り、道路を補修する。

 火のメイジは鍛冶屋として金物を作る。

 水のメイジは癒し手として傷ついた人々を癒す。中には排水溝を整備している者も居る。

 風メイジは火災に巻き込まれ、炎で焼かれた事で漆喰が脆くなった石造りの建物を解体。

 その傍らで別の風メイジがレビテーションを使い、解体した石を運んでいく…。

 

 

「いかがでしょう、アンリエッタ王妃様。」

「ありがとうございます、オルン・ランスター公。貴方の助けが無ければ、ロンディニウム近郊の復興はこうも早く進まなかったでしょう。」

 

 

 即位式と結婚式。戦争の終結とアルビオンの再出発を行う重要な節目だったが、敗戦国のアルビオンに余力など無い。

 そんな王政府に、多額の資金と人員を提供するべくアルビオン北方に領地をもつ貴族、オルン・ランスター公が大勢のメイジと物資を持って訪れた。

 故にウェールズとアンリエッタの即位式と結婚式は盛大ではなくとも、見栄を張ることはできた。

 

 

 彼がロンディニウムに来ると聞いた、アルビオン王政府の閣僚たちの反応は冷たいものだった。アンリエッタが直接聞いたところ、彼ら曰く

 

『中立を名乗っているが、その実態は日和見主義。結局自分たちが貴族らしい生活を送れるなら国政がどうなろうと構わないという、事なかれ主義を寄せ集めた盟主。』

『寛大である事が始祖の御心に沿うと思い込んでいる上に、肉親の者を重用しすぎる田舎者。』

『大公様の直臣とその家族が保護を求めても、門前払いにした薄情者。』

『内乱時、国王陛下からの使者が来ても五男の病が気がかりと称し、加勢しなかった腰抜け貴族。』

『一連の動乱。武力で成り上がる機会はいくらでもあったのに、その好機を見逃し続け…今になって行動する優柔不断な蝙蝠。』

 

 

 双方から散々な言われようであったが…実際に接してアンリエッタは評価を改める。

 ジェームズ伯父上の粛清に加勢せず、かといって共和主義者にも加勢せず。

 動乱が収束した今になって、両派閥の言う『事なかれ主義』の貴族を説得し、金とメイジを集めて復興に協力している。

 

 

「何。こうして恩を売れば新政権において、私達の発言権は増しますからな。」

 

 肩幅が広くて大柄な壮年の男は笑いながら言っているが…内乱の間、事なかれ主義だったアルビオン貴族達と関係を深め、影響力を増して機会をうかがい。

 最善のタイミングで彼らを束ねて支援を表明した手腕を、アンリエッタは高く評価する。

 

「ありがとうございます。」

 

 

 本当によく頑張ってくれている。だが、再建の為に重要な拠点や領土がトリステインとゲルマニアに奪われている。

 

(粛清と内乱。敗戦による領土の割譲…今のアルビオンより、厳しい状況に見舞われた国は、ロバ・アル・カリイエにも無いでしょうね…)

 

 




香水のおかげでよい雰囲気になったのに、自分から台無しにするのがモンモランシークオリティ。

書いていて思いましたが、リ・エスティーゼ王国においてザナック王子との婚姻を求められた王国の貴族令嬢が「無理」と返したら、ランポッサ三世はどういう態度を取るのでしょうか?
激怒?それとも縁が無かったとあきらめるのか…?


ゲルマニア皇族は色々動いています。ゲーレンは「リリーシャを嫁にすれば統治下にあるモード大公派だった者たちの支援を得られる」とは考えていません。
「始祖の血を引いていて、美人で巨乳で髪が奇麗だから自分の傍において、ほかの男に見せびらかすアクセサリーにしたい」という程度の考えです。


アンリエッタが再建を始めました。かなりひどい目にあっているアルビオンですが、彼らは彼らで再建を始めています。


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火のルビーと、動き始めた『聖典』

オーバーロードとゼロ魔のクロスオーバーなので、オバロ要素としてこちらを入れていきます。


 トリステイン魔法学園の廊下にて。

 

 

「…もしかして、それ。始祖の祈祷書か!」

「な、なによ!!」

「王族の婚姻において、式典の詔を考える巫女が預かるという話だが…。意外だな。ザナック陛下と仲が良かったのか?」

「アンリエッタ様の遊び相手を務めていたことはあったけれど、ザナック陛下とはあまり…。」

 

 ジェダは深々と頭を下げる。

 

「頼む。中身を見せてくれないか?」

「これでいい?」

「…白紙。話の通りだな。」

「白紙という事を知っているの?」

「俺の祖母はかつて巫女を務めたことがあった。始祖の祈祷書は白紙だったと…真偽を確かめさせてくれて、感謝する。となると、休暇でダングルテール跡地の探索は、実入りがありそうだな」

「ダングルテール?」

「ロマリアから金を貰った、リッシュモンがトリステインの暗部部隊を使った場所だ。表向きは疫病の根絶。だがその実は…という一連の事件だ。調査すれば新教徒狩りという所まではたどり着くが、その先がある。」

「さらに裏があるの?!」

「始祖の祈祷書を見せてくれた礼に、教えておく。ロマリアにはアクイレイア聖堂という結社がある。」

「アクイレイア…ガリアとの国境にあるロマリアの都市ね」

 

 ジェダは頷く。

 

 

「始祖の秘宝と四つの指輪はロマリアが管理すべき、という主張をしているロマリアでも過激な一派だ。連中は始祖にまつわるものなら、何でも手に入れようとする。ダングルテールを焼くよう命じたのが連中だ。」

「つまりダングルテールに、始祖にまつわる品物があるって事?!」

「そういう事だ。最も20年前、すでに持ち去られているかもしれんが…。可能性があるなら行きたい。忠告しておく。アクイレイア聖堂は裏を取り仕切るロマリアの暗部だ。名前は…西方聖典。」

「西方…聖典?祈祷書では無くて?」

「ああ。なんでも、創設者がそう名付けたそうだ。意図はわからん。」

 

 

 

 その夜。

 今日も今日とて、祈祷書をめくるルイズにデルフリンガーが話しかける。

 

『娘っ子。始祖の祈祷書を、そんなに捲っても無駄さ』

「…どういう事よ、デルフ」

『始祖の祈祷書は、必要が迫れば読めるのさ。必要もないのに読む必要はないだろう?』

 

 始祖の祈祷書に記されている古代ルーン文字の序文を丁寧に写しながら、ルイズはジェダから聞いた話をザナックに報告することにした。

 ロマリアの暗部がダングルテールの殲滅に動いた、という事はもしかしたら始祖のオルゴールかもしれない。

 

 それに加えて、デルフリンガーの説明も添えて置く。

 現状、習得出来たのは初歩の初歩の初歩、『爆発』だけだ。必要な状況、というデルフの意見も一考しなければならない。

 

 

 

 

―――――

 ルイズからの報告書を受け取り、顔をしかめる。

 虚無が必要な状況、と言われたところで皆目見当もつかない。

 

 

「リリーシャ、どう思う?」

「虚無についてはもう少し考えるとして。そもそもダングルテールは20年前の事件…その時なら始祖のオルゴールはアルビオンにあったはず。」

「始祖にまつわるものを執拗に集めているロマリアの暗部が動いていた以上、ダングルテールに始祖にまつわる何かがあったことは真実だとすると…。」

 

 

 水精霊騎士隊の隊長、鬼火を呼び出しザナックは問いただす。

 

 

「ダングルテールの真相が明らかになった。疫病は嘘で真相は新教徒狩りというのもカバーストーリーで、実は始祖にまつわる品物がダングルテールにあったからそれを回収することが目的だったそうだ。魔法研究所実験小隊の隊長の名前を教えろ。」

 

 

 尊敬している隊長を売る事を渋っていた鬼火だが、始祖にまつわる品物の行方となればブリミル教徒として隠し通せない。

 

「ジャン。ジャン・コルベール。炎蛇という二つ名の火メイジです。」

「よし。ではその者と、ヴァリエール嬢とジェダという書生を連れてこさせるとしよう。」

 

 

 炎蛇のコルベールを探させたところ、魔法学園で教員をしていると知ったザナックはやや驚いた。

 あれほどの経歴があって、教師をしていることに。

 

 

―――――

 フクロウから出頭命令が下ったジェダは呆然とする。心当たりは無い。

 だが、『ダングルテールへ訪れる際に、王宮は行きと帰りに風竜騎士を手配する。』

 という一文があった事で処刑されることは無いだろう、とトリスタニアの王宮へ向かう。

 

 

 

 

 謁見の間でジェダは困惑する。ルイズとコルベール先生がどうしてここに?となったが、上に控えているザナック王と、リリーシャ王妃に対し、即座に臣下の礼を取る。

 

 

「これでそろったか。ジェダ・オルスト。アクイレイア聖堂とダングルテールに関して知っていることを話せ」

 

 漏らしたのはルイズだな、とジェダは見抜いた。考えてみれば王族の婚儀を行う巫女に選ばれており、何より公爵家の三女。

 王家との繋がりに思い至らなかった事を反省しながら、ジェダは知っていることを話す。

 

 

「…ジャン・コルベール。一連の話を聞いて、思い当たることは無いか?件の実験小隊の隊員と知己があると聞いている。」

 

 嘘はついていない。コルベールが実験小隊の隊員と面識があるのは事実だ。

 その事を隠したいと思っているであろう事をザナックは見抜いたため、教え子の前でぼやかす。

 焼き払った事を誇りに思っているならば、教師などせず傭兵をしているはずだ。

 

 

 

「…これを。これを預かっております。なんでも、村人から託された品物だとか。」

「指輪?」

 

 

 その造形を見たザナックはうめき声を漏らす。

 

 

「陛下、どこか具合が?!」

「やや、胃が痛くなった…。ヴァリエール嬢、一時席を外せ。リリーシャは彼女と同行せよ」

「わかりました。」

 

 

 王妃とルイズが一時退出する。

 アルビオン出身の王族となぜ接点があるのか、ジェダは疑問を抱いたが顔には出さない。

 

『王族のゴタゴタに首を突っ込まない事。目を閉じ、耳を塞げ。』と祖母から忠告を受けたことがジェダにはある。

 

 

 

 ややあって戻ってくる。

 

 

「…確認しました。ロマリア皇国に伝わる火のルビーかと。」

「四つの指輪の中で、ロマリアに伝わる物か。なるほど、道理で村を焼き滅ぼしてでも手に入れようとするはずだ。ジェダ・オルスト、もはやダングルテールに赴いても得るものは少ないと思うが、それでも行きたいか?」

「いいえ。タルブに行くことにします。」

「わかった、退出せよ。タルブまでの行き来は風竜騎士アッシュ・ペントルドンが担当し、経費はこちらが持つ。」

 

 

 呼び出したことと口止め料を兼ての褒美を与えられたジェダは、退出する。

 それまで控えていた財務卿が一歩前に出る。

 

「コルベール殿。貴方が預かっている指輪は始祖の秘宝。かの知己から預かっている品物であることは重々承知の上で、お願いしたい。ヴァリエール嬢にそれを預けて頂けないか?貴方には毎年、年金を支払わせて頂く。」

「何故、ミス・ヴァリエールに預けるのか、伺ってもよろしいでしょうか?」

「…魔法学院の教師という事で、真相を明かそう。ヴァリエール嬢の系統は、虚無だ。ヴァリエール嬢、示せ。」

 

 

 まばゆい光を放つ始祖の祈祷書を見て、コルベールは茫然とする。

 

 

「…わかり、ました。」

「この事は、魔法学院の関係者ではオールド・オスマン氏と貴公、そしてヴァリエール嬢しか知らない。くれぐれも漏らさないように。」

 

 

 

 

―――――

 手元の水のルビーの指輪を見つめた後、ザナックはそれを指にはめる。

 

 

「現国王および第一王位継承者が持つ水のルビーが俺の手元にある状態で、ヴァリエール嬢は始祖の祈祷書の解読を進めることが出来る。」

「懸念事項が一つ減りましたな。このことをアクイレイア聖堂が知ればヴァリエール嬢の身に危険が及ぶかもしれませんが…。」

「護衛は火竜騎士団を単独で殲滅するガンダールヴ。そもそも、トリステイン屈指の大貴族の令嬢を襲えば無事では済まない。だが、万が一がある。一応、手は打っておくとしよう。虚無の曜日にトリスタニアへ気晴らしに出かけてくることが多いなら…」

 

 

 ザナックは、動かせる人物リストをまとめた資料をめくる。

 …かつて自分の敷いた包囲網を機転と度胸で乗り越えた一人の少女に、目を留める。

 彼女とほかに数名を配置…首都警護竜騎士連隊にも話を通しておいて…。

 

 

 

 

 

―――――

 同時刻。アルビオン王国にて。

 

 父、ジェームズ一世の寝室。

 巨大なベッドの傍で、二人の男女が頭を抱える。

 

 奇しくも。アンリエッタが頭を抱えている場所は、かつてクロムウェルが頭を抱えた場所と全く同じだ。

 

 

 ザナックからの手紙。表には自室で開封するようにという注意書きに従い、ウェールズとアンリエッタは開封したのだが。

 

 

「し、始祖の秘宝は…虚無の担い手が指輪を嵌めることで、担い手に虚無魔法を教える効果があったの…?」

「た、確かに叔父上は小さなオルゴールを管理していたけれど…。音が聞こえなかったから壊れているものとばかり。」

 

 

 アンリエッタはベッドの下に隠しておいたワインを取り出し、グラスに注いで一気に飲み干す。

 血の気は多少戻ったが、全然酔えない。

 

 ウェールズも一気に飲み干すが、全く酔えない。

 

 

 ザナックと、とある5人のトリステイン上層部の重鎮が見ればさぞや溜飲が下がる光景だが…残念なことに彼らはその光景を見る機会はなかった。

 

 

 

 

―――――

 宗教国家、ロマリア。

 ガリア王国との国境近くにあるアクイレイア聖堂に、複数の人影が集まる。

 

 

「トリステインで、担い手が覚醒した。始祖の祈祷書も託されたそうだ。」

 

 その言葉に、周囲の人影は息をのむ。

 

「後は、アルビオンのみか」

「誰だ?ウェールズか?リリーシャか?」

「…どちらでもない。ああ、あと一人揃えば、エルフを追い払って忌々しい『大いなる意思』を滅ぼせるものを!」

 

 

「計画を進める。」

 

 

 ロマリアから、火のルビーが持ち去られた。

 その知らせを聞いた彼らはダングルテールを焼き払わせ、その跡地を調べ上げたが…。見つからなかった事でロマリア皇国はかなり荒れた。

 

 だが、ここに来て好機が生まれた。

 クロムウェルが司教を務めていた寺院と荘園を得る事が出来たのだ。

 

 この機会を逃さず、彼らは行動に出る。

 

 

「祈祷書と担い手を手にする。」

「指輪はどうされるおつもりで?」

「アルビオンだ。かの国に資金援助をする代わりに、風のルビーを借り受ける。失敗は許されんぞ。」

 

 

 金糸などの貴金属を繊維にして作り上げた、豪奢な衣装を纏った司教は十数名の若い男女を見つめる。

 

 

「西方聖典よ。」

 

 紫色の瞳と、青い爪の彼らは一斉に跪く。

 

 

「相手は近接戦最強である神の左手ガンダールヴ。タルブ戦役で火竜騎士団を壊滅に追い込んだが…アーベラージなる東方の兵器頼み。手に入れた力に驕り高ぶっているだけ。お前たちの敵ではあるまい。」

 

 

 トリステインの担い手と祈祷書を確保すべく、リヒテン枢機卿に忠誠を誓っている西方聖典の約半数はトリステインに向けて出発する。

 担い手と祈祷書。それに風のルビーが手元にあれば、ロマリアにおける発言権は増す。

 大隆起を阻止し、その後の権益を大きく主張…。いや、自分こそが大隆起という脅威が去った後のハルケギニアを、主導しなければならない。

 

 

 秘密裏に事を進めるリヒテンだったが、アクイレイアはガリア王国との距離が近い。

 『ロマリアが動いた』という知らせは、ガリア王女の耳に即座に入る事となる。

 

 

 

―――――

 ガリア王国首都リュティス、プチトロワにて。

 

 

「それで。ロマリアの目的は分かったんだろうね?」

「はい。ヴァリエール公爵家の三女です。」

「理由は?」

「不明。故に彼女を調べましたが…座学は優秀なものの、魔法が不得手な令嬢との事です。」

「へぇ。そんなのをわざわざ…何かあるね」

 

 

 純粋な戦闘能力であれば、人形七号であるタバサには及ばない北花壇警護騎士団員、6号。カルマ・ラ・マクノイス。

 マクノイス伯爵家の長男だったが、座学で優秀な弟に婚約者と家督を奪われた事で北花壇警護騎士団に入った。

 

 

 任務遂行率は高い上に人を引き付ける能力に長け、事件解決後、現地有力者への根回しもきっちり行う事でイザベラの支持層を着実に増やしている。

 何よりイザベラ直属の部下の中で、最もイザベラ本人に対して忠誠を誓っている騎士である。

 

 

 それが、イザベラ自身の才覚によるものであれば誇らしいのだが…忠誠を誓うようになったのは、よりにもよってアルトーワ伯の園遊会の後だ。

 

 

 人形七号である従妹、鉄面皮のタバサを恐怖に慄かせたい。そう思って同じ北花壇警護騎士団員である知性を持ち、握った相手を操るダガー、『地下水』に襲わせたのだが。

 『地下水』は返り討ちにあって正体を悟られた挙句、脅されて自分が操られてアルトーワ伯の誕生日を祝う席において。『ガリア王国史上、初めて裸で舞った王女』という歴史に残る恥辱を味わう羽目になった。

 

 

 記憶の奥底に封印してしまいたい、忌まわしい日。

 

 アルトーワ伯には口止めをして、言いふらした馬鹿貴族を処刑して釘を刺し、大多数のガリア王国貴族令嬢が

『そんな噂を流されたら、誰だって怒る』と味方をしてくれたこともあって、表向き無かったことに出来たが。

 

 部下の記憶までは消せない。

 

 

 ひそかに調べさせた所、入れ込んでいた娼婦が居る娼館通いを辞めており、休みの日は自室で酒を飲みながら

『あれ以来、反応しない』『こうなったら殿下に責任を取ってもらうしか』『あの一件で王配は居なくなったはずだ。俺でも…』などと不敬罪で処される世迷いごとをほざいて居たようだ。

 

 

 報告を受けて貞操の危険を感じたが、一方で「カルマに迫られるなら、まぁいいか」と思ってしまう自分がいる。

 このモヤモヤした気持ちに決着をつけるために、イザベラは褒美として髪の毛を触らせたり、政務で疲れた時は肩を揉ませている。

 

 すでに攻略されつつあるように見えるのは気のせいである。

 

 なお、『地下水』をイザベラは処分しなかった。タバサの実力を見誤った自分の責任でもあるからだ。

 

 

「先んじて確保すれば、ロマリアとの暗闘。一方でロマリアに協力すれば貸しを作れるがどうしたものかね…。」

 

 流石に、自分一人で判断していい内容ではない。

 父親に相談することにした。

 

 

 

 

―――――

「父上、失礼します。」

「おお、イザベラか。入れ。」

 

 

 3980エキューを投じて、王宮お抱えの細工師が作り上げたハルケギニアを再現した箱庭世界を見下ろしている父親とイザベラは対面する。

 

「お話があります。」

「うん?ロマリアの欲張りが、虚無の担い手と祈祷書を奪おうとしている件か?」

「…は?」

 

 イザベラは魔法が不得手でも無能では無い。だが、それでも唐突に伝説の話が出てきたことで思考が数秒停止する。

 

「知らなかったのか?いや、教えていなかったな。狙われている者は余と同様に魔法が使えぬ娘で、使い魔はガンダールヴというあらゆる武器を扱える男だ」

「…介入するか、放置するのか、判断を仰ぎに来ました。」

「ふむ、サイコロで決めよう。」

 

 小姓にジョゼフが命じる。

 

「2でございます。」

「2か。もう一度振れ。」

 

 その言葉に従い、再びサイコロが2つ振られる。

 

「7か。イザベラ、七号を借りるぞ。」

「はい?」

「西方聖典に協力して襲撃。ロマリアとザナックを出し抜けたら、母親の心を治す薬をやると伝えろ。」

「…はい?」

 

 

 タバサを縛り付けている鎖。それを解放したら反逆を起こすのではないか?いや、公爵令嬢を襲撃した時点でトリステイン王国では指名手配となる。

 そうなると、始祖の血を取り込みたいゲルマニアへ逃亡するのでは?

 

 そう懸念したが、命令は命令だ。イザベラは従う。

 

 

 

 

 

―――――

「…失敗すれば死、成功してもトリステイン王国から狙われる身になる。断ろう。」

 

 ヘジンマールの第一声はそれだった。

 

 伯父に父親を殺されその母親に毒杯を呷らせ、裏の仕事を任されている娘に対して、「母親の心を治す薬を与えるから、他国の公爵令嬢を誘拐しろ」というのは、

最初から失敗の公算が高く、成功して薬を渡されて心が戻っても…一国の公爵令嬢襲撃犯は追われる身になる。どちらにせよ、未来はない。

 

 

「拒否はできない。」

「…ロマリアの襲撃部隊とトリステインの護衛が争っている間に、救出すると見せかけてスリープクラウドで眠らせて連行。それ以外は思いつかない。」

 

 それはタバサと同じ結論だった。ヘジンマールと意見が一致したことで、主従は計画を練る。

 

 




 というわけで、オリジナル勢力であるロマリアの強硬派が動き始めました。それと同時に、ガリアも策謀を巡らせ始めます。

 オリジナル勢力のアクイレイア聖堂は、「始祖にまつわる秘宝と指輪をロマリアが管理。王家の血を引く子供はロマリアに巡礼に来るべし」
 と主張している一派です。大隆起の阻止として『虚無の担い手で、大いなる意思という精霊石の塊を吹き飛ばす』事を考えていますが、阻止後の権益を確保できないなら全部滅んでしまえ、という割とどうしようもないのがリヒテンです。


 イザベラ王女は『ダンス』をやらかしています。個人的にその後も『地下水』を用いているあたり、イザベラ王女の器は大きいと思います。
 仕掛けておいて返り討ちにあった以上、地下水を処刑するのは器の小ささを証明するようなものなのですが。それでもよく許したなぁ、と感心します。


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トリスタニアの長い一日

ゼロ魔のクロスオーバーでは、ルイズに召喚されるのが才人ではなく他作品のキャラクターになり、それに伴ってシェスタの祖父がクロスオーバー先の関係者となり、シェスタやタルブの村が強化される流れが多いですが…異世界の知識や技術についてはロマリアが積極的に取り込んでいるので、どちらかと言うとクロスオーバー先次第では、ロマリアが強化されるような気がします。

まぁ、ロマリアが物語に本格的に絡んでくるのがアルビオン戦役後なのですが。


 ロマリア皇国。

 オッドアイで美形の少年、ジュリオ・チェザーレが教皇、聖エイジス32世の前に跪く。

 

 

「証拠を手に入れました。トリステイン駐留の西方聖典を動かそうとしています。こちらが、指示書の写しです。」

「愚かですね。ザナック王は甘い相手ではない。」

「…いかがいたしますか?公爵令嬢を襲えば、ザナック王はロマリア皇国を非難をするかと。少なくともトリステイン王国在ロマリア大使、サウル大司教に話を通しておくべきでは?」

「彼には伝えないように。泰然と受け答えをしてはザナック王は我々が気づいていたのに動かなかったと見て、態度を硬化させるでしょう。」

「全てはリヒテン卿の暴走、という事にするのですね?」

「その通りです。サウル大使殿には過酷ですが、これも神の試練。乗り越えてもらいましょう。その後は、アクイレイア聖堂を解体して西方聖典を取り込みます。」

 

 その答えに、ジュリオは異論を呈する。

 

「それですが…。何名か排除せねばならないかと」

「といいますと?」

「第一席次はリヒテン卿の腹心であり西方聖典最強。しかし…人格面に多大な問題があります。第四席次は金にがめつく、極めて強欲。この二人は大隆起後の権益が保証されないなら、大隆起で滅んでしまえ、と主張しております。」

「それは問題ですね。」

「一方、第二、第三、第五席次は大隆起を止めることが最優先と述べています。第六席次以降については、まだ調査中です。」

「わかりました。ジュリオ。残すべき聖典は貴方に任せます。本も、状態の悪いものは処分せざるを得ないので。」

「お任せください、教皇猊下」

 

 

 

 

 

―――――

『相棒、つけられているぜ』

「デルフ?」

 

 この日。虚無の曜日ということでトリスタニアへ息抜きに来ていたルイズと才人は、デルフリンガーの言葉に警戒心を強める。

 

 

「…王都で騒ぎを起こすつもりか?」

 

 才人はザナックに睨まれた日を忘れられない。王子の時にあんなに怖かった。王になった今はもっと怖い。

 

 

 足を止めるが、向こうも足を止めたらしい。

 どうしたものかと考えていると。

 

 

「ん?ヴァリエールとサイトか。どうしたんだ、こんな場所で立ち止まって。」

「ジェダ?!」

 

 そういうルイズに対し、ジェダは無遠慮に近づくと小声でつぶやく。

 

 

「アクイレイアだ。」

「…えっ?」

「撒くのは無理だ、かといって街中だと無関係な奴が大勢傷つく。ついてこい。」

 

「ちょっと、どこに行くつもり?」

「トリスタニアの再開発地区。住民も立ち退いている。あそこなら騒動になっても、損害は廃棄予定の建物だけだ。」

 

 

 獲物が態々、人気の少ないところに入っていく。

 西方聖典が率いる配下はひそかに合流して、その後を追う。

 

 ゆえに、そんな自分たちを水色の髪の少女が見ていて、こっそり合図を送ったことに気づけなかった。

 

 

―――――

 通りの店はすべて閉まっており、民家の入り口には板が打ちつけてある寂れた場所。

 王都ではあるが、拡張工事を順に行うべく準備が進められている再開発地区。

 

 ジェダは歩みを止め、声を張り上げる。

 

 

「…この辺でいいだろう。なぁ、西方聖典!」

 

 

 音もなく現れる八名の人影。

 

 

「女と祈祷書を渡せ。そうすれば、お前だけは見逃してやる」

「あんなことを言っているが、どうする?」

 

 

 ジェダに言われ、才人はデルフリンガーを引き抜く。

 

 

「…男はどちらも殺せ。使い魔はまた召喚させればよい。」

 

 

 相変わらず不格好だが、赤銅製で全身に鋭いスパイクを生やしたゴーレムが、同じく赤銅製のフランベルジュを装備する。

 決闘の時から時間は立っているが、あの時よりもより大柄になっている。

 

 

「行くぞ。鎧強化(リーインフォース・アーマー)!下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)!下級筋力増大(レッサー・ストレングス)!」

 

 次々と何かしらの能力を発動する八名。

 

 

「な、なに?!何を使っているの?!先住魔法?!」

 

 座学主席の才媛が混乱する中、ジェダは覚悟を決める。

 

 

「ヴァリエール、今からすることは他言無用だ。」

「へ?」

「…能力向上!」

 

 サイマリンが滑らかに動き出し、フランベルジュを一閃!突進してきた3人を牽制する!

