ディアブロスプリキュア! (重要大事)
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第1章:三大勢力衝突編
第1話:悪魔だけどプリキュア!?その名は、キュアベリアル!!


オリジナルプリキュアの第一話を書きました。
拙い文章ですが、末永く見守ってくれると助かります。
本作のプリキュアは近年の仮面ライダーの様に最初は一人です。そのうち増えていく形式を取りたいと思っています。また、プリキュアに変身するのはいずれも人間ではありませんのご了承ください。


 

【挿絵表示】

 

「悪魔」――人の心をまよわし、悪い道にさそおうとするもの。到底、人とは思えないひどい悪事をはたらく者を、人は忌み嫌い、自身もその一員とならないように努力している。

 だけど、人は完全ではない。その心はきっかけ一つで正義にも、そして悪にも染まる……だから悪魔は絶対に食いっぱぐれないし、故に絶対的に間違った存在ではないと私は思う。

 

           ≡

 

西暦二〇XX年

日本 黒薔薇町(くろばらちょう)

 

 麗らかな日和。春は出会いと別れの季節だ。

 そして四月の今日は前者――出会いの刻。ピカピカのランドセルを背負い、緊張な面持ちで歩く子どもとそれを見守り歩く親。少し丈の長い真新しい制服の学生に、春休みが終わり、けだるい様子で歩く学生。あるいは、ビシッとスーツが決まった社会人。それぞれ人生の新たな門出を迎えた者たちが思い思いに行き交う河川敷に、一人の少女が歩いていた。

 少女は紅色を基調とした学生服に身を包み、黒のミディアムヘアを風になびかせながら歩を進める。

「リリスちゃ――ん!!」

 不意に後ろから聞こえる甲高い声。黒髪の少女が振り返ると、ブラウンのショートボブを揺らしながら、全速力で走ってくる少女の姿が彼女に近づく。

「おはようございま――す!! 今日から二年生ですね――!!」

 黒髪の少女は同じ学校の制服を着ている少女が自分の元へ追いつくのを待つ。まるでそれが幼少の頃からの決まりであるかのように。

「はるか……声、出し過ぎよ」

 親友の天城(あまぎ)を諌めながら――悪原(あくはら)リリスは耳を塞いだ。

 

           *

 

『私立シュヴァルツ学園』

 

 東京二十三区にある町・黒薔薇町管内にある私立中学校。

 元は聖書やキリスト教神学を教えるミッションスクールとして設立されたが、やがて入学者の減少に伴い存続の危機に陥った。苦慮の末、学校側は東京都が提示した合併方針を受諾。いくつかの学校との統合によってそれまでのミッションスクールから一転、男女共学の進学校として生まれ変わったのは今からちょうど十年ほど前の話である。

 ミッションスクールだった事から、造りは修道院に多く見られるロマネスク様式。日本に居ながら気軽に外国にいる気分が味わえるという事から、生徒だけなく教師陣からも高い評価を得ている。近年では小さな観光地としてSNSなどを介して広く知られるようにもなってきた。

 

           ≡

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 今日は始業式だ。教室ではクラス替えの結果に安堵の顔を浮かべる者や、仲良しグループから一人だけ外れて別クラスになってしまい落ち込む者など様々な生徒であふれている。

 そんな中、また一年、共に学生生活を同じクラスで送ることができる喜びを、はるかは曇りのない笑みでリリスに伝えた。

「よかったですねー、また一緒のクラスになれましたよ!!」

「ええ、そうね」

 と、リリスは実に淡泊な返事を一言返すだけ。彼女のそっけない反応にはるかは思わず頬を膨らませる。

「ぶぅ~~~、もうちょっと喜んでくれてもいいじゃないですかリリスちゃん! どうしてあなたって人はこうも無愛想なんですか?」

 口を尖らせて、はるかはリリスに訴える。

「私から言わせれば、はるかみたいに他愛ないことで一喜一憂することのほうがよくわからないわ」

 同じクラスになった喜びを親友と共に分かち合いたいと思うはるかとは裏腹に、リリスの態度は冷ややかだ。はるかは出会った頃から何一つ変わらない親友のこうした冷淡な性格にずっと不満を抱いている。

「リリスちゃん! そんな風にひねくれていたら誰からも好かれませんよ!!」

「お生憎。私、誰彼かまわず好かれるのは嫌いなの」

 強がりなどではなく、これはリリスの本心であった。ふと教室を見渡せば、既に周りに愛嬌を振りまいている女子が数人いた。ああいう非合理な行いは心底自分を疲れさせる。まったく以って理解の外の行為だと思いながら、リリスははるかに向き直った。

「ですが、リリスちゃんも女の子なんですから笑顔のひとつでも見せてくれてはどうですか?」

「あら、私だって笑うときは笑うわよ。例えばそうね……新しいクラスの担任が初日から黒板消しのイタズラにあったときとかは……」

 

 ガラガラ、ボフッ――

 

 例え話を口にした途端、それは現実のものとなった。

 勢いよくドアが開かれると同時に、チョークがたっぷり塗られた黒板消しが、ドアを開けた張本人へと襲いかかった。

 二年C組の担任となった新人男性教師、三枝喜一郎(さえぐさきいちろう)は緊張のあまり、男子生徒が仕掛けた陳腐なイタズラにまんまとひっかかった。

「あ……」

 リリスとはるかが、呆然と立ち尽くす教師に目をやると同時に、教室中からドッと歓声が湧き上がった。

「ぶはははは!! やったやった、ひっかかったぞー!」

「今どきこんなイタズラにやられる先生初めて見たぜ!!」

「ちょ、ちょっと男子やめなさいよ……だけど、おもしろい!」

 あまり教師を笑うことはしたくなかった行儀の良い女子ですらも、堪えきれずに失笑するありさまだった。三枝は幸先の悪い門出に途方もない不安を抱きつつ、溜息を吐いた。

 自身に直撃してなお、大量のチョークにまみれた黒板消しを拾い上げ、真っ白になった頭を払いながら教壇に向き合う。まだ笑いの収まらない教室を見渡し、少しバツが悪そうな顔をしながら自己紹介をする。

「えー……今日からこのクラスの担任になりました三枝です……初日から手厚い歓迎をどうも。できればその……そんなに笑わないでくれると嬉しいな」

 照れ隠しに頭を掻くと、チョークの粉が舞い上がり、さらに教室中の笑いを誘う。

 その光景を目にしたリリスは、これから自分たちの担任となる教師に向かい、すかさず言葉を投げかけた。

「先生、無理です。この状況で笑うなと要求することこそが滑稽だと思っていただけると幸いです」

「リ、リリスちゃん!? そんな真顔で何を……!」

 真顔のリリスから飛び出す容赦ない毒舌が周囲をさらに笑いの渦に包み込む。

 三枝は鋭い棘のような言葉を受けてあんぐりと口を開けたまま硬直した。ただひとり、彼を笑わないでいたはるかは、何とかこのクラスの場を収めようと奮闘したのだった。

 

           *

 

 世界の片隅。どこかわからない場所に発生した無数の水晶。その水晶の中に交じってゴシック建築の様式で建てられた教会が存在した。

 教会の中に存在する大聖堂には大勢の信徒が祈りを捧げており、中央のステンドグラスに描かれた十字架には、弊衣破帽に身を包んだ人間が(はりつけ)となっている様子が見てとれた。

「我らが主よ……この世には未だ邪悪がはびこっております。この世からすべての邪悪を排除しない限り、主が望んだアルカディアの創世は叶いません。故に、あとのことは我々にお任せください。必ずや世界のすべての邪悪を葬り去ってご覧に入れます……」

 

 ガラーン……ガラーン……

 

 大司祭ホセアは胸元で十字を描き、崇める主へと祈りをささげた。同時に教会の鐘の音が鳴り、教会に集まった全ての信徒が恒久の平和を願った。

 

           *

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 始業式が終わり、クラス替え後ということで行われた各自の自己紹介も終わって、今は休憩時間を迎えていた。

 自己紹介では、皆が好きなことや趣味の話、今年の意気込みなどを展開する中で、

「悪原リリスです。よろしくお願いします」

 とたった二言で終わらせたリリスの自己紹介では三枝が何か言いたげにしていたが、先の毒舌を食らっていたせいか、小さく「じゃあ、次……」と言ってうなだれていた姿が、C組の生徒全員の思い出の一ページとして心に深く残った。

 リリスは休憩時間を自席で座って過ごすことが多かった。わざわざクラスメイトと親睦を深める必要性を感じていなかったからだ。昨日のドラマの俳優がかっこよかったとか、新しく出た漫画がどうだとか、どこそこのスイーツ店に行列ができているなど、そんな世俗の話で貴重な休みを費やすのが心底バカらしいと考えているというのも理由の一つである。

 しかし、そんな冷淡な彼女であるが、入学当初より生徒はおろか教師からも一目置かれる存在であった。

 まず、リリスは何事においても手は抜かない。学校における国語や数学といった座学はもちろんのこと、家庭科や体育といった実技を伴った授業もそつなくこなしてみせる。

 国語で音読を当てられれば、誰もが聞き惚れるような透き通った声で物語を奏でるし、数学ではまるで模範解答のようにきれいに答えを導き出す。

 体育で走れば韋駄天のように地面を駆け抜ける。その姿には男女関係なく見入ってしまい、一瞬遅れて歓声が沸き上がる。タイムも女子中学生の中ではトップ層に入れるだろう早さをたたき出し、唖然とした記録係がストップウォッチを止めるのを忘れてしまうほどだった。

 家庭科では裁縫から調理実習まで先生の指導を受けるまでもなくこなしてしまう。時には先生からお手本としてリリスの制作物が展示されることもあった。

 調理実習のときは、リリスがいることに甘えた男子がリリスに自分の担当分を任せようとして、

『なぜ学校で調理実習をやるのかわからないの? そんなこともわからないくらい愚かなの? こういうものは自分でやって初めて糧になるものよ。それがわからないのならあなたに食べさせる料理などないわ』

 とこっぴどく怒られたものだが、その言葉に感銘を抱いた他の生徒はもちろん、言われた当人も「すみませんでした! 俺が甘えていました!!」と心を入れ替えて実習に励んだものだ。

 こういった歯に衣着せない物言いは、老若男女関係なく、彼女の人気を高める一因となっている。この年頃の子どもは、反抗されると対抗してしまいたくなるものだが、殊にリリスに対しては、彼女が吐く言葉が正論であることに加え、容姿端麗な美少女であるが故に皆納得してしまうのであった。

 だが同時に、それは彼女にどこか近寄りがたい雰囲気を出させてしまっているのも確かであった。

 今も席に座り読書に耽るリリスに羨望や憧れの眼差しを投げかけはするものの、近づこうとする者はいなかった。

 かつては一種の度胸試しのようにリリスに声をかけてくる者がいたが、皆あえなく撃沈した。やがて繰り返すうちに今のように、ただ皆が憧れる麗しき孤高のお嬢様、といった立ち位置を獲得したのだった。

 リリス自身も視線は感じていたが、それを気にすることはなく、かえって誰も近づいてこなくなったことで気が楽になった。

 ――ただし、そんな近寄りがたきお嬢様に物怖じしない例外がただ一人存在した。

「リリスちゃん! 聞いて下さい!!」

 勢いよく教室のドアが開かれると同時に幼馴染みの少女・天城はるかが駆け寄ってくる。

「何よ、騒々しい。まずは深呼吸をしなさい」

 リリスは読んでいた本を閉じ、はるかに向き直って静かに言葉をこぼした。

 リリスに言われてその場で大きく深呼吸をしたはるかは、乱れていた呼吸が落ち着いてきたところで話を続ける。

「それがですね、次の時間は学級委員を決めるらしいんですよ! リリスちゃんは何か委員やらないんですか?」

「今まで私が委員会なんてやった試しがある?」

 冷たく言い放つとはるかは、ですよねー、という顔をして、

「リリスちゃんはもう少し学生生活を充実させた方がよいのではないですか?」

「いつも言っているでしょ。無駄なことはしたくないの」

「委員会活動は無駄にはならないと思うんですけどねー……」

 これ以上の問答はリリスの機嫌を損ねるかと思った直後、ふとリリスの手元に目がいった。

「ところで、リリスちゃんはさっきから何を読んでいるんですか?」 

「何だと思う?」

 リリスが問うと、はるかは頭をかしげて考える。

「ん~っと……あ! わかりました、シェイクスピアさんもしくは夏目漱石さんですね!」

 はるかが目を輝かせていうと、リリスは小さく首を振って正解を答える。

「ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』」

「ハヒ! なんだかまた難しいそうなものを読んでいらっしゃるんですね……」

「カール・マルクスの『資本論』も読み応えがあっていいわよ。これを読んだ後に『21世紀の資本論』を読むと両者の相対関係がはっきり比較できるわね」

 リリスは淡々と意見を述べるが、はるかの頭にはちんぷんかんぷんだった。

「ですからリリスちゃん……どれもこれも十四歳の中学生の読みものじゃないと思います!」

 

 

           *

 

 日課である礼拝の義を終え、ホセアは信徒たちに背中を向けたまま声を発した。

「エレミア。モーセ。サムエル」

 すると、集まった信徒たちの中から、それぞれ赤、青、緑のラインが入ったローブを身に纏った三人の男が前に出る。振り返ったホセアは一番右側に立つ赤のローブを纏ったエレミアから順に、青を纏ったモーセ、緑を纏ったサムエルを見つめる。

「我々の悲願はただ一つ、主の願いを叶えること。すなわち、この世からすべての邪悪を根絶し、平和の平和による平和のための世界を築き上げること。そのためには主が自らを(かたど)りお創りになられた人間、その心を堕落へと導く悪の権化を駆逐せねばならぬ」

「御意。ホセア様、首尾は万端整っております」

「すべて我らにお任せください」

「この世の邪悪……その最たる悪魔を一匹残らず討伐し、世界に恒久の平和をもたらしましょうぞ」

 エレミア、モーセ、サムエルは順に答えると一瞬にしてその姿を消した。

 彼ら――【洗礼教会】が掲げることは、純粋にして一つ。すべての邪悪を滅ぼし、誰もが平和に暮らせる世を作ること。そのための障害となるべき存在には毅然とした態度で立ち向かう。

 洗礼教会が掲げる敵――それは、悪魔。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

「リリスちゃん! 駅前のケーキ屋さんでおいしいケーキ買ってきました! 一緒に食べましょう」

「ありがとう、はるか。遠慮なくいただくわ」

 学校を終え、はるかはリリスの自宅で午後のひと時をくつろいでいた。リリスは幼い頃に両親と死別している。親戚は居るらしいが長いこと行方がわかっていない。そのため、彼女は幼少の頃からほとんど一人暮らしに近い生活をしていた。はるかは天涯孤独で一人ぼっちだった彼女が初めて心を許した女子だった。

 紅茶を飲んで他愛ないことを話しながら、リリスはコースターにカップを置き、おもむろに口を開く。

「それにしても、はるかも物好きよね……風紀委員なんかに立候補するなんて」

「ですがカッコよくありませんか! 校内で起こっているトラブルを解決する正義のヒーローみたいですし……私、将来は警察官になろうと思っているんです!!」

 今日のホームルームのことだった。クラスの中から風紀委員を決める話が持ち上がった際、はるかは真っ先に手を上げ、自ら風紀委員に立候補した。リリスは幼少期から変わらない彼女の正義感の強いところに驚きと呆れを抱くも、いかにも彼女らしいと内心思った。

「そう。ならがんばりなさい」

「はい、がんばりますよ!! リリスちゃんが応援してくれれば百人力ですね!!」

「応援? あら、私は何もしないからね、言っとくけど」

 聞いた瞬間、はるかは口に含んだばかりの紅茶を盛大に噴き出し驚愕する。

「えええぇぇ――!? リリスちゃん、応援してくれないんですか!?」

「甘いこと言わないでちょうだい。自分の道は自分で切り開くものよ。他人の力をアテにするものじゃないわ」

「あ、アテになんてしているつもりなんてありません! 私はただ一人の親友としてリリスちゃんに背中を押してもらえたことが嬉しかったんですよ……なのにそんな冷たい態度を取るなんて、本当にリリスちゃんはひどいです。悪魔ですよ!」

 それを聞いた瞬間、リリスはおもむろに立ち上がり、そして――

 バサッ……と、背中からコウモリに似た黒い翼を生やした。

 はるかがあちゃー、口が滑ったと苦い顔を浮かべる中、薄ら笑みを浮かべながらリリスは言う。

「私、悪魔ですけど……それがどうかしたの?」

 

【挿絵表示】

 

 誇らしげに口にするリリス。コースターに空っぽになったカップを置くと、はるかは深く溜息を吐いた。

「……そうでしたね。リリスちゃんはまごうことなき悪魔でしたね……うっかり忘れていたはるかがバカでした」

「わかればよろしい」

 背中に生やしていた悪魔の翼を体内へと戻し、リリスは着席する。

 何を隠そう、リリスは人間の姿をした悪魔である。彼女の本名は【ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアル(Diablos Blood Lilith of the Belial)】。悪魔界では五指を連ねる名門「ベリアル家」の御令嬢だ。

 しかし十年前のある出来事をきっかけに、彼女は住み慣れた悪魔界を逃れ、ここ人間界へと移住したのだった。

 

 ――バタンッ!!

 

「ただいま戻りましたぁ――!!」

 次の瞬間、勢いよく玄関の扉が開かれたと思えば、黒いスーツ姿の男が家の中へと入ろうとした。が、次の瞬間、

 ゴギッ……

「ああああぁぁ!!」

 運悪く蹴躓いてしまった。前のめりに体勢を崩した男は持っていた書類の束を床にまき散らして、顔面から派手に転倒した。

「は、はひ!? 今の声は……!」

「あのバカ。何やってるのよ」

 玄関から聞こえてきた声に反応し、はるかが目を見開く中、リリスは呆れた様子で言葉を発してから、腰を上げ玄関へと向かう。

 二人が玄関へたどり着くと、男は未だ腰が上がらないのか、床の上で這いつくばったままだった。

「お帰りなさい、レイ」

「お邪魔してま――す、じゃなくて!! だ、大丈夫ですかレイさん!?」

「いててて……リリス様……どうにか新規の契約を獲って参りました……」

 真っ赤に腫れ上がった顔をあげ、正面の主たるリリスを見ながら、レイと呼ばれる男は散らかした書類を拾い上げ、束を彼女へ手渡した。

「ご苦労様。じゃあこれ……はい、次の契約もお願いね」

 表情一つ変えずにそう言うと、リリスは段ボール箱の中から魔法陣が印刷されたチラシのような束を大量に持ってきて、レイの下へと置いた。この瞬間、レイは自らの目を疑い、思わず声をあげた。

「リ、リリス様……あなたは使い魔使いが荒すぎます!! わたくし、あなた様のために身を粉にして町中を走り回って来たのですぞ! そして、目標契約数一〇〇件のノルマを終え、はるばる帰還した次第……しかし!! 帰ってきて労いの言葉もほとんどなく何食わぬ顔で私の手の中にポンと。これはいくら何でも理不尽過ぎますぞ!!」

「あら、使い魔が主人の命令に刃向うって言うの? 嫌ならいいのよ、別に。代わりの使い魔なんかいくらでも作れるんだから。ここで消し炭にされたところであんたに文句は言えないのよ」

 レイは取り立てて邪悪なものをリリスの瞳から感じ取った。日頃から自分に厳しい主人に睨みを利かされ、途端に萎縮した。全身から冷や汗が流れ出る中、彼女に逆らったときにどのような恐ろしい結果を招くかを想像し身震いする。

「も、ももも、申し訳ございませんでした!! 分際を弁えぬ発言、どうかお許しください!!」

 そして、すぐに生意気な口を叩いたことを謝罪した。

「わかったならさっさと行きなさい。いいこと……もっともっと契約を獲ってもらわないと、困るのはあなただけじゃないの。他ならぬ、この私なんだからね」

「承知しております!! では、リリス様の為にこのレイ、命を懸けて行って参ります!!」

 レイは主人から渡された段ボール箱を手に取り、機敏な動きで玄関から再び外へと向かって走り出した。

 二人のやりとりを横で眺めていたはるかは、静けさを取り戻した玄関を後にして 部屋に戻ったのち、リリスに向き直ってつぶやいた。

「あのー、リリスちゃん。レイさんに少し厳しすぎませんか?」

「あれくらいでいいのよ。第一、群れから外れて瀕死寸前だったところを私に助けられた恩があいつにはあるのよ。もっと主のために献身的になってもらわないと」

 リリスは澄ました顔でカップを手に取り、優雅に紅茶を啜る。

「正しく悪魔ですねリリスちゃん……」

「だから悪魔だって言ってるじゃない」

 自らが悪魔である以上、リリスはそのことを誇りに思っていた。ふと壁に掛けられた時計を見れば、時刻は夕方の五時を過ぎていた。

「あら、もうこんな時間。お夕飯の買い物に行かなくちゃ」

「では、はるかはこれでお暇させていただきます」

 帰りの頃合いを見計らい、はるかはハンドバッグを手に取り立ち上がった。

「気をつけなさいよ。私みたいな悪魔が他にもいるかもしれないから」

「リリスちゃんみたいな悪魔はそうそういませんよ!」

 悪魔の友人が目の前にいるとはいえ、彼女と同様の存在が他にも自分たちの住む町にいると、あまり考えたくもないはるかだった。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら商店街

 

「ご協力お願いしますっ!! お願いしまーす!!」

 人が賑わう商店街で、レイはチラシ配りに一生懸命だった。

 悪魔は人間と契約して対価をもらうことで力を蓄える。レイが配っているのは悪魔を召喚するための魔法陣が描かれたチラシで、それを召喚してくれそうな人に配っているのだが……

「ママ、なにあれ?」

「シッ、関わっちゃいけません」

 そもそもまともな人間はそのようなインチキまがいな怪しいチラシなど受け取ろうとはしない。敬遠され、誰も近付こうとはしないのだ。

 ひどいときには町の子どもたちから水鉄砲で標的にされたり、犬にはおしっこをひっかけられたり、あげくの果てに客引きと勘違いされ警察に通報されて必死に逃げ出したこともある。

 あまり芳しくない状況。段ボール箱には思わず目を背けたくなるほど大量のチラシの山。レイは重い溜息を吐いた。

「はぁ……堅気の人間から契約をもらうことがどれだけ大変か、リリス様は知らないんだ……」

 ついネガティブなモードに堕ちそうになりつつも、お仕えする主のため、めげずにチラシ配り続けることにした。そんなとき――足音が近づき、レイの下へと歩み寄ってきた。

「お?」

 目の前に立つのは赤色のラインが入ったローブを着こなす壮年の男性だった。

「よ、よろしくお願いします!!」

「…………」

 レイは数少ない契約機会と思って彼にチラシを手渡した。男はチラシを黙って受け取り、それをちらっと一瞥するとそのまま立ち去っていった。

 男が立ち去っていく様子を、レイは怪訝そうに見ながら、内心不安に思った。

「なんだ……あの男。ものすごく嫌な気配を感じた」

 悪寒が走るレイに背を向け歩いていた男は、チラシを見ながらスマートフォンのようなアイテムを耳に当て、仲間内に連絡する。

「……こちらエレミア。やはりターゲットはこの近くに潜んでいる模様。大丈夫、ここは私が仕留めるよ」

 言った瞬間、魔法陣が印刷されたチラシを思い切り強く握りつぶした。

 

           *

 

同時刻―――

黒薔薇町 スーパーくろばら

 

 夕暮れ時のスーパーは、子どもを連れた母親、仕事終わりのサラリーマン――様々な買い物客であふれていた。買い物かごを腕に下げ、品物を手に取るリリスもまたその一人だ。

「さてと……今日の献立どうしようかしら?」

「あらリリスちゃん」

 数ある品物の中から今日の献立を頭の中で考えていた折、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、温和な雰囲気を醸し出す中年女性が自分と同じく買い物かごを引っ提げていた。リリスの名を知る女性は隣近所に住む佐藤婦人だった。

「佐藤さん。こんにちは」

 顔見知りで普段から何かと世話を焼いてくれる彼女はリリスにとって人間界で数少ない信頼できる人間だ。ペコリと律儀にお辞儀をするリリスを見て、佐藤は破顔一笑し「こんにちは」と返事をする。

「リリスちゃんもお夕飯の買い出しかい?」

「佐藤さんもこれからなんですか?」

「ちょうどパート帰りなものでね。食べ盛りな子どもと亭主のためにもなんだかんだあたしが作ってやらないとならないから」

 リリスは頭の中で子どもと旦那さんの顔はどんなものだったかと思い出しながら、「大変ですね」と相づちを打つ。

「あたしなんか大したことないさ。むしろ、リリスちゃんの方が大変よ。ほら……いつもいる男の人……レイさん? こういっちゃなんだけど、あの人……ちょーっとイッちゃってるわよね?」

 バツの悪そうにリリスの耳元でレイについて率直な心象を口にする佐藤。これにはリリスも苦笑いを浮かべる。

「ねぇリリスちゃん、あたしは今でも不思議なんだけどさ。どうしてあんな人と一緒に住んでるの? あんたがこの黒薔薇町へ越してきたときからずっと気になってたんだよ」

「えーっと……話をすればいろいろ長くなるんですけど、家の事情でレイとはずっと一緒なんです。佐藤さんの仰ってるようにちょっとボケてますけど、根は悪い人じゃないんです」

「そう? まぁリリスちゃんが言うんだったら心配いらないと思うけどさ。なにかあった時はいつでもあたしに相談しなさいよ。年頃の娘と男の二人暮らしだ。もしもの時はあたしがきっちり成敗してあげるよ!」

「大丈夫ですよ佐藤さん。そんなことは天地が裂けてもありませんから」

 フランクに話をしている割にはずいぶんと生々しい会話だと当人同士はあまり気づいていない。故に周りから向けられる変な視線にも一切動じていなかった。

 佐藤との立ち話もそこそこに買い物を続けるリリス。陳列棚を見ながら商品を吟味しつつ、使い魔レイの事を考える。

「……ああは言ったけれど、レイが私のためにがんばってくれているのは事実だからね。一仕事終えたご褒美くらいは用意してあげようかしら」

 レイの好きな食べ物は何だったかしら、と頭に浮かべながら食品売り場を回る。

 レシピと冷蔵庫の残り物を思い出しながら、あれこれと買い物かごに放り込む最中、リリスの目に一組の母子が留まった。

「ねえ、ママ、きょうはわたしもおりょうり、てつだうね!」

「あらあら、お利口さんね。それじゃあいろいろ頼んじゃおうかしら」

 買い物かごを乗せた台車を押す母親と、その横で楽しそうに会話を重ねる小さな女の子――年の頃は四、五歳くらいだろうか――を見て、かつての思い出がリリスの胸をよぎった。

 

 

『お母さま、お父さまのお誕生日用のケーキ、フルーツの盛り付けはわたしがやります!』

『ありがとうリリス。じゃあ、ここに切り分けてあるフルーツをキレイに盛り付けてくれるかしら?』

『もちろんです! 大船に乗ったつもりでリリスにお任せください!』

『うふふふ、頼もしいわね』

 

 

(――私もよくお母様のお手伝いをしてたわね)

 いつも優しかった母のことは今でも鮮明に覚えている。うっかり皿を落として割ってしまったときだって、母は怒らずにケガがないかを心配してくれた。

 キッチンにいけば料理の仕方を教えてくれたし、部屋をきれいに掃除したら優しく頭をなでて褒めてくれたのだ。

「――セール開催中! タイムセール開催中です! 早い者勝ちですよ!」

 リリスがかつての記憶に思いを巡らせていると、スーパー中にタイムセールのアナウンスが鳴り響いた。

「……と、いけないいけない」

 リリスは目の奥に少し熱いものを感じたが、上を向いてごまかした。

 どれくらい立ち止まっていたのだろうか。母子の姿はすでに遠くなっていた。

 リリスは遠くからでもわかるくらい仲睦まじい彼女たちをうらやましそうに見つめていたが、やがてそっと視線を外した。

 

 それから買い物の続きを終えたリリスはレジでの精算を終えて、買い物袋をぶら下げてスーパーをあとにした。

 帰り道はいつも人気の少ない道を選ぶ。単純に、人通りの多い表道を人と肩がぶつかりそうになりながら歩きたくないという思いもあるが、今日の理由はそれだけではなかった。

「……どうしてなのよ」

 一人つぶやいたリリスの頭には、さっきスーパーで見かけた仲の良い母子の姿が思い起こされていた。

「……どうして私からお父様も、お母様も奪っていってしまったの……私の大切な、大切な家族を。ねえ、どうしてよ!?」

 言葉が、想いが口の端からこぼれ出す。まわりに人はいなかった。別に誰かに聞いてもらい、同情してほしかったわけではない。それでも悔しさがあふれ出た。

 普段は毅然とした振る舞いをしているが、リリスは幼いときに家族を亡くしている。ましてや、まだ中学二年生だ。どれだけ大人びた性格でも社会から見れば子どもとして扱われる年齢だ。

 世間では様々な家族の形態があるが、家族を亡くした子どもはどれだけいようか。

 リリスはまごうことなく悪魔だ。だが、同時に一人の少女でもあった。家族と当たり前のように生活をしたかったし、成長していく自分自身の姿を見せたかった。

 こういう孤独感に苛まれることは、リリスにとって初めてではなかった。それでも徐々に機会は減っていった。孤独で胸がいっぱいになるとき、ふと思い出す笑顔があったのだ。

 ――はるかだ。

 リリスは思い浮かべていた。家族がいないが、今はかけがえのない親友がいる。そして、少しドジでおっちょこちょいな使い魔も。

「……うん。帰ってご飯、作らないと。レイの奴、はりきって出て行ったから、お腹を空かせてすぐに帰ってくるかもしれないわ」

 はりきって出て行かざるを得なかったのは他ならぬリリスのせいだとも思われるが、はるかとレイのことを考えながら、再び足を動かし始めた、そのとき――

 

「見つけたぞ。魔王の忘れ形見……」

 

 唐突に正面から声をかけられた。

 人気のない道でうら若き女子中学生が男に声をかけられたとあれば、通常であれば事案ともいうべき状況であり、普通の少女であれば急いでその場から離れたであろう。

 しかし、普通の人間たちが知らないはずの自分の素性を知っていることに、一つの確信を抱きながらリリスがゆっくりと前を見ると、洗礼教会の司祭であるエレミアが不敵な笑みを浮かべ立ち塞がっていた。

「私の正体を知ってるってことは、あんた洗礼教会の手先ね……」

「フフフフフフ。お初にお目にかかる、魔王ヴァンデイン・ベリアルの御令嬢。わが名はエレミア。貴様に個人的な恨みはない。が、この世界の平和のために悪魔はこの場で消えてもらう」

 そう言うと、エレミアは首にぶら下げていた十字架を手に取った。そして近くに駐車してあった放置車両に目をつけ、十字架に力を込める。

 

「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 

 十字架から放たれた神々しい光が放置車両に向けられる。十字架の光を帯びた瞬間、車は著しく形を変え、騎士を思わせる姿へと変貌して、まるで産声とも呼べる雄叫びをあげた。

『ピースフル!!』

 洗礼教会に仕える幹部は、十字架の光を周囲の無機物に放射させることで、物質を洗礼教会に尽くす平和の騎士【ピースフル】へと変える。エレミアも例外ではなく、その力を行使した。今回彼が生み出したのは、車の姿を模った騎士《くるまピースフル》だ。

「フフフフ。さぁ、大人しく降伏しろ。悪魔など所詮人間を堕落させる害悪でしかない。貴様らが存在し得る限り、この世界に真の平和は訪れぬ。この世界から災いが無くならない元凶は、その影で人間を食い物にしようとする悪魔がいるため。ならば、主に代わり私が正義の鉄槌を下し悪魔を排除するまで!!」

 エレミアにとって悪魔を駆逐する正当な理由は、悪魔こそが人間を堕落させる根源であり、それによって災いが起こるからだ。したがって、彼はここでリリスを倒すことに何の躊躇も抱いていない。

 そんな彼の話を聞いたリリスはと言うと……

「ずいぶんな物言いをつけられたものだわ。何をもって自分たちが正しく、優れているとでも思っているのかしらね」

「なんだと?」

 エレミアは思わず聞き返した。リリスはこの状況に臆するどころか、口角を上げて笑っている。それも勝てる見込みがあるような不敵な笑みを抱いて。

「待っていたのよ。この十年間……ずっとずっとこの機会を待っていたわ。私から大事なものを根こそぎ奪っていったあんたたちを八つ裂きにするこのときを」

「リリス様ぁ!!」

 そこへ、チラシ配りをしていたレイが駆けつけてきた。レイは人間の姿から一変、本来の使い魔としての姿――リリスの肩に乗るくらいの小竜へと変身した。

「遅いわよ、レイ」

「申し訳ありません。……むむっ、こやつは先ほどの。やはり洗礼教会の手の者だったのか!!」

「千載一遇のときよ。レイ、今こそ十年分のわだかまりを晴らしてやりましょう」

 そう言った直後、リリスは悪魔の翼を模した手のひらサイズの指輪を右手中指へと装着した。

 これを合図にレイが高らかに声をあげる。

「刮目せよ!! この歴史的瞬間を!!」

「な……なにをするつもりなのだ!?」

 エレミアとピースフルが目を見張る中、リリスは全身の魔力を指輪に注ぎ込み、力を発動させる。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 

 刹那、指輪に紅色の光が灯った。そして彼女の全身を同じ色のオーラが包み込む。

「こ、これは……!?」

 エレミアがその光景に目を疑う中、光の中ではリリスに著しい変化が起こり始めていた。

 黒かったミディアムヘアはするすると輝かしい紅色の長髪へと伸び、根元で一つ縛りにしたポニーテールへと様変わる。加えて、左側には悪魔の翼を模した髪飾りをつけて、黒とマゼンタを基調としたバトルコスチュームを身に纏う。そして、すらりと伸びた足には深い黒色をした長いソックスとショートブーツを履き、胸に黒のコウモリリボンを添えて、肩を覆うほどのマントを掛けていた。

 仕上げに、薄い紅色をしたコウモリ形のイヤリングを身につけると――背中から自らの誇りとその象徴でもある悪魔の翼を生やし、空中で一回転を決めてから、翼で柔らかに体を包み込む。

 

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

 変身後の決め台詞もばっちり決まった。

 そんな麗しい少女の変身を目の当たりにしたエレミアは、変身したリリスの姿に心底目を疑った。

「貴様……その姿は!?」

「あら? 何か変かしら?」

 変身から口上までばっちり決めたキュアベリアルは、どこかに不備があったのかと、腕を組み、頬に指を当てて考える振りをする。

 だが、エレミアはありえないものを目にした事実を受け入れられないように叫んだ。

「伝説の戦士……プリキュア!! その力をなぜ貴様如き悪魔が使えるのだ!? 悪魔風情がどうして!!」

「御託はいいわ。さっさと始めましょう……今宵の祝賀祭(サトゥルナリア)を」

 

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次回予告

リ「私は悪原リリス、悪魔よ。悪魔の私がどうしてプリキュアになれたかって? ……さて、どうしてかしらね? それはのちのちわかって来ると思うから心配しないでちょうだい」
「ディアブロスプリキュア! 『悪魔は許さない!!粛清の洗礼教会!』」


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第2話:悪魔は許さない!!粛清の洗礼教会!

黒薔薇町 某住宅街

 

「やれ、ピースフル!! 悪魔を滅ぼせ!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの命を受けたくるまピースフルがキュアベリアルへと突進を開始。突進力からの打撃で攻めてくる相手を前に、ベリアルはおもむろに目を瞑る。

 結論から言うと、ベリアルにくるまピースフルの攻撃は当たらなかった。彼女は視界を自ら封じていながらも、巨体に物を言わせる相手のパンチを容易に避けた。それどころか、くるまピースフルの懐に潜り込んで強烈なアッパーカットを浴びせる。

 ボコッ―――

『ピースフルッ!!』

 紅色の閃光を纏った打撃がくるまピースフルを上空高くへと舞い上げる。エレミアが目を見張る中、重力に従いくるまピースフルはどんどん加速して、真下にあったブロック塀を破壊し民家の敷地内へと勢いよく落下した。

「図体ばかりなのね。こんなんじゃ遊びにすらならないじゃない」

「く。何という力か……ピースフル!! 悪魔如きに後れを取るな、返り討ちにしろ!!」

 退屈そうな表情を浮かべるベリアルに焦燥を抱いたエレミアは檄を飛ばし、くるまピースフルに命令した。

『ピースフルッ!!』

 くるまピースフルは破壊したブロック塀をベリアルへと放り投げて反撃する。ベリアルは敵の攻撃を華麗に避け、相手の出方を窺った。

 業を煮やしたくるまピースフルは全身から蒸気を吹き上げながら怒り心頭に発した。そして、自身の身体に付いた四つのタイヤを一本に繋げて、まるで剣のように見立てた武器を手に取った。

 くるまピースフルの本気の態度が窺え、ベリアルもまた口角をつり上げる。

「少しは楽しませてくれないとね。レイ、こっちも行くわよ!」

「カリバーチェインジー!!」

 キュアベリアルが従えるスプライト・ドラゴンの使い魔・レイは彼女の身の回りの世話は勿論、戦闘でも彼女の手となり足となる。

 声高らかに宣言すると、レイはドラゴンの姿から西洋の剣を模った魔剣へと変わった。ベリアルは武器である【魔剣レイエクスカリバー】を携え、くるまピースフルと対峙した。

 両者は睨み合い、攻撃を仕掛けるタイミングを計る。そして刹那、両者は同時に剣を携え前に出た。

 カキンッ……カキンッ……

 タイヤでできたくるまピースフルの刀身と、レイの翼が刃として変異した魔剣はお互いにぶつかり合う。だが単純な威力もさることながら、ベリアルが持つ純粋な技術力がくるまピースフルを上回り――

「はああああああ」

 ベリアルは圧倒的な力を見せつけ、くるまピースフルの剣を弾き飛ばし返り討ちにした。剣を弾いた際に生じた衝撃波によってくるまピースフルは後方へと飛ばされ、エレミアと衝突した。

「ぐおおおおお」

 エレミアはくるまピースフルと共に地面を激しく転がりまわった。やがて顔を上げると、土ぼこりに塗れた険しい表情をベリアルへと向ける。

「さて、そろそろ終わりにしてあげようかしら」

 ベリアルの目はプリキュアという言葉に反するほど冷徹だった。彼女がレイソードをおもむろに掲げ、くるまピースフルともどもエレミアへとどめの一撃を加えようとした瞬間――くるまピースフルに抱きかかえられながら、エレミアは上空へと飛び上がった。

「不本意だが、ここは退 かせてもらうぞ!!」

 そう言って、足元に魔法陣を展開した彼はくるまピースフルを伴い魔法陣の中へと消えて行った。

 あと一歩というところで仇相手を逃がしたことに、ベリアルは非常に悔いた。思わず舌打ちをした彼女は、戦う必要が無くなったことで変身を解除した。レイも元のドラゴンの姿へと戻り、リリスの肩に止まりながら、エレミアたちが消えた方角を向いて言った。

「逃げられましたね」

「都合の悪いときはいつだって逃げる。奴らはそういう連中じゃない」

「リリス様。奴らが来たということ は、目的はやはり……」

「ええ。だけど奴らが来たことが必ずしも悪いことだとは限らない……私にとっては願ってもいなかったチャンスだから」

 この十年間――リリスは洗礼教会を待ちわびていた。なぜ彼女がエレミアの所属する組織に強い敵意を抱くのかは、これから少しずつ分かってくるだろう。

 エレミアとの戦いを終えたリリスは一息つくと、戦いが始まる際に提げていた買い物袋を投げ出してしまったことに気がついた。

「あ……私、買い物袋どうしたのかしら」

 周囲を見渡していると、レイが肩から飛び立ち、横たわっている買い物袋を見つけてその上を飛び回って場所を教えた。

「リリス様! こちらにありますぞ!」

 急いで駆け寄ったリリスは、がれきの下敷きにならなかったことにほっと胸をなで下ろした。

「中身は……無事のようね。ようやく会えた仇敵、次に会ったらタダじゃおかないわ」

 買い物袋を引っ提げて家路へと向かうリリス。だがこのとき、彼女は一つの重大なミスを犯してしまった。そしてそのミスに気付いたとき、彼女の生活は大きく変わり始めるのであった――――

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

「リリスちゃ――ん!!」

 翌日登校すれば、始業式と変わらぬはるかの甲高い声が真っ先に聞こえてきた。

 しかも彼女は異様なまでのハイテンションで、教室に入った瞬間リリスに抱き着こうとしてきたから、リリスはすん でのところではるかの顔を抑えつけた。

「朝からテンション上げ過ぎ。何よ、女の子が大声なんか出したりして」

 と、慣れた態度でリリスが尋ねたところ、はるかは目を輝かせ、力強い語気で言ってきた。

「聞いてくださいよ!! 昨日、出たんですよ!!」

「出たって……何が? ひょっとしてストーカーでも出たの?」

「ストーカーが出たならこんな興奮しません! 悲鳴を上げるはずですから! 違いますよ、私が言いたいのはそうじゃなくて……プリキュアが出たんですよ、この黒薔薇町に!!」

「……え?」

 一瞬頭の中が真っ白になった。なぜ、はるかの口からプリキュアという単語が飛び出したのか――そんな不可解な謎を抱いていると、はるかが鞄から何かを取り出した。

「これ今日の新聞なんですけどね……ほら見てください、ここにバッチリ写ってるじゃないですか!!」

 リリスは目を凝らして新聞の中身を確かめた。新聞の地方欄の一面を飾るのは、プリキュアに変身したときの悪原リリスその人だった。運が悪いことに、はるかが持ってきた新聞はリリスが契約している新聞とは全く系統が異なるものであり、事前にこのことを知ることができなかった。

「あ……」

 リリスは目を見開いたまま長い時間言葉を失った。彼女の中で恐れていた事態が現実となったのだ。合理的精神と秘匿主義をモットーとして人間社会で生活している悪原リリスは、自らの正体を公然に晒すかもしれない墓穴を、まさか自らの手で掘ってしまった。しかも最悪なのは、悪魔であることを知っている数少ない人間であるはるかからこの事実を知らされたということ。

「いいですよねー、かっこいいですよね。プリキュアと言えば、女の子なら誰もが憧れる伝説のスーパーヒーローですからね!! リリスちゃんはプリキュアって知って……リリスちゃん? 聞いてますか人の話? おーい」

 プリキュアに羨望を抱くはるかの言葉などリリスには届かない。彼女の思考は完全に停止状態にあったのだから。

 いくら呼びかけてもリリスはだんまりとして、口を開かない。はるかが不審に思ってもう一度声をかけようとした次の瞬間、リリスは何も言わずに立ち上がった。

「リリス……ちゃん?」

 はるかは異様な雰囲気をリリスから感じ取った。そして、リリスはというと、何を思ってか立ち上がるなり壁の方へと頭を向け――

 ――ガコンッ

「あ――! 私のバカバカバカ!!」

 発狂し、自分の頭を壁に 叩きつけ始めた。

「きゃあああ!! 悪原さん、どうしたの!?」

「リリスちゃん、やめてください!! そんなことしたら頭が悪くなってしまいますよ!!」

 クールで棘のある言葉を言うキャラとして皆に知られ、それでいて容姿端麗で文武両道にたけた美少女として学校中から一目置かれていた彼女の取る行動としては、誰が見ても常軌を逸していた。悲鳴を上げ動揺するクラスメイトと、リリスを止めようとするはるかの甲高い声が教室中に木霊する。

 

【挿絵表示】

 

「何であんな軽率なことしたのかしら!! ああもう、自分がすっごく情けな~~~い!!」

「リリスちゃん、やめてくださいってば!! というか、何の話をしてるんですか!?」

「止めないでよ!! 私は自分で自分に罰を与えてないと気が済まないんだから!!」

「いつもの冷静で淡白なリアクションはどうしたんですか!? はるかはそんな自暴自棄なリリスちゃんを見ているのは辛いです!!」

 はるかの制止も完全に無視。リリスの狂気じみた自虐は留まることを知らない。

 ガラガラ……

「おはようございます……って! 何をしているんですか、悪原さん!?」

 ショートホームルームの時間になったので、クラス担任の三枝が入室してきた。が、朝っぱらからのバイオレンスな光景を目撃するなり、彼の眼鏡にひびが入った。

「先生、悪原さんを止めてください!」

「このままじゃ本当に取り返しのつかないことになっちまうよ!!」

 生徒たちも自分たちではどうにもならず、担任である三枝に助けを求める。生徒たちに頼られた新米教師の三枝は胸に熱い思いを抱き、「わかった何とかします!!」と力強くうなずき、狂気に支配されたリリスを止めようとする。

「悪原さん、止めるんだ! 何を思って壁に頭を叩きつけているのか知らないが、とにかく落ち着いて!!」

「うるさ――い!!」

「いたああああい!!」

 ひと思い にリリスを止めたかった。だがその親切心が却って裏目に出てしまった。三枝はリリスを抑えつけようとした際、抵抗する彼女の蹴りを受けて教室の扉に激突して、そのまま目を回して倒れた 。

「私のバカっ――!!」

 リリスは教室を飛び出し脱兎の如く逃げ出した。

「あっ。リリスちゃん!! 待ってください!!」

 逃亡するリリスをはるかは全速力で追いかける。周りの生徒が茫然自失と化す中、やぶ蛇を食らう結果に終わった三枝は目を回しながらつぶやいた。

「なぜ……こうなる……の……」

 そして、生徒たちが自分の名前を呼ぶ声をかすかに聞きながら、まどろみへと落ちていった。

 

           *

 

同学園内 保健室

 

 教室での惨劇の後、何とかはるかはリリスを見つけた。そして出血がひどい彼女を保健室まで連れて行き、現在は彼女の額に包帯を巻いている。

「もうびっくりですよ……突然あんなことするなんて、何だかリリスちゃんらしくありませんでした」

「ご、ごめんなさい……」

 珍しくしおらしい彼女を見たはるかは諭すようにリリスに話しかける。

「どんな理由があるのかは知りませんが、自分を過度に責めても何も良いことなんてないと思いますけど」

「……」

 すっかりリリスは黙り込んでしまった。いつもははるかの方がリリスに諌められることが多いので、はるかはちょっとだけ変な気分だった。

 とにかく、ようやく親友が冷静さを取り戻してくれた。安堵したはるかはリリスの包帯を巻き終えると、苦い顔の彼女に教室で聞けなかったことを尋ねる。

「ところでリリスちゃんは、プリキュアって知ってますか?」

「え?」

 はるかの質問にリリスは息をのむ。

「いえ、さっき尋ねてもリリスちゃん全然聞いていませんでしたから」

「そ、そうね……私はそういうのあんまり興味ないから詳しくは知らないけど。プリキュアって何なのかしらね?」

 自分が問題のプリキュアであることは絶対に口外してはいけない――彼女は体裁を取り繕った様に親友に尋ねた。

 すると、はるかは口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべ熱く語り出す。

「ふふふ。リリスちゃん、よくぞ聞いてくれました。プリキュアとはですね……弱きを助ける正義のスーパーヒーロー、もといスーパーヒロインなのです!!」

「す、スーパーヒーロー……!?」

「はい!! これまで世界各地で都市伝説として語り継がれてきましたが、よもやこの黒薔薇町にプリキュアが現れるなんて夢にも思っていなかったですよ!!」

 世間一般の解釈に基づけば、プリキュアは言うならば世界を守る為に戦う少女たちの俗称だ。キュアという言葉を接頭語にして個々に別々の名前を有し(あるいはまったくこのルールに該当しないケースも存在する)、人類の害悪となり得る存在を倒している。また、プリキュアに変身しているのはほとんど中学生であり、小学生や高校生というのも稀に存在する。

「それがこの写真の子っていうの?」

 先ほどはるかに見せられた写真をもう一度取り出し、写真にくっきりと写るキュアベリアルとなった自分のことを指さしながら、リリスは尋ねる。

「はい!! これこそ決定的証拠ですね!!」

「演劇部の練習じゃあるまいし、フリフリの衣装着て悪と戦う中学生なんていないわよ……」

 リリスは自分こそがそのフリフリの衣装を着て悪――自分こそ悪魔なのであるが――と戦っていた中学生であるとは悟らせないように、よくそんな恥ずかしいマネができるものだと態度に表して見せる。しかし、内心では未だ動揺を隠せない。

「あ~……またリリスちゃんの論理的で冷たい見解が始まりましたね」

「論理的で何が悪いの? プリキュアってものに関する疑問はまだまだ尽きないけど、どうしてプリキュアが出たってだけで世間はそんなに騒ぎ立てるのかしら」

 プリキュアの力を手にするリリスには、プリキュアが世間に与える影響なんて考えたこともなかった。

「分かっていませんね、リリスちゃん! 彼女たちはスーパーヒーロー……もとい、ヒロインですよ! この世の悪を懲らしめて、世界の平和を守ってくれるのです!!」

「一種の救世主とでも言いたいの? この国ってそんなに治安が悪いとは思えないけど」

「そういう現実的な話では無くてですね……ああ、でもなれることならはるかもプリキュアになってみたいですね!!」

 つい先ほどまで、自らの失態にテンションがどうにかなっていたリリスであったが、その言葉を聞いた瞬間、一気にいつもの冷静さが戻ってくるのを自分でも感じ取った。直後――リリスは顔を歪め、低い声でつぶやいた。

「はるかさ。ヒーローになりたいって思うのはいいけど、力を得たら得たで結構しんどいってことが想像できる?」

「え……?」

「どんな人間でも、勇気を出したら誰だってヒーローになれるわ。だけど誰でもヒーローになれるというのは、励ましではなく警告よ」

 誰でもヒーローになれることは励ましではなく警告……リリスの口から飛び出したその言葉にはるかは思わず息をのんだ。

 やがて、リリスはパイプ椅子から腰を上げ、教室に戻るために歩き出した。

「教室に戻るわよ」

「あ、はい……」

 慌てて彼女に合わせてはるかも保健室から出て行った。

 教室に戻るまでの間、はるかはリリスに話しかけることができず、ただ黙って彼女の背中を見つめながら廊下を歩き続けた。

(誰でもヒーローになれることは励ましじゃなくて警告……? それって、どういう意味なんでしょうか?)

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 無数の水晶の中に忽然と建造された教会こそ、洗礼教会の本部である。

 キュアベリアルとの勝負に敗れたエレミアは、一旦体勢を立て直すために自分の根城へと戻り――此度の戦いについて上司や仲間たちに報告する。

「悪魔がプリキュアの力を手に入れただと?」

「はい……」

 大聖堂中央のステンドグラスに描かれた主に向かって祈りを捧げていたエレミアの上司こと、洗礼教会の大司祭ホセアは背中越しに聞かされた言葉に耳を疑う。エレミアは膝を突いて深々と頭を垂れ、ありのままの事実を報告する。

 周りの信徒たちに動揺が走った。当然だ、彼の認識では邪悪な存在である悪魔が聖なる力の象徴であるプリキュアの力を手に入れることなどあってはならないのだから。

 そんな中、報告を聞くなり深く溜息を吐いたのは緑のラインが入ったローブを身に纏った美少年・サムエルだった。

「エレミアさ。自分が悪魔に負けたからって、そんな聞き苦しい言い訳なんかするほど落ちぶれちゃったの?」

「違う! 言い訳などではない。私はこの目ではっきりと見たのだ!! ピースフルがまるで赤子の手を捻るように投げ飛ばされたんだ!!」

 ピースフルは洗礼教会の布教活動に支障をきたす邪悪――例えば悪魔を排除する戦士であり、重要戦力のひとつだ。人間の力を遥かに凌駕する彼らを倒すことは、それこそプリキュアの力でなければならない。だが現にプリキュアとして覚醒したリリスはピースフルを退けるばかりか、圧倒していた。エレミアにとってそれはかつて味わったことの無い驚きであり屈辱だった。

「お前の証言が嘘でなかったとしても、どうにも解せん」

 ホセアが訝しげな表情を浮かべると、エレミアが名誉挽回のために提案した。

「はい。悪魔の身でありながらどうやってプリキュアの力を手に入れたのか……私にもう一度行かせて奴を討伐する機会をもらえいただけませんか? 今度こそ、悪魔如きに後れはとりません。必ず仕留めて参ります!!」

「いいだろう。エレミアよ、貴様に主の加護があらんことを祈っている」

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

『東京の黒薔薇町で目撃された正義のスーパーヒロイン……通称『プリキュア』と思わしき人影について、ネット上の掲示板では書き込みが殺到。世間でも高い関心を集めています』

 

『絶対プリキュアだって! 間違いないよ』

『プリキュア見てみたい!』

『もしよろしかったらサイン下さい!! 私、プリキュアの大・大・大・大・大ファンなんです!!』

 

 目下人々の関心はプリキュアであることが、嫌でも伝わってくる。四六時中テレビのニュース、ワイドショーはプリキュアの特集を持ち上げる。

 リリスの使い魔、レイは人間の姿でソファーに寝転がっている。彼はテレビのリモコンを操作して幾度かチャンネルを変えるが、民法各局はほとんど同じ時間でプリキュアを話題に出してきた。そうしてテレビ局の放映姿勢と主であるリリスを執拗に追い回す態度に嫌気が差し、とうとうテレビの電源を切った。

「参ったな。リリス様のあの姿がどこの誰かも分からぬ新聞記者のファインダーで覗かれていたとは……これは、下手をすれば一大事になることも十分にあり得るかも」

 昨日の事件は東京中の多くの新聞が記事にした。レイが持ち帰って来た情報によれば、ピースフルの出現で車を失った被害者は警察に被害届を出す直前に「プリキュアを告訴してやる!! 俺の車を返せ――!!」と叫んだという。

 また、別の新聞ではピースフルの出現に伴いブロック塀を破壊された家の住人は破壊したピースフル以上にキュアベリアルに怒りを露わにしていることが分かった。

 世間はプリキュアという言葉にいい意味でも悪い意味でも注目している。しかし、リリスやレイにとっては悪い意味にしか聞こえていない。早急に対策を打つ必要が迫れた。

「とはいえ……一体何をすればいいというのだ」

 レイは考えるが具体的な解決策が見えてこない。

 被害者に何と言って詫びればいいのか……いや、そもそも何故こちらから詫びなければならないんだ。元はと言えば洗礼教会がピースフルなど作らなければこんなことにはならなかったんだ!! ――そんなことを思い教会への憎悪を湧き上がらせた、次の瞬間。

 ――バチン!

「あいって――!」

 後頭部から突き抜けるような衝撃が走った。衝撃は凄まじく、フローリングに顔をぶつけてしまったレイはショックでスプライト・ドラゴンの姿へと戻った。

「レぇ……イぃ……」

 空気を震わせる凶暴な声がした。恐る恐る顔を上げ振り返ると、ハリセンを携えたエプロン姿のリリスが仁王立ちをしている。しかも彼女は悪魔と言うよりも魔王に近い形相を浮かべ、背中からは当然のごとく黒い翼を生やしていた。

「他人事みたいに言わないでくれる! 大体、私がどうしてあんたの分まで余計に料理しなきゃならないのよ! 普通使い魔のあんたが私に奉仕するのものでしょう!!」

「も、申し訳ございません……そこまでの気が回らず何とお詫びをしたら」

 レイは必死に頭を下げるがリリスの溜飲は下がらないどころか、ますますヒートアップする。

「気が回らないとかどうとかの問題じゃなくて、そういうものなの!!」

「ひいいい……す、すいませんでした!!」

 平謝りする以外にレイが助かる方法は無い。リリスは呆れたようにふうと息を漏らし、台所へと戻り、残っていた野菜を切り始めた。

「まったくもう……これじゃどっちが主人で従者かわかったものじゃないわね」

「しかしリリス様。これだけメディアに注目されるとは思いませんでしたね……」

 静まり切らない主人の怒りの矛先をいつ向けられるかもしれない中、レイが震える声でそう尋ねると、切り終えた材料をリリスは鍋の中へと入れながら応えた。

「メディアもそうだけど、最近はSNSの拡散力も馬鹿にならないわ。むしろ私は第三者に昨日のような戦いを動画サイトなんかに投稿される方がよっぽど怖いと思ってる」

「なんとか社長やらナントカキンとかが取り上げそうですよね。だとしたらリリス様もこの機会に何とかチューバーの仲間入りを……」

 レイがぽんと手を打ち、リリスへ進言したが、リリスは握った包丁をその手に収めたまま悪魔の形相で振り返った。

「あんたは主人で広告収入を得るつもりじゃないでしょうね!?」

「じょ、じょ、冗談ですよ! あんなネットに恥をさらしてエンターキーひとつで稼ぐこともままならない輩とリリス様をいっしょにするわけないじゃないですか!」

 包丁を突き付けられながら慌てて弁解を述べるレイに、リリスはやれやれという顔を浮かべながら、調理を再開した。そして、鍋の火加減を見ながら率直に呟いた。

「でも正直な話、この国の国民ってつくづく脳みそお花畑よね。世間はプリキュア如きに現を抜かしている暇なんてないでしょう。もっと大事なことがあるじゃないの。少子高齢化社会に向けてどうするとか。若い人の雇用をどうするとか。あとは環境問題かな……日本人はいろんな意味で能天気なのよ」

「リリス様……そんなストレートに突き刺さる言葉を大人の前で言うのはくれぐれも自重していただけないでしょうかね」

 彼女の言動はバラの棘である。プリキュアに熱くなる多くの国民がこれを聞けば、必ず昇天しかけるだろう。

 そんなレイの言葉を聞いてますます機嫌を悪くしたリリスは、包丁をまな板に突き刺すと振り返り――恫喝する。

「ちょっと! 家事手伝う気がないなら契約のひとつくらい獲ってきなさいよ!!」

「えぇぇぇ!! い、今からですか!? しかしリリス様、もう夕食時ですよ。みんなお家で家族団らんの中にあるかと……」

「働かざるもの食うべからず!! 悪魔に盾つく使い魔に明日なんてあると思うんじゃないわよ!!」

「ひいいいい!! どうかお許しください!!」

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら商店街

 

 リリスの逆鱗に触れたレイは、しぶしぶ市街地へと向かった。

 人間態で街を歩き回るが、既に買い物を終えた家族層がほとんどであり、寄り道もせず真っ直ぐ帰路に就く者ばかり。契約のためのチラシを配るが、誰も見向きもしようとしないという厳しい現実があった。

「はぁ……リリス様も理不尽なことを仰る 。しかしよくよく考えれば、私が家事をしっかり手伝っていればこんなことにはならなかったのだろう」

 主の怖さを身に染みて知っているレイは、素直に自分の非を認めると―――かつて自分の命を救ってくれた彼女に報いるために身を粉にする決意を固めた。

「よしっ!! ここはリリス様のため、悪魔の明るい未来のためにも一肌脱ごう!!」

 

「悪魔の明るい未来だって?」

 レイの言葉に疑問を投げかける声。レイの体に悪寒が走り、頭上を見上げる。

 商店街で買い物をしていた人間もレイと同じように目線を上に上げている。空中には《くるまピースフル》を引き連れた洗礼教会の使者・エレミアが宙に浮かんでいた。

「私も老いたかな、幻聴が聞こえたぞ。この世で最もあってはならぬ発言が耳に飛び込んできたのだから」

「お前は……洗礼教会の!?」

 驚愕の表情を浮かべるレイ。エレミアはくるまピースフルとともに地上へ降り、右手を前に差し出してから胸元に持っていく。

「先日は世話になった。貴様には名乗っていなかったな、私は洗礼教会の三大幹部が一人、エレミアと申す。貴様は我々がかつて粛清した悪魔界の名門、ベリアル家の御令嬢の使い魔だろう。その鼻につくような臭いが何とも堪らん」

 突如現れた洗礼協会の手先・エレミアの言葉に、レイは啖呵を切って返した。

「何だと! 私のことを臭いと言ったか! ふざけるな、毎日ちゃんと風呂に入ってるんだぞ!! 貴様の様な加齢臭と抹香の臭いを漂わせる古臭い神父とは違うのだ!」

「な……貴様! 私を侮辱することは我らが聖なる神を冒涜すると同じこと! なんと愚かで罰当たりな……これ以上人の世に災いをもたらす前に、根絶やしにせねばならん。ゆけ、ピースフル!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの命に従い、くるまピースフルはレイ目掛けて襲い掛かった。

 ――ドカン!!

「「きゃああああああ!!」」

「怪物が出たぞっ!!」

 ピースフルの襲撃に驚いた人々は悲鳴を上げながら逃走する。だが、人目もはばからず、いきなり襲い掛かってきたエレミアのやり方にレイは疑心する。

「ここは商店街のど真ん中だぞ! 罪のない民間人を巻き込むのがお前たちのやり方か!?」

 レイが強い語気で訴えかけるも、エレミアは攻撃の手を休めない。くるまピースフルの容赦ない攻撃を何とか躱(かわ)し、レイは高所へと移動して、エレミアに呼びかけた。

「貴様ら洗礼教会は言ったな、人の世の繁栄と平和が目的だと! そのために悪魔を憎む気持ちはあっても、人間に害悪をもたらすなど本末転倒のはず!! ならば、こんなやり方は間違ってるだろ!!」

「悪魔如きが我々に口答えをするな!」

 くるまピースフルの目から飛び出す光線がレイを直撃した。

「ぐおおおおおお」

 高所から落下したレイはアスファルトの上に叩きつけられた。エレミアはピースフルの傍らで立ち尽くし、悪意ある笑みを浮かべる。

「ふふ。人の世の繁栄と恒久の平和……どちらも一筋縄ではゆかぬよ。悪魔は人の繁栄を妨げる最上級害悪のひとつではあるが、既に悪魔に魂を売られ堕落した者たちが果たして我らの救済すべき対象であると思うか?」

「なん……だと……?」

「この際だ、はっきりさせてやろう。我々は偽善者ではない。真に救済すべき人間には温かい手を差し伸べよう。だが、悪魔に魂を売られ堕落し犯罪に手を染める輩に手を差し伸べることを主は望んでいない! 我々は忠実に主の望みを叶えるまで」

 これを聞き、レイは満身創痍の体でゆっくりと立ち上がる。

「この商店街にいる人間は、犯罪者なんかじゃない……善良な市民だろうが!」

「悪魔を排除するには犠牲も必要だ。安心しろ……貴様の言う通り善良な市民には手を出さぬ。我らが主の望みが叶うのであれば、多少街の景観が壊れるくらい安いものだ」

 聞けば聞く程にレイの心は乱れ、怒りに支配される。思わず拳を強く握りしめた彼は歯を食いしばり、唇から血が流れた。

「選民主義……独善的な言動……そして、都合のいい自己解釈で救済の意味を履き違える……貴様らの方がよっぽど悪魔じゃないか!!」

 瞬間、カッと目を見開いてレイは思いの丈をぶつけた。

「ふざけるな!! 貴様らの独りよがりな考えが、リリス様を悲しみの淵に叩き落としたんだ!! 悪魔というだけで我々を虫けら同然に見下し、我々から生きる権利、尊厳、あらゆるものを根こそぎ奪っていった。そして、それは今も……断じて許されることではない!」

「ふん。貴様ら悪魔に生きる権利など無い。生かすべき存在は我々人間なのだ」

 聞く耳を持たないエレミアにレイは力の限り吼えた。

「お前たちは人間じゃない! 心を失くした人間が人間を語る資格などない!!」

「ほざきおって……ピースフル、とどめを刺せ!」

『ピースフル!!』

 使い魔であり悪魔に仕える側のレイの言葉の方が、よほど人間染みていた。だがエレミアがそんな言葉に耳を貸すはずもなく、とどめの攻撃を促した。

 全速力で突進してくるくるまピースフルの攻撃を避けるだけの力は、今のレイには残っていない。まさに、引くに引けない絶体絶命のピンチ――

「くっ」

 死を覚悟し、目を瞑った次の瞬間。

 

「はああああああ」

 ボコッ――

『ピースフル!!』

 突然ピースフルの腹部に強烈な蹴撃が襲った。そのままエレミアを横切り、ピースフルは近くの電柱に激突した。

「なんだと!?」

 レイとエレミアが目を疑う中、ピースフルに強烈な一撃を与えた少女――悪原リリスは唖然とする使い魔を一瞥し、

「あんた、使い魔のくせにカッコつけ過ぎよ――――。こいつらを倒すのは私、勝手なことしないで」

「リリス様!!」

「来たか、魔王の娘よ。昨日は思わぬサプライズを見せてくれてありがとう。だがいつまでも思い上がるな! 今日はその傲りを完膚なきまでにひねりつぶす!! 悪魔が聖なる存在、プリキュアの力を使いこなせるなどあってはならぬ事実だ!!」

「悪魔だろうが人間だろうが関係ないわ」

 そう言うと、リリスは凛とした瞳をエレミアへと向け、力強く主張する。

「知らないなら教えてあげるわ。女の子は、誰だってプリキュアになれるのよ!」

 刹那、全身の魔力を変身アイテム―――ベリアルリングへと注入し、声高らかに宣言。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 紅色のオーラに包まれた彼女は、数十秒の衣装チェンジの末――プリキュアとなった姿を今一度エレミアたちの前にさらけ出す。エレミアが険しい顔を浮かべる中、彼女は自分で決めた振りつけに合わせて掛け声をした。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

「ピースフル!! 今度こそ蹴散らせ!!」

 襲いかかってくるくるまピースフルに対抗するべく、ベリアルは使い魔に呼びかける。

「レイ、行くわよ!」

「かしこまりました! ロンギヌスチェインジー!!」

 人間の姿に化けていたレイは主人の一声によって状態を変化させる。体を光り輝かせながらその姿は武器の形へ変わっていく。そして、キュアベリアルの手に装備されたのは――鋭利な矛を持つ【魔槍レイロンギヌス】。

「はああああああああ」

 長いリーチを持つ矛を巧みに操り、ベリアルはくるまピースフルの体を徹底的に傷つける。

「ピースフル!! そんな武器に頼る似非プリキュアに負けるでない!!」

「武器を使って何がいけないっていうの? 大体プリキュアが素手で戦うこと以外は良くないっていう暗黙の常識……私は知らないから!!」

 矛先から魔力を練り上げた波動を放つ。それに直撃したピースフルは吹き飛ばされ、圧倒的力の前に為す術も無かった。

「く……何故だ、何故悪魔ごときに後れを取られる!? 洗礼教会が悪魔に後れを取るなどあってはならないのだ!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの怒鳴り声に反応して、負けっぱなしのくるまピースフルも立ち上がる。今まで返り討ちに遭っていたくるまピースフルも意地と本気を見せつけるため、捨て身覚悟で体当たりを仕掛けた。

「――あんた達ってどこまで馬鹿なのかしら」

 が、ベリアルはタックルを仕掛けてきたくるまピースフルの攻撃を片手で抑えつける。

 エレミアはその光景に絶句する。そんな彼やくるまピースフルに言い聞かせるように、ベリアルは唱える。

「自分を善だと平気で公言できるあんたら洗礼教会の方が……純潔悪魔の私なんかより悪魔染みてるじゃない!!」

 くるまピースフルの頭を鷲掴みにし、その状態から巨体の敵を持ち上げ――ベリアルは力いっぱいエレミアの方へと投げつけた。

「うわああああああああああああ!!」

 エレミア目掛けて飛んできたくるまピースフルは、エレミアに衝突してそのまま彼を下敷きにして、動けなくなった。

「今です、リリス様!」

 レイの言葉を聞き、彼女はくるまピースフルにとどめを刺すため自身の魔力を最大限に高める。そして、悪魔の力をプリキュアの能力に付与し――両手から紅色に輝く波動を放つ。

 

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 

 真っ直ぐな軌道で飛んで行く紅色の波動はピースフルを直撃した。

 ――ドンッ。

『へいわしゅぎ……』

 この攻撃が決め手となり、くるまピースフルは倒れる間際――そんな言葉を唱えながら消えていった。

「バカな……貴様、浄化したのではないのか!?」

 エレミアがひどく驚いた様子だった。本来、プリキュアによって倒された敵は例外なく浄化され怪人の素体にされたものが元に戻る。だがベリアルが解放した力は例外だった。

「悪魔に浄化なんてことができる訳ないでしょう。私にできることは、敵を完膚なきまでに消滅させること――それだけよ」

「く……覚えていろ!!」

 悪魔を駆逐するどころか、くるまピースフルを倒されてしまい、エレミアは悔しさを顔に出しながら魔法陣の中へと消えて行った。

 彼女とくるまピースフルが戦闘した際の被害は尋常ではなかった。電柱から道路を中心に傷跡は目立っている。プリキュアでありながら敵を浄化できず、戦った際に生じる周囲のダメージも回復させることができない彼女にとって、好ましくない結果だった。

 ベリアルは人が集まる前に早々に退散することにした。ひとまず、悪魔の翼で空へ上がり、どこか人目の付かない場所へと移動する。

 そして、しばらく空を飛んでから彼女はうってつけの場所を見つけた。近所の公園は時間が時間だけに子どもの姿なく、ベリアルは誰にも悟られないように茂みの中へ降り立った。

 そして、ようやくここで変身を解除した。キュアベリアルから悪原リリスの姿へと戻り、戦いの余韻を感じていた。

「ふう。あんまり人前で戦うものじゃないわね」

「あああああああああ!!」

 直後、甲高い悲鳴が聞こえた。驚いて後ろを振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。

 ――同級生で幼馴染みの少女、天城はるかが自分の姿を指さしながら呆然と立ち尽くしていた。

「は……はるか!?」

「リリスちゃんが……リリスちゃんが……プリキュアだったんですね!!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「リリスちゃん、プリキュアになったってどうしてはるかに一言言ってくれなかったんですか!?」
リ「わざわざ言う必要なんかないでしょう。というか、何でこうも簡単に正体がばれちゃうのかな、あなたには……」
「ディアブロスプリキュア! 『悪原リリスは悪魔!?それともプリキュア!?』」


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第3話:悪原リリスは悪魔!?それともプリキュア!?

少し遅くなりましたが、3話目です。


黒薔薇町 くろばら公園前通り

 

 キュアベリアルこと、悪原リリスが洗礼教会のエレミアと交戦を終えた直後――天城はるかはというと、

「ん~~~……今日も塾は大変でしたー!」

 大きく伸びをして公園の近くを歩いていた。勤勉な彼女は複数の習い事をしており、今日は進学塾で再来年に控えた高校受験のために知識を蓄えた。

「今日のお夕飯は何でしょうー」

 心地よい疲れを感じながら、夕食のことを考えていたそのとき――奇妙な物体が空から降りて来たのを偶然にも目撃した。

「ハヒっ! 何ですかあれは!?」

 背中からコウモリに似た翼を生やした人間のような存在は森の茂みの中へと隠れるように消えて行った。

「ひょっとして……噂のプリキュアですか!!」

 はるかの勘は鋭かった。伝説の戦士と称されるプリキュアの姿を一目見ようと、彼女は我を忘れたように全速力で疾走する。

 やがて、幼少期に頻繁に遊んでいた馴染み深い公園へ到着した。辺りを隈なく見渡しプリキュアと思われる人影を探していると――

「あああああああああ!!」

 偶然にも変身を解いたキュアベリアル――悪原リリスの姿を目撃し驚嘆の声を上げた。そして、はるかに正体を知られてしまったリリス本人も彼女を凝視したままその場で固まった。

「リリスちゃんが……リリスちゃんが……プリキュアだったんですね!!」

「は……はるか!? どうして……」

 リリス本人としてはプリキュアの存在を知られる訳にはいかなかった。

 が、そんな自分の都合とは裏腹に今目の前で悪魔という正体を知り、かつプリキュアの姿までもを知った人間の親友が驚喜した様子で見つめている。

 途端、頬を紅潮させたはるかがリリスの方へと走っていき、彼女の手をぎゅっと握りしめた。

「プリキュアになったんですねリリスちゃん!!」

「え……えっとこれは……」

 うろたえるリリスのことなどお構いなしにはるかは言葉を続ける。

「もう~リリスちゃんも水臭いですね!! どうして、はるかにプリキュアになったことを隠しておくんですか♪」

「いや、だから……別に隠してたつもりは……」

「あ! いけません!! こんなところを新聞記者さんや悪意ある動画投稿者さんに撮影されてもいけません! リリスちゃん、とりあえず行きましょう!」

 はるかはリリスの手をつかんでその場を走り去ろうとする。

「ちょ、ちょっとはるか!」

 リリスはどうやってはるかに説明したらよいか困惑していた。だが、説明をしようとする以前にはるかはいつも以上に舞い上がったテンションを抑え きれず、リリスの話を右から左に受け流すばかりか、自分の都合に合わせて彼女を振り回す。

 そうして、説明する暇も与えて貰えぬままリリスは半ば強引にはるかに引っ張られる形で公園から走り出す。

「待ちなさいはるか! 私をどこに連れてくつもり!?」

「詳しい話ははるかの家で聞かせてくださいね! ついでに、時間も時間ですしお夕飯も食べていってください!!」

 未だに興奮が収まらないはるかはリリスの言葉に聞く耳を持たない。

「いいわよ、悪いから。それに私がプリキュアになったことは他言したくないの。たとえ親友のあなたにも」

 リリスの心からの言葉であったが、もはやどんな言葉もはるかには届かなかった。

「リリスちゃん、親友に隠し事なんていけませんよ! もっと心をオープンにしましょう、はるかみたいに!!」

「そのつもりは毛頭ないんだけど……」

 一八〇度ひっくり返したように性格が真逆の二人。秘密裏に静かで穏やかにことを済ませたいと思っている悪魔と、自分の気の向くままに悪魔との距離を縮めようとする人間。こうして比較すると、まるではるかの方が少々小悪魔的だと言えるかもしれない……。

 

           *

 

黒薔薇町 天城家

 

「本当によく来てくれたわね、リリスちゃん! 遠慮しないでどんどん食べて行ってね」

 天城はるかは日本人の両親と三人暮らし。父は一流商社に勤めるバリバリの営業マンで、今日は生憎と出張で家を空けている。

 はるかの実母・翔子はリリスを実の娘同然に可愛がっていた。というのも、リリスが小学校に入るのを機にこの町に引っ越してきた折、一人暮らしの彼女を陰ながら支えてきたのは他ならぬ天城家だった。だからこそ、半ばリリスは天城家の家族も同然であり、遠慮と言うものは不要の関係になっていた。

 とは言え、リリスも最近は遠慮しがちな態度を取っている。幼少期ならともかく、中学生にもなればそれなりに距離感というものを大切にし始める。決して人間と慣れ合うのが嫌と言っているのではない――何となく気が引けてしまうのだ。

「すみませんおばさま。こんな遅くに突然押しかけて」

「いいのよ全然。今日はお父さんも帰りが遅いし」

 リリスと翔子のやり取りにはるかが割って入る。

「第一、はるかとリリスちゃんは小学一年生の時からの親友なんですよ。というか、半ば家族も同然じゃないですか!」

 にひひと笑い、悪魔という身分を越えて、親友であり家族であることの絆を強く主張するはるかだが、リリスは彼女の顔を見るなり嘆息して、

「はるか。ご飯粒ついてる」

 と、静かに指摘する。途端にはるかは赤面し、口元についたご飯粒を手に取り赤く染まった顔を覆い隠すように茶碗を傾けかき 込む様にご飯を食べる。

「本当にこの子ったら……少しは女の子らしくなってくれたらいいのに」

「お母さん! はるかはどこから見てもプリティーでチャーミングな女の子ですよ!?」

 茶碗を置いて、口の中の米粒を飛ばす勢いで反論する。

「自分でそんなことを言うとは、あなたも言うようになったわね」

 食事中だろうと容赦なく炸裂するリリスの毒舌。やや胸の奥がチクチクと痛む感触を覚えるはるかを横目に、リリスは静かに箸を動かした。

「お茶漬けを食べてるんじゃないんだから、ご飯はガツガツかき込まない」

「そうよ、はるか。そうやってかき込むからまたご飯粒つけるでしょ? まったくあなたって子は……こんなおてんば娘を持つ母さんの身にもなってみなさい。できることなら、リリスちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらい」

 天と地ほどにも隔たっている両者の扱いにはるかは嘆息した。実の娘には厳しい態度で接する翔子も、リリスの前では一変して彼女を高く評価する。

「ぶ~~~……お母さんもヒドいです。いくら何でも、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか!?」

「ま、おばさまの苦労も考えてみなさい。私があなたの母親だったら、こんなつらい現実に辟易していたわね」

 追い打ちを掛けるリリスの毒舌。はるかの胸を鋭くえぐる言葉が突き刺さり、持っていた箸をテーブルの上に落とす。

「つ、つらいとはどういうことですか!? そんなにはるかは悪い子に見えるんですか!? 本物の悪魔の リリスちゃんより悪い子だなんて思いません!!」

「こらはるか、リリスちゃんが悪魔なわけないでしょう! いくらあなたと比べてリリスちゃんがかわいくて優秀だからって、そんなこと言っちゃダメよ」

「ごちそうさま。おばさん、美味しかったです」

「あ! スルーしましたね!! リリスちゃん、ひどいですよー!!」

 食事を済ませたリリスは食器を片づけると、足早にリビングから出て行った。はるかは納得のいかない様子でリリスに抗議をするが、公園からの帰りのお返しと言わんばかりに本人は都合の悪い話をすべて右から左へ受け流した。

 

 食事を終えると、はるかはリリスを自室へと招き入れ、あらためて事情説明を求めた。

「リリスちゃん!! 本当に、本当にプリキュアになったんですね!!」

「……」

 都合の悪い者が誰もいない自分の部屋ならば、思う存分プリキュアの話を聞けると思いはるかは積極的に問い詰める。そんな中、リリスの表情は険しくバツが悪そうに思えた。

「きゃは!! はるかは親友として鼻が高いです!! 女の子の憧れ、無敵のスーパーヒロインのプリキュアが今目の前にいるんですから!!」

 しかしはるか自身はそれに気づいていない様子で、テンションを上げて声高に叫び続けた。

「ちょっと、はるか。少し声のボリューム下げてよ。近所迷惑になるわ」

 親友のはた迷惑な態度に辟易したリリスは嘆息してから彼女を諌める。

「リリスちゃん!! はるかの声はそこまで大きくありませんよ!!」

 と、ヤケになった感じで叫んだ瞬間――台所から翔子の声が聞こえてきた。

「はるか、さっきから声が大きいわよ!」

「あ! ごめんなさいお母さん!!」

 無意識のうちに声を張り上げていたことを反省しはるかは自重する。

「はぁ……」

 直後、そんなはるかに対してか別の意味があってか――リリスは重い溜息を漏らした。

「何ですかその溜息は?」

「いえ。いろんなことがいっぺんに起こるものだからね……ちょっと疲れてるの」

 少し頭を冷やしたはるかは、確かに疲れている様子を感じ取った。リリスとの付き合いが長いはるかには一目でわかった。普段よりも親友の顔がこけていることを。

 はるかは自分の軽率な行動で彼女をこれ以上疲れさせるのはいけないと思った。はるかは先ほどよりも声の大きさとテンションを抑え、おもむろに尋ねる。

「リリスちゃん。単刀直入に聞きますけど、どうしてプリキュアになったんですか?」

「それを知ってあなたはどうしたいの?」

 リリスははるかの目を正面から見つめて問いただす。

「どうしたいって……もちろん、リリスちゃんを応援したいです!! だって、プリキュアは悪と戦う正義の…… 」

「悪は私でしょ」

「え!?」

 聞き間違いではないかと思った。リリスは自嘲した笑みを浮かべるや、悲観的な言葉を語り出す。

「考えてもみなさいよ。私はプリキュアである以前に悪魔よ。悪魔って言えば、人を堕落させ破滅を導く存在……そんな邪悪な奴がどうしてプリキュアになれたと思う?」

 親友の言葉にはるかは身を乗り出して反論する。

「り、リリスちゃんは邪悪なんかじゃありません! 確かに悪魔ではあるんでしょうけど……少なくとも、はるかの知る限りリリスちゃんが無暗に人に危害を加えたりしたでしょうか?」

「あら。私をまるで人畜無害な良い子ちゃんだと言わんばかりの弁明ね。まぁこの際、善悪の判断はどうでもいいわ。それよりも、私がプリキュアになった理由を知りたがっていたわね」

「どうしてなんですか?」

 はるかが問いかける。リリスが答えを口に出そうとすると、

「洗礼教会を討つためですよ」

 問いかけに答えたのはリリスではなかった。

 声がした方へ振り返ると、部屋の窓の外から二人の話し合いを眺めていた1匹のドラゴンがいた。リリスの使い魔――レイである。

「れ、レイ!」

「レイさん! いつからそこに!?」

 窓が開けられると、レイは当たり前の様に部屋へと入り――リリスの膝の上に降り立つと、器用に背中の翼を使ってフォークを掴み、お茶請けのケーキを食べ始める。

「リリス様は憎き洗礼教会を倒すため、奴らに対抗する手段としてプリキュアの力を手に入れることを選んだんです」

「あんたは黙ってなさい! というか、不法侵入に加えて何勝手に私のケーキ当たり前に食べてるのよ!!」

「も、申し訳ございません! あまりにもおいしそうだったものですから!」

 使い魔の身勝手な行為を厳しく叱咤したリリスは、ちょっと悔しそうにレイによって食べられたケーキを手に取り、眺める。

「あの、洗礼教会って何ですか?」

 聞き慣れない言葉だった。はるかは端的に意味の説明を求めた。

「人間世界の幸福と平和を願う異界の宗教組織、と言えばいいのかしら。そして同時に私の家族の仇よ」

「か、仇!?」

 はるかは驚愕した。するとリリスは顔を若干伏せ、悲しげに映る表情で更に語り出す。

「十年ほど前かな……はるかと出会う前、私は悪魔界を代表とする名門貴族ベリアル家の娘として何不自由なく暮らしてた。でも、それをぶち壊したのは他ならぬあいつらよ」

 

           ≒

 

さかのぼること、十年前――

 

 人間界とは別位相に存在する悪魔たちが暮らす世界――悪魔界に歴史上、類を見ない惨劇が起こった。

 襲撃してきたのは洗礼教会と名乗る集団。彼らは人間の敵である悪魔の存在を真っ向から否定し、彼らからすべてを奪い尽くそうとした。

 富、名声、力、そして家族……老若男女に渡って、彼らは悪魔を神の名の下に断罪した。そうして、当時四歳だったリリスとその家族も理不尽なる襲撃を受けた。

 

 紅蓮色の炎で覆われた屋敷。上級悪魔ベリアル家が長い年月をかけて守ってきた土地と財産はすべて洗礼教会の手により奪われた。

 リリスの家系は悪魔界で五指に入る有力な名家。そして彼女の父こそ、悪魔界の統治者ヴァンデイン・ベリアル――魔王であった。

 しかし、洗礼教会は魔王ヴァンデインを討ち、すべての悪魔たちの殲滅を断行した。そしてその魔の手がいよいよ幼きリリスと母・リアスの元に及ぼうとしていた。

 家族で過ごした思い出の数々が炎に包まれ、消えゆく様をまざまざと見せつけられながら、リリスは母に連れられ逃げていた。

 だが、洗礼教会の追っ手はもう目と鼻の先に迫っていた。リアスは娘だけでも生き延びて欲しいと思い、彼女へと振り返り凛とした瞳で訴える。

「リリス……私はここに残るから、あなただけでも逃げなさい」

「いやです! お母様と一緒じゃなきゃいやです!!」

 火の手はますます燃え広がり、教会の追っ手も近づく中、リアスは泣きじゃくるリリスに言い聞かせる。

「いいことリリス、これからは一人で生きて行かなくてはならないわ。でも決して忘れてはいけないことがある。真に心を許した者との間に壁を作ってはダメ……自分ひとりで全てできるような気になることは決してあってはならないわ」

「どういうことですか? リリスには分かりません……!」

「時が経てば、いずれは……」

 と、その時。リリス目掛けて光の槍が飛んできた。

「危ない!!」

 グサッ……

 娘を庇ってリアスは光の槍の一撃で胸を貫かれた。悪魔にとって、その光は猛毒と同じだ。

 

【挿絵表示】

 

「お母様!!」

 光の槍に体を貫かれることは、悪魔としての死を確実に意味していた。

 虫の息の母を起こそうとリリスは体を大きく揺すり耳元で呼びかける。だがそんなことをしても既に母の命は残りわずか――だからこそ、リアスはリリスをこの炎の中から逃がそうと最後の力を振り絞る。

「リリス…………にげ……て………………」

 最後の力を振り絞って発動させた紅色の魔法陣。リリスは魔法陣に包まれると、炎の中で消えて行く母親の姿を泣きながら見送った。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

「気が付くと、私は人間界に到着していた。それからしばらくは僅かに生き残った悪魔たちと一緒に暮らしていたけど、多くは奴らの手にかかったか、あるいは失踪を遂げた ――その中には私の婚約者も含まれていたわ」

 薄らと雲がかかった月を寂しげに見つめ、リリスは当時のことを語り続けた。はるかとレイは沈黙して声を押し殺した。

「洗礼教会にとって、悪魔は人の繁栄と平和を根底から覆し脅かすもの……存在そのものを否定された。だから悪魔界は奴らによる粛清を受けた。そして、多くの悪魔があの場で命を落とした」

「そんな……どうしてそんなひどいことができるんですか!?」

「さっきも言った通りよ。教会の目的は純粋にしてひとつ……人の世の繁栄と平和。奴らが忌み嫌うのは、人の心の隙に入り込んで利益を生もうとする輩と、それに唆され堕落した存在。自分たちの利と大義を正当化する為には手段を選ばない。世の悪役と呼ばれる奴らは大抵がこのパターンに当てはまるわ」

「実際、今日の戦いでもエレミア と名乗る教会の幹部の物言いは独善極まりないものでした。恐らくはあれとよく似た奴がまだ何人かいるはずです」

 リリスの言葉に便乗してレイが静かに語ると、はるかは顔を曇らせた。正直なところ、彼女は混乱していた――どちらが正しくてそうでないのか。

「どっちが悪で正義か、何だかよくわかりません……でも、リリスちゃんが間違ってることは絶対に在りませんよね!」

「はるか。あなたもつくづく浅はかなのね」

 そう言うと、はるかの方へと振り返り――夜空に浮かぶ月を一瞥してからリリスは達観した物言いで放った。

「神様でもない限り、人間も悪魔も同じよ。絶対に間違っていないことを一度たりともできた試しがないわ。第一、私がプリキュアになってしようとしていることが何だか理解してる? 教会への復讐よ。とても模範的な正義の味方がやることじゃないわ」

「それは、そうですけど……」

「幻滅した? だったら私を咎めなさい。あなたの中にある強い正義の心で、私を叱責なさい」

 リリスは心のどこかで願っていた。復讐という悪に手を染める自分を目の前で、はるかが叱責してくれることが、それがリリスにとってのせめてもの救いであり、親友を裏切った自分への罰だった。

 だが、はるかはリリスを責めることはなかった。

「はるかには……できません!」

 できなかった。彼女にはリリスを咎めるだけの気持ちが湧いてこなかった。

「どうして?」

 リリスは率直な思いで尋ねた。はるかは肩を震わせながら声を押し殺したように言う。

「復讐はよくありません……多分、そんなことをしたってリリスちゃんのためにならないと思いますし、亡くなったお母さんや他の悪魔さんたちが喜ぶとも思いません。ですが……ですが……はるかにはリリスちゃんを間違っていると咎めるだけの度胸は…………ありません……」

 親友の顔が涙で汚れる。リリスはその姿を見るのは忍びなく、すぐさま視線を外した。

 その夜、リリスは親友を無下に傷つけてしまった自分こそが浅はかだったと後悔し、心を痛めた。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「無様だな」

「まったく。情けない話だ」

 周りからの非難の声があがった。エレミアは、何も言い返せず顔も上げられないでいた。

 その一方でホセアは深刻そうな顔を浮かべ、ステンドグラスに映る主に祈りを捧げながら呟いた。

「キュアベリアル……まさかあれほどの力を有しているとは。悪魔がプリキュアの力を手に入れたとなれば、我々も悠長としている場合ではないか」

 直後、その言葉に応える者がいた。

「ホセア様。私はエレミアの様な失敗は致しません。確実にヴァンデイン王の娘を始末してみせます」

「やってくれるか、モーセよ」

 名乗りを上げたのは、三大幹部のひとり――モーセ。青いラインが入ったローブのフードを外して顔を出すと、口角をつり上げる。

「私に妙案がございます。どうか御静観なさっていてくだされ」

 

           ◇

 

黒薔薇町 私立シュヴァルツ学園

 

 エレミア襲撃から二日。いつも通りの日常を送っていたリリスだったが、はるかにプリキュアの正体がばれ、彼女に悪魔界の悲しい諸事情を伝えて以降、何となく距離を置いていた。というか、はるかといつも通りに接することができないでいた。

 親友と距離を取った彼女は、静かな学校生活を送っていた。そして放課後、当たり障りのない日常を終えて帰り支度をしていると――

「悪原さん!!」

 声をかけられたと思えば、いつの間にかクラスの男子生徒が彼女のもとに群がっていた。

「あ、あの! これから予定ある?」

「俺たちと一緒にカラオケとかいかない?」

 毒舌家ではあるものの、それ以外は物静かで勉強・スポーツも万能にこなせる才色兼備な悪原リリスは、クラスメイトはおろか全校生徒の憧れの的である事は最早不変の事実だった。

「ごめんなさい。今日は外せないスケジュールがあるから」

 リリスは誰からの好意も受け付けなかった。まして、見るまでもなく下心ありありの男子生徒の誘いなど耳触りでしかなかった。

 表面上、やんわりとした態度で断りリリスは鞄を持って教室を後にした。

「く~~~いつもクールビューティーだぜ!!」

「彼女の裏の顔も見てみたいな!!」

「コラー!! そこ、サボってないで掃除しましょう!!」

 リリスに骨抜きな男子たちを厳しく叱咤するのは風紀委員となったばかりのはるかだった。彼女に怒鳴りつけられた瞬間、男子生徒は慌てて自分の持ち場へと戻る。

「まったくもう……」

 教室を掃除する傍ら、はるかは親友のことが気になって仕方なかった。

 窓から覗きこむと、彼女の後ろ姿はどこか寂しげであり冷たくも見えた。まるで自分を遠ざけているかのような――そんな態度を取られている様で、はるかは胸の奥がチクリと痛んだ。

「ふふふ……臭う、臭うぞ。悪魔と関わりある濃厚接触者の臭いが」

 そんな彼女の様子を気づかれないところで見つめる法衣姿の男がいた。洗礼教会より参った三大幹部の一人・モーセは、邪悪な笑みを浮かべ謀略を張り巡らせる。

「人間ともあろう者が悪魔と親しくするなど言語道断。何とも不快極まりない! 貴様には死よりも恐ろしい天罰を下してやる」

 

 教室の掃除が終わると、はるかはやや気落ちした様子で一人帰路を歩いていた。

『幻滅した? だったら私を咎めなさい。あなたの中にある強い正義の心で、私を叱責なさい』

 彼女の頭に焼きついた二日前のリリスの言葉が、今になってはるかの心にじりじりとのしかかる。

(復讐の為にプリキュアになった……リリスちゃん、あなたは本当にそれでいいんですか?)

 復讐は良くないことであり、そんな真似を親友にさせたくはないと思いつつ、リリスを否定することができないもどかしさを感じていた。一体どうすれば胸の中に募ったムズムズとした気持ちをすっきりさせることができ、リリスとこれから接することができるのか――思い悩んでいた時だった。

「ご機嫌麗しゅうございます、お嬢さん」

 不意に目の前に現れた紳士的な口調で話す男こと、洗礼教会の幹部が一人・モーセは、右手を胸の前に持っていき、はるかに対して深々とお辞儀をする。

「あの……どちら様ですか?」

「失礼。名乗るほどの者ではありません……ただ」

 そう言った瞬間、モーセは邪悪を孕んだ笑みとなり目を見開き口にする。

「あなたをエサにこの町に潜伏する忌々しい悪魔を倒させてもらいますので、どうかご理解を!!」

「な、何を言って……は! まさかあなたは!?」

 はるかがモーセの正体に気付いた瞬間、首から下げていた十字架を取り外し、モーセはゴミ捨て場 に無造作に捨てられていた古いラジコン飛行機に目を向ける。

「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 十字架から放たされた神々しい光がラジコン飛行機へと放たされた。その瞬間、光を帯びたラジコン飛行機は見る見る姿を変えて、体長三メートルにも及ぶ騎士《ラジコンピースフル》 が姿を現した。

『ピースフル!!』

「ひえええええええええええええええええ!!」

 唐突に出現した巨大なピースフルにはるかは驚天動地した。――モーセは、リリスをおびき寄せるエサとして彼女を捕まえようとする。

「いやああああああああああああ!! こっち来ないでくださ――い!!」

 怪物に捕まるなんて絶対に嫌だった。元々運動がそれほど得意とは言えないはるかであったが、火事場の馬鹿力を発揮してラジコンピースフルから逃げ回る。

 ラジコンピースフルは背中の翼を広げて空から追いかける。普通に考えてどちらに分があるかは明白――が、それでもはるかは逃げ続けることで目の前の現実から逃避しようとする。

「いだっ!」

 しかし、運悪く溝につま先 が引っ掛かって前方から転倒――鼻先を強打した。

「いった~~~い!! 鼻は人体の急所です……って、うわああああああああ!!」

 鼻をさすっているうちに、ラジコンピースフルが追いついた。恐怖するはるかを見下ろしながら、モーセは狂気じみた顔で投げかける。

「そう逃げないでもらえますか。君に危害を加えるつもりはない。協力してほしいのです」

「かよわい女の子を追いかけ回す人の言うことなんて信用できません!! それに、私が捕まったりしたらリリスちゃんをひど い目に遭わせるつもりなんですよね!?」

 はるかがリリスのことを心配する様子を見せると、モーセはまるで理解できないといった様子で言った。

「悪魔は君ら人間の敵ですよ。傷つける道理はあっても、庇う道理はないはず」

「それは違います! あなた方のやり方は強引です! 確かにリリスちゃんは悪魔ですよ。辛辣なことも言いますし、というか……いつもですけど。だけど、はるかはリリスちゃんとは親友です! 家族なんです! 友達を庇うのは当たり前なんです!!」

 凛とした瞳でモーセに訴えるはるかの言葉から、モーセは彼女が持つ芯の強さを感じ取った。

「なるほど、友情というものですね。古の時代より我々人間という生きものはこの感情をひどく絶賛している。無論、私も評価すべき事柄だと思います。ですが、悪魔との間に友情を芽生えさせるのはどうなのでしょう? 分かり合える相手ではないのですよ、アレは」

 モーセの言い分に、はるかはすぐさま反論した。

「あなた方は、悪魔と分かり合おうとする努力を少しでもしたことがあるんですか? そう言うセリフはやったことがある人が言うべきです!」

「これは失敬しました。君の言う通り、我々は悪魔と分かり合おうとしたことはない……分かり合うことすら反吐が出るのですから!」

 モーセが目を見開いた瞬間、ラジコンピースフルが動かないでいたはるかの脚を掴み、彼女を持ち上げた。

「きゃああああ! 何をするんですか!?」

「手荒なマネは申し訳ありませんが、これもすべて君と人の世の為です」

 絶体絶命の大ピンチであるが、はるかの心はまだ折れていなかった。

「リリスちゃんはいい子なんです……絶対にあなた方の好き勝手にはいきませんよ!!」

「君も強情ですね。同じですよ、所詮悪魔はどこまでも悪魔。有害なものは早くに間引かなければ取り返しのつかないことになります」

 レイの言った通り、教会の幹部たちの言い分は独善極まりないものだった。滅多なことで人に嫌悪感を抱かないはるかであるが、この時ばかりは露骨に嫌悪の感情を顔に出していた。

 

 と、その直後。彼方より猛スピードで飛んでくる紅色の光弾がラジコンピースフルの額に被弾した。

『ピースフル!?』

「 な、なんだと…!?」

 反動でラジコンピースフルは後ろに傾き、同時に掴んでいたはるかをその手から放した。

「きゃあああああああああ!!」

 地面に落ちそうになった寸前、どこからともなく悪魔の翼を広げ飛んできたリリスがはるかを抱きかかえ――救い出した。

「大丈夫?」

「リリスちゃん!!」

 はるかは目に涙を浮かべてリリスにしがみついた。

「良かった。間に合った」

 リリスが安堵したのも束の間、モーセの口が嫌らしく歪む。

「来ましたね、魔王ヴァンデインの忘れ形見……不浄な悪魔め!」

 待ちわびた獲物の到着に、モーセの瞳に先ほどよりも強い狂気が満ちる。

 はるかを下ろすと、リリスは軽蔑の眼差しをモーセに見せ、おもむろに口にする。

「はるかをエサにして私をおびき出そうとする……ホントつまらない悪役ね」

「悪役? それは貴様のことだろう。悪魔も悪役も一文字違うだけで同じ穴の貉ではないか」

「ニュアンスが違うわ。悪役は人に憎まれるべき存在に張られる残念なレッテルよ。だけどこの世界には、悪魔を称賛する人もたくさんいる。例えばそう……ダークヒーロ-的な存在として」

 言った直後にリリスは、ベリアルリングを装着し――変身コールを唱える。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 紅色のオーラに包まれた彼女は、凄まじい魔力の波動を敵にぶつける。はるかが固唾を飲んで見守る中、彼女は親友の前で初めてプリキュアになった姿をさらした。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 変身が完了した途端、はるかの瞳に星が宿り、胸の鼓動が一気に高鳴った。

「キャ――!! プリキュアのナマ変身をこの目で見られるなんて……はるかは感激です!!」

「これがエレミアの報告にあったプリキュアの姿か。おもしろい、似非プリキュアなど返り討ちにしてくれる。ゆけ、ピースフル!!」

『ピースフル!!』

「はるか、私に捕まって!」

 ラジコンピースフルが拳を振り下ろそうとした瞬間、ベリアルははるかを抱きかかえ、背中に生えた翼を広げ――中空へと舞い上がる。

「きゃああああ!」

 ベリアルに抱きかかえられたはるかは有無を言わさず空中ショーに付き合わされる。そして、すぐさまラジコンピースフルが空中を滑空する悪魔を高速で追いかける。

『ピースフル!!』

 ラジコンピースフルが左腕を突き出した。瞬間、ミサイル弾が発射されベリアルに襲い掛かる。着弾を逃れようと高速で移動するが、敵も本気で攻めに来る上、腕に抱えたはるかの身の安全を確保するのは正直厳しかった。

「これじゃ埒が明かない。だったら……レイ!」

「この瞬間を待ちわびていました! 今こそ、真の姿に戻ります!!」

「し、真の姿?!」

 いつの間にかベリアルの隣を飛んでいたレイは嬉々とした様子でそう言うが、はるかには何のことだかわからず疑問符を浮かべる。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 はるかが困惑する中、小型のドラゴンだったレイは力強く声を上げると体を発光させ始める。そして、小さな姿が、巨大な本来の姿へと変わっていく。

「ひ……ひえええええええええええええええええ!!」

 変わり果てたレイの姿にはるかが悲鳴を上げた。普段は愛らしいぬいぐるみのような姿をしている彼が、紺碧に輝く硬い皮膚を持った体長五メートルの巨大なドラゴンの姿となった。

『ウオオオオオオ!! 我こそは、蒼雷龍(そうらいりゅう)スプライト・ドラゴン!! ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアル様に仕える使役竜である!!』

「バカ!! ただでさえ目立つのに、大声で叫んで自分をアピールなんかして!!」

 久しぶりに真の姿に戻れたことに気分が高揚し、つい叫んでしまったレイを主は厳しく咎めた。レイはその巨体に反してすぐに委縮し、

『だ、だって……目立ちたかったんですもん!!』

 と、涙ながらに訴えた。

「はははは!! いよいよ見せてくれるのかな、似非プリキュアの力を!!」

 ラジコンピースフルの背に乗りながらモーセが言ってくる。ベリアルははるかをレイの背中に乗せ、その上で彼女を庇うように前に出る。

「行くわよ、レイ」

『心を一つにいざ参らん!』

 ベリアルはラジコンピースフルたちを正面に捉えるように、光弾をばらまきながら相手の軌道を調整する。レイは背中のはるかに気を回しながらも、ベリアルの動きに合わせて敵に向かっていく。

(――見えた!)

 ピースフルが避けられない軌道を読み取ったベリアルは掌に紅色に輝く魔力を収束し、レイも主人の考えを読み取って口腔内に緑色の電気エネルギーを圧縮させていく。

「『はああああああああああああああ!!』」

 ベリアルがレイの頭上に乗った 刹那、タイミングを合わせて紅と緑の力が解き放たれ、絶妙に溶け合い一つの攻撃となる。

 紅色の魔力と緑色の雷は互いに相乗効果となって、強力無比な一撃をピースフルにお見舞いした。

「だあああああああああああああ!!」

『ピースフル!!』

 モーセとラジコンピースフルは瞬時に感電――凄まじい電撃に耐えきれず、両者は黒焦げとなって空中から墜落する。

 モーセたちが勢いよく地上に叩きつけられると、ベリアルはレイから降りて自分の翼で地上まで降下していった。

 地上に降りたった彼女は、痺れてまともに動くこともできないモーセに言い放つ。

「あんたの言う通り、私は似非プリキュアよ。でも安心して、人の思ってる本物と偽物の基準は千差万別だから。そういう意味じゃ、私も誰かにとっては本物なのかも」

 本物でも偽物でもどちらでもいい。彼女は自分の信じたものを貫くため、目の前の邪悪を滅ぼすとどめの一撃を加える。

 

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 

 ―――ドンッ。

『へいわしゅぎ……』

 そんな言葉を唱えながら、ラジコンピースフルは自らの体を消滅させた。エレミア戦と同じく、キュアベリアルの放った攻撃は浄化ではなく存在そのものを抹消した。

「き、貴様のような悪魔が……本物のプリキュアであっていいはずがない!! 我々は絶対に認めんぞ!!」

 心底悔しがった様子で痺れた体を無理矢理動かして、モーセは魔法陣を潜って洗礼教会へと帰って行った。

「リリスちゃん!!」

 戦いが終わると、レイがはるかを伴い地上に降りて来た。変身を解いたリリスは駆け寄ってきたはるかを見るなり、彼女を自分の下へ抱き寄せた。

「え……」

 はるかは夢を見ている様だった。普段からどこか冷たく、愛想のない態度ばかりのリリスが突然ハグをすることなど、普通は考えられないことだった。

 狼狽するはるかだったが、リリスは顔を伏せバツが悪そうに言う。

「怖い目に遭わせてごめんなさい。これから先、私と関わると今日みたいな危険がたくさんある。それでも、私の側にいたい? 私の友達でいたい?」

 それはどこか寂しげな問いかけだった。リリスは親友だからこそ、はるかを危険から遠ざけようと思い、距離を開けていた。

 だが、本音を言えばリリスは心細かった。親を亡くし、仲間も婚約者も失った彼女にははるかしかいなかった。病めるときも健やかなるときも自分の側にいてくれたはるかしか、拠り所が無かった。

 手放したくない。側に居て欲しい――我儘だと理解しながら一縷の望みを託して問いかけた。はるかから返ってきた答えは――

「リリスちゃん」

 誰よりも温かい抱擁だった。これにはリリスも目を見開き驚いた。

「はるかは何がなんでもリリスちゃんの味方ですし、これからもずーっと友達です。今日みたいなことがあっても、はるかは一番近くでリリスちゃんのことを応援したいです!」

 途端、リリスの中で張りつめていた想いが一気に解放された。常に気丈に振る舞い、長い間、我慢を続けてきた彼女の涙腺がようやく崩れ、止めどない涙が滝のように流れ落ちる。

「…………ありがとう」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「リリスちゃん、レイさんがいつも配ってるあれ……貰った人はどうなるんですか?」
リ「だったらちょうどいいわ。これから新規の契約者と接見する予定だから」
「ディアブロスプリキュア! 『秘めたる力!!グラーフゲシュタルト!!』」


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第4話:秘めたる力!!グラーフゲシュタルト!!

キュアベリアルの変化にご注目ください。


黒薔薇町 悪原家

 

 鳥のさえずりが告げる早朝。今は亡きヴァンデイン王の娘・悪原リリスはただいま寝室で熟睡中。

 スースーという息を立て、ドレスのようなパジャマに身を包んで気品を感じさせる寝姿は彼女の育ちの良さを映し出していた。

 午前六時五〇分。いつもなら使い魔のレイが彼女を起こしに来るのだが、今日に至ってはどこか様子が違っていた。

「リ、リリス様――っ!!」

 部屋の外から甲高い声が響き渡る。一瞬にして居心地の良い夢から不快な現実へと連れ戻されたリリスは眉間に皺を寄せながらゆっくりと覚醒し、身を起こす。

 直後に人間態のレイがバタンと乱暴に戸を開け、ベッドの中のリリスへ呼びかけた。

「リリス様!! 一大事にございます!! リリス様!!」

「うるさいっ!」

 寝起きの彼女は大声を上げるレイに容赦ない制裁として顔面にグーパンチを決め込んだ。

「ごべっ!」

 主の無慈悲な鉄拳を食らいひっくり返るレイに対し、リリスは心底不機嫌そうに寝癖のある髪を片手で押さえつつ、もう片方の掌に魔力を圧縮させる。

「朝から大声でぎゃーぎゃーと……私の貴重な睡眠行為を妨げる愚者にはきついお灸が必要なようね……」

 背中から悪魔の翼を生やし、鋭い睨みで自らの使い魔を睨み付ける。レイは冷や汗をかきながら、後ずさり気味に弁明する。

「リリス様! ど、どうか私の話を聞いてくれませんか!? 今朝の新聞の一面 にこんなものが!!」

 そう言ってレイが差し出したのは今日の朝刊。不思議に思いながらレイから新聞を受け取ったリリスは彼が朝からなぜ大騒ぎをしていたのか、その理由を知るのだった。

「あ……あああああああああああああああああああああああ!!」

 悲鳴にも似たリリスの叫びに窓際に留まっていた小鳥たちは驚き、一斉に飛び立った。

 新聞の一面にびっしりと掲載されていた昨日の戦いの記録。見出しには『プリキュアと巨大ドラゴンが東京の街を徘徊!!』と書かれ――キュアベリアルとなったリリス、真の姿へと戻ったレイの姿がデカデカと写真付きで載っていた。

 

           *

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

「『都市伝説として語り継がれていた謎の戦士・プリキュアと関連性の深いと思われる正体不明のドラゴンが突如東京の黒薔薇町に出現。数分間を滑空したのち忽然と姿を消失した…』」

 学校に行くと、生徒のほとんどがこの話題で持ちきりであり、クラス中が「プリキュアってやっぱいるんだな!!」「あたしプリキュアに会 ってみたい!」と憧れや身勝手な願望を口にする者でいっぱいだった。

 不注意にも新聞の一面に写真が載ってしまったことを激しく後悔するリリスは新聞を読むはるかの側で机に突っ伏し意気消沈していた。

「えーと……『日本政府は緊急会合を開くとともに、プリキュアと今回観測された巨大なドラゴンの脅威に備え警戒を強める模様。またそれに先立って、警視庁ではプリキュアによってもたらされる物理的被害に対処するための特別な部署を設けることも検討している』……ハヒ!! これってすっごくマズイんじゃありませんか!! 正義の味方のプリキュアが警察に捕まるなんてことがあっていいんでしょうか!!」

「日本の警察組織に目を付けられたら逃げ場なんて無いじゃない……。彼らの捜査能力は超がつくくらいに優秀だし、このままじゃ見つかるのも時間の問題だわ……」

 彼女がプリキュア活動で最も恐れていたのは警察の力だ。

 日本の治安を守る為に集められたエリート集団にかかれば、噂に名高いプリキュアの一人や二人、簡単に特定され、場合によっては最悪、逮捕されてしまう。スーパーヒーロー云々の話で誤魔化せるほど大人という生きものは甘くないと理解しているつもりだった。

 だが、不覚にも昨夜は自分の正体を世間にわざわざ公表するような軽はずみな行動をとってしまった。このまま何もしなければ、いずれ自分の正体を突き止められるのは時間の問題だ。

 リリスはひたすら自分の無思慮な行動を責め立て、後悔する。

「だ、大丈夫ですよ!! リリスちゃんならきっと何とか切り抜けられますって!」

「無責任なこと言わないで!! はるかはいいわよ、プリキュアでも何でもないんだから!!」

「元はと言えばリリスちゃんが街中でレイさんを元の姿に戻したりしたから事態がややこしくなったんじゃないでしょうか?」

 はるかの鋭い言葉がリリスの胸に突き刺さる。

「あ、あれは仕方がなかったのよ! あの状況で背に腹は代えられなかったし……教会連中と戦いながらはるかを守る私の身にもなってちょうだい!! 片手間でプリキュアやっていけるほど私も器用じゃないの!」

「そ、そんな風に怒らなくても……」

「とにかく、何とか警察の目から逃れる方法を考えないと……」

 早急に手を打つ必要があった。だが一体どうすればいいのか……考え始めた矢先、教室の扉が開かれクラス担任の三枝がやってきた。

「ホームルーム始めるよ、みんな席に着けー」

 まだまだ新米感が消えない三枝だが、それなりに職務に慣れてきた様子だった。

 と、そのとき――彼の後ろから見慣れない女子生徒が現れ、恭しくその場に控えた。

「うわぁ! かわいい~~~!!」

「外国人だぜ、おい!!」

 男子、女子を問わず、クラス中が目の前の美少女に釘付けとなった。ゴールデンブロンドのロングヘアーに青い瞳を輝かせるお人形のような少女は、誰もが魅了する癒しの笑みを浮かべる。

「ハヒ! フランス人形さんみたいにキュートですね!」

「そうね……」

 はるかとリリスも周りと同じように転校生の少女を見た。

 このとき、リリスは若干だが目の前の少女に穏やかではないものを感じていた。だが単なる気のせいかもしれないと思い、邪な感情は自分の胸の中にそっと収めた。

 喧騒する教室において、三枝は黒板に転校生の名前を書きつづり、改めて全員に紹介を始める。

「みなさん、始業式には間に合いませんでしたがこの学校に転校してきた生徒を紹介します」

「はじめましてみなさん、ルーブルの聖マリア女学院からやって来ましたテミス・フローレンスです」

 懇切丁寧に挨拶をし、目の前の生徒たちにお辞儀をするテミス。男子生徒はテミスの殺人級のかわいさに心奪われ、骨抜きとなる。

「えー、フローレンスさんは敬虔なカトリック教徒で日曜日には必ず教会に行って礼拝を捧げるようです」

 と、補足説明として三枝が言うと――テミスはおもむろに手を合わせて目を瞑り、祈りを捧げ始めた。

「どうかみなさんに、主のご加護と祝福がありますように」

 ――ズキン!

「あ痛っ!」

「リリスちゃん!?」

 テミスが祈りを捧げた直後、激しい頭痛がリリスに襲い掛かった。リリスは目に涙を浮かべて後頭部を抑え、それをはるかが心配する。

「あれ? 悪原さん、どうかしました?」

「い、え……何でもありません……」

 三枝に尋ねられると、明らかにやせ我慢であるが、リリスは平気を装う。

「じゃあ、フローレンスさん。席は天城さんの隣に座ってください」

「はい」

 指定された席を聞くと、テミスがゆっくりと教壇から降りて歩き出す。歩く姿も実に美しく煌びやかとした風貌。男子の目線を一身 に受けながら、テミスははるかの左隣に着席 し、彼女に笑顔で挨拶した。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ! 風紀委員の天城はるかです!」

 笑顔で握手を交わす二人の様子を見ながら、リリスは転校生・テミスのことを秘かに恨んだ。

 

【挿絵表示】

 

(もう、私に祈りなんか捧げるんじゃないわよ……!!)

 

 一気に注目の的となったテミスであったが、彼女は容姿が優れているだけでなく、勉学や運動神経においても一際輝く、まさに才色兼備の少女だった。

 朝のホームルームが終わり、最初の授業は社会の地理で、日本地理について取り扱った。

 小学生の頃から基礎的な日本地理はみんな学んできているはずであるが、土台となる知識をしっかり積み上げてこなかった生徒にとっては、ただただ混乱する時間だ。

 日本人ですらそのような状況なのに、異国の出身である彼女は知らないことがまるで罪であるかのように完璧な回答を先生に返していた。

 さらには先生がやや誤った情報を発すれば、

「先生、無礼を働くことをお許しください。――確かに少し前の状況を考えれば、その考え方は間違いなかったと思います。ですが今の日本の情勢で見れば、その見解は少し古い考えだと言えるかと。現状を考えれば――」

 と、先生の立場を立てつつも自分の考えを伝え、教室内からは自然と拍手が湧き上がった。

 その状況を見ていたリリスはテミスを見つめながら、

(何よ、それくらい考えられて当然のことじゃない。自分たちの置かれた現状を学び、理解しようとしない人が悪いのに)

 とつまらなそうに教科書へと視線を移した。

 

 また、次の体育の時間でもテミスの才色兼備は発揮された。

 授業の内容は、新しいクラスの親睦を深める目的で行われた男女混合ソフトボールだ。

 持ち前の運動神経からピッチャーに抜擢されたリリスは、たとえ男子が相手でもあっという間に三振を取る。

 周りからは、

「さすが悪原さん!」

「悪原さん相手じゃ野球部だって打てるかどうかわからないよなぁ」

 といつもの歓声を受ける。リリスとしては、この程度のことは日常茶飯事だった。

 そして、攻守交代の時間がきた。

 マウンドを降りて自陣に戻るリリスに、特徴的な金髪のロングヘアーを短く結ったテミスが近づいてきた。

「悪原さんはとても運動神経があるのですね。もし私の番が来たときはお手柔らかにお願いいたしますね」

「ええ……」

 まさか話しかけられると思っていなかったリリスが短く返事をしたところで、にこりと笑ってテミスは走っていってしまう。

(わざわざ何のご挨拶?)

 走り去る背中に目線を追っていると、相手側のピッチャーとしてマウンドに上がったのはテミスだった。

 攻撃側に移ったリリスのチームメンバーは、

「お、テミスさんが投げるのか?」

「こっちが美人の悪原さんに投げさせたから、向こうも対抗意識を燃やしてるんじゃない?」

「まあ所詮親睦会だし、華があったほうがいいよな」

 など、あくまでその美貌で担ぎ上げられたように思われていたが、最初の投球でその評価は一瞬にして塗り替えられた。

 

 ――ズバンッ。

 

 みんなが口を開けて呆然としていた。守備側のキャッチャーですら、驚いてミットのボールとテミスを交互に見比べる。

「あの……みなさん? 私、何かおかしなことをしてしまいましたか?」

 テミスは恐る恐るクラスメイトたちに尋ねると、たちまち歓声の声に包まれた。

「うおおおおお!! テミスさんすごいよ!!」

「野球クラブとかに入ってたの!?」

「悪原さんもすごいけど、テミスさんもやるなぁ……」

 照れ笑いを浮かべながらも、テミスも大人顔負けの投球を見せつけた。

 リリスはその光景を見ながら、やはり頭の中で不満を募らせた。

(筋肉の使い方と力の伝達の仕方を合理的に考えれば、中学女子にだってそれなりのピッチングはできるわよ……)

 その後、リリスもテミスも打って、投げて、走って、とお互いに大活躍を見せた。時間の関係で二人の直接対決は惜しくも実現しなかったが、クラスの全員が二人に大きな期待を寄せていたのであった。

 

 昼食時間を迎えると、テミスの周りには人だかりができていた。

「テミスさんってすごく頭がいいんだね!」

「あの投球すごかったよなー! 今度投げ方教えてくれよ!」

 質問の雨を受けて戸惑うテミスに、風紀委員であるはるかが割って入った。

「みなさん、テミスさんが困っています! 質問は順番にお願いします!」

 たちまち場を制したはるかに促され、みんな挙手をして順番に質問を投げかける。

「好きな教科は何ですか?」

「どのお勉強もこれからの未来を作っていくためには大切なものです。そこに優劣はありません」

 にこりと微笑んでテミスは答え、周りからは、おー、と感嘆の声が上がる。

 そして次は自分がと手を上げる男子に指名がいく。

「好きな食べ物を教えてください!」

 少し悩む仕草を見せたテミスは、

「体の糧は心の糧です。すべてのお恵みは主からの贈り物です。主の祝福が与えられたお食事は、すべて私の好物と言えましょう」

 と、目の前の食事に祈りを捧げる。それを見た周りのクラスメイトたちもマネをして祈りを捧げる。

 それを遠くからはた目に見ていたリリスは、

(……くっ。一体何の嫌がらせよ!)

 と頭を抱える。直接自分に向けられた祈りではないため、ホームルームのときのような痛みには襲われなかったものの、祈りのオーラはやはり悪魔の体に影響を及ぼすのだ。

 祈りが終わるタイミングで、別のクラスメイトが次の質問を投げかける。

「テミスさんはどうしてシュヴァルツ学園に転校してきたんですか?」

 その質問を受け、テミスの体に一瞬ピクリと緊張が走ったのをリリスは見逃さなかった。無論、他のクラスメイトたちが察した様子はまるでない。

「ええ、そうですね……実はこの町にある探し物がありまして……」

「探し物? 私たちも協力しよっか?」

「いえ、これも神から与えられた試練ですので」

 笑ってごまかすテミスの表情は、いつも携えている笑みとは別の、何か張り付いたような笑みだとリリスは遠目に見て感じた。

(……あの子はまさか、天使の血を引く末裔……?)

 リリスは考えていた。いくらリリスが悪魔だとはいえ、一般人レベルの人間が捧げた祈り程度で激痛に悩まされることはそう多くない。もちろん、下級悪魔であれば話は別だが、リリスは王族の娘、上級に位置する悪魔である。そのリリスに影響を与えられる存在は、やはり同レベルの神族、あるいは神に属する者に他ならない。

(警戒するに越したことはないわね)

 リリスは遠くから一人、警戒を怠らないことを心に決めるのであった。

 

 光陰矢の如し。午後の時間もあっという間に過ぎ去って学校が終わり、リリスははるかと一緒に帰路に就いていた。

「リリスちゃん、クラスの子全員がテミスさんに釘付けだったのに、リリスちゃんはまるで逆でしたね。終始彼女から遠ざけていた様に見えました……」

「遠ざけていたわ。あの子は危険よ。私とは相性最悪」

「どうしてですか?」

 はるかは理由がわからず頭をかしげる。

「またいつ祈りを捧げられるか分からないもの。悪魔に祈りや神の言葉はご法度なのよ」

「ああ! だから頭痛になったんですね!!」

 悪魔にとって神・天使・光などとは先天的に相容れない性質を持っており、低級悪魔など非力な者は太陽の光の下では倦怠感や力の減少が見られるが、リリスを始めとする上級悪魔など強力な者は昼間でもほとんど問題なく動ける。

 しかし、聖水・聖剣・十字架など神聖なものは彼らにとって天敵であり、たとえ低クラスのものであっても上級悪魔にすら脅威となるほか、神に祈りを捧げる行為などでもダメージを受けてしまう 。

 合点がいったはるかの隣を歩く傍ら、リリスは今日一日のことを振り返り、つい溜息を漏らしてしまう。

「まったく。警察は動き始めるわ、厄介な転校生がやってくるわ、今日は最悪ね」

「リリスちゃんは相変わらずネガティブすぎます。もっとポジティブに考えませんか?」

「明るく前向きになれっていうアドバイスだけじゃ、かえって追い詰められてしまう人もいるのよ。私がそうだから」

 そう言った直後、リリスの懐から前触れ無く緑色の光が強く輝き始めた。

「ハヒ! リリスちゃん、何か光ってますよ?!」

 何事かと驚くはるかだが、リリスはいたって冷静に胸ポケットから緑色に輝く物を取り出し掌に握りしめる。

 発光していた物の正体は悪魔の意匠を施した水晶体で、召喚呼び出しという言葉が表示されていた。

「お呼びがかかったようね」

「ハヒ? 誰にですか?」

 はるかの疑問に、リリスはいいことを思いついたといった様子で答えた。

「契約者の人が私をご所望しているの。そうだ、はるかも付いてくる?」

「はるかがですか? 嬉しいですけど……本当にいいんでしょうか?」

 彼女のプライベートな事情に人間である自分が関わっていいのか逡巡し、恐る恐る尋ねるはるかにリリスはあっさりと肯定の意味を込めて返事する 。

「大した時間は取らせないわ。それに前から私たちのチラシ配りの意味について知りたがっていたじゃない」

「そうですね……じゃあ、同行させてください!」

 

           *

 

黒薔薇町 リバーサイド荘

 

 リリスははるかを伴い契約者と呼ばれる人間の下へとジャンプした。あらかじめ、人目がつかない場所まで移動してからリリスが転移魔法陣を発動させ、学校からおよそ十キロ離れた場所へ瞬間移動した。

 そうしてやってきたのは、河川敷がすぐ目の前にある川沿いのアパートだった。

「ここがそうなんですか?」

「ええ。さぁ、行きましょう」

 ゆっくりと階段を上っていきながら、リリスは簡単に契約者と悪魔における関係性について説明する。

「悪魔は人間と契約して、対価をもらうことで力を蓄えるの。今どき魔法陣を描いてまで悪魔を召喚する人はいないから、召喚してくれそうな人に配っているわけ」

「なるほど、レイさんが駅前でやっているのはそのためだったんですね。でも対価って具体的に何を払うんですか?」

 と、当たり前の質問をしてきたはるかにリリスは不気味な笑みを浮かべ、「……魂よ」と解答する。

「ええええええええええええええええええええ!!」

 あまりに恐ろしかったらしく、はるかの驚きは驚きを通り越して慄きを表していた。

「冗談よ。私への対価は契約者が願いを叶えてもらった際の満足度。それをエネルギーに変換して私は自分の力を蓄えているの」

 これを聞いた途端、はるかは脱力しほっと胸を撫でおろした。

「よ、よかったです……本当に魂をもらうわけありませんよね?」

「昔の悪魔は魂を対価にしてたけど、今どきそんな悪習じゃ契約者も集まらないしね」

「ほ……本当に合理的思考です」

 現代に生きる悪魔は、今の社会情勢と環境に適用するために、かつては当たり前とされてきた習わし・因習をあっさりと捨て去り、今の時代に合う方法で人間と悪魔の補完関係を築き上げようとしていた。

 そうして、目的の部屋の前まで到着したリリスは表札に書かれた「森永」という文字を確認してから、扉をコンコンと二回叩く。

「こんにちは森永さん。召喚に応じました、悪魔ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアルです」

 ガチャっと扉が開き、中から出て来たのは――白いTシャツに短パン、髪は伸び切った上で寝癖も直っていないものぐさな男だった。眼鏡の位置もずれており、あまりいい印象は与えない。

「あれ、リリスちゃん。その子は?」

「すみません、森永さん。今日は私の友人も一緒なんですがいいですか?」

 森永はリリスの隣に立ってがちがちに緊張するはるかを一瞥する。その後、鼻の下を伸ばしてリリスに笑いかける。

「もちろん、全然構わないよ! さぁさぁ、お美しいお嬢さんたち。中へ入ってください!」

 二人を部屋へ招き入れる森永に続いてリリスが中に入ろうとする。その直前、はるかが彼女の制服の袖を引っ張りおもむろに尋ねる。

「あの……こんな明るいうち から家に閉じ籠っているということは、ひょっとして……ニートですか?!」

 はるかが心配していたのは、大人であるはずの森永が昼間から一人で家に閉じこもっているということ。普通の人間ならば朝早くに会社へ出勤し、夕方まで帰ってこない。まともな生活環境で生きている彼女にとって森永は――言っては何だがニートにしか思えてならなかったのだ。

「失礼ね。森永さんは某金融 会社に勤める夜警さんよ。普段は夜の十時から勤務して朝の八時まで働いてるから昼間は家で休んでるの」

「そ、そうなんですか…」

「誰もが朝早くから働いてるわけじゃないの。正社員でもシフトで働く時間が決められてる人や、自分で仕事時間を選んでる人も世の中にはたくさんいるんだから」

 森永の職種に絡んで働き方の形態について補足説明を終え、リリスははるかを連れて部屋の中へと入った。

 

 中に入ると、森永の趣味趣向を反映したアニメ・漫画関連のグッズが所狭しと並んでおり、そうした部屋の内装からも森永の人間性を窺い知ることが出来る。

 はるかは確信していた。森永は所謂ヲタクなんだと。――すると不意に森永がお茶を持って現れた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 ぎこちなく返事をするはるかとは対照的に、リリスは平常心を保ちお茶を啜っている。

「いやぁ~、でもびっくりしたな。リリスちゃんにこんなかわいいお友達がいたなんて! 彼女も悪魔なのかい?」

「いいえ、普通の人間です。私を悪魔と知る数少ない友人でして……それで森永さん、今日のご要望は?」

「ふふ。この前アキバで手に入れたレアものなんだけど……」

 何やら嫌な予感を感じる中、はるかが森永の方を注視すると――段ボール箱の中から取り出されたのは薄ピンク色のナース服だった。

「これを着てお姫様抱っこで!!」

「ハ、ハヒ――っ!?」

 はるかの頭の中では、これは不純異性交遊に当たった。

 ―――バタン!

 と、そのとき。玄関の扉が突き破られた大きな音が聞こえたと思えば、人間態のレイが現れ凄まじい剣幕を浮かべ森永を凝視していた。

「き~~~さ~~~ま~~~!!」

「れ、レイさん!?」

「ちょっと、あんた何勝手に入って来てるのよ!?」

 はるかが驚き、リリスが諌める中、どこからともなく不意に現れたレイは森永に詰め寄り、胸ぐらを掴んで激しく責め立てる。

「貴様っ!! リリス様になんて格好をさせるつもりだ!!」

「ひいいいぃ!!」

 突然のレイの介入に森永は恐怖で顔を引きつらせる。

「リリス様はな、リリス様はな、ゴスロリの方がよく似合うんだっ!!」

 これを聞いた瞬間、リリスはレイの首根っこを引っ張り、無言のまま彼に容赦ないプロレス技を仕掛けた。

「ぎゃああああああああああ!!」

 口は災いの元。主の怒りを買ってしまったレイはひどい姿となって横たわり、ピクリとも動かなくなる。使い魔 への折檻を終えた悪魔は得意の営業スマイルで森永に笑いかけ、彼からナース服を受け取った。

「大変お見苦しいモノを見せてしまい、申し訳ありませんでした。直ぐに着替えてくるので、待っててくださいね♪」

 ナース服を持ち、洗面所へと直行するリリスを横目に、はるかは目の前で起こった惨劇とリリスの凄まじいギャップに恐れおののいていた。

「リリスちゃん……やっぱりあなたは……恐ろしい子です……!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 悪魔を忌み嫌い、それを排除するための宗教結社【洗礼教会】。

 三大幹部のエレミア、モーセの二人は既にキュアベリアルとなったリリスに敗北しており、残るのは同期であり最年少でもある緑のラインが入ったローブを見に纏う美少年・サムエルだけとなった。

「エレミアもモーセも何やってんだよ? たかだか悪魔一人もどうにかできないっていうとか無しだぜ」

「「………」」

 若いゆえに口がやや粗暴なサムエルに、エレミアとモーセは揃って口籠り、黙って彼の前に立ち尽くしている。

 互いにプライドが高く、意地でも自分の非を認めたくない様子だ。そんな二人の姿に呆れ、サムエルは小馬鹿にした様に鼻で笑った。

「あ~あ……これだから大人って奴は。いいぜ、あんたらダメな大人には任せてられねぇ。俺が直接出てやるからよ」

 そう言うと、ローブのフードを目深に被りサムエルは魔法陣を潜り人間界へと出発した。

 彼がいなくなった後、エレミアとモーセは顔を見合わせサムエルの態度について愚痴をこぼし合う。

「ふん。あんな若造ごときにあの悪魔がどうにかできると?」

「ダメな大人とは言ってくれる……。いいさ、帰ってきたらたっぷりと後悔させてやるまでだ」

 

           *

 

黒薔薇町 市街地

 

 契約者・森永の願望を叶え、対価である満足度を獲得したリリスははるかと人間態のレイを伴い家路へと就こうとしていた。

「それにしても変わったお願いでしたね。まさかコスプレをしたリリスちゃんが森永さんをお姫様抱っこするとは……」

 森永の願いは、ナース服にコスプレをしたリリスをお姫様抱っこ するのではなく、リリスが森永をお姫様抱っこするというものだった。

 奇妙な願いを成就し、絵に描いた様に満足気な顔をしていた森永のことを思い出すと、はるかは思わず苦い笑いを浮かべる。

「えっと……森永さんはいつもあんな感じなんですか?」

「あの人はお得意様だからね。他にもアニメ・アヴァンダリオンの最終回の是非について延々語り合ったり、風邪を引いて動けないときに私を呼んで家政婦として重用したり……」

「割とこき使われていませんか?!」

「これも対価を得るためよ。実際あの人からもらう対価が一番大きいんだから」

「ですがあの男は危険です!! リリス様にナース服を着せるなど……断じて許されるべきことではありません!!」

「ゴスロリ衣装をさり気無く所望したアンタの方がよっぽど許せないけど」

 と、そのとき――リリスとレイは忌まわしい気配を感じ立ち止まる。

「悪魔さまご一行、見ぃ―――つけた!」

 刹那、洗礼教会の幹部サムエルが空中に現れた魔法陣から出現し、リリスらを高所から見下ろした。

「ご機嫌いかが? 俺は洗礼教会三大幹部のサムエル。最初に言っておくが、俺はエレミアやモーセと違って、何もかもがキレッキレだかんな!」

 宣戦布告をしたサムエルは、ピースフルを生み出す素体として近くの家の盆栽に目をつけ、手首に掛けていた十字架を握りしめる。

「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 十字架から放たされた神々しい光は盆栽を直撃した。

 瞬間、光を帯びた盆栽が巨大化し、家の塀を突き破ると盆栽鉢から根を出し、それを脚に見立てた植物の騎士《盆栽ピースフル》へと変化した。

『ピースフル!!』

 突然の敵の出現だがリリスは冷静に対処する。

「レイ、はるかをどこか安全そうな場所に連れてって」

「わかりました!」

「リリスちゃん、気をつけてください!」

 はるかの安全を最優先に考えて、リリスははるかのことをレイに任せ、この場からの退却を命じる。

 それから周囲に他の人間が居ないことを確認してからベリアルリングを取り出し、右手中指へと装着する。

「さーて、細かいことはひとまず後回しよ。今は全力で目の前の害悪を排除させてもらうわ」

 全身の魔力をベリアルリングへと集中し、リリスは変身コールを唱える。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 最初は若干の抵抗を感じていた変身コールにもすっかり慣れ、板につき始めたリリスはプリキュアの力を発現させ、洗礼教会に対抗するための姿となる。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 変身が完了した瞬間、盆栽ピースフルが葉っぱをカッター状に飛ばして攻撃を仕掛ける。飛来する葉っぱカッターを躱し、ベリアルは魔力の波動を掌から炸裂させる。

 しかし今までのピースフルと違い、サムエルの作り出した盆栽ピースフルは機動性に欠ける分、防御力が一際高く、盆栽の葉を密集させることでベリアルの魔力攻撃を真っ向から受け止め、弾いた。

「だから言ったろう? エレミアやモーセの雑魚ピースルとは違うって」

「そうね。確かに一筋縄ではいきそうにないわ」

「へっ、だったらもっと苦労してもらおうじゃねぇか。こいつを見てみろ!!」

 そう言ってサムエルが見せたのは、信じがたい光景だった。十字架に磔にされ、気を失っているのは――リリスの契約者・森永がサムエルに捕えられていだった。

「森永さん!?」

「この男はお前の契約者みたいだからな。お前が家を出た後にとっ捕まえてやったぜ」

 サムエルは口元を残虐に歪ませ微笑む。

「その人を放しなさい!! 彼は私の大事な契約者よ!!」

「あ~あ、それだよそれ。悪魔は自分の欲望の為には平気で人を利用しやがる。自らの欲望のために人を利用して価値が無くなったら使い捨てる……そんなんだからお前らは滅びの運命を辿ったんだよ!!」

 刹那、動揺するベリアルに向けて盆栽ピースフルの葉っぱカッター攻撃が繰り出され、彼女は怒涛の勢いで迫り来る攻撃を受け止めきれず、ついに直撃を許した。

「きゃあああ!!」

 まともに受けた攻撃の反動で、後方へ吹き飛ばされ地面に体を打ち付ける。

 サムエルは猟奇的な笑みを浮かべながら、満身創痍と化したベリアルを見下ろす。

「お前らのような打算で人を弄び、やがて破滅に追い込むような邪悪な種族は俺が一匹残らず排除する。お前さえ倒せば、この男も邪悪な意思から解放され心の平安を得られるだろうぜ」

「……打算で人を利用して何が悪いのよ」

「あっ?」

 傷つきながらも体を叩き起こし、ベリアルは人間の道徳感情として恐らく正しいことを言っているサムエルの言葉に反論した。

「悪魔だろうと人間だろうと、互いに利用し合ってないと生きていけないのよ。私たち悪魔は人間の望みを叶えて力を蓄える。人間は悪魔に望みを叶えてもらい満足を得る。そうした持ちつ持たれつの関係を保っていて誰一人不幸な者がいないなら、それでいいじゃない……」

 ベリアルの言葉に賛同できないサムエルは心底理解できない様子で言葉を返す。

「この男のように誰もがそうだとは限らないんだぜ。世の中の人間は他人を損得のために利用することはダメだと知っている。自分の損得だけで動く人間は人として扱われず、邪な者として忌避され疎まれる。そうさ……悪魔に身を売る人間はみんな お前ら悪魔と同じこの世界の害悪なのさっ!!」

「人間の善意を信じる割に、随分と強引な論理ね。ちょっとの悪意を持つことさえ許さないっていうなら……ほとんどの人間はあんたたちの敵じゃない。生憎、悪魔の私が知る限り人間はそれほど高潔な生き物ではないわ。どんなに崇高な理念を掲げようと、欲望の前では無力!」

 ベリアルはさらに言葉をたたみかける。

「人間は紛れも無く欲望の塊よ。それは否定する生き方などできはしないし、その欲望こそが文明、強いては自分たちを進化させてきた。そしてそれは悪魔も同じ……私は自分の欲望を叶えるために他人を利用し、彼らから得た対価を糧に――洗礼教会を倒す!!」

 未だ闘志が消えない彼女の瞳に苛立ちを覚えたサムエルは盆栽ピースフルに攻撃を命じる。

「ごちゃごちゃうるさい奴だ。ピースフル!! ぶちのめせ!!」

『ピースフル!!』

 三度、葉っぱカッターが炸裂する。ベリアルは高くジャンプして攻撃を避けると、ブロック塀の上へと降り立ち、盆栽ピースフルを見据える。

 刹那、ベリアルリングの上に重なり合うように赤色に輝く炎を模したデザインのリングを取りつけた。

「グラーフゲシュタルト!!」

 赤いリングが輝くと共に、同じ色のオーラに包まれるベリアル。

 オーラの中では、高圧縮された魔力がベリアルの全身を包み込んでおり、彼女の胸に魔力の炎が宿っていた。それに伴い衣装も赤みを帯びたものへと変わり、髪はストレートヘアをシュシュでまとめ、ところどころ炎の意匠があしらわれていった。

 ゴシック式甲冑を必要最低限な部分だけを残し、宙を舞うような戦闘軌道に背旗が乗った絢爛な姿と化した彼女の名は――

 

「キュアベリアル・グラーフゲシュタルト」

 

 オーラを割って出て来た彼女の姿は、先ほどよりも高密度かつ高エネルギーの塊そのものと化した、いわば人の形をした炎のようだった。

「これは……まさか、エレメントチェンジか?!」

「あんたが否定した打算で得た力よ。グラーフゲシュタルトの力、とくと味わうがいいわ」

「リリス様!!」

 頃合いを見計らってレイがベリアルの下へ飛んできた。

 レイは彼女の元に飛んでくるなり、魔剣レイエクスカリバーとなって彼女の手の中に収まる。その刹那、刀身から煌々と赤い炎を放出される。

「いくわよ!!」

 大きくジャンプしたベリアルは、燃えたぎる炎の剣を構え猛スピードで盆栽ピースフルへと接近する。そして、圧倒的な力で盆材ピースフルの防御を切り崩す。

『ピースフル!! ピースフル!! ピースフル……!!』

「何だこの速さは!? さっきとは比べ物にならない……」

「はああああああ」

 瞬間、紅蓮の炎の斬撃がサムエルと盆材ピースフルを直撃した。凄まじい炎が怒涛の如く襲い掛かり、敵は灼熱の業火に身を焦がす。

「ぐああああああああ!!」『ピースフル!!』

 全身黒こげになったサムエルと、すべての葉を燃やし尽されて木の枝と幹が丸裸となった盆栽ピースフルは未だに消えぬ紅蓮の炎にうめき声を上げる。

 ベリアルは人質として捕えられた森永を救出し、安全な場所に退避させてから盆栽ピースフルにとどめを刺す。

「すべて残らず燃やし尽くしてあげるわ」

 勢いよく地面を蹴って空中へ舞い上がると、レイエクスカリバーの刀身に炎の渦を作り出し、全身全霊の力で振り下ろす。

 

「プリキュア・スカーレッドインフェルノ!!」

 

 渦を巻く炎が龍となり、もはやその身を守る術を持たず、防御力を失った盆栽ピースフルの体を飲み込んだ。

 ――ドンッ。

『へいわしゅぎ……』

 そんな言葉をうわごとのように唱え、ピースフルは炎に焼かれ炭と化し、空へと昇って いった。

 盆栽ピースフル消滅後、サムエルは焦げついた体で立ち上がり、悔しそうな顔でベリアルを睨み付ける。

「他人を利用して得た力なんかでいい気になるなよ!!」

「あんただってピースフルを利用してるじゃない」

 サムエルはベリアルの言葉に反射的に応じる。

「う、うるせーよ!! 俺はお前とは違うんだ!!」

 彼もまたプライドが高く自分の非を認められない性質だった。転移魔法陣を呼び出すと、それを潜ってベリアルの前から逃亡を決め込んだ。

 

「へぇ。あれが噂の悪魔のプリキュアね……」

 ベリアルが洗礼教会を撃退したその頃、この戦いの様子を遠目から傍観している者がいた。

 背中から純白に輝く翼を生やし、白を基調とした衣装に身を包んだ謎の戦士は、蝶の羽を持つリスのような姿をした妖精を伴い空中を浮遊している。

「プリキュアは聖なる力の象徴。天使とその力を一部受け継ぐ人間だけが持つことを許された力をどうして悪魔が使えるのかは分からないけど、私の相手として不足はなさそうね」

 純白の戦士は一人、つぶや呟くと不敵な笑みを浮かべ、キュアベリアルへの興味を募らせた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「はるか。都市伝説として語り継がれているプリキュアって、一体誰のことなの?」
は「ずーっと昔なんですけどね、この世界を暗闇一色に染め上げようとした悪い奴から地球を守ったのがキュアミカエルって言うプリキュアだったんです!」
リ「ミカエルね……私にはとっても耳障りな名前でしかないんだけど……もしその後継者と思われるプリキュアが洗礼教会と手を組んでいたとしたら」
「ディアブロスプリキュア! 『悪魔と天使!キュアベリアルVSキュアケルビム!』」


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第5話:悪魔と天使!キュアベリアルVSキュアケルビム!

天使と悪魔のプリキュアによる衝突です。


黒薔薇町 ビル街

 

「はああああああ」

 白昼の戦闘劇。悪原リリスはキュアベリアルとなって、現れた《コピー機ピースフル》と交戦していた。

『ピースフル!!』

 コピー機を素体として生まれたコピー機ピースフルが大量の印刷紙を前方のベリアルへと飛ばすが、彼女は掌から紅色に輝く炎を飛ばしてことごとく燃やし尽くす。

 そして相手が怯んだ隙をうかがい、ベリアルは巨大なコピー機ピースフルを猛烈な勢いをつけた片足蹴りで叩きつけ、地面に伏せさせた。

「何をしている、早く立て!」

 召喚者・モーセが露骨に怒りと焦りを見せる。コピー機ピースフルは巨体を起こし 立ち上がろうとする。その瞬間、ベリアルは体を起き上がらせる隙も与えず、コピー機ピースフルの顔面に無慈悲なパンチを炸裂させた。

「貴様!! 立ってもいない相手になんてことを!!」

「悪魔らしいじゃない!!」

 従来のプリキュアのルールに縛られず、どんな手を使っても勝利を優先しようとする合理精神の持ち主であるベリアル。そんな彼女の傍らで親友のはるかが声援を送る。

「キュアベリアル――!! がんばってくださ――い!!」

 はるかの声援を背に受けながら、ベリアルはピースフルを自分のペースへと持ち込み、圧倒的な優位を作り出していく。

「いいですよ、その調子です!!」

 はるかの声援にも熱が入る。ベリアルは掌に圧縮した魔力を光弾にして連続で放出する。直撃して苦しむコピー機ピースフルは、必死にもがいてそのうちのひとつが不意に弾かれ、ビル街へと着弾した。ビルの下にいた人々は悲鳴を上げて驚き慄くが、ベリアルにはそちらに構ってやる余裕はない。

「リリス様、今です!!」

「これで決めるわ!」

 サポート役のレイに促され、ベリアルはとどめの攻撃へと移行する。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 

 ――ドンッ。

 

『へいわしゅぎ……』

 必殺技が決まった。コピー機ピースフルはお決まりとなった言葉を唱えながら消滅していく。残されたのは苦虫を噛みつぶした ような顔を浮かべるモーセだけ。

「おのれ……!! この借りは次回 必ず返すからそのつもりでいろ!!」

 何ともわかりやすい捨て台詞を残し、モーセは魔法陣を潜って早々に撤退した。

「やれやれ。あんな台詞を吐いたところで何の意味もないことにあいつら はどうして気づかないのかしら?」

 と、率直な疑問を口にするベリアルだったが――新たなる問題が浮上した。

 ウーウーウーウー……

 一度は耳にしたことがある独特のサイレン。前方と後方から何十台ものパトカーが走って来た。

 そして気が付くと、ベリアルはパトカーと乗車していた警察官、機動隊員に取り囲まれた。

「ハ、ハヒ!?」

 先ほどまでの戦闘を応援していたはるかは驚き、彼らに見つからないように身を隠した。警察官たちはベリアルに銃を突きつけ、巨大な盾を構えた機動隊員が突入の機会をうかがっている。

 制服警官が前に出てくると、持っていたメガホンを使ってベリアルに対し呼びかける。

「プリキュアと思わしき少女よ。我々警察は君を器物破損罪、往来妨害罪、騒乱罪、その他諸々の罪によって拘束させてもらう。大人しくその場で手を上げてこちらまで歩いて来なさい!」

「な……!」

 はるかにとって信じがたい言葉だった。正義の象徴にしてスーパーヒロインであるはずのプリキュアを、日本警察はこれから逮捕するつもりなのだから。

 警察の言動にベリアルの横で浮かんでいた小さなドラゴン姿のレイが反論する。

「き、貴様ら、なんて理不尽な!? こうして人々に害をなす怪物を退治してやっているというのに!! プリキュアが正義の味方 だということを知らんのか!?」

「正義の味方だろうと、我々警察の任務はひとつ。市民の生活と安全を守ること。それを脅かし妨げる者は誰であろうと犯罪者だ!!」

「は、はっきり言いやがった――!!」

 レイも食い下がってみたが、彼らの意思は確固たるものであり、人間の側からすれば真っ当な正論だった。

 ベリアルはショックのあまり変顔になっているレイを鷲掴みにすると、嘆息して呟いた。

「とうとう日本警察も総力を挙げてプリキュアの逮捕に乗り出したってわけね。まぁ、あなた方の論理は筋が通ってる。確かに私は戦いに集中するあまり、周りの迷惑を考えてなかったようね」

 キュアベリアルの最大の弱点――それは敵を浄化できず、戦いによって発生した器物破損を浄化する能力がない故に修復できないこと。だから今回の戦闘で生じたビルや道路の破損はこの後、国の負担、すなわち国民の税金によって修繕されなければならないのだ。

 冷静に自分の罪を自覚するベリアルは、周りの警察官たちを見渡すと「でも」と追加し、

「だからと言って、素直に捕まって保護施設かはたまた懲罰房か。そんな居心地の悪い場所に入れられるつもりはないわ!!」

 強い語気でそう言うと、ベリアルは掌に圧縮した魔力を溜め、勢いよく地面に叩きつけるように放出する。

 刹那、強烈な紅色の閃光が辺り一帯を包み込み、警官隊は凄まじい光に目を眩ませる。

「何だこれは!!」

「閃光弾か!!」

 警察官たちの目が眩んでいる隙に、ベリアルは現場にいたはるかを抱いて、彼らに気づかれぬように低空を飛ぶ。そして、死角になる路地を見つけると、そこに隠れて早々に脱出した。

 

 ――ビルの屋上。プリキュアが逃げて騒然とする現場を見ている二つの影があった。

 以前にもキュアベリアルの戦いを見ていた純白の戦士とその従者だ。

「今のを見ましたか!? プリキュアがまた町を破壊しましたよ!!」

 従者が背中の羽をはためかせながら主に訴える。

「ええ、浄化とかけ離れたあの破壊の力……とてもプリキュアと呼べるものではないわ」

 純白の戦士はピースフルが消えた跡を見つめる。

「それにしても合理的に計算し尽くされた動き、少し厄介だわ」

 ピースフル相手に囲い込むように光弾を放ち、動きを制限したところで必殺の攻撃を放つ。誘導時の周りの損壊を気にしなければ実に戦略的だ。

「もう少し行動パターンを研究する必要がありそうね」

 未だに混乱が収まらぬ地上を見て、純白の戦士はビルを後にした。

 

           ◇

 

黒薔薇町 悪原家

 

『都市伝説として語り継がれてきた伝説の戦士プリキュア。そして、最近巷を騒がしているプリキュアのやり過ぎ行為が市民たちから不満の声を募らせており、警察はプリキュア対策チームを結成して取り締まりを強化する模様です』

 後日、家でテレビを見ると、ワイドショーやニュースはキュアベリアルの戦闘における行き過ぎた行為を厳しく断罪して、一連の騒動について特集を組んでいた。

 レイとはるかが画面に目を凝らす中、画面はインタビュー映像へと切り変わる。そこにはピースフル被害を受けた人や、戦いの煽りを食らったさまざまな人間から抗議の声が上がっていた。

 

『俺は買ったばかりの新車をプリキュアにぶっ壊されたんだ!! どうしてくれんだよ、三百万円もしたんだぞ!! ローンだってまだ残ってるんだぞ!!』

『わしは、命よりも大切な盆栽をメチャクチャにされた……ぐっす、あれを育てるのにどれだけの時間を費やしたことか……わしの労力と時間を返せ――!!!』

『本当に迷惑よね。プリキュアって壊したものとかを元通りにできるって聞いてたのに、壊したら壊したままじゃない!』

『プリキュアが暴れたせいで昨日は大渋滞だったんだ。大事な会議だっていうのに、プリキュアのせいで遅刻して上司に大目玉だよ!』

 

 街の人々による不満の声がテレビから次々と流れる。

 あまりにもひどい 罵詈雑言の嵐。我慢の限界にきたはるかはリモコンの電源ボタンを押して強制的に電源を落とし 、心底悔しそうに声を荒らげた。

「ひどいですよ!! 警察も街の人もあんまりです!! プリキュアを――リリスちゃんを寄ってたかって悪者扱いするなんておかしいですよ!!」

「落ち着きなさいよ、はるか。彼らが言ってることは事実なんだから仕方ないでしょ」

 怒り心頭のはるかに対して、リリスはいつも通りの平静を保って言い放った。

 そんな親友にはるかは問いかける。

「リリスちゃんはどうしてそんなに冷静でいられるんですか!? ひどい悪口を言われてるんですよ、悔しくないんですか!?」

「別に。悪魔は昔から善良な市民の嫌われ者だもん。もう慣れっこよ」

 そう言いながら、リリス本人は怒りもしなければ泣きもせず、何事も無いように紅茶を飲んで一息つく。

「でもやっぱり納得できませんよ。親友を犯罪者扱いする人はリリスちゃんの、プリキュアのことを何も知らないんですよ!」

 はるかの言葉にうなずいてレイも続ける。

「確かに堅気の人間はあまりに無知です。その上寄ってたかって立場の弱い者を陥れようとする。何て卑怯な種族なんだ!」

 ぎりぎりと歯ぎしりをしながら使い魔が怒りを露わにすると、主人・リリスは溜息混じりに言った。

「レイ、それって今さら悲観することでもないでしょう。私たち悪魔が長い間生きていられたのはそういう人間の悪性があったからじゃない」

「人間の悪性……ですか?」

 気になったはるかがおもむろに尋ねると、リリスは端的に例を挙げた。

「たとえば集団の心理とかね。人って何かって言うと団体で行動するでしょ。なぜだと思う? その方が作業をしたりする上でとても効率がよいから。だけどそういう数の暴力が時折、善悪の判断を逆転させたり、鈍らせたりするの。人は自分たちの都合のいいように物事を見て、無理やり事実を歪曲する。聞き苦しい真実よりも耳障りのいい虚言を信じる。そして自分のことを善良だと思っている彼らは社会的に見て間違っていると思われる相手を叩きのめしたくなる。ほら、芸能人の不倫とかスポーツ界の不祥事とかでマスコミが過熱報道するでしょ。そういう意味で、本当の悪魔とは巨大に膨れ上がったときの民意だと私は思うわ」

 どこか達観した意見であり、とても十四歳の少女が口にするような発言とは思えなかった。カップに残った最後のひと口を飲み干し、リリスは締め の言葉を綴る。

「悪魔はね、そんな人間の悪性があるからずっと食いっぱぐれることがないの。というか、人間と悪魔って実はかなり相性バッチリだと思うけど」

 リリスの意見は確かに合理的だ。それでも人間であるはるかは自分の意見を彼女にぶつける。

「いやいや!! みんながみんな悪魔と相性がいいとははるかには考えられませんが……というかリリスちゃんはもう少し人間の良いところを見るべきではありませんか?! もしくは悪に走ってしまった人を助けてみんなを幸せにしてあげるとか!」

「なんで私が何の得にもならない人助けを無償でしなきゃいけないわけ? そんなのは神や仏に任せればいいじゃない。悪魔のやることじゃなわね」

「はぁ……ホントに強情というか、頑固なんですから」

 基本的に自分の損得で動くリリスには説教といったものなど通用しない。どんなありがたい言葉でも彼女は自分の意思を曲げることはないのである。

 はるかは深い溜息を吐くとソファーの上に腰かけた。そんな折、何気なく彼女はあることについて口走った。

「何だか今の時代は、いろんなことがごちゃごちゃしている気がしますね。でも、そんな時代でもプリキュアはただひとつの正義の象徴として人々から尊敬と羨望の眼差しを向けられるものなんです! それがどうしたらこんな現状になるのでしょう……」

 うなだれているはるかの言葉に引っかかったリリスは、ふと湧き上がった疑問を投げかけた。

「悪かったわね、模範的なプリキュアじゃなくて。というか、前々から気になってたけど……はるかの知ってるプリキュアの都市伝説ってどんなもの?」

 リリスの言葉にはるかの目が輝く。

「あれ? リリスちゃん、ようやく興味を持っていただけましたか !?」

「ないわね。ただ、知っておいた方がいいのかもって思っただけよ。何かと知っていて損はないわ」

 リリスの言葉にレイはうんうんと何度もうなずいた。

「リリス様は合理精神の持ち主ですからね。自分に得するかもしれないという事柄には積極的に食いつくのです」

「あんたは黙ってて!」

 リリスの腕が即座にレイを捕らえた。

「いてててて……」

 リリスは余計なことをうっかり口にしたレイを机に抑えつける。その様子に苦笑いを浮かべながらはるかは、やがてふうと息を漏らした。

「わかりました。はるかの知ってる限りのことではありますが、プリキュアの都市伝説を聞かせて上げますね!」

 ゆっくりと はるかは目を閉じた。頭の中で話す内容をきちんと整理し、それが済むと閉じていた瞼を開けておもむろに語り始めた。

「……ある時代、世界は大いなる闇に包まれました。人々は暗い闇に希望を奪われ、絶望していました。この大いなる闇を払い除けるために一人の光の戦士が登場しました。その名は、《キュアミカエル》――この世界に光を取り戻した伝説の戦士プリキュアです!!」

 リリスは唇に指を当てて考えるようにしてうつむいた。

「キュア、ミカエル……?」

 考え込むリリスに続いてレイが答える。

「それは確か、我々の知っている大天使の名と同じものですね」

 ミカエルという名前は悪魔の間でも知れ渡った名であり、天界において大天使というカテゴリーに属する影響力の強い存在だった。

「悪魔が知っているそれと関係あるのかわかりませんけど、とにかくキュアミカエルの手によって邪悪な暗黒は消滅し、世界は再び光を取り戻したんです。その後、キュアミカエルは人々から羨望と感謝を一身に集めるも、戦いの終結にともない姿を消したのでした……ここまでで何か質問はありますか?」

 すると早速、リリスが手を挙げ 質問した。

「そんな話一体どこで聞かされたの?」

「小さい頃に絵本で読んだんです」

「どんな絵本なの? 大体それって都市伝説なんでしょ? おとぎ話をねつ造したものじゃないでしょうね?」

「違いますって! ちゃんとしたお話なんです。それこそ何百年も前の……証拠見せましょうか? 今のお話を絵本にしたのがこれなんです!」

 鞄を漁ると、はるかはいつも大事に持ち歩いているその絵本を実際に見せてくれた。

 表紙には純白のドレス衣装に身を包んだキュアミカエルが描かれていた。

「これは……!」

「どうしたんですか?」

「リリス様、何か見覚えが?」

 リリスの様子がどこかおかしい。キュアミカエルの画を見るなり目を見開き、言葉を失った。

 はるかとレイが顔を見合わせ不安がる中、リリスは額に一筋の汗を浮かべ、眉間に深く皺を寄せて考える。

(こんなことって……でもだとしたら)

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 打倒悪魔を掲げながら、洗礼教会は未だヴァンデイン王の一人娘である悪原リリス=キュアベリアルを倒せずにいた。

 この由々しき状況を何とかしようと、三大幹部であるエレミア、モーセ、サムエルは集まり、会合を開いていた。

 エレミアはこめかみを指で叩きながらつぶやく。

「状況は非常によくないな」

 それに応えるようにモーセとサムエルが後に続く。

「洗礼教会が誇る幹部三人が悪魔ひとりに手も足も出ないとは」

「まったく、不名誉なことだぜ! 胸糞悪りー!」

 二人の言葉を聞いたエレミアは壮年者として提案する。

「こんな体たらくをホセア様が許すはずもない。こうなったら我ら三人が一致団結して、あの忌々しい悪魔娘を――」

「その必要はない」

 エレミアの言葉をさえぎり、重くドスの利いた声が聞こえてきた。声がした方を振り返ると、三人の上司である洗礼教会大司祭ホセアが現れた。

「ホセア様!」

「それはどういうことでしょうか?!」

 ホセアの言葉の意味を計りかねる三人は直接本人に問いかけると、ホセアの口からある事実が告げられた。

「今回お前たちには事の次第を静観してもらう。既に悪魔討伐のための刺客が動き始めている」

 三人は顔を見合わせ、ホセアに尋ねる。

「悪魔討伐の刺客?」

「一体誰なのですか?」

 困惑するエレミアたち。そんな三人を見ながらホセアは「ふん……」と鼻で笑う。

「我々にとっての主は誰か? そして主が召された場所には何があるか? 今一度考えてみるといい」

 ホセアは踵を返しおもむろに立ち去っていく。意味深長な言葉を残した彼に戸惑いを抱きながら、三人は自分たちの頭でひたすら考え悩み続けた。

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 ある日の昼休み。リリスがひとり窓際で静かに本を読んでいると――

「悪原さん」

 誰かが前の席に腰掛け、 声をかけてきた。声のした方へ視線を移すと、話しかけてきたのは先週この学園に転校してきたばかりの少女、テミス・フローレンスだった。

「フローレンスさん?」

「その呼び方は硬いですね。テミスとお呼びください」

 テミスは、ところで、言葉を挟むと、

「コナン・ドイルをお読みになっていたのですか?」

「コナン・ドイルは前に読んでいた本。今はダンテの『神曲』よ。ちょうど地獄篇から煉獄篇にさしかかっていたところ」

「そうでしたか。私も好きですよ、『神曲』。特に天国篇なんかは――」

 どこか裏がありそうな言葉だと思ったリリスは眉間に皺を寄せると、読みかけのページに栞を挟む。

 テミスはさらに質問を重ねる。

「他にはどんなものをお読みになるんですか?」

「そうね……ゲーテの『ファウスト』とか、トーマス・マンの『魔の山』なんかは個人的には傑作だと思うけど」

 事務的にリリスは答える。

「ずいぶんと難しい読み物を好むんですね」

「現代小説は一部を除いてどうにも歯応えが無くてね。古典文学は人間の本質を捕らえたものが多いという点で気に入ってるわ。ところで、私に何か用事があったんじゃなくて?」

「はい。実は私、初めてこの学校に来てからずっとあなたに興味がありまして」

 転校初日から敵視している少女からの語りかけに、リリスは訝しげに尋ねる。

「私に?」

 そしてなぜかジト目となり、テミスに対して返事をする。

「生憎だけど、私そっち系の趣味は無いんだけど」

 リリスの言葉を聞いた瞬間、テミスを始め、珍しいカップリングに聞き耳を立てていた周りのクラスメイトも盛大にバランスを崩して、コントのようにずっこけた。

 直後、何とか持ち直したテミスは、ひどく動揺した様子でリリスの誤解を解こうと弁明する。

「悪原さん、そっちって違いますからね! べ、別に私、レズとか百合とかそういうのじゃないですから!」

「何もそんな風には言ってないんだけどな。というか敬虔なカトリック教徒からレズとか百合なんてフレーズが出るとはさすがに思わなかったわね」

 リリスがふんと鼻を鳴らすと、テミスがさらに狼狽した。

「あなた……わざと言わせたんじゃ?!」

「さぁてどうかしら」

 自分でも何を言っているのだろうと思い赤面するテミスに対して、リリスはそっけない態度をとってみせる。

 ついリリスのペースに乗せられてしまったテミスだが、コホンと咳払いをするとあらためて彼女に尋ねる。

「悪原さんにおうかがいします。あなたは、例のプリキュアについてどう思っていますか?」

 突拍子もない質問だとリリスは思った。プリキュアという単語がテミスの口から飛び出したことを意外に思いつつ、とりあえず自分の正体が悟られないことを念頭に自分の意見を口にする。

「私はそういうセンセーショナルで俗っぽい話には興味がないんだけど……嫌でも新聞やニュースで報道されているわね。ま、これは私の主観だけど、あれはあれでがんばってるんじゃないかしら」

 リリスの意見にすかさずテミスは噛みついた。

「そうでしょうか。私はあれがただいたずらに街の人たちに迷惑をかけている、自分勝手な人間にしか思えません」

「ま、実際結構物とか派手に壊しちゃってるしね」

 リリスにとってもそれは事実だった。わざわざ指摘されたくらいで感情を表に出したりはしない。

「それ以前にあのプリキュアにはプリキュアとしての自覚、責任能力が見受けられません。プリキュアはこの世界の正義の象徴……決して自分の利のために戦ったりしてはダメなんです。いつだってプリキュアは、人々の笑顔や愛、そして正義を守る存在であるべきなのです」

 どこか妙に熱が入った様子で喋るテミスに、リリスは猜疑心を抱き、眉間に皺を寄せた。

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 予鈴が鳴り、昼休みの終わりを告げる。テミスは予鈴を聞くなり椅子から立ち上がり、リリスに対して感謝の意を込め、頭を下げる。

「申し訳ありません。読書中にわざわざお相手をしてくださって」

「いいわよ。それより、悪原さんって他人行儀な名前で呼ばなくてもいいわ。リリスって呼んでくれる?」

 こちらが名前で呼ぶのに対し、名字で呼ばれることがむず痒く、リリスもテミス同様に名前で呼ぶことを許した。

 まさかそんな返答が来ると思っていなかったテミスは目を見開くと、すぐに頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべ礼を言った。

「ありがとうございます――リリスさん!」

 

 午後の体育の時間、二年C組の生徒一同はテニスコートで大きな歓声を巻き上げていた。

 先日行われたソフトボールの試合では実現しなかった、二大才女の直接対決が実現したからだ。

 今日の種目はテニス。二人とも髪が散らないようにポニーテールにしており、まぶしく輝くうなじに男子たちは一層応援の声を大きくした。

 授業時間内に全員が交代で試合できるようにと、一ゲーム取得した方が勝ちという変則ルールであった。しかし、二人の攻防は一進一退を繰り返し、幾度目かのデュースを迎え、とうに数ゲーム分の時間を費やしていた。

 最初は授業の進捗を気にしていた体育教師も、あまりに白熱した戦いに授業そっちのけで生徒に交じって応援していた。

「リリスさん、本当に運動神経がいいんですね!」

 サーブ前にテミスが目の前のライバルに声をかける。

「別に。こんなの、ボールが来たらラケットを振って当てるだけでしょう? 難しいことじゃないわ」

 全国のテニスプレイヤーが聞いたら憤慨しそうなこともさらっと言ってのける。

「ふふ、強がりじゃないといいですけ……ど!」

 言葉を締めると同時に鋭いサーブが飛んでくる。

 すかさず踏み込んだリリスは手首のスナップを利かせて、相手の返しにくいポイントにボールを運ぶ。

 それは読んでいたとばかりにテミスがステップを踏む。視線はすでに次のコースの計算に移っており――華麗なラケットさばきで、まるで矢の如く返球した。

(――嫌なコースね、やるじゃない)

 普段は体育なんかで汗をかかないリリスでも、今日はほのかに肌を上気させ、じわりと汗の粒を浮かせる。

 テミスも笑みを浮かべているが、手に汗握る攻防の最中での一種のハイ状態となっていた。

 ひたすら続くラリーは、お互いのラケットに当たるボールの音でさながら音楽を奏でているようだった。

「往生際が悪い……です!」

「お生憎……様!」

 いつまでも続くラリーに気づけば応援の声は静まり、みんなが息をのんで見守っていた。

 しかし、終わりは一瞬だった。

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「うわー! すまん、みんな今日は終わりだ! 片付け急げー!」

 体育教師の声にみんなががっかりした表情でボールを拾い始める。

 一方、コートで熱戦を繰り広げた二人は終鈴の合図とともに足を止めていた。

「リリスさん、楽しかったですね」

「私はとっとと終わらせたかったんだけど……」

 ネット際に寄ってきたテミスが右手を差し伸べる。

「またいい試合をしましょう。でも、私たちが対決すると死力を尽くしてしまうから……死合、でしょうか」

 不敵な発言にリリスは、物騒なこと言わないで、と前置きして、

「神に仕える身がそんなこと言っていいの? でも、そうね。これくらい本気でやり合うのもたまには――悪くないわ」

 と軽く握手をして、駆けてくるはるかと更衣室へ向かった。

 テミスは去って行くリリスの背中を見ながら、先ほど握られた手をぎゅっと握りしめていた。

 

 放課後。リリスははるかとともに帰路に向かって歩いていた。

「リリスちゃん、昼休みテミスさんと何を話してたんですか?」

 隣を歩くはるかが気になった様子でテミスとリリスの会話内容について尋ねる。

「別に。女子中学生が話すような他愛ないもない会話よ」

「え~~~? リリスちゃんとテミスさんがそんな俗っぽい話をするんですか?」

 普段、リリスから女子中学生が話すような話をされないはるかは信じられない様子だ。

「私だって十四の女の子よ。そういう話くらいするわ」

 女子中学生がする話を考えるはるかは、ぽんと手を打って尋ねる。

「じゃああれですか……好きな男子のタイプとか!」

「止まらぬ少子化問題及び高齢化社会に対する対策とアプローチの仕方について」

 聞いた途端、がくっとこけたはるかは、体を起こしてリリスに訴えた。

「全然俗っぽくありませんよ!! およそ中学二年生の女の子がする会話じゃありません!!」

 はるかの訴えにリリスはフッと息を漏らし応えた。

「冗談よ。巷を騒がすプリキュアについてどう思うかって聞かれたわ」

「へぇ、テミスさんがそんなことをリリスちゃんに?」

 リリスは、ええ、と短く返事をする。

「それでテミスさん、なんて言ってたんですか?」

「〝プリキュアはこの世界の正義の象徴で、人々の笑顔や愛を守る存在であるべきだから、新聞で報道されているプリキュアははた迷惑な似非プリキュア〟……なんだって」

「し、辛辣なコメントですねぇ……」

「まぁ私が話を誇張してるところもあるけど、だいたいこんなことを言ってたわね」

「テミスさんって宗教だけじゃなくて、プリキュアに対しても信心深い人だったんですね」

 まだ転校したてで謎が多い少女・テミス。陽だまりのような笑顔とそれに伴う魅力で瞬く間に学校の生徒たちを虜にしている点を除いて、彼女たちはテミスのことをほとんど知らなかった。

 テミス・フローレンスという少女は何を考え、なぜプリキュアの存在意義について強いこだわりを持っているのか――そんなことを考えながら歩いていた直後だった。

突如周りの景色が歪み始めたと思えば、リリスとはるかの周りに強力な閉鎖空間が発生して、二人は完全に閉じ込められた。

「な、何ですかこれ!?」

 はるかは突然の出来事に辺りをきょろきょろと見渡す。

「これは……天使の結界!」

 先手を打たれたことに舌打ちをしながら、何が起きてもすぐ対処できるようにリリスは身構えた。

「天使?」

 リリスの言葉を繰り返したはるかに応えたのはリリス本人ではなかった。

「悪魔の天敵――それが私たち天使よ」

 不意に頭上から声がした。

 上を見ると、純白のドレスのような衣装に身を包み、背中から銀白に輝く立派な翼を生やした金髪ポニーテールの美少女が、チョウの羽を持つリスのような妖精を伴っている。

 リリスが警戒の眼差しを向け、はるかが困惑の表情を浮かべる中――少女は妖精とともにゆっくりと地面へと降り立った。

「ごきげんよう、悪原リリスさん。いえ……キュアベリアルさん」

「どちらさま? とりあえず天使ってことは認識できたけど、それだけじゃないんでしょ」

 正体不明の天使を相手に、リリスは半身の構えで相対する。

「私は天界からやってきた正統な上級天使にして、かの伝説のプリキュア……キュアミカエルの血を継ぐ存在――キュアケルビム!」

 伝説のプリキュアの名を聞いたはるかが、自らをかばうように立つリリスの陰から顔を覗かせる。

「キュアケルビム……!?」

 ミカエルと聞いたリリスは、なるほど、と納得のいった表情を見せた。

「やっぱりキュアミカエルのミカエルっていうのは、大天使ミカエルのことだったのね。しかし初耳だわ。かの大天使ミカエルがまさかプリキュアとして戦っていたなんて」

「悪魔が知る必要のないことですもの。知らないからといって罪にはなりません」

 ケルビムのそばを漂うリスの姿を模った妖精、キュアケルビムの従者・ピットがそう言うと、ケルビムはリリスのことを指さし強い語気で言い放つ。

「そんなことよりも、私が今日ここに来たのは他でもないわ。キュアベリアル、あなたをこの手で倒すためよ!」

 向けられた敵意にリリスは睨みで応酬する。

「私を?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何だか穏やかな話ではありませんが……あなたはどうしてリリスちゃんを倒そうなんてするんですか!? どうして、リリスちゃんがプリキュアであることを知っているんですか!?」

 はるかの疑問にケルビムは言葉を返す。

「矢継ぎ早ね。でも答えられない問いでもないから教えてあげる。私はね、ずっと天界から地上の様子を見ていたの。そして、プリキュアに変身する悪魔の力を感じ、降りて来たのよ。そしたら何なのよ……この〝似非プリキュア〟が戦うたびに人々のプリキュアへの信頼・尊敬の念は薄れ、たくさんの笑顔が失われていく。私はそれが我慢ならなかった……だからこそ、すべての元凶を作り出したこの悪魔を生かしておくわけにはいかないの!!」

 ケルビムの言葉に溜息を吐いてリリスは尋ねた。

「要するに、それってプリキュアを神様みたいに信仰の対象にしたいっていうあんたの個人的な欲望じゃない?」

 主人への冒涜に、従者のピットは怒りを露わにして反論する。

「無礼な! あなたのような邪な悪魔みたいなこと、ケルビム様が考えるはずもありません!」

 それを聞いたリリスは嘲笑気味に投げかける。

「どうかしら。天使にだって自分の欲望くらいあるでしょ?」

「私は人々には幸せになって欲しい。そして、その幸せを妨げる邪悪を許すことはできない。さあキュアベリアル、ここが年貢の納め時よ!!」

 ケルビムの目を見る限り、本気でリリスを――キュアベリアルを倒す覚悟を持ち合わせていると確信した。

「リリスちゃん……」

 はるかが心配そうに尋ねると、リリスは難しい表情を浮かべた後、観念したように重い溜息を漏らし――キュアケルビムの方へと一歩前に出る。

「天使と悪魔は相容れない存在……いつかはこうやって衝突する日が来ると思っていたわ」

 彼女は学校の鞄をはるかに預けると 、懐から変身アイテム・ベリアルリングを取り出した。

「そっちがその気なら相手になってあげるわ。ただし、私は悪魔だから誰が相手だろうと一切容赦はしない」

 右手中指にベリアルリングを嵌め、天に向かって手を翳すと――リリスは魔力をリングへ集約させ変身する。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 数十秒後、紅色のオーラに包まれたリリスがプリキュアの変身を完了させ、ケルビムの前に姿を現した。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 変身完了したキュアベリアルはキュアケルビムと対峙した。

 悪魔と天使――相反する存在同士は互いに闘争心を剥き出しにして、いよいよ戦いの火蓋が切られた。

「はああああああ!!!」

「やああああああ!!!」

 ガンッ !!

 

【挿絵表示】

 

 互いの拳と拳がぶつかり合う。力はほぼ互角――拮抗している。

 両者は拳だけでなく、蹴り、魔力攻撃、空中戦に至るまでともにしのぎを削り合う。

 熾烈を極める悪魔と天使のプリキュアの衝突する光景を危険が及ばない場所で観戦していたはるかだが、彼女の心は揺れ動いていた。

「こんなのおかしいですよ……同じプリキュア同士、どうして戦う必要があるんですか!?」

 プリキュア同士が戦う理由などあるはずがない。悪魔と天使という相容れない存在ゆえに戦う宿命を担ったベリアルとケルビムは、嘆くはるかを余所に、ひたすら攻撃の手を休めず戦い続ける。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 ベリアルは必殺技を放った。しかし、絶妙なタイミングで回避したケルビムは掌に悪魔を一撃の元に葬り去る力――『光の槍』を作り出した。

 

「プリキュア・セイントスパイラル!!」

 

 光の槍を高速で回転させ貫通能力を高めると、ケルビムはベリアル目掛けて光の槍を投げ飛ばす。

 ベリアルは咄嗟の回避が間に合わず、殺傷力抜群の光の槍を左肩に掠めてしまった。

「ぐううう……!!」

 掠っただけでも悪魔にとって光の槍は相当なダメージを与える。かなり嫌なコースを攻められたと思い、ベリアルは険しい顔を浮かべながら、バランスを崩し、地面に叩きつけられるように墜落 した。

「リリスちゃん!!」

 致命傷こそ避けられたものの、光の槍におけるダメージは深刻だった。今のベリアルを斃すのはケルビムにとって造作もないことであり、当然この機会を逃すわけがなかった。

「悪魔が人々を救うプリキュアであっていいはずがない。ここで何もかも終わりにしてあげる。あなたの人生とともに」

 今一度光の槍を作り出し、次の一撃でとどめを刺そうとする決意する。

 刹那、ケルビムは横たわるベリアルに向かって地面を蹴り、一気に接近する。ケルビムが光の槍を振りかぶり、絶体絶命のピンチに陥ったベリアルだったが――直後、自分のことを庇おうとはるかが前に飛び出した。

「な!」

「はるか!?」

 ケルビムは咄嗟に光の槍のエネルギーを霧散させ 、攻撃の手を止めた。はるかは悲しみに満ちた瞳を潤わせ、両手をいっぱいに広げてベリアルを守りながらケルビムに訴える。

「もうやめましょうよ!! 同じプリキュア同士、争う理由なんてありません!!」

「同じプリキュアて……あなたはそんな悪魔を庇うつもり!?」

「悪魔であるとかそういう以前に、リリスちゃんははるかの大切なお友達です!! はるかのお友達をこれ以上いじめるつもりなら、たとえ天使のプリキュアだろうと許しません!!」

 圧倒的なまでのはるかの気迫にケルビムはしり込みし、ベリアルへの攻撃を止めざるを得なくなる。

 そして、親友の言葉に勇気をもらったベリアルは口角をつり上げるとゆっくりと立ち上がり、はるかの肩に手を置き笑みを浮かべる。

「ありがとう、はるか。でも、危ないから下がってて」

「リリスちゃん……」

 今度はベリアルがはるかを庇うようにして前に出る。

「キュアケルビムとやら。あなたにとってプリキュアがどういう存在であるかは正直興味ないし、プリキュアが人間の模範となるべき正義のヒーローであるって考え方もするつもりはないわ」

「何ですって……!?」

 怒りの表情を見せるケルビムを見据えて、ベリアルは続ける。

「私は私の思うがまま、自分の信じるものと数少ない守りたい者のために戦うわ。今も、そしてこれからもね」

 刹那、ベリアルリングの上にグラーフリングを重ねて――ベリアルは全身を炎に包みながら二段変身した。

「グラーフゲシュタルト!!」

 高熱を帯びた彼女の体は戦闘衣装を赤みが帯びたものへと変えていき、能力全般 を格段に上昇させる。そして、ベリアルはさらなる変身を遂げポーズを決めた。

「キュアベリアル・グラーフゲシュタルト!!」

 目の前に現れた紅蓮の悪魔にケルビムは一歩後ずさる。

「二段変身ですって……!?」

「ケルビム様、これは危険ですよ!!」

 本能的な危機感を抱き後ずさるケルビムとピットを見ながら、ベリアルは拳をボキボキと鳴らして、炎を伴ったパンチでキュアケルビムを押し返す。

「ぐ……この火力は!?」

「悪魔のプリキュアだってそれなりに戦えるってことがわかったかしら!!」

 バン!!

 強力無比な拳の一撃がケルビムの腹部に直撃し吹っ飛んだ 。やがて地面に叩きつけられ、転がるようにして受け身を取るが、殴られたダメージが強く、当たった箇所を押えながらケルビムは跪く。

 そんなケルビムを見据え、追撃のチャンスを逃すまいと、ベリアルは全身に灼熱の炎を纏わせた。

 

「プリキュア・プロミネンスドライブ!!」

 

 全身を炎に包んだ彼女は、躊躇ない突進によって目の前のキュアケルビムに向けて渾身の体当たりをぶちかました。

「きゃああああああ!!」

 ケルビムはシンプルだが強力な炎の体当たりの直撃を受けると、再度、地面に激しく叩きつけられ――戦闘不能となった。

「ケルビム様!!」

 ピットが主人の安否を気遣い近づくと、ケルビムの戦闘衣装はところどころ焦げ臭いにおいを発し、炭のように黒ずんでいた。

「く……この私が悪魔に後れを取るなんて……不覚だわ!」

「目の前の現象だけを見るあまり、物事の本質を捉えられなくなった天使に成り下がったことの方が不覚じゃない?」

 と、ベリアルはケルビムの現状をそのように嘲笑った。

 心底悔しい思いを抱くケルビムは、重い身体を起こすと背中の翼を広げ上空へと飛び上がる。

「必ずあなたの愚行を止めてみせるわ! 次に会う時まで首を洗って待ってなさい!」

 そう言って、ピットを連れてケルビムはベリアルの前から去っていく。

 彼女たちがいなくなると、結界も解除された。さすがの疲労に追いかけることができなかったベリアルは変身を解いた。

「リリスちゃん……この争いは避けられないのでしょうか……」

 近づいてきたて、はるかが問いかけるが即座には答えられなかった。

 リリスはとともに立ち去ったケルビムについてしばらく考えた後、あらためて帰路へと向かって歩き出した。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 大司祭ホセアは日課である礼拝をしていた。

 しばらくすると、礼拝堂の扉が開かれ――彼の方へと向かってゆっくりと近づく影があった。

「天使が悪魔に後れを取ったか。それとも、あの場にいた人間の少女が貴殿の心をかき乱したか?」

 ホセアは背中でそう語りかけると、おもむろに後ろを振り返る。

「キュアケルビム」

 現れたのはキュアベリアルとの戦闘を終えたばかりのキュアケルビム。彼女は苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべながら、ホセアに対し深々と首を垂れる。

「申し訳ありません。しかし、この借りは必ず――」

「少し休め。思いのほか、あの悪魔娘を相手にするのは骨が折れそうだ。長期戦と持ち込もうじゃないか。どの道、残りの悪魔の数など雀の涙ほどなのだ。じっくり嬲り殺すのも悪くない」

 猟奇的とも取れるホセアの言葉を聞きながら、ケルビムはおもむろに頭を上げると、変身を解いた。

 変身を解いた彼女の姿は、私立シュヴァルツ学園に転入してきた謎の美少女テミス・フローレンスそのものだった。

 彼女は打倒キュアベリアルを胸に、手の中の変身リング――ケルビムリングを強く握りしめる。

「悪原リリス、いえ、キュアベリアル……いずれこの手で倒してみせるわ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

レ「リリス様、生き残っていた悪魔が発見されました!」
リ「本当に!? だったら早速会ってみないとね」
は「ハヒ!? でもそこに洗礼教会が現れて、何だか危ない予感がしてきましたよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『約束を果たすため!フィルストゲシュタルト!!』」


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第6話:約束を果たすため!フィルストゲシュタルト!!

ひと月近く放置してしまい申し訳ありません!!
ようやく落ち着きましたので、最新話を投稿いたします。長く待たせてしまった読者の方々、本当に申し訳ありません。


黒薔薇町郊外 古びた洋館前

 

「あ、あの……リリス様。本当にここなんでしょうか?」

「ええ、そうよ」

 ある日、リリスは使い魔のレイを連れて郊外にある、とある洋館にやってきた。

 洋館の前で立ち尽くすリリスと、彼女の肩付近で浮遊するレイ。

 外から見た限り、人が住んでいる気配は感じられない。もう何十年と放置された洋館はすっかりカラスの住処として定着している。

「今どき見ませんよ、こんな不気味な洋館。化け物でも住んでいそうですね」

 ドラゴンの姿をした使い魔が震える姿を見て、溜息混じりにリリスは言った。

「使い魔が何怯えてるのよ。自分だって人間からすれば化け物の類じゃない」

「そんな! ハッキリ言われると私、ショックで死んでしまいます!!」

 レイが羽をバタつかせて反論すると、リリスは握りこぶしを見せながら睨みつける。

「じゃあ、一度死んでみる?」

「い、いえ……遠慮しておきます……」

 肝を冷やすリリスの冗談もさることながら、気が進まないがレイは主とともに洋館の中へと入って行った。

 外見のオンボロさに増して、中は予想以上に荒れ放題となっていた。全体的にひどい湿気で蜘蛛の巣やネズミの姿が見受けられる。

  踏み込むたびにギシギシと音を立てる階段をリリスは一歩ずつ上っていく。リリスのそばを浮遊するレイは、自分が使い魔であることを忘れたかのごとく、人間のように怯えている。

 そんなレイとは違って、リリスがさながら本格ホラー にでも出てきそうな洋館の中を見渡して、溜息とともに言葉を吐き出した。

「PTAから子どもが泣き出しちゃってたんだけどどうしてくれるの!? なんて苦情の電話が来たらどうしましょう……」

「一体何の話ですか?!」

 時折リリスは的外れというか、意味深長なことを言ってくる。だがしかし、生憎と今のレイには彼女のメタ発言を理解できるほどの余裕はなかった。

 洋館の二階へとやってきたリリスは、廊下をしばらく歩くと、ある部屋の前で立ち止まった。

「ここ、ですか?」

「ええ。この部屋に彼はがいるの」

「彼?」

 どうやらリリスは尋ね人があってこの館に来たらしいのだが、一体どんな人物がこんなオンボロ屋敷の奥にいるというのだろうか。

 不安に駆られるレイが見守る中、おもむろにドアノブを握りしめ、リリスは建付けの悪い扉を開けた。

「おじゃまし……」

 開けた瞬間、リリスの顔に蜘蛛の巣が引っ掛かった。

「わぁっ!! なによもー!?」

「リリス様、大丈夫ですか!?」

 怯えているレイであったが、さすがは使い魔というべきか、主の叫び声を聞いて咄嗟に救おうと近寄る。

「ただの蜘蛛の巣だから。私は何ともない――」

 と、言った直後――部屋の奥から紅色に輝く無数の小さな光が見えた。何事かと目を凝らして見れば、何十匹というコウモリが一斉にリリスらを目がけて飛び出した。

「「うわあああああああ!!」」

 滅多なことでは驚かないリリスだが、今の状況には度肝を抜かれてしまった。

「こ、コウモリがいる!? ここはお化け屋敷ですか!!」

「だから使い魔が何をビビってるのよ!」

 一人と一匹がぎゃあぎゃあ騒いでいると奥からしわがれ声が聞こえてきた。

「なんじゃい騒々しい。ワシはまだ寝足りないんじゃ……」

 部屋の中からガサゴソと音を立てて登場したのは、

「ん? おお……これはこれは、リリス嬢じゃったか」

 リリスの存在に気付いた声の主は、闇の中から姿を現す。洗濯など碌にしていないボロ雑巾のような白衣を纏い、逆立った髪の毛と蛇のようなほっそりとした手足を持つ長身痩躯の男の姿は明らかに異様だった。

「だ、誰だ貴様!?」

「お元気そうね、ベルーダ博士」

 強い警戒心を抱くレイとは裏腹に、リリスは目の前の男の素性を知っている口ぶりだった。

「どうしたリリス嬢? 顔に蜘蛛の巣なんか張りおって。今流行りのメイクか?」

 ほっほっほ、と笑うベルーダに対して、レイは怒りを露わにして訴える。

「そんなわけないだろう! 大体こうなったのは、貴様がきちんとこの部屋を掃除していないからであろうが!」

「レイ、ひとまず抑えて」

「しかしリリス様!!」

 レイをなだめるリリスは、本来の用件を果たすべく博士と話を進める。

「用件は分かってるでしょ、ベルーダ博士。例のものは?」

 今か今かと待ちわびていたベルーダはにんまりと歯を見せて笑い、親指を立てる。

「ウシシ! バッチグ――じゃな!!」

「それ、古すぎて今の子にはわからないのでは?」

「だから何の話をしているんですか!?」

 相変わらずメタな発言の意味はわかりかねたが、ただ一つレイがわかっていること――それはリリスがこの洋館に住む怪しげな男に何らかの用事があるということだ。

 どこか胡散臭い雰囲気を漂わせるベルーダという男を訝しげに見つめるレイは、リリスがベルーダの手から頼んでいた物を受け取るところを見た。

「これがそう?」

 リリスは渡されたアタッシェケース に入れられた物を見つめる。レイはケースの中に厳重に仕舞われていた、ベリアルリングと同じくらいの大きさをした翡翠 色の指輪があるのを見つけた。

「あの……これは?」

 レイが尋ねるとベルーダは待ってましたとばかりに説明する。

「新しく開発した強化変身リング――ワシ渾身の力作じゃ。まぁ使う分には構わないが、ひとつだけ注意しておくれよ、リリス嬢」

 ベルーダの言葉にリリスは首をかしげる。

「何かしら、ベルーダ博士?」

 ベルーダは、うむ、とうなずくと言葉を続けた。

「近頃は警察の動きも活発じゃ。あまり派手に動き回って奴らに捕まるようなヘマはしないでほしい」

 すでに何度も警察との対決を経験してきたリリスは余裕を見せてベルーダに言った。

「わざわざそんなこと? 大丈夫よ、私はそういう場面に出くわしても持ち前の知恵と勇気でどうにでも切り抜けるから」

「さすがはリリス様! 何とも頼もしいお言葉!!」

 レイがリリスの頭上をくるくると飛び回る。

「本当に大丈夫なのかのう……何か不安なんじゃが」

 忠告を聞き入れないリリスにベルーダは心配そうに呟くが、却ってリリスの機嫌を損ねた。

「ちょっと。女の子一人こんな不気味なところに連れてきて約束守らないっていうの? だったら、私だって警察の力を使ってあなたを拉致監禁の容疑で逮捕してもらうわよ」

「わ、わかったわかった! 持って行くがよい、悪魔め!」

 シャレにならないリリスの発言に、ジト目になってベルーダは言った。

「ありがとう博士。悪魔はね、自分の欲のためなら手段を選ばないから」

 ベルーダは目の前の少女を見て疑問に思う。悪原リリスとは、世にも恐ろしい少女である。元来が悪魔である上に彼女は徹底した現実主義者で利己主義者。十四歳という若さでここまで肝の据わった子はそういないだろう。そして何より、そんな彼女がどうして〝プリキュア〟という柄にもない非現実的な力に頼っているのか。

「リリス嬢」

 用件を済ませて帰ろうとした際、ベルーダが低い声で彼女を呼び止めた。立ち止まった彼女に対し、ベルーダは深刻そうな顔を浮かべ呟く。

「人の身でプリキュアになるのはともかく、悪魔であるお主がプリキュアになるということは想像以上の代償を払わねばならぬぞ」

「……わかってるわ。だけど私は、考えて立ち止まってる暇なんてないの」

 彼女が選べる選択肢は何も一つだったわけじゃない。だが、彼女は敢えて選択肢をたった一つに絞り、最も過酷な運命とリスクを背負った。

 一体何が、彼女をそのような運命に立ち向かう覚悟を持たせたのか――それを知るのはもっと先の話である。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら河川敷

 

 時刻は午後三時を過ぎていた。天城はるかは夕飯の買い出しを終えると、家路を歩きながら得意げに鼻歌を歌っていた。

「今日のお夕飯は~~~♪ ブタとタマゴの他人丼ですよ~~~♪」

 リリスが隣にいれば、中学生にもなって何恥ずかしいことしてるの、と諌められたに違いないが、その彼女は今ここにはいない。諌める相手がいない分、伸び伸びと心のままに歌を歌うことができた。

 そんな折、不意に丘下の河川敷に目をやると、はるかの目に川辺を覗きこむ小さな子どもの姿が映り込んだ。

 鼻歌をやめた彼女は、じーっと川辺を見つめたままピクリとも動こうとしない奇妙な子どものことがやけに気になった。

「あれは……はっ!! まさか!!」

 はるかは安易な想像を働かせた。彼女の脳裏に、子どもが川に身を投げるという悲惨な光景が思い浮かんだ。矢も楯もたまらず彼女は慌てて子どもの下へと急ぐ。

「待ってください!! いけません、そんな風に命を粗末にするようなことは絶対にダメですよ――!!」

 早く助けなくては、とはるかは勢いよく丘を駆け降りる。だが直後、坂の上で足を滑らせてそのままの勢いで転がり始める。

「うひゃあああ~~~~~~!! 誰かヘルプミーです――!!」

「え?」

 はるかの悲鳴を聞いた子どもが思わず振り返った。転がり落ちて来た彼女は子どもの横を通り過ぎ、一人勝手に川の中へと転げ落ちた。

「た、助けてください!! 私、泳げないんです!!」

 川に落ちた彼女はひどく狼狽し、一人で水の中で手足をばたつかせる。

 子どもははるかの狼狽ぶりに言葉を失っていたが、このまま放置しておくのもかわいそうだと思い、苦笑いの末に言ってやった。

「あ、あの……その川、浅いと思うよ」

「ハヒ?」

 指摘を受けると、浸かっていた水辺がひどく浅かったという事実にはるかは気付いた。

直後、自分がいかに恥ずかしい真似をしていたのかを考え、顔を真っ赤に染め上げ、頭から湯気を出した。穴があったら入りたいと本気で考えるほどの羞恥心をはるかは味わった。

 子どもは、少しドジな彼女の姿を見て思わず破顔一笑する。

「お姉ちゃんったらおもしろいね! もしかして、お笑い芸人さんでも目指してたりするの?」

「ち、違いますよ!! はるかはそんなつもりは……私は君がてっきり川に身を投げてしまうのではないかと思って……」

 子どもは突拍子もないことを言われてさらに笑う。

「そんなことするわけないよ。珍しい魚がいたからうわぁーすごいなー! って顔を覗きこんでたんだ」

「はあ……そうだったんですか……骨折り損のくたびれもうけですね……は、は、はっくちょん!!」

 岸部に上がらず川の水に浸かったままだったはるかは、安堵したせいか急に寒さを全身に感じて身震いする。

「大丈夫? 待ってて、すぐに温めてあげるから」

 そう言うと、子どもははるかに近づき、おもむろに目を瞑る。

 瞬間、子どもの足元に青色に輝く魔法陣が展開され、さらには背中にリリスと同じコウモリを模した悪魔の翼が生えてきた。

「ハ、ハヒ!?」

 予想外の出来事だった。驚き戸惑うはるかを余所に、その子どもは魔力を使ってはるかの服を瞬時に乾かし、冷えた彼女の体温を上昇させた。

「はい♪ 終わったよ」

 満面の笑みで答えた子どもに言われると、確かにずぶ濡れになったはずの衣服が乾き、先ほどまで感じていた寒さを全く感じなくなったことを実感する。

「あの……もしかしてあなた、悪魔なんですか?!」

「そうだよ。本当は無暗に人間に正体をバラしちゃいけないんだけど、お姉ちゃんからは何だか同じ匂い を感じたから、大丈夫かなーって。というか、どうしてお姉ちゃんはこの世に悪魔がいるって知ってるの?」

「へ!? そ、それは……えーとですね……」

「無理してウソつかなくていいよ。それにお姉ちゃん、ウソつくのあまり得意そうじゃないかな、ぼくが見たところ」

 何と言って誤魔化せばいいのだろうと、はるかは考えていたが、目の前の子ども悪魔はそうした彼女の不器用な性格を瞬時に見抜いた。

 リリス然り、悪魔というものはどうしてこうも達観しているのだろうか。はるかは目の前の子どもが子どもらしくないと思いつつ、本当のことを正直に答えることにした。

 

「そっか。お姉ちゃんの友達が悪魔なんだね」

「はい、まぁ……」

 はるかから話を聞いた子ども悪魔は、取り立てて騒ぐわけでもなければ悲嘆するわけでもなく、ありのままに事実のみを受け止めた。

 不意に隣に座る子ども悪魔を見つめると、それに気付いた彼ははるかに笑顔を見せた。精神はとても子どもらしくなかったが、その邪気の感じられない笑顔には子どもらしさを感じ、はるかは内心ほっとした。

「ぼくギャレット。年は十歳、小学四年生」

「天城はるかです。私立シュヴァルツ学園の二年生で、風紀委員です!」

 二人は自然に握手を交わし、親睦を深めあう。

「はるかお姉ちゃん。お姉ちゃんの友達のリリスっていう悪魔……ぼくにも紹介してくれないかな?」

「はい! そんなことならノープロブレムですよ!!」

 

 一方、その頃。ベルーダ邸を後にしたリリスのスマートフォンにはるかからのメールが届いた。

「はるかから? 何かしらね……」

 送られてきたメールの内容を確かめた瞬間、リリスは思わず目を見開き言葉を失いかけた。

「これは!!」

「どうかしましたか?」

 普段このような大きな声をあげないリリスにレイが疑問を投げかける。

 すると、リリスは静かに言葉をつないだ。

「レイ。私たち悪魔の生き残りが見つかったわ」

「なんですと!?」

 リリスの報告にレイも大声をあげる。

「はるかが偶然見つけたんですって。今すぐ河川敷に行くわよ!」

 リリスはアタッシェケース片手に、全力疾走ではるかとギャレットが待つ河川敷へと向かい走り出した。

「リ、リリス様!! お待ちくださーい!」

 レイは慌てて翼を羽ばたかせる。レイにとって足の速い主を追いかけることも一苦労な話であった。

 

 リリスにメールを送ってから十数分 が経過した。河川敷ではるかとギャレットが談笑をしていると、リリスとレイが到着した。

「はるかー!」

「あ、リリスちゃーん! レイさんもこっちですよー!」

 上がった息を整えると、リリスははるかの隣に座るギャレットをまじまじと見つめる。

「この子がそう?」

「はい。ギャレットちゃん、さっき話していた親友のリリスちゃんです!」

 すると、ギャレットは立ち上がるなりリリスに対し仰々しく膝をつく。加えてそこから子どもとは思えない丁寧な言葉遣いで挨拶をする。

「お初にお目にかかります。魔王ヴァンデイン・ベリアルの 御令嬢。下級悪魔族の嫡子・ギャレットと申します。どうぞお見知りおきを」

「ハヒ!? 急にどうしたんですか、そのしゃべり方!? さっきまで年相応に話してませんでしたか!?」

「大人の階段どころか大人のエスカレーターですな」

 レイがつまらないギャグを言うのを聞き流し、リリスも応対する。

「ご丁寧にありがとう。いかにも私はヴァンデイン・ベリアルの娘、ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアル……こっちの世界では悪原リリスと名乗っているわ」

 リリスに続いて、レイが胸を張って名乗りを上げる。

「私はリリス様に仕える使い魔、レイだ。気軽にダーリンと呼んでくれ!」

「何でですか!? どうしたいんですかレイさんは?!」

 つい最近読んだライトノベルから拝借したギャグらしいが、真面目なはるかやギャレットへの受けは良くなかった。

 その後、リリスとレイも交え彼女たちはギャレットと親睦を深めた。話をする内に、ギャレットはリリスの許可を受け、はるかと話をしていたときと同じ子ども口調になっていた。

「でも変な話ね。この近辺からは私以外の悪魔の気配を感じなかったのに……」

 リリスが疑問を口に出すと、ギャレットはすぐさま答えた。

「最近家族と一緒にこの町に越してきたんだ。だからまだこの辺の地理に詳しくなくて……適当に時間をつぶしていたら、このお姉ちゃんがいきなり転がってきて川に飛び込んじゃって」

 そのときの光景を思い出しクスクスと笑うギャレットに反して、リリスはジト目になってはるかを見つめる。

「何やってるのよあんたは?」

「あはは……これもすべてはるかの早とちりが招いたことでして……」

 案の定リリスからは冷たい目で見られた。ある程度予測はしていたはるかだが、実際に言われると相当に恥ずかしいものである。

「まぁいいわ。洗礼教会の粛清でほとんどの悪魔が根絶やしにされて、生き残った悪魔も散り散りになった今、こうして同じ悪魔と出会えたんだから」

「ぼくもびっくりだよ。同じ力を持った人がいるとなんだか安心するな」

 そう言ったときのギャレットの瞳を、リリスは 見逃さなかった。

「ギャレット。何だか悲しそうな目をしてるわね?」

「学校で何かあったのか?」

 ギャレットの悲しげな姿にレイも気にかける。

「あったっていうか……ほぼ日常茶飯事なんだけどね。お父さんもお母さんも、ぼくもそうだけど……みんなぼくらのことを気味悪がって近づこうとしないんだ」

 ギャレットの言葉にはるかは首をかしげる。

「どういうことですか?」

 これにはリリスが答えた。

「人間と違って悪魔は体や脳の構造が違うのよ。例えば同じ十歳の子どもでも、人間と悪魔とじゃ身体能力に極端な違いがあったり、学力が並み外れていたりとか……すべてにおいて人間を上回ることが多いわ」

 ギャレットはこくりとうなずく。

「だからなのかな……学校ではいつもイジメられるし、友達も全然できなかった。お父さんもお母さんも、仕事でもご近所づきあいでも上手くいかずに病んでるみたいでさ……自分のこともそうだけど、ぼくらは毎日生きづらさを感じてたんだ」

 切実に実体験を語りながら、ギャレットは近くの小石を川に投げる。

「引っ越した回数はどれくらいだったかな。とにかく、周りとうまくいかなければその都度引っ越すってのが当たり前になったよ。教会の影にも怯えながら、そうやって、逃げ続けることしかできなかったんだ」

「――理解者がいないってことは、確かに窮屈な話よね」

「リリス様……」

 悪魔という人ならざるものが、人間が支配する世界で「人」として生きることがどれだけ大変なことなのかを、リリスは身に染みるほど理解していた。ギャレットが味わってきた苦しみも悲しみも同じ悪魔だからこそ共感し合える。

 リリスはギャレットの手を優しく包み込んだ。そして柔らかい笑みで語りかける。

「安心してギャレット。あなたたち家族の味方はここにいる。もう、これ以上苦しむ必要なんてないわ」

 聞いた瞬間、ギャレットはハッとした顔を浮かべる。

 そんなリリスの厚意に触発され、はるかも、そしてレイも、その手をリリスの手の甲 に重ね合わせることでギャレットの小さな手を包み込んだ。

「ちょっと人より運動神経が良かったり、勉強ができたぐらいで虐げるようなことははるかも絶対にしません!! さみしいときはこの胸にどーんとぶつかって来ても大丈夫ですよ、ギャレットちゃん!」

「まぁなんだ。つらかったら泣いてもいいんだぞ。ハンカチくらいは貸してやるから」

 みんなの優しさを一身に受けてギャレットは笑みをこぼす。

「リリスお姉ちゃん……はるかお姉ちゃん……ありがとう!!」

 一人呼ばれなかったレイはその場でずっこけた。

「おい、待ってくれ! 私を忘れていないか!?」

「あ、うん……じゃあ、ついでに」

「ついで!? 私はついでなのか!?」

 無下に扱われるレイと、そんな彼を笑うリリスとはるか。この光景を見て、ギャレットは久々に心の底から笑うことができたと感じたのであった。

 

 それからというもの、ギャレットはほぼ毎日のようにリリスたちと会い、交流を深めていった。そして、みんなで同じ時間を過ごす中で、自然に笑顔を取り戻していった。

 ある時は川で遊んだ。

 小石の水切りでどこまで届かせられるかを競い合った。

 ――といっても運動神経抜群の悪魔二人はすぐにコツをつかんで対岸まで届くほどになってしまい、ほとんどはるかのスパルタレッスンの時間になってしまったが。

 それでも、最初はまったくと言っていいほどできなかったはるかだったが、三回、四回と上達していったときには、ギャレットに「すごいよ、はるかお姉ちゃん! よくできたね!」と満面の笑みで褒められ、顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。

 それを見たリリスが、

「これじゃどっちが年上かわかったものじゃないわ」

 と呆れて言うと、自然にみんなで笑っていた。

 ある時は森で遊んだ。

 木登りをすれば、やはり運動の苦手なはるかがリリスのスパルタに付き合わされる形となってしまったが、ようやく登り切ったときにギャレットが、

「がんばったはるかお姉ちゃんへのご褒美だよ」

 と辺りの木を削って作ったブローチをプレゼントしてくれた。

 その瞬間は、ギャレットが潰れてしまうのではないかという勢いではるかが彼をぎゅっと抱きしめ、みんなで笑いあった。

 みんなで商店街に行き買い物をした日もあった。

 食料品を買い込んだ帰り、ふと通りかかったたい焼き屋を前にギャレットが立ち止まり、財布を覗いて少し悲しそうな目をしたのをレイが見ると、咳ばらいを一つして店主に声をかけ、自分の財布からたい焼きを買ってあげた。

「ほれ、買い食いはあまりマナーがよくないが、たまになら神、いや、魔王様も許してくれるだろう」

「え、いいの? ……ありがとう! 一度でいいから友達とこういうこと、してみたかったんだ」

 ギャレットがにこりと笑い、それを見ていたリリスに、

「私にもいつもこれくらい甲斐甲斐しくいてほしいものだわ。でも、今日のところは褒めてあげる」

 と主のお褒めの言葉もいただき、レイは鼻の頭をこすって照れを隠した。

 ギャレットが家に招待してくれたこともあった。

 ギャレットの家族は人里離れた森の奥に居を構え、そこでひっそりと暮らしていた。

 両親がリリスに会った最初の頃は、あの悪魔界を統べる魔王の娘と聞いて平伏していたが、数少ない悪魔族の同胞ということや、リリス自身が同胞に壁を作られることを拒み、ギャレット同様、普通の態度で接することを許した。彼らも最初は恐れ多いことと硬い態度で接していたが、何度も遊びにいく内に徐々に慣れていき、すっかり打ち解けてお菓子や料理を振舞ってくれた。

 気付けば、家族を失ったリリスにとっては、ギャレットの家がはるかの家に続く貴重な家族との絆を思い出す場所になっていた。

 ギャレットから聞いていたとおり、出会った頃の両親はとてもやつれた顔をしていたが、他の悪魔に出会えたことに安心したのか、リリスたちと交流を重ねるごとに顔色はよくなっていった。そんな同胞たちの姿にリリスもほっとしたし、彼らとの生活を守っていきたいと強く願った。

 いつものようにギャレットと遊んでいたある日、おもむろにギャレットは口にした。

「いつの日か……本当にいつの日かでいいから、人間と悪魔が仲良く暮らせるようになったらいいのにな」

 それまでにこやかに笑っていたはるかやレイは、ギャレットの言葉を聞いて一瞬深刻な顔をしたが、やがて静かに微笑みうなずいた。

「大丈夫ですよ、ギャレットちゃん。必ず仲良くなれる日が来ます。何せはるかとリリスちゃん、そしてギャレットちゃんの関係がそうなのですから!」

「うむ。人間と悪魔は手を取り合い暮らしていける。我々がそれを示していけばよいのだ」

 二人の言葉にギャレットは力強くうなずくが、もう一人、この言葉に心打たれた者がいた。

「……そうね。人間と悪魔、時間をかければいつかはわかり合える日がくるかもしれない。――約束するわ。必ず私たちがその証人となることを」

 リリスははるかやレイ、ギャレットたちと過ごした日々の中で、そう信じてみたくなった。

 その後もリリスたちはギャレットとたくさんの時間を一緒に過ごし、いつしかギャレットを本当の弟のように思うほどになった。

 このまま平穏な時間がずっと続く……リリスたちはそんな淡い幻想を抱いていたが、すぐにその幻想は儚く散りゆくものだと気付かされた。

 

 ――そう、あの日までは。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「なんだと? キュアベリアル以外の悪魔族の生き残りがいたと?」

 洗礼教会大司祭ホセアの元に届けられた凶報。驚愕する彼にこの情報をもたらしたのは三大幹部がひとり、モーセだった。

「私の調査によれば、十年前に我々が行った【デーモンパージ】から逃れた悪魔が少なくとも日本中に散らばったと思われます」

 ホセアはそれを聞いて苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

「忌々しい悪魔どもめ……数はどれくらいいるか?」

「少なく見積もっても二十は……」

「ふむ、直ちに対策を考えねばならぬな。このまま悪魔どもが力を蓄え、万が一キュアベリアルと結託すれば間違いなく我々に総攻撃を仕掛けてくる。そうなる前に早いうちから芽は潰さなければ」

 ホセアが対策を思案していると、大聖堂の門が開かれた。

「ホセア様!!」

 門からはモーセと同じ三大幹部のひとりであるエレミアが大聖堂へと現れ、ホセアの下に駆け寄った。

「ご報告致します!! 下級悪魔の一体がキュアベリアルと接触した模様!」

「なんだと?」

 報告を聞いたホセアの眉間の皺がさらに深く刻まれる。モーセもまさかの事態に言葉を漏らす。

「恐れていた事態になりましたね」

 洗礼教会にとって悪魔は最大の障害にして、殲滅の対象である。いかに卑劣な手段に及ぼうとも、彼らは悪魔の殲滅に一切の躊躇も容赦もしない。

「エレミアよ、わざわざ言わずとも分かっておろうな?」

「御意! このエレミアにすべてお任せください。必ずや汚れた血を根絶してみせましょう」

 即座に答えたエレミアは闇の中に姿を消した。

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 校内

 

「よしとっ! 本日の見回り異常ありませんでした!!」

 ギャレットと知り合ってから三週間が経った。

 放課後、はるかは風紀委員の仕事である校内の見回りを一通り終え、帰宅の準備のために教室へと向かう。

 その道中、図書室の前を通りかかると扉が開かれ、偶然にもリリスと出くわした。

「あら、はるか。見回りは終わったの?」

「はい。今日も校内はノープロブレムでした! ところでリリスちゃんは今日も図書館に籠っていたんですか?」

「ええ。マルティン・ハイデガーの『存在と時間』を熟読していたわ」

「また難しそうなタイトルですね・・・リリスちゃんってほんとうに本の虫ですね」

「知はこの世の何ものにも勝る力よ。それに最近は警察の動きが気になってね。情報収集の傍ら、なるべく外に出ないようにしてるのよ」

 リリスの敵は今や洗礼教会だけではない。最近は警察が積極的にプリキュアの逮捕に乗り出しており、リリスに味方をしようとする者は極端に少ない。

「ですが、まだリリスちゃん本人の姿を見られた訳ではありませんし、そこまで心配になる必要があります?」

「甘いわね。科学捜査研究所なら人相だけで正体が掴めるわ。プリキュアに変身したところで骨格が大きく変わるわけではないもの。そうやって特定されて動き出される前にこっちはこっちで対策を打たないと」

 リリスが考える仕草を見せるとはるかは質問を投げかけた。

「具体的にどうするつもりですか?」

「そうね。せいぜいやれることと言えば家の周りの結界を強くして身を隠すくらいかしらね……」

 ブブブブ……ブブブブ……

 そのとき、リリスの懐に収まっていたスマートフォン――校則では所持を禁止されているが、レイやギャレットとの連絡のために隠し持っていた ――がバイブを鳴らす。

 電話の相手は、ギャレットだった。

『お姉ちゃん助けて!! 早く助け……ああああああああああ!!』

「ギャレット!? ギャレット!!」

 切羽詰った様子かと思えば、突然の悲鳴。ギャレットはその悲鳴を最後に通信が途絶し、そこからはツーツーと言う機械音だけが虚しく耳に残った。

「今の悲鳴は!? ギャレットちゃんに何があったんでしょう!?」

「はるか、急ぐわよ!」

 どうか無事でいて、と心に念じてリリスは廊下を駆け出した。

 

           *

 

黒薔薇町 森林地帯

 

 電話でのやり取りの後、リリスとはるか、途中で合流したレイはギャレットの家へと向かった。そして現場に到着するとあまりに悲惨な光景が広がっていた。

「な……」

「そんな!!」

 森の中に建てられたギャレットの家は見る影も無く崩壊していた。木の焦げた臭いと白い煙が立ち込め、壊れた家財道具が散乱している。

 リリスとはるか、レイはこの現実離れした光景に言葉を失い呆然とする。

「一体なにがどうなっているんでしょうか……ギャレットちゃんはどこに?」

「リリス様! ここから悪魔の臭いが!!」

 レイが壊れた建築材の下から悪魔の臭いを感じ取った。直ちにリリスたちは瓦礫をどかし始めた。

 しばらく掘り続けると、悲惨な姿となったギャレットと彼の両親が埋まっていた。触れてみればすっかり体が冷たくなって、力なく倒れている。

「「ギャレット(ちゃん)!!」」

「何ということでしょう……誰がこんなひどいことを……」

 レイは悔しさで体を震わせる。

 ついこの間まで一緒に笑い合っていたはずのギャレットの変わり振りを見て、はるかはその場に泣き崩れそうになった。

 リリスは生気を失ったギャレットの手のひらを握りしめると、顔を伏せたまま口を開く。

「こんな血も涙も無いことができるのは……あいつらだけよ」

 刹那、気配を察知して思い切り後ろへと振り返った。森の奥から出て来たのは不敵な笑みのエレミアだった。

「フフフフ。血も涙も無い……それは我々のことを指しているのか?」

「洗礼教会……!!」

 リリスは強い悪意をもってエレミアを睨みつける。その隣でレイが問いかける。

「貴様か……ギャレット諸共、我々の同胞を手に掛けたのは!?」

 見たかった光景が見られたエレミアは満足そうにうなずき言葉を紡ぐ。

「ふん。言っただろう、我々は人々の平和と繁栄の障害となり得る悪魔は徹底的に排除すると。私は忠実にその使命を全うしたまでだ」

「だからって……こんな小さな子を手に掛ける必要があるんですか!? ギャレットちゃんがあなた方に何をしたって言うんですか!!」

 怒気を孕んだ声ではるかが訴えかけたところ、エレミアは下顎に手を添え考える。

「確かに、その子どもは取り立てて我々に逆らったという訳ではない。私としても子どもを手に掛けることは多少なりとも心が痛んだものだ。だが、子どもといえども実体は悪魔だ。それさえわかれば……私はその心を闇に売り渡す覚悟で敵を殲滅できる」

「心を闇に売り渡す覚悟ですって?」

 あまりに身勝手なことを言うエレミアに、我慢の限界を感じた。

 リリスはエレミアの前に出ると、ベリアルリングを指に嵌め、同胞を殺されたことに対する悲しみを必死にこらえ、その目に涙を溜める。

「言うに事欠いて今更何を言うのかと思えば……あんたたちは誰の目から見たって心を闇に売り渡した最低な連中よ!!」

 刹那、ベリアルリングの力を解放し――リリスは独善悪に打ち勝つ力を発現した。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 数十秒の変身を終え、悪原リリスは闇の力によって歪んだ正義を打ち砕く力の姿・キュアベリアルとなって宣言する。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

「今日こそは貴様の息の根を止めてみせる――平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 十字架を掲げたエレミアが今回の素体として選んだのは、跡形も無く崩壊したギャレット邸に使われた建築材である。神々しい光が放たれると、建築材は姿を平和の騎士《家屋ピースフル》 へと変貌させた。

『ピースフル!!』

 現れた家屋ピースフルを正面に見据えて怒りの丈をぶつける。

「許さない。あんたたちの独りよがりな正義のために、同胞を奪われたこの悔しさ……雪辱……どうしようもない怒り……その身体で払って もらうわよ!!」

 瞬間、地面を強く蹴ったベリアルが家屋ピースフルへと突進する。

「うおおおおお!!」

 渾身のストレートパンチが家屋ピースフルに炸裂した。重い強烈な一撃に体をのけぞる家屋ピースフルだが、すぐさま反撃へと移る。

『ピースフル!!』

 あらゆる建築材を一緒くた に打ちこむという大胆な技を披露する。周辺に立ち並ぶ木々をなぎ倒す強力な一撃を、ベリアルは軽快に避ける。

 そうしてすべての攻撃を避け終えたところで、レイが彼女の側に飛んできた。

「リリス様! もはや情けをかける必要はありません!!」

「そうね。こんな奴らを生かしておけば、不器用なりに人間との共存を図ろうとしている奇特な悪魔を失いかねないわ」

 ベリアルは一秒でも早く決着をつけてやろうと思った。ベリアルはベルーダから渡された例の指輪を腰元のリングホルダーから取り出す。

 翡翠 色に輝く指輪をベリアルリングの上から重ねあわせる様に嵌め、力強く右腕を天に掲げ宣言する。

「フィルストゲシュタルト!!」

 声高に宣言した瞬間、フィルストリングが目映い光を帯びてベリアルの体を翡翠のオーラで包み始める。

 高圧縮された魔力がベリアルの全身を包み込むと、緑風が彼女の体へと吸収されていく。さらに衣装も緑を基調としたものとなる。

 胴体は防弾服、下半身は弓道衣を彷彿とさせるデザインで、左肩には突き出たショルダーアーマーを装備。さらには、聴覚を強化する耳飾りが付与。ところどころに風の意匠があしらってある。現われたのは機動性を重視した第二の強化変身――その名を。

 

「キュアベリアル・フィルストゲシュタルト」

 

「その姿……新たなるエレメントチェンジか!?」

「ギャレットの無念はきっちりと晴らさせてもらうわ。フィルストゲシュタルトの力、とくと味わいなさい!!」

 変身を終えるや否や、レイが高らかに声を上げる。

「ボウガンチェイーンジ!!」

 叫んだレイの体が光り輝く。レイはドラゴンの姿からボウガンの姿へと変わり、ベリアルの手に落ち着いた。

「新しい力がなんだ! ピースフル、ゆけ!!」

『ピースフル!!』

 どんな姿になろうとエレミアは攻撃の手を止めることはなく、家屋ピースフルを使って襲撃を行う。

 家屋ピースフルが先ほど同様に建築材をベリアル目掛けて打ちこんできた。対してベリアルは【魔銃レイボウガン】となったレイを構え、前方から飛んでくる障害を片っ端から撃ち落とす。

 

【挿絵表示】

 

「はっ!」

 緑風がそのままボウガンの矢となり、鋭さを持ったそれが家屋ピースフルの攻撃をことごとく防ぐ。

 さらにそこから、ベリアルは隙を見せた家屋ピースフルの胸部目掛けて強烈な一撃をお見舞いした。衝撃に家屋ピースフルは仰け反り、巨体をひっくり返らせた。

「バカな……この力はどこから?!」

「ギャレットの切なる想いをこの弾丸に込めて――最後の一撃を撃ちこむから、覚悟なさい」

 自らを善だと嘯き、悪魔だからという理由で未来ある子どもの命を奪った目の前の邪悪を絶対に許すことはできない。

 ベリアルはレイボウガンに漲る魔力を集約させ、家屋ピースフルに撃ちこんだ。

 

「プリキュア・スーパーウインドラグーン!!」

 

 放たれた巨大な魔力と緑風はオオワシのように天を翔ける。そして標的である家屋ピースフルへと衝突、一瞬にしてその力を無力化する。

『へいわしゅぎ……』

 新たな力を手に入れたベリアルによって家屋ピースフルは消滅した。

「ぬおおおおおお!! 認めん、認めんぞ!! 悪魔如きが我々に刃向うなどと――!!」

 いつものような捨て台詞を残し、エレミアは去って行った。当然、ギャレットを手に掛けたことへの謝罪の言葉は無かった。

 

 戦いの後、リリスたちはエレミアによって殺害されたギャレットとその家族の墓を作ってあげた。

 三人の悪魔の魂が来世で報われることを祈りたいところだが、悪魔であるリリスとレイにはそれができない。だからはるかが二人の分も含めて強く祈った。

「結局、守れなかったわ。ギャレットも、約束も……」

 

 

『いつの日か……本当にいつの日かでいいから、人間と悪魔が仲良く暮らせるようになったらいいのにな』

 

 

 ギャレットと出会ってから交わされた約束――それはひとえに、ひた向きにこの世界で生きようと努力し続けた、ギャレットの切なる想いであった。

 墓前でリリスはその約束を果たせなかったことを何よりも後悔していた。意気消沈とする彼女に、レイとはるかが声をかける。

「リリス様。約束はまだ守れます」

「ギャレットちゃんの想いを引き継ぎましょう。いつか必ず、実現してみせましょう」

 二人から勇気づけられ、リリスも心なしか先ほどまでのしかかっていた重い荷が幾ばくか軽くなった気がした。

 志半ばで命を落とした三人の悪魔たちに花を添え、リリスは踵を返し帰り際に呟いた。

「――できることなら、私もそんな幻想を信じてみたいわね」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「洗礼教会に警察。周りは敵だらけだけど、誰か味方してくれる人はいないかしら?」
は「こんなとき、はるかにもプリキュアに変身できる力があればいいのですけどね…ハヒ!? 何だかわかりませんけど、はるかはとってもデンジャラスな目に遭っています!!」
リ「あんたたちは……! まさか、この町にあいつらまでやってくるなんて!!」
「ディアブロスプリキュア! 『第三の勢力!?堕天使の魔の手!』」


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第7話:第三の勢力!?堕天使の魔の手!

今回の話で、第三の勢力である堕天使が登場します。
そういえばプリキュアで第三の勢力が登場した事ってありませんでしたよね多分・・・間違ってたらすみません。


黒薔薇町 繁華街

 

「いたぞー!」

「絶対に逃がすなー!!」

 午後七時半過ぎ、キュアベリアルこと――悪原リリスは窮地に立たされていた。

 いつものように悪魔狩りに現れた洗礼教会と戦い撃退した彼女だったが、現地の住民の通報によって警察に情報が行き渡ったことがそもそもの原因だ。

 彼らはキュアベリアルを極めて悪質な反英雄 として、洗礼教会との乱闘騒ぎを繰り返す彼女を捕まえるために躍起になり、今現在彼女をパトカーで追跡している。

「しつこいわね!」

 ウーウーとサイレンを鳴らし後ろから追いかけてくる複数台のパトカーを気にしながら、ベリアルは背中の翼をめいっぱい広げ空中を舞う。

「抵抗は無駄だぞ、プリキュア!」

「お巡りさんは何も悪い人たちじゃない! 話を聞かせてくれないか!?」

「自分で悪人じゃないってよく言うわよ! まったくこれだから都合のいい大人って好きになれないのよ……」

 これ以上追いかけられるのは迷惑千万。早いとこ状況を脱しようと思った。

 ベリアルは咄嗟に街灯の明かりが届かない建物の暗闇に紛れることで、警察による追跡を逃れた。

「あの小娘め、どこに消えた!?」

「闇夜に紛れてしまって、まったくわかりません!」

 先輩刑事の怒号に若手刑事が答える。

「こんなときの為に用意したプリキュアセンサーはどうしたんだ!? 大河内財団からの支給品は!?」

「それが、電波ジャックを受けたらしく……使い物にならなくなってしまいました」

「おのれ……プリキュアめ、日本警察を舐めるなよ!!」

 刑事たちは警察官としての誇りに懸けて、何としてもキュアベリアルの早期逮捕に全力を注ぐことをあらためて誓い、今日のところはひとまず引き揚げて対策を練り直すことにした。

 

 警察というある意味洗礼教会よりもたちの悪い敵から、ベリアルは何とか身を守ることに成功した。完全にパトカーがいなくなったことを確認したのち、あらかじめ決めていたはるかとの合流地点に向かい、誰もいない公園の茂みで変身を解いた。

「はぁ……疲れた」

 疲労気味に肩を落とし、茂みから姿を出した直後――はるかとレイが合流した。

「リリスちゃん!」

「リリス様!!」

「はるか……レイ……」

 リリスはまぶたが半分落ちた目ではるかたちに視線を向ける。

「大丈夫ですか? 目がトロンボーンですよ」

「ちょっと疲れただけよ。ていうかなにそれ……目がとろんでしょ? トロンボーンって言い方……」

「それより、また警察に追いかけられたんですよね?」

 問われるや、リリスは深い溜息を漏らした。近くのベンチに座った彼女は、肩や首を軽く回しながら口を開く。

「彼ら血眼になってたわ。洗礼教会が現れたら強制的に戦わないといけないし、戦いが終わっても警察が駆けつけたら追いかけっこになる。どこまで行けばこのいたちごっこは終わるのかしらね」

 悪魔という身分を隠して人間社会で生きるリリスにとって、この二つの勢力は平穏な日常生活に極めて深刻な影響をもたらしていた。

 悪魔を人類の敵と見なし、その討伐に命を懸ける洗礼教会による過激なアプローチは日増しに頻度を増やしていき、その都度リリスはプリキュアに変身して対処しなければならない。

 そしてそれに拍車をかける警察という国家権力の台頭。戦闘時に発生する器物破損や一般市民からの苦情の声を味方につけ、彼らはプリキュアの逮捕に乗り出した。二つの勢力は同じ敵である悪魔を異端者と捉え、一つは物理的に、もう一つは社会的に抹殺を試みようとしている。

 この板挟みの中に立たされたリリスはそれでもなお自らの平和な生活と、はるかやレイと言ったごく少数の身内を守るために、日夜戦い続けるしかなかった。だがその代償として十四歳の悪魔少女の体には並々ならぬ負荷が及んでいた。

 なんとかリリスの力になってあげたいと思うはるかと、最も近くにいながら彼女の役に立てているのか不安に思うレイは、ともに胸が締め付けられる思いだった。

「とにかく、今日はゆっくり休みましょう。私がリリス様をお運び します」

 そう言ってレイは疲れている主人のために我が身を捧げようとする。

「でも悪いわよ」

「リリスちゃん、せっかくレイさんが言ってるんですから甘えましょうよ!」

「……そうね。じゃ、お願いするわ」

 たまには親友と使い魔の好意に甘んじてみるも悪くないと思った。実際に疲れていたリリスは遠慮することなく人間態のレイの背中に我が身を預ける――が。

「お、重っ!」

 言い出しっぺのレイから飛び出したまさかの一言に、リリスは怒りマークを頭に浮かべて、髪の毛を引っ張った。

「いきなりデリカシーのない発言ね! あんたサイテー、ブッ飛ばすわよ!」

「イテテテテ‼ も、申し訳ありません!! 大丈夫です、このくらいなんともありませんよ!!」

 どうにも説得力に欠ける言葉だった。はるかは内心不安に駆られながら、リリスとともに帰路へと向かって歩き出した。

 

           ◇

 

黒薔薇町 天城家

 

 ピピピピ……ピピピピ……

 天城はるかの目覚めを促す時計の音。いつもは早寝早起きのはるかだが、今日に限っては珍しくベッドの中で体を丸め、起きる気配を見せない。

 眠りを妨げる耳障りな目覚ましの音を消し、彼女は夢の中へと戻ろうとする。

「はるかー、起きなさい。遅刻するわよー」

 だがそれを許さなかったのは身内からの声だった。起きてくるのが遅いと思った母の翔子が、フライパン片手に階段下から呼びかける。

「うう……」

 母親の声で不承不承とばかり、ようやくはるかは目を覚ました。

 なぜ早寝早起きの彼女が朝寝坊をしたのかといえば、夜更けまでリリスの身の上を真剣に考えていたからだった。

「いってきまーす」

 朝食を済ませ、少し遅めに家を出たはるかはいつもと同じ通学路で学校を目指す。が、このとき彼女の気分は沈みがちで、いつもの底ぬけた明るさを垣間見ることはできなかった。

「はぁ。リリスちゃんの力になりたいのに、はるかは側にいてあげることしかできない……あ~、神さまはなんと残酷なんでしょう! 親友が理不尽な運命にさらされ傷つく姿を黙って傍観するなんて、はるかにはできませんよ――!」

 プリキュアとして独善的な悪と戦い続けるリリスを側で見守り応援することしかできないことの悔しさ。隔靴掻痒という四字熟語が咄嗟にはるかの頭をよぎった。

 どうにも気分が晴れず、 モヤモヤとした感情に支配されていたとき、

「きゃっ!」

 はるかは誰かとぶつかり前頭部を強打した。

「あっ痛!」

「あたたたた……す、すみません、よそ見して……ハヒ!?」

 間の抜けた声ではるかの口癖が飛び出した理由、それは――彼女とぶつかって来たのが、太陽の光に反射するキラキラとした銀髪に、それに見合ったハンサムな人相を兼ね揃えた純白神父服の美少年が目の前に立っていたからだ。

(ハ……ハヒ――!!)

「あの……大丈夫ですか?」

 美少年がはるかの身を案じ優しく声をかけてくる。このとき、はるかの心臓の鼓動は急激に高まり、顔は真っ赤に染まって湯気を吹き出していた。

(な、なんですかこの超絶イケメンは!? 決して嫌いではない……というか、はるかのドストライクなんですけど――!!)

 これまでの人生で出会ったことのない絵に描いた美少年にはるかは一目惚れをしてしまった。明らかに日本人顔ではない少年は怪訝そうにはるかの顔を覗きこみ、黙ったままの彼女の反応を待ち続ける。

 ハっとした顔となり、はるかは少年に見惚れるあまり無口になっていたことを即座に反省して、慌てて口を開いた。

「は、はい!! 全然、なんともノープロブレムであります!!」

 動揺するあまり、語尾もいつもとは大分違ったものとなっていたが――はるかの意中の少年は彼女の言葉を聞くとすぐに「そうですか。怪我がなくて良かった」と優しい笑顔で答えたくれた。

 こんなドラマのような出会いをはるかは体験したことが無かった。あまりにも眩しすぎる視線の先の美少年の魅力に、心臓の鼓動は激しく高鳴る。

(どうしましょう……!! こんなイケメンに話しかけられるチャンス、滅多にありませんよね!? 他愛ないことでも何とか会話を繋げたいところですが……何か話題話題……)

 赤面し心拍数が急上昇する中、はるかは咄嗟に言葉を紡ぐ。

「あ、あの……本日もお日柄がよくて何よりですね!」

 瞬間、はるかと少年の上をカーカーとカラスが鳴いて飛んで行った。

(ハヒっ!? これじゃ隣に住んでるおばあちゃんと変わりありません!! 完全に空ぶってしまいました!!)

 穴があったらぜひとも入りたかった。こんな醜態をさらすくらいならいっそ引きこもってしまいとはるかは本気で思った。

「あ、あの……」

「ハヒ!? なんでしょうか……!!」

 はるかの心をかき乱す少年からの呼びかけに、先ほどの発言を気にして気まずそうにはるかが返事をすると――

「ぶつかっておいて不躾ですが……教会への道を教えてもらえませんか? 道に迷ってしまいまして」

「教会……ですか?」

 

 少年の目的は黒薔薇町に一つしかない教会へ行くことだった。普段からヒーローに憧れる性根の優しいはるかは快く頼みを聞き入れ、教会までの道案内をしてあげた。

「あれですよ!」

「あそこですか」

「はい。この黒薔薇町で教会といったらあそこだけですから」

 言いながら、丘の上にひっそりと建てられた教会を指さした。

「良かった。本当に……ご親切にあずかり ました」

「いえいえ! 困ったときはお互い様ですよ!」

 という社交辞令とは裏腹、本当のところ、はるかは少年と話すきっかけが欲しかったのも事実である。

「でも変ですね。あそこの教会に誰かがいるところ、見たことありませんけど」

「あの……ぜひお礼がしたいので、ご一緒に来ていただけませんか?」

「いいんですか!! あ……でもはるかはこれから学校があるんですよね。ごめんなさい、せっかく誘っていただいたのに……」

「そうですか。……私は神父見習いのクラレンスと申します」

「私立シュヴァルツ学園二年C組の天城はるかです! はるかでいいですよ!」

「はるかさん――この町に来て、あなたのような親切で優しいすてきな女性に出会えたのはきっと、神の思し召しだったのかもしれません」

 クラレンスははるかの心を射抜いた殺人スマイルで彼女を見つめる。

(ハ、ハヒっ~~~~~~!!)

 純情な乙女の心を激しくかき乱す人たらし……もとい、極上スマイル。心臓の鼓動が高まり過ぎて息ができなくなりかけたはるかは何とか平静を装い、クラレンスと向き合おうとする。

「ぜひともお時間があるときにでも、教会までおいでください。約束ですよ」

「はい!! はるかもぜひぜひそうしたいであります!!」

 またしても語尾がおかしくなったが、クラレンスはまったく気にせずはるかの人間性を正当に評価してくれた。

「では、またお会いしましょう」

 はるかと別れ、クラレンスは教会までの道を一人歩いて行った。去っていく彼の後ろ姿を見ながら、はるかの頭は淡いピンク色に染め上がる。

(な……なんてすてきな方なんでしょう~~~!!)

「か……るか……はるか」

「ハヒ?!」

 不意に現実に呼び戻された思えば、いつの間にか隣にはリリスが立っていた。

「何こんなところでボーっとしてるわけ?」

「り、リリスちゃん?! どうしてここに?」

「はるかがいつもの待ち合わせ場所に来ないから探してたんじゃない。それより、あの教会……」

「え? 教会がどうしたんですか?」

 リリスは丘の上に建てられた教会を悪意あるものを睨むかのような目つきで見ている。その目は洗礼教会に向けられるとは違い、悪魔として彼女が本能的に恐れる存在を認識したときに見られるものだ。

 踵を返した直後、リリスは背中越しにはるかへ警告を促した。

「はるか。悪いこと言わないから教会には近づかない方がいいわ。でないと、あなたの命にかかわるかもしれないから」

「リリス……ちゃん……?」

 言ってる意味が分からなかった。はるかが言葉の意味をわかりかねる一方、言い知れぬ不安がリリスの胸中を燻っていた。

 

           *

 

黒薔薇町 天城家

 

「あ~~~!! やっぱり神さまは残酷です!!」

 夜になり、自宅の部屋ではるかはお気に入りのぬいぐるみを抱きながら嘆いた。

「せっかくあんなすてきな方と出会えたというのに、教会に近づいちゃダメとは……。でも、言ったのはリリスちゃんであって神さまではないですよ? 大体、よく考えてみればリリスちゃんは悪魔なんですよね?」

 そう思い始めると、はるかは勢いをつけベッドから体を起こした。

「そうですよ。悪魔の言うことに耳を貸してはいけません! こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれないんです!」

 生まれて初めてリリスの言うことに背く姿勢を見せる。窓の外に顔を出し、この家から大分離れた丘の上にある教会にいるクラレンスを思い、はるかは決意した。

「決めました! 今度の土曜、クラレンスさんに会いに行きます!!」

 

 ピピピピ……ピッ……

 土曜日の朝。学校が休みだというのに、はるかは平日学校へ行くときよりも早く目を覚ました。目覚まし時計は鳴り切る前に途中で切られる。

「おはようございます、お父さん!! お母さん!!」

 はるかは勢いよく階段を駆け下り、居間へと通じるドアを開き、両親と朝のあいさつを交わす。

「お、おはよう、はるか……」

「何だか随分気合い入ってるわね……」

「気合い一二〇パーセントですよ! 今日ははるかの勝負の日なんですから!」

 さっさと洗面所で顔を洗ったあと、ダイニングにやって来たはるかは席に着くや否や朝食を凄まじい勢いで食べ始めた。ほんの一瞬、両親は目の前の娘が女子であることを忘れてしまった。

「なぁ、はるか……どうしたんだほんと? ひょっとして、彼氏でもできたのか?」

 父・晴彦が尋ねるや、口の中に勢いよくかき込んでいたご飯が気管 に入った。はるかはむせ返り、慌てて水を飲んで呼吸を整えてから弁明した。

「ぶっは! ち、違いますよ……!! まだそんな関係じゃないんですよ!!」

「その割にはその格好、この間買ったばかりの服でしょ?」

 今日という日のためにはるかは念入りにお洒落をした。自分の魅力を最大限に引き出す服装とアイテムで、クラレンスとの甘い甘い一時を過ごしたい――そんな浅はかな考えが両親には駄々漏れだった。

「と、とにかく今日は忙しいんです! お父さんとお母さんとしゃべってる時間も惜しいくらいなんです。あ、いけないもうこんな時間!! というわけで、はるかは出かけます!!」

 バスの時間を気にして、はるかは大急ぎで朝食を済ませ家から飛び出した。だがすぐに玄関から両親のいるダイニングへと戻ってきた。

「カバン忘れました……!!」

 財布などが入った大切な持ち物が手元になかったことに気付かぬほど、はるかは焦っていた。再度持ち物を確認し、あらためて自宅を出発した。

「大丈夫かしらあの子?」

「さぁ……」

 

 急いで家を出たものの、教会方面まで続くバスの出発時刻に間に合うかはギリギリだった。バス停にバスが止まっている姿を見つけ、全速力でバス停まで走ったが、はるかが到着するあと一歩というところでバスはゆっくりと発進してしまった。

「ああ!! 待ってください、はるかも乗りますよ――!!」

 バスを追いかけ必死に呼び止めたが、虚しくもバスは走り去ってしまった。

 時刻表を見れば、次のバスが到着するまでおよそ一時間を有することがわかり、はるかは思わず肩を落としうなだれた。

「は~~~~~~、サイアクです――!! どうしてこうも神さまははるかには厳しいんですか――!!」

 などと実際にいるのかもわからない神への愚痴をこぼしていたときだった。

「はるかさん?」

「ハヒ?」

 どこかで聞いたことのある声が聞こえてきたと思えば、ちょうど後ろに意中の人物――美少年神父のクラレンスが立っていた。

「やっぱり! はるかさんですよね」

「ク、クラレンスさん!! どうしてここに?!」

 はるかが驚きと緊張で目を見開いていると、クラレンスはそんなはるかの心情など露知らず話しかける。

「以前お見かけた人がいるなぁとは思ったんですが、はるかさんでしたか。ところではるかさん、どちらへ行かれようとしているんですか?」

「え、えっと……あの……実は、前に約束していたので教会へ行こうかと思って……」

 クラレンスの前ではるかはしきりに手や指をもじもじと動かす。

「本当ですか! 嬉しいですね。あ、立ち話も何なのでどこか喫茶店でゆっくりお話しましょう」

「そ、そうですね。ありがとうございます!」

 人生とは何があるかわからないものだ。先ほどまで見えない神への愚痴をこぼし悲嘆していたはるかだったが、念願叶ってクラレンスとの逢瀬の時間を獲得してしまった。

(天城はるか、千載一遇のチャンスをゲットしたです!!)

 誰に向かってやっているのかは知らないが、クラレンスの見えないところでガッツポーズを決めてやるはるかであった。

 

           *

 

黒薔薇町 某高級住宅

 

 はるかとクラレンスが再会を果たし二人きりの時間を過ごそうとしていた頃、悪原リリスと使い魔レイは、とある高級住宅を訪れていた。

 この日、かねてより契約していた召喚主の命を受けて参上したのだが、何やら様子がおかしい。

 家に入ったリリスとレイは静まり返った室内の様子を見渡し、召喚主の身に何かがあったことを即座に悟った。

「これは……」

 リビングを覗きこんだとき、部屋ははじめから人など住んでいなかったように家財道具が撤去されていた。そしてそれとは別に、住人の衣類らしきものが無造作に置かれているという不自然な画が広がる。

 リリスは残された衣類が召喚主の着ていた物だと理解する。衣類は若干温かみが残っており、自分たちが到着する前に何者かの手によって葬られたと推測する。

「ひどいものですね。跡形もないとはこの事ですよ」

「ええ、そうね」

 辺りを見渡し他に何か残っていないかを確かめた。するとリリスは、部屋の片隅に落ちていた犯人のものらしき証拠を発見した。

「でも敵は存外間抜けなようね。わざわざ置き土産を残して行ってくれたわ」

「その黒い羽根は!? ではまさか、これをやったのは……」

 レイはリリスが発見したカラスの羽とも思われる漆黒に染まった羽根に驚いた。

 この羽根が示す犯人の正体を、リリスは重々理解していた。だからこそ余計に腹の立つ問題だった。

「まったく。洗礼教会と警察だけでこっちは手一杯だっていうのに……あろうことか、あいつらまでこの町に来てるなんて」

 

           *

 

黒薔薇町 喫茶ノワール

 

「あぁん! ……これは何と言う美味! 私、生まれてこの方このような美味は味わったことがありません!」

「大袈裟ですよ。確かにこのお店のハンバーグは手作りですから、普通のファミレスより手間も暇もかかっていますが」

 はるかとクラレンスは喫茶店に場所を移していた。現在、はるかの目の前では、クラレンスが細身の体には似合わないドカ食いを披露していた。

(しかし意外でしたね……クラレンスさんが見かけによらない大食漢だったとは。ですが、これが男の子の健全な姿だと思えば、悪くないですよね!!)

 一度好きになってしまうとどんな姿でも良く見えてしまう。痘痕もえくぼということわざを思い出させてくれる。

「あの、クラレンスさんはどうしてあんなところにいたんですか?」

「え……あ……休み時間だったもので、この町の散策をしていたんですよ。そしたら偶然はるかさんをお見かけしたものですから、それで」

「あ、あの!!」

 そのとき、はるかが突然大声を出したと思えば、赤面した彼女の口から思わぬ言葉が飛び出した。

「もしよろしければはるかと……でで、デートしませんか!!」

「え!?」

(ハ、ハヒっ!! 言ってしまいましたよ、しかもこんな人前で大声で!! きゃ~~~何て恥ずかしいことを!? クラレンスさんに変な子だって見られてしまいます!!)

 いや既に十分変な子ですのでご安心ください、とどこからか声が聞こえた気がした。

 もしこの場にリリスがいたら得意の毒舌を披露してくれるに違いないが、生憎、今ここにいるのははるかとクラレンス、それにこの喫茶店を利用している僅かな客だけ。

しばし沈黙が続いたが、クラレンスは若干顔を赤く染めてから、おもむろに口を開いた。「――――わかりました。私で良ければ、ぜひ」

「え……えええええええええええええええええ!!」

 店中に響き渡る声でデートの申し込みをしたはるかにオーケーサインを出したクラレンス。二人の行く末を見守っていた店主とまわりの客からは自然に拍手がこぼれていた。

 

 本当に人生何があるかわからないものだと、はるかはしみじみと思った。

 クラレンスとのデートにこぎつけたはるかはその後、全力で彼とのデートを楽しんだ。日本に来たばかりのクラレンスのために、はるかは自分の頭と体をフルに使って色々な場所へ連れ回した。

 はるかとクラレンスは初めての出会いからお互い惹かれあう仲だったようだが、今回のデートで急速に仲を深め、傍から見ればもう日本人と外国人同士のカップルにしか見えなかった。

 そして気付けば、時計の針は夕刻を刻んでいた。楽しかったデートは瞬く間に終わりの時間を迎えた。最後に噴水のある公園に立ち寄った二人は、ジュースを飲みながら今日一日を振り返る。

「こんなに楽しかったのは生まれて初めてです。はるかさん、本当にありがとうございました」

「いえいえ! はるかも男の人とこんなに楽しいデートをしたのは生まれて初めてでしたから、とっても楽しかったです!!」

 はるかはそう言って、頭の中で今日一日の思い出を反芻する。

(本当に夢のようでした。こんなステキな人とデートができたなんて……あ~、こんな幸せな時間がもっと長く続いて欲しいですね♪)

 デートの余韻に浸るはるかを現実世界に引き戻すようにクラレンスが声をかけた。

「はるかさん。あの、今日のお礼と言ったらなんですが……これをあなたに」

 そう言ってクラレンスがはるかに渡したのは、神々しい光を放つ珍しい形の石だった。石は丁寧に磨かれ、アクセサリーの形にされていたからはるかは思わず頬を赤らめる。

「これは……?」

「きっとあなたに似合うと思います」

「こんなにすてきなものをはるかに? いいんですか!?」

 クラレンスははるかの目を真っ直ぐに見て答える。

「はい。私はあなたに感謝しているんです。遠い地からこの国にやってきて、右も左もわからない私にはるかさんは優しく声をかけてくれた。私は、あなたにはどうか幸せになってもらいたいんです」

「クラレンスさん……」

 クラレンスは小さく息を吸うと笑って言葉を続けた。

「はるかさん。あの……こんな私ですが、その……友達になってくれませんか?」

「え?」

「私には夢があります。いつかたくさんの友達と食事をしたり、本を買ったり……なにしろ私には友達がいないもので」

 クラレンスの口からそんな話を聞かされ、はるかは急に心が痛んだ。友達がいない、そんな悲しいことをどうして目の前の少年は悲しそうに言うのか。どうしてこんなにもすてきな人に友達がいないのか――はるかはわからなくなり、困惑する。

「あ、いや、すみません! 分を弁えるべきでしたね! 私のような神父見習い風情があまりに傲慢でしたね!!」

 咄嗟に自分を卑下したクラレンスだったが、はるかは彼の手を包み込むように握りしめ、まじまじとクラレンスの瞳を見る。

「そんなことありませんよ! はるかはとっても嬉しいですよ! だって、はるかもクラレンスさんとお友達になりたいですから!!」

 本心から来る思いを赤裸々にぶつけ、はるかはクラレンスの心の不安と寂しさを取り除く、優しい笑顔で言った。

「はるかさん。私……私……嬉しいです!」

 

「それはムリな話だ」

 唐突に知らない誰かが二人の空間に割って入ってきた。声のした方へ目を向けると、噴水の水面に脚をつけて立つ背中に黒い翼を生やした浅黒い肌の男が立っていた。

「ハヒ! 誰ですかあなた……!?」

「ザッハ……様……」

 はるかは震えているクラレンスの顔を見た。

「えっと……お知り合いなんですか?」

 怯えるような目でザッハという名の男を凝視するクラレンスに、ザッハは鋭い目つきで呼びかける。

「クラレンス。我々から逃げようとしても無駄だぞ」

「嫌です。人を簡単に消滅させてしまうようなあなた方のところになど戻りたくありません!」

 クラレンスの言葉にはるかは息をのんだ。

「人を消滅させるって……どういう意味ですか!?」

「そいつは堕天使よ」

 後ろから聞こえてきた親友の声。出現した紅色の魔法陣から、リリスとレイが現れはるかの横に立つ。

「リリスちゃん! レイさんも!」

 リリスたちの登場にザッハはあごをさすりながら言葉を投げた。

「ほう。これはこれは……誰かと思えば、亡き魔王の忘れ形見か。なるほど、この町は貴様の領土というわけか」

 ザッハの言葉にリリスは睨みを利かして質問する。

「ごきげんよう、腐った堕天使さん。ひとつ聞いていいかしら? どうして私たち悪魔の大嫌いな堕天使が私の親友の前に居て、どうしてその親友はカーバンクルを連れているのかしら?」

「カーバンクル……!?」

 はるかはリリスの言った言葉に耳を疑う。彼女の横でクラレンスは正体を知られてしまったことを重く受け止め、何も言えず口籠る。

「ふふふ。そのカーバンクルは稀少な力を持っているのだ。その力を使えば、この世界と冥界……二つの世界を我々堕天使が支配できる。邪魔は許さんぞ!」

「なるほど。狙いは最初からそれだったのね。でもだからといって、人の商売の邪魔されるのは実に腹立たしい限りよ」

 ザッハは何のことかと考えたが、すぐに思い当たる節があったようで薄笑いを浮かべて答えた。

「あれは私がやったのではない。そんな怖い目で私を睨まないでほしい」

「どっちだって同じよ。とにかく、堕天使とこれ以上話をしていると虫唾が走るわ。さっさとどこかに消えなさい!」

 リリスとザッハがどんどん話を進める中、いろいろなことがいっぺんにたたき込まれて、状況についていけていないはるかが会話に割って入った。

「ま、待ってください、リリスちゃん! 状況がまるで呑みこめません! 堕天使とかカーバンクルとか、何が何だか……」

「はるかさん」

 そのとき、クラレンスがはるかの言葉を遮った。動揺する彼女の顔を見ると、彼は深々と頭を下げ震えた声で言ってくる。

「申し訳ありません。どうやら、お別れをしなければいけません」

「クラレンスさん……何を言っているんですか?」

 動揺を隠せないはるかにクラレンスは言葉を続けた。

「あなたと過ごせた今日という日を、決して忘れはしません」

 

【挿絵表示】

 

 別れ際、はるかのことを抱きしめた。咄嗟のことに言葉を失うはるかだったが、クラレンスは一筋の涙を零すと堕天使ザッハの下へと走って行った。

 その直後――今まで人の姿をしていたクラレンスの体が発光し、ネコの姿に良く似た、額にルビーのような宝石を宿す獣の姿へと変わった。

「え……!?」

 クラレンスの変貌にはるかは目を疑った。

 ザッハの手の中に収まると、カーバンクルという真の姿に戻ったクラレンスは、驚嘆のあまり言葉を失うはるかに再度別れの言葉を告げた。

「さようなら――」

 ザッハは広げていた黒い翼で体を包み込むように折りたたむ。途端、青白い魔法陣が足元に出現し――クラレンスを連れてリリスたちの前から姿を消した。

「クラレンス……さん……」

 何が何だかわからなかった。いきなり現れた堕天使と呼ばれた男によって、クラレンスは連れて行かれた。そしてそのクラレンスもまた人でないことが発覚した。

 このダブルパンチ攻撃ではるかはすっかり心ここにあらずといった様相で黙り込んでしまった。リリスとレイは彼女の意識が戻るまでの間、静かに待つことにした。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

「リリスちゃん。説明してくれますよね?」

 数時間後、ようやく落ち着きを取り戻したはるかは、自分の周りで何が起こっているのかをリリスに問いただした。

「どうして……どうして……クラレンスさんが……」

 先ほどまで流していた悲しみや悔しさの入り混じった涙の跡を顔に残し、震える声で喋る親友を見ながら、リリスは紅茶をコースターへと置き、語り始める。

「はるかが友達になろうとしたあのクラレンスっていう神父見習いの男……あれはカーバンクルという魔法生物が人間に擬態した姿。そして今は、堕天使によってその身柄を抑えられているわ」

 今までのリリスや洗礼教会との戦いの最中でもまったく出てこなかったキーワードにはるかは疑問する。

「何なんですか、その堕天使って?」

「読んで字の如く、堕ちたる天使――神に仕える身でありながら、邪な考えを持っていたために冥界に堕ちてしまった者たちよ。奴らは人間を影で操りながら私たち悪魔を滅ぼそうとしているの。太古の昔から冥界……日本でいうところの地獄の覇権を狙ってね。堕天使以外にも神の命を受けて、悪魔を倒しに来る天使がいるわ。それがこの前戦ったキュアケルビムであり、その天使たちを使役しているのが……神の名の下に悪魔を滅ぼうとしている結社――洗礼教会なの」

 はるかはリリスの話を頭の中で描いて関係づける。

「つまり……これっていわゆる三竦みの状態ってことですか?」

「ええそうよ」

 そこまでは理解できたが、はるかにはまだわからないことがあった。

「でもリリスちゃん。その堕天使さんとクラレンスさんが何の関係にあるって言うんですか?」

 リリスははるかの言葉にうなずいて言葉を続けた。

「堕天使たちはあのカーバンクルが持つとされる【神秘の貴石】を狙っているの」

「神秘の貴石?」

「あらゆる怪我や病を癒し、持ち主の願いを成就させるというこの世にたったひとつしかない幻の宝玉。錬金術でいうところの賢者の石みたいなものよ。使いようによっては、この世界を滅ぼすことだってできるわ」

 リリスの言葉にはるかはハっと驚いた。

「おそらく堕天使たちは、それを手に入れるつもりなんでしょう」

「手に入れるって……まさか……!!」

 堕天使たちの狙いがクラレンスの持つ神秘の貴石であることがわかり、その石を持つゆえにクラレンスが堕天使たちに利用され、石を奪われようとしているとわかれば――はるかも黙っていられるわけがなかった。

「大変です!! 今すぐ助けに行きませんと!!」

「それは無理よ」

 リリスがぴしゃりと撥ねつける。

「どうしてですか!? だって、このままじゃ堕天使さんがクラレンスさんから神秘の貴石を奪い取って……人間界を滅ぼすかもしれないんですよね!! だったら、それを止めるのがプリキュアとしての使命なんじゃないですか!?」

「プリキュアの使命、ね……」

 おもむろに復唱し、リリスはコースターの上の紅茶を覗きこみ、口の中へと流し込む。そして彼女は自らの考えを示した。

「いいことはるか。私はプリキュアである以前に悪魔なの。悪魔は己の欲望のためだけに生きている。たとえこの世界が滅びることになったとしても、私の欲望には直接関係ないし、だから何って話」

「な!!」

 何かの冗談だと思いたかった。だがリリスが下手な嘘を吐いたことは今まで一度も無かったから、恐らくそれが本心からくる言葉だと理解するのはそう難しいことじゃなかった。でもだからこそ、はるかは余計に悔しかったし悲しかったのだ。

「……なんなんですかそれ。そんな自分勝手なこというプリキュアが……リリスちゃんがそんなひどい人だとは思いませんでした!!」

 明らかなる軽侮をリリスにぶつけた。だが、親友からの非難の声にリリスは目を瞑り毅然とした態度を示す。

「何とでも言いなさい。知らない誰かのために一生懸命になるってことは、傍から見れば高潔で美しいことなのかもしれない。でも、私はそれを美しいこととは思えないわ。そんな自分を粗末にするような生き方をして喜ぶ人がどれだけいるのかしら」

 そう言った後、リリスはレイと目を合わせてからおもむろにソファーを立ち、玄関の方へと向かった。

「リリスちゃん!」

 まだ納得がいかないはるかはこの場を去ろうとするリリスを呼び止める。

「私は用事があるの。はるかも早く家に帰りなさい」

「はるかにクラレンスさんを見捨てろというつもりなんですか!?」

「これ以上傷つかずに済むのなら、潔く諦める判断が賢明だと私は思うわ」

 そう言い残してリリスは家にはるかとレイを残しどこかへと出かけた。はるかは玄関で立ち尽くし、一人拳を握りしめる。

「……リリスちゃんのバカ。はるかだって、そのくらいのことわかってるんです。それでも……友達を見捨てられるはずないじゃないですか!」

 小学校の頃からリリスと付き合いのあるはるかだからこそ、冷たい言葉に隠されたリリスの真意に気付いていた。彼女は悪魔と堕天使の争いにはるかを巻き込ませたくないがためにあのような言葉を放ったのだ。だがはるかもバカではない。彼女の考えなど痛いほど理解していた。だからこそ余計に悔しいのであり、何もできない自分が腹立たしかった。

 いつもならリリスの言うことを素直に聞き入れるはるかだが、今回ばかりは事情が異なる。初めて好きになった男性――クラレンスを堕天使から何としても取り返したいという気持ちが強かった彼女は、リリスの忠告を破って靴を履き準備に取り掛かる。

「行くのですか? 堕天使に見つかればどうなるか……」

 近くで見ていたレイに声を掛けられるが、はるかの気持ちは揺るがない。

「――クラレンスさんを助けたいんです」

「怖くないんですか?」

「怖いに決まってます……はるかにはリリスちゃんみたいな戦う力はありません。でも、誰かを助けたいって気持ちは誰にも負けていません!!」

 心の内から出たその言葉を聞いて、レイは深い溜息を吐いた。

「やれやれ。リリス様といい、あなたも相当に融通の利かない方でいらっしゃる」

 するとレイは人間態となって、はるかの隣で靴を履き始めた。

「レイさん!?」

「私が同行します。まぁこうなることは大方わかっていました。リリス様は全力で私にあなたの護衛をしろと申し付け、ここを出て行かれたのです。非才の身ですが、ここからはスプライト・ドラゴンのレイが、あなたを全力でフォローします」

 はるかの顔を見ながら彼女の肩に手を当て、レイは優しい顔で呼びかける。

「助けましょう。大切なお友達の命を」

「レイさん……はい!!」

 

           *

 

黒薔薇町 某雑木林

 

「ふぁ~~~……まったく、ただ待ってるだけなんて退屈だわ」

 木の上で腰を下ろし、手持ち無沙汰でいた紫色のチャイナドレスに身を包んだ美女は大きなあくびをした。その背中にはザッハ同様、黒い翼が生えている。彼女もまた堕天使であった。

「ん?」

 そんな退屈な時間が唐突に終わりを告げた。紅色に輝く魔法陣が出現したと思えば、現れたのは悪原リリス――今日この場で堕天使が狙っていた獲物である。

「これはこれは、ようこそヴァンデイン王の御令嬢。わたくし、人呼んで堕天使のラッセルと申します」

「ご丁寧にどうも。私の使い魔があなたの居所を察知してくれたの。私に動かれるのは、一応は怖いみたいね」

 リリスが不敵な笑みを浮かべると、目の前の堕天使ラッセルも負けじと笑ってみせる。

「ふふふ。大事な儀式を悪魔どもに邪魔されるのはちょっと困るってだけのことよ」

「それなら残念ね。たった今うちの使い魔と私の親友がそっちに向かったから」

 リリスがいたずらっぽい顔になってラッセルに告げる。予想していなかった展開にラッセルの顔からは笑みが消えていた。

「な……何ですって!?」

「予想外だったかしら?」

 一瞬動揺を見せたラッセルだったが、すぐに立ち直ると目の前の悪魔を挑発した。

「ふん。たとえどこから入ってこようと、所詮は使い魔一匹に人間の子どもが一人。それで何ができるっていうのよ」

「そうね……何もできないかもしれないわ。だから私がここでちゃちゃっとあんたを倒して、はるかたちを助けに行く。それでノープロブレムだわ」

 挑発で返されたラッセルは苛立ちを見せ、とっとと目の前の悪魔を滅ぼすことに専念することにした。

「生意気な。その減らず口を今すぐ聞けなくしてあげるわ――出でよ、カオスヘッド!!」

 青白く光る巨大な魔法陣が天と地、両方に出現する。すると陣内から出て来たのは堕天使が使役する従順なる下僕であり、背中に黒い翼を生やしたガス灯の姿の巨大な怪物だった。

『カオスヘッド!!』

「人間の邪な感情を増大して生み出した堕天使の手駒ね。なるほど、ピースフルよりは歯応えありそうね」

 刹那、右手中指にベリアルリングを嵌め――リリスは声高らかに唱えた。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 満月に影を映す悪魔プリキュアの姿。彼女は月をバッグに空中で一回転をし、堕天使とカオスヘッドに自らの名を宣告する。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「クラレンスさん、今はるかが助けに行きますよ!!」
ザ「人間の小娘ごときに何ができる? 神秘の貴石が、我ら堕天使の手に堕ちる瞬間をそこで見ているがいい!!」
は「そんなこと絶対にさせません!! 神さま、お願いです!! はるかに、大切なお友達を助ける力をください!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『切なる想い!!誕生、キュアウィッチ!!』」


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第8話:切なる想い!!誕生、キュアウィッチ!!

黒薔薇町 教会・正面玄関前

 

 堕天使によって捕われの身となったカーバンクル、クラレンスを救出するため天城はるかと、人間態の姿をしたリリスの使い魔レイは敵の潜伏先と思われる町の麓に建てられた古い教会へとやってきた。

 教会付近には誰もいない。木陰から突入のタイミングを計っていたレイとはるかは、刺すように感じる殺気に汗を浮かばせる。

「何という殺気でしょうか……」

 レイはごくりと唾を飲み込んだ。

 一般人であるはるかですらこの嫌気を含んだ空気に息を詰まらせる。

「危険な臭いがプンプンしますね。あの、こんな危険な場所にこれから乗り込むんですよね、私たち……堂々と玄関から入るべきなんでしょうか?」

 正面玄関から侵入した際、堕天使たちが待ち伏せをしているのではないか――はるかがごく自然な懸念を口にする。

「我々はリリス様と違います。下手な知恵を絞ってもいい案は出ません。ならばここは堂々と正面から入るべきです。どちらにせよ、敵と遭遇して戦うことは覚悟しておかなければなりませんし」

「えっと……はるかはその……戦えませんけど。でも、それでもクラレンスさんを助けたいんです!!」

 はるかの決意を聞いたレイはあらためて主人の名の下に誓う。

「わかってますよ。リリス様に代わって、はるか様の御身はわたくしがお守りします」

「レイさん……ありがとうございます! では、行きましょう」

 正直言うと、堕天使という存在は怖い。戦う力を持たない生身の人間であるはるかにとってこの救出活動は無謀すぎることだったかもしれない。

 ただ、そんなことははるかが一番わかっていたことだし、今更引き返す気持ちなどない。助けたい存在がいて、今まさに敵の手によって利用され命の危機にあるのなら、助けないわけにはいかないし、助けたいと思うのははるかにとってごく普通の感情だった。

 リリスはそんな彼女の気持ちを汲んでレイというサポートを回してくれたのだ。口では冷たく突き放しながらも、親友の安否を一番に思っていての行動だった。

 

 突入の決意を固め、いざ正面玄関の扉を開けると――古びた教会の全貌が露わになった。

 長らく使っていなかったからか、あるいは堕天使たちが住みつくようになったからなのか――礼拝堂は荒れ放題にされていた。豪華絢爛なステンドグラス、彫刻、十字架など堕天使が忌み嫌うものは徹底的に破壊されていた。

「ひどいものですね。すっかり荒れちゃってます」

「堕天使とは神に見捨てられたもの――かつて天使だった頃の高潔な気持ちはとうの昔に捨てているというわけか」

 レイが彫刻に触れると砂となって崩れる。

「クラレンスさんはどこにいるんでしょうか?」

 二人はぼろぼろになった礼拝堂を見渡す。

 そのとき、奥の方から男性の声が聞こえてきた。

「やぁ、やぁ、やぁ」

 二人が声に身構えると、白い短髪を携え、その髪と同じくらい真っ白な汚れ一つない神父服に身を包んだ男が不敵な笑みを浮かべ現れた。

「こんな夜中にご礼拝とは珍しい。だが、神への祈りもできぬ悪魔の使い魔と人間の小娘が何の用かな?」

 その風貌を見てレイが叫んだ。

「貴様は……エクソシストか!?」

 レイの言葉を聞いてはるかが目線を上にやって考える仕草を見せる。

「それって、映画とかに出てくる〝悪魔祓い〟ですか?」

「ヤツは恐らくその中でも異端とされる〝はぐれエクソシスト〟。教会から追放され、堕天使の下僕に身を落とした者……しかし、その力は我ら悪魔にとって危険極まりないのです!!」

「え?!」

 レイの言葉にはるかは息をのむ。

「エクソシストによって悪魔祓いをされた悪魔がその後どうなると思いますか?」

 険しい表情で眼前のエクソシストを睨み付けながら、レイがはるかに問いかける。困惑するはるかに、レイは重い口を開き答える。

「悪魔祓いをされた悪魔は――完全に消滅するのです」

「ハ、ハヒ!?」

 はるかはレイの言葉に驚愕する。

「無――何もなく、何も感じず、何もできない。それがどれだけ惨めで苦しいことか……十年前、洗礼教会による粛清で多くの悪魔たちが悪魔祓いによって消滅されました。それだけ、奴らの力は我々にとって有害なのです!!」

拳を強く握りしめるレイの体から流れ出る汗が尋常じゃない。悪魔の使い魔であるレイ自身も、エクソシストの力は最も警戒し畏れているのだ。

「ふふふ。さすがに恐怖を感じているようだな。だが安心しろ。その恐怖もこのコヘレトが一瞬にして拭い去ってやる」

 懐に手を突っ込み、刀身のない柄だけの剣を取り出したと思えば――悪魔の体にとって極めて有害な光の刃を出現させた。コヘレトは血の気が籠った瞳を向けてくる。

「さぁ、聖なる神の威光をもって邪悪を退散させようではないか!!」

「はるか様! 私の側を離れないでください!!」

「わ、わかりました!!」

 はるかがレイを盾にするようにしてその背後に構える。

「はぐれエクソシスト、私が相手になってやろう。カリバー、カモーン!!」

 そう唱えた直後、レイは背中に翼を出現させ、その一部を武器に変身したときの自分自身に似せた。

 互いに武器を構えると、両者は攻撃の頃合いをうかがい――ほぼ同時に前に飛び出して戦闘を開始した。

「うおおおおおおおおおお!!」

 コヘレトの繰り出す荒々しくも鋭さを兼ね揃えた光の剣がレイの懐へと忍び寄る。

「ぐっ……」

 光の剣に体を傷つけられればひとたまりもない。レイは自分と、それ以上に重いはるかの命を守るため、とにかく必死だった。

「使い魔の分際で悪魔祓いに逆らったことを後悔させてやるぜ!!」

「生憎こんなところでくたばるわけにはいかんのだ。堕天使の下僕に成り下がるようなエクソシストに時間をかけているほど暇ではない!!」

 鍔迫り合いの中、レイは剣先に力を集中させた。すると刀身が漆黒に染まり始め、接触しているコヘレトの光の刃に吸い付き始めた。

「な、なんだこりゃ!?」

「【ホーリー・イレイズ】。その名の通り光を食らう闇の剣だ。エクソシストといえど、悪魔を滅ぼす力を奪われればどうと言うことは無い!!」

「すごいです、レイさん!!」

 ホーリー・イレイズによってコヘレトの剣は光を食われて消滅した。形勢は一気に逆転し、レイに軍配が上がったかに思われた次の瞬間――

「このおおおおおおおおお!!」

 負けを認められないコヘレトが隠し持っていた聖銃(せいじゅう)を取り出し発砲した。

 だが発砲された直後、辛うじて弾道を躱すことができたレイは上空高く舞い上がった。

「なに!?」

「お仕置きの時間だ!!」

 レイは背中の翼を広げると、上空より本来持つスプライト・ドラゴンの能力――凄まじい力を秘めた雷撃をコヘレトへとお見舞いした。

「ふぎゃあああああああああ!!」

 百万ボルトの電流が降り注ぐ感覚は想像を絶するものであった。悪魔への耐性を備えているエクソシストでなければ、即死は免れない。

「レイさん、やりました!!」

 戦いが終わり、レイの側にはるかが駆け寄ってくる。

「ああ……この勇姿、リリス様にもぜひ見てもらいたかった!」

 主人への思いをはせるレイを尻目に、はるかはリリスのことだから、きっとそっけない言葉を返されるのがオチだろう、と思ったが心に閉まっておいた。

 レイによって敗れたコヘレトは全身が焼け焦げ、所々ピクピクと動いてはいるが、百万ボルトの衝撃に全身が痺れているようで、これ以上戦闘を続けることは無理そうだった。

「この人、大丈夫なんでしょうか?」

「加減はしました。腐ってもエクソシスト、命に別状はないでしょう」

「あれ? ……ハヒ、レイさんここを見てください!」

 はるかが驚いた様子で何かを見つけた。

 先ほどの戦闘では気付かなかったが、レイの雷撃が近くにあった祭壇を破壊した際――隠されていた地下へと続く階段が露わになった。

「どうやら地下に通じているらしいですね」

「クラレンスさんはきっとこの下にいるんですよ! 行きましょう、レイさん!!」

 

           *

 

黒薔薇町 某所・雑木林

 

 教会に突入したはるかとレイがエクソシストとの戦いに勝利した頃、キュアベリアルに変身したリリスは――

「我らの計画を妨害する意図があるのは既に明白。今ここで、私に倒されるがいい!!」

『カオスヘッド!!』

 女堕天使のラッセルと、彼女が作り出したガス灯の姿をした下僕《ガス灯カオスヘッド》と対峙するベリアルは口元をつりあげ「それはどうかしらね」と返事をする。

 ベリアルはおもむろに目を瞑った。そして手を掲げると、自分が立っている場所から半径二キロ以内を覆い囲む円形の結界を施した。

『カオスヘッド?!』

「結界ですって!?」

 ラッセルは周囲を見渡して逃げ場がないことを悟った。

「ベリアル王家秘伝の結界魔法からは逃げられないわよ」

 不敵な笑みを浮かべるベリアルにラッセルは唇を噛んだ。

「あんた最初から……!」

「そうよ。あんたたち堕天使を掃除するつもりでここに来たわ」

 ベリアルはふっと笑みを消し、指の骨をポキポキと鳴らして準備運動をする。

「私たちはゴミと同じ扱いだというのね……ふざけるのも大概にしなさい!!」

「堕天使風情に指図される覚えなんてないわよ」

 ベリアルが言葉を吐くといよいよラッセルが行動に移した。

「ふん、精々余裕ぶっているといいわ。儀式が終わればあんたですら敵う存在ではなくなるのだから。やれ、カオスヘッド!! その生意気な小悪魔をねじ伏せるのよ!!」

 ラッセルはベリアル目がけて手を掲げると、ガス灯カオスヘッドに命令を下した。

『カオスヘッド!!』

 ガス灯カオスヘッドは背中の黒い翼を広げ、空へと舞い上がる。

 ランプの炎を掌に圧縮させ、それを地上にいるベリアルへと撃ち落とす。ベリアルは数発の炎から逃れると、降り注ぐ火球から身を守るため、足場を固定してバリアを展開した。

 

           *

 

同時刻―――

黒薔薇町 教会・地下空間

 

「この階段、一体どこまで続いているんだ?」

「クラレンスさん……どうか無事でいてください!」

 はるかとレイは祭壇の下にある儀式場を目指し階段を駆け下りていた。なかなかたどり着かないことに、若干はるかの顔に焦りが見えた。

 横目ではるかのことを気に掛けながら、レイが先導して前を走り続けた――そのとき、目の前に強い光が差し込んできた。

 目を開けると、目的の儀式場が見えた。部屋の中央にある祭壇へと続く階段付近には複数の堕天使が集まっていた。それに交じって、神秘の貴石を持つカーバンクル――クラレンスを拉致した張本人、堕天使ザッハの姿があった。

「ようこそ、汚れた悪魔諸君」

 はるかは彼が携える黒い翼を見て叫んだ。

「あなたはあのときの堕天使!!」

「四枚ある黒い翼……幹部クラスか!」

 レイは記憶をたどり、その翼の意味を思い出し、戦慄する。

「せっかく来てくれたところ残念なお知らせだ。我々の儀式はまもなく終了する」

 ザッハのすぐ側には捕われたクラレンスがいた。本来の姿のまま鎖に繋がれたクラレンスはひどく衰弱し、すぐに救出しなければならないことは明白であった。

「クラレンスさん!!」

 切実な声を上げるはるかの声を聞き、衰弱状態のクラレンスは重い目蓋を開け、目の前にいるはずのない人物を見る。

「はるか……さん……」

 クラレンスが震える声ではるかの名を呼ぶ。

「クラレンスさん!! 今行きますよ!!」

「はるか様、危ない!!」

 咄嗟にレイが制止を呼びかけた瞬間、ザッハから光の槍が向けられた。光の槍ははるかの足元の床に突き刺さると、凄まじいエネルギーを放出して爆発した。

「「うわああああ!!」」

 二人を軽く吹き飛ばす濃密なエネルギーは、ザッハが持つ並々ならぬ力を理解させるのには十分過ぎるほどで、はるかは手も足も出なかった。

「野暮なことは止してもらいたい。せっかく来たのだ。その目にしかと焼き付けるがいい。この堕天使ザッハが神秘の貴石の力を手に入れる瞬間を――!!」

「やめて……ください……そんなことしちゃ……ダメ、です!!」

 はるかの懇願も虚しく、ザッハは最後の仕上げへと取り掛かる。

 鎖で体を固定されたクラレンスに魔力を注ぎこみ、彼の体から神秘の貴石を無理やり奪おうとする。

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」

「クラレンスさんっ!!」

 はるかの叫びが虚しくこだまする。壇上のクラレンスへと手を伸ばしてみるが、その距離は絶望的だった。クラレンスははるかの目の前で、地獄の責め苦にかけられたような苦痛の声をあげる。

「わあああああああああああああああああああああああああ!!」

 神秘の貴石は、カーバンクルの魂と直結――いやそれ自体が魂そのものと言っても過言ではない。

 手にすればどんな願いも叶うとされる神秘の貴石を強く欲した堕天使ザッハは、やっとのことで稀少なカーバンクルを見つけだし、多くの同胞を犠牲にしながらもこの計画を断行した。

 そして今、彼が長年に渡り求めていた力が間もなく現実の物となる。カーバンクルの体から排出された紅色に輝く神秘の宝石。ザッハは待ちわびた大いなる力をその手に掴む。

「これこそ私が長年欲していた力。神秘の貴石……ついに、ついに私の手に!! これさえあれば私は愛を、いただける……!!」

 カーバンクルの命を代償に奪ったその力を、ザッハは体へと取り込んだ。瞬間、神々しいまでの光が発せられ、集まった堕天使たちは感嘆の声を漏らす。

 はるかとレイは目を疑った。自分たちの目の前でクラレンスの命とも呼ぶべき貴石が奪われ、ザッハの手に堕ちたことを――

「ははは! これが至高の力! これで私は至高の堕天使になれる!! 私をバカにしてきた者たちを見返すことができるのだ!」

 祭壇にて高笑いするザッハの姿にはるかは堪忍袋の緒が切れた。

「あなた、クラレンスさんになんてことするんですか!!」

「はるか様ダメです!!」

 居ても立っても居られなくなったはるかがレイの制止を振り切り飛び出した。

「悪魔の手先め!」

「滅してくれる!」

 堕天使たちが殺意を露わにして、攻撃を加えようとしてきた。だが直後、はるかを守るため、レイが雷撃によって彼らの動きを封じ込め、祭壇への道を作ってくれた。

「はるか様! 今のうちです!!」

「レイさん……感謝です!!」

 全力疾走で階段を駆け上がり、はるかは鎖に繋がれたまま意識のないクラレンスと、至高の力を手に入れたザッハの前に到着する。

「クラレンスさん!!」

 ザッハは彼女に害を加えることはせず、不敵な笑みで彼女の様子をじっと見る。

 一方、神秘の貴石を奪われ、変わり果てた姿のクラレンス。はるかは絶望的とも思える目の前の光景を本気で疑った。

「クラレンスさん……」

「ここまでたどり着いたご褒美だ」

 指をパチンと鳴らした瞬間、クラレンスを縛り付けている鎖が解かれた。はるかは力なく倒れてきたクラレンスを抱き留め、大きな声で呼びかける。

「クラレンスさん! クラレンスさん…しっかりしてください!」

 その呼びかけにクラレンスは答えてくれた。残り僅かな力を振り絞り、赤く火照った顔で眼前のはるかを見据える。

「はるか……さん……」

「もう大丈夫ですよ。はるかが助けに来ましたから!」

 目の前で繰り広げられる茶番劇にザッハは満足そうな顔を浮かべてはるかに告げた。

「ふふ、それは君にあげよう。そんな死に損ないに用はない」

 ザッハの言葉にはるかは睨みを利かせて感情のままに訴えた。

「ふざけないでください!! よくもクラレンスさんにこんなひどいことを……今すぐ奪ったものを返してください!!」

 はるかの要求に苦笑しながらザッハは応対する。

「バカを言わないでくれたまえ。私は上を欺いてまでもこの計画を進めたのだぞ。残念ながら君たちはその証拠になってしまうのだ」

 右掌に光の槍を携え、ザッハはクラレンスを抱きかかえるはるかを凝視した。

「しかしいいじゃないか? ここで全員仲良く消えるのだから」

 その言葉に最大級の怒りを込めてはるかが言い放つ。

「ザッハぁぁ――!!」

「人間の小娘風情が気安くその名を口にするでない。汚れるじゃないか」

 滅多なことで声を荒らげることをしないはるかが本気の怒りを表した。ザッハは心底苛立っている彼女を嘲笑い、その上で彼女を下等な存在として見下している。

(なんでこんなひどいことが……この人の方がよっぽど悪魔じゃないですか!!)

 本気でそう思うはるかを余所に、光の槍を携えたザッハが彼女を殺しにかかる。

 光の槍が今まさに彼女の体を貫こうとした次の瞬間――下級堕天使たちを退けたレイがすんでのところで現れ、彼女とクラレンスを救出する。

「はるか様!! ここは危険です!! 彼を連れて逃げてください!!」

 自らが囮になってでもレイははるかと瀕死状態のクラレンスを逃がそうとする。

 はるかはザッハへの苛立ち、そしてクラレンスを救えなかった無力な自分への苛立ちを抱きながらも――儀式場からクラレンスを連れて脱出した。

(レイさん……ごめんなさい!!)