 

「ぶ、武技を使えるということは!」

「そういう事だ。」

「…裏切者めっ!」

 

 

 

―――――

「…流石はガンダールヴ。だが、もう限界だろう。」

「くそっ!」

 

 

 吹き矢で毒を浴びせられ、いやな汗と熱が才人をむしばむ。

 相手は、戦いなれしていた。表の戦いではなく、裏の戦いに。

 

 暗器や搦め手が上等、という勢力との交戦経験が才人には不足している。

 ガンダールヴの身体能力があれば勝てると思っていたが…相手も身体能力を強化しており、自分ほどではないが中々素早い。そのうえ、連携をとってくる。

 

 

「祈祷書に担い手。それに加えて『裏切者』の子孫まで討ち取れるとは、思わぬ収穫だ。担い手よ、我々と共に来い。そうすれば、ガンダールヴは助けてやろう。」

 

 

 追い詰められたルイズに、西方聖典は選択を迫る。

 

 

「…お断りよ。」

「何?」

「私はあんた達なんて、信用できない!」

「ガンダールヴ。お前はここで死ぬ。恨むなら、担い手を恨むがいい」

 

 荒い息をつきながら、才人は怒鳴る。

 

 

「襲ってきたのはお前たちじゃねぇか!」

「フン。トドメの前に…ネズミを始末するとしよう。」

 

 

 廃屋の一つに、エア・カッターが飛ぶ!

 そこから小柄な人影が飛び出し…。

 

 降りてくるであろう地点で、西方聖典のブレイド使いが待ち構えるが降りてこない。

 

 

「よっ、はっ、ほっ!」

 

 小柄な影は器用に壁に足をつけ、ほかの廃屋に飛び移ってルイズ達と合流する。

 

 

「あ、アンタ、何者なの!」

「貴女がトリスタニアに来たとき、見張るよう命令されていたわ。ザナック陛下の命令で。」

「陛下が?」

「それで彼らは何者?」

 

「アクイレイアの西方聖典だ。逃げろ、そのぐらいの時間は稼いでやる。」

「西方聖典?漆黒じゃなくて?」

「何の話だ?」

 

 ザナックから詳しい事情を聴かされていないディミは、話についていけない。

 ただ、「虚無の曜日には詰所で待機。ヴァリエール嬢がトリスタニアに入ってきた知らせを受けたら、追跡。何かトラブルに巻き込まれそうになれば、指定の人員に合図を送れ」

 

 としか言われていない。引き受けた理由は、多額の報酬とザナックへの恐怖心だ。

 「件の令嬢はきっとザナック陛下の愛人だろう。」と思っていたら荒事だ。もう少し事情を話して頂きたい。

 

 …かつて事情を詳しく話されていない傭兵部隊隊長を、舌先三寸で騙して逃亡したけれど。それはそれ、これはこれ、である。

 

 

 

 

―――――

 唐突に西方聖典の後ろからファイヤーボールが飛んでくるが、跳躍して回避される。

 

 

「今のって…」

「コルベール先生?!」

 

 

 トリステイン魔法学院の書生である二人と才人にとって、コルベール先生というのは昼行燈ともいうべき冴えない中年だ。

 二つ名である炎蛇というのも、似合わないとすら思っていたが。

 

 

「鬼火と…誰?」

 

 

 一方で、魔法学園とは縁もゆかりもないディミは困惑する。

 一人は合図を送った人員の一人だが、もう一人の中年男は誰だろう?

 

 

「…生徒から、離れろ。」

「コルベール…ああ、炎蛇か。お前たち、足止めしろ」

「「はっ!!」」

 

 

 挟み撃ちではあるが、まったく動じる事無く対応する西方聖典。

 

 

 

「あー、もう!女は度胸っ!」

 

 袖口からナイフを取り出し、ディミは亡き母から教わった教えと共に、ナイフを投げつける。

 刺客の一人に当たり、苦痛の声を漏らす。

 

「やるなっ!」

 

 内心、戦力外と思っていたジェダはディミの動きを見て、評価を修正する。

 

 

 

 

―――――

 挟み撃ちにしているが、こちらはろくに連携が取れない者同士。

 

 ディミは、ヴァリエール公爵令嬢と平民の付き人、ゴーレム使いの土メイジと即席で連携を取らねばならない。

 鬼火は実力者だが、炎蛇という熱血教師が居た所で役には立たないと判断する。

 

 時間さえ稼げばこちらが有利になる。既にザナック陛下が用意した手勢が動き始めているはずだ。

 

 

 

―――――

 …かつての部下と共に、火系統で戦うコルベールだが、敵の身体能力の高さに驚く。

 これほどの手練れが、何故生徒を狙う?

 

 魔法実験小隊時代に築き上げた、呪文と体術の併用。今も機会を伺って鳩尾を殴ったが。

 

「不落要塞!」

 

 

 と叫ばれて防がれた。何かしらの術を使っているのだろうが、先住魔法とは明らかに違う。

 生徒の方は、才人君とジェダ、それに水色の少女が頑張っているが…。毒を盛られては長くはもたない。

 

 

 爆炎を使えば強行突破できるが、今使えばかつての部下と生徒を巻き込む。

 

「流水加速!」

「っつ!」

 

 

 突然早くなった敵の突進に、コルベールはブレイドで対処、そのまま蹴りを入れるが、要塞!と叫ばれると防がれる。

 これは、一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

 

―――――

 コルベールと対峙している西方聖典は、薄く笑う。

 今回の任務を成し遂げれば、アクイレイア聖堂の権威は高まる。

 ロマリアは、改革派などと言う少数派ではなく、保守派。それもリヒテン様に導かれるべきだ。

 

 他の席次は何も分かっていない。大隆起を阻止してもトップが弱腰のエイジス32世では駄目だというのに、『今は大隆起阻止を最優先にすべし』と言っている。

 戦後の権益を守らねば、ロマリアが、野蛮なゲルマニアや無能なガリアに支配されるかもしれないのに!

 

 それにしても、この中年男は意外とやる。だが、この男たちを処理する必要はない。時間を稼げば、担い手と祈祷書の確保は他の席次がやってくれる。

 

 

 

 

―――――

 荒い息をつく才人とジェダ。

 

 

「…ヴァリエールだけでも逃がすか?」

「駄目だ、ルイズを狙っているならここの方が安全だ。周囲に手駒が置かれていたら終わりだ。」

 

 

 そんな中、ふっと空が暗くなる。

 即座に後ろへ下がる西方聖典達。

 

 

 降り立つは、マンティコアに騎乗した厳めしい髭を蓄えた騎士。

 

 

 

「狼藉を働いているのは、お前たちだな!」

 

 

 マンティコア隊長、ド・ゼッサール。廃棄地区で煙が上がっている事で、部下に衛兵の詰め所に走らせつつ、自身は真っ先に駆け付けた。

 襲われているのが魔法学院の制服を着ている上に、ヴァリエール家の名前を出した事もあって西方聖典をにらみつける。

 

 

「…近衛隊まで来るとは…。やむを得ん。使うぞ!」

 

 

 その言葉を受けて、西方聖典3人は小瓶の中身を一斉に飲み干し、陶器の瓶が転がる。

 

 

 

「まずいっ、能力超向上だ!」

「えっ、噓でしょ?!」

「「「「「流水加速!」」」」」

 

 変化はすぐに表れ、今まで以上の速さで向かってくる。

 その素早さにディミとルイズはもちろん、かつて実験小隊に所属していたコルベールと鬼火も一瞬驚く。

 

 隙を突かれて軽傷を負わされるが…お返しとばかりにブレイドで手傷を負わせるコルベール。

 

 

 ド・ゼッサールにとっても初見だが…烈風カリンに散々しごかれ、その後任を任された男は本能的に初撃を防ぐ。

 

 初見殺しの初撃を防がれて驚愕する西方聖典達。彼らは武技を操れるようになってから初見殺しの一撃で仕留めてきた。

 

 防がれるという事態など、想定してない。

 偉大過ぎる先代にこそ及ばないが、戦場で思考を停止するような隙を見逃すはずもなく。

 

 ゼッサールはエア・スピアーで一人の左肩を貫き、使い魔のマンティコアがもう一人を抑え込むが。

 

 

 一人がすり抜けてルイズの方に迫る!

 

 そんな中、ルイズが持っている始祖の祈祷書が輝き、独りでにページが捲られる。

 

「…ディスペル?!」

 

 

 サイマリンがその突進をフランベルジュで受け止めようとするが、回避される

 ディミはジェダが即席で作り上げてくれたナイフを投げつけ、太ももに突き刺さるが、「痛覚遮断」と呟いてそのまま向かってくる。

 

 

 腕が嫌な色に変色しつつある才人が、デルフリンガーで切り結ぶ。

 後方からサイマリンが挟み撃ちを仕掛けるが、跳躍して躱す。

 

 彼らが稼いだ貴重な時間の間に。

 ルイズはディスペルの詠唱を完了する。

 

 

 放たれた魔法は、着地した男に当たり…秘薬による影響を打ち消す。

 秘薬の効能が失われた男が吐血する中。

 

 才人がデルフリンガーを振り下ろして気絶させるが、才人も地面に倒れ伏す。

 

 

 残った西方聖典隊員二名は、前方をコルベールと鬼火、後方をド・ゼッサールに挟まれる。

 

 

 

「…降伏しろ。」

 

 追い詰められたにも関わらず、二人は笑みを浮かべる。

 

 

「きゃあっ!」

「?!ヴァリエールッ!」

 

 

 直後、ルイズの後方から現れた男たちが、ルイズを抑え込む。

 

「回り込んでいたのかっ!」

「お前たち、撤退だ。」

 

 

 マンティコアに抑え込まれていた隊員が身を捻り脱出、手傷を負った隊員も跳躍して合流。

 

 直後、飛んできた風竜に掴まり飛び去る。

 

 

「…逃げられたか。」

「こうしてはおれんっ!」

 

 

 

―――――

 このまま風竜とともに脱出。そう思っていた西方聖典だったが、そこに不確定要素が参戦する。

 

「なんだ…?新種のドラゴンか?」

 

 

 飛んできたドラゴンに、ルイズは見覚えがある。本を読むのが好きなヘジンマールという新種だ。

 

「タバサッ!」

「…こっち!」

 

 

 どうしてここに、という考えは過ったがルイズはクラスメイトを信じ、風竜に蹴りを入れて痛みで体勢を崩させるとタバサに向かって落ちる。

 

 レビテーションが間に合い、ヘジンマールの上に着地する。

 

 

「タバサ、ありがとう!」

「礼はいらない」

 

 ルイズが後ろを見ると、トリステイン王国軍の竜騎士達が急行してくる。

 

 

 

 

「私は、首都警護竜騎士連隊隊長、ルネ・フォンク!そこの…えーっと、風竜…?ただちに、停止せよ!」

「タバサ、止まって!」

 

 お願いするルイズをタバサは無視する。

 ルイズは不安になって声をかける。

 

 

「…タバサ?」

「スリープクラウド」

 

 

 眠りの雲が、ルイズに向かって放たれる。

 どうして?という疑問が浮かぶ中。ルイズの意識は遠ざかる。

 

 

 杖を向けた様子を目撃したルネ・フォンクは相手を敵と判断。救出すべく急行をかける。

 北花壇騎士として様々な任務を遂行してきたタバサだが、竜騎士との戦いはこれが初めてだ。

 ヘジンマールも、数の差がありすぎて対処ができない。

 

 

 意識のない人間というのは意外と重く…タバサの腕からルイズが落ちる。

 

「待っ!」

 

 

 思わず手を伸ばすタバサに対し、風竜騎士の放つ魔法の矢が直撃する。

 

 薄れゆく意識の中。タバサの視界に…落ちていくルイズをロマリアの風竜が受け止める光景が見える。

 

 地上に降り立ち、タバサを庇うヘジンマールを5名の竜騎士が包囲する。

 

 

 余計な邪魔が入ったが再び担い手を確保し、煙幕を張る西方聖典。

 

 

 まんまと逃げおおせられ、ルネ・フォンクは部下とともに帰還。

 

 一連の戦いに関わった面々は、報告と指示を仰ぐべく、ザナックの所に向かう。

 

 

 

 

―――――

 その日の夕方。ザナック陛下の謁見の間にて。

 

 

「アクイレイアの西方聖典という一団が襲撃を行い、ヴァリエール嬢が連れ去られました。申し訳ございません。」

 

 

 西方聖典という名前にザナックは興味を引いた。思い当たる国家が一つある。スレイン法国だ。

 

 

「西方聖典?」

「それについては、この者が知っているようです。」

 

 

 目を向けられ、ジェダは一礼する。

 

 

「ロマリアの暗部が連れ去ったのであれば、殺しはしないだろう…。それで、なぜさびれた地区に赴いた?」

「大通りで騒ぎが起きれば、大勢の無関係な人が傷つくと判断しました。彼らは見境がありません。」

「その心がけは立派だが…。」

 

 担い手と国宝がまとめて奪われたのが大問題だ。

 

 

「それにしても、ゼッサール卿がいて抑え込めないか。相当な手練れだな。」

「彼らは武技を用います。」

「ほぅ?」

 

 

 内心驚くが、それでも表情を取り繕うザナック。

 

 

「ロマリアに流れてきた東方の特殊な技です。それを扱えるのが、アクイレイア聖堂の暗部、西方聖典。鎧強化(リーインフォース・アーマー)は防御力が、下級筋力増大(レッサー・ストレングス)は腕力が、下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)は素早さが上がります。」

「ずいぶん詳しいのだな」

「私の先祖に、元西方聖典隊員がいるのである程度は知っております。『東方の武技』を水魔法の秘薬で再現出来るようにしたものまで存在しますが…製造と流通はアクイレイア聖堂が独占しており、西方聖典が何かしらの任務を遂行する際に携帯。連中にとっても安い代物では無いらしく、追い詰められない限り使いません」

「東方っていうと、アーベラージか?」

 

 リリーシャ王妃がつらそうにしている才人に目を向ける。

 

 

「いえ、そのようなポーションは見た事も聞いたこともありません。」

「出所は不明か…」

 

 

 

「そして、フォンク卿。見聞きしたことを報告しろ」

「はっ。急報を受けて現場に直行したところ、未知のドラゴンに乗った少女が眠りの雲を使用。敵と判断して包囲に取り掛かりました。ですが、ヴァリエール嬢は意識を失っており墜落。そこをロマリアの風竜に連れ去られました。」

「ロマリアの手に落ちた、ということか。その少女は?」

「タバサ、というようです。」

 

 黙って聞いていたコルベールが驚く。ザナックはコルベールに視線を合わせる。

 

「知っているのか?コルベール」

「はい。彼女はガリアからの留学生です。しかし、どうしてミス・ヴァリエールを。」

「状況から判断するに、ロマリアの暗部とガリア王国が手を組んだ可能性もあるが。」

 

 

「手を組んでいたにしては、全く連携が取れていない。ロマリアとガリアがそれぞれ狙って仕掛けたのでは?」

 

 リリーシャの言葉を受けて、ザナックは考える。

 

 マザリーニ枢機卿はため息をつく。

 

 

「この件に関しては、ロマリア皇国に対して厳重に抗議し、外交で圧力をかけねばなりませんな。」

「いいのか、マザリーニ。祖国だろう?」

「他国の公爵令嬢を襲う蛮行を野放しにはできません。陛下、全員下がらせましょう。」

「そうだな。全員、下がれ。手当が必要な者は言え。波濤のモットに治させる。」

 

 

 憂鬱な気分で下がるゼッサール。

 ヴァリエールの名前と桃色ブロンドの髪で、ゼッサールは確信を得ていた。

 

 

 彼女は先代隊長、烈風カリンのご令嬢。先代隊長に、自分がその場にいながら娘を連れ去られたと知られたら…。

 

 背筋が寒くなる。『弛んでいる!』として鋼鉄の規律を再度叩き込む訓練が実施される事が容易に想像つく。

 ゼッサールの手が思わず震える。酒はどこだ?とびきりいい奴を開けねば。

 

 確か贈答品として送られた、ローゼンクロイツ産の割と高い一本があったはずだ。あれを開けて今宵は寝むろう。

 

 

 

 そんな手が震えているゼッサールを横目で見たフォンクは、この度の襲撃事件を受けてロマリアに対して怒りを抑え込めないのだろうと判断。

 自分もいずれはこういう人物になりたい、否、ならなければならないとより一層身を引き締める。

 

 

 

 

 

―――――

 正妃と二人きりになったザナックは、情報を整理しながらつぶやく。

 

「聖典に武技。ロマリアは法国と関係があるのか。」

 

 それを聞いて、リリーシャはふと口を滑らす。

 

「法国って、スレイン法国の事?」

「ああ、そうだ。」

 

 次の瞬間、ザナックは立ち上がって杖を抜き、リリーシャを見つめる。

 

「ザナック?」

「さてリリーシャ。どうして、君がスレイン法国の名前を知っている?」

 

 

 失言をした事に気づいたリリーシャは素早く立ち上がり扉に向かって駆け出すが、ザナックのウェブを受けて転倒。咄嗟に受け身をとるが、動けない。

 

 白い糸にからめとられる、銀髪巨乳の美女という絵が出来上がる。

 

 

「待って、お願い!話を聞いて!」

「ああ、勿論だ。いろいろと聞かないといけないからな。どうやって、誰から聞いたのか…。」

 

 

 自分に迫るザナックの目を見て、リリーシャは逃亡と抵抗を諦めた。

 

 ザナックが、あの日見てしまったラナーと同じ目をしていたから。

 




 というわけで武技使いと、能力超向上の秘薬の登場です。
 水魔法を駆使して再現しているので、能力超向上の秘薬は虚無魔法のディスペルで打ち消せます。


 前任者の娘を誘拐されて、ヤバイ、再訓練される!となって酒に逃げるゼッサール。気持ちはわかりますが。


 タバサは優秀な北花壇警護騎士団員ですが…竜騎士ではありません。
 使い魔がヘジンマールでは無くてオラサーダルクであれば、西方聖典もトリステインの竜騎士中隊も蹴散らして脱出に成功していました。
 公爵令嬢誘拐にオラサーダルクを協力させるには、相当金銭を積まないといけないでしょうが。アニメで見てて思いましたが、ドワーフの撃退に金銭要求しすぎでは?


 そして、とうとうバレたリリーシャ。ザナックといろいろお話をすることになります。


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烈風と、ウェールズの憤怒

プロットを大幅に変更して、ティファニア登場ルートにしています。

…最初は登場させる予定がなかったです。理由の一つが接触するきっかけであり、ゼロ魔屈指の名場面である「才人君が七万の軍勢相手に単騎駆け」という展開がザナックの指揮により消滅するので、「原作と違うのに登場させるのはおかしいのでは?」と思ったからです。

もう一つは、虚無魔法の習得に必要な始祖のオルゴールはともかく、『空賊活動中のウェールズ王子が所持するほど所縁のある風のルビーを、モード大公が所持する時期があるのか?』とプロット構成時に思ったからです。
今思えば息子が空賊として活動しているからこそ、他国に拘束された時に備えて身分を証明できるものとしてジェームズ王が持たせていたのかもしれません。


色々感想欄でご意見をいただいたので、ティファニアは登場します!
それにしてもやはりあの名場面を書けないのが残念。私の中のザナックは追い詰められてもルイズに「七万の軍勢相手に殿軍を務めろ」と命じる人物では無いです。


 水の精霊が作り上げた、ザナックの数奇な運命を元に構築された世界に訪れた事。真実を知っているのは現状自分だけ、という事まで白状したりリーシャだが。

 その内容に、ザナックは衝撃を隠し切れない。

 

 

「…折った?魔導王の小指を?頬に傷をつけた?」

 

 呆然とつぶやくザナック。もしもこの場にザナックと同じく魔導王と面識のある現地人がいれば、同じような反応を示すだろう。

 

 

「水の精霊はあれよりもさらに強いだろう、と。」

「まぁ、そうだろうな…。それで、魔導王をどう思った?」

「…クロムウェルを連想した。」

「はぁ?」

 

 想定外の名前が出た事で、ザナックは困惑する。

 

 

「クロムウェルは司教で…王族や貴族教育を受けずに皇帝になった。それと似たような感じがした。不可侵条約を打診しておいて宣戦布告しておいて、平然としていたから。」

「そんな事をしていたな。」

「…それにしても、魔導王の考え方は…動物的すぎる。生前、どんな事があればあんな価値観になるのかしら。」

「俺は、普通の人間に思えた…。魔導王は貴族教育を受けなかった人間だったのか?」

「でも、立ち振る舞いは王の貫禄を感じたわ。生前の魔導王は、別の王の影武者だったのでは無いかしら?王を演じていて、王の死後に成り代わったとか。」

「だったら、あれだけの化け物を束ねられるはずがない。主の影武者に素直に従う性分では無いだろう。」

 

 特に、あの宰相アルベドは。

 魔導王の言葉を伝える際に遮った貴族に対し、強い怒りを示していた。あの態度には、忠誠だけではなく愛情も含まれているに違いない。

 

 

「それもそうよね…魔導国の狙いはモチャラスの首だったはず。モチャラスはどんな貴族?」

「モチャラスは知らん…。」

 

 ふと、ザナックは疑問を覚える。

 

 

「待て、魔導国が何故モチャラスを狙う?お前はモチャラスをどう思っている?」

「魔導国の虐殺で食糧生産が低下した事で民が飢え、その惨状を見るに見かねて魔導国の輸送部隊を襲撃して物資を強奪した、戦略が欠落しているものの、辣腕の戦術家。」

 

 

 誰だそいつ。ザナックは呆れる。あの魔導国の輸送部隊から物資を強奪出来る存在…。

 ザナックは、完全武装したガゼフ戦士長が、雄たけびを上げながら突進する光景を想像した後、頭を振る。

 

 

「いや、それは無い。ガゼフ戦士長でも襲撃を成功させるのは無理だ。」

「何を言っているの?国王が首を差し出してでもかばった貴族でしょう?ランポッサ陛下とは知己のはず!」

「そんな辣腕の貴族が居て、父上と知己ならば俺の耳にも入っている。」

「…となると。モチャラスは特に優秀でもないの?」

 

 ザナックは嘆息して告げる。

 

「俺は、モチャラスが操られていようと、魔導国の自作自演だろうと、とにかくモチャラスの首を差し出して魔導国との戦争を避けようとした。」

「…18万人を殺す敵国相手なら、私だって開戦は全力で避ける。」

「だが、その前に…あの宰相が来た。」

「やっぱり、自作自演…いや、魔導王が嘘を言っているように見えなかった。自国民を18万人も討ち取る強国の輸送部隊を襲うとか、フィリップは何をしたかったの?」

 

 

 二人の王族は頭を考えるが、フィリップの動機が思い至らない。

 

「まぁ、考えても正解は出ないな。ただのバカだったかもしれん。」

「…多くの貴族の当主や次期当主が死んで、代わって当主になったのだから、それが真相かもしれない。そうそう、ザナック。」

 

 

 スッと目を細めるリリーシャ。

 

 

「娘の教育は、私がするから。」

「何故だ?」

「娘がラナーになったらどうするの?」

「待て。ラナーがああなったのは、俺のせいじゃない!」

 

 胸の前で手を組んで、リリーシャはあの日見てしまったラナーの演技をする。

 

「犬のように纏わりついてくるクライムに鎖をつけて飼いたい、ずっと閉じ込めておきたい!…と言い出す王女の兄が、娘の教育に関われるとでも?」

「いいか、腹違いの妹だったんだ!俺は、俺は悪くない!」

「…やーい、貴方の妹、ラナー」

 

 

 市井の子供がやるような煽りをするリリーシャ。

 かつて父のモードは『そんな言葉づかいをするな!王族としての自覚を持て!』と娘を叱咤した。

 

 頬を引きつらせたザナックは、ニヤリと笑って反撃にでる。

 

「やーい、お前の義妹、ラナー」

 

 物凄く引き攣った笑顔を浮かべるリリーシャ。もしもこの場にラナーがいれば、夫婦そろって「仕返し」されるだろう。

 

 

「…そう。ところで、レエブン侯は何の系統なの?」

「は?」

「貴族でマントをつけているなら、彼はマジック・キャスターでしょう?土、それとも水?火メイジでは無さそうだけど。」

 

 

 あー…。

 

「リ・エスティーゼ王国はな、マジック・キャスターが軽視されていた。」

「…どうやって国体を維持しているの?」

 

 国家の維持まで言及されたので、ザナックはこめかみを抑える。

 

 

「魔法が重視されるのはわかる。だが…魔法が使えない貴族はそこまで否定されなければならないのか?」

 

 虚無の担い手、ということもありザナックはルイズについて調べている。あれだけ優秀であるにも関わらず「ゼロ」と侮辱する風潮は、いささか理解に苦しむ。

 他の者は、「ゼロ」に座学で負けていて恥ずかしくないのか?と。

 

 

「貴族は魔法を使うことで生活を豊かにして脅威から平民を守る。貴族を貴族足らしめているのが、魔法を使えるという揺るがない事実。だから、魔法が使えない貴族というのは『存在意義』まで疑われてしまう。」

「人々が系統魔法の恩恵を受けており、その系統魔法をもたらしたのが始祖ブリミルだからこそ、ブリミル教で人々が纏まる…理屈はわかるが。」

「魔法が不得手、という事実に目をつむれば、ヴァリエール嬢は優秀な人材。だけど、周りはそう思ってはくれない。」

「本当は虚無の担い手だったのに、歴史に埋もれて失意のまま世を去ったメイジ…というのは意外と多そうだな。」

 

 