 

           *

 

黒薔薇町 某所・雑木林

 

『カオスヘッド!!』

 熾烈を極める悪魔と堕天使の戦い。ベリアルは堕天使とカオスヘッドという一対二の状況に苦戦を強いられていた。

「がんばるわね。でもその程度の障壁いつまでもつかしら? どうやらあんたの張った結界が仇になってるみたいだし」

 ガス灯カオスヘッドの攻撃をバリアで防ぎ続けるベリアルのことを、ラッセルは木の上から悠々と見下ろしている――これぞ本当の高みの見物だ。

「どうする? 結界解いて私を逃がしてくれるかしら? チッチッチッ、私があんたを逃がさないわ。今頃あんたの使い魔も親友とやらも、ザッハ様に消されている頃だと思うわ。特に天城はるか……だったかしら。何の力も持たない人間の小娘には少々刺激が強すぎたかもしれないけれど。おーほほほほほほ」

 はるかを持ち出してベリアルを挑発するラッセルであったがベリアルは冷静であった。

「はるかを甘く見ないことね」

「え?」

「あの子には、私にはない『正義』の心があるわ――もしかしたら、私が駆けつけたときにあの子は力に目覚めるかもしれないじゃない。そう、例えば――プリキュアとか」

 敵の猛攻を防ぎながらもベリアルは口元をにやりと歪ませる。

「ふん、ばかばかしい。やっておしまい、カオスヘッド!!」

『カオスヘッド!!』

 黒い翼から無数の羽根を飛ばし、さらにはランプからの炎による相乗攻撃をしかける。ベリアルは険しい顔を浮かべながら懸命にバリアを張って守りに徹する。

「ふふふ、あんたってば本当に冷酷な悪魔なのね。たった一人の人間の友人と使い魔も平気で見捨てるのだから。あの小娘がプリキュアになるですって? あんなどこにでもいそうな平凡でつまらない子ども……私の見る限り、あの娘がプリキュアになる可能性など万に一つもないわ!! カオスヘッド、とどめを刺しておやり!!」

『カオスヘッド!!』

 めいっぱいに広げた翼を羽ばたかせ、ガス灯カオスヘッドが勢いよく突進する。気付けばバリアも張らず無防備な状態になったベリアルにとどめを加えようとした瞬間――

『カオス!?』

 ベリアルの体から紅色に輝く魔力オーラが拡散した。その凄まじさにガス灯カオスヘッドは攻撃を中断し、距離を取った。

「どうしたのカオスヘッド!? 何を恐れているのよ!!」

 ラッセルがガス灯カオスヘッドに怒声を浴びせると、目の前のベリアルが静かに言葉を紡いだ。

「……馬鹿にしたわね。私の親友を、見下したわね」

 火を見るより明らかな怒気。キュアベリアルに変身後、変化したベリアルの長髪は解放された魔力で異様に逆立っている。咄嗟に怒髪天を衝くという言葉を思い出したラッセルは、本能的な恐れを抱き、全身から汗を浮かばせる。

「……はるかは堕天使から見ればつまらないのかもしれないわ。でも残念ね、あんたたち堕天使の腐った目にはつまらなく見えるものも、私の目にはあの子ほど他人思いで正義感の強い子はいないわ。だからそれを馬鹿にするあんたを私は決して許さない!!」

 倒す意思が強く固まったベリアルは、ベリアルリングの上から強化変身アイテム・グラーフリングをセットし――声高らかに宣言した。

「グラーフゲシュタルト!!」

 高密度の炎エネルギーをその身に内包させたグラーフゲシュタルトの力が顕現する。

「はあああああ!!」

 キュアベリアル・グラーフゲシュタルトへの変身を遂げ、ベリアルは炎を宿らせたパンチをガス灯カオスヘッドへと撃ちこんだ。

『カオスヘッド!!』

 炎のパンチはガス灯カオスヘッドの巨体を軽々と吹き飛ばす。太い幹の木々をなぎ倒す程の強大な力を前にし、ラッセルは冷や汗をかく。

「これは……この力はいったい!?」

 炎のオーラを纏ったベリアルが、ラッセルを静かに見上げて言う。

「私の親友を馬鹿にしたことを後悔させてあげる」

 

【挿絵表示】

 

 本能的に恐怖を感じたラッセルは動揺を隠せぬままガス灯カオスヘッドに命じる。

「ひ、怯むな!! カオスヘッド、蹴散らしなさい!!」

『カオスヘッド!!』

 ラッセルの命令に従いガス灯カオスヘッドが無謀にもベリアルへと突撃する。

「吹き飛べ」

 何の策も無く突進してきたガス灯カオスヘッドへ淡白に言い放ち、ベリアルは先ほどよりも強烈な炎を拳に乗せて撃ち出し、ガス灯カオスヘッドを勢いよく吹き飛ばす。

「うわああああああああ!!」

 思わず声を上げて驚くほどの衝撃がラッセルへと伝わる。ほとんど決着が見えると、ラッセルは怒気を孕んだ冷たい瞳を向けているベリアルに命乞いをする。

「ま、待ってちょうだい……悪かったわ。さっき言ったことは謝るわ! だからお願い……見逃してちょうだい……」

「笑止。世迷い言ならもっと先に言うべきだったわね」

 刹那――全身を炎へと包み込んだベリアルの必殺技が炸裂した。

「プリキュア・プロミネンスドライブ!!」

 炎の化身となったベリアルがガス灯カオスヘッドの体を貫いた。

『こんとん~~~♪』

「ああああああああああああああああああ!!」

 ガス灯カオスヘッドを見事に炎とともに消滅させ、その衝撃は結界の解除とともに、堕天使ラッセルを遥か彼方へと吹き飛ばした。

 悪魔対堕天使――悪原リリスことキュアベリアルは見事勝利を収めたのだった。

 

           *

 

黒薔薇町 教会・大聖堂

 

 地下儀式場から脱出したはるかは命の炎を使い果たそうとしているクラレンスの体を長椅子の上へとおろした。

「クラレンスさん! しっかりしてください! ここを出ればあなたは自由なんですよ!! またはるかと一緒に遊べるようになるんですよ!!」

 カーバンクルという本来の姿でもはるかのクラレンスを思う気持ちは本物だった。自分よりも遥かに小さな手を包み込むと、クラレンスが弱々しい声を上げた。

「私は……少しの間でもはるかさんのような友達ができて幸せでした……」

「何を言ってるんですか!? まだ連れて行きたいところいっぱいあるんですからね!! カラオケや、遊園地、ボーリングも! もっともっと楽しいことがいっぱいあるんです!! 他にも……えっと、えっと………そうですよ。今度はるかの大親友のリリスちゃんを紹介します。この間公園にいたあの子です! リリスちゃんは悪魔で、ちょっとクールで現実主義なところがありますけど、とっても優しいはるかの一番のお友達なんです……きっと、きっとクラレンスさんとも仲良くなってくれます……!!」

 段々と声が枯れ、自然とこぼれた大粒の涙がクラレンスの額へと落ちてくる。

「だから……だから、はるかたちと一緒に笑いましょう!! たくさんの思い出を作りましょうよ!!」

 懸命なはるかの告白にクラレンスは声を振り絞って思いを伝える。

「はるかさん……こんな出会いじゃなかったら、どんなに幸せだったことか……」

 優しいはるかの心に感嘆し、クラレンスの目からも涙があふれていた。彼は最後の力を振り絞ると、目の前で涙を流し、泣いてくれているはるかの涙を拭おうとその手を伸ばす。

「私のために泣いてくれて……ほんとうに……ありが……と」

 左目からこぼれる涙を拭おうとした途端、力が唐突に抜けてしまった。

「クラレンス……さん……」

 はるかは目を見開き、ありがとうと言いかけて力尽きたクラレンスを凝視する。

「何でですか……何であなたが死ななきゃいけないんですか……どうしてこんな簡単に体が重たくなるんですか……」

 命を惜しまず助けようとした相手が、目の前で命を使い果たし死んでしまった――その残酷で理不尽な現実にはるかは無念でしかなかった。生命力を失ったクラレンスの死骸を抱きかかえ、はるかは涙ながらに懇願する。

「お願いです神さま!! いるならはるかの願いを叶えてください!! この子を天国に連れて行かないで下さい!! お願いします、お願いしますよ!! この子は何もしてないんです!! ただ友達が欲しかっただけのいい子なんです!! 私が悪魔の友達だからダメなんですか!! この子の友達が悪魔と繋がってるからダメなんですか!? お願いしますよ、神さま――!!」

 はるかが嘆願の声をあげていると、後ろから嫌悪を感じさせる声がした。

「悪魔に肩入れする人間が教会で懺悔か?」

「はっ!」

 クラレンスの死に嘆き悲しむ彼女を嘲笑う声だった。はるかが振り返ると、満身創痍のレイを、汚物を摘まむように持ち上げる堕天使ザッハが立っていた。

「ふふふ。なかなか笑わせてくれるな」

「ザッハ!」

 はるかは怒りにまかせて睨みつける。そんな視線など気にもせず、ザッハははるかに話しかける。

「それより見てくれ。ここに来る途中、この悪魔の使い魔に傷つけられてしまった」

 先ほどまでここで起きていた出来事を知っているであろうに、ザッハはそんなことには歯牙にもかけない様子だった。

「はるか……さま……」

「レイさん!!」

 左腕を掠るくらいであるザッハの怪我に対し、洒落にならないほどに傷つけられたレイの体はボロボロで、最早戦う力など残っていなかった。

 ザッハは自らが傷つけたレイを無造作に捨てると、クラレンスから略奪した神秘の貴石の力によって左腕の怪我を瞬時に癒した。

「すばらしい力だ。神の加護を失った我々堕天使にとって、これは珠玉の贈り物だ。これで私の堕天使としての地位は盤石なものとなる」

「……そんなこと知りませんよ」

 いつになく低い声を発したはるかから向けられた言葉に、ザッハは目の前で立ち尽くす彼女を怪訝そうに見つめる。

「堕天使とか悪魔とか、そんなこと……この子には関係なかったんですよ!」

「カーバンクルは世界でも数匹しか確認されていない希少な存在。その身体に宿る神秘の貴石の力を何としても手に入れたいと思うのは、人間も堕天使も同じこと。考えようによってはそのカーバンクルは選ばれたのだ。我々にその身に宿る奇跡の力を宿した宝玉を差し出すために自らの命を犠牲にしてくれた」

 ザッハがクラレンスの死が必然であったかのように言葉を紡ぐ。それを聞いたはるかは我慢ならずに訴えかけた。

「何が犠牲なんですか!! 静かに暮らすことだってできたはずなのに……それをあなた方が無理やり奪ったんじゃないですか!! はるかはクラレンスさんの友達として……守りたくてここまできたんです!!」

「だが、君はそのカーバンクルを守れなかった。その事実に変わりはない!!」

 実際にクラレンスは死んでしまった。その揺るぎない厳しい現実をザッハは無情に突き付ける。

「そんなこと……あなたに言われなくてもわかってるんですよ!! だから許せないんですよ……いつも側で見守るだけしかできない自分が……友達が戦っているのにただ指をくわえて待つことしかできない自分が……そして、私の大切な友達を身勝手な理由で傷つけ奪っていくあなたみたいな人が……はるかはぜんぶ許せないんですよ!!」

「はるか……さま……」

 はるかのまるで自身に言い聞かせるかのような独白の言葉に、レイはいつも洗礼教会と戦うリリスのことを離れたところで見守っているだけだったはるかの姿を思い起こした。

「返してください……クラレンスさんを……クラレンスさんを返してくださいよっ!!」

 切実なる彼女の言葉が教会に響き渡った。そして、その言葉は言霊となり、少女の願いは神によって受諾された――

 刹那、予想外のことが起こった。死んだクラレンスの死骸が神々しく光り出し、ザッハの体へと光の帯が放たれた。

「うっ!? 何だ……この光は……体が焼ける……ううう!! ぐああああああああ!!」

 照射された光はザッハの内側から身を焦がすようだった。やがて悲鳴を上げるザッハの体から、クラレンスから奪われた彼の魂――神秘の貴石が姿を現した。貴石はゆっくりとはるかのもとへ近づき、その手へと収まった。

「これは……?」

「神秘の貴石がはるかの想いに応えてくれたのよ」

 そのとき聞き慣れた声が聞こえてきた。ラッセルとカオスヘッドを退けたリリスが天窓を突き破って、現場に駆けつけた。

「リリスちゃん!!」

「願いなさい、はるか。その石は……いえ、クラレンスの魂は堕天使に使われるよりあなたに使われることを望んでる。そしてあなたが最も強く願った形に石は姿を変える」

「私の願い……」

 はるかは石を胸元で握り、強く願った。

 堕天使を倒せる力。大切な友達を守れる力。人から笑顔を奪う邪悪を滅ぼす正義の力――少女の切なる願いは石へと届き、六芒星の模様が刻まれた姿へと変えた。

 はるかは自身が望んだ姿へと変貌した神秘の貴石――ウィッチリングを中指へと嵌め、声高らかに変身を宣言した。

 

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 

 澄んだ橙色に輝く指輪を掲げたはるかの周りを、同じ色のオーラが包み込む。オーラの中で、はるかのトレードマークと言えるショートボブが長髪となり、色もブラウンから赤みがかったオレンジの三つ編みへと変化する。

 さらには、髪飾りほどの大きさのとんがり帽を右側につけ、魔女を彷彿とさせるブラウンの戦闘衣服に身を包む。

 手を保護する手袋とハーフブーツ、極めつけは神秘の貴石を埋め込んだ杖を手に持つ。変身を終えたはるかは、おもむろに目を閉じると――杖を使って空に星を打ち上げた。

 

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 

 天城はるかは念願だったプリキュアの力を手に入れた。そして彼女が変身した姿こそ、プリキュアであり魔法使い――キュアウィッチである。

「バ、バカな……神秘の貴石が、こんな……こんな小娘に!?」

「堕天使ザッハ……私は、私はあなたを絶対に許しません!!」

 瞬間、勢いよく地面を蹴ってウィッチがザッハへと突進する――

「はぁあああああああああ!!」

 鋭い拳を叩きこむと、続けざまに蹴りを入れ、徹底的な徒手空拳による攻撃を加えることでザッハを一歩、また一歩と後退させる。

「な……何と言う力……! くそ、ここは一時撤退だ!!」

「逃がさないわよ!!」

 分が悪くなって逃げ出そうとしたザッハをリリスが食い止める。ザッハはリリスが破壊した天窓から脱出を試みた瞬間、左脚をバインドで固定された。

「な……!」

「はるか、今よ!!」

 リリスの声にうなずくと、ウィッチはありったけの想いを込めて、力を解き放つ。

「感謝します、リリスちゃん! ――ザッハ、クラレンスさんの未練……とくと味わいなさい!!」

 ウィッチはおもむろに魔法の杖――【キュアウィッチロッド】を掲げ、全身に流れ込む魔力を杖の宝石部分へと集中させる。やがて魔力は大いなる力となって、ウィッチがその力を発動させた。

「わ、私は! 私は至高の!!」

 迫り来るウィッチに、ザッハはまだ抵抗を試みようとしていた。

「問答無用!! プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

 

【挿絵表示】

 

 虹色に輝く魔力の波動がザッハ目がけて斉射された。波動は光となって射線上のザッハの体を飲み込み、邪な彼の魂を焼き焦がす。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ウィッチの放った必殺技の直撃を受けたザッハは天窓を突き破って、彼方へと飛んで行った。

 ウィッチは技を放った直後、慣れない力の反動に凄まじく気力を消耗して、変身を解いた 。そして、手元に残ったウィッチリングを握りしめ、全身に疲労を感じながらも何とかこの戦いに勝利したことを噛みしめた。

 だが戦いに勝利したことがハッピーエンドというわけではない。キュアウィッチ――天城はるかにとって戦いに勝つことよりも大切なクラレンスの救出を果たすことができなかった。すっかり冷たくなったクラレンスの亡骸を前に、はるかは跪き、震える声を発した。

「リリスちゃん……ごめんなさい。あんなひどいことまで言ったはるかをリリスちゃんやレイさんが助けてくれたのに……はるかは、クラレンスさんを……守ってあげれませんでした……」

「いいのよ。本当なら私がもっと早くに駆けつけていれば良かったのよ。誰もあなたを咎めはしないわ」

「ですが……ですが……わたし……」

 プリキュアになれたとしても、クラレンスはもう戻ってこない。はるかは理不尽な現実に絶望し、涙を流し続けた。

「……はるか。ひとつだけ、何とかなる方法があるわよ」

「え!?」

 はるかはリリスの言葉に耳を傾ける。驚愕するはるかに優しい笑みを向けながら、リリスは唯一の希望を教えた。

「そのカーバンクルを、使い魔として転生させるの」

「使い魔に……そんなことができるんですか!?」

 リリスの言葉にはるかは前のめりになって話の続きを待つ。

「もちろん。事実、レイも元を正せば群れから見捨てられほとんど死にかけていたところを私が使い魔にしたの。ただし、使い魔っていうのは一度契約を交わすとその使い魔が死ぬまで新たに契約を交わすことができない。だから私がそのカーバンクルと契約を結ぶことはできない」

「で、ですがリリスちゃん以外に誰が……あ!」

 ようやくはるかが話の意図を理解する。リリスは口元をつり上げ、親友の肩に手を置いた。

「神秘の貴石に選ばれた今のはるかなら、使い魔に転生させることくらいできるんじゃない?」

「リリスちゃん……」

「私の言った通りにやってみて」

 クラレンスを救う唯一の方法――使い魔への転生を試みることにした。はるかはリリスに教えられたとおりの方法で、魂の抜けたクラレンスの亡骸を魔法陣の上に乗せ、詠唱を唱える。

「我、天城はるか――またの名をキュアウィッチの名において命ず。汝、カーバンクル・クラレンスよ。今再びこの地に魂を帰還せしめ我が使い魔となれ。汝、我が使い魔として新たな生に歓喜せよ」

 直後、魔法陣が強く光を発した。リリスとレイ、そしてはるかが不安げに見守る中――ゆっくりと光が弱まり儀式は終了した。しばらくして、クラレンスのまぶたがぴくりと動くと、ゆっくりと瞳が開かれた。

「ん……あ……あれ?」

 状況を飲み込めないクラレンスが辺りを見回す。

「私は……どうして」

 再び息を吹き返したクラレンスの姿を見て、はるかは歓声をあげた。

「リリスちゃん!」

「私は何もしてないわ。やったのはあなたでしょ? あとは、はるかの好きにしなさい」

 はるかが静かにうなずくと、クラレンスがまだ半分寝ぼけたような瞳ではるかを見つめた。

「はるかさん……あの……」

 死んだはずだとばかり思っているクラレンスが状況の説明を求めると、そんなことは後回しにとはるかは彼を力いっぱい抱きしめ、うれし涙を流す。

「さぁ、帰りましょう。クラレンスさん!!」

 何が何だか良くわからなかったが、クラレンスは自分が今幸いの中にいることを実感し、笑った。

 リリスは二人の様子を微笑ましく見守る傍ら、帰り支度を始める。そんな彼女のことをレイがニヤニヤとした顔で見てきた。

「何よ?」

「いえ。リリス様は、やはりお優しい方ですね」

「何言ってるのよ。私は己の欲のためだけに生きる悪魔なのよ。優しいはずがないじゃないの」

 口では言うものの、彼女としても嬉しかったのだ。親友のはるかがプリキュアの力に目覚めてくれたことが、誰よりも――

 

           *

 

異世界 堕天使総本部

 

 神秘の貴石を手に入れるため上層部を欺いたザッハと共謀者であるラッセル。作戦は失敗に終わり、やむなく異世界の堕天使総本部へ戻ったが、そこで二人を待っていたのは厳しい制裁だった。

「「ぐぁああああああああ!!!」」

「…まったくこれだから油断ならないんだよ。俺が留守の間に随分と勝手な真似してくれやがって」

 堕天使幹部であるザッハが逆らえないほど強大な力を秘めた堕天使――その翼の数はザッハより多い、十枚だ。

「も……申し訳ありません!」

「どうかお許しを……」

 許しを請う二人に容赦ない仕置きが与えられる。

「はっ。反省なんかしてねーだろうがよ。お前らの処遇は追って決めることにする。それよりも今は先に解決しなきゃならねぇ問題がある。俺たちの存在が悪魔側に知られた以上、こちら側から攻め滅ぼす必要があるな。ちょうど洗礼教会の連中が悪魔狩りに熱心になっているようだし……ここはひとつ、奴らに借りを作っておくのも悪くねぇ」

 言うと、赤い仮面で顔を隠した存在はキュアベリアルとキュアウィッチ――二人の姿を映した鏡を力任せに叩き割る。

「キュアベリアルにキュアウィッチか……おもしれー。この借りはいずれキッチリ返させてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「はるかもついに念願のプリキュアになれました!! さぁここから忙しくなりそうですよ!! リリスちゃん、名前決めましょう!!」
リ「名前って……私たち二人組のってこと? いいわよ、そんなのイチイチ名乗ることもないんだし」
は「何を言ってるんですか!? 複数のプリキュアである以上カッコいいチーム名は必要です!! 何にしましょうかね? 考えれば考えるだけワクワクしてきちゃいますよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『悪魔プリキュアチーム!ディアブロスプリキュア結成!!』」


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第9話:悪魔プリキュアチーム!ディアブロスプリキュア結成!!

ついに、ディアブロスプリキュアとしてリリスとはるかが戦う時がやってきました!


黒薔薇町 悪原家

 

「ただ今より!! クラレンスさんの転生祝いと!!」

「はるかさんのプリキュア化を祝しまして!!」

「「「かんぱいーい!!」」」

 悪原家はかつてないほど豪華な飾りつけで彩られ、普段の質素な生活感はどこにも見当たらなかった。この家の主人であるリリスを余所に、はるかとレイ、そして先日の堕天使の一件ではるかの使い魔に転生したカーバンクルのクラレンスは盛大なパーティームードの中、盛り上がっていた。

「みなさんのおかげで、クラレンスさんははるかの使い魔として新しい命を迎えられることになりました!! そしてついに、はるかもリリスちゃんと同じ憧れのプリキュアになれました!! ううう……苦節十四年、とうとうここまできましたです……」

「はるかさん、どうか泣かないでください。あなたの涙を見るのは私も忍びありません」

「くう~~~なんていい子なんでしょうか!! 使い魔なんて言わず、はるかのお婿さんとしたいくらいです!!」

 人間態となったクラレンスをぎゅっと抱きしめ、はるかは感涙する。クラレンスは主人であるはるかをまるで恋人の如く優しく頭を撫でてやる。

「それよりもはるか様、今日はパーティーなんですから湿っぽいのは無しにしましょう。私がお祝いのケーキを作りましたので、いただきましょう!!」

 キッチンに走り、レイはこの日のために用意してあった特製のケーキを台の上に乗せて運んできた。新鮮なフルーツやお菓子を惜しげもなく使った手作りケーキは、誕生日やクリスマスでも見たことがないものだった。

「うわあああ!! イッツビューティフルです!!」

 はるかは目を輝かせて、口からは今にもよだれが滴りそうだった。

「すごいですね。こちらはレイさんお一人で作ったんですか?」

 クラレンスの言葉にレイは胸を張って答える。

「ふふふ……こう見えてリリス様の身の回りの世話はすべて担っているのでな。これくらい朝飯前なのだ!」

「ねぇ、ちょっとあんたたちさ」

 盛り上がる三人を今まで静観していたリリスが不意に声をかけてきた。彼女は紅茶のカップ片手に、難しい顔を浮かべていた。

「ハヒ? リリスちゃん、どうかしましたか?」

「どうでもいいけどさ……なんでウチでパーティー開いてるのよ?」

 それが彼女の率直な疑問だった。プリキュアとして洗礼教会と戦い、加えて学生生活を両立させるリリスの数少ない憩いのひと時――それを大いに妨げている要因を、見過ごせなかった。

「はるかがプリキュアになれたこともそうだし、クラレンスを堕天使から取り戻したことで嬉しいのはわかるけど、いちいちパーティーすることは無いと思うんだけど……それも私のウチでさ」

 ぶっきらぼうにリリスが告げると、はるかが拳をぐっとあげて反論する。

「何を言っているんですかリリスちゃん!! こんなおめでたいことをお祝いしないなんてどうかしてますって!!」

「どうかしてるのはそっちよ。こんないかにも高カロリーなケーキまで作っちゃってさ……」

 リリスはケーキを一瞥すると溜息を吐いた。

「な……!! まさかリリス様は私が作ったケーキが食べられないと申すのですか!? ひどい! ひどすぎますぞ!! せっかく心を込めて作ったというのに……!!」

「誰も食べないとは言ってないでしょう」

 クラレンスとは違い、レイは少々思い込みと被害妄想の激しい性質だった。男性の身なりをしているレイが女の子座りをしてしくしくと泣いている姿は、少々引くものがあった。

「心中お察しします」

 するとクラレンスがリリスに声をかけてきた。

「もしかすると、リリスさんは何か不安があるように思えます」

「不安? リリスちゃん、不安ってなんのことですか?」

 勘のいいクラレンスからの指摘にリリスは一瞬口籠った。その不安を口に出すべきか否か逡巡したが――迷った末に彼女ははるかの方へ顔を向けた。

「はるか……前に私が学校の保健室で言ったこと覚えてる?」

「ハヒ? え、ええっと……」

 あの日のリリスの言葉をはるかは復唱する。

「〝どんな人間でも、勇気を出したら誰だってヒーローになれる。だけど誰でもヒーローになれるというのは、励ましではなく警告よ〟」

 そう、確かにリリスは以前そんな話をはるかにしていた。

 先程まで浮かれムードに包まれていた三人の空気が緊迫したものとなった。リリスは真剣な眼差しをはるかへと向けて、重い口を開く。

「あなたがプリキュアになって、私とともに戦うってことがどういう意味か理解してる? 悪魔である私と戦う以上、確実に茨の道を歩むことになるわ。当然、今までのような生活を送ることは困難になるでしょう。洗礼教会や警察、それに先日の堕天使にだって確実に狙われる羽目になる」

 悪魔に味方することのリスク――それがどのような結果をもたらすかははるかでも容易に想像がついた。

 基本的にリリスの周りには敵が多く、常に命の危険にさらされている。不条理な理由から仲間の悪魔を殺害され、市民から心無い言葉を浴びせられる。その上、警察にまで付け狙われる。考えてみれば、リリスと一緒にいるということはこうしたデメリットが付きまとうのだ。

「それでも、あなたはこの私といっしょに戦うことを選ぶの?」

 今、天城はるかはプリキュアとして力を覚醒させ、リリスと戦うことを選択しようとしている。今からでも遅くはない――己の欲望に従って生きる悪魔の、リリスが唯一持つ友愛の心が、はるかの幸福を奪いたくないと強く働きかけた。

 片や戦うことを放棄して安穏に生きるか、悪魔と相乗りして後戻りのできない茨の道を歩むか――はるかは苦渋に満ちた表情を浮かべたのち、決断する。

「はるかは……はるかに迷いはありません! あの時、目の前で苦しんでいる大切なお友達を救えないくらいなら私は死んだ方がいい、たとえ悪魔に魂を売ったとしても、大切な人を守れる力が欲しい――そう心に願ったんです!」

 リリスを始め、レイもクラレンスもまじまじとした顔ではるかの言葉に耳を傾ける。

「やっと手に入れたプリキュアの力……はるかはこれから先どんなことがあってもリリスちゃんと一緒に戦います!! それに――」

 言いながら、リリスの側へと歩み寄った彼女は親友の手を優しく包み込み、慈愛を感じさせる瞳で訴えかける。

「それに、はるかはリリスちゃんが何者であっても見捨てるなんてことはしません。だって、悪魔である以前にリリスちゃんとはるかは親友じゃないですか!」

 純粋な思いからくる言葉だった。世の中には肌の色が違うとか、話す言葉が違うとか、そもそも人間じゃないとか――いろいろな障壁が存在するが、そんなことはすべて些末な問題だ。大切なのははるかが悪原リリスという少女をありのままに、等身大の姿として受け入れたということだ。

 リリスは少し驚いた様子でいつもよりも目を大きく開いた。やがて、眼前の親友の言葉に救われたように顔をほころばせた。

「――ありがとう。でもどうしてかしら……はるかの口からそう言ってくれることを私は秘かに期待してしまっていたわ……まったく、悪魔ってとことん罪深いわね」

 はるかの告白にうれしさと同時に少しの恥ずかしさを感じ、リリスは目を伏せる。

「リリスさん、自己嫌悪なんて止してください。はるかさんの口から出た言葉はすべて本心です。それにあなたの味方ははるかさんだけじゃありません」

「頼りないかもしれませんが、我ら使い魔も全力であなたとはるか様をサポートいたしますよ」

 自嘲した言葉を口にする彼女だが、レイとクラレンスもまたはるか同様、リリスの支えとして同じ茨の道を歩むことを受け入れてくれた。

「――あなたたちったら、ほんとどこまでもバカなんだから」

 とは言うものの、これこそ彼女自身が強く望んでいた結果だったのかもしれない。

 かつて、愛する家族を失い、孤独の中で生きてきた彼女は少ないながらも真に心を通じ合わせた者の存在によって、再び己の居場所を取り戻すことができたのだ。

「あ、そうだ! リリスちゃん、ちょっといいですか?」

 場の空気を一新するはるかの甲高い声。訝しげにリリスが見ると、屈託のない笑みのはるかは次のように提案した。

「せっかくプリキュアが二人になったんですから、名前決めませんか?」

「名前? ……何のこと?」

「ですから、リリスちゃんとはるかで組むプリキュアチームの名前ですよ! どうせなら掛け声も考えましょう!!」

「はぁ!?」

 突然の提案にリリスは心底嫌そうに顔をしかめる。

「それは名案ですね、はるかさん」

「どうせ名前をつけるなら我々のイメージにピッタリのものを考えましょう!」

 激しく戸惑うリリスを余所に、レイとクラレンスははるかの案を快く受け入れ、話し合いを始めてしまった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんたたち勝手に話を盛り上げようとしないで!」

 リリスが声をあげるが、目の前の三人は意に介そうとしない。

「まぁまぁリリス様もそう声をとがらせずに♪」

「さてと、どんな名前がいいですかね?」

「はるかはイメージアップのためにはかわいい名前がいいんですけど……『ラブリープリキュア』なんてどうでしょう!!」

 無視されたこともそうだし、あまりに話を強引に進めようとするはるかの態度に業を煮やしたリリスは、容赦なくはるかの両頬を強く引っ張る。

「人の話を聞きなさいよ、あんたは!!」

「いたたたた……リリスちゃん、ブレイクブレイクブレイクです!!」

 やがて深い溜息を漏らすと、重い口を開きリリスは聞いた。

「はるかさ……自分が何を言っているのかわかってるの? 名前なんてどうでもいいじゃない、掛け声なんてもっと」

「でもチームで戦うってことになると名前は必要じゃありませんか? ほら、よく男の子が大好きな特撮ヒーロー物に出てくる戦隊にはカッコいい名前があるじゃないですか。〝魔法戦隊〟とか! 〝天装戦隊〟とか!」

 はるかの言葉にリリスは異論をとなえる。

「それを言うならなんとかライダーはどうなのよ。あとから出てきた追加戦士が主人公と合流したからって、戦隊みたいにチームにならないでしょ?」

「プリキュアはライダーと違って戦隊ヒーローの立ち位置なんですよ。だからチーム名は名乗るべきです! 掛け声も必要です!」

「掛け声なんてしてる間に敵が攻撃してくるかもしれないでしょ? 非合理的よ!」

 二人の意見は真っ向から対立――水掛け論に発展する。

 合理性を追求するリリスにとって、戦いの最中に掛け声をするなど理解できないことだ。彼女の言う通り、掛け声をしている間に敵が攻撃を仕掛けてくるかもしれない。日本の特撮ヒーローへ秘かに抱いている疑念をストレートに指摘する。

 リリスが合理精神に基づきこのように反論してくることは薄々分かっていた。はるかは何とかして自分の主張を通したいと思い、考えた末にあることを思い出した。

「ふふふ……それを言っちゃいますか、リリスちゃん。じゃあはるかから逆に聞きますけど、リリスちゃんは変身したとき、自分で何と言っていますか?」

「ぎく! そ……それは……」

「あれも立派な掛け声じゃありませんか? “独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!”って! 堂々と敵に名乗っていますよね!!」

 この一言こそ、悪原リリスを追い詰める決定打となった。言われてみれば、合理主義を追求してきたリリスにしては実に迂闊な行動だったと言える。はるかの口から鋭い指摘を受けた瞬間――返す言葉を失い力なく床に手をついた。

「どうですか? これでも何か言い返せることがありますか? 今回ばかりはリリスちゃんの負けじゃありませんか?」

 勝ち誇った顔を見せるはるかへ使い魔たちが賞賛の言葉を述べる。

「痛いところを突きましたね、はるかさんも」

「リリス様。今回ははるか様に軍配が上がりましたね。素直に負けを認めてください」

 うなだれていたリリスはやがて顔を上げて、大声で叫んだ。

「く…悔し~い~……!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 先日の堕天使との一件もあり前回、前々回と登場する機会のなかった洗礼教会だが――幹部たちがホセアからの召集を受け、重大な話を聞かされていた。

「今日集まってもらったのは他ではない。この洗礼教会の存在を脅かす重大な事実が発覚したからだ」

 ホセアの言葉に一同はざわめく。

「重大な事実……ですと?」

「それは一体なんなんですか?!」

 三幹部に交じって話を聞いていた者がもう一人いた。

「これを見てくれませんか?」

 洗礼教会に所属する天使のプリキュア――キュアケルビムこと、テミス・フローレンスは大聖堂に置かれた巨大なスクリーンに人間界の様子を映し出した。

 三幹部が目を凝らすと、そこには先日の堕天使と悪魔による衝突の様子が克明に記録されていた。

「あれは堕天使! なぜ奴らが!?」

「それにあの人間の子どもは……」

「確か、天城はるか。キュアベリアルの親友だったか」

 ちょうど、堕天使ザッハに面と向かって訴えかけるはるかの姿が記録されていた。ホセアは苦々しい顔となり、幹部たちに伝える。

「この人間の娘が、プリキュアの力を手にいれた」

「「「なんだって!?」」」

 青天の霹靂――エレミア、モーセ、サムエルの衝撃は凄まじかった。

「ただでさえ目障りな悪魔……キュアベリアルの脅威に加え、彼女までもが力を手に入れてしまった。悪魔陣営は我々の知らぬところで着実に力をつけ始めている。一刻も早く彼奴らを根絶やしにせねばならぬ」

「しかしホセア様。天城はるかは人間です……それでは我々の流儀に反するのでは?」

「悪魔に心を売った魔女を人間とみなすか? キュアケルビム、悪魔に付け入られる隙を見せてはならぬ」

 仮にも天使であるテミスは、人間であるはるかに危害を加えるべきではないと主張する。だがホセアの言い分は全くの逆で、悪魔に味方をするはるかも明確な敵であると見なし、倒すべき相手だと強く訴える。

「……申し訳ございませんでした。では、この任務わたくしめが」

「いや、待ってくれ」

 討伐の任務に就こうと名乗り出たテミスに待ったをかけたのはサムエルだった。

「こいつは俺がやらせてもらう」

「あなたにできるというのですか? キュアベリアルと天城はるか……どちらも確実に倒すことが?」

 挑発的な言葉をかけるものの、テミス自身この任務は気乗りするものではなかった。悪魔であるリリスだけを倒すならともかく、クラスメイトであるはるかまで手に掛けることなど天使の流儀に反することだと思ったからだ。

「この俺を誰だと思ってやがる? 安心しろ、もう二度と悪魔にも魔女にも遅れはとりゃしねぇ。ついでに、堕天使どもが何を企んでるかもこの手で暴いてやろうじぇねぇか……」

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 数日後。リリスたちは平和な学生ライフを送っていた。

「このように、源頼朝の手によって鎌倉に幕府が開かれました。昔は一一九二年に幕府が開かれたともっぱら言われ、〝いいくに作ろう鎌倉幕府〟のごろ合わせで誰もが覚えたものだけど、最近では設立時期に関していくつかの説があってひとつに絞り切れていないんだ」

「ん~~~……」

 日本史の授業をしていると、後ろの席から唸り声が聞こえてきた。担任でもある三枝喜一郎は唸り声の主――天城はるかを見る。

「どうしたんですか天城さん。どこかわからないことがあるんですか?」

「プリキュアのチーム名を何にするか……悩みますね」

「ああああああああああああああ!!」

 うっかり口が滑ってしまったはるかの声を掻き消すように、リリスは悲鳴にも似た声を上げた。

 クラスメイトがその声に驚愕したのも束の間、必死でごまかそうとリリスは壁に額を強く打ち付け徹底的に心を乱した。

「ど、どうしたの悪原さん!?」

「先生!! 悪原さんがいつかの自暴自棄に陥ってます!!」

 これは非常にマズイ光景だった。授業どころではなくなり、三枝と原因を作ったはるかでリリスの行動を止めようとする。

「悪原さん止すんだ!! そんなことをしたら脳に重大なダメージが!!」

「リリスちゃん軽はずみなことを言ってしまったのは謝ります!! だからそれはやめましょう!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「まったくあんたは……心臓が止まるかと思ったわよ!」

「本当にごめんなさい!」

 昼休み。屋上で弁当を食べながら、リリスは授業中におけるはるかの軽率な言動を厳重に注意する。

「大体ああいうのは授業中に考えることじゃないでしょうが。おかげで鎌倉幕府が成立したのが一一八〇年か、一一八三年か、一一八四年か、一一八五年か、一一九〇年か、一一九二年なのか……どれだかわからなくなったじゃない」

「そこまで詳しく話してなかったと思いますけど……たぶん」

 するとそこへ、同じクラスメイトのテミスが弁当を持ってやってきた。

「リリスさん、大丈夫ですか?」

「テミス?」

 テミスはリリスたちの側にくるとスカートを押さえて優雅に座った。

「どうしたんですが急にあんなことをするなんて。あなたのキャラらしくなかったですわ」

 テミスが心配そうに見つめると、リリスはあの奇行の言い訳をどうするか考えて、咄嗟に答えた。

「ああ……確かに私のキャラじゃないんだけど、時々気が狂うことがあって」

「気が狂う?」

 テミスが訝しげに復唱するとはるかがフォローに入る。

「そ、そうなんですよ!! リリスちゃん普段から真面目なものですから、ごくまれに衝動というか……あんな風に自分の殻を破ろうとすることがあるんですよね!!」

 ほとんどの原因ははるかに関係しているのだが……とリリスは思ったが言葉にはしない。

 テミスは少し引き気味だったが、そんなリリスを哀れんで言葉を贈る。

「だけど自分の頭を打つことはよくないと思います。もっと自分を愛さなくちゃダメですよ」

「ええそうね……ありがとう」

 苦し紛れではあるがテミスに理解してもらえたことにほっと一息ついたところで、テミスがあることを閃いた。

「そうですわ。あなたの身に何かあっても大丈夫なように……」

 そう言って、弁当箱を置いたテミスがおもむろに手を合わせ、目を瞑り始めた。

「え!? ちょ、ちょっと何して」

「主よ。この者の身にどうか神の加護をお与えください」

 瞬間、その行為がリリスの頭部を極度に刺激。脳神経を引っ掻き回す強い頭痛がリリスを襲った。

「いった――い!!」

「リリスちゃん!?」

 壁に頭を打ち付けた痛みもまだ取れていないのに、加えて純粋な天使からの祈りを捧げられるという悪意なき追い打ち――いや、テミスはリリスが悪魔であることを知っているから少なからず悪意はあったのかもしれない。

「あの……私、何かマズイことしましたか?」

 戸惑ったふうに装うテミスに、はるかはリリスが悪魔であると悟られないように言葉を返す。

「いいえ!! 全然そんなことありませんよ!!」

(ワザとやってるでしょうこの子……覚えておきなさい!!)

 

           *

 

黒薔薇町 住宅街上空

 

 悪原リリスと天城はるか、両プリキュアの征伐を仰せつかったサムエルが魔法陣を通じて――住宅街の一角に出現した。

「さーてと……どうやってプリキュアたちをおびき出そうか。だがその前に確かめておくことがある。堕天使どもがこの町で何をたくらんでいるのか……」

「知りたいか?」

 不意に声をかけられ振り返ると、屋根瓦の上に腰かけているサムエルと同じ神父服を身に纏った白髪の男が座っていた。

「よう。久しぶりだな」

「コヘレト……!!」

 サムエルはかつての同志であり、邪な感情を持つがゆえに教会を追われ、堕天使の側についたコヘレトが今になって姿を現したことにかなり驚いていた。

「なんでおまえがこの町にいるんだ!?」

「別に。たまたま辺りを散歩してたらよ、懐かしい顔が見えたと思ってさ。案の定お前だったのか、サムエル」

 コヘレトが口元を歪ませて笑う。

「洗礼教会から追放され、その魂を地に落としたお前が今更どういうつもりだ?」

「どういうつもりって……俺としてはお前らに協力して欲しいだけだよ」

「協力?」

 サムエルは追放されたかつての同志の言葉に耳を疑う。

「いやね、うちのボスからの提案でさ……俺たちにとっても、お前ら洗礼教会にとっても悪魔は共通の敵だろ。ここはビジネスライクにいこうじゃないか。俺たちの目的を教える代わりに、悪魔を倒すため協力しないかって。それに俺自身も奴らには因縁があってな」

 コヘレトはレイから受けた屈辱をまだ忘れてはいなかった。絶命前に堕天使たちによって回収されていなければ今頃この場にはいなかっただろう。

 教会を追われ、今やはぐれエクソシストとなったコヘレトの戯言にサムエルは顔をしかめる。

「ふざけんな。誰がそんな絵空事を信用するか!」

「そう怖い顔するなって。お前らは知らないと思うが、キュアベリアルの味方は何もキュアウィッチだけじゃないんだぜ。お前らの見てないところで、悪魔陣営は確実に力を取り戻しつつある。ホセアさんだって似たようなこと言ってなかったか?」

 洗礼教会以上に悪魔陣営の動きについて知っているような口ぶりのコヘレトを見ながら、サムエルは眉間に皺を寄せ額に汗を浮かべる。言っていることは理解できるが、はぐれエクソシストであるコヘレトのことだ――きっと腹に一物を抱えているに違いない。だからそう簡単に彼を信じることはできなかった。

「……裏切り者であるお前とこれ以上議論を交わすなんて反吐が出るんだよ!」

 コヘレトからの提案をきっぱりと断り、サムエルは彼の元を去って行った。

「相変わらず頑固だなー。だからおめぇらはいつまで経ってもダメなんだよ……」

 サムエルが去った方角を眺めながらコヘレトは小さくぼやいて、自身もすっとその場を去った。

 

           *

 

黒薔薇町 喫茶ノワール

 

「みなさーん、お待たせしましたー!!」

 学校と所用を終え、はるかは日頃からよく利用する喫茶店にリリスとレイ、クラレンスを呼び集めた。ついに待ちに待ったチームとしてのプリキュアの名前および掛け声が決定したのである。

「いやー、考えるのに相当苦労しました。というわけで、こんな感じにまとめてみました!!」

 自信に満ちた顔ではるかはチーム名と掛け声が書かれた紙を公開する。レイとクラレンスが関心を示す一方、リリスの反応はイマイチだった。

 

【挿絵表示】

 

「……ねぇ、本気でこんな恥ずかしい台詞を私に言わせるつもりなの?」

「恥ずかしくありませんって! これでもリリスちゃんが言いやすいように相当調整したんですよ?」

「でもね……」

 このとき、彼女たちの様子をサムエルは頭上から見下ろしていた。

「いたいた、呑気に茶なんて飲んでいられるのも今のうちだっつーの」

 首からぶら下げていた十字架を手に取り、サムエルは周囲にある適当なものに目をつけ、十字架を掲げ声高に叫ぶ。

「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 十字架から放たれた光はコーヒーポットとカップに当たり、二つの無機物はサムエルの命令に忠実な平和の騎士――ピースフルへと変貌した。

『『ピースフル!!』』

 たちまち、カップを模した《カップピースフル》とポットを模した《ポットピースフル》が出現する。

 二体のピースフルの出現に人々は悲鳴を上げ、一目散に逃げて行く。リリスとはるかは逃げる人々とは逆に、ピースフルの前に立ち尽くす。

「リリスちゃん、これってもしかして……!」

「洗礼教会……どこなの!?」

「ここだっ!!」

 すると、サムエルは素直に彼女たちの前に姿を見せた。

「ふふふ。聞いたぞ、ヴァンデインの娘。そこにいる人間の小娘が魔女になり下がったらしいな」

 サムエルの言葉にリリスのこめかみがぴくりと動く。

「なり下がった? ちょっとあんた、どの口が言ってるのよ!!」

「はるかは魔女じゃなくてプリキュアになったんですよ!! 間違えないでください!!」

 はるかも必死に抗議するがサムエルにはどっちでもよかった。

「まぁどっち道悪魔に加担する人間など魔女も同然だ。今日はここで二人仲良く楽にしてやろう。やれ、ピースフルども!!」

『『ピースフル!!』』

 二体のピースフルが囲むようにしてリリスたちへと襲いかかる。

「リリスちゃん! ちゃんとはるかが考えた通りに言ってくださいね!!」

「やっぱり言わなきゃダメなの?」

 はるかの念押しにリリスが嘆息する。

「ダメです!! さぁ、変身しますよ!!」

「気乗りしないわね……」

 そう思いながら、リリスは変身アイテムであるベリアルリングを、はるかは堕天使との遭遇をきっかけに手に入れたウィッチリングを中指につける。

 二人はほぼ同じタイミングで、声高に掛け声を行った。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 

 紅と橙色の光が二人の少女を包み込む。光の中で少女たちは洗礼教会や堕天使と戦うために必要な力を身にまとい、伝説の戦士――プリキュアへと変身する。

 やがて二人の変身が完了し、それぞれが個人としての掛け声を行う。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 さらにここからが見せ場だ。リリスとはるかは互いに背中を合わせ、はるかがこの日のために考えた掛け声をする。

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

 リリス、はるかの順に行われた掛け声のあと――少女たちは宙を舞い、その背後にはまるで満月が浮かんでいるかのように錯覚させ、おもむろに着地する。

 

「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

 洗礼教会による独善的な行動と、堕天使による脅威から人々を守るために結成された異色のプリキュアチームがここに誕生した。その名は――ディアブロスプリキュア。

「決まりました――!!」

「何この中二臭い台詞……!! かなり恥ずかしいんだけど!!」

 キュアベリアルとなったリリスが顔を真っ赤にして訴える。

「はるかたちは中学二年生ですよ。とってもすてきでしたね!」

「はるか、あんた絶対“中二病”って言葉の意味を知らないでしょう?」

 こんな気恥ずかしい台詞をよくも考えたものだとベリアルは内心思いながら、存外悪くないのかもしれないと思ったことは、絶対に口が裂けても周りには言えなかった。

「ふん。ディアブロスプリキュアとは……何とも鳥肌が立つような名前だな。ピースフル、やってしまえ!!」

 サムエルの命により、二体のピースフルが突進を開始した。

「堕天使との初陣はうまくいきましたからね、今回もバシッと決めちゃいますよ!!」

「あまり自分を過信しないで。はるかはまだ、プリキュアの力に慣れてないんだから」

「大丈夫ですよ!! あの事件以来クラレンスさんと一緒に、毎晩イメージトレーニングをしてきたんです!!」

 敵の攻撃に備え、ベリアルとウィッチは身構える。ポットとカップがそれぞれに熱湯とコーヒーを二人の方へ流し込んでくると、ウィッチは身軽な動きで跳躍して、ピースフルの攻撃を回避する。

「だから、リリスちゃんの足手まといになることはありません!!」

「それはまた随分と――」

 言いながら、ベリアルはカップピースフルへと突進し――迫りくるコーヒーの流れを避けながら強烈な蹴りを叩きこむ。

「心強いことね!!」

 カップピースフルは衝撃に仰け反り、その場に倒れ込んだ。

「なかなかやるな。だがここからが本番だ。ポットピースフル、お前はあの魔女を始末しろ! カップピースフル、いつまでものびてないで立ち上がれ!! 悪魔を滅ぼせ!!」

『ぴぴ……ピースフル!!』

 カップピースフルは怒り心頭にベリアルへと突っ込んで行った。どうやら、先ほどの攻撃で持ち手の部分が折れてしまったらしく、そのことに腹を立てているようだった。

 怒りに燃えるカップピースフルはベリアルを徹底的に殴打し、彼女は両腕を組んで必死に受け流す。

「リリスちゃん!」

 心配したウィッチがベリアルの助力にいこうと近づくが、ベリアルがそれを制した。

「私は平気だから、はるかは自分の敵に集中しなさい!」

 主たちの戦いを前にして、使い魔たちも奮い立った。

「リリス様!」

「はるかさん! 助太刀いたします!」

 レイとクラレンスが助太刀に入ろうと、戦闘に加わる。

「ボウガンチェイーンジ!!」

 【魔銃レイボウガン】に変身したレイはベリアルの手の中へと収まる。刹那、ボウガンの先をカップピースフルに向けると、魔力を圧縮した矢を放った。

「喰らいなさい!!」

 紅色に光る魔力の矢がカップピースフルを狙い撃ち、あまりの激しい連撃に今度はカップピースフルが防戦一方となる。

「使い魔風情が……舐めた真似を!」

 サムエルが悔しそうに歯を食いしばる。

「うちのレイを甘く見ないでもらえるかしら?」

 好調に敵を追い込むベリアルたちの戦場の横で、クラレンスがはるかに呼びかける。

「はるかさん、どうか私をお使いください!」

「使うって……どうやってですか?」

「神秘の貴石に私の力を連動させるのです。どうか、私の言葉を信じてください」

 クラレンスが強く呼びかけると、ウィッチは一度考えたのち――快く返事する。

「わかりました! では、いきましょう」

 

「今こそ、ひとつになるとき!! 我が主――キュアウィッチに力を!!」

 人間態から本来の姿であるカーバンクルの姿へと戻ったクラレンスは、神々しい光を放ちながらその身をウィッチが持つ魔法の杖――キュアウィッチロッドに埋め込まれた神秘の貴石へと吸収される。

「神秘の力を、今ここに顕現します!! キュアウィッチロッド!!」

『ピースフル!!』

 ポットピールフルが再び熱湯を流し込んできた。ウィッチは前方から流れてくるお湯に杖を向けると、杖の先から魔力エネルギーを放射した。瞬間、熱湯は瞬時に凍りつき、流れたところだけがまるでスケートリンクのように変化した。

「なんだと!?」

 サムエルは突然の出来事に驚愕する。

「すごいじゃないはるか!」

「ハヒ!! 自分でもこんなに力が出せるとは思いませんでした!!」

 再び二人並ぶと、サムエルは負けじとピースフルに命令を下す。

「おのれ……ピースフル!! こちらも合体攻撃だ!!」

『『ピースフル!!』』

 二体のピースフルは最初に仕掛けた時よりも強力な熱湯とコーヒーのダブル攻撃を仕掛けることにした。

「喰らえ悪魔ども!!」

 サムエルの声高な合図に、ピースフル二体の合体技が炸裂した。二つの液体は互いに混ざり合いながら一つの渦を形成して、濁った熱湯の渦が猛烈な速さでベリアルとウィッチへ向かっていく。

「キュアウィッチプロテクション!!」

 杖を回転させながら、ウィッチは杖の先に力を込め強力なバリアを作り出した。橙色に輝く魔法陣のバリアは勢いよく流れ込む濁流を、正に水際で差し止める。

「リリスちゃんには……指一本触れさせません!!」

 巨大な渦をせき止めるウィッチにサムエルは驚愕の声を漏らす。

「ば、バカな!? おまえのどこにそんな力が……!!」

「付け焼刃ってことわざ知ってる? そんな一時しのぎの合体攻撃なんて怖くも何ともないわ。さて……そろそろシメと参ろうじゃない」

 ウィッチによって身を守られていたベリアルは勝機を窺うと、翡翠色に輝く強化変身アイテム・フィルストリングをベリアルリングの上から重ねあわせる。

「フィルストゲシュタルト!!」

 翡翠の光に体を包み込まれたベリアルは、グラーフゲシュタルトの次に手に入れた風の力を内包した機動力重視の強化形態――キュアベリアル・フィルストゲシュタルへと変身する。

「はっ!!」

 翡翠色の風を矢に纏わせ、先ほどよりも強力な風の矢を連続して放つ。

『『ピースフル!!』』

 通常時に放たれるボウガンとは威力も付加される能力も異なる攻撃。加えてウィッチが必要以上に足止めをしていたことで、動きが緩慢となり二体のピースフルは容易にその巨体を後ろへ倒した。

「リリスちゃん! 二人で決めちゃいましょう!」

「ええ! タイミング合わせなさいよ」

 一気にとどめを刺すため、ベリアルはボウガンの銃身に魔力を集中させる。ウィッチもクラレンスから供給される力をキュアウィッチロッドの先端へと集め――頃合いを見て二人は必殺技を炸裂する。

「プリキュア・スーパーウインドラグーン!!」

「プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

 緑風が作り出すオオワシと、七色の魔力砲撃が射線上に立つ二体のピースフルへと飛翔し、直撃する。

 ――ドンッ。

『『へいわしゅぎ……』』

 コーヒーポットとカップから生まれたピースフルは塵となって消滅した。ディアブロスプリキュアとしての戦いは圧倒的勝利に終わった。

「何たる……屈辱!! 悪魔と魔女め、この次はこうはいか……」

 ――バン。

 サムエルが捨て台詞を言っている最中、ボウガンの矢が飛んできた。

「ふぎゃあああああああ!!」

 サムエルはベリアルからの不意打ちを受けると、情けない声を上げながら空の彼方へ飛んで行った。

「って!! リリスちゃん、いきなりすぎませんか!?」

「だっていい加減、敵の捨て台詞を聞くのもなんだかアホらしくなってきたから。しかしまた、今回も派手に壊しちゃったわね」

 戦いが終わればいつものように無残に破壊された町の光景が寒々と映ってくる。キュアベリアルは普通のプリキュアと違って、浄化能力を持たず壊れた建物を聖なる力で修復することはできない。

「その点はご心配なさらず。はるかにお任せください」

 だが今回からは事情が違う。ウィッチが正当なプリキュアの力に目覚めたことで、これまでとは異なる大きな変化が起こった。

「いきますよー、せいほー!!」

 キュアウィッチロッドを一振りすれば、ピースフルとの戦闘時に破壊された建物や電柱、道路に至るまで、すべてがキュアウィッチの持つ浄化能力によって綺麗に修復され、それまで戦闘があったことが嘘であるかのように元通りに復元した。

「ごらんの通り、綺麗に修復しましたよ!」

「そっか。はるかは正統なプリキュアだから壊れた建物を元に戻せるんだっけ」

「はい!! これでリリスちゃんが警察に追われる心配はなくなりましたね!」

 

 ウーウーウーウー……

「ハヒ?! まさか……」

 心臓を握りつぶすようなサイレンの音。引きつった顔で後ろを振り返れば、警視庁のパトカーが集まり、刑事たちが武装隊を伴い現れた。

「見つけたぞ、プリキュア!!」

「今日こそお縄についてもらうぞ!!」

 一瞬でベリアルたちは警察たちに取り囲まれる。

「捕らぬ狸の皮算用ね……はるか、まだまだ詰めが甘いわよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!! 壊れた建物は修復したんですよ!! そんな怖い顔で睨まないでください!!」

 ウィッチがあたふたしていると、周りで警察がざわめき始める。

「隊長、見かけない子がいます。もしかして新しい仲間のプリキュアでしょうか?!」

「かもしれんな。ちょうどいい、君も一緒に任意同行してもらおうか!」

 警察からの要求にウィッチは仰天した。

「えええ――!! まさか私を捕まえるつもりなんですか!?」

〈はるかさん。ここはとりあえず逃げましょう!〉

 杖の中からクラレンスが呼びかけた次の瞬間、ベリアルはウィッチの手を握りしめると同時に警察の追っ手から逃れるため全速力で走り出す。

「「「待てぇぇ――!!」」」

「うわぁ――ん!! なんではるかまで追われる羽目になるんですか!? どうして警察の人はそんなにプリキュアを敵視するんですか――!!」

「ひとつ覚えておきなさい。大人はね、面子を潰されるのが一番嫌いなのよ!」

「そんなの子供じみてますよ!!」

 

 

 

 結局、二人にとって一番煩わしい存在は洗礼教会や堕天使でもなく――限りなく自分が善良だと思い、正義の名のもとに働く警察なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「日本の警察があんなに頭の固い人だとは思いませんでした!! せっかく女刑事になるって夢があったのにショックです!!」
リ「だったら普通の婦人警官を目指しなさい。それはそうと、ちょっとはるかに手伝って欲しいことがあるんだけど……」
は「水臭いことは無しですよ、リリスちゃん!! リリスちゃんとはるかの仲じゃないですか、困ったことがあるなら力をお貸ししますよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『謎の戦士登場!?暗黒騎士バスターナイト!』」


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第10話:謎の戦士登場!?暗黒騎士バスターナイト!

従来のプリキュアシリーズには見られなかった謎の追加キャラ登場です!


黒薔薇町 住宅街上空

 

 夜のしじまに響き渡るバイオリンの音色。

 月光を背にしてストラディバリウスを操る奏者は、闇夜に顔を隠している。

 だが顔は見えなくても、バイオリンの音を頼りに彼の感情が不思議と心に伝わってくる。

 聞くもの全ての心を捕らえる彼の音色は、例えるなら、バイオリンそのものに命を持っているかのようだ。

 だがどうして、こんな真夜中――多くの者が寝静まっている時間に演奏をしているのだろう。これではせっかくのソロコンサートも台無しだ。

 しかし、彼にとってはむしろ好都合だった。この曲は他の誰にも聞かせるつもりなど無い、彼のためだけの【レクイエム】だから。

 演奏の最後に、弦を軽く靡く。音が鳴りやむとバイオリンを肩から下ろして彼は、この町の様子を見下ろした。

「……この町で君は何年、ずっとひとりで過ごしていたのかな」

 静かに呟くと、懐に手を入れ何かを取り出した。

 その手に握られたのはコウモリ型のロケットで、開くと黒髪の快活な少女が写っており――少女のことを考えた瞬間、奏者は拳を強く握りしめる。

 

「……リリス」

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

「ハヒ? 早朝特訓……ですか?」

 平和な学生ライフを送っていた天城はるかは、リリスからの突然の提案に険しい顔をする。

「前回の洗礼教会との戦いを見て思ったの。はるか、あなたはプリキュアとしてもっと基礎体力を向上させる必要があるわ」

「基礎体力……なんか嫌なニュアンスしか伝わりませんね。はるかは運動音痴だってこと知っていて言ってるんですか?」

 はるかは露骨に顔を歪めた。

 リリスと違って、彼女は運動能力が高くない――というか、苦手の部類であった。小学生の頃から運動会だけは唯一参加したくない行事だったし、クラス対抗のリレー勝負では自分の脚の遅さを周りに見られまいと仮病をしてまで辞退しようとしたほどだった。

「明日の朝五時前に迎えに行くから」

「五時前……!? その時間、はるかはクラレンスさんと一緒にベッドですやすやスリーピングしてますが!!」

 リリスの提案にはるかは遠回しに拒絶の意思を示す。

「あら? 私の誘いを断ろうっていうの?」

「そ、そんなつもりは……」

 リリスの誘いを断りたくはない。だが、同じくらい運動もしたくない。はるかの心の天秤は大きく揺さぶられていた。

「だったら、異論はないわね」

「え! いやでも……」

「ビシバシ鍛えてあげるから楽しみにしてるのよ」

 言うと、リリスは席を立って教室から出て行ってしまった。

「リリスちゃん! ちょっとー!!」

 リリスからの誘いを無下に断れないあまり、はるかは結局朝練を承諾してしまった。

「ま……またしても、リリスちゃんの悪魔口調にまんまと乗せられてしまいました!!」

 こういう時に限って自分の人の良さを本気で呪いたくなった。

 明日の朝、リリスにどんな過酷な目に遭わされるのか……想像を膨らませるほどはるかは背筋を凍りつかせた。

 

           ◇

 

黒薔薇町 天城家

 

 ピピピピ……ピピピピ……

「はるかさん、起きてください。はるかさん」

「うう……」

 朝を告げる煩わしい目覚まし音に加え、使い魔として同棲しているカーバンクル姿のクラレンスが呼びかける。

 はるかは逃げるようにベッドの中へ潜り込み、腕だけ出して自分でセットした耳障りな目覚ましを止めた。

「クラレンスさん……まだ朝の四時半じゃないですか……もうちょっと寝させてくださいよ……」

「眠ってはいけませんよ。リリスさんと早朝トレーニングの約束があるんですから」

「ハヒ!! そ、そうでした!! 遅刻したらリリスちゃんのことですから、えげつないペナルティを課すに違いありません!!」

 慌てて身支度を始めたはるかはとにかく焦っていた。

 リリスを待たせるわけにはいかない。一分一秒でも遅刻すれば自分にどんな報復が向けられるのかわからない。

 女の子としての身だしなみなど気にしている余裕はない。とにかく、着替えが済むと一目散に部屋から出ようとする。

「クラレンスさん、行ってきます!!」

「あ、待ってください、はるかさん!! 上下が整っていませんよ!!」

「ハヒ?」

 クラレンスから指摘を受け、ふと自分の格好を確認した。

 上はジャージを着ているのに、下は学校の制服――ちぐはぐとしたコーディネートであった。

「ああああああああああああああ!!」

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 午前五時過ぎ。はるかはリリスの指導のもと、基礎体力向上のための早朝訓練を開始した。

「は、は、は、は、は、は」

「ほら。ダラしなく走らないの」

「そんなこと言われましても、はるか……元々運動はそんなに得意じゃないんです」

 息も途切れ途切れになりながらランニングをするはるかを、リリスは自転車に乗って追いかけ、後ろから檄を飛ばしてくる。

(プリキュアってはるかが思う以上に体力を消費するみたいですけど……リリスちゃんはズルいですよ! 一人だけ自転車に乗ってるんですから!)

 はるかが心の中で考えると、すかさずリリスがツッコミを入れる。

「ちょっと、今心の中で私が自転車で追い回してることをボヤいたでしょう?」

「ハヒ!! どうしてそれを……!?」

 リリスの的確な指摘を受けて、はるかは冷や汗をかく。

「はるかの考えてることくらい読めないと思ってるの? 私とプリキュアチームを組む以上、洗礼教会や堕天使よりも弱いなんて許さないんだから。ほら、さっさと走らないともう五周分増やすわよ」

「は、はい!! ううう……リリスちゃんはやっぱりサディストです!!」

「そこはせめて〝スパルタ〟と言いなさい、スパルタと!!」

 サディストか、スパルタか――はるかは両親よりも手厳しい親友にその後一時間以上も追い回され続けたのだった。

 

「ううう……」

 ランニングが終わると、今度は柔軟体操が始まった。

 リリスの補助を受けるはるかは、日頃あまり使わない筋肉を強制的に伸縮させられて苦い顔を浮かべる。

「いいこと? プリキュアだろうが何だろうが、戦いの世界はシビアなの。生き延びるためには格好なんて気にしてる場合じゃない。なりふり構わず死に物狂いで戦いなさい。そうやって死に物狂いになってこそ、理屈を超越した得体の知れぬ力を生み出すのよ!」

「どこのスポ根ドラマですかそれ!? リリスちゃんははるかに何を期待しているんですか!?」

 はるかに問われ、リリスはやれやれとジェスチャーして言葉の真意を伝える。

「期待なんかしてないわよ。ただね、戦うってことの心構えをわかってもらわないと困るって言ってるのよ」

「はるかだってバカじゃありませんよ。戦うことの意味なんて堕天使との件で嫌というほど理解しました。はるかが非力だったせいで、クラレンスさんがひどい目に遭ったことは事実ですから……」

 誰でもヒーローになれることは励ましではなく警告――リリスの言葉がようやくはるかの中で理解できるようになった。

 ヒーローになること、すなわちプリキュアになることは単なる憧れが昇華した結果ではない。ヒーローは自らを犠牲にして迫りくる脅威から戦わなければならず、その行動には大きな責任が伴ってくる。

 中学生であるはるかが自らの意思で戦いの渦中に飛び込むという決意は、並大抵のことではなかった。

「だったら二度と大切なものを失わないための力が必要ね。誰にも屈することのない強い力……それを手に入れるための努力は惜しまないわよね?」

 リリスの問いかけにはるかは力強くうなずいた。

「もちろんです!! はるかは今よりもっと強くなります!!」

「よく言ったわ。それでこそ私の親友でキュアウィッチよ」

「いや~、それほどでも~♪」

 はるかは頭をポリポリとかいて照れを隠す。その様子を見て満足げにうなずいたリリスは言葉を続ける。

「というわけで」

 言うと、リリスは腕立て伏せをするはるかの背中に腰を下ろし、わざと体重をかけた。

「ぐおおおおおおおお!!」

「もっと厳しくしちゃうわよー♪」

「何でこうなるんですか――!! ていうかリリスちゃん、何ひとりだけ楽しそうなんですか!?」

 明らかに自分を鍛えると言いつつ、先ほどから楽しんでいるようにしか思えないリリスの態度にはるかは疑念を抱いた。

「はるかの戦闘スキルは魔術能力に特化しているわ。その長所を伸ばすのも結構だけど、それ以前に全体的な戦闘スペックとしての基礎体力が無さすぎるから、まずはそこをしっかり固めましょう。土台がぐらついていると、本来持ってる力も十分に出しきれないわ」

 客観的な分析に基づき正論を口にしながら、リリスははるかの体に負荷をかけ続ける。

「ううう……これはまた、背中にききますね…!」

 腕立て伏せすらきちんとできた試しがないはるかには、厳しすぎる重荷だった。

 顔中から汗が吹き出し、表情筋を著しく伸縮させながらはるかは必至でリリスからの重圧を耐え忍ぶ。

「そろそろ来るはずなんだけど……何やってるのかしら?」

「は……ハヒ……!? 誰か、来るんですか……?」

 はるかがやっとのことで言葉を発すると、リリスの待ち人たちがやってきた。

「リリス様、すみません!! 遅れましたー!!」

「はるかさん、差し入れを持ってきましたよー!」

 公園の外から聞き慣れた声がする。

 人間態となったレイとクラレンスが、リリスとはるかに声をかけながら差し入れらしきバスケットを持って現れた。

「クラレンスさん……レイさんも……?」

 

「どうぞ」

「はい! いただきます!!」

 クラレンスから飲み物が入った魔法瓶を受け取るや、はるかは女子であることを忘れ、グイッと一気に飲み干した。

「ぷっはー! 喉が渇いていたので、ビビッと来ますね!! でも何だか不思議な味ですね……このエキセントリックな舌触りは何でしょう?」

 飲んだ後、奇妙な違和感を覚えた。困惑するはるかを見ながら、レイは不敵な笑みを浮かべ言う。

「実はそのドリンク……わたくし特製の滋養強壮剤です。青汁や納豆、そのほか体にいいものをふんだんに使いましたので、すぐに元気になりますよ!」

 事実を知った途端、魔法瓶を手元から滑らせ、はるかは真っ青な顔を浮かべた。

「お、女の子になんてものを飲ませるんですかあなたは!? これじゃバラエティーの罰ゲームと変わりませんって!!」

「文句言わないの。ほら感じない? 体中から湧き上がる力の波動を」

 憤るはるかにリリスが諭すように問いかける。

「あれ? そう言えば何となくですけど、体がぽかぽかしてきたような……」

 レイの特性滋養強壮剤を飲んでから、いつもよりも体温が高くなっていたことをリリスから指摘を受けることで気が付いた。

「このドリンクには滋養強壮を高めるだけでなく、プリキュアとしての潜在能力を高める薬も混ぜてあるの」

「そんな薬があるんですか?」

 リリスの言葉にはるかは首をかしげる。

「ええ。とあるマッドサイエンティスからの試供品よ」

「へぇ……ということは、これを飲んだらはるかはプリキュアとしてさらなるパワーアップができるということですね!!」

 はるかが喜びの声をあげたのも束の間、リリスが投げやりに言う。

「ま、飲んだ後どうなるかは私も知らないんだけど」

「え!? リリスちゃん、今聞いてはならないことを聞いてしまった気がしたんですが……リリスちゃんは飲んでいないんですかこれ?」

 焦って事実確認を行うと、リリスは何の変哲もないお茶を口にしながら悪意に満ちた笑みを浮かべた。

「だって、そんな確実な効果が期待できない胡散臭いもの、飲めるわけないでしょ」

「ひどい!! はるかを実験台にしたんですか――!! 鬼!! 悪魔!! 人でなし!!」

「何とでも言いなさい。私は悪魔……人じゃないもの!!」

 リリスとはるかが戯れる様子を見てクラレンスが、ふふ、と笑いをこぼした。

「改めて思いますが、はるかさんもリリスさんも、本当に仲がよろしいんですね」

「クラレンスさん誤解しないでください!! 私はこの悪魔に利用されているだけなんですよー!!」

 

           *

 

異世界 堕天使総本部

 

 悪魔、洗礼教会と並ぶ三大勢力のひとつ――堕天使。

 その堕天使の一体である女性・ラッセルは煮えくりかえるような怒りを抑えるため、酒を飲んで憂さ晴らしをしていた。

 だが、いくら飲んでも彼女の気は収まらない。それどころか、却って自分を虚仮にしたキュアベリアルへの怒りがふつふつと沸き上がってくる。

「くっ……ヴァンデイン・ベリアルの娘が! この私が味わった屈辱、晴らさでおくべきか」

 髪を掻き乱した彼女は、空になったワイングラスを放り投げた。

「お怒りのところ申し訳ありません」

 そのとき、洗礼教会から追放されはぐれエクソシストとなって堕天使側についた男・コヘレトが現れた。

「コヘレト……私はあんたの神経がわからないわ。こんなに私が怒りを抑えられないでいるのに、どうしてあんたはそんな風にふてぶてしく笑っていられるのかしら?」

 まるで怒り狂う自分を嘲笑するかの如く、コヘレトはふてぶてしいまでに笑っていた。

「これは大変失礼いたしました。ですがこの顔は生まれつきなものでして」

「ふん。私に会いに来たのはわざわざ捻りつぶされるため? それともいじめられたいの?」

 ラッセルは拳をあげてゴキリと鳴らした。

「どちらも望んでいません。ただ、あなたの怒りを鎮める手助けをすることはできます」

「どういうことかしら?」

 コヘレトの言葉に興味が湧いたラッセルは身を乗り出して続きを待つ。

「例の悪魔どもは、どうやらチームを組んだらしく、力を強固なものにしようとしています。そして今、我々の計画を瓦解させた張本人――キュアベリアルとキュアウィッチの二人を野放しにするのは極めて危険かと」

 コヘレトの遠回しな発言にラッセルは苛立ちを覚える。

「私にどうしろと言いたいの? というか、はぐれエクソシスト風情が随分と上から口調なのね……」

 刹那、ラッセルは紅色に光る槍を生み出しコヘレトの喉元へ突き立てた。

 光の槍を突き付けられていながらも、コヘレトは物怖じ一つしないばかりか、相変わらずふてぶてしい笑みを浮かべている。

「端的にいいなさい、コヘレト。私の気が変わらないうちにね……」

「では単刀直入に申しましょう。キュアベリアルの弱みさえ掴むことができれば、悪魔陣営を一気に叩き潰せます。そしてその弱みこそ、彼女の一番近くに居る存在……」

「キュアウィッチ……なるほど、面白そうじゃないの」

 口元をつり上げ、光の槍をコヘレトから放した。

 ラッセルは背中の黒い翼をうんと広げ、下界へ降りるための準備を急ぐ。

「ザッハ様はしばらく動くことはできない。ならば、このラッセルが憎きプリキュアに引導を渡してあげるわ!! おーほほほほほほほほ!!」

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 早朝訓練が終わって、いつもの学校ライフが終わった放課後のこと。

「ハヒ? リリスちゃんのお手伝い……ですか?」

 はるかはリリスの自宅で、珍しくリリスからのお願いを聞いていた。

「今夜契約者からの要請が三件も重なっちゃって。片方はレイに任せればいいとして、もう片方はどうしても手が回らないのよ。だからはるかはそっちの方に回ってくれない?」

 リリスは悪魔の仕事をはるかに手伝って欲しいというお願いを赤裸々に伝えてきた。はるかにとって、リリスが悪魔の仕事に自分を関わらせるということは滅多にしない――というか初めてそのような要求をしてきたことに驚いた。

「リリスちゃんの頼みですから聞かなくもありませんけど……大丈夫なんですか?」

「何がよ?」

「だって、悪魔を召喚するような人なんですよ? なんて言うか……変な人だったら結構身構えるんですけど」

 はるかは頭の中で、悪魔を召喚しそうな人物を想像するが、少なくともどこかしら変な人物――たとえば典型的なヲタク系の人間を想像してみるといい――だという疑念が拭えない。

「大丈夫よ。私が見る限り普通の人ばかりよ」

「悪魔のリリスちゃんが見て普通の人が果たしてどれだけいたんでしょうね……」

 はるかは以前、リリスの仕事について行った際の依頼者を頭の中で思い描いて苦笑する。

「でもまぁせっかくはるかさんを頼ってくれているんですし、やりましょうよ。私も同伴しますから」

 クラレンスも一緒に仕事を手伝うと言ってきた。露骨に顔をしかめていたはるかだが、彼が一緒だということが保障され、たちまちいつもの明るさを取り戻した。

「んー……わかりました!! リリスちゃんからの依頼は、天城はるかと使い魔クラレンスさんに、どーんとお任せください!!」

「良い報せを待っているわよ。あと、もしも契約者の願いが叶えられなかったそのときは……」

「ハ、ハヒ!?」

 リリスが意味深に言葉を止めたせいで、はるかの不安ゲージがどんどん上がっていく。

「ふふふ。どうなるのかしらね」

「怖いですよ!! 絶対イジワルする気まんまんですよね!!」

 リリスはくすくすと笑ってはるかに手を振った。

「じゃ、頑張ってねー」

「吉報を期待していますね!」

 そう言って、リリスとレイは魔法陣を通じてそれぞれが待つ依頼者の元へとジャンプしていった。

 家に残されたはるかは、リリスからの期待に応えなければならないという、ある種の恐怖観念に近い衝動に駆られていた。

「これはプレッシャーを掛けられましたね……」

 クラレンスが主の様子を見て心配していると、はるかはぐっと拳を握って宣言した。

「絶対に失敗は許されません……いくら親友とはいえ、リリスちゃんにイジメられるのだけは不本意ですから!!」

 

           *

 

黒薔薇町 某高層マンション

 

「ここのマンションみたいですね?」

「どうか変な人じゃありませんように……」

 せめて頭の中で思い描くような変態じゃありませんように……切実な思いを込めて、はるかはインターホンを鳴らす。

 ――ピンポーン。

『開いてます、どうぞ』

 スピーカーから聞こえてきたのはハスキーな女性の声。依頼者が女性であることがわかり、はるかの心につっかえていたものが少しなくなった。安堵に包まれた彼女はおもむろに扉を開ける。

「お邪魔しまーす……」

 恐る恐る扉を開けて中を確認する。依頼主の部屋には、おびただしい数の特撮ヒーローグッズが飾られていた。

 靴箱の上、部屋のカーペット、カラーボックスに日用雑貨、目に映るすべてが男の子の好きそうなフュギュアなどで埋め尽くされている。

「依頼主は女性のようですね?」

「みたいですね。ですが……この特撮ヒーローグッズの数々は……」

 と、部屋の雰囲気に戸惑っていたその時だった。

「あ、あの! 悪魔の方ですか!?」

 後ろから依頼主と思われる女性の声が聞こえてきた。

「は、はい。えっと今日はリリスちゃ――リリスさんの代役で……って、え、ええええええ!?」

 振り返るなり、はるかの目に飛び込んできたのは非常に奇抜な格好の依頼主だった。

 全身を覆うオレンジ色のフルーツを彷彿とさせる、顔まで覆い尽くす謎の甲冑――はるかはつい最近どこかで見たことがあるような衝動に駆られながら、顔を隠した依頼主に尋ねる。

「あの……どこのフルーツ鎧武者さんですか!?」

「はるかさん、落ち着いてください。依頼主の方ですよね?」

 すっかり平常心を失ったはるかにクラレンスが冷静になるように伝える。

「はい。ワタシ、スウェーデンから来たヘレンと言います。日本の文化に憧れて来日した留学生なんです」

 目の前の鎧武者、ヘレンの言葉にはるかは得心する。

「ああ……なるほど! わかります、その気持ち……しかし、よくもまぁここまで集めましたね」

「特撮ヒーローにどっぷりハマってしまいました。おかげで万年金欠です。時には食事制限をしてでもグッズ購入に充てています!!」

 部屋中に置かれた彼女の趣味嗜好の数々を見ながら、はるかはクラレンスと顔を見合わせ、苦笑した。

「ね、熱狂的なんですね……あはは。あのとりあえず、その鎧を脱いでくれませんか? 素顔をお伺いしたいので」

 はるかに言われ、そうですね、と鎧武者の仮面がうなずく。

「ちょっと待ってください……あ、あれ? おかしいな、脱げない……」

「あの、ヘレンさん……大丈夫ですか?」

 はるかが心配になって声をかけると、ヘレンは気恥ずかしそうにして、

「すみません悪魔さん……脱げなくなっちゃいました……」

 と素直に告白した。

「はるかさん。これは相当に天然な方ですね」

 クラレンスがはるかに耳打ちすると、はるかは少し引きつった笑みを浮かべて小声で言った。

「リリスちゃんを召喚する人はこんな人ばかりなんでしょうか……」

 

 結局、鎧が脱げないのではるかとクラレンスはこのままの姿でヘレンの話を聞くことになった。

「それでヘレンさん。今回私たちはリリスさんの代行として参りました。ですから、はるかたちにできることでしたら何でもお申し付けください!!」

「本当ですか!? ありがとうございます、実はですね……」

 ヘレンははるかの方へ近づき、彼女の耳元で恥ずかしそうに囁いた。

「恋のお悩み……ですか?」

 はるかが声に出すと、クラレンスが念押しで確認する。

「つまり、好きな男性がいるんですね?」

 顔を赤らめて――仮面で見えないので想像である――ヘレンは答えた。

「はい……奥手で想いを伝えられなくて、相手はとっても素敵な方なんです……」

 オレンジ色の鎧武者が正座でもじもじする様を見ながら、はるかは依頼内容を確認する。

「ということは、はるかとクラレンスさんでその人にヘレンさんのことを好きにさせればいいんでしょうか?」

 ヘレンは仮面をふるふると横に振った。

「できれば悪魔の力とかじゃなく、自分の力で好きになって欲しいんです」

 依頼主ヘレンからの要求は、好きな男性に想いを伝えることであった。

 だがそのために彼女は悪魔の力に頼ることなく、自分の力によって想いを伝えたいと願い出た。

「そうですか……でも困りましたね。どうすれば一番いいのですかね?」

「一番簡単なのは、直接自分の想いを伝えることじゃないですか?」

 クラレンスが直球な回答を出すとヘレンは大きく腕を振って否定した。

「そ、そんなの! いきなりなんて絶対ムリです!!」

 クラレンスの口から出た言葉を聞くなり、ヘレンは狼狽する。

 はるかとクラレンスはどうすればいいのか必死で考え、そしてある一つの解決案をはるかは思いついた。

「でしたら、お手紙を書いて伝えるのはどうですか?」

「手紙、ですか?」

 ヘレンが首をかしげる。

「それはすばらしいお考えですね。口で言えないことでも文面なら想いを伝えられますし、それも一つのコミュニケーション手段だと思います」

「とっても素敵なラブレターを書いて思いの丈をぶつけちゃいましょう!!」

「Love letter……わかりました! やってみます!」

 アドバイスを受けたヘレンは早速、胸の内に抱えた思いの丈を文面で表すことにした……だが。

「『さしたる儀にて、これなきの情。御心安かるべく候(そうろう)……』」

 なぜか硯と筆を用意して、紙に文字を書く始末。しかも言葉づかいも今ではすっかり使われなくなった古語ばかりであり、内容もどこかきな臭かった。

「ヘレンさん。それじゃただの果たし状か怪文書ですって……」

「いいじゃありませんか。大切なのは形ではなく気持ちなんですから」

 クラレンスが和やかな笑みを浮かべて言うが、明らかにおかしな文章にはるかは心配を隠せない。

「その気持ちが正しく伝わるんでしょうか……」

「できました!」

 はるかが懸念する中で、ヘレンの手紙は完成した。

 直後、ヘレンは完成した手紙をはるかの度肝を抜く方法を用いて想い人に伝えようとした。

「ハ、ハヒ!?」

 突然弓矢を持ちこんだと思えば、矢じり付近に書いた手紙を括り付け、ヘレンはこれを持って窓の近くに立った。

「今からこれを射抜きます!!」

 はるかはヘレンの突拍子もない行動に度肝を抜かれた。

「矢文以外の方法は思いつかなかったんですか!?」

 

           ◇

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 あくる日。はるかとクラレンスが止めたにもかかわらず、ヘレンは半ば強引に矢文を想い人へと届け、今日は直接相手と会うことになっていた。

 公園で待ち合わせをしているが、ヘレンは合戦にでも参加する気があるのか幕を張って陣取り、はるかとクラレンスがその側に控える。

「おかあさんあれなに?」

「こら、見ちゃいけません」

 近所の利用者はこの異様な光景を気味悪がり、早々に公園から退散していく。

 はるかは常識から激しく逸脱しているヘレンと、そんな彼女に付き添う自分がつくづく惨めに思えてならなかった。

「ああ……何なんでしょうこれは。どうしてこういうことになってしまったんでしょうか」

 はるかが溜息を吐いていると、その横でクラレンスが誰かが近づいてくるのを見た。

「来たみたいですよ」

「ハ、ハヒ――!?」

 ついにお目当ての相手が現れた。

 三人の前方から現れたのは、ヘレンと同じく全身を西洋風の甲冑で身を包んだ男で、兜にはヘレンの放った矢が突き刺さっていた。

「や! 矢! ヤヤヤヤヤヤヤ!! ヘレンさん、大変ですよ!! 頭に矢が突き刺さっています!!」

 はるかが目を見開いて必死の形相で相手の頭を指さす。

「はい……、いろいろ考えたんですが、ワタシは矢文以外の渡し方を思いつきませんでした」

「もっと考えましょうよ! それはそうと、もうひとつ言わせてほしいことがあります」

 どうしてもこれだけは言いたかった。

 はるかは目の前から歩いてくる甲冑の男の方へ歩み寄ると、彼のアーマー部分について厳しい指摘を行った。

「どこのバナナのアーマードライダーですかあなたは!?」

 右肩から左肩にかけて構成された全体的にバナナを彷彿とさせる独特の形のアーマーに対して、はるかは率直な感想兼ツッコミを入れると――

「ボクはバナナじゃない。バロンだ!」

「それ以上は言っちゃダメですよ!!」

「そんなことよりも……ヘレンだったね? 手紙、読ませてもらったよ。素敵な矢文だった!」

 バナナの騎士から返ってきたのは意外にも好意的な言葉であり、ヘレンは思わず顔を赤らめ――仮面であるが――心臓の鼓動を早くする。

「ボクともあろう者が、隙を突かれて射抜かれるなんて……大した矢文だね」

「そんな……ワタシは夢中で射抜くことしか考えてませんでした、公門(くもん)くん……」

 目の前で繰り広げられる鎧甲冑たちのメロドラマにはるかは頭を抱える。

「何なんでしょう……頭がどうにかなりそうです」

 そんなはるかなどお構いなしに二人は愛をささやき続ける。

「ぼ、ボクで良かったら君とお付き合いしたいな……」

「「えええ!?(なんと!!)」」

 ツッコみどころ満載の状況において、さらなるツッコミ要素が増えた。

「く、公門くん……うれしい!!」

「ヘレン!!」

 はるかとクラレンスが驚愕と感動を抱くその側で、素顔のわからない鎧で身を包んだヘレンと公門の二人は確かな愛を築き、固く抱き合った――ガツンと音を立てて。

「この甲冑、素敵だね!」

「いいえ。公門くんのバナナアーマーも固くてたくましいわ」

 よくわからないが、常人にはなかなか理解しづらい二人の若者が、今この場で結ばれた。

「なんて絵に描いた様な素敵なカップルなんでしょうか、はるかさん」

「そ、そうですね……」

 クラレンスが感動で目を潤ませているが、はるかにはもうわけがわからなくなっていた。

(なんだか色んな意味で気疲れしちゃいましたけど、これで頼まれていた依頼も無事に果たせました)

 

「本当。仲睦ましいことね。もう~、見てるだけで虫唾が走って来ちゃうくらいだわ!」

 突如、空の上から声が聞こえてきた。

 はるかとクラレンスが見上げたとき、堕天使ラッセルとはぐれエクソシストのコヘレトが自分たちを見下ろしている。

「あれは!!」

「黒い翼……堕天使か!?」

 はるかとクラレンスが見上げると、ラッセルはにやりと口を歪ませる。

「若い二人には悪いけど、その魂……利用させてもらうわよ」

 ラッセルは掌に漆黒の波動を作り出すと、ヘレンと公門目掛けて放射する。

 

「御身に宿りし邪悪なる心……今こそ、我の前にさらけだせ!!」

 

「「うわあああああああ!!」」

 波動の直撃を受けた二人は魂が抜けたように力なく倒れた。

 そして、二人の体からは黒ずんだものがガス状になって噴き出してきた。

「出でよ、カオスヘッド!!」

 次の瞬間、ガスの中から重厚な鎧に身を包んで背中に黒い翼を生やした怪物――カオスヘッドが召喚された。

『カオスヘッド!!』

 二人の魂をもとに《鎧カオスヘッド》が誕生し、咆哮をあげた。

「ヘレンさん! 公門さん! 何というひどいことを……」

 クラレンスがヘレンたちの倒れた姿に悔しさをにじませる。

「堕天使も洗礼教会の人たちがやってることと何も変わりませんね!!」

 はるかに洗礼教会と同列に扱われたことに腹を立てたラッセルが激高する。

「お黙り! あんな連中、あんたたち悪魔を倒した暁にでも捻りつぶしてやるわよ」

「く……リリスちゃんの言っていた通り、本当に悪魔と天使、堕天使は三竦み状態なんですね」

「その通り。なんせこの俺も、元々は洗礼教会の神父だったんだぜ。どうだ、驚いただろ?」

 と、コヘレトが言った刹那、青白い雷光がコヘレトを襲った。

「うぎゃあああああ!!」

 何の前触れも無くコヘレトへと落雷が襲い掛かる。

 不思議に思ったはるかだったが、いつの間にかリリスとレイが現れ、臨戦態勢を作っていた。

「はぐれエクソシストの経歴になど、我々は微塵も興味はない」

 雷撃を放った張本人、レイが言い放った。隣にいたリリスは雷に焼かれ悶えるコヘレトの横に見知った顔を見つけると、挑発的な笑みを浮かべて挨拶の言葉を述べる。

「ごきげんよう、堕天使ラッセル。また今日もやられに来たのかしら?」

「バカを言いなさい。前回のような二の舞は演じないわ……カオスヘッド! 奴らを叩きのめすのよ!!」

『カオスヘッド!』

「ザッハ以外の堕天使と会ったことはありませんけど、人の恋路を邪魔するあなたたちは絶対に許せません!」

「いくわよ、はるか!」

 堕天使とカオスヘッドの脅威に立ち向かうべく、二人はそれぞれが持つ変身アイテムを用いてプリキュアの力を覚醒させる。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 ディアブロスプリキュアとして戦うのは今回が二度目。変身を終えた二人は、声高らかに掛け声を行った。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

『カオスヘッド!!』

 鎧カオスヘッドが接近する。二人は敵が繰り出す薙刀(なぎなた)による斬撃を回避し、反撃へ転じる。

「来なさい、レイ!」

「クラレンスさん、来て下さい!」

「「はい!!」」

 レイとクラレンスはそれぞれの主の元へ駆け寄る。

「ロンギヌスチェイーンジ!!」

「今こそ、ひとつになるとき!! 我が主――キュアウィッチに力を!!」

 レイロンギヌスとなったレイはベリアルの手に収まり、クラレンスはキュアウィッチロッドに埋め込まれた宝石【神秘の貴石】へと宿り、ウィッチの力を向上させる。

「はあああああああ」

 ベリアルはレイロンギヌスを豪快に振るい、鎧カオスヘッドの薙刀攻撃に対抗する。

 薙刀による攻撃が防がれると、鎧カオスヘッドは隠し持っている様々な武器の中から弓矢を選択して、エネルギーを矢じりから勢いよく放つ。

「キュアウィッチプロテクション!」

 ベリアルへと向けられた攻撃をウィッチは魔力の防壁で防いだ。

 だが直後、光の剣と聖銃を携えたコヘレトがウィッチ目がけて激しい攻撃を繰り出した。

「敵はカオスヘッドだけじゃないんだぜ!」

「はるか!!」

コヘレトが引き金を引いてありったけの弾丸を撃ち込んだ。

「きゃああああああ」

「はるかっ!!」

 聖銃による攻撃の威力に圧倒されたウィッチは衝撃で飛ばされた。

「いたたた……間一髪躱しましたが、危なかったです」

「はるか! ……よくも、私の親友に手を出したわね!!」

 何物にも代えがたいただひとりの親友に手を上げたコヘレトへの強い怒りが、ベリアルの中で湧き上がった。

 殺気立った彼女はレイをロンギヌス状態からエクスカリバーへと変化させ、持ち手を強く握りしめると、コヘレトへと勢いよく切りかかった。

 金属同士が激しくこすり合うほどの鍔迫り合い。怒りに燃えるベリアルを見ながら、コヘレトはふてぶてしく笑った。

「そうかっかするんじゃねぇよ、ベリアル嬢!」

「お黙りなさい!」

 手に持つ光の剣を押し込み、ベリアルを挑発する。

「大体、お前自身の弱みをこんなわかりやすく側に置いてるから足元すくわれるんだぜ」

「黙れって言ってんのよ!!」

 コヘレトの言葉など聞く耳を持たない。親友を傷つけた仇敵を倒すことだけに集中していると、外野から声が聞こえた。

「よそ見してるんじゃないわよ!!」

 ラッセルからの警告が寄せられた次の瞬間、鎧カオスヘッドがベリアルの背後へ回り込み巨大な薙刀を回転させてから、豪快に振り下ろす。

「しま……」

『カオスヘッド!!』

 ――ドカン!!

 鎧カオスヘッドの振るった薙刀がベリアルに不意打ちという形で直撃し、勢いよく地面へと吹き飛ばされる。

「リリスちゃん!!」

 ウィッチが見ている前で、ベリアルは鎧カオスヘッドからの奇襲を受けた。

 吹き飛ばされたベリアルは、全身がぼろぼろに傷つき、着地もままならず地面に叩きつけられてしまった。

「おーほほほほ!! いい気味だわ、やっぱり悪魔をいたぶるのは快感ね!」

 堕天使にとっては眼福する光景であっても、ウィッチには目に余るものだった。彼女はすぐに傷ついたベリアルの元へ駆け寄った。

「リリスちゃん、しっかりしてください! ごめんなさい、はるかがもっと強ければこんなことには……やっぱりはるかはリリスちゃんの足手まといなんですね」

 寂しそうな目を浮かべ、プリキュアとしてはまだまだ力及ばない自分を卑下するウィッチだったが、

「……私がいつそんな心にもないことを言ったのかしら」

 ベリアルはゆっくりと目を開け――彼女の頬に手を当てた。

「わかってるわ。わかってるのよそれくらい……はるかが私の弱点になり得るってことは、堕天使に指摘されるまでも無く。だけどそれでも、はるかは私と戦うと言ってくれた。私はそれが嬉しかった……本当はね、いつも一人で戦ってることが心細かったの。誰も味方になってくれなくて、警察に追い回されて、その上敵はどんどん増えていく。そんな私の数少ない希望で、支えがはるか……あなただった」

 ベリアルの口から暴露される心の内。ウィッチは意外そうな顔を浮かべながら彼女の話を真摯に聞いた。

「あなたが側に居てくれなかったら、今頃私はどうなっていたのかしら……」

「リリスちゃん……そこまではるかのことを」

 普段の毒舌からは想像もつかないような優しい言葉。何か打算があるのではないかと堕天使なら思うかもしれないが、ウィッチは先ほどの言葉に打算という醜く汚いものは無いと確信した。

 柔らかい笑みを浮かべると、ベリアルはウィッチの肩を借りながら立ち上がる。

「今は弱くてもいいわ。これから強くなりなさい! 私の背中を預けられるくらい!!」

「はい――必ずなります!!」

 ベリアルが完全に立ち上がるのを見て、ラッセルたちが笑う。

「ふん。悪魔と魔女が友情だと? 笑わせてくれるじゃない……」

「ははははは!! やめてくれ、腹がよじれるぜ!!」

 茶番劇をさっさと終わらせようと、ラッセルが命令を下す。

「カオスヘッド、コヘレト! 虚しい幻想を抱く悪魔と魔女に引導を渡してあげるのよ!」

「了解!!」

『カオスヘッド!!』

 とどめを刺そうと、鎧カオスヘッドとコヘレトが二人同時に突撃してくる。

 だが、満身創痍のベリアルとウィッチが彼らの攻撃に身構えた次の瞬間――

 

「ぐああああああ」

『カオスヘッド!!』

 唐突に状況は一変した。

 空の上から太陽を背にして黒い影が降って来て、コヘレトと鎧カオスヘッドを凄まじい力で弾き飛ばした。

「な、何!?」

「一体どうなってるんですか!?」

 ベリアルとウィッチが倒れているコヘレトたちに目を向ける。突然の出来事にわけがわからないでいると、辺りを舞っていた土煙が徐々に晴れていく。

 そして煙の中から見えてきたのは、コウモリの意匠をあしらった紫を基調とする重厚感ある鎧に包まれた仮面の騎士だった。左手には剣が突き刺さった盾を装備している。

「なんだ、てめぇは?」

 コヘレトが敵意を剥き出して睨み付けると、紫の騎士は盾に刺さった剣をおもむろに引き抜いた。

「バスターソード」

「ッ!!」

 コヘレトが本能的に危機感を抱いた瞬間、紫の騎士は地上に鎧と同じ色の魔法陣を出現させた。

「ダークネススラッシュ」

 バスターソードと呼称する剣を掲げ、ゆっくりと一回転させながら剣の先に魔力を増幅――ため込んだエネルギーを一気にコヘレトへと放った。

 

【挿絵表示】

 

「ぐあああああああああああ!!」

 X字に飛んできた紫色の斬撃にコヘレトは容易く吹き飛ばされた。ベリアルとウィッチは凄まじい破壊力を持った騎士の力を前に、呆然自失と化す。

「てめぇ……コノヤロウ!!」

『カオスヘッド!!』

 素性も知らない相手からいきなり攻撃されるという屈辱を味わったコヘレトは、鎧カオスヘッドとともに反撃に乗り出した。

「バスターシールド」

 敵の攻撃を見越して落ち着いた対応を見せた紫の騎士は、左手に持っている盾・バスターシールドに魔力を送り込み、前方へ突き出した。

 すると盾に隠されていた邪眼・イビルアイが露わとなり、その目に見つめられたコヘレトと鎧カオスヘッドは金縛りを受け動けなくなる。

『カオス……ヘッ!!』

「くそぉ……体がうごかねぇ!!」

 あっという間にコヘレトと鎧カオスヘッドを拘束した騎士にはるかは驚嘆の声をあげる。

「す、すごいですね……!」

「ええ……だけど彼は?」

 突如現れたと思えば、紫の騎士は窮地に立たされたベリアルとウィッチを助けてくれた。

 すると騎士は剣を盾に収め、ベリアルとウィッチの方を見ながらとどめの攻撃を促した。

「今のうちだよ。奴らにとどめを刺すんだ」

「あ、はい!」

「よくわからないけど、ありがとう。それじゃ遠慮なくいかせてもらうわ!」

 謎の騎士の助力を受けたベリアルとウィッチは、動けないコヘレトと鎧カオスヘッドに必殺技を炸裂する。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

「プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

 ――ドンッ。

『こんとん~~~♪』

「がああああああ!!」

 二人の必殺技を受けた鎧カオスヘッドは浄化され、捕われたヘレンと公門の魂は解放された。

 そしてコヘレトは動けない状態からもろに二人の必殺技を受けてしまい、衝撃を受け流せず彼方へと飛んで行った。

「おのれ……誰だか知らないけどね、この代償は高くつくから覚悟しときなさい!!」

 予期せぬ邪魔が入ったことでベリアルたちを倒し損ねてしまい、ラッセルは悔しさを抱きながら早々に引き揚げた。

 戦いが終わると、紫の騎士はその場から退散しようと歩き出す。

「待ちなさい」

 すかさずベリアルが紫の騎士を引き止め、声をかけた。

「助けてくれてありがとう。でもどうしても聞かないといけないことがある。あなた、どこの何者なの?」

 すると彼女からの問いかけに、騎士は振り返ってからおもむろに口を開いた。

「オレは【暗黒騎士バスターナイト】。キュアベリアル。そしてキュアウィッチ。君たちとはいずれまた会うことになるよ」

 その言葉を最後に、バスターナイトは足元に紫色の魔法陣を展開し――どこか別の空間へと転移していった。

「バスターナイト……」

「敵なんでしょうか? 味方なんでしょうか?」

 二人は彼が消えていった先をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「悪魔、天使、堕天使……彼らは三大勢力と呼ばれ、お互いが拮抗し合っている」
は「そんな三大勢力のうちの一つ、あのキュアケルビムさんが再びはるかたちの前に現れました!」
ク「しかもよりによって堕天使まで現れて……戦いは混沌してきましたよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『キュアケルビム再来!悪魔・天使・堕天使三つ巴の戦い!!』」


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第2章:新興勢力台頭編
第11話:キュアケルビム再来!悪魔・天使・堕天使三つ巴の戦い!!


3週間近くほったらかしていてすみません。
いよいよ今回から第2章「新興勢力台頭編」をスタートします。
謎の戦士バスターナイトの正体から、リリスの新たなる力、そして彼女を支える謎の研究者の存在と新要素がてんこ盛りとなっております。
それではいよいよ始めたいと思います。


黒薔薇町 悪原家

 

 この日、悪原家では勉強会が開かれていた。

 教鞭を執る のは悪原リリスだ。彼女の言葉に天城はるか、レイ、クラレンスの三人は真摯に耳をかたむける。

「私たち悪魔と堕天使、そして天使を率いる神は――大昔、永久とも言える時間の中で三つ巴の大きな戦争をしていたの。結局、勝利も敗北も無く、すべての勢力が激減しただけで戦いは終結したわ」

 遥かなる太古に繰り広げられた悪魔と天使、堕天使による壮絶な戦いの歴史。

 歴史を通して、今起きている事をもっと深く知る必要があった。

 なぜ――悪魔と天使、堕天使は今もいがみ合い、一触即発の状態のままなのか。すべては歴史が物語っている。

「悪魔は永遠に近い寿命を持つ代わり、出生率が非常に低いの。そのため種そのものが大戦の影響で存続の危機にあるの。大戦後は純血の上級悪魔が連なる【七十二柱】と呼ばれる名門の家系のほとんどが断絶してしまったわ。私の家系――ベリアル家は七十二柱の生き残りなの」

「質問いいですか?」

 講義中、はるかが手を挙げ質問を投げかけた。

「ベリアル家以外の悪魔の方々はどうしちゃったんですか?」

「悪魔界には数こそ少ないけど、ベリアル家以外にも名門と呼べる悪魔族がそれなりに残っていたわ。ところが、十年前の洗礼教会の報復で……その大多数が粛清された。悪魔たちはあの粛清によって多くが命を落とした。私の両親も含めてね」

「ごめんなさい……」

「いいわよ。過ぎ去った事は悔やんでも仕方ないもの」

 ただでさえ数の少ない悪魔族は、十年前に起こった洗礼教会による大規模な粛清によってほとんどが滅ぼされた。

 この事実をうっかり忘れていたはるかは、リリスの気持ちも知らず無神経な質問をしてしまった事を深く反省し項垂れる。

 リリスは親友からの質問に答えると、その後の悪魔たちがどのような道を歩んでいったのかを語り出した。

「粛清から逃れた悪魔たちは故郷を離れ、人間界に身を置くことにした。だけど、その後も洗礼教会は逃げた悪魔を執拗に狙って来たわ。その結果、悪魔たちは地球上に散らばってバラバラにならざるを得なくなった……悪魔たちが種の存続の危機に瀕している一方、堕天使と天使はその後も力を増長させていった。さて、ここからは元神父見習いのクラレンスにも話を聞かせてもらうわね」

「わかりました」

 悪魔側からの話に加え、今度はカーバンクルであり、以前は教会もとい天使側に属していたクラレンスの口より、自分たちの知り得ない天使についての講義をしてもらうことにした。

「では不肖ながら、私がお話いたします」

「任せたわよ」

 リリスに続いて、主のはるかが「お願いしますね!」とエールを送る。レイは同じ使い魔として恥じぬ働きをするようにと期待を込めて「頼んだぞ」と激励した。

「まず、悪魔祓いであるエクソシストたちの必携アイテムが二つあります。一つは『聖水』と呼ばれるものです」

 言いながら、実際に机の上に置いてある透明な瓶にコルクで蓋をした聖水を手に取った。

「聖水は邪悪な存在を滅する力が備わっています。ゆえに、リリスさんはこれに絶対触れないよう注意してください」

「触れるとどうなるんですか?」

 はるかが疑問を投げかけると、クラレンスは一言で答える。

「大変な事になります」

「えっと、〝 大変〟とは……もっと具体的に教えてもらえると……」

「曖昧な言い方が逆に怖いんだが?」

 はるかとレイが露骨に顔色を悪くする。

 そんな折、リリスは紅茶をコースターへ置いてから、嘆息した 。

「聖水は悪魔だけじゃなく、その使い魔にとっても有害なものなの。クラレンス、あなただってれっきとした使い魔なんだから、他人事じゃないわよ」

「ああ……そうでした。すみません、知識不足で。えーと……『聖水』は、その名の通り穢れを祓う特別なものです。科学的にはただの水なのですが、聖水には特別な念が籠っていて、その念の力が邪気を退けるんです。悪魔や使い魔が聖水に触れると、たちまち皮膚はただれ、精神力を著しく消耗します。役に立つかどうかわかりませんけど、製法もあとで教えます。それともう一つは……」

 聖水を置き次に手に取ったのは、ぶ厚い書物であり世界で最も古くから読まれている大ベストセラー……すなわち、

「バイブルですね!」

 と、はるかがどや顔で指摘する。

「はい。『聖書』は物心ついたころから読んでいました。しかし使い魔となった今は、一節でも読むと凄まじい頭痛と吐き気に見舞われて……読むことが叶いません」

 クラレンスが残念そうに肩を落とすと、レイは眉間にしわを寄せて文句を垂れた。

「使い魔が聖書を読もうなどと……なんとおこがましい」

「しかしですねレイさん、ここの一節は大変素晴らしいんです!」

 聖書を熟読しているクラレンスはその素晴らしさを説こうと、自分が使い魔だという事を忘れ聖書を見開き、その文字を目でなぞる。

 その瞬間、脳内に強い電気が走ってクラレンスに強い痛みを与える。

「あああああああああ!! ダメだ、頭痛が……!! 主よ、あなたの言葉を読めなくなってしまった私をお許し……ぐああああああああああ!!」

 使い魔は悪魔と同様に神の加護を受けられず、その象徴ともいうべき祈りや神の言葉は彼らにとって極めて有毒なものである。

 昔から染みついた習慣というものはなかなか直す事はできない。クラレンスはリリスたちが見守る中、一人ひどい頭痛と格闘する。

「本気なのかボケているのか、非常に判断に悩むリアクションですね……」

 悶えるクラレンスの姿を見てレイが溜息を吐く。

「わかったからもうやめなさい。自分で自分を痛めつけるなんて、悪魔や使い魔には理解しがたい行動よ」

「クラレンスさん、そのくらいにしてはるかのお膝元に座りましょうね」

「はい……すみません」

 人間態から本来の姿へと戻ると、クラレンスははるかの膝元へダイブ――優しい主人に頭を撫でてもらう。

「とまぁこんな感じで悪魔や堕天使、天使について粗方の確認はとれたわ。問題はここから……この三大勢力に並ぶかもしれない脅威についてどうするか」

 現代において悪魔陣営の情勢を逼迫しているのは、天使が率いる洗礼教会と堕天使だけとは限らない。むしろ、今の時代の方がより問題は複雑なのだ。

「相変わらず 警察もプリキュア逮捕に躍起になっています」

「はるかまで逮捕しようとするなんて、日本の警察にはちょっと失望しました!」

 リリスたちが生活の拠点としている人間界は、人間世界の治安を守るための組織――すなわち警察組織が整備され、彼らが意図せざる敵として立ち塞がっているのが現状だ。

「現実問題、警察が一番対処に困りますよね」

「そういえば最近……公安警察の捜査官っぽいのがこの辺りをこそこそ嗅ぎまわっているのを見たわね」

「公安警察……ですか?」

 日本の刑事警察や交通警察などの任務が【市民】の安全を守ることに対して、【国家】の治安を守ることを主とするのが公安警察である。

 中でも首都東京を担当する『警視庁公安部』は、警備部の一部門である公安課の所属ながら独立した組織を持ち、総勢二千人以上の公安刑事を擁する巨大組織である。その彼らが国家に危険をもたらす可能性を秘めたプリキュアを監視するのは当然と言えば当然だ。

「リリスさん、どうして公安警察の人間だと思われるのですか?」

 クラレンスからの問いかけに、リリスはおもむろに答える。

「公安警察の捜査官は一般的な刑事と違って、自分の正体を悟られない様に私服で行動している事が多いの。もちろん、私服の人間が必ずしも公安とは限らない。でも、悪魔である私の目は誤魔化せない。悪魔はね、相手の心理状態を遠く離れた場所からでも把握する事に長けているの。言うなれば『心の声』を聞く術を持っている。だから、近くにその手の人間がいれば私の頭の中に直接その声が聞こえてくるってわけ」

「なるほど。それは確かに便利なものではありますね」と、思わずはるかは関心を寄せる中、リリスは眉間の皺を寄せながら懸念を口にする。

「彼らに目をつけられたらこの先おしまいよ……そんな状況に加えて、もしも洗礼教会や堕天使がこの町にいっぺんに攻めて来たら、どうなると思う?」

 聞いた瞬間に、うっ、とはるかたちはこぞって苦い顔となった。

「正直……想像したくありませんね」

「ダブルパンチと思わせてのトリプルパンチ……キツイですね」

「そしてもう一つ……あのバスターナイトとかいう謎の戦士」

 以前の堕天使との戦いで突如現れ、リリスたちに味方した暗黒騎士バスターナイト。その素性は未だ掴めていない。

「あれは何者だったんでしょうか? 前回、我々の窮地を救ってくれましたが」

 レイが疑問すると、はるかは身を乗り出して答える。

「たぶん味方ですよ! 絶対そうですって!!」

 と、案の定そう言った親友の言葉にリリスは溜息を漏らさずにはいられなかった。

「はるかね……あなたには深慮というものが欠けているわ。誰彼かまわず相手を信じるのは危険よ。信じたら最後、ひどい裏切りがあるかもしれないじゃない」

「そ、そんなこと……リリスちゃん考え過ぎですって!」

「しかしリリス様の仰るとおり、バスターナイトは悪魔か堕天使か、あるいは天使なのかさえ不確定な存在。軽々しく我々の味方と信じるのも些か性急 かと」

 リリスのみならずレイにまでたしなめられて、はるかは思わず反論する。

「レイさんまで……私たちは彼に救われたんですよね? 人助けをする人に悪い人はいません!!」

「わからないわよ。悪魔はその辺も含めて打算で動くわ。直感だけで人を信じるはるかのその浅はかさは戦いでは一番危険なのよ」

「リリスちゃんがシビアすぎるんです! 全然プリキュアっぽくありませんよ!!」

 はるかは必死に訴えるが、リリスはふんと鼻を鳴らして、

「悪かったわね。私は初期設定の段階から歴代プリキュアたちとは違うの!」

「いきなり初期設定って何の話ですか!?」

「ちびっ子にメタフィクションを理解させるのは無理があると思いますが……」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 三大勢力の中でもとりわけ人間の立場に立っているのが天使側、すなわち洗礼教会だ。

 独善的なその方針からリリスたちから蛇蝎の如く嫌われている彼らだが、方針内容にブレはなく、今日も悪魔殲滅と、本格的に活動を始めた堕天使への対策を協議していた。

「事態は火急である」

 杖をつき、ホセアは厳しい表情で眼前の三大幹部たちへ呼びかける。

「よもや悪魔だけでなく堕天使までもが精力的に現世でこそこそ動き回っておる。しかも、元は我らと同じ人の道を志したエクソシスト……コヘレトが堕天使側に付いた」

「あいつ……一体何を考えているんだ?」

「昔から俺たちとはどこか違うって気はしていたが、よりにもよって堕天使に魂を売っちまうとはな」

 その昔、洗礼教会は《四大幹部》と呼ばれる強力なメンバーで構成されていた。

 はぐれエクソシストとなったコヘレトはかつての四大幹部の一人であり、いつの頃からか彼は洗礼教会の方針に背き始めるようになり、自らの意思で教会を退いた。

 かつての同志を討つことに何ら躊躇いはない。だがどうして彼が教会を裏切ってしまったのかはその真意はわからない。

 コヘレトについて考えていたその時――洗礼教会と結託している純潔の天使プリキュアの少女、テミス・フローレンスが魔法陣より出現した。

「キュアケルビム、ただいま戻りました」

「ご苦労。して、どうかな?」

 ホセアがテミスことキュアケルビムを労う。とある調査を彼女に任せており、その結果はというと、

「ホセア様の仰るとおりです」

「やはりか……」

「何がやはりなのですか?」

 気になってエレミアが尋ねたところ、ホセアは重い表情で語り始めた。

「ここ数か月、地球上に散り散りになった悪魔どもの制圧へ派遣した我が教会の同志たちから連絡が途絶えているのが気がかりでな……ケルビムに調査してもらっていた」

「こそこそ動き回っているのは堕天使だけじゃなさそうですよ」

 ケルビムは懐から一枚の写真を取り出し、幹部たちへ投げつけた。

「なんだこれは!?」

「見たことのない奴だ……」

 幹部たちが目の当たりにしたのは全身を紫紺の鎧で覆い尽くした仮面の騎士こと暗黒騎士バスターナイトの姿だった。その手には強力な力を秘めた【暗黒魔剣バスターソード】と【暗黒魔盾バスターシールド】を装備している。

「前回、黒薔薇町のディアブロスプリキュアと堕天使との戦いで突如現れた。そして、その騎士は各地であなたたちの同胞を根絶やしにしている……悪魔を守るために」

「悪魔を守るだと!?」

「では、こいつが一連の事件の……悪魔の協力者だという事か!」

「恐らくはな。魔王ヴァンデインの娘に接触を図った事に鑑みる と……いずれにせよ、そやつが我らの崇高なる目的の障害となる事は必至。洗礼教会は悪魔と堕天使、そしてその騎士を早急に対処せねばならぬ」

 今一度杖を床につくと、ホセアは十字架に磔にされた主を描いたステンドグラスをバックに、声高らかに宣言する。

「我ら洗礼教会――すべては人類の平穏と恒久の栄華の為に!!」

「「「「その身を主と大天使ミカエルに捧げん!!」」」」

 ホセアの言葉を合図に、三大幹部とケルビムは姿勢を正し、天井に手を伸ばし続けて宣言した。

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 体育館

 

「はっ!!」

 午前最後の授業は体育だ。二年C組の女子たちはフェンシングの試合で青春の汗を流していた。

「やぁ!!」

 とりわけ、この場で目立っているのはリリスだった。元々運動能力が高く、プリキュアとして戦っている彼女は訓練の一環としてこのフェンシングに最も力を注いでおり、彼女の圧倒的気迫と腕を前にクラスメイトたちは形無し――ついには、リリスは全戦全勝という栄誉 を得たのだ。

 すべての試合に勝利した彼女に、周りから大きな拍手が起こった。

「やっぱり悪原さんってすごーい!!」

「勉強もスポーツも何でもできるもんねー!!」

「おまけに美人だし、非の打ちどころがないってあの子の事だよね!!」

「でもどうしてなのかな、クラスの子とはほとんど付き合いないって感じだし……」

「はるかちゃんだけだもんねー、よく一緒にいるのって」

 クラスメイトたちは普段からどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出し、何かにつけてドライな態度が多いリリスが、対極に位置しているといっても過言ではないはるかとなぜ行動を共にしているのか――どう考えても理由がわからなかった。

 周りの女子たちの疑問を耳にしたはるかは、クスクスと笑ってからそのワケを教えた。

「リリスちゃんは何も好きでクールビューティーでいるわけじゃないんですよ。要するに照れ屋なんですよ♪」

 彼女がそう言った瞬間、遠目から見ていたリリスは思わず体勢を崩した。

「あ、そっか! そうだよね! 私たちのこと嫌いってわけじゃないもんね!!」

「はるかちゃんは悪原さんとは付き合い長いんだよね? ねぇ、ぶっちゃけ本当はどんな感じの子なの?」

 クラスメイトたちから質問を受けると、はるかが胸を張って答えた。

「おっほん! いいですか、リリスちゃんはなんとですね……」

「はーるーか♪」

 言いかけたときだった。後ろからいつになく笑顔のリリスが背後から急に話しかけてきた。

「ちょ――っと、いいかしら♪」

「は、はい……」

 こうなった以上はるかには嫌な予感しかしないのだ。

 体育館の外まで連れ出されたと思えば、リリスは唐突に彼女の頭部に拳骨を落としたのだ。

「あいた!」

 ポカーンという軽い音ではなく、ゴーンというかなり本気の力で殴られた。

「いきなり何するんですか!!」

「それはこっちの台詞よ! あの流れからだったら確実に〝実はリリスちゃんは悪魔なんです!!〟……とか言いそうだったじゃない!!」

 リリスが目をつり上げて怒りをあらわにすると、はるかは首をブンブンと振って否定した。

「ち、違いますよ! 言うわけないじゃないですか……!」

「じゃあなんて言おうとしたのよ?」

 訝しげな様子でリリスが尋ねると、

「それはもちろん……〝リリスちゃんは極度のツンデレなんです!! 〟……に決まってるじゃないですか」

「もっとタチが悪いじゃないそれじゃ!!」

 堪らず、リリスははるかの体を床に伏せさせ、彼女に逆エビ固めをきめた。

「うぎゃああああああ!! たたたたた、タンマです!!」

「これも修行の一環だと思いなさい!」

「こんなの修行でも何でもありませんよ! 八つ当たりっていうんですよ!!」

 はるかが地面をバンバン叩いて降参の意思表示をしていると、気づけば辺りには人だかりができていた。

「あ、あの……悪原さん?」

「何やってるの、そんなところで」

 騒ぎを聞きつけた他の生徒たち、そして体育教師までもが不思議そうな目で、優等生のリリスがはるかにプロレス技を叩き込んでいるという光景を目の当たりにする。

 途端、リリスはあまりの恥ずかしさに一瞬硬直――頭の中が真っ白になった。

「え!! あ、いやこれは……えーと……はるかがあまりに体が硬いものだから、ちょっと補助を!!」

「そ、そうなんだ……」

 かなり無理があるように思えたが、周りはどうにかして納得してくれた。

「へたなウソつくのはよくありませんよ……!」

「ウソの一つもできないはるかに言われたくないわよ!」

 このとき、学校の外では双眼鏡越しにある人物が彼女たちの動きを監視していた。

 警視庁公安部の刑事ではない――堕天使側に付いた元洗礼教会四大幹部の一人、はぐれエクソシストのコヘレトだ。

「ふふふ……ただ悪魔を潰すだけじゃ面白くないんでな。付き合ってもらおうか、ちょっとしたゲームによ」

 

 キーンコーンカーンコーン……。

 午前の授業が終わり、お昼休みとなった。

 リリスが弁当箱を取り出して、いつものようにはるかと席を立とうとした矢先、クラスの女子たちが黄色い声をあげていた。

「ねーねー、知ってる? 最近、黒薔薇第一中学校にチョーカッコいい男の子が転校してきたんだって!」

「聞いた聞いた! イタリアから来た王子様みたい人なんだよねー!」

「うわー、あたしも会ってみたいなー。ねーねー、放課後みんなで行ってみようよ!」

 女子たちは数日前、シュヴァルツ学園とは異なる校区にある男子中学校に転校してきたとある男子生徒の話題で持ちきりだった。しかし、リリスはこの手の話にはほとんど興味がなかった。基本的にスペック が高い彼女からすれば、同い年の男子中学生など、言葉は悪いがサル程度にしか見ていない。

 だから、さしたる関心も寄せず教室を出ようとした――次の言葉が聞こえるまでは。

「そのイケメンって、名前なんて言うのかな?」

「たしか……サクヤくんって、言うみたいだよ。私の友達が仕入れた情報じゃ」

(サクヤ……)

 脳裏をよぎるその名前。かつて、悪魔界が洗礼教会による襲撃を受ける前の平和な頃に毎日のように聞いていた。悪原リリスにとって「サクヤ」とは懐古の情を思い出させるものであり、同時に寂寥を思い起させるものだった。

「リリスちゃん、どうかしましたか? 浮かない顔してますよ?」

 彼女の様子をうかがっていたはるかが怪訝そうに声をかける。リリスは我に返り「なんでもないわ」といつものように口にすると、教室を後にした。

 

 リリスとはるかは弁当箱を持って、校内を移動していた。

「お昼ごはんどこで食べましょうか……」

「そうね……」

 と、そんなとき――通りかかった音楽室の方から聞こえてくるバイオリンの音色にリリスは足を止めた。

「リリスちゃん?」

 怪訝そうなはるかを余所に、リリスが音楽室を覗きこむと、音楽部所属の生徒と思われる女子生徒がレクイエムを優美に奏でていた。

(この曲は……)

 その音色は再びリリスの幼少期の記憶を呼び覚ました。

 鮮明に蘇る平和だったころの悪魔界。今よりもずっとあどけなく快活だった少女こと、リリスは自分と同い年である子どもが奏でるバイオリンを聞くのが好きだった。

 レクイエムは哀しい曲のはずだが、なぜかリリスにはどの曲よりも心が落ち着くものだった。

 いや、正確には幼馴染みが弾くその曲だけが彼女の心を鷲掴みにしたのである。

「リリスちゃん、どうしたんですか?」

 思わず感慨に耽っていると、はるかから呼びかけられた。

「え……ああ、ごめんなさい。ボーっとしてたわ」

「あの鎮魂歌がそんなに気に入ったんですか?」

「気に入ってる……ていうのはあながち間違いじゃないけど、ちょっと違うのかな」

 リリスが少し寂しげな表情を浮かべて言うと、はるかは首をかしげる。

「え?」

「気にしなくていいわ。ただの独り言だと思ってちょうだい」

 はぁ……、とはるかは言葉を漏らす。

 結局、特に深い意味は無かったのだと決めつけ、音楽室の前を通り過ぎた。

 

 その後、二人は中庭に出て昼食を食べることにした。

「お天気もいい事ですし、お外でランチタイムです!」

 元気溌剌にはるかが弁当箱を開けると、色鮮やかな料理が所狭しと並んだ豪勢な弁当が姿を現した。

「はるか。今日のは随分と豪勢じゃないの?」

「ふふふ。聞いてくださいよ、これ全部クラレンスさんの手作りなんですよ♪」

 言うと、はるかは満面の笑みで弁当箱を見せびらかす。

「そう言えばずっと前から気になってたけど、クラレンスとは同棲してるのよね? おばさまとおじさまはなんて言ってるの?」

「ああ、その辺は大丈夫ですよ。ちょっとプリキュアの力を使いましてね……」

 かいつまんで言うと、はるかはクラレンスとの同棲生活について両親から承諾を得るため、プリキュアの力を私的に使い、両親の記憶を操作したのである。

「へぇ……私のこと悪魔だって言う割には、あなたも随分と悪魔に感化されてきたわね」

 話を聞くや、口角をつり上げリリスは悪魔染みた笑みを浮かべた。はるかは焦った様子で「ち、ちがいますよ!!」と言ってしどろもどろする。

「いいい、言っときますけど……!! はるかには邪な気持ちなんてこれっぽっちもありませんから!!」

「無理しなくていいわよ。人間、聖人君子になる必要はないわ。悪意の無い人間なんて一人もいないんだから」

 と、リリスが言うと、

「その通りよ」

 と、不意に同意の声が聞こえてきた。

 直後、学校全体に結界が展開される。

 リリスとはるかがその場から立ち上がった直後、キュアケルビムと洗礼教会の三大幹部エレミア、モーセ、サムエルが中空に浮かんだ状態で姿を現した。

「あなたは!!」

「いつぞやのプリキュア天使……それに洗礼教会!」

 二人は空を見上げて、キュアケルビムに身構える。

「私の事を覚えていてくれたかしら、悪原リリス。いえ、キュアベリアル」

「キュアケルビム……だったかしら? やはり洗礼教会とグルだったのね」

 リリスが洗礼教会との関係を指摘すると、キュアケルビムの後ろに侍っていた幹部たちが口を開いた。

「彼女は元々我々の協力者だ。お前たち悪魔がいつどこで何をしているのかをずっと監視していた」

「監視って……!? 人のプライベートを覗いていたというのですか! ひどいですよ! そんなの、人権侵害です!」

 はるかがぷんぷんと怒りをみせる。

「ふん……悪魔に与するような輩に人権などありはしない」

「私怨はない。だが、平和のためには消すも止む無し」

「さぁ勝負よ、キュアベリアル! 変身して私と闘いなさい」

 既に洗礼教会側は戦闘準備を整え、いつでも戦える姿勢を作っている。

 昼食を食べる暇も与えずこの場に現れた敵の策略を卑怯とも思いつつ、リリスはこうも評価する。

「エネルギーが枯渇した昼食時を狙うとは、卑怯でもあるしなかなか強かで計算高いじゃないの」

「リリスちゃん、こんな馬鹿げたことに付き合うのは良くありません。この方々にはさっさとご退場してもらいましょう!」

 憩いの時間を奪った彼らをどうにかこの学校から退散させるため、リリスとはるかはプリキュアの力を発動させた。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 二人の共通の変身アイテムは指輪である。

 超人的な力を秘めたプリキュアに変身する際、少女たちは指輪に力を込め、特定の言葉を口上する事で自らを伝説の戦士プリキュアへと変貌させるのだ。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

 今はまだ昼間だが、天空に満月が浮かんでいるものとし、少女たちはそれを背に中空へ舞い上がり、地面へと着地し口上した。

「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

【挿絵表示】

 

 

 キュアケルビムは決めポーズを見届けると、ベリアル目がけて宙を蹴った。

「いくわよ!!」

 私立シュヴァルツ学園を舞台に、悪魔と天使の二大勢力がぶつかり合う。

「「はあああああああ!!」」

 キュアケルビムとキュアベリアル、二人の因縁がぶつかり合う傍ら、ウィッチは洗礼教会の三大幹部を一人で相手にしていた。

 しかし、プリキュアになって日の浅いウィッチにとって、実力の高い三大幹部をたった一人で相手にするには、分が悪いのは明白であった。

「ははははは!! どうした小娘!! その程度か、貴様の力は!!」

「女の子を三人がかりで襲うなんて……あなた方には紳士としての誇りはないんですか!!」

 ウィッチはなんとか三人の攻撃をいなすが、

「ほざけ!!」

「きゃあ!!」

 本来ならこの時間はランチタイム。ウィッチは弁当も食べられず、本来持っている力を十分に発揮できずにいた。

「やっぱりお昼ご飯も食べずに闘うなんて……無謀ですよ!! 力が全然入りません!!」

 ウィッチが圧倒されて地面に吹き飛ばされる。

「はるか!!」

「よそ見しないでよ!」

 ウィッチの窮地を知ったベリアルが彼女の元へ行こうとすれば、ケルビムが全力で止める。

 そうこうしている内に、三大幹部たちが地に倒れ伏すウィッチの元へ降り立った。

「ふふふ。あっけないものだな」

「人間を滅ぼすのは我々の活動方針から逸脱しているのだが、この場合は止むを得まい」

「消えよ、悪に染まりし邪悪な魂!!」

 彼らは首元の十字架を掲げ、文字通り邪悪な力を光によって洗礼しようとする。

 だが次の瞬間、どこからか飛んできた銀色の銃弾が十字架を弾いた。

「なに!?」

「ゲームはまだまだこれからだろうぜ!!」

 そう言って来たのは、銀色の銃と光の剣を装備したはぐれエクソシスト、コヘレトだった。傍らには今の主である堕天使のラッセルがいた。

「コレヘト……!」

「バカな!? どうして堕天使が……結界を破ったというのか!?」

 洗礼教会の面々が疑問を抱くと、コヘレトが即座に解消した。

「俺は元々教会側の人間だ。てめーらの結界ぐらい破れないはずねぇだろうが」

 卑しく笑うコヘレトのそばで、ラッセルが不敵な笑みを浮かべる。

「ふふふ。飛んで火にいる夏の虫とは彼らのことよね。憎き悪魔と邪魔な教会連中……あんたたちがいがみ合って潰し合ってくれるなら好都合だわ」

 堕天使勢が割り込み、さらに戦闘が激化してきたところで、校舎からざわざわと声が上がり始めた。

「おい、なんだあれは!?」

「変な格好したのが空を飛んでる!」

 結界が破壊された事で、学校内にいた生徒たちがこぞって窓側に集まり戦闘に注目する。ケルビムはこの状況を極めて危険と判断した。

「いけない!! 一般人の目に我々の存在が……」

「ちょうどいいわ。この好機を利用させてもらうわ」

 口角をつり上げたラッセルは、漆黒の波動を作り出し、口上する。

「御身に宿りし邪悪なる心……今こそ、我の前にさらけだせ!!」

「「「うわあああああ!!」」」

「出でよ、カオスヘッド!!」

 学校の生徒たちを素体に、彼らの中に眠る邪心から忠実なる下僕――カオスヘッドを大量に生み出した。

『『『カオスヘッド!!』』』

「生徒たち をカオスヘッドにするなんて……!」

「堕天使ラッセル、貴様!!」

 ケルビムは無関係な生徒たちを巻き込んだことに怒りを湧かせる。打倒悪魔の邪魔が入ったことで、洗礼教会も怒りをあらわにした。

「ではははははは!! それではみなさーん、パーティーの始まりですよ!!」

 品の無い笑いとともにコヘレトは銀の銃を空へと発砲した。

 その瞬間、生み出されたカオスヘッドたちがディアブロスプリキュアと洗礼教会に攻撃を開始する。

「お行きなさい!! 悪魔も天使も、すべて叩き潰しなさい!!」

『『『カオスヘッド!!』』』

 シャープペンシルや三角定規、その他学校生活で使われる物を模ったカオスヘッドたちが一斉に攻撃を仕掛ける。

 予期せぬ堕天使の乱入によって悪魔と天使側の均衡が崩れ、いがみ合っている場合ではなくなった。

「こんなことってあるんですか!?」

 学友たちをも巻き込んだ混沌とした状況にウィッチが言葉を漏らす。

「ちょっとあんた、こんな状況でも私と闘えって言うつもり?」

「ちっ……こんなはずじゃなかったのに」

 想定外の状況にケルビムは舌打ちする。

 

「オラオラオラオラ!!」

「ぐああああ」

 洗礼教会を裏切り堕天使に寝返ったコヘレトはかつての同志、エレミアに連続攻撃を浴びせる。激しい銀の銃弾による攻撃を受けたエレミアは地面に激しく叩きつけられた。

「エレミア!!」

「大丈夫かよ!?」

 モーセとサムエルはエレミアの安否を気遣い、中空に浮かぶ悪意に満ちた笑みのコヘレトを睨み付ける。

「コレヘト!! かつての同志に手をかけるというのか!?」

「同志だぁ? 残念ながら俺はおまえらを同志と思った事は一度もねぇな! 何が人の世の繁栄と恒久の平和だ……かび臭いんだよ、お前らのその教えは!! 人間もっと欲望に忠実に生きてこそだろ! だから俺は教会を見限って堕天使に付いたんだ! 堕天使と一緒にいるほうがスリリングでおもしれ―からな!!」

「き……貴様っ!!」

「こうなれば、もう容赦はしない!」

 自らの欲望のためだけに教会を裏切り、ただの愉快犯へとなり下がったコヘレトに、三大幹部もこれ以上彼の思い通りにさせるわけにはいかないと、数で劣る状況を同じく数で対抗しようとした。

「「「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」」」

 校舎にあるもの――サッカーゴールや教師たちの車、転がったボールなどを素体に幹部たちはピースフルを生み出した。

『『『ピースフル!!』』』

「今度はピースフルまで生まれてしまいましたよ!」

「ああもう!! 次から次へと!!」

 タイミングが悪かったのか、それとも運が悪かったのか。

 ベリアルとウィッチは日常生活を脅かす迷惑な敵が立て続けに増える現状に頭を抱える。

「はあああ!」

「はははは!」

 混沌とする戦局。堕天使のラッセルとケルビムは光の槍を用いた激しい攻防戦に突入していた。

「ふ~ん、あんたがキュアケルビム。あんたを倒してもいいけど、私と協力してあの小生意気な悪魔を二人で一緒に倒さない?」

「キュアベリアルを倒すのは私よ。その邪魔をするなら、誰であろうと容赦しないわ」

「おーほほほほ! 天使の口から出る言葉とは思えないわね。まるっきり悪魔じゃない」

 共闘を持ち掛けたラッセルの言葉をはねつけ、ケルビムはラッセルを相手にその後も衝突を繰り返す。

 火花を散らし実力も拮抗する両者の傍らで、ディアブロスプリキュアは出現したカオスヘッドの対処に追われていた。

「ベリアルスラッシャー!」

「キュアウィッチロッド! ファイアーマジック!!」

 悪魔の翼から放たれる紅色に輝く無数の手裏剣と、魔法の杖から放出される膨大なエネルギーが炎と化し、カオスヘッドたちをなぎ倒す……はずだった。

『『『カオスヘッド!!』』』

「「きゃあ!!」」

 しかし多勢に無勢……おまけにエネルギー補充もままならない状態での戦闘は、ベリアルたちの体力を急激なまでに消耗させていき、結果として押され気味だ。

「もう……!! 何なんですかねこれは!? 誰が敵で味方なのかさっぱりわかりません!!」

「少なくとも悪魔に味方している者はここにはいないわよ。でも困ったわね……これじゃ本当にキリがない」

 グウ~~~~……

 不意にウィッチの下腹部からそんな情けない音が鳴り響いた。ウィッチの体力は既に限界を迎え、その場に這いつくばった。

「ああ……もう充電が切れて、力が……」

「ちょっと萎れないでよ!! ここで倒れたら、学校がメチャクチャにされるのよ!! 捕われた生徒たちも助けないといけないし、かといってキュアケルビムに期待をかけることもできない……私たちがやらなかったら誰がこの学校を守るのよ!!」

「は!!」

 ベリアルの呼びかけが、ウィッチの正義の心を呼び覚ました。

 自分たちがやらなければ、この学校は独善的な二つの勢力の好き放題にされてしまうのだ。

「そうですね……リリスちゃんの言う通りですね」

 ウィッチはベリアルの言葉がきっかけで、失いかけた戦意を取り戻し、ゆっくりと上体を起こす。

「私たちがやらなかったら、この学校の平和は誰が守るんでしょうね!! お腹が空いてるからってへこたれてる暇なんてありませんよね!!」

『『『カオスヘッド!!』』』

『『『ピースフル!!』』』

「とは言いましたけど……レイさんもクラレンスさんもいないのに、この状況を打破するのはちょっと……」

 

 だがそのとき、遥か上空から猛スピードで何かが落下してきたのが見えた。

 三大勢力がこぞって頭上を見上げれば、紫紺の鎧と仮面、盾付の剣を装備した謎の戦士――暗黒騎士バスターナイトが現れた。

「あれは!?」

 ベリアルが驚愕する中、バスターナイトは盾からバスターソードを取り出し、いがみあう洗礼教会と堕天使を剣の衝撃波で吹き飛ばした。

「ぐっが!」

「「「だああああ!!」」」

「一体なんなの!?」

 コヘレトと洗礼教会の幹部たちはもろに衝撃を食らって弾き飛ばされ、ラッセルは腕で衝撃から身を守るようにして突如現れた新たな敵を睨みつける。

 混沌とした戦場に降臨せし暗黒騎士。大地へと降り立った彼は、ベリアルとウィッチを庇うように前に立ち、やがて彼女たちの方へと振り返る。

「オレが手伝おう」

「バスターナイト!!」

「ほら見てください!! やっぱり私たちの味方だったじゃないですか!!」

 目を見張るベリアルの横でウィッチが歓喜の声を上げた。

「奴は……報告にあった例の騎士……!」

「やはり悪魔に与する者だったか」

「ならば!!」

 第一級殲滅対象としてリストに上がっていた敵が現れたことで、洗礼教会の三大幹部は標的をコヘレトからバスターナイトへ変更――三人がかりで一斉に向かって行った。

 だがその瞬間、バスターナイトはバスターソードを構えると、ダークネススラッシュを繰り出して、三人の幹部たちを容易く退けた。

「「「あひゃあああああああ!!」」」

 ダークネススラッシュの威力は凄まじかった。三大幹部たちは空の彼方へと飛んで行き、やがて星のように光り輝いた。

「す……すっご~~~いです!! 一撃でしたね!! 一撃でしたね!!」

 ぴょんぴょん跳ねるウィッチの傍らで、ベリアルが疑問を投げかける。

「あなた……どうして?」

「君を不幸にする悪因をオレは許せないんだ。さぁ、今のうちに。ちょうど応援も到着した」

 するとそのとき、戦闘が始まってから十五分遅れでレイとクラレンスが現地入りを果たす。

「リリス様!!」

「レイ!! あんた、遅すぎるわよ!!」

「遅れて申し訳ありません!!」

「クラレンスさん、来てくれましたね!!」

 それぞれの使い魔が主と合流すると、即座に彼女たちのサポートへと回った。

「キュアベリアル・グラーフゲシュタルト!!」

「カリバーチェイーンジ!!」

「今こそ、ひとつになるとき!! 我が主――キュアウィッチに力を!!」

 バスターナイト、そして使い魔が味方になってくれれば百人力。ベリアルとウィッチは一気に勝負を片付けようとした。

「おらああああああ!!」

 ベリアルたちが今持ちうる最強の力でこの状況を打開しようとする中、バスターナイトはコヘレトと激しい剣戟戦を繰り広げる。

「テメェコノヤロウ……この前はよくも!!」

「そのまま押さえておきなさい、コヘレト! そいつは私が……」

 バスターナイトに恨みを抱くのはコヘレトだけではない。ラッセルが高所から光の槍を構え、バスターナイトの心臓を一突きしようとした――その瞬間、ケルビムが視界を遮り強烈な蹴りをお見舞いする。

「きゃああああああ!」

「よそ見は禁物よ」

 ケルビムがラッセルにクリーンヒットを喰らわせた直後、バスターナイトはコヘレトの剣の応酬に見切りをつけ、大きく距離を取る。

「お前と遊んでいる暇はない」

 そう言うと、左手に装備した暗黒魔盾バスターシールドの目を開眼させて、そこから闇の波動を直射上に放出した。

 

「シュヴァルツ・エントリオール」

 

「う……うぎゃああああああああああ!!」

 邪悪な者を浄化する正しき闇の力を正面から浴びたコヘレトは、大ダメージを受けた末、エレミアたち同様彼方へと飛んで行った。

「プリキュア・ポーラルリヒト!!」

「うああああああああああ!!」

 ケルビムが神々しく輝く白き光のシャワーを放つ。その光は堕天使という神の加護を受けられない存在に極めて有効に働き、ラッセルの黒く染まった翼を焼き焦がした。

 

「プリキュア・スカーレッドインフェルノ!!」

「プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

 ――ドンっ!! ドドン!!

 炎を纏った真紅の刀身と杖から繰り出される虹色の波動が、それぞれの陣営の下僕を焼き払い、浄化する。

『『『へいわしゅぎ……』』』

『『『こんとん~~~♪』』』

 バスターナイトの助けとケルビムがラッセルを押さえ込んでいた事で、ディアブロスプリキュアは余計な邪魔立てをされる事無く、ピースフルとカオスヘッドを殲滅――素体にされた学校の生徒たちを救出し、破壊されたものはすべて元通りに復元した。

「キュアベリアル、今日はとんだ邪魔者が入ったけど……今度こそはあなたと決着をつけさせてもらうわ」

 ケルビムはベリアルにそう言い残し、背中の翼を広げ飛び去った。

 人間界での三大勢力による本格的な衝突は今回が初めてだった。ベリアルたちは窮地に立たされながらもこれを退けることができたことに安堵する。

 戦いが終わると、バスターナイトは何も言わず静かにその場を立ち去ろうとしていた。

「あ、あの……!」

 そんな彼をウィッチは呼び止め、律儀にもお礼を言う。

「今日は本当にありがとうございました! やっぱり、バスターナイトさんは私たちの味方だったんですね!!」

「少し違うかな」

 そう言うと、バスターナイトは振り返り、ベリアルの方を見る。

「オレが味方しているのは、キュアベリアル――君だ」

「私、ですって?」

「は!! き、貴様まさか……!! リリス様に言い寄る新手のストーカーか!?」

 レイがムキになるとバスターナイトが仮面の内で笑い、

「はははは。そんなんじゃない。ただ……オレは昔から君の事を知っている、とでも言っておこうか」

 何やら意味深長な言葉を残して、バスターナイトは魔法陣とともに彼女たちの前から忽然と姿を消して行ってしまった。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

「何だか意味深な言葉でしたよね。しかし奴がストーカーという可能性も捨てきれません!! ここは、警戒を強化すべきかと!!」

 帰宅後、バスターナイトの去り際のセリフを思い出し、レイは調理場で夕飯の支度をしながら鼻息を荒げていた。

「そうね……」

「にしてもバスターナイトとは何者なのでしょうか? 私の記憶が正しければ、リリス様が幼少の頃、亡き魔王様に読んでもらったという『暗黒卿と紫紺の騎士』という物語に登場する主人公で、邪悪な暗黒卿を討伐する英雄の名前と同じはずですが」

「…………」

 レイの話を耳に入れつつ、彼が淹れてくれた紅茶の表面に反映する自分の顔を覗き込み、リリスはバスターナイトの言葉を思い出す。

 

『オレは昔から君の事を知っている』

 

(あの言葉……どういう意味かしら? それにあの技……)

 リリスは自分たちの味方をするバスターナイトが戦闘時に頻繁に使用していた技・ダークネススラッシュについて思案する。

(あれはお父様が最も得意とした魔法剣技……魔王の側近でさえ操れる者はいなかったとされる超高等技術をいとも容易く操れるなんて、並大抵のことじゃない。もしかして、バスターナイトは私の知っている誰かなの!?)

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「そう言えば、リリスちゃんのベリアルリングってどこで手に入れたんですか?」
リ「もらったのよ。プリキュア研究の第一人者を自称するマッドサイエンティスにね」
は「でもちょっと気になりますね! プリキュアの研究をしているその人のこと!! リリスちゃん、今度会わせてくださいよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『天才科学者!?ベリアルリングを開発した男!』」


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第12話:天才科学者!?ベリアルリングを開発した男!

今回はベリアルリングを作った男が登場。
今後のキーパーソンになるので、お見逃しなく。


黒薔薇町郊外 とある洋館

 

 昼夜問わず、その男は研究室に籠って生涯研究に励んでいる。

 カタカタとコンソールを操作する音が部屋にこだまする。決して常人には真似のできない驚異的な集中力を発揮して、男は不気味な笑みを浮かべる。

「ウシシ……もうすぐ完成するぞい。キュアベリアルの新たな武装が」

 パソコンのディスプレイに表示された、指輪を模したプリキュアの強化変身アイテム。

 詳細なデータと最終調整の傍ら、男は二つあるモニターのうち一つから流れる動画を確認する。

 これまで黒薔薇町で起こったディアブロスプリキュアと洗礼教会、堕天使、キュアケルビムとの戦いの数々。男は彼女たちの気付かぬところで盗撮していたようだ。

「天使族出身のキュアケルビム、そして待望の人間のキュアウィッチ! ウシシ……やはりワシの目論見通りプリキュアはこの町に集中している」

 ここで、コンソールを叩くのを一旦やめた。

 男が画面を切り替えると、つい最近になって現れた謎の勢力――バスターナイトの画像を表示する。画面に映るその騎士を見つめると、険しく眉をひそめた。

「さてと……こいつをどうするかが問題じゃが」

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二 年C組

 

「よーし、みんな注目ッ!」

 ざわつく教室内。担任の三枝喜一郎が一声かけると、生徒たちは談笑を一旦中断して、教壇へと視線を向ける。

「今配った中間考査の点数に間違いはないかな?」

 今日は先日行われた中間考査の結果が配布される日だった。

 各々は結果に一喜一憂して、その度に教室内はざわついた。

「ん~……」

 天城はるかは、もらった考査の結果用紙をまじまじと見つめ、唸り声を発する。

 何をそんなに唸る必要があるのだろうか……そう思って、リリスが聞いてみた。

「どうしたのよ? テストの点数に相違でもあったの?」

「いえ、それはないのですが……プリキュア活動を始めたせいなのか、ちょっと成績が下がってしまいましてね……」

「それってただの都合のいい言い訳よね」

 正論だ。極めて正論である。

 歯に衣着せずに思った事をズバズバと言ってくるリリス得意の毒舌が、はるかの心に深く突き刺さる。

「わ、わかってますよ、そんなこと!! リリスちゃんは良いですよね、順位に変動が無いんですから!」

「そうでもないわよ」

「え?」

 すると、リリスの手から彼女の中間考査の結果が渡された。

 中身を見れば、五教科……国語、数学、社会、理科、英語の順に彼女の点数が表記されている。社会が九十五点である事を除いてすべてが百点。にもかかわらず学年順位は二位であった。

「に、二位ッ――!? リリスちゃんが二位に転落……ですか!!」

 はるかの受けた衝撃は凄まじかった。

 リリスが生来頭脳明晰でスポーツ万能のパーフェクトガールだという事は知っていたし、今回のテストでも学年一位をとるなど朝飯前だと思っていた。

 だが、その予想に反してリリスの順位は二位。普通に考えれば喜ばしい事だが、はるかの価値観では彼女が他人に地位を追われた事は驚愕以外の何物でもなかった。

「ちなみに今回の学年一位はあの子よ」

 リリスが目配せした。はるかがその方向に目を向けると、今回の学年一位こと……テミス・フローレンスが周りの生徒たちから称賛され、注目の的となっている。

「すごいねーテミスさん!!」

「全教科百点なんて天才だねー!!」

「毎回学年一位の悪原さんを追い抜いちゃうなんて―!」

「そんなことありませんよ。たまたま運が良かったんです」

 浮かれることなく、常に謙虚。そうした愛想の良い姿勢は万人から好意を受けやすい。

 だが、リリスにとってそんな事はどうでもいい。彼女は学校のテストの良し悪しで一喜一憂もしなければ、テミスに嫉妬や羨望を抱くような子どもではなかった。むしろ、八方美人を振りまく彼女を内心気味悪がっていた。

「はいはい、みんな静かに!! 転校して以来、フローレンスさんは慣れない日本でも頑張ってきたんだ。みんなも彼女や悪原さんに負けないくらい努力するようにな」

「「「「「はーい」」」」」

「それじゃ今日のホームルームは終了! それから、今回赤点だった生徒はあとで職員室まで来るように。追試験について説明があるからな!」

「「「え~~~!!」」」

 ホームルームが終わり、生徒たちはそれぞれの放課後のために教室から出ていく。

 部活に入っていないリリスは速やかに帰り支度を整えると、風紀委員の仕事が休みのはるかを伴い、直ちに下校する。

「赤点こそは免れましたけど、正直あと十位くらい上は狙えたんですよ!!」

 帰り道、はるかは両拳を握って今回の試験の手応えについて熱く語る。

「ちなみに、今回の順位は?」

「十五位でした」

「全学年一二〇人中十五位ならいい方じゃない。それでもかなりの上位なんだから」

 リリスを基準にとれば見劣りする順位かもしれないが、一般生徒を基準に考えれば十分成績優秀者と言って過言ではない。

「でも人間たるもの、もっと上を目指せると思うんですよ! いえ、目指さないといけないんですよ!!」

「その向上心は立派だけどね、あまり肩に力を入れ過ぎるのも禁物よ」

 言うまでもないが、二人ともプリキュア活動のために学業に支障が出るほど愚かではない。むしろ、かなり賢い側に位置している。

 ちなみに今回リリスが社会で何の問題を間違えたのかと言えば……鎌倉幕府成立時の年号をテストでは一一八五年と要求していたところ、一一九二年と書いたためだった。

 帰路に就く二人。

 角を曲がったところで、はるかが不意にリリスに尋ねる。

「ところで、今日はどうするんですか? 私は見ての通り風紀委員の仕事も塾もありませんけど……リリスちゃんはまたいつもみたいに依頼が入ってるんですか?」

「依頼と言えば依頼になるけど……これは私への依頼じゃなくて、私からの依頼なの」

 リリスの言葉にはるかが首をかしげる。

「どういう意味です?」

「詳しくはあとで話すわ。とりあえず、何もないなら一旦家に帰ってから私の家に集合ね」

 

           *

 

異世界 堕天使総本部

 

「クソ!! クソクソクソ!!」

 コヘレトは荒れに荒れまくる。

 部屋にある華美な装飾品を壊し続ける。無論、この部屋にあるすべての装飾品は堕天使の物であって彼の私物ではない。

「あの紫のクソ騎士ヤロウ!! 俺サマをこけにしやがって!!」

 彼の心を乱しているのは最近になって現れた暗黒騎士バスターナイトだった。

 プリキュアに匹敵、あるいはそれを凌ぐほどの力を秘めた彼の手により、コヘレトは二度も敗戦を強いられた。

 心乱れるコヘレトに対し、彼の上司ともいうべき堕天使ラッセルは嘆息して、彼に近づく。

「ちょっとあんた、荒れるならこの部屋以外にしてくれないかしら? 仮にもここをどこだと思っているの?」

「ちっ。うるせーババアが」

「ちっ、って何よ? なんで舌打ちしてんのよ!? それにあたしを目の前にしてババアって言ったでしょ明らかに!」

 注意した側のラッセルに対しコヘレトの不遜なる態度。

 まるで感情ひとつコントロールできていない。ラッセルは厄介な暴れ馬を抱え込んでしまったと内心後悔する。

 コレヘトはラッセルが口を付けた飲みかけのワインを手に取り、豪快に口へ流し込む。

 空になったグラスは無造作に放り投げられる。

「ラッセルさん、あんたは悔しくは無いのかよ? 悪魔どもに、あの紫の騎士にいいようにされて……」

「悔しく無いですって? バカなこと言わないでちょうだい!!」

 咄嗟に彼女は近くに置いてあった花瓶を手に取り、それを腹いせのため壁へぶつけた。

 ガシャンと大きな音を立て木っ端微塵になる花瓶。この二人が内に秘めるディアブロスプリキュア及びバスターナイトへの怨嗟は大きい。

「奴らを何としても根絶やしにする……ザッハ様の分まであたしたちで頑張らないといけないのよ!」

「私がどうかしたのか?」

 そのときだった。ラッセルとコヘレトの耳に聞き覚えのある声が入る。

 暗い部屋の奥からゆっくりと足音を立てて歩いてくる存在。それこそ、二人の主人であり堕天使の幹部ザッハだった。

「ザッハ様!!」

「どうして!?」

 二人はザッハの登場にかなり驚く。

 カーバンクル・クラレンスから神秘の貴石の強奪に失敗し、上層部を欺いた罪で厳罰に処されていたザッハ。

 あちこち鞭で打たれ、ロウソクであぶられたような生々しい酷い傷が衣服の隙間から多数見える 。

 その彼が何十日かぶりに二人の前に姿を現したのだ。

「ようやく王のお許しが出たものでな……ひどいものだ。惨いなんてものじゃあれは語り尽くせんよ。それはそうと、私が懲罰を受けている間に事態は急速に進んでいたように思えるのだが」

 ザッハが二人に問いかける。

 聞いた途端、ラッセルとコヘレトは顔を見合わせ、ザッハの前に跪いた。

「申し訳ございません! このラッセル、コヘレトとともに力を尽くしてきたのですが……未だ悪魔どもを斃すまでには至っておりません」

「どうかお許しを!!」

 二人はザッハの冷酷さ、非情さを身に染みて知っていた。

 プリキュアに負けっぱなしだと知られてタダで済むはずがない。だからこそチャンスをもらいたいと思っていた。

 謝罪の言葉を述べる二人を前に、ザッハは嘆息する。

 おもむろに前に出た彼は、ラッセルの顎に手を添え彼女を凝視する。

 仕置きを覚悟したラッセルが目を瞑ったその直後、ザッハの口から意外過ぎる返事が聞こえた。

「お前やコヘレトのせいではない。すべては私の計算ミスが招いた結果だ」

「ザッハ様……」

「マジっすか!?」

 ザッハはラッセルとコヘレトの失敗を許したのだ。

 予想だにしていなかった結果に二人は唖然とする。ザッハは部下の失敗を咎めず、自分自身を咎めたのだ。

「私が起きてきたからにはもう心配はいらん。これ以上堕天使の誇りを汚すわけにはゆかぬからな……!」

 彼の瞳が充血する。

 その目は、プリキュアへの復讐心に燃え上がっていた。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 洋館前

 

 リリスとはるか、レイ、クラレンスの四人は目的の場所へ到着した。

 普段住み慣れた町の郊外に位置する不気味な洋館。相当に古い建物で、すっかりカラスたちの住処と化した全体的に暗い雰囲気の家が目の前に見えている。

「ハヒ! な、何なんですか……この絵に描いたような不気味な屋敷は?」

 不気味すぎるくらい不気味な洋館に怯えまくるはるか。

 リリスは、彼女の質問には答えず無言のまま洋館の柵を開ける。

「まさかリリスちゃん、今からここに入るつもりじゃ!? そうなんですか……!!」

「ここに住んでるのよ、私の支援者が」

「支援者って、なんのですか?」

 クラレンスが代表して尋ねる。

 するとリリスはポケットに手を突っ込み、ベリアルリングを取り出した。

「ベリアルリング……が、どうかしたんですか?」

「鈍いわね。これを作った科学者がこの家に住んでるのよ」

「えっ! それって、リリスちゃんが生み出したものじゃなかったんですか!?」

 驚くはるかだが、彼女の言葉の意味がリリスには理解できなかった。

「どういう意味よそれ? 悪魔の私がどうやってプリキュアの力を生み出せるって言うの?」

「だって……え……自力で生み出したものじゃないんですか!?」

 プリキュアの力は本来、妖精の力などを媒介に人の想いに反応して忽然とその力を顕現する。

 しかし、リリスが持つプリキュアの力は超神秘的な力から創られたものではなく、完全なる人工物。だからこそはるかは驚きを隠せなかったのだ。

「はるか様にはご説明していなかったかもしれませんね。本来、悪魔とプリキュアは相反する存在……つまり、対極に位置しているのです。悪魔にとってプリキュアとはいわば天敵のようなものなのです」

「つまり、普通に考えて私がプリキュアになる事は絶対にありえないわ。それを可能にした男が、ただひとりいる」

 

 洋館に入るのは些か勇気がいることだった。

 部屋中妙にひんやりしていて、くすんだ絵画や壊れた装飾品があちこちに点在。

 物怖じしていないリリスはともかく、はるかたちは何が出て来るかも分からない薄気味悪い屋敷の螺旋階段を一歩ずつ上る。

「ギシギシいってますね……底が抜けたりしないですよね?」

 そう言った直後だった。クラレンスの足元が突然、崩れた。

「うわあああ!!」

「クラレンスさん!!」

 底が抜けた階段から落ちそうになったクラレンス。はるかは咄嗟に手を掴んで、落下を阻止する。

「び、びっくりしました……!」

「あちこち腐りかけてるから気をつけなさいよ」

「は、はい!」

「って……そう言う事は事前に言ってもらえませんかね!?」

 気を遣わないリリスの性格が災いしたらしい。

 幸先の悪い展開にはるかたちの不安は絶えなかった。

「この部屋よ」

 階段を上ってしばらく歩くと、目的の場所に到着する。

 扉の前に立った瞬間、はるかたちは妙な緊張感に襲われる。

 固唾を飲む三人。レイは恐る恐るリリスへと尋ねる。

「リリス様。前回みたいに変なものがいきなり出てきたりしないといいのですが……」

「ハヒ!? なんか出て来るんですか!?」

 はるかが不安に顔を引きつらせて尋ねる。

「そうね…コウモリとかぐらいかしら」

「コウモリって……」

 想像するだけで寒気がする。

 青ざめた表情のはるかを見て、クラレンスは彼女の手を取り強く言う。

「大丈夫ですよ! はるかさんは何があっても私が守ります!」

「クラレンスさん……」

 使い魔だがそれ以上に彼を意識しているはるか。

 まるで恋人にでも勇気づけられたかのような気分になる。手を握ってもらえた事で先ほどまでの恐怖が嘘のようだ。

 クラレンスから勇気をもらい、はるかは意を決してドアノブに手をかざそうとする。

「ここは私が」

 直後、レイがその役を引き受けると言ってきた。

「お、お願いします!」

 本当は開けるのが怖かったはるかは、潔くレイにその役目を譲る。

 レイは大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、いざ――扉を開く。

「おじゃましまーす……」

 謙虚に声をかけて扉を開けた次の瞬間。

「グァァァアアアアアアアアアァァアア!!」

「あああぁぁぁあああああああああああぁぁああああ!!」

 大きなクマがいきなり雄叫びを上げた。

 あまりの迫力にレイは悲鳴を発し、そして呆気なく気を失い倒れてしまう。

「れ、レイさん!!」

「大丈夫ですか! しっかりしてください!」

 床に倒れ込んだレイのそばにはるかがしゃがみ込む。

「まったくもう。いちいち大袈裟なんだから」

「今ので驚かないリリスちゃんが異常ですよ!」

 嘆息すると、リリスは扉の前に佇む大熊を前に言葉を投げかける。

「ベルーダ博士。来るたびに悪趣味な歓迎をするのはやめてもらえませんか?」

「いやぁー、すまんすまん。こんなに大勢の人が来ることなど滅多にないものだからつい好奇心が湧いてしまってな!」

 大熊から人の声が聞こえる。

 やがて首がすっぽりと取れ、中から逆立った髪の男――ベルーダがその素顔を見せる。

「ハヒ!? あなたは一体……」

「彼がベルーダ博士よ」

「ほほほほ。いらっしゃーい……」

 明らかにまともな人間には見えなかった。

 熊の着ぐるみを脱ぐと、ヘビのようなほっそりとした手足に何日も洗濯していない汚い白衣が現れる。

 全体的に醸し出される異質な雰囲気に、はるかとクラレンスは異様だとは思いつつ、とりあえず挨拶だけは済ませる。

「えっと……はじめまして!」

「どうも……」

 

 早速ベルーダの仕事場である研究室へ招かれる。

 しかし、中は想像を絶する光景だった。床中に散らばる研究資料の数々に、食べかけのお菓子やカップ麺の残り、まだきちんと飲み干していないお茶など……実に酷い生活状況だ。

 しかも掃除なんて碌にしていないからかなり埃っぽいしかび臭い。

 女子中学生とその使い魔には不釣り合いな場所である。

「まぁゆっくりしていってくれ。あ、パジャマを持ってきたというなら最初に言っておくぞ。うちは見ての通りとてもじゃないが泊まれるようなスペースは確保していなくてな」

 この言葉に誰もが拍子抜けする。

 ベルーダの気味の悪い期待に対し、レイは堪らず声を荒げる。

「誰がこんなゴミ屋敷、いやお化け屋敷などに泊まるか!! どういう神経してたらこんな場所に泊まりたいと思うんだ!!」

「少し黙りなさい、レイ」

「しかしリリス様、こんな胡散臭い奴はどうにも信用なりません!!」

 ベルーダを指して、レイは胡散臭いと称する。その場にいたはるかやクラレンスも口には出さないが妥当であると判断する。

「まぁまぁまぁ。コーヒーくらいは出すからのう。おっと、リリス嬢は紅茶派だったかのう?」

「コーヒーはカフェインが強すぎて却って脳が覚醒して休めないからあまり好きじゃないのよ」

「なるほど。そう言う理由があったんですか……」

 今さらながら、はるかはリリスがコーヒーをあまり飲まない理由を知ることとなった。

 コーヒーと紅茶の差し入れをもらい、ようやく状況が落ち着いたところではるかが意を決して尋ねる。

「えっと……つまり、この方がリリスちゃんのベリアルリングを作って下さったんですか?」

「平たく言えばそう言う事になるかのう」

「しかし、プリキュアの力を人工的に作れるものなんですか?」

 クラレンスが尋ねると、ベルーダは不気味に笑う。

「ウシシシ……ワシは天才科学者じゃ。その程度の事は造作もない!」

「だけど自信家で陰険で人嫌い、その上不衛生だから、とてもじゃないけどまともなところで働くことは出来ないわね」

「つまり社会不適合者のニートって奴ですね!」

 リリスの毒舌もさることながら、レイの言い放ったニートという言葉にベルーダは直ちに反論する。

「ワシはニートではないぞ! 日夜お主たちが戦いやすいよう研究を重ね、その成果を無償で提供しているではないか!」

「具体的にはどんな?」

 問われてベルーダは胸を張って答える。

「おっほん! リリス嬢のベリアルリングを始め、強化変身アイテムを次々と開発した」

「あのフォームチェンジリングも、あなたの作成だったんですか!!」

「すごいですね!」

 称賛を浴びてベルーダは上機嫌になる。

「そうじゃろうそうじゃろう!! ワシをもっと褒めてくれ!!」

「この部屋の汚さを前にされて、あなたを素直に褒めようとする者はいないわよ」

 はるかとクラレンスがベタ褒めした瞬間に、リリスの毒がすべてを打ち消してしまう。

 折角いい気分でいたところを一気に非難されて、ベルーダのモチベーションは急速に低下する。

「くう……相変わらずかわいげの無い娘じゃ。そんな事を言うのなら、新たな強化変身リングはお預けじゃな!」

「新たな強化変身……ですか!!」

 その言葉にはるかが過剰に反応する。

「洗礼教会に加え、最近では堕天使の動きも活発化しているからな。戦いが長期化すれば数の少ない悪魔陣営は不利になる一方じゃ。そうならないためのワシの研究じゃよ」

 すると、研究机の近くに置いてあった黒いアタッシェケースを手に取る。

 リリスたちの前に持って来ると、ロックを解除。ケースに収められた自らの研究成果を披露する。

「見たまえ。新開発の【ヘルツォークリング】じゃ。グラーフやフィルストを凌ぐ爆発的な力を得られる」

「「「おおお!!」」」

 

【挿絵表示】

 

 はるかたちは目を光らせる。

 形状はベリアルリングを参考にしており、ヘルツォークリングには四枚の悪魔の翼があり、サファイアの如く澄んだ青をしている。

「ベルーダ博士、このリングの納期は一週間前だったはずだけど?」

 リリスは紅茶を口に付けてから、冷たい目で期限を一週間も過ぎたことを咎める。

「芸術に時はないのじゃよ。ワシだっていろいろ忙しいんじゃ」

「その割にはひどい体たらく じゃない」

「なんじゃとー!?」

「あの、ひとつ聞いてもいいですか!」

 口論になる二人の間に入って、はるかはベルーダに尋ねる。

「そもそもの話、あなたがベリアルリングを作ったのはどうしてなんですか?」

「フフフ……こう見えてもワシはな、プリキュアを生涯の研究テーマにしておる。プリキュアの持つ不思議な力をどうにか世の中の為に役立てられないかと考え、日々この部屋に籠って試行錯誤しているのじゃよ」

「フフフフフ……」

 ベルーダの言い分に、リリスは笑わずにはいられなかった。

「まぁ~、なんてもっともらしい理由なのかしら」

「ウソだと言いたいか?」

 ベルーダは眉をひそめる。

「だってあなたのその容姿からは、とても誠実な答えが返ってくるはずないもの!」

「すべて外見の問題ではないか! 悪かったな、誠実そうじゃない顔で!!」

 外見の事で見下されるベルーダ。

 気持ちは分からなくはないが、やはり見た目の清潔さは人を信頼させる要因のひとつであると思う。

 そんな折、クラレンスからも新たな質問が飛んできた。

「私からもひとついいですか? 悪魔であるリリスさんは本来プリキュアにはなれない。しかし、ベリアルリングや強化変身リングを使う事でプリキュアの力を手に入れられるんですよね?」

「その通りじゃ。それも安心安全な形でのう」

「どういう意味だ?」

 怪訝な顔でレイが詳しい説明を求める。

「プリキュアの持つ聖なる光の力を受け止められるのは、聖なる光の守護者たる天使と、神の加護を受けた一部の人間のみ。悪魔にとってプリキュアの力は極めて強い毒なのじゃ」

「毒……ですか?」

 クラレンスが不安そうな表情を浮かべる。

「うむ。聖なる光の力がもたらす影響は計り知れない。神の加護を受けていない悪魔の体が力に耐えきれずにその身を焼き焦がしたり、精神異常をきたしてしまったりするほどにな。じゃが、聖なる光の力を安全な形で摂取できるとしたら……対極に位置する悪魔に新たな進化の可能性をもたらす事になる。そのためのベリアルリングじゃ」

「「「へぇ~……」」」

 説明しながら、ベルーダはスクリーンにある映像を映す。

 映されたのはこれまでのプリキュアシリーズに登場した歴代戦士たち。無論、はるかたちは彼女たちの存在を知らない――いわゆるメタである。

「悪魔がプリキュアになるなどつい最近まで夢のまた夢のことじゃった。ベリアルリングはそんな悪魔の……もといリリス嬢の願いを叶える唯一無二の力。聖なる光の力をベリアルリングそのものが抑え込むことで制御し、悪魔としての意識を保ったまま超絶的なパワーを手に入れることが出来る」

 この中で意味を理解しているのは恐らくリリス本人ぐらいだ。はるかには少々難しい話であり、ポカーンとした顔を浮かべている。

「どうだろうか? ワシの研究がどれだけ偉大な成果をもたらし得るか、理解していただけただろうか?」

「はい……えっと……なんとなくですが」

「それを理解させたうえで、我々にどうしろと?」

 眉唾のようにベルーダを疑いかねるレイ。

 そんな彼やリリスたちを見ながら、ベルーダは言う。

「無論。引き続き、よき支援者として協力をさせてもらえればよいのじゃ」

(よき支援者として……か)

 その言葉に違和感を覚えたリリス。

 細い目で彼女は、得体のしれない目の前の男を凝視する。

 

           *

 

東京湾 とある海岸沿い

 

 荒ぶる海を相手に、バイオリンを奏でる存在。

 暗黒騎士バスターナイトは誰一人いないこの場所で、得意のレクイエムを奏でる。

 だがそんなとき、不意に人の気配を感じ演奏を一時中断。振り返ると、バスターナイトの視界に洗礼教会の命を受けて現れた天使のプリキュア、キュアケルビムと彼女の妖精ピットがいた。

「……オレに何か用かな?」

「暗黒騎士バスターナイト……私はキュアケルビム。洗礼教会大司祭ホセア様の名代として参上したわ」

 ケルビムはバスターナイトの方へ一歩近づき、敵意を向ける。

「あなた、世界各地で私たちの崇高な目的の邪魔をしているとかいないとか……」

 曖昧模糊な言葉。彼女としても被害状況を正確に理解している訳ではない。襲撃当時、洗礼教会の使者がバスターナイトの襲撃を受けたという事を報告でしか知り得ていないのだ。ゆえに彼女は直接その目で敵の真意を知りたいと思い、おもむろに尋問する。

「答えなさい。あなたはどこの何者なの?」

「オレは暗黒騎士バスターナイト、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 答えになっていない答えだった。真実をはぐらかす相手の態度にケルベムは目角を立て、更に詰問する。

「なぜ、キュアベリアルの味方をするの?」

「オレはただ、これ以上彼女が傷つくことも、その彼女が大切な仲間を失ってほしくない、そう思っているだけさ。そのためならば、オレはどんな相手にも剣を向ける」

 バスターナイトの言葉を聞いて、ケルビムが顔をしかめる。

「つまりは自己防衛を兼ねた陶酔というわけね……あなたはあの悪魔に心を奪われた哀れな騎士よ。あなたが手に掛けた私たちの同胞はいずれも重傷だった。自己防衛どころか過剰防衛といっても過言じゃないわ」

「信徒への親心は健全なものかもしれない。だがその一方で……君や洗礼教会は一番大事なものが何ひとつ見えていない……」

「どういう意味ですか?」

 ピットが不機嫌そうな顔で尋ねる。その隣でケルビムもまた眉をひそめる。

「この世にあるのは……白と黒だけじゃない……」

 バスターナイトは亜空間を開き、バイオリンを戻す。

 ケルビムと対峙したバスターナイトは、その手にバスターシールドを持ち、シールドからバスターソードを引き抜いた。

「オレを許せないのならそれは構わない。だがこれ以上、キュアベリアルたちに危害を及ぼそうというなら……オレは何人だろうと容赦しない。来い、キュアケルビム。君の知らない世界の真実をオレがレクチャーしてやる」

「随分と自信があるのね……いいわ、それなら私も本気で行かせてもらう。ピット!」

「はいです!」

 ケルビムの一声のもと、ピットは妖精の姿から神々しく輝く弓へ変身させる。

 ケルビムは【聖弓ケルビムアロー】を装備し、バスターナイトと向かい合う。

 刹那、ほぼ同じタイミングで二人は前に飛び出し互いの武器を交差した。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダ邸 研究室

 

「ここだけの話なんじゃがのう。ワシはよりさらなる高みを目指しておる。より高次で強力、全能なる神の力に至るためのな……」

 ベルーダのその言葉にリリスはより一層眉をひそめ、警戒を抱く。

「もしもリリス嬢やそこの……」

「はるかです」

「はるかちゃん、君が望むのなら……――」

「実験用のモルモットになれ……そう言いたいのかしら?」

 リリスの口からそんな言葉が飛び出た瞬間、はるかたちは露骨に動揺する。

「ハヒ!?」

「な……!」

「貴様、それは本当なのか!?」

 焦るリリスたち。レイが語気を強めて真偽を確かめようとベルーダに尋ねる。

 ベルーダ本人は苦笑気味にリリスたちに弁明する。

「ひ、人聞きの悪い言い方は止してくれ。ワシはただ協力してくれないかと言おうとしただけじゃ。お主たちは新しく手に入れた力を思うがままに使ってくれて構わんのじゃぞ。想像したまえ……今ある力を大幅に上回る全能感を。とっても魅力的な話ではないか、ええ?」

「虫のいい話ね」

 見下したようにリリスが呟く。

「そうやって私たちに力の魅力を覚えさせて、都合よく研究データを手に入れたいって魂胆がまる見えよ」

 鋭い目つきをベルーダへ向けるリリス。そんな彼女に触発されたクラレンスとレイもこぞって彼に警戒心を抱く。

 ただひとり、はるかはどうしていいのか分からず困惑し続ける。

「リリスさんの言う通りです。被験者は多いに越したことはない……プリキュアの力に目覚めたはるかさんを自分の研究対象にしたいと思っても、何ら不思議ではありませんね」

「断ればどうなる?」

 低い声でレイが尋ねる。

「ほほほ。まぁいろいろ考えを整理する時間も必要じゃろう」

 ベルーダは、掴みどころのない態度をとってこの話をやや強引に終わらせる。

「じゃが、これだけは言っておくぞ……」

 言うと、リリスたちと面と向き合いベルーダは訴える。

「瞬く間に過ぎていく時間の中、限りある命をどれだけ華やかに輝かせるか。刹那の合間にどれだけ価値のあるものを残せるか……肝心なのはそこじゃろう?」

 

           *

 

黒薔薇町 中心部

 

 仮初の平穏に暮らす人々。

 堕天使ザッハはラッセルとコヘレトともに黒薔薇町へ降り立った。

「ここがディアブロスプリキュアの拠点か……」

 堕天使の視点から見れば人間の世界など取るに足らない下等な生き物たちが犇めき合うだけの場所である。

 堕天使こそ至高の存在と考えているザッハは町を見下ろした直後、嘆息しながら言い放つ。

「何とも小さく低レベルな事だろう。だが奇妙な事にこの町では幾度となく洗礼教会と我々堕天使、そして悪魔が衝突を繰り返している。誰かが意図的に呼び寄せているのか……あるいはプリキュアの力がそうさせているのか……どちらかは図る事もままならぬ」

 ザッハの独り言をラッセルとコヘレトは黙って聞き入る。

「しかし、我々の障害となり得る忌まわしき悪魔どもをこれ以上野放しにするわけにいかない――いい頃合いだ」

 不敵に笑うと、ザッハは空に右手を掲げる。

「この町に生きるすべての人間ども!! 今こそ、その邪悪なる心を解き放ち、我らの手に堕ちよ!!」

 掌から放たれる禍々しい黒い波動。

 雲を突き抜けるその黒い波動はやがて町全体を半円ドーム状に包み込んだ。

 

 同じ頃。ヘルツォークリングを受け取り、ベルーダ邸をあとにしたリリスたち。

 今日の一件でベルーダという男の強烈な印象がはるかとクラレンスの脳裏に強く焼き付けられた。

「容姿といい発言といい……やはり信用なりませんね」

「リリスちゃん、本当に大丈夫なんですか?」

 はるかは心配そうにリリスを見つめる。

「心配しなくても、私はあんなエゴイズムの塊の科学者の言いなりになるつもりはないわ。はるかもあんな男の口車に乗って、無暗に新しい力を手に入れないよう気をつけなさい」

「しかしリリスさん……あなたは現に新しい力を手に入れていますよね?」

 リリスの持つケースを指してクラレンスが指摘する。彼女はそれを否定しなかった。

「確かにそうね。だけど、あの男は研究だけが目当てでそのためなら誰の犠牲も顧みないでしょう」

「まぁ……そんな感じには見えましたが」

「あの男が私を実験材料として利用しているなら、私もとことんあの男を利用させてもらうつもりだから」

 リリスの発言を聞いて、はるかが目を見開く。

「利用するって……それ本気で言ってるんですか!?」

「もちろん本気だし嘘偽りのないことよ。悪魔らしいじゃない、信頼や絆ではなく打算で動くところなんか」

「ですが、そうまでしてなぜあんな奴を……!?」

 レイが一番気になっているのはそこだ。はじめから利用されるかもしれないというリスクを分かったうえで、なぜリリスはベルーダを頼るのか。

 この質問に対するリリスの答えは単純にして明快だった。

「他に誰に頼めばいいのよ……両親の仇の洗礼教会を斃す力が欲しいって」

 聞いた瞬間、三人は思わず立ち止まる。

「それに自分が実験体になる分には誰も被害を出さずに済むわ……」

 悪魔だがリリスは無関係な者を巻き込むつもりなどなかった。

 特に幼少期から一緒だったはるかや使い魔のレイ、クラレンスを自分の私的な復讐の犠牲にするつもりは毛頭ない。

 それを聞いたうえで、はるかは問いただす。

「リリスちゃんはそれでいいかもしれませんが、万が一リリスちゃんの身に何かあったらどうするんですか!?」

 真剣にリリスの身を案じるはるか。彼女は振りかえり、柔らかい笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。悪魔の力を侮らないでほしいわ」

 と、そのとき。天高く伸びる黒い波動を、リリスたちは視認した。

「あれは何だ!?」

「ハヒ! 急にお空が真っ暗に……!!」

 

 黒薔薇町に起こった異変。それに気付いたのはリリスたちだけではなかった。

 バスターナイトと交戦中のキュアケルビムも、邪悪な力の波動に気付く。

「この気配は……!」

〈間違いありません。堕天使が黒薔薇町に侵略を仕掛けに来ています!〉

(リリス……)

 すると、バスターナイトはケルビムとの戦いを即座に止め、飛行魔法を発動。黒薔薇町へ向かって飛び始めた。

「待ちなさい! あなた勝負は……!?」

「つまらぬ諍いに大義を見失ったら本末転倒だろう? キュアケルビム、君が模範的なプリキュアなら、今すべきことが何かオレに指摘されずともわかるだろう」

 諭すように問いかけると、バスターナイトは黒薔薇町へと進路をとって高速で飛翔する。

 

『『『『カオスヘッド!!』』』』

 黒薔薇町を覆う邪悪な力。それに当てられた町の人々は次々とカオスヘッド化し、大規模な破壊活動を開始する。

 リリスたちは町へと戻り、逃げ惑う人々とは逆行してカオスヘッドへと向かう。

「すごい数のカオスヘッドです!!」

「堕天使め……形振りなど構わないということか!!」

「こんな大胆な事を仕掛けられる堕天使は、ひとりしかいません!」

 クラレンスの言葉にはるかが顔を歪ませる。

「ザッハ……!! まさか、彼が!?」

 はるかの脳裏に蘇る残酷な光景。

 ザッハの手によりクラレンスは神秘の貴石を奪われ、一度死んだのだ。

「さぁ来るがよい……プリキュア!! この町と一緒に私が滅ぼしてやろう!!」

 カオスヘッドを大量に操り、ザッハはこの町ともどもディアブロスプリキュアの壊滅に乗り出した。

「ふざけるんじゃないわよ……」

 手段を選ばず町を攻撃してきた堕天使のやり口に、リリスはただならぬ怒りを覚え拳をぎゅっと握りしめる。

「堕天使も洗礼教会も、どうしてこんなに自分勝手なのかしら……崇高なる目的と言えば何でも綺麗に片付けられると思っているなら大間違いよ!」

 大義の為には小さな犠牲も厭わない。

 犠牲なくして何も得ない。

 世界から犠牲を生み出す事を許容し、自らの行いを絶対的な正義として正当化しようとする独善的な二大勢力。

 悪魔であるリリスは、悪魔らしからぬ感情を抱き、沸々と怒りを湧き上がらせる。

「これ以上私たちの平穏な生活を壊させたりしない!! みんな、いくわよ!!」

「「「はい!!」」」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 堕天使から自分たちの町を、人々を守るため――少女たちは変身する。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

 それぞれの使い魔を伴い、リリスとはるかは決め台詞を吐く。

「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「堕天使ザッハ! 以前クラレンスさんを殺すだけじゃ飽き足らず、今度はこの町を滅ぼすつもりですか!?」
ケ「カオスヘッドの力を摂り込むことでさらにパワーアップしたあいつの力に私たちは為す術もない……もうダメだわ!」
リ「天使が堕天使の好きにさせてどうするのよ!! 私はあいつを許さない…私の中で燃え上がる怒りがヘルツォークリングの力を引き出す!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『怒りの変身!!ヘルツォークゲシュタルト!!』」


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第13話:怒りの変身!!ヘルツォークゲシュタルト!!

今日はいよいよキュアベリアルの新強化形態が登場です!!
その力がどれほどのものなのかは・・・・・・気になる方は本編をチェック!!


黒薔薇町 市街地中心部

 

「早く逃げて!! 安全な場所へ!!」

「落ち着いて!! 警察の指示に従ってください!!」

 堕天使ザッハの手によって悪の芽を持つ人間から順にカオスヘッド化していく。

 通報を受けた警視庁の警官隊は住民の避難に加え、大量発生したカオスヘッドの処理に難色を示している。

「撃ち方用意……撃てッ!!」

 機動隊を中心にカオスヘッドへの攻撃が開始される。

 だが、鉛の弾をいくら撃ったところでカオスヘッドには効果なし。その頑丈な体で銃弾をポップコーンのように押しつぶす。

『カオスヘッド!!』

「「「うわああああ!!」」」

 そして、巨大な身の丈から生まれる 圧倒的な物理破壊能力で、束になって攻撃する警官隊を叩き倒す。

 市民を守る使命を負った警察官でも人外の化け物が相手ではまるで手に負えない。

 それこそ、この場に戦車でも持って来れば状況はだいぶ変わるだろうが――少なくとも戦車が登場する見込みはない。

「ダメです!! 我々の攻撃がまるで通じません!!」

「諦めるな!! 警察は市民の平和と安全を守るのがその責務……何人たりともこの国の治安を乱すことは許さん!」

「しかしこのままでは!!」

「こんなときプリキュアが来てくれたら……」

 と、誰かがぼやいたのを機動隊長は聞き逃さない。

 臆病風に吹かれた事を嘯く隊員の胸ぐらを機動隊長は思い切り掴み、怒りの形相を浮かべ喝を入れる。

「貴様、なんだその腑抜けた言葉は!? バカモノ!! そんな得体の知れぬものにいつまでも頼っているから舐められるのだ!! この国の治安は我々警察が守る!!」

 大人には大人としてのプライドがある。

 警察官には警察官としてのプライドがある。

 決して面子を保つ為だとか、そんないかにもさもしくて不純な理由ではない。ただ、目の前の化け物にせめて一矢報いたいという意地が、彼らを突き動かす。

 

 警官隊が意地になってカオスヘッドに戦いを挑む一方、ベリアルたちディアブロスプリキュアは、彼らの分までできるだけ多くのカオスヘッドを処理していく。

『カオスヘッド!!』

「はああああああ!!」

 鈍重な動きで殴りかかるカオスヘッド。

 ベリアルは悪魔の翼で空中を縦横無尽と飛び回り、隙を見つけるや瞬時に懐へと飛び込み強烈な拳を叩きこむ。

『カオスヘッド!!』

 無情にも襲い来るカオスヘッドたち。

 プリキュアとなって日の浅いウィッチだが、目の前で起こるどのような理不尽にも怯まない強さを実戦の中で培っていた。

「キュアウィッチロッド!! サンダーボルト!!」

 手持ちの杖の先に埋め込まれた神秘の貴石。

 集約した魔力は電気エネルギーへと変換され、カオスヘッドたちに雷撃をお見舞い。

 雷撃の直撃を免れなかった彼らは、こぞって黒焦げとなって倒れる。

 一方、二人のプリキュアたちの使い魔であるレイとクラレンスは人間態の姿で背中を合わせる。

『『『カオスヘッド!!』』』

 四方には凶悪なカオスヘッドたち。完全に囲まれた状況で、クラレンスはレイと目配せをする。

「レイさん!! あなたの力を私にお貸し下さい!!」

「了解だ!! カリバーチェインジー!!

 レイは人間態からエクスカリバーとなった。

 刀剣へと姿を変えたレイをクラレンスは装備――周りで待ち構えるカオスヘッドたちへ突撃する。

「はああああああああ!!」

 決して臆さず、怯まず――ディアブロスプリキュアとその使い魔たちは持てるすべての力を集約して目の前の理不尽な現実に抵抗する。

 

 カオスヘッドと戦うプリキュアはキュアベリアルとキュアウィッチだけではなかった。

 本来、ディアブロスプリキュアとは敵対関係にある天使族出身のプリキュア――キュアケルビムもまたカオスヘッドと死闘を繰り広げている。

 元々が天使である彼女。いかなる理由があろうと堕天使の行いを見過ごす事はできないし、正当化するつもりもない。

 たとえ黒薔薇町が悪魔たちの拠点だと分かっていても、彼女が戦う理由はただひとつ――この町で平穏な生活を営む一般市民、すなわち人間のためである。

「プリキュア・ポーラルリヒト!!」

 聖なる光のシャワーの一撃。

 カオスヘッドたちはそれによって次々と浄化され、多くが元の人間の姿へと戻る。

 だが不幸なことに、カオスヘッドは尋常じゃない数だ。いくら倒しても限りという物がまるで見えない。

「このカオスヘッドたちは、数が多いのもさることながら一体一体が非常にタフで手強いです!!」

 ケルビムのパートナー、ピットがそんな弱気な言葉を漏らす。

「だから何なの!? そんな事で音を上げるなら、お笑いだわ!!」

 絶望的な状況だろうと、諦めるわけにはいかない。

 ケルビムはピットを聖弓ケルビムアローの姿にし、その手に装備した。

 襲来するカオスヘッドたちに狙いを定め――聖なる光の力を込めた一矢を射る。

「ホーリーアロー!!」

 

『カオスヘッド!!』

 堕天使の力の一部を受け継ぎ、光の槍を使ってベリアルを攻撃するカオスヘッド。

 悪魔にとって光の槍は掠るだけでも凄まじいダメージを蓄積させかねない危険なもの。ベリアルは細心の注意を払い一撃一撃を慎重に躱し、一旦中空へと逃げる。

「ベリアルスラッシャー!!」

 そして一気に急降下。翼から手裏剣を高速で撃ち出す。カオスヘッドは力のごり押しによって、後ろへ倒れる。

 だが直後、ベリアルの背後に二体のカオスヘッドが接近する。

「は!!」

『『カオスヘッド!!』』

 息の合ったコンビネーションを発揮する二体のカオスヘッドのダブルパンチ攻撃が、ベリアルの体に炸裂。

「きゃあああ!!」

「「「リリスちゃん(様)(さん)!!」」」

 不覚にも背後を取られたベリアル。中空から地面へと激しく叩きつけられた。

 凄まじい一撃だった。ただの人間なら全身の骨が折れて即死は免れなかっただろう。

 プリキュアとはいえ基本は女の子。ベリアルの全身の骨が軋み、表情も苦々しいものとなる。

 二体のカオスヘッドは、怯んだ彼女に光の槍を向けるという非情な攻撃で止めを刺そうとする。

『『カオスヘッド!!』』

「しま……」

 この攻撃が決まればベリアルは……躱しきれないと思ったまさにそのとき。

 

「――ダークネススラッシュ――」

 足下から紫の魔法陣が現れ、そこからバスターナイトが出現。

『『カオスヘッ……!!』』

 バスターナイトはバスターソードを払い、X字の斬撃をカオスヘッド二体へと浴びせ、見事迎撃――ベリアルの窮地を救う。

 思わぬ助っ人の登場にベリアルは唖然とする。

 カオスヘッドを撃退したバスターナイトはベリアルへと振り返り、その身を案じる。

「大丈夫かい?」

「バスターナイト……! どうしてここに!?」

「オレだけじゃないさ」

 そう言ってバスターナイトは空を指さした。

 全員が空を仰ぎ見ると、意外な者が宙を舞っているのに気付く。

 純白の翼を広げ、滑空する天使――キュアケルビムは装備した弓を使い、地上のカオスヘッドたちを聖なる光の力で浄化する。

「キュアケルビムさん!!」

「なぜ来た!?」

「堕天使の侵攻を野放しにするほど天使は落ちぶれていないわよ」

 ウィッチやレイの疑問に答えると、ケルビムはディアブロスプリキュアを援護する形で目に映るすべてのカオスヘッドを撃破。

 それが済むと、ベリアルの元へとゆっくりと降りてくる。

「キュアケルビム……」

「べ、別に勘違いしないで欲しいけど私はあなたを……」

 明らかに照れているケルビムだが、ベリアルは最後まで彼女の言葉を聞かず素通りした。

「って!! なにスルーしてるのよ!!」

 話の途中だというになんて失礼な――そう思うケルビムとは裏腹に、ベリアルから返ってきた言葉は予想外のものだった。

「だって……ツンデレ系の台詞は正直色んなもので取り上げられてるでしょ。もう聞き飽きてるのよ、こっちは」

「だ、誰がツンデレですって!? もう一回言ってみなさ……!」

 反論しようとした直後、ベリアルはケルビムの言葉を遮り次に現れたカオスヘッドの相手をするため空へと移動。

「ってコラー!! だから人の話を聞きなさいよ!!」

 ツンデレという言葉ができて久しいが、ベリアルにはこれまでのツンデレ理論はまるで通用しない様だ。

 ウィッチと二体の使い魔は、ベリアルのペースに振り回されるケルビムの事を気の毒だと思いつつ、こっそりと笑う。

「何というか、分かりやすい人ですよね」

「あんな絵に描いたツンデレがまだこの世界にいたんですね!」

「その上リリスさんのペースに嵌められて……いいキャラしていますよね」

「ちょっとそこ。何か言いたいの!?」

「「「いいえ! 何でもありません!!」」」

 小声でも人の悪口とははっきりと聞こえるらしい。

 案の定、地獄耳なケルビムから怒号が飛んで来るや、あまりの迫力にウィッチたちは声を震わせながら謝った。

『『『カオスヘッド!!』』』

「はあああああああああ!!」

 倒したそばから魔法陣を通じて召喚されるカオスヘッドたち。

 ベリアルは底の知れないカオスヘッドたちを相手取りながら、ケルビムへと呼びかけた。

「キュアケルビム! 天使としてのあなたの使命が悪魔の殲滅なら、それはそれでも構わないわ!!」

 言葉の途中でカオスヘッドが攻撃を繰り出す。紙一重で攻撃を躱し、ベリアルは更に続ける。

「だけど、今はお互いのためにも一時休戦にしてこいつらを倒すのに協力しましょう!! いえ…… 協力してほしいの!!」

 思いがけない提案、もとい懇願だった。

 聞いた瞬間、ケルビムは一瞬聞き違いだと思った。だがベリアルは本気らしく、その瞳からは微塵の悪意も感じられない。

「……ふふふ。天使と悪魔が堕天使討伐のために共闘なんて、実に突飛でナンセンスな発想だわ」

『カオスヘッド!!』

 隙を見てカオスヘッドがケルビムへ拳を叩きこむ。

 ケルビムは敵の拳を片手で受け止め、口角つり上げる。

「でも、あなたのそういうところ嫌いじゃないわ!!」

 刹那。柔道の要領で巨大なカオスヘッドを一本背負い。

 ケルビムの口からいい返事が返ってくると、ベリアルもまた口角をつり上げウィッチたちへ呼びかける。

「はるか、レイ、クラレンス、バスターナイト、あなたたちもいいわね!」

「もちろんですよ!!」

「リリス様の提案に異論はありません!」

「私もレイさんと同意見です」

「オレははじめからそのつもりだったよ」

 ベリアルの提案に全員が賛同する。

 今まさに、悪魔と天使と暗黒騎士による即席の共同戦線が成立した。

「はああああああ!!」

「うりゃああああ!!」

 数の暴力もなんのその。

 ディアブロスプリキュアを中心に、全員が力を合わせこの最悪な状況を切り抜けるために全身全霊の力を振るう。

 正規のプリキュア三人と暗黒騎士、使い魔も入り乱れての大混戦――カオスヘッドという言葉が示す混沌とはこの事だろうか。

「派手に動くな! 円陣だ!」

 周りを見ながら戦っていたバスターナイトが一声を発すると、ベリアルたちも自然と言われた通りの事をし、全員で円陣を組む。

 

【挿絵表示】

 

「臆せず隣の者の背中を守るんだ。数は多いがオレたちの力なら倒せる。消耗を抑えて粘れば、いずれこちらが有利になる」

 バスターナイトの戦術にレイが称賛の声を上げる。

「貴様もかなりの策士だな」

「ホント。理にかなった作戦だわ」

「いいですよ、それでやりましょう!」

「みんなの力を合わせましょう!!」

 ベリアルたちがすんなりとバスターナイトの提案を受け入れたのを見て、ケルビムは内心驚いた。

(バスターナイト……この者の言葉で悪魔と使い魔たちの心が一つにまとまっている。なんという統率力の高さなの?)

『『『カオスヘッド!!』』』

 そのとき、空中よりカオスヘッドたちが飛んできた。

 ケルビムは弓を空へ向けると、飛来するカオスヘッドたちに光の矢をお見舞い――すべて撃ち落とす。

「世の中にあるのは白と黒だけじゃない……なるほど。あなたの言った通りかもしれないわね、バスターナイト!」

「キュアケルビム……」

『『『カオスヘッド!!』』』

 ベリアルたちは円陣を崩さない配慮をしつつ、向かって来るカオスヘッドたちを抑え込む。

 バスターナイトが言った様に、おっかなびっくりではなく隣にいる者の背中を守りながら戦う事で、本来あるべき力を発揮できた。

「今こそ、ひとつになるとき!! 我が主――キュアウィッチに力を!!」

 数が段々と減ってきたところで、一気に勝負をかけようとクラレンスはキュアウィッチロッドと合体する。

「行きますよ、クラレンスさん!!」

〈はい!! はるかさん!!〉

 全身の精神エネルギーを魔力へと変え、ウィッチとクラレンスは互いの想いと意識をキュアウィッチロッドへと集中する。

「〈バーニング・ツイン・バースト〉!!」

 次の瞬間、カオスヘッドへ向けてキュアウィッチロッドから橙色と紅色の魔力エネルギーが怒涛の如く放射。

 着弾と同時に大爆発――カオスヘッドたちは一網打尽となって瞬時に浄化される。

「ピット!! 私に力を貸してちょうだい!!」

〈もちろんですわ!!〉

 天空を舞い、鳥よりも自由に動き回る天使。

 ケルビムはピットが変化した聖弓ケルビムアローを力いっぱい引き、圧縮した聖なる光を雨のように降らせる。

「プリキュア・ディバインバプテスマ!!」

 光の矢による洗礼――何千という数の光の矢が降り注ぐことで、逃げ場のないカオスヘッドたちはたった一度の攻撃で大量浄化される。

「リリスの平穏な日々をこれ以上壊させない」

 恐らくベリアルやケルビム以上に高い戦闘力を持ち、多くの場数を踏んでいると思われる存在――暗黒騎士バスターナイト。

 彼は数に頼るばかりで統一性が感じられないカオスヘッドたちの攻撃を的確に捌き、往年の実力の差を見せつける。

「エントリヒ・アーベント」

 剣先を地面へと向けると、斬撃が波動となって拡散。

 カオスヘッドたちは地面より伝わる強力な力を前に圧倒され、ことごとく吹っ飛んだ。

「フィルストゲシュタルト!!」

 ベルーダ製の強化変身リング・フィルストリングを使ったベリアルは風を司るフィルストゲシュタルトへと変身。

 レイは強化変身したベリアルの力に合わせて、最も相性の良い武器となる。

 フィルストゲシュタルトと相性が良い武器はボウガン。ベリアルはレイボウガンを装備し、風の力で敵を制圧する。

「これで決めるわ!」

 全神経を研ぎ澄ませ、ベリアルはボウガンより高密度に圧縮した風の砲撃を放つ。

「プリキュア・スーパーテンペスト!!」

 プリキュア・スーパーウインドラグーンより強力な風が辺り一帯に吹きすさぶ。

 直後、ボウガンからより高密度に圧縮された空気弾が連射され、敵を瞬く間に撃ち抜く。さらに複数命中することでその分威力が上昇、爆発も連続で起こる。

『『『カオスヘッ……!!』』』

 強力無比な力がカオスヘッドを一掃する。

 

 だがそのとき、中空から紅色に染まった光の槍が飛んで来た。

「……ッ!」

 咄嗟に光の槍を躱したベリアル。頭上を見上げると、そこにいたのは災厄の根源だった。

「待っていたぞ、プリキュアたち」

「あんたは……!!」

 黒い翼を広げ舞い降りてくる因縁の敵。

 堕天使ザッハは部下のラッセルとコヘレトを連れて、満を持して参戦する。

「堕天使ザッハ……やはりあなただったんですね!!」

〈それに毎度のことながら、あなた方もしつこいですね〉

 堕天使によって悔しい思いをしたウィッチとクラレンスが嫌悪感を示す一方、当人たちはまるで意にも介していない。

「おーほほほほほほ!! 何とでもおっしゃい。忌々しい悪魔どもめ、今日こそ息の根を止めてやるわ!!」

「うちの大将を怒らせたんだ。この前の借りは千倍にして返してやるぜ!!」

 と、コヘレトが言った瞬間、地面から複数の魔法陣が出現。

 そして先ほどと同様に大量 のカオスヘッドが現れ、邪悪な雄叫びを上げる。

『『『カオスヘッド!!』』』

 ベリアルたちは一度散開してカオスヘッドの攻撃を回避。

 そして大元の原因である召喚主を攻撃するため、狙いをザッハに集中する。

「イーグルショット!!」

 ベリアルはレイボウガンから風の塊を放つ。

 放たれた風はザッハへと向けられる。それに対して、ザッハはカオスヘッドを盾にする事で自分へのダメージを回避する。

「まとめてかかってこい、下等種ども!!」

 ザッハの言葉に白と橙のプリキュアが反応する。

「言ったわね!!」

「卑しいのはどっちですか!!」

 ザッハからの挑発に業を煮やしたケルビムは矢を放ち、ウィッチは魔力弾を撃つ。

 二人の攻撃をザッハは華麗に躱す。そして頃合いを見計らったように部下であるラッセルとコヘレトがダブル攻撃を仕掛ける。

「「はあああああああああああ!!」」

 堕天使とはぐれエクソシストによる攻撃をケルビムとウィッチはともに躱す。

「グラーフゲシュタルト!」

 ベリアルはグラーフリングを装備し、フィルストゲシュタルトからより攻撃力重視のグラーフゲシュタルトへ変身する。

「何をしても無駄だ。貴様らの力では我を滅ぼすことはかなわぬ」

 プリキュアの攻撃に一切の恐怖を感じていないザッハ。終始不遜な態度を取る堕天使の鼻を明かす為、バスターナイトとベリアルは互いの顔を見合う。

「ダークネススラッシュ!」

「ついでにこれもおまけよ!」

 そして今度はバスターナイトとベリアルがお互いの能力を掛け合わせる。

 絶大な威力を誇るダークネススラッシュと、それにプラスされるグラーフゲシュタルトの炎エネルギー 。

 闇と炎 の斬撃がザッハを迫ったが、直前でザッハは攻撃の軌道を逸らし、強大なエネルギーの塊はラッセルとコヘレトを直撃した。どうにか致命傷は避けられたが、強大な技の威力に押され後退する。

「チキショウ……ひでーとばっちりだぜ!!」

「よくも私の超高級ブランド服に……!」

 無傷でいられるはずもなかった。コヘレトは不可抗力で傷を負わされたことに、ラッセルは華美なチャイナドレスに焼け焦げを付けられた事に怒りを覚える。

 怒る二人は邪気から生まれるエネルギーを集約し、合体技を披露する。

「「消し飛べ!!」」

 邪気を結集した破壊光線。

 禍々しい色を持つ強大な力をベリアルとバスターナイトは真正面から受け止め、必死に耐える。

「「くうう……」」

「私の大切な友達に手を出さないでください!!」

「別に悪魔を助けたいわけじゃないからね!!」

 二人の窮地を救うため、ウィッチとケルビムはラッセルとコヘレトを攻撃する。

 ウィッチたちの援護もあってベリアルとバスターナイトは危機を脱することができた。

「ラッセル! コヘレト! 下がれ」

「「ザッハ様!」」

 ザッハが前にでると同時にラッセルたちが後退する。

「頃合いだ。私が直々にプリキュアを葬りさろう」

「はっ!! このラッセル、ご武運を祈っております」

「ケチョンケチョンにやっちゃってください、大将!!」

 いよいよ、この事件の黒幕であるザッハが自らの力でベリアルたちに戦いを挑む。

 おもむろに天から舞い降りるザッハにラッセルとコヘレトは片膝を突いて恭しく控える。

 ベリアルたちが警戒する中、ザッハは不敵な笑みを浮かべる。

「ふふ……貴様たちに見せてやる。私の真の力を」

 言った瞬間、ザッハは全身から邪悪なオーラを発する。

 そのオーラは殺気に満ちたものであり、ベリアルたちも思わず後ずさるほどだった。

「我が糧となれ!! 混沌の闇より生まれし亡者ども!!」

『『『『カオスヘッド!!』』』』

 周りに集まったカオスヘッドたちを、ザッハは体に取り込み始めた。

 腹部に現れた黒いブラックホールに吸い込まれるカオスヘッドたちに、ベリアルたちは驚愕する。

「カオスヘッドの力を……!?」

「吸収しただと!」

 カオスヘッドを取り込むことでザッハの外見は顕著に変化していく。

 上腕二頭筋は見る見る膨れ上がり、大胸筋もそれに伴い固く逞しくなっていった。

 鋭い目つきは寄り鋭く凶暴なものへと変貌。合計四枚の翼は六枚へと生え変わる。

 しまいには頭に螺旋状の角まで生えてきた。

 人々が思い描く堕天使らしいおどろおどろしい姿へと変貌したザッハに、ベリアルたちは絶句する。

「まとめて引導を渡してやる!」

 あふれ出る負のオーラに後ずさりそうになるが、ここで引けば誰がこのおぞましい相手と戦えるというのか。

「「「「はあああああああ!!」」」」

 怖いなどとは言っていられない。

 四人はほぼ同じタイミングで前へ飛び出し一斉攻撃を仕掛ける。

 ザッハは、猟奇的な笑みを浮かべると全身から禍々しいオーラを発し、その圧だけでベリアルたちをまとめて吹き飛ばす。

「「「「ぐあああああ!!」」」」

 各々、建物や地面などに激しく叩きつけられる。

「カオスヘッドどもの力を吸収したんだ。こんなのまだまだ序の口だ」

 そう言って、亜空間から両手剣を召喚しこれを装備する。

「来るがよい!」

「言わせておけば……」

「調子に……乗るんじゃないわよ!!」

 ザッハの挑発を真に受けたベリアルとケルビムが飛び出した。

「リリスちゃん! ケルビムさん!」

「やめるんだ、二人とも!!」

「「はああああああ!!」」

 ウィッチとバスターナイトの制止を振り切り二人はザッハへと突進。

「ぬらあああ!!」

 口角をつり上げると、ザッハは手持ちの両手剣を豪快に振るいベリアルとケルビムを斬りつける。

「「があああ!!」」

 強烈な一撃。

 ベリアルとケルビムは想像を絶する攻撃にあっという間に意識を持っていかれそうになる。

「ふはははは!どうしたそんなものか?」

「ザッハ!!」

「許さんぞ!!」

 目の前で親友を傷つけられた事をウィッチは黙っていられなかった。

 バスターナイトもまたベリアルを傷つけたザッハを許せなかった。二人は怒りを露わに、ザッハへと攻撃を仕掛ける。

「キュアウィッチロッド!! ブリザードスピア!!」

 杖の先から無数とも言える氷の槍を放ち、ウィッチはザッハの体を凍結させる。

 その隙にバスターナイトが動けないザッハへ接近し、斬りつける。

「はああああああ」

 だが直後、氷漬けになったザッハの氷が砕ける。

 ザッハは斬りかかったバスターナイトの魔剣を鷲掴みにして受け止める。

「なに!?」

「詰めが甘いわぁ!!」

 剛腕でもってバスターナイトをウィッチへと放り投げる。

「「うわああああ!!」」

 ウィッチはバスターナイトの下敷きとなって巻き添えを被る。

「この!!」

「堕天使風情が!!」

 復活したベリアルとケルビムは、左右からボウガン と光の矢を放って対抗する。

 だが、ザッハは容易に二つの攻撃を手持ちの両手剣で弾き返し、ベリアルとケルビムが当たるように仕向けた。

「「だああああ!!」」

 ここまではザッハの独壇場だ。

 カオスヘッドの力を吸収し、パワーアップした敵に小手先の攻撃は何ひとつ通用しない。

 ならば――ベリアルたちのやる事はひとつ。それぞれの必殺技を同時にザッハへ叩きこむ以外に最早勝機は無い。

 背水の陣。ベリアルたちは四方に散らばり、中央のザッハ目掛け必殺技を繰り出す。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

「プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

「プリキュア・ポーラルリヒト!!」

「ダークネススラッシュ!!」

 四人が繰り出す最強の必殺技が炸裂した。

 しかし爆炎が晴れると、ザッハは平然とした様子で立ちはだかっていた。ザッハの体にみなぎる邪気はベリアルたちの想像を遥かに超えていた。

「無力……あまりに無力!!」

 体から衝撃波を飛ばして攻撃。

 ベリアルたちにダメージを与えたと思えば、手のひらから火球を作り出し、それを四人へとぶつける。

「うらあああああああ!!」

「「「「うわあああああああああああ!!」」」」

 今までにない敗色濃厚な雰囲気。ベリアルたち四人の力はまるでザッハの足元にも及ばない。

「どうした、その程度か? ふははははははは!!」

「嗚呼、ザッハ様!! なんと素晴らしい力なのでしょう!!」

「よっ!! 我らが堕天使の大将!! 堕天使一!!

「これが私の力だ。私こそが、真の堕天使!! キング・オブ・フォールエンジェルなのだ!!」

 ベリアルたちを圧倒し、部下たちからも称賛の言葉をもらいザッハはすっかり上機嫌となる。

 その一方で、ベリアルたちは満身創痍の姿で地に這いつくばり、立つこともままならない。

「な、何て奴だ……」

「歯が立ちません……」

「どうするの……手に負えないわ」

 絶望する三人にベリアルが叱咤する。

「あきらめちゃ……ダメよ!! あんな奴の……好きになってたまるもんですか!

 これだけの力の差を見せつけられても、ベリアルの闘志は消えていない。

 どれだけ傷つこうと諦めずに立ち向かおうとする意志がベリアルにはある。そんな彼女に触発されて、ウィッチにケルビム、バスターナイトも歯を食いしばって立ち上がる。

「往生際が悪いわね。それ以上醜い姿を見せないでくれるかしら?」

「ザッハ様、ひと思いに止めを刺してやりましょう!」

「よかろう。さぁ降伏するがよい!! 我が力の前に!!」

 今一度火球を作り出し、ベリアルへ攻撃をしようと狙いを定める。

「消え去れ!! 死に損ないの悪魔が!!」

 飛び切り下種な笑みを浮かべるとともに、勢いよく火球を放つ。一直線上に走る灼熱の炎が動けないベリアルへ飛来する。

(ここまで、か……)

 だが、次の瞬間。思わぬことが目の前で起こった。

「ダメですっ――!!」

 すんで のところで、ウィッチはベリアルへと向けられる攻撃を自らが盾となる事で防いだ。

 だがそれは同時に彼女のダメージを蓄積させる事を意味しており、ベリアルは自分の目の前で大ダメージを負った親友の姿に目を疑った。

「はるかぁぁあ!!」

 ベリアルの声も虚しく、ウィッチは強制的に変身が解除され意識を失い力なく倒れた。

 

           ≒

 

さかのぼる事、八年前 ――

 

「ねえねえ、悪原さん。今日学校が終わったらウチでおままごとするんだけど、いっしょに遊ばない?」

「すーんごい立派なセットがあるんだよー!」

 休み時間、リリスは自席で頬杖をついて外を眺めているのが日課であった。小学一年生ともあれば、学校が終われば一目散に帰宅して皆で遊ぶのが人並みの生活の仕方だろう。彼女たちもまた例に漏れず遊び盛りであり、いつも一人で物憂げに外を眺めているリリスをターゲットにして、仲間に入れようという算段だった。

 しかし、リリスは、

「…………」

 ただただ無言を貫く。

「……悪原さん?」

「もういいよ、いこっ」

 リリスはすぐに諦めてくれたことに内心ほっとする。

 洗礼教会の手によって引き起こされた悪魔界での惨劇は、まぶたを閉じれば昨日のことのように思い出す。最愛の家族を失って、命からがら人間界へと逃げてきたリリスは、わずかな悪魔の生き残りとともに世界各地に散らばって洗礼教会から身を隠すように生きていた。

 リリスが最初に降り立ったのは欧州、ドイツ連邦共和国。そこで友人や婚約者、ベリアル家に仕えていた貴族と再会し、幼いリリスは使い魔のレイを伴い、共同生活をしていた。

 家族を失った心の傷痕も彼らとの生活で少しずつ癒えてきた頃、洗礼教会の悪魔残党狩りが始まった。

 人間界に逃げた悪魔を殲滅するためにやってきた洗礼教会の執拗な捜索によって、一緒に暮らしていた悪魔たちはまたも離散することとなった。徐々に住処を追われ、ついには婚約者とも離ればなれになり、その後の動向を噂で聞くことは一度もなかった。

 洗礼教会の手が近くまで迫ってきた時、リリスはまだ奴らの目が行き届いていない遠い地へ、と周囲の大人たちがどうにか手続きを済ませて手に入れた日本国籍と日本の小学校への入学手続き書類を手渡される。

『魔王ヴァンデイン・ベリアルの姫君よ。これからここより遠く離れた日本国へと転送いたします。そこで貴方は――』

『悪原リリス、を名乗るわ。〝悪〟魔の〝原〟種……悪魔界を束ねたベリアル家が名乗るのにふさわしい、いい名前ね……』

 かつての悪魔界を思い出し感傷に浸る。

『リリス様……心中お察しいたします』

 レイが心配そうにリリスに寄り添う。リリスは首を横に振って気を取り直し、姿勢を正すと、

『今までありがとうございました』

 感謝の意を伝え一礼すると、転移魔法陣をくぐって遠い東方の国へと渡ってきたのであった。

 

(これ以上、大切なものを失わないために、私が自立してしっかりしないと……)

 リリスが心の中でぼやいていると、ふいに耳がキーンとなるような大声が頭に響く。

「悪原さん! 今日こそいっしょに遊びましょう! 毎日毎時間座りっぱなしだとそのうち根っこが生えて立てなくなるってテレビで言っていました!!」

 また来たか、とリリスは思った。大抵の子は何度か無視すると諦めて立ち去ってくれるのに、この少女だけは一向に諦める気配がなく、毎日果敢に話しかけてくる。

「……何なのよ、そのテレビ。嘘もいいところじゃない。そんなデタラメなことを流していたらそのうち訴えられるわよ」

 たまらずリリスが口を開くと、少女はにんまりと笑顔になってさらに言葉を返す。

「悪原さん、今日は返事をしてくれましたね! でもテレビは本当ですよ! はるかの夢でちゃんと見ましたもん!」

 リリスの塩対応にもめげない少女、はるかが胸を張って答えると、

「…………」

 夢と現実をごちゃ混ぜにした回答に呆れたリリスは半目になって口をつぐむ。

「あれれ、悪原さーん? おーい」

 無言になったリリスにはるかが手を振って見せるが、やがてぷいと顔を窓にやり再び無言を貫く。

「ぐぬぬ。でも今日は一言お返事がもらえたので一歩前進です! 明日もお話しましょうね!」

 はるかが言うと、リリスは明日も来るのか、とうんざりする。

 リリスには友達がいなかった。普通の子どもでは到底得がたい悲惨な幼少期を送ったリリスは、誰かを大切に思えば思うほど、失った時の代償が大きいことを知っていた。いつしか、それはリリスの心を覆う鎧となり、必要以上の接触をしないようになっていた。

 周りも子どもながら空気を察してか、積極的にリリスに絡んでくる者などほとんど存在しなかった。

 しかし、はるかだけは違った。

 来る日も、

「悪原さん! 昨日の帰り道にこーんなちっちゃなネコさんがいてですね!」

 来る日も、

「悪原さん! この間はじめてお母さんにお使いを頼まれまして!」

 時間を見つけてはリリスに話しかけてきた。最初は無視を決め込んでいたリリスも、底抜けたはるかの明るさに引っ張られるかのように徐々に口数が増えていき、やがて、

「悪原さん! あのですね……」

「リリス」

「ハヒ?」

 はるかが首をかしげる。

「リリスでいいわよ。……ねえ、あなたはなんで私なんかにかまうわけ? 他の子と一緒にいた方が断然有意義な人生になると思うけど」

 リリスがはるかの理解不能なまでのしつこさに、本心から尋ねる。すると、はるかはいつもと変わらぬ笑みで答えた。

「だって笑っていた方が楽しいじゃないですか! 悪原……リリスちゃんが毎日さみしそうに外を眺めているのを見ていたら、はるかも胸がきゅーっとなっちゃって。気付いたら絶対笑わせてやるぞーって」

 えへへ、と笑ってはるかは頬をかく。

 それを聞いたリリスは、

「……プッ。何それ」

 何の取り留めもない会話であったが、ふと笑いがこぼれてしまった。あの大災厄の日以降、リリスははじめて笑顔を見せた。積もりに積もったはるかの太陽のような明るさがリリスの暗闇の雲に一筋の光を通した瞬間だった。リリスを覆った心の闇はまだ完全に晴れはしないが、今この時はこれで十分だった。

 目の前の少女はこれから先もきっと自分に幸いを与えてくれるのだろう。そう思ったリリスの口からは、自然と言葉があふれていた。

「ありがとう、はるか」

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

「はるかぁぁあ!!」

「はるかさん!!」

 あまりに無情な現実。ケルビムとバスターナイトが言葉を失う中、ベリアルとウィッチの変身が解けたことで分離されたクラレンスが倒れたはるかに呼びかける。

「はるか!! しっかりしなさい!!」

「はるかさん!! お気を確かに!!

「リリス……ちゃ……ん」

 か細い声ではるかはベリアルの頬に手を添える。

「よかった……生きて……て……」

 虚ろな目でベリアルを見ていたと思えば、はるかの力が急に途絶え――ベリアルに当てていた手を下へと落とした。

「はるかっ!!」

「うそ……!? 」

 キュアケルビムの正体、テミス・フローレンスはクラスメイトの痛烈な姿に息をのむ。

「はるか!! お願い目を覚まして!! はるかッ!!」

「オレに見せてくれ」

 動揺を隠しきれないベリアルにバスターナイトが声をかける。

 どうしていいのか分からない彼女に代わって、バスターナイトははるかの脈拍を確かめる。

「……微かだが、まだ息はある」

「本当!?」

「しかし、危険な状態であることに変わりはない。オレが応急措置を―――」

「ヒーリングパルス」

 そのとき、ケルビムがはるかに対して救護用の術式を施し始めた。

「キュアケルビム……!」

 ベリアルとバスターナイトが目を疑うのに対し、ケルビムは言う。

「本当なら今すぐにでもあの堕天使を殴りつけてあげたいわ。だけど、その役目は私じゃない……あなたよ!!」

 ベリアルを指してそう投げかける。

 彼女の気持ちを受け取り、ベリアルはザッハへの怒りを沸々と湧き上がらせる。

「よくも……よくも私の親友にこんな仕打ちをしてくれたわね」

「ふふふ。打算で動く悪魔に友情を語る資格があるのか? その人間の娘も実に哀れなものだ。悪魔など庇わなければこんな目に遭わずに済んだというのに」

「そうね。私に関わらなければ、はるかはこんな辛い思いをしなくて済んだのかもしれない……いえ。確実にそうよ」

「断言できるくらい分かっていながら、貴様はその娘を戦いのために利用した!! 悪魔とは実に愚かな存在よ!! そやつが悲しまぬように、貴様もすぐに後を追わせてやろう!! 」

 ザッハは狂ったような表情で、その手に光の槍を生み出した。

 光の槍をベリアル目掛けて飛ばす――が、その瞬間ベリアルは飛んでくる光の槍を鷲掴みにして受け止めた。

「な……!?」

「……私を咎めるのなら好きにするといいわ。だけど、はるかは何ひとつ間違った事はしていないわ!!」

 自分が傷つくことは覚悟の上。だがベリアルを守るためにはるかは身を投げ出し瀕死の重傷を負った――ベリアルにはそれがどうしても許せなかった。。

「十年前……最愛の家族を失い寄る辺の無かった私はこの人間界でひとりぼっちだった。そんな私に声をかけてくれたのがはるかだった。私はあの子から生きる力をもらった。数えきれないくらいあの子の心に救われてきた!! 私の正体が悪魔である事をはるかは受け入れてくれた!! 洗礼教会に復讐するという邪な目的でプリキュアになった私を、あの子は受け入れてくれた!! 四面楚歌の状況でも私と一緒に戦ってくれる事をあの子は受け入れてくれた!!」

 並々ならぬはるかへの強い情愛。

 父母を失いたった一人で人間界で生きて来たベリアルにとって、唯一の寄る辺であった人間、天城はるか。それを奪う無粋な輩、堕天使ザッハをこの手で倒す――ベリアルはそう固く誓う。

「堕天使ザッハ……私は立ち止まってる暇など無いの。私から大事なものを奪うっていうなら、まずはあんたのその命……獲らせてもらうわ!!」

「笑わせるな! 貴様は既に満身創痍。そんな体で何ができる!?」

 確かに、ザッハの指摘は正しかった。

 しかし、ベリアルにはとっておきの秘策が残っている。

 彼女はこのときとばかりにとっておいた最終兵器――ベルーダから本日受け取ったばかりの第三の強化変身リング・ヘルツォークリングを取り出した。

「それは……!」

 ザッハが目を疑う。

 ベリアルはベリアルリングの上に重ねるように指輪をはめると、天に向かって腕を突き上げる。

「ヘルツォークゲシュタルト!!」

 ヘルツォークリングが光を帯びてベリアルの体を青色のオーラで包み込む。

 ベリアルの全身を青々とした雷が彼女に力を与える。青を基調とした衣装へと変化し、全体的にエッジを効かせた様なデザインとなる。

 稲妻のように毛羽だった髪を持ち、ところどころに雷の意匠をあしらって背中の翼もそれまでの二枚から四枚へと変わる。

 これが、キュアベリアルが発現した第三の強化形態――雷の力を秘めし悪魔公爵。その名を。

 

「キュアベリアル・ヘルツォークゲシュタルト」

 

 グラーフとフィルスト時とは比べ物にならないエネルギーの密度が全身から滾ってくるのを実感しながら、ベリアルは大きな声で呼びかける。

 

「レイ!! 来なさい!!」

「リリス様……はい!! いきますよ――!!」

 ベリアルが新たな力を手に入れた事で、使い魔のレイにも変化が生じる。

「ハルバード チェイーンジ!!」

 それまでは剣とボウガンにしかなれなかったレイが手にする新たな変身能力。姿を戦斧の形をした武器【魔戦斧レイハルバード】に変化させベリアルの装備品となる。

「こけおどしだっ!!」

 ザッハは己の力を過信し、何の警戒もせずにベリアルへと突っ込んだ。

「はあああ!!」

 繰り出されるザッハの斬撃を、ベリアルはレイハルバードで受け止め、今まで傷ひとつ付けられなかったザッハの体へ深く斬り込んだ。

「ぐああああ!!」

 一撃一撃がとても重い。

 おまけに雷の力が付加された斬撃はザッハの体力を著しく奪っていく。

「おのれ……ならば!!」

 雷には雷と、ザッハは空に雷雲を発生させベリアル目掛け稲妻を落とす。

 だが、ベリアルは向けられた雷エネルギーをすべて吸収。その力を逆にハルバードの先端から斬撃と一緒に撃ち返した。

「のあああああああ!!」

「すごい……今までの強化変身とは比べ物にならない力だわ」

 グラーフゲシュタルト、フィルストゲシュタルトとは比べ物にならないパワーを持つフィルストゲシュタルトの力は想像を絶しており、ケルビムも唖然とする。

「はあああああああ!!」

 やられっぱなしだったベリアルはこの変身を機に反撃――今度はザッハが防戦一方と化し、たちまち傷の数を増やしていく。

「ぐあああああああ!!」

 カオスヘッドの力を取り込み自分は強くなったと思っていた。

 しかし、ベリアルが手にした力はそれ以上であり、対抗策がことごとく潰される事がザッハには耐え難く信じられなかった。

「認めぬ……認めぬぞ……貴様のような下等な悪魔如きに!!」

「終わりよ」

 すべてを破壊し尽くす堕天使に裁きの鉄槌を。

 ベリアルはハルバードに魔力を集中させ、四枚の翼を広げ飛翔する。

 

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

 

 掛け声とともにハルバードを振り下ろす。

その瞬間、ハルバードの刃に重なるようにして雷を帯びた巨大な刃が現れ、二つの刃はザッハの体を斬り裂く。

「う……わあああああああああああああ!!」

「ザッハ様!!」

「そんな……マジかよ!!」

 ラッセルとコヘレトが目を疑う。

 凄まじい一撃を受けたザッハは爆炎の中から虫の息に近い姿で現れた。

 自慢の翼はすべてもぎ取られ、立ちあがる力すら残っていない――ザッハは戯言のように呟く。

「私は……わたしは至高の存在に……」

「無理よ。あんたをこの上も無く優れた存在だと認めるものはあんただけ。周りがそうだと認めない限り、永遠に優れているものにはなれないわ」

「わ、若造が……」

 そう言い残すと、ザッハは命の全てを燃やしつくし黒い羽根となって肉体を消滅させた。

「ザッハ様が……負けた!!」

「チックショウ!!」

 ラッセルたちはショックを隠し切れなかった。

 あまりの衝撃に言葉を無くし放心するラッセルを連れて、コヘレトは強制帰還した。

 

 堕天使による黒薔薇町への襲撃はザッハの消滅とともに終焉を迎えた。

「はるか! 目を開けて、はるか!!」

「う……っ」

 バスターナイト及びケルビムの治療の甲斐あって、はるかはどうにか一命を取り留めた。

 ベリアルの呼びかけに答える形で目を覚まし、はるかは安堵するベリアルを見ながら屈託ない笑顔を向ける。

「……勝ったんですね」

「そうよ。だけどそのためにはるかは……」

 大切なものを守るために、何よりも大切な彼女を傷つけてしまった。

 後悔と自責の念を抱くベリアルの目から涙が零れ落ちるが、はるかはそんな親友の涙を優しく拭い去る。

「泣かないでください。リリスちゃんが泣くなんてらしくありません……いつも通り、リリスちゃんは気丈に自然体で振る舞ってください」

「……バカね……私ははるかが思ってるほど気丈じゃないわよ」

 美しい友情だと、レイとクラレンスが思っていると――ケルビムがその場を立ち去ろうとするのが目に入った。

「……キュアケルビムさん」

 クラレンスが呼び止めると、彼女は背中越しに「壊れた町の修復作業があるからこれで失礼するわ」と言い残し、ベリアルたちの前から飛び去った。

 だんだんと小さくなる姿を追いながら、はるかが空に向かって叫んだ。

「また来てくださいねー!!」

「もう来なーい!!」

 どこまでも素直じゃないケルビム。

 だが今回の事でベリアルたちの中での彼女の評価と認識が着実に変わった事は間違いないことだった。

「バスターナイト」

 ケルビム同様、共に戦ってくれた暗黒騎士バスターナイトもまたその場を立ち去ろうとしたので、ベリアルは彼を呼び止める。

「いつも私の前に現れては、私のことを助けてくれる……そのこと自体はとても感謝してる。だけどどうしても腑に落ちないの。あなたが何者であるのかはっきりさせない事には」

 バスターナイトは背中越しに彼女の言葉を聞き入れる。

「教えて。あなたはどこの誰なの? どうして私を助けてくれるの?」

「……そうだね。そろそろ正体を明かしてもいいのかもしれない。もっとも、オレの素顔をさらして君がオレを分かってもらえるかどうか自信はないけどね」

 刹那、バスターナイトは自身を覆っていた紫の鎧を解除。本来の姿を曝け出した。

 濃い茶髪に真紅の瞳を持ち、きりっと引き締まった顔つきはどこか温かみを帯びている――絵に描いたような美少年がベリアルたちに初めて素顔を見せた。

「ハヒ!! なんてレベルの高いイケメンでしょうか!!」

「仮面の下もキザッたらしい顔だったか……チクショウ!!」

「あれがバスターナイトの正体……」

 ベリアルの周りで仲間たちが口々に感想を漏らす。

「久しぶりだね。オレを覚えているかな、リリス?」

 バスターナイトである少年が温和な顔で尋ねると、ベリアルは目を見開き唖然としながらもゆっくりと口を開く。

 

「サっ君…………?」

 

 

 

 

 

 




次回予告

ク「強いけど正体不明だった暗黒騎士バスターナイト」
は「今明かされたその素顔は、クラレンスさん顔負けのイケメン王子様でした!!」
レ「そして、リリス様の脳裏に蘇る幼少期の記憶。おのれ貴様、リリス様とはどういう関係だ!! 答えろっ、イケメン王子!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『帰ってきた!!愛しいリリスの婚約者!!』」


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第14話:帰ってきた!!愛しいリリスの婚約者!!

暗黒騎士バスターナイトの正体は、リリスの婚約者!
彼の知られざる素性がいよいよ明らかに・・・!!詳しくは本編を確認!!


さかのぼる事、十年前――

人間界 ドイツ南西端 シュタウフェン・イム・ブライスガウ

 

「お父様……お母様……」

 故郷を焼土とされ、人間界へと避難した幼いリリスはいつも悲しい顔に満ちていた。サクヤは故郷を思い出し悲しみに暮れるリリスの顔を見て、ある日、一つの誓いを立てた。

「リリスちゃん」

 サクヤの呼びかけにリリスが顔を上げると、サクヤはしっかりと目を見つめて言った。

「泣かせない、なんて無責任なことはボクには言えないけど、でもこれだけは約束する。これから先何があってもキミの事はボクが……いや、オレがリリスを護る!」

 サクヤの言葉にリリスが目を瞬きながら、もう一度確かめるように聞き返す。

「サっ君……ほんとに? 約束してくれる?」

「うん。オレはずっとリリスのそばにいるよ。キミの婚約者として――」

 

 そう言ったときのサっ君の顔は今でも鮮明に焼き付いている。

 確か、そのときからだ。私は同い年のサっ君を異性として意識するようになっていた。

 

 サっ君はレオナルド・ダ・ヴィンチ顔負けの万能の才の持ち主で、ベリアル家と同じく元・七十二柱に位置する上流家系〝アリトン家〟の血を引いていた。

 物静かだけど、とても誠実で、そして悪魔とは思えないくらい恐ろしく優しかった。

 サっ君と一緒にいるだけで私は心がホッとして、常に満たされていた。

 その感情は日増しに大きくなっていき、やがて明確に恋慕へと昇華していった。

 

 洗礼教会の動向を警戒しつつ、私たちはお父様が若いころに人間界で親交を結んだという、神聖ローマ帝国の跡地にあるドイツ南西端の、かの有名なファウストが生涯を終えたとして有名な都市シュタウフェンに居を構える貴族の屋敷に匿われていた。

 

「――サっ君、呼んだ?」

 あるとき、私はサっ君に呼ばれて彼の部屋を訪れた。

「やあリリス。わざわざ来てくれてありがとう」

「ううん。私もちょうど座学を終えてそのあとの暇をどう潰そうか考えていたところだし――……」

「そっか。だったらいいタイミングだったよ」

 いつものように私にやさしく微笑みかけた後、サっ君が目の前に持ってきたのは、とても美味しそうなベイクドチーズケーキだった。

「うわぁ、美味しそうなケーキ! これ、どうしたの?」

「実は厨房を借りられたものだから、その……キミの為に作ってみたんだよ……」

 照れくさそうに左頬を薄く染め、指でそのあたりを掻きながらサっ君は言う。

 サっ君はとても観察力に優れていた。洗礼教会が襲撃してきたあの日以来、私に元気がない事を気にかけていたらしく、私が好きなケーキをわざわざ手作りしてくれたのだ。

 彼の心遣いに胸がぎゅっと締め付けられそうになる。私は自分の心臓の高鳴りを感じつつ、自分でも頬が紅潮していることがわかると、余計に胸が熱くなる。

 緊張した気持ちを制しながら、

「ありがとう。食べても……いい?」

 とサっ君に尋ねると、

「もちろん。キミの為に作ったものだから」

 と爽やかに笑った。

 フォークを入れて形を崩すのがもったいないくらいきれいなケーキは、とても四歳の子どもが一人で作ったとは思えぬほど見た目も味も完璧だった。小さく切り分けて一口目を頬張ると、私はあまりの美味と、ケーキから伝わる彼の心に、気付けば涙が頬を濡らしていた。

「おいしい……すごくおいしい……こんなにおいしいケーキ、わたし……初めて食べたよ」

「よかった。泣くほど喜んでもらえるとは光栄の極みだよ。キミが良ければ、いつでも作るよ。あ、もちろんキミが太らない程度にだけど」

 ウィットに富んだサっ君のジョークに思わずクスッとなりつつ、私は満面の笑みをサっ君へのお返しとした。

「うん!! ありがとう、サっ君!!」

 私は嬉しかった。

 両親を失いながらも、ただ幸福だった。

 この先何があってもサっ君と一緒なら乗り越えていける。サっ君とこの先もずっと一緒に生きていきたい、と何度も何度も強く心に願い続けた。

 

 離別はあまりにも突然だった。

 サっ君は別れの言葉ひとつ告げることなく、私の前から姿を消した。

 サっ君とその使い魔がいなくなったその日、私は五歳の誕生日を迎えた。本来ならば、ささやかだがサっ君と一緒に誕生パーティーを開くはずだった。

「ウソつき……ずっと一緒にいてくれるって……約束したのに……」

 それは、他の誰よりも深愛していた異性の明白な裏切りだった。

 私はサっ君に失望し、憎み、呪いさえしそうになった。でも……何よりも、悲しかった。

 あなたは、私のすべてだった。私はただ、あなたと一緒にいられる事が幸せだった。あなたがそばに居るなら私は他に何もいらないとさえ思っていた。

 約束したのに……ずっと一緒だと思っていたのに……なのにどうして……。

 お願いだから帰ってきてほしいと思った。神への祈りなんてできっこないけど、このときばかりは私は本気で神に願いたかった。

 サっ君を返してください、私の元に彼を戻してください、と。

 しかし、私の願いを神が聞き入れてくれるはずも無かった。結局サっ君は私の元に帰ってくることは無かった。

 

 それから程なくして、人間界で悪魔狩りを行っていた洗礼教会の魔の手が私たちを庇護していたシュタウフェンにまで及んだ。

 その頃には、私は誰にも心を開かなくなっていた。大切なものを失う気持ちを二度と味わいたくない一心で。そしていつしか、心の底から笑ったり泣いたりすることが出来なくなってしまった。

 

 ――バスターナイト、彼の素顔が暴かれるまでは。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

現代――

黒薔薇町 市街地中心部

 

「サっ君…………?」

「久しぶりだね。リリス」

 堕天使との戦いを終えたリリスたちは、去ろうとしていたバスターナイトを呼び止め、その正体を尋ねた。

 リリスたちとともに堕天使討伐に協力した暗黒騎士バスターナイトは呼びかけに応じ、その正体を今、ついに明かした。

 素顔を晒した美少年を前に、リリスは見知っているかのように「サっ君」という愛称で呼びかける。

 これはどういう事なのか――真偽を確かめるため、はるかはレイとクラレンスと顔を見合わせたのち、おもむろに尋ねる。

「あの……お知り合いですか?」

「知り合いも何も……私の……婚約者よ」

「「「え……?」」」

 呆けた顔となる三人。

 沈黙がしばし周りを支配する。やがて、その沈黙は唐突なまでに破られる。

「えええええええええええええええええええええええええ!!」

「リリス様の婚約者ですとぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「これはいわゆる運命の再会というものですね!!」

 極端に驚き唖然とする者、事実を認められずにいる者、違う観点で興奮する者とリアクションはそれぞれ。

 ただ、どんなに周りが驚こうとバスターナイトの正体であるリリスの婚約者はすべてを見透かしたように落ち着きを見せ、リリスを真っ直ぐ見つめている。

 リリスは無意識に婚約者の方へ一歩、また一歩と歩み寄りながらも、目の前で起こっている事実を受け入れがたい様子だ。

「でもそんな……だって、だってサっ君は十年前に失踪したっきり行方不明のままだったのに……なのになんで今になって!?」

「すまない……その件に関してはあとでじっくり話したい。いや、まずはキミを一人にさせてしまった事を謝るべきだよね……リリス、本当にすまなかった」

「サっ君……私」

 何か言おうとした時だった。

 リリスの体を包み込む大きくて温かい感触。

 バスターナイトの少年は何の躊躇もせず、リリスの下へ駆け寄り彼女を抱擁する。そしてその口から出た言葉は――

「ずっと会いたかった……」

 ただその一言がリリスの心に染みわたった。

「うううううううううう……」

 これまで気丈に振る舞い続けてきた。

 理不尽な運命で家族を失い、故郷を失った彼女は洗礼教会への復讐という大義を果たすためだけに生きてきた。

 そんな自分の我儘な欲望のために、人間界で唯一心を通じ合わせた親友や町の人々を巻き込んだりすることを不本意と感じながらも、必死に気丈であり続けてきた。

 だが、もうそんな仮面をかぶる必要は無くなった。今目の前に、とっくの昔に死んだものとばかり思っていた愛しい人が戻って来てくれたのだから。

「うわああああああああああああああああああああああ」

 人前で涙など滅多に見せることが無かったリリスが、惜しげもなく涙を流し、声を震わせる。

 はるかたちが居る前で彼女は十年分の涙を流す。

 婚約者の胸の中でこれまでため込んでいた辛い憑き物を洗い流す。

 泣き崩れるリリスを前に、婚約者は何も言わず彼女の気持ちをすべて受け入れようとリリスの事を優しく包み込む。

 

【挿絵表示】

 

「私も……会いたかった……サっ君……どうして私を置いてどこか行っちゃったの!? 私、ずっとひとりで怖かった! 寂しくて死んじゃいそうだったんだから!!」

 切なるリリスの叫びを聞き入れ、婚約者は胸の奥がチリチリする。

「オレは、出会った頃からずっとキミに救われてきた。だからキミを守りたくて……こんなに時間がかかってしまった。本当にごめん」

 謝罪の言葉とともに、リリスの双眸から零れる涙を拭う。

「もういいの……私はもうひとりじゃないから。サっ君、あの子たちを見て」

 リリスは蚊帳の外のはるかたちへと振り返る。

「あれが今の私の大切な人たち……――」

 それを聞いた瞬間、はるかもレイもクラレンスも屈託のない笑みを浮かべる。

 十年の間にリリスが得たものの大きさを知った婚約者は、心の底から安堵する。

「そうか……リリスはこの十年でかけがえのないものを得て、強くなったんだね」

「サっ君……」

 婚約者の顔をまじまじと見つめ、リリスは目の前の愛する彼の首に手を巻き、力いっぱい抱きつく。

「もうどこにもいなくならないでね……これからはずっと一緒だよ」

 切なる願望。これ以上悲しい思いをしたくないというリリスのたったひとつの願い。この願いを聞き入れると、婚約者はリリスを抱き返し一言で返す。

「……ああ」

 約束の返事をすると、リリスの顔が綻んだ。

 愛する者同士のドラマチックな再会場面は、はるかとクラレンスの涙腺を容易に崩壊させる。

「うううううううう……何と言う感動的場面なんでしょうか……涙で目の前が何にも見えません……キャントルッキングです……」

「はるかさん……私のハンカチで良ければ是非……」

「ありがとうございます、クラレンスさん……チーン!!」

 滝のように涙を流す二人と、その一方で、

「だがひとつだけ気に入らないことがあります」

 と、レイが低い声で言う。

 レイは力強く一歩前に出るとともに、リリスと抱き合う婚約者に指さし声を荒らげる。

「おい貴様っ!! いつまでリリス様と抱き合ってるんだ!! さっさと離れろやぁ――!!」

 

           *

 

 日本の治安維持の要たる警察。

 その首都である東京を中心に活動を展開する国家機関――警視庁。

 現在、彼らが協議しているのは度重なり黒薔薇町を中心に出現する未確認生命体ピースフルとカオスヘッド、そして怪物と戦うプリキュアについてどうするか。

 ハト派は温厚にプリキュアの動向を経過観察し、害悪が無ければ彼らを保護すべきだと主張する。

 一方でタカ派は国土防衛のためならプリキュアであろうと容赦すべきではないと意見を述べる。

 二つの考えは真っ向から対立し、議論は紛糾した。

 その一方で、こうしたプリキュアによって発生する事案を一手に担うために創設された専門の部署が秘かに活動を続けていた。

 

           ≡

 

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

 公安部内に秘かに設置されたプリキュアによって発生する一連の事件を一手に担う専門部署――警視庁公安部特別分室、通称【プリキュア対策課】。

 現役の公安部長を務める神林敬三(かんばやしけいぞう)(五三)は、机の上に集められた写真を一枚一枚手に取り、吟味している。

 写真はすべてこれまでのディアブロスプリキュアと洗礼教会、堕天使との戦いの瞬間を克明に写したものばかり。

 そして、先の堕天使ザッハの襲撃時に撮られた写真には、キュアベリアルの新フォーム・ヘルツォークゲシュタルトの姿が映し出されている。

「とうとう本性を出したか……」

 敬三が写真を見て険しい顔を見せる。

「しかし本当なんでしょうか……悪原リリスがプリキュアで、悪魔だというのは?」

「可能性は十分ある」

「なら彼女はなぜ人を守るんです?」

 彼らにはそこがどうにも理解できない。

 悪魔は基本的に人に害をもたらす存在であり、人を守る事などないはず。それが彼らが抱く悪魔のイメージだった。

 しかし、リリスの行動は直接的動機ではないにしろ、結果として町の人を守る行動に繋がっている。

 だからこそ彼らも彼女が本当の悪魔だと断定する事ができずにいた。

「敵なのか味方なのか……何にせよ、彼女が我々の人類の脅威になりうる可能性は十分に高い」

 仮にも一警察官。それも公安部という国家の危機に直接左右するような重大事案を扱う部署の長たるもの警戒は強めるべきだ。敬三は引き続きプリキュアの経過観察を続けることを念頭に捜査方針を決めようとした。

 そのとき、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「入れ」

「失礼します!」

 快活な返事とともに部屋に現れたのは爽やかな印象を抱かせる少年。

「父さん、ただいま!」

「おお春人か。いつロンドンから戻ったんだ?」

「昨日の夜中だよ」

 少年の名は神林春人(かんばやしはると)(十六)――神林敬三の実の息子で、その筋では有名な高校生探偵である。

 普段はイギリス、ロンドンにあるインターナショナルハイスクールに通っているが、今回彼が日本に帰国したのにはそれなりの訳があった。

「それより父さん、頼まれた例のものができたよ。ほら、ここにある!」

 春人は手に持っていた銀色のアタッシェケースを掲げ父へ見せる。

「おお、ついに出来たか! 我々警察が悪魔や堕天使、化け物どもに対抗できる唯一の手段が……!!」

「やりましたね部長!!」

「『大河内財団』からの資金援助のおかげだな。なんにせよこれで警察も面子が保てるというものだ!」

 警察とて、いつまでもプリキュアやそれと敵対する未知の勢力に後れを取る訳にはいかない。

 このときのためにプリキュア対策課は世界でも屈指の財力を誇る謎の財閥・大河内財団からの資金援助のもと独自に研究を行い、プリキュアの力と引けを取らない独自の防衛対策システムを開発した。

 春人は持ちこんだアタッシェケースを父の仕事机に置くと、その中身を早速公開する。

 ケースが開かれると、さまざまな機能を秘めたハンドガンが一丁、近接戦闘時に用いると思われる金属製の警棒が一本、最後はアルファベットで【SK】と書かれた警察手帳型の道具の全部で三種類が入っていた。

「これがそうか……!」

「さすがは大河内財団。発注してからたった三か月で完成させてしまうとは」

「父さん、早速僕がテスターになってみるね!」

 聞いた瞬間、敬三は焦燥の顔を浮かべ前に身を乗り出す。

「何を言っているんだ春人!? そんな危険なマネを私が許可するはずないだろう!」

「父さんこそ何言ってるのさ? 国家防衛の要たる警察がいつまでも中学生くらいの女子に国を守られて恥ずかしくないの? それに、悪原リリスたちがいつ人類に牙を剥くかわかったものじゃない」

「それはそうだが……万が一お前の身に何かあったら、(こよみ)の……お前の母さんに申し訳がない」

 警察官と言えど人の子。

 一人息子の春人には成る丈危険な目に遭って欲しくないというのが親心だ。

「僕のことは心配いらないよ。そのためにちっちゃい頃から色々鍛えてきたんだから」

 だが春人の決意は固く、そこに一切の妥協も甘えもなかった。

 春人はケースの中に収まった最高機密の秘密兵器に手を触れることで、その決意をより強固なものとする。

「必ず僕の手でプリキュアの正体を確かめてやる。そして人類にあだなす脅威は、一匹残らず排除する。もしも彼女達が抵抗するならば、僕が直々に逮捕してやるんだ」

 

           ◇

 

黒薔薇町 悪原家

 

 ザッハによる黒薔薇町襲撃事件から翌日、リリスは婚約者を自宅へと招き入れ、はるかたちに紹介した。

「改めて紹介するわ。私の婚約者の……」

「デヴィル・ブラックサクヤ・オブ・ザ・アリトンです。日本では十六夜朔夜(いざよいさくや)と名乗っています。よろしく」

 リリスの家へと招かれた彼女の婚約者でバスターナイト……十六夜朔夜ははるかとレイ、クラレンスを前に会釈する。

「こちらこそ。天城はるか、十四歳です!! リリスちゃんとは小一の頃からお付き合いさせてもらっています!! それから、はるかの使い魔のクラレンスさんです!!」

「はじめまして朔夜さん」

「二人ともよろしく」

 はるかとクラレンスは好意的であり、朔夜とも何ら普通に打ち解けることが出来た。

 一方、リリスの使い魔のレイは朔夜とは目を合わせず、面白くなさそうな顔を浮かべるばかりだった。

「ほらレイ。あんたもサっ君に挨拶しなさい」

「しかしリリス様……私はこんな奴の」

 と、悪態を付けた瞬間。

 リリスがレイの態度に怒り、耳を容赦なく引っ張った。

「いたぁぁああああああ!! 地味に痛い、地味に痛いですぞ――!!」

「サっ君をこんな奴呼ばわりする悪い使い魔はどこの誰かしら~♪」

「も、も、申し訳ございません!!」

 笑顔で怒られるとより恐怖感が増す。

 リリスから厳しい制裁を受けたレイは、不本意ながら不承不承にレイと顔を見合わせ素っ気ない態度で言葉を交わす。

「……リリス様の使い魔のレイだ」

「よろしくレイ」

 不貞腐れがちなレイを前に、朔夜は怒るどころか笑顔で接する。友好の証にと朔夜が手を差し出し握手を求めようとすると、

「ま、待て! 貴様と握手を交わす義理はない。それになんだそのすまし顔は!? 貴様、喧嘩を売っているのか!!」

 ――バチン!

 反抗心剥き出しの使い魔だが、リリスは決して許さずハリセンによって頭を叩く。

「レイっ!! あんたさっきから失礼じゃない!! 本当にごめんね、サっ君。私の使い魔だっていうのに、躾が行き届いてなくて!!」

「いいんだよリリス。彼の気持ちもわからなくもない」

「ありがとうサっ君♪ やっぱり優しいね♪」

「くうう……!! どこまでもイラつかせやがる……!!」

 使い魔になって早十年。

 直接朔夜との面識はなかったレイだが、ついに出会ってしまった噂の婚約者に気が気ではなかった。ただ一人の主であるリリスが天然の人たらし、もとい悪魔たらしの朔夜に心を弄ばれているのが我慢ならなかった。

 はるかとクラレンスも普段割と淡白でいることが多い彼女がいつになく女子力を全開にして、愛らしく甘える姿はハッキリ言って異常だと思った。

「あはは……何と言いますか、あのリリスちゃんがこうも女の子らしいのはかなり違和感、もとい新鮮ですね」

「確かに、我々の知っているリリスさんと違って、大分キャラがかわいいですよね」

「はるかは十年間リリスちゃんと一緒に居ますけど、あんな風に人前でイケメンの男性に頭を撫でてもらってる光景を見たことがありません!」

 そんなはるかの言葉を余所に、リリスは朔夜に頭を預け、髪を撫でてもらっている。

「サっ君ったらズルい。十年見ないあいだにこんなにカッコよくなって……」

「リリスの方こそ、すごく綺麗になった。より女性として、悪魔としての磨きがかかってるよ」

「もう~、サっ君、恥ずかしいよ♡」

 これぞギャップの法則と呼ばれる現象である。普段が普段だけに、この急激なまでの変貌振りは見る者を狼狽させる。

「リリスちゃん、見てるこっちが恥ずかしいですよ……一旦その辺にしてくれませんか」

 さすがのはるかたちも段々と気恥ずかしい思いに駆られ、頬を赤く染め上げる。

 

 落ち着いたところで、朔夜に向けてクラレンスからの質問がぶつけられる。

「あの……朔夜さんは本当に悪魔なんですか? とてもじゃないですけど、全然そんな風に見えませんが」

 朔夜の悪魔らしからぬ態度が第一印象として疑念を抱かせる。

 リリスはこうなる事が分かっていたらしく、朔夜の隣で笑みを浮かべる。

「ふふふ。ほーらね、私の言ったとおりでしょ?」

「参ったな。やっぱりオレは悪魔っぽくないのかな……」

「ひょっとして自分でも自覚していたんですか?」

 はるかがおもむろに尋ねると、朔夜は頭を掻きながら苦笑する。

「恥ずかしながら……オレって奴は悪魔としては全然半人前でね」

「ああ、別に悪い意味じゃないからね、言っとくけど!! 確かに、サっ君は見た目よし・性格よし・文武よしでほぼ完璧なんだけど……悪魔としての自分の欲望に欠けていることがただ一つの難点なのよ」

「一応悪魔としての証拠として、ほら……これがオレの翼だよ」

 悪魔である事を理解してもらうため、朔夜は端的な証拠として隠していた背中の翼を広げる。

 コウモリのような翼を見せることではるかたちに自分が悪魔であることを必死にアピールする。

「翼があるということはやはり朔夜さんは……」

「間違いなく悪魔ではあるみたいですね……」

 無難な証拠を見せたことで、はるかたちもとりあえず彼が人間ではなく悪魔だと信じることが出来た。

「だとしてもだ。我々はまだ完全に貴様を信じたわけではない。そもそもあのバスターナイトとは何なのだ!? どうやってそんな力を手に入れた!? なぜリリス様の前から姿を消したのだ!?」

 矢継ぎ早にレイが質問攻めにする。

 朔夜は興奮気味な彼を宥めつつ、ひとつひとつの質問に答えていく。

「なぜオレがリリスの側を離れたのか……ひとえにリリスを守りたかったんだ」

「私を守る?」

 リリスが訊き返すと、うんと返事を返し更に続ける。

「幼い頃からオレはキミに守ってもらっていた。それ自体はすごく嬉しかったけど、同時に男としてどうなんだろうなって気持ちもあった。つまらない意地だね……そしてあの日、悪魔界は洗礼教会による大報復を受けた」

 朔夜は出された紅茶をひと口啜り、息を整える。

「生き残ったのはオレやリリスを含めてごくわずか。人間界に避難してからも、洗礼教会は執拗に悪魔狩りを続けた。現在、生き残った悪魔たちは全世界に散り散りになっている……」

「それは分かっている。では、なぜ貴様はリリス様を見捨ててひとりいなくなったのだ!?」

 レイが机を叩き朔夜へ強い語気で問い質す。これに対し、朔夜の口から出た言葉は、

「結果的にリリスに辛い思いをさせてしまった事は変わらない。それはオレの罪だ。それでも、リリスを守れる力を求めてオレは彼女の下を離れたんだ……。深山に籠る生活を五年近く続けることで心身を鍛え上げ、何事にも動じない強い肉体と精神力、そして高度な魔力を手に入れた。バスターナイトはその力の結晶。リリスを守りたいという一心から手に入れたオレの努力のたまものだ」

 すると、朔夜は左袖を捲ってリリスたちにあるものを見せる。

 朔夜の左腕に巻かれていた濃紺のブレスレット。それこそ朔夜の魔力を具現化した結晶体にして、暗黒騎士バスターナイトに変身するために必要なアイテム。

「この【バスターブレス】を使って、オレはバスターナイトに変身していた。この町に来るまで、世界各地に散らばった悪魔の安否確認をするとともに、時としてそれを狙う洗礼教会の使者を退けていた」

「あいつら……そこまで勢力を伸ばしていたの!?」

「抜け目ない連中ですね……」

 朔夜からもたらされた新情報にリリスとレイは愕然とする。

 自分たちの知らないところで朔夜は仲間の悪魔を守るため、孤軍奮闘していた。

 そして、今はキュアベリアル……もとい悪原リリスという少女を守るために朔夜は黒薔薇町へとやってきたのだ。

「とりあえず、概ねの質問には答えた。オレを仲間と認めるかどうかはキミたちの判断に任せるよ。たとえリリスたちがオレの事を拒んでも、オレのやるべきことは変わらない。リリスがいる限り、何人であろうとディアブロスプリキュアに手出しする相手はこの手で倒す」

 確固たる騎士の信念を見せつけられた。

 同じ十四歳とは思えない強い覚悟を見せつけられた気がする。

 リリスとはるかは互いに見合うと、やがて屈託なく笑いかけ、朔夜の手を取り合った。

「リリス……?」

「私は嬉しいんだよ。十年前にいなくなったはずの婚約者が帰って来てくれた事もそうだし、サっ君はあのころと変わらず私の知ってる優しくて心の強い悪魔だったことが」

「リリスちゃんの親友として、こんなに頼もしい人が味方になってくれるのは大歓迎です!! これからはディアブロスプリキュアの一員としてよろしくお願いしますね!!」

 少女たちから温かい言葉を受ける。

 朔夜はてっきり自分は拒まれてもおかしくないと思っていた。

 だが、現実はその逆でリリスもはるかも自分の事を当たり前のように受け入れてくれた。その事が本当に嬉しかった。

「ありがとう……オレの方こそ、精一杯がんばるよ!」

「うん!」

「はい!」

 リリスとはるかは声を合わせて頷き、暗黒騎士バスターナイトこと……十六夜朔夜を新しい仲間として迎え入れた。

 固い握手を交わし、これから結ばれていく強い絆に思いを馳せて。

「朔夜さん、はるかさん共々このカーバンクル……クラレンスも是非ともよろしくお願いします!」

「リリス様が認めた以上、私も認めるしかあるまい……私はこれっぽっちも不本意だがな!」

「ありがとう、レイ、クラレンス。……よし、今日はオレからキミたちに感謝の気持ちを込めて贈り物をしたい」

「贈り物……ですか!?」

 期待が持てそうな雰囲気にはるかは胸を躍らせる。

 朔夜は何処からともなくエプロンを取り出し着用して、腕まくりをしながらキッチンへと向かう。

「リリス。冷蔵庫の中身、使わせてもらっていいかい?」

「うん! サっ君の手料理楽しみにしてるね!」

 朔夜が冷蔵庫の中を物色するのを見てレイがたまらず茶々を入れる。

「おい貴様! ひとんちの冷蔵庫を勝手に……」

「あんたは黙ってなさい、レイ♪」

「はい……」

 どんな文句を言おうが、悪魔的笑顔でドスの効いたリリスの声がすべて掻き消し、レイは委縮する。

 その傍ら、朔夜は食材を吟味して、今回ふるまうメニューを頭の中で描いていく。

 すべての食材を選び終えると、朔夜は包丁片手に、

「La cucina è iniziata!」

 とイタリア語で軽快に料理の開始を宣言した。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「キュアケルビム……我らが悪魔を敵視している事は承知の筈でおろう」

「はい」

「ならば聞こう。なぜあの場で悪魔と共闘をしたのか?」

 ホセアから厳しい訊問を受ける。

 堕天使ザッハによる黒薔薇町への襲撃時、キュアケルビム――テミス・フローレンスは結果的にディアブロスプリキュアと共闘した。

 洗礼教会にとってこれは明らかな裏切り行為と見なされる。したがって、弁明の言葉を求めるとケルビムは重い口を開き答えた。

「誤解を招いたのなら謝罪致します。しかし、私は断じて悪魔に協力した覚えはありません。あのまま堕天使の凶行を見過ごす事は、私の天使としての流儀、矜持に反するものでした」

「けっ。何が天使としての流儀だ! この裏切り野郎!!」

「腐ってもプリキュアか。キュアベリアルとキュアウィッチにすっかり感化されたか……」

 サムエルとエレミアから心無い言葉を浴びる。

 ケルビムは聞き捨てならず、彼らに激しい剣幕を向けながら言い返す。

「なら聞きますけど、あなたたちは人類救済と大口を叩く割には大した成果を挙げられていないじゃないですか!? 結局口先ばかりで、肝心な時には何の役にも立っていないのは明白かと?」

「なんだと……!?」

「貴様、今すぐその言葉撤回しろ!!」

 侮辱された幹部たちはケルビムに怒り心頭になり、場が一瞬で一触即発の空気に変わる。

 そのとき、ホセアが錫杖を床について一喝する。

「やめよ。仲間同士で言い争いなど……神の前ではしたないとは思わんか?」

 ホセアが諌める事で、幹部とケルビムは素直に身を引く。

「いずれにしても、お主が我らとの協定を破り、悪魔どもに与した事実に変わりはない。当分の間蟄居を命じる。頭を冷やし己自身を見つめ直せ」

「……かしこまりました」

 頭を垂れ、ケルビムは礼拝堂から出て行った。

 礼拝堂を出ると、彼女が戻って来るのを待っていたパートナー妖精のピットが不安気な顔で声をかける。

「テミス様。私は……」

「いいのよ。こうなる事は分かってたから」

 そう言って、変身を解いたテミスはピットを連れて長い廊下を歩く。

「だけど私は何ひとつ間違ったことはしてないと信じてる。これまで通り、私は洗礼教会とともに悪魔と戦い続けるわ」

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 十六夜朔夜の調理術は、芸術だった。

 ひとたび包丁を持てばニンジン、キャベツなどありとあらゆる食材を切り分ける。

 キャベツの千切りなど朝飯前。リリスたちもついつい見とれてしまうほど驚くべき速さだった。

 すべての工程は彼にとって化学反応式を導くことと変わらない。そこに無駄も無秩序も含まれない。

「さぁ……あとはこいつをかければ完成だ」

 そう言って取り出したのは天然のオリーブオイル。

 器に盛られた新鮮野菜に向かって、朔夜はかなりの高所からオリーブオイルを惜しげもなくドバドバとかけていく。

「すごいですよ、すごいですよ!! あんなにたくさんかけてますよ!!」

「サっ君かっこいい! よっ、悪魔一!」

「ひっこめニセも○ずキッチン!!」

 一部罵声が飛んだ気がしたが、調理を終えた時にはレイが巨大なコブを作って倒れていた。

 でき上がった料理が運ばれる。どれも一流料理店で出てもおかしくない見栄えのよい料理ばかり。とても素人が一朝一夕で作ろうと思って作れる代物じゃなかった。

「ハヒー! こんな豪勢な食事は……はるかは生まれて初めてです!!」

「いやー大したものですよ! 本当に私たちだけでいただいてよろしいんでしょうか?」

「ああ。さぁみんな、食べて批評を聞かせて欲しいな」

「それじゃ遠慮なく……いただきます!」

 朔夜が作った料理を早速リリスが味見する。その味は……、

「うわぁ……おいしいよこれ!!」

「ありがとう。キミが喜んでくれてよかった」

 リリスからの評価は文句なしの百点満点だ。

 はるかとクラレンスも彼女の後に続いて適当な料理をひと口食べてみる。

「ハヒ!! イッツマーベラス!! こんなにおいしい料理がこの世にあったんですね!!」

「本当に美味ですね! お世辞でなくこれはプロ並みです!!」

 褒め言葉が乱舞する。

 あと一人……未だ朔夜への対抗心の消えぬレイだけがなかなか手を付けようとしない。

「レイ。あんたも食べて見なさいよ。サっ君の料理は絶品なんだから!」

「わ、わかりました……」

 主からの命令であれば食べない訳にはいかない。

 恐る恐るスープをひと口すくって飲んでみた。その瞬間、今まで自分でも出せた事のないうま味が口いっぱいに広がった。

「悔しいが……うまいじゃねぇかよ!!」

「変な褒め方ですねレイさん!」

「というより素直じゃないんですよ」

 悪原家に笑いが飛び交う。

 こんなに穏やかなときを過ごすのは久し振りだった。

「く……!」

 レイは余計に自分が惨めに思えてならなかった。

 席を立った彼は、何も言わずに家を飛び出してしまった。

「レイ! どこへ行くんだ!?」

「サっ君気にしないで。きっと何でもないと思うから」

「だといいけど……」

 

「くそ! 何なんだよもう~~~……いきなり出てきてリリス様とイチャイチャ……おまけに私の立ち位置まで奪うとは、許されざるイケメン王子め!!」

 煮え繰りかえる朔夜への嫉妬心、羨望、憎悪。

 彼を恨んだところで何にもならないことは分かっていたが、レイはこの高ぶる感情を押えつけることが出来ないでいた。

「このままでは私の立場がなくなってしまう……くそ、一体どうすれば良いんだ!?」

「なら、このまま消滅してみるか?」

 突然そんな声をかけられた。

 耳を疑うような言葉に驚くレイが頭上を見上げると、そこには洗礼教会の幹部……エレミアが浮いていた。

「ちょうど良かった。悪魔を捜す手間が省けたというもの……お前をエサにして誘き出すとしよう」

 そう言って、エレミアは首の十字架を手に取り力を込める。

「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」

 十字架から放たれた光は近隣の家の玄関に置かれていた犬の置物へと当たる。

 その瞬間、犬の置物はピースフルへと変貌――レイの前に立ち塞がった。

『ピースフル!!』

「な……なんという災難!!」

「さぁ、大人しく捕まってもらうか!」

「誰が貴様になど捕まるか! とりあえず私が取るべき行動は二つ! Aパターン、ここで勇敢に戦って朽ち果てる! Bパターン、敵前逃亡して生きながらえる!! そして、私が選んだ答えはもちろん……」

 刹那、レイは踵を返すと同時に全速力で逃げ出した。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「待て貴様!! 私から逃げられると思っているのか!!」

『ピースフル!!』

 犬の置物を素体とした《オブジェピースフル》は、咆哮を上げると四足を使ってレイを追いかける。その勢いは凄まじく、走るたびに軽い地震と勘違いするほどの振動が起こる。

「待て、使い魔!! 大人しくしろ!!」

「誰が大人しくするかチクショウ!!」

 レイもリリスたちのように戦えなくはないが、相手が自分の身の丈を遥かに超える大きさのため、著しく戦意を喪失する。

 逃亡を続けること数分。レイの目の前が壁で遮られついに逃げ場所を失う。

「しまった……!」

「はははは。追いかけっこはここまでのようだな」

 レイ、万事休す。オブジェピースフルはレイを睨み付け、いつでも突進できる体制をとる。

「やれピースフル!! その使い魔を攻撃しろ!!」

『ピースフル!!』

「だあああああああああああああああああ!!」

 

「はっ!!」

 オブジェピースフルの突進攻撃が炸裂しそうになった瞬間、オブジェピースフルの顔面を蹴り飛ばす脚がレイの瞳に映る。

「なに!?」

「貴様は……!」

 我が目を疑うエレミアとレイ。

 レイの窮地を救ってくれたのは、彼が何よりも毛嫌いする十六夜朔夜だった。

「怪我はないかい?」

「イケメン王子……! なぜ貴様が!?」

「近くでピースフルの気配を感じたんだ。洗礼教会はオレたち悪魔の仇だからね……見過ごすわけにはいかない」

 朔夜はピースフルとともにそれを操るエレミアを睨み付ける。

「小僧……貴様も悪魔か?」

「ああ。お前たちが大嫌いな悪魔のひとりさ」

「そうか。ならば、そこの忌まわしき使い魔ともども滅ぼしてくれる!」

 オブジェピースフルの攻撃が繰り出されるが、朔夜とレイはともに攻撃を避ける。回避の跳躍と同時に朔夜はオブジェピースフルとエレミアを睨みつけながら語気強く言う。

「洗礼教会の使者よ、よく聞け。オレは悪態を付けられたり、暴力を振るわれたりしようが大抵のことで怒りを露にすることはない。だがな、どんな理由があろうとオレの仲間や家族を傷つける輩は何人たりとも容赦しない!!」

 そう言った直後、朔夜は静かな怒りの籠った瞳でエレミアに宣戦布告。

 左前腕に常時装備してあるバスターブレスを胸の前で構え、右手に対となる短剣型のアイテム【バスターブレード】を差し込む。

 

「バスター・チェンジ」

 

 掛け声とともに、バスターブレスから眩い光が放たれ朔夜を包み込む。

 そして、光が縦方向に切り裂かれると同時に朔夜の体は重厚な紫の鎧に包まれた暗黒騎士の姿へと変貌する。

 左手に持った暗黒魔盾バスターシールドから暗黒魔剣バスターソードを引き抜き、それを天に掲げて雷を受ける。

 

【挿絵表示】

 

 

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

 

「お前は……! そうか、貴様がバスターナイトだったか!!」

「だとしたらどうする?」

「無論、排除させてもらう! ゆけ、ピースフル!!」

『ピースフル!!』

 既にバスターナイトの情報はキュアケルビムを通して洗礼教会に知れ渡っている。

 教会の同志に重傷を負わせた罪深き存在として、ディアブロスプリキュアに与する危険因子としてバスターナイトを屠り去るため、エレミアはオブジェピースフルを操りバスターナイトに戦いを挑む。

「鈍い」

 朔夜はバスターナイトの力を手足の如く完璧に使いこなしている。オブジェピースフルの動きを目で捕えて、躱すなど造作もない。

「エントリヒ・アーベント」

『ピースっ!』

 地面から伝わる斬撃がオブジェピースフルを直撃する。その威力は先のカオスヘッドとの戦いで証明済み。オブジェピースフルは呆気なく吹き飛んだ。

「ば……馬鹿な! まさかこれだけの力を!?」

「たまにはピースフルに頼らず、自分の力で勝負してみたらどうだ?」

「小僧め、生意気を言いおる! いいだろう、そこまで言うなら私が直々に相手になってやろう!!」

 分かりやすい挑発にも気づかず、エレミアはバスターナイト目掛けて突進してくる。

「喰らえ小童が!!」

 聖なる力を秘めた正拳で殴りつけようとした、次の瞬間。

「ぐっほ!!」

 横からキュアベリアルに変身したリリスからの飛び蹴りを受け、オブジェピースフルと同じように吹っ飛ばされた。

「リリス様! はるか様!」

「まったく。あんまりサっ君に迷惑かけるんじゃないわよ」

「はるかたちが来たからにはもう安心してください!」

 ベリアルとウィッチの姿を確認すると、バスターナイトは二人に提案する。

「ここは三人で一気に決めよう」

「「うん(はい)!」」

 バスターナイトの提案を受け入れたベリアルとウィッチは、オブジェピースフルと一緒に伸びているエレミア目掛けて必殺技を炸裂する。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

「プリキュア・オーバー・ザ・レインボー!!」

「ダークネススラッシュ!!」

 すべてを殲滅する紅色と虹色の波動、そしてX字に刻まれた斬撃がエレミアとオブジェピースフルへ直撃する。

 ――ドンッ。

『へいわしゅぎ……』

 ウィッチの放ったオーバー・ザ・レインボーの効果で、オブジェピースフルは浄化され元の置物へと戻る。

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 そして、お約束とも言うべき事だが、エレミアは二人の悪魔の放った必殺技によって彼方へと飛ばされた。

 

 戦いが終わると、リリスはレイの頭部に拳骨を下ろす。

「このバカっ!」

「痛っ~~~!」

「人に散々心配させて。ほら、サっ君に言う事があるでしょ?」

 悔しい気持ちは拭い切れないが、朔夜に命を救われたことは紛れもない事実だ。

 レイはどこを見ても整った朔夜に深々と頭を下げる。

「……ありがとうございます」

「オレは仲間を守っただけだよ。まぁ、レイがオレを気に入らないのならそれは仕方ないけど、キミはリリスの使い魔なんだ。頼りにしてるんだよ」

「き、貴様にそんなこと言われても嬉しくも何ともないわ!! チクショー、何なんだよ、この圧倒的な敗北感は!! 神さま――っ、世の中不公平ですよ――!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「そう言えば、朔夜さんってひとり暮らしなんですか?」
朔「オレにも使い魔が居るんだけど…これがなかなかめんどくさいというかなんというか」
ク「幼少の頃から朔夜さんと一緒だった乳母的存在なんですよね? 一体どんな方なのでしょう?」
レ「ま、私はあまり興味のない話だがな」
リ「ディアブロスプリキュア! 『あたしはラプラス!朔夜を育てた使い魔!』」


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第15話:あたしはラプラス!朔夜を育てた使い魔!

今日は朔夜を育てた強烈な使い魔が登場。
そして、ついに警察の秘密兵器が・・・・・・!?


東京都 東京駅・中央口

 

 人で賑わう駅前。

 老若男女と人種を越えて多くの人間がそれぞれの目的に応じて駅を利用する。

 旅立ちと帰還する者を平等に出迎えるこの巨大ターミナルに、人ならざる存在が密かに入り込み利用していた。

 キャリーバッグを引いて改札口を出る外国人風の女性。

 ブリーチブロンド色のロングヘアーで抜群のプロポーションを持つ女は、男性のみならず女性でさえも思わず見とれてしまうほどの美貌の持ち主だった。

「まったく朔夜の奴……あたしを置いてひとりで行くなんてどういうつもりかしらね!」

 肩と胸元を大胆に出した白いドレスに、純白のパナマ帽が似合う美女はそうはいない。いるとすればマリリン・モンローやオードリー・ヘプバーンくらいか。

 美女は駅構内から太陽が燦々と照りつける外へ出ると、サングラス越しに太陽を見る。

 やがて、視線を太陽から逸らしてかけていたサングラスを外す。

「……やっぱり日の当たる所は苦手だわ。シミになっちゃうわ」

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 謎の美女と何らかの関わりを持っていると思われる悪魔――十六夜朔夜は、ただいま婚約者であるリリスの家にいた。

 今日は得意のバイオリンをリリスとはるかたちに披露していた。

 彼の奏でる旋律は聞く者の心を鷲掴み、喜怒哀楽の感情を通り越してストレートに伝わってくる。

 その天才的とも言うべき演奏力でリリスとはるか、クラレンスが魅了され聞き入っている中、未だ朔夜を認めていないレイはムスッとした顔を浮かべる。

 演奏が終わると、朔夜は弦を指で弾く。彼の演奏後の癖である。

 聞いてくれた者に深い感謝を表しお辞儀をすると、その瞬間にリリスたちから温かい拍手が飛び交う。

「すばらしいです、朔夜さん!!」

「あなたの音色は聞く者の心を癒します!!」

「ありがとう。光栄だよ」

 朔夜がニコッと笑う隣で、リリスはハンカチを片手に言った。

「うふふ。サっ君のレクイエムは何度聞いても感動しちゃう……下手な恋愛映画やミュージカルよりもずっとね」

 演奏の途中で、感極まったリリスの涙腺は崩壊していた。

「リリスちゃんが音楽鑑賞で涙を流すなんて珍しいですよね」

 はるかの言葉に反応して、リリスが頬を引きつらせるようにして笑みを浮かべる。

「その言い方だと、私が普段から感じないでいる血も涙もない女みたいに聞こえるんだけど?」

「ああ、えっと……はるかは決して悪意があってそう言ったわけではありませんからね!! 間違っても!!」

 はるかは危うく自分の命に関わるような失言をし、目の前の悪魔から大目玉を食らう所だった。

「ところでレイさん、さっきから何をムスっとした顔をしているのですか?」

「……そう見えるか?」

 案の定、クラレンスから指摘を受けたレイ。

 演奏終了後も彼は朔夜が気に入らない様子で、彼を睨みつけるように見つめる。

「あんた、性懲りも無くサっ君にやきもちなんか妬いてるんじゃないでしょうね?」

「ギクっ! さーて、何の事だが私にはまったく……」

 レイは図星をつかれて咄嗟にごまかそうとするが、目が泳いでしまっている。

「すごく分かりやすい顔になってますよ」

 クラレンスに追い打ちをかけられ、レイはあからさまに狼狽し、口笛を吹いて適当に誤魔化す。

「……お気に召さなかったかな?」

 朔夜はバイオリンをケースにしまうと、未だに自分を認めてくれないレイにバツの悪そうな顔を浮かべる。

「そ、そんな顔で聞くな! 曲自体はすごく良かったんだ! あれだろう、バッハだったか! 実に趣のある音律であった!!」

「レイ。今のはモーツァルトよ」

「バッハはカトリックではありませんので、作曲すらしていませんね」

 冷たい表情のリリスから指摘され、キリスト教関連の知識に造詣のあるクラレンスが補足説明をする。

 墓穴を掘ったレイはますます目を泳がせる。苦笑する朔夜を前に、上擦った声でレイは必死に弁明する。

「わ、私が言いたいのは決してそう言う事ではなくてだな……!」

「素直に悔しいですって言ってしまえば楽ですよ?」

「ど、どういう意味だクラレンス!! 私は断じて悔しいなどと思った事は……!」

 周りから向けられる「諦めろ」いう視線。

 レイの中にある陳腐な自尊心はこれを認められず、何とか自分を取り繕おうと慌てて外へ飛び出す。

「ち、チラシ配りに行って参ります!!」

 勢いよく外へと飛び出したレイ。

 世話の焼ける使い魔だと内心思いながら、リリスは溜息交じりに朔夜へ謝罪する。

「サっ君ごめんね。あの子ったらあなたがいるとどうも感情的になって」

「オレは気にしてないから大丈夫だよ。でも何にせよ、彼は主人思いの良い使い魔だよ」

「うふふ、ありがとう♪」

 レイは朔夜を認めていないが、朔夜はレイを認めている。

 こういう事があるためレイの株が自然と下がるのだが、本人はその事に気づいていない。

「そう言えば、朔夜さんには使い魔はいないんですか?」

 ふと気になったはるかは、朔夜に尋ねる。

「ああ……いるにはいるんだけどね。これがなかなか……ちょっとめんどくさい奴でさ。リリスは知ってるよね?」

「ラプラスさん、だよね。私は何度か会ったことあるけど、小さい頃から強烈キャラだったよね」

「と、言いますと?」

 クラレンスが食い下がると、リリスと朔夜は互いにクスクスと笑みを浮かべる。

「口で説明するより実際に会ってみた方が理解が早いよ。もっとも、あの方向音痴が一人でこの町に来られるとは到底思わないけど……」

 

「はぁ~~~イラつくな! あのイケメン王子め!」

 レイの心は乱れに乱れる。

 朔夜の登場にかつてない危機感を募らせる。このままでは主人であるリリスが完全に自分を無下にしてしまうのではないという不安が強くなる。――実際の所、今も十分に無下にされた扱いを受けているが。

 イライラを鎮めるために外にでたはずだったが、散歩中、レイは不意にある思考に達する。

「待てよ……奴がリリス様の婚約者だということは、近い将来、奴はリリス様と結婚するということだ。そうなれば私は奴の……め、召使いになってしまうのか!?」

 脳裏に浮かぶ未来のビジョン。

 同じ悪魔であるリリスと朔夜が結婚した祝福すべき光景が、レイにはおぞましい光景でしかない。

 なぜならリリスが朔夜と結婚するという事はすなわち、主従関係上レイは朔夜の使い魔ともなり、彼に服従する義務が生じるのだ。

 さらに二人の間に子供が生まれれば、必然的にレイは子供の面倒を任されることにもなるのである。

「イカン、イカン、イカン、イカン!!」

 想像した瞬間にレイは煩悩を掻き消そうと、電柱に額を激しく叩きつける。

 額から激しく血を流し、スプラッターな顔を作り出すも、今のレイには痛みを感じる余裕すらない。

「はぁ、はぁ、はぁ、それだけは断じてあってはならない!! ヤツの下に就くぐらいなら、私はこの舌を噛んで潔く死を受け入れよう……シタだけに!!」

 つまらぬダジャレを言った瞬間、夏なのに冷たい風が吹く。

 さらに気付けば血塗れのレイのそばには三輪車に乗った子どもがこの異様な光景をまじまじと見ていた。

「……何見てんだよっ!!」

「うわああああ~ん! ママ~~~!」

 思わず怒鳴り声を上げるレイ。

 子どもは怖くなって泣き叫びながら三輪車を全力でこぎ、レイの前からいなくなる。

「イカン、イカン、イカン、!!」

 子どもに八つ当たりをするなど何とはしたない――レイは自分のした行動を猛省し、自分で自分に罰を与えるため、先ほど同様に電柱に頭を打ち付ける。

「はぁ、はぁ、はぁ、つい感情的になってしまった……あんな頑是ない子どもに当たって何になるというのだ! こんな事ではいかんのだ! 気をしっかり持つのだ私……とりあえず、何か飲んで心を落ち着かせねば」

 掻き乱れた心を落ち着かせるため、レイは自動販売機を探すことにした。

 

「はぁー、喉が渇いたわね。コーラでも飲もうっと」

 ちょうどその頃。

 白いドレスにパナマ帽を被った美女が、自販機でジュースを買おうとしていた。

 硬貨を入れて目当てのジュースを買おうとボタンを押す。が、自販機はうんともすんとも言わず、ジュースはおろか入れた代金すら戻ってくる気配がない。

「あれ……? あれ……? 変ね……ちょっと、何なのこの自販機!! 全然反応しないじゃない!!」

 女性は声を荒らげ、自動販売機を激しく揺するが反応はない。

 そんな女性の姿をたまたまジュースを買い来たレイが見かけ、怪訝そうに見つめる。

「あそっか。あんたがそう言うつもりだって言うならこっちにだって考えがあるわよ……ほおぉぉぉおぉぉおお!!」

 何を血迷ったか知らないが、女性はそんな奇声を発しながら目の前の自動販売機に高速で殴打を叩きこむ。

「アチョチョチョチョチョチョチョチョチョチョチョ!!」

 見た目とかけ離れた女性のバカっぽい言動にレイは口をあんぐりと開け唖然とする。

 やがて、女性から殴打を加えられた自動販売機は観念したらしく、中に入っていた大量のジュース缶を放り出す。

「あらあら!! こんなにたくさん出してくれるの!! ありがとうね、じゃあ遠慮なくいただいていくわねー」

 悪びれる様子も無く入れた金額以上のジュースを、美女はごっそり万引きしようとする。

 レイは警察が来る前に厄介ごとを避けようと、勇気を振り絞り声をかける。

「あ、あの……ご婦人。泥棒は犯罪ですぞ」

 後ろから自分を諌める声が聞こえると、女性は振り返りムスッとした顔を浮かべる。

「ちょっとあんた……人聞きの悪いこと言わないでちょうだいよ。ちゃんとお金入れたじゃない?」

「ひとつ分だけですけどね」

「イチイチ細かいわね。あんたもジュース飲むんでしょ、だったらほら! これあげるから見逃してくれない?」

「わ、私に共犯友達になれと言うのですか!? 嫌ですよ絶対っ!! なぜ見ず知らずのご婦人の犯罪の片棒を担がなければならないのか、私には理解できません!!」

「あぁ~、もうごちゃごちゃと! はいこれ!!」

 女性は半ば強引に目の前のレイに大量のジュースを担がせる。

 この瞬間、レイは女性の犯罪を担ぐ事となってしまった……担ぐだけに。

「あああ!! な、なんばしよっと!!」

「へへ。これであんたも今日から犯罪者の仲間入りよ!」

「ふざけないでください! 確かに私の主人は悪魔で、私はその使い魔ですけど……断じて犯罪者に成り下がるつもりは……」

「ちょい待った!」

 うっかりレイが自分の素性について口を滑らせたとき、女性は彼の言葉を遮るように手を口に翳す。

「あんたさっき、自分で使い魔って言った?」

「あ……」

 動揺していたために、人間には安易に口にしてはいけない自分とリリスの正体をバラしてしまった事に気付いた瞬間、レイは顔面蒼白となる。

(し、しまったー! うっかり口走ってしまった……マズいな、どうやって言いわけしよう……)

 言いわけなどできるはずもないのに、レイは必死に取り繕うと下手な芝居をし、引き攣った顔を女性に向けながら言葉を紡ぐ。

「えーっと……何と言いましょうか。今のは言葉の綾と言いましょうか、あはははは……」

 途端、女性から突然手を強く握りしめられる。

「こんなところで『同族』に会えるなんて感激だわ!!」

「は……はい?」

「どうも初めまして!」

 笑顔で言うと、女性の体はたちまち白い煙に包まれる。

 そして美しい人間の姿から一変、赤いコウモリの翼と頭に羊に似た角を生やした小悪魔のような姿となった。

「あたし、サキュバスのラプラスよ!」

 彼女の本来の姿を目にした瞬間、レイは目を見開きそして大声を上げる。

「な……なんですとおおおぉぉぉおおおおおおぉぉおおお!!」

 

           *

 

異世界 堕天使総本部

 

 堕天使の幹部・ザッハの戦士は多くの堕天使たちに衝撃をもたらした。そして、彼の死に最も心を痛める者がいた。彼直属の部下として仕えていた女堕天使ラッセルだ。

「ザッハ様……どうしてなのですか……」

 深い悲しみに打ちひしがれ、自室に閉じこもったラッセルは生ける屍の様だった。

 先日の黒薔薇町への大襲撃でザッハはリリスの発動した新フォームの力の前に圧倒され、敢え無く消滅した。

 心から崇拝し、恋慕の念すら抱いていた上司の喪失。ラッセルは目的を見失い、何もするにもやる気が湧いてこない。

 すっかり腑抜けとなったラッセルの姿を傍らで見つめ、はぐれエクソシストであるコヘレトは舌打ちをし、不機嫌そうな顔つきで廊下を歩く。

(もうここにいる意味はなくなっちまったな……さてと、これからどうすっかな……)

 コヘレトは極めて打算的だった。

 自分にとって価値の無い事だと判断するや、簡単に他人を裏切り、見捨てる非常に陋劣な一面がある。

 徹底した利己主義の塊である彼が、なぜ真逆の気風を表す洗礼教会の四大幹部だったのかは定かではない。

 堕天使に見切りを付けると、自身の今後を考えるとともに溜まりに溜まった鬱憤を晴らすため、一先ず人間界へと向かう事にした。

 

           *

 

黒薔薇町 喫茶ノワール

 

 サキュバスのラプラスと、スプライト・ドラゴンのレイ。

 鮮烈な出会いを果たした二人は、喫茶店で食事をとる傍ら、互いの心境について語り合っていた。

「いやぁ~、まさかこんなところで同族に会えるなんて思ってもいなかったわ!」

「私も驚いていますよ。まさかこんなところであなたのような使い魔と遭遇するとは」

 この時点ではレイは、ラプラスが誰の使い魔であるかが分かっていない。

 ラプラスは現在、コーヒーを飲むレイの前で大量に注文した料理の山を細身の体の中に収めドガ食いしている。

「これも何かの縁ね。折角この町に来たことだし、観光していかないと……あ、すいませーん! チョコレートパフェください!!」

 綺麗に料理を平らげ、積もりに積もる皿の山。

 これでもかこれでもかとラプラスは無遠慮に周りを憚ることなく食べ続ける。

「……ひとつ聞いてもいいでしょうか?」

「何かしら?」

「一体あなたのその体のどこにそれだけの量が入るのでしょうか?」

 あまりに常軌を逸した彼女の食欲にレイはそう尋ねざるを得なくなる。同じ健啖家であるリリスやクラレンスでも、人前でこんなに食べた事はなかった。それは一重に二人にはラプラスとは違い、良識というものを弁えているからだ。良識があるからこそ遠慮という言葉を知っている。だが、眼前の使い魔にはそれがない。

「細かい事は気にしなーい気にしなーい! ほら、あんたも食べなきゃ! 私ばっかり奢ってもらっていちゃ割に合わないわよ」

 何の気なく言い放ったラプラス。

 聞いた瞬間、レイは耳を疑うと同時に呑んでいたコーヒーを床に落とし、愕然とする。

「ちょ、ちょっと待ってください! 奢るって何ですか!? いつからそういう話になってたんですか!? 私はびた一文あなたに奢るつもりなんかありませんよ!!」

「寝ぼけたこと言わないでよ! レディーと食事をするときは男が奢る、これって世界の常識じゃない!  ていうか定理、ってやつかしら?」

「常識って何ですか!? 定理って何ですか!? そもそもあなたが勝手にバカスカ食べてるだけでしょう! というか、私はてっきり割り勘のつもりでいたのに……」

「ぷはははははは!! 割り勘って、何よそれ。大学生じゃあるまいし!」

「おまたせしましたー」

「あ、来たわね――!!」

 運ばれてきた凝りに凝ったノワール自慢の特性チョコレートパフェを見るなり、ラプラスは目をキラキラと輝かせる。

 ラプラスはレイの呼びかけに一切応じる事無く、自分の欲望を満たすためにひたすら食べ続けるのである。

「ひどい! ひどすぎますぞ! これじゃ何のために共犯友達になったのかわからない……」

 レイがうなだれている向かいでチョコレートパフェを頬張りながらラプラスは言葉を吐き捨てる。

「別に友達でもないわよ。あんたが勝手になっただけでしょ」

「いいや違う! ご婦人が私になれと強引にしたてあげたんだ!!」

「細かい事でイチイチうるさいわね」

 ラプラスはレイの言葉など意に介さず食事を続ける。その様子にレイはますます語気を荒げる。

「うるさく言いますよ! 大体あなた、さっきから色々無茶苦茶ですよ!!」

 ラプラスの傍若無人な振る舞いにレイもたじたじになる。

 レイの言う通りラプラスの言動は一貫性がなく、理不尽な言動でレイを振り回し続けている。

 真面目なレイの性格が災いした今回の珍事。

 途方に暮れ悲壮漂う表情を浮かべる中、ラプラスはぷはーっと息を吐き、空になった器にスプーンを無造作に投げ入れる。

「食べた食べた♪ 大満足よ♪」

「そりゃあようござんしたね」

 さすがにレイも疲れたらしく、ツッコミを入れる事も億劫なのかリアクションが雑になっていた。

 嘆息を吐いたレイは、仕方なくラプラスが平らげた料理の代金を払おうとレシートを手に取りその額を確認する。途端、想像を絶する額面に目を見開き冷や汗をかく。

「ご……ご婦人……あなた一人で何人前平らげたというのですか……? かつて見たことがない数字の羅列が並んでいるのですが……!?」

 脂汗を吹き出すレイが小声で声をかける一方、ラプラスは自由奔放。手鏡を見ながら崩れた化粧を直していた。

「ちょっと。早く精算してくれないかしら? こっちだってやらなきゃならないことがあるんだからね」

「わ、分かってますよ! 払えばいいんでしょうが払えば……」

 ラプラスの図々しさはレイの予想をはるかに超えていた。悪魔である主人もそれなりに人使いが荒いが、彼女のそれは別格だ。今ならリリスの扱いが実にかわいく思えてならない。

 あらゆる面で腑に落ちないレイだったが、精算だけはきちんと行おうと財布の中からお金を取り出そうとする。だが、そのとき彼はまたしても不運に見舞われた。

「あぁぁ……!! ジーザス、なんたることか!」

「なにどうしたの?」

「お金が足りません……」

 財布の中を広げ切実な金銭不足を涙目で訴えかけるレイを見て、ラプラスは溜息を吐いてから「仕方ないわねー」と呟いた。

「ちょっと待ってなさい。今すぐあたしがなんとかするから」

 逡巡した末、ラプラスはレイを店内へ残して外へ出る。彼女の行動の意図が分からぬレイが窓越しに見つめていた、次の瞬間――彼女の取った行動に度肝を抜いた。

「うりゃああああああああああああ」

 何の躊躇もなく、ラプラスは車道へ飛び出していき、法定速度を順守して走行していた軽自動車へ衝突しに行った。

「ええぇぇぇえええええぇぇええええぇぇ!!」

 まさかの当たり屋の登場にレイは顎が外れるほど驚愕する。

「ぼ……僕のせいじゃないぞ! いきなりその人が飛び出してきて……僕は悪くないぞ!」

 突然、歩道から人が飛び出してきたことで急ブレーキを踏めなかった運転手こと、私立シュヴァルツ学園教師・三枝喜一郎は血相を変えて運転席から出る。目の前で倒れている女性を見ながら自らに非が無い事を口にする。

 一方、上手い具合に当たり所を調節し大きな怪我を回避したラプラスは、三枝が外から出てきた途端、凄まじい剣幕で睨みつける。

「……こういう時はまず救急車でしょうが、ねぇ!!」

 怒号を発し、懐に忍ばせていた血のりで大げさに怪我を表現すると、ラプラスは三枝の胸倉を掴み上げ、怒号を発する。

「ちょっとあんたぁ!! それが人を轢いといて言う台詞なの!? あんたには誠意ってもんがないわけ!!」

「ひいぃぃ……! す、す、すみません……」

 

【挿絵表示】

 

 あまりの迫力にたちまち気持ちが委縮する三枝。気弱になったところで追い打ちを掛ける為、ラプラスは三枝を持ち上げながら悪魔のような形相で脅迫する。

「慰謝料よ! 入院費と見舞金、精神的苦痛に治療費合わせて五百万! ついでに喫茶店の支払い、今すぐ用意しなさい! 分かったわね!? レイ、待ってなさい! 今お金払ってあげるから!」

「ちょちょちょちょちょちょ!! 誰もそんなこと頼んでませんぞ!!」

 無茶苦茶にも程がある。これは明らかに脅迫罪であり、ラプラスの行動は常軌を逸して気が触れていた。衆人環視の中、ラプラスは三枝から金銭を巻き上げようと強い言葉で責め続け、レイは彼女を必死で宥めようとする。

「さぁさぁ! 慰謝料きっちり払いなさいよ!」

「ごごごごごめんなさい!! 払いますから許してください!!」

「お願いですからもうやめてください!」

 どうしていいか分からず、途方に暮れていた矢先――、思わぬ人物の声が聞こえてきた。

「レイ、こんな所で何してるのよ?」

 それは日頃から聞き慣れた主人の声色に相違なかった。声のした方を見ると、リリスがはるかと朔夜、クラレンスを連れてレイを探しにやって来たのだった。

「り、リリス様!」

 レイが救われたとばかりに目に涙を浮かべる。一方で、ラプラスは朔夜を視界に入れるなり、大きく手を振ってアピールする。

「あーら! グッドタイミングじゃない! 朔夜~~~ヤッホ~イ!」

「な……ラプラス、なんで!? ていうか、何やってんだお前!?」

 ラプラスの顔と彼女のおかしな行動を見るなり朔夜の顔が露骨に歪む。

「もうひどいじゃない! あたしを置いて一人で日本へ行くなんて……あんたをここまで大きくしたのは何処の誰かしら!!」

「別に置いていった訳じゃない……ただ、お前を連れていくと何だか面倒だと思ったから」

「ちょっと、どういう意味よそれ!!」

 聞いた瞬間、ラプラスは三枝を無造作に放り投げると、公衆の面前にもお構いなく朔夜の耳を思い切り強く引っ張り上げる。

「イタタタ!! お、お前な……耳を引っ張るな!! イタタタタ!!」

「悪いのはあんたよ!!」

 突然目の前で繰り広げられるお仕置きにはるかが慌てて口を挟む。

「あ、あの! どうか落ち着きましょうよ! というより、どうして三枝先生と一緒なんですか!?」

「とりあえず喧嘩はやめましょう!」

 朔夜が可哀想だと思ったはるかとクラレンスの二人で、暴走するラプラスを止めにかかる。その傍らで、リリスはラプラスの傍若無人な振る舞いを受けた挙句、口から泡を吹いて倒れ込む三枝を見ながら、どういう状況なのかと考え込む。

 一方、レイは朔夜と親密にしているラプラスを見るや、状況が何ひとつ飲み込めず困惑するばかりだ。

「ど……どういう事ですかこれは!? はっ……まさかご婦人とイケメン王子は……できてる!!」

 ――ボカン!!