 魔法を軽視する文化で育った大陸国の青年と、魔法を最重要視する文化で育った島国の娘は、認識の違いという溝を埋めるべく話し合いを続けるのであった…。

 

 

 

 

―――――

 トリステイン魔法学院長の部屋にて。

 学院長オールド・オスマンは先の事件に関わった人物を呼び、情報のすり合わせを行う。

 

 

「私は、ディミ・シュトラと申します。オールド・オスマン学院長様。」

「よく来てくれた。情報を整理せねばならん。聖典、について何を知っている?」

「約百年前。自由都市エウメネスで、数十名のエルフ相手に4人で戦いを挑んだ一団。その指揮官が、漆黒聖典と名乗っています。」

「エウメネス、人間とエルフが一緒に住んでいる自由都市都市じゃな。元々は罪を犯したエルフの流刑地で、生き残るために人間と交易を始めたのがきっかけという…。」

「エルフには…人間を叩き潰すべしという『鉄血団結党』という強硬派がいます。鉄血団結党がエウメネスで破壊活動を行っていた時に突然現れ、エルフに襲い掛かり…30人以上のエルフを討ち取ったとか。」

 

 

「エルフを相手に立ち向かう、か。よほど人材に恵まれているようじゃな、スレイン法国は。」

「学院長は何かご存じなのですか?!」

「少なくともほかに一つある。陽光聖典じゃ」

「陽光…ですか?」

 

 オスマンは、深々とため息をつく。

 

 

「…30年ほど前じゃ。ワシが秘薬の原料を採取すべく森を調査しているとワイバーンに襲われ…ここで終わりか、と覚悟を決めた時に助けてくれた御仁がそう名乗っておった。見たことのない白い翼のゴーレムみたいなものをサモン・サーバントで呼び出し、コントラクト・サーバントもせずに従わせてワイバーンと戦わせていたが、相打ちになってしまった…。ワシは連れ帰って手当をしたのじゃが…」

「助からなかったのですね?」

「うむ。その御仁は…自分がここで死ぬ事よりも、手付かずの『神々の遺跡で発掘した聖遺物』という美しい水晶をスレイン法国に届けられない事を悔やみながら逝った…。その御仁が、本国と自身の所属部隊名を名乗ったのじゃ」

「文字通り、命よりも大事な品…。聖遺物とはいったい?」

「わからぬ。気にはなるが、命の恩人の物には手を付けられんて。」

 

 命の恩人の遺体を埋葬し、その遺品を大切に保管。ハルケギニアの常識において、オスマン氏の対応は至極真っ当なものである。

 ディミもその行いを尊ぶ。

 

「法国、そして聖典の名を冠する一団…偶然の一致ではあるまい。漆黒聖典なる人物もまた、スレイン法国出身じゃろう。手がかりは、アクイレイアか、自由都市エウメネスか。」

「気にはなりますが、目下の問題を解決せねばなりません。」

「はい。タバサはガリア王国からの留学生とか。」

「いかにも。ガリア王ジョゼフの弟、今は亡きオルレアン公のご息女、シャルロット姫じゃ。彼女は、ガリア王政府の命令には逆らえぬ境遇にある。」

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王国、王都トリスタニアの王宮、ザナックの謁見の間にて。

 

 

 そこは今、戦場よりも緊迫した空気に包まれている。

 

 トリステイン王国の上層部は、『どうしてこうなった?!』という顔を浮かべながら、内心、わが身の不幸を嘆く。

 リリーシャは神と始祖に『なぜこうも試練を課すのか?』と内心嘆く。

 

 

 このメンツの中で…ド・ゼッサールは滝のような汗を流している。

 

 ザナックは泰然と、目の前の公爵夫妻を見つめる。

 ハルケギニアのメイジは魔力で威力が決定するという。公爵夫妻は無言だが、公爵夫人の周囲には既に紫電がバチバチと走っている。

 

 

「…ロマリアの暗部が、娘を誘拐した。間違いないですな?」

「事実だ。」

「その誘拐にガリアが加担していた、と?」

 

「ガリアとロマリアは手を組んでいない。個々に襲撃したと推測している。」

「さらに言うなら、ロマリアの襲撃に合わせて、ガリア側が動いたのが真相かと。」

 

 

「…それで。陛下はどうなされるおつもりで?」

「襲撃にかかわった、ガリア、ロマリアの大使を呼び出して返還を要求。拒むなら戦争となる。」

 

 

「恐れながら陛下。両国と戦争というのは、参謀本部の立場から申し上げて無理です。」

 

 ウィンプフェン伯の言葉に、トリステイン上層部は一斉に頷く。

 アルビオン統治に人材を割いていることもあって、外征の余裕などない。

 次世代が育てば別だが…。

 

 

「だが、仕掛けてきた以上こちらも動かねばならん。」

 

 

 

 今まで黙っていた、公爵夫人が口を開く。

 

「そういうことであれば、訓練を施さねばなりませんね。」

 

 ゼッサールが、か細い悲鳴を上げながら助けを求める目をザナックに向ける。

 ザナックは気づかない振りをする。

 

 

「か、カリン様!わ、わたくしめは!努力しました!」

 

 

 言葉ではなく、目線を向けるだけで現マンティコア隊長を黙らせる烈風。

 

 初見の武技、それも能力向上と流水加速を使った攻撃を防ぐという芸当を成し遂げているのだが、誘拐を阻止できなかったという一点が全てを台無しにしている。

 

 ゼッサールは膝から崩れ落ちそうになりながらも、必死で耐える。

 

 

 烈風は、全員を見渡す。

 

「よい機会です。今の王国軍の実情を直接確かめさせていただきます。」

 

 

 胃が悲鳴を上げるゼッサールだったが。この時、彼以上に胃が悲鳴を上げている同国人がアルビオンに居たのである…。

 

 

 

 

―――――

 アルビオン王国の王都、ロンディニウムのハヴィランド宮殿にて。

 

 

「ねぇ、アンリエッタ。もう一度…話してくれないかな?」

 

 

 愛しい人の、愛しい声。だが、不思議とアンリエッタは全くと言っていいほどときめかなかった。

 

 ウェールズの目は憎悪と憤怒と狂気で塗りつぶされ、全身からどす黒いオーラを発している。

 

 アンリエッタが後ずさりし続けた結果、背中が壁に当たる。

 

 

「し、始祖の、お、オルゴールを捜索していると…。は、ハーフエルフで虚無の担い手と思われる人物を発見いたしました。」

「そうだね。十代くらいだってね…。ロマリアからの情報だと…虚無魔法の使い手は…王家の血からしか現れないんだよね?」

「は…い…。」

「つまり、ティファニア・ウェストウッドは、王家の血を引いている。違うかな?」

「そ、その可能性はありますわ。ウェールズ様。」

 

 とうとう、その場にへたりこむアンリエッタ。

 楽し気に、それでいて眼だけは一切笑っていない表情と声色、どこか壊れてしまった風にウェールズ王は言葉を紡ぐ。

 

 

「父上が処断したモード叔父上。始祖の血とエルフの血を引く虚無の担い手の少女の存在…。ティファニア・ウェストウッドは。リリーシャ・ド・トリステインの腹違いの妹かな?」

「ウェールズ様っ!あ、あ、あくまで憶測です!も、モード大公がエルフ女との間に子を為し、それを知ったジェームズ前陛下が排斥するよう通達したが、それを拒否された為に全てを闇に葬ろうとした…というのは単なる憶測、推測でしかありませんわ!」

 

 

 ウェールズが無言かつ目にもとまらぬ速さで杖を抜いたことで、アンリエッタの舌は回転を止める。

 頭脳だけは高速回転を続けるが、下手な一言は文字通り自分の命が吹き飛ぶ。

 

 

 冷や汗をだらだら流す、愛する従妹にして現王妃にウェールズは杖を突き付ける。

 

 まだ、ウェールズの理性はギリギリ保たれている。

 この場にいたのがアンリエッタではなく、リリーシャやモード大公の家臣であれば、ウェールズは憤怒の赴くままにエア・スピアーでその肩を貫いていただろう。

 

 

 

「…知っている人物は?」

「…オースチン公爵の隠し子である、と告げました。彼女の虚無魔法は記憶を操れるそうで…。それで前後の記憶を消しています。」

 

 

 アルビオン王家の血を引く分家、レコン・キスタ騒動で族滅した貴族家の名前を、アンリエッタが確信を持った表情で告げた事でその場は収めたが。

 この人に真相を話さないわけにはいかない。

 

 

「なるほど…。父上が話してくれないわけだ。現国王の弟がエルフとの間に子を為していたなど…。アルビオン王家の正統性が吹き飛んで、ロマリアが直接介入してくるのが目に見えている。」

 

 

 父の苦悩。大量の粛清、その反動による内乱で死んだ王党派の家臣。そして、戦後に祖国が領土を割譲されるという屈辱。

 それら全ての元凶がモード大公とエルフの愛人ジャジャルにあった事で、ウェールズは怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

 ウェールズの周りで風が吹き荒れ、紫電が全身からバチバチと音を奏でる。

 

 

 あまりにも強すぎる感情により、ウェールズ王はスクウェアメイジへと覚醒を遂げる。

 もはや魔法による実力行使で止められなくなったことで、アンリエッタは怯えて縮こまる。

 

 

 どうして私がこんな目に。失われた始祖のオルゴールを求めて捜索チームを陣頭指揮していただけなのに。

 有力な情報を手に入れて、虚無の復活が未来永劫閉ざされるという悲劇を阻止できると思って意気揚々と出向いたのに。

 

 

 神よ、始祖よ、お助け下さいと、か細い声で祈りを捧げるアンリエッタ。

 

 

 ウェールズ王の紫電が、辺りを破壊する。

 アンリエッタが巻き込まれなかったのは、神と始祖の加護によるものだろう。

 

 

―――――

 ハヴィランド宮殿の一角が大変な事になり、自国の現王妃が追い詰められている同時刻。

 

 

「こちらをトリステイン王宮に届ければ宜しいのですか?」

「ああ、任せるよ。」

「かしこまりました。」

 

 

 アルビオン統治において生じた諸問題、早急の課題として『共和主義者の敗残兵がトリステイン領となった砦を攻め落として立てこもった事件』への対処に関する提言書を、王党派に属していた重鎮から受け取るフーティス。

 かつては敵同士だったが、今となってはアルビオンの再建という一点の為に協力関係にある。

 

 

 

 出立しようとしたフーティス風竜騎士隊副隊長に、多くのメイジが駆け寄る。

 集まったのが、内務卿、財務卿をはじめとした重鎮ばかりであったことで、フーティスの顔がこわばる。

 

「トリステインに赴かれるそうだが!」

「はっ、内務卿閣下。その通りでございます。」

「なにとぞ、これをリリーシャ様に!」

 

「これを是非とも!」

 

 

 公務で細心の注意を払って届けねばならないのに、あれよあれよと荷物が増えていく。

 次からはフライで飛んで直接、使い魔である風竜のところまで行くと、膨れ上がった荷物を前に心の中でフーティスは誓った。

 

 なお、次回以降に実行したところ。使い魔である風竜のところで待ち構えられていてフーティスは内心戦慄することになるが、それはまた別の話である。




初期プロットではウェールズ生存ルートにおけるティファニア絡みは考えていませんでしたが…。ウェールズがモード大公粛清の真相を知ったらブチギレるのでは?
ウェールズ視点だと「何故叔父を粛正したのですか?父上…」と内心父親に対して懐疑的だったのに、「粛清して当然じゃないか!」ですからね。


おまけ。オールド・オスマンがらみの事件。

陽光聖典隊員「亜人との戦いで地滑りが発生。本隊と逸れた所で、手つかずの神々の遺跡を発見!探索した所、聖遺物の魔法封じの水晶を発掘出来た!この情報と聖遺物は本国に持ち帰ろう…ん?奇妙な森に飛ばされたぞ。目の前で老人のマジック・キャスターが新種のワイバーンに襲われている!ワイバーンは仕留めたが…私はもう助からない。このマジック・キャスターが本国にこれと情報を送り届けてくれることを願う…。」

オールド・オスマン「命の恩人の遺言じゃ、叶えたいがスレイン法国の場所がわからん。恩人は丁重に埋葬。この聖遺物は大切に保管しよう。」
光の神官長イヴォン「は?」(半ギレ)

まぁ、原作だとゼロ戦とパイロットがハルケギニアに飛ばされるという、大日本帝国軍上層部も半ギレ案件が起きていますからね…。


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ザナックとジョゼフの会談と、リリーシャの説得

この展開をやりたいから、オリキャラとしてモード大公と正妻との間に産まれた娘、としてリリーシャを登場させました。
ティファニアではこの展開は無理なので。


 オールド・オスマン氏からの情報提供も得たザナックは、ガリア王国との交渉を行うべく、会談を打診する。

 最初は突っぱねるつもりだったジョゼフだが、出された内容が。

 

 

『貴国とトリステインの仲を裂こうとする第三者による謀略』

 

 と記されていた事で、受ける事にした。何を言い出すのか、楽しみだからだ。

 

 

 迎賓館の晩餐室。

 料理も紅茶もない、殺風景な光景だがこの方がザナックとしても都合が良い。

 

 

 

「では、始めるとしようか。」

「感謝します。何せ、暇では無いので。率直に話をさせて頂く。陛下の姪が、我が国の公爵令嬢を襲った。」

「ほう?そんな事が。」

「身柄は、我が国で預かっている。だが、彼女はガリア王家の命令に従ったと言う。これが真実であれば開戦理由になるが、私はそう思っていない。」

「ふむ。」

「第三者が、ガリアとトリステインの不和をもくろんだ、と考えている。」

「俺が命令した、と言ったらどうする?邪魔な姪をトリステイン人に始末させるために命令した。あり得ぬ話では無いだろう。」

「それは無い。貴方は、彼女の父親であり実弟のオルレアン公を愛しているのだから。」

 

 

 ガリア王ジョゼフ。魔法が使えぬ『無能王』。

 優秀な弟を謀殺して、王宮においては政務を放り出して一人遊びに夢中な、心を病んだ王。

 

 その錯覚資産は、ハルケギニアの各国首脳陣を大いに悩ませてきた。

 

 アルブレヒト三世は内心嘲笑した。

 サルバトール侯爵も、理解できないがゆえに警戒を強めるにとどめた。

 

 ジェームズ王とモード大公は、距離を置いた。

 

 無能という蔑称は陰謀を得意とするジョゼフにとって、掛け替えのない財産だった。

 余裕の笑みを浮かべていた、ジョゼフの顔色が悪くなる。

 

 

 

「何のことだ?俺がシャルルを愛しているだと?知らないのか?俺は弟を暗殺したのだぞ。」

「両用艦隊の旗艦名は、シャルル・オルレアン。心の底から嫌っているのであれば旗艦名に弟の名前をつけたりしない。」

 

 

 もしも。リ・エスティーゼ王国で海軍を強化する話が出て、旗艦の名前をバルブロが「この艦名は、『ザナック・ヴァイセルフ』にする!」と言い出せば、

 自分もレエブン侯爵も、おそらくはラナーやジルクニフでさえ…意図を図りかねるはずだ。

 

 ジョゼフは沈黙する。その反応は、ザナックの推測が真実である事を何よりも雄弁に物語る。

 

 

「そもそも先代ガリア王が次の王に、と指名したのは陛下のはずだ。オルレアン公を指名していたが、それを脅して簒奪したのであれば、オルレアン公は自分の身内に対する守りを万全にした上で自分こそが正当な王である、と発表すればいい。だが、それはしなかった。なぜなら、指名されたのが陛下だったからだ。」

「……れ」

「ここからは私の推測でしかないが…遺言を聞いた帰り道に弟君からこう言われたのではないか?」

 

 唇をなめて、ザナックは告げる。

 

「『おめでとう、兄上』と。」

「黙れええっ!」

 

 

 感情をむき出しにするガリア王の剣幕を、ザナックは平然と受け流す。

 この反応は予測していたからだ。

 

 

「魔法が不得手、人望も高く。その上で人格者。誇らしく、それでいて憎たらしかった。愛していたが故に、旗艦名にオルレアン公と名付けた。対立派閥のまとめ役になりうる娘を、処刑しなかった。その母親の心を奪うに留めた。」

 

 

 そう。おかしいのだ。

 ジョゼフが簒奪者と言っても、正当な王位継承を受けているはずだ。本当にジョゼフが簒奪したのであれば、内乱に突入している。

 簒奪したならば、玉座を脅かしかねない存在であり、旗印足り得る娘を生かしておく理由が無い。

 様々な任務につけているが、始末するなら任務先に手勢を配置しておけばそれで片が付く。

 

 

 

 そうやって考え、調べ、相談した結果。ザナックはジョゼフの錯覚資産を打ち破った。

 

 

「ああ、ああ!そうだ!その通りだ!お前に理解できるか!あの時の俺の憎しみが!惨めさが!」

 

 まき散らされる呪詛。40年近く、弟と比べられた事で積もり積もった怒りと悲しみ。誰よりも優れていると認めている弟を手にかけてしまった、己のどうしようも無さと醜さ。

 その醜態を見ながら、ザナックは違和感を感じる。

 

 

 本当に、本心からそんな風に言えるのか?王族が?

 魔法が兄よりも得意で、人望もあり、次期王位は確実とまで言われていたにも関わらず…結局父親から王位に指名されなかった。

 悔しく無かったのか?

 

 もしもその通りであれば、ラナーとは別方面で『化け物』だ。

 だが、その考えをザナックは口にしない。ただでさえ、ガリア王の逆鱗に触れているのだ。これ以上踏み込むなど、逆鱗に塩を擦り込むような所業だ。

 

 

「取引だ、ジョゼフ陛下。」

「…取引だと?」

「今の話を公開されたくなければ、不可侵条約を締結してもらう。」

「はっ…こちらにメリットが無いな。」

「勿論用意している。飲んでくれたら、ガリア国内のオルレアン公派の抵抗を弱める。」

「何?」

 

 

 どうやって?という想いがジョゼフの中に浮かぶ。

 シャルロットの身柄を抑えているが、側室にでも迎えるのか?

 それこそまさかだ。東薔薇花壇警護騎士団長が、手勢を率いてトリステインに攻め込むだろう。

 

 

「面白い、やって見せろ。」

「では、会談はここまでだな。失礼させていただく。」

 

 

 

―――――

 トリスタニアにて。

 ザナックから連絡を受けたリリーシャは行動を開始する。

 

 

 公爵令嬢を襲撃したシャルロット姫。

 父親を伯父に殺された、という点で似たような境遇であるが…。

 

 彼女を説得する。それが出来るのは、今のトリステインにおいて自分が最も適任だ。

 話し合いの席において、タバサは使い魔を同席することを強く望んだ。

 そのため、周囲には手練れのメイジが控えている。

 

 

 

 彼女の使い魔という珍しいドラゴンに目を奪われたが、即座にするべきことを思い直し…リリーシャはシャルロット姫と向き合う。

 

 

「…モード大公の娘。」

「如何にも。奇遇な事に私たちは、伯父に父を殺された者同士。質問しよう。貴女は、王冠が欲しいか?」

 

 その問いかけに、タバサは真摯に答える。

 

 

「…王冠なんていらない。」

 

 しばし、呆然とするリリーシャをじっとタバサは見つめる。

 

「ならば、何が欲しい?」

「ヘジンマールと、一緒に本を読める環境。後は、食事が出来るなら。」

 

 

 本当に、目の前の少女は王族なのか?

 文字通り血で血を洗う抗争を経験した、リリーシャは唖然とする。

 この返答は、ザナックと相談した中でもなかった展開だ。

 

 

『世が世なら次期王女。汚れ仕事をさせられていた事を考えたら公爵では不満を持つ…大公国として独立するぐらいは保障しなければ、ジョゼフへの不満を抑えさせるなんて出来ないわ』

『学院での彼女に関する調査記録を見る限り、本と食べ物さえ与えておけば懐柔できそうな気もするがな…。そっちは任せた』

 

 

 だが、リリーシャは即座に思考を切り替える。

 

 

「…そういう事であれば、オルレアン公派を抑えて欲しい。貴女が意思表示すれば、彼らの大義名分は無くなる。」

 

 

 旗印の意思表示というのは極めて重要な要素だ。

 自分もジェームズ王も。戦うという道を選んだからこそ、内乱になった。あの時、どちらかが折れていたら…アルビオン領の分割は無かったかもしれない。

 いまさら遅すぎるが。

 

 

「…その要求を拒んだら?」

「そういうことであれば、私個人としては非常にありがたい。ガリア王ジョゼフが、オルレアン公の娘に命じてヴァリエール公爵令嬢を襲撃させたため、トリステインはガリアに宣戦布告をする。」

「勝てると思っているの?ガリア王国に。」

 

 リリーシャは笑みを浮かべる。

 

「宣戦布告と前後して、ガリア国内のオルレアン公派にこう囁く。戦後、シャルロット姫をガリア女王にする後押しをする、と。そうすればオルレアン公派が一斉蜂起、ガリアは内乱となる」

「?!」

「トリステイン王国からは『烈風』が杖を抜いて進軍。当然、現在軍事同盟を結んでいるゲルマニアも参戦する。確か…サウスゴータ太守であるカースレーゼ皇子は反ガリアの筆頭だったから、アルビオンからも空路で襲撃が出来る。さて、その後のガリアはどうなる?」

「…敗戦すれば、トリステインとゲルマニアとアルビオンにガリアが分割される…?」

「まぁ、親愛なる従兄夫婦であれば、アルビオン領の返還の代わりにガリア王国に関する権益を放棄する、と交渉してくる可能性は高いが。」

 

 

 使い魔のドラゴンが、じっとシャルロット姫を見つめる。

 

 明確に知性がある反応に、リリーシャは少しだけ気になった。

 確か、使い魔は主の命令を聞けるだけの知能があるというが…いや、このような政治的な話をドラゴンが理解出来るわけがない。

 

『言葉を操るだけの知性を持っていた韻竜はすでに絶滅している』という常識で育ったリリーシャは、そのように判断する。

 

 

 

「だったら、どうしてそうしない?」

「私の夫が、それを望んでいないから。今の私は、トリステイン王妃。トリステイン王の意思が優先される。」

 

 

 

 シャルロット姫にした、一連の説明は…ザナックと事前に相談した話である。リリーシャはそうなる展開を望んだが。

 

『ガリア王国領土を奪っても、統治できる人員が居ない。現在、アルビオン領の統治で手一杯だ。』

 

 と言われたため、トリステイン王妃としてガリアとの戦争は避ける方針に従った。

 

 

 

「席を外してほしい。考える時間が欲しいから。」

 

 

 リリーシャは頷いて、その場を去る。

 ヘジンマールも連れ出される。

 

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王宮に、アポイントメント無しに大きな袋を大量に持ち込んだ若い女竜騎士への対応は、おざなりになった。

 散々待たされることになった竜騎士は、主君への手土産と渡された品物の一つに目をつける。

 

 立方体で、1面には9つのマスがあり、色が塗られている。全部で6色あるが…。

 試しに手を取ってみると、どうやら列ごとに回せる事に気づいた。

 

 もしや、これは6面にそれぞれ一色ずつ合わせられるのでは?

 周りのトリステイン官吏が多忙な中、立体パズルにフーティスはハマる。

 

 

 

 

 散々待たされ、ようやく目通りが叶ったが。

 

 

「…共和主義者残党に関する情報が、こちらになります。」

 

 

 封を施された資料を恭しく提出するフーティス。

 

 

「それと、こちらの荷物は王妃様宛てになります。」

「なに?随分多いな。」

「はい。小官の出立前に、王妃様を慕うアルビオン王政府の閣僚方が大勢いらっしゃいました。内務卿と財務卿。これは他の閣僚の皆様方からの個人的な贈り物になります。」

 

 

 大きな包みを置いた後、何かに気づいたフーティスはポケットから立方体のパズルを取り出す。

 

「懐かしいっ!『色合わせ』だわ!」

 

 リリーシャは手際よく回転させると、あっという間に6面全部を同色に揃える。

 

「それ、コツがあるのか?」

「そんな所よ。フーティス卿、他に伝言は?」

「ありません。」

「それなら、下がりなさい。」

 

 

 一礼して、退出するフーティス。

 

 

 

 

―――――

 レコン・キスタ時代に元上司だった人物と面会したフーティスは、退出した後につぶやく。

 

「…お変わりは…あったか。表情が柔らかくなった…。」

 

 ああいう恰幅の良い方が好みなのか?そうであれば、いささか意外だ。

 

 歩いていると、フーティスは見覚えのある竜騎士と遭遇する。

 

 

「あーっ!あの時の女竜騎士?!」

「お前はあの時の…生き延びていたのか。」

 

 かつて交戦した相手。

 

 

「戦友か?アッシュ。」

「断じて違うぞ、ジェダ。サウスゴータ方面の偵察時に遭遇したアルビオンの竜騎士だ。」

 

 やや敵意の混じった視線を向けられ、傲然と受け流すフーティス。

 腰に手を当て、自慢げに告げる。

 

 

「あの時は10対1という戦力差だったが…、偵察任務を遂行して帰還した。」

「名前をうかがっても?」

「私は、フーティス・リンドブルム。アルビオン風竜騎士隊副隊長を拝している。貴公は?」

 

 

「私はジェダ・オルスト。」

「僕、いや。私は、アッシュ・ペントルドン。トリステイン王国首都警護竜騎士連隊副隊長だ。」

「せっかくだから、一緒に来てもらってはどうだ?」

「あの新種か?アルビオン人にわかるとは思えないが。」

 

 

 

「言ってくれるではないか。竜さえ確保できれば、アルビオンの竜騎士隊は再建可能だ。」

「ということは、数十年は再建できないということだな。」

「ほぅ?」

 

 

 同じ竜騎士ではあるが、交戦した間柄ということもあってバチバチと火花を散らす二人。

 内心呆れつつ、ジェダは先導する。

 

 

 

 

―――――

 トリスタニアの留置所。

 言葉をしゃべってはならず、本も読めずに退屈なヘジンマールは、迷惑そうに周りを見渡す。

 

 

 若い人間が自分の周りに集まって来た。マントを羽織っているからメイジ、つまり貴族。

 …赤毛の人間は知っているが、残りの二人は知らない。

 

 

「彼の名前はヘジンマール。」

「…なるほど、新種だな。」

 

 じっと、フーティスはヘジンマールを見つめる。

 ジェダは咳払いして口を開く。

 

 

「…使い魔に関して、俺はこう習ったことがある。使い魔は、我々人間の言葉を理解するだけの知性を得るが、喉はそのまま。ゆえに、主人と使い魔の意思疎通は一方的にしかなっていない…と。」

「ということは、このドラゴンは僕たちの会話を理解しているってこと?」

「そうでなければ、使い魔は命令を理解できない。ヘジンマールの場合は本を読んでいるため、なおのこと理解していると思われるが…。」

「ドラゴンなのに、読書が好き…。もしや韻竜か…?」

 

 

 

「この機会に、ちょっと見て頂きたい事がある。ヘジンマール、使い魔である以上、主人の命令には逆らえず退屈だよな?これは差し入れだ。」

 

 ドラゴンフルーツを差し出されたので、ヘジンマールは受け取り、皮をむいて白い果肉にかぶりつく。

 

 

「「ええええええええ?!」」

 

 トリステインとアルビオンという違いこそあれ、竜騎士組は仰天する。

 

「ど、どういう事だ!丸ごと食べて、皮だけ吐き出さない…?」

「私のは皮ごと丸のみだが…。皮を剥く、だと…?」

「ドラゴンなのは間違いないが、知性があまりにも高い。どう思う?」

 

 

 思わず顔を見合わせる竜騎士組。

 

 

「いや、ちょっと僕たちの手には負えないって。」

「ヘジンマール殿、貴公は韻竜だな?YESならば首を縦に、NOならば首を横に振ってもらおうか」

 

 

 厄介なことになった。

 しゃべってはダメ、と言われているため、ヘジンマールはこの場を切り抜けるべく考え…。

 首を振らず、使い魔のルーンが刻まれている首を見せつける。

 

 

「リンドブルム卿。彼の主人はタバサという女子生徒だ。」

「タバサ?」

「…トリステイン魔法学院に、偽名で入学できるだけの権力を持ったガリア王国からの留学生だ。」

「あの名門、トリステイン魔法学院に偽名で入学?!」

「ガリア王国で、それだけの権力がある令嬢の使い魔…。下手に手を出すのは火竜の尾を踏むようなものだが…調べたい…最後の一匹か、一族がいるのか…。」

 

 

 一族と言われて身内のことを思い出すが…今更、アゼルリシア山脈に戻りたいとは思わないヘジンマール。

 

 

「これは…知り合いに相談させていただく。何かわかったら知らせよう。」

 

 どうせ無駄な努力になるだろうなぁ、と冷めた目でフーティスを見つめるヘジンマール。

 

 

 ジェダとアッシュもその場を立ち去る。

 一人きりになったヘジンマールはため息をつく。

 

 まったくもって退屈だ。本ぐらい読ませてほしい。

 




魔法が使えない時点でどれほどその貴族が良いことを言っても、「魔法が使えない」というだけで嘲笑されるハルケギニア出身者に、ジョゼフの錯覚資産は打ち破れないでしょう。
ですが、「アンデッドは生者を憎む」という考えが普遍的なオバロ現地で育ちながら、実際に話を交えて「求めているのが身内の幸せ?なんだ、中身は普通の人間と同じだな」と気づけたザナックであればジョゼフの錯覚資産すら打ち破れるかと。


リリーシャを登場させて、生かしておいたのがこの展開のためです。境遇が似ていると思います。モード大公派とオルレアン公派は。
というより、オルレアン公の没落した旧臣がモード大公派やトリステイン、ゲルマニアに流れているイメージが個人的にあります。


次回は、片付いていなかったアルビオンの『爆弾』が爆発する話です。
…ウェールズ生存ルートだと、ティファニア絡みの案件はこうなるでしょうね。


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ウェールズ王の来訪と、ティファニアの『お願い』

原作におけるウェールズ王子の役割は『亡国の王子』ということを痛感しています。叔父の粛清に端を発した内乱を鎮圧できず、愛する従妹のいるトリステインにまで戦火が及ぶ。だから王家の人間として死ぬ。ウェールズ視点だと自分たちこそ加害者なのだから、その業を背負わねばならないという意識もあったはずです。

その生き様をルイズが見る事で「誇りが一番大事、命は二の次」という貴族的な価値観を変えさせるきっかけとなり、アンリエッタ誘拐事件の顛末で彼女を「王女」から「女王」へと成長させる、というのが物語における役割。

もしもニューカッスルで覚悟を決めた原作のウェールズとアインズ様が出会ったら、ザナック同様にウェールズも高く評価するでしょう。

…あれ?ザナックもウェールズも、王族として死ぬ覚悟を決め、最期は裏切者の手にかかって死ぬところまで一緒…?裏切者とはいえ、ワルド子爵のほうが『大隆起を阻止する』という目的があるだけ、自分と家族の保身に走った王国貴族よりはるかに上等ですが。


 アルビオン政府とマルシヤック公爵から、共和主義者の敗残兵がトリステイン領に割譲された砦を攻め落として立てこもったため、トリステイン本国から兵士、特に士官を借りたいという要請が来た。

 トリステイン王国の統治だけでなく、海外領土となったアルビオン領の統治も関わってくるため、必然的にザナックの政務は増えている。

 

 

 ロマリアの暗部ということであれば、ルイズを傀儡に自分の退位を迫っても不思議ではない。

 相手は、6000年前の偉大なる始祖のみが操れる虚無の担い手という権威。それを前にして、どれほどのトリステイン人が自分の側に立つ?

 

 支持基盤があっても安心出来ないザナックの頬に、温かい手が添えられる。

 

 

「…リリーシャ?」

「貴方は、もう一人では無い。私も居る。」

「そう、だな。」

「それに。ルイズが虚無の担い手という事を知っても、貴方を支持する基盤は確立されている。何より、ルイズは王位を望んでおらず、実家も簒奪の意思はない。」

「…ありうるのがロマリアだけ、か…。」

「送り込む士官だけど、ニコラ軍曹はどうかしら?」

「そうだな。他には…。」

 

 事態を打開すべく、二人は即急に行動を開始する。

 マルシヤック公爵の手腕は知っている。足りない人材を送れば、アルビオンの問題は片が付く。

 自分たちは、ロマリアとガリアの案件を最優先で処理すればいい。

 

 

 そう思っていた彼らはこの日。ほぼ片付いたと思っていたアルビオンの問題が終わっていなかったことを思い知る事になる。

 

 

 

 

―――――

「ウェールズ王が来訪?」

「はっ。それも極秘に会いたい、特にリリーシャ様が御病気だろうと関係ない、必ず出席して欲しいと。」

 

 意図を計りかねるザナックだが、会わないわけにはいかない。

 共和主義者の残党など、もはや大した力は無いと思っていたが…。

 

 

 

 

 柔和な笑みを浮かべているが、冷え冷えとした眼をしているウェールズの後に続いて入り、ディテクト・マジック、さらにはサイレントを唱えるアンリエッタに非難の目を向けるザナック。

 元トリステイン王族でも、今はアルビオン王妃だ。昔と同じように奔放な事をしてもらっては困る。

 

 フードを被っている人物がいるが、何者だ?

 ウェールズは口を開く。

 

 

「この度は、急な訪問をして申し訳ない。」

 

「構わぬ。こうしてやってきた以上、何かあったのだろう?早速本題に入ってくれ。」

「二つある。一つ目は、始祖のオルゴールが見つかった。」

「良い知らせだな!それでもう一つは?」

「虚無の担い手が見つかった。」

「何?ジェームズ伯父上か、モード義父上の隠し子でも見つかったのか?」

「ああ。親愛なるモード叔父上の隠し子が見つかった。」

 

 リリーシャが席から立ち上がってにらみつける。

 

 

「でたらめをっ!私に妹は居ない!」

「ティファニア・ウェストウッド嬢、です。お兄様。そして彼女は…ハーフ・エルフです。」

 

 

 フードを取った人物の耳を見て、ザナックとリリーシャの動きが停止する。

 口元には笑みを浮かべ、目つきだけは途方もなく冷たい眼で、ウェールズはリリーシャを睨む。

 

 

「親愛なるモード叔父上の真相がこうだ。エルフのジャジャルという女性と恋に落ち、彼女が生まれた。父上はそれを知って、親愛なるモード叔父上に処断するよう通達するが、それを拒否した。エルフと敵対しているアルビオン国王の弟がエルフとの間に子を為していたなどと知れたら大問題。アルビオン王室の権威は失墜し、ロマリアが介入してくる。だからこそ、父上は親愛なるモード叔父上を処断した。」

 

 呆然とするリリーシャだったが…夢遊病者のように、ふらふらと歩み出る。

 

 

「貴女の、父親は…。なんて名前?」

「名前は、知りません…。父さんは大公様と、そう呼ばれていました…。」

 

 

 アルビオンで「大公」と呼ばれていて、自分と同年代。計算が合う。合ってしまう。

 

 

「い、い、い…嫌ぁあああああああああああああああっ!父上っ!どうしてぇえええええ!!なぜ、なぜ、なぜぇえええええええええええ!!」

 

 

 その場にへたり込み、どうしようもなく心が砕けてしまったリリーシャは、頭を掻きむしりながら絶叫を上げる!

 薄々そうではないか?という予感はしていた。だが、よりにもよって、という思いと、自分が正しいと思ってしていた行動が誤りだった事実を突き付けられて、心が張り裂けそうになる。

 

 

 杖を抜き、ブレイドを唱えて首をかききろうとするリリーシャを、ザナックはアース・ハンドで取り押さえる!

 

「死なせてぇっ!死なせてよザナックッ!私のッ、最期の頼みッ!」

「駄目だ!既に死ぬべき人間は死んでいる!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 王弟でありながらエルフと密通したモード大公も、それを処断したジェームズ前国王もこの世にいない。

 ウェールズに罪はなく、勿論ティファニアにも罪は無い。

 

 レコン・キスタに加担したリリーシャには今日のアルビオンの状況を作り上げた責任はあるだろうが、父親のモードがエルフと通じていたなど想像の埒外であり知らされていなかった以上、止めようが無かった事だ。

 

 裁きを受けるべき人間は報いを受けている以上、これ以上の流血は無意味。ザナックは慟哭する嫁をなだめる。

 ウェールズが杖を抜いてザナック達に一歩近づく。

 

 

「…まさか、僕の父上も死ぬべき人間だった、とは言わないよね?」

「弟への対処を間違えたからだ。」

 

 次の瞬間、端正な顔立ちを憎悪に染めるウェールズに、アンリエッタが飛びつく。

 

 ウェールズがザナックから聞きたかったであろう言葉は『ジェームズ王の判断が正しかった』という類の言葉だろうが…それを兄は言わないだろうという確証がアンリエッタにはあった。

 何せ、ザナックとは十数年来の付き合いのある相手だ。

 

「だめっ、駄目ですっ!ウェールズ!お兄様を殺さないでぇっ!」

 

 

 愛する人に抑え込まれ、ウェールズの理性が活動を再開し…杖を下ろす。

 目の前で起きている惨事に、ティファニアはドン引きである。

 

 荒い息を整えて、ウェールズは重々しく口を開く。

 

 

「…聞かせてくれないか?関係者を粛清して、全てを迅速に闇に葬る以外にどんな方法があるのか。」

「モード大公と直臣を集めた上で、エルフと通じていた事を伝える!直臣もエルフと通じていた事を知れば、主君の処刑も受け入れる!関係者を全員粛清する必要はない、その一件を口外すればアルビオン王家の威信が瓦解するとなれば、関係者全員が口を閉ざす!俺なら、そう対処する!真相を明かさず、処断したのが過ちだ!」

 

 

 しばし、しばしの沈黙が流れる。

 咄嗟にでた考えだったが…失敗したか?とザナックが内心冷や汗を流したところで。

 

 

「…父上が…エルフと通じていたと、その真相を知らされていたら…私も、レコン・キスタに加担はしなかった。復讐もあったが、それ以上に『真相』を知りたかったのが大きな動機だったから…」

「…対処を…間違えていた、か。君が。君がもっと早く…トリステイン王家ではなくアルビオン王族として生まれていてくれたら…。」

 

 沈痛な表情のリリーシャとウェールズに対し、口元をゆがめてザナックは告げる。

 

「たらればの話をしても仕方ない。全ては終わった事だ。俺もそうだ…『もっと早く生まれていれば』と思った事は一度や二度では無いぞ。」

 

 その言葉に『重み』があったこともあり…二人のアルビオン王家出身者の男女は肩を落とす。

 

 

 

 

―――――

 ウェールズとリリーシャのメンタルケアをアンリエッタに丸投げして、ザナックはティファニアと対峙する。

 彼女には改めて色々と言い含めておかねばならない。

 

 やや視線が下に行かないように注意しながら、ザナックは話す。

 それにしても大きい。モード大公がエルフの女性に惹かれた点が、胸だったのではないか?と益体も無い事を考えてしまう程だ。

 

 

「ティファニア嬢。私はトリステイン王ザナックだ。貴女には大変申し訳ないが…。貴女が義父であるモード大公の娘である、と名乗られてはかなり具合が悪くなる。」

「そう、なんですよね…。」

 

 

 先ほどの狂乱は記憶に新しい。腹違いの姉だが、あの様子では仲良くは出来ない事はティファニアにも理解できた。

 

 

 モード大公派は、「理由なき処断を受けた被害者」という風潮がアルビオンにあるので、レコン・キスタに加担していたにも関わらず、新政権の政務と財務を中心に担当している。

 というより、今のアルビオンには人材が足りない。この状況で真相が明らかになればアルビオン王政府は失脚してしまい、少なからずアルビオンに統治領を持つトリステインの負担が増加する。

 

 今、真実が明らかになる事は政治上まずい。

 

 

「政治の都合だ。アルビオンの内乱で断絶した貴族家の隠し子、という事にして頂きたい。その代わり、貴女の希望を叶えよう。」

「…だったら。私、学校に通ってみたいです!」

 

 

 とんでもない事を言い出されて、ザナックは呆然とする。

 

 

 御付きの従者にして護衛のクライムを飼いたいと言い出す腹違いの妹、ラナー。

 親友の公爵令嬢に…内乱中のアルビオンに赴いて手紙を取ってきてと『お願い』する実妹のアンリエッタ。

 そこに加えて、ハーフエルフでありながら学校に通いたいと言い出す義妹のティファニア。

 

 

 なんてこった、自分の妹や義妹は問題児しかいない。

 もしも娘を授かったら、真っ当に育てよう。

 

 後に授かった娘は「冗談のつもりなのに、少しでも「まとも」ではない事を言うだけで説教される」事に不満を抱くようになるのだが、それはまた別の物語である。

 

 

「わかった、手配はする。だが、貴女は虚無の担い手だ。」

「それ、本当なんですか?私みたいなのが、伝説の魔法を使えるなんて…。妹様は、あのオルゴールの音を聞けないみたいでしたが…。」

「事実だ。ティファニア嬢。モード大公について、そして母親について聞かせてくれないか?私は、義理の父親についてほとんど知らないのだ。」

「わかりました。あまり多くは知りませんが…。」

 

 

 

 

 ティファニアを通じて義理の父親に関する話を聞いたザナックは、ティファニアを休ませると歩き出す。

 妻と義理の弟のメンタルケアの様子を見に行かねばならない。

 

 

 

 

―――――

「お兄様。二人とも水の流れを調整して、鎮静させておきました。今は…疲れもあって寝ています。」

「…妹よ。ティファニア嬢を見つけた際、同行していた人員のリストはあるか?」

「彼らについては、対処済みです。」

「まさか…率いていたのはお前か?」

 

 

 うなづくアンリエッタに、大きな、とても大きなため息をつくザナック。

 お前は嫁に行ってもまだ迷惑をかけるのか?と言わんばかりの眼を向けられ、思わずアンリエッタは抗議する。

 

 

「お、お兄様!今回、私は一切悪くありませんわ!」

「悪いのはエルフと通じた親愛なる叔父上だな。後始末をする羽目になったのが俺たちというわけで、強いて言えば運が悪かったという事だ。」

「お兄様、アドバイスはありませんか?」

「妹よ。兄としての助言だ。こういう事は受け入れて、淡々とこなしていくしかない。」

 

 

 半眼で実の兄を見つめるアンリエッタだが、内心、その言葉には強い『重み』を感じていた。

 自分の知らないところで、事態が悪くなった事があったのだろう…。あ、いや。

 

 

 自分がルイズに『お願い』した事で事態が悪くなりかけていた事を思い出すアンリエッタ。

 あんな事態を引き起こしておいて当の本人が一瞬でも忘れていた事をマザリーニが知れば、アンリエッタを正座させて説教するだろう。

 

 

「それで、どうやって対処した?」

「虚無魔法には、忘却があるそうで…。それでティファニア嬢を尋問した際の記憶を全て消してもらい、言い含めた上で、出会った時から演技をしましたわ。」

「便利だな、虚無というのは。」

「それでお兄様。ティファニア嬢はどうされるのですか?」

「どうもこうも。本人が学校に行きたいと言っている。」

「…えっ?」

 

 虚無魔法を使えるハーフエルフ、という事は、王族の誰かがエルフと通じた状況証拠になる。

 そんな劇物を受け入れる学園があるとはアンリエッタは到底思えなかった。

 

 

 

「トリステイン魔法学院に入れる方向で考えている。」

「正気ですかお兄様。トリステイン魔法学院を廃校にするおつもりですか?」

「本人が邪悪であればともかく、ティファニア嬢本人は非常に穏やかな気質をしているからな。案外、受け入れられるかもしれんぞ。」

 

 

 粛清と内乱の元凶である、エルフとの密通で出来た娘が万が一魔法学園で普通に受け入れられたら、ウェールズ様と義姉が今以上に荒れそう。

 というより、一連の犠牲者は浮かばれないのでは?とアンリエッタは思ったが口には出さない。メンタルケアと水魔法の乱発で、アンリエッタの精神はすでにすり減っている。

 

 

「実は…ロマリアのアクイレイア聖堂という所に、ルイズが誘拐された。」

「ええっ?!ルイズが!」

「その件でロマリアと交渉しなければならん。アルビオンは兵を出せる状況では無いだろうし、ゲルマニアの皇帝はともかく、親トリステイン勢の旗印はアルビオン統治に赴いた。」

「ロマリアと、トリステインが戦争…。」

「場合によってはな。娘を誘拐されたのに行動しなければ、ヴァリエール公爵家が反旗を翻しかねん。そっちの方が問題だ。」

 




 書き終えて考えましたが。ジェームズ王とモード大公の下りをザナックの言うように、エルフの愛妾がいる事をモード大公の家族及び直臣だけに暴露したうえで処刑→クロムウェルがアンドバリの指輪とガリアの支援を得てレコン・キスタを立ち上げる→劣勢になった王党派がトリステイン王国の助力を求める、と変更した場合。

 正式な外交ルートがある為、アンリエッタがウェールズに手紙を出す事が可能になり『お願い』によってルイズがアルビオンに行く流れがなくなってワルドの裏切りが遅れる→ワルドが裏切るタイミングとしては、高等法院長リッシュモンの逃亡を幇助する時でしょうから…。

 20年間復讐の刃を研ぎ澄ませた剣士が、仇を目前にして裏切者の手にかかって死ぬ…救いがなさすぎる。オバロ現地なら普通にありそうな話ですが。


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ロマリア大使との協議と、新たな虚無魔法

ゼロ魔原作の設定では、元々始祖ブリミルと後のハルケギニアの民は地球を追われてこの地に逃亡。
故にロマリア皇国のいう「異教」とはエルフでは無く、かつて始祖を追い立てた勢力の事であり、「奪われた聖地」とは「地球」のことです。

拙作では大隆起を阻止することで一致しており、ハルケギニアの地を捨てて地球に移住する事は考えていません。

何せ「地球」は環境破壊が進みすぎたディストピアということをロマリアは世界扉(ワールドドア)で知っていますから。
…あの状態の「地球」を欲しがる勢力はちょっと思いつきません…。



 アンリエッタが体内の水の流れを調整して二人を沈静化させたこともあり、翌日には行動可能になった。

 

『貴女は、貴女は…悪い人ではない。それは、理解した。だが…貴女を妹として受け入れるには時間が欲しい。』

 

 絞り出すような腹違いの姉から受けた言葉に、ティファニアは頷く事しかできなかった。

 

 

 

 翌日出勤し、何故王宮の一角がこんな破損しているのか?とデムリ卿は問いただしたくなったが、『アルビオン王と王妃が極秘に来ていてトラブルが起きた。』

 という説明を受けて引き下がる。修繕費は王宮の修繕費に計上されている予算から出ることとなる。

 

 デムリ卿が深く問いたださなかったのは、アンリエッタがルイズにした『お願い』を忘れられないからだ。

 あのお方は嫁いだのにまだやらかすのか?と本人が聞けば憤慨する事を想像しつつ、修繕のために土メイジを手配する。

 

 

 秘密裏に妹夫婦をアルビオンに帰国させ、ティファニアを王宮の貴賓室に匿いつつ…ザナックは本腰を入れてロマリアの案件を処理に取り掛かる。

 

 先日の公爵令嬢襲撃について、正式にロマリア皇国への抗議を行う根回しが整い。

 まずは協議のため、在トリステインのロマリア大使を呼び出すことにしたザナック。

 

 

 

「それにしてもロマリア皇国、か」

「ザナックは、行った事ある?」

「いや、無いな。」

「…私は幼少期にモード大公と母上と共に訪れた事がある。光の国、その話通りに美しい街並みと聖堂が印象的だった…。でも」

「でも?」

「モード大公に連れられて路地裏に入った時。やせ細った乞食が大勢居た。そんな彼らを、治安維持の名の下に…健康で身なりの整った聖堂騎士団が乱暴に扱っていた…。」

「…そう、か」

「『ここは光の国ではないのか?』とか細い声で嘆く乞食に暴力をふるう聖堂騎士を見て、咄嗟に杖を抜きかけた私を…モード大公は止めた。『他国の事に干渉すれば、祖国に迷惑がかかる。だからよく見ておきなさい、これがブリミル教の現実だ。にも拘らず、ロマリアはこの現実を認めようとしない。光の国と宣伝するから、こうして難民が押し寄せる事態を招いている』と。母上からは『現実を認めない為政者に、決してなってはならない。夫がそうなろうとしていたら止めなさい』と諭された。」

「リリーシャが、内戦の後に復興をしようとしたのは」

「あの日見た光景が、忘れられなかったから。」

 

 

 リリーシャは一人の老人に目を向ける。

 

「枢機卿猊下に聞きたかった事がある。」

「なんでしょう?正妃様。」

「他国人でも気になっていた。どうして、猊下はロマリア皇国の教皇への道を選ばなかったのか?」

 

 

 それはザナックも思ってはいたが、それどころでは無い事態だった事と、聞いてしまって関係が悪くなることを恐れて聞けなかった事だ。

 

 一方でマザリーニは「王妃様は今まで実の父親を父上と呼んで居たのに、今日になってモード大公と他人行儀のように呼ぶのは何故だろう?」

 と思ったが、そこには触れず話を進める。マザリーニの直観は、『そこには決して触れるべきではない!』と警告を発している。

 

 

「…ロマリアには、保守派と改革派があります。大多数を占めるのが保守派。今の教皇は、改革派です。」

「待て、それでどうやって教皇になれたのだ?」

「保守派は多いですが、派閥も多く足並みを揃えられませんでした。私に帰国要請が出たのはその為です。」

「…なるほど。」

「私がトリステインに留まった事で足並みが乱れた保守派が敗れ、改革派である今の教皇が消去法で選ばれた、というのが実情です。アクイレイアは、保守派の重鎮ですな」

 

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王国ロマリア大使館の駐留大使、サウル大司教はこの日。トリステイン王政府からの呼び出しを受けた。

 内容は。

 

『貴国のアクイレイア聖堂の関係者が、ヴァリエール公爵家の令嬢を襲撃した件』

 

 というものだ。真っ先に誤報、それか第三国の謀略を思い浮かぶが、まずは情報を収集しなければならない。

 部下を送って調べさせたところ、事実ということが明らかになった事で彼は激怒した。

 

 

 自分に話を通さずに、そんなことをされては…いや、そもそもするな!