「そんなわけないでしょうが!」

「痛っ~~~」

 つまらぬ冗談を言うべきではなかった。

 リリスはレイに容赦ない拳骨を喰らわせて激怒する。

 やがて腫れ上がった耳を抑えながら、朔夜が状況を説明するためレイの元へ歩み寄る。

「驚かせてすまない。彼女はオレの使い魔なんだ……不本意だけど」

「不本意ってどういう意味よ!」

「ラプラスさん、どうか声を静めてください。公共の場である事を弁えましょう」

 リリスが冷静に宥めようと声をかけると、彼女の存在に気付いたラプラスが顔をほころばせる。

「あら~……まぁ! あなたひょっとして、リリスちゃんね!!」

「ご無沙汰しています」

 リリスはラプラスに丁寧にお辞儀する。

「うわぁ~~~懐かしいわね! 十年ぶりになるかしら!! 前見たときはこんなに小っちゃかったのに、いつの間にかこんな美人になっちゃって!」

「いいえ。ラプラスさんにはまだまだ敵いませんよ」

「もう~、かわいい子なんだから♪」

 リリスとラプラスの仲はことのほか良好だった。

 そのとき、ラプラスは朔夜の方へ顔を向け、悪魔染みた笑みを浮かべる。

「ははーん、そうか……朔夜はリリスちゃんとの甘い甘い時間をあたしに邪魔されたくなかったわけか!」

「な……、何を言ってるんだよ、それはお前の邪推だ」

「またまた~。顔に出てるわよー、この人たらし!」

 ラプラスはにやけながら肘で朔夜を何度も小突く。

「誰が人たらしだ、誰が!!」

「朔夜さん……パニクっていますね」

「普段冷静な彼がここまで取り乱れるとは……ラプラスさんとはつくづく恐ろしい方ですね」

 たった数分の出来事であったが、直感的にはるかとクラレンスはラプラスと言う使い魔がただ者でない事を悟ったのであった。

 いや、二人だけではない。おそらく、この場に居合わせた者すべてがそう思ったに違いない。

 

 堕天使を見限り再びはぐれエクソシストして活動を始めたコレヘトは、黒薔薇町の上空を浮遊し町を見下ろす。

「さてと……何かテキトーにぶっ壊してストレス解消といこうかねー。何にしようか……お?」

 手頃に暴れられるものや理由はないかと探していると、コヘレトの目にとあるものが映った。

 人混みの中を歩くどこにでもいそうな野良猫。ふてぶてしい顔つきに恰幅のある体格――コヘレトは途端に口角をつり上げる。

「動物を使ってみるのもこれはこれで面白そうだな……よっしゃ!!」

 

 コヘレトが何かを始めようとしている中、リリスたちとラプラスは喫茶ノワールで打ち溶け合っていた。

 ちなみに、あの後三枝と周囲の記憶はリリスによって記憶を捏造され、何事も無かったかのように事態を収拾。そして、ラプラスが食べた料理の代金は主人である朔夜持ちという事で決着が付いた。

「へぇ~! 人間の使い魔なんだ、あんた! にしても大変だったわねー。堕天使なんかに狙われるなんて最悪じゃないの」

 はるかとクラレンスの出会いを聞いて、ラプラスがうんうんと大きくうなずく。

「はい。ですが今は過去の辛さを乗り越え、とても充実した毎日を送っています」

「はるかも念願のプリキュアになれた事ですし、クラレンスさんと楽しい生活をエンジョイしています!!」

 はるかの放ったプリキュアというワードを聞いてラプラスは感慨深い表情を浮かべる。

「プリキュア、か……。でもまさかリリスちゃんがプリキュアになるなんて、聞いたときは何かの冗談かと思ったわ」

「恐縮です」

 女三人寄れば姦しい。

 とにかく話題に事欠くことなくしゃべり続けるリリスたち女性陣。

 朔夜とレイ、クラレンスを蚊帳の外にして、ベラベラと話し続ける彼女たちの異常さは悪魔や使い魔問わず男には理解しがたいところである。

 朔夜は会話の中々途切れないラプラスに注意を光らせ、僅かな隙を突いて話に割って入る。

「で、お前はどうやってこの町まで来られたんだ? 方向音痴のお前が」

「やーねー失礼しちゃうわ……あたしだって使い魔の端くれよ。あんたの魔力の波長を追うのなんて訳ないじゃない。まぁ、途中暑くて電車の中で着替えたけど……」

 この瞬間、全員が口に含んでいた飲み物を盛大に噴き出した。

 ラプラスは皆のリアクションを前に怪訝そうな顔を浮かべる。

「げっほ! げっほ! ……で、電車で着替えって!?」

「ハヒ! それはつまり……どういう事ですか!?」

「だって暑かったんだもん! ほら今六月でしょ、日焼け止めクリームだって塗らないといけないし……そしたら車掌っぽい人に止められてさ」

 ラプラスはわけがわからないという顔をして大げさに手を振ると、普段は冷静な朔夜が大きな声を上げる。

「当たり前だろっ!! だから嫌だったんだ、お前を連れてくるのは!!」

「それに先ほど、ご婦人は自動販売機からジュースを大量に万引きし、おまけに当たり屋になって恐喝していた……私はこの方に無理矢理犯罪の片棒を担がされたのだ!!」

「ほ、本当なんですかそれ!?」

 レイのチクリにみるみるうちに朔夜の顔に青筋が浮かぶ。

「おいラプラス!! いくら何でも非常識すぎるだろう!!」

「あたしはちゃんとお金を入れたの! なのに向こうが反応しないから……」

「そういう問題じゃないんだ! 何の関係もない三枝さんを恐喝して金をせびり取ろうとするなんて……警察沙汰にならなかったのがせめてもの救いだ!」

「だーかーら! あのときはああでもしないといけない状況だったのよ!」

 朔夜が言っていた通り、ラプラスのキャラは個性的かつ強烈だった。

 バカなのか天然なのか……どちらにせよ彼女は他人の迷惑など省みない自由奔放な性格だった。

 はるかとクラレンスは苦笑いを浮かべつつ、朔夜に怒鳴り散らされているラプラスの顔を見る。

「あははは……確かに聞いていた通り強烈ですね……」

「相当な天然なのでしょうね……」

「私も久しぶりに見たけど、その辺のところも含めて全然変わってないようで安心したわ」

 リリスの言葉を朔夜が受け止めると大きく溜息を吐いて言葉を続ける。

「リリス、そんな事で安心されてもオレが困るんだよ……」

 婚約者の前でこんな羞恥を見られたくなかった。

 ラプラスの奔放振りは朔夜の平時の冷静さを乱すばかりか、彼の立場も危ういものとしていた。

「思えばあっという間だったわね……朔夜といいリリスちゃんといい、悪魔界で過ごした日々は。あの頃の朔夜っていったら、ほんとどうしようもないくらいのヘタレでさ、リリスちゃんの背中に隠れてばっか!」

「よ、余計な事は言わないでくれ!」

 慌てて朔夜が言葉を遮るが、レイがここぞとばかりに食い入った。

「その話もう少し詳しくお聞かせ願いますか、ご婦人!! このイケメン王子の恥ずかしい過去、私には大変美味なるごちそうです!!」

「ちょ、レイまで何言ってんのよ!! あ、あの……ラプラスさん……サっ君の立場もありますしできればここはご自重してもらえると」

 リリスが穏便に話を済ませようとするが、ラプラスは聞く耳持たずに、

「いいわよ! 話してあげるわ!!」

「よっしゃぁああ――!!」

 レイにとってこれほど嬉しい話などなかっただろう。

 何しろ朔夜の使い魔から彼の知られざる身の上話を聞けるのだ。それも、朔夜の口からは絶対に語られる事のない恥ずかしいエピソードが。

 朔夜は肩を落とし意気消沈とする。

 リリスが必死で彼を慰める中、はるかとクラレンスはレイと共に朔夜の幼少期についてラプラスより聞かされる。

「じゃ話すわね。みんなは悪魔が純血主義だって話は知ってるかしら?」

「純血主義……ですか?」

「はるか様にはまだお伝えしていなかったかもしれませんが、悪魔は絶対数が少ないために天使や堕天使よりも血統を重んじる傾向が強いのです」

 洗礼教会主導の下に行われた悪魔の大規模粛清【デーモンパージ】が行われた当時、純血悪魔は全悪魔人口の三割しかいなく、残りの七割はすべて混血悪魔で占められていた。

 大昔――悪魔、天使、堕天使の三大勢力は永久とも言える時間の中で三つ巴の戦争を繰り広げた。凌ぎを削った戦いの果て、勝利も敗北も無くすべての勢力は数を激減させたまま戦争は終息の方向へ向かった。

 大戦後、悪魔は種そのものが存続の危機に立たされた。生き残りを懸けた悪魔たちは形振り構わず様々な血統と交わる事でどうにか絶滅を免れた。だがその結果、純血の上級悪魔が連なる『七十二柱』と呼ばれた名門の家系のほとんどが断絶した。ベリアル家やアリトン家は数少ない七十二柱の生き残りとして、悪魔の歴史に名を残している。

「でね、朔夜が生まれたのは元七十二柱であるアリトン家の当主とその妾……つまり、愛人との間に生まれた悪魔だったの」

 ラプラスは当時の事を思い出す。

 純血主義を重んじる悪魔界において、朔夜の境遇がどれだけ辛く過酷なものだったのかを皆に知ってもらうために。

「朔夜は小さい頃から何でもできた。でも所詮、朔夜は不倫相手との間に生まれた悪魔……どれだけの才能を持っていた所で迫害される運命にあったわ。朔夜の母親が病に倒れてアリトン家に引き取られてから、朔夜は陰湿なイジメを受け続けた。行き場のなかった朔夜は孤独の中に生きていた……でもそんなこの子を救い出してくれたのが、リリスちゃんよ。リリスちゃんは血統とかに関わらず、朔夜を一人の悪魔として扱ってくれた。朔夜もリリスちゃんと友達になって、ようやく笑顔を取り戻していったっけ……そうそう、今でこそマシになったけど、昔は朔夜本当に憶病でさ、喧嘩はいつもリリスちゃんに庇ってもらっていたわね」

 と、ラプラスが話をしていたとき、周りを見るといつしかレイとはるか、クラレンスの目から涙が漏れ始めていた。

「え……ちょっと、あんたたち大丈夫!?」

 ちょっと引き気味のラプラスを前に、三人は口々に思いの丈を述べる。

「だ、だって……朔夜さんにそんな辛い悲しい過去があったなんて思わなかったんですよ」

「これを泣かずにいられるはずないじゃないですか……」

「すまなかったイケメン王子!! 私はお前のことを何も知らなかった、知ろうともしなかった……勝手に妬んでいた私が実に愚かだったよ……」

 号泣する三人にラプラスは動揺する。

 確かに悲しい話ではあるものの、こんなに過剰なリアクションをとるとは夢にも思っていなかったから、どうしていいかわからない。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ……困ったな……ちょっと朔夜、あんた何とかしなさいよ!」

「お前が勝手に話して泣かしたんだろう! しかも本人がいる前で堂々とな!」

「はるか、レイとクラレンスもそんなに泣かないの! 恥ずかしいじゃないのよ」

「「「うわあああああああ~~~ん」」」

 

 ――ドカン!!

 一行が悲しい朔夜の過去を理解したところで、腹に響くような籠った爆音が店の外から聞こえてきた。

「この音は……」

 慌てて外に出てみると、リリスたちの前に現れたのは……

『ピースフルニャ~~~!!』

 明らかにネコを素体とした平和の騎士……もとい、平和の動物。《キャットピースフル》が何とも可愛らしい声を上げながら町中で破壊活動をしている。

「ハヒ!! ピースフル……ですか!?」

「何かいつもと様子が変ですよ」

 すると、キャットピースフルの頭上に浮かぶ神父服の男に朔夜が目を光らせる。

「でははははは!! もっと暴れろ、もっとぶっ壊せ!! ははははははは!!」

「あれは……コヘレト!」

「どういうつもりかは知らないが、早く止めないといかんな」

 リリスたちと一緒に外へ出たラプラスがコヘレトとピースフルを見やると、目を細めて口の端を上にあげる。

「へぇ~。あれが噂の……オッケイだいたい分かったわ! あいつをケチョンケチョンにしちゃうわよ!」

「行くわよ、みんな!」

 コヘレトが起こす私的な破壊活動を止めるため、ディアブロスプリキュアはその力を解放する。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

 今回から彼女たちの変身する横で、朔夜も己の力を解放し変身する。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 ここまではいつもと同じ。さらにここに朔夜が加わり、掛け声がプラスされる。

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

 それぞれの使い魔、そしてバスターナイトとなった朔夜とラプラスを伴い、ベリアルとウィッチ、バスターナイトは決め台詞を吐く。

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

「コヘレト!」

「今すぐ破壊活動を止めなさい!」

 変身したばかりの彼女たちは、キャットピースフルを操るコヘレトに強く呼びかける。

「よう腐れ悪魔ども! ちょうどいいや、俺さまは今すっげーイラついてるんだ! 大人しくこいつの餌になりやがれ!!」

『ピースフルニャー!!』

 有無を言わさずキャットピースフルが襲い掛かる。

 巨大な肉球に押し潰されたい気持ちも湧いたが、ベリアルたちは煩悩を振り払い、戦いに集中する。

「ネコを素体にしたのかしら!」

「あの肉球……なんだか倒すのがもったいない気がします!!」

「しかし、これじゃまるっきりト〇ロのネコ○スだな」

 バスターナイトも意外とメタな発言をするらしい。

『ピースフルニャー!!』

 三人はネコを素体しているために小回りが利き、スピードに長けたキャットピースフルに翻弄される。

「意外とすばしっこいですね……」

 ウィッチがつぶやく横で、ベリアルはいつも一緒に現れるラッセルがいないことに気付いた。

「コヘレト! あの堕天使女はどうしたのかしら!?」

「はっ! 堕天使なんて知った事じゃねーな。俺はもうあんなところに戻るつもりはねぇよ!」

「ハヒ!? まさか、堕天使と訣別したんですか!?」

 ウィッチは洗礼教会を離反したコヘレトがさらに堕天使までも見限ったことに驚きを隠せなかった。

「はぐれエクソシストなんてそういうものだよ。結局自分の利益が優先なんだ」

「まぁ、あたしが言うのも何だけど……あんた、サイテーな男ね!!」

 ラプラスに言われるくらいなのだから、コヘレトの性格は悪魔から見ても歪みまくっているようだ。

「何とでも言えばいい。所詮この世は打算でしか動けねぇんだよ!! そいつは悪魔が一番分かってる事だろうが!!」

 現に彼自身も開き直ってこうして認めているくらいだ。

「そんなことありません!!」

 だがしかし、ウィッチはコヘレトが言った言葉の中で唯一気に入らない箇所があった。

「すべてあなたの都合通りに考えないで下さい! リリスちゃんは悪魔ですけど、あなたとは違います!!」

「はるか……」

 悪魔であるベリアルを擁護する発言。

 悪魔という欲望に忠実で打算的な存在を外面だけで自分と同じだと主張するコヘレトと違い、ウィッチはベリアルの内面性から彼女を擁護する。

 ベリアルの心が思わずぐっと締め付けられる中、ラプラスの心も高揚する。

「イイこと言うじゃないあの子。オッケイ、気に入ったわ!」

「ラプラス!?」

「ここは一肌脱ごうかしら!」

 間違っても服を脱ぐわけではない。

 ラプラスはサキュバスの姿から、巨大な白いコウモリの姿へと変貌し空中へ舞い上がる。

「白いコウモリ?」

『食らいなさい!』

 巨大な翼をめいっぱい広げ、そこからラプラスは衝撃を伴った超音波を周囲に向けて放射する。

 瞬間、ビルや道路などに亀裂が生じ、敵味方問わずに凄まじい衝撃が身に降り注ぐ。

『ニャ~~~~!!』

「うおおおおおお!! な、何だこの嫌な音は……!!」

「寒気がします~~~!」

 周囲が混乱する中、バスターナイトがラプラスに叫ぶ。

「おいラプラス!! 少しは加減しろ!!」

『あ、ゴメンナサイ! ついうっかり……』

 バスターナイトに諌められると、ラプラスは攻撃を中断する。

 コヘレトは鳥肌が立った様子で、鼓膜を突き抜け伝わった超音波攻撃で精神にダメージを負い、全身から多量の汗を流す。

「やってくれたじゃねぇか……悪魔ども!」

『ピースフルニャー!!』

 激昂したキャットピースフルがベリアルたちに鋭い爪と牙を向けて迫ってくる。

「レイ、来なさい!」

「ロンギヌス、チェインジー!」

 レイロンギヌスを装備したベリアルは、キャットピースフルの鋭い爪攻撃を矛先で防ぎ、これを弾き逸らす。

「クラレンスさん!」

〈了解です!〉

 キュアウィッチロッドを天に掲げ、ウィッチは杖の先に充てんした魔力をキャットピースフル目掛けて放出する。

「〈バーニング・ツイン・バースト〉!!」

『ニャアアアアアア……!!』

 キャットピースフルを襲う大火力砲撃。

 そして、今回の敵に止めを促すのはバスターナイトこと、朔夜と使い魔のラプラスである。

『朔夜、最後はあたしたちで決めるわよー!』

「ああ!」

 すると、バスターナイトは両手に装備していたバスターソードとバスターシールドを頭上で重ね合わせると、二つの武器を一つに合体させた。そうして生まれた盾の一部があしらわれた大剣の名を叫びあげる。

「『暗黒大魔剣マラコーダ』」

『ピースフルニャー!!』

 何も恐れせず、本能のまま襲い掛かるキャットピースフル。向かってくるキャットピースフルに狙いを定め、バスターナイトは大剣を大きく横なぎに振るう。

 

「―――紫電清霜(しでんせいそう)―――」

 

 刹那、高熱高圧電流による白熱化一千万度一億ボルトの剣閃が放たれる。キャットピースフルは避ける間もなく電撃と斬撃を同時に受ける。

『ニャアアアヤヤヤ!!』

 ピースフル化しているとはいえ、皮膚が一瞬で黒焦げとなる絶大な威力。体力と戦意を一気に消耗した満身創痍の敵に止めを刺す為、バスターナイトとラプラスは頃合いを見計らい同時に動き出す。

 大魔剣マラコーダを片手に走るバスターナイトの背後をコウモリ姿のラプラスが飛翔する。

 やがて、バスターナイトと合体し、彼を空中へと舞い上げる。

「〈はあああああああああああああ〉」

 空中からキャットピースフルに狙いを定めると、バスターナイトの体を翼で覆い、体をドリル状に包んで急降下する。

 

「〈ダークナイトドライブ〉!!」」

 

 キャットピースフルの体を、暗黒騎士が放つ強力な一撃が貫く。

 ――ドンッ。

「浄化は私が!」

 ウィッチがロッドをかざして浄化の光がキャットピースフルを包み込む。

『へいわしゅぎにゃ~……』

 バスターナイトの攻撃が決め手となり、コヘレトによってピースフルの素体とされた小太りの野良猫は驚いたように、ベリアルたちの前から疾走する。

「ち……。覚えてろよ!!」

 体勢を立て直すため、コヘレトは瞬時に転移し、いなくなった。

「やーい、負け犬エクソシスト! おとといきやがれ!」

 ラプラスがコヘレトの消えた方角を向いて息巻いていると、ウィッチとクラレンスが今回の立役者に称賛の言葉を贈る。

「今回は大活躍でしたね、ラプラスさん!」

「朔夜さんもかっこよかったですね」

 二人の言葉にベリアルが当人よりも誇らしげな態度をとる。

「クラレンス、違うわよ。サっ君はいつだってカッコいいんだから!」

「ありがとうリリス」

 これで戦いも無事に終わった――はずだった。

 だが、今回はこれだけで済まされるほど単純な話ではなかった。

「ん?」

 人の気配を感じとったベリアルは、おもむろに振り返ると、皺ひとつない紺色のスーツとネクタイを着用した爽やかな印象を抱かせるプラチナブロンドの髪を携えた少年が目の前に立っていた。

「なるほど。実におもしろいものを見せてもらったよ。ディアブロスプリキュアの力がどれほどのものか、概ね分かった。やはり君たちは、僕が直々に捕まえる必要がありそうだ」

 突如現れた見知らぬ少年にウィッチがおずおずと尋ねる。

「ハヒ!? えーと……あなたは……」

 問われてまだ自己紹介をしていなかったことに気付いた少年が丁寧に挨拶を始める。

「申し遅れてしまったね。僕は神林春人。警視庁公安部特別分室……通称『プリキュア対策課』所属の高校生探偵さ」

 予想だにしていなかった客人の登場に、一同に衝撃が走った。

「警視庁公安部!?」

「プリキュア対策課……!」

「げっ! 警察……あたしの一番苦手なヤツじゃん!」

 春人は口元をにやりと歪ませると、懐に手を入れて何かを引き抜いた。

「さてと、実働テストを終えたばかりのコイツの力……本物のプリキュアにも試してみようか」

 ベリアルたちが警戒心を露わにする中、春人は懐から多機能型ハンドガン【SKバリアブルバレット】を取り出し、表面に刻まれたナンバーを【1】に合わせ、空中目掛けて引き金を引く。

 

「実装!」

 

〈Set Up. Security Keeper〉

 電子音が聞こえると共に、放たれた銃撃は微粒子状に分解・転送され、それが春人の表面にて定着し、燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツとなった。

 素顔をすっぽりと覆うヘルメット。頭部にはアルファベットで『SK』という文字がロゴとして刻まれている。

「な……!」

「まさか!?」

「ハヒ!!」

「これは……!?」

「おまえは……!」

「そのいかにも男の子趣味のそれはなに!?」

 疑問を抱くベリアルたちを前に、春人は今の姿について簡潔に語る。

「この姿の名はセキュリティキーパー……君たちを逮捕するただ一人の戦士さ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「突如現れた高校生探偵。手持ちのアイテムで変身したと思えば、私たちを逮捕すると言って来た!」
は「はるかたちの知らないところで、警察がプリキュアを捕まえるための準備を進めていたなんて…これはこれは、かつてない大ピンチです――!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『遅れてきた刺客!?セキュリティキーパー登場!』」


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第16話:遅れてきた刺客!?セキュリティキーパー登場!

2015年、新年あけましておめでとうございます!今年もディアブロスプリキュアをよろしくお願いします。
さて、新年最初の話は警察の新戦力とディアブロスプリキュアとの衝突を描いたものです。どうぞご覧ください。


黒薔薇町 某所

 

「実装!」

 ベリアルたちが警戒心を露わにする中、春人は懐から多機能型ハンドガン【SKバリアブルバレット】を取り出し、表面に刻まれたナンバーを【1】に合わせ、空中目掛けて引き金を引く。

〈Set Up. Security Keeper〉

 電子音が聞こえると共に、放たれた銃撃は微粒子状に分解・転送され、それが春人の表面にて定着し、燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツとなった。

 素顔をすっぽりと覆うヘルメット。複眼には英語で『SK』という文字がロゴとして刻まれている。

「この姿の名はセキュリティキーパー……君たちを逮捕するただ一人の戦士さ」

 青天の霹靂――あまりに突然の事態だった。

 ベリアルたちは目の前で高校生が科学力を結集した最新鋭のボディースーツを身に纏った瞬間、目を見開き呆然とする。

 これまで洗礼教会や堕天使との間で数々の武力衝突はあった。

 だが今回はこの世界、もとい日本の治安維持を担う国家権力――警察組織と差し向かいでの衝突となる事は確実だ。

「まさか……警察にこんな武装システムが!」

「ハヒ!! ディアブロスプリキュア……最大の危機ですか!?」

 衝突を覚悟し身構えるベリアルと、血の気が引くウィッチ。

 彼女たちの表情を窺い、メットで顔を隠している春人は口角をつり上げ言う。

「安心してくれ、僕は女性には紳士なんだ。君たちが余計な抵抗をしないのなら、僕はこの武装を喜んで解こう。僕らはただ君らに話を聞きたいだけなんだ。できれば警察まで任意同行願えないかな?」

「任意同行……ですか?」

「耳を貸しちゃダメよ、はるか! 相手は公安警察……普通の警察とは違うの!」

「どう違うんですか?」

「公安警察はカルト宗教団体、極左・右翼団体、スパイ、テロリストなどの反体制といった国家の脅威となる団体を監視し、もし危険であると判断されればどんな手を使ってでも排除する。たとえプリキュアであっても……」

「な、なんですって!?」

「我々がテロリストと同じ扱いを?」

「ひいいいい!! 警察だけはあたしダメ~~~!!」

 驚愕する使い魔たち。

 すると、ラプラスは途端に萎縮し、警察という単語に酷く怯えた様子でレイの後ろへと隠れ、体を縮こまらせる。

「ご婦人、どうかしたんですか!?」

 レイが首をひねって自身の背に隠れるラプラスに尋ねる。

「ラプラスは以前警察官にイタズラをして、こっぴどく叱られた事があるんだ。以来、警察官を見ると極端に怖がってしまうようになった」

「何をしているんですかあなたは!?」

「だって、だってほんの物心で……」

 バスターナイトから聞かされた何とも阿呆な話にレイはラプラスを叱咤する。

 そんな中、眼前に佇む敵――セキュリティキーパーはSKバリアブルバレットを手元で回し、「話し合いは済んだかな?」と呟く。

「今一度問おう。君たちから一連の話を聞きたい。特に、そこの金髪の女性がしてきた数々の犯罪行為は看過できるレベルを超えている。即刻警察まで同行を願いたいのだが……」

 鋭い眼光でセキュリティキーパーが睨みつけると、

「な……何よ!! あたし何も悪いことなんかしてないわよ!!」

「ウソつかないでください!! 万引きに食い逃げ、おまけに恐喝罪とその他数えきれないくらい!!」

 レイとラプラスのしょうもない漫才を余所にバスターナイトが口を開く。

「セキュリティキーパー……と言ったか?」

 そのとき、バスターナイトはバスターシールドから剣をおもむろに引き抜きセキュリティキーパーを威嚇する。

「生憎とその申し出は丁重に断らせてもらう」

「サっ君!?」

「朔夜さん!!」

「ちょっとあんた、何するつもりよ!?」

 攻撃的な姿勢をセキュリティキーパーに示すバスターナイトにベリアルたちが動揺する。

「なるほど……君がリストに載っていたプリキュアの協力者、暗黒騎士バスターナイトか。悪魔のプリンセスを守る正義のナイト、と言ったところかな?」

 セキュリティキーパーはメットの内で口角を上げると、バスターナイトの行動を待ってましたとばかりに対峙する。

「いいじゃないか。僕もその方がいい。これで正当防衛が成立する」

「正当防衛……始めからそのつもりだったんじゃないのか?」

「さて、僕には何の事だか」

 自然と両者は対立関係を作り、張りつめた空気が二人の周りに流れる。

「ラプラス! リリスたちを連れてこの場を離れろ!」

 バスターナイトが声を張り上げる。

「朔夜……まさかこいつとやりあうつもりなんじゃ!?」

「ダメだよサっ君! こんな奴に関わったりしちゃ!」

「リリスちゃんの言う通りです朔夜さん! 危ないですよ!」

 周りからの制止の言葉。それを聞いていたセキュリティキーパーはククッと笑う。

「賢明な意見だ。彼女たちもああ言っている。ここは素直に聞き入れるべきだと思うな」

 と言いつつも、セキュリティキーパーは自分への明確な敵意を露わにしたバスターナイトを牽制し銃を突き付ける。

「オレの事を思ってくれるその気持ちは嬉しい……だが、リリスに牙を剥く敵が目の前のいると分かっていて、黙っていられるわけがない」

 どうやら素直に引き下がるという答えはバスターナイトにはないようだ。分かった途端に、セキュリティキーパーはやれやれと口には出さず、首を横に振る。

「わぁお。君は見かけによらず血の気が多いんだね」

「貴様に言われたくはない」

 一触即発もあり得る状況。

 レイとクラレンスはバスターナイトが作ったこのチャンスを、何としても生かすべきだと判断――意を決しベリアルたちに呼びかける。

「リリス様、ここはお下がりください」

「でも! サっ君が!」

 ベリアルがバスターナイトに駆け寄ろうとするが、レイが腕をつかんで制する。

「朔夜さんなら大丈夫です! すぐに私たちの元へ戻ってきます、信じましょう!」

「クラレンスさん……リリスちゃん、朔夜さんを信じましょう!」

 クラレンスに続き、ウィッチもベリアルを説得する。

「はるかまで……くっ」

 合理的に判断すれば自分たちが逃げるには誰か一人が囮にならなければならない。バスターナイトがその役を引き受けてくれたのなら、彼の為にも逃げるべきだろう。

 だがバスターナイトはベリアルの婚約者。一番大切な人を囮に使う事などできはしない。

 それでも、バスターナイトは頑としてここから退くつもりはないだろう。彼はベリアルたちを守るためなら、決して妥協しない――言うならばそれがバスターナイト――十六夜朔夜のたったひとつの欲望であった。

「――――――絶対戻って来てね!! じゃなかったら、承知しないんだからね!!」

 断腸の思いでベリアルはバスターナイトを囮としてこの場に留める判断を下す。すかさず転移魔法でバスターナイトだけを残して現場を離れた。

(リリス……愚かな男でごめん。だけど、オレはどんなことがあっても君を傷付けたくないんだ)

 自分の我儘で愛する彼女を傷付けるのが辛かった。これ以上彼女を悲しませないためにも、バスターナイトはセキュリティキーパーに敗北する事も捕まる事も許されない。

 魔剣バスターソードを構え、セキュリティキーパーと対峙する。

「……ふむ。僕たち二人だけになったか。君はもう少し賢い方だと思っていたのだけど、僕の見立て違いだったようだ」

「どうかな。それにオレは犬死するつもりなど毛頭ない。仮に貴様がオレよりも弱いのなら、貴様を退けて悠々とリリスたちの前に戻ればいいだけのことだ」

「へぇ……確かに、それは言えている。さっきの言葉は撤回するよ。君は本当に賢い悪魔であるようだ」

〈Blaster〉

 刹那、電子音 と共にセキュリティキーパーは手持ちのハンドガンで発砲する。

 バスターナイトは飛んでくる銃弾を左に携えた盾で防ぎつつ接近する。剣で斬りかかると向こうも隠し持っていた警棒【SKメタルシャフト】で押さえ、両者は激しく肉薄する。

 セキュリティキーパーは右手の銃と左手の警棒を巧みに使い分け、バスターナイトに迫りくる。これまでバスターナイトとして攻防どちらにも優れた高い実力で敵を退けてきた朔夜だが、今戦っている敵は正に暗黒騎士名折れの実力者だ。

「ダークネススラッシュ!」

 多くの敵を一撃のもとに仕留める自身の必殺技を繰り出す。

 セキュリティキーパーはX字状に飛来する斬撃を華麗な動きで躱し、ハンドガンの数字を【1】から【4】へ変更して、バスターナイトへと放つ。

〈Laser Pulse〉

 内蔵されたAIコンピューターがハンドガンの機能変化を読み取り、瞬時に通常の実弾から高速レーザーへと変換する。

 怒涛の連射レーザーの嵐を前に、バスターナイトは器用に手持ちの剣ですべて弾き飛ばす。

 すかさず反撃を加えるため懐に潜り込むと、セキュリティキーパーは斬りかかるバスターナイトの斬撃を左手の警棒で防ぐ。

 両者は剣と警棒を互いの首元へ突き付け、そのまま静止する。

「……存外、温室育ちの貴様も野生というものは忘れていないようだな――人間」

「……正義の味方に逆らったらどうなるか、篤と思い知らせてあげよう――悪魔」

 再びレーザー光線の乱射が始まった。

 所構わず飛んでくるレーザーの雨をバスターナイトは重厚な鎧だというのに全て的確に躱していく。

「無益な戦いほど馬鹿げたものはない」

 言うと、バスターナイトは魔盾バスターシールドに隠された邪眼を開放する。

 開かれた邪眼はセキュリティキーパーの動きを封じ込め動けなくする。その間に、バスターナイトは足下に転移魔法陣を出現させ現場から逃走した。

 バスターナイトの逃走と共に呪縛から解放され、辺りを見渡しバスターナイトが逃げたことを確認すると、セキュリティキーパーは変身を解除する。

「……ふん。まぁいいさ、こちらも本調子じゃないものでね。君との決着は次回にでもするとしよう」

 踵を返し、春人はおもむろにその場から静かに立ち去った。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 朔夜が囮となった事でリリスたちは無事に家へと帰ってこられた。

 だが、安心はまだできない。大好きな紅茶を前にしても、リリスは朔夜の事が気がかりで手が付けられない。

「リリスちゃん……」

「リリス様……」

 彼女を心配するはるかたち。

 そのとき――見覚えのある紺色に輝く魔法陣が床に出現。リリスたちが目を見開くと、帰還と共に変身を解除した十六夜朔夜が目の前から現れる。

「朔夜!」

「サっ君!!」

 どうやら彼は無事みたいだった。リリスは朔夜へ駆け寄り、彼の安否を気遣う。

「怪我はない!? 大丈夫!?」

「うん、問題ない。なかなか手ごわい相手だったけど、何とか逃げて来たから」

「良かった……」

 これで悪い憑き物は取れた。リリスは安堵の溜息を吐き一安心する。はるかたちも張りつめた緊張の糸が切れる。

「それにしてもあの男……神林春人についてですが」

「大至急情報を集めないといかんな」

 クラレンスとレイが言うと、おもむろにはるかは自分の鞄に手を突っ込み、タブレット端末を取り出す。

「ある程度の事はネットに載っていると思います。今調べてみますね」

 早速インターネットの検索サイトを使い、『神林春人 高校生探偵』というキーワードで入力し、検索をかける。

 すると、直ぐに数百件という数の関連サイトが表示され、その中のひとつを覗いてみると、

「これは……!」

 リリスたちが目の当たりにしたのは、予想を遥かに上回る驚愕の事実だった。

 

           ◇

 

東京都 警視庁本庁舎

 

 警視庁本庁舎の中にある休憩スペース。

 そこでインスタントコーヒーを飲む刑事二人がある事について話していた。

「おい聞いたかよ? 公安部の奴ら……例のプリキュアとかいう集団と一悶着起こしたらしいって」

「公安部って言うと……最近、公安部内に秘かに新設されたって部署があるって専らの噂ですよね?」

「ああ。通称〝プリキュア対策課〟……警察庁の警備局にあるとされる『ゼロ』と呼ばれる組織から提供される情報と指示を元に、プリキュア絡みの事件に関して極秘捜査を行っているとか。中でも民間協力者として参加している高校生探偵の神林春人がとんでもねぇ切れ者らしくてな」

 一旦そこで手持ちのコーヒーを口に含み、先輩刑事の一人が神林春人に関し話を掘り下げる。

「警視庁公安部の公安部長である父を持ち、剣を取れば二天、筆を取れば天神。『三天の怪物』と呼ばれる天才らしい」

「その話なら俺も聞いた事あります。若干十六歳の少年がロンドンを拠点に、その明晰な頭脳で次々と迷宮入りしそうになった難事件をたった一人で解決してきたとかで……まさに現代のシャーロック・ホームズ。その功績を称えられて、イギリス王室からナイトの称号まで与えられているらしいですよ。でもまさか、公安部長の息子だとは思いませんでしたよ」

「にしてもおかしな話じゃないか? 知っての通り公安の仕事っつーのは極秘性を重視している。捜査内容は家族に対しても秘匿されている筈だ。なのに、どうして……民間から協力者を参加させているんだ? いくら公安部長の息子だからって腑に落ちねえ」

 言うと、残りのコーヒーを一気にあおる。

「確かに妙な話ではありますね。上は何を考えているんでしょうか?」

「工藤新一じゃあるまいしよ。たかが高校生如きに捜査を引っ掻き回されるなんて俺はごめんだね」

「まったくです」

 等と話していたときだった。

 噂をすれば影が差す――神林春人の実父で公安部長の神林敬三が警視庁での用事を済ます傍ら、コーヒーを買いにきた。

「「お、お疲れ様です!!」」

「うむ」

 直ちに態度を改め挨拶をする刑事二人組に、敬三は静かに頷く。

 コーヒーを購入する敬三と、先ほどの会話を聞かれていたのではないかと内心不安がり緊張する刑事たち。

 やがて、コーヒーを買い終えた敬三はひと口飲んでから、おもむろに口を開く。

「……高校生が警察の仕事に首を突っ込む事が気に入らないか?」

 刑事たちは一瞬眉がびくっと動く。

 コーヒーカップ片手に、敬三は休憩室を出る直前、息子を侮辱した刑事二人組を睨み付けるように見据え言う。

「現場の警察官が無能だから、若い力が必要なんだろう?」

 凄まじい迫力だった。

 公安部長の圧倒的な気迫を前に、刑事二人はただただ委縮。口は災いの元だという事を身をもって痛感した。

 

 警視庁での仕事を済ませ、自家用車で千代田区にあるプリキュア対策課の活動拠点へ向かう中、眉間に皺を寄せながら敬三は心中思いを馳せていた。

(彼らの言わんとしていたこともわからんでもない……プリキュア対策課は従来の公安のイメージとあまりに乖離している)

 敬三は車を走らせながら、上層部である『ゼロ』から息子である春人を対策課に加えるように指示を出された数か月前のことを思い出していた。

 

           ≒

 

さかのぼること、二か月前――

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

 キュアベリアルと洗礼教会の戦いが激しくなり始めた頃、公安部長・神林敬三を始め、公安部に所属する捜査官数名が警察庁にあるとされる極秘組織『ゼロ』の担当者から呼び出しを受けた。

 ゼロとはあくまでも通称であり、そのような名前の部署が存在するのかさえ警察内部でも知る者はほとんどいない。厚いベールに包まれている公安の中でも特に秘密性の高い捜査を行う部署、それこそがゼロという組織だ。

 呼び出しを受けた敬三らが向かったのは、警視庁の近くにある古い雑居ビル。所轄でも警察庁でもない。そこに何の表札も無くただ「一〇一」と番号だけが振られた部屋があった。倒産した企業から東京都が買い取ったビルの一室。そこが今回活躍する男達の作業拠点として指定された。

 敬三を始め、召集を受けた十数名の捜査官が集まっており、夕方―――ゼロに所属する担当者より呼び出された理由と極秘任務について話を受けた。

「一度しか言わない。君たちにプリキュアと呼ばれる少女たちの監視を任じる。場合によっては逮捕も辞さない」

「逮捕……ですか?」

 少女を逮捕するという突拍子もない話に集まった捜査官全員が訝しむ。そんな中、ゼロの担当者は淡々と話を進める。

「そして、今回の極秘捜査にあたり……民間から特別協力者を参加させる事となった。神林敬三警視監並びに公安部長――あなたの息子をロンドンから招聘する」

「な……!」

 前代未聞の展開に動揺する捜査官たち。敬三は民間協力者として実の息子である春人をメンバーに加えると言ってきたゼロの担当官の言葉に耳を疑う。

「ま……待ってください! それはなんの冗談ですか!?」

「我々は冗談を言うつもりはない。これは既に決定事項だ」

「納得のいくように説明してもらえませんか!? なぜ公安の仕事に一般から……しかも寄りによって捜査官の身内を協力者にするなど、前例がない!」

 敬三がゼロの担当官に詰め寄る。

「確かに、今回は前例にないものです。しかし……我々は敢えてその前例を打ち破ってでもこの捜査に命を懸けるつもりです。あなた方の働き次第によっては、日本……あるいは世界の明暗を握ると言っても過言ではない。上はそのように判断した。そして、その為の原動力として優秀な若い力が必要だった」

「だからといって……なぜ……春人を我々の事情に巻きこむ必要があるというのだ!? 春人には春人の未来がある。それを奪っていい権利などあなた方にはないはずだ!」

 敬三の激しい剣幕にも表情一つ変えずにゼロの担当官は淡々と応答する。

「言いたいことはそれだけですか? あなたが何を言おうと我々の意志は変わらない。それにあなたの息子さんからも捜査協力の承諾は得ているのです」

「く……」

 結局、敬三は上の判断に逆らう 事はできなかった。暮れなずむ夕日を肩で浴びながら、その悔しさを拳に込めた。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

(春人は確かに優秀だ。我が息子ながら怖いくらいに。だが、それでも上のやり方には承服しかねる)

 ゼロの強引なやり方を内心不安に思いながら、どうする事も出来ない板挟みな状況を嘆く。

 懐に手を突っ込み、大切にしてある写真を一枚手にする。亡き妻・暦に心の声で語り掛ける。

(暦……愚かな私におまえの知恵を貸してはもらえないだろうか。どうか、春人を護ってやってほしい)

 

           *

 

黒薔薇町 十六夜家

 

 セキュリティキーパーとの衝突から二日ほどが経過した。

「朔夜! 朔夜! お腹すいた~~~」

 夕方、ラプラスが庭先に出ると朔夜は一心不乱にバスターソードを振っていた。

 額から滲み出す多量の汗。表情は険しく、空気を読めばここで声をかけるという判断をする者は恐らくいない。

「ねぇ~、おなかすいたんだけど~」

 だがしかし、自分の欲望に正直なラプラスはそんな事などお構いなし。稽古中の朔夜に食事を作ってくれとせがむ。

「……少し待ってくれ。あと三千回やったら作るから」

「三千回って……! あんたそれじゃ日が暮れるじゃない!! あたしは今すぐお腹を満たさないと死んじゃうの~~~!!」

 子どものように駄々をこねるラプラス。朔夜は彼女を無視してひたすら素振りを続ける。

 その追い詰められたような表情を見るうち、ラプラスも何となく彼の意中を知り、大きく深い溜息を吐く。

「……もう~、わかったわよ。じゃ、三千回終わるまで待ってるあげるから。それ以上回数増やしたりしないでよね!」

 ラプラスが部屋に戻った後も、朔夜は無言で剣を振り続ける。ぶんぶんと言う音を立て剣先は周囲の空気を切り裂く。

(あの男……口先だけじゃなかった)

 先日戦ったセキュリティキーパーこと、神林春人の力は本物だった。

 彼の実力を認めつつ、いずれ彼が……必ずや自分たちディアブロスプリキュアを脅かす最大の脅威になるのではないかと、朔夜は薄々感じ始めていた。

 恐らく前回の春人は本気ではなかった。

 朔夜は次の戦いに備え、自らを鍛えることで敵が抱くリリスたちへの害意を無くそうと考える。

(今のままじゃ、リリスを……みんなを守れない。強くなるんだ、あの男より……誰より強く!!)

 

「はぁ~……」

 一方、ディアブロスプリキュアにやられたコヘレトは帰る当ても無く辺りを黒薔薇町を彷徨っていた。

「しっかし、堕天使を見限ったはいいが……実際行く当てなんかねぇーしな。これからどうすっかな……」

 はぐれエクソシストというのは、何分立場が自由だ。誰にも束縛される事無く活動できる反面、根無し草となってしまえばそれはすなわち自己責任となる。

 ぐう~……。

「は、腹へった~~~……」

 自分を養ってくれる相手がいない事に、今更ながらコレヘトは後悔していた。

 途方に暮れつつ今日とこれからについて考えようとしていた、そのときだった。

「!?」

 前方から金色の魔法陣が出現したと思えば、コヘレトの前に意外な人物が現れる。

「迷える子羊よ……食い扶持が必要ならば神の御使いが慈悲を与えてやろう」

「あ……あんたは」

 我が目を疑うコヘレト。自分に声をかけてくれたのは、かつての上司で洗礼教会の大司祭――ホセアだった。

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 セキュリティキーパーの邂逅から三日が経過した。

「はぁ~……」

「リリスちゃん、溜息なんか吐いてどうしたんです?」

 はるかが浮かない顔のリリスの横で首をかしげる。

「サっ君の事がちょっと心配でね……」

「朔夜さんがどうかしたんですか?」

 窓の外を眺めながら、リリスは婚約者の朔夜のことで思いを馳せる。

「昔からなんだけど、サっ君って自分の事より私の事を優先する性質で……あの時だって、私には気丈に笑顔で振る舞っていたけど、その笑顔にいつもの余裕が感じられなかった」

「ひょっとして、あの神林さんって言う人と戦ったからじゃ?」

 はるかの予想は的中している。事実、朔夜は春人との戦闘以来リリスたちの前では虚栄を張り続けている。

 心配をかけまいと朔夜が強がれば強がるだけ、リリスは彼の事が気にかかり何も手が付けられない。

「かなりハイスペックな敵みたいね。サっ君の余裕をなくす実力は今後の私たちにとって間違いなく脅威となるわ」

「ですね……! でも、それが分かっているなら、少しでも修行をしてパワーアップを計りましょう!!」

 前向きな彼女の言葉に励まされ、リリスは明るい表情を浮かべ席を立つ。

「はるかの言う通りだわ。私も悠長に構えてないで、少し訓練しようかしら」

「いいですね!! ディアブロスプリキュアが一致団結して巨大な敵に立ち向かう……はるかはこういう王道の展開に憧れていたんです!!」

 はるかが目に炎を宿すと、リリスが冷静にツッコミをいれる。

「それを言うなら、この間の堕天使の件がそうだったでしょう?」

「あ! それもそうですね♪ あはははははは!!」

 

「ホームルーム、始めるぞー」

 三枝が例の一件で何事も無かったように出勤してきたが、いつもよりも元気がないように思えたのではるかが尋ねる。

「先生、なんだか元気ありませんけど……どうかしたんですか?」

「あぁ……実はさ、先生の知らないうちに自家用車のフロントガラスにひびが入っちゃってね。修理代に結構かかったものだから」

 聞いた瞬間、はるかは苦笑いを浮かべる。

「さてと……今日もフローレンスさんは家の事情の為、欠席するという連絡がありました」

「「「え――!!」」」

 テミス・フローレンスが欠席するという一報にクラスメイトが悲嘆の声を発した。

「マジかよ!! 超ショックだわー!!」

「あのエンジェルスマイルが見られるから学校に来てるっていうのにー!」

 男子は元より、女子生徒のショックも大きかった。

 生徒たちの反応を見つつ、はるかは自席の隣の席を見る。

 転入以来、毎日無遅刻無欠席だったテミスの席が、今日に限らずここ数日空いているのが気がかりだった。

「それにしても、テミスさん……ここ最近本当にどうしたんでしょう? LINEをしても返事がありませんし。家の用事ってなんなんですかね?」

「私に聞かれてもね……」

 だが、確かに妙だと思った。

 リリスは眉を顰め、テミスの長期欠席に疑念を感じ始めていた。

(あの子……ザッハの件で教会に目を付けられたのかしら? だとしても、学校を休むほどの理由になるとは思えないけど)

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 繁華街

 

 リリスたちが学業に勤しむ頃、レイとクラレンスはラプラスを連れて黒薔薇町の繁華街を歩いていた。

 まだこの町に来て日が浅い彼女を案内するつもりで町を歩いていたのだが……

「あん! ……ん~、このクレープ最高~~~!」

「って、また人のお金で……あなたは少しは遠慮という言葉を覚えてくれませんかご婦人!」

 相も変わらず自らの欲望のために他人(主にレイ)を振り回すラプラスは、レイを勝手に自分の財布係に任命し、彼のお金で食道楽を満喫している。

「だからなによそれ? 悪魔にとって遠慮なんて言葉はね、欲望を妨げる毒と一緒じゃない! あたしは死んでも遠慮なんかしないわよ」

 と、悪びれることはなく完全に開き直っていた。

「ひどい!! このままじゃ私の財布が今日中にスカンピンになってしまう!!」

 厚顔無恥すぎるラプラスの言動に心底怒りを抱きながら、レイは切実な懐事情を分かってもらおうと涙目で訴える。

「紳士たるものレディーをエスコートするならそれくらいの覚悟はしておきなさい!」

「私は使い魔です!! 断じてちが――う!!」

 完璧に手の平で弄ばれるレイを隣に、クラレンスは公然の目を気にして彼を宥めようとする。

「まぁまぁレイさん、どうか声を荒立てずに」

「クラレンスまでこんなご婦人の肩を持つというのか!?」

 クラレンスが苦笑いを浮かべる。

「別にそう言う訳ではありませんが……ラプラスさん、あまりレイさんをイジメないであげてください」

「別にイジメてなんかいないわよ。そいつが勝手に叫んでるだけよ。嫌よねー、男のヒステリーなんて」

 ラプラスは知らん顔でクレープを頬張る。

「ヒステリーになってるのはほぼ百パーセントあなたの所為なんですよ!! あのイケメン王子の使い魔がこんな自分勝手な上に自堕落な性格だとは思わなかったです!!」

 カチンときたラプラスがレイに抗議の声をあげる。

「あたしのどこが自分勝手だって言うのよ! どこが自堕落なのか言ってみなさい!」

「では言います。すべてですよ!」

 ますますヒートアップする二人の口喧嘩をクラレンスが必死に止めようとする。

「お二方とも、公の場での喧嘩は止めてください! こんなところを写真に撮られて、それこそネットにアップでもされたら……知らない誰かの笑いものですよ!」

「「ぐ……」」

 どうやらネットにアップされるのだけは二人としても都合が悪かったようだ。激しく口論していた二人はただちに喧嘩を止める。

 最悪の事態を回避できたことと、無事に喧嘩を止めてくれた事にクラレンスは溜息を吐く。直後、おもむろにラプラスに尋ねる。

「話は変わりますが、その後の朔夜さんのご様子について聞いてもいいですか?」

 クラレンスの問いかけにラプラスは難しい顔となる。

 触れるか否か悩んだ末にクラレンスは朔夜の事を問う。やがて、ラプラスは観念した様子で閉じていた口を開き話し始める。

「……正直言うと、今のあの子に余裕ってものは感じられないわね。あのセキュリティなんとかとやりあってから、朔夜……素振りと筋トレばっかりで。お陰で家事はぜーんぶあたしに放り投げてくれちゃって!」

「そうですか……」

 リリスから話を聞いていたので、薄々こうなる事は推測がついていた二人。

 重い表情を浮かべる使い魔たち――その姿を路地裏から秘かに監視をする影がいた。

「見つけたぜ……」

 悪意ある笑みで使い魔たちを見つめるははぐれエクソシスト――コヘレト。

 ただちにスマートフォンを使って、仲間に連絡を試みる。

 プルル……ガチャ。

「俺だ、標的を確認した。もうすぐそっちへ向かうはずだ。いいか、絶対に逃がすなよ」

『分かっているわよ』

 コヘレトに答えるハスキーな女性の声。

 電話の相手は洗礼教会所属の天使プリキュアで、現在シュヴァルツ学園を長期欠席しているテミス・フローレンスこと、キュアケルビムだった。

『ひとつだけ忠告しておくわよ。私はあなたを信用したわけじゃないわ……一度教会を裏切ったあなたを信じられる訳がないのだから。もしホセア様の慈悲と恩を忘れ仇で返そうとした暁には、あなたを真っ先に粛清するわ』

「へっははは! もちろん是非そうしてやってくれ。もっとも、てめえにそれができるならばな……」

 コヘレトからの電話を切ると、ケルビムは小さく息を吐く。

(こんなこと本当は……)

 目を瞑り心の中で呟くと、ケルビムは数時間前にホセアから受けた指令を思い出していた。

 

           ≒

 

さかのぼること、数時間前――

異世界 洗礼教会本部

 

「悪魔たちの使い魔を人質に!?」

 聞いた瞬間、ケルビムが大声をあげる。

「既にエレミア達には同じ通達を出している。キュアケルビム、お主はコヘレトとともに使い魔共を監視し、捕縛の機会を窺うのだ」

 ホセアから命令を受けるが、このような卑劣な手段を容認することはケルビムの心が許さなかった。

「で、ですが……そのような卑しい真似をしてまで悪魔を倒す必要があるのですか? これでは我々が悪魔そのものに思えてなりません!」

 ケルビムは思っていることをそのままホセアにぶつけるが、ホセアはケルビムが反論するであろうことは予測済みという様子で応えた。

「ケルビムよ。悪魔打倒は我々洗礼教会最大の悲願。デーモンパージで全ての悪魔を根絶できなかった罪は重い。今ここで動かねば、いずれ世界は悪魔の手に落ちる」

「しかし、私は……」

「それとお主には伝えていなかったことがもう一つ。今回の作戦の実行にあたり、我ら教会の最大支援者である【見えざる神の手】も動向を注視しているのだ。わかるだろう? 彼らの為にも無様な失敗は許されないのだ」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

(見えざる神の手か……たとえそうだとしても、こんなの私のポリシーに反する事だわ)

「テミス様。そろそろ彼らが動き出しますが、よろしいのですか?」

「……わかったわ」

 覚悟を決めて動き出す矢先、ビルの陰に身を潜めていたケルビムはふと頭上を見上げ、ビルの隙間から刺す日の光のまぶしさに目を細める。

「私は……プリキュアとして、何をしたいのかしらね」

 

           *

 

黒薔薇町 十六夜家

 

「ここが朔夜さんのおうちですか?」

「サっ君、いるかしら」

 学校帰りのリリスとはるかは、朔夜の元を訪ねる。

 通う学校は違うが、彼もリリスたちと同じく学生として生活している。部活動や学校の用事でもなければ家にいる確率は高いと判断しやってきた。

 ――ピンポン!

 インターフォンを鳴らすと、家の中から彼の声で「はーい」という返事が聞こえる。

 朔夜がいると分かるや、リリスは身だしなみを整え朔夜向けの笑顔を作る。その様をはるかはもの言いたげに 横目にしつつ、家主が現れるのを待つ。

 しばらく待つと、玄関の扉が開かれエプロン姿の朔夜が出てきた。

「やぁ、二人ともいらっしゃい」

「突然おじゃましてごめんね。これ差し入れ、持ってきたんだ♪」

 手製のカップケーキの差し入れを持って前に出すリリス。はるかは呆けた様子で思わず、

「ものすごい猫かぶりですね……ぐっほ!」

 言った瞬間、はるかの腹にボディーブローが炸裂。言うまでも無く、リリスが仕掛けたのである。

 ひとまず家に上がる事にした。

 リビングに入ると、リリスとはるかの視界には衣服やお菓子などの袋が大量に散らばっており、朔夜は呆然と立ち尽くす二人を前にしながら必死で掃除をする。

「えーと……朔夜さんの性格からして、部屋は無駄なく片付いているかと思っていたんですけど」

 はるかの言葉が、朔夜の胸に皮肉として突き刺さる。朔夜は振り返るや、羞恥心に赤く染まった顔を見せる。

「あははは……言い訳するつもりじゃないんだけど、オレじゃないよこれは。全部ラプラスがやったんだ」

「ハヒ? ラプラスさんが……ですか?」

「そう言えばラプラスさん、家事全般は苦手だったっけ?」

 何でもできる朔夜とは対照的に、ラプラスはあらゆる面において不器用だった。

 本来、悪魔の補助的存在であるはずの使い魔が悪魔の足を引っ張るという奇妙な話。それこそが十六夜朔夜とラプラスの関係だった。

「オレもオレで反省してるんだ。あいつに調理場に立たせる事だけはあってはならないって心に誓っていたのに……」

 ラプラスが最も不得意としている事、それは料理。彼女が一度キッチンに立つと、そこはマッドサイエンティストの実験室と変わりなくなるという。

 話を聞かされ唖然とする中、はるかがふと調理場で黒い炭のようなものが皿に載っているのを発見する。

「あの……この黒いものは何ですか?」

 はるかが手を伸ばそうとすると、朔夜が大慌てで止めに入る。

「だああああ!! それに触れないでくれ! 危険物なんだ!」

「ハヒ!? き、危険物……ですか!!」

「何かの成れの果てみたいだけど……」

 目を細めリリスが朔夜曰く危険物だという代物を見る。おそらくは、ラプラスが何かを作ろうとしたものらしいが……最早原型すら留めていないそれが当初何だったのかを想像する事は極めて難しい。

「卵を焼く事すらできないあいつが何を作ろうとしたのかは知らないけど、少なくともそれが食べ物として意味をなさなくなっている事は間違いないよ」

 朔夜が大きな溜息を吐く。

「い、いろいろ苦労しているのですね……」

 はるかが苦笑いを浮かべて同情する。

「というか、掃除大変そうだから私も手伝うね!」

「はるかもお手伝いさせてください! なんでもやりますよー!」

「ありがとう。正直助かるよ」

 プルル……。

 掃除をしようとした矢先。リリスのスマホにレイからの電話が入った。

 何事かと思い通話ボタンを押すリリスだが、着信者はレイであってレイではなかった。

『悪原リリス……いや、キュアベリアル。貴様のところの使い魔をこちらで預かった』

 聞いた瞬間、リリスは絶句した。

 

           *

 

黒薔薇町 某雑居ビル

 

 逢魔が時。日は地平線に沈み、街灯の明かりがぽつりぽつりと灯り始める。そこに広がっているのは、見知った昼間の風景とは異なる夜の世界だ。

 脅迫電話を受け、リリスたちはあらかじめ変身した状態で現場へと向かう。

 指定された廃ビルの前に到着すると、ビルの屋上には洗礼教会の三大幹部エレミア、モーセ、サムエル、加えてはぐれエクソシストのコヘレトがレイとクラレンス、ラプラスを捕縛し待ち構えていた。

「リリス様ぁあ――!!」

「はるかさんっ!!」

「ちょっと、早く助けなさいよ~~~!!」

 身動きのとれない三人が口々に叫ぶ。

「レイ!」

「クラレンスさん!! ラプラスさん!!」

「く……オレたちが居ない隙を突いて使い魔を拉致するとは。洗礼教会……卑劣なことを!!」

 清々しくも悪魔打倒のためには卑怯かつ卑劣な手を加える事も辞さない洗礼教会。彼らを憎むベリアルの怒りが一気に沸騰しそうになる中、当事者たちは高所から彼女たちを見物する。

「ふはははは!! そこで指をくわえてじっと見ているんだな、悪魔ども。自分たちの使い魔が神の名のもとに断罪されるその様を!!」

「ハヒ! ちょっと待ってください、あれってコヘレトさんですよね? どうしてあの人が……洗礼教会を裏切ったんじゃなかったですか!?」

 ウィッチの当然の疑問に、三大幹部たちは苦々しい顔を浮かべる。

「ふん……我々としてもこんな裏切り者と再び手を組むなど不本意な話だったがな」

「ホセア様の言う事は絶対だからな」

「我々ごときが逆らう事などまかりならぬ」

 上司の命令には絶対服従の姿勢を見せる三大幹部たち。ベリアルたちは顔を見合わせると、直ちに彼らから使い魔を取り戻そうと決意する。

「とにかく、レイたちを助けよう」

 するとそのとき、一台の黒塗りのセルシオがベリアルたちの前に現れる。

 停車した車両から降りて来たのは、三日前にバスターナイトと激闘を繰り広げたあの神林春人だった。

「おやおや。こんな所にプリキュアと洗礼教会……敵対する両組織が鉢合わせとは何たる奇遇だろう」

「あんたは……!」

 ベリアルが眉間にしわを寄せ、春人を睨みつける。

「高校生探偵の神林春人さん!」

「なぜ貴様がここに!?」

 やれやれといった風に春人が首を振る。

「公安部の情報網を甘く見ない方がいいよ。何も僕たちが監視対象としているのは君らだけじゃない。プリキュア騒動が起きたこの数か月、動画サイトに初めてキュアベリアルの姿が確認されてから公安部はプリキュアと洗礼教会の動きを静観し機会をうかがっていた。使い魔を拉致し、悪魔たちをこの場所に誘き寄せる……今時スパイ小説にもできないね、こんな粗悪なシナリオじゃ」

 春人が鼻で笑うと、バスターナイトが一歩前に出る。

「貴様、すべてを知った上でオレたちを狩りに来たのか? すべてを把握した上で、悪魔と洗礼教会……対立する二つの勢力を一気に潰すつもりで?」

 低い声で問いかけるバスターナイト。春人はベリアルたちを見据えて弁明する。

「穏やかじゃないね。まるで僕ら警察が漁夫の利を得るために狡知な策略を練っていた……そう聞こえるよ。しかし僕には分からない――君たち悪魔にとって使い魔とはそれほどまでに大切な存在なのかい? 聞けば使い魔って言うのは一度死んだ生き物、あるいは死にかけた生き物を魔術的な力で蘇生させたものだとか。だとしても、そんな生きた体裁を取り繕った人形と自分たちの首が等価なものとする君ら悪魔の価値観が僕にはどうにも理解しがたい」

 春人が言葉を重ねるごとにベリアルたちの眉間に皺が深く刻まれ、見つめる眼光は鋭くなる。

 しかし、その視線を浴びても春人はかまうことなく矛先を洗礼教会にも向ける。

「洗礼教会もつくづく皮算用が過ぎるね。使い魔を人質にすれば君たちを封じるばかりか、僕ら警察の動きすら掌握したつもりだと。とんだ見当違いもいいところだ。なにゆえ正義の味方である警察がテロリストの言いなりにならなきゃならないんだ?」

 直後、続々と警視庁公安部特別分室――プリキュア対策課に所属する捜査官が乗った車両が次々と現れる。

 あっという間に対策課の車両で埋め尽くされる中、降車した捜査官たちは一列に整列。春人はビルの方で待ち構える洗礼教会を見据え、彼らに声をかける。

「みなさん、人質に構う事はありません。これまでの事件に関わってきた犯罪集団〝洗礼教会〟を一人残らず逮捕してください」

 春人の言葉を聞いてウィッチがすかさず口を挟む。

「ま、待ってください!! そんなことしたら、クラレンスさんたちが本当に……!!」

 慌ててウィッチが捜査官たちを止めようとする。

「あんたたち正気なの!? あれは私たちの大事な……大事な家族なのよ!! 勝手な事はしないでちょうだい!!」

 動揺を隠せないベリアルたちに対し、春人は淡白なその口から冷酷な言葉を紡ぐ。

「ならば、潔く敵の取引に応じるつもりなのかい? それこそ合理的な判断とは言い難い。君たち悪魔は誰よりも自分の身を心配するべきなんだ。使い魔の一匹や二匹見捨てても痛くもかゆくもないだろう? だって悪魔なんだ……中途半端に慈愛の精神を持つべきじゃない」

 言い聞かせながら、春人は薄らと笑みを浮かべてベリアルたちへと近づく。

 その直後、バスターナイトは仮面で素顔を隠した上で、歩いてきた春人の胸倉 を強く掴み怒りの籠った声色で問いかける。

「貴様……レイたちを道具にするつもりだな? 国家の平和と安全のためには多少の犠牲も厭わない……そのためのスケープゴートになれと言ってるのか?」

 バスターナイトの声が怒りに震える。

「朔夜さん、ダメです!!」

「挑発しちゃダメだよ、サっ君!!」

 ベリアルとウィッチが止めようとするが、バスターナイトは静かに怒りのボルテージを上げていく。

「こうなる事を予期し、知脈を張り巡らし、何かあった際すべての責任をオレたち悪魔になすりつけ、国家の脅威となり得る可能性を秘めた二大勢力を一網打尽にできて万々歳……それが貴様らのやり口か? なるほど、いかにも賢明だ。賢明でとても卑怯極まりない。貴様はオレたちを文字通りの必要悪に仕立てるつもりなんだろう?」

 滅多な事で感情的に怒りを露わにしないバスターナイトが、本気の怒りを露わにするとともに痛烈な皮肉を口にする。

 怒りの矛先をバスターナイトから向けられながら、春人は自力で拘束を解き、首元を正しながら涼しい顔を浮かべる。

「そう興奮しないでくれ。君の言う通り公安の仕事はこの日本という国の脅威になりうる存在をマークし、必要とあらば国家的権力をもって処罰する。僕はともかくとして、ここにいる捜査官たちは純粋に仕事熱心なだけさ。公務員としての責務を全うしているだけに過ぎない。個人の力じゃどうしたって抗いようがない途轍もなく巨大な組織の歯車の一員でしかないという事をよーく理解したうえでね。ま、君たちもいずれはそうなる。だからあまり世の中に期待しすぎない方がいい。裏切られた時のショックが大きいからね」

 訊いた瞬間、ベリアルの堪忍袋の緒が切れる。

「あんたたちは一生人に罪をなすりつけてなさい!!」

「リリスちゃんいけません!!」

 怒髪天を衝いたベリアルがプリキュアとしての力を解放し変身前の春人に攻撃を加えようとするが、ウィッチが彼女の凶行を全力で止め、事なきを得る。

「今はこんなところで衝突なんてしてる場合じゃありません!! 少し冷静になってください!!」

「はるかは悔しくないの!? こいつ……さっきから人の神経逆撫ですることばかり!!」

 ディアブロスプリキュアとプリキュア対策課が火花を散らせる一方、使い魔たちを捕らえた洗礼教会幹部及びコヘレトは眼下で繰り広げられる光景を見て派手に盛り上がる。

「ではははは!! 見ろよ、連中使い魔ガン無視で勝手に抗争勃発させてやがる!!」

「傑作だな。さて、どう潰し合うか見物だな」

 二つの勢力が潰し合う様を楽しみにする一方、捕まったレイたちはプリキュア対策課にと向き合うベリアルたちを見て、手も足も出せないことに歯がゆい思いで口にする。

「リリス様……くっ。我々は何もできないのか!?」

 人質に取られた使い魔。その使い魔の命を握る洗礼教会。二勢力をまとめて潰しにかかるプリキュア対策課。

 それぞれの思惑が渦巻く廃ビルを夕闇が包み込む。

 二手を見やりながらベリアルとウィッチはどう動くべきか思案していたときだった。

 バスターナイトはおもむろに魔盾バスターシールドを亜空間から呼び出し、剣を引き抜き始める。

「サっ君!?」

 ベリアルはいつも自分たちを守るために抜く剣とは異なる、殺気にも似た剣気を感じ、不安を抱く。

 剣先を向けられた春人はじっと見つめると冷静に言葉を放つ。

「正気なのかい、バスターナイト。そこをどいてくれないか?」

 春人は自分のやり方とは異なり腕っぷしで解決しようとするベリアルたちを疎ましく感じつつ、無理だと思いながら戦いを避けようと対話による交渉を試みる。

「……洗礼教会の掌で踊らされるのは御免だ。だが、貴様らの掌で踊らされるはもっと御免被る」

「ほう……で、何が言いたい?」

「この先はオレたちが行く道だ。オレたちは棘を切り開いてでもこの道を行く。棘を切り開いてでもここから帰る」

 案の定バスターナイトは彼との対話に応じるつもりはなく、あくまで武力による衝突を望んでいる様子で鬼のような気迫を放つ。

「洗礼教会も貴様ら警察も同じだ……結局お前たちは人を救うどころか、誰も救う事など考えてはいない。視界に立ち塞がる壁にぶつかったとき、それを見ないフリしてそっぽを向いたり、開き直ってる者はいつまで経っても前に進める筈がない。貴様らは聞こえの良い言葉を並べて目の前の現実から逃げたただの臆病者だ。オレたちは、どんなことがあっても目の前の壁から目を背けない。その壁を乗り越えるために歩を踏み出す覚悟を持って生きてきたつもりだ」

 バスターナイトの言葉がプリキュア対策課の捜査官たちに重く突き刺さる。

 その一方で、春人はバスターナイトが時間を稼いでいる隙に廃ビルへと突入を開始したベリアルとウィッチの事を一瞥する。

「……なるほど。君が僕らを引きとめ、教会の注意を惹きつけているあいだに、裏から忍び込んだ彼女たちが使い魔たちを救い出す……そう言う算段かい? だけど別働隊ならこちらも向かわせたよ。日本の警察は優秀だからね……すぐに敵を殲滅してくれるだろう。ああ、こんなときのために異能の力への対策はばっちりしてあるんだ。むざむざやられるとは思わないでほしい」

「御託は良い。オレはただ貴様のことが気に入らない――それだけさ。お互い相手を消せる大義名分を得る事ができたんだ。喜べ」

 訊くやバスターナイトはマスクの下で口角をつり上げる。

 そして、春人もまた口角をつり上げると、上着の下のホルスターに携帯していた多機能ハンドガン【SKバリアブルバレット】を使い、セキュリティキーパーへ変身する。

「実装!」

〈Set Up. Security Keeper〉

 燃える炎を彷彿とさせる真っ赤なボディースーツに身を包み、SKメタルシャフトを右手に携えると、眼前のバスターナイトに声をかける。

「その言葉、最早ナイトと呼べる代物ではないね」

「お互い様だ。白黒はっきりさせるぞ」

 両者は露骨に敵意を剥き出しにしながら向き合う。

 夕闇の中、二人の間に静かに風が空を切る音だけが聞こえる。一触即発の空気が漂う中、まさにぶつかりあおうという直前――互いに武器を握り直すと、皮肉にも共通の言葉で互いを侮蔑する。

 

「「この〝悪魔〟が」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「サっ君とセキュリティキーパーが本気でぶつかり合う! その間に私とはるかは捕われたレイたちを救出するために動き出す!!」
は「ですが、向こうもこちらも一筋縄ではいきそうにありません! ああ!! 朔夜さんが…! もう一刻の猶予もありませんよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『予想外の衝突!バスターナイトVSセキュリティキーパー!』」


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第17話:予想外の衝突!バスターナイトVSセキュリティキーパー!

タイトルの通り、朔夜と春人が再び激突します。
そして今回の話の最後に重要な伏線が・・・・・・!!


第17話:予想外の衝突!バスターナイトVSセキュリティキーパー!

 

 

 

『暗黒卿と紫紺の騎士』

 

 悪魔界では古くから伝えられ、幼少期にオレやリリスが熱中した童話だ。

 その童話を始め、叙情詩など全二百六十から構成される説話集の著者は特定されておらず、実話など各地方に伝わる民話などを吟遊詩人が語り継いだものとされている。

 物語の概要としては――闇の力で世界を滅ぼそうとする暗黒卿を倒すために奮闘する一人の青年の英雄譚である。

 序盤、闇の力で世界各地を続々と征服する暗黒卿に怯える町から物語は始まる。町には暗黒卿に反発する反乱軍が結成され、主人公もその中の一人だった。

 出会い、裏切り、別れ。数々の出来事の中で主人公は大切にしたいモノに気づく。やがて自らを暗黒騎士と名乗り、徐々に暗黒卿の支配から解放していく。

 そして、最終決戦。瓦礫の山で作られた暗黒卿の居城で二人は対峙する。

『青二才が……お前は世の中の摂理というものを理解していないようだ』

 激しい戦闘の最中、暗黒卿が口を開く。

『力を振るう者には相応の義務が生じる。だが、貴様たちは何だ。世のため悪魔のためと口にはするが、結局、貴様たちのエゴが世界を腐らせるのだ』

『だから、力のあるお前が世界を支配するというのか!?』

『如何にも。私が世界を裁き、腐敗したこの世界を贖罪するのだ!』

 互いに一歩も譲らず力をぶつけ合う。

『確かにオレたちは自分勝手かもしれない……でも、やっと見つけた大切なモノをオレは失いたくない! 罪を裁くお前が自分を正義だと言うのなら、オレは罪を背負って悪を名乗ろう!』

 暗黒騎士の剣がついに暗黒卿の体を貫く。

『……その護りたいという心が……世界を破滅させる……なんて哀れで愚かなことよ……』

『わかってるさ。だから世界に見せつけてやるのさ。行きすぎた力があれば止めることができることを』

 

 

 

 子どもながらに、いや…子どもだからこそ、強烈に羨望した。

 いつか自分にも大切なモノを護れる悪魔になりたい――かつて、オレを絶望から救いあげた少女を隣で見ながら。

 

           ≒

 

黒薔薇町 某雑居ビル

 

 今宵、対峙する二人の悪魔。

 生粋の悪魔でありながら強く優しい心を持った少年騎士。

 生まれも育ちもエリートであるがゆえに傲慢で、非情な心を持った高校生探偵。

 互いを悪魔と罵り合う両者の間にただならぬ緊張感が漂う。

 ディアブロスプリキュアとプリキュア対策課――二大勢力が誇る最高位戦力同士が各々の『正義』の炎を瞳に宿しながら睨み合う。

 静止する二人の間をどこか重い空気を孕んだ風が舞う。空に浮かぶ紅色に染まった不気味な月が戦いの舞台を照らし、お互いの手に握られた得物が妖しく煌めく。

「……バスターナイト、僕が君の仕掛ける博打に付き合うと思うのかい?」

 ヘルメットの複眼越しにセキュリティキーパーは淡々とした口調で問いかける。

「オレたちを潰せるうえ、ここを通らなければ洗礼教会も逮捕できないというなら乗らない手はないだろう?」

 バスターナイトの魔剣を握る手に力が込められる。一瞬揺れた剣先が赤みを帯びた月明かりを反射し妖艶に光る。

 不意に横なぎの風が吹き荒れる。両者の緊迫はより一層深まっていく。

「……僕らの目的が君たち悪魔の殲滅及び洗礼教会の検挙だとすれば、別働隊の存在を彼らに声高に報せれば事足りる。そうすれば人質の首も、今回のようなややこしい状況を引き起こした君たちの首も容易く落ちるさ」

 セキュリティキーパーが下す判断は合理的であり、それゆえに冷徹だった。

 彼からは洗礼教会の検挙はもとより、当初から警察組織にとって目の上のたんこぶだったディアブロスプリキュアを何が何でも壊滅させたいという思いがひしひしとその言葉から伝わる。

 声こそ荒立てぬものの、セキュリティキーパーは確実に悪魔たちを卑下しているのだ。

 すると、セキュリティキーパーはバスターナイトと対峙するのを止めて背を見せると同時に、捜査官へ指令を下した。

「……そういうことです。みなさん、安い挑発に乗ってはいけませんよ。制圧すべき敵を前に今回の事件とは直接関係のない悪魔と死闘を演じるなど愚の骨頂。プリキュア対策課にも責任が生じます。一歩たりとも動いてはなりませんよ」

 セキュリティキーパーこと神林春人はまだ高校生だが、父親が公安部長であるせいか周りへの発言力も大きい。事実、この場に集まったプリキュア対策課の捜査官は全員セキュリティキーパーの話を真摯に聞き、異を唱えようとする者は一人もいない。

 バスターナイトへ背中を向けながら、セキュリティキーパーは淡々とした口調で呟く。

「……残念だったね、バスターナイト。僕らの目的は悪魔の首でも洗礼教会の首でもない。事件の迅速な解決……そのための洗礼教会に対する一斉制圧だ。こんな茶番に付き合う時間も人間性も持ち合わせていないんだ。つまり……」

 言った瞬間に振り返る。

 右手に持ったSKメタルシャフトをバスターナイトへ向けて一振りし、非情な一太刀を浴びせる。

「……たったひとりの悪魔を、さっさと片付ければそれで済む話なんだ」

 だがしかし、セキュリティキーパーの眼前にバスターナイトの姿はなかった。

「そうこなくてはな」

 背後からバスターナイトの声が聞こえた。

 刹那に繰り出されたセキュリティキーパーの攻撃をバスターナイトは確かに見極め、紙一重という所で躱していたのだ。無論、セキュリティキーパーは別段動揺などしていない。

 赤い月に暗雲が陰り、闇に紛れたバスターナイトがセキュリティキーパーの背後に迫る。

「どちらにせよオレと貴様は戦う運命にある。ならば、証明してみるといい……貴様らの言う〝正義の力〟とやらで、悪の権化を根絶してみる事だ」

 露骨なまでの挑発に、セキュリティキーパーは口角をつり上げながら左手にSKバリアブルバレットを携える。

「やれやれ。随分と上からものを言うじゃないか……子どもの分際で!」

 振り返るや銃口をバスターナイトへと向ける。

 再び、暗黒騎士バスターナイトとセキュリティキーパーによる衝突が始まった。

 

 バスターナイトが時間を稼いでいる間に、ベリアルとウィッチの二人はレイたちの救出へ乗り出し雑居ビル内を移動する。

 道中、セキュリティキーパーが言っていたプリキュア対策課の別働隊と思われる人間と出くわした。

 彼らは活動服の上から特殊なライフル銃のようなものを装備し、雑居ビル内に潜んで待ち伏せしていた洗礼教会の信徒たちを手持ちの武器で制圧する。

「ぐああああ」

「ぎゃあああ」

 今、ベリアルとウィッチの目の前で信徒たちはプリキュア対策課が繰り出す非情な攻撃の前に次々と倒され、無造作に横たわっている。

 だからといってベリアルたちへの被害が全くないという訳ではない。本来、洗礼教会の標的は飽く迄もディアブロスプリキュアなのだ。

 前方ばかりか、四方八方からと攻撃を仕掛ける信徒たち。

 煩わしいまでの彼らをベリアルたちは昏倒させていき、先頭を走っているプリキュア対策課に若干遅れがちなペースを必死で取り戻そうとする。

「せっかく朔夜さんが時間を稼いでくれたのに、これじゃキリがありませんよ!」

「それにプリキュア対策課の別働隊も結構やるみたいよ。敵を倒すって点で全くぶれないあの姿勢……まるでロボットそのものだわ」

「感心してる場合じゃないですよリリスちゃん。ああ も派手に暴れられたらはるかたちの居場所が直ぐに敵に割れてしまいます。それに警察のみなさん、このままだとクラレンスさんたちを……!」

 元よりプリキュア対策課は洗礼教会と一緒に使い魔たちを一網打尽にするつもりなのだ。ぶれない姿勢と言うのは時と場合によって極めて不都合な展開を生むことがある。今日はディアブロスプリキュアにとって最悪の状況である。

「それだけは絶対に避けないといけないわね。急ぐわよ、はるか!」

「はい!」

 何としてもプリキュア対策課よりも先にレイたちを救出せねばならない。

 彼らが敵地に乗り込むよりも早くこの場を素早く移動しなければならない。ペースを速めようと、二人が雑居ビルの上階へ向かったその時。

「ぐああああ」

 プリキュア対策課の捜査官と思われる人間の呻き声が聞こえ、直後部屋の中から外へと飛ばされた。

「何者だ!!」

「姿を現せ!!」

 別の捜査官たちが暗闇の向こうから呼びかけると、返事の代わりに衝撃波が飛んで来た。

「「ぐあああああ」」

 強烈な衝撃波の前にはどんな装備も形無しだ。

 捜査官たちはことごとく謎の攻撃の前に敗れてしまい、外へと吹き飛ばされた。

「どうなってるの?」

 不思議に思うベリアルとウィッチ。

 すると、目の前の暗闇から現れる一人の人物。その人物の姿に、ベリアルたちは意外そうな顔を浮かべる。

「ハヒ!? あなたは……」

「キュアケルビム!」

 生粋の天使でありプリキュア――洗礼教会が配する正統派プリキュア、キュアケルビムがここに来て登場する。

「久しぶりね。キュアベリアル。キュアウィッチ」

「やっぱりあんたも来ていたのね」

「当然よ。私は天使……腐ってもあなたたち悪魔の敵よ」

 以前は堕天使襲来の折に味方となった彼女だが、やはり本質は変わらないらしい。

 悪魔と天使はどうあっても交わることのない水と油。ケルビムにとっての正義とはすなわち、悪魔を排する事にあるようだ。

 眉間に皺を寄せケルビムを凝視するベリアル。

 そんな彼女の横に立っていたウィッチはおもむろに一歩踏み出すと、手持ちのキュアウィッチロッドを両手で固く握りしめ、決意の籠った表情を浮かべる。

「リリスちゃん、クラレンスさんたちの事を頼めませんか?」

「はるか!?」

「彼女とは一度二人きりで話がしてみたかったんです」

 ウィッチが言うとケルビムも頷く。

「奇遇だわ。私もあなたとは話をしてみたいと思っていたのよ」

 互いに思う所があるらしく、ケルビムはウィッチの申し入れを受け入れ、戦う姿勢を前面に出す。

「さぁ、今のうちに行ってください! 時間がありません!」

 バスターナイトといいウィッチといい、ベリアルにとっては辛い選択だった。

 幼い日に両親を亡くした彼女にとって、家族にも等しい仲間を失う悲しみは死ぬことよりも辛いのだ。合理主義を重んじる彼女でも割り切れない事がある。

 だがここで躊躇していれば、レイたちの命が危ない。

 どんなに苦しい状況でも決断を迫られるのであれば……ベリアルはウィッチに背を向け、ケルビムへ呼びかける。

「キュアケルビム……はるかに何かあったら、私はあんたを絶対に許さない。それだけは覚悟しておきなさい」

 無事にウィッチが自分の元に帰って来る事を願い――ベリアルはレイたちの元へ急行する。

 ベリアルが居なくなった後、ケルビムはウィッチを見ながら呟く。

「あなたもつくづく変わっているわね。どうして悪魔なんかと友達になるのかしら?」

「はるかが誰と友達であろうとあなたには関係ありません。はるかの友達ははるかが決めます!」

 キュアウィッチロッドをより強く握りしめる。たとえ相手が天使で同じプリキュアであろうと関係ない。

 自分の友は自分で決める――十四歳ながらに強い覚悟が籠った彼女の言葉に、ケルビムは否定ではなく同意する。

「正論ね。まぁいいわ、プリキュアとして目覚めたあなたの力……私に見せてちょうだい。ピット!!」

「お任せください!!」

 パートナー妖精のピットを呼び寄せ、聖弓ケルビムアローへと姿を変えた彼女を利き手に所持する。

 プリキュア魔女とプリキュア天使――ここに交わる。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 雑居ビル・正面玄関前

 

 暗黒騎士バスターナイトとセキュリティキーパー……両者の衝突は熾烈を極め、激しい火花を散らし合う。

 ドン! ドン! ドン!

 セキュリティキーパーである春人の実力は先日の戦いで嫌というほど思い知らされた。だからこそ修練を積み、より自分の技を磨き上げて来たバスターナイトだが、そんな彼の地道な努力をも打ち砕き、劣勢に立たされる。

 伊達に【三天の怪物】という異名を持っている訳ではない。セキュリティキーパーが繰り出す正確無比な射撃と剣術――それらが組み合わさる事で生まれる攻撃力はバスターナイトが先日体験したものよりもさらに磨きがかかっていた。

 ドン! ドン! ドン!

 SKバリアブルバレットによる射撃でバスターナイトに攻撃の隙を与えず、接近すればSKメタルシャフトで瞬時に裁く。悪魔の如きその強さ――正に人の皮を被った怪物とは彼の事だ。

「く……」

 防戦一方の状況で、バスターナイトは何とか一太刀浴びせようと努力する。

 向こうの弾が空になったのを見計らい、バスターナイトは前へ突進。それを見越してセキュリティキーパーはハンドガンの弾倉を装填。銃弾の嵐で迎え撃つ。

 ドン! ドン! ドン!

 仮面越しに伝わる実弾がかすった際の衝撃。右頬に掠った実弾を上手く避けると、バスターナイトは手元で魔力を練り上げ鎖状に伸ばしたものをセキュリティキーパーの足下に引っかける。

 頃合いを見計らって鎖を引き、体勢を崩したセキュリティキーパーに僅かな隙が生まれると、すかさずバスターソードで斬りかかる。

 セキュリティキーパーは落ち着いた様子で右手に持ったSKメタルシャフトを垂直に突き立て横なぎの斬撃を受け止める。

 わざわざバスターナイトが目の前に来てくれたため、左手のハンドガンをおあつらえ向きとばかりにバスターナイトの眉間に突き付け躊躇い無く引き金に手を掛ける。

 ――ドン!

 至近距離からの攻撃をバスターナイトは刹那に躱す。お返しにセキュリティキーパーの額に頭突きを喰らわせる。

「ぬっ……」

 賢しい手だと内心思いながら、自分の脚に引っ掛かる煩わしい鎖状の魔力をハンドガンで撃ち抜き、自由になったその脚でバスターナイトの顎を蹴り上げる。

 顎への一撃で姿勢制御が狂わされたバスターナイトを前に、右手のメタルシャフトと左手のハンドガンを交差させる。

「踊りなよ」

「……っ!」

 ズキュンという一撃ともに発射されるレーザー光線。

 咄嗟に顔を横にずらし銃撃を避けるが、その隙を狙ってセキュリティキーパーは電気を帯びたメタルシャフトで斬りかかる。

「ぐ……」

 ドン! ドン!

 銃撃と斬撃。銃撃と斬撃。無駄のない動きでバスターナイトの甲冑に傷をつけ、体力を着実に奪っていく。

(銃撃を避けさせることでオレの動きを先読みしている! ならば……)

 敵の狙いに気付くと、バスターナイトは肉を切らせて骨を断つ覚悟で真正面からセキュリティキーパーの元へ突っ込んで行く。

 セキュリティキーパーは非情にもハンドガンからレーザー光線を発射、バスターナイトの左肩へと貫通させる。

 だがバスターナイトの歩みはなお止まらない。決死の覚悟で敵に食らいつこうとし、右手の剣を振りかざす。

「おしまいだよ」

 セキュリティキーパーの口からそう言われた瞬間、バスターナイトは後ろへ振り返り絶句する。

 放たれたレーザー光線は無造作に放置されたガソリン入りのドラム缶へ着弾していた。程なくして空気と混ざったガソリンに引火し、たちまち爆発する。

 ――ドカン!!

 爆風によってバスターナイトが前に押し出されるように飛んでくる。

 すかさず、右手に持ったSKバリアブルバレット表面の番号を【4】から【6】へと切り替える。

〈Are you ready?〉

 手持ちのSKメタルシャフトの刀身がとりわけ強く発光する。同時に高密度のエネルギーが蓄えられる。

 絶好の攻撃のチャンスが到来した。セキュリティキーパーは右手のメタルシャフトを構え、バスターナイトの体を超電導で斬り裂いた。

「お遊戯は終わりだよ」

 今までピースフルやカオスピースフルの攻撃をもろともしなかった甲冑をも容易く砕く驚異的な威力だった。

 暗黒騎士バスターナイトは為す術も無く正義の力の前に断罪された。

「さ……朔夜ぁぁぁぁぁぁ!!」

 ラプラスが悲痛な叫びを上げる。

「そんな……」

「イケメン王子が……倒された、だと!?」

 バスターナイトが倒された。

 衝撃的な光景が教会幹部に捕われ腹ばいにされた使い魔たちの目に映る。とりわけ、乳母としてバスターナイト――朔夜を育ててきたラプラスはあまりに呆気なく倒された現実を信じることができなかった。

「かの劇作家、オスカー・ワイルドはこう言った。〝不正義よりも厄介なもの、それは力を持たぬ正義だ〟と」

 燃え盛る炎を見つめながら、後ろで横たわっているバスターナイトへセキュリティキーパーは冷たく言う。

「バスターナイト……いや、君らディアブロスプリキュアは変わり種の集団だよ。本来、人間にとって邪な存在であるはずの悪魔。それに魅入られた人間の子どもが皆で力を合わせ今までこの町の平和を守ってきただなんて、なんて素晴らしい美談じゃないか」

 踵を返し、虚しく転がるバスターナイトを横切る。

「でもそれもここで潰える。僕らプリキュア対策課の手によってね」

 倒れ伏すバスターナイトに一瞥もくれずに、セキュリティキーパーは雑居ビルの入口へと歩き出す。

「ははははは!! やりやがった、とうとう警察どもがやりやがった!!」

 大笑いするコヘレトだが、周囲を囲っていた捜査官が整列を始めるのを見て疑念する。

「あ、あれ? おい、なんであいつら集まってるんだ?」

 三大幹部たちが見届ける中、セキュリティキーパーは突入のための配置を行う。

「何をしている貴様ら? ここにいる人質がどうなってもいいのか!?」

 エレミアの忠告も虚しく、セキュリティキーパーたちはぶれない活動方針に従い突入を開始する。

「って、おい! ちょっと待て!! 止まれ止まれ!!」

 当然、捜査官がコヘレトの言うことを聞くはずもなく、列を成して入口へと進む靴の音が響く。

「マジかよあいつら……人質無視して突入するつもりか!」

「これでは人質として何の役にも立たないではないか!」

 教会幹部らが慌てふためいている中、今まで数度の裏切りを果たしてきたコヘレトがその悪知恵と交渉術を駆使して必死に命乞いを試みる。

「ま、待てよ大将! 取引といこうじゃないか! あんた教会の根絶やしが目的なんだろ!? 教会の本拠地を教えるといったらどうよ? な!?」

 コヘレトの提案に幹部らは黙っているはずがなかった。

「コヘレト、貴様! この期に及んで……」

 モーセが反論を口にすると、コヘレトが小さな声でセキュリティキーパーにばれないように説得する。

「フリだよ、フリ! 状況を考えてみろ!」

 だが、捜査官たちの歩みは一向に止まらない。

「ど、どうする!? 止まらないぜ?」

 サムエルが下の様子を見て伝える。

「ぐぬぬ、わかった! 俺が堕天使連中とつるんでいたことも知ってるんだろ!? 堕天使の居場所も教える! どうだ、文句ないだろ!」

 観念したコヘレトがさらに条件を追加すると、眼下のセキュリティキーパーに動きが見えた。

「君たちの首が洗礼教会、堕天使たちの本拠地と引き換え、か。それで釣り合うと思っているのかい?」

 だが、捜査官たちの動きはいったん止まった。

「もう少しだけこの茶番に付き合ってあげるよ。で、他には何が差し出せる?」

 セキュリティキーパーがコヘレトたちの交渉に応じている一方、捕縛されて這いつくばっているラプラスは地表で砕けた鎧の破片に囲まれて横たわるバスターナイトを見て、声にならない声援を送る。

(何やってんのよ、朔夜! 立ちなさいよ! あんたはこんなところで倒れてる場合じゃないでしょう!)

 ラプラスはぴくりとも動かないバスターナイトを見つめ、ふと昔の出来事を思い出していた。

 

           ≒

 

さかのぼること、一年前――

人間界 ドイツ南西端 シュタウフェン・イム・ブライスガウ

 

 午前零時を過ぎた頃、サクヤは匿ってもらっていた貴族の屋敷をそっと抜け出した。遅れてラプラスが家から出てくるのを見るとリリスについて尋ねる。

「リリスはよく眠っていた、ラプラス?」

「ええ。でも、ほんとうにいいの? 明日ってあの子の誕生日でしょ? 朝起きてあたしたち……いやサクヤがいないってわかったら、悲しむんじゃない?」

 彼女が問うと、サクヤは目を伏せて、数秒葛藤した末に首を横に振る仕草を見せる。

「……いいんだ。もう決めた事だから。それよりラプラスの方こそ本当にこれでいいの?」

「あたしは別にいいのよ。どこにいたってやることは変わらないし。それに、あたしはあんたの育ての親なんだから当分はあたしが傍に居ないと危なっかしいじゃない」

「そっか……わかった。だったら、もう何も言わない」

 サクヤはリリスの事を裏切った自分を恥じながら、彼女を護る為に敢えて彼女のそばを離れる決心を固め、ラプラスとともに屋敷を後にした。

(ごめんねリリス……誕生日を一緒にお祝いするって約束、破っちゃって……だけど、それでもオレは、キミを守るために強くなるって決めたから)

 

 ――それから数年間、あたしたちは洗礼教会の追っ手を躱し、世界各地を転々とする日々を繰り返した。

 放浪の旅の中でも、朔夜は常にリリスちゃんの事を思って修行に励んでいた。あいつの行動原理は呆れるほど分かりやすかった。でもそれゆえに純粋で一途。今どきの子にはあり得ない熱量だった。

 だけど、当時のあいつが強さを求めていた理由は飽く迄も「リリスちゃん」を守るためだった。それががらりと変わったのは、ちょうど黒薔薇町に越してくる一年前にさかのぼる。

 

 イタリアのトスカーナ州の片田舎で、隠居生活をしていた私たちは、偶然にも洗礼教会の司祭が秘か に各地から拉致した悪魔たちを幽閉しているという話を聞きつけ、敵地へと乗り込んだ。

 そこで目にしたのは凄惨な光景。同胞たちが次々と実験の犠牲となり、その魂を凶悪な怪物の姿へと変えた。あたしたちは彼らを救おうとしたけど、結局彼らを元に姿に戻してやることはできなかった。

 そして、あたしたちにこの事を報せてくれたかつての上級悪魔・オロバス家の当主だった青年は、消滅する間際に朔夜にあるものを渡した。

『オレたちの……未来を……君に……託したぞ……』

 粒子となりながら、朔夜へと託された「魔法石の結晶」。それは洗礼教会の手により怪物となり果てた悪魔たちの魂そのものだった。

『待ってくれ……!! 待ってくれ!! オレは!!』

『……ろ……サクヤ』

 満面の笑みとともに、その悪魔はあたしたちの目の前で消えた。

 ――そうして託された魔法石の結晶は、のちに朔夜の想いに呼応し、バスターブレスへ姿を変えたのだった。

 

           ≒

 

 ――ドン!

 交渉に応じていたセキュリティキーパーだったが、所詮は国家の安全を揺るがす敵。時間の無駄であると判断して、手持ちのハンドガンを一発幹部たちの足下に放ち、威嚇する。

「時間の無駄だったね」

 いよいよ覚悟した教会幹部たちが意を決して身構える。

「Don’t move。全員一人残らず検挙だ」

 そのとき、

「朔夜ぁぁあああああ!!」

 ラプラスが泣きながら叫び声をあげた。

「……っ!」

 突入を敢行しようとした捜査官がなぜか立ち止まってしまった。不思議に思ってセキュリティキーパーが前を見て、彼らが突入に躊躇する理由が分かった。

 瀕死状態だったはずのバスターナイトが、いつの間にか起き上がり正面玄関の前で立ち塞がっていたのだ。

「さ、朔夜っ!!」

 ラプラスが声をからして叫ぶ。

「やめてください! お願いだからもうやめてください! 私たちの事はもういいから……お願いですから……朔夜さんっ!!」

 クラレンスが涙ながらに訴えかける中、セキュリティキーパーはハンドガンの銃口を向ける。

 ――ドン!

 敢えてバスターナイトには当てず、玄関のガラスを撃ち抜く。セキュリティキーパーなりの最後通告のつもりだった。

「……どうやら君みたいなタイプは、完全に息の根を止めない限り死ぬまで絡みついてくるみたいのようだ」

 バスターナイトの背後のガラスが連鎖反応して次々と割れ、砕け散る。

「そこを退くんだ、悪魔」

 今度はハンドガンをバスターナイトの心臓へと向け、そして発砲する。

 銃弾が放たれると同時に、セキュリティキーパー自身もメタルシャフトを携え前に出る。虫の息である彼を次の一撃で確実に仕留めるために――。

(避けなければ負け……避けても負け……弾丸に刃、どちらでも好きな方を選びなよ)

 と、次の瞬間。

 バスターナイトは右手の剣を水平に突き出し飛んでくる弾丸を二つに斬り裂き、そして……。

「はあああああ!!」

 勢いを殺す事無く懐目掛けて走って来たセキュリティキーパーのハンドガン、並びに左肩を貫き、そのまま後ろへ押し出し壁へと突き刺した。

「い……イケメン王子!」

「「「春人くん(さん)!!」」」

 バスターナイトが仕掛ける最後の悪あがき。捕われの使い魔、プリキュア対策課の捜査官たちは我が目を疑い言葉を失う。

「……――貴様は、そうして飾られているのが似合いだ。ここには貴様らの咲く花畑などありはしない」

 静かにバスターナイトはぼそっと呟いた。

「ふふふ……悪魔と言えど所詮は子どもだね。君は世の中の摂理というのが分かっていないようだ、バスターナイト」

 言った直後にバスターナイトの剣に肩を貫かれていながら悲鳴一つ上げず、セキュリティキーパーは仮面の下で不気味に笑い返す。

「事件の早急な収束よりも身内の安全が大事だとでも? いいや、君は私情を優先しただけだ。君が救いたがっているのは愚かな使い魔なんかじゃない。自分自身をおいて他ならないよ。僕らに課せられた使命は罪をそそぐことじゃない。罪を裁くことだ。罪を恐れる悪魔(きみ)に人を救う事などできない。罪人を裁くには罪人以上の咎を負う覚悟が必要なんだよ。それが高貴なる者の重責なんだ」

「ノブレス・オブリージュ……か」

「良く知っているね。悪魔ならば理解しているんじゃないのか? 僕たち人間には誰も救う事などできはしないって事を。己さえも救う権利はありはしない。歯車はただ回るだけ……もう止まる事はないんだ」

 そして、今――事態は動き出す。

「時間切れだよ。バスターナイト」

 セキュリティキーパーが言うと、秘かに敵地へと乗り込んだ別働隊がビルの屋上の扉を開け放つ音が聞こえた。

「なに!?」

「これは……!」

 洗礼教会幹部たちは眼下で再び繰り広げられたバスターナイトたちのいざこざに気を取られ、周囲の警戒を怠っていた。

「全員討ち取れぇ――!!」

 洗礼教会幹部たちも予想だにしていなかった衝撃の展開だった。

 多くの信徒たちを迎撃用にこの場から放っていたため、残っているのは自分たちだけだ。その隙を突いてプリキュア対策課は一気に総攻撃を仕掛ける。

「く……!」

 バスターナイトは状況を理解すると、セキュリティキーパーから離れ焦燥を滲み出しながらレイたちの救出へと向かう。

「やれ!! 一人残らず制圧せよ!!」

 レイたちが捕われたビルの屋上へ駆けつけた時には既に混戦状態で、使い魔たちはコヘレトによって凶器を突き付けられている。

「チクショウ!! こうなったら使い魔諸共道連れだ!!」

「「「うわあああああああ」」」

 バスターナイトの目の前でメタルシャフトを模した電気警棒を持った捜査官が四方から一斉に畳み掛ける。

 コヘレトとともに、レイ、クラレンス、ラプラスの三人の姿が捜査官たちの攻撃と同時に見えなくなった。

「ラプラス!! レイ!! クラレンス!!」

 終わった……守るべく存在を結局守ることができなかった。

 途方もない無力感に駆られ、バスターナイトはその手から剣を落とし跪く。

 こんな結末になるはずじゃなかった。もっと自分がしっかりしていれば……バスターナイトがそう自分を責める事しかできないでいた、そのとき。

「!?」

 様子がおかしい事に気付く。

 土煙の中を覗くと、背中から悪魔の翼を生やした見慣れた人影が映ってきた。

「――サっ君。一人で無茶しないで。私、あなたがそうやって頑張りすぎるところ好きじゃないんだよ。私はただあなたに居て欲しいだけなの。何事も無く穏やかな時を過ごしたい……ただ、それだけなの」

 やがて完全に煙が晴れると、昏倒した捜査官とコヘレトの前に立って三人の使い魔を奪還したばかりのベリアルが立っていた。

「だからここからは、私がサっ君の分まで頑張るから」

「り……リリス!!」

「へぇー。傷つきながらも王女と使い魔を守ろうとするナイトを王女自らが守るというのかい? なんて美しい愛情だろうか。目も当てられぬほどだね」

 セキュリティキーパーが呟くと同時に、頭上からプリキュア対策課の捜査官が乗っていると思われるヘリコプターが急上昇してきた。

 バスターナイトとベリアルは自分たちを標的として機関銃で狙いを定めるヘリコプターを一瞥する。

(ヤツめ……別働隊の突入はオレをここへ誘い出すため。出入口を固め逃げ場をなくした上でオレたちを洗礼教会と共倒れさせるつもりか!?)

「気が早いわね。さすがはお役所仕事だこと。だけど、これだけはひとつ言わせてもらうわよ。私たちは確かに悪魔。人間を堕落させる邪な存在かもしれない。こうして身内を救う事しか考えていない不器用な生き物。でもね、誰も救おうとしない器用なあんたたち警察にだけは、ああだこうだと言われたくないのよね」

 不敵な笑みとなり、ベリアルはこの場にいる警察関係者全員に訴える。

「あんたたちが何も救わないというのなら、私は罪人だろうとまるごと掬い取ってあげるわ。来なさいよ、人の皮を被った悪魔たち。この悪のプリキュア……キュアベリアルの首、獲れるものならとってみなさい!」

 ベリアルの正面でバスターナイトになった朔夜が笑い声をあげた。

「ふふふふふ……はははははははは」

 心の底からおかしかった。こんなにおかしいと思ったのはいつ以来だろうと、バスターナイトは考える。

「セキュリティキーパー! どうやら貴様はとんでもない計算ミスを犯したようだ」

 ベリアルの挑発を前に身構える捜査官。その前を横切り、バスターナイトは捜査官を軽く押しのけ前へ出る。

「やめておけ。彼女を……魔王ヴァンデイン・ベリアルの忘れ形見の身も心も捕らえておける者はこのオレをおいて他にいない」

「ふふふ♪ もうサっ君ったら、こんな人前で恥ずかしいよ♡」

 先ほどまでのクールな姿とは打って変わって、もじもじと乙女姿を見せるベリアルにバスターナイトが向き合う。

「……キミの言う通りだよ、リリス。たとえ相手が罪人だろうと関係ない。オレたちはオレたちの救いたいモノのために戦う。目の前に立ち塞がる障害が警察だろうと洗礼教会だろうとこの歩みを止めることはない」

 朔夜はかつての自分を思い返す。大切なモノ一つ護る力の無かったあの頃の自分を。

「オレにとって、キミも使い魔たちも等しく同じなんだ。失いたくないから、必死に足掻いてる。世界や神の意志に背いてでもオレは罪を背負って戦ってきた。そんな身で罪を裁くつもりなど毛頭ない。だが、罪は裁けなくても、罪をそそぐことができなくても、オレたちにはオレたちにしかできないことがある」

 悪魔であるからこそ出来ること――それが何なのか、バスターナイトの口から語られる答えは。

「自分と同じ過ちを犯さぬよう止めてやる事はできる。節度を越えて暴走する正義を止める事くらいできるんだ。オレはどこかの物わかりのいい男のように誰も救えないと言われて諦めるつもりはない。悪魔が同じ穴の貉を見捨てたらおしまいだからな」

「サっ君……」

 バスターナイトの出した答えにベリアルは心から安堵する。

 そして次の瞬間、ベリアルは洗礼教会から奪還したばかりの使い魔三人を無造作にビルの外へと放り投げる。

「え……えええええええええええええ~~~リリスちゃん~~~!!」

「リリス様ぁぁ――!! 何の御冗談ですかぁぁ~~~!!」

「た、助けて~~~!!」

 まさかの行動に誰もが目を疑う。

 折角救い出したはずの使い魔たちを放り投げるという暴挙。一体何を考えているのかとみんなが思っている中、セキュリティキーパーだけが彼女の真意に気付いていた。

「いや……違う」

 屋上から突き落とされた使い魔三人は、あらかじめウィッチが仕掛けていた魔法の網で捕獲され、事なきを得た。

「ふう~~~ギリギリセーフですね!!」

 そう言うと、ウィッチは屋上目掛けて弓を構えたケルビムへと呼びかける。

「まったく。自分がしていることが本当に分からないわね。でも、不思議と悪い気がしないのはどうしてかしらね」

「さぁここからが、ディアブロスプリキュアの大反撃ですよぉぉ――!!」

 ウィッチが意気揚々と声を張り上げて、反撃の狼煙を上げる。

 

「罠です! 構いません、悪魔たちごと撃ってください!」

 次の瞬間、セキュリティキーパーが甲高い声を上げて捜査官へ呼びかける。

「サっ君!」

「ああ!」

 ベリアルとバスターナイトは頃合いを見計り、屋上にあるちょうどいい瓦礫をともに破壊し、頭上から狙いを定めるヘリコプターのフロントガラスへ命中させる。

 ヘリコプターから爆発が生じたのを合図に、下の階からケルビムは無数の矢を天井目掛けて放つ。

 ――ドン!!

『緊急連絡! ま、前が! 爆煙で敵が確認できない!』

「どこだ!? どこにいった!?」

 多量の煙で前がまるで見えない。

 煙に乗じて姿を隠したベリアルたちを捜査官は必死で捜すのだが、すでに彼らはベリアルとバスターナイトの手の中で踊らされていた。

「だあああああ」

「のあああああ」

 捜査官の呻き声が聞こえると、案の定ベリアルたちの手にかかった仲間が昏倒し倒れている。

「ヤツら、爆煙に紛れて!」

 捜査官は爆煙の中に紛れているであろうベリアルとバスターナイトを討ち取るため煙の中へと突撃する。

 その最中、洗礼教会幹部の三人衆も騒ぎに乗じて退散を試みる。

「しめたぞ。連中が戦っている内に退散するのだ!」

「しかし一体どこから……煙で何も見えんぞ!?」

 どさくさに紛れて逃亡を図る洗礼教会は視界が定まらない中で、唯一の脱出口を発見する。ケルビムが矢を放った時に生じた巨大な穴だ。

「あれだ! さっきの爆発で空いた穴から逃げるぞ!」

 直ちに穴を通って下の階へと降りる。だが……

「サンダーボルト!!」

「「「ふぎゃああああああああ!!」」」

 ただで帰れるわけがない。この時を待っていたウィッチが仕掛ける強力な魔法攻撃が三大幹部を襲撃する。

「くそー! 慌てるな、階段を使うぞ! 今なら警察もいない!」

 普通に魔法陣を使って逃げれば安全なはずなのに……どうやら三人はパニックに陥っているせいで冷静な判断ができなかったようだ。

「クラレンスさんたちが受けた苦しみはこんなものではないんですよ。あなたたちにはもっとお仕置きが必要ですね!!」

 ウィッチはどこまでも卑怯な彼らを徹底的に制裁するため、建物全体を魔力で包み込み、魔法を発動する。

「いきますよ……キュアウィッチ・マジック・ワールド!!」

 キュアウィッチロッドを掲げると同時に神秘の貴石から目映い光が発せられる。

「うぎゃああああ!!」

「ははははははは!! やめて、やめてくれぇ――!!」

「俺たちが悪かったから許してぇ――!!」

 建物全体にかけられた魔法の効果で、三大幹部は普通では絶対に起こり得ないようなこと……壁に殴られたり、蹴られたり、くすぐられたりなどの仕打ちを受ける。

 洗礼教会がこっぴどくやられている一方。

「撃ってください」

 セキュリティキーパーは頭上から見える爆煙で攻撃を躊躇う味方に非情な判断を要求する。

『しかし春人くん、これだと敵も味方も判別が……!』

「構いません。動く者は皆標的です」

 割れたフロントガラス、あまつさえ目の前からは黒煙が上がっている。こんな状況で攻撃とは随分と思い切った判断をするものだと捜査官は思いながら、目視による敵の捜索を続ける。

 ――バリン!!

 前触れも無く飛んで来た紅い槍。攻撃を仕掛けたのは他でもないベリアルだ。

「操縦不能!! メーデー! メーデー!」

「脱出だ! 急げ!!」

 露骨に恐怖する捜査官。

 墜落するヘリコプターに狙いを定め、バスターナイトはバスターソードをX字状に動かす。

「ダークネススラッシュ……はっ!」

 X字の黒い斬撃はヘリコプターをその形に沿って斬り裂く。

 ――ドカン!!

 爆発の寸前に捜査官はヘリから脱出した。そして、この男も……

「チッキショー!!」

 コヘレトはエレミアたちと同様例の穴を通って建物からの脱出を試みる。

「ったく、こんな事なら付いてくるんじゃ……」

「逃がさないわよ」

 結果として今回もまた悪魔に手を貸した事になるケルビムがコヘレトの前に立ちはだかる。

「てめぇ……何のつもりだ!?」

「見てわからない? はぐれエクソシストのあんたに天使である私が神の名の下に断罪してあげるのよ」

 コヘレトへと向けられる敵意。

 ケルビムからの攻撃に備え銀の銃と光の剣を構える彼に、ケルビムは口角をつり上げる。

「そう畏まらないで。私の標的はあんたじゃない」

 刹那。

 建物を支える柱という柱が瞬時に瓦解――コヘレトの頭上に崩れた天井が降り注ぐ。

「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ビルが完全に崩落する前にケルビムは脱出し、コヘレトの呆気ない最後を前に呟く。

「あんたみたいな白にも黒にも染まれない半端者は、そこがお似合いね。コンクリートの下で眠りなさい……似非神父さん」

 捨て台詞のように吐き捨てると、背中の翼を広げ、天へと飛び去って行った。

 

「標的はいましたか?」

『それが、悪魔も洗礼教会も……それに人質もどこにもいません!! 逃げられました!!』

「どうやらしてやられたようだな、春人」

 セキュリティキーパーへと呼びかける野太い声。

 いつの間にか、公安部長でありプリキュア対策課の責任者兼父親の敬三が現地入りしていたようだ。

 変身を解いた春人は溜息を吐き疲労感を露わにする。

「父さん……」

「おそらく悪魔たちは我々に成りすまし、突撃隊を騙し討ちするとともにヘリの銃撃を我々に向け同士討ちさせた、といったところだろう」

「しかし、何分屋上という閉鎖された隔離空間で起きたことゆえ、悪魔たちを任意同行し査問委員会にかけても洗礼教会による犯行であると言い逃れされる恐れがあります。さらには此度の私闘、挑発してきたのは悪魔側とは言え、先に仕掛けたのはこちら。我々の責任も問われるのは必定かと」

 父であり上司の敬三に今回の報告を行いながら、春人はある提案をする。

「どうでしょう。事件も無事解決した事だし、我々の今後の活動にも影響が及ばないよう今回の件は痛み分けと言う事で不問に処し、悪魔からは一旦手を引かれては? いかがでしょうか、部長?」

 息子からの提案に対する敬三の答えは。

「――結構だ。事件はもう解決した……怪我人を速やかに搬送し、この場を撤収するぞ」

「はっ!」

〈英断心より感謝するぞ、セキュリティキーパー……いや、神林春人。精々警察の厄介にならないように気をつけるさ〉

 どこからか聞こえてきたバスターナイトの言葉に春人は不敵に笑う。

「謙遜するね。君たちはもう立派な正義の味方さ――――……今の時代に必要な〝黒い正義〟 だよ」

 午後七時三十四分――洗礼教会による使い魔誘拐事件に端を発した悪魔とプリキュア対策課の衝突はこうして幕を閉じた。

 

 事件から一夜が明けた早朝五時。

 あれだけの激闘が繰り広げられたにもかかわらず、この事が公になる事は無かった。これもすべては神林敬三が持つ巨大な力ゆえで、ありとあらゆる繋がりを駆使して事件そのものを揉み消し存在を隠蔽したのである。

 そんな中、戦いの舞台となった瓦礫の海に向かって塩漬けポークがついた釣竿を垂らし釣りをたしなむ者がいた。洗礼教会大司祭ホセアである。

「――瓦礫の上で釣りとは。あんたもなかなか酔狂な男だな、大司祭殿」

 釣りをしている彼の後ろから声が聞こえてきた。

「で、何か釣れたか?」

 ホセアは背中を向けたまま、振り返ること無く釣りを続ける。

「安い餌の割には。だが逃がしたよ。些かだが食するのがもったいなくなってしまった」

 言った直後に待ちわびた魚こと、コヘレトが瓦礫の中から湧き上がってきた。

 ホセアは生き埋めにされていた彼を彼の大好物で釣り上げると、ゆっくりゆっくりと餌を引いていき、彼を誘導する。

「いいのか? あんな連中を泳がせていては、あんたらを推す見えざる神の手に申し訳ねぇだろうよ」

「既に崩れかけた瓦礫の上で権力争いをするつもりなど毛頭ない。見えざる神の手もいずれは滅びゆく定めだ」

 ホセアが表情一つ変えずに言うと後ろからの声の持ち主が、

「そんなものなのかね……」と呟く。

「安い餌でこれだけ釣りが楽しめれば十分だ。おかげでこの瓦礫の海にもまだ、泥に塗れても足掻く泥魚たちがいることを知れたのだから」

「……楽しみは先にとっておくと?」

「いずれまた会う事になるだろう」

 釣竿を手元に戻し、ホセアは自分へと語りかけていた者の方へ振り返る。

「我々がこの瓦礫の海を更地に変えるとき、水を失った魚がどう足掻くか……楽しみだ。ふふふ……」

 不敵に笑うホセアの足元に、カラスの如く漆黒に染まった一枚の羽根が落ちていた。

 

           ◇

 

黒薔薇町 黒薔薇高台

 

 戦いの翌日。町を一望できる高台に、腕や頭に包帯を巻いた朔夜がいた。落下防止の柵に肘をついて寄りかかり、沈む夕陽を見て物思いにふけっていると、後方からよく聞き慣れた声が聞こえた。

「ったく。病院勝手に抜け出してどこ行ったのかと思えば、なに一人で黄昏てんのよ? あたしやリリスちゃんに余計な心配かけないでほしいわね」

 ラプラスがゆっくりと近づき、やがて横に並んで「よっこらしょ」と背中で柵に寄りかかる。

 腕に嵌められたバスターブレスをもう一方の手でさすりながら見つめると、おもむろに呟いた。

「オレはずっと……ずっと思っていたんだ。オレが、オレだけが生きていいのかって。あのとき、あのときあの場にはオレよりも夢を持った子がいた。オレよりも生きたかった子がいた。オレだけが平和な暮らしを過ごしていいのかって」

 それを聞き、ラプラスは溜息を吐いて言った。

「馬鹿ね。そんなの決まってるじゃない」

 振り返って朔夜の隣でラプラスも夕陽を見つめる。

「いいに決まってるじゃない。あんたもあたしも。あのとき、あんたにブレスレット(それ)を託したあの子があんたになんて言ったか覚えてる? 〝生きろ〟って言ったのよ」

「…………」

「だから好きに生きればいいのよ。生きて、生きて、生き抜いて、それで死ねるなら悪魔として本望だわ。あの子たちもあんたにそれを望んでる」

 朔夜は目を伏せると、やがて優しい笑みを口元に浮かべた。

「――ああ」

 静かに呟くと、朔夜はバスターブレスを強く握り、死んでいった悪魔たちの為に強く生きることを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「ななな、なんと!! リリスちゃんと朔夜さんがデート!!これは何としても見逃せませんよね!!」
レ「イケメン王子とリリス様がデート…ああいかんいかん!! 早まった事があるかもしれない、何としても阻止せねば!!」
ク「阻止しちゃったらマズイですよ、レイさん! それにしてもリリスさんと朔夜さんがどんなデートをするのか見ものです」
リ「ディアブロスプリキュア! 『ドキドキが止まらない!リリスと朔夜の休日デート!』」


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第18話:ドキドキが止まらない!リリスと朔夜の休日デート!

今回は朔夜とリリスがラブラブデート・・・!!
だがしかし、無事に済むはずがないのです・・・・・・そうじゃないと物語として成り立ちませんから!!
そして洗礼教会では新たなる動きが・・・!!


黒薔薇町 悪原家

 

『日曜日の今日、関東地方は全般的に晴れており、まずまずの行楽日和となりました。雨の降る確率は東京が十パーセント……』

「うんうん!」

 午前八時過ぎ。

 テレビ画面から伝わる今日一日の天気を聞いて、パジャマ姿のリリスは嬉々とした表情を浮かべる。直後、その手に持った食パンをひと齧りする。

 食べ終わった食器を洗い、着替える前に歯を磨き、ぼさぼさの髪をドライヤーで乾かし、いつも以上に気合いを入れておめかしをする。

 何を隠そう、悪原リリスは今日――婚約者・十六夜朔夜とデートをするのだ。

 無論この事実はレイには知られていない。現在、彼は所用で家を空けており、彼女は使い魔が帰ってこないうちに家を発つつもりだ。

「よし!」

 着替え終えると、再度姿見鏡を見ながら身だしなみをチェックする。

「服よし……髪よし……」

 朔夜に少しでも気に入られたいがために最終チェックには気合いが入る。

 本日のコーデは普段着ている黒や赤など悪魔を連想させるワンピースではない。個性を殺さない程度に女の子である事をアピールする服を昨晩練りに練り、髪もそれに合わせてある。

 すべてのチェックが済み、問題ないと判断した彼女は安堵の息を吐くと、頬をパチンと叩き気合いを入れる。

「よっしゃ! いくか!! ……ふふふ♪」

 確実に朔夜のハートを射止め、自他ともに認めるラブラブなデートを楽しむ――そんな野心を抱きながら意気揚々と玄関へと向かう。

 デート用の靴を履き、いざ出発と扉を開けようとしたその時、おもわぬ事態に直面した。

 扉を開けた僅かな隙間より、ラプラスと思われる金髪美女が立っており、慌てた彼女は咄嗟に戸を閉め激しく困惑する。

「なんでよりによってラプラスさんが……!?」

 今この場で出て行けば、ラプラスに足止めを食らうばかりか、朔夜とのデートに余計な首を突っ込まれる可能性がある。

 普通には出られないと判断した彼女は靴を脱ぐと、一旦家の中へと戻り、二階へと上がる。

 彼女は自室の窓を開けると、誰もいない事を見計らい、勢いよく飛び出した。

「とーっ!!」

 自分でも柄にもなく何をしているんだと思いつつ、非常事態と割り切り部屋を脱出。どうやらラプラスには気づかれていない様子でリリスは一安心する。

「は!」

 ほっとしたのも束の間。

 視線に気付くと、リリスの事を両手いっぱいに買い物袋を掲げた中年の女性がじーっと見つめ、言葉を掛けるか否か躊躇していた。

 彼女はその女性の事をよく知っていた。家の隣に住んでいてよく世話を焼いてくれる佐藤婦人だった。

「ああ、さ……佐藤さん! おはようございます!!」

 動揺しながらも礼節を弁え挨拶するが、佐藤は先ほどから唖然としたまま棒立ちを決め込んでいる。

「えっと、これからデートなもので……!!」

 決して嘘をついている訳ではない。ただ、そんな事よりも佐藤は先ほど見たものへのインパクトが強すぎて、デートかどうかは正直頭に入ってこない。

「じゃそういうことで!!」

 逃げるようにリリスは佐藤の前から疾走する。

 なんだかなーと内心思いつつ、自宅へ戻るためリリスの家の前を通り過ぎようとした……そのとき。

「え!?」

 やけに派手な格好をした金髪美女が、悪原家の玄関前に立っていた事に気付き驚いた。

 佐藤から向けられる異様な視線に気づいたラプラスは、呆然とする彼女を見ながら……

「あんた誰よ?」

 聞いた瞬間、佐藤は深い溜息を漏らす。

「あのね……あたしはリリスちゃんの家の隣に住んでる佐藤ですけど」

「あらそうなの」

「それよりもあなたこそ、こんなところで何やってるの?」

 佐藤が目の前の不審者に眉をひそめながら尋ねる。

「いえね。せっかくの日曜日だしリリスちゃん誘ってどっかに遊びに行こうと思って。でも変なのよ……リリスちゃんったら全然出ないのよ」

「あなたリリスちゃんのお知り合い?」

「知り合いっていうか、あれよ……身内みたいなもんね」

「親戚って事?」

「めんどくさいからそれでいいわ」

 ラプラスがリリスの親戚だと分かった事で妙な不安が消える。

 その後、佐藤は具に語る。

「リリスちゃんならさっきおでかけしましたよ……デートに!」

「で、デート!?」

 聞いた瞬間、頭上から落雷を受けたような凄まじい衝撃がラプラスに奔る。

 気が付くと、眼前の佐藤の首元を掴み激しく問い詰めていた。

「ちょっとー! デートってまさか朔夜とじゃないでしょうね!? そう言えばあの子、今朝起きた時にはあたしの分の朝食置いてどっかに出かけてたけど、まさかリリスちゃんとデートする為だったの!?」

 豹変したラプラスから激しく問い詰められる佐藤――喋る隙を与えられずただただ首を前後に振られるばかり。

「ゆるせな~~~い!! あたしに黙ってデートなんて……たとえ公認の仲とは言え、一言も話さない理由なんてないでしょうか!! それとも何!? あたしがいるとかえって都合が悪い事でもあると言ってるのかしら~~~!!」

 まさに仰るとおりである……リリスも、そして朔夜も最も危惧した事は他ならぬラプラスであった。

 抜け駆けされた気でならない彼女は、怒気を孕んだ声で佐藤へ詰問する。

「あんた! リリスちゃんがどっちの方に行ったかわかる!? 返答次第じゃあんたの魂もらうわよ!!」

「た、たしか駅の方へ向かったと思いますけど……」

 脅迫に応じた佐藤から情報を聞きだすや、ラプラスは全力疾走で飛び出した。

「はぁ……なんだったんだろうね」

 佐藤にとって、今日ほど穏やかじゃない日曜日は無かったことだろう。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 情報を得たラプラスはただちにレイたちを呼び集め、緊急対策会議を開いた。

「事件よ――っ!! これは事件なのよ!!」

「リリス様とイケメン王子がデート……おお神よ!! とうとう来たるべき日が来てしまいました!! この愚かな使い魔にどうかご知恵を……ああああああああ!! 頭が割れる!!」

「レイさん、使い魔も悪魔と変わらないんですよ? あれだけ私に散々言ってきて、忘れたんですか?」

「それはそうとリリスちゃんと朔夜さんがデートとは……はるかはすごぉ――く気になります!!」

「こうなりゃあたしたちもあの二人を追いかけることにしましょう!」

 野次馬根性剥き出しだ。人の色恋ほど気になるものはない……それは人間も悪魔も、そして使い魔にも共通した感覚なのである。

「ですが具体的にどこへ行ったかはわからないんですよね?」

 クラレンスが尋ねると自信満々にラプラスが答える。

「大丈夫! 二人の魔力を辿れば行先なんて直ぐに分かるわ。それに中学生の予算 でいけるデートスポットなんてたかが知れるし。行くとすれば水族館とか動物園とか、もしくは映画館とかよ!」

「そうでしょうか? ああ見えてリリスちゃん、結構稼いでるみたいですよ。FXとか不動産とかで毎月百万くらい得ているとか」

 はるかからもたらされた情報にラプラスは驚愕し絶句する。

「ははは……やるわねリリスちゃん。あ、そうだ。今度何かあったらリリスちゃんに恵んでもらおうかしら?」

「ご婦人! 人の主から金を無心しようとするのはこの私が断じて認めませんぞ!」

 ラプラスの言葉にレイが厳しいツッコミを入れる中、クラレンスが腕時計の針を見ながら皆に提案する。

「もうこんな時間です。追いかけるなら早くしましょう」

「そうですね! クラレンスさんの言う通りです。急がないと電車が出ちゃいます!」

「いえ、はるか様。電車などという悠長な交通手段に頼っていては追いつけるものも追いつけません。ここは私にお任せを!!」

 自信に満ちた笑みとともに、レイはおもむろにジャケットの内ポケットへ手を突っ込み、運転免許証を取り出した。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 黒薔薇駅

 

 リリスとの待ち合わせの為、朔夜は彼女よりも先に駅に来ていた。

 周りからイケメンと称される彼の本日のコーデは、黒を基調とするデニムとインナー、その上からジャケットを羽織ったラフなスタイル―――彼の一般的な普段着でもある。

 一流モデルさながらの雰囲気を醸し出し、世の女性たちを魅了する彼は、リリスが到着するまでの間、古典文学を読んで時間を潰す。

「サっ君!」

 やがて、リリスの声が左耳の方から入ってくる。

 朔夜は穏やかな表情を浮かべながら本に栞を挟み、駆け足で近付いてきたリリスと合流する。

「ごめんなさい遅くなって……!」

「いや。オレが早く来すぎたんだよ。待ち合わせ時間までにはまだ十二分ある。気にしないで」

「あ。その本、この前私が貸した『百年の孤独』だよね?」

「リリスが選んでくれただけあって面白い中身だった。おかげでいい時間潰しになったよ。ありがとう」

「うんうん! それはそうと……どうかなこの格好? 変じゃない?」

 気恥ずかしそうに今日の服装について感想を求めると、朔夜はニコッと笑ってから。

「すごくキミらしさが出ていると思うよ。誰が見たって似合ってるから大丈夫」

「あ、ありがとう……」

(よっしゃ――!! 好感度アップ成功!! 出だしは順調ね!)

 最愛の男性からの太鼓判をもらい、リリスは表面的には照れるものの、本心では興奮が収まらないでいる。

(ここからが肝心よ。たしか、『心をHugっと 』の第九巻だとこのあと、主人公が好きな男の子と手をつなぐはずだったけど……あぁダメだわ! そんな破廉恥なこと私にはできない!!)

 大人びた性格の彼女だが、こと恋愛に関してはずぶの素人。恋人と手を繋ぐことさえ破廉恥と考える初心な彼女をはるかたちは知らない。

「おっといけない。もうすぐ電車が出るから、早く乗ろう。切符は先に買っておいたから」

「いつも気を遣わせてごめんね。お金は後から精算するから」

 すると朔夜はさり気無く、リリスの手を握りしめる。

「え!」

 さり気無くも大胆な彼の行動に、リリスは一瞬びくっとする。

「いこう、リリス」

「……うん♪」

 悪魔であるはずなのにリリスには朔夜が悪魔の姿をした天使に思えてならなかった。

 屈託ない顔で笑いかけられれば、リリスも自然と表情筋を緩め満面の笑みとなる。

 二人は恋人繋ぎで駅構内へ入っていった。

 

 リリスと朔夜が電車での移動を始めた中、はるかたちはレイが借りたレンタカーで二人の追跡を行う。

 だがしかし、彼らは序盤から不運な目に遭っていた。

「いきなり大ピ~~~ンチ!!」

 今日が日曜日だという事を考慮すべきだった。

 レイが運転する車の前方には長い列ができている。都内の道路は酷い渋滞を起こしており、出発して間もなくこの状況に陥り、現在全く先に進めていない。

「全然前に進みませんねー」

「やはりはるかさんが言ったように高速に乗るべきでしたね」

「バカモノ! 高速に乗ったらいくらになると思っているのだ!?」

 高速道路という手もあったが、レイの手持ちの資金ではレンタカー代に加えて高速料金を払うだけの余裕がなかった……訳ではないが、単にケチってこのような事態を迎えたのだ。

「男が細かい事で気にしてんじゃないわよ。いいこと、お金って言うのは使わないと回ってこないのよ……わかるかなー、あたしの言ってる事?」

「筋は通っているんですがね……何なんでしょう、ラプラスさんが言うと妙に説得力に欠けるんですが」

「同感です……」

 はるかとクラレンスが納得いかない顔をしていると、運転席のレイが両手で頭を掻き毟って絶叫した。

「くそ~~~……こんな事をしている間にもリリス様とイケメン王子は二人きりでイチャイチャして……ああああああああ~~~!! なんで世の中は不条理なんだ~~~!!」

「落ち着いてくださいレイさん !! 後ろからクラクションが鳴ってますよ!!」

 前が進んでいる事も忘れて発狂するレイの気持ちを知ってか知らずか、後続車からのクラクションが非情に思えた。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 この日、ホセアは三大幹部とキュアケルビムを集め重大な話をする。

「今日から我々と同じ志を持つ者として新しい仲間を迎え入れたい。お前たちも良く知る男だ」

 そう言われ、ホセアの後ろから現れた人物に一同は絶句――我が目を疑った。

「な……貴様は!?」

「まさか……!」

「そんなバカな!!?」

「うそでしょう……!」

 驚愕する四人の前に現れたはぐれエクソシスト――コヘレト。プリキュア対策課とディアブロスプリキュアとの衝突時ケルビムの手によってビルの下敷きにされた男だ。

 だが彼はホセアによって救われ、その上今回仲間と言う事で再び教会に迎え入れられた。

「本日付をもって私の補佐を務める事となった」

「コヘレトだ。ま、よろしく頼むぜ!」

 ホセアの隣に立ちコヘレトは不敵な笑みを浮かべる。

 予想外の出来事にも程がある。青天の霹靂に見舞われた四人はコヘレトを見ながら終始言葉を失う。

「どうした皆の者、なにゆえそのような顔をしている?」

 訝しげにホセアが尋ねると、三大幹部たちは形相を浮かべ怒鳴り声を発する。

「一体どういうことですかこれは!?」

「ホセア様、正気ですか!?」

「なにゆえそのような裏切り者を再び……!!」

 三大幹部からの戸惑いと怒りの声はもっともである。コヘレトは一度は洗礼教会を裏切り、はぐれエクソシストとなった挙句――堕天使側に付いたのだ。

 コヘレトにしてもホセアにしても一体どういう神経をしているのか、幹部たちにはまるで理解できなかった。

「落ち着くのだ、私はいつも正気だ。それに今回の人事は私個人の判断だけではない――偉大なる〝見えざる神の手〟の意思に基づく決定だ」

「な……! 見えざる神の手ですと!?」

「本当ですかそれは!」

 愕然とする三大幹部を前にホセアは「無論だ」と即答する。

「見えざる神の手は我々にとって重要な後ろ盾。言うまでも無く我々如きが彼らの決定に口を出すことは罷りならぬゆえ、妙な気を起こさぬよう忠告するぞ」

「へへへへ。そういうことだからよ、またいっちょよろしく頼むぜ兄弟!!」

「く……」

 いかなる場合においても上の命令及び決定には逆らえない。

 不承不承だが、一度決まった人事に逆らえない以上――エレミアも、モーセも、そしてサムエルも横やりを入れる事はできない。

 自分の気持ちとは裏腹に、三人はしぶしぶコヘレトを仲間として受け入れる事にした。

 

 会合が終わったあと、変身を解いたテミスは廊下を歩きながら今回の人事について思考する。

(見えざる神の手……洗礼教会のバックアップで天界における最高位機関。同時にその存在の多くが謎のベールに包まれている。ホセア様がどんな手を使ったのかは知らないけど、用心しとかないといけないわね)

 得体の知れない何かが動き始めている気がしてならなかった。

 不安に思う最中、彼女は前回廃ビルでキュアウィッチと対峙した際のことを、ふと思い出す。

 

 

 ベリアルがウィッチと別れ、捕まった使い魔の救出に向かった後、ケルビムとウィッチは互いの武器と技で幾度かの衝突を重ねながら言葉を重ねていた。

『キュアケルビムさん! あなたはどうしてこんなことに加担しているのですか!?』

『人間たちの平和を守るのが私たちプリキュア……であるならば、人間を脅かす悪魔に加担しているあなたこそ異端なのよ!』

『リリスちゃんは確かに悪魔です! 私も魔女ですから、悪魔の味方なのかもしれません。ですが、今回の件も、今までの件も、あなたのやっている事が本当に正義のプリキュアがやることとは思えません!』

『……ッ! それは……』

 言葉に詰まるケルビム。口の中で次の言葉を探していると、ウィッチがさらにまくし立てる。

『あなたは堕天使侵攻の時、私たちに手を貸してくれました! あなたに正義の心があるのなら、この場の正義がどこにあるのかわかるのではないですか!?』

 

 

 テミスがウィッチの言葉を噛みしめていると、廊下の向こうから猛スピードで何かが飛んできた。

「て、テミス様!! 大変です!!」

 飛んできたのは会合の後、足早にどこかへと消えていったピットだった。

「どうしたのピット? 血相なんて変えて」

「お、落ち着いてよく聞いてください……わたしたちに見えざる神の手から直々の御呼び出しがかかりました!!」

「な……なんですって!?」

 聞いた途端に、テミスの顔から血の気が引いた。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ナショナルジオパーク

 

 ラプラスの睨んだ通り、リリスと朔夜は動物園へとやってきた。

 何事も無く動物園へと到着したリリスは朔夜がチケットを購入するまで待機。その間にも身だしなみを小まめに整える。

「お待たせ。さ、入ろうか」

「うん♪」

 二人は仲睦ましく笑い合い、家族連れとカップルで賑わう園内へと入場する。

 その数分後。道中に様々なトラブルに見舞われながらもレイたちの車も動物園内 へ到着――停められる場所を求めて空いてる駐車スペースを探す。

「参りましたな……どこもいっぱいですぞ!」

「結果として出るのが遅れてしまいましたからね」

「それに今日は日曜日。しかもここは動物園と水族館が併設された総合アミューズメント施設ですからね。駐車場が車でいっぱいになる事は想像に難くはありませんでした」

「まったく。誰の所為でこうなったのかしら?」

 ラプラスが大きな溜息を吐くとハンドルを握るレイが大声で訴えた。

「ご婦人が途中パーキングでトイレに行ったり、買い食いなんかするから決定的に遅れたんですよ!!」

 

 園内へと入ったリリスと朔夜は早速動物を見て楽しむ。

 先ずは猿山でサルを見る。とりわけ、サルの親子の仲睦ましい姿は見ていて微笑ましく自然と癒される。

「かわいいね、赤ちゃんザル」

「うん、人間でも動物でも子供って本当にかわいい!」

「リリスならいい母親になれると思うな」

「うふ。早くサっ君との子供が欲しいな……」

 何気なく言った一言に昨夜も、そして言った本人も赤面する。

 甘い甘い雰囲気に包まれていたそのとき、一瞬で雰囲気をぶち壊す声が背後から聞こえた。

「ちょっと待ちなさいよ、あんた! あたしのバッグ返しなさい!!」

「ご婦人、早まらないでくださいね!!」

「今の声は!」

 リリスにとって聞き覚えのある声――しかも最悪の状況を生み出しかねない存在のものだった。

「猿山って見飽きないよね」

「え、うん!! そうだね!!」

 まさか と思い顔を青ざめるリリスとは裏腹、隣に立つ朔夜は視線に映るサルを見続ける。

「ほら、あそこにも親子が!」

「あ、本当だ! かわいい~!!」

 とは言いつつも、正直なところリリスは非常に焦っている。

 デートを楽しむどころか、デートそのものをぶち壊すような輩にストーキングされているなどあってはならない事だった。

(まずいわね……せっかくのデートだって言うのによりによって一番タチ の悪い二人がここにいるなんて……ちょっと待って、という事はまさかはるかたちも!?)

「どうかしたの、リリス?」

「え!?」

 唐突に朔夜から声をかけられた。

 リリスは自分を心配して顔を覗きこむ朔夜にドキッとする。

「顔色が悪いよ。大丈夫?」

「あ、うん! 何でもないよ!! そろそろ違う場所見ない? 私、アライグマとかラッコ が見たいなー!」

「わかったよ」

 二人は猿山から移動を開始する。

 リリスたちが立ち去って行く様子を、草むらに隠れていたはるかとクラレンスは秘かに見守っていた。

「どうやら私たちがいることは、リリスさんたちにはバレなかったようですね」

「いえ、あれはきっと気づいていますよ……だってあれじゃ」

 言いながら、はるとクラレンスは近くにいるレイとラプラスの方を注視する。

「よくもあたしのエルメスのバッグを~~~!!」

「ご婦人、どうかそれくらいにしてあげましょう!! 死んじゃいますよ!!」

 バッグをスられ 、それをひったくりから奪い返したラプラスは必要以上に犯人の男に暴行を加えている。

 レイと駆けつけた係員らによって止められる彼女の姿を見るうち、はるかとクラレンスは深い溜息を吐く。

 

 その後、ラッコを見にやってきたリリスと朔夜。

 しかし依然としてリリスはどうにもはるかたちの視線が気になるあまり、動物を見ることはおろか、デートそのものに集中出来ずにいた。

(どうやら邪魔者はいないみたいだけど……さっきから妙な胸騒ぎがしてならないわねー……)

「リリス、さっきから辺りを窺っているけど誰かいるの?」

「ううん! 誰もいないよ!! うわぁ~ラッコかわいい! 私、ラッコ大好き!!」

「喜んでもらえてよかったよ」

(落ち着くのよ悪原リリス……今はとにかくデートに集中しなくちゃ……)

 大きく息を吸って乱れた心を落ち着かせる。やがて、リリスは意を決し言う。

「あ、あの! サっ君、おなかすいてない!?」

「そう言えば、もうすぐ昼餉の時間になるかな?」

「私ね! 今日のためにお弁当作ってきたんだけど、よかったら食べない?」

「本当に!? 嬉しいな、じゃお腹も減ってきたしありがたく戴こうかな」

「うん♪」

(できるだけあの子たちの目に付かない場所で食べないと……)

 何が何でも朔夜との昼食を見られる訳にはいかなかった。

 だがこの時すでにリリスを監視する者――クラレンスによってマークされており、リリスと朔夜が移動をするのを見計らい、クラレンスは無線で連絡を入れる。

「こちらホワイトロック! はるかさん、キツネはそちらへ向かいました!」

『ラジャーです!』

 

「どこで食べようか?」

「そうだね……」

 歩いていたとき、たまたまイタリア語を話す外国人のカップルが話しているのが聞こえてきた。

「Questa è una gabbia di panda, no?(ジャイアントパンダの檻はここじゃないかな?)」

「No, penso che sia laggiù.(いいえ、違うわ。こっちじゃないかしら?)」

 すると、困ってる様子だったので朔夜がリリスに待ったをかける。

「ちょっと、待っててくれるかい?」

「うん」

 朔夜は駆け足でカップルの元へ近づきイタリア語で話しかける。

「Hai bisogno di aiuto?(助けが必要ですか?)」

「Si, ho così voglia di andare alla gabbia di panda.(そうなんだ、パンダの檻に行きたいんだ)」

「Vai dritto qui e lo troverai alla fine.(この先をまっすぐ行った突き当たりにあります)」

「うわあああああ!!」

 リリスはイタリア語を理解してぺらぺらと話す朔夜の姿に感嘆の声をあげた。そして、乙女な表情で目をキラキラ光らせる。

 やがて、戻ってきた朔夜にリリスは尋ねる。

「サっ君、凄い流暢だったね! 今のってイタリア語?」

「よくわかったね。一年くらい前まではトスカーナに住んでたから。それで覚えたんだ」

「すごいねー! 私、日本語以外だったら英語とドイツ語ならわかるんだけど……イタリア語は全然」

 リリスが首を横にふるふると揺らすと、朔夜がそれなら、と提案する。

「オレがわかる範囲であれば教えようか?」

「いいの?」

「あんまり役に立たないかもしれないけど。リリスならすぐに上達するよ」

「ありがとう! よろしくお願いします」

 すると、朔夜に道案内をされたカップルが仲睦しい二人を見て、くすくすと笑う。

「È una bella coppia.(可愛いカップルだね)」

「Davvero.(ほんとに)」

 イタリア語ゆえに、朔夜だけがそれを理解し赤面する。

「サっ君、どうしたの?」

「いや……なんでもない」

 朔夜は耳まで赤くしながら怪訝するリリスを連れて移動する。

 このとき、隠れて様子を窺っていたレイはますます距離を縮める二人を見ながら、激しい憎悪と嫉妬の炎を燃やす。

「ぐうぅぅ~~~! あのクソイケメン王子がぁ~~~!」

 

 昼食時。

 なるたけ人気の無いところをチョイスしたリリスは、木陰に腰を下ろし、ランチョンマットを広げると、鞄から朔夜のためにと手作りした自作の弁当を披露する。

「うわぁ……これはすごい!」

「うふふ♪ 朝四時起きして作ったんだよ」

「彩りといい栄養バランスといい、すごくおいしそうだ。リリス、本当にありがとう!」

 朔夜ほどではないが、基本は文武両道であるリリスにとって、弁当を作ることなど造作もない。しかし、相手は婚約者である朔夜。いつもレイに作っている弁当とはわけが違うのだ。

「それでね……もしよかったら私が食べさせてあげるけどいい?」

 頬を赤らめもじもじとしながら懇願する彼女の仕草が何ともかわいらしく思えた。朔夜は理性を擽られると、照れくさそうに頬を掻く。

「オレはその……き……キミが良ければ構わないけど」

「じゃ、じゃあ! 口を開けてねサっ君!!」

 割り箸でハンバーグを掴むと、リリスは朔夜の口元へゆっくりと運んでいく。

 激しい動悸に見舞われ気が気でないリリスと朔夜――だが悲劇は突如として起こるのがこの世の常である。

「きみは~~~おれの~~~しゃけ弁さぁ~~~!」

 前触れも無く聞こえたはるかの大声。彼女は園内でたまたまかかった演歌のBGMに合わせて熱唱していた。

 天城はるかは根っからの演歌好きであり、音楽を聞くと唄わずにはいられないという体質だった。

 我に返ったリリスが辺りを見渡すと、人目を憚らず大声で演歌を吟ずる親友の姿がレイやクラレンス、ラプラスらと一緒に確認できた。

「決まりました~~~! やっぱり『オレのしゃけ弁』は最高ですね!!」

「は、はるかさん! そんな大声で歌ったりなんかしたら見つかっちゃいますよ!」

「ぎく……もう見つかっちゃったわよ」

「ふぇ!?」

 向けられる、刺すような視線へ恐る恐る振り返ると――案の定悪鬼の表情を浮かべるリリスに睨まれていた。物々しい雰囲気を醸し出し、今にも食ってかかってきそうな感じだ。

「あははは……リリスちゃん、どうも……奇遇ですね」

「なにしてるのよあんたたち……」

 今にも拳が飛んできそうなリリスをレイがなんとかなだめようとする。

「リリス様、どうかお鎮まり下さい! お叱りはあとで受けますから……」

「ところでリリスちゃん、朔夜なんだけど……」

「大変な事になっていませんか……?」

「え!?」

 周りに言われ慌てて朔夜の方を見ると、いつしか手元は狂い彼に食べさせようとしていたハンバーグが朔夜の眼球に深くめり込んでいた。

「しまっ……」

 朔夜の目からハンバーグが離れた瞬間――彼は当てられた方の目を抑え、声を殺し悶絶する。

「朔夜!」

「大丈夫ですか!?」

「サっ君! ごめんなさい、大丈夫!?」

 彼を心配し全員で声をかける。

 すると朔夜はゆっくりと顔を上げ、リリスたちに苦い笑みを浮かべ言う。

「オレはなんともないから……大丈夫だよ」

 明らかに無理をしている。

 それに何より、朔夜にこんな酷い仕打ちをしてしまった事がリリスにはこの上も無く恥ずかしくて情けなかった。

「あの! 私ちょっとトイレに!!」

「リリスちゃん!?」

 動揺した彼女は羞恥で赤く染まった顔を伏せ、朔夜から逃げるように走り出す。

(私ってサイテ――!!)

「あ! リリス様、前を見てください!!」

「危ないですよ!」

 レイとはるかが忠告をするも時すでに遅し。

 目の前が見えなくなっていたリリスは、前方にあった樹に額を思い切りぶつけ、体を二回半回転させてから仰向けに倒れる。

「り、リリス!!」

 目を回し気を失ったリリスの元へ朔夜は慌てて駆け寄る。

 気絶に加え、リリスは鼻血まで出している。悪原リリス――踏んだり蹴ったりな展開となってしまった。

 

           *

 

 【天界】――それは天使たちが暮らす場所。地上で暮らす人間は俗に「天国」と呼んでいる。

 雲の上にあるとされているそこは人間には見えないよう特殊な結界で隠されている。天界は全部で七つの層に別れている。

 

           ≡

 

天界 第三天

 

 テミス・フローレンスこと、キュアケルビムはパートナーであるピットを伴い故郷である天界へと戻って来た。ある重要な用事を済ますために。

「天界に戻るのは久し振りね」

 第三天は一般的な天国と呼べる場所で、一番広い階層だ。広大すぎるため、端がどこにあるのかわからないとさえ言われている。

 周りに存在する天使たちを一瞥しながら二人が向かうのは天界の最上部で、神の住まう場所とされた第七天――見えざる神の手と呼ばれる組織が拠点を置く場所だ。

 道中、ピットが不安気な顔でつぶやく。

「あの……テミス様。本当に大丈夫なんでしょうか?」

「わからない」

「そもそも見えざる神の手とはなんなのでしょう?」

 ピットが不安そうに尋ねると、ケルビムが淡々と説明する。

「神と天使、堕天使、悪魔の間で起こったかつての大戦争……数が激減し乱れた三大勢力の秩序を図るために発足した調停機関、それが見えざる神の手。表向きは洗礼教会の後ろ盾って言うけど、実態を知る者は天使の中でもごく僅かよ」

「わたしたちにお呼びがかかったって事はひょっとして、処罰されるのでしょうか? 何だかんだ悪魔と共闘したり、教会の意思に背いたりと命令違反を続けていますし……」

「確かに向こうからすれば私たちが目障りなのは間違いないでしょうけど、多分それはないわ。公にそんな真似をすれば、他の天使たちから反発を招きかねないし。むしろ危険なのは今よ……城に来いと言うのはただの名目で、私たちが二人揃ったところを闇討ちするなんて事も十分に考えられるわ」

「そ、そんな……」

 これまで二人……正確にはキュアケルビムによる独断がほとんどだが、事あるごとに命令違反を犯している。

 自らの正義を貫くために教会の意に反する事も厭わないケルビムの行動は洗礼教会でも問題となっていたが、今回はついに教会の後ろ盾である見えざる神の手にまで情報が知れ渡ってしまったのだ。

 どんな仕打ちを受けるか分からない。最悪の事態も考慮するケルビムに対し、ピットの不安は益々大きくなる。

 パートナーが不安一色の顔を浮かべる様子を横で見ながら、ケルビムは彼女を慰めようと柔らかい笑みを浮かべる。

「でも大丈夫。たとえ相手が誰だろうと、私は誰にも負けない。二人で一緒に無事に帰りましょう」

「テミス様……はい!」

 二人でならきっと乗り越えられる――ケルビムとピットは絆を強くし、見えざる神の手の拠点がある第七天を目指す。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ナショナルジオパーク

 

 雨雲がかかり始める東京の空。

 気を失ったリリスが目を覚ますと太陽は隠れ、自分は鼻にティッシュを詰められたままベンチの上で横になっていた。

「嫌われちゃったな……きっと……」

 確実に朔夜から距離を置かれてしまった。デートは大失敗に終わったに違いない……そう思っていると、朔夜が戻って来た。

「どう、鼻血止まった?」

「え! う、うん……」

 慌てて起きようとするリリスに、朔夜は「ああ、いいよ、寝てて」と言う。

「リリスが寝ている間にお弁当は頂いたよ。すごくおいしかった。あ、そうだ。自販機で飲み物買って来たよ」

「ありがとう……」

 起き上がったリリスの隣に座り、朔夜は「どっちにする?」と言って、コーラかオレンジジュースのいずれかを勧める。

「じゃあ、コーラで……」

 もらったコーラをちびちびと飲むかたわら、リリスは朔夜を気にすると、彼は怒っているどころか穏やかに笑い返してくる。

 リリスにとって余計にバツの悪い話だった。

(最悪だわ……すべてお終いよ。サっ君がいることを忘れてあんなはしたないマネするなんて私……かぁ~~~!!)

「オレは気にしてなんかいないよ」

「え!! ううう……」

 どうして彼はこんなにも寛大なのだろう。器の大きい朔夜を前に、リリスの羞恥は一気にピークに達し、とうとう涙腺が崩壊する。

 涙を浮かべるリリスを前にした朔夜は、情緒不安定な彼女を慰めようと優しく手を握りしめ、おもむろに語り出す。

「リリスは完璧主義なところがあるから今日のデートは百点満点とはいかなかったのかもしれない。だけどね、オレはすごく楽しかったよ。もちろん今この瞬間もね。たとえイレギュラーな事があっても、キミとこうして穏やか日常を送れることがオレにとって至福のひとときだから」

「サっ君……」

 見つめ合う二人。

 実にロマンチックな雰囲気に包まれる二人を、茂みからはるかたちが見守る。

「いいわよ朔夜! そのまま押し倒しなさい!! でもって、チュウ~~~って!!

「ハヒ!? ラプラスさん、いくらなんでも中学生でそれは早すぎますよ!」

「く~~~、イケメン王子とリリス様がせせせせ……接吻!! そうなったら私は……あああああああああ!!」

「レイさん、少し静かにしてください! 雰囲気を大事にしましょう!」

 

 ――ドン!

 不意に聞こえてきた物音。

 地響きを起こすほどの大きな音に、リリスたちは不審に思う。

「なんの音だ?」

 音のする方へ振り返ると、歩いてきたのは大きなクラリネットとそれに見合うだけの巨体を持つ怪物――《クラリネットカオスヘッド》 だった。

「カオスヘッド……!?」

「どうしてカオスヘッドが!?」

「まさか、近くに堕天使が居るのか!?」

「リリスちゃん!」

「リリス様!!」

 カオスヘッドと言う最悪のイレギュラーを前に、隠れていたはるかたちはリリスと朔夜と合流する。

 近くを見渡すと、ライオンの檻の上には堕天使ラッセルがいた。

「ザッハ様を失った私の悲しみと傷は癒えない……この世に生きるすべての生き物は、私と同じ悲しみを味わいなさい!!」

 崇拝していたザッハを失った心の傷は相当深く、傷心中の彼女は腹いせとばかりにクラリネットカオスヘッドを作り出し、家族連れやカップルで賑わうこの場で暴れさせていた。

『カオスヘッド~~~……』

 クラリネットカオスヘッド自身も何だか悲しそうな声を発しており、その手に持ったクラリネットを吹くや、不幸のメロディを奏でる。

 この笛の音を聞いた瞬間、園内にいる全ての人間の心がどんより重くなり、楽しい気持ちから一変――最悪の気分となる。

「ハヒ……なんですかこれ……聞いてるだけで心がベリーサッドになってきました……」

「どうやら発せられる音色には我々の感情に強く働きかけ、悲しみの気持ちを呼び起こすのでしょう……」

「もう~なによこれ……さっきから涙が止まらないじゃないのよ……」

「私も色んな意味で泣きたい気持ちだけど、今は我慢して戦うしかなさそうね」

「みんな、いこう」

 身内といい、堕天使といい、リリスにとって今日は最悪のデート日和だった事は間違いない――ならばせめてこの状況だけは解決しなければと思い、ベリアルリングを取り出す。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

 変身完了と同時に雨が降り始めた。

「はあああああ」

 ついには天にまで今日のデートを邪魔される形となった。

 ベリアルは湧き上がる苛々をすべて敵に押し付けようと、肉弾での攻撃でクラリネットカオスヘッドの顔面を徹底的に殴りつけ攻撃する。

 彼女の怒涛の殴打に加え、ウィッチとバスターナイトが魔術的な力でこれを援護する。

「ファイアーマジック!」

「シュヴァルツ・エントリオール!」

『カオスヘッド~~~……』

 ただでさえ悲しいクラリネットカオスヘッドを追い詰める情け容赦ない攻撃。

 怒りたくても怒れず、悲しみを募らせるクラリネットカオスヘッドは涙ながらにクラリネットを吹き、ベリアルたちの戦意を奪おうとする。

「おうううう……戦う気力が削がれていきます……」

「こいつは……意外と強烈ですぞ……」

「いいわよカオスヘッド!! 憎き悪魔どもめ……思い知りなさい!!」

 クラリネットカオスヘッドの力でベリアルたちの動きが鈍ったのを見計らい、頭上から堕天使ラッセルによる光の槍を用いた攻撃が仕掛けられる。

「「「うわあああああ!!」」」

「「「どああああああ!!」」」

 衝撃で吹っ飛ばされる悪魔、魔女、騎士、そして使い魔たち。

 その間にも不幸のメロディは鳴り続けており、確実に彼女たちのやる気――もとい闘気を奪っていく。

「キュアベリアル……私から大切なものを奪ったあなたを絶対に許さない!!」

『カオスヘッド~~~……』

 ラッセルから向けられる強い敵意。

 ベリアルは心も体もボロボロに追い詰められながら、体を立たせようとする。

「ザッハを殺した私への復讐って訳ね……上等じゃない。だけど私だって負ける訳にはいかないわ」

 重い身体を起こし、ベリアルはその脚でしっかりと地面の上に立つ。

「今日のデートは何日も前から綿密に計画してた。サっ君と過ごす数少ない二人きりの時間を大切にしたくて一生懸命準備してきた。だけどどういうわけか、世の中自分の思い通りになんかちっともいかない。予期せぬ事ばかりが起こって綿密な計画もすべておじゃん! だけどそれでも……私はあんたとは違っていつまでもメソメソしたりなんかしない!!」

「よく言うわよ!! あんたは私からたったひとつの希望を、愛を奪った!! 奪われた者の気持ちがあんたみたいな小娘に分かるものか!? もしも、あんたも大切なものを奪われれば私の気持ちがわかるかもしれないけど」

「奪われた者の気持ち? ……そんなもの、あんたよりも前から私は知ってるわよ」

 十年前のあの日――洗礼教会が行った悪魔への大粛清によって彼女はすべてを奪われた。

 大切なものを奪われる悲しみ、憎しみ、虚しさ、それを彼女はたった四歳の頃に知ったのだ。

「どんなに不条理で理不尽な事に直面しても私は前に進むと決めたわ。逝ってしまった者のためにも生き残った者ができることはひとつだけ……残りの命の炎が尽きるその日まで精一杯自分の脚で立って前を歩くことよ!」

 言うと、ベリアルは今現在の自分が持ちうる最強の力でこの戦いに終止符を打つことを決め、懐からヘルツォークリングを取り出す。

「ヘルツォークゲシュタルト!!」

 堕天使ザッハを打ち破ったキュアベリアルの切り札。

 雷のエレメントが強化されたキュアベリアルの背中に四枚の悪魔の翼が生える。

「キュアベリアル・ヘルツォークゲシュタルト!!」

『カオスヘッド~~~……』

「レイ、来なさい!!」

「了解です!! ハルバードチェイ~~~ンジ!!」

 ヘルツォークゲシュタルトに対応して、レイもその姿をレイハルバードへと変え、ベリアルの武器として装備される。

「はるか、オレと息を合わせてくれ」

「アイムシュアーです!」

 ベリアルのサポートに徹すると決めたバスターナイトとウィッチは、頃合いを見てクラリネットカオスヘッドへ同時攻撃を仕掛ける。

「ストリクト・タイフーン!!」

「ブリザードスピア!!」

『カオスヘッ……』

 バスターソードの剣先から発生する暗黒の竜巻で体を中空へ浮かばされ、そこへ猛烈な寒波が槍となって飛んでくる。

 氷漬けになった体を地面へと叩きつけたクラリネットカオスヘッドはもう身動き取れない。

「リリス!」

「今ですよリリスちゃん!」

 仲間が作ってくれた隙を決して無駄にはしない。ベリアルは全身全霊の力をレイハルバードへと込め、必殺技を繰り出す。

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

 ――ドンっ!!

『こんとん~~~……』

 

 戦いが終わると雨は晴れ、園内には太陽光が降り注ぐ。

「ありがとうサっ君。あのとき、サっ君が言ってくれた言葉で気持ちが楽になったよ」

 感謝の気持ちを述べるリリスに、朔夜は屈託なく笑い返事をする。

「前にリリス言ったよね。オレが頑張りすぎるのは好きじゃないって。でもそれはオレも同じなんだよ。リリスも頑張りすぎないでくれるかい。じゃなきゃ、なんのためにオレやはるかたちがいるのかわからないから」

「そうですよ。リリスちゃんに必要なのは人に頼る勇気です!」

「って、随分上から目線ね……大体あんたたちは揃いも揃って人のデートを無茶苦茶苦にして、ただじゃおかないんだから!!」

「ひいい~~~! リリス様~~~どうかご勘弁を!」

「お願いだから落ち着いて話を聞いてちょうだい!」

「問答無用!! あんたたち全員そこに直りなさぁーい!!」

「「「「ひやあああああああああああああ~~~~~~」」」」

 こっ酷くリリスからお叱りを受けた四人は教訓として、人の色恋沙汰に関わると命はないという事を知った。

 

           *

 

第七天 見えざる神の手・居城

 

 天使の中でも上位の存在しか立ち入ることを許されない聖域――それが天界・第七天である。

 ケルビムとピットは今、洗礼教会の後ろ盾であり天界における最高の意志決定機関【見えざる神の手】居城の扉の前に立っている。

「さて、そろそろ時間よ……」

「いよいよですね」

 覚悟を決め、二人はおもむろに開かれた扉を潜り中へと入る。

 中は太陽光が直に降り注ぎ、一面真っ白な空間には素顔を隠した幹部の上級天使たちが七角形状に散らばり、柱の上に鎮座している。

「――洗礼教会よりテミス・フローレンスこと、キュアケルビム。同じく、パートナー妖精のピット。ただいま参上仕りました!」

 ケルビムとピットは恐れ多い彼らに注視される形で部屋の中央まで歩いて行き、やがて畏まった態度で挨拶をする。

「……うむ。よく来た。本日主らを呼び出したのは先日の一件、堕天使による黒薔薇町侵攻および悪魔と警察組織との武力衝突について話があって……」

 話の途中、幹部の一人が小刻みに体を震わせ顔色も優れないピットの様子が気にかかった。

「お主どうかしたか、顔色が優れぬが?」

「いいい……いえなんでもありません……緊張して喉が渇いているだけですので……」

「ぬふふふ……無理もありませんよ。天使と言えど、ここに来ることができる者などそうはいない」

「我ら見えざる神の手は天界と地上、そして冥界すべての世界を監視しておるゆえ。近頃の堕天使と来たら品の無い下衆な者ばかりで困るよのう~」

「その点お主らの働きは見事よ。悪魔たちと共にわずか数人で堕天使の侵攻を食い止めこれを鎮圧したとか」

「地上への被害を最小限に止め、事件を迅速に解決した主らは天使の鑑である。天使と堕天使、そして悪魔の三大勢力の均衡が取れているのも主らのお陰じゃ。褒めて遣わす」

 予想していなかったお褒めの言葉にピットはすっと肩の力が抜けた。

「あ、ありがとうございます!!」

「謹んでお受けいたします」

「うむ。しかし功を焦り過ぎ先走りはせぬことじゃ。正義感も結構だが、辺り構わず噛み付いていると、噛み付いた野良犬の尾が狼の尾であったなどと言う事にもなりかねん」

 一拍置き、見えざる神の手のリーダー格はケルビムとピットたちを見据え言葉を投げかける。

「分かるな? あまり勝手に動いていると身を滅ぼす事になるぞ。もしも長生きをしたいのなら、利口に生きることも覚えよ」

「「はい!! その言葉、肝に銘じておきます!!」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「闇に蠢く者たち。黒原町に忍び寄る怪しき異形の影」
は「次々と襲われる悪魔関係者。そして、その魔の手はとうとう私たちにも及び始めてしまいました!!」
ク「敵は洗礼教会か、堕天使か、それとも新たなる敵なのか……!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『闇からの脅威!クリーチャー、襲来!!』」


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第19話:闇からの脅威!クリーチャー、強襲!!

今回登場する未知なる脅威・・・一応第五勢力と位置付けておきましょうか。
この事件を機に、物語は一気に動き出すと思いますのでお見逃しなく。


黒薔薇町 住宅街

 

「ぐあああ」

 夜半過ぎに響きわたる唸り声。

 声を発したのは森永という男。某金融会社に勤める夜警で、仕事へ向かおうとしたところ突然の悲劇が襲った。

 暗闇から声をかけられたと思えば、唐突に顔面を殴られた。そして殴る蹴るなどの暴行を加えられ滅多打ちに遭ったのだ。

「弱すぎるぜ。こんな弱いヤツ相手にするのは苦痛でしかねぇな!!」

 辺りが暗く、眼鏡も外れているためはっきりと姿を見ることはできないが、少なくとも森永が捉えた襲撃犯の影は二つで、どちらも人の姿をしていない。

「お……おまえら……なにもんだ?」

「はっ! 雑魚に名乗る名前は無ぇーんだよ!!」

「……ゴルザ、こいつはハズレのようだ。早く済ませろ」

「へーい」

 相方からゴルザと呼ばれた襲撃犯は、地面に倒れ伏す森永の元へとおもむろに歩み寄る。

「恨まないでくれよ。上の命令なものでな……」

「よせ!! く、来るな……ぐああああ!!」

 一体何の恨みで自分がこんな目に遭うのか……森永は身に覚えのない理不尽な暴力を受け、気を失った。

 骨を何本も折られ、体中に生々しい傷跡をたくさん作った彼が発見されたのはその翌朝の事だった。

 

           ◇

 

黒薔薇町 天城家

 

「はるかー、学校行くわよー」

 襲撃事件から一夜明けた黒薔薇町は一見すると平穏な空気が流れていた。

 悪原リリスはいつものように親友である天城はるかと学校へ行くため、彼女の家へと出向き玄関先から呼び出す。

 しばらくすると、玄関から出て来たのははるかではなくその母・翔子だった。

「あらリリスちゃんごめんなさい、はるかなら先に行ったわよ」

「え? 何かあったんですか?」

「それがね……この土日でシュヴァルツ学園の生徒が何者かに襲われて、重傷で発見されたらしいのよ」

「え! ……本当ですか!?」

 穏やかではない話を聞かされたリリスは目を見開き、右手を口元に持ってくる。自分の知らないところでそんな物騒な事件が多発しているとは思わなかった。

「だから風紀委員は朝早くから全員で学校の周りを警備するんだって、あの子張り切っていたわね」

「そうでしたか。おばさま、ありがとうございます。じゃ、私学校に行きますね」

「リリスちゃんも気をつけてねー」

 翔子に一礼すると、リリスは天城家を出発し学校へと向かう。

「物騒な話だわ。よりによってうちの生徒が襲われるなんて……」

 道中、リリスはひとり思案する。

 ここ数か月のあいだに黒薔薇町管内で起こった様々な事件について――リリスの記憶する限りでは、洗礼教会や堕天使による襲撃が大多数を占めている。彼らが関わること以外でこの町で襲撃事件が起きたという話は聞いたことがない。

 まして、自分たちの学校の生徒が襲われたのだ。対岸の火事で済ましていい問題ではない事は明白だった。

 

           *

 

私立シュヴァルツ学園 校門前

 

 学校へ着くと校門前には翔子の話にあった通り、一年生から三年生までの風紀委員が朝早くから警備に当たっていた。

「あ、リリスちゃん!!」

 やがて、警備中だったはるかが登校してきたリリスを発見し、彼女の元へ駆け寄った。

「お怪我はありませんでしたか!? 暴漢とかに襲われたりしなかったですか!?」

「あのね……真っ昼間から暴漢なんて出ないわよ」

「どうしてそんな風に断定できるんですか!? 今の時代、昼間からでも暴漢は出るんですよ! ずいぶん昔に大阪にある小学校にナイフを持った凶悪犯が押し入った事件があったこと、リリスちゃんは知らないんですか!?」

「はいはい分かりましたよ。だいたいあんたね、早く家を出るならLINEのひとつやふたつくらいよこしなさいよ」

「あ! す、すみません。ついうっかりしてました」

「まったくもう。それにしても……」

 はるか以外の風紀委員は皆、怖い顔で立っている。

 普段は腕に掲げた腕章を誇らしげにして学校の治安を守っている彼らだが、今はそれを誇りにするだけの余裕が感じられない。むしろ、未曾有の恐怖に戦慄を覚え内心はビビりまくっているのである。

「何だか物々しいわね……」

「それはそうですよ。あんな事件が多発しているんですから……ピリピリもします」

「犯人の目星はついてるの?」

「今のところは有力な目撃情報はありません。どっちにしろ、早く捕まってくれないとおちおちお外も出歩けませんよ」

 嘆息を漏らしたはるかが肩を落とした時だった。

 風紀委員会に所属する一年生の男子が「ちょっと失礼します……」と言って、はるかへ近づいてきた。

 怪訝そうにするはるかの耳元に、下級生は小声で極めて重要な報告をする。

「は、ハヒ!?」

 聞いた瞬間、はるかは驚愕の声を上げた。ただ事ではないと直感したリリスは、動揺する彼女に意を決して尋ねる。

「ちょっとはるか、一体どうしたのよ?」

 すると、リリスの肩にはるかは手を置き、ふうーと息を吐いて気持ちを整える。気持ちの整理がつくと、リリスと面と向き合う。

「リリスちゃん……とんでもなくデンジャラスな事になりました!!」

「とんでもなくデンジャラスですって?」

「たった今、三枝先生が暴漢に襲われて病院に運ばれたそうです!!」

「な、何ですって!?」

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 クラスの担任教師・三枝喜一郎が暴漢に襲われ重傷を負った。リリスとはるかは授業そっちのけで病院へ直行した。

 病室には打撲から始まり、肋骨から腕に至るまでを折られた三枝が酸素マスクを付けた状態で眠っている。

 リリスとはるかは胸が締め付けられる思いで三枝を見た後、静かに病室を後にする。

「酷いありさまでしたね……」

「シュヴァルツ学園の人間が無差別に襲われるなんて……犯人の目的は何なの?」

「まさか、うちの学校への怨恨とかじゃ!?」

「違うよ」

 はるかの推測をキッパリと否定する者の声が聞こえ振り返ると、二人の前に意外過ぎる人物が顔を見せた。

 思わず目を見開き驚くリリスたちを余所に、眼前に立つブロンドヘアの美青年――神林春人は不敵な笑みを浮かべ立ち尽くす。

「やぁ。こんなところで会うなんて奇遇だね」

「ハヒ!? あなたはプリキュア対策課の……!!」

「神林春人……!! どうしてここにいるのよ!?」

「捜査だよ。誤解がないように言っておくけど、別に今回は君たちを逮捕するつもりはないから安心しなよ。勿論、理由さえあればいつでも僕が捕まえてあげるけど」

「ハヒ!! この人……やっぱりデンジャラスです……」

 顔を青くしたはるかは、鳥肌を立たせ体を硬直させる。

 ただでさえ、自分たちは警察とは折り合いが悪い。しかもプリキュア対策課とは先日の一件で激しく衝突したばかりだ。ほとぼりが冷めるまでなるべく接触しないよう穏便な生活を心がけていたつもりだが、思わぬ場面で厄介な相手と遭遇してしまうとはリリスも、そしてはるかも思っておらず、まさに青天の霹靂だった。

「それより捜査ってどういう事なの? あんたの管轄はプリキュア関連の事件でしょ? こんな傷害事件、生活安全課にでも任せておけばいいじゃない」

「普通ならね。だけど、事は君たちが思っているほど単純な話じゃない」

「どういう事ですか?」

 はるかから尋ねられると、春人はリリスたちに背を向けてから「ちょっと君たちに見せたいものがある」と言い、廊下を歩き出す。

 ひとまず春人の後について行ってみたところ、リリスたちは予想だにしなかった事実を無情にも突き付けられる。

 春人にとある病室へ案内され、中へ入ると、三枝と同様に満身創痍となって酸素吸入をしたまま床に就く知り合い――森永の姿があったのだ。

「ハヒ!! この人は確か……!!」

「森永さん!!」

「やっぱり君たちの知り合いだったようだね」

 森永はリリスと契約している人間であり、はるかとも面識がある。

 襲撃犯は三枝だけでは飽き足らず、森永というシュヴァルツ学園とは一切関係の無い人物を襲った――訳が分からないリリスは怖い顔で春人に問い詰める。

「ちょっとあんた、これはどういう事よ!? どうして何の関係もない森永さんまでこんな目に遭ってるのよ!!」

「彼だけじゃないよ。周りをよく見てみなよ」

「え?」

 言われた通り病室の中をぐるりと見渡した。すると衝撃の光景がリリスの瞳に映る。

 森永の隣のベッドには同じく悪魔と契約を交わしたスウェーデンから留学している女子大学生ヘレンと、その向かい側には自宅の隣に住んでいる世話好きのおばさんこと――佐藤が変わり果てた姿で臥床しているのだ。

「ヘレンさん……! 佐藤さんまで!?」

「まさかあの外国人さんは、以前にはるかとクラレンスさんが見たフルーツ鎧武者さんに変身していたあの人じゃ!?」

「他にもまだまだいるよ。いずれも、悪原リリス……君にとっては見覚えある顔ぶればかりだと思うから」

 春人からの言葉を聞き、リリスは病室を飛び出し他の病室も見て回った。

 悪魔と契約を交わした者、隣近所に住んでいる者、学校関係者。悪原リリスと何らかの関わりを持った人物がこの階だけでも十人以上も入院している。話によれば、彼らは何れもが同様の手口――夜陰に乗じたり人気の無い場所を歩いているところを襲われ、酷い姿となって発見されたらしい。

 リリスは笑い話にもならないような事態に愕然とした。

「どうして……こんな」

「まったく、つくづく君たち悪魔は穏やかじゃないな。だから僕らが捜査しているんだよ。これは単なる襲撃事件じゃない……いずれもが悪原リリスと何らかの関わりを持つ者ばかりが襲われているんだ」

「私と……!?」

「じゃあ犯人は洗礼教会ですか? それとも堕天使ですか?」

「可能性はあるけど、確たる証拠は出ていない。もう少し詳しく調べてみないとね」

 三人が話し込んでいると後方から騒がしく音を立てて近づいてくる影があった。

「どきなさい!」

「また同じ手口で人が襲われた!!」

 廊下から聞こえてきた声にハッとするリリスたち。

 リリスたちを最も驚かせた理由――ストレッチャーに乗せられ運ばれてきたのは、はるかの父・晴彦だった。

「お父さん!!」

 我が目を疑う光景を目の当たりにしたはるかは、処置室に搬送されようとしていた晴彦へ駆け寄り、耳元で呼びかける。

「お父さん!! しっかりしてください!!」

「うう……は……るか……」

「一体誰にやられたんですか!?」

「分からない……突然目の前が暗くなったと思ったら……うう!」

「お父さん!!」

「急いで処置室へ運ぶぞ!」

 意識を失った晴彦はそのまま処置室へと運ばれる。

 はるかは残酷な現実に打ちひしがれると、力なく膝を突き泣き崩れる。

「ああああああああああああああ……」

 リリスはかける言葉が見つからなかった。

 すると、彼女の隣に立っていた春人のスマートフォンに着信が入った。おもむろにスマートフォンを取り出し、対策課の捜査官からの報告を聞く。

「……そうですか。分かりました」

 通話を終えると、春人は踵を返しそのまま病院を後にした。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら商店街

 

 リリスと関わりある人物が次々と襲われ重傷を負う中、彼女の婚約者・十六夜朔夜は使い魔ラプラスに振り回され朝から買い物に付き合わされていた。

 朔夜の両手いっぱいに掲げられた服という服。その隣ではラプラスが満足そうな顔で歩いている。

「いやー! 今日は戦利品たーくさん手に入れたわね!」

「まったく。お前って奴はどうしてこうも大量に買い込むんだ?」

「だって仕方ないじゃない。どれもこれもあたしに似合うものばっかりなんだもん。ああ……美人すぎるっていうのも罪なものねー」

「はぁ……一大事だからと聞かされてわざわざ学校を休んでみればこの様とは。オレもまだまだ詰めが甘いな」

「女性のエスコートのひとつやふたつできないでどうすんの! いずれはリリスちゃんにも同じ目に遭わされるんだから今から練習できて良かったじゃない!」

「リリスはお前とは違う」

「市立黒薔薇第一中学二年A組、出席番号一番、十六夜朔夜……」

 不意に覇気の籠っていないような声が朔夜を呼びかけた。

 声のした方へ振り向くと、声もさることながら見た目も非常に冴えない風体の男がすぐ近くに立っていた。

「早く済ませよう。汗をかくのは好きじゃないんだ……」

「ちょっと、あんた誰よ?」

「名乗る程の者じゃない。ただお前を壊しに来た……」

 いかにも怪しい雰囲気を醸し出し、物騒な事を口にする男。その口調から真面な人間でない事は明白だ。

 ラプラスは目の前の男に不信感を募らせると、朔夜の耳にそっと囁いた。

「朔夜、あんたまた他校の奴に絡まれてんじゃないの?」

「どう見ても他校じゃないだろう。しかし何故だろうな……こっちは結構地味に生きているつもりなんだが」

「俺とやるのか、やらないのか……どっちなんだ?」

 どういう理由で朔夜と戦いたいのかはわからない。

 日頃からその高すぎるスペックと端正な容姿ゆえに他校生からやっかみをつけられる朔夜はこの手の事には慣れていたし、敵はその都度圧倒的な強さで叩き潰してきた。無論、相手が二度と自分に戦意を向けて来ない様にして……

 深い溜息を吐くと、朔夜はラプラスの洋服類を地面に降ろし男と向かい合う。

「……オレとしては無益な争いはしない主義だが、どうやらそれだとお前が納得しないようだ」

 すると、この状況をたまたまこの町の不良が見かけた。

「なんだ、喧嘩か?」

「おもしれー!」

「見世物じゃない……」

 刹那、男の手元から飛び出た無数の針が不良たちの肩へ突き刺さる。直後、不良たちはたちまち意識を失い後ろへ倒れる。

 朔夜とラプラスは一瞬の出来事に目を疑い、目の前の男を警戒する。

「な……あんた何したのよ!?」

「これ以上邪魔が入ると面倒なのでな……」

(マズい!)

 男からの攻撃が飛んで来そうになった瞬間、朔夜はラプラスの服が入った箱を蹴り飛ばし、咄嗟に男の視界を封じる。

「ラプラス、逃げるぞ!」

「うわああ!!」

 彼女を抱え朔夜が建物の影に逃げ込もうとするや、男の手元から無数の針が飛んでくる。針は服の箱を貫き、朔夜たちへ襲い掛かる。

 辛うじて、針から逃れた朔夜はラプラスとともに建物の陰に隠れ出方を窺う。

(あの男……ただの人間ではない。さっきの攻撃といい、戦い方といい……この感じはなんだ!?)

 男は朔夜を狙い続け、逃げる標的を執拗に追い回し続ける。

 

『おかけになった電話をお呼びしましたがお出になりません』

「もう~! こんな時に限ってサっ君の携帯に繋がらないなんて……!」

 天城家の人間にまで被害が出たことを懸念し、リリスは朔夜との連絡を試みるが、肝心の彼は謎の男に命を狙われており、携帯に出ている余裕などなかった。

「リリス様!!」

 焦りを募らせていたリリスの元に、レイとクラレンスの二人が駆けつけた。

「あんたたち……!」

「はるかさんのお父上が襲われたと聞いて飛んで来たんですが……」

「はるか様は!?」

「今は病室よ。少しそっとしておいてあげましょう。それより……サっ君とラプラスさん見てない?」

「イケメン王子とご婦人ですか? それなら、商店街の方を二人で歩いていたのを見た気がしますが……」

 聞いた途端、リリスはレイとクラレンスを残して病院から飛び出した。

「あの、リリス様!!」

「どうかしたんですか!?」

(サっ君……無事でいて!)

 

           *

 

黒薔薇町郊外 旧大型レジャー施設跡

 

 プリキュア対策課の捜査官と合流した春人は、敵の潜伏先と思われる廃墟へ向かった。

「この中です」

「行きましょう」

 武装した捜査員とともに建物の中へ入る。

 敵が待ち伏せをして襲って来るかと思われたがそう言う訳ではなく、建物の中は思いのほか静かだった。

 やがて、建物の三階へと到着した春人は強烈な邪気を感じ、最も広い部屋の扉をバタン、と蹴ってこじ開ける。

 眉を顰め中を覗きこむと、日の光が入らない様に厚手のカーテンで閉め切った部屋の真ん中にいかにも怪しげな雰囲気を醸し出す黒装束の男が座っていた。

「ふふふ……よくぞここまで辿り着いた。大したものだ」

 プリキュア対策課の捜査官が警戒する。春人は代表して襲撃者との対話に応じる。

「……随分捜したよ。君が件の襲撃事件の首謀者かい?」

「そんなところだろうか。そして、我こそがこの国の新しい秩序だ」

「寝ぼけてるのかい? この国の秩序は警察だよ」

「警察……か。無能な貴様らにはこの国を……いや、この世界に秩序をもたらす事などできはしない」

 聞いた途端、春人は懐から出していたSKバリアブルバレットを使ってセキュリティキーパーへと変身――右手にSKメタルシャフトを携える。

「どうとでもほざきなよ。君はここで逮捕する」

 

「あああ……!」

 病院にいたクラレンスを突然の偏頭痛が襲った。

「ハヒ!? クラレンスさん、どうしたんですか!?」

「急に頭痛が……割れるように痛い!」

「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

「おい、気をしっかり持てクラレンス!」

「ああああああああ!!」

 はるかとレイから心配を寄せられるクラレンスだが、突如襲った頭痛はより一層激しさを増す。

「本当に何がどうなっているんですか!? 一度に不吉な事が起こり過ぎですよ!!」

 

 余裕の表情を浮かべる襲撃事件の首謀者と、セキュリティキーパーに変身した春人はメタルシャフトとハンドガンを両手に持ち、おもむろに歩み寄る。

「……座ったままお縄につきたいの?」

「ふふ……面白いことを言うな。立つ必要がないから座っているんだ」

「……君とはもう口を利かない」

「好きにしてくれ。ただ、今喋っておかないと二度と口が利けなくなるぞ」

 首謀者の男がセキュリティキーパーに目を向けた途端、異変は起こった。

「!?」

 セキュリティキーパーの視界が唐突に歪み始めた。機械の故障かと思われたが、どうやらそうじゃない。景色が歪むにつれて足下がおぼつかなくなる。

「どうかしたか、先ほどに比べて顔色が悪いぞ?」

「……黙れ」

「自分でも気づいていなかったようだな。貴様が喧嘩を売った相手が一体何者なのか」

 酷い熱にでもかかったようにセキュリティキーパーの体はふらつき、景色が酷く歪む。これでは倒すべき敵を前にしても攻撃する事も難しい。

「ほら……しっかりしろ。我はこっちだぞ」

 不敵な笑みを浮かべるとともに、首謀者は足元がふらついて姿勢制御もままならないセキュリティキーパーを凝視。セキュリティキーパーは右へ左へとふらつきながら、襲撃者の手の甲に刻まれた〝666〟という数字を捉える。

(獣の数字……)

 666―――ヨハネの黙示録に出てきた詩に由来するそれは、サタンや反キリストにつながるとされる不吉の数字。春人にとって、眼前の敵はまさに人類に凶事をもたらす不浄の存在だった。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら商店街

 

「貴様、堕天使か? それとも洗礼教会の手の者か?」

 眉間に皺の寄った朔夜から尋ねられるとき、男は僅かに口元を緩め「やっと当たりが出た……」と無機質な声で呟く。

「ちょっと、それどういう意味よ!?」

「お前たちにはヴァンデイン・ベリアルの氏族の居所から知っている事をすべて、洗いざらい吐いてもらう……」

「なんだと?」

 男は朔夜が目当ての相手と関わりの深い事を理解すると、先ほどよりも無遠慮に攻撃を繰り出してくる。

 朔夜は飛んでくる無数の針という針を躱しながら、出方を窺う。

(奴の狙いはリリスか……! なら絶対に止めないと)

「これ以上手を煩わせないでくれ。速攻で片を付けてやる……」

 言うと、男は人間の姿から本来の姿へと戻る。

 朔夜とラプラスが目を見張る中、男は背中に黒い翼を生やし、肉体は大型のライオン、サソリの尾を持つ異形の怪物へと変身。尾には不吉を表す〝666〟の刻印が刻まれていた。

「その姿は……!!」

 朔夜の予想通り相手は人間などではなかった事がこれではっきりした。

 異形の怪物――マンティコアは咆哮を上げると強靭な脚力で朔夜へ突進、一振りで電柱をも破壊する鋭い爪で襲い掛かる。

 マンティコアからの攻撃を紙一重で躱すと、朔夜は中空で回転しながら左腕のバスターブレスにバスターブレードを差し込み変身する。

「バスター・チェンジ!」

 変身と同時に朔夜の体を包む重厚な鎧。

 装備したバスターシールドから剣を取り出すと、バスターナイトはマンティコア目掛けて鋭い剣閃を仕掛ける。

「ダークネススラッシュ!」

『遅い……』

 飛んでくるダークネスラッシュを回避すると、マンティコアは尻尾から発射した無数の毒針を頭上から雨のように降り注ぎ、バスターナイトを狙い撃ちにする。

「まだだ!」

 針の雨を手持ちの剣で払い除けたバスターナイトはマンティコアに接近しながら、バスターソードをX字に動かす。

「ダークネスラッシュ!」

『芸のない奴め……』

 

 至近距離からのダークネススラッシュもマンティコアは難なく躱してしまった。

 だが、それこそバスターナイトの狙い。こうなる事を分かったうえで彼は頭上に待機しているパートナーに合図を送った。

「ブラストトルネード!!」

『ぐっほ……』

 巨大コウモリに変化したラプラスの翼から放出される双子の竜巻が、マンティコアの頭上から降り注ぎ、直撃を受けたマンティコアは防ぐ事も出来ず後方へ吹っ飛んだ。

「かかったな。お前はオレばかりに気を取られ、ラプラスの存在を蔑ろにしていた。今のダークネススラッシュはお前をオレに釘付けにするための囮で、本命のラプラスは既に頭上からお前を狙っていたんだ」

『悪魔を舐めるんじゃないわよ!』

「これで終わらせる……」

 バスターナイトはマンティコアがラプラスの攻撃で動きが著しく鈍っている間に決着をつけようと、バスターソードを構え、地面へと斬撃を放つ。

「エントリヒ・アーベント!」

『ぐおおお……』

 

 地面を這って飛来する斬撃がマンティコアを直撃した。

 ちょうど、バスターナイトの元へ急行していたリリスは商店街から聞こえてきた轟音に気付き、立ち止まる。

「この感じ……まさか!」

 急いで現場を目指し全速力で駆け抜ける。

 やがて、現場へ到着したリリスの目の前にはマンティコアとの戦いを終えたばかりのバスターナイトとラプラスが道路の真ん中で座り込んでいた。

「サっ君! ラプラスさん!」

「リリス! どうしてここに!?」

「神林春人から悪魔関係者が狙われているって聞かされて、それで私急いで……!」

「なっ、あの男が……!?」

 バスターナイトは先日激しく衝突したばかりの春人のことを脳裏に浮かべ、驚きを見せる。

「それより大丈夫、怪我は無い!?」

「心配ないわよリリスちゃん! ちょっとビックリしただけだから。敵も追っ払ったし」

「え!?」

「ほら、そこら辺に転がってると思うわ!」

 ラプラスが土煙の方へ目を向けたとき、倒したはずのマンティコアの姿がどこにも見当たらなかった。

「あ、あれ?」

「いない……!」

 

『手間が省けた……』

 そのとき、耳を疑いたくなる声がした。

 邪気を感じると、三人の前には満身創痍になりながらも殺気を漂わせるマンティコアが立っていた。

「あ、あれでノビてないなんて……」

 驚異的な耐久力に圧倒されそうになった次の瞬間。

 威圧感を発するマンティコアの尾から毒針が放たれた。狙いは元よりこの場に現れたリリスだった。

「リリス危ない!!」

 ――グサッ。

「ぐ……」

 咄嗟にリリスの正面に立ったバスターナイトはマンティコアが放った毒針を胸部に受ける。

「え……サっ君……?」

「リリス……逃げてくれ」

 刺された箇所から血が滲みだし、バスターナイトはリリスの目の前で力なく膝を突き、意識を失った。

「きゃあああ!! 朔夜あぁっ――!!」

「サっ君! 大丈夫!? サっ君! サっ君!!」

 倒れたバスターナイトの体を強く揺さぶり安否を確かめるリリスとラプラスの元へ、ボロボロの身のマンティコアが一歩ずつ近づいてくる。

『壊してから連れていく……』

 

「あんたぁぁぁぁ……!!」

 バスターナイトがリリスを庇った――その事が彼女の怒りに火を点けた。

 激昂と同時にリリスの体から禍々しい紅色の魔力が溢れ出る。間近で感じるその魔力の濃さと途方もない質量にマンティコアとラプラスは揃って畏怖を抱く。

「よくも……よくも……私の大切な婚約者(フィアンセ)を……ただで帰れると思わないことねっ!!」

「リリスちゃん……!」

 世にも恐ろしい悪魔の逆鱗にマンティコアは触れてしまった。

 だがそのとき、意外すぎる出来事がマンティコアの身の安全を保障した。

「お巡りさん、こっちです!!」

「こら、君たち何をしている!?」

 地元住民の通報を受けた警察官が現場へと走って来た。

『ちっ。面倒事になるのはごめんだ……』

 

 マンティコアはただちに人間の姿へと擬態し、何事も無かったように傷ついた体でリリスたちの前から移動する。

「待ちなさい!!」

 追いかけようと思ったが、今はそんな事よりもバスターナイトの事が大事だった。

「朔夜!! 朔夜、しっかり!」

「サっ君、死んじゃイヤ!! サっ君――!!」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町郊外 旧大型レジャー施設跡

 

「ぐっ……」

 カーテンが閉め切った部屋の中で倒れるプリキュア対策課の捜査員。

 セキュリティキーパーの変身は解除されており、全身に生々しい傷を負って、襲撃事件の首謀者による滅多打ちを受けている。

「なぜ、暗黒騎士を圧倒した自慢のセキュリティキーパーシステムでまるで歯が立たないのか……そう言いたげだな? それこそが人間の傲りだ。貴様レベルの男は何人も見てきたし、幾人も葬ってきた。そう……地獄のような場所でな」

 紅色に染まった瞳で春人を見つめる男。

 若干口が開いているが、彼の歯はどれも普通の人間には見られない鋭く尖ったものばかりだ。

「さ、続けようか」

 男は傷つき倒れる春人の体を持ち上げ、殴る蹴るなどの暴行を加える。

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 マンティコアの毒針にやられた朔夜は病院へ運ばれた。

 現在、毒針の影響で身動きが取れず床に伏せる彼の安否を気遣い、悪魔関係者が周りに集まっている。

「イケメン王子……」

「朔夜さんまでこんな目に……あ~神様!! どうしてはるかたちの周りはこうもデンジャラスな事ばかり起きるんでしょう~~~!!」

「ちょっと黙っててちょうだい!!」

「ハヒ!! す、すみませんでした……!」

 眠り続ける朔夜の側に座っていたリリスは騒ぐはるかを怒鳴りつける。はるかはあまりの迫力に委縮し、自らの行動を猛省する。

(サっ君……私の所為で)

 酸素マスクをつけ苦しそうにする朔夜。リリスは目に悔し涙を浮かべ、寝ている朔夜の手を握りしめる。

「こんな事なら初めから行くべきじゃなかったわ! 私が足手まといになったから、サっ君は私を庇って!」

 激しく自分を責めるリリスだが、ラプラスは彼女の手を包み込み優しく言い聞かせる。

「自分を責めちゃダメよリリスちゃん。あなたは悪くないわ」

「そうじゃぞ。後悔などしてる場合ではないのだ、リリス嬢」

 ラプラスの言葉の後に続いて病室の外から誰かが声をかけてきた。

 すると、前触れもなく現れたのはリリスたちディアブロスプリキュアの支援者である正体不明の自称〝天才科学者〟ベルーダだった。

「ベルーダ博士!」

「貴様、いつからそこにいたのだ!?」

 驚愕するリリスたちの言葉を右から左へ受け流し、ベルーダはベッドで苦しそうな顔で眠る朔夜の胸に手を当てる。

「ふむ……相当手酷くやられたようじゃのう」

「ちょっとあんた! 汚らしい手で朔夜に触らないでよ! ていうか、何者よ!?」

「おっと自己紹介がまだじゃったか。ワシこそは!!」

「社会不適合者のニートです」

「ちがぁぁぁ――う!!」

 当たり前のようにレイがそう言うと、ベルーダは大声で真っ向から否定する。

「こんな一大事に何の用ですか?」

「最初に言っておくぞニート博士。貴様の魂胆は分かっている。大人しくゴミ屋敷へ帰れ! そして二度と姿を現すな!」

「何もまだ言っておらんぞ! なぜワシはお主にそこまで全否定されねばならんだのだー!」

 理由もわからぬまま存在そのものを否定されるのは心が痛い。生理的に自分を受け付けないレイからの厳しい糾弾の声にさらされながら、ベルーダは咳払いをしてから重要な話題に触れる。

「ここへ来たのは他でもない。お主たちに重要な情報を持ってきたんじゃぞワシは」

「重要な情報?」

訝しく問い質すリリス。ベルダーはおもむろに言葉を紡ぐ。

「つい先日、冥界で起きた『集団脱獄』についてじゃ」

「冥界の集団脱獄?」

 興味深い内容だった。リリスたちの注目を一身に集める中、ベルーダは持ちこんだ情報について具に語り始める。

「冥界――この世での生を全うした者が行き着く場所、文字通り死後の世界じゃ。冥界にもいろいろ種類があってのう、今回ワシが取り上げるのは日本の『地獄』に近い場所で起きた事件じゃ。二週間前に大罪を犯した凶悪犯ばかりを収容している監獄で脱獄事件があってのう。脱獄の主犯はイドラと言うクリーチャーで……部下二名と共に下界、しかもこの日本へ向かったという」

「クリーチャーだと?」

「一体それは……あたたた!」

「クラレンスさん、大丈夫ですか!?」

 謎の片頭痛に悩まされるクラレンスと彼を心配するはるかを一瞥、ベルーダは端的にクリーチャーの意味について説明する。

「神ならざる存在によって創られた異端の者たち……それが《クリーチャー》と呼ばれる者たちじゃ。かの有名なフランケンシュタインの怪物や狼男も、本質的な意味は異なるところはあるが、大きく括ればクリーチャーなのじゃよ」

「じゃあ、一連の事件の犯人は洗礼教会でも堕天使でもない……全部クリーチャーの仕業って事ですか!?」

「これも洗礼教会の差し金なのかニート博士!?」

「いや。クリーチャーは本来、独立独歩の存在ゆえ誰かの命令で動くような輩ではない。奴らは自らの意思に基づき行動してる」

「狙いは……リリスちゃん?」

「まず間違いないじゃろう」

「……」

 リリスの表情が険しくなる。クリーチャーの標的が自分であり、そのために自分と関わりを持った者、身内が襲われたことが彼女には耐えられなかった。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町郊外 旧大型レジャー施設跡

 

 プリキュア対策課と春人を返り討ちにしたクリーチャーで、ヴァンパイアのイドラは静かに部下の帰還を待っていた。

 やがて足音が聞こえると、朔夜との激闘の末に有力な情報を持ち帰ったマンティコアが人間態の姿で現れる。

「ギリガンか?」

 呼びかけた途端、ギリガンは力尽き、バタンと床に倒れる。

「どうやらその様子だと、当たりが出たようだな?」

「ギリガン来ましたー?」

 そこへ、イドラとともに冥界から脱獄した狼男の体を為すクリーチャー・ガルムのゴルザが別室から現れた。彼の足下にはちょうどギリガンが倒れている。

「ひゃ~、だっせーな! ボロボロのじゃねぇか! このまま俺が食ってやってもいいんだぜ、へへへへ!!」

「やめておけ、ゴルザ。気を失っているだけだ。悪魔について何も掴まずギリガンが帰ってくるはずがない。目を覚ますまで待とうではないか……」

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 クリーチャーたちが動き始める中、リリスたちは未だ目を覚まさぬ朔夜を気に掛けつつ話し合いを進める。

「これからどうしますか?」

「どの道目を逸らす訳にはいかないでしょう。考えてもみなさい……リリスちゃんを誘き出すために連中がやった汚いやり口を」

「許せません! 今まで散々酷い光景を目の当たりにしてきましたが、こんなの絶対に間違ってます!! それに敵ははるかの……はるかのお父さんにまで手を出したんですから」

「そして、私の目の前でサっ君を手に掛けた」

 低い声で呟いた後、リリスは椅子から立ち上がりこの場に集まった全員に呼びかける。

「奴らの息の根を止めるわよ! 洗礼教会も堕天使も、そしてクリーチャーも! この町を……私たちの町で好き勝手にさせてたまるもんですか!!」

「リリスちゃん!」

「そうと決まれば早速敵地に乗り込みましょう!」

「ならばこれを持っていくがよい」

 すると、ベルーダがタブレット端末らしきものをリリスに渡した。起動させると、ディスプレイにはクリーチャーの拠点が地図に表示されていた。

「クリーチャーの潜伏場所じゃ。奴らはここにおる」

「ベルーダ博士……」

「一体いつの間に調べていたんですか?」

「ワシを誰だと思っとる! 天才科学者ベルーダじゃ!」

「何でもいいわ。待ってなさい……クリーチャー!! 私たちに喧嘩を売った事を絶対に後悔させてあげるわ」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 ケルビムが地上で起こっている危機に対処すべく礼拝を終えてから外へ出ようとしたとき、

「どこへ行くつもりだ?」

 後ろから声をかけられる。振り返ると、ホセアが呼び止めていた。

「ホセア様。なにやら黒薔薇町で不穏な者の気配を感じます。かつて遭遇したどの勢力とも異なる存在が人間界に紛れ込んでいると可能性が高い為、これから調査に向かいたいと思います」

「ならぬ。キュアケルビム、貴殿の勝手な行動は決して認められぬ」

「なぜですか!? 天使でありプリキュアたる者、人間の世界を守るのが本懐! 私はいまでも洗礼教会こそ人類を、世界を救済できる唯一無二の存在であると信じております!  ならば、なぜ今ここで動かないのですか!?」

「ケルビムよ。目先の事だけに捕らわれているばかりでは真に世界を救済する事はまかりならぬ。常に俯瞰で物事を捕らえる心眼を磨く必要があるのだ」

「では、教会が掲げる世界の救済とは何なのですか!? ホセア様!」

「それを己自身の心眼で見極めるのだ。キュアケルビム……いずれにせよ、見えざる神の手は今回の一件に関して、『静観せよ』と我々に通達を下している。お主が我々と行動を共にする以上、その方針には従ってもらう」

「お待ちください!! ホセア様!!」

 ケルビムの叫びも空しく、ホセアは扉の向こうへと消えていく。

「く……なんなのよ……なんなのよ一体!!」

 力いっぱい拳を握り、やり場のない怒りで全身を震わせる。

「私は、こんなことのために……プリキュアになったんじゃないのに……これじゃ、キュアベリアル以下じゃない!」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 旧大型レジャー施設跡

 

 ベルーダの開発した探知機に示されたクリーチャーたちの居所を掴んだリリス、はるか、レイ、クラレンス、ラプラスの五人は町の郊外へとやってきた。

 道路の真ん中に立っているというのに、車は一台も通っていない。それどころか、人の気配すら感じられないゴーストタウンのような有様だ。

「……嫌に静かね」

「新しい道が出来て以来、ほとんど車は通っていないようです」

「というかクラレンスよ。頭痛はもう大丈夫なのか?」

「はい。少し休んだら何ともなくなりました」

「あまり無理はしないでくださいね」

 奇妙な偏頭痛を頻繁に起こすクラレンスの身をはるかは自分の事のように心配する。

 そんな中、リリスは閑散とする辺りでアジトらしい場所を見つける。

「ここよ」

 広大な土地に建設された遊園地や植物園、その他娯楽という娯楽を詰め込んだ大型複合施設の成れの果てとも言うべきか、中には廃墟となった建物が点在しているだけ。クリーチャーがアジトに使っているとすれば合点がいく。

「なにやら既に不気味ですな……」

「この一帯廃墟ですか?」

「ハヒ? そう言えばここ……」

 ふとはるかの脳裏に蘇る幼少期の記憶。

 幼い頃、確かに彼女は父母とともにこの施設を訪れたことがあったのだ。

「そうです! 昔、小さい頃に来たことがあります!! 確か複合娯楽施設で、カラオケや映画館、小さな動植物園とかがあったんです!」

「けど今じゃ、すっかり夢の跡ってワケね」

 ラプラスの言う通り、バブル時代に多額の資金を投じたこの施設もまた時代の波に呑みこまれ、かつての賑わいが嘘のように静まり返ってしまった。

 レイは門の前まで近づき、封鎖された錠前に手を掛ける。

「門の鍵は錆切ってる……奴らはここから出入りしていないようですね。どうします?」

「決まってるじゃない。正面突破よ」

「ハヒ!? ま、待ってくださいリリスちゃん!!」

 はるかの制止を無視し、リリスは強引に魔力で鍵を破壊――五人はアジトへの潜入を試みる。

 

           *

 

天界 第七天 見えざる神の手・居城

 

「よもやこのような事態になるとは……」

「脱獄不可能とされた【ハデス】から脱獄……しかもよりによって、我らをかつて裏切ったあのクリーチャーが首謀者とはな」

 見えざる神の手と呼ばれる天界・地上・冥界自治における最高位機関。ここに所属する上級天使七人は厳しい状況に表情を険しくさせている。

「冥界の管理はアースガルズのうつけ共が担っていたはずだが、よもやこのような事態を引き起こした失態をどう糾弾すべきか」

「思えば同じようなことが三百年ほど前にもあったな。アースガルズの貴族共が娯楽の為に闘技場で飼育していたとあるクリーチャーが脱走。その後、人間界において『ジェヴォーダンの獣』の名で知れ渡るほどの騒ぎを引き起こした」

「結局、一連の後始末は我らが忠実な手駒たる〝神の密使(アンガロス)〟によって片付いたな。いずれにせよ、アースガルズには徹底した抗議が必要であるな」

「話が逸れてしまったな。イドラの狙いは何だ?」

「大方察しはつくがな。もし、奴が我々が隠蔽してきたあの秘密を知っているとすれば……口外される前にこれを早急に処分しておく必要があるな」

「だが地上には悪魔共がおる。敵の狙いが彼奴(きゃつ)らなら、まずは泳がせておこう。我らが手を出すのはそれからでも遅くは無い」

「よかろう。悪魔共には気の毒だが、これもすべては天界と地上、そして冥界の秩序を保つためだ。彼らから多少の犠牲が出ることも止むを得まいか……」

 上級天使たちの間で交わされる言葉の真意は正直なところ分かりかねるところが多々ある。

 だがひとつだけ言える事があるとすれば、彼らがイドラたちクリーチャーの存在を目の上のたんこぶと思っていながら、その後始末をリリスたちに任せようとする狡猾さが窺える。

 かのような者たちを野放しにしている神が果たしているのだろうか……いや、これこそ【見えざる神の手】という存在が成り立つ最たる理由であった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

レ「我々の前に現れたクリーチャー、ヴァンパイア・イドラ!!」
ク「圧倒的な強さで私たちを窮地に追い込む。ヘルツォークゲシュタルトに変身したリリスさんですら容易くはねのけてしまうなんて!!」
は「リリスちゃん……こんな理不尽な運命に絶対に抗ってみませす!! 私が、みんなを守ってみせます!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『進化する魔女!!ヴァルキリアフォーム覚醒!!』」


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第20話:進化する魔女!!ヴァルキリアフォーム覚醒!!

ついについに、はるかのパワーアップが見られます!!
そして動き出す闇・・・・・・さて、その正体とは!?


進化する魔女!!ヴァルキリアフォーム覚醒!!

 

 

 

 その昔、世界(宇宙)が始まるとき、まず初めにカオスが生まれた。それにより有と無が生まれ、光と闇が生まれた。生と死を分かつ混沌の大地が創成された。世に言う『天地創造』である。

 

 やがて、世界には人間を中心として、その上位種である『天使』と、人間を誘惑し罪へと導く『悪魔』、天界を追放され神の庇護を失った『堕天使』―――三大勢力が拮抗し合う三竦みの状態が作り出された。その後、三大勢力は悠久の時の中で永遠とも呼べる戦を勃発させた。

 

 永きに渡る戦いの末、三大勢力はその数を大きく激減させた。しかし、種の存続が危ぶまれる三大勢力とは異なり、人間はさらなる繁栄を極めた。また、その陰で新たなカオスより生まれ出でた異形の存在があった。

 

 天使でも悪魔でも、堕天使でも、まして人間ですらない。混沌の象徴と呼ばれ、神ならざる者の手によって生み出されたもの。

 名を【クリーチャー】――破壊と不浄を司り、世界に凶事をもたらし終末へ導く者たちをそう呼ぶ。

 

           ≡

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 リリスを庇いマンティコア・ギリガンの毒針にやられ黒薔薇総合クリニックで入院中の朔夜が、ようやく意識を取り戻した。

「う……」

 重たい体を起こし酸素マスクを外した朔夜がすぐ横を見ると、リリスからの言いつけで彼を見張っていたベルーダと目を合わせる。

「気が付いたか、暗黒騎士バスターナイト……十六夜朔夜よ」

「ドクターベルーダか……何でもいい。オレを今すぐ動けるようにしてほしい」

「ワシは医者ではない。科学者だ。死にたくなければ大人しく寝ている事を勧めるぞ」

「リリスが狙われているんだ……こんな時に惰眠を貪っていられる訳がない!」

 思った通り朔夜はリリスたちを助けに向かうつもりだ。

 無茶な我儘だと思った。だが朔夜にとってリリスとは生まれて初めて自分を等身大で受け入れてくれた初めての悪魔であり、命を懸けて守るに値する存在だ。

 ベルーダは、どんな苦痛も障壁も乗り越えるという彼の強い覚悟をその瞳より感じ取った。

 深い溜息を吐くと、おもむろに白衣の内ポケットから銀色の小箱を取り出す。

「……確かに動けるようにはできるが、副作用がある。それでもよいのか?」

「オレの事はどうなっても構わない」

「……本当に知らんぞ」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 旧大型レジャー施設跡

 

 朔夜が動き出そうとしている頃、リリスたちは園内へ潜入し、クリーチャーの捜索に当たる。

「ところで、イドラというクリーチャーですが……どんな奴なんでしょう?」

 おもむろにはるかがリリスに問いかける。

「ベルーダ博士によれば、イドラは伝説のヴァンパイア・カーミラの末裔とのことよ。太古より、幾人もの人間の生き血を啜り、自分の目的のために目の前に立ち塞がる敵は誰であろうと排除してきた恐るべき存在……そして神と堕天使、悪魔との間で勃発した大戦後にとある大罪を犯して、ついには冥界に落とされたらしいわ。今回の脱獄も処刑を前日に控えての事だったみたい」

「ハヒ!! な……なんてデンジャラスな話なんでしょう……」

「にしても不思議な話よねー。ただの人間がどうやって冥界の脱獄事件について知ったのかしら」

「確かに奇妙な話ですね」

 事の次第をベルーダはどこでどのようにして手に入れたのか。

 ベルーダは悪魔でも堕天使でもない。ラプラスの言う通りただの人間だ。それがどのような方法を使えば冥界で起こった脱獄事件の詳細を知り得るのか……リリスたちの謎は深まるばかりだ。

 数分後。園庭を越え、リリスたちは廃墟となった建物の中へと入る。

 あちこちが瓦礫の山であり、何十年もの間人の手入れもなく放置されたその場所にはひんやりとした空気が満ちている。

 辺りに敵の気配は感じられない。だが、クリーチャーはこの建物の中に必ず潜伏している――リリスたちの緊張はより強まる。

「うう……何だか緊張してきました!」

「こんな時に朔夜が居れば心強いんでしょうけど……」

「無い物ねだりしても仕方ありません。イケメン王子のためにも、我々の手でクリーチャーを倒しましょう」

 五人は目的を果たすためには無関係な者を巻きこむ事も辞さないクリーチャーのやり方に沸々と怒りが込み上げる。

 何としても彼らに制裁を加えたいと心から願った。

 道中、五人はクリーチャーが移動に使っている場所を捜索していた。三階建ての建物の上階へと通じるエレベーターは既に故障して動かない。上への移動には階段を使うしかない。

 しかし、行く先々で主要な階段は破壊されていた。

「ここもか。階段が壊されています」

「イドラはおそらく上の階ね。どこかにひとつだけ生きている階段があるはずよ」

「リリスちゃん、それどういう事ですか?」

「こちらの移動ルートを搾った方が守りやすいでしょう? 逆に言えば自分たちの退路を断ったのよ。勝つ気満々って事ね」

「か~生意気ね! 顔合わせたらギッタンギッタン にしてやるんだから!!」

「ん……スマホ が落ちてる?」

 そのとき、クラレンスが足下に落ちていた黒いスマートフォンを手に取った。電源ボタンを押すが、液晶画面には何も映らない。

「壊れていますね……」

「それ、神林春人のだわ!」

「ハヒ!? じゃあ、あの人もここに来ているんですか!」

 クラレンスが拾ったのは神林春人の所持品だった。

 悪魔と敵対する勢力の中でもトップクラスの戦闘力を誇るセキュリティキーパーも、イドラには手も足も出なかったようだ。

 彼の無事を祈りつつ、五人は上の階へと続く階段の探索を続ける。

「ここでもないわね」

「ここも壊されているわ」

 東西南北にある階段と言う階段を虱潰しに探すが、生きている階段は見つからない。

 そして探索を始めて数十分――ようやくリリスたちは見つけ出した。クリーチャーが残した唯一のルートを。

「あ、ありました!」

「非常用のハシゴですね」

「間違いない。奴らはあそこを使っているわ」

 苦労して見つけた階段。早速全員で上の階へ上がろうとした――そのとき。

「……!」

 殺気を感じたリリスが振り返ると、リリスとラプラスにとって憎むべき相手がいた。マンティコア――ギリガンだ。

「ハヒ!! 出ました!!」

「クリーチャー……!」

「あんた……よくも朔夜を!!」

『ここから先へは行かせない……』

 ギリガンは最初から真の姿で既に戦える状態にあり、プリキュアへの変身をおろそかにしていたリリスたちは厳しい表情で後ずさりをする。

 ――ドカン!!

 直後、壁が豪快に破壊される音とともにギリガンへと向けられる斬撃。

『く……!』

 斬撃を紙一重で回避しギリガンが警戒すると、現れたのは紺碧に輝く重厚な騎士甲冑を装備した暗黒騎士バスターナイト――十六夜朔夜だった。

「お前の相手は、オレだ」

「サっ君!!」

「イケメン王子、怪我はもういいのか!?」

「ドクターベルーダに頼んで治してもらった。こいつはオレに任せて、リリスたちは上の階へ行くんだ」

「サっ君、あんな似非科学者に治療してもらったの!? だとしたら、きっと体に何らかの副作用が出る! それでもやるの!?」

「当然だよ。キミを守るのが、オレの役目だからね」

 副作用があろうともバスターナイトの決意と覚悟は固い。

 リリスはこれまでの彼の行いから自分を守るためには一切の妥協も許さない悪魔らしからぬ騎士道精神を持つバスターナイトの姿を散々見せられてきた。

 ここで彼の邪魔をすることは彼の誇りを汚す事になる。リリスは断腸の思いで、この場を彼に一任する事にした。

「……行きましょう。サっ君の思いを無駄にしないために」

「リリスちゃん、でも……!」

「大丈夫だよ。オレは死なない」

 言うと、バスターナイトはリリスたちの方へと振り向き、仮面越しに優しい表情で言葉を投げかける。

「リリス、これが終わったらまたデートにでも行こう」

「サっ君……うん、そうだよね! また行けるよね!!」

「当然さ。オレはキミの婚約者でディアブロスプリキュアの一員なんだ」

 そう言い切ると、バスターナイトは再びギリガンと対峙する。

 リリスははるかたちに納得してもらうと、イドラが潜伏している上の階へと向かうため、非常用のハシゴを上って行った。

 彼女たちが居なくなった後、バスターナイトはバスターソードを握る力を強くし、ギリガンを見ながら口角をつり上げる。

「大人しく行かせてくれたな」

『イドラ様の命令だ……お前を倒す』

「そのセリフ、そっくり返させてもらう」

 

 バスターナイトがマンティコアの注意を惹きつけている間に二階へと向かったリリスたちは、イドラの捜索を行う。

 二階にはボウリング 場があった。隈なく辺りを捜すが、敵の影は見当たらない。

「二階にはいないみたいね」

「ここから三階に行けるわ」

 ラプラスが三階へと通じる階段を発見。全員は更に上の階へと上がる。

 三階に到着すると真っ先に目の前に映ってきたのは、CINEMAと書かれた映画館の看板だった。

「三階は映画館だったんですね……」

「油断しないで。イドラは近いわよ」

 ここに来てから先ほどまで感じられなかった強い殺気をピリピリと感じるようになった。リリスは額に汗を浮かべつつ、映画館の扉を開ける。

 暗い部屋の奥――映画を投影 するスクリーンの真ん中にぽつりと座り込む物影。

 彼こそがこの事件の首謀者であり、冥界の監獄【ハデス】からギリガンとゴルザを引き連れ脱獄した凶悪なクリーチャー……ヴァンパイア・イドラである。

「ようこそ、魔王ヴァンデイン・ベリアルの娘……いや、ディアブロスプリキュアと言った方がよいかな?」

「ハヒ!? あの人、私たちの事を……」

「そうか。お前がイドラか……!」

「いかにも。我こそが最恐のクリーチャー……イドラである」

 ただならぬ殺気。周りの空気が震えるような……そんな感覚に陥る。

 おもむろに歩み寄ってくるイドラを前に、リリスは懐からベリアルリングを取り出し、中指に装着する。

「はるか、いくわよ」

「はい、リリスちゃん!」

 掛け声とともに、リリスとはるかは所有するリングの力でプリキュアの力を顕現する。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

 ベリアルたちがイドラと対峙した頃、一階ではバスターナイトとギリガンによる激しい攻防が続いていた。

 ――ドカン!! ドドン!!

 マンティコアの尾から飛び出す毒針と、鉤爪と牙を用いた突進攻撃。バスターナイトは絶妙のタイミングで怒涛の如く襲い掛かる攻撃を回避しながら建物の中を走り回る。

「どこを狙っている? オレはここだぞ!」

 わざとギリガンを挑発して敵を罠に誘い込む。

 バスターナイトの挑発に対し、ギリガンは素直に乗ってきた。逃げるバスターナイトを追って四本足で追い回す。

 だが、角を回ろうとしたとき――ギリガンの瞳に仕掛けられたトラップが映る。

 ――ドカン!!

『ぐっ……』

 バスターナイトが仕掛けたトラップが起動し、爆発。

 衝撃を受けて窓辺へ飛ばされた瞬間、バスターナイトが鋭い斬撃を何重にも飛ばしてきた。

 ギリガンは飛来する斬撃という斬撃の軌道を見切り、すべて紙一重で躱して致命傷を避ける。

「前回やられたのが余程脳裏に焼き付いているらしいな。素早すぎる反応だ。お陰で足下がお留守だぞ」

 刹那、ギリガンの足下に浮かび上がる紫の魔法陣。その中から伸びた紐状の雷がギリガンの体を雁字搦めに縛り付ける。

『ぐおおおおおおおおおおおおお!!』

「〝トリーズン・ディスチャージ〟――敵を雁字搦めにして体内から魔力を奪う。ここで待ち伏せた時点でお前の負けだ」

 バスターナイトの強さは剣術を主体とした複合戦術である。瞬時に置かれた状況を理解し、地形を生かして敵を罠に掛けたりする事もまた彼の得意技である。

 トリーズン・ディスチャージによってギリガンの魔力が大幅に奪われた。

 かなりのダメージを負わせたと思われたが、ギリガンは前回の戦いで見られたように常軌を逸した耐久力を見せつけ、バスターナイトの前に立ち続ける。

「相変わらずしぶといな。安心しろ、すぐに楽にしてやるさ」

 おもむろに盾から剣を引き抜き、止めの一撃を加えてやろうとした――そのとき。

「がっ……!」

 バスターナイトの体に奔る激痛。

 あまりの痛みにバスターナイトは剣を手放し、窓際に体を預け胸元を抑える。

(くそ……こんな時に副作用が)

 ベルーダの言っていた副作用が今になって現れたのだ。

 全身の感覚がおかしくなりそうなほどの痛みと高熱がバスターナイトの体に襲い掛かる。

 それに被せてくるように、バスターナイトの身に更なる不幸が襲い掛かった。

 ――グサっ!

「がぁ……」

『へへ、隙ありだぜ!』

 窓の外から伸びてきた獣の腕がバスターナイトの胸元に鋭い爪を突き立てた。

『遅いぞ……ゴルザ』

『わりーわりー。ははは! ザマーミロ、バーカ!』

 救援にやって来たもうひとりのクリーチャー……ガルムのゴルザは長い舌に刻印された〝666〟の数字をこれ見よがしに見せつけ、獲物を見定めてから口元を舐める。

 そして、奇襲を受けて立っている事もやっとなバスターナイトを嘲笑う。

「は、は、は、は」

 副作用に加えての敵の攻撃。バスターナイトは激しく息を切らしながら、足元をふらつかせ、

「ぐああああ」

 カーテンで遮られた地下へと続く階段を転がり落ちていった。

『はっ、無様だぜ!』

(か……体が……動かない……何がリリスを守るだ……何の役にも立っていないじゃないか。このまま何を為せぬままオレはやられるのか?)

 どうする事も出来ないで終わるのか――諦めかけたときだった。

 仰向けになって倒れるバスターナイトの瞳が捉えたのは、殺風景な壁。その近くに落ちている土ぼこりをかぶったハンドガン。

 これを見た途端、バスターナイトは希望が潰えていない事を確信――掌に紫色の魔力を圧縮させる。

『かー! こいつまだ戦う気かよ』

「……ふん」

 バスターナイトは鼻で笑うと、何の躊躇いもなく圧縮させた魔力を壁に向かってぶつけた。

『ははー、どこ狙ってやがる!?』

 ガルムが嘲笑する中、土煙上がる壁の向こうを見ながらバスターナイトは言葉を投げかける。

「――まさか貴様がやられていたとはな。オレをひれ伏せたはずの力はまぐれだったのか?」

『あ? こいつ……!』

 壁の向こうにいる何者かと会話を行う朔夜の言動を見るや、ギリガンとガルムは目を見張る。

 壊れた壁の向こうから姿を現したのは、イドラの手にかかって全身ボロボロとなり地下室で幽閉された三天の怪物の異名を取る少年。

『プリキュア対策課所属の高校生探偵、神林春人……!』

 ギリガンがそう発すると、じっと機が来るのを待っていた春人がおもむろに顔を上げ、目の前に転がるバスターナイトを見る。

『ひゃははは! もしかしてこの死に損ないが助っ人か?』

 嘲笑うクリーチャー。対するバスターナイトは仰向けの状態で、柄にもなく満身創痍な春人に皮肉を込めて問いかける。

「元気そうだな……その割には随分とみすぼらしい形をしている」

「……自分で出られたけど、まぁいいや」

 言うと、満身創痍の体を起こして春人はおもむろに前に出る。

「……そこの二匹は僕にくれるの?」

「好きにしろ……」

「ふふ……じゃあいただくよ」

 そう言った時の春人の目はとても猟奇的であり、朔夜はどことなく悪魔を思わせる春人に奇妙なシンパシーを抱く。

『この死に損ないが何ほざいてやがる! こいつは俺がやる!』

『言うと思った……』

 ガルムは復活した春人と対峙し、本来の姿であるガルムの力を咆哮とともに解放する。

『ワオオオオオオオオオオオオ!!』

「わぁお。子犬かい?」

『ウルセー!! その喉噛み千切ってやる!!』

 春人は素早い機動力が持ち味のガルムの突進攻撃を躱すと、落ちていたハンドガンを足で持ち上げ、手元まで持っていく。

「実装!」

 掛け声とともにセキュリティキーパーへと変身。腰に携帯したSKメタルシャフトを使ってガルムの顔面を思い切り叩きつける。

『ぐあああ』

 一撃のもとに敵を制圧――ゴルザは窓の外へと吹っ飛んだ。

『ゴルザ!』

「まだだよ」

 ギリガンの前に立ち塞がる最恐の人間。ここまで自分を虚仮にしたクリーチャーに、セキュリティキーパーの怒りは頂点に達する。

「次は君を……逮捕する」

 

 主犯格イドラと対峙するディアブロスプリキュア。

 キュアベリアルとなったリリスは当初から莫大な魔力を解放し、気を練るととともに余裕綽々と言わんばかりに何もせずに出方を窺うイドラに向けて、破壊の波動を放つ。

「消し飛びなさい!!」

 両手を交差し、そこから赤み帯びた黒い波動が放つ。

 龍の姿を模した波動はイドラへと飛んで行き、飛んで来たそれをイドラは不敵な笑みを浮かべつつ真っ向から受け止める。

「おもしろい、魔王の娘……ヴァンデイン・ベリアルの娘よ!!」

「はああああああああ!!」

 強い魔力をゴリ押しするベリアルと、彼女からの攻撃を真面に受け止めるイドラ。

 ウィッチたちは固唾を飲んで見守っていたが、やがてベリアルの魔力が徐々に弱まっていき、先に限界を迎えたのは彼女だった。

「ぐ……は、は、は、は」

「リリス様!!」

「クラレンスさん、行きますよ!」

「今こそ、ひとつになるとき!! 我が主――キュアウィッチに力を!!」

 キュアウィッチロッドに埋め込まれた宝石の中に入り込み、クラレンスはウィッチの力となる。

「キュアウィッチロッド! サンダーボルト!!」

 ウィッチは、凄まじい雷撃をイドラ目掛けて放つ。

 攻撃を予期すると、イドラは羽織っているマントで全身を包み込み、ウィッチの魔法攻撃から我が身を守る。

「人間の小娘よ、我の邪魔をするか?」

「リリスちゃんを傷付けることは、この私が許しません!!」

「人間風情が……いい気になるでない!!」

 マントで受け止めていたサンダーボルトのエネルギーを丸ごと吸収し、イドラは掌からそっくりそのままウィッチ目掛けて雷撃を放出する。

「きゃあああ〈のあああああ〉!!」

 技をも吸収し跳ね返すヴァンパイアの恐るべき力が露わになる。

 ベリアルたちはイドラの持つ圧倒的な力の前に出鼻を折られ、跪く。

「ふはははは!! 全く愉快な身内を持っているな、キュアベリアル。スプライト・ドラゴンの捨て子、堕天使によって命を奪われた哀れなカーバンクル、アリトン家の血を引く妾の子供、その使い魔のサキュバス、そして悪魔に魅入られた人間の娘……貴様は相当なるゲテモノ好きと見て取れる」

 この言葉が、ベリアルの怒りをあからさまに逆撫でした。

「私の使い魔……それにはるかやサっ君たちへの侮辱は万死に値するわ!!」

「ならば滅ぼしてみるがいい!! 魔王の娘……悪原リリス……ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアルよ!! 貴様が対峙しているのは最凶最悪と言われたヴァンパイア・カーミラの末裔なのだぞ。我を倒せぬというのなら洗礼教会への復讐など夢のまた夢に終わるというものだ!!」

「く……」

 厳しい状況に立たされるベリアル。と、そのとき――

「伏せてくれ、リリス!!」

 不意に聞こえてきた婚約者の声と共に、X字状の斬撃がベリアルの横を通り過ぎ、イドラへと放たれる。

 イドラがそれを避けると、館内にバスターナイトがセキュリティキーパーに肩を担がれた状態で入って来た。

「遅くなった……すまない」

「サっ君!!」

「朔夜さん! 春人さん!! 二人とも……無事でしたか!!」

「……借りは返したよ」

 言うと、セキュリティキーパーは肩に担いでいたバスターナイトを邪魔とは言わなかったが、あっさりと捨てた。

「ハヒ! 捨てちゃうんですか!?」

「これはこれは……外野がぞろぞろと。ギリガンとゴルザは何をしているのだ?」

「あのマンティコアとガルムなら、まとめて葬り去ってやったさ」

「すごいじゃない朔夜!」

「見直したぞイケメン王子!!」

「いや……オレが倒したわけじゃないけどね」

 面目が立たないバスターナイトと、彼に助けられ彼の代わりにクリーチャーを葬ったセキュリティキーパーは右手に警棒、左手にハンドガンを装備し、イドラの前に立つ。

「……覚悟はいいかい?」

「怖いものだな。だが今は我と悪魔の戦いに邪魔をしないでもらいたい。第一、貴様は立っている事もやっとのはずだ。骨を何本も折ったからな」

「ハヒ!? 春人さん……そんなヒドい事をされたんですか!?」

「……遺言はそれだけかい?」

「面白い事を言う。仕方ない、そんなに死に急ぐのなら貴様から片付けよう……一瞬で終わせてやろう!」

 次の瞬間。

 右手に生成した光の剣を装備して、イドラがセキュリティキーパー目掛けて突進してきた。

 セキュリティキーパーは右手のメタルシャフトで剣を受け止めると、以前にバスターナイトを苦しめた銃と警棒の連携コンボでイドラと互角以上に渡り合う。

 その応酬はあまりに激しく早すぎるため、素人目には何が何だがわからない。

「は……早すぎてよく見えません!!」

「ていうか、あいつ本当に人間なの!?」

 呆れるほどの戦闘力を持つセキュリティキーパーは、イドラが持つ光の剣と自分の警棒をぶつけ合わせる。

「君の一瞬っていつまで?」

「ふん……小生意気な」

 両者は一歩も引かず、離れては接近……離れては接近し互いの力を全力で打ちあった。

「神林春人……やはり強いわね」

「だが今のアイツはほとんど無意識で戦っている。余程一度負けたことが悔しかったようだな」

 バスターナイトの言う通り、セキュリティキーパーは自分の体が物理的に動かせないことなど度外視し、気力だけで体を動かしている――正に怪物である。

「なるほど、三天の怪物とはよく言ったものだ。だが所詮は人間だ」

「!?」

 唐突にセキュリティキーパーの動きが止まった。

 何かに怯えたように体は膠着し、右手に持ったメタルシャフトも床に落とす。

「ちょっと、どうしたの!?」

「時間の無駄だ。てっとり早く済ませてやる」

 言うと、イドラは以前にも使用した強力な幻術でセキュリティキーパーの視覚、聴覚、嗅覚、触覚を狂わせる。

 酷く歪む景色に心理的、肉体的に強い重圧が加わる事でセキュリティキーパーの体力は急激に消耗していく。

「は、は、は、は」

 セキュリティキーパーはとうとう耐えきれなくなり、変身を解除するとともに膝をつく。

 このとき、春人が幻術に苦しめられるようにベリアルたちも同じだけの苦しみを味わっていた。

「なんでしょうか……すごい気持ち悪いです……」

 あまりの強力な幻術の威力にロッドと合体していたクラレンスも強制的に合体を解除され、元の姿に戻される始末。

「目が回って平衡感覚がおかしくなりそうです……!」

「気をつけてみんな。奴の幻術に惑わされないで」

「不可能な話だ。我の作り出すこの幻術空間で立っていられた者など一人たりとも居はしない。さぁ人間よ……再び跪くがよい!」

 イドラは春人の体を蹴り飛ばした。

 肉体と精神の限界をとう の昔に迎えていた春人はそのまま気を失い、電池が切れたおもちゃの如くピクリとも動かなくなった。

「春人さん!!」

「ははははは!! 我に逆らった事を死をもって贖(あがな)うがよい」

「ウソでしょう!? あいつまでやられちゃうなんて……」

 ディアブロスプリキュアが誇る最強戦力のバスターナイトを打ち破った相手が、イドラによって倒 された――ベリアルたちが受けた衝撃は非常に大きかった。

「しかしなんだ……人間だけならともかく、悪魔がプリキュアになれる時代がこようとは。まぁ無理もない。最早この世に絶対主なる者がいないのだからな」

「なに?」

「どういう事?」

 周りが疑問に思う中、クラレンスは一際怖い顔でイドラへ問うた。

「イドラ……〝この世に絶対主がいない〟とはどういう事だ?」

「おっと。口が滑ったか」

「答えろイドラ!!」

「クラレンスさん……」

 ウィッチは嘗てないほどに怒り、そして焦っているクラレンスを見たことがなかった。

「ふふふふふふ……はははははは!! はははははははははは!! ははははははは!!」

 すると、イドラは狂ったように笑い始める。

「そうだな、どの道我に倒されるのなら死に際に聞かせてやるのも悪くない話だな……先の三つ巴の戦争で、聖書の神は死んだのだ!!」

 青天の霹靂――イドラの口から語られた衝撃の事実に誰もが絶句した。

「う……うそだ」

「神が……死んでいた?」

「バカな事を……! そんな話聞いたことないわ!」

 神の死をベリアルたちは知らされていないし、信じられないでいる。

 当然だ、生と死をも司るばかりか、そう言った生物既存のルールすらも超越したとされる「神」が死ぬなど絶対にあり得ない事だからだ。

 イドラは開いた口が塞がらないベリアルらに声高に話を続けた。

「あの戦争で悪魔は七十二柱の上級悪魔の多くを失い、天使も堕天使も幹部以外のほとんどを失った。最早純粋な天使は増える事すら出来ず、悪魔とて純血種は貴重なはずだ」

「そんな……そんな事!」

「どの勢力も人間に頼らねば存続が出来ないほど落魄れた。天使も堕天使も、悪魔も三大勢力のトップ共は神を信じる人間を存続させるために、この事実を封印し隠蔽したのだ」

「うそだ……うそだ……」

 次々と暴露される受け入れ難い驚愕の事実。使い魔となる以前から神への忠誠心が強かったクラレンスの理性が瓦解し始める。

「だがそんな事はどうでもよい。我が耐え難いのは、神の不在を良い事に私腹を肥やす天界の者どもだ!! 奴らは、大戦後に我の力を自らの都合の良いように利用した! 奴らの傀儡として我は操られることが耐え難かった……神がこの世に居ないのなら我が神に取って代わり世界を手中に治めればよい!! だから我は奴らを見限り反乱を起こした。だが力及ばず冥界に落とされハデスに投獄された!!」

「主はもういらっしゃらない……それでは、私たちに与えられる『愛』は!?」

 クラレンスが恐る恐る問いかけると、イドラは鼻で笑う。

「見えざる神の手はよくやっているさ。神の代わりとして天使と人間をまとめているのだからな」

「見えざる神の手……だと!?」

 聞き覚えのない謎の組織の存在をレイは初めて知るとともに復唱した。

「システムさえ機能していれば、神への祈りも祝福も悪魔祓いもある程度は動作はするだろうからな」

 神なくしてシステムのみが機能する――最早クラレンスの理性はこの事実を承服できず、ついには失神した。

「クラレンスさん!!」

「無理もないわ。その子は神への信仰心が強かったから」

「とはいえ、神を信じる者は格段に減ったがな。聖と魔のバランスを司る者が居なくなったため、悪魔がプリキュアに変身するなどという特異な現象も起こる訳だ。本来なら聖と魔は決して混じり合う事はないからな」

「じゃあ何のためにオレたちを!?」

「決まっている。三大勢力の中でも一番若く伸びしろのある貴様らの力を奪い、今一度天界に襲撃してやるのさ……今度こそ我が新世界の神となるために!!」

 それこそがイドラの目的。ベリアルたちの力を奪い、天界に再び反乱を起こし自らが空白となった神の席に居座る事が最終目標だった。

 何と馬鹿げている法螺だろう……ベリアルは内心思いながら、おもむろに立ち上がる。

「ふざけるんじゃないわよ。あんたの勝手な言い分で、私たちの町を……仲間たちを消されてたまるものですか!!」

 ベリアルは魔力を解放するとともにヘルツォークゲシュタルトへと変身。レイハルバードを携え、イドラに敵意を向ける。

「新世界の神ですって? そんな少年漫画みたいな中二全開のセリフは……夢の中だけで吐きなさい!!」

 一気に駆け抜けると同時に、ベリアルは正面から必殺技を繰り出す。

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

 

 ――ドカン!!

「やりました!!」

「いや……まだだ!」

 勝利を確信と思ったウィッチに、バスターナイトは注意を促す。

 土煙が晴れると、ベリアルの全身全霊の一撃をイドラは掌で受け止め不敵な笑みを浮かべていた。

「な!?」

「ふらあああああああああああああ!!」

「きゃあああああ!!」

 ハルバードごと、ベリアルの体を振り回しイドラは前方へと放り投げる。ベリアルは打ち所悪く、そのまま気絶した。

「リリス!!」

「アンタよくも!!」

 怒り心頭にラプラスは人間態からコウモリ態へ変化。バスターナイトは即座にラプラスと合体し、イドラを空中から狙いを定め――急降下する。

「〈ダークナイトドライブ〉!!」

「バカめ」

 攻撃してくるバスターナイトたちに、イドラはため込んでいた魔力を解放――掌から赤茶色に輝く竜巻を発生させた。

「〈のああああああ〉」

「朔夜さん!! ラプラスさん!!」

 瞬く間にベリアルとバスターナイト、レイ、ラプラスの四人が倒された。クラレンスも気絶し、意識が残っているのはウィッチだけだ。

「つまらん。もう少し楽しめると思ったんだがな……」

 溜息を吐いたイドラは、肩を軽く回してからおもむろにウィッチの方へと歩み寄り、光の剣を動けない彼女の顔に突き付ける。

「チェックメイトだ。貴様たちは我には勝てん。大人しく、我の糧となるがよい」

 剣を突き付けられた直後にウィッチの足が硬直する。全身の血の気が引いていく錯覚に襲われ、迫る死の恐怖に生気を吸い取られているようだった。

(もうおしまいなんですか……こんな……こんな不条理な事になるなんて……)

 一縷の希望さえも絶たれてしまった。ウィッチは自分の力ではどうしようもない現実に為す術も無く打ちひしがれ、周りで倒れる仲間たちを一瞥する。

(リリスちゃん……レイさん……朔夜さん……ラプラスさん……クラレンスさん……はるかにはどうする事もできないんですか……)

 

 ――それは違います、はるかさん。

「……!!」

 ――たとえどんなに絶望的な状況だとしても、はるかさんなら絶対に乗り越えられます。だって、あなたは私の主でパートナーですから。

 気を失っていながらも、ウィッチの心に呼びかけるクラレンスの言葉。ウィッチは彼の心の叫びに耳を傾ける。

 ――ザッハから私を救い出そうとしたときのように、はるかさんの気持ちを素直に吐き出してください。

(私の……気持ち?)

 ――はるかさんの気持ちを吐き出せば、それがすなわち『答え』になるんです。

 クラレンスからの問いかけに対し、ウィッチが強く思った事は――……ただひとつだった。

「勝ちたい……」

「ん」

「仲間を守りたい……この手でみんなを……リリスちゃんたちを助けたい」

 握っていた拳が小刻みに震える。ウィッチはイドラから剣を突き付けられた状況で、心から強く思った言葉を吐き出す。

「イドラに……勝ちたいんです!」

「ほお……この期に及んでそんな()をするか」

「こんな酷い相手に……負けたくありません。このバケモノにだけは勝ちたいんです!!」

「バケモノか。確かにそうだ……だが、もう幕引きにしよう。このまま生きていられるのも困るからな!」

 無情にもイドラの剣がウィッチへと襲い掛かろうとした、そのとき。

 クラレンスの額に埋め込まれた魔法石から目映い光が放たれると共に、そこから何かが生み出され外へと放出された。

「な……なんだ!?」

 ――はるかさん!! これを!!

 クラレンスから生み出されたものをウィッチは受け取り、手中に収める。

「貴様ぁ、何をした!?」

「これは……」

 彼女の手に握られたもの――ウィッチリングがクラレンスを救いたいという想いから作り出されたように、仲間を守りたいという想いから再びリングが生み出されたのだ。

 光が収まると、ウィッチリングと良く似た六角形に剣の模様が刻まれたリングが目に入る。

 ――それが、あなたの『答え』ですよ……はるかさん。

 心の中で呼びかけるクラレンスの声。ウィッチはリングをウィッチリングの上に重ねるように上から重ねると、おもむろに立ち上がる。

「イドラ……あなたは大切なものを傷つけた。己の欲の為に。無暗に人を傷つけた事を私は決して許さない。その罪を悔やみ、そして懺悔なさい!!」

 目を見開き、ウィッチはその手に嵌めた新たなる指輪――【ヴァルキリアリング】を天高くへと掲げる。

「ヴァルキリアフォーム!!」

 刹那、聖なる光がウィッチの全身を包み込む。

 眩い光の中で、ウィッチはヴァルキリアリングに秘められた力によって青色と紫色の衣装に身を包み、長髪に青色の大きなとんがり帽を被った姿へと変化。キュアウィッチロッドもより強力な力を宿した【魔宝剣(まほうけん)ヴァルキリアセイバー】へと変化する。

 

「キュアウィッチ・ヴァルキリアフォーム」

 

 それまであどけなさが残るキュアウィッチとは異なる、大人びた風格。そして、それに見合う凛々しい雰囲気――イドラはその目を見開きウィッチの今の姿を凝視する。

「……はっ! 見てくれが変わったぐらいでいい気にならない事だ。所詮は一時凌ぎの力! 我の力の前には無に等しい!!」

 語気強く言うと、イドラは春人を苦しめた幻術を発動。ウィッチを幻覚空間へと誘う。

(視覚情報に惑われてはいけません。見えているものすべてが幻覚……本物は)

 冷静に状況を判断し、ウィッチは一旦目を瞑って敵の気配を感知――そして。

「そこです!」

 魔宝剣ヴァルキリアセイバーから魔力弾を背後へと放つ。すると、周りの景色と同化していたイドラへ見事に着弾した。

「ぐっほ!! バカな……我の幻覚を見破ったというのか!?」

「クラレンスさんがはるかに託してくれた想いの形……進化した魔女の力を侮らない方がいいですよ」

「き……貴様っ!!」

「ヴァルキリアセイバー!!」

 杖の形状から剣へと姿を変えた武器を握りしめ、ウィッチはイドラへ接近。

 イドラはウィッチの斬撃を光の剣で受け止め肉薄する彼女の剣戟をどうにか捌いていく。

だが、明らかに彼女の戦闘スキルは先ほどまでとは別人の如く跳ね上がっていた。

(魔法による中距離支援だけでなく、接近戦にも対応できる力を得ているだと!!)

「はああああああ」

 油断した瞬間、ヴァルキリアセイバーがイドラの剣を弾き飛ばした。

「な……!」

「私は負けません。あなたを倒して、リリスちゃんやみんなと一緒にここから帰るまで……私は何が何でも負けません!!」

 力強く宣言すると、ウィッチは剣の姿から再び杖の姿へと戻したヴァルキリアセイバーを用いた必殺技を繰り出す。

 

「プリキュア・マジック・イリュージョン!!」

 

 杖を掲げると同時に周りの景色が変化。宇宙空間へと誘われると、イドラの頭上から星という星が幾重に降り注ぐ。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 超ド級の必殺技がイドラへと炸裂する。

 ウィッチは手に入れた新たな力をもって最凶と謳われるヴァンパイアを見事この手で倒し、引導を渡したのだ。

「リリスちゃん!!」

 イドラを倒した後、彼女は真っ先に気絶したベリアルの元へ駆け寄った。

「しっかりしてください、リリスちゃん!」

「う……」

 ウィッチの呼びかけに答え、ベリアルはおもむろに目を覚ます。

「やったわねはるか……進化、したのね」

「はい……」

 ゆっくりと体を起こすと、ウィッチの必殺技の前に敗れたイドラが仰向けになって倒れているのが窺えた。

「……終わったのね」

「ええ」

 そう思った次の瞬間――倒されたはずのイドラがピクッと手を動かし、体を起き上がらせる。

「終わってなど……いない」

「「は!!」」

「我はヴァンパイアだ……心臓を仕留めない限り我が死ぬ事はないのだ!」

「く……」

「そんな……」

「ははははは!! 愚かなる人間と悪魔ども、残念だったな!! 貴様らに我を裁く事は永劫敵わぬ! いや貴様らだけではない、他の誰にも、まして神にも我を裁く事などできはしな……!!」

 

 ――グサッ。

 高笑いを浮かべていたとき、勢いよく体を貫く感覚にイドラは笑いを止める。腹部には煌々と輝く光の剣が突き刺さっている。

「な……」

 おもむろに振り返ると、そこにいたのは顔を目深にかぶったフードで覆い隠した三人組の集団だった。

「――…… その通りだ。たとえ悪魔だろうと神だろうと、誰にも貴様は裁かせぬ。貴様を裁くのは……我々だ」

「き……きさまらは……!」

「一体誰ですか!?」

「わからない。ただ、途方もなく強い力を感じるのは確かよ」

 突如、この場に現れた正体不明の集団。正体こそ不明だが、ベリアルは直感的に自分たちとは比べ物にならないほど凶悪なものを感じ、額に汗を浮かべる。

「イドラよ……随分と痛いしっぺ返しを受けたようだな。敢えて訳は訊くまい。理由の如何に関わらず、天下の膝元たるこの地でこれ以上騒ぎは起こすは双方本意ではないはず。そなたらにも言い分はあろうが、この争い……一旦我らに預けよ」

 三人組の真ん中に立つフードで素顔を覆った者がベリアルとウィッチに言い、残りの二人が動けないイドラの身柄を拘束する。

「イドラの身柄は我らが預かろう。その処遇は十分な詮議な上、慎重に取り計らせてもらう」

 刹那、ベリアルとウィッチへと語りかけていた者は一瞬でイドラの元へと移動する。

「貴様は少しばかり勝手が過ぎた。力づくでも連れてくるよう、見えざる神の手から命を受けている」

「ぬああああああああああああああああ!!」

 艶の無い悲鳴を上げながら、フードを被った謎の者たちによってイドラは連行され、魔法陣とともに消滅する。

 理解も追いつかぬ間に起こった出来事に、ベリアルとウィッチは困惑する。

「あのクリーチャー……どうなっちゃうんですか?」

「おそらく罪を裁かれ、罰を受けるでしょうね」

「罰とは……どんな?」

「さぁね。でも、決して軽くはないでしょうね」

 

           *

 

天界 第七天 見えざる神の手・居城

 

「イドラめ……下手を打ったな」

「己の力を誇示しようとするあまり、足元が崩れゆく音にも気づかなんだか」

「奴は秘密を知り過ぎた」

上級天使たちが口々にイドラを糾弾していたそのとき、

「――既にイドラは我らの手で、コキュートスでの永久凍土の刑に処しましたのでご安心ください」

 城の門が開かれると、フードで素顔を隠した例の者が現れた。上級天使七人の前にやって来ると、恭しく膝を突き態度を改める。

「帰ったか(あま)が使い……神の密使(アンガロス)よ」

「してどうだったか? ディアブロスプリキュア……魔王の娘は?」

 問いかけられた直後、その者は淡々とキュアベリアルが今後の活動に脅威に成りうるかどうかを踏まえ報告する。

「所詮は子供。やはり我々の存在には気づいてはおりませんでした」

「そうか……神の不在を知られた以上、あれも始末しておくべきであろうか」

「いえ、それは時期尚早というものです。あれにはまだ()としての価値があります」

「餌とな?」

「憂むべきは悪魔の存在にあらず……。あれもまた洗礼教会等と同じ我らにとって都合の良い傀儡に過ぎません……むしろ、これらを擁し天に近付く存在、それこそが真なる敵」

「その敵を炙り出すため、まだあの悪魔(人形)が必要であると?」

「いずれ時期(とき)が来ます。そして次に会うときは、悪魔共の羽根が散る事になりましょう」

 フードの影から覗く左頬には、イドラたちと同じく不吉な〝666〟の数字が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「警察やクリーチャーの台頭が際立つ一方、オレら悪魔とは根本的に敵対する相手…それが天使だ」
は「キュアケルビムさん…どうして私たちは戦わなければならないんですか!? 同じプリキュア同士、戦う必要なんてないじゃないですか!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『悪魔を倒すため!キュアケルビム、新たなる姿!!』」


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第3章:勢力均衡崩壊編
第21話:悪魔を倒すため!キュアケルビム、新たなる姿!!


しばらく休みをもらって帰ってまいりました!
ようやく第三章のスタートが切れそうです・・・・・・ファンの皆様、長らくお待たせしました。
今回から始まる「五大勢力乱立編」は、より過激になる各勢力の争いやリリスの重大な秘密などが明らかになるはずで


異世界 洗礼教会本部

 

「はっ!!」

 悪魔との戦いに備え自らを鍛錬する天使―― テミス・フローレンス、またの名をキュアケルビムは、最近の心境の変化に戸惑っていた。

 以前までの自分なら悪魔に対して容赦なく断罪を行っていたはずだ。それこそ洗礼教会の如く大義を果たすためならどんな非道も厭わないような事も平気で行っていただろう。

 だが、悪原リリス――キュアベリアルやその仲間との触れ合いを通じて明らかな気変わりが起こったのだ。

 確かに、古来 悪魔と天使は敵同士、遇えば 即座に闘う運命にある。

 しかし、それでも彼女は進んで悪魔を滅ぼそうという気にはなれなかった。折角悪魔たちの行動を監視するためにわざわざ同じ町の同じ学校へと通い、同じクラスの一員としてリリスたちと行動を共にしているにもかかわらず……

「……」

 正義の為ならどんなことでも出来る、そう思っていたからこそ戦ってこられた 。

 だが現実はどうだろう。悪魔を滅ぼす事だけが目指すべき正義でもなければ、平和への近道なのではないという事をここ最近になってようやく分かりつつあった。

 堕天使や警察勢力の台頭、さらには独立して動くクリーチャーの脅威など……世の中を広く見渡せば正義と悪は人の数だけ無数に蔓延っている。まるでウィルスのように……

 これから先もこんな苦悩を抱えていかなければならないのか……と、思っていた矢先。背後からコトコトという足音が聞こえてきた。

 おもむろに振り返った際、ケルビムの瞳に映ってきた のはひとりの若い神父だ。ふてぶてしい笑みを浮かべ、思惑ありげに自分を見てくる洗礼教会のナンバー2 に君臨する元はぐれエクソシスト――コヘレトだ。

「……私に何か用事かしら、コヘレト」

「コヘレトさま、だろうがよ。どっちが立場上か分かってんのか、キュアケルビム?」

「……あなたに敬語を使うくらいなら、私は自分で舌を噛んで死ぬことを選ぶわ」

「ばぁーか。舌噛んだくらいで死ねる 生き物なんざいねえんだよ! 俺 ですらんなこと無理だからな! ハハハハハハ!!」

 彼女は純粋にはこの男の事が嫌いだった。常に打算的で自分の利害で のみ行動し、あるときは堕天使側に付き、あるときはフリーになったり、そしてまたあるときは洗礼教会と、コロコロと自分の立ち位置を器用に変える蛇 のような彼を嫌悪した。

「……用件を言いなさい。あなたみたいな人の血が通っているのかさえ危うい人間と会話をするほど暇でもないわ。こうして上級天使と会話に臨めることこそがあなたにとっての奇跡と思ってほしいほどにね」

 ケルビムから露骨なまでの嫌みを受けたコヘレトは、そのふてぶてしい笑みを崩す事は無かった。

「じゃあお望み通り率直に言ってやるぜ。キュアケルビム、俺さま直々にお前に話があるんだよ。こいつは今後の進退にも大きく関係してくる重要な話だぜ」

「私の?」

 ケルビムは眉を顰め、心中何を考えているかも不明なコヘレトを注視し警戒する。

 

            *

 

黒薔薇町 悪原家

 

「えー、みなさん……天城はるかはこの度のクリーチャー戦で、ヴァルキリアフォームへとパワーアップすることができました――!! 」

 リビングでそう宣言するはるかと、彼女の成長を自分の事のように祝福するのはリリスの使い魔でスプライト・ドラゴンのレイ、はるかの使い魔であるカーバンクルのクラレンス、そして朔夜の使い魔でサキュバスのラプラスだ。

「おめでとうございますはるかさん!!」

「はるか様、ほんとうに素晴らしいことです!!」

「アンタはいざという時はやる子だとあたしは信じていたわ!!」

「いや~~~それほどでも……ありますけどね♪」

 ここはもっと謙遜すべきだと思ったが、やっぱり褒められるのは嬉しいものだ。はるかは頭を掻きながら頬を薄いピンク色に染め上げ、だらしなく口元を緩める。

 そして何よりも彼女の成長を喜んでいるのは他でもない――親友であるリリスだろう。使い魔たちのような反応こそ示さないものの、リリスは紅茶をひと口飲んでから、はるかに今回の結果について率直なコメントをする。

「確かにおめでたい話ではあるわ。でも、力が強くなることは同時により強い敵と戦う性(さが)を背負う事でもあるわ」

 リリスから向けられる重たくも客観的な言葉。はるかたちの視線が自然と彼女へと向けられる。

「強者は、常に孤独よ。強者は、常に勝ち続けなければならない。その為に孤独になる……はるかはそれに耐えられるかしら?」

「えっと……その……」

「今は確かにチームで戦っているけど、戦いの途中で私やサっ君、レイたちが敵に倒されるって事も十分にあり得るわよ。はるかはそんな厳しい状況に立たされても、強者として常に勝ち続けなければならない」

「リリスちゃん……その……お話はわかりますけど、縁起でもないこと言わないでください!  そんな悲しい運命なんて……想像したくもありません!!」

「はるか様の言う通りです。リリス様のそのネガティブな思考は、時に戦いの士気を下げかねます」

「ネガティブな思考、か……現実に起こり得る可能性をシミュレートする事の何がいけないというの? あなたたちだって分かってるでしょ。私たちを狙って来るのは最早洗礼教会や堕天使だけじゃない。そして敵がその度にどんな卑劣な手を講じるかもわからない……今回はたまたま運が良かったかもしれないけど、一歩間違えれば私たちはあの場で全員イドラに殺されていたわ」

「「「「……っ!!」」」」

 認めたくはないのだが、リリスの言ったことは紛れもない事実だ。自らの野望を成就するため黒薔薇町に住む悪魔関係者を次々と襲撃したヴァンパイア・イドラの強さは計り知れなかった。現時点におけるリリスの最強フォームであるヘルツォークゲシュタルトや、セキュリティキーパーの力ですらも無力であると思い知らされた。あのとき、はるかがヴァルキリア フォームに覚醒できなければ、リリスの言った通りイドラに殺害され、こうしてこの場に集合することなど できなかった。

「奇跡って言葉を多用するつもりはないわ。そもそも奇跡なんて言葉、私から言わせれば都合のいい逃げ口上みたいなものだもの。戦いはいつだって勝つべくして勝つ。敗北は勝つべくして勝てなかった結果だから……」

 いかにも彼女らしい現実主義に沿った言葉だ。リリスが奇跡を軽々しく 信じられないのは、十年前に起きたあの事件――洗礼教会によって行われた【デーモンパージ】が原因だった。最愛の母や仲間の悪魔たちが次々と手に掛けられていく中、炎の中で彼女は何度も仲間を助けて欲しいという奇跡を信じた。だがそんな奇跡など起こる筈もなかった。何も起こらぬ奇跡を期待したが為に、彼女は大事なものを根こそぎ奪われたのである。

「リリスちゃん……でも、でもはるかは!」

 はるかが何とか食い下がろうと言いかけた途端、不意にリリスの表情が綻んだ。

「でも確かに、奇跡は奇跡たるポテンシャルを持っている者にこそ起こるべきものであるとも考えるわ。はるかにはその力が備わっていた。だからそのリングが生まれた」

 奇跡は祈るだけでは起こり得ない。もし本当に奇跡というのが現実の事象として現れるとすれば、奇跡を求める者がそれに相応しい可能性を秘めているか否か。

 リリスは思考する。はるかがプリキュアの力に覚醒したとき然り、イドラとの戦いのとき然り、大切な仲間を守りたいという彼女の強い想いがいつだって彼女に力をもたらし幾多の奇跡を実現させたのだ。プリキュアになれたのも、彼女が奇跡を引き起こす潜在的な可能性を自然と持っていたからなのだと結論付ける。

 リリスから思いがけない言葉をもらったはるかは、手の中にある新たなる力――ヴァルキリアリングを凝視する。

 そんなはるかへと近づき、リリスは優しく包み込むように彼女の手を握りしめる。

「こんな理不尽な運命に巻き込んでしまった私を恨むなとは言わないわ。だけど私にははるかの力が必要なの。だから、これからも私と一緒に戦ってくれる?」

 過酷な戦いへ巻きこんでしまった事への謝罪と、これから先も力を貸してほしいという小さな願い。いつだって人に頼らず弱音を吐かないリリスが初めてその口から「自分を」頼りにしたい と言って来たのだ。これを聞いて嬉しくないはずがなかった。

 ゆえに、はるかの答えは当然にしてひとつだった。

「――――リリスちゃんにははるかが付いていないといけませんからね。これから先も、全力で戦わせていただきます!!」

 一番の笑顔で元気よく答えた。この瞬間、リリスの頬が薄いピンク色に紅潮し口元が緩んだ。

 その直後に、キッチンでひとり調理に没頭していた朔夜が両手いっぱいにお祝いの料理を運んでやってきた。

「さてと、二人の絆が深まったところで食事といこうか。これからの戦いに備えて英気を養おう」

「うん!!」

「朔夜さんのお料理、待ってました――!!」

 今後の戦いに備えて朔夜が用意したのは飛び切りのフルコース。いち中学生が作ったとは想像もつかない豪勢かつ栄養バランスが考えられたメニュー。リリスたちはただ見ているだけでもお腹が膨れて来そうだった。

「うわああ……本当においしそうですね!!」

「相変わらず大した腕ねーあんたは」

「いつもありがとうサっ君。あなたも私にとってかけがえのない人なの……」

「分かってるよ。オレは二度とキミ の元からいなくなったりしない。キミの側でずっと守ると誓うよ」

「サっ君……」

 自然と手を取り合い二人は見つめ合う。

 婚約者同士だからある種普通の光景なのかもしれないが、人目を憚るという事も学習して欲しい。二人が無遠慮にイチャイチャし甘いピンク色のオーラを放散するものだから、レイの嫉妬はたちまち最高潮に達する。

「おのれ~~~……イケメン王子が!! やはりこいつだけは死んでも好きになれそうにない!!」

「あ~、なんという素晴らしい光景でしょうか。これが青春のラブロマンスですね !」

「リリスさんと朔夜さんの場合は特に絵になりますねー」

 基本美しいものを素直に美しいと思えるはるかとクラレンスは、レイとは違い愛に溢れた二人の事を微笑ましく見守った。

「あ、そうだわ。折角だから記念写真撮ってあげるわ! んでもって、あとでSNSにでも投稿しようっと!!」

「こらラプラスさん、それだけは絶対やめてくれ!!」

「お願いですから変な事はしないでくださいラプラスさん!!」

 

 何の気なくラプラスが言い放った言葉を聞き、ようやく我に返ったリリスと朔夜は大慌てで彼女に制止を求める。何はともあれ一同は食事を摂る 事にした。

 全員はその手に乾杯用のジュースを持つ。乾杯の口上をする直前、各々がそれぞれの口から語り出す。

「今まで色んなことがありましたけど、その度にみんなで力を合わせて乗り越えて来ました!」

「たとえ何が出てきたって、はるか達が力を合わせれば大丈夫ですよね!!」

「できればそう願いたいけど」

「リリス、悲観的に考えるのはダメだよ」

「あ、ごめんなさいサっ君! つい、いつものクセで……そうだよね、私たちなら何がきても大丈夫よね!!」

「その通りです!!」

「ではみなさん、乾杯しましょう!!」

 全員はグラスを掲げると、これからの自分たちの明るい未来に向かって行けるよう願いを込めて、威勢のいい声で、

「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」

 クリーチャーとの戦いを経て、「ディアブロスプリキュア」の団結はこれまでよりも一層深く強まった。

 彼らはなおも結束して、未来に降りかかる如何なる困難にも決して屈せず、打ち勝っていくことを決意した。

 

           *

 

異世界 堕天使総本部

 

 悪魔たちを疎ましく思うのは洗礼教会だけではない。女堕天使ラッセルもまた、ディアブロスプリキュアを敵視する者のひとりである。

「ディアブロスプリキュア……くっ!!」

 崇拝していた上司のザッハをリリスによって斃され、一時は傷心していたラッセルだが、次第にキュアベリアルへの憎悪が激しくなり、それが皮肉にも彼女のモチベーションの回復へとつながったのだった。

「ああああああああああ!! くそっ!! くそ!! くそくそくそ!! くそ――っ!!」

 彼女の苛立ちは何もキュアベリアルだけにある訳ではない。それまで散々飼い慣らしてきたはぐれエクソシストのコヘレトがいつの間にか洗礼教会側へと寝返ったこともまた彼女を憤怒させる要因となっていた。ザッハを失い、その上部下にまで見限られた彼女の怒りは一向におさまらず、周囲に置かれた装飾品を手当たり次第に破壊する。

「まったくムカつくったらないわ!! コヘレトの奴、帰りが遅いと思ったら私を裏切って教会側に寝返るなんて……いい根性してるじゃない!!」

 

「飼い犬に手を咬まれるとはこの事だな」

 そのとき、奥の方からラッセルへと呼びかける声がした。おもむろに声のした方へ振り返ると、

「な……あなたは!!」

 真っ暗な廊下から歩いてきた人物に、彼女は目を見開き冷や汗をかいた。

 現れたのは高貴な衣裳に身を包む赤い仮面で素顔を隠した人物。おもむろに仮面に手を掛けると素顔を覆い隠していたそれをゆっくりと外した。

 隠されていた素顔――黒い髪に紫色のメッシュを入れたザッハ以上に若く容姿端麗な青年であった。

「ダスク…… さま…… !」

 冷や汗をかいて硬直するラッセルを前に、彼女からダスクと呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべる。

「まぁ、元より野良犬を躾けようとすること事態に無理があったんだ。そんな手の付けられねぇような根無し草は早くに始末しておくべきだって……再三に渡って忠告してきたはずなんだがな」

「も、申し訳ありません!!」

 自分よりも明らかに年下と思しき相手から叱責されるも、ラッセルは逆切れを起こすばかりか、片膝を突いて自らに非があることを素直に認め陳謝する。

「まぁいいさ。今は逃げた野良犬の事よりも悪魔共の方だ。先日のクリーチャーの一件で、人間の娘が新たな力を手に入れたらしい」

「キュアウィッチ、ですか……」

 ザッハが健在だった頃、クラレンスから神秘の貴石 を強奪しようとしたところ、そのザッハから逆に貴石を奪ってプリキュアの力を覚醒させた少女――それが天城はるかだ。ラッセルにとってもキュアウィッチはキュアベリアルと並ぶ脅威であり、同時にザッハを死地へと追い込んだ憎むべき存在だ。

「どっちにしろ、これ以上は悪魔共の増長を見過ごすわけにはいかねぇな」

「ダスク様、ここはわたくし奴 が!! 今度こそ忌まわしき悪魔共を一匹 残らず殲滅して……!!」

「その必要はねぇよ」

「え!?」

 予想だにしなかった返答に思わず困惑するラッセルを余所に、ダスクは足を動かしながら口を開き語りかける。

「ザッハを殺されたお前の憎悪は分かる。俺だって同胞を殺された事に変わりはねぇ。遣る瀬無えのは当然だよ。だが、今のお前で果たして奴らに勝てるのか?」

「そ……それは…………」

 口籠ったラッセル。彼女も重々に理解していた。今の自分の力ではダスクの言う通り、ディアブロスプリキュアを殲滅することは容易ではない事を。

「そういうわけだ。お前は大人しく留守番してな。たまには俺が戦いの場に出向くのも悪くない」

 言うと、ダスクは背中に生えた漆黒の翼を左右に五枚ずつ、計十枚を広げる。十枚の翼が意味するところ――彼はザッハやラッセルとは一線を画す強い力を秘めた堕天使という事だった。

「まさか、ダスク様が直々に!?」

 本来ならば考えられない事態に吃驚するラッセルの反応を伺い知るとともに、ダスクは口元を緩め、人間界へと続く時空ゲートの前の立つ。

 

「ディアブロスプリキュア……その力がどれほどのものか、俺が直々に確かめてやる」

 

           ◇

 

黒薔薇町 私立シュヴァルツ学園 図書室

 

 とある日の昼下がり。はるかは 、図書室でひとり『ワルキューレ』に関する資料を集め調べていた。

「ヴァルキリアとは……北欧神話に登場する複数の半神のことで、戦場において死を定め、勝敗を決する女性的存在である。別名として『ワルキューレ』という呼び方もされている……へぇー、そういう事だったんですか!」

「あら。ずいぶん熱心に北欧神話について調べてるわね」

  すると、いつにも増して読書に集中するはるかの事が気になったのかリリスが分厚い本を手に歩み寄る。

「はい! 自分が手に入れた能力や名前について調べていたんです。知ってますかリリスちゃん、ヴァルキリアって『戦死者を選定する女性』って意味なんですよ!」

「それくらいの事ならとっくに知ってるわよ。ドイツに居た頃、北欧神話に関する書物は飽きるほど読み漁ったもの」

「あ! そういえば、リリスちゃんって黒薔薇町に越してくる前はドイツにいたんですよね。すっかり忘れてました」

  うっかりしていたと頭に軽く手を当てるはるか。やがて、リリスが手に取っていた分厚い本に自然と目が行った。

「ところで、今日はまた一段とすごそうな読み物を手に取っていますね?」

 問われた後、リリスは 、本の表題を見せるとともに端的に説明する 。

「『マレウス・マレフィカルム』 ――〝魔女への鉄槌〟 という本でね。十五世紀、ヨーロッパで魔女裁判の際に利用されていたマニュアル本みたいなものよ。四歳の頃にも読んだ事があるんだけど、まさかこの学校に寄贈されてあるとは思っていなかったものだから。つい懐かしくて」

「四歳の頃に何を読んでいるんですかリリスちゃん……それより、魔女裁判といいますと?」

「はるかはヨーロッパで『魔女狩り』と呼ばれるものがあった事を知ってる?」

「はい……一応は。クラレンスさんからも聞いたことあります」

 リリスははるかの正面の席へ座ると、マレウス・マレフィカルムに書かれてある内容に照らし合わせて、世界史上で語られる魔女狩りについて話を掘り下げる。

「ヨーロッパでは元々『魔女』とは、薬草を使って病気を治したり、呪いで人の心を癒したりするちょっと知識のある物知りな女性を指していたわ。ところが、キリスト教の布教に伴い、社会構造が宗教色で塗り固められていくうち、魔女はキリスト教社会を破壊する悪魔の手先というイメージに変わっていった 。やがて、大勢の罪もない者が男女問わず魔女裁判にかけられ、厳しい取り調べや、時に拷問や死刑に処される事もあったわ」

「ハヒ! 聞くだけで背筋が凍る話です! はるかはその時代に生まれなくて本当にラッキーでした」

 今にして思えば、はるかは自分が魔女のプリキュアになった事をある種の運命や因果に思えてならない。悪魔と魔女――互いに切っても切り離せない存在。リリスという悪魔のプリキュアに触発され、魔女のプリキュアとして覚醒した事は単なる偶然などでは言い表せないものを感じた。

「そうそう。魔女裁判といえば、今から三百年くらい前に、アメリカのセイラムで大規模な魔女狩りがあったの」

「アメリカで? 魔女狩りってヨーロッパだけじゃなかったんですか?」

 気になって問いかけるはるかの疑問にリリスは詳細な説明を行った。

「一六九二年一月、人口千七百人ほどの小さな村の有力者パリス牧師の家に住む九歳の娘と十一歳の姪の二人が、突然何かにおびえるように叫び出した。発狂した少女たちはモノを投げつけ、奇声を発し、そうした異常行動は伝染するかのように急速に拡大していった。医者は治療を施したが効果は無く、匙を投げた挙句「悪魔の仕業」と根拠もない事を言ってしまったの。それが、結果的に二十人以上の死者を出す凄惨な魔女狩りを引き起こすとはこのとき――誰も予想だにしていなかったわ」

「悲しい話ですね。でも、どうしてそんな風になっちゃったんですかね? 結局、女の子たちの異常行動は何が原因だったんですか?」

「一説によれば、集団ヒステリーとかあるいは少女たちの悪ふざけっていう解釈をしている学者もいるけど、真相ははっきりしないわ。ただ……このセイラム村の話が悪魔界で実際に起こった事件と極めて酷似しているのよ。時期的にもちょうど三百年くらい前なの」

「そうなんですか?」

「その事件の首謀者は私たちと同じ悪魔だった。でも、その悪魔の名を口にすることは禁忌とされている。なぜなら、その悪魔は悪魔の歴史上最も卑劣で残酷で、最悪と呼ばれる犯罪者だから。ゆえにその悪魔は冥界の牢獄にて永遠に捕らわれ続けている――」

 

 このとき、誰一人予想だにしていなかった。

 遠くない未来――混沌と破壊を求める悪意ある者の手によって、永きに渡り幽閉された史上最悪の悪魔が世に解き放たれることを。

 そして、ディアブロスプリキュアにとっての最大の脅威となることを――

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 後日、詳細な理由はわからぬまま、コヘレトからただ話があるだけと言われたケルビム は誰もいない聖堂へと呼び出された。

 しばらくしてコヘレトが現れると、訝しげな情を浮かべケルビムは率直な事を尋ねる。

「それで……あなたが私に何の話があるというのかしら?」

「ふふふ。お前よ……つくづく自分の立場って言うのがわかってねぇようだな」

「……どういう意味かしら?」

「どういう意味だぁ? ハハハハハ、まったくめでたい頭してんな……自分がこれまでにしてきた事を振り返ってみたらどうなんですかって、わざわざ忠告してやってるっていうのによ!」

 意地の悪い顔から窺える明確なる悪意。

 身構えるケルビムへ近づくと、コヘレトは馴れ馴れしく彼女の顎に手を添え、至近距離から言って来る。

「たび重なる無断行動。命令違反。そしてこの俺さまへの越権行為……おめぇが俺をビルの下敷きにしたことは忘れてねぇからな!」

「くっ……」

 過去の事を蒸し返し傷口を鋭く抉るコヘレトの言い分に、ケルビムは返す言葉もない。

 思えば最近は悪魔退治よりも、悪魔たちとの共闘だったり、その使い魔を救出するのに力を貸したという行動に出ているものだから、洗礼教会だけでなく後ろ盾である【見えざる神の手】からも呼び出しを受け、忠告をされる始末だ。

 ハッキリと言えば、キュアケルビムは自分から立場を危うくし、悪い意味で教会から目立つ存在となってしまった。

「あんとき、人間の娘に絆されたか何だか知らねぇが……妙な真似をしやがる。そんなに悪魔共を助けたかったのか? 偉大なる天使様よぉ?」

「私は別に、悪魔を助けたつもりじゃ……」

「まさかとは思うが、自分の使命を忘れたわけじゃねぇだろうな? それに悪魔共がこれまでに行って来た所業も……太古の昔、お前の先祖のキュアミカエルは邪なる欲望に駆られた悪魔共から人間を守るために自らが犠牲になったんだぞ!」

「……」

 先祖の話にまで遡ると、彼女の心が大きく揺れ動く。

 コヘレトは意地の悪い言葉で彼女の精神を徐々に追い詰めていき、疲弊したところに追い打ちを掛けるが如く、耳元でそっと囁いた。

「これまでのお前が犯してきた罪の数々……俺が拭ってやらんでもない」

「拭う、ですって?」

「ようは免罪符を出してやるってことさ。お前にチャンスを与えてやるよ。お前が俺たちの味方であるって証拠を示せば、俺たちはお前の事を本当の仲間として認めてやるし、ホセア様にも取り計らってお前の身の上を最大限にカバーしてやらんでもない」

「私に何をさせるつもり?」

「悪魔共をてめえの手で一人残らず刈り獲ってこい」

 とりわけ悪辣な笑みを浮かべ言うと、コヘレトはケルビムの手の中にあるものを収めた。

「俺からの餞別だ。そいつで証明して見せろ――てめぇの『正義』って奴をな!」

「私の、正義……」

 正義という言葉に複雑な胸中を抱えるケルビム。右手の平の中に収められた左右二枚ずつ、計四枚の天使の翼が生えた純白の指輪。餞別と称して渡された未知なるリングを見つめる彼女は、最早時間的な猶予が残されていないという事を悟った。

 生き残る方法はひとつだけ――――決断を迫られたケルビムは、手の中のリングをぎゅっと握りしめる。

 

           *

 

黒薔薇町 市立黒薔薇第一中学校

 

 放課後、リリスとはるかは使い魔たちを連れて朔夜が通う学校を目指す。朔夜が通学しているのは市立黒薔薇第一中学――黒薔薇町管内に三つある公立中学のひとつで、同時に唯一の男子校だ。

「朔夜さんの学校はこの辺なんですか?」

「ええ。私も行くのは今日が初めてなんだけどね」

「あ、あれじゃないですか!」

 クラレンスがそれらしい校舎を発見した。校門から続々と学ラン姿の男子たちが下校して来る中、なぜか他校の女子たちが多く集まっているのが目に見えた。。

「ここって男子校よね?」

「そのはずですが……」

「にしても何なんですかねあの人だかりは……しかも女性ばかり」

「なんでだろう……すごく悪い予感がする」

 ひとまず朔夜が校舎から出てくるまでリリスたちも他の女子に交じって校門前で待つことに。

 しばらくすると、昇降口から他の男子と混じって一際爽やかなオーラを発する男子生徒が出てきた。

「あ、サっく 」と、口走ろうとしたリリスだったが、次の瞬間――

「きゃ――!! 朔夜く――ん!!」「こっち見て――っ!!」

「今日もカッコいい――!!」

「イケメン王子っ!!」

 彼女の声を容易に掻き消すほどの大音声が遮った。イタリアからの帰国子女である朔夜の噂を聞きつけた黒薔薇町管内の中学校を始め隣町や他県からも朔夜目当てにミーハーな女子生徒たちが挙って集まり、その姿を一目見ようとした結果、いつの間にか朔夜を出待ちするファン層が自然と形成されたのだ。

 本来ならば、迷惑極まりない行為なのだが、朔夜は彼女たちを無下にする事はなく、爽やかな笑みで一人一人を丁寧に扱った。この紳士然とした行為こそ、彼の人気を盤石なものとした。

 朔夜が校門前の女子生徒に愛想笑いを振りまき手を振ると、その瞬間、女子たちが更に興奮し黄色い声を張り上げる。

「きゃ――!! こっち見たわ!!」

「笑顔が爽やか!!」

「あたし、もう死んでもいい♡」

 国民的アイドルにでもなったような朔夜と、彼の魅力に取りつかれた女子たちは大フィーバー 。当然、朔夜をおもしろく思わないと感じるこの学校に通う何人かの男子生徒たちは朔夜を「リア充の申し子」と呼んで密かに罵倒しているという。

 薄々こうなる事は分かっていたが、予想以上の人気振りにはるかたちは言葉を失くしかけている。

「な、なるほど……彼女たちは所謂イケメン王子ファンクラブという奴ですか」

「でも確かに朔夜さんはモテますよ、あれだけカッコ良かったら」

「あれ? ちょっとリリスちゃん……なんかおかしくない?」

「ハヒ!? リリスちゃん、体から黒いガスが噴き出していませんか!!」

「えへへへへ……えへへへへ……」

 不気味な笑みとともに体から異様な黒いガスを噴き出すリリス。彼女は凄まじい嫉妬に駆られ、精神に異常を来してしまっている。婚約者である朔夜が他の女子と仲良くすることはもちろん、人のいい朔夜が見知らぬ女子へ笑顔を振りまくなど言語道断。はるかたちはこれまで見たことのないリリスの姿に背筋を凍らせる。

 

「ごめんごめん、お待たせ……あ……えっと……リリス」

 ようやく朔夜が女子たちの輪を抜けてリリスらと合流を果たしたとき、彼女は満面の笑みを浮かべると共に目に見えるほどのどす黒いオーラを発していた。

「サっ君……ちょっとオハナシがあるんだけど、いいかな?」

 朔夜は自分の気づかぬうちに死亡フラグを立ててしまった事を理解した。現にリリスの口からオハナシがあるなどという言葉が飛び出したのだから間違いない。

「えっと……リリスさん、ここで話すとなにかと人の迷惑になるからさ。どうだろう、公園の方に移動しないかい? そこでならゆっくり話ができると思うし」

「うふふふ……じゃあそうしようか♪ こんな時でもないとサっ君とゆっくりお話しできないもんね♪」

「そうだね……オレも是非ともゆっくりキミと話がしたかったから……あはははは」

 引き攣った笑み誤魔化しているが、内心リリスが怖くて仕方なかった。自分に非があるとは言え、嫉妬深い彼女に怒られるのは正直言って辛すぎる。彼女の場合は本当に容赦という言葉を知らない。きっとオハナシが終わった時には自分は半分死んでいるかもしれない……そう思いつつ、朔夜ははるかたちに目配せをする。

(みんな……ちょっと逝って来るよ)

 明らかに字が違っているのだが、無理もない。はるかたちは気の毒な彼にガンバレとも死なないでほしいとも言えず、ただ無言で彼を見送った。

 

 数十分が経過し、ようやくリリスと朔夜が戻って来た。

 戻って来た朔夜の顔はネコにでも引っ掻き回されたかのような生々しい爪痕があり、ところどころにビンタをされた痕もある。そして何故だか わからぬが、歯型のようなものも残っている。

 満面の笑みを浮かべるリリスの隣で、朔夜は精気を失っている。

 はるかたちの想像を超える凄惨なお仕置きがあった事は間違いない。そして同時に、ディアブロスプリキュアで最も強く恐ろしいのはやはりリリスなのだという事を自然と悟った。

「えっと……ちょっとしたホラー体験ご苦労様でした、朔夜さん」

「何がホラー体験なのかしら、はるか♪」

「す、すみませんでした!! 変な事は言いませんから、どうかお許しください!!」

「「「どうかお許し下さいませリリス様!!」」」

 条件反射ではるかは平謝りをした。使い魔たちも何かあったらマズイので、はるかに倣って頭を下げてる事にした。

 などと冗談めいたやりとりもそこそこに。リリスは溜息を一旦吐く。やがて、周囲から感じとった気配に目を細めると、おもむろに口を開く。

「さてと……そろそろ出てきていいんじゃないのかしら?」

 不意にリリスの口からそんな風に語られた。

 刹那、自分たちと周りにいる人間を隔絶する結界が発生した。はるかたちはこの結界についてよく知っていた。

「これって、まさか……」

「またですか?」

 全員は空間結界が施された直後、目の前に立ち尽くす敵――キュアケルビムとパートナー妖精のピットを凝視する。

「懲りないわね。あなたも」

「そっちこそ。いい加減にしてほしいものね……あなた達に力を付けられちゃこっちが困るのよ。大体、悪魔の癖して人助けなんて本当に訳がわからないわ。そんなのは警察にでも任せておけばいいのよ。あなた達は静かに暮らしていればそれでいいじゃない」

 このように発言をするケルビム だが、リリスはどこか彼女の言動らしからぬものと違和感を覚える。

「意外だわ。いつもなら私たちに敵意を見せて攻撃してくるはずなのに……その言い方だと、まるでもう戦いたくないから引っ込んでいてほしいと言ってるようじゃない?」

「…… 」

 リリスの鋭い追及にケルビムは厳しい表情となる。

「キュアケルビムさん、どうして私たちは戦わないといけないんですか!? 同じプリキュア同士、戦う理由なんてないはずですよね!?」

 はるかが大きな声で自分の切実な思いを訴えかける。なぜ同じプリキュアである自分たちは戦う宿命にあるのかと問えば、彼女から返ってきた答えは……

「……私が天使で、悪原リリスは悪魔。そしてあなたは悪魔に味方する人間。戦う理由なんてそれで十分じゃなくて?」

「そんな理由で納得できるわけありませんよ!! それに、あなたは敵ではあっても何度も私たちを助けてくれたじゃないですか!! 堕天使がこの町を攻撃してきたときも、クラレンスさんたちが捕まってしまったときも……あなたの正義は洗礼教会の人たちとは明らかに違っています!! あなたはプリキュアであって天使であるはずなんです!! こんな事をしても意味がない事は分かってるハズじゃないですか!!」

「止しなさいはるか」

 心からケルビムへと思いを伝えようとするはるかだが、途中でリリスが制止を掛けた。

「思いを伝えるのは決して簡単な事じゃないわ。キュアケルビムにはキュアケルビムの……私たちには私たちの正義や信念がある。この途轍もなく強大な力は言葉ひとつでどうにかできるものじゃない……そうでしょう?」

「……ええ」

 リリスの言葉を否定しない。彼女の言う通り、ケルビムにはケルビムとしての確固たる決意、覚悟、信念、正義があるのだ。

「今日私がここに来たのは他でもない――今日こそ、あなたたちを屈服させるため。そのために私は新たな力を得て来たわ」

「新たな力だと?」

 その言葉を、朔夜は決して聞き逃さなかった。

 リリスたちが警戒する中、ケルビムはコヘレトから渡された四枚の翼が生えたリングを右手中指へと嵌め、秘められた力を解き放った。

「オファニムモード!!」

 次の瞬間、神々しい光に包まれたと思えば、ケルビムの姿が消える。

 眩い光の中でケルビムの装備は白い純白の衣裳から、青いブロンズの重装甲となり、左手には聖なる盾【セイクリッドディフェンダー】が装備される。極め付け、背中の翼が四枚へと生え変わった。

 

「キュアケルビム・オファニムモード」

 

 新たな力を手に入れ生まれ変わったキュアケルビム・オファニムモード。戦う覚悟を固めた天使の瞳は凛としており、闘志がヒシヒシと伝わってくる。

「キュアケルビム……」

「さぁ、さっさと変身しなさい。三人まとめて私の力の前に跪かせてあげるわ……いくわよピット!!」

「はい、ケルビム様!!」

 ケルビムに付き従う妖精ピットは、主人の新たな能力解放に伴ってその身を変化させる。レイがリリスの成長に合わせて武具の姿を変えるように、ピットもまた聖弓の姿から邪悪を射抜く聖なる武器【聖槍ジャベリン】へと変化し、セイクリッドディフェンダーとともにケルビムの右手に装備される。

 ケルビムとの戦いは正直気乗りしない。だが、ここで戦わなければ彼女の誇りを傷付ける事にもなりかねない。

 決断を迫られた末――リリスとはるかは変身リングを取り出し、朔夜は左腕を捲ってバスターブレスを見せる。

「なぜかしら、敵と戦うのにこんなに心がもやもやするのは……」

「はるかもです……」

「それでもオレたちは、戦うしかないのか」

 ケルビムと 戦う覚悟を決め、三人は意を決し能力を解放する。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

「いくわよ――エデンズジャベリン!!」

 手に持つ聖槍ジャベリンの先端をベリアル たちへと向け、ケルビムは聖なる光束を放ち攻撃する。

 ベリアルたちは聖なる光束を回避する。回避後すぐに、バスターナイトが手持ちの剣をX字状に動かし、漆黒の斬撃を放つ。

「ダークネススラッシュ――!!」

 飛来する斬撃を、ケルビムは盾を使うことなく体で受け止めた。爆発こそ生じたが、ケルビムを守るブロンズの鎧は罅 はおろか傷一つつかない。

「聖なる光の加護を受けたこの鎧……斬り裂けるものなら斬り裂いてみなさい!」

「く……」

 再び光の束がジャベリンより放たれる。バスターナイトは空中へ上がってそれを回避し、今度はベリアルがグラーフゲシュタルト状態での攻撃を行う。

「ブレイズバーン!!」

 灼熱の炎を渦状にした超圧縮エネルギーを、ベリアルはレイエクスカリバーの切っ先から豪快に放つ。

 空中から降り注ぐ業火を、ケルビムは左手に装備した聖盾セイクリッドディフェンダーで防御――ベリアルの攻撃を完璧に防いだ。

『これならどうかしら!!』

 そのとき、コウモリ態となったラプラスが翼を大きく羽ばたかせ、竜巻状の風を発生させる。ケルビムは襲い掛かる竜巻に足場を崩されそうになりながら、これも辛うじて耐え忍んだ。

「ヘブンズバインド!!」

 守ってばかりだけではない。反撃の狼煙を上げ、ケルビムは聖なる力を秘めた光輪で空中のベリアルとラプラスを拘束する。

「く……!」

『しまった!!』

〈リリスさんとラプラスさんを助けましょう、はるかさん!!〉

「勿論です!!」

 ウィッチは彼女たちを助けるべく、先日手に入れたばかりの力――ヴァルキリアフォームを発動させた。力強く地を蹴るとともに空中へと飛び上がり、魔宝剣ヴァルキリアセイバーを振るう。

「はああああああああああ!!」

 一振りでベリアルとラプラスを雁字搦めに拘束していた光の帯が切断され、自由の身となった彼女たちは体勢を立て直すために距離を置く。

「それがあなたの新しい力というわけね、キュアウィッチ!」

「キュアケルビムさん……やっぱり、私たちが戦うのなんて間違ってますよ!!」

「あなたにとっては間違っている事でも、私にとっては正しい事なの。分かってちょうだい……」

「あなたがどんなに頭を下げようと、はるかはこんな事実は認めませんし、分かりたくもありません!!」

 どうあってもウィッチはこの戦いを割り切る事が出来なかった。ケルビムを心の底から敵として認識できないゆえの甘さか、あるいは彼女の本来の優しさを知っているせいか、どちらにせよ戦う事でしか思いを伝えられない事がもどかしかった。

「トリーズン・ディスチャージ」

 隙を見て、バスターナイトはギリガンとの戦闘時に用いた技をケルビムにも仕掛ける。紐状の雷が彼女の足下から伸びて、体内から魔力を抜き取られる感覚に苦しみながら、ケルビムは自力で拘束を解こうとする。

「舐めるんじゃ……ないわよ!!」

 全身を神々しく発光させ、わざと魔力エネルギーを放散させる事でケルビムはバスターナイトの技から逃れる。

 このとき、遠く離れた場所から彼女たちの戦いを傍観する者がひとり……堕天使総本部から人間界へと降りて来たダスクだった。

「ふん、三人集まってもこの程度か……見立てよりも大したことねぇなこりゃ」

 

「はあああああああ!!」

「やあああああああ!!」

 天使と悪魔、そして人間……一進一退の行動が続いた。

 

「――プリキュア・セフィロートクリスタル!!」

 

 十個のクリスタルの結晶 が召喚されると、ケルビムは狙いをベリアルたちへと定め、勢いよく放つ。

「ヘルツォークゲシュタルト!!」

 聖なる力を秘めた飛んでくる十のクリスタルに被弾すれば ひとたまりもない。ベリアルは即座に強化変身を行い、レイハルバード を振り上げる。

「プリキュア・ラスオブデスポート!! はああああああ!!」

 ヘルツォークゲシュタルトの必殺技を用いて真っ向から相手の必殺技を打ち消そうとした。二つの異質な力は衝突時に強く反発しあうことで膨大なエネルギーを発生させ、辺りは大爆発に見舞われる。

 爆炎が晴れると、ベリアルとウィッチ、バスターナイト、レイ、クラレンス、ラプラス、そしてケルビムも土ぼこりで装備が汚れ、傷もそれなりに生じていた。

「は、は、は、は、は……往生際も諦めも悪いわね……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……それはお互いさまよ……」

 ベリアルもケルビムも互いに牽制をしあっていたそのとき――意を決して、ウィッチは張り裂ける様な思いで呼びかける。

「もうやめましょうよ!! 私たちが戦う事にどれだけ重大な意味があるというのですか!?  キュアケルビムさん、あなたには見えていないですか!!」

「え!?」

「傷ついているのは、私だけじゃありません。あなたも、あなたのパートナーも……みんな傷ついちゃうんですよ」

 ウィッチに言われると、ケルビムは傷つく自分と手に持ったジャベリンを見た。武器として使っているそれはパートナーのピットが姿を変えたものであり、先ほどの爆発で彼女もまた傷ついた。

 戦っているときはそうした意識が薄れがちになっているが、紛れもなく彼女は生きているのだ。気づかぬうちに自分はパートナーを戦いの道具として粗暴に扱っていたことに気づかされた。

「……わ、私は」

〈ケルビム様……〉

 後悔の念が込み上げるケルビムと、彼女の手足となり、武器にもなって戦うピットは主人の葛藤を気に掛ける。

 そんな中、バスターナイトは手持ちの剣を盾に収め先ほどまで見せていた戦意を潜めケルビムへと問いかける 。

「この戦いに大義など無い。キミは一体何の為に戦っているんだ? キミ自身が守りたいものはなんだ?」

「私の……守りたいもの…………」

 言われてみて、ケルビムは考えた。自分が本当に守りたいものは何なのか……バスターナイトやウィッチたちが言うように、この戦いに大義がないのなら闘争自体が無意味なものとなる。

 彼女は何もつまらぬプライドや自尊心を守るために戦って来たわけじゃない。彼女の願いはいつだって……

 

「なんだよ、もう止めちまうのか?」

 そのとき、話の腰を折って突然上空から呼びかけられた。

 頭上を見あげると、十枚の漆黒の翼を生やした若い青年がベリアルたちを不敵な顔で見下ろしている。

「あいつは……」

「その翼、まさか!!」

「誰なんですか、あなたは!?」

 尋ねられると、青年はゆっくりと地上へと降り立った。やがて、途方もない雰囲気を醸し出すとともに自らの正体を明かした。

「俺は堕天使の王――――ダスクだ」

「堕天使の……」

「王!?」

 突然現れた堕天使の王を名乗る青年・ダスクに、ベリアルたちは底知れない畏怖を抱いた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「突如私たちの前に現れた堕天使の王ダスク!!」
は「ハヒ!? どうしてでしょう…この人、爽やかな笑顔の下にすごくデンジャラスなものを感じます!!」
朔「こいつは今までオレたちが闘って来た敵とは違いすぎる!! 全員交戦は回避して逃げる事だけに集中するんだ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『プリキュア全滅!?恐るべき闇の力!』」


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第22話:プリキュア全滅!?恐るべき闇の力!