 何を考えている!ただでさえ、大隆起が起こるかもしれないというのに…。

 

 今のトリステインと事を構える訳にはいかない。領土は小さくとも、ザナック王の統治により大きく改善しつつある。

 もはや侮れない国家だ。

 

 

「赴かねばならないか…。」

 

 

 覚悟を決め、交渉をするべくサウル大司教は赴く。

 

 

 

 

―――――

 対応に来たのは、マザリーニ枢機卿だったことでサウルは安堵する。

 二人は顔見知りだ。

 

「…マザリーニ猊下。お伺いしても?」

「この度の案件について、被害者の身内はもとより、ザナック陛下も大変お怒りだ。」

「拘束した者がいるなら、会わせて頂きたい!」

「サウル殿。私は、トリステイン国王ザナック陛下の家臣だ。肩入れは出来ない。」

 

 

 マザリーニの意思は固い。かつての後輩だが…。

 ロマリア皇国からの帰国要請を断ってトリステインに留まった選択をした時点で、聖職者ではなく外交官としてトリステインにとどまっている。

 

 

 

 

―――――

 謁見の間。そこで、サウル大使はザナックと対峙する。

 

 

「ようこそ、ロマリア大使殿。早速本題に入らせて頂きます。捕縛したアクイレイア聖堂の関係者を逃がすために協力していた者は全員極刑に処しますが、ロマリアの意見も聞くとしましょう。」

 

 西方聖典の大多数は逃げおおせたが、彼らをサポートするために潜り込んでいたアクイレイア聖堂の関係者はザナックが張り巡らせた包囲網により一網打尽にされていた。

 

「おい、少し性急だぞ。」

「被害者は私の義妹にとって掛け替えのない親友。彼女を誘拐されたにも関わらず甘い対応をしては、義妹とヴァリエール公爵家に対して、私の面子が丸つぶれです。」

「それもそうだが…。」

 

 

 まずはリリーシャが圧をかけて、ザナックがその圧を抜く事でロマリア大使から本音を引き出すのが目的である。

 

 それは確かな功を奏し、いきなり究極の二択を王妃から迫られたサウル大使は、何とか表情を取り繕う。

 

 

 正直、こんな事をやらかしたのであれば切り捨ててしまいたいが。

 アクイレイア聖堂の西方聖典の武力と、彼らが保持する秘薬の存在もあって、ロマリア保守派では大きな力を持っている。

 

 ロマリア皇国はかなり割れている。大多数の保守派と少数派である改革派の対立、その保守派もそれぞれ派閥があってまとまりがない。

 マザリーニの帰国を促さねばならないほど、保守派の分裂は深刻。

 

 

 今は大隆起の阻止で足並みをそろえたいのだが、その後の利権で揉めている状況だ。

 漆黒聖典とその配下は、エルフに立ち向かって獅子奮迅の働きを示した。その子孫で構成された西方聖典は、間もなく勃発するエルフの過激派との闘いでは欠かせぬ存在。

 

 だというのに。始祖の秘宝と指輪、それに担い手を囲うことで権威を高めようとするのだから、度し難いにも程がある。

 ゆえに、真相を告げることにした。

 

 

「陛下は。大隆起をご存じですか?」

「なんだそれは。」

「…ハルケギニアの地下には風石がたまり、ある程度蓄積されると…ハルケギニアの大陸が天空に向かって飛んで行ってしまうのです。」

「は?」

 

 ザナックの思考が停止し、空白になる。この場にいたのがザナックではなく、ラナーでさえも同じように思考が停止するだろう。

 

 

「浮遊大陸アルビオンは。かつて起きた大隆起の名残です。」

「で、出鱈目を!祖国が大隆起とやらの名残?!」

「事実です。ロマリアはそれを阻止するための方策を模索し続けて来ました。解決策はあります。」

「解決?どうやって?ハルケギニア中の土地を掘り返すとでも?」

「亜人のいう『大いなる意思』という精霊石の塊。それを虚無魔法の『爆発』で吹き飛ばす事で阻止できるのです…。かつて、始祖ブリミルは半分を吹き飛ばしました。我々が、残りを消し飛ばさねば…ハルケギニアは人が住める土地がなくなります。エルフの過激派は、我々の行動を阻止しようと目論んでいます。そうすれば、我々は滅び去るのですから…。我々は、虚無の担い手を連れて砂漠を越え、エルフと戦いながら、『大いなる意思』を破壊せねばなりません。かつての始祖がそうしたように。」

 

 サウル大使は深々と頭を下げる。

 

「西方聖典は、かつてエルフを大いに討ち取った漆黒聖典の子孫。エルフとの戦いにおいては貴重な戦力。ザナック陛下、もはや時間は残されていないかもしれないのです。お慈悲を」

 

 ようやく、ザナックの頭脳が活動を再開する。

 耳には入っていたが、理解が追い付いていない状況だったが、徐々に内容を把握していく。

 

「…事情は、いまだ呑み込めないが…。切羽詰まっていることは、理解した。」

「では!」

「だが、担い手である公爵令嬢を襲ったことは事実。ヴァリエール家の当主に娘を襲った連中はお咎め無し、その上で娘を最前線に連れていく、と言えば。ヴァリエール公爵は娘を実家に連れて帰るだろう。そうなれば、担い手が一人欠ける事になる」

「それ、は。」

 

「協力するが、こちらとしてはアクイレイア聖堂の解体は前提条件だ。」

「…わかり、ました。トリステインの国法に基づいて、裁いてください…」

「最後に一つ聞く。貴方はどうなのだ?大隆起の阻止が最優先なのか?」

「はい。大隆起を阻止出来るのであれば、この命をなげうつ覚悟があります。」

「…わかった。大隆起の阻止には私も協力する。」

 

 想定外すぎる話になってしまった。

 ザナックでさえ、心を落ち着かせる時間が必要だった。

 

 

 

 

 

―――――

 同時刻。アクイレイア聖堂にとらわれの身となっていたルイズは、護衛と言う名の監視が付けられていた。

 だが、彼らから聞かされた話は、衝撃が大きかった。

 

 

「大隆起ですって?」

「うん。貴女の元婚約者、ワルド子爵の母君も真相にたどり着いていた。」

「ええっ?!」

 

 義理の母になりうる人物の真相を知って、ルイズは驚愕する。

 

「ワルド子爵が聖地に行かねばならない、そう思うようになったのは…亡き母親の遺言である、私は考えている。マザリーニ枢機卿の覚え目出度く、貴女を娶ればヴァリエール家の力も得て国政に食い込める立場でありながら、レコン・キスタに身を投じたのはそのためかと。」

「そんな、そんなことは一度も…。」

「信じられる話ではない。実際、この話が広まればハルケギニアの土地価格が暴落し、自棄になった民が暴動を起こしたり、こぞって東方や、砂漠へ逃げ出しかねない。」

「……。」

 

 考え込んでいたルイズは、目の前の監視兼護衛の金髪で紫の瞳を持つ可愛らしい少女が、次々と料理を完食していく様を見つめる。

 

「それにしても、西方聖典ってみんな紫の瞳なのね。」

「西方聖典第ゼロ席次は、東方から現れた人物、漆黒聖典。私たちは彼の子孫。」

「ぜ、ゼロですって?!」

「彼は頑なに、第一席次を名乗る事はしなかった。そう聞いている…。」

 

 

 卵を10個使ったオムレツと、ゆでた芋、山盛りのサラダを平然と完食した護衛の少女と共にルイズはアクイレイア聖堂を歩く。

 その荘厳な内装に、公爵令嬢であるルイズも圧倒される。

 

 

 やや歩くと、持ち運びに便利そうだが、あちこち傷ついている手記がガラスケースに収められている事にルイズは気づく。

 

 

「あら、あれは?」

「あれが第ゼロ席次が残した手記。」

 

 

 東方。もしかして、才人がいたアーベラージなのかしら?

 興味を持ったルイズは祈祷書が輝いている事に気づく。

 

 

「虚無魔法…リコード?!」

 

 記されたルーンを唱えると、手記が輝く。

 

 

 

 

 

―――――

 気が付くと、ルイズの周囲には見知らぬ地が広がっている。どこだろうか?聖堂のようだが…。

 ブリミル教の聖堂では断じて違う。東方か?

 

 

「…アデル。お前を漆黒聖典に迎え入れる。」

「ありがとうございます。神官長様。」

「これからも、人類の守護者として励むように。」

 

 

 深々と一礼する青年。黒と赤が混ざった髪に紫の瞳。

 

 

 

 

 6つの紋章が印象的な部屋から長い廊下を歩き、退出する。

 しばし歩くと…。三人の同じような服を纏った男女が駆け寄ってくる。

 

 

 

「アデル様!漆黒聖典への昇格、おめでとうございます!」

「ありがとう、バート。当面は一緒に任務をこなせないと思うと寂しくなるな」

 

「あら。私はすぐに追いつきますわ!」

「それまで亜人やモンスターに後れをとったりしないでくださいよ!」

 

 朗らかに笑う青年。

 実に楽しげだ。

 

 

 そんな彼らのすぐ近くに、銀色の鏡のようなものが浮かぶ。

 

『召喚のゲート?!』

 

 ルイズはその正体に気づく。

 

 

「アデル様!あれはいったい…」

「何かしら。鏡?」

「いずれにせよ、報告を!」

 

「待て待て、この程度の些末な事に一々報告していたら…そんな事も自力で処理できないのか?と叱られてしまう。」

 

 木の枝やら、小石を投げつけるアデル。だが、何も起きない。

 

 

「なんでしょうか?これ。」

「わからん…だが、気になる。」

 

 触ろうとするアデルに対し、他の三名が止めようと服や肩を掴む。

 だが、アデルの力が強く。その手がゲートに触れてしまった。

 

 

 

 

―――――

 場面が切り替わる。

 

「ここは、どこだ?!」

 

「少し、乾燥している…」

「さっきのって、上位転移(グレーター・テレポーテーション)では?!」

「馬鹿な、あんな銀色の鏡ではなかったはずだ!」

 

 

 動揺するメンバー。そんな中、アデルが剣を抜く。

 

 

「構えろ、血の匂いだ!」

「っつ、天使たちを召喚します!」

 

 未知の場所で動揺するも、即座に戦闘態勢に入る。よく訓練されている。規律を貴ぶヴァリエール公爵家の一員であるルイズから見ても見事な動きだ。

 彼らが駆けていくと、目の前でエルフが曲刀を人間に振り下ろす光景が広がる。

 

 血しぶきを上げて、倒れ伏す人間。ルイズは思わず口元に手を当てる。

 

「思い知ったか、蛮人め!ん?」

「…エルフ!」

「我々は、鉄血団結党!蛮人、貴様らは見慣れぬ服装をしているな…何者だ?」

「スレイン法国の、漆黒聖典だ!」

 

 

 

 

 この青年は…「人類の守護者として励むように」と神官長なる人物に言われていた。

 きっと使命感が強いのだろう。だが、相手はエルフ。

 

 剣で勝てる相手ではない。そう思っていたルイズだが。

 

 

 

 剣が一閃されるたびに、完全武装しているエルフの首が飛ぶ。

 召喚された「天使」なる存在が空中から襲い掛かり、エルフを討ち取る。

 17人のエルフを討ち取ったが、アデルだけではなく、他の隊員の息も荒い。

 

 

 

「アデル様、一時撤退しましょう。」

「そもそも、ここがどこか不明です。」

「バハルス帝国だろう?エルフに鉄血団結党なる組織がある事を報告しに戻ら。」

 

 隊員の一人は最後まで言い切る事が出来なかった。

 血しぶきをあげて、倒れ伏す仲間にアデルが叫ぶ。

 

「バートッ!」

「…残りは後3匹か。侮るな、確実に一匹ずつ仕留めろ。」

 

 

 鉄血団結党でも、慎重かつ腕利きのエルフが包囲網を敷き始めたようだ。

 なれない地形、敵の数も不明という絶望的な状況でも。

 

 漆黒聖典であるアデルは諦めず、エルフを討ち取っていく。

 

 だが。

 

 

 

「…アデル様、レックスが…。」

「そう、か。済まない、ティナ。君を巻き込んでしまって。」

 

 

 一人、一人倒れていく。散らばっていたエルフ達が集まりつつある。形勢は不利だ。

 それでも諦めず、十数名のエルフを討ち取る戦果を上げている。

 

 

 

 

「蛮人如きがっ!我々の崇高な使命を妨害するだけにとどまらず、同志を殺害するとは…!もはや許さぬ!」

 

 豪奢な甲冑を着こんだ髭面のエルフが現れ、曲刀を抜く。

 

 

「…お前が指揮官か。」

「だとしたら、どうする?」

「お前を討ち取って、この殺戮を終わらせる。」

 

 

 剣を構えて対峙し、部下と思われるエルフが包囲をしようと動く中。

 

「っつ、魔法最強化(マキシマイズマジック)!魔法の矢マジック・アロー!」

 

 ティナが何やら唱えた後、マジック・アローを発動。

 だが、マジック・アローは途中で『反転』する!

 

 

『エルフのカウンター?!』

 

 

 放った魔法がそのまま反射される、という現象に対応できず、ティナは鮮血を噴き上げながら倒れ伏す。

 

 

「どう、し、て…いや、まだ、死にたく、な…」

「ティナっ!」

「クククッ、蛮人、お前の攻撃は通じない!このまま、なぶり殺しにしてやる!」

 

 

 致命傷を負って倒れ伏す女性。隊員は全滅。

 冷酷な目のエルフに対し、アデルは神経を研ぎ澄ます。

 

 

「ディメンジョナル・ムーブッ!」

「?!消えっ、後ろかっ!」

「流水加速っ!」

 

 咄嗟に曲刀で防ごうとしたエルフだが、曲刀の刀身と腕をアデルは切り飛ばす!

 

 

「がああああああああっ!蛮人、蛮人風情があああああっ!」

 

 

 荒い息をつくアデル。周囲のエルフが迫る中。

 煙幕がまかれる!

 

 

「くそっ!蛮人、蛮人めぇええええ!」

「アストス様っ!お怪我は…」

「それよりも蛮人だ!あの蛮人は見つけ出して…殺せぇええええええっ!」

 

 

 

 

 

―――――

 ふと、ルイズは我に返る。

 

「…今のは、夢?それとも幻…。いえ、これは。これが、リコード…。」

 

 本当にあった事に違いない。彼の記憶。

 エルフが人間を襲っている場面に遭遇して、逃亡では無くて戦う道を選ぶ。

 

 

 最期まで逃げずに立ち向かった漆黒聖典のアデルの気持ちが、ルイズにはわかる。

 魔法を使えるものを貴族と言うのではない。背中を見せないのが貴族なのだと。

 

 彼は、あの後。西方聖典を立ち上げたのだろう。その際に自ら「第ゼロ席次」と名乗ったのは…。祖国への、帰還を考えていたからではないか?

 それは叶わなかったようだが…。

 

 

 

 

「…ヴァリエール様。い、今のはもしや…虚無魔法?それも、新たなものか?」

「リヒテン枢機卿…。」

 

 豪奢な服を纏った男。誘拐を指示した首謀者である事もあってルイズの眼は険しくなる。

 

 

「馬鹿な!虚無魔法の習得には指輪と始祖の秘宝が無ければならないはず!水のルビーはトリステイン、風のルビーはアルビオン、土のルビーはガリア、火のルビーはロマリアから失われて久し…ん、んん?!」

 

 リヒテンの眼が丸く見開かれる。

 

「ま、まさかそれは!火のルビーか!は、はは、はははははははっ!ロマリアから持ち出された火のルビーを取り戻したとあれば、ヴィットーリオを蹴落とせる!よし!神と始祖の思し召しに違いない!」




大陸が空に飛んで行ってしまう『大隆起』の対処に協力してください!と言う依頼をオバロ勢が聞けば目が点になるでしょうね。


エルフのアストスが使った「カウンター」をアデルが突破出来たのは、元々アストスのカウンターを張るための契約が万全ではなく、直前でティナが強化した「マジック・アロー」で「カウンター」がかき消されていたからです。
「カウンター」が失われたものの、はったりをかましていましたが…「遠距離攻撃がダメなだけ」と判断したアデルに接近戦で切られたから敗れた、というのが真相です。

今回書いていて思いましたが、オバロとゼロ魔のクロスオーバーでスレイン法国出身者…例えばエルヤー・ウズルスがハルケギニアに来る展開を書くならば、ルイズが召喚するよりも今回の流れがいいと思います。「ゲートを潜ったから使い魔になれ」よりも「ゲートを潜ったらエルフが人間を虐殺していた」方が介入するきっかけにしやすい上に、カルネ村の虐殺を見てモモンガさんが介入する、というのがオバロの第一話ですから。


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アクイレイア聖堂VS『烈風』

アルビオン王国とトリステインの一幕。
内務卿「そろそろ、我らがモード大公閣下の命日。リリーシャ様は久しぶりに帰国なさるだろう…酒の手配は万端だ。」
財務卿「実は、『そのような些事で集まるぐらいならもっと有意義な事をせよ。今の私はトリステイン王妃、滅多なことでは帰国はしない。』と。」
内務卿「御父上の命日を些事…?一体、どういう心境の変化があったというのだ…?」


ド・ポワチエ元帥「モード大公が亡くなられた日が近いし、王妃様は帰国なさるだろう。内乱を起こすほど慕っていたのだから。」
ネルガル教導官「それが、帰国なさらないそうだ。」
ウィンプフェン伯「ふむ。内々でウェールズ王とアンリエッタ王妃が来訪されたと聞いているが、それと何か関係があるのか?」

 三人は目くばせすると一つの結論を出す。これはきっとアンリエッタ様がやらかしたに違いない!と。
 とんだ風評被害である。


 ラグドリアン湖の近郊、旧オルレアン領の屋敷。

 

 

「さて、条約を調印しよう。」

「そうだな。」

 

 ザナックとジョゼフは不可侵条約を締結する。これにより、トリステインは周辺国家から現状攻め込まれない状況となった。

 内政に力を注ぐことが出来るが…。懸念事項があるとすれば、ゲルマニアの親トリステイン勢力が弱体化した事である。

 

 とはいえ、仕掛けてくるならゲルマニア、という事がわかっている以上対処も自ずと可能だ。

 ウィンプフェン伯は既に、対ゲルマニアを想定した戦前の策定案の再調整に入っている。

 

 

「余の姪をどうやって説き伏せるのか、と思ったが…妻か。」

「良い嫁です。」

「ここまで見越して口説いたのか?」

「それは違います。」

「このまま帰るのも味気ない。一つ、チェスをせぬか?久しく、指しておらぬ。」

 

 

 

 

 強い。

 ノータイムで駒を動かしてくるのは、プレッシャーをかけるのが狙いと思っていたザナックだったが、実際は違う事に気づく。

 ただ、考える時間が自分よりもはるかに短いだけだ。

 

 

 既に不利な状況だ。ラナーなら、ここからどうしていた?

 考え込むザナックに対し。

 

 

「…妹の事を考えているな?」

 

 

 不意に言われた言葉に、ザナックは沈黙する。

 当たっていたからだ。

 

 

「うん?正解か…アンリエッタはそれほどの指し手か?であれば少々見誤っていた事になるな。」

 

 明晰な頭脳を持つジョゼフとて、『トリステイン王の前世はリ・エスティーゼ王国の第二王子であり、その時の記憶がある』事までは読めない。

 ただ、『年齢の割にはやや早熟している』と思っている。

 故にザナックがラナーの事を考えていた点を、そう誤解する。

 

 

「人は見かけによりません。」

「うむ、そうだな。」

 

 ザナックに残っている駒は白のキングとポーンが4個のみ。ジョゼフは黒のキング、クィーン、ビショップ、ルーク、ポーンが一つずつ。

 

 

 

「…投了です。」

「そう、か。意外と楽しめた。さて、余は帰らせてもらう。」

 

 

 

 

 

―――――

 ロマリア皇国。

 保守派が集まる席上では、殺気立った聖職者が集まって糾弾していた。

 

「リヒテン殿、横暴が過ぎますぞ!此度の案件、トリステイン王政府から正式な抗議が来ている!」

「大隆起が迫り、もはや足並みをそろえねばならぬ時になぜ独断専行を!」

 

「これを見られよ!」

 

 リヒテンがかざした指輪。それを見つめる聖職者たちが呆然とする。

 

「ひ、ひ…火のルビー?!」

「トリステインの担い手が所持していた!ゆえに、今回こうして担い手共々連れてきたのだ!」

 

 感嘆の声が漏れる中、一人の聖職者が顎に手を当てる。

 

 

「リヒテン殿、それをご存じであれば外交ルートを通じてトリステイン王政府に働きかければ良かったのでは?誘拐は乱暴すぎるかと。」

「何を言う!これを手にした者がおとなしく返すわけがなかろう!」

 

 

「各々方、とりあえず失われた指輪が見つかったことは僥倖。さらに言えば、一連の争乱で行方不明となった始祖のオルゴールもアンリエッタ王妃が陣頭指揮をとって発見したという。」

「残るはアルビオンの担い手か。」

「その前に、ガリア王ジョゼフを説得せねばならぬ。あの者は何を望んでいる?」

「レコン・キスタの背後にいたのはジョゼフ。ザナック王は彼の目論見を『アルビオンで騒乱を起こし、トリステイン・ゲルマニア連合と争わせ、疲弊したところで両用艦隊で叩き潰してガリアがやりたい放題できるようにする』と推測していた。」

 

「まずはトリステインとガリアの動向を待たねばなるまい。」

 

 

 今は様子見、と決めた彼らのもとに…『トリステインとガリアの間で不可侵条約が締結された』という知らせが数日後に入り、大慌てになる。

 

 

 

 

―――――

 ジョゼフとの会談を終えたザナックは、速やかに行動を開始。ロマリア皇国への使節を送り出すメンバーに、ルイズの奪還を担当している才人も加えている。

 

 

 甲板から外を眺めているティファニアに、ザナックは近づく。

 ディテクトマジック、それにサイレントを唱える。

 

 

 

「ティファニア、寒くは無いか?」

「はい。」

 

 

 ティファニアはフードを被った上で、数代前のトリステイン国王が魅惑の妖精亭に通う際に用いていたという、『フェイス・チェンジ』の魔法が込められたネックレスをザナックから与えられていた。

 エルフ族特有のとがった耳を隠すために。

 

 

「この先は…エルフとは相いれないロマリア皇国。だが、私の目の届く範囲に居れば守り切れる。」

「ありがとうございます…あんな事があったのに、私を連れてきてくれて。」

「…妻が錯乱したのは、伯父が義父を真相を告げずに粛清。家臣を生かすために反乱勢力に加勢。その反乱勢力が暴走して祖国が割譲されたから、自分に責任の一端があると考えている。確かに、責任が無いとは言えないが。」

「…やっぱり、母と父は出会うべきではなかったのでしょうか。」

「私の義父は貴女を見捨てず多くの家臣が生かそうとしていた事から、貴女が深く愛されていた事はわかる。」

 

 

 

 今となってはわからないが…実の兄だから許してくれる、という考えがモード大公の奥底にあったのかもしれない。

 王族でありながら、優柔不断な王をザナックは知っている。

 

 

 正直、モード大公がやらかして内乱となり、レコン・キスタがガリアの指示か自発的かはともかく暴走したおかげで…トリステイン王国はアルビオン領を得た。

 とはいえ、勝てたからこそ言える事であり…負けていればアンリエッタはともかく自分は間違いなく断頭台に消えていただろう。

 

 

 以前、ザナックは『ジェームズ王は事情を明かしたうえでモード大公を処断するべきだった』とウェールズに告げたが…もしもそれを実行していれば、ジャジャルもティファニアもこの世にいないだろう。だが、そうはならなかった。

 

 モード大公が処刑された後、ハーフエルフであるティファニアが生き延びられたのは…それだけモード大公を慕う家臣がおり、ティファニア自身が愛されていた事の何よりの証だ。

 

 

「胸を張れ。貴女は、望まれて生を受けた。」

 

 

 モード大公が粛清されてから、散々な目に合い、命の危険もしばしば起きて…自分は生きていていいのか?と思っていたティファニアは感激。

 へたり込んで泣き出してしまったため、ザナックは慌てる。

 

 優秀な王とて、泣く女性を宥めるのは難しいのだ。

 

 

 

 

―――――

 トリステイン国王が来訪し、アクイレイア中が歓迎ムードになっている最中。

 アクイレイア聖堂の正門から武装した細身の騎士がマンティコアに乗って現れる。

 

 

「何者だ。ここはアクイレイア聖堂だぞ。」

 

 

 無言で杖を抜いたことで、門番として配置されていた西方聖典隊員は「武技」を発動する。

 虚無の担い手の奪還を、トリステイン側が力づくで行使する可能性は考慮済み。

 

 

 リヒテンの考えは正しかった。ロマリア皇国でも有力なアクイレイア聖堂に正面から来たところで叩き潰せる。

 今回の奪還に来た者を返り討ちにして捕えれば、外交的に大いに優位に立てる。その考えは甘くなかった。

 

 ただ、相手が「辛すぎた」。

 

 

 

 

―――――

 同時刻。アクイレイア聖堂には、招かれざる客人が既に潜り込んでいた。

 

「…詳しいんだな、ジュリオ」

「まぁね。ルイズの救出は君に任せるよ。正直、すごく魅力的な女の子だけど…。」

「けど?」

「トリステイン王に睨まれるのは避けたい。」

「同感だ。」

 

 ザナックがルイズの夫となる人物を非常に気にしていることをロマリアは調べ上げている。

 そうでなくても、「烈風」の愛娘。手を出せば火傷では済まない。

 

 

「そろそろだな。陽動が動いた後に行くとしよう。」

「陽動については全然聞かされていないけれど。そろそろ明かしてくれてもいいんじゃないか?」

「直前まで黙っていろと言われていたけど、もういいか。」

 

 才人は勿体ぶって告げる。

 

「烈風だ。」

 

 ジュリオが数秒呆けた顔を浮かべる。

 

「…は?」

「娘さんを誘拐されたことで激怒しているから、どうしても外せないって。」

「冗談じゃない!下手すれば僕たちも巻き込まれるじゃないか!誰だ、そんな計画を立てたのは!トリステイン王妃か!」

「ザナック陛下だよ。」

 

 

 次の瞬間、荘厳な聖堂全体が揺れる。まるで途方もない「突風」が直撃したように。

 

 

「急ぐぞ、陽動に先を越されるわけにはいかない。」

 

 内心でザナックに罵倒を浴びせながら、ジュリオは走る。

 もしも、その罵倒を直接ザナックの前で口にすれば、ザナックは真顔で斬首を宣告するだろう。

 

 

 

 

―――――

 烈風が杖を構える。すでに半数以上の隊員が倒れ、残ったものも戦意喪失し、神と始祖に祈りをささげている者が大半だ。

 

 偏在を擁するからこそ、風系統が最強である、と説く教員がいるが…そもそも『見えない一撃』を放てるというのが風系統の最大の利点である。

 確かに、術者の目線と杖の先端から放たれる位置を「予測」すること自体は可能ではあり、戦意が残っている彼もまた、それを試みたのだが…。

 

 怒り狂う烈風相手に、それはあまりにも無謀な試みだった。

 リヒテンへの忠誠心溢れる、西方聖典第一席次が発動した武技。

 

 鍛錬の果てに修得したモノも想いも何もかも。烈風は一撃で吹き飛ばす。

 

 

 

 

―――――

 アクイレイア聖堂内部に潜り込んでいた才人とジュリオは、道中の護衛を排除し。ついにルイズが監禁されていた部屋にたどり着く。

 一声かけ、デルフリンガーの一撃で錠を斬る才人。

 

 

「さ、さささサイト!」

「逃げるぞ、ルイズ!」

「こ、こここの振動といい、プレッシャーといい…か、かか母様が?!」

「ああ、ザナック陛下の指示でな」

 

 身内ということもあり、独特の振動で「誰が救出に来ているのか?」という事を見抜くルイズ。

 

 

 

「陽動をしているけれど、このままだと僕たちも巻き込まれる!」

 

 ジュリオは既に逃げ腰。

 廊下にでると、窓の外から人間らしきシルエットが空高く飛ばされていくのが見えてしまい、三人の背筋が凍り付く。

 

「あ、アズーロ!」

 

 もはや悲鳴じみた声を上げるジュリオ。主君の声にこたえて忠実な風竜が駆けつけるさなか、才人はデルフリンガーで窓枠を切り裂き穴をあける。

 酷い使われ方だが、デルフも文句を言わない。この瞬間、彼らの心は一つだ。

 

 

 先にジュリオが乗り、ルイズを抱えて才人がジャンプする。

 この建物の近くにとどまるのが危険だ、と本能的に察知しているアズーロは、ジュリオに目を向ける。

 

 

「ここから離れるよ!」

 

 大きく頷き、アズーロは飛び立つが。

 時すでに遅し。

 

 

 

 

 何者かが、風竜を使って逃走を図ろうとしている。しかも、自分と同じ髪の娘を連れている。

 その様子を視認してしまった烈風は、逃走を図っている敵と判定。

 

 ザナックは別動隊を送っているという話を烈風にしていたのだが…。

 連れ去られる娘、という光景が烈風の怒りに火をつけてしまった。

 

 

 

 

―――――

 墜落する風竜から飛び降り、壁を蹴り、可能な限り衝撃を受け止める才人。

 

「…才人?」

「…大丈夫か、ルイズ?」

 

 辛そうな顔をしている才人を見つめ、ルイズは自分の思いに気づく。

 

 

 ああ。私、こいつの事好きになっちゃったんだ。と。

 

 ルイズは目をつぶって才人と口づけを交わす。才人も驚いたようだが、その流れに身を任せる。

 

 ふと、ルイズは思った。そうだ才人は今、どんな顔をしているのかしら?一応見ておかないと。

 

 そう思って目を開けたルイズの前に、素敵な光景が広がる。

 

 

 見覚えのある制服に身を包み、見覚えのあるマンティコアに乗った母の姿を。

 

 思わずルイズは才人突き飛ばす。好きという感情より、生存本能と保身が上回ったからだ。

 

「な、なにをするんだ…よ…。」

 

 才人は後ろから嫌な気配を察知し、そっと振り返って蒼白になる。

 

 

「どうやら、まだ残党が潜んでいたみたいですね。」

 

 

 才人とルイズはそろって首を横に振りつつ、周りに視線を送る。

 アズーロにまたがって逃げていく金髪の少年が見える。

 

 そんなジュリオに対して内心、薄情者!と吐き捨てる才人。

 どうにかして「説得」しなければならない。そうだ、事情を話そう!

 

 

 

「聞いて下さい!俺たちは別動隊です!無事に救出しました!」

「いいえ。まだ無事ではありません。ルイズ、その男は?」

「か、母様!才人は私の使い魔で、助けてくれて」

 

 烈風が杖を構えたため、才人は説得をあきらめ、ルイズを抱えて走り始める。

 絶対に捕まってはいけない鬼ごっこの始まりである。

 

 

 

 

―――――

 断続的に響きわたる轟音と吹き荒れる暴風。

 アクイレイアの市長、レッツォニコ卿は一刻も早くこの厄災が終わることを神と始祖に祈る。

 

 その祈りが通じたか、はたまた才人が覚悟を決めてデルフリンガーを構え、烈風と対峙して「覚悟」を見せたからか不明だが…。

 厄災は唐突に終わった。

 

 

 その様子を別の場所から眺めていた教皇は、傍らに立つ小太りの男を見つめる。

 

 

「終わりましたな。」

「…これが貴方の策ですか、トリステイン王、ザナック。」

「娘を誘拐されたのであれば、取り戻したいのが親というもの。違いますかな?」

 

 やや声が震えているのは、ザナックに対する怒りか、それともこの厄災を単騎でやってのけた『烈風』への畏怖か、教皇自身もちょっとわからない。

 

 

「アクイレイア聖堂への罰は下した。あとは貴国の問題。大隆起への対処、喜んで協力させていただく。それでは。」

 

 去っていくザナックを、見送ることしか教皇にはできなかった…。

 

「…一連の責任は、リヒテンに取らせるとしましょう。」

 

 

 ヘロヘロになりながら、自分のもとに駆け付けた使い魔の姿が見えたため、教皇は歩き出す。




 余談ですが、もしもジョゼフとラナーがチェスをすればジョゼフが勝ちます。
 同じような明晰な頭脳をもつ弟と何度もチェスを打っていた対人経験がジョゼフにはあっても、ラナーには無いからです。
 まぁ、お互いその点にはすぐに気づいてジョゼフは「遊び相手になれるように成長を促し」、ラナーは「遊び相手が務まるように成長」することで互角になるでしょう。


 拙作におけるチェスの腕ランキングは
 ジョゼフ=シャルル>対人経験の差>ラナー>怪物と人間の境界>リリーシャ=サルバトール>ザナック=カースレーゼ=ウェールズ>イザベラ=アンリエッタ=アーナルダ>ゲーレン>魔法学院の生徒>凡人の壁>ディミ>教育の壁>才人
という感じです。

 このランキングにおけるアインズ様の位置?あえて明言はしないでおきます。


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最後の使い魔、リーヴスラシルの覚醒

 

 アクイレイア聖堂の長、リヒテンが拘束。同時に教皇から直々に破門を言い渡されて騒然とする中。

 聖エイジス32世は体調が回復したジュリオを連れ、改めてザナックとティファニア、ルイズと才人と向き合う。

 

 その指には、紆余曲折あって手元に戻った火のルビーが嵌められている。

 

 

「そちらが、アルビオンの担い手ですか…。」

「粛清と内乱を避けて隠れ住んでいたところを、我が妹が連れ出しました。」

「…4つの指輪、4つの秘宝、4人の担い手と4つの使い魔…。ウェストウッド嬢が「使い魔」を召喚すれば揃います。」

 

 教皇の言葉と事前の「説得」もあり、ティファニアは呪文を唱える。

 発動したゲートが開いたのは。

 

 

「…これ、は。」

 

 ザナックの目の前に、召喚のゲートが開く。

 

「ザナック陛下。潜ってください。」

 

 教皇の言葉に、ルイズは声を上げる。

 

「恐れながら、王を使い魔にするなんて聞いたことがありません!陛下、お下がりください!」

「使い魔の契約は神聖な物です。ミス・ヴァリエール」

「恐れながら、ミョズニトニルンはあらゆる魔道具を、ヴィンダールヴはあらゆる獣を、ガンダールヴはあらゆる武器を操ります。ですが、最後の使い魔は『名を記すことすら憚れる』と。あまりにも危険です!」

 

 

 

「潜らなければならない、か。」

「ザナック陛下!」

 

 必死に止めようとするルイズを、目線で制するザナック。

 

 ザナックは別にティファニアと契約にかこつけてキスをしたいわけではない。

 トリステイン王が、神聖な使い魔契約の儀式を拒めば侮られる。

 

 一瞬の口づけと、胸に走る痛み。顔をしかめるだけで耐えきるザナックは、文字を読む。

 

 

「リーヴスラシル…これはいったい何を操れる?」

『…思い出しちまった…虚無の担い手の魔力を、命を削って増幅させる役割だ。』

「何?」

 

 才人が持っているデルフリンガーの言葉に、ザナックは驚く。

 

 

『…虚無の究極魔法が『ライフ』。担い手が魔法を唱え終われば、リーヴスラシルは…。』

「死ぬ、という事か。」

 

 

 ザナックは教皇に目を向けるが、涼しげな顔をしている。

 知っていて契約を進めた事で、ザナックはロマリア、ひいては教皇に対する評価を大幅に下方修正する。

 

 

 

 数秒、目を閉じた後、ザナックは歩き出す。

 

「陛下、どこに?!」

「助からないのだとしても、それまでの間に出来る事がある。」

 

 

 覚悟と決意を秘めた眼で射すくめられ、ルイズと才人は深々と頭を下げる。

 

 そんな中。ティファニアはその場に崩れ落ちる。

 自分に対して『望まれて生を受けた。』と言ってくれた優しい人が死んでしまう。

 

 自分が使い魔のゲートを開いてしまったから。

 

 

 

 

―――――

 トリステイン王国の首都、トリスタニアの王城にて。

 ロマリアにあるトリステイン大使から送られた知らせは、上層部を騒然とさせる。

 

 

「…ザナック陛下を使い魔にした?!リーヴスラシルとはなんだ!」

「はい。虚無魔法の深奥は…リーヴスラシルの『命』をすべて使って放つ魔法。故に…ザナック陛下は助からない、と」

 

 

 数秒沈黙するリリーシャは、呆然としている閣僚全員に指示を下す。

 

 

「各員、職務を全うしつつ、手の空いた時間を使って第一に使い魔契約の破棄に関する手段の模索。第二に命をつなぎとめる秘宝か秘薬の捜索を開始しなさい。」

「アンドバリの指輪、ですか?」

「あれは偽りの命。水の精霊であれば、何か知っている可能性がある。モンモランシ伯に通達を。私はロマリアに行きます!」

「ロマリア?!なぜですか!」

「私も職務を全うします。王妃としての職務を」

 

 

 王妃の仕事というのは、国王の跡継ぎを産む事。

 

 

「子供が成長するまで私が代行を務め、息子が15歳になった時に立太子。娘しか生まれなければ、15歳の時に王配を取らせます。」

「恐れながら、王妃様といえど独断でその決定は」

「他に手があるなら教えていただきたい、マザリーニ枢機卿。」

 

 

 王妃から見据えられたマザリーニ枢機卿は項垂れる。確かに、他に手はない。ザナック以外でトリステインの王位継承権を持つのはヴァリエール公爵家ぐらいだ。

 それ以外だと傍流も傍流な家系しかない。だからこそ、玉座が空白という事態に陥ったわけだが。

 

 

 ザナック王子が、トリステイン王家に産まれてくれた事をマザリーニが神と始祖に感謝したことは一度や二度では無い。

 

 ザナック王子が錯乱していた幼少期。それに対し、マリアンヌ太后に恐れ多くも暴言を吐いた宮廷の雀は一人や二人ではない。まぁ、彼らは人知れずヴァルハラへ送り込んだが…。

 玉座に国王が不在、という状況で官僚が自分の権限で出来ることをそれぞれやっていたような有様のトリステインをまとめ上げ、混乱を抑えた。

 

 王妃の出立を見送った後、マザリーニは祈りをささげる。

 

「神よ、始祖ブリミルよ。願わくは、陛下を御身のもとに召されるのを今一度、今一度、お待ちください…」

 

 祈りをささげた後、即座にマザリーニは行動を始める。

 まだ、ザナック陛下を死なせるわけにはいかない。

 

 

 

 

―――――

 王妃がロマリアへ出立するべく、その場を足早に去った後…トリステイン王国の上層部は速やかに行動に移る。

 

 

「探すべき道はなんだ?」

「まずは、使い魔の契約破棄だ。」

「だが、リーヴスラシルはどうする?死ぬのだろう?」

「それこそ、ロマリアの坊主にやらせればいい。始祖の使い魔になれる栄誉だ、喜んでなってもらおうではないか。」

 

 

「ウィンプフェン、私は以前こう聞いたことがある。使い魔が使い魔で無くなる瞬間は二つある。使い魔の死と、死に瀕した時だと。」

「であれば、陛下を…。」

「だが、問題はリーヴスラシルの能力だ。命を使い果たして発動する以上、死に瀕したとしても…。」

「消えない可能性がある、ということか。道理で、名を記すことすら憚れる訳だ。」

 

 

「ルーンを著しく傷つけるのはどうだ?」

「この方法が一番現実的だとはいえ、何らかの方法で契約を消せばトリステインは侮られるだろう。命惜しさに他人に犠牲を強要した、と。」

「それの何が悪い!国王を使い魔にするなど、どうかしているだろう!」

「王妃様の子供が成長するまでの間、耐えればいい。ゲルマニアとは軍事同盟、ガリアとは不可侵条約。アルビオンには総督がいる。当面は安泰だ。」

「ザナック陛下が亡くなれば、態度を豹変させるぞ、ゲルマニアは。第一皇子は現王妃様に執着している。」

 

 

 

 いくつかの手段が模索される中…。モンモランシ家の当主が動く。

 

 

 

―――――

 王宮からの書状を受け、家宝をもってモンモランシ伯は参内する。

 正直、持ち出すのは気が引けたがやむを得ない。

 

 

「それが?」

「その前に、人払いを頼みたい。何せ、モノがモノだ。」

 

 ディテクト・マジックにサイレンスがかけられ、モンモランシ伯は小箱を開く。

 

 

「遺体の損耗状態が軽く、死後直後であれば蘇生させる事ができる杖。今回の条件に合う。」

「待たれよ、何故それを隠していた。」

「ウィンプフェン伯。死者を蘇らせる短杖の存在が明らかになれば、どうなりますかな?」

「…軽率だった。」

 

 

 それをめぐって、文字通り血が流れることはこの場の誰もが容易に想像できた。

 

 

 

「600年前、当家の領内にて発見された遺跡に収められていた物だ。…当時、賊に襲われて心臓を貫かれて死んだわが子を蘇らせた。」

「確かなのか?!」

「蘇生された子供の子孫が、妻の先祖だ。」

 

 

「それで、その遺跡とは一体なんなのだ?始祖に纏わる物か?!」

「それが全く分からぬ。何者かの拠点と思われるが…。」

 

 

 話がそれそうになった為、ネルガル教導官は流れを打ち切る。

 

「中々興味深い話ではあるが、今は陛下を助ける事こそ最優先。」

「だが、その杖の出どころを調べるべきでは無いか?」

「であれば、うってつけの魔法がある。」

 

 

 ロマリアの在トリステイン大使から送られた書状にあった、新たな虚無魔法「レコード」。

 

「これをもって、私もロマリアへ向かうとしよう。」

 

 

 

 

 

―――――

 かつて魔導国相手に、王家の人間として「死ぬ覚悟」を決めて行動したザナックに恐れは無い。

 死ぬにしても、次代にはより良い形でトリステインは残るはず。滅国への道を歩んでしまったリ・エスティーゼ王国の時と状況は大きく異なる。

 

 自身が手掛けた街道整備事業の残りを完了させるための方策、今後の対ゲルマニアを意識した政策方針。

 自分が死んでも、トリステインを残すために一つでも方針を固めようと精力的に執筆していると。

 

 

 

 そう思っていると。無表情で嫁が入ってきてディテクト・マジックを唱え、続いて扉にロックをかけた後、服を脱ぎ始める。

 

 

「リリーシャ?」

「ザナック。私は、王妃としての責務を果たす。」

 

 ベッドの傍に置かれる2つ小瓶。

 

「それは?」

「精力増幅剤。」

 

 

 左手を腰に当て、ザナックに向かって斜め45度で立ち、小瓶を持つ右手の小指を伸ばすリリーシャ。

 アルビオンの貴族令嬢たるもの、この手の秘薬を飲むときはこのポーズをとるべし、と彼女は母親から教わっている。

 

「これを飲むのか…。」

 

 

 小瓶を開けると、意外なことに香りがしない。この手のモノは激臭に加えて苦いと思い込んでいたザナックだったが。

 味は、まるで水のように無味だった。

 

 6000年近く、王族や貴族に捧げるために試行錯誤を繰り返してきたハルケギニア世界のポーション。

 無味無臭なのは、ワインや水に混ぜる為でもある。ちなみに、この小瓶一本で

 

 飲み干してしゃっくりを一つすると、目がトロンとする。

 

 

 心が塗りつぶされていく…感情が、抑えきれない。

 その衝動の赴くままに、二人は寝台に倒れこむ…。

 

 

 

 

―――――

 ザナックがリーヴスラシルになってから数日後。

 何かできることはないか?と気をもんでいるルイズのもとを訪れる者がいた。

 

「初めまして。私はネルガル・ド・ロレーヌ。息子のヴィリエとは同級生とか。早速だが…この杖の由来を調べたい。貴女の虚無魔法、レコードで。」

「それは?」

「モンモランシ家に伝わるという、死者を蘇らせる杖だ。」

 

 眉唾物の話だが、あけられた小箱に収められている美しい杖から漂う気配は、尋常な物ではない。

 

 

「彼の祖先は、この杖で蘇ったという。だが、この杖に関する情報が欠落している…。個人的にはこれが異端の品だろうと、陛下が助かるのであれば構わない。」

「わかりました。ロレーヌ伯。」

 

 

 ルイズはルーンを唱える。

 蘇生の短杖に込められた「記憶」が紐解かれていく…。

 

 

 

―――――

 見たことのない場所。ここも、おそらく東方だろう。ルイズはそう予測する。

 複数の甲冑を纏った人間がいる。彼らは、何者だろうか?

 

「リアルが厳しくなってきた…。そろそろ、潮時だ。」

「そうなると、無課金同盟も…残るは俺一人か」

 

 

 ムカキン、とは何だろうか?

 ルイズが考える間にも、話が続く。

 

「だからこそ、最後に攻略したいところがある。」

「どこだ?」

「ナザリック地下大墳墓。」

「無理じゃないか?ギルド:アインズ・ウール・ゴウンが制圧してから誰も攻略していないだろう?」

「だとしても、だ。良い思い出になる。ああ、ここの物で使えそうなのは全部譲る。」

「…わかった。大切に使わせてもらう。」

 

 

 記録はそこで途絶えた。

 

 

 

 

「…わかりました。」

「それで、どうだった?始祖ブリミルの遺産か?」

「いいえ……。このことも踏まえて、両陛下にお伝えしていいのでしょうか?」

「勿論。陛下のお命がかかっている。お伝えするべきだ。」

 

 

 

 

―――――

 数年先まで見据えた施策をザナックが書類にまとめていると、報告があるというので一時作業を中断。

 ザナックは話を聞くことにした。

 

 

「…なるほど。それが、蘇生の杖か?」

「はい。ムカキン同盟、の一人が作り上げた品物です。」

「ムカキン?」

 

 聞きなれない言葉に、ザナックが考えていると。ネルガル教導官が口を開く。

 

 

「その杖を制作した人物は、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンが制圧した、ナザリック地下大墳墓の攻略を考えていたそうです。」

「「はぁっ?!」」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまうザナックとリリーシャ。

 

 

「へ、陛下!ご存じなのですか!」

「い、いや…。聞きなれない名前だったから驚いただけだ。なるほど、私の命が助かる可能性があるようだが、それでも…始祖の身元に旅立った時に備えて準備を進める。二人とも下がれ。」

 

 

 

―――――

 もたらされた衝撃的な情報。

 二人が下がった後、即座に作業を再開するつもりだったが、そんな心境にはなれない。

 

 

「魔導王アインズ・ウール・ゴウンと、ギルド:アインズ・ウール・ゴウン…。偶然、ではないわね?」

「偶然のわけがない。ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの構成員が魔導王を名乗る際…本名ではなくギルド名を名乗った。というのが真相だろう。」

「そうした理由は、ギルド名の名前を広めるため。つまり、18万人も虐殺したり、王都を瓦礫の山に変えたのは。」

「ギルド名を広め、所属構成員と再会することだろうな…。悪名は無名に勝る。」

 

 パズルのピースがある程度揃ったことで、遠い世界で生まれ育った二人は真実に到達する。と同時に、嘆息する。

 

 

「もっと穏便に済ませる方法を思いつかなかったのかしら?」

「なんでも、後ろ髪が無い幸運の女神が居るらしい。『目の前に簡単に幸せを手にする手段があるなら、それに飛びついた方がよい』と言っていたな。」

「変わった女神ね。ただ…。そんな組織と敵対していた同盟の一人が作り上げた品物ならば。」

「助かる公算はある。とはいえ、その後に杖を巡っての争いは避けられないだろうから…」

 

 ザナックは薄く笑う。

 

「ロマリアへ寄進するか。大隆起を解決した後に。」

「大隆起でかろうじてまとまり、解決してまとまりがばらけた直後にそんな物が寄進されれば、ロマリア全土が大荒れするでしょうね。」




 教皇は、リーヴスラシルになって死ぬとわかっていても使い魔契約を止めさせない気がします。
 

 次回は、タバサの外伝です。立ちはだかるのはエルフのビダーシャル。
 原作ではシルフィードが挑むも負けてしまいましたが、拙作の使い魔はヘジンマール君。


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外伝:タバサとヘジンマールとビダーシャル

ビダーシャルがオバロ現地に行った場合、どれぐらいの強者として認識されるのでしょうか?
…エルフの「カウンター」が位階魔法をどこまで跳ね返せるか、という事でも変わってくると思いますが。


 蛮人が軍事活動を進めている事を察知したエルフ達は、行動を開始する。

 

 

『蛮人の国で一番大きな国、ガリア王国。国王の縁者を捕えれば交渉することも可能なはず。』

 

 評議会(カウンシル)からの命令を受け、ビダーシャルが交渉役として選ばれた。

 上からの命令である以上、ビダーシャルも断れない。

 

 

 伝手を使い、ガリア王国へ潜入。ガリア王族特有の「蒼い髪」の人物を捕えるべく、ビダーシャルは行動を開始する。

 

 

 

 

―――――

 タバサは、杖を握りしめながら唇を噛みしめていた。

 望まぬ任務で、クラスメイトを襲撃して失敗。身柄を拘束されたものの解放され、実家に帰ったら…。

 

 

 忠実な老執事ペルスランが言うところによれば、エルフが待ち受けているというのだ。始祖ブリミルはどこまで自分に試練を下すのか。

 危険だ、というヘジンマールを制し、タバサは向かう。

 勝てるとか勝てないとか、そういう問題ではない。もう、戦うしかない。

 

 

 慣れ親しんだ屋敷だが…。この先に行くな、と生存本能が警告を発する。

 大広間に、それは待ち構えていた。

 

 

 

「我はネフテス老評議会議員のビダーシャル。」

「母は、無事?」

「危害は加えておらぬ。娘よ。降伏して欲しい。我の目的は、この国の王と交渉する事。」

「私は、人質ということ?」

「逃げるのであれば追わぬ。母親の方を捕らえるだけだ。」

 

 

 その言葉でタバサは杖を構える。

 交渉決裂、となってもビダーシャルは動かない。この期に及んで、敵としてすら認識されていない事にタバサの怒りが膨れ上がる。

 

 

 今まで戦ってきた、どの敵よりも強い。

 この一撃にかける。そう思い、渾身の精神点を込めた「エア・ストーム」は。

 

 

 そのままタバサに跳ね返ってきた。

 

 

 

 

―――――

 この娘はガリア王族の一人。これで、交渉の札が手に入った。

 そう思ったビダーシャルは、屋敷の外に出ると…何かが向かってくる事に気づく。

 

 かなり大きい使い魔、ドラゴンだろう。そう思っていたビダーシャルだったが。

 

 

「引け、竜よ。大いなる意思は我とお前が戦う事を望ん…で…」

 

 ピダーシャルは、絶句する。

 

 

 …どら…ごん?

 その外見はドラゴンといえなくもないが。

 

 

「…韻竜、か?」

 

 

 エルフが問いかけて来たことで、ヘジンマールはその鋭敏な頭脳を巡らす。

 相手のエルフは困惑している。ならば、ここは…。

 

 

「私は、アゼルリシア山脈に住むフロスト・ドラゴン・ロード、オラサーダルク=ヘイリリアルが長男、ヘジンマールである!」

 

 

 父が良く取っていたポーズを真似て、ヘジンマールは威嚇する。

 ピダーシャルの表情がこわばる。

 

 

 アゼルリシア山脈?!フロスト・ドラゴン・ロード?!

 ピダーシャルであっても情報量が多くて脳が処理しきれないところに。

 

 ヘジンマールは、ドラゴンブレスを叩きつける!

 

 

 あらかじめ発動していた「反射」のおかげで、無事だが…。ピダーシャルは戦慄する。

 

 ドラゴン・ロードの長男、と言っていた。つまり、家族がいるという事を示している。

 もはや絶滅寸前の韻竜でありながら…家族で暮らしている?!