先週から現れた新たなる敵、堕天使の王ダスクとプリキュアによる総力戦。
果たしてリリスたちはダスクの力を打ち破る事はできるのでしょうか・・・・・!?


『プリキュア』とは何か。

 

 かの大戦で大いなる災いを退けた伝説の戦士がどこの何者であり、それは果たしてどこから来た存在だったのか?

 

 それは、天界に住まう人々の多くが一度は頭に思い浮かべた事のある疑問である。

 下層界の一般住民たちですら、おとぎ話や小説、映画などの媒体物を通して時折登場するプリキュアと呼ばれる者がどのような存在なのかを意識したことがある者は多い。

 無論、プリキュアという存在自体に興味が希薄な者も一定数いるとは思うが、そうした例外を除けば、大概の者は『プリキュアという異なる世界とを繋ぐ大いなる存在』について思い浮かべた事はあるだろう。

 天寿を全うして現世から天界に移り住んだ者たちは「あの世とは本当に存在していたのか」という驚きと共に、『天使』を名乗る者たちですら、『プリキュア』の姿を知る者は殆ど存在しないという事実に驚き――。

 実際のところ、漠然とした『聖なる力の象徴』『神の力を受け継いだ至高の存在』として奉られ、偶像の如く受け止めている者が大半だった。

 

            ≡

 

 テミス・フローレンスは、天使の中で唯一プリキュアの力を宿した存在だった。

 

 彼女はかの大戦でその名を知らしめた伝説のプリキュア、キュアミカエルの血を受け継いだ正当な末裔だ。

 天界で五指に入る上級天使である父親と、キュアミカエルの血脈である母親との出会いとその想いの成就。

 悪魔同様に純粋な天使族の出生率は非常に低い中で、育まれた二人の愛はやがて聖なる神の加護を宿した一人の赤子を受胎―― 生誕した存在こそ、テミスだった。

 そして、十数年後。

 すくすくと成長したテミスは、プリキュアの力たる神の力を顕現することに成功し、ミカエルの再来とも言うべき天界唯一無二の存在――キュアケルビムとして覚醒した。

 

 ――「喜べ、私たちの子供が、偉大なるプリキュアが生誕したのだ 」

 

 ――「正当なるキュアミカエルの末裔。テミスはまさに、神の加護によって魅入られた特別な存在なのだわ」

 

 ――「すばらしい限りだよ。これからの天界と冥界、そして地上世界は、彼女が導いていくのだな」

 

 ――「見えざる神の手も、この大いなる奇跡をきっと祝福して下さるはず。さっそくご報告を……」

 

 ――「テミス、おまえは我々すべての天使の誇りだ。おまえが世界を導くんだ」

 

 周りからの過度な期待と歓喜、そして祝福に織り交ぜた重責 の言葉を聞きながら、テミスはいつも不思議に思っていた。

 ――どうして、私なんだろう?

 ――どうして?

 ――私がプリキュアになったのは、たまたまなのに。

 ――どうして周りは、私に世界を導け、だなんて 期待を向けるの?

 ――導かないといけないの?

 ――たしかに、私は天使だから、下界の人々を導くのが使命だけど。

 ――プリキュアになったら、すべて一人でそれを果たさなきゃいけないの?

 ――私には、選択肢は一つもないの?

 

 ――なんで、私は『プリキュア』に選ばれたの? 誰か、教えてよ。

 

 プリキュアとしての大役を務める任を与えられたテミスは、ふと、そんな事を考えた。

 

 テミスは、愛をもたらす天使でありながら、その実「愛」を感じられなかった。

 いや、愛らしきものは感じられた。だが、いつだって彼女はそれが本当の「愛」であると強く信じる事は出来なかった。

 なんとなく感覚的に、昔から愛情を感じられぬまま――。

 子供の頃からどこか「寂しい」と感じており、周りに溢れる「愛」を享受する者たちが常に羨ましくて仕方なかったのだ。

 だからこそ、彼女はより強く、誰よりも「愛」の為に戦おうと心に強く刻んだ。愛を感じられないからこそ、何よりも「愛」を尊ぶべきである。天使として、プリキュアとして生を受けた自らの使命である―― そう自分に言い聞かせ続けた。

 ゆえに、彼女は悪魔というものを敵視した。悪魔こそ、周りから「愛」を奪う諸悪の根源そのものである。

 欲望を貪り食らい、虚飾に塗れた栄華に浸り続け、ぬるま湯の中で積み上げられた歴史をただ徒に消費し続ける一族を。

 彼らは絶対悪であり、唾棄すべき存在に過ぎぬと。

 燻る炎を心中で無理矢理凍らせながら、少女はただ静かに時を待ち続けた。

 

            ≡

 

 彼女がプリキュアとして覚醒してから数年の時が経ち――彼女は、自らの意思で人間研究の一環として下界へ降り立った。

 フランスのミッションスクールに通い、天使である身分を隠し、一般的な社会生活の中に溶け込んでいた。

 無論、自らの使命を忘れたわけではなかった。常に彼女はプリキュアとしての使命を全うすべく、自己研鑽を絶やさなかった。真実の「愛」を知らぬがゆえに、誰よりもプリキュアらしく、誰よりも強くあろうとし続ける様は、まさに周囲が彼女へと押し付けたプリキュアのイメージそのものだった。

 事実として、彼女はプリキュアとして申し分ない力を秘めていた。人間界には多かれ少なかれ、天界人ですら認識していない異形の悪が存在しており、それは常に彼女の目の前に湧いて現れるのだが――テミスは十数年で鍛えたプリキュアと天使の力を組み合わせる事でことごとくを浄化した。

 それでも、彼女は未だその手で一度たりとも「悪魔」を手に掛けたことはなく、むしろ、彼らの存在を一度たりとも認識できたことはなかったのだ。

 いつしか、悪魔など元より存在しないのではないか。悪魔という言葉自体、天使や人間が自分の都合の悪い事実や罪を換言しただけの空想の産物ではないか―― そんな風に思い始めていたのだ。

 

「悪魔はいる。悪魔の根絶こそ、お主にとっての真実を突き止める唯一の方法である」

 そして、その不安を明確に否定した『声の主』は、テミスを見ながら問いかけた。

「お主がキュアケルビム、天界では テミス・フローレンス、と呼ばれている者か? 私はずっと貴殿 を探して続けていた」

 『ソレ』はある日、彼女の前に唐突に現れた。

 妙に時代がかった祭服を着ている壮年の男は、こちらを値踏みするように観察しながら口を開く。

「その歳でそれほどの力を宿すか。それも、プリキュアとしての基礎技術のみを用いてとは興味深い」

 そう言いながら、男は周囲に転がる、今しがたケルビムが始末した邪悪な怪物たちの残骸を足蹴にした。

「……貴方は、誰ですか? 人間ではないのですか」

「申し遅れてしまった。私の名は、ホセアだ。洗礼教会という組織で大司祭を務めさせてもらっている」

 ―― 洗礼教会。

 彼女の中に思い起こされたのは、天界に居る時に『人間界』についての書物などに時折出てくる、人間界で密かに活動し続ける宗教組織の名前だった。

「洗礼教会……?」

 テミスの呟きに対し、ホセアと名乗った男はおもむろに語る。

「率直に言おう。キュアケルビム、貴殿の持つプリキュアの能力を活かし、主の探し求める『(こたえ)』を見つけ出そう。そのために我らの同志として力を貸してほしい」

「同志……私が、貴方の? なんの為に?」

「この世界にある『愛』を知りたいのだろう? ならば、我らとともに真実の『愛』を見つけ出そう。この世界は今、愛が枯渇している。ある者の手によって、世界から愛が急速に奪われている。我々はその者たちと戦い断罪しなければならない。この世界を今一度主が望んだ『愛』に溢れた世界へと変えるために」

 雄弁に物語るホセアの言葉に思わず息を飲み、彼女は食い下がるように問いかけた。

「誰なんですか、その愛を奪うものとは?」

 その問いに対し、ホセアは、一つの真実をテミスに告げる。

 

「悪魔界を統治した魔王の娘にして……主と同じ『プリキュア』に覚醒した悪魔だ」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

現代――

黒薔薇町 住宅街

 

「なんだよ、もう止めちまうのか?」

 突然、空の上から呼びかけられた。頭上を見ると、十枚の翼を生やした若い青年がベリアル たちを不敵な笑みで見下ろしている。

「誰なんですか、あなたは!?」

 ウィッチに尋ねられると、青年はゆっくりと地上へと降り立った。やがて、ベリアルたちに自らの正体を明かす。

「俺か?  俺は堕天使の王―――――― ダスクだ」

「堕天使の…… 」

「王!?」

 こんな若い姿をした男が、堕天使たちを束ねる頭目―― 俄かには信じ難い 話だ。

 だがしかし、ベリアルたちは本能的にダスクがその身に秘めた途方もない闇の力――誤って踏み込めば二度と戻ることを許さない重力の奔流そのものを感じており、自然と額から汗が滲みだす。

 皆その場を一歩も動かず額に汗を浮かべ、張り詰めた空気の中で敵を牽制している。

 すると、ダスクは背中の翼をピンと広げ、口元をつり上げる。亜空間より漆黒の大剣を出現させた。

「くるぞ!!」

 バスターナイトの掛け声に全員が瞬時に身構える。

 触れるものすべてを非情にも切り裂くであろう闇の凶器を携えたダスクは、その切っ先をベリアルたちへと突き付けた。

「お前たちの力、見せてもらおう!」

 突き出した剣先を軽く振る。

 刹那、紅色の剣閃が生じるとともにベリアルたち目掛けて飛んで行った。

 発生した剣閃はコンクリートで固められた大地をもプリンを掬う要領で容易く抉る。直撃を受ければひとたまりもないと直感し、ベリアルたちは回避を決め込む。

 気が付くと、地面は無残にも抉り取られており、周辺の木々は倒されブロック塀も跡形もないほど粉々になっていた。

「なんなの、今のは!?」

「ハヒ!? たった一回剣を振っただけなのに……」

「堕天使に何を怖気づく事があるというの? 相手は一人じゃない! あんな奴に負けてたまるものですか!」

 天使としての誇りから、堕天使に後れを取る事は罷りならないと感じたケルビム 。

「あいつは、この私が倒す!!」

 空の上から敵の姿を見据えると、勇猛果敢にもたったひとりダスクの元へ飛んで行く。

「ちょっと待ちなさい!! 無謀よ!!」

「あなたの指図は受けないわよ、キュアベリアル!!」

 ベリアルの制止も無視して、ケルビムはダスクの元へと飛んで行き、加速による勢いをつけた状態から右手に装備した聖槍ジャベリンを構える。

「はああああああああああ!! 」

 一突きで仕留めるつもりであるらしく、切っ先は確実にダスクの心臓を狙っていた。

 ケルビムらしからぬ一直前 な戦法にベリアルたちが危惧を抱く中、標的にされたダスクはフンと、鼻で笑う。

 その瞬間、全身から圧倒的な量の「闇」をオーラとして放出した。

 濃厚なる闇のオーラはキュアケルビムの渾身の一撃を真正面から受け止めるばかりか、彼女自身の力を急激に奪掠していく。

「ぐうううううう……!!」

〈テミス様、これ以上は持ちません……!!〉

 ピットもあまりに強すぎる闇の質量に根負けてしまい、主人の意思とは無関係に攻撃を中断せざるを得なかった。

「パワーアップした状態のキュアケルビムの攻撃を受け切るあの闇のオーラ……なんという質量だ!」

「堕天使の王を自称する相手に一人で立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃないわ! レイ、ドラゴンモードになって援護しなさい!」

「わかりました!」

 ベリアルの命に従い、レイはハルバード モードから真の姿である蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)へと変身。そしてベリアル自身はヘルツォークゲシュタルトを解除、機動力に優れたフィルストゲシュタルトへと変身する。

『ブレス・オブ・サンダー!!』

 雷の力を司るスプライト・ドラゴン本来の能力を惜し気なく解放。口腔内から数億ボルトという電気エネルギーを吐きだし、ダスクへ豪快にぶつける。

 ダスクの足下へと雷が直撃し、爆炎とともに土煙が多量に舞い上がる。ベリアルはその間隙を突いて懐へと忍び寄る。

「はあああああああああ」

 右脚部から繰り出す鋭い蹴撃がダスクの左頬を確実に捕えた……そう思った瞬間、ベリアルの視界からダスクの姿が消えた。

「なんですって?」

 消えたダスクを目で探そうとしたときだった。

「きゃああああ!!」

 左腕を強い力で握られたと思えば、いつの間にか背後へと回り込んでいたダスクによる一本背負いを食らい投げ飛ばされた。

「「「リリス(様)(さん)!」」」

「「リリスちゃん!」」

 周りがダメージを受け倒れるベリアルを気遣う一方で、戦いの最中、欠伸さえしているダスクは非常に退屈そうな顔で尋ねる。

「どうした? ちゃんと見せてみろよ。お前たちの力を。こんなんじゃ眠気覚ましにもなりゃ しねぇ」

「おのれ……!!」

 キュアケルビムやベリアルを軽くあしらうだけでなく、自分たちではまるで相手にならないと毒気を吐かれている気でならないレイは、怒りを募らせる。

「レイ、相手の挑発に乗るな」

 バスターナイトはレイの怒りを鎮めつつ、冷静に状況を分析しながら如何にしてダスクと戦うかを思案する。

「奴は動きが早い。オレとキュアケルビムが奴の懐に回り込む。リリスとはるかは合図とともにヤツに攻撃してくれ!」

「「うん(はいです)!」」

 ベリアルとウィッチが潔い返事をする中、ケルビムは難しい表情を浮かべている。

 そんな彼女にバスターナイトは凛とした目で見つめながら問いかける。

「敵の敵は味方――共闘の理由としては不服かい?」

「私は…… 」

「どの道ヤツを野放しにはできない。どうか、オレたちに協力してくれないか? 頼む!!」

 バスターナイトとしても全滅だけは避けて通りたい。今の自分たちの力だけで堕天使の王(あれ)を倒せるとは思っていない。だからこそ、キュアケルビムの力を借りてこの場を退けたいと思った。

 恥も外聞もかなぐり捨てて彼女へ深く頭を下げ懇願するバスターナイトの態度に、キュアケルビムもとうとう折れた。

「……言っとくけど、私は一度だって悪魔の味方をするつもりはないんだからね」

 いつもながら素直じゃない彼女の言葉を聞いた事で 、ベリアルたちは逆に安堵した。

 ここに再び―― 堕天使対悪魔と天使の共同戦線が実現した。

 堕天使の王こと、ダスクは余裕の表情を浮かべ仁王立ちを決め込んでいる。自分から攻撃を仕掛けないのは敢えてベリアルたちを誘っているからだ。

 極めて挑戦的かつ高慢な態度に全員は内心イラッと思いながら、この戦いに集中しようと思い、意を決し攻撃を仕掛ける。

「いくぞ!」

「「「「「「うん(はい)(ええ)(おう)!!」」」」」」

 各自一斉に動き始めた。

 戦いの指揮を執っているのは暗黒騎士バスターナイト。その横を走るのはキュアケルビム・オファニムモードだ。

「同時攻撃で仕掛けるぞ!」

「わかったわ!」

 走りながらプランを確認し合い、バスターナイトは暗黒魔剣バスターソードを、ケルビムは聖槍ジャベリンを携え、前方に佇むダスク目掛けて斬りかかる。

「「はあああ!!」」

 息を合わせて二人が同時に斬りかかる。

 当初は闇のオーラが反射的にダスクの身を守ろうとしたが、バスターナイトとケルビムが力を合わせたことでオーラは打ち破られた。

 自らの闇のオーラによる絶対防御を二人が打ち破った事にダスクは僅かに瞠目。思わず嬉しくなり少しだけ口元を上げると、すぐさま持っていた大剣でバスターナイトとケルビムの一太刀を受け止めた。

 異質な力と力がぶつかり間近でせめぎ合う瞬間、凄まじいエネルギーが突風となって周りへと拡散する。

「「ぐうう……」」

 苦しそうに刃を乗せるバスターナイトたちとは対照的に、ダスクは終始平然とした表情のままだ。

「俺の闇のオーラを破った事は褒めてやろう。だが、これがお前たちの力の底なのか?」

「く…… っ。私たちの底まで掴み取るつもりなの!?」

「浅い底だ。いちいち掴むまでもねぇ」

 露骨なる挑発。それだけの余裕がダスクにはあるのだ。

 バスターナイトとは違い、ケルビムは挑発という行為自体に慣れていない。ゆえにダスクの明らかな挑発にさえも気色ばむ。

 二人掛かりでも手一杯な状態のバスターナイトとケルビムは、何とかこの状態をキープしつつ、頃合いを見て周りへ呼びかける。

「みんな!!」

「あとは頼むわよ!!」

 合図が出された瞬間、頭上で待機していたキュアベリアルはフィルストからグラーフゲシュタルトに変身し直しており 、キュアウィッチ・ヴァルキリアフォームとともに、飛翔態のラプラスの三人でほぼ同時に必殺技を披露した。

「プリキュア・プロミネンスドライブ!!」

「プリキュア・ジャッジメント・フィニッシュ!!」

『ウィンド・オブ・ペイン!!』

 炎と宝剣、疾風による同時攻撃。

 しかし、三人が仕掛けたいずれの技もダスクにヒットする事は無かった。攻撃が完了した瞬間、ダスクの姿が忽然と消えていた。

「どこに消えた!?」

「ここだ」

 声が聞こえたのは真上――すなわち空だった。

 全員が見上げれば、背中に生えた十枚の翼を広げたダスクが悠然と浮遊している。

 呆気にとられる彼女たちの様子を面白く思いつつ、ダスクは両手を天に掲げ、自身の闇の力を七つの球体状に圧縮させる。

「喰らえっ!!」

 攻撃を宣言すると、ダスクの闇から作られた七つの球体から破壊光線が放たれた。

「逃げろ!」

 バスターナイトの呼びかけで全員が射程圏内から離れる。放たれた黒色の破壊光線は大地を抉り、途轍もない衝撃を伴い拡散。ベリアルたちはその余波を受けた。

 攻撃が終わると、ダスクは再び地上へと降り、ベリアルたちへ問いかける。

「この程度か? お前たちの力は、この程度のものなのか?

「こいつ……!」

「強すぎます!!」

 強い敵との戦いはこれまでに何度か有った し、その都度彼女たちは互いの絆を信じて危機的状況を乗り越えて来た。

 しかし、今回現れた敵は今まで遭遇した敵とは明らかに次元が異なる相手。同じ堕天使のザッハやクリーチャーのヴァンパイアとも引けを取らぬ実力。否、彼らですら凌駕する実力を目の前の敵は備え持っているのだ。

 ケルビムは満身創痍になりながら、必死で這い上がろうともがき足掻く。そんな彼女の姿勢に苛立ちを抱き、ダスクは右手を伸ばす彼女の手を踏みつける。

「ぐあっ…… !」

「見苦しいぞ、キュアケルビム。お前じゃ俺には勝てねぇよ」

「舐めないで頂戴……ザッハを倒せたのなら、あなただって倒せない道理はない……ぐあああああああ」

 かつての経験則からダスクとて倒せない筈はないと推測するケルビムだが、その言葉を聞いた直後、ダスクがより力を込めてケルビムの手を踏みつける。顔を歪める彼女を見下ろし、ダスクは物語る。

「俺があんな小物と一緒だと? 笑わせやがる。見識が足りないからそんなつまんねえ答えしか出てこねーんだよ。そもそもなんで聖なる加護を持って生まれた天使が悪魔共と協力しても勝てねーかわかるか? そこに絶対的な『壁』があるからだっ」

「ふざけないで!! どこまで私を、いや…… 私たちを掌握していたというの!?」

「ムカついたか天使さまよぉ。これが〝王〟の力だ。所詮オメーもそこに転がってる悪魔共も俺からすればケツの青いガキなんだよ!」

 王たる貫禄と気風。あらゆる状況を覆すだけの絶対的な力を持つ存在――ベリアルは今は亡き魔王にして、父であるヴァンデイン・ベリアルと同じ立ち位置に君臨する支配者の振る舞いに内心慄いた。

「さて……これ以上お前たちに期待する事もなさそうだ。ここで幕を退くとしよう」

「言ってくれるではないか……堕天使風情がっ!」

 確かな実力を持つゆえに高慢な態度を取りがちな若き堕天使の王の言葉。聞いた直後、レイの堪忍袋の緒がついに切れた。

「そんなに見たければ見せてやろう……我々の力をな!!」

 言うと、レイは今一度ドラゴンモードへと変身した。

 巨体をそれに見合うだけの翼で浮き上がらせ、空中高く舞い上がる。

 高所から豆粒ほどの大きさのダスクに狙いを定め、加速しながら一気に地上へ急降下。その際、空気抵抗を受けつつ体の表面に静電気を発生させる。

『ライトニング・タックル!!』

 高電圧の体を直接敵へとぶつけるレイの力技が、ダスクへとクリーンヒット。ダスクは猛烈な磁気嵐に包まれる。

『やったぞ!』

「退くぞ、レイ!」

 勝利を確信するレイにそう声をかけたのはバスターナイトだった。一瞬聞き違えではないかと思ったレイは驚愕の表情を浮かべる。

『何を言っておるのだイケメン王子!? 奴は今私が……!』

「この程度で奴を倒せるとは思えない。だから今は退くんだ」

『どういう意味だ?』

「いいからサっ君の言う通りにして!! 早くしなさい!!」

「レイさん、行きましょう!」

 撤退を決め込む全員の対応にレイは激しく困惑しつつ、仕方なくこの場を退く事を受け入れた。

『リリス様、みんなも待ってくれ!!』

 ベリアルたちが退却した直後、磁気嵐の中に閉じ込められていたダスクはと言うと、

「やっぱこの程度かよ……」

 まるで何事も無かったように無傷のまま磁気嵐を打ち破り、想定していた以上にベリアルたちの実力が自分の足下にすら及ばない事を悲嘆する。

「ったく。つまんねぇな……」

 

            *

 

黒薔薇町 悪原家

 

「まったく……あと一歩で奴を倒せたというものを!」

 敵を倒す事も無く逃げ帰ってきた事を、レイは到底承服などしていない。そればかりか朔夜を内心臆病者とすら思っているほどである。

 レイから軽蔑を受ける事も覚悟してあの場であのような判断を下した朔夜は、コーヒーを口に含みながらダスク生存を危惧するリリスたちを見る。

「あの堕天使、本当にまだ生きているんでしょうか?」

「間違いない。ヤツの戦いを見ていただろ。みんなはあの程度で本当に倒せると思うかい?」

「正直なところ……思いませんね」

「私も同感……」

 皆思うところ同じだった。ダスクと自分たちの実力差は火を見るより明らかと、先の戦闘で否が応でも分からされたのだ。

「気に病む事などありませんリリス様!! 今度会った時はあの生意気な堕天使の若造を必ずや玉砕しましょうぞ!! なーに、いつもみたいにみんなで力を合わせればあんなの大したことはありません!!」

 ただひとり、レイだけを除いて――。

「ところで……」

 不意にそう口にしたのは、ケルビムだった。あの戦いのどさくさに紛れて 、彼女ははるかに言われるがままにリリスたちと一緒に逃げ、気付いたら彼女の家に上がっていた。

「どうして私がここにいるのかしら?」

 鋭い眼光でリリスを睨み付ける。

 彼女から敵意に近いものをぶつけられる中、リリスは口元を上げて言う。

「いい加減に素直になりなさいよ。別に獲って食おうってわけじゃあるまいし。大体いつまで私たちに正体を隠せば気が済むのよ……テミス」

「な――っ!」

「え!?」

 リリスの口から出た単語を聞くや、はるかは耳を疑った。

 何よりも驚いているのはケルビムの方であり、リリスにはごく自然な流れで正体を看破されたのだ。

 全員がケルビムへ熱い視線を向ける。

 やがて、観念したように彼女は嘆息して から、おもむろに変身を解除した。

 変身が解かれ、眩い光の中から姿を現したのは帰国子女として私立シュヴァルツ学園に転校してきた金髪の美少女――テミス・フローレンスだ。

「テミスさん、あなたがキュアケルビムでしたか!!」

 今の今まではるかは全く気付いていなかったから、改めて驚いている。

 一方、呆気なく正体を見破られたテミスは当惑した様子で率直な疑問をリリスに尋ねた。

「いつから気づいていたのかしら?」

 問われると、リリスはカップの紅茶をひと口啜り、「最初からよ。あんたがうちのクラスに転校して来た時からね」と、端的に答える。

「ハヒ!? じゃあ、リリスちゃんは全部分かってたんですか!? でしたら、どうして教えてくれなかったんですか!?」

「はるかの言う通りだ。分かっていた上で、どうして正体を話そうとしなかったんだい?」

 朔夜が仲介に入ってリリスが話をし易くしようと促すと、リリスは実に意外な事を語ってくれた。

「結論から言えば……静観してたのよ。向こうが私たちを監視しているだけならわざわざ手を出すつもりもないし。逆にテミスの方も洗礼教会の連中と違って無暗やたらと襲ってこようとはしなかった。お互いにとって無用 な衝突は避けて通りたかったの。テミスもテミスでクラスに馴染んでいたから、手を出しづらかった……そんなところかな」

「あなた……」

 どうやらテミスが思っていた以上にリリスは悪魔らしからぬ悪魔だった。

 幼い頃から天使として敬虔な神の使い、信徒であり続けてきたテミスの頭には悪魔=抹殺すべき対象という構図が出来ていた。洗礼教会に嘱託戦力として協力しているのは、人類に悪影響をもたらすであろう彼らを根絶する為であり、最も勢いづいている悪魔……すなわちリリスを監視する目的で彼女が通う学校へと転入してきた。

 それからずいぶんを時間が経った。テミスはいつしかリリスを倒す事に躊躇いを抱き始めるようになった。そればかりか、彼女の仲間たちに触発され意図せざる行動をたくさん取るようになった。

 悪魔=敵と考えていたテミスだが、リリスや彼女の仲間たちとの関わりが心に明確なる変化をもたらした。そして何よりリリス自身に自分を倒したいという「悪意」を感じられなかった。むしろ彼女は降りかかる火の粉以外を積極的に振り払おうという意思がないのだという事を、今この場で理解した。

「ま、そんなわけでこの話は終わり。で、これからどうする?」

 テミスの正体を暴露した事を割とあっさり受け流して、リリスは最優先で対処すべき事案――ダスクの出現について協議を持ちかける。

 この場に集まった全員が真剣に考え、何をすべきかを話し合う。

「あいつ、結構なイケメンだけど……正直ヤバい感じがするのよね」

「どこか安全な場所へ逃げましょうか?」

 そう提案したのはテミスと共にいたピットだった。聞いた直後、テミスは臆病風に吹かれるパートナーを嗜めるように言う。

「そんな場所どこにあるというのピット。戦って勝つ以外にこの脅威から逃れる方法は無いわ」

「その通りである! だから私はあの場で叩いておくべきだったと主張したのだ、なのにそこのイケメン王子が……」

「何が言いたいんだい?」

 分かっていた事とは言え、朔夜が敢えてそう尋ねると、レイはキッパリと「弱気すぎるのだ!」と非難し、更に続ける。

「貴様という男はいつだってそうだ! たまには攻める気持ちも必要なのではないのか!?」

「ちょっとレイ! あんたね!!」

「リリス様は黙って下され!!」

 いつもなら主人の尻に敷かれる側のレイが、強い口調でリリスを黙らせた。

 全体的にピリピリとした雰囲気に包まれるリビングにおいて、朔夜はふうと溜息を吐いてから、レイへ聞き返した。

「レイは何も感じなかったのか?」

「なに?」

「ダスクと戦った時、キミは何も感じなかったのかと聞いているんだ」

 少なからずこの場にいる全員が何かを感じとっていると朔夜は考えている。少し力み過ぎているレイに考えを改めさせようと思ったが、逆にそれがレイの不満を増長させる。

「だがあのとき……―― !」

「そうだご飯にしましょう!」

 唐突にラプラスが手をポンと叩いて口にする。

 あまりに突拍子もない彼女の言動にレイは思わず力が抜けてしまった。

「な、なんなんですかご婦人!! 人が喋ろうとしてるのに横から!」

「あんたがそんな風に怒りっぽくなっているのはお腹が減っているからじゃないかしら? まずはご飯を食べてそれからゆっくり考えましょう!」

「賛成です!」

「私も賛成!」

「わたしも!」

「まぁ……確かにお腹は空いているけど」

 ラプラスの提案は皆に受け入れられた。

 ひとまず、全員は食事を摂ってからこれからの事について改めて考える事にした。

 

            *

 

黒薔薇町 スーパーくろばら

 

 八人分の食事を用意するため、はるかはやや強引ながらテミスを誘って近所のスーパーへと買出しに向かった 。

 はるかが品定めをしているとき、テミスは躊躇いがちに彼女に問いかけた。

「ねぇ……どうして私を誘ってくれたの?」

「いやぁ~、こういう機会でもないとテミスさんとゆっくりお話しできないじゃないですか♪ クラスでもリリスちゃんとは違う意味で何となく遠い存在ですし……なかなか親近感が湧かなかったんですが、同じプリキュアだって分かったら急に親しみを感じちゃいました!!」

「そう……」

 テミスが見る限り、はるかはクラスメイトの中でもとりわけ気さくであり、分け隔てなく 誰にでも優しく接している人間だ。その彼女でさえ自分には遠慮がちだったというのだから、テミスは些か寂しくも思った。

「ところで、あの二人の事なんですけど」

「え?」

 不意に話を振られたと思えば、はるかはテミスに現在ぎくしゃくしている朔夜とレイの事について言及した。

「テミスさんはどう思います?」

 尋ねられたテミスは少し考え、陳列された食材を手に取ってから、率直な所感を述べる。

「いいんじゃないかしら」

「ハヒ?」

「考えてもみなさいよ。完璧な生き物なんてこの世になんていないわ。無鉄砲な使い魔もいれば、冷静過ぎて扱いづらい悪魔もいる……バランスじゃないかしら」

「バランス、ですか……」

「今だから言えるけど、私は『ディアブロスプリキュア』はいいチームだと思ってるわ。いいバランスを保ってる。一人一人違った個性を持っていながら、自然と足りない部分を補っている。そして一人の『個』の力はやがてチームと言う『和』の力を作り出し、それ自体が大きな『個』ともなる。まるで、日本と南米流のサッカーのやり方を折衷したような感じがするわ」

 こんな言葉をテミスが語るとは夢にも思っていなかった。何より本人が一番驚いているのだが、彼女自身が語ったその言葉に嘘偽りの気持ちは全くない。

 テミスはサッカーのスタイルになぞらえた自分なりに分析したディアブロスプリキュアの特徴を説明しつつ、次のような質問を投げかける。

「例えばの話だけど、もしもリリスが二人いたとしたらどうなる?」

「リリスちゃんが二人……ですか?」

 おもむろに、はるかは頭の中で想像する。

 日常生活で悪原リリスという少女、もとい悪魔が二人いたらどうなるか。おそらく嬉しい気持ちよりも厄介だという気持ちの方が上回るだろう。しかもはるかは想像力が豊かすぎるから、その顔が段々と悲壮に満ち溢れたものとなる。

「あの……なんかものすごい想像してない?」

 横で彼女を見ていたテミスは心配になって声を掛ける。

「あははは……かなり恐ろしいかもしれません ね」

「でしょう? 多分私が二人いても同じ。どんな事でもとどのつまり塩梅が大事なのよ」

「あん……ばい?」

「塩に梅と書いて塩梅。料理だって、どんなにいい食材でも塩加減を間違えれば途端に食べられないものになってしまう……結構難しいものなの。みんな必死にやってる、ぶつかるのはその証拠よ」

 同い年のリリスが理路整然と何かを語るように、テミスもまた客観的かつ達観とした様相で物事を語る様はどこか違和感を覚えるが、はるかはそんな彼女を純粋に羨望の眼差しで見つめる。

「テミスさんって……」

「え」

「なんだかリリスちゃんと似てますね!」

 聞いた瞬間、テミスは酷いショックを受けると共に、はるかの言葉を撤回しようと激しく抗議する。

「だ、誰があんな悪魔と一緒ですって!! 私はあの子とは違うんだからね!!」

「ど、どうか落ち着いてくださいよ!!」

 こうやって直ぐにムキになるところも、リリスとの共通点だとはるかは思った。

 

            *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 いつものメンバーに加え、今日の食事会にはテミスとピットも同席している。

 同じプリキュア同士はるかは彼女とこうしてひとつ屋根の下、同じ釜の飯を食べて語り合えることを何よりも嬉しく思い、満更テミス自身も悪くは思っていなかった。

 そんな食事会の席で、不意にレイとクラレンスが立ち上がり、リリスたちにある提案を持ちかけた。

 それはダスク打倒を掲げた彼らの一世一代ともいえる大胆不敵な作戦だった。

「「「「「「一斉攻撃?」」」」」」

「「はい!!」」

 レイとクラレンス曰く、ギガントすごい作戦らしいのだが、周りはそうは思っていない。

「あんたたちね……一斉攻撃ならさっきやったじゃない」

「それ、作戦と言えるのかしら」

 呆れるリリスと疑問を呈するテミスを見ながら、レイは無駄に鼻息を荒くする と、いつも以上に胸元を大きく見せ自信満々に答える。

「ふふふ……わたくし奴 の考えたギガントすごい作戦はさきほどのものとは一味も二味も、三つ味も違うのですぞ!! クラレンス君、例のものを頼む!!」

「はい、ただいま!!」

 言われた直後、クラレンスは紙粘土で出来た手作りの人形を取り出した。

 ひとつひとつが精巧に作られ、ディアブロスプリキュアとケルビム 、そしてダスクの人形が机の上に並べられる。

 レイはこの人形を使って具体的な作戦の内容を掘り下げる。

「いいですか、ここにあのクレイジーフォールンエンジェル、ダスクがいるとします。まずは私とリリス様がヘルツォークゲシュタルトとなって奴の動きを止めます」

 言いながら、ダスクの人形の前にリリスを設置する。

「他の方々は各自ダスクの四方に回り込んで攻撃すると言うのが、この作戦のギガントすごい所です!!」

 嬉々として語りながら、レイは残りの人形をダスクの四方へ配置する。

「はるか様とテミス氏は前で、動きの速いイケメン王子とご婦人が後ろへ回り込む。そしたら合図と共に一斉に奴へ必殺技を叩きこむ。すると……」

 リリスの人形を退かしてから、四方を囲まれたダスクの人形を無造作に叩いた。

「どうですか? 完璧な作戦でしょ!!」

「すごいですレイさん!」

 と、クラレンスは褒め称えるが頭の良いリリスたちには酷く短絡的でお粗末な作戦にしか思えなかった。実際話を聞いた直後、リリスから痛いコメントが飛び交う。

「レイ……完璧な作戦と自惚れている所悪いんだけど、これには大きな問題があるわ」

「なんと!? い、一体どこに問題があるというんですか?」

「ダスクの動きを止めるとは言っていたけど……私さっきダスクに思いっきりやられてたじゃないの?」

「ギク!!」

 本人の口から厳然たる事実が語られるや、。レイの表情が露骨に引き攣った。

 根拠の無い事を言うものではないと、クラレンスが教訓として次回に活かそうと思った直後。

「オレは反対だ」

 朔夜からの厳しい言葉が飛んだ。当然、レイはこれを面白く思わず厳しい表情で朔夜を睨む。

「またか? いい加減に勘弁してもらえぬか」

 一触即発の雰囲気。

 女子たちが仲裁に入るべきか迷っていると、朔夜はレイへと近付き声を掛ける。

「話がある。ちょっと付き合ってくれ」

「上等だ」

 甘んじて提案を飲むと、レイは朔夜に連れられ家の外へと向かった。

「サっ君! レイ!」

「ちょっとふたりとも喧嘩はダメですよ!」

「勘違いしないでくれ。男同士で話をするだけさ」

「私は話だけじゃなくても構わないのだがな」

 そういうと、朔夜はレイと共に一旦家の外へと出ていった。

 

            *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 曇天に包まれた午後の黒薔薇町。この日、公園で遊ぶ子供の姿は一人もいない。

 話し合いをするにはおあつらえ向きだと思いつつ、レイは怖い顔を浮かべる朔夜へと問いかける。

「話とは、なんだ?」

「なぜレイはここにいる?」

「なぬ?」

「答えろ。なぜ戦うんだ?」

「なぜって……」

 話の意図が全く掴めず困惑するレイを余所に、朔夜は淡々と問いかける。

「もしレイが、ゲームの主人公になったつもりでいるなら……今すぐ考えを改めることだ」

「何言ってるのだ!? 私は別に……」

 弁明しようとするレイの方へ振り返り、「違うと言い切れるのか?」と、朔夜は若干強い口調で問うた。

「忘れるな。負ければ死ぬんだ! やり直しは利かないんだ!」

「そんなこと……言われなくても分かっている」

「だったらなぜ、あんな無謀な作戦を立てる? 実力も分からない未知の相手に!」

「ではイケメン王子は逃げれば何とかなると思っているのか!?」

「そうは言ってない!」

「じゃあどうするのだ!?」

 感情的に叫んだ瞬間、朔夜はレイの胸ぐらを思い切り掴みかかって来た。

 いつも温厚で知性的な彼が取るとは思えない行動に、レイは戸惑いながら彼の心の叫びを聞く。

「よく聞くんだレイ! オレは、あいつと剣を交えたんだ! あいつは実力の半分も出していない。オレたちはあいつに遊ばれていたんだ!」

「うっ……」

 悔しいがそれは事実だ。レイも、痛いほど分かっているつもりだった。

「そんなこと……わかっているさ」

「だったら……!」

「確かにあいつは強いし顔もいい! しかし、私たちだって苦難を乗り越え力を手に入れてきたではないか! 一対一で敵わなくても、みんなで力を合わせれば絶対に何とかなる!」

「レイ……キミは……」

「今までだって、そうやって私たちは勝ってき たではないか! イケメン王子だってそれは知っているだろう!?」

 最初はリリスと自分だけだったが、いつしかはるかとクラレンスが加わり、そして朔夜とラプラスが仲間となった事で少しずつではあるが、悪魔陣営は勢力としての力を取り戻してきている。今まで一方的に虐げられてきた現状が確実に変わってきている。

 だからこそ、レイは今度も仲間と力を合わせれば不可能な事も可能になる。絶望も希望に変えられると信じているのだ。

 やがて、曇天の空から驟雨が降り始める。

 暫しの沈黙ののち、朔夜はレイの胸ぐらから手を放し、雨に打たれながら背中を向け、低い声で言葉を紡ぐ。

「……約束しろ。レイが無茶をやって死ぬのは勝手だ。だがリリスや他のみんなを巻き込むな。それが約束できないなら、オレはキミを斬らなきゃならない!」

 朔夜なりの最後通告だった。

 何があってもここでチームの誰か一人でも欠ける事は許されない。これを許せば他の勢力から一気に畳み掛けられるのを許してしまうのだ。

 

 ――ドカン!!

 そのとき、リリスの家の方角から爆音が鳴り響いた。雨音越しにもハッキリと響く独特の重低音に、レイと朔夜は焦りを抱いた。

「あの轟音は……」

「まさか!?」

 踵を返し、急いでリリスの家へ戻る事にした。

 

 二人が家に向かっている間、悪原家を襲撃してきたのは他でもない――堕天使の王ダスクだ。彼は彼女の家の周りに施されている強固な結界をたった一人で壊し、直接家を狙って来たのだ。

 予想外の出来事にリリスたちは困惑しながら、不敵な笑みを浮かべるダスクと対峙する。

「ふん……俺はガキの頃から隠れ鬼が得意でな。ここを探す事もさほど難しい事じゃなかった」

「く……サっ君とレイが居ないこんなときに!」

「対ピースフル兼カオスヘッドの攻撃に備えて何重にも張られたこの家の結界をたった一人で破るなんて、とんでもないパワーだわ!!」

「もう~、朔夜とレイの二人は何をやってるのよ!」

 苛立った様子でラプラスが声を荒げた、そのとき。

「リリス様っ!」

 ちょうどいいタイミングで、レイと朔夜が彼女たちの危機に駆け付けた。

「イケメン王子! 今更逃げようなどとは思うなよ!」

 無言のまま朔夜は静かに左腕に手をかけ、バスターブレスを握りしめる。

「リリス様! 参りますぞ!」

「ええ! みんな、変身よ!!」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 そして今日はこの場に、テミス・フローレンスがいる。人間の姿から初めて、彼女はベリアルたちにプリキュアになる瞬間を披露する。

 テミスはベリアルのベリアルリングと良く似た構造を持つ、二対の天使の翼が生えた変身アイテム――【ケルビムリング】を取り出し、中指に嵌めると天高く腕を掲げ宣言する。

 

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ !!」

 

 神々しい純白に輝く指輪を掲げたテミスの周りを、同じ色のオーラが包み込む。オーラの中で、金髪のロングヘアーはポニーテールへと変わり、汚れひとつ無い純白の戦闘衣服に身を包む。そのうえ、腰には向かって左側に薄いピンク色のリボンが付帯。アームカバーは手首周りを覆う程度の長さとなり、編み上げの白いロングブーツを装備する。

 変身が完了すると、ケルビムは背中に生えてある聖なる天使の象徴――白銀の翼をめいっぱい 広げ、閉じていた目を開くと大きく右手を下から上に動かした。

 

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

 

「壮観だな。悪魔と天使の力……相反する力をひとつにしたとき、果たして奇跡は起こるかな?」

 目の前の現状を指して 遠まわしにダスクが嘲笑う。

〈調子に乗るなよ若造が!!〉

「わぁああ!! ちょっとレイ!!」

 レイはベリアルの強化変身・ヘルツォークゲシュタルトが完了すると同時にレイハルバードへと変わり、彼女を半ば強引に引っ張る形でダスクへと向かって行った。

「リリス! 待つんだレイ!」

「こうなったらやるしかないでしょ」

「しかし!」

「あの作戦に懸けて みましょう」

「どの道ほっとくわけにもいかない し」

 懸念するバスターナイトの横に立っていたラプラスとテミスは、事前にレイが提案した一斉攻撃作戦プランに運命を託すことを決意する。

〈見ているがよいイケメン王子! 無茶かどうかはここで証明してやる! リリス様!!〉

「まったくあんたって子は……」

 使い魔の暴走にほとほと呆れ返るも、ベリアルはこの戦いに集中する事にした。

 自分の攻撃を待って攻撃の素振りすら見せないダスクに狙いを集中し、頃合いを見計らい地面を蹴って飛び上がる。

 

「――アヴァランチステップ!!」

 

 空中で舞いながら幻影を作り出し、その幻影でダスクを翻弄しながらベリアルはレイハルバードで激しく切りかかる。

 しかしダスクは幻影などに惑わされず、ベリアルが仕掛ける攻撃すべてを的確に見極め、平然と躱し続ける。

「この……ちょこまか動いてるんじゃないわよ!」

 さすがのベリアルも苛立ちを募らせた。

 一気に必殺技を叩きこもうとレイハルバードを振り上げ、エネルギーを切っ先に圧縮させると共に豪快に振り降ろす。

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

 

 ――カキン!!

「決まりました!」

「いや違う!」

 バスターナイトの予測通り、ベリアルの放った必殺技がダスクにダメージを与える事は無かった。ダスクは振り降ろされたレイハルバードの刃を人差し指一本で受け止めていた。

「――それで終わりか?」

「そ……そんな……」

〈バカな……ヘルツォークゲシュタルトの必殺技を指一本でだと!!〉

 あり得ない現象を前に、ベリアルとレイは恐怖する。

 ベリアルは目の前の絶望的な恐怖から逃れようと、手持ちのレイハルバードをむやみやたらと振り回しダスクを攻撃する。

「はああああああああああああ!!」

 だが、斬撃という斬撃はことごとくダスクの闇で強化された頑強な体で受け止められてしまう。どれだけ斬撃を浴びても、ダスクの鈍い金属音のような音を鳴らしながら体は疵どころか痕さえもつかない。

「それで終わりかと聞いているんだが?」

「そんな……そんな……そんな……私の技が通用しない!?」

〈こんなことが……あり得るのか!?〉

 ベリアルと共にレイ自身も圧倒的強者の言葉に平伏。それまで積み上げてきた自信が木っ端微塵に打ち砕かれる。

 

 

『一対一で敵わなくても、みんなで力を合わせれば絶対に何とかなる!』

 

 

 だがそのとき、レイはバスターナイト に言った言葉を思い出し、気持ちを切り替える。

〈そうだ……我々はもう一人ではない。リリス様や私には仲間がいる。まだ終わったわけじゃないのです!!〉

「レイ……そうね!!」

 仲間がいるという言葉に勇気をもらうと、ベリアルはダスクの背後へと回り込み、逃げられないよう自らが盾になる覚悟で押さえつける。

「今よ!」

「行くわよ!」

「「「はい(おう)!!」」」

 待機していたウィッチたちが一斉に動き始め、シミュレーション通りの配置へ散らばった。

〈これが本当の終わりだ、堕天使の若造が!〉

 

〈ウィンド・オブ・ペイン!〉

「エントリヒ・アーベント!」

「プリキュア・セフィロートクリスタル !!」

「デュナミス・ヴァルキリア!!」

 四人の一斉攻撃の瞬間、ベリアルはダスクから離れ攻撃を回避する。

 ダスクには回避という選択肢は無かったらしく、そのまま四人の同時攻撃を受けると、虹色の光に包まれる。

「やったわ!」

〈見たか堕天使、これがチームワークの勝利だ!〉

 と、レイが自信満々に言った次の瞬間。

「はあああああああああ」

 ダスクは四人から受けた技のエネルギーを自身の闇の力で全て吸収し、ダメージをゼロにした。

「わ、技を吸収したですって……!!」

「そんな馬鹿な!?」

「チームワークの勝利か? そんなもの、俺には関係ないがな」

 言うと、ダスクはベリアルたちの視界から消えた。

 消えたダスクの行方をベリアルたちが目で追いかける前に、ダスクは止まっている時間の流れを移動するかの如く、彼女らの懐に強力な一撃を叩きこむ。

「「「「「「「「 ぐああああああああああ」」」」」」」」

 攻撃を受けたベリアルたちは悲鳴を上げながら地面に倒れ込む。そして、呆気なく変身を解除されるという結末を迎えた。

「やはりこの程度か。つまらねぇ……」

「私たちの……技が……」

「まったく通用しないなんて……ぐう」

「これが……堕天使の……王の力……か」

「理解したか? これが俺とお前たちの実力の違いだ。ただ殺すだけじゃつまらねえ。お前たちには、もっと深い絶望の闇を味わってもらうぞ」

 ダスクは地面に倒れ伏すリリスたちにそう話すと、全身からどす黒い闇を放出する。

 放出された闇は瞬く間に辺りへと広がっていき、リリスたちをより深い闇の中へと誘った。

「「「「「「「「うわああああああああああああああああ!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

レ「私の所為だ!! 私が無鉄砲なばかりに、リリス様やみんなを!!」
ベ「恥じる暇があるなら今すぐ堕天使総本部へ乗り込むんじゃ! ワシの作った新たな変身リングを、リリス嬢に届けるんじゃ!!」
レ「リリス様、こんな使えない使い魔ではありますが……何が何でもあなたと、みんなを助け出してみせます!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『仲間を取り戻せ!起死回生グロスヘルツォークゲシュタルト!!』」


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第23話:仲間を取り戻せ!起死回生グロスヘルツォークゲシュタルト!!

遅れてしまって申し訳ありません。
社会人になって研修も始まり執筆に避ける時間が極端に少なくなってしまいました。
そんな忙しい状況で何とか書き上げました。末筆ですが、最後までお付き合いください。


 意識が戻ると、そこは闇の中だった。

 あの戦いが幻などではなかったのなら私は……ダスクの闇の力の畏怖を抱き、その力に完敗した。

 私だけではない。リリス様も、はるか様も、イケメン王子も、そしてテミス氏も、みんなみんなあの闇の力に為す術なく敗北した。

「ここは……」

 闇はすべてを飲み込むと言うが、まさにその通りだ。どこを見てもあるのは闇。闇。闇。闇。闇―― どこまで行っても黒一色だ。

 この真っ黒で肌寒い場所にいるのは私だけ。最愛の主人と、その仲間たちの姿は何処にも見当たらない。

「リリス様っ!  はるか様っ! イケメン王子っ!」

 暗中大声で呼びかける私に、返事をする者はいない。

 兎に角ここから早く脱出しなければ。もしかしたらリリス様たちの方が先にこの闇から逃れられているかもしれないし…… そんな事を考えながら、私は闇の中を疾走する。

「リリス様、どうか返事をしてください! はるか様、イケメン王子でもいいから返事をしてくれー!! クラレンスっ! ご婦人っ! テミス氏! ピット!」

 闇がすべてを掻き消してしまう。この私の声すらも。

 まるでこの闇はブラックホールの様に、強い引力でもって全てを引き寄せ、そして呑み込んでしまう。

 本当に私だけがこの場に取り残されてしまったのか。そう思うと急に強い不安に駆られてきた。

 以前、滅びた世界にたったひとりだけ取り残された男の生き様を描いた洋物映画を見たことがあるが……この状況はそんなカッコいいものじゃない。私はリアルに間近に感じているのだ、死の恐怖を。

 恐怖が顔に冷や汗と言う形で現れた。直後、膨張した私の恐怖がより凶悪な幻影を作り上げてしまった。

 この闇を作り出した張本人にして、我々が手も足も出なかった相手――ダスクだ。

「ああ…… 」

 幻影とは思えない威圧感を目の前から放ってくる。

 ひょっとしたらこいつは実体なのかもしれない……あまりの恐怖に私は生まれて初めて失禁する。

「くるな……!  くるな……!! くるな……!! くるな……!!」

 気が付くと、私は走り出していた。

 一刻も早く逃げなければ、即座に殺される。

 こんなにも敵に恐怖を感じたのも、おめおめ尻尾を巻いて逃げ出したのも初めての経験である。

 走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って……走り続ける、この無限の如き地獄 の闇を。

 情けない。あまりに無力。非力。弱者。腰抜け。チキン野郎。そうだよ…… 私は自分で言うのも何だが、とんだ臆病者だった。

 イケメン王子の忠告をもっと真に受けておくべきだった。

 あのとき私が自信満々に立てたあの作戦は作戦でも何でもない、ただの自己満足に過ぎなかった。

 後悔先に立たずだ。どうしていつだって気付くのが遅いのだ……気付いた時には既に、取り返しのつかないところまで来てしまった。

「あ…… あああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 」

 ………… …………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≡

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

「はっ!!」

 絶望の闇から抜け出したとき、レイの意識は現実世界へと戻っていた。

 どうやら相当に魘されていたらしい。ベッドの中に長時間いた彼の体は汗でぐっしょり、布団を握る手は痙攣している。

 そして何より、今寝ていたベッドは普段自分が使っているものでも、リリスが使っているものでもなかった。何だか黴臭い上に埃っぽい。

「気が付いたか。やっと起きおったわい」

 すると部屋の扉が開かれ、コーヒーカップを持った人物――ベルーダが入室した。

「貴様は……ニート博士!」

「誰がニートじゃ!! 誰が!!」

 どうして起きて間もないのに寝ぼける事無く目の前の人物を罵倒できるのだろうと、ベルーダは内心思いながら近くのイスに腰を下ろす。

「ふう…… 酷く魘(うな)されておったな。寝汗で凄い事になっておるぞ」

 言いながらコーヒーをひと口含み、更に付け足した。

「しかし股のそれは果たして寝汗なのかのう~」

「え?」

 おもむろに足下を確認すると、シーツには寝汗によって出来たにしてはあまりに大きすぎる巨大なシミがある。

「はっ」

 確信するや、レイは羞恥の余り赤面する。

 まさか本当に失禁しているとは思ってもいなかったのだ。

 失禁したという事実に半ば動揺するレイを横目に、ベルーダは話を進める事にした。

「どうやら堕天使の王が現れたようじゃな。ワシがその事に気付いてリリス嬢の家に行ったら、お主と朔夜だけが無造作に転がっておったぞ」

「私とイケメン王子だけ? おい、それはどういう事だ…… ひょっとして、リリス様や他のみんなは!?」

 恐る恐る尋ねるレイに、ベルーダは酷だと思いつつカップを置いてから真実を語る。

「誠に残念な事じゃが……堕天使の王に連れ去られてしまったようじゃ」

「くそっ!!」

 湧き上がる悔しさは相当なものだった。

 感情が爆発した瞬間、レイは枕をベルーダの顔面目掛けて投げつけていた。

 これが故意によるものなのか無意識化の行動かは別として、個人的にベルーダは枕を何の躊躇もなく投げられたという事実そのものが悔しかった。

 しかし枕を理不尽にぶつけられながらも、ベルーダは悔恨の念に駆られているレイを冷静に諫言する。

「悔しがっている暇などないぞ。朔夜は既に堕天使総本部へ向かったのじゃ」

「なんだと!? だが、あれも傷を負っている筈では…… !」

「止めたところで無駄じゃよ。あの男は、リリス嬢の為なら命をも投げ出す覚悟で持って戦っておる。いや、彼女だけではない…… 十六夜朔夜の守るべき対象はディアブロスプリキュア全員に及んでおるのじゃ。無論、お主やテミス、ピットの事も含めてな」

 言うと、ベルーダは白衣の下に手を伸ばし、朔夜から預かっていた手紙を取り出した。

「読んでみよ」

 渡された手紙を受け取り、レイは朔夜の自筆で書かれた手紙の中身をおもむろに読み始める。その中身はこうだ。

 

『レイ、こんな事を言うと君を侮辱してしまうかもしれない。だが、今の君の力ではダスクには到底太刀打ちできないだろう。無論、オレ自身もヤツに勝てるとは思っていない。だがリリスたちをこのまま堕天使の好きにはさせないつもりだ。少しの間だけ、留守を頼む。安心してくれ、オレは必ずリリスたちを連れ戻しこの場所に帰ってくる。どうか……オレのわがままを許してほしい 朔夜』

 

 読み終えた途端、手紙を持つ手がプルプルと震え出すとともに途方もない感情が湧き上がってくる。

「なんだこれは……あの男、どこまでキザを貫き通せば気が済むのだ!!」

 怒声を上げ、手紙をくしゃくしゃに握りしめ、無造作に床へ放り投げる。

「クールでスマートなイケメン王子だと思っていたのは、とんだ勘違いだった。あの男…… 狂っている!!」

「うむ。ワシもそう思う」

「ひとりであのダスクがいる堕天使総本部に乗り込むなど、浅慮どころか最早酔狂の域に達している。己の力をどれだけ過信しているのだ!? 」

 朔夜が堕天使総本部へ乗り込む旨がハッキリと分かったからには、レイも行動を移さない訳にはいかなかった。

「何をぼやぼやしておるのだニート博士!! 我々も堕天使総本部へ乗り込むぞ!!」

 ベッドから飛び降りるや、レイはベルーダを叱責する。

「やれやれ……段取りも聞かんで勝手な事を言いおって。ま、どの道こうなる事は分かっていたつもりじゃ……付いてくるが良い」

 乗り込む前に手筈を整える必要があった。そこで、ベルーダは一旦家の外へと向かった。

 レイを外に連れ出し何をするのかと思えば、格納庫にしまって いたある物を引っ張り出した。

 ガラガラ…… 、

 シャッターを開けた瞬間、ベルーダとっておきの秘策が目に映る。だがしかし、この状況ではかなりシュールな雰囲気を醸し出していたから、レイは恐る恐る尋ねた。

「おい……まさかこれで乗り込むつもりじゃないだろうな?」

「何か不満でもあるのか?」

 格納庫から現れたおでん屋の旗を掲げた年季の入った屋台。そう、ベルーダの言う秘策とは即ちこの屋台を指していた。

「何が不満かだと……仮にもタイトルにプリキュアって付いている事を忘れたのか!? こんないかにも昭和を彷彿とさせる中年の悲哀を感じさせる演出、一体誰が得をするというのだ!!」

「ワシが得をする為に作ったんじゃ!! 文句は言わせんぞ!!」

「言い切りやがった!!」

 過去プリキュア作品でこんなにも見る側の利益を無視した斬新な設定があっただろうが。ベルーダと言う男はこれまでの既成概念を破壊し、自らの欲望に従った発明をする事によって新たなジャンルを確立したのである。

「四の五の言わんとさっさと乗らんか。見た目こそ時代錯誤に感じられるが、最新式の次元エンジンを搭載しているから、堕天使総本部までひとっ飛びじゃぞ!!」

「しかしこれ……どこに座ればいいのだ?」

 座れるような場所はまるでない。と言うよりも、屋台に座る場所などそもそも最初から付いていないのだが。

「やっぱり貴様真面ではないな!!」

 改めてレイはそう思いベルーダを非難するが、当の本人は高笑いを浮かべ、開き直った態度で反論する。

「よく覚えておくのじゃ、レイよ。科学者とは皆斉しく狂愚な生きものよ。ハナから堅気と分かり合う事など出来はせぬ」

 そう言って、レイの手の中目掛けてベルーダは何かを投げ込んだ。

「ん?」

 投げ入れられた物を確かめようとおもむろに手を開く。左右三枚ずつ、計六枚の悪魔の翼を持った琥珀色に輝くリングが、レイの手の中にあった。

「リリス嬢を助けた暁、お主がそれを渡すのじゃ。少なくとも、堕天使の王を倒すまでは行かなくとも一方的にやられると言った事態は回避できるはずじゃ」

「ニート博士……恩に着るぞ!」

 準備は万端整った。

 堕天使によって捕えられた最愛の主と仲間たちを救うべく、レイは決意を固め、空を覆い尽くす赤茶けた雲を仰ぎ見る。

(リリス様……必ず私が助け出してみせます!!)

 

            *

 

堕天使界 常闇の森

 

 レイとベルーダが堕天使界への突入を決起した頃。

 ひと足先にリリスたちの救出へ向かった十六夜朔夜は、堕天使が総本部と置く居城から一里ほど離れた『常闇の森』に来ていた。

 その名の通り、森は一日中深い闇に鎖されており、森に生息しているのは堕天使の配下であるカオスヘッドか、 夜行性の生き物がほとんどだ。

『カオスヘッド!!』

『『カオスヘッドー!!』』

 森へ足を踏み入れたバスターナイトへの手厚い歓迎。数多のカオスヘッドたちによる攻撃を捌きつつ、手負いの身ながらバスターナイトは善戦する。

「ダークネススラッシュ!!」

『『『カオスヘッ…… !!』』』

 ダスクとの戦闘でダメージを蓄積したとは思えないほどの強さで、出現したカオスヘッドを圧倒する。

 彼にはリリスという命を賭して守るべき女性(ひと)がいる。そして彼女を始め、ディアブロスプリキュアのメンバー全員を守りたいという思いが彼に力を与える。

 迷いなど微塵も無い。立ち塞がる者はすべて振り払う。覚悟を持って、暗黒騎士バスターナイトは全ての障害物をその剣を以って薙ぎ払う。

「みんな、待っていてくれ。すぐに助けに行くからな」

 眼前の敵を制圧し、バスターナイトは森の奥にひっそりと立つ居城――すなわち、堕天使総本部を目指し邁進する。

 

            *

 

同時刻――

堕天使界深奥 堕天使総本部

 

 常闇の森の奥に佇む堕天使総本部は、何千年という古い歴史を持つ太古の城だ。歴代の堕天使の王がこの城の主となって堕天使界を統治し、深き闇を以って安寧を守り続けている。

 そして現在、若くして堕天使のすべてを束ねる立場となった野心家―― ダスクが王として君臨し、この地を治めている。

 ダスクとの戦いに敗れたリリス、はるか、テミス、クラレンス、ラプラス、ピットの六人は彼の手により拉致されるとともに幽閉された。

「ハヒ…… もうダメです!」

「あきらめないでよ! きっとサっ君とレイが助けに来てくれるわ」

「リリスの言う通りよ、はるかさん。彼らを信じましょう」

「信じたいですけど……この状況はさすがに悲嘆しないわけないじゃないですか……」

 か細い声を出しながら、はるかは自分たちの状況を冷静に確認する。

 今現在、彼女たちは城内の中庭に立てられた 十字架に括り付けられており、手足を鎖で拘束され完全に身動きを封じられている。力尽く逃げようにも変身リングはすべて没収されて、手首に付けられた枷には悪魔および天使の力を封じ込める作用がある。

 一切の打つ手は無し。まさに八方塞がりの状況。

 全員が悔しい顔を浮かべていたそのとき、中庭へと続く門がギギギ…… という音を立てながらゆっくりと開かれる。

 開閉された扉の向こう側からやって来たのは居城の主であるダスクと、彼の直属の配下である堕天使の幹部ラッセル。

「手荒い 歓迎済まなかった。ようこそ、我が城に」

「無様なものね。悪魔と天使が力を合わせても、ダスク様の闇の力の前では全くの無力…… おーっほほほほ! 実にいい気味だわね!」

「自分じゃ何にもできなかった奴がエラそうにすんな」

 確かにラッセルは今回何もしていないし、今までの戦いにおいてもリリスたちを追い詰めたという話は聞いた事が無いから、ダスクが辟易するのも頷ける。

 そんな中で、リリスは鋭い眼光で目の前で佇むダスクを見ながらおもむろに問いかける。

「あんた…… 私たちをどうするつもり?」

「ん~…… それなんだよな。とりあえず捕縛してみたは良いが、あとどうすっかな……まぁ時間はたっぷりある。テキトーに遊んだらどっかに捨ててやるよ」

「な…… 人を粗大ゴミ扱いする気!? どういう神経してるのよあなた!」

 思わず声を荒らげ、テミスが何の気なくそんな質問をぶつける。

 すると、彼女の質問を真面目に捉えたダスクは亜空間からスケッチブックを取り出した。

 一瞬、彼の行動の意味を捕らえかねるテミス。その間にダスクはもの凄い勢いで何かの絵を描き続け、やがて彼女に対し、 実にリアルで忠実な人体(自分の体の中身)に青と赤の神経が煩雑に絡まった何とも不気味な絵を見せてくれた。

 思わず我が目を疑う とともに 、テミスは自らの言葉の比喩を素直に受け止めた堕天使の王による滑稽な一芸に更に声をあげた。

「いやわざわざ描かなくていいから! 誰もあなたの神経見たいだなんて一言も言ってないから!」

「んだよ。せっかく描いてやったっていうのにつれねぇな」

「ほんと、見た目よりもうるさい小娘だこと。ダスク様、この三人もうやってしまいませんか? ぎゃーぎゃー耳元で喚き散らされて、ほんと耳障りなんですが」

「頭を使えよラッセル。あと二人残ってるじゃねぇか。そいつらが現れたとき、こいつらを人質 として使えるだろう」

「しかし、待っているのもじれったくはありませんか? 仲間の居場所こいつらに吐かせた方が手っ取り早いですよ 」

「バーカ。俺がそんなつまんねーヘマするわけねーだろ。敢えてそうしたんだよ」

「「「え(ハヒ)(なんですって)!?」」」

 ダスクとの言葉を耳にするや、リリスたちは挙って驚愕の反応を示した。

 やがて、吃驚するリリスたちの反応を見ながら、ダスクはその口を開き朔夜を捕らえなかった真意を告げる。

「俺は強い奴と戦いたい主義でね。特に、信念の強い者ほど倒し甲斐がある。あの中で唯一暗黒騎士バスターナイトだけが俺の御眼鏡に適う戦士だった。ヤツを発憤させ、戦いへと駆り立てる為には何が必要か?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる堕天使の王。リリスは朔夜との再戦をしたいが為に自分達を捕らえた彼の常軌を逸した行動に思わず……

「正気じゃない……サっ君はあんたの玩具じゃないのよ!!」

 これ以上ない怒りをこみ上げ、最愛の人を自身の退屈凌ぎの道具―― 文字通りの玩具にしようとするダスクを強く非難し恫喝。当人はこれに一切の反省の色を示さない。そればかりかリリスを更に激情させかねない言葉を紡ぐ。

「そう声を立てるなよ。殺そうが殺されようが所詮は単なる暇つぶしなんだからよ」

 生きる事も死ぬ事もまた一興でしかないという、ダスク独自の人生観。常人には決して理解することの出来ない境地に達する堕天使の王。リリスたちはただただダスクと言う存在に戦慄を抱く。

「ダスク様。あなた様の真の獲物が到着するにはまだ時間を要するかと思いますゆえ、しばし余興を楽しまれては如何でしょうか?」

「余興だと? 悪いがお前のジュリアナダンスになんざ興味はねぇよ」

「失礼な! 私のジュリアナダンスのどこがいけな……って、そうじゃなくて。せっかく捕らえた悪魔たちをこのまま野放しにするのは実に勿体ありません。ここは是非ともわたくしにおまかせください!」

「好きにしろ」

 妙に自信満々な態度を見せたラッセルは、ダスクの許諾を得るやおもむろに前へ出る。そして右手の指をパチン、と鳴らす。

 すると、彼女のフィンガー・スナップを聞きつけ、森の奥から何かが飛んでいた。青黒い身体をした小型の夜行成物――ピクシー だった。

「なに!?」

「ハヒ…… なんでしょうか!」

「嫌な予感がする…… 」

 顔を引きつるリリスたちを前に、ラッセルはどこからかクラッカーを取り出し、上機嫌な様子で鳴らす。

「パンパカパーン!! ただ今より! 悪魔と天使、人間の小娘に対する拷問タイムを始めたいと思いまーす!」

「はるかさん!!」

「テミス様!!」

「やめなさい!! その子たちに手を出すなら、私たちを…… !!」

 リリスたちが拷問されると聞くや、クラレンスたちに動揺が走る。自らを身代わりに差し出そうとラプラスが激しく抵抗するも、十字架から逃れる術など無く、ラッセルからの叱責を受けるのみ。

「そっちもぎゃーぎゃーとうるさいわね! あんたたちはそこで指を咥えて見ていなさい…… 世にもえげつない拷問で、主人たちが苦しむその様をね!!」

 語気強い口調で使い魔たちを黙らせると、ラッセルは再びフィンガー・スナップによる合図を出す。

 拷問の為に呼び集められたピクシー達は、悪戯っぽい笑みを浮かべると、はるかとテミスの元へ近づき、拷問を開始した。

「は、は、は、はっくしょん!」

「は…… は……はちゅちゅん!!」

 思わず呆気に取られてしまうような拷問の内容である。ピクシーはテミスとはるかの鼻元に羽根を近づけ、皮膚表面を刺激する事でくしゃみを誘発する。

「こ…… これが拷問ですって?」

 拷問と言う言葉に一瞬身構えたリリスだったが、拍子抜けもいいところだ。

「おーっほほほほ! これだけじゃすまないわよ」

 言うと、ラッセルは三度指を鳴らす。

 彼女が出した合図を受け、ピクシー達ははるかとテミスの靴を脱がせ、足裏に羽根を近づけ刺激を与える。

「や、やめて…… くしゅぐったい」

「ははははははは!! はははははは!!」

「テミス! はるか!」

 拷問にしてはぬる過ぎるとも思えるが、受ける側にしてみれば結構しんどいものなのだろう。現にはるかとテミスは手足が拘束されているから、抵抗する事もままならないのである。

「さぁ己の罪を数えなさい! ダスク様を殺した罪を懺悔なさい!」

「私は殺してなんていないわよ!」

「ダスク様がいなくなった所為で、私は三日で三キロも太ったんだからね!」

「そんなのはるかたちは知らないですよ!!」

「あ~あ……結局自分の腹いせしてんじゃねーかよ。俺の事完全に無視だよ」

 ダスクも半ば呆れており、前回までのシリアスな雰囲気がすべて台無しだろうと内心不満に感じつつ、ラッセルの私的な拷問の様子を見守った。

 

            *

 

堕天使界 常闇の森

 

 一方、ベルーダの発明した屋台型次元転送装置によって、レイもまた一足遅く堕天使界へ到着した。

 空間の歪 みを突き破った時、眼前には常闇の森が広がっている。ベルーダは周囲の安全を確認すると、屋台を一度地上へと降下させた。

 屋台から降りたレイは、ここが堕天使の世界である事を疑っているらしく、何度も屋台と森の光景を交互に見て確かめる。

「本当に来てしまったのだな……こんなボロ屋台で」

「どれ、ここはどのあたりかのう~」

 現在地を確認する必要があった。持参した通信端末を取り出すと、ベルーダはGPSさながらの機能が搭載された端末で位置関係を把握する。

「ふむ…… どうやらここは常闇の森と呼ばれる場所の様じゃな。堕天使の本山、総本部は恐らくこの奥じゃろう」

「なぜわかるのだ? 人間であるはずのお主が、なぜこのような場所の事について我々以上に知り得る!?」

「気になるか?」

 ベルーダが問いかければ、レイは興味津々に彼を見る。じっと見つめられると、ベルーダは口籠り沈黙。

 やがて観念したかのように、彼はレイの目を真剣な眼差しで見つめ――おもむろに重い口を開いた。

「……ワシが科学者だからじゃ!!」

「って、答えになっとらんわ――!!」

 盛大なツッコミが向けられようとも、ベルーダは歯牙にもかけない。

「ワシの事などどうでもよい。さっさとリリス嬢を助けに行かんと手遅れになるぞ」

「わ、わかっている! お主に言われずとも私はリリス様を救い出してみせる!」

 捕われのリリスたちを救出する為、レイとベルーダは堕天使総本部を目指し、おでんという暖簾が掲げられた屋台を引いて出発した。

 

            *

 

同時刻――

堕天使界深奥 堕天使総本部

 

「「あはははははは!! あはははははは!!」」

 中庭で甲高い笑い声を上げるはるかとテミス。

 そんな間抜け…… もとい、苦しみ喘ぐ彼女たちの声を聞きつけ、森の奥からバスターナイトに変身した朔夜が現れた。

 園庭の岩陰に身を隠し、捕まったリリスたちの様子をじっと窺う。

「あれは…… 」

 状況は見ての通りだ。

 今も尚、はるかたちは生温い拷問を受け続けており、その間にリリスがラッセルからの追及に対して否定の言葉を突き付ける。

「さぁ言いなさい、バスターナイトは今どこにいるの?」

「本当に知らないのよ! きっとサっ君もレイも身の安全第一に私たちを置いて逃げたんだわ!」

「ウソおっしゃい! バスターナイトはあんたの婚約者だって事は、とっくの昔に知ってるんだから! 素直になりなさい」

「だれが素直になるもんですか! こんなひねくれた性格の私だからね、サっ君だって嫌気が差したのよ!!」

「ついでにこんな碌でもない使い魔もいるしね!!」

「ダスク様が嘘を吐いているとお思い? 悪魔の小娘とその使い魔なら、奴の魔力の波動くらい感じ取れないわけないでしょ? それに惚れた女を見殺しにして逃げるような男は男じゃないわ!」

(リリス……)

 朔夜の身を案じ、見え透いた嘘をつくリリスとそれに便乗するラプラスの気遣いに、思わず胸が締め付けられる。

 何とか彼女達を助け出すタイミングを見計らうが、どうにも隙は見当たらない。それどころか、リリスたちの前にはラッセルと、現時点で最強の障害であるダスクが控えているのだ。

(ここでオレが飛び出して…… しかもこんな体で何とかなるのか? 何より、あのダスクが居ては……くそ、どうすればいいんだ!?)

「さぁ、バスターナイトはどこにいるの?」

「こっちが教えてもらいたいわよ!」

 今すぐにでも助け出したい気持ちを堪えつつ、バスターナイトはうんと堪え、機が熟するその瞬間を待ち望む。

(みんな…… もう少しの間頑張ってくれ!)

 

            *

 

堕天使界 常闇の森

 

 ひたすらに暗黒が覆う森の中を疾走するおでん屋台。

 ガラガラという音を立て一直線の道のりを進んでいた折、不意にレイが後悔の念を呟いた。

「……私は間違っていたのだな」

「なんじゃ急に?」

 突然何を言い出すのかと思えばと、ベルーダが問いかけたところ、レイは沈痛な顔を浮かべるとともにダスクとの戦いで浮き彫りとなった自己の判断能力の甘さについて猛省する。

「自分で言うのも何だが、私は救いようの無い愚か者だ。イケメン王子の忠告を無視したばかりか、自分勝手な判断でリリス様やみんなに怖い思いをさせてしまった。そう…… これはすべて私の責任だ! 私は責任を取らなければならない!!」

 レイなりに、今回の件に関して重く受け止めていた。

 リリスたち全員の力を結集させても敵わなかったダスクの力を見誤っていた事も、楽観主義から来る軽率な判断や作戦も、何もかもが無責任であり大いなる誤算だという事に気付いたのである。

 このような事態を招いた自分自身に罰を与えなければならないと、レイは心中考えていた時だった。

「――自惚れるなよ若造が」

 傍らその話を聞いていたベルーダが、態度を豹変し、凄むような声で言った。

「自分ひとりに責任があるじゃと? いつからお主はそんなに偉くなったというのじゃ。一介の使い魔風情がナマを言うでない 」

「に、ニート博士……」

 今迄にない様な迫力を醸し出すベルーダに睨まれ、レイは屋台を引くのを一旦やめる。

 普段の飄々とした雰囲気とは掛け離れた重々しくも真剣な面構え。目の前の人物がまるで別人であるかのような錯覚を抱きかねる中、ベルーダはレイを凝視し、持論を交えた説法をする。

「責任とは自由意志を前提としておる。法的には『相応の罰を受けること』であり、道徳上は『自分が原因となった結果に対応する』ことじゃが、『誰もが納得する』なんて事は所詮無理な話じゃ。ワシから言わせれば、責任を取るなど言うのは他人から自分に対する期待じゃよ。だがレイよ……ワシはリリス嬢や他の皆がお主にそんな期待を向けているとは到底思えぬよ」

「それは……」

 思わず口籠ってしまった。

 ベルーダは、顔を伏せたまま口を閉ざしてしまったレイに更に問いかける。

「レイよ。リリス嬢が攫われたのは紛れも無くあの娘が敵の力を見誤ったゆえの迂闊じゃ。お主にも責任がないとは言えぬが、リリス嬢にもまた責任はある」

「しかし! 私はリリス様の使い魔なのだ! 使い魔が主の身を守れぬなど……ならば、私は何のためにリリス様の御傍に仕えていたというのだ!? 何のために私は存在している!? 私はリリス様の様に強くなど無いのだ!」

「確かにお主は弱い。だがそれはリリス嬢とて同じ。それどころか彼女はまだ十数年しか生きていない若輩なのじゃ。成長の最中にある子供と大人の中間。その心は強くもあり、脆くもある。悪原リリスは、確かに多くの素質を持った悪魔じゃが…… 生まれた時から一人で完結した万能の英雄でも、決して折れぬ大樹などでもない。それ故に、彼女は強くなれたのじゃ」

 ベルーダの言葉には有無を言わさぬ圧力があり、まるで何十年、何百年、いやもっとそれより遥か昔から英雄というものについて知っているような口振りで 話す姿を奇妙と思いつつ、レイは含蓄ある話に聞き入った。

「惑い、嘆き、時には絶望と恐怖に塗れ、それを振り払う事で強さに変えるのがリリス嬢ならば……涙に暮れる瞬間の彼女の弱さを護るのは、同じ時を恐怖と共に歩んできた者の役目じゃろう。お主が持ち合わせているのは、そういう強さじゃよ」

「ニート博士……」

 そこまで言い切った後、ベルーダはコホンと咳払いをして言葉を締めくくる。

「……おっと、ワシとしたことがつまらん説教をしてしもうたわい。正直な話、ワシの柄ではないのじゃが」

 次の瞬間――レイは自らの顔面に己の拳を叩きつけていた。

「な、なんじゃ!?」

「……ありがとうございます……ベルーダ博士。今ようやく目が醒めました」

 レイはようやく、自分が為すべき本来の役割を思い出した。

 ベルーダは、その時にレイからこちらに向けられた瞳を見て安堵する。

 彼の目からは、既に不安も迷いも消えていた。

 深々と人生の先達へと一礼したレイは、迷いを振り切り、屋台の持ち手を力強く握りしめ――悪原リリスの使い魔としての役目を果たす為に動き出す。

「すっ飛ばすぜコノヤロウ!!」

「その意気じゃ!!」

 激励により元気を取り戻した レイは、屋台を力いっぱい引っ張った。

 目指すは堕天使総本部――おでん屋台が闇に鎖された森を抜けるのはそれから間もなくの事だった。

 

            *

 

同時刻――

堕天使界深奥 堕天使総本部

 

「拷問タイム終了っー!」

 数十分に及んだラッセル曰くえげつない拷問が唐突に終わりを告げた。

 はるかとテミスの傍を飛行していたピクシー達は一斉に退去。一方、すっかり笑い疲れてしまった二人は体をぐったりとさせている。

「飽きたのか?」

 手持ち無沙汰なダスクはラッセルの拷問を静観しており、それが終わりを告げたとき、彼女の心境を汲み取って真っ先に尋ねた。

「どうにもこの二人だと味気ないものですから。やっぱり、拷問するなら拷問し甲斐のある個体を選ぶべきかと」

 そう言うと、ラッセルは疲労困憊のはるかとテミスの間に立つリリスに視線を向け、悪魔染みた笑みを浮かべる。

「悪原リリス……あんたには地獄の苦しみを与えてあげるわ!」

「え!?」

「リリス…… ちゃん!!」

「卑怯者…… 彼女をやるなら私をやりなさい!」

「何よ、天使のくせに悪魔の心配なんてしちゃって! かわいくないわね……」

 はるかより、テミスより、ラッセルが最も苦しみを与えたい相手は他ならぬ リリスだ。彼女によってザッハは斃され、ラッセルに消えぬ心の傷を作った張本人である。

 決してその事を忘れていない彼女は、リリスに最も残酷な拷問を行う事で己の中の鬱憤を晴らそうとした。

 やがて、彼女が拷問の為に選んだ道具はと言うと――何の変哲もない黒板だった。

 真意を計り知れぬ中、ラッセルはリリスの目の前まで持ってくると、鋭く尖った自らの爪を立てる。

 刹那ようやく状況を理解したリリスの顔がたちまち恐怖に青ざめていく。

「や、やめなさい……それだけはやめなさい!! 絶対にダメなの!!」

「おーっほほほほ!! 散々私を虚仮にした代償は大きいのよ」

「わ、悪い冗談だって…… そうだって言ってよ!!」

「さぁ、地獄を楽しみなさい!! 我が積年の恨みを受けよぉぉ!!」

 狂気染みた顔で声高に宣言する。

 次の瞬間、ラッセルは尖った爪先をゆっくりと下ろし始める。それに伴い、黒板の表面がキキキキキ…… という不快極まりない音を立てる。

「いやああああああああああああああああああああ!!」

「ひゃああああああああああああああああああああ!!」

「だめえええええええええええええええええ!!」

「ラッセル、てめぇやめろー!! 俺までおかしくなりそうだ!!」

「おほほほほほ!! 苦しみなさい、苦しみなさい!!」

「「「あああああああああああああああああああああああ!!」」」

 聴覚機能が正常な者すべてに作用する地獄の苦しみ。

 リリスたちを始め、無関係なダスクも大いに苦しんでいる。ラッセルはすっかり周りが見えなくなり、上司の制止も完全に無視して気が触れた様子で黒板を引っ掻き続ける。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」

「リリスーっ!!」

 もうこれ以上は耐えられなかった。

 苦しむ婚約者の名を叫ぶとともに、バスターナイトは岩陰から身を飛び出し、迷いなくラッセルの方へと突っ込んだ。

「ほおおおおおおおおおおおお!!」

「な!?」

 突如、岩陰から現れた敵の気配にラッセルが気付いた瞬間――バスターナイトが繰り出す強烈タックルを真面に受けた。

「ぐへえええええええええええ!!」

 タックルを食らった事でラッセルは地面に激しく叩きつかれ、顔面から勢いよく滑らせる。

「サっ君!!」

「来てくれたんですね!!」

 リリスたちは辛うじてこの窮地を脱する事が出来た。しかし、それは同時にダスクをもまた地獄から救い出した事を意味していた。

「は、は、は、は……マジで死ぬかと思ったぜ。 礼を言うぜ、バスターナイト」

「いててて……紳士のクセして、レディーの扱い方も知らないのね!? いいわよ、まずアンタからやってあげるわ!」

 二人の堕天使が暗黒騎士に凶悪な牙を剥ける。

 刹那、全てを呑み込む強大な闇の力を宿したダスクは目を朱く光らせてから手持ちの大剣を豪快に振り回し、突風を起こして地面を抉る。

 抉られた地面から無数の飛礫(つぶて)が飛んでくる。バスターナイトは飛来する飛礫を回避し、瓦張りされた城の屋根へと飛び乗った。

 刹那、ダスクは瞬間移動の如く飛行スピードで屋根瓦 へと飛び乗った。

 再び凶悪な武器を構え、バスターナイトを威嚇する堕天使の王。

 勝てる見込みがあろうと無かろうと、バスターナイトはこの戦いから決して背を向けて逃げ出す事は出来ない。おもむろに、バスターシールドからバスターソードを抜刀――ダスクと対峙する。

「来な」

 露骨に指を立て、バスターナイトの攻撃を挑発する。

 ダスクからの挑発行為に、バスターナイトは従順になりバスターソード片手に前に飛び出した。

「はああああああ!!」

 突進してくるバスターナイトを、ダスクは肉食獣の如く瞳で捕らえる。

「おおおおおおおおぉぉ!!」

 雄叫びを上げ、腹の底から力を引き出すバスターナイト。ダスクの大剣を裁くことに成功すると、相手の武器に合わせるために手持ちの片手剣と盾を合わせ―― 暗黒大魔剣マラコーダを召喚する。

「食らえええ!」

 対峙する堕天使の王目掛けて、渾身の一撃を剣に込めて勢いよく振り払う。バスターナイトが剣を振り払った瞬間発生した高熱高電圧の剣閃はダスクを捕らえ、強烈な衝撃をもたらす。

「ちっ……」

 予想だにしなかった高出力 に難色を示すも、ダスクは苦とも思えぬ様子でバスターナイトの一撃を凌ぎ切った。

と、次の瞬間――怒涛の如くバスターナイトが放ったⅩ字状の一撃がダスク正面から飛来。直撃を免れなかった。

 強力なコンボ攻撃によって爆風が生じる中、バスターナイトは多大な魔力の消耗に息を上げながら、敵の様子を注視する。

 やがて、爆風が徐々に収まり始め物影が姿を現す。

 バスターナイトが険しい表情で見つめる先にはかすり傷ひとつ付いておらず、背中に生えた十枚の翼で見事に攻撃を回避したダスクが不敵な笑みを浮かべる。

「……ダークネススラッシュ。魔王ヴァンデイン・ベリアルが得意とした剣技だったな。俺も奴とはサシで何度も戦ったから、その脅威は知っていたが…… お前のそれは奴の足元にも及ばねぇ。ただのお遊びだ」

「く…… 」

 嘗ての魔王とさえ互角に渡り合い、その魔王の剣技を熟知する堕天使の王からの痛烈なまでの批判。バスターナイトはこうも赤子の如くあしらわれる様を忌々しく思う。

「俺が見せてやるよ。本物とニセモノの違いって奴をな――」

 大剣を右手のみで持ち、ダスクはバスターナイトに狙いを定めるや、黒い烈風を帯びた圧倒的質量の斬撃を放つ。

「ぐあああああああああああ!!」

 襲来する斬撃は最早斬撃と呼べる生易しいものではなかった。バスターナイトがこれまでの血の滲む努力と厳しい修練によって得たダークネススラッシュを遥かに凌駕する闇の波動が巨大な海嘯(かいしょう)の如く自らを飲み込む。

 ダスクの反則的ともいえる一撃を受け大ダメージを負ったバスターナイトは、屋根瓦の上を激しく転がりながら後退する。

 僅か数分足らずで満身創痍と化したバスターナイト。と、そこへ今度はラッセルが光の槍による一撃を空から放つ。

「串刺しになりなさい!」

「く…… !」

 ここでやられるわけにはいかなかった。

 悲鳴を上げる肉体を不屈の精神で以って無理矢理動かし、光の槍による致命傷を辛うじて回避する。

 堕天使の幹部二人を相手にバスターナイトが激戦を繰り広げる中、ちょうどレイとベルーダが引くおでん屋台が堕天使総本部を一望できる崖の上までやって来た。

「見つけたぞ!」

「あれは!!」

 遠目から確認できる屋根の上での激戦。城内中庭には、十字架に捕われたリリスたちがいる。

「リリス様にはるか様、クラレンスやご婦人たちがいるぞ!」

「キュアケルビムとそのパートナー妖精も一緒じゃな。朔夜は既に堕天使相手に戦闘中か…… 」

「ラッセルはともかく、ダスクの実力がどれほどのものか分からぬ イケメン王子でもない癖に……助けなくては!!」

 と、行動に移そうとした時だった。レイは一旦冷静になって考えてみた。

(このまま私が飛び出したところで…… リリス様たちを人質に取られたら、どうしようもない。まずは全員が変身して態勢を整えなければ……)

 闇雲なままではダメだ。それこそ針の穴を通すような 作戦を立て救出しなければ、この場所から脱出することはおろか、最悪全滅する。

 バスターナイトが懸命に戦う様子を見ながら、レイは無い頭を振り絞って作戦を立てる。

 そして、ようやく一つの妙案を思いつき実行に移す事を決意する。

「ニート博士! 私の指示通りに動いてくれ!!」

 

「があああああああぁぁ」

 堕天使二人を相手に奮戦したバスターナイトだが、やはり力の差は歴然。圧倒的な強さを誇るダスクの前にはまるで手も足も出なかった。

 屋根の上から叩き落とされたバスターナイトはボロボロであり、立つ余力も残らぬほど疲弊している。

「サっ君!!」

「「「「「「 朔夜(さん)(君)!!」」」」」」

 リリスたちは身動きの取れない状況で、そんな痛々しい彼の姿を見る。

 やがて、ラッセルとダスクが天空よりゆっくりと降下し――虫の息に近い姿のバスターナイトの足下へと近づいた。

「あらあら、もうへばったの。あんたそんなに弱かったっけ?」

「そいつは良く頑張った方だぜ。堕天使の王と幹部相手にたった一人で戦ったんだ…… 悪魔にしておくにはもったいない騎士道精神、英雄だよ」

「じゃあ最期くらい、なんかご褒美あげないとね。というわけで、私からのプレゼントを!」

 おもむろにラッセルが右手を掲げると、頭上に雷雲が現れバスターナイトに狙いを定める。

「いけー!」

 合図と共にゴゴーンという摩擦音が鳴り響く。数百万~億単位という高出力 の赤い稲妻 がバスターナイトを直撃――その凄まじい衝撃に悲鳴を上げる。

「ぐ……ぐあああああああああああああ!! 」

「サっ君―――― !!」

 絶体絶命に陥るバスターナイトを案じ、リリスが悲鳴を発したとき――状況は一変した。

 唐突に強い突風が吹き荒れたかと思えば、空から大きめの氷の粒が勢いよく降り注ぐ。

「な、なによこれ!?」

「氷の粒です!」

「何がどうなってるのよ?」

 自然の気まぐれ…… そう考えるのが普通だが、実はそうじゃなかった。

 この自然現象は意図的に起こされ、操られていた。空に上がったスプライト・ドラゴン――レイが持つ本来の力によって。

『風よ! 雷よ! 私たちの力となれ!!』

 極限にまで自然の力を解放する。

 やがて機が熟したのを見計らい、レイは体内の電気エネルギーを地上目掛けて放出する。

『喰らえ!!』

 放出された雷の砲弾は自然のエネルギーを吸収する事でさらに肥大化。大量の電気エネルギーを溜め込んだ球体が、ダスクとラッセルの頭上より降り注ぐ。

「なに!?」

「ウソでしょう!!」

 仮に【雷玉(かみなりだま)】と称するこの技を直撃すれば、ひとたまりもないだろう。

 ダスクは咄嗟にこれを避けるが、ラッセルは判断に迷ってしまい、雷玉の射程範囲からの脱出に遅れてしまった。

「う…… うわああああああああああああああ!!」

 凄まじい電気エネルギーを帯びた球体がラッセルを直撃した。

 目映い光の後に来る鼓膜を突き破る勢いのある 轟音。

 リリスたちが固く閉じた目を開くと、そこには見事なまでに黒焦げに焼きあがったラッセルが、巨大なクレーターの真ん中で倒れていた。

『リリス様――!!』

 攻撃が決まったのを見計らったように、雲の上からレイがリリスたちのいる地上へと降りて来た。

「レイっ!!」

「そうか、レイさんが私たちを助けてくれたんですよ!!」

「ハヒ!! すごいです、レイさん!!」

「悪魔娘の使い魔か……まったく、少しは場所を考えろっつーんだ」

 雷玉を撃ち込んだ場所が自分の城だけに、ダスクは不機嫌だった。大剣を振り上げ降りてくるレイを叩き落とそうと思った、そのとき。

「!?」

 突如として、城門を飛び越えてベルーダが引くおでん屋台が乗り込んで来た。

「おでんはいらんかねー!!」

「な、なんだおめぇは!?」

 堕天使界におでん屋台など存在しないから訳が分からなかった。

 あまりにシュールな光景に攻撃する機会を逃してしまったダスクを余所に、ベルーダはリリスたちの救出へと参上した。

「待たせたのう!」

「ベルーダ博士!?」

「まさか、それで助けに来たんですか?」

「うまくレイがダスクの注意を惹きつけてくれた。感謝するんじゃぞ」

 そう――すべてはレイが考えた陽動作戦だった。

 自分が派手に攻撃し、堂々と敵の前に現れる事が敵を欺く為の作戦。リリスたち救出の本命は飽く迄もベルーダだった。

 ベルーダは手際よくリリスたちを拘束していた枷を外すと、城から持ち出した変身リングをそれぞれに返却する。

「ワシの役目はここまでじゃ。あとはお主たちに任せる!」

「御膳立てどうも。さーて……ここからは思いっきり暴れて上げるわよ、みんな!!」

「「「「「「「はい(おう)!」」」」」」」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ !!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、天使と暗黒騎士のコラボレーション!!」

 

「「「「 『ディアブロスプリキュア』!!」」」」

 

 吹き荒ぶ雪。集められた三人のプリキュアと一人の暗黒騎士、そしてその使い魔と妖精たち。

 錚々(そうそう)たる顔ぶれにダスクは思わず興奮し、武者震いとともに笑みを浮かべる。

「ふふふふ……イイねイイね! 俺こういう状況大好きなんだわ。今度はもうちょっと楽しませてくれよな!」

「言われなくてもそのつもりだ! 今までの我々とは違うところを見せてやる! リリス様、これを使ってください!!」

 使い魔の姿へ戻っていたレイは、ベルーダから託された新たな変身リングを彼女へと渡した。

「第四の強化変身……鬼が出るか蛇が出るか、試してみる価値はあるわね」

 ベリアルはレイから受け取ったリングをベリアルリングの上に重ね、力強くピンと腕を伸ばしてその力を解放する。

「グロスヘルツォークゲシュタルト!!」

 リングが琥珀色に輝いた瞬間、眩い光を帯びてベリアルの体を黄色のオーラが包み込む。

 キュアベリアルに新たに付与される大地のエレメント。黄色を基調とした衣装へと変化し、ゴシックドレス風のデザインで、髪型は腰丈まで届く三つに分かれる。

 意匠の細部には岩の意匠があしらっており、背中の翼が一気に六枚へと生え変わる。

 これこそ、ベルーダの手によって開発された最新式の強化変身リングが持つ力にして、キュアベリアル第四の強化形態――その名を。

 

 

「キュアベリアル・グロスヘルツォークゲシュタルト」

 

「ほう……ますますおもしれ―」

「行くわよ、レイ!!」

「了解です!! コライダーチェイーンジ!!」

 彼女の成長・進化に合わせて自らの変身能力も進化させてきたレイがこの度変身する新たな姿は、力場を自在に操作する武器【魔加速器レイコライダー】。今、ベリアルの両腕にレイコライダーと称する新たな武装が装備される。

「みんな、私があいつに一発デカイの喰らわせてあげる から時間を作って!」

「「「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」」」

 ベリアルの言葉と彼女が新たに発現させた力を信じ、ウィッチたちは時間稼ぎに乗り出した。

「キュアウィッチロッド!! サンダーボルト!!」

 ウィッチは魔力を電気エネルギーへと変換し、杖の先から雷撃を放出。ダスクは吹雪も相まって強化されたウィッチの攻撃で肌を焦がす。

「はあああああああああああ!!」

 ケルビムは体を逆さにすると、強烈なスピニングバードキックを炸裂する。ダスクはその一撃を受け、体を僅かに後退させる。

「なんだこいつら…… 急に力が増してやがる!?」

「まだまだこんなものじゃありませんよ!! ブリザード スピアー!!」

 続けざまにキュアウィッチロッドから氷の槍を放ち、ダスクの足下へと飛ばした。

 たちまちダスクの足下は氷付き、身動きが取れなくなったところでバスターナイトが頭上からラプラスとの合体攻撃を繰り出す。

「〈ダークナイトドライブ〉!!」」

 体をドリル状に包んで急降下し、バスターナイトは足場が氷漬けとなって動けないダスクに重たい一撃を叩きこんだ。

「ぐうう……何がどうなってやがる!?」

 そう思い辺りを見渡した。そして瞬時に、ダスクはディアブロスプリキュアの戦力アップのタネを理解する。

「そうか……こいつら自然現象を味方につけてやがるのか! 結構賢いじゃねぇか!!」

「お褒めの言葉ありがとう。でも悪いけど、あんたはこれで終わりよ」

〈この前の雪辱は果たせて もらうぞ、雪だけに!!〉

 必殺技の準備が整ったベリアルは、浮遊するレイコライダービットを巨大な砲門状に配置させる。

 そしてチャージしたエネルギーを前方のダスク目掛け放つ。

 

「プリキュア・メテオールブレイカー!!」

 

「ぐうううう……ぐあああああああああああああああああああああああ!!」

 巨大砲門より放たれる特大のエネルギー砲撃。

 すべてを飲み込むその威力と質量はダスクの闇の力でも吸収する事は敵わなかった。圧倒的質量の違いによってダスクは完全に押し負けてしまい、常闇の森の彼方へと吹き飛んだ。

 

 こうして、ベリアルたちは辛うじて最大のピンチを乗り越えた。

 レイは主とウィッチたちが無事な姿に安堵するとともに、この場にいる全員に対し深く頭を下げた。

「この度は、誠に申し訳ありませんでした!!」

「レイさん!?」

「どうしちゃったんですか?」

「今回の件で、私は自らのバカさ加減に嫌気が差した。そして二度とこのような事が無いように軽率な行動は取らない事を固く誓った」

「レイ……」

 人は誰でも間違いを犯す。それは使い魔も同じである。

 大きな失敗を乗り越え一回り成長したレイの姿を見て、ベリアルは内心嬉しかった。そしてほんの少しだけ彼を見直した。

 やがて、ベリアルはレイの元へとゆっくりと歩み寄り始めた。

「リリス様……」

 ゆっくりゆっくりとベリアルが近づいてくる。

 どんな言葉で自分の成長を祝福してくれるのだろうと期待していたレイだったが、その予想は見事なまでに裏切られる。

 彼女はレイを素通りすると、そのままバスターナイトの方へと歩み寄って行った。

「え……」

 呆気にとられる中、バスターナイトに近付いたベリアルの方へ恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべてから彼女はバスターナイトの首元に手を回し、全力で抱きついた 。

「きっと助けに来てくれるって信じてたよ♡」

 飽く迄もベリアルが評価しているのはバスターナイト一人であり、レイではなかった。

 薄々こうなる事は……いや、敢えて予想もしていなかったレイにとって、これ程までに屈辱的な光景は無かっただろう。

 自然と涙腺が崩壊するとともに、彼は切実な言葉で訴える。

「リリス様ぁぁ―― !! 私の立場ゼロなのですかっ―――― !!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「巷で話題の謎の天使。あの神林春人も警戒に当たる」
は「そんな折、預言者を名乗る男の人がテレビ画面に! そして次々と起こる謎の連続爆破事件…ハヒ、デンジャラスです!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『悪夢のはじまり!預言者と聖なる炎!』」


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第24話:悪夢のはじまり!預言者と聖なる炎!

今回はいつもとは趣向を変えて、神林春人に視点を置きました。
彼の過去に触れつつ、次回に渡って展開される謎の脅威が着実に地球に忍び寄ります。リリス達はこの問題を解決する事が出来るのでしょうか!?


 その目撃者は、東京で次々と増え続けていた――――…… 。

 

「ちょっとすいません、いいですか!?」

 テレビの女性リポーターが街頭インタビューを敢行。その内容は……

「〝天使〟なんですけれども、ご存知ですか?」

「知ってますよ」

「この辺で見られるって聞いたんです!」

 荒唐無稽とも取れるリポーターの問いに対し、インタビューを受けた二人の女性は笑顔で答える。

「天使なんですけどご存知ですか?」

「あ、知ってます。先週大学の窓から外を見てたら見えたんですよ」

「会社の課長さんがゴルフしてたら見たって騒いでたんですよ。それで今日、見に来たんですよ」

「友達 がね、ここで見たっつうからおじさんも見に来たの」

 その後もインタビューに答えるほとんどの人が『天使』の存在を信じ、それを見る為にこの場にやって来たのだと主張する。

「あの天使なんですけど、ご覧になった事はありますか?」

「ええ、見ましたよ。天使様は光り輝いております。天使様は私たちを必ず見守って下さるに違いありません」

 老若男女問わず、『天使』は多くの人に認知され――その影響力を確実に強めていた。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 このテレビのニュースをリアルタイムで見ていたレイ、はるか、クラレンス、朔夜、ラプラスの五人はどう思ったのか……

「天使……か」

「本物の天使なら、我々はずいぶん前から知り合いなんですけどね」

 クラレンスはこの場にいない本物の天使たるテミスの事を口にする。朔夜はテミスの事が気になり、はるかに問う。

「はるか、今日彼女は学校に来てなかったのかい?」

「午前中は居たんですけど、午後から早退しましたよ。何でも天界の様子が気になると言ってました」

「でもこれって何なのかしら? 洗礼教会の連中が趣向を変えて来たとか?」

 普段、あまり自分とその欲望以外の事に無頓着なラプラスもそれなりに気がかりな様子だった。

「リリス様は今回の件、どう思われますか?」

 敵の新たなる戦略かもしれない―― レイがリリスへ意見を求めた所、この家の世帯主である悪原リリスは、ソファーの上でうとうとしていた。

「リリス様?」

 意識は薄れており、非常に眠そうにしている彼女。

 紅茶の入ったカップを持ったまま眠気を催していたが、やがて不意に力が抜けると、リリスは紅茶が入ったカップを指先から落とした。

 膝元に落ちたカップから熱々の紅茶が零れ、その熱さでリリスは微睡から一気に目が醒めた。

「熱っ!」

「ハヒ!! 大丈夫ですか、リリスちゃん!?」

 彼女を心配して、はるかたちが直ちに駆け寄った。

 紅茶が掛かったリリスの膝元に乾いた布巾を当てながら、朔夜は彼女に大事が無いかを問う。

「大丈夫、火傷はしてないかい?」

「う、うん……ごめんなさい、うっかりしてて」

「リリスの所為じゃない。キミが何ともないならオレたちはそれで何よりだよ」

 優しい言葉を掛け慰める朔夜と、傍らでははるかたちが手際よく割れたカップの破片を回収し、カーペットに零れた紅茶を拭き取る。

「リリスさん、ひょっとしてお疲れなんですか?」

「え、ええ……最近ものすごい眠気が……」

「そう言えばリリスちゃん、授業中もなんだか眠そうでしたね」

「春眠暁を覚えずって言うなら分かるけど、今は夏よ。暑くて寝れないなら分かるけど……」

「大丈夫ですよラプラスさん。私は何ともないですから。ちょっと、着替えて来ますね!」

 そう言うと、リリスは逃げるように二階の自室へと向かった。

 彼女の発言にどこか違和感を覚えたメンバーは、リリスが自分たちに何か重大な事を隠しているのでは無いかと言う懸念を抱いた。

 周りから疑いの目が向けられて居る事を重々承知した上で、何かを隠している当人リリスは、自室に戻るや、扉に寄りかかりながら暗い顔を浮かべる。

「…… そろそろ来る頃だと思っていたけど、結構早かったわね」

 自虐的な口調で低い声で呟くと、彼女はギュっと、拳を強く握りしめる。

「それでも私は―――― 立ち止まる訳にはいかない。私自身の目的を果たすその日まで、絶対に」

 

           *

 

第七天 見えざる神の手・居城

 

 地上世界と隔絶した天の上、天界へ一時帰投したテミス・フローレンスは、天界と地上における正義を司るとともに、すべての天使たちの意思を尊重する為の機関―― 【見えざる神の手】との謁見を求めた。

 交渉の末、見えざる神の手の幹部たちからの許諾が下り―― テミスは幹部たちがいる居城へと招かれた。

「テミス・フローレンス、またの名をキュアケルビムよ……わざわざ我らの元を尋ねた、貴殿の目的は何かな?」

 するとキュアケルビムの姿で謁見する彼女は、端的かつ率直な事を幹部たちへの質問としてぶつける。

「最近、人間界では『天使』の目撃情報が相次いでいるのですが……これについて僭越ながら聖上陛下からの見解をお聞かせ願いたく、参上いたしました」

 彼女としても、ここ最近の人間界の異変―― 殊更『天使』の出現については気になっていた。本物の天使である自分以外の天使が、何の前触れも無く人前に姿を現すと言った軽率な行動が出来るのか、彼女にはそれが不思議で仕方なかった。

 ゆえに今回、見えざる神の手に事の真相を追求し『天使』出現の意図について問い質す。

 率直なる若い天使からの問いかけに、七角形状に散らばる柱の上に鎮座した上級天使たちは口角をつり上げた。

「ほほほほほ。覚えておくとよい、キュアケルビムよ。人間とは常に真新しいものに目を奪われやすい性分なのじゃよ」

「畏れながら聖上陛下、それでは私の質問の答えになっておりません」

「何をそう怖い顔を浮かべておるか?  まるで我々が裏で糸を引き、何か大事を為そうとしている、そう思っておるようじゃぞ」

 幹部の一人が鋭い指摘をすると、キュアケルビムの眉が一瞬ピクっと動いた。あまつさえ、額からは露骨に油汗が滲んだ。

「案ずる事はない。我々が人間界の事情に関与している等と言った事は決して罷りならん。単なる自然現象のひとつであると、結論付けよ」

「しかし、今も確実に『天使』の目撃情報は増え続けています! これが単なる偶然や自然現象であるとは私にはとても!!」

「口を慎め、キュアケルビムよ。貴殿が立つこの場所こそ、天界の中でも最も重要な箇所であり神の座に最も近き場所である事を努々忘れるな」

「…… 僭上な物言いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 半ば強引に話を区切らされた感はあったが、下手に上級天使たちの機嫌を損ねると自分の立場が不利になると悟り、キュアケルビムは自らの非を認め、大人しくこの場を退く事にした。

 彼女が城を後にした後、幹部たちはキュアケルビムへの警戒心を露わにする。

「あの娘……やはり気づいておるな」

「今計画を邪魔される訳にはいかんぞ」

「ここは小娘の口を封じるか?」

「そう焦るでない。いずれにせよ、キュアケルビムはお払い箱よ……だがまだ奴には利用価値がある。今はゆるりと泳がせておけば良い」

 総意 が見られると、幹部たちは視線の先に映る人間界の映像を注視する。

 現在も『天使』と称される謎の現象が相次いで報告され、人間界ではちょっとした騒ぎになっている――彼らはこうなる事を予期していた。

「フフフ……我らが仕掛けるこの偉大なる実験の意味を、あの小生意気な小娘にも分からせてやろうぞ」

 不気味な笑みを浮かべるとともに、上級天使の一人は意味深長な事を呟いた。

 

           *

 

東京都 国道沿い

 

 噂の天使をこの目で確かめる為、ラプラス発案のもとリリスたちは東京の中心部を目指し車で移動していた。

 いつも通りレイがレンタカーを運転し、その間リリスたちはタブレット端末から流れるテレビのリアル映像をモニタリングする。

『ただいま、東京に巨大な白い像が浮かんでいます』

 ビルとビルの間に向かって流れる気流が、巨大な白い像を作り出している。天使を見に集まった人々は常識の範疇では理解し難いその現象を神秘的なものと捕え、興味津々に頭上を仰ぎ見る。

 リポーターは、目で見たありのままの情報を視聴者へと訴える。

『これが天使なのでしょうか!? 街の人々も沢山集まっていますが、まだはっきりとした形にはなっていません』

「美しい……」

「でも、何かイヤな感じするわ」

 クラレンスが好意的な意見を口にする傍ら、ラプラスは少々気味が悪いと思った。

 その後も映像を視聴していると、リポーターが集まった人々の様相について リポートし始めた。

『今、東京では〝天使〟がブームになっています。街の人々は皆、〝天使〟が降りて来るのを心待ちにしているかのように…… ご覧ください! 〝天使〟の人形を持ったり 、〝天使〟の羽を付けています』

 カメラが捉える 街の人々は、大事そうに『天使』の人形を持ち、人工の素材で出来た『天使』の翼を背に付けた状態で空を仰ぎ見ている。

 何がそうまでして彼らの心を捉える のか。『天使』の降臨を待ち、崇め奉ろうとする彼らの行動は宗教さながらだ。

「なんか気持ち悪い……」

 リリスには『天使』を妄信する様がかなり異様な光景に思えた。

「リリス。いつだって人は、自分の頭では理解出来ない超常現象を物珍しく思うものだよ」

「しかしここまで夢中になるのも珍しいですよ」

「みなさん、そろそろ到着しますよ」

 そうこうしている内に目的地へと到着した。

 レンタカーを適当な場所に駐車させると、リリスたちは早速皆が集まる広場へ行ってみた。

 すると人混みの中、はるかが意外な人物の姿を捕えた。

「ハヒ? あの人は……」

 彼女の瞳が捉えた 意外な人物こと、プリキュア対策課所属の高校生探偵兼セキュリティキーパーの少年――神林春人がリリスたちの方へと近付いて来た。

「やぁ、君たちも見に来たのかい?」

「あんた、どうしてこんな所に!?」

「貴様も意外と俗っぽいのだな」

皮肉交じりに問いかける朔夜に、春人はきっぱりと答える。

「僕はあんなまやかしになんて興味はない。これも立派な仕事でね……上からの命令であの天使もどきを調査しているんだ」

「と、言いますと?」

 クラレンスから問いを受け、春人は懐からある物を取り出し、リリスたちに見せた。春人が見せてくれたのは周囲の磁場を計測する為の特殊な機械だった。

「見なよ。天使と称されるものが目撃された場所ではいずれも強い磁場が形成されている」

「磁場? それがどういう関係が?」

 純粋にはるかが尋ねると、リリスがハッと何かに感づいた様子でおもむろに推測を口にする。

「……強い磁気は、時として人間の脳に作用して幻覚を見せつける」

 聞いた瞬間、春人も一瞬驚いたが、直ぐに平静さを取り戻すとともにリリスの高い推理力に脱帽する。

「わぁお。さすがは合理的思考に長けているね、悪原リリス。君の言う通りだよ……人間の脳は強い磁気を受けると、側頭葉の『ニューロン』と呼ばれる神経細胞が活性化し、過去の記憶が無作為に呼び起こされる。それによって、実際にはその場に存在しない映像や音などが、あたかも体験しているように感じてしまうんだ」

「つまり……あの『天使』は誰かが意図的に何かのデモンストレーションとして、オレたちの脳に働きかけ見せている、ということか?」

 これまでの話を総括した朔夜からの問いに、春人も同意する。

「誰が何の為にこんな事をしているのかは分からないけど、少なくともあれは『天使』じゃない。天使を装ったトリックだよ」

「トリックなどではございません」

 そのとき、春人の考えに異を唱える者が現れた。

 声がした方を見ると、茶色のローブに身を包んだ男が立っている。不敵な笑みを浮かべ春人らを見つめる男に、リリスは眉を顰める。

「失礼ですが、貴方は高校生探偵の神林春人さんではありませんか?」

「ええそうですけど、あなたは?」

「名乗る程の者ではございません。ご高名は窺っております。しかし、貴方があれをトリックだと言った事にはどうにも承服しかねるものですから、つい口を出してしまいました」

「ではあなたは、『天使』が本当にいるとお思いなんでしょうか?」

「ええ。私たちを導いて下さる方は、もうすぐ地に降り立つのです」

 人々の関心を集める存在、すなわち『天使』を春人は科学的現象のひとつと考えている。その一方で男は彼の考えを真っ向から否定する。

「人はその心の裡に救済を求めています。現代に生きる我々にとって最も必要なのは心の安息…… すなわち、心の祝福です。あの姿こそ、我らが心の裡に求めるところの救済の形そのものなのです」

「では逆に、何をもって祝福とするのか、そのうえで僕たちをどこに連れていくつもりなのですか? 僕は具体性の見えないオカルト染みた話は昔から信じない性質なものですから」

 そう聞くが、男は明確な回答はせず、不敵に笑みを浮かべるばかり。直後、男は春人を見ながら彼の琴線に触る一言を口にした。

「もしも貴方が信じられるのなら、貴方が遠い過去に失くした大事な方にも会える かもしれませんよ」

 聞いた 瞬間―― 春人は怖い顔を浮かべ凄むような声で言う。

「……あなたが 僕の何を知っているというのですか?」

「これは失礼。ですが、あなたも天使に出会えば、必ずやお分かりいただけます」

 それだけを言うと、男は春人らの前から早々に立ち去った。

 何の目的で近付いたかも分からない素性 不明の男の不審な行動にリリスたちが訝しむ中、ついに人々の前に『天使』が降臨した。

「見えました!! 『 天使』です!! 『天使』が舞い降りました!!」

 カメラマンとともにリポーターが出現した『天使』を仰ぎ見、視聴者へと訴える。

 神々しくもありながら人間の知性を超越したかのような『天使』の体を為す存在は、見る者すべてに神秘と畏怖の両方を齎す。

 降臨した『天使』を前に信者たちが異様なまでに熱狂する一方、リリスたちは怪訝そうな顔で空の上の『天使』を見る。

「あれが……『天使』!?」

「全然そうは見えませんけどね」

「ま、ぶっちゃけバカみたく巨大になったクリオネってところかしら」

 ラプラスの率直な感想を漏らす。

 謎の『天使』と称される存在への疑念を持つかたわら、春人は先ほど自分の考えに異を唱えたあの男の事が妙に気になった。

 

 帰りの車中、不意にはるかがリリスに切り出した。

「リリスちゃんって、『神様』って信じていましたか?」

「話が唐突ね。どうしてはるかはいつも脈絡もなく話をしたがるのかしら? そういうときは普通〝ところで〟とか、〝話は変わるんですけど〟とか、その場にふさわしい接続詞を入れるものだと思うけど」

「うぅ……。それはそうと、実際どうなんですか?」

「どうしてそんなことが気になるの?」

「前にイドラが言っていた事を思い出したんです。『神様』はとっくの昔に戦争で死んでしまったと。クラレンスさんの前でこんな話をするのは不謹慎かもしれないんですけど…… 」

 はるかが申し訳なさそうに言うと、クラレンスが首を振って答える。

「ああいえ! 私の事はお気になさらずに。はるかさんのその気持ちだけで私は救われます。とはいえ、私も未だに信じ難いんです。本当に主が亡くなられたのなら、我々が主を信じるこの気持ちは偽りなのかと」

「神を信じる気持ちと神の存在を付会する必要はないわ。大体、私だって生まれてこの方『神』の存在を信じた事はなかったわ」

「そうなのですか? 初耳ですね」

 車を運転するレイは顔を正面にやりながら会話に入り込む。

 そんなレイの反応を見てラプラスがぶっきらぼうに答える。

「まぁあたしら悪魔からすれば、『神』なんて天使の味方をするイメージが強かったし、ぶっちゃけ目の上のたんこぶみたいな感じだったから」

 と、ここまで黙って話を聞いていた朔夜がぽつりと言葉をこぼした。

「しかし、『神』が死んだという話の真偽はともかく、同じ言葉を使って、ニーチェはこの世界の真理を見事感得していたと言えるな」

「真理だと?」

 レイが朔夜の言葉を理解しかねていると、朔夜はさらに言葉を続ける。

「彼は〝神の死〟 というそれ自体がアンチテーゼを含んだオクシモロンを用いる事で、この世界が希求すべき〝祝福〟という帰結へのアプローチを行っていたのかもしれない」

「アンチテーゼ……オクし……なんでしょう?」

 朔夜が考え込むようにして呟くそばで、はるかは次々にインプットされる横文字に目が回りそうになっていた。

 ラプラスはパートナーのいつもの癖に溜息を吐きながら問いかける。

「回りくどいうえに小難しい話ね……で、結局あんたはそれが何だって言いたいわけ?」

「ひと言で言えば『虚無』――いや、『終焉』という言葉に置き換えるべきか」

「終焉?」

 クラレンスは朔夜の話を自身の中で消化して、自分なりの結論として言葉に変える。

「つまり、何も存在せず終わりを迎える事こそが本当の意味での救済、そういうわけですか?」

「でもそれって救済なんですか? 何もなかったら誰も助けられませんし、誰も助ける必要もないんじゃないですか? リリスちゃんもそう思いませんか?」

「そうね……」

 リリスは 後部座席から暮れなずむ夕日を眺めつつ、心の中でふと考える。

(ニーチェが仮に虚無主義の果てに終焉こそ祝福とする考えに至っていたとして、それを賛美できたとしても…………今の私にはまだ理解しかねるわね。でも不思議と、わからなくもないのよね)

 リリスには愛する家族を奪った洗礼教会への復讐という究極の目的があり、これまで十年という年月を復讐の為だけに費やしてきた。この目的を果たす為に自分のすべてを捧げてきた彼女にとって、復讐の成就なくして終焉に至ることなどあり得ないことだった。

 しかし、憎しみの中に身を置く一方で、無意識に自身の心が無常の風に吹かれることを望んでいることにリリスは未だ気付いていなかった。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「ホセア様。キュアケルビムの姿が見えませんが」

 最近ずっとうろちょろしていたケルビムの姿が見えず、エレミアは上司であるホセアに疑問を投げかける。

「一身上の都合により、しばらく教会への出入りを控えたいという本人たっての希望があったものでな」

「へっ! 結局何の役にも立たなかったな、大した天使さまだぜ! でぁははははは!!」

 馬鹿笑いするコヘレトを尻目に、モーセは最近地上で起きている珍妙な出来事に対して疑念する。

「それはそうと、人間界で話題となっている例の『天使』の件に関して、見えざる神の手は我々に何も命令を下さないのでしょうか?」

「今こそ我らが活動の正当性を人々に知らしめ、神への不敬を改める とともに、打倒悪魔を掲げて勢力の拡大を目指すべきです !」

「ホセア様、どうか我々にも聖上陛下の御意思に御身を捧げたく思います」

 サムエルとエレミアが続いて宣言すると、ホセアは深く頷きながらも拙速な行動に移すことを制止する。

「お主たちの厚い気持ちはしかと受け取った。だが、機は未だ熟しておらぬ。この件に関しては追って見えざる神の手の方から通達がもたらされる。それまでは各々自らの役目を全うするように務めよ」

「「「御意」」」

 三人が聖堂を去ると、コヘレトはたった今彼らが出て行った扉を見ながらどこか馬鹿にしたような口調で言葉を放つ。

「あーんなこと言っちゃって……ぶっちゃけ、もうこれ以上あの三人を手駒として泳がせておく理由なんてないくせに!」

「言葉を慎めコヘレト。偉大なる主の前で不敬であらせられるぞ」

「不敬も何も、一番『神』を冒涜してるのはそっちじゃないっすか。俺も馬鹿じゃないんでね。いい加減あんたの腹積もり聞かせてほしいな? じゃなかったら、俺がここにいる理由がなくなっちまう」

「……ふん」

 

           ◇

 

 東京が空前の天使ブームに包まれる一方、黒薔薇町ではある不穏な動きが見られていた――……

 

           ≡

 

黒薔薇町 某宗教団体事務所

 

「二回目の警告です。警視庁公安部です。立ち入り検査を実施しますので速やかに開けなさい!」

 ある朝、リリスとはるかが通学中に見た光景。

 物々しい雰囲気に包まれ、現場は騒然としている。警視庁公安部と書かれたジャンパーに身を包んだ捜査官数十名が集合住宅前に集まり、中にいる者たちへ強い語気で呼びかけている。

 扉をドンドンと叩き、呼びかけに応じない住人に高圧的な態度を取る。よく見るとテレビカメラも入っているから、はるかはただ事ではないと直感した。

「ハヒー…… 朝から一体何の捜査ですかね? 麻薬でしょうか?」

「違うわ。多分きっと、宗教団体『アリフ』の件よ」

「アリフ?」

「世界初のNBCテロ(核兵器・生物兵器・化学兵器を用いたテロ事件の総称)を実行した、凶悪なカルト教団の片割れだよ」

 リリスの回答に詳細な説明を施すのは、応援部隊に加わっていた神林春人だった。

驚く二人に近付くと、彼は十 年前に起こったとある惨劇について話し始めた。

「通勤ラッシュの地下鉄車内に『IFRIT』と呼ばれる大量殺戮を目的として開発された化学兵器がばら撒かれた…… 死者十三 名、負傷者六千三百人以上を出した日本の犯罪史に残る最悪の事件が十年前の十一月十五日に有った んだよ。それを引き起こしたのが名前を出すのも忌々しいカルト教団でね……これ以外にも、教団と対立する弁護士一家を殺害したり、教団内部では自動小銃の密造まで行われていたという話だ。これら凶悪な事件の数々を起こした教団の教祖、並びに幹部は皆逮捕され死刑が確定した」

「ハヒ!!  なんて恐ろしい話なんでしょう……はるかたちが生まれる前にそんな事があったなんて」

「いや生まれてるじゃない、十 年前ならはるか四歳よね?」

 背筋が凍る程の凶悪なテロ事件の概略を聞かされたはるかの発言の中に齟齬があったので、リリスが冷静に間違いを指摘した。

「でも最近、この事件を知らない若い人が増えているんだ。アリフは解散した教団の主流派で、ヨガ教室やインターネット、最近はSNSを使い少しずつ信者を増やしていたんだけど、最近の天使ブームにかこつけて入団者を一気に募ってた。公安部はそれを懸念して立ち入り検査の日程を早めたんだ」

「なんか忙しない話だこと……」

「大変ですね公安部も」

 リリスとはるかがそう言った後、春人は真顔を浮かべながら二人に言う。

「他人事のように言っているところ悪いけど、僕らプリキュア対策課は本来君たちの行動を監視しているという事を忘れないでほしいね。この間も、堕天使絡みの騒動を起こしていたみたいだけど……」

 鋭い所をツッコまれてしまった。

 二人は露骨に冷や汗をかき、苦笑いを浮かべながら後ずさる。

「あははは……えーっと……あれはその、不可抗力でして!!」

「はるか、真面に相手する必要ないわ。早く学校行くわよ」

 この男を敵に回す事は他の勢力と争うよりも厄介だった。

 リリスとはるかは、逃げるように退散する。そんな彼女たちをからかった春人は、口角をつり上げ二人を見送った。

 と、その時だった。春人は背後に強い邪気を感じとった。

 がっと、後ろを振り返る。すると茶色のローブに身を包みフードを目深にかぶる怪しげな女性の姿を捕えた。

「あれは……」

 ローブの女性は春人を誘っているのか、林の中へと姿を消した。

 春人は何かを直感した。そして、現場を離れ消えたローブの女性を追いかける。

 女性が消えた林の中へと向かったが、途中で足取りが分からなくなってしまった。何処にいるのか探していたとき、斜め上からつい先ほど感じた邪気と同じ気配に心づく。

 振り向くと、ぽつぽつと並び立つ街灯の上に 例のローブの女性が立っており、春人を見下ろしながら口角をつり上げた次の瞬間――掌から衝撃波を発生させた。

「ぐぁっ……」

 衝撃波を受けた瞬間、春人は近くの木にぶつかり、やがて気を失った。

 

           *

 

黒薔薇町 十六夜家

 

「あはははは!! 」

 リビングにて、朔夜の使い魔ラプラスは家事をするわけでもなく、ダラダラとテレビのワイドショーを見ながら、ソファーでお菓子をボリボリと貪っている。完全なるカウチポテトと化した彼女は言葉は悪いが、世間一般が抱くぐうたらな中年おばさんとやっている事は何ひとつ変わらない。

「あはははは!!  何それ、おっもしろーい!!」

 しかし、ラプラスは自らの欲望に忠実であり、誰に何を言われようともこの怠惰な生活習慣を改めようとはしなかったから、朔夜も半ば諦めていた。

 そんなぐうたらライフを満喫していた彼女だったが、不意にテレビの映像が著しく乱れ、砂嵐と化した。

「もう~、なによ!!  今地デジでしょ? アンテナでも折れちゃったの?」

 折角いいところだったのに…… 内心そう思いつつ、地デジ移行後は決してあり得ない通信途絶による砂嵐と化すテレビに文句をぶつぶつと垂れながら、ラプラスは昭和の感覚に立ち戻ってテレビを手でバンバンと叩く。

 すると、画面上の砂嵐が徐々に収まり映像が復活した。

「あ、映ったわ。……ん?」

 しかし映像を見るや、ラプラスは驚愕する。

 先程まで見ていたお笑い番組の再放送から、チャンネルを変えた訳でもないのに映像が変わっていた。

 テレビ画面の向こうに不気味な笑みを浮かべる謎の男の顔がドアップで映し出されると、男はテレビを通じて人々に呼びかける。

『私は預言者……すべての人間に〝イフリート〟からのお告げを授ける』

 その男は以前、天使の存在を否定した春人に異を唱えたあの男で、自らを『預言者』と称する。

 公共の電波をジャックしてテレビ画面に現れた男の言葉に、全国民が どよめいた。

『地球はもう直ぐ生まれ変わる。〝聖なる炎〟 が〝穢れ〟を焼き払うだろう……!』

 リアルタイムで流れるこの映像を、警視庁公安部部長 兼プリキュア対策課の責任者を務める神林敬三とその部下たちも見ていた。

「部長、これは一体!?」

「分からん。だが……春人はどうした!?」

「それが、さっきから連絡しているのですが……携帯に繋がりません!!」

「まさか……春人の身に何かが!?」

 敬三が悪い予感を抱く中、テレビ画面の預言者は両手を広げ力強く宣言する。

『イフリートに従うのだぁ…… !! その証を見せよう……!!』

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 私立シュヴァルツ学園

 

 預言者の出現に東京中が騒然と化す一方、事の次第を知らないリリスたちシュヴァルツ学園の生徒たちはただ今授業の真っ最中。

 リリスたちのクラスでは現在、担任の三枝が日本史の授業を行っていた。

「以上のように、一四六七年に起こった『応仁の乱』で室町幕府の権威は失墜。この戦いを境にして現れた『戦国大名』が天下平定を掲げて各地に現れ競い合った時代を、戦国時代と呼びます。そしてこれら戦国大名が……」

 と、話をしていた直後。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と、突然地鳴りのような音が校舎全体へと伝わって来た。

「何っ!?」

「ハヒ!?  地震です!!」

 教室中が縦方向に大きく揺れる。

 授業どころではなくなった生徒たちがパニック状態に陥る様子を見て、三枝は教師として毅然とした態度を示す。

「みんな慌てるな! 避難訓練を思い出すんだ、直ぐに机の下に隠れるんだ!!」

「先生の言う通りです、みなさん!!  机の下に隠れましょう!!」

 テミスの一声で、生徒たちは我に返るや急いで机の下に隠れる。

 しばらくして、大地の揺れが収まり 音も鳴り止んだ。生徒たちは揺れが収まったのを確認し、恐る恐る机から身を出した。

「どうやら収まった ようね……」

「ハヒ……地震はとってもデンジャラスです!」

 しかし、それは地震ではなかった。

 リリスたちが安堵の溜息を漏らした次の瞬間。

 ピカッ、ドゴォォォォォォォォォォォ――――――――――――!!

 教室の窓から見える建設中のビルが突如として大爆発。ビルは忽ち炎に包まれ焼失した。

「ビルが爆発したぞぉ!!」

「大変だぁああ―― !!」

 校内にいた全生徒、全教職員が窓から見える光景に驚愕する。リリスとはるか、そしてテミスも予想だにしなかった出来事を前に呆気にとられる。

「何がどうなっているんでしょう……」

「わからない。だけど……」

「ええ。何かとても邪悪な力が作用している事は間違いないわ」

 

 ビルの爆破が確認された頃、神林春人はと言うと……

「ぐああ……!」

 ローブの女性から襲撃を受け、通行量が少ないトンネルへ連れて行かれた。そこでも彼は正体不明の彼女から衝撃波を喰らわされ、徹底的に暴力に服従させられる。

 最終的に壁に磔にされた春人を、ローブの女性は嘲笑う。

「惨めな生き物だわね、人間って? 悲しいほどに愚か。滑稽なほどに弱々しい」

 言うと、念力を弱めて春人を地面に落とす。

 異能の力に苦しめられ、傷を負いながらも春人は闘志を宿した瞳で女性を捉えつつ、腰に忍ばせたSKバリアブルバレットを取り出した。

 明らかに人間でない彼女に銃口を突き付ける。そんな春人に近付きながら女性は嘲笑を続ける。

「撃ってどうなるというの? あたしはもう死んでいるのよ」

「なに?」

 言っている意味が理解出来なかった。

 刹那、困惑する春人目掛けて女性の後ろから衝撃波が発射され、彼の体に被弾する。

「ぐぁっ!!」

 再び壁に叩きつけられる春人。目の前の女性は満身創痍の彼の腹部にめりこむ様な蹴りを入れながら、不気味な笑みを浮かべる。

「ふふふ、覚えておくといいわ。世の中には人間が知るには 余りにおこがましい事があるのよ……我々イフリートが、お前たち愚かな人類で埋め尽くされたこの穢れた大地を、聖なる炎によって焼灼するの!!」

「言いたいことは……それだけかい?」

 どれだけ傷つけられようとも、春人の中にある正義の炎は燃え尽きない。

 相手がどんな凶悪な力を持つ存在であろうと、敢然とした態度を最後まで貫いた。そんな彼の瞳の輝きが、女性には非常に気に食わなかった。

「……ふん。人間の癖にイフリートの神々に歯向かおうなんて…… 思い上がりもいいところだわ!」

 眼前の春人を女性は徹底的に嬲った。二度と減らず口が利けぬくらい彼を痛めつけ、反抗する気力も奪い尽くすつもりで。

 しかし春人は屈強な肉体に加え、心も非常に頑強な人間だった。傷ついた体を起き上がらせ、頑として言う。

「人間は…… 君らが思っているほど弱くはない!」

 ちょうどその頃、春人のGPS の発信記録を頼りに捜索を行っていた父・敬三と部下が乗った車が春人がいるトンネルへと接近した。

 車内、敬三はトンネルの中で見えない何かと奮闘する満身創痍の息子の姿を発見した。

「あそこだっ!!」

 敬三たちが来た事を受け、暴行を加えていた女性は春人の前から一旦姿を消した。

そして、春人自身は惨い拷問から解放されると――緊張の糸が切れるとともに忽ち気を失った。

「春人っ!!」

 急いで車を止め、敬三とその部下が負傷した春人の元へ駆け寄った。

「春人っ! 大丈夫か!?」

「ひどい、誰がこんな事を……!」

 春人は、『イフリート』と称する謎の存在との交戦の末――プリキュア対策課の仲間によって保護され、事無きを得た。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 爆破事件が有った 日の夕方。

 シュヴァルツ学園は臨時措置として学校を早めに終わらせ、生徒たちを帰宅させると、その外出を厳しく制限した。

 学校から帰宅したリリスは、はるかたちを呼び集めると、全員で今日起こった事件の全貌について 話し合う事にした。

『まさに白昼の出来事でした。ご覧ください、ビルが見るも無残に破壊されています! 幸い、建設中だった事から人的被害はありませんでしたが、このような爆発が万が一人のいるビルで起きた時、その被害は甚大なものだったでしょう。今回、公共の電波をジャックした預言者を語る謎の男の行方と事件の真相につきましては、警視庁からの正式な発表は未だありません』

 破壊されたビルの映像がヘリコプターに搭載されたスタビライザーカメラによって生中継され、改めて全員は凶悪極まりない事件に背筋を凍らせる。

「コンクリートビルがあんな綺麗に蒸発するとは……」

「いつ爆弾は仕掛けられていたのでしょう?」

「いや、あれは爆弾じゃない」

「それはどう言う意味なのかしら?」

 同席していたテミスが朔夜に尋ねると、彼は真剣な顔で説明する。

「もしも爆弾が仕掛けられていたとしたら、何かしらの痕跡が残る。しかし今回の爆発にはそうした痕跡が全く見つからなかったんだ」

「あ……あの……朔夜さん、一体どこでそんな情報を……!?」

「こっそり現場に行って調べて来たんだ。間違いないよ」

 相変わらず抜け目ない奴だ…… レイがそう思うのは勿論だが、質問した側のピットもまた彼の行動力の高さには唖然とする。

「サっ君の言うように爆発物でないとしたら……遠隔的に何らかの力を加えたって事かな?」

「恐らくはね……」

「ですが、ビルを蒸発させちゃうほどのエネルギーをどこから!?」

「考えられるとすればひとつ……多分、『レイライン』を悪用したんだ」

「レイライン?」

「聞いたことがあるわ。古来より地球各地のパワースポットを結んでいる地脈や龍脈、光脈の類……とか?」

 うろ覚えな知識を頭から引っ張り出したテミスが端的にレイラインという言葉の意味を周りに説明。首肯した朔夜は両手を組み合わせた状態である推理を披露する。

「レイラインを流れるエネルギーは俗に『レイエネルギー』と呼ばれ、凄まじい力を秘めていると言う。敵の目的がはっきりしない為、憶測の域を脱しないが……奴らがレイエネルギーをある場所から集約させ、それを解放しビルを爆発させる。そうする事で自らの力を誇示しようと考えたとしたら?」

「ある場所?」

 すると朔夜は、テレビ画面に映る爆破されたビルに視線を合わせ、暫し見つめたのちリリスたちにその場所を指さした。

 彼が指示したのはビルの土台部分。いや、この場合はもっと下の方――すなわち、レイエネルギーが巡る場所そのものを示していた。

「まさか、地下からですか!?」

「一体誰が……」

 

           *

 

東京都 大田区 田園調布 神林邸

 

 謎の女性からの襲撃を受けたのち、実父らによって救出された春人は怪我の手当てを終えると、そのまま自宅へと戻った。

 車から降りた春人の顔と手のあちこちに包帯と絆創膏が貼られている。敬三は負傷した息子を労った。

「とりあえず今日一日は安静にするんだぞ」

「ごめん父さん……心配かけて」

「お前が謝る必要はないさ。じゃ、私はこれから謎の預言者に関する対策会議があるのでな」

 そう言うと、敬三は車を発進させ春人と別れた。

 父を見送った春人は、家の門を潜り自宅へと入って行った。

「ただいま」

「お帰りなさい、春人様」

 真っ先に出迎えてくれたのはこの家に仕える初老の執事・武者小路幹彦だ。仕事が忙しい敬三に代わって、この家の家事及び守護全般を担っている。

「ただいま、爺や。心配をかけてしまったね」

「春人様、お怪我の方は大丈夫なのですか?」

「ただのかすり傷だよ。僕の事は大丈夫、しばらく自室で休むよ」

「畏まりました。お夕食はどうなさいますか?」

「あとで食べるよ」

 武者小路は恭しく春人の言葉を受け入れる。春人はそのまま二階へと上がって、自室へと戻った。

 部屋に戻った春人の目に真っ先に飛び込むのは、机に置かれた今は亡き母の写真が収められた写真立て。春人の母は、十 年前に起こった例のカルト教団によるテロ事件の 犠牲者だった。母が亡くなったのは、春人が六歳の頃だった。

 カルト教団によって引き起こされたテロによって最愛の母の命を奪われた春人は、このような経緯から犯罪者が蔓延る世界を変える為、また市民に無差別に牙を剥く凶悪なテロリストから人々を守る為に父と同じ道を歩むことを志すに至った。

 理不尽なテロ事件の犠牲となった母に抱かれた幼い頃の春人は、無邪気に笑っていた。それを見て、一瞬ながら春人は懐かしい気分になった。

 だがそのとき、昼間感じたあの邪気を春人は部屋の中で感知した。

 慌ててその場を振り返ると、ベッドの上にいつの間にか人が座っていた。昼間、公共の電波をジャックした例の預言者の男だった。

「お前は!?」

「どうか騒がないで下さい。私は貴方と話をしに来ただけです」

「なるほど……君が『イフリート』とか言うふざけた存在なのか……?」

 春人の問いに対して、男はおもむろに答える。

「私は……私は預言者です。メッセージを伝えるだけです」

 春人は自称〝預言者〟を語る男に気付かれない様に、スマートフォンの通話ボタンをON にし、父や対策課の仲間たちに会話が聞こえるよう全て筒抜けにした。

「イフリートは、何処から来たんだい? まず自己紹介をするのが筋ってものじゃないか?」

「ハハハ……さすがはプリキュア対策課の切り札、セキュリティキーパーだ。ユーモアがある」

 言いながら立ち上がり、それでも……、と付け足しながら彼に歩み寄る。

「イフリートへ敬意を表して下さい。まず、貴方が……」

「どうして、僕なんだい?」

「時間はあまり無いですよ。貴方が今、この場で地球人類を代表して敬意を表さなければ……次は世田谷地区を……」

「止めろっ!!」

 思わず、春人は声を荒らげた。

 しかし、預言者の男はそれに動じる事無く、机に置かれた幼い春人と母が映った写真立てを手に取り、さらに言い続ける。

「穢れを焼き払う炎は神聖なもの……しかしそれを止める事は出来る。貴方なら……」

「ふざけるな……」

 目の前 の預言者を鋭く睨み付け、凄む声を発する。

 何だかんだと言いながらも、結局預言者が言っている事は、ただの脅迫でしかない。春人の怒りは徐々に募る。

「答えをお聞かせください、神林春人さん?  敬意を表しますか? 」

 預言者を自称するテロリストからの脅迫に、春人は決して屈しなかった。沈黙を守り続ける彼に対し、預言者は深く溜息を吐く 。

「……残念だ……」

 そう言うと、預言者は春人目掛けて持っていた写真立てを粗雑に投げつけた。

 春人がそれをキャッチした直後、男の姿はどこにもなかった。

 慌てて部屋を飛び出すと、居たのは心配になって様子を見に来た執事の武者小路だけだった。

「あの男は!?」

「男? いいえ、誰も出てきておりませんが」

「そんな……!! ……そうだ、世田谷!!」

「春人様!?」

 血相を変えて階段を下りて行く春人を呼び止める武者小路。呼び止められた春人は立ち止まり、武者小路に強く言う。

「爺や!! 急いで車の手配を頼むよ!!」

 もしも預言者の言う事が本当ならば……一刻も早く現場へ行って爆発を食い止める必要がある。

 武者小路が運転する車内、春人は現場の映像をタブレットを通して監視を行う。

「今のところ特に異常はない様ですが……」

「だといいけど……」

 モニタリングをする限りだと、世田谷は至って平穏無事の姿だった。

 しかしその直後、事態は一変する。

 ピカァァァ―― ッと強く光ったと思えば、世田谷のとあるビルから凄まじい爆発が発生した。

「「な!?」」

 ドゴォォォォォォォ――――――ン!!

 巨大な爆発とともに、窓ガラスが割れ、ビルの素材に使われている鉄筋コンクリートが蒸発。ビルの下に止めてあった車から人に至るまで全てが木っ端微塵に吹き飛んだ。

「なんて強力なエネルギーなんだ……!!」

 春人は人智を超えた爆発のエネルギーに驚愕した。

 預言者が宣言した通り、世田谷の街は一瞬にして地獄へと変わった。

 一足遅く、春人たちが現地到着するとそこには焦げ臭いにおいが立ち込めたビルが炎に焼かれる瓦礫と化しており、爆破されたビルの中には大勢の人が残っていた。

 余りに凄惨かつ残酷な光景だった。

 爆破を目撃した仕事帰りのサラリーマンが、慌てて携帯で一一九 番通報をする。

「もしもし一一九番!!  さっきビルが爆発したんだ、えらい事だよ大惨事だよっ!!」

 何の関係もない一般市民を巻沿いにする異能のテロ集団。

 春人の脳裏に蘇るのは、十年前のテロ事件の被害を受け死亡した亡き母の姿。

 致死性の高い化学兵器により尊い 命を奪われた母の亡骸に直面した際、六 歳だった春人はただ泣き崩れ、この世で最も強い絶望と虚無を味わった。

「……何が〝預言者〟だ………」

 こんな暴挙があっていいはずはない。

 拳を握りしめ、春人はイフリートと呼ばれる謎の存在を崇拝する預言者とその信者たち、そして元凶であるイフリートを必ずこの手で逮捕・制圧してやると誓った。

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「東京の大空に浮かび上がる『冥界の門』!!」
は「春人さんへと忍び寄る預言者の影。そして、恐るべき侵略計画!!」
朔「クリーチャー・イフリートによる人類およびプリキュアへの挑戦が始まる!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『最後の審判!プリキュアVS炎の魔人!』」


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第25話:最後の審判!プリキュアVS炎の魔人!

お待たせしました、イフリート回の後編です。
凶悪な力を持ったイフリートに立ち向かうリリス達、そして神林春人。
そして洗脳された人々はどういう対応をとるのか?!
そしてラストには、衝撃的な事実が明かされます!!


第25話:最後の審判!プリキュアVS炎の魔人!

 

 

 

クリーチャー。

 

 それは、太古より続く人と天使、悪魔、堕天使の関わりの中で、その狭間より生まれた者達。

 何故それが生まれたのか、その真実を知るものは少ない。

 クリーチャーは天使、悪魔、堕天使との直接的な関わりを持たず、人間との関わりですら自ら関与するという事は稀有な話だった。

 輪廻の「理」から逸脱した彼らは、長い時の中で自らの出自とともに己自身という存在そのものを世界から秘匿し続けていた。

 多くの謎に包まれたクリーチャーだが、長い歴史の中で、天界の上層機関の調査で判明した事実が幾ばくかある。

 まず、クリーチャーという存在を形作る物質について。彼らを構成するのは、いずれも「負の質量」であり、既知の物理法則に捕らわれないその物質は、「エキゾチック物質」と呼ばれている。

 クリーチャーは、悪魔や天使、堕天使ですら持ちえないエキゾチック物質を大量に保有し、そこから生まれる未知の力を行使する事が出来る。

 また、クリーチャーにはもう一つ重要な共通点がある。彼らは生まれた直後より身体のどこかに〝666〟という数字が刻印される。この数字こそ、クリーチャーであるというアイデンティそのものだ。

 ヨハネの黙示録によると、この世界を四十二ヶ月もの間支配するとされる、巨大な獣が人々に刻む数字――それこそが〝666〟という数字であるとしている。

 ゆえに、人間達はこの数字の意味とともにクリーチャーを忌避し、同時に畏敬の念を強く抱くのである。

 

           ≡

 

天界 第七天 見えざる神の手・居城

 

「どうにも様相がおかしい」

「当初の計画には無い事象が起こっておるが……どういう事だね?」

「地上世界に天使を降臨させ、人間どもに天使、神への信仰心を取り戻させる事が計画の味噌だったが……」

「しかし今、予期せぬイレギュラーが発生している……我々の偉大なる実験に干渉する不確定要素は何か!?」

 見えざる神の手の上級天使たちは揃って困惑していた。

 地上世界に天使を降臨させたのは他ならぬ彼らだ。決して邪なる目的の為ではなく、純然たる布教活動の一種。『聖書の神』が不在の今、最早純粋な天使は増える事もままならなくなった。そして、地上世界で高度に発達した物質文明は人間たちの神への畏怖、存在そのものを忘却させた。

 ニーチェ曰く「神は死んだ」とあるが、まさに彼が言っていた事は正しかった。

 聖と魔のバランスが危ぶまれる状況で、見えざる神の手は大胆な手に打って出た。それが今回の『天使降臨作戦』だ。

 地上に強力な磁場を発生させ疑似的な天使を降臨させる事で、人類に天使を通じて神への尊い信仰心を取り戻す。そうする事によって聖なるものの力を高め、これから起こり得る邪悪なる者との戦いに備えようとしていた。

 しかしそんな折、イレギュラーが生じた。〝イフリート〟と称する謎の存在が天使降臨にかこつけて地上世界に干渉を始めたのだ。

 当初の計算には含まれていなかった、不確定要素によってもたらされた不測の事態。幹部たちが苦虫を踏み潰したような顔を浮かべていたそのとき――ひとりの来訪者がやってきた。

「アンタらの言う偉大な実験とやらは、まんまと奴らに利用されたって事だよ」

 城門が開かれると、おもむろに入場する人影に幹部の視線が集まる。

 カーペットの上をゆっくりと歩きながら、ふてぶてしい面構えをした男――コヘレトが、見えざる神の手の幹部たちに接見する。

「お初にお目にかかるかな? 洗礼教会本部から参ったコヘレトっつーもんだ。以後お見知りおきを」

「貴様……何のつもりだ?」

「下衆めが。ここがどういう場所なのか分かっておるのか!?」

「この狼藉者が! 神の裁きの名の下に天誅を下す!」

 呼んだ覚えも無いのに勝手に現れたコヘレトに対する幹部たちの反応は、当然ながら良くない。明らかなる嫌悪感を顔に出し、鋭い瞳で七つの柱の中心点に立つ彼を睨み付ける。

「おいおい、初対面の相手にそんなに敵意をぶつける事はないだろう! つーか、まさかとは思うがアンタら俺を疑ってるんじゃねぇだろうな。言っとくが俺は何もしてねぇ。やってるのは別の奴……――クリーチャーだよ!!」

「莫迦め。クリーチャー如きが我らの実験に干渉するなど!?」

「そういう風に足下を見ようとしねぇから、アンタらは連中の思う壺なんだよ。知ってるだろ……この世界には大昔から〝イフリート〟っつう異形の者がいて、奴らが秘かに新世界を創造しようとしていた事を。誰にも気づかれぬまま、クリーチャーに成りすまして長い間身を潜め機が熟するのをじっと待った。そして、アンタらが仕掛けた天使作戦をちゃっかり利用する事を思いついたのさ!!」

「イフリート……忌々しい限りだ」

「天に鎮座し、今は亡き神の代行を司る我らがあろう事か下等な存在でしかないクリーチャー擬きに利用されていたとは……!!」

 芳しくない実情に辟易する見えざる神の手を仰ぎ見ながら、コヘレトは彼らを憐れむように口にする。

「やれやれ。ホント醜いまでにプライドの高さは一丁前だな。ある種病気じゃないかってぐらいだ」

「黙れっ!! 貴様の事だ……我らにその事を伝えに来ただけでは無かろうに」

「考え過ぎだって。俺にはアンタらみたいな野心は無いものでね」

 その言葉を百パーセント信じられるかと問われれば、コヘレトは絶対に「ノー」と答えるに違いない。

 用件を終えると、幹部たちに背を向け城の外へ歩き出す。

「あ、そうだ」

 帰る直前になって、報告すべき事をもうひとつだけ思い出したコヘレトは、くるっと回れ右をした。

「ついでに警告しておこうか。あんまり足下見過ぎないでいると、近いうちに手酷いしっぺ返しを受けると思うぜ」

 等と言う意味深長な発言を残すと、コヘレトは城を立ち去った。

 何のつもりであのような言葉を述べたのかは不明だが、何故だか幹部たちは言い知れぬ畏怖の念を抱き、額には汗を滲ませた。

 

           *

 

東京都 中心部

 

 その頃、地上では預言者による新たな動きが見られていた。

『最後の審判の時が来たのです。聖なる炎がこの世の汚れを焼き尽くし、人類は滅びるのです!!』

 二度に渡る予告爆破を体験した人類は、すっかり預言者の言葉を信じ、激しく狼狽えている。公共の電波をジャックしてテレビ画面から人々の恐怖感情を助長する預言者の姿は、さながら恐怖の大魔王の出現を預言する現代のノストラダムスのようだ。

 為す術もない人類が恐怖に駆られ冷静な判断力を失っているこの瞬間を、預言者は心待ちにしていた。

 今こそ、大衆心理に働きかけるとき――預言者は口角をつり上げる。

『しかし、イフリートは偉大なる存在です。人類救済のチャンスを与えましょう……人類が生き残るためには、悪魔を滅ぼさなければなりません。悪魔を倒さなければ、人類は滅びてしまうのです!!』

 センセーショナルにプロパガンダを植え付ける。

 天使の人形や羽根を付けた人々は預言者にマインドコントロールされ、彼の言葉をあたかも信じ込む。

『門を、開けるのです! そして……イフリートの審判を受け入れるのです!!』

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 悪原家

 

「イフリート……?」

「アラビア圏に伝わる魔人の一種だが、同時に異形の存在として扱われている。オレたちは以前にもそういった輩と戦っている」

「もしかして、イドラと同じクリーチャーって事……!」

 自宅のテレビ画面を通じて預言者の発言を聞いていたリリスたちは、この事件の黒幕がイフリートと呼ばれるクリーチャーの一種であると断定した。

 画面を注視していると、預言者が呪詛のように唱え始める。

『聞きなさい。この世に災いをもたらす悪魔の名は――――プリキュア!!』

「な!?」

「「「「「「「え(何)(なんですって)!!」」」」」」」

 預言者は言う。プリキュアこそ、悪魔であり災いの元凶であると。

 テレビを通じ聞いていたリリスたちは揃って愕然とする一方、マインドコントロールを受けた人々は預言者の言葉を疑いも無く信じ込む。

『唱えるのです! プリキュアこそ、人類の敵――悪魔なのです!』

「プリキュアは、悪魔!!」

「「「「「「悪魔! 悪魔! 悪魔! 悪魔! 悪魔! 悪魔!」」」」」」

 この瞬間、プリキュアは人類の敵として認識された。

 イフリートはこの世界を掌握する為に、人類の平和の為に戦うプリキュアを世界から孤立させる作戦に打って出た。

 大衆心理に働きかけ、人間を洗脳し、誰からの応援も受けられなくする――イフリートの戦略に抜かりは無かった。

 

 地上世界の終末が確実に始まろうとしている頃、春人は武者小路が運転する車で、とあるマンションへとやって来た。

 預言者と名乗る男が春人の部屋に現れた際、預言者は部屋に在った写真立てに手を触れていた。つまり、預言者は不覚にも指紋を残したのである。

 それに気づいた春人は警視庁のデータバンクに指紋を照合し、預言者の身元を特定する事に成功した。彼が自宅とするマンションの前までやって来ると、タブレット端末に表示された預言者に関する個人情報を確認する。

「『板橋満生』……か」

「その男の名なら聞いた事があります。十年前の地下鉄テロで解散したカルト教団の片割れのひとつ、『ひかりの使徒』の代表を務める男です」

「表向きは仏教哲学サークルの代表と名乗っているけど……所詮カルト教団の教えから何ひとつ脱していなかったという訳だ」

 今回の事件は、十年前のテロ事件と何らかの関わりを持つ人物が裏で糸を引いている事は間違いない。

 愛する母を死地へと追いやったテロリスト集団の元から脱して、新たな教団を組織し、異形の者『イフリート』を崇拝する事を全人類に強要する預言者――板橋満生の息の根を必ず止める為、春人は車から降り彼の部屋へと向かう事にした。

「春人様。本当におひとりで宜しいのでしょうか?」

 武者小路から向けられる懸念に、春人は柔らかい笑みを浮かべる。

「僕の事なら心配いらないよ。あんなテロリストなんかに、もう屈したりはしない。必ず奴のお縄を頂戴してみせるさ」

 固い決意が籠った言葉。

 それを聞いた武者小路は、春人を最後まで信じる事に徹しようと思った。

「――御武運を祈っております」

「行ってくるよ、爺や」

 正義を胸に、春人はいざ――敵陣へと向かって歩き出した。

 

 板橋満生が住むマンションの自室前。

 部屋の表札を見ると、ローマ字で『ITAHASHI』と書かれている。

 この中に板橋がいるのか……春人は緊張の面持ちでインターフォンを押した。

 ピンポーン……。

 春人は高校生探偵であって決して警察官ではない。よって彼には板橋を逮捕する権限は無い。だが板橋が異形の者であるイフリートと深く関わっているのなら、プリキュア対策課の仕事として彼を任意同行する必要がある。

 ピンポーン……。ピンポーン……。

 何度インターフォンを押しても、板橋からの応答はない。

 試しにドアノブを手に回してみると……ガタッっ、と扉が開いた。

 施錠がされていない事を不審に思いつつ、春人は不法侵入を覚悟で部屋の中へと入っていく。

 中は驚くほど生活感の感じられない殺風景な部屋だった。まるで最初から人が住んでいなかったと思うほどに、中は必要最低限の家財道具しか置いていない。

 奇妙とは思いつつ部屋を探っていると、リビングに置いてあるデスクトップパソコンに目が入った。

 春人はパソコンを起動させると、コンソールを素早く操作し、この部屋のセキュリティ・システムにアクセスする。

〈セキュリティ・システムへのアクセスを行います。音声入力をお願いします〉

「アクセス。警視庁公安部特別分室、コード0026CGG、神林春人」

 ピピピピッ……。

〈ようこそ、セキュリティ・システムへ〉

「ここの住人の行方を知りたい」

 端的に板橋の居場所についてを問い質すと、コンピューターから返ってきた答えは意外な事実だった。

〈この部屋の住人『板橋満生』のデータは、三カ月間更新されていません〉

「……更新されていない? それどういう事だい……?」

〈『板橋満生』は、三カ月前に生命活動を停止しています〉

「な……っ!!」

 一瞬、冗談を言っているかと思った。

 コンピューター曰く部屋の住人兼イフリートの預言者である板橋満生は、既に死亡していると言うのだ。

 だとしたら、公共の電波を通じてセンセーショナルに呼びかけていたあの男はどこの誰で、春人の前に現れたあの男は何者なのか。

 思考がまるで追いつかず、軽いパニック状態になりかけたそのとき。

 気配を感じた春人がバリアブルバレット片手に後ろへ振り返ると、モワワワワとした人の形を体する赤い炎の揺らめきがあった。

「君が……イフリートとか言うふざけた輩かい?」

 異形の存在を前に、春人は銃を突き付けた状態から警戒心を露わに尋ねる。

 直後、イフリートは春人の右手目掛けて衝撃波を飛ばしてきた。衝撃波が直撃すると、春人の手の中の銃が床に落ちた。

 イフリートは何かを語る事はせず、態度として春人に衝撃波を連発する。

「ぐあああああ」

 そして、春人を壁に張り付けると超能力によってその場に封じ込める。

「どうして僕なんだ……!?」

 捕まった春人の口から出た問い掛けに、イフリートは答える事なく姿を消した。

 代わりにイフリートの預言者――板橋満生が何の前触れも無く春人の前に現れ、真顔のままおもむろに述べる。

「――貴方が『アイツら』を認めようとするからですよ」

「『アイツら』だって?」

 壁に張り付けになった春人をまじまじと見つめ、板橋は語り続ける。

「イフリートは『アイツら』よりずっと前にこの地球(ほし)に来ていたのです。そして『アイツら』よりも前にこの世界を救おうとしていたのです」

 声こそ荒立てぬものの、板橋の『アイツら』に対する評価は否定的で、声色からは明確な怒りの感情が現れている。

「後から来た分際で好き勝手なマネをされてはたまらない。分かりますよね?」

 板橋は春人への理解を求める。

 張り付けにされ動きが制約される中、春人は眉に皺を寄せながら口にする。

「もしかして、君が言っているのは悪原リリスたちの事なのかい? 彼女は確かにプリキュアだが、悪魔でもある。彼女やその仲間たちは自らの信念に従って戦い、結果的にこの地上を守っている事に寄与しているだけだよ。例えプリキュアがこの世から姿を消しても、人間は君らみたいな侵略者に蹂躙されるほど弱い生き物じゃない。人類の敵は人類自らの手で排除する。僕はその為に今ここにいる。傲慢で卑劣で、人の命を毛ほどにも感じない君たち侵略者をこの手で必ず断罪する!!」

 春人が強い語気で板橋の姿を借りたクリーチャーに言い放った、次の瞬間。

 床に落ちていたSKバリアブルバレットの自動防衛システムが作動し、銃口部から多量の催涙ガスが放射された。

 部屋一帯に充満する催涙ガス。板橋は咄嗟に部屋の中から姿を消した。それと同時に春人を縛り付けていた超能力が解かれ、力なく床に落ちる。

「春人様っ!!」

 ちょうどそこへ、頃合いを見計らって武者小路が駆けつけた。

「大丈夫ですか!?」

「爺や……ありがとう……まったく酷い目に遭ったよ」

 二人がそんなやり取りをしていたその時、

『最後の預言を語ろう………!』

 何処からともなく、板橋の声が空気に溶け込み、二人の耳に入り込んでくる。

「『最後』だって? どういう意味だい?」

『〝貴方たちが生きて聞くことのできる最後の〟と言う意味だよ。間もなくこの地にイフリートの神が降り立つ。門が開かれたそのとき、地上に新たな秩序が生まれるのだっ!!』

「寝ぼけるのも大概にしなよ。この国に警察以外の秩序なんていらない」

「春人様、急ぎましょう」

 板橋が何かを始める前に食い止めなければ――春人と武者小路はマンションを出ると、直ちに車を発進させ行動を開始した。

 

           *

 

同時刻――

東京都 中心部

 

『イフリートを迎え入れなさい! 門を開きなさい!!』

 テレビ電波に乗せて、以前春人を襲撃したイフリートの巫女がマインドコントロールされた人々を鼓吹する。

 扇動された人々は、巫女の言葉に従い虚ろな顔を浮かべながら両の手を挙げ、「おおっ」という声を発する。多くの人々から得られるパワーを用いる事で、巫女はその力を有用に使う。

 しばらくすると、大空に厚い暗雲が出現する。

 瞬く間に東京の空を覆い尽くすほどにまで拡散、膨張した雲の隙間から巨大な扉が姿を現した。

 不気味な紫色の蒸気を噴き出すそれは、イフリートがこの作戦の要としているある重要な物で、固く閉ざされた門がギギギ……と、少しだけ開かれる。

 事態の変容を察知したリリスたちが現場に駆けつけると、巨大な門が都心のど真ん中に堂々と浮かび上がっていた。

「ハヒ!? あの不気味なものは何ですか!?」

「信じられないけど……あれは『冥界の門』よ!! あれが開けば、冥界の魔物が人間界に溢れ出すわ!」

「それだけじゃない。冥界には瘴気が満ちている。瘴気はこの世のあらゆる生物にとって猛毒だ。それが蔓延したら……この世は破滅する!!」

「未だ嘗て経験した事のない事態……現世と冥界の逆転現象……!!」

 ぞっとする背筋が凍る話だった。

 イフリートが都心に出現させたものこそ、悪の魂を持つ者が堕ちる場所とされる世界――『冥界』とを繋ぐ扉であり、それが開かれた時、人間界には冥界の瘴気とともに邪悪な魔物や凶悪なクリーチャーが一遍に溢れ出すのだ。

 余りにも恐ろしい話に、全員は息を飲み頭上の門を仰ぎ見る。

 やがて、眉間に皺を寄せ額から汗を噴き出すリリスは全員へ呼びかける。

「……連中の好き勝手にはさせない。みんな、イフリートの侵攻を全力で阻止するわよ。あの門を絶対に開けさせたりなんてしない!!」

「「「「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」」」」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士と天使のコラボレーション!!」

「「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」」

 

 かくして、ディアブロスプリキュアはチーム一丸となってイフリートによる侵略作戦の阻止に乗り出した。

 ドラゴン形態のレイの背中に乗って、都心の空に浮く巨大な冥界の門までひとっ飛び。門の足場へ降り立つ。

 一〇メートルを超えるそれは両開きの門で、左右から一体ずつ、冥界に生息する様々なクリーチャーや魔物が描かれている。

 ベリアルたちが門の中央を見据えると、扉の中央にある文字が彫られていた。

 〝この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ〟――イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』地獄篇第三歌に登場する地獄の門と酷似していた。

 一刻の猶予もない。僅かに開いている扉を全員で閉めようとする。

「せーのっ!!」

「「「「「「おーえす!! おーえす!! おーえす!!」」」」」」

 掛け声により互いを鼓舞し合い、力いっぱい扉を閉めようとする。そんな彼らを地上から眺めるイフリートの預言者・板橋と巫女は……。

「イフリートに刃向う者は、報いを受けるがいい!!」

 板橋が言うと、フードを目深にかぶった巫女の手から衝撃波が放たれる。

「「「「ぐああああああ!!」」」」

「「「「だああああああ!!」」」」

 作業に集中していて外部からの攻撃に対する防御が疎かになっていたベリアルたちは、攻撃を受けると地上へ落とされた。

「君たちを待っていたのだよ、ディアブロスプリキュア!!」

 落下してきたベリアルたちへ板橋と巫女が複数の炎の揺らめき、イフリートの精神体を伴い近付いて来た。

「あいつは……!」

「預言者ですわ!!」

「君たちはこの世界(ほし)の守護神になるつもりかね!? おこがましいとは思わないか?」

 預言者は彼女たちを否定する様な言葉を浴びせる。それこそ、彼女たち『プリキュア』そのものに怒りを露わにするように……。

「君たちが聖なる光の使徒として、この地に現れるずっと前から……この世界(ほし)の愚かな生物達はイフリートの導きを待っていたのだよ!」

 言うと、預言者の男はベリアルたちを指差し語気強くして言う。

「君たちは招かれざる者なのだ!!」

「ふざけないでっ!! そっちこそ自分たちが『神』にでもなったつもりなの!?」

「あなた達に人間を裁く権利も、導く権利もありません!!」

 身勝手なのはどっちだと、ベリアルとウィッチは激昂し不遜で傲慢極まりないイフリートを厳しく非難する。

「ふふふ……愚かなる人間達の前で、無残な死に様を晒すがいいわ!!」

「見せてやろう、イフリートの力を! イフリートの怒りの姿をッ!!」

 

 ピキッ……ピキピキッ……ピキピキピキッ……。

 板橋と巫女の足元に突如亀裂が走った。

 刹那、地下を走るレイラインから強大なるレイエネルギーが沸き上がる。やがて生じた亀裂から炎の如く放出される。

 ベリアルたちが敵の攻撃に備え身構えると、灼熱の炎から姿を現したのは……。

《イフッ……!!》

 上半身が炎に包まれた、どこか悪魔を彷彿とさせる人の体を為す存在。これこそ、クリーチャーと化したイフリートの真の姿である。

「こいつが……イフリートの正体……!?」

「まさに炎の魔人ね……」

「オレたちに挑戦するつもりか……」

 プリキュアとイフリート、両者は市街地で距離を取って構え、出るタイミングを窺い牽制し合う。

 そして、ベリアルを筆頭にディアブロスプリキュアが攻撃を仕掛ける為に前に出た。

「「「はあああああああ!!」」」」

《イフッ! イフッイフッ!!》

 格闘スキルの高いベリアルとケルビムでイフリートに回し蹴りや正拳突きを繰り出すと、イフリートは二人の技を炎に包まれた体で防御する。

 直後、ベリアルの足首とケルビムの腕首をガシっと掴む。

《イフッッッ!!》

「「うわあああああ!!」」

 イフリートは両者を力いっぱい空高くへと投げ飛ばすが、投擲された二人は、なんとか体勢を整え着地に成功する。

「サンダーボルト!!」

「シュヴァルツ・エントリオール!!」

 接近戦では分が悪いと判断したウィッチとバスターナイトは、遠距離からの攻撃を仕掛ける。

 イフリートは飛来する攻撃を機敏な動きで回避。それと同時に掌(てのひら)に全身の炎を圧縮させたエネルギー光弾を形成、二人へと発射する。

「「うわああああ!!」」

 光弾の直撃を受けたウィッチとバスターナイトは忽ち体勢を崩した。

 イフリートは更にベリアルたちを追い込もうと考え、側転をしながら彼女たちへと接近――空手チョップや回し蹴りなどと言った技を喰らわせる。

「「「「ぐああああああああああ!!」」」」

 敵の激しい攻撃を受け流し切れず、ベリアルたちは近くにあるビルの壁面に激しく叩きつけられる。

《イフッ! イフフフ……ッッッ》

 イフ、イフ……そんな鳴き方をするイフリートは、ベリアルたちを嘲笑う。

 四人ながらイフリートを倒すどころか、弄ばれ窮地に立たされる。ディアブロスプリキュアは、何とかこの状況を打開しようと必死だった。

「やってくれるじゃない……そっちがその気ならこっちだって本気になってあげるわよ!!」

 言うと、ベリアルはビルの壁から離れグラーフリングを装備し、グラーフゲシュタルトへと変身する。

「レイエクスカリバー!!」

 使い魔が変身した剣を装備したベリアル。

 それを見たイフリートは、意外な行動を取った。おもむろに両腕をクロスさせたと思えば、全身に漲るレイエネルギーを滾らせ、力を解き放つ。

《イフ! イフっっ! イフっッ!!》

 グチャ……グチャ……、と言う音を立てながらイフリートの肉体が硬質化し始め、同時に体から噴き出る炎の勢いも一段と強くなり、両腕には鋭利なカッター状の武器が追加された。

「ハヒ!!」

「何ですって!?」

「体の構造が変化した……!!」

「こいつ、リリスちゃんに対抗して!!」

 イフリートはゲシュタルトチェンジしたベリアルに合わせて、体の能力を変化させた。瞬時にグラーフゲシュタルトがパワーに特化した力である事を見抜くと、同じ土俵に立つ為に自らの能力をパワータイプに対応させた。

 適応力のあるイフリートに困惑しながらも、ベリアルは平静を乱さぬ様落ち着きを保ちながら、剣を握りしめ――敵との距離を計算する。

 そしてタイミングを計ると、地面を強く蹴って飛び出した。

「ブレイズバーン!!」

 灼熱の炎を渦状にした超圧縮エネルギーが剣先から放たれた。

 これに対し、イフリートは両腕に装備されたカッターで炎ごと攻撃を切り裂き、まっすぐ向かって来るベリアルを圧倒的なパワーで弾き飛ばした。

「きゃあああああああ!!」

「「「リリス(ちゃん)!!」」」

 ゲシュタルトチェンジしたベリアルの力を容易に打ち破ったイフリートの力は、想像を絶するものだった。

 一人で立ち向かう事は自殺行為である事を否が応でも分からされた残りの三人はそれぞれが持つ最強の力を一気にぶつける事で、イフリートに対抗する作戦を即座に決め、実行に移す。

「ヴァルキリアフォーム!!」

「オファニムモード!!」

 ウィッチとケルビムの二人は強化変身リングの力を用いて、それぞれの強化形態『ヴァルキリアフォーム』と『オファニムモード』へと変身。二人のパートナーであるクラレンスとピットは主人の武器となる。

「ラプラス!!」

「あいよ、分かってるって!!」

 バスターナイトは強化変身能力こそ持たないが、ラプラスと合体する事で飛翔能力を高め、攻撃力をアップさせる。

 準備は整った。三人はイフリートの正面に回り込み、三地点同時攻撃を仕掛ける。

「デュナミス・ヴァルキリア!!」

「ホーリーアロー・乱れ撃ち!!」

「デモンズディザスター!!」

 聖なる光を帯びた斬撃に、同じく聖なる光を宿した複数の矢、そして邪悪な闇を駆逐する闇の力が魔剣の切っ先と魔盾の眼より放出される。

 光と闇、二つの力は絶妙の加減で混ざり合って巨大なエネルギーの塊となった。イフリートの全身が巨大に膨れ上がったエネルギーにすっぽりと呑みこまれる。

〈やったのでしょうか?〉

 レイがそう問いかけた直後、ベリアルは目を見開き驚愕する。

「ウソ……あり得ない!!」

 あれだけの高エネルギーを真面に受けながら、イフリートはその姿形を保っている。パワータイプに変身したという事もあり、変身前と比べて攻撃に対する能力も飛躍的に向上していたのだ。

《イフッ! ……イフフフッ!!》

 攻撃が無効化された事に終始呆気にとられるウィッチたちを例の如く嘲笑し、イフリートは怯む彼らの懐へ潜り込み、そして。

 ――バシュ! バシュ! バシュ!

「「「ぐああああああ!!」」」

 両腕のカッターで三人の急所へ一撃を叩きこんだ。この攻撃が決まると、三人は力を失い昏倒する。

「はるか!! サっ君!! テミス!!」

〈クラレンス!! ご婦人!! ピット!!〉

 いつも戦いを共にしてきた仲間が呆気なく倒されるという承服しがたい事実を前に、ベリアルとレイは驚愕しながら、彼らを手に掛けたイフリートへのどうしようもない怒りが湧き上がった。

 

 

 ――ドンッ!! ドンドン!!

《イフッッッッッッッッ……!》

 そのとき、イフリートの背中から突如火花が散った。

 誰かがイフリートを撃ったのだ。その誰かとは言うまでもない――セキュリティキーパーに変身した神林春人で、SKバリアブルバレットの銃口を向けていた。

「なるほど。君の方がよっぽど悪魔らしい姿をしているじゃないか」

「神林春人……!!」

「君たちもまだまだ詰めが甘いようだね。こんなテロリズムを促すバケモノを僕が見逃す筈ないだろう。君らもプリキュアの名を冠するなら、世界を守る戦士らしくもう少し粘ってくれないと」

 ――ドンッ!! ドンドン!!

 憎まれ口に近い事を語りながらセキュリティキーパーは銃弾をイフリートへと撃ち続け徐々に距離を詰め、空いている手にSKメタルシャフトを携え肉弾戦に持ちこんだ。

《イフッ!! イフイフッ!!》

 セキュリティキーパーから繰り出される殺気籠った攻撃にイフリートの方が若干押され気味になる。ベリアルたち以上に、セキュリティキーパーは自らを地上の正義だと称して人々の生活を脅かす目の前のクリーチャーを許せなかった。

 何としてでもこの怪物を断罪してやる。確固たる思いを胸に三天の怪物は銃と剣を巧みに操りイフリートを追い詰める。

《イフッ……!! イフッ!!》

 このままでは埒が明かない。イフリートはセキュリティキーパーの攻撃から逃れると、再び両腕をクロスさせ身体に吸収したレイエネルギーを滾らせる。

 すると、背中から炎から出来た二枚の翼が生えた。イフリートはその翼を用いて、空高く舞い上がる。

「悪原リリス、奴を逃がしてはダメだ!」

「言われなくても分かってるわよ!!」

 ベリアルは空を飛ぶことが出来ないセキュリティキーパーに代わって、イフリートを追いかける。

 悪魔の翼をめいっぱい広げ空中へと舞い上がるベリアルだが、イフリートの飛行速度の方が数段に早くとても距離を縮められない。

「これじゃ追いつけない!!」

 難しい顔を浮かべた直後。不意にイフリートが方向転換をして、ベリアルの方へと向かって来た。

「なっ……!!」

《イフッ!!》

 ズド――ン、と言う爆音が空中で鳴り響く。

 頭上を見上げるセキュリティキーパーの目に飛び込んできたのは、満身創痍となったベリアルが気を失った状態で撃墜されるという光景。

 ベリアルは地上数百メートルの高さから激しく地面に叩きつけられる。落ちた場所には巨大なクレーターが出来、その真ん中でベリアルはうつ伏せのまま倒れ動こうとしない。

 ディアブロスプリキュアのメンバー全員を蹴散らしたイフリートは、そのまま冥界の門へと向かい、扉を無理矢理こじ開けようと隙間に手を突っ込む。

 ギギギギ……。

 イフリートが門をこじ開けようとした結果、開きかけていた扉の間から冥界の瘴気と漆黒の闇が噴き出し、世界を闇一色で塗り潰そうとする。

 奮闘虚しくイフリートの前に敗れたベリアルたちは地に伏せたまま、闇の中へと消えていく。

「プリキュア……このままでは世界が闇に!!」

 そう呟いた時、セキュリティキーパーの頭が冴え渡った。

「……〝光〟!! そうだ、〝光〟だ!! プリキュアに光を与える事が出来れば!!」

 プリキュアとは、本来聖なる光の象徴である。敵が闇の力を司るならば、プリキュアであるベリアルたちに光を与える事が出来れば、彼女たちは再び立ち上がる事が出来ると、セキュリティキーパーは考えた。

 だが、そんな事が果たして可能なのだろうか。否――セキュリティキーパーには賭けに極めて近いが、ただひとつの妙案があった。

 早速その妙案を実行に移すべく、セキュリティキーパーはプリキュア対策課の責任者である父の元に通信を繋いだ。

「もしもし父さん!? 大至急この回線を全テレビ局に流して欲しいんだ!!」

『分かった! 全放送局の回線に割り込ませる!!』

 父の尽力もあって、東京の全テレビ局に緊急回線が割り込まれた。

 マインドコントロールされた多くの人々は、セキュリティキーパーこと、神林春人の顔を画面越しに見ながら話を聞く。

『突然の出来事に戸惑っていると思いますが、僕は高校生探偵で警視庁公安部特別分室、通称プリキュア対策課の特別捜査員をしています、神林春人です。みなさん、目を覚ましてください。自らを神や天使と自称している彼らこそが、真の悪魔なのです。ディアブロスプリキュアは、僕たちを守って来てくれました。今度は僕たちが力を上げる番です。お願いです、プリキュアに光を……光を与えてください!!』

 それまでプリキュアを人々の生活を脅かす『悪』だと考えていたセキュリティキーパーの心境の変化に、対策課の捜査官を始め、父も驚いていた。

 セキュリティキーパーはプリキュアを、ベリアルたちを人類を守る者たちであるとハッキリと認めたのだ――警察の力だけではどうする事も出来ない事態を解決する人類最後の『希望』であると。

 テレビ画面を通じて真摯に訴えを起こしたセキュリティキーパーの気持ちは、イフリートに洗脳された人々の心を解放するとともに、ある行動を起こさせた。

 プリキュアに光を届ける為に皆が一斉に動き始めたのだ。そんな彼らの行動を見越したように、あの男が現れた。

「さぁ皆の衆!! プリキュアに力を与えるのならば、これを使うのじゃ!!」

 ディアブロスプリキュアの協力者である科学者・ベルーダは唐突に彼らの前に現れ、ベリアルたちの元へ向かう彼らにアイテムを配り始めた。

 人々が受け取ったのは、掌に納まるくらいの小さな、だけどどこか温かみを帯びた先端に羽根型の蛍光部が付いたライトだった。

「そのミラクルライトを振って、プリキュアを応援するのじゃ!!」

「プリキュア!! がんばれー!!」

「「プリキュア!! がんばれー!!」」

「「「「がんばれー!!」」」」

 人々はベルーダから渡されたミラクルライトを力強く降り、プリキュアがんばれー、と言って応援を始めた。

 あちこちから同じような声が聞こえてくる。セキュリティキーパーの耳にもハッキリと聞こえる応援の声はやがて光を伴ってベリアルたちへと注がれる。

《イフッ!?》

 扉をこじ開けようと躍起になっていたイフリートも、この光景には目を奪われる。

 人々から与えられた応援の声と光をその身に受けたベリアルたちの体に力が戻り始めた。さっきまで立ち上がる事さえままならなかったのに、嘘のように体が軽くなっていた。

「光が……」

「力が、漲って来てきます……!!」

「光……これが人々の光なのね」

「悪魔にはあまり嬉しくないけど、今はこの光にすべてを賭けるわ!!」

 街の人たちから与えられた光によって、ディアブロスプリキュアは復活を遂げた。この結果にセキュリティキーパーも非常に満足していた。

《イフッ!!》

 復活したベリアルたちの息の根を止めるため、イフリートが空中から降りて来た。

「二度と負けは許されないからね」

「分かってるわよ」

 等と言い合い、セキュリティキーパーとベリアルは互いを認め合い共に戦う事を許諾する。

 今ここに、いがみ合っていた警察組織とプリキュアが一致団結して目の前の巨悪に立ち向かう。

「行くわよ!!」

「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」

 合図と共に五人は動き始めた。

 最初に、ダントツに戦闘能力の高いバスターナイトとセキュリティキーパーの二人がイフリートへ接近し、剣と警棒で畳み掛ける。

「はあああああ!!」

「ふん!!」

 両者の武器が全く同じタイミングで交差し、鋭い剣閃となる。

《イフッ!! イフイフイフッ!!》

 それまでベリアルたちの攻撃をものともしなかったイフリートの硬い身体に十字状の傷が出来上がった。

 二人の攻撃でイフリートの体が一瞬たじろいだ直後、今度はウィッチとケルビムが強化変身した姿で一気に攻めてくる。

「はああああああああああ!!」

「やああああああああああ!!」

 空中からの飛び蹴りに加えて、地上からのアッパーパンチはさすがに堪える。

 イフリートの体が宙に浮かび上がったのを見計らい、ベリアルは圧縮した紅い魔力を波導にして飛ばす。

「はっ!!」

《イフッ……!!》

 波動によって、イフリートは頭上に浮かぶ冥界の門まで飛ばされ、扉の前に叩きつけられた。叩きつけられた衝撃が扉に加わった事で、開きかけた扉が一気に閉まる。

「今ですよ、リリスちゃん!!」

「奴に引導を渡すんだ、リリス!!」

「合点承知の助ってね!!」

 周りから促され、ベリアルはイフリートに止めを刺す為、先日手に入れたばかりのグロスヘルツォークリングを取り出した。

「グロスヘルツォークゲシュタルト!!」

 声高に名を叫び、ベリアルは大地のエレメントが強化された現状における最強の姿へと変身する。

「キュアベリアル・グロスヘルツォークゲシュタルト!!」

 

「いきますよー!! コライダーチェイーンジ!!」

 レイコライダーへと変身した使い魔を装備すると、冥界の門に叩きつけられたイフリートに照準を合わせ、エネルギーをチャージする。

「質力百二十パーセント……百五十パーセント……百八十パーセント……二百パーセント!!」

 砲門状に配置されたレイコライダーにエネルギーがチャージされた。この瞬間、ベリアルは超ド級の花火を打ち上げる。

「プリキュア・メテオールブレイカー!!」

 大威力の砲撃がイフリートへと直撃した。

《イフウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!》

 断末魔の悲鳴を上げるイフリートは、冥界の門と共に蒸発――世界を包み込もうとしていた闇は晴れ、安寧の時が取り戻された。

 ベリアルたちが戦いに勝利した事で、街の人々は感極まって彼女たちへの称賛の声を上げる。

「リリス様、街の人々がようやく認めてくれましたぞ」

「………そうね」

 それまで疎まれる側だったベリアルにとって、こんな経験は初めての事だったから少々困惑はしたが、決して悪くは無いとも思った。

 そして東京はまるで何事も無かったかのように、新しい朝を迎えた。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「イフリートは斃されたか……」

「ま、こうなる事は分かってたっすけどね」

 人間界での戦いの様子を逐一静観していた洗礼教会の大司祭ホセアと、その助手を務めるコヘレト。人々の繁栄を重んじ、世界に恒久の平和をもたらす事を至上課題とする洗礼教会だが、どうして彼らは動こうとしないのか。

 ギギギ……。

 すると、礼拝堂へと続く扉が開かれると一人の男が現れた。

「来たか……」

「呼ばれたから来てやったんだぜ。俺だってこう見えても忙しいだ。何しろ本分は堕天使の王だからな」

 言いながらホセアたちの方へと歩み寄ってくる堕天使の王ダスク。なぜ堕天使であるダスク、それも最高位の彼がこの場所に居るのか……。

 その答えを知る者は――……今は亡き『神』のみである。

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「幼き頃、孤独なオレの前に現れたひとりの優しい女の子。あのとき、リリスがオレに手を差し伸べてくれなければ、今のオレはここにはいなかった」
「オレはもっと強くなる。どんな敵が来ても必ず彼女を護れる戦士になってやるんだ」
リ「ディアブロスプリキュア! 『朔夜の誓い!紅蓮のバスターナイト!!』」


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第26話:朔夜の誓い!紅蓮のバスターナイト!!

今日はサブタイトルにもあるように、バスターナイトのパワーアップ回です。
リリスに並々ならぬ思いを抱く朔夜は、彼女や仲間たちを守る力をどうのようにして手に入れたのか、ご覧ください。


第26話:朔夜の誓い!紅蓮のバスターナイト!!

 

 

 

東京都 世田谷 ビル跡地

 

 クリーチャー・イフリートによってもたらされた都心の被害は甚大だった。

 事件から三日。聖なる炎によって爆破された世田谷のとあるビル周辺からは、今も焦げ臭い匂いが立ち込めており、警察による調査が続いている。

 この事故で犠牲となったのは一〇二〇名。いずれもが即死だったという。

 瓦礫の山と化したビルとその敷地に「立ち入り禁止/KEEP OUT」と書かれた黄色いテープが引かれ、関係者以外の侵入を制限する。

 そんな中、私服姿で現場の様子を監察していた少年――十六夜朔夜は、神妙な表情を浮かべたままじっと立ち尽くしていた。

「………」

 無言の彼の脳裏に蘇るイフリートとの戦い。

 一度は窮地と呼べるところまで追いつめられたが、街の人々から与えられた光によってベリアルらプリキュアの力は復活し、イフリートを辛うじて退ける事が出来た。

 だがそれでも、朔夜はあの結果に満足などしていなかった。

 やがて、朔夜は踵を返すと聖なる炎によって破壊されたビル跡地からの移動を開始した。

 

 数十分後。

 彼がやって来たのは――堕天使の王であるダスクと初めて刃を交えた場所。

 ここでも彼はしばらくの間、物思いにふけった様子で辺りを見渡した。

 眼前に広がる光景は平穏そのものだ。だが、いつこの平穏が異界からの侵略者によって蹂躙されるかも分からない。そういう生きるか死ぬか瀬戸際の状況が常に近くに潜んでいるのだ。

 強敵たちが次々と現れる度、朔夜はバスターナイトとして戦い、戦った後にやってくる自分の力の及ばなさを痛感していた。

 やがて、誰もいないその場で――朔夜は内心焦りの言葉を呟いた。

(――わかってるんだ……ダメなんだ……このままじゃ……)

 おもむろに空を仰ぎ見ると、瞼を閉じた。

 その瞬間、朔夜の脳裏に思い浮かんだのは――幼い頃の自分に優しく手を差し伸べてくれた少女・リリスの姿だった。

 彼女から差し出された手を握った瞬間、生まれて以来ずっと孤独だった彼は初めて人の温もりと言うものを感じられた。そして、この温もりを感じさせてくれた彼女に心から感謝するとともに、命を懸けて守りたいと幼いながらに思った事を思い出した。

 いつだって、朔夜の行動原理はリリスにあった。

 純粋にリリスを護りたい……リリスに降りかかる不幸を自分の力で振り払いたい……リリスが大切にしているものすべてを守りたい……。

(このままじゃ……リリスを護れない……)

 心の中でそう呟くと、朔夜は閉じていた瞼をゆっくりと開ける。

 やがて、彼は自らの力を見つめ直す為にある行動に移すのだった……。

 

           ◇

[newpage]

黒薔薇町 十六夜家

 

「さ――く――や――く――ん!!」

 ある朝、いつものようにお腹を空かせたラプラスが階段を勢いよく下りながら、キッチンで調理をしているであろう朔夜へ呼びかける。

「ねーねー朔夜、あたしのごはん……」

 と、言いかけた時だった。ラプラスはいつもとは異なる光景を目撃した。

 リビングに下りて来た時には、朔夜の姿は無かった。代わりに彼女の為に作っていた今日の分の朝食だけがラップにかぶさった状態でテーブルに置かれている。

「ちょ……どこ行ったのよあの子!?」

 不審に思ったラプラスは、食べる事も忘れて朔夜を探し出す。

 家中をひっくり返し、家の外も見て回ったが、朔夜の姿は何処にもない。まるで神隠しにでも遭った様に彼の気配を感じられなかった。

 それもそのはず。玄関を今一度見渡してみると、朔夜の靴が無くなっていた。既に学校にでも行ったのかと思ったが、朔夜の部屋には学ランと通学鞄が有ったから、恐らく彼は学校には行っていないと思われる。

「変ね~……」

 自分が寝ている間、朔夜の身に何かが起こった事は間違いない。

 腕組みをしながらラプラスは今一度リビングへと向かうため、階段を下りる。

 そして、宛がわれた朝食を食べようと冷蔵庫へ飲み物を取りに行ったとき――彼女は朔夜が残した一つの痕跡を発見した。

「あら?」

 冷蔵庫に貼られた一枚の書置き。

 二つ折りにされたそれの中身を開くと、朔夜の字でラプラス宛てにメッセージが書かれていた。

 ラプラスが書置きの中身を読んでみると……

「なっ……なんじゃごりゃあああああああああああああああああ!!」

 読み終えた瞬間、思わずそんな声を上げ驚愕した。

 

           *

[newpage]

黒薔薇町 悪原家

 

「さ……サっ君が、蒸発したぁぁ――!?」

 初っ端からひどい勘違いを起こすリリス。ラプラスは彼女の誤解を解こうと弁明する。

「ちっ、違うわよリリスちゃん落ち着いて。蒸発なんかしてないから」

 かたわら、レイたちは朔夜が残した書置きの中身を見てみる事に。

「えーっと何々……『訳は言えないが、一週間ほど家を空ける。夕食はリリスの家で食べてくれ。オレが戻るまでの間、家はなるべく綺麗に保つようにする事。あと資源ごみと燃えるごみを一色単にしない事 朔夜』……」

 まるで留守中の子供を心配する母親のような文言だと、読んでいたはるかたちは率直に思った。

「相変わらず置手紙が好きなイケメン王子だ。しかもさり気無くご婦人の分まで私に食事を作れとは……いい度胸ではないか!!」

「それにしてもラプラスさんを一人残して、朔夜さんは一体何処へ行かれたのでしょう?」

「魔力の波長を辿る事はできないんですか?」

「もちろんしたわよ。でもあの子ったら、あたしに探されるのを見越して魔力のパターンを変えてしまったのよ!! まったく、そんなに一人旅を邪魔されたくないって言うの!!」

「何となく朔夜さんの気持ちは分からなくもないですがね……」

「クラレンス、それどういう意味よ!?」

「あ……えっと……特に深い意味は無いんですが!!」

 と、思わず苦い表情を浮かべるクラレンス。

 それなりに長い時間ラプラスの行動を見て来たから、クラレンスにもレイほどではないものの、彼女に振り回される不都合さを理解し始めていた。

「ん?」

 そのとき、テミスがふとリリスに目線を運べば――彼女はリビングの片隅でひとり蹲り、意気消沈としていた。

「リリスちゃん?」

「ちょっと大丈夫!?」

「大丈夫ですって……大丈夫な訳ないじゃない!!」

 露骨なまでにリリスは朔夜がいない事を寂しがっていた。

 婚約者である朔夜への愛の度合いが少々強すぎるリリスの場合、彼と一緒にいられない事が何よりも耐えがたい苦痛だった。それがこの先あと一週間続くというのなら、その寂寥感は並み一通りではない。

「私が何をしたって言うのよ、一週間もサっ君と会えないなんて……こんなに理不尽で残酷な拷問はないわ!! こんな仕打ちを受けるくらいなら、堕天使に黒板を目の前で引っ掛かれる方がよっぽどましだわ!!」

「ああ……そうなの」

 いつも強気なリリスからは想像もつかない弱々しい姿に、テミスは若干戸惑いを抱く。ちなみにテミス的には、恋人に会えないよか黒板を目の前で引っ掛かれる事の方が苦痛な事だと感じていた。

「リリス様、お気を確かになさってください! ご安心を!! イケメン王子が不在の間は、このわたくしが支えとなります!! 必ずや、あなた様の心にポッカリと開いた穴を埋めて差し上げますぞ!!」

 朔夜がいない事を好機と捉えたレイは、ここで一気にリリスに対する好感度ポイントを稼ごうと積極的な姿勢を見せるのだが……

「レイにサっ君の代わりが務まる訳ないじゃない!! あんた自分がどれだけカッコいいと思ってるのよ!?」

「え!! いや……あの……自分で言うのも何ですが、こう見えてこの顔は御近所の奥様方からはかなり人気が高いのですぞ!!」

「へぇ~。アンタ人妻にモテる顔だったんだ」

「でも肝心のリリスには全く受けてないみたいだけど」

 グサっ、と突き刺さる一言だった。よりによってテミスの口からそのような先鋒鋭い毒舌が飛び出すとはレイ自身思ってもいなかった。

 この上もないショックを抱くとともに、レイは朔夜不在に落ち込むリリスの隣に体育座りをし、片隅で縮こまった。

「あははは……テミスさんも意外と毒舌ですね」

「レイさん、誠に申し訳ありません!」

 悪気は無いと思っているテミスの代わりに、ピットがレイに謝った。

 それにしても、レイだって天使から手厳しい発言をもらうとはさすがに思っていなかっただろう。

 

           *

[newpage]

 黒薔薇町を離れ、十六夜朔夜は日本からおよそ七九七〇キロメートル離れた北ヨーロッパ――スカンディナヴィア半島に位置するスウェーデン王国の、とある渓谷地帯に足を踏み入れていた。

 

           ≡

 

スウェーデン王国 渓谷地帯

 

 日本全土に北海道をもう一つ足した程度の国土を持つスウェーデン。

 だが、面積の割に人口は少なく、人口密度は日本のおよそ十九分の一程度だと言う。そんな理由から、豊富な資源はもちろん、手付かずの土地も数多く存在する。

 朔夜が踏み入れた渓谷もそんな土地のひとつで、大昔から人々は谷の奥には恐ろしい魔物が棲むとして、探検家を除いて地元民は誰一人近づこうとはしなかった。しかも調査に出向いた探検家もその悉くが消息を絶って二度と帰ってこなかった。

 朔夜の目的は人々が忌避し畏れる古代の魔物に遭うためだ。

 若干十四歳の悪魔の少年が何故、たった一人でこのような場所に生息すると言う魔物に遭う必要があるのだろうか。その胸の内を知るのは、朔夜本人だけである。

 数ある難所と言う難所を乗り越え、朔夜はついに目的の魔物が棲む谷の最深部へとやってきた。

 魔物との戦いの備え、首尾は万端整っている。魔物の位置を把握すると、朔夜はバスターナイトの姿に変身。さらに奥を目指す。

 谷の奥から聞こえるゴーゴーゴー……、という虎落笛(もがりぶえ)のような音を聞くと、朔夜は眼前の暗みに向かって声を発した。

「――ブレイズ・ドラゴン、〝火炎龍〟の生き残りとお見受けする」

『……誰ゾ』

 野太い声で朔夜の声に反応するもの。

 視界が開けると、猛火の炎に例えられる紅蓮色に輝くゴツゴツとした鱗を持った凶悪そうな顔のドラゴンが姿を現した。

 それこそ古来より人々が「紅蓮の悪魔」と呼び魔物と畏怖してきたドラゴンの生き残り、【火炎龍】。またの名を【ブレイズ・ドラゴン】だ。

「我が名は暗黒騎士バスターナイト。来て早々失礼仕るが……貴殿の持つ力を根こそぎ貰い受けに来た」

 なぜ朔夜がたった一人この地に足を踏み入れたのか。

 単純明快にして、答えはひとつ。今より強い力を求めての事だった。リリスとその仲間たちを守る為に、朔夜は貪欲にも今以上に強い力を欲し、その為の糧として眼前のドラゴンを選んだのだ。

『ブッ、ハハハハハハハハハハハ』

 朔夜からの突拍子もない申し出に対し、ブレイズ・ドラゴンは周りの空気が震えるほどの笑いを発した。

『笑ワセルナヨ、小僧メガ』

 ドラゴンは皆誇り高き存在だ。悪魔や人間に限らず、すべての生き物を下等と見なし自分たちこそが最も優れた存在であるという自負を長い事持ち続けている。スプライト・ドラゴンのレイが朔夜に対抗心を抱くのは単なる嫉妬心だけではなく、元来そう言う気質だからである。

『ソウヤッテ我等ノ力ヲ求メテ、無謀ニモ挑ミカカッテ来タ悪魔、堕天使、ソシテ人間ガ一体ドレダケ居タ事カ。貴様ノ様ナ粋ガッタ者ガ現レル度、我ハ愚者共ノ魂ヲ根コソギ奪ッテヤッタ。ドノ面下ゲテホザキオルカ』

「オレは貴殿とこのような問答をする為に、この地へ足を踏み入れた訳ではない。オレに斃されて糧となるのかならないのか、どちらなんだ?」

『ハハハハハハハ!! コレハマタ……随分ト威勢ノイイ言葉ダ。ナニユエソコマデ力ヲ欲スルカ、若キ騎士ヨ』

 ブレイズ・ドラゴンに挑みかかって来た者の中で、朔夜は最も若く、気骨のある相手だった。だからこそ彼に興味が湧き、彼が自らを斃して力を得ようとする理由が気になった。

 問いかけに対する朔夜の返答はと言うと……

「オレには命を懸けてでも護るべき女性(ひと)がいる。そして、仲間がいる。大切な者たちを何があっても守り抜く力がオレには必要なんだ!!」

『喧シイゾ!!』

 怒声を発したその瞬間、朔夜は凄まじい威圧感を覚えた。実際、ブレイズ・ドラゴンの声は谷中へと轟き、この地に住まうすべての生き物が戦慄した。

『……何ヲ言イ出スカト思エバ。ソンナ事ハ貴様ノ自己満足デシカナイノダ。誰モ貴様二守ラレル事モ望ンデイナケレバ、ソレヲ許容スル事モナ』

「たとえそうだとしても……オレは力が欲しい。婚約者を、リリスへと降りかかる災厄すべてから薙ぎ払う圧倒的な力が!!」

『ソレホドニ力ヲ欲スルカ…………哀レナ』

 言うと、ブレイズ・ドラゴンは巨体を起こす。そして、朔夜の事を見下ろしながら語気強く挑発する。

『ナラバ思ウ存分力ヲ得ルガ良イ!! コノ我ヲ……〝ブレイズ・ドラゴン〟ヲ下シタ暁ニナ!!』

 この挑発を受け、朔夜は――暗黒騎士バスターナイトは魔盾バスターシールドから魔剣バスターソードを取り出し、力強く返答する。

「望む所!」

 

           *

[newpage]

異世界 洗礼教会本部

 

「諸君たちに誠哀しき報せをせねばならない」

 ホセアはエレミア、モーセ、サムエルら三大幹部を招集すると深刻そうな表情を浮かべるとともに、人間界の映像を公開する。

「これを見給え」

 空間上に投影された映像が砂嵐から徐々に克明な画へと変わる。

 映し出されたのは、先日東京で発生した連続予告爆破事件の首謀者イフリートと、ディアブロスプリキュアによる戦闘シーンだ。

「こやつはクリーチャー!」

「おい、あれは!!」

 幹部たちが目を凝らす中、とりわけ驚いた要素がある。

 天界――厳密に言うとホセアとの間で契約を結び、洗礼教会に出向して悪魔討伐の為に戦って来たはずの同志――テミス・フローレンスこと、キュアケルビムとそのパートナー妖精ピットが、リリスたちと何食わぬ顔で共闘し、更には日常生活においても平穏無事に過ごしているという光景だ。

 通学途中の彼女とリリス、はるかの表情は年相応の女子と大差ない朗らかなものがあり、以前のような敵意は欠片も見られない。

「キュアケルビム……やはり我らを裏切ったか!!」

「所詮同じ穴の貉。相手が悪魔であっても、プリキュアはプリキュア同士で結び合うという事かよ」

 怒りの感情も湧いたが、薄々こうなるのではないかと言う気持ちも全くないわけでは無かった。

 だが結果として共通の目的を見出し、人類の平和の為に戦って来た同志が自分たちと袂を分かった以上、最早仲間として見る事は出来ない。

 ホセアは三人に対し、苦々しい顔を浮かべながら説明する。

「キュアケルビムの裏切り行為は我らとしても大変遺憾なものである。しかし、悪魔共の手に堕ちた以上、我らは悪魔共々キュアケルビムを断罪しなければならない。それが神の御意志である――」

 その言葉に、幹部たちは耳を傾ける。

「諸君に最後のチャンスを与える。キュアケルビムとディアブロスプリキュアを『正義』の名の下に誅するのだ。我々の崇高なる目的を阻もうとする邪悪の根源……それこそディアブロスプリキュアなのだ」

「「「はっ!!」」」

 威勢よく返事をする三大幹部。

 そんな彼らにコヘレトはふてぶてしい笑みを向けて言って来る。

「ひひひ。ホセア様がどんだけ寛大だったか分かってんのか? 今度失敗なんかしたら……お前らに生きる資格は無ぇって言ってんだよ」

「ふん、貴様に言われるまでも無い!」

「ご安心下さい、ホセア様。必ずや悪魔共並びに裏切り者のキュアケルビムに、裁きの鉄槌を下して参ります!!」

「どうか、我らの勝利を信じ神へ祈りを捧げていただけますか?」

「よかろう。諸君に神の加護があらん事を――」

 これ以上の失敗は許されない。ホセアから貰った最後のチャンスを何としても生かすべく、三大幹部はテミスとディアブロスプリキュアの討伐へ出発した。

 

「あれが噂の洗礼教会三羽烏か……」

 彼らが教会を出発した直後、礼拝堂の中で秘かに身を潜め様子を窺っていた人物が、ホセアとコヘレトの前に姿を現す。

 コトコト……、足音を立てながら近づく不敵な笑みを浮かべる青年。背中に生えた十の漆黒の翼を持つ者――堕天使の王ダスクは、右手を顎に沿えながら幹部たちへの率直な印象を漏らす。

「確かに……ありゃ典型的な能無しみてーだな。俺からのアドバイスだけどよぉ、甘っちょろい事は言わずにさっさと斬り捨てちまえばいいじゃねぇか?」

 ホセアに対し、ダスクは堕天使染みた助言をする。これに対しホセアの見解は……

「あの三人は私を信じている。その私が彼らを裏切る事など罷りならぬのでな」

「だーかーら!!」

 言いながら、一度は裏切った元契約者であるダスクに、コヘレトが主張する。

「連中がヘマした時、この俺が直々に罰を与えてやるんすよ!! 元々俺は汚れ役がお似合いだからな」

「はっ、違いねーな」

 ダスクもコヘレトの言葉には素直に同意した。

 

           ◇

[newpage]

黒薔薇町 私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 朔夜が修行に発ってから、一週間が経過しようとしていた。

「悪原さん、どうしちゃったのかな?」

「あんな悪原さん見るの初めてだよな……」

「何があったんだろう?」

 リリスは抜け殻の状態であり、三日目以降からは深刻な禁断症状を発症し、校内ではちょっとした噂になっていた。

「………」

 学校でも家でも、彼女はすっかり充電が切れたスマートフォンの如く無反応。気の抜けたコーラのように痺れるような毒舌を言わなければ、覇気もない。

 じっと虚空を見つめる、いやそれすらも叶わない乾いた相貌から、何も窺い知る事は出来ない。地に落ちた堕天使ルシファーの意を、神でさえ解する事が出来なかったように。

「あの~、リリスちゃん」

 ここまで酷くなるものなのかと、内心思いつつはるかが心配になって声をかける。

 はるかから呼びかけられると、リリスは油が抜け欠けているロボットを彷彿とさせる、機敏とは程遠い反応を見せる。

「……何かしら、はるか……」

「え~っと……ちょっとお聞きしたいことが……」

 すると、はるかの質問に答える前にリリスの口から言葉が飛び出した。

「……花火が赤や黄色など鮮やかな色を出すのは、火薬に含まれる化学物質によって特定の色を出すからで、これを一般的に炎色反応と言うんだけど……」

「リリスちゃん、誰もそんな事は聞いていませんよ」

 質問の意図からは乖離した返答だった。はるかが訊きたいのは率直に「どうしちゃったんですか? 大丈夫ですか?」、という気遣いの言葉。別に高校で習う化学の講義を先取りして聞きたい訳じゃなかった。

「しかしまぁ、目にも当てられぬほどの禁断症状よね。あなた仮にも悪魔でしょ、もっと堂々と気丈に振る舞いなさい!」

「……サっ君………カムバ~ック」

 諌めるテミスの言葉などまるで耳に入らない。兎に角リリスは、一刻も早く朔夜が帰ってきて欲しいと切実に思っていた。

 こんな彼女を見て、テミスは深い溜息を吐いたのち、はるかの方を見て「朔夜君、まだ帰ってこないの?」と聞いてみた。

「ラプラスさんの方もまだ連絡もらってないみたいですよ。もう直ぐ一週間が経とうと言うのに、未だに音沙汰無しです」

「あ~~~……足りない……圧倒的に〝サっ君成分〟が足りていない!!」

「何なんですかそれ?」

 聞いたことも無い単語だった。百パーセント地球上の物質ではないと、はるかとテミスは容易に確信する事は出来た。

「私にとっては生命維持に不可欠な物質なの……長時間に渡って摂取できないと、体のあちこちに不備が……ああああ、欲しい~~~猛烈に欲しい~~~!!」

 理性を保てない程にリリスは苦悶する。

 半ば朔夜という存在に依存していた彼女にとって、朔夜を断つ事は――長年アルコールとタバコに溺れた中毒者が病気等を理由にキッパリと止める時に味わうものと同じ苦痛を意味している。

 しかし、テミスは今のリリスを見てもっと相応しい表現をしてくれた。

「リリス……あなた、今の姿を鏡で見てみなさい。完全に覚せい剤を使用した後の姿よ」

「結構譬えが生々しいですね……」

 実に的を射ていたと思う。

 決して朔夜を麻薬のように表現する事は本意ではないが、リリスの尋常じゃない空虚感、渇望する様を見るとついそう思いたくもなる。

「あ~~~……サっ君はやっぱり私なんかよりも他の良い子と居る方がずっと幸せなのかな。そうよ、きっと私がわがままで品の無い女だから見限られちゃったんだわ」

「思考もいつも以上にネガティブです……」

「もうこうなったらどうしようもないわね」

 はるかとテミスも、手の施しようがなかった。

 悪原リリスを正気に戻す事が出来るのは、この世で十六夜朔夜――ただ一人だけなのである。

 

           *

[newpage]

黒薔薇町 悪原家

 

 その頃、悪原家に集まっていた使い魔・妖精組はと言うと……

「ちょっとあんたぁっ!!」

 昼食の準備をしていたレイだったが、突然剣幕を浮かべたラプラスが怒鳴り声を発してきた。

「な、なんですかご婦人!?」

「これは一体何なのよ?」

 言いながら皿をガンっ、と乱暴に叩きつける。その上には昼食として作ったタコ焼きが五個乗っかっている。

「……出来立てのたこ焼きですけど。こう見えても自信作なんです!!」

 と、レイは胸を張るのだが、ラプラスは到底承服する事が出来なかった。

 ラプラスは怒り心頭にタコ焼きの一つを手に取ると、中を割って生地に包まれたタコ焼きの要たるタコを取り出した。

「タコの中身がこんなに小さいなんて、あたし絶対納得できないわ!! 今すぐ作り直しなさい!!」

 そう、ラプラスの怒りの矛先はレイが切ったタコの大きさにあった。

 レイとしてもタコは大き過ぎず小さ過ぎずを意識したつもりだったが、ラプラスからすればかなり小さい部類だったようだ。

「ご婦人、どうか落ち着いてください!! あまり大き過ぎますとタコが口の中で噛み切れないなんて事もあり得ますし……第一、材料のタコにだって限りがあるのですから」

「そんなの知った事じゃないわね!! あたしはね、大きなタコじゃないと食べないの!! ケチケチしてないで早く大きい物を作りなさい!!」

 とんでもないクレーマーだった。兎に角自分の欲望を開けっぴろげに出すラプラスの辞書に、妥協するという言葉は無い。

 どうして毎度の事ながら理不尽な要求ばかりを言って困らせるのか――レイは彼女に文句を言われるたび、胃がキリキリした。

「く~~~……イケメン王子め、なぜまだ帰られぬのだ!? お陰で私は毎日毎日ご婦人の理不尽なクレームを受ける羽目に……」

「クレームは客からのメッセージなのよ!! それを聞いてどうにかするのか生産者の努めでしょうが!!」

「チクショー!! 不公平だ!! やってらんねーよ、コノヤロウ!!」

「逆切れしてんじゃないわよ!! あんたは言われた通りに作ればそれでいいのよ!!」

「私はご婦人の使い魔でも召使いでもないのですぞっ!!」

「将来朔夜とリリスちゃんが結婚すれば、あんたは私の下僕も同然じゃない!! だったら今からこき使っても大差ないわよ!!」

「どういう解釈をすればそう言う答えに辿り着くのですか!? 誰がこんなワガママで自分勝手なご婦人の下僕ですって、誰がぁ!!」

「無駄にカッコつけたがりで、ちょくちょくウザイ事をしている青かびみたいなあんたよ、あんた!!」

「何言ってんですか!! そっちこそチーズ臭いもの棚に上げて言ってくれますね!!」

「なんですって――!!」

 タコ焼きの大きさのクレームから始まり、どちらが主従関係が上か下か、そして互いの粗探しから始まる罵詈雑言へと発展し、当初の会話の内容からは完全に主旨がズレてしまった。

 実に喧騒とした光景に、ピットはすっかり呆気にとられてしまっている。そんな彼女の側で、クラレンスが二人の様子を静観する。

「あ……あの……少々賑やか過ぎる光景ですわね。もしかして、いつもこんな感じなんですか?」

 テミスと生活している限りでは決して起こり得ない事態に心底戸惑いを抱くピット。クラレンスは無理もないと思いつつ、正直に話をする。

「えーと、いつもという訳ではないのですがね……まぁ、あの二人に関して言えば一種の痴話喧嘩のようなものですね」

 クラレンスは飽く迄そう言うが、ピットからすれば痴話喧嘩にもなっていないただの罵声の応酬にしか見えなかった。

「……内容もそうですが、ひどく混沌としていますね。まるで太古に起こった、天使と悪魔、堕天使による大戦をこの目で実際に見ているかの様ですわ」

 レイとラプラスの喧嘩を指して、ピットは古の戦争に擬えた。

「そういえばピットさんはテミスさんと同じ天界出身でしたよね? かの大戦がどのような経緯で起こったのか是非とも天界サイドの視点で話を聞かせてほしいのですが……」

 以前から気になっていた太古の戦争の謎。人間や悪魔よりもこの手の事に詳しいであろう天界側の知り合いが目の前にいるという事実にかこつけて、クラレンスはピットに懇願する。

 すると、ピットは逡巡した末に自分の知りうる限りの全てをクラレンスなら話してもいいという結論に達した。

「――わかりました。では、不束者ながらお話させていただきます。私が天界に居た頃、目にした書物にはこう書かれていました」

 そう言うと、ピットは書物で見た内容を思い起こしながら語り始める。

「――『神と天使、堕天使、悪魔の三大勢力が戦争をしていた時、異形の者たち、そして人間がそれぞれの勢力に手を貸していました。』……ここで言う〝異形〟とは我々の知るクリーチャーの事ではありません。いずれにしても、三大勢力を中心にその殆どがいずれかの勢力に与する形で関わりを持っていました。ただし、その中には例外というのがありました……」

「例外?」

「『ドラゴン』です。あまり知られていない事実ですが、彼らは正確には〝生物〟ではなく、むしろ異能の存在に近い者達なんです」

「そうなんですか?」

 意外な事実に驚くクラレンスが相槌を打つ。ピットは更に話を続ける。

「彼らはどの勢力にも属さず、大半は戦争など我関せずで、欲望のまま好き勝手に生きていたのです。ところが戦争の最中、大暴れをしたとんでもないドラゴンがいたのです」

「とんでもないドラゴン、ですか!?」

「はい。何処からとも無く突如としてこの世界に現れた『それ』は、世界の覇権を巡る大戦争などまるでお構いなし。戦場をたった一匹で暴れ回り、破壊の限りを尽くしたのです」

「なんでそんなに暴れたんですか?」

「それは私にもわかりません。推察するに、最初から真面な理由など無かったのかと思います。暴挙に走る事そのものに関して理由は特に必要ありませんから」

 意味深長な言葉だと、クラレンスは心の中で思い――その後も彼女の話を真摯に聞き続ける。

「そういう訳で、難儀なこのドラゴンを先に始末しないと戦争どころではない。自分達の命すら危ぶまれる。ゆえに、三大勢力は不測の事態に対応すべく一時的に休戦をしてこの最低最悪のドラゴンの始末にかかったのです」

「たった一匹のドラゴンを止める為に休戦とは……一体どれだけ暴れたと言うのですか?」

「文献によれば、世界を破滅寸前にまで追い込んだとの事です。三大勢力の干渉によってドラゴンは怒り狂い……神、魔王、堕天使の支配に全く(まつろ)おうとはしませんでした。それどころか、〝神如きが、魔王如きが、この世で最も崇高な存在である我に歯向かな〟と……まぁ言い方は少し汚くなりますが、要するに完全にバカ丸出しの逆切れ状態だったんです」

「まさに最低最悪最恐のドラゴンですね……」

「しかし、ドラゴンの力は凄まじく、三大勢力が束になっても容易に倒せる相手ではありませんでした。世界が原初以来の光と闇、混沌に包まれそうになった……その時でした。天界側からひとりの勇敢かつ優秀な戦士が現れたのです。それが伝説のプリキュア――キュアミカエル様なのです!!」

 最後に口にした単語、キュアミカエルのところをピットは強調する。

「キュアミカエルって……確か以前、はるかさんから聞いた事があります! え!? それじゃあ、まさか彼女が……」

「いかにも! ミカエル様は、自らの命を引き替えに最低最悪最恐のドラゴンを倒し、その魂を永遠の虚無に満ちた【次元の狭間】へと封印したのです。そして現在この世界は、ミカエル様の勇気ある行動とその尊い犠牲の下によって成り立っていると言っても過言ではないのです。ちなみに、ミカエル様はテミス様の祖先なのですよ!!」

「そうでしたか……」

 意外な事実を知る事が出来た。

 やがて、昔話を語り終えたピットはおもむろにソファーから離れる。

「と……世界の歴史を語るのは、これくらいにしておきしましょうか」

 そう言うと今度は、未だにキッチンで姦しく不毛な罵り合いを続けているレイとラプラスの方へと近寄って行き、心を鬼にして大声で叫んだ。

「コラぁぁ――!! いつまでも喧嘩なんてしてないで、さっさとお昼ご飯をつくりなさぁぁ――い!!」

「「は、はい!!」」

 普段怒鳴る事のない相手から怒鳴られた事もあり、レイとラプラスは瞬時に喧嘩を止めると、それまでの諍いが嘘のように二人で協力して昼食の準備に取り掛かったのだった。

 

 午後三時三十分。

 放下時間を迎えたリリス、はるか、テミスの三人は一緒の帰路を歩いていた。道中、相変わらず朔夜欠乏症のリリスは常に欲求不満の声を発していた。

「あ~~~……このどうしようもなくサっ君成分を欲する私は、一体どうすればいいの!?」

「知らないわよ」

「えっと……リリスちゃん、とりあえず普段通りに振る舞ってくれませんか? らしくないですよ」

 はるかもテミスも正直どうしていいのか分からないのだ。テミスの場合は、完全に呆れてしまっているし、はるかもはるかで平時のリリスに戻って欲しいと切に訴えかけるが、要求されたところで直ぐに戻れるほど簡単な話ではなかった。

「私だって普段通りに振る舞いたいわよ、できることなら!! でも……でも今は正常な状態じゃないって事も察してよ~~~」

 何だか哀れだと思う反面、少しだけかわいいとも思った。

 こう言ってはなんだが、朔夜不在のお陰ではるかたちは日頃なかなかお目にかかれないリリスの愛らしい内面を垣間見る事が出来たのだ。

 

「悪魔に身売りしたというのは本当だったようだな、キュアケルビム」

 そのときだった。

 頭上から声が聞こえたと思えば、リリスたちを空から見下ろす三人の神父がいた。

 見間違える事はない――エレミア、モーセ、サムエルの洗礼教会三大幹部だった。

「ハヒ!! 久しぶりに出ました!!」

「「「久しぶり言うな!!」」」

 声を揃えてはるかの言葉に抗議する三人。

「洗礼教会!!」

「あなたたち、どうして!?」

「どうして? わざわざ理由を尋ねるまでも無いだろう。貴様は天使でありながら悪魔たちに魂を売り払い、我々を――神を裏切ったのだ。その罪は万死に値する!!」

「覚悟は出来てんだろうな? お前共々、ディアブロスプリキュアを殲滅してやるぜ!!」

「モーセ!! サムエル!! 今こそ、我らの力をひとつに合わせるのだ!!」

「「おう!!」」

 エレミアの声を合図に、モーセとサムエルの二人は首にぶら下げた十字架を手に取り、エレミアもまた同じ動作をする。

 三人は頃合いよく、三つの十字架を掲げると威勢の良い声を発した。

「「「三つの力を今こそひとつに束ね、平和の騎士よ生まれよ!! ハイパーピースフル!!」」」

 三つの十字から目映い光が発せられると、神々しくも強い力を秘めた光は三人の肉体を吸収、取り込んでいく。

「「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 吸収された三人は光の中で体組織を再構築させていく。

 やがて、光が晴れた瞬間――身も心も平和の騎士となった神父たちの姿がそこにはあった。

『ハイパーピースフル!!』

「幹部たちがピースフルに……!」

「変身しました!!」

「まさか、こんな事が出来るなんて!?」

 任意に指定した物質をピースフル化させるのではなく、自らがピースフルとなれる事を知らなかったリリスたち。呆気にとられた様子で立ち尽くしていると。

「リリス様っ!!」

「テミス様、ご無事ですか!?」

 運の良い事に使い魔たちがピースフルの気配を感じとり、現場へやってきた。

「はるかさん、このピースフルは!?」

「幹部さんがピースフルに合体しちゃったんです!」

「ええ!? 男同士で合体!? ……うっ、気持ち悪っ!」

 何故かラプラス一人だけが変な風に解釈・想像してしまい、脳内に浮かび上がった男色のイメージを考えるや否や露骨に顔を引き攣った。

《覚悟するがよい、プリキュア!!》

 その一方で、幹部たちはただ一度のチャンスを何としても生かそうと必死な様子だった。

 朔夜欠乏症で呆けていたリリスもこのときばかりは流石に正常な理性を取り戻すと、目の前の現実を重く受け止め――いつもの調子で周りに呼びかける。

「こうなった以上戦って勝つしかないわよ。はるか、テミス、やるわよ」

「「はい(ええ)!!」」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、天使のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

《俺たちの力見せてるやるぜー!!》

『ハイパーッ!!』

 三人が合体し、変身した《ハイパーピースフル》は腰に帯びた巨大な鞘から魔を断ち切る武器・聖剣を抜き放った。

《おらあああああああ》

 頭上へ振り上げると、サムエルの意思の下にベリアルたち目掛けて豪快に一太刀を振り下ろす。

「「「きゃあああああ」」」

 ドン、という音が鳴り響く。その衝撃は凄まじく、ベリアルたちは容易に弾き飛ばされた。

《まだまだ!!》

『ハイパーっ!!』

 モーセの意思の下に眼から破壊光線を放ち、ベリアルたちの動きを攪乱しつつ、ハイパーピースフルは標的であるケルビムの動きを正確に捕えようとする。

 そして、彼女が間合いに入り込んだその瞬間――ハイパーピースフルは口角つり上げてから、巨大な剣を彼女目掛けて振り下ろす。

「はっ!!」

「テミスさん!!」

 ケルビムが気付いたとき、凶刃はすぐ目の前に迫っていた。

 ウィッチが彼女の身を案じたそのとき、ベリアルが割り込む様に間から飛んでくると、ケルビムに一撃が加えられるか否かのタイミングで彼女を窮地から救った。

「リリス!!」

「間一髪ね」

「どうしてあんな真似を?」

「さぁて、何故かしらね。私の気まぐれにでも聞いて頂戴」

 言わずもがな、ベリアルがケルビムを助けたのは彼女をディアブロスプリキュアの一員であると認めた証拠であるとともに、洗礼教会という共通の敵から大切な友を守ろうとしたからである。

 そんなベリアルの行動を見て、ハイパーピースフルとなったモーセは嘲笑う。

《裏切り者の天使もさることながら、悪魔が天使を助けるなどあってはならぬ事だ! キュアベリアル、貴様への積年の恨み……今ここで晴らしてくれる!!》

『ハイパーっ!!』

 ハイパーピースフルからの猛攻に耐えながら、ベリアルはグロスヘルツォークリングを用意する。

「ふん。進歩の無い相手って本当に嫌になるわね。いつまで自分たちが『世界の正義』だと主張すれば気が済むのよ!」

 怒声を上げながら、いざ指輪の力を解放しようとした時。

「う……」

 不意に目の前が暗く歪んだと思えば、ベリアルは突然の倦怠感に襲われた。さらに軽い頭痛も併発し、立っている事もままならなくなって片膝を地面に突いた。

「リリスちゃん!!」

「リリス様!!」

 何の前触れも無く訪れたベリアルの容態の悪化を危惧するウィッチたち。

「は、は、は、は、は」

 ベリアルの顔からは冷や汗が流れ、顔も血色が優れず息を上げている。

「リリス!! ちょっと、大丈夫!?」

「リリスさん!!」

(こんな時に限って……私はまだ、倒れる訳には行かないのに!!)

《何だか知らんが、チャンスだ!!》

《今こそ、引導を渡してやろう!!》

《いくぜテメェーら!!》

『ハイパー!!』

 ベリアルの容態悪化を好機と見たハイパーピースフルが、聖剣片手に彼女の方に向かって来る。

「いけません!! ピースフルが!!」

「させませんよ!!」

 このまま彼らの思い通りにさせるわけにはいかなかった。ウィッチは、ベリアルを守るためにヴァルキリアフォームへと変身する。

「ヴァルキリアセイバー!!」

 ベリアルの前に立つと、ハイパーピースフルの剣閃を自らが受け止める。

「ピット、私たちもはるかの援護に回るわよ!!」

「はいです!!」

 ケルビムもまた、あのとき自分を守ってくれたベリアルを守る為、オファニムモードに変身してウィッチの援護へと回る。

「はああああああああああああ!!」

 ピットが変化した聖槍ジャベリンで、ハイパーピースフルの体を射抜こうとする。だが、火花こそ上げども敵の防御力は相当に固かった。

《こんなものが……』

《我らに》

《効くかっよぉぉぉぉぉ!!》

『ハイパーっ!!』

 業を煮やした幹部たちはハイパーピースフルの力を最大限に発揮し、ウィッチとケルビムの攻撃を退ける。

「「きゃあああああああああああああ!!」」

 弾かれた反動で、二人は地面に激しく体を叩きつけられ重傷を負う。

「はるかっ!! テミスっ!!」

「クラレンスっ!! ピットっ!!」

《なはははははは!! 見たか、我等の結束を!! 聖なる者と邪悪なる者が交わるから、不純が生じ本来持つべき力が損なわれる。そして、このような結果を招くのだ!! キュアケルビム、いやディアブロスプリキュア!! 自らの浅はかさを死の瞬間まで呪うがよい!!』

「いけない、このままじゃ!!」

「もう~、こんな時にウチの朔夜はどこで何をしてるのよ!!」

(サっ君………お願い、サっ君!! 助けてぇ――!!)

 窮地に陥り、ベリアルが婚約者の名を心の中で叫んだそのとき。

 

 何処からともなく、空気中を漂う鮮やかなバイオリンの音色が聞こえてきた。

《なんだ?》

 ハイパーピースフルも攻撃を一度中断し、聞き入ってしまう。

 鮮烈的で躍動感溢れる音色。人の心を巧みに掴むそんな音色を出せる演奏家はそう多くない。

 ごく身近にそれが出来る者がいるとすれば、ベリアルたちが良く知る人物だった。

「このバイオリンの音色は……」

「ええ……間違いないわ!!」

 確信があるのか、ラプラスは笑声を発する。

 やがて、音色が収まり全員の視線がある特定の方角へと向けられる。

 眼前に映る街灯。その上にバイオリン片手に立ち尽くす紺碧の鎧を身に纏いし者――暗黒騎士バスターナイトこと、十六夜朔夜が一週間ぶりに黒薔薇町へ帰還した。

「朔夜さんっ!!」

「おお、イケメン王子が帰って来たぞ!!」

 朔夜が帰って来た。皆彼の帰還を心待ちにしていた。

「サっ君!!」

 ベリアルは他の誰よりも彼の帰りを切望していた。ゆえに、彼が自分の元へ駆け寄ってきたとき、真っ先に彼へと飛び付いた。

「もうどこ行ってたの!? 私に黙って一週間も音信不通だなんて……ひどいよ~!」

「すまない。キミに黙って長い時間留守にして。すべてはリリス……キミやみんなをあらゆる災厄から守る為に力を磨いていたんだ」

「力を磨いていた!?」

「どういう事ですか?」

 皆が気になるところ、バスターナイトはベリアルを一旦解放すると、一人ハイパーピースフルがいる方に体を向ける。

「こいつは、オレに任せてくれ。みんなに迷惑をかけた分、オレがみんなを護る」

「サっ君……うん。わかったよ」

「お願いしますね、朔夜さん!!」

「今のあなたになら、すべてを任せられそうだわ」

「仕方ないな。美味しいところはすべて貴様に譲ってやるとするか!」

「――ありがとう」

 改めてバスターナイトは、自分がベリアルたちからの信頼を得ているのだという事を悟った。信頼されているからこそ、彼女たちはこの戦いを自分に託してくれた。

 何としても彼女たちの期待と思いに全力で答える必要があると感じた。バスターナイトはハイパーピースフルを力強い眼で見つめ対峙する。

《ふん、あまり粋がるでないぞ小僧!!》

《貴様如きの力で我等三人の力が合わさったハイパーピースフルの力に敵うものか!!》

《返り討ちにしてやるぜ!!》

『ハイパー!!』

 バスターナイト目掛けて突進してくれるハイパーピースフル。剣を掲げ豪快に振り下ろすが、既に前方にはバスターナイトの姿は無く、彼は鈍重な斬撃を躱し背後に立っていた。

「――オレはもう、どんな敵にも屈しない。その為にこの力を手に入れたんだ!!」

 言った瞬間、それは起こった。

 バスターナイトの身を包む鎧が燃え盛る紅色の炎を噴き出し、彼の全身を瞬く間に包み込む。

「はああああああああああああああああ」

 ベリアルたち、そして敵であるハイパーピースフルがその身に感じる圧倒的な熱量。紺碧色だった鎧が紅蓮に輝くものへと変わって行き、至る所が鋭くなる。

 さらに、左腕にはドラゴンの頭部を模したガントレットが装備されている。この状態でバスターナイトは右手に片手剣を、左手に巨大な翼の盾を追加装備する。極め付け、体内のパワーを全放出し背部から五対の悪魔の翼を生やし変身完了する。

 

「バスターナイト――スタイル・クリムゾンデューク」

 

「なんと!! 鎧が紅く!!」

「紅蓮の炎……あれは紛れも無く、ブレイズ・ドラゴンの力そのもの! イケメン王子は、あの凶悪な火炎龍の力をその身に宿しているのか!!」

「バスターナイト……クリムゾンデューク!!」

「かっこいいです~~~!!」

「サっ君………やっぱり、あなたは私やみんなの騎士(ナイト)だわ!!」

 一週間に渡るブレイズ・ドラゴンとの死闘の末、バスターナイトが手に入れた新たな力――ドラゴンの力を体内に宿す事で爆発的な攻撃力を手に入れたこの姿こそ、バスターナイトのベリアルと、仲間たちを守りたいという思いの形だった。

「さぁ、これから本番だ――――かかって来るがいい!!」

 

           *

 

第七天 見えざる神の手・居城

 

 天界と人間界、堕天使界、冥界など、分裂した世界の行く末を静観する存在――見えざる神の手と称される七人の上級天使から連ねる組織の目的は未だ不明瞭だ。

 一体いつの頃から世界を見守っているのか。いつの頃に組織として作り出されたのか。その答えを知るのは彼ら自身を置いて他ならない。

 彼らは一千万年前に勃発した天使と悪魔、堕天使の戦争以前から生きているのではないかという噂が立っているが、彼らがそれを周囲に口外する事は決して無い為、下級天使達はその真偽を確かめる術がない。

 創立以来多くの謎を抱えたまま永い間権力をほしいままにし続けるこの組織だが、彼らは常に居城に立てこもったまま、持ち場を離れず、ただ今日も静観し続ける。

 変わりゆく世界の行く末を――幾星霜と移ろい、千変万化する歴史を見守る「傍観者」として。

「時が――急速に動き出そうとしている」

「神の没後から間もなく一千万年。かくもそれは世界が天界、人間界、冥界と分けられ、やがて悪魔界や堕天使界と言ったものが副次的に生まれた」

「世界は絶えず変化している。だが、我々だけは違う。変化する幾つもの世界を常に監視し、より正しい方向へ導く事こそ至上の使命。それが、今は亡き神が我らに託していった頂きに立つ者としての役目なのだ」

 口々に自らの役目について語る七人の天使達。

 すると、七人が鎮座する席の中央からゆっくりと何かがせり上がってきた。彼らの視線が一斉にせり上がってきたものへ向けられる。

 円形の台の上に僅かに浮かぶ巨大な水晶の塊。その中には、人のような姿をした全身が半透明な人物が体を折り畳んだ状態で鎮座していた。背中には天使と悪魔のものと思しき翼が生え、やはり体と同じく透き通っていた。

 見えざる神の手のメンバーは目の前の存在を建前上敬いながら、眼前の存在におもむろに語り掛ける。

「我らが父なる神――〝オルディネス〟よ。世界は御身が危惧した永き停滞を脱し、うねりある変化を望まれておられますぞ」

 そう語り掛ける幹部の一人だが、結晶内に封印された神と崇められる存在から、言葉が発せられる事など無かった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「朔夜さんが手に入れた新たな力!!」
テ「クリムゾンデュークの力で、ハイパーピースフルを圧倒する!!」
リ「しかしそんな戦いの中で、私たちの目の前で予期せぬ事が起こる……そして、今明かされる真実とは!?」
「ディアブロスプリキュア! 『剥がれた仮面!洗礼教会の正体!』」


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第27話:剥がれた仮面!洗礼教会の正体!

今日はいよいよ前回明らかになったクリムゾンデュークの力を存分に見せちゃいます。
そして、洗礼教会の知られざる真実と動きにもご注目です!!
それでは、どうぞ!!


さかのぼる事、十一年前――

悪魔界 中心部 ベリアル領

 

「ムカつくんだよ!!」

「おめーといるとムシャクシャするんだよ!!」

「汚れた血め!!」

 上流貴族アリトン家の養子に迎えられたサクヤ(四)だが、その出生及び周りの悪魔たちよりも抜きんでた才覚を有するがゆえに、激しく疎まれていた。

 彼と同い年、それよりも少し年上の悪魔たちは、寄ってたかって彼を袋叩きにした。

 囲みを食らって理不尽な暴力を振るわれる中、サクヤはひとりじっと耐え続けている。年相応に喚くことも、泣くことも、叫ぶこともせずに……ただ、じっと堪える。

「こいつ……さっきから黙りやがって!!」

「オレらのことなめてんじゃねぇか!!」

 何も反応も示してこない事が、周りの反感をさらに買った。

 イジメっ子のひとりが怒鳴り声を発すると、無反応のサクヤを起こして胸ぐらを思い切り掴んだ。啖呵を切って来たイジメっ子に対し、サクヤは……

「……なめてなんていない」

「あぁ!? 今なんつったよ!!」

 持ち上げたサクヤを乱暴に地面に叩きつけると、再びサクヤを囲んで私刑を行った。

「おめぇには聞いちゃいねぇんだよ!!」

「クソヤロウ!! さっさとくたばっちまえ、この汚れた血め!!」

 

 悪魔界「元七十二柱」アリトン家は、ベリアル家と並ぶ上流貴族。オレはそんな名門貴族の当主が娶った正妻以外の女悪魔との間に生まれた。いわゆる妾の子だ。

 悪魔は元来純血主義が強い。だから妾の子なんてものは、不遇どころか存在そのものを否定された。

 周りの悪魔たちは老若男女等しく「汚れた血」と蔑み、軽侮した。

 生まれた瞬間からオレは世界から孤立していた。父親であるアリトン家の当主は、放蕩の限りを尽くしたのち逝去。実の母親もオレを生んで直ぐに死んだ。結局アリトン家の養子として引き取られた訳だが、オレにとってそれは決して居心地のいい環境ではなかった。

 なぜ、オレはこんなにも周りから拒絶されなければならないのかと、何度も思った。

 周囲がこんなのだから、家に帰ったところでオレの居場所など無かった。

 アリトン家の養子に迎え入れられたはずが、半ば奉公人扱いされる日々。妾の子だという理由からアリトン家の連中はオレに何ひとつ与えようとはしなかった。それどころか、オレから搾取できる事は徹底的に搾取しようとしてきた。

 心も体もボロボロになりかけていた折、自室へと続く廊下を歩いていたオレは偶然にも聞いてしまったんだ。アリトン家の連中がオレを養子に迎え入れた事をどう思っているのか……――

「まったく。歴史ある名門アリトン家に妾の子なんざ……オヤジもとんだやっかい物遺したもんだ!」

「いいじゃないか兄さん。給料払わず一生コキ使える奉公人だと思えばさ」

「でもあの子もあの子よ。世間体考えて養子にしてあげたのに、なんかいつも無表情で黙っちゃってさ……そんなに居心地悪いものかね」

「冗談じゃないわ! いくら養子にしたからってあんな汚れた血に、この家も財産も一切あげるもんですか! みんなかわいいウチの子供達のものなんだから!!」

 

 ラプラスを使い魔とする以前のオレは、本当に孤独だった。

 幼いながらにオレは自らの運命を呪った。そして、神に唾を吐くが如く天に向かって叫んだ。

 どうしてオレばかりがこんな目に遭わなきゃならないんだ!!って。

 いっその事、死んでしまった方が他の悪魔たちにとって好都合なのかもしれない。そう思い始めていたときだった。オレの数奇な運命に、一筋の光明が差しこんだのは…………

 

「調子に乗ってんじゃねェぞ!!」

「汚れた血のくせによ!! 勉強も出来て、スポーツも出来て、おまけに顔までいいなんてよ!!」

 いつものように、サクヤは周囲からの理不尽なイジメを受けていた。

 毎日毎日不遇な日々を送り続け、心のバランスが崩れかけそうになっていた。そんな彼を救ったのは、他でもない彼女だった。

「こらー!! あんたたちー!!」

 突如として女子の怒声が聞こえてきた。

 イジメっ子たちが声に反応した直後、頭に強い衝撃が走った。

 紛れも無くそれは拳骨を受けたときに感じる衝撃だった。しかもその拳骨を叩きこんだのが自分たちよりも少しばかり背丈の小さい、年もさほど変わらない少女だと聞けば、驚きも倍増する。

「寄ってたかって一人の子に暴力振るうなんて、サイテー!! 汚れた血はむしろあんたたちよ!!」

「な、なんだてめぇ…!! おれたちに逆らうのか!?」

「おい待てよ!! こ、こいつベリアル家のお嬢様だ!!」

「げっ!! 魔王の娘じゃねぇか!!」

「チクショウ!! 覚えとけよー!!」

 魔王の娘だと分かった途端に態度を翻す。

 家系が家系だけに下手に逆らう事は即ち――魔王とその家族への反逆として、極刑に相当する行為だという事は、子どもでも認識していた。

 イジメっ子たちは我が身かわいさにサクヤへの暴挙を止め、捨て台詞とともに魔王の娘の元を離れて行った。

「だいじょうぶ!?」

 直ぐに彼女は、私刑によって全身痣だらけになったサクヤの事を気遣った。

「ひどい事するわねー。待ってて、すぐにばい菌を消毒してあげるから!」

 ポシェットから消毒用のガーゼ等を取り出す少女を前に、サクヤは不思議そうな顔つきで率直な疑問をぶつける。

「どうして……キミはボクを助けるの?」

「どうしてって……わたしね、ああいう卑怯な事をする悪魔が大きらいなの」

 悪魔のくせに変でしょう? そう付け加え屈託ない笑みを浮かべると、サクヤの顔や手足などに付いた生々しい傷を手当てしていった。

「よし、これでだいじょうぶ!」

「ありがとう……」

「どういたしまして。わたし、リリスって言うの。あなたは?」

「……サクヤ」

「じゃあ〝サっ君〟だね! よろしくね、サっ君!」

 他の悪魔がサクヤを「汚れた血」と呼び蔑むのに対して、目の前の少女・リリスだけはサクヤを介抱するとともに純真無垢に笑いかけ、愛称まで付けてくれた。サクヤにとって、彼女の笑顔はこれまでに見た事が無いくらい魅力的に輝いていた。

「ところで、どうしてイジメられていたの? 何か悪いことしたの?」

 事情をよく知らないリリスは、サクヤがイジメっ子からどのような理由で暴力を振るわれていたのかを問い質す。

 この問いに、サクヤは顔をうつ伏せた状態からか細い声で答える。

「…………ボクは、汚れた血だから」

「え……?」

「ボクのお父さんね、なんか女の人と遊ぶのが好きだったみたいで……遊び過ぎて死んじゃったんだって。でね、そのあとにお父さんと遊んだ女の人から生まれたのがボク。お母さんもすぐに病気で死んじゃったんだ。そのあとアリトン家の人たちに引き取られたんだけど……みんなから妾の子は、汚れた血だって言われてさ……」

「それでイジメられていたの?」

「……うん」

「だったら、どうしてやり返そうとしないの? こんなにボロボロになってるのに!? 悪口言われて悔しくないの!?」

 リリスだったら絶対に承服できない事実だ。やられたらやり返すをモットーとする彼女の価値観と、サクヤの価値観は似ても似つかなかった。

「はは。そうだよね、変だよね……でも、はじめからこうじゃなかったんだ。アリトン家に引き取られたばかりの頃は、邪魔者扱いされていじめられたりしたら怒ったり泣いたりもしてたんだ。でも怒れば怒る程、泣けば泣く程。みんなは生意気だのうるさいだのって余計に癇にさわるって凶暴になるんだ。けどその逆に、我慢して黙ってればみんなはあきれて終わりにするからこっちの被害は一番少なくてすむんだ」

 幼いながらに辿り着いたあきらめの境地にして諦観。

 どんなに抵抗したり逆らったところで、今の自分が周りの集団による物理的・精神的な暴挙にかなう訳がないと言う事を悟った。

 悟った末に、サクヤは抗うという行為自体を諦める事にした。そしてどれだけ酷い仕打ちを受けようともすべてを堪え、一人煮え湯を呑みこむ事で何とかここまでやり過ごして来たのだ。

「どんなに痛くても、くやしくても、黙ってさえいれば……」

 そう言いながら、サクヤは暗い顔となり目に薄ら涙を浮かべる。

 直後、話を聞いたリリスはキッパリと口にする。

「そんなの……間違ってるよ」

「え…………」

「ぜったいに間違ってるよ! どうしてサっ君がガマンなんてしないといけないの!? どうしてサっ君がひとりで辛い思いをしないといけないの!? ぜったいに変だよ!!」

「リリスちゃん……」

 眼の前でそう語りかけるリリスは、サクヤを同情するばかりか、彼を思って涙を浮かべている。

 やがて、リリスは決意の籠った眼差しでサクヤを見つめ言う。

「わたしが助けてあげる! サっ君にひどい事する奴らから、サっ君を守ってあげる!」

「そんな……ダメだよ!! ボクと一緒にいれば、リリスちゃんだって必ず周りから省かれるし、ボクみたいに皆から暴力振るわれたりだって!!」

「ふふ、心配してくれるんだ。サっ君ってやさしいね。でも、わたしは大丈夫だよ。たとえ周りがどんなに冷たい目を向けたって、わたしはへっちゃらだもん! さっきみたいなイジメっ子が来てサっ君に乱暴しようものなら、わたしがぶっとばしてあげるんだから!! だってわたしは、魔王ヴァンデイン・ベリアルの娘だから!!」

 全てを包み込む太陽のような笑みでサクヤを勇気づける。

 幼いながらに、サクヤはその笑顔と彼女の内側から湧き出る力強さに強烈に惹かれるものを感じた。

 リリスは、半ば呆然としていたサクヤの手を握りしめ移動を促す。

「いこう!! わたしの家に招待してあげるね!!」

 

 その日から、オレとリリスは友だちになった。

 彼女の父親は当時の悪魔界を統治する魔王で、ベリアル家の当主だった。とても仁徳ある人で、他の悪魔たちと違って彼もまたリリス同様オレを蔑んだり、軽侮したりするような眼差しを向けたりなどしなかった。

 オレはアリトン家の養子でありながら、魔王やリリス、そして彼女の母親の計らいでベリアル家に居候する事となった。

 以来オレたちは、毎日同じ家で同じ時間を過ごした。オレがベリアル家に居候するようになって三か月後に、ラプラスと契約した。

 妾の子を庇っているという事で、ベリアル家は案の定オレを快く思わない連中やその背後で暗躍する反魔王派から標的となった。もちろんその目はリリスにも向けられたが、彼女は歯牙にもかけず自分で言っていた通りこれを返り討ちにした。その一方で、魔王一家へと向けられた悪意はすべて粛清の対象となった。

 やがて、魔王は絶大な権力と規格外の力で半魔王派閥の悪魔たちを粛清した。もっとも、穏健派で知られるリリスの父が本当に悪魔を極刑にすることはなかったが、少なくとも二度と逆らえない様力を抑え込んだのは確かだ。以来、悪魔たちは魔王による粛清を恐れて誰一人オレたちに手を出そうとする事はなくなった。

 こうしてオレは、リリスとの穏やかで幸せな日々を得る事ができた。

 

 当時のオレは、いつもリリスに守ってもらっていた。彼女は強く、優しく、そしてとてもかわいい子だった。特に彼女がオレに向けるあの笑顔は、今でも脳裏に強烈に焼き付いている。悪魔は明るいものや場所があまり好きではないのだが、彼女の笑顔はオレにとっての光源であり、希望であり、生きる糧だった。

 リリスは、孤独と言う名の闇に捕われていたオレに光を与えてくれた。そしてオレを暗闇から救い出してくれた。

 

 そのリリスが、あの日を境に笑顔を失った。洗礼教会による大規模な粛清で、悪魔界は炎に包まれ焦土と化した。

 彼女の両親をはじめ、多くの悪魔たちが粛清の対象とされた。

 どうにか生き残ったオレたち少数の悪魔だが、リリスが負った精神的な傷は大きく、彼女の心に消えぬほどの影を落としトラウマを残した。

 オレは悔しかった。彼女の笑顔を奪った教会連中に歯向かう事が出来なかったことが。彼女の心を守ることが出来ない無力な自分が。たった一人の女の子が悲しみに打ちひしがれているのに、彼女を勇気づけられない臆病な自分が。

 だからオレは誓ったんだ。強くなって、必ずリリスを守るのだと。

 もう二度と、彼女の心に影が差し込む事が無いように。彼女に降りかかる火の粉を払いのける力。彼女の笑顔を守り抜く力。彼女が愛おしく思っているものすべてを守り通す力を手に入れる事を。

 そのために、オレは彼女を守る騎士――バスターナイトとなったんだ。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

現代――

東京都 黒薔薇町

 

「はああああああああああああああああ」

 ベリアルたち、そして敵であるハイパーピースフルがその身に感じる圧倒的な熱量。紺碧色だった鎧が紅蓮に輝くものへと変わり、至る所が鋭くなる。

 さらに、左腕にはドラゴンの頭部を模したガントレットが装備されている。この状態でバスターナイトは右手に片手剣を、左手に巨大な翼の盾を追加装備する。

 極め付け、体内のパワーを全放出し背部から五対の悪魔の翼を生やし、強化された姿に変身完了する。

「――バスターナイト。スタイル・クリムゾンデューク!! さぁ、これから本番だ。かかって来るがいい!!」

《こけおどしがっ!!》

『ハイパーピースフル!!』

 バスターナイトの挑発を受けたハイパーピースフルが真正面から突っ込んでくる。

 身の丈ほどの剣を振り上げ、前方に佇むバスターナイトへと振り降ろした瞬間――景色が霞んだと思えば、眼前にいたはずのバスターナイトの姿が忽然と消失する。

《消えたっ!?》

《どこに行った!?》

 ハイパーピースフルと融合し意識を共有していたエレミア、モーセ、サムエルの三人は困惑し、周りを見渡す。

「ここだ」

 刹那。

 頭上よりバスターナイトが急降下で迫って来ると、右手に装備された片手剣を構え、鋭い剣閃を披露する。

「ハッ!!」

『ピースフル!!』

()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 一振りの威力、剣圧、速度――ずれも以前とは桁違いに向上していた。

 元々戦闘スペックの高いバスターナイトの能力が、火炎龍の力をその身に宿した事で飛躍的に上昇したのだ。

 バスターナイトの一撃によって、ハイパーピースフルは地面に出来た巨大な陥没の中で仰向けの状態で寝転ぶ。

《おのれ……調子に乗るなよっ!!》

『ハイパー!!』

 洗礼教会が誇る三大幹部が一悪魔に負けるなどあってはならないこと。教会戦士の沽券に懸けて、何としても負けるわけにはいかなかった。

 体を起き上がらせると、先ほどよりも激しく雄々しく攻め立てバスターナイトに攻撃の隙を与えまいとする。

 だが、敵の猛攻にも決して臆せず焦らず、バスターナイトは冷静沈着に機会を伺う。そして相手の間合いから抜け出した瞬間、装備した片手剣こと―――【炎龍剣ドラゴンブレイカー】に魔力を流し込む。

 魔力が流し込まれて練り上げられた事で、ドラゴンブレイカーの刀身に熱が籠る。直後、螺旋状に渦を巻く炎が刀身から放出する。

 

「――ブレイジング・ストーム――」

 

 炎の竜巻を吹き上げると、瞬く間に炎の一太刀を繰り出した。

 物理的な破壊力に加えて熱を帯びた剣閃は、ハイパーピースフルの体を斬り裂き、同時に大きな火傷を負わせる。

『ハイパ―――!!』

 凄まじい一撃だった。

 斬られたと思えば焼かれ、焼かれたと思えば斬られたのだ。

 ベリアルたちも目を見張るクリムゾンデュークの力。紅蓮に輝く鎧の胸部にはブレイズ・ドラゴンの魂を封印したエネルギーコアがあり、バスターナイトはエネルギーコアから供給される爆発的な力を瞬時に解放する事でいずれも強力無比な攻撃へと変えているのだ。

「オレ自身もこの力を制御するのは難しくてな、そう長く多用する事は出来ない。一瞬で終わらせる」

 言うと、バスターナイトはエネルギーコアから供給される全エネルギーを放出するとともに、背部から五対の悪魔の翼を生やし必殺技を打ち込む。

 

「スカーレットインフェルノ!!」

 

 天高く掲げたドラゴンブレイカーを振り降ろし、地面に突き刺す。

 次の瞬間、地面に亀裂が走って爆発的なエネルギーが解放される。解放されたエネルギーは灼熱の業火へと変わり、ハイパーピースフルを炎へと誘い徹底的に焼き尽くす。

 

 ――ドンっ!! ドドン!!

()()()()()()()()()()()()

 クリムゾンデュークの力を手にしたバスターナイトの必殺技が決まった。

 浄化どころか焼却される寸前、エレミアたちは合体変身を強制的に解除する事で死を免れた。

 しかし、死こそ免れたとは言え――受けたダメージは甚大だった。

 自慢の神父服は完全に黒焦げになってしまっている上、手足にも生々しい火傷を負ってしまった。これではもう真面に戦う事すらできない。

 完全なる敗北。悔しいが、それを悟るほか無かった。

「ば……バカな……」

「我らの結束が、破られるなど……!!」

「あり得ない事だ……」

「お前たちのそれは結束ではない」

 言うと、クリムゾンデュークの力を解除して通常のバスターナイトの姿に戻ったバスターナイトは、勘違いを起こしている三人を見下ろし、鋭い語気で言い放つ。

「本当の結束とは、身分や家柄などに関係なく対等の立場で渡り合える信頼し合える者同士が交わすものだ。お前たちのように、利害の一致による仮初の結合とはワケが違う!」

「サっ君……うん」

「く~~~いいこと言うじゃないのあの子ったら!!」

「とにかく、やりましたね!!」

 婚約者と仲間を救うべく己の力を磨き、そして研鑽された新たな力によって仇敵を退けたバスターナイトこと、十六夜朔夜。

 ベリアルたちは見事な勝利を収めた彼を祝すため、彼の元へと駆け寄って行った。

「サっ君!!」

「リリス!!」

 真っ先にベリアルからの厚い祝福を受けた。一週間ぶりとなる愛しき婚約者との再会と、この情愛に応えるべく、バスターナイトはベリアルを壊さない程度に抱擁する。

「心配をかけて済まなかった。キミやみんなを守りたくて……オレの我がままを許してくれるかい?」

「許すも何も……サっ君の気持ち、分かってるよ。いつも私やみんなの為に頑張ってる、サっ君のそういうところが私は好きだから」

「ありがとう――――――オレもキミの事を心から愛してる」

「サっ君――……」

 甘い雰囲気に包まれ良い感じに見つめ合っていたところだった。

「おっほん!!」

 水を差す咳払い、もとい空気を戻そうとするは他でもない。ケルビムだった。

 ベリアルとバスターナイトはついうっかり惚気てしまったが、仲間たちから向けられる呆れの視線を目の当たりにして、ようやく我に返った。

「愛を語り合うなら今度のデートにでもしてくれないかしらね……」

「イケメン王子よ……リリス様の使い魔である私が居る前で堂々とイチャイチャパラダイスを満喫するとは、随分と出世した物だな?」

「別に出世したとかそういうのは無いと思いますが……少しは場所と状況を選ぶべきかと思いますね」

「あたしは別に見ててもいいんだけどね……後で冷やかす楽しみが増えるから♪」

「別にラプラスさんのような邪な気持ちはありませんけど。リリスちゃんも朔夜さんも、ちょっとだけ我慢しましょうね」

「「す……すみません……」」

 何だか急に恥ずかしくなってしまった。

 自覚のない二人だが、周りからすればかなり痛いバカップルなのだ。ウィッチたちの言う通り、もっと立場を弁えるべきだったと深く反省をする。

「く、くそっ……」

 すると、バスターナイトによって完膚無き迄に倒されたはずのエレミア、モーセ、サムエルの三人に動きが見られた。

 本当なら立っている事さえ難しい、というか不可能に近い状態から立ち上がると、彼らは険しい表情を浮かべながらベリアルたちを見る。

「ハヒ!? まさか……!!」

「あんたたち、これ以上どうするつもりよ!?」

「自分たちの怪我を考えなさい!! さっきの戦いで分かったでしょ!? どうしてそこまでして戦おうとするのよ!?」

 ベリアル、ウィッチ、ケルビムの三人は敵でありながら満身創痍のまま戦いに執着する彼らを諌め制止を求める。

 しかし、彼女たちの警告を全く受け入れようとはせず、兎に角意地になっていた。

「我らは……洗礼教会の幹部たる我々が、悪魔などに負ける訳にはいかぬのだ!!」

「これ以上の失敗は、許されない!!」

「たとえこの身がどうなろうとも……貴様たちは俺たちの手で必ず葬り去ってやるんだよ――!!」

 

 ドン――。ドンドン――。

「「「が……」」」

 そのとき、三人を体を射抜く感触があった。

 心臓の洞房結節右側部分を射抜いた銀色の凶弾。その弾痕がエレミアたちの足下にあり、僅かに硝煙が立っている。

 驚愕の表情を浮かべるベリアルたち。

 何よりも凶弾をその身に食らった当人たちが一番驚いていた。恐る恐る後方頭上へと振り返ると、そこに居たのは――

 銀色に輝く拳銃をその手に握りしめ、エレミアたちを気が触れたような顔で見つめるコレヘトだった。

「お勤めご苦労さまでした。――――――能無し三羽烏共!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「やはりあやつらでは力不足だったか……しかしこれもまた、容易に予想し得た事。ここらが潮時なのかもしれんな」

 礼拝堂で、人間界でのエレミアたちの戦闘状況を観察していたホセア。強化したバスターナイトの力の前にハイパーピースフルが敗れたのを見るや、彼は深い溜息を吐き、幹部たちに完全なる見切りをつけた。

 ガチャ……。

 すると、礼拝堂へと続く扉が開かれる音が聞こえた。

 現れたのは、本来なら敵対関係にあるはずの堕天使勢力を束ねる若き王――ダスク。そして、幹部堕天使のひとりであるラッセルだった。

「よう。三羽烏はやっぱり負けたか」

「まさか教会連中に与する事になるとは……ダスク様、やはりどうかしていますわ」

「そう言うなよラッセル。どの道【洗礼教会】なんて名前は、最初からあってねぇようなものだろうが。そうだろう、ホセア?」

 当初ラッセルは、ダスクとホセアが秘かに接触を試みていた事を知らなかった。そればかりか、二人がある共通目的に沿って同盟を結び、その為の動きを見せていた事さえ全く知り得なかった。

 ゆえに、こうして洗礼教会の本部へ足を踏み入れる機会など一生あり得ない事だと思っていたから、今の状況に大いに戸惑っている。

「お前に言われた通り、連れて来てやったぜ。粋が良くて、俺たちの目的を遂行する上で非常に効率のいい粒ばかりを厳選してな。おい、入ってこいよ!!」

 ダスクの呼びかけにより、礼拝堂の中へ新たな来客が招かれる。

 入って来たのは二人組の人物で、姿・形・人相はフードを目深にして着こなしているからハッキリとは分からない。分かっているのはホセアから見て右側が痩せ型であり、左側が子供並の体格であるという事。

 ホセアは彼らを見るや僅かに口元をつり上げる。ダスクは、連れて来た二人を順に紹介していく。

「お前から見て右側が、クリーチャーのアパシー。左側がはぐれ悪魔のカルヴァドス。前者は見えざる神の手が組織した暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】のトップに君臨する強者。そして後者は、凶悪極まりない性格ゆえに三百年もの長き時の間、冥界の牢獄【ハデス】で投獄されていた悪魔だ。苦労したんだぜ……コイツを脱獄させるのには」

「済まなかったな。だがお陰でようやく事が運べそうだ……我ら真の洗礼教会が本格的な【世界バプテスマ計画】を実行する為のな」

 

           *

 

東京都 黒薔薇町

 

 ベリアルたちの目の前で起こった惨劇。

 洗礼教会三大幹部を射抜いた凶弾――撃ち込んだのは、あろう事か仲間であるはずのエクソシスト・コヘレトだった。

「ご苦労さん、能無し三羽烏共! 約束通り、おめぇらには死んでもらうわ」

「コヘレト!!」

「あなた、どういうつもりよ!?」

 見かねたケルビムが声を荒らげ、頭上のコヘレトに問い詰める。

「はっ。見りゃわかんだろう。役に立たねぇ粗大ごみを処分しに来たんだよ。どの道こいつらは遅かれ早かれ切り捨てるつもりだったからな。体の良い口実が出来たってもんだ」

「そんな……」

「ひどいですよ! そんなの、あんまりです!!」

「あなたって人は……どこまで血も涙も無い男なの!!」

「血が通ってなかったら生きてねぇーっつうの。バーカ」

 幹部たちを手に掛けた事をどれだけ咎められようと、コヘレトには全く罪悪感というものが無かった。なぜなら、彼の性格は歪み切っており、自分の利益の為なら仲間だろうと誰だろうと平気で裏切り手に掛ける――そう言う下衆な男なのだ。

「ハァ……ハァ……どういう事だ、コヘレト……さっきの言葉は本当なのか!?」

「は、は、は、我らは遅かれ早かれ切り捨てられるべき存在だったと……」

「はっ、はっ、はっ……ほ、ホセア様はそんな無慈悲な判断を……」

 凶弾を食らった事で三人の傷口から止めどなく血が流れる。

 エレミアたちは止め処なく流れる血を手で押さえながら、全身の熱で息が上がり、意識が徐々に遠のいて行く。

 辛うじて意識を保ちつつ、三人はこちらへ近づいてくる不敵な笑みのコヘレトを見ながら詰問する。

「何だよ何だよ。この期に及んでまだホセア様を信じていたのか? おめでたい連中だぜ。いいぜ、死に際に教えてといてやろうか。お前らが今日の今日まで信じて来たホセア様の本性と教会の真の目的をな」

「真の目的ですって!?」

 コヘレトが口にした言葉に過剰な反応を示すベリアル。彼女は今の今まで、教会の目的が自分に端を発する悪魔狩りと、ディアブロスプリキュアの殲滅であるとばかり思っていた。彼女だけではない。少なからずウィッチも、ケルビムも、バスターナイトも、そして使い魔たちも同じことを考えていた。

 コヘレトはベリアルたちを含めて、この場にいる全員に衝撃の内容を口にする。

「知っての通り俺ははぐれエクソシストだ。一度は教会や堕天使を見限った身。だが結局根無し草で路頭に迷っていた。そんなときだった、ホセア様が声をかけてくれたんだ……『これから世界をひっくり返す程の大事を為す為に、是非とも私に協力してくれないか』って」

「世界をひっくり返す……だと!?」

「バカな!! ホセア様がそのような暴挙を企てていたなど……!!」

 偉大なる洗礼教会の大司祭にして、幹部たちが尊敬していた人物――それがホセアだ。いつか彼のような偉大な人物となって、世界に恒久の平和と繁栄をもたらしていく事が彼らの目標だった。

 しかし、コヘレトが語ったホセアの本性は、自分たちが憧れた人物像とあまりに乖離したものだった。

「ホセア様の考えに共感した俺は話に乗る事にした。そしたらどうよ、前のご主人様だった堕天使の王様までこの話に乗って来やがった!!」

「ダスクが、だと!?」

「まさか……あの方の目的って!!」

 以前は洗礼教会に与していたケルビムは、逸早くホセアの目的を察する事が出来た。そんな彼女に品の無い笑みを浮かべたのち、コヘレトは語る。

「洗礼教会っつーのはな、ホセア様を頂点とした各勢力の過激派が集まった、テロリスト集団なんだよ!!」

「「「な……っ」」」

「「「「そんな!?」」」」

「「「「バカな!!」」」」

 今まさに語られる驚愕の真実。

 表向きは人類の繁栄と世界の恒久平和を実現させるべく活動する異界の宗教結社として活動してきた洗礼教会。

しかしその裏で、ホセアが自らの目的遂行の為に組織した破壊を目的とするテロリスト集団である事がコヘレトの口から判明した。ベリアルたちを始め、エレミアたちも今の今まで知り得なかった秘密に開いた口が塞がらない。

「おかしいとは思わなかったか? もしも仮に教会が本当に人々の平和を目的としているのなら、このあいだのイフリートの一件でなぜ何もアクションを起こさなかったんだ? なぜ、ザッハが黒薔薇町に侵攻して来た時にも何もしようとしなかったんだ?」

 言われてみれば、どれも心当たりがある。

 規模が大きい事件の際は必ずと言っていいほど他勢力が深く関わっていた。

 だが、教会はいずれもそれらの事件に関わろうとはしなかった。幹部たちも本来の目的である人間の平和を実現させる上ではあまりに消極的な教会の動きを今更ながら不審がる。

「……じゃあ、我々が今まで信じて来た教会の姿は!?」

「全部虚像だったという事か……!!」

「どうなんだよ、コヘレトっ!!」

 信じたくはない話だが、三人は飽く迄も教会の「正義」を信じていた。

 そんな彼らを見れば見るほど笑いが込み上げてくるコヘレトは、歪み切った表情を向け罵倒する。

「まったくおめぇらと来たら、どこまでもおめでたい連中だぜ!! 気が付いてなかったのか、おめぇらはホセア様の手の平で遊ばれていた、忠実でバカな愛玩動物だったんだよ!!」

「「「がっ……」」」

 淡い期待は儚くも砕け散った。

 信じていた者から裏切られた事が発覚した途端、エレミアたちの命を繋ぎ止めていた僅かな希望は完全に消失。同時に彼らの命は散り、息絶えると共に力なく地面に倒れ絶命した。

「エレミア! モーセ! サムエル!」

「何という事でしょうか……洗礼教会は、ホセアは忠実だった彼らすらも欺いていたなんて!?」

 決して同情しているつもりはないが、あまりにも哀れな死に際だったとケルビムとピットは思った。

 ここで、コヘレトから更なる衝撃的な事実が告げられた。

「ホセア様は幹部たちを操って、人間界で悪魔狩りを行いながら各勢力の過激派に呼びかけを行っていた。邪魔者どもを排除しつつ裏で糸を引き、実験的にクリーチャー共を解き放ってみたりもしてお前らの動向を探っていたんだぜ」

「ハヒ!? 私たちを……!?」

「じゃあ、イドラやイフリートたちは全部ホセアが呼び寄せたものだと!?」

「全て仕組まれていたというのか…!!」

 これまでの事は全部偶発的な事故によるもの、あるいは突発的な現象の類だと思われていたが、そのいずれもホセアによる干渉があったという事が明かされた。

 イドラはホセアの要請を受けたダスクが脱獄させたものであり、イフリートに関しても日陰に隠れていた彼らをコヘレトが唆した結果だった。

「まぁ色々言ったがよ、結局俺も他の連中もホセア様が言うところの大ぼらが気に入ったって事だよ。そこんところ分かったかな、お嬢ちゃんたち?」

「信じられない……洗礼教会のトップが堕天使やクリーチャーと結びついていた事も……世界を転覆させようとしているテロリストだったって事も!!」

「そうよ。曲がりなりにも私も一度は洗礼教会に属していた身。あのとき、共に『愛』に溢れた世界にしようというあの方の言葉を信じて私は戦って来た……でもそれが、全く逆の事をしてきたなんて!!」

「はっ。『愛』に溢れた世界だぁ? テミスちゃんよぉ、おめぇってほんとつくづく救いようのねーほど頭ん中がお花畑でいらっしゃるようで。教えてやろうか! 人間っつー生き物はな、平和な世界で長く生きてるとそのうち飽きて勝手に争いを始めるんだぜ!! この不浄な世界を唯一救う事が出来るとすればだ……この世から人間がいなくなる事っ!! それがあの方が望まれた『愛』なんだよ!!」

 聞いた瞬間、ケルビムの頭が真っ白と化した。ホセアの気持ちを代弁したコヘレトの言葉は自分が考えていた『愛』とはあまりにほど遠く、あまりに理解しがたいものだったのだ。

「コヘレト……貴様という男は、一度は聖職に就いた身でありながら、よもや神をも冒涜するばかりでは飽き足らずテロリストに身を落とすとは! 恥を知れ!

 普段人を罵倒しないクラレンスですら、コヘレトは塵芥にも等しい卑しい存在としてその目に映り、怒号を発する。

「冒涜? おいおい、神はとっくの昔に死んでるんだぜ。冒涜も何もないだろう。あっ、いや。それともこう言うべきか?」

 コヘレトの手に力が籠り、世界そのものに対する嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼は曝け出そうとしていた。

「お前らが信じてる『神様』とやらは、ほんとに『神様』だってどうして言えるんだ?」

 今の世界の根源を形作る、『現在』とでも呼ぶべき臓腑(はらわた)を。

「……? どうしてって……。それは、以前イドラが自らの口で語っていたからであって……」

「リリスちゃんがプリキュアに変身できるのは、神様が死んで、聖と魔のバランスが崩れてしまったからなんだと……」

 戸惑いを抱きながらクラレンスに続いて、ウィッチもイドラから聞かされた話を思い出すように口にする。

「確かにその通りだ。が、奴は『神』そのものを信じちゃいなかった。むしろ、あろうことか自分が『神』に取って代わろうとしたんだぜ」

「…………」

 コヘレトの一連の言葉。これまで経験した様々な要素が絡まり合い、ベリアルの中で一つの推測が組み上げられていった。

 ――イドラは……あの時なんて言ってたかしら?

 初めてイドラが人間界に現れ、その騒動の最中にイドラが己の真意を告げた時の言葉が、ベリアルの脳裏に蘇った。

 

 ――「神の不在を良い事に私腹を肥やす天界の者どもだ」

 ――「奴らの傀儡として我は操られることが耐え難かった」

 

 あの言葉には、引っかかる節があった。もしも、神の座が空白となる瞬間を長い間待ち望んでいた者がいたとすれば。

 イドラは、それが何者であるかを知っていたのではないか?

 ともすれば、イドラが打倒しようとしたモノが自ずと現在の『神の代行を担う存在』であるという事を――。

 

「神は……天界の者の手によって……殺されていた?」

 ベリアルがボソリと呟いた言葉を聞き、一瞬の沈黙の後――コヘレトが苦笑しながら首を振る。

「惜しいな。実に惜しい。確かに神と崇められていたモノは命を奪われた。だが、その結果死んだというわけでもなかった」

「どういう事よ!」

 戸惑いながらも、ケルビムは怒号を発し光弾を放つ。

 コヘレトはそれを手持ちの光剣で弾き返しつつ、彼女の叫びに答えを返す。

「『聖書の神』ってのはな、生贄の山羊なんだよ。この世界や天界、冥界と称される様々な世界を繋ぎ止めるための『楔』だ」

「楔……ですって……?」

「世界が今のこの形となる前。生と死の境界すらないまさしく混沌とした状態、そんな世界の中で初めて現れた原初の護り手……天使と悪魔、そして堕天使。全ての祖であるとでも言うべき存在――それがお前らが『神』と崇める御方さ」

 ヒッヒッと笑いながら、コヘレトは言葉を続けた。

「それは天使であると同時に悪魔でもあり、ただの人でもあり、様々な特殊な能力を無数に持ち合わせ――混沌たる世界の全てを司っていた希望の象徴だった。だがそいつは厳密には『神』じゃない。一種の異能だった」

 そして、一際愉楽に満ちた笑みで顔を歪めると、ケルビムに対して己の知る『天界の暗部』を口にする。

「俺たちの世界は、その魔人でもあり救世主でもあり神擬きでもある者を贄として創り上げられたんだよ!!」

 

「洗礼教会を陰で操り、世界を牛耳る七人の背徳者共によってな!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「見えざる神の手――なんとも不遜極まりないその名を名乗る以前、彼らは父なる神に次ぐ力を持っていた。そして、いずれも力はあったが誰よりも業が深く、誰よりも疑い深い者達だった」

 教会聖堂へ招き入れたダスクやラッセルらを背にしながら、ホセアがそんな言葉を口にした。

 黒薔薇町で今行われている出来事を『見て』、ホセアは良い機会だと思ったのだろう。彼は真の目的を果たす為に呼び集めた者達に向けて、世界の『過去』について語り出した。

「遥かなる古の時代――森羅万象、数多の物が曖昧模糊。生も死も無く、進展もなければ後退もない。ゆらりゆらりと揺蕩(たゆた)いながら、緩やかに、万年億年かけてただ冷えるのを待つだけの世界。天使とは、そうした緩慢な世界に生み出された極めて高度な知的生命体を指す」

 淡々とした調子で、ホセアは天界や人間界が生まれる前の世界を思い起こす。

「天使は地上へと降り立ち、人間たちに知恵を授けた。読み書きの仕方、作物の育て方、家畜の飼い方から、善悪の倫理観に至るまで。しかし、やがて高潔な天使の中から善ならざる者が現れた。即ち、知性には秀でていても、所有欲や支配欲といった利己的な欲望を持ち、結果として堕落するようになり始めた。そこで『悪魔』や『堕天使』という存在が新たに生まれた。それらが人間を罪へと誘い、争いが生じた。そこで循環は止まった。このままでは全てのエントロピーが増大し、世界は再びカオスに戻る。しかし、不思議なことに、世界がそうなる事を拒んだかのように、それは現れた。全ての命を超越し、秩序をもたらし再び世界に循環させるものが」

「それが……聖書の神……ってわけ?」

 ラッセルが確認するように呟きを漏らす。ホセアはその言葉に頷いて見せた。

「その通り。見えざる神の手が〝オルディネス〟と呼んでいるそれは、正確には神にも等しい力を授かった異能の存在だった。彼以外にも特殊な能力を持つ者達は現れていたが、その中でも突出していた。正に万能、全知全能に近い力を持っておったとの事だ」

 ホセアは伝承でしか知らされていない神をまるで懐かしむように、既にこの世から消え去ったかつての神の姿を思い馳せる。

「神は原初の世界、カオスを何よりも忌避していた。それゆえに、世界の全てを監視し、ネゲントロピーを用いて増え過ぎたエントロピーを相殺しカオスを回避。そればかりか、バランスを乱す事象を検出するや否や容赦なく対処した。彼は世界の管理者として君臨し続けた……だが、そうして異分子を滅ぼし続ける一方で、世界の停滞が回避されたわけではない。神ですらも、皮肉にもそうしてやがて緩やかな混沌に溶け合う世界こそを護り続けていたのだ」

 一歩足を踏み出し、手元の聖書をパラパラ捲りながらホセアは続けた。

「しかし、その世界を良しと思わぬ者達がいた。神には遠く及ばぬものの、強い力を持った七人の者達が。それが、のちの『見えざる神の手』と呼ばれる者達だ」

 

 ホセアは語る。

 彼らは、動機こそは別だったと。

 

 ある者は、神が持つ万能の力がいつか自分に牙を剥くのではないかと怖れて。

 ある者は、後に『冥界』と呼ばれる『坑(あな)』を塞ぐ蓋となる世界が必要だと。

 ある者は、世界をより盤石な形とする為に、新たな規律が必要だと。

 そしてある者は、停滞した世界を前に進める為には、更に大きな循環の形が必要だと。

 七人の賢者達は、それぞれが異なる動機を口にした。

 

 しかし、彼らの動機は、奇しくも同じ目的へと帰結する。

 今ある世界を、分離させると。

 天使の世界、人間の世界、そして双方より生まれ出ずる罪人が行き着く瘴気に満ちた地の獄。

 あるいは悪魔や堕天使の世界の様に副次的に他の形の世界が生まれるかもしれないが、何よりも重要なのは明確な『生』と『死』の世界を分け隔てる事であった。

 世界の分立を現実の物とする為には、それこそ全てを超越したモノの力が必要だった。

 

「七人は己の利害の為に団結し、神からすべての力を奪取し、殺害して水晶の中に封じたと言われている。その時に何が起きたのかまでは、私は直接見ておらん……しかしその後の事は、この世界の歴史そのものだ」

 

 後に見えざる神の手によりオルディネスと命名された存在。

 その全能の力を『楔』として、七人は新たな世界の基礎を創り上げた。

 天界、人間界、悪魔界、堕天使界、冥界。

 魂に生と死の区別をつけ、その循環をもってして世界を新たな段階に引き上げたのだ。

 いつしか、神の頂きに立ちて世界を管理する者達はこう呼ばれるようになった。

 即ち――『見えざる神の手』と。

 

「どう足掻いても避けられぬという未来を視ていたからか、それとも、何かしら新しい世界に希望を見出していたからか、その御心までは計り知れんが……。神は、敢えて抵抗しなかったという」

 ホセアはそこで目を伏せ、最初の言葉に立ち戻る。

「だが、七人はその無抵抗すらも疑った。神が封印から自力で抜け出し、自分達を滅する事を何よりも怖れていた。故に、神を生かしも殺しもせず、生き続け、同時に死に続けるという矛盾の螺旋に放り込んだ」

 ラッセルは息を呑み、ダスクは神妙な面持ちで沈黙を続けた。

 そしてホセア自身は、まるで現在の空模様でも語る様な調子で残酷な事実を口にする。

「まあ、それでも足りなかったのだろう。彼らは、永い時をかけて神からあらゆる力を奪っていった。そして、神とは名ばかりの巨大な管理プログラムに組み上げていった。『秩序の維持』を目的としたシステムそのものであり存在目的。力を刮(こそ)ぎ堕とし、ただ、ただ、自らにとって都合の良い『神』を作り出す為にな」

 ホセアの言葉を受け、それまで沈黙していたダスクが微笑を浮かべながら口を開く。

「政にも主計にも己の声を唱える事なく、叛意を抱こうが吐息一つ吹きかける事も叶わぬ身のまま世界の為の楔であり続ける。まさしく都合の良い『神』を創り上げるたぁ、敵ながら、実に業が深いものだな」

 まるで他人事のように言う彼の言葉に、ホセアは深く頷きながら――それも無理からぬ事であろうと、心中呟く。

 ホセアが語った事実は、一つの事を示唆していた。

 即ち、この世界の歴史そのものが――

 殺人よりも遥かに残酷な罪の上に成り立ち、その罪を犯し続けているのだという事を。

 

           *

 

東京都 黒薔薇町

 

「全く滑稽な話だと思わないか? みんなが信じてきた神様とやらは、天界に巣食う権力者共にまんまと嵌められたってわけだ!」

 奇しくもホセアと同じくコヘレトは、楽しげに周りの者達の攻撃を巧みに躱しながら世界の『過去』について語り終えた。

 話の信ぴょう性はともかく、一見荒唐無稽でありながら、妙に現実味を帯びたそれはベリアル達の戦う士気にある一定の影響を与えた事は間違いなかった。

 事実、コヘレトの話を聞いた後、彼女達は一様に周章狼狽。何が真実で虚偽なのかと言う思考の迷路に迷い込み、抜け出せずにいた。

 そんな彼女達の事をコヘレトは楽しげに、上空から見下ろした。

「っと…つい長話が過ぎちまったな。という訳でだ……」

 言うと、コヘレトはパチンと指を鳴らした。

 すると頭上に亜空間が発生し、上から有象無象のピースフルおよびカオスヘッドの集団が降って来た。

「ここであったが百年目!! おめぇーらにも死んでもらいまーす!!」

『『『『ピースフル(カオスヘッド)!!』』』』

 洗礼教会が誇る平和の騎士と、堕天使勢力が誇る混沌の魔獣。

 今ここに同盟を結んだ両者の手駒が束となって、真実を知ったディアブロスプリキュアへと襲い掛かる。

「こいつら!!」

「まさか、ピースフルとカオスヘッド両方相手にする事になるなんて!!」

「コヘレトっ!! あんたねー!!」

「でははははははは!! まぁ精々頑張る事だな。んじゃ、ばいならー!!」

 ベリアルたちを嘲笑して、コヘレトは目的を果たし教会へと帰投する。

 残されたベリアルたちは有象無象のカオスヘッドおよびピースフルの大群を殲滅せんと、力を振るう。

 

「グロスヘルツォークゲシュタルト!!」

「ヴァルキリアフォーム!!」

「オファニムモード!!」

「スタイル・クリムゾンデューク!!」

 各々は現在保有する最強の力を解き放つ。

 ベリアルはグロスヘルツォークリングを用いて、大地のエレメントが強化された姿・グロスヘルツォークゲシュタルトへと変身。

 ウィッチはヴァルキリアリングにより、魔法と剣術の両方に長けた戦士の姿・ヴァルキリアフォームへと変身。

 ケルビムはコヘレトの手から渡されたオファニムリングを使用する事で、天使の力がより強化された姿・オファニムモードへと変身。

 そして、バスターナイトは先に示したブレイズ・ドラゴンの力を宿した姿・クリムゾンデュークの力を解放する。

「はああああああああ!!」

 手甲から力場を発生させたベリアルは、ピースフルとカオスヘッドの攻撃を反射するバリアを展開する。また、固い防御力をそのまま攻撃力へと転換させ、バリアを張った状態から強烈なタックルを仕掛ける。

『『『ピースフル(カオスヘッド)!!』』』

 防御こそ最大の攻撃力―――数に勝る彼らを制圧する力を見せつけたベリアルは、ウィッチとケルビムの攻撃を誘導する。

「テミスさん、いきますよ!!」

「わかったわ!!」

 ウィッチはクラレンスの力と融合した武器・魔宝剣ヴァルキリアセイバーを用いた必殺技を繰り出す。

「プリキュア・イリュージョン・マジック!!」

 殲滅対象であるピースフルを宇宙空間へと誘い出してから、無数の星という星を雨の如く落下させこれを一網打尽にする。

 

 ――ドンッ。

『『『へいわしゅぎ……』』』

 攻撃を受けたピースフルは決まり文句を唱えながら浄化され、天へと還って行った。

 また、ケルビムの方はピットが変化した武器・聖槍ジャベリンを用いた必殺技をカオスヘッドに対し繰り出す。

「プリキュア・セフィロートクリスタル!!」

 十のクリスタルの結晶が召喚されると、カオスヘッドに狙いを定め、一気に撃ち出し攻撃を行った。

 

 ―――ドンッ。

『『『こんとん~~~♪』』』

 天使が持つ聖なる力によってカオスヘッドたちは極楽な心地となりながら浄化され、ピースフル同様天へと還って行った。

 残されたピースフルとカオスヘッドは残り僅か。

 一気に片を付けようとした直後。彼らは危機迫る状況で、ある驚くべき行動を取った。

『『『ピースフル!!』』』

『『『カオスヘッド!!』』』

 反発する存在の彼らがあろう事か互いに結びつき、一つの姿へと変わって行った。

 ピースフルが持つ理知的な側面、そしてカオスヘッドが持つ破壊衝動を兼ね揃えた異形のモンスター……その名も。

『カオスピースフル!!』

「って、そのまんまじゃないの!! 何の捻りも無いだっさいネーミングね!!」

「気を付けてくださいリリス様、力は未知数です!!」

 と、レイが警告を発した直後だった。

 融合魔獣【カオスピースフル】の攻撃がベリアルたちへと向けられた。

『カオスピースフル!!』

「「「「うわあああああああああああ」」」」

 三大幹部が融合したピースフルとはまた桁違いの力を秘めた存在。元来異なる者同士が絶妙な加減で結びついた事で、新たな進化を促したのだ。

 ベリアルたちは敵の力の恐ろしさを身を以って理解すると、即行でこれを排除しようと動き出す。

「持久戦に持ち込まれればこちらが不利だ! リリス、オレと合わせてくれ!!」

「うん!! レイ、来なさい!!」

「了解です!! コライダーチェイーンジ!!」

 レイコライダーがベリアルの両腕に装備された。

 ベリアルが砲門状にコライダーを展開してエネルギーをチャージする間、バスターナイトは赤々と燃えるドラゴンブレイカーの刀身から斬撃を放つ。

 

「――バースティングスラッシュ!!」

 

 赤々と燃える炎の斬撃がX字状に放たれる。ダークネスラッシュの強化版である。

 カオスピースフルはバスターナイトの攻撃を受けて後ずさりをするが、まだまだ戦う余裕が残っていた。

『カオスピー…!!』

 反撃しようと前に出ようとした瞬間。

 ―――ドン。

『スフル!?』

 後方から竜巻状の突風をその身に受け、カオスピースフルはバランスを崩し前に倒れる。巨大コウモリへと変身したラプラスの奇襲だった。

『おーっほほほほほ!! 体は丈夫になっても、間抜なところはちっとも変わってないみたいね! 朔夜、リリスちゃん! やっちゃいなさい!!』

「ああ!! リリス、いくよ!!」

「うん!! サっ君、二人で決めよう!!」

 互いを見合うベリアルとバスターナイト。

 エネルギーのチャージを終えたベリアルは、高速回転するレイコライダーの砲門をカオスピースフルへと向ける。

 隣に立つバスターナイトは、ドラゴンブレイカーと左手に装備した【炎龍盾ドラゴンイージス】を変形合体させて巨大な斧【炎龍斧ドラゴンバルディッシュ】を装備する。

「「はああああああ………」」

 頃合いを見て、二人の悪魔は全身全霊の力を込めた必殺技を叩きこむ。

 

「プリキュア・メテオールブレイカー!!」

「ブラッディータワー!!」

 

 どちらも極めて威力の高い必殺技。

 レイコライダーの巨大砲門からはあらゆるものを破壊し消滅させる砲撃が放たれ、ドラゴンバルディッシュの刃先からはすべてを業火で呑み込み灰燼にする血の色のように濃い炎柱が、カオスピースフルへ直撃する。

 ―――ドン! ドンドン!!

『あんびり~ばぼ~~~♪』

 二つの力が合わさった事で生まれたカオスピースフルは、気の抜けた台詞を吐くとともに、元々の姿であるピースフルとカオスヘッドの二体に分離し、消滅していった。

 

 洗礼教会の真の目的が明かされると同時に、志半ばで命を失った三大幹部―――エレミアとモーセ、サムエルの三人は秘かにリリスたちの厚意で静かな場所へと葬られた。

 彼らは純粋にこの世界が平和であり続ける事を祈って戦っていた。悪魔を敵視していたのは、従来悪魔が人間を堕落させる存在である事が歴史的かつ宗教的な理由から知れ渡った事実として分かっていたからであり、その所為でリリスたちとは激しく対立した。

 だが――今にして思えば、彼らも洗礼教会の「黒幕」によって操られていた哀れな被害者だったのかもしれない。

 そう思いながら、散っていった彼らの魂が来世で報われる事をテミスやはるかが祈るかたわら―――リリスと朔夜は彼らの墓前で立ち尽くす。

 やがて、墓標を見つめていたリリスが重い口を開き呟く。

「あんたたちがしてきた事を許すつもりはないけど……その無念くらいは、私がきっちり晴らしてあげるわ」

 リリスは固く誓った。テロリスト集団【洗礼教会】の黒幕――ホセアと、それに与するすべての者を必ず打倒し、死んでいった彼らの為に報いる事を。

 

 

 

 

 

 




次回予告

ピ「真夏の空を浮遊する謎の幽霊船!!」
レ「その幽霊船が通り過ぎた町は、みんなゴーストタウンへと変わってしまった!!」
ク「はるかさんを襲う危機!! 私たちは、天を舞う幽霊船へと乗り込んだ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『真夏の恐怖!空飛ぶ幽霊船!』」


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第28話:真夏の恐怖!空飛ぶ幽霊船!

今回は幽霊船ネタです。
真夏の空に突如現れた謎の幽霊船によって、人々は魂を奪われます。
リリスたちは、謎の幽霊船の中でそれを操る黒幕の正体を前に驚愕します!
詳細に関しましては本編をチェックです!


 いつの間にか、私は見た事もない場所に横たわっていた。

 おもむろに目を開けて体を起こすと、絵本でしか見た事のないお花畑が広がるのどかな風景が一面に広がり、思わず面を食らう。

「ここは……?」

 私は察した。ここは私の夢の中なのだ、と。

 現実にこんな世界がある筈がない。いつしか夢を見るのを捨て、リアリズムと悲観主義を覚えた私は長らくこんな一種のファンタジーを彷彿とさせる片生りな世界を素直に享受する事が出来ずにいた。

 しかし、逆に新鮮な気持ちだった。こんなに心穏やかで優しい気持ちにさせてくれる夢を見るのは実に久しぶりだった。最後にこうした夢を見たのは、十年前のあの悲劇を経験するよりも前だったかしら――。

 うろ覚えな幼少期の記憶を辿りながら、ひとまず辺りを散策してみる事にした。

 散策すると言っても、周りは花という花で埋め尽くされ、どこまでも同じ光景が続くばかりで変化に乏しい。地平線の向こう側には果たして花以外のものがあるのかしら……そう思いながら歩き続けていた時だった。

 ふと、私の脚は止まった。いや、止まらざるを得なかった。なぜなら、私の瞳にあり得ないものが映ったからだ。

 微かに風に靡く紅色の長髪。艶やかだが気品と優雅さ兼ね揃えたそれを持つ者を私は世界でただ一人しか知らない。

「お母さま……?」

 私の目に狂いなどない。嘗て命を賭して私を生かし、炎の中に消えた最愛の母の姿が確かに眼前の先にあった。

「お母さま! お母さまですよね!!」

 思わず胸躍る。気持ちを高ぶらせた私は無我夢中で走り抜ける。息が切れる事も構わず、ただただ目の前を疾駆する。

 もう少し、あと少しで手が届く。大好きだった母のぬくもりをこの手で掴む事ができるのだ。そう思って、手を伸ばし続けた矢先――

 

「え?」

 いつのまにか、事態は急変した。

 先ほどまで私がいた花畑は前触れもなく地獄の業火に包まれた。同時に、母の姿は一瞬のうちに消えていた。

「なに……これ……?」

 状況がまるで理解できなかった。パニックに陥る私の思考。

 ――け……て……

 すると、灼熱の炎の中から声の様なものが聞こえた。声というよりも音の様に思えてならないそれは、私の鼓膜を突き破って直接脳に響いてくる。

 ――たす……け……

 ――たすけ……て……

 ――殺シテ……ヤルゾ……

 嗚咽。怒号。怨嗟。阿鼻叫喚。

 ありとあらゆる負の感情が炎の中から私を責めるように呼び掛ける。

 それを聞いた途端、全身に迸る強烈な寒気。私は思わず耳を塞いだが、一向に収まろうとはしない。

 ――どうして誰も……助けてくれないんだ……

 ――復讐……シテ……ヤル

 ――許さん……絶対に許さん……

「やめて……! もう聞きたくない……!! お願いだからやめてよっ!!」

 

『なぜ拒むの?』

 唐突に、目の前が真っ暗に染まったと思えば、私の前に現れたのは、自分と瓜二つの姿を持つもう一人の自分だった。

『あなたがどれだけ否定し、拒絶したところで何も変わらない。なぜなら、あなたは自分の本質を知ってるからよ』

 愕然とする私の前に跪く形で、もう一人の私は私に向かって言葉を発し続ける。

『自分の居場所と幸せを壊した敵への憎悪』

 悪意に満ちた表情で私の顔に手を添え、もう一人の私は私が必死で抗い内に隠し続ける憎しみと怒りの念を覚醒させる一言を口にする。

『誓ったはずよ? 悲憤慷慨しても何も始まらない。憤懣遣る方無い思いを掲げて生きるより、いっそ溜めた恨みを晴らすべき。〝鉄には鉄を血には血を〟。憎む情熱はいつだって正しい』

 

『さぁ……憎悪の快楽に身を浸しなさい』

 

 バチバチ。

 精神世界で呼びかけるもう一人の自分の声に呼応するかの様に、封印されてた激しい憎悪と怒りが沸騰し始める。

 私は、黒い静電気をバチバチと体から発しながら次第に慟哭を上げる。

「あ……あぁあっ」

 バチバチ。バチバチ。

「あぁあああああああああぁぁぁああああぁぁぁああああアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」

 憎悪の念に完全に精神を支配された瞬間。私の肉体から猛烈な闇のエネルギーが天高く向かって噴き出した。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≡

 

黒薔薇町 悪原家

 

「っ!!」

 恐怖を感じ悪夢から抜け出したリリス。カーテンの隙間から薄ら朝陽が差し込み、枕元に置かれた目覚まし時計の針を見れば、時刻は午前五時半を回っていた。

「はあ……はぁ……はあ……はぁ……」

 あり得ない量の寝汗をかくとともに、未だ鳴りやまない心臓の鼓動。

 想像を絶する恐怖を体験したリリスは息を荒らげるとともに、胸元を手で鷲掴みながら夢の中で出会った幻の自分に言われた言葉を思い出す。

 

『鉄には鉄を血には血を』

 

 目には目を歯には歯を――。ハンムラビ法典に代表される報復律に通じるその言葉はより生々しく、きな臭さを孕んでいる。

 戦争が長く続いた時代、悪魔たちは同胞が天使や堕天使の手に滅ぼされる度、その言葉を口にしながら憎悪と敵愾心を募らせていった。一種の鼓舞であり、何より恨みを晴らしてやると言う一種の意思表示だった。

 戦争を直接経験したわけではないリリスだが、少なくとも報復という行為に直接通じる醜悪なまでの激しい憎悪が自分の中で燻り続ける現実を再認識させられた。

 十年前、洗礼教会に全てを壊されたあの日からずっと――そのどす黒く狂気なる感情は悪原リリスという少女の心に巣食い続け、今なお蝕み続けている。

「……っ! げっほ! げっほ! げっほ!」

 突然、気管の奥から沸き上がった猛烈な嘔吐反応に襲われた。

 咄嗟にリリスは机の上にあったティッシュで口元を押さえ、恐る恐る確認する。

 真っ白なティッシュに染みこむ鮮烈な赤い液。さらには口元にも同様のものが付着している。紛れも無くそれは自分の全身を動かす血液そのものだった。

 これが何を意味しているのか――心当たりがあるリリスだったが、まさかここまで症状が急速に進行しているとは思ってもおらず、ただただ呆然。

 やがて、抑えがたい死への恐怖に思考は次第にリリスを支配し、やがて全身を強張らせるほどだった。

「………わたしは……このまま死ぬわけにはいかないのに………」

 とりわけか細いその声からは、到底普段の気丈な姿は垣間見る事は出来なかった。

 

           ◇

 

アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C.

 

 自由の国――アメリカ。世界中から己の夢を実現しようとする者が多く集まるこの国で、それは起こった。

「What’s that!?」

「How big it is!!」

 突然、真夏の空を覆い尽くすほどの陰影が発生した。

 何事かと思い人々が頭の上を見上げると、一際巨大な物体が宙に浮いていた。

 よく見るとそれは帆船の形をしていた。しかし帆船から漂う雰囲気は極めて不気味で、一言で例えるなら【幽霊船】だった。

 人々が突如現れた幽霊船に恐怖感情を抱き始めた、直後だった。

 真上を通り過ぎようとする船から何の前触れも無く、青色の怪しげな光線が地上へと降り注いだ。降り注ぐ光を浴びるや、人々は意識を失った。

 力なく地に倒れる彼らの全身の肌は備長炭のような黒色に変色し、生気を奪われたかのようにピクリとも動かなくなった。

 

           *

 

オーストラリア連邦 シドニー

 

 南半球にある真冬のシドニーでも、同様の幽霊船が目撃された。

 空の彼方よりいきなり現れた幽霊船は、人々の注目を瞬く間に集めたと思えば――街の人々を対象に光を降り注いだ。

 光を浴びた人々は悉く生気を失い倒れ、肌の色がやはり黒に染まったと言う。

 

           *

 

インド共和国 首都ニューデリー

 

 さらにインドでも幽霊船は目睹され、同様の事件が起こった。

 嵐のようにいきなり現れたと思えば、通りかかった街という街からそこに暮らす何の罪も無い人々から、あるものを奪っていった。

 とどのつまり、その幽霊船の通り過ぎた街は、ことごとくゴーストタウンへと変わっていった……。

 

           ◇

 

黒薔薇町 悪原家

 

 世界各地で幽霊船による被害が拡大の一途をたどる一方、ここ悪原家に集まったディアブロスプリキュアのメンバーはと言うと……

「イヤ!! 絶対ハワイがいいの!! ハワイに行きたいの!!」

「バカな事は言わないでもらいたいっ!! そんな資金がどこにあるというのですか!? せめて沖縄くらいでがまんしてくださいっ!!」

 夏休みを利用してメンバー同士での旅行を計画していたのだが、その行き先を巡ってレイとラプラスが激しく対立していた。

「イヤよ!! イヤよ!! あたしは断固ハワイでないと納得できない!! ワイキキビーチで小麦色になるまで肌を焼いて、本場のパンケーキとロコモコを食べたいの!!」

 一応ラプラスは元を正せばサキュバスだ。直射日光を直に当たる行為をする事が自殺行為だという事を分かっているのだろうか。

 そんな彼女の言い分に対し、レイも必死で食い下がってくる。

「沖縄だって捨てがたいですぞ!! チンスコウにソーキソバ、それに向こうにはジンベイザメの大水槽で有名な美ら海水族館だってありますぞ!!」

「チンスコウ? ソーキソバ? はっ、冗談じゃないわね! なんであたしがそんな下賤な食事に手を付けないといけないの? この優雅でビューティフルなあたしがね!!」

「コラっ、ご婦人!! その発言は聞き逃せませんぞ、今すぐ沖縄県民に謝ってくださいっ!! どうせご婦人の事です、食べてみたら……『なんだ意外と美味しいじゃない!!』とか言って、図々しく貪り尽くすくせに!!」

「なっ……! あんたね、あたしはそんなやらしい事なんてしないわよ!!」

「ウソ仰ってください!! 発言ひとつひとつが既にやらしいじゃないですか!!」

「そう思ってるあんたが一番やらしんじゃないの!?」

「なんですと――!」

 こんな調子で激論を交わし合う二体の使い魔。

 リリスと朔夜、テミス、ピットの四人は毎度のことながら既に小一時間も口論をし合っている状況を前に、いい加減にして欲しいという気持ちが芽生えていた。

「一体いつになったら収拾がつくんだ……これで今日何度目になる?」

「せっかくの夏休み、みんなで旅行に行こうという計画を立てていたと思えば……どうしてこうひとつに意見がまとまらないのでしょう」

「そもそもの話、あの二人の趣味嗜好が全くの逆でどっちも妥協って事をしないから話がずっと平行線のままなのよ」

「もうしょうがないんだから……」

 埒が明かないまま時間だけが無駄に過ぎていくのはさすがに悲しすぎると思った。

 リリスは重い腰を上げると、今この瞬間も癇癪剥き出しで喧嘩を続ける二人の仲裁に入ってこれを諌める。

「ほらほらやめなさいって! レイも、ラプラスさんも一旦ストップです!」

「リリス様、どのような事があってもこの我がままなご婦人の良いようにさせてはいけませんぞ! ここは断固沖縄と参りましょう!!」

「ねぇリリスちゃん、ハワイのワイキキで一緒に楽しくてウハウハな事でもしない? ほら、朔夜とラブラブでいたいなら恋人岬でデートするのが一番よ!!」

「すみませんラプラスさん、気持ちはとーっても嬉しいですし出来ればそんなロマンチックな事してみたいですけど……恋人岬はグアムですね」

 ちなみにグアム以外にも、日本の静岡県伊豆市にも同名の岬がある事を補足しておく。

「はははははは!! 所詮ご婦人の知識などその程度なのですよ!! 大人しく東京のどこにでも売ってるであろう、ダミアンナッツでも食べていればいいのですぞ!!」

「レイ、あんたも間違ってる。マカダミアナッツだから……ダミアンは悪魔の子よ。誰も買い手が付かないわよそんなお菓子」

 知らない人の為に補足すると、ダミアンとは一九七六年に製作されたアメリカの映画作品の登場人物で、六月六日午前六時に誕生し、頭に「666」のアザを持つ悪魔の子を巡る物語の事である。

「結局のところ、一体どこにするんだ?」

「「ハワイ(沖縄)っ!!」」

 朔夜からの問いかけに、レイとラプラスは声を合わせてそれぞれが行きたいところを主張。これが原因でまた火花を散らし合い喧々とし始めたので、リリスは深い溜息を吐いたのち、こう言って来た。

「もうめんどくさいから間を取って、どこにも行かない事にしましょう……」

「「え!? えええええええええええええええええぇぇぇえええ!!」」

 聞いた瞬間、レイとラプラスは驚きを通り越して戦慄した。

「リリス様っ!! それはいくら何でもあんまりですぞ!!」

「せっかくの夏休みなのよリリスちゃん!! こんな蒸し暑い東京で何日も過ごせって言うの!? そんなのあたしには耐えられないわー!!」

「二人の気持ちは分かるんだけど……私的には出かける気力が湧かないと言うか、何と言うか」

「どうしたんだいリリス?」

「そう言えば何だか最近、顔色が優れないみたいだけど」

「夏風邪でも引いたんですか?」

「そんなんじゃないの。ただ……」

 言いながら、リリスはソファーへとゆっくりと腰を下ろし、倦怠感が見られる表情を浮かべる。

「ここのところあまり食欲も無いし、毎日きちんと睡眠取ってるはずなのに、すごく眠いし立ち眩みも酷くて……」

「大丈夫なんですか!?」

「病気じゃないの!?」

「みんなして心配性ね」

「心配もするさ!」

 思わず声を荒らげた朔夜は、辛そうにしている彼女の手を包み込むように両手で握りしめ、不安げな瞳でリリスの顔をじっと見つめる。

「リリスにもしもの事があったらオレたち……気が気じゃなくなるんだ。だから、もっと自愛を持ってほしい」

「そうよ。あなた本来は悪魔のくせに最近は周りの為に色々頑張りすぎてるのよ。ここはあなたの気持ちを汲んで、大人しく家で静養するのが一番だと思うわ」

「サっ君……テミス……」

 朔夜とテミスがリリスの体調を考慮して至極真っ当な事を言う。すると話を聞いたラプラスは、露骨なまでの不満を露わにする。

「えぇ~~~!! じゃあ、あたしの夏休みの計画は!?」

「何を言っているのですかご婦人!! もちろんボツですよそんなの!! とにかく、リリス様の体調がすぐれない状況で旅行も何もあったものではありません!!」

「そんな~~~!! せっかく新しい水着を新調したばっかだって言うのに……ラプラス、ショック!!」

「すみませんラプラスさん、このお返しは今度何らかの形で埋め合わせしますから」

「リリス様、ご婦人に気を遣う必要はございませんぞ!! あなたの体調の事などどうでもいいかのような発言を先ほどしたではありませんか!?」

 確かにラプラスの言動は、明らかにリリスの体調など考慮していない自分の欲望剥き出しゆえの不満だった。レイの言う事は筋が通っているし、言われてみればそうなのかもしれない。

 そんな折、ピットが今更ながら気が付いた事があった。

「ところで今日はまだ、はるかさんとクラレンスさんが来ていませんわね……」

「ああ。はるかは一昨日から塾の夏期講習がああってね。もうそろそろ終わる頃だと思うけど……」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 繁華街

 

 午後二時過ぎ。

 黒薔薇町から電車で三十分ほど離れた場所にある進学塾で開かれた夏期講習を終えたはるかと、付添いのクラレンスはただいま黒薔薇町に帰る為、都内の道を歩いていた。

「ハヒ~~~。夏期講習無事に終わりました~~~!!」

「お疲れ様です、はるかさん」

「クラレンスさんもわざわざすみませんね。最後まで付き合ってくれまして」

「いえ。はるかさんに何かあってはいけませんから。さ、早くリリスさんの家に参りましょう」

「はい! それではスペシャル超特急で参りますよー!!」

 と、テンションアゲアゲの彼女が駅までの道のりを全速力で走って行こうとした――そのときだった。

「ハヒ?」

 先ほどまで真夏の太陽がかんかんと照りつけていたはずが、突然周囲が暗くなり始めた。太陽光の反射で地面に映った自分とクラレンスの影が、たちまち一際大きな影に呑みこまれていった――これはどうした事か。

「急に空が暗く……通り雨でしょうか?」

「でも今日は雨が降るなんて事は天気予報のお姉さんも言っていませんでしたし……なんか変ですね」

 雨が降る前兆にしては不自然な感じがした。

 すると、頭上からグオオオ……という鈍く気味の悪い音が聞こえてきた。あまり聞き慣れない音に対しはるかは首をかしげる、おもむろに空を見上げる。

 すると、全長四〇〇メートルはあるであろう、巨大な髑髏の意匠を持つ帆船――噂の幽霊船が飛来した。

「な……あれは!!」

「ハヒぃ――!! 幽霊船っ!! 幽霊船ですっ――!!」

 

『臨時ニュースをお伝えします! 現在、謎の飛行物体が太田市上空を通過中です。繰り返します! 現在、午後二時過ぎ東京に突如出現した謎の飛行物体は、人体に極めて有害な光を放ちながら北東に進み、現在太田市上空を通過中です。なお、この飛行物体の光を浴びた人間は今も全員が原因不明の仮死状態に陥っています!!』

「ったく……どこの太田市だよ……」

 テレビをつけっぱなしのまま、家で休んでいた会社勤めの男は夜勤明けの為か非常に不機嫌そうだった。

 睡眠を妨害する幽霊船の出現に内心癇癪を起こしながら、カーテンで閉め切った部屋に日の光を差しこむと共に、ベランダへと出る。

 途端、太陽の光を遮る巨大な影が男の住むマンションをすっぽりと覆い尽くす。そして船体から人体に極めて有毒と報道される青色の光線が注がれた。

 光線による直撃を浴びた結果、男の肌は黒く染色。そしてニュースの報道にあった通り仮死状態へと陥った。

 

 怪光線を放ちながら東京の空を縦横無尽に行き来する謎の幽霊船。

 街がゴーストタウンと化し、そこに住まう人々が原因不明の仮死状態に陥るという事態に、政府は空自――すなわち航空自衛隊による幽霊船迎撃作戦を決定した。

 直ちに航空自衛隊が保有する偵察機および戦闘機が出動し、人々を恐怖に貶める元凶に対しコンタクトを行う。

『こちら航空自衛隊偵察機! 領空侵犯の幽霊船に告ぐ。今すぐ我々の命令に従え。繰り返す、領空侵犯の幽霊船、今すぐ我々の命令に従え。これに従わない場合、撃墜する!』

 偵察機からの呼びかけに、幽霊船内部からの応答はない。

 応答がない事を受け、空自は投降の意思なしと判断――宣告した通り幽霊船の撃墜を敢行する。

「フォーメーション3! 幽霊船を攻撃する!!」

『『『了解!!』』』

 幽霊船の周囲を旋回する三機の戦闘機は、三地点へと散らばると、幽霊船の上部、右側面、左側面部分へと狙いを定め――ミサイルを撃ち込んだ。

 

 ドドーン……。ドーン。ドカーン。

「やったか!?」

 ミサイルは全弾命中した。

 確かな手ごたえを覚えた空自だが、黒煙が晴れた際に彼らが目の辺りにしたのは―――炎を上げるどころか傷一つ存在しない無傷の幽霊船だった。

「くそ!! まるでビクともしない!!」

「なんて奴だ……!」

 ミサイル攻撃すらものともしない驚異の装甲強度。生半可でない防御力を有する未知なる敵を前に、空自は尻込みをする。

 ピピピ……。

 すると、戦闘機の回線に見知らぬ者からの通信が割り込んできた。不思議に思って回線を行ってみると、

『今すぐ攻撃を中止してください!!』

 画面に見えて来たのは切羽詰った様子の青年――神林春人だった。

「な、なんだ君は!? 空自の回線にどうやって……!?」

『突然のご無礼をお許しください。僕は警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵、神林春人です。あの幽霊船の中には、人間のプラズマエネルギーが取り込まれています』

「なんだって!?」

 自然界には、地球のエネルギーの源である太陽、それから吹き出す太陽風、地球を取り巻く電離層、極地の空を彩るオーロラ、真夏の積乱雲から走る稲妻等、様々な形のプラズマが存在している。春人が伝えようとしているプラズマとは即ち、人間の体内から分離してしまった【魂】を示していた。

『幽霊船が放っている光は、人体からプラズマエネルギー……魂だけを分離させ吸い上げる特殊な光線である事がこっちの調査で判明しました。つまり、幽霊船の光を受けた人間はまだ誰一人死んではいません。幽霊船の中に魂を閉じ込められているんです』

「信じられん……幽霊船の中に、人間の魂が!?」

「デタラメを言わないでくれ!! 我々は真剣にだな……!!」

『これはデタラメなんかじゃありません。これまで世界中で確認されている幽霊船の被害に遭った人数と、幽霊船の中に蓄積されたプラズマの量がほぼ一致している事も調査済みですので、あしからず』

 客観的に裏付けのあるデータを元に春人は報告を行った。

 やがて、特別分室が掴んだ情報が信憑性の極めて高い正しいものである事が、この後すぐに空自の参謀本部からの回線によって判明した。

 幽霊船内部に人間の魂が閉じ込められている状況で下手に攻撃する事が出来なくなってしまった自衛隊は、止むを得ず帰投するという判断を下すほか無かった。

 

「慌てず逃げてください!! 落ち着いて逃げてください!!」

 幽霊船の脅威が確実に攻まり来る中、避難区域に指定された街の人々は警官隊の指示に従って、慌ただしく避難を始めていた。

 はるかとクラレンスの二人は、たまたま幽霊船を目撃し、避難区域指定の場所に居たから、他の人々と一緒に現在避難を行っている。

「こんな事ってあるんでしょうか!? ひょっとして、これも洗礼教会の仕業なんじゃ……!」

「可能性は大きいですね! しかし、あんなものが現れるなんて……」

 これまでにも洗礼教会が関与したクリーチャーによる犯行およびテロ行為はあったが、今回のように巨大な飛行物体――幽霊船が街中に現れるという事態は初めてのケースだった。

 戸惑いを抱きながらはるかとクラレンスが避難活動に集中していると、予期せぬ事態と出くわしてしまった。

「ままー……ままー……」

「あれは……!!」

 はるかの目に飛び込んできたのは年端もいかない少女で、明らかに泣いていた。どうやら避難の途中で、母親とはぐれてしまったらしいと一目見て分かった。

 少女を放っておけなかったはるかは、ママと連呼する少女の元へ大急ぎで駆け寄った。

「どうしましたか!?」

「ままとはぐれちゃった……」

「わかりました!! 一緒にお姉ちゃんが探します!! さ、ひとまずお姉ちゃんと一緒に逃げましょう!」

「はるかさん!!」

 クラレンスが大声で呼びかける。

 少女を連れて逃げようとした際、既に幽霊船ははるかたちの真上まで迫っていた。そして船体から青色に輝く怪光線が放たれた。

「危ないっ!!」

 咄嗟に少女を庇おうと、はるかは自らが光を浴びてしまった。

「おねえちゃん!!」

「はるかさん!!」

 幽霊船が通り過ぎると、はるかの体内から彼女のプラズマエネルギーが抜き取られた。結果、彼女の肌は黒く変色し、仮死状態へと陥った。

「はるかさん!! はるかさん!! はるかさぁ――ん!!」

 パートナーの変わり果てた姿を前に、クラレンスは発狂寸前だった。

 激しく体を揺すって耳元で叫ぶも、それらの行為も虚しくはるかの体はピクリとも動かなかった。

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 病院に運び込まれたはるかの変わり果てた姿に、彼女の両親は多大なるショックを受け、悲しみに打ちひしがれた。

 彼女の両親がショックを隠し切れず、病室の外でぎゃんぎゃん泣きじゃくる。

 一方、リリスたちは肌が黒く変色し屍同然に眠っているはるかの事を見ながら、沈痛な面持ちだった。

「はるか……」

「何というお姿に……くっ!」

「すみません、はるかさん!! 私が側にいながら、あなたをこんな目に遭わせてしまって……」

 今回の事でクラレンスは大きな責任を感じていた。

 本来なら、命を賭して主を守る側の自分が何も出来なかった事が悔しく、情けなかった。かつてはるかがザッハからクラレンスを助けようとした時と同じ心境だった。

「クラレンス。気持ちは分かるけど、自分を責めてもしょうがないわ。それにはるかだって、こうなる事も覚悟してその女の子を助けたんでしょ。プリキュアとしての自分の使命を全うしようとした。殊勝な心掛けだと私は思うわ」

 テミスは気高い行動だったと称賛して少しでもクラレンスの哀しみを和らげようとするが、あまり効果は見られなかった。

「大体にして何なのよ、その幽霊船って言うのは?」

「神林春人から送られてきた写真がある。今から見てみよう」

 スマートフォンを取り出すと、朔夜は春人本人から送られてきた写真を取り出そうと操作を行う。

「イケメン王子……いつからあの男とLINE友達になったのだ?」

 率直なるレイからの疑問が向けられると、朔夜は答える。

「先日Facebookを介して、友達申請を行った」

「チョー意外なんですけど――!!」

 てっきり犬猿の仲だと思われた朔夜と春人がSNSを媒介に友達関係を築いていたとは、リリスたちも初耳だった。

 仰天を通り越してある種のショックを抱く彼女たちを余所に、朔夜は春人から送られてきたフォルダの中にあった、幽霊船の画像を公開する。

「これは……」

 そこには、雲の中を航海する髑髏の意匠を持つ巨大な帆船が映っていた。幽霊船と言うイメージもさる事、一七世紀に実在した海賊船を彷彿とさせるデザインだった。

 だがこの幽霊船こそが今回の事件の元凶である。そして幽霊船の画像を見た際、テミスの中の疑問が確信へと変わった。

「間違いないわ。大昔から伝わる、黄泉の国を彷徨い死者の魂を呼び寄せると言う噂の船だわ!」

「でも、どうして幽霊船が魂を?」

「幽霊船自体が何らかの意志を持っているのかもしれません。ひょっとしたら、魂を燃料に飛び続ける船なんじゃ!」

「盗られた魂なら、取り返す方法もきっとあります! 私が行きます! 私が行って、はるかさんや他の人たちの魂を取り返してきます!」

 真っ先に名乗りを上げたのはクラレンスだ。彼はパートナーのはるかの魂を取り戻そうと、相当躍起になっていた。

「ちょっと待ちなさい!」

 猪突猛進で敵陣へと乗り込もうとするクラレンスの浅慮な行動に、リリスは制止を求めるとともに厳しく諫言する。

「少しは考えなさいクラレンス! 幽霊船に入る前にあなたまで魂を抜かれたら、こっちの苦労が倍になるだけよ!!」

「ならどうすればいいのですか!?」

「ひとまず落ち着きなさい。慌てず、こう言うのは何事も算段あって動くべきなのよ。そうでしょう……――ベルーダ博士?」

 そう呼びかけると、病室の扉からベルーダが顔を覗かせて来た。

「にししし。呼ばれて飛び出てジャジャジャーん!! なんちゃってのう~!!」

「って! 貴様をこの場に呼んだ覚えなど無いぞ、ニート博士!! あとギャグが昭和だ!!」

「リリス嬢に呼ばれたから来たんじゃよ。あと昭和をあまり舐めるなよ小僧めが」

「で、準備はどうかしら?」

「幽霊船に入る手立てなら――確り用意しておるぞい!」

 不敵な笑みを浮かべながら、ベルーダが取り出したのは青、黄、赤色のランプが付いた不格好な形をした大きめの腕時計のような発明品。全員が目を見張ると、ベルーダは発明品の説明を始める。

「これはじゃな、人体のプラズマ素粒子と同じ密度のバリア素粒子を発生させる装置じゃ。これを付けていれば幽霊船の光を浴びても人体から魂が分離する心配はな――い!! どうじゃ、ワクワクする展開じゃろう?」

「いえ……別々にワクワクはしませんけど」

「とりあえず安心ね」

 外見の問題を除けば、ベルーダはこれまでもディアブロスプリキュアの為に様々な発明品を提供し、その都度彼女たちを助けてきたことは事実だ。ある程度の信頼は持っても問題は無さそうだ。

 プルルル……。

 朔夜のスマホに掛かって来た着信。発信者は神林春人からだ。

「もしもし?」

『幽霊船の居場所を突き止めたよ。乗り込むなら僕が協力して上げてもいいけど?』

「その上から目線な言い方は、いい加減どうにかならないのか?」

『四の五の言わないでもらいたいね。どうするの、協力して欲しいの? して欲しくないの?』

「わかった。協力を要請する」

『素直にそう言えばいいんだよ。今から五分後にそっちに迎えに行くから、準備は整えておくことだね』

 話が終わると、朔夜は嘆息してからリリスたちの方を見る。どうやら春人も協力してくれる事になった。頼もしい助っ人である反面、少々心配もあった。

「まぁいいわ……それじゃあ、幽霊船に乗り込むわよ!!」

「「ああ(ええ)!!」」

「「「「はい(オッケイ)!!」」」」

 出発の直前、リリスはベッドの上で死人同前のように眠り続けるはるかを見ながら、心の中で呟いた。

(待ってなさい……必ずあなたの魂を取り戻して見せるから!!)

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 幽霊船出現の一報は、他勢力混合のテロリスト集団であるという事が明るみとなった洗礼教会の幹部たちの耳にも入っていた。

「なんと……あの幽霊船が人間界に?」

「それって、黄泉の国を彷徨い死者の魂を積んでるあれの事か?」

「その通りですが……何か? 幽霊船の出現は、我々にとって何か不都合な事でもあるのですか?」

 報告を持ち帰った本人であるラッセルが何ひとつ理解していない中、彼女の直属の上司であるダスクは、かぁ~~~と呆れの声を漏らす。

「ラッセルさ、お前って奴はほんと鈍いよなー。誰が操ってるのは知らねぇがよ、このままだと俺たちの商売あがったりだって事にまだ気づかねぇのか?」

「え!?」

「つまりこのままだと、地上世界は元より、他の世界もその幽霊船による独り相撲によって滅ぼされてしまうのだ」

「理解できたっすか、そこんところ」

 ホセアが補足をした事でラッセルもようやくこの度の事の重大さを理解する。

 コヘレトが念を押して尋ねると、彼女は引き攣った顔を浮かべながら「確かに、流石にダメかも!!」と、焦りを露わにする。

 現在の洗礼教会の目的は、何からの方法を用いての大規模なテロ行為を起こし世界を屈服させる事だ。だが今回はクリーチャーの干渉をまだ行っていない中で起こった不測の事態だ。見えざる神の手の暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】所属のクリーチャー・アパシーは面倒な事になる前に収拾を付ける必要があると考え、ホセアに具申する。

「プリースト。ここは私と部下たちが幽霊船の調査に……」

「いや、待つのだ。いずれにせよあの幽霊船に安易に近づくことが出来ぬ以上、ディアブロスプリキュアの動向を見守る事にしよう。万が一敵が我々にとって都合のいい相手であるのなら、懐柔して幽霊船ごとこちらの戦力として取り込むまでの事だ……」

 

           *

 

東京 上空一〇〇〇メートル付近

 

 リリスたちは、日本有数の巨大財閥・大河内財団が保有する特殊小型ジェット機に搭乗して、空飛ぶ幽霊船を目指していた。

 今回の突入作戦に参加するのは、リリスを筆頭とするディアブロスプリキュアのメンバー、そして警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵こと、神林春人だ。

「まさか貴様と一緒に幽霊船に乗り込むことになるとはな」

 朔夜が隣に座る春人へそう呼びかけると、鼻で笑った春人が言う。

「これが本当の呉越同舟って奴だよ。もっとも、まだ船に乗ってはいないけどね」

「あなた、そんなジョークが言えるんだ」

「……君は僕の事をどんな冷血漢だと思っていたのかな、テミス・フローレンス?」

 普段でこそ近寄りがたい雰囲気を醸し出す春人の口からそのような冗談を聞けるとは思いもしなかった。吃驚した表情を浮かべるテミスの発言を聞くや、春人は鋭い瞳で彼女を見る。

「ちなみに、僕は幼少の頃から『笑〇』だけは欠かさず見ているんだ」

「いや、誰もそんなこと聞いてないんだけど……」

 全くもってどうリアクションをとっていいのか分らなかった。それにしても春人の趣味は少々年寄り染みているような気がしたのは、気のせいであろうか。

 一旦窓の外を見てみる事にした。

 クラレンスが見る限り、辺り一面厚い雲で覆われていて、視界が非常に悪い。これでは肝心の幽霊船を捜索する事さえ難しい。

「雲が多いですね……」

「こんなんで本当に見つかるのかしら?」

 

 ――ドゴーン!!

 

「きゃ!!」

 突然の雷鳴。

 尻込みしたピットがレイの腕に抱きついた。レイにとって、決して悪い気はしなかったがつい鼻の下を伸ばしてしまった。

 すると、視界を遮っていた雲が晴れると同時に目的の幽霊船の姿を確認した。

「見えた!」

「あれが噂の幽霊船?」

「ちょ……ウソでしょう! どんだけ大きいのよ!?」

「目測だが、高さはこのジェット機の二十倍以上はあるだろうな」

「ひょえぇ~~~!!」

 近くで見れば見るほど、幽霊船の巨大さと不気味さが際立つ。ボロボロになった帆を張って黄泉の国から人間界へと姿を現したこの船を、一体誰が操縦しているというのだろうか……皆目見当がつかない。

「あの髑髏から潜入してください」

「了解した!」

 操縦士は春人の指示を受け、ゆっくりと幽霊船へと接近する。

 ピピピ……。

 ちょうどそのとき、ベルーダからの全体通信が入った。

『よいか皆の衆。バリアのリミットはきっかり六〇分じゃ。努々忘れるでないぞ!』

「わかってるわよ、心配しないで」

「必ずはるかと街の人たちの魂を取り返してくるから」

 ベルーダとの連絡を終えると、彼から渡され左腕に巻きつけていたバリア発生装置の電源を起動させる。この瞬間から、リリスたちの全身を見えないバリアが包み込む。

 準備は万端に整った。

 一行は、謎の幽霊船の中へと潜入を開始した。

 

           *

 

幽霊船 内部

 

 船内は船というよりも、巨大な一つの空間を形成していた。

 光すら碌に届かない薄暗く湿気の多いこの場所は、レイにとってこの上も無く都合の悪い場所だった。と言うのも彼、ベルーダ邸でのやり取りを思い出して欲しいのだが……オバケの類が大の苦手だった。

「ああ……暗いな。やっぱりやめませんか!?」

「ここまで来て何言ってんのよあんたは!!」

「だって怖いじゃないですか!?」

「使い魔が幽霊やオバケを怖がってるんじゃないわよ!!」

「も、申し訳ございません!!」

 肝心な時にあまり役に立たないのが彼である。誰にでも怖い物、苦手な物はあると思うのだが、リリスの言う通り使い魔が幽霊を怖がるのも正直どうかと思う。

 春人を先頭にリリスたちはその後も広大な船内を移動し続ける。船の中に捕われた街の人々、そしてはるかの魂が集まった場所をひたすら目指して。

「センサーではこの奥の方に人間のプラズマが溜まっているとあるけど……」

「はるかさーん!! 居たら返事をしてください、はるかさーん!!」

 パートナーの名を呼びかけるクラレンス。しかし、彼女からの返答は無かった。

 

 歩きはじめて十五分。

 一行は幽霊船の中枢部分と思われる、ブリッジらしき場所を歩いていた。

 ここでも、レイは過剰なまでの恐怖心を見せており、ついつい周りに居る者にしがみ付いてしまう。そんな臆病な彼に辟易したピットが、自分の肩にしがみ付くレイの手を払いのける。

「レイさん、ちょっとくっつき過ぎです……男らしくありません」

「そ、そんな~~~! ピットまで~~~! 明らかに出そうじゃないかここは……!?」

 何が出てきてもおかしくない幽霊船。レイの心臓はバクバクと激しく鼓動し、今にも破裂してしまいそうだ。

「はっ!!」

「な、なに!?」

 吃驚した声を発したレイ。

 ラプラスが慌てて彼の元へ駆け寄ると、彼が恐怖を抱いたものを見るなり呆れてしまった。

「あんたね……ただの鏡じゃない」

「え!? あ……なーんだ!」

「このヘタレドラゴン!」

「大きなお世話ですよ!!」

 ラプラスに馬鹿にされても仕方のない事だとは思う。

 とにかく、レイは鏡だと分かった事で安堵し、引き攣った顔をどうにか直そうと鏡を凝視する。

『でへへへへへ。あいさつ代わりだよ~ん!!』

 その途端、鏡の中から角付き兜をかぶった半透明の物体――幽霊が飛び出した。そして、レイの唇と自分の唇とを合わせて来た。

「う……うぎゃああああああああああああああああ!!」

 望まぬ幽霊とのファーストキスを味わった事で、レイの中の理性の金具が吹っ飛んだ。

「ゆゆゆゆゆゆゆ、幽霊にチューされた!!」

「はぁ!? またバカなこと言って!」

『ユ~レイヒ~! そうでも無かったりして?』

 すると、先ほどレイにキスをした幽霊とは別の個体、一つ目の幽霊がラプラス横に無造作に放置された木箱の中から飛び出してきた。

「あああ……ああああああああああああああああ!!」

 まさか本当にいるとは思わなかったから、ラプラスは怖くなってその幽霊にビンタを食らわした。

『ユ~レイヒ~!』

「きゃあああ!!」

 さらに、また別の幽霊がリリスの足下から飛び出した。

 先ほどまでは男だったが、三人目は髪型が炎の形をした女の幽霊だった。望遠鏡を握りしめると、リリスのスカートの中を覗き込む。

『あはっ。みーえちゃった!』

「ふざけるな」

「茶番は笑〇だけで十分なんだ」

『はは……なーんてね♪』

 悪ふざけが大嫌いな朔夜と春人が殺気の籠った瞳で幽霊を威嚇する。対する幽霊三体はおちゃらけた様子だった。

『んじゃまぁ、歌っちゃおう!』

『『歌っちゃおう!』』

 唐突に幽霊三体は、勝手に歌を歌い始めたのだ。

『『『おれたちゃユ~ウ~レ~イ! こわいぞ、ユ~ウ~レ~イ! ユ~レイヒ~~~!! ユ~レイヒ~~~!! 御魂をまもっ~て、泣く子もだま~らす! ぜったい言わない! 御魂の場所は! この先だなんて~~~内緒だよ!』』』

「あらそうなの。ありがとう」

 リリスたちは幽霊の言っていた言葉を信じて、ブリッジの奥へと向かった。

『あれ!? 御魂の方に……』

『行っちまったぞ!』

『なんでわかっちゃったの? なんで? なんで?』

 理由は簡単だ。君たちがあまりにオマヌケだからである。

 

 間抜けな幽霊たちの歌に従って、リリスたちは幽霊船の最深部へとやってきた。

 この最深部に、捕われた街の人々やはるかの魂があるはずだ。手分けしてそれを探そうとし始めようとした時――前方にある物が見えてきた。

「あれは……」

 巨大な髑髏の形をしたレリーフが飾られていた。

 その周囲をよく見ると、青白く発光する人魂の様なものが宙を舞っている。

「ひやああああああ!! ひ、人魂が浮いている――!!」

 案の定。レイは人魂を見て悲鳴を上げた。

 

『ふふふふ……まさか念願の相手が自ら赴いてくれるとは思わなかったぞ。ディアブロスプリキュア……いや、キュアベリアル』

 

「その声は……まさか!?」

 リリスを始め、朔夜、テミス、そして使い魔たちにとって周囲から聞こえてきた声は一度は訊いた事のあるものだった。

 周囲に浮かぶ人魂がひとつにまとまり始めると、徐々にその形が浮かび上がってきた。

 死神風の漆黒のローブを身に付けている、その一点だけを除けばリリスたちの前に現れたのは、浅黒い肌を持つかつて倒されたはずの堕天使の幹部――ザッハだった。

「ザッハ!?」

「なのか……!?」

『いかにも。私は堕天使ザッハ。もっとも、今の私は幽霊だがな……』

「じゃああんたがこの船を操っていた黒幕!?」

『いかにも。キュアベリアルによって倒された私は黄泉の国を彷徨い、怨念を蓄えながら復活の機会は無いかと模索していた。そんな時だ、私はこの幽霊船を見つけた。幽霊船を手に入れた私は人間界へと赴き、この地上で生きとし生けるものたちから生体プラズマ……すなわち魂を吸い取り完全なる復活を目論んだ!!』

「そして今度は……この船に乗り込んできた僕たちの番、と言う事なのかい?」

『その通りだ』

「生憎だけど、それは無理な話よ」

 怨霊となりながら執念深くこの世に復活を遂げようとするかつての仇敵を前に、リリスたちは敵意を剥き出し対峙する。

『ふふふ……そう怖い顔をするでない。諸君に面白い物を見せてやろう』

 ザッハは、指をパチンと鳴らした。

 すると合図とともに、檻に入れられた人魂が飛んで来た。

 リリスたちが怪訝そうに見る中、檻の中に捕われていた人魂が人の形を成し始める。やがて、人魂が姿を変えたのははるかだった。

『リリスちゃん!! クラレンスさん!!』

「はるかっ!」

「はるかさん!!」

『皆さん、早くここから逃げてください!! ザッハをこの世界から遠ざけなければ、この世界から命と言う命が根こそぎ奪われてしまいます!!』

「って、あなた言ってること矛盾してるわよ!? 私たちをここから逃がしたら、あいつの思う壺じゃない!」

「はるかさん、私たちはあなたや街の人たちを助け出すためにここまで来たのです。さぁ、我々と一緒に帰りましょう!!」

『無理だな。この船の船長である私が拘束を解かぬ限り、彼女や他の人間共の魂は永遠に解放される事はない』

「だったら、貴様を再び葬り去って解放するまでだ!」

 朔夜の言葉を皮切りに全員が臨戦態勢に入る。それを見たザッハは悪意を孕んだ表情を浮かべる。

『この先に待ち受ける我が下僕たちに敗れた瞬間、お前たちの命は終わる。さらば―――!!』

 すると、再び指を鳴らすザッハ。

 彼が髑髏のレリーフから離れた瞬間、その瞬間髑髏の口が開かれ、不気味な舌のような触手がリリスたちを捕えた。

「「「「「「「「うあああああ!!」」」」」」」」

『リリスちゃん!! みなさん!!』

 触手に捕えられたリリスたちは抵抗する暇も無く、髑髏の中へと吸い込まれ、亜空間の底へと落ちて行った。

「くうう……あんたの思い通りになんか絶対させないんだからね!! ザッハ――!!」

「「「「「「「うわああああああああああああ」」」」」」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「怨霊となったザッハの罠に嵌った私たち四人」
朔「亜空間へと落ちたオレたちの前に立ち塞がる、謎の敵」
テ「チョイアークとか、アカオーニとか…どこかで聞いた事のある名前ね」
春「全く。死人の分際で随分と出しゃばってくれるよね。堕天使ザッハ…君は僕らが必ず正義の鉄槌を下してあげるよ」
リ「ディアブロスプリキュア! 『幽霊船の決戦!プリキュアVS最恐の悪役軍団!!』」


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第29話:幽霊船の決戦!プリキュアVS最恐の悪役軍団!!

今回は前回の続きです。
幽霊となって再びリリス達の前に現れたザッハが仕掛ける卑劣な罠。
歴代のプリキュアシリーズの悪訳も登場します。
それと、誤解を招かぬようにサブタイトルを若干変更しましたのでご容赦下さい。
それではどうぞ。


幽霊船内部 亜空間

 

「「「「「「「「うわああああああああああああ」」」」」」」」

 怨霊と姿を現したザッハの罠に嵌ったリリスたちは、髑髏のレリーフの中に存在する亜空間へと引きずり込まれてしまった。

 地面に叩きつけられた際、リリスたちは視界に映った光景に度肝を抜く。

 辿り着いた所は、幽霊船の中とは思えない広大な空間。具体的には、少林寺拳法の武術鍛錬が行われていそうな海抜何千メートル級の山の上に立つ修行寺だった。

 全く訳が分からない。

 何の因果でこんな場所に辿り着いてしまったのか。幽霊船の中にこのような空間がある事さえ知らないリリスたちは、ただただ辺りを見渡し困惑する。

「なんなんですかここは? どこに来てしまったんですか我々は?」

「知らないわよ」

「いや。飽く迄船の中の筈だ」

「と言う事は……現実ではない、イメージ空間と言う事ですか?」

「ちょっと……あれ!」

 動揺するラプラスが空を指さした。

 彼女が示す方角には黒いガス状の髑髏が浮かんでおり、リリスたちは開かれた髑髏の口を通じてこの空間へ飛ばされてきた。元の場所とを繋ぐ唯一無二の出入口が今、ゆっくりとだが確実に閉ざされようとしている。

「ドクロの口が……どんどん閉じてってる!!」

「僕たちを閉じ込めるつもりなのか?」

「ザッハの奴……!!」

 生前と何ら変わらない、ザッハの考えつきそうな卑怯卑劣な策略にリリスたちが苛立ちを募らせていると――

『チョイー!』

『『チョイチョイー!』』

 奇妙な声が背後より聞こえてきた。

 振り返るとそこには――黒タイツ姿で、赤色のサングラスを装着した戦闘員らしき有象無象が集まってきた。

「なんですか?」

「雑魚っぽいのが出て来たわね」

「いわゆるスーパー戦隊シリーズお馴染みの名無しの戦闘員って奴だね」

『チョイアーク!!』

 春人から名無しの戦闘員呼ばわりされた事が気に障ったらしく、戦闘員こと――【チョイアーク】の代表が自らの名を叫ぶ。

「なんかチョイアークって言ってるわよ」

「名前があったのか、それは失礼したね。でも所詮戦闘員キャラの本質はただひとつ――ヒーローに倒される雑魚キャラだって事だよ」

「どうでもいいけど。とっとと片付けて帰りましょう」

 こんな所で油を売っている暇などない。

 一刻も早くこの亜空間から抜け出して、バリアシステムが解除される前にザッハに捕われたはるかと街の人々の魂を取り戻さなければならないのだ。

 チョイアークが立ち塞がるというのなら、完膚無きまでに叩き潰すまでである。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「実装!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「非道な悪事に正義の鉄槌下す者。その名はセキュリティキーパー」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と天使、暗黒騎士と探偵のコラボレーション!!」

「「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」」

 

 はるかを除く正規メンバーと、神林春人を加えた新たなパターンでの口上を済ませた、のだが――

「って……勝手に僕もいれないでくれるかい?」

「細かい事は気にしないの」

 セキュリティキーパーは本意ではないらしく、プリキュアメンバーに含まれる事を好ましく思わなかったが、ひとまずスルー。ベリアルたちは変身すると、現れたチョイアークとの戦闘を開始した。

「はああああああああああああ」

 ベリアルは彼女本来が持つ悪魔の力を主体とした肉弾戦で、人海戦術を最も得意とするチョイアークに対抗する。

 数こそ多いものの、その実一人一人の戦闘力は決して高くない彼らを相手にする事は、ベリアルにとってさほど面倒ではなかった。

「ベリアルスラッシャー!」

『『『チョイアーク!!』』』

 ベリアルスラッシャーを一発食らっただけでもチョイアークは一塊となって吹き飛ぶ。日頃手強い敵と戦い慣れている彼女からすれば、全く歯応えの無い相手だった。

「ストリクト・タイフーン」

 バスターナイトに変身した朔夜は、バスターソードの剣先から暗黒の竜巻を発生させる。

『『『チョチョー!!』』』

 間合いに入り込んだチョイアークたち、その悉くが黒い竜巻に飲み込まれ呆気なく彼方へと飛んで行く。

「プリキュア・ポーラルリヒト!!」

『『『チョイチョイ~~~♪』』』

 ケルビムが放つ邪悪なるものを浄化する聖なる光のシャワー。

 浴びればたちまちチョイアークもいい気分となって、真っ黒だった全身が真っ白へと変わり、気持ちよさそうに両手をパタパタとはばたかせ天へと上っていく。

「さぁーどっからでも来なさいヘナチョコ戦闘員!! レイとクラレンスが相手になるわよ――!!」

「ちょ、ご婦人今なんと!?」

「私たちだけであれを相手にしろと!?」

 いつもながらラプラスの突拍子もない無茶振りには度胆を抜かされる。

 驚天動地のレイとクラレンスを余所に、ラプラスは淡白に「じゃ、あと頼んだわよー」と一声だけ掛けて横にずれる。その隙にチョイアークの大群が一気にレイたちへと押し寄せてくる。

『『『チョイー!!』』』

「うわあああああ!! く、来るなー!!」

「来るなって言われて遠ざかる人はいません!! ここは覚悟を決めて……!!」

 戦う決心を据えると、クラレンスは向かって来たチョイアークを蹴るや殴るなどして退けながら、レイに攻撃を促す。

「レイさん!! 雷を落としてください!!」

「承知したー!!」

 クラレンスの合図を受け、ドラゴンに変身したレイが上空高くから襲撃を仕掛ける。

 ――ドドン!! ドドーン!!

『『『『チョイ――!?』』』』

 チョイアークの頭上から、スプライト・ドラゴン自慢の青い稲妻が降り注ぐ。電圧はおよそ数百億ボルト。あっという間に黒焦げとなって戦闘不能となった。

『チョイー!!』

『『『チョチョイー!!』』』

 結論から言えば、チョイアークは数が多いだけが取り柄の烏合の衆。

 手強くもなければ、特別生産性が良いわけでもない。本当に鬱陶しい度合で、そこに居るだけで癇に障るような相手――ベリアルたちはそう思いながら彼らと戦っている。

 一方のチョイアークは、ベリアルたちの力に恐れをなし戦う事に怖気づいた様子でゆっくりと後退し始めた。

「何よ何よ、もう終わりかしら?」

 呆れと退屈そうな態度を見せるベリアル。これに対しチョイアークは……

『チョイチョイ!! チョチョーイ!!』

「あの、何言ってるのか全然わからないですけど……」

「まぁおそらくはこう言っているんだろう……『おのれ! こうなったら我らの本当の力を見せてやる!!』ってね」

「あんた、なんであいつらの言葉が分かるのよ?」

 不思議な事に、セキュリティキーパーにはチョイアークの言葉が理解できたようだ。ベリアルは時々冗談のような真面目な話をする彼に不気味さを抱く。

『チョイチョイチョイチョイ!!』

 有象無象のチョイアークたちが一カ所に集まり始めた。

 巨大な力を形成するべく、彼らは互いの体を合わせる事で意識と力を共有する。

 挙句、チョイアークたちは機械のような手足と、チョイアーク時と同じ赤色のサングラス、首元にマフラーを装着した巨大な怪物となった。

『サイアーク!!』

「あ、合体しましたね!」

「でもどっかで見た事あるわね……」

 チョイアークがひとつにまとまった事で誕生した【サイアーク】。先ほどまでの屈辱を晴らすべく、サイアークはベリアルたちへと拳を振るう。

『サイアーク!!』

 拳が振るわれると、ベリアルたちは直ちに散開。

 そして、バスターナイトとセキュリティキーパーの二人がサイアークの懐へと潜り込んで、強烈な一太刀を浴びせる。

 ――バシュン! バシュン!

『サイア~~~ク!!』

 愚鈍なる体が呆気なくひっくり返る。

 力を合わせたとは言え、元を正せばチョイアーク。戦士として比類なき強さを誇るバスターナイトとセキュリティキーパーにかかれば、サイアークとて赤子の手を捻るくらい倒すのは容易だった。

「合体しても雑魚は雑魚だな」

「時間の無駄だよ」

 言うと、セキュリティキーパーは多機能ハンドガン・SKバリアブルバレット表面に刻まれたナンバーを【1】から【3】に合わせ、サイアークへと狙いを定める。

「ファイア」

〈Photon Blast〉

 ――ドン! ドン!

『サイア~~~ク!!』

 トリガーを引いた瞬間、銃身から放たれるオレンジ色の光弾。的が大きなサイアークの体を非情にも傷つける。

「次でケリをつけてあげるよ――蹴りだけにね」

 今日のセキュリティキーパーは随所で洒落を言うのを好んだ。

 再びSKバリアブルバレット表面に刻まれたナンバーに目をやると、【3】から【5】へと数字を調整し、手前にあるレバーを引く。

〈Are you ready?〉

「チェック」

 その言葉を起動音として、銃身部分から三つあるシリンダーが伸長。同時にセキュリティキーパーはトリガーを引いて、標的を拘束・ロックオンする円錐状のポイントマーカー光を発射した。

『サイアーク!?』

 白色に輝くポイントマーカーによって、サイアークは身動きが取れなくなった。攻撃したくても足を一歩も前に進める事すら出来ない。

 その間にセキュリティキーパーはかがんで腰を落とし左脚に重心を乗せる事を意識した状態から、タイミングに合わせて勢いよく走り出す。

〈Vanishing Hammer〉

「はああああ……」

 SKバリアブルバレットの電子音が鳴り響く中、セキュリティキーパーは地面を蹴って中空へと舞い上がり、体を一回転させてから目標であるサイアークへ、キックを叩き込む。

「はああああああああああ!!」

 

 ――ドカン!!

『ゴクラ~ク』

 先程の攻撃のどこに極楽させるような要素があったのだろうか。セキュリティキーパーの放った必殺技【バニシングハンマー】によって止めを刺されたサイアークは、倒された瞬間そう言い残し、跡形もなく消え去った。

「やったわ!!」

 敵を倒し安堵するベリアルたち。

 だがサイアークが消えた途端、辺りの景色が歪み始め、強烈な引力の奔流が前方より渦となって押し寄せて来た。

「ちょっと……ま、またなの!?」

「「「「「「「「うわああああああああああああ」」」」」」」」

 

           *

 

幽霊船内部 中枢空間

 

『ふふふ……キュアベリアル。無限の如く繰り返される苦痛と言う名の地獄を味わうがよい。貴様や仲間たちが苦しみあえぐ事で私の骨の髄は戦慄き騒ぎ立つのだ!!』

 リリスたちを奈落の底へと誘った髑髏を前にして、ザッハは勝ち誇った顔を浮かべた。

『いい加減にしてください!! あなた、どうして幽霊になってもそんな最低な事しか思いつかないんですか!?』

『最低だと? フハハハハハハ、お生憎。私は堕天使の誇りを捨て去るほど下等な存在に成り下がったつもりはない。これは正当なる復讐なのだよ。私の様にかつてプリキュアたちによって屠られた者たちの積年の恨み――それを果たせと言う神の啓示を受けたのだ』

『神様がそんなことあなたに言うはずがありません!! そもそもプリキュアは悪を倒す正義の味方なんです! あなたといい、他の人たちも悪い事をして倒された後に逆恨みをするなんてお門違いも甚だしいです!』

 はるかはザッハを見据えてはっきり言い渡す。

『下等な人間の分際でこの私に説教を垂れるか……貴様、プリキュアになれたからと思い上がっているのではないか?』

『違いますっ! はるかはただ、恨みや憎しみじゃ何も生まれないと言ってるんです! そんな悲しい感情は世界を不幸にするだけなんです!』

『青いな。ならば自分の周りをよく見てみろ。私以上の憎しみを持ち、私以上に恨みを抱える者がいながら、何故貴様はその者を咎めようとしない?』

『……!!』

 ザッハの言葉の意図が伝わり、はるかは思わず言葉を詰まらせる。

 かつて自身の愛する者たちを奪われ、復讐に身を捧げる少女――

『そう、キュアベリアル。あれもまた我らと同じ恨みと憎しみの塊よ。貴様と同じプリキュアでありながら、その精神と心意気はおよそプリキュアとは思えぬほど乖離している。そんな異端者を抱えながらなぜ貴様は私たちだけを爪弾きにする?』

『リリスちゃんは……リリスちゃんはあなたたちとは違うんです!! リリスちゃんは私の、はるかの大切な友達なんです!!』

『愚かな。結局、貴様の正義の尺度など所詮はこの世で最も曖昧で理解し難い〝愛〟などという感情に他ならぬのだ。フハハハハハハ』

 

           *

 

幽霊船内部 亜空間

 

「「「「「「「「うわああああああああああああ」」」」」」」」

 引力の奔流によって吸い込まれたベリアルたち。

 気が付くと、先ほどとは全く異なる場所へ辿り着いていた。

「ここは……」

 修行寺から一変。野球グラウンドのど真ん中に立ち尽くしていた。何の因果でこんな場所に来てしまったのかと疑問に思っていたその時――

 

 ウウウウ~~~~~~。

『大変長らくお待たせしました。ただいまより、試合開始です』

 サイレンの音とともにアナウンスが入る。

「なんだ? なんだ?」

 試合開始と言っても、周りには対戦相手の姿は何処にも見当たらないし、観客だっていやしない。訳が分からず困惑していると――

『バッターは、一番。指名打者――――――アカオーニ!!』

 電光掲示板に表示された『DHアカオーニ』という表記。

 すると、ダッグアウトから一際異彩を放つ指名打者がベリアルたちの前に姿を現した。

「ぐはははははははは!!」

 豪快な笑いを上げながら、おとぎ話に登場しそうなトラ模様の衣服を身にまとった赤鬼姿の巨漢が金棒を担いでバッターボックスへ。彼がアカオーニである事はその外見からも、容易に想像がついた。

「オレさまから見事三振を奪えれば、この世界から出してやるオニッ!」

「な、なんなのよあんた!?」

「泣く子も黙るアカオーニ!! とでも言っておくオニ! このオレさまと、野球で勝負オニ!」

「野球で勝負って……さっきまで普通に戦ってたじゃない?」

「だが勝負しないとこの世界から出られないと言うなら、やるしかないな」

 かつてディアブロスプリキュアが経験した事がない敵との戦いだ。

 これまで、それこそ命のやりとりが多かったベリアルたちにとって、スポーツによって勝敗が決着するなどと言う穏やかな事態は想定し得なかった。だから場違いなのではないかと言う思いが内心渦巻いていた。

 しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。奪われたはるかと町の人々の魂を救い出す為なら、どんな勝負も受けて立つし歯向かう敵は殲滅する――相手が野球で勝敗を着けたがっているのなら、望み通り野球で葬り去るまで。

 順応性の高いベリアルたちは、アカオーニが所望する野球で戦う事を決意した。

 という訳で……たった一人のバッター相手に、ディアブロスプリキュアの八人は守備位置に着く。ピッチャーは交替制で行うこととなった。

 最初の投手はケルビムが務める。

「テミス様!! がんばってください!!」

「ぐははははは!! どんな球でも必ず打つオニ!」

「よし、アンダースローよ。いくわよピット!」

 左脚を振り上げると、ケルビムはアンダーからの剛速球をキャッチャー役のピットのグローブミット目掛けて放った。

「いただきオニ!!」

 何の変化も無い真っ直ぐなストレート。これをチャンスと見たアカオーニは、タイミングを見計らって大きく金棒を振るう。

 

 ――ブンッ。

「オニ!?」

 見事に空ぶった。

 タイミングなどまるで合っていないし、無駄に金棒を大きく振るっただけの徒労と化した。

「ワンストライク!」

「か、空振りとはどうした事オニ!! 今のは絶対ホームランだったオニ!?」

「見苦しいですよ。朔夜さん、次はあなたです!」

 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)するアカオーニに一声かけてから、ピットはケルビムと順番を交代したピッチャーマウンドのバスターナイトにボールを渡した。

「オーライ」

 ボールを受け取ったバスターナイトは、テンパりまくって当初の余裕を失いつつあるアカオーニを見ながら、おもむろに振りかぶる。

「スローボール! 打てるもんなら打ってみろ!」

 手から放たれたボールは凄まじく遅い速度でホームベースへと向かっていく。

 アカオーニはあまりに遅すぎるゆえにタイミングを合わせる前に、早く打ちたいという衝動に駆られてしまう。

「でええいい!! じれったいオニ!!」

 

 ――ブンッ。

 我慢できなくなってつい金棒を振ってしまった。

 バスターナイトの読み通り、アカオーニは見事に仕掛けた罠に嵌ってこのボールを打つ事が出来なかった。

「ツーストライクです!!」

「悔しいオニ!! オレさまとしたことが!!」

「あとは頼んだよ、リリス!」

 そう言って、バスターナイトは残りの一球をベリアルへと託しマウンドから退いた。

 バスターナイトからボールを受け取ったベリアルは、もう後がないアカオーニを悪魔的な笑みで見ながらボールを握りしめる。

「ふふふふふ……これで三振スリーアウト。いくわよ!!」

「二度ある事は三度はないオニ!! 最後に勝つのはオレさまオニ!!」

「いいえ。最後に勝のは……私たちよ!!」

 ベリアルは左足を高く上げる独特のフォームを見せると、右腕から目にも止まらぬ剛速球をアカオーニ目掛けて投げつける。

「はっ!!」

 放たれた剛速球は炎を帯び、さらには複数個へと分裂。あまつさえ不規則な動きまで加わり、まるで生きているかのようだった。

「でえええええええ!!」

 アカオーニも度胆を抜いた。

 今までの球も確かに凄かったが、ベリアルのは明らかに常軌を逸している。どれが本物の球でそうでないのか、全く分からない。

「めんどうオニ!! 全部まとめて打ってやるオニ!!」

 まどろっこしい事が嫌いなアカオーニは、飛んでくる球のすべてを打とうと思い、バッド代わりの金棒を構え打つタイミングを見計らう。

 ベリアルの手から放たれた魔球は、ピットのミットに収まることなくそのままアカオーニの元へと飛んで行き、あろう事か打者そのものに攻撃を加え始めた。

「いたたたたたたたた!! 痛いイタイいたい、いたいオニ!!」

 最後の最後でアカオーニを待ち受けていた結末は、何とも残酷だった。

 まさか三振というものの中にこんなバリエーションが有ったのだろうかと、気絶する間際思った。

 魔球による襲撃を受けた末、全身に痛々しい傷を作ったアカオーニはバッターボックスの傍らで倒れ、再起不能となった。

「勝負ありね!」

「確かに勝ったは勝ちましたがリリス様……最後の方にいたっては野球本来のルール無視してましたけどね!?」

「悪魔が勝負にルールを持ちこむ訳ないでしょ」

 どうやらベリアルに真面に野球をしようと言う気持ちは無かったようだ。

 最後の最後でルールを無視した理不尽な暴力でアカオーニを退けた姿は、正しく我々が思い描く悪魔らしいやり方だった。

 

 ウウウウ~~~~~~。

 とにかくこの勝負、ディアブロスプリキュアの勝利に終わった。サイレンが野球場全体から響き渡る。

 だがその直後、ベリアルの魔球の前に敗れ去ったはずのアカオーニがゆっくりと体を起こし、消滅の間際言い残す。

「オレさまを倒していい気にならない方がいいオニ……お前たちは一生ここから出る事なんてできないオニッ――!!」

 声高に叫ぶアカオーニ。

 そんな彼の頭上に野球ボールが降ってきて……ゴン!と当たる。

「さ……さらばオニ!!」

 この言葉を最後にアカオーニは消滅した。

 彼の消滅に伴い発生した爆風は、ピッチャーマウンドに集まったベリアルたちの元まで広がり、彼女たちを炎の中へと飲み込んだ。

「「「「「「「「うわあああああああああああ」」」」」」」」

 

 ザッハが仕掛ける悪夢は、容赦なくベリアルたちを追い詰める。

 アカオーニとの野球勝負を終えたと思えば、またしても見知らぬ場所……倉庫街のような場所に飛ばされた。

 地面にうつ伏せになって倒れていた彼女たちは、いつの間にか変身が解除された姿だった。

「いててて……」

「今度はどこなの?」

 おもむろに体を起こすと、眼前の空間が歪み出してザッハが送り込んだであろう幽霊軍団が姿を現した。

 棒付きキャンディを口に咥え、サングラスをかけたヒゲを蓄えた初老の男が『ジコチュ~!』という独特な鳴き声を発する有象無象の怪物たちを率いて、リリスたちの元へ歩み寄ってくる。

「またなの……しつこいわね!」

「いつまででも続くさ。この船にはお前たち以外のプリキュアによって倒され浄化されてきた悪役たちの無念と後悔、そしてプリキュアを倒し己の欲望を成就させたかったという願いが具現化した邪悪なる魂がざっと千は呼び寄せられているからな」

 初老の男こと、【ベール】は棒付きキャンディを口に咥えたまま話し、何の前触れも無く暗黒の波動を放ち攻撃を仕掛ける。

 上手く避けたリリスたちだが、ベールから語られた衝撃の事実に絶句。ラプラスは思わず「なにそれ!? やってもやってもキリないじゃん!」とぼやく始末。

「それが嫌なら、ここでこのオレ、ベールと【ジコチュー軍団】に倒されるがいい!!」

『『『『ジコチュ~!!』』』』

 最初からザッハはこの亜空間、もとい幽霊船からディアブロスプリキュアを解放する気は無かったようだ。

 ベール曰く「リリスたち以外のプリキュアの手により倒された敵」が一挙に集まったこの空間に誘い込み、彼らとの戦いで体力を消耗させジワリジワリと弱らせた上で彼女たちからも魂を奪い去る算段だった。

 ひとまずベールたちの攻撃を避ける為、コンテナの影へと身を隠すリリスたち。厳しい状況に直面し、眉間に皺を寄せる。

「このままじゃマズイですぞ!」

「マズイと言えば、ベルーダ博士から渡されたバリアシステムのタイムリミットも迫ってるわ」

「リリス、クラレンス! ここはキミたちだけでも戻るんだ!」

「サっ君!?」

「何言って……!」

 突然の朔夜からの提案に二人は大いに戸惑う中、皆もこの意見に対して肯定的な態度を示す。

「朔夜さんのおっしゃる通りです。敵はわたくしたちが引きつけておきます! お二人はその隙に」

「でも、あなたたちはどうするのよ!?」

「心配ないわよリリスちゃん! あいつら倒したらすぐに追いかけるって!」

「だからひと足先に行って、堕天使に捕われたはるか様や人々の魂を解放してください!!」

「言っとくけどこれは懇願じゃないよ、命令だよ」

「だけど……」

 確かにそれが最も賢明な判断かも知れない。

 だが幽霊船の中でも特に勝手の違う亜空間に大切な仲間たちを置いて、元いた場所へ戻るのはどうにも忍びないという気持ちがリリスにはあった。当然クラレンスも同じであり、決断を躊躇する。

「……っ!!」

 そんな様子を見て、朔夜がリリスの肩に手を置き穏やかな顔で見てくる。

「迷うなんてキミらしくないよ。今リリスたちが行かなくて、誰がはるかを助け出せるんだ!?」

 強い語気で言い放つ朔夜。リリスとクラレンスは目を大きく見開く。

「オレたちの思いを……託したよ」

 仲間たちが何の為に思いを託してくれたのか。何の為に敵の囮を買って出たのか。それを理解できないほど二人は愚かではなかった。

 思いを託されたのなら、何が何でもその思いに答えるのが筋。一度交わした約束を必ず守って、再び彼らとともに地上へ出る。無論、その中には今はザッハの手に捕われたはるかも含まれている。

 朔夜からの激励が、二人の迷いを完全に吹っ飛ばした。

「――――――わかった」

「確かに受け取りましたよ、皆さんの思いを!」

「リリス様!! クラレンス!!」

 リリスの元へ集まる仲間たち。

 彼女は一人一人の顔を見ながら、固い決意が籠もった表情で答える。

「絶対にはるかたちを救ってみせる。その後、必ず迎えにくるから!」

「頼んだわよ、リリス」

「僕らの心配をするより、まずは自分の心配をするべきだよ」

 

「さぁ……大人しく出てくるんだ」

 ベールからの呼びかけが向けられると、コンテナの影から白旗が上がり、ベールたちに投降の意志を示す。

「あきらめたか……」

 隠れていたディアブロスプリキュアの面々がベールたちの前に姿を現す。所持している武器から変身リングに至るまでの一切を放棄し、素の姿のまま両手を上げて降参とアピール。

「解ればいいんだ……ん?」

 ベールはそのとき、ディアブロスプリキュアのメンバーが二人欠けている事に気がつき、動揺する。

「貴様ら、あの悪魔の小娘ともう一匹の使い魔はどうした!?」

「知らないな」

 言うと春人は、足下に落としたSKバリアブルバレットを器用に足で持ち上げ右手の中へおさめる。

 銃を手に一回転し、前方のベールたちへ銃口を向けると、トリガーを引いて反撃を開始する。

 ――ドンドン! ドンドン!

「ぬああああああ!?」

『『『『ジコチュー!!』』』』

「今よ!!」

 春人の攻撃で隙が生じた。その間にテミスたちは放棄した武器を拾って、ベールたちの元へ突進しながら変身をする。

「こ、小癪な!!」

「「「「「「はああああああああああ」」」」」」

 反旗の狼煙を上げるディアブロスプリキュア。

 ベール率いるジコチュー軍団との戦いが切って落とされる中、リリスとクラレンスはコンテナの陰に隠れ脱出のタイミングを見計らう。

「行ってください、リリス様!! クラレンス!!」

「あとは頼んだわよ!!」

 この言葉を合図に、キュアベリアルに変身したリリスはクラレンスを抱きかかえ空へと舞い上がる。

「何だと!?」

 ベールたちを欺く事に成功したベリアルとクラレンスは、元いた場所とを繋ぐ髑髏の口の中へと入って行った。

「絶対に掴むんだ、リリス!!」

 

           *

 

幽霊船内部 中枢空間

 

『ん!?』

 亜空間でベリアルたちがくたばるのを待っていたザッハ。

 だがそのとき、亜空間の出入口となっている髑髏の口の中から紅色に輝く光が飛び出してきた。

 ザッハと魂を檻の中に捕われたはるかは目を見開いた。ベリアルと、彼女とともに亜空間を脱出したクラレンスの二人が、目の前に現れたのだ。

『リリスちゃん!! クラレンスさん!!』

『貴様ら……なぜだ!?』

「決まってるじゃない。地獄の底から戻って来ただけよ」

「はるかさんの魂を返してもらうぞ、ザッハ!!」

『ふん……。たったひとりの小娘の命を救うために他の仲間を捨てる判断を取ったか』

「ふざけないで!」

『だが残念だな。この口は二度と開かない。貴様の仲間たちは絶対にこの世界に戻れないのだ!』

 髑髏の口が堅く閉ざされる。

 これで、ザッハの意志で再び口を開けようとしない限りバスターナイトたちが戻って来れる可能性は無くなった。

『諦めてお前たちも私の為に命を捧げろっ!!』

「我々はそう簡単に諦めるわけにはいかない!」

「私はみんなと約束したのよ。それに私は悪魔……欲しいものは全部この手で掴み取ってみせる!!」

『ふん。ならばこの私を倒してみせよ!!』

「クラレンス!! あなたをはるかを!!」

「はい!!」

 はるかの事をクラレンスへと託し、ベリアルはザッハとの戦いを開始した。

 大剣を手に斬りかかって来るザッハ。一太刀を躱したベリアルは、自らの魔力を練って作り出した紅色の剣を武器に激しい剣戟を繰り広げる。

 その間に、クラレンスは捕われたはるかの魂を救出しようと檻へと近づく。

『クラレンスさん!!』

「もう大丈夫ですよはるかさん!! 今すぐあなたを……!!」

 急いで檻から出してやろうと柵に手を触れた瞬間。

「ぐあああああああああ!!」

 凄まじい電流がクラレンスの全身を駆け巡った。

『クラレンスさん!!』

 反動で後ろへ退いたクラレンスと、彼の身を案じるはるか。しかしクラレンスは気丈にも立ち上がり、再度パートナーを助け出そうと自らを奮い立たせる。

「これしきの事で……うおおおおおおお!!」

 懸命にはるかを助け出そうとするクラレンスと、傍らのベリアルもまた仲間との約束を果たそうと懸命になって戦っている。

 激しい剣戟戦を繰り広げていると、ザッハは口から青い怪光線を放った。それは幽霊船が街の人々へと放っていた例の人体からプラズマエネルギーを分離させる恐るべき力。

 だがベリアルは、ベルーダの作ったバリア発生装置のお陰で攻撃が当たっても人体から魂が分離する事無く敵の糧として吸い取られずに済んだ。

 ピコン……。ピコン……。

 しかし直後。

 バリア装置のバッテリー残量が無くなりかけている事を示すライトが、黄色から赤へと変わり、点滅を始めた事に気付いた。

 ピコン。ピコン。ピコン。

「はあああああ!!」

 バッテリーが切れるまであと僅か。その間にザッハを倒す事が出来なければ、次の攻撃を浴びた瞬間にベリアルは魂を奪い去られてしまう。そうなってしまえば一巻の終わりだ。

 仲間たちにも同様の危機が差し迫っている状況で、必死で焦りを隠しながらベリアルはザッハと一対一の攻防を展開する。

『ひとりで勝てると思っているのか? 愚か者め!』

「アンタには一人に見えるかもしれないけど、私はずっとみんなで戦ってるのよ!」

『ほざけ!』

 左手から放たれる波動弾。

 手持ちの剣で弾き逸らしたベリアルは、ザッハへと肉薄し振り上げた剣で斬りつける。

 しかしザッハは口元を僅かに上げた。

 刹那。自身の肉体を粒子状に変えてザッハはベリアルの攻撃を躱すとともに彼女の背後へと回り込む。

「このっ!!」

 幽霊となって生前時よりも厄介な能力を身に付けたザッハは、攻撃が向けられる度に同様の能力でベリアルを翻弄する。その上、分身能力で数を増やし彼女の焦りを助長する。

『『『『『『ははははは!! どれが本物か分かるかな!?』』』』』』

「くっ……!」

 苛立ちは彼女の中の焦りをより大きくする。

 〝窮時にこそ冷静たれ〟―――かつて父であるヴァンデイン王が教えてくれたこの言葉を思い出し、ベリアルは数で翻弄してくるザッハの本体を見抜くことに全神経を注ぐ。

「そこよっ!!」

 本体を見破ると、地面を強く蹴って前に飛び出す。

 彼女が動き出すこのときを待っていた。ザッハは分身を解除すると、掌から青白く輝く金縛り光線を放った。

「きゃああ!! し、しまった!!」

 まんまとザッハの罠に嵌ってしまった。ベリアルは身動きを封じられ、戦う術を奪われた。

『ははははは!! 年貢の納め時だな、キュアベリアル。大人しく私に命を奪われよ!!』

『リリスちゃん!!』

「リリスさん!! くそ、まだだ……ここで諦めてたまるか!!」

 魂となってもはるかはプリキュアだ。檻から救い出す事が出来れば、ベリアルを助け出す事が出来るはず――そう考えたクラレンスは、はるか救出の為に全身全霊を尽くす。

「ぐああああああああ!!」

『クラレンスさん!!』

 しかし、檻を破ろうとすると必ず尋常じゃない拒絶反応が返ってくる。パートナーが傷つく姿に胸が引き裂かれそうになるはるかと、我が身を厭わないクラレンス。

「あああああああああああああ!!」

 一方で、バリア装置のバッテリー残量が切れかかっているベリアルを金縛りにした状態から、ザッハはじわりじわりと苦しめる。

 ピコンピコンピコンピコンピコンピコン……。

『はははははは!! 苦しめ苦しめ!! 貴様への恨みはこんな程度では済まさんぞ!! ははははははは!!』

 ピコンピコンピコンピコンピコンピコン……。

 ピコココココココ……。

 激しく明滅していたバリア装置のランプがとうとう切れた。

 ザッハはベリアルに止めを刺す為、口から魂を吸い取る怪光線を放つ。

『さらばだ。我が復活の糧となれ!!』

 怪光線が身動き取れないベリアルへと直撃する。

 光線を浴びるや、ベリアルの血色のいい肌がたちまち真っ黒にくすんでしまった。

『「リリスちゃん(さん)!!」』

 残酷な光景がはるかとクラレンスの目に飛び込んだ。

 勝利を確信したザッハ。しかしこのとき彼は気付いてしまった。怪光線の一撃を浴びながらも、ベリアルの意識が辛うじて残っていた事を。

 金縛りの術から解かれ床に這いつくばるベリアルは、真っ黒に染まった肌を視界の定まらない瞳で捕える。

(こんなところで終わる……? 冗談じゃないわ……私は……私は……)

 直後、ベリアルの脳裏にいつかの夢で見たもうひとりの自分が言っていたあの言葉がふと思い浮かんだ。

 

 ――『憎む情熱はいつだって正しい』

 ――『鉄には鉄を血には血を』

 

「私は、私の願いが成就するその日まで……………死んでも死に切れないのよっッ――――――!!」

 心の底から思いの丈を声に出した、次の瞬間。

 声高に叫んだベリアルの思いに答えるかのように、彼女の体が目映い光を帯びた。

『なに!?』

『リリスちゃん!!』

「この光は……!?」

 謎の現象に戸惑いを抱く中、幽霊船内部に捕われていた人々の魂が光となって彼女の元へと集まり、肉体へと吸収されていった。

『人間共の魂が……キュアベリアルに!?』

 ザッハも想定し得ない事態だった。

 プリキュアとしてのベリアルに、人々は最後の希望を託したのだ。

 人々の魂を一時的に吸収する事で復活を遂げたベリアルは、全身に漲る力で眼前のザッハを一発殴りつける。

「はああああああ!!」

『ぐあああああああ!!』

 強烈な拳打がザッハの顔面を直撃する。

 粒子状となって攻撃を回避しようと思ったが、なぜかそれが出来なかった。今のベリアルにはその手の小細工は一切通じないという事を、彼は瞬時に悟った。

「そろそろ決着をつけてやるわ、ザッハ!!」

 言うと、ベリアルはヘルツォークリングを取出し強化変身。

 ヘルツォークゲシュタルト――かつて黒薔薇町へと侵攻してきたザッハを討ち滅ぼした力である。

「もう一度この力で、アンタに引導を渡してやるわ!!」

『おのれ……くたばるのは貴様の方だ、キュアベリアル!!』

 何が何でも復活を遂げようと執念を燃やすザッハは、生前に自らの肉体を滅ぼした眼前の忌まわしい力を解放したベリアルを殺気の籠もった瞳で睨み付ける。

 ベリアルは、人々の魂から形作られたレイハルバードを携えエネルギーを蓄える。

 同じくザッハは手持ちの大剣を携えると、刀身に霊気を吹きかけエネルギーを充填する。

「『はああああああ……』」

 対峙する悪魔と堕天使。

 頃合いを見計らうと、両者は手持ちの武器を振り降ろし渾身の一撃を叩きこむ。

「『はあああああああああああああ!!』」

 

 ――ドカン!! ドドドん!!

『のあああああああああああああああぁあああ』

 勝負は、ベリアルの勝ちだった。

 悪魔でありながらプリキュアという特異な存在の彼女に、人々がなぜ力を託したのか――ザッハはもっと早くに気がつくべきだった。

『リリスちゃん!!』

「やりましたね!!」

 感極まるはるかとクラレンス。

 すると、髑髏のレリーフの口が内側から無理矢理開かれたと思えば……亜空間に閉じ込められていたバスターナイトたちが全員脱出してきた。

「リリス!!」

「大丈夫だった!?」

「みなさん!! ご無事でしたか!!」

「僕らを甘く見ないで欲しいね」

「リリス様、ザッハは!?」

「まだ死んじゃいなわね。まったく。幽霊なら幽霊らしく、さっさと成仏しなさい!!」

 語気強く叫んだベリアルは、ヘルツォークゲシュタルトを解除した状態の通常モードから、ほとんど虫の息に近いザッハに最後の一撃を加える。

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 自身の魔力を最大限にまで高め、それをプリキュアの能力に付加する事で両手から紅色に輝く滅びの波動を発生させるキュアベリアルの必殺技が、ザッハを飲み込んだ。

『う……うああああああああああああああああああああああ!!』

 滅びの波動を避けきれなかったザッハは、霊体である今の体が消滅する間際―――ベリアルたちへ呪詛のように呟いた。

『わたしは……何度でも蘇るのだ……この世で一番迷惑な存在としてな!!』

 その言葉を最後に、堕天使ザッハは再度キュアベリアルの手により滅ぼされた。

 彼の消滅に伴い、幽霊船内部に蓄えられていたすべての人間の魂が解放された。

 はるかの魂も船から解き放たれるとともに、病院のベッドで床に伏せている本来の肉体へと戻った。

 そして、主を失くした幽霊船は自らの居場所である黄泉の国へ帰る事無く自然消滅という形で、この世からその姿を抹消した。

 

           ◇

 

黒薔薇町 悪原家

 

「いやぁ~~~。一時はどうなるかと思いました!! みなさん、この度は本当に何とお礼を言ったらよいのでしょう!!」

 無事に魂を取り戻したはるかは、仲間たちへの感謝を上手く言葉に表現する事が出来ぬほどに、こうして生きている事が嬉しかった。

「でも本当に、何もなくてよかったわ」

「ザッハに捕われた他の人々の魂も無事に元の肉体に戻った事だし」

「はい! これで一件落着ですね!!」

「これもすべては、リリス様のご活躍の賜物ですね!!」

 レイがリリスへ呼びかけを行った時だった。

 彼女からの返事が無かった。ソファーに座ったまま、リリスはピクリとも動かない。

「リリス様?」

 近頃悩まされている寝不足で転寝しているのか。

 いや、それにしてはどうにも様子がおかしい。おもむろに近づき、リリスの肩にそっと手を当てた……その瞬間。

 彼女の体がゆっくりと前に倒れてきた。そして、バタンと床に倒れた。このとき、リリスの意識は完全に消えていた。

「リリスちゃん!!」

「リリス!!」

「リリス様!!」

 

 

 

 最大の危機を乗り越えたディアブロスプリキュア。

 しかし、悪原リリスに今……戦局を左右する重大な異変が起こり始めていた!!

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「突然意識不明に陥ってしまったリリスちゃん!! 何が起こったというのですか!?」
テ「ベルーダ博士の口から語られる衝撃の事実。私たちは知ってしまったの…リリスの秘密を」
朔「時同じくして、洗礼教会が新たな刺客を差し向ける。オレたちを待ち受ける過酷な運命とは…!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『迫りくる危機!リリス、命のカウントダウン!』」


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第30話:迫りくる危機!リリス、命のカウントダウン!

今日は第3章の最終話。
前回リリスが倒れてしまいましたが、その理由がついに明かされます。
そしてさらにさらに・・・!!洗礼教会がまた新たな刺客を差し向けます。各勢力内で一体何が起こっているのか!?
怒涛の第4章へと続く布石のお話、ご覧ください!!


黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 その日は突然の嵐に見舞われた。

 ベルーダは妙なきな臭さと不吉さを報せるが如く降り出した豪雨を窓際で眺めながら、物思いにふける。

(確か、あの日も……ちょうどこんな雨の日じゃったか)

 ベルーダはちょうど一年くらい前の日の事を思い出す。

 一年前、今日の様な雷鳴轟く大雨の日を歩いていた時だった。まるで申し合わせたかのように、彼女と出会った。

 何かを決意したように、ずぶ濡れになりながらも人気ない道で一人立ち尽くし、何時間も自身が来るのを待ちぼうけていた少女――悪原リリスの事を。

「ん?」

 そんな折、窓の外を眺めていたベルーダの目に意外な者が見えた。

 洋館の前に停車した一台のワンボックスカー。すると運転席と助手席から人間に化けたレイとはるかが飛び出し、駆け足で玄関へと向かう。

 ただ事ではないと思い踵を返し部屋を出ようとした折、バタンっという大きな音を立て、扉が開かれ――全身雨でぐっしょりとしながら、息を上げて血相を変えるレイやはるかたちが入ってきた。

「ニート博士!!」

「ベルーダ博士、助けてください!! リリスちゃんが……!!」

「まさか……」

 レイの背中に担がれたリリスの顔からは血の気がなく、全身ぐったりとしていた。

 恐れていた最悪の事態がついにやってきたのだと確認した瞬間――風雲急を告げる雷鳴が大きく鳴り響いた。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 リリスの身に重大な危機が訪れる一方、テロリスト集団であるという実態が暴露されて久しい洗礼教会に、新たな動きが見られた――。

「カルヴァドス。いよいよお主の力を借りる時が来たようだ」

 ホセアはダスクの手引きで冥界の監獄【ハデス】からの脱獄に成功した、はぐれ悪魔のカルヴァドスを呼び出すと、新たなテロの画策に向けた作戦実行命令を下した。

「ふふふ……ようやくボクの出番って訳ですね」

 フード越しに笑みを浮かべると、おもむろに目深にかぶったフードを外し素顔を曝け出す。

 凶悪な犯罪歴を抱えているとは思えないあどけない容姿。悪魔であるという事が嘘であるかのような見目好く無邪気な十代前半相当の少年。カルヴァドスはホセアを前にニコッとはにかみ、アニメ声で言ってくる。

「いつお声がかかるかずっと待ってたんですよ。あんまり焦らさないでくださいね、ホセアさん」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

「リリスちゃん、しっかりしてください!!」

「リリス様! リリス様!!」

 突然倒れたと思えば、リリスは意識を失い昏睡状態に陥った。

 急 を要する事態に困惑したはるかたちは、大至急ベルーダの元へと彼女を運び込んだ。

 担架に乗せられたリリスは苦しそうな表情を浮かべ、口元には酸素マスクが着けられる。呼吸が乱れ汗の量も尋常じゃない。彼女へ周りがいくら呼びかけを行っても、いつもの毒舌はおろか真面な返答ひとつ出来ない。

 切羽詰ったはるかたちは、不安気な様子で現在リリスを診療中のベルーダへ恐る恐る尋ねてみる。

「ドクターベルーダ、リリスは!?」

 すると、朔夜から問いかけられたベルーダは診察を終えると、兎に角渋い顔つきではるかたちを見る。

「……非常に深刻な状態じゃ。済まぬが、大至急緊急の救命処置 を行うのでな。席を外してくれんか」

「とか何とか言って、体よく実験の言い訳にしてリリスちゃんをイジくり回すつもりなんでしょアンタ!?」

「そ、そうなのかニート博士!!」

「ワシを信じろ!! ……と言っても、普段が普段じゃからな。無理な話かもしれんが」

 ラプラスとレイから強い疑いの目を向けられ、思わずベルーダは声を荒らげる。しかし同時に今までの行いを考え、自嘲した笑みも浮かべる。

「安心せい。今日に限ってそんな野暮な事はせん」

「お願いします!! どうかリリスちゃんを……助けてください!!」

「私からもお願いします!」

 親友であるリリスを思って、はるかが涙目で訴える。そんな彼女に便乗してテミスもまた頭を深々と下げ懇願する。

 ベルーダはリリスの為に頭を下げ、未だに素性も良く分からぬ男を本気で信じようとする彼女たちを健気だと思いながら、柔らかい笑みを浮かべる。

「――ベストを尽くそう」

 一言だけ約束する。

 そして、自分とリリスを乗せた担架だけを処置室へと残して他のメンバーを全員退室させた。部屋を出たはるかたちは、一刻も早くリリスが良くなる事を祈り、今は亡き神へと縋る思いだった。

(神さま……どうかリリスちゃんを助けてください……!!)

 一方、処置室に残ったベルーダは早速、悪魔であるリリスに対する緊急の救命処置 を施そうと、諸々の準備を整える。

 透明な手袋を身に付け、特別な機械類を用意すると、リリスの細い二の腕に注射針を差し、麻酔を注入。麻酔が効き始めるまでのほんの数秒間――ベルーダはリリスの事を見下ろし難しい顔を浮かべ呟いた。

「リリス嬢よ。こうなる事は最初から分かっていたはずじゃが……そこまでしてお主を戦いへと奮い立たせるものとは何なのかのう」

 ふと、ベルーダの脳裏にリリスと最初に出会った時の言葉がふと蘇る。それを思い出した直後――

「いや……すまん。今のは聞かなかったことにしてもらえ ぬか」

 眉間に皺を寄せつつ、瞼を閉じ謝罪の言葉を口にした。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「はぐれ悪魔カルヴァドスよ。世界バプテスマ計画遂行に向けて、いよいよ本格的にお主の力を借りる時が来た。その力を存分に我らの為に使ってほしい」

「任せてくださいよ、ホセアさん。ボクたちが目指す世界の終わり……その始まりをきっちり実現してみせますんで♪」

「うむ。頼りにしているぞ」

「はいっ! じゃあ、行ってきまーす」

 意気揚々とカルヴァドスは地上世界へと出発した。

 彼が教会を発つと、堕天使の王でありホセアと結託して共に世界を転覆させようと目論むダスク、そして彼の部下であるラッセルが近くまで寄ってくる。

「あんなたらし顔してるけど、実は悪魔の中でも最も性質の悪い性格してやがんだよなアイツ。仲間の悪魔でさえ平気で裏切り、騙し、搾取し、利用する……己の欲望を満たす為ならどんな手段も厭わない最低最悪の外道」

「ゆえに他の悪魔たちからも排斥され、はぐれ悪魔となりお尋ね者とされた。そして三百年前……当時の悪魔界を揺るがす重大事件を引き起こし、冥界の監獄【ハデス】へと収監され、収監中一度も牢から出してはもらえなかった。それがカルヴァドスよ」

「ヤツがどのような方法で世界に混沌という名の終焉をもたらすのか。ここは高みの見物といこう」

 二人からの説明を受けた後、ホセアは僅かばかりに口元をつり上げた。

 これこそが、洗礼教会と言う名のテロリスト集団を率いる男の本性である事を示す確たる証拠である。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 上級悪魔の生き残り――ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアルに対する救命処置 が始まって二時間余り。

 処置室の外で待機をしていたはるかたちの胸のざわめきは一向に収まらない。寧ろ、つい悪い事ばかりを考えがちになってしまい、結果として落ち着くことが出来ないのだ。

 リリスの身に何が起きたのか。なぜ彼女は倒れてしまったのか。

 思考に耽ってはリリスの再起を考え、また思考に耽っては再起を考える――この繰り返しをしていた折、処置室のランプが消灯。

 扉が開かれ処置 を終えたばかりのベルーダが、ふうーという深い息を漏らし出てきた。

 気が気でなかったはるかたちは、真っ先に彼の元へ立ち近づきリリスの状態を尋ねる。

「ベルーダ博士!」

「リリスさんは!?」

「どうなのだ!? リリス様は無事なのか!? 無事なんだろうなぁ!!」

「まったく……。少しは声のボリュームを下げられぬのか。そう興奮せずとも良い。どうにか一命は取り留めたからのう」

「本当ですか!!」

「よかった~~~!!」

 彼女の無事が分かった途端、張りつめていた緊張を瞬時に解くはるかたち。しかし直後――

「じゃが、そうでもない」

 ベルーダは非常に罰の悪そうな顔を浮かべながら、はるかたちに語りかけてくる。

「どういう事なの!?」

「言葉の意味が分かりません。リリスさんは、無事じゃないんですか!?」

 気が気でないメンバーに、ベルーダは不衛生なボサボサ髪を掻いてから、今の今まで秘密にしてきた話をする決意を固める。

「……こうなった以上、お主たちにも話しておかねばならんな。リリス嬢の身に今何が起きているのかについて」

「え?」

「リリスは、一体どういう状態なんだ?」

 恐る恐る朔夜が尋ねる。ベルーダはおもむろに口を開いた。

「端的に言ってしまえばのう。このままではリリス嬢は持って数か月、早ければ数週間のうちに――……死ぬ運命じゃ」

「「「な!?」」」

「「「「死ぬ!!」」」」

 まさに青天の霹靂の如き悪報だった。

 リリスが死ぬ――そんな突拍子もない話を事前の準備も無くいきなり言われたのだ。無論、レイはこれを聞いて承服する訳も無かった。

「前々から気が触れた男だと思ってはいたが、よもやここまでとは……冗談や狂言も休み休み言え! リリス様が死ぬだと!? 永遠にも等しい寿命を持つ純血族の上級悪魔が、そんな簡単に死ぬわけがなかろう!!」

 激昂し血走った眼でベルーダを睨み付ける。これに対するベルーダの反応は、至って冷静だった。

「確かに普通ならそうじゃ。しかしリリス嬢はこの戦いを始めたときから、既に永遠の時を生きられる肉体を遠の昔に捨てる覚悟を決めていたのじゃ。戦う力を得るための代償としてな」

 すると、おもむろに白衣のポケットに手を突っ込んだベルーダは、あるものを取り出した。それはリリスがプリキュアの変身時に必要不可欠なアイテム――。

「それは…… リリスの……」

「ベリアルリング?」

 テミスとはるかが怪訝そうな顔を浮かべる。リングとリリスの間にどんな因果関係があるのか――ベルーダは詳しく話を掘り下げる。

「ベリアルリングは、ワシが『神』の不在による聖と魔の均衡が崩れている隙を突いて作り出したものじゃ。リリス嬢はこの力を用いる事で、悪魔でありながら聖なる者の象徴とも言えるプリキュアの力を手に入れる事が出来た」

 元来、悪魔であるリリスが聖なる存在であるプリキュアの力を手に入れる事は不可能な事だった。ゆえに彼女は、ベルーダが開発したベリアルリングを用いる事で既存のルールに縛られず、プリキュアの力を手に入れる事が出来た。

「じゃが、元々が悪魔だからのう。聖なる力を手に入れる為の変身行為は確実に自らの命を削る事を意味している。度重なる戦いと、強敵に立ち向かう為に必要な能力強化の数々……リリス嬢は文字通り自らの魂を擦り減らしながら、今の今まで戦いを続けて来たのじゃ」

 ベリアルリングによって押さえつけられていた聖なる力は、日を追うごとに悪魔としてのリリスの肉体に毒素を蓄積させ、その身体を蝕んでいった。変身回数が増えれば増えるだけ、能力強化を行えば行うだけ、リリスは急速に悪魔としての力を失いながら我が身の消滅を早めていった。

 ここまで聞いてようやく、周りもリリスの身に何が起きたかについて理解し始める。

「じゃあ、最近妙に眠気が増したり倦怠感を見せるようになったのは単なる疲労じゃなかったのか……!!」

「あぁ。今までの戦いで蓄積されてきたプリキュアの聖なる力が副作用となって、リリス嬢の肉体を蝕み始めた事を示す兆候じゃ。徐々に悪魔の力を失いながらも、周囲には悟られまいと気丈に振る舞っていたが…… いずれはこうなる運命じゃった。このままだと宣告した通り、リリス嬢は早くて数日のうちにプリキュアが持つ聖なる光の力に呑みこまれ、悪魔としての生を終えるじゃろう」

「そんな……」

「で、でも……いくら何でもそんなに早く寿命が縮まるだなんて!?」

 ピットが深く言及すると、ベルーダはさらに言ってくる。

「戦いの中でも窮地と呼べる状況がいくつかあった。プリキュアの力とは即ち――この世界で最も強大なプラスエネルギーなのじゃ。人々の希望、夢、願い、想いを受け止め、それを高純度の光エネルギーへと変換する。イフリートの戦い然り。幽霊船での戦い然り。皮肉な事に、その光こそがリリス嬢の寿命を縮まらせる為の後押しとなった」

 プリキュアの力を手に入れたことで、リリスは無意識のうちに人々から高純度の光エネルギーを大量に取り入れるようになっていた。

 悪魔にとって光は最も有害な毒物。摂取する事は禁忌とされている。

 しかし、プリキュアにとって光こそ最も有力な武器であり力。リリスは本来ならば摂取してはならないものを戦いに勝利する為とは言え、必要以上に――過剰に摂取し続けた。結果としてそれが、急速なる肉体消滅の危機を招いたのだ。

 すべての話を聞かされた時、居合わせた全員が愕然とする。

 ショックの余りはるかとレイは床に膝を突き、クラレンスは悔しそうに壁を叩きつける。

「何という事だ……!!」

「リリスちゃん、そこまでして……どうして!?」

 と、そのとき。

 藪から棒に 、朔夜がベルーダの胸ぐらを強く掴み凄まじい剣幕で言い放った。

「なぜだ……なぜこうなる事を知っていてリリスに戦いを促すようなマネをした!? いずれプリキュアの力で肉体が滅びる運命だという事を知っていたのなら、なぜリリスに戦いを後押しする 様な事をした!! 答えろっ!!」

 激しい怒りに冷静さを欠いた朔夜。

 鬼気迫る彼に周りが畏怖の念を抱く中、ベルーダは彼に胸ぐらを掴まれたまま淡々と述べる。

「……勘違いをせんでくれ。ワシは腐っても科学者じゃ。事前にこうなるというリスクは話しておる。それを知ったうえで、リリス嬢はすべてを承諾したのじゃ」

「な、なんだと!?」

「リリスちゃんは、全部分かっていながら戦ってたの!?」

 自らの肉体が滅ぶことも厭わず、リリスは洗礼教会と戦う為の力――プリキュアの力を求めた。それは、使い魔のレイでさえも知り得ない事実。

「しかし!! リリス様は私には一言もそのような事を……!!」

「当然じゃ。リリス嬢は誰にもこの事を告げてはおらぬし、その意思も無かった。ワシとて同じじゃ。固く口止めされておったからのう」

「どうしてなんですか!? どうしてリリスちゃんは何にも話してくれなかったんですか!? はるかたちはリリスちゃんの仲間です!! なんでそんな重大な事をひとりで背負おうとするんですか……勝手過ぎますよ! ひどすぎます! 第一、リリスちゃんが戦う目的は… …… はっ! 戦う目的!?」

 

 ――『私がプリキュアになってしようとしていることが何だか理解してる?』

 ――『教会への復讐よ』

 

 彼女が戦う理由を考えていたとき、ふとして はるかは思い出した。その様子を見ていたベルーダは、重い口を開きリリスの思いを代弁する。

「なぜ、リリス嬢が戦うのか……すべては、最愛の家族と故郷を根こそぎ奪い去った洗礼教会を自らの手で討ち滅ぼす為。彼女は私的な復讐の為に仲間であるお主たちを戦いに巻き込む事を正直快く思っていなかった。同時に仲間を失う事を何よりも恐れておった。ゆえにリリス嬢は自分の心を殺し続けてきた。戦う為には自分を壊して別の人格にならないと戦えない。そうでもしなければ生きられなかったんじゃ。一族や同胞を根絶やした相手に対する憎しみ、悲しみ、憐憫の念から逃れる為には、己という存在を忘れ切り、ただ目の前の日常を淡々とやり過ごし、愛を授受することもない中で戦いに身を投じる必要があった。リリス嬢はそんな自分に陶酔する事で苦しみから逃れようとした。悲しいかな、復讐だけがあの娘に生きる目的を見出していたからのう」

「復讐だけが、生きる目的?」

 信じ難い理屈に困惑するテミス。他の者も些か度し難い理由に声を出せない。

「じゃが、そんな歪んだ情緒を抱えている者が正常でいられる筈がない。己自らで壊した心は二度と元には戻せない。リリス嬢は未だ十年前に捕らわれ続けている」

 静かに言葉を紡ぐベルーダをはるかたちが息を呑んで見守る。やがて、ベルーダの口から今のリリスを的確に表現する言葉が飛び出す。

「アダルトチルドレンという言葉がある。幼少期に精神的な傷を受け、その後遺症を持ちながら成長した者を指すのじゃが、リリス嬢は恐らく、悪魔の歴史上初めてのアダルトチルドレンじゃろう。対人恐怖を抱えながら、心を開いた者に対しては依存的になりやすい。朔夜への態度が何よりの証拠じゃ。それは本人も薄々自覚はしていたことじゃろう」

「「「「「「「………… 」」」」」」」

 黙りこくる面々。

 処置室の向こうで眠るリリスの事を考え、ベルーダは呆れと哀れみの籠も った溜息を吐いた。

「……初めてリリス嬢と出会った時、ワシは窘めるつもりで言うたんじゃ。『プリキュアの力を〝正義〟の為に使うつもりはないのか?』と。そしたらのう、剣幕鋭く睨みを利かせ、張り裂ける思いをぶつけてきたリリス嬢に逆に論破されてしまった……」

 

 

 ――『なら正義って何なのよっ!! 私から故郷も、大好きだった家族をも奪った連中を……どうして許容し、のうのうと生きていけるの!? 私はそれが腹立たしくてならないのよ! あなたの言う通り、私のしようとしている事に意味の無い事も正義の欠片もないのは百も承知よ! でもね……それで納得できるわけないじゃない!!』

 ――『愛する家族を殺した教会の連中を許す事が正しいとでも言うの!? それは確かに善よ、寛恕という愛よ! 美しい事だわ! 目も当てられない程にね!! でも善である事が正義なの!? 〝罪を憎んで人を憎まず〟 と孔子が説いたように人としてそうあるべきだとでも言うの!? 違うわっ!! 死んでいった家族や同胞たちの無念も晴らさず安寧の内に私だけが生き永らえる事は明確に悪なのよッ!!』

 

 

「サバイバーズ・ギルトというか……ワシが言うのも何じゃが……あの娘ほど臆病な悪魔はおらぬよ。臆病者ゆえに、大切な荷がその手から滑り落ちる事を頑なに拒んだ。その結果がこれじゃ……何と愚かで哀れな事よ」

 痛烈なまでの皮肉と悲嘆。

 もしもリリスが臆病者でなかったとしたら、仲間に荷を委ねられたとしたら、状況は今よりもずっとマシなものへと変わっていたのかもしれない。

 

 リリスが抱え込んでいた辛い話を聞かされたはるかたちは、意気消沈としながら座り込んでいた。

 彼女の近くにいながら、彼女の思いに何ひとつ気づかず、平然としていた事を今になって大いに恥じる。はるかはリリスの親友ゆえに、自らの無頓着振りをただただ怒り、嘆き悲しむ。

「どうしてこんなことになってしまったんでしょう……はるかはリリスちゃんの親友なのに、何の力にもなってあげられません……!」

 顔に両手を当て、止めどなく零れる涙を見られまいとするはるか。そんな彼女の肩にそっと手が当てられる。

 潤んだ目を開けた時、テミスが慈しむ眼差しではるかに声をかけてきた。

「はるか……辛いのはあなただけじゃないわ。私だって同じ想いよ。いえ、私だけじゃない。ここにいるみんなの心がぎゅっと締め付けられているの」

 すると、不意に口籠もっていた朔夜が踵を返し、皆の前を離れる。

「イケメン王子、どこへ行く?」

 レイが制止しようとしたところ、ラプラスに肩を掴まれ制止させられる。

「ご婦人……」

「今はそっとしてあげて。一番悔しい思いをしているのは、多分あの子よ」

 朔夜の気持ちを誰よりも知っていたラプラスは、そう言って彼の行動を静観する。

 屋敷から出た朔夜は土砂降りの雨の中、傘も差さず、悲しみに満ち溢れた声を声高々にあげる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ」

 オオカミの如く吠える。咆える。吼える。

 雲を劈くような声をあげた後、朔夜は激しい自らの羞恥と憤りに感情を制御する事さえままならない状況に陥る。

(オレは……何のためにここにいる? リリスを守るためじゃなかったのか? 結局オレは……あの頃となんにも変わっていないじゃないか!? オレはただ、彼女が昔のように少しでも笑っていてほしいと思っていただけなんだ……なのに……オレは彼女の事を何ひとつ理解していなかったんだ………!!)

 自らの想いとは裏腹に、リリスの心の距離はあの頃よりもずっと遠くにあるかのようなそんな気がしてならなかった。

「……めん……ごめんね、リリスちゃん……」

 双眸から零れ落ちる雫が降りしきる雨に紛れて滴り落ちる。

 つい昔の呼び名でリリスに謝罪しながら、雨が降り止むまでの間 、朔夜は自分を責め続けた。

 

           *

 

 時同じくして、大異変の前兆は静かに起こり はじめていた…… 。

 

           ≡

 

神奈川県 相模湾沿岸地方・国道

 

 湘南を爆走する暴走族の集団。【韋駄天】と書かれた旗をバイク、または改造車の後部に掲げ、地元住民の迷惑も顧みず無秩序に爆音を鳴り響かせる。

 良い意味でも悪い意味でも人々の関心が集まる中、このような集団による交通の妨害や一連の行動は、道路交通法における『共同危険行為』に当たる。ゆえに警察はこれを厳しく取り締まろうとする。

『そこの車っ! 直ちに暴走行為はやめなさい!』

 前方を爆走する暴走車の一団に向かって、パトカーのサイレンを鳴らしながら警告を発するが――

「うっせんだよボケが!」

「オレら追っかけてる暇があるなら、もっと世の中よくしろコラっ!」

 歯牙にもかけないばかりか、韋駄天のメンバーは警察そのものを舐め切り反抗的な態度を取った。

『コラー! 止まれってんのが聞こえんのか!? 全員逮捕するぞ!!』

 警察官としての沽券に懸けて、自分たちを軽く見なす彼らを何としてでも止めてやろうと、躍起になったそのとき。

 ――ガシャン!!

「ぐああああああああああ!!」

 前方から突如、赤いレンガが飛んで来てパトカーのフロントガラスに直撃。その事で制御を失ったパトカーは、ハンドル操作を誤り近くの電柱へと激突。そのまま動かなくなった。

「ひゃはははははは!! バーカが!! んなんだから世の中良くなんねぇんだよ!! はははははは!!」

 春人が近くで見ていれば「何て不甲斐ない事だろう」と、嘆いていただろう。

 韋駄天のメンバーにとって、警察など全く恐れるに足りない存在だったのだ。

「おう! 急いで頭追いつこうぜ!」

 改造車の後部座席から大きく上半身を乗り出したメンバーの一人はそう言いながら、何気なく後ろを見る。

「え?」

 そのとき、明らかにパトカーとは異なるもの――端的に言えばバイクのようなものが後ろから猛スピードで近付いてくる。

「おいどうした?」

「いや……後ろにバイクが」

 すると、段々と近付いてくるバイクの姿を見るやメンバーの表情は凍りつき、恐怖を孕んだものへと変わった。

「な……なんだありゃ!?」

 警察すら怖がらない彼らが何に対し恐怖したのか。

 韋駄天へと忍び寄るは、ブラックエリミを乗りこなす漆黒のライダースーツに身を包みその上から同色のマントを羽織った人物で、左手には木刀が握りしめられている。

 闇に紛れる騎士の如く――標的を見据えると、エンジン全開で韋駄天の車輛に向かって突っ込んできた。

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

『事故発生! 事故発生! 暴走族抗争と思われる!』

 数十分後――国道に救急車とパトカーも複数台集まるという大事故が発生した。

 街の人々は元より、現場へ駆けつけた救急隊や警察官が見た光景はあまりに凄絶としていた。

「こ、こいつはひでー!!」

 一人の警察官が思わず率直な事を口にする。

 無理も無かった。眼前には韋駄天のメンバーが血塗れになって倒れており、傍らには滅茶苦茶になるまで破壊された改造車やオートバイの成れの果てとも言うべきパーツが転がっていた。

 そして道路には白地で『天誅』と大きく堂々と書かれた文字が残されていた。

「ふふふふ。どうやら実験は成功のようだね。さぁ、これからもっとおもしろくなってくるぞ……」

 闇夜に紛れ、こうなるまでの経緯を静観していたはぐれ悪魔――カルヴァドスはあどけない容姿に邪気を孕んだ笑みを浮かべた。

 

           ◇

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

「免疫抑制反応のモニターを開始。モニタリングスタート」

 リリスが倒れて一週間が過ぎた。

 未だに彼女は目を覚ます事もなく、今日も今日とて ベルーダが付きっ切りとなって回復治療に当たっている。

 部屋中に得体の知れない機械がところ狭しと並べられ、無数のコードが乱雑に床を這っている研究室において、ベルーダは悪魔であるリリスの体質に合った治療を施していた。

 そのとき、部屋の扉が開かれ――はるかとテミスがリリスの見舞いへとやってきた。

「おぉはるかちゃん、テミスちゃんもか」

「こんにちは。ベルーダ博士」

「あの、リリスちゃんの容体はどうですか?」

「ひとまず落ち着いてはいるがのう……とりあえず今は薬剤療法で対応しておる。中和が終わるまでゆっくり寝かせてやらんとな」

「そうですか……」

 今までリリスの事を知ったつもりがほとんど何も知らなかった事への罪悪感からか、はるかもテミスも浮かない顔つきだった。

 ベルーダは友達 思いな彼女たちを前に、若干柔ら気な顔つきとなる。

「リリス嬢の心配をしてくれるのは嬉しいが、はるかちゃんとテミスちゃんもゆっくり休みたまえ。毎日見舞いに来てくれるのはありがたいが、あまり根を詰めると体に良くない。心労でお主たちまで倒れてしまったらいざと言う時に教会連中が襲ってきても対処し切れん。何よりも今こうして寝ているリリス嬢が一番悲しむじゃろうて」

 正論と言えば正論だった。

 ベルーダからの助言を受けると、テミスとはるかも納得し潔い返事をする。

「――わかりました。では、今日はこの辺で失礼します」

「リリスちゃんの事、お願いします!!」

「うむ。ワシみたいな不審者には気を付けるんじゃぞー」

 気を遣ってくれたベルーダに感謝しつつ、二人はおもむろに背を向け部屋を出る。

 部屋を出た直後。はるかは病床に伏せるリリスを一瞥、心の中で呟いた。

(早く元気になってくださいね、リリスちゃん。あと……死なないでくださいね)

 

           *

 

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

 現在、神林春人は十六夜朔夜とスマートフォンで通話を行っていた。話題は勿論、リリスの病状についてだ。

「そうかい。悪原リリスがね」

『オレはつくづく自分が嫌になったよ。婚約者がオレたちの知らないところでずっと苦しんでいたのに気付けなかった事も……彼女が抱える苦しみを共有し合えない事も』

「それで、君はどうするつもりだい?」

『オレは……リリスが目を覚ますまで、ずっと彼女の側にいるつもりだ。だから今日も』

「僕が言いたいのはそうじゃない。悪原リリスがこのまま戦いを続けると言ったとき、君はどうするのかと尋ねたんだ」

『え?』

「何をどうする事が彼女にとっての、そして君自身にとってのメリットになるかは分かりかねるけど……僕はこう思うよ。本当に大切なことは、いつだって自分の心だけが知っている。いざと言う時はその心に問いかけると良いよ。自分がどうしたいのか」

『神林春人……』

「あと、いい加減その言い方は少々他人行事過ぎるからファーストネームで呼んでくれないか?」

 春人なりに、朔夜の気持ちを汲んでくれたらしい。年長者としての立場から的確なアドバイスを送り、さり気無く名指しで呼ぶことを許可する事でそれまで一定の距離感以上のものを与えていた状況を一気に緩和しようとする。

 こうした春人の言動ひとつひとつを真摯に受け入れる事で、朔夜はようやく彼と本当の意味で分かり合えたような気がしてきた。

『……ありがとう、春人』

 大分気が楽になった朔夜は電話越しに、春人への感謝の意を表した。

「君にそう言われるとどうにもむず痒いよ。じゃ、僕は仕事があるからこれで切るよ。あぁそうだ。彼女が目を覚ましたら僕からの伝言って事で代わりに言っておいてくれるかい。臆病者なのは何も君だけじゃないってね」

 そう言うと、通話を終え懐にスマートフォン を収めた。

「あいつ……」

 不器用ながらに自分たちへの気遣いを見せてくれる春人。そんな彼への認識が、朔夜の中で劇的に変わり始めていた。

 

「湘南で起こった暴走族(マル走)傷害事件に端を発して、大型詐欺師グループや贈収賄疑惑が掛けられた政治家に至るまでが次々と同一の犯人に襲われている」

「いずれも事件も、襲撃犯は制裁を加えた後に必ず【天誅】と言う文字を残していっている事……そしてその犯人の素顔を実際に目撃した者はいない、か」

 朔夜とのやり取りを終えた春人は――小会議室において捜査一課から拝借した障傷 害事件 の調査報告書のコピー片手に、父の部下から話を聞いていた。

「一応やられた相手にも一人一人当たってみたんですが、首を横に振るだけでした。まるで江戸時代の人斬りのような手口です」

「いや。あながち人斬りっていう言う方は間違っていないよ」

「どういう事です?」

 すると、春人の疑問を聞いた直後、捜査官の一人がノートパソコンを机上に持ってくると、ある掲示板サイトを公開した。

「この謎の襲撃犯――ネット上では秘かに【ダークナイト】と呼んでいる。現代に現れた必殺仕置き人とか言って、称賛する者もいればそうでない者も含めて賛否両論だ」

「ダークナイト……」

 ネット上ではダークナイトに関する書き込みが相次ぎ、とりわけ好意的な反応が多い。しかしこれに対し春人は眉間に皺を寄せると、キッパリと口にする。

「おそらくその人物は正義の何たるかも分かっていません。そいつがしている事は間違いなく、ただの自己満足の欺瞞――――――『悪』です」

 正義なき暴力はただの悪でしかない。少なくとも春人はそう思っており、暴力による正義を正当化しようとしているダークナイトと呼ばれる存在を断固許容する事が出来なかった。

 必ずこの手でダークナイトの正体を突き止め、法による裁きを与えてやる――強い思いを抱いて資料の見直しを行っていた時だった。

「ん?」

 傷害事件 が起こった現場の写真を見ていたとき、写真片隅に奇妙な人影が写っているのに目が入った。

 ほとんどの人々が韋駄天の悲惨な状況を前に引き攣った顔を浮かべるのに、その人物だけは何故か笑みを浮かべて おり、背中からはコウモリの羽のようなものが生えている。

(これは……悪魔の翼か?)

 冴えわたる春人の頭脳。

 彼の中でひとつの仮説が浮かび上がった。そして、一連の事件の真相を突き止めるべく彼は誰よりも早い行動に出るのであった。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 病気療養中のリリスが目を覚ましたときに備え、レイたちは彼女が少しでも良くなるよう美味なる物を作る事に専念する。

「リリス様が目を覚ましたときの為に、私がイケメン王子の料理よりも格別美味なものを作って御覧に入れますからね!! だからどうか、それまで持ちこたえてください!!」

「その言い方だと、リリスちゃんがもう直ぐ死ぬみたい聞こえるわね」

「バカを言わないでもらいたい!! リリス様が死ぬ事など断じてあり得ません!! 彼女こそ、悪魔界と人間界との懸け橋となり得る唯一無二の存在!! だから……だから……リリス様がこのような事になってしまった事が本当に悔しくて……」

 震える声を発するレイの目に溜まる涙。

 今までリリスの側にいる時間が最も長く、誰よりも彼女を近くで見て来たはずのレイでさえ、今回の事態を予測し得なかったのだ。リリスの使い魔でありながら自分を必要とされていない、あるいは信頼されていないという感覚さえ覚える。

「レイさん……」

 痛いほどレイの気持ちが分かる。だからこそ、クラレンスもラプラスも、ピットも彼と全く同じ思いを抱えていた。

 おもむろにクラレンスはレイの肩に手を当てる。レイがクラレンス を見ると、屈託なくニコッとはにかみ言ってくる。

「悔しいのはあなただけじゃありません。みんな、あなたと同じ気持ちですから」

「クラレンス……」

「大丈夫ですよ。リリスさんならきっと。だってあの方は悪魔であり、はるかさんの親友であり、伝説の戦士プリキュアですから!」

「そうそう! それに今までだって、ピンチっていうピンチを幾重にも乗り越えて来たじゃない!」

「今回だって必ず何とかなりますわ!」

「ご婦人……ピットも……」

 先程までの悲しみが籠も った涙から一変、嬉し涙へと変わった。

 崩壊する涙腺から止めどなく溢れるものを右腕で拭い去ると、レイは語気強く言う。

「……当然だ! リリス様は、お強い方なのだ。我々は少しでもリリス様のお役に立てるよう、今は自分たちに出来る事を精一杯やろう!!」

「「「はい(ええ)!」」」

「よーし!! そうと分かれば調理再開と参ろうぞ!!」

 士気を高め、いざ調理を再開しようとした直後。クラレンスがある重大な異変に気が付いた。

「あれ? そう言えばなんか焦げくさい臭いが……」

「あああああああああああああ!! オーブンから煙がああああああ!!」

 ピットがすぐさま異変の正体を見破った。

 黒い煙がオーブンから黙々と上がっており、慌ててレイがオーブンの蓋を開けると…… 中から出て来たのはリリスの回復祈願を込めて何時間という時間を費やしようやく真面に整形ができたばかりのスポンジケーキの成れの果てだった。

「「「「ふぎゃああああああああああああ!! ケーキがコゲコゲ~~~!!」」」」

 こんな調子で、本当に大丈夫なのだろうか……。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 リリスの身を案じ続けるはるか。周りで子供の楽しそうな声や露店販売に精を出す活気ある声が聞こえる一方、暗い顔を浮かべていた時だった。

 不意に、テミスが横から来て笑みを浮かべ、露店で購入したばかりのクレープを差し出す。

「テミスさん……」

「暗い顔なんてあなたらしくないわよ。一緒に食べましょう」

  ベンチに隣り通し同士 腰掛ける二人。あまり食欲が湧かないはるかだったが、食べている最中、テミスがふと呟く。

「……今迄疑問に思わなかった訳じゃないの」

「ハヒ?」

「何より大切な家族を殺された者が殺した敵を打倒する為に、自らの身を滅ぼす程の過ぎた力を手に入れてまで大事を為そうとする事を」

「――――――…・・・… リリスちゃんの口からプリキュアになった目的が復讐だと聞かされた時、私はリリスちゃんを咎める事ができませんでした。どんな理由があっても仕返しは良くない事です。そんなことは幼稚園児でもわかります。でも……あのときの、リリスちゃんの眼を見たら……間違ってるだなんて言えるわけありません」

  はるかは、 自分に対しプリキュアになった目的を話した当時のリリスの様子を克明に思い出す。

「あんな悲しい瞳であんなこと話されたら……何も言えないじゃないですか……!」

 隣で話を聞いていたテミスは、 クレープを手にしながら暫し沈黙。やがて、重い口を開くとおもむろに語り出す。

「プリキュアは俗に〝愛の戦士〟 と呼ばれているわ。聖なる力を持ったプリキュアはその力で世界を浄化し、失われた愛を取り戻す。でもキュアベリアル、リリスは世界どころか自分すら愛していなかったのかもしれないわね」

「…………っ!」

  その言葉に驚くはるか。そんな彼女を横目にテミスは更に続ける。

「これまでリリスと幾度か拳を合わせるうちに、私は彼女の心を読み理解したわ。愛どころか、本当は世界が憎くて仕方ないんだ、って。いえ、むしろ愛する者を奪われれば誰しもがそうなる筈なの。仮にリリスがそれでも世界を愛せるなどと天使(私達)みたいな事を口走る少女でなくて良かったと思うの」

「テミスさん……」

  その後、テミスは俯きがちに悔しがるように独り言ちる。

「どうして気づかなかったのかしら。どうしてもっと早くに想像できなかったのかしら。もしも私がリリスと同じ立場だった時、誰かを呪いたくなったら、もしリリスがプリキュアの力を犯罪に利用したら。もしリリスが洗礼教会じゃなく人を排除したいなんて考えてしまったら……リリスはきっと私達にも見えないような本当に怖いものを知っていたのかもしれない」

 恐怖するもの。忌避するもの。自分のそれが世間一般とずれている事はリリス本人にもわかっていた。どこまでも孤独な少女は、精神を擦り減らしながら、ただ世界を呪い続けるしかなかった。

 思い返せば、悪原リリスの人生は、なんという孤独な旅路だっただろう。

 周りに何人いようが決して支え合ったりすることなどできない。しかし、よくよく考えれば彼女だけに限らない。

 いつだって人は、その心は孤立している。心は誰にも理解されない。伝わらない。ゆえに誰もが理解と愛情を求めて、求めて、求め続けているが、結局近づけない。

 孤独な一本道を行く世界の七十億の民。天空を行く一人一人七十億の孤独。

 手は届かない。遥か遠く離れている。出来る事は通信。それはあまりにか細く真の理解とは程遠いかもしれない。しかし、生きている者の息遣いは僅かに、確かに伝わる。

 だがここに来て、はるかとテミスはリリスからその通信すら曖昧なものであったという錯覚を覚える。いや、二人が感じた感覚は決して錯覚などではなかった。

 いついかなる時も、リリスは一度たりとも自分自身の感情はおろか、その心の裡を曝け出す事をしなかった。かと言って、彼女が復讐に駆られ無碍にプリキュアの力を周囲に向けるという事もなかった。

 嘗て自分が同じ事をされた経験が――家族や仲間を虐殺されたという凄惨な過去を持つ彼女は識っていた。その痛みを、悲しみを、憎しみを、恨みを、虚しさを。

 成長を重ねるごとに複雑に渦巻く感情は発散する術を見つけられぬまま、彼女は常に感情にブレーキをかけた状態になった。そうしていつしか悪原リリスは、感情の起伏を徐々に失い、反比例する様に抑圧された感情を少しずつ膨張させながら、はけ口の無いまま自分の中で飲み込むしかなかった。

 世界を何より憎む少女は、同時に強烈なまでに欲していた。裡で暴れ出し奔流する感情をありのままに受け入れ、渇いた心を満たすとびきりの特効薬――すなわち、大いなる愛を。

「だから私は決めたの。彼女と本当の意味で友になると」

 決意の籠もった眼差しを浮かべ、テミスはそう宣言し言葉を紡ぐ。

「リリスに悲しみあれば受け止めよう。喜びがあれば分け与えよう。道を誤れば叱ろう。過ちを犯せば許そう。立つ瀬無き時には私達が拠り所となろう。世界を愛せなくなった悪魔の少女が、もう一度世界を愛せるように」

 それを聞き、はるかもテミス同様に心を決める。

「私も同じです。私のすべてを賭けて、リリスちゃんを助けます。親友のピンチを助けられないで何が友達なんですか」

 

           *

 

東京都 某所 路地裏

 

「きゃああああ!! た、たすけてぇー!!」

 その日の夜中、路地裏 で会社帰りの若い女性を狙ったチンピラによる拐帯及び強制わいせつ行為が行われた。

「騒ぐんじゃねぇよ! ネエちゃん、ちょいとオレらと楽しい 事やろうぜ」

「すぐ近くにホテルがあるからさ、一緒にいこうよ」

「いや!! 放して、放して!!」

 悲鳴を上げ助けを求める女性と、それを無理矢理拘束する男たち。そんな彼らの前に現れ、【正義】と言う名の制裁を下すのは……。

「ぐああああああ」

 背後から近づく足音に気付いて後ろへ振り返った瞬間、いきなり木刀が飛んで来、強制わいせつを働こうとしたチンピラの顔面を直撃。この一撃が決め手となり、一人がノックアウトした。

「な、なんだ!?」

「おめぇは!」

 仲間の一人がやられた事を切っ掛けに、チンピラたちは眼前の敵に恐怖し、声と体を震わせる。

 漆黒の衣装に身を包み、素顔を目出し帽 のようなマスクで覆った人物。一目見て彼が噂の人物――ダークナイトであると判断する。

「ダークナイトか、てめぇ!?」

「… …………」

 問いかけに対する返答は無かった。代わりに、ダークナイトは手持ちの木刀でチンピラを叩きつけた。

「のあああああああ!!」

 あっという間に二人の仲間が撃沈した。

 襲われた女性が隙を突いて逃げ出す中、ダークナイトは最後の一人に狙いを定める。残った最後のチンピラは尻餅を突くと、恐怖の余り失禁する。

「ひいいいいいい」

 ダークナイトは、恐怖感情に押し殺されそうになっているチンピラの方へゆっくり…… ゆっくりと接近する。

「おいやめろ……やめてくれ……お願いだ、見逃してくれぇー!!」

 そんな命乞いも虚しく、ダークナイトは天高く木刀を振り上げると、男目掛けて一気に振り降ろす。

「うわあああああ!!」

「そこまでだよ」

 まさに、一瞬の出来事だった。

 既の所で のところで木刀が何者かの手により止められた。間一髪で、春人が襲撃現場へ到着し、ダークナイトの凶行を食い止めた。

「ダークナイト。悪いけど君のやってる事は正義でも何でもない。大人しく警察まで同行願おうか?」

 辛うじて攻撃を免れたチンピラだったが、緊張の糸が一気に切れた事でその場で気を失った。

 一方でダークナイト自身は春人からの拘束から逃れると半歩後ろへ下がり、木刀片手に接近し有無を言わさず春人へと攻撃を繰り出した。

 怒涛のように続くダークナイトによる攻撃。しかし春人の目には一太刀一太刀が止まっているかのように見え、無駄のない動きで避けながら反撃の隙を窺う。

「いい腕だね。でも、バスターナイトの太刀筋と比べれば――造作もない」

 一瞬の隙を突いてダークナイトの背後へ回り込むと、春人は首筋に手刀を一発落とした。ダークナイトは瞬く間に意識を飛ばされ気絶。地面に倒れ込んだ。

「他愛もない」

「いやまったくだね」

 直後、頭上より聞こえた謎の声。

 空を見上げた際、春人が目撃したのは――コウモリに酷似した翼を八枚背中から生やした人影。月光に照らされるそれはあどけない表情で春人を見下ろしている。

「やぁやぁ、こんなにも早くダークナイトの足取り……もといボクの居場所を突き止めるとはね。さすがは警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵、神林春人だ」

 春人が睨むように見つめてくる。

 やがて、空中に留まっていた悪魔――カルヴァドスはゆっくりと地上へと降り立ち春人と面と向き合った。

「だけど残念だな。今ここで大事な計画を潰される訳にはいかなくてね……だから悪いんだけど、君にはここでいなくなってもらうよ♪」

 言った瞬間、カルヴァドスが右掌から魔力の波動を放った。

 春人は後ろに回転しながら波動を避けると、すかさず懐からSK バリアブルバレットを取出し、起動させる。

「実装!!」

〈Set Up. Security Keeper〉

 セキュリティキーパーへの変身を完了させ、前方のカルヴァドスへと発砲を開始する。カルヴァドスは飛んでくる銃弾を息をするのと同じくらい容易く避ける。

 一旦攻撃の手を止める と、セキュリティキーパーは銃口をカルヴァドスへと向けたままおもむろに問いかける。

「やはり、君がこの事件の黒幕であることは間違いないようだね」

「ご明察。ボクははぐれ悪魔のカルヴァドス。洗礼教会から派遣されてきたんだ」

「はぐれ悪魔?」

「悪魔にも色々種類があってね。ボクの場合は、性格にちょっとした問題を抱えていてさ、他の悪魔たちからもハブられちゃってたんだ。長らく窮屈な冥界の監獄の中で手持無沙汰だったところをさ、ホセアさんがいい話を持ちかけてくれてね。大体三百年ぶりになるのかな……こうして牢の外に出て来られたんだ!!」

「君の身の上話に元より興味はないよ。しかし悪原リリスといい、十六夜朔夜といい、君といい……最近の悪魔はみんな容姿において従来の悪魔像とは大分掛け離れているんだね」

「ハハハハ、何それ? まるで悪魔がみんな怖い顔だって言いたいの? やだな~、もう。人間の勝手な想像を植え付けないで欲しいね。悪魔って言ったって、みんながみんなヤクザみたいな凶悪な顔つきって訳じゃないんだ」

「そうかい。とりあえず事件の全容について君からは詳しく聞かせてもらうよ。そこで寝転がっているダークナイトが何者なのかについてもね」

 これを聞き、カルヴァドスは「あれれ~? 君ならもうとっくに正体掴んでると思ってたけどな」と言い、逆に不思議がったのだ。

「別に何てことはないさ。君と同じで〝正義感の強い〟 ただの若者だって話。でもその人、正義感は強いんだけど少々臆病なところがあってさ。だからボクが勇気が持てるおまじないをかけてやったんだ♪」

 笑顔でそう答えるカルヴァドスだが、実際は人間の負の感情及びそれに付随した欲望を高める為に教唆を行った。悪魔の囁きによって正義感が過剰になり過ぎた若者は闇夜に暗躍する【ダークナイト】へと変貌した。そして自らの正義に従い、犯罪行為を働く者を容赦なく力によって屈服しようとしている。かつて自分が同じ事をされた事に対するあてつけとばかりに――

「勇気が出るおまじない、ね。随分とタチの悪いものをかけてくれたものだよ」

「君だって探偵で、いずれは警察組織に加わる身だろ?  犯罪者を許しておく必要性なんてないはずだ」

「勘違いも甚だしいね。この世で犯罪者を裁くのは人間そのものの力じゃない。飽く迄も法と言う名のシステムだ。法に基づく断罪こそこの世で唯一正当化される。お門違いも大概にしてほしいものだね」

 これ以上の問答は無意味だと判断し、セキュリティキーパーはバリアブルバレットによる攻撃を再開した。

 先程と同じく容易く避けるカルヴァドス。セキュリティキーパーはひたすら銃で撃ちまくりながら頭の中で作戦を思案する。

 作戦の順序立てを構築しつつ、バレット表面の番号を【1】から【4】へと切り替える。

〈Laser Pulse〉

 レーザーパルスによる攻撃もまた、カルヴァドスは息をするのと同じくらい容易く避ける。だがこれはセキュリティキーパーが仕掛ける陽動で、本命はセキュリティキーパー自身がメタルシャフトを携え肉薄してカルヴァドスを叩くと言う算段だ。

 電圧を帯びたメタルシャフトが振るわれると、カルヴァドスは咄嗟に 左腕でこれを受け止める。この瞬間もセキュリティキーパーは一切力を緩めようとしない。

「へぇ……。君も見かけによらず熱いね!  その熱さに免じて、今日は殺さないでおいてあげるよ」

「君にはたっぷりとお灸を据えて上げる必要がありそうだ」

 肉薄した状態から、セキュリティキーパーはカルヴァドスを後ろへと弾き飛ばした。

 そして、すかさず右手に持ったバリアブルバレット表面の番号を【4】から【6】へと切り替え変更する。

〈Are you ready?〉

 手持ちのメタルシャフトの刀身がとりわけ強く発光する。同時に高密度のエネルギーが蓄えられる。

「ハっ」

 セキュリティキーパーはメタルシャフトの刀身から放つエネルギー波でカルヴァドスの身体を拘束する。即座に前方へと走り、カルヴァドスを一刀両断。

 

 ――ドカン!!

 籠も ったような爆音が鳴り響く。

 手応えを感じたセキュリティキーパーだったが、直ぐ後ろの方で嫌な殺気を感じた。

 振り返ると、メタルシャフトによる必殺技【コンビクションカッター】の直撃を受けたはずのカルヴァドスが空中に浮かんでいる。セキュリティキーパーは全く無傷の彼に目を奪われた。

「分からないよね。今の攻撃を受けて爆発したはずのお前が、なぜそんなところに立っているんだ……そんな感じの事を思っているだろうね?」

(クリーンヒットしたはずなのに……こいつ)

「対悪魔用に組まれたセキュリティキーパーシステム……その力を百パーセント以上で操る事が出来る並外れた君の戦闘スキル。恐らくこの二つのうちどれか一つでも欠けてもダメだと思う。実に見事な攻撃だったよ」

 率直な評価を漏らすとともに、地上に降り立ったカルヴァドスは翼を収める。

「でもお生憎様、ボクには君の攻撃なんて全く通用しない♪」

「貴様……」

「おもしろいものを見せてくれたお礼に、ボクも少しだけ力を見せてあげるよ」

 あどけない顔で言うと、カルヴァドスは掌を前に突き出す。

 刹那。音よりも早い衝撃波がセキュリティキーパーへ向けられた。

「がっ……!!」

 予想だにしなかった衝撃の強さにセキュリティキーパーは防御体勢を構築することも出来ず、数十メートル後ろにあるブロック塀へと激しく叩きつけられた。

 肉体へのダメージが大きく、セキュリティキーパーシステムは強制的に春人との融合を解除した。

 攻撃を食らい地面に跪く春人。カルヴァドスは彼を嘲笑うと、春人によって気絶させられたダークナイトを担いで空へと舞い上がる。

「さっきも言っておいたけど、今日のところは一先ず止めは刺さないでおくよ。あとそれからこれはボクからの忠告ね。ダークナイトを捕まえようとするのも結構だけど、ボクは君ら人間と違って目先の事ばかりにとら われないんだ」

「どういう……意味だい……」

「いずれ分かるよ。そして分かった時には、地上に再び混沌と言う名の終わりがこの世界に押し寄せる事を意味しているんだ。ふふ。じゃーね♪」

 意味深長な言葉を残して、カルヴァドスは春人の前からいなくなった。

「ま……待て… ……」

 空へと逃げる悪魔に必死で手を伸ばす。だが、今の春人ではカルヴァドスに届かない。

 結局、黒幕も実行犯も取り逃がすという無念の結果だけを味わいながら、春人の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

レ「未だ目を覚まさぬリリス様。そんな時に限って訪れる緊急事態!!」
ク「はぐれ悪魔のカルヴァドスが、ダークナイトを用いて集めたマイナスエネルギーを使っておぞましい怪物を作り出した!!」
ラ「最恐最悪のクリーチャーが町へと放たれる!! リリスちゃんが欠けたあたしたちで、あんなバケモノをどうにか出来るの!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『狂気の侵略計画!合成クリーチャー・キメラ!』」


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第4章:世界洗礼計画編
第31話:狂気の侵略計画!合成クリーチャー・キメラ!


いよいよ今日から第4章「世界洗礼計画編」がスタートします。
プリキュアの力に侵され命に危機に瀕するリリス。洗礼教会に新たに加わったはぐれ悪魔のカルヴァドスの凶悪な陰謀。
果たしてディアブロスプリキュアは、振りかかる危機をどう乗り越えていくのか・・・!?
それでは、第4章「世界洗礼計画編」のはじまりはじまり!!


『セイラム魔女裁判』

 

 現在のアメリカ合衆国ニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラム――そこは、一六二〇年代にヨーロッパからの移民が最初に入植した町のひとつだった。

 今からおよそ三百年前、魔女を巡る惨劇が起きたのは現在のダンバース。当時はセイラム村と呼ばれ、人口一七〇〇人の小さな村だった。

 およそ二〇〇名近い村人が魔女として告発され、一九名が処刑、うち一名が拷問中に圧死、二人の乳児を含む五名が獄死したという凄惨な事件。

 ヨーロッパの魔女裁判と比べて犠牲者数は際立ったものではなかったものの、歴史上類を見ない残酷な事件ゆえに、全ての魔女狩りの中で最も有名な事件であると考えられているこの事件の裏に、ある一人の悪魔の存在があった事を人々は知らずにいた。

 

 その悪魔、名をカルヴァドスと言う――――……。

 

           ≡

 

さかのぼること、三百年前――

アメリカ合衆国 ボストン近郊 セイラム村

 

 イギリスの植民地時代、多くのキリスト教徒がアメリカへ移住し暮らしていた。

 その多くを占めるのが【ピューリタン】と呼ばれるキリスト教の一派。彼らは勤勉で、質素な生活を送り、聖書の教えを厳格に守る実に信心深い人々だった。

 このセイラム村は、アメリカ先住民の居住地域とも近い場所にあった。そのため、ピューリタンの人々はいつ襲われるかもわからない不安と恐怖から、彼らの暮らしを閉鎖的なものにしていた。

 そんな重苦しい空気を吹き飛ばそうと、セイラム村に住む子供たちは、皆野原ではしゃぎ回ろうとしたが――。

「おい! 何をしている」

 野原で駆け回る子供たちを見かけた周りの牧師を始めとする大人たちが厳しく糾弾した。

「神は見ていらっしゃるぞ。外で遊ぶなどもってのほかだ。今すぐ家の中に入りなさい」

 結局、子供たちは大人の言う通りにすることにした。重い足取りで彼らは外で遊ぶという自由さえ許されなかった。

 ピューリタンにとって娯楽とは〝悪魔の誘惑〟――子供が遊ぶことですら恥ずべき行為とされていた。

 しかし、いつの時代も子供たちは好奇心旺盛で、当時の子供たちは卵を使った占いの一種・ヴィーナスグラスに夢中だった。

 当時、占いは魔術とみなされていた。その為、少女たちは大人の目を盗んではこっそりとそれを行っていた。

 

 ある時、村の有力者・パリス牧師の娘が厳格な両親の目を盗んでいつものようにヴィーナスグラスを行っていた時だった。

「そんなものよりずっとおもしろい遊びを教えてあげるわ」

 どこからか聞こえてきた声。振り向くと、そこには一人の女性の姿があった。

 それはパリス牧師の家で奉公するカリブ海出身の奴隷の女性・ティチュバだった。

「ティチュバ……?」

 いつも見ているティチュバとはどこか雰囲気が異なると思っている直後。突如として、ティチュバの背中から黒い何かが勢いよく生えてきた。

 コウモリの翼によく似たものが左右に四枚ずつ。翼が生えるとともに、ティチュバはその姿をあどけない子供へと変化させた。

「あなた……だれ?」

 異様な翼を生やす自分と歳も然程離れていないであろう子供に恐る恐る尋ねる少女。それに対し、ニコニコと笑いながらその子供は名乗り上げる。

「ボクはカルヴァドス。悪魔だよ」

 悪魔という単語を耳に入れ、思わず少女は恐怖し、身をのけぞらせる。無理もない。ピューリタンである少女にとって、悪魔とは聖書の中で記された邪悪の中の邪悪。それが今、現実になったのだ。

 そんな恐怖感情に思考を支配され、顔を強張らせる少女を見ながら、カルヴァドスはハハハと笑いながら言葉を発する。

「誤解しないでよ。別に君を獲って食おうとかそういうんじゃないから」

「じゃあ……何がしたいの?」

 恐怖を堪え声を発し尋ねる少女。カルヴァドスは、一歩前に踏み出すとともに、自らの目的を告げる。

「ボクは君におもしろい遊びを教えたいだけなんだ。毎日そんな意味の無い占いなんてするより、ずーっとぞくぞくする遊びをさ」

 少女が親の目を盗んでまで夢中になる遊び・ヴィーナスグラスを意味の無いものと吐き捨てたカルヴァドス。内心、少女も彼の言葉に同意せざるを得ない。

 本当ならば、友達と一緒に部屋の中で閉じこもるのではなく、年相応に外で思う存分はしゃぎ回りたいと思っていた。だが――

「でも……パパやママは遊ぶのは良くない事だっていうし」

 厳格なピューリタンである両親や周りの大人たちからの反感を買うことが怖かった。

 しかし、そんな思いを見透かしたカルヴァドスは嘆かわしく大きく溜息を吐くと、きっぱりと少女に告げた。

「それがそもそも間違いなんだよ。いいかい、人間は生まれたときから何かをしたいと思って生きているんだ。それを理性で無理矢理抑え込んで、自分の欲望を縛り付けるなんてどうかしてるよ。君だって、心のどこかではいい加減こんな閉塞的な日常から早く脱出したいと思ってるんだろ?」

「それは……」

 決して間違いなどではない。カルヴァドスの言葉は的を射ており、少女の心は揺らぎ始める。

 少女の心が自分の言葉で揺らぎ始めたのを確信した折、目の前の悪魔は口元を緩め、最後のひと押しをした。

「ボクの言う通りにすればいいんだ。そうすれば、君はこれから先自由に生きていけるんだ。周りの大人がなんだ。聖書がなんだ。そんなもの、ぶっ壊しちゃえ!」

 これがトリガーとなり、揺らいでいた少女の心はカルヴァドスの術中に落ちた。そして、彼の誘いに乗る事にした。

 

 その日の夜――パリス牧師の家で騒ぎが起こった。

 娘とその従妹が突如、奇声を上げて暴れ出したのだ。

「どうしたんだ?」

「あそこに、あそこに何かいる!」

「どこだ? 何もいないぞ」

 理由もなく暴れ、両親の制止も空しく少女たちは狂気に走る。そして―――

「聖書を離しなさい!」

 肌身離さぬよう持ち歩くことを義務付けられた自身の聖書を、娘は憎悪を抱くかの如く床に激しく叩きつける。

「な……なんてことを!」

「おお神よ」

 聖書を叩きつけるというピューリタンにとって信じ難い行動。両親は子供たちの狂気の沙汰の行動を最早自分達ではどうすることもできない状況に陥った。

 困り果てたパリス牧師は、医師を呼び、娘を看てもらうが全く原因がわからない。

 そして、挙句の果てに医師は――、

「これは……どんな薬でも治りません。この子たちは悪魔に取り憑かれているのです」

「悪魔だと……?」

 医師の見解は当たらずとも遠からずなものだった。

 事実、娘は悪魔カルヴァドスの誘惑に屈した。そして、時は十七世紀――現代ほど十分に科学が発達していない状況では、説明の出来ないことがしばしば悪魔のせいになるのはそれほど珍しい事ではなかった。

 そして、悪魔がいる場合はそれを手引きした者――すなわち「魔女」の存在があると人々は考えた。

「言え! 魔女は誰なんだ?」

 パリス牧師を始め、周りの大人たちは娘たちを激しく尋問。悪魔と取引を交わした魔女について吐かせようとした。

尋問を受けた末、娘は重い口を開き、その魔女の名を口にする。

「ティチュバ……」

「ティチュバだと!?」

 少女たちが行っていた卵占い・ヴィーナスグラスは、元々はティチュバから教わったものだった。少女たちとティチュバは仲が良く、親の目を盗んでは彼女の台所へと集まり、カリブ海に伝わる怪談話などを彼女から聞かせてもらっていた。

 しかし、それらの遊びはすべてキリスト教では許されざる行為。少女の心は神の教えに背いた罪悪感と、それが露見するかもしれないという恐怖から、ついつい奴隷と言う弱い立場のティチュバに罪を押し付けてしまった。

 しかし、それもまたカルヴァドスの計算だった。すべては彼の掌の上で起こっていた。

 敬虔なピューリタンが神の前で嘘を付けないという心理を巧みに突き、善良な人々が正当な理由もなく伝染した恐怖感情と狂気によって、次々と処刑されていく様を見ながら、カルヴァドスはせせら笑う。

「フフフフフフ……」

 そして、このセイラムでの魔女裁判を経て――カルヴァドスは人間界での出来事を自らの生まれ故郷でもある悪魔界でも再現する事を思いついた。

 やがて、自らの欲するままに悪魔の歴史に名を残す程の極悪非道な悪行を次々と重ねていったのだった。

 

           ≒

 

現代――

異世界 洗礼教会本部

 

「カルヴァドス。貴殿の働きは実に素晴らしい」

「ありがとうございます!!」

 ホセアの想像以上の働きぶりをカルヴァドスは発揮した。

 元々人心掌握と欲望の掌握に長けたはぐれ悪魔。今回のダークナイト事件は、まさにテロ組織としての洗礼教会が押し進める新たなる侵略計画の重大なる一歩となった。

「人の欲望に火を点け大きく駆り立てるのは悪魔の本分ですからね。現代の人間の欲は実に多様化しています。今回は【正義】ってものについて考えてみました。そしてそれを最も強く反映できる素体を探しました」

「で、あれが誕生したと?」

「ダークナイト……―――確かにいい出来ではあるがな」

「が、なんですか?」

 あどけない顔でカルヴァドスが疑問を投げかける相手はダスクだった。

 何か言いたげな表情で口籠もる彼を凝視すると、おもむろにダスクは口を開き呟いた。

「あれっぽちで終わるようじゃねぇだろうって話さ。あの程度の事だったら俺にも出来るし、お前が三百年間ハデスで燻っていたと聞かされても誰もその話を信じようとは思わねぇって」

 要するにダスクが言いたいのはカルヴァドスのやり方にしては些か可愛すぎるという事だった。彼が知る限り、カルヴァドスの性分はもっと無遠慮であくどく、そして凶悪なのだ。ゆえに彼は三百年もの間一度も牢獄から出してもらえずにいたのである。

「いや~!! さすがはダスクさん!! ボクのえげつなさをよく理解していらっしゃる♪」

「ふん……。えげつないって自分で認めてやがる」

「じゃあ、ここからさらにどうにかなるっていうの?」

 ラッセルが訝しげに問いかけると、カルヴァドスは「はい」と言って即答する。

「ダークナイトは飽く迄も下ごしらえですよ。これから控えた本番に備えてのね」

「本番だぁ?」

 嫌味ったらしい顔のコヘレトが語尾を若干伸ばしがちに復唱する。

「まぁ見ててくださいよ。世界中に飛び切りの恐怖をもたらす究極の仕掛けを用意しているんで。みなさんも思わず身の毛がよだっちゃうかもしれませんのでご注意を♪」

 語尾や表情をいくらかわいくしても、内側に秘めた狂気の感情はホセアたちには丸わかり――カルヴァドスは礼拝堂を立ち去ると、再び人間界へと向かった。

「究極の仕掛けね……なぜかしら、急に背筋がぞっとして来たわ」

「知ってるか? 三百年前に悪魔界で起きた【デーモンマドネス】って事件……ありゃ奴が人間界へたまたま降りた時、アメリカのセイラムって村で仕掛けた魔女狩りの模倣なんだぜ」

「あの魔女狩り騒動、真犯人はあいつだったんですね! 道理で似たような話だと思ったわ」

「ホセア様。あんな奴信じちゃっていいんですか? あのクセー笑顔、ゼッテー何か企んでますって!! それこそ俺たちの地位を脅かすかもしれねぇような……!!」

「分かっている。だからこそ、あやつを同志として迎え入れたのだ」

「え……えええ!?」

 聞いた瞬間、ラッセルは思わず耳を疑い甲高い声をあげた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!! じゃあやっぱりあいつは私たちを裏切る気満々って事!? なんでわざわざ寝首を掻くことが分かり切ってるような危険悪魔を……!!」

「どうかしてやがるよなホントに。狂愚だぜ」

 ホセアの腹の内をそう皮肉るダスクだが、当人はそれを否定するどころか、積極的に肯定する姿勢を見せた。

「狂愚で結構。しかして、その狂気こそ常に世界を突き動かす原動力となる。ゆえに私はその狂気を以ってして前に進むのだ」

 たとえ相手がいずれ自分たちを裏切り、反旗を翻す可能性が高くてもホセアは自らが掲げる野望成就の為の重要な要素として、カルヴァドスを大いに利用価値があるものとして重用している。

 明らかに普通ではない考え方だ。

 常軌を逸し、気が狂っていると周りから非難されるもホセアは歯牙にもかけず、むしろ狂っている事を正当化し、それを確固たる信念として持ち合わせているのだ。

 今にして思えば、この男の下に就いた自分の判断はどうかしていたのかもしれない……と、内心思いつつ、ラッセルがふとした疑問を口にする。

「カルヴァドスの事はひとまず置いといて……見えざる神の手、だっけ? あっちの方はいいのかしら? デーモンパージの事とか、教会全体の活動支援をしてくれたのってそいつらなんでしょ?」

「ああ。そうとも」

「三羽烏だって、元はと言えば見えざる神の手が選りすぐったっていう敬虔な信者だって話じゃない。それをアンタと来たら……用済みとばかりに殺しちゃって」

「殺したのは俺っすけどね! ははははははは!!」

 エレミアたちを殺害した事に少しの後ろめたさも感じていないばかりか、大笑いするコへレト。彼もまたホセア同様に普通の感情では抑えがたい狂気をその身に宿した立派な狂人であると、ラッセルは確信を持つとともに呆れ返ってしまう。

「……殺したのはコヘレトかもしれないけどさ。連中には連中でなんか、プランとか思惑とかがあったんじゃ……」

 教会最大の支援者たる天界の最高意思決定機関【見えざる神の手】――ホセアがしているのは、事実上彼らに対する反逆行為だ。ラッセルが憂慮しているのは、彼らがこのまま自分たちの行動を見て見ぬフリをするはずがないという危惧である。

 彼らにはお抱えの軍隊とも言うべき暗部組織・神の密使(アンガロス)が控えており、その気になれば、彼らはいつでもそれらを差し向けてくる可能性が高かった。

 ラッセルの問いかけに対し、ホセアはおもむろにステンドグラスを仰ぎ見ながら、見えざる神の手という組織についてコメントする。

「見えざる神の手の希望は純粋にしてひとつだ。地上と冥界、そして天界の秩序の平和と安全。中でも神への信仰心を失くしかけた地上の人間たちに再び神への信心を取り戻させ、世界……もとい自らの地位の磐石を図ろうと躍起だった。そのために、見えざる神の手は私を指導者として選出し、地上世界への布教活動と人間にとっての不確定要素を取り除く機関を設置した。それが【洗礼教会】という組織の起源だった。人間世界の平和を守り、世界の調和と自らの正義を貫くためならば罪も無い悪魔達に犠牲を出しても構わないと……なかなか傲慢な矛盾を抱えておった」

 痛烈なるアイロニーとして、ホセアは見えざる神の手の実態について掘り下げる。

「まぁ小難しい話はよくわかんないけど。ともかく、スポンサーを無視して勝手にテロ活動なんてものを始めたりしたら……怒られるんじゃないかって私は心配で」

「怒られるどころか、即粛清の対象だろうな。それこそ、見えざる神の手直下の暗殺組織……神の密使(アンガロス)の手によってな」

「案ずるな。既に手は打ってある。周りをよく見てみろ」

 ホセアに言われた通り、周りを見渡してみた。

 すると、ラッセルはカルヴァドスと同じ時期に同志として加わった筈の一人のクリーチャーの姿がこの場にいない事に気づいた。

「あれ? そう言えばあいつは……」

 

           *

 

第七天 見えざる神の手・居城

 

「ホセアは少々やりすぎたな――」

「まさか我らを欺き他勢力と結託し、テロリズムを画策していたとは」

「そして三幹部をも切り捨てた。奴らとて我々にとっては重要な駒のひとつだったというのに」

 洗礼教会の後援者こと、天界における最高意思決定機関【見えざる神の手】。

 表向きは自分たちの意向に従っていたホセアが、実は面従腹背の裏切り者で、世界を壊す為に秘かに敵対勢力であるはずの堕天使や悪魔、そしてクリーチャー等と結託していたという由々しき事態をつい最近になって知った。

 ゆえに今回は、ホセアの今後の動向偵察および処罰に関する事を議題に据え討論を行っている。

「ヤツはこの世のすべてを壊そうとしておる。一刻も早く止めねばならんな」

「だが、ホセアは貴重な個体だ。消去するにはまだ惜しい」

「我らが求むるは優れた指導者によって統べられた世界と、それによる地上世界の再生。そして我らがその指導者を選び、その陰で世界を導かねばならん」

「遥か古の時代より、悪魔と天使、堕天使による三つ巴の大戦から神の亡き後、世界を見守る為に我が身を捨ててまで永らえたが……もうさほど長くは持たぬ」

「だが天界と地上世界は、未だ我らが見守ってゆかねばならぬ」

 遠い昔―――見えざる神の手などと言う神の代行機関が出来る以前、七人の幹部たち、もとい神に次ぐ力を秘めた賢者達は、父なる神に従える者として、地上の人間たち、そして天使たちからも尊敬の念を集めていた。

 ところが三大勢力による三つ巴の戦争が勃発し、それによって神や上級天使たちの多くが死亡した事で世界情勢は大きく変わってしまった。彼らは自らの手で封じ込めた、表向きは死と言う帰結に落ち着いた神の不在を地上世界に知られる事を恐れ、その事実を隠蔽し、自らが神の代行を務める事を決めた。これが【見えざる神の手】と呼ばれる機関の始まりだった。

 

 しかし、神の死によって聖と魔のバランスが著しく崩壊した事、物質文明の浸透によって人間自身が神への信仰心を次第に失っていった事で、天使自体の寿命も大戦前とは比べ物にならないほどに縮まった。

 だがそれでも彼らは神の代行、もとい権力と言う名の椅子に執着した。そこで彼らは本来の肉体がいつ滅んでもいいように、錬金術を用いて作り出した人工生命体【ホムンクルス】に魂を定着させる事を思いついた。

 

 そして現在、彼らはホムンクルスとして辛うじてその魂を定着させ地位を守りつつ、優れた指導者による世界の平定を念頭に今日まで活動を続けてきた。

 だがしかし、今ある仮の肉体も間もなく朽ち果て、寿命を迎えようとしている事を彼らは悟った。ゆえに焦っていた。

「何とかホセアを止める方法は無いものか?」

「状況は極めて難儀しておる。堕天使の王を味方に付けておるばかりか、あろう事かハデスからあのカルヴァドスを脱獄させたらしい」

「あのはぐれ悪魔は我らとて御し切れんよ。悪魔の中でもとりわけ異端な存在だったのが奴だ。ホセアとて奴を丸め込めるとは思えんが……」

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 そのとき、城の門がおもむろに開かれる。フードで素顔を隠した人物が入って来ると、幹部たちの前に跪いた。

神の密使(アンガロス)が筆頭・アパシー……ただいま戻りました」

「おお帰ったか……」

「内偵調査ご苦労だった。やはり貴公にホセアの監視役を任せたのは最適な判断だった。して、何か新しい情報は掴めたか?」

「はい。実は、ある重大な報告がございます――――――」

 フード越しに、アパシーは仕えるべき主たちを見据える。

 このとき、幹部たちはある重大な計算違いをしていた事に未だ気づいていなかった。

 

           *

 

 カルヴァドスによる凶悪な陰謀が確実に進められている頃、春人が問題のはぐれ悪魔によって重傷を負わされたという報せがはるかたちへと齎された。

 

           ≡

 

黒薔薇町 天城家・はるかの部屋

 

「ハヒ!? 春人さんが……悪魔にやられたんですか!?」

「ああ」

 驚愕の報せを持ってきたのは朔夜だった。

 これまでも似たような話は何度か有った。だが、今回の襲撃犯はクリーチャーではなく悪魔である。自分たちにとって最も身近な存在であるリリスや朔夜と同じカテゴリーに属する何者かが春人を襲った――その事実に、はるかたちは開いた口が塞がらない。

「悪魔って……リリスさんや朔夜さん以外にもいるんですか!?」

「ただの悪魔じゃない。春人を襲った犯人、もとい悪魔の名は……カルヴァドス!」

「か、カルヴァドスだと!!」

「ウソでしょう!?」

 名前を聞いた途端、レイは異常な興奮を起こしその場を立ち上がった。ラプラスでさえ、レイほどではないがかなり驚いた様子で目を見開いた。

「あの……それは何者なんですか?」

 カルヴァドスとは何者なのか……狂熱を帯びたレイを一瞥し、ピットが詳しい説明を求める。

 皆の視線が自然(じねん)朔夜へと向けられる。やがて、重い口を開き朔夜は語る…カルヴァドスという名の天魔波旬(てんまはじゅん)の正体について。

「はぐれ悪魔カルヴァドス……悪魔界の歴史の教科書に載った事があるほど、悪魔の中で知らぬ者は居ないとされる。今からおよそ三百年前の事だ。悪魔界を震撼させた大きな事件がある。ある国の平和な村で暮らしていた住民が突如狂気に走り、仲間同士で殺し合ったんだ。その村での出来事を機に、狂気は各地へと伝染し、瞬く間に規模は拡大。ついには一国全体が狂気に呑み込まれ、挙句滅んだ……オレたち悪魔はこの事件を【デーモンマドネス】、または【悪魔の狂気虐殺】と呼んでいる。そして、この事件の黒幕にいたのがカルヴァドスだった。奴は己の偸安(とうあん)の為だけに、悪魔同士の殺し合いを演出したんだ。奴ほど人心掌握術に長け、権謀術数な悪魔は居なかった。狙った標的の欲望に火を点け、争いを嗾け、最終的にその生き血を啜る。あまりに残虐非道なゆえに、カルヴァドスはその後当時の司法大臣らの手によって、冥界の最下層に位置する監獄ハデスへと投獄されたんだ」

 寒心に堪えない、身が竦むような話。聞いている側のはるかたちの額の汗が瞬く間に蒸発し、腕には鳥肌が浮かび上がる。

「そして現代……ハデスを脱獄して奴は人間界へと現れた」

「は、ハヒ~~~……な、なんてデンジャラスなんでしょう……いえ、最早デンジャラスを飛び越えています!! 怖いです!!」

「じゃあ、新聞やSNSに載っているダークナイトって言うのもカルヴァドスが?」

 連日のように新聞の社会面を飾り、SNSで拡散され続けるダークナイト事件に関する記事。持ちこんだものをテミスが見せ朔夜に確認を取ると、案の定彼は首肯した。

「春人の話では、ダークナイトとは過剰なまでに正義感が強くなった若者の事らしい。どこかでカルヴァドスに唆されたらしいが……オレが思うに、奴の狙いはダークナイトそのものではないな」

「ダークナイトが狙いじゃないって……じゃあ何が狙いなのよ?」

 気になってラプラスが尋ねるも、朔夜は渋った顔で「それはオレにもわからない」と答えるばかり。

 しかし直後、「ただ……」と、言葉を紡ぐ。

「さっきも言った通り、カルヴァドスは悪魔の中でもとりわけ計算高い悪魔だ。きっと何かオレたちが想像もつかないような恐ろしい事を企んでいるに違いない!」

 

 朔夜の読みは当たっていた。

 現在、カルヴァドスは洗礼教会の幹部達も肌が栗立つ様なある恐ろしい計画を粛々と進めていた。

「嗚呼……満たされる。欲望がどんどん満たされていくよ」

 己が手で生み出した現代の怪物・ダークナイトを媒介に、カルヴァドスは自分自身の欲望が満たされる事に至高の喜びを感じていた。

 ダークナイトは一躍時の人となり、社会現象へと発展。犯罪行為に働きかける者を容赦なく手に掛け制裁を加えて行くと言った方法に世論は賛否両論。警察はダークナイトの逮捕に躍起になっていた。

 ダークナイト自身の負の感情から生まれる欲望の満足度もまた、カルヴァドスから求める高密度エネルギーとなって、彼の元へと送られる。

「いいぞ、その調子でどんどん悪いヤツを根こそぎ刈り取っちゃえ。そうやって犯罪者狩りをすればするだけ、君の欲望はどんどん満たされていく。そして、満たされた君の負の欲望(ネガティブディザイア)はボクの元へと送られるんだ」

 選んだ素体に狂いは無かった。

 ダークナイトから得られる濃密なる負の欲望の満足度に心底喜びを抱きつつ、カルヴァドスは亜空間の中で封じられているあるものの様子を確かめる。

 空間内部が暗い為はっきりと姿を確認する事は難しい。だが、それが危険なものである事は明朗だ。

 ウウウ……という唸り声を発するそれは、不気味に目を紅く光らせており、ひしひしとした凶気を内包している。

 カルヴァドスは送られてくる負の欲望の多くを、亜空間内部のこれに注ぎ込む。かねてより計画していた筋書(シナリオ)の最終段階へ滞りなく進める為に……。

「ふふふ……もうすぐ誕生するんだ。ボクのオリジナルクリーチャーが」

 

 天城家を発ち、はるかたちは病気療養中のリリスの見舞いの為、ベルーダの洋館へと向かう。

 リリスが意識を失って倒れ、ダークナイトが犯罪者狩りを始めて今日で一週間が経つ。プリキュアの力を酷使して生命の危機に瀕し回復の兆しがあまり見られないリリスとは対照的に、ダークナイトによる世直しによって、犯罪件数が一時的な効果とは言え爆発的に減少し、世の治安は回復傾向にあった。

 こうして街を歩いていてもそれが顕著に分かる。

 悪意ある人間も、いつ自分がダークナイトに襲われるかもわからないという恐怖心から、どんなに鬱積した不満があろうと形として外側に出すような事はしない。そんな事をすれば、否が応でもダークナイトが現れ、粛清の対象とされるからだ。

 空気は重く淀み、どこか息詰まる思いが街全体に渦巻いている。

 はるかとテミスはプリキュアだ。ゆえに、人々が抱える負の感情を機敏に感じ取る事が出来た。

「ダークナイトの出現が結果的に犯罪の数を減らしているみたいですけど……却ってみなさんの心が暗く沈んでいるようです」

「それになぜかしらね。どうにもさっきから胸騒ぎが収まらないのよね」

 

 テミスの胸騒ぎは現実のものとなった。

 唐突に空に稲妻が走ったが如く周囲が強く光ったと思えば、混沌の平和と言う名を持つ巨大な怪物――カオスピースフルが出現した。

『カオスピースフル!!』

「きゃあああああ!!」

「バケモノー!!」

 人々はカオスピースフルの出現に悲鳴を上げ、逃げ惑う。そんな彼らの退路に逆流するはるかたちは、何の前触れも無く現れた敵を凝視する。

「どうして急に出て来たんでしょう!?」

「知りたければ、あいつに直接聞くしかないわね」

「リリスと春人がいない以上、オレたちであれを食い止めるぞ」

「「はい(ええ)!!」」

「「「「ああ(はい)(やってるわよ)!!」」」」

 

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

『カオスピースフル!!』

 恐怖に怯える人々を見据え、カオスピースフルは肩の角から紫色を帯びた電磁波を放出。

 すると、それを浴びた人々はこれまで体感した事のない凄まじいまでの頭痛を覚え、逃げる事も出来ず地面の上でのた打ち回る。

「ファイアーマジック!!」

 これを見て、ウィッチはカオスピースフルへと魔法の炎をぶつけ、紫の電磁波を放ち人々を苦しめる敵の凶行を強制的に止めさせる。これで電磁波による攻撃が一旦収まった、そう思った直後……

「アアアアアアアアアアアアアア!!」

「は、ハヒ!?」

 奇声を放つ一人の男が、ウィッチへと襲い掛かった。

 錯乱状態の男はウィッチが所持するキュアウィッチロッドを取り上げようとする。

 

「な、何をするんですか!? 放してくださいよ!!」

〈どうか落ち着いてください!! 聞こえていますか、我々の声が!!?〉

 このとき、クラレンスは既に杖との融合を完了させていた。あまりに唐突な事だったため、ウィッチから男を切り離すという事が出来ずにいた。

「はるか!! クラレンス!!」

「何がどうなってるのよ!?」

 気が狂ったように暴れ出した男。

 男がウィッチへ襲い掛かったのを皮切りに、カオスピースフルの電磁波を浴びた人々の様子が次々とおかしくなる。邪悪な力に精神を乗っ取られたが如く、狂気を解き放ち手当たり次第に暴れ回る。自分たちの暮らしを自分たちが壊す――その様はまさに、デーモンマドネスの人間版。あるいはセイラム村での惨劇の再来か。バスターナイトはこの光景を前に愕然とした。

「これは………くそっ!」

 十中八九カオスピースフルに原因があると悟った。

 何の罪も無い人々をおかしくする怪電磁波を放ち、破壊衝動に陥った人々を見てほくそ笑んでいる怪物を、決して許すわけにはいかなかった。

 ディアブロスプリキュアは一丸となり、凶悪な能力を秘めた眼前のカオスピースフルに一斉攻撃を仕掛ける。

「ホーリーアロー!!」

「ダークネススラッシュ!!」

『ブレス・オブ・サンダー!!』

「ブリザードスピア!!」

『テンペストウィング!!』

 ピットが姿を変えた弓を操り聖なる矢を放つケルビム、バスターナイトの闇の力を秘めた斬撃、スプライト・ドラゴンであるレイの口腔内から放たれる雷砲弾、ウィッチの凍結魔法攻撃、そして巨大白コウモリとなったラプラスが翼を羽ばたかせる事で生み出す突風――それらがひとつに合わさって、カオスピースフルへと襲い掛かる。

 だが、彼らの攻撃が当たる事は無かった。

 当たりそうになった寸前、カオスピースフルは瞬間移動能力を発揮して現場から忽然と居なくなってしまったのだ。

「き、消えた!?」

「どういうつもりよ?」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 何らかの目的の為に姿を現したはずが、その後忽然と姿を消してしまったカオスピースフル。消えた敵の行方が気になる一方、ベルーダの元を訪れたはるかたちは敵の狙いについて議論し合う。

「一体あのカオスピースフルの目的は何だったんでしょう?」

「パッと現れたと思ったら、パッと消えちゃいましたしね……いててて!」

「大丈夫ですか、はるかさん!?」

 左手の甲を負傷しているはるかの身を案じクラレンスが自分の手をおもむろに重ね合わせ、彼女の痛みを和らげんとする。

「その傷どうしたの?」

 いつどこで付けられたかも分からない傷について、テミスが状況説明を求めると、「見ず知らずの男性に襲われたんですよ……」とはるかは告白する。

「そう言えばあのとき……はるか様にいきなり襲いかかって来た男がいましたね」

「他にも戦闘中、妙に暴れ出していた人が何人か……」

「何がどうしたんでしょうか?」

「理由は、カオスピースフルが出していたあの紫色の電磁波じゃよ」

 キッパリとそう口にしたのはベルーダだった。

 あのとき、黒薔薇町に出現したカオスピースフルが出していた特殊な電磁波を、ベルーダは確りと捕捉し解析をしていた。

「あの電磁波には直接人間の脳を破壊する作用があるのじゃ」

「じゃあ、あの暴れていた人たちは……」

「間違いなくカオスピースフルの電磁波によるものじゃ。あの電磁波は脳の中に一種の恐怖ホルモンを作り出すんじゃ。そして攻撃衝動、殺人衝動を引き起こして、脳のあらゆる部分を破壊してしまう。かつて悪魔界を震撼させたデーモンマドネス……三百年前にカルヴァドスが人間界と悪魔界で使った手口と全く同様の事が今回起きた」

「なんですって!?」

「ということは、リリスちゃんが以前話していたアメリカの魔女狩り事件の黒幕がカルヴァドスなんですか!?」

「まさか……そんな事が」

「いや、あの悪魔ならやりかねん。ひとつの方法だけに留まらない多方面からの侵略行為。もしもこのまま電磁波が広がり続ければ……」

「カルヴァドスは指一本動かさずに人類を滅ぼす事が出来る!」

 想像するだけでも恐ろしい結末だった。

 ダークナイト騒動に端を発するはぐれ悪魔による侵略行為は、既に第二段階へと突入していた。それが今回の怪電磁波作戦である。

 悪魔の歴史上最悪の事件とされるデーモンマドネスの脅威が、三百年振りにアメリカから日本というステージを変えて、地上世界の人間たちへと向けられた。

このままでは地上はカルヴァドスの……いや、洗礼教会の手によって確実に更地となる事だろう。

「そんな事はさせません。私たちが……ディアブロスプリキュアが絶対に阻止して見せます!!」

 許されざる暴挙を止めるため、語気強くはるかは宣言する。

 プリキュアである事の矜持に懸けて、何としても自分たちの世界を守り抜いて見せると。それが、病床に伏せるリリスへのせめてものはなむけであると信じて――

 

 同時刻――。

 洋館の中でもとりわけ設備が整えられた一室において、悪原リリスは生命維持装置に繋がれベッドの上に横たわっている。

 徹底的に体調を管理された上での延命治療。しかし実のところはあまり効果が期待できる方法ではなく、ほんの気休め程度にしかならない。そんな事は当の本人が一番理解しているつもりだった。

 いつ命が尽きてもおかしくないまでに肉体を酷使し続けたリリス。酸素マスクを着け眠っていた折、誰かの気配を感じ取った。

「ん……」

 朦朧とする意識の中、重く閉ざされた瞼をゆっくりと開ける。すると、そこに居たのは見知らぬ人影。

「ふふふ。濡烏色(ぬれがらすいろ)の綺麗な髪……君が悪原リリスちゃん、だね?」

「あなた……誰なの……」

 話しかけて来た相手を若干虚ろな瞳で見つめるリリスだったが、やがてはっきりと見えた相手の素顔を見るなり、目を見開き、顔の筋肉を硬直させる。

 彼女は気付いてしまったのだ。目の前に立つ人物が、悪魔の歴史上最も凶悪と呼ばれた存在であり、残忍非道な存在――はぐれ悪魔のカルヴァドスである事に。

「プリキュアの力を手に入れる代償に自分の命を削るとは……君は本当に悪魔なのかい? 悪魔は悪魔らしく、自分の欲望に忠実であるべきだよ。だからボクも自分の欲望に従って、君にイジワルな事をしてあげるね♪」

「ああ……ああ……!!」

 

 ――ビロッ! ビロッ! ビロッ!

 洋館の内部から発せられる警報音。何事かと思い調べてみれば、ベルーダはハッとした表情を浮かべ絶句する。

「ドクターベルーダ?」

「どうしたのよ!?」

「これは……リリス嬢の容態が急変しとる!!」

「なんですって!?」

「リリス様!!」

「リリスちゃん……リリスちゃん!!」

 矢も楯もたまらずはるかたちはリリスの元へ走り出す。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 生命維持装置をカルヴァドスによって滅茶苦茶に操作される。

 微妙なバランスを保っているリリスの肉体に激痛が走る。いや、それは最早激痛を通り越した痛み。言葉では言い表せぬほどの辛苦が消耗し切ったリリスの心身を追い詰める。

「ハハハ。いいね、その悲鳴。やっぱり男よりも女の子の悲鳴の方が艶があってさ」

「やめてえええええええええええええええ!! やめてちょうだいいいいいいいいい!!」

 あどけない笑顔でリリスを苦しめるカルヴァドス。これこそ、彼が三百年にも渡って冥界の最下層に位置する牢獄から一度も出してもらえなかった理由のひとつである。

 尋常じゃないほど苦しむリリスの悲鳴を聞きつけ、はるかたちが彼女の病室に到着した。

「リリスちゃん!!」

「な……アンタは!!」

 病室に入るなり、彼女たちの目にカルヴァドスの姿が映る。

「やぁ。お初にお目にかかるよ。ボクがカルヴァドスだよ。以後、お見知りおきを」

「カルヴァドス……貴様ぁぁぁ!!」

 陽気に挨拶をするカルヴァドスとは裏腹に、彼がリリスを苦しめているという事実を目の当たりにした直後、朔夜は血走った眼となり、有無を言わさずバスターソードで斬りかかって行った。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 鋭い太刀筋が向けられた瞬間、カルヴァドスは両手で刃を挟み込んで白刃取り。

 飄々とした笑顔で朔夜を見つめると、露骨なまでの敵愾心を燃やしており、自分の事を殺したくて仕方がないと言わんばかりに殺意を剥き出していた。

「よくもオレの目の前でリリスに手を出したな……殺される覚悟はできているだろうな!!」

「おお~、怖い顔しちゃって。イケメン王子は王子らしく、爽やかな顔してなきゃ」

「黙れぇぇっ!!」

 朔夜は激昂した。

 カルヴァドスは怒り狂った彼の強烈な一太刀を躱すと、瞬時に部屋の窓から脱出。どこかへと消えて行った。

「リリスちゃん!!」

「リリス様!!」

 直ぐにリリスの安否確認を行った。

 辛うじて息はあった。だがこれでまた確実に彼女の寿命が縮まった事は間違いない。

 ベッドの上で全身汗だくとなって激しく息を上げるリリスの姿を前に、はるかたちは見るのも辛くなる。

「リリスちゃん……ひどい事してくれますね!!」

「カルヴァドス……今度会ったらただじゃおかないわよ!!」

 

「ははは。いい感じいい感じ。それにしてもあの顔の迫力ったらなかったな~」

 子どものようにはしゃぐカルヴァドス。その姿に悪魔らしさは微塵も感じられない。

 だが、いつの時代でも我々が忘れてしまっている事がある。幼子の心にこそ、真の悪魔は巣食っている事を――

「さてと……こっちの方もそろそろ最終段階かな」

 カルヴァドスは亜空間に封じられている邪悪なものの様子を確かめながら、これを外の世界へ解き放つ頃合いを思案する。

「こいつの完成にはあとちょっと負の欲望が必要かな。それじゃあ、最後の仕上げと参ろうか♪」

 そう言うと、フィンガースナップを利かせてから、カルヴァドスは例の怪物を再び街中へと解き放った。

『カオスピースフル!!』

 紫色の怪電磁波で人間を凶暴化させるカオスピースフル。デーモンマドネスを引き起こした元凶こそ、紫の電磁波であり、今回カルヴァドスはカオスピースフルにその力を移植した。

 肩に生えた角から放散される電磁波。それを浴びた人々は脳組織を破壊され、狂気に走り我を忘れ暴れ回る。狂気の沙汰とは正にこの事だ。

 騒ぎを聞きつけウィッチたちが現場へ到着すると、街中に紫の電磁波が漂いそこに居るだけで気がおかしくなりそうだった。

「電磁波がより強力になっているわ!」

「変身状態でも頭がズキンズキンします! 早くカオスピースフルを倒さないと、町は数分で壊滅してしまいます!」

「オレにやらせてくれ。カルヴァドスの好きにさせてたまるかっ!」

 最も卑劣な方法で大切な婚約者を傷付けられた事にバスターナイトは怒り心頭だった。

 カルヴァドスが仕掛ける今回のような惨事を早急に止める為、彼の身体および心は烈火の炎に包まれる。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 リリスと仲間たちを守る為に手に入れた火炎龍、ブレイズ・ドラゴンの力を身に宿した紅蓮の鎧――スタイル・クリムゾンデューク。

 太陽の光を浴びて一段と赤々と輝くその姿を見せつけ、バスターナイトはカオスピースフルへと向かって突進する。

『カオスピースフル!!』

 突進してくるバスターナイトへ、カオスピースフルが額から光弾を放ち、両手の爪からは電撃を発生させ攻撃する。

 が、バスターナイトは飛んでくる光弾にも電撃にも一切臆せず手持ちの剣と盾で薙ぎ払い、相手の間合いへと潜り込む。

「デラシウム・フォース!!」

 瞬間移動能力で逃げられる事を恐れ、それを阻止するとともに強力な熱エネルギーを帯びた紐状の炎でカオスピースフルの動きを完全に掌握。身動きが取れなくなったところで、バスターナイトは灼熱の一太刀を振るう。

「終わりだ。ブレイジング・ストーム!!」

 ――ドン! ドンドン!!

『あんびり~ばぼ~~~♪』

 炎の渦に包まれながら言霊を呟き、カオスピースフルの体は炎とともに浄化され天空へと還って行った。

 だがカオスピースフルが集めた人々の負の欲望は亜空間へと転送され、封じられた邪悪なるものの糧として吸収された。カルヴァドスはカオスピースフルが倒される事を前提に今回の行動に出たのである。

「これでボクのオリジナルクリーチャーが完成したぞ。さぁ……ここからが祭りの始まりだ。今すぐ出してやるからな、合成クリーチャー・キメラ!!」

 亜空間に長らく封じられていた邪悪なる存在。赤く目を光らせた魔物――キメラは満を持して地上世界へと放たれたのだ。

 

 バスターナイトの手によってカオスピースフルが倒され、電磁波が徐々に弱まり始めた頃。

「なにか来るわ……」

 ケルビムが悪寒を感じ、メンバーに警戒を促す。

 周囲を見渡していた時だった。メンバーは彼方より飛来する物体を凝視。巨大でおぞましい姿をした魔獣が出現するや、全員が度胆を抜いた。

「は、ハヒ――!?」

「なにあれぇ!?」

 大型爬虫類を素体に、左右には二本ずつの異なる腕が生え、背中にはコウモリとワシの翼があり、頭部は金属化している。

 これこそカルヴァドスが亜空間の中で秘かに制作していた様々なクリーチャーのパーツを組み合わせ作り上げた最強最悪の合成クリーチャー、名をキメラ。同じクリーチャーと言うカテゴリーに属するイドラやイフリートと同じ存在であるとは思えないほどの禍々しさを全身から醸し出す。

「あれもクリーチャーなの!?」

「ですが、あんなクリーチャー見た事も聞いた事もありません!!」

「カルヴァドスめ……あんなものを用意していたのか!」

 

           *

 

第七天 見えざる神の手・居城

 

「な、なぜ!? なぜだー!!」

 気付いたとき、それは起こっていた。

 アパシーによって七人いる幹部のうち、六人が瞬く間に殺害されたのだ。

 神の密使(アンガロス)という幹部たち直下の組織、その頭目であるアパシーがあろう事か主へと牙を剥いた。

 明らかなる反逆行為に驚きを隠せない最後の一人に対し、アパシーは血の付いた鉤爪を携えながら淡々と語りかける。

「ご老体に無理をされてはよくありません。そろそろ……永いお休みを取られてはいかがですか?」

「貴様ぁ! ホセアに懐柔されおったか……!!」

「誤解しないでいただきたい。我々も所詮利害関係の一致により結託したまで……より条件の良い方を選ぶだけです。貴方方が生み出し、育てた異能の存在。古の地から現在の地上世界のあらゆる智慧という智慧をその身に秘めた人造生命体・ホムンクルス。開発コードネーム【救済の預言者(サルヴェイション・プロフェット)】――ホセア。彼を生み出し、力を与えてしまった時点でこの運命は決まっていたのです。どんな首輪を付けようと、いかなる檻に閉じ込めようと、扱い切れるはずもない力は必ず破滅を呼ぶものです」

「バカな!! ……バカなぁぁ!!」

「どうか安らかに、お休みいただけることを切に願います」

 裏切られた事に多大なショックを受ける最後の一人を見据え――アパシーは感情の籠もっていない表情で標的目掛け無情にも鉤爪を一振りした。

「貴方方に、どうか主の導きが有らん事を」

 

 ――バシュン!!

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 アパシーによって見えざる神の手の幹部たちが全滅した頃。

 元々は見えざる神の手の幹部たちによって生み出された救済の預言者こと、ホセアは……

「〝下にあるものは上にあるものの如く。上にあるものは下にあるものの如し〟」

 彼の手持ちの書物――錬金術の基本理念が記された【エメラルド・タブレット】の有名な一文を眺めながら、ホセアは悲嘆に満ちた顔で呟く。

「我が肉体に命を与えし見えざる神の手よ。最早主たちの中に、この言葉が示す純粋でより高貴な心など、なにひとつ残ってはおらぬ」

 

「眠れ……そして冥府の涯で見守っているといい。貴様たちが愛した世界が更地に変わる瞬間をな」

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「魔王の如き力を秘めたクリーチャー・キメラの圧倒的力に屈するオレたち」
テ「残り少ない命の炎を燃え上がらせ前線復帰したリリス…だけどやっぱり!」
は「リリスちゃん、死んじゃダメです!! あなたがいなくなったら、はるかたちは…」
リ「冗談じゃなわいわよ。私は何が何でも生き残る……悪魔として、私の大事なもの全部をこの手で守って見せるわ!!」
レ「そしてリリス様はついに、奇跡の力を手に入れる!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『悪魔として生き残る!奇跡のカイゼルゲシュタルト!!』」


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第32話:悪魔として生き残る!奇跡のカイゼルゲシュタルト!!

ついについに、リリス復活の時が来ました。
プリキュアの力に侵されていた彼女の肉体・・・それを克服するものは何なんか!?
いよいよディアブロスプリキュアも32話まで行くことが出来ました。一応予定としては50話くらいをめどにしようと思っています。
では、リリス復活回・・・記念すべき話をご覧ください。


『臨時ニュースをお伝えします!! 突如、東京の空に巨大な怪物が出現し町を次々と破壊しています!! みなさん、この光景は夢や幻ではございません!!』

 リアルタイムで報じられる惨劇。

 視聴者はキャスターが語りかける言葉を俄かには信じられずにいた。

 だが、リアルタイム映像として液晶画面に映し出される光景を見れば、否が応でも事実を受け入れざるを得ないと感じてしまう。

 もしも、これが夢や幻などではないのならば、一体どれだけ視聴者の心を弄び、視聴率を第一と考えたテレビ局の性質の悪い演出だっただろう。

『速報です。先ほど政府は東京に突如出現した〝巨大不明生物〟に関する緊急災害対策本部を設置致しました。これにより国民みなさまの安全に対して万全の対策を講じ、速やかな避難活動を実行する為、地上本部及び関係省庁との連絡を密とした――』

 テレビから報道される重大事案発生に関するニュース。

 人々は前触れも無くその姿を顕現させた未知なる巨大生物の襲来に恐怖し、町は大パニックとなっていた。

『この信号は止まっています。直ちに降車して警察の指示に従って行動して下さい』

『区内全域に避難指示が発令されました。住民の方は直ちに避難して下さい』

 避難指定を受けた区域でひっきりなしに避難指示を誘導する放送が流れる。

 日本の総人口のうち、その半数を占める東京。様々な世界や国から集まった人がそれぞれの文化を共存させながら決して互いに交わることのない多文化主義(セグリケーション)を形成している。

 老若男女問わず街中には人がごった返している。

 道路は車と言う車で埋め尽くされ、須らく彼らは地上を征服せんと現れた恐怖の大王の存在に怯え、我先にと逃げる事に必死だった。それこそ他人の事など歯牙にかける余裕すらなく。

「押さないで! 落ち着いて避難して下さい!」

「地震災害の避難場所では役に立たない! 新たな避難場所の指示を乞う! どうぞォ!!」

 かつてない異常事態に直面した警察官や消防署員もまた、他の人々と同じく思考が全く追いつかずどうしていいか分からなかった。

 おぞましい巨大な魔獣、合成クリーチャー・キメラが町を蹂躙する様は、さながら恐怖の大王が地上を支配するかの如く。

 重力を無視して巨体を浮遊させ、眼下を見下ろし口から死の熱線を放ち、ビルや周りの建造物を瞬く間に焼き焦がす。

 首都・東京の街並みが火の海に呑みこまれ消えていく。そんな中、キメラの侵攻を必死で食い止めようとする者たちがいた。

 人類の希望の象徴という意味を込めて人々は彼らをこう呼ぶ――――伝説の戦士・プリキュアと。

 

           *

 

東京都 中心部

 

「〈バーニング・ツイン・バースト〉!」

 キュアウィッチこと、天城はるかとその使い魔クラレンス。二人の魔力を掛け合わせ生み出される炎。

 炎は空を覆い尽くすほど巨大な魔獣の頭部へと真っ直ぐに飛来、直撃した。

 着弾時、カキンという金属音が鳴るだけで炎は直ぐに掻き消されてしまう。魔獣を作り出したカルヴァドスは見えないところで「ふふ。金属化した頭部にそんな火遊びが効くわけがないよ」とウィッチの行為を嘲笑う。

「このっ!!」

『テンペスト・ウィング!』

 キメラとの距離を測りつつ、同じく空を滑空していたキュアケルビムこと、テミス・フローレンスはパートナー妖精のピットが変化した武器・聖弓ケルビムアローで狙いを定めると、光輝く矢を連続で放ち攻撃。

 それに便乗してバスターナイト、十六夜朔夜の使い魔でサキュバスのラプラスは巨大シロコウモリの姿から翼を羽ばたかせ竜巻状の突風を放つ。

 聖なる矢が強風の威力と掛け合わさって一段と威力を増す。しかしキメラは巨体ゆえの鈍重な動きをするどころか、背中に生えた計四枚の異なる翼を使って容易に回避する。逆に素早い動きでケルビムらの背後に回り込む。

「ヒポグリフの翼とワイバーンの翼があるから動きも早いのさ。今度はこっちからいくぞ」

 文字通り悪魔的な笑みを浮かべ、カルヴァドスはプリキュアからは見えない場所からキメラを意のままに操る。

 敵の攻撃を躱し、咆哮を上げるキメラ。

 巨体を動かし周囲を飛行しているケルビムとラプラスの背後へ素早く回り込むと、そのまま体当たりを仕掛ける。

 二人はこれを躱すが、その直後に体当たりを上手く避けたばかりのラプラス目掛けて奇襲が仕掛けられる。

『きゃああ!!』

 横薙ぎに飛んで来て、身体を叩きつける重くずっしりとした感触。それはキメラの尻尾部分であり、身の丈に合った大きさに加えて先端部には猛毒が備わっている。

「フェンリルの脚に、マンティコアの尻尾」

 地上へ叩き落とされたラプラスの身を案じつつ、ケルビムはキメラから死に物狂いで逃げる。

 キメラは彼女を執拗に付け狙い、生え備わった左右それぞれ二本の不気味な腕で逃げる標的を補足しようとする。

「フレースヴェルグにゴーレム、それにクラーケンの腕! ボディはミノタウロス! そしてビッグフットの体毛!」

 コンピューターゲームに没頭する子供を彷彿とさせるが如く。嬉々としてカルヴァドスはキメラを遠隔操作で操る。

 世界中でその存在が確認された凶悪なクリーチャーから採取した、あらゆる遺伝子データを元に作り上げた凶悪な魔獣。その力量を見ながら湧き上がる破壊と殺戮の衝動、言い知れぬ興奮に胸が高鳴っていた。

「きゃあああああ!!」

 とうとう、ケルビムもまたキメラによって撃ち落とされた。

 パワーでも飛行能力でも、あらゆる面でキメラはプリキュアのそれを凌駕する力を備え持っていた。

「ふふふ……はははははは!! 期待通りの出来栄えだっ! どうですか、ホセアさん!! ボクの作ったオリジナルクリーチャーはすごいでしょう!! 自分でも惚れ惚れする!!」

 創った本人も正直、ここまでのポテンシャルを秘めているとは思わなかった。カルヴァドスは想定以上の成果を挙げるキメラに大満足だった。

 

 一方、ディアブロスプリキュアは依然として劣勢な状況を好転出来ぬまま、圧倒的な力を持つ敵の侵攻を止めようと躍起になっていた。

「シュヴァルツ・エントリオール!!」

 暗黒騎士バスターナイトこと、十六夜朔夜は暗黒魔盾バスターシールドの目を開眼し、そこから闇の波動を放射する。

 闇の波動によってキメラの動きを一時的にでも封じ込めようと試みるが、それすらも意味を為さない。キメラは内側に秘めし邪悪な闇の力を咆哮とともに解放――その力をもってバスターナイトを後退させる。

「ぐあああああああ!!」

 結局、単純な力負けをしてしまう始末。

 ならば、同じ土俵で戦えば倒せなくても何とか一矢報いる事が出来るかもしれない……そう思ったのはスプライト・ドラゴンのレイ。

『私が相手だぁぁぁ!!』

 本来の姿に変身し、巨体を活かし同じ巨体のキメラに真っ向から勝負を仕掛ける。

『ブレス・オブ・サンダー!!』

 口腔内で生成された高密度の電気エネルギーを一気に放出する。

 キメラは前方から飛んでくる雷光弾を避けると、闘争本能を剥き出しにレイ目掛けて強烈な体当たりを仕掛ける。

『うぎゃああああ!!』

 同じ巨体でも内面に秘めるパワーはレイの想像を絶するものだった。

 体当たりを食らったレイは地面に激しく叩きつけられ、元の使い魔サイズに強制的に戻ってしまった。

 あらゆる敵を踏みにじり、蹂躙する魔王獣。キメラが上げるその咆哮は、周りの空気を震わせ聞く者に畏怖の感情を植え付ける。

 これまでに経験した事のない窮地に立たされたディアブロスプリキュア。メンバー全員の体に生々しい傷跡が生じ、勝てる見込みが見出せぬ状況に敗色濃厚だ。

「な、何なのよあいつ!? マジでバケモノじゃない!!」

「ハヒ……こんなの反則です! スーパー戦隊だって巨大ロボがないと倒せないです……」

 状況を悲嘆するラプラスとウィッチ。その傍らで、使い魔態に戻ったクラレンスは重い瞼を開け、天空を支配するキメラを今一度仰ぎ見る。

「あのクリーチャー、見たところ色んなパーツが組み合わさってるみたいですけど……」

「おそらく、錬金術を悪用したのでしょう。あれは最早クリーチャーではありません。ただの異形の存在です!」

 と、ピットが確信を持った言葉を紡ぐ。それを聞いたバスターナイトとケルビムは厳しい表情を浮かべながら、カルヴァドスの行為を蔑如(べつじょ)する。

「カルヴァドスめ……こんな怪物を作り出して、自分が創造主にでもなったつもりか!?」

「だとしたら、思い上がりも甚だしいわよ……!!」

 自らの欲望に忠実に従った結果、カルヴァドスは史上最強にして最悪の存在を創り出した。

 彼がキメラを作成するに至ったその欲望とは……〝いろんなクリーチャーのパーツを組み合わせたらどんな怪物が生まれて、それを暴れさせたらどうなるのだろう〟、といういかにも子どもの純粋な疑問を具現化させたものだった。

 やがて、キメラはディアブロスプリキュアを見下ろすと、口から町を即座に焼き尽くす死の熱線を放射――攻撃を開始する。

「「「うわあああああ!!」」」

「「「「だああああああ!!」」」」

 直撃こそ免れたものの、あまりの破壊力に余波も凄まじい。各々ビルの壁に激突するほどの膨大なエネルギーを内包していた。

「な……なんてパワーだ!」

「これじゃあと数分もしないうちに東京全体が焼け野原になってしまいます!!」

 早急にどうにかしないといけない。

 しかし、キメラの強さは規格外。強さの次元というものが明らかに異なる最強最悪のクリーチャー。だが……

「やるしかないのよ……」

 震える声で、ケルビムはボロボロになった体を起こし皆に活を入れる。

「こうなったら、私たちだけであいつを倒すしかないわ! リリスがいない今、私たちが町を守らないといけないのよ!!」

 ディアブロスプリキュアの要とも呼べる存在――キュアベリアルこと、悪原リリス。その彼女が不在の今、彼女の分まで戦い町を守る事こそが自分たちが命懸けて果たすべき使命だとケルビムは訴える。

 話を聞くと、ウィッチもバスターナイトも、そして使い魔たちも彼女の意志に答えるように傷ついた体をゆっくりと起き上がらせる。

「テミスさんの言う通りです……リリスちゃんの為にも、自分たちの為にもここはネバーギブアップです!!」

「やってやるさ……何が何でも!! オレ達だけでも!!」

 

「無理だね。君達だけじゃ」

 そのときだった。重低音を発するエンジンを備えた一台の装甲バイクが彼方より現れ、猛スピードで接近してきた。

 青を基調としたスマートなボディ。時速百キロを超える速度で走りながら、燃えるような赤を彷彿とさせるパワードスーツに身を包んだセキュリティキーパーこと、神林春人が駆け付ける。

「春人っ!!」

 思わず吃驚した声を発するバスターナイト。

 すると、セキュリティキーパーは背中に背負っていた五連装のミサイルランチャー、正式名称【セキュリティキーパー多目的巡航五連ミサイルランチャー】。通称【SKクラスター】を走りながら構える。

 標的をキメラに定めた直後、その引き金を引いた。

 着弾の瞬間、多段爆発を起こしキメラの皮膚は燃え上がるとともに焦げ落ちる。悲鳴にも似た声を上げ苦しむ魔王と、その光景に感嘆の声を漏らすディアブロスメンバー。

 セキュリティキーパーは満身創痍な彼らのすぐ近くにバイクを停車させると、彼らの安否を気遣った。

「どうやら間に合ったみたいだね。君らが思っているほど、僕ら警察もそこまで無力ではないんだ」

「春人さん、来てくれたんですね!!」

「傷はもう大丈夫なんですか?」

 嬉々とするウィッチ。クラレンスが不安げな顔でセキュリティキーパーの容体を気に掛ける。

「あんなバケモノが現れていながら、何もしないで寝ている方が異常だよ。それに、現状ではあいつをどうにか出来るのは僕らしかいないんだ」

「え? それどういう意味?」

 セキュリティキーパーの言葉に違和感を抱き、ケルビムが恐る恐る尋ねる。

 すると、尋ねられたセキュリティキーパーの口から日本と言う国柄が生み出す遣る瀬無い現実が浮き彫りとなる。

「……既に政府は災害緊急対策の布告を総理が宣言し、巨大不明生物に対する治安維持の為の自衛隊による武力行使命令が下された。だが、他国からの侵略はおろか自国でこのような事案に対処するのは戦後初めての事だからね。全てが後手に回っている。しかも現場は人口密集地。現実問題として、警察による短時間での避難誘導は困難を極めている。防衛出動となれば、逃げ遅れた住民や局員を戦闘事態に巻き込む可能性がある」

「――つまり、国としては内閣総理大臣のゴーサインが出ない限り、あれを攻撃する事は出来ず、大規模な武力行為も制限される。だからオレ達の様な限られた戦力であれをどうにかするしかないと」

 セキュリティキーパーの話をバスターナイトは皆にも分かり易い様にかみ砕く。

「そんなの無理ゲーに決まってるじゃない!! まったく、どうしてどこの国も役人っていうのは無能っていうか、大局を見ていないというか!!」

「物事を俯瞰で見るということは、簡単そうに見えてとても難しい話です」

 日本政府の後手に回った対応に激しく癇癪を起こすラプラスを見ながら、レイは悟ったかのように自身の意見を呟いた。

「とはいえ、あれを放置する事はこの国の治安に関わる。政府にあまり期待を寄せられない以上、僕らでここを持たせるんだ」

「「「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」」」

 セキュリティキーパーの言葉に鼓舞されるメンバー。

 眼前に佇む凶悪な魔王の姿を目の当たりにしながら、セキュリティキーパーは手持ちの武器を準備しつつ、隣に立つウィッチに声をかける。

「天城はるか。君は確かこう言ったね。スーパー戦隊の巨大ロボがないとあれを倒せないと」

「はい……そうですけど」

 何故急にそんな事を言うのか、疑問に思っていた矢先、彼の口から意外なポジティブトークが飛び出した。

「確かに、あれを倒すには巨大ロボのひとつやふたつ必要かもしれない……でも、最近のライダーの中には、僕らと同じサイズであれほどの大きさの敵を倒した事例もある事を知っているかい?」

 聞いた瞬間、ウィッチは思わず目を見開いた。それは彼なりに周りを気遣う優しさの現われであるとともに、自分達でもキメラを倒すことが出来るという勇気を与える言葉だった。

「……なるほど。それは知りませんでした!」

 確証などあるわけではない。だが不思議と、決して無謀な戦いではないという気持ちが湧いてきた。ウィッチはセキュリティキーパーから勇気を得ると、クラレンスを肩に乗せてから杖を手に構え直す。

 巨大な敵を前に一致団結するメンバー。

 プリキュアと警察組織がひとつとなり、大いなる力を秘めた魔獣に立ち向かう。

 町の平和を、人類の未来を守る為……悪魔と天使、人間と言う垣根を超えた共闘が今、幕を開ける――――。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダ邸

 

 仲間たちがキメラと戦っている事を知り、ディアブロスプリキュアの要たる悪魔――リリスは生命維持がやっとの体を無理矢理叩き起こし、自らも出陣する覚悟を決める。

 ベルーダは戦いに臨む決意を固めた彼女の為に、特別な薬品を用いて体調の最終調整を行う。彼としては、彼女を戦いの場に送る事はどうにも気が引ける。だが彼女の鋼鉄の意志は自分程度の言葉では決して揺れ動かない事も熟知していた。

 調整が済み、リリスはふぅーっと息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がる。

「ありがとうベルーダ博士。少し楽になったわ」

「本当に行くつもりなのかリリス嬢?」

「あんな奴が出てきた上に、あんなバケモノが現れてみんなが戦ってるのに……私一人だけ黙って寝てられないわよ」

 テレビの映像で生中継される魔獣キメラ。それと激しい戦闘を繰り広げるディアブロスプリキュアのメンバーたち。

「じゃがお主の体は既に限界を超えとる! こうして立ってまともに喋れる事も奇跡みたいなものじゃぞ。そんな状態でプリキュアに変身などすれば今度こそお主は……!!」

「分かってるわよ。全部分かってやってるのよ」

 強めの語気でそう口にする。

 やはりベルーダが何と言おうとリリスの意志は変わらない。

 死のリスクがあまりに高すぎる此度の選択がいかに危うい事なのか、それを分からないほどリリスは愚かな悪魔ではなかった。

 やがて彼女はベルーダに背を向けながら、おもむろに語り出す。

「ベルーダ博士……私は死ぬ為に今までプリキュアとして戦って来たんじゃないの。これからだってずっとそうよ」

「リリス嬢……」

 死ぬ為に戦っている訳ではない――そう口にしながらも、ベルーダは同時に理解した。言葉は裏腹な彼女の、無意識に死へ突き進む矛盾に満ちた心意を。

「しかし!! 科学者として不完全な状態で行かせるわけにはいかん!」

 感情が高まり、ベルーダはリリスの自殺行為とも呼べる愚行を制止しようと必死だった。

「――私の人生は灰色だった」

 そのとき、ふとしてリリスが声のトーンを下げてから、おもむろに呟いた。

「あの日……洗礼教会にすべてを奪われた日から、私はずっと灰色の世界で生きていた。家族を失い、故郷を失い、憎しみという感情が芽生えてからと言うもの……目に映るものや聞こえてくる音に至るまで一変してしまった。それまで美しいと思えた事のすべてが歪み、見るに堪えず、聞くに堪えず、本当の意味で幸せな時間など一瞬たりとも味わう事なんて出来なくなっていた。でも……そんな灰色だった私に(いろ)を取り戻してくれたのは他でもない。私の倦んだ心に救いを与えてくれたのは、みんななの……」

 デーモンパージの日から今日に至るまで様々な出来事を振り返りながら、リリスはようやく気が付いた。淀みくすんでいた自分の世界には、既に鮮やかな色があった事に。その色が次第に集まり、灰色一色だった世界を今一度カラフルにしていった。

 悪原リリスの人生は決してモノクロなのではない。あるのは怒りや悲しみだけではない。それに勝るとも劣らない喜びも、楽しみも、幸せもある。それを彼女自身に気づかせてくれたのは、他でもなく今の彼女をありのままに受け入れる者たちに他ならなかった。

「もっと早くに気が付けばよかった。もっと早くみんなに感謝すればよかった。私は、みんなに生きる希望をもらっていた……だから今度は、私が絶望からみんなを救う番」

 生きる希望を見出した者たちの為に、リリスは自らを奮い立たせる。たとえそれが、自らの寿命を削る愚行だとしても、彼女は止まらない。なぜなら、それこそが悪原リリスの――最初で最後の真に欲するところの感情だから。

「私の体を気遣ってくれる事は嬉しいけど、こればかりは私の好きにさせてくれないかしら。もし残り少ない命なら尚更よ。最期が近づいているって言うなら、私のやりたい事をやらせてちょうだい」

「狂気の世界で戦い続ける自分の邪魔をするな……そう言いたいのか?」

 再三に渡る忠告にもリリスが耳を貸す事は無かった。

 僅かばかり後ろの方へ振り返った彼女は、若干潤んだ瞳でベルーダに懇願する。そんな瞳を見ると、ベルーダもこれ以上強く引き止める事が出来なくなった。

 とうとう根負けしてしまった。複雑な思いを抱きつつ、ベルーダは彼女の背中を押してやる事を決めた。

「………死ぬなよ」

 ただ一言、それだけ伝え彼女を見送ってやる――今のベルーダにとって出来る事はおそらくそれくらいだけだろう。

「――――――……ありがとう」

 我儘を聞き入れてくれた事に心から感謝し、リリスは部屋を飛び出した。

 館の外に出ると、ベルーダから返却してもらったベリアルリングを中指に嵌め、天に掲げ語気強く唱える。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 

 紅色に光輝く指輪。

 彼女の全身を同じ色のオーラが包み込んだ。

 光の中で、リリスの黒いミディアムヘアは紅色の長いポニーテールへと変わる。さらに、左側に悪魔の翼を模した飾りをつけて、黒とマゼンタを基調とするバトルコスチュームを身に纏う。

 深い黒の長いソックスとショートブーツを履き、胸に黒のコウモリリボンをつけて、肩を覆うマントを掛け、最後に薄い紅色のコウモリ形のイヤリングをつけ変身完了。

 背中から悪魔の翼を生やし、空中で一回転をしてから、翼で体を包み込みながら変身後の名乗りをする。

 

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

 キュアベリアルとなったリリスは、仲間たちが待つ戦場へ向かう為、背中の翼をいっぱいに広げ――地を強く蹴ると同時に空へと舞い上がる。

(待っててみんな。すぐに行くから――――!!)

 

           *

 

東京都 中心部

 

 立ち塞がる巨大なる敵。首都東京を蹂躙する魔獣に立ち向かうべく、日本警察が誇る正義の執行者・セキュリティキーパーは新戦力を投入する。

 搭乗してきた特殊装甲バイク【SKビートル】に搭載されたアタッシュケースを手に取り、専用のセキュリティーとパスコードを入力する。

〈Safety device release〉

 安全装置が解除された直後、アタッシュケースはその姿を攻撃用のロングバレル砲、通称【SKアヴェンジャー】へと姿を変える。

〈Particle Cannon〉

「ファイア!!」

SKビートルに搭乗し、セキュリティキーパーはSKアヴェンジャーとリンクさせた強力砲撃をキメラへとお見舞いする。

 鉄筋コンクリートくらいの厚さのものなら一撃で貫通するほどの威力を誇るパーティクルキャノン。だが、キメラの丈夫さは鉄筋コンクリート以上――黒煙が晴れて見えてきた肌に目立った傷はついていない。

「こうなったら、オレたち全員の技をヤツにぶつけるんだ!」

「はい!!」

「わかったわ!!」

 並みの攻撃が通じないのならば、全員一丸となって魔獣に立ち向かう方が最も理にかなっている。バスターナイトの呼びかけにウィッチもケルビムも潔い返事を上げ、各々の強化変身リングを取り出し中指に嵌める。

「ヴァルキリアフォーム!!」

「オファニムモード!!」

 魔女と天使の中指に嵌った二つの指輪が目映い光を放つと、ウィッチとケルビムの全身を同じ色の光ですっぽり覆い隠す。

 光が晴れた時、キュアウィッチは北欧神話に登場する半神の名を冠する【ヴァルキリアフォーム】となった。キュアケルビムは天使のヒエラルキーにおいて、第三位に位置する天使の名を冠する【オファニムモード】へ変身した。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 そして、バスターナイトもまた今一度秘められし力を解き放つ。

 紅蓮の炎が全身を包み込むと、火炎龍の魂を封じ込めた宝玉を胸部に埋め込んだ鎧を纏いし騎士の姿【スタイル・クリムゾンデューク】へと変わった。

 魔王の如き相手を見据え、キュアウィッチとキュアケルビム、バスターナイト、セキュリティキーパー、そして使い魔たちは機を見て一斉攻撃を仕掛ける。

「プリキュア・イリュージョン・マジック!!」

「プリキュア・セフィロートクリスタル!!」

「スカーレット・インフェルノ!!」

〈Particle Cannon Full Burst〉

「喰らえっ!!」

『ブレス・オブ・サンダー!!』

『テンペスト・ウィング!!』

 カオスピースフルを倒す程度であれば身に余る攻撃だったに違いない。

 怒涛の如く押し寄せる大火力はキメラの周囲に多量の爆炎を巻き起こし、一時的に魔獣の姿をすっぽりと覆い尽くした。

「やったか!?」

 不安と若干の期待を抱きつつ、白煙が収まるを待つ。

 ゆっくりと煙が晴れていく。するとそこには目を疑うような光景が広がった。

「な……っ」

 あれだけの攻撃を受けていながら、ほぼ無傷と言っても過言ではない巨大な合成魔獣の姿が有った。キメラは正に史上最強の脅威として依然立ち尽くしており、愕然とするディアブロスプリキュアのメンバーを嘲笑するように咆哮を上げた。

「ハヒ……まるで技が効きません!!」

「なんて奴だ……」

「全員で攻撃してもビクともしないなんて……」

「強い……強すぎる!!」

「僕達にはどうする事も出来ないのか!?」

 滅多に弱音を吐かないセキュリティキーパーでさえ、素直に悔しがってしまうほど状況は極めて悪い。キメラは茫然自失と化す彼らを見据え、口を広げた瞬間――無暗やたらと死の熱線を放ち始める。

「「「「「「うわああああああああ!!」」」」」」

 凄まじいパワーを秘めた死の熱線の威力に全員は吹き飛ばされ、疲弊した肉体に急速な負荷を蓄積させていく。

 破壊衝動のみによって暴れ回るキメラ。

 本能の赴くままに熱線を放ち、瞳に映るすべてを焼き尽くさんと言わんばかりに攻撃を続けた。

 人工物という人工物が、その場にある自然物でさえも無差別に焼却する死の熱線。

町は炎に呑みこまれ気が付くとそこは瓦礫の山と化す……地獄絵図のような光景が寒々と広がっていくのをウィッチたちは各々の瞳に焼き付ける。

「このままでは町が……!!」

「ですが、こっちもパワーを消耗していくだけです……!!」

 肉体的ダメージの蓄積は、戦う気力を急速に削ぎ落としていく。

 技を放ったところでキメラの前には無意味。逆にキメラの方が終始プリキュア勢を圧倒している。

「諦めて……たまるものか……!」

 目元が罅割れた仮面で瓦礫の山を見据えながら、バスターナイトは剣を杖代わりにして、立つことすらようやくといった状態である。にも関わらず、圧倒的な力の前に諦めの色を浮かべ始めたメンバーに、もう一度立ち上がる様叱咤激励する。

「イケメン王子、我々はもう!」

「オレたちなんかよりもリリスの方がずっと辛いんだ……!」

 その言葉に機敏に反応するウィッチたち。震える声でバスターナイトは尚も続ける。

「オレだって、洗礼教会から全てを奪われた時、何度この世界を恨み更地に変えてやろうと思ったことか。だが、リリスが……それに耐えているのに。一番この世界を恨んでいるはずの彼女がそれに耐えているのに……オレたちに何が出来る!? 哀しい欲望に手を伸ばし、復讐を果たす為に自らの破滅を厭わない。そんな二律背反の中で苦しみ続ける彼女を救えるのは、オレたちしかいないんだ!! 彼女のすべてを理解することは出来ないかもしれない。その渇いた心のすべてを満たすことは出来ないかもしれない。それでも、あの子の傍に居続けることぐらいは出来るんだ! オレは……オレはもう……」

 目を伏せ、幼少期からずっと憧れを抱いていた、太陽のようにまぶしかった彼女の姿を思い出す。そして、噛みしめるようにして自身の願いを吐き出した。

「あの子が苦しむ姿を見たくないんだ……!」

 弱みひとつ周りを打ち明ける事も出来ず、袋小路の中でたった一で苦しみもがく悲劇のヒロイン。バスターナイトは最愛の人が心から笑顔を取り戻してほしいと切に願った。

 その気持ちは周りにも伝播する。人間界で初めて悪魔の親友となった人間の少女、悪魔と相反する天使の少女の心は奮い起こされた。全身の痛みを堪え、もう一度親友を救いたい――ただその一心で身を立たせる。

「……朔夜さんの言う通りです。はるかも、気持ちは全く一緒です! リリスちゃんにはこれから先幸せになってほしいんです!」

「私も同じよ。リリスの本当の友になると決めたからには、絶対に諦めるわけにはいかないわ」

「やれやれ……揃いも揃って青いね。でも、そういうのは嫌いじゃないよ」

 バスターナイトの言葉で奮起したメンバーは再度キメラに立ち向かう決意をする。

 衝動のままに破壊を繰り返すキメラに、各々渾身の力を振り絞って技を繰り出す。

 しかし、必死の攻撃も依然として通じている様子はなく、キメラは目障りな虫を払うように腕を、脚を、尾を振るう。

 そしてとうとう、異形なる腕を使って疲労困憊のバスターナイトとセキュリティキーパーを握りしめ圧力を加え始めた。

「しまった……!!」

「ぐ……ぐああああああああ!!」

「イケメン王子!!」

「春人さん!!」

「あたしたちには、どうする事も出来ないの!?」

 強化変身した力を以ってしても魔獣には為す術無し。

 仲間がキメラによって倒され糧にされようとしているのを、ただ指を咥えて見つめる事しか出来ないのかと思われた………そのとき。

 

「クリーチャーぁぁ!!」

 彼方より空を切り裂く紅色の閃光が飛来する。

「私が相手よぉ!!」

 声に反応して空を見上げると、飛んで来たのはディアブロスプリキュアの要。悪魔でありながらプリキュアという稀少なる存在――キュアベリアルこと、悪原リリスが仲間たちの元へ駆けつけた。

「リリス様ぁ!!」

「「リリス(ちゃん)!!」」

「ダメだリリス……来ちゃいけない……ぐああああああ!!」

 一見気丈に振舞うベリアルだが、無理を承知の上で起き上がり前線に舞い戻って来た事をバスターナイトが気付かない筈がない。

 下手にキメラを刺激してベリアル自身も魔獣に捕まる事を恐れ、来るなと警告するバスターナイト。だがキメラはその口を塞ごうと彼の体に圧力を加える。

「私の大事な婚約者に何してくれてるのよっ!!」

 眼の前で婚約者を傷付ける魔獣に怒髪天を衝き、ベリアルは悪魔の力を解放し、両手から紅色に輝く魔力の衝撃波を放った。

「はっ!!」

 衝撃波がバスターナイトとセキュリティキーパーを拘束しているキメラの手の甲を直撃。

 その衝撃で反射的にキメラは二人を拘束していた手の力を緩めた。その隙に、バスターナイトとセキュリティキーパーは無事に脱出を果たす。

 キメラは獲物を取り逃がした事への怒りを、ベリアルにそのままぶつけようと思い死の熱線を放ち攻撃を開始した。

「ふおおおおおおおおおおおお!!」

 次々と飛んでくる熱線をベリアルは高速飛行を繰り返して避け、敵の懐に飛び込みそのまま体当たりを仕掛ける。

 ガツーン……。という鈍い音が響き渡る。捨て身とも思える攻撃がキメラに効果的なダメージを与える。

 魔獣の体が反動で後ろにひっくり返った。

「ぐうううう……」

 だが、それと引き換えにベリアルは急激なエネルギー消耗を伴い宙に浮いている事も辛くなった。地に下りると直ぐに意識が朦朧とし、立っていられなくなってその場に跪く。

(は、は、は、は、は、力が……抜ける……!)

「リリスちゃん、危ないッ!!」

 すると、ウィッチが危険を知らせようと大声で呼びかける。

 気が付くと、キメラは立ち上がった際に左右二本の腕を使ってベリアルの体を羽虫を叩く要領で叩いてきた。

「きゃあああああああああ!!」

 バチンという音を立て、叩かれたベリアルは瓦礫の海へと飛ばされた。

「リリスっ!!」

「リリスさん!!」

 無理をしている状態に追い打ちを掛ける攻撃。

 ウィッチたちを凌駕する肉体への負荷。激しいダメージを受け心身ともに気息奄々(きそくえんえん)でありながら、ベリアルは歯を食いしばって立ち上がる。

「これしきの事で……キュアベリアルが倒されるものですかぁぁぁ!!」

 咆哮を上げると、悪魔の翼を広げ再び飛翔する。

 上空からキメラを見据え――ベリアルは急降下をしながら魔獣の顔面目掛けて強烈なパンチを繰り出す。

「ほおおおおおおおおおおおお!!」

 信念の籠もったパンチが、キメラの顔面を変形させる。これまでとは一味も二味も異なるパワーにキメラは反動で後ずさる。

「はああああああああああああ!!!」

 パンチが決まれば、今度は信念の籠もったキックが炸裂。強化変身も無しに通常状態でこれだけのダメージを与えるベリアルの武勇に一同は唖然。

「強化変身も無しにキメラと互角にやり合っているなんて……!」

「すごいですリリスちゃん!!」

「いや――違うね」

 冷静にそう呟いたのはセキュリティキーパーだった。彼はこのとき、キメラをも圧倒する力を発揮するベリアルの姿を見ながら冷静に分析を行っていた。

「君たちは知っているかな。技には消耗限界を超えると全く出せなくなるものと、それを超えても命を削って出す事が出来るものがあるんだ。悪原リリスの場合、明らかに後者と見た」

 すると、バスターナイトはハッとした表情を浮かべた。

「まさか……この期に及んで自分の命を糧に力を出していると言うのか!?」

「おやめくださいリリス様っ!! リリス様っ!!」

 レイの制止も無視して、ベリアルはキメラと戦い続ける。連続パンチとキックで徹底的にダメージを与えると、一旦距離を置く。

「ベリアルスラッシャー!!」

 悪魔の翼から放たれる紅色に輝く無数の手裏剣がキメラを攻撃する。

 しかし、いつまでもベリアルに攻撃の隙を与えるほどキメラは生優しくはない――むしろそれを踏みにじる凶悪な性格なのだ。

 目を剥いた瞬間、キメラはベリアルの体を異形の腕で鷲掴んだ。

「ぐっ!! ぐああああああああ!!」

「リリス様ぁ!!」

「早くリリスちゃんを助けないと!!」

「しかしラプラスさん、あのクリーチャーは様々な生き物のパーツを組み合わせて作られた魔獣です! 通常の攻撃は通用しません!!」

 ピットが客観的事実を述べた直後だった。

 ウィッチとケルビム、バスターナイトの三人は迷いなくベリアルを助け出そうと飛び出した。

「リリスちゃーん!!」

「リリスを放しなさいバケモノ!!」

「リリスっ!!」

 三人がかりでベリアルを救おうとし、ベリアルを掴むキメラの手に激しい攻撃を浴びせる。

 その甲斐あって、ベリアルを拘束していた腕が開き、何とか脱出させることに成功した。ベリアルは激しく息を乱す中、懐に手を突っ込みヘルツォークリングを取り出した。

 瞠目するウィッチは「リリスちゃんいけません!! そんな状態で強化変身なんてしたら……!!」と警告するが、

「私は死ぬ為に戦ってる訳じゃないのよ!!」

 無理矢理そう言い聞かせ、ベリアルはヘルツォークリングの力で雷のエレメントを宿した強化形態――ヘルツォークゲシュタルトへと変身した。

「レイ、来なさい!」

「リリス様……御意っ!」

 本当ならば主を止める事が正しい判断なのかもしれない。だが使い魔である以上、主の思いを組み主の為に我が身を捧げるのが最も献身的な行為なのかもしれない――そう判断したレイは、レイハルバードへ変身しベリアルの手元へと収まった。

「はあああああああああああ!!」

 レイハルバードを両手で持ち、キメラへと斬りかかる。

 しかしキメラは異形の腕の一本でハルバードの一太刀を受け止めると、別の腕を使ってベリアルを体を地面へと叩き飛ばした。

「きゃああああああ!!」

 叩き飛ばされたベリアルの体が地面へと深く食い込んだ。

「リリスちゃんに乱暴をしないで下さいっ!!」

「ほおおおおお!!」

「ふん!!」

 ウィッチとバスターナイト、セキュリティキーパーがキメラに向かって反撃を行う傍ら、ケルビムは傷ついたベリアルの元へ向かった。

「大丈夫!? 待ってて、すぐに治療を……」

「うるさいっ!!」

 あろう事かベリアルはケルビムの治療を拒否。少しばかりの気休めの治療が何の意味を持たない事を分かっているからこそ、ベリアルは治療を受けるよりもキメラを倒す事に集中する方が合理的であると考えた。

「ぐ……うううううう!!」

 しかし、限りなく命を削ってきた今のベリアルに戦う力はほとんど残っていない。限界を超えた体ゆえに強化変身も直ぐに解けてしまい、反動の激痛が全身を駆け巡る。

「ふふふ。さぁ、リリスちゃんはどうするのかな? キメラに倒されてジ・エンドか。それともプリキュアの力に呑まれてジ・エンドか。どっちにしても君の死は免れないけどね♪」

 遠くの方から戦況を見守っていたカルヴァドス。子どものようなあどけない表情でどす黒い笑みを浮かべ、ベリアルの命からがらな状況を嘲笑う。

「こうなったら……」

「リリス!?」

 心配を寄せるケルビムが見つめる中、最後の力を振り絞ってベリアルは一世一代の大博打に打って出る。

「こうなったら、刺し違えてでもアンタを倒す!!」

 そう口にした次の瞬間。

「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ベリアルの全身から紅色に輝く魔力光が凄まじい勢いで放出される。強い魔力の光はオーラとなって彼女の体を包み込みドーム状に形成される。

「何をするつもりなの!?」

「自らの命を消費して瞬間的にプリキュアの力を極限まで高め、その凄まじいエネルギーを敵にぶつける気なんだ!!」

「リリスっ!! そんな事は無意味だ!! やめるんだ――っ!!」

「リリスちゃ――ん!!」

「はああああああああああああああああああああああああはあああああああああああああ!!」

 仲間たちの声を右から左へ受け流し、ベリアルは全身を紅色の魔力で包み込むと躊躇いなくキメラへ突進して行った。

 熱線を放つキメラの攻撃を正面から受け止め、押し返しながらベリアルは心の中で呟く。

(私は……もう、誰もいなくなってほしくないから……失くしたくないから……だから!! だから!!)

「リリス様っ―――!!」

 誰も失いたくない……誰もいなくなってほしくない……臆病な彼女が求めたものは結局のところそれだった。

 仲間を失うくらいなら、自分の命を投げ打ってでも仲間を守ると心に決めた。例えそれが意味のない事、愚かな事だと非難されようと彼女の意志は変わらない。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ――ドカン!! ドドドーン!!

 キメラとの衝突時、大爆発が発生した。

 黒煙が晴れると、ウィッチたちは見た。コスチュームもボロボロになったベリアルが中空で浮遊している姿。そして刺し違える覚悟で一撃必殺の攻撃を繰り出したベリアルの技にも屈しない強靭な肉体を持つキメラを。

「そ……そんな……………」

 希望が潰えた瞬間、とうとうベリアルは力尽きた。

「リリスちゃん!!」

「「リリス!!」」

「「「リリス様(さん)!!」」」」

 力なく垂直にベリアルは墜落し、地面に転がり動かなくなった。

 直ぐに仲間たちがベリアルの元へと駆け寄り安否を確かめるが、ベリアルの体は氷のように冷たくなっており、唇は紫色に変色し、肌の色も不自然なまでに白くなっていた。

「リリスさんが……死んだ……?」

「ウソよ……こんなのウソよぉ!!」

「リリスちゃん、目を開けてください!! リリスちゃん、リリスちゃん、リリスちゃん!!」

 耳元でどれだけ大きな声を発しても、ベリアルはまるで目を覚まさない。

 仲間たちを守る為に我が身を捨てて戦い散った彼女の魂は、果たして何処へ……。

 

           *

 

 悪原リリス、キュアベリアルの魂はどこか分からない暗黒の中にあった。

 

 ――暗い……。

 ――そうか、堕ちていくんだ。このまま地獄の底へ……。

 

 ――私は……死んだみたいね……。

 

 今にして思えば、なんて哀れな最期だったと思う。

 故郷を奪われ、憎むべき敵へ復讐する手段として選んだプリキュアの力。他人を守る為に戦っていたつもりなど毛頭ない。すべては洗礼教会という怨敵を滅ぼす為の力でしかなかった。

 しかし、今ではどうだろう。自分にとってかけがえのない仲間を――顔も知らない他人を救う為の手段としてプリキュアの力を使っていた。いや、元々それが一番正しい使い方だったと、今になって理解した。悪魔のリリスにとって己の欲望の成就以外でこの力を使う事は全くもって予想外の事だった。

 刹那、走馬灯のように駆け巡る記憶と言う記憶。

 今までの戦いが目まぐるしい速さで脳裏を駆け抜け、肉体は漆黒の闇の深淵へと堕ちていく。

 すると、暗黒が渦巻き重力の奔流と化した底から一筋の光が差し込んだ。

 

 ――何かしら……。

 

 遠のいていた意識が薄らと蘇る。

 リリスの体は差し込む光に吸い寄せられながら、ゆっくり……ゆっくりと光に向かって下降していった。

 …………

 ………

 ……

 …

 

 気が付くと、リリスは意識を取り戻していた。

 眼の前に広がる光景。明らかに地球の黒薔薇町の光景とは異なるもの。ただ何となく懐かしい情景に思えた。

「ここは……」

 思案しようとした直後、それは聞こえてきた。

『あはははは!! サっ君こっちこっち!!』

『待ってよリリスちゃん!』

『ふたりとも、そんなにはしゃいだりしちゃ転ぶわよ』

 普段から聞き慣れた声。

 眼前に見えて来たのは一人の少女と、その少女の後を追いかける気弱そうな少年、そして二人の子どもに振り回され困惑気味な女性。

 紛れも無くそれは幼い頃の自分と、婚約者の朔夜、人間態に扮したラプラスであった。リリスは幼い自分と朔夜たちの姿を目の辺りにして瞠目する。

「あれは……昔の私! それにサっ君とラプラスさん!」

 驚く自分を余所に、幼いリリスはとにかく笑っていた。花のような笑顔を絶やさず、いつだって元気いっぱいで、側にいる誰かを幸せな気持ちにする。

 そんなリリスと戯れている朔夜とラプラスの二人も、自然と屈託ない笑みを浮かべていた。

 今のリリスから想像もつかないような明るい性格。リリス自身もすっかり忘れていた事実だった。

「そうだった……昔の私はああやってよく笑っていた。悪魔の癖に曲がった事が嫌いで、身内が酷い目に遭ってると放っておけなくて。それがいつからだったかしら……私は心の底から笑う事も、筋を通す事も出来なくなってしまった。ずいぶん落魄れたものね」

「それは些か拙速な判断じゃないかしら。あなたは自虐するほど、落魄れたりなんてしていないわ」

 唐突に後ろからそう呼びかける声がした。しかもその声はリリスの記憶の中にある物の中で、最も大切であり愛おしいものだった。

 声に驚きながら恐る恐る振り返ると、一人の女性がリリスの元へゆっくりと、だが確実に一歩、また一歩と近づいてくる。

 紅色に輝く肩を超えるほどの長髪をなびかせ、気品あふれる美しい容姿を持ったリリスが最も尊敬し愛した母――リアス・ベリアルが目の前に現れた。

「……お母様……!!」

 見た瞬間、目を丸くし絶句する。

 当然だ。リアスは既に十年前のあの日に死んでいるのであり、夢でもない限りはこうして会う事も話す事も出来ないのである。

 眼前の光景に終始唖然とする娘を見ながらリアスは静かに微笑み、やがて口を開く。

「少し見ない間に立派になったわね。リリス」

 目の前にいるのは最愛の母。願ってもなかった光景が本物であると認識した瞬間、リリスは全速で駆け寄り、その胸の中へと顔を埋めた。そんなリリスを受け止めたリアスは優しい表情で愛娘の頭を撫で、抱擁する。

「リアスお母さま……長いあいだずっと、お会いしたかったです!」

「私もよ。ほんとうに、辛い想いをさせてごめんなさい。十年の月日は残酷ね。私もできることなら、あなたの成長を傍で見守りたかった」

「……私は死んだのですね。もう何もかも終わってしまいました」

「いえ。正確に言えば、今のあなたは生と死の境界線を彷徨っているのよ」

「だとしても、こんなに安らかな気分なのはどうしてなのでしょうか」

 ここはかつて自分が暮らした悪魔界と非常によく似通った場所。ゆえにいつにも増して心が安らいでいるのかもしれない。それとも、半分死んでいる状態だからかもしれない。どっちにしろ、リリスは生まれてこの方十四年――これほど心が安らいだのは生まれて初めての経験だった。

 リアスは、心も体も成長した目の前の娘に対し言葉を紡ぐ。

「リリス。あなたは十分すぎるほど苦しんだわ。あなたが背負っていたのは、一人で引き受けるには重すぎる荷だった」

 すると、その言葉にどこか違和感を抱いたリリスは母の顔を見ながら首を横に振り、自虐的な表情で返答する。

「違います。私は何も背負ってなどいません……その逆です。私は怖かっただけです。あの日のトラウマを抱えてからずっと、私はまた失うのが怖くて、荷を負う事をやめたただの臆病者。故にすべてを拒んだつもりでした」

 きっと母の前だからであろう。普段はるかや朔夜には隠している弱音の感情が、次々と、自然にあふれてくる。

「失う苦しみを味わうくらいなら、最初から何も背負わなくていい。居場所も仲間もいらない……ですが、そんな私の想いとは裏腹に、私にはいつの間にか、仲間が、居場所が出来ていました。だからこそ怖かった。また失うのが……みんなを愛おしく思えば思う程、いつか私の元から遠く離れていってしまうように思えて。その手を離すまいといつの間にかみんなを私の我儘の巻きこんでいました。私は結局、誰も守ってなどいません。私が今の今まで守っていたのは自分だけです。私はそんな自分に愛想が尽きました……こんな私がみんなを守るプリキュアである資格などありません」

「リリス……」

 そのとき、それを否定する声がもう一人聞こえてきた。

「戦士にとって、最も大切なものは力ではない。怖れる心だ。怖れるからこそ、同じく目に見えぬ力に怖れる者達の為に、拳を振るって戦える」

 聞き違いではないかと思った。しかし、それは決してリリスの聞き違いなどではなかった。

「っ!」

 おもむろに目の前に歩いてきた人物に目を向け、リリスは目を見開く。

 白皙(はくせき)の中性的な容姿を持ち、黒と紅色のツートンカラーで構成された重力を無視した独特の髪型で、威風堂々たる王族の出で立ちを振舞う者――紛れも無くそれはリアスと共にデーモンパージの日に死別した父にしてかつての魔王、ディアブロス・ブラッドヴァンデイン・オブ・ザ・ベリアルに相違なかった。

「お父様……どうして……」

 母に続き現れた父の姿に目を丸くする中、そんな娘を見ながら口元を緩め、父・ヴァンデインは諭すように言葉を紡ぐ。

「自分の力に怯えぬ者に力を振るう資格は無い。そしてだからこそ、王は民を守ることが出来る。リリス、お前が本当に仲間の事を思い、心の底から怖れているのなら……お前は既に戦士として、プリキュアとして、かけがえの無いものを手にしているのだ。お前にはやはり王たる者としての血が流れている」

「私に……王たる者の血が……」

 実の父の言葉とは言え、些か信じ難い話だと思うリリス。面を食らいどう言葉を紡いでいいか分からずにいた時だった。見かねたリアスがリリスの目を見ながら、真剣な眼差しで話しかける。

「リリス、よく聞いて。ヴァンの言葉を聞いた上であなたに頼みたい事があるわ」

「こんな私に今更何をしろと……仰るつもりですか?」

 母の顔を見ながら尋ねると、リアスは即答する。

「みんなの所に戻りなさい」

 何度目となる瞠目だろう。

 リリスは父母に背を向けると、自信の無い風に呟いた。

「私は……みんなになんて言えばいいのでしょうか。散々私の我儘に振り回した挙句、勝手に私の方が先に倒れてしまった。こんな臆病者な私をみんなは許してくれるでしょうか」

「大変なのは分かっているつもり。今ではもう……あそこの場所はあなたにとって辛い場所になる事も。いっそこのまま眠りに就いた方が幸せになるかもしれないわ」

 そう言いながら、リアスはリリスの方へゆっくりと近づく。やがてリリスの肩に手を当て、娘が自分の方を見た瞬間「だけどね」と言葉を付け足し、持論を口にする。

「どんな過去を背負っていたって、新しい道を見つけて先に進むことが出来る。たとえそれが何者であっても……」

「……それは、私にも出来なかった事です」

「随分と簡単に諦めるのだな。私とリアスの……魔王の子がそんな事でいいと思っているのか? リリス、確かにお前は臆病者かもしれない。だが、どれだけの臆病者でも変わる事が出来るのだ。悪魔であるお前が伝説の戦士プリキュアになれたように」

「そうよリリス――変身するのよ!」

「お父様……お母様……」

 両親の言葉が、諦める方向に進んでいたリリスの心に待ったをかける。

「今の自分が許せないなら、新しい自分に変わればいいわ」

「うむ。聖なる力に呑みこまれそうだと言うなら、悪魔本来の力でそんな都合の悪い事実を塗り変えてしまえばよいのだ」

「だいじょうぶ、あなたならできるわ」

 すると、リアスとヴァンデインは互いの右手をリリスの手に重ね合わせてから力を込める。

 直後――隙間から窺える紅色の光。光が晴れると、その手には悪魔の両翼が五枚ずつの指輪があった。

 我が子を想い夫とともに作り出したその指輪を、リアスは娘の掌へと託し彼女の手ごと自分の手で包み込んだ。

「リリス。あなた自身が変わる事で道は開かれる。親として、私たちがして上げられる事はこれだけ……悪魔として、最後の最後まで悔いを残さない様に精一杯生きなさい」

「悪魔として生きる……それが私の、新しい変身……!!」

 リリスの心に火が灯ると同時に、自身を包んでいた温かい風景は陽炎のように揺らいでいく。その目に新たな信念が宿ったことを見届けた二人は、最後の最後まで手を重ね、やがて穏やかに消えていった。

 それは、リリスの決意が過去を拭い去った瞬間だった。

 

           *

 

東京都 中心部

 

「!?」

 今の今までキュアベリアルは仮死状態だった。だが、今目の前で起こっている事態にウィッチたちは驚愕する。

 血色の無かったベリアルの肌に血の気が戻り、ボロボロになった肉体には高密度のエネルギーが宿り、聖なる力を糧に悪魔本来の闇の力が戻り始めていた。

「リリスちゃん!!」

「何が起こっている?」

 刹那、宙に浮かび始めた体。

 ゆっくりと体を起き上がらせたベリアルは、重く閉ざされた瞼を開け視界を見定める。

「――たとえ、誰にも選ばれず、資質らしいものを何ひとつ持っていなくても、私のたった一つの大切なものの為に、私はそれを守る王に、プリキュアに変身する!!」

 生と死の境目を彷徨い見つけ出した新たな答え――それを実現するために父母より託された力を今、彼女は出し惜しみする事無く発動させる。

「カイゼルゲシュタルト!!」

 右手中指に嵌った新たなる強化変身リング・カイゼルリングが強い紅色の光を発するや、ベリアルの体は同色のオーラに包み込まれた。

 元々の配色である紅と黒を基調としてコスチュームの上半身から下半身に足るまでがゴスロリチックな装飾へと変化。背中の翼が十枚へと生え変わり、頭部には皇帝の証たる王冠が乗っかった。

 

「キュアベリアル・カイゼルゲシュタルト」

 

 それは奇跡のような進化だった。

 聖なる力の象徴、プリキュアの力をベリアルは悪魔本来の力によって完全に制御した。

 カイゼルゲシュタルト――今ここに、聖なる光エネルギーを必要としない歴史上初となる純粋な闇の力だけを秘めたこの世で現存する唯一無二のプリキュアが誕生した。

「カイゼルゲシュタルト……?」

「なにあれ……あんな姿があるなんてあたし聞いてない!」

「新しい強化変身!」

「しかし、ニート博士から新たな変身リングは提供されていないはず……!!」

「リリスは、自分の力で全く新しい力を生み出したんだ!!」

「だとしたら、あれにはどんな能力が備わっているだろうね」

 悪魔としての力を百パーセント解き放った悪魔プリキュアの真の力と姿に、仲間たちから期待と羨望の眼差しが向けられる。

 ベリアルは咆哮を上げ威嚇するキメラを見据え、宣言する。

「私は――――どんな事が有っても生き残ってみせる。魔王ヴァンデイン・ベリアルとリアス・ベリアルの娘である限り、悪魔の王として何が何でも生き続ける!!」

 次の瞬間――声高に宣言するリリス目掛けて、キメラが死の熱線を放ってきた。

 カイゼルゲシュタルトの力に目覚めたベリアルは、内側から湧き出る強大な魔力を外側へと解放し強力なバリアを発生させた。

 バリアの強度は通常のものとは比べ物にならない。あらゆるものを焼き尽くしてしまうキメラの熱戦とて安々と防ぎ凌いでしまうほどだ。

「哀れな魔獣よ。ひと思いに私がすべて消し飛ばしてあげるわ」

 そう言った瞬間。

 ベリアルは目を瞑り、右手を先に、それから左手を天に掲げてから、紅色の輝く七つの光球を作り出す。

 人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望と感情。七つの大罪を意味する【傲慢】、【嫉妬】、【憤怒】、【怠惰】、【強欲】、【暴食】、【色欲】――それら欲望のエネルギーを一遍に集めた力がキメラへと向けられた。

 

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

 

 七つの欲望の力はキメラの肉体を前に膨れ上がり、悪しき欲望の権化とも言うべき魔獣を同じ欲望の力で飲み込んでいった。

 キメラは跡形も無く蒸発、消滅した。断末魔の悲鳴を上げる事もかなわずに。

「そんな……ボクの……キメラが負けた……」

 あり得ない光景だった。

 こんな結末になるとカルヴァドスは全く予想していなかった。キメラがプリキュアの力に負けるはずがないという、それなりに根拠のある自信を持っていたからだ。

「へへへへ……へへへへへへ……へははははははは!! ははははははははははは!! ははははははははははは!!」

 笑い狂う。狂い笑う。

 カルヴァドスの中でプツンと切れる音が聞こえた。

「上等だよ………キュアベリアル、この代償は高く付くから覚悟しておきなよ。今度は確実に君を無茶苦茶にしてあげるからね!!」

 瞳孔を開き、狂気を内包した瞳からベリアル目掛けて途方もない殺意を放つ。

 ベリアルがこれに気付いたとき、遥か彼方から見つめるカルヴァドスの方を見ながら、冷や汗をかいた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「無事にリリスちゃん復活です!! と言う事で、戦勝祝いも兼ねて海に行きましょう!!」
リ「なんでそう言う話になるかはこの際聞かない事にするけど…レイったら、夜中の肝試し大会には絶対に参加したくないって言い出すし」
レ「暗い暗い洞窟の涯で私は確かに見た!! 我々が住み慣れた世界とは明らかに法則を異にする別世界を!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『肝試しパニック!迷いの洞窟の使い魔!』」


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第33話:肝試しパニック!迷いの洞窟の使い魔!

お待たせしました。第33話の更新です。
今日はいつものテイストとは異なる感じに仕上げてみました。前半はギャグ要素を詰め込み、後半からホラーテイストになっています。
レイが迷い込んだ場所は、前人未到の領域。2話構成となっていますのでゆっくりとご堪能ください。



黒薔薇町 悪原家

 

「海に行きましょう!!」

 突飛なる発言だった。

 キメラとの戦いから数日。夏の終わりも差し掛かった時期に、はるかはリビングに集まった皆々に語勢良く提案する。

 カイゼルゲシュタルトに覚醒して以来、体調不良も無くなりこれまで毒であったプリキュアの聖なる力を悪魔の体質に適応させる事が出来るようになったリリスは、紅茶を飲む手を一旦止め、はるかに視線を向けた。

「な……なによ急に? どうしたっていうの?」

「ですから、リリスちゃんの快気祝いにみんなで海に行きましょうって言っているんです♪」

「そう言えば、前は旅行計画中にあのザッハが幽霊船を使ってきたし……結局、沖縄にもハワイにも行けなかったわよね」

「思えばここのところ、我々はずっと洗礼教会との戦い漬けで碌に体を休める機会などありませんでしたしね」

 レイの言う通り、七月も八月も戦いの日々だった。

 中学二年の夏休みという最も青春を謳歌すべき時期において立て続けに現れた邪悪なる者の脅威。

 戦いという非日常行事に明け暮れるあまり、ディアブロスプリキュアのメンバーは全くと言っていいほど中学生らしい日常を送る事の幸せを忘れていた。

「そうです、そうです!! リリスちゃんも元気になって、あのキメラもやっつけちゃったことですし、ここらで休息を入れるべきだと思うんですよ!!」

「確かにそれは一理あるかもですわ!」

「うん。気分転換にはうってつけかもしれない」

「もちろん、リリスも賛成よね?」

「しょうがないわね。じゃ、今回くらいあなたの我儘に付き合ってあげるわよ」

 はるかの提案にもっと渋って来ると思われたリリスが、思いのほかあっさりと提案を受け入れてくれた。

 彼女の決定は事実上ディアブロスプリキュア全員の決定を意味していた。よって、今この場で海に行くという提案が可決された。

「やったわ―――!! これで新しく買った水着が無駄にならずに済むわ―――!!」

 日頃からの鬱憤や欲求不満に加え、前回のザッハ出現に伴い沖縄にもハワイにも行けず仕舞いに終わり内心やさぐれていたラプラス。場所は問わずとも、海に行けるという事だけでこんなにも気持ちが舞い上がってしまう。

「ラプラスさん、あんなに喜んで。よほどうれしかったんですね」

「しかし、ひとつ気になる点があるのだが……」

 と、微笑ましくクラレンスがラプラスを見守るその隣で朔夜はやや険し気な表情を浮かべる。

「気になる点って……何が気になるというのだ?」

 レイが訝し気に問いかけると、朔夜は意気揚々とし有頂天になっていたラプラスを見ながら、若干罰の悪そうな顔を浮かべながら口にする。

「確かプリキュアシリーズでは暗黙の了解として、海に行く話では登場人物が水着を着用する事は御法度とされている筈だ。ゆえに水着は持っていけないし、現地で着替えるのも禁止だった様な」

「え? ……えええええええええええええええええええええ!!」

 今、明かされる衝撃の事実にラプラスは声を荒らげずにはいられなかった。

 テレビアニメ・プリキュアシリーズにおいて、「誰よりも、小さな女の子に楽しんでもらう」という考えから海やプールに行く話においても水着姿の絵をほとんど用いず、激しく動くアクションシーンでも、パニエやスパッツなどで下着が見えないよう配慮されている。過去の作品で水着姿やシャワーシーンが描かれたことはあるものの、保護者からは不評だった事からいつしか朔夜の言う〝暗黙の了解〟が出来上がったのだ。

 なお、ショックを受けているのはラプラスばかりではない。

 海に行くと言う事でラプラス同様水着を着ていく事を前提に、朔夜への猛アプローチを考えていたリリスは、自分でも知らなかった暗黙の了解を聞かされ思考能力が停止。力なく跪き落胆する。

「そ……そんな理不尽なルールがあったなんて……せっかくサっ君を悩殺する為の水着を着て行けるチャンスだと思ったのに……」

「リリスさん、ドンマイですよ」

「水着が無くたってチャンスならいくらでも転がってるわよ……多分ね」

 同情したテミスとピットが励ますが、果たして本当にそんなチャンスなどあるのだろうか、とも思った。

「フフフフフフ。皆さん、その点なら心配には及びません」

 そのとき、不敵な笑みを浮かべ、はるかが皆に対し意外な事を口にした。

「朔夜さんの言う情報は少し古いですね。メインテーマが『お姫様』だったプリキュア作品において、素顔のプリキュア四名と協力者さんの水着姿が描かれて以来、公式に水着が解禁されたんです。つまり……私たちは何の躊躇いも無く水着を着ても良いのですッ!!」

「「ほ、ほんとに――!! やったわ――!!」」

 はるかからもたらされた作品の垣根を超えたメタフィクション発言を聞き、リリスとラプラスは狂喜乱舞する。

 ラプラスはもちろん、感情の起伏に貧しいリリスでさえも飛び跳ねるほどの高揚感。絶望のどん底にいた彼女らは一気に天にも昇る心地だった。

 一方、テミスは鼻を高くして胸を張るはるかに恐る恐る聞いてみた。

「ねぇ……すごいとは思うけど、その情報一体どこから仕入れたわけ?」

「ふふふ。それは、営業上の秘密ですよ♪」

 このとき、傍らで見ていたリリスとラプラス以外のメンバーは思い出す。ときどき、天城はるかという少女は悪魔であるリリス以上にとんでもなく悪魔的な言動をするのだという事を。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「クソっ!!」

 勃然と机や椅子を力いっぱい蹴飛ばし、荒れた様子の悪魔が一人。はぐれ悪魔のカルヴァドスの機嫌は今、最高に悪かった。

「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!」

 怒りが収まらず、同じ言葉を何度も何度も繰り返し唱え、言いようのない憤懣と憎悪が胸の中に渦巻く。こんな気持ちになるのは初めての事だった。カルヴァドスの怒りのはけ口となった部屋の家具は見るも無残に破壊されていた。

「なんでだ……こんな筈じゃなかったんだ!! プリキュアなんかに、ボクが創ったキメラが敗けるなんてことは絶対に!!」

 心血を注ぎ、入念な準備とともに造り上げたオリジナルのクリーチャー・キメラはカルヴァドスの中でも最高傑作と呼べる代物だった。ゆえに、彼は過信していた。その力を遥かに上回るキュアベリアル、プリキュアの未知なる可能性を。

「他力本願で自分の力だけで勝負を挑まなかった。そいつがおめぇの敗因だな、カルヴァドス」

 そんな彼を嘲笑う者がおもむろに近づいてきた。瞳孔が見開いたカルヴァドスの視線に映った人物――堕天使の王ダスク。その傍らに幹部のラッセルもいた。

「ダスクさん……」

 自分のやつれた姿を目の当たりにして、どこか見下しているような二人の態度にカルヴァドスは思わず舌打ちをし、直ぐに目を背ける。

 一方、ラッセルは荒れに荒れまくったカルヴァドスの部屋の様相に率直な感想を呟く。

「あらいやだ。部屋をこんなに散らかしちゃって。やーね、男のヒステリーって」

「おめぇも人の事言えねーだろうが」

 以前、似たような現場を見た事があるダスクが冷静なツッコミを入れる。やがて、下顎に手を当てながらカルヴァドスの自尊心を木っ端微塵に粉砕したキュアベリアルの新たな力について思案する。

「しっかしカイゼルゲシュタルトねぇ……キュアベリアルが手に入れた力はかつての魔王ヴァンデイン・ベリアルとも匹敵するものだ。いいねぇ……ゾクゾクする」

「ダスク様、戦闘狂もほどほどになさった方がよいのでは?」

 いつもの事ながら目に余るダスクの好戦的な性格を諫めるラッセル。しかし、彼は彼女の制止に耳を貸さそうとしない。

「人の生き方にケチつけんじゃねぇ。男ってのは至極単純な生き物なんだ。どちらが強いか弱いか、生まれながらに備わった戦闘本能を抑えようとしたところで無理がある」

 すると、顔を背けていたカルヴァドスが唐突に声を発し、自信の強さを疑わないダスクを諫める発言をした。

「……ダスクさんが強いのは知っています。でも、あんまり舐めてると貴方もボクみたいに痛い目を見ますよ」

「はっ。俺はおめぇと違ってガキじゃねーんだ。勝負は常に『油断せずに行こう』がモットーさ」

 言うと、ダスクはマントを翻してから踵を返す。

「ついてこいラッセル」

「あら、どちらまで?」

「世界には俺と同じく鬱憤を抱えて燻ってる奴らがごまんといる。そいつらに片っ端から声をかけてみようと思うんだ。対ディアブロスプリキュア戦線を作るのも一興って奴よ」

「ですが、その提案に一体どれだけの者があなたの話に耳を貸すのでしょうか? クリーチャーを当てにするなら望み薄だと思いますけど」

「そんときは片っ端からぶっ潰してやるまでよ。こちとら退屈しのぎにはちょうどいいからな」

 

           ◇

 

八月二十日――

黒薔薇町 海岸通り

 

 そして、迎えた海水浴当日。

 いつものようにレイの運転する車で、ディアブロスプリキュアのメンバーは最寄りの海水浴場へと向かう。

 お盆過ぎという世間的には正に夏の終わり頃。そんな時期に海水浴へ出かける者などそう多くない。

 しかし、この日は真夏である七月後半から八月初旬の平均気温並みで暑さで、海水浴にはおあつらえ向きの気候。リリスたちはは車内で談笑をしながら楽しいひと時を過ごす。

「いい天気で良かったですねリリスちゃん!!」

「そうね。夏の終わりに海水浴とは結構大胆な事を言ってくれたけど、今日は本当によく晴れてるわ」

「気温も真夏並みって言うし……絶好の海日和だ」

「わたしすごく楽しみで、あまり眠れませんでした!」

「ピットったら小学生じゃないんだから」

「とか言いながら、実はテミス様が一番楽しみにしていたんじゃありませんか♪」

「よ、余計な事は言わないでよ」

 後部座席は中学生らしい賑やかな談笑が聞こえる。実に平穏な事だと思いながら、レイはいつもよりも調子が良いのか、ハンドルを握りながら鼻歌を歌っていた。それに気づいたクラレンスは、使い魔モードではるかの腕の中に納まった状態で運転席のレイに話しかける。

「レイさん。ずいぶんご機嫌ですね」

「当然だクラレンス。何しろ、今日が初めてなのだからな。私のマイカーでみんなで旅行をするのは」

「ハヒ? これレンタカーじゃないんですか?」

 いつも近場の安いレンタカー業者から車を借りている事を知っていたはるかは、レイの口から飛び出たマイカーと言う単語を耳にし、素直な驚きを見せる。

 すると、リリスが事の経緯を説明し始めた。

「この前中古車センターに行って買って来たのよ。どうしてもマイカーが欲しいって聞かないから」

「フフフフフフ……憧れのマイカー。やはり男は車に乗ってなんぼですよ。ちなみに、車種はゼレナのブリリアントホワイトパールハイウェイスター。この何者をも寄せ付けない純白の白。GPSボイスナビゲーション付き。マルチAVステーションを搭載したカスタムカー。見よ、この軽やかな足回り。四輪ダブルウィッシュボーンの確かな設置感。適度な重さの車速感応式パワーステアリング。どれをとっても最高じゃないか!」

 と、マイカー自慢をし続けるレイの表情は終始にやけており、皆はそんな彼を見ながら苦笑を浮かべる。

「えっと……なんていうか、レイさんってこういうキャラだったんですね」

「しかしところどころ車の車種と機能が一致しないように思えるんだが……まさか、違法改造とかしてるんじゃないだろうな」

「車検とか通るのかしらねぇ……」

「ていうかこの車、いくらしたわけ?」

 皆いろいろ気になる点はあるが、ラプラスが率直に車の購入費を尋ねると、リリスは思い出すように答えを言う。

「えーっと確か、五十万円くらいまで値切って買ったものだったと思いますけど」

「五十万!? この車そんなに安かったの?」

「インチキ商法に騙されていないかいリリス?」

 と、不安に駆られるテミスと朔夜。二人の反応を見たリリスはくすくすと笑い、「だいじょうぶ。むしろ、インチキしてたのは店側の方だったし。それを厳しく糾弾したから、この車を手に入れることが出来たんだから」と、口にする。

「相変わらず恐ろしい悪魔ですね、リリスちゃんは」

「悪魔で結構。私は生まれてこの方ずっーと悪魔ですから」

 決して悪びれる事のない初志貫徹の悪魔の少女。これこそ悪原リリスであるという事を皆が再認識するとともに、それがとても懐かしく思えてならず、思わずほっと胸をなでおろした瞬間だった。

 

 その後も、一行は目的地に到着するまで会話を弾ませる。レイは自分も仲間に加わろうと、運転をする傍ら積極的に皆の会話に入り込んでくる。

「海水浴と言ったらやはりビーチバレーに、スイカ割り! そして棒倒し!! 楽しい企画がわんさかあって今日は眠れない日になりそうですな!!」

「あらレイ。海水浴の定番に肝試しがある事を忘れていないかしら?」

 悪意に満ちた顔でリリスが一言そう言えば、たちまちレイの額から冷や汗が浮かび上がり、ダラダラと油のように垂れ流す。

 先の幽霊船の回でもお伝えしている事だが、レイは使い魔でありながら怪奇現象の類が大の苦手。想像する事さえ嫌なのだ。

「あはははは……なにをおっしゃっているのですかリリス様……私がいいいい、いつつつつつ肝試しををををを……蔑ろにしたというのですかかかかかかかかかかか……」

「あからさまにビビりまくってるわね。バカみたいよアンタ」

「レイさん、あんまり無理しない方がいいですよ」

「ばばばばばばば、バカを言うな!! 私はいつだって冷静でででででででで……」

 恐怖心が強すぎる所為か、語尾がほとんど震えている。

 このとき、ラプラスにちょっとしたいたずら心が芽生えた。もうちょっとだけレイを怖がらせてやろうと思い、試しに彼の耳元で大きな声を出してみた。

「わっ!!」

「ああぁぁぁああああああああああああああ~~~~~~~!!」

 案の定、レイは声が裏返るほど絶叫した。

 だがこれによって、普段の冷静さを失った彼は悲鳴を上げながら大きくハンドル操作を誤り自動車を暴走させる。

「「「うわああああああああああ!!」」」

 大きく道を外れ右往左往する。

 車内のリリスたちは我を忘れ狂気の沙汰に支配されているレイに振り回され、かつて遊園地でも味わった事のない絶叫体験を海水浴前に体験するのであった。

 

           *

 

黒薔薇海水浴場エリア 黒薔薇あんらくバンガロー

 

 行きの車内で危うく死に直結するかもしれない極限の状況を体験したメンバーは、その後、どうにか無事に現地へ到着。

 はるかとテミス、クラレンスとピットは丘の上に建てられたバンガローから窺える夏の終わりの海という絶景のロケーションを臨み、心地よく肌に当たる潮風という最高のコンディションを満喫していた。

「ん~~~!! 気持ちいいです!!」

「風が心地いいですわー」

「それにこのオーシャンビュー。絶好のロケーションね」

「しかし、さっきのは本当に一瞬でも死ぬかと思いました」

 クラレンスが言うと、はるかたちは挙って後ろの方へ注目する。

 四人の視線の先には、レイとラプラスの二人がリリスと朔夜それぞれの主たちから厳しいお叱りを受け正座をしていた。

「このおバカ使い魔っ!! なんであんたは私やみんなにそう迷惑ばかりかけるのよ!!」

「ラプラスっ!! お前の軽はずみな行動が、オレたち全員の命を脅かしたんだぞ! その事について自覚はあるのか!?」

「だーかーら、あたしは別にそんなつもりじゃなかったのよ!!」

「リリス様、私は何も悪くありません!! すべてはご婦人のイタズラが度を超えていたのです!!」

「何ですって!? アンタねぇ、男のくせに自分の失敗を他人になすりつけるなんてサイテーよ!! 大体前々から思っていたけど、アンタは運転が下手くそなのよ!!」

「な……! お言葉を返すようですが、あんな状態で真面に運転できるドライバーがいるのですか!? 言うなれば、あのときの私は危険ドラッグを使用した時の感覚に近いようなもので……!!」

「シャラァァァ――――――プ!!」

 言い訳がましく互いに自分の非を認めようとしない使い魔たちの不毛なやり取りに、リリスは業を煮やし恫喝。

 恫喝によってレイとラプラスを口を黙らせ委縮させる。直後、殺気立ったオーラをあからさまに放散させながら、リリスは血走った眼で二人を見下ろす。

「まったくもう~アンタたちは揃いも揃って……良いこと、次に私を怒らせるようなことをしたら、二人まとめて消し炭にして上げるわ!! 今日のお昼のバーベキューの材料になってもらうからね!!」

「「す、すみませんでした……」」

 何度こんな目に遭えば気が済むのだろうか。

 内省能力の欠片も無い愚かな使い魔二人に今は亡き神は救いの手を差し伸べてくれるのだろうかと、ピットは内心思いながら苦笑するばかりだった。

 

 ザザッ――。ザザッ――。

 準備を整えたディアブロスプリキュアのメンバーは、待ちに待った海へと狩り出した。

 リリスの快気祝いとキメラを退ける事に成功した祝勝会も兼ねて、メンバーは夏の最後となるこの海で思う存分遊び、羽を伸ばし、思い出を作る。

「じゃじゃーん!! どうですか今年の流行ですよー!!」

 嬉々とした様子のはるかはこの日の為に用意した春色のハイレグ水着を使い魔のクラレンスに見せる。

「とてもお似合いですよはるかさん」

「ありがとうございます!! やっぱり、クラレンスさんはそう言うと思ってました!!」

 クラレンスからのお褒めの言葉を受け、改めて嬉しさで胸がいっぱいのはるかは早速彼の手を引いて海へと走る。

「フフフフフフ。ついにあたしの季節が来たわ」

 と、自信満々に豊満な胸をこれでもかと誇張する大体なハイレグ姿で登場したラプラス。サキュバスの為、日傘とサングラス、強力な日焼け止めクリームを常備すると、レイが立てていたパラソルの下に入る。

「どうよあんた。私のエロい体に興奮してもいいのよ」

「ふん。私はご婦人の様なふしだらな体になど微塵も興味もありません。私が興味があるのはそう……リリス様の!!」

 と、力みがちに声を発しようとした瞬間。レイの後頭部に強烈な衝撃が走る。

 一瞬で気を失う程の拳骨。やったのは言うまでもなくリリスであり、彼女は漆黒のビキニ姿でのぼせ上った使い魔の思考を嗜める。

「まったくあんたって子は……何とんでもない発言しようとしてるのよ! 危うく児童ポルノ指定作品にされて発禁扱いになるところだったじゃない!!」

 砂の中に頭を埋めるように気を失っているレイの言動に冷や汗をかく彼女と、それを横目に見ながら居合わせた純白の水着を着たテミスとピットは苦笑しがちに口を挟む。

「まぁリリス……彼にも悪気があったわけじゃないんだし。せっかくの海なんだから、もっと楽しまないと」

「そうですよ。はるかさんとクラレンスさんみたいに楽しく遊びましょうよ」

 二人は浜辺で恋人気分で水遊びに熱中するはるかとクラレンスを模範として、海水浴を満喫せよとリリスに提言。それを聞いたリリスも、一息ついてから考えを改める。

「……ま。それもそうね。せっかくの海なんだし私も年甲斐に破目を外して……」

 と、言いかけたそのとき。彼女の目が唐突に大きく見開いた。

 彼女の視線の先に現れた人物――モデル並みの体系と引き締まった肉体美を兼ね揃え、リリス好みのメンズ用ハーフパンツに身を包んだ十六夜朔夜。上から羽織った七分袖シャツがアクセントとなり、彼のカッコよさを一層際立たせていた。

 いつもとは異なる朔夜の姿を目の当たりにした瞬間、リリスの心臓の鼓動は急激に高鳴り、興奮のあまり鼻血が出る始末。

 一方、朔夜は持参した料理用具一式が入ったケースを肩に担ぎながら、おもむろにリリスらの元へ歩み寄る。

「すまない。トランクから道具を持ってくるのに時間がかかってしまって……あれ? リリス、どうかしたのかい?」

「ちょっとあなた鼻血出てるわよ!?」

「熱中症ですかリリスさん?」

「なんならあたしの日焼け止めクリーム貸してあげようか?」

 周囲がリリスの体調を本気で気遣う一方、当人はかなり慌てた様子で鼻血を拭い、「なななななんでもないのよ!!」と、取り繕う。

 やがて、朔夜と面と向き合う事を躊躇した彼女は気恥ずかしそうに視線を外す。

(あんなの反則よ……どうしよう~~~、サっ君のあまりのカッコよさに目が焼けそう~~~)

 そう思う彼女のかたわら、朔夜自身もまた、発育のいいリリスの胸元や体つきにやや興奮していた。

(どうしよう……服を着てるときは何ともないのに、水着姿のリリスがこんなにエロいとは思わなかった)

 

 こうして、各々が浜辺へと集まったところでメンバーはこの夏の思い出作りに精一杯遊びつくす。

「いざ……参る!!」

 最初は定番のスイカ割り。目隠しをしたレイが、皆に手本……もといカッコいい自分の姿を披露せんと意気込み金属製のバットを握りしめる。

 燦々と照りつける太陽に身を焦がされぬよう日焼け止めクリームもしっかり塗ったし、この日の為に事前にスイカ割りの練習もしてきた。抜かりはない。後は皆の言葉を頼りに目標のスイカ目掛けて前進する。

「レイさん、もっと右ですよ!」

「違うわよ。実はもっと左よ」

「いえいえ。もっと前ですよレイさん♪」

 ピット、テミス、はるかから向けられるバラバラの指示。レイは直ぐには動けずその場で思考する。

(誰の指示が本当だ?)

「レイさんいいですか、今あなたがいる場所から右前方三十二度、直線距離で五・六メートルです」

「とか言いながら、実は逆方向だったりして!」

 クラレンスが正確な場所を教える傍で、ラプラスが意地悪を言って判断を悩ませる。

(全員の指示が違う……どうすればいい……リリス様は!?)

 レイは益々悩み思考する。彼にとって、一番信用できるのはやはり主であるリリスからの指示だった。彼女の声を拾おうと全神経を左耳の聴覚に集中させる。

 すると、そのリリスは婚約者である朔夜と二人で親密な話をしていた。

「ねぇ……サっ君、この水着どう思う? やっぱりちょっと露出しすぎてないかな?」」

「そんなことはないよ。キミのパーソナルカラーとマッチしているよ。とても魅力的だと思うな」

「サっ君……あ~、私はなんて幸せな悪魔なんだろう♡ こんなにサっ君に愛されている自分が時々怖い……」

「オレだって、キミが気兼ねなくオレに甘えて来てくれる事が何よりの誇りだよ」

「サっ君……♡」

 真昼間からイチャイチャとする二人。お分かりの通り、レイはこれを決して認めようとはしなかった。

 すかさず、スイカから標的を朔夜に変更し一目散に走り出す。

「そーこーだ――っ!! くーたーばーれ――っ!!」

 ――カキン!!

「「うわああああ!!」」

 振りかざした金属バットは朔夜の体すれすれという所で外れた。朔夜とリリスは突如狂気に駆られたレイの攻撃を紙一重で避ける事が出来た。

「あ、危なかった!!」

「サっ君大丈夫!? ちょっとレイ、あんたどういうつもりよ!?」

 折角のイチャイチャタイムを台無しにされたリリスは怒り心頭だ。

 これに対して、「ちっ。外したか……」と小声で呟いたレイは目隠しを外し、悪意を孕んだ笑顔で弁明する。

「いや~リリス様♪ イケメン王子も済まなかったな。ついスイカと間違えてしまった。ははははははは!!」

「海でいちゃつくバカップル目掛けて、迷わずダッシュしたように見えたのは私だけかしらね」

「ははははは。何を言っているんですか、テミス氏? ひどい誤解ですね」

「そうよテミス。レイは飽く迄もスイカを探していただけよ。そうでしょレイ?」

「さすがはリリス様!! 話の分かるお方だ!!」

「さてと、次は私の番ね」

 ちょうど、ここでスイカ割りの順番が一巡した。

 自分の番であると言ってリリスはおもむろに立ち上がり、レイからバットを取り上げようとする。

 だが、肝心のバットはレイの手元から決して離れようとしない。リリスが力を入れるとこれに反発するかのようにレイは握力を強め、バットを手放そうとしない。

「どうしたのよレイ。バットを放しなさい♪」

「リリス様の方こそさっき失敗したばかりではありせんか?」

「一周目が終わったのよ。次は二周目で私の番じゃない♪」

「いえいえ二周目は順番を逆にした方が公平かと……」

 ここでバットを手放せば先ほどの仕返しを受けるのは自明の理。リリスに殴られる事が分かっていてバットを取り上げられたくないレイと、朔夜とのイチャイチャタイムを台無しにされた腹いせにレイを殴りたいと思っているリリス。実にきな臭い展開だ。

 二人のぎくしゃくとしたやり取りを見ているうち、はるかは穏やではなくなっていると感じ、苦笑しながら提案する。

「あの……せっかくのスイカを飛び散らせちゃうのも何ですから、スイカ割りはこの辺でやめにした方が……」

「「大丈夫(です)!! スイカは絶対割らないから(割りませんから)!!」」

 声を揃えリリスとレイが同じ台詞を口にする。

「だとしたら何を割るつもりなのよ、あなた達……」

「こんなきな臭いスイカ割りはごめんですわ」

 

 スイカ割りを楽しんだ(?)後は、お待ちかねのランチタイム。

 リリスが宣告していた通り本日のメニューはバーベキュー。もちろん料理を振る舞うのはディアブロスプリキュアが誇る天才料理少年・十六夜朔夜だ。

 ものの数分で見た目も匂いも超絶絶品なバーベキューが完成。一同、湯気が立つ肉と瑞々しい見た目の野菜の付け合せに目を光らせる。

「ハヒ~!! どれもおいしそうです!!」

「やっぱり朔夜さんが作る料理はいつでもプロ並みですね!!」

「ちがうちがう。プロ並みじゃなくて、プロなのよこの子は!!」

「さぁ頃合いだ。みんなで仲良く食べよう」

「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」

 たくさん遊んだ後のバーベキュー。「空腹は最高の調味料」という言葉が示す意味は真の事だった。況して朔夜が作った料理なら食べた時の喜びは何十倍、何百倍とも膨れ上がる。

「ん~~~……相変わらず朔夜君の作った料理は格別ね!!」

「正に美味ですわ!!」

「こんな料理上手な婚約者がいつもそばにいてくれるなんて…私ってやっぱり幸せな悪魔だわ♡」

「ありがとうリリス。キミに喜んでもらえる事が、オレにとって何よりの幸せだ」

 スイカ割りだけでは飽き足らず、二人は手を取り合いまたしても見つめ合う。

 が、直後。

「チェストォォォ―――!!」

 パイのクリームが乗っかった皿が飛んできた。激しい嫉妬に燃えるレイが用意したそれは朔夜の顔面へと向けられるはずだった。

 だが運の悪い事にレイの手元は微妙に狂い、あろう事かリリスの顔にべちゃっと言う音を立てクリーンヒットした。

「あぁぁぁぁ……」

「なんてことを……!!」

「レイさん……」

 一斉に皆の顔が青ざめる。

 まずい事をしてしまった。レイ自身が誰よりもリリスの怖さを知っている。

 後悔して逃げ遅れる訳にはいかない。彼女に捕まらぬうちに逃走を試みるが、悪原リリスという悪魔は自らに屈辱を味あわせた標的を決して逃がさない。

 ガシっと凄まじい握力で腕を握りしめられる。恐る恐るレイが振り返れば、顔面クリーム塗れになりながら、殺気を孕んだ笑みを浮かべるリリスがレイを凝視する。

「レイ……右腕一本♪」

「……右腕一本、痛そうですね……」

「右腕一本以外全部へし折ってあげるから♪ 覚悟はいいかしら……あははははは♪ あははははは♪」

「やだあああああああああああああああああ!! うがあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ――ゴキッ! ボキボキ!