 

 

 評議員として聡明なビダーシャルはヘジンマールが『嘘をついていない事』に加えて、『誰か』を『模倣』している事まで看破した。だから、気づいた。気づいてしまった。

 

 

 オラサーダルク=ヘイリリアルなる『未知』の韻竜王は、実在する事を。

 息子に対してどう思っているのかは不明だが、危害を加えれば自分たちに対して良い感情を持たないであろう事も瞬時に理解する。。

 

 

 この韻竜単体であれば…勝てる。だが、長男ということはほかに子供がいるはず。

 未知の韻竜の一族と事を構える?敵対して勝てればよいが…例え勝てても受ける損害が計り知れない。

 

 

「韻竜よ!お前と争う意思はない!大いなる意思は我々の争いを望んでいない!」

「彼女を置いていくなら、父上には何も言わない。」

 

 ヘジンマールの眼をビダーシャルは見つめる。嘘は、ついていない。

 ガリア王との交渉が決裂し、その上オラサーダルクなる韻竜王の一族との交戦という可能性がよぎり、ビダーシャルは決断を下す。

 

 

「…よかろう。この娘は連れて行かぬ。我も、この国を去る。」

 

 

 未知の存在、ということでビダーシャルは撤退を選択する。

 ヘジンマールのすべてがブラフだと気づかずに。

 

 

―――――

 …引いてくれた、か。

 ヘジンマールはホッとする。

 

 

 

 まさか、自分のドラゴン・ブレスが自分に返ってくるとは思わなかった。

 冷気に対する耐性があるから無事だったが…。

 

 

 なるほど、タバサが自分を制したのも分かる。

 

 

 全てはブラフでしかない。あのエルフが、自分の言葉を嘘と決めつけたり、思慮深い性格でなければ自分は死んでいただろう。

 だが。

 

 

 使い魔は、主人と視界を共有できる。

 それにより、ヘジンマールは相手のエルフが非常に理知的、理性的な性格であることを知った。

 

 

 ヘジンマールは、自分がフロスト・ドラゴンに生まれた事に感謝しながら…タバサを連れてトリステイン魔法学園に戻る。

 この屋敷より、あそこの寮のほうが安全だ。

 

 




先住魔法を使えるというのがシルフィードの強みですが、ハルケギニアでは「未知の韻竜」という錯覚資産を持っている事がヘジンマールの最大の強みだと思います。
…逆にシルフィードがオバロ現地に行った場合、長生きは難しそうですね。

Q:ビダーシャルとオラサーダルクが戦ったらどうなりますか?
A:オラサーダルクが勝ちます。

Q:オラサーダルクと鉄血団結党全員が戦ったらどうなりますか?
A:鉄血団結党が「火石」を使い、その爆発に巻き込まれたらオラサーダルクも死にます。


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大遠征準備

 サハラを超え、エルフと戦いながら『大いなる意思』…巨大な精霊石の塊を破壊する。

 そのための準備が急ピッチで進められる中。

 

 

「ザナック陛下。王妃様が身籠られました。」

「俺に似なければいいがな。」

 

 そう口で言いつつも、ザナックは口元に笑みを浮かべる。

 心残りは…普通にある。何かしらの経緯でティファニア出生の真相が明らかになれば、アルビオン王家の威信は失墜。

 『アルビオン王国を導く』とのたまってロマリアが介入する騒動になりかねない。

 

 

「一度、トリステインに帰国させろ。後は母上と女官がやってくれる。」

 

 優秀な王であっても、出産となれば話は別だ。

 

 

―――――

 エルフの首都、アディール。同心円がいくつも重なったような人口島。

 そこにネフテスの評議会本部、カスバと呼ばれるエルフの中枢機関が存在する。

 

 

「蛮人共が攻めてくるという。これをどう迎えうつかだが。」

「ビダーシャル議員!何故蛮人の王との交渉を打ち切った!」

 

 人間を蛮人として見下すエルフだが…蛮人と同じように派閥争いはある。

 

「…想定外の事が起きたからです。」

「アディール中の書物を調べたが、何処にも『アゼルリシア山脈』、『フロスト・ドラゴン』、『オラサーダルク=ヘイリリアル』の記述は無かった!その使い魔がでたらめを言っていたのではないか?」

「…彼が嘘をついているとは思えません。それらは実在する地名であり、実在する韻竜かと。」

 

 

 糾弾していた老エルフは席に座りなおすと、近くのエルフに目を向ける。

 

 

「どう思われる?エルフ本国艦隊司令、アムラン上将」

「蛮人共に血を流させ、『教育』してやればよろしい。」

 

 酷薄な笑みを浮かべ、アムランは笑う。

 

「我々は攻め込む必要はない。ただ、守っているだけで蛮人は壊滅する。大いなる意思がもたらす大隆起によって。」

「いかにも。まぁ、これで蛮人との争いに終止符が打てる。長かったが、な。」

 

 

 

 

 

―――――

 アーハンブラ城。

 今までの『聖戦』で編成された『聖地奪還軍』の情報をあらかた調べ終わったザナックは、階下に降りる。

 

 

「うん?どうした、ザナック。」

「ジョゼフ王、聖地奪還軍が度々敗れているのは、制空権を取られていることに起因する。」

「うむ。何せ奴らのフネは数十頭の風竜が牽引しており、機動力では我々のフネをはるかに凌駕する。我々のフネは風任せにもかかわらず、な。」

「我々の目的は一つ。大いなる意思という精霊石の塊を破壊する事。つまり、聖地。だが、それはエルフ側も見抜いているはず。」

「つまり、われわれの目的が別、と思わせればいい。サハラに向かい、そこで『風石』を採掘すれば我々の目的が資源であると錯覚させられる。」

 

 言おうとしたことを先に言われてしまったが、手間が省けたとザナックは思い直す。

 

 

「問題は。戦略物資を得られるものの、エルフが出張ってくるとわかっていてこの囮を引き受ける軍だが」

「いるではないか、野蛮人が。」

 

 

 名指しはしていないが、ゲルマニアの事とわかる発言。

 

 

「エルフ側でも聖地に手勢は配置しているだろうが…。虚無の担い手と使い魔、烈風と西方聖典隊員で突破する。」

「ふむ、うむ…まぁ、それが無難か。」

 

 エルフは技術力でハルケギニア諸国を圧倒しているため、ハルケギニア側が打てる手はどうしても限られてしまう。

 ジョゼフの智謀をもってしても、エルフ相手に勝つのは難しい。

 

 

 とはいえ、「打てる手がある」だけマシである事をザナックは知っている。

 手の打ちようがない相手を、ザナックは知っているのだから。

 

 

「まぁ、もう一手打つとしよう。東方諸国を動かしてそちらにも目を向けさせる。」

 

 大国ガリアは、少ないとはいえ東方との交易もある。その交易ルートを通じてジョゼフは東方諸国を動かす。

 

 

 

 

―――――

 蛮人達がサハラで風石の採掘事業を始め、東方諸国が兵士の動員をかけた事で評議会が紛糾する中。

 

 自由都市エウメネスに、才人とルイズは訪れていた。

 

 

「エルフと人間が…交易している?」

「エルフの流刑地で、生き残るために人間と交流するようになったそうだけど。」

 

 ブリミル教徒であるルイズにとって、ロマリアに連れてこられてからは常識は覆されてばかりだった。

 婚約者だったワルドの真意、神聖と思っていた使い魔契約の儀式で、自国の王が使い魔になった事。

 死を突き付けられても、泰然としている豪胆な王としての姿。

 

 自分ならどうだろうか?死を突き付けられて、あのようにふるまえるだろうか?

 

「あれ、これなんだろう?」

 

 才人は、露天で潰れたアンモナイトを連想させる形の果物を買う。

 

「初めて見るわ…。」

「食べてみないか?」

「え、ええ!」

 

 二人は近くのベンチに腰掛けて、見慣れぬ異郷の果物をおっかなびっくり味わうのであった…。

 

 

 

―――――

 デートしている二人を窓から見ていたゲルマニア帝国皇女、アーナルダは窓を閉めて閣僚を見渡す。

 皇女に恋愛結婚など縁遠い話だ。今まで彼女に持ち込まれた縁談のお相手は、彼女とは10歳離れている。

 

 

「全員揃いました。」

「よし、始めましょう。」

「艦隊は、今まで通り保全主義を執られると?」

「機動力で及ばない以上、風上を常に抑えることを徹底させる。」

 

 

 大国とはいえ、その軍事費を陸軍につぎ込んでいるゲルマニア帝国。創設時から空軍は「艦隊保全主義」を旨としている。

 

「エルフの空軍相手では、それしかないかと。」

「あとは、虚無の担い手がやってくれるだろう。我々は陽動作戦に努めるだけだ。」

 

「恐れながら、懸念事項が一つ。」

「一つだけか?」

「はっ。なんでも…ザナック王が亡くなるかもしれないという噂があり、ゲーレン殿下の周りが動いています。」

「この期に及んで…。彼を失った後でもその遺風はトリステインを三十年は守り続けるだろう。次代の王がよほど愚か者ではない限り。」

「いかがいたしましょう?敗北すればしばらくおとなしくはなるかと。」

「政治的には大敗を喫することになる。父上にも働きかけて阻止させておかねば…。」

 

 

 

 道理で、エルフ相手に何度も『聖戦』で敗れるわけだ、とアーナルダは理解する。

 技術力で劣り、結束も乱れる。これで勝てれば奇跡でしかない。

 

 

 

―――――

 王都ロンディニウム。王城、ハヴィランド宮殿。

 

「大隆起の名残が、アルビオン大陸とはな。」

 

 知らされた内容は、ウェールズをして少なからず驚きをもたらしていた。

 

 

「エルフが攻めてこないのも、道理ですわ。」

「各国空軍の総力を結集して、エルフの空軍と対峙…。主力が、ガリアの両用艦隊か。」

 

 空の戦いでありながら、もはやアルビオンではなくガリアが主力という事実はウェールズにとって愉快な話ではない。

 それでも、一国の王としてアルビオン王国の存在感を各国に示さねばならない。

 

 

「竜騎士を送りこむとしよう」

 

 

 再編成中とはいえ、生き残ったベテランが鍛えている竜騎士の練度は上がっている。

 実戦投入の相手がエルフ、というのは厳しいとは思うが。それでも、アルビオン王としてウェールズは決断する。

 



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大遠征 前編

コルベール「慣れるな、人の『死』に慣れるな。それを当たり前だと思うな。思った瞬間、何かが壊れる。」

ゼロ魔屈指の名言であり、アインズ様に必要な言葉だと思っています。
…アインズ様の『何か』は母親の死と同時に壊れている気がしますが。


 ジョゼフ王が焚きつけた東方諸国の軍事動員、それと前後してゲルマニア軍によるサハラでの風石の採掘開始。

 二方面作戦を強要されたエルフ側は多正面戦争を抱え込む事となる。

 

 

 秘密裏に『聖地』へ赴くメンバーは、ルイズと才人、ジョゼフとシェフィールド、ヴィットーリオとジュリオ、ザナックとティファニア。

 護衛として、西方聖典隊員が同行する。

 

 

 

「まぁ、それでも技術力で勝るエルフのほうが優勢なのだがな。」

 

 様々な策略を張り巡らせたジョゼフとて、エルフ相手に勝利を得るのは容易いことではない。

 

 

「そうか?聖地へ潜入し、大いなる意志を破壊出来ればこちらの勝利だ。勝ち筋があるだけ、今までの大遠征より遥かにマシだろう?」

「ふむ、それもそうか」

 

 はて。トリステイン王は「勝ち筋が無い戦い」をしていたか?とジョゼフはふと考える。

 アルビオン戦役において、トリステイン側にも勝ち目は多少あった。

 だが、考えても仕方ないと切り替え、ジョゼフは眼下の光景を見つめる。

 

 

 ゲルマニアと砂漠の間にある「未開の地」。

 トロル鬼やオーク鬼、翼人が住む広大な手付かずの自然が残る上空を風竜に乗りながら、ザナック達は進む。

 

 ちなみに、乗っている風竜は「未開の地」をテリトリーとしている風竜の大家族であり、ヴィンダールヴであるジュリオが従わせている。

 

 ここを突破し、海に沈んでいる「聖地」へ入り込むというのが計画だ。

 

 

「ジョゼフ様。エルフの巡視船を発見しました。一隻です。」

「一隻か。」

 

 

 ザナックは空を見上げる。

 タルブ戦役において、アルビオンの火竜騎士隊を壊滅させたアーベラージのゴーレム。それは雲の中を進んでいるはずだ。

 

 同様に雲の中を進んでいる才人も、巡視船の存在に気付き、打ち合わせ通りに行動を開始する。

 

 

 

―――――

 同時刻。エルフの巡視船にて。

 

 

「二方面で戦争だというのに、俺たちはここで巡回任務か。」

「一番退屈な任務だな。」

 

「一番重要な任務だ。蛮人どもは、間もなく大隆起で壊滅する。蛮人が生き残るためには、大いなる意思を破壊するしかない。連中が少数で通過できるルートの一つがここだ。」

「考えすぎでは?蛮人どもに何ができるというのです?」

 

 巡視船の艦長は新米の発言に呆れる。

 二方面に敵を抱えたことで、人員不足に陥ったため、重要度の低い地域の哨戒任務は練度の低い新米が補充された。

 

 

「ん?風竜が一家で移動…?妙だな。あんな動きは今までしてこなかったはずだが…。」

 

 エルフの空軍艦隊に所属する老練な艦長はその動きの奇妙さに気づいた。

 蛮人だろうと警戒するべき、と部下に通達していた彼でさえ、深層心理ではこう思っていた。

 

『蛮人共に、自分が知覚できない高度を飛行するゴーレムが作れるはずがない』と。

 その常識は正しかった。少なくとも。

 

 アーベラージのゴーレムが、太陽を背に奇襲を仕掛けてくる瞬間までは。

 

 

 

―――――

「え、エルフのフネが…。」

 

 真っ二つになったフネからバラバラと落ちていく小さな影。その正体が何なのかわからないルイズではない。

 エルフの恐ろしさはよく知っている。敬虔なブリミル教徒であれば、その死を喜ぶべきなのだろうが、非現実的な光景に思わず呆然としてしまう。

 

 

「巡視船を落とした以上、連絡が無いことにエルフ側が気づくかと。」

「その通りです、ジュリオ。急ぎましょう。」

 

 一方、ロマリア出身の二人は全くぶれる事無く旅路を急ぐ。

 

 後に残されたのは、墜落したもののかろうじて一命をとりとめたが、トロル鬼に襲われて最期を遂げるエルフ達だけだった。

 

 

 

 

 

 

―――――

 同時刻。

 サハラに進出してきた蛮人を撃滅すべく、出撃してきたエルフの本国艦隊司令官であるアムラン上将は蛮人の艦隊をみていぶかしむ。

 

「中央の艦隊はなんだ?」

「ガリアの空軍、両用艦隊という物です。海でも空でも運用できるとか。」

「蛮人にしては面白い発想だな。何隻か接収するとしよう。」

 

 

 

 

 

 同時刻。

 連合軍の空軍艦隊の中央を占める、ガリア王国両用艦隊の艦隊総司令、クラヴィルは悪寒を感じて身震いする。

「どうなされましたか?」

「いや、何でもない…。エルフと戦う事になるとは。」

「陛下から、事前に策は授かっているのでは?」

「ああ、トリステイン両陛下と協議したという策を授かってはいるが…。」

 

 

 クラヴィルは空を見上げる。

 

「…これを、「策」と言っていいのだろうか?」

 

 思わず具申してしまったが、「では代案を述べられよ」と告げたトリステイン王に対し、代案を彼は持ち合わせていなかった。

 ひたすらジョゼフの命令に忠実に従った結果、今の地位を得た。今回もそのつもりだ。

 

 空の覇者であるアルビオン空軍がレコン・キスタの動乱で壊滅した今、ハルケギニア最大の空軍になった責任は大きい。

 

 

 

―――――

「各艦、攻撃開始!」

 

 アムラン上将にとって、これは戦いではなく演習。

 エルフと蛮人にはそれだけ技術力に差がある。

 

 ゆえに、今回も楽に勝てるはず。

 

 

 

 トリステイン、ゲルマニア、ガリア、ロマリア、アルビオン。ハルケギニア諸国のフネが結集した陣営。

 技術力で及ばず連携不足だが、エルフの空軍に対し、数では大きく勝っている。

 

 

 早々に撃墜数が目立ち、慌ててゲルマニア艦隊は退却を開始。空白地帯が出来てしまったために、予定よりも早めに撤退を開始するトリステイン艦隊。

 ロマリア艦隊は一歩も引かず、撃墜されそうになったら体当たりしてでも落とそうとして躱される中。

 

 

 中央を占めるガリアの両用艦隊も、徐々に撤退を開始する。

 

 

「各艦、追撃を開始。他愛もない。このままアーハンブラ城まで進撃してもいいな。」

 

 

 技術力で勝るが故の驕り。

 彼らは、そうやって今まで勝てた、勝ててしまっていた。彼の認識が甘かったわけではない。

 

 

 

 ザナックが、辛すぎただけだ。

 

 

 

―――――

 連合空軍が撤退し、エルフの艦隊が追撃を開始する戦場。

 アルビオン風竜騎士隊は、連合艦隊のさらに上空、雲に隠れながら機会を伺っていた。

 

 

「敵船団が分散した!各員、吶喊せよ!」

 

 

 ザナックが立案した「秘策」を実行するべく、彼らは奇襲を敢行する。

 危険な役ではあるが、戦力が低下したアルビオン軍の存在感を各国に示す事で国際情勢におけるアルビオン王国の地位を向上させたいウェールズ王の思惑。

 空の戦いであれば自分たちこそハルケギニア最強の自負を持って、彼らは志願した。

 

 

 

―――――

「アムラン上将?!蛮人の竜騎士が奇襲してきました!」

「旗艦に乗り込むつもりか、蛮人の分際で!散弾で迎撃しろ!」

 

 

 散弾が放たれてくる事を察知し、フーティスは合図をする。

 機動力に長けた風竜騎士は一斉に四散する。

 

 

 同時に「仮面をつけた」スレンダーな女性が、風竜から飛び降りて旗艦に降り立つ。

 

 

 その様子は使い魔の目を通して、両用艦隊の旗艦に配属されているメイジからはっきり視認されていた。

 

 

 

―――――

「クラヴィル司令!残念ながら、秘策は失敗に終わったようです…」

「いや、ここからだ。」

「ですが、アルビオンの風竜騎士隊は退却…。」

 

 

 次の瞬間、エルフの旗艦で「竜巻」が発生する。

 

 

「…は?え?」

「これが陛下の秘策。撤退している我らをエルフが追撃して分散した所で、雲に隠れていた風竜騎士が旗艦を奇襲。『烈風』を敵旗艦に送り込む。」

「烈風?!おとぎ話では無かったのですか?!」

「私もおとぎ話だと思っていたよ。この瞬間までな。」

 

 

 

 2発のエア・カッターが旗艦を牽引している風竜の鎖を断ち切り。

 解放された風竜は四散し、ほかのエルフの艦隊を牽引させられている仲間を解放すべく襲撃する。

 

 

「よし、反撃開始だ!信号弾を上げろ!」

 

 旗艦が襲撃されていることに気づき、追撃をやめて旗艦を救援しようと反転したところを牽引させていた風竜達が襲撃してきて混乱の様相を呈している中で。

 連合艦隊は再度攻勢をかける。

 

 

 

―――――

「ば、蛮人…蛮人風情があっ!」

 

 直属の部下がたった一人の蛮人に蹴散らされ、怒り狂ったアムランはシミターを抜く。

 

 

 たかが、蛮人ごときに。それもたった一人にフネを奪われるなど、彼のプライドが許さない。

 部下が壊滅しても、相手が烈風だろうと戦意を滾らせて立ち向かえる彼は、優秀な指揮官であり軍人であった。

 

 

「まもなく他の艦隊が帰還する!そうなればお前に逃げ場はない!」

 

 フネの制圧を完了したら、敵の指揮官を捕らえろ。

 ザナックからそう命令されていた烈風は「ブレイド」を唱え、アムランと切り結ぶ。

 

 

 

 

―――――

 サハラにおける戦いは終わった。

 作戦に参加したハルケギニア諸国の艦隊、2割が撃墜され、残った艦隊も半数は何かしら修理が必要ではあったが。

 

 大破しているとはいえ、エルフのフネ、それも旗艦を鹵獲した上に総司令官を捕虜にした事実は、連合軍の士気を大いに高め、エルフの士気を大いに下げる事となる。

 

 




Q;エルフの旗艦に「カウンター」をアムランは張っていないのですか?
A;相手が蛮人なので、必要ないと判断しています。


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大遠征 後編

 同心円がいくつも重なったような人口島、エルフの首都アディール。

 エルフ世界の中枢、カスバ。そこに置かれているネフテスの評議会本部は紛糾していた。

 

 

「アムラン上将が蛮人の捕虜に。本国艦隊は帰還したが、風竜が多数逃亡してしまい、機動力は激減している。」

「何たる失態!相手は蛮人だぞ!」

「まさか蛮人如きに敗れるとは。」

「奴ら、アディールまで攻め込んでくるのではないか?」

 

 今まで容易く勝てていた蛮人相手に敗れた。その事実はエルフ達に恐慌をもたらした。

 

 

「総力を挙げて首都の防衛を!」

「アムラン殿を救出するべきだ!」

 

 

「これはこれは。随分な騒ぎですな。」

「エスマーイル評議員?!何故ここに!」

「指揮は副官のサルカンに託した。空軍が敗れたと聞いて、急ぎ首都の防衛を固めるべく帰還した。」

 

 

 評議員の視線が自分に向いていることで、エスマーイルは自信を持つ。

 

「ハルケギニアの蛮人共の目的は、大隆起の阻止。6000年前同様、大いなる意思の破壊を目論んでいるはず。」

「なんと?!」

「首都に向けて進軍するのはブラフ、本当の狙いは「聖地」。そこに我が鉄血団結党の党員を配置し、潜入してきた蛮人を殲滅する。後は、大隆起で蛮人の殆どが死滅する。」

 

 自信満々に言い放つエスマーイルに対し、ほかの評議員が持論を述べる。

 

「待たれよ。虚無の担い手が死ねば、別の担い手が現れるのだろう?」

「聖地に来るのは担い手のはず。数名捕らえてはどうだ?そうすれば捕虜にされた同胞の返還を交渉出来る。」

 

 反対意見に対し、エスマーイルは怒りをにじませる。

 

 

「担い手が死んで別の担い手が現れるというならば、それも殺せばいい!」

「聖地の守りを固めるよりも、首都の守りを固めるべきだろう!ここが陥落したらどうする!」

「蛮人に首都まで攻め込める力は絶対にない!聖地さえ守りきれば」

「絶対、絶対だと?!アムラン上将が、本国艦隊が敗れるとこの中の一体誰が想定していた?!そのあり得ないことが起きた今、我々は備えねばならん!」

 

 

 保身に走る意見に同調する評議員を、エスマーイルは苦々しくにらむ。

 議会が紛糾したため、「未開の地」で哨戒任務を行っていた偵察船が帰還しない、という些事は捨て置かれた。

 

 

 

 

 

―――――

 憎悪に満ちた視線で周囲の蛮人を見渡すアムラン。

 周りに控えているメイジも殺気立つ中。

 

 

 父親から留守を任されたイザベラが歩み寄る。

 

 ガリアの裏を取り仕切る彼女は、努めて平静を装う。

 

「私はイザベラ・ド・ガリア。ガリア王国の第一王女だ。」

 

 しくじる訳にはいかない。首尾よく敵の指揮官クラスを捕虜にできた場合、それを従わせた上で情報を吐かせる。

 

 普通にやれば、拷問したところでエルフが吐くわけが無い。だが、「地下水」であれば通用するかもしれない。

 気を引いている間に、ド・ロナル家に伝わる『不可視のマント』を着た隊員が、このエルフに「地下水」を持たせる。

 

 

 自分を睨みつけているアムランが、何かに気づいた顔を浮かべる。

 

「どうした?」

「何でもない、蛮人の姫よ。」

 

 事前に「地下水」と打ち合わせしたワードを唱えた。

 イザベラが瞬きすると、「地下水」も瞬きする。

 

 条件はクリア。後は自分が「ギアス」をかける振りをする。

 

 呪文を唱えて杖を振り「ギアス」をかけたようにみせかけ、それに合わせて「地下水」が項垂れる。

 

 

「…何が知りたい。」

 

 エルフに「ギアス」が通用した、と周囲のメイジは畏敬の念を込めてイザベラを見つめる。

 とはいえ、その視線に気づけるほど、この時のイザベラに余裕は無い。

 

 

 彼女が立案した作戦は、功を奏した。

 最も、ここからが本番だ。

 

(エルフ相手に勝てた場合は、エルフの首都を目指して進軍するか、進軍するように見せかけろ。)

(…敗れた場合は?)

(アーハンブラ城をくれてやれ)

 

 ハルケギニア諸国の民が血を流してエルフから奪った城をくれてやれ、と事も無げに言われたイザベラはいささか呆然とする。

 

(父上は、いったいどこまで見通しているのだろうか?)

 

 

 

 

―――――

 聖地へ迫ったザナック達は、海を見つめる。

 エルフの水軍が4隻も航行している。

 

「さて、あと少しだが。流石に読まれたか。」

「エルフの側にたって考えれば自明の理。6000年前と同じことをしようとしているのだから、それを阻止すればいい。」

「水軍に対しては強行突破しかないと思うが。」

「ふむ、ザナック王も水軍には疎いか。」

「策があるのか?」

「当然。両用艦隊の図面を引いたのは余だぞ。どうやれば『壊せる』のかは想定済みだ。」

 

 

「すべて壊すのは待ってもらえませんか?」

「ん?聖地へはヴィンダールヴに使役した水中生物で乗り込む算段だったのだが。エルフの船を奪えと?」

「一隻だけなら、全員でかかれば奪えるはずです。カウンターとて、ディスペルで破れます。」

「…よかろう。」

 

 

 

 

 

―――――

「ファーティマ同志!この船はもうダメです!脱出を!」

 

 蛮人は少数の部隊を聖地に送り込んでくる。それを阻止しろ。

 そう命令を受け、配置についていた鉄血団結党の士気は高い。

 

 親族のジャジャルがブリミル教に改宗し、蛮人と結婚してしまった事で『裏切り者』と批判され、一族ごと故郷を追われる羽目になったファーティマ・ハッダード少校。

 彼女はこの作戦に、この場の誰よりも意欲的に取り組んでいた。

 

 

 配置された戦力を考えれば、過剰すぎる戦力。

 異変は唐突に起きた。突然、他のフネがルートを逸れ始めた。

 

 舵が効かなくなった、ということで警戒レベルを引き上げたが、既にほかの三隻の舵は破損。

 そのうえ、水竜とつないでいた鎖が『爆発』したのだ。

 

 音と衝撃で驚いた水竜が逃亡したことで、機動力を水竜に頼っていた上に舵が破損したエルフの水軍は機能を停止。

 残った一隻に、蛮人達がガーゴイルや未知のゴーレムに乗って、雪崩れ込んできた。

 

 

 蛮人の一部隊であれば一隻だけでも蹴散らせる。4隻配置すれば突破は不可能。

 エスマーイルはそう考えていたが…乗り込んできた一部隊は虚無の担い手と使い魔8名と+α。

 

 数はともかく質において、エスマーイルの想定をはるかに上回っていた。

 

 

「…やむを得ん、エスマーイル様に報告…を」

 

 

 最後尾から脱出しようとしたファーティマは襲撃してきた蛮人の中に、見覚えのある女性の面影が残っているハーフエルフが混じっていることに気づいてしまう。

 

 

「お前は…お前はっ!ジャジャルの娘だなっ!」

「母さんを、知って。」

 

 ここは脱出するべきだったが、憎悪が彼女から判断力を奪った。

 

「お前の、お前の母親のせいで、我が一族がどれほど苦しん」

 

 

 呪詛を吐き出しながら風銃を取り出したファーティマは鈍い音を立てた直後、うつ伏せに倒れる。

 

 

「え?ザナック…?」

「聖地につくまでの間に、話を聞き出すとしよう。」

 

 

 エルフの地へ攻め込む以上、ティファニアの母方の縁者と出会う可能性はあると想定していたザナックは、相手が色々事情を抱えていると判断。

 物理的に黙らせるべく不意打ちを仕掛けた。

 

 

 

 

―――――

 ジュリオが水竜をヴィンダールヴの能力でしたがわせ、才人がガンダールヴの能力でフネを操縦。

 聖地につくまでの間、エルフのフネをいろいろ研究している中。

 

 

「お前の母、ジャジャルが蛮人と結婚したせいで…わが一族はサハラを追放されたのだ!」

「ひうっ!?」

 

 なるほど、エルフといえど人間と交われば処分は免れないらしい。

 改めて人間とエルフの溝を感じつつ、ザナックはふと思った。

 

 

 父親がエルフを妾にした事でジェームズ王に迫害されたリリーシャと、叔母が人間に嫁いだことで迫害されたファーティマは話し合えば分かり合えるのでは?