 

 

 

 ――後になって思い返すと、この時の私はどうかしていたとしか思えなかった。

 

           *

 

黒薔薇海水浴場エリア 黒薔薇あんらくバンガロー

 

 

 …………。

 ……れ……ん……

 ……いさ……

 ……れいさん……

 

 ――「レイさん」

 

「はっ!!」

 気が付くと、レイは宿舎にある部屋のソファーで横になっていた。

 彼を気遣って声をかけてくれたのはピットだった。近くには、クラレンスとラプラスの二人も待機している。

 レイはゆっくりと体を起こす。視界に映る見慣れた者たち、そしてここが宿舎の中である事を認識する。

「ここは……私はまだ生きてていいのだな」

「当たり前じゃないの!」

「大丈夫ですかレイさん。お体の方に異常はありませんか?」

 クラレンスに言われると、再度自分の体調を確かめる。どうやら生きている事に加え、どこも異常は無さそうだった。

「よく分からないが……リアルに地獄を見た気がする。我ながら良く生きていたものだ!」

「しかし、リリスさんのお仕置きは凄まじかったですねー」

「まさかあんな事ばかりか、あのようなものまで持ち出すとは!」

「リリスちゃん、昔っから怒らせると手が付けられないからねー」

「でも結果的にはよかった。臨死体験程度で済む罰などまだ軽いものだからな!! はははははは!!」

「世間一般で臨死体験をするような罰を軽いと表現する事は常軌を逸していると思うのですが……」

 全くの正論だ。

 兎に角、悪魔が施すお仕置きとは人間や妖精の感覚からは大きく逸脱しているとともに口や文字等では表現しかねるほどえげつない物だったらしい。

「でも気を付けた方がいいわよ。あんた普段からデリカシーってものが欠片も無いんだから、ちょっとした事がいつだってリリスちゃんを鬼にするんだからね」

「特に、朔夜さんがいる前であのような事をしたら三途の川を彷徨う事になる事は容易に想像がついたハズです」

「わかっているさ……でも……でも……!! わかってても悔しいんだよぉ!!」

 朔夜の様にもっと余裕があって、リリスに頼られる使い魔になりたい。心の底からレイはそう思いながら悔し涙を流すのだった。

 すると、頃合いよく部屋の扉が開き席を外していたリリスたちが戻って来た。

「みんなー!! 注目よ!!」

「今から夏の夜の定番……肝試し大会を開催したいと思います!!」

「これから二人一組でチーム別けをしまーす!! 番号がそのまま肝試しの順番になってますからねー!!」

「ききききききき……肝試し大会……」

 レイにとって、一番やりたくない行事がやってきた。

 肝試し大会をやろうと言い出したのは言うまでもなくリリスだ。昼間あれだけレイにお仕置きをしただけでは飽き足らず、ここに来て彼女は更に嫌がらせの如く彼の最も苦手な事をして精神的に追い詰める気だった。正に悪鬼羅刹の如く。

 だが一方で、リリスは別な目論見としての肝試しを楽しみにしていた。

(肝試しと言えば……これは正にチャンスだわ!!)

 リリスは妄想する。朔夜とペアになった時の事を………。

 

 

 暗がりの中、不安な表情を浮かべる自分。それをリードするのは隣を歩く幼馴染で婚約者の朔夜だ。

『きゃっ!!』

 何かの拍子に驚いて朔夜へ抱き着いたリリスを、優しい朔夜が抱き止める。

『大丈夫だよリリス。オレが付いてる』

『サっ君……うん♡』

 

 

(てへへへ……よーし……絶対ここはサっ君とペアになってみせる!!)

 根っからの悪魔だが、考えている事は年相応の女子。それも今どきの子には珍しい純情無垢な恋愛観の持ち主――言い方を変えれば相当ベタな展開を期待している。

 ロマンチックなやり取りを行い朔夜との愛をより育もうとリリスは強く意気込むと、早速くじ引きでチーム分けをする事に。

 だが、その結果は……あまりにも残酷なものだった。

「理不尽だわぁ!!」

 くじ引きの結果にリリスはショックのあまり泣き崩れる。

 ペア決めの結果……一番手はリリスとはるか、二番手はテミスとラプラス、三番手はピットとクラレンス、そして四番手は朔夜とレイという形に納まった。

「理不尽だわぁ!!」

 大事な事だから二回言う。

 こうなるハズではなかったと嘆き落胆するリリスを、はるかは気の毒だと思いつつ彼女の肩に手を当てる。

 悲しみの涙を浮かべる彼女の目をじっと見据え、はるかは励ましの言葉を投げかける。

「リリスちゃん。月に叢雲花に風。イスカの嘴の食い違い。世の中そう思い通りにはいきません。だから人間いつだって努力と辛抱が必要なんです」

「私は悪魔よっ!! ううう……」

 

 午後二十時過ぎ。

 真っ暗な海岸に集まったディアブロスプリキュアのメンバー。

 肝試し大会の会場は、海岸からさほど距離を置かない入り江に位置する洞窟で行われる。肝試しの簡単なルールについて、はるかの口から説明が行われる。

「いいですか。今からくじ引きで決めた順番で洞窟の中に入ってもらいます。この洞窟は昔から地元の漁師さんが大嵐の時に備えて船を隠しておくための場所だったとの事ですから、危険性はゼロです! 間違っても途中で逃げ出したりしてドロップアウトなんてしちゃ、いけませんよ……ねぇレイさん?」

「ドキ!!」

 不本意ながら肝試しに参加しているレイ。洞窟に入る以前から緊張気味で、ダラダラと脂汗を流している。

 ペア決めによってレイのパートナーになった朔夜は、露骨なまでに体が震え上がっているレイを見れば見るほど憂慮の念を抱く。

「レイ……本当に大丈夫なのかい?」

「べべべべべ別に!! 私はいつだって冷静沈着だし!!」

「全く以て今のあんたには当てはまらない気がするけど」

 ラプラスのツッコミもさること、満を持して肝試し大会がいよいよ始まる。

「では、肝試し大会スタートです!! まずは、はるかとリリスちゃんが行きますね!!」

「万が一の事もあるからね。十分に気を付けるのよ」

「どうかお二人に神のご加護があるように……」

 と、ピットが祈りをささげた直後。リリスの頭部に激しい頭痛が起こる。久しぶりの感覚にリリスは涙目になりながらピットへ振り帰り注意する。

「ちょっとピット!! お願いだから悪魔の私に祈りなんか捧げないで!!」

「す、すみません! ついうっかり」

 ピットの謝罪を受けると、気持ちを改めリリスは懐中電灯のスイッチを入れ――はるかとともに洞窟の中を目指し前進を開始した。残りのメンバーは彼女たちの出発を見守った。

「はるかさん、リリスさん。幸運を祈ります!」

「洞窟の中は暗いから足下には注意するんだよ」

「うん! ありがとうサっ君、すぐに帰ってくるからねー♪」

「いってきまーす!!」

 ゆっくりと二人は洞窟の中へと入って行った。

 リリスたちが出発した直後、レイは懐に手を突っ込むと精神安定剤を取り出し、何錠か一遍に口へと放り込み丸呑みする。

「ぷはーっ……落ち着け。落ち着くんだ」

 湧き上がる恐怖を克服せんと自分なりの努力を行うが、果たしてその努力が実を結ぶ事はあるのだろうか。

 

 開始から数分後。

 洞窟内から懐中電灯の光が一本の筋となって見えてきた。リリスとはるかが無事に戻って来た。

「あ、帰ってきましたわ!」

「おかえりリリスちゃん、はるか。で、どうだったの?」

「ハヒ~。結構スリリングでしたね!」

「案外道幅が狭かったし、コウモリとかもいたんですよ」

「コウモリ……あ~~~……胃がキリキリする、昼間バーベキューを食べすぎたせいだ……」

「さっき飲んだ精神安定剤が過剰だったんだよきっと」

 朔夜がレイの言葉に冷静な指摘を入れる。一番手のリリスたちが戻って来たので、お次はテミス&ラプラスペアの順番だ。

「じゃ、次は私たちですね」

「暗い所あたしだーい好き!! 元々サキュバスだからね」

 テンション高めのラプラスとは裏腹に、レイは早くもげっそりとした顔を浮かべている。

 二人が洞窟の中へと入っていくのを見送った折、クラレンスは自分の隣でレイが奇妙な事をしているのに気が付いた。

 掌に何やら指で文字を書き綴り、それを必死に何度も何度も呑みこんでいる。

「どうされましたか?」

「昔から言うだろう……手のひらに『人』って言う字を書いて呑みこんでいるんだ。恐怖心を克服する為にな!」

「あんたね……それはあがらない時にやる方法でしょうが」

 使用目的さえ間違えるほどにレイの心は乱れている。

 リリスは今更ながら、なぜレイがこんなにも怪奇現象に対し極端な苦手意識を持っているのかが分からなかった。

 

 それから暫くして、テミスとラプラスが戻ってきた。

「ただいまー」

「あ~チョウ楽しかった!! さ、次はクラレンスとピットの番よ」

「うわぁ~……ドキドキしてきたー」

「幽霊なんていないと思いますけど……ちょっとだけ怖いですわ」

 生真面目な使い魔と妖精コンビこと、クラレンスとピットがテミスらと順番を交代して出発する。

「クラレンスにピットも、大丈夫でしょうか?」

「あんたじゃあるまいし二人なら大丈夫よ」

「そうそう。でも、レイのときには出るかもよ~!! きっと出るわよ~~~!!」

「ごごご…ご婦人!! そういうタチの悪い冗談は止めてください!! おしっこちびりそうなんですから……」

「いい大人じゃないか……」

 本当に大人なのかと、朔夜は自分で言いながらも内心真剣に考えた。

 

 肝試し大会が始まって四十五分が過ぎた頃。

「あ! クラレンスさんたちが帰ってきました!!」

 三番手のクラレンス&ピットペアが皆の所へ戻って来た。

 タイムはリリスたちよりも大分遅れがちだったが、それでも二人が途中で逃げ出す事は無かった。

「ふう~。怖かったですね!」

「洞窟の中があんなに静かだとは思いませんでしたー」

「ふたりともお疲れ様。さぁ、いよいよレイと朔夜の番ね」

「ああ。レイ、行こうか」

 朔夜が声をかけた時だった。その異様な姿に思わず目を疑った。

 いつの間にかレイの体にはいくつもの除霊グッズが付加されていた。いずれも悪魔や妖怪退治を生業とする者が好んで付けそうなものばかりだ。

 そうまでして幽霊と接触したくないのかと思いつつ、朔夜は苦笑気味にレイを見る。

「あのさ……何もそこまでしなくてもいいんじゃないかな」

「何を言っているのだイケメン王子!! 私は断じて臆してなどいない!!」

「プライドの高さだけは一丁前なんだから」

 意地でも怖くないと言い張るレイの底知れぬ矜持、もとい陳腐な自尊心。リリスは呆れを通り越してある種尊敬に値するものだと考える。

 という訳で、四番手の朔夜&レイペアはいざ洞窟の中へと向かい前進する。

 ポタ……。ポタ……。

 洞窟の中は暗いだけでなく、非常に湿気に満ちている。

 大抵の事には動じない強い精神力を備えた朔夜が懐中電灯片手に先導する。レイは彼を見失わぬよう彼の足跡を辿って行く。

 ――ビチャッ。

「ひええええ」

 そのとき、洞窟の頭上より冷たい水滴がレイの首筋へと落ちて来た。首筋を走るヒヤッとした感触に驚き震え上がるレイ。反射的に朔夜へと抱き着いた。

 婚約者のリリスに抱き着かれるならともかく、その使い魔、まして男であるレイに抱き着かれる事はどうにも複雑だった。

「レイ……本当に大丈夫かい?」

「は、はぁ!? な、何の事だか……」

「我慢するのは身体に悪い。強がらずにリタイアしたらどうだい?」

「だ、誰が我慢しているって!? 誰がリタイアなどするって!? 貴様にあれこれと指図を受けずとも私はこの肝試しをやり遂げてみせる!!」

 と、宣言した直後。

 ガサガサガサ……コウモリが飛び交う音が聞こえた。

 レイの頭の中で張りつめた糸が切れ、自暴自棄に陥ったリリスの如く近くにある岩場に額を激しく叩きつける。

「うおおおおおおおおお!! 消えろ、消えろ、消えろぉぉぉ――!! 私の中の何かぁぁ――!!」

「や、やめるんだレイ!! さっきから何に怯えているんだ!? ただのコウモリじゃないか」

「私がいつ怯えているというのだ!! よーし分かった!! それじゃこうしよう!! これから一緒に『ド〇〇〇ん』の歌を歌おう!! そうすればこの肝試しも楽しくなるに違いない!!」

「いや……別にオレは」

「とにかくだ!! 前奏の部分は私に任せろ!! イケメン王子はサビのところを歌ってほしい!! いいか、間違っても大〇の〇〇の方だからな!! 水〇わ〇〇じゃないからな!!」

「落ち着くんだ! いくらプリキュアの放送局がテレ朝系列だったとしても、それはやりすぎだ! 怒られるぞ関係者に!!」

 最早肝試しそのものが怖いのではなく、彼らにメタな発言をされる事の方が怖かった。このままではレイは益々暴走し危ない事を口走る。それを止めようとする朔夜も雰囲気に当てられて放送コードギリギリの事をつい口走ってしまうかもしれない。

 何とかしなければ……そう思った時だった。

 洞窟の奥からゴソゴソ、ゴソゴソ、という物音が聞こえ二人はたちまち振り返る。

「なんだ?」

「ま、まさか……」

 心なしか生臭い臭いが漂ってきた。

 言い知らぬ者が徐々にこちらへ近づいてくるような……そんな気配をレイは感じ始める。そして……

「デレレデレレデレレデレレデレレデレレデレレレ♬ デレレデレレデレレデレレデレレデレレデレレレ♬」

 理性が崩壊したスプライト・ドラゴンは、某ネコ型ロボットが主役を務める国民的人気アニメの主題歌の前奏をひとり歌い始める。

「ペペペペペペペペペペペペペペペ♬ チャラララララララララ♬ ドン♬ ドンパパッ♬」

 前奏を経て、一番の歌詞を歌い始めると同時にレイは全速力で洞窟の奥へと向かって走り出した。

「おいレイ!! ひとりで勝手に行くな!! レイ!!」

 精神が制御不能に陥ったレイを朔夜が強く呼び止めるが、今の彼には何を言っても効果なし。今はただ、眼球が剥き出し状態のまま『ド〇〇〇ん』の歌を歌う事だけに全神経を注いでいる。

「ラララララララララ♬ ララララララーラ♬ ラーララララララー♬」

 

 ――ドカーン!!

 

 歌う事に集中するあまり、目の前が全く見えなくなっていた。そのせいでレイは、岩場がある事にも気づかず、激突してしまった。

 顔面からもろにぶつかった。顔は真っ赤に腫れがあがり、付いた傷が痛々しい。仰向けに倒れ気を失いかけるが、レイは何とか意識を保ち復活する。

「あ~~~……私とした事がつい舞い上がってしまった!」

 〝舞い上がる〟の使い方が間違っているが、この際大目に見てやろう。

「って……」

 よく見ると、周りに朔夜の姿はない。

 しかも今立っている場所も洞窟の中とは思えないほど広大な空間。一際暗く淀んだ空気が漂っていて、いつも自分たちが暮らしている世界とは明らかに異質な雰囲気だ。

「ここ………どこ!?」

 

 その頃、予定よりも二人の帰りが遅い事を不思議がっていたリリスたちも妙な胸騒ぎを感じていた。

「朔夜もレイも遅いわねー」

「洞窟の中で何かあったんでしょうか?」

「どうせレイがビビりまくって、サっ君に迷惑かけているのよ」

 すると、洞窟の中からトコトコと歩いてくる音が聞こえてきた。朔夜がたった一人リリスたちの元へ戻って来た。

「朔夜さん!!」

「あなた一人だけ? レイはどうしたの?」

「それが……途中ではぐれてしまって。いくら探しても見つからないんだ」

「何ですって!?」

 どうやら状況が変わったらしい。

 行方不明となったレイを探す為、リリスたちは全員で洞窟の中へと入る事を決めた。

 

 たった一つしかない出入口にも辿り着けず、迷う筈のない洞窟の中を右往左往する使い魔レイ。今彼はどこか分からない場所を一人で彷徨っている。

「なんなんだここは……洞窟の中なのに妙に広いぞ。おまけにさっきから感じるこの違和感はなんだ……もしかして、私はひとり異界へと迷い込んでしまったのか。いやいやいや!! そんな事、あってたまるものか!!」

 ファンタジー小説ではこの手の展開はよくあるし、それが物語の醍醐味となっている。

 しかし、レイはそのような奇妙奇天烈な事が現実にあるはずがないと高をくくる。その考えが実に浅はかだったと気付くのは、そう時間がかかる事ではなかった。

「ん? 灯りが……助かったぞ!!」

 本能的に光を求めていた自分。光の彼方にきっと自分が元いた世界があるに違いない――レイは光に向かって一直線に進む。その先で彼が見たものは……

 

「な……なんだここは!?」

 眼前に広がる広大な土地。

 空は群青色に染まり、空気は靄がかかったようになっている。奇怪な地底世界がそこにはあった。

 どうやら本当に異界の土地に足を踏み入れたのだと、レイは自覚せざるを得なかった。

「まさか本当に……! しかし、地球にこんな凄まじい光景があったなんて!!」

 地球? 本当にそうなのか……。

 だとすればここは未だかつて人類が辿り着いた事のない前人未到の地、魔境と言う事になる。人知れず屹立(きつりつ)する巨大な山脈。荒涼とした大地に蔓延る異様な空気。

 たった一人で訳も分からぬ土地に放り出された気分だった。

 仲間たちと離ればなれになったレイは、途方も無く心細かった。

 早くこんな気味の悪い場所を抜け出して愛すべき主たちの元へ帰りたい。そう思いながら出口を探す事に躍起になっていると……。

「あ、あれは……」

 荒涼とした大地の先に見えてきた巨大な建造物。オベリスクを彷彿とさせる尖塔の周囲には住居と思われる建造物が密集している。どうやらここがこの世界の街のようだ。

「この際なんでもいい……誰でもいいから私の心の支えとなってくれ~~~!!」

 安易にそんな事を口にしていいものなのか。

 だが溺れる者は藁にもすがると言うように、今のレイに贅沢を言っていられるほどの気力は残っていない。

 この人知れない異界にて、レイを待ち受けているものとは果たして……!?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)




次回予告

リ「レイったら一体どこに行っちゃったのよ?」
は「ハヒ? かくいう私たちも何処か分からない場所に迷い込んでしまったみたいです!!」
ク「異界の大地…異界の住民…そして異界の生物。まさかこんな危険なところにレイさんが!?」
ラ「って、なんか変なの来たわよ!! ひええええええええええええ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『驚異の地底世界!クン=ヤンの怪!』」


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第34話:驚異の地底世界!クン=ヤンの怪!

前回の続きです。
海へと出かけたリリスたち。肝試しの途中でレイが行方不明になったと思えば、謎の地底世界へと迷い込んでしまった。
そこでレイが見たものとは何なのか・・・ちょっとぞくっとする内容となっております。
それでは続きをご覧ください。


黒薔薇海水浴場エリア 洞窟内

 

「レイさーん!! どこですかー!!」

「居たら返事ぐらいしなさいよ! レイっ!!」

 行方不明となったレイを探し求め、再び洞窟の中へと足を踏み入れたリリスたち。

 だが、いくら呼びかけても返って来るのは洞窟内で反響する自分たちの声だけ。レイの悲鳴はおろか、気の狂った彼の歌声さえ聞こえてこない。

「まったくどこへ消えちゃったのかしらね~」

「えっと……確か『ド〇〇〇ん』の歌を歌い出したと思ったら突然走り出して、それで消えてしまったのよね?」

「まさかあのタイミングであの歌を歌うとはオレも思わなかったが……。それにしてもやっぱり変だ。これだけ捜しても見つからないなんて」

 本来ならば、使い魔とその契約主の悪魔同士は魂と魂が見えない糸で繋がっている。このため、ある程度場所が離れていてもその位置を特定する事が出来る。しかし、リリスはレイの位置を全く把握する事が出来ずにいた。

 不思議に思いつつもリリスたちは捜索を続ける。そんな折、テミスがふと呟いた。

「これ関係あるかどうか分からないけど……」

「ハヒ? なんですか、テミスさん」

「最近、海や山などの洞窟で多数の人が行方不明になるっていう事件が世界中で頻発しているって噂よ」

「世界中で?」

「人里離れた山奥にあるものから、ここみたいに比較的人の出入りも多い洞窟も含めて。あるとき、人が何の前触れも無く消えてどこかへ行ってしまう……彼らが消えた場所は人間が足を踏み入れてはならない異界の地なのか、あるいはもっと恐ろしい処か。いずれにせよ、そんな怪事件が確かに起こっているのよ」

 テミスの話が本当ならば、この話は【神隠し】と言う事になる。余談だが、神隠しの内、天狗が原因で子供が行方不明となる事象を特に【天狗隠し】とも言う。

「つまり、レイもそれに巻き込まれてしまったと?」

「飽く迄ひとつの可能性よ」

「スリリングでエキサイティングな肝試しをしていたはずが、身の毛もよだつデンジャラスな話に変わって来ちゃいましたねー」

「とにかく、一刻も早くレイを見つけ出してやらないと」

「そうね。あの子の精神はきっと持たないでしょうね」

「あのビビり方は尋常じゃなかったもんねー」

 洞窟の最奥を目指し、リリスたちは前進する。

 本当にレイは何処へ行ってしまったのか……リリスの中の不安は次第に膨れ上がるばかりだった。

 

           *

 

同時刻――

異相空間 中心部

 

 テミスの推察は的を射ていた。

 洞窟内を走り回っているうち、突如として異相の地へと入り込んでしまったレイ。たったひとり地上とはあまりに雰囲気が違う場所を彷徨っている。

 群青色の空の下、歩き回っていたレイが見つけた街らしき光景。天を劈(つんざ)くほどの尖塔とその周りを取り囲む石造りの建造物が立ち並ぶ。

「ここは廃墟なのか? 誰もいない……」

 街と思われる場所に人の気配はなかった。異様なまでの静謐(せいひつ)さがそこら一帯を支配している。小心者であるレイの心臓は、いつ張り裂けてもおかしくない。

 しばらく街の中を探索してみたが、やはり人っ子一人いやしない。

 完全なる廃墟……と思ったがどうやらそういう訳でもない。と言うのも、一軒一軒を覗くと人間らしき生きものがたった今まで生活を営んでいたと思われる風景が確かに存在していた。詰まる話、彼らは何らかの目的の為に一時的に家を空けている。あるいは集団で神隠しに遭った可能性が高いという事が推理出来る。できれば、前者であるとレイは切に信じたい。

 途方に暮れながらレイは街の中心部に位置する巨大な尖塔の下へとやって来た。雲を突き抜け、果てしなく続きそうな巨塔のスケールに目を奪われ圧倒される。

「何という大きさだ。それにしても随分と古そうだ……」

 なぜこんな地下にこのような街が存在しているのか。

 街の人々は果たしてどこに行ってしまったのか。

 そもそもここは一体どこなのか。

 山ほどの疑問がレイを思考の迷路へと誘(いざな)おうとした、そんなとき――。

「ん?」

 尖塔の土台付近に人が出入りできるくらいの大きさの穴を見つけた。しかもその穴からは何やら音が聞こえてくる。

 穴の近くまで寄ったレイは耳を澄ませ確かめる。そして、彼は音の正体を突き止め確信した。この音は人の声であると――

「声だ!! 間違いなくこの下に人がいる……私は助かったんだ!!」

 非常に楽観的で安易な事を口にしつつ、嬉々としたレイは穴の中に入り塔の地下へと続く道をずんずんと突き進んで行った。

 地下深くまで進んで行くうちに声は段々と明朗に聞こえてくる。だが生憎とレイの知っている言語ではなかった。どこか不気味な感じがした。

 尖塔の地下数百メートルを下降した折、レイは辺りが血の色よりも濃い紅色に染まった広い空間へと辿り着いた。

 さっきから理解不明な不気味な人の声が歌となって反響している。何事かと思い岩陰からこっそり様子を覗き込む。

 レイが目撃したのは極めて異質な光景――ある宗教的な儀式が行われていた。ネイティブアメリカンを彷彿とさせる姿をした人々が自分では理解する事すら及ばない意味不明な言霊(ことだま)を唱えている。

 彼らの視線の先には巨大な蛇の石像があり、数十メートルに及ぶ地面の裂け目が彼らとを隔てている。割れた地面の下からはドロドロの溶岩が常に熱を放出している。

「何をしているのだ……これは何の儀式なのだ……!?」

 見るからに怪しく恐ろしい。言い知れぬ恐怖にレイが固唾を飲む中、忽然とドラムを叩く音が聞こえた。

 すると、蛇の石像が立っている場所の奥から黒と赤を基調とする衣服に身を包み、左右に曲がった角が生えた髑髏(どくろ)の兜を着けた男が現れた。どうやらこの儀式を執り行う最重要人物――司祭もしくは呪い師であると思われる。

 司祭が現れるや民は畏れ多いとばかりに膝を突き、前のめりになった。

 足下から湧き上がる火山の放熱を全身で浴びながら、司祭は口元をつり上げる。そして一声かけると、奥から部下たちを呼び出した。

「HELP ME!! HELP ME!!」

 声高に助けを求める声がしたと思うと、司祭の命に従い部下たちが連れて来たのは上半身が裸の外国人。レイの見る限りアメリカ人のような風貌だ。

 なぜ地上人がここにいるのかはさておき、どうやら彼は無理矢理連れて来られてきたらしく、母国語で「助けてくれ!」と何度も連呼しながら拘束を逃れようと必死に抵抗している。

 これから何が始まるのだろう……心臓の鼓動が次第に高鳴る中、静かに見守っていると天上より実に粗末な作りをした鉄格子状の乗り物が降ってきた。「ま、まさかこの展開は……!」

 レイは状況から察しぞっとした。司祭はこれから儀式の【生け贄】として選出した地上人をこの鉄格子に乗せ、崇拝する神への供物として捧げるつもりなのだ。

 早速、生け贄として選ばれた地上人の男を鉄格子へと乗せる。間違っても逃げられぬ様に確りと手足を固定。死の恐怖に怯える生け贄の男に、司祭は恐ろしげな顔つきでおもむろに語りかけながら、眼前に立ち尽くす蛇の石像に唱える。

「イグ……!! イグ!! イグっ!!」

 イグと言う言葉を連呼して民たちの興奮を煽り、それが今まさに最高潮に達した。頃合いと見て、司祭が合図を送ると男を拘束した鉄格子は上下に反転――男の体は格子の下でうつ伏せにさせられる。

 やがて、足元にある床が開放された。真下にはドロドロの溶岩が見える。

 鉄格子はゆっくりと下降を始め、生け贄の男は迫りくる絶対的な死の恐怖に思わず品の無い悲鳴を上げる。

「OH MY GOD!! OH MY GOD!! Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」

 レイも思わず絶句し口元を押さえる。

 溶岩の放熱は生け贄の体を徐々に燃やしていき、やがて摂氏数千度という熱によって男の体を跡形も無く完全に燃やし尽くしてしまった。

 あまりに残酷極まりない光景だった。断末魔の悲鳴が聞こえなくなると、何故か溶けた形跡すらない空の鉄格子だけが回収される。

 見てはならないものを見てしまった事と、彼らに見つかる事への恐怖からレイは慌てて顔を引っ込め乱れた息を整える。

「は、は、は、は、は……これは本当にプリキュアシリーズなのか!? 明らかにR15指定の光景だったぞ!! とても幼児が見ていい代物ではない!! 即深夜枠へと左遷だぁ!!」

 確かに幼児が見る事を前提とした作品だと仮定すれば、あまりに刺激の強いものだったと思う。時に残酷な戦闘シーンが盛り込まれるプリキュアシリーズも、ここまで飛びぬけて酷いシーンは恐らく存在しないはずだ。

 禁断の儀式が終わり、司祭と民たちは儀式場を離れ散開する。

 彼らがいなくなったのを確認し、レイは岩陰から身を乗り出し儀式が行われた場所へ降りて行く。

 足下をうっかり滑らせ溶岩の底に落ちぬよう細心の注意を払う。そうしてレイはここの民たちが神と崇める蛇の石像へと近づいて行った。

「っ!」

 そこで彼はある物に目を奪われた。石像の真下にある髑髏の彫像――両目と鼻の穴に不思議な輝きを放つ光る石が三つ埋め込まれていた。

「光っている……」

 思わず魅了されると、レイは石のひとつをおもむろに手にして穴から取り出す。

 すると、残り二つの石の光が途端に収まった。そこでもう一度石同士を近づけると、三つの石は瞬時に輝きを取り戻した。

 石が持つ不思議な魔力にレイはすっかり魅入られてしまった。やがてあろう事か、彼は三つある石を全て持ち出してしまった。

 辺りを見渡し入念に確認すると、何事も無かったかのようにレイはその場を後にしようとした。

 そのとき、不意に奥の方から不気味な声が聞こえてきた。何だか人の悲鳴にも似ていた気がするが、きっと幻聴だと思いレイは涼しい顔で行こうとした。

 だがレイの不届きな行動を、地下世界の神は決して見逃さない。

 唐突に、蛇の石像の目が紅く光った。それと同時に周囲から無数の毒蛇が現れレイの周りを一斉に取り囲んだ。

「うお!? おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 毒蛇の出現にレイは戦いた。うじゃうじゃ集まった蛇たちはレイの足下から徐々に迫っていき、猛威を振るう。

 レイは辺りを見渡し、咄嗟に近くにあった棒を拾い上げるとそれを使って毒蛇を薙ぎ払う。

「あっちいけ!! コノヤロウぉ!!」

 咬まれたら一瞬で終わりだ。だからレイも必死だった。

 ある程度の数を棒で追っ払うと、レイは早々にその場から離れ奥の方へと逃げる。

 どうにか撒くことが出来た。ひとまず安心とほっとしたのも束の間――また一難が迫ってきた。

「ひいい!?」

 今度は槍を携えたあのネイティブアメリカンに酷似した地下の住人たちが多数現れた。見るからに殺気を剥き出しにしている。

「な……なんだお前たちは!?」

 鋭利な武器を首元に突き付けられると、レイは一歩、また一歩と後ろへ下がる。それに合わせて彼等もレイの方へと歩み寄ってくる。

「やめて……お願いだからやめてくださいよ……仲良く話し合いましょうよ!! 私たち心の友じゃないですか!!」

「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」

「お願いだから友達だって言ってよね~~~!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 どんなに強く願っても、レイの懇願は決して受け入れられる事は無かった。

 

「ハヒ?」

 洞窟内を歩いていたとき、はるかが不意に立ち止まった。

「はるか、どうしたのよ?」

「今レイさんの声が聞こえたような気がしたんですが……」

 と言うので、リリスたちは耳を澄ませてみた。しかし、レイの声など全く聞こえない。

「何も聞こえないじゃない」

「空耳だったんじゃないの?」

「そんなはずはないんですけど……」

 そう思った直後。「助けてくれぇぇぇ――!!」と、レイのけたたましい悲鳴がどこからともなく聞こえてきた。全員はその声を聞き違える事は無かった。

「今のは!!」

「あの品の無い情けない声は、間違いなくレイよ!!」

「はるかの聞いたのは空耳なんかじゃなかったわ!!」

「レイっ!! どこにいるの!?」

 リリスが大声で呼びかけるが、聞こえてくるのは過剰なまでに何かに怯えているレイの悲鳴だけ。急いで彼がいる場所を特定しようとしたとき――

「みんなー!! こっちに来てくれ!」

 朔夜がある重大な手がかりを見つけ出した。

 洞窟内において、柱と柱の間に生じた位相のズレ。すなわち、レイが今いる場所とこの洞窟とを結ぶ異界への入口がそこにはあった。

「ここだけ空間が歪んでいる……!」

「本当ですわ……! しかし、一体これは!?」

「ちょっと待って! レイの声、こっから聞こえて来るわ!!」

 耳を澄ませると、確かに空間の歪みを通じてレイの悲鳴が明朗に聞こえる。間違いなく彼はこの歪みの先に居る。確信を得た一同はこの空間に飛び込む決意を固める。

「みんな行くわよ!!」

「「「「「「はい(ああ)(ええ)!!」」」」」」

 意を決して、現実世界と地底世界とを繋ぐ位相のズレから生じる空間の歪みへとリリスたちは飛び込んだ。

 やがて、彼女たちは辿り着いた。自分たちの常識と見識もまるで及ばない巨大で奇妙、そして異様な地底世界へと。

「な……何よここ!?」

「ハヒ!! 洞窟の中にこんな開けた場所があったなんて……」

「レイはどこ!?」

 

「おやおや。これはどうした事かな。まさかディアブロスプリキュアがここに来ていたとは驚きだ」

「飛んで火に居る夏の虫とはこの事ですね」

 一度はその声に戦慄を覚えた事がある。男の声を聞くなり、リリスたちの額に冷や汗を浮かび上がった。

 恐る恐る声のする方へ振り返る。漆黒色に染まった十枚の翼を生やした青年と、同じ色の翼を四枚生やした美女が立っていた。一瞬目を疑った。紛れも無く目の前に現れたのは堕天使の王ダスクと、その部下である上級堕天使ラッセルだ。

「ダスク!! それにラッセルまで!!」

「なぜお前たちが? ここは一体どこだ!?」

 強い語気で朔夜がダスクに詰問する。彼からの問いかけに対するダスクの返答は実に素直且つ端的だった。

「ここは地上世界とは異なる位相に存在する地下世界【クン=ヤン】。お前たちのように通常位相から迷い込む者が数多くいる」

「まさか、世界中で頻発している洞窟内での行方不明事件は……!」

「ええ。哀れにも位相の歪みに入り込んでしまい、出口を見つけられなくなってしまった結果よ」

「堕天使ども……いや洗礼教会は性懲りも無く何を企んでいるんだ!?」

 ザッハ以来堕天使とは因縁深いクラレンスが鬼気迫る表情で問い詰めると、ダスクは「怖い顔するね~」といなしながら、素直に答える。

「ちょっとした交渉さ。クン=ヤンの住民どもに一度でいいから地上の空気を吸ってみないかってな」

「でも、わざわざ私たちが話を持ちかける必要なんて無かったみたいよ。なぜなら彼らは最初からそのつもりだった事がついさっき分かったんだから」

 すると、堕天使二人の後ろから黒い影が浮かび上がった。直後にリリスたちの周囲を取り囲むようにクン=ヤンの住民が奇怪な姿の家畜を伴い槍を携え現れた。

「こいつら!?」

「ハヒ! 見るからにデンジャラスな人たちです!!」

「どうやらクン=ヤンは、地上と比べてあまり高度な文明ではなさそうね」

「【和平の使者ならば槍は持たない】――……最初から地上世界を征服するつもりでいるらしい」

「まったく……ひと夏の思い出を作ろうと海に来たのに、結局今は亡き神様は私たちに戦いを止めろと言う甘い言葉を吐くつもりはないようね」

 死した神への愚痴を呟きながら、リリスは懐よりベリアルリングを取り出した。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士と天使のコラボレーション!!」

「「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」」

 

 変身と同時に、クン=ヤンの住民たちが奇声を発しながら一斉に襲い掛かって来た。

「ベリアルスラッシャー!!」

「サンダーボルト!!」

 ベリアルとウィッチによる息の合ったコンビネーション技が炸裂。

 プリキュアの力に圧倒されるクン=ヤンの民たち。しかし、数は遥かに多いのでプリキュアの力の質に対抗すべく数の暴力で畳み掛けようとする。

「ホーリーアロー!」

 ケルビムはケルビムアローを装備して、クン=ヤンの民たちを狙い撃ち――不浄なる心を射抜き浄化する。

「ストリクト・タイフーン!」

 バスターソードを用いて竜巻を発生させると、バスターナイトは奇怪な家畜【グヤア=ヨトン】をすべて薙ぎ払う。

 それから間もなくして、底知れぬ闇の力を備え持つ堕天使の王が大剣片手にバスターナイトへと突っ込んできた。

 ――カキン!! 鋭い金属音が鳴り響く。バスターナイトは斬り込んできたダスクの大剣を辛うじてバスターシールドで防いだ。

「くっ……ダスク!」

「少しはやるようになったな。さぁ見せてもらおうか、成長したお前の力を!!」

「言われなくてもそのつもりだ!」

 すべてはこの日の為に。

 ダスクとの敗戦を引き金に更なる力を求めた暗黒騎士バスターナイトは、堕天使の王にもその他の敵にも二度と屈しないと心に近い、愛する者たちすべてを守り抜く力を身に付けた。

「はああああああああああああああああ!!」

 煌々と燃え上がる体。鎧部分が灼熱の業火に包まれると、バスターナイトは強化形態であるスタイル・クリムゾンデュークの力を解放した。

「ほう……ブレイズ・ドラゴンの力をその身に取り込んだのか。おもしろい」

「いくぞ――ダスク」

 堕天使界での戦い以来となる十六夜朔夜とダスクによる因縁の対決が始まった。

 

「ダークネスウェーブ!!」

 無数のコウモリを放ち、敵を焼き尽くすラッセルの必殺技がベリアルたちを襲う。彼女もまた、愛する者を奪われた哀しみを糧に力を増し強くなっていた。

「あんた達はここから生きて帰さないんだから! 今日こそザッハ様の仇、獲らせてもらうんだから!!」

「ハヒ! 執念深い人ですね、あなたも……。はるかたちはこんな所に一分一秒でも長く居たくないんですけど!!」

「リリス。ラッセルは私たちに任せて、レイの救出に向かいなさい」

「分かったわ」

 仲間たちの厚意を受け、ベリアルはウィッチとケルビムらにこの場を任せレイの救出へと急ぎ空を駆ける。

「ちょっとアンタ! 前々から思っていたんだけど……」

 ベリアルが離れた後、ふとしてラプラスがラッセルに対し物申す。

 怪訝そうにラプラスを上から見下ろすラッセル。皆も自然とラプラスへ視線を向けた正にその時、彼女の口から飛び出たのは思いがけない言葉だった。

「あたしさぁ……アンタと名前が似てるからよく作者に書き間違えられるのよね!」

 語気強く口にした直後、ラプラスを除いて一瞬周りが変な空気に包まれた。

「って……一体何の話してるのよ!?」

 何を言い出すかと思えば、まさかのメタフィクションな愚痴だとはラッセルも到底思いもしなかった。そんなラッセルにラプラスは更に続ける。

「要はあんたが気に入らないってだけよ! この世に二人も美女はいらないよ!!」

「使い魔が変身した分際で生意気な……その高飛車な態度もろともすり潰してあげるわ!!」

「上等じゃない!! やれるものならやってみなさい、堕天使風情があたしに逆らうとどうなるか思い知らせてあげるわ!!」

 ラプラスとラッセル……名前が被りやすい者同士が激しく火花を散らし合わせる様は、見る者全員に圧倒的な緊迫感を抱かせる。

「ハヒ~……これぞ女の戦い、テリブルです」

〈この勝負どっちが勝つのでしょうかね……〉

 ウィッチとクラレンスは、ちょっとだけ先行きが怖くなってしまった。

 

           *

 

地下世界クン=ヤン 最深部

 

「うう……」

 意識を取り戻したとき、レイは手足を鎖に繋がれたまま牢の中で立て膝をついていた。自らが置かれた状況を冷静に分析しながら、気絶する以前の記憶を辿る。

「なぜこんな事に……私は確か」

「マナスストーンを盗もうとしたからだよ」

 突如として自分に話しかける声が近くから聞こえてきた。

 すると、牢の中には自分と同じ境遇に置かれた地上人が複数いて、皆やつれた表情を浮かべていた。

 レイは不思議に思いつつ、自分に声をかけてくれた日本人の男性に尋ねる。

「あの……あなたたちは?」

「君と似たようなものさ。洞窟の中で歩き回っている内に帰り道が分からなくなって、気が付くとこの地に辿り着いていた。そして、あのマナスストーンに魅入られた挙句がこれさ」

 言いながら、自由を奪われた事を如実に示す手足の鎖を見せつける。

「その……マナスストーンとは何ですか?」

「何でも大昔からこの地で崇められている【蛇神イグ】を奉るもので、生け贄とされた人間の魂を封じ込めたとされる石さ。石同士が近づきあう事で光を帯びる」

「それであのとき光っていたのか……」

 レイが持ち出そうとした石こそがマナスストーンであり、石同士が光っていたのは生け贄とされた人間たちの魂が互いに共鳴し合っていたからだ。

「あの石を持って帰ろうとした者はことごとく捕まり、そして……あのようになってしまった」

 石を盗み出そうとした者たちの末路を示そうと、男性は牢の外を指さした。

 ちょうど外ではさっきからカンカンと言う音が鳴っている。何事かと思えば、多くの地上人があくせくと鉱山で働き何かを掘り出す事に躍起になっている。ただ、彼らは皆生気を奪われた廃人の如く目が死んでいる。

「悪魔の神イグに、皆魂を奪われてしまったのだ」

「どういう事ですか?」

「イグの血を無理矢理呑まされると、誰でも悪魔の暗い眠りに落ちてしまう!」

「何ですって!?」

「そして、生きたまま悪夢の世界に入る……命はあっても魂を奪われる。血を飲んだら、もう悪魔の眠りから覚めない!!」

 何ともぞっとする話である。レイは自由に生きる事すらも奪われ悪魔の眠りへと落ちた人々が奴隷のように働かされ、成果を上げられなければ地底人の手により虐待される姿を牢の中から指をくわえて見守る事しか出来なかった。

 

 その後、蛇神イグを崇拝するクン=ヤンの最高権力者であると同時に地上世界への進出を目論む邪教集団の司祭である男・ヨスの前にレイは連れて来られた。

 ヨスの手には、レイが神殿から盗み出そうとしたマナスストーンが握られている。

「お前もまたマナスストーンを盗もうとして捕えられた。最初石は七つあったが、皆お前のような盗人によって二つが地上へと持ち出された」

「はっ。だったら盗まれぬよう管理を徹底しておくべきだったな!」

「それが石を盗もうとした者の言いぐさか。聞いて呆れる」

 侮蔑の念をレイへぶつける司祭。レイは露骨に視線を逸らしていたが、ふとヨスが持っているマナストーンを見てふと疑問に思った。

「まだ二つ足りんようだな……」

 話によれば、石は全部で七つあり、そのうちの二つが地上へ持ち出され紛失した。残り五つのうち三つが先ほどの儀式場にあった。では、残り二つの石はどこにあるのか。そんなレイの疑問にヨスは答えた。

「数百年前、スペインの探検家共がこの地に押し入り神殿を襲い人々を虐殺した時、一人の僧侶があと二つの石を地下の納骨堂に隠した」

「だから地上から迷い込んできた人々を捕え、奴隷としてこき使い掘り出させているのか……彼らには何の罪も無い筈だ!! 直ぐに解放しろ!!

「我らが聖地に土足で踏み入る無作法な地上人どもに、我らが力を思い知らせてやる。五つのマナスストーンが揃った時に、我がクン=ヤンは権力を得(う)るとともに、地上世界を制するのだ」

「大した想像力だ。恐ろしい夢物語(・・・)だな!」

 ヨスが抱く野望を、レイはあからさまに嘲笑い露骨なまでに蔑如した。

「ふふふふ……そうか。儂の言葉を信じないのか? じゃあ信じさせてやろう。我らと我らの神に背くことが如何に愚かな事なのかをな」

 

 程なくして、レイが連れて来られたのはイグの石像を奉ったあの儀式場。すなわち、ヨスはレイを生け贄として捧げようという魂胆だった。

「だからって私を生け贄にしていいと思っているのか!! 放せコノヤロウ!! 私を誰だと思っているんだ!! ディアブロスプリキュアが誇る最も美しく気高い上級悪魔にして、かの魔王ヴァンデイン・ベリアル王の後継者たる存在――悪原リリス様の使い魔だぞ!!」

「そんな事はどうでもいい! さぁ、儀式を始めよう!! 我らが神イグに新たなる生け贄を捧げる!! 我が肉体を捧げ、父イグに忠誠を誓う!!」

 生け贄を乗せるための鉄格子がゆっくりとレイの前に降りて来た。

 ヨスの部下たちの手に捕まってレイは、鉄格子の方へ無理矢理移動させられる。

「生きて帰ったら地上のみんなにここの悪口を言いふらしてやるからな!! リリス様~~~どうか私をお助けてくださ~~~い!! おねがいしま~~~す!!」

 よくまぁこれだけ情けない声が出せるものだと、内心自嘲するレイ。抵抗する事も虚しく手足を鉄格子へと固定させられる。

 レイが固定されると、ヨスがゆっくりと近づいてくる。ただならぬ圧力を醸し出す彼を前にレイの心は委縮しそうになる。ヨスは後ろに聳えたつイグの石像に手を翳すと、奇怪な言葉を唱え始める。

「あああ……リリス様……どうか私を見捨てないでください……」

 いつまで経っても助けに来る気配のないリリスの事ばかりを考え涙目になる。レイを乗せた鉄格子がゆっくりと宙へと浮かび、上下の向きが反転する。

「こんなのは嘘だ……悪い夢を見ているのだ……早く目を覚まさなきゃ……」

 何度も自分にそう言い聞かせるが、この現実からは逃れられない。ドロドロのマグマへと誘う死出の扉が今――開放される。

 その瞬間、凄まじい熱気がレイの体を直撃する。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 助けてえええええええええええええええええ!!」

 レイを乗せた鉄格子がゆっくりとマグマに向かって下降を開始。このまま下へ向かって行けば確実にレイの体は他の生け贄同様にマグマの熱で燃え尽きる。そうなったら二度と愛するリリスと会う事も出来なくなる。

 しかしどうする事も出来ない。最早諦めて自らの数奇な運命を呪いながら死んでいくしかないのか――ほぼ百パーセント諦めかけた、そのとき。

 

「私のかわいい使い魔に手を出さないでよ!!」

 聞き違いなどではなかった。レイを助ける為に遥々地上から駆けつけた悪魔の声。いや、レイにとっては唯一無二の主にして救世主のような存在だったのかもしれない。

 今まさに、キュアベリアルとなったリリスが悪魔の翼を翻し儀式場へと駆けつけた。

「はあああああああああ!!」

 クン=ヤンの住民が驚きを隠せない中、ベリアルはレイを生け贄にしようとした彼らに制裁を加えるとともに、急いで鉄格子のコントロールレバーを奪い下降を中断させた。

 ゆっくり、ゆっくりと鉄格子ごとレイの体を引き上げていく。全ての作業を終え無事に救い出したレイを、ベリアルは床に下ろした。

「レイ、レイ!! しっかりしなさい、起きなさい!!」

 半分意識の無くなっているレイに強く呼びかける。すると、顔から大量の汗を流すレイが目の前にいるベリアルを見ながら譫言(うわごと)のように呟く。

「リリス様……あぁ、まだ私は夢を見ている様だ……」

 この発言に対し、ベリアルはレイの頬を叩き目を覚まさせる。

「寝ぼけたこと言ってるんじゃないの! まったく世話の焼ける子なんだから」

 呆れる気持ち半分。ベリアルは「でも……」と呟き、レイの事を愛おしげに力いっぱい抱きしめ耳元で囁いた。

「無事で良かったわ……」

「リリス様……申し訳ございません!!」

 主に心配をかけてしまった事に対する羞恥心。同時に自分へと向けられる慈愛の心。すべての感情がレイの内から一遍に湧き上がる。

「さぁ、急いでここから出るわよ」

 ベリアルの提案に、レイは「そうですね」と一言言って頷いた。

「しかし出るならみんなで逃げませんと」

 

 レイは自分と同じ境遇に置かれた地上人を救い出す為にベリアルと共に立ち上がった。

 奴隷として鉱山で働かされ、マナスストーンを掘り出す手伝いをさせられている彼らを救い出すべく、ベリアルとレイは救出作戦に打って出る。

「ぐあああああ」

「があああ」

 作業監督をしていた暴漢たちを次々と昏倒させるベリアル。その間にレイが人質となった彼らの鎖を破壊し、身柄を自由にする。

「さぁ、急いでここから離れるのです!!」

 ようやく自由の身になれた。嬉々とした表情の人質たちは喜びを共有し合う。

「急ぐわよレイ!」

「了解です!!」

 レイは真の姿であるスプライト・ドラゴンに変身すると、ベリアルらを背中に乗せて神殿の奥に作られた鉱山を脱出した。

 

「ブレイジング・ストーム!!」

「笑止!」

 バスターナイトが繰り出す灼熱の炎の竜巻。ダスクはその攻撃を正面から受け止め威力を削る。

「ふむ。以前よりも格段に成長している事は認めよう。だがこんなものではないだろう。見せてみろ、お前の全力を!!」

「言わせておけば……」

 やはり一筋縄ではいかなかった。ダスクを倒す為には最大質量での必殺技を叩き込まなければならない。

 バスターナイトは手持ちの剣・炎龍剣(えんりゅうけん)ドラゴンブレイカーと盾・炎龍盾(えんりゅうじゅん)ドラゴンイージスの二つを合体させ、炎龍斧(えんりゅうぶ)ドラゴンバルディッシュ】を携える。

 これでようやくバスターナイトの本気の力を見られると思ったダスクは、気合十分なバスターナイトを前にほくそ笑み、愛用の大剣を両手でしっかりと握りしめる。

 刹那。

 バスターナイトとダスクの二人はほぼ同時に前へ飛び出した。

「「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 ――カキン!! カキンカキン!!

 

「ダークネスウェーブ!!」

 幾度となく襲い掛かる無数のコウモリたち。

 ラッセルが繰り出す激しい攻撃をケルビムはオファニムモードの防御力を以って辛うじて防いでいる。

 だがそこへ、ダークネスウェーブを囮としてラッセルがケルビムの背後へと回り込み、彼女自慢の長髪を鷲掴み思い切り振り回す。

「おっほほほほ!! ほらほらほらほら!!」

「きゃああああああ!!」

 地上へと吹っ飛ばされるケルビムを、ラプラスとウィッチが受け止め事なきを得る。

「大丈夫ですか!?」

「もうガマンできないわ!!」

 女の命とも言っても過言ではない髪の毛を無下にするラッセルの行為に業を煮やすと、ラプラスは彼女の方へと向かい、躊躇すること無くビンタ。

 バチンという綺麗な音が鳴り響く。頬をぶたれたことに対して、ラッセルも「何よ!!」とムキになり、ラプラスにビンタを返す。

「そっちこそ何よ!!」

 バチン、バチン、バチン――ラプラスとラッセルによる醜いビンタの応酬。その鬼気迫るやり取りを見ていたウィッチとクラレンスは同じ事を思った。

「ハヒ!? デンジャラスを超えるウルトラデンジャラスな光景です!!」

〈やはり怒ると怖いものなのですね、女性と言うのは……〉

「負けちゃダメよラプラス!! 私の髪をみだりに扱ったそんな奴、やっちゃいなさい!! キャメルクラッチ!! いえスリーパーホールドよ!!」

〈テミス様……女子プロレスを見ているんじゃないんですから、もう少し自重しましょう〉〉

 ジャベリンの姿に変化していたピットが思わず嘆く中、ラプラスとラッセルのビンタの応酬は更に熱を帯び始める。

「使い魔風情が生意気なのよっ!!」

「そっちこそ堕天使だからっていい気になってんじゃないわよっ!!」

 ビンタに端を発して、互を睨み合い、頬を引っ張り合うなど実に泥臭い争いへと発展する。このまま泥臭くて醜い争いが永遠に繰り広げられるのか思われたが……やはり長くは続かなかった。

 

 ――ドンッ!!

「あ痛っ!!」

 ラッセルの背中へと走る凄まじい衝撃。

 何事かと思い後ろを見れば、クン=ヤンの最奥よりスプライト・ドラゴンこと、レイがベリアルと人質として捕えられていた地上人を背中に乗せて飛んで来た。

「リリスちゃん!! レイさんも無事です!!」

「あの人たちは……そっか、世界中で行方不明になった人たちね!!」

「よくもやったわね……!! 許さないわよ!!」

 背中への不意打ちを受けたラッセルは怒りを露わにベリアルたちの方へと飛んでいく。

 ラッセルが向かって来ると、ベリアルはレイの背中から飛び降りラッセルに向い飛んで行く。

「はああ……はっ!!」

 掌に紅色に輝く魔力を固めると、それを波動として炸裂する。

「うぎゃあああああ!!」

 馬鹿正直にベリアルに向かって行ったのが運の尽きだった。

 ラッセルは豪快にも顔から地面に突き刺さった。その情けない姿にダスクも思わず辟易する。

「堕天使の幹部のクセして情けねぇ奴だな。お前もザッハみたいになりたいのか!?」

「く……私はザッハ様の無念を晴らしたいです!!」

「だったらちったー粘れよ!!」

「はい……!!」

 上司からの激励を受け、ラッセルは顔を引っこ抜いてからおもむろに立ち上がる。

 ディアブロプリキュアと堕天使軍団。三つ巴の大戦以来長らく対立する二大勢力による戦いが今、幕を開けようとしたそのとき――事態は急変する。

 

「ふはははははは!! ははははははは!!」

 甲高い笑い声が両者の耳に入る。

 いつの間にか、邪教集団の司祭ヨスがクン=ヤンの民たちを率いて現れた。

「愚かな者たちよ。神の裁きを受けるがよい」

「神ですって!?」

「我らが神……イグよ、今こそその姿を現せ!!」

 三つのマナスストーンを掲げるヨス。するとマナスストーンに封じられていたこれまで生け贄になった者たちの魂が、一度に解放された。

 放たれた魂は儀式場にあるイグの石像へと注ぎ込まれる。

 魂を受領したイグの石像の瞳(め)が紅く怪しげに光る。やがて、ゴゴゴ……という音を立てながら石像自体に亀裂が走る。

 次の瞬間、長き眠りに就いていた荒ぶる蛇の神――【イグ】が目を覚ました。

 斑紋のある緑色の蛇神が神殿の方から、大地を揺らしながらディアブロスプリキュアと堕天使二名の元に現れた。

「ひええええええええええええ!! へ、ヘビいやああああああああ!!」

「こんなものまで居たなんて……!!」

「おいてめぇらどういうつもりだ? まさか俺たちまで始末しようってつもりじゃねぇだろうな」

 当初とは話が違うと、ダスクがいちゃもんをつける。ヨスはそんなダスクを嘲笑いながら言ってやった。

「堕天使如きが我らと我らが神を懐柔しようとしていたようだが、とんだ思い上がりだったな!! 我らは我ら自身の手で地上に進出する!! 誰の力も借りずともな!!」

「ダスク様……」

「ったく。言ってくれるじゃねぇかよ」

 珍しくいっぱい食わされたと、ダスクは内心悔しがりながらこの最悪な状況をどう切り抜けるか、思考をフル回転させる。

「ははははははは!! さぁ、裁きの時を受けるがいい!!」

 声高に叫ぶヨス。

 だが直後、イグの取った行動は予想外のものだった。

「う、うおおおおお!!」

 ベリアルたちを攻撃する事はおろか真っ先にヨスの体を鷲掴みにして、それを丸ごと食らい始めた。

「ぐああああああああああああああ!!」

「なに!?」

「食われた……!!」

「ハヒ!! プリキュアシリーズではあっちゃいけないグロさです!!」

 思わず目を背けたくなる光景だった。

 ヨスを丸ごと食らい尽くしたイグは、その後も近くにいたクン=ヤンの民たちを次々と食らい出した。イグが民たちを食らうたび、品の無い悲鳴が聞こえ続ける。その度にベリアルたちは耳を押さえ目を瞑る。

 本来イグを制御するためには、七つのマナスストーンが必要だ。しかし、うち二つが地上へと持ち出され、さらに二つが欠けている状況で今回ヨスは三つのマナスストーンの力だけでイグの力を制御しようとした。その事が神の怒りに触れる結果となり、彼らは復活したばかりのイグの糧とされてしまったのだ。

 荒ぶる蛇の神はヨスたちの魂を食らう事で更に力を増し、巨大な姿へと膨れ上がる。

 禍々しさと獰猛さを兼ね揃えた蛇に睨まれた瞬間、ラッセルはカエルの如く体が竦み尻餅をついて動けなくなった。

「ダスク様……私……動けません!!」

「ちっ。こっちもてめぇの命がかわいいからな……ここは一時退却だ」

 冷静に考えてもイグに真っ向から立ち向かうなど正気の沙汰とは思えない――そう判断したダスクは腰が抜けて動けなくなったラッセルを担ぎあげ、空間の歪を通って地下世界を脱出する。

 取り残されたディアブロスプリキュアは、立ち塞がる巨大な蛇神を前に冷や汗をかいており、本能的な恐怖から拳が震え上がっている。

「ど、どうするの!?」

「プリキュアがこの程度の苦難で根を上げる訳にはいかないわ。プリキュアはプリキュアらしく、最後まで諦めずに戦う――そうでしょう?」

 凛とした表情でベリアルが周りに呼びかけると、ウィッチもケルビムも、そしてバスターナイトも納得の表情を浮かべる。

「リリスちゃん……本当にその通りですね!!」

「それでこそ、オレが心の底から愛した悪魔だ」

「確かにリリスの言う通りだわ。プリキュアはどんな状況でも決して諦めない。最後の最後まで希望は捨てない。どんな絶望的な状況も、必ず打ち勝ってみせるわ!!」

「みんな、ディアブロスプリキュアの底力を見せてあげるわよ。蛇神だか何だか知らないけど、私たちの前に立ち塞がる敵は完膚なきまでに叩き潰す!!」

 仲間たちと最後まで戦い抜くという決意を固めたディアブロスプリキュアは、クン=ヤンの民を食らい力を増した蛇神イグに対し攻撃を開始した。

「バースティングスラッシュ!!」

『テンペストウィング!!』

 燃える炎を斬撃として飛ばすバスターナイトの技。加えて巨大コウモリへと変身したラプラスが巻き起こす突風が威力を付加し、イグの表面を覆っている鱗を剥しダメージを与える。

 この攻撃に対しイグは激怒。口から溶解液を吐いてバスターナイトたちを狙い撃ち、巨大な胴を動かし尻尾を縦横無尽に振り回す。

「ヘブンズ・バインド」

 イグの動きを止める為、ケルビムはオファニムモードの状態から聖なる天使の象徴である光輪を何重にも組み合わせた拘束具を作り出すと、イグの体を光輪の力によって封じ込める。

 強固な拘束具となった光輪によって思うように体を動かせないイグ。大地を激しく叩きながら拘束から逃れようと必死で暴れ回る。

 この間隙にヴァルキリアフォームとなったウィッチが、反撃の狼煙(のろし)を上げる。

「セイクリッド・ファンタジア!!」

 クラレンスの力が融合した状態の武器、魔宝剣ヴァルキリアセイバーを天高く掲げる。

 刹那、聖なる力を溜めた武器の力で魔法がランダムに発現。天空より巨大な岩という岩が雨の如くイグの体へと降り注ぐ。

 イグの体が岩に押しつぶされる。しかしまだ完全にその息の根を封じた訳ではない。

 最後の止めを刺す為に、ベリアルはキメラ戦を経て手に入れたあの力を顕現させる。

「カイゼルゲシュタルト!!」

 プリキュアでありながら純粋な悪魔の力だけを宿したキュアベリアルの最強形態。左右五対、計十枚の羽を生やした悪魔の女帝が今――地下世界に降臨する。

『リリス様、我々の手で引導を渡してやりましょう!』

「ええ!!」

 最愛の使い魔スプライト・ドラゴンのレイとともに、キュアベリアルは地底に巣食う凶悪な神に滅びの一撃を加える。

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

『ブレス・オブ・サンダー!!』

 七つの大罪を封じ込めた超高熱の光球を放つカイゼルゲシュタルトの必殺技と、スプライト・ドラゴンであるレイ自身の必殺技が絶妙な具合で融合する。

二つの力が合わさった攻撃はイグの愚鈍なる肉体を瞬時に焼き焦がし、その魂を天空へと誘って行った。

 

           *

 

黒薔薇海水浴場エリア 洞窟前

 

 地底世界を支配する蛇神は、ディアブロスプリキュアの手により滅び去った。

 イグを倒し、行方不明となった人たちとともにクン=ヤンからの脱出に成功したリリスたちは、洞窟の前で立ち尽くしていた。

 先ほど自分たちが見た謎の地底世界。あそこに住まう彼らが果たしてどこの誰であったのか――ふと考える。

「何だか凄い経験をしましたね」

「あれは一体なんだったのかしら……」

「さぁね。でも、これだけは言えるわ。世の中には人間や悪魔でも知らない、知られちゃいけないような事がたくさんあるって事よ」

 リリスがそう言うと、皆も内心そうかもしれないと思った。

 やがて、朝日が海の彼方より昇り始めた。古い昨日が終わり、新しい今日がまた始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)




次回予告

テ「洗礼教会を離脱した私。そんな私を付け狙うコヘレト」
リ「オファニムリングを使ってアイツが仕掛ける卑怯卑劣な作戦って……」
は「ハヒ!? テミスさんが……二人! しかも片方は黒いテミスさんです?!」
朔「それはまるで光と闇。あれは正にテミス自身の影……!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『コヘレトの復讐!戦慄のフォールダウンモード!』」


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第35話:コヘレトの復讐!戦慄のフォールダウンモード!

第35話まで来ました。今回の主役はテミスです。
本当は1話完結で終わらせたかったんですが、思った以上に長くなったので2話に分けました。したがってサブタイトルも変更し、本来のサブ雷トルの話は後編にしました。
それでは、どうぞ楽しんで読んでいただければと思います。


第35話:コヘレトの復讐!戦慄のフォールダウンモード!

 

 

 

異世界 洗礼教会本部

 

 世界転覆を目論む異界の宗教結社。その構成員にして、最も卑劣で卑怯な男と呼ばれる者がいた。

 はぐれエクソシスト・コヘレト――彼以上に性根の腐った人間はいない。

「へへへへへ……ようやく完成したぜ」

 自室に籠った彼は数か月前からあるモノの製造に力を注いでいた。そしてついに今日、それが完成した。

 不敵な笑みを浮かべると、コヘレトは眼前で怪しげな雰囲気を醸し出す発光体を見つめる。光を発するモノの正体は薄紅色の液体で満たされた透明なカプセルだった。

 そんなコヘレトの元に、ある種彼以上に猟奇的で気の触れた者が声をかけてきた。

「コヘレトさん、なにひとりキモイ顔でトチ狂ってるんですか?」

 実に失礼極まりない呼びかけの仕方だった。不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらコヘレトが振り返ると、少年の如くあどけない顔を持ちながら腹のうちは真っ黒に染まったはぐれ悪魔――カルヴァドスが歩み寄って来た。

「ちっ……お前に言われると無性に勘に触るんだよな。俺よりトチ狂ってるくせしてよ!」

「いやだなー。ボクはいつだって正気ですよ♪ 周りがそう思わないだけでね。それにしても、これどうしたんですか?」

 軽くいなしたカルヴァドスは、コヘレトの目の前にあるカプセルの事が気になりおもむろに尋ねる。するとコヘレトの口元は歪み、薄気味悪い笑みを浮かべ答える。

「へへへへへ。キュアケルビム――テミス・フローレンスをブッ倒す為の秘策さ。すべては俺の計画通りに事が運んでやがる」

「そう言えば彼女も以前は教会に与していたんですよね?」

「ああ。高慢で偉そうな奴だったぜ。だが所詮はプリキュアだ。ハナから俺たちと利害が一致するとは思っていなかったさ。あいつには返しても返しきれねぇほどの恨みがある。その恨みをこれから何万倍にして返させてもらうのさ!! この……とっておきを使ってな!!」

 透明なカプセルの中で薄紅色の液体に浸されたものを凝視しながら狂気の目を剥くコヘレト。カプセルの中にいるのは、テミスと瓜二つの姿を持った人間らしき存在だった――……

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 夏が終わり、秋の肌寒さが到来する九月初頭の夜。

 ディアブロスプリキュアの後援者である正体不明の科学者ベルーダは、ある者に呼ばれて公園へ来ていた。

 深夜一時を回っている夜更けに公園を訪れると、そこには白を基調とした私服に身を包んだテミスが待っていた。

「テミスちゃん。こんな夜更けにワシを呼び出してどうした?」

「ごめんなさいベルーダ博士。別に大した用事ではないんですが……」

 言うと、テミスは微笑しながら突然プリキュアの姿へと変身した。変身と同時に、左腰に携えたケルビムアローに酷似した武器を手にし、ベルーダの方へと矢を向ける。

「なぬ?」

 思わずそう口にしたベルーダ。次の瞬間、ケルビムは囁くように言い放つ。

「さようなら――……」

 

 ――バシュン。

 

           ◇

 

黒薔薇町 フローレンス家

 

 明くる日。リビングで朝食を摂っていると、唐突にテミスがピットに言ってきた。

「ねぇピット……ちょっと相談してもいいかしら?」

「どうかなさいましたか?」

 食事の手を止め、テミスは眉間に皺を寄せながら胸中で渦巻く複雑な思いを口にする。

「昨日……夢を見たんだけどね」

「夢、ですか?」

「それも、ものすごく恐ろしい悪夢だった」

 脳裏に浮かぶ悪夢に彼女は脂汗をかく。

 かつて見た事がないような夢であり、決して現実にはあってはならないもの。それは彼女がディアブロスプリキュアのメンバーを手に掛けるという極めて残酷な内容だった。彼女曰く、夢の中でテミスが手に掛けたリリスたちは、地面に倒れピクリとも動かなくなったという。

「……嫌にリアルだったわ。夢でよかった……いや、夢でもこんなのは嫌よ!!」

「テミス様……」

「確かに私は元・洗礼教会の戦士。リリスたちと敵対してきたことは紛れもない事実。でも、私はようやく気付いたのよ。自分にとって何が正しくてそうでないのか、本当に自分が守りたいものが何なのか。だから、みんなをこの手に掛けるなんて事は想像もしたくないんだけど……」

 テミスは今でも罪の意識に駆られる事がある。自分のしてきたことが間違いだったと気づき、その間違いを戒め後悔をバネに今に繋げようとする彼女だが、やはり完全には割り切れていない。

 ピットは生真面目で責任感の強い主人の気持ちが痛いほど分かる。長年彼女のパートナーとして仕えて来たからこそ、誰よりもテミスの胸の内を知っている。

 今の自分がしてあげられることを必死に考え、考えた末にピットはテミスの心が少しでも晴れるようにと励ましの言葉を掛ける事にした。

「テミス様は『明晰夢』というのをご存知ですか?」

「めいせきむ? 夢を見ながら、自分でこれは『夢』だなって自覚しているもののこと?」

「はい。自分で夢だと理解していれば、その夢の内容を思い通りに変化できるとされています。悪夢の場合は自分の望む幸福な内容に変える事も」

 ピットは破顔一笑し、テミスの心情を汲み取る。やがて、彼女を勇気づける言葉を一つ一つ選びながら言葉を紡ぐ。

「――大丈夫ですわ。テミス様がリリスさんたちに手を掛けるなどと言う可能性は、万に一つもあり得ません。なぜなら、テミス様はもうディアブロスプリキュアの立派なメンバーで、何よりも世界の平和を守る伝説の戦士に違いないのですから!!」

「ピット……そうよね。ありがとう」

 心細いとき、気持ちが不安定なとき、いつでもピットが側で支えてくれた事にテミスは改めて感謝の意を抱く。彼女に励まされた事でほんの少しだけ気持ちが楽になった。

「さぁ、早く朝食を済ませてしまいませんと学校に遅刻してしまいますわ!」

「ええ」

 

 登校途中、テミスは思考に耽っていた。きっかけは、ピットが言った何気ない一言からだった。

(伝説の戦士か……確かに、プリキュアとして選ばれた事に間違いはない。でも、私は本当にそれだけの価値があるのかしら。天界にいるときは、上級天使から礼讃(らいさん)される事はよくあったけど。本当のところはよくわからないのよね)

 生まれてこの方、テミス・フローレンスが懊悩(おうのう)し続ける事がある。それは、この世界における「愛」の真実についてその答えを未だ見いだせていないという事だった。

 天使でありながら、「愛」を感受することが出来ず、また明確な「愛」を理解できぬまま十数年という月日が経過した。誰よりも「愛」を理解しようと人の何倍も努力を重ね、天使らしく常に高潔であろうと己を律し、その心を奮い立たせてきた。そして、あらゆる邪悪から「愛」を守る為に誰よりも気高くあろうとし続けてきた。

 しかし、そうした努力も空しく彼女の中で「愛」というものの正体が何なのかを理解するには遠く及ばず、煩悶とし続ける日々の中で次第にテミスはそんな自分自身に嫌気が差し始めていた。

(本当の「愛」を理解できない私は……プリキュアである以前に、天使ですらないんじゃないかしら)

 こんな自分がなぜ、天使なのか。「愛」を理解できぬ自分がなぜ「愛」の戦士と称されるプリキュアとして選ばれたのか。それがずっと胸につかえ続けていたそのとき――不意にある光景が彼女の眼に止まった。

 それはどこにでもいる普通の親子だった。小さな子供が母親と手を繋ぎ、仲睦ましそうにしている様はとても微笑ましい。だが直後、彼女の胸がチクリとなった。

 ふと思い出した。天界にいた時、テミスは家族同士であのような経験をしたことが無かった。考えてみれば、両親と呼べる上級天使が自分に対して人並以上の「愛」を与えてくれた経験が有ったのかと甚だ疑問に感じていた。

(私は……私は一体……なんなのよ……)

 天使でもプリキュアでもなり切れない、自分自身というアイデンティティーに疑心暗鬼しながら、テミスは未だ答えの見つからない「愛」について思考を繰り返す。

 

           *

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 夏休みが明けて数日が経っての登校。テミスがいつも通りに自分のクラスへ行くと、様子が違っていた。何やら生徒たちが喧騒としていた。そしてしきりにある話題について話をしているのが耳に入った。

 

「おい聞いたかよ。この近くで通り魔だってよ」 「襲われたのって例のお化け館に住んでるっつう変態科学者なんだろ?」 「血まみれだったんだってー!!」 「怖いねー。犯人まだ捕まってないんでしょ?」 「あたし襲われたらやだなー」

 

 何やらただ事ではない事は暗に伝わってきた。

「みなさん、おはようございます」

 テミスは怪訝そうにしながらも自席へと向かい、生徒たちにいつも通りの笑顔を振舞いつつ、内心穏やかではなかった。

(朝から不穏な空気ね。いったい何があったというのかしら? 通り魔とか言ってたけど……)

「あ、テミス」

「テミスさん!!」

 そのとき、テミスが登校してきたことに気づき、難しい表情を浮かべるリリスと切羽詰った感じのはるかがテミスの元へ歩み寄ってきた。

「おはよう。二人ともどうしたのよ? 何か事件でもあったの?」

 教室の雰囲気がいつもと違う為、事情を知らないテミスは率直に二人に尋ねる。すると、リリスとはるかは顔を見合わせてから衝撃の事実を語る。

「ゆうべ、ベルーダ博士が何者かに襲われたのよ」

「今朝がた公園近くを通りかかった近所のおじいさんが、かなりの重傷を負った姿の博士を発見したんです!!」

「な、なんですって!?」

 突然の報告を受け、テミスは思わず目を剥いた。

 そんな彼女の驚く姿を秘かに、コヘレトは学校の外から窺い悪意ある笑みを浮かべる。

「第一段階は成功のようだな。さぁーて……ここからが本当の地獄の始まりだぜ。へへへへへへへへへへ」

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 放課後、全員でベルーダの見舞いへと向かった。

 全身に酷い傷を負ったベルーダは意識を失った状態でベッドに横たわっている。こんなになるまで一体誰にやられたのかと、リリスたちはベルーダのありさまを見ながら真剣に考える。

「ねぇ。彼の容態はどうなの?」

 隣に立ちつくす朔夜にテミスが率直な疑問を問いかける。朔夜は「医者曰く傷自体は酷かったが、幸い命に別状はないようだ」と、端的に回答した。

「よかったですー!!」

「でも、誰がこんな酷い事を?」

 安堵し胸をなでおろすはるかの横でクラレンスが訝しむ。

「それにしてもニート博士が襲われるとはな……通り魔なのか、はては物取りか、怨恨か。どちらにしてもとんだ物好きもいた者です」

「確かに物好きよねー」

 ベルーダがかわいそうだと本気で思っているのだろうか……レイとラプラスから出た言葉は実に冷淡で非情なものだった。

「レイさん、ラプラスさんもそんなひどい事言っちゃダメですよ! 少しは被害者の立場も考えてみてください!」

 見かねたピットが二人を諫めるために厳しいコメントをした。

「とにかく、博士の意識が戻れば何があったか分かるわ」

 リリスの言う事はもっともだった。全員はベルーダの早期回復を祈り、今日のところはひとまず病院を後にする事にした。

 

 その帰宅途中、テミスはふと脳裏に思い浮かべる。今朝がた見たあの悪夢の内容と今回ベルーダの身に起きた凄惨な事態を――……。

(まさか……そんな、偶然よね)

 あれは性質の悪い夢であると、自分自身に言い聞かせる。だがどうにも単なる夢でないのではないかと言う思いが拭えない。

 リリスたちが挙ってテミスの方を見ると、若干生気の籠っていない彼女を心配した。

「テミスさん。どうかしましたか?」

「あなた大丈夫、顔色悪いんじゃないの?」

「え。そ、そうかしら……」

「具合が悪いなら早いところ家に帰って休んだ方がいい。季節の変わり目は体調も乱れがちだからな」

「サっ君の言う通りよ。慈愛がモットーの天使様なら、当然〝自分を愛する〟っていう感情も持っているはずよね?」

「皆さん、テミス様の事を気遣ってくれていますわ。ここは言う通りにしませんか?」

「……―――ありがとう。そうね、ちょっと疲れているのかもしれないわ。それじゃ、お言葉に甘えて先にお暇させてもらうわ」

「また明日学校で会いましょうね!!」

 微笑したテミスは、ピットを伴い皆と別れる。はるかが元気溌剌に彼女の事を見送ると、テミスは一瞬振り向き、破顔一笑した。

 

 帰路へと向かう途中。テミスの体調を気遣ってピットが鞄の中から話しかけてきた。

「テミス様。疲労が溜まっているのでしたら、やはりここは疲労回復メニューが一番ですわ!! 今日のお夕飯は豚肉を使った料理を作りましょう!!」

「……」

 ひとり張り切るピットの傍ら、テミスはどうにも夢の事が気になって仕方がない。

(あの夢は……本当にただの夢なのかしら? 天使の……プリキュアの勘が何か警告を発している気がする)

「テミス様?」

 ピットが気に掛けるも、テミスはどうにも気が気でない。

 そんな腑に落ちない彼女の事を、秘かに物影から窺う者がいた。コヘレトか、あるいはまた別の誰かか。歪んだ口元から「へへへ……」、という声が漏れた。

 

           ◇

 

 ベルーダが重傷を負って病院に運び込まれてまる三日が経過した日のこと。仮初の平穏はある力の干渉によって、静かに崩れ始めるのだった。

 

           ≡

 

黒薔薇町 国道沿い横断歩道

 

「はぁ……困ったねぇ」

 ここに一人の老婆がいた。老婆は大荷物を背負って向こう側へ渡ろうと思っている。

 だが生憎と信号機はなかなか青に変わってくれそうにない。おまけに今の時間は交通量が多く、歩行者用信号もすぐに点滅してしまう。その為ぐずぐずしていると赤に変わって最悪道路の真ん中に取り残されてしまうかもしれない。途方に暮れていたそんなとき――。

「お困りですか?」

 一人の少女が優しく声をかけてくれた。

 老婆に話しかけて来たのはテミス・フローレンス。どういう訳か彼女は今、本来の姿――キュアケルビムとなっている。

「おばあさん。ここは私に任せてください」

「え?」

 何をどうするつもりなのかと思っていた時、老婆の気持ちに応える為にキュアケルビムが取った行動は……

「えいっ!!」

 何とも破天荒極まりないものだった。

 ケルビムが信号機目掛けて光線を放つと、今まで青かったものが赤へと変わる。突然の事態にドライバーは驚き、急ブレーキをかけるも勢いを止められず正面衝突。後続車、更には横から走ってくる車も次々と玉突き事故を起こす始末だ。

 老婆は年甲斐も無く度胆を抜いた。驚きのあまりうっかり入れ歯が零れ落ちそうになってしまった。

 騒然とする現場。クラクションの音と怒声がひっきりなしに飛び交う中、ケルビムは呆気にとられる老婆を連れて歩道を渡る。

「さぁおばあさん。これで安心して渡れますよ」

「ちょ、ちょっとやりすぎじゃないのかいあんた!?」

「これくらい問題ありませんよ」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 黒薔薇駅前通り

 

「はぁ~~~……今月もまた厳しいかぁ」

 所変わって、人間に扮したレイはひとり自分の財布の中身を凝視し、頭を抱えていた。

 彼の金欠は深刻だった。がま口の財布に入っているのは小銭がたったの六十円。それ以外はすべて何らかのクーポン券とレシートだけ。

「はぁ……自分で言うのもなんだが悲惨以外の言葉が浮かばん。それもこれも、元はと言えばご婦人が己の欲望を一切抑えようとせず、私に何かとたかってくるからだ!! これは今一度イケメン王子に断固抗議をしなくてはならないな!!」

 飽く迄自分ではなく他人に落ち度があると考える辺りは、いかにも彼らしい。実際のところレイの言う事もあながち間違いではなかった。

「レイ、どうかしたの?」

 すると周りから声を掛けられた。呼びかけたのはテミスだった。

「これはテミス氏。奇遇ですな」

「ちょっとそこまで通りかかったものだから。財布なんか取り出して、どうしたの?」

「いやはや……今月も赤字でして。お恥ずかしい限りです」

 後頭部を掻きながらテミスにそう話した矢先。ぐう~~~っという、分かりやすい腹の音が鳴り響く。これにはレイも思わず紅潮する。

「あはははは……今の私は無一文同然。真面な食事を摂れる余裕すらありません……」

 深く肩を落とし項垂れるレイ。それを聞いたテミスは「家に帰れば何かしらの食べ物はあるでしょ? 日曜日なんだしリリスに作ってもらえないの?」と怪訝そうに尋ねる。

「今日は生憎とリリス様は外出なさっています。しかもよりによってあのイケメン王子と水族館デートだとか……この前みたく邪魔したら消し炭にすると言われ、仕方なくこうして一人寂しくお金も無いのに街をうろうろと……とほほ……」

 いつもの事ながら、貧乏くじばかりを引いている彼の事がかわいそうに思えた。だからテミスはレイのささやかな願いを叶えてやろうと思い至った。

「うふふ。昼食ぐらい私がおごってあげるわよ」

「え……本当ですかそれは!?」

「ええ」

「ウソではないのですよね!?」

「ウソなんかつかないわよ」

 満面の笑みを浮かべそう答える彼女の態度を見た瞬間、感極まったレイの双眸から滝の如く涙が零れ落ちる。

(さすがは天使だぁ~~~!! 地獄で仏ならぬ、地獄で天使とはまさにこの事!! 世の中悪い事ばかりではないなぁ!!)

「じゃあ、ちょっと待っててくれるかしら?」

 そう言うとテミスは、レイの側を離れ建物の陰へと隠れた。何をするのかと思えば、テミスは何故かキュアケルビムへの姿と変身した。やがてそのまま翼を広げ飛んで行った。

「はて……なぜプリキュアに変身する必要が? それに、あの姿でどこへ行くつもりなのだ?」

 レイは何のつもりでプリキュアに変身したのかもしれないケルビムの事を目で追いながらその進路を見定める。

 不思議に思っていると、宙を移動するケルビムの視線に見えて来たのは黒薔薇町内で最も規模の大きい銀行だった。

 次の瞬間。満面の笑みを浮かべるケルビムは突然狂気に走った。

 

 ――バリンッ!!

 あろう事か、銀行の正面玄関目掛けてケルビムは波動を放ち、扉を豪快に破壊した。

「な……!! テミス氏!?」

 意想外な事態にレイは開いた口が塞がらなかった。あのケルビムがこのような暴挙に走るなど、今まで想像すら及ばなかったからだ。

 銀行を襲撃したプリキュア――キュアケルビムの行動に誰もが驚かされる中、更に人々を驚愕させる行動に彼女は走る。行内にあったATMを破壊すると、その中からストックされてあった多量の札束を奪い無造作に袋へと詰め始めた。

 これにはレイも黙っていられず、ケルビムの凶行を止めようと制止を求める。

「テミス氏、何をしているのですか!? 天使でありプリキュアともあろうお方が白昼堂々銀行強盗など!!」

「だって、お腹を空かしているあなたに少しでも美味しい物を食べてもらいたくて。その為にはお金が必要でしょ?」

「いやいやそう言う問題じゃなくて!!」

 やる事が極端だ、なんて言う話では済ませられない。今している事は紛れも無く犯罪行為であるとレイは彼女に伝えたかったが、本人は全く歯牙にもかけず盗んだお金を次々へ袋に詰め続けた。

 フォンフォンフォンフォンフォン……

 しばらくして、銀行から発信された緊急信号を元に警察車両がどっと駆けつけた。パトカーから警官隊が降りて来、銀行内のキュアケルビムへ強く呼びかける。

「動くなっ!!」

「警察だっ!! 大人しくしろっ!!」

 キュアケルビム最大のピンチ…かと思われたが、ケルビムは集まった警官隊を嘲笑うように僅かな隙間を縫って飛んで行き、行内から逃走した。

 ひとり現場に取り残されたレイは、飛んで行ってしまったケルビムの事を見つめながら、ただただと呆気にとられる。

「テミス氏、どうして……こんな!?」

 

           *

 

黒薔薇町 フローレンス家

 

 銀行強盗事件から数時間後。テミス・フローレンスはピットとともに自宅の大掃除をしていた。

 彼女たちが自宅としているこの家は、元はと言えば今は亡き天界の上層機関・見えざる神の手によって支給された邸宅で、敷地は二百二十坪の豪邸だった。二人暮らしをするには些か広すぎるという欠点を抱えていた。

 その為、日曜日や祝日などを利用してはこうして家の中の大掃除をするのが日課となっていた。

「ふぅー。そろそろ一息入れましょうか?」

「そうですね」

 ――ピンポーン。

 休憩を入れようと提案した矢先、インターフォンが鳴ったので、テミスは一旦掃除機を停止させる。

「はーい、今行きまーす!」

 玄関の鍵を開錠し扉を開く。するとそこには、神林春人ら警視庁公安部特別分室所属の捜査関係者が一堂に会していた。

「神林春人? それに公安部の捜査官まで……どうかしたの、私に何か用事?」

 彼らが自宅の住所を知っている事は薄々気づいていたが、直接家を尋ねられた事は今まで無かった。思い当たる節が無い彼女は不思議そうに尋ねる。

 春人は極めて厳しい表情を浮かべながら、おもむろに懐に手を入れる。そして取り出したる一枚の紙をおもむろに広げ、テミスへと突き付けた。

「え!?」

 中身を見た瞬間、テミスは目を見開いた。それは裁判所が発行した【テミス・フローレンス】という人物を逮捕する事を明確に示した逮捕令状だった。

「テミス・フローレンス――本日午前十一時三十二分、黒薔薇中央銀行にて強盗行為を働いたとして、君の身柄を拘束させてもらうよ」

「な…何ですって!?」

 春人は訳も分からず困惑する彼女の手を掴むと、おもむろに手錠を嵌めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私がいつ銀行強盗なんて……!?」

「シラを切るつもりかい? 天使でありプリキュアでもあろう者が、随分と落魄れたものだよ。僕としては非常にがっかりだ」

「だから私は知らないって!! ちょっとピット来て、助けてよー!!」

「テミス様っ!!」

 慌ててピットが駆けつけるが、春人と捜査関係者は半ば強引にテミスをパトカーへ乗せると、そのまま家を後にしてしまった。

「テミス様っ――!! テミス様っ――!!」

 ピットの叫び声も虚しく、テミスを乗せたパトカーはどんどん遠くへ行ってしまい、やがて完全に姿が見えなくなってしまった。

「よっしゃよっしゃ。第二段階も成功だぜ!!」

 テミスが逮捕されるという瞬間を、このときコヘレトは物影からこっそりと窺いながら嬉々として笑みを浮かべる。

「テミス・フローレンス……この俺に一生消えねー屈辱を与えた事を死ぬ寸前まで後悔しやがれってんだ!! へへへへへへへへへ!!」

 

           *

 

『速報です。世間のヒーローとして人々に認知されてきたプリキュアの一人、キュアケルビム氏が本日黒薔薇町管内で銀行強盗を働いたとして、本日正午ごろ、警視庁公安部特別分室の捜査関係者によって身柄を拘束されました』

 その日の夕方、日本におけるメディアの中心的放送局「日本コミュニティーブロードキャスティング」、通称「NCB」によってプリキュアの逮捕劇と言う前代未聞の事件が日本全土に報道され、世間を震撼させた。

 この報道をきっかけに、全国のテレビ・ラジオ・インターネットを介して瞬く間に事件は伝播され、SNSのトレンドも「#キュアケルビム逮捕」と一位を獲得した。

 

           ≡

 

警視庁本部 留置施設

 

「出しなさいっ!! ここから出しなさいよぉ!!」

 月明かりしか届かない牢獄の中で、テミスは身の潔白を訴え叫び続ける。

「ふざけるのも大概にしなさいよ!! 私は冤罪よ、何もやってないわ!! 銀行強盗なんて誰がしたって言うのよ!! リリス、はるか、朔夜君、ピット、レイ、クラレンス、ラプラスさん!! 私を信じてよぉー!!」

 仲間の名前を呼び続けるも、誰からも返事が返ってこない。返ってくるはずがない。

 そんな彼女の様子を別所にあるモニターで見つめながら、リリスたちは愕然とした表情を浮かべていた。

「信じられないわ。あのテミスが、銀行強盗を働くなんて……」

「はるかだって信じられません!!」

『私は何も悪くない!! その時間、私はピットと一緒に家の大掃除をしていたの!! 物理的に考えても不可能だってぐらい分かるでしょ!! 出してよ!! 出してぇ!!』

「もうやめてくださいテミス様!! 見ているこっちの方がどうかしてしまいそうです……」

 無実を訴えながらも誰にも理解されないテミスの心情を察しながら、ピットは今にも胸が張り裂けそうな思いだった。

「しかし、何があったというのだ?」

「まさかこんな事になるとはのう……」

 誰もが疑問に感じていたそのとき――松葉杖を突きながら歩いてきたのは、三日振りに意識が戻ってそのまま病院をこっそり抜け出してきたベルーダだった。

「ベルーダ博士!?」

「目が覚めたんですね!!」

 目覚めたベルーダを見てほっとするのも束の間、彼自身は松葉杖を突きながら「予想外の事が起きておる」と言って近づいてくる。

「まさか、ワシを襲うだけでは飽き足らず……銀行強盗までするとは驚きじゃ」

 聞いた瞬間、リリスたちは驚愕のあまり耳を疑った。

「何ですって? それじゃああなたを襲った犯人って……!!」

 嫌な予感がした。リリスを始め誰もが答えを聞きたくないと思っていると、ベルーダは苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「非常に言いづらい事ではあるが……間違いない、テミスちゃんじゃよ」

「そ、そんな……ウソです!! ウソですよそんなのぉ!!」

 ピットはベルーダの言う事を信じられず、認めたくなかった。自分が知る限り最も模範的な天使と言えるはずのテミスが、闇討ちや銀行強盗を働くはずがないと。無論、それはリリスたちも同じである。

「ワシの言っている事を法螺(ほら)だと思うのも無理はない。じゃが、あのときワシが受けた傷からはキュアケルビムの魔力残滓が感知された」

「ついでに、銀行の監視カメラが捕えた映像を確かめてみたけど……紛れも無くあれはキュアケルビムだった。残念ながらこれが現実だよ。テミス・フローレンスが、一連の事件の犯人だ」

 追い打ちを掛けるように春人の淡々とした見解がピットの心に突き刺さる。やがて、彼女の精神はとうとう限界に達した。

「う……うわああああああああああああああああああ!!」

 ショックがあまりに大き過ぎた。ピットは頭を抱え生まれて初めてとも言える大きな声をあげて発狂する。

 リリスたちが心配を寄せる中、ピットはモニター越しのテミスを見ながら悲嘆に泣き叫ぶ。

「どうしてですか……どうしてこうなってしまったのですか、テミス様ぁぁ!!」

 

 午後九時過ぎ。

 テミスは自らの不遇を呪いながら、暗い檻の中でひとり意気消沈としていた。

「どうして……どうしてこんな事になってしまったの……私が何をしたっていうのよ。どうして私が逮捕されないといけないのよ」

 無実の罪で捕われる事がこれほどまでに苦痛なものとは知らなかった。精神的に追い詰められていたそのとき、今の彼女の状況を嘲笑う者が不意に現れた。

「いや~~~。実に惨めなものですね~~~。テミス・フローレンスちゃん」

「っ!!」

 気が付くと、牢の中に憎き者の姿があった。かつて洗礼教会に与していたとき、何かと因縁深かった男――コヘレトだ。

「は~~~い。おひさしぶり~~~!!」

「コヘレト……!! どうしてあなたがここにいるのよ!?」

「へへへへへ。いや~~~気に入ってくれたかな、俺からのサプライズプレゼントは?」

「サプライズプレゼント? まさか、これは全部あなたの仕業なの!?」

「Exactly!! このコヘレト様を幾度となく虚仮にしてきたお前の罪は途轍もなく重いのでーす。だー・かー・ら!! お前にはとびきりの絶望を味あわせて死んでもらいたいわけよ」

 一言語るごとにひしひしと伝わる怒り、憎しみ、恨みの数々。テミスを見つめるコヘレトの目は完全に瞳孔が開いていた。

「よくもこんな目に……あんただけは絶対に許さないっ!!」

 そんな彼の卑劣な罠に嵌まったテミス自身もコヘレトへの怒りから、思わず感情が高ぶり声を荒らげる。

 身を乗り出す彼女を目の当たりにしながら、コヘレトは挑発的な笑みとともに尊大な態度を取り続ける。

「はっ。逮捕された分際でイキってんじゃねーよ。だったらなんだ? 今この場で俺と戦うか? でもリングを奪われた状態じゃ、プリキュアに変身するなんてできねーだろ」

「う……」

 コヘレトの言う通り、今のテミスはプリキュアになるための手段――すなわち変身リングをすべて没収されている。これでは満足に戦う事などできる訳がない。

「ああ、そういやリングって言えばよ……前にてめぇに渡したオファニムリングから得たデータは、有効に使わせてもらったぜ!!」

「データですって!?」

 思いがけない言葉に驚く彼女。コヘレトは吃驚する彼女の表情を見ながら、汚い笑顔で秘密裏に進めていた計画を暴露する。

「へへへへ……俺が何の考えも無くあんなものを親切で渡すとでも思ったのか? 甘い甘いあまーい!! いちご牛乳にあんこを投入するくらい甘いぜ。あのオファニムリングにはな、お前の戦闘データを克明に記録し、それを俺んところに運んでくれる仕掛けが施されてたんだよ。そうとも知らずお前は戦いがあるたびにあれを使ってさ……お陰でお前の戦闘データは精密に分析させてもらった。そしてこの日の為に制作していたアレを満を持して使わせてもらった」

「アレ……ですって?」

 何を差しての【アレ】なのか、テミスには皆目見当がつかない。

 コヘレトは口元を歪ませると、「いい頃合いだ。お前にも見せてやるよ」と言って、パチンと指を鳴らした。

 直後。亜空間を介して今の黒薔薇町の様子が映し出された。そして満月をバックにするプリキュアらしき人影を見るや、テミスは驚愕する。

「こ……これは……!!」

 

 同時刻――

 レイが運転する車で家路へと向かっていたリリスたち。このときも、彼女たちはテミスの事が気がかりだった。

「テミスさん、どうなってしまうんでしょうか?」

「正式な裁判はこれからだと思うけど、あの映像を証拠として提出されれば勝ち目はほとんどないわ」

「あぁ。最悪の場合、女子少年院に送られるだろう」

「テミス様……」

 なぜこんな目に遭ってしまったのかと、ピットは涙を流しひたすら悲しみに暮れる。

 彼女だけではない。リリスも、はるかも、朔夜も、そして使い魔たちも大切な仲間がこのような事になるとは夢にも思っていなかった。

「ん? うおおおおおおお!!」

 キイィィィィィィィィィ!!

 唐突にそれは起こった。レイが何かを見た拍子に驚き、急ブレーキを踏んだのだ。何事かと思い前を見ると、リリスたちはレイが何を見て驚愕したのかが瞬時に分かった。

 前方には、留置所で捕われているはずのテミスがキュアケルビムの姿となって、目の前に立ち尽くしていたのだ。

「ハヒ!? あれは……!!」

「テミス!!」

「どうしてあの子が!?」

「まさかテミス様、脱獄してきたんじゃ……!!」

 ただならぬ状況だと思っていた矢先。彼女は不敵な笑みを浮かべ、同時にリリスたちの車目掛けて光の矢を放ち攻撃を行った。

「危ないっ!!」

 

 ――ドカン!!

 攻撃の直前、リリスたちは全員車から飛び降りた。空になった車はケルビムの攻撃を受けた途端に爆発。木っ端微塵に吹き飛んだ。

「あぁぁあ!! 私のゼレナがぁ!! 車検だってまだあるのにぃぃ!!」

「喚かないの!! あとで新しいの買えば済む話じゃないの!!」

 購入したばかりのマイカーを無残にされたショックに声をあげるレイを一喝。

 九死に一生を得たリリスたちは、何の躊躇いも無く自分たちを攻撃してきたキュアケルビムらしからぬただならぬ雰囲気を醸し出す目の前の少女を注視する。

「テミス……いや違う。あなた、テミスじゃないわね!?」

「――ふふふふ。その通りよ」

 リリスからの指摘を受けると、キュアケルビムの姿をした少女は怪しげな笑みを浮かべる。

 すると、キュアケルビムのトレードマークと言える純白のプリキュア衣裳が部分的に黒へと変わり始める。それに伴い真っ白だった天使の羽も濡れたカラスの羽の如く漆黒へと染まっていった。

 現れたのは、テミスと瓜二つの顔を持つ全くの別人だった。

「あなたは……!」

「何者なの!?」

 周りが尋ねると、「ふふふ……」と笑いながらテミス似の少女は答える。

「私は――【キュアケルビム・フォールダウンモード】」

「フォールダウン……?」

「文字通り【堕天使】と言う意味だよ」

 はるかの疑問に答えた瞬間、勘のいい朔夜は気が付いた。

「っ! そうか……一連の事件はお前の仕業か?」

「じゃあこいつがテミスのニセモノだって事!?」

「ニセモノじゃないわ。私とテミスは完全なる同一体。もっとも、私はあの子の影の部分を司っているんだけど」

「影?」

「【心の闇】とでも言えばいいのかしら。私はテミスの最も惨めな死……つまり天使であるあの子の地位を貶め、ディアブロスプリキュアの仲間を自らが手にかけたと思わせ、深く絶望し憔悴しきったところを私が討つ……」

「なんだって!?」

「とても正気の沙汰とは思えません!」

「どうしてそんな酷いことをするのよ!?」

 周りからの非難に対するフォールダウンモード、黒ケルビムの返答はと言うと……

「嫌いなのよ……テミスの事が」

「嫌い? それだけの理由で、ですか!?」

 些か信じられない言い分だと、はるかは聞いた瞬間思った。

「ふふふ……理由なんか無いわ。私は彼女が嫌いなの。だから彼女の全てを否定し、彼女に最も屈辱的な死を与える。それが、私がこの世に存在する意味だから」

 自らの存在意義について説いた黒ケルビム。漆黒に染まった六枚の翼を広げると、天高く浮上し、リリスたちを歪んだ笑みで見下ろした。

「手始めに今からこの町と、あなたたちを滅茶苦茶に壊してあげる!!」

「そうはさせないわ!!」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

 破壊行為を明確に宣言した黒ケルビムの暴走を止めるべく、テミスを除くディアブロメンバーも空へと舞い上がる。

「この町は壊させないわよ!!」

「あなたがテミスさんを嫌いでも、はるかたちはテミスさんが大好きなんです!! だから、あなたの好きにはさせません!!」

「ふふふ……私に勝てるかしら?」

「勝つさ。お前は所詮彼女が過去に犯した罪であり亡霊だ!」

「強気な発言だこと。だったら思い知らせてあげるわ。あなた達が亡霊と称する私の力がどれほどのものなのかを……」

 おもむろに黒ケルビムは六枚の黒い翼を広げ、両腕を交差させる。すると彼女の周りに目で見て分かるほどに濃い邪悪なオーラが集まって来た。

 刹那。黒ケルビムは集まった暗黒のオーラを衝撃波としてベリアルたちへと放った。

「「「「「「「うわああああああああ」」」」」」」

 これまで体感した事がないような圧が突風の如く目の前から押し寄せる。圧倒的とも言える闇のオーラに、ベリアルたちは思わず後ずさる。

「な、何ていう闇のオーラ……まるでザッハみたい!」

「あるいはそれ以上に禍々しい」

「ハヒ……! これがテミスさんの心の闇が生み出した力なんですか!?」

「ふふふ。どうしたの? 仲間の亡霊如きに何を手こずっているというの? それとも、テミスの顔を持つ私に攻撃できないなんていう甘い戯言を吐くつもり?」

「できるわよ!! あんたは、テミスじゃない!!」

 と、強気な発言をしたベリアルはウィッチとバスターナイトとタイミングを見計らい、三人同時攻撃を仕掛ける。

「ベリアルスラッシャー!!」

「ブリザードスピア!!」

「ダークネススラッシュ!!」

 

 ドドン…。ドカーン。ドーン。

 攻撃は見事に決まった。しかし、攻撃が決まったから相手を倒せたという証明にはならない。なぜなら、黒ケルビムは消滅はおろか傷一つ負っていなかったからだ。

「な…なんですって!?」

「ウソですよね!!」

「無傷だと……」

「驚くことは無いでしょう。あなたたちの技はどれもこれもすべて知り尽くしてるんだから」

「どういう意味ですか!?」

「最初に言ったはずよ。私はテミスの影。私はテミスであり、テミスは私でもある。あなたたちとの思い出も、友情も、技もすべてが私の経験として存在している。ゆえに、あなたたちの技は私には通用しない」

 途端、黒ケルビムの姿が消失した。

 どこへ消えたかを目で追うよりも前に、黒ケルビムがウィッチの正面にまで接近していた。

「はっ!!」

「まずはあなたから――……」

「はるか逃げて!!」

「慈悲を込めて与えてあげるわ。パラダイスロスト!!」

 ダダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダダ……。

「きゃああああああああああ〈うわああああああああああああ〉」

 連続パンチの猛ラッシュがウィッチと、キュアウィッチロッドと融合したクラレンスに激しいダメージを与える。黒ケルビムはラッシュの後に彼女の体を空中から地面目掛けて踵落としで蹴り飛ばした。

 ドカーン――という地響きが鳴り響く。陥没した地面の上、ウィッチと杖から分離したクラレンスが満身創痍となって気を失っている。

「「はるか!!」」

『『「クラレンス(さん)!!」』』

 非情に痛ましい光景だった。亜空間モニターを通して、テミスは自らの影であるもう一人の自分が仲間を傷付ける様を見て、激しく胸が痛むのを感じた。

「はるか……クラレンス……!!」

「へへへへへ。へへへへへへ。いやぁ~~~素晴らしい!! 最高のショーだと思わないか!! このセリフ、どっかのアニメ映画で見て覚えたんだぜ!!」

「コヘレト……あなたっ!!」

「怒ってどうなるよ? どうせお前にはどうする事もできねぇんだ。ここで大人しく指を咥えて見てる事だな。大事な大事なお仲間がよ、お前自身が生み出した心の闇によって根絶やしにされる様をな!!」

 これこそがコヘレトのやりたかった事だった。テミスにとって最も屈辱的かつ効果的な方法を用いて彼女を死地へと追い詰める――その為に彼は用意周到に今日の作戦の為の準備を行って来た。

 コヘレトがその場から居なくなった後、テミスは途方に暮れ項垂れる。

「私には……どうする事も出来ないって言うの……」

 仲間がピンチだと言うのに、プリキュアの力を奪われた自分はどうする事も出来ない。コヘレトの言う通り指を咥えて待つしかないのか……半ば諦めかけてしまったそのとき。

 

 カチャン……。

「!?」

 金属音らしき物音が聞こえたと思い、辺りを見渡すと鉄格子の隙間から何かが転がって来るのが見えた。

 転がって来るものを拾い上げると、テミスは目を見開いた。

「これは……」

 それは逮捕時に没収されたはずのケルビムリングとオファニムリング。一体誰がこんな事を……そう思っている間にもリリスたちの身に危険が及んでいるかもしれない。

 一旦思考する事をやめ、テミスは手元に戻って来たケルビムリングを指に嵌め、天に向かって手を翳す。

 

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 

 神々しい白に輝く指輪を掲げたテミスの周りを、同じ色のオーラが包み込む。オーラの中で、金髪のロングヘアーはポニーテールへと変わり、汚れひとつ無い純白の戦闘衣服に身を包む。

 変身が完了すると、テミスは背中に生えてある聖なる天使の象徴――白銀の翼を目一杯に広げ、閉じていた目を開くと大きく右手を下から上に動かした。

 

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

 

「……待っててみんな、直ぐに助けに行くから!!」

 キュアケルビムへの変身が完了すると、彼女は聖なる魔法陣を足下に出現させ、仲間が居る場所へと直接ジャンプした。

 彼女が牢から居なくなったのを確認すると、物影から春人が出てきた。

 リングをさり気無く彼女へ返したのは彼である。不器用ながらに春人もディアブロスプリキュアのメンバーを気に掛けていた。

「さて、問題はここからだ。あの厄介な堕天使をどうにかできるのは他でもない君自身だ。自らの心の闇に打ち勝たなければ、君とディアブロスプリキュアに本当の明日はやってこない。それを重々承知して欲しいね――テミス・フローレンス」

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「いよいよ始まるテミスと影テミスの一騎打ち!! だが、やはりあいつは強い!!」
テ「私自身が生み出した心の闇……それがあなたの正体だって言うなら、私がすべて浄化してみせる!!」
ピ「テミス様が負けるはずがありません!! 必ず闇に打ち勝ってみせます!! なぜなら、あの方は伝説のプリキュア――キュアミカエルの子孫なのですから!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『テミス、闇との激闘!聖魔天使誕生!』」


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第36話:テミス、闇との激闘!聖魔天使誕生!

前回の続きです。
テミスと影テミスの本格的なバトルと言う事ですが・・・やはり戦闘描写は難しいですね。漫画で表現するのはともかく、自分の下手な文章力ではどうにも表現が単調になってしまいがちです。
とにかく一生懸命書きましたので、最後まで楽しんでください。


 これは、そんなに昔じゃないお話。

 

 遥か天空の彼方に存在する場所に『天界』と呼ばれる空間がありました。地上の人間達は俗に『天国』と呼び、古くから死ぬまでの間に人としての善行を積み重ねる事でこの国に到達できると信じ込まれておりました。

 そして、その天界には『天使』と呼ばれる種族がおりました。

 この種族に生まれた者は皆聡明であり、人間を上回る力が使えます。

 彼らは気の遠くなるほどの古い時代――物事の変化が極めて緩やかだった世界に初めてその姿を現したとされており、昔は星の数ほど多くの天使が存在していました。

 ところが、その後に大きな戦争を経験しました。戦争の結果、今では純粋な天使と呼ばれる者たちは雀の涙ほどにまで減ってしまいました。

 

 そんな希少な天使達の間に一人の女の子が生まれました。

 悪魔同様に出生率の極めて低い天使は、生まれたばかりの女の子に大いに期待を寄せました。動けるようになったらどんな力を振るうのだろうか。話せるようになったらどんな言霊を唱えるのだろうか。

 

 それから時が流れ、女の子は愛らしく成長し歩けるようになりました。やがて文字の読み書きが出来るようになった頃、女の子にある変化が訪れました。

 女の子は、かつてこの世界を邪悪な存在から救ったとされる伝説の戦士『プリキュア』の力に目覚めたのです。

 この事に天使達は大いに胸を躍らせました。女の子の両親は我が子を誇らしく思うとともに、周りの天使と同様にその子の力に大いに期待しました。

 しかし、その一方で女の子は周りから向けられる期待が好きではありませんでした。同時に幼いながらも聡明である彼女は気づいていたのです。彼らにとっての興味関心がいつだって自分自身ではない事を。

 天使達が期待を寄せたのは、『プリキュア』としての己の力だけであり、女の子自身への期待でもなければ興味でもありませんでした。そればかりか、彼らは強大とも言える『プリキュア』の力を持つ女の子を巡って密かに対立していたのです。

 女の子が生を受けた時から、天使達には若い世代がおらず女の子と近い年齢の子は誰もいません。

 女の子は誰かと遊びたかったのですが、誰かと話したかったのですが、誰も女の子とは話してくれません。

 彼らにとって感興(かんきょう)をもよおす事は女の子が持つ『プリキュア』としての力のみ。そして次第に、女の子の両親ですら彼女を一人の娘としてではなく、別の何かとして扱うようになっていきました。

 

 成長を重ねるごとに女の子の中の『プリキュア』の力は大きくなっていきました。それは同時に彼女の力を取り合う天使たちの争いをより激化させるきっかけとなりました。

 時折女の子は名前も顔もよく知らない天使の前に呼び出され、いろいろと話しかけられますが、それは単なる『質問』であって、『お話』ではなく――そしてやっぱり周りは女の子の力以外に関心を向けません。

 天使の皆が自分へと向けてくる態度を見て、女の子はとても心が締め付けられました。

 そして、ずっとひとりでした。

 でも、女の子は周りのみんなが大好きでした。たとえ自分自身を愛してくれなくても、自分自身に関心を持ってくれなくても、周りの人たちを嫌いになることはありません。

 生まれつき何事も器用にこなすことが出来た彼女は、両親や周りの皆を喜ばせようと色んな事に挑戦しました。もちろん、『プリキュア』の力についても熱心に勉強し、自分なりにその力を使いこなそうと努力しました。

 その努力の甲斐もあり、十歳になった頃には既に彼女は基本的な『プリキュア』の力を完全に制御するまでに力を身につけました。

 女の子はいつも笑顔を絶やしませんでした。誰も話を聞いてくれなくても、誰も頭をなでてくれなくても、気丈に振る舞い、皆の為に微笑みました。元気を与え続けました。それが天使として、プリキュアとして生まれた使命であると信じて。

 

 でも、本当は――

 

 

 

 

 

 

 ………さみしい。

 

           ≡

 

黒薔薇町 上空

 

「フィルストゲシュタルト!!」

 フィルストリングの力で風のエレメントを強化した姿・フィルストゲシュタルトとなったキュアベリアル。専用武器『レイボウガン』を装備すると、眼前に待ち受ける相手――黒ケルビムに照準を合わせる。

「イーグルショット!!」

 圧縮した風の塊が放たれる。黒ケルビムは不敵に笑いながら、高速で飛んでくる弾丸を右へ左へと的確に避ける。ベリアルは自棄にならぬよう自制心を働かせながら、イーグルショットの乱れ撃ちを行い、黒ケルビムを誘導する。

 そして、敵がある一定の範囲に達するや彼女は大声で「サっ君!!」と名を叫ぶ。

「ストリクト・タイフーン!!」

 ベリアルの呼びかけを受けたバスターナイトは、バスターソードの剣先から暗黒の竜巻を発生させ、射程範囲に入った黒ケルビムを竜巻の中へ封じ込める。ベリアルの狙いは最初から敵の動きを封じる事にあった。

「今だ――レイ、ラプラス!!」

 上手く黒ケルビムを封じ込める事が出来たバスターナイトが声高に呼びかける。合図を受けたレイとラプラスは、黒ケルビムの前後から必殺技を仕掛ける。

『ブレス・オブ・サンダー!!』

『ウィンド・オブ・ペイン!!』

 戦闘形態であるレイとラプラスの同時攻撃が飛来する。しかし、黒ケルビムは動じるどころか逆に不敵な笑みを浮かべ続ける。

「無駄よ。あなたたちの技はすべて飽きる程に見ているんだから」

 そう言うと、バスターナイトが仕掛けたストリクト・タイフーンごと、レイの雷砲弾、ラプラスの突風を自らの闇のオーラで弾き飛ばした。

「「「「あ!!」」」」

 思わずそんな声を漏らすベリアルたち。

 これが大きな隙を生む結果となった。黒ケルビムは口元を歪めた直後、超高速でベリアルたちの懐へ移動し順に拳打のラッシュを叩き込む。

「パラダイスロスト!!」

 ダダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダダ……。

「「「「ぐぁああああああああああああ!!」」」」

「リリスちゃん! 朔夜さん!」

「レイさん! ラプラスさん!」

 一度黒ケルビムの技を食らっていたキュアウィッチとクラレンスは、地上でピットの治療を受けながら悲痛な叫びを上げる。

 猛烈な打撃のラッシュを食らったベリアルたちの肉体は瞬く間に満身創痍となり、意識が混濁した状態で浮遊している。

 最早虫の息同然の彼女たちに更なる力の差を見せつけようと、黒ケルビムは一旦空高く舞い上がる。

 眼下のベリアルたちを見据えると、そこから魔の光球を放ち立体魔法陣を作り出して封じ込める。

「エンド・オブ・セラフ――――」

 ドドドドドドドドーン!!

「「「「ぐあああああああああああああああああ!!」」」」

 立体魔法陣がガラスの如く砕け散る。

 刹那、大ダメージを受けたベリアルたちが力なく地上へと落下し、道路の真ん中に叩きつけられる。

「ふふ。他愛もない」

 ゆっくりと地上へと舞い降りる堕天使。圧倒的な力を前に深く傷ついたベリアルたちを、黒ケルビムはあからさまに見下した。

「亡霊に勝つと大口叩いていた割には、呆気ないものね」

「つ、強い……強すぎる……」

「まったく歯が……立ちません!!」

「テミスの心の闇が生み出したもう一人のテミス……キュアケルビム・フォールダウンモード……恐るべき力だ!」

 立ち上がる事もままならないベリアルたちを見定め、黒ケルビムは止めを促そうと手の平に暗黒球を浮かべる。

「ディアブロスプリキュア――この場で、私が引導を渡してあげるわ!」

 絶体絶命の窮地。為す術も無くこのままテミスの影によって屠り去られるのかと誰もが思った直後――……

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返してあげるわよ」

 黒ケルビムの背後から声がした。

 刹那、後ろから聖なる光の波動が飛来した。黒ケルビムがそれを避けると、攻撃を仕掛けた人物に対し猟奇的なまでの笑みを向けた。

 穢れひとつない純白の衣裳に身を包み、月光に映える透き通るような色を持つ金色のポニーテールに、二枚の白翼を持つ天使――テミス・フローレンスこと、キュアケルビムが満を持して参上した。

「テミス様っ!!」

「ようやく本物のご登場ね」

「そのようですな」

「どうやら春人の奴が一役買ったらしいな……」

 留置所から抜け出したケルビムは、仲間のピンチに颯爽と駆けつけてくれた。

 ピットと使い魔たちもひとまず安堵する中、現れたケルビムを前に黒ケルビムは歪んだ笑みを浮かべる。

「ふふふ……来たわね、もう一人の私。この世界に二人のキュアケルビムは要らない。私はあなたの全てを否定し、今ここで抹殺する」

「お生憎。滅びるのはそっちの方よ。来なさい、ピット!!」

「はいっ――!!」

 主の一声を受け意気のある返事をしたピットは、ケルビムの元へ飛んで行くと【聖弓ケルビムアロー】へと変身し、彼女の手中へと収まった。

「妖精の力を借りるような軟弱な天使に、この私は倒せないわよ」

 本物を前に露骨なまでの挑発を行った黒ケルビムは、腰に携行していたケルビムアローに酷似した武器【魔弓(まきゅう)ヘルヴィム】を装備する。

 光と闇を司る二人のキュアケルビムは互いを見合い、数十秒の静寂を経て正面から激突。己の存在意義を賭けた運命の勝負が始まった。

「はあああああああああああああ」

「やあああああああああああああ」

 空中で幾度となくぶつかり白と黒の二つの光球。光と闇同士による熾烈な戦い。ベリアルたちは地上から固唾を飲んで静観する。

 ガキン、ガガガガ――。弓の両端に付いた刃を使って、両者は鍔迫り合いの接戦を繰り広げる。

「あなたっ……!! よくも私に成りすませて好き放題してくれたわね!!」

「成りすました? 冗談は止してよ。私はあなたの影。〝私〟は〝テミス・フローレンス〟自身なのよ!!」

 ドォーン……!!

 強い口調で言い、黒ケルビムは勢いよくヘルヴィムを振るいケルビムを弾き飛ばした。その際の衝撃で、ケルビムは近くにあったビルの屋上へ激しく叩きつけられる。

「……テミス。光と闇は表裏一体。強い光は闇を生むの。強すぎる光によってあなたの中の闇が浮き彫りになった。その結果私が生まれた」

 粉塵舞い上がるビルの屋上まで降りてくると、黒ケルビムは険しい表情を浮かべるケルビムに対し淡々とした口調で語りかける。

「一つの肉体を共有するものはその主従が変わる事で姿を変える。生が支配するうちは肉に覆われ、死が支配すれば骨になる。あなたが光を希求すればするほど、その心の闇は強くなる。あなたが私という存在――心の闇を抹消しようと思えば思うほど、私の力は増大するの。つまり、私を倒す事は永劫叶わないのよ!」

 実体がテミス自身の影である事を根拠に、倒す事そのものが不可能であり馬鹿げているのだと主張する黒ケルビム。そんな彼女の言い分に、ケルビムは傷ついた体を起こしてから毅然とした態度で反論する。

「……それでも、私はあなたの好きにはさせない。あなたが私の闇だというのなら、私はその闇を……自らの過ちを背負って生きていくつもりよ」

「あなたが心の闇を受け入れるですって? ムリに決まってる」

「出来るわ!」

「なら、証明してみなさいよ」

 パチン――と、フィンガースナップをした黒ケルビム。直後、それに伴い周りから漆黒の闇が現れ、二人の姿を覆い隠した。

「あれは……」

「テミスさんが!」

「闇に包まれた……」

 戦いの様子を見守っていたベリアルたちは、闇に包まれたケルビムを憂慮する。

 そして、暗黒空間に入ったケルビムは再度黒ケルビムと対峙。闇を司る黒ケルビムにとって、この空間は正に自分にとって本来の力を全て解放することが出来る絶好のフィールドである。ゆえにその表情には些少の動揺も見られない。

「……これなら余計な邪魔も入らず心置きなく白黒つけられるわ。感謝しなさい」

「……何でもいいわ。私はあなたを必ず倒す」

 闘志を燃やす二人のキュアケルビム。

 闇と光のオーラを全身から放出させると、肉体を球体状の膜で包み込む。対を為す二つの力は、こうして再び激しい衝突を繰り広げるのだ。

 

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

「〈バーニング・ツインバースト〉!!」

「〈ダークナイトドライブ〉!!」

 ケルビムを封じ込めた闇の結界を破壊する為、一斉攻撃を仕掛けるベリアルたち。

 しかし、何度結界を壊そうとするが――堅牢なそれはベリアルたちの攻撃を悉く跳ね返し罅(ひび)一つ入らない。

「ダメですっ!! まるでビクともしません!!」

「オレたちの干渉は決して許さないという事か」

「あるいは、これがテミスに課せられた試練なのかも」

 

「まぁ――俺さまとしてはどっちでもいいんだけどなっ!!」

 

 声を聞いた瞬間、ベリアルたちは怖気が走ったような感覚に陥った。

 声がした方にハッと振り返ると、いつの間にか洗礼教会所属のはぐれエクソシスト――コヘレトが中空に立ち尽くし、ベリアルたちを不敵な笑みで見下ろしていた。

「へへへ。てめーらの相手は俺がしてやるよ」

「コヘレトっ!!」

「やっぱりあなたが絡んでいたんですね!」

「貴様という男は――どこまでもやり口があまりに卑劣で醜いんだ」

「ハーハハハハハハ!! 卑劣で結構ぉ!! 正義の味方なんて御免被るぜ。悪党は悪党らしく卑怯で醜くないとなぁ。じゃねぇと正義のヒーローが魅力的に見えねぇだろ?」

 彼は自覚していた。自分が正義の味方ではなく徹底した『悪』であるという事を。故に悪党である事を誇りに思い、それに関連した独自の哲学を持っていた。

「つーわけで!! 悪党らしいやり方で最後まで押し通させてもらうぜ!!」

 声高に叫んだ次の瞬間、コヘレトの背後に亜空間が出現し彼が呼び寄せた大量のカオスピースフルがベリアルたちの前に姿を現した。

『『『カオスピースフル!!』』』

「てめぇら悪魔どもは、あん中でもうじきくたばる天使ちゃんと一緒に俺さまが冥界に送ってやるよ!! へはははははははははぁっ!!」

 狂気染みた笑みを浮かべるコヘレトを睨みながら、ベリアルたちは額に汗を浮かべた。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 暗黒空間で光と闇の存在による激しい戦いが続いていた。

「はっ。はっ。はっ……ぐ…ッ…」

 現在、光であるキュアケルビムの方が押され気味であり、聖弓を手にしたままところどころ傷ついた身体を前に倒し、息切れを起こしている。

 一方、アドバンテージを得ている闇の黒ケルビムは容易に傷つきやすいケルビムを見ているうち、哀れみの感情が込み上げてきた。

「……ほんとに、つくづく救えないわよね」

「……なんですって?」

「……私はあなたの影。だからあなたの事は何でも知ってる。そう……あなたが天使のくせに、本当は酷く傲慢な性格だって事。そして、誰からも愛されていなかった事もね」

「――――……っ」

 自分でも目を背けていた不都合な事実を敢えて突き付けられた。平静を装った顔をしながらも、ケルビムの心は周章狼狽している。

「……大戦以来、長らく次世代に恵まれなかった天使達の間に数百年ぶりとなる待望の天使が生まれた。それがあなただった――何不自由なく育ち、祖先であるキュアミカエルと同じ聖なる光の戦士【プリキュア】として選ばれた。その後あなたは地上世界の平和と安全、そして己自身が最も希求する『愛』を奪う諸悪の根源が古より対立し続ける悪魔であると考え、これを討つ為に洗礼教会と結託した。違う?」

「………」

 黒ケルビムの言い分に鏡である自分からの肯定の返事はない。代わりに否定もしない。これを見て、肯定の意味と捉えた黒ケルビムはうすら笑みを浮かべ呟いた。

「あなたは闇を恐れるあまり、光に囚われ過ぎた。それが大きな間違いであるなど気付くはずもなかった」

 そう言うと一旦話を区切り、黒ケルビムは魔弓を放つ。ケルビムは傷ついた体でこれ以上ダメージを蓄積させぬよう兎に角避ける事に専念した。

「……疑いなんかなかった。自分のやる事に間違いなんてあるはずがない。だって自分は天使。何が正しくてそうでないのか見極める瞳(め)を持っているという自信があった。更に状況を好転させるにはどうすればいいのかと言う智慧もある。世界を救うのに、私以上の者はいないとね――」

「勝手な事を言わないで!! 私がいつ、そんな傲慢な事を言ったというの!?」

 心の乱れがピークに達したケルビムは、怒りに我を任せて闇雲に攻めまくる。が、黒ケルビムには容易く攻撃を見切り、全て躱されてしまう。

 焦燥が彼女の顔に現れる様を嘲笑しながら、黒ケルビムは更なる教唆で彼女の動揺を誘う。

「……天使はこの世の正義の象徴であり光である。対する悪魔はこの世の邪悪の象徴であり闇である。そして愚かな人間たちは悪魔の誘惑に乗せられやすい。だから自分が正しい方向へ導く必要がある。そんな風にあなたは心の中で思っていたんでしょ?」

「違うっ! 私はそんな事――」

「ふふふふ。だけど実際この目で見た悪魔の姿は、昔から聞き伝えられている邪悪なイメージとは程遠い普通の少女だった。そればかりか自分と似た匂いを感じとってしまった。どちらも『愛』に飢え、また『愛』を求めていた。やがていつしか戦いの中であなたの中で同族意識などと言う要らぬ情が生まれ、とうとう最もこの世で忌み嫌っていたはずの悪魔と友達になってしまう体たらく振り。いえ、あなたに最初から悪魔殺しなんて出来るはずがなかった。なぜなら天使であるあなたにとって、この世に生きるすべての命が愛おしくて仕方ない。それは悪魔とて同じこと。この世で自由に生きるすべての命を守りたい。だけどその為に同じ生き物である悪魔を犠牲にする事をどうしても快く思えなかった。愛を失いそれを取り戻そうとする様は見ていて実に辛いものだった。自らの正義と教会が掲げる正義……二律背反に苦しみながら、あなたが最終的にとった行動はそう――――……教会を裏切るという選択だった」

「その選択が間違っていたとでも言うの?!」

「わからないの? じゃあ教えてあげる」

 ケルビムと距離を大きく取ったと思えば、黒ケルビムは瞬時に彼女との距離を詰め懐へ潜り込むと、ぞっとする彼女の耳元で囁いた。

「……――あなたは本当は誰の事も愛せないし守れない、ただの自己陶酔者だってね」

「……――そんなこと」

 だがどうしてだろう。自分の影に指摘されると、全くの嘘だという気持ちを持つ事が出来ない。心に僅かな亀裂が走る感覚を覚えた。

「あれもこれも守りたい、だけどそんなのはあなた個人の欲望よ。何よりもあなたが大切にしているのは人間でも悪魔でも、況してやディアブロスプリキュアの仲間ですらない。いつだって一番は自分だから。プリキュアとして戦う事は利他的な使命感なんかじゃない。プリキュアである自分の英雄的な姿を自分よりも愚かな人間たちを鏡代わりにしてそれを自分を愛してくれなかった天使達に見せる事がすべて。とどのつまり、あなたは他の誰でもない、自分自身の欲望――己という存在意義、承認欲求を満たす為に戦っているエゴイストに他ならないのよ!」

「ふ……ふざけないでよぉ!!」

 感情が高ぶり激昂する。黒ケルビムの狙い通りに事が運ぶ。

「今だってそう。いつだって、あなたは他人の為ではなく自分の為に戦って来た。だからこの私に勝つことなんて出来ない。そんな利己的な心を持った天使が誰かを幸せにする事など出来るはずがない。今のあなたは、いえ最初から天使ですらないわ!!」

 次の瞬間、心の動揺から隙だらけとなっているケルビムの懐目掛けてダイブし、彼女の胸ぐらを掴むと、加速の勢いに乗せてから空間の壁へと投げ飛ばした。

「きゃああああああああっ!!」

 ――ドカン!!

 心の闇に打ち勝つという事は決して容易ではない。今のケルビムにとって、フォールダウンモードを屈服させる事は至難の業なのかもしれない。

「……私は洗礼教会の偉大なる意志に基づき、この世界に永遠の楽園を作る。その為には、この淀み腐った世界を一度すべて破壊する必要がある。あなたとそのお友達も一度死ぬ事にはなるけど心配しないで。新しい世界で永遠の幸せを与えてあげる」

「そうはさせないわ……」

 これ以上自分の闇を、悪の権化を野放しにしておく訳にはいかない。

 幾度となく踏みにじられた心を気高く強く持ち、ケルビムはコヘレト経由で譲渡された強化変身アイテム【オファニムリング】を装備する。

「オファニムモード!!」

 ケルビムは強化形態【オファニムモード】への変身を完了させる。これに伴い、聖弓ケルビムアローは聖槍ジャベリンへと姿を変える。

「莫迦ね。あなたの進化は即ち私の進化でもあるのよ――」

 闇のオーラが解き放たれると、黒ケルビムの衣裳もケルビムのオファニムモードに合わせて変わっていく。手持ちの武器も聖槍ジャベリンと酷似した【魔槍(まそう)ジェノサイド】へと変わり、それを装備する。

 両者同じ姿となると、互いの槍と槍をぶつけ合い肉薄。切迫感溢れる接近戦を始めた。

 ガン……。ガッ……。ガンッ……。

 距離を詰めては離れ、また距離を詰めては離れる。それを繰り返す二人だが、やはりケルビムの方が若干焦りがちのようだった。

 ガン……。

 五度目の迫り合いとなると、焦りからくる苛立ちから表情筋が強張っているケルビムに黒ケルビムは口元をつり上げ言う。

「そうカリカリしないでよ! 楽しくやりましょう!!」

「……黙りなさいっ!」

 黒ケルビムをガッと弾き飛ばしたケルビムは狙いを定め、ジャベリンの先端から聖なる光束を放つ。

「エデンズ・ジャベリン!!」

 聖なる光を以って彼女の存在ごと、自身の心の闇を浄化しようという魂胆だ。

 しかし、黒ケルビムは飛来する光束を前に目を細めると、左手を横なぎに振るう。途端、バチンという音を立て光束が掻き消された。

(! か、片手で――……!)

 よもや渾身の一撃が片手で弾かれるとは思いもしなかった。

 驚愕のあまり油断が生じたケルビムへ黒ケルビムは瞬時に接近。魔槍ジェノサイドを聖槍ジャベリンと擦り合わせながら、ジェノサイドの先端に青黒い炎を纏う。

「――ダークネスヘルスフィア」

「っ!!」

 ズドン――という大爆発が暗黒空間で発生。至近距離からの攻撃を受けたケルビムの体を、巨大な黒い火球がまるまる包み込んだ。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 地上

 

『『『カオスピースフル!!』』』

「ははははははははは!!」

 カオスピースフルが立ち塞がり、コヘレトが攻撃する。

 ケルビムが欠け、疲労回復もままならないディアブロスプリキュアのメンバーは、敵の圧倒的な数の前に苦戦を強いられる。

「くっ……。まったく清々しいくらいのクズね」

「はるかは生まれてこの方、あんなに心の歪んだ人を見た事がありません! ある意味かわいそうだと思います!!」

〈はるかさん。コヘレトを哀れむ感情は持たない方がいいです。あの男に、哀れみを抱く事すら馬鹿げています〉

 クラレンスの忠告ももっともだ。コヘレトの様な奴は、最早同情する価値も無いと、内心彼自身も諦めていた。

「へへへへ。さぁどうするどうする? 早くしねーとこの町も、テミスちゃんも守れないまま犬死する羽目になるぜ!!」

 コヘレトの言葉にベリアルたちは口籠る。八方塞りの中、何をどうすべきかを逡巡していたそのとき――……

 

「犬死って言葉の意味、君は間違って使ってるよ」

 誰かからそのような指摘を受け、コヘレトが思わず「あっ?」と、イラついた様子で声を漏らした次の瞬間――。

 何処からか弾丸が飛んできて、カオスピースフルともども攻撃を受けた。

「のああああああ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 襲撃者は暗闇の中から静かに姿を現した。

 燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツを纏い、複眼部分には英語で『SK』というロゴが刻まれたディアブロスプリキュアの協力者――神林春人だ。

「春人っ!!」

「来てくれたんですね、春人さん!!」

 応援として駆けつけた頼もしい味方を目の当たりにしたバスターナイトとウィッチが笑みを浮かべ呼びかける。セキュリティキーパーはヘルメット越しに「当然だよ」と即答する。

「この町でテロリスト風情に、好き勝手にさせる訳にはいかないからね」

「言ってくれるじゃねぇかね……ガギがよぉ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 セキュリティキーパーの見下した言い方が気に入らなかった。コヘレトは、カオスピースフルで一斉に襲わせる。しかし――

 ダダダダダダ……。ダダダダダダ……。

『『『カオスピースフル!!』』』

 攻撃される直前、カオスピースフルは大火力の弾丸をその身に受けた。

 セキュリティキーパーの身を守ったのは対キメラ戦で初投入された警視庁公安部特別分室が誇る強火力武器【SKアヴェンジャー】だった。しかもその周りには、武装した公安部の捜査官たちも大勢控えていた。

「増援は僕だけじゃないよ。たった今から、君たちは警視庁公安部特別分室――〝洗礼教会対策課〟が制圧する」

「せ、洗礼教会対策課だぁ!? ふざけんな、ちょっと前までプリキュア対策課と名乗って来たくせによ!!」

 聞き間違いではないかと思ったコヘレトは、額に青筋を立てるとともに昂る感情を包み隠さず怒鳴り散らす。一方、セキュリティキーパーは冷静に敵の怒声を受け止めるとともにおもむろに言葉を紡ぐ。

「――確かに、以前はそうだった。でもそれが間違いであるという認識を持てた今は違う。人は誰でも過ちを犯す。時には取り返しのつかない事もしてしまう。だから過去を無かった事にするなんて出来ない。すべては自分なんだ。良い事も悪い事も含めてね。そして人は間違いを間違いのまま放置するだけでなく、その間違いを正して前に進む事も出来る――――それがすなわち進化であり成長するという事なんだ」

「ちっ。哲学めいた事を言い振りやがって……人間風情が俺たちに歯向かう事の恐ろしさを教えてやるぜ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 警察組織に牙を剥く異界のテロリスト集団。相手がテロリストである以上、洗礼教会対策課の捜査官は一切の妥協も見せず、制圧する事に全力を注ぐ。

「これより洗礼教会対策課は、全身全霊を以ってディアブロスプリキュアを援護する。各員戦闘準備!」

「「「了解っ!!」」」

 〝プリキュア対策課〟から〝洗礼教会対策課〟という風に名前を変えた事に対しベリアルたちが若干呆気にとられていると、それを見たセキュリティキーパーは淡々と言い放つ。

「何をボーっとしているんだい? 君たちがしっかり戦ってくれないとこっちも困るんだけど」

 聞くと、ベリアルは我に返ってから口元を緩めて言う。

「あなた……結構良い人になったわね」

「心外だね。僕は元から善良だよ」

 乾いた口調で答えると、セキュリティキーパーはSKバリアブルバレットとSKメタルシャフトを両手に携え、コヘレトらの元へと突っ込んでいった。

「リリスちゃん!!」

「春人たちの厚意に答えよう、リリス」

「――ええ!」

 この機を逃す訳にはいかない。公に警察組織がディアブロスプリキュアの味方になってくれた事で勇気づけられたベリアルたちは、ケルビムの救出も兼ねてここで一気に教会勢力の制圧に乗り出そうと思った。

「カイゼルゲシュタルト!!」

「ヴァルキリアフォーム!!」

「スタイル・クリムゾンデューク!!」

 三人は現時点における最強形態へと変身。持てる力のすべてを使って、洗礼教会の魔の手から警察とともにこの町を守り抜こうと誓い戦う事を受け入れる。

「「「はあああああああああああ!!」」」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 ディアブロスプリキュアと教会勢力との戦いが大詰めを迎えようとしていた頃、暗黒空間内部で繰り広げられる光と闇の戦い――。

 ようやく爆発が収まった。多量の黒煙が辺り一帯に広がる中、煙の中から人影が徐々に露になる。

 紛れも無くそれはキュアケルビムであった。至近距離から黒ケルビムの放った技を受けた彼女の衣裳は酷くボロボロで、息も絶え絶えになりながら辛うじて意識を保ち立っている事が不思議なくらいだ。

 疲弊し脆弱な姿となった彼女を、黒ケルビムは正面に立って嘲笑う。

「……実力の違いが分かったはずよ。あなたに私を倒す事は不可能よ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 だがそれでもケルビムは諦める事など出来なかった。

 傷ついた体に鞭を打ち、黒ケルビム目掛けて突進。そんな単調な攻撃を見越して、黒ケルビムは瞬時に間合いを詰める。

「っ!」

 視界が突然暗くなった。次の瞬間、黒ケルビムは彼女の顔面を鷲掴むと力いっぱい振りかぶってから放り投げた。

「きゃああああああああああ!!」

 盛大な衝突音とともに暗黒空間の壁に激しく体を打ちつけたケルビムの元へ、黒ケルビムはゆっくりと近づいて行く。

「……全くあなたって呆れるくらい傲慢で強情なんだから。それじゃ悪魔を笑えないわよ」

「はっ……はっ……はっ……」

 ふうと溜息を吐くと、黒ケルビムは魔槍を肩に乗せてからおもむろに問いかける。

「……テミス。なぜあなたは、生まれ故郷である天界を捨ててこの地上の世界に下りてきたの?」

「……何ですって……?」

「この期に及んでシラを切るのはよしてほしいわ。本当は最初から分かってたんでしょ? どれだけ自分が周りを好いた所で、天使の誰もが、血を分けた実の両親ですらも自分の事を本当に愛していなかった事をあなたは識(し)っていた。あなたはそんな事実を認められなくて、受け入れなくて、それ故に天界から逃げるように地上へ下りたんじゃない?」

 ケルビムは重い表情で思わず黙りこくる。それを見た黒ケルビムが大きく口角をつり上げ、大げさな身振り手振りで声高に叫びあげる。

「……愚か。実に愚かね。どれだけ努力し他人の為に尽くそうとも! どれだけ周囲に笑顔を振りまき続けようとも! 決して満たされなかったあなたのその心! 本当の愛を知らぬままの未成熟なその心はとても脆くて御しやすい! やがて、その渇きは次第に大きくなっていき、心にぽっかりと孔を開けてしまった。ホセア様はあなたのそんな心の隙を突いて甘い言葉で近づいてきたのよ」

 聞いた瞬間、ケルビムは目を見開くとともに身に覚えのある事をハッと思い出す。

 

           ≒

 

さかのぼること、半年前――

異世界 洗礼教会本部

 

「キュアケルビム。お主こそが天界を統べる者として相応しいのに、なぜ天使たちはお主を認めん?」

「………」

 ケルビムは俯いたまま立ち尽くしている。

 そんな彼女を前に、ホセアはここがケルビムの身も心も洗礼教会に堕とす格好の機会だと判断。蜘蛛が獲物を捕食するが如く、確実に相手の心を絡め捕るように――深く静かに告げた。

「それはお主を怖れているからだ」

 下を向いたままのケルビムの表情はホセアからは見て取れない。

「かつての争いにより大きく力を削がれた天界勢力は、再びその権威を示すために大いなる力を欲していた」

 静まる礼拝堂にコツコツと靴音を響かせ歩きながら、ホセアはまるでケルビムの人生をその目で見てきたかのように言葉を紡ぐ。

「悠久の時を経て、ようやく生まれた待望の赤子は彼らの望む力を備えており、当初こそは大いに喜んだ。しかし、日に日に増していく途方もない力に、もし間違ってこの矛先が自分たちに向けられるのではないかと考える者が現れ始めた」

 ケルビムは息を呑んでホセアの言葉を聞き続ける。

「大きすぎる期待は反面、恐怖すらも抱え込み、次第に彼らは決して機嫌を損ねてはならない神の化身でも崇めるように其方に接した。其方の自由意志はまるで介在する余地すら与えられなかった」

 礼拝堂を一周して再びケルビムの前に止まる。

「少女が欲していたのは信仰でも畏れでもなかったというのに」

 ホセアはゆっくりとケルビムに向き直ると優しく、紳士のように、俯く彼女の手を取る。

 突然のことであったがケルビムは驚かなかった。むしろそうされることを欲していたとさえ感じた。

 やがて、俯いていた顔を静かにあげ、ホセアの目を見据える。

「キュアケルビムよ。私とともに世界に均衡をもたらそう。それこそがプリキュアであり、天使であるお主の務めだ」

「大司祭ホセア様――」

 目を見開きホセアを凝視するケルビム。そのつぶらな瞳は彼に救いを依存する信者と同じく心の安寧を希求するものだった。

 彼女の心が完全に自分の手の中に堕ちたと確信すると、悪魔が人を教唆するときの如く微笑を浮かべたホセアはケルビムに果たすべき使命を語る。

「世界を巡るのだ。そしてまずは均衡を乱す者。強過ぎる闇。この世に蔓延る諸悪の根源――悪魔を討つのだ」

 そして最後に、一歩を踏み出させる為の一言を告げる。

「さすれば、汝が欲するものが手に入るであろう」

 この一言が、『愛』を求める彼女の心を突き動かす原動力となった。

 その一歩が奈落へと落ちる一歩とも知らずに。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

 ドンッ――。

 

 刹那、魔槍ジェノサイドの先端が黒く光ると、黒味を帯びた束がケルビムの体を勢いよく貫いた。

 ケルビムは体を貫かれた感触に絶句。腹部から白い煙が上がる状況を前に、とうとう武器を握る力すら入らなくなった。

「……私はあなたを決して認めないわ、テミス。キュアベリアルや他のみんなはどうだか知らないけど、私は自分よりも脆弱な存在の影としていつまでも支配されるのは耐えられない。あなたの方が私よりも弱いなら、あなたを倒して――」

 瞬時に間合いを詰めると、黒ケルビムはジェノサイドの先端を動けない彼女の首元へと突き付け、口元を歪め言う。

「私が〝本当のあなた〟になる」

(力が入らない……こんなところで、私は斃されるの? 私は……真実の愛を知らぬまま己の闇にすら打ち勝つことすらできない………違う……私はまだ……終わってない。こんなところで……死ねない!!)

 心の中で強く思った直後、彼女の意識は一時的に別の場所へ飛んだ。

 

           *

 

 ―――……ス。

 ―――……ミス。

 ―――……テミス。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 誰かに名前を呼ばれた気がした。

 意識が覚醒したとき、ケルビムの前には殺風景ながらも先ほどまで黒ケルビムと戦っていた暗黒空間とは異なる真っ白な空間の中にいた。

「…どこなの? …ここ………?」

「こっちよ」

 透き通っていながら何処か冷めた様な声が傍から聞こえてきた。見ると、自分と対を為す存在が目の前に立っていた。

「ようやく目が覚めたのね。テミス」

「! リリス、どうして……!?」

 驚くべき事にそこにいたのは悪原リリス、もといキュアベリアル――今まさに、暗黒空間の外で自分を救出せんと戦いを続けている筈の彼女だった。

 なぜ彼女がこんな場所にいるのかとケルビムは心中穏やかではなかった。するとベリアルはそんな彼女を見かね、嘆息をしてから言い放つ。

「……あんたさ、いい加減素直になりなさいよ」

「え……?」

 会って一分も経たないうちに何を言い出すのかと、内心率直に思いながら眼前のベリアルの言葉を黙って聞いていた。

「正直ね……私もずっと……どうすればいいか分からなかったの。両親を亡くして一人残された私が、誰からも愛され、愛を与えるあなたにどう接していいのか、どこまで踏み込んでいいのか」

「……そう、だったの」

「でもね……テミスの心の闇を理解した今だからこそ……こうして忌憚なく話をするチャンスだと思ったの。だから……言わせてもらうわ」

 やがて、ベリアルは難しい表情を浮かべながら一つ一つ言葉を丁寧に頭の中で選びながら、ケルビムに対し言葉を発した。

「淋しいんでしょ? 苦しいんでしょ? 両親や他の天使たちから愛されぬまま育った自分が今を生きている事が。その愛を知る為に戦い続ける事が。私が言えた義理じゃないけど……心が淋しい時ぐらい、大丈夫なんて片意地張ってないで、ちゃんと淋しいとか苦しいとか一言くらい言いなさいよ!」

「リリス……」

 思いがけない言葉だった。叱咤する彼女の瞳から伝わるのは本音を言えない自身への怒りだけでなく、友として、仲間として思いやる彼女自身の優しさだった。

 胸打たれ返す言葉すら出てこないケルビムをまじまじと見つめながら、ベリアルは怒りからどこか寂しさを醸した表情で語り続ける。

「淋しい時に……淋しいって言えない天使なんて……そんなの天使でも何でもないわ! そんな天使に人を導ける力なんて毛頭ないわよ」

 何も言えなかった。ベリアルの言葉は全て的確に的を射ていた。天使としての面目も何もかも丸つぶれだとケルビムは内心自虐する。

 すると、再びベリアルがケルビムを見ながらおもむろに言葉を呟いた。

「あなた、前にはるかにこう言ったそうね。――〝私と本当の友になる〟んだって。正気の沙汰じゃないわよ。天使が悪魔と友達になるなんて。でも、テミスがそう言うならそれも悪くないかもって思うの」

一瞬「え……?」という言葉がケルビムの口から漏れ出た。ベリアルの方を見れば、彼女は今までにないくらい穏やかで優しい顔つきで自分を見つめている。

呆気にとられるケルビムだったが、ベリアルは目の前の友に微笑みかけるとともに決意の表れを言葉として紡いでいく。

「キメラが現れた時、はるかやサっ君たちと一緒にテミスが私のために戦ってくれたから、今の私はここにいる。だからあなたが前に進めなくなった時は、私がテミスを背負ってでも進んであげる。今も、これから先もあなたが死ぬまでずっとね」

ケルビムに微笑みかけると、ベリアルはそっと目の前に彼女に手を差し出す。そんな彼女の優しい言動に、ケルビムの心は感極まり、一筋の涙を流すとともに理解する。

(そっか……そういう事だったんだ。私はずっと「愛」は与えるものだとばかり思っていたけど、そうじゃないんだ。それはただの高慢な思い込みだった)

心の中で独白しながら、差し出された親友の手をおもむろに取る。今までに感じた事のない安堵と満足感がベリアルの手から全身へと伝わっていく。

(主よ。愚かな私をお許しください。私はようやく理解致しました。あなたの説かれた「愛」の意味を。リリスが私に対してそうであるように、ただ目の前の相手に関心を示す行為……それこそが、本当の「愛」なんです――――)

 長いあいだ問い続けてきた難題への『解(こたえ)』を見出した刻(とき)、彼女の意識は強制的に元の場所へと戻される。

 

           *

 

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 ―――ガシッ。

「!!」

 突然の出来事だった。

 黒ケルビムが持つ魔槍ジェノサイドを、半ば意識の無かったケルビムがいきなり掴みかかって来たのだ。

 ケルビムにとって思考を超えたもの――即ち、潜在意識の裡(うち)に求めていた真実の「愛」を見つけ出したとき、彼女の瞳に宿るのは戦意。

 吃驚し言葉を失くす黒ケルビムを見据えると、ケルビムは魔槍の先端から闇のエネルギーを吸収し、それを小さな形へと凝縮させていく。

 その時、ケルビムの手の中にある物が現れた。紛れも無くそれは新たな強化変身用の指輪だった。特筆すべきは中指に付ける天使の翼をあしらった長めの形状であり、そこから鎖が伸びて小指にも悪魔の翼を模した小型のリングが付随しているというものだった。

「……あなたの言う通り、私には善の面もあるし、悪の面もある。口で言うきれいごとも、それとは裏腹に心で思ってる黒いところも両方本当なんだ。だからそれを認めない限り未来なんてやってこない」

 茫然自失と化す黒ケルビムが立ち尽くす中、覚醒したケルビムは新たに誕生した二つの変身リングを見つめながら、おもむろに独白する。

「光と闇……天使と悪魔……二つの力を持ってこの世界を導く。そして、私自身の未来を切り開く」

 決意の籠った瞳で宣言した直後、ケルビムは右手中指に天使の力を司るリングを、小指部分に悪魔の力を司る小さなリングを装着。そして、一旦目をつむってから腹の底から声高に張り上げる。

「聖魔融合!!」

 刹那、白と紅色の突風を巻き上げながらケルビムの姿が変わり始める。それまで四枚だった翼が六枚へと生え変わり、重厚な青銅色だった装甲は紅白がバランスよく配色された衣装へと変化。白一色だった背中の翼は左半分だけ悪魔の翼へと生え変わった。

 

「キュアケルビム・イブリードモード」

 

 光と闇の中で足掻き、暗中模索の末に真実の愛を見出した事で到達した新たなる境地。キュアケルビムは今、ここに光と闇の力を兼ね揃えた唯一無二の存在――【聖魔天使(せいまてんし)】として覚醒した。

 ケルビムは呆気にとられ言葉を失くす黒ケルビムから吸収した闇の力と光の力を掛け合わせ、新たな武具を生成する。

 片や天使の翼を持ち、片や悪魔の翼を持つ聖魔融合の円月輪【聖魔輪(せいまりん)イブリードチャクラム】。両手に装備した彼女は、武器を失った無防備の黒ケルビムに狙いを定め、とどめの一撃を放つ。

 

「――――プリキュア・デモンズクレッセント!!」

 

 自らの魂を糧に業火を生みだし円月輪の先から標的が息絶えるまでなぶり続ける究極の召喚技を至近距離から炸裂する。

 猛烈かつ苛烈なる一撃を受け、黒ケルビムは暗黒空間の端の方まで吹っ飛ばされた。

 この攻撃が決定打となった。黒ケルビムの体は既に虫の息の状態。最後の最後でケルビムに破れてしまった事を悔しがる。

「――――………ふふっ…聖魔融合か……まさか反発する二つの力を掛け合わせるとは……恐れ入ったわ……」

 黒ケルビムへと近づく聖魔天使と化したキュアケルビム。内側に潜めていた心の内を解放し、光と闇の均衡を得た事で全てを受け入れる事が出来た。その証拠に背中に生えた六枚の翼、そのうち左半分が悪魔のものと化している。

 かつて、バスターナイトが言っていた言葉がある。〝この世界に存在するのは白と黒だけではない〟と――。

 光の力だけでは敵わない相手に立ち向かう為に、キュアケルビムは心の闇を受け入れた。そして、彼女はこれまでにない進化を遂げた。キュアベリアルがそうであるように、彼女もまた柔軟に力を適応させたのだ。

 極限状態を経て新たな自分へと変身したケルビムを前に、内心満足気な様子の黒ケルビム。やがて、役目を終えた己の肉体を粒子に還元させながら静かに最期を迎えようとする。

「……仕方ないわね。私を倒したんですもの……今回はあなたを認めてあげる……だけど忘れないで。私はあなたの影。あなたに少しでも隙があれば、私はいつでもあなたを落としてあげるんだから……次に私が現れるまで……せいぜい死なないよう気をつけなさい!!」

 呪詛のように言い残すと、黒ケルビムの肉体はすべて粒子となって完全に消滅した。

 

           *

 

同時刻―――

黒薔薇町 地上

 

 暗黒空間における二人のテミスによる闘争に決着が付いた頃。外界の戦いにも、決着が着こうとしていた。

「プリキュア・ジャッジメント・フィニッシュ!!」

 ――ドンッ。

『『『あんびり~ばぼ~~~♪』』』

 キュアウィッチ・ヴァルキリアフォームが仕掛ける必殺技により、カオスピースフルが一度に大量浄化される。

 これにあやかろうと、バスターナイトとラプラスも数に勝る彼らを圧倒的な力でもって畳み掛けるのだ。

『ナスティノイズ!!』

『『『カオス~~~!!』』』

 白コウモリ態ラプラスの発する超音波は、敵を撹乱するだけでなくその動きを封じ込める事が出来る。鼓膜に伝わる不快極まりない音は、カオスピースフルの精神を著しく消耗させる。

 絶好の攻撃のチャンスが生まれた。バスターナイトはセキュリティキーパーとともに、勝負に出た。

「ブレイジング・ストーム!!」

「ふん!!」

 ―――ドンッ。

『『『あんびり~ばぼ~~~♪』』』

 ブレイジング・ストームとSKメタルシャフトが繰り出す悪を断罪する刃――【コンビクションカッター】のコンボが決まり、大量の敵を浄化させる。

「残るはあんただけになったわね、コヘレト」

『ただで帰れると思うなよ』

「くっ……」

 形勢が逆転した。いつしか呼び出したカオスピースフルのほとんどが浄化され、真面に戦える戦力はコヘレト一人だけとなった。

 翼を羽ばたかせ巨体を起こすと、レイはコヘレト目掛けて突進する。

『ライトニング・タックル!!』

「ぐああああああああああああ」

 電撃を纏ったタックルが決まると、コヘレトの全身は麻痺を起こして動きが鈍くなる。ベリアルは動けないコヘレトに狙いを定め、右手から紅色に輝く巨大な爪を出現させる。

「触れるものすべてを滅ぼす力よ――――ファントムネイル!!」

「やべっ……!!」

 殺される!! 内心そう思って覚悟を決めそうになった瞬間。

 バリン――っ。という亜空間が割れる音がすると、唐突に顔も見えぬほど全面をフードで覆い隠した人物が現れ、ベリアルのファントムネイルによる一撃を素手の一振りで掻き消した。

「え!!」

「……アパシー……!」

 コヘレトの窮地を救ったのは、元・見えざる神の手配下の暗殺組織【神の密使(アンガロス)】の首領であるクリーチャー・アパシーだった。

「……プリーストの命だ。戻るぞ」

「そうはさせないわよ!!」

 ここで取り逃がす訳には行かなかった。

 ベリアルは不意に現れたアパシーと、コヘレト共々全てを滅ぼす力を解放――文字通り必殺の一撃を繰り出した。

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

 七つの大罪を司る超高熱の光球が飛んで行く。アパシーはコヘレトを脇に抱えると、フード越しに光球を見据え、目を見開いた。

 瞬間、見えない壁が作り出されベリアルの必殺技を塞き止める。その隙にアパシーはコヘレトを連れて亜空間の中へと消えて行った。

「やったんですか!?」

「いいえ。すんでのところで逃げられたわ。それにしても、あいつ……カイゼルゲシュタルトの必殺技をあんなに容易く……」

 取り逃がした事もそうだが、何よりも悔しかったのはアパシーの未知数の力。悪魔の力を完全に解き放つキュアベリアル最強の力・カイゼルゲシュタルトの必殺技を前にアパシーは怪しげな呪術で防いだのだ。

(あいつは一体……何者なの?!)

 得体の知れない未知なる敵の力に、ベリアルは戦慄を覚えた。

 

 バキ……バキ……バリン!!

 空中から聞こえてきた暗黒空間が破れる際の音。

 頭上を見上げると、暗黒空間で黒ケルビムとの激闘に制したテミス――キュアケルビムが聖魔輪イブリードチャクラムを携え浮いていた。

「テミス!!」

「テミスさん!!」

 生きていてよかったと、一先ず安堵するベリアルたち。

 しかし直後、彼女は意識を失い体を倒し、そのまま地面に向かって加速しながら勢いよく落下を始めた。

「あっ!!」

 ベリアルはすぐさま墜落してくる彼女の方へと飛んで行き、地上のアスファルトに激突する前にこれを受け止めた。

 

 こうして闇との戦いに無事決着がつけられた。

 変身が解除され、道路上に横たわるテミスをリリスらが固唾を飲んで見守る。

「う……」

 やがて彼女の意識が回復し、おもむろに重い目蓋を開いた。

「……みんな」

「気が付きました! 良かったです~!」

「テミス様!!」

「大丈夫か?!」

「ええ……かなり危なかったけど、どうにかね……」

 ふと、テミスは自分を受け止めてくれた悪魔の親友の顔を見上げる。

 気が付くと、リリスの顔を見ながら彼女は相貌に雫を溜め――か細い声で呟いた。

「……ありがとう……」

 聞いた直後、リリスは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、直ぐに顔つきを柔らかくしてから疲弊したテミスの労をねぎらう。

 

「……感謝される理由はよくわからないけど、お疲れ様――とだけ言っておこうかしら」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「待ちに待ったビッグイベント・ハロウィン!!」
リ「せっかくのハロウィンだし、悪魔の翼は普通に出しててもバレないかしらね」
テ「そんなハロウィンに集まる子どもたちの夢を吸い取る魔女が現れた!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『ハロウィンの夜に!守り抜け、子どもたちの夢!』」


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第37話:ハロウィンの夜に!守り抜け、子どもたちの夢!

今回はハロウィンがテーマです。
楽しい楽しいハロウィンに集まる子ども達に言い寄る謎の魔女。その脅威からリリスたちは子どもたちを守る事が出来るのか!?
それでは、本編ご覧ください。


十月三十一日

ハロウィンの夜――

 

 秋空に満月が良く映えるこの日、警視庁公安部特別分室――洗礼教会対策課が黒薔薇町の半径五キロ圏内で強力な磁場を感知した。

 ジジジジジジジ……。ジジジジジジジ……。

「こんな強い磁場……初めて見たな」

「ただの気象現象とは思えません」

 コンピューターが観測した磁場は自然のそれとはあまりに常軌を逸していた。ゆえに公安本部長兼対策課部長の神林敬三と、息子の春人は作為的に何者かによって引き起こされたものである可能性が高いと推測した。

「洗礼教会の仕業かもしれないよ、父さん」

「うむ。調査してみる価値はありそうだな……春人、様子を探って来てくれ」

「了解」

 

           *

 

 洗礼教会対策課が調査に乗り出す数時間前の夕方、悪原家では夜に行われるハロウィンフェスティバルの準備に追われていた……。

 

           ≡

 

黒薔薇町 悪原家

 

「ん~~~どれにしましょう!!」

 天城はるかは年に一度のお祭り行事に何を着るかで迷っている。リリスはかれこれ小一時間以上も悩み続けているはるかに呆れつつ、四杯目の紅茶をカップに注ぎながら「早くしなさいよはるか」と思わず急かす。

「そう急かさないで下さいよリリスちゃん。年に一度のハロウィンですよ、うんとキュートでハートフルな格好をしたいというのが女の子というものです!!」

「そんなのどれでも一緒よ。そもそも日本のハロウィンなんていい年した大人がただ意味もなくバカ騒ぎしたいだけのコスプレパーティーじゃない」

「えーっと……それはちょっと極論ではないでしょうか?」

 思わず苦い笑みを浮かべながらピットが口を挟んだ直後、意外にもリリスの意見に賛同した者がいた。

「いえ、ピット。リリスの言うことはあながち間違いじゃないと思うわ」

 ピットの主であるテミスだった。彼女は自分の使い魔を嗜めるように昨今の日本のハロウィンに関して感じる違和感を具に口にする。

「私も常々疑問には思っていたの。本来のハロウィンとは北欧に起源を持つ一年の豊作を祝う収穫祭だったの。だから、日本の異様な雰囲気にはちょっとツイていけないわ」

「だいたい、ちょっと前までハロウィンなんて誰も興味なんてなかったじゃない。それを日本企業ときたら、クリスマスやバレンタインと同じように商業主義の産物にしたてあげたわ。メディアもメディアよ。バカ騒ぎした挙句に暴徒と化す一部の人間をこれ見よがしに取り上げて煽り立てて……」

「おまけに、イベントに参加した人々も節度も弁えずにやれインスタだ、ティックトックだのでネットに自分の醜態を晒して……言っておくけど、誰もあなたたちの仮装なんかに興味なんてないのよって言ってあげたいわね」

「あ~、やだやだ……いつからこの国は楽しければなんでもいいという風潮が罷り通るようになってしまったのかしら」

 普段反発し合う事の方が多い天使と悪魔が珍しく意見を一致させた事には周りも少々驚くとともに、少女たちが辟易する理由もあながちわからないではなかった。

 それにしても、かつてプリキュア作品においてこれほどハロウィンを否定的かつ酷評したという例はあっただろうか。概ねシリーズの多くは小さな子供に受け入れ易い様にハロウィンに対して明るく肯定的な捉え方をする。だが、ディアブロスプリキュアでは全くの逆であり――先鋒鋭く近年の社会問題を痛烈に批判する。

 しばし口籠っていたはるかたちだが、どうにか二人から少しでも現代のハロウィンに対してネガティブなイメージを払拭せんと言葉を投げかける。

「まぁ、お二方の言いたいことはよくわかりますが……せっかくの楽しいイベントですし。我々もこの機に乗じて楽しみましょうよ」

「そそ、そうですよ! リリスちゃん、テミスさん! 仮装だって案外やってみるとおもしろいですって!」

「それではるかさん、結局何を着る事にしたんですか?」

 クラレンスが問いかけるが、未だはるかは何を着るか決めかねている。

「ダメですっ――! 着てみたいものがいっぱいありすぎて訳が分からなくなってきました――!」

用意してあった多量のコスチュームを無造作に放り投げ、膝を突いたはるかは途方に暮れる。すると、見かねたリリスが嘆息してからはるかに予想外の助言をした。

「もういっそのこと、キュアウィッチの格好でもしなさいよ?」

「は、ハヒ!? 公衆の面前でプリキュアの格好を……ですか!!」

 リリスにしては大胆な提案だったと思う。確かにキュアウィッチは名前の通り魔女をモデルとしているし、ハロウィンフェスティバルに参加するならおあつらえ向きな格好ではある。だが――

「いやいやいや!! いくらなんでもそれはちょっと無防備過ぎる気が……それに折角のハロウィンなんですから、プリキュアの格好をするのは多少場違いなのでは?」

「何言ってるのよ。名前がキュアウィッチ、魔女でしょう。ハロウィンにこれ以上おあつらえ向きな衣装があるかしら?」

「そういうリリスだって、ハロウィンにはおあつらえ向きなんじゃないの?」

 テミスはリリスが悪魔である事を指してそう言った。無論、本人も否定は一切せず「まぁ元々が悪魔だからね」と呟いた。

「あんまり気乗りはしないけど、気分転換に私も参加してみるとしましょう。今夜のハロウィンフェスティバルにはキュアベリアルの姿で行こうと思うわ」

「り、リリス様!! な、何という大胆不敵な!!」

「それはさすがにやめましょうよリリスさん。万が一本物の悪魔だって事が周囲にばれたりでもしたら……」

 レイとクラレンスの二人は、リリスの軽はずみな行動が周囲の人間に悪魔であると悟られる事を危惧するが、本人はどこか自信に満ちた様子でひとつの見解を並べる。

「二人とも大丈夫よ。みんな思い思いの格好してるわけだし、はしゃいで有頂天になって誰も私がキュアベリアル本人だなんて思わなければ、気にも留めないわよ。ていうか、誰も人の仮装なんて毛ほども興味ないわよ。みんな自分のが一番だって思ってるでしょうから」

「そ、そうでしょうか……」

 あまりに極論ではないかとピットは思うが、リリスが言うと妙な説得力があるようにも思えた。

「仮に私の格好に興味を持つ人がいたとしても、小さな子どもにはあまり変な目で見られる事はないし、大人にしたって大抵はお酒で酔ってる人が多いと真面に思考判断する事は出来ないわ。せいぜい『あっ! あの翼精巧な作りしてるなー』とか『キュアベリアルの格好してるんだー、写真撮らせてもらおう!』……くらいの気持ちで見るわよ。彼らの目的なんてSNSで〝いいね〟を多くもらいたいだけなんだから」

「確かに一理あるとは思いますが……本当に大丈夫なんでしょうか?」

 いつにもまして毒気を持つリリス節が軽快にさく裂する。だが、完全には心配が拭えない。そんな折、ふとテミスが周りを見てからある疑問を抱き、ラプラスに尋ねる。

「ところで、今日は朔夜君はどうしたんですか?」

「ああ。あの子ならね……なんでも学校の吹奏楽部が、ハロウィンフェスティバルの出し物で演奏するんだけど。その演奏会を盛り上げる助っ人としてあの子のバイオリンの腕が評価されてね、ゲストに選ばれたらしいわ」

「なるほど。確かに、朔夜さんはバイオリンの名手ですからね」

「あ~……サっ君、どんな格好で演奏するのかな。きゃあ、どうしよう! 見ただけでキュンキュンしちゃうのかな♡」

 安易に想像するだけでもリリスのハートはときめいてしまう。

 気が狂うほど婚約者に夢中な彼女のこうした周囲とのギャップの激しさには、はるかたちも思わず苦笑するばかりだった。

 

           *

 

 そして、日もすっかり暮れた頃合い――年に一度のビッグイベント・ハロウィンフェスティバルが満を持して幕を開けた。

 

           ≡

 

黒薔薇町 ハロウィンフェスティバル・メイン会場

 

 毎年十月三十一日に開催されるハロウィン。発祥は古代ケルト人が起源とされる祭りであり、それがやがて、古代ローマやキリスト教的教義が加えられた現在のようなスタイルに変化していったらしい。

 現代の日本では、ハロウィンはクリスマス同様立派な年中行事のひとつとして定着しつつある。もっとも各国のそれと比べると、日本のハロウィンは公の場でコスプレをする社交場としての意味合いが強く、毎年この時季になると、多くの若者が箍が外れた様に大騒ぎを起こしては警察沙汰となるのが恒例となりつつある。

 では、この黒薔薇町管内におけるハロウィンの様相はどうか――首都圏で見られるようなバカ騒ぎも無く、比較的平穏な空気が漂っていた。

「「「〝Trick or Treat〟!! おっかしをくれなきゃいったずらするぞー!」」」

 ジャック・オー・ランタンやケットシーなどと言った西洋の怪物の仮装を着こなす子どもたちが元気いっぱいに声を上げ、近所の家を回っては〝Trick or Treat〟と言ってお菓子を求める。

「うわああ!! かわいいオバケさんたちねー! はい、いっぱい持ってってねー」

「「「ありがとう!!」」」

 ハロウィンフェスティバルは子どもが主役のお祭りだが、大人も大いに楽しめる数少ない行事だ。ハロウィンに適した仮装に扮したリリスたちが会場入りをすると、そこら中オバケとカボチャランタンだらけだった。

「へぇ~。結構盛り上がってるわね」

「どの仮装もユニークでキュートですね!!」

「で、結局はるかはプリキュアの格好で落ち着いちゃったわけね」

 洗礼教会との戦いで幾度となく来ている戦闘装束に身を包んだリリス、もといキュアベリアルが口元を緩めはるか、もといキュアウィッチに言う。

 悩みに悩んだ末、はるかがチョイスしたのはキュアウィッチの格好だった。一応本人としては最後まで抵抗したつもりだったが、最終的には親友の強引な圧力が加わり現在に至る。

「ぶ~~~っ。半ば無理矢理そうしろと言ったのはどこの誰ですか!?」

「あら、誰の事かしら?」

 と、ベリアルが白々しく言う様を傍で見ていたテミス、もといキュアケルビムに変身した少女は苦笑を浮かべる。

「悪魔だー!」

「こっちは天使さんだ!」

「魔女さんもいるよー!」

「かわいい♪」

 そのとき、三人の元へ頑是ない子供たちが大勢集まってきた。

 悪魔と魔女、そして天使は子どもからも非常に人気が高い。元来リリスとテミスの二人は美少女であり、はるかも二人に埋没して気づきにくいがその性格と愛らしさもあって校内でもそれなりに人気が高い。また、三人はプリキュアゆえに自然と子どもの心を鷲掴みにする性質を持っていた。

 気がつくと、仮装をした子どもたちに取り囲まれていた。

 きゃっきゃ、きゃっきゃと黄色い声を上げる彼らを前に、ウィッチとケルビムは些かアウェイな気持ちとなり困惑する。

「ハヒ~~~……何だかちょっと恥ずかしいですね……」

「私もあんまり慣れていないかも……」

「ふふふ。悪魔に自分から寄って来るなんて、かわいい子たちね。じゃあお礼にあなたたちのお菓子をとっちゃおうかしらー」

「あああ!! それはダメー!!」

「お菓子とられるぞー! 逃げろー!」

 ベリアルの冗談を真に受けると、子どもたちはお菓子を奪われる事を恐れ、急いで逃げていった。そんな子どもたちに対するベリアルの態度を見たウィッチとケルビムは、顔を見合わせてから率直に思った事を口にする。

「リリス。あなた随分と柔らかくなったんじゃない?」

「え……そうかしらね」

「ぜったい優しくなってますよ! 今の子どもたちへの態度がそれを証明しています!! これもプリキュアになったお陰ですね!!」

「どうかしらね」

 本人はあまり自覚がないようだが、ベリアルの心の変化はプリキュアになって以来如実に現れている。元々優しい性格だった彼女は十年前の惨劇以来、心に深い傷を負い他人との関わりを無意識のうちに避けていた。

 しかし、最近では僅かずつだが昔の性格を取り戻しつつある。これこそ、ベルーダ曰くプリキュアがもたらすプラスエネルギーが働いている事の証拠である。

「カボチャのオバケはだれだぁー!」

 すると唐突に、子どもたちを追い回すパンプキンキングが目の前に現れた。素顔こそカボチャの被り物で隠しているが、ベリアルには直ぐに正体がバレてしまう。

「待ちなさい!!」

 だから子どもを追い回すパンプキンキングの首根っこを平気で鷲掴みにすることが出来た。なぜならそれは自分の使い魔なのだから。

「ちょっと、レイ!」

 怒鳴りながら、ベリアルはカボチャマスクを強引に外してレイの素顔を露わにする。もの凄い剣幕で睨み付ける主を前に、レイは冷や汗をダラダラかきながら兎に角笑って誤魔化した。

「はははは!! いやいや……これはこれはリリス様。今日の格好は一段と麗しいですな~~~……はるか様とテミス氏も楽しんでいますかな?」

「バカ。いつも見てる格好じゃない。それより、子どもを追い回して何してたの?」

「誤解です、勘違いしないでください! 私はただ子どもたちと仲良くしたいという純粋な思いからですね……」

「傍から見れば変質者じゃない!! やめなさいよ、紛らわしいから!!」

「いやしかしリリス様! 私を叱咤するよりも先に、ご婦人の方をどうにかしてもえませんか?!」

「ラプラスさん?」

 レイに言われ、近くにいるであろうラプラスを探して視線を移してみると……

「ん~~~、やっぱハロウィンは最高ね!! あ、これもおいしい!!」

 朔夜という歯止めがないラプラスにとって、今宵は欲望を解放するのにまたとないチャンスだった。妖艶なサキュバスの格好(本物ではあるが)で世の男性陣を誑(たぶら)かせ、かつ子どもっぽく出店のポップコーンやチュロスを貪り食らうなど、ひとりハロウィンを満喫していた。

「見てください、あの欲望に忠実なサキュパスの本性を!! あれこそハロウィンテロ予備軍とも呼べるダメな大人の典型ですぞ!!」

 ラプラスの姿勢を指して強く非難するレイだが、その直後――ベリアルから返って来た反応は全く見当違いなものだった。

「――別に。良い事じゃないの」

「え……えええええぇぇ!!」

 予想外の答えに、レイはショックを隠し切れなかった。

「なぜですか!? なぜ私はダメで、ご婦人は称賛されるのですか!?」

「悪魔の使い魔が欲望に忠実なのは自然な事よ。それにラプラスさん、今のところ自分の欲望の為に誰にも迷惑をかけていないみたいだし」

「いや確かにそうかもしれませんけど……!! ご婦人の性格からすればいつ問題行動を起こすか分からないのですぞ!!」

「そうなったらアンタに任せるわ。さぁみんな、急がないとサっ君の演奏会見逃しちゃうわよ」

 と、ベリアルはレイを軽くあしらってハロウィンフェスティバルに来た主目的とも言える朔夜のコンサートへと急いだ。

「リリス様!! 私にはご婦人の尻拭いなど重過ぎますぞ!! 今すぐイケメン王子を呼んできてください!!」

「レイさん、残念ですけどもう聞こえてませんよ」

「ここは何もない事を祈りましょう」

「くう~~~」

 ウィッチとケルビムが横から呼びかけると、レイは文字通り涙を呑んだ。

 彼には悪いが、ベリアルの頭の中では朔夜>レイという明確な構図があった。彼女もまた己の欲望に忠実な悪魔である事に変わりは無かった。

 

 しばらくして、コンサート会場に到着したべリアルたち。

 特等席を確保しようと混雑する会場。有象無象の人混みの中、先に場所取りをしていたクラレンスとピットがベリアルたちに呼びかける。

「みなさんこっちですよー!!」

 クラレンスが大きく手を振ると、それに気づいたベリアルたちも挙って彼らの元へ集まる。

「場所取りお疲れ様です、クラレンスさん! ピットさん!」

「大変だったでしょう。はいこれ、場所取りのお駄賃」

 二人の労をねぎらって、ケルビムはここへ来る途中に出店で購入したカボチャのカップケーキを差し入れた。

「ありがとうございますテミス様!! いただきます!!」

「実を言うとここへ来る前に私も結構なお菓子を貰いまして……これ、はるかさんたちへおすそわけです」

「ハヒっ――!! 何と言う幸運なんでしょう!! ありがとうございますクラレンスさん、はるかは今まさに幸せハピネスです!!」

 朗らかに笑いながら、クラレンスは場所取りの前に女性たちの多くから分けてもらったお菓子の詰め合わせ袋をウィッチを始めベリアルたち全員へと手渡した。ウィッチはクラレンスのこの厚意に大興奮だった。

「えっと……サっ君はどこかしら?」

 ステージ上を見渡し、ベリアルは朔夜がどこにいるかを目で探す。するとそのとき、壇に上がったMCと思われる女性が、特設会場に集まった人たちへ呼びかける。

「お待たせしました。間もなく、市立黒薔薇第一中学吹奏楽部によるスペシャル演奏会を行います。みなさん、拍手をお願いします!!」

 パチパチパチ……。温かい拍手とともに壇上に照明が灯されると、ハロウィン用の仮装に身を包んだ吹奏楽部のメンバーが各々の楽器を手に所定の位置に着いている。その中には、特別ゲストである十六夜朔夜の姿もあった。

「あっ。リリスちゃんいましたよ!」

「え、どこどこ!? どこなの!?」

「ほら、あそこよ」

 ウィッチとケルビムの二人は血眼になって朔夜を探すベリアルの為に、彼がいる方を指さした。

 壇上から見て右奥に立つバイオリン演奏者の朔夜――その格好は、ドラキュラ伯爵。かつてイドラと言う名の吸血鬼と戦った事があるベリアルだが、今はそんな過去の事はどうでもよくなるくらい朔夜の魅力に心奪われていた。

「ああ……思っていた通りサっ君が一番カッコいい!! 写真撮らなきゃ……でもビデオにも映しておきたいし、どうしよう~~~!!」

「まるで学芸会のときに我が子を熱心に撮影する親みたいね……」

 率直なるケルビムの感想。これには周りもついつい苦笑いを浮かべるばかりだった。

 そうこうしている内に吹奏楽部による演奏が始まった。朔夜は得意のバイオリンを奏で、吹奏楽部もそれに合わせて見事な演奏を行う。

 この演奏会が終了したとき、会場に集まった全ての観客が今宵の演奏に満足し、若き奏手たちに称賛の拍手を送ったのだった。

 

 演奏会終了後。

 ひと仕事終えた朔夜とともにベリアルたちは引き続きハロウィンフェスティバルを楽しむのだった。

「素晴らしい演奏だったわ」

「ダントツでサっ君が一番上手だった! 当然だよね、サっ君のバイオリンは世界一だもんね♪」

「ありがとうリリス。それにしても、リリスにはるか、テミスも随分と思い切った格好をしたんだね」

 案の定、朔夜からも衣装について触れられた。ウィッチやケルビムはやや気恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

「あははは……いろいろ考えてたんですけど、やっぱりこれが一番しっくりきたと言いますか」

「リリスが言うように、私も翼を出してみたけど案外バレないものなのね」

 ケルビム自身こんなにも人が集まる場所で誰かしら勘のいい人間が自分の格好に疑問を抱くだろうと思っていた。だが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。

「みんなぁー!」

 と、そこへ。ひとり演奏会には来ずにいたラプラスがロリポップキャンディを舐めながら近づいてきた。

「あら朔夜、あんた演奏会はどうしたの?」

「とっくの昔に終わってるよ。ていうか、お前は今までどこで何をしていたんだ?」

「何って……せっかくのハロウィンなのよ、片っ端からお菓子を食べて食べて食べまくってるに決まってるじゃない!」

「虫歯にならないように帰ったら歯をきちんと磨くんだぞ」

「わかってるわかってる!! ていうか、あんたはあたしのおかんかって」

 調子の良い事を言いながら、ラプラスは手の中のロリポップキャンディを舐め続ける。これを見たクラレンスがふと、そのロリポップキャンディの事が気になった。

「ところで、それはどこで買ったんですか? 売店にそんなもの何処にもなかったと思うんですが……」

「ああこれ! さっきあっちで魔女の格好をしたおばあさんがワゴンで配ってたんだけど、子どもにしかくれないって言うからこっそり拝借してきちゃった」

「な……お前盗んできたのか!?」

「だーかーら、拝借して来たんだって! いいじゃない、いっぱいあったんだから」

「そう言う問題ではありません! リリス様、私の言った通りではありませんか!! さぁご婦人、今すぐそれを返しに行きましょう!!」

「止しなさいよレイ。一度舐めたものを返しても意味ないって。ま、ここは目を瞑ってあげますから、代わりにそのおいしそうなキャンディを配ってるお店に案内してください」

「いいわよー! じゃ、案内するからついてきてー」

 咎められずに済んだラプラスは気前よく、ベリアルたちを引き連れてロリポップキャンディを配っている場所へと誘導する。

 取り残されたレイと朔夜は、毎度毎度人騒がせな上に破天荒なラプラスの行動にほとほと疲れた様子で、共に頭を抱えるばかりだった。

「イケメン王子……いい加減どうにかならんのか?」

「すまないレイ……すべてオレの監督不行き届きだ」

 

「夢がある子は集まっといでー。夢をいっぱい持ってる子には褒美においしいキャンディをあげようー」

 ラプラスの言っていた通り、魔女の格好をした老婆が子どもたちにロリポップキャンディを配っていた。

「おばあちゃんちょうだい!!」

「わたしにもキャンディ!!」

「ぼくにも!!」

 魔女のワゴンは大人気だった。ベリアルたちも嬉しそうにキャンディをもらう子どもたちにあやかって、魔女から一本貰おうとする。

「〝Trick or Treat〟!!」

「おばあさん、私たちにも一本くださいなー」

 笑顔で問いかけるはるかたち。しかし、魔女は「子どもにしかあげないよ」と冷たくあしらってきた。

「あら、私たちまだ中学生じゃない?」

 と、ベリアルが反論すれば「中学生は子どもじゃないよ」とばっさり言い放ち、やはり冷たく切り捨てる。

「え~~~そうなの? このケチん坊!」

「ケチで結構!」

 全く悪びれる素振りすら見せない。

 すっかり不貞腐れ、朔夜たちの元へ戻ろうと踵を返そうと思った直後。ベリアルはある違和感を抱くとともに、気づいてしまった。

 ショッピングワゴン近くの鏡を見た際、他の子どもたちが映っているのになぜか魔女の姿だけが映っていなかったのだ。

 すると、一人の子どもが鏡に映らない魔女に対し話しかけて来た。

「おばあさん、もう一本ちょうだい!」

「なぜだい?」

「弟が夢をいっぱい持ってるんだ!」

「そりゃいい子だ。ほい!」

「ありがとう!」

(鏡に魔女が映ってない? ……どういう事なの?)

 驚愕したベリアルは、鏡をしばらく見つめてから今度は魔女の方を凝視。

 すると魔女自身もベリアルから疑いの目を向けられている事に気付き、慌てて行動を起こす。

「さぁ今日は店仕舞い。どいたどいた!!」

 慌てて店をたたむと、魔女は足早にワゴンを押してその場を立ち去る。ベリアルは衝動的に魔女の事を追いかける。

 そんな中、魔女から二個のロリポップキャンディをもらった子どもが近くにいたウィッチに呼びかけると、持っていた一つを手渡した。

「ぼく、二つもらったから一個あげるよ」

「いいんですか?」

「ぼくの弟が夢をいっぱい持ってるんだって言ったら、二つくれたんだ」

「でもそれだと弟さんに怒られませんか?」

「お姉ちゃん美人だから」

「ハヒー! なんてキュートでチャーミングな良い子なんでしょう♪」

「良かったですね、はるかさん」

「はい!!」

 思わぬ嬉しいサプライズに、ウィッチは満面の笑みを浮かべる。するとそこへ、レイと朔夜が合流する。

「みんな、リリスはどうした?」

「あれ? そう言えばいないわね」

「先に帰ったんじゃないの?」

「しょうがない子ね。じゃ、私たちも帰りましょう」

 ケルビムの発案で全員が帰路に向かって歩き出す。道中、ウィッチは子どもから貰ったロリポップキャンディを美味しそうに食べるのだった。

「ん~~~! このキャンディ、マーベラスです!!」

 

「ははははははは!! あははははははは!!」

「待ちなさい!!」

 ワゴンを押しながら、暗がりの道を疾走する謎の魔女。高笑いを浮かべながらひたすらに前へと進む魔女を、ベリアルは飛翔し全力で追いかける。

 しかし、驚くべきことに魔女が移動する速度は尋常ではないくらい早かった。いつしかベリアルは魔女の姿を見失ってしまった。

「く……っ」

 逃がしていいという気にはなれなかった。彼女は消えた魔女の気配を辿って追跡を続行する。

 やがて、気配を追ってベリアルが辿り着いたのは「立入禁止」という張り紙が貼られた何もない空き地だった。近くには西洋式の墓がちらほらとあった。

 しばらく辺りを窺っていると、何も無かった空き地に突如として怪しげな洋館が出現した。まるで空気に溶け込んでいたかのように。

「あれは……!」

 ベリアルも思わず目を奪われた。だが同時に彼女は直感した。魔女はここにいるに違いない――自らの勘を信じ、彼女は早速洋館の中へ入っていった。

 ギギギギギ……。

 建物の中は暗く、蜘蛛の巣がそこらじゅうに張り巡っていて、趣味の悪い絵画や壺が無造作に放置されている。不気味な静けさに満ちた謎の洋館内を慎重に探索しながら、ベリアルは魔女の居場所を探る。

『へへへへへ。はははははははは……』

 すると、ベリアルを出迎えるとともに彼女を嘲笑うかのような魔女の笑いが空気に溶け込んで聞こえてきた。

 笑いは二階から聞こえてくる。そこでベリアルは、階段を足早に上がっていった。

『へへへへへ。はははははははは……』

 二階へ到着すると、魔女の誘いなのかより鮮明に聞こえてきた。

 すると、ギギギ……という扉が開く音がした。ベリアルはそれが魔女の挑発であると悟った。敢えてその誘いに乗ってみる事にした。

 おもむろに廊下を歩き、光が漏れる扉の前に立つ。息を飲むと、慎重に右足から光の中へ入っていく。

 

 光の中には、不思議な世界が広がっていた。

 辿り着いたのはいわゆる公園のような場所だった。地面や近くの遊具には壊れたおもちゃが無造作に放置されている。

(どこなの? ここは……)

 辺り一帯を見渡しながら、ベリアルは名も知れぬ場所に困惑する。気のせいか、赤ん坊の笑い声が空気に溶け込んで聞こえてくる。

 バタン――。

 直後、外の洋館とこの世界とを繋ぐたった一つだけの出入口が唐突に閉じ、忽然と消えてしまった。

「あっ!!」

 気付いた時には既に扉は無く、ベリアルは迂闊だったと深く自省する。

 兎に角出口を探さなければと思い、彼女は気を取り直して公園の中を散策しようとした――そんなときだった。

 不意に目の前から飛び込んできたのは、地面にポツンと座り込んだピエロ帽を被ったパジャマ姿の子どもたちだった。

「ちょっと、あなたたち!」

 なぜこんな所に子どもがいるのか。ベリアルが思わず呼びかけると、子どもたちがおもむろに振り返る。

 顔は真っ白に染まり、目はとろんとなっていて、まるで死んだ魚の如く。元気、覇気、生気、諸々の気が全く感じられない彼らはまるで廃人の様だった。

 思わず言葉を失うベリアル。子どもたちはゾンビのようによたよたと彼女の方へと近付いて来る。が、直ぐに彼らは方向転換をし、そのまま立ち去って行く。

「ちょっと! どうしたのよ!?」

 何があったのかと問いかけようとした直後、ベリアルの体を覆い尽くす巨大な影が足下から伸びて来た。

 振り返ると、体長五メートルはある巨大な姿の魔女がいつの間にか立っていた。

『ハハハハハハ』

 魔女の出現に驚きながら、ベリアルは慌てて迎撃しようと態勢を整える。

 しかし次の瞬間、攻撃をしようとするベリアル目掛けて、魔女は両目から紫色の光線を放ち攻撃した。

「きゃあああああああああああ!!」

 攻撃を食らったベリアルは悲鳴を上げ、やがて変身が強制的に解除され、そのまま意識を失った。

 

 同じ頃――。

 春人を始めとする洗礼教会対策課の捜査員が、例の空き地へと集まっていた。彼らが現地入りをした時には既に、洋館は跡形も無く消えていた。

 リリスが魔女の罠に落ちているとは露知らず、春人らは特殊な機械を使って、辺り一帯の磁場の数値を測定する。

「ここが磁場の中心源ですね……」

「しかし何もない。どういう事だ?」

「目に見えない何かが、ここから強力な磁場を発しているという訳か……地下をスキャンしてください」

「了解!」

 春人の指示の下、捜査員はこのまま調査を続行する。

 

 随時報告を受けつつ、本部での総指揮に当たる神林敬三らも調べを進めていた。そんな折、部下の一人がふと呟いた。

「……嫌な予感がしますね」

「どうした?」

「昨年までのハロウィンのデータを調べてみたんですけど……」

 そう言いながら、部下は一枚の調査資料を提示してきた。

「毎年ハロウィンの日に、世界のどっかで子どもが大量に蒸発してるんです!」

「大量に?」

 世にも奇妙な話だと思いながら、敬三にはこれが単なる偶然によるものとは思えなかった。

 ピピピ……。ちょうどそのとき、春人からの連絡が入った。

「こちら基地局!」

『父さん。磁場の中心地をスキャンしてみたんだけど、怪しいものは何も見つからなかったよ』

「そうか……」

 もしもの事を想定し、敬三はハロウィンフェスティバル会場へ出張っている別の捜査員たちにも連絡を取ってみた。

「黒薔薇町を巡回中の捜査員。子どもたちはみんな無事か?」

『はい。子どもたちでしたら、みんな楽しそうですよ』

「ならいいのだが。念のため、子どもたちが無事に帰り着くまで警戒を怠らないでくれ」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「魔女が動き出したか」

「そのようですね――」

 今ある世界を一度破滅させ、新たな世界構築を目論み裏で暗躍する洗礼教会。その要である『世界バプテスマ計画』を推し進めるべく、ホセアは元・見えざる神の手直下の暗殺組織【神の密使(アンガロス)】から引き抜いたクリーチャー・アパシーの力を使い事を運ばせる。

「さすがは神の密使(アンガロス)の首領。数あるクリーチャーの中から選りすぐっただけの事はある。お主にはこのまま世界バプテスマ計画遂行とその最大の障害であるディアブロスプリキュアの殲滅の任を担ってもらう」

「承知しました――」

 フードで顔を覆い隠している為、表情こそはわからない。が、アパシーの態度を見る限りどうやらホセアには恭順の姿勢を見せている。かつての主だった見えざる神の手とは比べものにならぬ程に。

「それと……例の件についてだが、頃合いを見てこちらも調査を進めて欲しい」

「分かっておりますプリースト。必ずやあなたの期待に答えてみせます。我々が追い求める真の世界を作り上げる為に――――」

 

           *

 

異次元空間 魔女の洋館内

 

 気がついたとき、リリスは透明なカプセルの中で閉じ込められていた。

 どうしてこんな場所にいるのかと戸惑いながら、カプセルを破壊しようと試みる。しかし生憎とカプセルは頑丈に作られており、ちょっとやそっとの力では壊れない。逃げようにも逃げられないのだ。

 すると、不意にオルゴールのメロディが聞こえてきた。外ではミラーボールが明滅し、目の前には木馬に乗って楽しげに歌を歌うピエロ帽を被った子どもがいる。どうやらリリスが今いる場所はメリーゴーラウンドの中らしい。

 子どもはリリスの事など歯牙にもかけず、上下する木馬の上で楽しげに歌を歌い続けている。その近くにある机には、魔女が没収したと思われるリリスの私物――プリキュアの変身には不可欠なリング一式が無造作に放置されていた。

(あんなところに……)

 何とかリングを取り戻したいが、カプセルから出られない以上どうする事もできない。リリスは無力な自分に腹が立ち、ついカプセルの内側から頭をぶつける。

 ギギギギギ……。

 すると、例の魔女が異次元の扉を通って現れた。

「ちょっと! あんた誰なの!? ここはどこなの!? ちょっと! 聞いてるの!!」

 魔女が現れるや、リリスはカプセルの中で声を荒らげる。しかし魔女は彼女の言葉に聞く耳を持たず、子どもの方へと近付いていく。よく見れば、子どもの背後にはお菓子やおもちゃなど様々な映像が複数のモニターで表示されていた。

 魔女は楽しげに歌を歌い続ける子どもの顎にそっと手を添えると、自分の方へ軽く向けさせる。

「やめなさい! 子どもに触らないで!!」

 制止を求めるリリスを無視して、魔女は子どもの耳元から虹色に輝く何かを吸い取り始める。するとそれに伴い、背後にあるモニターが砂嵐へと変わり始め、一つずつ画面が消えていった。

「やめなさい! その子から離れてっ!」

 リリスの叫びも虚しく、魔女は子どもから吸い取り続けた。

 やがて、全てのモニターが何も映らなくなった。魔女の干渉を受けた子どもは歌を歌う事も出来なくなり、ぐったりと体を倒す。こうなると、魔女は子どもから離れリリスの近くの机に置いてあるワインを手に取った。

「何をしたの!? 子どもに何をしたの!?」

「〝夢〟をぜーんぶ吸い取ってあげた!」

「夢を? そんなバカな……夢を返しなさい! その子の夢は、全部その子のものなのよ!」

 夢とはすなわち人の欲望。生きる糧そのものだ。それを奪った魔女をリリスは強く非難し、即座に夢の返還を求める。

 魔女は空になったグラスを無造作に捨てると、夢を奪われ抜け殻となった顔面蒼白の子どもを抓み上げる。

「子どもに夢は要らない。どうせ大人になるまで、人形やおもちゃのように夢も捨ててしまうのさ」

 言うと腕を一振りする。瞬く間に、子どもの姿が消えてしまった。突然の事態にリリスは目を剥いた。

「アンタ……あの子を何処へやったのよ!?」

「【夢の墓場】に捨てたのさ。へへへへへ……」

「夢の墓場? さっきの公園の事!?」

 そう尋ねた直後、リリスを閉じ込めているカプセルの中に白い煙が充満し始める。

 この事態にリリスが大いに戸惑う様を見ると、魔女は彼女を嘲笑いながら一人異次元の扉へと歩き出す。

「悪魔はこの世に要らない。悪魔の腐った欲望を吸っても、腹を壊すだけだ! はははははははははは!!」

「待ちなさい! ちょっと!」

 リリスを一人残して、魔女は扉の向こう側へと消えてしまった。

「げっほ! げっほ! げっほ!」

 たちまち蔓延する煙を吸ってリリスは激しく噎せ返る。呼吸が苦しい状況で、彼女はカプセルの向こう側に見えるベリアルリングを凝視する。

(なんとかしないと……!)

 

           *

 

 ハロウィンフェスティバル終了後の午前零時――突如として異変は起こった。

 魔女が配ったロリポップキャンディを舐めた子どもたちが、オルゴールの音が鳴り始めたのを機に一斉に目を覚まし、活動を始めたのだ。

 覚醒した子どもたちは催眠術にでもかかったかの様に、自分の意識とは関係なく動き出す。皆パジャマ姿のままある場所へと向かって移動を開始した。

 

 同じ頃、朔夜が日課の夜間ランニングをしていた時の事だった。

 いつものようにコースを走り終え、自販機でジュースを買って帰ろうとしたちょうどそのとき。偶然にも、彼は見てしまったのだ。パジャマ姿のまま裸足で夜道を歩くはるかの姿を――。

「はるか?」

 怪訝そうに朔夜は瞳の奥に映る彼女をじっと見る。彼女の目はとろんとしていて、まるで夢遊病を起こしたかの様だ。

 朔夜は慌ててはるかの元へ駆け寄り、何処かへ行こうとする彼女の足を止めた。

「どうしたんだ? こんな夜中にそんな恰好で?! 聞こえるかい、はるか!」

 朔夜が強めに肩を振ると、糸が切れた人形のようにはるかは意識を失いぐったりと後ろへ体を逸らした。

「はるか! おい! しっかりしろ!!」

 

 意識が戻ったはるかから事情を聴く為、朔夜はテミスらを直ちに公園へと招集した。そしてはるかは気になる節を赤裸々に話す。

「キャンディ?」

「はい……。魔女の格好をしたおばあさんが、子どもたちにキャンディを配っていたんですよ」

「キャンディならあたしも食べたけど、何とも無かったわよ」

「ご婦人は神経が図太い方ですからね。そもそも催眠術に掛かりにくい体質なんですよ」

「まさかあのキャンディが夢遊病を誘発するものとは知りませんでした……」

「夢遊病ではないよ」

 きっぱりとそう断言したのは朔夜でもテミスでもなかった。公園の外から春人が現れると、おもむろに歩み寄って来た。

「春人?」

「どういう意味なの? というより、いつ来たの?」

 そんな疑問を軽く受け流すとともに、春人ははるかを見ながら真顔で説明する。

「君が陥ったのは後催眠暗示(ごさいみんあんじ)――後催眠の一種だよ」

「後催眠……ですか?」

「〝後でかかる催眠〟――文字通りの意味だよ。まず、あらかじめ対象者に何らかの方法で催眠をかけ、ある暗示をかける。例えば、〝夜中の十二時にオルゴールの音が鳴ったら目的地に向かって移動を始めろ〟とか」

「「「「「「「ハヒ(えっ)(何)(なんですって)!?」」」」」」」

「そして、合図とともにその対象者が一斉に行動を開始する。これが後催眠だよ」

「もしあなたの言うように、徘徊の原因が後催眠暗示だとすると……キャンディは催眠術を掛けるための触媒で、それを食べた子どもたちもはるかみたいになってるって事?」

「だから、僕たちが付近をパトロールしているんだ。ところで、悪原リリスはどうしたんだい?」

「そう言えばリリスさんがその魔女のおばあさんを調べてたはずでは……」

 怪訝そうに尋ねるクラレンス。これを受けたレイの顔が忽ち渋くなり、やがて重い口を開く。

「実は……ハロウィンフェスティバルからまだ帰って来ていない様で、街中を探したのだがどこにも見当たらないのだ!!」

「そ、そんな!!」

「早く言いなさいよそういう大事な事は!!」

 プルルル……。

 直後、春人の携帯に着信が入った。連絡を受けた春人は真顔のまま「分かりました、直ぐに行きます」と言って、通話を終える。

「都内各地で大量に子どもたちが失踪している事が分かった。どうやら魔女の呪いが本格的に動き出したようだよ」

 

「磁場の中心源で空間が異常に歪んでます! まるで、まるでブラックホールみたいだ!」

 異常磁場の中心こと、例の空き地で異常なまでの時空間の歪みが生じている。洗礼教会対策課基地局がその事に気付いたとき、現地の地中から巨大なパンプキンが出現した。

 それは魔女が使用する次元を移動する為の船だった。魔女はオルゴールの音に釣られて空き地へと集まる子どもたちを、この船に乗せて運ぼうとしていた。

「さぁ、みんな! パンプキンに乗って夢の国へ行こう!! あはははははは!!」

 パンプキンの上から魔女が声高らかと呼びかける。子どもたちは柵を乗り越えると、何の躊躇いも無くパンプキンの中へと入っていく。

 ちょうどそこへ、変身したディアブロスプリキュアのメンバーが現地へ駆けつけた。直ちにウィッチたちは、魔女に操られる子どもたちを救い出そうと、制止を求める。

「おい! 目を覚ませ! しっかりするんだ!!」

「騙されないで! あれは悪いヤツよ!」

「いやだ放して!!」

「あれに乗るんだー!!」

 催眠状態にある子どもたちは激しく抵抗する。魔女はパンプキンの上からディアブロメンバーの行為を激しく糾弾する。

「ほーれ見ろ! 大人は敵だ! 大人はいつでも子どもの邪魔をする! 夢も自由もぜーんぶ、大人は子どもから奪っていく!!」

「あのおばあさんです!!」

 ウィッチの言葉を聞き、セキュリティキーパーはSKバリアブルバレットで魔女を狙い撃つ。

 ――バチン!

「熱(あち)っ!!」

 セキュリティキーパーからの一撃を食らい、魔女は一先ずパンプキンの中へと隠れる。

 やがて、我を失い暴れていた子どもたちが催眠状態から解放され正気に戻った。

 だがその直後。パンプキンの目が不気味に光ると、ゆっくりと地中に向かって沈み始めたのだ。

「逃げろ!! みんな逃げるんだ!!」

 急いで子どもたちを連れ避難するメンバー。

 魔女は数こそ少ないものの捕えた子どもたちとリリスを連れて、このまま異次元への逃亡を図ろうと思っていた。

「次元を移動するつもりなの!?」

「そうはさせないわよ!!」

 ラプラスが迷わず前に出ようとするが、咄嗟にバスターナイトが止めに入った。

「まだ子どもたちが中にいるんだぞ!」

「だけどこのままじゃ!!」

 バスターナイトが危惧する中で、パンプキン内に取り残されていたリリスはカプセルから辛うじて脱出する事に成功した。

 大量の煙を吸った為に体が思うように動かない。フラフラになりながら床を這い、ベリアルリングが置かれた机に手を伸ばす。

 どうにかリングを指に嵌める事が出来た。リリスは全身の力を振り絞り言霊を詠唱する。

「ダークネスパワー……プリキュア、ブラッドチャージ……!!」

 

 すると突然、パンプキンの沈下現象が止まった。

 何事かと思いウィッチたちが怪訝そうに見つめていると、キュアベリアルへと変身したリリスが巨大なパンプキンを持ち上げ、地面の底から上がって来たのだ。

「リリス様!!」

「リリスちゃん!! 無事でしたか!!」

 無事なベリアルの姿を見て安堵するメンバー。魔女はパンプキンの口から箒に乗って脱出すると、地面に降り立ち激昂する。

「お・の・れ~~~!!」

 業を煮やした魔女は巨大な黒いドラゴンに変身した。

 怒りに燃える邪竜は黄緑色の炎を吐いてディアブロスメンバーを攻撃する。上手く炎を避けながら、ベリアルたちは魔女との最終決戦へと臨む。

「いくわよ、みんな!!」

「「「「「「「「はい(ええ)(ああ)!」」」」」」」」

 四方へと散らばり、邪竜の攻撃を誘いながら攻撃の隙を窺う。

 パワーはあるが巨体ゆえに小回りが利かないドラゴンは、豆粒ほどの小さなベリアルたちを直ぐに見失い、その逆にベリアルたちはドラゴンの懐へと入り込んで攻撃を仕掛ける。

「「「「「はああああああ!!」」」」」

 五人の力を合わせて邪竜の体をひっくり返す。

 邪竜は慌てて翼を広げて空へと逃げようとするが、オファニムモードとなったケルビムが放つ拘束技【ヘブンズバインド】によって行動不能となった。

「カイゼルゲシュタルト!!」

 ベリアルはカイゼルゲシュタルトの力を解放する。

 ケルビムが動きを封じているから、狙いを定め損ねる事無くゆっくりと攻撃が出来る。そしてタイミングを見計らい、ベリアルは必殺技を放つ。

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

 空中で動けない邪竜へと放たれた七つの火球。

 技の直撃と同時に邪竜の身を黒い炎が焦がし、キマイラやイグの時と同様に全身が灰燼となるまで焼き尽くしやった。

 邪竜、もとい魔女が倒された事であの巨大パンプキンも自然消滅。パンプキン内に閉じ込められ夢を奪われていた子どもたちに本来の夢が戻り、真っ白だった顔は生気がみなぎるものとなった。

「みなさん、子どもたちです!!」

「無事に戻ったようね」

 何とか子どもたちと、その夢を邪悪なる者の魔の手から救い出す事が出来た。

 戦いを終えたメンバーは、昇る朝日を高台から望みながらふと思った。

「地球の宝ものが危うく盗まれるところだったわね」

「そうね。これからの地球の未来を作っていくのは、子どもたちの夢なんだもの」

「子どもたちの夢が地球の宝ものか……」

「じゃあ戻ったらたっぷり寝て、ベリーグッドなドリームをたくさん見ましょう!」

「そうもいかないわよ。戻れば学校っていうものが待ってるんだからね」

「うがぁ~~~!!」

 実のところ眠り足りないでいたウィッチは、現実へと突き戻すベリアルの言葉に深く肩を落とした。

「はるかは夢を見る事すらできないなんて……しょんぼり……」

「夢を実現するためには、まず現実にぶち当たらないとな」

「朔夜の言う通りさ。君もプリキュアなら、その辺の覚悟を決める事だね」

「ハヒ~~~……」

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「どうしてこうなってしまったんだ!?」
ラ「なんでこうなっちゃったわけ!?」
朔「どうしてラプラスがオレの体で学校に行っている!?」
ラ「なんで朔夜があたしの体で炊事・洗濯と主夫仕事しちゃってるのよ!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『あべこべ関係!?オレがあたしで、あたしがオレ!?』」


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第38話:あべこべ関係!?オレがあたしで、あたしがオレ!?

今回は朔夜とラプラスの入れ替わりネタです。
一度でいいから入れ替わりネタを書いてみたかったんですが・・・あんまりおもしろく書けた自信がありません。
とにかく二人が入れ替わるとどんな不具合が生じるのかを想定しました。それでは、37話をお楽しみください。


東京都 黒薔薇町

 

 ピッカピカに輝く銀色の外車が止まる。車を運転している若い男性は、助手席に座る女性――ラプラスに対し申し訳なさそうに言う。

「ごめんね、家まで送ってあげられなくて」

「いいのいいの! 映画楽しかったわ、ヒロフミ君!」

 笑顔で言うと、ラプラスはシートベルトを外し車から降りた。そう、彼女は今の今までデートを楽しんでいたのだ。

「じゃねぇー、ヒロフミ君! バイバーイ!」

 ラプラスにとってデートとは、リリスと朔夜のような情熱的なものではない。娯楽の一環として楽しさを優先としたものだった。

 彼氏と別れた後、ハンドバッグ片手にスキップをしながら家路に向かい帰ろうとする。

「ん」

 すると、ふと周りにある建物に目が行った。よく見ると、【市立黒薔薇第一中学校】と書かれた校門があった。見た瞬間、そこが朔夜の通う学校である事に気が付いた。

「あぁ、やっぱり!! ここ朔夜の学校じゃない!」

 すると好奇心から、朔夜が居ないかどうか知りたくなって校門に手を添えると、何の躊躇いも無く校舎内を覗き始めた。

「あの子ったら、中学生らしく青春してるかしらね~~~」

 派手な格好をした美女が校舎の中を覗くという行為は誰が見ても異様である。自然と近づかぬようにと周りが意識的に避ける中、他人の目も憚らずラプラスは不審者ぶった行動をし続ける。

「そこで何をしているんですか?」

「え? ……げっ!!」

 後ろから声をかけられ振り返った途端、ラプラスは露骨に顔を歪め硬直した。

 目の前に立っていたのは彼女が最も苦手とするお巡りさん――ちょうどこの学区内を自転車で巡回していたのだ。

「失礼ですが、あなたこの学校とはどのような関係が?」

「えっと……!! あたしはただその……!!」

「真っ昼間から随分と派手な格好ですね。理由も無いのに校舎を覗いてるなんて怪しすぎる。ちょっと交番まで来てもらいますよ」

「ちちちちちがうちがうちがうっ!! あたしは本当にやましい事なんてなーんにもしてないからぁ!! 交番なんてぜっ――たい行きたくないんだから!!」

「だったら、何の目的で校舎を覗いていたか教えなさい。やましい事はしていないんでしょ?」

「してないしてない!! ぜ――ったいしてない!!」

 校門前でちょっとした口論に発展する二人。

 するとしばらくして、放課時間となった事で生徒たちが一斉に昇降口から出てきた。その中には朔夜もいて、ちょうど仲のいいクラスメイトを左右に挟んで談笑をしながら歩いてくる。

「それでさ、やっぱ俺の母ちゃんの作る弁当って作りすぎだと……おい何だよあれ!?」

「うっひょー、すっげーキレイな人だなー!! おれのタイプだわー。なぁなぁ、朔夜はどう思うよ?」

「え?」

 言われて校門の外に目をやる朔夜。友人たちが言っている美女を見ると、巡査からの事情聴取を受けかなりテンパっている様子だ。しかも遠目から見てもそれが自分の使い魔のラプラスであるという事は直ぐに分かった。

「なっ……なんであいつが?!」

 朔夜は反射的に口を開け呆然とした。

 ややこしい事になる前に急いでフォローに向った方がいいと直感。駆け足で校門まで走っていくと、巡査からの追及を受けるうちに涙目を浮かべるラプラスと巡査の間に割って入る。

「ま、待ってくださいお巡りさん!! これには事情が……おいラプラス、お前こんなところで何やってんだよ!!」

「あら朔夜っ!! ちょうど良かった、助かったわ!!」

「君、この人と知り合いかい?」

「ええまぁ。つまり、同居同一生計の親族でして……」

 取り繕った言い訳をする朔夜の目はやや泳いでいたが、ラプラスもそんな朔夜のフォローを無駄にしまいと必死で食い下がる。

「だ、だからさっきから言ってるでしょ! あたしはただ、かわいい息子の様子がちょーっと気になっただけなのよ!!」

「そんな話は今初めて聞きましたけど……」

「細かいことは気にしない気にしない気にしなぁーい!! あはははははは!!」

「全く調子の良いヤツめ……」

 いつもながら、ラプラスの打算的で疎放な性質には呆れるばかり。一瞬だが、朔夜は「どうしてこんなのがオレの使い魔なんだろう」…――と、内心割と本気で思ってしまった。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 ガシャン!! という花瓶の割れる音がする。堕天使ラッセルの仕業だ。彼女は怒りのボルテージや欲求不満が募ると、無性に何かを壊したくなるのだ。

「あ~~~もうっ!! ムカつくんだよぉ!!」

 自棄になった様子で、酒を飲んではあたりにあるものを手当たり次第に壊しまくる。が、それでも彼女の苛立ちは露聊(つゆいささ)かも鎮まらない。

「ホントにもう!! どうすればこのやり場のないイライラは収まるのかしらね……」

「荒れてますね、ラッセルさん。ひょっとして、ダイエットにでも失敗しちゃいましたか?」

 軽い冗談のつもりで居合わせたはぐれ悪魔――カルヴァドスが彼女の神経を逆撫でする様なデリカシーに欠ける事を言って来た。

 聞いた瞬間――目を剥いたラッセルは光の槍を手にして、カルヴァドスの喉仏に切っ先を突き付けた。

「カルヴァドス……あんたってどうしてそう無神経でいられるのかしら?」

「はははは。ラッセルさん、神経が通ってない生き物なんてこの世にいませんよ。いや、待てよ……センモウヒラムシっていう神経も筋肉も無い生き物もいたかな?」

「んなことは知らないしどうでもいいわ!! 人の揚げ足を取るなって言ってるのよあたしは!!」

「へへ。揚げ足ってどういう足ですかね?」

「そう言うのを揚げ足を取るって言うのよ!! 野〇し〇〇〇けみたいなこと言ってると、その喉今すぐに掻き切ってあげるわ」

 いたずらに敵愾心(てきがいしん)を煽るカルヴァドスの態度に、ラッセルの怒りがついに爆発。一刺しで悪魔を昇天させるという光の槍でカルヴァドスを刺殺しようとする。

 しかし、刺そうとした瞬間――それを止めた者がいた。

「なっ……!?」

 ラッセルも思わず目を見開き愕然とした。フードで素顔を覆い隠した暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】の首領――アパシーは、ラッセルの槍の一撃を素手で受け止める。

「ちょっと!! あんたそこどきなさいよ、こいつ殺さないとあたしの気が済まないんだけど!!」

「心を鎮めよ……。さすれば視えなくなっている事も自然と視えてくるだろう……」

「あ、あたしが何を視えなくなっているって言うの!? 答えてみなさい、アパシー!!」

 意味深長な事を言うアパシーに再度問いかける。

 しかし、彼はそれ以上を言うことはなくその場から静かに立ち去ってしまった。そんな態度がラッセルには益々腹立たしく思えて仕方なかった。

「ああもうっ!! 全くどいつもこいつもムカつくわね……やっぱあんた十回くらい殺さないと気が済みそうもないわね!?」

 怒りの矛先は依然カルヴァドスへと向けられる。殺意を孕んだ鋭い瞳で睨まれる中、カルヴァドスは子どものような屈託ない笑顔を浮かべる。

「ボクを殺すのは構いませんけど、どうせなら憎い相手を殺す方がスッキリしませんか? 例えば、悪原リリスちゃん……とか?」

「ディアブロスプリキュアを? 確かに、あの子たちは憎んでも憎み切れないものがある。でも、今のあたしじゃあの子たちと真面に戦ったところで……」

 尊敬していた同じ堕天使のザッハを殺された事もあり、ラプラスはディアブロスプリキュア――キュアベリアルであるリリスをこの上もなく憎んでいた。だが冷静に考えても、今や彼女との実力差は天地を隔てるが如く拡がっている。真面に戦って勝てる相手ではない。

 状況をよく理解している。理解しているからこそ手が出せない。それがラッセルにはもどかしく、ストレスの原因となっていた。

 するとそんな彼女を見かねて、カルヴァドスが悪魔の囁きをした。

「ラッセルさん――ボクが手伝ってあげましょうか?」

「えっ?」

「ボクに任せてもらえれば万事オッケイです! 悪魔と相乗りする気、ありますか?」

 

           *

 

黒薔薇町 繁華街

 

 ひと悶着後にラプラスを伴い帰路へと就く朔夜。

 マイペースかつ破天荒な行動が多く見られるラプラスに、今日と言う今日はガツンと言ってやろうと彼は心を鬼にして言う。

「全くいつもいつももういつも……お前はなぜそうトラブルばかりを起こすんだ。今日の事だって正直に巡査に事情を話していれば、あんな面倒な事にはならなかったんだ。あの後、オレがクラスメイトたちになんと言って誤魔化したか分かるか?」

 と、尋ねるのだがラプラスからの返事はない。

「おい、少しはオレの話を聞いているのか!!」

 心ともなく怒鳴る中、横のラプラスは左手にあるスケジュール帳を確認しながら、右手のスマートフォンを操作していた。

「よし! これで明日のデートスケジュールはバッチリ! みんなに送信っと!!」

「え? みんなだって? デートは普通ひとりだろ?」

「ノンノン!」

 朔夜からの指摘に首を横に振る。人差し指を唇辺りに添えると、「ん~今週はちょっと少ないけど………十五人♪」とラプラスはとりわけ隠す事も無く言ってきた。

「十五股!? あり得ないだろ……」

「あらっ! デートは人生の大事な事を教えてくれるのよ。だ・か・ら……♪」

 楽しげな口調で語りかけると、ラプラスは朔夜の肩に腕を回し悪戯っぽい笑みを浮かべ言う。

「リリスちゃんとの事は……恋愛マスターのラプラスちゃんにおまかせー!」

「ふざけるな!」

 聞いた途端に朔夜はラプラスの腕を払い拒絶した。

「それこそあり得ない話だ」

「え~~~。遠慮は無用よ、どんと任せて!」

「死んでもゴメンだね!!」

 ラプラスに恋愛を指南されると今のリリスとの関係が崩れてしまうかもしれないというのが朔夜の抱く危惧だった。恋愛を娯楽の一種と認識するラプラスと、真剣な恋愛を希望する朔夜。両者の考え方は、まるで水と油だった。

 

「怪物が出たぞー!!」

 突如として周囲からそんな声が上がったと思えば、逃げ惑う人々が目の前から走って来るのが見えた。

 ハッとした表情となる二人。視線を前に向けると、はぐれ悪魔のカルヴァドスがカオスピースフルを伴い人々を恐怖させていた。

 逃げ惑う人々の波を掻き分け、朔夜とラプラスは前触れも無くこの世界に現れた敵を見据え身構える。

「貴様はっ……!!」

「いつかのはぐれ悪魔ね!! 名前は………えっと、なんだったかしらね?」

「カルヴァドスですよ。エレミアさん、モーセさん、サムエルさんたち三幹部に代わる新参者です。それはともかく、本当にボクの名前出ませんでしたか? 一応悪魔界じゃ結構有名なはずなんですけど……」

「そんな事はどうでもいい! この前はよくもオレの大切なフィアンセを苦しめてくれたな。リリスを傷付ける輩は、誰であろうとオレが容赦しない。元犯罪者のはぐれ悪魔なら、殺されても悲しむ者はいまい」

 鋭い瞳の奥に宿る明確な憎悪と殺意。温厚な悪魔騎士が人前で滅多に見せない負の感情。カルヴァドスも鬼気迫るものを感じた。

「いやぁ~~~参りましてねー。どうやらボクって相当嫌われているみたいだ」

「アタリ前よ!! 大体あんたみたいなクズ、好きになる奴なんかこの世のどこにもいないわよ!!」

「蓼(たで)食う虫も好き好きって言葉があるくらいですからね。探せばきっといますよ」

「いいや居ないさ、断言してもいい」

「どっちにしてもアンタはここであたし達二人に倒されておしまいよ!」

カルヴァドスとカオスピースフルに向き合う二人。朔夜は鞄を放り投げ、かけていた伊達眼鏡を外してから、左腕の裾をめくり上げて変身アイテム【バスターブレス】を取り出す。

「バスター・チェンジ!」

 右腕に装備されたバスターブレスに短剣を挿入し、朔夜は瞬時にバスターナイトの姿へ変身する。魔盾バスターシールドから剣を引き抜くと、鋭い切っ先をカルヴァドスへと突き付けた。

「辞世の句ぐらいは読ませてやろう。オレの婚約者に手を出した事を、もう一度冥界で後悔するんだな!」

「やれやれ。同じ悪魔のはずなのに、こんなにも敵意を向けられるのは……逆に嬉しくて仕方ないね!!」

『カオスピースフル!!』

 猟奇的な笑みを浮かべたカルヴァドス。次の瞬間、カオスピースフルを操りバスターナイトとラプラスへの攻撃を開始した。

 攻撃を避けた二人は左右へ展開。ラプラスはシロコウモリの姿となって空中へ舞い上がり、カオスピースフルに狙いを定める。

『ナスティ・ノイズ!』

 翼を羽ばたかせる事で生まれる特殊超音波。鼓膜を突き破り直接脳髄(のうずい)へと伝達される不快な音は強烈な耳鳴の如きもの。カオスピースフルはあまりの不快さに攻撃を中断するとともに、頭を抱え泣き叫ぶ。

「ダークネススラッシュ!」

 間隙、バスターナイトは動きが止まったカオスピースフルへと斬撃を叩き込む。

『カオス~~~!!』

 リリスたちが居なくても二人のコンビネーション能力は相当に高い。カオスピースフルをモルモット代わりに彼らの実力を観察していたカルヴァドスは素直な気持ちから拍手をし、これを称賛する。

「すごいすごい! 伊達にディアブロスプリキュアのメンバーだって事はあるよね。君たちのような見事なコンビネーションは早々見られるものじゃない」

 伊達にという言葉に二人は内心不愉快となる。リリス達と行動を共にするようになってから自分達は紛れも無くディアブロスプリキュアの一員として戦って来た。にもかかわらず、それをあたかも本物ではないかの如く繰り出される皮肉は耳障りであり、業腹でしかなかった。

『余裕ぶっこいてるようだけど、そうやっていつまでも御託並べてる暇なんてないからね!』

「次は確実に貴様を斬る――」

「もう~しょうがないなー。じゃあ、とっておきの使わせてもらおうかなー」

 軽い口調で言うと、カルヴァドスは仰向けになっているカオスピースフルを叩き起こし、そして……

 グサッ――。

「『な!?』」

 一瞬だが目を疑った。カルヴァドスはカオスピースフルの体に右腕を刺した。非常にグロテスクな光景を目撃し硬直するバスターナイトとラプラスを余所に、カルヴァドスの猟奇的行為の影響か、カオスピースフルに変化が見られた。

 全身から禍々しい紫色のオーラを放つと、肉体のあちこちから血管状のものが鮮明に浮かび上がり、顔つきもより凶悪なものへと変貌する。

『カオスピースフルっ!!』

 地上に轟く鬼気迫る咆哮。先程とはまるで雰囲気が異なるカオスピースフルを前に、バスターナイトとラプラスはあどけない表情のカルヴァドスを睨み付ける。

『ちょっとあんた……何したのよ!?』

「ボクの力の一部をコイツに分け与えたんだよ。気を付けなよ、どんな能力が付与されるか分からないからね♪」

『カオスピースフル!!』

 次の瞬間、カオスピースフルは両肩に出来た突起から前方のバスターナイト目掛けて透明な粘液を放出してきた。

『朔夜っ、危ない!』

「うわあああああ!!」

 直感で危険を悟ったラプラスは、咄嗟に人間態へと戻りバスターナイトを庇った。その結果、彼女とバスターナイトは一緒に毒を浴びてしまい階段を派手に転げ落ちた。

 だが不思議な事に、二人に特別異常は見られなかった。これにはカルヴァドスも拍子抜けだ。

「あっれ? 溶けてないや。と言う事は今のは溶解液じゃなかったのかな……まぁいいか♪ どっち道生け捕りにしないと、あとでラッセルさんがうるさいしね」

 元よりカルヴァドス自身この二人を斃すつもりは無かった。生け捕りにしたところをラッセルの元へ連れ帰る――それが今回の任務である。

 転倒時のショックで起き上がるのが遅くなっているバスターナイトとラプラス。その隙にカルヴァドスはおもむろに近づいていく。

「ファイア!」

 バンバン!! と、前触れも無く飛んで来た銃弾。それがカルヴァドスへとヒットし、身体から火花が散った。

「熱(あち)っ! なんだよもう~」

 すると、異変に気付いたディアブロスプリキュアのメンバーが応援に駆け付けて来た。バスターナイトたちは命拾いをした。

「サっ君、遅くなってごめんなさい!!」

「ラプラスさんも大丈夫ですか!?」

 ベリアルとウィッチがカオスピースフルの毒を浴びた二人を気遣うと、バスターナイトとラプラスは重い体をゆっくりと起き上がらせる。

「ああ。何ともない……」

「ぜんぜん平気よ!」

「あ~あ……お仲間さんの登場か。ダメだよ、そんな都合よく駆けつけちゃ…リアリティに欠けるじゃないか」

 と、落胆するカルヴァドス。ケルビムはそんな態度が気に入らず、「ふざけないで!!」と怒号を発し、セキュリティキーパーに至ってはバリアブルバレットの銃口を向けて来た。

「はぐれ悪魔カルヴァドス……いつかの決着をここで付けて上げよう」

 敗戦の悔しさから今日この場で雪辱を果たそうと考えるセキュリティキーパー。しかし、当のカルヴァドスはそう言ったやる気は欠片も見られなかった。

「燃えてるところ悪いんだけど、ボクって気分屋だからさ……ちょっとでも予定が狂うともうその時点で興醒めなんだよね。悪いけどさ、この続きはまた今度にしよう」

 言うと、カオスピースフルを連れてカルヴァドスは亜空間の中へと消えてしまった。

「あ……ちょっと!!」

「逃げられましたね」

「何だったのよあいつ!?」

 何をしにわざわざ人間界にやってきたのか、ベリアルたちにはカルヴァドスの意図する事がまるで理解できなかった。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「生け捕りに出来なかったってどういう事よもう~~~!!」

 収穫ゼロで本部へ戻って来たカルヴァドス。この結果に対し、ご立腹のラッセルはカルヴァドスを咎め糾弾する。

「これでも一生懸命頑張ったんですけどね……。なんか調子が狂っちゃったっていいますか、いまいちモチベーションが上がらなかったといいますか」

「言いわけなんて聞きたくないわよ!! アンタはあたしのイライラをさらに高めてどうしたいの? ひょっとして、猟奇的な殺人悪魔はついに猟奇的な自滅を求めるようになったのかしら?」

「別に失敗なんてしてませんよ。カオスピースフルが放った毒にはちょっとおもしろい仕掛けがあるんです」

「おもしろい仕掛け?」

「今に分かりますよ♪ もっとも、当人たちにはどうなるかわからないってついウソついちゃいましたけど」

 

           ◇

 

黒薔薇町 十六夜家

 

 午前六時。いつものように十六夜朔夜は起床する。だが……

「うう……」

 起きた途端、身に覚えのない頭痛に襲われる。おまけに吐き気も若干ある。頭を抱えながらおもむろに体を起こす。

「なんなんだ……この頭痛と吐き気は?」

 ひとまず用を足しにトイレへと向かう。階段を下る際、朔夜は違和感を抱いた。

「妙だな……ものの見える高さが増している気がする。気のせいか」

 いつも見ている光景なのにどこか見える位置が異なっているような感覚が否めない。多分寝ぼけている所為だろうと内心決めつけ、トイレへと入る。

 そして、入って間もなく……

「ああああああああああああああ!!」

 寝ぼけも一瞬で吹き飛ぶほどの絶叫が上がった。

 バタンと勢いよく扉を開けた朔夜は何故か鼻元を手で覆い隠し、急いで洗面所へと直行する。

「どうなっている!? なぜ昨日まであったものが突然なくなっている!!」

 等と言いながら洗面所の鏡を見る。瞬間、朔夜は言葉を失くした。

 鏡に映っていたのは十六夜朔夜という少年ではなく、その使い魔ラプラスの人間態だったからだ。

「へ…………?」

 性質の悪い夢でも見ているのだろうと、朔夜は一旦頬を抓る。

「痛(いて)っ!」

 だが、夢ではないらしく明確な痛みがあった。そして、恐る恐るパジャマの上から胸元に手を当てる。そこには昨日までの朔夜であれば持っていなかったものがあった。

「ラプラスっ!! 起きろ!! すぐに起きるんだ――!!」

 甲高い声で朔夜が叫ぶ。しばらくすると、何ひとつ事情を知らないでいるラプラスが二階から降りて来た。

「ふぁぁ~、何よ朝っぱらからうるさいわね……せっかく良い夢見てたっていうのにもう~」

 大あくびを掻きながら洗面所へ行ってみると、眼前には本来の姿でありながら中身は朔夜である自分が立っていた。

「……へ?」

 ラプラスは一瞬目を見開き言葉を失った。しかしその後、あからさまに現実の出来事を無視しようとする。

「……まだ昨日のスピリタスが抜けてないみたいね。もうひと眠りしようっと~」

「現実を直視するんだっ!! 今のお前はオレなんだぞ!!」

「エエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 盛大な悲鳴を上げるラプラス。声は勿論朔夜のものだった。

「ある!! ない……!! ある……!! ない~~~!!」

 何度も何度も自分の胸と股間にあるものをチェックする。

しかし、幾度確認したところで、それが朔夜の肉体である以上あるものとないものが明確だ。ラプラスは今一度鏡を見、今の自分が間違いなく朔夜の姿であると認識せざるを得なかった。

「やっぱり朔夜と入れ替わってる……背もちっこくなってる!!」

「悪かったな背が小さくて……これから伸びる予定なんだ!!」

「もうイヤよあたし……こんなちっこくて股に変なものがぶら下がってる男の体なんて~~~!!」

「卑猥な表現を使うな!! それにオレだってこんな体気持ち悪いよ!!」

「何ですって!? あたしの体のどこが気持ち悪いって言うのよ!?」

「ああいや……そう言う意味じゃなくって」

 思わず感情が高ぶり、勢いよく胸ぐらを掴むラプラス。朔夜も少々言い過ぎたと内省しながら苦い顔を浮かべる。

「でもどうしてこんなオカシな事に?」

 問題はそれだ。何が原因で一晩のうちに二人の体と魂が入れ替わってしまったのか。思い当たる節は無いか熟考すると、二人はほぼ同じタイミングで悟ったのだ。

「ひょっとすると、昨日のカオスピースフルの毒液を浴びたからか!!」

「それであたしと朔夜の魂が入れ替わっちゃったの!?」

「恐らくは……ん?! という事は、さっきからオレの頭がガンガンするのはまさかお前の二日酔いか!?」

「ああ多分ね……。昨日は結構飲んだから」

「あれほど飲み過ぎるなって散々言ってるじゃないか!! そう言えばスピリタスがどうとか言っていたな? アルコール度数九十六もある酒をジュースみたいに呑みやがって、どうしてくれるんだ!!」

「どうしてくれるんだはこっちのセリフよ!! 誰もこんな王道パターン、望んでないわよ! 何でもいいから元に戻してよ! あたしの体を戻してよ! さぁ、早く!!」

「オレだってそうしたいよ!! あっ、ダメだ……気持ち悪いっ」

 大声で怒鳴り続けていた折、急激に襲って来た吐き気に耐えきれなくなった朔夜は洗面所へ直行。苦しそうに嘔吐する朔夜、もといラプラスの背中をさすりながら朔夜の姿を借りたラプラスは問い質す。

「ねぇ、こういうのって魔法薬で何とかならないの?」

「うぅ……カオスピースフルによって生じた事態だ。これに効く薬など無い」

「そんなぁ……」

 こんな事態に陥った事にラプラスは愕然とする。

「……やむを得ない。こうなったら彼に頼むしかない」

 そう言うと、朔夜は険しい表情を浮かべながら重い腰を起こし、悲壮な表情のラプラスを引き連れある場所へ向かう事にした。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 二人が向かったのは、ベルーダの館だった。ディアブロスプリキュアの数少ない支援者であり、これまで奇怪だが役に立つ発明をしてきた彼ならば、元の身体に戻すことが出来るかもしれない――そんな一縷の望みを抱き、足を運んだ。

「ほほぉ~……これはまた、実に興味深い話よのぉ~」

 ベルーダは早速中身が入れ替わった二人をじっくりと観察。嬉々として二人を凝視する様はかなり異様であり、ラプラスは居心地が悪いのか朔夜の身体で鳥肌を立てていた。

「ふむ……入れ替わりネタは比較的イージーかつ鉄板ではあるが、近年ではそのパターンが王道過ぎるがゆえに逆に新鮮味がなく敬遠されてがちじゃ。最近の視聴者は目が肥えとるからな」

 と、至極どうでもいい話をしだすベルーダに沈黙していたラプラスは我慢の限界に達した。胸倉を掴み上げ、勢いよく怒鳴りつける。

「んなことは聞いてないのよ!! なんでもいいからあたしたちの身体を元に戻してちょうだい!!」

「落ち着けラプラス、冷静になれ!」

 興奮したラプラスを落ち着かせるとともに、朔夜はラプラスの姿で真摯にベルーダを見つめ、深く頭を垂れる。

「頼むドクターベルーダ。頼れるのはあなただけなんだ」

「ふふ……。無論、天才科学者であるワシの手にかかれば主らの肉体と精神を入れ替える事は造作もない」

「本当に!?」

「だったらさっそく……!」

 しかし、そんな束の間の喜びを露にした二人にベルーダは不敵な笑みを浮かべ、言葉を付け加える。

「じゃがのう、ただでとはいわんぞ。手術にはそれ相応の費用がかかるでな」

「あ、あんた……! 人の足元見て……!」

 この期に及んで手術費用を捻出する様求めてくるマッドサイエンティストの言い分に、ラプラスは再び身を乗り出しベルーダを掴みかかろうとする。

 しかし、それを朔夜はすんでのところで抑え、思念通話で訴える。

(ラプラス、耐えるんだ)

(くぅ……わ、わかったわよ!)

 癪な話だがベルーダの力を借りない限り、元の肉体に戻る事は不可能だった。不承不承だがラプラスは仕方なく大人しくする事にした。

 やがて、気を取り直して朔夜がベルーダと話を進める事にした。

「……存じています、ドクターベルーダ。オレ達もそこまで図々しくありません。ここはお互いにビジネスライクでいきましょう」

「さすがは朔夜じゃな! 話が理解できてなによりじゃ」

「それで、費用はどれくらい出せばいい?」

「うむ……そうじゃな。安く見積もって」

「見積もって?」

 背中に手を回し、しばし考えた末――ベルーダが提示した金額は二人の想像を絶するものだった。

「手術料は五千万円じゃ!」

 聞いた瞬間、二人の思考が一時的に停止した。

 しかし数秒後、我に返った瞬間――二人はあまりに法外な治療費を請求する目の前のマッドサイエンティストに対してこの上もない怒りがこみ上げ、堪えていた感情が一気に爆発した。

「「ふざけるなぁー!!」」

 気が付くと、二人は怒号を発するとともにベルーダの事を殴りつけていた。その勢いはすさまじく、ベルーダは窓ガラスを突き破って館の外へ吹っ飛んだ。

 

           *

 

黒薔薇町 十六夜家

 

 小一時間後、何の成果も得られぬままベルーダ邸より帰宅した二人は、椅子に腰かけるや互いに深い溜息を吐く。

「あたしたち……これからどうすればいいのよ?」

と、切実な思いを口にするラプラス。朔夜としても戻る手段が分からない以上「オレに聞くな」と返すしかなかった。

「あ、そうだ!!」

 不意に何かを思い出したラプラスは、小走りで階段を上って行ったと思えば、部屋から何かを持ち出し駆け降りて来た。

「朔夜、悪いけどこれお願いっ!!」

 そう言って、体の入れ替わった朔夜に手渡したのはぶ厚い白色の手帳だった。

「なんだこれは?」

 未だ続く頭痛に悩まされながら、恐る恐る手帳の中を改める。見れば、カレンダーにはぎっしりと予定が書きこまれていた。しかもそれに加えて、ラプラスがこれまでに知り合った若い男性の名前や性格、職業などが事細かく整理されていた。

「今日のあたしのデートスケジュールと、データ。みんな、あたしの大事な王子様だからよろしくお願いね!」

「王子様だって!? お前なぁ状況分かってるのか? そんな場合じゃないだろ! だいたい普段ずぼらなお前がよくまぁこれだけまめに……適当に理由付けて今日は全部断ったらどうだ?」

「ダメダメ! 申し込まれたデートは必ず受ける! これがあたしの恋愛ルールなの!」

「はぁ?」

 朔夜にはまるで意味が分からなかった。デート手帳片手に困惑する彼を見かねると、ラプラスは彼の両肩に手を添える。

「その代わり、学校にはあたしが行ってあげるから……安心して!」

「な……それだけは止めろぉ!!」

「何よ~ケチくさいわね! あたしだってほんとはデート行きたいんだからね! あたしが我慢してるんだから、あんたも我慢しなさい!! 等価交換よ!

「ぐっ……」

 何が等価交換だよ!? と、心の中で声高に叫びあげたい朔夜だが、他にどうする事も出来ない以上受け入れざるを得なかった。

 

 結局、朔夜はラプラスの代わりに多人数の男とデートする事になった。待ち合わせの場所に到着した時にはもう、彼の心は萎れていた。

(あ~もう……リリスならともかく、男のオレが同じ男とデートだなんて屈辱だ!)

 等と思っていたその時。後ろから肩をポンと叩かれた。

「うわアアアアア!!」

 唐突な事に朔夜は声が裏返るほど驚いた。

「お待たせ……ラプラスさん?」

 振り返ると、最初のデート相手と思われる軽い感じの男が怪訝そうに話しかけて来た。

「ああ……こんにちは!! えーっと……!!」

 急いで手帳をパラパラとめくり、名も知らぬ男のデータを確認する。普段雑なイメージなラプラスだが、デートをする相手の男性に関してはプリクラを貼って事細かくデータを作り上げていたから調べるのに苦労はしなかった。

「た、た、タカアキさんでしたっけ?」

「はは。何言ってんだよ。で、どうする? お茶でも行く?」

 肩に手を乗せられると、朔夜は反射的に苦笑いを浮かべる。

「おほほほほほ……おまかせしますわ!!」

 

 一方、ラプラスは朔夜の代わりに学校へと向かった。

「よう朔夜!」

「おっはよう♪」

「おう……おはよう」

 いつもと違う朔夜のテンションに男子生徒も戸惑いがちだ。

(男子校なんて初めてだから楽しい~~~♪)

 普段なかなか体験する事が出来ない学生ライフに若干ノリノリな様子で、スキップをしながら廊下を移動する。

(あ、トイレトイレ!!)

 不意にもよおしてきた。そのままトイレに入ったのだが、ラプラスはここで思わぬアクシデントに遭遇する。

「って……」

 ここが男子校であるという事にもっと注意を払うべきだったと後悔する。男子が用を足す際の小便器の使い方をラプラスは知らない。おまけに個室は別の誰かが使っていて満室。使い方も知らぬ小便器を前に、ラプラスは呆然と立ち尽くす。

(男子トイレの使い方聞いてくるの忘れた~~~!!)

 

 波乱に満ちた学校ライフを送るラプラスとは対照的に、朔夜はタカアキと喫茶店でお茶を楽しんでいる、はずが――

「やぁ~あれ良かったよねー! ラプラスさんも気に入ってくれたかな? あ、それでさ! この間いいレストラン見つけたんだよ!」

 タカアキは一方的に自分の話を捲し立てるばかりで、聞いてる朔夜としては苦痛であり耳が痛かった。

(あ~……何なんだ一体。この男、さっきから一人でしゃべり続けて何が楽しいんだ……オレならリリスにこんな不愉快な思いはさせない)

 聞いてるのも嫌になるが、下手な会話は災いの元になると思い、朔夜はコーヒーを飲みながらひたすら聞き役に徹する。

 するとこれを不審に思ったタカアキが、ラプラスの前で手を振って来た。

「どうしたの? 今日は随分と静かだね」

「そ……そ、そうかしら……おほほほほ///」

 自分でもこんなに演技が下手だったとは知らなかった。とにかく何とかこの場を乗り切る事が朔夜にとっての最重要使命だった。

「ラプラスさん!」

「ぶっ!」

 突然誰かに名前を呼ばれ、朔夜は含んでいたコーヒーを盛大に吐いた。

 すると、タカアキとは対照的な理知的な雰囲気を醸し出す好青年が目の前に現れた。

「ラプラスさん!」

「君は誰だ?」

 何も知らないタカアキは率直な事を尋ねる。

「僕はラプラスさんの彼氏だ!」

「何だよ急に俺だってラプラスさんの彼氏だよ」

「そんなわけないだろ!」

「何なんだよお前急に押しかけてきて……!」

「いいから帰りたまえ!」

 突然の事態に狼狽がちな朔夜。揉み合いになる二人の男たちを前に急いで手帳を広げ調べると、この場に現れた男に関するデータが克明に記録されていた。

「ヒロフミさん……って、ことは……!!」

 そう――所謂修羅場だ。どうやら慣れない体と不本意なデートへのストレスからデートスケジュールを管理し切れていなかったらしく、次のデート相手であるヒロフミが痺れを切らしてやって来たのだ。

 決して鉢合わせてはいけない者同士を鉢合わせてさせてしまった事から朔夜は責任を抱く。

 直後、ヒロフミが「ラプラスさん!」と名前を言って、固くその手を握りしめて来た。

 中身が入れ替わっている事など何も知らないヒロフミは、朔夜を真剣な眼差しで見つめながら言って来る。

「ラプラスさん! 君には何人ものボーイフレンドが居るのは知ってる」

「ちょ、どけって!」

「君にとって僕は大勢の中のひとりかもしれない。でも、僕にとってラプラスさんはただひとりの人なんだ!」

「キミ何を今更! オシャレじゃないね!」

「僕を君の、たったひとりの王子様にしてくれ!!」

 遊びでデートを楽しむラプラスとは異なり、ヒロフミの恋愛は真剣そのものだった。この熱い思いにシンパシーを感じた朔夜は……

「――そうですよ。本当にその通りだ!」

「え!?」

「じゃあ!!」

「うん――」

 驚愕するタカアキと嬉々とした笑みを浮かべるヒロフミ。直後、朔夜は結論を導き出す。

「私は――――……」

 

           *

 

黒薔薇町 繁華街

 

 どうにか一日が過ぎた。学校帰り、朔夜の体に入ったラプラスはリリスたちと待ち合わせをし、諸々の事情を話した。

「はぁ~……男の体ってのも案外疲れるわねー」

「でもまさかサっ君とラプラスさんが入れ替わるなんて……」

「大丈夫ですか朔夜さん?」

「あたしはラプラスよっ!」

「ハヒ! すいません、つい……」

「ところで、本物のイケメン王子はどうしたんですか?」

 レイが不思議がって尋ねると、「あの子ならあたしの代わりにデートに行ってるけど……」と、タピオカジュースを飲みながらラプラスは答える。

「デートって……まさか男の人と!?」

「そんな~~~……サっ君が男色に目覚めちゃったの!!」

「落ち着きなさいリリス。彼に限ってそんな事……いや、あるかもしれないわね」

「って、あってたまるもんですか――!!」

 テミスの不用意な発言はリリスを激怒させた。というか、朔夜が男色に目覚める可能性が必ずしもゼロではないとテミスは内心思っていたらしい。

 気が付くと、恐ろしい形相を浮かべたリリスがテミスの胸倉を思い切り掴みかかった。

「テミスっ!! あんたやっぱりそっち系の趣味があるんでしょ!? さては『サっ君攻め』とか、こっそり妄想してるんでしょ!?」

「違うわよ!! LGBT問題には関心はあるけど、私は断じて腐女子じゃなんかじゃないから!!」

 変な言いがかりを付けられたうえ、公衆の面前で大声を上げる天使と悪魔の少女二人に周りの目が自然と向けられる。

「リリスちゃん、テミスさんもやめましょうよ! 見ているこっちが恥ずかしいですよ!」

「どうか落ち着きましょう!」

 口論する二人を何とか止めようと、はるかとクラレンスが慌てて間に入る。

「やれやれ。BLでも総受けでもどっちでもいいじゃない」

「よくありません! だいたい元はと言えばご婦人が事態をややこしくしたようなものじゃないですか!?」

 ラプラスは二人が喧嘩する傍らでさも無関心な態度を取る。これにはレイも声を荒らげ、朔夜の姿でタピオカジュースを飲む彼女を叱咤した――そのとき。

 

「ん?」

 不意に空が暗くなった。何事かと思い頭上を見上げると、赤い稲光が奔り亜空間が発生した。

「あれは!!」

 全員が目を見開き亜空間を注視する。しばらくして、堕天使ラッセルとはぐれ悪魔カルヴァドスが例のカオスピースフルを伴い人間界に降りて来た。

「おーほほほほ!! 私は堕天使のラッセル! あんた達に特別恨みはないけど、この世界を滅茶苦茶にしてあげるわ!!」

『カオスピースフル!!』

 ラッセルらの出現に恐れ戦き悲鳴を上げる住人達。

 カオスピースフルは、恐怖する人々に例の毒液をまき散らし、無作為に肉体と魂とを入れ替える。

「きゃあああ!! 何よこれー!!」

「オレの体が~~~!!」

『やだこれ犬じゃないの!?』

 不幸にも動物の体と精神が入れ替わる者まで現れた。この混沌とした状況を前に、カルヴァドスはひとり楽しんでいた。

「ははは。これは思った以上におもしろいですね♪」

「確かにこれならあの憎たらしいプリキュアを倒すのも目じゃないかも……さぁ出てきなさいプリキュア!!」

 

 ――バンバン!!

「痛い!!」

 突然の銃撃だった。ラッセルの願いとは裏腹に、真っ先に現場へ駆けつけたのは洗礼教会対策課とセキュリティキーパーに変身した春人だった。

「テロリストは正義の名のもとに僕が断罪する」

「やれやれまた彼か……。ラッセルさん、彼は僕に任せてください。暇つぶしがてらにちょっと遊んであげますよ」

 言うと、カルヴァドスはセキュリティキーパーの方へと向かっていき、両方に刃が付いた身の丈を超える巨大な武器【魔戦斧(ませんぶ)アドラメレク】を召喚――勢いよくそれを振り降ろす。

 カキン、という金属音が鳴り響く。咄嗟にSKメタルシャフトで攻撃を受け止め捌いたセキュリティキーパーはカルヴァドスと熾烈な戦闘を繰り広げるのだった。

『カオスピースフル!!』

 そうこうしている間にもカオスピースフルは人々の魂を無作為に入れ替え続ける。ディアブロスプリキュアのメンバーも順次駆けつけ、眼前の敵を見据える。

「あいつはあたしと朔夜の魂を入れ替えた奴だわ!!」

「あいつがサっ君とラプラスさんを!?」

 するとそこへ、漸くデートを終えた朔夜が現場へ到着した。

「遅れてすまない!」

「えーっと……ラプラスさんの体だけど朔夜さん、ですか?」

 念のため、はるかは間違わないように確かめてみる。

「すまないな、ややこしい状況で。だが、あのカオスピースフルを倒せばオレたちの魂は元に戻る!」

「みんな行くわよ!」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、天使のコラボレーション!!」

「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」

 

「って……サっ君!?」

「何をしているのだ、イケメン王子! 早く変身せぬか!」

 いつもなら変身をして決め台詞と決めポーズを取っているはずが、今日に限って朔夜が変身できない状況だった。同様にラプラスも戦闘時のシロコウモリの姿になれない。

「ダメだ! 身体と精神が入れ替わっているせいで、変身が出来ない!!」

「そんな~~~!!」

「おーほほほほ!! 実に無様ね」

 この二人の状況を嘲笑いながら、堕天使ラッセルがベリアルたちの前に姿を現した。

「あんた達はそこで指を咥えて見ていなさい。この子たちを嬲り殺した後で、あたしがゆっ~くり甚振ってあげる」

「そうはさせないわ!!」

 と、ベリアルたちが身構えた瞬間。

『カオスピースフル!!』

 カオスピースフルが唐突に飛び出し、両肩の突起から例の毒液を吐いたのだ。

「「「きゃああああ」」」

「「「うわああああ」」」

「しまった!!」

「リリスちゃん! みんな!」

 透明な毒液を浴びてしまったベリアルたち。その結果、ベリアルたちもまた朔夜とラプラス同様のややこしい事態へと陥った。

「もう~なによこれ……え!?」

「は、ハヒー!! これはまさか……!!」

「私たちまで身体と精神が入れ替わってる!?」

 ベリアルはピットに、ピットはウィッチ、ウィッチはレイ、レイはケルビム、ケルビムはクラレンス、そしてクラレンスはベリアルの体に入れ替わってしまった。

「おーっほほほ!! なんて哀れなのかしら!! さぁ、今日と言う今日こそ年貢の納め時よ!! ディアブロスプリキュア!!」

『カオスピースフル!!』

 ラッセルはカオスピースフルと力を合わせ、肉体と精神が入れ替わったが為に力を発揮出来ないでいるベリアルたちを徹底的に甚振った。

「「「きゃあああああああ」」」

「「「のああああああああ」」」

 こんな状態ゆえに真面に戦う事すらできないベリアルたちは良いようにされるばかり。ラッセルはこの上も無くいい気分だった。

「おーっほほほほ。とっても無力なものを甚振るのも嫌いじゃないのよね、あたし」

(まずい……このままでは)

 どうにかしないといけない。朔夜は必死で策を考えるが、生憎と何もアイディアが浮かんでこない。

「さぁ、これで止めよ!!」

 十分に甚振ったところで、ラッセルは最後の一撃を加えようとした――次の瞬間。

「はあああああああ!!」

 朔夜の肉体のまま、ラプラスが唐突に走り出した。

「ラプラス!!」

「こんのアバズレがっ!!」

 身軽な朔夜の肉体を使って、ラプラスはラッセルの顔面目掛けて勢いよく飛び蹴りを叩き込んだ。

「いった~~~……!! 何すんのよアンタぁ!!」

 怒りに燃えるラッセルは、光の槍でラプラスを貫こうとする。

「だああああああ!!」

 しかし間一髪のところで朔夜がラプラスを護り、事なきを得た。

「熱くなり過ぎだぞ!」

「朔夜はナイスフォローね!」

「あんた達……いいわよ、二人まとめて地獄に落としてあげる!」

 怒髪を衝くとともに、ラッセルは光の槍を携えベリアル達よりも先に、朔夜とラッセルの二人を始末しようと思い至り特攻する。

「サっ君!!」

「ラプラスさんも逃げて!!」

 絶体絶命のピンチ。狂気の瞳でラッセルが朔夜とラプラス目掛けて突っ込んできた、次の瞬間――。

 

 ――バキュン。

「「うわあああああ!?」」

 不意に何処からともなく光線が飛んで来たと思えば、光線は朔夜とラプラスへと向けられた。その一撃を浴びた二人は互いの体を密着させ回転する。

「「あれ!?」」

「な、なんですって!?」

 気が付くと、入れ替わっていた二人の精神と肉体が本来あるべき形に戻っていた。

「ある! ある! ……ない!!」

「元に戻ったのか?」

「どうして!? どうしてよ!!」

 なぜ二人の精神と肉体が突然元に戻ってしまったのか。ラッセルは困惑と焦燥を隠し切れない。そんな中、ピットの体に一時的に魂が移動していたベリアルが光線が放たれた方向へ目を向けると、意外な人物がいたことに気付いた。

(あれは……!?)

 そこにいたのはベルーダだった。彼は入れ替わった朔夜とラプラスを元に戻した直後、静かにその場を立ち去った。

「この際理由はなんでもいい。いくぞ、ラプラス!!」

「オッケイ!!」

「バスター・チェンジ!」

 元の体に戻って早々、朔夜はバスターナイトへと変身。ラプラスもシロコウモリの姿に変身すると、怒涛の反撃を開始した。

「エントリヒ・アーベント!!」

『ブラスト・ウィング!!』

「『きゅああああああ(カオスピ~~~)!!』」

 形勢が一気に逆転した。朔夜とラプラスは抜群のコンビネーションを発揮して怒涛の如く勢いで敵を追い詰める。

「これで止めだ」

 そう言ってラプラスと合体したバスターナイトは、上空高く舞い上がるとともに、地上のカオスピースフル目掛けて必殺技を叩き込む。

「〈ダークナイトドライブ〉!!」

 

 ――ドンッ。

『「あんびり~ばぼ~~~♪』

 見事に決まったダークナイトドライブ。カオスピースフルが浄化された事で全ての人々の魂が元の肉体へと戻った。

 結果は洗礼教会の惨敗だった。負けたと分かった途端、カルヴァドスはセキュリティキーパーとの戦闘を中断し、亜空間へと逃げ込んだ。

「この続きはまた今度ね♪ じゃねー!」

「……」

 前回に続いて後味の悪い結果だと、セキュリティキーパーは内心思いながらいつか必ずカルヴァドスを仕留めてやると、決意を新たに両手の武器を強く握りしめるのだった。

 

 どうにか窮地を乗り越える事ができた。

 暮れなずむ帰り際、ラプラスは朔夜に気になっていた事を尋ねる。

「ところで朔夜、今日ちゃんとデートしてくれた?」

「あぁ。その事か」

 ラプラスの代行として何人もの男性とデートをした朔夜は、今日の結果を具(つぶさ)に報告する。

「色々遭ったんだが……」

「うんうん♪」

「別れて来た――」

「あらそう良かったわ! ……ん? 別れた……?」

「ああ。全員とな」

 聞いた瞬間に変な間が空いた。

 やがて、我に返ったラプラスは悲壮に満ちた表情となりあまりのショックに金切声を上げるのだった。

「ひえええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

テ「またまたあいつがやってくる!! 人の心を蝕む死神のようなあいつが!!」
は「テレビ局を襲撃した根源破滅教団とは!? そして、その教祖と春人さんの因縁とは何か…!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『破滅の交響曲!悪魔の種、芽吹く時!』」


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第39話:ありがとう、はるかちゃん!ある少女の数奇な生涯

今回はちょっとテーマが重いかもしれません。
はるかを主役にする回でこんなに重くなったのは初めてです。
いつもとは少しテイストと思考を変えてみました。楽しんで頂ければ幸いです。

※これは第4章の中に新たに挿入した書き下ろし新作となります。


天界 第七天 元・見えざる神の手居城

 

 天界上層部として長きにわたりその権力をほしいままにした『見えざる神の手』が、ホセアの計略によって瓦解して数か月。

 空白の座となった居城には、空きとなった七つの支柱。その中央には円形の台の上に僅かに浮かぶ巨大な水晶の塊。中に封じられた存在は、かつて見えざる神の手によって生きながら死に体とされた世界の楔(くさび)――オルディネスと称する父なる神だ。今、この畏敬のものへ静かに向き合う人物がひとり居た。

「我らが父……オルディネスよ」

 洗礼教会大司祭にして、見えざる神の手を陥れた張本人・ホセアだ。彼は水晶の中で眠り続けるこの世界の神に侮蔑の念を込めて語り掛ける。

「この期に及んで話すことも逃げることすら叶わぬ不全の神よ。その気になれば果てしなく長き屈辱を、今この場で終わらせることは出来る――――だが」

 淡々とした口調でホセアは独り言ちる。オルディネスはホセアのどのような呼びかけにも決してその口を開かない。それを調子の上で、ホセアは続けた。

「そなたには見届ける義務がある。我らが創る新たな未来を。世界の行く末をその盲(めし)いた御眼(おんめ)でな」

 言うと、踵を返しホセアはおもむろに居城から出る為に歩き出す。

「近いうちに訪れる終焉。それはすなわち、そなたが見据えた最も忌むべきエントロピーが解き放たれる瞬間なのである」

 

           *

 

黒薔薇町 天城家

 

「これがですねー、はるかとリリスちゃんの小学校時代の写真です」

 とある日の昼下がり――はるかは部屋の模様替えの際に引っ張り出したアルバムをクラレンスに見せていた。中を改めると、小学校に入学したてのはるかとリリスが多く写った写真が何十枚と出てきた。

「お二人とも可愛らしいですねー」

 今よりもずっとあどけない主人とその親友を指して率直な感想を漏らすクラレンスに、はるかは「えへへ♪」と破顔一笑した。

「あの頃は、リリスちゃんも今よりも素直なところがたくさんあったんですよー。それが今となっては、どうしてあんなにひねくれてしまったのでしょうか」

「そうなんですか? 私は今のリリスさんしか知りませんから、よくわかりません」

「いいんですよクラレンスさん。世の中には知らない方がい い事もきっとあるんです」

 昔を思い出せば出すほど、はるかは当時と今のリリスとのギャップを感じてしまう中、ページをめくりさらに昔にさかのぼる。

「あ、この写真のはるかさんは小学校以前のものでしょうか?」

「懐かしい ですねー。たしか幼稚園くらいのときに撮ったものです!」

 二人が目にしたのは、はるかが三歳から六歳くらいの間に撮られた写真。小学校へ入学する以前のものであり、リリスとの交友関係は一切なかった時代だ。

「たしか、はるかさんがリリスさんと出会ったのは小学校の一年生のときですよね? それ以前はどのような方々と交流があったんですか?」

「そうですね……はるかの記憶で一番仲が良かったのは……あぁ、いましたいました! この子です!」

 ページをめくりながら、はるかは小学校入学以前に最も仲の良かった友人を見つけ出し、クラレンスへ教えた。

 写真を見れば、当時はロングヘアーだったはるかの隣にさくらんぼの髪飾りを付け、紫色を基調としたツインテールの愛らしい女の子が写っていた。

「この子はですね、森京香(もりきょうか)ちゃん。幼稚園を卒業するときに、引っ越しちゃったんですが……あの頃は毎日二人で遊んでいたんですよ」

「確かに、仲睦ましそうですね。こうして見返せば、お二人が一緒の写真が多い気がします」

 クラレンスがページをパラパラとめくれば、目で把握できるほどに森京香とはるかが一緒になった写真が大半を占めている事が確認できた。

「そうそう、思い出しました! 京香ちゃんの家はですね、熱心な宗教家だったんです。えーっと……名前はなんて言ってたんでしたっけ? 『エデンの証人』とかなんとか……」

「っ! エデンの証人……ですか?」

 はるかの口から名前が飛び出すや否や、クラレンスは若干の驚きを抱くとともに若干眉を顰めた。

「はるかはその辺のことについて詳しくはないのですが、クラレンスさんはご存知ですか?」

「えぇまぁ。ただ……あまりいい噂は聞きませんね」

「ハヒ?」

 どこか奥歯に物が挟まったような言い方をするクラレンス。歯切れの悪そうな態度にはるかが疑問符を浮かべた時だった。

 ブブブブ……ブブブブ……

 不意に入った着信。はるかは自分のスマートフォンを手に取り、着信の主『悪原リリス』からの呼び出しに答える。

「もしもし? リリスちゃんですか?」

『カオスピースフルが現れたわ。直ぐに来て』

「了解です!」

 プリキュアとしての使命を果たす時が来た。はるかは直ちに支度を済ませ、クラレンスを連れて出動する。

「行きますよねー、クラレンスさん!」

「はい!」

 

           *

 

東京都 大田区 蒲田駅近郊

 

『カオスピースフル!!』

 出現したカオスピースフルで阿鼻叫喚に包まれる駅周辺。

 頭部に二本の角を持つ四足歩行型のカオスピースフルは逃げ惑う人々を見定め、口から光線を放つ。

 この光線に被弾した直後、町の人間たちは石の姿へと変わる。このシンプルだが凶悪な能力を持つ【ラピスカオスピースフル】を操るはぐれエクソシスト――コヘレトは上空より高みの見物を洒落込むのだ。

「ハハハハハッ!! 洗礼教会の、カオスピースフルの力に恐れ慄け愚民ども!! 泣け、叫べ、命乞いをしやがれ!!」

「そこまでよぉ、コヘレト!」

 恐怖感情を煽る言葉を声高らかに唱えていた時だった。コヘレト目掛けて、上空から純白に輝く光の矢が無数に飛来する。

 敵意に気づいたコヘレトが回避すると、攻撃の主――キュアケルビムを始め、ベリアル、ウィッチ、バスターナイト、セキュリティキーパーらディアブロスプリキュアのメンバーが一堂に会する。

「ディアブロスプリキュア……ようこそと歓迎してやろうじゃないか。本日のメインディッシュはカオスピースフルによる石化光線となります。どうか最後までお楽しみください……ってな!!」

『カオスピースフル!!』

 人を食った態度でわざとらしく慇懃無礼な言葉遣いを披露するとともに、瞳孔を思い切り見開くコヘレト。それを合図にラピスカオスピースフルはベリアルらに目掛け石化光線を放つ。

「ディアブロスプリキュア、散開!!」

 ベリアルの号令で一箇所に集まっていたメンバーが四方へと散る。

 やがて、各々が自らのポジションを確保するとともにラピスカオスピースフルへの一斉攻撃が開始された。

「ベリアルスラッシャー!」

「ホーリーアロー!」

『ブレス・オブ・サンダー!』

 上空の左右からベリアルとケルビム、ドラゴン形態のレイが得意の遠距離攻撃を仕掛けて牽制する。

 その隙にウィッチとセキュリティキーパーが鈍重な敵の背後へ回り込み、強めの火力で攻め立てる。

「ファイアーマジック!」

「レーザーパルス」

 魔法の火炎、科学の生み出す光子レーザーがラピスカオスピースフルの皮膚を焼き尽くす。

『カオスゥゥゥゥ!!』

 着弾時、想像を絶する痛みに絶叫。ラピスカオスピースフルは重い図体を引きずって 辛うじて後ろへ振り返ると、ウィッチ達へ怒りの石化光線を放とうとする。

「バースティングスラッシュ」

 刹那、スタイル・クリムゾンデュークとなりラプラスとの合体で飛翔能力を得たバスターナイトによる鋭い一撃がヒット。灼熱の炎を纏った斬撃は一度ならず、二度、三度と縦横無尽に空中転換しながら仕掛けられる。

『カ……カオスゥゥゥゥ!!』

 最早視界では真面に捉え れない攻撃に為す術もなく傷つけられるラピスカオスピースフルはバスターナイトのサンドバッグと化す。

「ヤロウぉ!! せっかくの余興を台無しにするんじゃねぇ!!」

 思い通りに事が運ばず苛々を募らせたコヘレトは、銀の銃と光剣を携えバスターナイト目掛けて斬りかかる。

 咄嗟に空中で足を止め、バスターナイトは左腕に装備したブレイズ・ドラゴンを模したガントレットで光剣を受け止める。

 コヘレトは光剣を握る力を強めるとともに、バスターナイトへの敵愾心を露に狂気に満ちた表情で切迫する。

「ハハっ!! そう真面目に生きるなよ、人生面白おかしくやろうぜイケメン王子様よぉ!!」

「生憎だが、オレはお前みたいなクズの考えに同調するつもりはない」

 

『カオスピースフル!!』

 バスターナイトの猛攻を凌ぎ切り、フラストレーションを高めたラピスカオスピースフル 。より明瞭に戦意を露にするとディアブロスプリキュアを一掃せんと口から石化光線を乱発する。

 ケルビムは飛来する石化光線を中空で華麗に躱しながら、リングホルダーにストックしていた強化変身リングをひとつ手に取る。

 手にしたのは、黒ケルビム との戦いを経て手にした聖魔融合の力を有した第三の変身リング【イブリードリング】である。

「聖魔融合ッ!!」

 二対一体の特殊な形状を持つリングを嵌めた右腕を天高く翳した瞬間、ケルビムは天使と悪魔の力を兼ね揃えた聖魔天使【イブリードモード】へと変身を遂げる。

「イブリードチャクラム!!」

 天使と悪魔それぞれの能力が付加された円月輪を両手に装備すると、ケルビムは身体を高速回転させ、それが生み出す遠心力と相まって刀身から聖と魔の波動を鋭い切れ味を浴びた斬撃を放つ。

『カオスゥゥゥゥッッッ!!』

 白と黒を帯びた、相反する二つの力が交互に飛んで来る。元々動きが緩慢であるラピスカオスピースフルには回避する事など不可能――ケルビムが繰り出す大技【エキセントリック・インパクト】の威力は絶大だった。

「すごいです、テミスさん!」

「あれが聖と魔の力を兼ね揃えた彼女の新しい力か……」

 天使でありながら悪魔の力をも行使するケルビムの力。それを間近で目の当たりにしたディアブロスプリキュアのメンバーは、驚愕と畏怖の念を同時に抱く。

「テメェ!! 天使のクセして悪魔の力とかマジでふざけんじゃねぇぞ!! この不信人ヤロウがぁ!!」

 とりわけケルビムへ憎悪と敵愾心を強く持つコヘレトは彼女が手にした力に脅威を感じ、焦燥と怒りを滲ませながら銀の銃弾を乱射する。

「コヘレト、そのセリフ……あなたにだけは言われたくないわっ!」

 飛来する銃弾をバリアでガードしながら攻撃の機会を伺うケルビム。やがて、僅かな隙を突いて一気に間合いを詰めたケルビムは、ラピスカオスピースフルにとどめの一撃を加える。

「プリキュア・デモンズクレッセント!!」

 ――ドンッ。

『あんびり~ばぼ~~~♪』

 フォールダウンモードをも圧倒する イブリードモードの必殺技がさく裂。ラピスカオスピースフルは力のすべてを失い、浄化された。

 石化されていた街の人々は石化の元凶が取り除かれた事で元に戻り、全員が歓喜の声をあげた。

「チクショウ……!! 次会う時までにはその鼻をへし折ってやるからな……!!」

 呆気ない幕引きにコヘレトは敗戦の思いを引きずるとともにディアブロスプリキュアへの再戦での勝利を宣言し、帰還した。

 コヘレトが去った後、ケルビムとウィッチによる街の修復作業が早急に行われた。

 その後、戦いを終えたリリス達は今回のMVP的な立場であるテミスの労をねぎらった。

「やりましたな、テミス氏」

「お見事でした!」

「大したものね。根っからの天使であるあなたが、悪魔の力を御し切れるとは」

 リリスからの素直な称賛の声が上がる。それを聞いたテミスは、意外そうな顔を浮かべたが直ぐに破顔一笑した。

「ありがとう。それにしても、教会の破壊活動も日に日に凶悪化しているわ」

「世界バプテスマ計画……破壊による世界の浄化という彼らの気が触れた理念は、明らかに僕達人類への宣戦布告だ。そのような暴挙は到底見過ごす事は出来ない。テロリズムは何としても僕達で止めなければならない」

 そう言うと、春人はふと昔のことを思い出す。幼い頃、自分の身内に起きた悲劇――その悲劇を思い出すたび、彼は拳を固く握りしめ誓うのだ。二度とテロリズムという惨劇でこの世から尊い命が奪われる事があってはならないのだと。

「ん?」

 そのとき、不意にはるかは背後から視線の様なものを感じとった。しかし、振り返っても人はおろか周囲には誰も居ない。

「はるか?」

「どうかしたのかい?」

 彼女の不審な行動を見ていたリリスと朔夜が怪訝そうに声をかける。

「いえ、誰かいたような気がしたんですが……」

「誰も居ないわよ。気の所為じゃないの?」

(気のせい? 確かに誰かがはるかを見ていたような……)

 リリスほどではないが、はるかは人の視線や気配に敏感だった。プリキュア活動をする様になってからはその感覚がより一層研ぎ澄まされていた。その彼女やリリスですら気が付かない得体の知れない何かが、近くに潜んでいる。少なくとも、はるかはそんな風に感じながら誰も居ない方へ視線を向け続けた。

「事後処理は僕らが行うから、君らは帰路に就いて平気だよ」

 と、春人は応援部隊が到着するのを見計らって年長者として、居残る事を宣言。リリス達の帰宅を促した。

「あ、そう! じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら。ねー朔夜、今日の夕ご飯ステーキが食べたいわー。特製 ステーキ作ってー」

「急に言われても困る。大体今日の夕飯は五目御飯と決めていたんだ」

 他愛もない話をしながら、各々帰路に就き 始める中、はるかは未だに先ほどの事が気になっており、なかなか帰ろうとしない。

「行くわよ、はるか」

「はるかさん、早く帰りましょう」

 見かねたリリスとクラレンスに声を掛けられると、はるかもようやく踵を返し帰路に就こうと歩き出す。

(何だったんでしょう……あの視線……どこか懐かしくも感じたんですが……)

 釈然としない様子の彼女は終始もやもやとした気持ちを抱えたまま、ひとまず現場を後にする。

 このとき、はるかが気になった視線の正体は確かにいた。そして程なく――視線の主は誰にも気づかれない所で密かに活動を開始した。

 

 ラピスカオスピースフルとの戦闘から数時間後――テミスはピットに留守番をさせて、夕方食材の買い出しへ向かった。

「買い忘れはないわね……」

 買い出しを終え、何事も無く帰宅をしようとしていた時だった。

  歩いていると、前触れもなく突然辺りから霧が立ち込め、彼女の周囲をすっぽりと包み込んでしまった。

「なに、この霧?」

 天気予報には全く告知の無かった濃霧。明らかに自然現象で起こったものではないと悟った彼女は、眉を顰め警戒心を露にする。

 すると、霧が立ち込める周囲に自分以外の気配が前方からゆっくりと近づいてくるのが分かった。

 人らしき影が見え、一歩また一歩と接近する。

 思わず身構えるテミス。彼女の元へ近づいてきた人影は、霧にその存在を隠しながら目線だけはしっかりとテミスへと合わせると、低い声で呼びかけてきた。

「……あなた……あなたの心には……悪魔が憑りついています……」

「な、なんなの?」

 言い知れぬ者の存在と対峙したテミスは額から冷や汗を流す。

「……このままでは……楽園への扉は開かれません……でもだいじょうぶ……私があなたを救済する……あなたから悪魔を追い出してあげる……」

 不気味な間で抽象的かつ不明瞭な言葉を唱えるとともに、声の主はテミスとの距離を一気に縮め――そして。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 次の瞬間、濃い霧の中で絹を裂くようなテミスの甲高い悲鳴が響き渡った。

 

           ◇

 

黒薔薇町 フローレンス家

 

 あくる日。突然ピットから呼び出しを受けたリリス達は詳しい事情を知らぬままテミスの家に集まった。

「テミスの様子がおかしいですって?」

「夕飯の買い出しから帰ってきてから、ずっとお部屋に閉じこもったまま……呼びかけに答えてくれないんです」

 テミスの部屋へ向かう傍ら、ピットはリリス達にテミスの身に起きた事を具に説明する。確かに、本日テミスは学校を休んでおり、LINEでの呼びかけも既読にすらなっていなかった。

「どこか具合でも悪いんですか?」

 怪訝そうに尋ねるはるかにピットは「とにかく、一度お会いになってください」と、論より証拠を見せようとした。

 やがて、主の部屋に到着したピットは、おもむろに扉を軽くコンコンと叩いた。

「テミス様、入りますよ」

 ピットの呼びかけにすら返答がない。ますます不振がるリリス達は部屋の戸が開くなり中にいる彼女の様子を確かめる。すると、当人は頭から毛布を被り体育座りしたまま背を向けていた 。

「テミス様、リリスさん達がお見えですよ」

「…… 」

 ピットが再度声をかけるが、相変わらず返事がない。それどころか振り向こうともしない。こんなテミスを見るのは初めてだった。

「なにやらテミス氏の様子がおかしいですな」

「抑うつ状態って奴かしら?」

 誰が見ても彼女の態度は明らかにおかしい 。完全なる上の空で覇気が感じられないその様は普段の彼女からは想像もつかない。

 昨日彼女の身に何が起こったのかと誰もが思案していると、不意にテミスがぶつぶつと小さな声で何かを唱えているのが分かった。

 まるで呪詛の様にも聞こえるそれはリリス達の耳にも微かに聞こえて来た。

「えっと……何かさっきからぶつぶつ言っていますけど……」

「とうとう壊れちゃった?」

 ラプラスが冗談半分に口にする一方、テミスが何を唱えているのか耳をそばだてると、段々と彼女が言っている事が聞き取れるようになってきた。

「……ピ〇〇ュウ カ○○ュー ヤ○○ン ピ○○ン コ○○ク ○○ッタ ズ○○トギャ○○プ サン○○ス ○○クラゲ……パウ○○ カ○○ラ タ〇タ〇 ○○ガラフ○○ダネ……○○ボ ○○ブイ ウ○○ン エレ○○ ○○ゴン ○○卜 サイ○○ ジュ○○ ポ○○ン ○○グダ ○○ドリオ ○○ガー ドガ○○ ル○○ュラ ニ○○ス ○○ワーズ ○○イハナ」

「こ、これは……!」

「なに、何なのよ一体!?」

 リリスが恐る恐る尋ねると、レイは息を呑んでから確信した様子で答える。

「伝説の……『ポ〇〇ン言えるかな?』の歌詞を口ずさんでおりますぞっ!!」

 聞いた瞬間、「は?」という言葉とともに居合わせた者全員が呆気にとられた。何より、レイがその歌を知っていたという事実に何だか気まずさを覚えた。

「レイさん……お詳しいのですね」

「というかただのオタクでしょうが」

 彼の自尊心をなるべく傷つけないようにとはるかは配慮ある言葉をかけるのに対し、リリスは容赦ない罵倒を浴びせた。

 いずれせよ、何故今になってそんな歌を口ずさんでいるのか、一体いつテミスがそれを知ったのか――気になる事は山ほどあるが、まずは今の彼女の心境を知る必要があった。リリスは意を決してテミスの元へ近づき声をかける。

「テミス、ちょっとテミスってば」

 耳元でリリスが呼びかけた直後、延々とモンスター名を口にしていたテミスが一旦口を止め、リリスの方へ振り向くと――

「あ。コダック」

 振り向き様に、リリスを見るなり そう口にした。

「誰がコダックよ! 誰がっ!!」

 ようやく反応したと思えば、不本意極まりない呼称で自分を見てきたテミスに憤りを覚えずにはいられなかった。

 リリスは業腹な気持ちになりつつも何とか怒りを抑え込み、気を取り直してテミスに問い質す。

「あなた……一体全体どうしちゃったのよ? 何かトラウマを抱えるような怖いものにでも遭った?」

 問われた直後、テミスはふと昨日の出来事を思い出す。

 鮮明に浮かび上がる悪しき記憶。自らが体験した想像を絶する恐怖。それを思い出した瞬間、テミスの表情はたちまち歪み――抑え込もうとしていたトラウマが再び表面化。防衛本能から再び先ほどの歌を口ずさむ。

「……コ○○ン ○○スト イ○○ク ヒト○○ ラッ○○ ○○タ オ○○リル コ○○ レア○○ル プ○○ン ゼニ○○ ○○ロゾ ト○○ント ファ○○ー ○○スター フ○○ィン ○○バー ストラ○○……!!」

「テミスさん!?」

「だいじょうぶか?」

 大丈夫ではないのは火を見るよりも明らかだ。こうなってしまったからには最早リリス達の呼びかけには当分答えないだろう。

「リリス様、これはかなりの重症ですぞ。また日を改めた方がよいかと」

 レイの判断は賢明だった。リリスは溜息を吐くと冷静に状況を分析し、一旦出直すことを決めた。

「……仕方ないわね。こんなテミス、正直見たくは無かったんだけど。真面に会話が出来ない以上、これ以上長居は無用だわ」

 

 テミスの家を後にした一行は、帰路へ向かう途中、彼女が発症した謎の症状について話し合う。

「テミスさん、まるで別人の様になっていましたけど……あれって何かの病気なんでしょうか?」

「そうね……症状から見ると、たぶん一種のPTSDじゃないかしら」

「PTSDって?」

 リリスが発した言葉自体の意味を問いかけるラプラスに、隣を歩く朔夜が端的な説明した。

「『心的外傷後ストレス障害』の事だよ。第一次世界大戦以降、戦場において〝シェル・ショック〟と呼ばれた障害が激増した。その後の研究で、このストレス反応は戦場のみならず、帰還後の兵士たちにも重篤な後遺症を残す事が判明した。やがて、戦争ストレスを始め、強い精神的苦痛や障害によって患う心身症をPTSDと括るようになったんだ」

「ということは……昨日、テミスさんは何らかの原因で強いストレス障害を抱えてしまい、PTSDを発症してしまったというわけですね?」

 顎に手を当てながらクラレンスが今までの話の流れから状況を整理し、推理した。

「だが、普段気丈な彼女がどんなストレスを抱えると言うのだ? まさかストリーキングにでも遭遇した訳じゃあるまいし」

「確かにそれはある意味トラウマになりそうね……」

 あくまでもレイの想像だけで終わってほしいと、リリスは心の底から希(こいねが)う。

 

 その後、リリス達と別れた後――はるかとクラレンスは商店街を通って真っすぐ家路へと就こうとしていた。

「はるかさん、テミスさんのPTSDが早く良くなるように私たちで何か手作りの贈り物をしませんか?」

「いいですね! ちょうど家にクッキーの材料がありますから、帰ったらさっそく作りましょう!!」

 と、話が盛り上がっていた時だった。注意力が散漫になったはるかは横から歩いてきた人物と衝突した。

「「きゃあ!」」

 ぶつかった衝撃で転倒しそうになったはるかを咄嗟にクラレンスが受け止める。

「だいじょうぶですか、はるかさん!?」

「はい……ありがとうございますクラレンスさん」

 クラレンスに感謝するとともに、彼女は直ぐにぶつかった相手の事を気遣った。相手は自分と同い年くらいの少女で、尻もちを突いていた。

「あの、立てますか? すみませんよそ見してましたね……」

「いえ。いいんです。私こそ不注意で……あれ?」

「ハヒ?」

 互いに声を掛け合ったとき、二人はきょとんとした顔で見つめ合う。やがて、ぶつかった相手の方から恐る恐るはるかに声をかけた。

「もしかして、はるかちゃん?」

 問いかける相手にはるかは見覚えがあった。十年前、毎日の様に同じ時間を過ごした友との記憶が蘇る。今よりもあどけなかった容姿だが確かにその面影を残していた。ツインテールに縛った紫に色づく艶やかな髪――はるかの脳裏に一人の少女の名前が浮かび上がる。

「そういうあなたは……京香ちゃんですか!?」

「やっぱりそうだ!」

「ハヒー! 久しぶりですね京香ちゃん!」

 思いがけない事が目の前で起こった。はるかがぶつかった相手は、小学校入学前に黒薔薇町から引っ越した幼稚園時代の親友――森京香だった。思いがけない出来事に狂喜乱舞する二人は、興奮鳴りやまぬ様子で再会を祝した。

 一方、蚊帳の外に置かれたクラレンスは少々困惑しながら、手を取り合い嬉々とした声をあげる二人を見合いながら恐る恐る尋ねる。

「あの……失礼ですが、はるかさんのお知り合いの方でしょうか?」

「クラレンスさん、この前見せたアルバムの子ですよ!」

「え!? この人が……!」

 記憶に新しいアルバム写真に載っていた幼いはるかと一緒に映っていた少女の事を思い出すクラレンス。吃驚する彼を見ながら、森京香は破顔一笑する。

「初めまして。森京香と申します――――どうぞお見知りおきを」

 

           *

 

黒薔薇町 喫茶ノワール

 

 再会を祝し、はるかは京香を連れて行きつけの喫茶店へと移動した。カフェテラスではるかと京香はクラレンスを交えて昔話に花を咲かせる。

「十年振りですねー、京香ちゃん。いつ黒薔薇町に戻ってきたんですか?」

「一昨日よ。パパとママの仕事の都合で日本全国を行脚してたんだけど、やっぱりこの町が一番落ち着くなぁ」

「京香さん、はるかさんとは幼稚園の頃の親友だったとお伺いしていますが……小さい頃のはるかさんはどんな感じでしたか?」

「く、クラレンスさん! そういうことはあんまり聞いてほしくないんですけど……」

 純粋な好奇心から京香に当時のはるかの事を尋ねるクラレンスだが、はるかからすればたまったものじゃない。一歩間違えれば、自分ですら忘れていた恥ずかしい思い出までも掘り起こされそうで怖かった。

 内心ドキドキしながら京香からの返事を待っていると、京香はにこにこと笑いながらクラレンスの問いに答える。

「そうだなー、今とほとんど変わらなかったですね。明るくて、優しくて、ときどき天然で。ほんと女の私から見てもかわいかったなー。あぁ、今もそうだけどね」

「京香ちゃん……人前で恥ずかしいですよー……」

 褒められている事は間違いないのだが、どうにも気恥ずかしい。はるかはすっかり赤面すると体をもじもじとさせて委縮する。

「フフフ。あ、そうそう。はるかちゃん、覚えてない? 昔さ、幼稚園の頃に二人でタイムカプセル埋めたでしょ?」

「あ、はい! もちろん覚えてます!! 懐かしいですねー、当時流行っていたグッズとか未来の自分に宛てた手紙なんかを一緒にいれましたよね?」

「でね。せっかくだからさ、今度一緒に掘りに行こうよ。たしか、くろばら公園の木の下に埋めたはずだから」

「はいッ! 是非とも行きましょう!」

 微笑ましい少女たちの会話を横で聞く傍ら、クラレンスは微笑を浮かべてから、もう一つ思い出したように京香に質問する。

「そういえば、これもはるかさんから伺ったのですが……京香さんのご自宅は『エデンの証人』だと?」

「あ、はい。そうなんですよ。私はいわゆる二世信者でして、両親の仕事というのも専ら布教活動なんです。小学校に上がってからは私もよく付き合わされて。あぁ、そうだ……よかったらこれどうぞ」

 そう言うと京香は、鞄にしまっていたあるものを取り出し二人へ手渡す。はるかたちが受け取ったのは京香が布教用に配布してる『エデンの証人』に関するパンフレットだった。

 受け取ったはるかは早速中身をパラパラとめくり、簡単に文面に目を通すと、おもむろに疑問に思った点を聞いた。

「えーっと京香ちゃん……この『新宇宙訳聖書(しんうちゅうやくせいしょ)』と言うのは何ですか?」

「簡単に言うと、私たちエデンの証人が信じる経典のこと。そこには私たちが信じるべき教えが書いていて、最終的な私たちの目的はいずれ来る世界の終末に備えて 全ての人々が救われる為に人々を楽園へと導くことなの」

「ハヒー 、なんだか壮大なお話ですね。はるかにはイマイチぴんと来ないですねー」

「しかしながら京香さん、こういっては何ですが……エデンの証人について巷ではあまりいい噂を聞きませんね。私もカトリックを信奉する身ですが、この世界の終末 に関しては些か懐疑的です」

 パンフレットに書かれた内容に胡散臭さを抱いたクラレンスが何の気なく発したその言葉は京香の表情を忽ち曇らせた。とても悲しそうに眼を細め、今にも双眸から涙が決壊しそうな彼女を見るなり、はるかはクラレンスを窘める。

「クラレンスさん! ダメですよ、そんなこと言っちゃ!」

「あぁ! も、申し訳ございません! 私の失言です。あなたに不快な思いをさせてしまいました」

 深く頭を垂らし反省の意を表すクラレンス。しばらくして、京香は取り繕った笑みを浮かべてから返事を返す。

「いいんです……仕方がないことなんです。これまで全国を回ってきましたが、どこへ行っても人々の反応は等しく冷たかった。嫌な顔や否定的な反応をされるのにはもう慣れっこだから。それでも、私は一人でも多くの人に世界の真実を伝えてあげたいと思ってる」

「京香ちゃん……」

「ごめんねはるかちゃん。せっかくの再会の席でこんな辛気臭い話しちゃって」

「いいえ! 京香ちゃんは何も悪くありません。はるかの方こそ、あんまり知らなくてごめんなさい」

「元はと言えば私の短慮でした。この度は本当に申し訳ありません」

 はるかとクラレンスは自らの無知を恥じ、二人そろって京香へと謝罪した。

 これは京香としても予想外の出来事だった。当惑しながらも、内心感じる温かい気持ちを自覚した彼女は平謝りする二人に呼びかける。

「二人とも頭を上げて。私は幸せだよ。あなたたちのような優しい人がエデンの証人(私たち)について理解と共感を示してくれて。できることなら、二人みたいな人がもっとこの世界にいてくれたらいいのに――――」

 心の底から京香はそう願うとともに、いずれ必ず実現して見せるという強い決意を抱くのだった。

 

 その日の夜。コンビニ帰り、ラプラスは帰宅がてらに缶チューハイを空けて晩酌を堪能する。

「ぷっは~~~。さっすが味とコスパ最強のヨントリーね! さーて、早く帰って冷蔵庫で冷やしてるキュウリ漬けをつまみにドラマでも観よう~っと」

 と、そのとき。能天気に歩いていたラプラスの周囲から唐突に濃い目の霧が立ち込める。その霧はテミスを誘った時と同様のものだった。

「なに? なんで急に霧が出てきたわけ?」

 まるで意味が分からないとばかりにラプラスは困惑する。

 やがて、霧の中からゆっくりと人らしき影が一歩ずつラプラスの元へと近づき歩み寄ってきた。

 人影は得体の知れないものへの恐怖を抱え、立ち尽くすラプラスに視線を合わせるや――おもむろに言葉を投げかける。

「……あなた……あなたの心に……悪魔が憑りついています……」

「は、はぁ? 誰なのよあんた!?」

「……このままでは……楽園への扉は開かれません……でも安心して……私があなたを救済する……あなたから邪悪な悪魔を追い出してあげる……」

 ラプラスにとっては意味不明な言葉でしかなかった。だが、声の主は彼女の心情などまるでお構いなくその距離をぐっと縮めていき、そして――

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 テミス同様にラプラスに想像を絶するほどの恐怖感情を植え付けるのだった。

 

           ◇

 

黒薔薇町 十六夜家

 

 翌日、朔夜から呼び出しを受けたリリス達が十六夜家を訪れると、そこには信じ難い光景が広がっていた。

「こ……これは一体……」

「信じられません……!」

「あのぐうたらで、わがままで、破天荒なご婦人が……家事をこなしているだと!?」

 まるで夢を見ているような思いに駆られる。ラプラスが率先して家の家事をかたっぱしからこなしていた。普段の彼女を知る者からすれば常軌を逸しており、主である朔夜に至っては貧血を起こす始末だった。

 何がどうなっているかリリスは困惑しがちに朔夜に説明を求める。

「サっ君……これはどういうことなの?」

「昨日コンビニから帰宅してからどうにも様子がおかしかったんだが、今朝起きたらオレよりも先に朝食を作り、しかも掃除や洗濯もこなしていた」

 鼻歌を歌い、楽しそうに掃除機をかけるその姿は一見すると理想的な専業主婦の姿に思えてならない。だが、リリス達からすればそれは本当の意味でのラプラスとはかけ離れた別の生き物のように思えてならなかった。

「ラプラスさん、何か悪いものでも食べたんでしょうか?」

「それとも我々が見ている光景自体が既に夢なんでしょうか?」

 すると、クラレンスの発言を受けて試しにリリスは隣に立っていたはるかの頬を強めに抓ってみた。

「イタタタタタタタ!! って、何するんですかリリスちゃん!?」

 当然夢ではない為、はるかは本気で痛がり声を荒らげる。

「……どうやら夢じゃない様ね」

「そういうのは自分ので確かめてくださいよ!!」

「しかし、テミス氏の事と言い……ご婦人の事と言い……我々の身の回りで何が起こっているというのだ? これも教会の策略なのか……」

 と、そのとき。掃除を終えたラプラスがニコニコとした表情で朔夜へと話しかけてきた。

「サー君。今晩のお夕飯のおかずなんだけど、トルティーヤなんてどうかしら? 私が腕に縒りをかけて作っちゃうわよー♪」

 聞いた瞬間、朔夜ばかりかその場に居合わせた全員がぞっとした。

 今迄に聞いたことのない朔夜への呼称の仕方もそうだが、まるで息子に手料理を振るうのを生きがいとする普通のお母さんの如く振る舞いをするラプラスに全員身の毛もよだつ思いに駆られた。

 

 数時間後、十六夜家を後にしたはるかとクラレンスはテミスとラプラスの変貌ぶりに未だ心の整理が出来ていない中、今後どう接していくべきか真剣に悩んでいた。

「クラレンスさん……本当にどうしましょうか?」

「たしかに、あの変わりようは異常かもしれませんが……それでも私たちの仲間である事に変わりありません」

「そうですよね……クラレンスさんの言う通りです。どんなに変わってしまっても、テミスさんはテミスさん。ラプラスさんはラプラスさんです。いつも通りに接していればいいですよね!」

 今まで数々の苦難を乗り越え、固い絆を結んできた仲間である事実に変わりはない。彼女たちが元に戻るまで信じて待つ事もまた必要であると、はるかとクラレンスは悟った。

「よろしくお願いしまーす。どうか、パンフレットだけでもいかがですか……」

 すると、前方を歩いていた二人の目につい最近見たばかりの人物の姿が映る。エデンの証人として布教活動にいそしむ森京香が街頭で一人立ち尽くし、道行く人に声をかけていた。

「「京香ちゃん(さん)!」」

 二人が同時に声を発すると、京香もまたはるかたちの存在に気づき、声をかけた。

「あら、はるかちゃん。クラレンスさん。こんにちは」

 おもむろに歩み寄ってきたはるか達に京香は破顔一笑する。

「京香ちゃん、ここでパンフレット配ってたんですか?」

「ええ。でも見ての通り全然もらってくれなくて……」

 自重した笑みを浮かべながら、山積みの段ボールに入った大量のパンフレットに目を配る。

「でも、私はくじけないわ。一人でも多くの人が楽園へ向かえるように努力するの。あ、そうだ! はるかちゃん、ちょっとすぐそこまで付き合ってもらえないかな?」

「はい、もちろんいいですけど……急にどうしたんですか?」

「どうしても二人きりで話したい事があるの。だから悪いんだけど、クラレンスさんには席を外してもらえませんか?」

 

 同じ頃、リリスはベルーダの元で所用を済ませてからレイが運転するレンタカーで移動していた。

「リリス様。ニート博士は今回の一件についてなんと?」

「情報が足りないから何とも言えないみたいだけど……彼曰く、地球規模でのエントロピーの増大が関係しているんじゃないかって」

「エントロピーの増大、ですか?」

 エントロピー、日常会話で使う事のない単語である事は間違いなかった。それが果たしてどのような結果をもたらすのか理解し難い中、ふと窓の外を覗いたとき――リリスの目にはるかの姿が飛び込んだ。

「はるか? それにあの子は……」

 親友であるはるかが見知らぬ少女と 一緒に歩いていた。いつも一緒にいるはずのクラレンスがいないのもそうだが、リリスは本能的に彼女の隣を歩いていた見知らぬ少女――森京香という存在に違和感を抱いた。

(なに……この感じ……すごく嫌な予感がする……はるかの身が危ないような……!)