 そう思ったところで、互いに相手のせいで辛酸を舐めた以上、話し合いの前に殺し合いになる光景が思い浮かんでしまった。

 

 

「お前が恨むべき相手は既にこの世にいない。それでも…ティファニアが憎いか。」

「当たり前だ!」

「であれば、生かしておく理由はないな。」

 

 

 人間の王として、非情な眼を向けるザナック。

 そんなザナックに、ティファニアがしがみつく。

 

「待って!殺さないで!」

「…しばらく、おとなしくしていろ。この船にはロマリア人も乗っている。見つかれば殺されるだろう。死んでしまえば、復讐は出来ない。」

 

 

 

 

―――――

 海中を進むことしばし。

 一行はついに「聖地」へとたどり着く。

 

 

「それでは始めましょう。」

 

 教皇の言葉を聞き、ルイズはそっとザナックの顔をうかがう。

 他の物の視線に晒されながらザナックが泰然としている中、聖エイジスが呪文を唱え始めると、『聖地』が浮上を始める。

 

 

 海中で『生命』を使って爆破すれば、瓦礫の山に埋もれてしてしまう。空であれば、脱出も容易だ。

 

 

 故に、聖地を浮上させる必要があった。

 その際に妨害に来るであろうエルフの戦力を分散させるために多方面戦線を抱えさせ、空軍に少なからず痛手を与える必要があった。

 

 

 全ての条件はクリアされた。

 

 

 

―――――

 四人の担い手と使い魔、虚無の秘宝と指輪が揃い、呪文の詠唱が始まる。

 

 聖地の浮上に気づいたエスマーイルが、フネを奪って無理やり『聖地』へ乗り込もうとする中。

 ザナックはその場にへたり込む。

 

『…相棒、王様はこのままだと』

「止めるな。ここで止めれば…全てが無駄になる。」

 

 ルイズはそっと、懐にしまってある「蘇生の杖」に触れる。

 この効力があれば、陛下は蘇る。

 

 

 呪文が完成に近づくにつれ、ザナックの息が小さく、早くなっていく。

 

 

 最後の呪文を唱え終えた教皇が、杖を振り下ろす。

 すさまじい爆発が、『大いなる意思』と呼ばれている精霊石の核を吹き飛ばす!

 

 

 

 

―――――

 完全に鼓動が止まったザナックに、ルイズは駆け寄る。

 

 

「待ちなさい、ミス・ヴァリエール。トリステイン王はもう…。」

 

 一同が見守る中、ルイズが取り出した美しい杖が眩い光を放つと…

 ザナックが薄く目を開ける。

 

 

「何が…?!」

「それは、いったい…?」

 

 

 ジュリオとシェフィールドが目を見開く中、ザナックは起き上がる。

 

 

「陛下、ご無事ですか!」

 

 小さくザナックが頷くと、傍に駆け付けた才人がザナックを背負う。

 ふと、ルイズが杖を見ると輝きは失われていた。

 

 

『…最後の力、だったみてーだな』

「そうね。」

 

 力が失われた杖をルイズは懐にしまう。

 

 

「引き上げるとしよう。長居は無用だ。」

 

 ジョゼフがそう言い、ジュリオが風竜の一家を呼び寄せ騎乗する。

 シェフィールドがガーゴイルを起動させ、ジョゼフと共に乗り込み、才人は双月で空から護衛を行い、一同は脱出する。

 

 

 エスマーイルが到着した時には、全てが終わっていた。

 

 

 

 

―――――

 聖地へ潜入し、「大いなる意志」を破壊して帰還。

 

 ザナックが生きていることを確認したトリステイン王国軍上層部が感涙する中。

 

 

 

 

 ジョゼフは東方諸国から帰還した武官と面会する。

 

 

「…諸国同盟軍は10万の軍勢で3方向からエルフを攻めたてましたが…。」

「どうなった?」

「ストーク海戦で36隻の船団でエルフの水軍と交戦、29隻が失われました。」

「となれば、もはや積極的な攻勢にも出れぬな。余の策は伝えたか?」

「はっ。海戦で敗れた場合、陸軍は防備を固めて長期戦を装いつつ、秘密裏に撤退する…と。」

「それで連中は無事に引き上げられるだろう。それに合わせて、我々も引き上げるぞ。」

「撤退なさるのですか?!恐れながら陛下、まだ戦えます!」

「エルフが二戦線を抱えているからこそ、戦いになった。負けて引くのではない、勝って引く。目的は達成された以上、戦う必要はないわ。」

「…かしこまりました。」

 

 

 

 

 

 兼ねてから事情を聴いていたトリステイン、アルビオン、ガリアの将兵は速やかに退却を開始。

 

 ゲルマニア軍は他国軍が総引き揚げを開始した事を知り、『不甲斐ない、かくなる上はロマリア軍とともに自分たちだけで!』と戦いを継続したところ。

 逆襲してきたエルフの本国軍に兵力の4割を喪失し、敗走する羽目になる。

 




Q:アムラン上将はどうなったの?
A:「地下水」個人としては使い続けたい体ですが、地下水の制御から逃れた時のリスクが高いので処刑されました。

Q:ファーティマさんは無事?
A:無事です。ティファニアを殺す事を生きがいに頑張って生きるでしょう。


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ティファニアのその後。

時系列は大隆起解決、蘇生の杖が効果を失ってしまった後の話です。
ティファニアはトリステイン魔法学園に入学出来ましたが…。


「ティファニアがハーフエルフとバレてどうなった?」

 

 間違いなく退学騒ぎになっただろう、と思っていたザナックだが。

 

 

「…女子生徒の一人が異端審問を実行しようとしました。」

「その若さで、司教の免状持ちがいたのか。」

「いえ。どうやら騙りだったようで。」

「であれば、ロマリアに報告だな。」

「それが。異端審問されたティファニア様が罪に問わない、と。」

 

 度量の広さに、思わず瞠目するザナック。異端審問は、煮えたぎった大釜に入れて「死ねば異端者、生き残れば敬虔な教徒」というものだ。

 敬虔な教徒だろうと関係ない、普通に死ぬ。

 

 にもかかわらず、それを仕掛けた相手を許すとは…。

 

 

「異端審問はどうにかなったようだが…エルフの血を引いていた事で、排斥運動になったか?」

「いいえ。容姿に加えて、穏やかな性格で元々人気が高かった所に…ザナック陛下ゆかりの人物という事が判明してさらに人気が上がっております。」

 

 

 ザナックの隣から尋常ではないプレッシャーが発せられる。当然ザナックは気づいているが、何も気づかないふりをする。

 最近、疲れた時にザナックはこう思うようになった。『ラナーの方がまだマシだったのでは?』と。

 

 

 

「エルフの血が流れていることが判明した以上、人気が下がると思うのだが?」

「それが。エルフの血が流れていること自体が美点である、と大半の生徒が思ってしまったようで…。」

「意味が分からん。」

 

 

 要は、ティファニアの人柄と善良さが、エルフの血を引いているという不利な特徴を上回った訳だが。

 人間とエルフの溝を見せられたザナックとしては、違和感が拭えない。

 

 

 隣から歯ぎしりが聞こえてきたため、ザナックは話を打ち切る事にした。

 気持ちはわかる。忌むべき存在であるハーフエルフが、アルビオン人よりも伝統と格式を重んじるトリステイン貴族の令息、令嬢に受け入れられるというのは…エルフを妾にして粛清されたモード大公の縁者には受け入れがたい話だ。

 

 これ以上続けたら、お腹の双子に悪影響が出かねない。

 

 

「学園内で解決したのであれば、それでいい。下がれ」

「はっ。」

 

 使者として来ていた、ギトー教員は一礼して退出する。

 

 

 

 

―――――

 妻を寝室に下がらせ、アルビオン国王、ウェールズにどう伝えれば錯乱させずに済むか、という事をザナックは考える。

 そんな中、ザナックは別の件で報告を受ける。

 

 

「陛下、ご報告がございます。ダングルテールの再開発事業ですが…。農地予定だった干拓した砂浜に塩が析出し難航しています。」

「堤防を作って90アルパンの土地を農地にする計画だったな。」

「土を敷く下側を『錬金』で岩に変え、堤防の土台を強化しましたが、塩が析出。次善の策として、岩の下側に『固定化』をかけた布と板を敷きましたが、それでも析出しております。」

 

 

 ザナックがトリステイン王になってから、初の干拓事業。

 こればかりは肥沃な土地に恵まれていたために干拓の必要が無かったうえに、非魔法文明のリ・エスティーゼ王国の時と事情が大きく異なる為、専門家に大部分を任せている。

 

 

「砂を可能な限り持ち出し、その後、外から土を持ち込み、その上で地下400メイルまで塩抜きを行え。」

「恐れながら、次善の策を行う際に実行しております、デムリ卿。」

「地下に海水が流れ込んでいるのだろう?400メイルで足りぬなら二倍の塩抜きを行え」

 

 もはや聞いていて頭が痛くなってきたザナックは手で制する。

 

 

「そこまで塩が出るのであれば、農地ではなく塩田にすればいい。農地については別の場所を用意するとしよう。」

「恐れながら陛下、まだやれます!」

 

 

 やれます、では無いのだが。

 何故こうも分からず屋なのか。ザナックは瞠目する。

 

 

 ハルケギニアのメイジは6000年近く、魔法で解決「出来てしまった」実績がある。

 故に、上から言われて現場の人間は「できません」と安易に言えない。

 

 

「塩田にすれば事業になる。住宅地として考えていた地区の一部を農地に変えることで対応する。」

「かしこまりました。」

 

 無念そうに頭を下げるメイジ。

 これで出世の芽は断たれた、と内心絶望しながら。

 

―――――

 そのやり取りから数日後。

 アルビオン大陸。王都ロンディニウム。王城、ハヴィランド宮殿にて。

 

 

「ティファニアに、友人が出来た…か。」

 

 アルビオン王ウェールズ。ティファニア自身に罪は無いとわかっていても、いささか受け入れがたい話だ。

 読み進めて、二枚目に入ると。

 

 

「異端審問を行われたが、友人の助けもあって止めることに成功。今は元気に過ごしている…か。」

 

 異端審問を行われたが、阻止され、結果として人気が高まったという真実をザナックは改変して通達。

 ブリミル教徒にとって、異端審問は恐怖の対象でしかない。

 

 それは確かな功を奏し、ウェールズの中で「ティファニアは異端審問されるような状況だが、友人が出来ている」という風に受け取った。

 真相をありのまま告げられれば、好青年な彼でも心中穏やかではいられない。

 

 

 

 

 

 

―――――

 月日は流れ、ティファニアは魔法学園を卒業。

 その後、どうするか決めた、という事でザナックへ報告するべく、彼女は王宮を訪れる。

 

 

「道は決まったのか?」

「…はい。ザナック陛下。私は嫁ぎたい相手が出来ました」

 

 そうか、射止めた者が居たか。となればその者の家系と親しい貴族家を調べ上げて。

 為政者として『次の一手』を早くも考え始めたザナックだが。

 

 

「私はお妾さんで構いません、ザナック陛下。」

 

 昨年。無事双子を出産した、リリーシャ王妃から表情が抜け落ちる。

 

 マザリーニ枢機卿と、魔法学院卒業と同時に女官として就職し、知り合いということで同席していたケティ・ド・ラ・ロッタは顔を見合わせる。

 修羅場というレベルではない。

 

 

「…学園で出会わなかったのか?聞けば、異端審問の際に貴女をかばった生徒もいるそうだが」

「才人さんには…ルイズさんが居ますから。」

 

 

 おお、始祖ブリミルよ。何故かような試練を与えるのか?

 ケティは内心で始祖に祈りをささげる。答えは当然返ってこない。

 

 

 唇を結んで、ただ沈黙を保っている王妃の心情は同性として察するに余りある。

 

 

「私は、見ての通り容姿に優れない。貴女にはもっと相応しい人が居るはずだ」

「私は。ザナック陛下の優しい心が好きです。」

「魔法学院の生徒は優しく接してくれただろう?」

「私が、ハーフエルフだから。お妾さんには出来ないのですか?」

「ジャジャル殿は妾だったのだろう?母と同じ道を歩みたいのか?」

「父さんも母さんも、幸せに過ごしていました。」

 

 

 

 ケティは決意した。この場から王妃を下がらせるのが自分の為すべきこと。

 だが、王妃は動こうとしない。

 

『宮仕えを目指すの?王族にお仕えするのは大変よ…。でも、物凄く名誉な事なんだからね!頑張りなさいよ!』

 

 一年先輩の公爵令嬢に言われた言葉をケティは思い出す。こういう事ならもう少し詳しく言って欲しかった。

 

 

 

 

 

―――――

 ザナックは、寝室で横になりながら「どうしてこうなった」と考えていた。

 右にリリーシャ、左にティファニア。

 

 容姿端麗でメリハリのある体型。その二人が体を押し付けている。

 

 

 どうやら、自分は今後。この状況でも安眠できるようにならねばならないらしい。

 

 妻と妾の一人娘をどちらも侍らせているこの状況。もしも、義父のモードに見られたら自分は無事では済まないかもしれない。

 そんなことを思っていたが。政務の疲れもあってザナックは眠りにつくのであった…。

 

 




というわけで、ハーレム?エンドになりました。
正妃と妾の関係がすこぶる険悪ですが、なんとかなるでしょう。


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終章:その後のトリステイン

プロローグ、あるいはエピローグ的なモノの続きです。


 トリスタニアにある、大きな喫茶店。

 今は亡きザナック陛下の統治により、トリスタニアは大きく変貌した。大通りが整備され、人の行き来が行いやすくなった。

 

 

「さて、と。それでは整理しましょうか。」

 

 クルデンホルフ大公国の令嬢、ジェミー・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフはアルビオン動乱にまつわる一連の出来事を纏める活動に協力してくれている同志と相談する。

 

 

「結局、ジェームズ王とモード大公の間に何があったのかは、不明なまま。」

「…何があったのかしら?ある時期を境に、あれだけ実の父親を慕っていたリリーシャ王妃でさえ墓参りに行かなくなったし。」

「だがアルビオンの地図及び、部隊の配置情報を入手した。これだ。」

 

 ティーダ・ド・ラ・ロッタは、地図とチェスの駒を並べる。

 その様子を、カイル・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシがじっと見つめる。

 

 

「サウスゴータとレキシントンで、連合軍を挟撃、そしてレキシントンに首都から増援を送る…」

「理にかなっているわね。」

「そうだろう?だが、サウスゴータから撤退。しかもレキシントンへの増援は間に合わなかった。」

「えっ?リリーシャ護国卿の降伏って」

「挟撃予定の部隊が撤退、それにより時間稼ぎができず、援軍の到着が遅れた。連合軍は自軍の10倍。これで降伏しなければ、殲滅されるだけだ。」

 

「待て、護国卿だろう?降伏してどうする。」

「…なんとなく、わかる気がするわ。」

「ジェミー?」

 

「もしもお父様が殺されて、逃げ延びる羽目になったら…。私なら家臣を生かすことを最優先にする。」

「…レコン・キスタへの協力も、この降伏も。家臣を生かすことだとすれば、護国卿の行動原理はおかしくないわけだ。」

 

 

「だがティーダ。共和主義者クロムウェルの狙いがわからんぞ。軍事的には失策でしかない。」

「政治的に護国卿が邪魔だった。だからこそ、『使いつぶそう』とした。」

「クロムウェルが読み違えたのは、護国卿の行動原理って訳ね。護国卿は手元に置いて、人質にすればよかった。」

「…その場合、モード大公派が護国卿を連れ出して、そのまま連合軍に降伏するのでは?」

「となると…。神聖アルビオン共和国は負けるべくして負けたって事ね。」

 

 

「そうなるな。こうして考えると、ザナック陛下のアルビオン上陸には幸運が重なっていたと結論づけないといけない。」

「共和主義者の空軍を担っていた精鋭は失われた。にも拘らず、上陸を許した状態で共和主義者は派閥抗争に明け暮れた。」

 

 

 

「…戦後、護国卿を娶ったのは相当揉めたそうだが。」

「そりゃあ、揉めるでしょう。」

「ただ。当時のザナック陛下に正妃がいなかったことは事実だ。妹様が嫁ぐし、そろそろ欲しいと思われても当然だ。」

「寄りにもよって、とは思うが…。そうさせたのが。」

 

 ティーダとカイルは声をそろえる。

 

「「ローゼンクロイツ伯爵令嬢」」

「というわけね。結局、ザナック陛下と彼女がどういう会話をしたのかは、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールも分からなかったそうよ。」

「真相は闇の中、か。あの反乱を鎮圧したことで、トリステインは一つにまとまった。」

「アンリエッタ太后様からも証言を得た。彼女はトリステインを一つにまとめるために死ぬつもりだったが、ザナック陛下はそれを望まなかった…と。」

 

 

「ところで、ジェミーは彼女の最期をどう思う?」

「幸せだった、そう思えるわ。身を挺してでも庇いたい、そこまで愛を注げる相手に巡り合い、その相手の腕の中で息絶えたのだから。ね、ティーダ、カイル。私があなたたちを庇って腕の中で息絶えたら、どう思う?」

 

 

 …あー。なるほど。そりゃあザナック陛下の心境も変わるわ。

 同年代の異性が、腕の中で冷たくなっていくのだ。王でなくても、わかる。男なら忘れられない。

 

 トリステインの玉座不在によって生じた政治的な混乱を収束し、ローゼンクロイツ伯の反乱を阻止出来なかった令嬢は…最期は一つにまとめる為に散った。

 そんな出来事があったからこそ、アルビオンを一つにまとめる為に死のうとしていた護国卿を死なせたくなかったから、求婚したのだろう。

 残された者の気持ちを、味わってしまったから。

 

 自分たちの想いも知らずに、能天気に爆弾発言をぶつけてくるクルデンホルフの令嬢を見ながら、若いトリステイン人の青年二人は内心ため息をつく。

 

 

 

 

 

 

「その次に起きたのが…大遠征か。」

「今まで詳細は明らかになっていなかったけれど、これでようやくわかったな。」

 

「ジョゼフ前王が東方諸国を焚きつけエルフ相手の戦争を唆し、ゲルマニア軍が風石の採掘を開始し、各国空軍が艦隊を出動させて護衛。エルフは二方面に戦線を抱える事になった。ゲルマニア軍に釣られて出てきたエルフの空軍艦隊相手に消極的な防衛戦を展開。」

「エルフの空軍が追撃をしてきた途中で、風竜騎士が『烈風』をエルフの旗艦に送りこみ、そのまま制圧。」

「空軍に打撃を与えていて再編成させている間にごく少数の手勢で、秘密裏に『聖地』へ接近。」

 

「教皇様の『虚無』で聖地を浮かび上がらせて…大いなる意思である精霊石を破壊。」

「作戦成功後、ヴィンダールヴの能力で従えた風竜とガンダールヴが操るゴーレムで脱出…。大隆起を阻止できたから成功といえるだろう。」

「道中で、モンモランシ伯が提供した「秘薬」で救われた命があったため、モンモランシ家は昇格したのよね。」

 

 

 ザナックが亡くなった直後、蘇生させた杖は効果を使い切ってしまい、ただの杖になった。

 王が一度死亡した、という話は外聞が悪いため「無かった事」になった。

 ただ、それではモンモランシ伯への褒美を与えられないため、『提供された秘薬が貢献した』というカバーストーリーが用意された。

 

 

「とはいえ、エルフの過激派が不定期に襲撃するようになったけれど。」

「今まで6000年間、どうして攻めてこなかったのか不思議だったけれど。大隆起があるとわかっていたから攻めてこなかったんだな。」

「放っておけば全滅する、奪ってもいずれは大隆起で失われる。だったら攻め込まない。」

「それでも、第一回の大規模な襲来を阻止できたのは行幸でしょ?」

「ザナック陛下の命令で作っておいた、スキルニルのおかげだけど。」

 

 

 大遠征の結果、大いなる意思を破壊された事を受けて、『蛮人どもに鉄槌を!』と息巻いた鉄血団結党を中心にした襲撃部隊は…マンティコアに騎乗した『烈風』のスキルニルを見ただけで空軍が戦意喪失して撤退。制空権を奪われた事で形勢不利になったことで鉄血団結党も撤退を余儀なくされた。

 

 

「烈風本人も。死後、自分のスキルニルでエルフを追い返せるようになるとは思っていなかっただろうなぁ。」

 

 

 ゲルマニアから恐れられた『烈風』。晩年の彼女は、エルフからも恐れられる存在になった。

 

 人間側は知る由もなかったが…。エルフの空軍は「蛮人相手に攻め込む」と過激な思想を持っている鉄血団を疎ましく思っており、政敵を敵の手で葬りたいという考えがあった。

 

 

 

 

―――――

 トリスタニアの王宮にて。

 

「それは本当か?レイナール卿。」

「はい、リオン殿下。」

 

 

 眼鏡を掛けた壮年の男は、銀髪の青年に対して誠実に答える。

 

 

「ゲルマニア帝国が軍事同盟の破棄を通告してきた以上、攻め込むつもりというわけね。」

 

 

 金髪の少女がため息をつく。

 

 

「参謀本部もそう考えております、シャーナ王女殿下。ゲーレン皇帝は始祖の血筋を欲しがっています。」

「私を差し出せば、彼らは思いとどまるかしら?」

 

 

「恐れながら、それでは足りないでしょう。」

「ヴィリエ卿?」

「ゲーレン皇帝は…ザナック先王陛下の施策、街道整備事業をそのまま流用するも失敗に終わり、不平と不満がたまっています。」

 

 

 そもそも、ゲルマニア帝国は選帝侯の力が強く、皇帝は絶対的な権力者ではない。

 だが、ゲーレンは選定侯への根回しもせずに街道整備事業を行った事で諸問題が生じた。

 

 街道整備事業のために働いたにも関わらず、賃金未払いだった事で訴訟した側が敗訴、という事例が各地で起き、敗訴した側は不平と不満を持って暴動となり、各地の治安が乱れ、せっかく整備した街道も荒れる結果をもたらしていた。

 

 

「皇帝の座を維持するために、トリステインへの侵攻か。トリステインの未来は卿らの働きにかかっている。」

「「「杖にかけて!」」」

 

 

―――――

 そのような会話が行われてから4日後。

 ゲルマニア帝国の首都、ヴィンドボナ。

 その御前会議は大いに紛糾する。

 

 

「閣下!トリステインとの軍事同盟の破棄をなさったとか!何故ですか!」

「今のトリステインは肥え太った家畜。今こそ平らげる時だ。」

「街道整備事業が完了し、物資の流通業が盛んになっています。」

「いいではないか。連中が整備した街道を通過して、一気に攻め込める。それに、私には考えがある。」

 

「では、お聞かせください。」

「まず一路!トリステインの東方から我が子、ゼブランが先陣を務め、後方を娘婿ガレスが支える!第二路はアルビオン総督である我が弟、カースレーゼに命じてサウスゴータからロサイスを攻撃させる。ロサイスさえ落とせばアルビオンにいるトリステイン駐屯軍は孤立する。」

「アルビオンが許すでしょうか?」

「協力すれば、トリステインに奪われた領土を返してやるといえば、喜んで我々につく!第三路は、ガリア女王イザベラにトリステイン南部を与えると約束して攻撃させる。こうすれば、小国トリステインなど、降臨祭までに片が付く!」

 

 

 

 

 

―――――

 アルビオン大陸。王都ロンディニウム。王城、ハヴィランド宮殿にて。

 

「トリステインに奪われたアルビオン領を返還する為、アルビオン軍におきましてはトリステインに奪われたロサイスへの攻撃にご助力願いたい」

 

 ゲルマニア皇帝ゲーレンの使者からの言葉を受けて、アルビオン王政府の閣僚は瞠目する。

 

「レコン・キスタによる一連の争乱。あれで一番被害を被ったのは貴国。復讐できる好機であろう。」

 

 それは事実だ。だが、現在のアルビオンを支える者達にとって、ザナックの名前は死してなお未だ重い。

 戦勝国としていくらでも踏みにじれた立場でありながら、両国の友好を掲げた。

 

「しばし、待ってほしい。」

「よい選択をする事を期待しております。」

 

 

 ロサイスの返還、を仄めかされたアルビオン人の一部は行動に出るべしと主張したが…

 

 

「トリステインとゲルマニアの戦いに、なぜかかわらねばならん」

「ロサイスは返ってくるぞ?それに、トリステイン北部と東部から進撃、さらにガリアも動くなら…」

「私は反対だ。父から聞いたが。祖国からリリーシャ様が嫁いだ時、ザナック陛下は城門まで出迎えたという。ロサイスは取り戻したいが…他国が喪に服している所を襲うなど出来ない。」

 

 

 

―――――

 ゲルマニアからの通達は、時を置かずしてガリアにも届く。

 ガリア王宮内も紛糾する中。タバサは使い魔のヘジンマールに相談する。

 

 

「どう思う?ヘジンマール」

「…僕なら戦うと見せて戦わず、進むと見せて進まない。」

「というと?」

「トリステインを攻撃するのは戦力を消耗する。かといってゲルマニアの要望をはねつければ、今度はゲルマニアがガリアに攻めてくるかもしれない。だから、今は動くと見せかけるべきだ。

四方向の軍事作戦がゲルマニアが優位に進んでいるなら攻めればよいし、そうでないなら戦わないに越したことはない。空海軍はともかく、陸軍だとガリアと渡り合えるゲルマニアが弱体化するのは、ガリアにとって良いことでしょ?」

 

 使い魔の言葉にうなづくタバサ。

 自分の「提案」という形で提出された案をガリア王政府はいくばくかの修正を加えて採用し…ここに、周辺国家の意向は固まる。

 

 

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 ヘジンマールの予想通り、四方面はゲーレン皇帝の思惑とは真逆の方向に進んだ。

 カースレーゼは軍事行動を起こそうとしたが、アルビオン王政府はそれを牽制する構えを見せている。要衝とはいえ一都市の駐留部隊と一国の軍では規模が違いすぎるため、早々に霧散。

 

 北方と東部からの攻撃予定であったが軍の収集が遅れて攻撃準備が整わず、先走った一部隊はトリステイン内部の工作部隊を動員するも、逆に裏切り者を早期に発見されて一掃。慌てて襲撃するも逆襲され、総敗退であることがハルケギニア諸国の首脳陣に伝わってきていた。

 

 

 だが、度重なる失政で溜まった不満をそらし、国庫を潤すためにもゲーレン皇帝はもはや止まれない。

 トリステイン王国とゲルマニア帝国間で戦争が始まり…ゲルマニア帝国は大敗を喫する。

 

 

 ゲルマニアは小国とみなしていたトリステイン王国相手に、賠償金に加えて領土の割譲など屈辱的な講和を締結する事となる…。




本編はひとまずこれで完結となります。
今までお付き合い、ありがとうございました!


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