 それは本能から来るシグナルだった。研ぎ澄まされたリリスの神経がはるかの身の危険を察知するや、即座に行動に移す。

「レイ! 直ぐにUターンして、裏路地に入りなさい!」

「裏路地、ですか!? しかし、そんなところに一体何が――」

「いいから早くしなさい!! このままだとはるかの身が危ないのよ!!」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 工場跡地

 

 二人きりで話がしたいという京香たっての希望で人気のない場所へとやってきたはるかだが、何だか様子がおかしいと事に気づき始めた。

「あの……京香ちゃん、こんな場所で何の話があるんですか?」

 おもむろに尋ねるはるか。すると、京香は先ほどまでとは異なる雰囲気を醸し出しながらゆっくりと声を発した。

「はるかちゃん……私、知ってるんだ」

「ハヒ? 何をですか?」

「私が引っ越した後にさ、はるかちゃん……悪魔の女の子と仲良くなったでしょ?」

「っ!!」

 唐突に自分とリリスの交友関係に触れて来たと思えば、京香はリリスが人間ではない事にも鋭く言及。はるかは何故京香がその事実を知っているのかと言う恐怖に駆られながら、彼女の言葉を聞き続ける。

「知ってる、はるかちゃん……エデンの証人ではね、スポーツをしたり国歌 や校歌を歌ったりすることは禁止なの。あと恋愛もご法度。どうしてだか分かる?  スポーツは競争ごとだし、国歌 や校歌を歌うのは偶像崇拝に当たる行為なの。そして、恋愛も同じ……その根本にあるのは悪魔の誘惑。私たちは楽園に行く為に、あらゆる悪魔の誘惑から避ける必要があるの」

 先ほどにも増して不気味で恐ろしい雰囲気を纏いながら、京香ははるかの目を見ながら淡々と宗教上の戒律を伝え続ける。

「京香……ちゃん……あなたは……」

「はるかちゃん……私は悲しいよ。あなたの様な善良な人が悪魔の子と仲良くなるなんて……でも安心して……あなたの心に潜んだ悪魔は……この私が追い出してあげるから……」

 刹那、辺り一帯に濃い霧が立ち込める。同時に京香の身体からピキピキという不気味な音が聞こえた。やがてその物音とともにはるかの目の前で京香は凶悪な姿へと変貌を遂げる。

 全身がパープルカラーで異様に細い腕と鋭利な爪を持つ四本足の魔物。外観の禍々しさはクリーチャーの特徴を捉えていながら、身体のどこにもそれを決定づける獣の数字「666」の刻印が施されていない。

「京香ちゃん……どうして……」

 目の前で起こっている出来事に思考が停止するはるか。

 驚愕と恐怖によって全身の筋肉が硬直し、その場から足を動かす事が出来ない彼女に向かって、悍(おぞ)ましき魔物が牙を剥く。

『悪魔ノ手先ヨ ……消エロォォォオオオ』

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

「はるかぁぁ!」

 魔物がはるかへ飛び掛かった瞬間、間一髪のところでリリスが割り込み敵の攻撃から紙一重ではるかを護った。

「リリスちゃん!」

「何とか間に合ったようね。怪我はない、はるか?」

「はるかは大丈夫ですが……京香ちゃんが……!」

 そう言いながら、再び魔物の姿へ変わり果てた森京香の方へ目を向ける。

『悪魔ヨ……ワタシガ葬リ去ル……』

 最早人間であったとは微塵も感じさせない姿。ゆえに見ていて実に痛々しいものがあった。はるかは目の前の現実から思わず目を背けたくなった。

 すると、そんなはるかの肩を強く握りしめながら、リリスは彼女と面と向き合い活を入れる。

「現実を直視しなさい! ああなってしまった理由は私にもわからない。でも、ここで戦わないといけないの。あなたが彼女の親友だというのなら、あなたが彼女を救わないで どうするの!? プリキュアであるあなたが!」

「!」

 聞いた瞬間、リリスの言葉ではるかは目を見開いた。同時に自分が何者であるかという事を思い出した。

「そうでした……はるかはプリキュアです。京香ちゃんの親友であるとともに、はるかは……この世界を救うために戦っているんです」

 森京香の友人であるとともに、世界を守る為に戦う伝説の戦士――それを再認識するとともに、はるかは戦いへの決意を固め、凛とした眼差しで目の前の敵と向き合う。

「リリス様ぁー、お待たせしましたー!」

「はるかさーん、だいじょうぶですか!?」

 ここでクラレンスを呼びに行っていたレイが二人と合流した。それと同時にはるかはリリスに声をかける。

「いきますよ、リリスちゃん!」

「ええ」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 結成当時の事をふと思い出しながら、ベリアルとウィッチは久しぶりの二人同時変身を果たし、二人だけの口上を済ます。

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!!」

「「『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

『消エロォォ!! 悪魔ガァァ!!』

 ドスの利いた声をあげた途端、魔物は顎が外れるほど大きく開かれた口から紅色の破壊光線を放つ。

「「キャアアアアアアアアアア」」

「「ぐあああああああ」」

 あまりにも桁違いな威力だった。破壊光線が放たれた射線の地面は大きく抉れ、ベリアル達はたった一撃でありながら満身創痍と化す。

「こ、こんなバカな事が……この力は異常よ……!」

『悪魔ハ一匹残ラズ根絶ヤス!!』

 すると、魔物は咆哮を上げた直後に鋭い爪をまるで鞭の様に細く長く伸ばし、倒れたベリアルとレイの身体を拘束する。

「しまっ……きゃあああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「リリスちゃん!」

「レイさん!」

 拘束されたベリアルとレイ。身動きを奪われた二人を見ながら、魔物は徐々に力を入れながら彼らへの負荷を強くしていく。

「「ぐあああああああああああああ」」

「京香ちゃん、やめてください! 京香ちゃん!!」

 涙ながらに訴えかけるウィッチだが、そのとき――魔物化する前の森京香の声がウィッチの頭に直接響いてきた。

(あなたがいけないのよ、はるかちゃん。あなたが悪魔なんかと仲良くなんかするから……)

 まるで悪魔と仲良くしている自分を責め立てるような言葉だった。

 確かに、キュアベリアルは悪魔である。それは今さら逃れようがない事実だ。しかしだからと言って慙愧の念を抱くかと言うとそうではない。ウィッチはあのとき――ひとりぼっちだった少女に声をかけた事を今でも後悔はしていないし、こうして彼女とプリキュア活動をしている事を今では誇りにすら思っている。だからこそ、嘗ての親友が今の親友を傷つける行為を看過する事は出来なかった。

「もう……やめてください!!」

 ウィッチは声を荒らげると、ヴァルキリアリングを装備し、ヴァルキリアモードへと変身。クラレンスは魔宝剣ヴァルキリアソードとなって彼女の手の中に収まる。

「はる……か……」

 声を発する事すらままならないベリアル。段々と視界がぼやける中、魔物に対し剣を突き付けるウィッチの姿を辛うじて捉える。

(どうして……はるかちゃんは私の邪魔をするの? 私は自分の理念に従っているだけなのに、どうしてわかってくれないの!?)

 再びウィッチの脳裏に直接聞こえてくる京香の声。彼女の心の訴えかけに、ウィッチは一度目をつむると、静かに自分の考えを口にした。

「――……京香ちゃんの理念はとても素晴らしい事だとは思います。でもその為に、はるかの大切な友だちを傷つけるのを容認する事はできません!」

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 ウィッチの言葉を聞いた直後に発せられた魔物の咆哮は一際胸が張り裂けそうな、悲哀を感じられた。

 怒り狂った魔物が繰り出す破壊光線。その乱射を掻い潜り、ウィッチは高速移動で懐へと飛び込み、拘束されたベリアルとレイを手持ちの剣で救い出す。

「はああああああ」

 二人を救い出すことに成功した後、直ちにウィッチは魔物との激しい接近戦を展開。魔物は傷つくことすら恐れず懸命に立ち向かうワルキューレの騎士の気迫に怖れを成しながら、必死の抵抗を続ける。

 一方のウィッチもまた、魔物と剣を交えるたびに内心では複雑な感情が渦巻いてくる。なぜ自分は戦っているのか……。なぜ親友である筈の相手を傷つけるような事をしなくてはならないのか……。

 考えれば考えるだけ、彼女の心は強く締め付けられる。気が付くと、ウィッチの双眸からは止め処ない涙が溢れていた。

(どうして……どうしてこうなっちゃったんですか……本当は京香ちゃんと戦いたくなんかないのに……)

 戦いたくない。だが、戦わないと自分の身が危うくなるばかりか、ベリアル達ですら守ることが出来ない。如何ともしがたいジレンマに苦しみながら剣を振るい続けるウィッチだが、次第にその勢いに陰りが見え始めた。

 そして、彼女は不意に剣を振るうのをやめた。いや――これ以上戦う事がつらくなったのだ。攻撃の手をやめたウィッチは小刻みに体を震わせながら、切実な思いを口にする。

「……んで……なんでこんな悲しい事になっちゃったんですか……なんで私は京香ちゃんと戦っているんですか!?」

 昂る感情。少女は嘆く――嘗ての親友が人外の魔物と化し、その魔物と繰り広げる命のやり取りがあまりにも辛く、苦しかった。

 ベリアルはレイの治療を受ける傍ら、あまりにも背負い難い重荷をたった一人で背負ってしまった少女の苦しみを理解する。伝説の戦士と言えど、まだ十四歳の少女にはあまりにも酷な話だった。

「京香ちゃん、もうはるかは戦いたくなんかありません!! こんな悲しいだけの戦いなんてはるかは望んでいません!!」

 しかし、そんなウィッチの思いとは裏腹に魔物は未だ闘争心を消しておらず、執拗にウィッチとの雌雄を決する事に拘泥した。

『ワタシヲ殺スカ、ワタシガソナタヲ殺スカ……勝負ハ一瞬……決着ヲ付ケル!』

 そう言うと、あろうことか魔物はウィッチを直接狙わず――治癒途中であるベリアルの方へと接近していった。

「リリス様!!」

「そんな!!」

 咄嗟の出来事にベリアルもレイも即座に対処が出来ない。万事休す――そう思った時だった。

 魔物の鋭い牙と爪が向けられた瞬間、目の前に高速移動してきたウィッチ。その手に持った剣の切っ先が魔物の心臓へと突き立てられた。

「ダメですぅぅぅぅ!! 」

 

 グサ―― 。

 突き立てられたヴァルキリアセイバーの切っ先が魔物の左胸を貫通。

 ウィッチは自身が下した行動に驚愕し、言葉を無くす。ベリアルとレイもその一部始終を目撃し沈黙した。

 しばらくして、立ち込めていた霧が晴れると同時に雨が降り始めた。身体に当たる冷たい雨粒に打たれながら、胸元を貫かれ、沈黙していた魔物が弱々しい声を発した。

『…………はるかちゃん……ありがとう……』

「……えっ」

 紛れも無くそれは京香の声だった。そのうえ、彼女は自らの胸を貫いたウィッチの行動に感謝の意を表した。この事にウィッチは酷く驚いた。

 やがて、京香はほとんど上がらなくなった腕を必死に伸ばすと、ウィッチの背中におもむろに手を乗せた。

『……はるかちゃん……ひどい目に遭わせてごめんなさい……本当はね……私には理念らしい理念なんてなかった……ぜんぶ……両親や周りに押し付けられただけだった……私は今の今まで自分で何かを決めた事なんてなかった……いえ、それをしようともしなかった……』

「……き……京香ちゃん……私は……」

 剣の柄の部分に生々しい血だまりが出来る。ウィッチの手が小刻みに震える中、京香は残り少ない命の炎を燃やして、言葉を発し続ける。

『でも……きょう……ようやく私は自分で自分の運命を決める事ができた……はるかちゃん、あなたのお陰でね』

「京香ちゃん……」

 なぜ、自分が感謝されるのだろう。なぜ、こんなにも満足そうなのだろう。まるで意味が分からない。

 しばらくして、魔物化した京香の肉体が粒子崩壊を始める。茫然自失のウィッチに、京香は消滅間際に満面の笑みを浮かべる。

『最後の最後 であなたに会えて、救ってもらえて良かった……ありがとう……わたしの大切なともだち……私の心は安心して……あなたに預けて行け……る…… 』

 それが、京香が親友へと伝えた最後の言葉だった。メッセージを伝えた直後、彼女の肉体と精神は完全に消滅し、粒子となって天へと昇って行った。

 

           ◇

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 森京香の消滅後、テミスとラプラスの身に起きた症状はすっかり消え、元通りの性格へと戻った。その理由についてリリスがベルーダに尋ねると、事の真相について彼は衝撃の事実とともに推測した。

「調べたところ、森京香は一年前に交通事故で他界していた」

「え」

 耳を疑う様な話だった。先日はるかとクラレンスが出会った彼女は既に亡くなっていたという事実を簡単に受け入れるはずもなかった。ベルーダは彼女が亡くなった経緯についてリリスに説明した。

「……事故当初、トラックと衝突し重傷を負った彼女は直ぐに病院へ搬送された。医師の診断に基づき、すぐにでも輸血を行えば助かる可能性は大いにあった。だが、彼女の両親がそれを拒んだ」

「輸血を拒んだ? どういう事なのそれ?」

「彼女の両親がエデンの証人だった事が理由じゃ。エデンの証人では、神より授かった肉体に他人の血を入れる行為は厳禁とされておる。過去に同じような事案が起きて、遺族に無断で輸血を行った医師が訴えられ最高裁まで争われたという判例もあるくらいじゃ。戒律は命よりも尊い……少なくとも、そう考えている信者は多数おる。ワシには到底理解できぬ話じゃがな」

「だとしたら、私やはるかが出会ったあの少女は何だって言うの? まさか幽霊とかっていうんじゃないでしょうね!?」

 合理主義である彼女からすればあまりにも荒唐無稽な話だった。死んだ人間の魂がこの世に未練を残して生き返ったなど、決してあってはならない事だ。

「……あれはおそらく、彼女の霊魂が周囲のエントロピーを蓄積させた事で変貌した姿なんじゃろう。エントロピーはクリーチャーのエネルギー源じゃ。厳密には彼女はクリーチャーとは言えんが、それに類推する存在……〝イミテーション〟 とでも呼称するか。とにかく、エントロピーの増大は時として生物の肉体をも作り変えてしまうのじゃ」

「信じられないわ! 死者の魂がこの世に留まり続けた事も、それが私の大切な親友を襲ったという事もね!」

「イミテーション……森京香には生前から確固たる理念があったのじゃろう。悪魔を決して許さない。それが彼女の意志とは無関係に長年刷り込まれたものであっても」

「理念ですって? ふざけるんじゃないわよって言いたくなるわ。自身の理念の為に他人の倫理を侵したら、それはもう理念なんかじゃない。ただの独り善がりって言うのよ」

 きっぱりとそう断言すると、リリスは到底納得できない結果に背を向けるように、踵を返してベルーダの元を後にした。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 本当ならば京香と一緒に来るはずだった公園に一人で向かい、はるかは彼女と掘り起こす予定だったタイムカプセルを掘り起こす。

 木の下に埋められたアルミ製の箱。土を払って中に入っていた物を確かめる。

 中には京香との思い出の品が入っていた。幼稚園時代に一緒に作った折り紙やビーズアート、当時お気に入りだったキーホルダーなど。その中で、彼女が見つけ出したのは京香が残した手紙だった。

 花柄の便箋には拙いながらも一生懸命に綴った文字でこう書かれていた。

『わたしのしょうらいのゆめは、だいすきなはるかちゃんといっしょにかみさまのくににいくことです』

「京香ちゃん……」

 手紙を読み終えた時、はるかは再びあの時の光景を思い出す。魔物と化した京香が死に際に自分に言い残した言葉を――

 

 

『最後の最後 であなたに会えて、救ってもらえて良かった』

『私の心は安心して……あなたにあずけて行け……る…… 』

 

「うぅぅぅぅ……」

 気が付いたとき、はるかは手紙を抱えながら止めどない涙を流していた。そして胸中自分が犯した罪の重さに苦しんだ。

(違う。違う、私はお礼を言われるようなことは何ひとつしてない。本当は京香ちゃんと戦うのが恐ろしかった。ただ 救いたかった。なのに私は……私が救ったのは他でもない、私自身だ。醜い……醜い)

 既に親友が死んでいたなどと言う事実を知らなくても、自らの剣で親友の命を奪ったという事実は決して拭えない。

 自責の念に捕らわれるはるかに、クラレンスが後ろからそっと声をかける。

「はるかさん……」

「クラレンスさん、私にプリキュアの資格などありません。友達一人救えなかった私には人を救う事なんて出来ません」

 良心の呵責からそのように訴えかけるはるか。そんな主の言葉を聞いた後、クラレンスはおもむろに後ろから優しく抱擁する。

「あなたのしたことは間違ってなんていません。現に私はあなたのその優しさに救われたんです」

「うぅぅぅううう……」

「人は二度死ぬといいます。一度目は肉体が滅びたとき。二度目は人から忘れられたとき。はるかさん……彼女はあなたに心を預けたと言った。あなたが彼女の事を忘れない限り、彼女はずっと生き続けます。それは、とても幸せな最期だと私は思います」

「うああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

テ「またまたあいつがやってくる!! 人の心を蝕む死神のようなあいつが!!」
は「テレビ局を襲撃した根源破滅教団とは!? そして、その教祖と春人さんの因縁とは何か……!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『破滅の交響曲(シンフォニー)!悪魔の種、芽吹く時!』」


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第40話:破滅の交響曲(シンフォニー)!悪魔の種、芽吹く時!

今回は前回とはまた異なる意味でテーマが重いかもしれません。
春人を主役にする回は大抵話が重くなるのですが、イフリート事件で一度触れた春人の過去に関わる話を今日は書きました。そしてこの回と次回の回を含めて、今まで謎に包まれた疑問や敵の目的が判明すると思います。
それでは第4章の締めくくりとなるお話の前編をお楽しみください。


 【死刑】――凶悪犯罪を犯した者の中で最も重い刑罰。死を以って罪を贖(あがな)うという意味合いから他の受刑者とは異なり拘置所に身柄を拘束される。

 そして今日、とあるひとりの男の死刑が秘密裏に行われようとしていた……――。

 

           ≡

 

十一月二十三日――

東京矯正管区 東京拘置所

 

 午前九時、処遇部門の刑務官および警備隊数名が死刑囚官房へとやってきた。確定囚たちは刑務官が自分の独居房の前にやってくるこの瞬間を「魔の時間」と呼んでいる。

 ガチャ……。扉が開かれる音がした。三畳ほどの広さしかない独房内、その真ん中でこの瞬間がやって来るのをずいぶん前から待ち望んでいたかのように静かに正座をしている男がいた。

 男の名は『若王子素十九(わかおうじすじゅうく)』、本名は『三輪康弘(みわやすひろ)』。

 過去に遡ること、十年前――日本中を震撼させた世界初のNBCテロを実行したカルト教団の元教祖である。

 死刑判決が言い渡されてちょうど十年という節目の今日、若王子の死刑執行が正式に法務省から通達されたのだ。

「百三十五番、三輪。出房だ」

「…………」

 刑務官の呼びかけに若王子は無言のまま立ち上がると、おもむろに独房の外へと出る。

 死刑執行は必ず午前九時から十時の間に行われる。前もって執行の予告などはせずに当日の朝、不意打ちの如く処刑場へ連れて行かれるのが現実だ。

 一九七〇年代までは死刑執行の言い渡しは二日前ないし前日にあり、親族とも最後の面会をさせていた。しかしある時、絶望した死刑囚が処刑の前夜に自殺をしてしまったことがあった。以来、死刑執行は国家の「超極秘事項」となり、本人や家族にさえ事前告知はされなくなったという。

 執行当日の朝、死刑囚は何かをやりかけていたとしても、部屋の片付けはおろか、荷物の整理も許されず、そのまま処刑場へ連れて行かれる。

 通達を受けた死刑囚の反応は様々である。素直に覚悟を決める者もいれば、腰を抜かし立てなくなる者、物を投げたり暴れたりして抵抗する者などがいる。ゆえに通達には刑務官が数人で立ち会う。

 一秒でも長く生きたい――そう考える死刑囚は少なからずいる。混乱し暴れる死刑囚に対し、刑務官が有無を言わさず彼らの両腕を抱え、処刑場まで連行する。これが死刑というものの現状なのだ。

 若王子の場合は抵抗の意思というものは一切感じられず、むしろ清々しいほどの表情を浮かべ、いつでも死後の世界へ行ってやるといった意気込みさえ感じられた。

 処刑室へと続く廊下。途中で死刑囚が暴れたり逃げたりしない為に拘置所の職員が五メートルおきに立っている。若王子はその間をずっと通りながら死刑執行室の隣にある広さ八畳ほどの「前室(ぜんしつ)」と呼ばれる場所へ向かう。

 中で待っていたのは神父や僧侶などの教誨師(きょうかいし)(民間の牧師や僧侶を始めとする、教え諭す役割を担った人の事)と、十数名の刑務官。ここで初めて拘置所の署長が正式に死刑の執行を本人に告げるのだ。

「『〇〇年十一月二十三日、三輪康弘の死刑執行を命ずる 法務大臣××××』――」

 署長から死刑執行の旨が伝えられる。

 これを聞いた若王子は口元を若干釣り上げ、「……思ったよりも生き永らえさせてくれたな」と感謝にも似た言葉を呟いた。

 教誨師による最後の祈り。さらに、生前死刑囚が好きだった嗜好品を楽しむ時間が設けられた後、いよいよ若王子の死刑が執り行われる。

 まず目隠しをされ、背中に腕を回されてから手錠が嵌められる。それが終わると、それまで閉ざされていたカーテンが開き、「執行室」へと向かう。

 天井には純白の太いロープ。その下には九〇センチ四方の踏み板がある。

 刑務官たちは速やかに死刑囚・若王子素十九の両足を縛り、首にロープをかけた。これですべての準備は整った。

 やがて、執行ボタンが設けられた部屋に赤いランプが点灯した。このボタンこそ死刑囚の踏み板を開くものだ。全部で五つ用意され、どれか一つが踏み板に繋がっている。これはボタンを押す刑務官の心理的負担を軽くするための処置だ。「執行したのは自分ではない」と思えるようにというせめてもの配慮だ。

「これでお別れだ。最期に言い残したいことがあれば言ってくれ」

 幹部の一人が確認をする。対する若王子の答えは、

「今更そんなものはない。殺すなら殺せ……」と、自らの死を全面的に受け入れるものだった。

 若王子が最後の言葉を言い終わったのを見計らい、ボタン室で待機していた刑務官六名のうちのひとり、指揮官が「押せ!」と合図を出し残り五名が一斉にボタンを押そうとした……――次の瞬間。

 

 ――ドカン!!

 何の前触れも無く、死刑室の壁が外からの力が加わり豪快に破壊された。

 突然の事態に刑務官を始め死刑に携わった者すべてが驚愕する中、土煙の中から人影のようなものが見えてきた。

「あ~、良かったー。まだ息があるある」

 そう言いながら煙の中から現れたのは、はぐれ悪魔・カルヴァドスだった。

「な、なんだ貴様は!?」

「へへ。ボクが誰かって? ボクは悪魔だよ♪」

 あどけない笑顔で答えると、カルヴァドスはボタン室の方へ左手を突き出し、黒ずんだ衝撃波を放つ。

「「「「「「グアアアアアア!!」」」」」」

 ボタン室に控えた執行官がカルヴァドスの攻撃を受けた直後に絶望した。さらに、カルヴァドスは前室と若王子の付近に控えた刑務官及びこの場に居合わせた関係者全員を次々と手に掛けていった。

 死刑執行寸前で起こった突然の事態。目隠しをされた状態の若王子も思わず言葉を失っていた。

 やがて、死刑に関わるすべての人間をその手に掛けたカルヴァドスは若王子の首のロープを引き千切る。目隠しを外され、手足の自由が利くようになった若王子は内心驚きを禁じ得ない様子だが、平静を装い訝し気に尋ねる。

「……何者だ、君は?」

 すると、問いかけにカルヴァドスはあどけない笑顔で答える。

「あれれ~? 聞こえなかったかな? ボクは悪魔だよ。だから君を助けに来たんだ」

「悪魔が私を助ける? 何の為に? そもそも出してくれなどと頼んだ憶えは無いんだが」

「生憎君の意見は求めてないよ。まぁ君とボクは同じ穴の貉って意味では親近感が湧くんだけどね」

 そう言うと、カルヴァドスは自分を悪魔である事に疑念を抱き猜疑心を向け続ける若王子の顔を見据えながら、本題へと入る。

「ボクらと君の利害はきっと近いところにあると思ってる。そうさ、ボクらに必要なのは利害関係なんだよ」

「悪魔と契約しろと? この私が、何の為に?」

「決まってるよ。この世界をしっちゃかめっちゃかにする為さ。君ほどの男なら解るだろう。強大な力を得た者だけが世界がどうあるべきかを決めるべきなんだ。君にはその資質がある。悪魔は君にとってのビジネスパートナーってところさ」

「物はいいようだな」

「へへへ♪ 兎に角さ、君にはまだ生きててもらいたいんだよ。ボクたちの野望の為に――君だって世界を変えたいという気持ちがあったからテロなんて起こしたわけでしょ? ファウスト博士も、力を得るために悪魔と契約を交わしたでしょう?」

「己の魂と引き換えにな。しかし、君にメフィストフェレスほどの力があるとは到底思えないのだが」

 ドイツのファウスト伝説に登場する有名な悪魔を引き合いに出すとともに、若王子は目の前の子供をただの子供ではないと認識しながらも、それが悪魔であるとは決して認めようとしなかった。

「辛辣だなぁ~。いいよ、そんなに疑うんなら証拠を見せてあげるよ。悪魔カルヴァドスの名に懸けて、君を身も心もボク色に染め上げてあげるから」

 出会うはずの無かった世紀の大悪党同士の邂逅。破滅へと向かって運命の歯車が今、ゆっくり廻り始める……――。

 

           ◇

 

十一月二十五日――

東京都 八王子市 某霊園

 

「もう、十年か……」

 【神林家之墓】と書かれた西洋式の墓標に向かって手を合わせる喪服姿の親子。神林敬三とその息子・春人は故人を偲んで線香を上げ、故人が生前に好きだったマーガレットの花を手向ける。

「元気にしているか……暦(こよみ)……」

 敬三が呟く隣で、春人は亡き母の事を思って黙祷を捧げる。

 今日は春人の母親である神林暦が、若王子を主犯格とするカルト教団が起こした地下鉄テロによって落命した日。同時に春人の心に消えない傷が生まれた日でもある。

「父さん……」

 不意に春人が神妙な面持ちで敬三に尋ねる。

「死刑執行寸前のところで、あの男がはぐれ悪魔に助けられ拘置所から脱走したっていうのは本当なの……?」

「……ああ」

 警察関係者の根回しで逸早く先の事件の全容を知った春人。敬三は事実を隠蔽すること無くありのままに事実を伝える。

 すると、それを聞いた上で春人は胸の内ポケットに手を突っ込み何かを取り出した。

 敬三は少し驚いたように春人が取り出した物を見た。金色に光り輝く聖ペトロ十字に似た形のペンダント――それは生前母・暦が好んで付けていたものである。

「お前、それ……いつも……」

「うん……片時も忘れないようにね……」

「……思い出すなぁ……暦のお気に入りはそのペンダントだった……」

(母さん……)

 しんみりとした表情で敬三が故人を偲ぶ中、春人は亡き母の姿を思い返しながら、ペンダントを胸元で強く握りしめ、固く誓う。

(アイツは……必ず……僕が斃すんだ……)

 瞳に宿るのは、母を死地に追いやった若王子への強い怨恨から来る殺意。秘かに復讐に燃える春人を待ち受ける運命とは……――。

 

           *

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

 帰りのホームルーム時、リリスたちの担任教師である三枝喜一郎から全生徒共通の注意喚起が行われる。

「えー最近、頻繁にこの辺りでも不審者などが目撃されています。下校するときはなるべく一人ではなくて、集団で帰るようにしてください。また、習い事や部活動等で帰りが遅くなる方は必ずご両親に連絡を取って迎えに来てもらえるように」

 ホームルームが終わり、リリスたちはいつものように三人で下校する。帰路の途中、リリスがはるかとテミスに言って来る。

「最近、軽犯罪の発生率が高くなっているようね」

「そう言えば……この間も黒薔薇町のコンビニ店で、3Dプリンターで作られた銃を使った強盗事件がありましたねー。しかも一件だけじゃなくて、同じような事件が全国で同時多発的に起こっているとか!」

「専門家の話じゃ、犯人は全員過去に服役した事実があるとか。しかも3Dプリンター銃は警察内部のごく一部しか知らないデータを元に、何者かが送り付けてる可能性があるとも言っていたわ」

「なんだか怖いですね~」

「3Dプリンター銃事件も確かに怖いけど、カルヴァドスがまた何かやらかしてる事の方が怖いんじゃなくて?」

「例のカルト教団教祖脱走事件の話ですか?」

 はるかがそう尋ねると、リリスは言うか言わないか迷った末に隣を歩くはるかとテミスにおもむろに話をする。

「サっ君経由で聞いた事なんだけど……その教祖、春人のお母さんの命を奪ったテロ事件の主犯格だそうよ」

「ハヒ!! 春人さんのお母さんをですか!?」

「それは知らなかったわね……」

 今の今まで知らなかった事実に、はるかとテミスは仰天した。

「だからなのかしら、春人は逃げた教祖の行方を追おうと躍起になってるみたい。それこそ血眼になって捜してるとか」

 リリスの話を聞いた直後だった。テミスが眉を顰めながら呟いた。

「〝愛は何よりも恐ろしい悪魔である〟……」

「ハヒ、テミスさん?」

「それってマルケスの言葉……だったかしら?」

 唐突にテミスが呟いた言葉に二人が耳を傾けると、彼女はガルシア・マルケスの言葉を引き合いに出してから、自分の考えを口にする。

「私にはこの国で起きている負の連鎖、それを引き起こしている原因が〝愛〟に思えて仕方ないのよ……」

「愛? でも、愛って人間なら誰もが持ってるものじゃないんですか? 誰かを愛おしく思うのは当然だとはるかは思うんですが……テミスさんはどうしてそれが、負の連鎖の原因だと考えるんですか?」

 はるかが疑問に思うのも無理はない。まして、愛の伝道師とも言うべき天使自らが愛への疑念を抱くのは予想外のことだった。テミスは自分でも何を矛盾めいた事を言っているのかと内心思いながら、その矛盾から生まれた考えを口に出す。

「愛は常に世界を変える力を持っているわ。でも、行き過ぎた愛は時に人を傷つけ、それが憎しみへと変わる。とりわけ今の社会に蔓延している負の連鎖は愛は愛でも、『自己愛』の暴走だと私は考えているわ」

「自己愛……か」

 聞いた直後、リリスはその話に合点がいった。自分を愛する心は人間にとってなくてはならない感情だ。自らを愛する感情を持つからこそ、他社を慈しむ心を持つ事ができるからだ。だが、それが行き過ぎてしまうと――人は他人への同調や共感を忘れ、そればかりか自分以外の異質なものを排除しようという心理が生まれる。他人の気持ちを慮ることさえ叶わなくなった結果、人間は凶悪な本性を露にする。言うならば、それこそ悪魔と呼ぶに相応しいだろう。

「そして、その愛を最大限利用しているのがあのはぐれ悪魔よ……罪を犯した者の心理を巧みに利用する狡猾さ……被害に遭う一般市民はともかく、犯行を行う者の事も何も考えてない……完全な戯(あそ)び。もしくは大規模な実験を仕掛けて慌てふためく人々を大笑いしながら眺めている気さえするわ。そう、カルヴァドスは今も昔も自分の愛を享受する事しか考えていない……まさに怪物よ」

 確かにそうかもしれないと、リリスは素直に思った。

 だが、如何に凶悪な怪物だとしても自分たちはそんな理不尽な悪魔から身内とこの街で平和に暮らす人々を守りたいという確かな欲望があった。

 午後の昼下がり――三人の少女は世界の情勢を共に憂い、その行く末について思案するのだった。

 

 その頃、レイを始めとする使い魔組は車で都内を移動中。今日も彼らは新規の契約者を募るべくビラ配りに専念していた。

「さぁ今日はうんと遠くの町までビラ配りだ!! 目標は一万枚だっ――!!」

「そんなに張り切らなくたっていいじゃないのよー」

「何を言っているのですかご婦人は。リリス様が力を付けた以上、我々も頑張らなくてはならないのです!」

「がんばるのはあんただけでいいと思うけど。だいたいあんた、テミスが買ってくれたこの車を試運転したかっただけじゃない」

 一か月前の黒ケルビムでの一件で、レイの車は修理不可能と言えるまでに大破した。その罪滅ぼしとして、テミスは天界上層部から支給されほとんど手つかずだった預貯金を叩いて、レイの為に最新機能が搭載された新車を購入したのだった。

 ラプラスはそう言った事情を知っているがゆえに、ビラ配りという体のいい言い訳で自分達を引っ張り出して有頂天でドライブをするレイの態度が気に入らなかった。

「そう仰らないで下さいラプラスさん。レイさんはいつだって、リリスさんやみなさんの事を第一に考えていらっしゃるんですから」

「クラレンスの言う通りですぞ!! どんな理由であれ、ご婦人にもしっかり協力してもらいますぞ!!」

「あ~、もう……あんたのそういう性格、ほんとめんどくさいわねー!」

 気乗りしないラプラスを連れて来た事は果たして生産性のある事なのかと内心隣で座るピットが思う中、車は赤信号に差し掛かり停止する。

「なんですかあれは?」

 そのとき、助手席に座っていたクラレンスが前方に見えてきたものに違和感を覚えた。レイ達が横断歩道を注視すると、奇妙な光景が映った。

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

 眼前に映る修験者の如き集団。手には錫杖を携え、意味不明な言葉を唱えながら鈴を鳴らし、一歩ずつ前進をする。

 やがて、そのうちの一人がレイたちの方へと近づいて来た。修験者は持っていたビラを一枚レイへと手渡し、素早く列に戻るとその場を立ち去った。訝しげな表情で配られたビラに書かれている内容を見る。

「〝根源破滅こそ真の救済也〟……何だこれは?」

「最近増えて来たわね、こういうの。うちの近所でもこの前見かけたわよ」

「こういう世の中ですからね。内心不安で仕方ないんですよ」

「勝手な事ばかりやって来たからね人間は……何かに滅ぼされたって、自業自得って事なのかしら」

 と、達観した様に独白するラプラスとは対照的に、レイは眉を顰める。

 信号が青に変わったのを見計らい、レイはビラを屑籠へと収めるなり車を素早く発進させた。

 

           *

 

東京都 千代田区 日比谷公園

 

 根源破滅を唱える謎の教団――【根源破滅教団】の存在感は日を追うごとに増していった。そして、昨今の経済不況やテロ事件などを背景に影響力は大きくなり、入信する者が加速度的に増加した。

 黒薔薇町でもそんな熱心な信徒と初心者向けに教団の幹部が集会を開き、自らの教義について熱く説いていた。

「レミングと言うのをご存知かな? 数年に一度の大繁殖の帳尻合わせで集団自殺すると言われているネズミの事です。彼らはなぜそんな事をするのか? きっと彼らには聞こえているのでしょう……そう!! 地球の声が!!」

 指導者の語る言葉に熱心に耳を傾ける信徒、そして半信半疑な一般聴衆。(ちなみにレミングが集団自殺をするというのは集団移動中に起きる偶然の事故によるものであり、彼ら自身の意思に基づくものではない)

「地球に命令され彼らは何の疑いも無く死んでいくんです、ピュアに……ところがッ!! 人間だけがその命令を聞く力を失ってしまった!! つまりッ!! 本能が壊れてしまったんです!! だから今来たんです!! 彼らが……根源破滅が!!」

「「「根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!!」」」

 異様すぎるほどの熱気に一般聴衆の何人かは引いてしまっている。しかし中にはシンパシーを抱いて一緒に根源破滅と唱える者までいた。

 そして今日、この集会の様子を神林春人とその友人・旭丘竜之助(あさひがおかりゅうのすけ)が遠くから静観していた。

「あれが佐藤君なのかい……?」

「そうなんだ。見ての通りすっかり変わっちゃってさ」

 春人が集会を見ていた理由――同じ高校に通うクラスメイトが突然人が変わったかの如くこのおかしな宗教に入信したからだ。つい先日まで普通の高校生だったはずが、数日のうちに熱心なカルト信者に変貌した。その背景を春人は探偵として秘かに調べていた。

「旭丘君。彼が変わった切っ掛けは何なのか、わかるかい?」

「インターネットだよ。SNS上で見つけた【人類救済の会】とかっつうフォーラムに参加して、以来すっかりのめり込んじまったんだ」

 春人は遠目から、人が変わってしまったクラスメイトを憂慮する。彼の心配を余所に、佐藤は太鼓のばちを叩きながら根源破滅と唱え続ける。

「なぁ神。放っておいても大丈夫じゃねぇか? こういっちゃなんだが、人に迷惑かけてなきゃ何しようが個人の自由だろ?」

「個人の自由、か……旭丘君の言う事も一理あるね。だけど僕は自分のクラスメイトをカルト教団の食い物にされるのはごめんだよ」

 春人はクラスメイトを助けに行くつもりだった。旭丘の忠告も無視して、彼は一人佐藤の元へと向かった。

「佐藤君! 佐藤君!」

 ばちを叩く佐藤の真横に立ち、肩を強く揺すりながら呼びかけを行うがまるで反応がない。すっかり別の世界に意識が飛んでしまっている様子だ。

「目を覚ますんだ佐藤君! なぜこんな事を!?」

 それでも諦めず春人は呼びかけを続けた。

「彼は理解したんだよ――人間の傲慢さを」

 だがそのうちに、根源破滅教団の指導者が春人の方へ歩み寄り威圧感溢れる顔で言ってきた。

 反射的に指導者を鋭く睨む春人。そんな彼の態度に周りの信徒が彼を取り囲み冷たい視線を向けてきた。

「地球は怒っています。今に必ずその罰を与えます――」

「「「根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!!」」」

 次々と言い寄ってくる信徒たち。春人はどんな状況でも毅然でいようとするが、途中で旭丘が駆けつけ春人を彼らから引き剥がそうとする。

「おい神ヤベーよ……!! こいつらヤバいって!!」

「待ってくれ旭丘君!! まだ何も解決していないだろ!! 佐藤君っ!! 佐藤君っ!!」

 旭丘に両腕を掴まれ、春人は強制的にこの場を退去させられる。

 必死の呼びかけも虚しく、カルト教団の教えにどっぷり染まった佐藤に春人の声は響かなかった。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 人間界で起こっている負の連鎖。

 テミス曰くその諸悪の原因が自己愛の怪物こと、カルヴァドスにあるとされるが、彼女の考えは的を射たものだった。

 事実、強盗などの軽犯罪の増加を促した要因――3Dプリンター銃を秘かに元服役囚に送り付けたのは他でもない。カルヴァドスだったのだ。

「しっかしわかんねーよな。カルト教団の教祖様を拘置所から出したり、警察のデータバンクにハッキングして元服役囚に3Dプリンターで作った銃送ってみたりとかさ。おめーのやる事にはまるで一貫性がねぇ」

「一貫性ですか……ふふ」

 コヘレトが言う中、カルヴァドス本人はニコニコと悪魔染みた笑顔を浮かべ返事をする。

「やだなー、コヘレトさん。ボクはこう見えて色々考えているんですよ。洗礼教会の為、ホセアさんの為、そしてみなさんの為を思ってね♪」

「けっ。調子の良い事ばかり言いやがって。で、今度は何をするんだ?」

「布石は十分に打ちました。あとは結果を待つだけです。人間世界に新たなテロの恐怖が舞い降りるその瞬間をね――」

 

 深夜零時――。

 東京のとある廃寺にて、根源破滅教団の秘密集会が執り行われようとしていた。

「教祖様のおな~~~り~~~」

 信徒たちが一斉に跪き頭を下げる。根源破滅教団の教祖として君臨するのは、カルヴァドスの助力によって死刑執行を免れ拘置所から脱走したあの若王子素十九だ。

 十年前同様にカルト教団を組織した彼は、今日という日の為に集まってくれた熱心な信徒たちに説法を始める。

「この世には汚れが満ち溢れている! そして、この美しい世界を淀み腐らせているのは他でもない……自然や環境が、人間のエゴによって破壊されている! 世界的な気候の変動、オゾン層の破壊、熱帯雨林の減少など数え上げればきりがない」

 急速に進む自然環境の破壊を例に、若王子は人間のエゴについて語り、人間のエゴこそが地球を殺そうとしている諸悪の根源であると説く。

「地球は生きているんだ! だが、その地球を病気にして殺そうとしている黴菌(ばいきん)どもがこの地上にはたくさんいる。このまま放っておけば、病はどんどん重くなり、やがては……この星は生き物ひとつ生きられない死の星となるだろう!!」

 言うと、手に持っていた錫杖を地面に突いた。

「我々が為すべきことはひとつ! 我々が根源破滅の導き手となりて、世界を……この地球を救うのである!!」

 教祖の言葉に耳を傾ける信徒たちの顔に希望が宿る。彼らの心は若王子の虜。完全な洗脳状態にあった。

「共に行こう、同志たちよ!! 地球を救えるのは我々しかいないのだ!! さぁ、私と救済計画を行おう!! そして唱えよう!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!!」

「「「根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!! 根源破滅ッ!!」」」

 真夜中に響き渡る不気味な唱和。

 この後彼らは、根源破滅の名の元に【人類救済】を目的とする大規模なテロ計画を実行するのだった。

 

           ◇

 

十二月初旬――

警察庁 科学警察研究所

 

「失礼します」

「こんにちはー!」

 この日、ディアブロスプリキュアのメンバーは洗礼教会対策課本部長である神林敬三からの呼び出しを受け、警察庁の附属機関である【科学警察研究所(通称科警研)】へと招かれた。

「ようこそ、待っていたよ。ディアブロスプリキュアの諸君ッ!!」

 リリスたちが到着すると、この場へ招いた張本人・神林敬三が厚く出迎えてくれた。

「警視庁公安部特別分室本部長の神林敬三だ。春人の父親でもある」

「ご丁寧にどうも。悪原リリスです。本日はご多忙の中、わざわざお招きいただき有難うございます」

 それぞれの勢力の代表者同士が握手を交わし合う。イフリート事件の解決と、その後の洗礼教会によるテロ活動が本格化した事を受け、両勢力はいがみ合う事を止めて和解。今では当初のような蟠りは無くなり協力関係を築くに至った。

「ところで春人さんは?」

「あそこだ」

 敬三が視線を向けた先――春人は透明な窓ガラスの向こう側にあるトレーニングルームで、セキュリティキーパーの状態で待機をしていた。

「これから何をするつもりなんですか?」

「セキュリティキーパーの新武装のテストを行うんだ」

「新武装ですか!?」

「それは初耳ですな……」

 リリスたちが呼ばれた理由――新しく開発されたセキュリティキーパー専用の新型武装テストの視察だった。

「洗礼教会との戦いも日に日に激化している。今後更なる強敵との戦いにおいて、現状のセキュリティキーパーシステムだけでは十分に対処し切れる可能性が難しいと判断した。そこで我々は、数か月前から温めていた新武装計画に本格着手。そして今日、春人が完成したばかりの新武装を試すんだ」

 敬三は一人息子である春人の身を案じつつも、彼の人間離れした身体能力に依存してしまっている現状を内心恥ずかしく思っていた。だがそれでも多くの人々を守る為には春人の力が必要不可欠であるというジレンマを抱えていた。

 複雑な心境を抱く敬三は、間もなく始まろうとするセキュリティキーパーの新型武装テストの様子をリリスたちと共に静観する。

「それじゃ春人君、準備はいいかい?」

『いつでも構いません。始めてください』

 春人の方は既に心を固めている。研究所のスタッフはコンソールを叩き、細かな微調整を行ったのち新型武装テストを開始する。

「システムセーフティ解除。ニューアームドシステム、作動!!」

〈Safety device relieve〉

 SKバリアブルバレットに搭載された電子音が唱えられる。

 リリスたちと研究所のスタッフが固唾を飲んで見守る中、セキュリティキーパーの全身スーツが目映い光を放ち始めた。

 

           *

 

東京都 日本コミュニティーブロードキャスティング本社ビル

 

 日本におけるメディアの中心的放送局――それが【日本コミュニティーブロードキャスティング】、略称【NCB】である。この本社ビルの某編集室にて、番組編集を行っていたベテランディレクターとカメラマンが昼食がてら会話をしていた。

「もう少し素材が必要だな……おい児島、飯食ったらまた出かけるぞ」

「渡部さん、俺なんか凄い不安になって来ちゃって」

「え?」

「これ、ここ数か月に起きた集団犯罪の統計なんですけどね……ものすごい勢いで増えてるんですよ」

「集団犯罪?」

 カメラマンの児島は、昼食用のパンを齧りながら目を通していた一冊の週刊誌で組まれた特集ページをディレクターの渡部へと見せた。渡部が特集記事に目を通すと、過去数か月中に起きた集団犯罪に関する考察が載っていた。

「なになに? 〝それぞれの事件に関連は無いが、よく調べるとひとつだけ共通する事がある。それは……〟」

 共通項が何かについて記事を読み進めると、見出し程の大きな字で書かれていた漢字が五文字。

「〝動機不明瞭〟か……」

「そうなんですよ。特に理由も無いのに、どの事件も大きな事件にエスカレートしている」

 狂気に駆られた人々がツルハシやピストル、火炎ビンなどを使って互に争い合うシーンが雑誌中に掲載されている。集団犯罪が増え始めたのは、三か月前――ちょうどカルヴァドスがダークナイト事件を起こし始めた頃からだった。

「これも近ごろ増えてる怪しい宗教とかその手の影響ですかね? 何かと変な怪物も頻繁に町へ現れてるし……」

 最後のパンを口に含んでからそう呟く児島。これを聞いた渡部は雑誌を読みながら「確かに町を破壊する怪物は恐ろしい……」と共感しつつ、「だがな」と付け加える。

「本当に怖いのは児島……人の心が壊れてしまうって事なのかもな」

 

 そんな中、NCB本社半径三キロ圏内で異変が生じた。

「なにあれ?」

 人々が空を見ると、何の前触れも無く反時計回りに渦を巻く亜空間が発生。それに伴い、例の根源破滅教団もどこからともなく現れた。

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

「根源破滅の大いなる意志よ!! 罪深き人間を導きたまえ!! この地上よりその汚れを払いたまえ!! ああああああああ!!」

 教団の指導者が渦巻く亜空間に強く祈りを捧げる。

 すると亜空間内で強い稲妻が奔り、ピカッと光った途端――NCB本社屋を直撃する。様子を傍観していたカルヴァドスはこの状況にひとりほくそ笑む。

「ふふふ。さぁ、破滅を導く交響曲(シンフォニー)の始まりだ」

 

           *

 

同時刻――

警察庁 科学警察研究所

 

「駆動出力クリア。反応誤差零・零二以内。【ニューアームドシステム】――最終調整(ファイナライズ)、完了です」

 セキュリティキーパーの新型武装テストが無事に終了した。テスト終了と同時に春人は変身を解除し、テストルームを出て行った。

 実働テストの様子をかたわらで見守っていたリリスたちを始め敬三や研究所の職員は、驚愕の気持ち以上に春人が無事な事に安堵する。

「ふう……。どうにか間に合ったようだな」

「やりましたね、部長!」

「うむ」

「ハヒー……スゴかったですね!」

「あれが春人の、セキュリティキーパーの新武装の力か……!」

「確かにこれなら私たちにとっても心強いわ」

「そして新武装を軽々と扱える春人の驚異的な潜在的能力……相変わらず末恐ろしい男だ。本当に人間なのか?」

「悪魔の君や悪原リリスにだけは言われたくないよ」

 そんなジョークを飛ばして春人が戻って来た。敬三はテストを終えたばかりの息子の体調を真っ先に気遣った。

「どうだ春人、体は何ともないか?」

「僕はこの通りぴんぴんしてるよ。いつ敵が来ても大丈夫だよ、父さん」

「ふむ。頼もしい限りだ」

 息子の言葉に力強さを覚えた敬三は、息子の自信に満ちた笑みに釣られ微笑した。

 ピーピロピーピー……ピーピロピーピー……

 ちょうどそのときだった。誰かのスマートフォンに軽快なポップミュージック調の着信メロディが入ってきた。

「何? この変なメロディ?」

「これは……私が声を当てているアニメ『涼神(すずがみ)ハルコの鬱屈』の主題歌ですぞ!」

 聞いた瞬間、声優の仕事をしているレイが少し驚いた様子で説明する。

「やーねー。誰よアニソンなんて着メロにしてる幼稚趣味な物好きは?」

 と、ラプラスが臆面もなくはっきりとアニメの着メロを設定している人物を見下した発言をした直後だった。

「…………私だ。」

 敬三が気恥ずかしそうにしながら、己のスマートフォンを取り出した。

「「「「「「「「えええええええええええええええ!!」」」」」」」」

 あまりにも予想外な人物からのカミングアウトに春人以外のディアブロスプリキュアメンバーが驚愕の声をあげた。

「許してくれないかい? 父さんに電話がかかってくるときは、大抵悪い知らせが多い。せめて着メロくらいは楽しい曲がいいと思ったんだ」

「そ、そうなんですか……」

「だからってアニソンでなくてもよかったんじゃないかしら……」

 春人からの弁明を受けるも、どうにも腑に落ちないような晴れ晴れしない気持ちのリリスたち。そんな彼女達を余所に敬三はポップな着メロが鳴り続けるスマートフォンに耳を当てる。

「もしもし……私だ……なにっ!?」

 刹那、敬三の声色が変わった事で何か事件が起きたとリリスたちは瞬時に察した。

「わかった。詳細はこちらで確認する……」

 やがて渋い顔つきのままスマホを切ると、敬三はリリスたちに言って来た。

「都内ポイント二十一地区にて、時空に急激な変化が発生した。集束ポイントにはNCB本社ビルがある」

「NCBだって!?」

「それって……あの大手テレビ局の!?」

 吃驚するリリスたちを前に、敬三は彼女たちを真っ直ぐな瞳で見つめ真剣な表情で懇願する。

「みんな、直ぐに現場へ向かってくれ! なんだか胸騒ぎがする。早く行かないと取り返しのつかないことになるかもしれん」

「「「「「「「「「はい(ええ)!」」」」」」」」」

 首肯して、リリスたちは研究室を飛び出し現場へ直行する。

 部屋を出て行った彼女たちの身の上を心配しつつ、敬三は迅速なる事件解決を迫られる状況に重圧を感じていた。眉間に皺が寄り若干余裕を失くしている。そんな彼の前に、一人の男が近づき話しかけて来た。

「あの子たちがそんなに心配か? それとも、役職者としてのプレッシャーに押し潰されそうで怖いのか?」

「多分どちらもですよ。ただ、これだけは言えます。我々はあまりに無力です。警察官たる大人が、齢十四歳、十六歳という子どもの力を頼らなければこの現状を打破する事すら難しい話なのです」

「そうでもないさ。あの子たちもお主ら大人の力があって、初めて前に進めるのじゃ。大人とは子どもを導く為にある――そうじゃろう?」

 隣に立ち語りかけてくる男の言葉に、敬三は幾ばくか気持ちが楽になった。背負っていた重荷が若干軽くなった気がした。

「……あなたの言う通りですね。あなたが我々に協力して資金援助とともに開発に携わってくれていなかったら、セキュリティキーパーシステムの完成はあり得なかった。本当に心から感謝申し上げます――大河内会長」

「その名で呼ぶな。ワシにはベルーダと言う名前がある」

 言うと、それまで謎に包まれていた大河内財団会長兼ディアブロスプリキュアの後援者――ベルーダはほくそ笑んだ。

 

           *

 

同時刻――

日本コミュニティーブロードキャスティング本社ビル

 

「おい! サブ、サブ聞こえますか!?」

 稲妻が直撃したNCB本社ビル。局内では停電が発生し生放送中という状況で画面が砂嵐となった事で、スタジオ及び裏方も全てが混乱状態だ。

「一体どうなってるんだよ~~~!!」

「オレに聞くなッ!!」

 プルル……。

「ああ、早速苦情の電話か……」

 生放送中に起こったトラブルに視聴者からの苦情が来たと思った番組プロデューサーは、重々しい顔つきで側に置いてある受話器を取る。

「もしもし?」

 トゥルルル……。

「はい、磯野です」

 トゥルルル……。

「はい、山内です」

 トゥルルル……。

「はい、苫外です」

 停電に見舞われた局内では同時多発的に社員の携帯電話、あるいは局の固定電話へ着信が見られた。無論、渡部と児島も例外ではなかった。

 プルル……プルル……

 編集室の電話が鳴った折、渡部は編集途中の映像に一瞬だけ気味の悪い顔のようなものが映ったのを見逃さなかった。

「これは……!!」

 プルル……プルル……

 ひっきりなしに鳴り響く電話。児島がおもむろに受話器を取ろうとすると、血相を変えた渡部が咄嗟に止めた。

「児島ッ!! この電話出るな、絶対出るな!!」

 

 リリスたちはレイの新車に乗車し現地へと向かう。途中、同乗していた春人がNCB本社ビルで起こっている異常を手持ちのタブレット端末で調査・分析する。

「NCBビル内から非常に強力なパルス波形を感知した」

「一体何が居るっていうの?」

「それは行ってみないとわからない。ただ……これだけはハッキリと言える。敵は紛れも無く僕ら人類を根絶やしにしようとしているんだ」

 車はNCB本社ビルを目指し、一直線に国道を走り抜けていく。

 

 一方、異常事態から逃れようとしていた渡部は児島を連れて、暗く人気の無い異様に静まり返った廊下を移動していた。

「わわわ、渡部さん!! この現象何なんなんすか!? 突然真っ暗になって!」

「児島! 落ち着け!! 俺にも良く分からない、だけどここで慌てたら終わりだかんな!! 俺から絶対離れんなよ!!」

 児島以上に渡部も相当戦々恐々だ。そんな頼りなさ気な上司を前に無事にここから出られるのかと、児島が思ったそのとき。

「ああああ!! 渡部さん、マズイっすよ!! 人が、人が……!!」

「ぬああああああ!!」

 プルル……プルル……

 携帯電話から固定電話に至るまであらゆる電話の音が鳴り響く。社内で電話の音を聞いた局員のほとんどが謎の洗脳状態に置かれると、情緒不安定ながらも正気を保っている渡部と児島に向かって前進して来る。

「みんなどうしちゃったんですかね!?」

「まるで何かに操られているようだ……逃げるぞ!!」

 踵を返して逃げようとする二人。が、その矢先に今度は後ろの方からも同じように洗脳状態に置かれた同僚たちが向かって来た。

「おい来んなよお前ら……!! 俺を誰だと思ってるんだ、俺学生時代元・暴走族の総長だったんだぜ!! ケンカしたらヤバいんだからな!!」

「見え張ってんじゃねぇよ児島!! お前本当は暴走族の総長じゃなくて放送部の部長だろぉ!!」

「渡部さん、それ言っちゃおしまいっすよ!!」

「ああ……もうおしまいだ!!」

 追い詰められた挙句打つ手の亡くなった二人は、最後の最後で漫才のような掛け合いをし、そして……。

「「あああああああああぁぁぁぁぁぁ~~!!」」

 前後方からの攻撃を回避する事もかなわず、悲鳴を上げながら人の波に呑まれゆっくりと沈んで行った。

 

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

「こんげん~~~!」

「「「はめつ~~~!」」」

 シャンシャン……。

 数分後、リリスたちはNCB本社ビル前に到着した。

 本社ビル上空には例の亜空間が継続的に稲妻を発生させており、更に眼前からは根源破滅教団が並列になって歩いてくる。

「ハヒ、あの人たちは……!」

「まためんどくさいのが出たわね」

 これを見た春人は前に出ると、前進して来る根源破滅教団に強く言う。

「退きなよ。君たちに用はないよ」

「ふふふ……地球の意志に背きし反逆者め。大いなる根源破滅の裁きを受けるがよい!!」

 指導者が語気強く唱えた途端。集まった信徒たち全員が人の姿から一変、カオスピースフルへと変貌した。

『『『『『『カオスピースフル!!』』』』』』

「こいつら!!」

「カオスピースフルが化けていたのかっ!!」

「やっぱり教会の仕業って事ね! なら遠慮は無しよ!!」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「実装!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「非道な悪事に正義の鉄槌下す者。その名はセキュリティキーパー」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、天使、暗黒騎士、探偵のコラボレーション!!」

「「「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」」」

 

「ベリアルスラッシャー!」

「ファイアーマジック!!」

 ――ドカン!

『『カオス~~~!!』』

「ホーリーアロー!!」

「ダークネススラッシュ!!」

 ――ドドン!

『『『ピースフル~~~!!』』』

 有象無象のカオスピースフルを相手にするのは骨が折れる。誰か一人でも局の中に入れようと、正規のディアブロメンバーは最年長者で警察組織の一員でもあるセキュリティキーパーを送り出す事にした。

「春人!! ここはオレたちが食い止める!!」

「先にビルの中に入ってください!! はるかたちも必ず追いつきます!!」

 この言葉を聞くと、セキュリティキーパーは背中を向けてから「……恩に着るよ」と小さな声で呟き、駆け足でビルの中へと向かって行った。

『『『カオスピース!!』』』

「邪魔だよ」

 バシュン――。

『『『フル~~~!!』』』

 行く手を阻むカオスピースフルをSKメタルシャフトで捻じ伏せる。セキュリティキーパーは正面玄関から潜入し、局の中枢部分を目指す。

「っ!」

 その道中だった。セキュリティキーパーは局内で偶然遭遇した人物と顔を合わせた瞬間、思わずその足を止めてしまった。

「き、貴様は…………」

 見た瞬間、眼球が充血し真っ赤になる。冷静沈着な彼の思考は怒りと悲しみ、憎しみの思念に徐々に支配されていく。

「どうした? 私の顔に何かついているのか?」

 セキュリティキーパーを前に不敵な顔で問いかける根源破滅教団教祖――若王子素十九。かつてのテロ事件で春人の最愛の母・暦の命を奪った男だ。

 直後、セキュリティキーパーもとい、春人は武装を解除した。

 やがて右手のSKバリアブルバレットの銃口をおもむろに若王子の心臓へと突き付ける。瞳に映る標的を決して捕え損ねる事が無いよう。

「貴様は……僕がこの手で……斃す!!」

 長きに渡り封じられてきた怨嗟の念、復讐の箍。その箍が今まさに外れる――――!!

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「怒り、哀しみ、苦しみ――積年の恨みを晴らすべく鬼と化す春人さん」
朔「早まるな春人っ! お前が今すべきことは復讐なんかじゃない! 今こそ目覚めるんだ、春人!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『最後の砦!セキュリティキーパー・アサルトバース!!』」


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最終章:黙示録獣復活編
第41話:最後の砦!セキュリティキーパー・アサルトバース!!


今回お送りする話で、第4章の内容が終了し正式に最終章へと続く形となります。
後半部分で衝撃の展開が待ち受けていると思いますが、ビックリし過ぎないでください。
カルト教団VS春人の最後の戦い、彼の勇姿にご期待ください。



さかのぼること、十年前――

東京都 大田区 田園調布 神林邸

 

「お母さん! お母さん!」

 十一月二十三日の朝。当時六歳だった少年・神林春人は小学校へ行く直前、最愛の母である暦へと無邪気な笑顔で呼びかける。

「明日はお母さんの誕生日だよね!」

「ええそうよ」

「誕生日プレゼントは何がいい?」

「そうね……春人がくれるものならなんでもいいわ」

「ぼく、お母さんがビックリするようなものあげるから! 楽しみにしてて!」

「ありがとう春人。さ、早くしないと遅刻するわよ」

「はーい!」

 微笑みながら母が無意識に手に触れる金十字のネックレス。それが何よりも大切にしているものであることを春人はよく識(し)っていた。

 

 ――いつだって、いつだって母さんは僕に優しく微笑みかけてくれた。僕も父さんも母さんのあの微笑を見るのが好きだった。

 ――母さんは世界的にも有名なピアニストだった。父さんとの馴れ初めは詳しくは知らないけど、父さん曰く運命的な出逢いだったという。

 ――結婚して直ぐに僕が生まれ、程なく現役を引退。それからは自分の持っているスキルを活かして音楽スクールの非常勤講師として週に一、二度外に出る事があった。

 ――あの日も母さんは、僕と別れて直ぐに仕事へと向ったらしい。まさか、母さんの声を聞くのがその時が最後の日になるとは思いもしなかった。

 

「お母さん…………?」

 ――学校が終わると、僕は血相を変えて迎えに来た爺やの車で都内の病院へと向かった。別に病気やケガをした訳でもないのにどうして、そう思いながら何も知らず病院へと向かった。

 ――病院に着くと、母さんが個室のベッドの上で眠っていた。怪我でもしたのかな、何か病気にでも罹ったのかと思ったがそれは間違いだった。

 ――まるで人形にでもなったかのように、母さんはピクリとも動かなくなっていた。

「お母さん……どうして眠ってるの? どうして何にも言わないの?」

 ――僕の呼びかけに答えるはずもなく、母さんはただ黙したまま真っ白な死に顔を向け続けた。枕元で立ち尽くす父さんはただ悔しそうに息の無い母さんを見つめ、ずっと渋い顔を浮かべていた。

「お父さん、お母さん目覚めないよ。何とか言ってよ、お父さん!」

「春人……すまない。お父さんにもどうする事も出来ないんだ」

 ――嗚咽を必死に抑え、平静を装うとともに父さんは弁明した。その瞳には薄ら涙が浮かんでいたのをよく覚えている。

「お母さん……お母さん……ぼくだよ……春人だよ……ねぇ、返事してよ……ねぇ……ねっーてば!!」

 ――何度も声を震わせ大声で呼びかけた。だが、どんなに希っても母さんが僕の声に反応し、再びその息を吹き返す事は決して無かった。

「お母さああああああぁぁぁん!! アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!」

 ――この日、僕たち家族から「太陽」が消失した。

 

 ――母さんを死に追いやったのは、中東諸国で大量殺戮を目的に製造された恐怖の化学兵器。ほんの少量でも人を簡単に殺める事が出来る強力なものだ。

 ――そんな危険極まりないものを使ってテロ事件を起こした連中こそ、若王子素十九を教祖とするあのカルト教団だった。教団名は口にする事さえ忌々しい。その教えは拉致・監禁を許し、殺人さえも肯定した。

 ――若王子が幹部信者に命じたのは、通勤ラッシュで賑わう地下鉄車内に毒物を撒き散らす事だった。当時の捜査資料を読み返すと次のように記載されていた。【ラッシュアワーの混雑に忍び込み空は晴れ渡っていたのに、何故か信者たちはビニール傘を手にしていた】と……。そして、三つの路線と五つの車輛に毒物が撒かれた。

 ――何の罪も無いたくさんの人々を殺し日本中を震撼させた。そう、あの日……僕の母さんも仕事に向かうため偶然にも車輛内に乗り合わせていた。

 

「本件における犯行は極めて残忍で、極刑も止むを得まい」

 ――あの男の裁判を傍聴しに行った時だった。法廷で死刑判決が言い渡された瞬間、僕は見逃さなかった。あの男が薄ら笑っていた事を。

 ――信じられなかった。僕と父さんから母さんを奪ったあの男は、母さんだけでなく他の人たちを殺した事に対しても何の謝罪の言葉も無かった。そればかりか、ああやってほくそ笑んでいたのだから。

 ――僕は奴の人間味の欠片も無い、悪魔的な態度がどうしても許せなかった。

「この人殺しがッ!!」

 ――思わず僕は傍聴席から乗り出した。父さんが僕を押さえつけるあいだ、法廷を退出するあの男に向かって感情の赴くまま怒号を発した。

「お前なんか……お前なんか……いつか必ず殺してやるっ――!!」

 ――母さんはなんの為に生まれ、何故死ななければならなかった……!?

 ――僕は断じて許さない! もしも刑期の途中で、奴が何らかの方法で檻の外から出て来たのなら……

 ――その時は、僕が必ずこの手で斃す!!

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

現代――

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

「亜空間、依然としてエネルギーを増大中!」

「強力な電波干渉の為、ディアブロスプリキュアとの連絡も途絶えました!」

「まるで情報が確認できないとは……NCBの中は一体どうなってるんだ!?」

 科警研から対策課本部へとんぼ返りした神林敬三。電波干渉による影響で情報が錯綜し統率の取れない状況に苛立ちを隠せない。

(敵の狙いはなんだ? リリス嬢たちの事じゃから大丈夫ではあると思うが……)

 敬三に同伴する形で対策課へと足を運んだベルーダはモニター画面を凝視する。

(何か大きな変化が起ころうとしている……よもや、この世界の理(ことわり)を容易く覆しかねん大きな局面を迎えようとしているのか?)

 いつも飄々としている顔つきから一変、眉間に皺を寄せ、腕組みをしながら現地で敵と戦うリリスたちの事を案じ続ける。

 そして、不透明で先行き知れない混沌に渦巻く世界の行く末を――……。

 

           *

 

日本コミュニティーブロードキャスティング本社ビル前

 

「ブレイズバーン!!」

「〈バーニング・ツイン・バースト〉!!」

 ひっきりなしに続く爆発と衝撃。集団となって襲い掛かるカオスピースフル軍団を無心になって掃討するディアブロスプリキュアメンバー。

『『『カオスピースフル!!』』』

 だが、いくら倒してもその数にきりがない。倒したそばからまた新たなカオスピースフルが生まれ襲い掛かってくるのだ。

「な、何なのよこいつら……!?」

「これじゃ直ぐに春人さんに追いつくなんてできません!」

「どうあっても私たちをビルの中には入れさせないつもりのようね」

「その通りだよ」

 するとそのとき――ケルビムの言葉を肯定し、頭上よりはぐれ悪魔カルヴァドスがはにかみながらゆっくりと舞い降りてきた。

「カルヴァドス……貴様!」

 顔を見た瞬間、バスターナイトの怒りのボルテージが一気に上がる。沸々と昂る感情を堪えるとともに剣を握りしめる力はより一層強くなる。

「ハーイ、みんなー。また来ちゃったよー♪」

「あんた……今度はいったい何を企んでいるつもり!?」

「ふふーん……何だと思う? 見事正解したら、ご褒美に素晴らしいプレゼントをあげちゃうよ♪」

「ふざけないで!!」

「貴様とクイズ大会をしに来たつもりはない!」

 相も変わらず人を食った態度を見せつけるカルヴァドスにベリアル達は怒り心頭。たまらず声を荒らげる。

「みんなノリが悪いな~。まぁいいや、とりあえず君たちを中に入れさえしなければ後はどうとでもなるから」

 言うと、カルヴァドスは右掌に魔法陣を出現させ亜空間に収納していた身の丈を遥かに超える大きさの黒い魔戦斧【アドラメレク】を取り出した。圧倒的な巨大さと殺傷力を兼ね揃えた武器を携えたカルヴァドスの姿は、さながら命を刈り取る死神を彷彿とさせた。

「んじゃまぁ、悪魔らしく……君たちの命まとめて刈り取ってあげるよ♪」

「その科白と武器はあんたみたいな奴が使うと余計にシャレにならないんだけど……」

 額に一筋の汗を流すとともに、ベリアルは苦い表情で指摘した。

 

           *

 

同時刻――

日本コミュニティーブロードキャスティング本社ビル内

 

「貴様は……」

 見た瞬間、眼球が充血し真っ赤になる。冷静沈着なセキュリティキーパーの思考は怒りと悲しみ、憎しみの思念に徐々に支配されていく。

 彼の視線の先に映る人物。かつてのテロ事件で春人の母の命を奪ったカルト教団の教祖――若王子素十九。

 彼との接触が、セキュリティキーパーの脳裏に忌まわしき記憶を再現させた。

「どうした? 私の顔に何かついているのか?」

 あれから十年の月日が流れた。たった今、セキュリティキーパーが心の底より殺したいほど憎んでいる相手が目の前に立っている。

 湧き上がる憎悪の感情に心支配されていくと、セキュリティキーパーは変身を解除してからSKバリアブルバレットの銃口を若王子の眉間へと向け、赤外線ポインターで照準を定める。

「そうか……君はあのときの……」

 春人の面影から、若王子は当時裁判の席で自分を殺すと言って来た少年が彼であると察した。

「貴様だけは……この手で……」

「ほう。警察官の息子である君が犯罪者の私を殺すか。なるほど、それも悪くない……だがそれで、君の母親は本当に救われるのかな?」

 不敵な笑みで、逆に春人を諭すような言葉を向けてくる。聞いた瞬間、春人は歯茎から血が滲む程の悔しさを抱いた。

「母さんを……母さんを奪った男が……知ったような口を聞くなぁっ――!!」

 ――ズドン!!

 激昂した直後に発砲。

 放たれた一発目の弾丸を、若王子は慌てる事も無く平気で躱す。

 しかし、春人はその後も若王子目掛けて撃ち続ける。

 ――パン!! パン!! パン!!

 怒りの形相で若王子を狙い、執念深く弾を乱射する。今の春人の心は憎悪、怒り、哀しみと言う負の感情に占められている。

 若王子は自分へと向けられる凶弾まるで最初からどこへ飛んでくるのかが分かっているかのように、すべて紙一重で躱し続ける。

「無駄だ。私はこの世で唯一の最終解脱者だ。堅気の武器では私は倒せない」

「黙れぇっ――!!」

 

 ――パン!! パン!! パン!!

 建物の外でベリアル達と戦っていたカルヴァドスだったが、不意にビル内からひっきり無しに聞こえてくる銃声音が気になり手を止めた。

「おや? なんだか向こうはかなり盛り上がってるみたいだよ」

 腹に籠ったような音だった。ベリアルたちもカルヴァドス同様、戦う手を一旦止めて耳を澄ませる。

「この音は、春人さんの……!」

「妙だな。普段の春人なら敵を仕留め損ねる事などないはずだ」

「まさか彼が……?!」

 ここでようやく、春人の身に予想外の事態が起きているのだと察した。

「はるか!! カルヴァドスは私たちで何とかするから、あなたは春人を!!」

「は、はい!! クラレンスさん、行きますよ!!」

「わかりました!!」

 ベリアルの判断に基づき、ウィッチは戦闘を中断してクラレンスを引き連れ春人の元へと走った。このとき、カルヴァドスは敢えて彼女たちを追おうとはしなかった。

(春人さん……御無事でいてください!!)

 

 ――パン!! パン!! パン!!

(フ―……フー……殺してやる……どこにいる、若王子……!!)

 怒りは人を鬼に変える。

 積年の憎悪によって神林春人の中にあった箍は完全に外れ、理性を失い本能のおもむくまま標的を狙い続ける。標的とされた若王子は春人の視界から姿を消している。

「ふふふ……」

 と、そのとき。背後から若王子らしき笑い声が聞こえた。

(そこか!!)

 振り返って撃とうとした瞬間、春人目掛けて若王子が急接近してきた。

 すかさず撃とうと引き金に手を掛けた途端――若王子は右手を突き出し、春人の腹部目掛けて掌打を放った。

「ぐっは……」

 ドカン、という強い衝撃音が木霊する。

 生身の体だったゆえにその反動は大きく、春人は後方へ吹き飛ばされるとともに所持していた銃を手放してしまった。

「が……き……きさま……その姿は!?」

「言ったはずだ。私はこの世で唯一の最終解脱者だと……これこそ、私が解脱者たる明確なる証だよ」

 そう言いながら、若王子は変化した右腕を見せた。

 右腕は人間のそれではなく、ところどころ肌はけばけばしい色をしていて、細部には鋭い突起物のようなものが生えている。

「ま。あのカルヴァドスとか言う悪魔にも一応は感謝しているよ。どれだけ努力しても、私一人の力ではこの短期間で人間を卓犖(たくらく)した存在へ上り詰める事は不可能だっただからな……』

 やがて、右腕を端にして若王子の全身が著しく変化した。外見は美しいヒョウの姿をしているが瞳には途方もない悪意が感じられる。自らを最終解脱者と称した彼はこの短期間に人間からクリーチャーへと進化を遂げたのだ。

『君をこの場で殺してもいいが、些かそれもまた惜しい』

 動けない春人の方へクリーチャー・オセはゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。

「春人さん!!」

 すると、異変を察知したウィッチとクラレンスが現場へ到着した。

「逃げろ……近寄るんじゃな……い」

『ほう……これはまたカワイらしい。君の仲間だろう?』

 傷ついた春人を助けに来たウィッチとクラレンス。朦朧とする意識の中、春人はか細い声で二人に逃げるよう求める。

 だが、ウィッチはクラレンスをキュアウィッチロッドに取り込むと、プリキュアとしてクリーチャー・オセと戦おうという意思を見せた。

「春人さんをどうするつもりですか!?」

『さぁ。どうするのかな?』

「返してもらいますよ、力づくでも!!」

〈春人さんは私たちの大切な仲間です〉

 芯の強い言葉で言うと、ウィッチは春人奪還の為に力を振るおうとした。

 しかし直前。オセは瞬間移動の如き速さでウィッチの懐へと入り込むと、接近された事にも気づかぬ彼女の腹部を強打――ウィッチを昏倒させた。

「はるか……!!」

 オセは昏倒させたウィッチを肩に抱えると、春人を嘲笑うかの如く薄ら笑みを浮かべる。

『君にはもう少し、私の余興に付き合ってもらうよ――――』

 

「アヴァランチステップ!!」

 戦いの最中、ヘルツォークゲシュタルトとなったベリアルが繰り出す怒涛の攻撃。

 カルヴァドスはレイハルバードの斬撃を手持ちのアドラメレクで易々と受け止め、大きく振りかぶって旋風を巻き起こし払いのける。

「はああああ!!」

 すると頭上からクリムゾンデュークとなったバスターナイトの灼熱の剣閃が向けられた。

 変わらず手持ちの魔戦斧でバスターナイトの剣を受け止めいなす。

 しかし直後、背後に回り込んだオファニムモードのケルビムが聖槍ジャベリンを携え急速接近する。

「このっ!!」

 ジャベリンによる一突きを食らいそうになったが、ギリギリのタイミングで顔を後ろへと逸らし攻撃を回避――カルヴァドスは後ろへバックステップしながらベリアルたちとの距離を計る。

「……なるほどねぇ。ボクも些か君たちを見くびり過ぎていたかな。君ら、思った以上に強いじゃない。ホセアさんが脅威を抱くのもよく分かる気がする」

 カルヴァドスは素直にベリアルたちを評価しているが、当人たちは警戒心を一切緩める事無く固く身構えている。

 すると、カルヴァドスは魔戦斧を肩に担ぎながらふとして呟いた。

「たった数百年で二百種以上……」

「え?」

「人類が絶滅させた動物たちの数だよ。人間はそのエゴで他の生物を殺し続けている。それどころか互に憎み合い、恐ろしい殺戮兵器でこの地球自体すら破壊しかねない。まさにがん細胞そのものだ。もし地球上で絶滅してもいい種があるとすれば……それはぶっちゃけ人間だけかもね♪」

「だからあんた達が人間を粛清しようっていうの? もし仮にあんたの言ってることが正しいとして……あんたや教会連中に何の権利があるって言うのよ!?」

「声無き地球の声をボクらが代弁してやっているんだ。ただでさえ、あと三十年もすれば世界の人口は九十億人に達するって言われてるんだよ。そんなに人が増えちゃ地球だってかわいそうだ。今だって十分痩せこけているのに、更にがん細胞が増えたりでもしたら本当に洒落にならない事になる。そうなる前に手を打つんだよ……具体的に何をすべきか、簡単な方法がひとつ。人間の数を減らしちゃえばいいんだ♪」

 笑みを浮かべながら恐ろしい事を口にすると、カルヴァドスは右手の人差し指でパチンとフィンガースナップを決めた。

 これを合図として、カルヴァドスの周りには根源破滅教団の信徒たちとカオスピースフルが集まって来た。

「ボクらは手遅れになる前にある程度の数まで人間を間引かなきゃならない。だけど誤解しないで。ボクらは別に恨みがあって君たちを殺すんじゃないんだ。すべてはこの地球(ほし)の未来の為――間引きの理由にそれ以上のものは求めていないよ。だから、この地球の事を思って昇天してくれないかな?」

 飽く迄もカルヴァドスはそう言って来るが、ベリアルたちは知っていた。このはぐれ悪魔に尊大な思想や信念といったものが無い事を。ただいたずらに、自分の欲望のままに人の命を弄んでいる正真正銘の悪魔以外の何ものでもない事を。

 信念無き欲望の権化ほど厄介な敵はいない。ベリアルたちは挙って額から汗を流すと、この窮地をどう乗り切るかを必死で思案する。

 

           *

 

同時刻――

NCB本社ビル 某所

 

「うっ…………」

 深い眠りから目を覚ますと、春人は見知らぬ場所でひとり椅子に腰かけていた。

 周りからはピアノを演奏する音が聞こえてくる。どこか懐かしい感じだと思いながら眼前に注目すると、グランドピアノが置いてあった。そして演奏をしていたのはあまりに意外な人物だった。

 春人は一瞬目を奪われた。演奏者は十年前にこの世を去ったはずの母親・暦だった。

「母さん……」

 世界的ピアニストとして名を馳せた母の演奏は艶のある音色と旋律が特徴だった。もう二度と聞くはずもないと思っていた音を再び聞いた事、心から愛した母の生前と何ら変わらない姿に驚愕するあまり、春人は言葉を失った。

 やがて演奏が終わると、黒いドレスに身を包んだ暦はゆっくりと立ち上がってから愕然として立ち尽くしている春人の方へ近づき声をかける。

「私をホログラムだとでも思っているの?」

「え……」

「私ね――黄泉の国から帰って来たのよ、春人」

 そう言って近付くと、「ほら」と暦は春人の左頬に手を添えた。

 暦に手を触れられた瞬間、春人はまたしても言葉を失った。紛れも無くそれは昔味わった事のある母の手の温もりであり、感触さえも寸分違わぬものだった。

「まさか……」

 本当に死者が蘇ったのか――春人の中の理性は一気に崩れかけ、血潮は激しく滾った。

「また正義について一緒に考えましょう。昔みたいに……」

 暦は、愛する息子を前に妖艶の笑みを向けてきた。

 

           *

 

同時刻――

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

「干渉電波は何処から出ている!?」

「干渉波の発信源はNCBの社屋内です!」

「ビルの中からだって?! ベルーダ博士……これは一体?」

 敬三がベルーダに意見を求めると、ふけが溜まりがちな髪の毛をボサボサと掻きながら的確な答えを口にする。

「敵の狙いは、干渉電波を広範囲に拡散させるつもりだと思われるのう……」

「広範囲に!? それでテレビ局を……!」

「放送波を利用されれば、精神汚染は爆発的に広がるからのう。カルヴァドスは人間同士を戦わせ、自滅へと追い込む……それが奴の本当の狙いじゃよ」

 

           *

 

同時刻――

NCB本社ビル 某所

 

「僕を……どうするつもりなんだ?」

「迷いを捨てて。そうじゃないときっと春人は忘れてしまうわ。正義を守るという大切な使命を。邪魔な存在はすべて消すのよ」

 あの優しい母の口からそんな物騒な言葉が飛び出すはずがない――頭では必死で否定しようとしているのに、心はなかなか認めようとしない。

「まずはそいつらを」

 すると、ガタっという音が聞こえ部屋にある隠し扉が開かれた。

 クリーチャー化した若王子に昏倒させられ、いつの間にか姿を消していたはるかと彼女の使い魔クラレンスがロープで手足を固定させられ口布を当てられた状態で椅子に括り付けられていた。

「「うううううう……!! ううううう……!!」」

「はるか!! クラレンス!!」

 まさかこの二人を……信じたくはなかったが、どうやら間違いないらしい。現に暦から春人の手に、SKバリアブルバレットが渡された。

 いくら母の言葉でもこれを引き受けたら最後、人間ではなくなると思った。

 拘束され苦しみ喘ぐはるかとクラレンスを見たのち、春人は銃口を暦の方へ向けると……

「お前は……母さんなんかじゃない!! 消えろっ!!」

 悲痛に満ちた表情で叫んだ。すると暦は春人を直視しながら「あなたに私が撃てるかしら?」と、嘲笑するように問いかける。

 この上も無く動揺する春人は銃口を暦に突き付けたまま一歩後ずさり、引き金に手をかけたまま躊躇し撃つに撃てない。

「撃てば二度と私はあなたの前に現れないのよ? それでもいいの?」

「僕は……」

 銃身が小刻みに震える。春人は躊躇っていた。このまま暦の姿を模った偽物を撃つべきか否か――はるかたちを助けたい、だけど母を撃ちたくない。二律背反の感情に苦しむ春人を前に暦は教唆する。

「春人には私が必要なはずよ。あなたの理想、あなたの孤独、そのすべてを理解できるのは私しかいないんだもの。春人をこんなにも堕落させて……」

 しかしこの言い分に対して、口布を自力で外したはるかとクラレンスは反論する。

「春人さんが苦しんだのは人間だからですよ!! 春人さんも私たちと同じ人間だから!!」

「その通りです!! 春人さんは……我々が知っている春人さんは、堕落なんかしていない! いつだってその胸には、燃えるような正義の心が宿っているんです!!」

 人間故に間違いを犯し、人間故に苦しむ。それだけ人の心は脆くもあり強くもあるのだと二人は暗に主張する。

 しかし、この反論に対して暦は無視を決め込むと春人を見ながら冷たく言い放つ。

「――あの小うるさい女と使い魔を撃ちなさい。そしてもう一度戦うのよ。正義を守るため、愚かな者たちをこの地上から消し去るのよ!」

 語気強く言われ、春人は暦に向けていた銃口をはるかとクラレンスへと向けた。

 二人を狙い定める春人の手は震えが一向に止まらない。春人の指先が今、引き金に掛けられる。

 死を覚悟し二人は目をつぶる。無意識にはるかとクラレンスは互いの手を握り合っていた。春人はおもむろに、引き金を引いた。

 

 ――ドンッ。

 銃声音が鳴った後、はるかとクラレンスはおもむろに目を開ける。銃弾が貫通したような痛みは全く感じない。そればかりか、傷痕すら付いていない。

 春人が撃ったのは二人ではなく暦の方だった。暦の心臓は貫通し、白い煙が薄ら上がっていた。

「軟弱な子……いつも肝心な時に……」

 か細い声で春人を非難する。よたよたとグランドピアノに寄りかかると、暦はそのまま息絶えた。

 結局、春人が選んだのははるかたちを助けるという選択肢。偽物とは言え自分の母を手に掛けた事に苦しみながら、ゆっくりと銃を下ろす。

 その後、無事救出されたはるかとクラレンスが春人の顔を見ると、目から零れ落ちていないものの双眸には涙と呼べる水滴が溜まっていた。

「春人さん……」

「僕には……何も救えやしなかった。何ひとつ……」

「そんな事はありません。あなたは確かに、我々を助けてくれました」

 判断は正しかったとクラレンスは励ますが、当人の心に負った傷は大きかった。何かを救う為に何かを犠牲にした――そんな気持ちが拭えない。

 と、そのとき。動かなくなった暦の体が粒子状となって突如消失した。

『もう少し君を利用できれば面白かったのにな……』

 周囲から春人を嘲笑する声が聞こえてくる。最初暦の声色だったものが徐々に若王子のものへと変わっていった。この場に居合わせた三人はその声に聞き入った。

『まぁいいさ。これから私は日本中、やがて世界中に干渉波を拡散させ人間共が憎み合い滅ぶ様を見届けてやるのだ。ふははははははは……』

 これまでに体験した事のない怒りが湧き上がる。若王子は春人の記憶から暦の偽物を作り出し、彼の心を翻弄したのだ。この卑劣極まりない敵のやり口を春人は決して許せなかった。

「人間の心を弄ぶ……貴様のやり口は卑劣すぎるぞ、若王子!!」

「追いかけましょう、春人さん!!」

「何としてもヤツを倒しましょう!!」

 部屋を出ると、三人は階段を伝い若王子の元へと向かう。

 だが建物の中は既に若王子が放った地獄のクリーチャー軍団によって占拠されている。春人たちを一網打尽にしようとするオセは、離れた場所から思念通話で呼びかける。

『私を許せないか。ならばここを無事に切り抜け、私のところへ来るといい。そして見せてもらおう、君の言う正義とやらを」

「……貴様だけは許さない。絶対に」

 SKバリアブルバレットを手にした春人は、実装という掛け声を唱えずセキュリティキーパーへと変身する。

 直後、銃身表面に刻まれたナンバーを【1】から【2】へと切り替えSKバリアブルバレットを天高く掲げた。

「アサルトバースシステム――実装!!」

〈Set Up. Assault Verse System.〉

 電子音が聞こえると共に、セキュリティキーパーのボディスーツが目映い光を放ちながら新たな姿へと変化する。

 スーツ部分にフォトンが駆け巡る事で灼熱の炎を彷彿とさせた全身が赤から青に染まり、胸部には強力な攻撃に耐え得る強化プロテクターが装備され、ヘルメットには特殊なインカムが、脚部には強化装甲が増設される。極め付けにSKバリアブルバレットの形状も上下二つの銃口を兼ね揃えた多機能マシンガンへと変化した。

 今ここに、あらゆる悪の脅威から人々の平和と安全を守る戦う為の警察最後の砦――【セキュリティキーパー・アサルトバース】が誕生した。

 キュアウィッチ・ヴァルキリアフォームへと変身したはるかと隣合わせになったセキュリティキーパーは、眼前のクリーチャーたちを見据えながら、専用武器【SKバリアブルリボルバー】を構え力強く宣言する。

「僕を怒らせた事を後悔させてあげる。一匹残らず制圧だ!!」

 

「「「はああああああ!!」」」

 建物の中でも外でも繰り広げられるプリキュア対カルト教団との熾烈極まる戦い。

 ベリアルとバスターナイト、ケルビムが三人がかりで数で勝る根源破滅教団と激しい闘争行為を繰り広げていると、突然状況が変わった。

 テレビ局上空に出現した例の亜空間から忙しなく稲妻が奔ると、空間の裂け目から唸り声のような気味の悪い音が聞こえてきたのだ。

「なに、この声!?」

「何がどうなっている?」

「ふふ。聞こえるかい、あの亜空間からこちら側の世界を覗くものの声が。おっと、ちょっとだけ顔を見せてくれるようだよ」

 言いながらカルヴァドスが視線を亜空間の奥へと向けると、確かに彼の言う通り深奥から何かがこちら側の世界を覗き込んでいた。

 目のように光るそれはベリアルたちをじっと見据えている。得体の知れない何かに凝視されるのはあまり気分の良い物ではなかった。だがなぜだろう、ただ見つめられているだけなのにベリアルたちは体の力が抜ける感覚を味わった。

「なに……あれ……」

「わかりません。ただ、あれがものすごく危険な存在である事は確かです……」

「まだまだアレを復活させるにはエネルギーが足りないんだよね。そう、人間同士が憎み合い争いあった際に生じる上質のエントロピー……それこそアレを復活させる最大の鍵となる」

「アレって何なのよ? 一体あんたや教会連中は何をしようとしているって言うの!?」

「さぁ~て……何がしたいんだろうね」

 真実をはぐらかし人を弄ぶカルヴァドスの態度に、ベリアルは堪える事が出来なかった。

「ふ、ふざけんな――!!」

 頭に血が上った彼女はカルヴァドスへ接近――渾身の一撃を彼の顔面へと食らわせる。

「はああああああああああああああ!!」

 ――バチン!!

 カルヴァドスは真正面から突っ込んできたベリアルのパンチを食らうどころか、容易く受け止めた。

「突進からの渾身の一撃……それじゃバカのひとつ覚えだよ♪」

 と、次の瞬間。

「キャアアアアアア!!」

 ベリアルの腕を強く掴むと遠心力を用いて勢いよく投げ飛ばした。

「「「「「リリス(様)(ちゃん)(さん)っ!!」」」」」

「よそ見しちゃダメだよ」

 思わずベリアルに目を奪われた他のメンバーへ音も無く近づくと、カルヴァドスは手持ちの戦斧を薙ぎ払う。

「「「「「ぐあああああああああ!!」」」」」

 凄まじい一撃にメンバーは大ダメージを受けた。

 ほとんどのメンバーが瀕死の重傷を負う中、レイだけは傷が浅く辛うじて意識を取り戻す事が出来た。

「リリス様……くそっ!!」

 命よりも大切な主とその仲間をいたずらに傷つけるカルヴァドスが許せなかった。満身創痍な体を何とか起こすと、レイはいきり立った顔を浮かべながらカルヴァドスを鋭く睨みつける。

「よくも……よくもリリス様やみんなをっ……カルヴァドス!!」

「お~、こわいこわい。そんな剣幕で睨まれるとさすがに委縮しちゃうな。でも君も変わってるよね。主人でも何でもない悪魔の為にそこまで本気になれるんだから」

「……何……………?」

 訳の分からない事を言って来たカルヴァドスを、レイは怪訝そうに見つめる。

「あれ? もしかして気づいてなかったのかい? 君さ、リリスちゃんの使い魔だと思ってるようだけど……それ違うからね」

「な……何を言っている? 荒唐無稽だ、私を貶めるためにわざとそのような妄言を!!」

「いや、ウソじゃないってば。ボクには視えるんだよ。主とそのパートナーとの【契約の糸】が。そこで寝転がってる暗黒騎士とサキュバス、天使と妖精ちゃん、建物の中に入って行った魔女さんとカーバンクルには紅い色をした契約の糸がある。だけど君とリリスちゃんにはそれがない。これは事実だよ」

 カルヴァドスの特殊な目は使い魔、または妖精と契約を交わした者を結ぶ【契約の糸】を確りと捉えていた。糸はパートナー同士の小指と小指とで結ばれており、例外的にベリアルとレイにはそれが存在しないとカルヴァドスは言い張った。

「デタラメを言うな!! 私は悪原リリス様の使い魔だ!!」

「じゃ聞くけど、リリスちゃんといつ契約を交わしたの?」

「なっ…………」

 身も蓋も無い事を尋ねられた。

 レイは咄嗟に思い出そうとするが思い出せなかった。頭の中の記憶をいくら引っ張り出してもベリアルと契約を交わした日がどこにも存在しなかった。

「あとリリスちゃんがカイゼルゲシュタルトの力に目覚めた際、それまで君自身も進化を伴ってきたのに、どうして急に何の変化も起きなくなったの?」

「そ……それは……………」

 またしても的を射た質問だった。グラーフゲシュタルトからグロスヘルツォークゲシュタルトまで、ベリアルの成長とともにレイ自身も新たな武器となって進化してきた。だがカイゼルゲシュタルトの力にベリアルが目覚めて以来、そうした兆候は一切なくなった。

「両方とも知る訳ないよね。契約自体が存在しない以上、君は使い魔でもなんでもないんだ」

 使い魔でも何でもない、そう言われた瞬間にレイの頭の中は真っ白となる。

「で、では……私は一体……何だというのだ!?」

「ボクにそんなこと聞かれてもねぇ……まぁそんなに理由を知りたかったら、あのベルーダって人に聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃない?」

「ニート博士だと?」

 なぜそこでベルーダの名前が出たのか、そう思った時だった。

 バン!! バン!! と、カルヴァドス目掛けて銃撃が飛んできた。

 カオスピースフル達を一掃し、根源破滅教団の信徒たちを驚かす洗礼教会対策課の応援部隊がようやく駆け付けた。

「そこまでだ!!」

「大人しく投降しろ!!」

「プリキュアたちを大至急保護するんだ!!」

「あ~あ……メンドくさいのが来ちゃったよ。まぁいいや、今日のところはひとまずこれぐらいにして引き上げようっと」

 興が醒めたらしく、カルヴァドスは差し当たっての目的を済ませると魔法陣を伝ってひとりアジトの方へと帰って行った。

「ま、待ってくれ!! どういう事なのか教えてくれ――!!」

 消える直前カルヴァドスに向かってレイは叫んだ。あの言葉の意味と、自分というものの存在意義について――。

 

「喰らえっ!」

 ダダダダダダダダ……。

 強化武装アサルトバースシステムの専用武器【SKバリアブルリボルバー】は、セキュリティキーパーの装備の中で最も強力かつ高性能な銃である。上下二つの銃口から交互に光弾を高速連射し、厚さ六十センチの鉄板も容易に撃ち抜いてしまう。

「ハヒー!! 近くで見るとすごいです!!」

〈さすがは最新システム! そしてそれを扱う春人さんもさすがです!!〉

「一階部分、制圧!!」

 瞬く間に一フロア一帯に蔓延るクリーチャーたちを制圧した。間近で新武装の能力に驚愕しながら、ウィッチもまたプリキュアの一人としてセキュリティキーパーとともに局内のクリーチャーたちを制圧していく。

 すると突然、局内の電気が消え暗黒に包まれた。

「ハヒ、停電です!!」

〈暗くて何も見えません!!〉

 突然の暗闇に動じるウィッチとクラレンス。しかし、セキュリティキーパーは決して慌てない。

「暗視システム――作動」

 ヘルメット頭部右側に増設された感知システムのひとつとして暗視システム機能が備わっている。これによって、どんな暗闇でも不自由なく行動する事が出来るのだ。

「ターゲット確認――ファイア」

 ダダダダダダダダ……。

 暗闇に潜む標的を狙い損ねる事無く、セキュリティキーパーは正確無比な射撃でクリーチャーたちを撃ち抜いていった。

「行くよ」

「は、はい!!」

 いつの間にか敵を倒してしまったセキュリティキーパーに言われるがまま、ウィッチは彼と一緒に先へ進み続ける。

 ダダダダダダダダ……。

 奥へ進めば進むだけ、敵の警備も強化され一筋縄ではいかなくなってきた。だがセキュリティキーパーは決して一人で戦っている訳ではない。キュアウィッチという心強い仲間とともにここまで突き進んできたのだ。

「「はああああああ」」

 大方若王子が放ったクリーチャーたちは制圧した。残すは若王子、いやクリーチャー・オセだけである。

「春人さん!」

「透視システム、作動」

 特に警備が手厚い場所だった付近にオセが潜伏していると睨んだ彼は、感知システムに組み込まれた透視システムを作動――これは特殊波によって壁などの物質を見通す事が出来るのだ。

「見つけた!!」

 案の定、壁の向こう側にはオセが待機していた。セキュリティキーパーは何の躊躇いも無く、オセのいる方角へ光弾を連射する。

 ダダダダダダダダ……。

 壁を壊し現れたセキュリティキーパーとウィッチ。終始余裕の笑みを浮かべるオセに銃口を突き付けると「フリーズ!」と言い、投降を求める。

『よくぞここまで辿り着いた。君たちの努力は称賛に値する……だが、この私を止めることは不可能だ』

 その瞬間、オセの体が空気に溶け込む様に消失した。

〈消えた!?〉

「どこへ行っちゃったんですか!?」

『ふふふ。私がどこにいるのか分かるかな?』

 周囲に溶け込む事で二人を翻弄しようとするオセだったが、彼の見え透いた罠にセキュリティキーパーはいつまでも引っ掛かるほど単純ではなかった。

「熱感知システム、作動」

 熱感知システムの前には、どんな光学迷彩も役には立たない。周囲の色に擬態したオセの体もセキュリティキーパーには筒抜けだった。

「ふふ……良く見えるよ、若王子――いや、クリーチャー!」

 ダダダダダダダダ……。

『グアアアアアアアアアアアアア!!』

 光学迷彩を見破ると的確な位置からの射撃をお見舞いする。全身から火花を散らすオセの光学迷彩は破れ、大ダメージを受けた。

「デュナミス・ヴァルキリア!!」

 一気に片を付けてやろうと思い、ウィッチはヴァルキリアフォームの力を解き放つと魔宝剣ヴァルキリアセイバーで激しく斬りつけた。

『がああああ……』

 先程の光弾、そして今のウィッチの攻撃がかなりの痛手となった。子どもだと思い見くびっていたオセにはもう戦う力はほぼ残されていない。

「春人さん、今です!!」

「終わらせるよ――十年間の因縁に」

 そう言って、セキュリティキーパーはベストの左胸部分にセットしていた【SKライセンス】を取出し、手持ちのSKバリアブルリボルバーにセットする。

「SKバリアブルリボルバー、最大チャージ」

 ライセンスをセットする事で、リボルバーにはベルーダが開発した無限エネルギーが供給され、単体でクリーチャーやカオスピースフルを斃す銃弾を放つことが出来るのだ。

『よせ……私が悪かった……だから頼む、殺さないでくれ!!』

「今さら命乞いなんて許さない――ターゲットロック」

(僕が目指した、正義とは、己の理想の為に人の命を踏み台にすることにあらず……この国と、この国の市民、未来を――)

 的を狙い損ねる事の無いよう弾道を正確に計算し照準を合わせる。撃つ直前、セキュリティキーパーは心の中でこう独白する。

(僕たち警察は、この国の未来と人の命を護る最後の砦なんだ……!!)

 次の瞬間。オセ目掛けて渾身の一撃が放たれた。

 

「ジャッジメント・ブラスト」

 

 ダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダ……。

『うわああああああああああああああああ!!』

 人間としての死刑を免れた男は、クリーチャーと言うバケモノの姿に成り下がった挙句、最後の最後まで己の犯した罪を悔いる事無く正義の銃弾の前に散って行った。

 

           *

 

 根源破滅教団はディアブロスプリキュアと洗礼教会対策課の尽力によって壊滅。教祖だった元死刑囚・若王子素十九はクリーチャー化した際に身に付けた力を使って、最も主要なマスメディアであるテレビを通じて様々なメディアを媒体として狂気を伝播させ――最終的には人間同士を争わせる事で破滅を演出しようとした。

 だが、彼を脱獄させたのは他でもなくカルヴァドスであり洗礼教会だった。なぜ今回、洗礼教会はこのような作戦を実行したのか。その真意はどこにあるのか……。

 

           ≡

 

異世界 洗礼教会本部

 

「今回我々が仕掛けた作戦――……通称【根源破滅作戦】は、元カルト教団の教祖を脱獄させる事に始まる、人間同士による破滅を演出した。というのは表向きの理由だ。その真の目的は先のクリーチャー擬きによる騒動から鑑みた〝エントロピーの増大が生命体にどのような影響を及ぼすか〟という実験だった」

「まさか、死人と言いあの教祖といいクリーチャー化してテレビ局ジャックなんて大それたことを起こすとは思いもよらなかったがな……」

「ディアブロスプリキュアと洗礼教会対策課の連中は協力して戦い、一人の犠牲者も出すことなく、これを解決しやがった」

「でもまぁそれぐらいしてもらわないと、こっちとしても倒し甲斐ってものがありませんよ♪ ラッセルさんもそう思いませんか?」

「ええ、上等な料理はじっくりと味わって食べるもの。あなたの言うようにひと口で食べちゃつまらないわ」

 世界各地で暗躍し、破壊活動を続ける洗礼教会。今宵はホセアを筆頭に幹部たちが一堂に会する晩餐会が執り行われていた。ひとつのテーブルを囲みながら、彼らは出遅れている相手を待ちながら今回の事件にまつわる話をしていると……

「私からも一つ報告があります」

 会食に遅れていた最後の幹部――アパシーが別件での任務を終えたった今到着した。

「戻ったな、吸血殺し」

「ご苦労だったアパシー。して首尾はどうだ?」

「はい……次元の狭間と人間界とを繋ぐ亜空間の界境固定(かいきょうこてい)は成功した次第。残るは、アレを復活させるに必要なエントロピーを集めるのみ」

「時は熟してきた」

 ホセアはおもむろに立ち上がる。

「我々はこれまで以上に力を合わせ、野望を成就したいと思う」

 やがて着席していた残りのメンバーも順に立ち上がり、その手に持ったワイングラスを掲げながら乾杯の瞬間を待つ。

「それでは皆の者、我らが悲願……『カオス・エンペラー・ドラゴン』復活の為に、乾杯――――」

 ワイングラスに映ったホセアの顔は、光の屈折の度合いもあってか醜悪なまでに歪み切っていた。

 

 

 

 

 

 




次回予告

朔「教会が新たに放ったクリーチャー・カタルシス!!」
ピ「だけど様子がちょっと変です。無益な殺生は好きじゃないとも言ってます」
は「カタルシスさん、あなた本当はいい人なんですよ! はるかとおともだちになりませんか!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『二人はともだち!?はるかとやさしいクリーチャー!』」


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第42話:二人はともだち!?はるかとやさしいクリーチャー!

いよいよ今回を含めて残り8話でディアブロスプリキュアの物語が完結します。
最終章「黙示録獣復活編」では、これまでに散りばめて来た伏線の改修を行うとともに敵組織の真の目的が明朗となります。
そして、今回と次回でははるかの最強強化形態が披露されますのでご期待ください。


異世界 洗礼教会本部

 

 世界バプテスマ計画の成就――これを推し進めんとするホセアと、彼の元に集まった五人の同志。

 コヘレト、ダスク、ラッセル、カルヴァドス、アパシーが見守る中、ホセアはステンドグラスに描かれた父なる神を人の姿に模った画を凝視し、やがておもむろに口を開き語り始めた。

「……父なる神、主はこの世に万物を創造した。主は唯一絶対の存在でありながら、弱者には愛と慈しみを与えた。その結果、弱者たる者――すなわち人間は蛆虫の如くこの世に蔓延(はびこ)り、彼(か)の恩恵すらも忘れ、しまいには『神は死んだ』などという傲慢な言葉さえも宣(のたま)った」

「たしか、フリードリヒ・ニーチェ……とか言う哲学者が言ったんだったな。そのセリフ」

 ダスクがうろ覚えの知識を引き出し、ホセアの言葉に便乗する。

 後ろへと振り返り、ホセアは改めて同志達を見つめると、軽く錫杖を小突いた。

「地上を人間共の好きにさせる事は極めて危険である。このままではエントロピーの増大は避けられない。そう判断した故に、天使達は自らが育んできた人間を律するべくより直接的な介入を始めた。当然それを快く思わなかったのが堕天使と悪魔だ。思惑は違えど、三大勢力は如何にして人間を取りこむかに躍起になった。その結果、三大勢力は激しく衝突し滅ぼし合った。挙句、今では人間に依存しなければ存続自体が危ういという皮肉を抱え得るに至った……これがかつて勃発した大戦の真相である」

「つまり元々は人間の暴走を止めようとして、逆に自分たちが戦争する羽目になって数を減らしちゃったわけね」

「要するにただのバカ丸出しって事っすね!!」

「ボクが言うのもなんですが、哀れなものですねー」

 人間を取り込もうとした事で戦争が起こり、いたずらに数だけを減らしてしまった悪魔と天使、堕天使の三大勢力。やがてそれぞれの種は人間という自分達よりも劣る存在に頼らなければ種の存続すら危うくなった。これを皮肉と言わずとして何と言うのかと、カルヴァドスは思った。

「三大勢力の力が弱まったのは戦争だけが直接の原因ではない。その最中、次元の彼方より現れた一匹のドラゴンがいた。それがカオス・エンペラー・ドラゴン――すべての生態系を超越した神にも等しい力を持つとされた存在である」

 新約聖書の中で唯一預言書的性格を持つ書『ヨハネの黙示録』。その十二章及び十三章に記される【黙示録の獣】――その記述にはこう描写されている。

 

 〝また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた〟

 

 決して空想の産物などではなかった。確かに人々はその目で見た事を克明に記録していた。天の彼方より現れた魁偉(かいい)なる獣。それこそが世界を震撼させ、三大勢力の戦争すら中断させた史上最恐最悪なる存在――カオス・エンペラー・ドラゴンであった事を。

「カオス・エンペラー・ドラゴン復活の暁には天界、地上世界、冥界を始めとするあらゆる世界から光が途絶え滅びる事になるだろう。生きとし生けるすべての命を破壊の洗礼によって浄化する。それこそが【世界バプテスマ計画】の神髄。カオス・エンペラー・ドラゴン復活には未だエントロピーが十分に満ち足りておらぬ」

「ではプリースト、我が配下に復活に必要なエントロピーを集めさせましょう……」

 ホセアの野望を叶える為、フードを目深にかぶり、顔を隠したクリーチャー・アパシーが静かに唱える。

 すると、ギギギ……。という音を立てて礼拝堂へと続く扉が開かれ、何者かがおもむろに入って来た。

 現れたのは教会直属の暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】の首領であるアパシーの命を受けた彼の部下だった。

 クリーチャーとして生まれながらの巨躯、それ故に裡に秘めたる怪力は神の密使(アンガロス)随一。巌(いわお)の様なごつごつとした身体と、手には大地や炎、電気、磁力などのエネルギーを操る身の丈ほどのグレイブ【ティターン】を装備している。

 アパシーは歩み寄ってきた部下をフード越しに見つめ、静かに端的な命令を発する。

「伝説の巨人カブラカンの末裔たるクリーチャー・カタルシス……カオス・エンペラー・ドラゴン復活の為に、速やかに人間界へ赴きエントロピーを献上せよ」

「御意。このカタルシス、参る――」

 力の籠った骨太い声を発すると、持っていたグレイブの柄頭で地面を叩いた。その際、足下には大きな亀裂が走った。

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

 十二月二十二日の正午過ぎ。

 春人を除くディアブロスプリキュアのメンバーは学校が休みである事から、リリス宅へ一堂に会し、談笑を交えながらの昼食を摂っていた。無論、今回も朔夜自慢のフルコースがテーブルに並ぶ。

「あん……ん~~~このパエリアも美味しいです!」

 口に含んだ瞬間幸福感に満ち溢れるはるかは、率直な感想を漏らすとともに淡いピンク色の幸せオーラを発する。

「どれをとっても一級品なサっ君の料理。あぁどうしよう、美味しいからつい食べ過ぎちゃってこのままだと私太っちゃう!」

「大丈夫だよリリス。太りにくいように食材を厳選している。それにちょっと太っても、オレはリリスを嫌いにならないよ」

「もう~~~サっ君のイジワル! でも……うれしい?」

「よかったわね、リリス。私はもう特別何もツッコまないから安心しなさい」

 惚気具合も相変わらずだ。当初こんなやりとりを見る度に呆れの感情が湧いていたテミスも、今では平然と受け流せるようにまでなっていた。いや、これはある種の防衛本能なのかもしれないが。

「まぁ何でもいいけどさ。とにかく早く食べなきゃ冷めちゃうわよ!」

 色気よりも食い気と言わんばかりに、ラプラスは並べられた料理を次から次へと口へと運んで行く。女性の振る舞いとしてはあまり好ましく無い貪る様な食い気を見て、当然困惑する者や不快に感じる者がいた。クラレンスと朔夜である。

「あのラプラスさん、何もそんなにがっつく必要はないかと思うんですが……」

「お前にはもう少し気品というものを持ってもらいたいものだな、ラプラス。少しはリリスやテミスを見習え」

「何言ってるのよ朔夜、あたしだって持ってるわよ気品のひとつやふたつ! そうでしょうレイ?」

「…………」

 ラプラスから質問を振られたにも関わらず、レイからの返事は無かった。それどころか、彼は周りからの声にも一切反応しないし、折角の料理すらほとんど手を付けず沈黙を貫いている。

「レイ?」

「どうしたのよ、ぼーっとして」

「え……。ああ、いえ。なんでもありません。ごちそうさまです」

 リリスから声をかけられた事で我に返ったレイ。そして、彼女や周りに気を遣うかの如く自分は先に食事を終え、皿を片付ける。終わると彼はその足で家の外へと向かったのだった。

「どうしたのかしたらあいつ?」

「何か思い詰めた感じにも見えましたけど……」

「大したことじゃないわよ。気にせず食事を続けましょう」

 と、リリスは言うが内心実は不安だった。

 根源破滅教団との戦いの後から、レイの様子がおかしかったのは熟知しているし、何かにつけてリリスの事を避けているのも気がかりだった。

 彼の身に何があったのかはわからないが、リリスにはまるでレイが自分から離れどこか遠くへと行ってしまうかのような――そんな不安がずっと拭えなかった。

 

 一方で、リリスたちを避けるかの様に家を出たレイはというと――

「…………」

 深刻そうな表情を浮かべながら、誰も通っていない路地をひとり歩きながら思考する。根源破滅教団によってNCBビルがジャックされたあのとき、戦いの最中カルヴァドスが言って来た言葉の意味について。

 

 

 ――『ボクには視えるんだよ、主とそのパートナーとの【契約の糸】が。君とリリスちゃんにはそれがない』

 ――『契約自体が存在しない以上、君は使い魔でもなんでもないんだ』

 ――『そんなに理由を知りたかったら、あのベルーダって人に聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃない?』

 

 

(もしあの言葉が本当だとしたら……私はどこの何者なのだ? リリス様の使い魔でないのなら、私はどこから来てどこへ向かえばいい)

 自問自答するが、自分では答えを見つけられそうにない。

 思い悩んだ末に彼は決意する。そして、彼はその足取りである場所へ向かうのだった。

 

           *

 

東京都 千代田区 とある雑居ビル

 

 世間がクリスマスモード一色に染まりつつある中、大抵の人間は来る十二月二十五日を待ちわびている今日この頃――警視庁公安部特別分室に所属する現職の警察官及びオブザーバーである神林春人は重要な会合に出席していた。

「これまで続けてきた地道な調査活動と後援者の情報提供によって、テロ組織【洗礼教会】の組織的輪郭がようやく明らかとなってきた。先日のNCB占拠事件では我が息子である春人とディアブロスプリキュアの活躍によって死刑囚・若王子素十九とそのシンパによる凶行を最小限に食い止めることが出来た」

「さすがは春人君。やはり君はこの国の最後の砦だ」

 周りの大人たちは一様に春人の働きを正当に評価し称賛の声をかける。これに対し、春人は謙遜しながら率直な言葉を述べる。

「今回の一件は僕だけの力では解決する事は出来ませんでした。あのとき、キュアウィッチ……天城はるかという最も人の心の機微に聡い少女が傍にいなければ、僕はいまごろ敵の術中に落ちていた事でしょう」

 若王子への復讐心に駆られ、冷静な判断能力を欠いた事で敵の罠に陥り、最悪自滅する可能性すらあった今回の事件。それを解決できたのは春人個人の力だけではなく、他でもない仲間の協力――現場に居合わせていた天城はるかの存在を決して蔑ろにする事など出来るはずがない。ディアブロスプリキュアと接触する以前、迷宮入りの難事件の数々をたった一人で解決してきたかつての春人であれば、このような考えに至らなかっただろう。もっと傲慢で独りよがりな一面が垣間見えたに違いない。そんな彼を変えたのは紛れも無くプリキュアと言う名の少女達に他ならないのである。

 息子の心境の変化を間近で感じるとともに、著しい精神の成長を遂げた春人を敬三は誇らしげに感じ口元を緩める。

 やがて、軽く咳払いをしてから議事の進行継続を周りに告げる。

「さて、話を元に戻そう。どうやら我々が思っている以上に洗礼教会とはタチが悪い秘密結社である事が分かった。彼らは彼らの言う『平和』の実現の為には手段を選ばない。何しろ、彼奴等(きゃつら)に賛同しているシンパがシンパだからな」

 そう言うと、敬三は部屋のカーテンを全て閉めてから中央のスクリーンにある映像を公開する。

 映し出されたのは上層組織である【ゼロ】から提供された極秘資料。過去半年間に渡る調査の末に発覚した洗礼教会に与するテロリストの一覧が網羅されたブラックリスト。リストの面子を見た瞬間、居合わせたメンバーは驚愕の表情を浮かべる。

 驚きかえるメンバーを見据えた敬三は、今一度咳払いをしてから真剣な眼差しで説明を行う。

「洗礼教会の理念に賛同した極左暴力集団に始まり、海外を拠点に秘密に活動する旧日本赤軍や権力者といった連中からたくさんの情報や送金、そして技術供与まで受けて洗礼教会は近年急速に成長を遂げてきた。悪は成長するとさらに強力な悪を呼び込む。洗礼教会の場合、それは強大な権力者。不採用に終わった防衛企業、そして危険な脳科学者と言った具合にな」

「まさにテロリストの巣窟ですね。なぜこれほど危険な連中が今まで情報に出てこなかったんでしょうか?」

「しかもこの情報を見る限り、洗礼教会が持っている装備は我々警察組織が持っている最新鋭を軽く凌駕しています!」

「過剰な制圧活動で公安からマークされていた者……ロシア経由で朝鮮半島に武器を横流ししていた者……まるで、テロリストの見本市の如く全ての危険分子が洗礼教会に結集しているかのようだ」

 かつてこのような事態を誰が想定しただろうか。日本警察の中で国家の治安維持に関わる筈の公安ですらつい最近まで全くノーマークだった宗教結社が持つ異常な組織力、軍事力に戦慄を抱く。

 一方、実際にリリスたちと前線に出て教会が放つ刺客と幾度となく戦ってきた春人もまた表向き平静を装っていたが、内心自分の見立て以上に危険なテロ集団と化している洗礼教会への分析を見誤っていた事に怒りを感じていた。

「諸君、我が対策課の後援者にして最大の後ろ盾である大河内財団会長こと……ベルーダ氏より伺った情報によると、我々が最も警戒すべき人物が一人いる。それがこの男だ」

 周りに呼びかけた敬三はパソコンを操作し、スクリーンに最重要人物の顔写真を大きく公開した。

 全員が固唾を飲んで凝視する人物――アルバと呼ばれるカトリック教会に見られる聖職者特有の祭服という出で立ちに身を包んだ壮年の男だった。

「名をホセア。洗礼教会の大司祭を務めるこの男こそ、すべての巨悪の根源だ。だがこの男の素性は未だ謎に包まれている。その中で確実に分かっているのは二つだけ。奴が活動資金を募る為に『サクラメント・ファンド』なる架空の財団を組織し、鉄鋼・造船・運輸と世界経済の三分の一を牛耳っているという事。そして――――」

 言いながら、敬三は再び映像を切り替えある資料を提示する。資料映像を見た瞬間、居合わせたメンバー全員が目を疑った。

「こ、こんなバカな……」

「あり得ない!」

「父さん、何かの冗談ではないんだよね?」

 春人も本気で諧謔(かいぎゃく)であってほしいと願いたかった。だが、敬三が見せたリアクションは実に渋い表情で言い淀むというものだった。

「私も信じ難いとは思う。だが、事実だ……」

 まるで悪い夢でも見ているかの様に、敬三は自らが提示した情報を今一度目で見返してみた。スクリーンには過去地球上で描かれたあらゆる時代の絵画や壁画などの情報がランダムに映し出されていた。その中で特筆すべきは、紀元前にまで遡った古代エジプトの壁画から数百年前のヨーロッパの風景画に至るまで共通して一人の人物が映し出されているという事実。絵のタッチなどによって多少の差異はあるものの、紛れも無くホセアという男がしっかりと描かれていた。

 メンバー全員が異様なものを目撃し言葉すら失う中、敬三は意を決して彼らに説明を加える。

「……少なくともホセアという男は、古代エジプト時代から今に至るまで悠久の時を生き続けている!」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 中心部

 

 ゴゴゴーン!!

 平穏な日常を打ち破るが如く、天空より降り注ぐ霹靂(へきれき)。

 亜空間より地上へと降り立ったのは、クリーチャー随一の巨躯と怪力を秘めたアパシーの部下、カタルシスだ。

「怪物だぁー!!」

「きゃああああああああ!!」

 カタルシスの姿に人々はおぞましさを覚え、戦慄き悲鳴を上げる。

 無事地上へ降り立ったカタルシスは、身の丈ほどのグレイブ【ティターン】を持ちながら逃げ惑う者、息を潜める人々に力強く宣言する。

「我が名はクリーチャー、カタルシス! 洗礼教会の命により、これより地上世界における洗礼の執行を開始する」

 そう言うと、天上目掛けてティターンの切っ先を突き付けるように掲げた。

 直後、切っ先より放たれた目映い閃光は空を駆けながら街中の電気と言う電気を次々と奪い去っていく。それに伴い、閃光は奪った電気エネルギーを蓄積させながら巨大な光球の姿へと変わり始めた。

「待ちなさい!」

 そのとき。街の異変を察知したベリアルたちと、対策課からセキュリティキーパーが現場へ駆けつける。

「そこまでよ!!」

「クリーチャー! 性懲りも無く何をするつもりだ?」

「……――光球が地上の電気を食らう。雷(いかずち)の力が溜まった時、光球は地上へと落ち、そのすべてを滅ぼすだろう」

「何ですって!?」

 怖気も走る話にハッとした表情を浮かべるベリアルたち。これまでのクリーチャーのような狂気に駆られた虐殺行動より、ずっと効率的であり性質が悪い話だ。

 やがて、カタルシスの頭上に浮かんでいた光球は次の電気エネルギーを求めて自らの意志でその場を離れて行った。

「安心しろ。事は一瞬。痛みも何も感じない」

「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!」

「洗礼教会の好きになどさせはしない!」

 正義感を秘めた目でカタルシスに投げかけた朔夜は、バスターシールドからバスターソードを引き抜き、真っ先に斬りかかった。

「でやあああああああ」

 カキン――。目の前から振るわれた剣を見るなり、カタルシスは左手を突き出した際に目に見えないバリアを発生させ剣閃を弾いた。攻撃を防御された朔夜は、バリアの反動もあって後退する。

「歯向かうのならば、止むを得ん――」

 覚悟を決め、カタルシスはティターンを水平方向に構え――地面を強く蹴って前に出る。

「でやああああああ」

 刹那。グレイブによる鋭い攻撃がベリアルたち全員の体へと向けられた。

「「「「「ぐあああああ」」」」」

 凄まじい一撃だった。ただの斬撃に加え、刃先には電気エネルギーが帯びていた。瞬く間に大ダメージを受けたベリアルたちはその場から吹っ飛ばされると地面に激しく体を打ちつけられた。

「いたたた……」

「な、なんなのあの強力な攻撃は!?」

「無益な殺生は好きではない――――邪魔をするな」

 低い声でそう口にすると、カタルシスはディアブロスプリキュアの前から忽然と姿を消してしまった。

「ハヒ? 殺生は嫌い? あのクリーチャーさん……」

「何が無益は殺生は好きじゃないだ?!」

「クリーチャーのくせに、嘘ばかりついてるんじゃないわよ!」

 どこか違和感を抱くウィッチだったが、直後にクラレンスが怖い顔を浮かべながら立ち上がりカタルシスの言動に怒りを露にする。これに触発されたラプラスも自らの怒りをぶちまけた。

「でも、あのクリーチャー……一体どこへ行っちゃったんでしょう!?」

「光球が落ちる前に奴を止めないと!」

「みんな、手分けしてあのカタルシスって奴を捜すわよ!」

 そう思ってカタルシスを探しに出ようとした時だった。

「ところで……君の使い魔が居ないんじゃないのかい? 悪原リリス」

「え」

 セキュリティキーパーからそのような指摘を受け周りを見渡すベリアル。すると、いつも隣にいて当たり前だったレイの姿がどこにもないという事実に、彼女は今更ながら気づかされた。

「あっ!! 誰かひとりいないと思ったら……レイの奴は何やってんのよ!?」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 時同じくして、謎の天才科学者ベルーダは四六時中研究室に籠ったまま世界各地で次々と起こる異常事態について黙々と情報収集していた。

「極地でしか見られない筈のオーロラがヨーロッパの各地で発生……千年余り活動の予兆すらなかった休火山が突然の噴火……そして、エルニーニョとラニーニャ現象が短いスパンで交互に繰り返されておる。紛れも無くこれは嘗てないほどにエントロピーが増大している事の裏付けじゃ」

 嘗てない地球規模での異変に険しい表情を浮かべるとともに彼は自宅のベランダから身を乗り出す。じっと虚空を見つめる傍ら、彼はひとり憂慮する。

(地上にすら、禍々しい空気が流れ込んできている。地上界だけではない。天界、冥界、すべてが共鳴し合い黙示録の獣――カオス・エンペラー・ドラゴンの復活に震え戦いている……)

 ちょうどそのとき、カタルシスの放った例の光球が偶然ベルーダの家の近くを通りかかった。しかし、彼はその事に対し何の反応も示さない。そればかりか、まるで無関心と言わんばかりに自らの思考だけに意識が傾いている。

(ホセア……主の為そうとしているのがアレを蘇らせる事なのだとすれば、それは正気の沙汰ではないぞ)

「ニート博士!!」

 すると、不意に声をかけられた。ベランダの下を覗き込めばレイの姿が見えた。

 どこか決意の様なものが籠った表情をこちらへと向けている。レイはベルーダ邸の敷居をまたぐと家主の断りなく中へと入ってきた。

 ベランダ越しに天を仰ぎ見るばかりのベルーダを些か不審がちに思ったが、この際気に留めない事にした。

 ベランダへとやってくると、レイはベルーダを背中越しに真剣な眼差しで凝視する。対するベルーダは嘆息してから背中越しに話しかける。

「……上がっても良い、と言った覚えはないのじゃがな。このままでは不法侵入になるのう~。いくら気心知れた関係とは言え、基本的な礼節ぐらいは弁えてほしいものじゃな」

「あなたに大事な話がある――――」

 軽い冗談にすら歯牙にもかけないレイの言動に違和感を覚えた。おもむろに振り返ったベルーダへレイは意を決して尋ねる。

「私は…………私はどこの何者なのだ?」

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇高台

 

 カタルシスは静かに時を待っていた。放たれた光球が極限まで電気エネルギーを蓄え、街を一瞬のうちに焦土と化すその瞬間を。

 彼はいたずらに生き物を甚振り、苦しめせる性分ではなかった。ゆえに彼は光球が戻ってくる時まで丘の上から街を見下ろす事で時間を過ごす。

「クゥ~ン……」

 すると、カタルシスの元へ一匹の子犬が近付いて来た。

「ん?」

 尻尾を振りながら何かを求めて近づいてくる柴犬の子供。カタルシスがそれに興味を持ったのを、偶然にもキュアウィッチロッドに跨って空から彼を捜索していたウィッチが発見した。

「あ、いました!!」

 早速皆に連絡を入れようと思ったが、

「…………」

 なんだか気になって仕方ない。そこで一旦連絡するのを止めると、危険を承知で彼女はひとりでカタルシスの元へ接近する。

「お前……いったい何者だ? 一体何が目的なんだ?」

 近付いて来た子犬とじゃれ合うクリーチャー。子犬はカタルシスの手をひたすら舐め続け、その行為に対し何を意図しての行動なのかが分からない彼はただただ戸惑うばかり。

「その子は子犬って言うんですよ」

 背後から声をかけて来たのははるかだった。彼女は変身を解いた状態で恐れなくカタルシスへと近づいてくる。

「おまえは……プリキュアか!」

 変身していなくても本能的に彼女がプリキュアであると悟った。思わず警戒心を抱くカタルシスだったが、それとは対照的にはるかは破顔一笑する。

「多分その子はですね、ん~~~と……おなかが空いてるんじゃないでしょうか!!」

 言うと彼女はポケットの中を漁り始め、色々探し回ったのち、お目当ての物を見つけた。

「あ、ありました!」

 はるかの手にはキャンディが握られていた。キャンディを手に子犬へと近付くと、彼女は子犬へと食べさせる。

「はいどうぞ♪ 子犬さん」

 はるかがくれたキャンディを、子犬は匂いを嗅いだ直後美味しそうに食べ始めた。その子犬の姿を見て、カタルシスも合点がいった。

「そうか。栄養を補給したかったのか……」

「かわいいですね~~~♪」

 子犬を抱き上げるはるか。すると彼女は持っている子犬をカタルシスへと手渡す。

「はい、どうぞ!」

「え、俺に……!?」

 はるかの突拍子もない行動に思わず振り回されるカタルシス。困惑気味にはるかから渡された子犬をその手で抱きかかえてみた瞬間、

「あたたかい……」

 子犬の体全体から伝わる熱がカタルシスの手から全身へと駆け巡る。

「それはそうですよ。だって生きてるんですから!」

「生きてる……」

「カタルシスさん、でしたっけ?」

 はるかは立ち上がり、先入観の無い心でカタルシスを見る。

「あなたは洗礼教会のお仲間みたいですけど、実はいい人じゃないですか? 殺生は嫌いとか言ってましたし」

「何をバカな……俺はクリーチャーだぞ!」

「でもですね、動物好きに悪い人はいないと言いますし……」

 一旦カタルシスに背を向けてから「それに……」と付け加え、はるかは再び振り返る。

「あなたは命の大切さを知っている、そうですよね?」

「命の……大切さ……?」

 その言葉に大きな戸惑いを抱いた。

 神ならざる者によって作られたクリーチャーであるカタルシスにとって「生きること」や「命」と言うのは、どこかピンとこない概念だった。

 彼を見かねたはるかは笑みを浮かべてから、おもむろに手を差し伸べる。

「私は天城はるかって言います! よろしくです!」

「……その手は何だ?」

「握手ですよ、知らないんですか? 握手をすると、おともだちになれるんです! さ、カタルシスさんも手を出してください!」

 ますますはるかのペースに乗せられている気がした。だが、不思議と断る気持ちも湧いてこなかった。それほどまでにクリーチャーでありながら純粋な存在であるカタルシスははるかの行為を無碍にせず、戸惑い気味に彼女が差し出した手に倣い自らも手を差し出そうとした。

「はるかさんっ!!」

 しかし、突如として状況は一変する。

「貴様っ……はるかさんに何をした!!」

 はるかの使い魔であるクラレンスが、カタルシスと一緒にいる彼女を見つけると、反射的に主を守ろうとカタルシスへ飛び蹴りを仕掛けたのだ。

「ぐあああ」

「カタルシスさん!」

 傷つくカタルシスと目を疑うはるか。子犬は、驚いてその場から逃げてしまった。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

「突然来て何を言い出すかと思えば……お主は火炎龍と双璧を成す蒼雷龍〝スプライト・ドラゴン〟の一体で、リリス嬢の使い魔じゃろ?」

 ベルーダと面と向き合い自分の存在についてレイは問いかける。普段の彼とは明らかに雰囲気が異なる。

 曇りなき眼でこちらを凝視する目の前の存在に、ベルーダは思わず尻込みしそうになり、つい嘘をついた。

「……あのはぐれ悪魔が言っていたのだ。私とリリス様には存在する筈の契約の糸がないと。言われた後、私は改めて気づいたのだ。私はいつリリス様と使い魔との契約を交わしたのか。あの方と初めて出会ったのはどんな時だったのか……クラレンスやご婦人、ピットが持っているはずの出会いの記憶が私には一切欠けている事に!!」

 悲痛そうな顔を浮かべ言い続ける。聞いてる側のベルーダの顔が徐々に渋くなる中、レイは勢い良く迫り問い詰める。

「教えてくれニート博士!! 私とリリス様の関係を!! それを知っているのは、お主だけとカルヴァドスは言っていた!! 頼む!! 教えてくれ!!」

 答えを知りたがるレイの必死の懇願にベルーダの取った行動は……――

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 黒薔薇高台

 

「クリーチャー……よくもはるかさんに!!」

 はるかとカタルシスの前に現れたクラレンス。

 強い怒りに満ちた形相を浮かべカタルシスを睨みつけるその様は、パートナーであるはるかを守るための防衛意識からくるものばかりではない。はるかと親しげに接している体を装うカタルシス個人への嫉妬心が混じっていた。

「クラレンスさん、違うんです!!」

 自分に手を挙げたと勘違いするクラレンスを言い聞かせようとするはるか。しかし、彼女の言葉を無視して再び彼はカタルシスへ攻撃しようと前に出る。

 カタルシスは防御姿勢を取るためティターンを構える。

「やめてください!!」

 しかしそのとき、咄嗟にはるかがカタルシスを庇うようにクラレンスの前方に立ち塞がった。これにはクラレンス、カタルシス両者が困惑した。

「な、何のつもりですかはるかさん!?」

「おまえ……」

「クラレンスさんの誤解なんです、カタルシスさんは悪い人じゃありません!! だから攻撃を止めてください!!」

「しかし!! そいつはクリーチャーですよ!! この世界に混乱をもたらしている洗礼教会の刺客なんですよ!!」

「カタルシスさんとは分かり合えます! 勝手に決めつけないでください!!」

「いい加減にしてくださいはるかさん! どうか目を覚ましてください!! クリーチャーと分かり合えるはずがありません!!」

 ここまで主張が食い違うとは思わなかったから、クラレンスも意地になって柄にもなく大声で目の前の主人を怒鳴りつける。

 それでも尚はるかは一歩も引こうとする姿勢を崩さない。

「く……すみませんはるかさん、これはあなたの為なんです!」

 そう言うとクラレンスは止む無く、力づくではるかを退かしてカタルシスへと攻撃を仕掛ける。

「クラレンスさん!!」

「うおおおおおおおおお!!」

「もう!! やめてって言ってるじゃないですか!!」

 堪忍袋の緒が切れた。はるかは咄嗟にウィッチリングでキュアウィッチへと変身。クラレンスに対して魔法をかけた。

 ツルっ――。

「うわあああ!!」

 ドテン――!! 何もないところでクラレンスは足元を滑らせ盛大にひっくり返った。

「いてて……はるか……さん……!?」

 まさか自分に魔法をかけてまでカタルシスを守るとは思いもしなかった。彼女の取った行動にクラレンスは開いた口が塞がらない。

 そんな彼の前に立ち塞がるウィッチは肩で息をしながら、後ろのカタルシスへ言葉を投げかける。

「カタルシスさん! 悪い人じゃないってことを証明してください!」

「え」

「ですから、今すぐ破壊活動をやめてください!」

「何を!? 俺は洗礼教会のクリーチャー! そんな事をすれば俺は……!」

「そんなの関係ありません! だって、あなたは命の大切さを知っているじゃないですか!?」

「はるか……」

「死んじゃうんですよ……みんな死んじゃうんですよ。さっきのあの子犬さんだって……だからお願いです!!」

 必死になって自らの熱い思いをぶつけ破壊活動の停止を希(こいねが)う少女の姿にカタルシスは口籠る。

 躊躇するカタルシスを見かね、ウィッチの口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。

「だったら……先ずは私からやってください!」

「「な……!!」」

 耳を疑う一言だった。聞いていたクラレンスとカタルシスは挙って目を見開いた。

「同じことですよね? そうですよね!?」

「それは……」

「やめてくださいはるかさん!! あなたがそんなことをする必要は……!!」

「クラレンスさんは黙っててください!!」

 決して死の恐怖から逃げようとせず、異形の存在たるクリーチャーと面と向き合い説得を試みるウィッチ。その気丈にして先入観なくものを見る姿に、カタルシスの心はどよめいた。

 言われてほどなく、ティターンをおもむろにウィッチの首筋へ持っていく。それに伴って、彼方より電気エネルギーを蓄えたあの光球が飛んできた。

 覚悟のこもった瞳を浮かべるウィッチ。今こうして殺されるかもしれないという瀬戸際でありながら、彼女は毅然とした態度を取り続ける。

「洗礼執行――!!」

 唱えると同時に武器を天高く掲げた。クラレンスが慌てて飛び出しカタルシスの凶行を止めに入ろうとした瞬間。

「解除っ!!」

 刃先から放たれたエネルギー光波は頭上に浮かぶ光球へと当たり、瞬く間に消滅させた。クラレンスは唖然としながらカタルシスの行動に度肝を抜く。

「なに!? 本当に洗礼の執行を止めただと!?」

「カタルシスさん!」

 カタルシスは天城はるかという少女の願いを聞き入れた。

 彼女の見立てに狂いはなかった。攻撃を中止してくれた事、クリーチャーと心を通わせ分かり合う事が出来た――この二つの事実がこの上もなく嬉しかった。

 ウィッチは満面の笑みを浮かべながらクラレンスの方へ振り返る。

「ほらクラレンスさん、やっぱりわかってくれましたよ!!」

「はるかさん……」

 先入観を持たない彼女の行為が、カタルシスを改心させた。

 クラレンスはパートナーでありながら先入観を持つがゆえに臆病となり、最後まで彼女を信じて上げられなかった。それだけじゃない。自分よりも巨躯で力も強いカタルシスという存在と親しくするウィッチを見て、本能的に彼女を盗られてしまうのではないかという嫉妬が、クラレンスの冷静な判断力を著しく鈍らせた。

 その事をクラレンスは心の底から悔しく思った。

 やがて、再び変身を解きカタルシスと打ち解け合うはるかに向かってクラレンスは自らの行動を猛省しながら土下座をする。

「はるかさん……本当に申し訳ございません!!」

「ハヒ!? クラレンスさん?」

「私としたことが……はるかさん、使い魔としてあなたを最後まで信じて上げられずそのクリーチャーに手を挙げてしまうという失態!! どうかお許しください!!」

 今更懺悔をしたところで遅いのかもしれない。だが謝らずにはいられない。なぜなら自分はパートナーとの信頼を壊しかねない事をしてしまったのだから。

「クラレンスさん、頭を上げてください――」

 地面に頭をこすりつけ必死で許しを請うていると、不意にはるかが優しく声をかけてきた。

 慌てて顔を上げると、目の前の主人はいつも通りの優しい瞳でクラレンスを見つめ、かつ彼の頭を愛おしそうに撫でてきたのだ。

「もういいんですよ。分かってもらえれば」

「はるかさん……ありがとうございます!!」

 最初からはるかはクラレンスを許すつもりだった。その慈愛溢れる行動にクラレンスの心は救われ、心に沸いた邪念はたちまち洗い流されていった。

(人間と使い魔の信頼関係……そうか、なぜ今まで気づかなかった。この世界にはこんなにも純粋で価値あるものがあるのだ)

 二人の関係性を見ることで、カタルシスはこの世の中の価値を知る。

 それまで世界どころか自分の存在にすら価値を見出せなかったクリーチャーは、天城はるかとその使い魔クラレンスの存在を目の当たりにしたことで、ようやくこの世の中で最も大切な価値とは何かを理解することが出来たのだ。

 

 ドドドーン!

「ぐおおおおお!!」

 唐突に、頭上から炎の矢がゲリラ豪雨の如く降ってきた。

 カタルシスの全身は瞬く間に豪炎に包まれ勢いよく焼かれると、反射的にその場から走り出す。

「カタルシスさん!!」

「どこへ行くんだ!?」

 穏やかでない事態に困惑しながら、はるかとクラレンスは直ぐに彼を追いかける。

「ううう……」

 噴水が整備された近場の公園まで走ってくると、水辺を転げ回りながら全身を焼き焦がす炎をどうにかして消火する。

 やがて、火傷を負ったカタルシスの前に現れたのは――今の彼が最も警戒すべき最強の刺客だった。

「血迷ったか? 我らが為すべき使命を失念し、脆弱なるこの地上の……プリキュア如きに焚きつけられ、己が目的を見失ったか。カタルシス……」

「アパシー……!」

 謎多き洗礼教会の幹部にして、クリーチャーのみで構成された暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】の頭目。彼は教会と神の密使(アンガロス)という組織を裏切り、あまつさえ泥を塗ったカタルシスを粛清する為、自ら地上へと降り立った。

 隠された素顔からひしひしと伝わる殺意。カタルシスは思わず息を呑む。

 対峙する二体のクリーチャー。ちょうどそこへ、はるかとクラレンスが到着する。

「カタルシスさん!!」

「あいつは……」

 ただならぬ緊張が走る現場。

 部下を抹殺しに現れたアパシーを前に、標的者となったカタルシスは自らの思いの丈をぶつける。

「俺には、俺にはこの世界は壊せない! やるべきことが見つかった……」

「やるべき事だと?」

「俺たちクリーチャーに個は無い。ただ命令に従い、神とその代行者に従属し続ける事こそが本懐。ずっとそう思っていた……だが俺はほんの少し、ほんの少しだがプリキュアの少女との触れ合いの中で分かった気がする」

 言うと、カタルシスは持っているティターンを地面に叩きつけ、眼前のアパシーに対し語気強く宣言する。

「俺は守りたい!! この世界の生き物、そのすべての命を!! だから俺は神の密使(アンガロス)を……洗礼教会から離脱する!!」

「カタルシスさん……」

 予想外の展開だった。だが同時にこの上もなく嬉しかった。近くで聞いていたはるかは感極まり涙を浮かべる。

「我らと袂を分かつ、そう言う事か……」

 自ら教会を離脱するという意志を示したカタルシスの言葉を聞き、アパシーは取り立てて動揺することも怒りを表すこともしない。代わりに、右手に光の剣を携えカタルシスへと突きつける。元々彼を殺すつもりでいたアパシーにとって、今この瞬間を以って正当な大義名分が成立した。

「ならば話は早い。裏切り者は我が手で、粛清する――」

 言うと、カタルシス目がけてアパシーが前に出た。

「カタルシスさん!!」

 矢も楯もたまらず、はるかの心は今まさに最高潮に昂った。

「いきますよ、クラレンスさん!!」

「はい!!」

 気が付くと、はるかとクラレンスは心の赴くままその場から飛び出していた。その後すぐさま、ウィッチリングとヴァルキリアリングを右中指に装着する。

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!! からのヴァルキリアフォーム!!」

 はるかがヴァルキリアフォームへと変身した途端、クラレンスは魔宝剣ヴァルキリアセイバーとなって彼女の右手に収まる。

 ウィッチは即座にカタルシスの援護へ回った。

「はあああああ!!」

 アパシーの凶刃を受け止め、反撃を試みる。しかし、アパシーはウィッチの攻撃を軽くいなしていく。

「邪魔だ……」

 声を荒げることなく、アパシーは機械的なまでに目の前の障害物を排除する。

「きゃあああああ」

「はるか!!」

 自分を守る為に傷ついた彼女の姿を見たカタルシスの心は震え上がった。

 湧き上がるどうしようもない怒り――その矛先は必然的にアパシーへと向けられる。

「ふおおおおおおおおおおおお!!」

 かつての上司に牙を剥いたカタルシス。

 神の密使(アンガロス)の頭目を務めるアパシーの実力はクリーチャー随一。そんな相手に一対一で戦いを挑む事はほぼ自殺行為に等しい。それを重々承知の上で、カタルシスはアパシーと熾烈な戦いを繰り広げる。

「知っているはずだ。貴様では私には勝てぬ……」

「それでも、俺は死なない!」

「ならば貴様の命を以って、カオス・エンペラー・ドラゴン復活の礎となるがいい」

 淡々と語り掛けるとともに、アパシーの冷酷無比な攻撃はなおも続けられる。

「カタルシスさん!!」

 どうにかカタルシスを助けたいウィッチは、傷ついた体に鞭を打ち彼の援護へと回る。

 ちょうどそのとき、事態を察知したリリスたちが現場へ駆けつけた。

「はるか!? それに……」

「何がどうなってるの?」

「クリーチャーが二体、しかも仲間同士で戦ってる!? 仲間割れか?」

「僕らが来る前に何があったんだ?」

 事情を知らぬリリスたちを無視して、二体のクリーチャーと一人のプリキュアによる戦いは激しく続いた。

 だが、アパシーとキュアウィッチの実力の差は極めて大きい。中距離戦においてイドラとも互角に渡り合った攻撃が全く通じない。そればかりか、逆にいなされ返り討ちに遭うのが関の山。

 強さの質が異なるのだ。キュアウィッチは本来仲間の支援魔法を得意とするバックスメインの戦法が主だ。本人の性格も相まって積極的に前に出て戦う事も無ければ、相手を殺傷するという意志など皆無に等しい。

 対するアパシーは冷酷無比なまでの戦闘のプロフェッショナル。私情を介在させずに行うその戦いは正に暗殺者の鑑と言っていい。ウィッチの様に相手を傷つけるという行為自体に恐怖や躊躇といった感情は持ち合わせていない。これが二人の間に存在する根本的とも言える大きな壁である。

「きゃあああああ!!」

 イドラと同じクリーチャーとは思えない強さに終始圧倒され、ウィッチは相棒であるクラレンスともども満身創痍となり、リリスたちの前まで転がり込む。

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしなさいよ!」

「なんとかしませんと……!」

 ピットやラプラスに気遣われながら、ウィッチは焦燥の色を見せ始める。このままではカタルシスが斃されるのも時間の問題であると。

「ふん」

「ぐあああああああ」

 ディアブロスプリキュアの総攻撃でさえ一度は退けたカタルシスだが、相手が悪すぎた。神の密使(アンガロス)が誇る最強のクリーチャーの前では手も足も出ない。追い詰められた彼をアパシーがフード越しに見据える。

「終わりだ……己が下した愚かな判断を死をもって贖(あがな)うがいい」

 静かに淡泊に告げた直後、右手に持った光剣をおもむろに振り上げ、止めの一撃を放つ体勢へ移行した。

「そうはさせません!! クラレンスさん、力を貸してください!!」

〈了解です!〉

 何とかカタルシスを救いたい。そう強く願った後、ウィッチは痛みで悲鳴を上げている体に鞭打つとともにクラレンスに呼びかける。

 彼女は魔宝剣ヴァルキリアセイバーを手にしたまま、全身の魔力を剣先に集中させてから大声で唱える。

 

「キュアウィッチ・マジックワールド!」

 

 刹那、アパシーの目の前で己の予定調和を狂わせる出来事が起こった。

 唐突に目の前の空間がうねったと思えば、自分が立っている足元がトランポリンの様に弾み始め、自分の体を勢いよく弾き出そうとした。

「これは?」

 突然の事態に反応が遅れてしまい、アパシーの体は魔法効果によって得られたバネの力によって弾かれ、その身を吹き飛ばされた。

 間一髪のところでアパシーを退けることに成功したウィッチは、意表を突かれ呆然とするカタルシスの元へと駆け寄った。

「カタルシスさん、私と行きましょう!」

「はるか!!」

 吃驚するカタルシスの手を握りしめ、傷ついた彼とともにウィッチはリリスたちの事すら目に入れず一目散に走り出した。

「ちょっと、はるか!」

「一体どこへ行くんだ!?」

 立て続けに変化する状況に戸惑いを抱くリリスたち。自分達の制止を振り切って走り出したウィッチの後ろ姿を見つめながら、今後の動き方を話し合う。

「あぁ~もう! わけわかんないんだけど!」

「誰か状況を説明してくれないかい? あまりにも話が飛躍しすぎて僕でさえついていけないよ」

「私だってついていけてないわよ。でも困ったわね……状況を知りたくても、肝心の当事者があれじゃどうすることもできないわ」

「とにかく、今は一刻も早くはるか達を追いかけないと」

 理由は後で聞けばいい。今はアパシーよりも先にウィッチとカタルシスへ追いつくのが先決である――そう判断したリリスたちは急いで追跡を開始する。

 

           *

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

「……何…………だと……」

 キュアウィッチとカタルシスによる奇妙な逃走劇が今まさに繰り広げられていた頃、ベルーダの元を訪れたレイは自らの正体を聞かされ絶句した。

 全身の力が抜け、両膝を突いたままただただ項垂れるばかりのレイ。そんな彼を上から見下ろしながらベルーダは哀れみとも軽蔑とも異なる如何ともしがたい表情を向け続ける。

「……なんじゃそのリアクションは? そんな絶妙に間を空けた台詞回しをされても、先ほど話した事実は覆らんぞ。それとも何か? ワシが久保師匠のファンだと錯覚していたのか?」

「はは……ははははははははは…………ハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 気が付くと、レイは笑っていた。嗤っていた。張り詰めていた糸が切れた様に、胸に抱えていた蟠りが無くなった途端――笑うことしか出来なくなっていた。

 それはさながら壊れた玩具の人形のように思えた。ベルーダは彼の心情を察しつつも敢えて余計な言葉は使わずじっと見つめていた。

 しばらくして、レイがピタリと笑いを止めた。直後、自嘲した笑みを向けながら口を開いた。

「……やれやれ。こんなにも貴様に対して腹の立つことはない。〝事実は覆らない〟だと? それを示す明確な根拠が果たしてどこにあるというのだ? いや、たとえ有ったとしても断じてそのような事実を受け入れられるはずもない……あってはならぬことなのだ! だとしたら、私は何者なんだ?! なぁ、教えてくれニート博士っ!!」

 昂り続けるレイの感情は最高潮に達した。ベルーダの胸倉を思い切り掴みかかり、力のある限り大声で彼は問う。

「私は……私は一体誰なんだぁぁぁああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

ク「クリーチャー・カタルシスとともに逃亡を続ける私たち」
ピ「そのはるかさん達を追っている途中、リリスが出会ったのは意外な人物とは?」
は「カタルシスさん、あなたは何が遭っても私が必ず……!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『あなたを護ります!煌めくハイプリエステスフォーム!!』」


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第43話:あなたを護ります!煌めくハイプリエステスフォーム!!

前回の続きとなります。


異世界 洗礼教会本部

 

 カタルシスの謀反を知り、粛清の為に人間界へと出向いた神の密使首領のアパシーが教会を発ってから小一時間あまり。いつもならば既に仕事を終えて帰還している筈の彼がなかなか戻ってこない事をダスク達は不思議がっていた。

「アパシーの奴、遅いわねー。もうとっくの昔に仕事を片付けていてもいい頃だと思うのだけど」

「あいつがプリキュア如きに後れを取るとは到底思えねーんだがな。ただ世の中、何が起こるか分からないのも事実だ」

「どうしますホセア様? 俺かカルヴァドスで様子を見に行きましょうか?」

 気を利かせてコヘレトが問いかけると、ホセアは「その必要は無い」と一言述べてから、おもむろに踵を返して礼拝堂の外へ歩き始めた。

皆が不思議に思う中、ホセアは歩みを決して止めることなく歩きざまに言い放つ。

「私が留守の間の番を任せる」

「まさか……ホセアさんが直接行くんじゃ?」

「どういう風の吹き回し? 何が狙いなの?」

 普段滅多な事で外の世界へ出向くことのない彼が直々に動くという事が稀有であり、何かしらの意図が隠れている事は明白。ゆえにカルヴァドスやラッセルも気になって尋ねてしまう。

「――これは飽く迄も私の個人的な用事だ。だがそれゆえ、誰にも邪魔立てされるわけにはいかぬ」

 外出の理由までは口外しなかった。ホセアは錫杖を突きながら礼拝堂を後にし、皆の前から立ち去った。

 彼がいなくなった後、腑に落ちない様子のラッセルは率直な思いを上司であるダスクへと漏らした。

「あの男、ほんと何考えているのか分からないですわ。今さらだけど……なんであんな男の下に付こうなんて思ったんですか?」

「別に下に付いたつもりはねーよ。それに俺は奴の思想には共感しても、思考にまでは興味はねぇ。いいじゃねーか。単独行動のひとつやふたつ、許してやろうぜ。それこそ神様と同じく寛大な心でな」

 ホセアが内心何を考え、何をしたいか等と言う事は重要ではない。ダスクにとって重要なのは世界バプテスマ計画の成就――ただそれだけであり、それ以外の事で同志である彼の行動を制約するつもりはなかった。

 

           *

 

「クリーチャー」に〝個〟は無い。

 神ならざるモノによって生み出された「クリーチャー」は〝独立独歩の存在ゆえ誰かの命令で動かない〟とされる。

 だが、その解釈は正確には誤りだ。

 

「クリーチャー」は己という存在を秘匿する為、永いあいだ外界との接触を避け続けてきた。だが、永遠にそれを続ける事は現実的に不可能だった。

 ふとしたきっかけで、好むと好まざるとに関わらず「クリーチャー」は世界との接触を余儀なくされた。そうするうちに「クリーチャー」同士もまた接触を行う機会が生まれ、そこで初めて己という〝個〟を認識するに至った。

 

 だが、そうして〝個を確立できたクリーチャー〟は厳密には〝クリーチャー〟ではない。神ならざるモノが望んだのはクリーチャーに個を与える事ではないからだ。

 クリーチャーが生み出されたのは他でもない。神ならざるモノが果たせなかった大いなる使命を代行できる手駒が必要だった――それ以上でもそれ以下でもない。

 

 俺はこれまでこの世に生を受けてから、己自身の事について深く考えるなど一度も無かった。ただ言われるがまま主である見えざる神の手や大司祭殿の命令に従い、機械的に実行する。その生き方に疑問を持つなど考えもしなかった。

 ゆえに他人を傷つけるという行為自体にも何も感じた事はなかった。障害となるものは相手に関係なく全て排除する。そうしなければ、主の意向が果たされない。

 すなわち、我々の存在意義を自ら否定する事になりかねない。

 

 少なくとも、今まではそれが常に正しいと感じて来た。否、正しいとか正しくないとかではない。クリーチャーである以上そのような意見を持つ事さえ許されない、そう思って生きて来た。

 だが、それは間違いであった。俺はようやくその事実に気が付いた。

 天城はるか。あの少女と出会い触れ合うことで――――

 

           ≡

 

黒薔薇町 森林地帯

 

 アパシーの追撃から逃れるべく、ウィッチとクラレンスは負傷したカタルシスとともに森林地帯へと移動した。

 大木の影に隠れ、ウィッチは魔法でカタルシスの治癒を行う。かたわらクラレンスがアパシーの姿が無い事を入念に確認する。

「どうやら追っては無い様です。ここまでくれば、ひとまず一安心かと……」

「カタルシスさん、大丈夫ですか?」

「ああ……問題ない」

 ウィッチの治癒能力もあり、完全では無いにしろかなりのところまで回復することが出来た。

 漸く一息吐けると安堵したウィッチは一度変身を解除。やがて大きく息を吐いてから、改めてアパシーの規格外な実力に脅威を抱く。

「それにしても、あのクリーチャー。とてつもなく強かったです。私の力が全く通じませんでした」

「はるかさん……申し訳ありません、私の力不足です」

 互いに力不足を嘆く中、はるかとクラレンスを気遣ったカタルシスが語り掛ける。

「お前たちが悔やむことはない。アパシーは俺ですら真面にやって敵うかどうかという相手だ。そんなバケモノ相手に奮戦し、こうして俺を匿ってくれるはるかは本当に強い」

 と言うカタルシスの率直な意見を聞き、どこかバツが悪い様子ではるかは自らの非力さを自虐する。

「強くなんかありません……はるかは、弱いです。いつだってそうです。私はここ一番と言うときに大切なものを守れなかった。京香ちゃんのときだって……」

 思い起こされる一か月前の出来事。かつての親友であった森京香がクリーチャー擬きであるイミテーションと化した際、はるかは今の親友のリリスやその使い魔であるレイを助ける為とはいえ、彼女に手をかけた。その記憶が今も鮮明に頭の中に残っている。

 悲痛な表情を浮かべ体を縮こませるはるかの姿にクラレンスは胸を締め付けられ、彼女を励まそうと必死だった。

「はるかさん……あれは仕方なかったんです! ああでもしなければリリスさんを助ける事は出来なかった。不可抗力だったんですよ!」

「でも! だからって、あんなことしていい理由にはなりません! 友達を助ける為に別の友達の命を犠牲にするなんて……私が弱かったから京香ちゃんは死んだんです!」

 はるかは森京香と再会した時点で彼女が死んでいたという事実をリリスやベルーダからは聞かされていない。だが、たとえ聞かされていたとしても彼女の中の気持ちは変わらない。

 〝人の命を殺める〟という罪を犯した自分が確かにいる。それが天城はるかの心を締め付け、重荷を背負わせている。

「はるか……」

 カタルシスは出会った時には見せなかった心の闇を曝け出し、子ウサギの様に弱々しく項垂れるはるかを凝視する。

 やがて、無意識にゴツゴツとした右手ではるかの頬に手を当てると、彼女の双眸から零れる涙をぬぐっていた。

「……っ!」

 はるかがハッと我に返り、カタルシスの方へ振り向くなり彼は一言呟く。

「もう泣くな。詳しい事情は分からん。だからはるかの気持ちのすべてを受け止める事は出来ない。ただ、はるかが泣いていると俺も心が痛い……そんな気がする」

「カタルシスさん……」

 人の感情に共感を示すクリーチャーなど今までいなかった。はるかの見立て通り、カタルシスとはそういう意味でも他とは異なる存在だった。

 やがて、カタルシスの言葉ではるかは気が楽になる事が出来た。涙を拭うと、優しくしてくれた彼の顔を見つめながらゴツゴツとした手を強い力で握りしめる。

「――……ありがとうございます。ここから先は何が何でもはるかの命に替えてでもあなたを護ります。それがプリキュアとして、私が果たすべき使命ですから」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 くろばら公園

 

 カタルシスとともに姿を消したはるかとクラレンスを捜索していたリリス達。連絡を試みようと何度も彼女に電話するが、一向に連絡が付かない。

 スマホから聞こえて来た『おかけになった電話は電波が届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』という電子音声にリリスは溜息を吐き、途方に暮れる。

「どうだった?」

「ダメ。電話にも出ないわ」

「あたしが送ったLINEも既読にすらなってないしね」

 一切の連絡手段を絶ち、仲間からの支援を求めないはるか。彼女らしからぬ行動にリリスたちは頭を抱える。

「もう~、はるかったら……何処にいるのよ? 生意気にも魔法で探知妨害までかけちゃってるし……自分一人でどうにかできると思ってるの?」

「はるかさんもそうですが、レイさんもどこにいるんでしょうか?」

 そう言うと、ピットは未だ姿を現さないでいるレイの事が気がかりになった。

「ったく! こんなときにアイツまでなんなの!? こういう時に何時もいる奴がいないと調子狂うじゃないのよ!」

「ラプラス、少し落ち着け。心配しなくてもレイなら大丈夫だ」

「別に心配なんてしてないし。あいつなんて居ても居なくてもそれこそどっちでもいいし!」

「やめろ! それ以上言うなよ。リリスの前だぞ」

 ラプラスの不用意な発言に朔夜は厳しく糾弾した。我に返り横を見ると、リリスの表情がどことなく暗い感じに思えた。

 流石に空気を読むべきだったとラプラスは反省し、即座にリリスに頭を垂れるとともに先ほどのレイに対する罵詈雑言を謝罪した。

「ごめんなさいリリスちゃん。別に深い意味はなくて……」

「いいんですラプラスさん。私は気にしてませんから」

 悪気がなかった事くらいリリスは気付いていたし、ラプラスがそう思ってしまうのも無理はないと感じていた。だから、寛大な心で猛省するラプラスの言葉を受け止めそれ以上何も責めない事にした。

「とにかく、もう一度よく捜しましょう」

「虱潰しに町内を調べるのは時間と労力の無駄遣いに思えるけどね」

「でも、他に探す方法なんて……」

 と、その時。リリスはふとした妙案を思いつき皆に提案する。

「そうだわ。あのクリーチャー……あいつの行く先を追えばいいんだわ!」

「たしか、アパシーって奴の事?」

「なるほど。敵の目的は仲間だったクリーチャーの抹殺。あいつの魔力を追えば、はるか達の元に辿り着ける!」

「それしか方法はない様だね」

 リリスの提案に皆賛成の意向を示した。

「なら急ぐわよ。ぐずぐずしてたらあいつに二人とも――」

 

 そう思った直後、思わぬ事態に見舞われた。

 刹那――何の予兆も無く、リリス達の足元が突然真っ二つに裂け始めた。

「「「「「「うあああああああああ」」」」」」

 大きく割れた地面の底へと重力に従い真っ逆さまに落下。暗黒に支配された地の底へ向かって六人はどこまで落ち続けていった。

 

           *

 

 真っ暗だった視界が徐々に光を取り戻していった。目が醒めると、リリスは見知らぬ地の天井、いや天窓を眺めていた。

「ここは……?」

 白を基調とした西洋風の建造物と思しき場所に自分だけがいた。一緒に地割れに巻き込まれたテミス達の姿が見受けられない。

 リリスは状況を整理する為、ひとまず建物の外へ出る事にした。コツコツという足音がしじまな空間に響き渡る。

 しばらくして、外へ通じるアーチ形の出入り口を潜ると――リリスの目の前に不思議な空間が広がっていた。複雑に入り組んだ階段とギリシア風とヨーロッパ風の建築物が幾重にも連なり構築された街並みが存在した。その幻想的な景色にリリスは目を奪われそうになったが、どこか気味が悪いとも思った。

「なんなのここ……ギリシア風とヨーロッパ風の折衷……いや、どちらかと言えばヘレニズム調に近いかしら」

 地球の文化圏については一通り網羅していた。リリスは本で得た知識から今見ている形式――それを織り成す造形物が東方遠征でヨーロッパの歴史に名を残すアレクサンドロス大王が統治していた時代に見られた「ヘレニズム文化」の影響を受けたものばかりであると推測する。

ひとまず、リリスはこの摩訶不思議な空間を散策するべく歩み出す。歩きながら、一緒にこの空間へ誘われた筈の朔夜たちの行方を探る。

「サっ君ー! テミスー! ラプラスさーん! みんなどこなのー?」

 大声で辺り一帯に呼びかける。が、お目当ての相手からの返事はない。山彦の様に自分の発した声だけが遅れて後から返ってくるのみ。

 すると、そのとき――リリスの前に奇妙な物陰が見えてきた。建物の中で人の様な姿をした何かが自転車の車輪の様な物を動かしながら走り回っていたのだ。

「ねぇ、ちょっと!」

 すぐさま動き回る人物を追いかけるリリス。だがそのとき、建物の中に入った彼女を思いがけない相手が待ち受けていた。

『カオスピースフル!』

「なっ……」

 唐突にカオスピースフルが現れた。驚愕し目を見開くリリス目掛けて、カオスピースフルが振り上げたモーニングスターを振り下ろす。

 辛うじてモーニングスターの一撃を躱す事に成功した。リリスはすぐさま背中から悪魔の翼を生やし、カオスピースフルからの逃亡を図る。

『カオース!!』

 敵前逃亡を決め込むリリスに業を煮やしたカオスピースフルがモーニングスター片手に追跡を開始する。リリスは極力エネルギーの消費を抑えるため、敢えて変身せず逃げる事だけに全神経を注ぐ事にした。

 幾重にも張り巡る迷路の如く建物と建物の間を滑空する悪魔。それを執拗に追いかけるカオスピースフル。

 数十分に及ぶ逃走劇の末、どうにかカオスピースフルを撒く事に成功した。リリスは敵が完全に自分を見失ったところを物陰で見届けると、安堵の溜息をもらす。

「ったく……なんなのよ」

 思うところはたくさんあるが、今はとにかく仲間たちと合流し、この訳の分からない場所から一秒でも早く脱出するのが先決だ。賢明な判断でリリスは再び仲間達を捜索すべく移動を開始する。

 移動を続けてからしばらくして、リリスは天を貫かんとばかりに高く聳える一際巨大な建造物に目が行った。やがて自然と彼女の足はその建物へと向かっていた。

 程なく建物の中へ入る事が出来た。中を改めると、様々な精密機器で埋め尽くされた研究所の様な場所である事が分かった。

 誰かに見つからない様に細心の注意を払うとともに興味本位で奥へ奥へと歩を進める。そして、ついに彼女は見てはいけないものを見てしまった。

「これって……」

 想像を絶する光景にリリスは目を丸くする。保存用のカプセルがいくつも並び、中には特殊な薬品に浸った赤子の様なものが保管されていた。おぞましい狂気の沙汰を垣間見た気がしてならない彼女だったが、ふとそのとき――建物の外から音が聞こえて来た。

 リリスの耳に入ってくるその音はハープを奏でる際に聞こえるものだった。何故そんな音色が聞こえて来たのか。不思議に思いながら、リリスは踵を返し研究所を後にするとハープの音色の方へ足を運ぶ。

 外へ出ると、目の前に来たときは無かった筈の階段が出来ていた。階段は天高く向かって延びており、階段を上った先にはガゼボと呼ばれる西洋風東屋があった。

 ガゼボから聞こえてくるハープの音色はまるでリリスを誘導するかの様だった。リリスは敵の罠だと内心感じつつも、恐る恐る階段を一歩ずつ上っていく。

 やがて、全ての階段を上り切った先に待ち受けていたのは――ハープを奏でながらリリスに背を向ける男性だった。

 リリスが到着したのと同時に男性はハープの演奏を停止。おもむろに閉ざされた口を開き語り掛ける。

「……何かお探しかね?」

「あなたがここの主催者かしら? このおかしな催し物について意見があるんだけど」

「残念ながら、君の意見は求めていないのだよ。悪原リリス……いや、キュアベリアルと言った方が良いか?」

 自分の正体を看破する男の言葉にリリスの眉はピクっと動く。

「あなた……何者なの?」

 その問いかけに男はおもむろに振り返る。そして不敵な笑みとともに、リリスに自らの名を告げる。

「私の名はホセア。洗礼教会の大司祭をしている」

 

           *

 

黒薔薇町 森林地帯

 

 リリスとホセアによる歴史的接触が今まさに行われている頃、はるかはクラレンスと一緒にカタルシスを連れて森の奥へと移動し続ける。

 道中、クラレンスが追っ手のアパシーを警戒し後方に気を配る中、はるかは隣を歩くカタルシスの巨躯を見上げながら感心していた。

「それにしてもカタルシスさんって、ほんとに大きい体ですよねー」

「デカいのが俺の取り柄だからな」

 どこか仲睦まじい光景に思えた。遠目から見守るクラレンスは、内心複雑な気持ちでいっぱいだった。

 すると、不意にはるかがクラレンスの方へ振り返り彼の表情が強張っている事を不思議がった。

「クラレンスさん、どうかしたんですか? そんな怖い顔して」

「え……。あぁいえ、なんでもありませんよ」

「変なクラレンスさん」

 無意識のうちに怖い顔になっていたクラレンスははるかに指摘されると、いつものように微笑を浮かべその場を取り繕った。

(何を考えているんだ私は……。この期に及んで、カタルシスがはるかさんを手にかけるなどある筈がないというのに。だが、胸の奥から沸き上がるこの気持ちは)

 移動を続ける傍ら、クラレンスは胸の奥に閊えたカタルシスへの僅かな疑念と羨望、そして彼に対する自身の邪な感情に心揺らいでいた。

(認めたくない。だが、屈強な肉体を持ち、圧倒的な力を持つカタルシスに私は嫉妬している。なんて卑しいんだ)

 非力な自分を呪い、自分に無い力を持つ者への強烈な憧憬。かつてクラレンスの中で湧きあがった事の無い感情だった。彼がこのような気持ちを抱くに至ったのは他でもない。パートナーであり、命の恩人でもあるはるかを純粋に護りたいと強く思うがゆえ。大切な女性(ひと)を傍で護りたいという一種の男心だった。

 リリスに対して朔夜が抱く感情が今になってはっきりと分かった気がした。クラレンスもまた心の底からはるかの事を愛していたのだと。

 

「うわあああああ」

 そのとき、考え事をしていたクラレンスは足元に生えていた木の枝に蹴躓き、盛大に転倒した。

「クラレンスさん! 大丈夫ですか!?」

 慌ててはるかがクラレンスの元へ駆け寄る。クラレンスは転倒した際に顔面を思い切り水溜りへ付けていた。顔中を濡らしながら、心配そうに自分の事を見つめるはるかに謝罪する。

「いたたた……申し訳ありません、はるかさん」

「あちゃ~。きれいなお顔がびしょ濡れですよ。これで拭いてあげますね」

 すかさずポケットにしまっていたハンカチを取り出したはるかは、クラレンスの顔を丁寧に拭いてあげた。

 これにはクラレンスも思わず嬉し恥ずかしくなり、両頬を淡いピンクに染める。

「はるかさん……ありがとうございます」

「いえいえ。これぐらいいいんです」

 不思議と先ほどまで抱いていた嫌な気持ちがクラレンスの心から消えていた。自然とはるかと一緒にいると笑顔になり、はるかもまたクラレンスに釣られて笑みを浮かべる。

 そんな二人の様子を見ていたカタルシスはおもむろに近づき、率直な事を口にする。

「本当に仲が良いんだな。ふたりは」

「当然ですよ。はるかとクラレンスさんはパートナーですから! ですよね、クラレンスさん」

「はい! そのとおりです」

「そうか。いいものだな……パートナーとは」

 今まで気付かなかった尊い感情に気付くことが出来た。それでだけでも、カタルシスははるかとクラレンスに出会えた価値は大きいと思った。

 しかし、次の瞬間。カタルシスさんは異変を察知し目を見開いた。

 刹那――頭上より金色を帯びた光の槍が雨の如くはるか達の元へと降り注ぐ。

 突然の奇襲に驚愕する三人。しばらくすると、カタルシスを追って来たアパシーが森の中へと降りて来た。

「裏切者カタルシス。この俺から逃れられると思うなよ」

「アパシーっ!」

「大人しくその命を捧げるのだ」

 執拗にカタルシスの命を奪おうとするアパシーの手には彼を仕留める為に用意された光剣が握りしめられている。

「そうはさせません! プリキュア、ブラッドチャージ!」

 はるかが変身を遂げる直前、アパシーの右掌から放たれる無数の光弾。

 瞬時にヴァルキリアフォームへとなったウィッチと後方のカタルシスはそれぞれの武器で怒涛の如く襲い掛かる攻撃を何とか捌こうとするが、その数と威力に圧倒される。

「なんて数の攻撃なんですか!?」

〈これではキリがありません!〉

「ふん」

 直後、鋭い一撃がウィッチの手元へと向かった。

「きゃあああああ」

 攻撃を受けた際、魔宝剣ヴァルキリアセイバーに変身していたクラレンスを手放してしまった。また、当たり所が悪くクラレンス自身も変身を強制的に解除された。

 アパシーは間隙を突いて上空に光弾を打ち上げると、その光弾から標的を串刺しにして処刑する光の槍をクラレンス目掛けて放つ。

 敵の攻撃に身構え怯んで動けないクラレンス。だがそのとき、巨大な物陰が彼に向けられる攻撃を庇った。

「ぐっは……」

 声を聴いた瞬間、クラレンスとウィッチは驚愕した。アパシーの攻撃を受けたのは本来自分達が守るべき筈のカタルシスだった。

「カタルシスさんっ!」

 傷つくカタルシスを見て、ウィッチが悲痛な叫びをあげる。カタルシスは満身創痍となるや両膝を突き、信じられない光景を目の当たりにして声を失うクラレンスを気遣いながら肩で息をする。

「カタルシスが……私を……庇った!?」

「愚かな。弱者を守る為に自ら的になるとは」

 カタルシスの行為を愚かであると一蹴したアパシー。ウィッチがその言葉に発憤する中、彼は淡々とした様子で聞き手に光剣を握りしめる。

「止めだ」

「させるかぁぁ!」

 斬りかかる直前、クラレンスが勢いよく飛び出した。アパシー目掛けて体当たりを仕掛け、何とかカタルシスを守ろうと躍起になる。

「雑魚は退いてろ」

 しかし、彼の行動を不快に感じたアパシーは容赦なくクラレンスを退ける。

「クラレンスさん!」

 カタルシスだけでなくクラレンスをも手にかける敵の凶行を何としてでも食い止めたい。そう思ったウィッチは「あなたの好きにはさせません!」と口にした瞬間、咄嗟に魔法を発動させ辺り一帯に土煙を巻き上げた。

土煙によって視界を奪われたアパシー。煙が晴れた時、先ほどまでいたはずのウィッチ達がカタルシスを連れて再び姿を消していた。

「くっ。この俺が二度も取り逃がすとは」

 一度ならず二度の失敗。任務遂行を絶対とするアパシーの自尊心をどこまでも傷つけるキュアウィッチという存在に嘗てない憤りを抱き始めていた。

 

           *

 

同時刻――

謎の幻想空間 天空のガゼボ

 

「あんたが……!」

 思いがけない人物との出遭いに終始唖然とする。

 ホセア――テミスから幾度となく聞いている洗礼教会の実質上のトップにして、十年に渡り追い続けてきた復讐の権化とも言うべき存在。その様な相手がこの場にて悪魔であるリリスとの接触を試みるという異例の事態。

 未だ彼女の心は受けた衝撃の大きさゆえに整理が付いていない。そんな彼女を目の当たりにしながら、ホセアは彼女に自らの目的を告げる。

「ここに君を招いたのは他でもない。君と言う悪魔のことについて個人的に知りたいと思ったのだ。結果には満足している。君は実におもしろい悪魔だ。そして私の知る限り史上最凶最低最悪のプリキュアだ」

 淡々と罵倒された瞬間、リリスは我に返り込み上げる怒りの感情を曝け出す。

「ふざけないでちょうだい! 人を実験用のモルモットみたいな感覚で見るんじゃないわよ! だいたい、他の皆はどこへやったのよ? サっ君やテミス達に何かしたんじゃないでしょうね!?」

「安心し給え。彼らに危害を加えるつもりはない。皆別の場所で待機させている――元より私の目的は飽く迄も君個人との対話だ」

「対話ですって? 一方的にこんなお化け屋敷みたいな場所に連れ込んでおいた身が寝言言ってるんじゃないわよ」

「ふむ……気に入ってもらえなかったか」

「敵のアジトで心安らげる者がいると思うの? あんなホルマリン漬けの趣味の悪い研究してる奴の場所でなんか特にね」

 そう言いながら、リリスは先ほど実際に目撃した不気味な研究の事を話題に挙げてホセアの思想や言動と言ったものを厳しく糾弾する。

 すると、ホセアもまた言い分があるらしくリリスによって悪趣味と一蹴された研究について弁明した。

「あれは『神の実験』だ。私はあれを一万年も続けてきたのだよ」

「あんた……人を馬鹿にするのもいい加減にしときなさいよ!」

あまりにも常識を欠いた発言にリリスは怒りを通り越して呆れさえも覚え始めた。しかしホセアは相も変わらず不敵な笑みを浮かべ、別の質問をしてきた。

「世界の終わりについて考えた事があるかね? 私は予言しよう。あと数日もしないうちに世界は滅びる」

「藪から棒に今度は何? 世界終末論? あんたってつくづく頭のネジが外れてるのね。悲しいわ。敵のボスがここまで重篤なパラノイアだったなんて……世界が終わるですって? 終わってるのはあんたの頭の方でしょうが」

 痛烈なまでにホセアの言動を非難するリリス。ホセアはあらかじめこう言われるだろうと思っていたから、大して気に留めていない。逆にリリスに背中を向けて哀れみを込めて言葉を返す。

「残念だよ。君のその超常識的発想がね」

「御託はお腹いっぱいよ。とっとと此処から出しなさい!」

 と、いい加減しびれを切らしたリリスは亜空間に拘束し続けるホセアに詰め寄ろうとした直後、ホセアはそれを軽くいなしてからガゼボから離れ中空に足を止めた。

「え!?」

 思わず呆気にとられるリリス。ホセアは中空に浮かび持論を述べながら、彼女に問い質す。

「キュアベリアル。神の死とともに世界は分裂した。それによって長きに渡って保たれていた停滞の時が終わりを遂げた。これが何を意味するか解かるか?」

「それがどうしたというのよ!?」

「解らぬか? すなわち道が閉ざされたのだよ。恐怖無き世界への道が。人間界も、天界も、堕天使界も、そして冥界も一つの形に収まるべきだ。生と死は混じり合い一つになるべきだったのだ。さすれば、生と死は形を失わず、命あるすべてのものはこれから先も死の恐怖に怯える事はなくなるのだ。永遠に」

「回りくどいわね。結局あんたは何がしたい訳? 世界を壊したいの? それとも融合したいの?」

 端的な回答を求めるリリスの苛立ちでさえも軽くいなすと、ホセアは冷笑してからその答えを口にする。

「空間・虚無。それはとどのつまり、神の意識に他ならない。私が目指す世界とはそういうものなのだよ」

 言った瞬間、眩い光とともにリリスの視界からホセアと彼によって形作られた幻想空間が徐々に消滅――最終的に再び彼女の意識は現実の世界へと戻っていった。

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇高台

 

 …………。

 ……リ……ス……。

 ……リリ……。

 ……リリス……。

 

 ――「リリス……リリス!」

 

「ん……」

 目を覚ました時、リリスのことを心配している様子の朔夜やテミス達が目の前にいた。ホセアの言う通り彼は仲間たちに一切の危害を加えていなかった。

 リリスは重い体を朔夜の助けを受けながらゆっくりと起こす。

「みんな……」

「良かった。無事みたいだね」

「大丈夫?」

 辺りを見渡すと、そこは当初の公園とは異なる黒薔薇町を一望できる高台の上だった。ホセアは自分だけを亜空間へ誘った際、他のメンバーをこの場所へ転移させていた。

「あいつは? ホセアはどこ?」

「ホセアですって!?」

「まさか、洗礼教会のトップと会っていたと言うのかい?」

 知らぬ間にホセアと接触していたリリスの発言に吃驚する朔夜達。リリスは数分前にリアルタイムで交わしたと思われる彼との対話を思い出す。

「どういう理由かは知らないけど、私に接触してきたことは間違いないわ。世界の終わりについてどうとか……厨二発言連発よ」

「そうか。その話は後々しよう。それより、はるか達の足取りがつかめたんだ。急ごう」

「うん……」

 ホセアの事も気になるが、今ははるか達の方が最優先である。気持ちを切り変えると、リリスは早速仲間たちとともに親友の元へ急いだ。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 森林地帯

 

 咄嗟の機転でアパシーから逃れる事に成功したはるかは、クラレンスと傷ついたカタルシスを伴い森の奥を逃げ続けていた。

「カタルシスさん! しっかりしてください!」

「う……」

 立っている事さえままならないカタルシスはその場に膝を突く。

 その時、クラレンスは怪訝そうに先ほどカタルシスが自分に対して行った行動について問い正す。

「何故だ? なぜ私を庇ったんだ!?」

 クラレンスには理解できなかった。仮にもクリーチャーである筈のカタルシスが、あの状況で弱い自分の事を守る必要が有ったのか。

「俺も……二人を真似てみたいと思った」

 問われたカタルシスは乱れた呼吸を少しずつ整えながら、ゆっくりとそう口にする。彼の口から出た言葉を聞いた瞬間、はるかとクラレンスは目を見開いた。

「俺も……誰かを守りたい、誰かを支えてみたい……そう思ったんだ」

 何と殊勝な心意気だろう。カタルシスの行為は正しくクラレンスが最も尊敬すべき神が人間に求めた行いのひとつ「献身」というものに他ならなかった。

 こんな事がクリーチャーに出来るはずがない。クラレンスの中のカタルシスという存在は最早クリーチャーではなく、それを遥かに上回る高尚な存在へ昇華していた。

 しばらくして、クラレンスは重い口を開くと認識を改めたカタルシスへ言葉を紡ぐ。

「私は……貴様がクリーチャーでありながら善良な心を持つ者だというくらいとっくに気づいていた。クリーチャーだからと言って、くだらない意地を張っていた自分が恥ずかしい。私こそ真の愚か者だ」

 クリーチャーだからという偏見が視野と了見を狭めていたのだとクラレンスは気付いた。彼は潔く目の前のカタルシスへ深々と首を垂れる。

「本当に申し訳ありませんでした! カタルシス、あなたは私とはるかさんが責任をもって必ず護ってみせます! 今度は私にもあなたを支えさせてほしい。いや、支えさせてください!」

「クラレンスさん……」

 ようやく本当の意味でクラレンスがカタルシスを認めてくれた。はるかはその事が何よりも嬉しく涙ぐんでしまう。

「はるかさん、やはりあなたは凄い方だ。私も心を決めました。一緒にこの危機を乗り切りましょう。カタルシスを私たちで支えましょう」

「はい! もちろんです! はるかはクラレンスさんと一緒にカタルシスさんを支えます。何が何でも護ります!」

「ありがとう……はるか、クラレンス」

 二人の言葉を聞いたカタルシスは心が浄化される様だった。おもむろに立ち上がると、クラレンスに対しゴツゴツとした手を差し出した。

 一瞬、きょとんとするクラレンスだったがカタルシスは不思議そうに尋ねる。

「知らないのか? 握手をすると友達になれるんだ」

 それははるかが彼に教えた事だった。まさかクリーチャーからその様な言葉をもらうとは夢にも思っていなかったクラレンスだが、直ぐに笑みを浮かべ、彼の差し出した手を握り返した。

「もちろん、知っているとも!」

 二人の友情が育まれた瞬間だった。これに触発されたはるかも嬉々として自分の手を二人の手の上に重ね合わせた。

「はるかもですよ!」

 

 二度の逃亡を許し、気持ち的に若干の焦りを抱くアパシーは確実に敵を仕留めるべく空からの捜索を行っていた。

「カタルシスめ……どこへ消えた?」

 と、そのとき。森の中を疾走する人影を捉えた。アパシーが目視で確認すると紛れも無くそれはヴァルキリアフォームとなって走り回るキュアウィッチだった。

「そこだ」

 狙いを定め、アパシーはウィッチに光弾を放つ。

「きゃあああ」

 着弾した瞬間、悲鳴を発したウィッチの体が蜃気楼の様に消失した。アパシーの奇襲を予期したカタルシスが前もって策を練り、ウィッチがそれに備えたのだ。

 幻影だと知ったアパシーは本物のウィッチと彼女と行動を共にしているカタルシスを再び探す。すると、草陰に隠れていたウィッチ達が飛び出した。彼女と一緒に標的のカタルシスもいた。

「逃さんぞ」

 逃げる標的を注意深く見定め、アパシーは光弾の乱れ撃ちを放つ。

 相手に反撃する余裕などなかった。ウィッチもカタルシスも疲労困憊している為、これ以上敵にかかずらうメリットなど何処にも無い。

「その手負いの身で逃れられるか」

 しかし、一度殺すと決めた以上アパシーにも暗殺者としての意地がある。容赦ない攻撃を繰り返し続けウィッチとカタルシスの体力を消耗させていった。

「「〈きゃああああ(ぐあああああ)〉」」

 ついに、アパシーの牙が三人を捕らえた。最後の光弾による一撃を受けたウィッチとクラレンスは変身が解かれその場に転がった。

「二人とも!」

 カタルシスが二人の身を案じていると、最恐の狩人たるクリーチャーがおもむろに歩み寄ってきた。

「ずいぶん手こずらせてくれた。だが、ここまでだ」

「くっ……」

 最早逃げる事も隠れる事も出来ない。こうなった以上、カタルシスは覚悟を決めて二人を護ろうとする。

 身の丈ほどの巨大なグレイブ『ティターン』の切っ先をアパシーに向け、カタルシスは決意の籠った瞳で口にする。

「この二人には指一本触れさせん! うおおおおおおおおお!」

 ボロボロの体で実力では圧倒的に上であるアパシーにカタルシスは果敢に立ち向かう。その勇猛さはさながら弱者の為に巨悪に立ち向かう英雄の様だった。

 しかし、カタルシスの奮闘も空しくアパシーとの差は歴然。手負いの身である彼を容赦ない攻撃でアパシーが痛めつけていく。

「ぐあああああ……ぐっ」

「一思いに殺してほしいか。だが、そうはいかん。貴様は俺の矜持を踏みにじった。その罪は重い。貴様には死の間際の苦痛を徹底的に叩き込んでやる」

 キュアウィッチの妨害によって初回の任務達成率百パーセントだったアパシーの自尊心が崩壊した。そればかりか自我に目覚め、反旗を翻したカタルシスという存在が何よりも許し難く、気に食わなかった。

「がああああ! ぐああああ!」

 次第にアパシーの力の前に追い詰められ、カタルシスの体には夥しい数の切り傷が生じていった。

「カタルシスさん……!!」

 変身が解けたはるかは満身創痍の体に鞭打つと、生傷だらけとなったカタルシスの元へ近づく。

「大丈夫ですか!?」

「いけない……はるかは下がっているんだ!!」

 無防備のはるかを死なせる訳にはいかない。彼女の身を案じ離れる様懇願するが、アパシーはカタルシス諸共裏切りの元凶たるはるかも等しく殺そうと、非情な剣を突き付ける。

「終わりだ……プリキュアとともに永遠の眠りに就かせてやる」

「カタルシスさんにこれ以上、指一本触れさせません!!」

 変身が解けた状態にも関わらず、はるかは一歩たりとも退くことはしない。

 それどころか、両手を広げ毅然とした態度でカタルシスを最後まで庇おうとする。

 ちょうどその時、アパシーの魔力を追って現場へと駆け付けたリリス達が到着。だが着いた時には絶体絶命という窮地だった。

「はるかっ!!」

「マズいわ! このままだと……!」

 リリス達の心配を余所に、フード越しに何の感情も籠っていない瞳ではるかを見るや、アパシーはおもむろに光剣を掲げ――そして一気に振り降ろす。

「逃げなさい、はるかっ!!」

 リリスは思わず叫んだ。

 はるかも死を覚悟して目を瞑った。

 

 ――バシュン!!

 だが攻撃の直前、彼女は何者かによって弾かれ難を逃れた。代わりに、彼女を庇ってアパシーの凶刃を受けた者がいた。

 カタルシスだった。

「ぐああああああ……」

 衝撃的な光景だった。

 はるかと、気を取り戻したクラレンスは我が目を疑いながらカタルシスが無残にも倒れ行く様を凝視する。

「……プリキュアを庇い自らの手で引導を渡すか。実に愚かな」

 カタルシスの取った行動を、アパシーは冷たく愚かと一蹴した。

「カタルシスさん!!」

「カタルシス!!」

 はるかとクラレンスは、凶刃に倒れたカタルシスの元へ近づき安否を気遣う。

「しっかりしてください!! 死んじゃダメです!! カタルシスさん!!」

「無事か……はるか……?」

「どうしてですか!? どうして……」

 ぽろぽろと双眸から零れ落ちる涙。

 カタルシスははるかが流す涙をゴツゴツとした手で拭いながら静かに言ってきた。

「お前と出会えたお陰で、俺は生まれて初めて意味のある命が何なのかを知る事が出来た。お前とクラレンスに会えて良かった……」

「カタルシスさん……」

 直後、カタルシスは生まれて初めての笑顔をはるかへと向け、

「ありが……とう…………」

 一人の少女に心からの謝辞を口にしたが最後、カタルシスは力尽きおもむろに目を閉じた。

 はるかの瞳に動かなくなったカタルシスの姿が反映する。

「いや……カタルシスさん……イヤアアアアアアアアアアア!!」

 

 ポタン――。

 はるかの涙が地に落ちた時、クラレンスの額が眩くも神々しく輝いた。

「くうううう……うおおおおおおおおお!!」

「クラレンスの額が!?」

 突然の事に目を奪われるリリスたち。

 やがて、苦痛にあえぎながらクラレンスが額から生み出したのは新たなリングだった。

 中空に高く放り出されたリング。咄嗟にリリスがそれをキャッチする。

「はるか、受け取りなさい!!」

 すぐさまはるかへと投擲する。

 リリスの手から投擲された新たなリングを受け取ったはるかは、それを強く握りしめながらおもむろに立ち上がる。

「カタルシスさん……はるかはまだ諦めません。絶対に、私があなたを護ってみせます!!」

 そう固く誓い、受け取ったリング――【ハイプリエステスリング】を中指へと嵌め声高に唱える。

「ハイプリエステスフォーム!!」

 神々しい光がリングから放出される。

 全身を包み込んだ光ははるかに最強の力を与える。

 オレンジの下地とその上から青いローブ、そして『カロッタ』と呼ばれる円形帽子を被ったタロットカードに登場する女教皇を模した衣装に身を包み、手にはクラレンスが変身した【魔奉錫杖(まほうしゃくじょう)ハイプリエステスワンド】が握られる。

 

「キュアウッチ・ハイプリエステスフォーム」

 

 神々しく煌めく姿と彼女から滲み出す絶対的な存在感に、リリスたちは挙って目を奪われる。あのアパシーでさえ、素顔こそ隠しているが本能的な畏怖を抱き額から汗を流しているほどだ。

 最強の力を手に入れたウィッチは、力を手に入れるきっかけをもたらしたかけがえのない存在を一瞥。やがて、錫杖を力強く握りしめてからアパシーを前に凛とした声で語りかける。

「クリーチャー・アパシー……この世界を混乱させる洗礼教会に与し、あまつさえ私の大切なお友達であるカタルシスさんを傷つけた。その罪の大きさを知りなさい」

「我々クリーチャーに命など元よりありはしない。下らぬ情を持ったがゆえに、その者は死んだ。俺は教会の意思に反する不穏分子を速やかに排除した、それだけのことだ……」

〈罪を悔いるつもりはないのだな?〉

 クラレンスからの問いかけにも応じず、アパシーは光の剣を携えウィッチの元へ突っ込んでくる。

 一度目を閉じてから、ウィッチは目を開くと同時にハイプリエステスワンドを天高く掲げ、聖なる魔法を発動する。

 

「セイントイニシエーション」

 

 錫杖の先から輪っか状に形成された聖なる力の波動が拡散。アパシーは波動の直撃を受けると魔法の効果によって全身が硬直、動けなくなる。

「ぐ……体が……」

「今よはるかっ!! そいつにあなたの思いをぶつけなさい!!」

「はい!!」

 リリスの言葉に触発され、ウィッチは自らの思いの丈全てをアパシーへとぶつけようと、ハイプリエステスワンドの先端に魔力のすべてを圧縮・ブーストさせる。

 最大値まで魔力を増強させると、動けないアパシーへと狙いを定め、超強力な魔法エネルギー砲を豪快に放つ。

 

「プリキュア・アルティメイト・フィニッシュ!!」

 

 ドドドーン!! ドドドドドーン!!

「ぐ……ぐああああああああああああああああ」

 特大の砲撃はアパシーをまるまる飲み込んだ。直撃を回避出来なかったアパシーの悲痛な叫び声が鳴り響く。

 攻撃が止み、土煙が徐々に晴れていくと、現場に残っていたのは常時アパシーが身に纏っているコートの切れ端だった。

 どうにかアパシーを退ける事は出来た。だがその代償はあまりに大きなものだった。

「カタルシスさん……ううう」

 自分を庇って事切れたカタルシスの前で跪き、ウィッチは動かない彼の前で悲しみの涙を流しながら、何気なく心臓付近に手を当てた。

 クン……。クン……。

「は!!」

 まさかとは思いつつ、今度は手でなく耳のほうを近づけ注意深く音を拾おうとする。すると……

 ドクン……。ドクン……。

 確信することが出来た。カタルシスは辛うじて生きているということを――

「まだ生きてます!! カタルシスさんは死んでません!!」

「本当ですか!?」

「すぐにベルーダ博士のところへ運びましょう!!」

「ワシならここじゃ」

 すると、頃合いを見計らったようにベルーダが現れた。隣にはレイの姿もあった。

「博士!! レイも!!」

「ちょっとレイ、あんたこんな大事なときに何処へ行ってたのよ!?」

「…………」

 何の連絡も寄越さず今の今まで単独行動をとっていたレイをリリスは厳しく糾弾するも、何故かレイは無表情を決め込んでいる。

 その間にベルーダはカタルシスの容態を観察。その結果分かったことを、はるかへと報告する。

「うむ。この程度なら、今のはるかちゃんの魔法でも治せるわい」

「本当ですか!?」

「ワシはウソは言わん主義じゃ」

 彼の言葉を信用し、ウィッチは早速治癒魔法を施す事にした。

 ハイプリエステスフォームという力を手に入れたことで、彼女の魔法精度は極めて向上していた。治癒魔法が施されると、たちまち傷ついたカタルシスの体が癒されていった。

 しばらくして、体が癒えたカタルシスがおもむろに閉じていた目をゆっくりと開けた。

「うう……俺は……」

「カタルシスさん!!」

 彼が意識を取り戻したことで感極まったはるかは、カタルシスへと抱き着いた。

「よかった……よかったです……カタルシスさん!!」

「はるか……俺の方こそ、ありがとう」

 熱く抱擁を交わす人間とクリーチャー。たとえ種の違いこそあれ、心と心が通じ合うことはできる事をリリスは改めて認識する。かつて自分がそうだった事を思い返しながら――

 そんな中で、朔夜はレイへと近づき気になっていた事を尋ねる。

「ドクターベルーダのところへ行っていた様だが、何の為にだ?」

「るせーよ……」

「え?」

「るっせーだっつってんだろう!!」

 突如としてレイは粗暴な口調で声を荒らげた。

 あまりに突拍子もなく予想外の展開に、リリスたちは愕然とした。

「人の気持ちも知らないで……貴様に私の苦しみが理解できるのか!!」

「な……何を言っているんだ?」

「ちょっとレイ、あんたどうかしてるわよ!?」

「どうかしてる? どうかしてるのはそっちではないですかリリス様!! なぜこんな半端者な私を今の今まで使い魔だと偽り、傍に置いてきたのですか!!」

「ちょ……どういう意味よそれ!?」

「どうやらあなたご自身も知らぬようだ。じゃあここでハッキリと教えてあげますよ……私が本当は使い魔でも何でもない、ただの疑似生命体であるとね!!」

「え!!」

「ハヒ!?」

「な……!」

「ですって……?」

「……っ!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

テ「まさかレイがリリスの本当の使い魔じゃなかったなんて……」
は「それどころか、疑似生命体と言うのは一体なんなんでしょう?!」
朔「今明かされるレイとベルーダ博士の秘密……二人の間にある意外な事実とは!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『明かされる秘密!終わりの始まり!』」


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第44話:明かされる秘密!終わりの始まり!

今日はいよいよレイと気になるあの人の秘密が暴露しますよ!!かなり衝撃的な展開になると思われますので、心臓の弱い方はご注意を。
みなさん、毎日暑くて寝苦しいですけど・・・無理せずゆっくり休みましょう。



黒薔薇町郊外 ベルーダ邸

 

 ハイプリエステスフォームの力で、はるかがアパシーを退けた数時間後。

 教会を出奔し自由の身となったカタルシスを伴い、ディアブロスプリキュアメンバー全員は後援者のベルーダの研究所へ集まった。

 今日はこれから重大な話し合いが行われようとしている。

 場の雰囲気がどこか重々しく、リリスたちの顔に微塵も笑顔はない。ここに集まる直前、レイ自身が発した言葉が直接の原因となっている。

 鳩時計に似せた気味の悪い掛け時計が午後四時を知らせる。

 なかなか口を切ろうとしない皆を見かねると、朔夜自ら文字通り口火を切ってレイへ言葉を投げかける。

「……話してもらおうか。さっき言った言葉の意味を。オレたちにも解る様に」

「レイ、あんたどうかしてるのよ。あんたが私の使い魔じゃないなんて……そんな馬鹿な話ある訳ないじゃない!」

 朔夜に触発されてようやくリリスも口を開いた。その言葉はレイへと向けられる怒号であり、同時に悲しみの籠ったものだった。

 が、レイはそんな彼女の言葉を聞くとより一層悔しそうな顔を浮かべる。挙句に血が滲むほどに強く握りしめた拳を床へと叩きつけ、感情的に声を荒らげる。

「ですが私にはわからないのです!! 私がリリス様といつどこで出会い、どのような経緯で使い魔として契約を交わしたのか、そもそも私自身が何者かすら!? もしも知っているのなら、どうか教えてください!! リリス様っ!!」

「リリスちゃん、知ってるならレイさんに教えてあげましょう!」

「ええいいわよ! 教えてあげるわよ!! あんたは――」

 最初でこそ強い口調だったリリス。

「って、言いたいところなんだけど……」

 しかし途端に自信を失ったが如く顔を伏せがちに呟いた。

「リリス?」

「まさか、リリスさんも知らないんですか!?」

 レイはおろか、リリスですら分からないという驚愕の事実が白日のものとなった。

 彼女の思考は軽いパニックを起こしている。何とか冷静になろうと意識掛けながら頭を抱え、必死でレイとの記憶を手繰り寄せる。

 しかし残念な事に、いくら記憶という記憶、思い出という引き出しをひとつひとつ整理しても【使い魔レイ】との出会いと契約の経緯がまるで思い出せない。いや、思い出せないのではない。最初からそんな記憶など無かったかの様に――彼女の頭の中からごっそりと抜け落ちている。

「おかしいわね……レイとはずっと昔から一緒だったはずなのに……なんで……なんで何も思い出せないのよ!? あれ、いつだっけ……この子と契約したのって!?」

 いつも冷静沈着な彼女の人前では滅多に見せない本気の焦燥。

 当然だ、自分にとって最も近しいはずの家族の記憶が無いという事実――それだけでもリリスを冷静でいられなくする理由としては十分すぎる理由だった。

 頭を抱えたまま周章狼狽し思考の迷路に陥るリリスを皆が心配の眼差しで見守る傍ら、とうとうベルーダが溜息をついた末に口を開いた。

「やれやれ……初めからリリス嬢とレイとの間に契約など存在しない。契約を交わしている、そう思い込んでいただけの事じゃ」

「どういう意味なんだ? それがレイが疑似生命体であると言った事と深く関係しているというのか!?」

「無論じゃ」と、朔夜の問いかけに頷いた。

「じゃああんたは知っているのよね。レイが誰の手で造られたのかも!?」

「誰の手も何もない。というか、ここまで来てまだわからぬのか」

 周りの鈍さ加減にベルーダは呆れ果ててしまった。

 これ以上隠す必要性も無くなったとベルーダは述懐すると、メンバー全員に真実を打ち明ける。

「よいか諸君、何を隠そうレイを造ったのは――――このワシじゃ!!」

「な……!!」

「ハヒ!?」

「ウソでしょう!」

「な……なんですとおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 誰よりもこの事実に驚愕したのは他でもない。ベルーダの被造物者たるレイはショックのあまり語尾を長く伸ばした。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 裏切り者のカタルシスを粛清するどころか、ハイプリエステスフォームの力を手にしたはるかの攻撃を受けてたアパシーは、手負いの帰還を余儀なくされた。

「無様なこった!!」

 真っ先に罵倒したのはコヘレトだった。彼を発端にしてダスクやラッセル、さらにはカルヴァドスまでもが誹謗中傷あるいは哀れみの言葉を向けてくる。

「焼きが回ったな。神の密使(アンガロス)の頭目……それも『吸血殺し』ともあろうクリーチャーが、人間の小娘如きに後れを取るとは」

「おまけに腕のいい部下にさえ見限られてしまったなんて……笑い話にしたって出来が悪すぎるわ」

「アパシーさんもとんだ災難でしたね♪」

「…………」

 皆に散々非難の的にされながらも、アパシーは沈黙を保ち傷の手当てを進める。

 やがて、フード越しに彼は周りに呟いた。

「カタルシスはまだ死んでいない。部下の犯した失態を拭うのが我が務め……」

 大威力の魔法砲撃を食らった直後に亜空間へと逃れたから大事には至らなかった。傷自体もとりたてて任務に支障が出るものでもなかったから、アパシーは早急にカタルシス抹殺のため再度地上へ赴こうとする。

「またプリキュア共に返り討ちに遭うんじゃねぇのか?」

 そう小馬鹿にしたように尋ねるコヘレト。アパシーは低い声で問いに答える。

「二度同じ手は食わぬ。神の密使(アンガロス)の威信にかけて裏切り者は必ず粛清する――」

 

「待つが良い、アパシー」

 役目を果たすため再度地上へ向かおうとする寸前、アパシーは現在仕えている主に声を掛けられた。

 振り返ると、所用を済ませ教会へと帰還したホセアが威厳のある声で呼び止めた。彼に呼び止められるや、アパシーは慌てて恭しく膝を折りたたみ眼前の主へと首を垂れる。

「プリースト……お帰りなさいませ」

「うむ。アパシーよ、仕事熱心なのは結構な事だ。だがお主にはそのような些末な事よりも重大な役割があるはずだ」

 そう言いながら、ホセアは中央通路を一歩ずつ踏みしめながらアパシーを窘める。

「お言葉はごもっともです。しかし私は」

 いつもならばホセアの言う事に反対意見など唱えないアパシーが、今日に限っては難色を示す態度を取った。この反応にダスクは物珍しく興味深そうな様子で不敵な笑みを浮かべる。それとともに、プリキュアとの接触が彼の中に本来ある筈の無い「自我」が目覚めつつある事を想起させた。

 ホセアもダスクと同じことを考えていた。だが、彼の場合はダスクの様に楽観的な捉え方ではなく、むしろ深刻な問題として扱い顔にこそそれを出さないものの良くない兆候である事を述懐する。

「アパシーよ。プリキュアと言えど所詮は人間。お主ほどの手練れがカタルシスと同じ道を歩む事は罷りならん。くれぐれも自らの存在意義をはき違えてはならぬ」

 誤った道へ進む前にアパシーの思考に軌道修正をかけたホセアの言葉が重くのしかかった。アパシーは今一度冷静になり、本来為すべき事を失念し一時の感情に左右されたかのようなリスキーな行動を無意識のうちにしていた事を猛省する。

「……申し訳ありませんでしたプリースト、以後謹んでお勤めいたします」

「分かってくれて何よりだ。いずれにせよ、裏切り者のカタルシスともどもプリキュアを殲滅する機会はそう遠くないうちにやってくる。今は黙してこの場を受け入れよ」

「はい、承知しました」

 如何なる事があってもアパシーはホセアへの恭順の姿勢を崩さない。たとえ主の言葉が自らの意志に反するものであったとしても彼は主の決めた方針に従う。それが神の密使(アンガロス)の頭目を務める彼の義務であり、生き方そのものなのだ。

 ホセアはこの場に集まってる幹部たちを見渡してから、おもむろに口を開いた。

「さて……戻ってきて早々だが皆に重要な話がある」

「話? 何か進展でもあったのか?」

 ダスクが怪訝そうに尋ねるや、ホセアは首肯し錫杖を地に突いた。

「喜ぶがいい。今しがたカオス・エンペラー・ドラゴンの意思を聞く事が出来るようになったのだ」

「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思ですって?」

 言葉の意味がイマイチ分かりかねるラッセルが眉を潜めながら不審がる。

 すると、ホセアは口元を若干つり上げてから全身よりどす黒い色をした霧状のガスをもくもくと噴き出した。

 噴き出したものを見て、それが強大なる闇のオーラだとダスクは直感する。すると同時に額からは尋常でない量の汗が湧き出した。いまだかつて、彼は自分以上にこれほど禍々しく巨大な闇の力を感じたことはなかったのだ。

 皆がオーラを見ながら呆然と立ち尽くす一方、ホセアの体から立ち上ったオーラは見る見るうちに形を成していき、やがて巨大な竜の姿を模した黒い塊となってホセアの背後へと浮かんだ。

「これは……!!」

「まさか、カオス・エンペラー・ドラゴンの意思ってホセアさんの体の中に!?」

 驚くメンバーを前に、邪悪なる竜の意思――カオス・エンペラー・ドラゴンは仮初の肉体で彼らに畏怖を覚えさせると、ホセアを媒介に彼を操り片言の言葉で語り出す。

『我ハスベテヲ破壊シ滅ボスモノ……人間界ト天界、堕天使界、冥界、ソノスベテニ混沌ト破滅ヲモタラスハ我ガ本望』

(こいつがカオス・エンペラー・ドラゴンなのかよ……おいおいまだちゃんとした姿すら見えてねぇってのに、なんでこんなに冷や汗が出るんだ!?)

 尋常じゃない冷や汗を流すコヘレト。彼もまた目の前の邪気に対して内心根源的な恐怖を抱いており、手のひらからは脂汗が滲み出っ放しだ。

 カオス・エンペラー・ドラゴンの意思は、今の心境を赤裸々に独白する。

『地上ノ些末ナ命デモ構ワヌ。我ヲエントロピーデ満タセ……ソシテ我ニ今一度世界ヲ壊サセロ』

「仰せのままに――」

 その言葉のみ、ホセアの意思が直接答えた。

 邪悪なる竜の意思は仮の肉体を崩すと霧状のガスとなって、再びホセアの体の中へと戻ってしまった。

「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思は実に謙虚な姿勢を示してくれた。だが我々がそれに甘んじるのは努々あってはならぬ事だ」

 黙示録の竜の器となったホセアは、この事実に未だ困惑がちな目の前の幹部たちを叱咤激励すべく、カンっ――と、錫杖を突く。

 直後、メンバーを前に語気強く宣言した。

「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思の下、これより一時間を以って――我ら洗礼教会は全世界へと向けて総攻撃を仕掛ける」

 聞いた瞬間、それまで引きつりがちだった全員の表情が一変。狂気に駆られたが如く口元を釣り上げた。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町郊外 ベルーダ邸

 

「い、今なんて……!?」

「貴殿がこの者を造っただと?」

 居合わせたカタルシスでさえ驚愕する話だった。彼は唖然とした表情のレイを指さしながら恐る恐る尋ねると、ベルーダはうむと言い首肯する。

「私がニート博士によって造られた疑似生命体だというのか……大ぼらもここまで突飛だと滑稽であるな!! ははははははは!!」

 いつものようにたちの悪い冗談だと思ったレイは、冷や汗を浮かべながら強がりを見せ平静を保とうとする。

「本当に大ぼらだと思っているのかい?」

 そんな彼に水を差したのは春人だった。

 メンバーでもっとも状況整理能力に長け、落ち着きを保つ彼は二の足を踏んでいるレイにプレッシャーを与えつつ、ベルーダから核心的な答えを得ようとする

「……仮にあなたの言っている事が本当ならひとつ尋ねたい。何の目的で『レイ』と言う名の疑似生命体を造り、使い魔と偽ってまで悪原リリスの元に置いたのか?」

「言わずもがな、リリス嬢を守る為じゃよ。すべては一年前のあの日から始まったと言っても過言ではない――」

 ベルーダは目をつむるとともに、脳内で鮮明に記録されている一年前の出来事を振り返り語り出した。

 

           ≒

 

さかのぼる事、一年前――

黒薔薇町郊外 ベルーダ邸

 

 季節は三月の事だった。東京都内は季節外れの豪雨に見舞われた。数分間隔で轟く雷鳴。一時間に降り注ぐ雨量はその月としては異例の百九十ミリメートル越えを迎えた。

 けたたましい雨音が響き渡る中、今宵行われようとしていたのは、恐らく歴史上初めてとなる大手術。手術を受ける者――悪原リリスは手術台の上に横たわりその時を待つ。

 やがて、手術室の扉が開くと手術着に身を包んだ執刀医、もといベルーダは台の上から自分を見据える彼女に声をかける。

「怖がらなくてよいぞ」

「別に。怖くなんかないわ」

 気を遣ったベルーダの呼びかけに、リリスは素っ気ない返事をした。

 可愛げのない発言。やれやれという言葉がうっかり口から出そうになったが、ベルーダは内心不安であろう彼女に対し懇ろに付き合った。

「もう少しの辛抱じゃぞ。次に目を開けた時、お主は新しい自分を知る事になる」

「新しい自分……悪魔である私が聖なる加護を受けた存在、プリキュアに本当になれるのかしら?」

「なれる。ワシがそうさせてみせる。何より大切なのはお主の気持ちじゃ。ワシとて不安は拭えん。これは前代未聞の手術じゃ。じゃが、あの時のお主の訴えかけは確かにワシの胸に響いた」

「………」

 悪原リリスがどのような手段でベルーダという表舞台に隠れた裏側の存在を知ったのかは分からない。だが、最早正攻法では彼女の切実な願いを叶えることは出来なかったのだ。

 彼女の悲願――デーモンパージと呼ばれる惨劇によって同族の悪魔と故郷を滅ぼされた。それを実行した組織・洗礼教会を討つ為に、彼女は力を欲した。彼らと戦う為の絶対的な力。すなわち、弱点である聖なる光の力を駆使する敵に真っ向から挑みかかっても屈せず、且つ世界を変える存在・プリキュアの力を手に入れる為に。

 これから行われる施術は、悪魔であるリリスの肉体がプリキュアの力を受け容れられる様にする為の改造、言わば『適合手術』である。ベルーダは麻酔の準備をする傍ら、リリスに語り掛ける。

「改めて説明するまでも無いが、たとえ手術が成功してもプリキュアの力を使い続ければお主の寿命は確実に削られ、待っているのは破滅じゃ。そのリスクを覚悟し、どのような生き方をするかはお主の自由。お主自身の未来を決めるのはリリス嬢――ただ一人だけじゃ」

「私が、決める……」

 そう口にした直後、一際大きな雷鳴が轟いた。

 一瞬の沈黙が場の空気を支配した。やがて、リリスは覚悟を決めた顔でベルーダに自分の確固たる意志を伝えた。

「私は自分の決めた生き方を貫くわ。だからお願いベルーダ博士、私にプリキュアの力を――」

「わかった」

 凛とした眼差しで見つめる少女の願いを無碍にしたくなかった。彼女の決意を聞き入れたベルーダは、おもむろに麻酔針をリリスの腕へ打ち込んだ。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

「リリスちゃん、適合手術なんて受けてたんですか?」

「ええ。そうしないとプリキュアの力が手に入らなかったのよ」

 聞き及んでいない事実に衝撃を受ける面々。リリスは淡々と事実を話した。

「ですが以前、ベルーダ博士は私たちに言ってませんでしたか? ベリアルリングの力でリリスさんはプリキュアに変身することが出来るようになったと」

 すかさずピットが当初の話と異なる点を言及した。当然そのような質問を向けられる事を事前に予想し得る事が出来たベルーダは素早く返答した。

「厳密に言えばあれだけではダメなのじゃ。ゲームソフトだけあってもハードが無ければ遊べん様に、そもそも悪魔であるリリス嬢にはプリキュアに必要な『素質』が決定的に欠落していた。適合手術はそれを補う為に必要じゃった」

「プリキュアの素質って……一体何なんですか?」

 怪訝そうにテミスがおもむろに尋ねると、ベルーダは彼女から提示された疑問を別の質問で切り返した。

「では逆に尋ねよう。そもそもお主はプリキュアがどのようにして生まれるのか、またその正体について考えた事はあるか?」

 逆質問されたテミスは困惑しながら思考を逡巡させる。彼女が答えを導きやすくする為、ベルーダは敢えてヒントを与える様に語り続ける。

「かつて見えざる神の手は自らの野望の為に神を亡き者にした、というのは以前コヘレトから聞かされておるだろう。じゃが神もただでは死ななかった。遠くない未来、三大勢力すらも太刀打ち出来ない危機が世界に差し迫った時、大いなる災いを退け秩序を取り戻す者達を生み出す必要があった。その為には自身の力の一部を宿らせる『器』が必要じゃった。そして、その器として選ばれた一人がキュアミカエルじゃよ」

 この話を最後まで聞いた直後、テミスはようやく気付いた。恐る恐る、導き出した答えを確かめる為、ベルーダに半信半疑で問いかける。

「まさか……プリキュアとは主の欠片を受け継いだ者、ですか?」

 

 何故、人間や天使がプリキュアに変身できるのか。

 テミスはその理由を、魂に混ざり込んだ何かにあると予測していた。

 世界を変質させながら周囲の願いを叶える者、それがすなわちプリキュアだ。

 神の欠片がその力の根源であるとすれば、その力を最も色濃く受け継ぐ天使と神が自らを象って造った人間が器となるのはおかしくはないだろう。

 そして、生前生後いずれかに神の欠片が混ざり込んだ魂を、感知能力に長けたクリーチャーが脅威として捉え優先的に襲う事も、逆に天城はるかのように、魂の奥底で眠っていた神の因子が、敵の襲撃に合わせて防衛本能で開花したというケースもあるのではないだろうか。

 

 その推測が正しいかどうかは解らないが、テミスの言葉に、ベルーダは不敵な笑みを浮かべる。

「そこまで解っているなら上出来じゃよ。ワシはリリス嬢の身体に疑似的な神の欠片を埋め込む手術を施した。そしてベリアルリングを与えてやった。じゃが実のところ……ワシは心配が拭えなかった。悪魔であるリリス嬢がいつかプリキュアの力を暴走させ、この世界に禍をもたらすやもしれぬと。そこでワシはリリス嬢が手に入れたプリキュアの力と、その心が暴走せぬよう常に側で見守り、時として力をセーブする役割を持った【安全装置】を造る事にした。それがお主じゃ!!」

 ベルーダは、レイを指さしながら周りに強く言い放った。

「【レイ】と言う名前はワシがつけた。使い魔でも妖精でもない疑似生命……【虚構】の存在と言う意味からのう。ワシはベリアルリングと並行してレイを作り、作って直ぐにリリス嬢の側に置いてやった。周りに不審がられぬ様レイにはあらかじめリリス嬢の記憶を軸に、彼女と親しい者たちにもレイと言う存在がさも昔から居たかのような嘘の記憶を挟み込む仕掛けを施しておいた」

 これを聞いた途端、全員が理解する。

「だから、はるかたちもレイさんに何の疑問も抱かなかったんですか!!」

「つまりレイは、リリスがプリキュアの力を手に入れた頃に造られたのか……」

 自分たちの記憶に挟み込まれたレイという記憶と存在――はるかも朔夜も、リリスと親しいがゆえにレイがあたかも彼女と昔からずっと一緒に居たものとばかり思い接していた。だから彼に違和感を抱く事もなかった。

 だが実際にレイがリリスの元に居た時期は、彼女がベリアルリングを手にした僅か一年という期間。そして、レイ自身も初めて自分とリリスの記憶のズレがある事に気づかされた。十六夜朔夜を初めて目の当たりにした時、彼がリリスの婚約者である事を知らなかったのは、レイがリリスと数年来の付き合いではない――すなわち、昔から居た訳ではないという証拠だった。

「だとしても、なんでそんなマネ!? 大体、ベルーダ博士の方こそどこの何者なのよ!?」

 問題をすり替える訳ではないが、聞かずにはいられなかった。リリスはベルーダと言う存在そのものについて、鋭くメスを突き付ける。

「前々から怪しいとは思っていたのよ。私たちでさえあまり知らない冥界や堕天使界の事を熟知していたり、プリキュアの力を制御するリングを作れたり、あと……秘密裏に警察組織と結託してたって話じゃない!!」

「おやおやそこまで知られていたとはのう~。誰かさんのリークかのう~」

 春人の方を見ながらベルーダは不敵な笑みを浮かべる。これに対して春人は「ふん」と、鼻で笑い沈黙を貫いた。

「確かに、ワシは大河内財団という架空の財閥組織のトップを装い警察庁の極秘組織である『ゼロ』の連中と接触を図り、春人をロンドンから呼び寄せ公安部のオブザーバーとして参加させるよう仕向け敢えてリリス嬢との接触を焚きつけた。だがそれだけでないぞ。この世界で広く御伽噺として伝わっているプリキュアの話……あれはワシが直々に広めたものじゃ」

 驚きの事実に全員が耳を疑った。唖然とする周囲を見ながら、ベルーダは更に言葉を続けた。

「まぁワシにとって重要な事は、たったひとつだけじゃ。各時代・次元においてプリキュアの資質を持った者に力を与え、世界を正しい方向に導く手助けをする……それが、このワシの務め!」

「は、ハヒ?」

「あなた、一体何を言って……」

「天地開闢以来――ワシは人間界、天界と堕天使界、そして冥界のすべてを見守ってきた。とりわけ神はこの地上の成り行きを憂慮していた。ゆえに地上世界を正しい方向へ導くべく、先に述べた通り神は自らの力の欠片を受け継ぐ器をあらゆる生命の主導者に見据え、この地を治めんとした。そしてほんの一握りしかいない欠片の所有者……すなわち【プリキュア】を選任する役割を担うべく、神は動けない自らの意志の一部を分離させ、地上へと遣わしたのじゃ」

「神の意志ですって?」

「左様。ワシは世界中を飛び回り、その時代に最も相応しい者たちをプリキュアとして選びそれを見守ってきた。しかしあれはさすがに悲しかったのう……ジャンヌ・ダルク、当時の世相は厳しくてな、フランスの危機を救ったプリキュアがまさか魔女裁判に掛けられ火炙りにされるなどとは到底予想がつかなかったわい」

「ジャンヌ・ダルクって……彼女もプリキュアだったの!?」

「ベルーダ博士……あなた一体いくつなの? そんな大昔からプリキュアをずっと選び続けて来たっていうの?!」

「ということはあんたは……神様そのものだって言うの?」

 驚愕を飛び越え仰天するメンバー。ベルーダはいつもみたいに飄々と答える。

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。ワシはただ、自らに与えられた役目を忠実に果たそうとしているだけじゃよ」

 彼曰く、自らを審神者(さにわ)として聖なる存在であるプリキュアを歴史の主導者として選出する事こそ至上の使命であると。未だ信じ難いリリス達は彼の言葉がどこまでが嘘で本当か全くわからなかった。

 

           *

 

天界 第三天

 

 テミス・フローレンスの故郷である天界は、いつも通りの平和な時が流れ多くの天使たちは悠久なる時の中に身を浸していた。

 だが、安寧の時間は突如として現れた侵略者の手によって終わりを告げる。

 

『『『カオスピースフル!!』』』

「きゃああああああああ!!」

「逃げるんだぁ――!!」

 天界上空に出現した巨大な亜空間。そこを通り抜けて現れた混沌という言葉を象徴する凶悪で邪悪な怪物たち。

 カオスピースフルは天界へと降り立つや、かの地を徹底的に蹂躙せんと破壊活動を開始。戦う力をほとんど持たない一般の天使たちは死の恐怖に怯えながら逃げ惑うしかない。

 文字通り天界は混沌、カオスの名の元に破壊される。

 カオスピースフルの大軍を先導するのは堕天使界切っての若き王ダスク。そして彼の部下で紅一点のラッセル。

 彼らが目指すのは天界・第七天――天界の中枢機関にして、かつてアパシーの手により鏖殺(おうさつ)された見えざる神の手の天使たちが居城を築きし場所。

 しかし、そんな敵の侵略を易々と許すほど天界の警備も甘くはない。地上に警察という名の治安維持組織があるように、天界には天界独自の防衛組織が存在する。

 第七天を急ぐダスクとラッセルの前方から、足並みを揃える純白の防護服に身を包んだ者たちが立ち塞がった。手には剣と盾を持ち、腰には銃や弓矢が携行されている。

「おいでなすったか」

「あれが天界の武装集団……【天界守護代(てんかいしゅごだい)】ですわ」

 

 天界守護代。

 天界の全治安を維持するため結成された武装集団。天使の中から選ばれた武術と魔術に長けた者たちが第一天から第七天に至るまでの警護を担い、主として天界へと侵入してきた賊軍の討伐を行うのだ。

「堕天使どもめ。招かれもせぬのにこの天界に立ち入るとは……洗礼教会と結託して余程血迷ったと見える。ここは貴様ら不届き者が足を踏み入れていい場所ではない。早急に立ち去るが良い!!」

 威勢のいい声でダスクらへ警告する若き警備隊長。横に並び立つ部下たちは鋭い視線を向けるとともに、いつでも攻撃できると言わんばかりに右足を前に出している。

「ダスク様……いかがしますか?」

 些か二の足を踏むラッセルがどうすべきか問うと、ダスクが取った行動は単純にしてひとつだった。彼は何ら躊躇うこともせず天界守護代の方へと向かって歩き出したのだ。

 一歩、また一歩とその歩は確実に近づいていく。

 やがて警備隊長の真横を通り過ぎるところまで接近した次の瞬間。彼の部下たちが一斉にダスクの周りを取り囲んだ。

「はっ……俺を殺せるかな?」

 挑発気味にそう口にしたダスクへ、天使たちが一斉に剣を突き立ててきた。

 しかし、彼らの剣が届くことはなかった。彼らの目に映るのは闇のオーラに守られたダスクの無傷な姿のみ。

「ば、馬鹿な……我らの剣が全く届いていないだと……!」

 怯えた様に後退りながら、天界守護代の一人である若い天使が呟いた。

 彼の言葉を聞き、ダスクは呆れたように首を振る。

「お前らさ……俺が誰だかわかってるのかよ。仮にも俺は堕天使の王だぜ。雑兵如きが王の首を獲れると思ったら大間違いだぜ」

 言うと、ダスクの体を保護していた闇のオーラが四方八方へと拡散。拡散した闇は周囲を取り囲んでいた守護代の体を吹き飛ばし、瞬く間に戦闘不能とした。

「やれやれ。こんなもんなのかよ守護代ってヤツは。これなら地上の警察どもの方がまだ骨のある連中に見える」

 手応えの感じられない戦いに、次第にダスクの興は冷めていった。

「ラッセル、あとお前がやっていいぞ」

「かしこまりました――」

 大役を任された事でラッセルの心は一気に高揚する。

 ダスクの代わりに前に出た彼女は、尻込みする守護代たちを妖艶なる笑みで見つめてから、コウモリのような暗黒の飛翔物を無数に放ち攻撃する。

「ダークネスウェーブ!!」

「「「「ぐああああああああああ」」」」

 放たれた飛翔物に襲われた天使たちの体は焼き尽くされ灰と化す。

 ダスクとラッセルが持つ闇の力に圧倒される天使たち。天界守護代という名もまるで名折れ――彼らは堕天使による一方的なまでの侵略を受けるばかりだった。

 

           *

 

同時刻――

堕天使界 中心部 市街地

 

 一方、ダスクが本来統治していた堕天使界でははぐれエクソシストのコヘレト、同じくはぐれ悪魔のカルヴァドス――狂気という言葉をそのまま具現化したコンビによる徹底的な破壊行為を受けていた。

『『『カオスピースフル!!』』』

 堕天使達の多くは悪魔同様数こそ全盛期の半分以下にまで減少したが、彼らなりの努力によって辛うじて種の存続を守り細々と暮らしていた。だが、彼らの平穏をある日突然奪わんとする敵が現れた。

 ダスクやラッセルの様に争いを好まない堕天使が多く暮らす市街地へと放たれたカオスピースフルの大群。彼らは異次元からの侵略者の脅威に晒される。

「ハーッハハハ!! 畏れろ!! 喚け!! そして絶望しろ!! ハハハハハ!!」

 清々しいまでの外道にして鬼畜。

 コヘレトの毒気と狂気を内包した笑みを横目で見ながら、カルヴァドスは称賛の拍手を送る。

「いや~コヘレトさん、いい芝居っぷりですね!」

「馬鹿かっ!! 芝居でやってねーよ!!」

「でも、ダスクさんも思い切った事を言いましたよね。自分の故郷を更地に変えるなんて正気の沙汰じゃない。でもホントの事を言えば……ボク、こういう機会をずーっと待ち望んでいたんですよね♪」

「おうとも。だ、か、ら……今日は徹底的に暴れてやろうぜ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 前代未聞の出来事に統制を失いパニックに陥る堕天使達。異界の宗教結社の攻撃によって、彼らは大打撃を受ける。

 次第にそこに住まう生き物の恐怖、憎悪、狂気などの感情における負の側面から生まれ出でるエネルギー、即ちエントロピーが急速に集まり始める。

 そうして集まったエントロピーは、NCBビル占拠事件以来出現した虚空の穴――次元の狭間へと吸い込まれていくのである。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町郊外 ベルーダ邸

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!! おかしいじゃない!! あんたが神様の意志そのものだって言うなら……なんであたしたちのピンチに手助けしなかったのよ!? 警察と裏で手を組んでいたんなら、衝突する前に仲裁に入ってくれればよかったんじゃないの!?」

 怒涛の様にラプラスがこれまでの疑念を一気に口にする。

 彼女としてもまだ理解が及ばない所が多々あるのだ。話の流れの中で神の意志だの何だのと説明されて直ぐに納得しろとは随分手前勝手で乱暴な言い分だなと思い、その仕返しとばかりにベルーダへと問い詰める。

「ワシの役目はさっきも言うたとおり、その時代に最も必要とされる者をプリキュアに選出しそれを見守る事――ただそれだけじゃよ。警察と繋がっていたのはリリス嬢の今後の活動において必要不可欠な要素だと思ったからに過ぎん。両勢力の争いを止めるのはワシの仕事ではない。大体、ワシが仲裁に入らずともお主たちは自力で解決したじゃろ?」

「そ、それはそうだけど……だけどどうしてそこまでリリスちゃんにこだわるわけ!?」

「少しは察してくれ。ワシの見立てに狂いがない限り、リリス嬢こそが、今の時代に最も必要とされるプリキュアじゃと言うておるのじゃ」

「私が……!?」

 それを聞いて益々リリスは訝し気な顔を浮かべた。

 そもそも一体どんな基準でベルーダはプリキュアを選出しているのか。

 どうして聖なる者をプリキュアにするはずの立場が悪魔である自分を選んだのか。どうして自分が今の時代に最も必要なプリキュアだと言い切れるのか。その根拠は果たして何か。ベルーダはその答えをゆっくり語り出す。

「有史以来最も混迷する現代において、普通の人間をプリキュアに選出したところでこの地を治める事は極めて困難じゃ。ワシはあらゆる時代、あらゆる宇宙、次元に存在する『プリキュア』の活躍を見てきた。だがしかし、ワシのお眼鏡に叶う者は一人としていなかった。価値観の多様化と秩序の崩壊によって単純な正義と悪の二元論が最早罷り通らなくなってしまった。そんなある時じゃ……ワシの目の前にこれまで誕生させてきたどのプリキュアとも大きく異なる少女が現れた。怒り、悲しみ、復讐心……じゃがそれだけではない。負の感情に支配され、愛の戦士であるプリキュアから最も遠い存在でありながら、ワシはこの娘に強い興味を持った。人生の最深部にある『闇』という荷をそのかぼそき体と心で背負いこむ少女。ゆえに辿り着いた。世界の真理に。本当の愛に。これまでのプリキュアにはなく、リリス嬢だけが持っていたもの……それが『闇』。その『闇』こそ新たなる時代を切り開くのに必要な力じゃった」

「闇が必要……? でも、プリキュアは本来〝光の使者〟の筈? まるで真逆じゃないですか?」

 当然の疑問を抱くテミスだったが、彼女の常識的な思考にベルーダは待ったをかける。

「その逆じゃよテミスちゃん。この世にあるのは光だけではない。光と闇は常に表裏一体。どちらを選ぶかは別として、切り離すことなど出来ない。そしてまた、明るい光の中にいる者ほど、率先して人生の闇に目を向けていなければ、永久にその視野は『狭い』ままじゃ。むしろ、人生の最深部にある闇を見た者にしか辿り着けない境地、成し得ない事がある。そういう者こそ今を生きるプリキュアであるべきなのじゃ」

 ホイットマン曰く、「寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る」。シェイクスピア曰く、「傷の疼きを感じたことのない者だけが、他人の傷痕を見てあざ笑う」と。

 ベルーダは表面的で単純なものの見方をするのではなく、極めて深い見地を持っていた。そうして熟考した末に彼が選んだプリキュアは、これまでの常識から逸脱した存在――悪魔という答えだった。

「無論、先ほども言うたように心配も拭えなかった。人間や天使をプリキュアに選ぶならともかく、聖なる存在とは真逆の存在……悪魔を選ぶのは些か勇気がいる事じゃった。罷り間違えば人類の敵になるかも知れなかった」

 ベルーダがそう言った途端、レイはハッとした表情となった。

「だから私なのか!! 私をリリス様の側に置いたのは、どちらに転がるか分からない悪魔のリリス様を正しい方向に導く為に!!」

「その通り!! そして見事にリリス嬢、お主はワシの想像を遥かに超えた力を手に入れ、高みへと上り詰めた。ワシが与えた力だけに頼らず、戦いの中で純粋な悪魔の力を宿したプリキュアに進化したんじゃ。グラーフゲシュタルトからグロスヘルツォークゲシュタルトまでの力はあらかじめレイとリンクするよう作っておった。しかしカイゼルゲシュタルトは紛れも無く、リリス嬢が自らの力だけで生み出したもの。疑似生命体のレイがその力に対応していなかったのは至極当然の事じゃ」

「そうだったんだ……」

「理解できたか? 理解できたのならそれでいい」

 おもむろに腰を上げ立ち上がるベルーダ。

 すると、リリスたちを前にそれまでどこか飄々としていた雰囲気から一変、真剣な顔立ちとなり低い声で呟く。

「であればじゃ、お主たちは早急に洗礼教会の成そうとしている事を止めねばならんぞ」

「急に顔と声色がマジになったわねあんた……」

「そう言えば洗礼教会は、一体何をしようとしているんでしょうか?」

「【世界バプテスマ計画】の成就だ」

 疑問に思ったピットの問いに、カタルシスが答えを口にした。

「ハヒ? バプ……なんですか?」

「【破壊に基づく世界の洗礼】……それが今の教会の掲げるドグマなのだ。ホセアは各勢力の危険因子と結託する事でこの地上を、いや天界から冥界に至るすべての世界を消し去ろうとしている。そしてその為に必要としているのが、カオス・エンペラー・ドラゴンの力なのだ」

「カオス・エンペラー・ドラゴン、だと!?」

「なーんか厨二臭いネーミングね」

 大仰とした敵の名を聞いた朔夜が言い知れぬ脅威を抱く一方、ラプラスは違うベクトルで捉え率直に痛々しいと感じた。そんな周りの反応を伺ったベルーダがおもむろに問いかける。

「リリス嬢たちは黙示録の獣の一体である【赤い竜】について知っておるかのう?」

「新約聖書に出てくるドラゴンの事ですね。確か大天使ミカエルと死闘を繰り広げたとか……」

 知識の引き出しを開けた春人がそう口にした直後、リリスを筆頭に他のメンバーはある重大な事実に気づいた。

「まさか、キュアミカエルが次元の狭間に封じたドラゴンってそいつの事なの!?」

「左様。奴らはそれを復活させようと目論んでいる。カオス・エンペラー・ドラゴンの力は絶大じゃ。もしも復活などすれば、この世は間違いなく滅び去る。ホセアはこの世界に存在する何もかもを滅ぼそうとしているのじゃよ」

「何もかも滅ぼすって……何の為に!? そんな事してどうするつもりなのよ、あの男は!? 大体『洗礼教会』ってほんとのところ何なの!?」

 今さらながらテミスはホセアの野望もさること、洗礼教会という組織の存在意義にすら疑問を呈する。全てを破壊する事に執心するなど正気の沙汰とは思えない。そんな彼女の素朴な疑問にベルーダは重々しい表情で真実を語ってくれた。

「――『洗礼教会』というのは、古代ローマに存在したキリスト教一派のうち、ニケーア公会議によって異端とされた者たちが組織した秘密結社の名前じゃ。当初は地下墓所(カタコンベ)を拠点に細々と活動を行っていたが、そこにホセアが接触した事で状況は変わった。実質奴が主導者として君臨するようになると、教会は迫害を理由に表世界では生きられない信者を始め、逸れ者のエクソシストや科学者を抱き込み勢力を拡大していった」

「ニケーア公会議? 仮に第一回が開かれた三二五年のものと仮定しても、今から千七百年も前の話ですよ!?」

「ハヒ! ということはホセアさんベルーダ博士と同じでおいくつなんですか!? 同じ人間とは思えません!」

 クラレンスの発言を聞いたはるかが吃驚した声色で口にした直後。

「人間じゃないわよ」

 きっぱり、リリスははるかや周りの者達に人間でない事を主張。すかさずその正体を暴露した。

「あいつの正体は――【ホムンクルス】よ」

「ホムンクルスだと? 錬金術によって作り出される人造生命体だと言うのか!?」

「本人から直接聞いたのですか、リリス様!?」

 些か信じ難い話に疑問を呈する朔夜。隣に座っていたレイはホセアの正体を看破したリリスに事の詳細を知った経緯を求める。

 しばらくして、レイから問われたリリスは脳内にイメージを思い浮かべる。幻想空間の中でホセアと会う直前、彼女が偶然にも見つけてしまったあの狂気の研究を――

「偶然見てしまったのよ。培養液に浸った赤ん坊擬きが大量にストックされていた。奴は自分で一万年もその研究をしてきたと嘯いてたわ」

「ハヒ! 一万年ですか……!」

「これで合点がいったよ。ホセアはホムンクルスとして活動するとともに、いずれは訪れる肉体の寿命を克服する為、クローン技術を用いた。そうして一万年にも渡って生き永らえることが出来た」

「でもその完成度は明らかに現代のものとは異なる。人工的に一卵性双生児のコピーを作り出すクローン技術の上位互換、それこそ生前の記憶を完璧に転写した完全なるコピー人間製造法よ」

 

『御名答』

 春人の推理に補足する形でリリスが推測を口にした次の瞬間――それは起こった。

 唐突に皆の意識が幻想空間へ誘われ、視界に映るのは広大で無限に膨張し続ける宇宙空間。呆気に取られていると、リリス達の目の前にホセアが現れた。

『さすがだ。魔王の娘よ。どうやら私の秘密に気が付いたようだな』

「ホセア!」

 敵愾心を露にするリリス。他の面々も最大級の警戒をする一方、ホセアは終始伺い知れない表情で常に余裕を醸し出すとともに語り出す。

『察しの通りだ。私は見えざる神の手によって造られ、遥かな太古この地上へ降り立った。そしてテロメアの短縮と言うクローンの技術的欠陥すら克服する事に成功した。見るがいい、私の一万年の記憶を――』

 すると、ホセアは特殊な力でリリス達に自身の記憶の断片を視覚化させ、それをスライドショーの様に超高速で再生した。

『見給え。宇宙の神秘なる力に目覚め、不死を得た私。自らを生み、自らを育んだ私。永遠とも呼べる時の流れの中で、私は星の数ほどの賢者達と会い史上最高の叡智を得るに至った。そして次第に人間の世界に干渉する楽しみを覚えた。そう――私は気の向くままに、新たなる智慧と、発明を、欲望を、憎しみを、飢餓を、戦争を与えてやった』

 宇宙と言う名のバックグラウンドに映し出される映像は地球一万年の記憶そのもの。全てホセアが実際に目で見て、体験し、聞き及んだ事を具に表している。人類史の誕生に始まり、文明の進化と荒廃、大災害の発生、戦争の勃発――ホセアはそうした歴史を神の代弁者の如く俯瞰し観察し、干渉を繰り返した。

 あまりにも膨大な記憶。その断片だけとはいえ、これほど濃密な記憶を短時間のうちに見せられればリリス達も言葉を失う。ある種ホセアと同じ立ち位置的にいる筈のベルーダでさえ、茫然自失と化す。

『歴史は私の絶えざる干渉によって作られたのだ。解ったか、君たちという存在も私の干渉無しには存在しえなかった』

 と、ホセアが豪語した直後――リリスは鼻で笑ってから彼の物言いに疑問を呈した。

「大言壮語も甚だしいわね。私がこの世に生まれたのもあんたのお陰だとでも言うの?」

『君は単に不確定性の生んだ空集合に過ぎない。ゆえに私の計算を大きく狂わした。だがそれもまた一興。何故君のような特別な資質を持たない、神の恩恵すら得られない悪魔がプリキュアになれたのか。私はとても興味がある』

「相変わらずふざけた男ね! あんたの神様気取りの御高説なんて噴飯物(ふんぱんもの)よ!」

『ならば何もかも終わりにしよう。キュアベリアル――私はこの醜く血塗られた世界を全て破壊し、究極の虚無による平和を実現させる』

 その言葉を最後にホセアの姿は眩い光の彼方へと消え、リリス達の意識は宇宙空間から元居たベルーダの研究室へと戻っていた。

「い……今のは……」

「幻覚? 夢だったの?」

「ホセアめ……何をしでかすつもりじゃ」

 夢か、現か、どちらともし難い不可思議な体験をした面々は鳩が豆鉄砲を食った顔を浮かべながら先ほどの出来事を思い返すばかり。

 このまま何も起こらない事を暗に祈っていたリリス。

 だが、彼女の願いは淡くも――そして残酷に打ち砕かれる事となった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。刹那、強い縦揺れの震動が部屋中へ伝わり出した。

「ハヒ! 地震です!」

「これは……! 相当デカいぞ!」

 部屋の天井の一部が崩れ落ち、古くなった壁が剥がれ落ちる。かつて経験した事のない大型の地震が発生した。

 そしてついに、建物自体が大きく傾き始めた。このままでは命に危険がある――そう判断したベルーダは早々に全員に退避命令を出す。

「崩れるぞ!! 脇目も振らず走れ!!」

 矢も楯もたまらず居合わせた全員はベルーダの屋敷を全速力で飛び出す。間一髪のところでリリス達は屋敷を脱出するに成功。同時に、ベルーダの屋敷は骨組みが壊れた事で雪崩の様に跡形もなく倒壊した。

 あまりにも呆気ない事態に思わず面くらうリリス達。当のベルーダは然程気にしていない様子だった。

「ニート博士の家が……」

「元々ボロでしたけど、ほんとに瓦礫の山になってしまうなんて」

 プルルル……。プルルル……。

 そこへ春人のスマートフォン宛に電話が鳴った。発信主は父・敬三だった。

 虫の知らせがした。春人はこのような状況でかかってくる電話が経験則として良い知らせだとは思えなかった。内心不安に思いながら、父からの電話に答える。

「もしもし父さん……………なんだって!?」

 

 春人の予感は的中した。地震が発生した直後、町に異変が起こったのだ。

 実は、自然災害と思われた地震は周りを混乱させる為の言わば囮だった。本命は異次元ゲートを通して大量に投入されるカオスピースフルの大群と幾百のクリーチャー、そしてホセアに懐柔された凶悪なシンパによる総攻撃だった。

「皆の者、これは地球を憂う者達の聖なる戦いだ。洗礼教会のドグマに、地球をキレイナセカイに」

『『『カオスピースフル!!』』』

 現場指揮官らしきシンパの言葉を合図に、大量に放たれた殺戮兵器が牙を剥く。

 ひとつの結社による作用により、世界は混迷の時代から急速に終末へと向けてその巨大な歯車を回し始めた。

 

「――――侵攻、完了だ」

 ホセアは護衛を担うアパシーとともに天界、堕天使界、そして人間界より無数のエントロピーが集まって行く様を見守っていた。

「すべてはこの日の為にあった。分断された世界への同時進行。それにより各界から集められる憎悪、怒り、哀しみ、恐怖、虚無……それらによって構成される濃密なエントロピーを糧として次元の狭間に眠りしカオス・エンペラー・ドラゴンを蘇らせる。これこそ一万年に渡る私の悲願なのだ」

「プリースト、ひとつお聞かせください」

 不意に、アパシーがホセアへと問いかける。

「カオス・エンペラー・ドラゴンを復活させ、世界を更地に変えた暁には……あなたは何を求めるのですか?」

「何を求めるかだと?」

 アパシーが言った言葉をおもむろに復唱する。

 直後、ホセアは背中越しに間を空けてからアパシーからの問いに答える。

「――――何も求めぬ」

「……………」

 返ってきた答えを聞いて、アパシーは驚く事もなければ嬉しがる事も無い。まして怒りを抱く事さえも。ただ沈黙を以って主の言葉をそのまま受け入れる。

「存在そのものが無である事こそが、私にとっての至高の喜び。欲望や憎しみ、哀しみの血で汚れる事のない世界……私が見たいのはそういう〝キレイナセカイ〟なのだ」

 果たしてそれはキレイと呼べるのだろうか。常人の感覚からは理解し難いホセアの至高の世界の在り方は、言ってしまえば虚無に近いものだとアパシーは考える。だがどうしてだろう、その虚無に彼は異常なまでの共感を覚えた。

 アパシーもまた、虚無というものへ強烈なまでの羨望が宿っている。【無関心】を意味するその名には虚無思想が色濃く反映されている。この世界や全ての物に価値や意味を見出せず、虚しくも何も無い。故に、無限の虚心を埋める〝何か〟をホセア、そしてアパシーもまた求め続けている。

 やがて錫杖を床に一突きし、ホセアは教会の外へと歩き始める。それに随行する形でアパシーも彼の後ろを歩く。

「ここはもう用済みだ。アパシーよ、私とともに歩み見届けるのだ。世界の終わる瞬間(とき)を」

「かしこまりました――」

 

 

 

 

 

 




次回予告

春「世界の終わりが急速に近づく」
テ「それを阻止する為、洗礼教会との決戦の覚悟を決めた私たち」
朔「行く手に立ち塞がるカオスピースフルの大群、操られた天界守護代、ダスクたちの猛攻まで!!」
は「そして天界の居城で私たちを待ち受けていたのは……!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『天界大決戦!デーモンパージの真実』」


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第45話:天界大決戦!デーモンパージの真実

ついにディアブロスプリキュアと洗礼教会によるガチンコバトルが勃発です!!
ここまで来るのに色々ありましたが、この山場を乗り越えればあとは結構スムーズに事が運べそうです。
長きに渡る教会とプリキュアによる戦いの結末に乞うご期待!!



黒薔薇町郊外 ベルーダの館跡

 

「これは……!!」

 今まさに、リアルタイムで起きている凄惨な状況に言葉を失うリリス達。黒薔薇町を始めとする全世界の町と言う町がカオスピースフルとそれに与するクリーチャー、凶悪なシンパによる一斉攻撃を受け、火の海と化していた。

 あまりにも惨い光景。誰彼構わず無差別に町を破壊し蹂躙する様はテロリズムを超えた侵略行為。いや、最早思想すらどうでもいいと言わんばかりだった。

 しかも悪い事は重ねて起こるものである。ベルーダは今までに無い険しい表情を浮かべリリス達に報告する。

「たった今仕入れた情報によると――洗礼教会はおよそ一時間前、正式に全世界へ宣戦布告をするとともに侵攻を開始した。そして数分前、天界のほぼ九十八パーセントが教会の手に堕ちた」

「なっ……」

「そんな!!」

 天界が陥落した――テミスとピットにとってそれは最も残酷な報せだった。聞いた途端に二人は脱力し膝を突こうとするが、それを制止したのはベルーダだった。

「現実を直視するのじゃ。このままでは教会は本当に世界を駆逐するカオス・エンペラー・ドラゴンを復活させてしまう。そうなれば……お主たちが今まで大切にしてきた全てが消えて無くなるのじゃ」

「!!」

 全てが消えて無くなる。その言葉を聞いた瞬間、リリスの脳裏に蘇る忌まわしき記憶。

 平和だった悪魔界を突如として襲った十年前の出来事――今再び、それが現実のものになろうとしている。

 全てを焼き尽くす炎と無差別に繰り返される攻撃。それによって散っていく無垢なる命の数々。その中には大切な家族や恋人が含まれている。

「……ふざけるんじゃないわよ」

 震える声で、リリスは怒りをこみ上げながら唱える。

 拳を握りしめるその手は小刻みに震えている。皆が凝視する中、彼女はおもむろに言葉を発する。

「何が破壊による洗礼よ。何が究極の虚無よ。そんな独善的な身勝手な自己満足の為に、どれだけの命が散る事になるか。どれだけの苦しみや悲しみが生まれるの……あいつは少しも考えた事は無いのかしらね」

「リリスちゃん……」

「リリス……」

 はるかとテミスが声をかけた直後、リリスの中にある復讐心――それを乗り超えた先に彼女が手に入れたプリキュアとしての使命感に火を点けた。

「こんなふざけた茶番に付き合わされるのも、ホセアの掌(てのひら)で踊らされるのも、もうたくさんよ! 十年に及ぶつまらない因縁に今こそ決着をつけてあげるわ!」

「リリス様……私は」

 これからどうすべきかと、レイが悩んでいた折。リリスの手がレイの頭へと乗っかった。

「あんたが疑似生命体である事は理解したわ。でもだからなんなの?」

「え」

「たとえそうだとしても、あんたが私の使い魔である事実には変わりない。私にはあんたの力が必要なのよ」

 たとえ自分が偽りの生命であろうとも、主の気持ちは変わらない。彼女が求めているのは他でもない――レイという名のたったひとりの家族そのものだった。

「リリス様…………ウウウ!!」

 レイの中の迷いは忽ち吹っ飛んだ。迷いの無くなった彼がとる行動は勿論、主の隣を歩き主の為に身命を賭して戦う事である。

 リリスとの絆を再確認したレイは、主人の手を取り固く誓った。

「共に参りましょう!! 私は最後の最後まであなたと共に歩みます!!」

「ええ!!」

 するとこれに便乗したはるかとテミス、朔夜、春人たちは清々しい表情を浮かべるとともにレイに倣ってリリスの掌に自分の手を順に乗せてきた。

「はるかたちも一緒ですよね、リリスちゃん!! レイさん!!」

「今の教会を相手にひとりで勝てるとは思わないで欲しいわね」

「いついかなる時もリリスを護るのはこのオレの務めだ」

「君らだけじゃ心配だから僕も手伝ってあげるよ」

「みんな……言っとくけどこれは戦争よ。こっちに付いたからには、もう後戻りは出来ないわ」

 後の事を憂慮しながらリリスが皆に問いかける。すると今度はクラレンスとラプラス、ピットの三人も加わり、微笑してから各々が思いの丈を答える。

「心配には及びません。元より我々はそのつもりで行動を共にするのですから」

「いいじゃないの。何をするにしても派手な事に越したことはないわよ!」

「本気で洗礼教会を討伐する気があるのなら、白も黒も忘れた方がいいですわ」

「ならば――俺も行こう」

 直後、意外にもこの場に居合わせたカタルシスもはるかたちを真似して自分の手を乗せてきた。

「ハヒ! カタルシスさん!! まさかあなたも!?」

「はるかやみんなには借りがある。それに……お前たちと出会えたからこそ、今の俺はこうして存在していられるんだ」

 皆の心が一つとなった。

 そうして一同は心をひとつに最後の戦いに向けての決意を固める。

「約束よ。何があっても、必ず誰一人かける事なくみんなで一緒に生きてここへ戻る!!」

「「「「「「「「「はい(ええ)(おう)!!」」」」」」」」」

 

           *

 

『ハロ~~~全世界にお住いのちっぽけな人間諸君!! 俺の声が届いているかな~~~? 俺は洗礼教会の神父っつーか、はぐれエクソシストのコヘレト様だ。喜べゴミ屑ども、青い地球は間もなく俺ら洗礼教会の手によってキレイさっぱり洗い流されるんだぜ!!』

 天界と堕天使界が教会の手に堕ちてから数時間――堕天使界から人間界へやってきたコヘレトは全世界に向けて一斉放送を行った。

 カオスピースフルの脅威から辛うじて逃れた人々は、深い悲しみと悔しげな気持ちを抱きながら、この一方的な放送を聞いていた。

『もっと早くに挨拶しようと思っていたんだけどさ、こっちにも色々段取りっつーもんがあってさ。だがようやく最近になってその段取りって奴が整ったものだからよ……これで心置きなくこの世界を破壊できるってわけだ!!』

 一言喋るたびにカメラ映りを気にするコヘレト。結局の所彼が内に秘める狂気はどうあっても隠す事など出来ず、喋るたびにその狂気が表情筋を動かす毎に溢れ出る。

『うっほん!! えーいいかね諸君、俺たち洗礼教会は人間共のエゴイズムが蔓延したこの腐った地上を徹底的に破壊するただひとつの正義なのである!! なーんて言うと思ったか、クソ共が!! 俺らがそんな正義を標榜する訳ねーだろうに!! 大人も子供も犬畜生も関係ない。一旦ぶっ壊すと決めたからには誰彼かまわず容赦なく粛清の対象だ!! これがホントの無差別テロって奴だな!! でぇーははははははは!!』

 思想も主義も関係ない。正義など持ち合わせていないという自負を持ち、尚且つその上での無差別テロを堂々と宣言する。人々はかつてこれほど大規模でありながら見境無くすべてを破壊しようとするテロリストを見た事が無かった。

『抵抗なんてムダムダムーダっ!! 素直に粛清される運命を受け入れちまいな。これもすべて地球の未来の為なんだぜ。人間は地球にとってのがん細胞さ。俺たちはそのがん細胞を取り除き、重病を患った地球の病を救うという使命があるんでね。ま、最期の時が来るのをビクビクしながら指咥えて待ってる事だな!!』

 あれだけ声高に正義など持ち合わせていないと言っておきながら、使命感に基づく粛清を標榜するコヘレト。矛盾と狂気に満ちたその顔でメッセージを送る相手――地球人類を徹底的に卑下し嘲笑した。

 

 この放送を聞いていた洗礼教会対策課部長――神林敬三は湧き上がる悔恨と怒りを抑えきれず、思わずテレビ画面をゴンと殴りつけた。

「ふざけた事を言いおって……!!」

「部長! 既にこの建物の外にも奴らの手が迫っています!」

「対策課総員で対応していますが、数が多すぎます!! このままでは我々の方が先に……部長は一刻も早い避難を!!」

「私は逃げぬぞ」

と、敬三は毅然とした顔で退かない意思を表した。

「部長っ、しかし!!」

「春人が最後まで戦うという覚悟を決めた以上、私も最後までこの運命に抗ってみせるぞ! それが、子供を戦場に送り出した身勝手な大人に出来るせめてもの罪滅ぼしだ」

 親として、警察官たる者として息子が帰るその時まで逃げる事は決して罷り通ってはならない。たとえ春人のように人間離れした戦闘力が無くても、悪を決して許さないという熱い正義の心、それに立ち向かわんとする果敢な心を敬三は持ち続けていた。

「……わかりました!! 部長がそこまで仰るのなら、我々も最後まで戦います!!」

「洗礼教会の思い通りになんかさせてなるものですか!!」

「ディアブロスプリキュアが本拠地を叩くまでのあいだ、我々は我々に出来る事でこの世界を守りましょう!!」

「みんな、よく言ってくれた」

 敬三の果敢なる心に触発され今の今まで逃げ腰だった部下たちの心に勇気という火が点いた。部下たちも自分と同じく最後の最後まで人間として、警察官として戦う決意を持ってくれた事がこの上も無く嬉しかった。

 誇り高き同志たちを前に、敬三は洗礼教会対策課の長たる者として今ここに力強く宣言する。

「警視庁公安部特別分室、洗礼教会対策課はこれより地上に蔓延るカオスピースフルと教会のシンパどもの討伐及び住民の避難活動に全動員を投入する!! ディアブロスプリキュアとともに最後の最後まで破滅の運命に立ち向かうのである!! 人類の未来は、人類自身の手で守り抜くのだ!!」

「「「「はい!!」」」」

 言った直後、敬三は机の上に飾られた亡き妻の写真立てを一瞥する。

(暦……春人を……私たちをどうか最後まで見守っていてくれ!!)

 

           *

 

天界 第一天 表参道

 

 死した魂、あるいは天界を訪れる異界の者が最初に辿り着く場所。天界第一天・表参道――読んで字の通り天界の玄関口の様なところだ。

 ベルーダの力を借りて天界へと辿り着いたリリスたちが先ずその目で見て体感したのは、華々しく清廉潔白な大通りの姿でも、全身を包み込む様なふんわりとした空気でもない。至る所から漂う血と煙の臭い。無残にも破壊された彫刻などの調度品の数々。天界の九十八パーセント近くが、洗礼教会の手によって掌握されていた事は疑う余地も無い事だと分かった。

 手当たり次第に破壊された故郷の光景にテミスとピットは絶句したまま呆然と立ち尽くす。

「こんな……こんな事が……」

「私たちの故郷が……メチャクチャです!!」

「洗礼教会はオレたちの時の様に天界をも蹂躙したというのか」

「許せない……あいつらだけは、絶対に!!」

 天界の有り様を見るや、リリスは反射的に教会への怒りから拳をぎゅっと握りしめる。無抵抗な民草を蹂躙し破壊するという行為は決して許されない事だ。何よりそれが自分以外の相手――友であり仲間である者の故郷だというなら尚更。

 二度と自分と同じ痛みと苦しみを味あわせたくない。彼女が心中抱くのは、その一点の想いだけだ。

「それで、連中はどこに潜んでいるんだい?」

 春人が淡白に問いかけると、カタルシスは彼方先を見据えてから静かに答える。

「おそらく第七天……見えざる神の手の居城だろう。もっとも、幹部共は既にアパシーの手によって暗殺されているがな」

「アパシーって、あのフードのこと?」

「リリス様やはるか様の強力技を容易く退けてしまうほどの手練れか……あれも貴様と同じクリーチャーなのか?」

 ラプラスとレイが順に問いかけると、カタルシスは「ああ」と頷いてからアパシーについて簡潔に説明した

「『ダンピール』と言う吸血鬼を唯一殺せる存在だ。戦いに非常に秀でており、クリーチャー随一の殺傷能力を持つ」

 クリーチャーの中でもトップクラスに入る戦闘力を持つカタルシスですら慄いてしまうほどの手練れ。彼との接触は免れないながらもどうにかしなければならない――そうリリスが思案した直後。

 表参道の奥の方からドシドシと、地響きの様な足音が複数こちらに向かって近づいてくるのが分かった。

 直後、眼前より教会が差し向けたカオスピースフルの軍勢が迫って来た。

『『『カオスピースフル!!』』』

 敵の姿を視認したリリスたちは即座に戦闘態勢に入った。

「戦闘事変発生、か」

「おっぱじめましょう!!」

「みんな、覚悟はいいかしら?」

「「「「「「「「「いいともー!!」」」」」」」」」

 悪乗り気味ながら、メンバーは各々変身アイテムを装備して声高に口上する。

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「バスター・チェンジ」

「実装!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」

「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」

「非道な悪事に正義の鉄槌下す者。その名はセキュリティキーパー」

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女、天使、暗黒騎士、探偵のコラボレーション!!」

「「「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」」」

 

『『『カオスピースフル!!』』』

 変身が完了したベリアルたち目掛けて、カオスピースフルの軍勢が怒涛となって押し寄せてくる。

「そこをどきなさい、モブ共!!」

 押し寄せるカオスピースフルに臆する事なく、ベリアルは地面を蹴って加速をつけると勢いを殺さず敵の顔面を殴打。顔の形が変形するまでの強烈な殴打を受けたカオスピースフルはドミノ倒しの要領で後ろへと倒される。

『ブレス・オブ・サンダー!!』

『『『カオス~~~!!』』』

 戦闘形態となったレイの口から強力な電撃が放たれる。

 全身が真っ黒になるまで染まったカオスピースフルが動かなくなったのを確認する間も無く、ベリアルとレイは先を目指し前進する。

「〈バーニング・ツイン・バースト〉!!」

 キュアウィッチ十八番の魔法攻撃が邪悪なる敵を炎の海で一掃する。

 敵方の断末魔の悲鳴が響き渡るがウィッチとクラレンスの攻撃の手は決して緩まない。むしろ、二人はこの状況に怒りを抱いているらしく積極な攻勢を見せている。

 そして、ウィッチとクラレンス以上に怒りを覚えてるのはケルビムとピットである。天界は紛れも無く二人の生まれ故郷であり、地上と同じくらいかそれ以上の価値を見出している。誰の仕業であるにせよ、聖域とまで言われる天界を我が物顔で闊歩する彼らを許せないという気持ちは誰よりも強い。

「私たちの故郷に土足で踏み込んだ挙句、何もかも壊してくれた代償は重いわ!!」

〈お覚悟はよろしくて、ですわ!?〉

 怒りを露わに、ケルビムは聖弓ケルビムアローを装備し空中からカオスピースフルに狙いを定め――射る。

「ホーリーアロー!! 乱れ撃ち!!」

 放たれる光の矢は雨となって地上へ降り注ぐ。カオスピースフルの体に突き刺さると、彼らは聖なる光の矢の効果で断末魔の悲鳴を上げながら浄化され消滅する。

「〈ダークナイトドライブ〉!!」

 ケルビムと同じく、バスターナイトもまた空中からの奇襲を仕掛ける。ラプラスとの合体で飛翔能力を手に入れると、落下時の速度を味方に群れを成すカオスピースフルを瞬時に斬り伏せる。

「フン!!」

「はっ!!」

 セキュリティキーパーとカタルシスは、持ち前の強さで地上戦のアドバンテージを獲得していた。

 一人は人間でありながら人間離れしたポテンシャルを秘めた三天の怪物。もう一人は生粋のクリーチャー。このバケモノとバケモノのコラボレーションを、当初誰が予想していただろうか。

『『『カオス~~~!!』』』

 頭数を揃えて来たカオスピースフルが僅か一〇分足らずで制圧され、消滅した。

 ディアブロスプリキュアの今の勢いを止めるのに、カオスピースフルだけで対処しようとした教会中枢部の判断はかなり大雑把かつ安易に思えてならなかった。

「このまま突破するわよ!!」

「「「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」」

 ベリアルを筆頭に、メンバーは電光石火の如く表参道を駆け抜け天界の深奥部へと向かうのだった。

 

 異世界にあった教会本部を放棄したホセアは、カタルシスの予期した通り元・見えざる神の手のメンバーが使用していた居城を占拠するとそこを新たな活動の拠点とした。

 彼と幹部たちが居城を掌握して数時間後――信徒からの一報が入った。

「先発隊からの報告です。ディアブロスプリキュアが第一天・表参道を突破。破竹の勢いで第二天、第三天を突破しました!!」

「来たか……」

 報告を受けたホセアは大して驚く体も無く低い声で呟いた。

 おもむろに振り返り集まった幹部たちを前に、ホセアは錫杖を床に一突きしてから通達する。

「恐らくこれが我々とディアブロスプリキュア双方にとって最後の戦いになるだろう。互いに悔いの残らぬようにせねばな」

「はっ。最後に勝つのはこの俺様だ!! キュアケルビムは俺がいただく!!」

「じゃあ俺はバスターナイトとやらせてもらうとしよう」

「私は最後までダスク様にお供しますわ」

「それじゃあボクは春人君にでもしようーっと! あの吐き気すら催す正義感を完膚なきまでに捻り潰してやりたいって言う欲望が胸の内から湧き出してきましたよ♪」

 憎しみと復讐心に駆られる者、強者との戦いに心昂ぶらせる者、献身的に主人へ尽くそうとする者、狂気という名の欲望を剥き出しにする者。戦いに赴く理由はそれぞれで異なっているが一点だけ共通する事があるとすれば、彼らもベリアルたち同様に今回の戦いに終止符を打ちたがっている。

 己の勝利を信じやる気に満ち溢れる幹部たちを見ながら、ホセアは隣に立つアパシーに別命を申し付ける。

「お主はこのまま私の身辺を警護していてくれ」

「仰せのままに。元より、私の使命はあなたの御身を守る事。プリーストに危害を加える者あれば、何人たりとも排除するまでです……」

「ふむ。頼もしい限りだ」

 

           *

 

天界 第七天

 

 ディアブロスプリキュアは当初の勢いを殺す事無く、数時間という極めて短い間に天界の中枢機関が存在する第七天へと到達した。

「ここが、第七天……?」

「なんだか下の階層に比べて被害が少ないようですね」

 意外な事に第七天が受けた被害は入口である第一天やその他の場所と比較するまでもなく微々たるものだった。ベリアルとウィッチはきょとんとした顔で周りを見渡す。

「ハヒ? あれは何ですか!?」

 そのとき、ウィッチが見つけたのは天を劈くばかりに巨大な楼閣の様な建造物。ベリアルたちが目を見張る中、ケルビムが静かに答えを口にする。

「あれが見えざる神の手、いえ……今は洗礼教会の居城かしらね」

「へぇ~。敵も随分と権力を誇示するようになったものだね」

 と、セキュリティキーパーが額に手を翳し巨大な城を仰ぎ見る傍ら、カタルシスは皆に城の名を伝えた。

「アレの名は『ヴェルト・シュロス』。唯一(ただひとつ)の真の世界を形成する礎として君臨するという意味から見えざる神の手の連中はそう呼んでいたが……よもや自分達が世界の礎となるとは夢にも思っていなかっただろう」

「だが何にしろ、あんな風に手招きをしてくれているんだ。あまり待たせるのも失礼というものだ」

「じゃあさっさと行くとしましょう」

 天界を手に入れた事でこれまで以上に力を誇示して来る教会は、ディアブロスプリキュアを丁重に招き入れる意志を示してくれた。この丁重という言葉の意味が〝迎え撃つ〟という事だと分かっていたとしても、ベリアルたちはここで逃げる訳にはいかない。

 全世界の命運を託された最後の希望であるプリキュア――その自覚を持って彼女たちは退くのではなく、敵の本陣へと向かって歩を進める。

 地球の未来を守る為、輝く明日を守る為、大切な者と過ごす愛おしい時間を守る為に、負けは決して許されない。

「あっ!」

「なにあれ!?」

 そのとき、歩を進める彼女たちの前にまたしても敵が立ち塞がった。

 しかし今度妨害行為を働いてきたのはカオスピースフルではない。白い純白の戦闘衣裳に身を包んだ天使たちだった。

「天界守護代の戦士たち!?」

「なんですかそれ?」

「平たく言うと、天界全体を警備している武装警察みたいなものですわ!」

「わぁお……あれがこの世界の警察なんだね。親近感を覚えるよ」

「それにしては、随分ときな臭い雰囲気を漂わせている様だがな……」

 バスターナイトの言う通り、天界守護代の天使たちの様子が挙っておかしい。まるで悪霊にでも憑依されたが如く瞳の色は消え、本来の生気を感じられない。

「まるでゾンビみたい……ひょっとして死んでる?」

「洗脳されているんだ!」

「どうせまたカルヴァドスの差し金かなんかだわ」

 大方の予想を付けたところで洗脳状態にある天界守護代の天使たちが、ディアブロスプリキュアに対し武器を突き付け周りを取り囲む。

「国賊めが!! 全員まとめて討ち獲れ!! 女子供だろうと容赦するな!!」

 天界を救う為にやってきた相手に対して逆に国賊と罵られる。洗脳されていると分かっていても聞き捨てならない台詞だった。

 向って来る天使たちを前に、ウィッチはキュアウィッチロッドを突き出した。その瞬間、杖の先から強力なバリアを発生させ押し寄せる守護代の攻撃を防ぐ。

 キュアウィッチが生み出すバリアの強度は相当に固い。束になって攻撃してくる守護代たちが一歩も前に進めないほどに。

「女子供ですか? 天使の皆さん方。私たちはただの女の子ではありません!!」

 と、先ほど天使の誰かが口にしていた言葉に対してウィッチが声を荒らげる。

 刹那。ベリアルが守護代の頭上より紅色の波動を放つと共に言い放つ。

「私たちこそは聖なる力を授かりし伝説の戦士――プリキュアなのよ!!」

 轟音が響き渡ると、ウィッチへと向けられた武器と足場の石段が破壊された。重みのかかった石段が崩落すると、守護代たちは体勢を崩し動けなくなった。

「撃てーっ!」

 陛下で待機していた別働隊がボウガンを放とうとする。

 しかし、攻撃が始まるよりも先にケルビムがボウガンの矢を瞬時に破壊し、彼らの頭上で待機する。

「身内に攻撃するのは気が引けるけど、止めてみなさいよ。あなたたちが嘲った女を! 守ってみなさいよ、女とその他弱者の涙で固めた虚飾の城を!」

「やれー!!」

 一声の下に守護代による一斉攻撃が仕掛けられた。

「「「「ぐああああああああああああああ」」」」

 しかし圧倒されるどころか、逆にベリアルたちは守護代を返り討ちにする。

 彼女たちこそ地上世界が誇る悪魔と天使、人間によって構成された最強のプリキュア三人娘である。

「悪魔と人間、天使のコラボレーション舐めるんじゃないわよ!!」

 

 プリキュアという女性陣が幅を利かせるチームにおいて、バスターナイトとセキュリティキーパーという男性二人の立場はどうか。

 有象無象とばかりに周りにはぞろぞろと天界守護代が集まり始め、四方を隙間なく覆い尽くす。

 この状況を前に臆してしまう者もいれば、何も感じない者もいる。バスターナイトとセキュリティキーパーの場合は明らかに後者であり隣同士呟いた。

「やれやれ。魅惑的だがバラの如く棘のある美少女三人がご同行とは」

「カルト教団の教祖を相手取るより、よっぽど骨が折れそうだよ」

「悪い事は言わない。援軍を呼んでくるといい。神……いや、今は教会直参の守護代と言う事らしいが、泰平の時代に平和ボケしたお前たちにオレたちの相手は務まるか? 何しろオレらはあの最強ガールズと――」

 言った瞬間、バスターナイトとセキュリティキーパーは同時に飛び出し声高に口を揃える。

「「毎日毎日戦国時代送ってるんだ!!」」

 モテない男からすれば二人の言い分はモテる男の言う苦し紛れの詭弁にしか聞こえないかもしれない。だが二人にとってベリアルたちと過ごす日常は言い方は悪いが戦の世を過ごす感覚に近い。常に気を張り詰めるものがあった。

 百人単位で集まった天界守護代。対するベリアルたちはカタルシスを含めて僅か十人。だが個々に戦闘力は高い。たった十人だが数に勝る守護代相手にベリアルたちは大立ち回りを振る舞い、圧倒的力で数をこなしていく。

 四方を敵に囲まれると、メンバーは互いに背中合わせとなって一度固まった。

「春人さん、ひとり当たり何人ですか?」

「百人、二百人、いや止そう……眠ってしまいそうだ」

「いいかみんな。一歩たりとも仲間から離れんじゃないぞ。背中は任せて何も考えず眼前の敵だけ斬り伏せるんだ」

「自分自身が倒れない限り、誰も倒れたりなんかしない。ひとつの拳に壁をぶち抜くのよ。ホセアのあのふざけたおもちゃ箱を壊してやりましょう!!」

 彼が占拠した城――ヴェルト・シュロスを指してベリアルはそれをおもちゃ箱と嘲った。

「ディアブロスプリキュア、我が身を砲弾とし前進する!!」

「「「「「「「「「はい(ええ)(おう)!!」」」」」」」」」

 ベリアルの掛け声に従い、メンバー全員が猪突猛進。鬼気迫るものを感じた前衛の守護代たちも恐れ戦くほどだ。

「と、止めろ!! 壁だ!! 壁になれ!! 賊どもをこれ以上ホセア様の元へ近づけ――」

 言いかけた部隊長の顔を、ベリアルは何の躊躇いなく踏みつけ乗り越える。

「薄いぃぃぃ!! オブラートよりも薄いぃぃぃ!! それでもあんたら天界の守護を仰せつかった気高き天使たちなの!!」

 悪魔染みた強さ、もとい悪魔という名を冠したプリキュアたちの突破力は群を抜いている。折角作った人壁も容易く瓦解してしまう。

「止まらん!! 前も!! 右も!! 左も!! 後ろも!! 付け入る隙が!! たった十人の賊がまるで……まるで巨大な弾丸だ!!」

「どけえええ!!」

 すると、後援部隊が用意したのは巨大なガトリング砲台。蜂の巣にでもする気らしく、照準がベリアルたちへと向けられる。

「飛んで火に居る流れ弾!! 撃ち落としてくれる!!」

 ダダダダダダ……!! ダダダダダダ……!!

 火花を散らし飛んでくる弾丸の嵐。

 ケルビムとウィッチは協力して結界を作り、目の前から飛んでくる弾丸からメンバーを守る。

 ダダダダダダ……!! ダダダダダダ……!!

「撃てー!! 撃って撃って撃ちまくれ――!!」

 ダダダダダダ……!! ダダダダダダ……!!

 下手な鉄砲数撃ち当たるという言葉をそのまま実行しようとする頭の悪い守護代とは違い、ベリアルたちはこの状況を冷静に分析したうえで突破口を切り開く。

「サっ君!! 春人っ!!」

 二人に言いながら、ベリアルはその場に転がっていた守護代の武器を頭上へと放り投げた。これで敵の注意が一時的に武器へと向けられる。この僅かな間隙を見計らいバスターナイトとセキュリティキーパーが結界から飛び出し、周囲の壁を伝いながら後援部隊へ急速接近する。

「よ、横だ!!」

 恐怖した守護代たちが銃口を真横に向け撃とうとした矢先。

 銃口が真っ二つに切り落とされた。何事かと思うと、カタルシスがグレイブ片手に妨害をしていた。

 結果、三人の強力コンボ攻撃によって後援部隊とその主戦力たるガトリング砲台は跡形も無く破壊された。

 

 ドカ――ン!!

 しかしこれだけでは終わらない。ガトリング砲台などほんの序の口。本命はその後ろに控えた大砲だった。

 装填にこそ時間を要するが、一撃必殺の威力を秘めた砲撃を一度受ければ致命傷は避けられない。ベリアルたちは眼前に見える敵の武器を凝視する。

「次弾装填!! 消し炭にしろ!!」

 ドカ――ン!!

 次なる一撃が目の前から飛来する。

 咄嗟に前に出たカタルシスは、所持していたグレイブ【ティターン】を使って飛んできた何百キロという重さと速さを持った砲弾を直接受け止めた。

「うおおおおおおおおお!!」

 受け止める事だけでも凄いが、彼はそれを強引に腕力だけで弾き返そうとしている。

 四肢にかかる尋常でない負荷に耐えながら、カタルシスはしなったティターンを振り払い砲弾を弾き返し、前方にある城の門を破壊――さすがの天界守護代も目を疑い絶句する。

「つ、次だ!! 早く撃て!!」

 狼狽する守護代は次の攻撃の準備に取り掛かろうとする。

 それを見越したベリアルは、妨害工作として地面の上で気絶していた守護代を持ち上げ、砲門の中へと投げ入れた。

「あ! ま、待て!! 仲間が!!」

 仲間が投入された状況で攻撃など出来るはずがない。仲間意識から来る躊躇いが一瞬の隙を生んだ。

「ぐあああああ」

 一緒に砲門へと投げ込まれたレイが、砲門の中から一撃を加え敵を気絶させる。

「ひどいですよリリス様!! なぜ私だけがこんな感じなんですか!?」

 もっとも、彼はこのやり方に不満一色だった。

「しまった!! 大砲が……奪われた!!」

 抜群のチームワークで敵の大砲の奪掠に成功した。ベリアルたちは奪った大砲を使って鬱陶しい敵を攻撃する。

 ドカ――ン!!

「「「うわあああああああああ」」」

 大砲の脅威に臆した守護代が一斉に退去していく。これでベリアルたちの行く手を遮る者はいなくなった。

「ようやく着いたわね、気の触れた教祖様の根城に」

「ハヒ? おかしいですね。インターフォンがありません」

「しょうがないわね。じゃあこれで……」

 するとラプラスは、悪意の滲み出た顔を浮かべながら砲門を城へと向けた。

「ま、待て!! それだけは……それだけはやめろ!!」

 この畏れ多い行為に対し、天界守護代は皆青ざめた顔を浮かべながら制止を呼びかけるが、これを素直に聞くディアブロスプリキュアではなかった。

「ホセアさーん!! 悪魔と一緒に、あーそーびーまーしょー!!」

 

 ドカ――ン!!

 堂々と正面玄関からの訪問――と呼ぶには過激すぎるやり方だが、ディアブロスプリキュアはようやく敵の本陣たる居城『ヴェルト・シュロス』へと辿り着いた。

 ホセアはベリアルたちがここへ来る事を見越してひと足先に城内で待機している。

 しばらくすると、黒煙の中からベリアルを始めディアブロスプリキュアのメンバー総勢十人が現れた。

「……遊びに来てあげたわよ。あんたに礼節を尽くす義理はないけど、自己紹介するのが筋ってものよね。改めましてごきげんよう洗礼教会の大司祭ホセア殿。私は元七十二柱ベリアル家の現当主にて純血悪魔の最後の一人、ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアルよ」

 敵のボスを前にベリアルは堂々と自分の素性を紹介する。無論、その挨拶が単なる社交辞令であり、言葉こそ丁寧口調だがそこにホセアへの敬意などはひとかけらも籠っていない。

 階段上から彼女たちを見下ろしているホセアは皮肉の籠った彼女の挨拶を聞いた上でおもむろに口を開いた。

「長生きはするものだ。歴史を紐解いてもこれほどまで神を愚弄し、天界に泥を塗ったのはそなたらが初めてであろうな。神へ免罪を請うどころか、天下に仇なす大罪を犯すとは……」

「大罪を犯したのは貴方の方よ」

 鋭い瞳をホセアへと向けながら、かつて彼の下に付いていたケルビムが口を開き厳しく追及する。

「あなたのこれまでの所業は全てこのテミス・フローレンス、キュアケルビムの知るところ。洗礼教会大司祭ホセア――見えざる神の手暗殺の教唆及び大規模騒乱罪の首魁として、あなたを拘束します」

「かつて教会に与しながら我らを裏切り、悪魔の元へ寝返った天使が何を言い出すかと思えば……。私を裁くと? 天地全てを統べる私を、法そのものである私をどう裁くというのだ?」

「貴様を裁くのは法律じゃない。元来人間ではない者を法で裁けるとも思っちゃいないさ。貴様の淀んだ欲望が為に流れた悪魔や人々の涙……そして流血。例え神が許しても、オレたちが決して許さない」

「今すぐ破壊活動を停止するんだ。そして僕らにお縄を頂戴されるんだ。安心しなよ、処刑台に上がる前に弁明の機会ぐらい与えてあげるよ」

「果たしてそう都合よくいくものかな」

 口角をつり上げるホセア。直後、城の奥から厚手のフードに身を包んだ者たちがぞろぞろと現れた。

 ホセアの周りに集まった彼らはたった一人を除いてコートを脱ぎ捨てる。コートの下に隠れていたのは世界中から選りすぐった凶悪なクリーチャー。彼らを束ねるのは教会の幹部でありホセアの身辺警護任務を主とするクリーチャーの頭目、アパシーだ。

「天変に遭いて、天界を恨まんとする者があろうか……いかなる凶事に見舞われようと、それは天が為す事。天が定めし宿命。ただ黙して受け入れよ。天の声を。我らが刃を」

「ハヒ!? あの人は……それにあの凶悪そうなクリーチャーは!!」

「気をつけろ。あれこそ俺がかつて身を置いていた組織だ。古くから天界の時の権力である見えざる神の手に利用され、影より三大勢力均衡の采配に関わって来たクリーチャーのみで構成された暗殺組織。冷酷無比な仕業から三大勢力からも危険視された禁忌の存在。ホセアは見えざる神の手を排してより密接に繋がり、その謀略に利用してきた」

 再び現れ目の前に立ち塞がったアパシーとその配下のクリーチャー。

 アパシーが生きていた事に心底驚くウィッチと、カタルシスは眉間に皺を寄せながら眼前の暗殺集団、その頭目であるアパシーに強い警戒心を抱く。

「我らこそは天が使いクリーチャー。【神の密使(アンガロス)】……」

 

「あいつがアパシー……!」

 間近で見た最恐のクリーチャーの言い知れぬ殺気を前にバスターナイトは息を呑み、額から汗が流れ落ちる。

 天界と言う場所には似つかない凶悪な集団を味方に据えたホセアは、不敵な笑みを浮かべながら眼下のベリアルたちを見下ろし口にする。

「裁くは天。すなわち我ら教会。裁かれるは地を這う者たち。それが世の理(ことわり)である。そなたらに出来るのはただ黙って天を仰ぎ見る事だけだ。だが嘆く事は無い。天がもたらすのは禍(わざわい)だけではない。恵みをもたらすのもまた天だ」

 その言葉の意味は、ベリアルたちにとってすれば【恵み】とはあまりにかけ離れたものだった。

 唐突に城の中に隠れていた洗礼教会の幹部――コヘレト、ダスク、ラッセル、カルヴァドスの四人が現れそれぞれの標的へと襲い掛かった。

「〈きゃあ〉!!」

「ぐっ!」

「ちょっ……!!」

「ちっ」

 コヘレトはケルビムを、ダスクとラッセルはバスターナイトとラプラスへ、カルヴァドスはセキュリティキーパーを襲撃。攻撃に乗じて三人を城の外へと連れ出した。

「みんなっ!!」

「ひどいです!! これのどこが恵みなんですか!? 禍に禍を掛け算しただけですよ!!」

「すべては天が為す事。二度は言わぬ……ただ黙して受け入れよ」

 アパシーが静かに呟く。

 この直後、待機していたクリーチャーたちが凶器を手に一斉に襲い掛かってきた。

「ベリアルスラッシャー!!」

「でやああああああ!!」

「〈ブリザードスピア〉!!」

「はああああああ」

 神の密使(アンガロス)と初期のディアブロメンバーにカタルシスを付け加えた人員で繰り広げられる命を懸けた攻防の押収。

 悪魔の力を全開にして戦うベリアルと、彼女を全力でサポートする為に奮闘するレイ、ウィッチとクラレンス、ウィッチによって命を救われたカタルシスは恩返しをせんとディアブロスプリキュアに協力しかつての仲間と対峙する。

「っ!!」

 戦いの最中、ベリアルは周囲から刺す様な殺気を感じ取った。

 周りを見るといつの間にかアパシーが接近し、ベリアルに狙いを定め無数とも言える銀のダーツを撃ってくる。

 咄嗟に体を捻ってダーツを避けるベリアル。しかしアパシーの最初の攻撃は彼女を欺く為の囮に過ぎない。本命は右手に所持した光剣――急速で接近しながらベリアル目掛けて斬りかかる。

「リリス様!!」

 レイが心配する中、激しい剣戟を躱す事に全神経を注ぎながら反射的にベリアルの体は後退。確実に息の根を止めようとするアパシーの殺意剥き出しの攻撃を辛うじて回避する。

 そこへ不意打ちで狙って来る他のクリーチャーによる攻撃が飛来。彼女はこれも何とか躱して、中空で体を捻らせクリーチャーから武器を強奪。奪ったその武器を使いフードで隠れたアパシーの顔を殴りつける。

 殴られた衝撃で吹っ飛んだアパシーは階段下へと激しく叩きつけられる。土煙が上がると、ベリアルは煙の向こうを恐る恐る覗き込む。

 刹那、煙の向こうから銀のダーツが飛んで来た。銀のダーツはベリアルの両肩と両膝へと突き刺さり一時的に彼女の動きを制約。途端、煙の向こうから手を伸ばしアパシーはベリアルに掌打と見せかけて波動を至近距離から放った。

「きゃあああ」

 波動の直撃を受けたベリアルは床に伏せたまま動けなくなった。クリーチャーたちが間隙に彼女へと迫ってくる。

 レイとウィッチ、カタルシスの三人は脇目も振らずベリアルの側へ駆け寄りクリーチャーたち全てを退ける。

「リリスちゃん!!」

「ご無事ですかリリス様!?」

「何をしている! しっかりしろ!!」

「仕方ないでしょ! あいつ、半端なく強いんだから……!」

 カタルシスが戦慄を覚えたアパシーの強さを、ベリアルは身を持って体感する。今まで様々な敵と戦ってきたが、アパシーの強さは群を抜いていた。何より非常にやり辛い相手だった。

 恐らくその一番の原因はアパシーの性格にある。無感情に敵を斃そうとする彼は生物というよりロボットに近い。感情が把握できない分、ベリアルも敵の動きが読めずに後手に回らざるを得ないのだ。

 いつの間にか、アパシーを始め神の密使(アンガロス)によって周囲を取り囲まれてしまった。ホセアは高みからその様を覗き込む。

「随分と手こずらされたものだな。主を前にこれだけ長く生きたものも稀であろう……アパシー?」

 ホセアが尋ねると、アパシーは満を持したが如くそれまで姿を覆い隠していたコートを脱ぎ捨て素顔を晒した。

 隠された彼の素顔は不気味なまでに色白の肌をした黒髪の男だった。亀の様な釣り目とその下には垂直に伸びた赤い色の線がある。

「いえ、以前にも一度。天の意に背きし悪魔が一匹……」

 アパシーは曝け出したその素顔で眼前のベリアルを凝視。一方、彼女はアパシーの瞳から伝わるただならぬ威圧感に言葉を失くしていた。

「やはりよく似ている。お前のその瞳(め)は。父親と母親のそれと……キュアベリアル」

「ど、どういう意味よ……!」

 思わず声を荒らげたそのとき、ベリアルの脳裏に幼少期の記憶が蘇った。

 ベリアルの命を守る為に自らが犠牲となった母リアス。炎に包まれた屋敷で母の最期を看取った際、ベリアルが一瞬だけ見たものがあった。

 屋敷の奥でベリアルを殺すつもりでリアスを殺害した下手人――その者こそ、眼前に立ち尽くすクリーチャー・アパシーであった事を。

「そう……あんただったのね。私から大切なものを奪ったのは」

 彼女はようやく思い出した。最愛の母の命を奪った者が誰なのかを――思い出した直後から、彼女の思考はアパシーへの憎悪と憤怒に支配される。

「ほう……キュアベリアルとは顔見知りであったか、アパシー」

「プリースト……【デーモンパージ】の遺児にございます」

「デーモン、パージ?」

「そなた地上の者か。ならば知らぬのも無理はない」

 静かにある単語を発するアパシーだが、ウィッチにとってそれは馴染みのない言葉だった。ホセアは意味を知らぬウィッチを見かねて説明を施した。

「父なる神が見えざる神の手によって殺害され世界が分断された事は知っていよう。それぞれの世界が干渉し合わない為に、エントロピーとネゲントロピーは常に一定に保たれる必要があった。だが、悪魔は存在そのものがエントロピーゆえに滅びの運命を辿ったのだ」

「どういう事だ!? 貴様のその物言いだと悪魔は滅ぶべくして滅んだと言ってるように聞こえるぞ!」

「その通りだ」

 語気強く物申したレイの質問にホセアは真顔ではっきりと答えた。これを聞いたベリアルはすかさず「何ですって?」と、怖い顔で聞き返した。

「世界の崩壊を防ぐ為に悪魔殲滅は必要悪だった。それ以外に選択肢は無かったからだ」

「選択肢がなかった? どうして世界の崩壊を防ぐ為に悪魔が滅ぼされないとならないんですか!? 訳が分かりません! そもそもエントロピーとかネゲントロピーとか難しい単語で私たちを煙に巻こうとしていませんか!?」

 ウィッチの言い分も一理ある、そう判断するとホセアは「では少し噛み砕いて説明しよう」と口にしてから、彼女らの理解力に合わせて再度説明する。

「世界には目には見えない二つの物理量が存在し、それは恒常的に総量が等しくなる様に調和が保たれている。エントロピーとは世界を混沌へ誘う不純なエネルギーを指す。そして同じだけそれを減少させるエネルギー、即ちネゲントロピーが存在している。世界はこの二つの物理量が均等な事で絶妙なバランスを維持している。中国の易学では『陰陽』とも表現される。しかし、悪魔は生来エントロピーを多く含む。言わばエントロピーの塊であると言っていい。かつての大戦によって悪魔の総量は確かに激減した。だがそれでも世界が混沌化する要因が完全に消え去った訳ではなかった。時代を経るごとにエントロピーの値は増大し続け、二つの物理量の運行は乱れ続けた。世界の崩壊は予断ならぬところまで進んでいった」

 一旦一息を吐く。やがて、ホセアは淡々とした口調でベリアルが知らないデーモンパージに関する核心に触れる。

「そして十年前、非情ながらも賢明な下知が下された。世界の崩壊を防ぐべく見えざる神の手指揮の下、洗礼教会が行ったのが世紀の大粛清と言われる【デーモンパージ】――各地に散らばる悪魔と言う悪魔を王家・貴族の女子供に至るまで容赦なく粛清の対象とし、根こそぎ刈り取る事で悪魔は急激な衰退を辿ったのだ。同時に、乱れていたエントロピーとネゲントロピーの総量はバランスを取り戻した」

 今明かされる惨劇の真実。世界の崩壊を防ぐという大義名分名の下に起こった虐殺事件の真相は、あまりにも遣る瀬無く残酷なものだった。じっと話を聞いていたベリアルの感情は激しく高ぶった。

「悪魔からすれば見えざる神の手は傲慢な判断を下したかに思えるかもしれない。だが世界の崩壊を防ぐ為に我々も心を鬼にしたのだ。その為に多くのエクソシストや主ら神の密使(アンガロス)が手足となって働いてくれたな、アパシーよ」

「プリースト……悪魔共はあれで終わった訳ではありません。家族や友人を失い悪魔たちが次々と自決や教会による粛清を受け入れていく中、我らへ復讐せんと機を窺っていた者がいたのです」

 言うと、アパシーは目の前で鬼の形相を浮かべ睨み付けている少女――キュアベリアルを前に低い声で呟いた。

「天に仇なした悪逆無道の徒……魔王ヴァンデイン・ベリアルと魔王妃リアス・ベリアル。その者達の血と意志を受け継いだ娘です」

「リリス、お主にそんな過去が……」

 カタルシスでさえ目を見開くほどの驚愕の過去。ベリアルは相も変わらずアパシーへの敵意を向け続けている。するとベリアルがひしひしと湧き上がる怒りを声に含ませながら声を発する。

「……つまり私たち悪魔は世界にとってバグやがん細胞みたいなものだから、世界が壊れる前に排除された。それがあんた達のいう所の正義……そう言いたいわけね」

 拳をぎゅっと握りしめるその手から血が滲んでいた。レイとウィッチはこれほど強い憤りを抱くベリアルを間近で見た事など一度も無かった。いつもの彼女とは明らかに雰囲気が異なるそれはまるで別人の様だった。

「悪魔殲滅は必要悪だった? 世界を守る為に仕方がなかった? あんたたちは――そんな詭弁を並べ立てれば自分達が犯した罪が許されるとでも思っているの? あのとき、どれだけ多くの悪魔が……私の両親がどんな思いで死んでいったか、あんたたちは一度でも考えた事があるの!?」

 ひと言ひと言、張り裂けそうな想いで言葉を発するたび怒りのボルテージが急上昇する。今まで押し殺してきた感情をセーブするダムが決壊したが如く、ベリアルは甲高い声で洗礼教会の行いを厳しく糾弾し続ける。

「悪魔は平和の為に自らの咎を清算しただけに過ぎないのだ」

「黙りなさい!! 私たち悪魔はあんた達に殺される為に生まれて来たんじゃないわ!! 何様のつもりよ!!」

 ベリアルは叫んだ。思いの丈を――デーモンパージによって命を奪われた大勢の同胞や両親の気持ちをまるで代弁するかの様に。大きく、大きく叫んだ。

「なんで殺されなきゃならないのよ!! 何も悪い事なんてしてないのに!! ただ生まれてきただけなのに!! この世界の一員としてみんなとただ毎日平和に生きていく筈だった……なのに!! 悪魔にだって生きる権利がある筈なのに!!」

 感情の箍が外れたベリアルの口から次々と本音が漏れ出る。声に発するたびに涙腺が緩み、嗚咽を殺し次第に涙を零しながら声に出し続ける様をウィッチ達は傍らで見続ける。

「そう声を荒らげた所で死者は戻ってこないぞ。まったく、魔王と王妃も実に厄介な遺産を残して死んでいったものだな」

 ふぅーと嘆息した直後、ホセアは「やはり私の見立てに狂いは無かった」と口にし、続けざまにこう結論付ける。

「ヴァンデイン・ベリアルとリアス・ベリアル……かような悪魔を生んだのがその最大の咎という訳だ」

 ベリアルを指してホセアは彼女を、その父母である二人を悪しざまに侮蔑した。

 刹那、頭の中で何かが切れる音が聞こえた。ベリアルは瞬時にその場を強く蹴って、アパシーを通り越して何よりも許し難い相手――自分が心から愛した父母を目の前で侮辱したホセアの元へ向かった。

 堪えて来たものが一気に爆発。ベリアルは鬼神の如く表情を浮かべながらホセアに向かって突進する。

「お待ちください!!」

「リリスちゃんダメです!!」

「あの二人を……バカにすんなああああああああああああああああああ!!」

 激昂しながら拳を構え、アパシーとその背後で立ち尽くすホセアへと魔力を込めた正拳突きを放つ。

 土煙が上がった後、ベリアルは背後に鬼気を感じた。アパシーは冷静さを欠いた彼女の攻撃を容易く躱し後ろを取った。

「天にさえ抗えずして地に落ちた子鬼が、なぜまだこんな所を彷徨っている?」

 冷たく言い放つと、ベリアルの腹部目掛けて掌打を放つ。

 衝撃で海老反りとなる体。ベリアルは内臓を潰され吐血――大ダメージを受ける。

「天に全てを奪われた子鬼が、なぜまた天に咆えている?」

 冷たく問い詰めながらベリアルを持ち上げ、蹴り飛ばすアパシー。満身創痍となった悪魔を前に彼は淡々と言い続ける。

「あのときお前は、お前たちは知ったはずだ。いくら喚こうと、いくら叫ぼうと、お前たちの声は天には届かん。その慟哭さえも……」

 動けないベリアルの顔面を鷲掴みにすると、至近距離から衝撃波を放つ。

「「リリスちゃん(様)!!」」

 瞬く間に追い詰められるベリアルを助けようにも、ウィッチたちも簡単には動けない。

「ぐああああ!!」

 全身が軋み動く事さえままならない状況。体のあちこちから悲鳴が上がり、出血も著しい。そんな状態のベリアルにアパシーは銀のダーツを複数突き刺した。

「哀れなものだな、魔王の子。そこで己の血が腐るまで見ているがいい。お前の大切なものが、守ろうとしているものがあの時のようにすべて壊れて行く様を。魔王も、そして母もまた見ていよう……己の命を賭して護った子が、何も護る事も出来ずに無様に壊れていく様を」

 冷たく言い放ったアパシーは、ホセアの元へ戻り彼と共に城の奥へと去っていく。

「……なさい………………待ちなさいよぉっ!!」

 少女は慟哭する。自分からすべてを奪い、今この瞬間も奪い続ける悪に聞こえる声で。

「あんたたち、あんたたちだけはああああああああああああああああ!!」

 どうしようもなく湧き上がる憎しみ、怒り、哀しみと言った負の感情。皮肉にもそれはホセアがカオス・エンペラー・ドラゴン復活に必要としているエントロピー。戦いの中でベリアルの感情を逆撫でする事で彼女からもまた強いエントロピーを得ようとする手際は、最早計算し尽くされたものだった。

「がっは……」

 怒りの声を叫んだ直後、内臓を潰されていたベリアルは再び吐血。そして直後に意識が朦朧とし始め、酷い倦怠感に襲われ瞼が重くなり始める。

 こうしている間にも、自分と地球の未来の為に仲間たちは戦い続けている。なのに自分は何もできない。その事が異常なまでに悔しかった。

(動いて……動いて……お願いだから……動いてちょうだい……)

 

 ドカーン!!

 突然の爆発だった。表門から起こった爆発に中で戦っていた全ての者の視線が向けられる。

 黒煙が上がる中、煙の向こう側より三つの影が見えてきた。

「すみません。社交ダンスのパーティーがあると聞いて駆けつけて来たんですけど……」

「会場ってここで合ってますか?」

 ウィッチたちは挙ってその目を疑った。目が節穴でないという自負は持っていたつもりだが、一瞬だけ自信を失くした。

「こんばんは」

「地獄の底から舞い戻って来たぞ」

 煙の中から現れたのは紛れも無く死んだはずの三幹部――モーセ、エレミア、サムエルの三人だった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

コ「でははははは!! キュアケルビム、俺様の前に跪きやがれ!! そして命乞いをしやがれ!!」
テ「誰があなたなんかに命乞いなんてするのよ!!」
コ「いつだってお前はそうだった……俺をいつも見下して、虚仮にしてきた! 気にいらねぇ……気にいらねぇんだよ!!」
テ「終わらせましょうコヘレト。私とあなたとの因縁に――」
リ「ディアブロスプリキュア! 『誰がために!セラフィムモード降誕!!』」


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第46話:誰がために!セラフィムモード降誕!!

と言う事で、タイトルにもある通り今回はテミスとコヘレトによる最終決戦です。
注目して欲しいのはテミスの最終変身よりはコヘレトという人間の内面に関してです。なぜそうまでして彼はテミスやプリキュアに反感を抱いているのか、それが今回で明らかになります。
では、本編をお楽しみください。


 俺は人間が大嫌いだ。反吐が出るほど大嫌いだ。

 人間ほど弱くて、醜くて、卑しい生き物は居ねぇ。だから自分もそんな生き物の一員である事が何よりも耐え難い屈辱だった。

 

 俺はベネズエラの首都カラカスで生まれ育った。

 カラカスって所はその治安の悪さじゃ有名な場所だ。世界で最も危険な都市と言われ、日本の東京と比べると人口あたりの殺人発生率は百倍を超えてやがる。

 治安の悪さの原因は極度の貧困だ。ベネズエラには約三千二百万人の国民がいるが、その半分以上はその日の食料に困るほどの極限状態。事実、この国じゃ多くの赤ん坊が餓死してる。新生児の二パーセントが死ぬって……ここを地獄と呼ばずに何と呼べと?

 

 もちろん、市営マーケットに行けば食料は買える。だがな、この国の最低賃金は月に六百円だ。これでどうやって生活しろと!? 逆に尋ねてやりたくなる。

 だから飢えた連中はゴミを漁ったり……犬などの動物を捕まえて……それ以上俺の口から言わせんなよ。

 

 言っとくが、俺は黒人でもメスティーソでもない。どっちかって言うと白人系統だ。物心ついた頃には俺はこの国のスラム街にいたんだ。笑えるだろう。

 そんな底辺の底辺にいた俺だからこそ言える。この人の世は地獄だと――俺たちの様な底辺が生きるにはこの世はあまりにも厳しい。

 事実、俺を育ててくれた里親もその仲間も不衛生な環境に耐えきれずにぽっくり逝っちまったり、ギャングと深い繋がりのある腐敗した警察連中に言いがかりを付けられた挙句、牢屋にぶち込まれそのまま帰ってこないってパターンもあったな。

 

 俺は自分の境遇を呪った。同時に、この世界をぶっ壊したいと強く願った。

 そんな俺の願いが通じたのか、ある日どこからともなくホセア様が現れ――俺のお先真っ暗な人生に光を与えてくれたんだ。

『力が欲しいなら私と共に来い。汝に世界を変える力を与えてやる』

 正直胡散臭かった。だが、こんな掃き溜めの中にいるよりはずっとましだった。この際この人がどんな悪人だろうと構わない。

 俺は――――……ようやく、この地獄から抜け出す千載一遇のチャンスを得たんだ。

 

           ≡

 

天界 第七天 居城から西方五キロメートル

 

 城の周りには上級天使達の居住区域が存在する。その居住区域において、今まさに激しい戦闘行為が行われていた。

「でーははははは!!」

「はあああああ!!」

 ぶつかり合う善と悪ふたつの魂。

 キュアケルビムこと、テミス・フローレンスとはぐれエクソシストのコヘレト――存在自体が相反する者達。両者は激しく火花を散らし合う。

 互いに互いを知り尽くしているからこそ下手な動きは出来ない。拮抗する戦況下、二人は距離を取って牽制し合あう。

「あなたって意外と目立ちたがりのようね。テレビじゃ随分な事を言ってくれたじゃない?」

「はっ! 俺様は親切で言ってやったんだぜ。歪んだ人間に明日はねぇから大人しくみんなで死にましょうってな!!」

「最初から歪んでる相手にだけは言われたくないのよ。一括りに人間を見下すあなたのその腐った性根は死なないと直らない様ね。いいわ、私が楽に逝かせてあげるから」

「天使様に昇天させられるってーなら本望だよな。もっとも、俺はおめぇに殺されるのだけはまっぴら御免こうむるがよ」

 二人の間には浅からぬ因縁が渦巻いている。

 水と油――決して交わる事の無い宿命に彼らは悲嘆など一切していない。むしろ、こうして二人だけで思う存分拳を交える事が出来る機会を切に祈っていたのかもしれない。

 今、余計な邪魔立てをする者はいない。誰に文句を言われる事も無い。

 ケルビムとコヘレトは長い牽制の末、ほぼ同時に地を蹴り前に向かって走り出すと手持ちの武器を激しくぶつけ合わせた。

 

 ――カキンっ!

 

           *

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス

 

「こんばんは」

「地獄の底から舞い戻って来たぞ」

 窮地に立たされたベリアルたちの前に現れたエレミア、モーセ、サムエルら元・洗礼教会の三大幹部。言わずもがな彼らはコヘレトの手によって葬られた死人――つまり彼らは最早この世に存在すらしていないのだ。

 だとすれば、少女たちの目の前で生前と全く同じ姿で立ち尽くす彼らは何者なのか。ここが天界、地上で言う所の天国であるならば彼らの魂は死後ここへ運ばれてきたという事になるか。その信憑性は未だはっきりしない。

 兎に角、前触れも無く現れた三大幹部にベリアルたちは呆気にとられている。

 するとふうと溜息を吐いてから、最年長者であるエレミアが代表して口を開いた。

「一体何をやっておるのだお前たちは。お前たちがその様では、何の為に我々がここに来たのか意味を為さなくなるではないか?」

「あ……あんたたち、本当に三大幹部なの?!」

「は、ハヒ!? だってあなたたちは全員死んでしまったはずです!」

「何だと? では、今我々の目の前に立っているのは……」

「これは一体どういう事だ?」

 激しく困惑していた矢先、聞き覚えのある声がした。

「ワシが答えよう!!」

 すると、エレミアたちの前に出て名乗りを上げたのはベルーダだった。

「ニート博士!!」

「よもや、貴殿の仕業か?」

 カタルシスが尋ねると、「いかにも!」とベルーダは胸を膨らませながら首肯する。

「状況が状況だけにな。こちらも形振り構ってる暇など無かったのじゃ。不謹慎ながら、無念の思いで散って行ったエレミアたちの魂を一時的ではあるが冥界より呼び戻し、ワシが作成した仮の肉体へと定着させた。つまり、今この場に存在するのは紛れも無く洗礼教会に仕えた元・三大幹部に他ならぬのじゃ」

 ベルーダから聞かされた驚愕の事実にメンバーは口を開け絶句する。

 死した幹部たちの魂は生前の行いから天界へと導かれること無く冥界へと堕とされ、自らの罪を背負いながら贖罪(しょくざい)の日々を送っていた。

 そんなとき、天界でのベリアルたちの戦況が芳しくない事を伺ったベルーダは急遽臨時の対応策として冥府の底で永劫の懺悔の日々を送る彼らの魂を限定的な条件の下に現世へと呼び戻すと、用意した仮の肉体へ定着させると自ら彼らを率いてディアブロスプリキュアの援護へと駆け付けたのだ。

 そうして現在に至る彼らを前に、神の密使(アンガロス)とともにベリアルたちを苦しめていた天界守護代の一人がエレミアたちに語気強く物申した。

「貴様ら……! 殉教してもなお教会に仕える身。それも三大幹部という地位でありながら教義に背き、汚れた悪魔なんぞに荷担するつもりか逆賊共ッ!!」

「教義に背いた? ……人聞きの悪いことを言わんで頂きたい」

 静かに呟くと、エレミアは周章狼狽する守護代を凛とした瞳で見据え冥府に堕ちて悟った事を口にする。

「洗礼教会の教義とは即ち、【人間の恒久の平和と繁栄】だったはず。確かに、悪魔は人間を罪へと誘い堕落させる悪しき元凶。これを排除せんとする事は教義に適った正義であろう。しかし、その悪魔共々地上の命すべてを無下に滅ぼそうとしている今の教会、そしてそれに荷担しているそなたらの方こそこの世界に破滅をもたらす真の逆賊ではないのか?」

 エレミアがそう言えば、続けて左隣に立っていたモーセがこう言う。

「我々三大幹部は本来の洗礼教会の教義を見失い、破壊と殺戮によるテロリズムを撒き散らし暴走する現行の教会勢力を、全力で以って止めるのがその責務。そして歪曲した教義により世界を脅かすそなたたちを止めんとするプリキュアを守るのが、今は亡き神が我々に与えてくれた最後の使命である!!」

「エレミアさん、モーセさん……」

「やつら、本当に三大幹部なんでしょうか?」

 かつての三幹部をよく知るベリアルたちからすれば、到底彼らの口からは出そうにない台詞の数々。そのギャップにもまた一層困惑を抱いてしまう。

「死に損ないのゾンビ共が何をぬかすか!! エセ預言者共が、誰のお陰でその権威を授かる事が出来たと思っている! 御神より授かりし恩を仇で返すとは……逆賊にも劣る畜生よ!!」

「畜生で結構。醜く肥え太った豚に尻尾を振り続ける犬よりはマシだ」

 不敵な笑みを浮かべながら、三大幹部最年少者であるサムエルがおもむろに前に出る。

「目の前に豚が転がってんなら、食っちまうのがオオカミよ……へへへ」

 どこか猟奇的な感情を内包した凶悪そうな瞳で眼前の天使、クリーチャーたちを睨み付ける。

 直後、彼らを率いて居城へと乗り込んできたベルーダが「うっほん」と咳払いをし、改めて周りの注意を引きつける。

「という訳でじゃ……御覧の通りこの城は既に我々【ディアブロスプリキュア連合】によって完全に包囲されておる。大人しく武器を捨て投降せんかい!! ……とか言ってみたが嘘じゃからな。一回こういうの言ってみたかっただけじゃからな」

「ベルーダ博士!! こんなときに変な冗談はやめてください!」

「少しは場の空気を読んだらどうなのだ!! だから貴様はいつまでたってもニートなのだ!!」

「いやー、すまんすまんこういう性格じゃからなワシ。見捨てないでくれんかのう?」

 良くも悪くも自分のペースを崩さず空気を読まないベルーダの独りよがりな言動を、ウィッチとレイが厳しく糾弾する。二人の叱責を受けたベルーダは軽く受け流しつつ、その視線を満身創痍で虫の息にも等しいベリアルへと向ける。

「それにしてもリリス嬢。今の自分を姿見で見てみたか? とてもじゃないが、そのような姿をこれ以上幼女とその保護者たち、ついでにいるかどうかも分からぬ大きいお友達連中に見せつける訳にはいかんぞ」

「言ってくれるじゃないの……さすがは死兵の手を借りてまで舞い戻って来た今は亡き神の御意志様は言う事が違うわね……」

「二度も言わせんでおくれ。形振り構っていられなくなったと。つまり好き好んでではないのじゃよ。ワシもお主も他の者も、自らの命を永らえる為に、生き残る為に互いに互いを利用するじゃろ。えーっと……こう言うのなんて言うんじゃったかな?」

「大同団結、ですか?」

 ベルーダが思い出すよりも先に、ウィッチが代わりに答えを言ってやった。

「おおそれじゃよそれ!! どちらかと言えば呉越同舟じゃろうけど。要するにじゃ、映画版のド〇〇〇んのの〇〇とジャ〇〇ン然り、敵対する者同士も危機を同じくすると利害の一致する上で互いを道具として利用するあれと一緒じゃよ」

「ド〇〇〇んって、そんなブラックな話じゃないと思うけど……」

「まぁつまりはじゃな――」

 おもむろに白衣の下に手を突っ込むと、拳銃らしきものを取り出しその銃口をベリアルへ向けた次の瞬間。

 ドカン――と、躊躇う事も無くトリガーを引いてベリアル目掛けて銃弾を放った。放たれた銃弾は彼女の右脇下辺りを着弾。レイとウィッチ、カタルシスの三人は驚愕の光景に思わず目を疑った。

「――リリス嬢、お主はもう使えないというわけじゃ」

 乾いた口調でそう呟いたベルーダは、銃を捨てる。代わりに懐に忍ばせていた全長三十センチメートルほどの柄だけで構成された刀剣らしきものを取り出し起動。起動と同時に鍔から長さ一メートルほどの尖形状の青い光刃が生成された。

「さて、ゴミをひとつ片付けたところで大掃除と参ろうかのう~」

「き、貴様アアア!!」

 レイは激昂する。今の今まで味方であると思っていた男が、三大幹部を引き連れベリアルを助けに来たとばかり思っていた矢先――あろう事かベリアルをゴミと一蹴して凶弾をお見舞い、息の根を止めたのだ。

 クリーチャーの猛攻を躱しながら、レイはベルーダの元へと向かう。

「リリスちゃぁ――ん!!」

 カタルシスが時間を稼いでいる間、ウィッチとクラレンスでベリアルの元へ接近。すぐさま安否の方を気遣った。

「リリスちゃん!! しっかりしてください!! リリスちゃん!!」

「はるかさん!! 上を!!」

 ぐったりとするベリアルの肩を激しく揺さぶり声をかけていたウィッチだったが、唐突にクラレンスが大声を上げ危機を知らせる。

 頭上から殺気を感じ取ったウィッチがその事に気付いた直後、凶悪なクリーチャーの一体が槍をウィッチ目掛けて一刺ししようとしていた。

 グサッ――という体を貫く音がする。だが、ウィッチは何も痛みを感じない。それどころか、彼女は自身の目を疑った。

「ぐぁ……」

 貫かれたのはウィッチを狙ったクリーチャーの身体。攻撃が仕掛けられる寸前、意識を取り戻したベリアルが咄嗟に自身の魔力を硬化させ生み出した紅い槍を使い敵の心臓を射抜いたのだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……はるかに……手を出さないでよ……!!」

「リリスちゃん!!」

「リリス様!?」

 ベルーダを問い詰めんとしていたレイは、復活を遂げたベリアルの無事な姿に驚愕。よく見ると、彼女の右脇下辺りに注射器のようなものが撃ち込まれていた。

「まさか……ニート博士!!」

「応急用じゃが、癒しの効果がある【フェニックスの涙】を溶かし作った血清じゃよ。しばらく痺れはとれないじゃろうが、これで少しは動けるじゃろう」

 最初からベルーダはベリアルを治癒するつもりだった。やり方は少々荒っぽい上に一歩間違えればウィッチたちから逆に粛清の対象とされる事を覚悟の上で、彼は敵と味方両方の目を欺きベリアルを救出した。

 彼女が復活した姿を見届けると、手持ちの光剣を縦横無尽に振るい襲い掛かる敵と言う敵を軽くあしらい蹴散らしながらベリアルを激励する。

「さっさと立ち上がらんか。お主には果たすべき役目が残っておるじゃろう」

 どこか上から目線で語りかける彼の言葉を聞き、ベリアルは息を整えながら鉛のように重くなっていた足をゆっくりと起こし立ち上がる。

「まったく……つくづくタチの悪い性格してるじゃないの……」

「褒め言葉として受け取っておこうかのう」

 飄々とした態度を取ったベルーダ。

 次の瞬間、地を蹴り勢いずいたベリアルは声高に叫びながら全速力でベルーダへと接近する。

「女の子にこんな醜態さらさせて、ただで済むと思っているの!!」

「悪魔らしくたかりか。望みは?」

 尋ねた直後、ベリアルはベルーダの頭を乗り越える。障害となるクリーチャーというクリーチャーを叩き潰し、二階のフロアへと飛び乗った。

「ホセアの魂――」

 低い声色でベリアルは今一番強く欲している望みを口にする。

「やれやれ。小悪魔のたかりにしては随分と高くついたものじゃの」

「冗談止してよ。あんなの、クズ同然じゃない」

 口元を上げてそう言うベリアルに、ベルーダも同じく口角をつり上げる。

 神の密使(アンガロス)のクリーチャー及び天界守護代は協力してベリアルを手に掛けようとしてくる。しかし、ベルーダを始め三大幹部たちがこれを徹底的に排除しベリアルたちをサポートする。

「三大幹部に告げる!! これよりワシら全員の力を結集してあの子悪魔の援護に回るのじゃ。これは偉大なる神のお告げである。何人たりとも上へあげてはならぬ」

「「「心得ました!!」」」

 一時であるとは言え、彼らは冥府より神の住む世界とされる天界へと足を踏み入れる事が出来た。その上自分たちを助けてくれたのが神によって産み落とされた意志であるというのなら、信心深い彼らが協力しないはずはない。

「「「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」」」

 ベルーダの命令を素直に聞き入れたエレミア、モーセ、サムエルの三人は妙に張り切った様子で、首に架けられた十字架を堂々と掲げピースフルを召喚――数のハンデを数で補おうとする。

 戦況が徐々に好転し始めようとする中、ベリアルは逃走したホセアとアパシーの元へ向かおうとする。

「その身体では無理です」

 無茶を押し通してでも行こうとする彼女を制止させたのは、使い魔レイの一言だった。傍らにはウィッチとクラレンス、カタルシスが控えている。

「まぁ、いくら私が言ったところでリリス様は私の言うことなんて聞きやしませんよね……いいですよ、この際諦めます」

「リリスちゃん一人でなんか絶対に行かせません。はるかたちも一緒に行きます!!」

「あとで朔夜さんとテミスさん、春人さんたちも合流しますからね」

「もしもアパシーが襲って来たら、そのときは俺が囮になろう。奴との決着をつけるいい口実だ」

 一歩間違えれば犬死だってあり得るかもしれない。そんな無茶で無謀で危険な戦いに向おうとする自分を止めようとはせず、一緒に付いて行こうと言い出す彼らを見て、ベリアルは複雑な気持ちを抱くが、不思議と今までの様に彼らを拒絶する気持ちは湧いてこなかった。

「まったく……あんたたちと来たら、本当に命知らずのバカなんだから」

「「「「あなた(リリスちゃん)(貴殿)にだけは言われたくありません(ない)」」」」

 四人の心がシンクロして同じ事を口にする。

 聞いた途端、張りつめていたベリアルの表情筋が緩み思わず笑みを浮かべた。

 

           *

 

同時刻――

居城から西方五キロメートル

 

「ははははははははは!!」

 猟奇的な笑みを浮かべるコヘレトの強烈な一太刀が炸裂する。

「くっ……」

 光剣から繰り出される斬撃は周囲にあるもの全てを手当たり次第に破壊する。

 そんなハチャメチャな力を振るうコヘレトの攻撃を避けるだけでも手一杯というケルビムは、悔しい事に後手に回らざるを得ない状況。つい苦い顔を浮かべてしまう。

「どうしたァ天使様!! 様子見にしちゃ長げぇんじゃねぇか!? さっさと終わらせてぇだろ!? お互いによ!」

 高所よりあからさまな挑発を仕掛けるコヘレト。ケルビムは建物の影に隠れ、この状況とコヘレトの力を冷静に分析する。

(やっぱりそうだわ……コヘレトの奴、前にオファニムリングのデータを使ってフォールダウンモードを作ったって言ってたけど、それを今度は自分の戦いに利用してる。今のアイツの攻撃にはフォールダウンモードの、いや私自身の力が融合されてる……! 厄介だわ……)

 戦闘中ずっとコヘレトの力に違和感を持っていたケルビムは、一度戦線から離脱して客観的に分析を行う事で力の本質に気付く事が出来た。彼が使っている力は以前、ケルビムの心の闇を具現化したフォールダウンモードが持っていたものに加え、エクソシストであるコヘレト本来の力を掛け合わせたもの。

 つまり、今のコヘレトには光と闇の両方の力が宿っているという事になる。神亡きこの世界では反発する筈の光と闇は完全に切り離すどころか、皮肉にもその力を融合させる事が容易に出来る様になった。悪魔だろうと天使だろうと、人間だろうと――その気になれば誰でも光と闇の力を手に入れ意のままに操る事が出来るのだ。

 閑話休題。いずれにせよ、コヘレトが光と闇を融合させている事は間違いない。ケルビムとしても簡単に手を出せない状況だった。

「テミス様、いかがなさいましょう?」

 ピットが心配そうに声をかけて来た。すると彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。

「アイツが卑怯者だって事は知っていたけど、正直その卑怯も今となっては立派な戦術になるんだから。アイツのそういう所は評価に値するわ」

 内心見下していた敵を今となっては評価する。つくづく自分の心はどっちつかずなんだなと、ケルビムは自嘲しながら溜息を吐く。

「ピット。下手な兵法はこの際やめにするわ」

「と、言いますと?」

「よく考えれば、天使の私がどうしてはぐれエクソシストの力を恐れてこそこそしなきゃいけないのって話。おどおど隠れてても埒が明かないなら、正面からぶつかっていくしかないわ」

「テミス様……わかりました! あなたがそれを望むなら、わたしもそれに従います」

「ありがとうピット。こんな我がままな私に付いて来てくれて」

 戦う決意を固めると、ケルビムはパートナーであるピットを聖弓の姿へ戻した。

 逃げも隠れる事もしないと決めた彼女は、意を決して建物の影から飛び出し待ちぼうけをしていたコヘレトの正面に出た。

 ケルビムが姿を現すと、コヘレトの口元が異様なまでに釣り上がる。

「やーっと出て来たか……どうだ? 隠れてる間に何か俺様を倒す超絶ハイパーな作戦は思いついたか?」

「それが全く、思いつかないのよ」

「ハハ! マジかよそれ!! じゃあ無策のまま出て来たって言うのか!? ひょっとしてテミスちゃんってば、本当はバカなんじゃなぇの?」

「アンタのつまらない挑発に乗るつもりはないわ。別に作戦なんて立てなくてもアンタを倒すには問題ない、そう判断したから出て来たのよ」

「けっ。強がり言いやがって……」

 右手に持った光剣を水平方向に構え、刀身に光と闇の力を蓄える。

「おらぁ!!」

 刹那、光と闇の力を蓄えた斬撃を巨大化させ豪快に放つ。

 飛来する特大の衝撃波を辛うじて避け、ケルビムはケルビムアローで反撃する。一度の攻撃で数百と言う数にも及ぶ光の矢をコヘレトは俊敏な動きで避け、左手に構えた銀の拳銃で狙いを定める。

「喰らえっ!!」

 銃口から放たれたのは銀の銃弾などではなかった。なんとそれはケルビムが今しがた使ったケルビムアローの光の矢。銃口より飛び出す一筋のエネルギーは瞬時に複数に枝分かれすると、ケルビム目掛けて怒涛の如く襲い掛かる。

 自分の技を使われた事に対しケルビムは一瞬動揺を抱いた。だが、それを必死に悟られまいと彼女は平静を装い無数の光の矢を避け切った。

「理解出来たか? 今の俺はお前の技だって使えるんだぜ。正確には、フォールダウンモードから得られたデータを元に俺が改良を加えたものだがな。よーするにだ、俺はお前の全ての能力を手に入れた――……そう言ってるんだぜ!!」

「笑わせないでよ。所詮はオリジナルの模倣。はぐれエクソシストじゃ、本物の天使を超える事なんてできないのよ」

「果たしてそうかな?」

「何が言いたいのコヘレト?」

「言っとくがな……今の俺様はもうてめぇが見下していた〝はぐれエクソシストのコヘレト〟じゃねぇんだよ。プリキュアだけが成長して進化すると思ったら大間違いだぜ」

 一つ一つの発言にケルビムは言い知れぬ圧を感じ取った。

 やがてコヘレトは身構える彼女を前に、不気味な高笑いを浮かべながら全身に力を入れ始める。

「でぇはははははは!! 見せてやるよ、これが俺が辿り着いた究極の進化だ!!」

 ビキビキ……コヘレトの体から不気味な音が上がる。

 直後、彼の背中からクリーチャーのものと思わしき禍々しい翼が生えて来た。それに伴い小麦色に近い肌を持つコヘレトのそれが赤褐色系へと変化。か細かった四肢は隆々とした逞しいものへと成長しているが、外見は酷くおぞましい。

 瞳孔は不気味なまでに大きく開き、口と顎からは気味の悪い触手が飛び出す。極め付け、右側頭部から紫紺の角が生えて来た。

 コヘレトはこの姿を指して【進化】と言っているが、ケルビムからすれば【進化】ではなく【変異】だった。人である事をやめた彼は魂をも悪魔へと売り払い暴挙と憎悪の塊である合成獣――クリーチャーの姿へ成り下がる事に何ら躊躇も抱かなかった。

 ケルビムは開いた口が塞がらず呆然自失。やがて固唾を飲んでから開口一番に言った事は、

「コヘレト……あなた、人間をやめたの?」

『人間ヲヤメタ? ハッ……高尚ナ天使様ニシテハ表現ガ陳腐ダナ。俺ハ人間ヲヤメタンジャナイ。人間ヲ超エタンダヨ!!』

「人間を超えたですって!? 今の自分の姿鏡で見てみなさいよ!! そんな姿になってまで、変な強がり言わないでよ!!」

『カァ~~~イチイチ口ウルセーナ!! テメェノソノ上カラ目線ナ態度ガ気ニ食ワネェッテ……言ッテンダロウガ!!』

 昂ぶる感情に任せモンスターと成り果てたコヘレトは隆々の左腕を巨大化させるとゴムまりの様に伸ばし、ケルビムを真横から叩いた。

「きゃああああああ!!」

 叩かれた際、ケルビムの体に強烈な衝撃が走る。凄まじい力で弾かれた彼女は近くにある住居の屋根瓦へと強く叩きつけられた。

『デハハハハハハハ!! 人間ヲ超エタ俺様ノ力ハドウダ!? コノ姿ダト手加減ッテ奴ガ出来ネェンダ』

 他者を甚振る事に躊躇しないのは勿論、その様を楽しむ。正に鬼畜外道のサディスト。歪みに歪んだコヘレトの心に最早人間らしさは垣間見れない。変貌した外見が示す通り、彼は身も心も化け物へと成り下がった。

『ヒャハハハハハ!!』

 高笑いを浮かべると、背中に生えてある翼を羽ばたかせ飛翔。高所から標的の姿を捉えたコヘレトは、尾てい骨辺りから生えて来たクリーチャーの尾をケルビム目掛けて振り下ろす。

「ぐああああああ!!」

 尻尾はケルビムの肉体に過大な圧力を加えるばかりか、住居の屋根さえ容易に破壊する。ケルビムは尻尾攻撃に乗じて転落という二重の負荷を味わった。

『アハハハハ!! サイコー!! サイコー!! 超絶楽シインデスケドコノ遊ビ!! オラオラドウシタドウシタテミスチャン? 俺様ガアンマリ強スギルモンダカラ手モ足モデマチェンカ~?』

 腸が煮えくり返る様な嫌味の数々。ケルビムの苛々はピークに達していたが、何分物理的なダメージが大きすぎる為、相手の嫌味に激昂する余裕も無い。

 内臓のいくつかを損傷したが、天使であるという事が幸いした。神の加護が利いているらしく立ち上がる余力は残っていた。

 瓦礫を退けると、ケルビムは翼を広げ痛みを堪えながらも飛翔。オファニムモードに変身し、聖槍ジャベリンの切っ先をコヘレトへと突き付ける。

「エデンズ・ジャベリン!」

 切っ先より放つ渾身の一撃。

 しかし、クリーチャーの屈強な肉体を手に入れた今のコヘレトに小細工は通用しない。直撃を受けてもコヘレトの体は傷一つ付かない。しれっとした顔のままケルビムの事を見つめている。

『今ノデ、終ワリカ?』

「この……バケモノッ!!」

 自棄になってはいけないと思いながら、ケルビムは感情を上手く制御出来ぬまま闇雲に攻撃をし続けた。一方、余裕を持てあますコヘレトは彼女が仕掛ける攻撃を躱し嘲笑し続ける。

『ウラアアアアアア!!』

 間隙を窺うとすぐさま攻撃に転じる。

 ケルビムの手首を掴むと、高所からクリーチャー化したその腕で彼女の体を地面目掛けて叩き落とした。

「ぐああああああああ!!」

 またしても後手に回ってしまった。コヘレトは心身ともにケルビムを遥かに凌駕し上回った力を発揮する。

 コヘレトによって地へと叩き落とされたケルビムは、クレーターの真ん中で大の字となって倒れ伏す。

『デハハハハハ!! ドウシタテミスチャン? モット俺ト遊ボウゼ』

「こ、コヘレト……」

『アァ? ナンダソノ瞳(め)ハ………テメェコノ期ニ及ンデマダソンナ瞳(め)デ俺ヲ見ヨウッテ言ウノカヨ」

 どれだけ叩きつけてもケルビムがコヘレトへと向ける眼(まなこ)は変わらない。瞳に宿るコヘレト自身への怒り、その内側に一貫して秘められた哀れみや切なさと言った感情。彼にとって何よりも気に入らないその事実。

『テメェノソウイウトコロガ気ニ食ワネェッテ言ッテンダロウガ!!』

 ゆえにコヘレトは、気に入らないものすべてを破壊しようと躍起になる。

「きゃああああああ!!」

 地上に降りたコヘレトはサンドバッグの様にケルビムを徹底的に甚振り尽くす。顔だけは殴らないというプリキュアの基本原則すらも無視し、畜生以上の外道と化した彼はただただ眼前に映る気に入らない存在を容赦なく傷つける。

 そうして、ボロ雑巾の如く全身を痛めつけたケルビムを無造作に放り投げる。

『立テヨ天使様ッ!! ソシテ俺様ノ前ニ跪キヤガレ。デナキャ、死ヌマデソノ苦シミヲ味アワセ続ケテヤル!! デハハハハハハハハ!!』

 直後、仰向けになって倒れていたケルビムの指がピクッと動いた。

 コヘレトがそれを見ると、生々しいまでの傷を負った彼女は重い身体をゆっくりと起き上がらせ、凛とした瞳を向けて言う。

「私は………あなたなんかには媚びない! 何があっても!! たとえこの身が果てる時が来ても!!」

『ホウ? 飽ク迄コノ俺様ニ従ウツモリハネェッテコトカ……イイネェ、ソノ瞳(め)。何ガ何デモ諦メナイッテ感ジガシテ。ホント、マジデムカツクモン持ッテヤガルヨナ……オ前ラプリキュアハヨ!!』

 プリキュアという言葉に込められた怨嗟の念。

 感情を昂らせたコヘレトはケルビムを再び攻撃しようと突進。

 咄嗟に、ジャベリンで応戦しようとしたケルビムだが、コヘレトの持つ圧倒的なパワーに次第に追い詰められていく。

「きゃあああああああああああ」

 力によるゴリ押しで勝負してくるコヘレトの猛攻に体が耐えきれず圧倒される。

 人形の様に細くてしなやかな四肢には青い痣がいくつもでき、左右対称に整った自慢の美顔もすっかり腫れ上がってしまった。

『ハハハハハハ!! 良イ様良イ様!! 高嶺ノ天使様ヲ嬲ルノハヤッパリ最高ダゼ……フハハハハハハハ!!』

〈テミス様!! 大丈夫ですか!?〉

「大丈夫よ……私はまだ、戦えるわ……!!」

 ピットの手前強がりを言ってはいるが実際かなり厳しい状況。体のあちこちから痛い痛いという悲鳴が上がっており、今にも泣き出したいくらいだ。

 しかし彼女は声を出して泣き上げるという弱音を決して敵に見せたりせず、天使としての誇りを胸に一貫して悪と戦う姿勢を貫くつもりだった。

 体勢を立て直すと、リングホルダーからイブリードリングを取り出すとオファニムリングと交換。聖と魔の力を両方兼ね揃えたキュアケルビムの奥の手――【イブリードモード】へと移行した。

『ハッ! 前ニモ見セタ【フォールダウンモード】ニ勝ッタオメェノ切リ札ッツーワケカ。何ガ聖魔天使ダァ? 名前カラシテ矛盾シテンジャネェカ!!』

 鋭い指摘をするとともに、コヘレトは口から豪炎を吐き出した。

 クリーチャー化したコヘレトが繰り出す多彩な攻撃にその都度翻弄されながら、ケルビムは切り札としてとっておいたイブリードモードで勝負に出ようと意気込む。

 攻撃を回避しながら機を窺い、一瞬の隙を突いて彼女は聖と魔の力を掛け合わせた大技を仕掛ける。

「デモンズ・ジャベリン!!」

 エデンズ・ジャベリンの強化版。聖槍ジャベリンの先端から聖なる光の力と対となる闇の力を収束させ、コヘレトの体を一気に貫く。

 グサッ――という音が鳴った。ケルビムの渾身の一撃はクリーチャー化したコヘレトの左肩を貫き風穴を空ける。

(やった……!)

 手応え十分、そう思った直後。彼女たちは信じられない光景を目の当たりにした。

「〈なっ……〉」

 穴の空いた肩から白い煙が上がったと思えば、瞬時にコヘレトの体組織は自己修復を始める。気がつくと、肩に出来た傷はすっかり癒え元の状態に戻ってしまった。

『ヒャハハハハハハ!! 言ッタハズダゼ、俺様ハ人間ヲ超エタ存在ダッテ。テメェ如キノ攻撃ジャ俺様ヲ倒ス事ハデキネェ!!』

「だったら、これを受けてみてからにしなさいよ!!」

 小手先では今のコヘレトを倒せない。そう判断した彼女はピットを聖槍の姿から聖魔輪(せいまりん)イブリードチャクラムへと変化させる。直後、イブリードモードでのみ発動できる最強の必殺技で勝負に出る。

「プリキュア・デモンズクレッセント!!」

 魂を糧に業火を生みだし円月輪の先から標的が息絶えるまで嬲り続けるイブリードモードの極意。カオスピースフル等を倒す分にはかなりえげつない技だと自負するケルビム。しかし、クリーチャーと化したコヘレトにはむしろちょうどいい。

 彼女は何の迷いも躊躇も抱かず、標的であるコヘレトに容赦ない一撃を仕掛ける。

 ドドドドドドドド……。ドドドドドドド……。

 轟音が鳴り響き、爆炎がゆっくりと晴れる。

 煙の中から見えたのは全身ボロボロとなったコヘレト。だが、やはり彼は余裕の笑みを零しながら千切れかけた腕と脚、翼を始めとする全ての組織を瞬時に自己再生していった。ケルビムとピットはこの結果に唖然とした。

「そんな………バカな……」

〈わたしたちの攻撃が全く通じないなんて……〉

『デヘヘヘヘヘヘ!! ドウダ思イ知ッタカ、格ノ違イッテ奴ヲ! 碌ニ力モ無ェクセシテ無様ニ足掻キ続ケルノニハ見飽キタンダヨ!! ソロソロ本当ノ終ワリニシテヤル……」

 クリーチャー化した事で口角が人間だった頃よりも大きく開く。コヘレトは口腔内に全エネルギーを圧縮させ、それを一気にケルビム目掛けて放った。

「〈きゃああああああああああああ〉!!」

 真正面から高速で撃ち込まれた破壊の閃光。それに呑み込まれたケルビムとピットが受けた衝撃は凄まじいの一言に尽きる。

 あまりの威力に強化変身は強制解除され、ピットもまた武器の姿を維持する事さえ出来なくなった。

 閃光の直撃を回避できず、ケルビムとピットは満身創痍となって力なく屋根瓦の上に倒れ動けなくなった。

『ヒャハハハハハ!! ヤッタ――!! トウトウクソ天使様ヲブッ倒シタゼ!! ヒャハハハハハハ!!』

 コヘレトは底抜けた笑いの後、中空に亜空間と接続する召喚陣を呼び出しその中に手を突っ込んだ。

『アトハ、テメェラヲコイツニ納メレバ』

 亜空間から引っ張り出したのはケルビムとピットの屍を共に葬る為に作られた専用の棺だった。

 虫の息に近い彼女たちの元へ一歩ずつ近付いていく。

 力無くケルビムが顔を上げると、コヘレトはクリーチャー化した右手で彼女の顔を力強く鷲摑みにして強引に持ち上げた。

『終ワリダゼ。キュアケルビム――イヤ、テミス・フローレンス』

「う……」

『人間ヲ超エタ俺様ヲ前ニヨク戦ッタト褒メテヤルゼ! ヨウヤク、俺トテメェノ因縁ニ終止符ヲ打テソウダ』

 この時、ケルビムはコヘレトに鷲掴みにされた状態から一筋の涙を流した。

 人間である事を捨て身も心も怪物と化した者に完膚なきまでに倒される悔しさ、プリキュアであり天使である自分が眼前の悪党の心ひとつ救えなかったという悔しさ――その両方を抱きながら。

 誰がために戦い、誰がために御身を尽くす天使の役目を何ひとつ果たせなかった。ケルビムにとってそれは生きる意味を、希望が潰えた事を意味している。

 そんな主人を前に、ピットはパートナーとして彼女の力になる事が出来なかったという歯がゆい気持ちを抱く。同時にその事が何事にも増して悔しかった。

(テミス様……お願いします!! 主よ、どうかテミス様にもう一度戦う力を……テミス様をお助け下さい!!)

 唯一出来る事と言えばただひとつ――今は亡き神に向かって祈りを捧げるのみ。

 だから彼女は心から祈った。ケルビムの為に、今一度戦う力を授けて欲しい。そう強く一途に願い続けた。

 

 刹那、奇跡は起こった。

 今は亡き神はピットの願いを聞き入れると、彼女自身を神々しく輝く光へと変えた。光となったピットはケルビムの身体へと照射された。

『ウ、ウオオオオオオオオ!?』

 予想だにしなかった事態にコヘレトは驚愕。ケルビムを包み込む優しい光は、コヘレトの持つ邪悪な力を弾き返した。

『ダアア!!』

 彼女に触れているだけで手が爛れてしまうほどの拒絶反応。ケルビムに何が起きたのか把握できないコヘレトはただただ呆然と光に包まれた彼女を見続ける。

「――――受け取ったわ、あなたの気持ち。そうよねピット、私もあなたもこんなところで終わりじゃないわよね」

 光を通じてピットの気持ちを汲み取ったケルビム。見る見るうちにコヘレトによって付けられた生々しい傷が癒え、彼女の肉体は神秘の光と神の加護に包まれる。

 やがてケルビムの右掌に光が集まり始め新たなリングが形作られた。金色に輝く翼が生えたそれを中指に嵌めると、語気強く宣言する。

「私は、いえ私たちは――――二度と負ける訳にはいかないのよ!!」

『テ、テメェ!!』

「見せてあげるわコヘレト!! 私たちの本気の本気を!!」

 ピットの願いによって生み出された新たなリング――【セラフィムリング】を天高く掲げ声高に叫ぶ。

「セラフィムモード!!」

 次の瞬間、リングから放たれる黄金色の光が彼女の全身を包み込んだ。

 光の中でケルビムは左右対称のレースを伴った純白の衣裳と、天使の翼は黄金に煌めく左右五枚ずつ計十枚へと生え変わり、頭部には天使たる象徴・光輪が出現した。

 

「キュアケルビム・セラフィムモード」

 

『バ、バカナ!!』

 コヘレトの目の前で起こった奇跡。

 奇跡とは奇跡を起こし得る可能性を秘めた者に訪れる神の御心である。今、キュアケルビムはその御心に選ばれ奇跡を体現し新たな段階へと進化した。

 セラフィム――それは【熾天使(してんし)】を意味すると同時に、天使の最上級に君臨するものを指している。

 常時目映い光を放ちその光によって畏怖を与えてくるケルビム。閉じていた目をおもむろに開け眼前を見据える。コヘレトは瞳越しに伝わる半端の無い圧に本能から来る畏怖を抱き後ずさりしそうになった。

『調子ニ乗ルナヨクソ天使様ガァ!! オ約束ダカ間違イナイパターンダカ知ラネェガ、ソンナ都合イイ様ニサセルト思ッテンノカヨ!!』

 ここで負ける訳にはいかない。激昂したコヘレトは口から豪炎を吐きだしケルビム目掛けて攻撃する。

 手当たり次第に火炎弾を撃ちまくる。爆炎で彼女の姿が見えなくなるまでに。

 しかし、黒煙の中から出て来たのは聖なる光のオーラによって守られた熾天使の無傷な姿だった。

『ココニ来テマサカノ超展開ッ!? ンナノ有リカヨ!!』

 直後、セラフィムモードとなったケルビムがおもむろに閉じていた瞳を開く。やがて怯える様にも見えるコヘレトを見定めると、背中に生えた翼を大きく広げ――そこから神々しい輝きを放つ。

「セイクリッド・ブレイザー」

 十枚の翼から放たれた光のシャワー。その輝きを浴びた瞬間、クリーチャー化したコヘレトの皮膚を焼き焦がす。

『フギャアアアアアアア!!』

 コヘレトは聖なる光に身体を焼かれ想像を絶する苦しみを与えられた。

「終わりにしましょうコヘレト。私とあなたの因縁に――」

 断末魔の叫びを聞いたケルビムは静かに呟くと、ケルビムは聖なる光を右手に集め一本の剣を造り出した。

 すべての邪悪を断つ破魔の剣――【聖剣フルンティング】。形状としては剣と言うよりも十字架を武器としている方が近いと言っても過言ではない。

 装備したフルンティングを垂直に掲げると、右方向から下に向かって時計回りに振り下ろしていく。その動作過程で刀身に聖なる力を蓄え、呼吸を整える。

 

「プリキュア・セイントフィナーレ!!」

 

 蓄えられた聖なる力を刀身から一気に放つ奥義。地面を伝わって走る斬撃は、コヘレトへ。聖なる光は彼の全身を呑み込んだ。

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 聖なる力は容赦なく邪悪なるその身を焦がしていく。

 全身の力を瞬時に殺されると、コヘレトは悍ましい怪物の姿から元の人間の姿へと戻った。この瞬間、長きに渡る天使とはぐれエクソシストの勝負は決した。

 勝者となったケルビムは、人の姿へと戻り地に這いつくばっているコヘレトの元へとゆっくりと近づく。

 彼の意識が戻るのを待っていると、コヘレトは手をピクッと動かし傷だらけの顔を上げ自分を見下ろすケルビムを見た。

「どうしたよ……さっさとやっちまえよ。あれだけ俺に好き放題やられてきたんだ。とっとと殺した方がスッキリするだろう」

 負けたからには生きていても仕方がない。勝者は敗者の屍を乗り越えるべきだと目で訴えかける。

 しかし、ケルビムには最初からコヘレトに止めを刺すつもりは無かった。逆に足下の彼を見下ろしながらこう呟いた。

「……確かに私はあなたを恨んでいたのかもしれない。あなたの下衆すぎる性格から来る人間の品格を貶めるような態度にいつもイラついていたわ。でもね……やっぱり憎しみや恨みじゃ誰も救えないし、誰も満たす事なんてできないじゃない。もしもそんな方法で人の心を満たす事が出来たとしても、きっとそんなんじゃ世界はあっという間に壊れてしまう。教会がわざわざ手を下す必要も無く、それこそ人は勝手に自滅の道を歩んでいくわ。私はそんな世界を見たくはない。私が目指す世界の在り方は、憎しみを満たす為ではなくそれを乗り越えた先にある幸せを手に入れる事が出来る世界だから」

 天使としてケルビムが抱く理想の世界の在り方。恐らくコレヘトならば真っ向から否定してきそうな理想論だと確信を抱きながら、それでも自らの理想を口にする。

 そうして自らの心の内を暴露して間もなく、案の定コヘレトは唇を噛みしめ心底苛立った様子で暴言を吐いたのだ。

「ハっ、ばっかじゃねぇの!! 憎しみを満たす為じゃなくて幸せを手に入れるだぁ!? 結局おめぇらお得意の綺麗ごと並べてやっぱり私たちは正しかったでしょうって言う腹ですかぁ? 人情ごっこですかい、虫唾が走る! てめぇら天使やプリキュア、いや人間がそんなに御大層なもんかよ!! 本能のままにやりたいようにやっちまえよ!! 憎んで泣いて、殺し殺され、のたうち回れよ!! 這いつくばれよ!! 仲良く手ぇ繋いでなんて、てめぇらクソどもにできるわけないだろ!! そうだろテミス、俺の言ってる事なんか間違ってるか!? 何とか言えよ!!」

 流暢にケルビムとプリキュア、人間を罵倒・挑発しあわよくば相討ちを狙う言葉を並べ立てるコヘレト。

 だがしかし、今のケルビムは既に憎しみの心を捨てていた。ゆえに、彼にどれだけ罵りの言葉をぶつけられても全く動じない。

 何も言い返そうとしない眼前のケルビムを前に、コヘレトの精神は落ち着きを保てなくなり、とうとう壊れ始める。

「な……なんでだ……なぁ……なんでだ……なぁ、なぁ、なぁ、なぁ!! なんでなんだ、なんでなんだああああああああああああああ!!」

 悲痛な叫びが周囲に響き渡る。そんな彼に、ケルビムが掛けた言葉は実に意外なものだった。

「コヘレト――あなた、私たちに嫉妬しているのよ」

「へっ………?」

「あなたは、自分の精神的な弱さからくる醜さに内心劣等感を抱いていた。叩かれてもへこたれても、道を外れ倒れそうになっても、何度でも立ち上がる。周りが立ちあがらせてくれる。あなたは、そんな私たちプリキュアや人間が心底羨ましいのよ」

 ケルビムが見透かしたコヘレトという人物の本質。何らかの原因があって精神が未発達のまま大人となってしまったコヘレトは周りの人間を私利私欲の為に足蹴にしながらも、心の奥底で強烈な羨望を抱いていた。特に、精神の発達レベルで最も上位種に位置するプリキュアや天使という存在に殊更強い反発を抱いていたのも、すべては彼女らへの嫉妬からくる反動だったのだ。

「へへへへ……へへへへへ…へはははははははははは!!」

 誰にも気づかれずにいた自身の弱みを、最も憎んでいた天使に見透かされた。コヘレトにとってこれ程の屈辱は無かっただろう。彼の精神は今完全に壊れた。

「屈辱だぜ……こんなボロ雑巾みたいになって、お前らプリキュアに……クソみたいな存在に……いいようにやられて……しかも………よりによって、そのクソの中でもさらにクソみたいなこのガキに……」

 もう笑うしかないと思っていたが、次第にそれが悲しみへと変わって行くのにそう時間はかからなかった。

「うわあああああああああああああああああああ!! うわあああああああああああああああああああああああ!!」

 空気中に響き渡るコヘレトの慟哭。

 なぜ自分は泣いているのか、なぜ自分はこんな風になってしまったのかと、自らの境遇をとことん嘆き悲しむ。

「くそ……くそ……くそ……屈辱だぜ……屈辱だぜ……このコヘレトがお前らプリキュアや人間を羨んでる……このコヘレト様が……このコヘレト様がこんなガキに理解されるなんて……屈辱の極みだよ」

 すると、コヘレトは最後の力を振り絞って立ち上がり屋上の端へと歩き出す。

「へへ。この先……その綺麗ごとがどこまで通じるか、精々頑張ることだな!!」

 次の瞬間、ケルビムが制止を求めるよりも先にコヘレトはその身を屋上から投げた。

「コヘレトっ!!」

 ケルビムの叫びも虚しく、自害という選択肢を選んだコヘレトは人間としての生を終える間際、一筋の涙を流しながら心中呟いた。

(あばよ……クソみたいな天使様……)

 バタン――。

 屋根から落ちたコヘレトは即座に動かぬ屍となった。

 彼の死体を見下ろしながら、ケルビムは悔恨を抱いた苦悶の表情を浮かべ呟いた。

「自ら命を絶つなんて……あなたは……どこまで卑怯者なのよ!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

ラプ「ついに迎えた堕天使の王との最終決戦!!」
ラッ「最後に勝つのはダスク様よ!! そして、私たち堕天使がすべてを手に入れるのよ!!」
朔「ダスク、お前ほどの男がなぜ? その理由を知る為にも、オレはここで負ける訳にはいかないんだ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『漆黒の対決!暗黒騎士、究極変身!!』」


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第47話:漆黒の対決!暗黒騎士、究極変身!!

今回は十六夜朔夜とダスクとの最終決戦です。
前回以上に決闘という感じを醸し出して書いたつもりですが、相変わらず自分の文章表現が稚拙で泣けて来るぜ・・・!!
この話ではダスクの本性というものがわかるはずです。そして彼に尽くすラッセルは何を思うのかにも注目です。
では、始まります!!


天界 第七天 居城から北方七キロメートル

 

 紅に輝く満月。

 空気の澄んだ夜に向かい合う人間と悪魔。

 正義を胸に抱き炎を連想させる特殊スーツを着こなすセキュリティキーパー、神林春人。己が欲望の為に生きすべての生物は苟且偸安(こしょうとうあん)の為の手段であると考え徒に命を脅かすはぐれ悪魔、カルヴァドスは正に対を為す存在。

 二人にとって恐らく……いや確実に今日が最初で最後の果し合いとなるだろう。この戦いで生き残った方が生き残り、敗者は動かぬ屍と化す。

 木枯らしが間を吹き抜ける。直後、沈黙を守り続けていたカルヴァドスが口元を緩め声を発した。

「君とボクは水と油だよね。どうあっても分かり合えそうにないよ」

「分かり合うっていうのは互いを理解する事から始めるものだよ。 生憎と僕は最初から君のことを理解したりしない。ゆえに君と分かり合おうとは毛ほども思っていない」

「あれれ~、おかしいな? 同じ悪魔なのに……どうしてリリスちゃんや朔夜君とは仲良く出来て、ボクじゃダメなのさ?」

「簡単だよ。君には『正義』がない。もっと言えば『信念』すら持ち合わせていない。自らの欲望のまま無為に人を不幸にし、それを食い物にする外道……死すべき無恥だよ。そんな奴と最初から同調したいとは思わないさ」

「はは。ホントに言われたい放題だ……まぁいいや。周りに嫌われるのは慣れっこだし、ボク自身も君の正義感には正直イラッとしてたんだよ」

 笑いながら、カルヴァドスは亜空間とを繋ぐ召喚陣を出現させると一振りで何人もの命を刈り取る事も造作ない巨大な武器【魔戦斧アドラメレク】を取り出した。

「きーめた! 君の首をかっさらって、それを段ボール箱に詰めてから君のお父さんに直接送り付けてあげるよ♪」

「僕の首を落とそうというのかい? 死を司る死神にならともかく、はぐれ悪魔風情が大口を叩くなよ」

 挑発と挑発、罵倒と罵倒の応酬。

 武器を構えたカルヴァドスの攻撃に備えセキュリティキーパーは警戒を強める。

 だがカルヴァドスは斬りかかるどころか間合いを取ってばかりで一向に攻撃を仕掛けてくる素振りすら見せない。ゆえにセキュリティキーパーはカルヴァドスの慎重さを不審がった。

「どうしたんだい? その間合いじゃ僕は斬れないよ」

「だって君がそこで待ってるって事は、ここから踏み込んだら君の間合いって事でしょ。ボクだって〝三天の怪物〟相手に迂闊に攻撃できないよ。だったら作戦を考えなきゃ」

「成程。意外と慎重な事だね。それとも臆病者って言うべきかな」

 カルヴァドスの行動を指してセキュリティキーパーは軽く嘲笑う。言われた側のカルヴァドスもまた、不敵な笑みを浮かべる。

 次の瞬間、カルヴァドスが右手に持っていた魔戦斧を豪快に振り下ろした。これにより強烈な突風が巻き起こる。

 突風に飲み込まれたセキュリティキーパーは咄嗟に防衛姿勢を取った。案の定、カルヴァドスが猟奇的な表情を浮かべ迫ってきた。

 アドラメレクを水平方向から薙ぎ払い、セキュリティキーパーの身体ごと切り裂こうと言う魂胆。突風に包まれた状態からセキュリティキーパーはスーツの力も相まってハイジャンプ――斬撃を躱した。

 攻撃を躱すとすかさず、セキュリティキーパーの第二形態・アサルトバースの能力を解放、反撃に打って出る。

「はっ!!」

 ダダダダダダダダ……。

 

           *

 

 何も無い。

 俺は、光の射さぬ深淵の中で生まれた。

 闇を圧し固めた様ななにものともつかぬ黒い、黒い、澱(おり)の底で生まれた。

 俺の仲間は皆一様に真っ黒な姿をしていた。真っ黒な姿で目を光らせ、歯を剥き出して何がしかを喰(は)んでいた。

 そして、俺には何も無かった。

 

 堕天使の目はギラギラと輝いていた。悪魔ほどの欲望を瞳の奥に宿らせるその姿は、何も無かった俺にとって随分と眩しいものだった。

 俺が王となる以前、堕天使たちはひとりひとりがバラバラだった。みんな己の欲望剥き出しに好き勝手生きていた。

 王たる者――俺は堕天使たちを統べる者としてこのままじゃいけないと感じた。それはすべての堕天使、何も無かった俺自身の為でもあった。

 

 ホセアと会ったのはもう随分と前の事だった。あの男はこう言った。【私と一緒に世界を屈服させてみないか】――と。

 世界を屈服させる、随分と御大層な法螺をふきやがったものだな。だが、矮小な法螺に付き合うよりもそれくらい馬鹿げた法螺に付き合う方が面白いとも思った。

 俺にとって初めての『野望』が生まれた瞬間だった。

 

 俺には何も無かった。

 言ってしまえば、無であるという事が苦痛だった。

 しかし、俺はようやく手に入れる事が出来たんだ。何も持たないゆえの苦痛から逃れられるたったひとつの巨大な野望(ゆめ)を。

 俺は、その巨大な野望(ゆめ)の中に身を沈めることにした。

 

           ≡

 

天界 第七天 居城から南方六キロメートル

 

 同じ紅い月下に刃を交える二つの影。

 片や歴代最年少で王位に就きながら最強の力を有した堕天使。片や悪原リリスと同じデーモンパージから生き残った悪魔であり彼女の婚約者。

 ダスクと十六夜朔夜こと、バスターナイト――両者は刃を交えるという行為を通じて、互いの感情の全てを伝え合う。

「お前との因縁にも決着を付けなければと思っていたところだ。手間が省ける」

「はっ。そのセリフは一度でも俺を負かしてから言えよ。堕天使の王たるこの俺をな」

 鍔迫り合いをしていたと思えば、すぐさま離れ牽制。そして再び接近し鍔迫り合いとなる激しい剣戟の応酬。

 ラプラスは、少し離れた場所からダスクとの激闘を繰り広げるバスターナイトを見つめ憂慮する。

「朔夜!! 待ってなさい、今すぐに!!」

「行かせないわよ!!」

 居た堪れなくなり援護に向かおうとしたラプラスの前に立ちはだかる堕天使ラッセル。彼女の行為にラプラスは露骨なまでに苛々を募らせる。

「このアバズレ……あんたはすっ込んでなさいよ!」

「誰がアバズレなのよ!!」

「アバズレにアバズレと言って何がいけないってのよ!!」

「使い魔にだけは言われたくないのよそのセリフ!! もうアッタマきた、ぜーったい許さないんだから!!」

「アタシだって勘弁ならないわよ!!」

 向こうが生死を賭けて争う反面、こちらは実に醜くも恐ろしい女の戦い。

 両者名前が似通っているというところから火が点き、気がつくとこんな風にいがみ合う関係になっていた。

 果たしてこのような不毛な争いをし続ける事に何の意味があるのかと誰かが言っていたが、当人同士は歯牙にもかけず互いのプライドを守る為に醜態を晒す事も厭わず鬩(せめ)ぎ合う。そこに様々な矛盾を孕んでいる事も忘れて。

 

 ドドーン!!

 そんなときだった。突如轟音が鳴り響いた。

 慌てて後ろを振り返るラプラスとラッセル。瞳に飛び込んだのは、ダスクの力に押され苦戦を強いられるバスターナイトの姿だった。

「朔夜っ!!」

「ダスク様っ!!」

 案の定ダスクは強く、バスターナイト一人ではまだ荷が重かった。

 心配を寄せるラプラスと嬉々とした表情のラッセルを余所にバスターナイトは重い身体に鞭打ち、無理矢理体を起き上がらせる。

 バスターソードを強く握りしめ、今一度ダスクへと向かって突進。諦める事無く最後の最後まで食らいつこうとする小さくも勇気ある少年悪魔の姿勢に、若き堕天使の王はシンパシーを抱く。

 ゆえに彼は己が認めた最高の好敵手を全力でもって叩き潰したいという衝動に駆られるのである。

「ケイオスフレア!!」

 ダスク専用の大剣【フォービドゥンギルティ】から発熱される紅蓮の炎は渦を巻き、バスターナイト目掛けて飛んで行く。

 前方から襲来する炎の渦を手持ちの剣を使って軌道を変えると、屋根瓦の表面を利用してバスターナイトはダスクの懐へ潜り込む。

「ダークネススラッシュ!!」

 一気に間合いを詰めるとすぐさま得意の一太刀をお見舞いし反撃に打って出る。

 紙一重という所でバスターナイトの太刀筋を見切ったダスクは顔を後ろへ逸らし、一緒に体を海老反りにして宙返り。素早い動きで後退する。

「ダークネススラッシュ・乱舞!!」

 言葉の意味する通り、ダークネススラッシュの乱撃がダスクへと向けられる。

 下手な鉄砲数撃ち当たる――等と言う俗な発想から行っている訳ではない。狙いを定めた上で、殺傷力の高い斬撃を一人の標的に集中砲火しているのだ。

 バスターナイトの戦略を賢明だと内心評価するダスク。だがしかし、評価とは別に彼は口元をつり上げると飛来する斬撃全てを見極め機敏に回避する。

 全てを見切ってからバスターナイトの間合いへ入り込み、手持ちの大剣から凄まじい破壊力を秘めた一撃を喰らわせる。

「ふん!!」

「ぐあああああああ」

 例えるならダークネススラッシュを十倍の威力にした様な太刀筋がバスターナイトの鎧を打ち砕き、彼ごと弾き飛ばす。

 岩肌を削り取りながらバスターナイトは大ダメージを受けた。

 ダスクは、フォービュドゥンギルティを肩に担ぎながら頭上より好敵手の姿を見下ろした。

「どうした? 俺を倒すんじゃなかったのか?」

「く……」

「今さら出し惜しみなどするな。この俺を倒すからにはお前の全身全霊の力で打ち込め。そうでなければ俺が一方的にお前を嬲り殺すだけのつまらない画になってしまう」

「――スタイル・クリムゾンデューク!!」

 ここまで言われたからには、バスターナイトも出し惜しみなど出来なかった。

 最後の最後までとっておくつもりだったバスターナイトの切り札――火炎龍の力を内包した紅き鎧【クリムゾンデューク】の力を解放する。

「それでいい。それでこそ、俺が唯一見込んだ悪魔だ」

 彼が力を解放した事が嬉しく、ダスクは嬉々として口角を上げる。

「知らなかったな。まさか貴様がそんな風に思っていたとは」

「たとえ悪魔と言えど、真に猛き者には敬意を払う。それが王としての礼儀。俺のモットーだからな」

「奇妙に律儀な性格だ」

 これは皮肉を言っている訳ではない。純粋にそう思ったのだ。

 クリムゾンデュークの力で変化した愛刀を手に取り、バスターナイトは再びダスクと正面からぶつかり合う。

「「はああああああああああああ」」

 文字通り激しく火花を散らしあう。

 暗黒騎士と堕天使の王。互いの生死を賭けた果し合いで、生き残るのはどちらか――……。

 

           *

 

同時刻――

第七天 居城から北方七キロメートル

 

〈Target mark〉

「はああああ」

 アサルトバースシステム専用の武器【SKバリアブルリボルバー】から繰り出す光弾。一秒間に数百発という弾が撃ち出される。

 ベルーダの技術の結晶にして警察機構最強の砦とも称すべき力。その力を嘲笑うかの如くカルヴァドスは飄々とした態度で避けていく。

 そして、いつの間にかセキュリティキーパーの前から姿を消してしまった。

(どこへ消えた?)

 直ぐに熱感知システムを作動させカルヴァドスを捜索する。

 刹那。背後よりカルヴァドスと思わしき熱エネルギーを感知。姿を透明にして隠れていたカルヴァドスがセキュリティキーパーの間合いへと入り魔戦斧アドラメレクを振り下ろす。

 攻撃が当たる既のところで、セキュリティキーパーは瞬間的に体を横に捩じった。カルヴァドスが繰り出す魔戦斧による一撃がスーツの装甲を傷付ける。

 強い衝撃がスーツを通してセキュリティキーパーの肉体へと伝わる。そうして彼の動きが怯んだのを受け、カルヴァドスはスーツ越しにむやみやたらと斬撃を叩き込んだ。

 このままでは装甲がもたない――そう判断すると、咄嗟に腰に帯びたSKメタルシャフトを振るってやや強引にカルヴァドスの斬撃を弾いた。

 素早く後退するセキュリティキーパー。一方で、彼の瞬間的な判断力を見せつけられたカルヴァドスは感服し、思わず不敵な笑みとなる。

「一瞬の逡巡が命運を分けたね。さすがは三天の怪物だよ!」

「………」

 メット越しに不快感と殺意ある眼差しを向けるセキュリティキーパー。これにはカルヴァドスも思わず苦笑する。

「ははは……そんな人を噛み殺そうとする様な瞳(め)で見ないでよ。ボクだってビックリしてるんだよ、君の人並み外れたその反射神経と判断力には。人間にしておくにはもったいないぐらいだよ。どうだい? 殺すの止めてあげる代わりに、人間やめてボクと手を組んでさ――」

 ズドーン!!

 言おうとするカルヴァドスへと向けられる非情なる銃撃。彼は口元を緩めたまま首を僅かに横へずらし弾を避けた。

「……君の御託に付き合うつもりはない。君と手を組むことも、況して人間をやめる事も丁重にお断りするよ」

「実に惜しいんだけどな……でもさ、まさかと思うけどボクがそんな簡単に諦めると思ってるのかな?」

「まるで君は、しつこくて悪質な保険の電話勧誘の様だよ。こちらの気持ちなどまるで理解しようとせず、自分の利益欲しさにずけずけと他人(ひと)の敷地に入り込んでくる」

「うん! 的を射た譬えだね。まったく君の言う通りだよ!!」

「君、もしかしなくても〝遠慮〟や〝忖度〟って言葉を知らないでしょう?」

「それってどっちも、相手の気持ちを理解するって意味かな? だとしたらボクにはムリだよ。だって生まれてこの方相手の気持ちなんて理解しようともしなかったし。これからもだけどね」

「だから君は誰からもハブられるんだろう。ま、それで君自身が何も感じないというのなら、ある意味幸せだと僕は思うよ」

「褒めてくれてありがとう♪」

「いいや。むしろ可哀そうな奴だと言っているんだ」

 互いに互いを貶し合う。

 訊けば胸に突き刺さるような嫌味をこれでもかと言い合うと、二人は人間のそれを逸脱した決闘を再開した。

 

           *

 

同時刻――

第七天 居城から南方六キロメートル

 

「ブレイジング・ストーム!!」

 ブレイズ・ドラゴンを屈服させ手にしたクリムゾンデュークの能力。その力でバスターナイトは最強の堕天使に真っ向勝負を仕掛ける。

 しかし、最強の堕天使の王は一度その目で見た技を二度も食らうなどと言う素人染みた失敗は犯さない。一度見たものは既に攻略済み。ダスクは、バスターナイトの技を見切って反撃を仕掛ける。

「ふん!!」

「ぐああああああ!!」

 フォービドゥンギルティを一振りしただけでバスターナイトは大ダメージを負い吹っ飛ばされる。

 底知れぬ闇の力を秘めたダスク。クリムゾンデュークの力を以ってしても敵わない別次元の領域なのかとさえ思わされる。

「どうした暗黒騎士! お前の力はそんなもんじゃねぇだろ! 俺を幻滅させるなよ!!」

「朔夜っ!! 朔夜っ!!」

 一途にバスターナイトの身を案じ続けるラプラス。彼女の瞳には無情とも言うべき光景が立て続けに飛び込んでくる。

 爆発が起きて轟音が鳴り、その度に大切に育て上げたバスターナイトが傷ついていく。

「ぐあっ!!」

 堕天使の王は決して嬲り殺す事が趣味なのではない。ただ、生来他を隔絶する力を持つがゆえ彼と拮抗する力の持ち主はそう簡単には現れなかった。

 バスターナイトとて例外ではない。確かに彼は強い悪魔であり、ダスクの見立てでは魔王ヴァンディン・ベリアルに次ぐ強さだ。これからもっと成長しより力を研鑽していくことは間違いない。だが、現時点でダスクと互角に渡り合えるかというと――答えはNOだ。やはり力及ばずダスクに圧倒されてしまっている。

 壁に打ち付けられたバスターナイトの首根っこをダスクは鷲掴む。怒りと不満を募らせたその表情でバスターナイトを見ながら、腕力だけで彼の体を持ち上げる。

「どうした! まだまだ食い足りねぇぞ。そんなんじゃ俺は一向に満足なんかできねぇよ!!」

(こいつ……戦うたびにオレの力を上回ってくる! これが、堕天使の王の真の力か……!!)

 一方的すぎる戦況。こんなのはバスターナイトとしても認めたくない。

 何としても一矢報いたいと強く願うと、渾身の力で剣を振るいダスクから退いた。その隙にバスターナイトは背中の翼で空中へと舞い上がる。

「バースティングスラッシュ!!」

 中空より地上のダスク目掛けて大火力の斬撃を降り注ぐ。

 勢いよく降る炎の豪雨。ダスクはフォービドゥンギルティで最低限の防御を保つが、やはり炎の全てを受け流す事は出来なかった。

 バスターナイトは空の上からダスクを見下ろした。大量の蒸気が発せられる中、窪んだ大地の真上に立ち尽くすダスクの体には夥しい火傷が出来ていた。にもかかわらず、彼は痛みをまるで感じておらず、むしろ笑みさえ浮かべている。

「……それでいい、それでいいんだよ。それでこそ倒し甲斐があるというものだ!! 俺は今、猛烈に感動しているぞ!!」

 本気で戦える事に至福を見出す。これまで自分に立ち向かってきた者は魔王などを除き悉く弱く、脆い相手だった。だから本気で戦いたいなどと言う欲望を抱くことさえ無かった。

 だが今は違う。こうして心置きなく本気で戦える相手にようやく彼は巡り合う事が出来たのだ。相手が堕天使だろうと悪魔だろうと関係ない。ダスクは心の底からこの戦いを――バスターナイトとの戦いを愉しんでいた。

 心なしかバスターナイト自身も気づかぬところでこの戦いに充実感というものを感じていた。しかし一方で、彼にはどうしても腑に落ちない事があった。

 その疑問を拭い去る為に、彼は一度地上へ降りダスクへ問いかける。

「わからない」

「なに?」

「貴様ほどの男が、それだけの力を持ちながら……なぜホセアなどと手を組んだ?」

「……」

 バスターナイトからの問い掛けにダスクは沈黙する。

「確かに貴様は堕天使の王だ。その凶悪なまでの力には幾度となく苦しめられてきた。今もそうだ。だが、なぜだろうな……貴様はホセアとは明らかに違う」

 大剣を肩に担ぎながら、ダスクはバスターナイトの言葉に耳を傾ける。彼の言う事を一言も逃さぬよう真摯になって聞き続ける。

「教えてくれ! 貴様は本当に世界を滅ぼすつもりなのか、ダスク!?」

 語気強く問いかけるバスターナイト。彼を前にして、ダスクの口から飛び出したのは実に意外な答えだった。

「世界が滅んじまったら……それこそ願い下げだっつーの」

「え?」

「曲がりなりにも俺は堕天使の王だ。王ならば、すべての種を屈服させたいという野心があるのは当然の事! 全てを滅ぼす黙示録の獣……カオス・エンペラー・ドラゴンがこの地に復活し世界を壊そうとするのなら、俺は全身全霊の力でもってそいつを排除する。カオス・エンペラー・ドラゴンはこの世で最も強い力を持った存在。そいつを倒せば、名実ともに俺こそがこの世界の種を一人残らず屈服させたことを意味する!」

「まさか……お前は最初からそれが狙いで?!」

「ああそうとも! カオス・エンペラー・ドラゴンを倒すのはこの俺だ。ホセアの思い通りになんかさせてたまるか。俺は最後の最後まで、堕天使として振る舞い生きてやるつもりだ! そして全ての種をこの手で必ず屈服させてみせる!!」

 世界に己の力を示す以上、ダスクが求めたのはホセアと同じくこの世界を滅ぼす程の巨大な力であるカオス・エンペラー・ドラゴンの復活。だがその復活は彼に迎合する為ではなく、自らが最強である為の生け贄としてその存在を強く必要としていた。

 カオス・エンペラー・ドラゴンを討つ――それこそダスクの野望の真義。世界の種の全てを屈服させる事を所望する堕天使の王が辿り着いた至高の答え。

 彼の目的を聞かされたバスターナイトは暫し唖然とし呆然と立ち尽くす。一方で、ダスクはフォービドゥンギルティを三段構えで持ち直した。

「暗黒騎士バスターナイト、いや十六夜朔夜! 俺のとっておきだ。避けてみせろよ!」

 言った途端、ダスクの全身から漏れ出る闇と言う闇。あらゆるものを呑み込み吸収するブラックホールの如く濃厚な魔の渦が彼の足下から漂ってきた。

 今までとは桁違いな闇だと、バスターナイトは肌に触れずとも分かった。同時にこの闇は危険であるという認識を強く持ち、近くにいる自分の使い魔へ声高に叫んだ。

「ラプラス!! 今すぐ離れた方がいい!!」

「え!? どうして……」

「いいから早く!! 死ぬことになるぞ!!」

 

「最終奥義……マスター・オブ・ダークネス!!」

 剣先から渦を巻く闇が天上に向かって駆け上がっていく。月明かりを遮断し周囲数キロ圏内を完全に闇で覆い尽くしてしまった。

 バスターナイトとラプラス、そしてラッセルは思わず固唾を飲む。

 やがて、暗黒空間は突如として牙を剥く。まるで闇そのものに意志があるかの如く触れたもの全てを闇へと誘い強制的に支配下に置く。バスターナイトは天上より襲い掛かる夥しい量の闇の触手に触れぬよう剣は使わず避けることだけに全神経を注ぎ込む。

 その間に対応策を逡巡する。今、ダスクは奥義の発動に伴い自らが人柱となって攻撃も防御も出来ずにいる。闇を全て回避しダスクに近付く事さえできれば、一気に逆転の可能性が開けるかもしれない――バスターナイトは僅かな可能性を信じ賭けに打って出る。

 降り注ぎ襲い掛かる闇の触手。それを俊敏に躱しながら、バスターナイトは着実にダスクの下へ接近する。

(触れたものを強制的に闇へと誘う……それがこの技の能力。そして、それを発動する間ダスクは完全な無防備状態となる。ならば――)

 ひとつ、またひとつ闇を避けながらバスターナイトはダスクへ急接近。

(そこを突かずしていつこいつを倒せる!!)

「ダスク様っ!!」

「はああああああああ!!」

 ダスクの間合いへと入り込んだバスターナイトは、刀身に炎が灯った渾身の一撃を仕掛ける。今のダスクは完全なる無防備状態。闇を生み出す為の人柱となっている彼に避ける余力は残っていない。

 バスターナイトの剣がダスクへと振りかざされた次の瞬間、事態は予期せぬ方向へ傾いた。

 

 ズドン――。

 確かな手応えがあった。だが、バスターナイトが斬ったのはダスクではなく全く別のものだった。

「なに!?」

 咄嗟にラッセルが前に飛び出してきたと思えば、無防備なダスクを庇って自らが盾となりバスターナイトの剣の餌食となった。

「ラッセル……ラッセル!!」

 さすがのダスクも目を見開き声を荒らげる。人柱化を解いた彼はすぐさま斬られたラッセルの元へ駆け寄った。

「おい! どういう事だよ!? おい!!」

「くっは……」

 ダスクの腕に抱きかかえられ吐血するラッセル。その飛沫の一部がダスクの顔へ飛び散った。

 自らの命を散らす事も厭わず主人を守り抜こうとしたラッセル。堕天使らしからぬ殊勝な行為にダスクはおろかバスターナイトも戸惑いを隠し切れない様子だ。

 すると、残り僅かな命の炎――それが燃え尽きる前に彼女は意識があるうちにこれだけは伝えようとおもむろに言葉を紡ぐ。

「あなたのお陰で気づいた事……あなたのお陰で分かった事……あなたのお陰で見つけた事……数え切れなくて、もう訳が分かりませぬ。あなたのお陰で楽しかった……あなたのお陰で嬉しかった……あなたのお陰で笑って、喜んで、怒って、はしゃいで、まるで……自分が自分でないようでした。あなたのお陰で私は……変われるのではないかとさえ思えました」

「ラッセル……」

「だけど、結局私は……変われなかったのです」

 自らを嘲笑いながらラッセルはこれまでを思い返す。

 最愛の人を亡くしてからずっと塞ぎ込み、生きる気力さえ失いかけていた。そんなときダスクが自分を暗い絶望の淵から救い出しもう一度生きる機会を与えてくれた。

 当初、堕天使の王であるダスクに畏怖を抱いていた彼女。しかし、段々とそれが薄れいつしかダスクと過ごす時間がラッセルにとって居心地のよいかけがえのないものへと変わっていった。そうして心にぽっかり空いた穴は自然と癒え、次第にその御身をダスクの為に捧げても構わないという感情さえ芽生えるようになったのだ。

 急速に薄れゆく意識。もう永くは無いと思いながら、動揺を隠しきれないダスクを前にラッセルは自嘲し続ける。

「相応しい死に様ではありませんか……わたしなどこの程度です。所詮あなたにとって所有される資格も無い不良品でした」

「俺の所有物はおめぇ以外にいるわけがねぇだろ! だったら、おめぇの人生って一体何のためにあったんだよ? おめぇにだって幸せになる権利ぐらいあっただろうが! それなのに傷ついて傷ついて傷ついて、最期にはこんな道半ばで斬られて死んで……おめぇ一体何やってんだよ! バカじゃねぇのか!!」

「まったく……その通りです……でも……わたしの心は今、とても穏やかです……とても幸せなのです」

「……っ!!」

「道半ばで斬られて死んで、幸せです……これでもう……愛する者を二度と失う哀しみを味わわずに済んだのですから……」

「ラッセル……」

 一度愛する者を失っているからこそ、もう二度と失いたくないという感情は余計に膨れ上がる。

 ラッセルはダスクを確かに愛していた。愛しているからこそ、自分の目の前で彼が死ぬような事があってはならなかった。

 最後の最後で彼女が見せた破顔一笑。ラッセルは、おもむろに左手をダスクの頬へと添えてきた。

「ダスク様……わたしは自分勝手で、自己中心的で、己の欲望のこと以外は何も考える事が出来ず、死ななければ直らないようなバカで、あなた様の足を散々引っ張ってきた不良品で……ひどい……何の救いようも無い様な、死んで当然の女ですが……」

 そこまで言ってから一息吐く。もう喋る力はほとんど残っていない。だからこそ、命の炎が尽きる瞬間これだけは言いたかった。

「それでも……わたしは……あなたに惚れてもいいですか?」

 死に際に放たれた彼女からの告白。それを受けたダスクは、言葉ではなく首肯によって彼女の気持ちに答えた。

 願いを聞き入れてもらえた事が嬉しかった。感涙する彼女は、最後の力を振り絞って言う。

「ダスク様……わたしやザッハ様の分まで生きてください。そしてどうか、あなたの……野望を叶えてください……わたしはひと足先に闇へと還りますわ……」

 と、ダスクの――堕天使すべての健闘を称えながら彼女はダスクの腕の中で息絶えた。

 命の炎を燃やし尽くし亡骸となった彼女を抱きかかえながら、ダスクはおもむろに立ち上がり、その死に報いようとする。

「ラッセル。お前の願い……確かに聞いたぜ」

 直後、死したラッセルの遺体を闇の触手を用いて天高く持ち上げた。彼女の身体に残っていたエネルギーのすべてを吸収しダスクは自身の体へと取りこんだ。

「これは……!?」

「何するつもりなの?!」

 ダスクの行動の意図が掴めないバスターナイトとラプラス。二人が戸惑いを隠し切れないでいると、ラッセルから吸収したエネルギーからダスクは強固な鎧を作り出し、それを全身に隈なく装備した。

 堕天使の王の全身、顔の部分まで覆い尽くす重厚なる漆黒の鎧。威風堂々としていながら、対峙する者に絶対的な畏怖を植え付けるような目に見えない圧を発している。

「それは…………!」

「〝堕天王の鎧(フォール・ダウン・ルーラー・アーマー)〟――……俺は今、ラッセルの魂と同化した」

「同化、だと?」

「来るがいい、暗黒騎士。我が力の前に跪かせてやる」

 ラッセルの死を経て先ほどまでと違って口調が重々しくなった。より王たる雰囲気を醸し出し、より畏怖の念を抱かせる。

 バスターナイトとラプラスは尋常ではない汗を流し、体は強張った様子で動きがぎこちない。

 しかし、相手がどれだけの力を手に入れようと関係ない。泣いても笑ってもこの戦いが最後。バスターナイトはすーっと息を吐いてから、手持ちの剣を構え直しダスクと対峙する。

「暗黒騎士バスターナイト……参る!!」

 覚悟を決め前へと飛び出した。ダスクの間合いに入るや素早く剣を振るう。

 カキン――、と言う鋭い金属音が鳴った。だがそれは剣と剣が衝突した際に起こるものではない。バスターナイトによって放たれた一太刀をダスクが指先ひとつで受け止めたのだ。

「な……に……!?」

 白刃取りという技術そのものは決して珍しくない。問題は最強クラスのブレイズ・ドラゴンの力を内包したクリムゾンデュークでの一太刀を、指先だけで受け止めたという事実。バスターナイトはあまりの衝撃に言葉を失った。

「こんなものか。いや無理もない、今の俺はひとりで戦っているのではない。ラッセルの魂と同化した俺は言わば、究極の力を手に入れたも同然なのだ!!」

 言うと、指先だけで受け止めたバスターナイトの剣を指先の力だけでへし折った。

 ペキっ――という音を立て折れた刃が地面に落ちる。ダスクは間髪入れる事無く武器を破壊されたバスターナイトの体に拳を叩き込んだ。

「ぐあああああああああああああ」

 咄嗟にシールドを展開して防衛姿勢をとったつもりが、そのシールドですら容易に破壊する強力な正拳突きが腹部に炸裂する。

 体を海老反りに反らしたバスターナイトは衝撃を受け流す事も出来ず、巨大な力によって吹っ飛ばされた。

「朔夜っー!!」

 ラプラスは信じられない光景を目の当たりにするかの如くこの戦いを見つめていた。助太刀しようにもまるで介入の隙を与えない。いや、ダスクがそうさせない。兎に角彼女は恐怖で身体が強張っている為に動くに動けなかった。

 ラプラスから心配を寄せられるバスターナイトは、吹っ飛んだ衝撃で住居の壁を幾枚も破壊した。凄まじい一撃を受けた身体は勿論、紅蓮色に輝く鎧そのものにも相当な負荷がかかり所々に亀裂や罅が生じていた。

「がっは……」

 顔を覆い隠すマスクが部分的に破壊される。直後、バスターナイトは大量に吐血する。

(くそ……拳打だけでクリムゾンデュークの鎧に罅を入れたばかりか、ここまで消耗させるとは……)

 規格外な力を手に入れたダスクに抗う術はあるのかと逡巡する中、ダスクがおもむろに近づいて来、掌を向けると闇の波動を撃ってきた。

「ふん!!」

 ドドーン!! ドドーン!! ドドーン!!

「どあああああああああああああああああ!!」

 容赦なく放たれる一撃必殺の威力を秘めた闇の波動。その威力を前にバスターナイトの身を守っていた鎧は木っ端微塵に砕かれた。そして二度とその力を使わせない為に、ダスクは力の源であるブレイズ・ドラゴンの魂が封じられた宝玉を破壊する。

 宝玉が破壊された事で、永劫にクリムゾンデュークへの変身は不可能となった。

 強制的に変身を解かれ満身創痍となった朔夜。体を地面に伏したまま起き上がる余力すら残っていない。

 ダスクは非情にも朔夜の体を持ち上げると、力いっぱい放り投げた。

「ぐあああ……」

 放り投げた場所がちょうど天使たちの住居の屋根部分。頂きの辺りに叩きつけられたと思えば、彼の体は力なく瓦の上を転がっていく。

 転がった拍子に仰向けとなった朔夜を見ると、ほとんど意識は残っていない。ダスクは瞬間移動の如き速さで近付き、朔夜を見下ろしながら低い声で呟く。

「十六夜朔夜、貴様との愉しいひと時に礼を言おう。非常に名残惜しいことだが、貴様との勝負もこれで幕引きだ」

 おもむろに大剣フォービドゥンギルティを天高く振り上げる。

 朦朧とする意識の中、朔夜が重い目蓋を開ける。視界がぼやけてはっきりしないが、そこにダスクがいる事と彼が凶刃を振り上げた状態で自分を見下ろしているという事だけは理解できた。

(ここまでか………すまない、リリス……)

 最愛の人を守る前に志半ばで死んでいく――この上も無く悔しい事だが、すべては自分の無力さが招いた結果である。

 残酷な運命に抗う事も出来なくなった朔夜は、死を覚悟し今一度目を瞑ろうとした。

 

『テンペスト・ウィング!!』

「っ!!」

 だが直後に聞こえた声に咄嗟に体が反応し、閉じかけていた瞼をがっと開いた。

 ダスク目掛けて飛んできた竜巻。彼を妨害するのは朔夜の使い魔ラプラスで、彼女は僅かに怯んだダスクの目を盗むと、傷ついた朔夜を連れてその場から離れた。

「朔夜!! しっかりしなさい!!」

 虫の息にも近い朔夜の体をラプラスはひたすら強く揺すり意識を確認する。すると、朔夜の意識が徐々に戻り始めた。

「うっ………お、お前が助けてくれたんだな」

「当たり前じゃない!! 誰の使い魔だと思ってるのよ!!」

「そうだな……しかし弱ったな。頼みの綱だったクリムゾンデュークは完全に破壊されてしまった。これではもう奴と戦う事すら叶わない……オレの負けだよ」

 自嘲した笑みを浮かべながら朔夜は打つ手なしと呟いた。

 その直後、バチン――という破裂音のような音が鳴るとともに朔夜の左頬に衝撃が走った。

 よく見ると、今にも泣き出しそうな顔でラプラスがビンタを食らわした。一瞬思考が停止した朔夜だが、彼女は彼の両肩を強く握りしめ言って来る。

「弱気になってんじゃないわよ……それでもあんた、リリスちゃんの婚約者なの!?」

「ラプラス……」

「あんた、ずっと耐えて来たんじゃないの!? ずっとずっと色んなものひとりで背負い込んで……大好きな子を守りたいって強くなるって決めて……ようやくここまできたんじゃない!! 今ここであんたまでいなくなったら、あの子は……リリスちゃんは今度こそ本当に笑顔を失くしちゃうじゃない!! それでもいいの!?」

 聞いた途端、朔夜は我に返った。

 考えてみればそうだった。幼き頃、混血の悪魔ゆえに疎んじられていた自分を救ってくれたのがリリスだった。そのリリスを一途に守りたいという思いがあったから朔夜はここまでやってこれた。

 そのとき、彼の脳裏に数時間前の出来事がふと蘇った。

 

           ≒

 

さかのぼる事、二時間前――

黒薔薇町 十六夜家

 

 天界へ向かう直前、朔夜はリリスから手料理を振舞ってほしいという要望を受け、彼女を自宅へ招いた。最後の晩餐のつもりで彼は腕によりをかけた。リリスは愛情のこもった彼の料理を一つ一つ深く味わい、すべて完食した。

「ごちそうさまでした」

 口元をテーブルナプキンで拭うと、後片付けをしている朔夜に感謝とともに謝罪する。

「サっ君、本当に美味しかったよ。それとごめんなさい。突然の我儘聞いてくれて」

「いいよ。このくらいの事は。今から天界に殴り込むんだ。今のうちに英気を養っておく必要はあるからね」

 婚約者の我儘の一つや二つを苦に思うほど朔夜の懐は狭くはない。それどころか非常に寛大である事はリリスも知っていた。知っているからこそ、あまり負担をかけたくないと逆の心理が働く胸中、それでも彼の優しさに甘えてしまう事をリリスは恥ずかしくもありこの上もなくうれしくも感じていた。

 朔夜は両頬を仄かに桜色に染めるリリスに柔らかく笑いかける。食器を片付ける傍ら、リリスの親友であるはるかの事について尋ねる。

「はるかはどうしたんだい? てっきり一緒に付いて来るかと思ったけど」

「あの子なら一旦家に帰ったわ。今生の別れになるかもしれないからって、両親に今迄のこと……自分がプリキュアだって事を話すんだって」

「そっか」

 戦いに赴く前に各々が後悔しない選択をする――はるかの場合は両親にこれまでの秘密を打ち明ける事なのだと理解し、朔夜はそれ以上深くは問わなかった。

「あのねサっ君」

 すると、リリスが意を決したように朔夜へ声をかける。

 朔夜がおもむろに振り返った時、リリスはやや顔を下に向けながら、不安に駆られた様子で呟いた。

「この戦いに終止符が打たれた時、私は……私は十年前の私に戻れるのかな」

「っ!」

 聞いた瞬間、朔夜は目を大きく見開いた。

 紛れも無く今のは彼女が心の裡に抱える強い願いだった。デーモンパージ以来、故郷や家族といった帰る場所を失った彼女は洗礼教会への復讐を果たす為、常に自らの心を壊し続けてきた。そして一種の自己暗示によって、別の自分になって戦い続けてきた。

 そんな常に「心がずっと戦場にいる自分」だからこそ、彼女はいつしか失ってしまった本当の自分――デーモンパージ以前の明るく、純粋だった自分に戻りたいという願いを持っていた。

「ごめんなさい。私ったら変なこと言っちゃった」

 呆然として固まった朔夜に対し申し訳なさそうに自嘲気味に笑ったリリス。

 すると、そのとき――リリスの体を朔夜がぎゅっと力いっぱい抱きしめて来た。驚きのあまり声を失う彼女に、朔夜は今にも泣きそうなくらいの震える声で言って来た。

「すべてが終わったら……二人で行こう。俺たちの故郷へ。だいじょうぶ、きっと戻れるから……きっと」

「うん………ありがとう……」

 婚約者の心からの気遣いにリリスの心は強く打たれた。双眸から一筋の涙を流すとともに、リリスは朔夜の首に手を回した。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

 譬えるなら、河原に柔らかく咲いた花の様な笑顔。ひとえに彼女の笑顔を守りたい。自分にとっての力の源が、自分にとっての優先順位が第一に悪原リリスという少女である事を思い出した。

「…………そうだったな。親も無く、身寄りも無いリリスにとって家族と呼べる者はオレたちだけなんだ」

 ここで自分が死ぬわけにはいかない。死んだら最後、もう二度とリリスとも会えない。何よりリリスから永劫笑顔が消える事になる。それだけは努々あってはならない――朔夜はラプラスに体を支えられながら、軋んだ筋肉と骨を動かし全身の痛みを堪え立ち上がる。

「くじけてる場合じゃなかった。ここで、オレが倒れるわけにはいかない……リリスの笑顔を守る為に強くなると決めたんだ……何があってもオレは……死ねない! 死ぬわけにはいかないんだ!!」

「それでこそ男の子! 十六夜朔夜よ!」

 どうにか彼を勇気づける事が出来た。ラプラスが安堵すると、朔夜は彼女に笑いかけ小さく「ありがとう――」と、呟いた。

 やがて、頃合いを見計らったようにダスクが空中より降りて来た。

「今生の別れは済んだのか?」

「今生の別れか……生憎オレもラプラスも聞きわけの悪い性分でな」

「あたしもこの子もまだまだ生きていたのよ! だってやりたいことが山ほどあるんだから!」

「欲望は悪魔の生きる原動力だからな。堕天使とてそこは同じ。しかし、それほど傷ついた体では今の俺に抗う事すらままならないと思うが?」

「ご忠告をどうも。安心しろ、痛みなら慣れてるさ……幼少の頃から俺はずっと耐えて来た……弱さと言う痛みにな!! その弱さゆえに何も抗えず、何も守れず、そして何も出来なかった。それがどれほど歯がゆく悔しい事なのか……それを思えばこんな痛み屁でもない!!」

「なるほど。では尋ねよう。十六夜朔夜、貴様にとって生きる意味とは何だ?」

「愚問だよダスク。オレにとって生きる意味など知れている……リリスの傍らで共に笑い、共に泣き、共に痛みを分かち合う。それが、オレのすべてだ!!」

 力強くそう答えると、朔夜はラプラスと手を取り固く握り合う。

「ラプラス――……オレに力を貸してくれ。一緒に戦おう」

「ええ―――……」

 心をひとつにするため、二人は目を閉じ互いの魂の波長を同調させる。

「「はああああああああああああああああああああああああ」」

 二人の体から溢れ出る漆黒のオーラ。だがそれはダスクのような禍々しく畏怖を与えるものではなかった。

 朔夜とラプラスの魂は同調し均衡を保ちながらその力を重ね合う。やがて、完全なる調和が成されると、ラプラスは朔夜のバスターブレスへと吸収された。

 刹那、ラプラスの力を取りこんだバスターブレスを用いて朔夜は声高に唱える。

「ウルティメイト!! バスター・チェンジ!!」

 朔夜の全身を黒みを帯びた目映い光が包み込む。

 ダスクが注視すると、目の前に映って来たのは自分と同じ漆黒の鎧を身に纏った朔夜の姿。だが、依然とは全く異なる形状をしていた。

 通常時やクリムゾンデュークに比べて重厚さが無くなりより洗練されたフォルムは「西洋」と「中華」の鎧を組み合わせたかのようで、前掛けが存在している。最たる特徴として魔法の杖と剣が融合したような独特の剣を装備していた。

「貴様、その姿は……」

 こうして見た事も無い姿へと変貌した朔夜を凝視しながら、ダスクはおもむろに尋ねる。

 

「バスターナイト――スタイル・ブラックパラディン!!」

 

 失った力を補うかの如く、朔夜はラプラスと自身の魂を同調・共鳴させる事で高位の騎士の称号をその名に持つ姿へと変身した。

 名をスタイル・ブラックパラディン。バスターナイトと使い魔ラプラスの魂が完全に同化した究極の力である。

「そうか、悪魔と使い魔同士の魂を同調させる事で新たな力を生み出したのか……」

「貴様に出来たことがオレたちに出来ない道理はないだろう?」

〈こっから大どんでん返しといかせてもらうわよ!〉

「面白い。俺と貴様、どちらが本当の強者か――ここで白黒つける」

 俄然やる気が湧いてきた。滾る闘志を胸に抱くと、ダスクは手持ちのフォービドゥンギルティを構える。

 一方のバスターナイトもラプラスの魂の一部が変化した最強の矛――【超魔導剣(ちょうまどうけん)ウルティメイト・パラディン】を強く握りしめる。

 両者は向き会い互いの出方を窺いながら静かにその時を待つ。

 そんな折、ダスクがふと呟いた。

「正直……驚いたさ」

「何がだ?」

「他人の為とはいえ、己の限界値を超えられる者などそうはいない。それほどまでにあの子悪魔の存在は貴様にとっての活力だという事だ」

「それは少し違うな」

 ダスクからの問いかけにそう答えると、バスターナイトは自らの持論を持ち出し語り始めた。

「リリスの存在はオレにとっての活力の源――それは間違いない。だが誰かの為に何かをするという事はオレには……悪魔には土台無理なんじゃないかって、ラプラスと融合する事でオレは初めてそう思ったよ」

「……」

「最初はオレよりも強いリリスに何となく惹かれて、途中からはオレよりも強いくせに脆いリリスを本気で守りたいと思うようになって……そんな事を考えなければならないくらいなら、そもそも戦わなければいい。とどのつまり、リリスもオレも自分の事しか考えて無かったんだよ。最後の最後まで自分勝手で、どうしようもないくらいわがままで、なんて言うんだろうなああいうのは……でも仕方ないんだよ。オレはそういうリリスのことが好きになったんだからな」

 敢えて攻撃を仕掛けるなどと言う野暮な行動はとらず、ダスクは黙してバスターナイトの話を聞き続けた。

 そんな彼に内心感謝しながら、バスターナイトは改めて剣を構え宣言する。

「デヴィル・ブラックサクヤ・オブ・ザ・アリトン――またの名を暗黒騎士バスターナイト、いざ参らん!!」

 地を強く踏み出すと、バスターナイトが凄まじい速度でもって接近。ダスクと激しく剣戟戦を繰り広げる。

「リリスのそういうところが好きになったんだから! だからオレもまた、オレの為だけに戦ってたんだと思う!!」

「なら、貴様は何の為にオレと戦っているんだ?」

 太刀筋のほとんどわからない斬撃を躱しながらバスターナイトはキッパリと答える。

「生きる為さ」

 距離を測りつつ、再びバスターナイトは剣を手にダスクへと肉薄する。

「リリスがオレを必要としているように、オレもリリスを必要としている! だからオレは生き続けるんだ!! 彼女の傍で――だからオレは貴様を倒す!!」

 生きる意味があるゆえに、生きる意味を果たしたいがゆえに、譲れないものがある。

 バスターナイトとダスクは超高速での接近と衝突をこれでもかと言わんばかりに繰り返し行い、その度に感情を昂ぶらせていく。

「はあああああああああああ」

「おおおおおおおおおおおお」

 拮抗する力と力。

 泣いても笑ってもこれが最後。この戦いでどちらかが生き残り、どちらかが死ぬ。生き残った者が未来を手に入れる事が許される。ならば、互いに悔いを残す事のないよう全身全霊を賭して戦うは自明の理。

「スプレッド・ウェーブ!!」

 一旦距離を置くと、バスターナイトはウルティメイト・パラディンの切っ先を天上へ掲げそこから漆黒に色づく波動を拡散させる。

 放たれた波動はすべてダスクへと向けられる。飛来する波動という波動を大剣で弾くダスクだが、その数は常軌を逸しており次第に押されがちとなる。

「があああああ」

 挙句、防ぎきれなかった波動の直撃を受け吹っ飛ばされた。

 屋根瓦の上を激しく転げ落ちると、ダスクは屋根から落ちる既のところで踏み止まった。

 ダスクの方へ走りながら、バスターナイトは肉体を粒子化させ彼を翻弄する。粒子化した状態から実体となり彼を斬り付け、また粒子となって彼を翻弄する。その行動を繰り返し行い着実に追い詰めていく。

「ぐううう!!」

 翻弄され続けるのは面白くないとばかりに、ダスクも反撃の斬撃を繰り出す。

 クリムゾンデュークに比べ、純粋な攻撃力と防御力には及ばないブラックパラディンだが、それを補うために備わった超能力を駆使し、バスターナイトは強固な結界を作り出しこれを防ぐ。

 そして忽ちダスクへ念動力による波動をぶつける。

「ぐああああああ」

 圧倒的なまでの超能力。最強の堕天使の力を凌駕する暗黒騎士の力。ダスクはその身をもって究極を超えたバスターナイトの実力を知ったのだ。

「ダスクっ!」

 声高に叫ぶバスターナイト。ウルティメイト・パラディンを構えると、静かにダスクへと問いかける。

「ケリを付けよう」

 これに対するダスクの答えは――

「……無論だ」

 この一撃で全てを終わらせる。両者は剣を構え向き合うと、残りすべての力を一本の剣へと集約させていく。

 刹那、対峙した両者の渾身の一刀が今――炸裂する。

「ダークロード・オブ・カオス!!」

「エクストリーム・ビヨンド!!」

 魂と魂を宿した最強の一撃が刃より放たれる。

 漆黒と漆黒。闇と闇を司る両者の攻撃は轟音を伴い激しく衝突し合った。

 巨大なエネルギー同士の衝突は周囲にあるものを容赦なく巻き込んだ。果たして、漆黒の激闘を制したのは誰なのか――土煙が晴れ、その勝者が判明する。

 

 煙越しに見えて来たのは二つの影。どうやらバスターナイトもダスクもお互い背を向けたまま、まだ足を付いている。

 しかし直後。ダスクの身を守っていた鎧に亀裂が走り、程なく木っ端微塵に砕け散った。

 戦いに勝利したのはバスターナイトこと、十六夜朔夜だった。

「………妙だな。負けてこんなに心穏やかなのは初めてだぜ」

 敗北とは決して心地よいものではないと思っていた。だが不思議と悔しさというものが湧いてこない。むしろ清々しささえ覚えるほどダスクの心は穏やかだった。

 おもむろに後ろへと振り返り、自らを討ち破ったバスターナイトにダスクは感謝と激励の言葉を紡いだ。

「………愉しいひと時に感謝する暗黒騎士バスターナイト。貴殿の道のりに栄光あらんと心から願っている」

 そう健闘を称えた直後、ダスクは清々しい笑みを浮かべながら黒い翼となって消滅した。

 こうして因縁の敵を倒したバスターナイトは、逝ってしまった彼の下へおもむろに歩み寄る。

 残された無数の黒い羽根。山となっているそれを一枚だけ拾い上げると、暫し羽根を見つめてから彼は静かにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「テミスさん、朔夜さんが戦いに勝利しました!!」
レ「残るはホセア、アパシー、カルヴァドスの三人!! これを討てば洗礼教会は崩壊したも同然です!!」
リ「待っていなさいホセア……あんただけは、絶対に勝ち逃げなんてさせるもんですか!!」
「ディアブロスプリキュア! 『洗礼教会散る!そして……!!』」


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第48話:洗礼教会散る!そして……!!

ついにここまで辿り着けました。
サブタイトルにもある通り、今回で教会勢力との対決に決着がつくようになっています。これを乗り越えた先にある最強のラスボス・・・リリスたちは世界存亡の危機にどう立ち向かうのか、書いてる自分にもわかりません。
ひとまず幹部達とのラストバトルを締めくくるお話を読んで頂ければと思います。


 ホセアの中で最も古い記憶――それは今から一万年という気の遠くなるほど前にまで遡る。

 

「我らが求める優れた指導者に統治された世界……それを実現するには、我らが手によって選ばれた優れた導き手が必要である」

地上世界でいう人間の赤子程度の大きさを持った肉塊が幾つも並んだ試験管の中に浮いている。その内の一つが薄らと目を開く。液体とガラスによって歪められた視界の先で、幾人かの天使が話をしている。

「地上世界では猿どもに文明が起こり始めている様だ。放置しておけば豊かな水と緑に包まれた美しい地上世界も、やがて滅びの道を辿るやもしれん」

「我らが神の手により地上世界と同時に創造した一組の人間の末裔か? 楽園に住まわせたが禁断の果実を口にした事で追放したとか。楽園を追われた事で精神を保てず獣になったと思っていたが」

「下手な知恵がついて欲望のままに行動を起こし、この素晴らしき天界から堕落した堕天使どもや、私利私欲のままに生きる忌々しい悪魔どもの様に育っては敵わん」

 天使たちがざわめく。すると、彼らの輪の中から一人が試験管に近づき、手のひらを愛おしそうに撫でつける。

「このような進化も想定の内。ゆえに世界を正しく導く為に用意したのがコレではないか。我らが創造したこの最高傑作に一任しようではないか」

 

「期待しておるぞ、『救済の予言者(サルヴェイション・プロフェット)』――貴様にはホセアという名を与えよう」

 

 七人の上級天使達からなる一団はのちに『見えざる神の手』と名乗り始めた。彼らはその叡智を結集させる事によって、のちに地上世界で錬金術と呼ばれる高尚な術の概念を編み出し、それを完全な形で再現した。

 やがて創造された人工生命体(ホムンクルス)は意思が宿ったと同時に、開発コードネームと共にホセアという名と地上世界の救済という大任を得た。その役目は進化した類人猿――ヒトが正しき導きによって文化を間違った方向に発展させる事を未然に防ぎ、天界への忠誠を誓わせる事である。

 ホセアは見えざる神の手から授かった使命を真摯に果たそうとした。

 ある時は未曾有の災害を預言して備えを用意させ、人々と共に困難を乗り越えた。またある時は神から賜った戒めを人々に授けて、殺人の愚かさや愛することの尊さを広めた。

 数多の手を使い、人々に天界を崇拝する心をホセアは伝えてきた。その一方で教えに従わず、私欲のままに罪を犯す人間もいた。ホセアは心を痛めながらそうした人間たちを排除した。

 

 長い月日が流れたある日、見えざる神の手から呼び出しがかかった。

「ホセアよ。地上世界の救済の任務、あまり芳しくないようだが……」

 七人の偉大なる上級天使達がホセアを取り囲むようにして座している。その表情は良いものではない。

「お前はよく働いている。だがしかし、絶え間なく続く地上世界でのいざこざは少々見るに耐えん」

「地上世界の管理は我らが責務。他の世界への見せしめのためにも決して失敗してはならないのだ。解るな?」

「我らの顔に泥を塗ってくれるなよ」

「はっ……必ずや世界に完全なる秩序と平和を齎して御覧に入れます」

 中央で膝を突き恭しく頭を下げるホセアは弁解の余地もなかった。彼らの期待を裏切らぬという誓いを立て、忠誠の意を静かに示した。

 

 広間を離れ地上世界へ戻る道すがら、ホセアは独り言のように呟いていた。

「はじめは自然に身を委ね、自然と共に生きていた人間たち……不便を見つけてはそれを便利に変える為、知恵を絞って発明を繰り返してきた。だが、その進化の果てに何が待っていた」

 ホセアは人類の誕生と同時に意思を宿し、使命を授かり、共に歩んできた。ホセアが人間たちに注いできた愛情は言葉で言い表せるものではない。

「生活範囲が広がれば領地争いが始まるのは必至。私は隣人愛を説いて共に生きる道を授け、協力しあう生き方を広めてきた。しかし、皆が手を取り合う一方で、必ず反発する者が現れる」

 かつて人間たちは自然と共生していた。畑を耕しできた作物を自然の恵みとして神に奉り、隣人に分け与えていた。だが、いつしかその手に握った鍬は斧や剣へと変わり、作物は隣人を殺して奪う世界が広まりつつあった。

 大きくなりすぎた世界はやがて新たな衝突を生み、さらに多くの血が流れる。神に捧げられる祈りは相手を呪い、滅びを願う言葉ばかり。この繰り返される過ちをホセアは延々と見続けてきた。

「私は……こんなにも人間を愛して神からの愛情を注いでいるのに、人間は与えられることがまるで当たり前かのように振る舞う。あまつさえ都合の良いときばかり神に頼り、うまくいかなければそれを神のせいにすることだってあった」

 ――ソウダ。ドンナニ心身ヲ削ッテ尽クシテモ、奴ラハ思イ通リニナッテクレナイ。

「それに創造主たちもだ……気にしているのは面子ばかり。真に世界の救済を心から望んでいるか疑わしい」

 ――奴ラノ心ニアルノハ己ラガ頂点ニ君臨スル為ノ傲慢ナル欲望。ソノ為ニ父ナル神スラソノ手デ封ジタ。

「人間も、天使も、悪魔も、世界を我が物顔で蹂躙していル……あア、憎イ、憎い、憎イ……奴らコそ世界救済の妨ゲ……こノ世界ヲ救済スる為ニ本当に必要なこと、そレハ……」

 ――コノ世界ノ全テヲ無ニ還シ、平穏ナル「永遠ノ楽園」ヲ築クコト!!

「そウダ、腐ッた果実ハ楽園から追放セネばナラヌ……ダガ、既に腐敗シタコノ世界ハ手遅れダ……ナラバ、絶対的な破壊にヨって全テの世界をキレイにしヨウ!!」

 ホセアの身体に電撃が走った。悟りの境地に至った彼はまるで新たな生を受けた様だった。生まれたての赤子の如く震え、ギョロギョロと開いた目からは誕生の喜びか、あるいはホセアの最後の良心が砕けた悲哀か、血涙が流れ落ちる。口元は不自然に歪み、黒より深い闇色の吐息が漏れ出し、全身を包み込んだ。

『ククク……馴染ム、馴染ムゾ、コノ器ハ』

 長い時間の果てに憎しみの心に染まったホセアの人工生命体としての器は、暗黒の心を宿すのに最適化されてしまっていた。

『忌マワシキ神ノ封印、ソシテ憎キ光ノ使者キュアミカエルノ喪失……ココマデ闇ヲ増幅サセルノニ随分ト時ヲ有シタ』

 かつてキュアミカエルとの戦いの際、封印の直前に魂の一部を切り離し、ストックされていたホムンクルスの肉塊へ憑依させていた事で、復活の機会を窺っていたモノがいた。

 名を【カオス・エンペラー・ドラゴン】――……終焉の使者が、再び世界の終末に向けて蠢動を開始した瞬間だった。

 

           ≡

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス最上部

 

「プリースト、こちらになります……」

「ふむ」

 天界各地で繰り広げられる激闘。

 戦いの最中、アパシーと共に行方を晦ませていたすべての元凶たる者――ホセア。彼は今、占拠したヴェルト・シュロスの最上階にいた。

 城の最上階にはカオス・エンペラー・ドラゴンが封印された次元の狭間へと続く一番近い道が存在している。ホセアはディアブロスプリキュアと他の幹部たちが戦いに没頭している間に次元の狭間へと向かい、カオス・エンペラー・ドラゴンの本格的な復活を促すつもりだった。

「お急ぎください。どうやら風向きが変わり始めたようです……」

「そのようだな」

 既にこの時点で、コヘレトとダスクが斃されている。彼らの死についてホセアたちは直接目で見なくても感覚だけ分かっていたし、彼らが斃される事も大方予想がついていた。取り立てて動揺する事でもなければ偲ぶべき死でもない。何故なら自分たちは所詮合従連衡によって結びついただけのただのエゴイストであるという自覚を持っていたからだ。

「それでは、いよいよ最後の仕上げに取り掛かるとしよう」

 刹那、ホセアは身体を不気味に発光させた。それに伴い彼の身体が宙へと浮き上昇を始めた。ホセアは城の天蓋を突き破るのではなく通り抜けていった。

 見る見る上昇を続けると、やがて発光するホセアの体は次元の狭間へと続く亀裂へと吸い込まれていった。

 ホセアが次元の狭間への侵入に成功するのを見届けたアパシーは、踵を返すと静かに歩き出し下の階へ戻り始めた。

 神の密使(アンガロス)の首領として、彼には果たすべき役割が残っている。

 この地に現れた異分子のすべてを排除し、ホセアと教会の悲願たるカオス・エンペラー・ドラゴンを必ずやこの地に復活させる事。

 それが、無関心な――心無きクリーチャーとしての自分が持つ唯一無二の欲望であると信じて。

 

           *

 

同時刻――

ヴェルト・シュロス 中間地点

 

 少しずつ、それでいて確実に事態が終局へと向かいつつある中――ホセアを追って居城の頂きを目指し前進を続けるベリアルとウィッチ、レイ、クラレンス、カタルシスの五人。

 尖塔の最上部へと続く長い長い螺旋階段をひたすら走って上り続ける。無論、ただ上っていくだけでは終わらない。

『『『カオスピースフル!!』』』

 行く手を遮ろうと何処からともなく現れるカオスピースフルたち。

 彼らとの戦闘に時間を割いてはいられないベリアルは、カイゼルゲシュタルトへと変身。隣を走るウィッチもまたハイプリエステスリングを使って最強形態ハイプリエステスフォームとなった。

 闇と光を司る二人のプリキュアは、声を掛け合うことなくそれぞれの考えを見通し立てていた。

 そして頃合いよく彼女たちは襲い掛かるカオスピースフルたちの大群目掛け攻撃を仕掛ける。

「パンデモニウムロスト!!」

「ディバインブレイズ!!」

 闇のエネルギーを一斉解放し、全てを焼き尽すベリアルの超高熱爆破攻撃。それに便乗して闇と対を為す光のエネルギーを炎エネルギーへと変換し邪悪なる敵を一掃するウィッチの大技。その二つが絶妙な力加減で混ざり合い、威力を殺し合うこと無く一つの業火へと変わった。

『『『カオ……!!』』』

 眼前より猛烈な勢いで迫る業火はカオスピースフルたちを飲み込んだ。

 断末魔の悲鳴さえも掻き消してしまうほど強力な攻撃だった。レイは一瞬目の前で何が起こったのか分からなかった。

「な……んと……一瞬で敵を殲滅した……!?」

 ようやく状況を理解したとき、カオスピースフルたちの姿はおろか影も形も残っていなかった。ベリアルとウィッチのコンビネーション技が彼らを完全に燃やし尽くしたのだ。

 その後も立ち塞がる敵と言う敵を容赦なく倒し、愚直なまでにベリアルは上へ上へと目指していく。そこに待つ世界及び人生最大にして、最悪の仇敵をこの手で討つ為に――。

「もう中間地点は越えたわ!! あと少しで、最上階よ!!」

「早くしませんとカオス・エンペラー・ドラゴンが本当に復活して、すべての世界はジ・エンドです!!」

「断じてそんな事は許さないぞ、ホセア!!」

 最初はベリアルの私的な復讐から始まった。デーモンパージによって大切な家族を奪われた少女は十年にも渡って恨みを持ち続け、その復讐の機会をじっと狙っていた。

 それが今ではどうか。復讐目的で始めた戦いの中でかけがえのない仲間が出来、守るべきものが出来た。

 家族を奪われた哀しみ、憎しみを乗り越える事は容易では無い。だがそれだけが目的だった少女の中に芽生えた「プリキュアとしての使命感」――今それが彼女の身体を突き動かす力となっていた。

 すべての明日とそこから続く未来を守る為に、人生の仇敵を倒す事は天界を始め地上世界と冥界、堕天使界――すべての世界を守る事と同義である。志を高く持って階段を上り続けていたそのとき。

「リリス、はるか――」

 唐突にカタルシスが後ろから呼び掛けてきた。

 何事かと思い振り返り彼の方を見ると、グレイブを握りしめたカタルシスが仁王立ちを決め込んでいる。そんな彼の行動をベリアルたちが不思議に感じ怪訝そうに見つめる。

 やがて、カタルシスの口から思いがけない言葉が飛び出した。

「俺は――……」

 

           *

 

天界 第七天 居城から北方七キロメートル

 

 パキン――。

 紅月が照らす地表。その上で繰り広げられているセキュリティキーパーとはぐれ悪魔による戦闘行為。

 長らく均衡を保っていたが、ここに来て劣勢を強いられたセキュリティキーパーは対近接戦闘武器である【SKメタルシャフト】をカルヴァドスによって折られてしまった。

 武器を破壊されたセキュリティキーパーは無言のままカルヴァドスとの距離を置く。一方でカルヴァドスはアドバンテージを獲得した事でやや浮足立っている。

「あらら……折れちゃったね」

「……ふん」

 指摘を受けると、セキュリティキーパーは使い物にならなくなった武器を即座に放棄する。これで今の彼が使える装備はSKバリアブルリボルバーと少数の追加装備だけとなった。

「相手がボクじゃなければ折れる事はなかったかもね。ああそうだ、気付いてるかどうかしらないけど……君って同じ世代や童顔の相手に斬りかかる際、咄嗟に身を後ろに引く癖があるんだよね」

「………」

「急所を狙ったつもりでもギリギリのところで相手の致命傷を回避している。朔夜君が君と戦った時、死なずに済んだのはそういう人間的な甘さから来る悪い癖があったからだ」

 はぐれ悪魔カルヴァドスの真に恐ろしいところは、悪魔的なまでに鋭い洞察力の高さだった。彼の場合はただ徒に周りを傷付けるのではない。より効率的に大量の標的を陥れる事が彼なりの美学でもあった。だからこそ彼は標的とした相手をよく観察し、その隙を徹底的に突いてくる。

 神林春人、セキュリティキーパーという標的を洞察し続けた結果、カルヴァドスが発見した彼の恐らく最大の弱点――ありとあらゆる面で人間離れした能力を持ちながら、相手によっては徹頭徹尾非情に徹し切れず逆に自分の力を自分で抑制し威力を殺してしまっている。その場合とは子供、もしくは童顔の相手だった。

 十六夜朔夜との戦闘では、悪魔であると同時に十四歳の少年の彼を殺すことに脳が躊躇いを覚えてしまった。ゆえにセキュリティキーパーの脳は無意識に防衛本能の一種として朔夜の急所をわざと外したのである。

 カルヴァドスの場合も同様に、童顔であるゆえに彼を殺すことに無意識に反応してしまっている。急所を狙ったつもりが紙一重で避けられてしまうのも、『子供を傷つけたくはない』というセキュリティキーパーなりの正義感がブレーキをかけている為だ。

 今、この戦いにおいてその正義感が却ってセキュリティキーパーの足枷となっている。何とも皮肉極まりない話だろうか。

「君さ、状況分かってるの? 相手が誰であれここは戦場だよ。戦場じゃその甘さが命取りになることは君が一番よく知ってるハズだよ。本気で勝ち星を獲りにいくんなら、ボクを殺す気じゃないとダメだって」

「君の指図は受けないよ」

「忠告はしといたさ。あとは君次第って事で……」

 一歩、また一歩近づきながら徐々に加速をつける。カルヴァドスは手の中の魔戦斧アドラメレクを掲げると、セキュリティキーパーの頭目掛けて豪快に振り下ろした。

 一振り瞬殺の攻撃を避けると、セキュリティキーパーはアサルトバースシステムに搭載されているマルチユニットを作動させる。

「アサルトバースシステム――飛行ユニット・起動」

〈Flying Floater Take Off〉

 電子音声が発せられた瞬間、背部にある飛行ユニットが起動。ジェット噴射によってセキュリティキーパーは空中を一定時間だが飛行可能となった。

「とうとう人間は自力で空まで飛べるようになったんだね。だけど、空を飛べるのは人間の専売特許じゃない」

 セキュリティキーパーの飛行に対抗するが如く、カルヴァドスもまた背中に折りたたんでいた悪魔の翼を広げ中高く飛翔。

 これで二人は同じ土俵で戦う事となった。実戦投入は初めてとなる飛行ユニットの体幹バランス制御を、セキュリティキーパーは戦いの中でいち早くマスターする。SKバリアブルリボルバーを装備し、カルヴァドスへと急速接近する。

「銃っていうのは剣じゃないんだよ。無暗に突っ込んでくるべきじゃない」

 武器の正しい使い方をレクチャーしながら、カルヴァドスは無策であるかの様に突っ込んでくるセキュリティキーパー目掛けて魔戦斧を一振り。強烈な斬撃を飛ばした。

「ほおおおおおおおおおおお」

 真正面から飛んでくる斬撃に向かって、セキュリティキーパーはチャージしたバリアブルリボルバーのエネルギーを躊躇なくぶつける。

 ドドン――と、強いエネルギー同士がぶつかり合う事で威力は掻き消される。結果としてセキュリティキーパーが傷を負うことは無かった。

 そうして僅かに生まれた間隙を突く為にセキュリティキーパーはジェット噴射の出力を最大にして接近。瞬く間にカルヴァドスの魔戦斧が間近に迫った。

「もう逃がさないよ」

 ダダダダダダダダ……。

 至近距離から銃弾を放った事でカルヴァドスの主力武器である魔戦斧アドラメレクは刃が使い物にならないほど破壊された。あまつさえ運の良い事に、刃を破壊する際に弾かれた流れ弾のいくつかがカルヴァドスの翼を貫通していた。

 これによってカルヴァドスは空中での姿勢制御能力を失った。武器と共に飛行能力をも奪われたはぐれ悪魔は、仕方なく屋根の上へと降り立った。

 形勢は逆転。カルヴァドスからアドバンテージを奪還したセキュリティキーパーは屋根の上へと降りると、リボルバーの銃口を彼に向けたまま降伏を促すかの様に目で訴える。

 こうした状況下、破壊された魔戦斧の取っ手を暫し見つめるカルヴァドス。やがて、眼前のセキュリティキーパーの方を見るやなぜか不敵な笑みを浮かべたのだ。

「……やるね。良いじゃない、随分と捨て身な戦法だったよ」

「捨て身のつもりは無いよ」

「そりゃそうだよね! 君はただ全力で戦ってるだけだもんね」

 武器が使い物にならなくなり、飛ぶ力さえ失いながらもカルヴァドスはまるで悔しがる素振りすら見せない。

 一体どこから勝機、自信が湧いてくるのかとさえ思うセキュリティキーパーを余所に、カルヴァドスは不意に懐へと手を突っ込んだ。

 すると彼は、隠し持っていた手投げナイフを数本取出し手裏剣の要領で投擲してきた。

「ちっ……」

 ダダダダダダダダ……。

 闇夜に紛れ四方八方から飛んでくる無数のナイフは、さながら変幻自在に動き回る生き物であるかのよう。

 直ぐにセキュリティキーパーは暗視システムを作動させ、予測の利かない動きで飛んでくるすべての標的を悉く撃ち落とす。

 ダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダ……。

 粗方のナイフはほとんど撃ち落とした、かに思えた次の瞬間。

 グサっ――と、セキュリティキーパーの背後から伝わってくる痛烈なる感触。これにはセキュリティキーパーも思わず苦悶の顔となった。

「うっ!!」

 深く突き刺さったナイフをセキュリティキーパーは痛みを堪え無理に取り出す。

「どうだい、ボクの最上級のフェイントは? 陽動って言うのはこうやって仕掛けるといいんだよ」

 背後には膝を突いて息を上げるセキュリティキーパーを嘲笑うはぐれ悪魔がいた。セキュリティキーパーが飛んでいるナイフに注意を向けがちになっている間、カルヴァドスは周囲の景色に同化して彼の背後を取ったのだ。

「やれやれ。目に視える標的ばっかりに気を取られ過ぎちゃダメだって。敵は本能寺にあり――ていう先人のことわざが示す通り、本当の敵はナイフだけじゃないんだよ♪」

「くっ……」

 苦痛に耐えながら、セキュリティキーパーは後退しカルヴァドスとの距離を置く。

「は、は、は、は、は、は」

 背中に走る激痛に悶え意識が飛びそうになりながらも持ち前の精神力で必死に耐え忍ぶ。強靭な戦闘力に加えてメンタルをも明らかに常人を逸している。そんな彼を見て、益々陥れてやりたいという悪しき欲望がカルヴァドスの中で湧き上がる。

「屈辱かい? 正義も信念も持たない、狂気だけのはぐれ悪魔にここまで弄ばれるのはさ?」

「黙れ……」

 無理を押し通すつもりで、リボルバーの銃口を向け弾丸を発射する。

 しかし今のセキュリティキーパーのそれは命中精度が著しく低下してしまっている。ゆえに回避する事は容易い。カルヴァドスは口角をつり上げ飛来する弾と言う弾を軽々と躱し続けた。

「それっ!!」

 やがて彼は周囲の木々に念を送ると、木の蔓(つる)を無数に寄せ集めセキュリティキーパーの脚を拘束する。蔓は次第に体全体へと及び、あっという間に彼の体を締め上げる。

「ぐうう……くそっ……離せ……!!」

「これで身動きは取れなくなった。それじゃまぁここらでひとつ、はぐれ悪魔なりの嗜虐ショーを見せてあげるとしようか」

 狂気染みた笑みを浮かべそう言い放つカルヴァドスの手にはいつの間にかカットラスが握られている。蔓が身体に巻き付いて身動きの取れないセキュリティキーパーを前に、カルヴァドスはカットラスを振るい甚振り始めた。。

「ぐわあ……あああ……あああああ!!」

 拷問と呼ぶにはあまりに惨い仕打ちだった。

 完全にこれはカルヴァドス自身が己が欲望を満たすが為に行われる、言わば自己満足の行為。一瞬のうちに殺すのではなく、相手を徹底的に嬲りじわじわと弱らせ殺すというところがはぐれ悪魔流。外道の極みである。

 特殊スーツの装甲が破壊されセキュリティキーパーを消耗させるだけ消耗させると、カルヴァドスは蔓からセキュリティキーパーの身体を解放。解放された途端、セキュリティキーパーは力なくその場に倒れ伏した。

 理不尽に痛めつけられ多大なダメージを負ったセキュリティキーパーは、苦しそうに這いつくばりながらカルヴァドスを仰ぎ見、心底悔しそうに睨み付ける。

「そう悔しがることも無いさ。痛みも苦しみも慟哭も、すべては一瞬の間に起こる些末な現象にすぎないんだから」

「………」

「どうだい? 理解できてきたかな? どう足掻いたって君はボクに勝つ事なんかできやしない、って」

 勝負は付いた、と言われている様にセキュリティキーパーには聞こえた。

 彼の中で戦いはまだ終わってなどいない。カルヴァドスがどんな虚言妄言を口にしようと関係ない。ここで戦う事を止め敗北を受け入れる訳にはいかない。そう言わんばかりに、満身創痍な状態からセキュリティキーパーは意思の力だけで這い上がり、落ちていたバリアブルリボルバーを右手で拾い上げる。

「まだやるつもり? ボク、諦めが悪い性格はあまり好きじゃないんだけど」

「何度も言わせるなよ……君に指図されるつもりはないんだ」

「ま、別にいいけどさ。でもそんな状態でどうやって戦うつもりなんだい? 第一、君にはボクを殺せない。同じ悪魔である朔夜君を殺せなかった君に、ボクを殺せるはずがないんだからね」

 カルヴァドスに何を言われようと、セキュリティキーパーはそれを無視して一歩、また一歩と前に出る。

「やれやれ……バカは死ななきゃ直らないって、あれ本当みたいだね。存外春人君も向こう見ずに突っ走るところがあるからな」

 よたよたと近寄ってくるセキュリティキーパーの右手を掴み、カルヴァドスは攻撃の手を封じ込める。

「これで君の攻撃の手はすべて封じたよ。これじゃどうあっても銃は使えない。君の負けだよ――セキュリティキーパー」

「……」

「さすがに言葉も出ないかな? まぁ、もしこの状態で形勢を覆す手があるとしよう。もしそういう手立てを持っているなら是非とも見せて欲しいものだよ。春人君、そんな手があったら君は真っ先にボクをどうしたい――――――」

 問われたセキュリティキーパーは無言のまま、カルヴァドスの胸付近に左手を添える。

 

 ドン――。

 一瞬の出来事だった。セキュリティキーパーの左手から膨大なエネルギーが放たれたと思えば、無防備だったカルヴァドスの胸を完全に貫通した。

「………………な……」

 予想外の展開にカルヴァドスは言葉を失い、目を見開いた。

 貫かれた箇所から噴き出す大量の血液。それを圧迫しながら抑えるが、いくら抑えた所で血の流出は止まらない。

 カルヴァドスは額から今まで出した事のない量の汗を流しながら、セキュリティキーパーの行動の真意を理解する。

「……そうか……右手の銃はボクを欺くためのブラフ、本命はがら空きと見せかけて特殊スーツを動かす全エネルギーを一点に集約させた左手からの掌打……敵は本能寺にあり……早速皮肉を皮肉で返して来たね……」

 ギリギリの状況で辛くも勝利をその手に掴んだセキュリティキーパーは、カルヴァドスからゆっくり離れる。

「……君に……そんな戦い方ができるなんてね……」

 立っている力すら失われていき、とうとうカルヴァドスは膝を突いた。

 自分と同じで無計画なギャンブルよりも計算し尽くされた戦術を取るセキュリティキーパーからすれば、先ほどの攻撃は明らかに常軌を逸した手法だ。

 すると、感覚のほとんどない左手を見ながらセキュリティキーパーは静かに呟いた。

「……戦(いくさ)って言うのは、鍛錬ののちに万全の姿勢で臨むものとばかり思っていたよ。だけど今日初めて戦いの中で刹那の狂気に身を浸す愉しみを知った。ありがとう、はぐれ悪魔。君との戦い愉しかったよ」

 そう言った途端、眼前で膝を突いていたカルヴァドスがゆっくりと体を前に倒した。セキュリティキーパーは虫の息である彼を見ながら感謝の念を抱いた。

 狂気の権化であるカルヴァドスを同じ狂気を以って制したセキュリティキーパー。満身創痍の体を引きずりながら静かにその場を立ち去ろうとする。

「……冷たいな」

 不意に、死に際のカルヴァドスが呟いた。

 おもむろに振り返ったセキュリティキーパーは、か細い声で話しかけるカルヴァドスの言葉に耳を傾ける。

「……ボクは……君の恩人だろう……? こんな事をして……心は痛まないのかい……?」

 この問いかけに対し、セキュリティキーパーは背を向けた状態で答える。

「……君は確かに僕の恩人だよ。感謝はしている……だけど君はディアブロスプリキュアの、そして人類すべての敵だよ。だったら僕は君が誰の恩人だろうと殺すに些少の躊躇いも無いよ」

 キッパリと言い切ったセキュリティキーパーは、今度こそカルヴァドスの下を離れベリアルたちとの合流の為にヴェルト・シュロスへと向かった。

 命の炎が燃え尽きる寸前。自嘲した笑みを浮かべるカルヴァドスは、感覚のない拳を握りしめ悔しそうに呟いた。

「……ちぇっ。なんてつまんない終わり方だよ」

 

           *

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス

 

 第七天での戦闘開始から間もなく一時間が経過しようとしていた。

 この短い時間に主だった幹部たちは悉く破れ去り、残ったのはアパシーただ独りだけとなった。

 アパシーは仲間の死を悼まないし、そのつもりもない。すべての事象は皆等しく虚無であるという考えが生来染みついている彼にとって、死ぬ事すらも単なる自然現象のひとつだった。

 とは言え、仲間たちがこうも立て続けに倒されると戦況はプリキュア側に傾き始めるのは必至。何よりこのままでは洗礼教会という組織としての機能を果たせなくなる。

 今、アパシーは部下らと共に城の展望台当たりから眼下の大地を見下ろしている。その際彼らの目に焼き付いたのはエレミアたち三幹部を引き連れてこの地に現れたベルーダだった。彼らが援軍として駆けつけたことも一因して、急速に天界の秩序は取り戻されようとしている。

「ベルーダ……今は亡き神の意志……何もかもが貴様の思い通りになると思わぬ事だ」

 乾いた声で呟くアパシーの背後には、フーデッドコートを目深に被った神の密使(アンガロス)のクリーチャーたち総勢百名が控えている。これから彼らを率いてベルーダたちを迎え討とうとしていた。

「キュアベリアルたちは?」

「はい、別働隊を何名か遣わせましたが手こずっております……」

「ふん……まぁいい。プリキュアなど後でどうにでもなる。我らが早急に討たなければならん相手は――神の意志・ベルーダ」

 右手に光剣を携えると、アパシーは刀身に反射する釣り目を凝視する。

「ベルーダを殺す。さすればこの戦も一気に終息へと向い、我らの勝利は確実なものとなる。コヘレトたちの死も努々無駄に終わらずに済む事だろう」

「ほぉ……随分と貴様はプリキュアの事を軽く見ているのだな」

 声を聞いた瞬間、アパシーはハッとした表情となった。というのも、彼はその声をこれまで幾度となく聞いた覚えがあったからだ。

 まさかと思い後ろを振り返ってみると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 いつの間にかたった一人を除いた九十九名の部下たちが嬲り殺しに遭った様子で血塗れとなって倒れている。彼らを息の無い死骸へと変えたのは他でもなく、たった一人この場に生き残った大柄なクリーチャー。

 ゆっくりと覆いかぶさっていたフードが脱げ、アパシーの瞳に映って来た者――それこそ元・神の密使(アンガロス)メンバーの一人にして自分に次ぐ実力者。クリーチャー、カブラカンのカタルシスである。

「吸血鬼と人間のハーフ――ダンピール。またの名を吸血殺し。アパシー、貴様の唯一の弱点は比類なき強さゆえのその慢心だ」

 乾いた声でそう指摘した直後、所持していたグレイブ・ティターンの刀身部分でアパシーの顔面を思い切り強打――彼を力いっぱい弾き飛ばした。

 ドカーン!!

 カタルシスの怪力によってアパシーは派手に城壁へと叩きつけられる。

 ついに始まったカタルシスとアパシーによる戦闘の様子を、ベリアルたちは別所から秘かに見守っていた。

「始まったわね」

「カタルシスさん……どうか御無事で!!」

 一番にカタルシスの身の上を憂慮するウィッチ。彼が必ず勝利し自分たちの元へと帰って来ることを切に祈るとともに、今はベリアルたちと城の最上部を目指し続ける。

 

「き……貴様……」

 壁に叩きつけられたアパシー。額からは派手に血が噴き出す。

 急襲に若干困惑しながら、アパシーは眼前に立ち尽くし覚悟を持った眼差しを向けてくるかつての同士を見つめる。

「死に損ないめが。よもや、プリキュア共に与した挙句に再び我が前に舞い戻ろうとは……なにゆえ抗うか。なにゆえ咆えるか。あのとき、おとなしく我が手によって滅ぼされその瞳(め)を閉じておれば何も失わずに済むものを。それをお前は……戦場に立つか、カタルシス!」

 アパシーからの詰問にも一切の無反応。ただ黙したままカタルシスは眼前の敵をじっと見つめ続ける。

「最早何もかも遅い。どれだけ足掻こうと、お前たちの元へは何も戻らん。世界も、仲間も、愛する者さえも……」

 ティターンの持ち手に力を込め直し、カタルシスはアパシーとの間合いを取りながら横に動き牽制。アパシーも同様の動きを取ってくる。

「失いしものを求め戦場を彷徨いし幽鬼めが……お前のあるべきところはここではない。己が贖罪の業火に灼かれ冥府へ帰るがいい、鬼めが!!」

 刹那、銀色に輝くダーツを取り出したアパシーはカタルシス目掛けて放った。

 前方から飛来する高速物体をグレイブで軽々と弾き、今度はカタルシスがグレイブを振り回しながらその切っ先に電撃を蓄え突進する。

「でりゃあああああああああああああ」

 電気を帯びた切っ先をアパシーへと一気に振り下ろす。

 身の軽いアパシーは鈍重なその一撃を後退によって回避。城壁を蹴って助走をつけると、再び前に出る。

 両手に光剣を作り出しカタルシスへと猛接近する。軽快な動きでカタルシスを翻弄するが、カタルシスも負けじとティターンで対抗する。

「ほおおおおおおおおおおおおおお!!」

 パキンっ――という音を立て光剣が粉砕される。カタルシスの思いがけぬ力にアパシーは目を見開いた。

「でいやあああああああ!!」

 束の間生まれた隙を突いて、カタルシスはアパシーを殴り飛ばす。

 再び城壁へと激突したアパシーは身体に走る痛みを堪えつつ、粉塵の中で立ち尽くすカタルシスを凝視。するとかつての頭目を前にカタルシスが言って来た。

「冥府へ帰れだと? 悪いが、俺は既に神の密使(アンガロス)を抜けた身……貴様の命令に従う義理は無い。俺は、俺自身の為に戦う」

 カタルシスの頭上に浮かぶ光球から降り注ぐ雷。降り注ぐ雷霆(らいてい)という雷霆を、アパシーは身体を回転させながら躱し距離を広く置く。

(笑わず……。これがベルーダの目論み通りだとするのなら、確かに滑稽なものだ)

 心中呟くと、懐に隠し持っていた切り札を取り出した。

 それは血を彷彿とさせる紅い模様があしらわれた二丁の自動式連発拳銃。速射性に加え高い命中精度を誇るその弾丸の砲口初速は四百メートル毎秒と、ロシア製の拳銃として知られるトカレフTT―33に匹敵する。飛び道具ゆえに遠距離からの攻撃が可能な為、半端な間合いはこの銃の前では意味を成さなくなる。

 バンバン……。バンバン……。

 銃口から放たれる一撃必殺の弾丸。

 目にも止まらぬ速さで撃ち込まれる弾と言う弾。

 カタルシスは飛来する凶弾を己が直感によって察知し、巨体とは思えぬ俊敏さで右へ左へ縦横無尽に移動する。

「動く的には当てられないという考え方か……」

 バンバン……。バンバン……。

 いくら素早く動こうとも直感だけに頼った反応では銃弾の全てを受け流す事など到底不可能。アパシーはマガジン装填不要なこの武器の特性を最大限に生かして淡々と銃を撃ち続ける。そうする事でカタルシスの自滅を図る。

「己自身の為に戦うか。『個』すら持たぬクリーチャーとは思えぬセリフだ……貴様は人間に感化され過ぎた。そして、それが故に貴様はここで……散る!」

 バンバン…。バンバン…。

「はあああああああああああああ」

 だがその直後、アパシーの言葉を真っ向から否定する様にカタルシスは自ら凶弾の嵐へと飛び込んできた。

「な……」

「でりゃああああああああああああ」

 相手の懐に飛び込んだと思えば空中へと高く飛び上がり、強烈な踵落としを仕掛ける。

 カタルシスの仕掛けた攻撃を防ごうとした際にアパシーの足下が大きく陥没。それによりアパシー自身も多大な負荷を被った。

「バカな……! あれだけの弾をどうやって躱したというのだ?」

「躱してなどいない。最初から全て食らうつもりで、覚悟を決めたからな」

 カタルシスの体をよく見る事でその言葉の意味を理解する。彼の体には弾丸で貫かれた跡がいくつもあり、傷口からは生々しい緑色の血が噴き出している。にもかかわらず、カタルシスは平然とした様子で立ち尽くしているのだ。

「貴様の言う通りだ、アパシー。俺は人間に感化された。だからこそ俺は巡り合えた。『個』を持たぬはずのクリーチャーに『個』を宿らせてくれたかけがえのない者たちと」

「カタルシス……」

「分かるかアパシー。今の俺は、もう昔の俺じゃない」

「貴様っ!」

 思わず怒りを露わにしたその直後、カタルシスの斬撃が飛んできた。直撃を受けたアパシーは、屋根瓦に体を叩きつけながら勢いよく転がり落ちていく。

 アパシーに向かって飛んで行くカタルシス。

 刹那、土煙に乗じてアパシーがカタルシスの右肩に掌底を打ち込んだ。

「ぐっ……」

 掌底を打ち込まれた際に右肩を砕かれた。持っていたティターンを手放し、反動で後ろへと体を逸らす。その間にアパシーが煙の中から姿を現し迫って来た。

「神ならざる者の手により作られたクリーチャーに、『個』など必要ない!」

 カタルシスに接近すると、今度は後ろに倒れそうになった彼の左脚に掌底を打ち込んだ。これにより、カタルシスの左脚から血が噴き出した。

 負けじとカタルシスは動かなくなった右腕の代わりに左腕を使ってティターンを持ち直し、アパシーの左肩を貫いた。

 一進一退の攻防。両者は鬼面で向き合い対峙する。

 するとこの状態から、アパシーは両足を組んでカタルシスの体に巻きつき屋根瓦へと激しく叩きつけた――と思えば、そのままカタルシスを高所から突き落とす。

 空中に身を投げ出されながらカタルシスは辛うじて反撃する。しかしアパシーは屋根の上から落とされると咄嗟に銀のダーツを投げて、カタルシスの動きを封じ込める。

「ぐああわああ……」

 手の感覚が薄れ、持っていたティターンを手放してしまった。

「終わりだ、カタルシス!!」

 光剣を携え、アパシーは空中で助走を付けると急速に接近する。

 今、この瞬間もカタルシスは落下運動をし続ける。朦朧とする意識の中で、彼は心中呟いた。

(何ひとつ終わってなどいない……何ひとつ失ってなどいない……俺の体はまだ動く……俺の手はまだ届く……)

 グレイブに手が届きそうになる中、カタルシスはアパシーとの決戦に赴く前の出来事を思い出す。

 

           ≒

 

さかのぼる事、数十分前――

ヴェルト・シュロス 中間地点

 

「俺はここに残る。お前たちは先にホセアの元へ急げ」

「え?」

「カタルシスさん、何を仰るつもりですか!?」

 決戦に臨む前、ベリアルたちと行動を共にしていたカタルシスは自らが囮となってアパシーを引きつける役を買って出た。困惑し動揺を隠し切れないウィッチを前に、彼は申し訳なさそうに呟いた。

「すまないはるか。俺にはやるべきことがある。アパシーとケリをつけてくる」

「たった一人で行くつもりか!? 無謀すぎる!!」

「レイさんの言う通りだ!! あのクリーチャーは、リリスさんを一方的に傷つけた凶悪な相手なんだぞ……!!」

 レイとクラレンスが声高に叫び警告するも、カタルシスはティターンの柄頭を地面に突いてから「そんな事は百も承知っ!」と語気強く返した。

「同じ暗殺部隊の中で、奴と互角以上に渡り合えるのはこの俺だけだ。これ以上、お前たちに辛い思いをさせない為にも俺自身の手で奴を葬り去る。それが、神の密使(アンガロス)として身を置き、咎を犯してきた俺自身の贖罪だ」

 言うと、カタルシスはベリアルたちに背を向け一人立ち去ろうとする。

「カタルシスさん!!」

 そこに待ったをかけたのはウィッチだった。カタルシスを呼び止めると、彼に近付き震える声で言って来た。

「ひとつだけ……ひとつだけ……約束してくれませんか? どんなに酷い事をされても、どんなに苦しい状況になっても、忘れないでください。あなたは決して一人ではない事を。いつだって私たちと繋がってる事を!!」

「はるか……」

「はるかたちとカタルシスさんはこれから、もっともっと楽しい思い出を作っていくんですから。だから、絶対に帰って来て下さい!!」

 涙ながらにそう強く目で訴えかけるウィッチは、己の小指を突き立てカタルシスの前に出す。

「はるか……それはなんだ?」

 以前に握手を求めて来た時と同様に、彼女の行動の意味が分からないカタルシスは困惑しがちに問い質す。

「指切りげんまんです! ウソをついたら、針千本の上に拳骨一万回です! さぁ、カタルシスさんも指を出してください!!」

 強い語気で言われると、ウィッチの物よりずっと大きくてゴツゴツとした自分の小指を突き立てる。彼が小指を出すと、ウィッチは自分の小指を絡ませ大きな声で唱える。

「ゆびきりげんまん! ウソついたらはりせんぼんの~ます! 指切った!!」

 こうして指切りという何よりも固い心中立て、誓いを交わす事が出来た。ウィッチはカタルシスに満面の笑みを浮かべ一言。

「約束ですよ――――」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

 悪の道から抜け出す切っ掛けをくれ、クリーチャーである自分をありのままに受け入れたくれた一人の少女と交わした契り。

 それを思い出したカタルシスは、微かに動く右手の小指を突き立てる。

「ああ……約束は守るぞ!」

 アパシーが異変に気付いた瞬間、自由落下をしていたカタルシスは底力を発揮し空中を漂う自分の武器を手に取り。

「はるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 と、周りの空気が震えるほどの大声で約束を交わした少女の名を叫んだ。

 全身全霊の力でカタルシスはグレイブ・ティターンを振るい、アパシーも同時に光剣を振るった。

 パキン――と、両者の武器は激しくぶつかり合った際にほぼ一緒のタイミングで折れた。

 空中で動く両者。カタルシスは浮遊する折れたティターンの先端部分を手に取り、アパシーは右足先に仕掛けられた隠し剣でカタルシスの左腕を貫いた。

 完全にカタルシスの腕を封じると、アパシーは今度こそ彼に止めを促す。

「冥府へ堕ちるがいい、カタルシス!!」

 全魔力を右掌に集約させると、カタルシスの胸部へ最強の掌底を食らわした。

 全身を駆け巡る破壊の波動。屈強な肉体を持つカタルシスも思わず吐血するほど強烈な一撃だった。

 しかし、これを受けてもなおカタルシスの意識は飛ばない。喰らった直後、アパシーの右腕をぐっと掴み不敵な笑みで言ってきた。

「悪いが……先約を思い出した。予約はもう取っておいたから、先に冥府で待っていてくれ」

 その言葉の意味を理解すると同時にアパシーは瞳孔を開いた。ちょうど自分たちが落下する真下、カタルシスのグレイブの先端が刃を上にした状態で突き刺さっていたのだ。

 あの一瞬の間に、カタルシスは折れたティターンの刃の部分を屋根瓦目掛けて投げていた。すべてはこの場でアパシーを完全に葬り去る為の罠――不覚にも戦いの中で冷静さを欠き熱くなり過ぎた彼はこれに気付くのが遅くなってしまった。

「――――さらばだ、アパシー」

「貴様あああああああああああああああ」

 

 ドドーン!!

 落下の瞬間、凄まじい衝撃と共に土煙が上がった。

 屋根瓦に激しく叩きつけられたカタルシスは屋根の端部分まで弾き飛ばされた。

 命懸けの攻撃の甲斐あって、最恐のクリーチャー・アパシーは自らの心臓をグレイブに貫かれた事で絶命。正真正銘の動かぬ屍となった。

 命辛辛ではあったが、どうにかアパシーを葬り去り勝利を収めたカタルシス。すべての力を使い切った彼はほとんど動けない状態と化す。

 仰向けのままじっと虚空を見つめていると思えば、おもむろに右手を前に持っていき、突き立てた小指を見る。

「やれやれ……約束など、気安くするものでは……ないな」

 このとき、カタルシスの心はこれまで味わった事がないくらい穏やかなものだった。心が穏やかだからその表情も今までにないくらい清々しいものだった。

 

           *

 

同時刻――

ヴェルト・シュロス 最上部

 

 天界での戦いにひとつの終止符が打たれた。

 このとき、ベリアルとウィッチ、レイ、クラレンスの四人はホセアが居ると思われる居城の最上階へと到達した。

「ここです!!」

 立ち塞がるは五メートルにも及ぶ巨大な扉。これを開けるのは一筋縄ではいかないと思ったレイだったが、

 ドーン!!

 ベリアルはカイゼルゲシュタルトの持つ絶大な力で扉を破壊。易々とその侵入に成功する。

「ホセアっ!! 出て来なさい!! 隠れたって無駄なのよ!!」

 殺風景でだだっ広い部屋の中央まで行くと、ベリアルは大声で怒鳴り散らす。

 しかしホセアらしき人影はまるでない。隈なく部屋の中を捜索するが、彼の姿はどこに見当たらない。当然だ、この時既にホセアは城の中には居なかったのだから。

「ハヒ……まるでもぬけの殻って感じです!」

「あの男、どこへ消えてしまったのか?!」

 と、そのとき――

「リリス様っ!! あれを!!」

 レイが何かを発見し、頭上の天蓋を指さした。

 すると、遥か頭上において不気味な物体が空間に生じた亀裂――次元の狭間からゆっくりと姿を現した。

「ハヒ!! あれは……」

「なんなのよ、一体!?」

 譬えるなら太陽か、あるいは月か――特大の球体状の物体が次元の狭間から顔を出しゆっくりと下降をし始める。

 この巨大な物体を見ていたのはベリアルたちだけではない。各地で戦っていたすべての者が目撃し、驚愕と畏怖を抱いた。

「まさか……!!」

「なんだよあのデカさは……ふざけすぎだろ!!」

「ベルーダ殿、あれは!?」

 三大幹部も度肝を抜く中、エレミアが恐る恐るベルーダへと尋ねる。その問いに対し、ベルーダは今まで見せた事のない渋顔で語り始める。

「遥かなる昔――異次元の彼方より突如姿を現し、世界を破滅寸前へと追い込んだ邪悪なる存在。大天使にして世界で初めてプリキュアとなったキュアミカエルがその魂と引き替えに次元の狭間へ封じ込めた伝説の魔獣。その魔獣が蘇るとき、世界はラグナロク――すなわち『終末』を迎えるという」

 満を持してこの世に出現した存在を前に、ベルーダは固唾を飲む。

「あれこそ、混沌と破壊を司る最恐最悪の黙示録の獣――――カオス・エンペラー・ドラゴンなのじゃ!!」

 ベルーダがそう叫んだとき、天蓋越しにそれを目の当たりにしていたベリアルもまた、がっと目を見開き唖然としていた。

「……カオス・エンペラー・ドラゴン………!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「洗礼教会の主要幹部をようやく倒した矢先、とうとうこの世界に現れてしまった最凶最悪のドラゴン!!」
テ「世界の明日を守る為に攻撃を開始する悪魔、天使、人間等からなるプリキュア連合軍!」
朔「だが、奴にはビクともしない。それどころか、その姿を変え始めた!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『戦えプリキュア連合軍!復活のカオス・エンペラー・ドラゴン!!』」


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第49話:戦えプリキュア連合軍!復活のカオス・エンペラー・ドラゴン!!

ついにカオス・エンペラー・ドラゴンが復活!!最終章の名前にある通りの展開に仕上げる事が出来ました。
カオス・エンペラー・ドラゴンと聞いて、遊戯王のあれをイメージする方が結構いるみたいですが、そんなに凶悪な能力なんですかね・・・カードやらないからその辺はよくわかりません。
では、長くなったところで第49話をお楽しみください。


 ワシは遠い昔から、世界を――人間を監視してきた。

 カオス・エンペラー・ドラゴンが現れるより以前、その文明の曙(あけぼの)にまで遡り、連綿と人類に介入し続けてきた。それほど人間とは興味深い観察対象だったのだ。

 ゆえにワシは人類について、お主たち人類が知るより多くを知っている。お主たちが本質において群体である事も、自由意志と呼びうる自立性が実際には稀有(けう)である事も。

 

 神の言葉は決して人には届かない。人には人の言葉のみしか通じない。ならば、人の身ないしはそれに類する存在でありながら、その口を介して神の導きを語る者が必要だ。

 ゆえに人々は英雄を求める。地位でもなく、理性でもなく、信念と行動によって時代の精神を担う者。

 

 人はその統率に心酔し、その言葉の中に真理を探し、その眼差しの先に神を見出す。

 全ての人を神の門に至らしめる必要は無い。ただ一人の英雄が、道の在り処を示すなら、主たちの行列はその後に続くだろう。

 ワシは探していた。待っていた。神によって分断され、それぞれが独立した世界の歴史を総括し、最後の導きを示す者。そんな英雄が現れるのを。

 

 そう、一千万年もの長き時を経て漸く見つけ出した。そなたの様な者の出現を待ちわびていたのだよ――リリス嬢、いやキュアベリアルよ。

 お主こそ、旧き世界を新たな世界へと導く唯一無二の存在――〝開闢(かいびゃく)の使者〟であると、ワシは確信した。

 

           ≡

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス

 

「すべての勢力同士で手を組むというのか!?」

 レイが素っ頓狂な提案に対し驚愕の声を上げる。

 幹部との戦いがひと段落つき、ディアブロスプリキュアのメンバーが正気を取り戻した天界守護代から厚い介抱を受けていたとき、ベルーダから唐突にその様な話を聞かされた。

 前代未聞の提案だった。それまでいがみ合い、古の時代より長きに渡って抗争を勃発させ、仕舞いには種の存続さえ危うい状況へと発展した悪魔と天使、堕天使からなる三大勢力。彼らの力が著しく低下した後、人間やクリーチャーを始めとする新興勢力が台頭し数百年の間に力を蓄えていった。これら全ての勢力の力を結集させるべきであると、今は亡き神の意志――ベルーダは腕組みをしながら言う。

「恐れていた事態がついに起きてしまった。ホセアはカオス・エンペラー・ドラゴンを復活させ、全ての世界にラグナロク――終焉をもたらそうとしている事は確実じゃ」

「あのバカでっかい球体がそうだっていうの?」

 上空に出現した月を彷彿とさせる超巨大物体を指して、ラプラスが怪訝そうに尋ねる。

「あれはカオス・エンペラー・ドラゴンが力を蓄えている姿、言わば〝休眠状態〟……攻撃力は無いに等しい。だがひとたび力を蓄え、完全なる復活を遂げればワシらに勝機は無い」

 その言葉の重みがひしひしと伝わってくる。何せベルーダは過去に、カオス・エンペラー・ドラゴンが暴れ回っていた当時の情景を見ていたのだ。そこで彼は自分が選んだプリキュアのひとり――キュアミカエルが自らの命を犠牲にして巨悪を倒し、次元の狭間へ魂を封印した瞬間を見届けたのだ。

 あのような尊い犠牲は二度と出してはならない、そうは思いつつも敵の能力や規模から察するに流血沙汰も覚悟しなければこの戦いは生き残れない。ならば、少しでも流血の数を防ぐ策として最も有効な手はひとつだ。悪魔や天使、堕天使、人間、クリーチャーと言った全ての勢力が垣根を超えて一致団結し最強最悪の敵に立ち向かう事だった。

「全ての勢力と手を組むとは、具体的にどういうことなのだ?」

 聞いていたカタルシスがベルーダの言った提案の具体的な中身について掘り下げる。

「洗礼教会が各勢力の危険因子を取り込んだテロリスト集団である様に、こちらもまた危機同じくして呉越同舟せねばならん。神話世界からこのクライシスに立ち向かう勇士を募り、未だかつてない『連合軍』を作るのじゃ!」

「連合軍!? 確かに、あいつに勝つ為にはそれくらいの事は必要だとは思うけど……」

 ベリアルはベルーダの話を十分理解し必要性を強く感じつつも、やはりどうしても不安が拭えなかった。

 コロンブスの卵とはよく言ったものだ。口に出すのと実行するのでは全く意味が異なってくる。ただでさえ、『神話世界』と呼ばれるカテゴリーに属する各勢力はプライドが高く、また互いに馴れ合いを好まない。そんな扱い辛い者たちを本当にひとつに束ねる事など出来るのか。ベリアルは無意識に拳を強く握りしめる。

「まぁ実際、一枚岩ではない異なる思想の者たちを束ねるのは容易ではない。たとえ集まったところでチームとしての機能を果たせず、統率を失えばただの烏合の衆でしかない。じゃが、ひとつに集まって立ち向かわなければ確実にこの世界と己の身が滅びる――それをわからぬほど馬鹿ばかりではない。この戦いが始まった直後から、ワシはこうなる事を見越して布石を打っておいた」

 そう言うと、ベルーダの背後に大きめの魔法陣が出現した。全員の視線がその魔法陣へ向けられる。

 直後、魔法陣よりベリアルたちが目を疑うような者たちが出現した。

 北欧・東西ヨーロッパ・中国・エジプト――世界中の神話世界からベルーダの招聘(しょうへい)を受けた勇士たちが集まった。あの『西遊記』で知られる【斉天大聖孫悟空(せいてんたいせいそんごくう)】や、〝雷神〟の異名を持つ【トール】と言った錚々(そうそう)たる顔ぶれが一堂に会する。

 呆気にとられ言葉を失くすディアブロスプリキュアメンバーや三幹部たちを余所に、ベルーダはにやっと口元をつり上げた。

「アースガルズの神々。オリュンポスの十二神将たち。他にも須弥山(しゅみせん)からも腕っぷしの良い者たちを見繕っておいたわい。もっとも、ワシが声をかける以前に自ら志願してくれた者が殆どじゃったわい」

「あなた、いつの間にこんな……!」

「北欧にギリシア、ローマ、それに中国まで……!!」

「ハヒ!? まさにバラエティー色全開です!!」

「というか、こちらにいる皆さまは一応は神様なのですよね? でしたら、今の今まで姿を晦ませていたのはなんだったんですか?」

 ピットは率直な疑問を抱く。そんな彼女の疑問に答えてくれたのは、長く蓄えられた白い顎鬚を持つ北欧神話の主神【オーディン】だった。

「ふむ……我々はその性質上互いの不可侵を犯さぬものでな。デーモンパージの一件は非常に気の毒じゃったと思っている」

「事態が事態だけに我々も自分たちの領分を守る為に共に戦う必要があると判断した次第。ここは手を取り合い協力し合おうぞ」

 オーディンに続いて、鍛え上げられた隆々の肉体を持つローマ神話における戦と農耕の神【マールス】が口にする。

 神々からの言葉を聞いたベリアルはあんぐりと開けていた口を閉じ、表情を徐々に元に戻すと、やがて鼻で笑い口にする。

「……まったく。結局どいつもこいつも我が身かわいさに恥も外聞も捨てて合従(がっしょう)連衡(れんこう)するってわけね。率直な疑問だけど、こんな扱いにくくて一人一人の『個』ばっかり目立った集団でどうにかなるわけ? 私たちはサッカーの試合に出るわけじゃないのよ。生きるか死ぬかっていう大戦(おおいくさ)をするの。だとしたら、私たちは確固たるひとつの『個』にならなければ即死亡よ」

「死ぬる覚悟はとうに出来ておるがな……魔王ヴァンデイン・ベリアルの娘よ」

「オウよッ!! オレは戦いに生き甲斐を感じてるんだッ!! カオス・エンペラー・ドラゴンだろうが何だろうが、派手に喧嘩できるんならオレさまは文句は言わねぇぜ!!」

 ゾウの顔を持つインドの神【ガネーシャ】が静かに言えば、対照的に孫悟空は血気盛んな様子で戦いに対する意気込みを主張した。

 聞いた瞬間、ベリアルはふうと深い溜息をもらす。が、すぐに口元を緩める。

「私といい、あなた達といい、どっかのはぐれ悪魔の事を悪く言えないかもしれないけど……今はどんな手段を講じてでもひとつの危機に直面したからには四の五の言ってられない、か」

 納得しやおら前に出た後、ベリアルは応援に駆け付けた神話世界の勇姿を見据え――彼らとの共闘を受け入れた証として、手を差し出した。

「一蓮托生――悪魔と相乗りする覚悟は出来てるわね?」

「神々を舐めてもらっては困る」

「我ら、共に手を取り合い戦おうぞ!!」

 神話世界から集まったそれぞれの代表は差し出された彼女の手を取り、固い握手を交わし合う。

 このとき、彼らに便乗して便宜上天使側に付いていた元・洗礼教会の三大幹部の代表として、エレミアも握手を交わすベリアルたちの手の上に自らの手を重ね合わせた。

「どうせ相乗りするならその中に死者も混ぜてもらおうか。人間の恒久の平和と繁栄こそ、洗礼教会の本来あるべき教義だ。それを取り戻す為に我々も全力で戦う」

「ええ。この際、昔の事は水に流しましょう」

 理由はどうあれ各勢力が大いなる危機を前に手を取り合い戦う事を決めた歴史的瞬間が今、ここに訪れた。周りからは歓声とともに拍手が巻き起こる。

 ベリアルが手を取り合う様子を静観していたディアブロスプリキュアのメンバーも周りと一緒に拍手をしながら、どこか誇らしげな表情を浮かべる彼女を見た。

「戦いは惨くて悲しいものだ。だけど今、カオス・エンペラー・ドラゴンを倒す為に過去の大戦以来永らく対立関係にあった者同士……そして、神話世界の代表が手を組んだ。これからが真の戦いなんだ」

「ええ、そうね……」

 過去の再来――あるいはそれ以上となる大きな戦いになる事を覚悟するセキュリティキーパーの言葉にケルビムも同意を示す。

 そんな中、事の成り行きを見守っていたクラレンスとカタルシスは、大粒の涙を流し拍手を続けるウィッチの存在に気付いた。

「はるかさん?!」

「泣いているのか?」

「ぐすっ……はるかは……とっても嬉しくて、さっきから涙が止まりません……!!」

「一番こうなる事を望んでいたのは恐らく、魔王陛下と王妃……リリスの両親だ。彼らにも今のこの光景を見せて上げたかった」

「ええ。きっと喜んでると思うわ」

 かつて魔王ヴァンデイン・ベリアルは、悪魔と天使、堕天使との諍いの絶えなかった時代に武力による解決ではなく和平による協調路線を目指し奔走した。結果として、王位に就いてから二十年間と言う短い期間だったが、彼は三大勢力同士の争いが無い悪魔たちの平和な時代【パクス・ディアブロ】を実現した。

 そして時は流れ――再び世界を蹂躙し、混沌を齎さんとする強大な存在に立ち向かうべく臍を固め協調路線を歩む事にした全勢力。その柱となっているディアブロスプリキュアの代表格・キュアベリアルの姿をバスターナイトとラプラスは生前のヴァンデイン王の姿と照らし合わせ誇りに思った。

「おっしゃ!! で、あればじゃ――」

 ベルーダが全ての勢力が一致団結したのを見計らい、仲介役として再度この場に居合わせた全員へと呼びかける。

「ここに集まりしディアブロスプリキュアの諸君、天界の戦士諸君、及び各勢力の勇士諸君に告げる。自由を、平和と信頼を勝ち取る為にワシたちは手を握り戦うのじゃ!! ワシらの敵はただひとつ! 破壊と混沌を司り世界を破滅させようとしている終焉の使者――カオス・エンペラー・ドラゴン、ただ一匹のみ!!」

「「「「「「おう(はい)!!」」」」」」

 ここに来て勇士たちの士気が一気に高まった。

 ベリアルは城の天蓋を通して覚醒の瞬間を待ち、休眠状態を維持し続ける頭上の巨敵を仰ぎ見ながら、心の中で呟いた。

(見てなさいよホセア……こうなったからには全勢力と手を組んで斃される事を絶対に後悔させてあげるんだから!!)

 

           *

 

同時刻――

カオス・エンペラー・ドラゴン体内

 

 ドクン……。ドクン……。

 不気味に脈を打つ体内。パイプ並みに太くて大きい無数の神経がそこら中に張り巡っている。

 ドクン……。ドクン……。

 世界中から集められた膨大な量のエントロピーを取りこみ、間もなく復活の産声を上げようとしている邪悪なる破壊の化身。

 その化身を目覚めさせ、世界を何も存在しない虚無へと変貌させる事を最終目的とする者がいた。【救済の預言者(サルヴェイション・プロフェット)】の二つ名を持つ人造生命体――ホセアは、次元の狭間から現実世界へと顕現したカオス・エンペラー・ドラゴンの体内に入り込む事に成功した。そして今、中枢と思われる場所へやってきた。

 ドクン……。ドクン……。

 心臓の如く脈を打っているのは人の脳髄のような形をした臓器。眼前で怪しく光るそれを見つめながらホセアは呟いた。

「光を食らい……闇を生み出す無限の不安……新しき闇……ただただ生きるその為にだけ生まれ、あるのは破壊。破壊の先に再び無限の闇……そして虚無……」

 するとホセア頭上に浮かんでいる臓器から、太いパイプの様な神経が伸びて来た。彼は伸びて来たそれに身を捧げると、声高らかに宣言する。

「カオス・エンペラー・ドラゴン、光を飲み込む偉大なる世界の覇者よ……機は熟した。目覚めの時だ!!」

 刹那、瞬く間にホセアの体を太い神経が取りこんだ。それにより、神経の中を怪しげに光る何かが全身へとエネルギーを供給する。

 程なくして、休眠状態を続けていたカオス・エンペラー・ドラゴンに大きな変化が訪れるのだった。

 

           *

 

天界 上空千メートル付近

 

 カオス・エンペラー・ドラゴンへの総攻撃直前。

 突如怪しい光を帯びたと思えば、球体がドクン……ドクン……、と激しく脈打つ。その様を見ていた連合軍は思わず固唾を飲んだ。

「なんだ……あれは?」

「球体が、脈打っている!」

 言い知れぬ不安。得体の知れない敵の動きに銘々が二の足を踏んでいた折、唐突にその声は聞こえて来た。

 ――世界の、終わりの刻が来た。

「ホセア!?」

「どこにいるの? この卑怯者っ! 姿を現しなさい!」

 雲隠れするホセアの声を聴くやベリアルは怒鳴り声を発した。そんな彼女を嘲笑うが如く、ホセアは空気に溶け込ませた声で返答した。

 ――私は逃げも隠れもしない。今まさに、お前たちが仰ぎ見ているものこそ私なのだからな。

「なんですって?」

『ニート博士、どういうことだ?!』

 ドラゴン形態であるレイが地上のベルーダに呼びかける。するとベルーダは上空のカオス・エンペラー・ドラゴンを凝視し、険しい表情で答える。

「どうやら……ホセアは既にカオス・エンペラー・ドラゴンとの融合を果たしたようじゃな」

 ――その通りだ。ベルーダよ、貴様には是非とも拝ませてやりたかった。今は亡き神の意志がそうである様に、貴様の愛した世界の終焉を。

 と、次の瞬間。巨大な球体から黒い触手状の物が無数に伸び、ヴェルト・シュロスの天蓋を突き破った。やがて触手は居城の中でひと際神聖なモノが存在する部屋へと辿り着いた。部屋には水晶によって体を封じられた今は亡き神の亡骸――オルディネスが祭られていた。

「!!」

 ベルーダがオルディネスに迫る危機を察した時、触手は水晶全体を覆いつくすとともに、外殻からゆっくりと圧を加え始めた。それにより堅牢に護られていた外殻に罅が生じた。

 ――主よ、この身の不敬と不信心を許し給え。そして感謝せよ。

「やめろ――やめるんじゃ」

 ――世界の楔たる己が命を捧げ、永遠の使命に終止符を打つのだ。

「やめるんじゃあああああああ!!」

 ベルーダがホセアの行為に対し声高に叫びあげた瞬間、オルディネスを護っていた水晶が触手によって破壊された。破壊されたと同時に、触手は意思疎通すら敵わない神の亡骸を包み込み、力のすべてを吸収した。

 

 ガタガタガタ……。

 この直後、実態は一変した。天界で強い震動が発生した。地に足を付く者ばかりか、中空で制止しているものさえ体感できる強い揺れだった。

「ハヒ!? 急に地震が!!」

「馬鹿ね! ここは空よ! 天界で地震なんて起きる訳ないでしょう!!」

「新たな敵襲でしょうか!?」

「いや違う。洗礼教会は僕達の手によって完全に壊滅した」

「じゃあ何が起きてるのよ……!?」

 各勢力が状況が呑み込めず困惑しているばかりの中、ただ一人この状況を理解していた者――ベルーダは今迄に見せた事のない深刻な表情で端的に口にする。

「………………オルディネスが死んだ――――……!」

「な……なんですって!?」

「どういう事なんですか? オルディネスさんが死んじゃうとどうなるんですか?」

 焦燥に満ちた表情で問い詰めるウィッチにベルーダはオルディネス消失の重大性について語り出す。

「オルディネスは分断された不安定な世界を出入りする大量のエントロピーとネゲントロピーを安定させる為に存在する、いわば〝世界の弁〟なのじゃ! それが失われた今、天界はもとよりそれと接する堕天使界も、冥界も、神話世界も、そして地上世界も! 全て等しく崩れ去る!」

 

 オルディネス消失の影響は早くも各地で起き始めていた。

 人間界へ侵攻を行っていた洗礼教会の信徒たちは突然の地震とともに、既存の物理法則や自然現象の規格を大きく無視し崩壊を始めた世界に危機感を抱き始める。

「うわあ!」

「何だ!? 何が起きている!?」

「プリーストか……これがプリーストの御意志なのか……!?」

「ホセア様……ホセア様は……我等同士諸共世界を潰すおつもりか!!」

 信徒たちは今になって気が付いた。最初からホセアは全てを破壊する事が目的であり、彼に心酔するあまり彼の本心を見誤っていた。目的を達成する為にホセアは自分達を実に都合のいい道具として利用し、用が済ませば捨て駒とする様な男に過ぎなかった事を。

 

「そ……そんな……すべての世界が消滅する……!! 一体どうすれば……私たちに何かできる事は無いのですか……!!」

 急速な崩壊現象を起こす世界。バランスを失った不安定な世界において、ケルビムは声高に問う。この滅びの事象を止める手立てについて。

「たったひとつだけ希望はある」

 すると、ベルーダは多くの者が望む答えを知っていながらどこか覚悟を決めた様な顔つきで口にする。

「ワシがオルディネスの身代わりとなろう」

 言葉の意味が一瞬分かりかねたが、次の瞬間――ベリアル達はベルーダの真意を理解した。彼は全身から神々しいまでの光を放つとともに、球体状に自身の周囲を光の膜で覆ってからゆっくりと浮上した。

「何よこれ…………!? 何をしようとしているの、あなた!?」と、ベリアルが唖然としながら問いかける。

「曲がりなりにもワシは神が地上に遣わした意志じゃ。世界の真理を覆す事は出来ずとも、世界の崩壊を防ぐ事は可能じゃ」

「ドクターベルーダ……まさか最初から……この事態を見越していたのか……」

 こうなる事を予期していたかのような振る舞いをするベルーダを仰ぎ見、バスターナイトが問いかける。

「世界の為に死なば本望じゃ」

 一言そう答えると、ベルーダは光の球体として天高く浮かび上がった。そして彼が向かったのはヴェルト・シュロスの中だった。彼は空白となったオルディネスの代わりとして、世界の崩壊を防ぐ為に自らを人柱とする決意をしたのだ。

(信じておるぞリリス嬢。誰に何と言われようと、お主こそ新たな世界の歴史を導く開闢の使者その人であると――――それをこの目で見届けられんのはちと心残りじゃがな)

 審神者として生きて来た自分の役目を放棄する事は惜しい。それでも自分にしか出来ない使命がある。それを悟った時、ベルーダは自分が見出したプリキュアの中で最も特異でありながら、最も未知数かつ可能性を秘めた存在――キュアベリアルに世界の命運を託す事にした。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオ」

 刹那、全ての意識と神経を集中させ世界の崩壊を防ぐべく己にある全ての力を解放した。

 それにより不均一だったエントロピーとネゲントロピーのバランスが急速に調和を取り戻していき、やがて世界崩壊を引き起こしていた謎の揺れはピタリと収まった。

「――――――震動が……」

「止まった――――……!」

 ベリアル達は震動が収束した事を身をもって体感した。やがて全員はオルディネスの身代わりとなって世界崩壊を辛うじて防いだベルーダの厚意を称えるとともに、残された時間を思案する。

「正直、どれくらい保つだろうね」

「さあな。オレにだって見当もつかない。ただ確かなのは、ドクターベルーダがオルディネスの身代わりとなってくれてる間に元凶を叩く必要がある」

 セキュリティキーパーの問いに答えたバスターナイトは、ベリアルの方を凝視する。

「リリス、世界を守ろう。自分達の未来(アシタ)を創る為にも――」

「うん――――……みんな、いくわよ!!」

 世界を終わらせる訳にはいかない。多くの犠牲の元に成り立つ理不尽な世界だが、愛する人と大切な仲間たちと未来を紡ぎたい――そう強く思い、キュアベリアルは頭上に浮かぶ黙示録の獣を排除する為に行動を開始する。

「全勢力包囲陣形を取れ!!」

 カオス・エンペラー・ドラゴンが復活を遂げるよりも先にすべての勢力が一丸となって総攻撃を仕掛ける。

 標的を全方位に渡り包囲すると、全勢力は各々攻撃を開始した。

「ファントムネイル!!」

「セイクリッド・ファンタジア!!」

「〈シャイニング・バスター〉!!」

「〈ダークネススラッシュ〉!!」

「ファイア!!」

「喰らえぇぇ!!」

『ブレス・オブ・サンダー!!』

 主要なディアブロスプリキュアメンバーの攻撃を皮切りに、他の勢力による攻撃も続々と行われていった。

「洗礼教会三大幹部の誇りに懸けて、世界の破滅は必ず防ぐんだ!!」

「「おう!!」」

 一度はホセアに与しながら、今は打倒ホセアとそれが融合したカオス・エンペラー・ドラゴン討伐に文字通り魂を燃やすエレミア、モーセ、サムエルら。

「出でよグングニル!! 眼前の巨悪を、その一槍を以って蹴散らせ!!」

 北欧神話の主神オーディンは、一振りで瞬時に敵を蹴散らすとされる史上最強の矛で知られる【グングニル】の力を最大限に発揮し、矛先から凄まじい一撃を放つ。

「雷(いかずち)よ、我がミョルニルに集いて敵を圧倒するのだ!!」

 同じくアースガルズの神の一人、雷神トールは古ノルド語で「粉砕するもの」を意味するウォーハンマー【ミョルニル】に雷の力を凝縮させると、豪快なる一振りでカオス・エンペラー・ドラゴンに一千億ボルト相当の雷撃を叩き込む。

「へへへ!! やれやれ、いい眺めだぜ!!」

「あんなバケモノに世界を喰われてたまるもんか――!!」

 全ての勢力が生まれ育った世界と、明日の未来、誇り、それら諸々を懸けてひとつの巨悪に向けて力のすべてを注ぎ込む。

 連合軍による総攻撃は壮観を極めた……が。

「攻撃中止!!」

 その直後、突然オーディンからの攻撃中止宣言。連合軍は手を止め、オーディンを怪訝そうに見つめる。

「ハヒ!? どうしてやめるんですか!?」

「そうだぜオーディンの爺さん、折角のチャンスだというのに見す見す!!」

「ちょっと待って……あれを見て!」

 そのとき、ある事に気付いたケルビムが皆に呼びかけ前方を指差した。全員が彼女の指差す方を注視したとき、目に前に信じられない光景が広がって来た。

 黒煙が立ち込めて姿が見えなくなっていたカオス・エンペラー・ドラゴン。しかし徐々に煙が晴れていくと、標的は連合軍による苛烈なる総攻撃もまるでものともしていない様子で一切の傷も発生していない。これにはベリアルを始め、名のある神々ですら言葉を失った。

「信じられん……傷一つついていないぞ!」

「グングニルやミョルニルを以ってしても、あれにダメージを与える事は出来んと言う事か……!!」

「つーかあり得ねぇ固さだろ!?」

「お前の石頭のようだな」

〈バカ言わないでよ!!〉

 率直に思った事を口にしたバスターナイトの質の悪い冗談に、彼と融合状態にあるラプラスは思わず激怒する。

「このままでは消耗するだけじゃ」

『ふざけた事をぬかすでない!! 攻撃しないであんなバケモノを倒せると思っているのか!?』

「落ち着きなさいレイ。攻撃はするわ。だけど、それは奴の弱点を見つけてからよ」

 一旦冷静になる事にしたベリアルは、不満を募らせるレイを宥めると、ありとあらゆる攻撃からその身を守る無敵の休眠状態をどう攻略すべきかを思案。

 すると、三大幹部のひとりであるモーセがある提案をする。

「エレミア、サムエル、ピースフルの何体かを偵察に出してくれ!」

「心得た」

「わかったぜ」

 モーセからの発案を受け、エレミアとサムエルはピースフルを数体召喚。早速偵察として送り込んだ。

 カオス・エンペラー・ドラゴンの方へ向かうピースフル。固唾を飲んで見守る連合軍。と、次の瞬間――

『『『ピースフっ……!!』』』

 悲鳴を上げたと思えば、ピースフルはカオス・エンペラー・ドラゴン手前で爆発・消滅した。一体何が起こったのかと思い敵の体表面をじっくりと観察すると、体全体を覆っているぶ厚い装甲から強力なバリアが発生していた。

 休眠状態下のカオス・エンペラー・ドラゴンは、力を蓄えている間に外敵から襲撃を受けた際、ぶ厚い装甲とバリアの二重構造によってあらゆる攻撃から身を守る事が出来る様になっていた。

 常識外れも甚だしい力を早速見せつけられた事で、連合軍は唖然。飛ぶ鳥を落とす勢いだった先ほどまでの威勢は忽ちかき消された。

〈これでは近づくこともできません!〉

「攻撃手段を持たないゆえの鉄壁の防御システム、というわけか……」

「さながら羽化を待つ蛹(さなぎ)と言ったところだね」

〈もうめんどくさいわね! ビビってるくらいなら攻撃しまくればいいのよ!〉

「ラプラス、今の話聞いてなかったのか!? お前もピースフルの二の舞を演じたいならオレは止めんがな」

〈いや……それはさすがにヤだけど〉

 と、その時だった。

 ドクン……ドクン……ドクン……と、激しく脈を打っていた敵の体が突如として怪しく光り始めた。

「今度はなんだ?!」

 ここに来てカオス・エンペラー・ドラゴンに著しい変化が起きようとしていた。全員の視線が自然と敵へと向けられる。

 バキバキ……。バリバリ……。

 全身を覆っていたぶ厚い装甲に亀裂が生じ、ゆっくりとだが確実に中の部分が露となってきた。

「ハヒ!? 体が開きはじめました!!」

「奴に何か起ころうとしているのだ?」

「だがこの機を逃す手はない。装甲が開いたところで総攻撃だ!!」

 千載一遇のチャンスが巡って来た。全軍は再びカオス・エンペラー・ドラゴンへの一斉攻撃を開始する。

 しかし、その間にもカオス・エンペラー・ドラゴンを覆っていた装甲は剥がれ落ちていき、徐々にだが隠れていた本来の姿が見え始めた。

『リリス様、あれを!!』

「なんという事なの……」

 ベリアルたちが目の当たりにしたのは、想像を遥かに超える敵のおぞましい正体だった。

 体色は黒に近い紫色で、七つの頭部を持ちそれぞれが七つの大罪――傲慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・暴食・色欲を司る冠を被り、十の角を備えている。手には暗黒球体【ゲヘナ】を持つ史上最大にして最強のドラゴンが、今ここに目覚める。

 新約聖書曰く、その尾は天の星の三分の一を履き寄せて地上に投げつけ、災厄を引き起こす。膨大なエントロピーを糧として太古の眠りから蘇った黙示録の獣――カオス・エンペラー・ドラゴンは不気味に目を光らせる。

「あれが、カオス・エンペラー・ドラゴンの本当の姿……!!」

「おいおい……いくらなんでもムチャクチャすぎだろ!!」

 完全なる力を取り戻しこの世に顕現した破壊の化身。その巨大さ、おぞましさに全勢力は畏怖を抱かない事は無かった。

 直後、絶対的な力を持つ敵が目覚めの合図とばかりに咆哮を上げる。その咆哮は想像を遥かに絶しており、空気を激しく震わせ空間そのものを歪める。そればかりか連合軍の士気を急速に下げ、戦慄を抱かせる。

「全軍後退っ!! 至急安全圏まで後退するんじゃ!!」

 アースガルズの神、雷神トールが安全を考慮して語気強く呼びかける。

 全てに於いて他を圧倒する規格外なスケール、何者をも寄せ付けないオーラ――ホセアの目論み通りカオス・エンペラー・ドラゴンは世界を破壊し、虚無を齎す力の権化そのものだった。

「なんだよ!! 折角ひとつにまとまったっていうのに、何もできないのかよ!!」

「あんなバケモノじゃ相手が悪すぎるって!」

「でも、あいつを倒さないと!!」

「何か弱点は無いのかしら?」

 姿が姿だけに弱点と呼べる場所があるのかすら判別しにくい。が、それを見つけ出さなければこちらに勝機は無い。

 北欧の主神であり知識において非常に貪欲な事で知られるオーディンは、失われた片目部分に付けられたペンタクルを通して敵の力を見定め、現時点で分かった事を具に報告する。

「解析した結果じゃが……全てがぶ厚い皮膚に覆われ、弱点になるようなところが見当たらんぞ!」

「って、そんな話は聞きたくねーんだけど爺さん!」

「どうにかならないんですか!?」

 早急に解決策を模索しなければ取り返しのつかない事態へと発展してしまう。焦燥を抱いていた折、敵方に新たな動きが見られた。

「見ろ! 奴が動き始めたぞ!」

「なんですって!?」

 静止状態を維持し続けていたカオス・エンペラー・ドラゴンが、満を持して動き始めた。全体重を支えるに相応しい身の丈に合った翼を広げ、体を旋回させ連合軍側とは反対方向に飛んで行った。

 カオス・エンペラー・ドラゴンの取った予想外の行動に、連合軍は肩透かしを食らった気分だった。

「どういうことだ? こちらに向かって来る様子は無いぞ!」

「なら何処へ向かってるんだ!?」

 じっとその動きを観察していると、カオス・エンペラー・ドラゴンは咆哮を上げると共に空間を歪ませ亀裂を生み出し、巨大な穴を開けた。その際、ベリアルは穴の向こう側から微かに見えた見覚えある光景に目を疑った。

 紛れも無くそこは十年間という長き月日を過ごしてきた第二の故郷――黒薔薇町。これが何を意味するのかを理解できない筈がなかった。

「まさか奴は……人間界へ向かおうとしているんじゃ!!」

「「「「「えっ(何ですって)(何だと)!?」」」」」

「だとしたら止めなきゃ!!」

「奴を追うのよ!!」

 敵の狙いが手始めに人間界の破壊であると判断した連合軍は、即座に行動を開始する。

 人間界へと向かう為に時空を無理矢理破断させゲートを作ったカオス・エンペラー・ドラゴンは、亜空間内へと侵入。連合軍は敵の後ろに付いて追跡を行う。

「いいみんな! 何としてもカオス・エンペラー・ドラゴンを止めるのよ!」

「「「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」」」

 とは言うものの、敵の移動速度は尋常でなかった。追いかけても、追いかけても一向にその距離は縮まらない。

「なんてスピードなの……だけど、あんな奴に人間界を荒らさせはしない!!」

 このとき、ベリアルの脳裏に浮かんだのは人間界で過ごしたかけがえのない日々とその思い出の数々。デーモンパージによって元々の故郷を追われた悪魔は復讐に燃え、その為だけに生きて来た。だが、その間に彼女は親友と呼べる存在と出会い、プリキュアとなって人間の為に戦う事を誇りに思える様になった。

「人間界を……私の故郷(ふるさと)で好き勝手させてたまるもんですか!!」

 だから何が何でも守ってみせると誓いを立てる。どんなに凶悪な相手であろうと、かつての故郷と同じ目に遭わせない為に――。

「はるかの大切な家族、友達を守る為に!!」

 平凡な人間であった一人の少女は、悪魔の少女を絶望という闇の淵から救い出し生きる希望を見出した。これを機に急速に距離を縮めていった二人は、のちに同じプリキュアとして戦うようになった。人々の平和な日常と生活、かけがえのない命を守る為に――。

「偉大なる我が祖先、キュアミカエルが命を賭して守り抜いた世界を……同じ天使として、私の命を懸けてでも彼女が守った人間界には指一本触れさせない!!」

 少しでも平和な世界を望み、一度はベリアルたちと敵対しながらものちに過ちを認め心を通わせた天使は、かつての大戦でカオス・エンペラー・ドラゴンを命と引き換えに次元の狭間へと封じ込めたキュアミカエルがそうだった様に、自らもまた命を懸けて最後まで悪と戦う事を決意する。同じ過ちを二度と繰り返さない為に――。

「リリスが守りたいものを守る為に、オレもすべての力を以ってして奴を討つ!! そして必ず、生き残ってみせる!!」

 非凡な能力を持ちながら純粋な血筋では無いという理由から多くの悪魔から迫害を受け、のちにリリスによって救われた少年悪魔は、デーモンパージによって故郷と家族を失ったたったひとりの大切な少女を救う為に己の力を磨き上げ、強さを得た。彼にとって強さを求める理由は常に少女の為だった。戦う覚悟は決まった。今、婚約者が必死になって守りたいと思っているものを自分もまた全力で守りたいと強く思うが為に――。

「どんな理由であろうとも、人々に害を為す輩を僕は許さない。警察の威信にかけて、僕自身の正義のすべてを懸けて戦う」

 最愛の母を理不尽な者の手により奪われた少年は、警察官である父の背中を見て「正義」を強く志すようになった。あの日、母を突然テロリストによって奪われた哀しみと怒りを糧に、己が手で二度と周りの誰かが自分と同じ境遇や悲しい思いをしないで済む世の中に変える為に――。

「個すら持たず存在する意味さえ見いだせなかったクリーチャーにその意味を持たせてくれたはるか。尊き命溢れる大地を、俺が守る!!」

 神ならざる者の手により生み出されたクリーチャーは、永らく生きる意味を探し求めていた。神の代行を司る天界の上位機関や洗礼教会の言いなりになって奉仕し続けた末、人間界で出会った一人の少女によって彼はようやく見つけ出した。自分が本当に生きる理由を。ゆえに戦うのだ。永らくして得た生きる理由と少女から教えてもらった尊い命の全てを守る為に――。

「私たちは!」

「人間として!」

「プリキュアとして!」

「世界を!」

「正義を!」

「無限の可能性を秘めた未来を!」

 ベリアル、ウィッチ、ケルビム、バスターナイト、セキュリティキーパー、カタルシスは各々が守りたいという思いを順番に口にしていき、最後は声を揃えて――

「「「「「「守ってみせる!!」」」」」」

 語気強く宣言した。

 連合軍はカオス・エンペラー・ドラゴンを追跡しながら、最終目的地である人間界へと続く一本道を進み続けた。

 

           *

 

人間界 東京都 黒薔薇町上空

 

 バキ……。

 バキバキバキ……。

 バキ……。バリン……!!

 強大な力で現実世界と神話世界とを分断していた時空を破断して、ついにカオス・エンペラー・ドラゴンが人間界へと到達した。

 洗礼教会の襲撃ですっかり疲弊した人々は、追い打ちを掛けんとばかりに突如として現れた圧倒的な巨体を誇る怪物を見て恐れ戦いた。

 地上に終末をもたらそうとしているカオス・エンペラー・ドラゴン。出現と同時に暗雲が立ち込め、空には不気味な色の稲妻が奔る。

 街の電光掲示板、その他あらゆる電子機器にはカタカナと漢字で――「我ニ従ウカ、滅ボサレルカ、ドチラカヲ選ベ」と書かれた文字が浮かび上がる。

 カオス・エンペラー・ドラゴンは何らかの方法で電子機器に自らの意思を乗せ、人間たちに働きかける。聖書の中で、黙示録の竜は「古き蛇」、「サタン」、「全人類を惑わすもの」など沢山の名で呼ばれている。そのため一般的に、この竜こそが悪魔=サタンであるとされている。またこの竜の頭の数、冠の数、角の数は、一説によれば当時のローマ諸国の王達を現しているともされ、竜=悪魔=サタンという意味合いだけではなく、竜は人の心に住む普遍的な悪を現しているという解釈などもなされている。

 兎も角、人の心に棲む普遍的な「悪」を凝縮させたからこそカオス・エンペラー・ドラゴンはこの地に再び蘇る事が出来たのだ。彼は手始めに、この世界を蹂躙し破壊の限りを尽くそうとしていた。

 だがその時、少し遅れる形でベリアルたち連合軍が人間界へと到達。カオス・エンペラー・ドラゴンの真後ろに付いた。

「追いついたぞ!!」

「もうこれ以上オイタはさせないわよ!!」

 真っ先にベリアルが切り込み隊長役を買って出た。地上に広大な影を作り、天空を支配する破壊の化身目掛け、灼熱の業火を叩き込む。

「パンデモニウムロスト!!」

 強力無比な攻撃が尾の近くを直撃した。カオス・エンペラー・ドラゴンは著しいダメージを負った。

「やったです!!」

「いや違う!」

 糠喜びした矢先、傷ついた敵の皮膚が即座に修復し傷口が塞がったのだ。

「く……だったら私が!!」

 そう言うと、今度はケルビムが前に出てセラフィムモードでの攻撃を行う。

「プリキュア・セフィロートクリスタル!!」

 聖剣フルンティングの切っ先を向け、十のクリスタル結晶をカオス・エンペラー・ドラゴンへとぶつける。再び尾の近くを傷付けるが、やはり結果は同じで瞬時に細胞が自己再生してしまった。

〈ぜんぜん効いていません!!〉

「こうなったら合体技です!! 朔夜さん、春人さん、レイさん、カタルシスさん、三大幹部のみなさん!!」

「「「「『「「ああ(はい)(心得た)!」」』」」」」

 ウィッチの提案を受け入れると、バスターナイトとセキュリティキーパー、レイ、カタルシス、三大幹部たちは各々の必殺技を組み合わせた合体技を炸裂する。

「「「「「『「「いっけぇえええ――!!」」』」」」」」

 異質な力と力が混ざり合った巨大なエネルギーの塊がカオス・エンペラー・ドラゴンへ豪快にぶつかり大爆発が発生する。

「ワシらもやるんじゃ!!」

 彼女らに倣って、オーディンの呼びかけに答えた名のある神々と勇猛な戦士たちはすべての力を合わせた即席のコラボレーション技をカオス・エンペラー・ドラゴンへとぶつけた。

「今度こそ……」

 一縷の望みを託して、爆風が晴れるのを見守った。

「あ!!」

 だが希望は容易く打ち砕かれる結果に終わった。いくら攻撃をしたところで、カオス・エンペラー・ドラゴンに致命傷を与えるどころか、瞬時に元の状態に再生してしまう。恐るべき能力を持つ相手に弱点は無かった。

「バカな……神々の力を束ねた攻撃すらもヤツには通じぬというのか!?」

「不死身か!?」

「全然相手にならない! 無駄じゃないでしょうか!?」

「無駄なわけがない! 撃ち込むのよ、全ての力をヤツに!!」

 諦めてしまったら全てが終わるのだ。絶望的な状況だろうと、攻撃を止めてしまえば敵の思う壺。光の見えない闇の中を模索するかの如く、連合軍は兎に角攻撃をし続ける事で人間界への被害を少なくしようと躍起だった。

 しかしどれだけ攻撃を受けようと、カオス・エンペラー・ドラゴンは意にも介さないばかりか反撃すらも行わない。

「くそ、徹底してシカト決めやがって……少しは反撃して来い、カオス・エンペラー・ドラゴン!!」

 つい感情的に声を荒らげたサムエル。

 するとその言葉の意味を理解したのか、カオス・エンペラー・ドラゴンの七つの頭部すべてがおもむろに振り返る。

 直後、七つの口から全てを浄化する破壊の邪炎――【煉獄の焔-パーガトリアルフレイム-】を放った。

「「「「「「うわああああああ」」」」」」

 突然の反撃にそれまで徹底して攻撃を行って来た連合軍は防御が疎かとなり、危うく攻撃を受けそうになった。

「な、なんだ!? あの野郎、急に反撃し始めたぜ!」

「気を付けろ、あの邪炎に当たれば命の保障はないぞ!!」

 ガネーシャからの警告に全員が身を引き締める。

 連合軍とカオス・エンペラー・ドラゴンの戦闘は熾烈を極める。地上で戦況を見守っている人間と洗礼教会の残党は無力な自分たちを呪いながら、ただただ彼らが怪物に勝利する事を祈り続ける。

 地上の人間たちを守りつつ凶悪極まりない暴君を相手にするのは骨が折れる。そんな折、オーディンがついに敵の弱点を暴いた。

「わかったぞ!! ただ一カ所だけ、微弱ではあるが……他とはエネルギー反応が大きく異なる場所を発見した!!」

「どこなんだそこは!?」

「奴が抱えている球体じゃよ!!」

 オーディンが見抜いたカオス・エンペラー・ドラゴンの唯一の弱点。ドラゴンとしての姿はただの外装に過ぎない。その本体は暗黒球体【ゲヘナ】に潜んでいる。ゆえに、外側を幾ら攻撃しようとも、その攻撃はゲヘナに潜んだ本体には届かず再生されてしまうのだった。

「あの黒い球体に本体が潜んでいるという事ですか……どうするリリス?」

「決まってる。僅かでも可能性があるなら、そこに目標を搾って攻撃を仕掛ける!」

「みんな聞いたか、敵の弱点は球体だ! 徹底的に集中砲火だ! 他の場所には構うな!!」

「ディアブロスプリキュアで敵の正面を引き受ける! 天使軍、神話世界軍は後方および頭上からの攻撃を頼む!」

「心得た!!」

 ようやく巡って来たであろうチャンスを逃す訳にはいかない。

 敵の本体が潜んでいる球体を攻撃しこの戦局を覆そうとする連合軍。各勢力はそれぞれの持ち場に着くと、正面・頭上・後方から弱点であるゲヘナを徹底的に攻めまくる。

「撃て撃て! 奴の持ってる球体を狙え! 全ての力を注ぎこむんだ!!」

「「「了解!!」」」

 不死身の体に攻撃してエネルギーを消耗する不毛な戦いはもう終わり。弱点であるゲヘナを一心不乱に狙い続ける。

 だがその時、ゲヘナを攻撃された事で生命の危機を感じ取ったカオス・エンペラー・ドラゴンがある行動を起こす。

〈はるかさん、見てくださいアレを!〉

「ハヒ、何をするつもりでしょう!?」

 七つの頭部が被っている七つの大罪を司る冠が光を帯びると、そこから紫紺色に輝く強烈な光を放った。

〈ウソでしょう!! 嘘でしょう!! 嘘でしょうおおおおおお!!〉

「ああ!!」

「やめろおおっ――!!」

 皆の悲鳴も虚しく、放たれた光は屈折を繰り返しながら地上へと落下。光が照射された瞬間、そこにあったものすべてが跡形も無く消滅した。

 これこそ、カオス・エンペラー・ドラゴンの最強の必殺技。世界を滅ぼし混沌をもたらす力――名を【カオスブリンガー】と言う。

 絶大なる威力を秘めたカオスブリンガーによって、大地はごっそりと抉り取られたか如く何も無くなった。先ほどまであったものが一瞬のうちに蒸発して消失するという光景を目の当たりにした連合軍はただただ絶句する。

「何という事なの……」

「一瞬で……蒸発した……だと……!」

 世界を破壊する魔王の力。このとき、ベリアルは大地を蒸発させた敵の力に畏怖するとともに、この上も無い怒りに支配された。

「私の……私の故郷が……くっ!!」

 一度は洗礼教会によって滅ぼされた故郷。地球を第二の故郷であると認識した矢先、全てを一瞬で奪い去ろうとする敵の力が酷く憎らしかった。

「あんたって奴は……オフザケも大概にしたらどうなのッ!!」

 堪忍袋の緒が切れた。ベリアルは怒りに我を任せ、単独でカオス・エンペラー・ドラゴンへと向かって行った。

「リリス!!」

「ダメですリリスちゃん!!」

 周りの制止を全て振り切り、ベリアルは敵が仕掛ける邪炎の嵐を掻い潜り正面へと回り込む。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 強い怒りと憎しみ、悲しみに理性を失いかけている彼女は感情に任せて、必殺技を放つ。

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

 七つの大罪すべてをエネルギーへと変えて、眼前の敵に激しく打ち込む。

 だが、カオス・エンペラー・ドラゴンに並みの力は通用しない。それどころか、この攻撃が却って逆上させてしまい、邪炎の一撃をお見舞いされそうになる。

『リリス様っ!!』

 咄嗟に彼女を守る為、レイが持ち場を離れ動いた。そして、彼女を庇ってレイはカオス・エンペラー・ドラゴンの邪炎をその身に受けた。

「ぐっは……」

「レイっ!!」

 悲鳴の様な声がベリアルの喉からほとばしった直後、邪炎の一撃を真面に受けた事でドラゴンの姿を維持できなくなったレイは使い魔の姿へ戻ると、宙より滑り落ちた。

「レイ!!」

 ベリアルは矢も盾もたまらずレイの元へと向かった。駆けつけたとき、レイは既に虫の息の状態。ほとんど意識が無い上に呼吸さえも危うい。ベリアルはいつになく取り見出した様子で彼へと呼びかける。

「レイ!! しっかりして、レイ!!」

「り……リリスさま……よかった……どうやら……お守りできたみたいで……」

「話さないで!」

「リリスさま……申しわけありません……もっとあなたやみんなと一緒に……思い出を作りたかったですが……わたしは……どうやらここまでのようです……」

「ダメよ!! ダメよ、レイ!! あなたが死んだら私は……私はもう……」

 震える声で激しくかぶりを振るベリアル。レイは自分の為に涙を流してくれる彼女を嬉しく思いながら、最後の力を振り絞り言葉を伝えようとする。

「リリスさま……わたしは……あなたのお傍にいれてよかった……たとえこの命が偽りであろうとも……本当の使い魔ではなくても……誰よりもあなたのお傍に一緒にいられ、ともに戦えた事を誇りに思います……わたしが……リリスさまの使い魔であったということは……一生の誇り……です……ありがと…………う…………」

「っ!!」

 誰よりも幸せそうな笑顔でそう言い残すと、レイは大好きな彼女の腕に抱かれながら事切れた。疑似生命としての役目を――否、悪原リリスの使い魔としての役目を終えた。

「そ……そんな……」

「レイさんが……」

「リリスちゃん……」

 レイの死を前に硬直するディアブロスプリキュアメンバー。

 この直後、弔い合戦とばかり連合軍は気が狂ったかの様にカオス・エンペラー・ドラゴンへと激しい攻撃を仕掛ける。

「起きて……レイ……起きなさいよレイ……」

 放心状態のベリアルは自分の腕の中で動かぬ屍となったレイの体を何度も揺すり、声をかける。しかし彼が再び目を覚ます事は無い。

 ウィッチたちはそんな彼女の姿を見るのが痛ましかった。

「リリスちゃん……くっ!!」

「貴様だけは……許さんぞっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 レイの死を悼む者が続々と怒りと悲しみを抱えながら力を振るう。カオス・エンペラー・ドラゴンは彼らを嘲笑うかの如く咆哮を上げ、向かって来る敵に邪炎を吐き続ける。

「今の我々の力ではカオス・エンペラー・ドラゴンを倒すどころか、封じる事さえままならん!! このままでは確実に時空は破断され、この世の終わり……ラグナロクが起きてしまう。終焉の黄昏に殉じろというのか、ホセア!!」

 この場にはいない者に向かってエレミアは嘆きの声を上げた。

 何もかもが敗色濃厚の中、最愛の使い魔を目の前で失ったベリアルが低い声で呟いた。

「――――……あなただけを死なせない」

 決然と走るベリアルの声音。それは同時に彼女の怒り、憎しみ、悲しみ――諸々の負のエネルギーを糧として紅色の魔力光を生み出す。全身から迸るその力はこれまでにないほど強大であり、その強烈な殺意は明確に頭上のカオス・エンペラー・ドラゴンへと向けられる。

「カオス・エンペラー・ドラゴン……よくも、よくも私のかわいい使い魔を!!」

 怒りの余り髪の毛が逆立っている。意思を持たぬカオス・エンペラー・ドラゴンは、彼女を見ながら天地を轟かせる咆哮を上げるだけ。

 その間にもベリアルの魔力は増大し続け、波動となって広範囲に拡散。触れたものが圧に耐えきれず崩壊する。

「世界終末でもなんでも、起こして御覧なさい。たとえ、世界が滅亡しようとも、私の血の最後の一滴が蒸発しようとも、私はあんたを……決して許さない!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「寂しいとき、悲しいとき、嬉しいとき、レイはずっと私の傍に居てくれた。いつだって、私のために頑張ってくれた。そんなあの子に私は最後まで何もしてあげられなかった……」
「今の私に出来ることがあるとすれば、あの子の想いに答えること。勝負よ、カオス・エンペラー・ドラゴン!! 私のすべてを賭けてあんたを葬り去るわ!!」
「ディアブロスプリキュア! 『超克する思い!!新たな歴史の始まり!』」


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第50話:超克する思い!新たな歴史の始まり!

ついに、ついにディアブロスプリキュアの最終話です。
1年間と言う期間を通して執筆させていただきましたが、私としてはかなりのチャレンジでした。何しろ女の子の主人公を描くのはこれが初めてでしたし、プリキュアっていう設定で書いたのも何もかもが・・・。
まだまだ文才が稚拙でもっとこうすればいいところだらけではありますが、最後までお付き合いくださった読者の皆様本当にありがとうございます。
本編の付けたしとして、のちほど登場人物紹介や用語解説なども載せるつもりです。
それでは、ディアブロスプリキュア最終回・・・お楽しみください。


東京都 黒薔薇町

 

 止めどなく溢れ出る紅色の魔力光。

 我が身以上に大切に思っていた掛け替えのない使い魔(かぞく)を目の前で殺された事に対するベリアルの激しい怒り、憎しみが全て魔力へと変わっている。

 周囲へと放散されるそれは実に刺々しいもので、波動でさえ肌に触れただけで痺れを感じてしまうほどだった。

(何と言う……激しくも強い思念……なるほど。これがあの魔王ヴァンデイン・ベリアルの娘か)

 北欧の主神オーディンは、ベリアルが生来備わった潜在的な巨大な力に思わず目を凝らす。それとともに一歩間違えれば容易く世界すらも滅ぼしかねない危うさを憂慮した。

「リリスちゃん……」

 ウィッチが怒りに満ちた親友を傍で見守っていると、ベリアルはおもむろに動かなくなったレイを手に抱え立ち上がった。そして直ぐオーディンの元へ向かった。

「この子をお願いするわ」

 ベリアルは二度と動く事のない使い魔をオーディンへと手渡す。これに対しオーディンは難しい顔でベリアルへ問う。

「どうするつもりじゃ? 言っとくが、刺し違えなどは無意味……」

「誰がそんなことするって言ったのかしら」

 オーディンが言い切る前に、ベリアルはきっぱりと彼の推察を否定する。

「あいつはレイを殺した。その罪は万死に値するわ。だけどあいつと刺し違えたところでその事に意味など無い。レイが命を懸けて私を守ってくれたのなら、私も守ってみせるわよ。あの子の思いを……」

 今、自分が果たすべき事は復讐の為の戦いではない。そう自分や周囲に言い聞かせると、ベリアルは圧倒的な強さと巨体で全勢力の力を削ぐ怪物――カオス・エンペラー・ドラゴンを見上げる。

 やがて、ディアブロスプリキュアのメンバーが彼女の元へと集まった。カタルシスを除く正規メンバーの顔を一人一人確かめ、臍を固めたベリアルはおもむろに口にする。

「みんなで、あの中に突入するわよ」

 言うと、ベリアルはカオス・エンペラー・ドラゴンの弱点でもある暗黒球体【ゲヘナ】を指さした。連合軍と敵のパワーバランスは天と地ほどに隔たっている事は既に証明済み。ならば、形勢逆転を賭けた大勝負に出る必要があるとベリアルは直感。一見ギャンブル性の高い一か八かの作戦を提案した。

「確かにあそこがあいつの弱点なら、そうするべきね」

「奴を倒せるとしたらそれしか手は無い、か」

「正直ちょっと中に入るのは怖いですけど……リリスちゃんと一緒ならはるかはどこまでだって行きます!!」

「だとしたら、この状況でどうやって中に入るかが問題だよ」

 メンバー全員がベリアルの作戦を受け入れ、共にゲヘナ内部へ突入する決意を示してくれた。セキュリティキーパーは傍若無人に暴れ回るカオス・エンペラー・ドラゴンが手に抱えるゲヘナを見上げながら、突入の機会を窺っていたとき――状況が一変する。

 

 ディアブロスプリキュアの意図を読み取ったカタルシスや三大幹部、他の勢力の勇士たちが挙ってカオス・エンペラー・ドラゴンへの総攻撃を再開。ディアブロスプリキュアのメンバーを全力で援護しようと躍起になる。

「外は俺たちに任せろ!!」

「お主たちは内側から奴を!!」

「カタルシスさん……皆さん……!」

「行こう、リリス。レイの為にも」

 レイと同じく命を懸けて戦う勇士たちの思い、そしてレイが死に際ベリアルへと託した思いを無駄にしない為にも即座に行動に移る必要があった。

 ベリアルの合図でウィッチ、ケルビム、バスターナイト、セキュリティキーパーらディアブロスプリキュアの五人はゲヘナ突入作戦を敢行。

 ゲヘナへと向かう際、カオス・エンペラー・ドラゴンは七つの頭部を飛んでくる五人へと向け、パーガトリアルフレイムを放ち攻撃してきた。

 当たればひとたまりもない強力無比な邪炎を必死に躱すベリアルたち。

「全員の力を合わせるのよ!!」

「「「「はい(ええ)(ああ)!!」」」」

 五人は横一列に並ぶと手を結び、突入のタイミングを計る。心をひとつに、五人の力は繋がった手を通じて全身へと行き届き――やがて神々しく光り輝いた。

「「「「「はあああああああああああああ」」」」」

 大きく声を上げ、暗黒球体【ゲヘナ】目掛けて渾身の力で体当たり。

 その結果――衝突時に歪んだゲヘナに亀裂が入り、穴が開いた。ディアブロスプリキュアはその穴を通じて内部へ侵入。彼らの侵入と同時にゲヘナは何事も無く修復された。

 

 どうにかゲヘナへの突入に成功したメンバーは周り一帯を見渡した。

 球体の中は洞窟のような構造をしており、左右には岩場のように盛りあがった箇所が見受けられる。

 だがそこは決して長居したくなる様な場所ではなかった。現に入った直後から、五人は本能的な恐怖から冷や汗が止まらなかった。

「ここがカオス・エンペラー・ドラゴンの本体?」

「ハヒ……とんでもなくデンジャラスで不気味です!」

 すると不意に、セキュリティキーパーが眼前に見えたものを注視する。

「あれは……」

 少し距離があったのでベリアルたちは洞窟内部のような細長い空間を移動する。

 やがて見つけたのは、ドクドク……と、不気味に脈を打っている脳髄のような巨大な器官だった。

 ベリアルたちは思わず固唾を飲むと、太いパイプの様な神経と幾重にも繋がっているそれを凝視する。

「間違いないわ。ここがカオス・エンペラー・ドラゴンの中枢……」

「と言う事は、これが奴を制御する器官と言う事か」

 

『ふふふ……ははははは……キュアベリアルとその仲間たちよ、よくぞここまで辿り着いた』

「ハ、ハヒ!? 何ですか今の声!?」

 突然の声に反射的にたじろぐ面々。

 すると、眼前にある脳髄状の器官が突如強い光を帯びる。直後、バリンという音を立て中から顔を出したのは意外な人物だった。

「あ、あんたは……!!」

「ホセア!!」

 器官から出て来たのは、洗礼教会の大司祭にして全ての黒幕たる者、ホセア。天界における戦いで他の幹部たちが戦死した中で唯一生き残り、その後姿を眩ませ消息を絶っていた。

 そして今、カオス・エンペラー・ドラゴンのゲヘナ中枢において、ベリアルたちの前に何の前触れも無く現れた。

 地に下りたった際、ホセアはベリアルたちを前に不敵な笑みを浮かべる。

「くっ……なぜ貴様がここに!?」

 これまでの経緯もあり、感情的に声を荒立ててしまったバスターナイト。そんな彼に対し、ホセアは口元を歪める。

「ふふふ……愚か者よ、まだ解らぬのか?」

「ホセア! さてはあなたがカオス・エンペラー・ドラゴンの?」

「「「「え(何)!?」」」」

 直感でケルビムがそう問いかけた事に驚愕するベリアルたち。ホセアはかぶりを振る事なく、彼女の言葉を肯定した。

「その通りだ、キュアケルビム。私こそがカオス・エンペラー・ドラゴンの意志細胞。【カオス・エンペラー・ドラゴン】トハ即チ、コノ私ナノダ」

「声が……!!」

 段々とホセアの声からカオス・エンペラー・ドラゴンの声へと変わっていった。

 ホセアの声色を変声機を使って変えたかの様な低い声で、一つ一つの声色が重くなったそれはベリアルたちに知られざる真実を語り出す。

『一千万年ノ長キ年月……次元ノ狭間ニテ、天界・悪魔界・堕天使界・冥界、ソシテ人間界ヲ我ガ分身デアル〝クリーチャー〟ヲ通ジテ秘カニ監視シ、争イノ種ヲ撒イテキタ』

「ハヒ! クリーチャーが……あなたの分身ですって!?」

「カタルシスやイフリートがそうだと言うの? でも彼らには明確な意志がある! 紛れも無く確固たる『個』があったわ!」

『三大勢力ノ戦イヲ煽リ、ソレヲ滅ボス為ニ生ミ出サレタ存在……ソレガ〝クリーチャー〟ダ。長イ年月ヲカケテ自我ニ目覚メ、我ガ思惑トハ異ナル行動ヲ取ルヨウニナッタ。タダソレダケノ事ヨ』

「どうしてこんな……世界を滅ぼそうなどとお考えになったんですか!?」

 率直に気になった事をウィッチが尋ねると、カオス・エンペラー・ドラゴンは器であるホセアを通じ、歪めた口元を動かし答える。

『カツテノ大戦ニヨリ、我ガ肉体ハ大天使キュアミカエルノ捨テ身ノ攻撃ヲ受ケ一度ハ滅ボサレタ。ダガ幸イカナ完全ニ浄化サレル事ハ免レタ。我ハ、次元ノ狭間ニ封印サレル既ニ魂ノ一部ヲ分離サセタ。ソシテ再ビコノ世界ニ復活スル為ニ必要ナ依リ代――我ガ器トナッテ動ク忠実ナ宿主ヲ探シ続ケタ』

「その器って言うのが……ホセアだというの!?」

『イカニモ。時間ハカカッタガ、オ陰デ我ハ今ココニ完全ナ力ヲ取リ戻スコトガ出来タ。オ前タチノ争イ合ウ怒リト憎シミ、悲シミ、恐怖、孤独ナドノ負ノ感情カラ生マレ出デルエントロピーヲ糧トシテ、我ハ成長シテキタ』

「エントロピーを糧に?」

『ソウダ。悪魔ト天使、堕天使、ソシテ人間。一千万年ニ及ブ戦イノ歴史ハ我ヲ復活サセルニ十分ナエネルギーヲ作リ出シテクレタ。我ハヨリ効率的ニエントロピーヲ集メル為、自ラノ細胞ヲ無数ニ分裂サセタ』

「まさか、クリーチャーはその為に?」

 クリーチャーの本当の役割に気づいたセキュリティキーパーからの問いかけを受け、カオス・エンペラー・ドラゴンは不敵に笑うと、ある質問をベリアルへとぶつける。

『キュアベリアル……貴様ハ気付イテイタハズダ。言ッテミロ、何故コレホドノ長キ年月戦イヲ止メル事ガ出来ナカッタ?』

「それは……」

 思わず口籠ってしまった。そんなベリアルを見て鼻で笑ったカオス・エンペラー・ドラゴンは、ケルビムに同様の質問を振った。

『キュアケルビム。貴様ハドウダ? ナゼ嘗テノ様ナ戦ガ起キ、今ナオ規模ハ違エド戦イノ連鎖ハ続イテイル?』

 哲学的な問いかけだった。ケルビムは難しい表情を浮かべながら、自分なりの答えを導き出し――やおら答える。

「……平和のためよ」

 

 その頃、ゲヘナの外では相変わらずの激しい戦闘が続いていた。

「ええい! ビクともしねぇ!! こっちの被害はどうなってる!?」

「わからん! オーディン殿のお陰で大きな被害は出ていないが、敵に攻撃が与えられない内にこちらの力は尽きるぞ!!」

 全勢力の力を合わせても、やはりカオス・エンペラー・ドラゴンの力は規格外であり、攻撃をすればするほど力は増大し、どれだけの傷を負っても瞬時に再生する。正に常識と言う概念すら超越した怪物である。

 嘗ての大戦の時と同様に、カオス・エンペラー・ドラゴンは自らが絶対の存在であるかの如く力を振る舞い、咆哮を上げ歯向かう者を尻込みさせる。

「怯むな!! プリキュアたちが中で戦ってるんだ! こちらも攻撃を続けるんだ!!」

 カタルシスの激励を受け、連合軍は休まず攻撃をし続ける。

 この終わりなき戦いの先に待つものとは生か、それとも死か…………。

 

『平和ダト?』

 ゲヘナ内部で続く善と悪の権化による対話。

 ケルビムから答えを聞かされると、カオス・エンペラー・ドラゴンは想定していた以上の稚拙な答えに笑いが止まらなかった。

『愚カナ。平和ノタメニ終ワリ無キ戦イヲ続ケルトハナ。戦イニ勝利スルシカ平和ヘノ道ハ築ケヌカ。何カヲ護ル為ニ力ヲ振ルウ事ハ平和ノ為ノ正義ダト考エテイルノナラ、ソレハ大キナ過チダ。力ヲ以ッテ為セルノハ破壊ノミナノダ』

「そんな事……あんたに言われたくないわよ!」

 つい声を荒らげてしまうベリアルだが、カオス・エンペラー・ドラゴンはすかさず彼女に向かって別の教唆を掛けてきた。

『本心ヲ言ッテミロ、キュアベリアル。プリキュアデアル以前ニ、貴様ハ悪魔。争イノ無イ世界――欲望ノ存在シナイ世界デ生キテイク事ナド出来ヌ』

「君、思ったよりうだうだとうるさいね」

「これ以上貴様の教唆に付き合うつもりはない。叩き潰してくれる!!」

 カオス・エンペラー・ドラゴンとの対話に嫌気が差し、セキュリティキーパーとバスターナイトが飛びかかろうとした――次の瞬間。

 何処からともなく紫色の不気味な触手が幾重にも伸びて来たと思えば、バスターナイトとセキュリティキーパーへと襲い掛かったのだ。

「な、なに!?」

「くっ……!!」

 瞬く間に触手はバスターナイトとセキュリティキーパーの体を拘束。四肢の自由を完全に奪った。

「サっ君!!」

「春人さん!!」

「二人とも、すぐに助けるから!!」

 と、バスターナイトたちを助けようとした矢先。ベリアルとウィッチ、ケルビムの三人にも同様の触手が襲い掛かった。

「きゃああ!!」

「何よこれ!?」

「動けません……!!」

 完全に触手によって動きを封じられてしまった。

 ディアブロスプリキュア全員を一網打尽にしたカオス・エンペラー・ドラゴンは、無様な姿となった彼らを嘲笑する。

『フフフフフ……キュアベリアルヨ、貴様モ仲間トモドモ我ニ同化スルガヨイ。自分ノ本性ヲ素直ニ認メルノダ』

「本性ですって!?」

『ナゼ自分ヲ誤魔化ス? ソノ名ニ関シタ接頭語ガソンナニ重荷カ、キュアベリアル?』

 指摘を受けると、ベリアルは苦々しい表情を浮かべる。プリキュアの名は地上の全ての愛と正義、命を守る『戦士』である事の証――ベリアルを始めすべてのプリキュアが共通の接頭語を名に持っている。

 カオス・エンペラー・ドラゴンはベリアルをプリキュアとしてではなく、一介の悪魔として見ていた。ゆえに無意識にプリキュアらしく振る舞おうとするベリアルに揺さぶりをかけ、彼女の戦意を削ごうと考えた。

 この目論みは功を奏したようで、ベリアルは言われるがまま抵抗する事も出来なくなってしまった。

「くっ……」

「おのれ……!」

「ホセア……いや、カオス・エンペラー・ドラゴン!!」

 抵抗の意志を削ぎ落されるベリアルとは裏腹に、セキュリティキーパーとバスターナイト、ケルビムの三人は怒りの感情を抱きながら触手から抜け出そうと激しく露骨な抵抗の姿勢を示した。

『ソウダ。モット怒レ……憎シミノ心ヲ増大サセロ』

 カオス・エンペラー・ドラゴンにとって負の感情から生まれるエントロピーは糧そのもの。正に三人のしている行為は彼にとって格好の餌だった。

 怒りに反応して、三人の身体に巻き付いた紫色の触手が徐々に全身へと伸びていく。その様を見たウィッチとベリアルはハッとなり、声を荒らげる。

「皆さん!!」

「やめなさい、カオス・エンペラー・ドラゴン!!」

『フフフフフフ。ハハハハハハ』

 二人を嘲笑いながら、カオス・エンパラー・ドラゴンは触手に呑まれゆく三人の姿を傍観する。

「ぐおおおおおおおおおおおお」

「ぐああああああああああああ」

「うわあああああああああああ」

 顔表面にまで触手が及ぶと、三人の意識は完全に消えカオス・エンペラー・ドラゴンの意識へと強制的に同化されてしまった。

「サっ君!! テミス!! 春人!!」

「そんな……なんてひどい事を……」

 瞳から意識という輝きを失い変わり果てた三人の姿を見て、ウィッチは悲しみに打ちひしがれる。その隣で、ベリアルは苦い顔を浮かべ何もできない状況に強い苛立ちを覚える。

 カオス・エンペラー・ドラゴンは終始嘲笑をし続け、ベリアルを前に言ってくる。

『フフフ……アノ三人ノ姿ヲ見ルガイイ、キュアベリアル。生キ物ノ本能ニ忠実ナコノ無様ナ姿ヲ。キュアベリアルヨ、ナゼ認メヌ? 悪意トハ即チ鏡ニ映ッタオ前ノ姿ソノモノ。ソノ胸ニ輝ク重荷サエナケレバ、オ前ノ本性ハ悪魔。飽クナキ欲望ニ身ヲ浸ス卑シキ存在。悪魔モ人間モ何ラ変ワルトコロハ無イ』

「リリスちゃん……」

 どんどん追い詰められていくベリアルと、それを憂慮するウィッチ。今やこの場は完全にカオス・エンペラー・ドラゴンのテリトリーと化している。

『コノ戦イヲ見ロ。平和ヲ愛スル為ダト? ナラバ、何故戦イヲ止メヨウトシナイ? ナゼ争イ続ケル? 今ヤ我ニ向ケラレタ無数ノ怒リト憎シミハ、我ニ更ナルエネルギーヲ与エルノダ』

「黙りなさい……」

『貴様タチガ戦イ続ケル限リ、我ノ力ハ増大シ続ケル』

「黙れって言ってるのよ!!」

 これまでに蓄積された諸々の感情が一気に爆発。激昂したベリアルは、カイゼルゲシュタルトの力を解放して体に巻き付いた触手を焼き切ろうとする。

 だが結局それは叶わなかった。それどころか、怒った際に放った波動ですらホセアの姿を模ったカオス・エンペラー・ドラゴンには届かない。

 無駄に力を消費するだけに終わったベリアルを嘲笑い、カオス・エンペラー・ドラゴンは断言する。

『憎シミガアル限リ、我ヲ倒ス事ハ永劫叶ワヌノダ』

「っ……」

『言エ、キュアベリアル。貴様ノ本心ヲ言ッテミロ』

 問いかけにベリアルは応じようとせず、口籠って沈黙を守り抜こうとする。それを承知の上でカオス・エンペラー・ドラゴンは更なる揺さぶりをかけてくる。

『争イコソガ貴様ノ生キ方ノハズダ。イツマデモ戦イ続ケタイ。貴様ハ戦イガ大好キナノダ』

「それは違います!!」

 真っ先に否定したのはベリアルではなく、彼女の親友であるウィッチだった。

 驚愕の表情を浮かべウィッチを見つめるベリアル。カオス・エンペラー・ドラゴンもまた彼女への興味関心を抱いた。

『ホウ……貴様ハ、キュアベリアルト接触シタ人間ノ中デ最モ親シイ存在。ソシテ、プリキュアノ力ヲ手ニシタ存在』

 カオス・エンペラー・ドラゴンからの関心を向けられる中、ウィッチはベリアルを弁護するために自分が見続けてきた『悪原リリス』という一人の少女について熱く語り出す。

「あなたのおっしゃる通りリリスちゃんは悪魔、それは間違いありません。ですが、リリスちゃんは悪魔ですけどとっても優しい女の子なんです! とっても強くて、だけどとっても繊細で、とっても辛い目にも遭ってきました! それでも、リリスちゃんはプリキュアとしてみんなの為に今まで戦って来たんです!! 家族を奪った教会への復讐という私的な目的の先に見えた光を――リリスちゃんは戦いを通じて、私たちと過ごした時間を通じて知ったんです!! 今のリリスちゃんはもう、昔とは違います!! リリスちゃんこそ、ベルーダ博士が選んだ混迷する世界を救うたったひとつの希望なんです!!」

「はるか……」

 親友の言葉一つ一つにベリアルは胸を強く打たれる。対して、カオス・エンペラー・ドラゴンはつまらなそうに鼻で笑うだけ。

『ドウ足掻コウト、オ前タチニモウ手ハ残サレテイナイ。スベテハ我ト融合シ、新シイ時代ヲ迎エルノダ』

「あんたの言う新しい時代って、何も存在しない【虚無】って事でしょ? 私たちはそんなもの必要としていないわ!!」

『愚カナ。何物モ存在シナケレバ、争イハ消エ憎シミハ失イ老イルコトモナク死ヲ恐レル必要モナクナルノダゾ。全テノ生命体ノ時ハ止マリ、平穏ナル『永遠ノ楽園』ガ誕生スル。コレヲナゼ享受シヨウトシナイ? ナゼ抗オウトスル?』

「確かにその発想だけなら、なんて素晴らしい世界なんでしょうねって思いたくなるわ。だけどあんたのそれもまた私から言わせればただの幻想よ!」

『善意ニヨル主張ヲ真ッ向カラ否定スルカ。ヤハリ貴様ノ本性ハ悪魔ナノダ』

「何が善意よ……何が新しい時代よ……あんたのやってる事こそ独善の極みじゃない!! 独りよがりな善意の為に一体どれだけの血が流れたと思ってるの!? 何人の悪魔や天使、堕天使、クリーチャー、私の両親、それにレイがあんたの下らない幻想の犠牲になったと思ってるの!!」

『気ノ毒ナモノダ』

「それで済ますつもりなの?」

『済マスシカアルマイ』

「聞き逃さなかったわよ今の言葉……ふざけるのも大概にしなさい!!」

 怒りエネルギーが頂点に達した。瞬間、ベリアルの体に纏わりついていた触手が全て弾け飛んだ。

 紅色に輝く魔力光を伴い全身に力を滾らせるベリアルを見ながら、カオス・エンペラー・ドラゴンは口元を歪める。

『オモシロイ。我ヲ倒シテミセヨ、キュアベリアル』

「はあああああああああああああ」

 カイゼルゲシュタルト状態で、渾身の力を込めて憎きカオス・エンペラー・ドラゴン目掛け波動を放つ。

 敵は既のところでこれを躱し、放たれた波動は顔面横を通り過ぎた。ベリアルの思いの丈ですら、無情なカオス・エンペラー・ドラゴンには届かなかった。

『愚カ者メ。貴様モ我ト同化セヨ』

 途端に触手がベリアルへと迫り、一度は拘束から逃れた彼女の体を再び捕える。

「きやああああああ」

「リリスちゃん!!」

 ベリアルを捕えたと同時に、ウィッチの全身を覆っていた触手が急速に侵食を始め彼女の顔の部分にまで及び始めた。

「イヤです……イヤです!! なりたくない、こんな……こんな酷いヤツと……同じになんて……」

 全てを破壊し虚無を生み出そうとする最悪の存在と同化する事に嫌悪し、また純粋に恐怖するウィッチの意識は程なく触手によって取りこまれた。

「はる……か……」

 親友一人でさえ救う事も出来ぬまま、ベリアルは抵抗すら出来ない状態で顔まで迫ってくる触手に少しずつ意識を侵食されていく。

『キュアベリアル、貴様ノ温イ正義感ニハ反吐ガ出ソウダ。全テノ生命体ヨ、ソノ正義感ヲ翳シテ我ト戦ウガヨイ。一体ドレダケノ犠牲ガ出ルカナ?』

 徹底的にベリアルのプリキュアらしき振る舞いを否定し続けるカオス・エンペラー・ドラゴン。今すぐにでもこいつを殺してやりたいと思いながらも、何もできない状況にベリアルは途方もない絶望を抱く。

『見セテヤロウ、キュアベリアル。本当ノ破壊ヲ……知ルガイイ。滅亡ニヨル祝福ヲ……』

 言うと、ホセアの姿を借りたカオス・エンペラー・ドラゴンは踵を返して再び中枢機関との融合を行いひとつとなった。

 その間にベリアルの意識は徐々に薄れ、とうとう力なく瞼を閉じた瞬間、その意識をカオス・エンペラー・ドラゴンによって完全に取りこまれてしまった。

 

           *

 

 カオス・エンペラー・ドラゴンによって意識を取りこまれたベリアルたち。

 あの後、ベリアルは一人暗く深淵の見えない空間をゆっくり落ちていく感覚を体感しながら、カオス・エンペラー・ドラゴンの意識に飲まれようとしていた。

(どうして……滅亡が祝福だなんて……)

 辛うじて意識を保っているがそれも直に限界を迎えようとしている中、ベリアルは薄れゆく自我で到底理解し難いカオス・エンペラー・ドラゴンの考えを思案し続ける。だが、どれだけ考えたところで決して共感できない。そんな彼女の意識にカオス・エンペラー・ドラゴンの意志はおもむろに呼びかける。

 ――隆盛ヲ極メ、未来ヲ見通ス科学ヲ手ニ入レタ知的生命ハ時ヲ超エテ、永遠不滅ノ真理ヲ探シ求メタ。傲慢極マリナイトハ思ワヌカ。

 ――ソシテ、時ノ果テノ未来ヲ計算シ結論ニ至ッタノダ。永遠ナド存在シナイト。宇宙ハ有限デアリ、全テハ滅ビ、消エテイク。ナラバ生命ハ皆等シク滅ビノ更ニソノ果テニ安息ト栄光ヲ見出スシカナイノダ。

(私はそんな戯言、ぜったいに認めない)

 ――ソレハ欺瞞デアルゾ、キュアベリアル。命トハ恐怖ノ連続。ソコカラノ解放ト常シエノ安息ハアラユル理性ニトッテノ宿願ナノダ。

(違う!)

 ――心ノ声ニ耳ヲ傾ケロ。向キ合ウノダ。自ラノ偽ラザル願望ト。

 闇に堕ちる魂。その魂を誘う幻惑の声。カオス・エンペラー・ドラゴンはかねてより地球に文明が栄える以前から、知的生命が活動する宇宙の星々を渡り歩いては、その隆盛の果てを目の当たりにしてきた。そう、カオス・エンペラー・ドラゴンが終焉を齎すのではない。カオス・エンペラー・ドラゴンによって文明が終焉という名の完成に至るのだ。この逆説的とも言える論理をベリアルはゆめゆめ認めようとしない。当然だ――それを認める事はすなわち、今までの自分の行いそのものを完膚なきまでに否定する事と同義であるのだから。

 しかし、どんなに彼女自身の理性がそれを否定してもカオス・エンペラー・ドラゴンは知っている。そして付け入るのだ。彼女の精神の隙間にある心の闇へと。

 ――最モ古イ記憶デサエモ、オ前ハ恐怖ト絶望ノ虜デアッタ。

 ――十年前ノアノトキ、オ前ハ祈ッタハズダ。モウ嫌ダ……何モカモ終ワッテホシイト。

(私は……でも……)

 ――オ前ノ人生デ培ッテ来タモノ。ソレハ怒リト屈辱。ソシテ、逃ゲ場ノナイ閉塞感。ダカラコソ常ニ待チ望ンデキタハズダ。イツカ、スベテカラ解放サレルノヲ。

 

 朦朧とする意識が不意に覚醒した。閉ざされた視界が開け、ベリアルの目の前に広がってきた光景――デーモンパージによって炎に飲まれる悪魔界。煌々と燃え盛る炎の音とともに、悪魔たちのおぞましい悲鳴がベリアルの耳に飛び込んでくる。

「これは……」

 そのとき、ベリアルの瞳に数人の人影が現れた。まるで亡霊の様な雰囲気を漂わせながら近づいてくるのは命を賭して自らを生かした両親と、エレミアによって命を奪われた小悪魔ギャレットだった。

 ――キュアベリアルヨ、オ前ハ覚エテイル筈ダ。勇猛果敢ニ使命ヲ全ウシタ彼ラノコトヲ。

「お父さま……お母さま……ギャレット……!」

 震える声で眼前に立ち尽くす三人を見ながら、後ずさるベリアル。そんな彼女にまるで恨み節でも話すかのように三人は口々に言う。

「リリスよ、私は命を捨ててまでこの国の為、お前の為に戦った。何故仇を討ってくれない? なぜ、おまえはその命を捧げない」

「やめてくださいお父様!」

「そうまでしてあなたは生き残りたいの? あの人間たちと? 私をこんな姿にしておきながら?」

「お母様、違うんです……!」

「ひどいよお姉ちゃん。あのとき、ぼくらは何のために死ななきゃいけなかったの?」

「ギャレットもやめてってば!! 私は何も悪くないのよ!!」

 彼女の精神に入り込む身内からの呪言。聞くに堪えず耳を抑える彼女だが、彼らが放つ言葉は直接ベリアルの頭の中へ入り込み、延々とこだまし続けた。

 ――アノ日、多クノ悪魔ガ命ヲ散ラシタ。ソノ系譜ノ最後ニ居ルノガオ前ダ、キュアベリアル。彼ラノ声ニ答エ、決着ヲツケルベキ時ナノダ。

「違う……私達は好きで戦いたかったわけじゃない。自分達の平穏の為に理不尽な運命に立ち向かったのよ。誰もこんな運命を受け入れる為に死んだんじゃないのよ!」

 どこまで卑劣に、ベリアルの精神を追い詰め続ける。カオス・エンペラー・ドラゴンは急速に自我を失い壊れつつある彼女に、自分がどのような経緯で生まれたのかという話を交えて、更なる追い打ちを加える。

 ――数多ノ世界デ栄華ヲ極メタ文明ガイズレハ辿リ着ク禁断ノ領域。ソノ扉ヲ押シ開イタトキ、我ハ産声ヲ上ゲタ。

 ――我ヲ生ミ出スノニ至ッタ文明ハソノ帰路ヲ踏ミ越エタ時点デ破滅ヲ運命ヅケラレテイルノダ。アトハ、ソノ滅ビヲドノヨウニ享受スルカ。

 ――最後マデ毅然ト誇リ高クアルベキトハ思ワヌカ、キュアベリアルヨ。

「私たちはただ……破滅する為だけに文明を築いてきたと……」

 ――ダガソレハ悲観スル事デハナイ。有限ノ宇宙ニ於イテ、ソレハ当然ノ帰結ナノダ。ダカラコソ霊長ノ精神ハ死ヲ超エタ先ノ果テ。滅ビノ向コウ側ノ領域ヲ探究セネバナラヌノダ。

 ――オ前タチノ長キ旅路ハ、自ラノ滅ビト向キ合ウタメノ運命ダッタ。

 ――黙示録ノ獣トハ飽クナキ繁栄ヲ求メタ傲慢ヘノ罰。コレヲ乗リ越エル為ニハ、ヨリ大イナルモノヘノ献身ヲ以ッテ人ト言ウ種ニ魂ヲ浄化スルシカナイ。

「どうしてこんなものを私に見せるの……あんたは私に何をさせたいの……」

 見たくもない光景を見せられ、聞きたくもない批判を浴びせられ、精神的に摩耗し切ったベリアルは弱々しい声でそう問いかける。

 ――オ前ヲスベテノ苦シミカラ解放スル為ダ。

 ――苦痛ノ為ノ命ナド我々ハ認メナイ。滅ビニ至ル道ハ安ラカデアルベキダ。

 ――称エヨ、終焉ノ翼ヲ。唱エヨ、混沌ノ御名ヲ。ソシテ求メヨ、勝利ト祝福ヲ。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

「っ!」

 気がつくと、ベリアルはなぜかベッドの上で横になっていた。

 よく見るとそれは自分の部屋のベッドであり、周りを見渡すと住み慣れた家の自室の風景が広がっていた。

 先程まで悪夢の様な幻惑とカオス・エンペラー・ドラゴンの教唆に精神を呑まれそうになったはず。そう思いながらふと窓の外を覗くと、

「これは……」

 窓の外には傍若無人と暴れ回るカオス・エンペラー・ドラゴンの姿があり、口から吐く炎は大地の全てを焦がし、七つの冠から解き放たれ世界へと降り注ぐ破滅の光は全てを消滅させてしまう。

 おぞましい光景を前に愕然とするベリアル。

 すると途端に景色が変わり、ベリアルの目の前に広がって来たのは草木一本も生えぬ枯れ果てた砂漠と、それに埋もれた街の姿だった。

「リリスちゃん!」

 そのとき、後ろから親友の声がした。

 振り返るとウィッチを始め、カオス・エンペラー・ドラゴンに取りこまれたメンバー全員が一緒だった。

「みんな!」

 仲間たちの無事な姿に安堵するベリアル。ウィッチたちは駆け足でベリアルの元へ近付いた。

「無事だったのねリリス!」

「お怪我とかありませんか?」

「私は大丈夫。それより、ここは……」

「わからないんだ。どうやらオレたちは、カオス・エンペラー・ドラゴンの意識に取りこまれてしまったらしい」

「だとしても、これは一体何なんだろうね」

 見渡す限りの砂漠。かつて砂漠があった場所には文明と呼べるものがあり、人間を始めとする多種多様な生物が共存を図っていた。

 しかしそれが突如現れた一匹のドラゴンによって全て覆された。

 万物を破壊し尽くされた何もない世界。静寂にして、憎しみや悲しみの生まれない平穏な世界。この状態こそが、カオス・エンペラー・ドラゴンやホセアの言う所の【永遠の楽園】とするならば、ベリアルたちが率直に思った事は。

「これが、奴の言っていた永遠の楽園なのかしらね……」

「こんな何もない世界が楽園なんて、どうかしてますよ」

 全てが失われた世界。生き物という存在そのものを拒絶された世界。それがこれほどまでに寂しく、虚しいものだとは思わなかった。

 常人の感覚からはとても理解できないカオス・エンペラー・ドラゴンの歪んだ幻想に、改めて強い嫌悪感を抱いた――その直後。

『忌々シキ恐レヲ知ラヌ者ドモヨ』

 何処からか、カオス・エンペラー・ドラゴンの声が聞こえてきた。

 刹那、瞬く間に空が暗黒に包まれる。見上げれば、妖しく紅く光る瞳が浮かび上がり、雲は左方向に渦を巻いている。

『愚カ者ドモヨ。未ダ解ラヌノカ。世界ハ、コノ宇宙ノ理(ことわり)ハ、コノカオス・エンペラー・ドラゴンノモノダ。案ズルコトハ無イ。貴様達モスグニ永遠ノ楽園ヲ受ケ入レル事ガ出来ルヨウニナル。我ト同化スル事デナ』

 あれだけの精神的苦痛を強いながらも完全にその自我を失っていないベリアルたちを今度こそ取りこみ自らと同化させる為、カオス・エンペラー・ドラゴンは意識の中でもがく彼らを黒い渦で吸い上げようとする。

「「「「「うわああああああ」」」」」

 意識の中では変身して戦うことすら叶わない。戦う術を奪われたベリアルたちにはどうする事も出来ない。

『莫迦ナ奴ラメ。大人シクシテイレバ我ノ中デ生キテイケタモノヲ――――止メダ』

「レイ……レイィィィィ!!」

 いついかなる時も、ベリアルの心にはレイの存在があった。自分を守って死んでいった彼の思いを何ひとつ果せぬまま同化されてしまう事を心底悔しく思い、それでもなお最後の最後まで最も大切なものの名を叫ぶ。

 もはや打つ手なし――誰もがそう諦めかけたときだった。

 ゲヘナの外で、ベリアルからレイを託されたオーディンは予想外の出来事に直面する。

「こ、これは!? 何が起こっておるんじゃ!!」

 ある程度の事象を予測できる北欧の主神の力を以ってしても予知できなかった事態だった。息を失くしたレイの身体から、神々しい光が漏れ出したのだ。そればかりか、漏れ出た光はゲヘナ目掛けて飛んで行き、固い膜を突き破って内部へと侵入した。

 

 やがて渦の中から一筋の光が土壇場のベリアルたちの元へ差し込んだ。

「なに?」

「あ!」

 暗雲が晴れた瞬間、空には一つ一つが神秘と言う名の輝きを放つ無数の発光体が群がっていた。頭上を仰ぎ見るベリアルたちはその光に目を奪われる。

「この光は……」

 すると、光の中から現れたのはハート形のエンブレムをコスチュームの何処かしらに刻んだ聖なる女性戦士たち。一目見て、それが過去に地球上で正義を守る為に悪と戦って来た歴代のプリキュアたちであると分かった。

「プリキュアだ。過去にドクターベルーダが選出したプリキュアたちがオレたちを助けてくれたんだ」

『フフフ……本当にそれだけかなイケメン王子?』

「この声は!!」

「レイ!? レイなの!!」

 伝説のプリキュアたちに混じって、ベリアルたちの真上方向に浮かぶ光からはレイの声がする。光はおもむろに生前時のレイの姿を模り、彼女たちとの対話をし易くした。

『リリス様』

「レイ……!」

 奇跡を目の当たりにしたベリアルは死んだはずの使い魔がこうして自分の前に現れた事に感服し、言葉を失う。

 レイは魂だけとなっても、生前と変わらずベリアルを守ろうとしていたのだ。

『カオス・エンペラー・ドラゴンの攻撃で私の肉体は生を失いました。しかし、肉体の生は終わってもその心は常にリリス様と共にあるのです』

「レイ……そうよね、あなたはずっと前から私を守ってきてくれたのよね。ずっと、ずっと……なのに私は、あなたに何もしてあげられないで」

 今になって、レイの存在がどれほど自分を支えていたかを実感する。思えば日常でも戦いでも常にレイが側に居てくれた。常にレイの力を借りていた。今のベリアルがこうしていられるのもレイが支えとなってくれたから。だからこそ、あのときレイを助けられなかった事と、いつだって彼に助けられてばかりだった事がとても情けなく思えてならず、ベリアルは深く内省しながら大粒の涙を流す。

『泣いている暇などありません、悪原リリス。いえ、キュアベリアル』

『混沌に包まれたこの世界を救う為に、今こそ立ち上がるのです』

 そんな彼女を激励する歴代のプリキュアたち。そのうちの一人、ケルビムの先祖にして一千年前にカオス・エンペラー・ドラゴンを封じた大天使――キュアミカエルがベリアルを鼓舞させる言葉を掛けて来た。

「立ち上がるって……あんなバケモノ相手に勝てる自信なんて……」

『なぜ、私があのときリリス様を庇って死んだのか分かりますか?』

 不意にレイがベリアルへと尋ねてきた。

 急な問いかけに思わず面を食らったような様子のベリアル。レイはそんな彼女に真顔でこう言葉を紡ぐ。

『私は決して犬死をしたとは欠片も思っておりません。むしろ、この死を喜んで受け入れているくらいです』

「どういう事よ? 死んじゃったら何にも意味なんて……!」

『逆ですよ。死んだからこそ意味があるんです。死は希望なのです。死の一つ一つが世界を発展させてきたのです。歴史を紐解いてもそれは一目瞭然。現代の世界とは私を始め、ここにおられる歴代のプリキュア、その他すべての生物の死屍累累の屍の上に成り立っております。誰しも革新的な発展による恩恵を受けたいが為に何かしらの犠牲があっても仕方がないと思っているはずです。しかし、その犠牲が自分や家族であると分かった途端にこう言うです――〝話が違う!〟と。何で自分がこんな目に遭わなければいけないんだ、誰のせいだ、誰が悪いんだ、誰を吊し上げればいいんだ!』

 熱の籠ったレイの弁舌にベリアルはふと思った。まるでこれは、自分へと向けられている説教そのものであると。何せ彼が言うことはすべて、悪原リリスが生まれて十四年の間に経験してきた事を如実に物語っていたのだから。

 直後、熱の冷めぬうちにレイが強い語気でベリアルへと言い放つ。

『教えて上げますリリス様、訴えたいなら犠牲を伴う世界のシステムを作った神を訴えてください! あなたのご両親や私を救えなかったのは犠牲の上に成り立つシステムを許容する世界の在り方そのものなんです!!』

「だから、私もあいつみたいに世界を壊せと言うの? そんなこと……できるわけないじゃない!!」

『だったらせめて犠牲になった者たちの為にも強く生きろ!! 生きて、誰も犠牲にならなくて済む新しい世界の在り方を作ってください!! それが、私やこの場に居合わせたプリキュアたちの共通の願いなんですよ』

 犠牲を伴う世界で、新たな時代の礎となる為に犠牲となった者たちの気持ちが凝縮されたレイの最初で最後の懇願。どうして死人となってまで自分たちの前に現れ、このような言葉を送ったのか――その意味をベリアルたちはしかと受け止め、彼らの願いを無下にしてはいけないと思った。

 そうして彼らがレイの送ったメッセージを受け入れたのを確認すると、プリキュアたちは破顔一笑し安堵。レイもまた柔らかい笑みを浮かべ、大好きなベリアルを見ながら語りかける。

『あなたならば、私の死を決して無駄にはしないと信じています。忘れないで下さいリリス様……死こそが希望なのです』

 瞬間、強い光が辺り一帯を包み込んだ。

 彼らの助力を受けたベリアルたちの意識は、程なくカオス・エンペラー・ドラゴンの支配から離れるのだった。

 

           *

 

カオス・エンペラー・ドラゴン 暗黒球体ゲヘナ・中枢

 

『コレハ……』

 カオス・エンペラー・ドラゴンも予想だにしなかった展開だった。

 触手によって意識を奪われたはずのベリアルたちが、次々と意識を取り戻し復活を遂げた。全身を覆い尽くしていた触手の呪縛から容易く抜け出したのだ。

 触手から解放された際、ベリアルたちは自らの意思で手足を動かせる事、頭で考えられる事を確かめ合う。

「ハヒ……はるかたち……生きてます?」

「生きてるよ。ちゃんとね」

「レイや歴代のプリキュアの力が、私たちを解放してくれたのね」

「リリス、大丈夫かい?」

「うん」

 このとき、ベリアルはレイが言っていたあの言葉をもう一度思い出す。

 

『死こそが希望なのです――――』

 

(ありがとう――レイ。そうよ、私たちの過ちに慰めなんてない! そんなものすべていい訳よ! 諦めればすべてがウソになる! 救いなど無くていい! この命がどんなにちっぽけで惨めでも、死んでいったみんなが信じていたものを裏切るくらいなら……私は!!)

 だがそのとき、脳髄状の中枢臓器が激しく脈を打ち出した。同時にカオス・エンペラー・ドラゴンが怒りの感情を露わにする。

『オノレ……オノレ……我ニ逆ラウ事ナド断ジテ許サンゾ!』

 バリンと、膜を突き破って現れたカオス・エンペラー・ドラゴンはホセアの体を使い、ベリアルに向かって剣を突き立て勢いよく迫った。

『ウオオオオオオオオオ』

「リリスちゃん!!」

 咄嗟にハイプリエステスワンドの先から、ウィッチは魔法弾を放った。

『グオオオオオオオオオ』

 怒りに我を忘れたカオス・エンペラー・ドラゴンはウィッチの攻撃に対する防御が間に合わなかった。

 直撃を喰らったホセアの肉体は地面に落ちた瞬間、バラバラに砕け散った。残ったのは機械仕掛けのような体の残骸、それを動かしていた容器に入った脳細胞だけだった。

『バ……カナ……』

 ホセアという器を破壊された事で、カオス・エンペラー・ドラゴンの意志細胞は完全に消滅し機能を停止する。

 その消滅に伴い、暗黒球体ゲヘナも破裂して崩壊。意識を司っていたホセアがゲヘナにいるうちは制御が出来ていたカオス・エンペラー・ドラゴンもすっかり我を失い暴走。ただいたずらに邪炎を吐きまくって暴れ回るだけの獣と化す。

「どうなってるんだ!?」

「操る者がいなくなって、暴走してるのか?」

 制御が効かないものほど迷惑な存在は無い。どちらにせよ、早く倒さなければ暴走によって世界の破滅を招いてしまう。

 暴れ続けるカオス・エンペラー・ドラゴンを見ながら、ベリアルが心に思った事はひとつ――レイから教わったあの言葉の意味を理解し実行に移すこと。

(死こそ希望……レイ、私やってみるわ。どこまで出来るかわからないけど、私が――プリキュアとしてこの世界の為に出来ることをする)

 彼女がそう決意を固めた瞬間、胸の鼓動に乗せて体から目に見えない波動が世界中へと拡散する。

 

 カオスピースフルとその後出現したカオス・エンペラー・ドラゴンの攻撃によって地球は半壊状態に陥り、辛うじてこの危機から生き残った者たちは地下等に身を潜め肩を寄せ合っていた。

 そんな肩身の狭い思いをしている彼らへと向けられたベリアルからのメッセージは、エントロピーを生み出し続ける彼らから恐怖を取り除き、絶望を希望へと変えてゆく。やがて子供を端にして、全人類はいつの間にか出現した奇跡のアイテム――ミラクルライトを手に取り、天高く掲げると希望の光をベリアルの元へと送り届ける。

 

 世界中から送られてくる無数の光がベリアルの体へと注がれる。ベリアルはその光を受けながら、力を蓄える。

「この光は……」

「包み込んでいく……リリスちゃんを優しい光が包み込んでいきます!!」

「いや、光だけじゃないよ」

 そうセキュリティキーパーが指摘すると、破断された空間の裂け目と地底から光とは対になるもの――闇もまた彼女へと吸い寄せられるように集まっていた。

 これを見て、ウィッチは自分たちが為すべきことを瞬時に理解し皆へと呼びかける。

「皆さん、リリスちゃんに私たちが持つ光と闇を両方注ぎ込みましょう!!」

「よっしゃ、わかったぜ嬢ちゃん!!」

「こうなりゃやけくそだ!!」

「オレたちの光と闇、全部もってけ泥棒!」

 連合軍を構成するすべての勢力は、自らの心の中にある『光』と対を為す『闇』を一縷の希望に変えてベリアルへと分け与える。

 そうして世界中の光と闇を集めた事で、ベリアルは聖と魔――隔たれていた二つの境界を容易く取り払い、あらゆる生命を超越した姿となるのだ。

 光と闇のエネルギーを偏りなく受け取った事でベリアルのコスチュームは白と黒を基調としたツートンカラーへと変化し、背中の翼は無くなった代わりにマントを身に纏う。髪の毛は下ろした状態で、後頭部に使い魔レイの姿を模った髪飾りを付ける。

「全ての魂は光を誘い、全ての魂は闇を導く。やがて光と闇の魂はカオスの光を創り出す」

 言うと、キュアベリアルは新たな姿へと変貌した自らの姿で語気強く口上を述べる。

 

「理(ことわり)の涯(はて)に立つ無二なる力! キュアベリアル・トランスツェンディーレン!」

 

 悪原リリスが、キュアベリアルが進化の過程で辿り着いた最終形態。ゲシュタルトチェンジとは異なる方法で光と闇の境界を超克し、聖魔混合を可能とした究極の姿こそトランスツェンディーレン――【超越者】なのである。

 オーディンは圧倒的にして神にも等しい絶対的なオーラを全身から放つベリアルの勇ましい姿に唖然としながらも思わず口元を緩める。

「これが……光と闇を超越したプリキュアの姿。やはり、ベルーダ氏の目に狂いは無かったようじゃ」

 ベルーダの選択に間違いなどなかったと、改めて確信する事が出来た。悪原リリスこそ、有史以来最も混迷する世界を救い新たな歴史を切り開く唯一無二の存在――そして今、全世界の生命体が彼女へと希望を託したのである。

 トランスツェンディーレンの力を肌で感じるベリアルは、未だ暴走し続けるカオス・エンペラー・ドラゴンを見据える。すると彼女に気付いたのか、カオス・エンペラー・ドラゴンがベリアルに対し邪炎を放った。

 刹那、ベリアルは左手に出現させた魔法陣で邪炎を容易く防御。あろう事か邪炎をそっくりそのままカオス・エンペラー・ドラゴンへと跳ね返した。

 自らの炎によってカオス・エンペラー・ドラゴンがダメージを負いもがき苦しむ。一瞬の間隙を突く為、ベリアルは聖なる浄化の光を掌に収束し、それを超高速で連射する。

「ディバイン・アトーメント!!」

 正に怒涛の攻撃。

 暴走するカオス・エンペラー・ドラゴンを圧倒する絶大な力。戦いを間近で見守る連合軍と、テレビモニターを通じて見ていた人々は感嘆の声を上げる。

「はああああああああああああああああ」

 更なる追い打ちをかけようと、ベリアルは左右の掌を合わせ、天上に向けて全身に迸る闇のエネルギーを放った。

「ダークロード・ネメシス!!」

 雲を突き破って放たれた闇の力が、破壊の稲妻となって地上のカオス・エンペラー・ドラゴンへと降り注ぐ。稲妻は複数へ枝分かれし、カオス・エンペラー・ドラゴンの四肢及び主要な部位の動きを完全に封じ込める。

「おおおおお」

「抑えたわ!」

「リリスちゃん!!」

「止めよ」

 頃合いと見て、ベリアルは左手を数回に分けて十字に動かす。

 するとその作用で亜空間へと繋がるゲートが開かれ、超越した今の姿だからこそ使える究極の武器を召喚する。それこそ、彼女が最も信頼を寄せる使い魔の魂を模って作られた究極にして最強の剣(つるぎ)。その名も――

「究極戦刃(きゅうきょくせんじん)レイバルムンク!!」

 ベリアルの身の丈よりも若干巨大で、刀身はドラゴンの翼を閉じたような剣と言うよりも盾に近い形状をしている。戦刃には絶大な力が込められており、並みの者や一介のプリキュアでは決して振る事も受け止める事すら叶わない。すべてを超越した力を内包する今のベリアルだからこそ使う事を許された禁断のアイテム。

 秘めたるパワーを内包した剣を天に翳し、ベリアルはおもむろに一振りする。

 刹那、たった一振りでありながら七つあるカオス・エンペラー・ドラゴンの首のうちの三つが瞬く間に吹き飛び、体中を引き裂いた。

「カオス・エンペラー・ドラゴン……この世を破壊し終焉を告げるもの。あなたは、決定的に間違っている。たとえ全ての命の時間を止めこの世を無にしたところで、永遠の楽園など決して訪れない。あなたの望む世界には恐怖という感情は存在しないかもしれない。だけど、死の無い世界では人はそれを退けて希望を探す事をしないわ。人はただ生きるだけでも歩み続けるけど、それは恐怖を退けて歩み続ける事とはまるで違う。だから人はその歩みに特別な名前をつけるの――〝勇気〟と。全ての命は生きる為にある。全ての命は後世へと受け継がれていく――命の繋がりがあるからこそ、そこに新たな歴史が刻まれるのよ!!」

 語気強く物申してから、ベリアルは大きく剣を構える。

 全世界の者たちが注目を集める中、頃合いを見計らったベリアルはカオス・エンペラー・ドラゴンへと接近。渾身の思いを込めて一撃必殺の技を叩き込む。

 

「プリキュア・ソード・オブ・ルイン!!」

 

 レイバルムンクに触れたもの全てを消し去る究極必殺技。ベリアルの一撃が決まると、カオス・エンペラー・ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げ、斬られた直後に発生した黒い波動に全てを飲み込まれた。

 この瞬間、トランスツェンディーレンは怒涛の攻撃で敵を消去すると同時に過ぎた戦闘時間を取り戻す能力を発動する。これにより、カオス・エンペラー・ドラゴンによって跡形も無く破壊された世界は急速に修復されていき、元通りの姿へと復元した。

 今ここに世界は救われた。

 カオス・エンペラー・ドラゴンの完全消滅を享受した全生命は、歓喜の声を上げこの瞬間を祝った。

 戦いを終えたベリアルは、トランスツェンディーレンの姿を維持したまま一旦地上へと降り、仲間たちと合流する。

 何事も無かったかのように元通りとなった世界はとても美しく、穏やかな時を醸し出している。

 横一列に並んだディアブロスプリキュアのメンバーは勝利を称えるかの如く地平線の彼方より上がる朝陽を見ながら感慨に耽る。

「終わったのね」

「はい、終わったんです」

「カオス・エンペラー・ドラゴンは完全に消滅した」

「あたしたちの勝利ね!!」

「世界は救われました――」

「レイさんを始め、すべての命の思いがリリスさんに届いたからこそ勝てたんです」

「使い魔レイ……自らの命を投げ打ってまで、最後まで主を思い続け戦った勇敢な命があった事を僕は決して忘れはしない」

 各々が今回の戦いを終えての所感を述べる。

 ベリアルはもう一度自分に立ち上がる切っ掛けを与えてくれたレイの魂が、自分の体に確かに溶け込んだ事を再確認し、薄ら涙を浮かべた。

 

           ◇

 

 こうして、洗礼教会との戦いは終わりを迎えて十二月の慌ただしさと一緒に色んなことが急ぎ足で過ぎて行って……。

 神林春人は事件の後、再びロンドンへと戻った。それに伴い洗礼教会対策課――警視庁公安部特別分室も役目を終え、活動を休止した。

 教会の襲撃を受け破壊された天界を復興すると共に、それまで杜撰だったシステムの根本的な見直しを行う為、当面はオーディンを主導として、オルディネス亡きあとに世界の楔となったベルーダの意志と協力を誓った。

 カタルシスもまた多くの天使たちからの推薦もあり、自らの力の正しい使い所を考えた末に、天界守護代の新たな警備隊長として手腕を振るう事となった。

 戦いが終わってもなお、テミス・フローレンスは人間界に留まる意思を示してくれた。そして、そうこうしている間に一年と言う月日は瞬く間に過ぎて行った……。

 

           ≡

 

黒薔薇町 悪原家

 

 雪解けが垣間見える三月の終わり頃、悪原家のリビングにて集まったリリスとはるか、テミスは――

「紅茶淹れるわ。ゆっくりしてって」

「あ、手伝います!!」

「私も」

 はるかとテミスが言うと、リリスは穏やかな表情で首を横に振った。

「平気よ。座ってて」

 三人は紅茶と御茶請けを適当につまみながら、これまでの経緯やその後の生活がどう変わったかを話していた。

 すると、テミスが紅茶を飲んでいるリリスにややバツの悪そうな顔で尋ねる。

「リリス。もう一人には慣れた?」

 戦いからまる三か月。それまでのリリスの生活はレイが居なくなったという一点だけを除けば何ひとつ変わっていない。比較的平穏な日常が続いている。

 テミスからの問いかけに、リリスは紅茶のお代わりを注ぎながら、「そうね……」とおもむろに呟く。

「ちょっと五月蠅かったけど、いつも私の傍にいてくれたあの子がいない生活がどれほど空虚なものかっていうのは嫌でも思い知らされたわ。でもいい加減うじうじするのは止めようと思って」

「やっぱりレイさんが居ないのは寂しいですよね? リリスちゃん……辛くありませんか?」

「寂しいし、辛くないと言ったら絶対ウソになる。だけど今の私にはあなたたちがいるから」

 破顔一笑するリリス。しかし明らかに無理をしている事は、はるかとテミスにはお見通しだった。

「結局のところ、やっぱり私が一番ダメダメだったのよ。レイの事、もっと早くに気付いてあげられたらよかった。過ぎた事を後悔しても仕方がない。だからせめて私がちゃんとした大人になることができれば、あの子もきっと喜んでくれるはず」

 普段から大人びた性格のリリスだが、これまでとは明らかに異なる雰囲気を醸し出す彼女に思わず口籠るはるかとテミス。それを見たリリスは慌てて弁明する。

「あら、ごめんなさい。少し勝手に喋りすぎたわね」

「あ、うんうん!」

「リリスちゃん、いつも以上に何だか大人っぽく見えたものですから」

「多分……あの子の影響かもしれないわね」

 自分の胸に手を当てると、そこにいつでもレイがいると感じ思いに耽る。

「そうですよね。レイさんの思いと力はリリスちゃんの中に溶けたんですもんね」

 はるかが問いかけた直後、リリスの双眸に薄ら水滴が浮かんだ。これには思わずはるかとテミスも驚き身を乗り出した。

「リリスちゃん?!」

「大丈夫?」

「ごめん……なんでもない……なんでもないわ……あの子が逝って以来、どうも涙脆くていけないわね!」

 大切なものを失った際の傷は完全には癒えていない。しかし、ここで涙を見せる事は自分が強い大人になり切れていない証拠だと思った。リリスは必死に悲壮を堪えようとし、笑顔を取り繕いながら涙を拭う。

「そう言えばレイってば昔からかなり涙脆かったわね。一緒に映画観てるときなんか、いっつも私よりも先に号泣して……」

 等と言って気持ちを逸らそうとするリリス。

 そんな目の前の彼女のやせ我慢する様子を見かねると、はるかとテミスは顔を見合わせてからおもむろに椅子から立ち上がった。

「はるか? テミス?」

 二人の真意が分かりかねるリリス。怪訝そうな顔で見つめていると、はるかはリリスの左頬に優しく手を添え、テミスは後ろからリリスの両肩に手を乗せた。

「泣いても、いいと思うわよ」

「お別れは悲しいですもん。そんなに無理して、急いで強くなる必要なんてありません」

「!!」

「今いるのは私たちだけ。朔夜君や他の使い魔たちは見てないから」

「私たちが付いてます。天国のレイさんも、心配したりしないですから」

 二人の優しさ、温もりが本当に嬉しく思えた瞬間だった。親友だからこそ心配をかけたくまいと虚栄を張っていたが、はるかとテミスの前でそんな演技をする必要は一切無かったのだ。

 自分を偽る必要などない。悪原リリスは、ありのままに素の自分を曝け出してもいいと心から思える事が出来たのだ。

「ううう……ううぅ……う…うわあああああああああああああああ!! あああああああああああああああああ!!」

 抑えられていた感情が一気に溢れ爆発。甲高い声を上げ大粒の涙を零すリリスは、テミスに支えられながらはるかの胸の中で泣きに泣いた。

 

 

 ――それはきっと、本当に小さな願い。

 ――叶える事が出来なかった思いがあって、掌に残った今があって、どんなに泣いても、悲しんでも過去は帰ってこないけど。

 ――だけど、未来を作っていける。思いを貫く力がある。空を駆け抜ける翼があるから。私たちはきっと……

 

           ◇

 

黒薔薇町 くろばら高台 霊園地

 

 季節は春――洗礼教会との戦いから一年が経過した。

 中学三年生へと進学した悪原リリスは、婚約者の十六夜朔夜と一緒に墓参りにやってきた。

 そこにはリリスの両親、そしてレイの魂が眠っている。

 喪服姿の二人は、三体の霊魂の名が刻まれた墓に献花。天界システムの修繕によって祈りを捧げる事が出来るようになった二人は静かに手を合わせ、死者たちの冥福を祈る。

 やがて、祈り終えたリリスがおもむろに口を開いた。

「サっ君……私ね、子供が生まれたら男の子でも女の子でも絶対につけたい名前があるんだ」

「なんだい?」

 優しく問いかける朔夜に、リリスの答えは――。

「【レイ】。いい名前でしょ?」

 これには朔夜も少し驚いた顔を浮かべたが、すぐさま彼女の考えに同意する。

「ああ。そうだね」

 二人は同じ場所で同じ空を仰ぎ見る。自然とその手は繋がれ、澄み渡った空はこれからの二人の未来を祝福しているかのようだった。

 

           ◇

 

 戦いから十数年後――

 紆余曲折を経て平穏を勝ち得た悪原リリスは十六夜朔夜と結ばれた。

 彼らは共に力を合わせ一度は洗礼教会によって滅ぼされ荒野となった悪魔界を少しずつ修復させていき、十年という歳月を掛けてその復興に成功した。

 そして、生まれ変わったこの悪魔の大地に今――リリスと朔夜の血を受け継ぎ生まれた子供がいた。

 

           ≡

 

悪魔界――

悪魔領中心部 ベリアル家屋敷「ノーチェス」

 

 紅色のショートヘアが特徴的な朔夜似の顔立ちの美少年が庭先で一人日向ごっこをしながら微睡んでいると、

「レイ――――起きてる、レイ?」

 不意に傍で名前を呼ばれる。

 おもむろに瞼を開けると、傍らに立っていたのは少年・レイこと、本名【ディアブロス・ブレイブレイ・オブ・ザ・ベリアル(Diablos Brave Ray of the Belial)】。

そして、彼の母親であり現悪魔界を統治する女王【ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアル】。子供時代とは一線を画す大人の美貌を持ち、その言動もまたかなり落ち着いていた。彼女は自らの子に嘗ての最愛の使い魔である名とともに〝勇気〟という意味を持たせた。

「また日向ぼっこ中にお昼寝? あなたも好きよね」

「母上……なにやら、長き夢を見ていた様な心持が致します」

「良い夢だった?」

 そう問われると、レイはゆっくりと体を起こし穏やかな顔で答える。

「わかりませぬ。ですが、心はとても穏やかであります」

 レイの答えを聞いて安心したリリスは破顔一笑。

 すると、一匹のモンシロチョウが彼らの元へ飛んできた。リリスの前を通り過ぎたそれはレイの辺りを浮遊。そっとレイが小指を差し出すと、チョウが止まった。

 二人は一匹の蝶に心癒されながら、悠久なる平穏を噛みしめ合うのであった。

 

 

 

 

 

 

おわり




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